春香「サイレンが、聞こえる…」(113)

―――サイレンの音が聞こえる。

それは脳髄を直接揺さぶり、聞いた者に言い知れぬ不安感を抱かせ、そして恐怖感を煽る絶望の咆哮。
それは出口のない、決して逃げることの敵わない、終わらぬ世界の始まりのサイレン。

現世は異界へと堕ち、現在と過去が混ざり合い水は赤く染まりあがる。

巻き込まれた人々は惑い、抗い、追い詰められ、やがては異形のモノへと成り果てていく。

すり替わっていく。人が異形―――屍人に。人の都市が屍人の都市へと。

全ては遠き過去に、一人の少女が犯した神への贖罪の為。

どうあがいても、絶望。

それでも尚、諦めない者がいた。

人々に希望を与えしアイドル。彼女たちは絶望が満ちた世界にあっても尚、希望を失わず運命に抗おうとし続けた。

これはそんな彼女たちの、絶望の三日間の軌跡である。

アーカイブ:『???の手記』

天海春香 天海家/自室/初日/0時05分03秒

春香「いっつつ…なにこれ…」

アイドル天海春香。彼女は突如として背中を襲った衝撃によって目を覚ました。
背中を擦りつつ、まだ覚醒しきっていない脳を動かし状況を把握しようとする。

春香「って、考えるでもなく、ベッドから落ちただけだよね…今、何時…あ、あれ?」

目覚まし時計に手を伸ばそうとしたところで、春香は漸く一つの異変に気が付く。

春香「時計がない…んー…う、うわぁ!?へ、部屋がめちゃくちゃに!?もしかしてさっきの地震だったの!?」

春香「あ、あ、えっと、こういう時は落ち着いて行動を…お母さんとお父さんは大丈夫だったかな?お母さーん!お父さーん!」

情況を把握し、両親の安否を確認しに自室を飛び出す。

春香「あっ、念のために懐中電灯っと」

階段を下り、廊下に出た所でピンク色のパジャマを来た人影が目に入る。途端に安堵し、春香はその人影に声を掛ける。

春香「良かったぁ、お母さんもなんとも…っ!?」

そして、絶句した。

春香母「くひっ」

春香「お、かあ…さん?」

春香の呼びかけに振り向いた母。それは春香のよく知る母の姿ではなかった…顔は青白く蒼白であり、目からは血を流し歪に笑うバケモノが、そこにはいた。

春香母「こんな゛じがんに出歩くなんで、春香ハ悪い子ねェ!」ブンッ

春香「ひっ!」

まっすぐに振り下ろされた包丁。明確な殺意を感じ、咄嗟に後ろに仰け反り回避する。

春香母「悪イ子にハオシオキしなクちゃねェ…くひっ、くひゃひゃひゃ!」

終了条件 「天海家」からの脱出。
小目標 武器を入手する。

春香(い、今のが当たってたら完全に死んでた…に、逃げなきゃ!えっと、前方にはお母さん…がいるから、一旦2階に戻って…)ダッ

春香母「待チなサあアァい!」

踵を返し、全力で階段を駆け上がり自室へと戻る。その後ろを春香の母は、包丁を振り回し狂気の笑みをたずさえ追ってくる。

春香「か、鍵っ!」

自室に滑り込み、震える指をなんとか押し殺し扉の鍵をかける。するとすぐにノブを回す音、次いで扉を叩く音が室内に鳴り響く。

春香母『開ケなサイ春香ァ!』

ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!

春香「ど、どうしよう、このままじゃドアが壊れるのも時間の問題だよね…か、隠れなきゃ」

春香(でも何処に…ベッドの下?それとも押入れとか…?)

ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!

春香(迷ってる暇ないよ…うん、ここにしよう!)

1.ベッドの下
2.押入れ
3.ベランダ
4.机の下

>>10

安価の結果で春香の難易度及び生死が決まります。

加速下

春香(ベランダ!部屋の中じゃ見つかったらどうもできないし、ベランダなら見つかっても最悪飛び降りて逃げれば…)

ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!

春香「い、急がなきゃ…」

カーテンを開き、急ぎつつも扉の外にいる母に聞こえぬよう、懐中電灯を用い慎重に窓を開ける。

サー…

春香「あ、雨が…って、濡れるのになんて構ってる場合じゃないよね」

しとしとと霧のように降る雨の中に春香は身をさらす。細かき粒はか弱くも、着実に春香の服に染み渡り、やがては体の温もりを奪ってゆく。

春香「どうかバレませんように…!」

そうつぶやき、春香はベランダにしゃがみ込もうとした…その刹那。

『ウオオオオォォォォン!!』

春香「っ!?」ビクッ

到底、人の叫びとは思えぬ―――まるで狼の遠吠えの様な雄叫びが、下より響き渡る。

バンッ!!

その声に反応するかのように、春香の自室の扉が破壊される音が鳴る。

シャーッ、ガラガラッ!

春香「ひっ…あ…ぁ…」ガクガク

春香母「ミィつケたァ」ニヤァ

春香は飛び降りる事は出来なかった。それは決して恐怖で腰を抜かした訳ではない。なぜなら―――

春香父「げひゃひゃひゃっ!」

隠れる刹那、その咆哮を放ったのは他でもない、春香の父であったからである。

光を当てた父もまた母と同様、春香を見つめ、その目からは血を流し狂気の笑みを浮かべていた。

春香は瞬間、悟った。これでは飛び降りた所で今度は父に殺られるだけであると。私は詰んだのだと。

春香母「大丈夫、コッチはトッテモ楽シいわよォ…くひゃひゃひゃ!」

実の母より振り下ろされる包丁。死を覚悟した春香の脳裏に浮かんだのは、苦難を共にした仲間であり掛け替えのない友たちの顔であった。

春香(みんな…私は…)

グシャッ!

