晴「11年黒組です!」 (989)

このスレは「悪魔のリドル」アニメ最終回後を勝手に想像して展開していく二次創作スレです
初SSなので進行遅いですが、生暖かい目で見てくれたらと思います



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403958803

ー最終回後の桜並木

兎角「なあ、晴。ところでこれからどうするんだ?」

晴「?? どうするって何がですか?」

兎角「いや黒組も卒業したし、理事長からも解放されて自由じゃないか。何かやりたいこととかないのか?」

晴「実を言うとひとつだけ.......やりたいことがあるんです。」

兎角「そうか。言ってみろ。お前を縛るものは無いんだからな。」ニコッ

晴「兎角さん....。じゃあ言いますね。実は晴.....」

晴「もう一度黒組がやりたいんです!」

兎角「」

兎角「は?」

晴「聞こえなかったんですか。もう一度黒組を「いや違う違う!」

兎角「なんでだ!?私達は何度も死にそうになっただろ!死にたいのか!」

晴「あ、ごめんなさい。そういう黒組じゃなくて」

晴「黒組のみんなで今度は普通の学生生活がしたいんです。」

兎角「なんだ、そういうことか。」

晴「はい。それで......兎角さんにお願いがあるんです」

兎角「何だ?」

晴「その...また黒組をやるためには理事長に頼まないといけないですよね...」

兎角「まあ、そうなるな」

晴「だから...その...無茶なオネガイだって分かってるんですけど...」

晴「兎角さんの願いを叶える権利を、晴のために使ってくれませんか!?」

兎角「いいぞ」

晴「即答!?」

晴「いいんですか...?晴の勝手なワガママなのに...」

兎角「晴、私はそもそも願いを叶える権利なんて欲しいと思ってなかった」

兎角「ただお前のために行動してたら、手に入っただけだ」

兎角「晴の幸せのために使うんなら断る理由なんて無いさ」ニコッ

晴「.......!もうっ、兎角さんったら...///」テレテレ

兎角「しかし理事長が承諾してくれるかだがな...」

ー理事長室

百合「いいですよ」

兎晴「軽っ!」

百合「実際こちらとしても渡りに船と言ったところなんですよ」

兎角「どういうことだ」

百合「東兎角さん。あなたが一ノ瀬さんを刺したことで、一族の中で一ノ瀬さんがプライマーではないという声が大きくなりました」

鳰「まあそのおかげで晴が卒業出来たってのもあるんスけど~」

兎角「長い。簡潔に言え」

百合「つまり一族の中にはまだ一ノ瀬さんがプライマーである、と考えている人もいるということよ」

百合「そしてそうした人たちは一ノ瀬晴をもうしばらく監視下に置くべきだ、と考えているわ」

兎角「ふざけるな!」

百合「落ち着きなさい。だから今回の提案は渡りに船と言ったのよ」

百合「そして一ノ瀬さん、あなたもそれを分かっていたんではないかしら?」

晴「......」

兎角「晴...」

晴「晴は大丈夫。それに...兎角さんが守ってくれるでしょ?」ウワメヅカイ

兎角「あ、あぁ!もちろんだ!」ドキッ

晴「兎角さん...///」

兎角「晴...///」

鳰「イチャつくんならよそでやってくんないっスかね~?」

~適当な話し合い終了後~

晴「それじゃあ、理事長よろしくお願いします」

百合「ええ、準備は万全にしておくわ。任せておきなさい」

兎角「晴、行くぞ」

晴「あ、待って兎角さん。それでは、失礼します」ペコッ タッタッタ

百合「フフッ、微笑ましいですね」

百合「さて、それでは鳰さん」

鳰「はい、なんっスか?」

百合「始業式までに元黒組メンバー全員の召集、及び金星寮の準備等お願いしますね」ニコッ

鳰「」

鳰「マジっスか...」

鳰「始業式まであと一ヶ月.......」

鳰「寮の準備はともかくとして、住所不定者や受刑者を含めた10人を召集って...」

鳰「ムリじゃね?」

鳰「でもあの人から頼まれたことだしなぁ...」

鳰「よし!こうなったら鳰ちゃんの本気をみせてやるっスよ!」

鳰「まずは住所のわかる人から行くっスかね~」テクテク

鳰「というわけでまず一人目っス!こんばんは~」ピンポーン

ー寒河江家

春紀「冬香~。そろそろ風呂入っちゃいな~」

冬香「は~い」

春紀「さてと、私は洗い物でもするかねっと」ピンポーン

冬香「お客さん~?」

春紀「ああ、いいよ。私が出るから。」

春紀「たくっ、誰だよこんな時間に」ガラッ

鳰「どうも、こんばんwwガララッ ピシャッ

冬香「誰だった~?」

春紀「たちの悪い新聞屋だったよ」

鳰「ちょっ、顔見るなり閉めないでくださいよ!春紀さ~ん?春紀さ~ん?」

春紀「もう一度黒組を結成する?」

鳰「はい。晴の望みで。とはいっても暗殺とかはナシの普通の学生としてですけど」

春紀「とはいっても家族のこともあるしね~」

鳰「そう言うと思って理事長から伝言を預かってるっスよ」

春紀「ふ~ん、なんだって?」

鳰「簡単に言っちゃえば奨学金を設定するって話っスね。」

春紀「理由もなくお情けをかけてもらって喜ぶほど、落ちぶれちゃいないつもりなんだけど?」ギロッ

鳰「そう言われるだろうからって条件が提示されてるっス。これっスね」ピラッ

春紀「なになに教室の備品管理に...金星寮における毎日の浴場清掃、週一回の共用部分の清掃と備品管理...か」

鳰「言っちゃえば用務員と清掃員の仕事っスね」

春紀「まあ、ビルの清掃のバイトとかやってたこともあるから出来るとは思うぜ」

鳰「じゃあ黒組に戻って来てくれるっスか?」

春紀「う~ん、でもねぇ」

冬香「行ってきなよ、お姉ちゃん」

春紀「!! 冬香!?」

冬香「お姉ちゃんは私達のために高校にも行かず私達を守ってくれた」

冬香「何やってたかまでは知らないけど、多分あんまり良くないことをしてまでお金を稼いでくれた」

冬香「でも最近高卒認定試験とか調べてるの見てて、なにか本当にやりたいことが見つかったんだって分かった」

冬香「もうお姉ちゃんに我慢して欲しくない!弟達も大きくなってきたし、家族のことは私が何とかするから...」

冬香「だから行ってきて!」

春紀「冬香...」

鳰「いやー、感動の家族愛っスね~」

春紀「お前に言われるとバカにされてるようにしか思えないんだけど」

鳰「いやいやホントに感動してるっすよ~。眩しすぎるくらいだったっスよ」

春紀「どうだか...」

鳰「それと春紀さん、黒組参加の報酬の話はまだ終わってないっスよ」

春紀「なんだい、ずいぶん気前の良い話だね」

鳰「ええ!黒組に参加していただければ、」チョイチョイ

春紀「なんだい、耳寄せろってか」ヒョイ

鳰「暗殺者としての過去を完全に抹消させてもらうっス」ヒソッ

春紀「!!」

鳰「黒組に入ってわかったはずっスよ。自分がいるべきは腐った海の中ではなく、日向の世界だってことが...」ヒソヒソ

春紀「なるほど、受ける受けないの選択の自由なんてハナから無かったってことかい...」

鳰「いえいえ、黒組に入るも入らないも究極的には春紀さんの自由っスよ」ニパッ

春紀「そうやってアタシに自ら選ばせるカタチにするって訳かい...」

春紀「いいさ、もともと最後の条件がなくても入る気ではいたしね」

鳰「ありがとうございますっス!」

春紀「冬香。アタシのいない間、家のことはお前に任せる」

冬香「うん!!」

春紀「とはいっても最低週一回は必ず電話する。あとそっちに何かあったら必ずすぐ電話しろ。いいな?」

冬香「うん!行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

春紀「ああ!お姉ちゃん行ってくるよ!」

鳰「春紀さんそれでですね」

春紀「ん?まだなんかあんのかい?」

鳰「始業式前に春紀さんに手伝ってほしいことがあるんスよ」

春紀「手伝ってほしいこと?」

鳰「実はっスね、伊介さんの説得を手伝って欲しくてですね...」

春紀「伊介様の?」

鳰「連絡先とか分かってる人には直接合う前に連絡したりとかしたんスよ。そしたら...」

伊介『めんどくさ~い。伊介パ~ス』

鳰「と即返信されちゃって途方に暮れてたっスすよ」

春紀「アハハ。伊介様らしいな」

鳰「笑いごとじゃないんすよ~」

冬香「ねえ、走りさん?一つ聞いていい?」

鳰「おっ、なんすか冬香さん?」



冬香「伊介様って人、お姉ちゃんの彼氏?」

春紀「冬香!?お前一体何言い出すんだ!?」

冬香「え、だってお姉ちゃん帰ってきてからよく一人の時『伊介様大丈夫かな...』とか呟いてるじゃん」

春紀「」

冬香「この前なんか窓から月見ながら『伊介様ちゃんとご飯食べてるかな...』って...」

鳰「アハハwwww、春紀さんって意外と尽くすオンナタイプだったんスねww。いやむしろ過保護な母親タイプかなwwww」

ヒュッ ガシッ

春紀「今度余計なこと言うと口を縫い合わすぞ」グリグリ

鳰「は、春紀さんコマンドー好きなんスか。意外なような、意外でないような...」

春紀「OK?」ギリギリ

鳰「お、OKっス...」

ーどこかのリゾート地

春紀「ここのどこかに伊介様がいるってわけかい」

鳰「情報によるとそうっスね~」

春紀「まあ、広いと言ってもたかが知れてるし、虱潰しで探すかね」

鳰「伊介さんは泳ぐタイプじゃないっスからビーチを歩いてれば見つかるでしょう」

???「ふむ、君たちが伊介の元クラスメイトか...」

春鳰「!?」バッ

春紀「何だこの人!?」

鳰「気配もなくウチらの後ろを取る...。そうっスか。あんたがあの...」

恵介「ご想像のとおり。俺の名は犬飼恵介。伊介のママさ」

春紀「伊介様の...ママ?」

鳰「あ~、それについてはウチからあとで説明するっスよ」

???「ママ~?どこ~?」

恵介「おっと、噂をすれば...」

伊介「あっ、ママいた~...って何で鳰が?それに春紀まで」

春紀「よっ、伊介様!」

~事情説明~

伊介「なるほど...。それで春紀まで連れてこんなところまで来たわけなのね」

鳰「伊介さん~、どうかよろしくお願いしますよ~」

伊介「イヤ。伊介パ~ス」

鳰「そこをなんとか!ほら、春紀さんもなんとか言ってくださいよ」

春紀「何とかって言われてもなぁ~。まあ、でも伊介様がいない学校生活ってのはちょっと寂しいな」

伊介「...!」ドキッ

伊介「いや、春紀が言ったってダメよ。私はママの後を継ぐ暗殺者になるんですもの」

伊介「それにママだって、2年間も暗殺から離れるなんて許せないわよね~♥」

恵介「いや、行って来るんだ伊介」

伊介「は?」

伊介「ちょっと、ママ、どういうこと!?」

恵介「伊介、ママは確かに伊介に立派な暗殺者になって欲しいと思っている」

恵介「だけど超一流の暗殺者になるには暗殺の技術を学ぶだけでは足りないんだ...」

恵介「ママにとってのパパや伊介のような存在が、暗殺を一流から超一流へと変えるんだ」

恵介「そして黒組ならそれが見つかるとママは思ってる」

恵介「いや、もう見つけているのかな」チラッ

春紀「?」

伊介「いや、ちょ、ママっ!?」

恵介「君が寒河江春紀さんか。伊介から話は聞いているよ」

春紀「あっ、はい、どうも...」

恵介「黒組から帰ってから伊介がよく君の話をしてくれてね。こうして実物に会えて嬉しいよ」

春紀「えっ、伊介様、よくアタシの話するんですか?」

伊介「いやっ、そんなの伊介がしてるわけない「いやほぼ毎日のように聞かされているよ」

伊介「」

恵介「このリゾートに来てからも『春紀も連れてきてあげたい』とか『これ春紀に似合いそう~♥』とか」

伊介「ちょっ、ママ、もうやめて...」カアア

鳰「じゃあ、伊介さんを連れてってもいいっスね?」

恵介「ああ、どうぞ」

春紀「よし、じゃあ行こうか!伊介様!」ニカッ

伊介「ちょっとまっ、イヤ、伊介行きたくない~~」ズルズル

恵介「頑張って来いよ、伊介~」

伊介「行きたくない~~~」ズルズル

鳰「とまあ、こんなカンジで10人全員なんとか始業式までに引っ張ってこれたっス」

鳰「えっ?他の人たちの描写?」

鳰「そんなの無駄に長くなるからカットっスよ」

鳰「いつか書かれるかもしれないっスけどね」

鳰「まあ、メタい話はこのへんにして...」

鳰「とうとう始業式の日を迎えたっス」

ーー始業式当日
ー黒組教室

溝呂木「みんな!再入学おめでとう!」

溝呂木「知ってると思うが、もう一度言わせてもらう!」

溝呂木「11年黒組の担任の溝呂木辺だ!」

溝呂木「去年は急な転校の多発で、一ノ瀬以外いなくなってしまった...」

溝呂木「そして一ノ瀬も一年で卒業してしまった...」

溝呂木「だが理事長の厚意によって、こうしてまたみんなのクラスを受け持つことが出来て、先生は...、先生はホントに幸せだ!」

伊介「先生、話なが~い」

鳰「溝呂木先生、相当熱くなってるすね~」

溝呂木「よし!それじゃあ、出席を取る!」

溝呂木「1番、東 兎角!」

兎角「ああ」

溝呂木「2番、犬飼 伊介!」

伊介「は~い」

溝呂木「3番、神長 香子!」

香子「はい!」

溝呂木「4番、桐ケ谷 棺!」

棺「はい」

溝呂木「5番、剣持 しえな!」

しえな「はい」

溝呂木「6番、寒河江 春紀!」

春紀「はいよっと」

溝呂木「7番、首藤 涼!」

涼「はいじゃ」

溝呂木「8番、武智 乙哉!」

乙哉「は~い!」

溝呂木「9番、生田目 千足!」

千足「はい」

溝呂木「10番、走り 鳰!」

鳰「はいっす」

溝呂木「11番、英 純恋子」

純恋子「ええ」

溝呂木「12番、番場 真昼!」

真昼「は、はい...」

溝呂木「そして13番」

溝呂木「一ノ瀬 晴!」


晴「はいっ!」


晴(これから始まるんだ...)

