鷹富士茄子「福娘」 (80)

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「ごめんなさい。その、私はちょっとアイドル気分が味わえたらいいなって思っただけで…」

その子は申し訳無さそうな顔を作ってそう言うと「ありがとうございました」と事務的な礼をして出て行った。

窓から外を見やるともう携帯をいじくりながら歩いている。



P「~~」

声にならないうめき声が出た。

ちひろ「大丈夫ですか?…その…またすぐに新しい子が見つかりますよ!」

P「…ありがとうございます。」


また、か。そうかもしれない。アイドル戦国時代、アイドルになりたい子はいくらでもいる。

そういう意味だろう。だが、どうしても『またか』というネガティブな意味に捉えてしまう。



ちひろ「少しお休みされてはどうですか?」

ちひろ「…その、今はうちの事務所にアイドルはいないことですし…」

ちひろ「なーんて…なんて……はは…」

P「…」



俺とちひろさん二人だけの事務所に妙な空気が流れる。



P「そうですね…そうします。有給と、夏季休暇はまだ申請できますよね?」

ちひろ「え?」

P「少し頭を冷やしてきます。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします。」

ちひろ「え?あの、ちょっと!」



そうして、もうお盆も過ぎた頃。俺は遅めの夏休みをとることにした。


…事務所はちひろさんの副業でうまくやっていけるだろう。

――無心でバイクを飛ばす。次々と続くワインディングをクリアしていく。

P(…大分奥まで入ってきたな…)

変わり映えしない景色を無感動に眺めながらただただマシンを操作することだけを考える。





実際、それはゆるやかな自殺だったのかもしれない。

どうせ帰ったところで俺を待つ人もいやしない。だったらいっそ…





次のカーブ。捨鉢な思いでアクセルを開く。

その先に――






P(女の子!?)

――急な減速。間に合わない!

―――

――――――

―――――――――目の前がチカチカする。俺は…生きてるのか?



…バイクは?



…ああ、なるほど…学生時代からの付き合いだったんだがな。





P(いや…違う…そうだ!さっきの子は?)



