ちひろ「それが、一番の幸せなんですから」 (72)

・すこしだけ重い
・ほのかにエロい
・グロ表現が少々


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留美
「必死に仕事に打ち込んで、上司のポカの責任取らされてクビになって……
 私のデスクはもうないのに、次の日も化粧してスーツを着て、満員電車ですし詰めになって会社の最寄り駅で降りた。
 それから手帳に書いてるスケジュールを眺めながらフラフラ歩いてたわ。
 君がスカウトしてきたのはそんな時だったの。はじめはナンパか勧誘かと思ったわ。
 だっていきなりアイドルにならないか、なんて言ってくるんだもの。この人、頭おかしいのかなって。
 でも、ちょっと興味が湧いたのよ。アイドルになりませんか、からどんな切り口で私を喫茶店に誘導して口説き落とすのか、あるいは高い壺や絵画を売りつけるんだろうって」

留美
「そう思ってたのに、なんでかしらね。喫茶店で夢中になって喋っていたのは、私だったわね。
 ……思い返してみれば、初めて会った時から凄く聞き上手なのよね、君って。
 色んな愚痴をぶち撒ける私をずっと優しい目で見てた。落ち着いた声で相槌を打ってくれた。
 ねえ、覚えてる? あの時の言葉。私は忘れないわ。君はね、初対面の私の手を握りながらこう言ったのよ」
『トップアイドルになって、上司から社長まで全員見返してやるんです』

『有名になってプレミアがつくくらいの人気のライブチケットを会社に送りつけて、本当の貴女を見せつけてやりましょう』

『お前らがクビにした和久井留美は、凄い女なんだぞって。絶対にできます。貴女なら出来ます!』

留美
「嬉しかったわ。社会に出ても大したことなんか出来なかった私に、君は自信をくれたの。あの時にね、私は理解した。
 私のこれまでの人生にあった全ての出来事は、いいことも悪いことも全部、君と出会うために必要なことだったんだって。
 そして、これからの人生は君と過ごすためにあるんだって……私、本気でそう思ってたのよ……P君」

美優
「日に日にあなたの存在が大きくなっていきました。自分でもわかる位に心の中があなたで満ちていきました。
 心地よかったんです。空っぽだった私が満たされて行くのが。あなたという温もりがこの胸にあるのが。
 一日ごとに、世界は色彩を輝かせていったんです。
 あなたが褒めてくれると嬉しかった。あなたが叱ってくれると頑張ろうって思えた。
 あなたのために生きているという実感だけが、私の生きる理由なんです。

 ……触って、ください。感じますか? 私の胸の高鳴り。
 あなたに触れているだけで、触れられているだけで、こんなにもドキドキしてしまうんです。
 どうしたらいいんでしょうか? もうこんなになっているのに、これ以上なんて……
 たとえばキスなんてしたら、心臓が破裂してしまうかもしれませんね。
 でも、あなたにキスしてもらって、あなたの腕の中で死ねるなら。
 ……それはとても、幸福なことなんじゃないかって思います」

美優
「……ねえ、プロデューサーさん。どうしてなんですか?
 あなたがいなくなってしまったら、私はまたからっぽになるんですよ?
 心臓がなくなってしまったら生きていけなくなってしまうじゃないですか。
 なのに、どうしてなんですか? どうして辞めるなんて言うんですか?

 言ってください、直しますから。あなたが望む女になりますから。
 あなたが命令してくれるならなんでもします。あなたのためならどんなことでも出来ます。
 枕営業だって構いません。他のアイドルのために使い潰してくれてもいい。どれだけ汚れてもいいんです。
 だから、だから私を見て下さい。捨てないで下さい。お願いします。
 なんでもしますから……私を、必要としてください……」


「……アタシは、Pが好きだった。だってPだけだったんだ、アタシのことを変じゃないって言ってくれたのは。
 中学生にもなってニチアサにかぶりついてグッズを買いまくるアタシのことを、お母さんは諦めてる。お父さんは苦笑いしかしない。
 生まれた時はどうだかしらないけど、もう二人にとってアタシは重荷だった。
 あっさりアイドルになれたのもそういう理由なんだ。家を出るって言ったら、二人ともホッとした顔してたよ」


「そうさ、自分でも自分のことを変だって思ってる。学校でも浮いてた。
 小学校で変身ごっこして遊んでた男子たちは、みんな中学に上がる前から急によそよそしくなった。
 女子の話にはずっと前から全然ついていけない。友達なんかいなかった。
 アタシは好きなものが好きなだけで、どこもおかしくなんてない。
 ……自分にそう言い聞かせながら、毎日DVDとVHSを見てた」



「だってテレビの中にしかいなかったんだ。正義の味方も、悪の怪人も。
 変身ベルトをつけてポーズを決めて叫んでも何も変わらなかった。
 怪獣が太平洋からやってくるわけでもなく、宇宙から謎の異星人が侵略してくるわけでもなく、夜中に一人で出歩いても物陰から戦闘員が飛び出てくるわけでもない。
 このまま高校生になって大学行って就職して誰かと結婚するのかな。けどこんなアタシを受け入れてくれる人がいるのかなって……そんなどうしようもない気分でいた時、Pと会ったんだ」


「あの時のPって完全に不審者だったよな。アタシのつけてたベルト、チラチラ見てすっごい悩んだ顔してたもんな。
 それでアタシから話しかけたら、驚いてしどろもどろになりながら、ベルトを買い逃したんだって説明してくれたっけ。
 予備があるからあげるよって言ったときのPったらなかったなあ。子供みたいにはしゃいでさ。
 それから公園で特撮の話で盛り上がってると、急にアイドルにならないかって」


