輿水幸子「ボクの手はあなたのために」 (16)

戻ってみると、なんだか事務所はしーんとしていました。


いたのは自分の机でめそめそと泣くプロデューサーさん一人。


「電気もつけずになにをしているんです」


そんな風に声をかけると、


「……ごめん、幸子、ごめん」


ちょっと洒落にできないような失敗をしてしまったそうです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368901541

「……とりあえず、電気くらいつけましょうよ……」


「いや、不要ですかね。カワイイボクが戻って来たんですから、こんなものを使わずとも事務所は自然と明るくなりますか!」


いつもより、少し大げさに言ってみました。


一瞬くすりと笑ってくれたようでしたが——じんわりと、染みるように、プロデューサーさんの顔には再び情けない表情が戻って来ます。


まったく、本当に頼りにならない人ですね!

「他のみなさんはどうしたんですか?」


と聞くと、


みんなもう帰っちゃったよ。
俺の失敗のせいで、今日の仕事は、全部なしになったからな、とのこと。


なるほど。


ですが、それで本当に帰宅してしまうのも、薄情な話です。


慰めるなり、次の手を一緒に考えるなり……。


逆に気を遣ったのかもしれませんが。




……いや、これほど泣き腫らす彼を置いて帰るんですから、みなさんさぞかしご立腹だったと思うべきですかね。

ふと……どこか自分が、他人ごとのように状況の把握に努めていることに気がつきました。


一応、ボクの仕事も——それも、大きな仕事が、一つ、台無しになってしまったわけです。
アイドルという仕事ですから当然、一つの失敗、損失は、他の仕事に驚くほど影響します。


要は、こんな風にのんびり考えている場合では、正直ないですし——感情的になって、プロデューサーさんに罵声の一つでも浴びせるくらいは……自然なことで。


「……ぅぅ……」


実際、彼がこうして縮こまっているのは、一つと言わずいくつかの辛辣な言葉を浴びたからでしょう。
一つでも十分壊れてしまいそうな、その頼りない身に、いくつもの罵倒を。

自分よりよほど幼いボクを前にしても、漏らす嗚咽がいつまでも止まる気配のない、意気地のないプロデューサーさん。


けれどどうでしょう。


さっきも思った通り——ボクは、そんなプロデューサーさんを見て、苛々すると言うよりは——……なんだか、そう、守ってあげたくなるような、少し違うような。


「大丈夫ですよ、プロデューサーさん」


それは果たして優しさなのかは分かりません。


ボクは、彼の背中にそっと手を当てて、ゆっくりと上下させます。


「ボクだけは何処にも行きません」

するとますますプロデューサーさんの目からから涙が溢れて来ます。


ああ、中学生のボクに慰められる、背広姿のプロデューサーさん。
幼いボクの手に収まるくらいに背を縮めたボクのプロデューサーさん。


ボクの行為に対照するに、ボクの背中を、何とも言えない不思議な感覚が這い回ります。
ぞくぞくします。

「……ごめんな、情けないとこ……見せちゃったな」


ようやく、プロデューサーさんの嗚咽が止まりました。
少し名残惜しく思いながら、ボクは彼の背中から手を離します。


「今さらなにを言っているんです」


「プロデューサーさんの情けない姿なんて、もう見飽きたくらいですよ! たまにはシャキッとした姿も見せてください!」


「……うん」


そんなしょぼくれた返事では信じられませんよ!

「……うん、ありがとう。ちょっと、元気出たよ」


「挽回できるように、頑張るな」


それでいいんです。
頑張ってください。


いえ……頑張りましょう。
ボクがついていますので!

「なあ、幸子」


「? なんです?」


「……もしまた失敗したときは、……その」


今から失敗したときのことなんて考えていてはだめですよ!


……と、一喝してあげたいところですが……いえ、まあ、今日くらい——ボクくらい、思う存分優しくしてあげましょう。


いいですよ。


これからは、ボクの手はあなたのために、ふふ。






「幸子」


「おや、プロデューサーさんですか。どうかしましたか?」


「……あ……えっと、その。今日、……ちょっと、辛いことがあって、さ」


「……またですか? くす……もう、プロデューサーさんは、本当に仕方のない人ですね!」


「……すまん」


「いいですよ、別に。……でもこんな風に、いつまでもボクに頼りっきりでだめだめなプロデューサーさんは、……」




「一生、カワイイボクのプロデューサーさんですからね!」





おわり

ヤンデレ幸子、共依存的な。

短かったですが失礼しました。
スレタイは、「ボクの手はきみのために」という小説からです。

おっつおっつ
えらい短かったけどよかったよ

終わったら依頼よろしくぅ

今さらだけど誤字ひどい。とりあえず、

>>6
するとますますプロデューサーさんの目からから涙が溢れて来ます。
→「から」多い

ボクの行為に対照するに、ボクの背中を、何とも言えない不思議な感覚が這い回ります。
→対照するように(もしくは対照的に)


>>11 本のタイトルは、「ボク」ではなく、ひらがなの「ぼく」が正しいです。
>>13 ありがとう、ちゃんと出したよ。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom