勇者「姫様が魔物しか食べられない身体になっちゃいました!」 (119)

――キングダム王国
――王都の郊外

勇者「魔導士様! 今日こそ魔王討伐に行かせて貰えるよう、もう一度王様に頼んでみます!」

魔導士「そうですか……おそらく今回も許可は貰えないでしょうけれどね」

勇者「ボクはどうしても魔王討伐をやり遂げたいんです!」

勇者「両親を魔物に殺されたボクを拾ってこの10年間育ててくださった魔導士様に報いる為にも!」

魔導士「その心意気は嬉しいですが、王の許可が降りないことには」

魔導士「あと、いつも言っていますが、もう少し小さな声でも十分聞き取れますからね?」

勇者「はい!」

魔導士「……うん、まあいいや。とりあえず城まで行ってらっしゃい」

勇者「行ってきます!!」

オオオオオオオ!!

魔導士「ん?」

勇者「魔導士様! 遠くから変な鳴き声がします!」

魔導士「これは……竜族の咆哮?」

勇者「外を見てきます!」ダッ

魔導士「あ! 待ちなさい勇者!」

――城

国王「あー、暇じゃの」

大臣「今頃他国は魔王討伐に必死でしょうけどね。そろそろ我が国も勇者殿か騎士団長を投入しては?」

国王「馬鹿を言うな、勿体ない」

国王「魔王軍との戦いで他国が疲弊したところに侵攻し、支配下に収めるというのが我々の計画ではないか」

国王「少なくとも魔王軍が倒されるまでは兵力を温存しておかねば」

大臣「しかし、我が国が投入している兵力が少ないのではないかという不満が他国より……」

国王「捨て置け。最低限の軍は出しておるのだ。文句を言われる筋合いなどないわ」

大臣「……」

バタンッ

兵士「も、申し上げます!」

大臣「どうした?」

兵士「物見より、竜の群れがこちらに向かっているとの報告が!」

国王「な、なんじゃと!?」

兵士「し、しかも! 率いるは魔王軍六将の1人、竜騎士のようです!」

大臣「……!? 馬鹿なっ、なぜそんな大物を我が国に……!?」


――上空

竜騎士「! あれは、まさか」

竜騎士が乗ってる竜「どうされましたか?」

竜騎士「降下しろ。珍しい奴を見かけた」

竜騎士に乗られている竜「はあ」


勇者「見て下さい魔導士様! 竜の群れですよ竜の群れ! すげー!!」

魔導士「……こちらに降りてくるようですね」

勇者「ホントだ!」

オオオオオオッ

ズズーンッ!

スタッ

竜騎士「……久しぶりじゃないか、魔導士」

魔導士「ええ、そうですね。10年ぶりになりますか」

勇者「あ! 魔王軍時代のお知り合いですか!?」

竜騎士「ふん。魔王軍を抜けたのは人間の子供を育てる為という話は本当だったようだな」

竜騎士「大魔導などは、今でも貴様を肉片にして獣王の餌にしてやりたいと言っているぞ」

魔導「まあ、当然でしょうね。弟子に裏切られたわけですから」


魔導「貴方の方は今では出世したと聞いていますよ」

魔導「六大将軍の一角として竜族を統べているとか」

竜騎士「竜王が人間共の連合軍にやられたからな」

竜騎士「元々奴よりも俺の方が強かった。当然の結果だ」

魔導「それにしても、半分は人間の血を継ぐ貴方がよくぞここまで……」

魔導「竜王以外でも、貴方より立場が上の竜族はいたでしょう?」

竜騎士「逆らう奴らは皆殺しにした。誰にも文句は言わせん」

魔導「相変わらずですね……ところで、何の用でこの国まで?」

魔導「ここは魔王城から最も遠い戦線から外れた国」

魔導「魔王軍に余裕があるとは言えない戦況の中で、六大将軍が直々に来るとは」

竜騎士「……個人的な恨みを晴らしにきたのさ。この国の王へな」

魔導「なんですって?」

竜騎士「貴様に用はない。が、俺の復讐の邪魔をするなら容赦はしない」

竜騎士「そのガキと一緒に家で大人しくしているんだな」

魔導「……」

勇者「ガキってボクのことですか!? ボク、16歳ですけど!」


竜騎士「行くぞ」

竜騎士に乗られる竜「ははっ」

オオオオオ

バサッバサッ


勇者「行っちゃいましたね!」

魔導士「これは大変なことになりました。王国軍最強の騎士団長殿でも、勝てるかどうか」


兵士「ゆ、勇者様ああああ!」

魔導士「やはり来ましたか」

兵士「ゆ、勇者様! あ、あの通り竜族の群れが……今すぐ城までお越し下さい!」

勇者「わかりました! じゃ、ちょっと行ってきますね魔導士様!」

魔導士「そうですか。私は家事が残っているのでそれを済ませてから駆けつけます」

魔導士「あまり物を壊さないよう、程ほどにしてくださいね」

勇者「はい!」

国王「ゆ、勇者と騎士団長はまだか!」

大臣「騎士団長は魔物退治の為、地方にいます」

国王「この周辺なんてどうせ雑魚モンスターしかいないってのに何で騎士団長を行かせたんじゃ!」

大臣「その方が民衆へのアピールになるという陛下の仰せで」

国王「そうだった!」

大臣「まあ、勇者を呼びに行かせていますから、彼が到着するまで持ちこたえましょう」


姫「お父様……わたくし、恐ろしいです」

国王「姫……」


国王「しかし、なぜ……なぜ竜騎士がこんな遠い国まで……」

大臣「連合国の中で最も投入戦力の少ない我が国は予備兵力を抱えているとも言えますからね」

大臣「あらかじめそこを潰す為とも考えられますが、我が国と正面から戦っては向こうも無傷では済みますまい」

大臣「ただでさえ前トップの竜王とその他実力者達が死んで打撃を受けたばかりの竜族の動きとしては妙ですな」

大臣「しかも、現状、魔王軍の有利はそれほど大きくはない。竜族をこちらへ差し向けられるほど、前線に余裕があるとも思えませんが」

国王「ううう……前線で連合軍と潰し合っておれば良いものを……」

大臣(心当たりはもう一つある……問題はその場合、竜騎士の目的がどこまでか、だが)

大臣(いずれにしろ、私の取るべき行動は同じだな)


ドーンッ


国王「あああ、見ろ大臣! 竜共が街を攻撃し出したぞ!」

大臣(おそらく、城の守りを手薄にさせる為の陽動だな。良いだろう、乗ってやろうじゃないか)

大臣(騎士団長の遠征を掴んだ上での襲撃ならば、玉座の間の位置も調査済みだろう)


