狐のお宿(34)

狐女将「おや、人間のお客様とは珍しいですね」

狐女将「え?森の中を歩いていたら遭難された?あらあらそれは大変ですね」

狐女将「麓まで案内するのは構いませんが、夜の森は大変危険です。良ければ一晩泊まっていかれてはどうですか?」

狐女将「はい!それでは改めまして……。本日は旅館『稲荷屋』へようこそお越し下さいました。私女将の狐女将と申します。今宵はどうぞお寛ぎ下さいませ」

狐女将「では此方がお部屋になります。夕食はただいま準備しております故、暫しお待ちください」

狐女将「え、この耳と尻尾ですか?これらは付けてるのではなく自前のものですが?」

狐女将「こうやって女将業をする時は人間の姿をするのが都合が良いのですが、耳や尻尾などまで隠すのは如何せん疲れるのですよ」
狐女将「あの……もしかして私が本物の狐だと思っていなかったのでしょうか?」

狐女将「こすぷれ?がどういった物かは判りませんが、私は確かに狐の妖です」
狐女将「まぁ妖とは言えお客様をどうこうするつもりはありませんので、取り敢えずは部屋でゆっくりしていって下さいませ」

狐女将「そうそう、良ければ先に温泉などはいかがですか?」

狐女将「一日中歩き回って疲れていますでしょう?その疲れと汗を流してきて、さっぱりした気持ちで夕食にするのもお薦めですよ」

狐女将「それに、今夜の露天風呂からはいいものが見られると思いますよ?」

狐女将「はい!ではご案内いたしますね」

狐女将「失礼します。お待たせ致しました、夕食の準備が整いましたのでお運び致しますね」

狐女将「本日は山の幸を中心に調理させていただきました。ごゆるりとご賞味下さいませ」

狐女将「フフッ、そんなに美味しそうに食べていただけたら、こちらも腕によりをかけて作ったかいがありますわ」

狐女将「え、これを作ったのも狐かですって?」

狐女将「えぇ、そうですよ。あなたの目の前にいる狐が作った料理ですよ」

狐女将「あの……料理を褒めてくれるのは嬉しいんですが、あまり顔を覗き込まないでくださいませんか?」

狐女将「あまり赤くなった顔は見られたくないです……」

狐女将「他の従業員ですか?」

狐女将「ここは私が一人で切り盛りをしている宿なので、他には誰もいませんよ?」

狐女将「まぁ確かにちょっとは大変ですけど、そこまでお客さんも多いわけではないですし。今日だってお客様はあなただけですから」

狐女将「二人きりって……ちょ、ちょっと!何考えてるんですか!?恥ずかしいじゃないですか!」

狐女将(一瞬想像しちゃったじゃないですか///)

狐女将「お、オホン。とにかく、ここは利益を目的とした宿じゃないってことです」

狐女将「疲れた体と心を癒すために、私がおもてなしをする宿なんです」

狐女将「普段は山の妖が多いですけど、まああなたのような人間も稀にですがいらっしゃいますね」

狐女将「あ、でも、あなたのように最初から怖がらなかった方は初めてですね。相当に肝が据わった方なのでしょうか?」

狐女将「けもなー?ですか。それはどういった人間なのでしょうか?」

狐女将「気にしないでくれと言われるほうが気になるのですが……人間も進化していくのですね~

狐女将「あ、でももし無理に我慢しているようでしたらちゃんと耳も尻尾も隠せますよ?よいしょっと」

女将「ほら、これで普通の人間と変わらない……きゃっ!?」

女将「え?耳と尻尾は隠す必要が無い?むしろ隠さないでくれって?」

狐女将「まぁあなたがその方がいいならこちらとしても楽で良いのですが」

狐女将「最近の人間は変わってますね~」

狐女将「そろそろ夜も更けてきましたね。お布団を敷かせて頂きますね」

狐女将「ん?どうかしましたか?深い意味?別に何もありませんよ?」

狐女将「顔が真っ赤ですね。風邪でもひかれましたか?」

狐女将「熱は無いようですね。日中の疲れが出たんでしょうか?今夜はゆっくりお休みくださいね」

狐女将「それでは失礼しますね。おやすみなさいませ」

狐女将(それにしてもさっきのお客様の反応はなんだったのですかね)

狐女将(まぁお客様に何かあったら私しか何とかできる狐はいませんからね。念の為の準備はしておきますか)

狐女将(私とお客様の二人しかいない……あれ?)

