女の子「ん?今何でもするっていったよね?」男「命の恩人だからね」(141)

俺の目の前に車が迫ってくるのがスローモーションのように見えるが、体が動かない。

きっと、寝不足なのがいけなかったんだ。もっと言うなら、友達から借りたラノベをほぼ徹夜で読み耽ってたせいだ。

ちょっと寝て、起きて登校したらこれだ。くそっ……友達のこと呪ってやる、 末代まで舌の先に口内炎できろ……

女の子「危ない!!」ドンッ

>>2
ミス

ぎゅっと目を固く閉じた、その時だった。

女の子「危ない!!」ドンッ

尋常じゃない力で横方向に吹きとばされる。

男「……?」

目を開いてみると、車は行き過ぎてゆく。どうやら交通事故にはならなかったらしい。

女の子「大丈夫!?」

男「君が助けてくれたのか…?」

女の子「よかった…大丈夫みたいだね…!!」

女の子は可愛らしく笑った。地面にへたりこんだ俺を見下ろしながら。

どうやら、この娘が助けてくれたらしい。

女の子は俺に手を差し伸べる。

女の子「立てる?」

男「うん…」

女の子の腕を借りて立つと、衝撃の割りに、体は案外大したことはなさそうだった。

男「……えっと、ありがとう」

女の子「どういたしまして」

やっぱり可愛い笑顔だった。こんなに可愛い娘があんな威力のタックルをかますなんて、世の中よく分からない。

男「…君は?」

女の子「ん?」

女の子は小さく小首をかしげた。綺麗なパッツンに揃えられた前髪が揺れる。

男「君は大丈夫?」

女の子「ピンピンしてるよ?」

そう言ってくるりと回った。遠心力でゆるりと広がるセーラー服は、近くの高校のものだ。

女の子「でも、これで私遅刻確定だよね」

俺「ごめん…」

女の子「あーあ、私、皆勤賞狙ってたのに」

女の子は横目で俺を見る。

女の子「どうせ遅刻ならさぼっちゃおうかなぁ」

俺「ほ、本当にごめん!お礼に、俺にできることなら何でもするから!」

俺のことばを聞くと、女の子はじっと俺の顔を覗きこんだ。

女の子「ん?今何でもするっていったよね?」

男「う、うん…」

女の子「じゃあねぇ…」

女の子は手を口元にあてて何かを考えている。

女の子「……それじゃあ、私の暇潰しに付き合ってよ」

男「え?」

女の子「私、今日学校休むことにしたから」

女の子はいたずらっぽく微笑んだ。
向日葵のような、夏の強い日差しに眩しい満面の笑みだ。


…………違う。そんな話じゃない。

男「えっと、あの…」

女の子「何?私とじゃ嫌?」

そんなわけない。こんなに可愛い命の恩人の頼みなら本当になんだって叶えなくてはいけないと思う。
思うけど、普通は赤の他人をいきなり暇潰しに付き合わすか?

礼儀とかそんなのとは別に、見ず知らずの人と一緒に過ごして楽しいものだとは思わない。俺は別にかまわないけど…

女の子「…無理には言わないけど」

女の子はくるっと背を向けてしまう。
この際、俺の考えなんてどうでもいいことだった。

俺「君がそれでいいなら…」

女の子「…本当?」

一拍置いて女の子は振り向いた。本当によく笑う娘だ。

女の子「それじゃあついてきて、こっちこっち」

女の子は視線を向こうに戻して歩き出した。あわてて追いかける。

俺「どこに行くんだ?」

女の子「近くにちっちゃい遊園地あるでしょ?そこ行こ!」

俺「ゆ、遊園地…」

まんまデートじゃねぇか。マジかよ…
めっちゃ心臓ばくばくしてる…!!

女の子「あなたの奢りだからね!」

俺「お、おう…」

初対面なのに、こんなに心が落ち着かないのはきっとこの娘が可愛いからだと思う。
こんなに可愛いかったら、人生イージーモードで皆優しくしてくれるんだろうなぁ…羨ましい。

俺「……」

女の子「……」

……何か、話しかけた方がいいのか?沈黙が息苦しい…。

俺「……本当に俺でいいのか?」

女の子「はい?」

声をかけても、三歩先を行く女の子は振り返らず歩く。

俺「赤の他人と遊園地なんて、楽しいか?」

女の子「んー…」

女の子の歩みが、少しだけ減速する。

女の子「あなたとなら、楽しそうじゃない?」

不意に女の子が立ち止まり、こちらを見た。

女の子「あなたも、そうは思わない?」

もちろん、美少女との遊園地なんて楽しいに決まっているけれど。
だけど多分、この娘が言ってるのはそういう事じゃない。

俺「……?」


女の子「なんだかね、赤の他人とは思えないの」

女の子は探るような視線を俺に向けた。
煩い蝉がぴたりと鳴き止み、暑苦しい風が途絶える。


女の子「私達……どこかで会ったことない?」

俺「え……?」

また蝉が鳴き出し、熱風が頬を叩いた。

女の子「…気のせい、か」

独り言のように呟いて、女の子はまた歩き出した。

俺「俺たち、会ったこと……」

俺が言葉を返そうとした、まさにその時だった。

一瞬で視界の全てに陰が落ちた。足下の影が紛れて消える。

俺(にわか雨か…?)

歩みを止めて空を見上げると、俺たちの真上に『何か』が浮かんでいた。

白く流線型を描く『それ』は、最初は馬鹿でかい気球か何かに見えた。あまりの大きさに圧迫感を感じる。

俺「なんだ、あれ…」

『それ』は上空でゆったりと旋回し、真夏日の町に木枯しを巻き起こす。
肌がざわめくような感触は、寒さのせいでも圧迫感のせいでもない。

女の子「…………」

女の子も空を見上げたまま肩を震わせていた。

『それ』が旋回を終えかけ、こちらに頭を向けた時にようやく『それ』が何なのかを理解した。

『鮫』だった。

何と比較していいか分からないほど大きな鮫が、ぽっかり浮かんでいた。

ゆらゆらと空中を泳ぐ『鮫』は俺たちを気にも止めないでいるようだった。

『鮫』が俺たちの真上を通り過ぎ、また太陽の光があたる。

俺は、小刻みに震える女の子の腕を掴んだ。

俺「アレから、離れるぞ」

言葉では上手く表せないが、『鮫』から一刻も早く離れたいと思った。
それは女の子も同じようで、彼女はコクコクと小さく何度も頷く。

女の子「う、うん。早く逃げよう…!」

俺たちは小走りに『鮫』から遠ざかってゆく。

振り替えると、『鮫』の全体が見えるほどには離れていた。女の子が、息をつくのが聞こえる。

俺「よかった、あっち行……」

俺は最後まで言えなかった。またあの木枯しが吹いたからだ。
嫌な感じがして足が止まる。

振り返らず走ればいいのに、俺たちは立ち止まって後ろを見た。

案の定、『鮫』はゆるりとこちらへ向き直す。小さな目は、たしかにこちらを見ていた。

『鮫』と、目が合う。
どくん、と思い出したように心臓が動いた。


女の子「……早く!」

今度は、いち早く我に帰った女の子が俺の手を掴み走り出す。

木枯しを吹かせながら、『鮫』は凄まじい勢いで迫ってくる。

上空に浮かんでいた『鮫』は、腹が民家に擦れるほど降りて来ていた。電信柱が、家が、木が、町があっと言う間に瓦礫へと変わってゆく。

女の子「はぁっ、はぁっ……!」

いくら走っても『鮫』との距離は縮まるばかりだ。

どうすればいい……あんなの、近づいただけで風圧で飛ばされちまう!

ほとんど働いていない頭を使って考えても、答えは見つからない。その間にも『鮫』は近づいてくる。

女の子「……っ」

俺「お、おい!?」

何を思ったか女の子が路地を右に逸れた。手を掴まれて走る俺も後に続く。

女の子「真っ直ぐ逃げてもすぐに追い付かれるよ…」

肩を上下させながら女の子は言った。

俺「……」

時間稼ぎにしかならないじゃないか。

そう言おうとしてやめた。今の俺たちに出来るのは時間稼ぎしかない。

俺も黙って走る。

ちら、と振り替えるとちょうど『鮫』が方向を変えようとしていた。

やっぱり、俺たちを狙ってやがる…!
……いや?

女の子「あれ見て!」

『鮫』は、俺たちを見失ったように見えた。
辺りを見渡すように、くるりと回る。

尾をこちらに向けて、空中で止まった。

俺「よし…!!」

俺たちの歩みが止まる。
女の子は限界だと言うように膝に手をついた。小さな肩が大きく上下する。

女の子「えへへ…やったね…」

苦しそうながらも俺に笑顔を向ける女の子。俺も笑い返した。

俺「はは…」


俺たちは完全に油断していた。
『鮫』が、てっきり俺たちを見失ったとばかり思っていた。

だから、『鮫』が尾で勢いよく地面をなぎはらった時、わけが分からなかった。

俺「あ……」

何も言う暇がなかった。体が宙に舞う。

女の子「……!」

女の子が俺に何かを言った気がしたが、全然わからなかった。







体が重い。だるい。
このまま目を閉じていたい。

目を開けたくなんかない。見たいものはあの日から、まぶたの裏側にしかない。

ぽちゃん。水が滴る音が聞こえた。

反射的にまぶたは開く。

女の子「……」

女の子「あれ、私…」

私は何をしていたんだっけ?何を考えていたんだっけ?

