モバマス海賊記 (77)

・このSSは、平安時代を舞台にした作品です。

・史実とは異なる点があります。ご了承下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405427187


~京・勧学院(かんがくいん)~


「お~い、純友(すみとも)殿~! どこですか~!」

「いたか?」

「いえ、こっちにはいませんでした。どこに行ったんでしょうね?」

「全く、授業も受けずに……あれでも、藤原(ふじわら)家に連なるお人なんだがなぁ」

藤原純友(大槻唯)「ひひひっ。皆、ゆいが屋根の上にいるってことに、気づいてないみたい☆」

唯「授業なんて退屈だよ。こんなに晴れてる日は、昼寝するに限る♪」

?「やれやれ、こんなところにいたのですか」

唯「ん?」


ヒュッ  コツン


唯「痛っ!」


ドスーン


唯「いたた、落ちちゃった……誰なの? 石を投げてきたのは。
  骨折でもしたらどうするのさ!」

?「授業は真面目に受けなければ駄目ですよ、唯殿」

唯「あ、あなたは……
  この春からやってきた、小野好古(おのの よしふる)先生……だっけ?」

小野好古(浜口あやめ)「勉学に励まずして、どうしますか!唯殿は藤原家に連なる方。
           何事にも、皆さんの手本にならなければなりませんよ?」

唯「でも~」

あやめ「でも~、ではありません! ささ、中にお入りを。
    唯殿にはあやめの特別講習を受けてもらいましょう!」

唯「そんなぁ~」

あやめ「そんなぁ~、ではありません! さあ早く!」ガシッ

唯「ひきずらないでよぉ~!」ズルズル

~忠平(ただひら)の部屋~


藤原忠平(千川ちひろ)「……それで、あやめちゃん。唯ちゃんの様子はどう?」

あやめ「サボり癖はありますが、何をやらせても抜きん出ております。
    学問においても、人よりは遥かに物覚えが早いです。
    本人は、勉学に向いてないと思っているようですが」

ちひろ「そっか。唯ちゃんにも、そろそろ藤原家のために働いてもらわないと。
    いつまでも、勧学院に置いておくわけにはいかないし」

あやめ「宮中のような、いつも腹の探り合いをするような場所は不向きでしょう。
    いっそのこと、伊予掾(いよ じょう)はいかがですか?」

ちひろ「掾……か。もしかして、伊予の海賊を?」

あやめ「はい。唯殿はどうやら、日頃から鍛錬だけは欠かしていないようです。
    唯殿の武術と機転があれば、現在伊予で暴れている海賊達を、
    押さえることができるかもしれません」

ちひろ「なるほど。それは名案かもしれないわね。すぐに辞令を出すわ」

あやめ「唯殿なら大丈夫ですよ。きっと」

ちひろ「あやめちゃんも、ありがとう」

あやめ「いえいえ。お褒めには及びません。
    これも全て、藤原家の御為です故」

~唯の部屋~


唯「」ゴロゴロ

あやめ「唯殿、よろしいですか?」

唯「あれ? あやめ先生が、ゆいの部屋に来るなんて珍しいね」

あやめ「随分退屈そうにしていますね」

唯「そうだよ~。ちひろさんからは、口すっぱく藤原のため藤原のため……
  って言われてるけど、それっていつかゆいを廷臣にしようってことでしょ?
  宮中とか嫌なんだけどなぁ~」