「思い出してみると本当にどうかしてるよな。ベルトくれた女子と特撮ネタでしゃべり倒してスカウトってさ、大人としてどうなんだろうって。
 でもアタシは楽しかった。特撮を好きになってから、初めて心から笑えたんだ。
 この人はアタシを否定しないって。あるがままのアタシを受け入れてくれるんだって。
 あの後、Pは名刺を渡して帰っただろ。そのあとさ、アタシも家に帰って学校のプリントを出したんだ。進路調査票だよ。
 そこにさ、アタシは第一志望に『ヒーロー』って書いたんだ。
 んでこれじゃ先生がわかりづらいから、『ヒーロー(アイドル)』って書き足した」


「それを見て、アタシは泣いちゃったんだ。涙が止まらなかったんだよ。
 あの日、ただの子供のおもちゃを渡したアタシに、Pは本物の変身ベルトをくれたんだ。
 好きにならないわけがないだろ? もちろん、アイドルは恋をしちゃいけないって知ってる。
 アタシだって我慢しようとしたさ。けど好きなものは好きなんだからどうしようもないじゃん。
 Pは気付いてないだろうけどさ、Pってさ、ヒーローのことを見ると目が輝いてるんだよ。
 子供みたいにきらきらしてさ。それで、その目でライヴしてるアタシを見守ってくれてるんだ。
 どんどんどんどん好きになってった。壊れそうなくらい、Pのことが好きになったんだ。
 でもさ、Pはそんなアタシを見捨てるんだよね。アタシにはPしかいないのに、Pはアタシを捨てるんだよね。
 ……知ってるよ。事務所、辞めるんでしょ? みんな、Pのことを好きな人は、知ってるよ」


「……なあ、P。仮面ライダーファイズ、覚えてるか? それにさ、木場勇治ってヤツが出てくるじゃん。
 アタシにはわかんなかったんだ。アイツが恋人を殺した、その理由がわかんなかったんだよ。
 自分を裏切ったとはいえ、大好きだった人をどうして殺せるんだって。
 ……でもさ、いまならわかるんだ。大好きだったから殺すしかないんだって。
 これは理屈じゃない。そうしないといけないって心がそうなっちゃうんだ。
 あとさ、木場勇治はこうも言ってた。夢は呪いと同じだって。途中で挫折したら、ずっと呪われたままだって」


「アタシの夢はさ、みんなのヒーローになることだった。そう思ってた。
 でも違った。本当は、本当のアタシの夢はさ……Pが、相棒で居てくれることだった。
 Pがずっとアタシのヒーローで居てくれることだったんだ。
 でも、もう全部おしまいなんだよな。Pに捨てられて、アタシは呪われたんだ。
 もうヒーローには変身できない。アタシが変身できるのは……もう、人を殺す化け物しかないんだよ……P……」

未央
「なにがいけなかったのかな。どこがダメだったのかな。私、頑張ったんだよ? 誰より頑張ったんだよ?
 最初の総選挙で圏外でさ、ものすごく悔しかったけど、それをバネに成長しようって思ったんだ。
 しぶりんもしまむーも励ましてくれた。プロデューサーが肩を叩いてくれた。次があるって言ってくれた。だから頑張れたんだ。
 でも、第二回総選挙でも私は圏外だった。あの時ね、5位になったしぶりんが辛そうな顔してたの覚えてる。
 しまむーが唇を噛み締めて泣きそうだったのもよく覚えてるよ。
 二人とも、どんな風に声をかけたらいいかわからなかったんだよね」

未央
「私もわかんなかった。だからさ、ヘラヘラ笑ってさ、私はしぶりんにおめでとうって言った。すごいじゃんって。
 しまむーに抱きついて、連続29位とか美味しいじゃんって茶化したんだ。
 二人ともホッとした顔をしてた。死にたくなるくらい悔しかったけど私は笑ってた。
 未央ちゃんってば演技派だから、みんなそれで騙せたよ。みんな、うわべだけの私を励ましてくれた。
 ……でも、プロデューサーだけは、違ったんだ」

未央
「総選挙の打ち上げが終わった後に、プロデューサーは私を抱き締めてくれたよね。無理しなくてもいいって言ってくれたよね。
 子供をあやすみたいに背中を叩きながら、胸を貸してくれたよね。あの時、私がどれだけ救われたかわかる?
 どうにもならない数字で自分の立場ってやつを見せつけられて、結局『未央ちゃん』なんてこの程度のアイドルだったんだって自分を納得させて傷つかないようにしてた私に、プロデューサーは言ってくれたよね」

『お前は圏外だったけど、絶対にゼロじゃない。俺は信じてる。
 俺だけじゃない、順位は表示されなかったけど、お前を信じているファンもたくさんいる。
 悔しいのはお前だけじゃない。俺もすごく悔しい。ファンの人たちだってものすごく悔しい。
 だから笑ってくれ。悔しさを前に進む力にするために。お前を信じる人たちのために。
 だから……泣いていいのは、今日だけだぞ』

未央
「……私ね、頑張ったんだよ? プロデューサーのその言葉があったから、たくさんたっくさん勇気をもらったから、頑張ってこれたんだよ?
 それで第三回総選挙で5位になれた。しぶりんは1位で、しまむーは4位で、ようやく私たちは心から笑い合えた。
 しまむー泣いちゃって大変だったんだからね。しぶりんも涙ぐんでたし。
 私ね、アイドルになってよかったって心から思ったよ。仲間がいて、ファンの人たちがいて、プロデューサーがいてくれる。
 だから『未央ちゃん』は頑張れる。元気に笑えるんだよ」