横たわっていた体を起こす。

腕をついて体を支えると、掌に冷たい感触が広がる。

私は、水に浮かんでいた。
ただ、水面の感触はするが私の体は水面下には届いていない。濡れてすらいない。

まるで水面に透明なセロハンでもあるかのようだった。

辺りを見渡しても、何もない。
暗い闇まで水面が伸びているだけだった。

空も何もない。塗りつぶしたような漆黒だけがへばりついている。

ただひとつ、淀んだ水面に月が浮かんでいた。
空にもない月が、映りこんでいる。私の身じろぎにあわせて半月が歪む。

女の子「私、どうしてこんなところに……」

そうだ、私。
あの人を助けて、鮫に追われて……

女の子「どこ、ここ…」

鮫の尾ひれに吹き飛ばされたのは覚えてる。
それでここまで飛ばされたのかな?
……まさか。

こんな場所全く知らないし…

とにかく、あの人を探さなきゃ。

ゆっくり立ち上がり、一歩踏み出してみる。
どうやら、このまま水面を歩けそう。

でも、どこへ迎えばいいんだろう。何もないから、方向がわからない。真っ直ぐ歩いてるかすら怪しい。

いくら足を進めても、足下の半月はぴったりとついてくる。

女の子「おーい……」

返事はない。反響すらしない。

女の子「………」

自分が立てる水音しか聞こえない。
ずっと宛もなく歩いていると、

女の子「……いたっ」

何かにぶつかった。

女の子「……?」ペタペタ

手をだしてみると、壁のようなものがあるように感じる。

女の子「なにこれ……」

目の前には同じような水面が広がっている。透明な壁があるみたい…

ふと、その壁の向こうに少女がいることに気づいた。何で今までわからなかったんだろう…

女の子「あなた、誰?」

少女「誰?誰ですって?」

少女はおかしくてたまらないように笑った。私と同じような年格好に見える。

少女「本当は知ってるくせに」

嫌らしい笑みを少女は浮かべる。

女の子「知らないよ…?」

少女「あなたが一番、知ってるくせに」

少女は愉快そうにくるりと回る。黒い髪が揺れた。

女の子「誰なの、あなた」

もう一度問いかけると、少女は無表情になって私をじっと見つめた。

少女「『バニオークチット』よ」

女の子「え?」

少女「『バニオークチット』だってば」

少女はまたくすくすと笑った。

少女「わかんないかなぁ、得意でしょ?英語」

女の子「確かにそうだけど…」

そんな単語も文も、聞いたことない。

少女「分からないなら、よく考えることだよね。目を反らすのは良くないよ」

女の子「だから、どういうこと?」

少女「しつこいったら。知ってるくせに。……じゃあね、夢見がちなお馬鹿さん」

女の子「あ、待って…!!」

少女の姿が薄れていく。見えない壁を押し当てていた掌で叩くが、みるみるうちに少女の輪郭がぼやけていく。

女の子「待ってったら…!」トンッ

ぴしっ

そんな音がした。手元を見ると、そこから空中に亀裂が走っていた。

女の子「な、何っ!?」

あわてて手を引っ込めても、ミシミシと音をたてて亀裂が広がってゆく。
私はやっと、目の前の見えない壁に亀裂が入っているのだと分かった。

女の子「どうなってるの……」

視界いっぱいに広がってゆく亀裂。少女の姿も歪む。

割れてゆく音が一瞬止まり、次の瞬間に高く大きな音が響いた。

女の子「きゃ……!」

大きな硝子が砕けて飛び散るような音に、私はとっさに目をつぶった。





俺「おい!」

女の子「……」

俺「おい!!」

女の子「……ん、」

何回目かの呼び掛けで、やっと女の子は目を覚ました。

俺「大丈夫か?かなりうなされてたけど」

女の子「……ここは?」

女の子はゆっくり上体を起こし、周りをゆるゆると見渡す。

俺「わからない……『鮫』に飛ばされたのか、俺たち二人ともここで気絶してたみたいだ」

女の子「そっか…」

女の子「じゃあさっきの…夢?」

女の子は小さく呟いた。

俺「さっきの?」

女の子「あ、ごめん何でもないよ」

そう言って女の子は立ち上がる。

俺「しかし気味の悪いところだな」

女の子「うん…」

女の子はもう一度辺りを見渡した。

俺たちが倒れていたのは一面の花畑だった。
しかし、花は枯れて朽ち、空は灰色一色だ。はっきり言って不気味な場所だった。

俺「そういや、さっきまで朝だったはずなのにどうなってるんだ?」

どんよりとした空からは時間が読み取れない。夜じゃないだろうとは思うけど……

女の子「んー」

女の子は自分の腕時計を見て、うわ、と小さく声を漏らした。

俺「どうした?」

女の子「おかしくなってる…」

俺「なんだこれ」

女の子の時計の文字盤は何故か18まであった。針は一本で、15を指していた。

女の子「どうしよう、スマホとかも鞄ごとどっか行っちゃってるし」

俺「本当にどうなってるんだ……夢?夢なのか?」

ラノベを読み耽っていたせいでこんな夢を見てるのか?

頭が痛くなってきた。
『鮫』が現れたときは逃げることに必死で考えてもいなかったが、有り得ない出来事が起こり過ぎだ。

女の子「夢……」

女の子「ゆ、夢じゃないよ…!」

俺「え?」

女の子「だってこんな意識はっきりしてるし…!」

俺「分かった分かった」

妙に早口でまくし立てる女の子をなだめる。

俺「分かってるよ、夢なんて馬鹿みたいなこと真面目に考えてないって」

それじゃあ説明つかないけど。
女の子は納得してくれたようだ。

女の子「う、うん」

俺「で、……俺たち、これからどうする?」

女の子「うーん…とりあえず、歩いて行ってみる?」

女の子は一歩踏み出した。

俺「うん」

それ以外に思い付かなかったので、俺もそれに続く。枯れた花が乾いた音を立てた。

女の子「……こんなに花があるのに全く匂いがないなんて、何だか不思議だね」

女の子は歩きながら地面を見る。

俺「せめて枯れてなかったら綺麗なんだろうけどなぁ。けっこう色んな花があるみたいだし」

女の子「マツムシソウ、フクジュソウ、マリーゴールド、紫苑…ざっと見ただけでも四種類はあるね」

俺「すごいな、詳しいんだ」

女の子「えへへ…私、花が好きだから」

女の子ははにかんだ。

女の子「でも不思議、季節がばらばらの花ばかり…何か共通点があるのかな?」

俺「さぁ…どうなんだろう」

俺は花のことなんて何も知らない。どうしても生返事になった。

女の子「あ、」

下を見ながら歩いていた女の子が立ち止まる。

女の子「これ見て」

俺「ん?」

枯れた花に埋まるようにして、本が落ちていた。分厚く古くさい感じで、ごつい革の表紙に鍵がついている。

女の子は、それをそっと手に取る。

女の子「鍵だ……どうにかして外れないかな」

女の子はカチャカチャといじくる。
すると、錠はバラバラに砕けてしまった。

俺「かなり錆びていたみたいだな」

女の子「なに書いてるんだろ
!」

女の子はいそいそとページをめくる。
黄色く変色した紙には、ローマ字の羅列が見えた。

俺「俺、英語苦手だからわかんね……読める?」

女の子「私は英語得意だから!ちょっと待ってね…」

女の子は得意気な顔で本を読み出したが、その顔はすぐに曇った。

女の子「ん…?」

俺「何だ?」

女の子「……読めない」

俺「……得意じゃなかったのか」

女の子「ち、違うの!だってこれ英語じゃないもん!読んでみてよ!」

女の子が本を差し出す。
そこにはこんな風なことが書かれていた。


Ti si luessee ahtt ouy era ignod.