晴(兎角さんや黒組のみんなといっしょに...)

晴(晴の望んだ...普通の学園生活が!)

「しえなちゃんの出番がアニメでついになかったな~ちゃんとした活躍書きたいな~」という思いから、その土台となる導入編をつくろうと思ったら、妙に打ち切り漫画っぽい終わり方になった上にしえなちゃんが一回しか出てこなかった...(しかもセリフは「はい」のみ)


どうしてこうなった

書き溜めが尽きたので一旦ここまでです。
書くのが遅いので次の更新は未定ですが、できるだけ早くあげたいです。
一応現在考えているネタを挙げておきます。必ずしも書くとは限りません

①しえなちゃん奮闘記~乙哉もいるよ~
②金星祭再び~ヴェルサイユのバラの悲劇(笑)~
③発明家涼さん~出来たぞ香子ちゃん、○○が××する薬じゃ~
④理事長と鳰の黒組SM判定
⑤黒組対抗インディアンポーカー大会

以下こんなのが見たいなどのネタがあればお書きください。参考にさせていただきます。

棺じゃなくて柩な

授業参観とかも面白そうですよね

>>43
ご指摘ありがとうございます。以後注意します
それでは投下します
多少暗い描写、オリ設定などがありますのでご注意下さい



しえなちゃん奮闘記~乙哉もいるよ~


※アニメでのみ「悪魔のリドル」をご視聴の方へ

アニメ本編では一切素性について語られなかったしえなちゃんですが、漫画版では多少黒組に来るまでの背景が描かれています。
それらをまとめると以下のようになります。

・昔いじめられていた。(そのせいで引きこもりに)
・そのせいでいじめが嫌い。
・引きこもり時代、いじめられっ子の集団互助組織「集団下校」に出会い、組織の一員となる
・「集団下校」はいじめられっ子同士が、組織のメンバーのいじめっ子への復讐を代行するということを活動内容としている。(いわゆる交換殺人ならぬ交換復讐)
・黒組での報酬は「集団下校」のために用いられる(内容も「集団下校」のメンバーに一任している)
・「集団下校」を大切な居場所だと考えている

以上の要素を前提としながら話を進めていきます

ボクの名前は剣持しえな
生まれも育ちもごく一般的な一般人だ
普通の病院で普通に生まれ、普通に親から愛を受け育ち、普通に学校へ行き、

そして普通にいじめを受けて、

普通に引きこもり、普通に失望され、普通にそこから這い出した

普通の人間に過ぎないと自分では思っている

だけど今ボクは....

乙哉「おっはよ~う!し~え~なちゃ~ん!」

殺人鬼と一緒の部屋で暮らしている

ことの始まりは黒組から脱落した後半年以上過ぎた3月

あの胡散臭い奴との再会からだった

ーしえなちゃん回想


鳰「どうもおひさしぶりっス、しえなさ~ん」

しえな「げぇっ」

鳰「そんな孔明を見つけた司馬瑋仲達みたいな声あげないでくださいよ~。傷つくな~」

しえな「嘘つけ。ボクが何言ったってお前は傷つきもなんともしないだろ。」

鳰「アハハ、バレたっスか~」

その態度や口調も、そこで平然と認めることも、すべてにおいて気に入らないと思っている奴に会ってしまった

しえな「で?なんの用があってきたんだ?」

鳰「おっ、ウチが探してたってこともう見抜きましたか。さすがっスね~」

そんなのはちょっと考えればすぐわかるだろう

ここはボクが諜報活動に用いているネットカフェの内の1軒だ

当然こいつの所属しているミョウジョウ学園からはかなり遠い位置にある

しかも黒組退場からコンタクトなど一度も無かったのに、突然に、しかも予め知っていたかのような口ぶりで挨拶されたのだ

何か裏があるのは誰でもわかる

ボクを馬鹿にしているのか

~鳰ちゃん説明中っス~

しえな「なるほど、もう一度黒組を作って、今度は卒業まで普通の学生生活を送るってことか...」

鳰「どうっスか?参加してくれますか?」


しえな「断る」

鳰「え~、どうしてっスか~?」

しえな「黒組のあいつらに普通の学生生活なんてムリに決まってるだろう」

しえな「それにボクが黒組に戻ったところで利益がない」

しえな「しかも殺人鬼と同室なんてリスクしかないじゃないか」

しえな「むしろ逆にどうしてボクが参加するなんて言うと思えるんだ?」

コイツと話をしているだけで気分が不愉快になる

さっさと話を打ち切ろう

鳰「しえなさん、早とちりしないでほしいっスね~」

鳰「まだ黒組参加の際、あなただけに適応される条件について話してないっすよ」

...ふむ。話だけは聞いておこう

鳰「まず同室の武智乙哉についてですけど、それについては安全を保証するっス」

しえな「どうやって?」

鳰「簡単っス。武智さんは快楽殺人者っス。ですから今回武智さんの黒組参加にはある条件を付けさせてもらいました」

しえな「条件?」

鳰「ええ。この学生生活中に誰かを殺害または回復不可能な怪我を追わせた場合...」

鳰「彼女は我々の組織に殺される、という約束になってるっス」

しえな「...ふうん、で?」

鳰「ちょっ、反応薄いっスね~ww」

しえな「正直その程度は予想内、むしろ殺人鬼を限定的とはいえ社会に解き放つんだから、その程度の条件はなきゃいけないものだよね」

しえな「それで?武智がそうした制約があるにも関わらず、一時の感情に負けてボクに危害を加える可能性は?その対策は?」

これで答えが詰まるようでは話にならない。このあとでどんな良い条件を提示されたところで断る以外の選択肢は存在しない

自分の命は仲間のためにある

そう簡単に失うわけにはいかないのだから

鳰「もちろんしてるっスよ、対策」ニヤッ

...! なるほど。これがこいつの本性ってわけか

今までの不快感とは違う、危機感を感じる

だがどっちにしろ、結局は信用できない相手というだけだ

対応は変わらない

しえな「で?対策って?」

鳰「武智さんにはいわゆる催眠術って呼ばれてるものがかかってるっス」

鳰「その効果でしえなさんに危害を加えることは絶対に出来ないという暗示がかかってるっス」

鳰「具体的に言えばしえなさんに危害を加えようとした時点で体の自由が効かなくなる」

鳰「そしてそれでも危害を加えようとする場合、呼吸もできなくなって意識を失うという効果になってるっス」

正直想定してた以上の対策だ。だがここで焦って相手に主導権を渡してはいけない。冷静さを保たなければ

しえな「ふ~ん。それで、それは証明できるのかい?」

鳰「信用できないなら試してみるっスか?ご自分の身で」ニヤァ

しえな「...いや。そこまで対策が練られているなら充分だ」

鳰「フフッ、そうっスか」

不愉快だ。本当に不愉快な笑いだ

鳰「それじゃあ次は黒組に参加することへの報酬っスね」

そうだ。大事なのはそれだ。その報酬如何で今後の身の振り方が大きく変わる

鳰「しえなさんへの報酬は」

鳰「グループ『集団下校』の諜報活動の支援っス」

しえな「...!!」

鳰「知ってるっスよ~。しえなさんが放課後や時に学校休んでまで、ネットカフェ何軒も利用してなにやってるか」

鳰「ホントに仲間思いっスよね~、しえなさんは」

鳰「交換復讐の利点は動機という点で犯人候補に挙がらない点っス」

鳰「だからこそ相手が犯人を特定できない状況で復讐は行われなければならない」

鳰「そのため復讐の対象であるイジメっ子達の情報を収集する必要がどうしても出てくる」

鳰「そしてそれが「集団下校」におけるしえなさんの役割だったっスね」

鳰「しかし一時期から対策が取られ諜報活動が難しくなる」

鳰「そのため組織に対して貢献出来なくなった」

鳰「その状況の打破のためってのが、10年黒組への参加理由だったっスね」

鳰「そうして黒組へ一般枠として参加するも桐ケ谷さんによって退場」

鳰「結局何も出来ない状況のまま、現在「集団下校」での立場も危うくなっている」

鳰「これがしえなさんの現状で、合ってるっスよね?」ニヤニヤ

コイツはまったく...苛つくほどよく調べている

鳰「黒組へまた参加してくれたら、機器の提供やトップカーストへのコネクションなど諜報活動のための道具を提供させてもらうっス」

鳰「どうっスかね?黒組に参加してもらえないっスか?」

...本当ならかなりの好条件だ...。これなら参加を考えても...

鳰「参加しさえすれば、」


鳰「「集団下校」からは捨てられなくて済むっスよ」ニタアア

気がつくとボクは


走りの胸倉をつかみ、壁に叩きつけていた

しえな「それ以上...!!それ以上っ...!」

それ以上、言葉が出なかった

しえな「...分かったよ。参加すればいいんだろ!」

鳰「ホントっスか!いや~助かるっス~」

こんなことをしても意に介した様子もない。もう耐えられそうにない

しえな「参加する。参加するから...、とっととボクの前から姿を消せ!ボクに話しかけるな!」

鳰「御参加ありがとうございます。ではまた始業式にっス」ニヤニヤ



そうしてボクは半ば理性を失った状態で黒組に参加することを決めてしまった


始業式から走りはまたいつもの小物キャラを演じている

だがアイツは関わらないようにしてれば害は無い

だから問題とすべき点はむしろ今...

乙哉「しえなちゃ~ん、朝だよ~!起きて~!」ユサユサ

布団に跨がりながら声をかけるという、漫画の中の幼なじみしかしないであろう起こし方をしているこの殺人鬼にある

武智とは前回の黒組の時も同室だった

しかし彼女が殺人鬼であると知ってからの共同生活は今回が初めてである

当然前回とは異なる生活にならざるを得ないと思っていた

だが現在、考えていた方向とは別の生活を、この殺人鬼と送っている

そう...例えば昨日のあいつの様子はこのようなものだった

~しえなちゃん回想~

朝6時
乙哉「しえなちゃんおはよー!朝だよ、起きて~!」ユサユサ

朝7時
乙哉「しえなちゃ~ん。いっしょに朝ごはん食べにいこ~♥」

朝8時
乙哉「しえなちゃんいっしょに学校行こー!」

1時間目休み時間
乙哉「さっきの授業退屈だったよね~。しえなちゃんも眠そうだったもん」

2時間目休み時間
乙哉「しえなちゃんトイレ?アタシもいっしょ行く~」

3時間目休み時間
乙哉「移動教室だね!いっしょ行こ、しえなちゃん」

昼休み
乙哉「お昼いっしょに食べよう、しえなちゃん」

5時間目休み時間
乙哉「体育だねしえなちゃん!着替えさせてあげる!」ハアハア

放課後
乙哉「いっしょに帰ろ~、しえなちゃ~ん」

夕ごはん調理時
乙哉「いっしょに作ろ!私野菜とか切るの上手いんだよ~」

夕ごはん時
乙哉「いただきます!しえなちゃん、あ~んしてあげる!」

入浴時
乙哉「しえなちゃ~ん、いっしょに大浴場行こ~」

就寝時
乙哉「し~え~なちゃん!いっしょに寝よ!」

なんというか...うん...


非 常 に ウ ザ い


どうしたんだお前!

前回の時はこんなコミュニケーション過剰じゃなかったろうが!

だいたい毎朝6時に起床ってなんだよ!殺人鬼のくせに健康志向か!

あと体育の着替えくらい自分で出来るわ!

しかも引き剥がすのにげんこつしたら不二家のペコちゃんみたいな顔しやがって!ウゼェ!

ハア...ハア...興奮しすぎて思考が乱れているな。ちょっと落ち着こう

だが武智が何故豹変したかなんてことは考えてもしょうがない

人は人の気持ちを理解することなんて出来ない

ましてやあいつは人でなく、鬼なのだから...

問題は始業式からこの1週間、諜報活動の時間が取れていないという点だ

この問題はどう解決すれば「...ちゃん!しえなちゃん!」

乙哉「しえなちゃん!」

しえな「...!!何だ武智!?」

乙哉「も~!やっぱり聞いてなかった!今日の放課後からアタシ1ヶ月間講習があるからって言ってるのに~」プンスカ

しえな「講習?なんの?」

乙哉「メンドイんだけどさー、再犯防止のためカウンセリングも兼ねた講習だって。」

しえな「そんなのがあったのか」

乙哉「黒組に入るための条件だよ~。わざわざ他所から心理学の先生まで招いてイヤになるよ~...」

しえな「そうか、頑張ってこいよ」

乙哉「しえなちゃん大丈夫?一人で帰れる?変な人についてかない?」

しえな「子供か!!いいからさっさと講習受けて更正してろ!」スタスタ

乙哉「しえなちゃん冷た~い」ヨヨヨ

...問題は解決した。うん...いいんだ...

