結衣「屋上のりせちゃん」 (72)

※結衣×りせSSです


原作で描かれているエピソードでは見えない所で、二人の仲が急速に進展していた……といったストレートな回想型SSになります。

ごらく部設立にあたる経緯など、勝手にいじってしまっています。


結衣ちゃんが会長と仲良くするなんて考えられない!という人はもしかしたら読まない方がいいかもしれません。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405570813

ちなつ「それにしても、ここってよく使用を認められてますよねぇ」

京子「んー?」


唐突にちなつが言う。

みんなそれぞれのことをしていたが、一斉に話に興味を示すようにちなつの方を向いた。


ちなつ「この茶室ですよ。もし茶道部の入部希望者が集まって茶道部が復活したら、ここって私たちが居ていい場所じゃないじゃないですか」

京子「あー、まあねー」

結衣「今は誰も使ってないとはいえ、勝手に使っていい場所じゃないことは確かだね……はは」

あかり「えっ、それじゃあ今も誰にも許可とってないままなの……?」


京子「ほう……あかり、知りたいかね?」

あかり「う、うん」

京子「知りたいかねちなつちゃん!」くわっ

ちなつ「そりゃ知りたいですよ。やましいことしてるわけじゃないけど、もし白い目でみられたらどうするんですか」


京子「では教えてあげよう。実はここの使用許可はひそかに取れているのだ!」ばーん


あかり「……ひそかに?」


京子「まあ黙認って感じだけど……使ってもいいよって言われたんだよね。ある偉い人に」

ちなつ「なーんだ、そうだったんですか?」

京子「……そういや私もはぐらかされて、詳しいことは教えてもらってなかったんだよなー……なー結衣?」

結衣「ま、まあな……」たじたじ


あかり「結衣ちゃん、何か知ってるの?」


京子「ふふふ……聞いて驚け! 実は結衣のおかげでこの部室が使えるようになっているのだー!」

ちなつ「そうなんですか結衣先輩!? 一体、いったいどんなテクを!?///」

結衣「いや、テクってわけじゃなくて」


京子「せっかくだから私もちゃんと聞いておきたいな。改めていきさつを聞かせてよ!」

あかり「わあ、聞きた~い」

ちなつ「偉い人って一体誰なんですか?」


結衣「も、もう……仕方ないな……///」



結衣「あれは、ちょうど一年くらい前……」




結衣(ここまでくれば大丈夫かな……)


放課後、掃除が終わったら一緒に帰ろうと京子と約束していたのだが、なかなか京子が来ないので掃除担当の場所まで探しに行った。

しかしその道中、最近勧誘で追われている陸上部の子に出くわしてしまい、面倒なので逃げてきたところだ。

あまり使わない校舎の階段の踊り場で、息を整える。


結衣(こうして逃げ切っちゃうのも、余計に向こうを熱くさせちゃうのかな……)


陸上部を振り切るなんて、よくよく考えたら変だ。


結衣「はぁ……」


結衣「そういえばここって……?」


学校に入学してそこそこ経ったが、まだまだ校舎には知らない場所がいくつもある。

でも、ここだけはわかる。この階段だけ、階層が多いのだ。


結衣(なるほど……ここから屋上に行けるのか)

一番上には、重そうな大きい扉だけがあった。


開いてないかな? という淡い期待は確かに持っていた。見つかったら怒られてしまうだろうけど、私は屋上が好きだった。


ドアノブをひねって、ゆっくりと押す。


結衣「えっ?」ガチャ


開いてしまった。


結衣(うそ……もしかして普段から開いてるのかな)


だがそんな話は聞いたことがない。

普段から開いているなら、屋上はきっと生徒たちの人気スポットになっていることだろう。

危ないから普段は誰も立ち入ることができない。昨今の屋上とはそういうものだ。


結衣(たまたま開いてたってことか……? ラッキーだな)

屋上には、心地良い風が吹き渡っている。


結衣はワクワクしていた。

恐らく皆が来たことがないであろう屋上に来れてしまったこと、高いところにいる高翌揚感、そして目の前に広がる大きな空に、ガラにもなく興奮していた。


結衣「わぁ……」


学校より高い建物は、この辺りにはなかなかない。

つまり私が今いる場所は、この辺りで一番高い場所だ。

万が一下にいる人にバレたりしないように、あまりフェンス際に近寄らないように気をつけながら、辺りを見渡す。

全部が、私の下にあった。


結衣(……あとで、京子にも教えてあげようかな)

結衣(もっとも、そのときも開いてるかはわからないけど)


誰かに見つかったらまずいし、そろそろ戻ろうかと思って、入ってきたドアの方を向いた。


そこで初めて気づく。


「…………」

結衣「あ、あ……!///」


先客がいた。

ドアのある部分は、避雷針などを設けるため結衣が今立っている場所よりももう一段階高くなっている。

そこから私を見下ろすように座っている、黒髪の少女がいた。


結衣(み、見られてた……よな……ずっと……///)かああっ


途端に恥ずかしくなってしまう。

「…………」ちょいちょい

結衣(えっ?)