slery das , nyol mpyet.

Ens Ope Ye.

A Ad Heresies Hims Tit Turn...

まだまだ続いてはいたが、ここまでしか目を通せなかった。

俺「……英語じゃあなさそうだな」

女の子「でしょ?」

俺「イタリア語?フランス語か?」

女の子「違うと思う…」

女の子は顎に手を添えながら、本を眺めている。ひとしきり見つめた後、再び口を開いた。

女の子「英語のアナグラムじゃないのかな?」

俺「じゃあ、時間をかければ読めそうだな」

女の子「うん…でもちょっと待って、最後までさらっと見ておこう」

女の子はぱらぱらと流し読みする。俺もそれを眺めていた。

そして、最後のページになって、女の子の手が止まった。

≪親愛なる 牡丹


日本語だった。俺の目が最後まで文章を追う前に、女の子は勢いよく本を閉じた。

本はばらばらと崩れ、塵になって女の子の手のひらからこぼれていく。

女の子「……」

女の子は自分の手のひらを見つめたまま微動だにしない。

俺「おい、どうしたんだ!」

俺の声に、女の子は視線は動かさないまま、はっと目を見開いた。

手を閉じて、もう一度開いて、その表情のまま俺を見る。

女の子「……あなた、……」

呆然とした顔で俺を見つめる。

女の子「そっか……」

そして、女の子は何かをこらえる様に天を仰いだ。

俺「だからどうしたんだ、なぁ!」

女の子は返事のかわりに、小さく小さく、息をついた。

その時、女の子の黒髪がふわりと揺れた。
一瞬遅れて、女の子を中心につむじ風が巻き起こる。

俺(何だ……っ!?)

俺が目を閉じて、もう一度開いた時。
俺は、はっと息を呑んだ。


灰に染まっていたはずの空は透き通る青で、枯れていたはずの花々は鮮やかに咲き誇っている。
微かな揺らぎもなく澱んでいた空気は、暖かな春のように花の香りを運ぶ。

そうして、全ての中心である女の子は笑顔で俺に向き直った。

寂しそうな、消えてしまいそうな笑みだった。

女の子「……行こう」

女の子はそっと俺の手を握る。割れ物を扱うように、それでいてしっかりと。

俺は、胸の高鳴りの中に懐かしいリズムを感じた気がした。

俺「え?」

女の子「遊園地。行こ?」

突拍子も脈絡もない発言だった。
それなのに、女の子は握った手を見つめながら、真剣そのものに言う。

ここに遊園地はあるのか?
ここはどこなのか?
そもそも、これは現実なのか?
今、何が起きているのか?