終了条件未遂

バッドエンドなので安価のところからリトライ。

春香「ど、どうしよう、このままじゃドアが壊れるのも時間の問題だよね…か、隠れなきゃ」

春香(でも何処に…ベッドの下?それとも押入れとか…?)

ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!

春香(迷ってる暇ないよ…うん、ここにしよう!)

1.ベッドの下
2.押入れ
3.机の下

>>20

2

春香(押入れ!押入れに隠れて、じっと息を殺してやり過ごそう…!)

ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!

春香(に、荷物が一杯…!普段からちゃんと整理しておけばよかったよー!)

自分の普段の怠慢に酷く後悔しつつ、それでもなんとか手前の物を奥へと押しのけ己の身一つ分ほどの空間を確保する。

春香「これくらいあれば、体を曲げればなんとか…んしょ」

春香(お、収まった。アイドルやってて良かった…って、これは?)

丸まったことで下がった視線の先に、小さく微かに光る物を発見する。

春香(これって…あー!ずっと探してた自転車の鍵!こんな所に落ちてたんだぁ…道理でいくら探しても見つからない訳d)

ドンドンッ!

春香(ひゃうっ!って、よ、喜んでる場合じゃないよ!早く戸を閉めて…!)

バンッ!

慌てて春香が押入れの戸を閉めきるとほぼ同時に、部屋の扉が破壊される音が耳に届く。

春香(あ、危なかったぁ…!)

春香母『あ゛ァぁ…ハぁるカァ?』

春香(…)

高鳴る鼓動の中、春香は先程の人物の姿を思い出す。赤い涙を流しながら、嬉々として自身を殺そうとし、今もなおそのために己を探す人物。

春香(お母さん…)

何度考えても、それは紛れもなく己の母の姿であり、そして絶対に己の母の姿ではなかった。

春香母『そコカしらァ?』

春香(っ!?)ビクッ

ギュッと目をつぶり、丸めた体に更に力を込め限界まで縮まろうとする。

春香母『くひひひっ!』ブンッ

ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!

春香(ひぃっ…!)

春香の母は、団子のように丸まった布団に包丁を突き立てる。しかし、それが見えない春香にはいつその矛先が目の前に飛び出してくるか気が気でない。

春香母『あラァ、いナいワネ…?』

春香母『…』

春香(き、気づかないで…!)

春香母『オカしイわねェ…隣ノ部屋だッたかしらァ…』

そうつぶやくと、春香の母は振り返り部屋を後にしていった。

春香(た、助かった…?あっ、いやでも、お母さんはまだ隣の部屋にいるみたいだし、もう少し隠れておこう…)

およそ10分後

漸く母が春香の捜索を諦め、階段を降る音が聞こえた春香は押入れから抜け出す。

春香「…ベッドの下に隠れなくて良かった」

無残にも切り裂かれたベッドマットと掛布団を見やり、心底そう思う。そして押入れに隠れ正解であったことに安堵する。

春香「でも、これからどうしよう…携帯も繋がらないし…」

手に持った携帯には、無情にも圏外の文字が浮かぶ。

春香「多分、このまま家にいたんじゃ、結局いつかはお母さんに殺されちゃうよね…また次に押入れが調べられないとは限らないし…」

春香「やっぱり…どこかに逃げなきゃ」

春香(でも、どこに?)

春香は考える。逃げるべきだとは思うが、果たして家の外に逃げ場…安全な場所などがあるのだろうか?おかしくなってしまったの母だけなのか?そもそもがこの異変は一体なんなのか?

考えれば考えるだけ疑問は沸き、そして答えなどは出ない。思考は果てない迷路に迷い込み、ただただ不安感が増すだけである。

春香「…うん!やめやめ!いくら私がここで考えた所で、どうせなにも分かんないんだから。こんな時こそ明るく前向きにいかなきゃ!」

春香「とりあえず、せっかく自転車の鍵も見つかったことだし、倉庫に行こう。倉庫ならなにか武器になりそうな物もあるかもしれなし」

仮の目的地を定め、春香は自室を出ようとし―――

春香「あっ、外に出るんだから着替えてから行こう」

くるりと反転し、クローゼットへと向かった。

春香「リボンをつけて…よしっ」キュッ

寝間着から外着へと着替え、最後にトレードマークのリボンを身に着けた春香は、今度こそ部屋を抜け倉庫へと向かう。

春香「…」

ギシッ…ギシッ…

春香「お母さんは…いないね」

階段を慎重に下り、中段あたりから廊下を窺い人影のないのを確認し、廊下に降り立つ。

春香「床も壁も赤く…これってやっぱり、お母さんの…」

歩きながら照らす所のいたる場所に浮かぶ赤いモノ。それを見るたびに、先程の母の姿が春香の脳内に繰り返えし浮かび上がる。

春香「忘れなきゃ…あれはもうお母さんじゃない…」ブンブンッ

春香「っと、着いた…後はこのまま倉庫から直接外に出れば…」

ガチャ…パタンッ

春香「念のために鍵を閉めて…はぁ」

無事に倉庫に辿り着いたことに安堵し、扉を背にへたり込む。

春香「自転車は…あるよね。空気も…よいしょ…うん、ちゃんと入ってる。後は…」

倉庫を見まわし、何か武器代わりになりそうなものはないかと思案する。

春香「うーん…武器にするなら固くてリーチが長い物がいいよね…それでいて目立たない…それだと、ここにある物なら…」

1.スパナ
2.アルトリコーダー
3.傘
4.ネイルハンマー

>>33

ネイルハンマー

春香「やっぱり、これだよね」スッ

候補の中では最も殺傷能力の高いであろう、ネイルハンマーを手に取る。

春香「…行こう」

自転車の鍵を解き、意を決し外へとつながる扉に手を掛ける。

サー…

春香「あっ、雨が降ってる…」

春香「どうしよう…傘はあるけど、自転車に乗ったんじゃ傘はさせないし…かといって、自転車がないと移動が…」

春香「仕方ない…よね。あんまり酷い雨じゃなさそうだし…うん、我慢しよう」

そう決断し、春香は自転車を押し倉庫の外へと出る。

春香「とりあえず駅は目指して…っ!」

自転車を押しつつ進むべき道を思案する春香。しかし正門に辿り着いたところで人影に気付き、慌ててバックする。

春香(あれは…お父さん)

