とある忍「閃光の少女達と」とある忍「獅子の神……でござる!!!」 (100)


・ニンジャが出て色々するSSとなっております。
・クロスオーバーとなっております、両方をやっているとより楽しめるような感じにして行きたいと思っております。
・両者を誹謗中傷するような作品ではございません。
・それではルールを守って正しきシノビライフを……でござる!!!

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1406011165

「刻の幻影(クロノファンタズマ)」
―――本来進むべき未来とは別の未来を持つ者等の総称とされる。


「確率事象(コンティニュアムシフト)」
―――"蒼"を継いだ少女によってあらゆる事象が「起こりえるモノ」として認証される現象の意。


「蒼の継承者(カラミティトリガー)」
―――蒼の「眼」として世界を観測することができる者。


そして……。


『序』


「―――殿、拙者の願い……聞き届けて下されええええ!!!」


全ては託された。
戦で散った同胞達、志半ばで死ぬ事となった我が主君、失ってしまった故郷の民達の笑顔。

それらを取り戻す為の戦いであった。


豪放と共に繰り出された楔は、世界に渾名す幻影の塔を見事崩落せしめた。

これで良い。
後は"あの男"が見事遣り遂げてくれるであろう。

我等の後に続くのが善き者であった事、心の底から嬉しく思う。

殿下には"兄弟子"が付いている。
彼ならば我が故郷と、そこに住まう民達をきっと正しく導いてくれる事だろう。

ただ。

唯一心残りがあるとすれば……。


???「…………、」


男の目線の先に女性が居た。
長い黒髪をたなびかせた後姿が一歩、また一歩と男から距離を置くようにいて離れて行く。



???「(―――いかん!)」


男は直感的にそう思った。
女性の歩んで行くその先では、黒々としたおぞましい"闇"が一面を覆っていた。
うぞうぞと蠢くソレは来る者を等しく自分の仲間にせしめんと手招いているようで。


???「(駄目でござる……!)」


女性が"そう"と決めた道であるならば。
本来なら自分が"否"と言える立場では無い事は重々承知だった。

だが。

それでも。

あのような暗く、沈んだ道を彼女に歩んで欲しくない。

その一心で。

―――彼は、手を伸ばした。



???「(掴んだ!!)」


無骨な手に握られたそれは確かな温もりと共に。


"―――むにゅん!"


とした柔らかな感覚を彼に残し……ちょっと待て。


???「(……?聊か感触が柔らかすぎるような……女子の肌とはかくも心地よい弾力であったでござるか……?)」


"―――むにゅん!むにゅにゅん!!"


???「(矢張り何やらゴム鞠めいた……)あ、いや違うでござる!拙者純粋に心配した上での事でござって、決して手を握れてラッキーだとかそんな邪な考えなど……」


女性「………………」


???「……?」


男の弁明にも、女性は耳を貸さない。
そもそも手を握ってからこっち、一度もこちらを振り向こうとしていなかった。
まるで感情の無い人形のように……。



???「ど、どうしたでござるか??」


"―――むにゅん!むにゅん!!"


反応の無い彼女をいぶかしむ様に、男は手を強く握った。
握って、強く呼びかける。


???「と、兎に角そちらへ行っては駄目でござる!さあ、拙者と一緒に……!」


女性「…………、」


"―――むにゅっ!むにゅっ!むにゅっ!!"


握っては呼びかけ、呼びかけては握り締める。
だが、彼女は足を止めようとせず。
遂には"闇"の中へその一歩を踏み出し……。


???「……!!い、いかんでござる!それ以上は……!!」


男は渾身の力で女性を闇から引き剥がそうとするが叶わない。
そして。

共に、闇の中へと沈んだ。



???「……!!!」


身体に纏わり付く黒、雑音すら遮断される静寂。
男は尚も女性の手を離す者かと強く握るが。


???「(こ、これは……い、い、かん……)」


黒に溶け込むようにして意識が霧散し始める。
それでも握った手は離すまいと……。


"―――むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ!!!"


リズミカルに、断続的に、彼女から返って来る感覚をしかと感じ。
意識が、黒から白へと染まった。


???「……む、ううん……?」


水底から急激に引き上げられたような息苦しさを覚えた男は意識を覚醒させた。
ぼんやりと開いた眼に飛び込んで来る景色は。



???「(森……でござるか)」


先程まで居たおぞましき黒とは一変する一面の緑。
木漏れ日と木々より鳴り響く鳥の声が男の脳裏に染み渡る。


???「(夢……?)」


現実的な情景に男は先程までの景色が夢でこちらが現実と断を下すが、それならば。
"あの暖かな感触は"、一体何だったのであろうか……?


???「むう……?」


視線を前へと戻すと。
そこにはまたも変わって白一色、不自然なまでに真っ白なソレに己の手が添えられてあった。


???「…………?」


徐にソレを握ると。


"―――むにゅん!"


夢と全く同じ感触。
なるほど拙者が彼女の手と思っていたモノの正体はコレだったでござるか。

……。

そも、コレは一体なんでござるか?

今だボンヤリする思考で、視線を若干上に逸らせば。






「…………………………………………」





白から肌色、そしてまたも黒。
だが決しておぞましさを覚える物では無い。
木漏れ日を反射して煌くソレは髪の毛。
健康的な血色を漲らせる張りは人の肌。


???「(人間……?)」


年の瀬は未だ大人になりきっていない頃だろうか?
男の前に佇むは人間の少女。

だがその表情は硬く……というか目が皿になっているのは一体どういう事であろうか?
こちらとて人間。そんな表情をさせる言われなど……あ、もしかして顔のバッテン傷を怖がっているのだろうか?
に、しては若干頬が高翌揚しているようなそうでないような……。



???「(―――待て)」


急に意識が冷えた。
今、自分が見ているモノが少女の顔だとすれば。
今、己の手に添えられている、この暖かくて柔らかなモノの正体とは。

恐る恐る男が視線を下へ戻せば。

改めて訂正するのならば。

少女の胸部にある豊かな二つの球体。

その片方を己の手がすっぽりと覆っており―――。


???「(―――待て待て待て待て待て……)」


意識と共に肌も冷えた。
滝のように流れ出る汗は男の表情を一気に真っ青にさせる。

それとは対照的に。


少女「…………………………、」


少女の顔がゆっくりと、漸くと言った感じに男を見据えた。
続いて己の胸部。


"―――むにゅん!"


大きな大きな手に鷲づかみにされている、自分の……。



???「―――あ」


驚きの余りつい反射的にもう一度握り締めてしまった。
その衝撃で少女の頭も正常になり。


少女「……………………い、」


くしゃりと。
その可愛らしい顔が一瞬で歪む。

男は己の数秒後の運命を受け入れるしかないと思いつつ最後の望みにかけようとして。


???「………………せ、」





???「―――拙者は怪しい者ではござら……」
少女「―――いやあああああああああああああああああああああっ!!!」


―――ボグウッ!!


???「ぬわああああああああああああああああああああああっ、でござる!!??」



説得は失敗。

―――頭骨の奥まで響く衝撃と共に、男の意識はもう一度黒に染まって行った。





これが。
ほんの、数ヶ月前の出来事であった。


『第一章:居候は謎の忍者?……でござる』




"忍"(しのぶ)という言葉がある。
その単語を己の生業の一部とする事に執念をかけた、太古の昔より面々と続く諜報戦闘集団。

―――俗に言う、"忍者"と呼称される者がそれに当たる。

この発達した現代社会において尚、彼等の影響力は計り知れず。
時の権力者がこぞってその力を求めた……というのも、また古来よりの伝統という側面があり。

彼等は己を取り巻く文化の発展と並行するようにして、その在り方もまた多様化の一途を辿り。
最終的に大きく二つの枝分かれをすることとなった。


混沌を推奨とし、己が力を以て全てを屈服させんとする忍集団。
―――彼等を人呼んで「悪忍」。

良と識を尊び、無益な争いやソレを呼び込む力を振りかざすのではなく己の技量を世の均衡の為に使おうとする忍集団。
―――彼等を人呼んで「善忍」。

善忍を統括する棟梁の名は「半蔵」。
その筋の人物が如何に探ろうと、それ以外の情報は一向に出て来ず。

ただ、一説によると。
彼の息がかかった忍の育成機関が関東のいずこかにあるとか無いとか。
その生家は知る人ぞ知る良質の寿司屋だとか。

……どれもこれも噂話の域を出ない憶測である。

しかしながら、最も気づかせにくい真実の作り方とは。
噂話等の眉唾物に混ぜた方が一番効果を発揮するというのも。
また真実であるからして―――……。





関東某所に、その店はあった。
席数は十かそこらというこじんまりした佇まいながらも、連日常連で忙しなく店内は活気付き。
来る客来る客、店の名物である"とある物"に噛り付いては皆が皆幸せそうな顔をしていた。


