女「私の同僚の佐藤君は、とても甘い」(31)

─ 会社 ─

女(私の同僚の佐藤君は──)



茶髪娘「ごめんなさぁ~い、あたしがヘマしたせいで取引先が怒っちゃってぇ……」

佐藤「ハハ、いいよいいよ」

佐藤「先方には俺から謝っておくからさ。だから気にせず仕事に戻って」

茶髪娘「ホントごめんなさぁ~い」



女(──とても甘い)

課長「佐藤君、ちょっと」

佐藤「はいっ!」

課長「こないだの契約の件だが、ここはもう少し譲歩させられたのではないかね?」

課長「キミは優秀ではあるが、どうも詰めが甘いところがある」

課長「営業マンはもっとシビアにならなければいかんよ」

佐藤「申し訳ありません、課長!」



女(たまには少しぐらい反論してみてもいいのに)

女(……甘いんだから)

女「佐藤君」

佐藤「ん、なんだい?」

女「課長はああいってたけど」

女「あの人、部下に威厳を示すため、ムリヤリ問題点を見つけて叱るところあるから」

女「あまり気にしない方がいいわよ」

佐藤「ハハ、ありがとう」

女「じゃ、それだけ。これからまた外回りでしょ? がんばってね」

佐藤「うん、ありがとう」

女(もちろん、甘いだけじゃない)



係長「あ~……書類を作ってたら、すっかり頭が疲れちゃったよ」

佐藤「幽霊かなにかに憑かれるよりは、マシってもんですよ」

係長「フフッ、キミもそんな冗談をいうのかい」

係長「お、なんだか脳みそがスッとした気分だよ」

係長「頭が疲れた時に佐藤君と話すと、なぜかスッキリするんだよなぁ」

佐藤「たまたまですよ、たまたま」



女(とても甘くて、疲れた脳をスッとさせる……か)

女(佐藤君って、もしかして──)

─ 女のマンション ─

テレビ『打ったぁ~~~~~!』ワァァァ…

テレビ『いや伸びると思いきや、これはレフトフライになりそうだ!』

テレビ『あーっと、まさかのエラーだァ!』ワァァァ…

テレビ『どうも今日は両チーム、調子を崩しています!』

女(なんだか最近、ずっと佐藤君のことばかり考えちゃってるわ)

女(佐藤君の正体ってもしかすると、もしかするのかなぁ)

女(考えすぎなのかもしれないけど……)

─ 会社 ─

女(佐藤君はあの性格だし、基本的にはみんなに好かれている)

女(だけど──)



肥満女「ちょっと佐藤君!」ドスドス…

佐藤「やぁ、どうかしたの?」

肥満女「さっき給湯室でお茶を飲んでたけど」

肥満女「ポットはちゃんと所定の位置に戻しておかなきゃダメじゃない!」

佐藤「ご、ごめん、気をつけるよ」

肥満女「まったくもう……」ブツブツ…



女(佐藤君を嫌ってる人がいないってわけじゃない)

女(たま~にああやって毛嫌いする人がいる)

女「佐藤君」

佐藤「うん?」

女「あの娘、今ダイエットしてるみたいでイライラしてるだけだから」

女「特にケーキやお菓子なんかは絶対見ない! ……って生活してるみたいでさ」

女「ポットのこともあそこまで怒ることじゃないし、あまり気にしちゃダメよ」

佐藤「大丈夫、俺は全く気にしてないよ」

女「それならいいけど……」

昼休み──

女「いただきます」

女「…………」バリボリバリボリ…

女「…………」ゴクゴクッ…

女「──ふうっ、おいしい」

女(佐藤君の昼食は変わっている)チラッ



佐藤「さぁ~て、メシにしよっかな」ドサッ…

佐藤「いただきます」ガブッ…



女(佐藤君ったら、サトウキビを丸かじりしてる……)

女「佐藤君って、お昼はいつもサトウキビ食べてるわね」

佐藤「あ、えぇ~っと……好物なんだ」

佐藤「よかったらキミも食べる?」サッ

女「ううん……私はもう食べたから」

女「食事のジャマしちゃってごめんね」

佐藤「ん、気にしないでくれよ」ムシャムシャ…

佐藤「…………」モリモリ…



女(ダイエットしてる人に嫌われて、サトウキビを丸かじり……)

女(やっぱり佐藤君って……)

─ 女のマンション ─

テレビ『さぁ、お互い手が出ません!』

テレビ『レフェリーが促していますが……?』ワァァァ…

テレビ『おっと、またクリンチ!』

女(今までに私が得た情報をまとめると──)

