【艦これ】深海の呼び声 (824)

注1:艦娘がひどい目にあうかもしれません
注2:某神話クロスではないです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405736335

1. 着任


この世界には2種類の人外がいる。
ひとつは、工学技能に特化し高度な知性を持つ、古来より人類と共存を果たしてきた「妖精」。
そしてもうひとつは、近年になって人類を脅かしている侵略者たる「深海棲艦」である。
この深海棲艦に対抗するために登場したのが、長年の友人である妖精の協力を得て開発された「艦娘」システムだ。

これは、適合した少女が艦艇の魂を宿した艤装により戦闘その他を行うというものだ。
我々日本国海軍は太平洋に面した国土を守るため、この艦娘システムでもって深海棲艦との激しい戦争状態にある。

…はずなのだが。



―――――
―――
――

「えー、本日付でこの鎮守府に着任した提督だ。よろしく頼む」

集会室に集まった艦娘らおよそ10名に向けて彼はひょいと制帽を上げた。
何も話すことがないな、と思い、昨日のうちに挨拶を済ませた事務からもらったリストに目を落とす。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦…。

「あーそうだな、それじゃ自己紹介でもしてもらおうか」

艦娘らが首を傾げたり顔を見合わせたりとそれぞれ反応した。
居心地の悪さを感じて提督は少しため息をついた。

「…いや、いい。今日は解散とする。このなかで最古参は誰だ?」

再びざわめく艦娘ら。まもなく「はい」と一人が手を上げた。
もう一人の手を引いて前に出てくる。

「ここが一番長いのはわたしたちだと思います」

「よろしい。二人は少し残ってくれ。では解散」
 

どたばたと艦娘らが部屋を出て行く。
彼が以前勤めていた鎮守府では聞くことのなかったにぎやかさだ。
慣れないそのにぎやかさが潮を引いていくと、集会室にはぽつんと二人の艦娘が残された。
彼は壁にもたれかかった。

「君ら、名前は? ああ、艦名を頼む」

艦娘らはもともと普通の女の子なので当然本来の名前がある。
提督が求めたのはそれではなく艤装を含めた彼女らの"役職"ともいえる艦艇の名前だ。

「特型駆逐艦、綾波と申します」

「あたしの名は敷波。以後よろしく」

「二人に二、三聞きたいことがある。この鎮守府はどうだ?」

「どうって?」

敷波がつまらなさそうに問い返す。
慌てて綾波が執り成した。

「すいません! この子ちょっとぶっきらぼうで…」

それに対して敷波は「なんだよう」と呟き、提督はあごを掻いて、

「かまわないさ。うん、じゃあ戦力だな。君らはどう見る?」

綾波は困ったような顔をした。

「ううん、そうですね…」

「弱いよ」

「ほう」「ちょっと敷波…」

「だってそうじゃんか。10隻ちょっとしかいないし、その半分は駆逐艦だし、空母はいないし…」

目をそらしたまま敷波は言い募る。
それを聞いて綾波は提督に向き直った。

「でもみんなの練度は高いです! 駆逐艦は経験豊富な子も多いです」

「それは他が出られないからでしょ」

「どういうことだ?」

「その…資材が」

綾波は言いよどんだが、言いたいことは簡単にわかった。
つまり、この鎮守府には資材が少なく、そのため戦艦が出撃できないのだ。
すると今度は深海棲艦に侵略された占領地を奪取することが出来ず、結果が出せなければ資材配給は滞る。

「なるほど。悪循環だな」

うんうん、と提督が頷く。
 

「それで、二人はここに配属されてから一番長いんだよな?」

「そうです」

「他はどういう順で配属されたんだ?」

「ええっと、長門さんと入れ替わりで山城さんが来て…」

「山城? さっき居た戦艦は比叡だけではなかったか」

「山城さんはずっとドックで入渠してるんだよ」

敷波の言葉に提督は、ああ、と合点がいった。
資材不足は戦艦を出撃だけでなく修復もできないようにしているのだ。

「わかった。続けてくれ」

「はい。それから羽黒さん、潮ちゃん、大井さんと北上さん…」

「北上さんはもういないけどね」

「あっ……そう、そうです。他にももういない人はいます」

提督はあえて詳細を尋ねなかった。
 

「それで、曙ちゃん、比叡さん、夕立ちゃん、霞ちゃん、それから天龍さんと龍田さんが一番最近です」

「ふうん。確かに駆逐艦に偏ってるな」

「ここは"ゴミ箱"なんだよ」

「敷波!」

「言ったのはあたしじゃないし。4人くらい前の司令官だし」

「あー、わかったわかった」

提督は右手をひらひらと振って二人を執り成した。

二人を帰してから彼は事務へと足を運び、所属艦娘の配属事由などを調べることにした。
山のように書類と資料を積んだ執務机のある提督室の照明は夜が更けても消えることはなかった。
 

2.

翌日、昼前に提督がふらふらと外を散歩していると、霞と潮を見つけた。

「おー」

紙煙草をくわえたまま提督が眠たそうな声を上げると、二人が気付いて振り返った。

「あっ……提督…こ、こんにちは」

「うん。何やってるんだ?」

「えっと、そのう…」

「訓練よ。なに、文句でもあるわけ?」

口ごもる潮に代わって、霞が強気に答える。
提督は煙を吐いた。

「いや、いいんじゃないか。二人だけでやってるのか?」

「そうよ。悪い?」

「さ、最初はみんなでやってたんです。
 でも、出撃もないし、ちょっとずつ減っていっちゃって…」

「で、今は二人しか残ってないって訳か」

「みんなたるんでるったらないわ。艦娘たるものいつでも出撃できるようにしておくべきよ」

気炎を吹き上げる霞に対して提督は煙を吐いて答えなかった。

「ん。もう昼食の時間か。じゃあな」

「は、はい」

3.

広い食堂に艦娘らがまばらに座って食事を摂っていると、

「おーい、ちょっと聞いてくれ。あ、いやそのままでいい」

カレーの皿を持った提督がやってきた。

「司令官。どうしたんですか?」

「ここは艦娘用の食堂だよ」

近くで向かいあって食べていた綾波と敷波が話しかけてくる。
提督はそれには「わかってるって」と答え、

「あー、なんか事務から秘書艦を指名するよう言われたので、――羽黒!」

「ひゃいっ!?」

すみのほうでかしゃんと音を立てて黒髪の少女が立ち上がった。

「貴官を秘書艦に任命する。悪いが昼食が終わり次第、提督室まで来てくれ。以上」

ざわめきだす食堂を後にして、提督は廊下を歩きながらカレーを食べるのだった。

4.

提督室のドアが控えめにノックされ、提督は広げていた地図と資料を無造作に片付けた。

「入ってくれ」

「はい…」

おずおずと顔をのぞかせたのは羽黒。
しかし彼女だけではなく大きくドアを開いて、

「提督さん! 夕立を秘書艦にしたほうがいいっぽい!」

駆逐艦・夕立と、

「いいや! 秘書艦になるべきなのはオレだ!」

軽巡洋艦・天龍、そして龍田も入室してきた。

「なんだ、呼んだのは羽黒だけだぞ」

「す、すいません…!」

「いや羽黒を責めてるわけじゃないんだ。で? 君ら秘書艦になりたいのか?」

「秘書艦になれば出撃して前線に出られるんだろ?」

「それはそうだが…ええと、君は軽巡だよな?」

「オレの名は天龍! フフフ、怖いか?」

「え? あー、そのだな…」

「オレの装備が気になるか? 世界水準軽く超えてるからなァ!」

ちろりと天龍の艤装に目をやった提督は彼女のセリフに苦笑した。
お世辞にも世界水準とはいえない、ボロボロの12.7cm連装砲である。
 

「夕立も秘書艦になってパーティしたいっぽい!」

「君は駆逐艦か。あぁ夕立か。…パーティ?」

「そう! 敵艦を沈める楽しいパーティ!」

「あぁ戦闘ってことね…。君は?」

「はじめまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ~?」

「うん。まぁ大丈夫だが…。秘書艦になりたいというわけではないのか」

「私は天龍ちゃんの付き添いだよ~」

「そうか。じゃあ天龍と夕立。それから羽黒。なぜ秘書艦が羽黒なのか説明するぞ」

提督はぴろりと所属艦娘リストを示した。

「この鎮守府には駆逐艦が多く、空母はゼロだ。資材は少なく、戦艦を多用することは現実的でない。
 資材を得るためには遠征に出ざるを得ず、軽巡にはその旗艦を務めてもらう。
 となると駆逐艦を指揮するには重巡が最適で、ここには重巡が羽黒しかいない。
 以上から、羽黒が第一艦隊旗艦つまり秘書艦ということになる」

これを聞いて天龍と夕立がなにか言おうとしたので、

「君ら二人が前線に出たがっていることはわかった。検討しておく」

と先回りして、そして龍田を含めた三人を帰した。
 

「さて、と」

残った羽黒はびくりとした。

「楽にしてくれ。ああ座ってくれていい」

申し訳なさそうにソファに腰を下ろす羽黒。
提督は紙煙草に火をつけた。

「君を秘書艦にした理由はさっき説明したとおりだ。
 それで、早速なんだが一週間後、第一艦隊には出撃してもらいたい」

「し、出撃ですか?」

「ああ。資材不足を解消するには長期的には出撃して戦果を出すのが最良の手だ。
 同時に遠征によって短期的に資材を確保し、出撃を可能にさせる」

言いながら提督はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「第一艦隊はこんなふうに編成してみたんだがどうだろう」

走り書きのメモを見て、羽黒はあたふたした。

「ん? あァすまない字が汚すぎたな」

「い、いえ、その、…ごめんなさい」
 

「旗艦に羽黒、それから軽巡が天龍、大井、駆逐艦が――」

「大井さん、ですか…」

「? ああ。重雷装巡洋艦の火力は抜群だからな」

「司令官さん、大井さんには会われましたか?」

「…昨日、入渠中の山城以外の全員とは顔を合わせたはずだが」

「あの時、大井さんはいなかったと思います…」

「そうなのか? どこにいたんだ」

羽黒はしばらく答えなかった。
提督も黙って煙をふかして、彼女が口を開くのを待った。
非常にいいにくそうにしながら、羽黒はぽつりと答えた。

「……営倉、です」
 

今日は以上

レスサンクス 続きを投下

9.

夕食ののち、提督が提督室にこもって資料をざらざらと読んでいると、ひとり敷波がやってきた。

「どうした」

いつもぶすっとしているような彼女ではあるが、今はその表情の下に別の熱のような感情が渦巻いているように見えた。
敷波は黙っているが、それはなんといっていいか言葉を探しているらしかった。

「まあ座るといい。なにか飲むか?」

「あのさ」

提督が立ち上がってヤカンを火にかけると、敷波はようやく口を開いた。

「うん」

「なんで綾波を後回しにしたのさ」

「………」
 

紅茶の葉をティーポットに入れ、カップをお湯であたためて、ポットにもお湯を注ぐ。
その間、提督は答えなかった。

「綾波のほうがひどいケガだったでしょ!」

「そうだ」

日本国海軍で採用されているpVdc(汎艦娘損害判定基準)でいうと、霞は小破、綾波は中破であった。

「だから霞を先に入渠させたんだ」

「どういう……」

「この鎮守府には艦娘が少ないからだよ」

紅茶を二つのカップに注いでテーブルに置き、提督はソファに腰掛けた。

「綾波も霞も万全じゃないわけで、次の戦闘には出しがたい。
 しかしこの鎮守府には艦娘が少なく、出撃できない者が多くなると戦闘そのものに差し支えることになる」

敷波も提督の対面にすとんと座った。
 

「それって、戦える子を減らしたくない、ってこと?」

「正確には出撃できる人員が減っている状態の時間を出来る限り少なくしたい、だが」

「だから…、修復にかかる時間が短い霞を優先した」

「そうだ」

「ふうん…」

理屈はわかっても気持ちは簡単に割り切れない。そんな顔をしていた。

「納得しろとは言わない。俺ができるのは判断の理由を示すだけだ。
 霞を優先したのはただ戦略的な点からだけであって、それ以外じゃない」

提督はそう言って、紅茶を飲み干した。

「……提督は冷たいね」

「…そうか」
 

「うん……、わかった」

紅茶をかき混ぜる敷波。
ふ、と息を吐いて提督は立ち上がった。

「それはよかった。じゃあそれを飲んだらもう寝なさい」

「はーい」

提督は執務机に戻り、ばさばさと資料を取り上げてまた目を通しだした。
その様子を横目で見ていた敷波は、

「ねえ、司令官」

と、ぽつりと呟いた。目だけを少女に向ける提督。
敷波は紅茶の水面を見つめている。

「綾波はすごいんだよ。戦闘にも怖がらないで出るし、出たらちゃんと敵を沈めるし…。
 今日は失敗しちゃったけど、ほんとにすごいんだよ」

「………」

「あたしとは違う…あたしは……」
 

10.

「羽黒ー」

艦娘が朝食を摂っている食堂の入口で提督が秘書艦を呼んだ。

「おはようございます、司令官」

「また来たの?」

綾波と敷波にひらひらと手を振る提督のもとに慌てて羽黒が駆けつける。

「おっおはようございます!」

「うん、おはよう。朝から悪いが、一○○○に艦娘を集めてくれるか? メンバーと場所はこっちにメモしてある」

「は、はい。出撃ですか?」

「いや、出撃は6日後だ。出撃のための訓練だよ」

「訓練…」

「ああ。内容はそのときに話す。じゃあ頼むな」

「はい!」

トーストをかじりながら提督が去っていくと、羽黒の周りに艦娘らがわいわいと寄り集まった。

「なになに? 出撃の指示っぽい?」「えぇっ、出撃ですか…!?」
「やっと出撃な訳?」「ついにオレの出番が来たか!」

「あ、あの…ちが……ご、ごめんなさいぃぃ!」

メモをのぞきこんで勝手に騒ぎ出す同僚らに対して何も言い出せず、羽黒は泣きたくなるのであった。
 

11.