大臣「街の戦力では些か不利のようですな。私は王弟殿下とご一緒に城の防衛部隊の一部を連れて城下へ向かいます」

大臣「陛下と姫様はここでお待ち下さい」

国王「お、おお。頼んだぞ大臣」

姫「お気をつけて……」

大臣「ははっ」

国王「ふう、街の方は弟と大臣が何とかしてくれるし、後は勇者を待つだけだな」

姫「……あら? お父様。竜が一匹城に向かっていますわ」

国王「ん? まあ一匹なら城の砲台と砲撃魔法で何とかなるじゃろ」

ドドドドドドッ

国王「ほら、撃ち始めた」

姫「でも、撃ち落とせていないですが……」

国王「……なんか弾幕が薄いのお。大臣め、ちょっと砲撃手を持って行きすぎなんじゃないのか」

姫「どんどん近づいてきますわ」

国王「あれ? これやばくね? 真っ直ぐ向かってね? ここに」


ガッシャーン


姫「きゃあああ!」

国王「うぎゃああああ! 竜が突っ込んできたああああ!」


スタッ


竜騎士「……ようやく会えたな。国王」

国王「ひいいい、しかも竜騎士が乗ってたあああああ!」

衛兵A「陛下! お下がりください!」

衛兵B「陛下に近づくな賊めが!」ダッ

竜騎士「邪魔だ」ヒュンッヒュンッ

衛兵A「あ」ブシュッ

衛兵B「い」ズシャッ

バタバタッ

国王「え、衛兵を瞬殺……」

姫「もうダメそうですわね、これは」

竜騎士「さて……」

国王「ま、待ってくれ! い、命だけは助けて! 命だけはあああ!」

竜騎士「……なんと醜い」

竜騎士「こんな奴の血を半分も受け継いでいるかと思うと、虫酸が走る」

国王「え?」

姫「ど、どういうことですの!?」

竜騎士「聞いただろう? こいつは俺の父親……つまり、俺はお前の妹ということだ。腹違いのな」


国王「……ま、まさか。まさか、あのときの」

姫「知っていますのお父様!?」

国王「恥ずかしい話なのだが、お前が産まれるよりももっと昔、捕らえた竜と好奇心から交わったことがあるのだ」

姫「本当に恥ずかしいですわね」

国王「その後、その竜には逃げられてしまったが……まさか、あの時の……」


竜騎士「その通りだ。そして俺が産まれた。この、人と竜が交じった異形の姿でな!」

竜騎士「この容姿のせいで、俺と母はずっと竜社会から蔑まれてきた。その苦難が貴様に想像できるか!?」

竜騎士「だが、俺は自らの腕のみでのし上がり、ついに竜族の頂点に立った!」

竜騎士「今こそ貴様への復讐を遂げる……母の怨念と共にな!」

姫「これはさすがに擁護できません」

国王「姫!?」


竜騎士「食らうがいい」スッ

国王「な、何だそれは? ガラス玉……?」

竜騎士「大魔導の奴に大金を払って作らせた禁じられし呪いだ」

国王「の、呪い……」

竜騎士「これをぶつければ……」ヒュンッ


パリーンッ


姫「きゃあっ!? な、何でわたくしに当てるんですの!?」

竜騎士「今まで散々父の力で良い思いをしてきたんだろう?」

竜騎士「父の罪は貴様が贖え」

姫「えええ!? とんだとばっちりですわ!」

姫「あ、あら? 何だか急に空腹に……」グギュルルルルルル

竜騎士「お前にかけたそれは、人間を魔物を食うことでしか腹を満たせなくさせる呪いだ」

姫「はい!?」

竜騎士「最早貴様は人間ではない。だが魔物でもない。異質な化け物となった苦しみを、貴様も味わえ」

姫「性根が曲がりすぎですわこいつ!」ゴギュルルル

姫「あ、お、お腹が……洒落にならないくらいお腹が減ってきましたわ……」グギュルルルルルルッ

国王(わしじゃなくて良かった)

竜騎士「では、貴様には死んでもらおう」

国王「え」

国王「ちょ、ちょっと……何でそうなるん!?」

国王「いま完全に『娘が苦しみ続ける姿を、指をくわえて眺めながら生き続けるがいい』的な流れじゃろ!?」

姫「こ、このハゲ野郎……あ、わたくしったらはしたない言葉を」ゴギュルルルル


竜騎士「貴様には死んでもらうが、妹にも苦しんでもらうというだけのことだ」

国王「ま、待て……わしは父親だぞ!?」

竜騎士「死ね」ズシャッ

国王「ぎゃああ!」ブシャーッ

国王「」ガクッ



勇者「待てえええ!」バンッ

竜騎士「!」

姫「ゆ、勇者様……」グギュルルルル

勇者「話は聞かせてもらった! ボクが来たからにはもう好きにはさせないぞ!」

竜騎士「ふん、勇者だと? 今の今まで戦場にも出ず、国に引きこもったままの男の何が勇者だ」

勇者「それはそこに転がってる国王様が認めてくれなかったからだ!」

竜騎士「まあ、魔王軍六大将軍の1人であるこの俺に立ち向かった勇気は認めてやろう」

竜騎士「褒美に一撃で仕留めてやる」

姫「さっきからずっと一撃ですけれどね」グギュルルルルルル


勇者「いっくぞおおおおお!!」ハアアアッ!

勇者「この剣に雷撃魔法を込める!」

竜騎士「ほお、思ったより……」

勇者「そして斬るだけだあああああ!!」ダンッ

竜騎士(……え? 速)

勇者「うおりゃああああ!」ズバッ

竜騎士「ぎゃああああああああ!!」

竜騎士「あびゃびゅびゃびゃびゅあびゃびゃびゃびゃびゃ!」ビリビリビリビリッ

竜騎士「」シュウウウウ……


勇者「やった! 初めてスライム以外のモンスターを倒したぞ!」

姫「この辺はスライムくらいしかいませんものね」グリュリュリュリュリュ

勇者「あ! 大丈夫ですか姫様!」

姫「あんまり大丈夫ではありませんが、今はまず街で暴れている竜達を何とかして頂けませんか?」グウウウ

勇者「わかりました!」

勇者「うおおおおお! 広範囲雷撃魔法!!」


ドドドドドドドドッ


竜達「ぎゃばばばばばばばばば」ビリビリビリビリビリ

姫「竜達が灰に……」グギュルルルルル

勇者「打ち落とすだけじゃ竜の質量で街に被害が出ますからね! かなり強めにしておきました!」

姫「まあ、頭がよろしいんですのね、勇者様」グッギュルルルル

勇者「もっと褒めてください!」

大臣「ご無事ですか!? 陛下! 姫様!」バターッン

王弟「ああ! これは大変だ! 兄上が血塗れで倒れている!」

姫様「あ、叔父上様」ゴウルルルルルル

大臣「おお、ご無事でしたか姫様! ……何の音ですこれ」

勇者「姫様の腹の音です!」

姫「勇者様はあれかしら。デリカシーや気遣いって言葉をお習いになっていないのかしら?」ゴゴゴゴルルルルル

勇者「ごめんなさい!」

王弟「どういうことかね?」

姫「実はかくかくしかじかで」グギュルルルルル

大臣「何ということでしょう……」

王弟「どうにか治す手段はないのだろうか」


魔導士「残念ながらそれは難しいでしょうね」

大臣「おお、魔導士殿!」

勇者「遅いですよ!」

魔術師「すみません、洗い物をする気力を出すのに思ったよりも時間がかかってしまって」

王弟「姫にかけられた呪いを知っているのかね?」

魔導士「ええ。人間を魔物しか食べられない身体にするという、誰も得をしないものであるが故に、魔王様によって禁じられた呪術です」

魔導士「この呪いを生み出せるのも解けるのも、最高位の魔術師だけ」

魔導士「すなわち、今の世では、我が師である大魔導様ただ一人でしょう」

勇者「そんな!」


姫「何だかわたしく、お腹が空きすぎて目眩がしてきましたわ」グゴルルルル

魔導士「マズイですね……あまりにも空腹となると理性を失い、周りの人間を食べ始めかねません」

大臣「ええ!?」

王弟「うわ」ススッ

姫「露骨に距離を開けないでください! 食べちゃいますよ!」

魔導士「食べる魔物が上級であればあるほど満腹である時間が長くなるのですが」

魔導士「この辺りのスライムではほとんど足しにはならないでしょう」

大臣「……!! つまり、より上級な魔物がいる地帯へ行くべきということですかな?」

魔導士「そうするべきでしょうね」


王弟「ふむ。この呪いを解くには魔王城にいる大魔導に会わねばならぬわけだしな」

姫「……それは良いんですけれど、とりあえず今すぐに何かお腹に入れないと危機的な状況ですわ」ジュル

大臣「涎を垂らしながらこちらを見るのは止めてください……」


王弟「そうだ! 先程倒した竜族の死体があるじゃないか!」

姫「勇者様が灰にしました」

勇者「はい! 灰にしました!」


大臣「なら、そこの竜騎士は……こっちもほぼ消し炭ですね」

勇者「でも、まだちょっとは炭として残ってますよ!」

姫「仕方ありません。とりあえず食べてみます」パッ ムシャ

王弟(躊躇なく掴んで食べた……)