俺の尽きない疑問は喉元まで来ているのに、何故か言葉にはならない。

女の子「……お願い」

その声は、全てがどうでもよくなってしまう程に儚げで切実だった。

俺「……あぁ、行こう」

俺はほとんど無意識に頷いていた。
女の子の顔がぱぁっと明るくなる。

女の子「やったぁ…!早く、早く行こ!」

女の子は軽くジャンプすると、そのまま空中にふわりと浮いた。

俺「と、飛んで……!?」

女の子「ふふ、空を飛ぶのがそんなに不思議?」

女の子は愉快そうに笑いなが、両手を広げてくるりと回った。

俺「そ、そりゃそうだ!何で飛べるんだ!?」

女の子「……逆に聞くけど、どうしてあなたは飛べないの?」

俺「だって人間は空なんて…」

女の子「飛べないと思うから飛べないの」

女の子は、俺に手を差し出す。

女の子「あなただって、飛べるんだよ」

俺「俺も……」

女の子「そうだよ」

俺もあんな風に飛べるのだろうか。

女の子「ほら、信じて」

俺は軽く地面を蹴って、女の子の手を取る。
そして俺の体は、重力を忘れたように空中にとどまっていた。

俺「すげぇ……俺、飛んでる!!」

女の子「ね?簡単なことなんだよ」

女の子「さぁ、このまま遊園地までひとっ飛びだよ」

女の子は俺の手を引いて、すぅっと上昇する。
ちらっと地上を見下ろしても、花畑はどこまでも続いているように見えた。

俺「高いな……」

女の子「怖い?」

俺「いや、大丈夫だ」

女の子「よかった。じゃ、行こっか」

その言葉を合図に、俺の手を握ったままの女の子は音もたてずに動き出した。

二人でふわふわと漂うように進む。
暖かい日差しと花の香りが心地よい。

俺「なぁ」

考える余裕ができた俺は、一番の疑問を女の子に尋ねることにした。

女の子「何?」

俺「お前の名前、牡丹っていうのか?」

女の子「あー、見ちゃったんだね」

俺「えっと、ごめん」

女の子が残念そうに言うから、反射的に謝ってしまう。

女の子「別にいいよ」

今度は、うってかわって事も無げな声だった。

女の子「牡丹っていうのは、確かに私の名前だよ。名字だけどね」

俺「名字なのか?珍しいな」

女の子「うん。でも大阪とかにはちらほら居るみたいだよ?」

俺「……下の名前は?」

話の流れでこう言った時、俺は自分で疑問に感じた。

どうして今まで名前を聞かなかったのか?
普通、初対面の人には真っ先に名前を聞くものなのに……

一方女の子はその問いかけに対し、ちらと俺の顔を見たあと、また前へ向き直った。
そして少しだけ意地悪な笑顔で答えた。

女の子「ないしょ」

俺「……なんでだよ。名前くらい、いいじゃないか」

女の子「名前こそ駄目なんだよ。あんまり『ここ』では、本当の名前を言わないほうがいいよ」

よくわからない話だった。
だからと言うわけではないけど、俺はもう少し食い下がってみる。

俺「……でも、相手の名前も分からないんじゃ何と言うか居心地悪いだろ?君もさぁ」

女の子「そんなことないよ?」

そこで、女の子はもう一度俺の顔を見た。

女の子「だって私、あなたの名前は知ってるもん」

俺「え…俺たち、今日会ったばっかで……」

その時、女の子が言っていた
≪私達……どこかで会ったことない?≫
というセリフが頭の中にフラッシュバックのように浮かんできた。何かもやもやとする。

しかし、そんな記憶を思い出すには至らない。

ただ、その思考を遮るかのように女の子は

女の子「でも、知ってるの」

と落ち着いた声で言った。

俺「…何か釈然としないというか」

女の子「ずるいって言いたいのかな?」

女の子はまたいたずらっぽい表情をする。

俺「……うん」

女の子「じゃあ…私についての他のこと教えてあげる」

女の子は楽しげに語りだした。

女の子「誕生日は3月10日、好きな食べ物はドライフルーツ。得意科目は英語で、苦手科目は歴史だよ。
趣味は日記を書くこと!身長は159センチで、スリーサイズは上から…… 」