男性常連「いやー、この店に来たからには必ずコレを食べなきゃ落ち着かなくってねえ」


男性客がまた噛り付くのは種々の具材を酢飯と共に海苔で一巻きにした……俗に言う"太巻き"と呼ばれる食べ物だ。


「―――そう言ってくれるのならもそっと他のネタも頼まんかい」


白髪交じりの髪を結った初老の男は、カウンターの向こうから手早く太巻きを造り終えると木製の台の上に置いた。


男性常連「いや、ご隠居がツケ場に立っているのを見るとつい……何しろご隠居の造る太巻きは天下一品だから」


ご隠居「ふん、煽てても御愛想は負からんぞ?―――ほい、二丁お待ち」


男性常連「……愛想と言えば、今日は"あの御仁"の姿が見えないような……?」キョロキョロ


ご隠居「なんじゃ、ワシが相手じゃ不服かね?」ジロリ


男性常連「いやいやいや滅相も無いよご隠居。ただ、いつもの賑やかしが居なけりゃ居ないでどうにも寂しいと言うか……」


ご隠居「…………」



確かに今日は店員の数は少なかった。
何時もなら店を譲った息子夫婦が握っているが、生憎と旅行に出かけてしまって不在なのだ。
他の従業員も居る事は居るのだが、只今絶賛出前中である。
おかげで楽隠居の身で朝からツケ場に立たねばならなかったのだが……これはこれでまあ悪くは無い。

そうこうしている内に。


―――……ザル……ザル……ゴ……


ご隠居「……む」


男性常連「こりゃ噂をすれば影、という奴か」


初めは小さな雑音が。


―――ゴ……ザル……ザル……ゴザ……ル……


徐々に大きくなり。


―――ゴザル……ゴザルゴザルゴザル……!!


最後には怒号と化して。


―――ゴザルゴザルゴザルゴザルゴザルゴザルゴザル……!!


盛大に扉を開く。



「ござる、ござれば、ござりますれば―――!!!……おお、ご隠居!3丁目の鈴原殿、秋口殿、穂積殿の出前はたった今完了したでござるよ!!」
「続いて5丁目の緑川殿、小泉殿、緒方殿の所へ行って来るでござる!!」


―――ガシッ!!


「ござるござるござるござる!!……ゴザルゴザルゴザルゴザルゴザル………!…ゴ……ザ……ル」


店に飛び込んできた影は早口でまくし立て始めたと思いきや、置かれた寿司桶をひったくる様にして脱兎の如く消え去った。
後に残るは余韻のままに響く"ござる"の三文字のみ。
その様相に店内に居る客の内、新参者は目を点にして、常連は柳の音でも聞いているかのような顔をしている。



男性常連「……いやはや。まるで嵐だねえ」


ご隠居「店の客が驚くから控えてくれとは言うておるんじゃがな……」


男性常連「とんでも無いよご隠居。あの声は今や太巻きに続くこの店の名物じゃないか」


にこやかに言う常連客に続くようにして。


サラリーマン「―――そーそー!最初は俺も面食らったけどさ、聞いてる内になんかこう……元気が出てくんだよね!」
主婦「ウチの子はすっかりあの人のファンになってしまいまして……」
老人「ワシも長生き出来る気がしてくるのでな……ありがたや、ありがたや……」


男性常連「……ほらね?」


ご隠居「……ワシの店は寿司屋であって見世物屋ではないんじゃがの」


だが、苦笑するご隠居の表情もまんざらでは無いようであった。



某所に拠を構える小さな寿司屋。
名物は新鮮な旬の魚の握りと老練の職人が作る太巻き。
そして。

お客から慕われる威勢の良さを持った、"ある男性店員"。

筋肉質の巨躯にザンバラ髪、果ては顔の前面を覆うようにして付けられた「×」状の大きな傷。

傍目から見ればアウトローめいた、どう考えてもこんな所で寿司屋の手伝いなぞ出来そうにもなさそうである。

だが一度口を開けば、口調の明るさと共に吐き出される気風の良い言葉の数々がそのような暗い印象等を吹き飛ばす。

そうしてそれに感化された客が客を呼び。
今や、太巻き目当ての客と彼目当ての客の比率は半々に近かった。



ご隠居「まあ、元々は寿司屋の手伝いをさせる気なぞは無かったんじゃが……"恩義があるから"と一向に譲らなくてのう」
   「仕方なく丁稚として起用してみる事にしたのじゃが、中々どうして堂に入っておる」


男性常連「……数ヶ月前だよね、彼がここに来たの」


ご隠居「孫娘が涙目で拾ってきたでの。放って置くワケにも行かんかったワイ」


男性常連「それから大分経つけど……まだ治って無いんだよね?"彼の病気"」


ご隠居「…………、」


ピタリと、包丁を振るう手を止めたご隠居は。
目を閉じ力無く首を左右に振った。


男性常連「そうかあー。……何だか普段のアレを見てると信じられないよね―――」









―――"記憶喪失"、なんてさ。







???「―――待て待て待て待て待てい!!そこな子らよちょっと待たぬか!!!」


少年1「……ムスー」
少年2「……ブスー」


???「天下の往来で突然喧嘩なぞおっぱじめよってからに……!出前中の拙者が通りかかったのも何かの縁でござる!!さあワケを話してみるでござるよ!」


少年1「なんだよー」
少年2「オッサンにはかんけーねーだろー」


???「年端も行かぬ子供が、拙者の目の前で傷ついていく様を見過ごせるワケないでござる!!……ってか、拙者はオッサンではござらぬ!!」
   「(……まあ、実を言うと己の年齢等全く覚えていないのでござるが……)」


???「いや、いやいやいやいやいや……そんなことはない、違うでござるよ断じて違う!拙者絶対にオッサンという年齢ではござらぬよ、決して!!」


少年1「……なんか急にくねくねしはじめたぞー」
少年2「オッサン、もしかして……アブない人?」


???「まだオッサンと言うかっ!そこに直るでござる!!二人とも拙者が年上への口の利き方をじっくりたっぷりと教育して―――……!!」




―――……数刻後。


少年1「モグモグモグモグモグ……!」
少年2「うわー、オッサン。これすっごく美味しいよ!!」



???「そーでござろう、そうでござろう!何しろご隠居殿が造る寿司の味は天下一品でござるからな!!」
   「腹が満たされれば自然と喧嘩なぞする気になれぬものよ……流石は拙者、見事な仲裁でござる!!」
   「………………、はて何ぞ大事な事を失念しているような……」


寿司→空になった寿司桶→拙者→頼まれごと→出前→商品→お客様。 ポクポクポクポクポク……


???「…………………………………………あ"」チーン!


???「―――しいぃ~~~~まったああああああ!!これ大事な出前用の寿司でござったああああ~~~っ!!」
   「拙者としたことが、つい……」


少年1「んー、何で急に崩れ落ちたのか俺達わかんねーけど……モグモグモグ」
少年2「元気だせよー、オッサン。この寿司ちょーうんめーから今度親に頼んで行ってやるからさー……ムシャムシャ」


???「ううう、かたじけのうござる……だが、何度も言っておるように拙者はオッサンでは無い!!」










―――拙者、性は獅子神(ししがみ)!!名は萬駆(ばんぐ)!!!
―――二つ合わせて獅子神・萬駆(シシガミ・バング)と申す!!!!
―――それ以外の事はなぁんにも覚えて無いでござるが……。
―――今は寿司屋の丁稚に精を出してござるよ!是非贔屓にして欲しいでござる!!