一○○○。演習場。
ここは湾の内部であるが、ほとんど整備されていない。
提督が以前勤めていた鎮守府では広大なプールを建設して演習場にしていたが、ここのそれは自然そのものだ。

「はー、良い天気だ」

紙煙草をふかしながら提督が演習場の波止場に歩いてくると、

「敷波も早くおいでよー」

「どうせまた上がらないといけないでしょ」

水面に立つ綾波と堤防に腰掛けて足をぷらぷらさせる敷波、

「水上では当然バランスが大事になるわ」

「う、うん」

少し離れた水上でしっかりと立つ霞とふらふらしている潮、

「オレの装備が火を噴くぜぇ!」

「天龍ちゃん、カッコイイわよ~」

陸で砲塔を振り回す天龍とそのそばで微笑む龍田、

「早く戦いたいっぽい~!」

「ちょっと夕立! 水しぶきかけないでよ!」

水上を走り回る夕立ときゃんきゃん怒る曙が見えてきて、

「あ…司令官さん、その、ご、ごめんなさい!」

そして羽黒が頭を下げた。
 

「ん? なにか問題があったか」

「いえ、その…みんな出撃だと思っちゃったみたいで…」

「ふうん? まあいいよ。あれ? 比叡は?」

「え? あっ、どうして?」

「いないな。呼び出すからちょっとみんなを集めておいてくれるか」

ばたばたと羽黒がみんなを集めて整列させていると、

「金剛型戦艦・比叡! ただ今参上しました!」

比叡が全力疾走してきてその列に並んだ。

「比叡…寝てただろ」

提督が呆れたように指摘すると、

「えっ!? 寝てません! 寝てませんってばぁーっ!」

「寝癖ついてんのよこの昼行灯」

「ひえぇーっ!」
 

「さて、じゃあ説明するぞ」

二列に並んだ艦娘らに向けて、提督は話し始める。

「まず、今日は出撃じゃないからな」

一部の艦娘らのブーイングを無視する提督。

「ただし、出撃のための訓練ではある。
 えー、羽黒。それから天龍、夕立、霞、綾波」

「はい!」「おう!」「ぽい!」

それぞれ返事しながら呼ばれた艦娘が前に出る。

「君らを第一艦隊とする。
 今日は残る者が敵艦隊の役割をとって、第一艦隊の戦闘教義の確認と機動の練習を行う。
 比叡、敵艦隊を指揮してくれ」

「わかりました!」

「手加減はしなくていいからな。さぁ位置についてくれ。
 第一艦隊はこっちへ」

「「「はい!」」」

比叡率いる艦隊が水面に降り立ち、沖合いへと滑り出す。
それを確認してから提督は振り返り、

「さて。君らの作戦はこうだ―――」

イタズラを考える子供のように笑った。
 

とりあえずここまで

21.

提督は艦娘用の食堂にまた赴いて羽黒に訓練のメニューメモを渡し、部屋に戻って食事を終えていた。
資料室から借りてきた数冊の本をめくりながら時折がりがりと書き付けている。
そんなとき、

「こんばんは~。龍田だよ~?」

軽巡・龍田がノックしてドアを開けた。
提督は天龍が一緒ではないかと思ったが、ひとりのようだった。

「今日は演習ご苦労。どうした?」

「あのね~、羽黒ちゃんから遠征について聞いたんだけど~」

龍田は遠征担当の第二艦隊旗艦である。

「ああ。明日は頼む」

「え~と、私、行かなくちゃだめかなぁ?」
 

「どういう意味だ? 第二艦隊は龍田、曙、潮、敷波で、駆逐艦はともかく、軽巡は他にいないからな」

「う~ん、そのね~? 天龍ちゃんを一人残していくのが心配かな~って…」

「なんだ。天龍はだいじょうぶだろ」

苦笑しながら手元の本に目を戻す。
龍田はそれでも頬に片手をあてて眉根を下げるだけで退室しようとはしない。

「? 第一艦隊の出撃はまだ先だし、遠征はそんなにかからないだろう。そんなに心配することはない」

「そうだといいんだけど~…」

歯切れの悪い龍田。
提督は仕方なく本を畳んで、紅茶を淹れることにした。
本の書名は『心の病入門』。

「まあ座りたまえ。紅茶しかないが」

ティーカップをテーブルに置いて提督がソファに座ると龍田も向かい合って座った。

「天龍のなにが心配なんだ? 出撃しなければ危険もあるまい」

「……提督は、天龍ちゃんを見てて安心だと思う~?」

「血の気の多いやつだと思うが。そういう点では危なかっしいかな」

「それだけだったら、いいんだけど~」

「天龍になにか問題が?」

「う~ん……。私の杞憂かもしれないし~。提督が問題にしていないなら、いいのかな~?」

「いや、なんのことかよくわからない。すまん。教えてくれるか」

龍田はしかしするりと立ち上がった。

「ううん、いいの~。私がしっかりしていればいい話だし~」

「いいのか?」

「うん。ごちそうさま~提督、明日の遠征がんばるね~」

ドアを開いて龍田が頭を下げる。

「ああ頼んだ。おやすみ、龍田」

一人になった提督はしばし考え込んでいたが、ぐいっと紅茶を飲み干し、

「明日までにはある程度まとめておかないと……」

再び書物に没頭したのだった。

22.

艦娘寮。
消灯前に、霞の部屋を潮が訪れていた。

「何の用?」

二人ともパジャマ姿で、潮は自分のまくらを抱いてもじもじしている。
本来、艦娘寮は二人部屋なのだが、この鎮守府は人数が少ないため、ひとりで一室を使っている。

「あ、あのね、か、霞ちゃん」

「何よ」

椅子に着席したままの霞は、優しく声をかけられない自分に腹が立った。
潮には謝らないといけないと思っているのに、そうできない自分が情けなかった。

「き、今日は、一緒に寝たいなー、な、なんて…」

彼女らしからぬ潮の物言いに霞は思わず噴き出してしまった。
自分が悩んでいたのが莫迦らしくなる。

「霞ちゃあん! わ、笑わないでよぉ…」

「う、うるさいわね……わかった、わかったわ」

それから歯磨きなどを済ませて二人はひとつのふとんにもぐりこんだ。

消灯。

「えへへ、狭いね」

「当然でしょ」

「こっち、もうちょっと余裕あるよ?」

「そう」

もぞもぞと位置を調整するふたり。
顔を見合わせると、目が慣れてきて、意外に近くに見えたので、霞はすぐに上を向いた。
二段ベッド上段の底面がうっすらと見える。
潮はくすくすと笑った。

「なによ、もう」

「ううん、なんだか嬉しいなって」

「………」


二人はしばらく口を開かなかった。
どういうふうに切り出して謝ればいいのか、霞にはわからなかった。
自分の気持ちを整理して説明すればいいのか、しかしそれはなにか言い訳めいていないか。

ではただ一言「ごめん」と言えば良いのか。
それはずいぶんと勇気がいるような、踏ん切りをつけるハードルが高いように感じた。

「霞ちゃん」

「ん」

「ごめんね」

「は――あ、んたが、謝ることなんて、ないでしょ」

「ううん。霞ちゃんのキモチ、もっと考えなきゃだった」

そうじゃない。
潮は悪くない。
悪かったのは――

「潮」

「えっ?」

「あたしが悪かったわ」
 

「霞ちゃん…」

「悪いのはあたしよ。ちょっと上手くいかなかったからって落ち込んで、ひきずって、八つ当たりした。ごめんなさい。潮」

なんて――簡単に言葉が出てくるんだろう。
あんなに怖くて、あんなに難しかったことが、こんなに容易い、こんなに嬉しい。

「ごめんね、潮。許してくれる?」

隣の潮を向くと、彼女はぼろぼろと涙を零していた。

「ばか、なんであんたが泣いてんのよ」

「ぐすっ、だ、だってぇ…わ、私、か、霞ちゃんに、ひっく、き、嫌われちゃったと思って……!」

「――! 嫌わないわ。嫌うわけない。あたしたち、友達でしょ」

「うええええん霞ちゃあああああん! ふわあああああん!」

潮がこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。
こんなに嬉しい気持ちになるのも初めてだった。

微笑む霞の目尻から、涙が一筋、流れた。
鎮守府の夜は、更けていく。
 

23.

翌朝、遠征に出発した第二艦隊を見送った提督は、

「あ。遠征に出したら演習できないな…」

間が抜けたことを呟いた。
すぐに羽黒を探して、

「すまん、昨日みたいな演習はできない。比叡も借りていくし」

と言うと、羽黒は目を丸くして、

「あ…はい、いえ、あの、当然わかっておられたのかと…」

と言われて提督は情けなさをごまかすために眉間を掻いた。
咳払いする。

「それじゃあ、今日の訓練はゲームにしよう!」

むやみに明るい声を出してみたが、羽黒は困ったように微笑むだけでどう返事したらいいかもわからないようだった。

「……すまない。
 あー…、そのだな、羽黒・天龍の重装兵組が、すり抜けようとする夕立・霞・綾波の軽装兵組を食い止めようとするんだ。
 それで、制限時間以内にすり抜けられたら軽装兵組の勝ち。抑え切ったら重装兵組の勝ち」
 

「鉄床戦術の練習、ですね?」

「そうそう! 制限時間は最初10分とかにして、徐々に増やしていく。5分単位がいいかな。最大で30分。どうだ?」

羽黒は少し楽しみに感じたようで、

「はい! ではすぐに皆を集めてやってみます!」

「うん。昼になったら終わりでいいよ。俺らも帰ってくるし」

「司令官さんは比叡さんとどこへ?」

「ふっふっふ、秘密だ」

「え……あの、秘書艦として提督の居場所を知らないというのは、あっ、ご、ごめんなさいっ!」

「え? あ、いや、羽黒を信用してないとかじゃないから! 違うぞ!」

「い、いえ、あの、気にしてませんから…っ」

「向こうの断崖だっ! 昨日話した比叡の試験的運用だ!」

「は、はい! わかりました!」

「よし! 比叡、いくぞ! 比叡? 比叡はどこだ!?」

比叡は二度寝していた。
 

今日は以上 レスサンクス

56.

提督が着任し、出撃してから一ヶ月が経過しようとしていた。

「司令官さん。第一艦隊、出撃よりただ今帰投しました」

「うん、ご苦労」

「戦果についてはまた報告をまとめます。入渠は中破の天龍さんからでよろしいでしょうか」

「それで頼む」

提督室に羽黒が報告に来ていた。
今回の出撃も大過なく勝利したのだ。深海棲艦に占領されていた領海もじょじょに開放することができていた。

「羽黒。夕食を終えたら霞と一緒にまた来てくれないか」

「了解しました。……あの、どういう用件かお聞きしても……?」

「うん。ちょっとめんどさいことになりそうでな」

「はい…、……?」


 

そうして夜、羽黒と霞が提督室のソファに座っていた。
提督がいつものように紅茶を淹れる。
羽黒も最初は遠慮していたり代わろうとしたりしていたのだが、提督に固辞されて今では落ち着かずに眺めているだけになっている。

「で? 何の用よ」

カーディガンのポケットに手を突っ込んだままの霞。
提督は執務机からぴらりと一枚の紙をつまんだ。便箋である。

「中央の同僚から悪い知らせが来た。あさって、ある中将がこの鎮守府を視察に来る」

「そんな連絡が、なぜ同僚の方から回ってくるのですか?」

「正式な連絡じゃない。おそらく諜報部のツテから入手した情報をリークしてくれたんだろう。暗号で書かれていた」

「その中将がここに来るのが、どうして悪い知らせなのよ」

「うん。そのだな、」

提督は紅茶で舌を湿した。

 

「その中将は厳格で有名なんだ。この鎮守府の艦娘たちを十中八九良く思わないだろう」

「そ、それは、どうしてでしょう?」

「あたしたちが他の鎮守府とは比べ物にならないくらい緩みきってるからでしょ」

「え、で、でも……最近はちゃんと出撃したり演習したりしてますよ」

「笑わせないでよ。そんなの当然でしょ。普段の態度とか規律のことを言ってるんじゃないの」

「そうだな。最悪なのが、中将が自ら処罰を下す可能性があることだ」

「そ、そんな、いきなりですか…!?」

「そういうひとなんだ」

霞が大きく舌打ちした。

「回りくどいわね。視察の時だけ、普通の軍隊らしくしろって言いなさいな」

「まあ、そういうことだな。急な話だし難しいかもしれないが……頼めるか」

「わ、わかりました…!」

「明日は出撃も遠征も取りやめで視察の準備に専念してほしい。
 羽黒はこのことを各艦に伝達、あと会議室を借りておいてくれ。霞はなにか参考になる書籍を探して指導してやってくれ」

二人は了解した。


 

57.

「中将閣下に敬礼!」

リーク通り翌日には中央から視察の正式な通達があり、その次の日、つまり今日、中将と部下数名が鎮守府に到着していた。
艦娘らが左右に整列し、一斉に右手を掲げた。

「ようこそおいで下さいました、閣下」

提督が敬礼の後、歓迎の言葉を述べる。

「うむ。今日は急な視察になったが、よろしく頼むぞ」

「はっ! ではまず、こちらへどうぞ」

傲然とした態度で髭をねぶる中将を提督は案内し始めた。
一行が建物のなかに消えてから、ようやく艦娘らは敬礼を解いた。

「すっごい偉そうな奴ね。いけ好かないったら」

「だ、だめだよ曙ちゃん…!」

声に出さず艦間通信する曙と潮。
羽黒は急いで給湯室へ向かった。

「一一〇〇より演習を行う。各自準備して集合」

霞が残ったメンバーに告げ、各員は小走りで移動を開始した。
 

58.

応接室で提督は中将の相手をしていた。

「なにぶん人員が足りず、見苦しい点も多い鎮守府かと思われますが…」

「良い。しかしお前はその鎮守府でずいぶんと活躍しているようだな」

事務から届けられた戦果報告書などをめくりながら中将。

「恐縮です。皆の働きあってこそのものです」

そこで羽黒がお茶を汲んできた。

「し、失礼します! どうぞ」

「うむ」

「紹介します。こちらが本鎮守府第一艦隊旗艦・重巡洋艦羽黒です」

「おおこれが旗艦か。重巡が旗艦とは、ふむ……」

じろじろと眺められて羽黒は顔を赤くしてもじもじした。

「重巡ながら艦隊を率いてよくやってくれています」

「ここには戦艦が二隻所属しているだろう。それはどうした」

「扶桑型の山城は長期入渠中です。一方、金剛型の比叡も艦隊には配属しておりません。
 誠に不甲斐ないですが資材が足りず、次善の策で凌いでいる現状です」

「そうか。資材不足はどこでも深刻だ。緊急度の高い鎮守府には優先して供給せねばならん。
 それでもどこの鎮守府でもなんとかやってくれている。ここも同様だ」

「は。失礼しました」

「しかしこの鎮守府の躍進ぶりは中央にも届いている。どんな魔法を使った?
 いやお前のことだ、艦娘を信じて一所懸命やった、などとしか言わぬだろう」

「いえ……」
 

「だがお前のやり方では、いつかの二の舞になるのは火を見るより明らかだ。
 この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな」

「――っ」

中将の言葉に提督の顔色が変わる。
彼の脳裏にあるのは、あの日腕のなかで息絶えた戦友・球磨だ。
羽黒は話が読めずにおどおどしている。

「……羽黒。下がっていい。君も演習の準備をしてくれ」

「は、はい、わかり、ました」

気遣うような羽黒の視線を遮るように提督は軽く手を払って指示する。
羽黒が退室する。



「そろそろ一人前の提督になれ。そうすれば中央に戻してやれる」

「……どういう、ことですか」

「わかっているのだろう。艦娘に情をかけるのを辞めろ。あれは兵器だ。合理的になれ」

「……ですが、私は、」

「一人前になって上に来い。お前なら出来る。そうすれば、言っている意味が分かるようになるだろう」

「………」

中将はがぶりとお茶を飲み干した。
膝を掴む提督の手は力の入れすぎでぶるぶると震えている。

「……それが、……今回の、視察の目的ですか……」

「さてな。お前の知るところでは無かろう。さて、そろそろ演習場へ向かおうか」

中将はかつんと湯呑みをテーブルに置いて立ち上がった。

 

59.