今まで悩んでいた時間は何だったんだとか思う必要は無いんだ...うん

そんなわけでついに念願の諜報活動の時間が手に入った

さすが言うだけあってミョウジョウ学園の設備は段違いだ

今まで手こずっていたのはなんなのかというほど容易に情報は手に入った

明日「集団下校」のターゲットである女子生徒がある男子生徒に告白を行うらしい

そのため旧校舎の使われていない教室へ1人で移動するという

この価値ある情報をボクは早速「集団下校」へと伝えることにした...

ー翌日放課後

今ボクは「集団下校」のターゲットが来るという旧校舎の教室にいる

あのあと「集団下校」に連絡を取ると、ちょうど戦闘要員が対応出来ない日であるということが分かった

そのため方針を転換し、今回直接的な復讐を行うのではなく、相手の弱みを握り、後に呼び出すための交渉材料の収集が今回の目的となった

幸いターゲットの学校はミョウジョウ学園からそこまで遠くなく、ボクも現場に赴くことが出来た

あとは他の集団下校のメンバーの到着を待つだけだ


そう考えていたボクの思考は


背後からの殴打によって切断された

目を覚まして...最初に気づいたのは自分を縛る縄の感覚

次に頭の痛み、そして三番目に知覚したのが

自分の前にいる7人の集団だった

???「お、やっと目覚ましたようだぜ」

その7人の女生徒集団のリーダー格と思わしき人物が発言した

???「どうもこんにちは。剣持しえな」ニヤリ

そんなどこかで見たような笑みを浮かべているあいつがボクを殴ったのだろう

しかし何故ボクを殴った?何故あいつはボクの名前を知っている?

???「なにがなんだか分かんねぇって顔してんな。これだからアチュートはイヤんなるぜ」

しえな「アチュート?」

???「面倒臭いから簡潔に自己紹介させてもらおうか」

???「私達は『スクールカースト』」

スクールカーストA「「集団下校」とかいうアチュートの作った組織を潰すための自警団だよ」

しえな「スクール...カースト...?」

スクールカーストA「そうだ。お前らは「集団下校」なんて傷を舐め合う組織を作ってたけどな」

スクールカーストA「お前らに思いつくことが私達に思いつかないわけがない」

スクールカーストA「そのことに気づかないからお前らはアチュートなんだよ」

しえな「っ...!さっきから...アチュートってなんのことだ!」

スクールカーストA「だからテメーはアチュートなんだよ」

スクールカーストA「インドのカースト制度ぐらいは知ってるか?」

スクールカーストA「その中では人間を4つのヴァルナ(枠組み)で分けられる」

スクールカーストA「神職のバラモン、王族・武士のクシャトリヤ、商人のヴァイシャ、奴隷のシュードラ」

スクールカーストA「そしてその下にいる人権すら与えられない存在、それがアチュートだ」

スクールカーストA「つまりオメーらみたいな自称イジメられっ子のことだよ」

しえな「自称!?ふざけるな!」

スクールカーストA「あーあーヤメろヤメろ。そんなことについて議論する気は無いんだよ」

スクールカーストA「それに他に気にするべき事があるだろ。例えば...」

スクールカーストA「何故私達がお前の名前を知っていたのか」

スクールカーストA「何故私達がお前らの組織の名称を把握しているのか」

スクールカーストA「何故告白の現場にこんなに「スクールカースト」が居るのか」

スクールカーストA「何故お前以外に来るはずだった「集団下校」のメンバーが誰もいないのか」

しえな「...!!」

たった1つですべての疑問を解消するシンプルな答えが頭に浮かぶ

だが口に出せない...出してはいけないと心が騒ぐ

だが...

スクールカーストA「言えねぇのか。なら言ってやる」

スクールカーストA「「集団下校」がお前を切り捨てたんだよ」

この無慈悲な一言がボクの心を蹂躙した

スクールカーストA「「集団下校」ってのは存在からして不毛な組織だ」

スクールカーストA「なにせ活動内容は復讐のみ。生産性など一切ない」

スクールカーストA「そして最初は復讐に囚われてたヤツらも時間と共に気づいたのさ」

スクールカーストA「この組織にいたところで、自分達は結局何も変われてないと」

スクールカーストA「だから「集団下校」は密かに分裂した」

スクールカーストA「1つは復讐を止め、やり直しを望む集団」

スクールカーストA「そしてもう1つがお前のような復讐のことしか頭にない終わってる集団ってわけさ」

スクールカーストA「言っとくけどやり直しを望む集団の方が主流になってんだぜ」

スクールカーストA「やり直しを望む集団にとって、この組織に在籍したという事実はそれだけで致命傷に近い」

スクールカーストA「だから主要メンバーを私達に差し出すことで、その事実をもみ消してもらおう、そう連中は思っているらしいぜ」

スクールカーストA「情報収集能力に長けたお前は、その中でも特に危険な人物として挙げられていたぜ」

スクールカーストA「評価してもらえて良かったな~ww...ってオイ、聞いてんのかお前?」

スクールカーストB「リーダー、そいつもう壊れかけてますよ」

「集団下校」から...切り捨てられた...

スクールカーストA「ああ?早えよ。これだからアチュートは...よっ!」バキッ

腹を蹴られているというのに、体の痛みや苦しさに反応すら出来ない...

「大体さっ!」ゲシッ「お前にはよっ!」ボスッ「仲間が何人もやられてんだよっ!」バコッ

いっそここでコイツに殺されれば、楽になれるのかもしれない...

スクールカーストA「誰からも必要とされてないのに...、生きてんじゃねえよ!」ブンッ

ああ...そうだな...そうだよな...

自分の腹目掛けて、足が蹴りかかるのがスローで見える...

ああ...早く...終わらせてくれ...

サクッ

いつの間にか...迫り来る足から、ハサミが生えていた

スクールカーストA「っっ!?っあああああああ!?なんだよ!?なんだよこれ!?」

リーダーの女生徒が転がりまわっている

絶叫が響く中、明るい声でそいつは現れた

乙哉「こんにちはー!しえなちゃ~ん、遅れてごめんねー♥」

スクールカーストB「なっ、なんだよお前!」

乙哉「う~ん、しえなちゃんの保護者かな?」

オイコラ待て、こんな状態でも見逃せない発言をしたぞ今

スクールカーストB「っ...!!リーダーっ、どうします!?」

スクールカーストA「うっ、痛っ...!!殺せ!!剣持も[ピーーー]予定だったんだ。ソイツを、ソイツを殺せぇぇぇぇ!!」

「スクールカースト」の残りメンバー6人が一斉に武智に襲い掛かった

全員が鈍器や刃物などの凶器を持っている

なのに武智は飄々としながら、凶器を避け、ハサミを操っている

シャキン!シャキン!シャキシャキシャキン!

スクールカーストB「...っ!?どこも...切れてない!?」

乙哉「へ~、良い生地使ってるね~。どこかのお嬢様学校の生徒かな?」

そして交差した6人の制服が、切り刻まれ宙に舞った

スクールカースト「「「イ、イヤァァーッ!!」」」

乙哉「まずは制服、次は下着、それから皮膚、そして筋肉、内蔵」

乙哉「君たちは...どこまで切らせてくれるの?」ニタアア

それを聞いたスクールカーストのメンバーは一目散に逃げていった

スクールカーストA「待てっ!!お前ら!!逃げるな!!」

足にハサミが刺さって動けないこいつを除いて

スクールカーストA「なんなんだよお前!」

スクールカーストA「なんで...なんでコイツを助けるんだよっ!!」

乙哉「じゃあ聞くけど君はなんでしえなちゃんを殺そうとしたの?」

首筋にハサミの刃を当て武智が問う

スクールカーストA「そ、それはソイツがあたしの仲間を...」

乙哉「じゃあそれと同じ♥」ジョキン

武智は結局殺さなかった

ただ首に当てたハサミにちょっと力を入れると同時に、もう片方のハサミを鳴らしただけだった

だがそれで切られたと思ったヤツは、気絶していた

ハサミで人を切っている武智は

美しく、生き生きとして、まるで舞を踊っているかのようだった

そして...

乙哉「終わったよしえなちゃん!いっしょに帰ろう!」

そう太陽のように笑う彼女の背には

羽根のように、白い制服の切れ端が舞い落ちていて

まるで天使のようだった

「スクールカースト」のリーダーと呼ばれていた少女は、暗い部屋で目を覚ました

スクールカーストA「...!?何だ!ここどこだよ!」

薄暗い明かりを頼りに部屋を見回すと、他の「スクールカースト」のメンバーもその部屋に横たわっていた

声をかけようとする直前に、その部屋にはもう1人誰か居るのに気づいた

鳰「まったく乙哉さんにも困ったもんっスね~。いやどっちかっていうとしえなさんの方かな?」

スクールカーストA「だ、誰だアンタ!?」

鳰「アンタも馬鹿っスね~。井戸の中で満足してれば、鬼になんか会わずに済んだのに」

直感で充分理解出来るほど、その少女の発する空気は歪んでいた

鳰「殺しはしないっスよ。ただしえなさんや乙哉さんについて、記憶をちょっと書き換えさせてもらうだけっスから」ニヤリ

~少女達帰宅中(乙哉しえなをおんぶ中)~

乙哉「ハイ、これ飲みなよ」

しえな「なに、これ?」

乙哉「睡眠薬。痛みもあるしあんまり起きてたくないでしょ?」

しえな「...うん。ありがと」ガサガサ ゴクッ

乙哉「効果は10分くらいで出るから」

しえな「うん...」

しえな「なあ、武智」

乙哉「なあに?しえなちゃん」

しえな「何でお前はボクのところに来れたんだ?」

乙哉「う~ん、匂いをたどって、とか?」

しえな「真面目に答えろ」

乙哉「うん...。しえなちゃんにはGPSと盗聴器が仕掛けてあったからだよ」

しえな「誰が、何で仕掛けたんだ?」

乙哉「私が、しえなちゃんを守るために」

しえな「...なら次の質問だ」

しえな「何故、ボクを守ろうと思った」

乙哉「...、言わなきゃダメ?」

しえな「ああ...、検討はついてる。だから...ハッキリ言ってくれないか?」 

乙哉「......しえなちゃんが...どんな理由だろうと黒組を抜けた時、私は殺されるっていう約束になってるから」

しえな「うん...。そういう理由だと思ってた」

しえな「...なあ、武智」

しえな「ボク、またひとりぼっちになっちゃったよ...」

しえな「誰からも必要とされない...」

しえな「生きる価値のない人間に...」


乙哉「それは違うよ、しえなちゃん」


しえな「??」

乙哉「生きるのに価値なんて関係ないよ」

乙哉「誰かから必要とされなきゃ、生きてちゃいけないわけじゃない!」

乙哉「生きてるのが楽しいから、人は生きてるんだよ!」

しえな「...プフフッ、殺人鬼の言うセリフかよw...」プフッ

乙哉「あー、ひっど~い!」プンスカプンスカ

しえな「......」

乙哉「......」

乙哉「ねえ、しえなちゃん」

しえな「うん?なんだ武智?」

乙哉「怪我治ったらさ、いっしょに楽しいこと探さない?」

しえな「楽しいこと?」

乙哉「うん。実は講習受けてる心理学の先生にさ、殺人以外の楽しみを知れって言われてさ」

乙哉「だから私も知ろうとしなきゃいけないんだ...。人を[ピーーー]以外の楽しみを」

乙哉「だからさ、いっしょn「何でだ?」

しえな「ボクが黒組を止めないためにか?同情からか?」

しえな「そんなのだったら止めてくれよ。これ以上、惨めな思いはしたくないんだ...」



乙哉「...友達だから...じゃダメかな?」


乙哉「この1週間、しえなちゃんは付きまとわれて鬱陶しそうにしてたけど...」

乙哉「1回も止めろって言わなかった」

乙哉「イヤそうにしててもずっと付き合ってくれた」

乙哉「だから...正直、楽しかった」

乙哉「本当の友達ってこういうものなのかな...って思った」

乙哉「しえなちゃんは...嫌だった?」

しえな「......いや、楽し...かった///」

乙哉「...!!」パアア

しえな「........」

しえな「...なあ、武智」

乙哉「なあに?」

しえな「...ボ、ボクと...」

乙哉「うん」


しえな「友達に...なって...ください///」


乙哉「...!うん!うんっ!!」

乙哉「じゃあさ、これから二人でい~っぱい楽しいことやってみよう!」

乙哉「今までやって来なかったこと、全部、ぜ~んぶ!!」

しえな「...うん。そう...だ...な...」コクッ コクッ

乙哉「あ、眠くなってきた?じゃあ眠りなよ。寮まで運んどくからさ」

しえな「武...智...」

乙哉「な~に?」

しえな「ボクを...守ってくれた...時...」


しえな「すごい...綺麗だっ...た...」スヤ

乙哉「」

乙哉「」

乙哉「///!?」ズルッ ゴンッ

ー理事長室

鳰「ただ今戻りました~」

百合「あら、お疲れ様、鳰さん」

鳰「いや~。乙哉さんにも困ったもんっスよ~。いやしえなさんかな?」

百合「フフ、それで剣持さんは無事「卒業」出来たかしら?」

鳰「ええ、「集団下校」内では彼女は除籍扱いに、「スクールカースト」内では制裁済みってことになってるっス」

鳰「しえなさんもおそらくもう「集団下校」とはコンタクトは取らないでしょうしね」

百合「それは良かった」

百合「集団下校は子供の頃しかやらないもの」

百合「早いうちに卒業しとかなきゃいけませんでしたからね」

百合「今日はお疲れ様でした。帰って休んでもらっていいですよ」

鳰「いや~、このあとしえなさんのお見舞いがあるんすよ~」

百合「あら、素敵。色々話してきてらっしゃいな」

鳰「いや~、まぁ、とりあえず行ってくるっス」

鳰「それじゃ、おやすみなさい」

百合「ええ、おやすみなさい」

ー5号室

しえな「う...うん...」

晴「あっ...!!剣持さん起きたよ」

ガタガタッ シュバッ ウワッ チョッ ドウシタッ バタンッ

しえな「...うん?一ノ瀬...か?」

晴「そうだよ。あと晴以外のみんなもいるよ」

伊介「鳰はいないけどね~」

涼「何やら大変だったようじゃのう」

千足「怪我は幸いそんなにひどくないらしい」

真昼「に、2,3日安静にしてれば、問題...なひらしい...です」

しえな「そうか...、って痛っ」

春紀「その頭の怪我もすぐ治るってさ」

しえな「頭に...怪我?」

しえな「ってあれ?武智は?」

柩「それが...」

兎角「武智ならあそこだ。クローゼットの中」

乙哉「...しえなちゃん///」ギィィ

しえな「どうしたんだ、そんなところで?こっち来ればいいじゃないか」

乙哉「う、うん///」シズシズ

しえな「...今日は色々とありがとうな、武智」

しえな「おかげで...なんか色々楽になったよ」ニコッ

乙哉「あ、あのね...しえなちゃん...」

しえな「?なんだ、武智?」



乙哉「あ、あのさ...お、乙哉って...呼んでくれない?///」


晴伊柩純涼「!!」

兎春千真香「??」

しえな「いいけど...急になんだ、一体」

乙哉「あ、あれだよ。友達になった記念?っていうか、なんていうか///」

晴「兎角さん!剣持さんも目を覚ましたようですし、今日はそろそろお暇しましょう!」

兎角「ん?ああ、そうだな」

晴「おやすみなさい、しえなさん、武智さん」


伊介「春紀~、伊介喉乾いちゃった~♥何か買いに行こ♥」

春紀「ああ、そうしようか伊介様」

伊介「それじゃあね~」フリフリ

柩「千足さん、ぼく眠くなってきちゃいました。お部屋に戻りません?」

千足「ああ、桐ケ谷。そうしようか」

千足「じゃ、二人共、おやすみ」


純恋子「真昼さん、私達も部屋に戻ってお茶にしませんか?」

真昼「あ...は、はい」

純恋子「それでは、失礼いたしますわ」

涼「のう、香子ちゃん。そろそろ風呂にでも入りにいかんかのぉ?」

香子「急にどうした首藤?まあ、剣持も大丈夫そうだからいいか」

涼「それじゃあ、ごゆっくりの、おふたりさん」ニヤニヤ


乙哉「///」

しえな「??」

乙哉「あ、あのさ...」

しえな「うん?」

乙哉「眠る直前に言ったこと、覚えてる?」

しえな「眠る直前?」

乙哉「その...綺麗とか...なんとか...///」

しえな「ああ、あのことか」

乙哉「私さ...、あの状態の時っていっつも怖がられててさ...」

乙哉「刑事のジジイとかは化け物とか呼んでたしさ...」

乙哉「でもね...あの状態も私の一部なんだよ」

乙哉「だから...綺麗だって言われた時...すっごい嬉しかった///」

しえな「...そうか」

しえな「でも本当に綺麗だったぞ」

しえな「まるで天使みたいだった」

乙哉「.......///」

乙哉「......」

しえな「......」

乙哉「あ、あn「ど~もっス~!しえなさん、怪我の具合どうっスか~!」バァンッ

鳰「いや~、来るのが遅れてすいませ...って、あれ?」

鳰「ど、どうしたんスか、乙哉さん?そんな怖い顔でハサミ持って」

乙哉「アンタのかけた催眠、今なら破れそうな気がするよ...」

鳰「ちょ、そ、それはマジヤバイ!シャレになんないっス!」

鳰「た、助けて下さいよ、しえなさん!」

しえな「乙哉~、うるさくなるから部屋の外でやるんだぞ~」

鳰「ちょ、ひどっ!ていうか、あっ、そ、それはマズイっス!止めて、止めて下さいっス~!」

その夜、鳥を絞めたような声が金星寮に響いたそうな...



しえなちゃん奮闘記~乙哉もいるよ~ 完

想像以上に書くのに手こずり、遅くなりました
なんか書いてるとどんどん鳰ちゃんが不憫な目に合うストーリーを思いつくのはなんでなんですかね

やはり乙しえは最高だった

あ、あとメール欄に saga って入れるとピーにならないよ
上げたくないならsage sagaで多分大丈夫

>>54
ネタバレ有りとか前置きしてから書くべきだと思うんだが
少なくとも単行本待ちの自分からしたら気分悪い以外の何者でもない。常識ないな

>>127
すいません。わざわざありがとうございます。今回からそうさせていただきます


>>132
配慮が足らず申し訳ありませんでした。
今後も未単行本化の内容を使うおそれがあるため、このスレは未単行本化部分ネタバレ注意ということでお願いいたします

現在>>48さんが挙げられた授業参観系の話を制作中です
完成までもう少々かかると思います

鳰ちゃんはぼっちではないのです...ただ同年代に深く仲のいい娘がいないだけなのです...

鳰ちゃんの理事長への感情は親に対するような愛情半分、純粋な愛情半分というカンジで捉えてます

「うさぎドロップ」で描かれたものに近いものだと個人的に思ってます

仕事が今週急に忙しくなって書く時間がとれず書けてません...申し訳ない

土日には出来れば投下したいです

あと漫画版の最新話が色んな意味で衝撃的であばばばしています

すいませんここ最近忙しくて全く書けていませんでした。
生存報告を兼ねて短編を投下します



無表情な誤解


ー黒組教室

春紀「やっばいなぁ、思ったより備品の補充に時間かかっちまった。伊介様怒ってるだろうなぁ...」
 
私、寒河江春紀は放課後の廊下を急いで走っている

なぜなら今教室に伊介様を待たせているからだ

伊介様は新しい黒組になってからアタシと毎日一緒に下校するようになった

アタシは奨学金を受け取る条件として教室の備品管理などを任されているため、帰りが遅くなるのだが、その間伊助様はアタシを教室で待っていてくれている

理由は伊助様曰く、『からかったり小間使いをする相手がいないとつまらないから』だそうだ

正直どうかと思う理由だが、一緒に下校できるというのは...まあ、悪くないと想思う

だが今日はいつもよりも作業に手間取ってしまい、遅くなってしまった

だからアタシは超特急で廊下を移動している

これ以上伊介様を待たせるわけにはいかない

ここに神長がいたら激しく注意されるだろうが、そんなことはお構いなしだ

そうしてアタシは黒組教室にたどり着いた

春紀「ふうっ、おまt」


伊介「ところで東さんってさ、まだ処女なの?」


そしてアタシは扉に手を掛けた状態で停止した

春紀(え、えっと、これっていわゆるガールズトーク!?あの伊介様と東で!?)

黒組の面々は正直普通の生活とは無縁の人間が多いので、このような会話が教室で繰り広げられるということはなかった

しかし今伊介様とあの東という予想外の面子でまさかのガールズトークが繰り広げられている...

高校に行かずに働き詰めだったので今までこんな会話とは無縁の日々だった

春紀(どうしよう...なんか入りづらい)



兎角「ハァ...どうだっていいだろそんなこと」


...!東はどうやら乗り気ではないようだ

春紀(これなら普通に入っていって大丈夫かも...)

そして扉に手をかけようとした時...


兎角「そういうお前はこれまで一体何人やってきたんだ」


瞬間扉を開けようとした手の力を逃し、教室から見えないようにして扉に寄りかかり教室の会話に聞き耳をたてていた

伊介「あ~、今露骨に話し逸らした!」

兎角「うるさいっ!」

春紀(あ、あれ?なんで今アタシ隠れて聞き耳たててんだろ...?)

伊介「まぁいいけどね。別に話してあげても」

春紀(こ、これはあれだ!同室の相手ともっと上手くやってくための...その...情報収集!)

春紀(同室の相手と上手く暮らしていくのは大事なことだし...うん...こ、これは必要なことなんだよ!うん!)

誰に言ってるわけでないのに自分で自分に言い訳していた


伊介「私は東さんと違って経験豊富だし」

春紀(......え?)

伊介「まあ話すって言っても、正直ハッキリとは覚えてないんだけど...」

春紀(え?......え?)


伊介「まあ両手と両足の指の数よりは多いってカンジ?」


春紀「」

春紀(そ、そうなんだ...まあ、伊介様美人だし...胸大きいし...当然っちゃ当然...なのかな)

頭をハンマーで殴られたような感覚を覚えながら、必死で自分を納得させようとしていた




伊介「まあ正直~、一回で複数人やったこともあるから正確な人数なんて覚えてないし」


春紀「!?」


伊介「あ、でも最後にやった社長さんは覚えてる!とってもいい声で鳴いてたわ♥」


春紀「!!??」


もう...なにがなんだかわからない...

春紀(て、てゆーか複数人って!?それに社長って...もしかして...援○交際ってやつ!?)

春紀(ダメだよ伊介様!そんな自分を安売りするようなことしちゃ!)

春紀(いや、アタシが伊介様の性事情にとやかく言う権利なんてないのはわかってんだけどさ...)

今まで感じたことのない、なんだかモヤモヤした感覚だった...

伊介「さ~あ、伊介が話したんだからアンタにも話してもらうわよ~」

兎角「なんでだ。お前が勝手に喋っただけだろ」

どうやら話はまた戻ったようだ。いつまでもこうして盗み聞きしてるのも良くない。さっさと入ってしまおう...


伊介「じゃあさ...鳰から聞いたんだけどさ...、晴ヤリかけたってホントなの?」


春紀「!?」


春紀(え、えっと...晴ちゃんが東の...その...処女を?)

春紀(え?日頃から仲良いとは思ってたけど、そういう関係だったの!?)

春紀(てゆーか晴ちゃんが攻める方!?...って、まあこれは東を見てればなんか納得できるけど...)


兎角「っ!!あの時は...ああするしか無かったんだ!」


春紀(いやそれどんな状況!?処女捧げるしかない状況ってどんなだよ!?)

伊介「けどそれも結局未遂に終わったんでしょ。まあ...」


伊介「結局伊介や番場さんの時も未遂だったわけだし」


春紀「~~!!??」



春紀(伊介様や番場ちゃんの時ってなに!?晴ちゃんだけでなく二人ともそういうことしそうになったのか東!?)

春紀(ていうか伊介様ってそっちもありなのか...)

このとき無意識に右手が握りこぶしを作っていたことにその時のアタシは気づいていなかった



兎角「まあな。晴の時は結局中にあったチタンのおかげで大丈夫だったようだ」


春紀(な、中にチタン!?え?何?プロの暗殺者ってそんなところまで武装してるの!?)

もうその時のアタシには信じられないことばかり聞いていて冷静な思考や判断力は喪失していた

だから全く気づくことが出来なかった

普通に歩いて近づいてきた人の気配にすら

晴「?どうしたんですか、春紀さん?こんなところで」

春紀「う、うわあっ!?」ガタガタガタッ


兎角「誰だ!?」
伊介「誰!?」

晴「兎角さん、遅れてごめんなさい」ガラララ

兎角「なんだ晴...と寒河江か。どうしたんだ、そんな格好して?」

伊介「あ~!春紀遅~い!てゆーかどこで道草食ってたのよ!?」

春紀「あ、ご、ごめん伊介様」メソラシ

伊介「?春紀どうしたの?なんか様子変じゃない?」

春紀「い!いや!?別に!?」

伊介「そ、そう...?」

春紀「あ、あのさ伊介様...」

伊介「ん、何?春紀」

春紀「その...アタシがとやかく言う権利なんて無いとは思ってるんだけどさ...」

春紀「自分の体を安売りしちゃ...その...だめだよ...///」

伊介「...はぁ??」

その時伊介の脳内に一瞬で思考が展開された


ー伊介様思考MAP


春紀が頬染めて変なこと言ってる

↓            ↓ 
一体何故?      ヤダ...ちょっとカワイイ///→こういうのもイイかも.../// 

教室に入ってきた時から変だった

教室に入った時も変だった→転がってた時一瞬パンツが見えたような///

なんか扉に寄りかかってたような体制で転んでいた?

もしかして伊介と東の会話を盗み聞きしていた?

でもあんなふうになる要素がどこに?

会話反芻中...

!!

伊介「ちょ、ちょっと春紀、アンタ誤解してるわ!伊介の話を聞きなさい!!」

春紀「イヤ...ごめん伊介様...今ちょっとショック受けてて少し休みたいんだけど...」

伊介「だから聞けっつてんでしょ!誤解、誤解なの!」

春紀「会話盗み聞きしたのは悪かったよ...ゴメン...アタシは誰にも言わないからさ...」

伊介「くっ...だから...つまり...その...」



伊介「アタシはまだ処女だって言ってんのよ!!」



春紀「」

兎角「?」

晴「?」

伊介「......」

伊介「///」ボンッ

晴「え、ええと、兎角さん。晴達が来るまで伊介さんとどんな話してたの?」

兎角「ん?今まで人を殺した経験についてだが?」

晴「えぇっ!? と、というか一体何でそんな話になったの!?」

兎角「いや犬飼がお前はまだ人を殺したことのない暗殺処女なのかとか挑発してきて...」

兎角「走りの奴が話した晴を刺したことの話になって...」

兎角「それで晴がチタンで助かった話に流れでなったんだ」

春紀「......ああ!そうだったのか!処女ってそういう...」

春紀「ん?て、てゆーことは...」ソローリ

伊介「........」プルプルプル

春紀「あ、あの、伊介様。ご、ごめんな変な誤解しちゃってさ...」タハハ...

