美穂子「上埜さん」久「失礼よ、それ」 (60)




私、福路美穂子はコンプレックスの塊である。




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幼い頃から自分が他の人と違う事は良く知っていた。


「美穂子ちゃんの瞳、片方だけ色が違うねー」

「うん!そうなの!」

「へんなのー」

「えっ…」

「確かに変だよねー」

「だってかたっぽの瞳の色だけ違うなんておかしいもん!」

「…………」


幼稚園児時代、私は片目だけ瞑って行動するということはなかった。

その為、オッドアイの両目を常時晒していた。

「さーいしょーはグー!」

「グー!」

「じゃーんけーん…」

「はいっ!」

「やったー。また勝ったー」

「ちえー。また美穂子ちゃんの勝ちかー」

「何かズルやってない?美穂子ちゃん」

「や、やってないよ…」

「ほんとにー?」

「………」


不思議なことに私には彼女らが何を出そうとしているのかが分かっていた。

幼心の私は、ただ何も考えずに勝負事に勝ち続けた。

「よーし!今日もまたジャンケンしようぜー!」

「やるやるー!」

「よーし勝つぞー!」

「あ!わたしもー!」


「え、美穂子ちゃん入るの…?」


「…え?」

「美穂子ちゃん入るんだったらわたしやるのやめるー」

「え?…え?」

「わたしもー」

「じゃあわたしもー」

「他の事やろっかー」

「そうするー」

「鬼ごっことか?」

「やろうやろう!」


その場を一目散に離れていく彼女らを、私は追えなかった。

これ以降、私の記憶には幼稚園児時代に同級生らと遊んだ記憶はない。

小学校に入り、また数多くの人たちと触れ合うこととなる。

そして、私は知った。


「福路美穂子です。宜しくお願いします」

「美穂子ちゃんかー」

「美穂子ちゃんかわいいー」

「うちのクラスのアイドルだね!」

「…………」


自分のような色違いの瞳をしている人間などいないということを。

同級生、上級生、先生…色んな人を見ても、その瞳の色は左右同じだった。

小学生にして、私はこの異質な瞳を隠さなければいけないということを悟る。

この日から、いつもの私の視界は狭くなった。

私は両親を尊敬している。

しかし、両親は二人共も私と違いオッドアイではない。

常時瞳を閉じるようになってから間もなく、両親が私の異変に気付く。

二人はこう言った。


「美穂子は美穂子なんだから、別にその瞳を隠す必要なんてないのよ?」

「ああ。そんなこと気にする必要はないぞ?」



「…そんなこと?」


他人と違うことにどれだけコンプレックスを感じるのか、両親は分かってくれていなかった。

ましてや、まだその頃の私は幼かった。


肯定して欲しかった。

私も普通の人と同じだということを。


しかし、両親からの解答は否定で。

その特徴は私だけのものだから気にする必要はない、だった。


「…うん、分かった。ありがとう、お母さん、お父さん」


多分、この時からだろう。

私が自分を偽り始めたのは。

小学校高学年になるまでは、学校で私は右目を一切開くことなく過ごすこととなる。

その間、誰にも嫌われないようにと、家事だったり洗濯だったりを母親から学ぶ。

みんなに嫌われまいと、クラス委員をやって縁の下の力持ちを演じる。

黒板を消したり、黒板消しを綺麗にしたり、金魚さんの水を入れ替えたり。

残念なことに機械にだけは全く好かれず、私が触ると突如エラーが起きたりコードが絡まったりした。

だから、黒板消しを綺麗にするのはひたすら叩くしかない。

溜まったチョークの煙が私の瞳に染みる。

けれども、ひたすらクラスのみんなのために雑務をこなした。

どれもこれも、人に嫌われないために。


しかし、事件は起こってしまう。

2月の頭だっただろうか。


「好きな人が出来た?」

「ええ。…だから、美穂子ちゃんに相談したの」


話し掛けて来たのは、私の小学校生活の中で一番の友人と言っていい同性の子、Aちゃんだった。