水面を蹴立てて第一艦隊が鉄床戦術を仕掛ける。
すかさず比叡が距離を取り、それを追いかけた天龍と羽黒に龍田らと比叡が十字砲火を浴びせる。
霞らに対してひとり曙が立ちふさがり、援護を遅滞させている。

「ちぃっ!」

数の多い龍田と駆逐艦の砲撃、一撃の重い比叡の砲撃をかいくぐるのに必死になる天龍と羽黒。
なんとか離脱したふたりだが、第一艦隊は二分されてしまった。

「第一艦隊! 用意!」

ひと月にわたって鉄床戦術を受けてきた比叡以下はようやくそれに一矢報いることができたと、
そう思った矢先、羽黒の号令に戸惑った。
第一艦隊のメンバーが砲塔を構える。

「てーっ!」

海が爆発した。

「ひえええっ!?」「な、なんだようっ!」「わひゃああああっ?」

比叡以下四人を取り囲むように水柱が上がる。上がり続ける。
周りが見渡せなくなる。
第一艦隊が水面に向けて砲撃しているのだ。
びしょ濡れになりながら辺りを見回す比叡。即座に砲撃の薄いところを発見する。

「みなさん! こっちです!」

「比叡さん!」「はいっ!」

周囲の見えない状況を脱しようと、曙らが比叡に続いた。

「! 待って―――」

龍田がはっとしてそれを留めようとするが、水煙を切り裂いて天龍が肉薄。

「おらァっ!」

「っ!」

刀と矛が激突した。
 

「あはははっ!」

比叡に続いた駆逐艦らに夕立が飛びかかった。

「きゃあああっ」

体勢の整わないまま潮、続いて曙が戦闘不能判定に。

「ふたりとも! まさか罠ですか!?」

振り返った比叡が状況を把握する。
第一艦隊は羽黒、霞、綾波が協調して水面を撃って敵陣形を乱し、天龍が追い出して、夕立が迎え撃つという包囲戦を仕掛けたのだ。

「くぅっ」

「ぜんぜん遅いっぽい!」

迫る夕立に照準を合わせようと単装砲を向ける敷波だが、軽快な機動を見せる夕立へ発砲できない。
翻弄される敷波へ一撃、二撃。夕立が叩き込み、戦闘不能判定にさせる。

「やったぁ!」

無邪気に喜ぶ夕立へと、砲弾が放たれた。
 

60.

『B艦隊、潮・曙・敷波が離脱。A艦隊、夕立が離脱』

「さすがは比叡だな……」

司令室で提督は中将とともに演習の報告を聞いていた。
双眼鏡で様子を見ていた中将はそれを下ろして、

「うむ。納得の練度だ。もういいぞ」

「は。それでは演習を終了します。総員へ告げる。演習は終了。帰投せよ」

後半は無線で各艦へ連絡する提督。
二人は波止場へと移動した。
ペイントまみれの艦娘らが整列して帰投してくる。

「あれはお前の指示か」

「は。隊が分断された場合は鉄床戦術から包囲戦へと移行するようにと」

「砲撃に薄いところを作ったのも?」

「そうです。動きが予測できれば待ち伏せが容易です」

「ふん。陸のやつらの戦術か。海戦とはまるで違う」

「……だからこそ、艦娘の戦闘にあてはまるのかもしれません」
 

「それがお前の魔法か」

「決して、魔法などとは。懸ける命は彼女たちのものですから」

「いいか。艦娘は、――」

中将が、波止場へと揚がってきたのを見て言葉を止める。

「演習終了、帰投しました!」

羽黒が、続いて総員が敬礼した。



演習が終わって帰っていこうとする艦娘ら。

「そういえば、お前の指示に従わなかった艦娘がいるそうだな?」

「!」

「この中にいるのか?」

「……はい」
 

「なんと、驚いた。まだ使っているのか。どれだ。処分してやろう」

髭をねじっていた手で、中将がすらりと軍刀を抜いた。

「どうした。どの船だ。さっさと言え」

「……っ」

「言えんのか。また艦娘をかばうのか、お前は。先にお前を抗命罪で処罰してもいいんだぞ」

「……私は、……」

提督のこぶしは強く握られ、奥歯は噛み締められている。
息を呑んで見守る艦娘ら。

「………。謹んで、お受けします……!」

「愚か者が! 背筋伸ばせェッ!」

青筋を立てた中将の怒号。
制帽を取った提督が両手を腰に回して胸を張った。
 

「……っ」

羽黒が言葉を探す。霞が下唇を強く噛む。潮が涙をためる。




「――あたしだよ」



そして、敷波がひとり、前へ進み出た。

 

今日は以上 レスサンクス
比叡は可能な範囲で援護しているだけということでひとつ

67.

翌日、第一艦隊は鎮守府を出発し、洋上に出ていた。
天候は晴れ。西からの風が強い。

二列縦隊になって進む第一艦隊。
前から霞・大井、天龍・羽黒、綾波・夕立である。
本来であれば旗艦の羽黒が先頭を行くべきなのだが、霞が大井と二人で前に出ることを主張したための配置である。
霞は、大井が背後から突然味方を攻撃することを危惧していた。

(十二分にあり得るわよ……そんなの最悪だわ)

既に深海棲艦とは一戦交え、比叡の支援砲撃もあって完全勝利を収めていた一行。

『こちら司令室。そろそろ比叡の射程から外れる』

「こちら羽黒、了解」

『気象班からの報告では波が高いようだが、大丈夫か?』

「航行には問題ありません」

『無理をするなよ。羽黒の判断で引き返せ』

「了解」

 

「なんか最近気付いたんだけど、羽黒さんって出撃すると雰囲気変わるっぽい~」

「え…そ、そうですか?」

「っぽい~」

「ちょっと分かる気がします。かっこいいというか、頼もしいみたいな…」

「ぁぅ……嬉しい、です」

「いつもそうありなさいな!」

「そういう霞は変わらなさすぎだろォがッ!」

艦娘の二列縦隊行軍では、先頭の二人が正面を、中央の二人が左右を、殿の二人が後方を警戒しながら進む。
だから、最初に気付いたのは天龍だった。
高い波にまぎれて、洋上を進む影。

「4時の方向に艦影! 深海棲艦だッ!」

その報告に第一艦隊が一瞬で引き締まる。
 

「陣形変更、単縦陣!」

羽黒の指示。
敵艦隊は右方から垂直に突っ込んでくる。
お互いがこのまま進めばT字の有利を得ることが出来るのだ。
だがもちろん相手もそれを避けようと方向転換する。

「敵、取舵! 反航戦狙いかッ!」

「羽黒、どうするの」

霞の問いに羽黒が頷く。

「陣形変更、敵艦隊に対して単横陣」

「了解!」

夕立、綾波、霞が先行して取舵ののち即座に面舵で敵に正対する。
羽黒と天龍もゆるやかに向きを変えた。

「………」

大井は、

「大井! 指示に従いなさい!」

霞の叱咤も聞こえないかのように、ぶつぶつと呟いていた。
敵を凝視しながら。

「…沈めろ……殺せ…深海棲艦……殺せ……」


 


――声が。


聞こえる――


まただ。
頭の中で喋りだす。
うるさくて、うるさくて、何も考えられなくなる。

命令される。
殺せ。殺せ。壊せ。壊せ。
なんでもいい。あらゆるものを。
殺せ。壊せ。滅ぼせ!

「うるさいうるさいうるさい! っあああああああああああ!」

「大井!」

頭を抱えながら絶叫する大井。
血走った目で接近した深海棲艦を睨みつける。

「……ろせ……ころせ、殺せ、殺せえっ!」

頭の中の声のままに、安全装置を解除して一挙動で魚雷を放った。
 

「大井、アンタっ!」

「霞ちゃん。今は敵を倒すことを考えてください」

大井を抑えにいこうとする霞を止めたのは羽黒。
その目は油断なく敵に向けられている。

転舵中だった深海棲艦隊は肉薄する魚雷を感知して急いで再び直線に並んだ。
雷撃は回避したが、慌てたためか陣形が乱れている。

「霞ちゃん、夕立ちゃん、綾波ちゃん。突撃」

「待ってたっぽい!」「了解です」「仕方ないわね!」

弾かれたように夕立が急加速。
射線を分散させるために霞と綾波がその左右から追う。

「天龍さん」

「おう!」

天龍が刀を提げてするすると離れていく。
羽黒は大井を見遣った。
中空を見つめたままぶつぶつと呟いている。
 

「あはははっ! こっちこっち~!」

舞踏のように自由自在に水上を踊って砲撃を躱しながら夕立が深海棲艦へと吶喊。
主機が唸りを上げ、ふわりとその身を宙へと舞わせる夕立。
予想だにしない機動に敵も呆気に取られる。

着水。
夕立は獰猛に笑った。

「選り取り見取りっぽい?」

炸裂する砲雷撃。
見事、軽巡と駆逐艦を撃沈せしめる。

「左舷! 砲雷撃戦、用意!」「みじめよね!」

さらに綾波と霞の攻撃が旗艦の軽巡を大破炎上させた。

【ギャアアアアアアアアアッ!】

炎に包まれながらそれでも双肩の砲塔を二人に照準する。
――ぞぶりと、
その胸元から切先が突き出る。

「どけどけェッ!」

逃げようとしていた駆逐艦を斬り捨てた天龍が返す刀で燃える旗艦を刺し貫いたのだ。
 

「爆ぜろオラァ!」

天龍のふたつの砲門が至近距離から火を噴く。
深海棲艦がその身を粉砕されて沈んでいった。

一方、夕立も中破になりながらも最後の一隻である駆逐艦を撃破していた。

「ふふっ、おーしまい、っぽい♪」

戦況を見ていた羽黒が、

「敵艦隊を全滅させ、勝利しました。司令官さん」

『うん。よくやった』

「夕立ちゃんが中破ですが、まだ進軍は可能です。もう少――」

提督と通信しているときであった。



「――北上さんっ!」


大井が叫んだ。
 

今日は以上 レスサンクス

74.