「あの…大丈夫ですか?」

背後から声が掛かる。よかった。無事らしい。

P「あ、ああ…なんとか…。君は…」

P「…」



驚いた。

「?」

仕事柄容姿の整った少女は山ほど見てきたが…

P「…」




黒髪の少女は心配そうな顔でこちらを見つめている。

「あの…本当に大丈夫ですか?」




P「君…アイドルにならないか?」

それが、俺と茄子、鷹富士茄子との出会いだった。

――茄子「驚きましたよ。突然あんなことを言うから。」

P「ああ、ごめんな。ついつい。職業病で…」

茄子「ふふ。東京ってPさんみたいな人がいっぱいいるんですか?」

そう言いながら茄子は俺が渡した名刺をもてあそんだ。



茄子「いいなあ…東京か…」

茄子「東京に行ったら、私も新しい生き方ができるのかなあ…」


少し遠い目をする彼女もまた美しかった。

P「鷹富士さんは17歳なんだろう?高校を出たらうちにきたらいいさ。」

茄子「茄子でいいですよ。年下なんですから。」

茄子「…そうですね。もし、そういうことがあったら。その時はよろしくおねがいしますね。」

P「ああ。鷹…茄子ならきっと人気者になれるよ。保証する。」

茄子「ふふ。どうですかね。」

P「今でもそうなんじゃないのか?…そういえば、どうしてあんなところに?」


茄子「…」


P「茄子?」



茄子「ああ、見えました。あそこです。あれが私の家です。」

P「…!」

目を疑った。ほとんど獣道を歩いた先の小高い丘。

およそ山奥に似つかわしくない整然と立ち並ぶ豪邸の数々が見渡せた。

そして彼女が指差すのはその中でも一際大きな屋敷。




P「な、なあ…やっぱり俺は大丈夫だから…」


そう、実際あれだけの転倒をしたにも関わらず俺には奇跡的になんの傷もなかった。

茄子「だめです!私のせいですし…」

P「いや、それは俺が無茶な運転をしたから…」




茄子「それに…初めてですから…私に…」

P「?」

茄子「行きましょう。ここからはすぐですから。」

P「すごいな…山奥に…こんな…」

まるで都内の一等地を思わせるような瀟洒な住宅が立ち並ぶ。

しかし住宅の裏手は田圃や畑になっていたり、小さな商店が点々とあるところなどはやはり田舎だと感じさせる。



茄子「あ、こんにちは!」

茄子が挨拶をした方を見ると少し離れたところで老人が手を合わせている。

「…」


P「…」



茄子「…ごめんなさい…行きましょう。」

何かの信仰だろうか。声をかけた茄子には答えることなく一心にこちらの方角を拝んでいた。

―――「「…」」

P「あ、あの…タクシーか何かを呼んでいただければすぐに帰りますので…」

屋敷に通された俺はまるで蛇に睨まれた蛙のようになっていた。

居並ぶ茄子の親族は一目見ただけで俺とは住む世界の違う人種ということがわかる。


「どうやってこの村に…?」

P「あ、あの…茄子さんに案内して頂いて…それで…」



「…偶然だろうか。」

「まさか…ありえない」




眉をひそめて何事かささやき合う。…生きた心地がしないな。

茄子「あの、Pさんは私のせいで帰る手段をなくしてしまいまして…」

茄子が助け舟を出してくれるが場の空気は変わらない。



「秘密…守るため…」

「…待て、考え方によっては…」


俺が歓迎されていないことだけはわかるが…

何か含むところがあるかのような態度が気にかかる。


P「あ、あの…」

自分で帰りますから――そう言いかけて顔を上げた時。

ふと、視線を感じた。

目をやると茄子そっくりの少女がふすまの陰からこちらを覗いている。

…双子の妹だろうか?やや幼い感じがすること以外は本当に瓜二つだ。



茄子「そこをなんとか…お願いします…Pさん?」


茄子が俺の視線に気づいて声をかける。



P「あ、ああ…妹さんかな?よく似てるから…」

茄子「え?……はい!」

茄子「そうです!妹の『カコ』です!『カコ』とも仲良くしてくださいね!」

茄子「あの、しばらくPさんはこの家で休んでいただくということで、よろしいですね?」


「なんと…」

「これは……天佑か…僥倖か…」



「是非もあらず。P殿、非礼な態度失礼しました。どうぞ我が家と思いごゆるりと休まれたし。」



威圧的な空気は一転、うやうやしく来客を迎えるときのそれに変わった。


俺は、事態の変化についていけず隣ではしゃぐ茄子の隣で呆けていた。

茄子「よかったですね♪許してもらえて。」

P「ああ、正直生きた心地がしなかったけどな。」


P「…妹さんは?」

茄子「え?…ああ、妹は人見知りなので…あまり人前には出てこないんです。」

P「そうなのか。挨拶したいと思ったんだがな。」

茄子「…もしかして。スカウトしよう、とか考えてません?」

P「えっ。いや…まさか…はは…」

茄子「もう…はい、こちらがPさんのお部屋です。」


P「なあ、本当に、いいのか?見ず知らずのこんな男に…」

茄子「見ず知らずじゃありませんよ。」

P「え?」


茄子「これ、もらっちゃいましたし♪」

そう言って俺の名刺を両手で掲げる。

P「あ、ああ…それな。」

…アイドルにスカウトされたのがそんなに嬉しかったのか?

正直こんな田舎とはいえこの子なら引く手あまただと思うんだが…



P「しかし…やっぱり立派な部屋だな。」

茄子「私は向こうの離れに住んでいるんです。何かあったら声をかけてくださいね。」

P「こんなに大きなお屋敷なのにか?」

茄子「…」

茄子「ええ、まあ…」

「お嬢様」

P「!」

いつの間にか背後に初老の男性がいた。


「お医者様がいらっしゃいました。荷物を下ろしたらP様を診ていただくようにと。」

茄子「あ…はい。わかりました…。」

「それでは。」



茄子「あ…」

「?」

茄子「いえ…ありがとうございました。」



P「今のは?」

茄子「…使用人の方です。主に私の身の回りの世話を。」

P「そうか、やはり茄子はお嬢様なんだな。」

茄子「そう…かもしれませんね…。うん…。」

――

――――

――――――

茄子「ふう…今日も暑いですね。」

蝉しぐれなんて聞いたのはどのくらい前だろう?