少女が手招きした。上がって来いということなのだろう。

立てつけてあるハシゴを登って、隣に座った。


結衣「ご、ごめんね、全然気づかなくて……」

「…………」ふるふる


気にしてない、といった表情で首を横に振る。


結衣(下から見ても思ったけど……この子すごいちっちゃいな……)


去年まで小学生だった私が思ってしまうくらいに、その少女は子供だった。

唯一大人っぽいストレートロングの黒髪が、風に吹かれて揺れている。


結衣(たぶん一年生だよね……でもどこのクラスだろう)

結衣「私は船見結衣。キミの名前は?」


「…………」


結衣「……?」


全然聞こえない。

何かこっちに喋ったような気がしたが、何一つ届かなかった。


結衣「え、えーっと……///」

結衣(もしかして嫌われちゃってるのかな……そんな気はしないけど……)


少女はどこに隠し持っていたのか、小さなホワイトボードとマーカーを取り出した。


結衣(な、なんでこんなの持ってるんだ)

慣れた手つきで、サラサラと名前を書く。とても綺麗な字だ。


[松本 りせ]


結衣「へえ、松本さんか」


りせ「…………」こすこす

結衣(?)


何か気に入らないことでもあったのか、すぐに消してしまった。そしてまた新しく書く。


[りせちゃん]


結衣「…………」


りせがボードを持ってこっちを向く。

こう呼んで欲しいのだろうか。

結衣「わ、わかった。りせちゃんって呼ぶね。私のことも “結衣” でいいよ」


りせ「…………」かきかき


[ゆいちゃん]


結衣(まあ……べつにいいか)


どこか満足気にうなずく。同級生なのに、自分より小さな子供を相手にしてるみたいな感覚だった。


結衣(不思議な子だな……)


結衣「ここにはよく来るの? ……って、普通開いてないもん来ないよね、あははは……」


りせ「…………」ちゃり

結衣「えっ!」


りせがポケットから小さな鍵を取り出した。

キーホルダーのプレートには、 “屋上” と書かれている。

結衣「じゃあ、ここは君が開けたの……?」

結衣(なんでこんな子が鍵を持ってるんだ……)