姫「……不味いですわ」ウエー

姫「お腹も全然満たされませんし」グルルルルル


魔導士「どうやらそこまで黒こげになってしまうと効果がないようですね」

魔導士「出来るだけ新鮮な、生のものを食べた方が良いようです」

大臣「うーむ、しかし、となると最早手詰まりに……」

王弟「スライムを大量に狩ってきて急場を凌ぐかね?」


姫「……仕方ありませんわね。最終手段をとりましょう」グルルルルルル

魔導士「最終手段?」

――――――
――――
――

姫「満腹ですわ」ケプ

王弟「さて。これからどうするか、だが」

大臣「パーティを編成して姫様には旅立って頂く他なさそうですな」

勇者「はい! はい! それボク行きます! ついでに魔王討伐もしてきます!」

大臣「……そうですな、それが一番良いでしょう。勇者殿も前から行きたがっていたことですし」

大臣「よろしいですか、殿下、姫様」

王弟「ああ、もちろん異論はないよ」

姫「それしか手だてはないようですしね」

大臣「では、そのように。パーティは5人編成の方が良いでしょうな」


王弟「5人? もっと多い方が良いのではないか? 何しろ姫を危険地帯に行かせるのだから」

大臣「魔王軍との戦いのため、国際条約でヒトの移動の自由化が決まりました」

大臣「しかし、侵攻を防ぐために6人以上のパーティは自国からの許可証を持ったうえで、他国への入国や、都市での出入りの際に審査を受けねばならぬとなっています」

大臣「幸い姫様のお顔は各国や城外ではほとんど知られておりませんが、それでも審査の際に発覚せぬとも限りません」

大臣「姫様がこのような呪いにかかっていること、そして旅をしていることを他国に知られるのは外交的に非常にマイナスとなるでしょう」

姫「では、出入国の時だけ5人ずつのパーティとすれば良いのでは?」

大臣「同じ国のパーティが短期間に連続して入国するとなると許可が降りない恐れがあります」

大臣「しかも、許可を受けていないパーティが行動を共にすることは条約違反なので、発覚すれば逮捕されてしまいます」

大臣「それが国家ぐるみの企みであったとなれば、我が国は制裁対象となりかねません」

大臣「何しろ王女殿下ご自身がその中にいるのですから、言い逃れも不可能です。あまりにもリスクが大きい」

王弟「なるほどな」


大臣「しかし、残りの3人には精鋭中の精鋭をつけますし、何よりも勇者様がおられるとなれば5人でも何とかなるかと」

勇者「がんばります!」

姫「それしかないようですわね。では、パーティの選出は大臣にお任せいたします」

大臣「はっ、心得ました」


勇者「じゃあボクは出発前に家の整理をしてきます!」ビシッ

姫「はい、後で使いを送りますわね」

――――――
――――
――


大臣「では、厳正な審査の結果、選出しました3人のメンバーを発表いたします」

大臣「まずは、姫様もよくご存知、王に仕えて30年のベテラン兵士である武闘家です」

大臣「拳一つで数多の戦場を生き抜き、騎士団長に並ぶ戦闘力を持っています」


武闘家「うおおおおおおおおお!!」

武闘家「も、申し訳ありませぬ!! 姫様ああああああ!!」ガバッ

武闘家「へ、陛下のお命をお守りできず……この武闘家、面目次第もございませぬううううう」ウオオオオン

姫「まあまあ。貴方は騎士団長とご一緒に地方に行っていらしたのですから」

武闘家「ははあっ! 姫様の御身だけは、不肖この武闘家、どんな手段を用いても命を懸けてお守りいたしまする!!」

勇者「一緒に守りましょうね!」


大臣「えー、そして次に、若手文官として城に仕える剣士です」

大臣「本人の希望で文官をしていますが、剣の腕は勇者様に次ぐでしょう」

剣士「よろしくお願いします」

勇者「こちらこそ!」

剣士(声デカッ)

剣士(はああ、旅とかすげえ面倒くせえよ……出世に繋がるんだろうなあ、この仕事)

大臣「最後に、魔導士殿亡き今、国内最高の魔術師である賢者殿です」

賢者「わ、私! 頑張ります!」

勇者「頑張りましょうね!!」


大臣「以上の3名が姫様をお守りするパーティメンバーでございます」

大臣「魔王城は国をいくつか越えた先にあるので、まあお気をつけて」

勇者「よおし! 行きますよ皆さん!! えい! えい! おー!!」

剣士(テンション高ぇ……)