あれから数日。茄子の家の人は丁重に俺をもてなしてくれた。

用事のないとき以外は俺に必要以上に構ったりはしなかったが…


P「こうして落ち着いてみてみると随分と昔ながらの町並みが残ってるんだな。」

茄子「この村はほとんど外との交流がありませんから…」

P「まあ、そうだろうな…お。」



向こうで茄子と同じぐらいの年頃の子達が雑貨屋の前のベンチに腰掛けて駄弁っている。

P「友達?」

何気なく問いかけた。

茄子「あ…ええと…」

しかし、彼女たちはこちらに気づき、お互いに一言二言交わすと、蜘蛛の子を散らすように走り去ってしまった。


P「あ…」


茄子「…あまり親しくない子たちですから…」


取り繕うようにそう言うと、店の軒先の冷蔵庫に頭を突っ込む。



茄子「Pさんっ♪これおいしいんですよ?」

彼女はそう言って俺におそろいのアイスを差し出した。


茄子「今日暑いですから、一緒に食べましょう?」

代金を支払うと二人でベンチに座ってアイスをなめた。

茄子「…うんっ!やっぱりおいしいですっ♪」

茄子「って言ってもこれともう1種類くらいしか食べたこと無いんですけどね。」

そんなことを言いながら楽しそうにアイスを頬張る茄子。



P(本当に楽しそうだな。)