くたらない質問は頭の中でかき消した。

その代わり。




結衣「ありがとう」


りせ「!」



結衣「屋上なんてそうそう来れる場所じゃないから、一度くらい来てみたいと思ってたんだ。楽しかったよ」


りせ「…………///」

キーンコーンカーンコーン……

結衣「わっ、やば!」


チャイムが鳴って、さっきまで京子を探していたことを思い出した。


結衣「ごめんねりせちゃん、私友達を探してたんだった。そろそろ行かなきゃ」

りせ「…………」

結衣「ああ大丈夫だよ。君がここに居たことは誰にも言わないから」


結衣はするするとハシゴを降りる。


結衣「鍵、開けててくれてありがとう。 またどこかで会えるといいね」

りせ「…………」すっ

結衣「?」


りせは小指をこっち突き出した。

指切りのときのポーズだ。

約束したいことがあるのだろうか。


結衣「…………」


慣れない笑顔を作りながら、結衣も下から同じように小指を伸ばす。

言葉に乗ってはいないが、なんとなく言いたいことは感じ取れた。


結衣「うん、またくるよ」


りせ「…………!」


これが、結衣とりせの出会いだった。




ガチャ

西垣「おーう松本、またせたな」

りせ「…………」

西垣「……ん? どうした、嬉しいことでもあったのか?」

りせ「…………///」

西垣「はっはっは、そりゃあ良かった。さて……じゃあ始めるか。まずはそのホワイトボードに大きく目印を描いてくれ……」


奈々は屋上で実験をするために鍵を拝借していた。

りせはその付き添いでいつも屋上にいるのだった。



京子「どこにいたの? 結構探したけどみつからなくってさー」

結衣「いや、私も探してたんだ」

京子「まじか! じゃあずっと入れ違っちゃってたんだなー」

結衣「…………」


屋上に行ったことは、やっぱり言わないことにした。

触れずに交わした指切りが、二人の秘密を守らなければいけないような気にさせたからだ。


結衣「あのさ京子、松本りせって子、知ってるか? このくらいのちっちゃい子なんだけど」

京子「えー? きいたことないな」

結衣「長い黒の髪の、無口な子なんだけど……どこのクラスかわかんなくて」

京子「んーそのくらい小さかったら逆に目立ちそうだけどなー。何かあったの?」

結衣「いや……まあ気になったんだ」


結衣(あの子が鍵を持ってたんだから、いつかまた行けば会えるよな)


京子「そういえば、さっき結衣を探してるときに良い場所を見つけたよ! 私たちの隠れ家にぴったりなとこ!」

結衣「隠れ家?」

京子「そう! めっちゃすごいとこ!」

結衣「へえ、楽しみだな」




結衣(…………)とことこ


はっきりいって、ずっと気になって仕方なかった。

こそこそといろんなクラスを見回ったりしてみたが、りせらしき人が見つからない。

知り合い数人にその名前を聞いてみても、誰も聞いたこともないようだった。


結衣(も、もしかしたら……)


この学校に宿るお化けかもしれない、なんて思いながら屋上への階段を登っている。


結衣(……開いてる!)ガチャ

上を見上げると、りせがまた同じように座っていた。


結衣「良かった……また来てたんだね」


とりあえずお化けじゃなくてよかったと思った。

また隣に座ってみる。


結衣「はあ……良い天気だね」

りせ「…………」こくこく


今日も空は晴れ渡っていた。

屋上にしては風も少なく、遠くの山まで見渡せる。


りせ「…………」こぽぽぽ

結衣「あ……」


りせ「…………」そっ

結衣「あ、ありがとう……///」


水筒から麦茶を注いで渡してくれた。

冷たくて美味しい。


結衣(本物のお茶だから……やっぱりお化けじゃないよな)

結衣「あのさ、ちょっと気になってたんだけど……りせちゃんって何組なの?」


りせ「…………」さらさら

またホワイトボードに書く。


[ひみつです]


結衣「そ、そっか……ごめんね」


りせ「…………」さらさら


[ゆいちゃんは部活とか入ってますか?]

結衣(お、話を振ってくれた……!)


結衣「あ、いや、部活はどこにも入っていないんだ。よく誘われるんだけどね」


結衣「りせちゃんは何か入ってるの?」


[ひみつです]


結衣「…………」

りせ「…………」さらさら

[でも迷っています]


結衣「迷ってる……? どこか入りたいところがあるのかな?」

りせ「…………」


[なかなか勇気が出なくて困っています]


結衣「勇気……か」


結衣「えっと、私で良かったら、そこに入るのに協力するよ?」


りせ「……!!」ぱぁっ


大きな目が輝いた気がした。

私も一緒に入るかと聞かれたらまだわからないけど、一緒についていってあげるくらいならできる。


結衣(無口な子だから……やっぱりどこかに所属するのも一苦労なんだろうなあ)

りせ「…………」さらさら


[ありがとう]


結衣「なに、いいって。他にも困ったことがあったら何でも言ってね」


りせが小さいからか、同い年なのに何故かお姉さんのように振舞ってしまう。

何故だろう、この屋上では私は普段よりも饒舌で、普段よりもお姉さんだった。


結衣「それじゃ、そろそろ行くね。お茶ありがとう」


りせ「…………」すっ


また小指を出す。


結衣「うん……また来るよ」


今度は、私も何か持ってこよう。




京子「じゃーん! ここなのだ!」

結衣「ここって……茶室じゃないか……!」


京子「この学校は茶道部があったんだけど人数が少なくて廃部になっちゃったんだって。それで今は誰も使ってないみたいなんだー」

結衣「だからって……私たちが使っていいのか?」

京子「だってもったいないじゃん! こんなに良い場所なんだから使ってあげなきゃ!」

結衣「うーん……」


京子「それじゃあ、本日ここにごらく部を設立します」ぱちぱち

結衣「なんだ、ごらく部って」

京子「私たちがごらくに興じる部」

結衣「認めてもらえないだろ……」

京子「まあ認めてもらえなくても、しばらくここを活動拠点にするよ!」


結衣「……ま、いいか」


京子「よっしゃー明日からいろいろ持って来るぞー! お菓子とかおもちゃとか……!」わくわく


結衣「そうだ、京子。それなら、三人目の部員はあかりにしような」

京子「もっちろん! あかりが来るまでにここをもっと面白くしないとねー」



結衣(……りせちゃんも来るかな?)




結衣(よし……今日はお土産つきだぞ)


京子が一旦家に帰って、ごらく部の部室にアイテムを持って来るらしいので、このスキに屋上に行ってみることにした。

今日はお気に入りのクッキーをつめた小さな缶を持ってきている。


結衣「あ……!」

りせ「…………!」


屋上に向かう途中の廊下の向こうから、りせが歩いてくる。

どうやらちょうど屋上に向かうところだったらしい。


結衣「やあ、今から?」

りせ「…………」こく

結衣「私も行っていいかな」

りせ「…………!」


ぱっ

結衣「わっ!」


急に袖を引っ張られ、階段の影に身をひそめた。

結衣(な、なんだ!?)


りせ「…………」とっ

結衣「んっ……!///」

口元に人差し指を立ててくる。


ゆっくりと覗いた先を、先生が通り過ぎた。


結衣(なるほど……それで隠れたのか)


やはり、屋上に行くことは大っぴらにはできないらしい。

先生の目から逃げるのもどこか慣れている感じがした。


りせ「…………」くんくん

結衣「あ、これ……クッキー。持ってきたんだ」


りせ「…………」じーっ


結衣「あはは。上、行こうか」

りせ「…………♪」


二人は今日も屋上へ行く。




それから何日かたった。

どうやらりせは、晴れている日は基本的に屋上に来ているようだった。

相変わらずどこのクラスかはわかっていないけれど、別に屋上でいつも会えるしそっちは気にならなくなった。

りせちゃんの声は相変わらず聞こえないけど、仲良くなってきているとは思う。


結衣「私の友達がさ、今は使われてない茶室を使って、新しい部活みたいなのを作ったんだ。ちゃんと申請したわけじゃないんだけどね」

結衣「無断使用だから、先生に見つかったら怒られちゃうかなーって、ちょっと心配なんだけど……」


りせ「…………」さらさら

[使っていいと思います]


結衣「はは、ありがとう……」

[私からもお願いしてみます]


結衣「えっ!? いや、さすがにそれは悪いよ。申請するなら、ちゃんと私たちが出向かないとだしさ」


結衣「そういや、申請するにしてもどこにすればいいんだろうな……」

りせ「…………」さらさら


[生徒会です]


結衣「へえ、生徒会が部活のいろいろを取り持ってるんだ。確か部費の割り当てとかもやってるんだっけ」


結衣「あ、そういえば明日は生徒会選挙か……! 上級生はあんまりわからないけど、どんな人が生徒会長になるかは気になるな」


[気になりますか?]


結衣「うん。この学校、結構生徒会も忙しいみたいだし、その生徒会長だから、きっとすごい人がなるんだろうね」

キーンコーンカーンコーン……


結衣「あ、そろそろ行かなきゃ」


トントン

[ちょっと待って]


結衣「えっ?」


りせ「…………」カキカキ


[相談があります]


結衣「相談……!? なに、どうしたの?」


りせがこんなことを言うのは始めてだった。

改めて座り直す。


[欲しいものがあります]


結衣「欲しいもの……?」


[勇気がほしいです]


結衣「おぉ……そっち系か」



結衣(なんだろ……ついにどこかの部活に行くことに決心したのかな)


確か数日前もそんなことを話したのを覚えている。

結衣「……実は私も、勇気が全然出せないタイプなんだ」


結衣「それでも勇気を出したい時はね、いつも空を見るんだよ」


りせ「…………?」


結衣は空を見上げる。

もくもくとした雲が少しだけある、高く青い空だ。


結衣「大きい空を見てるとね、いつも、自分がすごい小さな存在なんだって思わされる」


結衣「だから、今の私の悩みとかも本当に小さなものなんだって」


結衣「そうやって考えてると、何でもできそうな気になってくるんだ。どんな小さなことにも、積極的になったりできる。まあ、一時的だけどね」


結衣「あれ……勇気とは、ちょっと違ったかな?///」


りせ「…………」ふるふる

結衣(何言ってんだろうな、私は……///)


ここにくる結衣はいつも、少し緊張している。

でもこんなに饒舌になれるのは、ここに大きな空があるからだろう。

この空の下なら、勇気が無限に出てくるんだ。


結衣「りせちゃんも、この空を思い出したら、もしかしたら勇気が出せるんじゃないかな」


りせ「…………」さらさら

[ありがとう]


結衣「えっと……勇気、あげられたかな?」


[たくさんもらえました。]


結衣「よかったよかった。また何かあったら相談してよ。じゃあ、私いくね」


ホワイトボードを向けながら、りせが小指を立てた。


[明日も来てくださいね]


結衣「わかった。必ずくるよ」


ゆびきり。




翌日。


授業時間の何時間かが、選挙演説のために割り当てられた。

この演説を聞いて、その後生徒にアンケートを配り、多数決で決まっていく。

立候補者の簡単な紹介が載ったプリントを見ながら、京子が聞いてくる。


京子「えーっと、誰か知り合いいないかなー♪ お、結衣どした?」

結衣(う、うそだ…………)ぷるぷる


愕然とした。


[立候補者

生徒会長 : 松本りせ(二年)]




もう何から解決していいのかわからない。

とにかく混乱していた。

りせちゃんが生徒会長に立候補してる。


昨日言ってた「勇気が欲しい」というのは、今日の このことだったんだ。


というかずっと同級生だと思ってたのに、先輩だったんじゃないか。


京子「あれ? この松本りせって人、もしかして前に結衣が話してた人?」

結衣「た、たぶん……」


京子「よかったねー、この人しか会長立候補者いないよ。よほどの反対がない限り会長になれるじゃん」


結衣「よほどの反対……はっ!?」


スピーチ……りせは喋れるのか!?


今日は演説会だ。何も喋らなかったら不自然どころの騒ぎではない。


ここまでりせと一緒にいた結衣でさえ、一回もりせの声を聞き取れたことはなかった。


そんなりせが今日いきなりスピーチできるとは思えない。

結衣(いや……まだわからない)


どうやらこの演説会には、ふたつのやり方があるらしい。

立候補者本人が演説する形式と、推薦者が立候補者のことを紹介するような形式だ。

結衣(そうだ。きっと誰か推薦人がいるんだな)


それなら可能性はある。


でも一体誰が推薦人だろう……


「それでは立候補者と推薦人の方々に、壇上に上がってもらいたいと思います。」


京子「あ、あれが松本さんかー! ほんとにちっちゃい!」

結衣「あぁ……」


同姓同名の別人を最後まで期待していたが、先頭をきって歩いてくるりせは、間違いなくいつも見ている小さなりせだった。


結衣(うぅぅ……どうしよう、心配だ……!!)ドキドキ


何故か結衣までがとんでもなく緊張している。年齢的にりせは先輩だが、いつも会っている印象からは変わらず、りせは同級生……むしろ年下にしか思えない。

血の繋がった姉……いやむしろ親のように心配してしまう。

「それでは……まずは会長立候補の松本りせさん。そして推薦人の……え? に、西垣奈々さん!」


西垣「よーし」スクッ


端の方に座っていた奈々が元気良く立ち上がる。生徒たちはドッと笑い出した。


京子「なにこれおもしれー! 奈々ちゃんじゃん!」

結衣(西垣先生……はっ、そういえばよく屋上の近くで会ったな……!!)


まさかの演出に生徒たちは大ウケしている。奈々は生徒たちからは人気のある教師だった。


しかしどうやら教師たちはそうでもないらしい。


「に、西垣先生! 推薦人は生徒から選ばれることになっているんですよ!?」

西垣「いや、規則にはそんなことは書いていなかった。確認はとれていますよ」

「それでも! 今までに教師が推薦人になったことはないんだ! 平等に行うためにも、君が出ちゃいかんだろう」


西垣「うーむ……とすると困ったな……せっかく松本のために素晴らしい紹介文を書いて来たのに」しゅん

教師も生徒もざわついている。

いきなりとんでもない事態だ。


生徒たちからは「奈々ちゃん先生にやらせなよー!」などの声が上がれば、その生徒を説得する教師もいる。


りせ「…………」ちょいちょい

結衣(うっ!!!)


壇上のりせが手招きをした。


その目と手は明らかに結衣に向けられている。


京子「あれ、なんかあの人こっち見てない?」

結衣(嘘だろ……!!?///)


私が出るのか!?

