司会者「さてさて、今日も盛り上げていきましょうか」 (110)

観客からは期待で胸を膨らませ

そして、それを声に出している

まだ始まっていない

だが、スタジオが暗くなれば

それが合図 

一人のスタッフが大きく腕をまわす


司「レディースアンジェントルメェーン」

司「今夜も生放送でお送りしますー」

観客からの拍手はやまない

ライトは司会者を外さない

カメラは一瞬たりとも逃さない


司「今日は熱い人が多いみたいだ」

司「暑がりな僕にはうざいだけ」

観客からは笑いが

カメラは笑顔を一つ一つ撮り逃さない

ライトは更に熱くなる


司「にしても、本当最近熱くなりすぎだね」

司「そこの腕回してたスタッフのキャップですら燃えて真っ赤じゃん」

観客は笑う

弄られたスタッフも

話は続く

司「そもそも環境問題とかでさ」

珍しく少し難しい話を


観客は黙って頷く 

オチも別段なく終わり

不完全燃焼とは正にこの事

カメラもそれを逃さない

司「オチとか期待してたでしょ」

司「生憎暑くて何も考えてませんでした」


観客からはブーイング

司会者は両手を振って宥める

司「大丈夫大丈夫」

司「それでも僕には大金が入るんだから」

また笑いが

カメラが動く

スタッフもにやついている

全ての空気が司会者のもの

支援


司「さて、そろそろ行きましょうか」

司「今夜も始まります」

カメラは司会者を外し

ステージ上に降ろされた横断幕に

それはこう記されていた



【世界の○○者に密着】

>>7
ありがとうございます
明日もお仕事や学校、デートがおありでしょうが
今暫くお付き合い下さい


いつの間にか用意されている赤いソファー

気付けば司会者は足を組んで座っていた

手にしている紙切れを開く

司「さて、今回はどんな物語なんでしょう」

ゆっくりと開く

自分だけが登場人物を知り

そして閉じた


司「さあ、恒例の脱線といこうか」

座ってからも会話はする

なかなか進行をしない

先日も週刊誌に避難されていた

それでも構いやしない

観客全員がそれを望んでいるから


カメラは微動だにしない

司「ってことで、紹介をしようかな」

カメラが司会者に近づく

観客はしんと静まり

ライトは照らす


司「【竹井 官(仮名)】さんです」

司「年齢は29歳のアルバイトの方ですね」

将来不安って良いのかな

ボソッと司会者はこぼした

司「まっ、僕は安泰だから気にしないけど」

飽きないほど笑いが

カメラは相変わらず動き回り

結局は司会者へ

司「通称【事案の男】」

事案

そういうこと

起きてしまった

何故に起きてしまった

そういうこと

カメラは相変わらず動き回り

結局は司会者へ

司「通称【事案の男】」

事案

そういうこと

起きてしまった

何故に起きてしまった

そういうこと


司「また犯罪絡みですかね」

司「この番組は犯罪か事故ばかりと相次ぐ」

溜め息を吐く

司「それでも人気だからいいか」


司「それでは彼の一日を見ていきましょう」

スタジオは暗くなり

モニターには白い文字に黒の背景で

照らし出される



【事案の男】



━━━なかなか来ない

━━━私たちスタッフはかれこれ一時間は待っている

━━━果たして待ち合わせ場所を誤ったのであろうか
 


  
━━━その時

━━━私たちスタッフの携帯が鳴った

『本日未明、街中で通行人に男性が道を尋ねる事案が発生しました』

『20代から30代の男性で黒色のシャツに赤いバラの描かれた白いズボンを着用』



━━━また、だ

━━━つい数十分前にも送られてきた

━━━見知らぬアドレスから



男「お待たせしました」

男「すいません、色々トラブルがありまして」

━━━主役が遅れて登場したようだ


━━━いえいえ、大丈夫……です

━━━私たちスタッフは驚いた

━━━黒色のシャツに赤いバラの描かれた白いズボン

━━━彼はそれを着ていたのだ


男「なんですか?まじまじ見て」

━━━えっ、あっ、いや………

男「来たんですか?」

男「メール」

━━━はい、そうなんです


男「最初は落とした小銭を拾った事案でしたよね?」

━━━ええ

男「次は階段を上る事案」

男「急に踵を返す事案」

男「で、最後に道を尋ねた事案」

男「ですかね」

━━━ええ、そうです




━━━全て統一している人物です

男「なら良かった」

━━━良かった?

