SERIAL CHAINS 「あやめのうた」 (67)


オリジナルのSSです。


ジャンルは、中華系ハートフルアドベンチャーとかそんな感じです。多分。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1358774780




安い造りで設えた石棺のような場所。無機質で血の匂いだけが漂う空間だった。


ここで何時間経過したのか・・・・四肢を拘束され、裂傷による激痛に襲われ、目の前で沢山の人が殺されて。

このコンクリートで固められた一室に時間を計る器具が無いこともあってか、時間の経過は不明瞭だ。




「ぎゃあ゛ぁっ!!!」


年端もいかない子供が、菖《チャン》の眼前で肩の肉を削ぎ取られている。

刃物で肉を削がれるに伴って苦痛を漏らし、その激しい痛みが表情をぐしゃりと潰していた。


菖は加虐に対して嫌悪を抱くほどの情は持ち合わせる普遍的な女の子だ。

しかし今は気にかける余裕など微塵ほども残っていない。


己の状況もまた、切羽が詰まっている・・・・。


—————シュパッ!!


菖「ひっ!・・・・ぎ・・・・ぃ゛!!」


右腕を除く四肢は鎖で固定され、残った右腕は大柄な男によって取り抑えられている。

男は左手で少女の手首を抑えつつ、握った刃物で動脈を切る。

一度切るだけではなく、幾度ともなく切り裂く。その理由は《切っても傷口がすぐに塞がるから》であった。


手首から流れる血は、床に置いた樽へと直行する。

小柄な菖の体躯から流れ出るだろう血液量とは明らかにオーバーサイズと見受けられる大樽。

更に、同じ樽がずらりと背後に用意されていた。



菖「さっ、寒い・・・・」


「そろそろ喰わせておけ」


腕を握っていた男が、今し方子供の肩肉を切り剥がした男へと命令した。



「ほらよ、っと」


子供から削ぎとった人肉を、菖の口内へと無理矢理に押し込む。



菖「んぅ!!」


菖「っく・・・ごほっ!げほっ!」


こんなものは食べたくはない・・・だが、食べねば己死ぬ。

本来ならば食べずとも数日は生き永らえることは可能らしいが、手首から流れ出る血液の所為で死の淵へと誘われる間隔が早い。


血液が流れ出るとともに己の体は冷え始める。それが「死」の余兆だと、人外へと変貌した体がシグナルを流す。


「ふんッ!!」


菖に肉を喰わせ終えた次の段階。肩肉を削ぎ取られた子供の頭に斧を叩き落とした。



「あッ!?が・・・ぁ!」


頭に斧が刺さったまま咽ぶような声を漏らす。

嗚咽が途絶えた時、その子は死んだ・・・・それと同時。


————カン、カランッ!


子供の遺体は消失し、斧は頭があった空間より床へと落ちる。その子が着衣していた衣類だけを残して。

死体が《消え去る》などと誰が見てもその光景は異常と感じるだろうが、この場に居る者は見慣れてしまっている。




「しっかし、何度見てもおかしな仕組みだなこりゃ」


見慣れてしまったが、けったいであるに変わりないと男は言う。

たった今死んで消えた子供のことはお構いなしに。



「それよりよ、一人ずつ喰わせる必要はあるのか?」


「あー・・・何人分か喰わせておけば手間が省けるってことか」



二人の男は私の生命維持を効率良く行う方法を検討し始めた。どうも単調な作業に飽きてきたらしい。

私には激痛が絶え間なく襲いかかり、気が狂いそうだというのに・・・・。



「一人で大体10分くらいだったから6人でどうだ?」


「1時間か。まぁそんなもんだろう」




菖が受けた《精奉来輪廻壊縛の儀》、これが今に至る原因であった。


この儀式を受けた時より、己の体は人でなくなった・・・・らしい。術を振り掛けた《妖怪》より己へと伝えられていた。

一般的な食事を摂っても血や肉に変わることはない。人間としての機能は停止している。

ただし術を受けて手に入れたものがある。それが《人を癒す血》。

儀式が終えた直後より、菖の体内で癒やしの血が精製され駆け巡っていた。


何も望んで儀式の対象になったわけではない。儀式を受けられるのは一人だけ。それ以外の者待っているのは《死》だけ。

この教団へと売り飛ばされた時点で待っていたのは地獄のみ。目の前で殺された子供達然り、その儀式の生贄となった子供達も同じく。


結果として、この施設もとい宗教団体の連中の手により、菖は無理強いに近い形で儀の対象へと選出することになったのだ。

実際は、もっと酷い形で対象へと選ばれたのだが。




「よし、連れてきたぞ」


再び子供達の阿鼻叫喚が、狭い室内で反射し響き渡る。

菖の冷え始めた体には、よりいっそう染み入る叫び声だった。



「ほら喰え」


菖「おっ・・・ぅ、ん!!」


儀式を受けて人外となった体と言えど、血を抜き過ぎたら死ぬ。死なぬように新たな《精》となるのが人間の《命》そのもの。要するに餌だ。


今の菖の体は、さながら万能の薬を産み出す精製器。その燃料として人の命が使われる。

この状況だけでも堪ったものではないが、厄介なことに菖自身の怪我も即時回復してしまう。

よって、血を摂取する過程において何度も何度も手首を切り裂かれていた・・・・。



「じゃあそいつらを殺したら、お前から休憩してくれ。30分交替な」


「了、解!!」


ようやく休憩出来ることが嬉しかったのか、斧を子供らの頭に手早く落としていった。



「ぎゃッ!!?」


「やめて・・・やめてください!!」


「がぁっ!!!」


命を惜しんで縋り乞う声など気にも止めていないようだった。



菖(この、クソ共が・・・・!)


「おい、体調はどうだ?」


菖「・・・頗る良いよ」


対象の人肉を食べる、対象が死ぬ。これが菖へ《精》が取り入れられる手順である。

殺された六人の命のおかげで菖の体は満腹状態へと戻っていた。死者の魂が己の体に混じり合う感覚が染み渡るように広がっていた。

だが言葉と身体状況とは裏腹に、手首の傷も一旦癒えていたこともあった所為だろうか、頭を過ぎる思いは憎悪と殺意のみとなっている。



菖(殺す・・・殺して、やる!!)


この巫山戯た教団も、己が強いられた環境も、無慈悲に殺された子供らの無念も・・・・全てが許せない!!

絶対に、赦さない!殺す!殺して殺るッ!!


痛みが途絶えている今この瞬間だけ、虚空より僅かな間だけに、憎悪が己の体を支配する。

だが、四肢を縛っている鎖が自由にさせてはくれなかった・・・・。


※菖のデザイン画像 
http://livedoor.blogimg.jp/el250a3-1111/imgs/2/d/2d39439c.jpg



「30分経ったらまた来る」


「ああ、わかった」


また手首を抉られ始めたら痛みで思慮が効かなくなる。

そうなる前にと、何らかの方法で鎖から抜け出し、目の前の屑共を殺害出来る方法を脳内に張り巡らせた。


菖(殺す方法、出る方法。どうすれば・・・!)


菖(鎖から、出る方法、滑るように、いや無理だ・・・なんか道具は、ない)


時間は無い。あと数秒もすればまた切られるだろう。本当に猶予が無い。



菖(鎖を壊す、方法、があれば・・・)


菖「!!」


がむしゃらに、冷静さなど微塵も無い思慮だったが・・・・方法が浮かんだ。



「さて、手首を預けてくれ」


菖「っ〜!!」


これしかないとさえ思った。この方法以外には無いだろう。己の人生が掛かっている。やるしかない。



菖「らぁ゛ッ!!!」


—————ズッ!!ゴリュッ!!!


「なっ!!?」


菖「ぎぃ!?がぁぁ゛ああぁ゛!!!」


成功した。左の前腕に絡みついていた鎖が解き放たれる。

部屋に一瞬だけ鳴った鈍い音は、無理矢理に左腕を引っこ抜いた音だった。



菖(痛ッ、い!!いたぁ゛・・いィ!!!)


刹那だけに込めた念は、菖が思っていた以上の力を発揮していた。

左前腕は肉がズタズタに削れ落ち、伸筋支帯、手根骨までをも殺いでいる。



菖(痛みなん゛、かァ!!忘れ去れ!!私っ!!!)


目の前にいる宗教団員の男は、菖が行なった自虐的な脱出方法に怯んでいるようであった。

己の自由が効く部位は両腕だけ。脚に絡まった鎖は未だ変わりはない。


今しかない、男が接近している今だけ。脱出出来る可能性が僅かに残されている・・・・。


菖「ふッ!!」


「っ!?」


元より生きていた右腕で、男の二の腕を掴み取る。



「はっ、離せ!!」


菖の執念にも似た熱がを人外のものと捉えたのだろうか、いい歳をした男は慌てて振り解こうとした。

掴まれたのは己の右腕。ナイフを据えた腕だったこともあり簡単に突き放すことが出来ない。



菖「っ、う゛・・・が!」


「ぎぃ!!やっ、やめ・・・!!」


男の二の腕から血が流れ出す。

それを掴んでい小柄な体躯からは想像も出来ないほどの力で、「みちっ、ぎゅりっ」と音を立て指先が喰い込んでいる。



(そ・・・そうだ、ナイフを持ち替えれば!)