未央
「……わかってるよね、プロデューサー。ずっと一緒だったもんね。そんなことわかってるはずだよね。
 なのにどうして辞めるなんていうの? 私の前からいなくなっちゃおうとするの?
 おかしいじゃん。私、頑張った。結果も出した。何も問題ないよね? どうして辞めるの?
 未央ちゃん、もう頑張れないよ? プロデューサーがいなかったら笑えないよ?
 私だけじゃないよ? しぶりんもしまむーもそう。ほかにもたくさんの人が、プロデューサーを必要としてるんだよ?
 みんなプロデューサーが大好きなんだよ? なのに辞めるの? 見捨てるの? 裏切るの? なんで? ……ねえ、なんで……?」

未央
「…………なんで、黙ってるの。言ってよ……理由……だからさァ……ねえっ、聞いてるの!?
 さっきから言えって言ってるよね! 私、ずっと言ってるよねえッ!! なんで黙ってンだよ!?
 ……あ。うそ……ぷ、プロデューサー!? ご、ごめん! ごめんなさいプロデューサー! ついかっとなって……きゅ、救急車呼ぶね!
 え、ダメだよ! だって頭から血が出て……プロデューサーの、血……血が……(ゴクリ)……な、なんでもない。救急箱取ってくるね!」

まゆ
「嘘ですよね。Pさんが辞めるなんて。まゆは全然信じてませんよ?
 だから教えてください。Pさんはずっとまゆのプロデューサーで居てくれるんですよね?
 ……あれ、おかしいですねぇ……Pさんがなにを言ってるのかまゆには全然わからりませんよぅ?
 ふふふ、事務所を辞めるなんて……うふふふふ……そんなことになったら、まゆ、おかしくなっちゃいます。
 Pさんがいなくなるくらいなら……ふふふ、殺しちゃいますよぅ?」

まゆ
「あれ、殺されるのは嫌なんですか? そうですよね、まゆもそんなの嫌ですよぉ。
 だからぁ、事務所を辞めないでください。でもどうしてもって言うなら……まゆのこと、殺してください。
 どうせPさんが辞めたらまゆは死んじゃいますから、それならまゆを殺してから辞めてください。
 まゆがやめて下さいって泣き叫ぶくらいに痛めつけてから、惨たらしく殺してください。
 Pさんが毎晩夢見るくらいに。一生消えない心の傷痕になるくらいに」

まゆ
「ふふふ……いいんですよ、Pさん。好きなことを好きなだけまゆにしてください。
 犯しながら首を絞めてもいいんですよ。まゆのおっぱいを針で刺して揉みしだいてもいいんですよ。
 ぐるぐるに縛って刃物で切り刻んでもいいんです。いっそのこと生きたまま食べてくださっても構いません。
 それがまゆの幸せですから……ふふ、おかしなことを言うんですねえ、Pさんは。
 別にまゆは、泣いてなんかいませんよ。ただ、こうするしかないというだけなんです。
 Pさんが辞めるって言うなら、まゆが……まゆがPさんのおそばにいるには……もう、死ぬ、しか……っ……」


「そっか。プロデューサー、辞めちゃうんだ。仕方ないよね。
 ……え、別に止めないよ? どうしたの、なんだかホッとしてるような顔してるけど。
 あ、そっか。みんなに引きとめられたんだね。まあ気持ちはわかるよ、私だってどちらかといえば辞めて欲しくないし。
 でもそれはそれ、これはこれでしょ。けど、なんだか可哀想な気分になってくるよね。
 みんなプロデューサーのこと結構本気で好きだっただろうし……でも、プロデューサーは一人しかいないもんね。
 プロデューサーと幸せになれるのは最初から一人しかいない。
 シンデレラになれるのは、たった一人だけ。悲しい現実だよね……ふふっ」


「ところでプロデューサー……いや、これからはプロデューサーじゃないよね。
 P……さん。な、なんだか照れるね? そういえばPさんのこと名前で呼んだことってほとんどなかったし。
 でもこれからはずっと名前で呼び合うことになるんだから、恥ずかしがっていられないよね。えへへ……(///
 そ、それでPさん、もう転職先は決まってるの? あ、ごめんね、聞くまでもなかったね。
 大丈夫、Pさんならすぐに花屋の仕事も覚えられるよ。もし仕事が合わなくても私が養ってあげるから」


「………………は? 勘違い? なに言ってるの? 私、ちゃんとわかってるよ。
 Pさんは私と結婚するためにプロデューサーを辞めるんでしょ?
 それで婿養子になって実家を継いで、ゆくゆくは二人で切り盛りして行くんでしょ?
 えっ、違うの? じゃあどうしてプロデューサー辞めるの?
 教えてよ。私じゃないなら誰? 留美さん? 美優さん? 違う? じゃあ……未央だ。
 知ってるよ、私。第二回総選挙のあと、未央のこと抱き締めてたよね。慰めてたよね。
 あの時から未央と付き合ってるんでしょ。私に隠れて、卯月にも内緒で。
 二人でたくさん、いやらしいことしてたんでしょ」


「……え、違う? じゃあ誰なの? まゆ……は違うか。まゆだったら私に正面から自慢してくるし。
 ま、まさかとは思うけど光ちゃん? 二人でよく特撮のグッズ買いに行ったり映画見に行ったりしてるよね。
 まさかあんな小さな子に手を出したの? 犯罪だよ? あ、よかった。光ちゃんは違うんだね。
 あれ、じゃあ誰なの? いい加減教えてよ。やましいことがないんだったら言えるよね?
 ん? 別に何もしないよ。プロデューサーを盗んでいった泥棒猫だからって、別に私は何もしないよ。わ・た・し・は、ね」