白衣と帽子を着込んだ大男……シシガミ・バングは少年二人に向けてニカッと笑った。
その表情には記憶喪失である事の憂いなどまるでない豪快な男のソレであった。


バング「とりあえず当面の目標としては……」


バング「お客殿への謝罪とご隠居への申し分を考えねばならぬでござるよ……」ハァ……


牙を失った獅子は、それでも今尚人々の為に平和と笑顔を振りまいている。
そんな彼が再び牙を取り戻す事が、果たしてあるのだろうか。






―――時は現代21世紀。
―――善と悪、二つの忍が闊歩する時代に巻き起こるほんの一幕の物語であった。

名前:獅子神萬駆(ししがみばんぐ) 立場:記憶喪失の男→寿司屋の丁稚

趣味、好きなモノ:亡失 
生年月日、出身地:亡失
所持品の出自やその使用法:亡失

特技:軽業と体術(本人も何故こんな事が出来るのかは解らない)を活かした出前。

エッサイエサイジーエーエッマーイ。

と、いうわけで今回はここまでです。
記憶を亡くした獅子神萬駆。彼が世話となっている寿司屋のご隠居と孫娘のシーンはまた次回。
……おかしい、ささっと導入を終らせる筈だったのにこんな量に……学園編へと行けるのはいつの日か……。

ちなみに何故この組み合わせかと申しませば。

バング殿も脱げば強くなるからね、しょうがないね(マジキチスマイル)。

それでゃ。

投下します……が、まだ全然カグラ色出せてないんですよ~。
初めてだから色々試行錯誤中でもアリマス、ハイ。

ご隠居「ふぅ~、今日も疲れたワイ」


深夜、閉店後の事。
業務を終らせたご隠居は座敷に座りつつ肩をとんとんと叩いた。


ご隠居「―――さて」


一頻り疲れを揉み解し終ったタイミングを見計らったかのように。
襖がカラリと開いた。


バング「………………ご隠居、シシガミ・バング閉店後の清掃作業を只今終えてござる」


そこに居るは帽子と白衣を脱ぎ、普段着に着替えた従業員……シシガミ・バング。
片膝を立て、ご隠居に対して傅くその姿は傍目から見れば主従関係そのものである。


ご隠居「シシガミ殿、店の中以外でそのように畏まらんでも結構と言うておるのに」


バング「……いえ。己が出自も忘れた拙者が今ここにこうして居られるのは、偏にご隠居と"飛鳥"殿の温情あっての事」
   「それをないがしろにしてしまっては拙者の、拙者自身の"魂"が決して許さないのでござる」


ご隠居「全く、頑固な事じゃのう……」


"あの時"からなんも変わっとらん。
かっかと笑いつつ顎鬚を撫ぜ、彼は過去に思いを馳せた。



―――全ては、数ヶ月前の事。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~





少女「―――どーしようじっちゃん!あたし……あたし、人を殺めちゃったよ~~~~~~!!」





ある日突然、ワシの孫娘―――"今は"名を"飛鳥(あすか)"と言う―――が店の中に大声で転がり込んで来おった、しかも。


大男(バング)「………………」プシュ~


頭に大きなたんこぶをこしらえた、大男を担いで。
涙目になりながら要領を得ない孫を必死になだめつつ話を聞けば。
何やら裏山での修行中、行き倒れていたこの男を見つけ介抱しようとして……何故か頭部に一発食らわしてしまったのだと言うではないか。
見ず知らずの男とはいえ孫がしでかした事、兎に角医者を呼んで手当てをした。
その甲斐あってか、暫くして直ぐに男は無事目を覚ました。

……のだが、開口一番。




大男「ここは、何処でござる……?拙者、何をしていたのでござる……?」




これである。
男は自分の出自は愚か、名がなんであったかすらも綺麗さっぱり忘れていた。
医者の話によれば、恐らく頭部への強いショックが引き金となって記憶障害を引き起こしたのだろうと言う。
孫は「私の所為だ!」と泣き叫ぶし、男は男で。


大男「ぬわあああああああ!!何やら拙者思い出さなくてはならない事があるような、ないような~でござる!!」


そう叫びながら柱に頭をぶつけ始めるし、我が家の中は藪を突いた様な大騒ぎとなった。

漸く落ち着きを取り戻した所で、ワシは男に尋ねた。


ご隠居「……これから、どうするね?」


男は暫く沈んだように顔を俯けていたが、やがて顔を上げると。


大男「お世話になり申した。拙者これより自分が何者なのかを捜す旅に出るでござる」


ご隠居「行くアテはあるのかね?」


男は黙って首を横に振る。
それならばとワシは。


ご隠居「―――どうじゃね、行く所が無いなら暫くワシの家に逗留されては?」


大男「…………!よ、良いのでござるか?」


ワシの提案に、男はころころ表情を変え、最終的には男泣きに泣いた。






大男「名すら忘れた己を拾い上げてくれた恩!拙者、終生忘れないでござる!!!」





その後、男が身に付けていた……その、なんじゃ、真っ赤な"フンドシ"に縫い付けられてあった。


―――獅子神・萬駆。


という文字により、辛うじて名前だけは判明したので。
そのまま居候の身分として歓迎するつもりだったのだが、ある日急に。


バング「恩人だけ働かせているなどと、拙者到底耐えられる事ではござらぬ!!」


と強引に家の家事炊事を手伝おうとした。
のだが、そこは既にワシの娘と孫の領分だったので、丁度手が足りていない寿司屋の手伝いの方なら回せると言った。
いくらなんでもこんな提案を受けるとは全く思わなかったのだが……。


バング「拙者、これまでの恩義が少しでも返せるのならどのような仕事でも喜んで引き受けるでござるよ!!」


予想外にノリノリであった。
当初こそ若干の不安があった事は否定しない(顔の傷とか)が……結果は現在の通りである。
客の受けもよく、出前は迅速であり尚且つ二人分も三人分も仕事をこなすのでありワシも義息子も大助かりとなった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ご隠居「…………、」


かくして我が家の居候は、今や町内の名物人として今日も店を活気付かせている。
しかし。
数ヶ月の時が経つ事になったが、それまでで判明した事は男の名前、唯それだけであった。


どういった経緯であのような山中で行き倒れていたのか。
それまでは何処に居て何をしていたのか。


ご隠居「…………、」


ご隠居はバングに対して声をかけず、唯その"服装"をジッと見やった。

機能性を重視した浅黄色の服装。
速度を以って振り下ろせばそこらの岩など一撃で粉砕しかねない鉄の手袋。
ボロボロとなっているものの、顔面を覆うのに不都合無いであろう面積を誇る真紅のマフラー。

そして……、その懐に忍ばせて居たのが。
直径にして数センチ程の"鉄釘"、それが数十本程束になって布に包まれていた。
"正式な"用途は不明(バングに尋ねても、「拙者何が何やらサッパリでござる」と?マークだった)だが、投擲すれば当たった対象を無力化するに十二分に値した鉄塊。

普通の人間からしてみればそんなモノを持っている時点で不審者大決定の即桜大門行きだろうが、ワシも孫も娘も婿も。
この家に居る誰一人とて、それを不思議とは感じなんだ。
何故なら。


―――ワシ等も、同じだからである。



ご隠居「(何の因果かワシの元に転がり込んで来るとは、かくも世の中解らぬわい)」


表向きは太巻きが得意な寿司屋の楽隠居。
しかしてその実体は。





―――"陽"の忍集団、通称「善忍」を束ねる頭領にして。
―――名を"半蔵"と呼称される、忍者マスターが彼の本来の顔なのである。





尤も、この事実を知るのは同じ忍の中でも極僅かの人数のみ。
その他には身内である妻と義理の息子、娘夫婦に孫である飛鳥。
そして目の前の男……シシガミ・バングがそれに当たる。

無闇に明かしたワケでは無い。
自身の名を聞いた時、目の前の男がどういう反応をするのか、それが見たかったのだ。

本音を言わば、バングを己の手元に置いたのは善意だけが全てでは無かった。
彼の装束をその筋の人間が見れば紛れもなく同業の者と見て取れる。

……もし、記憶喪失やその他の行いが全て偽装工作であり、バングが自身の素性を探ろうとしていたどこぞの諜報員であるとすれば……

孫には悪いが、良くてもう一度、今度は念入りに記憶を"壊させて"戴く所であった。
しかし。


バング『おお!只ならぬ御仁とお見受けしてござったが!よもや頭領とは!!……で、"とうりょう"とは何でござるか?』


これである。
偽装にしては何かこう……ストレートに言うと、"目がマジ"だった。純粋と言い換えても良いが。
記憶喪失の部分が真実と判明はしたが、所持する種々の道具といい。普段の立ち振る舞いといい。