山城は静かに、病室で目を開けた。

白い。

「………ぃ、ぁ」

眩しい、と言おうと思ったが、声が出なかった。
天井しか見えない。
起き上がろうとしても、体が動かせないのである。

「山城?」

聞き覚えのある声。
目だけをそちらに動かす。

「山城! 気がついたの!?」

曙である。
彼女は慌ててどこかへ連絡したあと、山城の枕元へと戻ってきた。

「もしかして、体動かないの? 喋れる? 痛みはない?」

あの曙がこんなに心配してくれているのに反応できないなんて、不幸だわ。
かすれた声で、だいじょうぶ、と言うと、曙はとさっと丸イスに尻を落とした。

「よかった……」

そう呟いて、それからぽつぽつと話し出した。
 

曙が操作してベッドの半分を起こしてくれたので山城はようやく病室を視界に収めることができた。

「あんたにとっては、さっきのことかもしれないけどさ。もうずいぶん前の話なんだよ。あのときの戦闘はさ」

曙のぶつ切れの話から少しずつ山城は現状を理解していった。
目覚めてから時間が経つと、徐々に発音もしっかりできるようになった。

「それで、その、あのときは、ばかなことして…ごめん。かばってくれて、あ、ありがと……」

「………。あの曙が素直に謝るなんて……、いやな予感がするわ…」

「ったく! ほんとにあんたってやつは!」

ガタンと音を立てて曙は立ち上がり、ぷりぷりと怒ってみせた。



「失礼する」

がらりと提督が入室してきた。
続いて羽黒と霞。

「何にやにやしてんのアンタ」

「は、はァーッ!? べっつに! にやにやなんてしてないし!」

耳まで真っ赤にしながら、曙は病室を出て行った。
 

「……貴方は、……」

「山城。私は一ヶ月ほど前からこの鎮守府を指揮している提督だ。君の知っている提督とは違うが、よろしく頼む」

提督が挨拶すると山城はため息をついて窓の外を見た。
それから、彼を見上げた。

「このような状態で失礼します、提督。扶桑型戦艦二番艦・山城です」

「資材の関係で身体はまだ不自由だと思うが、じょじょに恢復するはずだ。そうすればまた活躍してもらうことになる」

「や、山城さん、お久しぶりです…意識が戻って、なによりです」

「ええ、羽黒。この前の……ではないんだったかしら……戦闘では大変だったわね」

「羽黒には今、秘書艦を務めてもらっている」

「霞よ。話すのははじめてね、山城」

「どうも」

挨拶するときにも組んでいる腕を解こうとしない少女に、ずいぶんと偉そうな態度だと山城は思った。

「霞には作戦参謀を頼んでいる。さて、今日はひとまず顔見せだったが、明日から少し時間をもらうぞ」

「なにかしら。なんにせよ、艦隊にいるほうが珍しいような艦ですから、時間はたっぷりありますけど……はぁ…不幸だわ」

「では失礼する。なにかあれば提督室か、あるいは羽黒に連絡してくれ」

「わかりました」

そうして三人が退室した。
 

75.絶縁破壊

猛烈な雨のなかでの演習を終え、艦娘らが次々と海面から上がる。
それから建屋へと駆け込んだ。

「演習ご苦労。ほら、紅茶だ」

雨外套を脱ぎ捨ててタオルを被り、艦娘らは提督の淹れた紅茶で温まった。

「司令官、いただきます」「はー、さむいさむい」
「ど、どうも、ありがとうございます」「あったまるっぽーい!」「お礼は言わないけど…悪くないけど」

駆逐艦らがカップを回して紅茶に口をつける。

「おう! サンキューな!」「わぁ~、ありがたいわねぇ~」「おー気が利くねぇ提督」

軽巡三人は三者三様の濡れ具合――天龍がびしょ濡れで龍田はほとんど濡れておらず、北上は中間くらい――だ。

「この香りはダージリンですね! いただきます!」

一際大きな雨外套を壁に掛けてから戦艦・比叡が受け取りに来た。

「あ! 羽黒さん、すいませんやります!」

綾波が気付いて、みんなが脱いだ雨外套を掛けていた羽黒と霞と代わる。潮らも続いた。

「い、いえ、すいません、ありがとうございます」「これくらいちゃんとしなさいな!」
 

「ほら、ちゃんと用意しといたぞ」

「い、いただきます」

「なに偉そうにしてんのよ。当然でしょ」

「おーい羽黒ちゃーん」

「あっはっはい!」

カップを受け取ってすぐ、羽黒は北上に呼ばれてそちらへ向かった。
霞が一口飲んで、ほうと熱い息を吐いた。

「霞。君、調子悪いのか?」

「はァ? なによ」

じっとりと提督を睨む霞。

「いや、気のせいならいいんだ。でももし――」


かしゃん。


軽い音がした。
提督が自分の分を注ごうとしていた手を止める。

「あ――」

全員が彼のほうを振り返った。
正確には、彼の前にいる霞の足元を。
 

「だ――だいじょうぶっ? 霞ちゃん!」

霞が持っていたカップが割れて中身を撒き散らしていた。

「へ、へいきよ。問題ないわ」

慌てて駆け寄ってきた潮に上の空の様子で応える霞。

「かじかんでたか? ちょっと待ってろ、すぐ片付けるから」

「熱くて、びっくりしちゃっただけよ。へいき」

霞はその右手を左手でかばう。
それから彼女は足早に駆けていってしまった。

「あっ霞? おい……」

「霞、どうかしちゃったっぽい?」

とてとてと近づいてきた夕立に提督は首をかしげた。
夕立も同じようにした。

「わからん。しかし、さっきの演習での霞は少し変じゃなかったか?」

「え? そうなの? よくわかんないっぽい」

「確かにちょっといつものキレがなかったかも~」

「そう、ですね…なんというか、砲撃に迷いがあるような感じでした」

「そういえば霞に攻撃を喰らった僚艦はいませんね!」

「……霞…」

霞が走り去ったほうを見つめて、提督は紅茶を飲み干した。
 

今日は以上 レスサンクス

87.

曙はあっけに取られていた。

さっきまで「最近虫が多くていやになる」だの「霞が体調崩しているらしい」、「羽黒も調子悪そうだった」といった他愛も無い雑談をしていたのに、
北上が入室してきた途端に山城がはっと顔色をかえたのだ。

そして、低い声で曙に指示した。

「曙、私の後ろに下がりなさい」

曙は困惑する。北上も何がなんだかわからないという顔だ。

「大井。早くそいつから離れて」

「は?」

大井のなかの何かがバチンと外れる音がした。

「何言ってんの? 粉々にするわよ」

「ち、ちょっと大井っち。ごめん、悪かったってば。そんな怒らないでよ」

山城に迫ろうとする大井を止める北上。

「あんたが生きてるなんて、とんだ不幸だわ」

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん!」

「決めたわ。ばらばらに壊す」

「あんたが私を沈めようとしたんでしょうが!」

「な、何言ってんの……?」

「山城!? 北上はこの前鎮守府に来たばっかりだってば!」
 

「何やってるんだ君たち!」

騒ぎを聞きつけて提督が慌てて駆けつけた。

「放してください北上さんっ! この粗悪品を解体してやります」

「やめなって大井っち!」

「しらばっくれてもムダよ。あんたの砲撃、よく覚えてるわ」

「山城ってば! 落ち着いてよ!」

山城に食って掛かろうとする大井とその腕を掴む北上。
そして北上に敵意を剥き出しにする山城とそれに戸惑いながらなだめる曙。
そこに提督は割って入った。


「――静かにしろッ!」


大声ではない。
しかし気迫のこもった提督の声に、4人は気圧された。

「大井と北上は外で待て。曙は羽黒と比叡を呼んでくれ」

「あっう、うん」

「ほら、大井っち、廊下いこ」

「………」

提督は紙煙草を取り出し、室内を見回して、窓へと近寄ってがらりと開けた。
快晴だ。
眩しそうに提督は目を細めた。
煙草に火をつける。

「山城。話を聞かせてもらうぞ」

「……不幸だわ……」

 

88.

「そんな、ばかな」

提督は呆然と呟いた。
病室には彼と山城の二人だけだ。
大井と北上の聴取は羽黒と比叡に任せた。
曙は帰した。

「本当のことです。北上は私を沈めようとしました」

「誤射じゃないのか」

「いくら霧が濃いからって、いえ、それだからこそ、あの北上が誤射するなんてありえないです。それに、」

「それに?」

煙草を取り落としそうになって提督は慌てて携帯灰皿に煙草を落とした。
山城は真剣な表情だ。

「北上は、私を見て、嗤ったんです――」

信じられない、というように提督は首を振った。

「戦闘報告書にもきちんと記入しましたし、口頭での説明もしたんです」

「それは……そんな記述は無かった。クソ。改竄か。握りつぶされたのか……?」

「合流してすぐに羽黒にもそう言いました」

――そ、それと…、私が山城さんと合流したとき、『北上さんがやられた』って聞いたと思っていたのですけど、それって、もしかして……

「あれは本当に『北上にやられた』ということだったというのか……!?」

提督はがりがりと頭を掻き毟った。
 

「提督」

「なんだ」

「北上は危険です。解体するか、せめて営倉に入れるべきです」

「あぁ――」

帽子を被り直して、提督は北上の事情を山城に説明した。
今度は山城が唖然とする番だった。

「あれが……あの北上では、ない……? に、にわかには信じられません」

「まだわからない。まったくの別人なのか、記憶喪失の本人なのか」

「そんなことが、あるんでしょうか。確かに私はあの時、北上を捜索しませんでした。それは、彼女を危険と判断したからなのですが……」

「北上沈没の報告はある」

「え?」

「ただ、それもわからなくなってきたんだが……」

続いて提督は敷波について説明した。
山城は再び動揺した。

「ち、ちょっと待ってください……北上が私を撃ち、敷波が北上を撃った……? なんですかそれは」

「わからない。もし、北上が本人で記憶を取り戻せば、すべてはっきりするんだが」

提督は右手で額を押さえて唸った。

「いったいどういうことなんだ、真相は……!」

 

今日は以上 レスサンクス

97.

「では、留守を頼む」

「はい」

早朝。
車に乗り込む提督は羽黒と最後の確認を済ませた。
後部座席にはすでに綾波と敷波が座っている。

「出してくれ」

「お気をつけて」

「いってきます」「いってきまーす」

車が発進する。
羽黒が綾波と敷波に手を振り返していると、

「てい、とくっ……あぁ、おそかった……」

潮が走ってきて、去り行く車両を見て肩を落とした。

「おはようございます、潮ちゃん。どうしたんですか?」

「あっおっおはようございます。い、いえっ、なんでもありません」

潮はとぼとぼと戻っていった。
首を傾げていた羽黒も、執務のためにその場を後にした。
 

送ってくれた無線班に別れを告げて、提督らは列車に乗り換えた。

「ほら。荷物載せるよ」

自分の旅行鞄を網棚に上げて、提督は綾波と敷波の鞄も同様にする。
綾波が「お先に失礼します」と丁寧に座り、敷波がその対面に腰をおろした。

「あとは数時間、揺られるだけだ。好きにしていていい。問題を起こさないよう注意してくれ」

二人は了解と返事した。
ベルが鳴り響き、そして発車した。

車内にはひとが多い。
深海棲艦による襲撃で国内は慢性的なエネルギー不足であり、交通手段が限られているからだ。
提督は足を綾波の隣に投げ出して、帽子を深く被り眠っているようだった。
綾波と敷波は流れていく景色を眺めながらおしゃべりしている。

「陸から海を見るのはなんか妙な気分だねぇ」

「そうだね。水平線が遠く見える」

「昔、一緒に海水浴にいったことがあったよね。あのとき、クラゲに刺されてから敷波はだいぶ長いこと海を怖がってた」

「そんなことあったっけぇ?」

「懐かしいな。あの頃はまだ深海棲艦もいなくて……」

「思い出した、綾波が砂浜で転んでアイス落として泣いてた」

「えーっそんなのないよう」
 

「あったよ。チョコミントのアイスだったでしょ。あの頃の綾波はああいうド派手な色合いのが好きだったよね」

「小さい頃ってみんなああいう感じのがなんか好きになるじゃない」

「そうかなぁ」

「敷波はどんなのが好きだったっけ」

「あたしは、どうだろ、バニラとかじゃない?」

「バニラってさ、アイスのときにはほとんど香りしないよね」

「あたしバニラってミルク味のことだと思ってたもん」

ふたりはくすくすと笑いあった。

「なんかアイス食べたくなってきた」

「綾波も」

「向こうに着いたら食べられるかなー」

「喫茶店とかあったらあるかも」

「あったら司令官にご馳走してもらおうよ」

「えぇ、いいのかなぁ」
 

「司令官ってお金持ちでしょきっと」

「そ、そうかもしれないけどぉ……」

「じゃああたしだけ奢ってもらお」

「ち、ちょっと、ずーるーいーよぉっ」

「残念ながら大した高給取りではないぞ。アイスくらいなら奢るにやぶさかではないが」

帽子を元の位置に戻しながらそう言った提督に二人は仰天した。

「しっ司令官!?」

「起きてたのかよぉ!」

「さっき起きたんだ」

提督は足を下ろすと伸びをした。
綾波は恥ずかしそうに、敷波は後ろめたそうに、景色に目を遣る。

「まだこんな時間か。そんなに寝てないな」

懐中時計を仕舞って、提督は立ち上がった。

「どっか行くの?」

「デッキで煙草吸ってくる」

「あたしもいく」

提督は怪訝そうだったが、「そうか」とだけ言った。
 

98.

「潮。おはよう」

「あっ霞ちゃん、おはよう」

「何。えらく早いわね」

「提督に渡したいものがあって……。でも、間に合わなかったんだ」

「渡したいもの? 緊急なの」

「えっううん、そういうんじゃ、なくて……」

霞は鼻を鳴らした。

「個人的なものなのね。詮索して悪かったわ」

「え――あッ? そそそそうじゃないよ! こっこれなんだけど」

頬を染めて潮はノートを霞に提示した。
霞は眉根を寄せて表紙に書いてある文字を読んで、それからそのまま潮を睨んだ。

「何よこれ」

「北上さん――前の北上さんの、日誌です」

「冗談、じゃないのよね。ちょっと、あたしの部屋いくわよ」

「うっうん」

二人は場所を移した。
 

がちゃり、と霞は自室の鍵を閉めた。
潮が不安そうな顔をする。

「潮、あんたこれ見たの」

「ううん」

「……ひとの日誌を勝手に読むなんて、ってことか。義理堅いわねぇ」

ローテーブルを挟んで座り、ノートは卓上に置く。

「ていうか、どうしてこれをあんたが持ってんの」

「その……北上さんが出撃する前に、預かったの。どうして、私に預けたのか、わからないけれど……」

それからずっと潮は日誌を保管していたのだという。
今の北上が発見されてから、返却しようかとも思ったが、別人なのか記憶喪失なのか判断できずに保留していた。
だが黙っていることもできずに提督に託そうと考えたのだ。

「北上はどうやら別人ということに決着しそうよ」

「そうなの?」

「だから、これは見ても問題ないということ。確認するわよ」

「えっえっ」

霞がなかば強引に日誌を開いた。
躊躇いながら、潮も目を通す。
読み進める。

「……え?」

潮は両手を口に当てた。
霞は愕然としている。

「なによ、これ……」
 

今日は以上 レスサンクス

101.崩壊

「あー着いた着いた」

駅舎から出てきて敷波がうんと伸びをした。

「うん。疲れたな」

綾波の隣で提督がぐるりと肩を回す。

「それで、ここからどうするんですか?」

「うん。同僚が迎えに来てくれてるはずなんだが……」

「綾波と敷波キタコレ!」

甲高い声が耳に飛び込んできた。
思わずそちらを見る。

「あっ漣」「おー」

「長旅お疲れ様でした! 綾波型駆逐艦、漣でっす」

漣は提督に向けて可愛らしく敬礼した。
彼も答礼する。
 

「出迎え感謝する。あいつは?」

「ご主人様なら、あれ? さっきまでそこに――」

「ねえ、ちょっとでいいからさ、あっちのほうにお洒落なカフェがあって、ね、ご馳走するよ」

「ご主人様?」

女性に声をかけていた男に漣は声をかけた。
男は、げっ、といいながら振り返る。

「調子に乗ってると、ぶっとばしますよ♪」

満面の笑みの漣に、げんなりした様子の男。この男こそが提督の同僚である。
声をかけられていた女性はそそくさと逃げていった。

「やあやあ、やっと来たねニコちゃん」

へらへらと制帽を挙げて挨拶されて、提督はぶっきらぼうに睨んだ。

「相変わらずの伊達男っぷりだなクジラ」

「その呼び名も久方ぶりだァ」

「まったくだ」

そう言って拳をぶつけ合うと、男たちはげらげらと笑い出した。
綾波と敷波が困惑し、漣が肩をすくめる。
 

一行は公用車に乗りこんだ。

「そんじゃ出発しんこーう!」

「安全運転してくださいね、ご主人様」

「アイサー」

同僚の運転で車は動き出す。
後部座席の敷波が口を開いた。

「司令官、さっきの何?」

「え?」

「ニコちゃんって」

「なんだかかわいいですね」

綾波が呟いて、同僚は爆笑した。

「こいつチョー煙草吸うでしょ。だからニコチンちゃん略してニコちゃんなの。ウケルー!」

「じゃ、ご主人様はどうしてクジラ?」

「この野郎はとんでもなく大酒飲みだからな。鯨飲ってことで」

「なんだそりゃ」

「仲いいんですねぇ」

「とんでもない」「ありえない」

男ふたりは真顔で同時に吐き捨てたのだった。
 

102.