途端に緊張で胸が痛くなる。

りせ「…………」すっ

結衣「あっ……///」


手招きは、一本の小指に変わった。


何度も交わした指切りだ。


反射的に、小指を立てた手を上げてしまう。



京子「ええええええーっ!?///」


一斉に結衣の周りがざわつく。そのざわつきは結衣を中心に放射状に広がり、一斉の視線が結衣に集まった。


結衣(ええい……もうどうにでもなれ!!///)かあああっ

京子「結衣!! まじか!? 行くのか!!?」


半ばヤケになって結衣は壇上へ近づいた。


「いいぞーー!!」

「きゃーー船見さーーん!!!///」


友達たちも、全然知らない同級生も、先輩たちも、一斉に結衣に拍手を送る。

緊張で身体が壊れそうだ。

西垣「おお船見! すまんな、これを渡そう」

結衣「ど、どうも……」


奈々が書いてきた紹介文の原稿を受け取った。

落ち着け、これを読むだけでもいいんだ。


りせは紅潮しながらこっちを見ている。


西垣「船見、大丈夫だ。お前ならやれる」


西垣「いつも松本と話してたお前なんだ、松本の良いところはたくさん知ってるだろ?」

結衣「し、知ってたんですか!?」

西垣「ふふ……私を誰だと思っているんだ」ぽんぽん

結衣「…………///」

歓声に包まれながら結衣が壇上へ上がる。結衣のことを知らない生徒もみんな、ノリだけで結衣にエールを送っている。


京子も、陸上部も、みんな見ている。


結衣(し、死ぬ…………///)ぷるぷる



生まれて初めての大舞台。


りせ「…………」ぎゅっ


結衣「あっ……!」


りせが手を握ってきた。

そうだ。


約束したんだ。


困ったことがあったら協力すると。


屋上と何も変わらない。りせが先輩だったなんて関係ない。


この人の前では、私はおねえちゃんにならなければならないのだ。


結衣(やってやる……!)


結衣の中で何かがはじけた。


二人で見てきた屋上の空を思い出せば、私は無限の勇気で饒舌になれたのだった。


りせを隣に立たせて、結衣は大きな声で演説を始める。


結衣「立候補者、松本さんを推薦します、一年の船見結衣です!!」


――――――
――――
――

ちなつ「ええーっ!? じゃあ結衣先輩が今の会長の演説をしたんですか!?///」

京子「あのときは笑ったなあ……もうめちゃくちゃ面白かったよ。人生で一番笑ったかも」

結衣「よくわからないけど……場が温まってたからみんな笑ってくれたんだ。だから内容とか関係なく、楽しい印象は与えられたと思ったよ」

あかり「うっそ~……結衣ちゃんの演説聞いてみたかったよお」


京子「懐かしいな~。結衣はあれでちょっとした有名人になったんだよね」


あかり「あれ、でも櫻子ちゃんたちが立候補したときの、今年の会長の演説は確か……」

結衣「前に出てきてお辞儀をしただけだったね。二年生が会長になると、だいたい三年になっても引き継がれるみたいなんだ。他の立候補者も現れなかったしね……それに会長、仕事できるみたいだし」

京子「来年は綾乃が立候補するかもなー」


ちなつ「えー結衣先輩の晴れ姿見たかったですぅ!///」

結衣「いやもう……恥ずかしすぎて……勘弁して……///」


あかり「じゃあ、この茶室を使う許可っていうのは……!」


結衣「うん……その日の放課後も、屋上に行ってね。そういう約束だったし、いろいろ聴きたいこともあったし」



学校が終わってすぐ、屋上に向かった。

さっきのスピーチですっかり有名になってしまった結衣は、はやしたてる友達たちを切り抜けながら、誰にもバレないようになんとか屋上前の踊り場まで来た。

頭の中には、りせのことしかない。


結衣(まだ開いてないや……)ガチャガチャ


階段に座って考える。

きっと立候補者は集まって先生に話を聴かされたりするのだろう。忙しいはずだ。


結衣(でも……『明日も来てくださいね』って言ってたんだ。必ず来てくれる)


結衣「はぁ……」


壇上での緊張は、まだ少し尾を引いていた。

みんなたくさん笑ってくれたけど、

りせはちゃんと会長になれるのだろうか。

結衣(屋上で会うようになってすぐくらいの話では……どこかの部活に入りたくても迷ってる、ぐらいに思ってたけど……)


結衣(あのときは立候補するかどうかで迷ってたんだろうな……)


結衣(私は……背中を押せたのかな?)