今になってようやく冷静になる。余った左手にナイフを持ち替えてから刺せば済むことだ。


「死ねッ!!!」


即座にナイフを持ち替えて菖の頭に振り下ろす・・・・が、時は既に遅し。



菖「あ゛ァ゛!!!」


「なに!?」


頭へ降りおろされた切先は、菖の「左腕」で受け止められる形となる。高速の治癒能力が初めて菖を祝した結果だった。

一方、男の功が奏することは叶わず慌てふためく他ない。



菖「ぎぃ・・ぎっ、ぎぃぃ゛い!!」


「ぁあっ!!!」


菖はナイフを受け止めたわけではなく、降りおろされた勢いのままに掌に裂傷を穿たれた。

その痛みにすら耐え抜き腕がクロスした状態でナイフごと握り込み、指先は男の皮膚を喰い破ろうと押し込む。



菖「よ、こ・・・せっ!!」


「ッ゛!!!」


痛みに堪えかね、ナイフを握る拳が緩む・・・・・と、同時。



菖「貰った、ぞ」


「っあ!・・・あっ!?」


「まっ!待て!!やめてくれ!!」


ナイフを奪い取られた。この状況の不味さに男の脳裏へと「死」が過ぎる。思わず命乞いをした。

ついさっきまでは命乞いを訊く立場であり、それに耳を貸す気など毛頭になかったくせに。



菖「死ねェ゛!!!」


「んぶゥ!!!?」


想像を絶する(主に菖が)攻防の末、部屋中に男の断末魔と、骨をも突き破る刺殺音が響き渡る。

実際には十秒足らずのやり取りだったのだが、末恐ろしく感じた殺戮の間。


肺にナイフを突き立てられ、その男は即死とはいかず、死への秒読みが始まった・・・・。


まずは当初の目標である敵の沈静化に成功。やれば出来るじゃないか。と、菖の心境は満身創痍が幾許か湧いていた。

だが、今の騒ぎの所為で数秒立てば狂信者共が沸き出て来るだろう。

兎に角は「脱出」しなければ泥沼に嵌ったままとなる。

即座に冷静を取り戻し、足根骨から腓骨にまでかけてを縛っている鎖から抜け出すことへとシフトした。



菖(やるしか、ないか・・・!)


鎖をから抜け出す方法自体は既に決まっていた。しかし、方法があまりにも辛く痛々しい。

先程行なった無理矢理肉を殺ぐという荒業よりも、更に一段階辛いものであり躊躇せざるをえないほどであった。



菖「ふゥ————・・・っ」


今一度決意を固めるために深呼吸を行う。じわりと滲み出ていた嫌な汗は止まった。



菖「フッ゛!!」


—————ブシュッ!!!


菖「い゛・・・ぎィ・・・!!」


先程奪ったナイフを、己の膝肉及び膝蓋骨付近に振り落とす。

肉よりも骨が集中している箇所だったせいか、ナイフは突き刺さるというよりも「突き壊す」かのような音を立てた。

想像を絶する痛み。言葉に現せるような行いではない・・・・だが、それでもこの自虐を遂行しなければならない。


菖「あァッ!!ああ゛!!がぁあア゛あッ!!!!」


ゴシュッ!!グシュッ!!ズリュ!!と、身体を駆け抜けて鈍い音が受容器にまで響きわたる。

一心不乱に渾身の力を以ってナイフを突き刺した。片膝だけでなく両膝を交互に突き刺す。

即時再生する己の体のことは把握出来ていた。だからこそ再生する前に壊そうとして。



菖「がっ!!がっ!!ガアあァッ!!!」


地獄の劫火を浴びながらも、両膝の感覚がだんだんと失われてきたことを感じる。

《今だやれ!!》と、己の本能が告げた。



菖「いリャ゛あァッ!!!」


————グギュッ!!!ブチュィッ!!!


菖「ぎゃ・・ぁ゛・・・ぎィ゛!!いい゛ぃいっ!!!?」


自由であった上半身に勢いをつけ、渾身の力で捻じ回す。

すると、破壊されていた両膝の骨と肉が千切れ、菖は床に落下する。


凄まじい痛みに悶えるも、結果として鎖からの脱出成功した。己の体は完全に鎖から解き放たれたのだ。


菖「やった、抜け出せ・・・・」


菖「ぎっ!!?」


傷口が塞がったこともあり、四肢が自由になったことへ感極るところだったが・・・・・突然、更なる激痛が襲う。



菖「ひっ!!ぎぃいぃっ!!!?」


痛みを発する膝を視認すると、傷口から新たな足が生え始めていた。

植物の成長を超速再生で見るかのように生生しく構成されていく。尋常ではない痛みを伴って。



菖「ぁ・・・が・・・!!」


痛みのあまりに床でのたうち回りそうになった。



菖(死っ、死ぬかと思った・・・!)


だが、そんな暇はない。



「動くな!貴様ァ!!」


「大人しくしろ!!」


菖「・・・・・」


行動を開始してから約20秒程。教団員達がこの一室に押しかけてきた。

今現在の時間は恐らく夜なのだろうか。動員出来る人数が少なかったこともあって人数は七人だ。



菖「大人しくなんかするわけないだろ。馬鹿かお前ら」


「あぁ!?痛い目に合わないとわからないか!!」


子供一人対大人七人。菖はナイフが一本、あちらは斧や九環刀を携えている。普通に考えれば絶望的な状況であった。

だが、限度付きの再生能力とそれなり以上の腕力を発揮出来たこともあり、菖はこの場面を切り抜ける自信がある。


この宗教施設に売り飛ばされたばかりの頃。

暴力に服従させられていた時とは大きく違い、人を己の手で殺めたという経験が力へと変わっていた。



菖「・・・・・」


無言のまま、菖は床で寝転がっている男(先程刺された教団員)の首筋に手を当てる。

刺した場所が心臓でなかったことを思い出した。



菖蒲「よし」


無抵抗の男から首の肉を少し剥ぎ取る。


—————ゴズッ!!!


それを口に投げ込んだかと思えば、つぎの瞬間には頭へナイフを突き立てていた。



菖「まっず・・・」


「何をしている!?」


菖「先刻、少しばっか命が減ったからさ。コイツのも頂いておこうと思ったんだ」


先程の鎖からの脱出及び掌の裂傷の所為で取り入れた生命が少し減っていた。

1人分の命を「1」とするなら0.6くらい減っただろうか。人外へと変わったことにより不思議とその感覚が解る。


この施設から完全に脱出するには、己を繋ぎ止める命が必要だった。いくら不味かろうと食べるしかない。



「ッ・・・!!」


「コイツを囲め!!」


ここの教団員は菖が既に人でないことを知っている。

再生能力以外は子供程度の力と思ってはいるが、言い知れぬ不安に万を期した戦法を取ことを決めた。



菖「退けよクソ共・・・」


「抑え込めぇ——っ!!」


教団員達は、四方から菖へ一気に詰寄る。



菖「上等だ!!ぶっ殺すッ!!!」


今日はここまでに。

一日に3レス程度投下していく感じです。

いや、本当にハートフルになりますよ。
成分的に1割くらいですが。



菖の背後に陣と取っていた団員が、我一番にと九環刀を振り下ろした・・・・・が、


—————ガィンッ!!!


「っ!?」


確実に背を捉えただろう間合い。にも関わらず、白刃は床のコンクリートとまみえ衝突音を響かせている。

刀が降り下ろされるほんの僅か前、菖は己の眼前の敵に詰め寄っていた。



菖「疾!!」


「ぎゃあっ!!?」


子供だと侮ったどころの速度ではない。人の理では説明がつかないほどの速での接近。

白刃がコンクリートとぶつかった時には菖のナイフが正中にいる教団員の利き腕を貫いている。



「が、がッ!!?」


利き腕をさされた団員は堪らず己が持つ武器を手放した。それと同時に菖蒲はナイフを腕から引き抜き次の瞬間には心臓に突き刺す。

心臓が破壊されるほんの直前に、たった今死んだ男が手にしていた胡蝶刀を左手でパシッと、心地よい音を鳴らし掴み取る。



菖(よし、次を・・・)


—————ゴッ!!ザスッ!!ドズゥッ!!


菖「ぎィ゛ッ!ああ゛あ゛!?」


「仕留めたぞ!」


菖蒲が敵の心臓を突き刺し武器を奪うほんの僅かの間。周囲の団員達はそれをみすみす見逃すことはない。

真後ろの一名を除く五名の団員が手に持つ器械にて狙いをつけやすい菖の胴体を滅多刺しにする。



菖(ひっ、怯んじゃ・・・だ・め・・!!)


「今だ!全員で抑えろ!!」


胴体に突き込まれた幾多の器械は即死してもおかしくないほどに深く突き刺さっていたが、菖はまだ死なない。

だがしかし、次の瞬間には大人六名が一勢に押しかかる。痛みに対する一瞬の硬直が仇となった。



菖(コイツ、らァ・・・は!)


「い゛っ!!?」


—————ブチィッ!!!


「ぎゃあぁあ゛ぁあ゛あ゛っ!!!!」


眼前僅か数センチ手前に押しかかっている男の頬へ歯を突き立てる。

歯がしっかり喰い込んだことを顎で噛み締めると共に、頬肉を筋繊維ごと引き千切ってやった。



「ひぃいいっ!?」


今し方押さえ込んでいた団員達は、仲間の身に振りかかった惨たらしいな光景に思わず飛び退く。



菖「殺ぉず、殺ずッ!!」


喰い千切られた頬から大量の血が吹き出し、菖の顔を紅色に染める。

その頬肉を飲み込んだ直後、ナイフより少し大きい胡蝶刀を、のたうち回る男の顎から脳天にかけてブチ込んだ。



今日少なめですがここまでに。

ちょいと引越しがありまして回線繋いだりで投下が日曜あたりからになります。


菖「ぐっ・・・ぅ・・・!」


—————ズチュッ!ブシュゥッ!!


菖「っあ!が・・・・!」


けして長くはない己の腕で、胴に突き刺さっている幾多の器械を抜き取った。

痛みに悶絶するも、すぐに治癒される体であるからこそ、思い切って引き抜きその痛みに耐えられる。



「ひっ・・・ぁ゛・・・」


「一旦引いたほうが・・・」


先程まで勢い付いていた教団員は、残るが五人となり且つ武器を手放したこともあって、戦意を喪失しかけていた。

菖の持つ戦闘力はもそうだが、特に精神の強靱さは化け物に近い域だと痛感したのだろう。

血を浴びて殺意を露わにする菖が放つ殺気は、確かに人のモノとは思えないほどだ。



菖「・・・!・・・」


「おい、どうなってる!」


「まだ捕らえてないのか!?」


ドタドタと足音が近づいてきたかと思えば敵の増援がワッと室内へと押し寄せた。



「やっと来たか!」


「気を付けろ!アイツは殺しても死なない!!」


菖(マトモに相手にするべきじゃない・・・・一気に屋外まで抜けるか)


教団の連中全員を鏖殺したいのはやまやまだが、ここから脱出することが優先だと、少しばかり冷静になる。



菖「ン゛!!」


「ぎゃぁ゛っ!!!」


菖が凄まじい速度で猛進したことに、今し方到着した連中はさぞ驚いただろう。

ドア付近にいた一人の首筋に喰らいつき、体を捻らせてグチュリと皮膚を噛み切った直後にナイフで頚椎へ一閃。



「ごっ!!?」


その一連の流れは計算されていたかのように流麗で素早いものだった。

頚椎への一撃は即死するほどのものだったのか、喰われて刺された教団員の体はこの世から消失した。


「そっちに向かわせるな!」


「どこを刺してでもいいから動きを止めろ!!」


ついさっき一選を混じえた団員が、初見の団員に対して大仰に指図する。

この宗教としては、菖の血の存在は図り知れないほどに必要不可欠なモノ。脱出など許せるわけがなかった。



「おらぁっ!!」


—————ズパンッ!!!