ぼんやりと彼女を見ていると。

茄子「あっ!Pさん!」

P「あ…」


暑さのせいだろうか、いつの間にか俺のアイスは溶け落ちていた。

わざとらしいブルーがみるみると地面に染み込んでいく。





P「ついてないな。もう一本買うか。」

茄子「あ、大丈夫ですよ。ちょっと待っててくださいね。」

そういうと彼女は急いで自分のアイスを食べ始めた。



茄子「ん~~~!冷たい冷たい!」

よくイメージビデオでセクシーさをアピールするために使われる構図だ。

しかし茄子がやるとそれもなんだか微笑ましかった。




茄子「うー……ごちそうさま。はい、どうぞ。」

彼女が差し出した棒には『当たり』の文字。

P「すごいな。それは茄子が当たったんだから茄子が替えておいで。」

茄子「私が行ったらこのお店つぶれちゃいますから。Pさんお願いします。」


P「…?じゃあ、まあごちそうになろうかな。」

茄子「はい。私、ちょっと向こうの日陰で休んでますから。食べたら行きましょう。」



まあ年頃の女の子だ。買食いしてるのを見られるのが恥ずかしいんだろうな。

その時はそんなことを考えていた。



今度は アイスキャンディーは 落ちなかった。


それから、俺達は夏休みの子どものように遊んだ。

―― 輝く水辺で

茄子「あはは!ほら!Pさん!」

P「わ!おいやめろって!」

茄子「平気ですよ!すぐ乾きますから!」

P「よーし…そりゃぁっ!…うおっ!」バシャーン


茄子「わ?Pさん?…怪我してませんか?」

P「…ああ、大丈夫だ。しかしずぶ濡れだな…」


茄子「涼しそうですね♪私も♪」バシャーン

P「わっ、おい!」



茄子「…ふう。あはは!気持ちいいですね!」

P「…」


茄子「?どうしたんですか?」

P「あ、いや…なんでも…。」

―― 揺らめく木漏れ日の差す森で

P「こうして歩いてると体の中が浄化されていくようだな。」

茄子「そうですね、気分がすっきりしていきます。」


P「ん…」

茄子「どうしました?」

P「うわ…結構さされてるな。かゆい…。」

茄子「大丈夫ですか?はい、私薬持ってますから塗ってあげますね。」

P「ああ、ありがとうな。」



P「茄子は平気か?」

茄子「はい♪私はあまりさされませんから♪」



P「へえ、美味しそうなのにな。」

茄子「えっ?」

P「あ、いや!そうじゃなくてな!」

茄子「…」

P「あ、あの…」

茄子「ふーん…そういう目で私を見てたんですか…へぇ…」

P「ご、ごめんな…」



茄子「…」ダッ

P「あっ!おい!」



茄子「たすけてー、おそわれるー!」

P「おい!誤解だってば!」ダッ




茄子「あはは!たすけてー!Pさんにつかまっちゃうー!あはははっ!」

―― 満天の星空の下で

P「…あっ。」

茄子「ふふ。また私の勝ちですね。」


P「くそ。同じ線香花火のはずなのにな…」

茄子「どうしてでしょうね?」


P「ついてないな…ネズミ花火は俺の方にばっかり寄ってくるし。打ち上げ花火は俺が見に行くと突然吹き上がるし。」

茄子「…」

茄子「ねえ、Pさん。」スッ

P「お、おい…近いぞ…」


茄子「こうやって、私の線香花火とくっつければきっと長く楽しめますよ。」

P「あ、ああ…」


茄子「…」


P「…」



茄子「綺麗…ですね…」


P「ああ…」

夢の様な時間だった。遠い昔に失われたものを再び取り戻すかのようなそんな日々―




いつしか俺の有給も夏休みもとうの昔に終わっていたが、帰ろうという気持ちにはならなかった。





このまま、ずっと茄子と、ここで一緒に―――

P「…ちひろさん。怒ってるかな…」

ぼんやりとそんなことを考えながらぶらついた後、屋敷に戻ると、高級車の列が目に入った。


「〇〇先生、今後ともよろしくお願いします。」

「ああ、ふん。任せておけ。…それにしてもこいつは――」


そういうと男は茄子の顎を片手でしゃくりあげた。

「なかなか美しく育っているじゃないか。」

「…」



「茄子様。」

「…ありがとうございます。」

「ふふ、楽しみだよ。それではな。」



黒塗りの高級車が遠ざかっていくのを見ながら、なぜだか俺の胸には怒りがこみ上げてきていた。

ちょっとここからペース落ちるで。

P「ただいま。」

離れの中で茄子はうなだれていた。美しく着飾ったままで。


茄子「ああ、Pさん…おかえりなさい。」

P「…元気ないな。どうかしたのか?」

茄子「いえ…少し疲れてしまって…。」



P「…」


P「なあ、部外者の俺がこんなことを聞くのはどうかと思うが――」



どうしてかはわからない。だがどうしてもさっきの男のことが気になった。

尊大な態度、尋常ならぬ雰囲気、そして無遠慮に茄子の顔をしゃくりあげたこと――

茄子「…」

P「あ、いや。答えたくないなら別にいいんだが…」




茄子「あの人は…私の……夫となる方です。」

P「え?」




茄子「次の誕生日…18歳になったら私は…」

P「え、いや。だって随分と歳が離れているじゃないか…」




茄子「…」

P「あ、はは…そっか…まあ、色々あるんだろうな…その…ごめんな。」


ショックだった。うまく言葉が紡げない。ここから早く逃げ出してしまいたかった。

でも、このまま見て見ぬふりをしたら――

そんな思いが俺の脚を止めた。

P「…」


P「こんなこと…俺が言うのもなんだけど…茄子の気持ちはどうなんだ?」


P「もうそんな時代でもないんだし、茄子の希望を尊重して…」






茄子「…」



茄子「私に…気持ちとか、希望なんてありません。」

P「茄子?」