あやめ「そんな唯殿に朗報です!」

唯「なに?」

あやめ「今回、唯殿は朝廷より、伊予掾に任命されました!」パチパチ

唯「伊予……掾? 何それ?」

あやめ「簡単に言えば、伊予の賊徒共を片っ端から懲らしめろ。
    ということです」

唯「賊徒討伐か……何だか面白そう☆
  そうだ、伊予って美味しい物とか無いの?」

あやめ「もちろんございますとも!
    瀬戸内で獲れる魚に、山の幸。どれもこれも絶品ですよ!
    ……(たぶん)」

唯「そういうことなら、このゆい様にまかせなさい☆
  都で机の前に座って勉強してるより、そっちのほうがよっぽどマシだよ!」

あやめ「気に入っていただいて、本当に良かった」

唯「ありがとう、先生♪」

あやめ「はい?」

唯「隠そうったって無駄だよ☆ 先生が、ちひろさんに推挙してくれたんだよね?」

あやめ「そ、それは……」

唯「ゆいが、宮中みたいなところは不向きだって見抜いてのことでしょ?
  ゆいの事を一番理解してくれてるのは、先生だけだよ!」

唯(……ちょっと厳しいけど)ボソッ

あやめ「最後の方に、何か言いましたか?」

唯「な、なんでもないってば! そ、そうだ、先生にお土産沢山買ってくる☆
  えっと、食べ物の方が良いよね? お酒は、飲めなかったっけ?」

あやめ「あの……唯殿? 物見遊山に行くわけではないのですよ?
    そのあたりを……」

唯「わかってるって! 先生は、お小言をもう少し減らしたほうが良いんじゃないかな?」

あやめ「何ですと!」

唯「ひい! 先生が怒った!!」

あやめ「優しく見送ろうと思っていましたが、やっぱり旅に出る直前まで、
    短期集中講義を受けていただきましょう!」

唯「それだけは勘弁してぇ~!」

~瀬戸内海~


唯「うわぁ~、すごい景色。都にいたんじゃ、こんなの見れないね☆」

船頭「純友様。景色が良いだけじゃありません。
   この海は、美味い魚もたくさん獲れるんです」

唯「へえ、羨ましいなぁ~☆
  この辺りの人達って、毎日美味しい物を食べてるってことじゃん!
  気候も穏やかだし♪」

船頭「それは……」

唯「ん? どうかしたの?」

船頭「あ、い、いえ。何でもありません……」

唯「?」

~伊予・国衙庁(こくがちょう)~


唯「お初にお目にかかります。
  この度、掾として赴任した藤原純友です……
  ぶっちゃけ、ゆいで~す☆」

紀淑人(きの よしひと:柊志乃)「私はこの伊予の国司、紀淑人よ。遠路はるばるご苦労様」

唯(なんかこの人、酒臭いな……)

志乃「いま、酒臭いとか思ったでしょう?」

唯「い、いや、そんなこと無いよ?」

志乃「隠さなくても良いわよ……
   まあ、海賊の討伐に来たんですって? 頑張ってね」

唯「は、はあ……」

志乃「それじゃあ、私はこれで……ヒック」

唯「昼間から酔っ払ってる国司なんて、この国大丈夫かな?」

~日振島(ひぶりじま)~


唯「え~っと、この日振島も海賊の拠点の一つなんだっけ?」

「余所者、出て行け!」

唯「ん? 何だろ?」

小部長久(おおべ ながひさ:衛藤美紗希)「お前は朝廷の手先か?」

唯「朝廷の手先? まあ、そういうことになるかな?」

美紗希「このっ! このっ!」

唯「痛いっ! 痛いってば、なんで石を投げるの?」

美紗希「お前達のせいで、あたしたち海の民がどれほど虐げられてきたか……」

唯「ち、ちょっと待って。いったい、何のこと?」

美紗希「しらばっくれるな!」

唯「何のことか分からないよ。
  ゆいは、都から伊予掾としてここに赴任してきただけなんだ。
  だから、あまりこの地方の事とか、よく知らなくて……」

美紗希「新しい掾か……
    あたし達は、伊予の国司に八割も税を持っていかれてるんだ!
    こんな重税で、生活が成り立つもんか!」

唯「え、八割も? それはちょっとひどすぎるんじゃない?」

美紗希「……あれぇ? 少しは話の通じる人みたい」

唯「別にゆいは、この地方を治めろって言われて来たわけじゃないし……
  もう少し詳しく、事情を聞かせてくれない?」

美紗希「あのねぇ、あたし達瀬戸内の水師たちは、誰にも与せずに生活していたんだぁ。
    でも、数十年前から都の藤原の一族が、
    あたしたちを弾圧しはじめたんだよぉ……」

唯「なるほど……よくわかった。なら、その証拠とかがあるなら、見せてもらえない?」

美紗希「証拠?」

唯「うん♪ いつ、どこで、誰が、どれだけ、何を徴収されたかという名簿みたいな物だよ。
  それがあれば、都に問い合わせることができる。
  もしそれが律令の範囲から外れているのなら、貴方たちが正しいということになる」