狐女将(二人だけの旅館、夜も更けてきたからと布団を敷く、からの……夜伽?)

狐女将(う、うわあぁぁぁぁぁ!私ったら何をやってるんですか!そりゃあお客様も顔を真っ赤になされますよ!)

狐女将(……はぁ。明日の朝食の下ごしらえを済ませたら、お風呂に入って寝よう)

狐女将「ごはん良し。魚も焼くだけ。のり、納豆、油揚げよし」

狐女将「下ごしらえはこんなものですね。さて、私もお風呂に入って寝ますかね」

狐女将(お客様はさっきお風呂に入ったみたいだったし、もう寝てますよね。なら私も露天風呂に入っても大丈夫かな)

狐女将(晴れた日の露天は最高ですよね。それじゃあさっそく準備しよっと)

狐女将「はぁ~やっぱり露天風呂はいいですね……」

狐女将「お酒でも持ってきて月見酒といっても良かったですね」

狐女将「それかあのお客様が入って来ちゃったりとか……って、私ったら何考えてるのかしらね」

ガラッ

狐女将「って、お客様!?」

狐女将「す、すみません。てっきりお客様はもうお休みになられてるものと思い込んでしまい……」

狐女将「な、なので……その、此方にいらしたらどうですか?いくらなんでもその恰好じゃ寒いと思いますよ?」

狐女将「湯加減はどうですか?」

狐女将「そうですか、それは良かったです。それにこの星空も素敵でしょう?」

狐女将「晴れた日の夜にこうやって温泉に入りながら、星空を眺めるのが私の一番の楽しみなんですよ」

狐女将「お客様は……やっぱりこの星空でしたか」

狐女将「この眺めなら一日に二回でも入りたくなるってもんですよ」

狐女将「え?それだけじゃあないって?」

狐女将「わ、私が原因ですか!?」

狐女将「私の事考えていたら眠れなくなった、ですか」

狐女将「それはすみませんでした。なんとお詫びをすればよいのやら……」

狐女将「いえいえ、鉢合わせしたのは勝手にここに入っていた私のせいですから、お客様のせいではありませんよ」

狐女将「それに、私も嫌な気分じゃないですから……」ゴニョゴニョ

狐女将「あ、いえいえ!何でもありません!」

狐女将「あの……お客様は怖くはないんですか?」

狐女将「先程も言いましたが、私妖怪なんですよ?」

狐女将「今までの人間は私を怖がっていたし、ここまで私を受け入れてくれる人はいませんでした」

狐女将「そんな私を……え?」

狐女将「あの、その、え?そこまで耳と尻尾を褒められても……いや嬉しくないわけじゃないんですけど。何だかんだ自慢の毛並みですから」

狐女将「まぁ、女将ですしお客様には優しくしますけど。あ、さっきの着物も良かったんですか?」

狐女将「あれは母から譲り受けた着物なんですよ。褒めてもらえて母も喜んでると思います」

狐女将「母は……何年も前に人間に殺されました」

狐女将「猟師の銃に撃たれてしまい……。でも、人間を怨んではいませんよ?」

狐女将「猟師達も生きるために必死でしたし、肉は食糧に、毛皮は売られてしまいましたけど、骨はちゃんと埋めて供養してくれてましたから。感謝の気持ちも伝わってきましたからね