こうして、勇者一行は王女の食糧調達と解呪、ついでに魔王討伐に出発したのであった。

しかし、勇者達がいなくなった城の中では、おぞましき陰謀が進行していた……。

王弟「上手くいったな」

大臣「はい、殿下。まさかこれほど良い方向へ転がるとは」

王弟「全くだ。図らずも竜騎士が我々の計画を大幅に短縮してくれた」

王弟「兄上を謀殺し、この私が王国の統治を担うという計画をなァ」

大臣「ククク、そのうえ姫様を国から出ざるを得ない状態にしてくれるとは、何と都合が良い」

王弟「その間に我々の思うように政策を変えられるというものだ」

大臣「しかも、勇者殿も上手く魔王討伐に向かわせられましたからなあ」

大臣「これで同盟国の不信感を拭えるというものですよ。クヒヒヒヒヒ」

王弟「兄上は魔王打倒後、疲弊した他国に攻め入るなどと企んでおったが、そんなもの愚の骨頂」

王弟「その卑劣なやり方に各国の民は怒り狂い、魔王を討伐の如く結束し立ち向かってくることだろう」

王弟「我が国を除く連合国全てを相手にする構図となる」

大臣「御意。魔王軍に代わり、今度は我が国が人類の敵となります」

大臣「いかに疲弊していようとも、容易に勝てる相手ではありませぬ」

王弟「クックック、その通りよ。兄上はあまりにも見通しが甘かった。事は我が国だけの問題ではない。世界が混沌に陥る」

大臣「そうなれば、魔王軍の残党が再起し、再び暴れ回ることでしょう。クッックック」


王弟「魔王打倒後、我々が為すべきことは、連合国団結しての復興に他ならぬ」

王弟「なあに、我が国が最も戦禍が小さいのは事実なのだ。それを利用し、戦後秩序の主導権を握ることこそ、最も国益となる賢いやり方だ。ククククク」

大臣「勇者殿が魔王討伐に貢献して下されば、ますます我が国の発言力は増しますしなあ。フヒ、フヒヒヒヒヒ」

王弟「クックックックック、勇者の働きに期待しようではないか」


王弟「いずれは姫と結婚させ、王座に着かせれば良かろう」

大臣「政について学んで頂きつつ、我らが実務面で支えていくわけですなあ。キーヒッヒッヒッヒッヒ」

王弟「さあ、忙しくなるぞ大臣よ。まずは兄上が溜め込んだ諸問題を片付けねばならん……フッフッフッフ」

王弟「フーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」


王不在の城で語られる、恐るべき悪魔の企みのことを、勇者一行は知るよしもなかった……。

――魔王城
――魔王の間

魔王『……』

幻魔宰相「さて、六将の諸君。揃ったようだな」

炎魔将軍「おい、待てよ。竜騎士の野郎がいねえじゃねェか」

炎魔将軍「六将会議だと聞いて集まったってのによォ」

凶花将軍「あら? まだ聞いてなかったの?」

凶花将軍「軍を連れて無断でどこかへ行っちゃったのよ、彼。前線の竜族も勝手に戻してね」

炎魔将軍「なんだとォ!?」

獣王「ふざけた小僧だ……そのせいでどれだけ全体に迷惑がかかると思っている」

大魔導「ヒッヒッヒッヒッヒ。前任の竜王も血気盛んであったが、奴はそれを遥かに上回るのう」

幻魔宰相「今日集まってもらったのはその件についてだ」

幻魔宰相「もはやこれは脱走、いや、反逆とも言える。今後の対応について……」


魔物『し、失礼致します! 六将の皆様方に緊急のご報告が!』

幻魔宰相「……? なんだ? 入れ」

ガチャッ

魔物「も、申し上げます! 竜騎士様の行き先が判明致しました!」

獣王「一体どこに行っていたのだ?」

魔物「へ、辺境のキングダム王国だそうです!」

炎魔将軍「あァ? 何でそんな場所へ行きやがったんだ」

凶花将軍「それで? 竜騎士は今どこなの?」


魔物「そ、それが……」

大魔導「? なんじゃ、はっきり言わんか」

魔物「そ、それが、その……戦死、なされたようです……」

幻魔宰相「は?」


魔物「それどころか、竜騎士様が率いていた竜族の主力部隊もほぼ全滅!」

魔物「これも全ては命からがら帰還した竜族達からの報告によるものでして……」


幻魔宰相「…………」

幻魔宰相「……ぜ、全滅? 間違いないのか?」

魔物「はい……」

幻魔宰相「竜騎士の戦死も?」

魔物「まことに残念ながら……」

幻魔宰相「………………」

炎魔将軍「………………」

凶花将軍「………………」

獣王「………………」

大魔導「………………」

炎魔将軍「……クックックックック」

魔物「……!?」


炎魔将軍「クハーッハッハッハッハッハ! あの野郎、まさか死にやがるとはなァッ! こいつは笑えるぜ!」

凶花「ふふ、そうね。でも、こんな短期間に二代も続けて六将がやられるなんて情けないこと」

大魔導「ヒッヒッヒ、仕様があるまい。奴は我らの中でも最弱」

大魔導「本来であれば六将の域に達していないところを、竜王の死で暫定的に据えただけじゃからのう」

幻魔宰相「しかし、それも失敗だったな。まさか稚拙な指揮で竜族を全滅させるとは」

獣王「……ふん。だが、竜族の主力部隊が消えたのは痛いな」

幻魔宰相「問題はあるまい。竜族がおらずとも兵力には十分余裕がある」

幻魔宰相「何よりも、我らには魔王様がいるのだ。魔王様に勝てる者などどこにもおらんよ」

魔王『……』

獣王「それは確かにな」

炎魔将軍「クックック、それよりも俺は竜騎士を倒した人間に興味があるなァ」

炎魔将軍「雑魚とはいえ六将の一角を落としたんだ。中々楽しませてくれそうだなァ」


魔物(た、頼もしい……)

魔物(竜騎士様の戦死にも動じないとは……これが、魔王軍六大将軍!)