「……ふーん、なんだ、そうだったんだ。別に女の人とかじゃなくて、田舎のご両親が病気で仕事を辞めるんだ。
 へぇー、そうだったんだー。ふーん。でもおかしいなー。プロデューサーのご両親、元気だよね?
 知ってるよ、私。この前、温泉旅行プレゼントしたら夫婦水入らずで楽しんできたって葉書を送ってくれたよ?
 ……あははっ、プロデューサーったら変な顔。あれ、知らなかったの? みんな結構プロデューサーのご両親にいろいろプレゼントしてるよ? ふふっ、本当におかしな顔だね。
 プロデューサーがどうしてもアイドルからのプレゼントを受け取ってくれないので、せめてご両親にお返ししたいって。
 最初はご両親も遠慮してたけど、みんなして同じ口実でプレゼント送ってるから、断り続けるのも悪い気がしてたんだろうね。
 最近では素直に喜んでくれるようになったよ。……え? なんでこんなことするんだって? そんなの決まってるでしょ?
 将を射んと欲すれば、先ず馬から射よって。外堀から埋めて行くのは常識だよ。
 ……それで、本当の理由はなに? 嘘ついてまで隠したい理由って、なに?」

ちひろ
「……はぁ? アイドルたちの愛が重い? 息苦しくて死にそうになるから辞める?
 大事な話があるっていうからこんな時間まで残ってたのに、そんな理由で辞めてもらっても困りますよ。
 というか自業自得じゃないですか。プロデューサーさんに振り向いてもらうにはどうしたらいいんですかって、私にまでメールが来るんですよ?
 アイドルのモチベーションを管理するのはプロデューサーの仕事ですけど、恋心を利用するのは最低です。
 ……は? そんなつもりはなかった? あー、わかりました。よくわかりました。プロデューサーさんは天然のジゴロだったんですね。
 まったくどんな恋愛遍歴してきたんですかねぇこの人……へ? 誰とも付き合ったことがない?
 いやいや嘘でしょう。え、マジで恋愛経験ゼロで留美さんをあんな風にスカウトしたり未央ちゃんを優しく慰めたんですか?
 ナチュラルボーンジゴロなんですか? うっわー、真摯な気持ちで向き合ってきただけとか、真面目な顔でよくそんなこと言えますね……
 ともかくプロデューサーさんがどんな気持ちだったにせよ、アイドルたちにちゃんと説明してください。
 あの様子じゃプロデューサーさん以外の人のプロデュースは受け付けないと思いますし。
 事務所としてもプロデューサーさんが辞めたせいで、アイドルに辞められたら大損害なんですから」

ちひろ
「そういうわけで今のままでは辞表は受け取れません。社長も受け取りませんよ?
 というかちょっと贅沢すぎる悩みじゃないんですか? アイドルに愛されて辛い?
 もしファンの方が聞いたら、プロデューサーさん100万回くらい殺されますよ?
 ……え? このままだとアイドルに殺される? はあ、ヤンデレですか。
 よくわかりませんが、アイドルにそこまで想われてるならプロデューサー冥利に尽きるんじゃないですか?
 とにかく誰か一人を選んでこっそりお付き合いしてください。それで皆さん諦めるでしょうし。
 ……はあ、ヤンデレがわかってない? そんなことしたら大変なことになる?
 そういわれても……え? 音無? 765プロの? 小鳥に聞けばよくわかる? 面識あったんですか?
 まあ、そこまで言うなら電話してみますが。
 ……あ、もしもし小鳥? ちょっと時間いい? ありがとう。聞きたいことがあるんだけど」

ちひろ
「……すみませんでした、プロデューサーさん。ヤンデレについて認識が甘かったようです。
 確かに……ええ、流石にCGプロでバトルロワイヤルをやらかした日には事務所が跡形もなく消し飛びますね。
 こちらでなんとかします。安心してください、ヤンデレ対策として小鳥がアドバイザーとして協力してくれることになりましたから。
 ええ、なんでも765プロでも少し前にヤンデレになったアイドルたちがプロデューサーを取り合ったそうですけど、小鳥の活躍で無事円満に解決したそうです。
 そうです、誰一人傷つくことなく、皆幸せになったそうですよ。
 では私はこれから小鳥と打ち合わせがありますので、失礼します。プロデューサーさんは、これまで通り仕事に打ち込んでください。
 ……いえ。いいんですよ、お礼なんて。私はプロデューサーさんのアシスタントなんですから。
 でもプロデューサーさんの気が済まないっていうなら……そうですね、どうしましょうか。
 とりあえず今回の件が終わったら、二人で美味しいディナーでも食べに行きましょう。もちろんプロデューサーさんの奢りで。
 あ、そのときはちゃんとエスコートしてくださいね? 私も目いっぱいおめかししますから!
 ふふ……いまから楽しみですねっ。それじゃあ、お疲れ様でした!」

数日後

美優
「おはようございます、プロデューサーさん」
留美
「信じられないくらいぐっすり寝てたわよ?」

「意外に可愛い寝顔、するんだね。まゆ、撮った?」
まゆ
「はい、もちろんですよ凛ちゃん。これでPさんアルバムがまた充実します」
未央
「どうしたの、プロデューサー。顔、真っ青だよ? 飲み過ぎた?」