俺「も、もういい!分かった、分かったから!」

女の子が何かとんでもないことを言い出したのであわてて遮る。
正直言うと、聞きたかったけど……

慌てる俺を見て、女の子はさもおかしそうにくすくす笑った。

女の子「ふふ、あなたならきっと止めてくれると思ったよ」

俺「……」

してやられた。止めなければよかったと、少し思った。

女の子「まぁ私のこと、これだけ話したんだからイーブンだよね」

俺「イーブン?」

女の子「五分五分ってこと」

俺「あぁ」

あまり納得いかないが、これ以上ごねても効果は無さそうだ。仕方がない。
そのかわりに、新しく浮かんだ疑問を尋ねる。

俺「もう1つ質問、いいか」

女の子は少し悩む素振りを見せながら、

女の子「……答えられる範囲ならね」

と返した。

俺「『ここ』って、どこなんだ?」

女の子「……」

女の子は押し黙る。だが、これだけは聞いておかなくてはいけなかった。

俺「少なくとも、ある程度は知ってるんだろう?」

女の子「……言えない」

女の子は少し項垂れているように見える。
しかし、俺はこれくらいでは引き下がらなかった。

俺「何で言えないんだ?これも『言わないほうがいい』のか?」

女の子「…違う、」

俺「じゃあ教えてくれたって…」

女の子「ごめんなさい」

俺の言葉を遮るように女の子は謝った。

女の子「今は駄目……最後に絶対に全部教えてあげるから…今は、聞かないで」

女の子は申し訳なさそうに、そして苦しげに言った。

繋いだままの手に、ぎゅっと力が伝わる。
その小さな手は、小さく震えていた。

そこまで言われると、問いつめる必要を感じなくなってしまう。

遅かれ早かれ、分かるならそれでいいじゃないか。少しの我慢だから。
誰かが、そう囁いた気がした。


俺「……分かったよ。そのかわり、後でちゃんと説明してくれよ?」

女の子「うん。ありがとう…」

女の子は、笑いながら悲しんでいるようにも見えた。

女の子は少しだけ下を向いた。
長い髪が綺麗な横顔を隠す。

女の子「人はどうして理由と名前をしりたがるんだろうね」

その言葉は、独り言のようにも、俺か、もしくは誰かへの問いかけにも聞こえる。

女の子「『そう言う風にできてる』から『そう』であるだけなのに。
いつだって、結果を受け入れるしか選択肢はないのに」

女の子「『有るように有る』ものが『成るように成る』だけなのにね」

女の子の表情は見えない。

女の子「いつだって理由と名前を求めてしまう。それがナンセンスな事だと気づきもしない*??*

女の子は少し顔を上げた。
風になびく髪の間から、表情が垣間見える。
少しだけ皮肉げな笑顔だった。

女の子「*??△覆燭癲∋笋癲△諭*

そう言うと、女の子はきっちりと進行方向を見た。
俺も何となく前を見る。

花畑の途中に、何が建造物が見えてくる。

女の子は明るい声を出した。

女の子「さ、遊園地に到着だよ!」

>>88
ミス

女の子「いつだって理由と名前を求めてしまう。それがナンセンスな事だと気づきもしない……」

女の子は少し顔を上げた。
風になびく髪の間から、表情が垣間見える。
少しだけ皮肉げな笑顔だった。

女の子「……あなたも、私も、ね」

そう言うと、女の子はきっちりと進行方向を見た。
俺も何となく前を見る。

花畑の途中に、何が建造物が見えてきた。

女の子は明るい声を出す。

女の子「さ、遊園地に到着だよ!」

女の子と俺は、静かに降り立った。

花畑と建造物を隔てるようにぐるりと柵が作られていて、こちら側はレンガの地面の上にいくつかのアトラクションが見える。

女の子「ここが遊園地だよ!」

女の子は、さっきまでの表情が嘘だったかののようにはしゃいでいた。

女の子「何から乗ろうかな!」

軽やかな足取りで歩き出した女の子の後に、俺も続く。

歩きながら周りをうかがってみる。
家の近所の遊園地に似てはいるが、細部が違うようだ。

いつの間にか太陽は傾き、夕焼けがレンガを赤く染めていた。どこからかアコーディオンの音が響いている。

女の子「…じゃあ最初はメリーゴーランド!乗ろ!」

女の子は立ち止まって振り返った。
女の子の指差す方向に、小さいが凝った装飾のメリーゴーランドがある。

女の子が近づくと、メリーゴーランドが独りでに動き出す。

夕焼けの中でライトに薄く照らされて回るそれは、とても幻想的だった。

辺りには誰もいない。
女の子は回る白い馬の首に手を伸ばし、そして飛び乗った。

女の子「ほら、あなたも乗って!」

女の子に急かされてメリーゴーランドの台の上に上がり、女の子の隣の茶色い馬に乗る。

見ている時より、メリーゴーランドは速く回ってる気がした。

遊園地の街灯が、光のラインを描きながら過ぎて行く。

女の子「楽しいね」

女の子は回る景色を眺めながら呟いた。

俺「好きなのか?メリーゴーランド」

女の子「うん……それはそうと、私が茶色の馬に乗るべきだったね」

俺「なんだよ、茶色のほうよかったのか?」

女の子「ううん…あなたが白馬に乗るほうがよかったねって話」

俺「?」

女の子「やっぱり男の子は白馬に乗るべきだよ。特にあなたは尚更ね」

女の子はくすくすと笑うが、俺は意味が良く分かっていなかった。

女の子「……なんだか、退屈そうだね。あなたはメリーゴーランド、嫌い?」

俺「え、嫌いじゃないけど…」

鋭い質問だった。確かに、俺はお世辞にもメリーゴーランドを楽しんでいるとは言えない。

女の子「好きでもないってわけね。どうして?」

女の子はあまり不快そうな顔をせず、純粋に不思議そうにきいてきた。

俺「……だって、同じ場所をぐるぐる回るだけじゃないか」

女の子「それの何がいけないの?」

俺「最初は楽しくても、二、三周もすれば飽きてくる。堂々巡りだからな」

それを聞いて、今度は女の子がつまらなさそうな顔をする。

女の子「……私は好きだよ、堂々巡り」

女の子は、自分の白馬に視線を落としながら呟いた。
メリーゴーランドの回転が、がくっと遅くなる。

女の子「楽しいことを繰り返せるなら堂々巡りでかまわない。進歩しなくたって、未来が来なくだって……」

言い聞かせるような口調だった。

気まずく思った俺は、

俺「……そっか」

とだけ言った。

メリーゴーランドの速度はそのままゆるゆると落ち続け、そして止まった。

女の子「……降りよっか」

下手くそな作り笑いだった。だがそれを指摘する勇気なんて俺にはない。
メリーゴーランドを降りて、ゆっくり歩き出した女の子を追う。

女の子は俺に背を向けたまま、街灯が並ぶレンガの道を行く。表情は見えない。
アコーディオンの音が遠くなる。

そして、女の子は大きな噴水の前で立ち止まった。

噴水の中には青いライトが設置されていて、海のような青い揺らめきを空中に泳がせていた。

噴水の周りを囲むように赤い花が植えられている。

女の子はそれを一本手に取る。
女の子はこちらを向かないままだ。

女の子「……知ってる?この花」

女の子は花を持った手を前にして、何かゴソゴソしている。

俺「……わからない、かな…」

女の子「そう…」

俺の解答に、悲しそうな、しかし安堵した声で女の子は返事をする。

女の子は作業が終わったのか、ばっと手をあげて何かを撒き散らした。

それは赤い花びらだった。ひらひらと舞い落ち、そのいくつかは噴水の水面に小さな小さな波紋をたてる。
同時に、花の茎がすとんっと落ちた。花占いでもしていたのだろうか?