美紗希「こんな田舎に赴任してくる者に、そんな権限があるのかなぁ。
    怪しいなぁ」

唯「おっと、自己紹介が遅れちゃったね。ゆいの名は藤原純友。
  またの名を大槻唯。都の藤原北家に連なる者だよ☆」

美紗希「えっ。それじゃあ……」

唯「もしかしたら、ゆいは都に影響力の人かもしれないね?」チラッ

美紗希「今度の掾は、話の分かる人みたいだねぇ……
    私は小部長久。美紗希って呼んでくれれば良いからぁ」

唯「よろしく☆ で、その証拠とかになるものってある?」

美紗希「勿論。そのあたりの金銭管理は、しっかりしてるつもりだしぃ」

~国衙庁~


唯「しののん! 入るよ♪」

志乃「しののんって……どうしたの?」

唯「この地方に関する、徴税についてなんだけど……」

志乃「あら、そんなこと、一介の掾が気にする必要は無いわね」

唯「これを見ても、そんなこと言えるのかな?」バサッ

志乃「! それは……そんなもの、いったいどこで」

唯「これはあきらかに不正徴収だよね?
  しののんが、もし私腹を肥やしているとすれば……」

志乃「ま、待って。正直に話すわ……それは、都の藤原家に命ぜられてのことなの」

唯「ふうん?」

志乃「いま、藤原家が唐の国と貿易をしているのは、知ってるわね?」

唯「うん」

志乃「藤原家は、唐物(中国からの輸入品)を専売しようとしているの。
   唐物を九州の大宰府に集め、そこから瀬戸内の海を経由して、
   都に運んでいるのよ」

唯「それで?」

志乃「つまり、藤原家は自身の権力を維持するために、
   唐物の専売を行っているというわけ。おかしいと思ったことは無い?
   いくら貴重品だとはいえ、国内で流通している唐物の数が少なすぎるし、
   値段も法外よね? 権力を駆使して、商売敵が現れないようにしてるってことよ」

唯「なるほど。瀬戸内や九州の水師たちは、海運に深く関わっている。
  重税を課して水師たちの力を削ぎ落とし、貿易に首を突っ込ませないようにしてるのか」

志乃「そういうこと」

唯「藤原家は、海を独占しようってことだね。あの美しい海を……」

唯「……しののん、自分の命が可愛かったら、ゆいに従ってた方が良いかもね☆」

志乃「いったい、何を考えているの?
   言っておくけど、私の背後には藤原北家がついているのよ?」

唯「チッチッチ☆ 甘いね☆ ゆいには、そんな脅しは効きませ~ん♪
  しののんの生殺与奪はゆいの思いのままってことを、忘れないでね? ひひひ♪」

志乃「……わ、わかったわ。私はここで大人しくお酒を飲んでれば良いってことでしょ?」

唯「しののんが、賢い人でよかったよ☆」

~日振島~


美紗希「紹介するねぇ。こちらが柑奈ちゃん。九州の水師のまとめ役だよぉ」

小野氏彦(おのの うじひこ:有浦柑奈)「初めまして。貴方が藤原純友さん?」

唯「うん。そーだよ☆ ゆいのことは、ゆいって呼んでくれればいいから」

柑奈「私も、柑奈って呼んでね。それで、新しい伊予掾さんが私に何の用事?」

唯「一つ聞きたいんだけど、九州で海に関する仕事をして、何か困ったこととか無い?」

柑奈「う~ん、そうだねぇ。やっぱり唐船かな?
   唐土からの輸入品を、都へ運ぶ船だよ」

唯「船が邪魔になるの?」

柑奈「うん。唐船が航海してる周囲には船を出せないし、
   近づくと容赦なく護衛の船が襲い掛かってくるんだ」

唯「そりゃひどいね。ただ漁業をしてるだけなのに」

柑奈「それに博多も、私達が使えなくなってる。
   博多は、古くからの海外との貿易の拠点なの。
   でも、最近藤原一族が港を私物化してるから、私達が入り込む余地が無くて」