茄子「…私は『福娘』なんです。」

P「福娘…?」



茄子「…おかしいと思いませんでしたか?こんな山奥の村がこれだけ栄えていることが。」

茄子「…古来よりこの地は時の権力者にとある『捧げ物』をすることで栄えてきました。」

茄子「その捧げ物を手にしたものは―天壌無窮の幸運を授かり、遍く富と力を得る―」



P「え…?ごめん。話がよく…」

茄子「その捧げ物は一族の娘たちの中から、素質のあるものが選ばれます。」

茄子「幸運の化身『座敷童子』を見ることができるもの――カコを見ることのできる――」



P「おい、何言ってるんだよ…こんな時に冗談なんて…」

茄子「選ばれた娘は本家の養子となり、その身にまじないを施されます。」


茄子「…そうなった娘は周りの幸福を奪う力を得ます。」



茄子「蚕が桑の葉をせっせと食べて肥え太るように…娘は幸福を糧に育っていきます。」




茄子「…そして、幸福を貯めこんだ娘は『福娘』と呼ばれ、幸福を呼び寄せる最上の贈り物となるのです。」




P「そんな馬鹿なことが…」



茄子「わかって頂けましたか?――私は人間じゃないんです。」

茄子「―――人の幸せを喰らって生きる…化け物。」




茄子「……こんな私が人を幸せにするアイドルなんて…なれっこありません。」

P「…冗談はやめてくれ。茄子。」


こんなの…思春期の少女がよくする妄想だ。自分は特別だ。悲劇のヒロインなんだ。

閉じられた世界の中で夢見る少女が創りだしたおとぎ話。


もっと広い世界を見せてやりたい。この村以外にも彼女の世界はある。そう、強く思った。

P「俺と一緒に東京に行こう。君には可能性がある。大きな可能性が。」

茄子「…」


茄子「こんな、『供物』でしかない私にも可能性があるんでしょうか?」

P「ああ、君は物なんかじゃない。そんな迷信にとらわれる必要なんて無いんだ。」


茄子「…」

茄子「迷信だったらどんなにか良かったでしょうね。」

茄子「気づいてましたよね。私と一緒にいると、いつもついてないことが起こることに。」



P「…それは。」

全ては偶然だ。



そう思う。


そう思うのだけど。


茄子の表情、言葉がその考えをさえぎる。

茄子「…あなたは、どういう訳かカコを見ることができた。」

茄子「家の者達はあなたを私の贄(にえ)とするつもりだったのでしょう。だから、ここに…」


P「…でも、君が俺を引き止めたんじゃないか。」


茄子「それは…ごめんなさい。少しだけ…そう、少しだけ、一緒に居たかったんです。」



茄子「私をモノとしてでなく、普通の人間として扱ってくれる人なんて初めてだったから…」

P「…」




茄子「でも、あなたと一緒にいるのが楽しくて…気づいたらいつしか…。本当にごめんなさい。」

茄子「…あの日。私は逃げ出そうとしたんです。」

茄子「ここではないどこか。私が私でいられるどこかへ行きたい。そう思って。」


P「だったら!」



茄子「…」

茄子「…あなたと会えて、私の願いは叶っちゃいましたから。」




茄子「―――ありがとう。Pさん。今年の夏はあなたのおかげですっごく楽しかったです。」




そういうと彼女は俺の名刺を取り出して。


茄子「さよなら。です。」


―――破り捨てた。

名刺は風にのって薄暮の中へと消えていった。


俺は、ただ呆然と、立ち尽くすのみだった。



茄子「…18歳の誕生日。つまり次のお正月。私は福娘となり、あの方に嫁ぎます。」

茄子「…行ってください。秘密を知った以上あなたはこの村から出られなくなるでしょう。」

茄子「いえ…もう逃がさないつもりなのかも。私が嫁いだ後は…」

茄子「これ…このお人形を私だと思って連れて行ってあげてください。」

小さな古ぼけた人形を差し出す。

茄子「座敷わらし…カコの分身です。きっとあなたを幸せにしてくれます。」

茄子「これ、結構レアなんですよ?欲しいって人がたくさん…」


茄子「きっと…いいこと…いっぱい…あなたに…」


茄子は強引に人形を押し付けると、それきり口をつぐんで顔を背けた。

P「…」


P「なんだよ、それ…」



茄子「…」




P「…なんだよそれ!」

茄子「…!」

P「君が人の幸福を喰らう化け物だって!?そんなことあるはずがない!」


P「俺は、幸せだった!君と一緒に過ごして幸せだった!」


P「強く感じた!君をプロデュースしたい、輝かせてみたい!多くの人に知ってもらいたいと!」


P「君は人を幸せにできる!それは俺だけじゃない!もっと、もっと多くの人達だ!」



P「一緒に行こう!…いや。来てくれ!茄子!」

茄子「…」



茄子「…強引なんですね。」

P「よく言われる。」



茄子「私と一緒じゃ、逃げられないかもしれませんよ。」

P「大丈夫だ。きっと、大丈夫。」


自分に言い聞かせるように言うと。茄子の手をとった。





茄子「…はい!」

――

――――

――――――

道無き道をひたすらに急ぐ

P「ハア…ハア…大丈夫か?少し休んでも…」

茄子「いえ…それよりもアレを。」

茄子の指差す方を見やるといくつかの明かりと人の声。


茄子「…バレたみたいですね。おそらく誰かに見られていたのかと。」

P「…くそっ…」


茄子「急ぎましょう。こっちです。」

P「…ああ!」

再び歩みを続けようとする。

しかし

P「っ!」

突然肩に鈍い衝撃。


振り返ると


P「…?」


茄子の使用人が俺を見下ろしていた。

「…」

茄子「Pさん!…きゃっ!」

「…こっちへ来い。」

P「待て!…ぐっ!」



「…」

茄子「やめて!やめてよ!『お父さん』!」



――お父さん?