男「わざと目立つ服を選んでってことです」

男「こうすれば直ぐに信じてもらえるでしょ」



━━━どういう事なんですか

男「ははは、まあ、立ち話もなんですし」

男「何処か座ってゆっくりどうですか」

━━━勿論その方が助かりますが

男「なら移動しましょう」

男「ただし」



━━━ただし?

男「俺から離れて歩いて下さいね」

━━━どうしてですか?

男「まあ、簡単に言えば」



━━━その時携帯が鳴る

━━━画面に映し出された文に暫し驚かされた

『本日未明、街中で通行人に知り合いのふりをして男性が話しかけてくる事案が発生しまたした』

『20代から30代の男性で黒色のシャツに赤いバラの描かれた白いズボンを着用』

男「言わなくても済みましたね」



━━━彼は笑っていたが

━━━私たちスタッフは笑えなかった

男「ゆっくりと話をしたかったんですけど」

男「どうやら無理みたいですね」

男「あそこのコーヒーはお勧めできませんけど、あそこにしましょうか」



━━━彼が指差していたのは某ファーストフード店だった

男「あそこなら人も沢山いるので目立つことはないですし」

━━━彼が言っていたことは間違いでなかった

━━━ガヤガヤと賑わう店内は彼より目立った方で一杯だった



男「うわっ、前に来た時より美味しくなってますね」 

━━━ええ、そうですね

男「いや、しばらく外食してないとやっぱり見違えるもんですね」



━━━あの、感動してるときに申し訳ないんですけど

男「ああ、事案の件ですかね?」

━━━ええ、お願いします

男「いや、もうまんまですよ」


男「ある日を境に急にそう言うメールが届くようになりました」

男「会社でも立場がなくなり辞めざるを得なくなるまでに酷くなりました」

━━━失礼ですけど、ご結婚は?

男「いや、それを聞くのは野暮じゃないですか?」

男「事案になる男が結婚なんて出来るわけないじゃないですか」


━━━しかし、その左手の薬指は

男「ああ、これはね、事案に対する唯一の盾ですよ」

━━━と、言いますと

男「こうしていれば事案メールは発生しますが、同一人物だとは疑われないんです」

男「あの人は似てるけど結婚してるみたいだし、なんて」 


━━━独身より既婚者の方が安全だ、という事ですか

男「まあ、言うなればそうですね」

男「それも時と場合によるんでしょうけど」

男「今は何故か独身のが危ないんです」

━━━他に何か気をつけてる事などありますか?

男「あとは簡単ですよ」

男「普通にすることを普通にしない、です」


━━━と、言いますと 

男「先程もメールきたでしょ?」

男「一般の方がする普通のことですら私は事案になるんです」

男「なんで、あえて普通のことを普通じゃないようにする」

男「今日は取材だったんで普通にしてたんですけどね」


男「そうだ」

男「ここを出たら普段の私で行きますね」

━━━なるほど

━━━オンとオフですね

男「ははは、そんなとこですかね」

【BGM】


スタジオに画面は戻る

必然的にセンターに立つ司会者のとこへ

カメラがむかう

司「なるほどね、なるほど」

時報「22時丁度をお知らせします」 - SSまとめ速報
(http://open01.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1403709061/)