「はー。これが中央かぁ」

「すごいね。人も車も電車もいっぱいだ」

車窓から外の様子を眺めながら敷波と綾波が感想を洩らす。
漣は口笛を吹いていた。

「妖精との面談予定は明日だから、今日はとッてもステキなところ連れてっちゃうぞ☆」

「ご主人様キモい」

「どこへ行くんだ」

「着いてからのお楽しみ~だよん」

そうして到着し、一行は下車した。

「陸……陸上護衛部隊だと」

錆びたプレートを読んで提督は瞠目した。
同僚はヒヒヒと笑う。

「聞いたことあるだろ? 首都機能を防衛する熟練の艦娘部隊だ」

「ああ。だが、まさか中には入れないだろ」

「普通は無理だ。だっけっどー、今回は特別にねじこんじゃいました!」

「ホント無理を通せば道理が引っ込む、交渉ともいえないような交渉でしたけどね」

「イエスと言わせちまえばこっちのもんだぜぇ。といっても庁舎内は入れないけど。外側をぐるっと回るだけ」

「なーんだ」

敷波がそう言ったとき、横から声がした。
さっきまで誰もいなかった場所からだった。

「施設見学を申し込まれていた方ですね」
 

「わあ!」「ひゃあっ」

敷波と綾波が喫驚する。
少女がひとり立っていた。艤装を見るにどうやら駆逐艦らしい。
だが、その姿は異様だった。
頭巾のような仮面のようなもので頭部を覆い隠しているのだ。

「そうでーす。キミが案内してくれる子?」

「はい。私が案内いたします」

「なんで隠してんの? カワイイお顔が見たいなー」

「規則ですので」

にべもない対応にも同僚はへらへらと笑うのみである。

「ではこちらへ。私のそばから離れること、録画録音等の記録、通話・艦間通信は禁じられています。質問があれば随時どうぞ」

そう言ってそっけなく少女は歩き出した。
制服も、見たことのない無個性なものだった。

「君は駆逐艦? 何型なんだ」

「明かせません。これも規則です」

提督の問いに少女は振り返ることすらしない。
同僚がにやにやし、漣に小突かれる。
 

「こちらが本部庁です。作戦指揮室や会議室、資料室、それから事務室などがあります」

少女が手早く敷地内を巡り、説明する。

「こちらは食堂です。手前が艦娘用。あちらは訓練や実験のための施設」

「この奥には工廠がありますが、見学はできません」

そしてまた正門に戻ってきた。
時間にして30分ほどである。実に簡素な見学だった。

「以上になります」

「基本的に鎮守府と同じような作りなんだな。君たちは海上に出ることもあるんだよな」

「はい」

「そうか」

提督がそれ以上なにも言えなくなると、少女は、

「それではお引き取りください」

とだけ言った。
そのとき、エンジン音とともに大量の二輪車と四輪車が構内に進入してきた。
どれも運転している者は、案内してくれた少女と同じような頭巾を被っている。

「なん、だ、これっ」

動揺している一行を気にも留めず、少女は淡々と答えた。

「機械化歩兵部隊です。陸上でも海上と同等の機動力を有します。迅速に移動・展開・制圧を行なえます」

「ほお。陸軍のやり方を取り入れてるのか」

「キミも運転できるの? 僕とドライブにいこっか~?」

「我々は全員、二輪と四輪の運転が可能です。提案された件は辞退させていただきます」
 

「君たちが個人の判別をできないようにしているのも、戦略的な措置なんだな」

「その通りです。戦闘能力や戦術を容易に悟らせないための迷彩です。たとえ知っていても無関係に効力を発揮します」

「確かに効果はあるな。採用してもいいな」

「えー、なんかヤだ」

敷波がぶうたれた。
なぜ? と提督が尋ねる。

「だってさー、なんか、機械みたいになっちゃうじゃん、あたしたち」

そう言った敷波に、少女が向き直った。

「それでは敵に情報を与え、対策され、撃破されてしまいます。任務遂行できなくともよいと?」

「え……や、そーじゃないけどさぁ」

「ま、まぁまぁ敷波」

不満そうな敷波を綾波が執り成す。
提督が敬礼する。

「案内、感謝する。時間をとらせた」

「いいえ。不備等あればご容赦の程を。では」

「ああ」

少女の完璧な答礼。
同僚も帽子をひらひらさせた。

「じゃあね~カワイ子ちゃん」

一行は再び車に乗りこんだ。
 

103.

その夜。

「まさか陸上護衛部隊を見学できるとは思わなかった」

「ヘッヘッヘ。サプライズ! せっかく中央まで来たんだから、ちっとは楽しいコトねェとな!」

提督と同僚は居酒屋のカウンターに並んで杯を傾けていた。
綾波と敷波は外来者用の宿舎である。

「ああ、なかなか楽しかった」

思い返しながら提督は紙煙草を取り出す。
同僚がマッチ箱を置いた。

「助かる」

「いいってことよ」

火をつけて煙を吸い込み、提督はマッチ箱を懐に仕舞う。
それを横目で確認しながら杯を空にする同僚。

「そ・れ・と・も~? オンナノコがたくさんいるトコのほうがもっと楽しかったかなァニコちゃんは!」

「女なら艦娘だけで十分だ」

「手ェ出せないだろ? ちったぁ女遊びしろよ~」

「そんなだからお前は鎮守府勤務にならないんだよエロクジラ」

「ちがいますー第一だけじゃなくて第二艦隊まで持ってますーニコちゃんみたいに艦娘に手出してないですー」

「出しとらんわ阿呆」

「艦娘と夜戦ってか! ギャハハハ!」

「うるせえぞ」
 

「もっと飲めよ~ニコちゃん!」

「もう飲めねえよクジラ」

二人が勘定を済ませたのは日付が変わってからだった。




あてがわれた個室に帰ってから、提督はマッチ箱を取り出した。
スライドさせて逆さに向け、ぽんと叩く。
外れた厚紙の次に、折り畳まれた紙片が落ちた。
紙片を広げる提督。

「……やっぱりか……」

提督はひとり、そう呟いたのだった。

 

今日は以上 レスサンクス

104.

「あれ。司令官、おはよ」「おはようございます」

「ん。ああ、おはよう」

早朝。
ロビーの隅の喫煙所で煙草を服んでいた提督は、顔をしかめた。

「司令官、体調よくないんですか?」

「なんか顔色わるいよ」

「いや。昨夜、呑みすぎただけだ。あとあまり眠れなかった。二人は大丈夫だったか?」

「うーん、やっぱり疲れてたからかなぁ、すぐ寝たと思う」

「綾波も特に困りませんでした」

「そうか。それで、こんな早くからどこに行くんだ」

「ええ、せっかくだからちょっと散歩しようって」

「そういうことか。迷子にならないように、それから立入禁止区域に気を付けてな」

「はい」「はーい」

綾波と敷波が並んで出ていく。
提督はもう一本、紙煙草に火を点けた。

「さて、どうするか……」

灰に変わっていく葉を見ながら提督は思案を巡らすのだった。
 

105.

「今度の休みに、街の喫茶店にでもいきません?」

「いいねー」

「新作のメロンのシャーベットが美味しいらしいんですよ」

「へえー。冷たくて、美味しそうだね」

大井はくすくすと笑った。

「きっと美味しいですよ。ああ楽しみ!」

「そだねー。早く休みにならないかなー」

頬杖をつく北上は窓の外を見やる。

「暑くなってきたねぇ」

「もうすぐ夏ですよ」

「暑いのはやだなぁ。シャーベット食べたい」

「うふふ。食べに行きましょう、北上さん」

「うん、行こうねー大井っち」

砲撃音。
北上が肉片を撒き散らして海面に倒れた。
 

「北、上さん、……っ?」

「ねえ、大井っち。どうしてあたしを助けてくれなかったの」

へたりこむ大井の後ろで北上が囁く。

「海の中は冷たくて、暗くて、恐かったよ」

「ご……ごめんなさ……」

「さびしいなぁ大井っち。あたしを見殺しにするなんて」

「ち、ちが……わた、わたしは」

「大井っちがあたしを殺したんだ。大井っちがあたしを殺したんだよ」

大井が銃口から煙を上げる手元の単装砲を絶望的な表情で見下ろした。
口元から血をこぼしながら北上が沈んでいく。

「きっ北上さんっ北上さん北上さぁん!」

駆け寄って北上に手を伸ばす。
その手が、

「ね。大井っち」

がしりと北上に掴まれた。

「シャーベット食べに行こうよ」
 

ずぶずぶと。
血の海へと沈んでいく。引きずり込まれていく。

「あ、あああ、あああああああああっ!」

ぞぶりと。
海中に没する。
海の中は我々の世界ではない。

「ぃや、いやぁっ! いやァーッ!」

にやにやと。
たくさん、嗤っている。
大井の体に取り付き、ばらばらにしてしまう。

なんだこれは。

大井は営倉で髪を掻き毟った。
声が聞こえる。
ずっと、声が聞こえている。

グズ。
ゴミ。
お前なんて生きていても仕方ない。
死んだほうがましだ。
カス。
くたばれ。
馬鹿じゃねえの。
気持ち悪いんだよ。

「…るさい」

何もできないくせに。
無意味。
ボケ。
消えちまえ。
糞。
苛苛するんだよ。

「……うるさい。うるさい。うるさい! ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

大井は絶叫しながら檻を殴り、噛みつき、激しく揺さぶった。
そんな大井を、北上が黙って見ていた。
 

106.

提督と綾波、敷波が、同僚との待ち合わせ場所に向かって敷地を歩いていると、

「っ」

敷波がなにかに反応した。
綾波も気づく。提督は一瞬だけ眉をひそめた。

「む。お前か。視察以来だな、元気でやっているか」

庁舎の玄関先で部下といたのはいつぞやの中将である。
提督は背筋を伸ばして敬礼する。

「は。ご無沙汰しております。おかげさまで」

「そうか。その調子で励め」

部下に指示して去らせて、中将は提督に向き直った。
敷波がじり、と後じさりする。

「お前が中央に来ることは聞いていた。妖精と会うのだろう?」

「はい。艦隊運用を改善するためです」

「ふん。好きにしろ。だが忘れるな。あそこはお前の場所ではない」

「………」

提督が黙っていると、

「おやおや。これはこれは中将殿ではありませぬか。ご機嫌いかがかな?」

剣呑な目つきをした軍人が話しかけてきた。
 

その制服を見て、憲兵か、と提督は目をわずかに見開いた。

「今、最悪の気分になったところだ。狗風情がなぜここをうろつく」

嫌悪感を剥き出しにして対応する中将。
憲兵は獰猛に笑った。

「言葉には気を付けるべきですな。出る埃は少ないほうがよいでしょう」

「狗ごときがつけあがるなよ。野良犬根性が透けて見えるぞ」

「残念ながら今回の相手はこちらでしてな。中将殿の相手はまたいずれ」

「近寄らないよう気を配れ。どぶ臭い」

中将はそう吐き捨てて屋内へと消えていった。

「さて。改めて、お初にお目にかかりますな。今日は小官が面談の護衛を務める」

こちらを睨みながら敬礼する憲兵。どうやら鋭い目つきは平常らしい。
提督も少し驚きながらも答礼する。

「ああ。よろしくお願いする」
 

「おっ揃ってるな! おっはー!」「おはらっきー☆」

そこに、同僚と漣が現れた。

「そんじゃ早速、妖精さんとの面談にれっつらごー!」「イェーイ!」

「ではこちらへ」

憲兵が手回しよく回してきていた軍用車を指示する。
同僚と漣のコンビは遠慮なく騒ぎながら乗り込んだ。

「のりこめー」「わぁい^^」

「朝からうるせえな……」

「ふふ、にぎやかでいいじゃないですか、司令官」

「そうか?」

「そうですよ」

提督は助手席の扉を開け、嬉しそうな綾波と、敷波が同僚コンビに続く。
憲兵が運転席に座ってエンジンをかけた。

 

今日は以上 レスサンクス

123.最も長い夜

『敵は戦艦5、重巡および軽巡20、駆逐艦多数! 潜水艦2の感あり!』

桟橋は夜闇のまま慌ただしい雰囲気だった。
すぐそこまで深海棲艦の大群に侵入されているのだ。

「迎撃を許可しない」

だが提督は桟橋にいる全員に通達した。
艦娘らがどよめく。

「どういうことだオイ!」

「非戦闘員はすぐに退避させる。艦娘はそれが完了するまで鎮守府を防衛する」

「司令官。危険すぎます。全力で撃滅すべきです」

「だめだ。部隊を二つに分けて、正面と左翼からの援護をおこなう。
 天龍、龍田、北上は正面で防衛。比叡、夕立、潮、敷波は海岸沿いに移動。羽黒と綾波は大井と霞、山城と曙の退避を介助してくれ」

「ですが……」

「命令だ! 聞き分けろッ」

食い下がった羽黒に提督が怒鳴った。
羽黒がびくりと黙る。

「……すまん。君たちをこれ以上、危険な状態にしたくない。言うことを聞いてくれ。頼む」

常にない提督の様子に艦娘らが口をつぐむ。
サイレンだけが鳴り響いている。
 

「綾波ちゃん、行こう」

「えっあっはい!」

羽黒が口を開き、綾波の手を引っ張る。
それに天龍が「うっしゃあ!」と続き、龍田、北上とともに海面に降りた。

「各員、自己の安全を最優先すること」

そう指示して、提督は司令室へと移動した。
比叡らも着水して単縦陣で水面を走り出す。

「あの、援護ってどういうふうに行うんでしょうか」

しんがりの潮が先頭の比叡に尋ねた。

「詳細はポイントに到着してから指示があるでしょうけど、まずは十字砲火でしょうね!」

「えーっ突撃したいっぽーい!」

「心強いですね! 砲撃で攪乱してから乱戦に持ち込む流れじゃないでしょうか」

「じゃあじゃあ、素敵なパーティできるっぽい!?」

「派手なパーティになると思いますよ! 潮も、だいじょうぶですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

「通信。『深海棲艦は依然として侵攻中。退避までまだ時間がかかる』とのこと」

敷波が司令室からの通信を隊に伝達した。
比叡が振り返って言う。

「了解。ポイントに到着次第、報告する、と応えておいてください」

敷波は了承し、その通りにした。

 

一方、鎮守府正面。
天龍、龍田、北上は戦闘態勢のまま待機していた。

「いつでもかかってきやがれ!」

「うあーやばいよー。訓練じゃないんだよねこれ」

威勢のいい天龍と対照的に、北上は初めての実戦でがちがちに緊張していた。
これは別働隊のほうが本命ね、と龍田は見当を付ける。

「びびってんなよォ! 世界水準のオレがいるんだ、安心しろって!」

「うー暗いなぁー。こんなんじゃ魚雷も狙えないしさー」

この三人が戦闘するような状況になるまでに退避を完了させられる目算なのだろう。
特に北上は、訓練したとはいえまだまだひよっこ、新兵である。
彼女はフォローする必要があるだろう。

「落ち着いてね~? 私が探照灯を点灯するから~」

「あー頼むねー。やーやばいなーうんやばい」

しかし。
龍田はそれをわかっていながら、次のように心を決めていた。
その時が来たら、必ず天龍を助けると。
それが自分の責務だと、そう思っていた。
 

124.