何よりも。



半蔵「…………!」


バング「―――、」


バングは半蔵から急に放たれた殺気を柳のようにかわした。
無論、姿勢を変えずに頭を垂れたままで。
解っていてやったのでは無いのだろう。
恐らくそういった動きを体の隋まで染み付かせる修練を、それこそ日夜幾度と無く積んだ無意識の動き。

しかし、それならば。


半蔵「("シシガミ"……はて、"シシガミ"のう……?)」


このような芸が出来る人物は自分を入れて、それこそ両の指で数えるくらいしか居ない。
にも拘らず、自分の半世紀にも及ぶ忍人生の中で……。





―――"シシガミ"の名を冠する流派なぞ、ついぞ聞いた事も無かった。

或いは何処の組織にも属さないフリーランスの可能性も考えたが。
どの道、これ程の実力者が今の今まで誰の耳にも入らず野に埋もれていた等とは到底信じられない。

まるで、突然いずこから降って湧いたかの如く。


半蔵「(妖魔か、或いは怪力乱神の類か……)」


そんな荒唐無稽な想像が頭を過ぎる。
もしも、もしも仮に記憶の戻ったバングと本気で相対したのならば。
最後まで地に足をつけているのは自分か、それとも……。


半蔵「(ととと……いかんいかん)」


この歳になって今更腕試しを想うなどと……。
年寄りの冷や水所の話では無い、妻に知れたらどう言われるか。


半蔵「(ワシもまだ若い証拠、なのかのう?)」

どちらにせよ面倒を見ると決めたからには半端はしない事に決めていた。
自分に出来る事があらば、この御仁の記憶を取り戻す為の手を貸すに躊躇は無い。

故に。


半蔵「―――シシガミ殿」


バング「何でござろう、ご隠居殿」


半蔵はニヤリと口の端を上げ、こう言った。








半蔵「少々貴殿に頼みたいことがあるのじゃが―――良いかな?」

―――深夜、廊下にて。


半蔵「……おお、"霧夜"か?夜分遅くにすまなんじゃなぁ。"例の件"じゃが、1名そちらに送り届ける事にしたぞ」
  「おぅ、そうじゃ。飛鳥とは顔見知り故さして溶け込むのに労苦も……何、才はどれ程とな?」




―――それはまあ、見てからのお楽しみという奴じゃ♪




半蔵「それではまた"学園"での……」


そこまで言葉を区切った半蔵は電話の受話器を置いた。


半蔵「さぁて、これがどういった結果を齎してくれるかの?」


顎鬚を撫で様々な可能性を思案するそれは、紛れも無く忍の頭としてのモノだった―――。

以上です。中々ペースを進めるのに苦労しております。
バング殿、貴方だって頭領なのでござるよ……?(白目)

ちなみに今のバング殿のステータスを纏めると。

・「釘設置」は当然出来ず。(曰く「こんなモノ(釘)人に向けたら危ないでござる!」)
・「五十五寸釘」は紛失。
・ドライブ、ディストーション共に発動不能。(炎も出せないので双掌打も放てない)
・アストラルヒートなぞ以っての他。(五十五寸釘がそもそも無い為)

故にCボタンとBボタンと一部の弱体化したエリアルだけで敵に勝って下さい。という状態。
こんな忍者を戦場に放り込んで大丈夫か?

大丈夫だ、問題ない。……多分。

それではこれにて。

本日分の投下です。でもああああああ進まねえええええ。もっと肩の力を抜いた文章を書きたいんですが・・・。
見切り発車過ぎたか・・・?では投下。

「東京・浅草」


バング「―――いやはや、これはまた形容する言葉が見つからぬでござるなあ。いや、絶景かな絶景かな」


翌日、半蔵より"手土産"を渡されたバングは一人、東京は浅草の地を訪れていた。
そこで飛び込んでくるのは、天まで届きかねない建物の群に見渡す限りの人、人、人……。
自分が現在住み込んでいる町内とはとても比べ物にならなかった。


バング「それにしても、"飛鳥"殿にお会いするのは久方ぶりでござる。変わらずの息災であろうか?」


半蔵がバングに命じた事、それは……。





半蔵『ワシが経営者として名を連ねておる"学園"に出向している飛鳥に太巻きの差し入れをお願いしたいのじゃ。無論本日は店を休んで構わぬでな』





バング「……こうして土産の重箱を何個も持たせてくれるとは、相変わらず孫思いの御仁でござるよご隠居は」
   「おっと、物思いに耽っている場合ではござらん。早く行かねば寿司飯がカピカピになってしまうでござるよ」


"シュタッ!"
ビルの屋上から景色を楽しんでいたバングはその身を空中に躍らせて、着地。
驚く通行人を尻目に、一直線に道を激走した。










バング「―――ぬおおおおおおおおおお!待っているでござるよ、飛鳥殿おおおおおおおおおおおおおお!!!」









「半蔵学園・正門前」


バング「お。おおおおお……」


―――ガヤガヤガヤガヤガヤ……
―――キャハハハハ……
―――オイ、ハヤクイコーゼ!!


その地に降り立った瞬間、都に着いてからの一際大きい感嘆が漏れた。
高所から見た豆粒では無い、等身大の、正しく"波"という表現がピッタリ来る学生の数。


―――国立半蔵学園。


生徒数1000人にも及ぶマンモス校にして、ご隠居の名である"半蔵"を冠した国家直轄の学問機関。
という説明は受けたのだが、正しく聞くと見るとでは大違いと言う事か。
校舎やそれらを内包する敷地の巨大さを見るにまさかこれ程とは思わなんだと、改めてご隠居への尊敬の念を深めるが。



バング「……っは、いかんいかん呆けてる場合では無いでござる。飛鳥殿を探さねば」


若者達が醸し出している賑やかオーラに思わず圧倒されかけたが(いや拙者オッサンではないでござるよ断じて!)エイヤと気合を込め何時もの調子に戻すと。
丁度良く、横を通り過ぎた男子生徒と思しき学生に声をかけた。


バング「―――そこな若者、ちょっと待つでござるよ!」


男子学生「……は?え、俺……っすか?」


バング「そのとーりでござる!!!」



呼び止められた男子生徒は怪訝な表情で目の前の大男を見やるが、そんな視線など露知らずとばかりに質問をまくし立てる。


バング「つかぬ事をお尋ねするがお主、"飛鳥"という娘を知らぬでござるか?」


男子学生「……へ?飛鳥って、何某飛鳥ですか?その、苗字とか……」





バング「知らぬでござる!!」ドヤッ

……実の所寝食を共にしたバングでさえ、寿司屋の面々の苗字や名前をロクに知らないのだ。
"忍びの心得"として本名を妄りに明かしてはいけないという仕来り故の事だったのだが、それでもバングは今まで不自由しなかった。

例:

半蔵→ご隠居殿
飛鳥→飛鳥殿(元来"飛鳥"の名は偽名)
飛鳥母→奥方殿
飛鳥父→お父上殿


が、結果としてそれが事ここに来て完全に裏目に出てしまっていた。


男子学生「そ、それじゃあ解んないっすね……お役に立てずすみません……」


バング「……むう、然様でござるか。相解った!引き止めてすまなんだでござる!!」ビシッ!


男子学生「(な、なんなんだよ一体……)」コソコソ


男子学生は身を縮め、大男から逃げるようにして立ち去った。


バング「なんの、未だ一人だけでござる。これ程の人々居るのだからきっと誰かが知っておるでござろう」
   「―――あー、もし。そこなお嬢さんちょっと待って欲しいでござるよ!!」


女子学生「は……はぃ??」ビクッ

この調子で十人近くに声をかけるが……結果は無残にも。

"収穫ナシ"。

しかも道行く誰も彼もが「飛鳥等と言う生徒など聞いたことも無い」という有様で。


バング「……ど、どういう事でござるか……」ズ~ン


流石にここまで進展が無いなどとは。
ご隠居から頂いた地図は確かにココを示しているので記憶違いなどでは決して無い。
とは思うが、こうまで空振りだと一度指示の再確認をしたい所であり。


バング「あ。そーでござる!ここは一つ"でんわ"という手段がござった!!」


名案を思いついた、と手を叩くが、その数秒後。


バング「…………………………拙者、"でんわ"を使ったこと、無かったでござる…………」


かつて一度だけ、寿司の出前の注文を承る時に受け取った事があったが。






半蔵『お主、次から電話を受け取るの禁止』


……と、半蔵から禁止令を出されてしまったのだ。




バング「ま、まさかここまで来て……おつかい失敗でござるかあ!?」


真っ青になり天を仰ぎ見る。
拙者、おつかい一つこなせぬ無能な丁稚なのでござろうか……?
絶望感が心を覆い、膝から崩れ落ちそうになる。
そこを。


???「―――あー。ちょっとそこの君、君」


バング「…………?」グスン


後ろを振り向けば、青い制服に身を包んだ恰幅の良い男が二人立っていた。
二の腕のには"半蔵学園警備部"という腕章を付けており、手には警棒。
そしてその表情は、怪訝を通り越してハッキリとした渋面を作っており。


警備員1「私ら学園の警備の者だけども、ここの学生から"身長190cm前後、髪は茶色がかった黒、筋肉モリモリマッチョマンの変質者"が出没しているって通報があってねえ……」


バング「何ぃ!変質者でござると!?それは大変でござるな!そんな不埒な輩はこのシシガミ・バングが成敗してくれ―――……」


―――ガシッ!