幻魔宰相「もうよい。貴様は下がれ。我らは今後のことを検討する」

魔物「は、ははっ。では、失礼致します」

ガチャッ バタンッ

幻魔宰相「……行ったか」




炎魔将軍「うわああああああああああああああああああッ!!」

獣王「!?」ビクッ

炎魔「もうダメだああああああああ!! 俺たちみんな殺されちまうんだあああああああ!!」

凶花「い、いや……嫌嫌嫌嫌嫌ああああああ」ブルブルブルッ

大魔導「」カタカタカタカタカタッ


宰相「お、おおおお、おおお落ち着け!」

炎魔「これが落ち着いていられるかッ!! 竜王の時点で俺たちの中で最強だったんだぞ!?」

炎魔「その竜王すら上回る竜騎士がやられただと!? そんなもん、もうお終いじゃねェか!!」

凶花「し、しかも、竜族の主力まで全滅ですって……? 一体相手はどんな化け物だっていうのよ……」


炎魔「終わりだ……死んじまう……俺たち全員死ぬんだ……」

炎魔「い、いやだ……死にたくねェ……死にたくねェよおおおおおおお!!」

炎魔「あああああああああああああああああああああああ!!」ゴロゴロゴロゴロ

獣王「お、落ち着けお前ら! 確かに竜騎士と竜族がやられたのは痛い! 痛すぎる!」

獣王「だがな、俺たちには魔王様がついてるではないか! どれだけ強かろうが魔王様には誰も勝てん! ね!? 魔王様!」

魔王『……』


凶花「は? あんた何言ってんの……?」

大魔導「気でも狂ったか……」

獣王「あ? 何でそうなるんだ?」

獣王「魔王様がいれば何とでもなる。そうだろうが?」


幻魔宰相「もうよせ、獣王。現実逃避しても何にもならんぞ」

獣王「……意味が解らんぞ。確かに情けない話だが、こうなれば魔王様のお力に縋るしか……」

炎魔「やめろおおおおおおお!!」バキッ

獣王「ぐあああああああッ!」ドガッ


獣王「な、何をする将軍!?」

炎魔「いい加減にしろ! いつまで与太話をするつもりだ!」

炎魔「魔王様は……魔王様はもういないんだ! どこにもなァッ!!」

炎魔「現実を受け入れやがれ獣王!!」

獣王「…………ハ?」

獣王「な、何言ってるんだ、お前。魔王様ならそこに座っていらっしゃるではないか」

獣王「ねえ、魔王様。炎魔将軍が無礼なことを申しまして……」


凶花「ちょ、ちょっと」

大魔導「おい、大丈夫か? 本気で頭がどうかしてしまったのか?」

獣王「……?? さっきから貴様ら何を言っているんだ」

獣王「何を言っているのかさっぱり理解できんぞ」



宰相「いやだから、魔王様はお亡くなりになっただろう。2週間前に」

獣王「……は?」




獣王「はああああああああああ!?」

獣王「え!? え! ええ!? いやいやいやいや!」


宰相「あれ? もしかして言ってなかった?」

獣王「聞いてねえよ!!」

獣王「え? え? え? え? じゃ、じゃあ、そこに座っているのは?」

宰相「ご遺体から作った人形だよ……え、マジで言ってなかったっけ」

獣王「聞いてねえって! いやいやいやいや! 嘘だろ!? ハアーッ!?」

大魔導「2週間前はおらんかったのか?」

獣王「いなかっただろ! 遠征行ってたじゃん!」

凶花「あー、思い出してきたわ。そう言えば獣王はいないから後で伝える的なこと言ってなかった?」

宰相「……言った気もする。ごめん、完全に忘れてた」

獣王「忘れるような問題じゃないだろうがッ!?」

炎魔「まあまあ、俺たちもパニクってたからよ。しゃーないって」

獣王「……貴様ら」

獣王「い、いや、それよりもだ! なぜだ、なぜ魔王様はお亡くなりに!?」

凶花「自殺よ」

獣王「じ、自殺ぅ!?」

大魔導「当たり前じゃろうが。誰に魔王様を殺せるんじゃ」

獣王「な、なぜ自殺など……」

宰相「遺書が残されていた。短いから読み上げるぞ」ペラッ

宰相「『シータケ編で良い感じだったユウが少年編で少年に寝取られたので死にます』、だそうだ」


獣王「何と言うことだ……魔王様は生粋の処女厨だぞ……」

獣王「非処女味役は何をしておったのだ!」

宰相「供述によると『これは別に大丈夫だと思った』だそうだ。担当者は処刑済みだ」

獣王「くそっ……」

大魔導「どっちにしろサラルートで自殺してそうじゃな」



獣王「しかし、そうなるとガチでヤバイだろ……どうするんだ、これ」

炎魔「だから、さっきからあんなに悲嘆に暮れていたんだよ!」

凶花「まさか竜騎士がやられるなんて……」

獣王「そう言えば竜騎士は魔王様の件を知っていたのか?」

宰相「いや、伝えてない。奴は我々の中で圧倒的に強いうえに、野心に満ちていた」

大魔導「魔王様が亡くなったなどと聞かせたら、自分が新たな魔王になろうなどと考えんとも限らんからのう」

凶花「だから彼だけは外して、私たちで魔王様の代わりをすることにしたの」

獣王「俺もだろうが」

宰相「だから、ごめんって」

宰相「まあ、元々魔王様はほとんど働いてなかったからな。やってることはあまり変わらん」

宰相「むしろ、気まぐれで妙な命令を下されることがなくなってやりやすくなったくらいだ」

獣王「し、しかし、これからどうするのだ?」

炎魔「どうするも何も今の状態を維持していくしかねェだろ」

大魔導「魔王軍は、魔王様の圧倒的な力への畏怖のみでまとまっておる烏合の衆」

凶花「魔王様が死んだなんて知られたら一気に内紛でメチャクチャになるわ」

獣王「無理があるだろう……いずれバレるぞ」

宰相「なに、元々魔王様はコミュ障で我ら六将以外とはほとんど接触しなかったのだ」

宰相「バレはしまいよ」

獣王「そうか……?」

宰相「さて、それよりもだ」

宰相「竜族軍団についてだが、さすがにこう立て続けに新たなトップを選ぶわけにもいくまい」

宰相「というわけで、当面は我が傘下に入れるということで良いな? はい決定」


炎魔「はァッ!? おい、ふざけんなよテメェ! 竜と言えば炎! つまり俺の軍に併合ってのが筋だろッ!」

大魔導「いやいや、ここは年の功があるワシこそが竜族を上手く制御できるじゃろう」

凶花「貴方達、何を馬鹿なこと言ってるの? 仲間を失って傷ついた連中には女の色香が一番有効でしょ」


炎魔「中身はババァだろうが」ボソッ

凶花「あ? おいこら、もう一度言ってみろや糞ガキが。おお?」

炎魔「んだ、やるってのか糞ババァ」

宰相「止めないかお前達! ここはやはり六将筆頭である私が管理すべきだろう」

大魔導「元はと言えば貴様がそういうことを言いだしたせいじゃろうが! もうよい、ここは公平にジャンケンで!」


獣王「いい加減にせんか! 身内で争っている場合か!」

獣王「ここで六将のパワーバランスを崩せばそれこそ内戦になるぞ!」

獣王「おい、宰相! 貴様まさか腹の内で魔王様の跡目を狙っているのではあるまいな!?」

宰相「え!? い、いやいやいやいやいやいや、ちょっとちょっと、何言っちゃってんのよ獣王ちゃん!」

宰相「そんなわけないっしょー! ウソウソ冗談だって! 獣王の言うことも一理あるな、うん」


宰相「よし、当面の間竜族は六将の合議で運営していくこととしようじゃないか。それで良いな皆の衆?」

炎魔「……チッ、しゃーねェな」

凶花「おい、まださっきの言葉許してねえからな?」

炎魔「あ?」

大魔導「まあまあ」


獣王「そんなことより問題は竜騎士を倒したという人間のことだ!」

獣王「魔王様がいないとなれば、最早そいつに対抗など出来んぞ!」

炎魔「……あ。そ、そうだった」

炎魔「うわあああああああ!! い、嫌だ! 死にたくねえ!! 死にたくねえよおおおおお!!」

宰相「……そのことなんだがな。それほど心配することはないのではないか?」

炎魔「……え?」

獣王「なに?」

凶花「どういうこと?」


宰相「考えてもみろ。そいつは竜騎士のみならず竜族の主力部隊とも殺しあったのだぞ?」

宰相「竜騎士らを倒したかもしれん。だが、普通に考えて、そいつも無事では済むまい」

大魔導「た、確かに!」


宰相「大体そんなに強い人間がいるならなぜこれまで戦場に出てこなかったのだ?」

宰相「おそらくは、命と引き替えに一時的に強大な力を得る魔法でも使ったのだろう」

宰相「いずれにせよ、まず間違いなく死んでいると見てよかろう」

炎魔「お……おお、そうだな!」

獣王「確証はないだろうが」

宰相「仮に生きていたとしても、この魔王城まで辿り着くには、魔王軍の占領地域を抜け、更に魔の湖を越えねばならん」

宰相「魔の湖を人間が生きて渡ることは不可能! 最悪占領地域を奪還されることはあっても、城にまで侵攻されることはない!」

凶花「そうね、その通りだわ!」

炎魔「なァんだ、心配して損したぜ。ハッ、所詮は人間ってわけだ」

大魔導「いやあ、寿命が縮まったわい」


獣王「貴様ら楽観的過ぎるぞ!」

獣王「もし、本当にその人間が竜騎士を圧倒するほど強く、人間共が温存していただけだとしたら、魔の湖を越える術を持っていないとも限らんだろうが!」

獣王「そもそも魔界だけでは資源不足となったからこそ、我らは湖を越えて人間界に侵攻したのではないか!」


宰相「落ち着け、獣王。さすがに心配し過ぎだぞ」

凶花「そうよ。温存してたならこれからだって温存するはずでしょ。少なくとも暫くは安泰よ」

大魔導「本当にそんな人間が生きておったなら、現れてから対応策を練れば良いだけの話じゃ」

炎魔「何だ獣王ビビってんのかァ?」ハハッ

獣王(……こいつら)

宰相「さて、それよりも竜騎士の奴が勝手に隊を引き抜いた戦線が心配だ」

大魔導「おお、確かにのう。来るかどうかも分からん存在に怯えとる場合じゃないわい」

凶花「今から考えれば、魔王様のことを知らせてなかった竜騎士が死んでくれたのはラッキーだったかもしれないわね」

炎魔「確かにな。あいつ反抗的で厄介だったしよォ」

宰相「おいおい、死者に対してそんな風に言うもんじゃない」

一同『HAHAHAHAHAHAHAHAHA!』


獣王(……酒飲んで寝るか)

――――――
――――
――

剣士「ハァ。まだ次の村には着かないのかね……」

武闘家「剣士! 愚痴などこぼすな!」

賢者「地図によると、もうそろそろ国境近くの村に着くみたいですよ。皆さんもう一踏ん張りです」


姫「……勇者様」

勇者「どうしました!?」

姫「わたくし、そろそろ小腹が空いてきましたわ」グゥ~

剣士(え!? もう!? さっきスライム食ったばかりだぞ!?)

剣士(……間隔が短くなってきてる。城で食ったっていう上級モンスターの効果が薄れてきてるのか)


勇者「わかりました! 今度こそボクが狩ってみせますね!」

勇者「よーし!!」ガサゴソ


スライム「ぴ、ぴぎ……」

勇者「いましたっ!」


剣士「毎度思うが、どうしてこいつ等逃げないんでしょうね?」

賢者「おそらくは勇者様とレベルが違いすぎて、威圧感だけで動けなくなっているのだと思います」

武闘家「まさしく蛇に睨まれた蛙というやつですな! ガッハッハッハッ!」


勇者「そーっと、そーっと!」スススッ

スライム「ぴぎ……」

勇者「えいっ!!」バチンッ

スライム「ギュジュッ……」ブチュッ

勇者「あ!」


武闘派「ガッハッハッハ! また木っ端微塵にしてしまいましたな!」

賢者「うふふ、勇者様ったら」

勇者「えへへ。ボク昔から力加減が苦手なんですよね!」

剣士(スライムっつっても、素人に鈍器で殴られる程度なら余裕で耐えるんだぞ……)

剣士(いつかうっかり人を殺しちまうんじゃねえか、こいつ)


姫「それよりも早くおやつを……」グギュルルルル

勇者「あ! そうでした!」

勇者「すみません、皆さん! 今回も獲って貰っていいですか!?」

武闘家「もちろんですとも!」

賢者「では、私はあちらの茂みを探してみますね」

剣士「はあ、めんどくせ……」

――――――
――――
――

賢者「あ! 見えてきましたよ! あの村です!」

勇者「随分と寂れた村ですね!」

武闘家「まあ、この辺には国境を越えて比較的強い魔物が偶に現れますからな」

武闘家「国王陛下の方針で、兵は中央の守りに集中しておりますし」

武闘家「魔物に襲われて廃れているのかもしれませんなあ、ガッハッハッハッハ!」

剣士(笑いごっちゃねえだろ)


姫「ほぉんほぉ、おふぉうふぁまふぁ、ふぁいふぇいふぇふふぁふぇ」モッチャモッチャモッチャ

姫「」ゴクン

姫「城に帰ったら叔父上様に方針を、あむっ……ふぇんふぁんふぃふぇふぃふぁふぁふぁふぇふぁ」モッチャモッチャモッチャ

剣士(スライム食いながら話すの止めてもらえねえかな……)

――――――
――――
――

村長「勇者様の御一行……!?」

賢者「はい、これから魔王退治に向かうところです」

勇者「それから姫様にかけられたのろ……ムグッ!」

剣士「シーッ! ダメですって!」

勇者「あ! そうでした!」


村長「姫様……?」

賢者「ええ、姫様から激励の言葉を頂き、勇者様は張り切っておられるのです」

武闘家「ガッハッハッハッハ! 勇者様は豪快ですなあ!」

姫「お腹空いた……」グーッ

剣士(早っ!?)