「お腹空いてないか、P。今日の朝ご飯はまゆさんが作ったんだ。とっても美味しいぞ!」
まゆ
「あ、ごめんなさい、Pさん。おくすり……いえ、お酒がいつ抜けるかわからなかったので、朝食は先に皆で頂いてしまいました」
留美
「……どうして慌ててるの? ええ、そうよ。P君はちひろさんと飲んでて酔い潰れたの。
 大変だったんだからね、二人掛かりとはいえ女の腕でP君を運んで来るのは」
美優
「お酒くさいプロデューサーさんも新鮮でした。
 ふふ、スーツとプロデューサーさんの匂い……思い出すだけで酔ってしまいそうです」


「さっきから震えてるけど、プロデューサー、寒いの? みんなであたためてあげようか?」
未央
「えっ? ちひろさんはどうしたのかって?」
まゆ
「ふふふ……どうしてそんなことを聞くんですかぁ?」
美優
「ちひろさんが気になるんですか?」
留美
「起きたら知らない部屋にいて、なぜか私たちと一緒にいるのに、それよりもちひろさんのことが気になるの?」

「ちひろさんなら隣の部屋にいるけど、でも、いまのちひろさんを見たらPは驚くだろうなあ」
未央
「ホントだよ。まさかあのちひろさんがあんなことになるなんてね」
留美
「人生にはどうしようもないことがあるのよ。避けようのない運命というものが」

「最初はあんなに抵抗したのにね」
まゆ
「ふふ、凛ちゃんの見立てが正しかったってことですよ」
美優
「あら、プロデューサーさん。どうして泣いていらっしゃるんですか?」

「……おいおい、P。アタシたちは別にちひろさんをどうこうしたわけじゃないぞ?
 ああなったのはもともとちひろさんが悪いんだ。アタシたちはちょっと悪ふざけしただけで……ただの不幸な事故だったんだよ」


「どこに行くの? プロデューサー」
留美
「確かにちひろさんはそのドアの向こうだけど」
美優
「……あの、やめた方がいいと思いますよ?」
未央
「あーあ、開けちゃった」

「忠告はしたぞ?」
まゆ
「見ちゃったんですねぇ」
留美
「見てしまったのなら仕方ないわね。ほら、よく見てP君。ちひろさん、すごいでしょう? あんなにぐしゃぐしゃになって」

「うわ、こんなとこまでとんでる。臭いもひどいし、後で掃除しないとね」
未央
「結局一晩中やったんだねー。うひゃー、かぴかぴに乾いてるよ」
まゆ
「でも、なんだか綺麗ですねえ」
美優
「剥き出しの人間性というものが、心に訴えてくるような気がします」

「……うん、そうだよ。アタシたちはきっかけを作っただけだ。ああなったのはちひろさん自身の意思だよ」
留美
「確かにショックかもしれないけど……これが現実なの」


「ちひろさんがダメにしちゃったから、今度、プロデューサーのスーツ買いに行こうね」
まゆ
「はい、そうですよぉ。ちひろさんが羽織ってるのはPさんのジャケットです。
 そしてお股に挟み込まれて、愛液でぐしょぐしょなのがPさんのスラックスです」
未央
「うん、そうだよ? ちひろさんはプロデューサーさんのスーツを着せられて、我慢できなくなってオナニーを始めちゃったんだよ」
留美
「P君のスラックスの両裾を握り締めて、股間の生地でヴァギナをこすりあげるちひろさん、とても気持ち良さそうに震えてたわ」
美優
「気持ちはわかります。私もプロデューサーさんのスーツを着せられたらああなってしまうかもしれませんし」

「でも一晩中はやり過ぎだと思うな」
まゆ
「仕方ありませんよ。ちひろさんも、Pさんが大好きだったんですから」
美優
「……あ、ちひろさん。おはようございます」
未央
「昨日はお楽しみのようでしたねぇ、へっへっへ」
ちひろ
「………………ハッ!? ぷぷぷプロデューサーさん!? 違うんです! こ、これは違うんです!」

ちひろ
「二人で楽しくディナーして、ちょっと酔ってたところに凛ちゃんが無理やりプロデューサーさんのスーツを着せてきてですね!?
 抵抗したんですけど、プロデューサーさんの匂いを嗅いだら頭がぶわーってなって!
 そ、それでつい、ちょっと……大変にですね、ぇと……ぃ、いたしてしまっただけなんです……ぅ。
 ……へ? なんでこんなことしたのかって……あの、言わないとわかりませんか?
 わ、私も、プロデューサーさんのことが好きだったんですよ……(///
 けどほら、私ってただのアシスタントじゃないですか。だからどうせ選んでもらえないって思って、最初から諦めていたんです。
 だってそうでしょ? 相手はアイドルなんですよ? それも何人もいる。勝ち目なんてあるわけないじゃないですか。
 それでアシスタントはアシスタントらしく、影で事務やってればいいんだっていじけてました。
 プロデューサーさんの役に立てればそれでいいって思ってたんです。
 ……けど、小鳥が教えてくれました。アイドルに勝つことはできないけど、負けない方法もあるって。
 それで小鳥がくれた睡眠薬をお酒に混ぜて……やっぱり薬とアルコールって凄いですね。生中一杯でプロデューサーさんがばたんきゅぅでしたもんね。
 あ、大丈夫ですか? 頭とか痛くないですか? そうですか、気分はともかく体調はいいんですね。よかったぁ」