と、言い切る前にバングの両腕は警備員にがっちりホールドされてしまう。



バング「……ござる?」


警備員1「いやね、成敗してくれるも何もね……」


警備員2「―――おめーの事だよこの変質者!」


バング「……へ?」


シシガミ・バングの身体的特徴。 ―――ポクポクポクポク……

身長:192cm
髪色:茶色がかっている。
筋肉:鍛えに鍛えた肉体美でござる!


バング「……………………………………、」チ~ン


バング「は、はあああああああああああっ!?い、言うに事欠いて拙者が変質者!?お主等目が腐ってんじゃねえかでござる!!!」


警備員1「はいはい。言い訳は詰め所で聞くからねー」ズルズル


警備員2「今日び変質者は皆そう言うんだよ、まったく……。いい年こいて忍者のコスプレか、オッサン」


バング「拙者オッサンでも変質者でもござらん!!ただ半蔵殿の指示で届け物をしに来ただけでござる!!!」



警備員1「―――"半蔵"?」

警備員2「"半蔵"っつーと、あの……」


バング「おお、知ってるでござるか!そうでござる、この学び舎の頭領の半蔵殿でござる!拙者そのお方の指示で……」


―――ドッ!!

バングの言い分に、警備員等は堪え切れぬと言った風に噴き出した。


警備員1「君が学園長の知人?無い無い!」ゲラゲラ!


警備員2「悪ぃけど、寝言は寝てから言ってくれないかねえオッサン」ゲラゲラ!


バング「嘘など申しておらぬでござる!お主等いい加減にせんと本気で!!―――……」


その時だった。



バング「……………………!!!」


ふわり、と。
遠くの方から流れて来た"何か"が、バングの首筋を撫ぜた。


警備員1「……お、抵抗を止めたな」


警備員2「最初っから大人しくしときゃいいってのに、ったく……」


バング「…………………………、」


次の瞬間。
がっちりと間接を極めていた筈の警備員の身体が突如宙に浮いた。


警備員1「―――は?」
警備員2「―――ひ?」


そのまま一回転した身体は地面に激突……することなく、優しく地面へと降ろされた。


警備員1「な、何……!」
警備員2「お、おい待てきさ―――ま?」


二人が身を起こすと、件の変質者の姿は綺麗さっぱりと掻き消えていた。
まるで、最初からそんなものなど存在しなかったのように。


「半蔵学園・学園長室」


半蔵「……しまったのう」


室内のソファーに腰を下ろして茶を啜るは、今朝方バングに用事を申し付けた張本人。
学園へと先回りすることで(勿論店は臨時休業)、彼を驚かせようと思ったのだが。


半蔵「(この学園の"カラクリ"を教えるのを忘れておった)」


入学者数1000人の国立学園は飽くまでも表向きの姿であり。
孫の飛鳥が通うのは正に学園の裏道……。


―――オヌシラ、メガクサッテンジャネエカデゴザル!!
―――イイカラコイヤ!コノコスプレヤローガ!!
―――テーコーハムイミダッツッテンダローガ!!


半蔵「(表が騒がしくなってきおった……が、ここでワシがノコノコ出て行くのものう)」


立場上余り外で行動するワケにもいかず。
さりとてこのままにしておくのも不憫過ぎる。


半蔵「(どうしたもんかの……お?)」



思わず湯飲みの手を止め、瞠目する。
先程バングが感じた違和感を、半蔵もまた感じていた。
距離からしてここからそう遠く離れてはいないようだが。


半蔵「(この感じ……"結界"かの?)」


すると攻め手は件の"蛇"の手の物か。
そこまで思考した時だった。


―――アッ!?
―――ナ、ナンダア!?


表の方ではバングにあしらわれたであろう警備員の驚愕する声。
と同時にそこから離れて猛スピードで"違和感"の中心部へ疾駆する気配。


半蔵「………………、」


―――ズズゥ……!


再び半蔵は湯のみに口をつけ始めた。
ならば良し。


半蔵「(あの御仁ならば決して"両者"を悪いようにはせんだろうて)」


それに上手くすればいい発破にもなる。
……ワシの代で出来そうにもなかった、"剣と盾"、その本当の……


―――コンコン。


???「……失礼します、半蔵様」



軽いノックと共に学園長室に入って来たのは、頬のこけた中年の男性。
その髪の毛は一本一本に至るまでが白く脱色しており、切れ目が入った力強い瞳と合わさって只者では無い雰囲気を出していた。


半蔵「霧夜か、勝手に飲(や)らせてもらっとるよ」ズズズ……


"霧夜"と呼ばれた―――昨夜半蔵が電話で応対していた人物―――は、茶目っ気のある半蔵の態度を殆どスルーして要件を言った。


霧夜「……"忍結界"が張られました」


半蔵「知っておる」


霧夜「賊は判明しているだけで"5名"。こちらも"斑鳩"達に迎撃を命じ、出方を伺うようにと」


半蔵「……"5名"とな?」


敵地のド真ん中に堂々と侵入するような地力を持つ"蛇"の忍と言えば、半蔵の知る限り、たった一組しか居ない。



半蔵「"道元"の秘蔵っ子等か」


霧夜「おそらくは」


半蔵「と、すれば今の飛鳥達の技量では」


霧夜「十中八九、勝てぬでしょうな……」


一見してそれは冷徹な言葉かもしれない。
だが彼等は"忍"である。
己の力量に一編の幻想も抱かないそのストイックさにこそ、古来より続く強さの源があると言っても過言ではなかった。


半蔵「…………ま、しかし問題はなかろうて」


霧夜「…………は?」


思わず霧夜は聞き返してしまった。
忍同士の戦いにおいて、"勝てぬ"という事が如何な結果を及ぼすか。
自分よりも遥かにキャリアが長いはずの目の前の老人が知らぬ筈が無かろうに。


半蔵「…………飛鳥達が心配かの?」


霧夜「………………はい」


本来ならば、このような弱気な発言は忍としてはあるまじきものであろう。
だがそんな霧夜に半蔵はニコと笑って。


半蔵「ワシとてそうじゃよ」


霧夜「…………は?」


今一度の聞き返し。
かなり長い事この老人と共に忍の育成をしてきたが、事今日に至ってはいつも以上に言葉の真意が見えなかった。



半蔵「孫の命もそうじゃが、将来有望な忍の芽をあたら無駄に散らせとうない」
  「故に―――飛鳥達の下には援軍を遣わしておる」


霧夜「はあっ……!?」


霧夜は自身にとっては本当に珍しく、感情を表に出して叫んでしまった。
今このお方は何と言ったのだ。己の耳が馬鹿になっていなければ今確かに"援軍"と。


半蔵「応。確かにわしゃ言うたぞ、"援軍"を"たった今"飛鳥達の下に遣わした……というか勝手に飛び出したというか」


霧夜「……宜しいのですか?相手はあの……」


半蔵「さあのう、ぶっちゃけワシ自身援軍の実力を把握しきっているとは言えんでなあ」ズズッ


霧夜「――――――、」


飄々とした半蔵の物言いに、霧夜は無言だった。
呆れているのでは無い、彼は気づいたのだ。
一見していい加減とも思える発言の奥底に、半蔵自身にしか解らない"確固たる何か"がある事に。


半蔵「―――さあて、どう戦い抜いてくれることやら……」


そして舞台は、学園の裏へと移り変る。

バング「小銭を!(電話用の)小銭を所望するでござる!!」ガンガン!!