女(甘くって、他人の脳をスッキリさせて、ダイエットしてる人に嫌われて)

女(しかもサトウキビをモリモリ食べる、か……)

女(佐藤君の正体って、やっぱりアレしか考えられないわよね)

─ 会社 ─

女(前にいったように、佐藤君の性格はとても甘いけど)

女(時々、そうじゃなくなる時があるの)



茶髪娘「ごめんなさぁ~い、佐藤さん……」

佐藤「謝るより先に、大至急メールで先方に正しいデータを送ってくれ!」

佐藤「いいかい、最優先でやってくれよ!」

佐藤「あと、CCで俺、BCCで課長にも入れておくこと! 頼んだよ!」

茶髪娘「は、はいっ! ──すみませんっ!」



女(たまにだけど、いつもとは別人のように性格が厳しくなる)

女(こういう時、彼の肌は決まっていつもよりちょっと黒ずんでる)

女(性格はともかく、色の変化に気づいてるのは、もしかしたら私だけかも)

女(肌が黒ずんでる時の彼は、課長にだって負けやしない)



課長「キミ、こんなミスをしてどうするんだね!」

佐藤「お言葉ですが、課長!」

佐藤「こうなったのは課長が取引先でいらぬ見栄をはったせいですよ!」

佐藤「期限が一週間あったものを、わざわざ三日に短縮してしまって……」

佐藤「もちろん、私とて失敗したことは事実なので責任は感じておりますが」

佐藤「全責任が私にあるようにいわれるのは心外です!」

課長「たしかにそれは……そうなのだが……わ、悪かったよ」ゴクッ…



女(私はこういう時の彼を“黒佐藤君”と心の中で勝手に呼んでいる)

女「佐藤君」

佐藤「なんだい?」

女「今回のミス、致命的ってわけでもないし、焦ってもいいことないわよ」

女「リラックス、リラックス」

佐藤「ご忠告ありがとう」

佐藤「だけど、今の俺はリラックスしてるわけにはいかないんだ」キッ

佐藤「失礼するよ」ザッ…

女(“黒佐藤”状態は、一度なるとだいたい5~6時間続く)

女(それを過ぎれば、またいつもの優しい佐藤君に戻るの)

─ 女のマンション ─

テレビ『えぇ~と……ですねぇ』

テレビ『なんやねん、トークがグダグダになってまうやん! 生放送やで!』

テレビ『すみません……』ドヨドヨ…

女「…………」バリボリバリボリ…

女「…………」ゴクゴクッ…

女(もはや、私はほぼ確信している)

女(佐藤君の正体を──)

女(だけど、本人にそれを伝えられないでいる。なんだか悪い気もするし)

女(でも、もしまた佐藤君の正体をより確信できるような出来事に遭遇したら)

女(私は伝えるつもり)

女(ずっとモヤモヤした気持ちを抱えたままなのは、イヤだから……)

─ 会社 ─

課長「…………」ハァ…



女「あら、課長がため息つくだなんて珍しいわね」

茶髪娘「あ~、なんでも、糖尿病って宣告されたらしいですよ」

女「糖尿病……!?」

茶髪娘「落ち込むのもムリないですよね~」

茶髪娘「あれって結構大変な病気らしいですもん」

女「そうね……」

佐藤「課長」

課長「ん……なにかね、佐藤君」フゥ…

佐藤「…………」ズオォッ…

課長「?」

課長(なんだか急に体が楽になったような……)

佐藤「課長、ずいぶん落ち込んでいますが、近いうちにまた病院に行ってみて下さい」

佐藤「もしかしたら、いい結果が得られるかもしれませんよ」

佐藤「ただし……決して油断してはなりませんが」

課長「ど、どういうことだね……?」

佐藤「とにかく、いうとおりにしてみて下さい」



女「!」ハッ

女(まちがいない……!)

女(佐藤君が何かしたら、課長の血色が目に見えてよくなった!)

女(そう、佐藤君は課長の糖尿病を“治療”したんだわ!)

女(やっぱり……やっぱりそうだったんだ!)

女(こんなこと、佐藤君が私が思ってるとおりの人でなきゃ、できるわけない!)

女(よし……思い切って佐藤君を誘っちゃおう!)