春香父「ア゛ぁァぁ…」

人影の正体、それは母と同様に変わり果てた春香の父。目からは血を流し、片手にはゴルフクラブを持っていることが窺える。

春香(どうしよう…裏からは出れないし、外に出るにはあそこを通らなきゃ…)

春香父「ア゛ぁァぁ…」

春香(やるしか…ない!)ギュッ

自転車を一旦とめ、震える両手に力を込めネイルハンマーを構える。

春香(あれはお父さんじゃないあれはお父さんじゃないお父さんじゃないお父さんじゃない!)

身を屈めて慎重に、己を夜闇に紛れさせ父にゆっくり近づいてゆく。見つかれば最後、大人の男の腕力、そしてゴルフクラブのリーチの長さから、春香はでは到底かなわない。

春香父「…」

春香(…ごめんなさいっ!!)ブンッ

春香父「ウガァァッ!?」

父の背後に立ち、その頭めがけてネイルハンマーを思い切り振りぶり叩きつける。

突然の不意打ち、さらに急所への攻撃になすすべもなく、獣のような断末魔を上げ倒れる。

春香「はぁ…はぁ…い、急がなきゃ…今のでお母さんが気づいちゃったかもしれないし…」

振り返り今度は駆け足で自転車の元へと戻り、自転車を連れ再び門へと進む。

春香「…行ってきます」

自宅を振り向き見つめそう呟き、春香は自転車に跨り走り出す。

その体を打ち付ける冷たき雨―――

それは、血の様に赤く赤く染まっていた…

終了条件達成

如月千早 音楽スタジオ/女子トイレ/初日/5時47分25秒

千早「…高槻さん、大丈夫?痛くないかしら?」

やよい「はい、へーきです。あの、ごめんなさい…私ばっかり座らせてもらちゃって…」

如月千早と高槻やよいは、かれこれ4時間ほどこの女子トイレの個室に身をひそめていた。

千早の歌の収録。そしてその見学に訪れたやよい。そんな状況下にて、2人は異変に巻き込まれ、襲われ、なんとかこの個室に逃げんこんだのである。

千早「いえ、謝るのは私の方よ。私の収録が長引いたばっかりに、あなたをこんなことに巻き込んでしまって…」

やよい「い、いえ、そんなことないです!千早さんの収録を見てみたいって、私が無理言ってずっと付いていただけですから!だから千早さんは悪くないです!」

立ち上がり、若干千早に詰め寄り力強く訴えるやよい。

千早「た、高槻さん…!分かったから、もう少し声を押さえて…奴らに気づかれてしまうわ…!」

やよい「はわっ…す、すみません、私…」

千早「いえ、そう思ってくれるのは有難いわ…でも、心配でしょ?弟さんたちの事…」

やよい「は、はい…夕ご飯の事はプロデューサーにおかませしちゃいましたけど、今は家には長介達だけですから…うぅ…」

自宅にいる弟達の事を考えると、胸が締め付けられる。怖がっていないか?泣いてはいないか?もしや私達の様に襲われているのではないか?そんな時に姉として、側にいて慰めてやれないことがもどかしい。守ってやれないことがなにより悔しい。

千早「安心して高槻さん」

そう酷く思い悩むやよいに、優しく千早は声を掛ける。

やよい「はい…?」

千早の頭に浮かぶのは、かつての自分。自分の力が及ばぬところで、無情にも奪われる最愛の者の命。それがどれだけ辛い事か、千早には嫌と言うほどに理解できる。

千早「大丈夫よ…きっと…いえ、絶対に、弟さん達は無事に、家で高槻さんの帰りを待っているはずよ」

だからこそ、そんな辛い思いを他の人…ましてや、仲間であり友人であるやよいに、自分が原因でそんな思いさせる訳にはいかない。そしてなにより―――

やよい「千早さん…」

今の千早には、守るべき存在が目の前にある。自身の力の及ぶ所にある。だからこそ今の千早にとって、この妹の様な存在でもあるやよいを、今度こそ失う訳にはいかないのだ。

千早「だから私が、絶対に…絶対にあなたを、弟さん達の所へ送ってあげる」

やよい「…はい!」

千早(この命に代えても…高槻さん、あなたを守って見せる…)

終了条件 「高槻やよい」と「音楽スタジオ」からの脱出
小目標 車の鍵の入手

カチャ…

千早「やっと、日が出てきたわね…そろそろここを出るとしましょうか」

扉を微かに開け、窓から差す朝日を確認した千早は、扉を大きく開け放ち個室から身を出す。

それに続き、やよいも再び立ち上がり、床についていたスカートをはたきながら個室から出る。

やよい「でも、どうやって出るんですか?まだ外には、あの変な人たちがいっぱいがいますし…」

千早「えぇ、だけど、さっき逃げ回ってて分かったのだけど、アイツらは結構注意力が散漫だったわ。だから慎重に、音を立てずに死角にさえいれば、見つからずに移動できるはず」

やよい「そ、そう言われれば…凄いです千早さん。私、逃げるのに夢中でそこまで気が…」

千早「それが普通だもの、気にする必要はないわ」

千早「いい、高槻さん。ここを出たらまず、コントロールルームに向かうわよ」

やよい「コントロールルーム…ですか?でも、何で…」

千早「そこに、ディレクターの乗ってきた車の鍵があるのよ。だからそれを取ってから、地下の駐車場に行って、車で外へ逃げるの。どうせ持ち主のディレクターもおかしくなっているのだし、咎められはしないわ」