そうか、福娘は一族の中から選ばれると言っていた―だとするとこの人が茄子の――



「…どうせ逃げられん。」

茄子「やだっ!助けて!Pさんっ!」


P「茄子っ!」

俺は痛みをこらえ飛び出そうとした、が―

P「っ!」ドサッ

「客人。おとなしくされよ。」


P「ちくしょう!離せ!離せよっ!くそっ…!」


「ご苦労だったな。お前のおかげで『供物』が逃げ出すのを阻止できた。」

「…いえ。全て本家のためなれば。」



茄子「…お父さん…どうして…?」

「…お嬢様は責任を持って私が連れて行きます。◯◯様は客人を。」

「ああ、しっかり頼むぞ。」



「来るんだ。茄子。」

茄子「あ…P、さん…!Pさんっ!」

茄子が遠ざかっていく。何も、できないのか…?

このまま…ここで…

また…あの…毎日に…


こんなに強く思ったのは初めてだった。誰かを輝かせたいと。


会いたい。もう一度。茄子を、東京に連れて行きたい。



広い世界を見せてやりたい。あの笑顔を沢山の人に届けたい。俺の全てをかけても―

P「くそっ!」

思い切り頭を突き上げる。

「ぐっ!」

P「俺は…プロデュースするんだ…!」

「何を!」

P「あの子を!茄子を!彼女とともに…!トップアイドルを…!」

「貴様…!」

しばらく睨み合っていたが、若い俺のほうが有利と見たか、男は逃げていった。



P「ぐっ…!」

体のあちこちが痛む。



P「茄子っ!茄子っ!!」

必死で彼女の名を呼ぶ。

茄子「…Pさん!」

P「茄子!」

駆け寄ってくる彼女をしっかりと抱きしめる。

P「よかった…!無事だったんだな!」

茄子「…はいっ。」


「こっちだ!」

「声がするぞ!」


P「まずいな…行こう。」

闇雲に走る。体は痛むがそんなことを言ってはいられない。


「おい!いたぞ!」

「待て!」

P「!」



だが、暗闇の中で土地勘も無い俺が逃げまわるのには限界があった。




―――「もう逃げられん。さ、はやく『供物』を渡せ。」

P「くっ…」


後ろは…崖か、前には屋敷…だけではないな、あの村の住人達…

「どうする。もはや逃げ場はないぞ。」

P「…」

茄子「…」

茄子「…飛びましょう。Pさん。」

P「えっ?」

茄子「大丈夫です。絶対。」


無茶だ。助かりっこない。


茄子「大丈夫。私を信じて。」



茄子と会った時の事を思い出す。そうだ、あの時も死んでもおかしくない事故だった。


だったら――!