女「佐藤君」

佐藤「ん、なんだい?」

女「あのさ、サッカーの観戦チケットが二枚あるんだけど……」

女「よかったら今度一緒に行かない?」

佐藤「へぇ~、キミってサッカーに興味あるんだ!」

佐藤「もちろん、いいよ!」

女「ありがとう!」

佐藤「ところで、チケットの代金は──」

女「あ、いいのいいの。気にしないで」

佐藤「そんなわけにはいかないよ。ちゃんと払うよ」

女(甘いんだから……)

試合当日──

─ スタジアム ─

ワァァァ…… ワァァァ……



佐藤「もうすぐ前半が終わるけど、どちらもまだシュートを一本も打ってないね」

佐藤「後半もこのままだと0-0で終わりそうだ」

女「どうも盛り上がりに欠ける試合ね」

女「ま、しょうがないんだけどさ」

佐藤「?」

女「それより佐藤君、ちょっと話をしてもいい?」

女「あなたをサッカーに誘ったのも、こういう騒がしいところで話したかったからなの」

佐藤「話っていうのは……?」

女「ずばり……あなたの正体について」

佐藤「!」ドキッ

女「気持ち悪い女だと思われちゃうかもしれないけど」

女「私、ちょくちょくあなたを観察してたの」

女「あなたは性格に甘いところがあって」

女「他人の疲れた脳みそをスカッとさせるのが上手で」

女「ケーキや菓子を食べないような、ダイエットしてる人には毛嫌いされて」

女「昼食はいつもサトウキビ」

佐藤「…………」ゴクッ…

女「しかも時々、肌が黒くて性格が厳しい“黒佐藤君”になって」

女「そして……糖尿病で悩んでいる課長を、不思議な力で治療した……」

佐藤「…………」ドキドキ…

女「佐藤君、ずばりいうわ」

女「あなたの正体は砂糖……砂糖の化身ね?」

佐藤「……ふふっ、やるなぁ」

佐藤「しらばっくれるのも得意じゃないし、ここは正直に答えるよ」

佐藤「そのとおりさ」

佐藤「俺の正体は……砂糖」

佐藤「砂糖に偶発的に魂が生まれて、人間の姿になった存在なんだ」

女(やっぱり……)

佐藤「だけど、どうして分かったんだい?」

佐藤「たしかに俺は人間としては、色々おかしいところがあるけれど」

佐藤「それでも砂糖の化身、なんて結論にはなかなか至らないはずだよ」

女「…………」

女「話は変わるけど、このサッカーの試合、つまらないでしょ」

佐藤「いや、そんなことは……」

女「甘い評価をしないでいいわ。正直に話してちょうだい」

佐藤「あ、うん……たしかにつまらない、かな……」

佐藤「両チームとも、凡ミスを繰り返してちっともシュートを打たないし」

佐藤「しかも試合はファウルでしょっちゅう止まるし……」

佐藤「心なしか、サポーターの応援もあまり盛り上がってないしね」

女「ふふっ、そうよね。だけど、これは選手たちのせいじゃないのよ」

佐藤「?」

女「実は……私のせいなのよ」

佐藤「キミのせいって……ど、どういうこと?」

女「私が生やライブ中継でスポーツやテレビ番組を観ると──」

女「その内容がとてもつまらなくなっちゃうの」

女「だけど、私って特にスポーツ観戦は大好きだから」

女「つまらなくなるって分かってても、観戦をなかなかやめられないのよ」

女「……罪な女でしょ?」

佐藤「!」

佐藤(たしか、プロレスや格闘技とかでは、つまらない試合のことを──)ハッ

佐藤「ま、まさか……キミはまさかっ!」

女「うん、私もあなたと同類なの」

佐藤「そうか!」

佐藤「いつもキミが昼休みにスナック菓子みたくバリボリ食べてたのは、岩の破片か!」

佐藤「ということはゴクゴク飲んでいたのはもちろん──」

女「うん、海水よ」

女「私、岩や海水が大好きだから」

佐藤「……ふふっ、驚いたな」

佐藤「この世のどこかに仲間がいれば、とは思ってたけど」

佐藤「まさか同じ職場にいるなんてなぁ」

女「世間って狭いわよね」

佐藤「だけど、せっかくこうしてスタジアムまで来たんだし」

佐藤「たとえ盛り上がらなくても、この試合は一生懸命応援しよう」

佐藤「試合が終わったらお近づきの印に、一緒にバーでもいかない?」

女「いいわよ。私はソルティドッグでも飲もうかしら」

佐藤「それじゃ俺は、甘いカクテルにでもしようかな」

佐藤「……ところで、俺はキミの名字は知ってるけど、下の名前を知らなかったな」

佐藤「よかったら、教えてくれるかい?」

女「私の名前は、志緒っていうの」







おわり

これにてこの物語は終わりです

ありがとうございました!

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