伊介「は...」

春紀「は?」

伊介「春紀のバカーーーーーーッ!!」ビューン

春紀「ちょ、ちょっと待ってよ伊介様!ああ、それじゃな二人共!」

兎角「??」

晴「青春ですね!兎角さん」ニコニコ

兎角「そうかこれが青春なのか、晴」(よく分かっていない)


結局それから一晩中、伊介様は口を利いてくれなかった



無表情な誤解 完

短編のタイトルはこの手法を得意とする某有名お笑いグループの名前から取りました

現在授業参観の話は8割程度出来てますが、細かい部分の修正や仕事の忙しさからいつ完成するか分かりません

その他にもメイド喫茶でバイトするしえなちゃんや涼おばあちゃんの怪しい薬開発、春伊
のシリアスっぽいものとかいろいろ書きたいとは思っていてもなかなか書けない状況です

遅筆で申し訳ありませんがお待ちいただけたら幸いです

投下します
今回は短編1つと授業参観ネタ1つの投下となります



武智乙哉の講習

ー講習初日(しえなちゃん奮闘記事件発生前日)

乙哉「う~~遅刻遅刻」

今講習を受けるために全力疾走している私はミョウジョウ学園に通うごく一般的な女の子

強いて違うところを挙げるとすれば殺人に興味があるってことかナ

名前は武智乙哉

そんなわけで放課後にある教室にやってきたのだ

ふと見ると教室に1人の若い男が...ってあれ?

乙哉「教室だれもいないじゃん」

もう講習の時間始まってたから急いで来たのになんか損した気分

まあちょうどいいや

心理学の先生とやらが来るまでこれでも確認しておくか...

パカンッ!ピシュピシュパシュ~ン!テッテテテッテテーテテーン!「しえなちゃん盗聴器~!」(の○よ風)

GPSによるとミョウジョウ学園内にはいるみたい

乙哉「さ~てと、しえなちゃん今何してるのかな~」スッ

……
………
…………

しえな『よしっ!アカウント乗っ取り成功~!そして~、さらにさらに~』カタカタカタカタ

しえな『やった!コイツブログとメールのアカウントのパスワードも同じに設定してる!』カタカタカタカタ

しえな『こっから...情報も...芋づる式に...よし、ゲットォ!ヒャッホーイ!!やったやった~!』カタカタカタカタ

…………
………
……

乙哉「...」

うん...ゲームとかで上手くいってる時にテンションが妙にハイになることってあるよね...うん...

思わぬしえなちゃんの一面をかいま見てしまった気がする

とりあえず聞かなかったことにしよう

???「うっわ、コイツはっずかしいなぁ、ホントwwww」

乙哉「!?」

乙哉「だ、誰!?」

???「オイオイ、誰だはねぇぜそりゃ」

???「お前だって講習がとっくに始まってる時間だって分かってただろ、武智乙哉ぁ~」

乙哉「心理学の...講師?」

???「せいかぁ~い」

???「お前のために私立17学園から呼ばれてきた...」

カイバ「カイバ先生だ」

乙哉「っていうかどこにいたのさ今まで」

カイバ「知ってるか?先生ってのは生徒の見本になんなきゃならねぇんだぜ」

カイバ「授業開始時間過ぎにいるのが教室じゃなきゃどこだって言うんだよ?なぁ~」

乙哉「いや、でもいなかったじゃん」

カイバ「あぁ~?じゃあ、お前はカーテンの裏とか、掃除用具入れの中とか教卓の中とか調べたっていうのか?」

カイバ「いなかったっていうの言えるのはそういうことやったやつだけなんだぜぇ」

乙哉「隠れてたってことか」

つかみ所のなさそうな男だけどとりあえずこれまでの会話でわかったことが1つある


こいつはウザい


カイバ「さてと、ダラダラ話しててもしょうがねぇし、じゃあ始めっか」

乙哉「で、何やんの?」

カイバ「まずはテストだ。この問題全部解け」バサッ

乙哉「え~マジ?めんどくさー」

カイバ「めんどくせぇのは俺もだっつの。ほれさっさとやれ」

乙哉「ちぇー」

~殺人鬼試験中~


乙哉「あ~、やっと終わった~」グテー

カイバ「ハイ、お疲れさん。んじゃこれからカウンセリング始めるぞ」

乙哉「え~、こういうのって普通分析してからやるんじゃないの」

カイバ「んなもんお前と並行しながらやって終わってるっての」

乙哉「い!?マジで!?」

カイバ「大体お前に関しては刑務所でも同じようなテストやってたろ。そのデータもあったから今回のテストはその確認ってカンジだな」

乙哉「は~、なるほどねぇ~」

カイバ「んでテスト結果についてだが...」


カイバ「やっぱお前頭おかしいわ」


乙哉「いきなりそれはひどくない!?」

カイバ「なんていうか...サイコパスをそのまま人間にしたようなヤツだなお前は」

乙哉「いやあ~、それほどでも///」

カイバ「褒めてねぇよバカ」

カイバ「ま、お前のそのイカれた頭は治しようがないからいいとして...」

乙哉「いいの!?」

カイバ「今後の治療方針としてはとりあえず社会的寛解を目指していくってところだな」

乙哉「しゃかいてきかんかい?」

カイバ「悪ぃ、バカに難しい言葉使っちまったな。まぁ要は病気とかが完治していなくても一般的な生活が送れるようになってる状態ってことだ」

カイバ「つまりお前に当てはめるとそのイカれた性癖は何とかならなくても、とりあえず表での殺人を抑えられるようにしようってことだな」

乙哉「へ~。でさ、実際アタシはどうすればいいの?」

カイバ「まぁ現段階でお前がやることは1つだな」

乙哉「それって何?」

カイバ「簡単に言えば...」


カイバ「これからは殺人以外の快楽を経験しろってことだ」


乙哉「え、なに、セクハラ?」ドンビキ

カイバ「ちげーよエロガキ。分析によるとお前のこれまでの経験・嗜好は殺人に偏りすぎてる」

カイバ「なんだよこの問題の回答。頭おかしいんじゃねーの。いやおかしいんだろうけどよ」


問題6 あなたの趣味は?
回答6 殺人(斬殺)

問題18 あなたの経験で今まで最も楽しかったことは?
回答18 憧れていたお姉さんにハサミの刃を入れた瞬間

問題31 今までで人を好きになった経験はあるか?ある場合は何人か?
回答31 ある。X人(殺人件数と一致) 

問題47 あなたが殺人を犯した理由は?
回答47 綺麗な人を綺麗なままで終わらせるため

問題53 人を殺害した際どのような感情だったか?
回答53 (楽しいという感情が読み取れる文章が長々と書かれていた)


カイバ「お前は今現在殺人以外なにも知らない、いや知ろうとしていない状態だ」

カイバ「だからつまり殺人以外の楽しいことをやってみろってことだ。...バカなお前に分かりやすいように言うとな」

乙哉「へ~、そんなことでいいんだ」

カイバ「心理学で言うところの「代償行動」ってやつだ。まずはこれが可能かどうかを確かめる」

カイバ「ああ、あとついでに...出来る限り自分以外の人間と関わってその楽しいことをやれ」

乙哉「ん?なんで?」

カイバ「お前は表面的には解りづらいがかなり性格が内向的...というか自分のことだけを考えて行動する傾向がある。だから他人との関わりも必要ってことだ」

カイバ「とまあ、今のところはこの程度だな」

乙哉「あ、終わり?」

カイバ「ああ、経過状況の提出書類の詳しい書き方等は明日説明するわ」

カイバ「だから今日はもう帰っていいぞ」

乙哉「やっと終わったぁ~。これ一ヶ月はキツイなぁ」

カイバ「じゃあ刑務所に戻るかぁ?」ニヤニヤ

乙哉「ちょっ!それは勘弁してよっ!」

乙哉「それじゃ、じゃあね先生」

カイバ「あぁ待て乙哉」

乙哉「ん~?なに?」

カイバ「最後に1個だけ宿題だ」

乙哉「え~!?面倒くさいな~」

カイバ「簡単な質問だ。何なら今この場で答えてもいい」


カイバ「『世界は□□に満ちている』」


カイバ「この□□には何が入ると思う?」

乙哉「ん?そんなんでいいの?だったら簡単だよ」


乙哉「『世界は快楽に満ちている』だね!」


ー1人残された教室

カイバ「乙哉よぉ...」

カイバ「お前の歪みはお前が思っている以上に根深いものなんだぜ」

カイバ「綺麗なままで終わらせたいと言うのに、無残な姿で殺さなければならない」

カイバ「お前のその人間として矛盾した性質は明らかに天性のものだ」

カイバ「多くのシリアルキラーというのは幼少期の経験から後天的に作られるのに...だ」

カイバ「お前の持つ殺人衝動という本能を、果たしてお前は理性で抑えられるのか」

カイバ「ひょっとすると俺のやっていることなんざなんの意味も持たないのかも知れねぇ」

カイバ「だがそんなお前を変えるきっかけがあるとしたら、やはりコレなのかもしれねぇな」パサッ


問題67 あなたがこれまで経験してこなかったことで、人からされてみたいことは?
回答67 自分が人を斬る姿を褒めて欲しい

問題89 自分の命より大事な人・物はあるか?
回答89 ない


武智乙哉の講習 完

タイトルこそ乙哉ですがカイバ先生登場といったような短編です

次は授業参観ネタです



黒組受業惨観

ー黒組教室 4時間目終了後

いつも脳天気そうに笑っている担任は若干ばつの悪そうな表情でいきなり言った


溝呂木「それと、今日の午後からは授業参観が開かれることになった」


兎角「は?」

そういう反応をしたのはなにも私だけではなく、クラスのほとんどの連中も同じ反応だった

伊介「ちょっと先生?話が急すぎるんじゃない?」

いつも何かにつけて文句を言う犬飼だがこの時ばかりは言いがかりとは言えなかった

溝呂木「いや~、先生も早めに伝えておきたかったんだがな...、その...理事長から口止めされていてな」

鳰「ゆ、理事長がっスか!?」

理事長という単語からまた走りが何かしているのかと思ったが、見るとまさに唖然という表情をしていた。どうやら何も知らないようだ

溝呂木「そうなんだ。まあ関係者の人達はそんなに多くないようだけどな。とりあえず昼休みの間には来られるということらしい」

「それじゃ、5時間目にまた」とだけ言い残し、溝呂木は去っていった

逃げたな

兎角「なあ、晴。どう思う?」

晴「うーん、とりあえず晴はどんな人が来るのか楽しみです!」ニコッ

兎角(...カワイイ///)

まあ、いいか...どうでも...

兎角「とりあえず昼を食べに行こうか」

晴「そうですね」

今日の私の気分はビーフカレーだ
ここ最近シーフードカレーやグリーンカレー、キーマカレーなどを食べてきた
変わり種としてカレーうどんやカレーパンも味わってきた
ならばここらでやはり基本中の基本、王道に立ち返ってビーフカレーを食べるのがこの世の理というものだろう
ちなみに黒組再開時に走りに言って食堂のメニューにカレーを十数種ほど追加させた
これは決して個人の嗜好に走った暴挙などではなく、あくまで公共の福祉を考えてのことだ
なんてったってカレーは完全食だからな

ガララッ

???「失礼します」
???「し、失礼しますっ!」

早速誰かの関係者が来たようだ

父親くらいの年齢の男性と、私達より年下の女の子のようだが...

伊介「っ!?ママっ!?」
春紀「ふっ、冬香!?」

どうやらあいつらの関係者のようだ

恵介「やあ、伊介。元気にやっているようで何よりだ」

冬香「お姉ちゃん久しぶり!」

春紀「あ、ああ、久しぶり。っていうか」

伊介「何でママと春紀の妹が一緒にいんの!?」

恵介「たまたま来る途中で会ったんだよ。ミョウジョウ学園の制服でない娘が学園内で迷っているようだったから声をかけたんだ。まさか春紀さんの妹さんだったとは思わなかったがね」

冬香「あ、あなたが伊介様ですね!いつもお姉ちゃんがお世話になってます」ペッコリ

伊介「あ、ああ、いや、こ、こちらこそ?」

寒河江の妹は何故か犬飼に熱い視線を送っている

それをどうしたらいいか解らないという表情で犬飼が珍しく困惑している

晴「伊介さんのお父さんと春紀さんの妹さんですかね」

兎角「だけど今ママって言って...まあ、どうでもいいけどな」


冬香「お姉ちゃん!私お弁当作ってきたよ!前にお姉ちゃんが伊介様に食べさせたいって言った料理も入ってるよ!」

恵介「伊介。ママもお前が春紀さんに食べさせたいって言ってたおみやげ買ってきたぞ。さあ4人で一緒に食べようじゃないか」

春紀「///」
伊介「///」

晴「春紀さんも伊介さんもすっごい嬉しそうだね、兎角さん」

兎角「いや...嬉しそうってよりは恥ずかしそうにしてる気が...」

兎角(だがあれが家族の団欒というものなのかもしれない...)

兎角(私が知らない、そして晴が失ってしまったもの...)

兎角(晴にこの光景を見せ続けるのも酷かもしれないな...)