これの人か
出だしで分かったぜ
支援


司「彼は常に事案になるわけだ」

司「普通にしてても」

観客は頷く

同情ともとれるそれを

カメラは逃さない

司「でも、事案ってことは」

司「誰かに危険が迫ってるってことだ」

司会者は足を組み替える

司「しかも」

言葉を溜める

観客は見守っている

ライトは熱く照らす


司「いや、それは僕だけの考えだから今日は口に出さないでおこう」

普段は何事も発言第一の司会者

期待していた観客からはブーイング

司会者は高笑いし

こう言った

司「ではCMです」

【BGM】


【BGM】

司「さて、次はどんな事案が」

司「彼を待ち受けてるのでしょう」

ライトは落ちてゆき

モニターがふわりと

光を落とした

>>44
ありがとうございます
作品を覚えていてもらえるなんて
光栄です
もう暫くお付き合い下さい

【BGM】

━━━彼は店を出るや否や歩き出した

男「何もないんですけど、取り敢えず早く歩かないと人目につきますから」

━━━彼はそう言っていた

━━━どの様な生活を送ればいいのか

━━━彼は普段悩んでいるようだった

浅野田さんだ
支援

【回想】

男「兎に角【事案】にならないようにしたいですね」

男「【事案】になるという事は誰かに危害が加わるかもしれない」

男「そう言う事ですよね」

>>51
ありがとうございます
名前知って下さったんですね
嬉しい限りです
もう暫くお付き合い下さい


━━━彼は遠い目をしていた

━━━コーヒーの苦味が増した気がしたのを思い出していた時

━━━また携帯が鳴った

『本日未明、街中で通行人の横を早歩きで男性が通り過ぎていく事案が発生しまたした』

『20代から30代の男性で黒色のシャツに赤いバラの描かれた白いズボンを着用』

━━━また、か

━━━一体彼を監視しているのは何だ

━━━カメラは彼の周囲を懸命に捉えようとした

━━━しかし、何も変わった様子はなかった


【回想】

男「基本的に早歩きすると【事案】があるんですけど」

男「それ以上はありません」

男「今までの経験上でね」



━━━よくよく聞くと

━━━彼の携帯にも事案メールが来るそうだ

━━━彼はそれを頼りに一般的に普通な事を普通にしないようにしている

【回想】

男「まあ、難しいですよね」

男「あくまで【事案】ですからね」

男「警察も動く訳ないし」

男「捕まるわけでもない」

男「だけど誰よりも注目されてしまう」

男「ははは、人気ならいいんですけど」

男「【事案】ですから」


━━━彼はこのあと行きたいとこがあると言っていた

━━━私たちスタッフは少し距離を置きついていく

━━━時々事案メールが来るが

━━━幾分か先程よりましになっている

━━━やはりあの歩き方のおかげか

モブ1「うわっ、事案メールじゃん」

モブ2「またかよ」

━━━街中の声がマイクに入る

モブ3「ってか、あの早歩きそうじゃね?」

モブ1「まじかよ、リアルにいんだな」

モブ2「危害加えそうな奴はシネ」

モブ1&3「だーね」

━━━なんだ

━━━加えそうなと自ら言っていて

━━━不思議に思わないのか

━━━私たちスタッフは思った


【回想】

男「あくまで独断的な結論ですけど」

男「やっぱり見た目なんっすよ」

男「ほら、こんな様子で歩いてたら」

男「誰かを襲いかかりそうでしょ?」

男「いや、暴力的な意味でなく性的な意味で」

男「笑い事じゃないですけど、まあ、仕方ないっちゃ仕方ないっすよ」

━━━仕方無いことなどない

━━━見た目がなんだ

━━━行動がなんだ

━━━一般的な行動を生活の中でする彼が

━━━特別おかしいとは到底思えない


ス「ちょっといいっすか」

━━━スタッフの一人が話し出した

ス「これって撮る意味あるんっすか」

ス「今まで色んな特別な人見てきましたけど」

ス「素直に可哀想と思うのはなかなか無かったっすよ」


━━━彼の言い分は重々理解出来る

━━━しかし、これも仕事だ

男「ん?どうしました?」

男「後ろ振り返ったらいないんで戻ってにました」

ス「もういいじゃないっすか」

ス「ここのどっかに犯人がいるなら俺が捕まえてやりますよ」


━━━普段大人しいスタッフがここまで声を荒げるのも珍しい

━━━やはり苛立っていたのだろう