女の子はくるりとこっちへ向きなおった。
そのまま噴水の濡れないような縁に腰掛けて、足元の赤い花を見る。

女の子「これはね、アネモネだよ」

俺「アネモネ……」

見ただけではわからなかったが、言われるとこの花の名前を最初から知っていた様な気分になった。
いつか、誰かが教えてくれた気がする。
名前と、花言葉を……

女の子「私が一番好きで、一番嫌いな花」

女の子は伏せ目にアネモネを見つめる。
言い難いと言うよりは、言い知れぬ感情を孕んだ視線の様に見えた。

女の子「花言葉はね、儚い夢だとか薄れ行く希望なんだって」

そんな花言葉だったか?何か、もっと明るい……駄目だ、思い出せない。

女の子は一度立ち上がり、アネモネを一輪手折る。

女の子「人の夢なんて儚いに決まってるのに」

女の子はアネモネを弄びながら、また噴水の縁に座る。

俺「…そんなことないと思うけど」

女の子「?」

俺の言葉に、女の子はきょとんとした表情になった。

俺「夢は叶えるためにあるんだし…儚くなんてないさ」

それを聞いた女の子は、一瞬遅れてぷっ、と笑いだした。

女の子「あははっ、ふふ…」

口許に手を当てて、肩を揺らしながら女の子は笑う。

俺「え、何か変なこと言ったか?」

女の子「ううん…君らしいなって」

笑いながら、女の子は目尻の涙を拭う。

女の子「うん、そうだよね…きっと、儚くなんてないよね…」

女の子「…ありがとう」

その言葉は、何に対するお礼なのかはわからなかった。
ただ、女の子にとって、心の底からの言葉だったのはわかる。

女の子は弄っていたアネモネを水面に浮かべ、腰をあげた。

女の子「さ、次行こ!」

俺「あぁ」

俺たちがすぐそばまで来ても、観覧車は静かに佇んでいる。

女の子は優しくそれに触れ、ドアを開ける。
俺は女の子と揃えたままの足並みで乗り込んだ。

互いに向き合うようにして座る。
女の子は、独りでにドアが閉まり、観覧車が動き出すのを窓から眺めていた。

女の子「…幸せ」

俺「え?」

女の子の呟きに、俺は思わず彼女を見る。

女の子「あなたと観覧車に乗れて、幸せだよ」

にっこりと、女の子は俺に微笑む。
可愛らしい、花のような笑顔。
それなのに、俺はもやもやとしたものを胸に感じる。

この感じは何だ?


俺「…なぁ。俺は、君の何なんだ?」

第一、この娘は何なんだ?

女の子は少しだけ驚いた様な顔をした。それから寂しそうに言葉を返す。

女の子「…質問はあとひとつきりだって言ったよね?」

俺「まだ、答えられないのか?」

女の子「…………」

女の子は難しい顔をして、外の景色へと目線を反らした。

遊園地の街頭も花畑も見えず、唯々藍色の空間が広がっていた。
観覧車だけが静かに動いている。

女の子「……どうして、今それを聞くの?」

俺「どういう事だ?」

女の子「そのままの意味…私が何なのか誰なのか、最初から疑問じゃなかったの?」

俺「……」

確かにその通りだ。なのに、どうして自分が今訪ねたのか分からない。

押し黙った俺を見て、女の子は小さく呟いた。


女の子「もう、限界なんだね」

女の子はまた、寂しそうな笑顔を向ける。

女の子「…ごめんね、意地悪なこと言っちゃって。
『あなたがどうして今、その疑問を訪ねたのか』なんて、あなたに分かるはずがないのに」

俺「な、何でだよ…俺が俺のことをわからないって、」

女の子「……あなたのことじゃないもの」

女の子が訳の分からないことを言う間も、観覧車は回り続ける。

俺たちの乗った場所が一番上にたどり着いた時、

女の子「全部、教えてあげる」

女の子がそう言って、観覧車は止まった。

女の子「明晰夢って、知ってる?」

女の子の不可解な切り出し方に、俺はすっとんきょうな声をあげてしまった。

俺「…は?」

女の子「ここは、私の夢の中なの」

女の子は感触を確かめるように、そっと窓を手のひらで触れた。

俺「……ちょっと待て、意味が…」

俺の制止を振り切り、女の子は淡々と語る。

女の子「明晰夢の中ではね、本人が望んだ夢を見れるの……ほら」

女の子は手品のように、手のひらに小さな羊を出した。

女の子「ここにあるのは、全部私が望んだ夢の産物だよ」

そして、羊をまた手品のように消す。

女の子「明晰夢を見るには方法があってね、夢の中で『これは夢だ』と気付けはいいの」

俺「……」

頭がついて行かない。

女の子「この世界は私が望んだ様に動く。だからあなたに『あなたがどうして今、その疑問を訪ねたのか』なんて聞いても無駄なの」

女の子「そこにあなたの意思が関わっているわけじゃないから。全て、私の意思なの」

俺「そんなの、信じられるわけが…!!」

俺は思わず口調を荒げる。

俺が疑問に思ったことも、今こうして混乱していることも、全て嘘の作り物だと言うのか!?

女の子「……信じられるはずだよ」

女の子は俺から目をそらす。

女の子「私が、そう望んでいるもの」

俺は口ごもった。その言葉は何かの呪文であるかのように、俺は冷静になる。

何故だ?本当に、これは女の子の夢だと言うのか?