村長「おっと、これは失礼致しました。すぐにお食事のご用意を致します」

勇者「良いんですか!? こんな寂れた村なのに食糧に余裕が!?」

剣士「ゆ、勇者様!」

賢者「申し訳ありません。何分、勇者様は正直なお方で……」

剣士(フォローになってねえだろ! どいつもこいつも!)

村長「ほっほっほ、良いんですよ。本当のことですからな」

村長「とはいえ、最近はある方のお陰で村も随分と活気を取り戻しておるのですよ」

武闘派「む? ある方?」


コンコンッ


『村長さん、いらっしゃいますか?』

村長「おお、噂をすれば! 皆様にもご紹介しましょう」

村長「どうぞ、お入り下さい」


ガチャッ


エルフ「こんにちは、村長さん。おや? お客様ですか?」


剣士「なに……!?」

武闘家「エルフ!?」

賢者「じょ、上級モンスターがどうしてこんな場所に!?」


村長「皆さん大丈夫ですよ。彼は……」

賢者「火炎魔法!!」ボッ

エルフ「!」

村長「ひょ?」



ピキーンッ

賢者「な!?」

エルフ「随分と手荒いですね」シュゥゥゥゥ

エルフ「危うく村長さんまで巻き込まれるところでしたよ」

村長「ひ、ひいい……」ペタン

勇者「防御魔法! 賢者さんの魔法を防ぐなんてかなり高度ですね!」

賢者「……ふ、防がれた……私の、魔法が……」



賢者「おのれェッ!」ゴオォッ

エルフ「……!?」

剣士「お、おいよせ賢者!」

エルフ「その魔力、村ごと吹き飛ばす気ですか!?」

賢者「私の最強の魔法でもって貴様を葬る……!!」ゴゴゴゴゴゴゴッ

勇者「うわー! すごい魔力!」

武闘派「ガッハッハッハッハ! 魔法には疎いのでよく解りませんわい」

剣士「言ってる場合か!! 止めろ賢者!!」

村長「」ブクブクブクブク

エルフ「くっ……」



姫「お止めなさい!!」

賢者「……! ひ、姫様……」

シュゥゥゥゥ

エルフ「……ふう」

剣士「あ、危ねえ……」

勇者「あー……見たかったのに……」

武闘家「ガッハッハッハッハ! 次の機会がありますよ!」


賢者「あ、わ、私……」

姫「先程の村長さんのお話を聞いていたでしょう?」

姫「この方はおそらく村を魔物から守って下さる人間の味方なのです」

姫「そうではありませんか?」

エルフ「はい。この村に流れ着き、村の皆さんに良くして頂いている御礼に、用心棒のようなことをやっています」

賢者「……」

剣士「なぜエルフが魔王軍を離れてこの村に?」

エルフ「……嫌気が差したのです。戦争も、保身しか頭にない上層部にも」

エルフ「そして……我らの一族にも」

武闘家「エルフ族に嫌気を?」

エルフ「我々エルフは古くから魔の湖に近い人間界の森に住む、中立の一族でした」

エルフ「しかし、魔王軍の人間界への侵攻後、隷従を拒絶した先代族長が魔王によって殺されると、今の族長はあっさりと軍門に降った」

エルフ「今やエルフは六将が命ずるままに戦うただの駒と化しました」

エルフ「私はそんな暮らしが嫌になり、身重の妻と子を連れて、魔王軍を脱走したのです」

エルフ「魔王軍、そして人間達からも追われながら、逃げ続け、流れ着いたこの村で、ようやく私たちを受け入れてくれる人達に出会えました」

エルフ「だから私は、この村を守っています。この、私たちの居場所を」

剣士「なるほどな……」

武闘家「ううむ、そんな事情が」

賢者「……」

姫「納得しましたか、賢者」

賢者「……はい」

賢者「先程はすみませんでした。私、つい咄嗟に……」

エルフ「いえ、元は敵同士なのですから、無理もない反応です」

エルフ「ただ、混乱していたとはいえ、無関係の人々にまで被害を与えかねない魔法を使うのは感心できませんね」

賢者「……はい。肝に銘じます」ギュッ


姫「さあ、一件落着ですね」グギュルルルルルル

エルフ「はい。早く村長さんを介抱した方が良いでしょうしね」

村長「」

村長「いやはや驚きました」

賢者「本当にすみません……」ギリッ

村長「いえいえ、もう済んだことです」


姫「ところで、エルフさんのご一家もこの村にお住まいなのですか?」

エルフ「いえ、私たちはこの村から少し国境の方へ向かった場所に住んでいます」

エルフ「その辺りには綺麗な泉があるんですよ。我々エルフには水が何よりも大事ですからね」

エルフ「それに、比較的強い魔物は国境を越えてやって来ますし、この辺りの魔物はもう村に近づいてこなくなりましたから」

武闘家「なぁるほど」

勇者「はい! はい! 質問いいですか!?」

エルフ「何でしょう?」

勇者「見たところあなたはすっごく強いと思うんですけど、どのくらい強いんですか!?」

エルフ「そうですね……エルフ族の中では最強と言われていました」

エルフ「一対一ならば六将相手でも勝てる自信はあります」

勇者「おおー!」

剣士「マジか……!? そんなに強いのになぜ魔王の配下に?」

エルフ「……あれは別格です。例え私と六将の7人がかりだったとしても、全く歯が立たないでしょう」

剣士「そ、そこまで……!?(やべえ本格的に帰りたい)」

武闘家「ぬう」


エルフ「魔王と戦う気ならば十分にお気をつけ下さい。他の魔物とは次元が違います」

エルフ「あれに勝てる者がいるとは、正直思えませんね」

勇者「はい! 気をつけます!」


エルフ「……さて。身重の妻をあまり一人にも出来ませんので、そろそろお暇致します」

村長「え? もうお帰りですか?」

エルフ「はい。元々買い物の帰りにご挨拶に伺っただけですので」

村長「そうですか。いや、わざわざすみませんな」

エルフ「では、また……皆さんも隣国に入る前に一度我が家にお越し下さい。丁度通り道ですから」

姫「ありがとうございます。是非お邪魔させて頂きますわ」


ガチャッ バタンッ


村長「では、皆様がお泊まりになる宿までご案内致しましょう」

――宿屋

姫「さて、では作戦会議を開きましょうか」

剣士「作戦?」

武闘家「何のですかな?」

姫「もちろん、あのエルフの一家を食べる為の作戦ですわ」グギュルルルルルル

剣士「はあ!?」

賢者「……!!」


姫「あれだけの上質な魔力……ひょっとしたら魔導士様以上」ゴギュルルルル

姫「しかも、それが最低でも3人。食べない手はありませんわ」ギュラララララララ

剣士「し、しかし彼は我々人間の味方なんですよ!?」

剣士「姫様だって賢者の攻撃を止めていたではありませんか!」


姫「あれはせっかくの食糧を黒こげにされないようにですわ」ギュロロロロロロロ

剣士「……」パクパク

賢者「……そ、そうだったのですか」

賢者「ああ、私はてっきり姫様があの魔物に味方されたのかと……」

賢者「姫様の深いお考えも知らず、いずれ寝首をかこうとすら企てておりました……申し訳ありません!」

剣士「ええ!?」


姫「よいのです、賢者さん。こうして誤解も解けたのですから」

賢者「姫様……」ホロリ

武闘家「何という深謀遠慮! さすがは姫様ですなあ!」ウンウン

勇者「よーし! そうと決まればさっそくエルフ狩りに行きましょう!」

剣士「……」

武闘家「いや! お待ち下され勇者殿!」

武闘家「あのエルフめと戦うのはあまり良いとは言えんでしょう!」

武闘家「あやつは六将すら越える力の持ち主。相手にするには危険です!」


賢者「でも、勇者様は六将の一角を簡単に葬っているのですよ?」

賢者「いかに六将より強いと言っても勇者様には敵わないでしょう。数もこちらが勝っていますし」

武闘家「だが、こちらには姫様がおられる! エルフに勝てたとしても、万が一姫様に何かあっては意味がない! 危険は避けるべきだ!」

賢者「うう……それは、確かにその通りです」


武闘家「ここは、きゃつめを妻子から引き離し、その隙に妻子だけお召し上がり頂くのが最善かと思われます!」

武闘家「エルフの妻子とて上級モンスターには変わりなく、お食事としては十分でしょう。いかがですかな、姫様!」