「なっ!」

「バカな!」


俺は 飛んだ。

――

――――

――――――

P「う…」

どのくらい気を失っていた?1分か、それとも1時間か。



P「…そうだ。茄子?茄子!」


茄子「あ…Pさん…」

P「茄子!?そこか!?」

暗がりの向こうから声がする。

P「茄子!さあ、逃げ、よ う…」

だが



茄子「あ、あはは…でも…これじゃ…だめ、ですよね…」



P「――茄、子…?」



変わり果てた姿の茄子が―

P「茄子っ!茄子っ!なんで…なんで…」

茄子「え、えへへ…。よかった…P、さん…無事だったんですね…。」

茄子「ほら、ね…迷信なんていった、こと…謝ってください、ね…」

P「ああ…ああ…謝る。謝るよ…だから…。」



茄子「……やだ、な…しんじゃう、とこ、みられ…たく、ない……」

茄子「おねがい…おいて、いって…」


P「いやだ…茄子……茄子………いこう…おれと…いっしょに…」


茄子「おねがい…」




「見えたぞ!」 「回り込め!」


P「!」

茄子「行って!!」


P「…っ!」

それから泣きわめいて、走って、走って、とにかく走って―

夜が明ける頃には人里に来ていた。

すぐに病院に駆け込んだよ。だが、誰もそんな村のことは知らないし、そんなところに人は住んでいないという。


警察?もちろん行ったよ。

だけど結果は同じだ。



ありとあらゆる手段を講じたが彼女の村を見つけることはできなかった。

俺自身何度も探してみたが…どうしても見つけることはできなかった。






それから、抜け殻みたいになって、警察に保護された俺をちひろさんが迎えに来てくれた。

不思議なことにあれから仕事は順調に動き始めた。

まるで神様から幸運を授かったみたいにな。



―――――でもな

怖いんだよ。

段々自分でも記憶が薄れてきているんだ。


あれは夢だったんじゃないかと。

仕事に、人生に疲れていた俺が見た白昼夢だったんじゃないかと。



頼むよ。見つけてくれよ。


何でもいい。手がかりがほしいんだ。



あれは夢なんかじゃないって、そう、思いたいんだよ…

――

――――

――――――

――――――――――

芳乃「…なるほどー。それでーわたくしにーその方を探してほしいとー。」

P「ああ、探して欲しい。茄子を。」

芳乃「しかしー、その方はそなたのお話ではー…」


P「それならば…何か村の手がかりになるもの…あの人形を…」

芳乃「人形ー?」





P「ああ、見つからなかったんだ。あの後。いくら探しても。」

芳乃「…ああー。そういうことでー。道理でー…」

P「できるか?」


芳乃「…」


芳乃「全てのものにはー、縁(えにし)というものがございましてー。」


芳乃「それは人であれ、物であれ同じことー…」


芳乃「縁が切れればそこまでですがーその逆もまたー。」

P「…」

P「つまり。俺と茄子の間に縁があればまた出会えると?」

芳乃「はいー。」


P「そうか…。」



P「すまないな。無理を言った。」





芳乃「…」

芳乃「あのー、そなたの縁が再び結ばれる日ー、その日は遠くなくー」


P「…」


P「そうか。ありがとうな。」

――

――――

――――――

――――――――――「ん…おいしい。」



「そうか。二十歳になったからといって飲み過ぎるなよ。」



「うん。…ねえ、お父さん。」




「なんだ?」








茄子「あけましておめでとう。それから…今日までありがとうございました。」

「…違う。俺はお前を利用しただけだ。」

茄子「ううん。あの日、私がいてはPさんは逃げられなかった。Pさんの運を私が奪ってしまうから…」

茄子「そうしたらあの人は…」



「2年前、か。」

茄子「うん。あの日から…次のお正月の夜まで二人で待って…それから。…本当にありがとう。」



「…礼を言うのは俺の方だ。」

茄子「え?」

「お前の力でなんとかあの家を出てもやってこれた。全てお前のおかげだ。」

茄子「ううん。こうなるのが本当だったんだよ。全部お父さんの力だよ。」


「今日まで俺と一緒にいてくれたのも、俺のことが心配だったからだろう?」


茄子「…」



「ありがとうな。茄子。」

茄子「うん…」



茄子「…」

「…」

「気になるのか?あの家のことが。」

茄子「え…うん。」



「気にするな。こんなこと、どこかで、終わらせなければならなかったんだ。」

茄子「…」



「みんなどこかでおかしいとは思っていたよ。でもな、臆病者の俺達はそれが変えられなかった。」


「あの青年のおかげだよ。…いいやつに見つけてもらえたな。」


茄子「うん。」

「…楽しみか」


茄子「うん。」



「…幸せにな。」




茄子「うん…。」

―――「体に気をつけろよ…って言ってもそんな心配は無用かな。」

茄子「ううん。ありがとうお父さん。それじゃ…そろそろ。」

「ああ。行って来い。」

茄子「…うん。行ってきます。」



継ぎ接ぎだらけの名刺を見つめ。私は歩き出す。


あの日『偶然にも』風がお父さんのもとに運んだ名刺。


私の知らない世界への切符。新しい生き方への切符。



あの人に会えたら。私を見つけてくれたあの人にもう一度会えたら―



今度こそきっと。あの人を幸せにしてあげよう――




~おしまい~

こんなおっさんのSSを読んでくれてありがとう。変な設定つけてんじゃねえ!って思った人。堪忍やで。
競馬で負け続きのおっさんのとこにも茄子さんが来てくれんやろか…。
そんでもって… まあやめとくわ。

おつー
素晴らしかったが、頭の悪い俺に
どうしてこうなったか教えやがれください

>>73
落ちた茄子さんはカコの分身の方やで。うんガバガバの設定やな。おっさんのアナルみたいや。
わかりにくくてすまんな。

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