ちひろ
「……それで、プロデューサーさん。この状況がどういうことかわかりますよね?
 そうです。これこそが誰一人傷つかない、皆が幸せになる方法なんです。
 私たちでプロデューサーさんを共有する。そうすれば傷つけ合う必要はないんです。
 私たちの感情と思惑が、プロデューサーさんを中心にして均衡を保つ。これだけがたった一つの正解なんですよ。
 ……いいえ、違います。破綻なんてしていません。確かにプロデューサーさんがこの中で一人だけを愛したら、均衡は崩れてしまうでしょう。
 でも、あなたにそれが出来るんですか? 殺し合いが始まるとわかっていて、それでも誰かを愛せるんですか?
 そもそもプロデューサーさんが一人の女性を選べるような人なら、こんなことにはなっていないんです。
 ええ、そうですよ。初めからこうするしかなかったんです。安心してください。みんな、プロデューサーさんを愛してます。
 最初は戸惑うかもしれませんけど……いつか、愛してください。あ、私は別に一番じゃなくてもいいんですよ。
 便利な女で構いません。プロデューサーさんの好きに使ってください。そして時々でいいから……ぁ、愛してください……(///
 ちょっと思い出した時でいいんです。抱き締めて、キスして……気が向いたら、えっちしてください。
 私はプロデューサーさんの匂いだけでこうなる女ですから、たぶんキスだけで準備できちゃうと思うんです。
 ですから……こんな私なんかでも、プロデューサーさんのそばにいたって……いいですよね?」

未央
「ちょっとちょっと二人で盛り上がらないでよー。あとプロデューサー、さっきからどこ見てるの?
 んん? あ、今更隠しても遅いよー? さっきからずっとちひろさんのアソコ見てたよね? 違うの?」
美優
「嘘はダメですよ、プロデューサーさん。下着の中でこんなに張り詰めて……硬くなって……熱くなってるじゃないですか……ふふ」

「よかった。プロデューサーってどんなにアピールしてもさらっと流してたから、ちょっと不安だったんだよね」
まゆ
「でも、これなら大丈夫ですよね。ああ……すごい……逞しいです、Pさん」
留美
「腰が引けてるわよ、P君。パンツの上から撫でられてるだけで気持ちいいの? 随分と敏感なのね。
 ……ふふふ……ねえ、直接ここを触ったら、あなたはどうなってしまうのかしら?」

「なあ、P。み、見てもいいか? アタシも……その、見せるから、さ」
ちひろ
「いいんですよ、プロデューサーさん。我慢しなくて。
 全部脱いで下さい。脱がせて下さい。いいんです、ケダモノで。
 私たちは動物なんです。愛することを、愛されることを知っている動物なんです。
 気持ち良くなりたい。気持ち良くしてあげたい。それだけが真実なんです。
 さあ、みんなで気持ち良くなりましょう?」


ちひろ
「それが、一番の幸せなんですから」


      【HAPPY END】

あ、これで終わりです。お付き合いいただきありがとうございます。

2chは初めてなので文章のレイアウトとか、匙加減がよくわかりませんでした。

お楽しみいただければ幸いです。

やはり見づらいですか。

次からは改行させていただきます。

>>39
もし次の機会があるならぜひ他のアイドルも見たいです!

>>40
ありがとうございます。いいネタが浮かんだらまた書かせていただきます。

これの続編が一人分書けたんですが、レスが余ってるんでこのままここに投下したほうがいいんでしょうか?

それとも新しく立てるべきでしょうか? 助言をお願いします。

ここで書いてもいいでー
あと、ageて(もしくはsaga)もらわな気付けないですー

>>50ありがとうございます

いまから仕事なので日付変わる頃に書き出します

早苗「タイホよ、P君」

・少し重い
・やや短い

早苗
「あ、P君お疲れ様ー。え、また飲みに行かないかって? べつにいいけど。ほかに誰か誘う?

 えっと、二人っきりがいいんだ。……うん、そうだね。いいよ、行こっか。

 どこ行く? 特に決めてないならあたしの行きつけにするけど。安くて美味しいとこがあるんだよね」

早苗
「相変わらずイイ飲みっぷりだねえ。飲みねえ飲みねえ、じゃんじゃん飲みねえ。

 ……で、そろそろ酔いは回ったかな? 顔は平然としてるけど、ちょっと呂律が怪しくなってきたね。

 それでどうしたの? お姉さんに相談したいこと、あるんでしょ?

 ……あははっ、なに驚いた顔してるのよ。これでも警察やってたんだからわかるよそれくらい。

 それにP君のことだもん。君があたしのことを見てくれてるのと同じくらい、あたしも君のこと見てるんだから。

 ……最近、君ってちょっと変だよね。君だけじゃなくて、なんて言うか事務所の空気も……上手く言えないけど、いままでと違う。

 決して悪い雰囲気じゃないんだけどさ……P君が時々つらそうな顔してるから、気になってたんだ。

 この前飲んだときに聞こうかなって思ったけど、P君から言ってくれるまで待ってたの。でも、そんな顔見せられたらもうほっとけなくて。

 ねえ、あたしに話したいことあるんでしょ? 大丈夫、お姉さんが力になってあげるから。ほら、話して?」

早苗
「……えっと、なに? 要約すると、愛が重すぎて事務所を辞めようとしたら、ネジの飛んだ事務所のアイドルに拉致られて貞操を奪われたあげく、共同生活を強いられてる?

 あはは、きっついなー。なにそれ。つまらない冗談じゃなくて、どうしようもなくマジな話なんだよね?

 てかここにいて大丈夫なの? え、月に数度の自由行動が認められてる? それまたきっちり管理されてるね……

 でも……そっか、そっかぁー。うーん、なんかごめんね。力になってやるって言ったんだけどさ……P君が事務所を辞めようとしてるって話があったから、てっきりそっちだと思ってたんだよね。

 いやー、それにしてもアイドルと一線超えちゃうなんてね……あはは、ごめんね?