やよい「はわわっ…で、でも、千早さん運転は…?」

千早「こんな非常時だもの、どうとでもなる…いえ、どうとでもしてみせるわ」

やよい「…分かりました。私、千早さんを信じますっ!」

千早「ありがとう高槻さん。じゃあ、行きましょうか…絶対に、私から離れないで」

やよい「は、はい…!」

女子トイレを出て、真っ暗な廊下をしゃがみながら進んだ2人は、予想とは違い驚くほど早く目的地の扉前へとたどり着いた。

千早「どういう事…?あれだけいたのが1人もいないだなんて…」

やよい「移動したんでしょうか…?」

千早「まぁ、それならそれで好都合なのだけど…でも、またいつ戻ってくるか分からないわ。急ぎましょう」

ガタッ!

千早・やよい「!?」ビクッ

突然の物音に、2人は身を硬直させ当たりを見まわす。

千早「後ろには誰もいないわよね…と言う事は、音は中から…」

千早は恐る恐る立ち上がり、扉についた窓から中を覗き込む。夜目に慣れた目に、その音を発した存在が映り込む。

『ア゛ぁぁ…かぎぃ…』

千早(あれは…多分、ディレクター…うろうろして、鍵を探しているみたい…目の前にあるのに)

ディレクター『あ゛ァ?』クルッ

千早「っ!」パッ

千早の視線を察しさたのか振り向いた相手。それに反応して千早も慌ててしゃがみ隠れる。

どうやら気づかれてはいないようである。

千早「はぁ…」

やよい「あ、あの…どうでしたか?」

急にしゃがみこみ、扉を背に座り込んだ千早に対して、やよいは不安そうに尋ねる。

千早「えぇ、やっぱり中に1人いるみたい…どうしましょうか」

千早(鍵を手に入れるためには、どうやってもかなりアレに近づくことになる…いくら反応が鈍い相手と言っても、絶対に気づかれない保障はないわ…高槻さんが一緒な以上、極力リスクは負いたくないし、どうすれば…)

やよい「あの…私が、囮になりましょうか…?」

千早の思考が行き詰ったところで、やよいが静かに、そうつぶやいた。

千早「囮…?」

やよい「はい。私が大声で中の人の気を引いて逃げますから、その隙に千早さんが鍵を取れば…」

千早「だ、ダメよ!それじゃあ、高槻さんの身が危険に…!」

やよい「でも、囮を使うのが一番いいと思うんですっ!私、ずっと千早さんに守ってもらってばっかりで申し訳なくて…だから、少しでも千早さんの役に立ちたいんです!絶対に逃げ切って見せますから、私に囮をやらせてくださいっ!」

千早の否定に、しかしこちらも譲れない。自分も戦うのだという決意を瞳に宿し、やよいは訴えかける。

千早「くっ…」

千早(確かに、囮を使う方法は今、この場合はとても有効だと思う…だけど、それでもやっぱり高槻さんの身を危険に晒すのは…でも…)

やよい「千早さん…」

千早「ここは…」

1.やよいが囮に
2.千早が囮に
3.ごり押す

>>50

ここはあえて1

千早「分かったわ…ここは、高槻さんに囮を任せるわ」

やよい「ぁ…は、はい!まっかせてくださいっ!」

千早「でも、無茶だけはしないでね?とにかく逃げる事だけを考えて…鍵を取ったら、すぐに私も合流するから」

やよい「

千早「じゃあ、私は隣のブースに隠れるから…高槻さん、頼んだわね」

やよい「はい…!」

やよい「…ぁ」

ドアノブに手を掛けようとして、やよいは己の手が震えていることに気が付いた。

いや、手だけではない。見れば腕も、足も、瞳も…全身が小刻みに震え、気を抜けば一気にその小さな体は、恐怖に押しつぶされてしまいそうであった。

千早と離れ、やよいはこの異変が起こってから初めて1人になった。

やよい「千早さん…」

思えば自分は、千早がいなければ早々に正気ですらいられなかったであろう。

千早が側にいて自分を第一に考えくれ、守り、道を示してくれていたからこそ、こんな異常事態に陥っても尚、やよいは恐怖に負け自分を見失わず、そして何より生きながらえている。

やよい「…んっ」

全身に力を込め、体の震えを抑える。先程千早に言った言葉は嘘ではないのだから。

自分も守ってばかりではいられない。足手まといになる訳にはいかない。

千早の様に、弱い者を守れる存在にならねば。こんな所で負けていては、自分を待っている弟達に示しがつかない。

やよい「すぅ…はぁ…」

再びドアノブに手を掛ける。今度は手は震えていない。その双眸には、確かな意思が宿っている。

やよい「うっうー!!」ダッ

やよいは扉を開け放ちそう叫び、即座に反転し走り出しだ。

千早「高槻さん…本当に大丈夫かしら…」

バンッ!

d『!?』

やよい『うっうー!!』ダッ

d『ウがあァぁ!!』ダッ

千早「…」

千早「…行ったわね」

ブースの窓から人が消えるのを確認した千早は、隠れるのを止めコントロールルームへと移動する。

千早「それにしても…陽動の声が『うっうー』…だなんてね。こんな時まで高槻さんは可愛いのね」

千早「…」ハッ

千早「そんなこと考えてる場合でないわ…急がないと」

千早「鍵はそこに…良かった。相変わらず気づかなかったようね」

「車の鍵」を手に入れた。

小目標 「高槻やよい」との合流。

千早「さて、高槻さんを追わなきゃ…あら?これは…」

部屋を出ようとした千早の目に、ソファに置かれたバッグが目に入る。

千早「ディレクターのね…何か役に立つものが入ってないかしら?出来れば、明かりになりそうな…」

そう思いつき千早は、バッグを引き寄せ机の上に置き、中身を取り出し物色しはじめる。

千早「財布、携帯、野菜ジュースに吸入器…野菜ジュースは貰おうかしら。後は…あら、これはペンライト…まぁ、ないよりはマシね」

千早「さぁ、今度こそ高槻さんを…!」

タッタッタッタッ

やよい「はぁ…はぁ…はぁ…」

d「ぐひゃひゃひゃっ!待ァてえェ!」

やよい「はぁ…はぁ…あぅ…!」チラッ

やよい(ど、どうしよう…!思った以上に早いよ…このままじゃ追いつかれちゃう…!)