「こちら旗艦。各員用意はいいか」

『こちら戦艦073。射撃準備完了。いつでも撃てます』

『ターゲット・アルファ、動きなし。ターゲット・ブラボー、進行を停止』

『内部部隊からの連絡なし』

『待機ポイントに到着との無線を傍受』

「それではこれより制圧シークエンスを開始する。各員作戦通りに行動せよ。戦艦073、撃て」

『了解』

次の瞬間、深夜の空を轟音が揺るがした。
そして、明かりひとつ点いておらず夜闇に溶ける鎮守府が爆発した。
司令室に着弾した。
 

今日は以上 レスサンクス

125.

「はァ? それで退避?」

営倉を開錠する羽黒に向かって、霞はふんと鼻を鳴らした。
綾波が隣で同じようにしている。

「ええ、そうなんです。司令官さんは、中央から帰ってきてから、なにか隠し事をされているように思います」

綾波は黙って鍵と扉を開けた。

「それで、敷波のことは伝えたの?」

「あっ……わ、忘れてました」

「敷波?」

綾波が顔を上げ、二人のほうを向く。

「敷波が、どうかしたんですか」

「な、なんでもないですよ綾波ちゃん」

「アンタの妹ね、仲間を沈めて喜ぶクズだってことがわかったのよ」

「な……!」

「霞ちゃんッ」

「なによ。アンタが言い出したんでしょうが」

「だからってそんな言い方……!」
 

そのとき、轟音がして、営倉が揺れた。

「なっなによ!?」「ひゃああっ」「っ」「………」

営倉は地下にあり、何が起こったのかまったくわからない。
だが、深刻な事態であることは嫌でもわかった。

「爆撃でしょうか、敵に空母はいなかったはずですが……」

「様子を見に行くわよ!」

「霞ちゃんは退避してください!」

「ひとまず状況把握が先でしょうが!」

羽黒と霞が言い争っているうちに綾波は階段を駆け上っていってしまった。

「ち、ちょっと待ってください綾波ちゃん!」

「あたしも行くったら!」

結局、ふたりして綾波を追ったのだった。
 

追いついた先で綾波は立ち尽くしていた。
霞がぶつかりそうになって怒鳴りかけたが、その光景に息を呑んだ。

「なに……これは」

「っ!」

鎮守府が、燃えていた。
地下から上がってきた目の前の壁は崩落していて、もはや建物は形をとどめていない。

「きっ危険です! 早く外へ!」

最初に我に返った羽黒が脱出を促す。
否も応もなくそうした。
東門のほうへとまろびでる。

「あ……ああ……!」

振り返った羽黒が口を手で押さえた。
皆とともに過ごした鎮守府が、夜空の下で崩れ、燃え上がっている。
羽黒はぺたりとへたり込んだ。

「嘘……どうして……」

綾波も呆然としている。
 

顔色を変えた霞が視線を巡らせた。

「あいつは!? あのクズ、まさか逃げ遅れたなんて、そんなこと……!」

応える者はいない。
そのとき、東の森の方向から多数のエンジン音が聞こえてきた。
三人がそちらを向く。
森を抜けて飛び出してきたのは何台もの二輪車。乗っているのは艦娘だ。
その顔は覆面で隠されている。

「陸上護衛部隊!?」

見たことのある綾波が吃驚する。

「どうしてここに」

「なによあれ。艦娘なの」

「援護、ですか?」

炎に照らされる三人の耳を全体向けの艦間通信がつんざいた。

『敷波っどうしたんですか!? やめてください!』

ノイズまみれで叫んでいるのは比叡だ。
綾波がぱっと身をひるがえした。

「敷波っ!」
 

「あのバカ……!」

霞がそれに続こうとするが、砲撃音が轟き、霞と羽黒は反射的に地面に伏せた。
着弾は二人を越えて鎮守府へ。

「えっ撃ってきましたよ!?」

「なんだってのよ! 援軍じゃないの!?」

砲撃が続く。陸上護衛部隊は二輪車に乗ったままこちらを攻撃しているのだ。

「まさか……彼らが、鎮守府を?」

羽黒の呟きが霞の脳天に着火する。
仲間を守るために額を地面にこすり付ける姿。頬に湿布を貼った笑顔。煙草をくゆらす、真剣なまなざし。

「……あいつら殺してやる」

「霞ちゃん!?」

怒りに支配された霞が素早く身を起こして走り出す。
目指すのは海。艦娘の戦闘能力を最大限に発揮する場所。

――殺す。

殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す!

霞の心身に兇暴性が充溢する。
左腕の義手がぎちぎちと軋んでいる。

地面を蹴って海面へ跳び込みざまに霞は吼えた。

「朝潮型10番艦、霞、抜錨! 陸上護衛部隊を殲滅するッ!」
 

126.

「よしっ。全艦停止。敷波、待機ポイントに到着と司令に伝えてください」

「了解」

比叡以下、夕立、敷波、潮が海上で立ち止まる。
灯火管制を敷いているので、お互いの姿はほとんど見えない。
不気味なほど静かだ。波と風の音しかしない。

「司令官より返信。『敵艦隊の位置を送る。砲撃を開始せよ』とのこと」

「全艦砲撃準備!」

一斉に各自砲を構えた。
暗闇のなかへ手を差し伸べる感覚。うねる波。揺れる体。ひと呼吸。

「撃て――なんですっ!?」

号令を出そうとした比叡が振り返る。
後ろから砲撃音がしたからである。しかも、戦艦のものと思しき。
夕立らも驚いている。
そして鎮守府が爆発して、彼女らはさらに度肝を抜かれた。

「なッ、なんで!?」

「ッ! 提督さんっ!」

「夕立ちゃん!」

反転して鎮守府へと駆け戻る夕立。
 

それに比叡が気を取られているうちに、

「敷波ちゃ――がッ!?」

するりと潮に近づいた敷波が膝をみぞおちにめりこませた。
体をくの字に折る潮。

「か、はっ」

「………」

まったく予期していなかった痛みに混乱する潮の胸ぐらを掴んで、敷波がその顔面に拳を叩き込む。
苦鳴を洩らしながら潮がばしゃあっと勢いよく海面に倒れた。

「敷波っどうしたんですか!? やめてください!」

あまり夜目のきかない比叡には事態が把握できない。
海水を飲んで潮はむせた。

「ふ……ふふ……」

潮の肩を踏んで、敷波が単装砲を構える。
潮に向けて。

「あは」

敷波は嗤っていた。



 

今日は以上 レスサンクス

忘れてた、今日で2年になりました。いつもありがとうございます。あとすこし、よろしくです。

136.

「う……?」

異変は、海に近づいたときに起こった。

羽黒らは、鎮守府内部に陸上護衛部隊を手引きした者がいる場合、提督の処分が目的であれば既にそれを終えている可能性が高く、
まだであれば処分が目的ではないだろうからすぐには殺されることはないだろうと考え、艦娘らを助けにいくことに決めたのだった。

しかし。

海に近づくことは、"深海の狂気"による影響を増すことにつながる。
山城は自らに語りかけてくる声を聴き、羽黒を脳を掻き回されるような頭痛が襲い、
そして、

「なに……これ……」

曙の単装砲がぐぱりと口を開けていた。
まるで、深海棲艦のように。
"深海の狂気"が曙を呑みこみつつあった。

「い、いやだ……っ。なんで!? このっ! 壊れろ!」

曙が単装砲を何度も地面に叩き付ける。
ひしゃげ、軋む単装砲が"狂気"によって修復され、"狂気"はさらに曙の腕へと侵蝕する。
 

「なんなの……っ!? た、たすけてっ! いやッいやああああああああっ!」

ガチンガチンと単装砲が歯を鳴らした。
蛇が這うように、曙の体も"深海の狂気"に作り変えられていってしまう。

「うああああああああああっ!」【ギィィィアアアアアアアアア!】

曙が絶叫し、単装砲が咆哮する。
その瞳にルシフェリンの輝きが灯る。
曙は深海棲艦に堕ちようとしていた。

「ぐううう……っ!」

倒れこんで呻く羽黒の爪が額を破り、血が流れた。
一方、山城はふらりと夜空を見上げている。

「姉さま……? どこから……? 姉さま……」

ふと、己の腹に手をやる山城。さする。

「ああ……ここにいたんですね姉さま。最初からずっと、私と一緒に……」

慈しむような表情で、山城は幸せそうに笑うのだった。


 

137.

「分隊長! こいつらは危険ですッ! 殺処分の許可を!」

「ダメだ! 任務はサンプルの確保だ!」

「しかし――ごぁッ!」

夕立の踵が陸上護衛部隊の頭頂部に直撃し、頭蓋骨を粉砕して脳漿を噴出させる。

「あははっ!」

空中に舞った夕立が次の獲物に照準。

「ッ――! 白露型の殺処分を許可ッ!」

指示を遺して分隊長の頭が消し飛んだ。
残りの陸上護衛部隊から向けられた殺意に夕立はぞくぞくと震えた。それは歓喜。
赤い目を爛々と光らせて、夕立は歯を剥き出した。

「とっても素敵なパーティ、しましょ?」

 

一方、霞は義手を背中側に捻り上げられていた。

「早く拘束しろ!」「了解!」

もう一人が曳航索を掴んで近づいてくる。
霞は頬を歪めた。

「不用意に近づいてんじゃないわよクズ!」

陸上護衛部隊の顔面を鷲掴みにする。
それは右手。

「なぁっ!?」

吃驚する陸上護衛部隊。
それもそのはず。先ほどまで霞には右腕がなかったのだ。
その右腕は、まるで水死体のように生白く、生気がない。
だが万力のような力で顔面を締め付けていた。

「"深海の狂気"の影響か!? このっ、やめろ! 手を離せ!」

背後の陸上護衛部隊がさらに力を加えるが義手なので無意味である。

「おあぁ……っ、がああ!」

みしみしと陸上護衛部隊の顔に覆面越しに圧力がかかる。
顔面を掴む霞の右手を両腕で外そうと抵抗するが、右手はびくともしない。

「くは!」

霞は嗤う。
 

ばきゃり、と音がして陸上護衛部隊の体が弛緩する。

「クソっ! 誰か!」

背後の陸上護衛部隊が応援を呼ぼうとする。
死体を捨てて霞は勢いよく振り返る。義手がぶちぶちと千切れた。構わない。

「きさ――おごッ」

陸上護衛部隊の口腔を霞の右手刀が貫通。あまりの勢いに頸椎が折れる。
霞が手を抜くと、陸上護衛部隊は崩れ落ちた。

「次!」

人影を見つけて急襲。
気付いて咄嗟に向けてくる砲の下へ潜り込み、勢いを乗せて手刀を腹に叩き込む。

「ぎッあああああああああああああああああああああっ!」

皮膚を破って肉へと潜った右手が内臓を掴み、掻き回す。
想像を絶する痛みに陸上護衛部隊が喉も裂けよと叫んだ。

「やめろぉっ!」「待て! あいつはもうだめだ!」

周囲の陸上護衛部隊を無視して、霞は腸を引きずり出した。湯気があがる。
 

「ごぼォッ! があああっ!」

血を吐きながらも霞を捕えようとする陸上護衛部隊。
霞は後進した。

「ぐぁあああぁぁぁああっ! ひィやめろおおおぉぉおおっぉ!」

「あははははっ」

腸で陸上護衛部隊を引っ張りながら、霞は弾けるように嗤った。
陸上護衛部隊の悲鳴は濁っている。

銃声とともに悲鳴が途切れた。
陸上護衛部隊が哀れな仲間の頭を機銃で撃ち抜いたのだ。
霞が速度を落として腸を手放す。

「曹長! こいつを殺します!」

「……仕方ない。総員、朝潮型10番艦を対象として殲滅行動――開始」

「了解。お前を殺す!」

憎しみのこもった声で告げられて、霞は身震いした。殺意が心地よすぎて。

「ひはっ! もう、バカばっかり……っ!」

恍惚とする霞なのであった。



 

今日は以上 レスサンクス

138.