結衣(それなら、いいんだけどさ……)


たったっ……


結衣「あ」


階段を登ってくる、小さな足音が聞こえて来た。

直感的にりせちゃんだと思った。



りせ「……!」たっ

結衣「や、やあ……///」


急いで来たのか、少しだけ息が上がっている。

だがその目は大きく輝いていた。




結衣「…………」

りせ「…………」


今日もいい天気だ。放課後の部活の喧騒も耳に心地よく、風も穏やかだった。


りせ「…………」きゅっきゅっ

[ごめんなさい]


結衣「えっ……何が?」


[怒っていませんか?]


結衣「ふふ……怒らないよ。ちょっとびっくりしたけどね」

りせ「…………///」

[ゆいちゃんのおかげです]


結衣「私?」


[勇気をたくさんもらえました]


結衣「そんな……私、大したことはしてないよ? 一番頑張ったのはりせちゃん……あ、松本先輩本人の……」


とっ

結衣「んっ///」


人差し指が結衣の口に乗る。


りせ「…………」さらさら

[りせちゃん]とっとっ


結衣「…………ふふ」


初めて会ったときと同じだった。

こうして屋上にいる今、結衣にとっても、りせは『りせちゃん』のままだった。

結衣「……りせちゃんが一番頑張ったんじゃないか。すごいよ……生徒会長なんて」


りせ「…………」


[もうすぐ、校内放送で発表です]


結衣「えっ……集計結果?」

りせ「…………」こくこく


ぴんぽんぱんぽーん♪


すぐに校内放送は始まった。

アンケートの結果が集まり終わり、当選者が発表される。


りせ「…………」

りせはうつろに宙を見ている。


不安なのだろうか。


緊張しているのだろうか。



結衣「…………」きゅっ

りせ「!!///」


りせの手を握る。


結衣も祈った。


一人しかいない立候補者が、選ばれないことはまずないんだろうけど、


それでも静かに祈り続けた。

「先ほどの――集計結果を――発表いたします」


結衣「…………」ごくっ

りせ「…………」


「生徒会長―――当選者――――松本りせさん」



結衣「…………」


りせ「…………」


選ばれた。

結衣もりせも、手を繋いだまま動かない。

なんだか一気にほっとしたような、でも力が抜けていく感じがした。



結衣「え……選ばれたね」

りせ「…………」こくこく

結衣「おめでとう、りせちゃん」にこっ

りせ「…………!」


この屋上で、初めて自然に笑えた気がした。

それは緊張がやっとほぐれたこと、そしてりせを祝福したい気持ちが、自然に私を笑顔にさせた。



りせ「…………」きゅっきゅっ


[ゆいちゃんのおかげです]


結衣「あははは……だから、りせちゃん本人の力だって言ってるじゃないか」


りせ「…………///」

結衣「生徒会長って、大変なんだろうね」


りせ「…………っ」びくっ

結衣「ん、どうしたの?」


りせ「…………」さらさら

[もしかしたら、もうここには来られないかもしれません]


結衣「ここって……屋上?」


[そうです]


結衣「……まあ、仕方ないよね。もともと屋上は立ち入り禁止なんだし、忙しくなるだろうし」


[ごめんなさい]


結衣「もう、謝らないでよ……あ、そうだ」


結衣「次からは生徒会室に行けば、またりせちゃんに会えるのかな?」


りせ「…………!」こくこく


結衣「じゃあ大丈夫。会えなくなるわけじゃないんだ、私はどこでもいいよ」

りせ「…………♪」さらさら

[それでは、生徒会長として最初の仕事をします]


結衣「えっ……なに?」


[ごらく部が、茶道部が復活するまでの間、茶室を使用することをここに認めます]


結衣「えっ!?……あ、そうか!」


りせが生徒会長になったんだ。りせが認めてくれるなら、承認されたということだ。


結衣「そっか……なんか特別扱いみたいで申し訳ないなあ」えへへ


りせ「…………///」


[ゆいちゃんは特別ですから]


結衣「…………ふふ」ぽん



ありがとう。


頭を撫でて、心の中で思った。

小さな生徒会長は、足を空にぱたぱたしながらまた何かを書いている。

相変わらず不思議な先輩だけど、どこか本当の妹のようにも思えてきていた。



[それでは、このあと引継ぎなどがあるので戻ります。]