やよいはスタミナには自信がある。ちょっとやそっとではバテない体力、そして根性を持ち合わせている。事実、この程度を走っただけでは全く苦になどは感じていない。

しかし、スタミナがあるからと言って足が速いという訳ではない。むしろ足の速さで言えば、決して遅くははないが速くもない…その年代の女性の中では、平均的な足の速さであろう。

一方、追いかける屍人は、子どものやよいよりも遥かに歩幅は大きく、そして不死故にバテることもなく、全力でやよいを追いかけてくる。

何とかフロアの曲がり角などを利用しグルグルと回る事で、追いつかれないようにしてきたやよいだったが、それにも早々に限界がきはじめる。

やよい(どうにかして追いつかれる前に、まくか、何処かに隠れるかしなくちゃ…!)

d「ハあ゛ぁァァ!!」

1.屋上に昇って撒く
2.下の階に降って撒く
3.トイレに隠れる
4.喫煙室に隠れる
5.ハイタッチ

>>59

5

やよい(…はっ!!)ピタッ

やよい(も、もしかしたら…)クルッ

何かを思いついたやよいは、ピタリと走るのを止め後ろを振り向く。

相も変わらずおぞましい姿をした屍人が、奇声を上げながらこちらに向かってくるのが目に入る。

しかしそんな屍人に対して、やよいは臆すことなく右手を高らかに振りあげ、その場に似合わぬ可愛らしい声で

やよい「ハイ、ターッチ!」

そう彼女のおなじみの掛け声を発し、屍人めがけて突進した。

d「!?」

そんな突然のやよいの行動に、一瞬屍人の動きが止まる。そして思い出したかのように、自分もナイフを持った右手を掲げ、そして握った掌を開きハイタッチに応じる―――

d「ヴぁァ!」ブンッ

やよい「ぁ…」

―――はずもなく、掲げられた右手はすぐに深く構えなおされ、その矛先はまっすぐにやよいの胸へとめがけて突き立てられた。

d「ひゃっひゃっひゃっ!」スッ

やよい「…」ドサッ

ナイフを抜かれ支えを失ったやよいは、力なく膝をつき崩れ落ちるようにうつ伏せに床へ倒れ込む。そんなやよいの背中に、追い打ちの様に再びナイフが突き刺さる。

あるいはやよいの思惑は、やよいの顔見知りの人間が相手ならば上手く行ったかもしれない。

しかし、ほぼ初対面の人間が相手では今の様に、一瞬怯ませる程度の効果しか現れなかった。

やよい「…」

じわりじわりと衣服が、廊下が、やよいの真っ赤な血で染まってゆく。

やよいの瞳には、もう光は宿っていない。その濁った瞳には、もう何も映らない。

終了条件未遂

分岐からリトライ。

やよい(どうにかして追いつかれる前に、まくか、何処かに隠れるかしなくちゃ…!)

d「ハあ゛ぁァァ!!」

1.屋上に昇って撒く
2.下の階に降って撒く
3.トイレに隠れる
4.喫煙室に隠れる

>>69

4

やよい(確かちょうど、この角を曲がった先に喫煙室が…ここから力を振り絞って走れば、何とかバレないで隠れられるかも…!)グッ

それまでも既に全力で走っていたやよいだったが、そこから更にあらん限りの力を足に込めて喫煙所へ駆け込む。

やよい「はっ…はっ…はっ…!」

やよい(鍵は…ないから、か、隠れなきゃ…!えっと、でも、隠れるって言っても何も…あっ、つ、机の後ろ!)

やよいはその中央に設置された細長い机の、入り口から死角になる位置に身を屈める。

さしたる大きさもない喫煙室。そこ以外に隠れる場所など見当たらない。

しかしそこは、入り口からこそ死角であるものの、少しでも室内に入られてはやよいの姿は丸見えである。

やよい(ま、間に合ってたよね…!)

両手を握り合わせ、どうかそうであってほしいと強く願う。

ガチャリ…

やよい(っ!!)

しかし、そんなやよいの想いとは裏腹に、無情にもやよいの耳には、扉を開く音が届く。

コツ…コツ…コツ…

やよい(ち、千早さん…っ!)ジワッ

千早「無事で良かった…怪我はない?高槻さん」

やよい「ふぇ?」

怯えるやよいの次に届いたのモノ。それは屍人の狂気の笑みと呻き声ではなく、如月千早の優しい微笑みと安堵の声であった。

千早「さて、迂闊に大声を出して高槻さんを探すわけにもいかないし…どうしたものかしら」

手に入れたペンライトで行く手を照らし、千早は思案しながら歩く。

千早「どこかに隠れているかもしれないし、地道に探すしか…あら?」ピタッ

突然、何かを感じ取った千早は、歩みを止め耳を澄ませる。

タッ…タッ…タッ…タッタッタッ…

千早「これは足音…?それもこちらに向かって走って来ているような…はっ!じゃあまだ、高槻さんは走って逃げて!」ダッ

タッタッタッタッ!