唯「そういうことか……ねえ、柑奈ちゃん。ゆい達と手を組まない?」

柑奈「何? おいしい取引なら、話を聞くけど」


唯「唐物を奪う☆」

柑奈&美紗希「ええーっ!?」

唯「だっておかしいでしょ?
  海は皆のものであって、藤原一族が独占して良いものじゃないじゃん?」

美紗希「でもぉ、ゆいちゃんは藤原氏の人だよね?
    そんなことをして大丈夫なのぉ?」

唯「大丈夫だって! ゆいは一族の中でも末席だから。
  都に帰ったって、出世は望めないし、正直どうだっていいや☆」

柑奈「話には聞いていたけど、随分おもしろい人が伊予掾になったんだね……
   よし、その話乗った!」

美紗希「ちょっとぉ、柑奈ちゃんまでぇ」

柑奈「良く考えください、美紗希さん。
   このままじゃ、私達水師の生活は逼塞する一方です。
   ここは危険を冒してでも、私達の生活を取り戻すべきなんじゃないですか?」

美紗希「それも……そうだよねぇ!
    瀬戸内の水師の度胸、見せてやろうじゃない!」

唯「おお! その意気だよ☆」

~瀬戸内海~


柑奈「ははは!……いまさらだけど、本当にやっちゃうんだ?
   唐物を満載した船を略奪するなんて」

唯「本当に今更だね。
  第一、唐物がそんなに高く売れるなら、みんなに平等にわければ良いんだよ!
  そしたら皆が豊かになれるのに」

美紗希「さすが唯ちゃん。良いこと言う~!」

~唐船~


兵「なんだ、あの船?」

兵「さあ?……っておい、このままじゃぶつかるぞ!」



ドッガーン



兵「おいおい、小船だったからよかったものの……」

兵「ああ、小船が沈んでいく……あれ? なんだあの光?」

兵「おい、火が出てるぞ、すぐに消火するんだ!」

唯「敵はゆい達に気づいてないかな? それに、小船に乗ってた水夫たちは?」

美紗希「あたし達の船は島影に隠れてるしぃ、
    あたし達の鍛えた水夫が、あの程度で溺れることはないって!」

柑奈「計算通り、船上の敵が右舷に集まりはじめたよ。いまが好機!」

唯「よーし、敵船の左舷に近づけ! 切り込め!」

美紗希「みんなー! 積荷は出来るだけ傷つけないでねぇ!」






唯「……沈んでいくね」

美紗希「やっちゃったぁ……」

柑奈「これで都の藤原様は、おかんむりかな?」

唯「もう後ろは振り向かない。ゆいは決めたんだ。“海を取り戻す”って」

柑奈「海を取り戻す?」

唯「うん。海は遥か昔から、人々に恵みを与えてきた。
  でも今は、藤原家だけが海の恵みを独占している。
  これは本来の海の姿じゃないよ。海は皆のものなんだ!」

美紗希「今度の伊予掾が、唯ちゃんで良かったぁ。
    この海のことを、そこまで考えていたなんて」

唯「ま、ゆいの仕事はこれで終わらないんだけどね~♪」

柑奈「面白いことを思いついたみたいだね! 次は何するの?」

唯「まあまあ。日振島に帰ったら、説明するよ……
  おっと、その前に、唐物を皆に分配しちゃおう☆」

美紗希「これを、各地で売りさばいてしまえば良いんだよねぇ?」

柑奈「大特価で売ってあげましょうか。ふふふ」

~忠平の屋敷~


あやめ「ちひろ殿! 大変です!」

ちひろ「どうしたの、あやめちゃん」

あやめ「京のあちこちで、闇市が立っています」

ちひろ「闇市なら、よくあることじゃない。
    いたちごっこだけど、すぐに摘発を……」

あやめ「売られているのは、唐物です!
    大量に、しかも安く売られています!」

ちひろ「そんな馬鹿な……!」

あやめ「おそらく、先日何者かに襲われたという、唐船の積荷でしょう」

ちひろ「我ら藤原家のお膝元で、なんと大胆なことを。
    すぐに捕縛して! 事情を聞きださないと」

あやめ「相手もさるものです。