姫様「……そうですね。エルフを食べられないのは惜しいですが、武闘家さんの言うことももっともです」

姫様「解りました。よしなに」

武闘家「ははぁっ!!」


賢者「うう、エルフを殺せないのは口惜しいですぅ……」ショボン

勇者「ボクも戦いたかったです……」ショボーン

剣士「……」

武闘家「では、エルフを誘き出す役目はお前に任せる」ポンッ

剣士「え!? 俺!?」

武闘家「そんなに構えることはない! 私に腹案がある! ガッハッハッハッハッハ!」

――翌日
――エルフの家

村人「エルフさん、エルフさん」コンコン

ガチャッ

エルフ「おや? 村人さん。どうされましたか?」

村人「それが勇者様方がエルフさんに相談したいことがあるそうで」

エルフ「私に?」

村人「何でも勇者様の仲間のお一人の体調が優れないとかで。是非エルフさんの助言を頂きたいとか」

エルフ「体調が……」

エルフ(確かに……昨日、女性の一人から妙な気配がした)

エルフ(あれはやはり呪いだったということだろうか。それが原因かもしれない)

エルフ「わかりました。すぐに参りましょう」

村人「おお、ありがとうございます。勇者様もきっと喜びますよ」


エルフ「おーい!」

エルフ妻「はあい」トテトテ

エルフ妻「どうされました、あなた」

エルフ「昨日お話した勇者様一行が私をお呼びだそうです」

エルフ「少し村まで行って参ります」

エルフ妻「まあ。わかりました、お気をつけて」


エルフ娘「お父様、お出かけですか?」

エルフ「ええ」

エルフ「父がいない間、お母様のことを頼みましたよ?」

エルフ娘「はい! わかりました、お父様!」


村人(良い娘さんだなあ。うちのお転婆にも見習わせたいよ)

――エルフ家より少し離れた茂み

賢者「行ったようですね」

武闘家「よし。では、襲撃に移ろう」

武闘家「姫様は我らの後ろに隠れていてくだされ」

姫「わかりましたわ」

勇者「久しぶりに上級モンスターとの戦闘だー!」ワーイ

――――――
――――
――

――宿屋の前

村長「そろそろエルフさんの家に着いた頃でしょう」

剣士「……そうですか」

村長「しかし、お三方は大丈夫ですかな。昨夜からずっとお嬢さんの看病をしているのでしょう? 朝食もとらないで」

村長「やはり、村人と交代させましょうか?」

剣士「いえ……少々事情があるので、あまり外部の方には……」

村長「そうですか……ならば仕方ありませんな。何か出来ることがあればいつでもお申し付けください」

剣士「…………ありがとうございます」

剣士「では、私は薬草をとりに出かけてきます」

村長「はあ。では、誰かお供につけましょうか?」

剣士「それには及びません」

剣士「………………」

村長「……? あの、なにか?」

剣士「……あなた方は何も知らなかった。エルフさんに訊かれたらそうお答えなさい」

村長「は?」

剣士「では、失礼します」バッ

村長「あっ」

村長「……?」



剣士「……悪く思わないでくれ」


――――――
――――
――

エルフ「こんにちは、村長さん」

村長「おお、昨日の今日なのにわざわざすみませんな」

エルフ「いえ。勇者様達は?」

村長「この宿屋の部屋におられます。剣士様は薬草をとりに出かけられましたが」

エルフ「薬草……?」

村長「はあ、何でも酷い病らしくて、お三方が着きっきりで看病されているのですよ」

エルフ「そうですか。では急いで見ないといけませんね」

村長「こちらです」


コンコン

村長「勇者様、村長です。エルフさんをお連れしました」

村長「……」

村長「……? 勇者様?」コンコン


シーン


エルフ「……反応がないですね」

村長「まさか、何かが……!? 勇者様、入りますよ」ガチャッ


村長「え?」

エルフ「……誰もいませんが」

村長「おかしいな、そんなはずは……」

村長「すみません、別の部屋と間違えたかもしれません」ガチャッ


――――――
――――
――

村長「……いない。どこの部屋にも……一体どこへ……?」

エルフ「…………」


エルフ(……なんだ、この胸騒ぎは)

エルフ(何か……何かとてつもなく悪い予感がする)


村長「ううむ、どこに行かれたのでしょうか。剣士様も戻ってこないし」

エルフ「……村長さん。私は一度家に戻ります」

村長「は? ああ、そうですな。いやすみません、わざわざご足労願いながら」

村長「剣士様がお帰りになったら事情を聞いておきますので、後でまた使いの者を行かせます」

エルフ「……わかりました」


――――――
――――
――

――エルフ邸

コンコン

妻「あら? 村の方かしら」

妻「はあい、少々お待ちを」トテトテ

ガチャッ

妻「はい……」


ザシュッ


妻「……え? は……あ」

勇者「こんにちは!」グリッ


ブシュッ


妻「が……ッ」ゴボッ

ドサッ

妻「う……あ……」

妻(む、胸を……刺され……)


娘「……お母様?」

妻「……! に、げ」ゴボッ

娘「お母様ぁッ!!」ダッ


武闘家「いやはやさすが勇者殿ですな! 鮮やかな一撃です!」

勇者「えへへ! ありがとうございます!」

娘「え……?」

武闘家「おっと、どいてもらおうかお嬢さん」グイッ

娘「きゃっ」ドサッ

妻「ッ……む、むす、め……に……」


賢者「あまり油断なさらないでください。手負いと幼体とはいえ、相手は上級モンスターですよ?」

武闘家「ガッハッハッハ! わかっとる! まずは、こっちにトドメを刺そうと思ってな」

勇者「あー! ボクが刺したいです! トドメ!」

武闘家「勇者様が……? しかし、その、強く攻撃されると、その後の食事に……」

勇者「大丈夫ですよ! さっきはちゃんと手加減できましたし!」

武闘家「まあ、確かにそうですな」

勇者「やった!」


妻(……なんて、こと)

賢者「では、私はこちらの幼体の方を貰いますね」

妻「……!?」

娘「え?」


妻「や……やめ、て……むす、め、は……むすめ、だけは……ッ!」ゴボッゴボッ

賢者「そういう訳にはいきませんよ。貴女方は魔物、つまり悪なんですから」

賢者「ただでさえ悪を一匹見逃すというのに、これ以上は看過できません」


賢者「あの悪党……生意気にも私の魔法を防いだのみならず……なんて言ったと思います?」

娘「あ……あ……」

賢者「貴女の父親ですよ。あれが、私に何て言ったか知っていますか? と訊いているんです」

娘「し……知りま、せん……」ガタガタ

賢者「奴はね、こう言ったんですよ。『無関係の人々にまで被害を与えかねない魔法を使うのは感心できませんね』、と」

賢者「解りますか? 『無関係の』ッ! 『人々にまで』ッ! 『被害を与えかねない魔法を使うのは』ッ! 『感心できませんね』ッ!!」

娘「ひ、い……」

賢者「そう言ったんですよッ!! まるで、まるでそう、この私を諭すかのように……」

賢者「モンスターという悪が!! この私に諭すかのようにいイぃィィィィ!!」ゴオオオオッ

妻「……!? や、め……」

娘「……ッ」ギュッ


ピキィィン


賢者「……なんですか? それ。防御魔法ですか?」ゴオオオォ

賢者「防御魔法ですよね? あいつと同じ。それで、私のこの火炎を防ごうというわけですか?」オオオオォォ

賢者「面白いですね。威力は奴に防がれたものと同じですよ? 防げます? 防げますか? 貴女のそれで?」オォォォォォ

娘「」カタカタカタカタ


妻「や、め……」

勇者「うわぁー、すごい!」

武闘家「お、おい賢者……? あくまで、それは姫様の食用だということを……」


賢者「防げると本気で思っているんですかァッ!?」ゴオッ

武闘家「あ!」


ピキイイイイイイイ


娘「う、うあ、ああああ……」ググググッ

妻「い、や……やめ……やめて……お願い、い……おねが」


ピシッ

ゴオオオオオオォォォッ!!