千早「高槻さ…っ!?」

角から飛び出した千早は、明らかにやよいのモノとは違う人影が目に入り、慌てて止まり反転する。

今度は慎重に、顔だけを出し様子を窺う。すると、喫煙室と書かれた扉の前で立ち止まっている人影。そしてそれの呻き声が、窺わなくても聞こえた。

千早「あれはディレクター…と言う事は、あの中に高槻さんが…」

d「ア゛ぁ…」ジーッ

千早「あれ…でもそれならなんで中に入らないで、扉の外でまごまごしているかしら…?」

d「…」ジーッ

千早「…いえ、そんなことを考えている場合じゃないわ。いつ急に動き出すかもわからないし、どうにかしなくちゃ…何か、武器になりそうな物はないかしら…」キョロキョロ

ライトであたりを照らし、手近になにかないかと見渡してみる。

千早「と言っても、廊下だから消火器くらいしか…でも、まぁ、これをぶつければ…」スタスタ

千早「よいしょ…んっ…い、意外に重いのねコレ…振りかぶれるかしら…?」

千早「まぁ、出来なくてもやるしかないわよね。他を探している暇なんてないのだし」

ディレクターの背後に立った千早は、消火器を振りかぶりその脳天めがけて叩きつける。

千早「…ふっ!!」ゴッ

d「ウ゛アあぁァ!!??」

千早「はっ!!」ブンッ

衝撃で倒れるディレクター。しかし千早は間髪入れずに、更にそこに消火器を投げつけ攻撃する。

千早「はぁ…ごめんなさいね。生前のあなたには、それなりにお世話になったのだけど…なんだか突然、無性に追い打ちをかけたくなってしまって」

d「」

千早「…さて」ゴトッ

扉の前に倒れ込んだディレクターの屍人、そして転がる消火器をどかし、喫煙室へと入る。

ガチャリ…コツ…コツ…コツ…

千早「無事で良かった…怪我はない?高槻さん」

やよい「ふぇ?」

机の脇に丸まり、自分のかけた声にポカンとするやよいを発見し、一先ずは無事に合流できたと、千早は心の底から安堵した。

やよい「千早、さん…?」

千早「えぇ、もう大丈夫よ、高槻さん。アレは私が倒したから…えぇと、それで、涙目の様だけど、どこか痛むのかしら?まさか怪我をしたんじゃ…」

やよい「い、いえ、怪我はないです!えっと、その…ちょっとだけ怖くて、涙が出てきちゃっただけで…でも、千早さんが来てくれたから、もう大丈夫です!」

そう言いながら、目に浮かんでいた涙を手の甲でごしごしと拭い、笑顔で答える。

千早「ごめんなさいね、私が駆けつけるのが遅れてしまったばっかりに…本当に大丈夫なのね?遠慮しなくても、痛むなら私がおぶってでも…」

やよい「だ、大丈夫ですってば!ほら私、こんなに元気ですから!うっうー!」ピョンピョン

本当に怪我がないと言う事を千早にアピールするために、やよいはその場で腕をバタつかせながらピョンピョンと飛び跳ねる。

千早「可愛い…いえ、えぇ、そうね。いつも通り、元気一杯の高槻さんね」

やよい「はい!だから、心配ごむよーです!」

千早「ふふっ…じゃあ、準備も整ったことだし、早くここを出ましょうか」

やよい「駐車場には行くには…エレベーターですか?」

千早「いえ、エレベーターは目立ってしまうから、使うのは控えましょう。だから安全に階段で」

音楽スタジオのあるフロアから、2人は慎重に降りる階ごとに屍人がいないかを確認しつつ、下へ降りてゆく。

そして1階へと続く踊り場まで辿り着いたところで、先導していた千早の歩が止まる。

千早「…いるわ」

やよい「えっ…いるって…ど、どうですか?上手く降りられそうですか?」

千早「いえ、常に周囲を見回してるから、1階はもう明るいし降りれば確実に見つかるわね…あの服の感じは、多分警備員…はぁ、厄介ね…」

やよい「…あっ」

どうすべきかを思案する千早を尻目に、やよいが何かを思いついたように声を上げる。

千早「ん…どうしたの?」

やよい「いえ、あの、ここが通れないなら…2階から非常階段を使えばいいかーって…ありましたよね?外に…」

千早「えぇ、確かにあるわ…でも、非常階段は外から目立つのが…いえ、でも、しゃがんで降りれば、2階からなら何とかなるかしら…?それに、非常階段を降りてすぐの所が、駐車場の入り口だったような…そうね、うん。このままここを通るよりは、そちらのほうがよさそうね。流石よ高槻さん」

やよい「えっ、あっ、そ、その…えへへ、お役に立てたなら嬉しいですっ!」

サー…ギィィ…

千早「重い扉…ひゃっ!?」

踊り場から2階へ戻り、屍人をやり過ごして非常階段への扉を押し開けた千早は、突然首筋を襲った冷たいものに小さな悲鳴を上げた。

やよい「ち、千早さん?大丈夫ですかっ?」

千早「え、えぇ、ごめんなさい変な声出して。雨水が首に当たって、吃驚しただけ…あら?」

そこまで言って、千早は大きな異変を感じとった。

頭上を見上げれば、またもや水滴が滴り落ちそうに溜まっているが見える。

視線を正面へと戻せば、細々と静かに降る雨が。

更に視線を落せば、降り続いた雨によってできた水たまりが、より鮮明に、より確実に、自分の感じた異変を確信へと変える。

千早「水が、赤い…?」

千早は試しに、落ちてくる水滴を掌で受け止めてみる。

それはまるで、千早へと浸透してゆくかのように、千早の掌に広がってゆく。そしてなにより、間近で見ても、それは紛れもなく赤であった。

千早「錯覚なんかじゃない…これは…じゃあ、まさか、ディレクター達がおかしくなったのも、この雨のせい…」

やよい「ち、千早さん?どうしました?」

千早「高槻さん…これを」

千早はおもむろに上着を脱ぎ、それをやよいに差し出す。

千早「外は雨が降っているわ。濡れたら困るでしょうから、私の上着を傘代わりに使って」

やよい「えっ?そ、そんな…酷い雨じゃなさそうですし、別に私、少し濡れ位なら全然…」

千早「時間がないから問答している暇はないわ。いい?階段を降り切ったら、私は全力で走るわ。だから高槻さんも、出来る限り全力で走って。それと、絶対に雨に濡れてはダメよ」