    手は尽くしてみますが、捕縛するのは難しいかと……」

ちひろ「このままでは、藤原家の沽券に関わる。
    今すぐ行ってちょうだい、あやめちゃん!」

あやめ「はい!」




ちひろ「今までこんな事無かった……」



ちひろ「一体、何が始まろうとしているの……?」

~日振島~


柑奈「そ、それは……ちょっと……流石に……」

唯「あれ? そんなに驚くことかな?」

美紗希「だってぇ、大宰府(だざいふ)を襲撃するなんてぇ、自殺行為じゃない?」

唯「確かに、自殺行為かもね♪
  でも、今後唐船の略奪を続けても、いずれ朝廷は対策を講じてくる。
  だから大本を絶たないと、いづれ尻すぼみになっちゃうよ」

柑奈「それはわかってるけど、大宰府を襲撃した後、唐物はどうするの?」

唯「もちろん、皆にばら撒く。
  そうすれば、藤原家の唐物の専売は崩れるでしょ?
  九州や瀬戸内の水師たちも、潤うんじゃないかな?」

美紗希「本当にやるのぉ?」

唯「この博打に勝たなきゃ、この国の水師たちは、
  未来永劫、藤原家の奴隷みたいに生きていかなきゃならないんだよ?
  それでも良いの?」

柑奈「確かに……」

美紗希「ちょっとぉ、柑奈ちゃんまで! いくらなんでも無謀すぎるよぉ!」

唯「大丈夫だって! ゆいには勝算があるから!」

~国衙庁・志乃の部屋~


志乃「貴方達、最近暴れすぎじゃないの?
   朝廷から、討伐軍でも差し向けられたらどうするつもり?」

唯「なぁに、考えはあるよ☆
  ちなみに言っておくけど、しののんはもう逃げられないからね」

志乃「な、なんですって?」

唯「だって、伊予の国司のくせに、いつまでも海賊を討伐できないってことは、
  海賊と裏でつながっているって都に思われても、おかしくないよね?」

志乃「……」

唯「何度も言うけど、しののんはゆいに従ってれば良いんだよ♪
  くれぐれも、変なことを考えないようにね?」

志乃「わかったわよ……もう、こうなったら自棄酒だわ。
   いつ殺されるかわからないし、今のうちに飲んでおかないと……」グビッ

唯(あんまりいつもとかわらないなぁ……)

~京・忠平の屋敷~


あやめ「日振島、弓削島をはじめ、瀬戸内海の島嶼、
    更に九州沿岸部の各地において、唯殿の姿が確認されております。
    またその多くは、周辺を縄張りとする水師と会合している模様……」

あやめ「……以上により、最近激増した海賊は、
    唯殿が裏で指嗾しているものと考えられます」

ちひろ「末席とは言え、藤原北家の者がなんということを……
    唐物の専売こそ、権力の象徴であるというのに」

ちひろ「それで、あやめちゃん。現在の唯ちゃんの動きは?」

あやめ「瀬戸内や九州の水師の中で、主だった者達が日振島に集まっているようです。
    大規模な出撃の前触れかと」

ちひろ「目的地はわかる?」

あやめ「どう見ても、大宰府を襲撃する構えにしか見えません。
    これほど大規模な兵力を動員するのは、ほかに考えられません。
    おそらく唯殿は、大宰府に集積されている唐物を根こそぎ略奪するつもりでしょう」

ちひろ「よくわかったわ。あやめちゃん、あなたを追捕使(ついぶし)に任命します。
    唯ちゃんを止めて。最悪の場合、討ち取っても構わない」

あやめ「そんな! 唯殿は、ちひろ殿のご一族の方なのですよ!?
    お言葉ですが、海賊達は、生活が困窮しているがゆえに、
    一連の騒動を起こしていると思われます。
    恩赦を出せば、あるいは……」

ちひろ「それはできない。唯ちゃんは、既に逆賊なのよ。
    それに恩赦なんて出してしまえば、天下の政を司る藤原家が、
    名も無き海賊達に屈したと見られてしまう。
    もし恩赦を出すなら、海賊達を下した後ね」