女の子「今までのこと、思い出して。夢じゃない方がおかしいんだよ」

そう言われてしまえば、信じるしかないように思えてしまう。
俺がこの娘に助けられてからの出来事なんて、それこそ全て夢物語だと言われた方が納得できる。

女の子「本当は、あなたとずっと夢を見ていることも出来たんだろうね。なのにあなたは違和感に気付いてしまった」

女の子「……きっと、あなたに指摘して欲しかったの」

女の子は静かに目を伏せる。

俺「……何を」

女の子「これは夢だって、意味なんてない事だって」

俺「……」

女の子「私だってね、心の何処かで分かってたよ。
これは泡沫、覚めてしまえば一瞬の瞬きの合間に見た白昼夢かもしれない…」

女の子「覚えてるかどうかすら定かじゃない、どうしようもなく意味のない夢だって」

もうここまで話されたときに、俺は女の子の話にほとんど納得していた。

俺「……分かっているなら、早く目を覚ませばいいじゃないか」

女の子「…嫌」

女の子はいきなり立ち上がり、俺に抱きついた。
どくん、と心臓が跳ねて、体温が上がる。

俺「お、おい」

女の子「絶対に嫌…!離れたくないの…」

俺に抱きついている女の子の顔は分からない。ただ、俺を抱く細い腕が震えていた。

俺「…どうしてだ、夢が覚めれば現実で俺と会えるんじゃないか?」

女の子「そんなの、分からない」

女の子の腕の力が強くなる。

女の子「あなたに関する知識は思い出せても、関係が思い出せないの……あなただって、そうでしょ?」

何も言えない。図星だからだ。

女の子「……変だよね。あなたのことなんて記憶にこれっぽっちもないのに、一緒にいたいなんて」

女の子「だけど、あなたの存在自体、私の空想かもしれないの」

俺「そんなこと、ない」

そんな言葉が口をついた。でも、これは嘘じゃない。

女の子「何を根拠に…」

俺「きっと、現実でも君の近くに俺はいる」

女の子の背中に手を回し、そっと抱き返す。

俺「なぁ、知ってるか?夢には知らない人間は出てこないんだぜ。
完全な想像で顔をイメージするのは難しいからな」

俺「それに、夢の中で鮮明に描写されればされるほど、身近な人間だって言うじゃないか」

女の子「……」

俺「君にとって、俺はどうだ?」

女の子「……鮮明だよ、何よりも」

俺「だろ?」

女の子「でも…」

女の子の腕はまだ震えている。

俺「大丈夫、」

女の子「……」

女の子をそっと剥がし、正面から顔を見据える。
ぽろぽろと涙を流す、その瞳を。

俺「君がこの夢の主人公なら……お、俺は、きっと…王子様だろ?」

なんてクサい台詞なんだろう。でも、それ以外に思いつかない。

俺「ずっと君と一緒にいた俺が、そうじゃなきゃ何だって言うんだ」

俺「王子様とお姫様が最後に会えないお話なんて、あるもんか」

俺の気持ちも行動も、すべて決められたものだったかもしれない。
それでも、俺が女の子に抱いた感情は嘘じゃない。

作り物だったとしても、女の子を大切だと思ったこの気持ちは事実だから。

女の子「……そうかもしれないね、王子様」

そこでやっと、女の子は笑った。

俺「二人が同じ夢を見るなんて、よくある話だ。目が覚めたら、真っ先に会いに行ってやる」

女の子「じゃあ、誓ってよ」

女の子は、すっと顔を近づける。

俺「…?」

女の子「誓いの、キス」

女の子は、少しだけ恥ずかしげに笑った。

女の子「お姫様は、王子様のキスで目を覚ますものでしょ?」

そう言って、お姫様は目を閉じる。

俺はそのまま、何かに導かれるようにそっと、唇を重ねた。

柔らかくて熱い唇の感触は、まるで本物のようだった。いや、きっと本物だったんだ。

俺たちが、どれ程の時間そうしていたか分からない。一瞬だったかもしれないし、もっと長かったかもしれない。
ただ、俺にはそれは永遠のような時間だった。

そして、どちらからともなく唇が離れる。俺が目を開けると、女の子も少し遅れて目を開いた。

女の子「……信じてるからね」

女の子がそっと俺の手を握る。

俺「……あぁ」


視界が、ゆっくりぼやけていくのが分かる。
夢が、覚めようとしているんだ。

俺「なぁ、最後に教えてくれ」

女の子「なぁに?本当にこれで最後なんだからね」

女の子は『始めて出会ったとき』のように、愛らしくはにかんだ。

俺「君の、名前を……教えてくれないか?
何かあっても、必ず会うために…」

女の子「うん。…えへへ、特別だからね?
私の、名前は*?????*

>>120
ミス

俺「なぁ、最後に教えてくれ」

女の子「なぁに?本当にこれで最後なんだからね」

女の子は『始めて出会ったとき』のように、愛らしくはにかんだ。

俺「君の、名前を……教えてくれないか?
何かあっても、必ず会うために…」

女の子「うん。…えへへ、特別だからね?
私の、名前は……




夢から覚めた**が俺とまた逢えたのか?
それは俺にもわからないし、きっと神様も知らない。

でも、俺は**にまた逢えると信じてる。

少しくらい、そんな夢を見ても許されるはずなのだから。








おしまい

わけのわからない話になってしまいました。
女の子の名前と結末は、夢占いやエキサイト翻訳などでごちゃごちゃすると分かるかもしれません。

感想をいただけたらすごく嬉しいです。

人魚「人間を拾ったわ」

卑劣様「出来たぞナルト!サスケが不死身になる術だ!!」

とか色々書いてます。お粗末さまでした。

A Ad Heresies Hims Tit Turn... はピリオドが3つだから3文に分ける可能性があるな
文法的には三点リーダ分のピリオド3つと文末のピリオド1つで計4つが正しい
解読はできんかった

文法のことを言うなら1文目も少し気になるな
else use説を採るならこの else は形容詞だが、 else ってほぼ副詞で形容詞はめったにないよな
訳も「あなたのしていることはその他の使用だ」とか「それはあなたがしているその他の使用だ」になって謎だし
ここは文字数が合わなくても「あなたのやっていることは無駄だ」と訳せる useless説を推したい

アネモネの和名が牡丹一華(ボタンイチゲ)らしい
バニオークチット → banioakchit → botan ichika → 牡丹一華(ぼたん いちか) かな
語源は?νεμο?(ギリシャ語で“風”)で、熱風や木枯らしやつむじ風はここから来てるのかも
(文字化けするかな? アルファベット表記だとanemos)


答え合わせ編はよ

aa eee iii u d hh m n rr sss ttt ...

↑最後の行はコピペミスなので無視してください

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