菖「ッか?!」


背後から斧で菖の首へ一断ちを見舞われた。渾身の一撃が綺麗に入ったのか、菖の首は胴体から切り飛ばされる・・・・・・が、



「なっ!?」


菖「っ・・・・は、ぁ」


宙に舞って一回転した頭部が、両方の切断面から血と血が飛び出して結合。瞬時に元の体へと修復された。




菖「邪魔だ!!」


—————ズドンッ!!!


「ぴャ゛ッ!!!!??」


脱出を第一とし前方の敵を二刀の器械で薙ぎつつも、背後から奇襲をかけた男の股間に捻り蹴りをブチ込む。

喰らった男の睾丸は、ブチュッ!!、と嫌な音を立てたがそれどころではない。

地から天へと放たれた蹴りによって、男は天井へまで突き飛ばされ、頭を蛍光灯に突っ込んでから床に落ちた。



「ぁ・・・ぁ゛・・・」


落ちた時には痙攣を起こし小声で断末魔を歌っていた。それほど衝撃的な威力だったのだろう。

男として羞恥的な攻撃を受けた彼は、まもなくショック死が原因で息を引き取ることとなる。


「止めろ!絶対に止めろ!!」


「死ねぇっ!!」


菖「ガァアアアッ!!!!」


阻む敵を斬っては走り、凶刃を受けようがそれでも尚突き進む。

何人と対峙したかさえわからない。隙あらば肉を喰い散らして命を繋ぐ。



—————ゴシュッ!!!


菖「ぎぃ゛いっ!!?」


「脚を飛ばしたぞ!抑えろ!!」


菖「ふっ!おあ゛ッ!!!」


「うごっ!!?」


片脚が一瞬使えないだけでも命取りになる。

ならばと両腕で跳ね飛びながら、もう片方の脚で敵を蹴殺す。そこまでしなければならないほどに圧倒的窮地での殺し合い。



菖(もう少し!もう少しで出口があったはず!!)


受けた傷と取り入れる命の量りなど考える暇すら無い。

ただひたすらに駆け抜け、肉を喰い千切って四肢と刃を振るう。


殺された者、運良く重傷だけで済んだ者・・・・・彼らが相手にした菖という少女は、阿修羅その者だ。


菖「はっ・・・はぁっ!」


菖(やっと、外に出られる!)


息を切らして走り続け、見覚えのある扉にまで辿り着くことが出来た。

殆どを殺したおかげか、追手や遮る者はもういない。少しの安堵を覚えながら外界へと繋がる扉を蹴破るように開いた。




「まさか、信者全員を殺して逃げ仰せるとは」


菖「・・・あ?」


外界の空気は颯爽としていた。今までいた空間とは別世界のように凛とした空気が心地よい。

敷地の周囲に鬱蒼と生えた木々や暗がりの時間がそう感じさせる。

だが、それを噛み締める前に、立ちはだかる男が一人。



菖(こいつ、側近か)


教祖と親しげにしていた階級が上のヤツだ。儀式の時にヘラヘラしていたのを覚えている。

その男の初老と彷彿させる禿頭が、菖の苛立ちを増加させる要因となった。

嫌なことを思い出しても更に腹が立つだけだが、今ばかりは少し違う。



「なんだ?私のことを覚えていたか?」


「私は幹部の马憲及《マ・シェージィ》だ。覚えてお———」


菖「黙れ。道を塞いでるからお前は殺す」


今の言葉も嘘ではないのだが、実際は苛立ったから殺すというのが大部分を占めている。

急いでいるのも事実だが、ここは速攻で殺して憂さを晴らしてから逃げようという欲が出た。


血で濡れた胡蝶刀の柄を、再度握り直す。



憲及「生贄の分際で調子に乗るな・・・糞餓鬼」


菖「よし決まった。お前の油ぎった頭部を削り剥がして————」


憲及「コイツを倒してから言え!!」


菖「・・・?・・・」


何を言っているのか、菖は理解出来ないでいる。《コイツ》などとは何処にも居ないし見当たらないのだから。

だが、憲及は菖の怪訝そうな表情など介する気はなかった。




憲及「天牛蟲《ティンニウチョン》!!!」


左腕を前へ差し出し何かを呼び寄せるように指先で空を切ると・・・・。



天牛蟲「魏ッ!!魏ギギ巍ギ巍ィイイッ!!!」


菖「っ!!??」


空間を割って現れた、成人ほどもありそうな巨大な蟲。

得体の知れない斑模様に、鎌のような鋭さをもった六脚、鉄さえも噛み砕きそうな大顎。



菖(なに!?これ・・・!!)


天牛蟲「魏巍ッ!ギチギチチ゛ッ!!!」


ただでさえ気持ちが悪いカミキリムシが、更におぞましい姿に成り果てたような生物である。

ギチギチと顎を鳴らしながら、敵であるだろう菖へ威嚇を行っていた。



憲及「どうだ?妖魔は怖いか?怖いだろ?」


憲及「コイツが下僕でなければ、この私でも逃ているだろうねぇ!」


得体の知れない生き物は明らかに殺気を放っている・・・・・菖は久方ぶりに恐怖を味わった。

嫌な汗が止まらない、手が震える。怯えないほうが不思議というものだ。



菖(こんなの、どうやって倒せば・・・!)


憲及「ソイツの四肢を斬り落とせ!!天牛蟲!!!」


天牛蟲「ギギィ゛巍ギギッ!!!」


 *




日が沈んで結構な時間が経過した。空気は次第に冷たくなってきたが、まだ心地良いと感じられる冷たさだ。


数日前までの水無瀬なら、時折ケータイで時間を確認していただろう。

この国に来てからは時刻を考える必要がなくなったことは、一つの嬉しい出来事だった。


広州から北京まで縦断ルートを選び、現在は暗闇の山西付近を突き進んでいた。




水無瀬(ん・・・道がマシになってきたな)


中国には度々訪れたことが何度かあるものの、ツーリング目的で足を踏み入れるのは始めてである。

予想はしていたが都市部以外は殆どの道が舗装されていない。

街灯すら無いような場所ならそれが普通だ。舗装されたアスファルトは珍しい。



水無瀬(ガスはあと5か。予備缶合わせて11)


ガソリンの残量を計算するため、走行メーターへと目を向ける。

旧車に近い年式のバイクということもあって残量計などというデジタルな機械は付いていない。

だがそれで良かった。愛車を知り尽くすことが仕手の義務とさえ思っている水無瀬なら、腹の減り具合などいとも容易く把握出来る。



水無瀬(晋中まで余裕なら・・・)


—————ボロロロロォオォオオッ!!


5000rpm5速で走っていたギアを一速落とした直後、アクセルの捻りと共に二気筒ののサウンドが跳ね上がる。



水無瀬(っし、グリップする!)


段々と道が開けてきた。黒い砲弾にも似たヘッドライトが白く行く先を照らしてくれた。

人気の無いワインディングロード。水無瀬もとい愛車であるエリミが好物とするステージ。


—————ォォオオオゥンッ!!!!


ひらりひらりとタイヤの端付近まで慣らした後、回転数を11000rpmまで跳ね上げる。

レッドゾーンまでは使わないものの、パワーバンドを使った加速は味わい深い。


その見た目と裏腹に軽量なバイクは、ステップをアスファルトに擦らせて火花を散らす。



水無瀬「・・・!・・・」


次第に、水無瀬の心は攻めることへと心を奪われる。

バイクが響かせる音は、それを共感してくれるかのような畝ねりであった・・・・・。




*




天牛蟲「チィィィッ!!」


  ドズゥッ!!!


菖「んぅ゛!!?」


はっと気づけば、細長い多節爪が腹部を抉っており、次の瞬間には臓物ごとぶち撒かれていた。

身が竦んで躱す余裕などなく、菖は無様に嗚咽を漏らす。



菖「がッ!!ぁアア!!?」

痛いなんてものじゃない。

怒りと焦燥に身を任せて戦っていた時はアドレナリンによる鎮痛効果も多少はあったのだろうが、今は未知の恐怖が菖の熱を下げていた。

肉を穿たれ臓器を破壊されるなど、思考が通常に働いている状態で喰らえば失神しそうなほどの激痛である。



天牛蟲「ギ、チチッ」


立て続けに猛突する妖魔なる生物。菖の不調を理解したうえで大技を繰り出そうと顎を構える。



菖(やば・・・)

左右対照に準えた鋭くも堅牢であることが象徴される大顎が、菖の細い首になぞるようセットされた。



天牛蟲「魏ッ!!」


菖「ぱッ!??」


  ブシュゥウッ!!!


菖「———!——!!」


首が胴より切り飛ばされ宙に舞い、切断面からは噴水のように血が吹き出る。

くるくると頭部が宙で廻転している最中、菖の意識は途絶えることなく激痛に悶えながらも周囲を視認することが出来た。


これほど気持ちが悪い視界を見たのは初めてだ。




菖(いい加減に・・・!)


菖(しやがれ!!クソ虫がッ!!!)


  ドガンッ!!!


天牛蟲「ッ゛!!?」


突如、天牛蟲は意識を狩り取られそうになる。

蟲の複眼をしても捉えきれない位置である真下から、菖の膝蹴りが天牛蟲の頭部へと凄まじい衝撃を与えていた。


ここに在る妖魔とは、根本的に一見する姿とは性質が違う。例え虫の姿をしていようとも、思考自体は人間並みにある。

人並みの脳を持ったはずの天牛蟲は何が起きたか理解が出来ないままにふらつき、後方に後ずさる。

確かに理解し難い攻撃であった。首と胴体が分断されたにも関わらず攻撃可能な人間が存在するとは・・・・。



菖「おらァッ!!!」

よろめいた天牛蟲が体勢を持ち直す前には、首と胴体の血と血が紡がれ元の体に再生。

菖は痛みが消えいる直前にして攻撃体勢に入っていた。


理不尽な痛みに対する怒りが菖の全身を駆け巡り、暫し味わった恐怖は完全に打ち消されている。

二手目の攻撃として、蟲の顎先へ胡蝶刀での一閃を見舞おうと力任せに振りきった。


  ジャリィィッ!!!


菖(なっ!?)


獲物とした胡蝶刀は業物でもないし脅威的な鋭さを保持しているわけではない。

だがそれでも今の菖の力を用いての一閃であれば、大概の物体は切り裂くことができたはず。

にも関わらず、天牛蟲の甲殻は傷が入る程度だった。岩を想定させるかのような硬度に菖は戸惑いを隠せない。



天牛蟲「ギュギイィ゛ィ!!!」


この人間は危険だ。本気で殺しに掛かるべきだ。と、即座に判断した天牛蟲は脚二本を使い細切れにしてやろうと振りかぶった。


  ガギィッ!!!


菖「ッ゛!!!」


二本の鈎爪を寸前の所で受け止めることに成功。ナイフと胡蝶刀が防御手段として成す。

巨躯な姿は硬度及び絶対的な力を大幅に上げているものの、素早さまでは虫本来のそれとはいかないことが幸いした。


天牛虫は押し切ろうと試みるが、人外となっている菖の力は引けを取ることがなく、刃と鈎がギリギリと甲高い音を鳴らすにとどまっている。



天牛蟲「ギギギ・・・!」


菖(まず、脚をどうにか壊してやれば・・・)

大顎までは少し距離が空いている。

顎の射程内へと引き込まれる前に脚を破壊すれば勝機はあると、脳裏で纏まった瞬間。



天牛蟲「ギヒュッ!!」


  シュンッ!!


菖「!!?」

それまで攻撃に使用されるなどと想定されなかった、蟲の「触覚」。

動きを封じるかのよう菖の四肢に巻きついた。



菖(さほどの力は無い・・・のか?)

触覚が責めぎ合う加重をずらすなどとすれば、今の拮抗した状態を崩れさる。それはマズイ。

しかし、致命的な威力もなければただ巻き付くだけというのなら、問題というわけでも・・・・・。


  バチチ゛チィッ!!!!


菖「が!!?ああ゛ァ!!!?」

などと考えていたのも束の間、触覚より強力な電流が迸る。



菖「っ゛—————!!」

凄まじく痛い。ビリビリと痛い。何故か体の自由が効かない——————電流というモノを知らない菖にとっては不可思議な攻撃だった。



更に、天牛蟲は電流を流しながら触覚を菖の体ごと振り回す。

菖は空中でブン、ブゥン、と風切り音を鳴らす役を買わされていた。傍目には砲丸投げのようにも見えるだろう。



天牛蟲「戲ッ!!!」


菖「—————っ、ぁ゛・・・あ!?」

勢いが最大に乗ったところで巻き付けていた触覚を離され・・・・・菖は空高くに投げ捨てられていた。上空30mはあるだろう。



菖「うビャ!!!」


  ゴチャッ!!!!


それはさながら、子供が『要らないっ!』と言って投げ捨てた玩具のように、宙高くに舞ってから地へと落ちた。

玩具と違う点を挙げるならば、地面に叩き付けられた瞬間、水風船のように体内の血や臓物が爆ぜ散ったことだ。




菖「ご・・・っ、お゛・・・!?」

暗闇の中、何処まで投げ飛ばされたのか不明瞭であったが、土ではなくアスファルトに落下したということが間も無く判明する。


菖「がっ!あががっががぁああぁああ!!!!?」

折れた歯、粉々に粉砕された骨、潰れた肉片と臓器が同時に再生される激痛は、菖をアスファルトの上でのたうち回らせるほどであった。




憲及(これが妖魔の力か・・・やはり凄まじいものがある)


憲及「とどめを刺してこい!!」


天牛蟲「ギギギィッ!!!」

今がチャンスとばかりに木々の合間を縫いながら、菖が落下した道路へと一目散に向かい始めた。



菖(来る、か!)

あれほどのダメージを喰らったのだからほんの少しくらいインターバルが欲しいところだが、そうは言ってられない。

目から溢れる涙を拭いつつも、よろりと立ち上がる。


菖「・・・ん!?」

バキバキと木々を掻き別ける音とは別に、高音と轟音が交じり合ったような音が急接近していることに気付く。


菖(なんだこの音?初めて聴くが今はそれどころじゃ・・・・)



天牛蟲「ギチィッ!!」


菖(来やがっ—————)


  ズドガァンッ!!!!


菖「ッ゛!!?」


天牛蟲「ィ゛ッ!!??」


水無瀬「っ——————!!!」



菖「がっ、は・・・!」

なんだ?何が起きた・・・・・?

暗闇を照らすものは月明かりくらいしか無かったはずだが、突如として目の前に迫った天牛蟲が何かによって照らされていた。

その次の瞬間に私は側面から吹き飛ばされていた。新手の敵か?



水無瀬「っ!が・・・!!」

なんだ?今の・・・・・?

右側通行の右コーナーを70km程で旋回していたのは覚えている。侵入速度は確認していた。

ブラインドを切った瞬間、森から飛び出してきた巨大な生き物(?)と・・・・・女の子を跳ねた、のか?



水無瀬「痛って、ぇ゛・・・!」

バイクから投げ出された直後、水無瀬はアスファルトにダイブする嵌めになり滑走した先の木々の中に突っ込んでいた。

着用している装備が丈夫な革ジャケット及び元来転け慣れていたこともあったせいか、さほどの傷は負わずに済んだ。

それでも衝撃は全身に回り、よろよろと立ち上がることしか出来ない。

草むらから這出ると、エンジンは停止しているもののヘッドライトが点灯している愛車を視認出来た。



水無瀬(人間・・・跳ねたよな、俺)

コーナーで衝突する寸前、右側の車道に女の子が突っ立っていたことが脳裏にまざまざと蘇る。

反射的にフロントブレーキを軽目に当て、リアブレーキを強めに踏み込んだことで車体を左へ流そうとしたことも。


水無瀬(つーか、さっきの生き物は————)

女の子と衝突する刹那、左手の森から何らかの生物が飛び出したことも一瞬だが覚えている。見たこともない形状の生き物だった気がする。

しかし結果として、謎の生き物には加重の掛かったリアで、加重少なめのフロントにて女の子を突き飛ばしていたのだ。




水無瀬「ん?・・・っ!?」

ヘッドライトが照らす先に、立ち上がろうとする女の子を見つけた。

更に10mほど離れた場所にて、出鱈目に大きい虫がギチギチと喚き、腹部を天に向け六本の脚をわしゃわしゃしている。


水無瀬(気持ち悪っ!!)

何とも気持ちが悪いデカさと動きだ。というか大き過ぎて怖い。

エリミが生きていると確認出来たなら今すぐに逃げ出したい。けれで保身よりも女の子を手当てしないと・・・・。



水無瀬「おい・・・大丈夫か!?」


菖「不要来(来るな!!)你是誰(誰だアンタ!?)」


水無瀬「っ、と!?」

怪我を心配して駆け寄ったというのに、いきなり刃物を向けられた。



水無瀬「待て待て!!何もしないから————」


水無瀬(・・・あっ、日本語通じるわけねぇじゃん)

それは当然のことだった。ここは中国なのだから。





菖(この人の言葉、中国語じゃない?)

まったく聞き覚えの無い発音だった。

素養があるわけではないが、間違ってもこれは中国語じゃないと解る。



水無瀬「你还好吗(大丈夫なのか?)」


菖(少しカタコト・・・・外国人なのかな)


菖「アンタ、敵じゃないの?」


水無瀬「敵?なわけないだろ?」

まだ二十四年しか生きていない水無瀬だが、十代の最後に中国語を会得する機会があった。

半年足らずで半ば強制的に覚えさせられたものだが、それでも現状の役に立つ。



水無瀬(こいつ、なんで普通に立ってられるんだ・・・?)

目の前の女の子が何かしら異常だと気付く。

薄着の半袖に短いパンツ、それらは血だらけで無数の穴が空いている。それに加え、この寒空の下で裸足。

にも関わらず、露出している四肢には一切の擦り傷さえ見られない。



菖「・・・・・」

こちらを照らすヘッドライトの逆光を手で塞ぎながら、光りを放出する物体を凝視する。


菖(あれは、バイク・・・・多分バイクだ)

天牛蟲は起き上がるのに必死と見て取れるものの、考えている時間に猶予は無い。即座に決断する必要がある。


菖(例えこの人が敵だったとしても、人間一人なら余裕で倒せる)



菖「お願い助けて!ここから逃げたい!!」


水無瀬「・・・オーケー」

現状を加味するに、この子が何かしらヤバイことに巻き込まれているのだと判断した。

それを見捨てるほど水無瀬は薄情でもないし、性格上に至っては自ら加わって出る方である。



菖「・・・!・・・」


菖「あの虫が起き上がる前にバイクで—————」


水無瀬「わかってるって!お前も来い!」


逃げ出したいのは水無瀬も同じだった。

二人は虫を背にし、照らす光りの方へと走り出す。


登場人物参考画像



http://livedoor.blogimg.jp/el250a3-1111/imgs/8/a/8a9ccec5.jpg

水無瀬
http://livedoor.blogimg.jp/el250a3-1111/imgs/a/6/a603c306.jpg

回線工事が遅れてるのでほしゅ

セルフ支援っつーか、うん。セルフ支援だね。

しかしキャラデザがあるとメッチャ描きやすいと気付いたよ。
書き為してるけどスゲー捗るし楽しい。

水無瀬「かなり逝ったな・・・」

菖「これ、動くの?」

暮明で見えにくいが、車体左側の損傷が著しく 目立っている。 タンデムバーに固定していた弾薬箱(荷物入 れ)は激しく凹んでおり、FRP製のサイドカバー とリアカウルはバキバキに割れていた。損傷箇 所を上げればキリがない。

水無瀬「・・・・」

黙々とエンジンの始動を試みた。

メインキーを一旦オフにした後、オンに戻す。 無駄にアップになったハンドルを無理矢理戻し つつワイヤー類をチェック、変な方向に曲がっ たシフトペダルをカコカコと踏み込むとニュー トラルランプが点灯。


水無瀬(電装は大丈夫!)

キャブ付近から漂うガソリン臭が不安の種。祈る心境にてセルスイッチを押す。

ボボッ!ボ・・・ボボッボ!!

水無瀬「いけるはず・・・!」

セルがキュッ!と鳴り、続いて混合された気体が 爆発しかける音が聞こえた。
プラグはしっかり点火しているものの、キャブにダメージがあったのか爆発が安定しない。


憲及「天牛蟲!!何をやっている!?」

木々を掻き分け、今頃になって仕手である憲及は到着。
目を凝らし現状を把握したのか、空を仰いでいる天牛蟲へ 助言を投げかける。


水無瀬「誰だアイツ?」

菖「クソ野郎だ!!」

怒りを露骨に表し表情筋を歪めた菖は、手にしていたナイフを振りかぶった。

   ズドッ!!!

憲及「が!?あぁ゛あ゛っ!!!」

凄まじい速度で回転するナイフが、憲及の脚に 深く突き刺さる。
出血を伴う激痛に堪えかね、その場にてガクン と足腰が崩れ落ちた。


水無瀬「ちょっ、お前」

菖「いいから早く直して!」


憲及「ぎっ、ぃ!!!」

激痛のあまり立ち上がることさえままならないが、口はひらける。
今ここで、あの餓鬼を逃がすわけにはいかない・・・!!
逃がそうものなら、己の命が危ぶまれるのだから。


憲及「天牛蟲・・・触覚を使え!」

天牛蟲「・・・!・・・」

はっと気付く。
2mそこいらの脚を右往左往させても起き上がれない。
だが、5mにも及ぶ触覚を周囲のものに絡ませれ ば・・・・・起き上がれるではないか。


天牛蟲「ギュッチ!」

   シュルル!パシンッ!!

菖「やばッ・・・!」

二本の触覚を細い木に絡み付かせ捻るかのように力を加えてくるりと反転。
衝突によって多少のダメージはあったのか、向き直る動作が妙にぎこちない。


水無瀬(掛かれ!早く!!)

蟲がギチギチと鳴らす甲殻音が焦燥を駆り立てる。
キャブ付近からほんのりガソリンの匂い、オーバーフロー・・・・・だが、この程度で動か なくなるマシンではない。


菖「急っ————」

   ボォウゥ゛ン!!ォオァ゛アア゛ンッ!!ギュ リィィ゛イッ!!!

水無瀬「乗れ!!」

怒りとダメージに身を震わす妖魔が飛び掛かる寸前のところで、エンジンの爆発が連続排気音を奏でる。

握り込んでいた半ばで折れたクラッチレバーを離し、凄まじい勢いで上昇した回転数を動力に変換。
同時にフロントブレーキを当ててやると、寝かされ気味のリアタイヤがアスファルトと摩擦を発生。
アクセルターンにて進行方向を定めていた。


菖「お願い!!」

飛び乗った菖は窮屈なタンデムシート付近に跨った。
本来は快適に乗車できる造りだが、左右のリアショック付近に取り付けてある弾薬箱が乗り手以外の乗車を阻んでいた。
仕方なくサイドカバーのエンドあたりにふくらはぎを密着させ、水無瀬の腰に手を回す。


水無瀬「しっかり掴まれ!!」

必死さから張り上げた声は母国語であり、言葉自体の意味など菖が解るはずもない。
それは水無瀬も同じことだ。声を荒らげる菖の言葉など半分ほどしか理解出来てない。
だが、緊迫を供した者達が生み出した熱意は、双方へ互いの本意伝わせるに十分である。

   
菖「わっ!?」

グンッと身を引っ張られる感覚が突如として菖を襲う。
ウィリーしないよう加重をフロントに移動。その状態から10000回転まで吹け上がった駆動が後輪へと伝わる。
スポーツバイアスがアスファルトをがっちりと喰らい込み蹴り飛ばす。

最高出力12500rpm/40psパラレルエンジンより生まれ出た加速力は、菖の意表を置き去りにした。



天牛蟲「イィ威ッ!!!」

   ドガアァンッ!!!

菖「っ!!」

二人と一台がコンマ数秒前に居た地点のアス ファルトが砕け散る。
さほど高くない宙より振りかぶった天牛蟲は、二本の前脚にて二人を穿ち粉砕する予定であった。
刹那というタイミングで躱せたのは幸運と言う他あるまい。


水無瀬「舐めてんじゃねーぞ蟲ケラ・・・!」

加速開始から4秒が経過した時点で時速70km。
一瞬にして互いの距離が離れ、ミラーの点を生み出した。

呼応してくれた愛車の力を誇示するかのよう、 虚を通し背後の妖魔へと嘯く。


菖「は、はっ!凄い!!」

初めて味わった加速力と一気に突き放したことによる安堵から、喜々とした声が零れた。
やるじゃねーかお前!と、水無瀬の脇腹を平手でパンパンと叩く。


水無瀬(まだ気ぃ抜けるような状況じゃ・・・ ない)

10秒経過した時点でゆうに100kmを越えていた。だがしかし、行手に構えるコーナーが喜びを塞ぐ。
それ自体は不安の種になどならないが、あの巨大な蟲の速度が気になって仕方ない。
四輪と二輪でさえ、コーナリングは当然ながら四輪に分がある。それが六となれば・・・・・。


水無瀬「動くな!掴まってろ!!」

コーナーのRにも寄り切りではあるが、タイトなポイントに至っては40km程にまで減速せざるを得ない。
攻め慣れている峠ならばいざ知らず、未開のブラインドとなればそれは当然のことであった。


菖「く、うっ」

菖「あの・・・そこまで急がなくてもさ、振り 切ったんじゃ」

バンクが一定値を超えれば可倒式ステップから火花が散る。
コーナーの度に菖は肝を冷やす。こんなに傾いて転倒しないのだろうかと。


水無瀬(抜けきれ・・・!)

タイトなコーナーが思いの他続く。
ワインディングに出れば逃げ切れるのは確定だが、未開の地となれば先が見えない。


天牛蟲「ギィイッ!!」

カカッ、バキッ・・・ガガガガッ!!!

菖「!?」

水無瀬(マジで追いついて来やがった!!)

ミラーを僅に確認すると、テールランプの朱に染められた蟲が離れた位置にぼんやりと窺えた。
鋭利な爪先がアスファルトに食い込む音は、さながら地獄へのいざないとも取れる。


菖「速度!!もっと出ないの!?」

水無瀬「無茶・・・言う、な!!」

再びコーナーへ進入し、ステップより咲く火 花。だが、見た目程の速度は出ていない。
一方の天牛蟲は、自慢である六脚によって高速の旋回を実現。


水無瀬(———開いた!)

菖「っう!?」

コーナーを抜けるとヘッドライトが緩く続い たワインディングを照らし出す。
ここぞと言わんばかりに回転数がパワーバンドへ突入。加速度が二人に圧力をかける。


天牛蟲「チィ!」

互いの距離はまた少しばかり離れていた。


菖「そうだ!何か武器持ってない!?」

水無瀬(武器・・・?)

水無瀬「鉈が左のケースに入ってる!あと工具!」

80kmを越えたあたりから風切音が二人の会話を邪魔する。
風に負けじと大声で伝え合う。


菖「ここ!?」

ひしゃげた弾薬箱の蓋を乱暴に開くと、蝶番が壊れると共に、蓋はアスファルトを滑る。


菖(あった!)

ナイフは憲及の脚に刺さったままで手元にな い。
今の菖には、どうにか握り締めていた胡蝶刀と新たに手に入れた鉈一本。


菖(どうするか・・・)

鉈を渾身の力でぶつけることが出来れば、距離を詰める天牛蟲の脚の一本は落とせるだろう。
しかし、鉈が外れて追いつかれようものなら再び戦闘にもつれ込む。
そうなった時、短刀である胡蝶刀では勝機に乏しい。


菖「クソッ!」

天牛蟲「!!」

だめもとで胡蝶刀を投げてみるが、やはり硬度に阻まれナイフは弾かれた。結局、足止めにすらならない。


水無瀬「外れたのか!?」

菖「当たったけど堅過ぎる!!」

予想こそしていたが、あの生き物は相当に堅いらしい・・・・・それならば。


水無瀬「ガソリンで、足止めするか」

菖「ガソリンって?」

コーナーに差し掛かり、水無瀬の腰に手を回し踏ん張りながら、聞き慣れない単語の意味を 訊く。

水無瀬「ああ、汽油(ガソリン)な」

悠長にやり取りしている暇はないのだが、役を担うだろう子に仕方なく答えた。


菖「!!」

菖「燃やせばアイツだって流石に———」

水無瀬「火ぃ付けりゃ燃えるが、この状況で着火は先ず無理。滑らせて足止めが限度だろ」

菖「マッチ持ってないの!?」

水無瀬「ライターしかねぇ!!」

回転の上昇に伴って唸るエンジンに、声が掻き消されないよう、声を互いに強めた。
確かにマッチならば距離を置いた状態でもあの蟲を燃やせるだろう・・・・・しかし、己が持つのはターボライター。


菖「それでいい!私が火をつける!!」

水無瀬「だからライターじゃ」

水無瀬(・・・いや、出来るか?)

そうだ。何も近づいて火を当てる必要はない。
ライターの押部を固定させたまま投げ込めば、ターボなのだから高確立で引火させられるだろう。


水無瀬「左のボックスにライターと銅線があるから・・・頼めるか?」

菖「わかった!」



天牛蟲「?・・・!?」

ビシャッ!バシャッ!

天牛蟲「ッ!??」


水無瀬「どうだ!?」

菖「当たった!よろけてるよ!」

菖は2?の携行缶よりガソリンを背後へまき散らす。
天牛蟲はびしゃびしゃと全身にガソリンを受けた途端、垂れ流れるその液体によって足元が滑ると気付き四苦八苦していた。


天牛蟲「ギッ!ギギィイイッ!!」

滑りを抑えるために六本の爪先を立て、スパイクの如く地に食い込ませ距離を詰めようと疾走する。


水無瀬「マジで頼むぞ!」

菖「おう・・・!」

水無瀬の背後で、カチリ、カチリ、とライターの動作音が鳴る。
深呼吸とも取れる菖の息遣いが聞こえたかと思えば・・・・・途端、リアが唐突に沈み込む。かと思えば、荷重が抜けた。


水無瀬(はっ?)

ちょっと待て・・・コイツは今何をした?
ライターを銅線で固定し投げるだろうはずが、 今更ながら動作音が二度鳴った?
そしてリアの加重が抜けたとなれば・・・・・まさか。


菖「雄ォオ゛オッ!!」

あろうことか、右手に鉈を左手にライターを構え、菖は迫り来る天牛蟲に向かい、虚空へと飛び出していた!


天牛蟲「ギチッ・・・!!」

物理の法則に従っているのならば、宙で身動きなど取れるはずがない。
ここが最大のチャンスと言わんばかりに、槍にも似た鈎爪二本を凶刃の如く、勢いのまま狙い定める!


菖「ッ———!!」

見切れ・・・見切れ!!見切れッ!!!

ライターだけは離さぬようにと、右半身を前面に向けた体勢より鉈を振りかぶる。
しかし問題は振り下ろすタイミングだった。 蟲の鈎爪に行手を阻まれようものなら着火に難が出る可能性は高い。
動きを見切り、脚の一本さえ壊すことが出来るならば、勝機はある・・・ッ!!


天牛蟲「戯威威ッ!!!」

菖「・・・!!・・・」

“見えた”・・・・・否、振るわれ往く凶刃の殺気を、極限の集中が生んだ第六感をもって察知した。

天牛蟲が繰る先行させた二本の鈎爪。多節の筋に力が篭る。
その殺陣領域へ空より立ち入る刹那、塵よりも細かい緊縛の間。
己の本能が、今こそ断ち切れとシグナルを送った。


菖「———疾ィ゛ッ!!!」

  ズパァン゛ッ!!!!

天牛蟲「ギャイッ!!!?」

袈裟懸けに振りかぶった刃。
傲慢とも思える、力で推し斬れると主張す粗く猛る刃が、蟲の鋼爪二本ともを斬り落とした!

切れ落ちた途端に緑色の液体が溢れ出 す・・・・・が。


菖「が・・・ぁ゛!!?」

菖「ぎぃ゛っ!!いぎゃぁあ゛っ!!!」

鈎爪を斬り飛ばした直後、その奥に構えていた大顎の一本が菖の胴体を串刺しにしていた。

速度にのっていた天牛蟲は脚を二本負傷しようとも止まるはずがなく、ベクトルに赴いた凶刃は肉から内臓、果ては骨を穿ち砕く。


菖(ぞ、想定、内・・・っだ!!)

懐にさえ入ってしまえば着火は容易である。 大顎まで破壊する連撃を繰り出す業など己は持ち合わせていない。
そう解ったうえでの捨て身戦法であった。


菖「くたっ・・・ばれ!!蟲けらがァ゛!!!」

   ボォウンッ!!!

天牛蟲「ギュィイイ゛イ゛ッ!!??」

菖「ァあ゛っ!!!」

切り札である左手にて着火した途端、轟音と共 に炎が二人を包む。
菖は右足で蟲の胴体を蹴り飛ばし、突き刺さった顎より脱出。

これは相当に堪えているのか、天牛蟲は悲鳴をあげ右往左往するも炎からは逃げられない。 その高熱は、体液を徐々に沸騰させるに至っていた。


水無瀬(嘘、だろ・・・!?)

ミラーに炎の眩さが現れた途端、リアブレーキを踏みターンドリフトにて進路を反転。


水無瀬「おい!!おいっ!!?」

蟲はのたうち回り、動きがやおら大人しくな る。
そのことも遇ってではあるが、命を顧みず戦った菖の傍へ駆け寄った。


水無瀬「っ・・・!」

菖「がっ!!あ・・ぁ゛あ・・・!」

当然ながら、菖の衣服にまで炎は燃え広がっている。
丈夫な革手袋を着用していたこともあり、そのまま火を払おうと水無瀬は救助を試みた。


水無瀬「大丈夫か!?」

菖「大っ・・・丈夫」

水無瀬「!!?」

目を疑った。
ヘッドライトと天牛蟲に引火した炎より照らされた菖の体は、当然ながら衣類は焼け落ちて裸 同然にある。
そこさほど気にならない・・・・・驚いたのは、焼けた皮膚や大きく出血している傷口が、みるみると再生していくことだ。


菖「へへっ、勝ったぞ・・・!」

水無瀬「お前・・・何者だ?」

菖「・・・・・」

ヘルメット越しで顔は見えないが、怪訝を通り越して不可思議な声を出している人。
助けてくれたけれども、見ず知らずの人に事情を話すべきか少し迷いが過ぎる。


水無瀬「・・・・・」

押し黙るかのように沈とした菖の表情を見た水無瀬も、それに気付く。何かしらの事情があって話難いことなのだろうと。


   ぎゃああぁああっ!!!


水無瀬「!?」

菖(憲及とかいうヤツの声・・・?)

蠢きのような遠鳴が森に響き渡った。
距離は離れているのだろうか、少しばかり木霊した後にその音声は止む。


菖「あの、さ・・・」

悩む間もなく、二人は再び視線を合わす。


水無瀬「とりあえず、ここから離れたほうがいいか?」

菖「うん・・・そうだな」

訳など後で訊けば良い思った。それに、このヤバイ状況からは一早く離脱すべきだ。
蟲が焼け焦げる異臭も堪ったものではない。


水無瀬「ほら、これ着とけ」

裸同然でこの寒空は辛いだろうと思い、弾薬箱に入れておいたレインコートを菖に渡す。


菖「兎に角は遠くまで頼むよ」

今この瞬間に根掘り葉掘り訊かれなかったのは、少し有難い。

双方は息をついた後に、傍目から見ればボロボロのバイクに跨る。


菖(よくやったぞ・・・私)

どうにかあの窮地から抜け出すことが出来た。
不安は尽きないものの、今だけは少し余韻に浸り、夜風を浴びるとしよう。


菖「なぁ、アンタの名前は?」

水無瀬「水無瀬《ミナセ》。姓のほうな」

先程と違い安定した走行は、冷たいながらも程良い風が纏わりつく。


水無瀬「お前は?」

菖「菖《チャン》。名は菖だ」

一時死線を共にした者の名くらい、訊いておいてもよいだろう。

このあとも、暫くは世話になるのだから。



今現在登場した人物の名前の読みは・・・

菖 ≪チャン≫ ※中国人
http://livedoor.blogimg.jp/el250a3-1111/imgs/8/a/8a9ccec5.jpg

水無瀬 ≪ミナセ≫ ※日本人
http://livedoor.blogimg.jp/el250a3-1111/imgs/a/6/a603c306.jpg


?憲及《マ・シェージィ》 ※中国人

天牛蟲《ティンニウチョン》 ※巨大なカミキリ虫





菖「日本人って、中国人と似てるんだな」

水無瀬「まぁ、同じ日系だし」

ヘルメットを脱いだ水無瀬の顔を、まじまじと見つめる。
二十代半ばらしいが・・・・・なんというか、若いのか若くないのか形容し難い顔つきであった。

水無瀬はじろじろと見られることを特に気にもせず、起こした火に煙草の先端を近づける。


水無瀬「うっ・・・めぇ」

日本では起こり得ない危機を凌いだ後に吸う煙草。最高の味がした。


菖「・・・こんなところで火を起こしたらマズイんじゃ」

水無瀬「問題無いよ」

菖「なんで?」

先程の移動中、経緯を少しだけ訊いた。訊いておかねば逃げようがないのだから。
トチ狂った教団から逃げ出し、あの巨大な蟲は《妖魔》だとかのペット的な存在で、連中は十中八九菖を追ってくるということ。

そこまで知れば、逃げ方は安易に練ることが出来た。


水無瀬「山道からは入り組んだ道のりだし、ここの地形は窪んでる。小さな炎光が視認されることはねぇよ」

水無瀬「で、風下は眼下の町。妖魔に鼻のキク奴が居てもまず発見は不可能ってこと」

あの衝突があった地点からは50km程離れてい る。
そもそもが安易に見つかるようなことはない。


菖「おー・・・なるほど」

所々知らない単語が混じっていたが、妙な説得力に納得せざるを得なかった。


菖「で、さぁ」

水無瀬「ん?」

菖「ソレ、は・・・私も食べていいの?」

起こした火の上に金網が引いてあり、白米を込めた小鍋がくつくつと煮立っている。
炊飯器のような人工的な匂いではなく、野性味溢れる芳しさが辺りに漂う。

ヤバイ状況でこそ、気構えずにいるべきだとの信条がもたらした行動であった。


水無瀬「一人で食うほど捻くれてねーよ」

菖「ありがとう!水無瀬!」

きっと、幽閉されていた時は碌なものを食べることが出来なかったのだろう。
こんなことで喜んでくれる人がいて、水無瀬の表情は少し綻んだ。


水無瀬「そろそろいいんじゃね?」

菖「おぉ、ぉっ!?」

かぱりと蓋を開けると、湯気がもうもうと沸 き、程良く米が炊き上がっていることが判る。


菖「なっ・・・なにコレ」

水無瀬「えっ?お前の地域って米食べない?」

菖「いや、そうじゃなくて」

水無瀬は、この子が何を言いたいのか全然判らないでいる。

菖「お粥じゃない・・・なんて、贅沢な食べ 方」

貧困地域の出身だったのか・・・・ようやく菖の真意に気づけた。
生まれた時から碌なものを食べることが出来なかったのだろう。


水無瀬「好きなだけ食えよ」

一つしかない碗に自分が食べる分だけ取って、残りの鍋ごとスプーンと一緒に菖へ渡す。


菖「謝謝(いただきますっ!)」

水無瀬「あ、干肉もあるから焼こうぜ」

弾薬庫に入れてある干肉と塩胡椒を取りに向かおうとした時、背後の菖が挙動を止めた。


菖「肉って・・・」

まるで、驚愕に打ちのめされるかのように。


菖蒲「水無瀬、金持ちだったのか」





水無瀬「つーかさ」

菖「?」

食事を終え、珈琲と煙草で一服しながら問いをかける。
菖の珈琲は砂糖をたっぷりと入れておいた。


水無瀬「ピンピンしてるけど、マジで大丈夫なの?」

菖「それこそモーマンタイだよ」

菖「ほら」

大きめのレインコートから腹部を覗かせると、傷一つない肌が炎に照らされた。



水無瀬「・・・詳しく、訊かせてくれ」

顔つきが少しばかり険しくなる。
何を考えてこうも表情が変わるのか、菖には今ひとつ理解が出来かった。


菖「・・・・・」

教団での経験があったせいか、全てを話す気にはなれない。

水無瀬が悪い奴じゃないとは短い時間ながらに知れた。だが、悪い奴じゃないと言っても、あくまで教団の糞共よりはというだけだ。
話せば教団の連中と同じくこの血を利用するかもやしれない。それが目的で優しく振舞っていた可能性だって多いになる。


菖(けど・・・)

本当にいい奴なのかもしれない。と、信じたい。

今後、己がどのように動くべきかなど、事が大き過ぎて未だに纏まりがつかない。
しかし何れにせよ、今後は誰かの助けが必要になる。

だが・・・・・この血のせいで扱いが変わるのなら、話したくはない。



水無瀬「・・・大方、検討はついてるけどな」

菖「・・・!・・・」

水無瀬「その回復力。それが起因して教団とやらに幽閉されてたってとこじゃねぇの?」

菖「判ってるなら、なんで」

水無瀬「俺の命まで狙われんだよ」

菖「なんでさ?」


水無瀬「菖の回復力は天位的なものなのか人為的なものなのか・・・妖魔とやらが存在するあたり、後者と思うけど」

菖「・・・うん」

水無瀬「それなら教団は秘密裏に事を進めたがってるはずじゃないか?間違いなく前者よりも」

水無瀬「で、秘密を知った人間を殺すのは当然の流れ」

菖「ふーん・・・」

いつの間にか、疑念に近い眼差しで水無瀬を見つめていた。
危機的な立場にあるにも関わらず、傍観にも近い口調で状況を解しているなど・・・・・本音が見えない。



水無瀬「聞きたいことがあるなら、訊けよ」

その視線に気付き、問いを返す。


菖「お前は何が目的だ?まるで・・・楽しんでいるようにも見えるぞ」

菖「全部を話すのは、それを聞いてからにする」

水無瀬がどのような目的をもっていようとも、今の菖なら軽く捻り殺すことだって可能だ。
わざわざ問いかけずに利用していれば良かったのかもしれないが・・・・・少し苛立ちに近い感情が、投げかけさせた。


水無瀬「目的、ってよりも本音を話そうか」

煙草に再度火をつけ終えると、真摯な口調に変わる。


水無瀬「俺の命が狙われるってんなら殺られる前に殺す。これが一つ目」

水無瀬「別にベラベラ漏らす気もねぇのによ、命狙おうなんざ・・・ぶち殺したくなるわな?」

水無瀬「幸いにも此処は日本じゃない。完全犯罪の一つ二つどーにかなるってんだ」

口調が変わる。本物の表情が垣間見えた。
険しさは消えたにも関わらず、狂気地味た怒りが口調と表情から滲み溢れている。


菖「いっ、いや・・・アンタが狙われるって確定したわけじゃ」

少し怯えたのか、先とは一転した気遣いを口にする。


水無瀬「・・・まぁ、全容次第だけどさ」

強ばった菖の表情に気付いたのか、トーンを少しだけ上げた。
口調が元に戻ったのは意図的なものではない。



水無瀬「そんで二つ目。ちょいと不謹慎な言い方だが・・・」

水無瀬「おもしれぇ」

菖「はぁ?」

この状況を面白いだ?何を言ってるんだコイツ?


水無瀬「だから不謹慎つったろ」

菖「不謹慎どころか意味わかんないっての」

水無瀬「まぁ・・・わからんよな」

菖蒲「本当にわからん」

ヘラヘラとしているわけではないのだが、間違いなく楽しんでいるような笑みを浮かべている。
脳内構造がどうなっているのか甚だ疑問となった。


水無瀬「なんつーかさ、日本じゃこんなイレギュラー有り得ねぇんだよ」

水無瀬「トチ狂った教団、妖魔、不死身みたいなお前」

水無瀬「その渦中に居るなんて最高に燃えんだろ?身ぃ震えるね」

菖「・・・」

ダメだコイツ・・・・・根本的に何かがおかしい。


菖「あのな、お前ナメ過ぎだろ。敵の数どんだけいると思ってんだ?」

菖「私の味わった痛みを知らないから!!そんな巫山戯たことが言えるんだよ!!」

流石に言葉を荒らげざるを得なかった。堪らなく怒りが体を沸き立たせる。
平和ボケした日本人だから、裕福な人種だからこんな巫山戯たことが言えるんだ。



菖「大体!!お前だって命狙われてブチ切れかけてただろ!?」

菖「そんで面白いって何だそりゃ!?あァ!!?」

水無瀬「まぁ聞けよ」

本気で怒っている。それも自分の発言が原因で。
それを理解したうえで、菖の口上に割って入った。


水無瀬「俺はな、お前の痛みなんか知らねぇよ」

水無瀬「端々聞いて想像したつもりじゃいるが・・・んなもん、本人にしか解るわけない」

水無瀬「けど、酷い目に合ったってことは、さっきの戦闘でも、お前の言葉からも伝わる」

菖「じゃあ、慎めよ・・・」

再び真摯な口調に変わったことが、菖の心を少しばかり落ち着かせた。


水無瀬「少なくとも、俺が今まで見てきた連中よりも、教団の奴らは糞ったれなんだろ?」

菖「ああ、とんでもない屑共ばっかだ」

菖「人を人とさえ思わないような・・・畜生共だらけさ」

思い返した。
血を採取される拷問。いや、拷問という表現では生易しい。永遠とさえ思えるほど長い時間、手首を抉られ続けた。
その餌にされた子供達。躊躇なく頭に刃を叩き込まれていた。一瞬で消え去った生贄だっている。
それだけじゃない。そうなる前にも、私が、私達が受けた苦痛は・・・・・。


水無瀬「そんなゴミ屑は生かしとくべきじゃねぇって思うけど・・・どうだ?」

菖「当然・・・殺すべきだ」

仇が眼前とあれば、今すぐにでも引き裂いて嬲り殺しそうな目をしている。
尋常じゃない怒りが双眸より、物質とさえ錯覚してしまいそうな殺気が、全身から溢れ出ていた。


水無瀬「そろそろ判っただろ」

水無瀬「楽しくやるのと、つまらないと感じながらやるじゃ・・・前者しかないってな」

菖「そーいうこと、ね」

教えるべきだと思った。
これほどまでの痛みを味わい、尚且つ苦悩の中に居るのなら、せめて後悔しない生き方を。


水無瀬「負けても勝っても、楽しく生きてりゃ悔いなんて残らないだろ?」

水無瀬「それに、楽しみながらやってりゃ意外とどーにかなるもんさ。気楽にやろうぜ」

菖「ちぃとばっかし理解し難いよ。アンタは」

平和ボケ・・・・・といった人種ではないらしい。
私が水無瀬の何を知っているわけでもないし、水無瀬が私の何を知っているわけでもないが、どうも悪い奴じゃなさそうだ。



水無瀬「あー、そんで続きな」

菖「まだあるのか」

水無瀬「うん。俺さ、あの妖魔っての欲しい」

菖「は!?」

ちょっと待て・・・・・あんな化け物が欲しいなんてどーいった脳ミソしてるんだ。
馬鹿デカイ虫が欲しいなんて悪趣味なんてものじゃない。


水無瀬「あの虫を想像してんだろーけど、アレなら俺だって遠慮するわ」

菖「ん?どゆこと?」

水無瀬「俺が来る前に、光って痺れる触覚を喰らったって言ってたろ?」

水無瀬「多分そりゃ电力(電気)だ」

菖「電気?あれが電気なの?」

売り飛ばされる前に住んでいた農村に電気は通っていたが、その電気がどーいった仕組みなのかは理解していなかった。


水無瀬「多分な。で、触覚から電気撃つような虫なんて世界中探してもいないと思う」

菖「そりゃあね。あんなデカさの虫もいないと思うよ」

水無瀬「でもって命令してた男が、天牛虫《ティンニウチョン》と名付けてたと」

菖「ああ」

水無瀬「ってこたぁ色々と種類がいるんじゃね?能力も色々と」

菖「・・・気が滅入るよ」

水無瀬の考察は最もだった。
だがこれから先、妖魔の種類が様々になり、それが追って来ると考えたら堪ったものではない。


水無瀬「且つ“従えてた”となれば・・・俺も一匹くらい拝借したいね」

菖「従えて、どうするんだ?」

水無瀬「従えるってより、協力してくれたらいいかな」

水無瀬「人間じゃ出来ないことが出来りゃあ、今よりマシなことが出来る」


菖「・・・そうか」

少し考えた後、先程干肉を切った鉄切り挟みを手にする。


水無瀬「・・・おい?」

菖「水無瀬、怪我してるだろ?」

唐突な行動を気にする水無瀬をよそに、問いを投げた。


水無瀬「怪我ってか、ちょっとの擦り傷程度だけど」

実際は転倒した際の衝撃によってムチウチのようなダメージを負っていた。
だが、致命的でもないし放っておいても問題ではない。数日あれば治る。


菖「ッ゛!!」

  バチィッ!!!

水無瀬「!!?」

指先の肉を少しばかり切った。流れ出る血も少量ではあるが痛々しいことには変わりない。
事実、菖の顔は痛みに歪んでいる。



菖「口、開けて」

水無瀬「は?」

菖「早く!!」

水無瀬「んぅ!?」

勿体ないからと言わんばかりに人差し指を水無瀬の口内に突っ込むと、驚きから素っ頓狂な声が漏れた。


水無瀬(っ、ん・・・?)

水無瀬「!!?」

口の中に塩辛くて苦い鉄の味が広がった。
そこまで多くの血を飲んだわけではない。実質は数滴分といったところだろう。

水無瀬(なんっ、だコレ!?)

全身を駆け巡っていた痛覚を、慈しみが撫でるかのような感覚。
軋みをあげていた細胞の一つ一つが活性していく。擦り傷があった手首を確認すると、瘡蓋にまで回復していた。



水無瀬「すっげ、ぇ」

先程まで強ばっていた筋肉が嘘のように軽い。
掌をわきわきさせて感覚を何度も確かめる。


菖「これが私の血だよ。連中が躍起になって追い回すだろう理由」

水無瀬「お前・・・不死身か?」

回復力は血が齎すものだと解れば、大体の結論としてはそうなるだろう。実際は不死身なんかじゃないが。


菖「・・・・・」

血の効力を確かめさせたほうが話が早いと思った。

だが、それよりも・・・・・水無瀬がどういった反応をするのかが気になる。
どういった用途に転じようとするのか。


水無瀬「きっついな・・・」

水無瀬「元に戻る方法はあるのか?」

菖「・・・えっ?」

水無瀬「いや、だから普通の人間に戻る方法」

これは予想外の答えだった。何故そこに行き着く?


菖「いや、わかんない」

水無瀬「マジか・・・探すしかねぇだろ」

菖「水無瀬、なんでそう思うんだ?」

水無瀬「なんでって、そりゃあ」

やっぱり水無瀬の考えることは今一つ理解し難い部分がある。
誰もが欲しがるような治癒能力。普通に考えても妖魔なんかよりよっぽど使い道があると考えつくはずだ。



水無瀬「ちょっとキツイこと言うけどな、普通に考えてもみろよ」

水無瀬「不死身ってお前、気ぃ狂うぞ絶対」

菖「・・・なんで?」

水無瀬「人間、いつかは死ぬだろ?寿命とか死んだりとか」

水無瀬「その終わりが無いってことは・・・あれだ。“終わり”が無いんだ」

菖「んー・・・ん?」

終わりが、ない?
どういったことなのか、想像力が乏しいせいかイマイチ解らない。


水無瀬「体は老けるのかどうか知らねぇけどさ、出会った人がみんな年食ってく中、お前だけが止まったままになる」

水無瀬「考え方次第だが、世界から菖一人が取り残されたも同然だぞ」

水無瀬「気の持ちようじゃ永遠を楽しむことが出来るかもしれないけど、いつかは絶望しそうな気ぃするわ」

菖「あぁ、なるほど・・・確かに怖いな」

やっと意味が理解出来た。これは怖い。
想像してみたが、水無瀬と同じく自分も発狂するなり絶望して動きを止めそうな気がした。



水無瀬「いやいや、他人事じゃねぇだろ!?マジでヤバいぞお前の状況!!」

菖「ははっ」

他人事でここまで熱くなった水無瀬を見ると、思わず笑ってしまった。


水無瀬「・・・・・」

水無瀬「悪い。なんつーか・・・そのだな」

笑みを零したことを、気が狂いかけていると判断したのだろうか。急にしおらしくなるとは。


菖「私は不死身なんかじゃないよ。割と普通に死ぬから心配するなって」

水無瀬「・・・お前、それ先に言えよ」


菖「と言ってもまぁ、まだ死ぬつもりはないし、死ぬわけにいかないんだけどさ」

水無瀬「そりゃあな」

心配して損した。と言わんばかりに、新しい煙草のフィルターを剥がす。



菖「けど・・・不死身と同じくらいに、今の私は深刻な状況にある」

菖「最早、猶予すら無いんだ」

残る命のストックはそう多くない。
くすりと零していた笑みは消え失せ、立ち込めているのは暗雲であった。


水無瀬「・・・話せ」

菖「協力してもらいたいのは山々なんだけどさ、生半可な・・・いや、どんなに覚悟を決めても億劫になると思う」

菖「だから最後に言っておく。全容を今から全て話すけど、乗るか反るかは水無瀬の自由だ」

菖「不死身に近い私ですら、またあの場所へ飛び込むのは怖い」

冷静に思い返すと、身が震える。
腕の骨肉を削ぎ、脚を捻じ切り、幾度となく刃物を浴びる想像を絶する激痛。
果ては化け物の凶刃にハラワタをぶち撒かれ、首をも斬り飛ばされた。

身を投じなければ己に未来は無い。それが判っていても・・・怖い・・・本当に、怖くなる。


菖「だから、意地や勢いだけで決めないでほしい」

水無瀬「・・・・・」

あれほどまで無茶な戦闘能力を見せた菖ですら、この怯え様。
たかだか一般人に過ぎない自分なら・・・・・身を投じれば如何に悲惨な目に遭うかなど、想像すら出来ない。


水無瀬「お前さー、うじうじしてんじゃねぇよ!」

菖「・・・アンタなぁ」

水無瀬「子供は大人に頼るモンだ。ほれ、お兄さんに話してみ?」

表情筋が少々強ばり気味ではあるが、それでも気さくに笑いながら返答を返す。

おちょくっているのか、あやそうとしているのか判断し難い表情を見た菖は“コイツは本物の馬鹿だ”と呆れた。
しかし、心には何故か安堵が広がっている。


水無瀬「それに、この程度の件で手ぇ引くような育ちはしてないもんでね」

菖「あははっ!やっぱ馬鹿だなアンタ!」

強がり半分なのかもしれないと判ってはいるが、それでも少し心強く思えた。


菖「ったくもう・・・それじゃ、覚悟しろよ」

水無瀬「出来てるから心配すんな」


いや、かなり行き詰まってる。
シナリオこそ出来てるけど、設定が・・・って感じで。

今3つSSやってるけど、これが一番楽しみなんで必ず投下します!

たった今からみなみけのSSをやろうかなと。

気移りしたわけじゃない。
ただ、何も考えずにグッチャグチャに子供が死にまくるバトルものをやりたかったんだ。反省は後でします。

でもってこっちを少し更新します。



————————



烹楼「・・・姉上、許可を」

星麗「ならん」

草臥れたソファに隣り合わせで腰掛けた二人。
言葉を交わすも、姉が弟を静止するだけに終わった。


星麗「我らの悲願をふいにするのか?烹楼(パンロウ)」

腕を組み腰掛けるは、スーツ姿の女性。
妙齢で整った顔立ち。一見するだけなら疲れ果てたOLのようにも見えたかもしれない。

冷酷に据わった眼光は、弟ではなく向いに座る老人を見据えている。


烹楼「無論、そのような気はありません・・・が」

隣に浅く腰掛けた男。左手を正中に突出し指先で印を結ぶ構えを取っていたが、心酔する姉の粛清に行いを正す。
実弟にしてはまるで似ていない。雰囲気だけでなく形相もいびつと取れるほどに奇妙であった。



甚坊「お前達が言いたいことは判っておるのでな」

甚坊「睨むでない。星麗(シンリー)、お前もであるぞ」


星麗「ならば、早々に話して頂きたいですね。甚坊(シェンファン)道士」

尋常ではない殺気を放つ姉弟との問答・・・・・否、尋問となれば、神経が些かすり減る。
かつての弟子であった二人が、ここまで牙を向いたのは初めてのことであるのだから。



甚坊「うむ・・・」

ボサボサに伸びきった髪を眉からそっと除けつつ、どういった言い訳が好ましいか今更ながらに考える。
あくまで我が優位であると、放つ口調こそは昔と変わらないままにしているが、最早生きた心地さえしない。


甚坊「・・・・・」

不味い。本当に不味い。下手に答えようものならば・・・・・四肢を消し飛ばされることくらいは十二分に有りうる。

二人が異国の地で憚った前代未聞の殺戮談は、海を越えてこの中国にまで木霊していたのだから。



星麗「・・・順を追って答えてもらいましょうか」

星麗「一つ目。何故、“精奉来輪廻壊縛の術”を行うことが出来たのか」

先ず、術を行使出来たこと自体が問題であった。

まだ“阿修羅の法”を遂行出来る段階には無かったはず。
何故、この自体が引き起こされたのか・・・・・それを知る必要があった。


甚坊「“樊瑞(ファンレイ)”との話合いの結果じゃ。奴しか術は行使出来ぬのだからな」


烹楼「貴様ァ!!!」

星麗「烹楼!!黙っていろ!!」

甚坊「ッう・・・!」

コンクリートの壁が震わされるほどの気当たり。
如何に名を轟かせた道士とはいえ、この姉弟の前とならば蛇に睨まれた蛙も同然となる。

姉である蒼星麗(ツァン・シンリー)。その弟、蒼烹楼(ツァン・パンロウ)
彼の地インドで“三十三僧侶殺し”を一夜にて成し遂げた、悪夢を産んだ姉弟—————人呼んで“沙羅双樹”。



星麗「・・・奴が術は掛けたのは判りました。その先を伺いたい」

弟が激昂するのは無理もないことだった。
だがしかし・・・今は、事の詳細を知ることが優先である。


星麗「術を行使するに必要な生贄は五千人だったはず。一体どういったことなのかお聞かせ願いたい」

甚坊「ワシは奇跡の術を目の当たりにする気持ちを・・・」

星麗「一刻も早く見たかったのでしょう。その気持ちは判るからさっさと話せ」


一応はかつての師匠である甚坊道士。
こいつが言い訳がましい浅はかで塵のような人種であるということはとうに理解していた。だからこそ話を適当に合わせる。


甚坊「そのなんだ。そういった方法が無いかと聞くと、奴は“在る”と申した」

甚坊「ただの子供に術をかけるのならば、三千の生贄で可能とのことだったのでな」


星麗「ッ・・・!!」

“精奉来輪廻壊縛の術”、通称“阿修羅の法”。
人の命を奪い、人に命を与える役である阿修羅(アスラ)。
神話にこそ語られるそれを、人造的に、魔造的に造る術がこれである。


星麗(やはり、遂行されたか・・・!)

本来ならば、私が阿修羅となる予定だった。
五千という人間を生贄にして術を振り掛けられるはずだったが、甚坊の裏切りと樊瑞の想定外の行動よって、このような失態が。

だが、我らの悲願は潰えたわけではない・・・・・阿修羅を手中に収める方法はある。



烹楼「・・・それで、阿修羅となった子供はこの施設から逃げ果せたと」

甚坊「ああ、ワシがおらんうちに・・・在中しておった者はあの有様となっておる」

衣服だけを残し忽然と消えた教団員。
建物にこびりついた血飛沫は、運良く生きながらえた者の血である。

ズタボロの衣服、壊れた天井や壁、刃零れした器械が惨状を二人へ知らしめるに十分であった。

みなみけが終わるまで

ごめんなさいm(_ _)m
あやめの続きはもう書けません。

なんか設定が微妙だったので最初から練り治して再開しようと思ったら、SSっぽくやるのも面倒にだなぁーと思い始め、いっそ小説にしちゃおうということで書き始めたら凄まじくアツイ展開になってきたから「どうせだから角川に応募してみよう」となりました。

落選したらコッチにそのまま投下するから!

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