何でも、告白したいがどうすれば良いか分からないという。

一番の親友の頼みに、私は瞳を使うことを決める。

この瞳は確かに便利だ。人の視点移動や癖等をいくらでも見抜くことが出来る。

長い間学校では使うことはなかったが、とてつもない情報量を私に送ってくる。

幼稚園児時代とは違い、自身が成長したのもあり、その精度は格段に上がっていた。

学校の授業中や、自分が見られる事が少ない時に瞳を使い、親友の想い人を探る。

瞳を使い始めてすぐ思い知ることになる。

親友の恋が実る可能性は…絶望的だ。

その人の視点移動、口数、好きなタイプ…。

だって、どう考えても親友の想い人が好きな女子というのは…。


…私だから。

このままでは親友の恋が実ることがないと分かった私は、その人へアプローチをかける。


「…ねぇ、B君」

「な、なんだよ福路」

「B君って好きな人…いる?」


もちろん彼が私のことを好きなことは知っている。

これが自惚れなら良いけれど、私に声を掛けられたときの反応といい、どう考えても私のことを好きに違いなかった。

もちろん私にその気はない。


「B君を好きな子がいるのだけれど…」

「へ、へぇ…」


何度か会話し、その中で節々に親友の良いところを出し、さりげないアピールを続ける。

これで何とか彼が親友のことを好きになってくれれば良かったのだが…

結果は最悪の道を歩むこととなる。

2月14日。恋する女の子が、日本特有の記念日に勇気を後押ししてもらってチョコを渡し、告白する日。

親友は意を決して彼を放課後呼び出したようだ。

もちろん私はチョコを渡す相手などいない。

やるだけのことはやったはず。後は、二人次第…。

彼女の恋が実るよう、願って私は下校する。


翌日、教室に入ってきた私に飛び込んできたのは

右目を開けずともそれと分かる敵意の目の数々だった。

「…ど、どうしたのみんな。目付きが凄く怖いのだけれど…」


非難される覚えのない私は、集まっている皆に尋ねる。


「…美穂子ちゃんって、最低だね」

「…え?」

「AちゃんがB君を好きって聞いて、焦ったわけだ」

「そうだよねー。それで焦って、B君に猛アプローチしたわけだ」

「とんだ泥棒猫だったわね」


話の意図が全く分からない。


「…ごめんなさい。みんなが何を言っているのか、分からないのだけど」

「……うわっ、この期に及んでこんな事言ってるよ」

「美穂子ちゃんって凄く良い人だと思ってたけど、気のせいだったんだね…」


更に混乱する私の目の前に、Aちゃんが現れる。

「Aちゃん…な、何があったの?」

「…何があったの、ですって?自分の胸に聞いてみれば?」

「……本当に何が何だか、分からないのよ…」

「じゃあ言ってあげるわ」


「貴方も、B君の事が好きだったのでしょう?」


…本当に、何が何だか分からない。

「私があなたを一番の親友と思って話した、B君に告白したいという相談」

「あなたは焦った。何故なら、あなたもまたB君に気が合ったから」

「そこであなたは、私の相談後にB君に猛アピールした」

「してないとは言わせないわよ?何度もB君と話をしていたじゃない」

「…そ、それは、Aちゃんの良いところをB君にアピールしようと…」

「そんなくだらない言い訳は聞きたくないわ!!」


目の前の親友は涙を流しながら強い口調で続ける。


「昨日、私はB君に告白したわ。…結果は見ての通りよ」

「『ごめん、俺他に好きな奴がいるんだ。しかも何かそいつも俺のこと好きみたいでさー』」

「良かったわね。私からまんまと彼を出し抜けて」

「ご、誤解よ!」


ガシャアアン


私が毎日水を替えていた金魚さんの水槽が床に叩きつけられ割られる。


「あっ…」

「嘘だというのなら証拠を述べてみなさいよ!」

証拠なんてない。

私が彼を誘惑したという証拠も、彼にAちゃんの良いところを話したという証拠も。

何故なら私が無実だという証拠を話せるのは私に気があるB君だけだ。

B君が何を言ったとしても、私をかばって嘘をついているで終わってしまうだろう。