ちひろ「やってくれるわね? あやめちゃん」

あやめ「……ぐっ……全力を、尽くします……」

ちひろ「さしあたって、副将を選んでも良いわ。
    あやめちゃん一人じゃ、厳しいでしょう?」

あやめ「……それでは、大蔵春実(おおくらの はるざね)殿を」

~あやめの部屋~


大蔵春実(丹羽仁美)「本当に、唯殿を討伐しちゃっても良いの?」

あやめ「良いわけはありません。ですが、藤原家のご下命とあらば」

仁美「まあ、アタシはあやめっちの命令に従うだけだけど」

あやめ「ごめんなさい。仁美殿も巻き込むことになってしまって」

仁美「いいって! それで、どんな作戦で行く?」

あやめ「仁美殿は都を出立した後、淡路島を経由して伊予に侵攻してください。
    唯殿の、背後を取るのです」

仁美「アタシが伊予を攻略するのか。まあ、伊予国司の紀淑人も怪しいし。
   それじゃあ、あやめっちは?」

あやめ「あやめは都から西へ進み、長門へ向かいます。
    すでに早馬を出しており、あやめが到着する頃には、
    下関に関船(軍事用の船)が集められているはずです」

仁美「挟撃するってわけね。わかった」

あやめ「よろしくお願いします」

仁美「乗り気しない任務だけど、やらなきゃならないよね。
   アタシたちは、朝廷に仕える武官なんだから」

あやめ「ええ……」

~日振島~


唯「弱ったなぁ」

美紗希「どうしたのぉ?」

唯「ゆいたちの動きが、朝廷に知られてたみたい。
  淡路方面からは、大蔵春実が。
  長門方面からは、小野好古の軍が進軍してくるみたいだよ。
  あ、ヤバイな、しののんどうしよう?」

柑奈「あの酔っ払いさんなら、自分でどうにかするんじゃないかな。
   それに、討伐軍の指揮官って朝廷の廷臣でしょ?
   そんなお上品な公家連中に、私達が負けるはず無いよ」

唯「いや、小野好古っていうのが、ゆいの先生だったんだ」

美紗希「えっ、先生?」

唯「うん。武勇の誉れ高く、朝廷に武官として仕えているわけだから、
  手ごわい相手だよ」

柑奈「でも、どんな相手が立ちはだかろうと、私達は勝たなきゃならない」

唯「そーゆーこと☆ こんなところで負けてられないよ。
  なんとしても、藤原家から海を取り戻すんだ!」

美紗希「そうだよねぇ、最後まで突っ走しるしかないよね!」

唯「よーし! 皆準備はできてる?」

美紗希「いつでも出航できるよぉ」

柑奈「腕が鳴るね!」

唯「それじゃあ、博多(はかた)に向けて、しゅっぱぁ~つ!」

~伊予・国衙庁~


ドタバタ


仁美「であえであえ! 曲者じゃ!」

志乃「それ、私が言う台詞じゃないかしら?」

仁美「あ、そっか……じゃなくて、謀反人・紀淑人、覚悟しろ!」

志乃「謀反人? 私が?」

仁美「そうだ! 伊予の国司でありながら、藤原純友と結託し、
   海賊達を煽動していただろう?
   その証拠に、海賊達を討伐する動きさえ見せなかった!」

志乃「え~っと……私のような人畜無害な人間が、謀反人ですって?
   そんな風に見える?」

志乃「それに私は、藤原家からこの地に派遣されてきた者よ」

志乃「この地で徴税している私が言えたことじゃないけど、
   そもそも海賊が増えたのは、現在の政が水師たちを弾圧しているからでしょう?
   藤原家は、自分で自分の首を絞めているんじゃないかしら?」

仁美(この人、あやめっちと同じこと言ってるな)