結衣「あ、そうだよね。じゃあ私も行かなきゃ」


一緒に立ち上がる。


いつも結衣が先に帰っていたから、一緒に帰るのは初めてだ。



りせは結衣の手を握っている。


結衣も離す気はなかった。

扉の前で、立ち止まる。


結衣「一個だけ、私からのお願いがあるんだ」

りせ「??」


結衣「いつか……いつでもいいから、また一緒に、この屋上に来たい」


りせ「…………!!」


結衣「短い間だったけど……本当にこの時間は特別だったんだ。毎日この時間が楽しみだった自分がいたよ」


だから、いつでもいいから、またいつか。


結衣は小指を出す。


笑顔になったりせが、小指を絡ませる。


何度もした指切りだったけど、この指切りは特別だった。


二人が、初めて繋がった指切りだった。



京子「…………///」

ちなつ「…………///」

あかり「…………///」


結衣「あ、あれ?」


京子「結衣、お前……///」たじたじ


ちなつ「結衣先輩……それってかなりラブじゃないですかああああああ!!?///」


結衣「そ、そうかな?」きょとん


京子「いやそうだろ!! っていうかなんだよ! 私に隠れてそんなことしてたとはー!!///」

あかり「結衣ちゃん……じゃあ、会長とはすごく仲良しなんだぁ」

結衣「うん。今でもたまに、二人で会ってるよ。話せたことはないんだけどね」


ちなつ「ああ……また一人……結衣先輩を狙うライバルが増えてしまったのね……」ふらふら

結衣「え?」

京子(まったく……いつの間に……///)



あかり「ね、ねえねえ、結局その約束の後から屋上には行ったの?」

京子「そ、そうだよ! それ聞きたい!」

結衣「いや、それからは一回も……なんか西垣先生が屋上で大爆発を起こして、先生さえも鍵を借りるのが難しくなったとかいって」

ちなつ「えー!? 私も結衣先輩と屋上デートしたかったのにぃ!!」


あかり「じゃあ、その約束はまだとっておいてあるんだね?」

結衣「うん。卒業しちゃうまでに、どこかで叶えられたらいいなとは思ってるけど」


京子「何故だ……何故ここまで濃密な話を、全然気づかないまま今日まで過ごしてたんだ私はー!」

結衣「あんまり他の人には話さない方がいいと思ってさ。屋上行ってたのが先生にバレたりしたら嫌だし」


結衣(京子は意外とこういうの妬くしな……///)

あかり「ふわぁ……すごいお話だったぁ……」

ちなつ「この茶室が使えてる話の裏に、そんなお話があったとは……」

京子「くっそー私も屋上行きたい!!……なんとかして屋上の鍵借りられないかな」

結衣「……難しいと思うな」

京子「いざとなったら、私のスニーキング技術で!」

結衣「やめとけよ……見つかったらとんでもなく怒られるぞ?」


「としのーきょーこーーっ!!」すぱん

京子「うおっ、話をすれば生徒会!」


櫻子「あかりちゃーん遊びに来たよー♪」

向日葵「遊びに来たわけじゃないでしょう」


ちなつ「どうしたんですか?」

千歳「今日は早く終わってん、一緒に帰ろ思てなー」

綾乃「ちっ、違うわよ! 歳納京子だけ出してない提出物があるから言いに来たの!///」

結衣「あっ」


りせ「…………」ちょこん


結衣「…………」


りせ「…………///」


京子「っ……///」(で、出た……!)

ちなつ「……!///」(ライバル……!)

あかり「あ……///」


しーん…………



綾乃「えっ、なに?」

りせ「…………」とことこ

結衣「……あっ」ぎゅっ


京子「あーー!! 会長が結衣の手をーー!///」

ちなつ「きゃあああああ!! いくら会長といえどその場所は譲れませんーーー!!///」

あかり「あ、あかりも久しぶりに結衣ちゃんと、手つなぎたいかな……?///」


綾乃「か、会長、船見さんと仲良かったんですか……?」

千歳(そういえば船見さん、会長の推薦人やったもんなあ……これは新たな燃料が……!)

向日葵「やっばり船見先輩は人気ですわね」

櫻子「私に負けないくらいね!」

向日葵「は?」


ギャーギャー……




制服のポケットに、いつも入っている。

奈々に頼んでこっそり作ってもらった、屋上へのスペアキー。

まだ一回も使ったことはないけれど、

きっといつかの日のために。


「かいちょー」

「会長?」

「会長、これなんですけど……」


私は生徒会長。やっぱり皆からは、 “会長” って呼ばれています。

でも、ひとりだけ。

私が会長になる前から、変わらない名前で呼び続けてくれる人がいます。


「やあ、りせちゃん」

「!!」


後輩なのに、おねえちゃんみたいな。

そんな人が、いるのです。




~fin~

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