「………」


私の目の前で水を失い苦しく跳ねる金魚さん。

私のお節介のせいでこんな無関係な金魚さんまで巻き込んでしまった…。

これ以上、他の無関係な人を巻き込むわけにはいかない…。


「…ええ、そうよ。私が彼を唆したの」

「……やっと本性を現したわね、この…泥棒猫!」


私に向かってAちゃんが黒板消しを投げる。これを無言で私は受け止めた。

チョークの煙がその場で舞う。

全ての悪行を、私が背負う。…これしかこの場を収めることは出来そうもなかった。

「絶交よ。二度と話し掛けないで」

「うわーAちゃん可哀想…」

「こんな泥棒猫が近くにいるだなんてやだなー」

「まぁまぁ。もうすぐクラス替えだし」

「そんなこと言って次のクラスでもこいつと同じになったらどうするのよ!」


何がいけなかったのだろう?

私が、彼女の親友だったから?

彼が、私のことを好きだったから?

私が、彼女の恋を実らせようとお節介を焼いたから?


やがてピチピチとしていた金魚さんは動かなくなった。

叩きつけられた黒板消しによって舞う煙。

今まで私がやってきたことは、一体何だったのだろうか?

みんなに嫌われないように、必死に良い人を演じてきた。

だが、それも全て裏目に出てしまった。

金魚さんと同じように、私もまた、授業が始まるまでその場で一歩も動かずにただ涙を流し続けていた…。

こうして、私の小学校時代は最悪の結果で終わった。

中学校に進んでも、小学校時代の友人は数多くいた。

つまり私の悪名は、誰に対しても広まっていることとなる。

友人を作ろうにも、上手くいくはずもなかった。

周囲から浮く私。自分の存在意義の不確立。

帰宅後、塞ぎ込んで家で机に伏して泣くことも多くなった。

そこで、心配した両親に勧められて出会ったのが麻雀である。


「…麻雀?」

「ええ。美穂子のその瞳なら、凄く向いている競技だと思うの」

実際にやってみると、これが驚く程に自分向きの競技であることに惹かれた。

さっそく麻雀部に入部。同級生は相変わらず私に冷たかったが

メキメキと私は力を付けていき、中学2年生の時には晴れて大会に出場。


「ロンです。5200ですね」


初出場にして個人戦決勝まで上り詰める事に成功。

好成績を収め、中学2年生にして地元の名門・風越からのスカウトを頂いた。

その後中学3年生になり、麻雀部の部長に私は任命された。

立場というものは周囲の人をも変えるというのか、私に冷たかった同級生たちも

やたらと私に媚びてくるようになった。


「部長~。団体戦では私を選んで下さいよー」

「何部長に媚びてるのよ!もちろん小学校時代からの知り合いの私ですよね、部長!」

「あ、あははは…」


酷く、滑稽に思えたのが印象に残っている。

当然、こんな環境では同級生の友人など作れるはずもない。

「そこは、そう切った方が良いんじゃないかしら…」

「…またそれですか?うざい。うざいですよ福路部長」

「…え?」

「私なりの打ち方って物があるんです。口を出さないでください」

「でも、そうした方があなたの為に…」

「逆に悪い方向に行ったらどうするんです?福路部長が責任取ってくれるんですか?」

「………」

「お節介なんですよ」

「ご、ごめんなさいね?」


良かれと思って下級生を指導しても、うざいと煙たがられる始末。

結局、中学時代においても私は、周囲に溶け込んでいるようで孤立していたに過ぎない。

いつの間にか雑用等も全て自分がやるように押し付けられていた。


「ロン」

「ロン」

「ツモ」

「ひええ…福路部長強すぎぃ…」

「ちょ、ちょっとは手加減してくれませんか…?」

「十分手加減しているつもりよ?さあ、次の半荘行きましょうか」


私の特色を活かすために始めた麻雀が

ただ鬱憤を晴らすための機会になりつつあったこの頃。


そして、迎えた中学3年生の大会で、私は彼女に会うこととなる。



「それ、ロンよ。満貫ね」


ドクン。

…どうして、この牌で待つの!?