 お姉さん、ちょっと頭の中がぐちゃぐちゃでさ、どうアドバイスしたらいいかわかんないや。……ホント、どうしようね」

早苗
「……あ、すみませーん。瓶ビール2本に、たこわさとゲソ天お願いしまーす。

 P君もなんか頼む? いらない? あ、追加は以上でーす。

 ……じゃあ話の続きしよっか。今回の件ね、お姉さんとしては、ぶっちゃけ自業自得だと思うよ?

 いや、そんな顔されてもさあ。じゃあまず、ハッキリさせておきたいんだけど、P君はどうしたいの?

 一線を超えている以上、もとには戻れないよ?

 どうあがいたって先に進むしかないじゃん。誰かを傷つけることになってもね。

 それを踏まえて教えてよ。君がどうしたいのか。これからどうなってほしいのかを」

早苗
「……そっか。みんなに幸せになってほしい、か。やっぱりね。予想してた通りの答えだ。

 うん、自業自得だわ。今回の件は君が半分以上悪い。だって君、なんにもわかってないじゃん。

 先に謝っとくけど、あたしいまから気を悪くすること言うから。けどちゃんと聞いて。いい?

 あのね、君は無責任すぎるよ。幸せになってほしいって言うけど、なんでそんなに他人事みたいに言えるの?

 幸せにできるのは君だけなんだよ? 君っていう人間だけが、彼女たちを幸せにできるんだよ? なんでそれがわからないのかな?」

早苗
「人間ってさ、みんなどこか足りないんだよ。自分でもどこかはわからないけど、何かが欠けてるってわかってるんだ。

 君はね、その隙間に入り込むのがすごく上手なの。いつの間にか心の中に居座って、勝手に支えになってるの。

 これってすごい迷惑なことなんだよ? どうしてかわかる? わからないよね?

 ……君はね、別にその人が好きだから、特別だからっていう理由でやってるんじゃないの。

 好意じゃないの。ただの善意なの。優しいからね、君は。そのうえ無神経だし。無遠慮だし。

 君からしたら、ちょっと手を貸しただけのつもりかもしれない。

 でもね、手を差し出されたほうは、その手がなくちゃ立ち上がることもできなかったのよ。

 君はアイドルの手を取って、立たせて、引っ張って、一緒に走って――

 そして、置き去りにしようとした。手を離して。あとは幸せになれって。

 ……ううん、違うな。背中を押すようにして、後ろから突き飛ばしたのよ」

早苗
「そんなつもりはなかった? そうだね、君の中ではそうかもしれないね。

 だからこそ君はなにもわかってない。なにもわかってないから、こんなことになってるんじゃないかな?

 好きなのに、どんなにアピールしても気付いてくれない。大好きなのに、答えを聞いてもズレた言葉しか返って来ない。

 そりゃそうだよね、君は骨の髄までプロデューサーだもん。

 アイドルをアイドルとしてしか見ることができないから、彼女たちが一人の女の子としてどんなに頑張っても、勇気を振り絞っても、君は一人の男としてではなく、あくまでもただのプロデューサーとして誠実に応じるだけ。

 彼女たちはそれに気づけなかった。だから頭のネジが腐って折れた。

 どうして自分を見てくれないんだろう、どうして自分の話を聞いてくれないんだろう、プロデューサーにとって自分はなんなんだろう。

 あの時の言葉は嘘だったのかな、あの時の優しさは夢だったのかな……ってね。不安でたまらなくて、おかしくもなるよ。

 それで、トドメに事務所を辞めるって言ったらさ、そりゃあ狂うよ。

 一寸先は闇を地で行くこの芸能界に引きずり混んで、もう抜け出せないところまで案内して、捨ててくんだからさ」

早苗
「……というか君さ、よく生きてたよね。修羅場になったでしょ?

 へえ、光ちゃんに思いっきり蹴られて、未央ちゃんにはケータイ投げつけられたんだ。んで頭を切ったと。

 あとは特に何もなかった? いやいや嘘でしょ? だってまゆちゃんが……え? 泣き崩れるだけだった?

 ……あー、そっかあ、自分の独占欲を満たすよりもプロデューサーの希望を優先したのね。

 誰よりまっすぐアピールしてたから、自分の愛が重くてプロデューサーを辞めるってわかっちゃったんでしょ。

 潔く身を引いて、死ぬつもりだったんだよ。本当に、君さえいなければふつうの可愛い子なのにね」

早苗
「あ、たこわさとゲソ天が来たよ。ほらほらグラス出して。まだ飲めるでしょ? っつーか飲めや。

 ……あー、たこわさ美味しぃ。P君もちょっとつまみなよ、ゲソ天も。……でしょ? 美味しいでしょ?

 他にも美味しいのいっぱいあるからさ、頼んじゃおうよ。いまのP君にあたしがしてあげられることって、それくらいだからさ。

 ……そういえばさ、P君はさ、まだ覚えてるかな? あたしと君が初めて会った時のこと。

 新潟の隅っこの汚い居酒屋でさ、上司にしつこくセクハラされて泣きそうだったあたしを助けてくれた時のこと。

 あのムッツリハゲのカツラに君がわざとお冷ぶっかけてさ、謝り倒しながらおしぼりで頭を拭くフリして、思いっきりズラを剥がしてさ……あははははっ、だめだね、いま思い出してもおかしいや。

 それでそのあと飲み直しませんかって誘ってきて……仕事の愚痴をダベってたら、いきなりスカウトしてくるんだもん。

 目が点になったよ。ここで仕事かよー、ってね。なんだコイツって思ったわ」

早苗
「でもさ、警察官にも嫌気さしてたし、あのクソハゲと仕事もしたくなかったし、あれで踏ん切り着いたんだよね。

 ほら、あたし若いころやんちゃだったからさ、たくさんの人に迷惑かけてさ……きっと今でもあたしのことを許してくれない人も少しはいると思うんだよね。

 だからあのころは、罪滅ぼしのつもりで警察官になって、今までひどいことをした数だけ誰かを助けようって思ってたんだ。

 けれど、警察官なんてどこまで行っても仕事でしかないんだよね。所詮はお役所仕事だもん。

 序列だの縄張りだの条例だの内規だの、あたしだけが突っ張ったってどうにもならないことだらけでさ。

 何のために警官やってるかわからないって、酒の席で愚痴ったあたしに、君は笑って言ったんだよ。

 ――それじゃあ、アイドルになってみんなを笑顔にしましょう、って。

 暗くてトゲトゲした世の中には、あなたの笑顔が必要なんです。あなたの笑顔は誰かを癒すことが出来る。

 明日も頑張ろうって気持ちにさせてくれる。誰にでもできることじゃない。あなたにしかできないことだ。

 俺に手伝わせてください。あなたの笑顔を日本中に届けたいんです。

 ……本当に、思い出すだけで顔が熱くなってきちゃうわ。でも、あたしはそれで仕事を辞める覚悟ができた」

早苗
「あのスダレハゲに辞表叩きつけて、両親にしこたま怒鳴られて、逃げるように上京して、また君と出会って……

 ……あー、だめだわ。思い返すとさ、君ってマジでタラシだよね。

 事務所の前で立ちすくんでたあたしと目が合ったらさ、駆け寄ってきてにっこーって笑いかけてくるんだもん。

 それで右手を差し出してさ、ずっと待ってましたよ、早苗さん。だもんなあ……

 やっぱりさあ、今回の件は君が悪いよ。うん、九割九分は君が悪い。だからさ、責任、取ってあげなよ。

 ごめんね、力になれなくて。でも彼女たちを幸せにしてあげられるのは君だけなの。それだけはわかって。

 あの子たちはね、もう心の真ん中に君がいるんだよ。君っていう土台の上に、好きってキモチが全部乗ってるの。

 土台がなくなったらさ、みんな潰れちゃうから。感情で心が押し潰されちゃうからさ。

 君だってそんなの嫌でしょ? だったら踏ん張るしかないよ。男の子なんだもん。ちょっとは気張ってみせてよ」

早苗
「えへへっ、じゃあ色々頼んじゃおっか! お姉さん奢っちゃうよー?

 財布を気にせずたくさん食べて、たらふく飲んで、パーっとやろうよ! とことん付き合っちゃうから。

 それでさ、ちょっとの間だけど忘れちゃおう。明日からまた、君が頑張れるようにね。

 お姉さんも飲んで食べて全部忘れて、明日から押し潰されないように……頑張るからさ」

早苗
「…………………………………………あ。

 ……えっと、待って。あはは、ちょっとね、待って。

 お願い、いまのナシ。忘れて。

 意味とかないから。ホラ、言葉の綾ってやつ?

 だから、やめて。そんな顔しないで。あたしそういうのじゃないから。

 別に君のことなんか、好きとかじゃ、ない……から……

 ……な、泣いてないよ? ……あたし、泣いてないよ……?

 P君を取られて悔しいとか、全然、そんなこと……ない……っ…………!

 手が届かなくなって……初めて、君のことが……こんなに好きだったとか……気付いて、ないから……っ!」

早苗
「やめて……離して。優しくしないで……お願い。

 ……こんなふうに抱き締められたら……いくら君にその気がないってわかってても……あたし、戻れなくなるよ……?

 いまなら……いまならまだ大丈夫なの。吐くほど飲んで、死ぬほど食べて……帰って、一晩くらい泣いたら……忘れられるから……P君のこと、たぶん諦められるから……ね?

 ねえ、なんで……離してくんないの……? あたし、重いよ? 嫌な女だよ?

 歳のくせに独占欲強いし、嫉妬するし、寂しがり屋だし、甘えたがりだし、わがまま言うし、だらしないし……

 それにね、本気になったら、自分でもなにするかわからないの。

 ……さっきだって、P君が凛ちゃんやまゆちゃんとセックスしたってわかった時、あたしね、本気であの子たち殺そうって思ったもん。

 ね、怖いでしょ? あたしも、怖いの。昨日まで一緒に頑張ってた子たちを、素手でも殺せるかなって冷静に考えてる自分がいるの。

 だから、これでわかったでしょ? 片桐早苗がどんな人間か。ね? わかったら、離して……お願い」

早苗
「……ぇ……待って、ちょっと待って……か、顔! 顔が……

 ね、ねえP君……顔、近くない? ……ダメだよそれだけは……本当に、戻れなくなるから……

 ぇ……? ……それでも……いい、の? こんな、あたしでも、いいの……っ……?

 嘘、じゃないよね? 夢でもない……よね? 信じて、いい……の?」

早苗
「ぁ……っ! ん……ぁ……、ちゅ……ぅ、ん……っ……」

早苗
「……き……キス、しちゃったね。あはは、どうしよう……お酒臭いし、唇も油でテカテカなのに、どうしようもなく幸せになっちゃった。

 やだなぁ、涙でメイクがぐちゃぐちゃだよ……えへへ……もうダメだからね? 信じたから。嘘だったら、シメちゃうからね」



早苗
「タイホよ、P君。……死が二人を別つまで、ね」

【HAPPY END】をつけ忘れましたが、以上でおしまいです。

お付き合い頂きありがとうございました。

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