兎角「晴。私達は昼食に行こう。少し腹が減ってきたんだ」

晴「......うんっ!兎角さんは今日もカレー?」

兎角「当然だ。カレーは完全食だからな」

晴「ふふっ。そうだね」

晴(...ありがとう...兎角さん///)

そうして私は晴と食堂へ向かうため、教室の扉の前へと移動していた

その扉の先にはすでに面倒な天邪鬼がいるということを知らずに...

私が目の前の扉を開けようとした瞬間、逆側から扉が開けられた

ガラララッ

そこにはここにいるはずのない人間がいた

カイバ「よう、兎角ぅ。相変わらずバカみたいにカレー食いまくってるようだなぁwwww」

兎角「お、お前は、カイバっ!?」

晴「兎角さん知り合い?」

カイバ「お?お前が一ノ瀬晴か。一応自己紹介しておくぜ。俺はコイツの元いた私立17学園の教師のカイバ先生だ」

晴「兎角さんの先生ですかっ!?は、始めましてっ!!」

カイバ「いや~、しっかし兎角は相変わらずカレーバカのようだなぁ。可愛げのない様子も健在のようだし...一ノ瀬ぇ、大変だなぁお前もよぉwwww」

晴「いっ、いえっ!!兎角さんは頼りになるし、その...とっても可愛いですよ///」

兎角「晴...!」ジ~ン

鳰(でもカレーバカは否定しないんスね、晴...)

兎角「いやいや待てっ!!そもそもなんでお前がここにいる!?」

カイバ「あ~ん?お前人の話聞いてねぇのか?今日は授業参観だって言われたんじゃねぇのかぁ?」

兎角「それは聞いている!だが何でお前が来るんだと聞いているんだ!」

カイバ「来ちゃ悪いのかよ。前の黒組の時もずっとサポートを続けてたろうがよぉwwww」

兎角「ふざけるなっ!!」

兎角「あれのどこがサポートだっ!」

カイバ「ハハハッ!まぁ今回はお前の様子を見に来ただけじゃねぇんだよ」

兎角「はぁ?どういうことだ?」

カイバ「それはなぁ...オイ!逃げようとしてんじゃねぇぞ乙哉ァ!」

乙哉「!?」ギクッ

兎角「武智?」

しえな「なんだ乙哉、あの男の人と知り合いなのか?」

乙哉「前話してた講習の先生...」

しえな「ふーん、そうなのか」トテトテ

しえな「どうも。乙哉と同室の剣持しえなです。乙哉がお世話になっています」ペッコリン

乙哉「ちょっ、や、やめてよしえなちゃん///」

しえな「いや、お前のことだからどうせ講習の先生にもいろいろ迷惑かけてるんだろうなと思ったら...ついな」

カイバ「おう、お前が剣持しえなか。俺はカイバ先生だ」

兎角「お前武智に講習なんてやってたのか」

カイバ「ハハハッ!見識の狭いお前は知らねぇだろうけど俺はこの世界では『今でしょ!』とか言ってるオッサン並みに引っ張りだこなんだぜぇ」

晴「へ~」

しえな「そんな凄い先生だったんですか!」

乙哉「いや、しえなちゃん...コイツとはあんまり話をしない方が...」

武智はどうやら講習の間にカイバの人となり(ウザさ)を理解していたようだ

カイバ「あ、そうだ剣持」

しえな「はい?なんですか?」


カイバ「お前さぁ、あれからパソコンの前で1人でハイになる癖は治ったのか?」


しえな「!?」

カイバ「おっと、その様子じゃ乙哉から聞かされてなかったようだな、悪い悪いwwww」

しえな「乙哉?なんのことだ...?」ギロッ

乙哉「……」ダラダラダラ

カイバ「いや~、コイツが前にお前を盗聴してたのをたまたま一緒に聞いちまってなぁ」

カイバ「てっきり乙哉がすでに言ってると思ったら、コイツまだそのこと黙ってたとはなぁww」

しえな「お~と~や~?」ギロリ

乙哉「い、いやあの盗聴器とかGPSはもう外したんだし変に過去の話を蒸し返すのもどうかと思ってさそれにああいう明るい元気なしえなちゃんも可愛かったよっていうかあのしえなちゃん顔怖いんだけどあっごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうお前と一緒にゲームやらないとか言わないで許しt...」

兎角(やっぱり相変わらずだな...)

兎角「カイバはああいうヤツなんだ。お前もあまり話しかけるなよ晴...って、晴はどこ行った!?」

鳰「晴なら兎角さんの17学園時代の話を聞くって言ってカイバ先生のところに行ったっスよ」

兎角「」

晴を昼ご飯を食べるという名目でなんとかカイバから引き剥がし(もちろん晴がカイバを昼食に誘ったが、幸い奴はもう済ませていたようだ)、なんとか授業開始時間まで奴との接触は防いだ

授業さえ始まってしまえば関係者の出来ることなんて後ろでただ私達の様子を見ていることぐらいだ

そして授業終了と同時に晴を強引にでも連れ出して速攻で帰宅する

あとで晴からぶーぶー文句を言われるだろうがアイツと接触されることによる被害に比べればなんてことはない

怒って頬が膨れた晴も可愛いしな...///

うん...、完璧な計画だ

東のアズマの名に賭けて、晴は誰にも触らせないっ!!キリッ

溝呂木「それでは5時間目総合学習の授業の時間だ」

溝呂木「え~、せっかく父兄の方々に授業参観にいらしていただいたということで、今日の総合授業は理事長からの提案で関係者の方たちとの合同授業となった」

溝呂木「父兄の方一名を含んだグループを4つ作って、各グループであるテーマに沿ったインタビューを行うという内容らしい」

鳰「先生~」

溝呂木「ん?なんだ走り?」

鳰「テーマってなんなんスか?それに4グループって言ってるけどそれじゃ1人足りないんじゃないんスか?」

溝呂木「ああ、1人は少し遅れてからいらっしゃるらしい。それとテーマは...これだ!」カッカッカッ

「ミョウジョウ学園以外での生徒の様子」

兎角「」
伊介「」
春紀「」

溝呂木「黒組の生徒達は去年は早期に多くが不幸にも転校してしまい、お互いのことは何も知らないという状況にある」

溝呂木「そこで理事長は黒組内の結束を高めるため、お互いのことを知る機会を与えるという考えの下、この授業を提案して下さった!」

溝呂木「先生もこれを機にお前らが更に仲良くなってくれることを願っているぞ!」

鳰「うわ~、こりゃ関係者の来てる人達にはたまったもんじゃないっスね~ww」ニヤニヤ

純恋子「あら、ずいぶん楽しそうにしているわね。自分の関係者が来るとは思わないの?」

鳰「いや~、ウチは天涯孤独っスからwwww。いわば今日は鳰ちゃんが狩る側の人間になるってことっスよ~wwww」

コンコン

???「遅くなりました。おまたせしてしまったかしら」ガララ

溝呂木「いえ、今始まったばかりですよ」

???「それは良かった。ああ、黒組の皆さんには自己紹介をしませんとね。授業参観参加者の...」

百合「百合です」

鳰「」

鳰「え、ちょ、理事長!?どうしたんスかこんなところに!?」

百合「いやだわ鳰さん、さっき授業参観参加者って言ったじゃありませんか」

鳰「え、えっとそれじゃ...あ!分かった!晴を見に来たんスね!理事長は晴の親戚ですもんね!」

百合「またまた鳰さんったら...一ノ瀬さんとは親戚と言っても遠い間柄でまだあまり互いをよく知らないわ」

百合「今回はもちろん、あなたの関係者として授業参観に来ましたよ」ニッコリ

鳰「」

純恋子「やっぱりあなたは狩られる側でしたわね♪」ニッコリ

溝呂木「グループはくじ引きで次のように決まったな」

グループ1 恵介 春紀 鳰 香子

恵介「よろしく」

春紀「よ、よろしくお願いします」

鳰「よろしくっス...」ズーン...

香子「よろしくお願いします」

グループ2 冬香 伊介 涼 千足

冬香「よろしくお願いします!」

伊介「ああ、うん...よろしく」

涼「よろしくたのむの」

千足「よろしく」

グループ3 カイバ 晴 しえな 柩

カイバ「カハハッ、よろしくなぁww」
 
晴「ハイッ!よろしくお願いします!」

しえな「よ、よろしく...」ビクビク

柩「よろしくです」ニコッ

グループ4 百合 純恋子 真昼 兎角 乙哉

百合「よろしくお願いしますね」

純恋子「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

真昼「よ、よろしく...です...」

兎角「よろしく」ムスーッ

乙哉「はぁ...よろしく...」

溝呂木「グループ分けも済みましたし、それじゃ理事長!あとはよろしくお願いします!」

百合「ええ、ご苦労様でした。溝呂木先生」

鳰「あれ、溝呂木先生どっか行くんスか?」

溝呂木「ああ。急な出張が入ってしまってな。だがありがたいことに理事長が授業を引き受けて下さったんだ」

溝呂木「みんな!理事長先生の言うことをよく聞くんだぞ。それでは理事長、失礼します!」ペコッ

百合「ええ、いってらっしゃい」

ガラッ カツカッカッ

百合「さあ、授業を続けましょうか」

ー狩られる側アイコンタクト

兎角(どうする。今の内なら武力蜂起して逃げることも可能だが...)

鳰(...いいっスね。現在進行形で吊るしあげられるのはマジ勘弁っスよ...今回はマジで協力するっスよ)

春紀(アタシはムリ。冬香来てるし)

伊介(伊介もママがいるのに授業フケるとかありえな~い)

兎角(くっ、ならば単独での離脱を...)ガシッ

純恋子「あら、東さんどうなさいました?」ガッシリ

兎角「くそっ、この馬鹿力サイボーグめ...」ボソッ

純恋子「あらあら」ニコニコ ギリギリギリ(お嬢様式アームロック)

兎角「がああああ!!」

ガアアアァァ

鳰(今っス。この隙にせめてウチだけでも!)ガシッ

香子「走り、どこへ行く。授業中だぞ」

鳰「いや、あの、ト、トイレに...」

香子「いやお前昼休みに行ってただろ。私が入ったと同時に出て行ったじゃないか」

鳰「い、いや、お、お腹壊しちゃったんスよっ!」ブンッ ダッ

香子「あ、おい、走り!」

涼「腹が痛いもんはそんなに元気に走れんもんじゃがのう...よっこらしょっと」スッ

鳰(くっ、首藤さんがウチの前に...いや、でも武闘派じゃない首藤さん相手なら強行突破できるはず!)

鳰「うおおぉぉぉ!」ダッダッダッ

涼「これこれ、走りよ...」スッ

シュバッ クルッ ズダーンッ

全力疾走していた鳰は、そのままのスピードで空中で半回転し、床に叩きつけられていた

鳰(あれ?何でウチ走ってたはずなのに教室に仰向けになってるんだろう?)

涼「あまり香子ちゃんに手間を取らせるな、走りよ」ストッ

鳰(そしてなんで胴体に片手を置かれただけで全身動かせないんスか!?ウチの催眠術よりよっぽどオカルトっスよこの人!)

百合「それでは落ち着いたようですし、授業を再開しましょうか♪」

冬香「お、お姉ちゃんのクラスメイトって色々すごいね...」

春紀「ハハハ...だよな...」


ーなんやかんやで授業スタート


グループ1 恵介 鳰 春紀 香子

恵介「さて...何から話そうか...」

鳰「もーこうなったらヤケっス!自分が受ける分以上に相手にダメージ与えてやるっス!」

鳰「というわけで恵介さん!伊介さんの子供時代はどんなだったんスか!?」

...ニオ...アイツ...コロス

鳰「なんか怖い言葉が聞こえるっスけど幻聴っスよ幻聴!さあ、どうなんスか恵介さん!?」

恵介「伊介の子供時代か...黒組ではどう過ごしているのかはあまり知らないけど...」

恵介「大人しい娘だったよ。あとちょっと甘えん坊なところもあったね」

春紀「へぇ~」

香子「ほう、意外だな」

鳰「ふんふんそれでそれで?」

恵介「中学に上がるまでは1人で寝るのを嫌がってね、俺やパパと一緒に寝てたよ」

鳰「ヒューーッ!イイっスねイイっスね!そういうのっスよ!」

恵介「まあ中学に上がってからは1人で寝るようになったんだけどね」

恵介「ただなかなか慣れないようだったからね、俺とパパから一緒に眠れるようにってテディベアを買ってあげたんだ」

恵介「それから中学時代はそのテディベアと一緒に寝ていたようだね」

鳰「ウッヒャーーww!意外な事実判明っスww!」

春紀(テディベアを抱いて寝てる伊介様か...なんか新鮮でカワイイな...///)

春紀「じゃなくて...おい鳰!そんぐらいにしときなよ!」

香子「そうだな、そろそろ個人のプライバシー侵害になりつつあるぞ」

鳰「じゃあ春紀さんはいいんスか!?自分だけ恥ずかしい秘密大・公・開されても!」

春紀「ハハッ!お前にはわからないかも知れないけどな...」

春紀「アタシはアタシの家族を信じてるんだ!」

春紀「冬香なら絶対アタシの変なこと言いふらしたりなんかしないさ!」キリッ

グループ2 冬香 伊介 涼 千足

涼「ほうほう、やはり寒河江は頼れる姉をやっとるんじゃな」

冬香「ハイ!私達のことをいつも助けてくれてる、自慢のお姉ちゃんです!」

伊介「ふーん、やっぱアイツ、家でもそんなカンジなんだ」

千足「良いお姉さんだな」
 
涼「ふむふむ、それじゃ最近何か変わったこととかは無いかの?」

冬香「最近ですか?そうですね...あっ!」チラッ

伊介「ん?何?」

冬香「そういえば帰ってきてからお姉ちゃん、何かを1人で考えてるような様子がすごい増えたんです」

千足「ふむ、何故だろうね?」

冬香「だから気になって様子を観察してみたらですね!」

冬香「どうやら伊介様のことを考えていたようなんですよ!!」キャーーッ

伊介「!?」

伊介「い、いや!なんで春紀が伊介のこと考えてたって分かるのよ!」

冬香「だってお姉ちゃん、考え事してる時は『伊介様』って呟いてたり、伊介様について紙になぐり書きしてたりしてるんですもん。これじゃ丸分かりですよ」

涼「なるほど...想われておるのう、犬飼」

伊介「……///」

冬香「特にこの前なんか月を見ながら『伊介様ご飯食べてるかな...』とか呟いてて...」

冬香「そして伊介様のための料理のレシピとかを考えてたりしてたんですよ!」

千足「ふふ...まるで...」


「母親みたいだな」

伊介(!! 母...親...)