娘「あああアああぁぁァァァァァあああアアアああァァァッ!?」ボオオオオオッ


妻「いやあああああああああああああああああああああああッ!!」

娘「ア、あああアアアアア!! アアア、アアああああアああアアッ!!」ゴロゴロゴロゴロッ


賢者「ほおら、全然防げなかった」

勇者「おおー!! 拍手です拍手!」パチパチパチパチ


武闘家「な、何てことをするのだ賢者!!」グイッ

賢者「……!」ハッ

武闘家「燃やしてしまってはもう食べられないのだぞ! 姫様が仰っていただろうが!!」

賢者「あ……わ、私……」

賢者「す、すみません! つい夢中になって!!」

武闘家「いいから消火だ消火!」

賢者「は、はい! えいっ!」


シュゥゥゥゥゥゥ


娘「」シュゥゥゥ…


武闘家「ダメだ……完全に黒こげだ」

賢者「すみません……」シュン

武闘家「まったくもったいないことを……ん?」


妻「…………あ、ああ、あ」

妻「あああ、あああ……」ゴポッ


武闘家「……仕方ない。姫様には申し訳ないが、これでご満足頂くしか……」

勇者「あ! 待って下さい! ボク良いこと思い出しました!」

賢者「? 良いこと?」


勇者「はい! その人、妊婦さんじゃないですか!」

武闘家「あ!」

勇者「お腹が大きいし、さっきの子ほどではなくても、結構大きめの赤ちゃんが入ってますよ!」

勇者「それなら2人分食べられるじゃないですか!」


賢者「そ、そうでした!」

武闘家「ううむ、すっかり失念しておりました。これは不幸中の幸いですな」

賢者「では、姫様をお呼びしますね」

武闘家「いや、このままお召し上がり頂いても同じ事ではあるが、せっかくなので切り分けよう」

武闘家「ムンッ!!」ブシュッ

妻「が……ッ!?」ビクンッ

武闘家「むむむむむむむ!」ギチギチギチギチッ

妻「あ……は……ぎ、い……ッ」

武闘家「よし、届いた」ブチュッ

武闘家「とぉりゃッ!!」グチャァッ

妻「……ッ!!」ビクッビクンッ


武闘家「よおし、胎児を取り出しましたぞ!」フー

勇者「おめでとうございます!!」

賢者「お疲れ様です、武闘家さん。では、今度こそ姫様をお呼びします」ガチャッ


賢者「姫様―。お食事の用意が整いましたー!」


――――――
――――
――

エルフ「はぁ……はぁ……」

エルフ(走って帰ってきてしまった……はは、何をやっているのだ、私は)

エルフ(何も起こるはずがない……何も)

エルフ(勇者様達だって、きっと薬草か何かを取りに行ったのだろう……いや)

エルフ(連絡の不備で、ひょっとしたら勇者様達が我が家に向かっていたのかもしれん)

エルフ(ははは、だとすれば入れ違いになってしまったな……そうだ、きっとそうに違いない)

エルフ(今頃は中で、妻がお客様に手料理でも振る舞っていることだろう)

エルフ(娘はちゃんと行儀良く出来ているかな? あの子は少し人見知りなところがあるから心配だ)

エルフ(さあ、中に入ろう。入ってただいまを言うんだ)スッ


エルフ「……ん?」

エルフ「何だ……ドアの前に……何かが……」


エルフ(……血……痕……?)

エルフ「…………」

エルフ「はぁ……はぁ……」ガチャッ

エルフ「はあ………………ッ」ギィィィィ


ィィィィィィィィ……


エルフ「あ……あ……あ……」


エルフ「うわあああああああああアアアアアアアアアッ!!」

――――――
――――
――

村人「あんれ? 村長、エルフさんが戻ってこられましたよ?」

村長「なに?」

村長「……本当だ。こちらから使いをやると申し上げておいたんだが」


エルフ「…………」ザッザッザッザ

村長「エルフさん、どうされました? まだ剣士さんもお戻りでなくて……」


エルフ「奴らはどこだ?」

村長「え?」

エルフ「奴らはどこにいる?」

村長「え……あー、いや、ですから、まだ剣士さんもお戻りになっていないので、何とも……」



エルフ「嘘をつくなッ!!」

村長「ひぃっ!?」

村長「ど、ど、ど、どうされたんです!? い、一体なにが……」

エルフ「妻と娘が殺された」

村長「……は?」

エルフ「娘は黒こげに。妻は骨と一部の肉片しか残っていなかった」

村長「え……。え……え!?」

村長「………………ほ、本当、に……?」

エルフ「ああ」


村長「い、一体……誰が……」

エルフ「勇者の一味だ。娘の身体から、あの賢者の魔力を感じた」

村長「そ、そんな馬鹿な!!」

エルフ「私をここへ誘き出し、その間に家族を襲った」

村長「ま、まさか……そんな……」


エルフ「奴らはどこだ?」

村長「……し、知りません! 知らないんです!」

村長「わしらはただ、貴方を村に呼ぶようにとだけ言われて!!」


エルフ「…………娘はね、まだ生きていたんだよ」

村長「え?」

エルフ「黒こげになりながらね。かろうじて息があった」

エルフ「私は必死に回復魔法を使った。だが、何のもはや何の効果もなかった」

村長「そ、そんな……」

エルフ「娘は最後に何て言ったと思う?」



エルフ「『ごめんなさい、お父様。お母様と、赤ちゃんを守れなくて』だ」

村長「…………」

エルフ「そうだ、それからこんなのも見つけたよ」ゴソッ

村長「……? ひっ!?」

村長「ゆ、指……!!」ヘタッ


エルフ「赤ん坊の指だ」

エルフ「見つけた肉片で、これが一番大きかった」

村長「……はっ……はっ……」


エルフ「……なあ。この仕打ちはなんだ?」

村長「ひっ」

エルフ「私たちはただ、静かに暮らしていたかっただけだ」

エルフ「その為の働きはしてきた、なのに」

エルフ「どうして私たちがこんな目に遭わねばならない?」


村長「し……知らなかったんだ……ほ、本当だ!」

村長「信じてくれ! わしらは何も知らなかった!! 騙されていただけなんだ!!」

エルフ「……全てが間違っていたよ」

エルフ「ようやく気がついた。全てが間違っていた」

村長「し、知らない! 知らないんだ! 知らない!!」

エルフ「なあ、人間達よ。教えてくれよ」

村長「た、頼む……村の者には……」

エルフ「私が貴様等を守ってきた意味は、何だったんだ?」

エルフ「なあ、教えてくれ」

村長「……頼」ヒュンッ

――――――
――――
――

――隣国、国境付近

剣士「……あの村、大丈夫ですかね」

賢者「? 何がですか?」

剣士「いや、あのエルフが村人もグルだと思いこんで、報復したりとか……」

賢者「ああ。でも別にそれならそれで良いじゃないですか」

剣士「は?」


賢者「エルフは悪。そして悪に守られている者もまた悪でしょ?」

賢者「つまり、あの村は悪の村なんですから、滅んだって良い、いえ、むしろ滅ぶべきなんですよ」

剣士「…………」

賢者「人間はね。正しくなければ生きる価値はないんです」

剣士「…………」


剣士(――――拝啓、故郷の父上様、母上様)

剣士(私はもう、ダメかもしれません)


勇者「お腹いっぱいですか姫様!」

姫「ええ、久々に満腹ですわ」ケプ

勇者「良かったー!」


武闘家「では、姫様が満腹であられるうちに、次の標的を探しましょう!!」

勇者「そして目指すは魔王城ですね!」

勇者「よーし! 皆さんこれからの旅も、頑張っていきましょー!!」


復讐の炎に焼かれた魔の手が背後より迫ることを知らず、今日も勇者達は旅を続ける!

戦え、勇者! 負けるな、勇者! 世界と、そして姫を救うその日まで……!!

とりあえず以上
お付き合いくださりありがとう

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