オープニングが終らねえ……。次回遂に邂逅!!ってなるといいなあ……。

後すいません。ちょっとアンケートめいたお願いが……。
「次回のバトルでバングと因縁イベントを一つ用意したい」のですが、"焔以外"の蛇女の面々の誰かであれば多数決で決めた上で書きます。

何も無ければランダムになります故。

それでは本日はこれにて。

本日分完成したので投下。漸くバトれます……永かった。

この世の理は二面性によって成り立っている。
そう最初に広めたのは誰だったか。
光があれば闇があり、陰があれば陽があり。
善があれば……悪がある。
両者はそれぞれコインの表と裏のように付かず、離れず、さりとて決して……交わらざるは水と油の如く。

時に争い、鬩ぎ合い、命の奪い合いすらも幾度と無く行われ。

これ即ちヒトの業の歴史の縮図とも呼べる二つの闘争は。
この時代においても、何ら変わることなく。



―――刃と刃が交差し、"二人"の間に重い金属音と火花を幾重にも炸裂させた。

既にそれが何撃目に及ぶのか数えるのも覚つかず。
しかし決して両者共にその主導権を譲らない。

その渦の中心に居るは物の怪の類では無く紛れも無い人間。
しかも未だ歳若い"少女"と呼べる程の齢。


???「―――どうした、剣先が鈍って来ているぞ?」


渦の片方。
"両の指に刀と思しき刃物を6本挟んだ"、黒い制服に身を包んだ少女は余裕の顔持ちでそれを振り回し、眼前の敵に対して斬撃を繰り出す。


受け手となるは、もう片方の渦。
大小二つの刀を両手に持つ、白き制服が対照的な少女。
彼女こそ半蔵の孫娘であり、この学園に忍の何たるかを学ぶ為に通う「善忍」。

―――"飛鳥"


飛鳥「―――"焔ちゃん"、やっぱりこんなのおかしいよ!!私達同じ忍同士なのに!!」


飛鳥は焔と呼んだ少女の攻撃を何とか受け流しつつ神妙な顔で黒の少女に応じる。



焔と呼ばれた少女「相も変わらず生温い物言いだな……善忍め」


黒の少女……"焔"は白の少女のその態度に軽く舌打ちをする。
そしてその周辺でも。
多様な個性を持つ少女達が、それぞれ互いに相手を決め争っていた。


???「―――しゃああらへんやろ。所詮仲良しごっこの集団なんやから……」


抑揚の無い喋りで手持つ白刃をキラリと光らせるは、焔と呼ばれた少女の仲間。

―――"日影"。

それに相対するは。


???「―――言ってくれんじゃんかよ日影ぇ!!仲良しごっこかどうかはアタイの拳を受けてからにしなっ!!」


豪咆一閃。
刃物を所持した相手に対して彼女は無手。
飽くまでも己の四肢のみを武器とするのを善とするは金髪の少女。

―――"葛城"。



???「日影さんに同意ですわ♪……ねえ、貴方もそう思いませんか―――"お嬢さん"?」


言葉遣いこそ丁寧だが、瞳の奥に一瞬並々ならぬ感情を表し。
愛用の大刀で鍔迫り合いを行うは。


―――"詠"。


???「何故そこまで私を目の仇にするのか存じませんが、勝負を挑まれたのなら受けるに吝かではありません……!」


細身の一振りのみで圧倒的な圧力に均衡させるは滑らかな黒髪を腰まで伸ばした少女。


―――"斑鳩"。



???「オレにとってはどっちだろうが構わない。降りかかる火の粉は払ってやるさ」


バサリと"番傘"を広げては雨霰の様に降り注ぐ銃弾のような"何か"を防ぐ眼帯の少女。


―――"柳生"。


???「何よ、ストイックぶっちゃって。……ってか、アタシを無視しようとすんなあああっ!!!」


ヒステリックに叫んでは"西洋傘"に仕込んだ銃弾を柳生へと連射するゴスロリ少女。


―――"未来"。



???「あらあら、あっちもこっちも楽しんでるわねぇ。……私達も楽しみましょうか、兎ちゃん?」


ワキワキと愉快そうに手を動かしにじり寄る様は、正しく痴女一歩手前。


―――"春香"。


???「……ふえぇ。何だか雰囲気がとっても怖いよぅ……」


痴女から距離を測るようにして後ずさりをする小動物的オーラを醸し出すピンク髪の少女。


―――"雲雀"。







彼女達はこの世から隔絶された空間―――"忍結界"と称された技法による、一種の空間断絶術―――で存分に舞い、剣を交え、戦う。




―――飛鳥、葛城、斑鳩、柳生、雲雀……。

半蔵学園の"裏の顔"が彼女達「善忍」を養成する特殊機関であるとするならば。

また逆もしかり。


―――焔、日影、詠、未来、春香……。

彼女達は善忍とは真逆の位置よりの使者として半蔵学園へと訪れた。



―――"秘立蛇女子学園"

国より認可された学び舎である半蔵とは違い、生徒数、設立された経緯、責任者の人相に至るまで。
ありとあらゆる情報が秘匿された現代の秘境とも呼べる場所。
その地で学ぶのは決して良識ある技術だけではない、所謂。

"力こそが全て"

を掲げ、幾度と無く実力のある「悪忍」を世に放って来た。
その中でも焔達5人は時には死傷者すら出すという蛇女の地獄の修行を掻い潜った選りすぐりのエリート達、悪忍の中の悪忍、それが彼女達なのだ。



何度目かの剣戟の最中に、その瞬間は訪れた。


飛鳥「あっ……!?」


焔「ふん……!」


現状での技量の差か、持って生まれた資質のそれか、或いはその両方か。
競り合いの僅かな隙を穿った焔の一撃が、飛鳥の両刀を弾き飛ばした。

そして。


飛鳥「…………!」


喉元に刀の切っ先を突きつけられる。


焔「馬鹿が。甘っちょろい事をいつまでも言っているからこうなるんだ」



葛城「―――!飛鳥っ!?今行―――」


窮地に陥った後輩を救うべく動こうとするも。
目の前に迫った刃がソレを妨害した。


日影「……行かすと思ったんか?」

葛城「……!くっそ、そこを退けよ日影えええええっ!!」





焔「……さて、外野は放って置くとして、だ」


飛鳥「…………、」


身じろぎ一つ出来なかった。
切っ先より滲み出る圧力が、"動いたら切る"という事を如実に訴えてくる。


焔「元々お前等(半蔵)とは一当てしたら戻るつもりだった。どうせ実力差など解りきっていたからな」
 「ただまあ、ここまで来たついでに一つ聞いておきたくてな―――」


圧力が更に深みを増す。
ここからが本題と言わんばかりに。













焔「―――"超秘伝忍法帳"は、どこだ?」




"超秘伝忍法帳"とは。
この世に"白と黒"、2対1組の巻物として存在しており、2つ合わせて手にした者に絶大な力を与える道具としてその時代最高の忍の栄光を支えて来たとも称されている。


焔「私達の頭領が最近ソレの捜索に力を入れてるようでな。正式な下知はまだ下されてはいないが、奪えるモノならば早くに越した事は無い。それに……」
 「あらゆる忍の中で"最強の力"。もしそれを手にする事が出来ると、そう考えるだけで何とも心地良い。―――そう、思わないか?」