リーチ宣言牌を残しておけば、待ち数は圧倒的に増えるじゃない!?

私の考えと右目の視点をあざ笑うかのように、彼女は上がりを繰り返す。

完敗だった。


「…どうして、そんな効率が悪い打ち方をするんです?」

「あら、ご挨拶ね。貴方だって他家を操ろうという打牌をしてるじゃない?」

「それが私にとって効率がいいからやってるんです…」

「ふーん。ま、別にどうでも良いけど…」

「それにしても…」

「…何です、人の顔をジロジロと見て」

「貴方の瞳って、片方色が違うのね」



…しまった、対局中以外は極力右目を開けないつもりだったのに。


「……だったら何です?」

「いや、別にー?…ただ」


「綺麗な瞳してるなーって」


ドクン。

二度目の高揚。私自身分かる体温の上昇。


「え、え、あ…あの…」

「あー閉じちゃって。恥ずかしいの?…別に私たちと変わりゃしないでしょ?」

「そんなもん普通よ、普通。綺麗なんだから閉じちゃうと勿体無いわよー」


…生まれて初めて。

生まれて初めて、出会ってきた人たちの中で。

彼女は私のことを。自分の瞳を普通だと肯定してくれた。


「………」

「え!?今何か私まずいこと言った?」

「…違うんです。…これは…違うんです…!」


あの時と同じように、私はただ立ち尽くして泣いていた。

ただし、今度の涙はあの時とは違っていた。


「……これは…嬉しくて…」

「…あらあら、随分と感受性豊かなお姫様だこと」

「でもまぁ…泣いてる姿も、貴方可愛いわね」


ニヤニヤと笑いながらも悪びれることなくそう言う彼女。


「…!…な、泣いてません!」

「どうだか~?」


ケラケラ笑いながらその場を去ろうとする彼女。



「あ、あの…!」


聞きたいことが沢山ある。

貴方のお名前は?どうしてその打ち方に至ったんです?

もっともっと、貴方と話がしたい。

もっともっと、貴方と麻雀したい。

もっともっと、もっともっと。…貴方を知りたい。


「んー?」

「…来週、また直対がありますよね?」


結局、私の口から発されたのは、その場で最も違和感のない言葉だった。


「そうね…。多分そうなるわね」

「今度は、負けません」

「おっ、言うじゃない。私もそう簡単には負けないわよ。じゃね~」


初めて出会った、私を普通だと言ってくれる人。

その時は名前すら知らなかった彼女。

来週、また卓で会ったら自己紹介しよう。

そして、彼女にも名乗ってもらおう。

そう思いながら、私は自分の胸がずっと高揚していることに気付かなかった。


今度の対局ではどう対応しよう。どう彼女を押さえ込もう。

自然と、ただ鬱憤を晴らすための機会になりつつあった麻雀が

彼女に褒められた瞳の力をどう活かして麻雀するか、といった

私自身気付かない変化を与えていた。




だが、その翌週。

彼女は、私の目の前には現れなかった。


そして、高校三年生の夏…。

彼女は、突如として私の目の前に現れた。

竹井久。私の知っている彼女の名前は、上埜だった。

両親の離婚?それとも、片親への引き取られ?あるいは…。

三年振りに現れた彼女は、あの時と同じで。

自信満々で。その真っ直ぐな瞳で。

私の前に敵として立ち塞がった。

結果、上埜さんは私に次ぐ長野決勝区間得失点差を記録。

私たち風越団体は、上埜さん率いる清澄団体に敗北を喫することとなる。

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