そう言い放つと千早は、やよいに反論の余地を与えずに、そそくさと階段を降っていく。

やよい「えっ!?あっ、ま、待ってください千早さんっ!」バサッ

駐車場

やよい「ち、千早さん…はぁ…早いですよぉ…!」

千早「…雨には濡れてないわね?」

再びの全力疾走により息を荒げているやよいに、雨で濡れた髪をかき上げながら千早は聞く。

やよい「は、はい、千早さんの上着のおかげで…でも、あの、なんでいきなりあんな…」

千早「それは…後で説明するわ」

千早(私の考えが正しければ…もう、私は…せめて、高槻さんを家に送り届けるまでは正気で…!)

千早「上着を返してくれるかしら?濡れたのを持っていても、良い事はないわよ」

やよい「千早さん…ありがとうございました」

千早「いいえ。さて、ディレクターの車はたしか…あぁ、これ」ピッ

鍵を開け、運転席に千早は乗り込む。

千早「さっ、高槻さんも乗って。早くしないと、弟さん達が待っているわ」

やよい「あっ、はい!」

千早の呼びかけに、慌ててやよいも助席に乗り込む。

千早「えぇと、確かプロデューサーは最初、左の方に鍵を差していた…あら、鍵穴はどこかしら?」

やよい「あの、鍵穴は右の方じゃないんですか?」

千早「えっ?そ、そうだったかしら…あっ、あったわ…流石は高槻さん。あっ、あぁ!エンジンが付いたわ!」

やよい「うっうー!良かったですぅ~」

こうして若干、右往左往しつつも、千早とやよいは車での脱出にに成功した。

終了条件達成

水瀬伊織 水瀬邸/食堂/初日/3時40分33秒

伊織「あーもうっ!!一体全体なにがどうなってるのよ!?どいつもこいつもバケモノみたいになって、あまつさえ主人であるこの私を襲うだなんてっ!!」

水瀬邸の食堂。そこで水瀬伊織は椅子に座り、長テーブルをドンドンと叩きながら、横に控える執事にそう激しく愚痴る。

新堂「お、お嬢様、お声が大きいです…奴らに気が付かれ…あ痛たた…」

そんな伊織を諌めようとした執事―――新堂だったが、その言葉は途中で止まり、顔をしかめて腰を擦り始める。

伊織「はぁ…しかも、こんな時に限って新堂がギックリ腰…あのねぇ、いくら私がピンチだったからって、その歳で飛び蹴りなんてしたらそうなるわよ。分かるでしょ?ほら、今は私に遠慮なんてしなくていいから、あなたも座りなさい」

新堂「お、お言葉に甘えさせてもらいます…しかし、咄嗟の事でしたので…申し訳ありません。お嬢様を守るべき存在の私が、かえってお嬢様の足手まといとなる結果に…」

伊織「いいわよ。足手まといでもなんでも、あなたが真面で側にいてくれれば…新堂までアイツらみたいにおかしくなったら、もう発狂して正気じゃいられないわ」

使用人の中でも、新堂は伊織が本当に小さい頃から世話をしてくれ世話係であり、言わば伊織にとって親代わりの様な存在である。

そんな、ある意味では両親や兄よりも信頼のおける新堂までもが、他の者のようにバケモノに成り果ててしまっては、本当に自分は自我を保てないだろうと伊織は思う。

新堂「お、お嬢様…」

また、その逆も然り。新堂にとって伊織は、主人でもあるがそれよりも、実の娘の様に掛け替えのない存在であり、決して失ってはいけない存在である。

伊織「まぁ、そんな事はいいのよ。絶対にあなたまでバケモノになんてさせないんだから…それより、これからどうしようかしらね。携帯も繋がらないし、テレビも映らないから外の様子も分からない…」

伊織「かといって、このまま家に留まると言うのも…どういう訳か、幾ら上手く隠れても、アイツらはすぐに私達を見つけてくるし…バケモノになって、特殊能力でも身に着けたのかしら?ホント、今さらだけどこれ夢じゃないの?」

新堂「いえ、残念ながらお嬢様、これは紛れもなく現実でございます…」

伊織「分かってるわよ…はぁ、やっぱりこの状況を理解するためには、家に篭るより外に出た方がいいかもしれないわね」

進めど地獄、退けども地獄。だったらもう逃げ回るのは止めて、地獄なんて駆け抜けて見せようと伊織は決意した。

終了条件 「水瀬伊織」の「水瀬邸」からの脱出。
小目標 武器の入手。

伊織「新堂がロクに動けないんじゃ、私が戦わなきゃならないわね…新堂、確かお父様の部屋に猟銃がいくつか飾ってあったわよね?」

椅子から立ち上がり、相変わらず腰を擦っている新堂に問いかける。

新堂「はい…4丁ほど、飾られておりますが…」

伊織「そう、じゃあそれがあれば私でも、動けない新堂でもなんとかなるわよね。今から私がお父様の部屋からそれを取ってくるから、それまで新堂はここで隠れて待ってなさい」