ニヤリと笑みを浮かべたまま陶酔するようにして力への欲求を述べる焔。
しかしそんな彼女に。


飛鳥「焔ちゃんは、間違ってる……!」


喉元に刃を突きつけられても尚力強い瞳で、飛鳥は反論した。


飛鳥「そんな歪んだ形で力を手にしたって、何にもならないよ……!!」


焔「………………、」


また、だ。
最初に会った時からこいつはそうだった。
光を宿した瞳、影の中にいながら何処までも自分の未来を信じきった穢れの無いソレ。
まるで、昔の……。


焔「……お前とはつくづく意見が合わないな」


だが、まあ、そんな事はどうでもいい。


焔「素直にこちらの要望に応えれば、少なくとも命までは取るつもりは無かったのだがな」



これも忍の人生の中の一幕。
どうせ直ぐに自分の記憶から風化して忘れ去る。


焔「恨むなよ、とは言わないさ」


焔は突きつけているのとは逆の手を振りかぶると。

―――一息にそれを、飛鳥の首元に叩き下ろした。


飛鳥「あ―――!」


剣先がこちらに向かってくる様が、スローモーションのようにゆっくりだった。
飛鳥の命を刈り取るべく弧を描いたそれは、数秒後に確実に自分の首を飛ばすだろう。


叫び声を挙げる暇も無い、呆気なく目前に迫った自身の死を見て。
尚も彼女の心に"後悔"の二文字は無かった。

最後まで自身の信念を信じ切った結果だ。
その果てに何があったとしても彼女には受け入れる覚悟があった。

ただ。



飛鳥「………………、」


欲を言ってしまうのならば。


飛鳥「(霧夜先生、斑鳩さん、かつ姉、柳生ちゃん、雲雀ちゃん……)」


皆が未だ戦ってるのに、自分がこの場でリタイアしてしまう事が無念と言えば無念であった。
それに。


飛鳥「(お父さん、お母さん……)」


実家に居る父母に先立って逝ってしまう親不孝と。


飛鳥「(じっちゃん……)」


忍の修行を頑張ると誓った祖父に対する裏切り。
そして。

今も尚、実家の寿司屋で皆を笑顔にしているであろう。
自分が記憶喪失にしてしまった、あの大きい背中……。



飛鳥「(だ、駄目だな私……)」


覚悟をしたというのに、早速その心が揺らいでしまってる。
でも。
もう、それも。


―――最後だ。


きゅっと瞳を閉じた飛鳥に。
"勝ち"を確信したように瞠目する焔。

その背後では飛鳥の名を叫ぶ同期達の声が鳴り響……。


―――こうとした瞬間。












???「―――ワッショオオオオオオオオオオオオオオオイ!!!で、ござあああああああああああああああああああある!!!!!」




突然。
強固に張られた忍結界の天井を叩き割って。
前方回転しながら意味不明な言動を絶叫する"影が"一陣、戦場の只中に舞い込んだ。

そのまま影は重力に任せて落下する。
丁度、焔と飛鳥の"真ん中"辺りに割って入るようにして。




焔「―――なっ…………!?」
飛鳥「―――えっ……きゃああああっ!!」




―――ドズウウウウウウウウウウン!!

鳴り響く轟音、舞い散る砂埃。
何よりも。


焔「げほっ、ごほっ……!!(け、結界の中に進入してきた、だと……!!)」


一般の人間であれば、直ぐ傍に結界があっても"そこには何も無い無の空間"と認識される筈であった。
それが無いという事は、目の前の"コイツ"も……。

飛鳥への止めに集中しすぎた所為で、唐突に巻き起こった砂塵を避けられなかった焔の目に、肺に砂粒が入り込んでしまいロクに呼吸が出来ず、視界も利かない。


焔「(くそ……誰だ……!!)」


必死でぼやけた視界を正常にしようと目を擦り。
また他の者達も。


日影「………………、」
詠「…………………、」
未来「………………、」
春香「………………、」

葛城「………………、」
斑鳩「………………、」
柳生「………………、」
雲雀「…………???」


突然の異常事態に戦闘の手を止め、目を丸くしていた。

その中にあって、唯一飛鳥だけが。


飛鳥「………………、」


へたり込んだ彼女にだけ、この事態を引き起こした人物が誰であるのか得心が入っていた。
しかし。


飛鳥「………………、」


いや。でも。だけど。なんで。
色んな疑問符が頭に浮かんでは消えた。
そんな事は有り得ない、そんな話は聞いて無い。あのヒトは今日も寿司屋を―――。

だが。


影「―――何やら妙~な違和感を感じたので全速力で来てはみたものの……」


声の主の言葉が。
能天気な声色が。


影「―――何でござるかこの薄らボンヤリした周りの景色は。面妖な……実に々に面妖でござる」


飛鳥の疑問に対し、強烈に、一切合財の余儀無く。
「そうだ」と答えていた。



影「……っとと、先客が居たでござるか!すまぬでござるなあ拙者怪しい者では無いでござるよ……ってこの問答先刻もやったようなでござる……」ブツブツ


影は己の周りに居た少女達に漸く気づき。
飛鳥はそのフレーズに一瞬デジャビュを感じ。

と、同時に。


影「―――おろ?」
飛鳥「―――、」


砂煙が晴れ、両者の顔が鮮明に写し出された。


―――影は見る。
豊満な肢体と白を基調とした制服。
何よりも瞳の奥に見える力強さ。


―――飛鳥は見る。
ざんばら髪に真っ赤なマフラー、浅黄色の独特な装束。
顔面にはバッテン印と金色の瞳。


それぞれのパーツが。


影「あ―――」

飛鳥「バ―――」


それぞれが求めていた答えに、ぴたりと符合した。











バング「―――飛鳥殿おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
飛鳥 「―――バングさあああああああああああああああん!!」









先程までの絶望シーンは何処へやら。
一瞬で立ち直った飛鳥は思わず降って沸いてきた大男……シシガミ・バングに駆け寄った。


飛鳥「どうしてこんな所に!?お店は?じっちゃんも来てるの??その包みは???あれから記憶って戻りました????」


早口でまくし立てる少女に、大男も負けじと。


バング「いや拙者にも何が何やら。ご隠居殿に飛鳥殿への差し入れを頼まれて"がくえん"まで訪れたは良かったのでござるが場所は解らぬわ出会う人々皆から情報は得られぬわで危うく警吏沙汰になりそうになるわ散々だったでござるよ!あ、ちなみに記憶の方は未ださっぱりでござる」


唐突に知人同士の漫才めいた会話が始まり。


一同「「「「「しら~~~~~~~~っ」」」」」


途端に戦場の空気が弛緩した。



斑鳩「あ、あの……」


それを何とかしようと一番手で手を挙げたのは斑鳩だった。


斑鳩「飛鳥さん、その男の人は一体……」


次の瞬間。
バングは一瞬で斑鳩の前まで移動すると、徐にその手を取った。


斑鳩「えっ―――!?」


葛城「(お、おい……見えなかったぞ……!?)」


気を緩めたとはいえ斑鳩も葛城も一流の忍である。
そんな彼女達の目でも追えぬ動きをしたバングは、斑鳩が驚くよりも先に挨拶を終えようと。


バング「おお、飛鳥殿のご学友でござるか!初めてお目にかかるでござる。拙者―――」


口を開いた瞬間だった。



日影「(―――なぁにをやっとるんだか知らんけど)」







バングの背中から忍び寄るは日影。
無論その手にはキラリと光るナイフを握り。


日影(ここに来たゆうことは半蔵(※半蔵学園の略称)の手のモンか。恨みはようけ無いけんど……)」


葛城「あ……!!」

斑鳩「―――!!」


二人は迫り来る蛇に気づくも、肝心のバングからは背後が死角となり身動き一つしない。


予め言うのならば、日影の行動は合理的であり、卑怯と呼ぶべき行為では決して無い。
そも結界を難なく越えてる時点で自分達と同類と認識できるし。
半蔵の一員と笑顔で会話している時点で蛇女の敵として断じるには十分だ。
故に。


日影「(恨むんなら敵地で阿呆面晒した己の馬鹿さを呪うんや―――」


迷い無く白刃を闖入者の首筋に突き立てようとして。




日影「(な………………あ?)」


出来なかった。
いや、正確に言うならば。


バング「……で、"そなたら"も飛鳥殿のご学友でござるか?」


止められて、いた。
敵の目は全く日影の方を向いていなかった。
なのに。


日影「………………!!!!」


感情が希薄な、戦闘マシーンである筈の彼女の目が驚愕で見開かれた。
目の前の獲物は、ナイフが刺さるか刺さらないかギリギリの位置で、親指と一指し、たった2本の指だけで刺突を押し留めていた。
更には。


―――コツン。


日影「は―――?」


軽い衝撃と共に首が揺れた。
それが何事によるものかを認識する前に。






日影の身体が、地面に力無く横たわった。



一同「「「「「―――!!!!!」」」」」




蛇女も、半蔵も一同その光景を凍りついたように見ていた。
両陣営共に、ナイフを持った日影の機動力と確実性は身に染みて理解している。
そんな彼女が。


日影「あ……、がっ……!!」ピクピク


陸に上がった魚のような無様を晒すなど、誰が想像出来たであろうか?