ぞぶり。

【ゴアアアアアアアアアアアッ!】

敵軽巡の背後から心臓があるであろう位置を貫く。
矛を引き抜くと、深海棲艦の体液が吹き出て龍田を濡らした。

「はぁ――はぁ――っ!」

龍田はかなり消耗していた。
細かい傷だらけで、髪も服もぼろぼろである。

【グオオオオッ】

「!」

倒したと思った敵軽巡が最後の力を振り絞って腕を振るう。
斬り落とそうとした矛を、血で滑って取り落としてしまう。

「――ァっ!」

顔を張り飛ばされて、吹き飛ぶ龍田。
吼え猛る敵軽巡の顔面に、天龍が投擲した刀が突き立った。
辺りはようやく静かになった。

「無事かァ! 龍田!」

「ん――ごほっ。……ええ、なんとか」

矛を拾って、天龍に近づく。
龍田は、その姿に絶句した。
天龍はもはや、艦娘というよりも深海棲艦というべきであった。
 

「天龍、ちゃん」

「これが最強のオレの真の姿だ! フフフ、怖いか?」

表情を取り繕う余裕もない龍田が闇の向こうを振り返った。
矛を握りなおす。

「敵か! まだいやがったのか」

「気持ち悪い殺気ね~……コレ、深海のじゃないわよ~」

「面倒くせェな! 照らしゃあわかンだろ!」

龍田が止めようとするも天龍が探照灯をぎらぎら光らせて、間をおかずに射撃。

「敵、発砲!」「照合完了。天龍型軽巡確認。捕縛せよ」「もう一体は」「深海棲艦だろう。沈めろ」「了解」

「なんだァ!? こいつら!」

「わからないわ~。でも、敵なのは確かね~」

「それだけわかりゃあ十分だ!」

正体不明の敵が数十。
全員が暗視装備で、こちらは動けない天龍に自身は満身創痍。

「慎重に包囲を狭めろ」「分隊長。あれは深海棲艦ではありません。天龍です」
「何。そこまで症状が進行しているのか。貴重なサンプルだ、必ず捕獲しろ」

弾も魚雷もなく、敵の目的はこちらの捕縛。捕まれば何をされるかわかったものではない。
龍田は唇を噛んだ。
――ここまでか。

「天龍ちゃん。私たちはここで死ぬわ」

「ひゃはははっ! 悪くねェ! あいつら全員まとめて地獄へ道連れだッ!」

「ええ。三途の川の運賃が団体割引よ~」
 

覚悟を決めた龍田が砲塔や魚雷発射装置をパージ。
同時に天龍が砲撃を再開する。
陸上護衛部隊は散開して捕縛態勢へ移った。

「おらおらァッ! 死にてェやつからかかってこい!」

腕と肩に生えた砲塔を撃ちまくって、天龍が吼える。
高く上がる水柱と揺れる海面を龍田が疾駆し、矛を一閃。

「ぐあっ!」

曳航索と右腕が切り落とされ、飛んで海へ落ちた。
それより速く、石突が陸上護衛部隊の咽喉を潰し、振るわれた刃が二人目の頸動脈を掻き切る。
右、左と接近する陸上護衛部隊を突き刺し、斬りつけた龍田の艤装が爆発した。

「命中」「速度低下!」

距離をとっていた陸上護衛部隊のひとりが狙撃したのだ。
機関が吹き飛び、浮力を保つことが難しくなる。
龍田の右足が膝まで沈んだ。

「まだ――っ」

背後から近づいた陸上護衛部隊を斬り伏せる。
天龍の砲撃にまぎれてもう一人の体を貫く。死体を盾にさらにもう一人。

「はっ――はっ――、天龍ちゃん……?」

肩で息をする龍田は砲撃音が止んでいることに気付いた。

「近づくな! 距離を取れ。動けなくなるのを待て」「分隊長。天龍型1番艦、沈黙」「どうした?」「不明です」

龍田は膨張した不安に急いで、だが艤装が爆発したせいで実際にはゆっくりと、天龍のもとへ戻った。
 

「天龍ちゃん。天龍ちゃん!」

じわじわと、陸上護衛部隊も包囲の輪を狭める。
天龍は喉を掻き毟って苦しんでいた。

「天龍ちゃん! どうしたの!?」

「うぐぁ……、……ぇ……」

「何? なんて言ったの」

「……ねェ」

「えっ?」

龍田が天龍の口元に耳を寄せる。

「――ノドが渇いてしかたねェェーッ!」

大音声に反射的に身を反らせようとした龍田が停止した。
ごちゅり。

「え――? ごふっ」

口の中を満たす血の味。
龍田は自身の体を見下ろした。

大きな顎が龍田の細い体躯に噛みついていた。

「血だァッ! 血が飲みてェーッ! がぁぁぁアアアアアアアッ!】

天龍の肩から生えた深海棲艦のごとき化け物がさらに深く龍田に牙を食い込ませる。

「あ――いいいいあああああああああっ!?」

内臓と骨を砕き潰されて、龍田は血の絡んだ悲鳴をあげた。
流れ出した大量の血と体液が海にばしゃばしゃと落ちる。
 

【グオオオオオオオオオオッ! ギアアアアアアアアアアアアアッ!】

咆哮する天龍。
意識が朦朧とするなか、龍田は急速に失われつつある力をかき集めて、矛を握り、

「……ぇ……ん……ね……」

天龍の胸に突き立てた。

【グッアァッ!? ガアアアアアアアッ!】

暴れる天龍。
狂気が傷を修復しようとするが、龍田の武装も神籬の一種であり、それを阻害していた。
陸上護衛部隊は遠巻きに様子を見ている。

「……――――」

龍田の手が力を失い、矛から離れる。
同時に上体がぐらりと倒れるところを、天龍の――まだ天龍のだと判別できるほうの――腕が抱きとめた。

【ゥゥゥ……げほっ――悪ィ、龍田……」

血を吐きながら天龍がわずかに正気を取り戻していた。
龍田の攻撃が狂気の侵蝕を押しとどめたのだ。
しかしそれは天龍の死をも意味していた。天龍の命は狂気によって繋ぎ止められていたからだ。

「天龍型1番艦、行動再開」「油断するな。慎重にいくんだ」

龍田を腕に抱いて、天龍ががくりと膝をつく。
天龍から生えていた砲塔が根元から折れて海へと還っていく。
かすかに、龍田が口を動かした。

たのしかったわ――

「ああ――オレもだ」

最期に笑って、ふたりは海に沈んだ。




 

今日は以上 レスサンクス

139.

「海のなかで、もっとも大きい動物を、知っているか? ――クジラだよ」

「クジラ? 何の話です」

観測班が聞き返したその時。

「こーゆ~ことさぁ~ッ」

無造作に、同僚が歩いてきた。
片手でひとりの工作員を拘束し、もう片方の手で握った拳銃をこめかみに突き付けている。

「武器を捨てろ」

別の方向から武装した一群が現れた。

「憲兵、か」

包囲されていること、打つ手がないことを把握した観測班が一瞬だけ不愉快そうに顔を歪めた。

「両手を頭の後ろで組んでその場にひざまずけ」

観測班は言われたとおりにした。憲兵たちが手早く彼を拘束する。
工作員を憲兵に受け渡した同僚。

「よォ~ニコちゃん!」

「おせえぞクジラ」

「これでも急いだんだぜェ? 大勢で移動するのは骨だし~」

「遅くなって小官は個人的には大変申し訳ないと思っている。すぐに処置させよう」

中央で会った目つきの悪い憲兵が割り込んできて、提督の傷をちらと見て指示を出した。
 

「艦娘たちは」

拘束を解かれ、応急手当を受けた提督が木に背を預け座ったまま同僚に尋ねる。

「うちの第1と第2艦隊が救助に向かってるよん!」

「そうか……。無事でいてほしいが……」

「陸上護衛部隊が出動しているらしい情報を掴んでる。目的は艦娘らの確保だろーな」

「本当か? 深海棲艦に"深海の呼び声"だけでなく陸上護衛部隊まで……? 糞っ」

「艦娘を捕えるには艦娘が最適だからなァー。でも"呼び声"対策は安心しろって」

「なぜだ?」

同僚はにやりと笑った。

「長らく研究されていた"深海の呼び声"から恢復させる薬を持ってきた。まだ試作段階だけどネ!」

「薬、だと?」

「いえーす! その名も『間宮羊羹』!」

「なんだその名前は……」

「僕が命名したんじゃないデスしー。僕なら『オカシクナクナール』とかにするしー」

「どっちもどっちだ阿呆」

「ま、楽観視はできないのは確かだよね。でも今は報告を待つしかない」

同僚が珍しく悔しそうな顔をした。
それを見て提督も口をつぐんだ。予測はできていたのに守れなかった口惜しさは共通なのだ。

 

140.

「潮! 深海棲艦はどっちですかっ!」

「ダメです比叡さん! 傷に障ります!」

比叡と潮はいつのまにか深海棲艦に囲まれていた。
応戦しようとする比叡だが、砲撃のたびに右肩に激痛が走るのだ。
しかも艤装が大きく損壊しており、速度も出ない。

「やはり潮だけでも離脱してください! 潮の速度ならできます、私が囮になりますのでっ」

「それもダメですぅっ!」

潮の冷静な部分は告げている。
比叡は逃げられないし、攻撃もできない。自分がたとえ曳航できたとしても逃げ切れない。
自分ひとりで逃げたほうが損害は減らせる。比叡の言うことは正しい。
しかし。
それでも。

「私はあきらめませんっ! 比叡さんを置いていくなんて、絶対にイヤです!」

涙目になりながら潮は叫んだ。
直後、至近弾が彼女を吹き飛ばした。

「きゃああああああっ!」

「潮っ!」
 

海面に打ち付けられ、波に翻弄される。頭から海水をかぶるのは今夜で何度目だろう。
起き上がろうとする。
体中が痛い。四肢が動かない。単装砲もどこかへ飛んで行ってしまった。

【ゴアアアアアアアアアアアッ!】

耳障りな吼え声をあげながら敵駆逐艦が泳いでくる。
開いた口のなかに並んだ歯列。その奥の砲口。

――もうだめだ。

「い――や、だッ!」

太腿の魚雷発射管から魚雷を抜き取る。抱える。
これで巻き添えにしてやる。潮は決然と深海棲艦を睨んだ。

「キタコレ!」

突如、敵駆逐艦が爆散。
潮があっけにとられる。黄色い笑い声が響いた。

「今北産業! かわいい潮をいじめた悪い子はどこのどいつじゃー! 人生から垢BANしちゃうゾ☆」

漣が艦隊を率いて到着した。
すぐさま深海棲艦に砲撃を開始する。まず比叡に群がっていた数匹、続いて奥に控えていた重巡に向かって吶喊していく。
 

助けられた比叡がよろよろと潮に近づいた。

「援軍、でしょうか? 司令が呼んでくださったのでしょうか」

「わ、わかりません……。でも、と、とにかく、助かったぁ……っ」

深海棲艦を追い散らした艦隊が戻ってくる。
一番に漣が二人のもとに駆け寄った。

「潮、大丈夫!?」

「あ……漣ちゃん、ありがとう、へいき」

「比叡さんも――うぉわっ!?」

「情けないことに……。しかし、助かりました、ありがとうございます」

漣以外の僚艦は周辺を警戒している。

「どーいたしましてでっす! 帰投のために二隻つけます。他の艦娘の位置に覚えがありますか?」

「あっ! 綾波ちゃんと敷波ちゃんが……っ」

「おそらくあちらの方角だと思います。しかし、重々気をつけてください。敷波は危険です」

比叡の忠告に、漣は一瞬真剣な表情をした。それから、にへら、と笑う。

「おっまかせあれー☆ じゃあ向かいますねーほいさっさー!」

比叡と潮のもとに二隻を置いて、四隻でさらに進む漣ら。
空気がぴりぴりしてくる。戦闘の雰囲気である。

「あれは……綾波、と? 夕立?」
 

掴みかかる陸上護衛部隊の手をするするとすり抜けて綾波がその腰の短剣を巧みに強奪する。
そのまま左腋の腱を切る。

「こいつッ!」

右手を捌いて綾波は背後へと回る。
両足の腱を切って、背中をどんと押した。

「おわぁっ」「ぐっ!」

助力しようとしていたもうひとりの陸上護衛部隊とぶつけて機動力を奪う。
その隙に手際よく指を切り落としておく綾波。

「たった一隻に、陸上護衛部隊がなんてザマだ!」

「分隊長! 白露型が手に負えません!」

「撤退だ! 一旦態勢を立て直すぞ!」

了解、と応えようとした陸上護衛部隊が夕立の跳び蹴りを食らって首の骨を折って死亡。

「途中でパーティを抜けるなんてマナー違反っぽい!」

着水の際に起こした波に最大戦速で乗って夕立が再び中空に舞う。
艦娘の砲雷武術において波の変化を読むのは基本ではあるが、空中へと飛び上がる挙動は想定されていない。
しかも夕立はその状態の姿勢制御に本能的に長けており、

「メイドのミヤゲっぽい!」

砲撃の精度も非常に高いのである。
分隊長が咄嗟に回避したため、その片足が引きちぎれるだけで済んだ。
 

「なんか、漣たちいらなくね? 強すぎて草も生えない」

陸上護衛部隊の死体を半眼で眺めながら漣がため息をついた。

「漣? どうしてここに?」

姉妹でもある綾波が気付いて、兵装を奪った陸上護衛部隊を拘束してから近づいてくる。

「ご主人様と一緒に助けに来たよん! 憲兵もいるし~」

「憲兵?」

「事務に手引きしたやつがいるんだって。綾波も夕立も無事そうだね?」

漣が夕立のほうに目を遣る。そして瞠目した。

「霞!?」

「ひはっ!」

隻腕の霞が嗤いながら夕立へと襲いかかっていた。
その眼はすでに敵味方の区別を失っている。

「霞! なにするのっ?」

「あはははっ! みんな殺す! みんな沈める!」

「やだッ……!」

砲撃音。
霞の右腕の肘から先が吹き飛ぶ。綾波が見事に狙い撃ったのだ。
 

「さすが綾波! ――え」

「――ひは」

ぐちゅり、と。
湿った音がして、
水死体のような右腕が再生した。

「嘘でしょ! あんなのアリなんて聞いてないしーっ!」

ざわりと、霞の右腕表面が揺らめく。
深海の狂気が造り出したその腕は、金属の骨格を、同じく金属の繊維で覆って肉をかぶせている。
それによって異常な強度と膂力を実現しているのだ。
そして深海棲艦が復活するのと同様に、海と触れている限り破壊し尽くすことはできない。

「あ、綾波! 退こう! あれマジヤバだよっ」

焦る漣。
一方、綾波の集中力はますます研ぎ澄まされていく。

「あはっはははっはァーアアアアアアアアアッ!】

海水が爆ぜる。
瞬間、綾波が漣の隣から後方へすっ飛んだ。
あっという間もなく霞が綾波に肉薄、貫き手を繰り出し、綾波はそれに極限的な反応をして霞の右腕を掴んだのだ。

「だッ!」

波を掻き立てて綾波が着水し、霞を投げ飛ばす。
 

「ってーッ!」

すぐさま綾波が姿勢を整えて空中の霞に向けて砲撃。直撃。
減速する綾波の横を誰かが疾駆していく。
夕立である。

「っぽい!」

波を利用して跳躍し、落下する霞を掴む。

【ガアアアアッ!】

ルシフェリンの光を灯した双眸で霞が夕立を睨んだ。

「霞! しっかりするっぽい!」

海面に投げ落とし叩き付ける。宙で霞へ砲弾を撃ち込む夕立。

【ウオオアアアアアアアアッ!】

爆煙から霞が稲妻のように飛び出してくる。
再び一直線に綾波に向かうかと思わせて急激に面舵。

「!」

反射的にその動きに追随した綾波だったが、次の瞬間に霞は夕立と同じように宙を舞い、綾波の頭上を乗り越えていた。
 

身をひるがえし砲を突き付けようとする綾波の左手へと霞の掌底が打つ。

「ぐぅっ」

なんとか腕を引いて衝撃を逃がしたにもかかわらず、骨が肘から飛び出した。歯噛みする綾波。
牽制で連装砲を撃ちながら綾波が後退。
その影から夕立が飛び出し、霞に踵落としを喰らわせようとするが右腕に防がれる。