志乃「さ、捕縛するなら早くしなさい。私は逃げも隠れもしないわ」

仁美「……」

仁美「では、こちらに」

~博多~


守兵「なんだあれは?」

守兵「おい、あれは海賊じゃないのか?
   この大宰府へ向かってきてるぞ!」

守兵「そんな馬鹿な。
   海賊が、天下の大宰府に攻め入ろうなんて……」

唯「上陸したら、全軍突撃! 大宰府までひた走れ!」

美紗希「でもぉ、正門の前に守備隊が集結してるよ?」

唯「大丈夫♪ 柑奈ちゃんの船団が、先に別の場所から上陸してる。
  後は狼煙を上げれば……!」


柑奈「狼煙が上がった! みんな、突撃!」




守兵「な、なんてこった! 後ろからも海賊どもが沸いてきたぞ!」

守兵「このままじゃ、俺達皆殺しになってしまう! 早く逃げよう!」




唯「よぉ~し、守兵達が逃げ始めた!
  皆、大宰府の倉という倉を暴きまくれ!
  あるだけの財宝は、根こそぎ持っていけぇ~☆」



ゴオオオオ



唯「襲撃は成功したけど……
  しまった! 大宰府を燃やすつもりはなかったのに!
  まあいっか☆ 唐物の財宝は手に入れたし♪」

唯「それにしても、随分あっけなかったなぁ。
  もっと手こずるかと思ったけど……」

美紗希「大変! 大変! 小野好古の船団が、博多津に展開してるよぉ」

唯「ええ!? あやめ先生がそこまで来てたなんて!
  急いで船に戻らなきゃ!」

~博多津~


あやめ「貴方達は包囲されています!
    無駄な抵抗は止めて、おとなしく投降しなさい!」

唯「くっそぉ~、遅かったか。あれ、柑奈ちゃんはどうしたの?」

美紗希「柑奈ちゃんは、上手く内陸に逃げたみたい。
    あたし達はどうするのぉ?」

唯「……美紗希ちゃんは、このまま皆を連れて逃げて」

美紗希「え、それじゃぁ唯ちゃんは?」

唯「ゆいは、なんとか時間を稼ぐから」

美紗希「だめだよぉ。唯ちゃんがいなきゃ……!」




唯「ここは私にまかせて、お前は先に行け!」



美紗希「……え?」

唯「一度言ってみたかったんだよね、この台詞♪
  大丈夫だって、ゆいのことは心配しなくて良いから☆
  それと、集まってくれた皆は、必ず散らしながら逃がしてね。
  集まってると目立つから」