バング「余り女子(おなご)にこうしたくは無かったでござるが、何、軽い脳震盪でござるからじきに―――」


詠「―――!!!」ズアッ!!!


続いて切りつけるは詠。
彼女は大刀でバングの脳天を叩き割るべく振りかぶった。

踏み込み、太刀を下ろす速度。
どれをとっても現時点で自分が出せる最高の物であった。
が。


バング「お主の様なうら若き女子が」ガシッ


何なく大重量の凶器を掴まれると。


バング「こんな物を振り回しては危ないでござるよ」


腹部に向けて"ポスン"と、音だけなら実に可愛らしく拳を放つと。


―――手に持った太刀ごと、詠の身体がすっ飛んだ。



詠「――――――!!!???」


地面に接した、衝撃自体は大した事は無かったものの。


詠「うっ……くくっ……~~~~~~~~~っ」


やはりこちらも立ち上がれなくなってしまった。


バング「――――――ふむ」


バング「何やら今日は良く刃物を押し当てられる日でござるなあ」チラリ


困った表情で背中に目を向ければ、そこには。










焔「………………、」ギリッ

視力を回復させ、疑念と共に敵意を爛々と漲らせた焔の姿。
その手には獲物が握られており、刃はバングの肌数ミリまで押し当てられていた。
だが何故だろうか。
彼女には"コイツを切れる"という想像が全くと言っていい程出来なかった……。


焔「お、お前……一体何だ?」


日焼けした小麦色の肌に、じっとりと珠の汗が浮かんだ。
半蔵の孫と知り合いなのは間違いない。

ならばこいつも「善忍」か?だがそれはおかしかった。

現状、半蔵学園の常駐している善忍は飛鳥達5人以外は僅かな教師陣と、あの伝説の忍びである"半蔵"しか居ない筈。


焔「(まさか、コイツがあの"伝説"の……?)」


そうだとすればこの実力の高さに飛鳥と仲が良いのにも頷けるが。
だが、選び抜かれたとはいえ私達のような新人の元にいきなり頭領がやってくるのだろうか。
しかも眼前の大男の容貌が幾らゴツいとはいえ、とても祖父と孫という立ち位置を連想させる程の歳ではなさそうだった。

じりじりと焦がれるように思考の渦は加速する。


が、そんな彼女の焦燥など知りもしないバングは馬鹿正直に。


バング「む。確かに名乗っていないのは失礼であった―――ゴホン!」


咳払いをすると、学園中に響き渉らんかとう程の声量で。












―――拙者、性はシシガミ!名はバング!!
―――二つ合わせてシシガミ・バングでござる!!
―――現在は寿司屋の丁稚として日夜絶賛活動中でござる!!
―――今の旬のタネはサバの―――













焔「―――ちょちょちょちょちょちょちょ、ちょっと待て!!!」



バング「……何でござる?そなた等が名乗れと言うからこうして―――」


焔「……今、お前、なんつった?」


バング「バング。シシガミ・バングでござる」


焔「違う!!その後!!!」


バング「……寿司屋の丁稚でござるか?」


焔「そう、そこだ!!……どういうことだ?」


バング「丁稚とは所謂"お手伝い"の事で、給料は―――」


焔「―――違うっつってんだろが!!!誰がお前の給料なんか気にするか!!!」


冷静に事態を把握していた焔の電子回路が遂に焼ききれた。
焔は本当に、本当に普段の彼女らしく無いような台詞をバンバン吐いた。
蛇女に居る彼女の後輩達に聞かせようモノならば卒倒してしまう程の。



焔「お前―――半蔵が遣わした忍じゃないのか!?」


バング「拙者、ご隠居……半蔵殿には確かに懇意にさせて頂いておるが、別に忍というワケでは無いでござるよ?」


バングが繰り出した衝撃発言に、この場に居る一同(飛鳥以外)の顔が「はあ?」といった風に破顔した。


焔「じゃあお前……"善忍"じゃ、無いのか……?」












バング「或いはそうであったやもしれぬが―――何しろ拙者"記憶を喪失している"ので、詳しい事は何にも解らぬでござる」
   「オマケに、仮に忍であったとしても術なんぞ綺麗さっぱり忘れておるのでとてもおこがましくて名乗れぬでござるよ」


―――はーっはっはっはっはっはっは!!





焔「じ……術が……使えない……?」


葛城「お、おい……飛鳥……」


斑鳩「本当なの、飛鳥さん……!?」


飛鳥「ええ……はい、まあ、そう……です……(主に自分の所為ですけど)」


柳生「……………………、」


雲雀「ふわぁ~、すっごぉ~いんだねぇ~♪」


遠巻きに事態を見守っていた善忍の面々からも、思わずツッコミが入った。
突然乱入し、(結果として)自分達の危機を救った男の正体が。









忍びでもなんでもない、寿司屋の手伝いだと言うのだから。




「―――ふっっっっっっざけんじゃないわよおおおおおおおおおおおおっ!!!」






だがそうと言われて納得できるかと問われれば激しくNO!であった。
同じく無言で事態を静観(呆れて物が言えなくなっていたともいふ)していた未来は、正気に戻ると同時に。
ゴスロリ風の衣装の何処に隠していたのか大量の銃器を取り出すと。


未来「あたしらがそんなんに負けるかああああああああっ!!後あたしを無視すんなあああああああああっ!!」


フルオートで発射されたそれは秒間何百発もの鉄の雨を降らせ、喰らった物は例外なく無残に肉塊に……。


バング「―――やっ、ほっ、ほい、ほいでござる」ガキンガキン


ならなかった。
着弾の前に拳を繰り出したバングはそれら全てを。


バング「しめて783発……ぐらいでござろうか?」


握りつぶした。
開いた掌からは銃弾と思しきひしゃげた鉄の塊がパラパラと零れ落ち。


未来「――――――、」


真っ黒なドレスに身を包んだ少女は、真っ白になって燃え尽きた……。
と思いきや。



未来「何の!そんなもん計算の内だっての!!」


柳生「(厭な計算だな……)」


未来「―――春香様、今です!!!」


春香「…………!!」



未来と同じく事態を静観()していた春香は、促されると同時に何やら小声で呟き始めた。
すると……。


バング「―――、」


ふらり、と。
不動であった筈のバングの身体が陽炎のように揺らいだ。


未来「は~~~~っはっはっは!!これぞ春香様得意の"傀儡の術"!!アンタはもうこれで籠の中の鳥同然よ!!さ~あ今度はそこの生意気な善忍達を……やっつ、け、て……?」










バング「おおお、何やらちょいと頭がフラッとしたでござるが……成る程そういう事でござったか」ピンピン


未来「」
春香「」



未来「……ってちょっと何なのよアンタ!!術になんでかかって無いのよ!?やっぱ術使えないなんてウソなんでしょ!!!」


バング「人聞きの悪い事を言うなでござる!そんなモノ 気 合 一つでどうとでもなるでござるよ」


未来「なるかあああああああああああ!!アンタ忍ナメてんじゃないわよおおおおおおおおお!!!!」


春香「……わ、私の傀儡術が……苦労して会得した術……お父様……」ブツブツ


未来「ああっ!!春香様がトラウマ刺激されて現実逃避していらっしゃる!?しっかり、しっかりしてくださいぃ~~!!」











斑鳩「…………」
葛城「なんつーか、敵だけど哀れに思えて来た」
柳生「……諸行無常だな」
雲雀「わ~、柳生ちゃんむつかしい言葉知ってるんだねぇ~♪」
飛鳥「……な、何かゴメンね。焔ちゃん……」


―――で、結局。



焔「―――半蔵の忍共、今日はここまでにしておいてやる!!」
 「だが次に相間見える時は容赦しない、蛇女の全身全霊を以って―――」







日影「―――、」←脳震盪から回復せず
詠「……ピクピク」←痺れが取れず
春香「…ブツブツ」←現実逃避中

未来「お、重い……!!」←春香を担いで逃走中。


焔「―――必ず!必ず貴様等の超秘伝忍法帳は戴くからな!!」←3人中二人抱える











―――覚えてろよおおおおおおおおおおっ!!!





紅に染まった空に、蛇の慟哭が、木霊した。

第一章も終盤でございます。正義は勝つでござる。
残りはエピローグとプロローグなんかやって第二章に無事行けるか……なあ?

それでは本日はこれにて。

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