新堂「い、いえ!そういう事でしたら私が…くっ…!」

この状況で伊織が1人で行動する―――そんな危険な事など執事としてさせられない。

そう思い勢いよく立ち上がった新堂だったが、先程よりも強い痛みが腰にはしり、顔を歪め椅子に崩れ落ちる。

伊織「その腰でどうするつもりよ?自分で足手まといだって自覚してるんでしょ?」

新堂「し、しかし、お嬢様の身にもしもの事があっては…!」

伊織「しかしもかかしもないわよ。新堂、これは命令よ。あなたはここで大人しく隠れて私を待っていなさい、分かった?」

新堂「…かしこまりました、お嬢様」

柔らかくも鋭い、主人としての威厳を乗せた言葉に、新堂は了承せざるをえなくなり、しぶしぶといったようにそう言った。

伊織「心配しなくても大丈夫よ、新堂。私を誰だと思ってるの?このスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんに、不可能なんてないわ!にひひっ♪」

伊織「…薄気味悪い」

目的地へと歩きながら、そう伊織は愚痴る。

1人歩く廊下には、普段の煌びやかなで上品な雰囲気は失せており、肌にねっとりと纏わりつくような不気味で薄気味悪い空気が満ちている。

伊織「ふんっ…なによ。これくらい、これくらい別に、ちょっとくらい新堂と一緒じゃなくたって、全然平気なんだから…」

「あ゛ァ…」

伊織「!」ビクッ

前方より響く微かな屍人の呻き声。それを聞き取った伊織はライトを消し慌てて、しかし物音は立てずに手近な部屋へと隠れ、そしてジッと息を殺し屍人が通り過ぎるのを待つ。幸い、とても広く部屋数も多い水瀬邸、隠れる所に困りはしない。

伊織「…」

『アァ゛…オ掃除オ掃除…』

伊織「…」

『ハぁ…今日モ大変ダわァ…』

伊織「…」

伊織「行ったわね…」

ガチャ…

伊織「…」キョロキョロ

伊織「あいつ等、元に戻ったら全員クビにしてやるんだから…」

その後も同様に、屍人の気配を察しては隠れるを繰り返し、漸く伊織は目的の父親の部屋の前へとたどり着く。

伊織「今日ほど…今日ほど家のこの広さにウンザリしたことはないわ」

伊織「やよいの家の方がよっぽど合理的ね」

伊織「はぁ…さっさと取るもの取って、新堂の所に戻りましょ」

扉を開けようとドアノブに手を掛け引っ張る。が―――

ガチャ…ガチャガチャ

伊織「…」

幾ら引いても扉は全く開く気配がなく、相も変わらず固く閉ざされている。

伊織「鍵、ね。そうだったわ…お父様の部屋に鍵がかかってる事くらい、少し考えれば思い出せたはず…」

伊織「いえ、自己嫌悪に陥っている暇はないわ。早く鍵を持ってこなくちゃ…」

伊織「鍵は…ここから一番近いのはお母様の部屋に…だけど、お母様の部屋も開いてるかは解らない。後は私の部屋…確実に開いてはいるけど、お父様の部屋からだとちょっと遠い…」

伊織「もう無駄足は踏みたくないわ…どうしよう」

1.自室に取りに行く
2.母の部屋に取りに行く
3.体当たり

>>102

1

伊織「やっぱり確実な私の部屋ね。遠いと言っても、そこまでの距離じゃないのだし」

伊織「はぁ、またビクビクしながら…い、いやっ!ビビッてなんかないわよ!?それは、ほら、ちょっと体が震えていたりもしたかもしれないけど、あれはなんて言うか武者震い的なものであって決してビビッてた訳じゃ―――!」

伊織「って、私は誰に言い訳してるのよ…」

伊織「無駄に声を上げちゃったし、何時までもここに留まっていたら奴らに見つかるわね。急ぎましょ」

扉に背を向け、伊織は歩き出すためにライトをつける。すると前方に人影を捉える。

屍人「ウ゛あァ!?」

伊織「やばっ…!見つかった…!」

途端、伊織は全力で駆け出した。

伊織「ぜーっ…ぜーっ…せ、セーフ…何とか、無事に、部屋に着いたわ…」

伊織「ま、撒けたと思うけど…ね、念のため、鍵かけときましょ…」カチッ

鍵をかけ、一休みし乱れた息を整えるため、伊織はベッドに腰掛けそのまま両手を広げ倒れ込む。

伊織「はーっ…ホント、なんなのよこの状況…」

伊織「寝る前にちょっと水でも飲もうと思って部屋を出たら、バケモノみたいになった使用人に襲われて…そこから形振り構わず逃げて逃げて逃げ回って。それでも追い詰められて、もうダメかと思ったら寸での所で新堂に助けられて…」

伊織「それでなによ?今度は銃を手に入れるためにかけずり回ってるって…どこのパニックホラー映画よ?夢なら覚めて欲しいものね」

横になったまま自室を見渡せば、外の異変が嘘のように普段と変わらぬ姿である。

それこそ、これまでの悪夢のような出来事が、本当に夢だったのではないかと錯覚するくらいここだけは普段通りであった。

伊織「まぁ、夢な訳ないでしょうけどね…はぁぁ、さぁ、のんびりしてる暇なんてないわよ!新堂が1人で待ってるんだから!」バッ

伊織はベッドから飛び起き、そんな甘い考えを頭から振り払う。そしてさっさと父親の部屋の鍵を取り出し扉へと向かう。

伊織「…あっ」

ふと、何かに気が付いた伊織はベッドの前で歩を止める。その視線は、枕元に置かれた1つのぬいぐるみに注がれている。

伊織「うさちゃん…そうね。まさか最初はこんな事になるとは思わなかったから、親友のあなたを置き去りにしちゃってたわね」

うさちゃんを持ち上げ、抱きしめて優しくその頭を撫る。

伊織「ごめんね。今まで1人で心細かったわよね…でも、もう手放したりしないから、許してね?」ギュー

伊織「…さて。今度こそ行きましょ」

うさちゃんを抱きしめるのを止め、いつものように左腕に抱え再び歩みだす。

伊織「うん、やっぱりうさちゃんがいるとしっくりくるわね」ギュッ

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