美紗希「わかった。必ず、必ず帰ってきてねぇ!」

唯「うん。約束する!」



あやめ「唯殿、なぜこんなことを?」

唯「先生こそ、この世の中を見ておかしいと思わないの?」

あやめ「……」

唯「海ってものはね、皆に平等に、恵みをもたらすものなの。
  だから、都の藤原家だけが美味しいところだけを掻っ攫っていくなんて、
  そんなの絶対おかしいよ!」

あやめ「唯殿……」

唯「だからゆいは、瀬戸内や九州の水師たちのために戦うことにした!
  この海を取り戻すために!」



あやめ「……言いたいことは、それだけですか?」

唯「先生……」

あやめ「海賊風情が、詭弁を弄するな! 大人しく縛につけぇ!」

唯「仕方ないね。先生相手でも手加減しないよ☆
  海賊・藤原純友の本気、見せてあげようじゃないの!」

~京・御所前~


仁美「遅いな~、あやめっち……」

仁美「あ、やっと出てきた! どうだった?」

あやめ「陛下直々に、参議(さんぎ)に任命するとの、ありがたいお言葉を賜りました」

仁美「やったね! 大出世じゃん!」

あやめ「……」

仁美「ごめん……今回の戦での功績だもんね」

あやめ「……ぷっ!」

仁美「え?」

あやめ「ぷ、ぷぷぷ……
    仁美殿、これは誰にも秘密にしておいて欲しいのですが」プルプル

仁美「い、一体何?」

あやめ「耳を……ゴニョゴニョ」

仁美「……えぇー!? 唯殿は生きてる!?」

あやめ「声が大きいですよ!」

仁美「ご、ごめん……なんで生きてるの?
   博多津の戦いで捕縛して、処刑したはずじゃ」

あやめ「謀反人とはいえ、唯殿は主君の一族に連なるお方。
    それに、唯殿はあやめの親友です。
    どうしてあやめが、唯殿を斬ることができますか?」

仁美「そういうことだったのかぁ~……
   なぁ~んて。かく言うアタシも、紀淑人は逃がしてあげたけどね!」

あやめ「なんと! 仁美殿も?」

仁美「だって、あきらかに被害者じゃない?
   今回の騒ぎに巻き込まれただけでしょ?
   謀反なんてする人には見えなかったし、言ってることは正しかったし」

あやめ「それは良かった……
    まあ、今回の戦はどちらが勝っても、大宰府が略奪された時点で、
    唯殿の目的は達成されていたのです」

仁美「どういうこと?」

あやめ「あの戦の後、海賊の数が減ったと思いませんか?」

仁美「言われてみれば、そうかも」

あやめ「唐物の値段が高かったのは、藤原一族が専売していたからです。
    しかし、大宰府に山のように積まれた唐物は、
    九州や瀬戸内の水師たちの手に渡ってしまった。つまり……」

仁美「日本国内の唐物の流通量が増え、以前のような法外な値段のものじゃなくなった、
   というわけね!」

あやめ「しかも、それだけではありません」

仁美「まだあるの?」

あやめ「今回あやめは、参議という高位に就きました。
    これからの政に、あやめが積極的に参加できるということです。
    二度とこんなことが起きないように、この地位を利用して、
    藤原一族の専横を、少しでも掣肘しなければなりません!」

仁美「そういうことか~。あやめっちの戦いは、まだまだ続くってことね!」

あやめ「困難な戦になると思いますが、あやめは負けません。
    政争であれば、直接武力を用いるより、被害は少なくて済むはずです。
    これは唯殿から託された、夢なのですから」

仁美「夢?」

あやめ「はい。唯殿の思い描いた夢です……」






あやめ「“海を取り戻す”……そうでしたね、唯殿?」





~どこかの海~


唯「ハクシュン!」

美紗希「あれ? 風邪でも引いたのぉ?」

唯「こんなに暖かいのに、風邪なんて引かないって。
  たぶん、誰かがゆいのことを噂してるんだよ」

美紗希「そっかぁ。それで、これからどこに行くのぉ?」

柑奈「そりゃあもちろん、風の吹くまま、気の向くままに。ですよ」

唯「柑奈ちゃん、いつの間にこの船に……?」

志乃「私は、酒のある場所ならどこでも良いわ」

唯「何でしののんも乗ってるの?
  伊予は大蔵軍が攻めてきたはずじゃ……」

志乃「勝手に殺さないでくれる?
   大蔵春実に事情を話して、見逃してもらったのよ」

唯「そっかぁ。なにはともあれ、良かったね☆」

志乃「あのねぇ、あなた私のことを何だと思ってるの?
   明らかに見殺しにする気満々だったでしょう?」

唯「ユイハ、シノノンナラダイジョウブダッテ、シンジテタヨ」

志乃「棒読みじゃない……」

柑奈「まあまあ、志乃さん。仲間は多い方が楽しいですよ。
   で、どうするの船長殿?」

唯「そりゃあ勿論、海の果てへしゅっぱーつ!」

美紗希&柑奈「「おー!!」」

志乃「おー……」

美紗希「あの……志乃さん、顔色悪いけど大丈夫ですかぁ?」

志乃「あんまり大きな声を出さないで……
   酒に酔ってるうえに、この船よく揺れるから気持ち悪いのよ……」

唯「あ! 吐くなら海に向かって吐いてよ!」

志乃「おそいわ……」ゲロゲロ

柑奈「うわ、汚っ!」

美紗希「はいはい、いま掃除しますからねぇ~」



ワイワイ ガヤガヤ



唯「駄目だこりゃ☆」




おわり

・読んで下さった方、ありがとうございました。


・藤原純友は、藤原北家に連なる貴族でしたが、赴任先の伊予に土着して海賊となりました。
 そして、関東の平将門と同時期に挙兵しています。
 一時期は、瀬戸内海や九州の海賊達を率いて、大宰府を略奪するほどの勢力を誇りましたが、
 博多津の戦いで小野好古に敗北し、処刑されました。


・一方、純友は博多津戦後に海賊達を率いて、海の彼方へ旅立ったという説もあるそうです。
 物語としては、こちらの方が面白いと思ったので、この説を採用しました。

乙。勉強にもなっていいな

乙。
毎回ひっそりと楽しみにしてる

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