「硬……ッ」

体勢を崩して落ちる夕立の足首を霞が掴む。
マズい、と夕立が思う前に、猛烈な力がかかった。
霞が夕立を振り回したのだ。

【ルルルルオオオオオオオオオオオ!】

雄叫びとともに霞が夕立を投げ飛ばした。

「きゃあっ!」「ぐあっ」

狙いたがわず、夕立は綾波に激突。

【オアアアアアアアァァァァッ!】

瞳を青白く輝かせて霞が突っ込んでくる。
綾波は鋭く動きを見切り、霞の右腕を掴んで十字に固めた。綾波は左腕の激痛のためセーラーの襟を噛んでいる。

【!】

立ち上がった夕立が即座に二人に単装砲を向ける。
もはや手加減して霞を倒すことは不可能であると、夕立と綾波はわかっていた。
だから、こうするしかなかった。



 

今日は以上 レスサンクス

143.着任

一か月後。

「……ああ。問題はない」

『重畳ちょーじょー、検査報告も見てるけど"深海の呼び声"はだいぶ弱まってるみたいネー』

「そのようだ。曙の幻覚や、山城の幻聴も治まっているらしい。
 霞は左腕はないし右腕は不自由でかなり不便しているようだが、兇暴化の兆候はないとのことだ」

『うんうん、ひとまず寛解だな』

「羽黒の頭痛と綾波の相貌失認はまだ残っているようだが……」

『それだけ進行が進んでいたんだろーな。療養を続ければ治る、はず。ほかに何か問題は?』

「潮がかなりショックを受けているようだ。それから比叡もずっと塞ぎ込んでいる」

『比叡は双極性障害に類似した"深海の呼び声"だったってー検査結果が出てるんだよな。今は鬱状態なんだろーな』

彼は深いため息をついた。
窓の外から、駆逐艦らが遊んでいる声が聞こえてくる。

『そーいや、憲兵が話してくれたんだけど、天龍はかなり進行が進んでいたそうだ。大井と北上は、妖精によれば漂流ののち沈没、らしい』

「妖精が? 敷波については何か言っていなかったのか」

『沈んでいないことは確かだ。妖精はそれ以上の情報提供を拒否しやがる』

「――我我は君たち人間にとっていつも便利であったろう、か。なんて嫌味だ」
 

『妖精との協定は人類全体との友好であって、ひとつひとつの問題に協力するかどうかは別だ、とか抜かしやがって。いつもどーりだけどさ』

「クジラ、お前また妖精と会ったのか」

『いんやぁ? 声だけだ。それにしてもニコちゃんはアイツに気に入られてるねェ』

「どういうことだ」

『敷波のことさ。どこへ行ったかはしらない、沈んではいないようだけどね、なんて嘯きやがったけど、通常の事例なら生存っつー情報すら出さねーもん』

「そうなのか」

妖精の妖しく輝く虹色の瞳を思い出して、特に嬉しくはないが、と苦笑した。

『なんにせよ、諜報部や憲兵も敷波を捜索してくれてる。ただ……』

同僚が珍しく言いよどんだ。

「わかってる。そろそろ諦めなければならない時期だ。もう一ヶ月も経って、無事でいると考えるほど、楽観的でもないよ」

『……ごめんな、ニコちゃん』

「クジラのせいじゃないさ」

捜索には多大な費用が掛かる。
公的な捜索活動は一週間で打ち切られ、そのあとは細々としたものになってしまっている。
顔を合わせるたびに、綾波の目が期待と、期待しないほうがいい、という葛藤でいっぱいになるのを見るのが彼も辛かった。
綾波はあれから、弱々しい微笑みだけで、すっかり笑うことがなくなってしまった。

「……とにかく。こっちは問題ない。みんなも少しずつ良くなっていくだろう」

『ああ。ザッツライト! なんかあったら――なんだ、どうした』

電話の向こうが騒がしくなる。
同僚がすっとんきょうな声を上げている。

「何かあったか」

『は、は、は、だ! ニコちゃん!』

「なんだ」

『敷波だ! 見つかったってよ!』

「!」

受話器を掴んだまま、彼は椅子を蹴立てて立ち上がった。


 

144.

その日の夕刻、彼はある港町にいた。
車を降りる。

「それでは小官はここで待機している」

運転席から剣呑な目つきの憲兵が言う。
彼は頷いて、波止場へと歩き出した。

事前の取り決め通り、敷波には監視のみで接触は彼が最初である。
係留柱に座って海を見ている後姿。
敷波だ。

「……司令官か」

敷波が振り返る。
変わっていない。
彼は心中で安堵した。

「残念だが、もう提督でも司令官でもない。俺は罷免された」

先日の騒動が誰の図ったものであろうと、誰かが鎮守府崩壊の責任は取らねばならない。
わかっていたことだった。
それを聞いて敷波は再び視線をもどした。

「あたしのせいだね」

「それは違う。俺は提督だった。だから、責任を取るのは当然だ」

「……司令官って、いっつもそんな言い方してない?」

「そうか? 今は艦娘専用療養所の所長が内示されている」

「じゃ、所長?」

「それが適切だが……、なんと呼んでくれても構わない」

「そうなんだ」
 

彼も、係留柱に腰を下ろす。
海鳥が鳴いている。

「あれから、どうしてたんだ?」

「ええと……、二日間くらい隠れながら逃げて、あとは海伝いにじょじょに……。
 でも列車でお菓子をもらったあのおばあちゃんに会って、お世話になってる。艤装は海岸の倉庫に隠して艦娘だってことは黙ってるけど」

「そうだったのか。不思議な縁だな。ともかく、無事でよかった」

敷波は黙って海を見つめている。
その心中は、凪か時化か。

「………。綾波は無事だ。帰ってこなかった者もいるが……」

「そう、なんだ」

「そうだ。……すまなかった。敷波。君には辛い思いをさせた」

首を垂れる。
敷波もうつむいた。

「そんな……あたしが……ごめんなさい」

「いや、敷波は悪くないんだ」

彼は"深海の呼び声"とあの夜の経緯について簡単に説明した。
もちろん艦娘が第二世代であるということは伏せて。
敷波は微妙な反応である。

「でも、あたし、綾波にひどいことしちゃったし……」

「報告は受けている。しかし綾波は君のことを恨んではいないよ。……帰ろう、敷波」

「……ムリだよ。帰れるわけない。あたしは潮を殴ったし、比叡さんを撃ったし、綾波を殺そうとしたんだよ!?」

「知っている。だが、それも"呼び声"のせいだ」

「――違う!」

「!」
 

悲痛な否定。敷波は両の掌を見つめている。

「そんなの関係ない。あたしは、あたしは愉しいんだ! 仲間を傷つけて沈めるのが……たまらなく愉しいッ!」

「敷波……」

少女は嗤っている。しかしそれは、なんと哀しい嗤いか。
自分が望まないことを、欲望せざるを得ない。
彼女は仲間を傷つけたくない。しかしその衝動が止まらないのだ。

「敷波の言っていることは事実だよ」

突然聞こえてきた玲瓏な声。
それは妖精の声である。
彼は驚いた。
敷波の肩にちょこんと小人が乗っている。

「うわあっ?」

敷波もぎょっとした。揺られて、小人が目を回す。

「おっと。落ち着いてくれないかな。我我は無害な存在だよ」

「妖精」

怒りを押し殺した声で呼ぶ。
こんな感情も妖精には通じないのだろう。

「やあ。久しぶりだね。元気かい?」

「お前は何もかも知っているのだろうが」

「そうだね、知っている。この敷波が"深海の呼び声"にたいして侵されていないこともね」
 

「どういうことなんだ」

「その言葉のままだよ。この敷波が仲間を害することに対して悦楽を感じることは、"深海の呼び声"とは無関係だ」

小人は瞳を虹色にきらめかせた。
敷波は困惑している。

「嘘だろ……」

「我我は嘘は言わない。話さないという選択を取ることはあるけどね」

「そんな、そんなことがあるか!」

彼は思わず立ち上がって声を荒げた。

「人間だって、法で許されない嗜好を持つ者はいるだろう。彼らだって、その衝動を理性で抑圧しながら生きている。
 否、そもそも君たち人類はその魂を抑圧しているのじゃないか。抑圧しなければ社会を構成できず、社会を構成できなければ生きてはいけない。
 君たちは狂気を孕んでいる。君たちの狂気こそが、深海に淀む狂気の源泉なのだ」

「ばかな……、それでは、人間がいる限り深海棲艦は生まれ続けるということではないか!」

「人類が海で戦い、大量に海で死ななければこんなことにはならなかったと我我は考えているけどね」

「……信じられない……」

力なく再び腰を下ろす。

「あ、あのさ……えっと」

「ああ敷波……すまない。君に聞かせるべき話ではないのに」

「いいや君に聞かせるべき話さ、敷波」

「おい妖精」

怒気をにじませる声にも、妖精はやはり頓着しない。
彼らには関係ないのだ。
 

妖精は呼びかけた。

「敷波。君の悩みは解決されることはない。君はその葛藤を抱えて生きていくしかない」

妖精の宣告。そこには善意も悪意もない。

「だが、それでも――生きていくはできる。君たちが心を持っている限りね」

小人がそこで彼のほうに笑いかけた。
彼は妖精の意図をぼんやりと察して苦る。

「だから、彼とともに生きていくがいい。敷波」

「え……あっ」

すう、と小人の姿が薄れて消えていく。くふふふ、と笑いながら。
彼は立ち上がった。
海を眺める。
青く、美しく、穏やかで、時におそろしい。

「敷波。帰ろう。君と紅茶を飲む予定が残ってるんだ」

手を差し出す。
ためらいがちに、敷波がその手を取る。立つ。

「なにさ、それ。別に、楽しみになんてしてないし」

照れてはにかみながら、敷波は悪態をついてみせた。

「ありがとう、敷波」

「ううん、こっちこそありがとう、司令官」

海は、静かに何度も波を寄せるのだった。



 

145.

中央に戻った憲兵はデスクで報告書を書いていた。
ぎろりと宙を睨んで思い返す。

あの後、二人は世話になったという老夫婦宅へ挨拶へ向かった。
老婦人は少女に迎えが来たことに泣いて喜んだという。
保護していた少女が艦娘であることには薄々気づいていたらしい。

それから艤装を回収し、二人を療養所に送り届けて、帰還した。
憲兵は「敷波を療養所へ移送。問題ナシ」と記した。
立ち上がり、報告書を提出して、ぶらりと外へ出た。

「………」

中央はいつも慌ただしい。
人と物資と情報が大量に行きかい、時間は飛び去るように過ぎていく。
一地方の小さい鎮守府が崩壊した今回の事件も、瞬く間に他の出来事に上塗りされていってしまうだろう。
だが、その前に彼にはやっておかねばならないことがあった。

目的の後姿を見つけ、憲兵は足早に歩み寄る。

「これはこれは中将殿。ご機嫌麗しゅう」

髭の中将が、今にも舌打ちしそうな表情で憲兵をねめつけた。

「狗が。近づくなと言ったのを忘れたのか?」

憲兵は中将の隣を悠々と歩く。

「これは小話ですが、中将殿もご存じでしょう、鎮守府が崩壊したという例の件です」

「知っている」

「いくつか気になる点がございましてですなぁ。なぜあそこにあんなにも"深海の呼び声"が集まっていたのか。
 事務に入りこんでいた特殊工作員は誰の指示で動いていたのか。陸上護衛部隊の手引きをしたのは誰なのか」
 

「それがどうした」

「中央の艦娘配属、事務と提督の人事、そして件の鎮守府の工作員。これらが共同して"深海の呼び声"が潜在的な艦娘を集め、研究していたのではないか。
 そして、"深海の呼び声"が進行し、それを抑えきれぬ事故が起こったことで観察は終了。鎮守府ごと証拠隠滅を図ったのではないか。
 こういう推測が成り立つわけです」

「ふん。くだらぬ陰謀論だ。そんなことを考えるために貴様ら狗はいるのか」

「確かにどこにも証拠はございませぬ。見事だと言えましょう。長く、地道で、周到な計画です」

「それが事実であるのならばな」

「そういえば、中将殿はあの鎮守府に視察に赴いていましたな。如何でしたか?」

「……何ということもない。ほかの鎮守府と変わらんわ」

「そうでしたか。ああ、中将殿はそこで演習をご覧になられたらしいですな。一目で陸の戦術と見抜いたとか。
 陸上護衛部隊の設立にも関わっておられた中将殿のこと、それくらい容易いことですかな」

「何が言いたい」

忌々しそうな中将の物言いに、憲兵は立ち止まって獰猛な笑顔を作った。

「我々憲兵は必ず真実にたどり着きます。規律を乱し秩序を脅かす者がその報いを受けることは必定。
 その日が来ることを、楽しみにしましょう。中将殿」

「………。勝手にしろ」

中将が角を曲がっていく。憲兵は踵を返した。
元の無表情に戻った憲兵は、牽制くらいにはなるだろう、と考えている。
そして戻るために中央の敷地を歩いて行った。
中央はいつも慌ただしい。



 

146.

この世界には3種類の人外がいる。
ひとつは、工学技能に特化し高度な知性を持つ、古来より人類と共存を果たしてきた「妖精」。
もうひとつは、近年になって人類を脅かしている侵略者たる「深海棲艦」だ。
そして最後が、深海棲艦に対抗するために妖精が生み出した「艦娘」である。

我々日本国海軍は太平洋に面した国土を守るため、この艦娘とともに深海棲艦との激しい戦争状態にある。

…はずなのだが。



―――――
―――
――

「本日付でこの艦娘専用療養所の所長に着任した。よろしく頼む」

ラウンジに集まった艦娘らは皆、見慣れた顔ぶれである。
羽黒、比叡、山城、曙、潮、霞、夕立、そして綾波と敷波。
彼は苦笑した。

「自己紹介は必要ないな」

小さく笑いが起こる。
彼はポケットの中で球磨の遺品であるお守りを握りしめた。そして離す。

「じゃあ今日は解散としよう。綾波と敷波は残ってくれ」

どたばたと艦娘らが部屋を出て行く。
彼にとって、すこぶる心地よいにぎやかさだ。
そして彼は二人の艦娘に歩み寄った。

「なんでしょう、司令官」「司令官、なにさー」

彼はとっておきの秘密を打ち明けるように笑った。

「今日は二人にアイスをご馳走しようと思ってな」

綾波と敷波が顔を見合わせる。二人ともすぐに顔がほころび、彼に向き直った。

「やぁ~りましたぁ~っ」「やったね! ちょっとだけ、まじ嬉しいね」

「約束したからな」

笑顔の三人。
窓の向こうには見えるのは海だ。
海が、きらきらと輝いていた。







おわり


 

ありがとござましたー

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年01月16日 (月) 04:56:36   ID: CjRyubAe

ゾクゾクしたわ

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