冬香「そのうえ『アタシは伊介様のこと...どう思ってんのかな...』なんて呟いてて!」キャーーッ

伊介(アタシは...春紀のことを...どう...思ってる...?)

冬香「あれはもう!絶対恋する乙女の顔でs...ってあの~、伊介様?聞いてますか~?」フリフリ

伊介「………」

千足「どうやら聞こえてないようだな」

涼「心ここにあらずというカンジじゃのう」

冬香(うぅ...「お姉ちゃんの様子を伝えて伊介様ドキドキ意識しちゃう大作戦」が失敗に終わるなんて...ごめんねお姉ちゃん...)


恵介「……」

グループ3 カイバ 晴 しえな 柩

しえな(...気まずいな)

しえな(このグループの会話はほぼ一ノ瀬とカイバ先生の対談みたくなってる)

しえな(なんであそこまで一ノ瀬は(二重の意味で)痛々しい時代の東の話を楽しそうに聞けるんだろう...?)

しえな(ボクは少し聞いただけで疲れたっていうのに...)

ー痛々しい兎角さんの過去話 その1


17学園生徒A「凄いです!東さん!」

17学園生徒B「また実技テスト満点ですよ!」

17学園生徒B「どうやったらそんな凄い暗殺技術を身につけられるんですか?」

兎角「どう身に付けるとかそういうものじゃないだろ、暗殺ってのは」


兎角「目に入ったものをただ即座に始末する...それだけだよ」ドヤァァ



しえな(...なんの回答にもなってないっ...!!)

しえな(一見カッコイイこと言ってるように聞こえるけど、質問の答えに全くなってないっ!!)

ー痛々しい兎角さんの過去話 その2


17学園生徒A「東さん今月の校内暗殺実技テストもトップですね!」

17学園生徒B「さすが東のアズマってカンジですね!」

兎角「...東のアズマだから凄いってわけじゃない」

17学園生徒B「あっ...す、すいません...」


兎角「私だからこそ!東のアズマなんだ!!」ドドンッ



しえな(まるで意味がわからないっ...!!)

しえな(東のアズマは関係なく私は凄いって言いたいんだろうけど、結局わけが分からないっ!!)

ー痛々しい兎角さんの過去話 その3


17学園生徒A「東さん昼食一緒に食べてもいいですか?」

兎角「ああ、別にいいぞ」

17学園生徒B「東さん今日もカレーですか?」

兎角「いや、このところカレーが続いて少し飽きてきたんでな...気分を変えて...」


兎角「カレーうどんにしようと思っている!」バーーンッ



しえな(結局カレーじゃねえかっ!!)

しえな(気分よりまず先にカレーしか考えてない脳みそを取り替えてろよっ!!)

しえな(ハァ...思い出すだけで疲れてくる...)

しえな(そして東の話を楽しそうにしている二人のおかげで、ボクと桐ケ谷は置いてけぼりをくらっている)


しえな(そう、ボクと あ の 桐ケ谷が!)


しえな(ボクを笑顔で毒殺しかけたあの桐ヶ谷が!)

しえな(『イジメられっ子の分際でぼくの千足さんに何色目使ってるんですか』とか言ってたあの桐ヶ谷が!)

※しえなちゃんの記憶には多少の齟齬があります

しえな(黒組再開時にその時のことは桐ケ谷からも謝罪はあった(ただし生田目に言わされていた感たっぷり)けど...)

しえな(やっぱりコイツは苦手だ...)

しえな(今もずっと笑顔のままで何考えてんだか分からないし...)


柩「剣持さん、具合悪そうですけど大丈夫ですか?」

しえな「ふゃっ!?な、なんともないよっ」

カイバ「あぁ?何かと思えばずいぶん暇そうにしてるじゃねぇか剣持ぃ」

カイバ「まあ確かにつっまんねぇ兎角の話ばっかしてたからな、そりゃ飽きるわなぁ」

カイバ「そうだ!だったらここでいっちょ方向転換して、乙哉の話でもするか」

カイバ「乙哉が思わず涙するような、こっ恥ずかしい話でもよぉwwww」

チョッ、オマエッ、ナニイッテンダ!

しえな(乙哉の恥ずかしい話とかはあまり興味は無いけど、この空気のままよりはずっといいかな)

しえな「ぜひ聞かせて下さい」ニコッ

チョッ、シエナチャーン!?  タケチサン、チョットウルサイデスワヨ ギリギリギリッ  ガアアァァ...

晴「わぁ!晴も聞きたいです先生!」ニコニコ

柩「ぼくも武智さんのこともっと知りたいです」ニコニコ

しえな(この2人の笑顔は最近何故か純粋なものに思えない...)

しえな(そう...まるで...あのセリフが浮かんでくるような...)


『笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である』


カイバ「クハハッww、意外と乗り気じゃねえか」

カイバ「じゃあ兎角ほど付き合いがあるわけじゃねぇから1つだけ話すとするか...実は以前こんなことがあってよ」

ーカイバ回想

ー乙哉講習教室
ーしえなちゃん奮闘記の事件翌日


カイバ「よ~う乙哉ぁ、昨日は剣持の奴に巻き込まれて色々大変だったようじゃねぇか」

乙哉「…」

カイバ「しっかしお前も大変だよなぁ、退場したら殺されるってのに本人はわざわざ危険な場所に自分からひょいひょい行くんだからよぉwwww」

乙哉「…」

カイバ「まったくどんな気分だぁ?手の掛かるイジメられっ子をおもりしなきゃいけない気分はよwwww」

カイバ「......ていうか今日はやけに静かだな。オイ、なんか拾い食いでもs「あ、あのさっ!」

カイバ「あぁ?」

乙哉「せ、先生ってさ、シリアルキラーとかについて詳しいんだよね!?」

カイバ「はぁ?何だぁ、いきなり?」

カイバ「まあ殺人行為の後のメンタル保護とかが俺の専門だからな」

カイバ「大量に殺人を犯したシリアルキラーのケースについてはもちろんある程度熟知してるぜ」

乙哉「じゃ、じゃあさ1つ質問があるんだけど...」

カイバ「ハッwwww、お前が質問とか、昨日頭でも打ったのかよwwww」

乙哉「う、うるさいなっ!!」

カイバ「ハハッ、んで一体何が聞きたいってんだ?」

乙哉「う、うん、あのさ...」


乙哉「シリアルキラーって恋とかするの?」


カイバ「……!!」

カイバ「...はぁ?なんだそりゃいきなり?」

乙哉「い、いやさ、シリアルキラーって自分で言うのも何だけど人間を人間として扱ってないってとこあるじゃん?」

乙哉「だからさ...シリアルキラーってまともな恋愛するための機能とかが壊れてる人種なのかなってふと思ってさ...」

カイバ「ふぅん...つまり気になるヤツができたけど、その感情が恋愛感情か殺害衝動の一種か分からなくなってきたんでオレに相談しに来たってトコか...」

乙哉「い!?いや!そこまでは言ってないじゃん!!」

カイバ「いや今日たまたまパシリに...あれ走りだっけ?まぁどっちでもいいか、まぁそいつに会ってよぉ...」


カイバ「お前の昨日の行動についてはよぉ、寮に帰ってからのことも含めてぜぇ~んぶ聞いてんだよなぁwwww」


乙哉「」

カイバ「お前さぁ、感情が行動に現れ過ぎなんだよ。そこにいたヤツらの約半分にはお前の気持ちバレバレだったようだぜぇwwww」

カイバ(ていうかそこまで露骨なのになんで半分も気づいてないヤツがいるんだよって話でもあるけどな)

カイバ「お前そんなんで良くシリアルキラーとかやれてたよなぁwwww」


乙哉「...よし殺そう」ジャキッ


カイバ「フフッ、待て待て。俺を殺したらお前の知りたい情報が知れなくなるし、即刑務所へ逆戻りだぜ」ニヤニヤ

乙哉「くっ...!」

カイバ「ま、俺はテメェの青臭い感情には1ミリも興味ねぇからよ、素直にその質問に答えてやるよ。なんたって俺は...」


カイバ「先生だからな」

カイバ「さぁてシリアルキラーが恋愛感情を持つかってことだが」

カイバ「結論から言うとだな、シリアルキラーであろうと恋愛感情は持ちうる」

乙哉「!!」

カイバ「代表的なケースはペーター・キュルテンという男のケースだ」

カイバ「コイツはデュッセルドルフの吸血鬼と呼ばれ恐れられたシリアルキラーだ」

カイバ「家庭環境の影響で異常なまでに強いサディズム嗜好を持ち、殺人を行っていた」

カイバ「しかしコイツは結婚した自分の妻に対しては、そのようなサディズム嗜好を一切出さなかった」

カイバ「しかも殺人鬼に怯える何も知らない妻を毎晩職場まで迎えに行ったり、昔殺人を犯し刑務所に入っていた妻を侮辱されると本気で怒ったりもした」

カイバ「極めつけなのは逮捕前の会話と裁判だな。コイツは自分がもうすぐ逮捕されると知った時、妻に自分が巷で噂の殺人鬼だと打ち明け、妻に自分を通報してその報奨金で老後を過ごして欲しいと言っている」

カイバ「妻の方もペーターを愛していたようで、殺人鬼と知ってなお愛情は尽きず、心中を強く主張していたらしい」

カイバ「最後には折れてペーターを通報したが、その後妻は裁判で『自分は彼を愛していたし、彼も私を愛していた』と発言したようだ」

カイバ「殺人鬼なんて穢れた存在からお伽話のような愛が生まれたっていう皮肉なケースだな」

乙哉「……」

カイバ「これ以外にもシリアルキラーが傷害・殺人を伴わない恋愛をしているケースは結構あってな」

カイバ「つまり殺人衝動と恋愛感情はたとえシリアルキラーであってもイコールとは限らねぇってことだ」

乙哉「...そうなんだ...」ホッ

カイバ「まあ、中にはそこらへんごっちゃになってる頭のおかしい奴もいるし、お前がそうでないという保証はどこにもないんだけどなwwww」

乙哉「一言余計だよっ!!あっ、あとこの相談のこと鳰とかには言わないでよね!」

カイバ「ハッ、バーカ。お前の恋愛事情なんて興味ねぇことをわざわざ人に話しかけてまで話そうとしねぇっつうのwwww」


ー回想終了

カイバ「ま、決して『言わない』なんて言ってないんだがなぁwwww」

晴「うーん...それって話しても良い話なのかな...」

柩「でもすごい刺激的な内容でした。そう思いますよね、しえなさん」

晴(ここでしえなちゃんに話振るんだ...柩ちゃん...)

しえな「確かに...」


しえな「まさか乙哉に好きな人ができていただなんてなぁ...」


カイバ「はぁ?」
晴「え?」
柩「はい?」

しえな「えっ、みんな何に驚いてるんだ!?」

晴「いや~...え~と...」

柩「しえなさんは乙哉さんの好きな人に心当たりは無いんですか?」


しえな「いや、ボクには全くないよ」


晴「あ、あはは...」

柩「……はぁ...」タメイキ

カイバ「プッハハハッ!!マジヤベェな、兎角並だわwwww」

しえな「!?なんでそんな反応っ!?」

柩「はぁ、剣持さん...」


「そんなだからイジメられたんじゃないんですか...?」


桐ケ谷からキツイ一言が浴びせられる。しかし...


しえな「うっ...!そ、そうなのかなぁ...?」


この言葉に対して自分でも意外に思うほど、深刻にダメージを受けていなかった

以前なら自分を否定されたことで傷つき、憤り、そしてそれを指摘した相手を激しく憎んでいただろう

そんなボクが変われたのはあの事件で復讐に囚われることの無意味さを知ったこと...

そして自分のことを真に友達と思ってくれている人ができた...

そのおかげなのかもしれない


しえな(やっぱり少し癪だけど...乙哉のおかげなのかな)フフッ


しえな(でも...)

しえな(一体何がまずかったんだろう...?)

だけどまだ

この時のボクはラノベの主人公たちのように


自分への好意にはてしなく鈍かった


しえな(...にしても桐ヶ谷は相変わらず容姿に似合わず毒を吐くなぁ...)

しえな(エンゼルトランペットだけに...なんてな)プフッ


晴「も~!柩ちゃん毒吐きすぎだよ!」

晴「いくらエンゼルトランペットだからって!!」

晴「...なんちゃって♪」 スパパパーン


瞬間一ノ瀬の頭をボクも含めた3人は息を合わせたかのように叩いていた

決して一ノ瀬にイラついて叩いた訳ではない

ボケを言った人間はツッコまれる

それがこの世のお約束というやつだ

・・・一ノ瀬の『晴、上手いこと言っちゃいました♪』という表情にイラついた訳では決してない...と思う

グループ4 百合 英 兎角 乙哉

スパパパーン


兎角「あいつら!なんで晴の頭を叩いているっ!!っく!!これをほどけ、英!!」ガチャガチャガチャ

他の班はだいぶ賑わっているようですわね...