狐女将「きっと母にも伝わっていると思いますし、私が恨みつらみにのまれて生きていく事を望んではいないと思いますから」

狐女将「人間にも妖怪にも、悪い心を持った輩は大勢います。ですが、あなたのように優しい心を持った方が居ることも知っています」

狐女将「ふふっ、私の母のことで涙を流してくれる人が、優しくないわけないじゃないですか」

??「もし、暫しよろしいかの?」

狐「寝る前に失礼する。お前さん、本当に狐なんかと仲良くしていいのかね?」

狐「狐は人間を騙すというのは有名な話じゃろ?それなのに何故にあの女に優しく接するのじゃ?」

狐「え!?ほ、ほう……狐女将に惚れたとな?それはそれは、人間としてはおかしなやつじゃのう」

狐「お、おやおや、わしの毛並みを褒めてなんとするん……付き合ってほしい?馬鹿かお主」

狐「わしはただの狐じゃよ?それなのに……え、バレてるんですか?」

狐女将「あの、どこでバレたんでしょうか?……最初から!?なんで判るんですか!」

狐女将「見た目はこの通り普通の狐じゃないですか!そりゃまぁ人語を話す狐は普通じゃないですけど」

狐女将「雰囲気、ですか。けもなーを嘗めないでくれって……けもなーとは精霊や神に近い存在なのではないでしょうか?」

狐女将「はぁ、でもなんだか吹っ切れました。今言ったこと、嘘じゃないですよね?」

狐女将「ではちょっとお布団の中、失礼しまーす」

ゴソゴソ ポンッ

狐女将「ふふっ、今度は人間の女将姿ですよ?お客様の好みに合わせてちゃんと耳と尻尾はそのままです」

狐女将「残念ながら着物は着ていませんがね」

狐女将「……本当はですね、貴方に嫌われようかと思っていたんですよ。人間と妖とじゃ住む世界が違いますからね」

狐女将「そうすればこの気持ちも捨てられるかと思ったんですが……失敗しちゃいましたね」

狐女将「ですから私も言わせて下さい。私は貴方の事が大好きです。今日初めて会ったばかりだけど、この気持ちに嘘はありません」

狐女将「ふふふっ、貴方様の腕の中、温かいですね。あの、お願いなんですが……」

狐女将「優しくして下さいね」

狐女将と長い夜を過ごした……

狐女将「お客様、おはようございます。朝食の準備が整いましたのでお運び致しますね」

狐女将「あの、そんなに見つめないでいただけますか?昨晩の事を思い出すと恥ずかしくて……」

狐女将「激しかったねとか言わないで下さい!まったくもう……」

狐女将「とにかく、まずは朝食を召し上がって下さいませ。それから麓への道を案内しますから」

狐女将「味わって食べてくださいね」

狐女将「はい?あぁその稲荷寿司ですか。せっかく『稲荷屋』という名前なので食事に出してみようかなと思って毎朝出しているんですよ」

狐女将「お稲荷様がその日一日見守ってくれていますよという、ゲン担ぎみたいなものです」

狐女将「え、こっち来いって……あ、あーんですか!?そんな、お客様の食事を頂くわけには」

狐女将「お客様がしたいから?あの、でしたらその……頂きますね。あーん」

狐女将(うーん!やっぱり油揚げおいしいー!)ピコピコ フリフリ

狐女将「え?尻尾フリフリ耳ピコピコってなんですか?」

狐女将「さて、朝食も済んで準備も出来ましたし、そろそろ行きましょうか」

狐女将「麓まで行けば大丈夫なんですよね?今から出ればだいたい昼ぐらいには着きますから安心してください」

狐女将「それであの、良かったらなんですけど……」

狐女将「え?一緒に暮らそう?本当ですか……?」

狐女将「グスッ……、いえ、違うんです。悲しいんじゃなくて嬉しいんです」

狐女将「私も離れたくなくて、でも貴方に迷惑がかかるんじゃないかと思うと」

狐女将「はい、これからもよろしくお願いしますね。あなた」


終わり

読んで頂きありがとうございます
エロを書くは無理っす
とりあえず人外娘とmaxコーヒーが流行ることを祈りつつ寝ます

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