━━━彼もスタッフも何処か共通点があるようだ

男「いやいや、もういいんですよ」

ス「えっ?」

ス「貴方腹立たないんっすか」

男「腹立ちますよ」

ス「なら、犯人捕まえましょうよ」

男「いや、いいんです」

ス「いや、駄目っす」

ス「ちょっと話聞いて下さい」

ス「俺も昔苛められてて……」

男「……そうなんですか」

ス「辛かったんっすけど」

ス「あるテレビのおかげで生き続けてこれたんっすよ」

ス「言わば俺を庇って立ち向かってくれた人に感謝してるんっす」

ス「だから、こうして、その人の下で働きるんっす」


男「……司会者の方ですか」

ス「そっす」

ス「だから、誰かが前を歩けば後ろの人間は歩きやすくなるんっすよ」

ス「今は俺が前を歩くから、どうか貴方は後ろを」


男「ははは」

ス「何が可笑しいんっすか、こっちは真面目……」

男「すいません」

男「貴方は幸運だったんですね」

男「でも僕は不幸だっただけだ」

男「ただ、それだけの話です」

男「あと、少しだけ僕に付き合って下さい」

ス「けど、このままじゃ……」

男「大丈夫です、その気持ちだけで」

『本日未明、街中で男性が同性に親しく声をかける事案が発生しまたした』

『20代から30代の男性で黒色のシャツに赤いバラの描かれた白いズボンを着用』

男「ははは、人気者は辛いな」

男「さあ、行きますよ」

男「時間がない」


━━━彼はまた歩き出した

━━━力強く歩く様は

━━━険しい道のりを歩ききる様に見え

━━━また何かから必死に逃げているようにも見えた

━━━彼の背中は遠くにある


ス「すいません」

ス「熱くなりすぎました」

ス「けど、これだけは言わして下さい」


ス「何が何でもこの収録だけは」

ス「放送してください」

ス「お願いします」

━━━大丈夫

━━━この番組は真実を撮すから

ス「はい」

━━━そうして

━━━スタッフは再びスタッフになった

━━━気付けば彼を追いかけ

━━━私たちスタッフは遠くまで来ていた

━━━彼の背中が夕日に消えそうになる

【回想】

男「でもね、こうして僕がテレビに出るなんて」

男「それこそ最大の【事案】ですよ」

男「でも最大はそれ以上ないってことで」

男「そうなると待ち受けるのは終わりなんですよね」

男「いつまでも最大は維持できないから」

━━━彼はそう言っていた

━━━今ならその意味がわかる


『本日未明、廃墟ビルの屋上から男性が落ちてくる事案が発生しまたした』

『20代から30代の男性で黒色のシャツに赤いバラの描かれた白いズボンを着用』

『間もなく男性は死亡しましたが、今後とも善良なる住人の方々はご注意下さい』


【BGM】

拍手が鳴る

カメラは一人一人

観客を撮しとるようにまわす

涙ぐむ観客

司会者が徐に立ち上がる

ライトは後を追いかける

司「なんて幸せな結末」

司「なんて不幸せな結末」

司「さて、どっちなんでしょうか」


観客は理解に苦しみながら

相槌を

司「どちらにしても【事案】が発生するのは」

司「誰かにとっての【悪】だから」

司「ならば誰かにとっての【正義】は何か」

司会者はステージを

左から右に

右から左に

その度にカメラは追い掛ける

司「そんな事より先程から私のポケットから」

司「バイブレーションが鳴り止みませんよ」

司「決して昨夜彼女たちと使ってたやつでないですよ」

司「あしからず」


観客は先程まで泣いてたのを

吹っ飛ばすほどまで笑っていた

司「ポケットの中には携帯が」

司会者は取り出す

観客は促されるまま取り出す





大きさ

様々な携帯

どれも振るえている


司「メールが来てますね」

司「おやおや、これは」


『本日未明、某撮影スタジオで男性が観客に腕を大きく振り回す事案が発生しまたした』

『20代から30代の男性で黄色のタンクトップにデニムの短パンと赤いキャップを着用』









【事案の男】


おわり

今回も乙です
いい時間を過ごせました

>>100
ありがとうございます
私も共に過ごせましたこと
心より感謝しております
また機会があれば是非
お声かけ下さい

なるほど

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom