結城晴「待ってろよ」 (414)

エロ、ロリ、地の文、三拍子揃ってます
一応続きだけど、前のは読まんでも良いです
あとプロデューサーの名前はPだと何かマヌケなので「――」でぼかさせて貰います

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405092839


「な、なぁ」


玄関で靴を履く途中、くいっと俺の袖が引っぱられた。
後ろを振り向くと、丈の長いトレーニングコートを身に纏った小さな体が心配そうに俺を見つめていた。
俺は小さく笑ってからその子に話しかける。


「何だ」

「ほ、ホントにこんな格好で外に出る……のかよ」


今にも泣きだしてしまいそうな程顔を紅潮させて、目を伏せながら、自らを抱きしめるようにコートの布地を掴んで彼女が俺に問いかける。



「こんな格好って、別に外から見たらどうとも無いよ」

「で、でもさ……」


恥ずかしさに足をもじもじとさせて、彼女は外に出る事を躊躇っていた。


「こ、これ……下、な、何も着てないんだぞ」

「着てるだろ一応」

「こ、こんな紐みたいなの着てるって言わないだろっ」


彼女がコートをバッと開かせた。そして、その下に広がるのは異様な光景。
まだ未成熟な体には局部しか隠す事の出来ないほぼ紐のような衣装――所謂マイクロビキニと呼ばれる布切れしか纏われていなかった。
恥じらいに赤みを帯びた健康的な肌の上に白い紐が渡り、晴の未成熟な秘所のみを隠している。
少しキツく結んだからか、肌に布が食いこんでいる。ビキニがほんのりと膨らんだ胸部を寄せあげ、妙な色気を生み出していた。



「こ、こんな……こんなので、外、出たらヤバイだろ……だ、だから……や、やめようって……」


声を震わせて彼女が俺に懇願する。
しかし俺はやめさせる気は無い。


「えー大丈夫だよ。そのコートをちゃんと着てればバレないバレない。それに今日みたいな小春日和もう無いよ?
 後は寒くなるだけだし、そんな格好外じゃ二度と出来なくなっちゃうよ?」

「す、する気ねぇよ」

「うーん……じゃあ今日はしないで終わりかな」

「えっ……」


俺がわざとらしくしないで終わり言うと彼女の表情がみるみるうちに変わっていった。
一瞬顔の色が無くなって、それから誤魔化すみたいに彼女の視線が床のあちこちを移動する。どうやら迷っているみたいだ。
あと一押しすれば陥落するだろう。俺はその一押しをする事にした。



「久しぶりだからしたかったけどな……晴が嫌だって言うならしょうがない」

「べ、別に……こんな事しなくったって、すりゃいいだろ……普通に」

「そういう訳にはいかないよ。二週間ご無沙汰で晴にどういう事してあげようか、どういう事すれば喜んでくれるかなって、
 色々考えた挙句に思い付いたのがコレなんだから」

「な、何でよりによってこれなんだよ」

「晴はいじめられるのが好きな変態さんだから」

「ち、違う」


晴の否定する声はあまりにも弱々しい。俺はまだ言葉を続ける。


「違わないよ。それに本当に嫌だったらさ、最初からそんな服着なかったと思うんだけど」

「それはっ……」


後一歩が踏み出せないでいる彼女に近寄り、両肩にそっと手を添えて極力優しくあやすように言い聞かせる。



「……それ着て、ちょっとコンビニ行くだけだよ。ね? それが終わったら……」

「お、終わったら……なんだよ」


伏せがちに、上目遣いで彼女はか細い声で尋ねる。その目に期待の色が薄らと浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
俺は彼女を優しく抱きしめる。ぴくりと震える晴の耳元で意地悪く囁く。


「……ふふっ。そうだね……うん……いつもより、良い事してあげる。晴が好きそうな事、沢山」

「お、オレの……」

「うん。今日はまだ時間あるし、外ももう日が沈んで暗い。それに30分くらいしか外に出ないから大丈夫だよ」


晴は沈黙する。そして視線を動かして悩んでいるようだった。



「二週間もしてないでしょ?」


深く抱きしめて耳元で囁く。子供をあやすように優しく。


「……うん」


抱きしめている俺に心臓の鼓動を気取られまいとするかのように、胸に手を当てながら晴は返事をする。
でも返事をする声には何処か甘えるような響きが既に混じっている。



「じゃあ……あれしよっか、ゆっくりするヤツ。晴の、一番好きなヤツ。あれをいっぱい」

「あ、あれ?」


晴の声色が一瞬明るくなる。


「うん。それ以外にも、晴が好きそうなのいっぱいするから。だから……ね?」


彼女はそれに返事をしなかった。ただ抱きしめる俺の体へ躊躇いがちに腕を回しただけだった。
俺はそれを肯定と受け取った。
抱きしめたまま何度か晴の髪を梳くように撫でてから俺は晴を放す。



「じゃあ行こうか」


俺は中腰の状態から立ち上がって玄関へと手を伸ばす。


「わ、わかっ……いや、やっぱり……」


ちゃんと説得出来たと思ったが、晴はまだ躊躇しているようだ。
俺はわざとらしく頭を掻いて晴にまた近付く。


「大丈夫だよ。俺もちゃんと傍にいるから」

「……ほ、本当に、大丈夫なんだよな?」

「うん、大丈夫」



目を潤ませながら晴は心配そうに俺を見つめる。こんな怯えた姿も可愛い。
俺はそんな晴の手を握り、玄関を開けて清涼とした北風の吹く外へと足を踏み出した。
晴は俺に手を引かれ一歩、外へ足を踏み出した。
一歩、また一歩、マンションの廊下を歩く。晴はそんな俺に手を引かれ、おずおずとついて来る。
周りをキョロキョロ確認しながら心細そうに一生懸命俺の手を握って、一歩一歩廊下を俺と歩く。
その仕草が何だか小動物のようで可愛らしい。


「そんなにキョロキョロ周り見てたらおかしく思われちゃうよ」

「しょ、しょうがないだろっ……誰かに見られたらどうすんだよ」

「見られたって普通にしとけば大丈夫だよ。そういう風にしてると本当に怪しく思われちゃうんだって。
 ほら、いつも通りいつも通り」

「……わ、わかったよ」


ここでわかったと言ってしまう辺り、晴も相当なものだ。
恥ずかしがり屋の癖に、辱めを受けるのが心の奥底から好きな生粋のマゾヒスト。
羞恥に震えながら、体はどうしようもない熱を蓄えてこれから起こる事に多大な期待を寄せている。
それが、この結城晴という女の子


この子とこういう関係になったのは、何と言うか、なし崩しというかそんな感じだ。
こんな年端もいかない少女となし崩しにそうなるのかと言われればおかしな話だが。
でもそう形容するしか無い。雪崩込むように、俺と晴の関係は始まったんだ。

俺はアイドル事務所のプロデューサーで、この子は俺の担当アイドルだ。
俺は一人っ子で、俺が産まれた頃両親は三十半ばと中々に高齢だった。家はそこまで裕福ではなく親は共働きだったが、それなりに甘やかしてくれた。
だが共働き故に俺の面倒を見るのが困難だった。

物心ついた頃には母親は育児休暇も終えて普通に仕事に行っていた。
その為近くの叔母の家に預けられて歳の離れた従姉なんかに面倒を見て貰ったりしていた。
従姉は最初のうちは俺に構ってくれた。一緒に遊んでくれたし、おやつ時に外に出て甘味を食べに行ったりもした。

しかし彼女が大学に入り、男が出来てからはあまり遊んでくれなくなった。
髪も染め、服装もゴテゴテしたものに変わっていた。典型的な男で変わる女だったのだ。
性格も何だか変わっていったような気がする。少し攻撃的というかうるさい感じになっていた。
その頃には俺も小学生になっていて、あまり手もかからなくなっていたからか叔母からも放っておかれるようになった。
親戚の子といえど、所詮は他人の子らしい。


そういう扱いを受けたせいか、逆に誰かの面倒を見てあげたいなんていう厄介な欲求を俺は持ってしまった。
直接的に、見てわかるように人を愛したいなんて欲求を持っていた。
だからこの子と何とか信頼関係を築こうと俺は頑張った。男の子っぽいけれど妹みたいに慕ってくれたらな、なんて淡い期待を抱きつつ。
そうして何だかんだと仕事をこなしていく内に、晴は俺に懐いてくれた。家が近所だった為、暇な時は遊びに来るくらい懐いてくれた。
俺は口では家に来ちゃいけないなんて事を言っていたが、心の奥底では喜びに沸いていた。
一緒にゲームをしたり、一緒にご飯を食べに行ったり、突然学校の友達まで連れて来られて大所帯で遊んだりもした。本当に、楽しかった。

そうやってしばらくすると、家で遊んでる最中に「今日は親と兄貴が夜いなくなるから俺の家に泊めろ」なんて事も言い出し始めた。
さすがにそれは色々とマズイと言い、「どうしても泊まりたいなら親御さんの了解でも取ることだな」と実質ダメだという旨を伝えた。



「じゃあ許可取れば良いんだろ」


そんな事を言って晴は電話に手をかけ、自宅に電話をしアッサリと了解を貰ってきた。
親御さんが俺を信頼してくれているのかどうなのか。
「大丈夫かこの家族は」と思いつつも、何だかんだ一人で眠る生活にも少し鬱屈したものを感じていた為に、俺は晴が泊まる事を許可してしまった。

その日は特に何も無かった。
普通にゲームしてファミレスに行って、数か月後に始まるワールドカップの話やら何やらをして、眠くなったら晴の分の布団を下に敷いて俺は物置きにしてたロフトで寝て。
そんな事を二週間に一回やるようになった。一応気を使ってなのか、俺の休日の前日を狙って晴は泊まりがけで遊びに来た。
そういう事を始めたからか、晴からの当たりというかそういう物も一層慣れ慣れしいというか、相当進んだものに変わっていった。
たまには飯でも作るかと言った時は野菜を切るのを手伝ってくれたし、隙を見せると俺の背中に飛びかかってくる事もあった。本当に懐かれてしまった。
晴には二人兄がいるが、その二人にもこんな風に接してたら少しけむたがれるかもななんて考えながら、俺は妹分が楽しそうにしているのを幸せに思っていた。


最初はちょっと冷めたような子だなぁとは思っていたが、そんな事は無かった。
むしろ末っ子という性質故か、中々に甘えてくる性格だった。ただ単に俺自身が子供っぽくて絡み易かったのかも知れないが。

そんな風に晴と休日を過ごすようになって、晴の前ではあまり飲もうとしなかった酒を珍しく飲んでいた日の事だった。
シャワーから上がって晴に風呂へ入るように言ってから、俺は母親から送られてきた高値の日本酒を煽っていた。
気分が良くなる程度に体に酒が回った頃に、寝巻に着替えた晴が洗面所から出てきた。
そして机に置いてあった酒に興味を持ったのかそのまま俺に近づいてきた。


なんだよこのデカイ瓶焼酎ってヤツか、なんて言いながら晴は胡坐をかいた俺の膝に手を乗せて、体を乗り出して瓶を掴んでしげしげと見つめていた。
焼酎じゃなくて日本酒だよ、と言いながら俺は晴の方を――無意識に少し視線を落しながら――無防備に向いてしまった。
その時に俺は見てしまった。緩んだシャツの合間から桃色の突起物を。

魔が差したというか、他意は無いというか、自然と視線が下に行っていた。見ようと思って見た訳じゃなかった。というかつけてないのか。
そうしてその何となく見てしまったものに俺は異常な興奮を覚えた。
まだ膨らみがあるのかもよくわからないような小ささなのに、先端は綺麗で、滑らかで。
意識すると、すぐ目の前にいる晴の存在が急に輪郭を持つようになった。
凄く良い匂いがする。風呂から上がったばかりのせいなのか、晴の肌から何かが匂い立っているみたいだ。
石鹸の匂いなのか、或いは本人の匂いなのか。
小僧のように俺は冷静さを失いながら、晴に見たのを何とか気取られないようにコップに半分程注いであった酒を一口で呑み干した。



「おい、そんな一気に飲むと危ないんじゃねぇのか? テレビでよく言ってるぜ」


晴が片眉を上げて、俺の気も知らずにそんな事を言った。
晴の方を極力見ないようにしながら俺はコップに新しく酒を注いだ。


「大丈夫だよ。俺は酒には強い方なんだ」


そして飲み続けた結果、俺はフラフラになるまで酔ってしまった。
当然だ。言う程慣れていない癖に早いペースで量も考えずに飲めば酔うに決まっている。


「だから言っただろ……」


呆れたように晴はそんな事を言いつつ、天を仰ぐように横になった俺へコップに水を注いで持って来てくれた。
差し出された水を飲むと幾分楽になった。そして俺は壁にもたれていたクッションに上半身を任せ、しばらく晴を見つめ続けた。


晴って、こんな綺麗だったのか。見つめているうちにアルコールに毒された俺はそんな事を考えていた。
目は吊りあがってるという訳でも無く、垂れているという訳でも無い。なのに何だか優しげで、目の端が柔らくて女性っぽくて。
髪も綺麗で、笑う時はやっぱり可愛くて。いじってやると恥ずかしさに顔を赤らめて、それもとても女の子らしくて可愛くて。


「ん、何だよ」


それに多分、晴は俺に懐いてるというか俺を好きだと思っているんだろう。いや軽く依存してる気もある。
俺がついてない時の仕事はつまらなさそうにしてるなんて話も聞くし。どうしても家に上げてやれなかった時、凄く残念そうにしてたし。
仕事でも休みでも俺にべったりだし、一緒にいない日は殆ど無い。そしてたまに熱の籠った視線で俺を見てたりするし、多分そうだ。
いや、というかそれはもう本人に確認したし確実だろう。仲間としてじゃなく、晴には男として好かれてる、と思う。



「こ、こっちばっか見んなよ……き、気味悪いだろ……って、なぁ、もう平気なのか?」


睫毛も長くて――うん、だから目が印象的に見えるんだよな。初めて会った時もそんな事を考えた気がする。


「おい、聞いてんのかって」


晴が身を乗り出して俺の顔を覗き込む。そして俺の膝に手を置いて俺を揺する。
そうだ。晴は俺を呼ぶ時、意味無くこうして体を揺すりに来るんだったな。
何か、甘えられてるって感じがして俺はこれ好きなんだ。



「よぉ、返事しろってー。きーてんのかよー」


いつまでも返事しないと、声を間延びさせて注意を引こうとするんだ。こういう所は凄く子供っぽい。
無邪気な素振りを見せつつも、俺を心配してくれてる。それが堪らなく愛おしく感じる。
体調が悪い時に家で心配してくれる人とかいないから、そう感じるのか。

じっと晴を見つめる。そうすると胸の奥に火が灯ったような小さな熱と、そして同時に消え入ってしまいそうな程の甘い苦しさが生まれた。
酔いとは違う恍惚が頭と体をぐるぐる回っている。先程から晴の何が可愛いだとかそういう思考がループしている。
どうしようも無い困り事が首根っこを掴んで、目の前にいる彼女から視線を逸らさせてくれなくなる。

あぁ、そうか。


「なー、少しは反応しろよー……まさか、目開けたまま寝てるんじゃないよな」



駄目だなこれは。好きなんだ。


「……本当に大丈夫かよ。なぁ」


そこで晴の声が途切れた。気がついたら俺の腕の中に晴がいた。いや、俺が晴を抱きしめていた。
右手を晴の後頭部に回し左手を細い腰に回して、小さな体を俺の腕の中に収める。
彼女の体温が俺の体にゆっくりと広がるみたいに伝わってくる。俺の腕の中で彼女が生きている。


「……あっ」


言葉にならない声が晴から漏れる。しかし俺はそれを気にせずに抱きしめ続ける。
晴の匂いがすぐそこまで来る。そして晴の匂いでいっぱいになる。その匂いが鼻孔を甘酸っぱく撫ぜる。
もっと力の限り強く抱きしめたい。でもそうしたら折れてしまいそうで、俺はそれ以上強く抱きしめられなかった。
代わりに、力を込めないようにして晴の首元に顎を埋めるように俺自身の体を擦り寄せた。


晴の匂いがもっと強く感じられる。その匂いを吸う度に喉の奥が焼けるように切なくなる。泣きたくなる。
炊きつけられたように一つの感情が増えていく。それは爆ぜて、もう抑えが利かない。

ようやく理性を取り戻した時、俺は晴に覆いかぶさって無理やりキスをして、晴を泣かせていた。
俺は慌てて飛退き必死で何度も謝ったが、晴はしゃくり上げるばかりでまともに会話は出来なかった。
晴がようやく泣き止み、何とか許して貰おうとまた声をかけようとしたが冷たい声で「もう寝る」と言われ、そこから先は何も言いだせなかった。
晴が布団を顔まで被り、表情を見せてくれなかった。俺は何も言えずにロフトに昇り苛まれながら眠るしかなかった。

翌日、晴は口をまともに聞いてくれなかった。起きてすぐに、朝飯も食わず何も言わずそのまま帰ってしまった。
当然だった。体格の違う大人に襲われたんだ。怖かったに決まってる。それが親しかった人なら尚更。
俺の事ももう嫌いになってしまっただろう。
俺は自分のした事を何度も悔いた。だがもう戻ってこない。
あの子とはもう、一緒に笑えない。


そう、思っていた。
あの日からまた時は一週間過ぎ、次の休日になった。
晴は仕事中でも碌に口を聞いてくれなかった。仕事に関する事を言っても気の抜けた生返事を返すばかりで、集中力が無くなっていた。
このままでは仕事に支障を来たしてしまう。どうすれば晴と和解出来るだろうか。そんな事を布団の中で考えて悶々と午前中を過ごした。
食欲は無いが昼飯はどうしようか、そう思い布団から抜けだそうと立ち上がった時、インターホンが鳴った。

また親からの物資が届いたのかと思い、無防備に背中を掻きながら俺は玄関へと向かった。
扉を開けるとそこには誰もいなかった。なんだ悪戯かと思ったが、視線を降ろすと子供が俯いてぽつんと立っていた。

晴だった。
俺の顔を見ずただ俯き、ポツンと彼女は立っていた。
何だかその姿はとても弱々しくて、今にも壊れてしまいそうな儚げな空気が漂っていて、俺は思わず手を伸ばしてしまいそうになった。
それを押しとどめ、俺は息を呑みながら晴が何か言わないかと身構えた。
静止した二人の間に気まずい空気が流れる。何も言えず、何も言わず、俺達はしばらく二人で黙って突っ立っていた。



「……入れろよ」


晴の強張った小さな声が静寂を打ち消した。


「えっ?」

「……遊びに、来たんだよ。部屋入れろよ」

「遊びにって……お前、この前……」

「……いいから、入るぞ」

「お、おい」


晴は俺を押しのけるようにして部屋に入った。俺は何が何だかわからないままとりあえず玄関に鍵をして、晴を追うように部屋へ戻った。



「おい、晴」


クッションを抱えて部屋の真ん中に置いてある背もたれ付き座布団に体育座りで陣取った晴を呼ぶ。
しかし晴は鼻元辺りまで顔をクッションに埋めて返事をしてくれない。遊びに来たなんて雰囲気は何処にも無い。


「……なぁ」


晴は視線を俯けて一言も喋ってくれない。一体ここに何をしに来たんだ。
俺を責めに来たか。両親にあの事を伝えて告訴する気か。アイドルをやめるという相談をしに来たか。
何を言われようと真摯に応えなければならない。俺はしてはならない事を、したのだから。
静寂が流れる。カーテンの開け放たれた窓の向こうから、タイヤがアスファルトを噛む遠い音だけが室内を反響していた。



「……怖かった」


晴のか細い声が静寂に冷えた空間を震わせる。
俺は晴の怯えるような声に身動ぎしたが、黙って晴が言葉を続けるのを待った。


「いきなり、――が、キ、あっ、うっ……あ、あんな事してきて……」

「……うん」

「オレ……ビックリして……」

「うん」

「……目が、凄く、怖かった」

「……ごめん」


晴はクッションを一生懸命抱きしめながら、あの時の心境を必死で俺に訴えかける。
その姿はとても弱々しくて本当に何処にでもいるようなただの女の子だった。
煌びやかなステージにのぼるアイドルじゃなく、ただの結城晴という女の子が俺に恐怖を語っている。
こんな少女に迫った自分の浅ましさに俺はただ嫌悪した。


晴はそれきり喋らず、顔全部をクッションに埋めて黙ってしまった。
また痛いほどの静寂が部屋に沈殿していく。


「晴、俺は……」


静寂に耐えきれなくなり、口を突いて言葉が出る。
しかしその先の言葉を中々繰り出す事が出来なかった。
どうやって謝ればいいのか、晴を傷つけずにどう言えば良いのかわからなかった。


「なんで……」


言葉に詰まる俺を急かすように晴が声を震わせながら俺に問う。
表情を隠したまま、不規則になった息の合間から搾りだすような声で。


「……なんで、あんな事したんだよ」


精一杯、何とか振り絞ったような声。クッションが強く抱きしめられ小さな腕によって変形していた。



「何で……何でって……」


それは、決まってる。
でも言って良いのか。よく考えたら、よく考えなくても法に抵触するような事をしているのに。
関係を迫った所で何も生まないんじゃないか。例えそれが両想いでも。


「それは……」


いや。ここで言わないでいつ言うんだ。
好きだっていう理由以外であんな事しない。誤魔化しようも無い。
きっと晴だって気付いてる。言うんだ。



「……晴の事が、好きだからだ」


俺はありのままに言う。
逸らされていた晴の視線が俺に注がれる。目を見開いて、驚きに体を硬直させてじっと俺を見つめる。
やっと俺の事を見てくれた。


「俺は……俺は晴が好きだ。あの時ハッキリ思い知らされた。
 晴の顔が俺の真正面にあって、それが綺麗で、可愛くて、そんな事ばっかりが頭を回ってどうにもならなかった。
 あの時、晴の事をハッキリと好きになったんだ。いや……多分、もっと前から好きだったんだと、思う」


晴の視線がもう俺から逸らされないうちに捲し立てるように言う。
晴は何も言わない。ただ俺を見つめている。


「一緒に仕事して、遊んで、会わない日なんて殆ど無くて妹みたいだって思ってたけど、気付いたら女性として見てたんだ。
 面白くて綺麗で可愛いって。最初から、晴には好かれたいってそう思ってて、気付いたら逆に好きになってて。
 でも途中から晴も俺の事好きだって、妙な自信持って、だからあんな事して……」


子供の駄々みたいだと、言いながら俺は思った。
言葉が纏まらない。人に好きと伝えるのが、本心を告げるのがこんなに難しい事だとは思って無かった。
それでも口は回り続ける。



「……ごめん。俺は晴が好きだ。俺は大人で、晴はまだ子供だってわかってるけど、でも……好きなんだ」


自分の都合ばかりだ。本当に許して貰うつもりがあるのか。


「あのっ、そうじゃ、ないよな。ごめん……晴がアイドルをやめたいとか、そう思うなら晴のしたいようにして欲しい。
 好きだって思ってても、許されない事したんだ。怖い事したんだよな。だから俺を、訴えたって良い。嫌いになってくれて良い。
 こんな事で許されるとは思ってないけど、でも……」


あんな風に迫った自分が許せなくて、ちゃんと晴に気持ちを伝えられている気がしなくて俺は言葉でもがく。
そこから先は言葉が何度もつまり、喘ぐようにただ音を発しながら口を何度も開閉させるだけになってしまった。


「あぁっ、クソッ……」


悪態が口を突いて出る。情けない自分にほとほと嫌気がさしてきた。
この薄っぺらい胸を広げて俺の心を見せつけられるならそうしてやりたい。
でも言葉は詰まって、蟠りを作って喉の奥に引っ込んでしまう。
もっとちゃんと謝らなきゃいけないのに。



「……ごめん……本当に、ごめん」


何とか振り絞るように俺は言う。こんな短い言葉をひり出すのにもこんなに胸を痛めなければならないなんて。
俺の短い言葉を最後にまた静寂が流れてしまう。

終わった。
俺と晴の関係はここでもう終わりなんだな、俺はそう思った。


「……なぁ」


晴が遠慮がちな声で俺を呼ぶ。



「何だい?」


俺は怖がらせないように努めて穏やかな口調で返答する。
何を言われるのだろうと身構えながら。


「……さ、さっきの……嘘、じゃないよな」

「何が?」

「あ、あれだよ」

「あれ?」


あれとはどれだろう。


「お、オレ……オレを……」


晴はクッションをまたきつく抱きしめ、体を小さくする。


「すっ……好きって、ヤツ、だよ……」


途中で声を裏返らせながら、晴が言う。
言い終えてすぐに顔をクッションに突っ込んでしまってよく表情が見えなかったが、赤くなっていたように見える。



「……あぁ、嘘じゃない。本気で言った」


冗談半分にこのロリコン野郎なんて言われた事もあったが、これで晴の中では決定的にロリコンになってしまったな。
半ば諦めたようにそんな事を思う。


「ほ、本当、だよな」


晴が顔を上げて食いつくように問う。


「あ、あぁ……」


俺が答えると、晴は唇を真一文字に結んで何か考え込むように目を伏せた。
それから何やら口をもごもごとさせたかと思うと、今度は呼吸を整えるように深く息を吸ったり吐いたりを繰り返し始めた。
晴から漏れ出る息が震え、熱を持っていた。何やら忙しない。一体何を考えているのだろう。



「……オレ」


意を決したように晴が口を開く。俺は固唾を呑んで晴の言葉を待つ。


「オレも……」


も? 晴も、そういう事なのか?
思わず体が動きそうになったが、何とか押し留めて晴の言葉が終わるのを待つ。
心臓が逸る。晴の次の言葉がいつ出るのか、待ち遠しくてたまらない。


「オレもっ……」


晴が何度もその言葉を言う。だけどその先を中々言ってくれない。
ただ荒い息を吐くだけで先へ進んでくれない。
じれったい。体が動いてしまいそうになる。晴を抱きしめて耳元で言って欲しいだなんて思ってしまう。
でも、しない。また晴が怖い思いをしてしまう。
俺がじっと耐えていると、晴が一際大きく息を吸った。



「……――の事、す、好きだ!」


心臓が大きく跳ね上がる。
やった。良かった。晴が俺を、好きって言ってくれた。


「ずっとっ……――といると、胸がモヤモヤして……何か変だって思って……。
 ――がいない時の仕事とかすっげぇつまんねぇし、休み合わない時も何か嫌だったし。
 最初は何なのかわかんなくって、でも……最近になって、何か、これが……す、好きってヤツなんだってわかって」

「……うん」


晴は一所懸命に気持ちを伝えてくれている。その気持ちがひしひしと伝わってくる。
凄く、嬉しい。思わず泣いてしまいそうになる。何とか泣くのを我慢して俺は晴の言葉を必死で聴き続ける。


「だから……その……」

「……何?」

「あ、あの時は……何かいつもの――じゃなくて、すげぇ怖かったけど……。
 あ、アレは嫌じゃなかったって、言うか……」

「アレ?」


晴はそこでまた口をつぐんでしまう。
何と言うかその姿が凄いいじらしくて、またいつものように意地悪をしてしまいたくなってしまう。
でも我慢する。今は頑張っている晴の言葉を聞かないといけない。
顔を真っ赤にしながら晴は大きく唾を呑みこんで意を決して言う。


「……き、キス、だよ」

「本当に? 嫌じゃ、無かったのか?」


俺は思わず聞き返す。



「だ、だから……嫌じゃなかったって、言ったろ……気にしてねぇって言うのか? そういう、事だよ」


目が思わず細まってしまう。口の端が幸せに満ちて、笑ってしまう。
何だかそれを見られるのが恥ずかしくて俺は思わず口を手で覆ってしまった。


「そっか……そっか」


晴の言葉を何度も心の中で反芻する。
嬉しさに声が震えてしまう。喉の奥からこみ上げる熱いものが目頭にまでのぼって来る。
まだ泣くには早い。ちゃんとお互いの気持ちを分かり合えた上で、また謝らないと。


「ごめん、晴。怖かったよな」

「え? あ、うん……」

「もう、無理やりあんな事しないから。晴に怖いって思いさせないから」

「……うん」

「……こんな俺だけど、その……許して、くれますか」

「……うん」


晴が頷いてくれる。本当に泣いてしまいそうだ。



「……ありがとう。あはは、何か、その、あれだな。
 うん……仕事の時とかも口聞いてくれなかったから、完全に嫌われたのかと思って……」


泣きそうなのを誤魔化すように俺は口数多く喋る。


「そ、それは……気まずいっていうか……」

「うん、まぁわかるよ。あんな事しちゃったんだしな俺が」

「……うん」


晴は頷きながら恥じらうように視線を逸らす。あぁ、本当に可愛い。


「えっと、その……俺達は、恋人って事になるな」

「こ、恋……」


恋人という響きが余程恥ずかしかったのか晴は目を点にしてこちらを見つめ、口を魚のようにパクパクとさせる。


「いや、恋人だろ? しゃ、社会的にはアレかも知れないけどさ……」

「……捕まるよな」

「……そうだな」


ついに正真正銘のロリコンになってしまった。でも、そんな事は今どうでも良い。


「えっと……晴?」

「なっ、何だよ」

「その……やり直し、させてくれないか」

「……は?」


突然口を突いて出た言葉に自分でも何を言ってるんだと言い終わってから思ったが、もう言ってしまった為に引っ込みがつかない。



「えっと……だから、晴に怖い思いさせちゃったし、その……ほ、本来はキスっていうのはもっと良いものでさ……。
 つまり、そういうのを嫌いになって欲しく無いっていうか……」


晴は何となく意味を察したのか俯いて返事をしない。


「……キス、してもいいか」


俺は真正面から晴に問う。少し急き過ぎているのはわかっている。
でもそれ以上に、あの思い出を嫌なものにしておくのは嫌で、初めてのキスを怖いものとして晴の中に焼きつけたくなかった。

驚いて断られるか、そう思っていたが晴は何も言わずにずっと俯いたまま返事をしてくれない。
晴は少し口が開いたかと思うとまた閉じられてしまったり、視線を地面に泳がせるばかりで中々返事をしてくれない。
そんな動作を何度か繰り返して、ついに晴は黙って頷いた。



「い、いいのか?」


晴はまた小さく頷く。


「……わかった」


晴の前に正座で座り直し、俯いたままの晴の肩に手を添える。
俺の手が触れた瞬間晴の体がピクリと震えた。


「だ、大丈夫か?」


晴の小さな体が小刻みに震えている。寒さで弱り切った小動物のように縮こまっている。



「……ごめん。無理だよな、こんな事」


俺は晴から手を放して離れようとした。しかし、体が小さな力に引き留められた。
力が加えられた場所を見る。すると、晴が俺の服の裾を握りしめていた。
俯きながら必死に晴は俺の服を掴んでいた。


「は、晴」

「……するんだろ」

「えっ」

「……やり直し、すんだろ」

「……あぁ」

「だったらっ……やれよ……やるって、言ったんなら」

「……晴」


女の子にここまで言わせて退く訳にはいかない。
そうだ、やり直すんだ。確かあの時はまず晴を抱きしめたんだ。



「ふぁっ……」


晴を優しく抱きしめる。痛くないように、でもなるべく隙間を作らないように深く、深く。
抱きしめた時に晴から吐息のような声が漏れた。それはいつもの快活な晴の声色ではなく、ただの女の子の声だった。
その声に胸がキュッとなる。クソッ、何でこんな、可愛いんだ。


「……晴」


彼女の名前を呼んでみる。たった二音のその名前が限りなく神聖で、果てしなく愛おしい。
名前を呼ぶだけでこんなに鼓動が高鳴るなんて、今まで経験もしなかった。

晴は俺の呼びかけに呼応するように、俺の背中にゆっくりと腕を回してくれた。
晴の細い腕に抱かれる。俺も更に深き抱き返す。晴の甘い匂いと体温が俺を包んで、晴しか感じられなくなっていく。
もう少しだけこうしていよう。晴が落ちつくまで、そしてこの安らかな幸福を目いっぱい味わう為にあと、少し。


抱きしめながら晴の頭を撫でる。掌にサラサラとした髪の感触と柔らかい体温が伝わる。
晴の体は何処も温かくて、何だか抱きしめていると凄い落ちつく。
こんな安らげるものがこの世にあるだなんて、俺はその大発見に心の中でゆっくり驚く。

しばらくそうやって晴を抱きしめていると、晴の体から震えが消えていった。呼吸もゆっくりとしたものに変わっている。
良かった。リラックスしてくれたみたいだ。


「じゃあ、晴」


俺は晴から手を放し、また両肩に手を添えた。


「えっと……うん、俺は晴が好きだ。だから……キスして良い?」

「な、何度も、聞くなよ……恥ずかしいだろ……」

「あはは……ごめん。じゃあ……」


晴に顔を近づける。ゆっくり、ゆっくりと晴の唇に迫る。
耳まで赤くなりながらも、晴は祈るように胸に両手を組みながら俺を受け入れようと目をきゅっと閉じて唇を俺の方へ柔らかく尖らせる。
そして、俺は彼女とキスをした。

皮膚と皮膚が触れ合うだけの軽いキス。なのに、俺の体は幸せに麻痺して固まってしまった。
晴の両肩に乗せた手だけが妙に力が入って、大きすぎる鼓動のせいで体全体がピクピクと動いていた。
そしてゆっくりと晴の瑞々しい唇が離れていく。劇薬のような時間が淡い名残を残して引いて行く。
キスをし終えた俺と晴は二人で息を荒くして、しばらくお互いの瞳をじっと見つめ合っていた。
晴の顔は上気して、目の端は夢見心地にとろんと垂れていた。
その表情がとても幸福そうで俺も自然と目を細めてしまう。



「晴」


ぽーっとした晴の頬を手の甲で撫でる。
晴はキスの感触を確かめるように口をを閉じ、鼻で荒い息をしている。


「……これで、やり直し出来たかな」


つい頭を掻いてしまう程自分でも恥ずかしさを覚えながら晴に尋ねる。
しかし晴は頷いても返事をしてもくれない。


「……晴?」


もしかして嫌だったのか。俺は不安に胸が押し潰されそうになる。



「……出来て、ない」

「え?」

「あの時は、さ……なんか……し、舌……」

「あ、あぁー……」


おずおずと晴があの時の状況を言う。何となく言いたい事はわかった。
でもまだ口は挟めない。ちゃんと言わせたい。


「……さ、さっきのとは違う、だろ」

「……う、うん」

「だからっ……」


それっきり、晴はまた俺の服をきゅっと掴んで黙ってしまった。
もう晴が何を言いたいのかはわかる。だから俺はそれを汲む。



「……じゃあ、晴。口ちょっとだけ開けて」


名前を呼ぶと晴が顔を上げてくれた。そして長い睫毛を蓄えた瞼をゆっくりと閉じ、俺の指示通りに口を開ける。
唾が口の中で糸を引いている。興奮すると唾液はねばつくらしい。晴は、興奮してるのか。
俺は口内に溜まった唾液を喉の奥に押し込み、また晴の唇へゆっくりと己を重ねて行く。


唇が完全に重なる。そして自分の舌を晴の中へと入れ、彼女の舌を絡め取る。
舌先が触れ合った瞬間、体に電流が走った。腹の奥から指の先まで、迸るような熱が衝撃となって駆け抜ける。
ゆっくりと晴の舌を舐めまわす。舌の先からぞぞぞっとした感覚が湧きあがってくる。何だこれ。
彼女を抱きしめて、体の隙間なんてものが一ミリも生まれないようにしてからもっと深く彼女の舌を絡め取る。
何だよ、これ。駄目だ、俺が無くなってく。彼女から流れ込んでくる唾液が俺の体を巡って、蝕んで、俺を溶かしてる。
もう彼女にしか全神経を集中出来ないようにする毒が俺を蝕んでるんだ。

俺と晴の湿った吐息が小さな隙間から洩れていく。
声にならない喘ぎを籠らせて、俺達は互いを絡め取り、貪り、雁字搦めになって墜ちて行く。
頭に浮かぶ砂時計の砂は溶解し切り、ドロドロと狂おしい程にゆっくりと時を刻んでいる。


もう俺だけが舌を動かしてる訳じゃない。晴も反射のように舌を動かしていた。
いつの間にか首の後ろに腕を回され、引き寄せられていた。
彼女も俺を求めてくれている。そう思うと体の芯がどうしようも無い熱を帯びてしまう。
それでも何とか押し倒さないように我慢した。でも、そこまでが限界だった。
乱暴にしちゃいけないと思っても体が彼女を求めた。舌が勝手に暴れる。
舌だけに飽き足らず、歯茎も上顎も舐めようとする。貪欲に彼女の全てを欲しようとしてしまう。
彼女は小さな体で俺と同じように求めてきた。

どれくらいしていたのかわからない。ようやくキスをやめたのは晴が強引に唇を離した時だった。
し終えたあと晴は俯き、息を切らして必死に酸素を求めるように肩で息をしていた。



「ご、ごめん晴」


俺はまたやってしまったと急いで晴に謝った。
晴は咳き込みながら首を横に振って俺の言葉を遮った。


「大丈夫……大丈夫だから」

「本当に大丈夫か? また、怖くしちゃったか?」

「……ちょっと、ヤバイって思ったけど……別に、怖くは……」

「……そうか、良かった」


晴の否定に安堵の息をつく。良かった。



「今の……」

「ん?」

「今のが、キス……だよな」

「……あぁ」

「……そっか」


晴は口をきつく結んで、キスの余韻に浸るように目を閉じて黙ってしまった。
俺はそんな晴の背中をゆっくりとさする。

少し時間が経ち、晴の呼吸が安定してきた。
俺はそれを見計らってまた彼女を抱きしめた。
腕の中に晴の小さな体がスッポリと収まる。凄く特別で、幸福な感触だ。
このままじっとして、一日過ごすのも良いな。それはとてつもない幸福なのだろうなと、心から思える。

が、不意にまた服を引っ張られた。
ただ服につかまっているという訳ではない。俺を呼ぼうとして引っ張っているんだ。



「……なに?」


晴は相変わらず俯いて表情を見せてくれない。耳まで赤いのでどういう表情をしているのは想像がついてしまうが。
でもそういう仕草も可愛い。
晴がようやくもごもごと口を動かす。しかし声が小さすぎて聞き取れなかった。


「……もう、一回」

「えっと……ごめん、もう一回聞いていい?」

「だからっ……」


晴がきつく服を引っ張る。そうか、もう一回って言ったのか。
本当にいじらしい。



「……晴」


また名前を呼ぶ。そうすると彼女が恥じらいながらこちらを向いてくれる。
彼女はまた目を閉じる。俺はそれに応える。

俺達はまた口付けを交わす。互いの怯えを消し去るように。
視界にフェードがかかり、息をする事すら忘れる。
そうして、俺達は何度も溶けていった。




――

とりあえず今回分はここまで
例によって書き溜めは無いので更新は遅め
許してにゃん



その日はあっという間に過ぎてしまった。ずっと晴とキスをして、求められていると感じられて、あまりにも濃くて幸せな時間だった。
しかし勃つものは勃ってしまうものだ。腹腔は嫌でも熱を帯び、求められるという悦に性欲が混じって俺を興奮の坩堝へと導いていく。
途中で何度も欲情しかけた。だが、あの時の晴の涙が何度も頭にチラついた。
そのおかげで、まだ相手は子供なんだせいぜいキスで留めろ、また怖がらせたいのかと自制をきかせ何とか耐えきる事が出来た。

日が沈み、電気のついていない部屋が暗くなった所でようやく意識を取り戻し、俺達は互いの舌を貪るのをやめた。
もう二人共息も絶え絶えで、服は汗を吸いこんで嫌な感じに湿っていた。

水分を補給するなどして時間を過ごし、気分と体を落ちつかせた所で俺は晴を帰した。
晴は不服そうにしていたが、これ以上一緒にいると俺が何をしでかすかわからなかった為帰せざるを得なかった。
晴が帰ってからすぐに俺は自分を慰めた。晴の感触を忘れないうちに。


晴の体温、息遣い、甘酸っぱい匂い、そして紅潮した女の表情。その鮮烈過ぎる記憶を頼りに自慰をする。
彼女を想うだけでペニスの先は女のように濡れ、熱した鉄のように己の掌を焦がした。
そうして過去最速の早さで俺は果ててしまった。その時の絶頂はあまりにも強く、至福の疲労で体が戦慄く程だった。
が、し終えてから途方も無い程の自己嫌悪に陥った。
あんな歳の子にこんなに欲情して、俺はいったい何をしてるんだ。純粋に俺を想ってくれている晴とは大違いじゃないか。
そんな風に顔を手で覆いながら、夜はひたすら自分をけなし続けた。

だが、晴がまた俺の家に来た日。結局俺と晴は一線を超えてしまった。
彼女はまたいつものように休日の前日に俺の家へ押しかけて来た。



「よ、よう」

「晴、お前……」


電話もせずに晴は俺の家に来た。いつもの調子を装っているが、こちらに目を合わせようとしてくれない。
仕事の時には二人きりになった時以外そこまで普段と変わったような様子は見せなかったが、いざ家に来ると恥ずかしくなるらしい。
案外切り替えが早いというか、仕事をしているとそういう事でも忘れる性質なのかも知れない。
それはそれで良い事だ。


「……電話」

「え?」

「家来る時は、ちゃんと俺に電話してから来いって言ったろ?」

「あ、やべっ……忘れてた」

「……はぁ。まぁ来たならしょうがない。飯、食うか? カレー作ったんだ。明日の分もと思って作ったから、沢山あるぞ」

「……あぁっ!」


その日の食事時はいつも通りだった。
テレビを見ながらからかい合ったり、やれロードショーがつまらないとか言ってゲームを引っ張りだして来たり。
いつも通りにゲームは晴の勝利で終わって、俺が先にシャワーを浴びて晴が出て来るまでの間食器を洗ったりして時を過ごした。

だけど、それでも風呂場から漏れて来る水の音はいつもよりも濃く聞こえてしまう。晴という女性を強く意識してしまう。
俺は必死に水圧を強くして食器を洗って頭に浮かぶ晴の裸体を掻き消そうとした。
けれど晴がシャワーを使っているから水圧は全然強くならなくて、否応無く彼女を伝う水の音が俺の耳に届き、俺を燻った。
雑念を消そうと一心不乱に食器をスポンジで擦り、力み過ぎて危うく落しそうになる。
何をやってるんだ俺は、と自分が情けなくなって深い溜息が出る。


「おい。なぁ、あがったぜ」

「……え、もうか?」

「もうって……いつも通りだぜ。何度も呼んでんのに……あれ、食器かたすの終わってないのか」

「え? あっ、あぁ……」


思い詰め過ぎて手が想像以上に止まっていたらしい。二人分の食器群は半分程しか洗えていなかった。


「ごめん、すぐ洗うから。テレビでも見てて待ってて」

「……おう」


何を待つのか。ただいつものように俺という遊び相手の手が空くのを待てという意味では無いのは明白だった。
二人だけの空間。狭いワンルームの室内に胸を燻らせる湿った重い空気が満ち始めていた。
テレビの雑音と食器の固い音が室内に響く。だのにヤケに静かに感じてしまう。それ以外の二つの音が全く聞こえなかった。
室内の湿りと反比例するように、耳を澄ませば晴の息遣いすら聞こえてしまいそうな程、音は渇いてしまっていた。


「……終わった」


最後の食器を乾燥台に乗せてキッチンペーパーで手を拭きながら晴の方へと向かう。
晴は胡坐をかいて、少し落ちつきが無さそうにテレビの画面を見つめていた。
その晴の隣にゆっくりと腰を下ろし、俺もテレビを眺める。
つまらないと言っていたロードショーが流れている。画面では陰鬱な顔をした主役が死んだ恋人を抱えて何処かへ立ち去ろうとしていた。
遠く遠く、何処に続いているのかもわからないような荒れ果てた道を、悲しみをしょい込んだ背中を見せて歩いて行く。
そんな場面でロードショーは終わってしまった。


次回予告がハツラツとしたナレーションによって告げられる。
そんな活気とは裏腹に、互いの腹の内を読むように俺達は黙りこくっていた。
晴は俯いて、唇をかみしめながら落ちつかなさそうに体を大げさに揺すっている。
俺は俺でテレビのリモコンを持って、二順三順とチャンネルを空回ししていた。

口を開くのが何となく怖かった。
多分晴も俺と同じ事を考えている。あの時の感触をもう一度味わいたいと思っている。
でも、焦って口に出したら逃げられてしまいそうで口を開けない。
よそよそしい時間。それを二人でじっと耐えるように過ごす。
耐えなければ踏み込んではいけない領域まで覗きこんでしまいそうで怖かった。
二人共わざとらしい仕草を続けて、じっと機会を窺っていた。



「……トイレ」

「え?」

「だから、トイレ、借りるって……」

「あ、あぁ……どうぞ」


晴が突然口を開いた為俺はチャンネル回しを止めて相槌を打った。
そそくさと逃げるように晴がトイレへ駆け込む。
そして渇き切った環境音の合間から、衣擦れの微かな音が聞こえてくる。
俺は何も聞いていないと心の中で念じながらテレビをぼうっと眺める。

面白くも無いニュース画面と無気力な睨めっこをしてからほんの数分で晴がトイレから出てきた。
そしてまたそそくさと先程と同じ場所に座り直し、今度は俺と同じようにテレビの画面を見つめ始めた。
ニュースが終わってしまった。今度はちょっとしたバラエティ番組が映し出された。


いい加減、機会を窺うのも終わりにしなければ。このままじっとしていても機会なんて来ない。
そんなものは自分で作り出さないといけないものなんだ。
テレビを消し、俺は意を決して晴の方へ向き直った。

晴はテレビが切れたのと俺が動いたのに驚いたのか一瞬ビクッと体を震わせた。
自分のスボンをぎゅっと握りしめ、晴は俯いたままこちらを向かずに「何だよ」と俺に尋ねる。


「晴、その……抱きしめても、いいか?」


キスをしていいかと尋ねるより先にこちらを聞かなければならない。
順序だ。ちゃんと順序を踏まないと。じゃないと俺が先走ってしまう。
晴もこの問いは若干予想外だったのか、「お、おう」と恥ずかしそうに髪を掻きながら答えてくれた。
よし、いい感じだ。

晴にゆっくりと近づき、細い体に腕を回す。石鹸の良い匂いが俺を迎えてくれる。
晴の体は力みで固くなっていた。それを和らげる為にそっと頭を撫でてやる。
ほんのりと湿り気のある柔らかな髪の感触。それを愛しむように優しく、何度も撫でる。
しばらくそうしていると晴の体から固さが徐々に無くなっていった。
柔らかくて温かい女の子の感触が俺の腕と体に幸福を与えてくれる。



「大丈夫? 何か、嫌だったりしない?」


小さな子供をあやすように晴に尋ねる。
晴は俺の背中に腕を回しそっと抱き返して、胸に顔を埋めるように小さく頷いた。


「そっか……」


その返事がとても嬉しくて飛びはねそうになる。
何だか、ずっとこのままでも良いかな、なんて思いながら俺は晴を抱きしめ続けた。
晴のじんわりと広がっていくような体温に、晴は生きた湯たんぽみたいだな、なんて思ってしまって一人でちょっと笑ってしまった。

不意打ちで晴の髪にキスをしてみる。本当に軽く、晴の前頭部に唇を押し付けるだけのキス。
予想外の感触に晴は「うわっ」と情けない声を出して驚いていた。
俺は「ごめん、つい」と軽く謝りながら、そんな晴の可愛らしい反応に気を良くしていた。
何だか凄く恋人っぽい。

俺は何度も同じようにキスをした。好きだとか愛してるとか、言葉で言わずに伝える為に、何度も、何度も。
晴はくすぐったそうにしていた。でも嫌では無さそうだ。
キスをする場所は徐々に下がって行く。額へ、頬へ。
そうして晴と真正面から目が合った。晴はすぐに視線を逸らしてしまった。
また俺の服を握る手に力が籠っている。

他のやりまくってたんで本当に短いですが、この辺で今回は止めです
晴ちん誕生日おめでとう



「ありすがどうかしたか」

「……あいつ、上手くなってんだな」

「え? あ、あぁ。そうだな。一人で練習してるらしい」

「……ふーん」


それから少しの間沈黙が流れた。
銃声やタイヤが擦れる甲高い音が、テレビから無機質に漏れていた。


「……なぁ」


不意に、晴が俺を呼ぶ。あまり感情の籠っていない、平坦な声だった。


「何だ?」

「ありすとは、何してたんだ?」


視線はこちらに向けない。眉根を寄せて、ただじっと画面の方を見つめている。



「何って……カレー作って、それからは仕事の話とかして、ゲームとかしてたな。
 あ、これはやってないから安心しろよ」


俺はこう答えたが、晴にとってはあまり納得のいく会話では無かったらしく「そうかよ」とぶっきらぼうに返されてしまった。
まだ何か言いたげだが、口を開かない。
ディスプレイの中では主人公達のハッキングが誰かに探知されたのか、画面に赤い光が混じり始めていた。


「家に入れない方が良かったか?」


率直に聞く。晴は相変わらず視線を向けてくれない。
でも躊躇いがちだが口は開いてくれた。


「そりゃ……」

「そりゃ?」


晴は言葉を紡げずに、大きな溜息をついた。


「何だ?」

「……わかんねぇ」


前にもこんな事を言っていた気がする。
初めて、嫉妬というものを明確に感じているのかも知れない。
今まで可愛いからと焼きもちは焼かせていたが、今回のは彼女にとってその程度のものじゃなかったのだろう。


「……そうか。悪かった」


俺は深くは聞かない。ただ彼女の考えているであろう事を汲んで謝る。


「いや、別に……謝る事じゃねぇだろ。ありすが来たいって言ったんだろ」

「まぁ、な。でも断ろうと思えばできたのは事実だし……嫌なんだろ、晴は。俺とありすが二人で遊んでると」

「嫌っつうか……」

「というか?」

「……面白くねぇ」


晴は口を尖らせて、首筋を片手でかきむしっている。モヤモヤ、しているのか。


「……そうだな。ごめん」

「いや、だからさ……謝る事なのかよ」

「一応……一応って言ったら駄目だな。俺達は、その、恋人だろ」

「……あ、あぁ」


恋人という言葉には未だに慣れていないらしい。俺もまだ慣れてない。
晴は俯いて、静かに顔を赤く染めている。


「そういう人がいて……まぁ、好意向けられてる女性を家に連れ込むのは……世間じゃ浮気って言うな」

「なら、やめろよ」


晴が最もな事を言う。


「あぁ……だがな、ありすはさ、放っておけないんだよ。何て言うか、俺と似てるから」

「似てる?」

「家庭環境とかな。そういうの」

「……ふーん」


まだ納得していないようだ。
俺の言っている事もただの言い訳にしかなっていない。当然だった。
彼女にとっては理由とかじゃなく、ただ単にやめて欲しいんだろう。


「わかった。もう呼ばない」

「え?」

「それで良いか」

「……良いかって、別にオレは……」


彼女が俺を一瞬睨み、また視線を伏せる。そして口ごもる。



「晴はどうしたいんだ」


彼女の頬を手の甲で撫ぜる。彼女は振りほどこうとしない。


「ありすは……最近仕事も一緒にやってるし、固いヤツだけど、悪いヤツじゃないっていうか……」


晴はぽつりぽつりと、ありすについて語り始める。


「うん……」

「……だけど、なんつうか、さ……」


また黙って、彼女は言葉を探している。画面からサイレンの音が嗚咽のように漏れ出ていた。


「なんて言うか?」

「――とありすが、何かしてるの見ると……なんか……」

「……嫌?」

「……うん」


ゆっくりと深く彼女は頷く。そして俺の手に頬を寄せる。



「そうか。だったら、もう呼ばない方が良いな」

「……あぁ」

「よし、決まりだ」


俺は撫ぜるのを止めて、彼女の手を取る。そしてそのまま彼女の唇を奪い、そのまま押し倒す。
彼女は驚きもせずに俺を受け入れる。指を絡めて、俺の手を一生懸命握り返してくる。


「……ゲーム」


キスの合間に彼女が呟く。


「俺が止めとく」


コントローラーのスタートボタンを押してゲームを止め、コントローラーを放る。
もう一度彼女に口付けをする。
彼女の舌の裏や口内の溝を舌でねぶり、薄い舌を吸い、必死で彼女を貪る。そして握られていない手で彼女の側頭部を撫でる。
キスしてる間は好きだとか言えない分、少しでも彼女に想いを伝える為に彼女の体を触らないといけない。
こんなんじゃ足りないんだ、本当は。

ゆっくりと口を離して、目を蕩けさせた彼女を見つめる。
彼女は下唇を噛み締めて、肩を上下させて余韻に浸っている。キスの後はいつもこういう仕草をする。
可愛らしい。

そのままいつも通りに耳を責めてやろうかと思ったが、晴に止められてしまった。



「どうした?」

「いや……いっつも、――が先にやってんだろ? だ、だから……オレから、する」


一瞬固まってしまった。が、すぐに吹き出してしまった。


「な、何だよ」

「いや、ごめん。嬉しかったから」

「う、嬉しい?」

「うん」


晴の滑らかな髪を梳くように撫でる。何の抵抗も無く、するりと指から抜けて行ってしまう。


「……そうかよ」


晴はそう言って口を尖らせる。照れてるのか。
俺は仰向けになって両肘をつけて上半身だけを浮かせた体勢になった。
晴がおずおずと俺のズボンのチャックをおろし、剛直を開放させた。

彼女は細い指をしなやかに竿に絡ませて彼女はゆっくりと手を動かす。
彼女の温かい手に包まれて、時折彼女の湿った呼吸が肉棒に触れて体の髄が震えてしまう。



「どう、だ?」


晴は上目遣いで俺の表情を窺っている。
俺は晴の頭を撫でて「気持ちいいよ」と正直に言う。
彼女はどもりながら「そうか」と返事をしてくれた。ちょっと恥ずかしそうだ。


「えっと……もう、く、口でするのか?」


ついこの間教えた事を彼女が早速しようとする。
晴にこうして欲しいと言うと積極的に俺にしてくれる。
飲みこみが早いと言うか、いじらしいと言うか。
こうやって積極的になってくれると、想われているのだ実感出来る。至福だ。


「うん……お願い」


俺がお願いすると晴は小さな両手で固くなった陰茎を掴み、一度唾を飲みこんでから優しく俺のものにキスをした。
彼女は顔を上気させながら、竿や亀頭に何度も口付けをする。
やり方は俺が教えた。ゆっくりと、優しくして欲しいと。

激しくやらせたら体格的に晴は辛いだろうから、というのは二番目の理由だ。
本当は俺がこういうのが好きなだけだ。

晴は口付けを終え、今度は口を開けて亀頭を口の中に含んだ。
ついばむように彼女は亀頭をその小さな口で覆い込み、瑞々しい唇をカリから尿道の先へと這わせていく。
何度も何度も丹念にゆっくりと、熱く蒸れた口内で亀頭を溶かそうとねぶってくる。



「くっ……上手になったね、晴」


温かい快楽に身を震わせながら彼女の頭を撫でる。
一瞬目を合わせてくれたが、恥ずかしいのかすぐに逸らされてしまった。

彼女は尚も俺のものを咥えて奉仕をしてくれている。
薄い舌で尿道口をちろちろと舐め、裏筋やカリに舌先を這わせ粘膜全体に唾液を纏わせてくる。
そして最後にはちゅうっと亀頭全体を吸い上げる。
俺の教えた順序の通りに、彼女は視線を曖昧に肉棒に合わせ、我を忘れたように奉仕をする。
俺は体をのけ反らせたり腰を引いたりして晴の愛撫を受ける。

まだ一つ一つの動きが途切れ途切れでぎこちない部分もある。けど一生懸命で、それが堪らなく嬉しい。
例え上手くなかったとしても、嬉しさで勝手に俺が一人でイッてしまいそうだ。


「晴……」


晴に向かって指を広げた状態で片手を出す。そうすると晴は手を出して指を絡めてくれる。
その間も奉仕は止まない。むしろ先程より強くなる。
俺の目を見てぎゅっと手を握り返して、俺をイカせようと熱く肉棒を舐めまわしてくれる。
マズい、このまま続けるとまた暴発させそうだ。初めてさせた時は高ぶって晴の口の中で少し出してしまった。
非常においしくないと訴えられた故、また出す訳にはいかない。


「ま、待って晴っ」


俺は腰を引いて晴の口から自分のものを引っこ抜いた。
晴がぼうっとした顔で何事かと俺を見つめている。


「ごめん、また出そうになったから……」

「え? あ、あぁ……そっか」


晴は気落ちした声で返す。口をぽっかりと開けて、興奮している事を示すように熱っぽい息を忙しく吐きだしていた。


「えっと……手で、するのか?」


そう言いながら、彼女は肉棒を握りしめていた手にきゅっと力を込める。
反射的に体をびくつかせてしまった。


「あ、いや……今度は俺の番」

「え? でも、まだ出してないだろ?」

「あぁうん、そうだけどさ。俺が、したいから」


上半身を起こし、その勢いのまま晴を押し倒す。


「お、おい」


何か言おうとしていた晴の口を自分の口で塞ぐ。
体を捩って抵抗しようとしていた晴の動きが無くなるまで、じっくりと舌をからませる。
動かなくなったので舌を離す。俺の影の中で、彼女が小動物のように小さく忙しく息をしていた。

それから俺はいつものように耳裏や首筋にその舌を這わせていった。
耳裏から醸される彼女の匂いを鼻孔に目いっぱい味わわせながら、俺は彼女の体に火を灯さんと責める。
彼女の耳たぶを吸ったり、息を吹きかけたりねばっこく。
耳の穴を舌先でほじったり、耳を甘噛みしたり鋭く。緩急をつけて彼女を味わう。
彼女は快感に身を捩って足を忙しなく動かしている。それで良い。もっと感じて欲しい。


「んっ……ふぅっ……」


悩ましい声が俺の耳をくすぐる。その甘美な声を聞く度に俺の意識はどんどん曖昧になっていく。
彼女の弱い部分を必死に責め立てる事だけに俺の全力が注がれる。
首筋から浮き出たアバラへ、少し汗ばんで甘酸っぱい匂いを醸す脇の下へ、そして背伸びをするようにピンと固くなった乳頭へ、
服をめくってそれらを流れるように口で犯していく。
グミのように柔らかい弾力を持つ乳首を舌で飽きるまで転がし、吸いたてる。
それが終わったら後ろを向けさせて、背中を指先で撫でまわす。

背骨の溝や背筋、肩甲骨を指の腹で下から上に撫であげる。
彼女のか細い息遣いに耳を立てながら、そっと水面に淡い波紋を立てるようにつつつと優しく触れる。

背中を撫でまわしたら服を全部脱がせてまた仰向けにする。
骨ばった穢れの無い体を上から下まで見つめてから脚の付け根や内腿、足の指を舐めてやる。



「おい、――……うっ……」

「脚の付け根も弱いもんな」


俺は彼女の目を見ながら、彼女にも舐められている所が見えるようにして責める。
顔を赤くして首を落ち着きなく横に振り、のけ反りながらも、晴は時折責められている場所に目を留める。
そこにある現実に戦慄きながらも酔いしれている瞳が、必死に自分に体を這う舌を見つめている。
恥ずかしがり屋の癖にマゾだなんて本当に男をそそらせる。


「脚、綺麗だ」


晴の脚は体格の通り細く感じるが、若々しいハリと瑞々しさに溢れている。
ほんの少し筋肉質なのが健康的で凄くそそる。味わっていて飽きない。

脚を責めているうちに晴の喘ぎ声が少し高いものへ変わっていた。
押し出される空気が喉に引っ掛かり思わず出てしまったような、そんな声だ。
彼女もだいぶ切羽詰まって来たようだ。


「な、なぁ……」


晴が声を震わせて俺を呼ぶ。俺は小さく笑みを作って彼女に応える。


「何?」

「ま、まだ……脚とか、するのか?」


生唾を飲み込みながら晴が尋ねる。


「うん。晴の脚、綺麗だから。好きだよ、晴の脚」


俺はそう言って、晴の足の指をしゃぶってみせる。
小さな小指と薬指を飴でも舐めるみたいに口の中で転がす。
晴の体がまたピクンと震えた。


「あっ……で、でも……」


彼女が何か言おうとする前に今度は足の裏をぺろんと舐め上げてやる。


「ひっ」

「あはは、ごめん。ここはまだくすぐったいだけか」


恥ずかしがる姿がいじらしくてついからかってみたくなってしまった。
晴はちょっと怒ったのか唇を尖らせている。


「そ、そんな所ばっか舐めてないで……他にす、するとこあるだろ……」


他にする所、とは恐らく性器の事なのだろうが、俺ははぐらかすようにターゲットを彼女の手に変えた。


「ここ?」


手を取って細い指を一本一本、骨までしゃぶるみたいにねぶってやる。


「ち、ちがっ……」


晴の体がまた小さく震える。
この数カ月で体中弄ってやった。もう大体の部位に弱点が存在している。
指、首筋、耳、脇、お腹、至る所。こんな小さい体で、随分といやらしくなったものだ。

晴は舐められていない手をグーパーさせたり、口の中に入れられた指を折り曲げたりして震えをしのいでいる。
指を口内で曲げられると少し苦しかったが、晴の感じる姿が見れたのでさして問題では無かった。

最後は手の平の皺にまで舌先を這わせてやる。これで体
今度は目を閉じて空いた手で口を押さえていた。
くすぐったい訳じゃなく、ちゃんと感じているようだ。


「ふぅ……ふふっ、体中弄りまわされちゃったね晴」


彼女の頭の横に手をつき、顔を寄せる。
そして右手で下腹部の辺りを優しく撫でてやる。
時折、恥丘に指が触れるようにしながら。


「体熱いね、晴。大丈夫?」


微笑みながら意地悪く、足をもじもじとさせている晴に尋ねてやる。


「は、はやく……」


晴は俺の言葉に返事はせず、俺のシャツを掴んでねだってきた。
俺は彼女の口に耳を近づけてまた意地悪くすっとぼけてやる。


「何? 何を早く?」

「はや、く……触って……」

「何処を触って欲しいの?」


徹底的に焦らす。ちゃんと言えるまでは、ご褒美はくれてやらない。
そうやって慣らしていくんだ。


「……ここ」


目を閉じて、羞恥に唇を噛み締めて晴がか細い声を出す。


「何処?」


俺が尋ねると、彼女は指を自身の秘裂に宛がった。


「だから……ここ……」

「ここ?」


晴が指す場所に、指を這わせる。
秘裂の溝を下から上になぞり、ゆっくりと指を剥がす。
指の先に、名残惜しそうに糸が一本垂れていた。


「ここで良いの? ちゃんと、何処か言ってみて?」

「だからっ……」

「教えたよね、ここの名前」


もう一度なぞる。甘い声が彼女の口から溢れた。


「あっ……オレの……まん……」


最後の方はかすれて聞き取れなかった。


「何?」

「い、言った! 言ったから、だから……はやく、はやくっ……」

「……晴」

「意地悪、しないで……早く……」


晴は目を閉じたまま恥ずかしそうに訴える。
さすがにこれ以上いじめるのは可愛そうか。
そう思ったが、俺はまた意地の悪い事を思いついてしまった。


「あ、そうだ。晴」

「な、なに……」

「四つん這いになってみて」

「よ、よつんばい?」

「うん。お尻をこっちに向けて、やってみて」


晴は俺の指示に少し逡巡したが、焦らしに理性が脆くなったのか熱にうなされた体を動かして兎のような体勢になった。


「ちゃんと四つん這い。それじゃまるまってるだけだよ。ちゃんとお尻を上げて、犬みたいに」

「は、恥ずかしいって……」

「じゃあ、もうやめちゃうよ」

「そ、そんなのずるいだろ……ここまで、しておいて」


彼女は声を震わせながら不平を訴える。見かねた俺は彼女の耳元に顔を近づけて優しく囁く。


「晴がちゃんと言う事を聞いてくれたら、いっぱいしてあげる。
 だから、晴の全部を見せて? 恥ずかしがるところも、可愛い体も、全部俺に」


まるまっている彼女の頭を撫でる。
怖い事は無いのだと優しくわからせる。


「……わ、わかったよっ」


半ば投げやりな声を出して晴がお尻を上げる。
その様は人間に媚びる犬のようだ。確か、晴は犬が苦手だったはずだ。
必死に俺に尻を向け、淫らに絆してくれと誘ってきているこの姿を犬のようだと言ったら怒るだろうか。


「こ、これで、いいんだろ……は、早くしてくれよっ」


声を上ずらせながら晴が懇願してくる。
しかし、俺はまたここでまたもいらぬ自分の欲を出してしまった。


「うん……合格。じゃあ、そうだな……その体勢のまま自分でしてみて?」


この間の晴の自白を突然に思い出し、俺はそんな事を口走っていた。
晴は水でも浴びせられたかのような表情をしていた。


「なっ、何言ってんだよ!」

「この間言ってたろ? 一人でしてるって」

「い、言ったけどさ……な、何で――の前でしなきゃいけねぇんだよ!」


彼女は至極真っ当な事を訴える。


「いや、俺がちゃんと晴が気持ちいいところを触れてるのか、気になって」

「嘘だっ。――は、た、ただオレが、変な事をしてるとこ見たいだけだろ!」


俺は思わず苦笑いをする。何だ、わかってるじゃないか。
でも、引く気は無い。


「だって、晴の恥ずかしがるところ、可愛いから」

「だ、だからオレは……かわいいとか……そういうのは……」


晴の声が弱くなる。俺は身を乗り出して彼女の髪に指を通しながら耳元で囁く。


「見たいんだ、もっと。晴のそういうところ。俺だけしか、見れないところ。大好きな晴の可愛いところ」


彼女は目を見開いて俺の顔をまじまじと見つめた後、顔のパーツを真ん中に寄せるようにして目を閉じて言葉にならない呻きを小さく漏らした。


「なんで、そういう事言うんだよぉ……」


涙声で陥落寸前の晴が俺に問う。


「言ったろ、今。晴が好きだからって」


俺はどうという事も無く、当然のようにその言葉を返す。
彼女はその言葉に一瞬顔を眉をあげ、それから少しの間逡巡の沈黙を開始した。


「ほんの少しで良いんだ。少しで良い。三十秒で良いから、駄目?」


ほんの少しの譲歩を与える。
交渉する時、まず飲みこめないであろう条件をあえて先に提示してからその後緩和した条件を提示する、そういう戦法がある。
俺が今やっている事が正にそれだ。

新しい提案を聞いて彼女は明らかに迷っていた。目を泳がせて、一生懸命に思考していた。
それから少しして彼女が俺の目を遠慮がちに見つめ始めた。
どうやら俺の言葉で葛藤の中にいる彼女の意思は決まったらしい。


「わかったよ……やれば、いいんだろ……」


半ば投げやりな口調で晴が承諾する。
俺は言う事を聞いた犬を誉めるように彼女の頭を撫でて、元の体勢に戻った。

それから数十秒してから晴がおずおずと自分の性器へと指を伸ばし、俺の要望通りに自慰をし始めた。
息をか細く吐きながら包皮を剥いていないままの陰核を指で弄り回している。
俺に見られているからなのか、ただ単に慣れていないからなのか、動きがぎこちない。


「あ、あんまり顔近づけんな」

「そんなに近づけてないよ」

「……や、やっぱ見るなぁ……」


そう言いながらも彼女は尻を突きだして、まるで望んで俺に見せつけているかのように必死で弄り回している。


「そんな事言ってるけど、指は相変わらず動かしてるじゃないか」

「――がやれって、言ったんだろっ」

「そうだね。でも、いつもより気持ちいいとか、そういうのもあるんじゃないの」


冗談半分にそんな事を言ってみる。


「ばっ……馬鹿……言うな……」


最初は強かった彼女の否定が、途中から全く勢いを無くしてしまっていた。
どうやら自覚はあるらしい。


「本当、晴はエッチになったな」

「うる、さい……――のせいだろっ」

「……そうかもな」

「な、なぁ? もう良いだろ? オレ……もう……」


無意識の仕草なのかはわからないが、晴は尻を振って俺におねだりをしてきた。
もう形振り構っていられないようだ。


「……わかった」


俺は晴の指をどかして秘裂に顔を近づけ、彼女が今まで必死に弄っていた陰核に接近する。
最下腹部の皮膚を押し上げるようにして包皮を剥き、陰核を露わにする。
そして露出した弱点に舌先を合わせて左右に動かし、その数ミリあるか無いかという小ささの可愛らしい弱点を責めてやる。


「んっ……」


彼女の腰が小さく跳ねる。そして俺の顔に自身の性器を押し付けようとしてくる。
喘ぐ声もいつもよりも高く、妖艶な喜びの色を含んでいた。
我慢しているようだったが俺がねめ回す度に、切なげなその声が狭い部屋にコダマした。
少し、我慢させすぎたかな。


「こっちもやるよ」


彼女に届くかわからないくらいの声量で俺は一人呟く。
彼女は相変わらず尻を突き出しているだけで返事は返ってこない。ただ単に聞こえていないだけなのかも知れないが。
俺はそれに構わずに彼女の秘唇を開き、膣口に指を挿し入れた。

俺の指が膣肉を押し広げながら埋まって行く。
指の神経まで同化されてしまいそうな程の熱さと涎のようにぬめる蜜が俺の指を貪る。
抵抗は体格にしては少ない。もう彼女の膣は指一本くらいなら咥え込めるようになっていた。
それでも、まだ男を受け入れた事の無いその場所は強烈な締め付けをもって、俺の指をまるで異物でも扱うように絡みついてくる。
いや、それとも歓待しているのだろうか。快楽を与えてくれる存在として。


「晴、痛くない?」


今度はちゃんと晴に聞こえるくらいの声で尋ねる。
彼女は歯切れの悪い弱々しい声で「痛くない」と答えた。


「無理、してないよな?」

「して、ない。あるんだなってのはわかるけど、別に、まだ何も感じない」

「……そうか。なら良いんだ」


彼女の無事を確認した俺は本腰を入れて彼女の責めに入る。
挿入した指を折り曲げて少し固いかなと感じる部分を押し上げてやる。

晴が息を飲む。そして体を震わせて小さな呻りのような声を、小刻みに何度も出す。
中ではここが弱いらしい。最初は触ると痛がっていたけれど、ちゃんと濡らして慣らしているうちに快感に変わったようだ。
ゆっくりとお腹の方へと圧してやると晴は面白いように体を痙攣させる。



「イキそうになったら、我慢しないで良いからな」


焦らされた体で快感を嬉々として受け入れている晴に優しく声をかける。
晴は答えない。すぐにイクのがもったいないのか、声を漏らし、腰を更に高く上げようとしながら一生懸命我慢している。
我慢しなくていいのに。もっと気持ち良くなってくれて良いのに。


「あっ……――、オレ……もう……」


晴は太ももを緊張させて尻を捩り、俺の責めに耐えている。何だかしっぽを振る犬のようだ。
俺は彼女の我慢に張り合う事にした。指で責めながら、陰核を舐めてやる事にしたのだ。
指から伝い落ちた愛液を舐め取るようにしながら舌を先程よりも早く動かし、指も何度も折り曲げて甘擦りし、二か所を同時に責め立てる。
晴は顔を地面にくっつけて獣のような鼻息を立てていた。もうさすがに我慢もきかないらしい。
一生懸命に俺の名前を呼んでいる。早く、いけ。イッてしまえ。

俺が最後に陰核を舌で弾くと晴は静かに体を震わせて、体中を弛緩させてへたりこんだ。
荒く息を吐き、唾を押しこむように飲みこみながら痙攣している。
どうやらイッてしまったようだ。

今回はここまでです
晴のアイプロ来ましたね
僕はしばらく箱とサイキックという単語に拒絶反応を起こしそうです、そういう事です

当初の予定より遥かに長くなって、全く考えて無かった部分まで考え初めているので書き溜めしてから今後投稿します
プロットとか存在しないんであんまりすぐに終わった分出すと後でほころびが出そうなので……
元から遅いのに更に遅くなって申し訳無い


「イッちゃった?」


身を乗り出して彼女に問う。余韻に浸っている彼女は、地面に顔をつけたまま小さく頷いた。


「そっか」


嬉しかった。感情に釣られて、頬が勝手に笑みを作っていた。
その後、俺はうつ伏せになった彼女の頭を撫でながら彼女の息が整うのを待った。


「もう平気?」


晴は俺の言葉に頷く。


「……そっか」


沈黙が流れる。彼女の目は色づいたまま、俺の心は彼女を求めたまま、また無為に時間が過ぎる。


「なぁ、晴」


俺は先に進む為に、沈黙を破った。


「……今度は、オレがする番だよな」


晴が体を起こし、勃ったままの俺のものを見つめる。
俺は首を横に振った。


「え、そのままでいいのか?」

「ううん……その、さ……」


歯切れが悪くなってしまう。
もうそろそろ、先に進みたい。彼女が欲しい。
でも、これ以上進むと本当に後戻り出来なくなりそうで、言葉が続かなかった。
今まで全部、俺が先に突っ走って来た。彼女は大人の俺に押されるがままにされてきたような部分もある。
ここまでにしておいた方が良いんじゃないか。

俺は彼女が好きだ。だから、今はここまでにしておいた方が良いんじゃないか。
いや今までしてきた事でも十分なアレだけれど、これ以上は。

頭の中がずっと弱音を吐いている。
口ごもる俺を見て不思議に思ったのか晴が俺に近づき、顔色を窺っていた。


「どうしたんだ? えっと……やめる、のか?」

「あ、いや……今日はもう、そろそろ……本番をしようかなって、思ってたんだけど……」

「……本番」

「えっと……その、晴が、見たようなヤツ……」

「……そうか」


晴は難しそうな顔をしていた。
一生懸命、何かを考えているようだった。


「えっと……晴は、どうしたい?」

「え?」

「その、さ。ここまで、全部……その、俺が殆ど半ば強引にしてきただろ?」

「あー……まぁ、な」


やはりそう思われていたか。何だか、我ながら情けない。



「だから、その……晴は、どうなのかなって」

「……オレ?」

「うん」


晴は考え込んでいた。待っている俺にとっては息の詰まりそうな時間だった。
彼女は数秒程床を見つめて、結論を出したのか恥ずかしそうに頭を描き始めた。


「オレは……良い、けどさ」

「けど?」

「――が嫌なら、別にしないでいいし……その、それがしたいって言うなら……オレは、する」


彼女は俺を目だけで窺いながらそう言って、また視線を床に戻してしまった。


「……晴からは、したくないの?」

「そうは言ってねぇよ。ただ……――がしたいなら、そうするって……」

「えっと……」

「……あぁっ、おい――っ!」


晴が立ちあがって俺の胸倉を掴み、声を荒げて俺に詰め寄って来た。


「な、何だ晴」


その威勢に思わずたじろいでしまい、声が上擦った。


「オレ達はこ、恋人なんだろ!」

「え、あ、あぁ」

「だったら……だったら、すればいいじゃねぇか」

「……それは」

「すれば、良いじゃねぇか……」


でも威勢はすぐに弱まって、華奢な少女はその体に似つかわしいか細い声を俺に胸にぶつけるようになる。
胸倉を掴んでいた手も弱まり、俺の胸に縋るような体勢になっていた。
小さな少女。俺を想ってくれている小さな少女が、そこにいた。



「……晴」


俺は彼女の背中に腕を回して抱きしめながら、その先に続く言葉を待ち続けた。
しかし彼女は俺の胸に頭を埋めるだけで何も言ってくれなかった。

駄目だな、俺は。ここまで来たんだ。何を怖気づいてる。
俺から全部誘ってきたんだ。最後まで俺からしないと。


「晴」


彼女の名前を呼ぶ。彼女は唇を真一文字に結んで俺を見上げている。


「今日は、しよう」

「……うん」


……


俺達は互いに衣服を脱ぎ棄てて向かい合った。


「……何か、マヌケだな」


明りを落とした部屋の中で、ゴムのついたペニスを見て晴が感想を述べる。尤もだ。俺もそう思う。


「まぁ……しょうがないさ。でもこれ付けないと大変だし」

「あー……ヒニングって言う奴だっけ?」

「あぁ。正確にはコンドームな。保健で習わなかったか?」

「保健? マジメに聞いてねぇから覚えてねぇよ。ずっと教科書の後ろのスポーツコーナーばっか見てるし」


尤もだ。俺も道徳やら保健やらの変わった授業の時は、教科書の指定された範囲外のページばかり読んでいた。
それでもつまらなかったが。


「えっと……これ付けて、こ、ここ入れるんだよな」


晴が自身の股辺りを見つめる。


「あぁ。で、初めては凄い痛いらしい」

「……どれくらい痛いんだ?」

「さぁ……俺は男だからわからん。でも、何だろうな……」


肉を無理やり押し広げて削いで行く感じじゃないかと言おうと思ったが止めた。
される直前の本人にそんな事を言って不安がらせてどうするんだ。


「まぁ、男で言うキンテキみたいなもんじゃないか?」

「……それオレがわかんねぇって」

「あぁ、そっか」


駄目だ、俺も緊張してるな。心臓、バクバクだ。
頭もそれにつられて鐘を鳴らしてるみたいにぐらぐらしている。


「でも、相当痛いってのは……マジみたいだな。その、これが、入るんだもんな……ここに」

「うん……」


怖いのだろうか、晴が深い溜息をついた。


「えっと……じゃあ、しようか」

「あ、あぁ」


彼女を仰向けに寝かせて脚を開かせ、俺はその間に陣取った。
そして濡れているか確認する為に膣口へ指を宛がい押し込めた。
中は雄を迎え入れようと熱く濡れそぼっていた。
濡れてはいる。濡れてはいるが、指一本でもキツイくらいだから果たして大丈夫なのだろうか。


「ん……い、入れてるのか?」


晴が不安そうにこちらを窺っていた。


「え? あ、いや、これは指だ」

「そ、そうか」

「もっと、太いからな。平均的な大きさだとは思うが、指よりは絶対太いから」

「……うん」


挿入した指に凍えているのかと思う程の震えが伝わってくる。
いつもクールな晴でもやはり怖いらしい。
でも、すると決めた以上ここで止める訳にはいかない。


「じゃあ……」


指を引き抜き、彼女の幼い淫らな秘部へ、反り返った剛直の先端を押し当てる。
暗がりの中、潤んだつぶらな瞳が大人の欲の塊をじっとりと見つめていた。
怯え、俺に対する信頼、その二つが綯交ぜになったいじらしい視線。
俺は彼女の頬に手を添えた。


「行くよ、晴」


添えた手を離し、細い腰を掴む。
そしてもう片方の手で肉棒を掴んで抵抗に負けないようにし、小さな入口を押し広げて行く。


「ん……」


彼女の中へと潜行していく。異物の侵入に反応して彼女の体が硬直し、震えた。
その感覚がペニスを通じて俺にも伝わる。


「大丈夫か?」

「え? あー……まだ、痛くは感じない……」

「そ、そうか……」


彼女の無事を確認して一つ息を吐く。それから俺はまた動き始める。
俺を迎え入れたのたは肉棒が押し潰されるかと思う程の圧力と、火傷してしまうかと錯覚する程の体温を感じる。
熱された牙が食いこんでくるかのようだ。俺はそれを引き裂くように、腰に体重を乗せて押し進んだ。

ゆっくりと彼女の中に己のものが埋まっていく度に、俺の内側にはふつふつと快楽が湧きあがっていた。
彼女と繋がれたという嬉しさが、俺だけに一人よがりな快楽を起こしているのだ。
快感はあぶくのように昇っては弾け、次第に数を増やして集い、今にも爆ぜてしまうような気持ち良さが俺の腰回りに纏わりついた。



「い、いて……いてて……」


俺が一人で感じている間に晴が痛みを訴え始めた。慌てて俺は動きを止める。


「だ、大丈夫か晴」

「大丈夫……まだ――が言ってたほどじゃない」

「本当か?」

「あぁ。だ、だから、全部、入れちまえ……」


緊張に固まり切った体を誤魔化すように彼女は気丈にそう言い張る。


「……わかった」


彼女の言葉を受け取り、俺は狭い膣内を押し広げて行った。
一気に俺は腰を押し進めた。俺のものは八割方彼女の中へ入ったがそれ以上はどうしても進まなかった。
壁を感じる。恐らく、彼女の子宮口にまで達してしまったのだろう。だったらもう全部は入り切るまい。


「くっ……は、入ったか?」


搾り出すような声で晴が尋ねる。


「あ、あぁ。入ったぞ」


肉の万力にでも締め付けられているかのような錯覚を覚えつつも、健気な彼女にしっかりと言葉を返す。
彼女は額に汗をにじませながら目を苦悶していた。
指が食い込む程の力で俺の腕を掴み、必死に痛みに耐えていた。


「ごめん、晴。痛かったよな?」


俺は情けなく声を震わせて彼女の頬に手を添えた。
目の端に涙をにじませた彼女は小さく、頷き返してくれた。


「つっ……思ったより、痛いな、これ」


深い呼吸の合間に、腹から声を搾りだして彼女が言う。
俺は痛いという言葉を聞いて若干パニックになり、あっ、とかうっ、とか言葉にならない声を吐いて二の句をつげずにいた。



「なぁ、――」


そんな俺を見かねたのか、晴が笑みを作って声をかけてくれた。
優しい目。女性らしい柔らかい瞳だった。


「あっ……な、なに晴」

「――は、大丈夫か?」

「え?」

「さっきから、――、辛そうな顔、してるぜ」

「あ……」


辛そうにしている晴を見ているうちに、俺も釣られてそんな表情をしていたらしい。
晴に言われて初めて気付いた。


「大丈夫か?」


自分の方が圧倒的に辛いであろうに、彼女は気丈にもそう言ってのける。
こんな状況でも自分の事を見てくれているのだと思うと、胸が更に締め付けられた。
俺はあっさり涙をこぼしてしまった。


「……あぁ、平気だ」


涙がこれ以上出ないように踏ん張りながら、自分の指で拭って俺は言う。彼女は「そっか」と短く返してくれた。



「えっと、晴?」

「何だ?」


とりあえず動かないでいてももう十分なのだが、ここまで来たからには俺も射精しなければ終えられなかった。


「えっと、動くけど良いか?」

「動く?」

「その……動いて、快感を得て、射精するんだ」


非常に事務的な説明だった。


「あー……まぁ、そうだよな」


晴も今までしてきた事で悟ったらしい。


「……動かないでも、そのうち出そうではあるけどな」


感極まっている俺は晴に挿入しているという高揚感だけで既に射精しそうだった。
そこに狂おしい程に熱く締め付けてくる膣内の感覚が加わっている。
多分、少し動いたら終わるだろう。


「動いた方が、その、良いんだろ?」

「……どうだろ。傷口抉るようなもんだし、晴が……」


つい口を滑らせてしまった。


「……言うなよ、そういう事」

「あ、悪い」


それから数秒、音が消えた。
晴はまた恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。


「……なぁ、晴」


俺は意を決した。


「何だ?」

「その、手、握っていいか」

「え……あぁ、良いけど」


晴は突然の要求に驚いていたが、すぐに自分から手を握ってくれた。多分、彼女も心細かったのだろう。
晴の細い指が、無骨な俺の指に絡んだ。



「えっと、じゃあ、動くからな」

「うん……」


動くと言ったが俺はすぐには腰を動かさなかった。
俺は体をゆっくりと前に倒し、晴との距離を縮めていった。白く美しい彼女の体が俺の影に染まっていく。
彼女の体に深く覆いかぶさり、彼女との距離が無くなった。彼女は何をされるのか感づいたのか、目を閉じて舌を突き出してきた。
そうして、唇が重なった。

舌が口の中で踊るように蠢く。溢れ出た唾液が口の端から漏れて、肌を伝って垂れ落ちて行く。
汗の臭いもする。髪から香る石鹸の匂いと晴の甘酸っぱい汗の臭いが鼻を抜けて脳髄を鋭く刺激する。
また夢中になっていた。

晴が手を強く握り返して来る。俺も握り返し、動かずにしばらくずっとそうしてキスだけをしていた。
何度か息継ぎをし、その合間に何度も互いの名前を呼び合った。
彼女の体の強張りが緩くなっていく。だいぶリラックスできたようだ。
俺はそれを見計らって唇を離し、腰を動かした。


狭い膣内は肉棒を離すまいと噛みつくように締め上げて来る。
それでも中は愛液で濡れそぼっている為、ぬるぬると抜けて行く。
亀頭が表に出るかという所で再度、腰を入れてペニスを埋める。
肉を分け入り、熱く幼い性器が雄のもので満たされていく。

晴が呻き声を上げた。彼女の綺麗な顔が痛みに歪んでいた。それさえも綺麗だと思った。
だけど、彼女の痛みももう終わる。
たった一度動いただけで俺は限界に達したからだ。


「くっ……」


腰を押し付けて、彼女の最奥で俺は一人果ててしまった。
絡んだヒダに亀頭と竿が刺激されて、心臓から吐き出されるような勢いで精液が出ていく。
脳が蕩けるような恍惚とした快楽。彼女の膣にまた激しく締めあげられて俺は何度も体を震わせて射精し続けた。
苦しいのに、呼吸さえ忘れていた。


「……出てる、のか?」


彼女は俺の様子で察したのか心配そうに俺を見つめていた。
俺は彼女に見守られながら一滴残らず吐き出し、呼吸をしてようやく肺に空気を送り始めた。
手を晴の頭の横に置いて、体全部の体重をその手に預けて必死に呼吸をする。
汗が額を伝う感覚と喉に引っ掛かる空気の感触と、未だ俺を包み込んでいる幼い彼女の熱だけが感じられた。


「おい、――」


晴が俺の名前を呼んでいた。何度も呼ばれていたらしいが、俺はすぐに気付けなかった。
腕を揺すられて初めて俺は呼ばれているのだと気付いた。


「は、晴……」


息も絶え絶えになりながら声を搾り出す。
晴は相変わらず心配そうな目で俺を見つめていた。


「大丈夫か?」

「あぁ……大丈夫だ」


心配させまいと笑顔を作ってみたが、出来ていたかは疑問だった。
彼女の目は変わらなかった。


「そうか?」

「あぁ、平気だ。それより晴は大丈夫か?」

「オレか? オレは……まだ、何かじんじんするけど、そこまで痛くはないな」

「そうか、良かった」


彼女の言葉を聞いて気が抜けてしまった。
俺は自分のものを引き抜くと彼女の横に力無く倒れこんでしまった。


「おい」

「ちょっと力が抜けただけだよ。大丈夫」


大丈夫だと言う代わりに彼女の頬を撫でた。汗をかいていた。相当体に負担をかけたらしい。


「ごめん、辛かったよな」


引き抜いたもののまだ膨張していた陰茎を横目に見た。
暗がりでよく見えなかったが、ゴムの光沢の中に赤い筋が何本も通っているように見えた。


「あぁ、まぁ……痛かったけど、平気だぜ」


鼻を掻きながら気丈に彼女はそう言ってのけた。
目は笑っていた。細まって、柔らかく。


「そうか……良かった」


彼女の目がようやく柔らかいものに変わったのを見て安心したからか、唐突に眠気が襲ってきた。
眠気に抗いながらゴム等の後処理をしてまた彼女の横に体を投げた。



「はぁ……」


心地よい眠気にまどろみながら充足に満ちた息を漏らす。


「なぁ、――」


体を揺すって晴が俺を呼んだ。


「何だ」

「えっと……その、オレ達、したんだよな? こ、恋人同士がその、するってヤツ……」


彼女の言葉の後半辺りはもごもごとした声になっていた。
彼女の仕草に少し笑いつつも俺は体をちゃんと晴の方へ向けて、目を見て話した。


「そうだな。夫婦とかもするな」

「え、あ……そう、か」


俺の付け加えた言葉に晴がしおらしく顔を赤らめる。
それから視線を落としながら俺の言葉をずっと反芻していた。


「晴」


眠気が限界にまで来ていた俺は寝落ちしてしまう前に、彼女に声をかけた。


「な、なんだ」

「ごめん、なんだか凄く眠いんだ」

「え? あー……もうこんな時間だし、寝ないとな。――は明日も仕事だもんな……」


近くにあった小さなデジタル時計を見て、晴が申し訳なさそうに言った。


「うん。だから、晴の横で寝て良い?」

「え、あぁ……それ、いつもしてるだろ。別に言わなくたって……」

「ごめん、つい」

「……はぁ。いっつも、そうやって言いたい事言うよな」


呆れたと言わんばかりに溜息をつかれた。
俺は苦笑いで乗り切る。


「……わかったよ。このまま、な」

「うん、ありがとう晴」


それから俺はまだ恥ずかしそうにしている晴におやすみと言って、彼女の温もりを感じ、幸せに満ち満ちたまま目を閉じた。
眠りの海に放り出されて、意識が深海へと抵抗無く沈んで行く。


だが、もう少しで眠るという所で俺の手が握られた。
俺は重たい瞼を何とか開けて何が起きたかを見た。


「……どうしたの、晴」


彼女はきゅっと手を握り、じっと俺の目を見て寄り添っていた。


「なぁ、――」


力の籠った声だった。俺のまどろんだ意識が彼女の声に覚醒する。


「他の奴、好きになったりすんなよ」


手を強く握りしめて彼女はそう言った。
彼女の瞳は縋るように俺を見つめていた。


「……あぁ。わかってる」


確固たる意志で目を見つめ返しながら俺はそう言った。
晴は俺の目をしばし見つめ、やがて嘘偽りの無い言葉だと確信したのか俺の胸に頭を擦りつけてきた。
俺は黙って抱きしめて、頭を撫でて彼女が寝るのを待った。
しばらくすると腕の中にいる彼女の呼吸がゆったりとしたものに変わった。
俺はそれを感じ取ってから、また意識を甘く幸せな闇に委ねた。
幸せだった。彼女が腕の中にいて、何も考えずにただそれを感じて、眠れる事が。
そんな事を朦朧と考えてから、俺の記憶は飛んでいった。


――



「待てますか」


草原の中で、少女と俺が二人だけで立っていた。
遠くには白く荘厳な教会が枯れ木のように建っていた。
鐘が鳴り響き、鼓膜をくすぐっている。


「答えて下さい」


少女が何か言っているようだ。俺は少女の顔を見つめる。


「待てますか」


しかし、少女の顔には黒い靄がかかっていて顔が見えなかった。
空間が抉れたように少女の顔だけが靄に隠されている。不安を覚えるような黒色だった。


「答えて下さい」


顔の見えない少女は同じ問いを何度も繰り返す。
俺は答えられない。答える気すら無かった。
ただ軽く笑みを作って受け流して、子供の言う事だとおざなりに扱っていた。



「待てますか」


少女は俺の腕を握りしめて、縋るように尋ねてきた。
俺は答えない。


「答えて下さい」


壊れたテレビのように少女はずっと同じ文句を垂れ流している。
少女は俺の両腕をつかみ、それを伝って登って来る。


「待てますか」


少女の頭部が俺の顔面に肉薄する。真っ黒な闇。何も見えない。


「待てねぇよな」


少女の声色が変わった。呆れたような見離したような、無感情な声だった。俺が一番好きな声だった。
そこで、俺の視界は靄で覆い尽くされた。


――


頭の中で気だるさがハミングしている。
いや、頭だけじゃない。体中に気だるさが響いている。眠気の大合唱行っているみたいだ。


「おい、起きろって。――は今日仕事だろ」


俺の体を誰かが揺する。ついさっき聞いたような声だ。
俺の一番好きな声。アルトがかった、中性的な声。


「なぁーあ、起きろよ。パン焼いたけど他のは――がやるんだろ。おい起きろ」


眠いんだ、まだ起こさないでくれ。俺はそう言う代わりに腕を気だるく振った。


「……起きろっての」


脇腹に軽い衝撃。蹴られたようだ。だがその蹴りはかなりの手加減がきいていて痛くも無かった。俺は寝続ける。
次第におらおらという声が聞こえてきた。その声が発せられる度に俺の体が衝撃に揺れる。



「……何だよ」


何度も蹴られるのをさすがに煩わしく思ったので俺はだるさを押し殺して声を発した。


「何だよじゃねぇだろ。ほら起きろよ。もう七時だぜ」


七時。七時か。会社へ行く準備をしないといけない時刻だ。
寝よう。


「おら、寝るな」


また衝撃。今度は少し強めだ。「うっ」と声を漏らしてしまった。
それでも俺はまだ寝続ける。
溜息が聞こえたが、それから数秒の間は何も衝撃は襲ってこなかった。
これで寝れる。意識をまた深くへと沈めていく。


「はぁ……起きろってんだよ!」


息を大きく吸う音が聞こえたかと思った瞬間、耳元で渾身の叫びが発せられた。
俺は驚き、猛り狂ったテンポを刻むメトロノームのような速さで起き上がった。


「なんだっ!」


何事かと思い、俺は周囲を見回した。
特に何も無かった。ただ俺の横に晴が立っていた。


「やっと起きたのかよ……ほら、もう七時だぜ。今日も仕事だろ?」

「え? あ、あぁ……そうだな」


俺は目を擦りながら眠気にふざけた頭で現状を把握する。
開け放たれた窓から朝日と爽やかな風が入り込んで来ていた。もう朝だったのか。

初めて晴と最後までして、それで満足して寝たんだったか。
そこまでしていないはずなのにあんなに疲れるとは、俺も歳を食ったのか。

デジタル時計を確認する。七時だった。
アラームを付け忘れていたらしく、こいつは黙って時を刻んでいた。


「あ……もう七時だったのか」

「あぁ。アラーム、忘れてたんだな」

「はぁ……悪い、起こしてくれてありがとな」


俺は晴の頭を撫でて、ついでにそのまま撫でていた手に力を入れて起き上がった。


「うっ……おい、オレの頭を台にすんな」

「あんなに蹴らなくたって良いだろうが。お返しだよ」


尚もぶつくさと文句を言う晴を置き、俺は大きく欠伸を垂れながら洗面台の方へと向かった。
顔を洗い、意識をハッキリとさせる。
タオルで手と顔を拭いて、そのままキッチンに入る。


「よし……パンは焼いたんだな?」

「あぁ。トースト、余ってたの全部使ったぜ」

「四枚だったな。ありがと」

「先にパンだけ食ってるぜ」


晴はそう言って昨日ありすが残していった苺ジャムをパンに塗りたくって、トーストを小気味良い軽快な音を立てて一口かじった。
俺はコンロにフライパンを置き、冷蔵庫にあったバターと卵を出してバターと油をフライパンに敷き、溶いた卵をその上へぶちまけた。
外側が火で固まったかなという所で内側へと混ぜ込むようにして形を整えていく。
ふわふわに膨らんだの黄色いオムレツが完成した。
出来たオムレツを半分に切って20cm程の皿に盛り、空いたスペースを埋める為のベーコンを更に焼いていく。

薄いベーコンは目を離して適当に焼いても勝手に出来上がるので、冷蔵庫から余ったレタス等を千切って皿に盛った。
ベーコンも焼き上がり、これで皿に光沢のある黄色、こんがりとした茶色、瑞々しい緑の景観が完成した。


「ほら、出来たぞ」


晴と自分用の皿を持ち、居間に戻る。
既にパン一枚を平らげた晴が待ってましたと言わんばかりに俺の差し出した皿を受け取る。
そしてオムレツとベーコンを頬張り、咀嚼し、飲みこんだ。


「……旨いな」

「そうか」

「あぁ。旨いぜ」


余程大事な事なのか二回も言う。悪い気はしない。


「それにしても、こういうの十分も経たずによく作れんな」


晴が何だか感心したように言ってくる。


「いつも朝は作ってるじゃないか、何を今更」


晴がいる時だけはこういうちゃんとした朝飯を作っている。俺に合わせて不摂生な食事を摂らせたら大変だ。
子供はそこらで買った惣菜よりも手料理を食べるべきだ。余程の化学反応を起こした物で無い限りは。


「いや、だって……」

「だって?」

「何か、やっぱ料理出来るってスゲェんだなって」


なんだ、まだ引き摺ってるのか。


「このくらいなら誰だって出来るさ。焼いて、葉っぱ重ねただけだし」

「……そうか?」

「あぁ」


晴は「ふーん」と唸りながら俺の作った料理を箸でつつきながら眺めていた。


「……そのうち、作れるようになってくれ。それで良いから」

「え? あぁ……わかった」

「晴の作ってくれた料理なら、毎日でも食うから。いや、毎日食べたいな」


本当に口からこぼれ落ちるようについ、本音を言ってしまった。


「毎日……」


それを聞いた晴は硬直していた。俺はマズったと思ったがもう遅かった。


「いや……毎日は、さすがに無理だろ。毎日行ったらさすがにアレだし」


晴は言葉のニュアンスを間違えて受け取っていた。少し、本当に少しだけ俺は気を落とした。


「あ、うん……まぁそうだけど、な。何て言うか、その……」

「何だよ」

「……憧れっていうか、なんて言うか」


恥ずかしい単語を使う。もっと選びようがあったはずだが、この言葉しか思い当らなかった。
子供の頃からの憧れだった。手料理は確かにそれなりには食べさせて貰った。
でも、俺が思っているのとは違う人のもだった。


「憧れ……」


俺の言葉は想像以上に重かったのか、晴は深く考え込んでいた。


「うん、まぁ……そうだな」


曖昧に言葉を出す。それからは二人して黙りこくってしまった。
食器に触れる音も出ない。ただ悲しく、音質の悪いテレビのニュースナレーションが律義に一人ごちっていた。
いつの間にか口の中が乾き切っていた。昨日と同じように作ったジュースを啜る。
甘い。酸っぱいのは嫌いだ。彼女もそうだ。



「あ、そういや晴。学校行かなきゃいけないだろ。お前も早く食えよ」


誤魔化すように早く食べて帰りの準備をするように促した。学校の鞄なんかは家には持って来させない。
教科書なんてものを見たくないからだ。
しかし晴は「何言ってんだコイツ」という表情を作っている。


「何だよ」

「何だよって、今日祝日だろ? 学校休みだ、っていうか仕事も入れない完全オフにしたんだろ?」

「え? あ、あー……」


カレンダーを見る。そう言えば今日はそういう日だったか。俺自身の休みは不定期に入るので祝日という感覚を忘れてしまっていた。
そうか、彼女は休みか。


「だから、今日もここ居て良いだろ? な?」

「なに?」

「留守番しといてやるよ。な?」


どうやら昨日やりそびれたゲームを一日中するつもりらしい。
俺は目頭に指を当てて、大きく溜息をついた。


「アホ。一度帰らないと親が心配するだろうが」

「えー、良いだろ別に。あ、そうだ。電話して聞けば良いんだろ」


晴が自分の携帯から自宅へ電話をかけようとする。
先程まで女の表情をしていたと思ったらこれだ。案外、晴もまだまだ子供だと言う事か。


「いや、こればっかりは駄目だ。もう帰れ。許可がおりようと駄目だ」

「何でだよ」

「誰もいない部屋に子供を一人にする訳にはいかない。それに俺は今日確実に夜遅くなる。
 何かあったらどうしようも無いんだ」

「別に何もしねぇって。――が帰ってくるまで外に出ないし、誰か来ても出ない。これで良いだろ?」

「祝日だろ? 外で遊べよ皆と。サッカーやってこいって」

「外で遊ぶよりこのゲームやりたいんだよ今日は」

「飯はどうする」

「母さんが持って来たのレンジで温めれば良いだけじゃねぇか。結構な量あるし、あれなら火も使わないだろ?」


ああ言えばこういう。中々、屁理屈を覚えたようだ。
あぁ成程、俺なんかと喋ってるからか。



「それに……」


何か恥ずかしそうに視線を泳がせて晴が呟く。


「それに?」

「……何か、まだ腹が変な感じするし……それで家帰ったら、怪しまれるかもしんねぇしさ」

「あー……」


そうだ。昨日、俺が彼女の処女を奪ったんだ。
慣らしていたおかげでそこまで痛がってはいなかったが、それでも違和感は残るものなのだろうか。

俺は腰に片手を当てて、低い天井を仰ぎながら大きく息をついた。
しょうがない。


「……電話しろ」


俺がそう言うと晴は神妙な顔つきで携帯で電話をし始めた。
その表情を見ると、先程のは残りたいだけの冗談という事では無いらしい。

数コールして電話が繋がり、晴は親との交渉を始めた。
相手は父親か。少し難航しているようだ。



「……えー……良いだろ別に」


晴は顔を渋くさせながら電話に文句を垂れる。
交渉が劣勢になったのか、晴は突然俺に電話を差し出した。


「何だよ」

「代われって」

「俺に?」

「あぁ」


俺は渋々電話に出る。怪しまれたりしてないだろうか。


「もしもし、代わりました」


戦々恐々としながら取りついだ。



『あ、――君かね』


朝だからかはたまた不機嫌だからか、電話の向こうの声は普段会って話す時より声が幾分低く感じられる。


「はい、――です。お久しぶりです」


平身低頭、俺は顔の見えない父親に頭を下げながら挨拶をする。


『いやぁ久しぶりだね。で、晴がまだ君の家で遊びたいと駄々をこねてるんだが……』


俺に怒ってる訳じゃなく、どうやら晴に少し呆れているようだった。
俺は胸を撫で下ろし、状況を説明する。


「はぁ……私が新作ゲームを買ったので、それをやりたいらしくて……」

『成程……家じゃ家内が一日にゲームは二時間と決めてるからなぁ……』

「あはは……」


成程。俺も一日一時間だった。あれは辛い。
規制されると返ってやりたくなるものだが。



『とりあえず、晴には家に帰って来るようには言ったからね。安心してくれ』

「あぁ、すいません」


良かった、助かった。俺は安堵の息をつく。


『――君も仕事だろう? 子供一人で人様の家に居させる訳もいかないからね』

「はい」

『まぁそれにしても、いつも娘と遊んで貰って悪いね』

「あ、いえ。仕事みたいな部分もありますし」


心にも無い事を言ってみる。


『仕事か……熱心だな』

「まぁ……正直言えば、自分も暇しなくていいなっていうのが、一番なんですけど」


少し、本心も言ってみる。



『ハハハ、成程。いや晴も君にだいぶ懐いているようだからね、そう言ってくれると助かるよ』

「最近は懐かれ過ぎて若干遠慮が無くなってきてますけどねこの子は」

『ハハハ、そうか。確かにガサツな所があるなぁ晴は。それはうちでちゃんと注意しておかないとな。
 いやしかし、晴は上の子達と良く遊んでたから、やっぱり兄のような人と遊びたいんだと思うんだよ。
 まだ残りたいなんて言うから、よっぽどそこは落ち着くんだろう』

「……みたいですね」

『最近は、君といる方が晴は楽しそうだ。テレビで見る姿も、幾分楽しそうに見えるようになった。
 家で仕事の話をする時も、君の話がまず出てくる』


楽しそうに父親は話す。彼の声に疑念の曇りなどひとかけらも無い。


「……そうですか」

『上の子達も今は忙しくてね……私達と遊ぶのは気恥かしいものがあるだろうしで、家での遊び相手もいなくてさびしかったんだろう最近は。
 そこに君が来てくれて、晴も寂しくなくなったんだと思うんだ』

「なる、ほど」


少しの間、沈黙が流れる。父親は感慨に浸っているようだ。


『……あぁ、すまないね。君ももう仕事の準備やらをしないといけないというのに長話をして』

「あ、いえ。まだ時間的に余裕ですから、全然大丈夫です」

『すまないね。歳をとると話が長ったらしくなるらしいからね。自分でも気をつけようと思っているんだが、どうもね……』


そう言いつつ、彼はつらつらと話を続ける。俺は愛想笑いをするしかない。


『あぁ、すまん。また長く喋ってしまった。じゃあこの辺で』

「あ、はい。それじゃあ……」


ここで電話を切ろうと別れの文句を言おうとした瞬間。


『あぁ、そうそう。この間の子、どうだったね』


テンションの高い声に俺の言葉が圧し殺されてしまった。



「はい?」

『いや、この前紹介したじゃないか。うちの会社の経理の子を。どうだい、少し話した感じは』


この間の話か。俺の本来の好みであろう女性をまた紹介して、適当に食事なんかをさせたあの話か。


「いやぁ……ちょっとキツめですかねぇ」

『あぁ、まぁ確かに勝ち気な所はあるなぁ。だがどうだ、別嬪じゃないか』


美人ってだけでそいつと一緒で幸せになれるなら、世の中に離婚調停やらは存在しないかも知れない。
俺はそう思う。


「いやぁ……自分も強気な部分あるんで、ああいう人だと衝突してしまうかなぁと」

『そうか……まぁ君がそう言うならしょうがないな。じゃあもっと違う子を探してみよう』

「あ、そ、そうですか……」


俺は三男にでもされてるのだろうか。いや、歳は一番上か。
気に入られてるのは良いが、困ったものだ。


『おっと、すまない。また話しこんでしまったな。よし、じゃあまた今度飲もうじゃないか。
 その時にまた話をしよう。時間が空いたら教えてくれ』


その後散々色々な話を聞かされた挙句にそんな短い言葉で切られてしまった。
俺は大きく溜息をついて晴に携帯を放り、座布団に腰を落とした。


「何だって?」

「帰れってよ」

「説得してくれたんじゃないのかよ」

「してねぇよ。後半は殆ど俺の話だ」

「じゃあ何話してたんだ?」

「それは……」


率直に言おうと思ったがすんでの所で言葉を止めた。
これも女性がらみだ。昨日も随分妬かせた事だし、あまり言わない方が良いか。


「何だよ、早く言えよ」


晴が訝しげな瞳で悩む俺を見つめて来る。
まぁ、しょうがない。言っておくか。


「えっと……お前の親父さんから、何か、職場の女性紹介されてな」

「紹介?」

「まぁ、あれだ。俺が結婚相手を探して身を固めたがってると思ってるんだよ、お前の親父さんは」

「……お見合いってヤツか?」


最近の子供でもこういう言葉は知ってるのか。もうあまり聞かないような話なのに。



「いや、そうじゃない。ただ……こういう女性はどうだって、紹介してくるだけ。
 見合いなんて強いものじゃない」

「でも、みたいなもんだろ」


眉根を寄せて目を吊り上げ、晴は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。


「……俺はまだ結婚する気なんて無いよ」

「でもオヤジはそう思ってんだろ?」

「勝手にな。俺は相手を探してるなんて一言も言ってない。ただどういう女性がタイプなんだくらいの事しか言ってないよ」

「じゃあどういうのが良いんだよ」

「え、いや、適当に……年上が好きだって」

「……ふーん」


今度は八の字に眉を上げてジトついた目で俺を睨んでくる。
相当怒ってるらしい。


「昔はな、そうだったんだよ。昔は。今は……あれだよ……」

「ロリコンだな」


表情一つ変えずに彼女が言う。



「ロリ……まぁ、そう、なのかもな。うん……まぁ、今はもう、晴しか興味無いし……」


少し晴の表情が和らぐ。しかしそれも一瞬だった。すぐに視線を外して、ムスッとした顔を作って晴が呟くように言う。


「……だったらすぐ断れよ。昨日、あんな事して……オレも、他の奴好きになるなって、言ったろうが……」


俺は固まった。すぐに言葉が出なかった。
空気が圧し固まる。俺は何度か空気を飲んだ。腹に空気が入って行く感覚がして、何だか気持ち悪かった。


「……悪かった。ただ、聞かれたのは晴とこういう風になる前の事だったからな。
 もう今は違う。もう晴しか好きになれないよ。年齢とか関係無い。晴が良いんだ」


静寂を破り、俺はありのままの本心を伝える。
晴は一瞬驚いたようにこっちを見やったが、視線をすぐにそっぽへ向かせた。
しかし、頬がほんのりと赤くなっている。


「……わかってるよ、それくらい」


口を尖らせてつっけんどんな口調で彼女が言う。
誤解は解けたようだ。



「これからは、その、ちゃんと断るよ。しばらくは自分で探してみますとか言ってさ」

「初めからそうしろよ」

「ゴメン」

「……浮気」

「え?」

「浮気、すんなよ。あ、あんな事、――にしてやるの……オレだけなんだからな。
 他の奴にやったら……承知しねぇからな」


晴が真正面から俺を見つめて、強い声でそう言った。
俺は驚きに少しの間硬直したが、息をついて、ちゃんと彼女の目を見てこう言った。


「しない。俺にとって女性は、晴しかいないから」


晴は頷くでもなく首を振るでもなく、俺の言葉の意味を噛み締めるように俯いていた。
一口トーストをかじる。サクッと、気持ちの良い音がする。
でも、喉を通る時痛みを残して行った。詰まった訳じゃない。泣きそうになっただけだ。

でもそうか、今日は晴と仕事は無いのか。
何だか、つまらないな。


――

晴と一緒に自宅を出て、適当に彼女を家の前まで送り届けてから俺は仕事に向かった。
午前は営業やら打ち合わせやらで時間が過ぎ、午後からはありすと今度やるマーチングバンド企画の話し合い等をした。
そしてそんな話をしているうちに、時間にまだ余裕があるからといつの間にかありすの縦笛練習を見る事になった。
ありすが悩んでいたようなので俺から誘った。アイドルのそういう面のケアもしておかないと。


「――さん、どうでしょうか」


覚えたてのパートを一通り吹いてみせたありすが生真面目な目で俺を見つめる。


「そうだなぁ。若干運指が遅くて音がかすれちゃってる所もあるかな」


リコーダーなど十五年程触ってもいないが、思ったように感想を述べる。


「……そうですか。やっぱり、左手が難しいですね」


ありすは細く短い小指を懸命に伸ばして一番下の穴を押さえて見せる。
やっとの思いで届く距離なのか、ぷるぷると指が震えていた。


「そういや実技のテストってのはいつなんだ?」

「来週の金曜日です」

「あぁ来週ね。とりあえず、今のパート含めてどれだけ覚えりゃ良いんだ?」

「今のが中腹より少し先くらいですから……あと三分の一くらいですね」

「成程ねぇ」

「それまでに……この……この指を、どうにかしないといけないんです」


ありすがまた懸命に全部の穴を押さえる。小さな左手がめいっぱいに広げられ、若干白くなってしまっていた。


「うーん……指を広げるストレッチとかしたらどうだ?」

「指を広げる?」


ありすの目に好奇心の色が宿る。


「うん。こうやって……」


左手をありすに見えるように前に出し、右手でグーを作ってその拳を左手の人差し指と中指の間に入れた。


「それで、こうやってぐっと拳で指の間を広げるみたいにするんだ。痛くない範囲でな」


人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指、と順番にやって見せる。
ありすは生真面目に注意深く俺の挙動を見つめている。


「こうやると、少しはマシになると思うんだけど」


左手をグーパーさせてから脱力する。


「結構、強引なんですね」

「まぁな。まぁ痛くない範囲でやるからそこまで無理やりって感じじゃないけどな」

「……わかりました。やってみます」


ありすは俺のやった通りにストレッチを始めた。
これまた一生懸命に拳を指の間に押し付けて広げようとしている。


「……痛くない範囲でな」

「わ、わかってます……」


そうやって一通り伸ばし切り、ありすは小さく息をついた。


「どうだ。少しは広がるようになったか?」

「……よく、わかりません」


手をグーパーさせて確認している。だが実感は無いようだ。


「まぁとりあえずさっきみたいに吹いてみろ」

「はい、やってみます」


ありすはリコーダーを構えて先程吹いたフレーズを演奏する。
ストレッチのおかげか、先程よりスムーズに運指出来ていた。
一度も音がかすれずにありすはフレーズを吹き終えた。


「おぉ、ミス無しだ。凄いじゃないか」


軽く拍手をしてありすを誉める。


「……別に、まだ一フレーズだけですよ」


口を尖らせてそうは言っていたが、言い終えてからありすの頬は楽しそうに緩んでいた。



「いやぁ、それにしても、俺のアドバイスのおかげだなこれは」


わざとらしく椅子にふんぞり返る。
そんな俺を見てありすは「困った人だ」という顔をして小さく溜息をついた。


「でも……そう、ですね。――さんの、アドバイスのおかげで、指がいつもよりも動くようになりましたし……。
 ありがとう、ございます」


俺から目を逸らして、何か誤魔化すみたいにありすは彼女なりの精一杯のお礼を言う。
俺は「どういたしまして」と彼女の言葉を受け止めるように返事をする。

そんな和やかな空気を甲高い電子音がつんざいた。
俺のポケットの中でぐずるように携帯電話が泣き震えている。
携帯を取り出して電話の主を確認する。俺の眉間に力が入った。


「悪い。ちょっと電話出てくるな」

「あ、はい。どうぞ」


ありすに小さく頭を下げてそそくさと部屋を出た。
仕事の電話なら部屋を出る必要は無かったが、外に出て話す必要があった。
事務所からも出て、古臭い廊下の隅で俺は電話に出た。


「もしもし。どうしたんだ晴」


電話の主は晴だった。俺の声を聞くと彼女は「よう」と軽く挨拶をしてきた。
スピーカーの向こうから晴以外の雑多な声が聞こえてきた。外にいるのか。


『今何してるんだ?』

「仕事……じゃなく、今は休憩みたいなもんだ」

『そうか。なら良かったぜ』

「何だ? 何か話でもあるのか?」


昨日俺の家に忘れ物でもしていったか。
それとも親に俺達の事でもバレたか。
まぁどっちにしろ大した話じゃないだろ。

そこまで適当に考えた後、寸刻で俺は自分の考えにゾッとした。
いや、そんなはずはない。晴の声は気の抜けた軽い感じのものだ。
そういう重大な話をする感じではない。落ちつけ。


『……もしもし? おーい、聞いてんのか?』


晴の声で飛んだ意識が戻った。慌てて返事をする。


「……え? あ、あぁ。すまん、ちょっと呼ばれて適当に返事してた」


咄嗟に誤魔化した。



「で、何の話だ?」

『ん? だから……えっと、言ったろ?』

「言った? え、じゃあもう一回言ってくれ」

『聞いてなかったのか?』

「あぁ、ちょっと聞けなかったんだよ、呼ばれたから」

『あぁ……そうか』

「で? 何だって?」

『……やっぱ良い』

「なにぃ?」


素っ頓狂な声が出た。


『何でもねぇ。何でもねぇよ』

「何だよ、じゃあ何で電話して来たんだよ」

『何でも良いだろ。ただ……そうだ。――と話そうと思っただけだ』

「……俺と話したかっただけ?」

『あぁ。何だよ、悪いか』


不貞腐れた声。電話の向こうの彼女もきっと今頃は唇を尖らせてむすっとした表情を作っているだろう。
俺はそれを想像して笑ってしまった。



『何笑ってんだよ』

「あ、いやごめん。随分可愛い事を言うなって思って」

『なっ……』

「でも、ちょうど良かったよ。俺も晴の声聞きたかったし」


間髪入れずに歯が浮くような言葉を放つ。正直俺も恥ずかしかった。
電話の向こうでは言葉が上手く回らなくなった彼女が、バーカだの別にそんな事言ってないだろとか言っていた。
言いつつ、顔は真っ赤になっている事だろう。俺はそれを想像して晴に聞こえないように音を殺して笑った。


「ごめんごめん、悪かったよ。だから落ちつけ」

『落ちつけって……――が言いだしたんだろうが』

「悪かった。晴から電話が来たのがつい嬉しくって」

『まだ言ってんじゃねぇか』

「いや、今のはつい……あ、そうだ。今はお前何してるんだ?」


強引に話を変えて行く。これ以上あの話をしてると俺がドンドン本音を言って同じ事の繰り返しになってしまいそうだった。


『えぇ? オレは……オレは、買い物してる』

「買い物?」

『あぁ。母さんの手伝いだよ』

「へぇ、お前手伝いなんてすんのか」

『オレでもそれくらいするって』

「あぁそう。で? 何の買い物してるんだ?」


軽く聞いたつもりだったが、晴は「それは」と言ったきり答えてくれなかった。


「何だ? 言えないのか」

『いや、別に。そういうのじゃねぇけど』

「けど?」

『……良いだろ、もう。ただの買い物だよ。スーパーでな』

「ふうん」


何となく釈然としなかったが言いたくないのなら無理に聞く事も無かった。
適当に晩飯の材料でもこさえているのだと解釈する事にした。


「とにかく元気にやってるって事だな」

『……まぁな』

「そうか。昼とかは何やってたんだ?」

『ガード下行って練習してた』

「一人でか?」

『あぁ。今日は、一人でやろうって思ったから』

「そうか」


他愛のない会話。こんな会話を俺達は続けた。
俺が今日も休みだったらオレはもっとゲームが出来ただの、勝手にデータ進めるなだの、
明日の仕事はこうでああだという簡単な確認だの、好きな菓子を買って貰っただの、適当に俺達は喋り続けた。
そんな風に話しているといつの間にか十分以上も経っていた。さすがに喋り過ぎたと思い、俺はそろそろ電話を切る事にした。


『今度――の家行く時に持ってってやるよ』

「そうか。楽しみしとくよ」

『ぜってぇ旨いからな、――も気に入るぜきっと』

「あぁ。あ、そろそろ戻るわ俺」

『え? もうか?』

「あぁ。何だかんだいってもう十分以上話してるんだぜ? もう戻らないと」

『あ、そう言えば今仕事中だったな。わりぃ』

「今は休憩みたいなもんだからそこまでとやかく言われないけどな。
 でもそろそろ次の予定もあるから、今日はこの辺で」

『そっか、じゃあまた明日な』


その言葉に俺は「じゃあな」と返そうとした。
しかし晴の後ろから彼女を呼びとめる声が聞こえた。
何だよ、と晴がその声に反応する。
それからしばらく俺を置き去りにして晴とその声が会話をしていた。
ちゃんと聞かないと、とか、じゃあどうやって聞くんだよ、なんて声が小さく漏れて来ていた。


『はぁ、わかったよ……』

「もしもし、晴?」


会話が終わったようなので俺は彼女を呼んだ。


『……なぁ、――』


ややあって、彼女は俺を呼び返した。


「何だ?」

『えっと……今度、どっか食いに行きたいとことか、あるか?』

「え?」

『だから、何か食いたいもんあるかって聞いてんだよ』

「えぇ……突然そんな事言われてもなぁ、すぐにはそう……」

『何でも良いんだよ、何でも』

「何でも……って言ってもなぁ、今度食いに行くって言ったって払うの俺だし、そう高いのはなぁ」

『安いので良いんだよ』

「うーん……あ、そうだ。この前近くにステーキ屋出来たろ? あそこ行くか?」

『えぇっ、ステーキ?』


食い付くかと思ったが、予想に反した拒絶の反応が返ってきた。



「あぁ。あれ、嫌か?」

『え、嫌じゃねぇけど……』

「けど? 何だ、晴なら好きだろうなと思ったけど」

『あー……確かに、食いたいけど……ほ、ほら、何かもっとこう、簡単なのじゃ駄目か?』

「簡単?」


外食をするというのに簡単もクソもあるのだろうか。


『そうだよ。もっと、何かあるだろ?』

「あるだろって……だから急に言われてもそう思いつくもんじゃなくてな」

『……無いのかよ』


何となく、声のトーンが落ちている。何だ、俺何かしたか。


「えっと……え、ステーキ屋じゃあ駄目なのか?」


もう一度下手に尋ねる。だが、これがいけなかった。


『……わかった。もう良い』

「え?」

『わかったよ! じゃあ今度ステーキ屋連れてけよ! じゃあな!』


そうやって一方的に捲し立てられて電話を切られてしまった。
何だったんだ、一体。あんな風に理不尽に怒るような事は今まで無かったんだが。
俺は何故彼女を怒らせたのかと思い今までの会話を回想したが、特にこれと言って怒らせるような事は言ってないはずだった。
もしかしてステーキ屋が嫌だったのだろうか。いや、嫌じゃないと言ってないしそれは無いだろう。


「……あ、やべ」


色々と考えているうちに、電話に出てから二十分以上も経ってしまっていた。
そろそろ打ち合わせに行く時間だ。それにありすもほったらかしだった。
俺はありすの居る部屋に慌てて戻った。


「すまんありす」


部屋に戻るとありすは所在無さそうにリコーダーの運指練習をしていた。


「あ、――さん」


俺の顔を見てありすの顔がパッと明るくなる。


「悪いな。ちょっと話し込んじまった」

「いえ、大丈夫です。一人でちゃんと練習してましたから」


彼女は首を横に振った。


「誰からの電話だったんですか?」

「ん? あー……」


どうしたものか。嘘をつく事も無いだろうが、何となく流した方が良い気もする。


「どうしたんですか?」


ありすが怪訝そうな表情で俺の顔を見つめている。
まぁ良いか、ここは流しておこう。


「いや、ちょっと先方からな。色々と確認をしてたんだ。長くなっちまった」

「そうですか」


ありすの顔から疑いの色が消える。


「悪いなありす。その、俺が練習見るって言ったのに」

「いえ、仕事の電話なんですから仕方がないですよ」

「……すまん」


信じて貰えたようだ。少し悪い気もするが、これで良いはずだ。


「あ、もう仕事の時間ですね」

「おっと、そうだな。準備しないと」

「はい」


ありすはリコーダーを袋にしまい、出支度を始めた。


「……あ、――さん」


ふと思い立ったように彼女が俺を呼びとめる。


「ん? 何だ」

「昨日のカレー、全部食べてくれましたか?」

「あぁ、全部食ったぞ。日を跨がないで全部消えたよ」

「そうですか……」


ありすは満足に安堵の息をつく。そしてすぐに表情を固いものに戻す。


「そう言えば……昨日のカレー、晴さんも食べたんですよね?」

「え、あぁ……食べてたぞ。普通に旨いな、って言ってたよ」

「そう、ですか」


ありすの眉が微かに上がった。


「うん。お前のカレー食べて、晴も何だか感化されてたみたいだし」

「え? 感化、ですか?」


眉が下がり、表情が曇った。



「親から料理教えてやるって言われてたみたいだけど、あいつもそろそろ練習始めるんじゃないかな。
 まぁ、反抗期なのかまだやりたくないとは言ってるみたいだけど」

「……そう、なんですか」


ありすは何か落ち込んだような、嫌がるような曖昧な表情を浮かべ、俺の言葉を反芻するように黙りこんでしまった。


「どうした?」

「え?」

「何か浮かない顔してるぞ?」

「あ、いえ、別に……」


ありすは誤魔化すように首を振る。


「ただ、その……」

「その?」

「……何でもありません」


長考してからそう言って、ありすはこの会話を切ってしまった。
俺もそこから先は聞けなかった。
妙な沈黙が流れる。取り繕ったようなよそよそしい空気が部屋になみなみと注がれていく。


「えっと」

「あの」


言葉がぶつかった。その反動で二人とも吃る。


「えっと、何だありす」

「あ、いえ、――さんからどうぞ」

「俺か? 俺は……もう行こうかって」

「あっ……そう、ですよね。すみませんでした、変な事聞いて」

「いや、良いんだよ。あ、ところでありすは何て言おうとしたんだ?」

「私は、その……あ、そう、そうです。――さんと同じ事を言おうと思って」

「あぁ、そうだったのか」

「はい」


何となく彼女は違う事を言おうとしたんだろうなと思いながら、俺は脚を扉の方へと向けた。
無理に聞く事も無いだろう。


「よし、じゃあ打ち合わせに行こうか」

「はい、行きましょう」


ありすはそそくさとカバンを担いだ。
そうして俺達は二人で打ち合わせに向かった。


――

今回はここまでです
予定の半分来たかな、クッソ長い

全く更新せず申し訳ない
イベント走ったりで余暇時間が回せず全く進んでおりませなんだ
エタるつもりは無いので、そこだけはご安心頂きたい


打ち合わせは滞りなく終わり、その後も営業等をこなして一日の仕事を終えた。
家に帰り、晴の母親から貰ったアレを温め直して食うかと思いながら、俺はネクタイを放って冷蔵庫に直行した。
温め終わり、ついでに買って来た白飯を横に置いてテレビをつけた。
テーブルの前に疲れた体を降ろしてさぁ食おうかという時、携帯が鳴った。
着信音は短かった。メールらしい。俺は気だるい体を動かして携帯を取った。画面を見ると晴からだった。

「今何してるんだ」とメールが来ていた。絵文字等は無い、殺風景なメールだった。
数時間前にも同じ内容で電話してきただろう暇人め、と思いながらにやつく顔を抑えきれずに返信メールを作成していた。
正直、こうやって電話でもメールでも、何でも良いからあちらから話しかけてくれるのは嬉しかった。
それ程、自分に感心を持っていてくれていると思えるからだ。

「今しがた帰って飯を食い始めたところだ。お前のお母さんが持ってきてくれたやつを食っている。
お前は何をしているんだ」と返信した。
携帯を脇に置き、一口頬張ってリモコンでチャンネルを回しているとまた携帯が鳴った。


「オレは風呂出たから寝ようと思ったんだけど、何か寝れないからメールしたんだよ」と返ってきた。
「体調でも悪いのか?」とさりげなく経過を聞いてみる。
「いや、ただ何か寝れないだけだ」「そうか。じゃあ電話にするか?」
「今電話するとうるさいって言われるからやめとく」
そんな感じにメールを続けていった。昼にしなかったどうでもいいような話を二人で一時間程続けた。
並べた食器は全て空になり、食器を片づけながらメールを返した。

二十二時になるかというころで話題に区切りがついた。
もうそろそろ切りあげないとなと思い、別れの言葉を携帯に打ち込んだが、ふと昼頃に晴と話した事を思い出した。
俺は文を全部消して「明日の晩飯、ステーキ屋行くか?」と送った。


メールは少し遅く、十分程経ってから返って来た。「本当に行くのか? 明日の仕事ありすも一緒だろ?」と書かれていた。
なら明日はやめておくかと送ろうと思ったが、「ありすも誘おう。飯作ってくれたし、お礼しとかないと」と俺は返し、布団に入った。
晴と二人きりが良いかなと思ったが、俺は律義にこう送っていた。
お礼を返すなら早い方が良い。晴も彼女の料理を食べたのだから、一緒に行った方が良いだろう。

返信はまた十分後。「わかったよ。とりあえず明日な」とだけだった。少し、不機嫌になったのかな。
俺は勘ぐりながらも「おやすみ」と返して携帯と時計にアラームをかけてそのまま横になり目を瞑った。少し早いが寝れなくはない。
明日は晴がいる。仕事も楽しみだ。早く明日にならないかな。そんな子供のような事を思いつつ。

目を閉じて少ししてから携帯が鳴った。晴からの単なるおやすみという返信だと思った為、俺はそのまま寝ようとした。
しかし、着信音はいつまでも鳴り響いた。メールではなく電話だったのだ。
何だ結局電話するのかと呆れと嬉しさを半々に溜息をつきながら俺は携帯を取った。
ディスプレイを見る。晴からではなかった。俺の母親だった。
喉の奥底にガリガリとした感触が湧いた。それを唾を飲み込んで押し込めて電話に出た。


「もしもし」

『もしもしー』


間抜けな明るい声が電話の向こうから響いてきた。
その声の後ろではこれまた間抜けで明るい声が複数わめいていた。


「何だよ。俺もう寝るつもりだったのに」

『えー、まだ十時じゃない』

「明日仕事が早いんだよ。別に良いだろ」


イラついた声でそう言うと母はへらへらとまぁまぁ怒りなさんなと宥めてきた。
若干呂律が安定していない。酔っているようだ。


「はぁ……そっちは飲み会でもしてんのか」

『うんそう。親戚達とね、飲んでるのー』


語尾を馬鹿みたいに伸ばすのに腹が立って来ていた。


「そうか、良かったな。で、何で電話かけてきたんだよ」

『あら、自分の子供に用も無かったら電話かけちゃいけないの?』

「俺はもう寝たいんだよ、というかもう半分寝てたんだ。
 もう少しで寝れるって所で起こされたらイラつくに決まってるだろ要件だけ言ってくれよ」


おふざけは相手にせず要件だけを尋ねた。
向こうは不服そうにぶうたれた声を出していた。
俺はそれを無視して向こうが喋るのを待った。


『あー、あれあれ。荷物ちゃんと届いた?』


送ってきた物の事を言ってるらしい。
物を与えていれば良いと思ってる人なんだ、この人は。


「あぁそれか。届いたよ、ちゃんとな」

『そう。今回もジュース送ったけどどうだった?』

「あぁ。まぁ好評だったよ」


俺も旨く飲めるやつを送ってこいと言おうと思ったが止めた。
どうせ今は酒が入ってるから言っても忘れられる。


『あらそー。アイドルの子でもああいうの好きなのねー』

「言っても子供だからな」

『まぁそうねぇ。えぇと、あーそうそうそれが聞きたかったのよあたし』

「そうかい」

『そうよー、それじゃあまたねー』


その確認だけをしに電話をかけて来たのか。
そしてまた一方的に電話を切るつもりか。
まぁ、それでも良いが。


「……あ、母さん」


だが不意に、引きとめてしまった。


『ん? なにー?』

「……親父、どうしてるかな」

『さぁ、あたしが知る訳ないでしょ。じゃあね』


今度は俺が引き留める間もなく、すぐに切られてしまった。
溜息が出た。そしてしばらく俯いていた。
それから携帯を枕元に乱暴に放って、体を布団に叩きつけた。

もう一度、横になったまま溜息をついた。
こんなもんか。俺はただ、そう思った。

小さなあぶくを吹く胸を抑え込みながら俺は再度目を閉じた。
出来るだけ晴の事を考えた。一緒に遊んでいる時、仕事をしている時。
俺の部屋でしかしない事、皆の前でふざけあっている場面。色々な事を考えた。
次第に煮えが収まり、意識が朦朧としていった。

俺の意識はようやく暗闇に溶けていった。
そしてまた、あの夢を見た。


――



「はーい、では一旦昼食挟みまーす」


今日は都内から少し離れた場所にあるグラウンドで、晴とありすが出ているテレビ番組の撮影をしていた。
そして今は撮影に一区切りがついた為、昼の休憩時間に入っていた。


「はい、その辺りもまたこう言う風にしたいんですが大丈夫ですかね」

「えぇと……あ、大丈夫です、この表の通りで」

「わかりました……すいませんお時間を取らせて」

「あ、いえ、大丈夫ですよ」

「どうも有難う御座いました」


忙しなく動く現場スタッフと若干の予定変更等を話し終え、俺の休憩時間がようやく始まった。


「さてと……」


時計を見る。次の予定まで残りはあと10分程だ。
俺は弁当を片手に適当に転がっている縁石に腰を降ろす。そして目の前で風に煽られて立ち込めた砂埃を、茫然と見ながら飯をかき込み始めた。
一応風上だ。今日は少し風があるが、飯には砂は入らないだろう。
そんなどうでもいい事を考えながら、噛み、飲み、食道で渋滞を起こしかけた米と肉をお茶で流し込んだ。



「へへっ、ほらどうした梨沙! そんなんじゃオレから取れないぜ!」

「ちょ、ちょっとは手加減しなさいよ!」

「お前運動神経良い方なんだからもっと頑張れって」

「サッカーなんてやった事無いから無理よ!」

「りさちゃん頑張ってください~」

「そろそろ返さないと怒られますよ? それ撮影用のボールなんですから!」

「梨沙がオレからボールをとれたら終わりにするって!」

「ちょっと! それアタシが取らないと終わらないって事じゃない!」

「なら早くとれよー」


グラウンドの向かい側では、やいのやいのとにぎやかしく、晴が撮影で使っていたボールを使ってサッカーをしていた。
共演者の梨沙が相手にされて弄ばれているようだった。
ありすともう一人の共演者である小春が横で応援を送っている。いや、ありすは注意しているだけか。

それを遠目に見ながら俺は飯を腹に押し込み続ける。大体半分まで食べた。
そこから先は箸が進まなかった。
もう一度お茶を飲む。喉奥で停滞していた食べ物が押し流され息苦しさが消えていった。


「もう……あんまり舐めるんじゃないわよ!」


そんな声が聞こえた後、晴の足元からボールが消えていた。
梨沙がようやくボールをとったのだ。とったというか、蹴り飛ばしたと言った方が正解か。
ボールは回転しながら低く宙を舞い、俺の約20m程前に落ちて俺のもとに転がってきた。

晴がダッシュで俺の方へ向かってきた。
俺は弁当を脇に置いて晴よりも先にボールのもとへ行き、それを拾い上げた。


「よう、負けたな」


にやつきながら晴に話しかけた。


「あぁ、ちょっと油断しちまった」


あまり悔しそうな素振りは見せずに晴が言う。
純粋に楽しんでいるようだ。


「そうか」

「――は今飯食ってんのか?」


彼女は置いてあった弁当を何やら物欲しそうに覗きこむ。


「ん? あぁ。ちょっとスタッフさん達と話しこんでな」

「ふーん、大変だな」

「そういう仕事だからな、今に始まった事じゃないし慣れてるよ」


俺はボールを晴に返して置いてあった弁当を片付けにかかった。


「え、それまだ残ってるだろ。食わないのか?」

「ん? あ、あぁ。今日は食欲無くてな。それに時間も無いし」

「ふーん」

「こういう……出来あいの弁当も言う程好きじゃないしな」

「弁当嫌いなのか?」

「嫌いというか、まぁ……好きなやつはそういないだろ」

「そうか? オレ結構好きだぜ。こういうのに入ってる唐揚げとか、あんま家じゃ食べれない味だしな」

「あ、そう、だな。いや、晴はさ、たまに食ってるから良いと思えるんだよ。
 俺みたいなのは……」

「あー、飽きたって事か」

「どうだろう……まぁでも、そういう事かも知れないな」


いつも食っている弁当。普段は特に何も思わずに食べられるのだが、今日だけは何故か箸が進まなかった。
食べなくても、過去に何度も食べさせられた馴染み過ぎた味。
湿った衣の唐揚げ。玉葱の甘味もしないハンバーグ。小麦の味が強いスパゲッティ。

先程から味を感じなかった。飲み込むにも喉が無理やり押し広げられているようだ。あの電話のせいか。
昨日かかって来た電話の希薄さを思い出す。そうして視線を落とし、また弁当を見つめる。
この馴染み達に、妙な嫌悪感が湧いた。


「でも、やっぱ――は変わってるな」

「別に、変わっちゃいないさ。今日は何か、こういうのが喉を通らないだけだ。
 それにこういうのを毎日食うのはアレだ。いくら好きでも飽きるってものさ。
 お前も試してみろ、ずっとこればっか食えって言われたら嫌だろ?」

「あー……まぁ、な。――が言う通り、たまににしとく」

「それが良い」

「あ、なぁなぁ。その余った唐揚げ貰っていいか?」

「ん? あぁ良いぞ。好きなだけ持ってけ泥棒」

「へへ、サンキュー」


晴は差し出した弁当から唐揚げをつまみ、一口で頬張った。
何度か噛み締めてそのまま飲みこんでしまった。



「お前達じゃあの量の弁当は足りないか」

「へへ、まぁな。やっぱ体動かしてると腹減るからな」

「だろうな」

「あ、ハンバーグもくれよ。まだ半分も残ってるじゃねぇか」

「がめついなお前」

「良いだろ残すよりは。ほら、箸貸せよ」

「わかったよ」


立ったままの状態で晴は弁当をつまむ。
旨そうに食べる晴を、苦笑い混じりに俺は見つめる。


「な、なぁ、――」


一通り食べ終わった晴が、何やら恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめていた。


「ん、何だ」

「その、さ。昨日約束したろ。飯行くって」

「あぁ、その話か。どうする? 行くか?」

「行く、けどさ。その……」


晴はバツが悪そうに言葉を止める。


「その?」

「その……ありすは、別に一緒じゃなくて良いんじゃないか?」

「え?」

「いや、お礼しなきゃいけないのはわかる、っつうかさ……でももっと、他の時で良い、っていうか……」


礼だの恩だのに律義そうな晴から出た意外な言葉だった。
こういう事は多少不服だったとしても義理を通すものだと思っていた。

彼女ももう、女の子か。
俺はちょっと口の端をあげて、大きく鼻で息を吐いた。
そして晴に尋ねた。


「……やっぱり、二人きりが良い?」


晴は逡巡してからややあって、いつものように視線をそっぽに向けながら遠慮がちに小さく頷いた。


「そうか。じゃあ、そうしよう。ありすにはまだ何も言ってないし、あの子を降ろした後に行こう。
 あの子へのお礼は、また今度な」


そう聞かせると、今度は俺の目を見て頷いてくれた。納得してくれたようだ。



「何処へ行くかはまた後でな。で、まだこれ食うのか?」

「え? あ、あぁ。食うぜ」


晴は照れを隠すように一口大のハンバーグを頬張り、急いで噛んで飲み、見事に喉に詰まらせた。
お茶を差し出して飲ませる。晴は何とか飲みこめたようでふぅと息をついていた。
間接キスだなとからかおうと思ったが、それよりもっとヤバ目の事をしているからからかいにもならないかと思いやめた。


「ちょっとー! 何やってんのよー!」


グラウンドから声がした。
いつまでも戻って来ない晴に業を煮やしたのか、梨沙が小走りに近づいてきていた。
その後ろにありすと小春が続いている。


「ちょっと晴! 早くこっち来なさいよ! 休憩時間だってもう無いんだから!」

「何だよ梨沙。オレ今弁当食ってんだよ」

「アンタがサッカーやろうって言いだしたのに、何ほっぽってご飯食べてるのよ!
 ていうか、それアンタのプロデューサーの食べ残しじゃない!」

「え、別に良いだろ。――が食べれないもん食べてやってんだよ、残すよりマシだろ?」

「マシとかそういう話じゃなくて、アタシ達を待たせるなって言ってるのよ!」

「いや、食べ残しがどうとかはお前が今言いだした……」

「とにかく! 早くこっち来なさいよ! それに、アンタ!」

「あ、あっはい、私ですか」


迫真の勢いでいきなり呼ばれた為、つい敬語になってしまった。


「アンタも大人なら好き嫌いしないでちゃんと食べなさいよ! わかった!?」

「あ、はい。すいません」


至極もっともな意見である。俺は謝るしかなかった。



「ほら、行くわよ!」


梨沙は晴の首根っこを捕まえて、無理やり引き摺ろうとする。


「お、おいっ。まだ食ってねぇのが……」

「良いから来なさい!」

「わ、わかったよ。わかったから放せって。箸持ったままなんだよ」

「早く渡しなさいよ」

「ほら、――。あと頼んだ」

「あぁ、頼まれた」

「さっきの話、忘れんなよ!」


そう言って晴は俺にゴミを預けると、そのまま梨沙に引き摺られるように連行されていってしまった。


「おう。わかってる」


俺はそう返し、そのまま梨沙と一緒にグラウンドの方へ戻っていく晴の姿をぼうっと見つめていた。


晴がありす達と合流し、また遊びを再開した。
今度は小春が晴のボールを盗りにいくようだ。
あのほわっとした子が果たして晴からボールを盗れるのか気になり、俺はそのまま遠目から見つめた。

小春は思った通りふわふわと、晴が操るボールを右へ左へと追っかけていた。
晴に良いように翻弄されている姿は自分のしっぽを追いかけ回す子犬のようで可愛らしい。
だけどこれではずっと盗れないかな、と思ったが一分もしないで小春がボールを奪取していた。
わざと盗らせたか。ちゃんと皆が楽しめるように気を遣ってあげているんだな。

小春はボールをとれたのが嬉しかったのか、晴に抱きついていた。
晴は突然抱きつかれたので最初は驚いていたが、その後は優しく諭すように何か言って小春を離していた。
脇で見ていた梨沙は自分にはしなかった明らかな手加減を見て不服を感じているのか何やら喚いている。
ありすはやれやれと肩をすくめている。ちょっと子供過ぎますよ、なんて言っているのだろうか。

何とも明るい光景だ。
晴の回りには人が自然と集まる。人に好かれる体質、そういうものなのかもしれない。
羨ましいと思うし、良い事だとも思う。上手なんだ、人と関わるのが。

俺は彼女達を見つめながら、邪な息苦しさを覚えていた。
嫉妬というにはあまりにもおこがましい感情。
彼女に、晴に嫉妬してる訳じゃない。
俺以外で彼女と親しくしている人間に、妙な感情を起こしていただけだった。

湧き上がるものを押し殺すように目を逸らして、俺は仕事へと歩みを進めた。
これが終わったら、彼女と二人きりになれるんだ。
焦る事は無いさ。焦る事なんて無い。
彼女は、俺だけの人だ。


――

最近全然更新出来ていない、そしてにも関わらず短い更新ですみません

更新速度が遅いのはとりあえず方針というか、どういう感じになるのか
そういうのは決まってるのですが中々細部が決まらない感じで……
とりあえずガッチガチの共依存な物語にはしたいです
そういう感じで進めていきます

これからも遅くなるとは思いますがご容赦下さい……

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年02月04日 (木) 09:38:22   ID: mS4PN35c

ちんぽおおおおおおおおおおお

2 :  SS好きの774さん   2016年07月15日 (金) 02:56:01   ID: V6Y6BnR0

未完の名作だよなあ、是非とも完結させてほしかったわ

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