こうなると交流という点だけを見ると理事長の狙い(これも本当かは分かりませんが...)通りに進んでいるようですね

深まるのが絆か溝かの違いはありますが...

真昼「あ、あの...純恋子さん...」

純恋子「あら、どうしましたか真昼さん」

真昼「そ、そのですね...東さんと武智さん...大丈夫...ですか...?」

そう私の膝の上で可愛らしく言った真昼さんから目を離し、ガチャガチャと五月蝿い方へ目を向けた

そこには鎖で席に縛られぐったりと俯いてる武智さんと、同じく鎖で縛られもがいている東さんがいた

まあ縛ったのは私なんですけれど

純恋子「大丈夫ですね。東さんは鎖で縛ってないとすぐ一ノ瀬さんのところへ行こうとしますし...」

純恋子「武智さんはただ他のグループの話を聞いて恥ずかしさから俯いてるだけですわ♪」

真昼「そ、そうですか...あと...あの...1つ...」

純恋子「なんですか?真昼さん」

膝の上の真昼さんが可愛らしく告げました(大事なことなので何度だろうと言います)


真昼「お...重くない...ですか///?」


ズキューーン

こ...これは///

純恋子「とんでもありませんわ。授業が終わってからもずっとこうしていたいくらいですわ///」ニッコリ

と、とんでもない破壊力ですわね///

グループごとに席を移る際に、スペースがないなどの詭弁を弄して真昼さんを膝に誘導した甲斐がありましたわ!!ガッツポーズ

百合「あら...つい他のグループの様子を見ていて、話すのをすっかり忘れていましたね。ごめんなさいね」

純恋子「いえいえ、こちらも堪能させてもらっていますから」ニパー

真昼(堪能って...何を...?)

百合「東さんと武智さんは...話を聞ける状態ではないようですね」

純恋子「とりあえず私達が聞いて、その後2人にも伝えておきますわ」

百合「そうですか、ではお願いします」

百合「さて...鳰さんの話ですか...何について話しましょうか...」

純恋子「周りはもう恥ずかしいことの暴露大会のようなものになってしまってますわね」

百合「では場の流れに合わせて、鳰さんの恥ずかしい出来事でも話しましょうか」ニッコリ

純恋子(どうやら深めたいのは黒組生徒間の溝だったようですわね...)

百合「まあ月並みな話になりますけどね...そう、あれは...」

膝の上の真昼さんの感触を楽しみながら私は話を聞くことにした...

そうして理事長の話を少し聞いていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、授業参観は無事終わりました

まあしかし...

晴「もう...兎角さん機嫌直してよ~」
兎角「晴のバカ...」
晴「あ~ん、ごめんってば~」

しえな「なあ...おい...乙哉...」
乙哉「……」
しえな「と、とりあえず今日のことはお互い水に流さないか?なっ!」
乙哉「しえなちゃんのいじわる...」
しえな「うっ、うう...」

一部の方々の溝を深める結果を伴って、ではありますが...

純恋子「しかし理事長のお話も意外と面白かったですわね」

真昼「そ、そう...ですね」

純恋子「特に走りさんが『yahoo!』のことを『ヤホー』と読んでいた話はからかい甲斐のある話でしたわ」クスクス

真昼「明日からは...ヤホーちゃんですね...」クスッ

純恋子(ただ1つ...)

純恋子(理事長の話した、走りさんが一度間違えて理事長をお母さんと呼んでしまった話の時...)

純恋子(真昼さんの体がハッキリと分かるほどこわばっていましたわね...)

真昼「純恋子...さん?どう...しましたか?」

純恋子「...いえ、何でもありませんわ。今日のお茶はどれにしようか迷っていただけです」

純恋子「もちろん、真昼さんも付き合って下さいますわよね?」ニコッ

真昼「は...はい///」

純恋子「では早く帰りましょうか」

真昼「そう...ですね...///」


純恋子(母親の話題というのはやはりまだ禁句のようですわね...)

純恋子(もっとも...これは真昼さんに限った話では無いでしょうが...)

ーミョウジョウ学園の人気のない教室


恵介「よう、待たせたな伊介」

伊介「大丈夫、まだあんまり待ってないわ。で、どうしたのママ?授業が終わった後こんなところに呼び出して」

恵介「フフッ、いやなに...伊介も頑張っているようだからな」

恵介「1つプレゼントを渡そうかと思ってな」

伊介「え!?本当!?伊介嬉しい♥」

恵介「ほら、開けてみな」

恵介から伊介に手渡されたのは、一枚の封をされた便箋だった

伊介「うん!分かった♥」ペリペリ

伊介は便箋が破けないように丁寧に封を開け、一枚の紙を取り出した

伊介「......え?」

恵介「気に入ってくれたか?」

伊介「ママ...これって...」

恵介「そう...」


恵介「寒河江春紀さんの、暗殺手配書だ」



黒組受業惨観 完

今回の投下は以上で終わりです
また授業参観ネタで次に続くカタチの終わりとなったので、次回は一週間以内の投下を目指しています

ついでにちょっと補足です

・ペーター・キュルテンについて
彼は実在した殺人鬼です。かの手塚治虫も『ペーター・キュルテンの記録』という作品を書いて取り上げるほどに、シリアルキラーというイメージとはかけ離れた愛の深さを見せた人間です。

・キャラの呼び方について
このSS内でのキャラの他のキャラへの呼び方は原作と異なる点があります。原作から時間が立っていることを考え意図的にやっているものもあれば、もしかしたら勘違いで書いているものもあるかもしれません。それらについては違和感があるかもしれませんがどうかご容赦下さい

・暗殺手配書と言う単語
これは造語です。指名手配書と同じようなものと考えて下さい。要は春紀さんを殺して欲しいという依頼が出たということです。

投下します
今回もオリキャラ・オリ設定があります
ご注意下さい



揺れる想い

伊介「春紀の、暗殺手配書...っ!」

恵介「ああ、そうだ」

伊介「ちょっ、ちょっとママっ!!これどういうことなのっ!?」

恵介「落ち着け、伊介。まずその手配書をよく見てみるんだ」

伊介「手配書...」ペラ


ー手配書内容

依頼日:X月Y日10:00
暗殺対象者:寒河江春紀
暗殺対象者詳細:(URLとQRコードが表示されている)
報酬:0円

そして紙には大きな「Assigned(割り当て済み)」と書かれたハンコが押され、その下に受託した日にちと依頼受託者の名前が書かれていた

受託日:X月Y日10:00
依頼受託者:都の西北

伊介「落ち着いて見てみると...何?この変な手配書」

恵介「落ち着いたか?なら少し、昔教えたことのテストをしよう」

伊介「ママっ!!今はそれどころじゃ...!」

恵介「いいから、な。まず第1問。俺達のようなフリーの暗殺者は暗殺の依頼をどうやって引き受ける?」

ママはプロの暗殺者だ。決して無駄なことはしない

つまりこのテストにも意味があるのだろう

伊介「...それは当然、暗殺者ギルドを仲介してよ!」

暗殺の依頼や紹介などの仲介を一手に行い、両者の間のトラブルを無くすために発展した機関

それが暗殺ギルドだ

恵介「そうだ。でもギルドの仲介にも2種類あったよな。それはなんだ?」

伊介「直接の依頼と手配書。ママへの依頼は直接の依頼の方が多いわね...」

恵介「そう、暗殺者として名のある者には直接暗殺ギルドを通して暗殺の依頼が来る」

恵介「そしてもう1つの方法がこの暗殺手配書」ペラ

恵介「掲示板に手配書を貼り暗殺対象者や報酬を提示し、フリーの暗殺者がそれを受託し、依頼を実行するというものだ」


恵介「そして以前春紀さんが依頼を受けた方法でもある」


伊介「...っ!!」

恵介「彼女の受けた依頼はとある中小企業の元社長の奥さんからの依頼だった」

恵介「大企業からの不当な圧力によって会社を潰され、それを苦に自殺した夫の仇を討つために依頼したらしい」

恵介「暗殺対象は直接の原因であるその企業の部長」

恵介「しかしその時点でそうとう困窮していたらしく、報酬はかなり割に合わないものだったらしい」

恵介「良い点はといえば、暗殺者への条件が全く指定されていなかったこと」

恵介「つまりその依頼は、他の依頼を受けようとしても受けることの出来なかった、春紀さんが受けれる唯一の依頼だった」

恵介「そして幸か不幸か、春紀さんはその依頼を達成出来てしまった」

恵介「その後ただの女子高生だったはずの彼女が、暗殺を成功させたということで、彼女は10年黒組へと参加することになった、ということらしい」

伊介「……」

恵介「さて少し話が逸れてしまったが、次に第3問だ」

恵介「手配書による依頼が受託された後、その手配書は通常どうなる?」

伊介「...普通は受託されたらその暗殺依頼をわざわざ公開しておく意味なんてないわ」

手配書は通常依頼者と暗殺者を結びつけるためのものだ

受託された時点で手配書は本来の意味を失っている

伊介「だから仲介するギルドが暗殺の契約書として管理するから、他人に見られることはまずありえない...わよね」

恵介「ああ、その通り。だけどまれに受託者の名前を載せて割り当て済みの手配書を公開する場合がある」

恵介「これは何故だか覚えてるか?」

その場合手配書は予告表へと変化する。つまり...

伊介「売名行為。それと威嚇の役割...かな」

恵介「概ねその認識通りだ」

恵介「暗殺者からの身辺警護をするボディガードも人間だからな」

恵介「危険な暗殺者が来ると分かることで、ボディガードも敬遠して、逆に身辺警護をすることが難しくなるということもある」

恵介「じゃあ最後の問題だ」

恵介「手配書による依頼には、最初に掲示板に掲示された時点から割り当て済みとなって公開される手配書がある」

恵介「これはどういうことか分かるか?」

つまり暗殺者は手配書を介する前から、依頼をした人間や組織と既に契約をしていたということ

そして手配書の公開から、売名・威嚇の意図があるということになる

伊介「暗殺者個人というよりも、特に依頼者側の方で売名や威嚇をしたいと思ってるっていうこと?」

恵介「うん。最後の問題は教えていなかったのによく推測できたな」


恵介「さてそれじゃ今までの問題を意識して、もう一度手配書を見てみるんだ」

ー手配書内容

依頼日:X月Y日10:00
暗殺対象者:寒河江春紀
報酬:0円
状態:Assigined(割り当て済み)
受託日:X月Y日10:00
依頼受託者:都の西北

伊介「まずこれはさっき言ったような、あらかじめ組織なり黒幕なりと契約を結んでいる暗殺者の仕業ね」

伊介「しかも報酬を0円に設定してる。つまりこれは暗殺者にギルドを仲介させる必要性が全くないことを示している」

伊介「つまり暗殺者は組織の構成員かもしくは長期の専属契約を結んでいるか...どっちにしても依頼者とかなり強い繋がりがあるってことね」

伊介「でも一つだけ解らない点が有るの、ママ」

恵介「何だ?言ってみな、伊介」


伊介「何で...春紀が狙われてるの!?」


伊介「春紀はあの性格だから人から殺してやりたいというほど恨まれるっていうことは殆ど無いわ」

伊介「昔春紀が暗殺した相手の遺族ってのも考えたけど、1年以上も経っていて対応が遅すぎる」

伊介「ママは知ってるの?何で春紀が狙われたのか?」

恵介「...いや、ママの方でもハッキリした理由までは調べられていない」

恵介「だが理由の一つは推測が出来る」

伊介「...それって?」


恵介「春紀さんが黒組に入ったからだ」

伊介「黒組に入ったからって...そんなの去年も入ってたじゃない!」

恵介「よく考えろ、伊介。今の黒組はどういうものに成っている?」

伊介「...!!そうか...今の黒組って」

恵介「そうだ。今の黒組は一ノ瀬さんの願いで、一種の駆け込み寺のような側面を持っている」

恵介「特にクローバーホームから逃走している神長さんや、司法の手から逃れている武智さん」

恵介「こうした面子が普通に学生生活を送れるようにしているのが今の黒組だ」

恵介「そのため学園生活を乱し得るものは排除する存在と成っている」

伊介「そしてそうした抵抗を掻い潜って黒組の生徒を[ピーーー]ことが出来れば、その暗殺者や依頼者側は大きく名を挙げることが出来るってわけね...」

恵介「そういうことだ。ただ何故黒組の中で寒河江さんが選ばれたのかまでは分からないがな」

伊介「そう...」

恵介「ただ同業者の間でもこの暗殺者を危険視している人間は多い」

伊介「...危険視?何故?」

恵介「それは暗殺ギルドのデータベースを見れば理解できるさ。コイツは意図的にデータベースに自分の記録を公開しているからな」

伊介「そう...分かった。後で調べておく」

恵介「伊介。ママはそろそろ行かなければならないが、お前の親としてこれだけは言っておく」

伊介「...何、ママ?」


恵介「よく考えて選択しろ。決して後悔しないように」


伊介「……」

恵介「それだけだ。じゃあな伊介、愛してるぜ」

伊介「...私もよ、ママ」

ママと別れたことで、そして春紀が殺されるかもしれないという状況を知ったことによって、

無意識に埋めていたアタシの中の疑問が、再び表層へと滲み出てきた

伊介「アタシは春紀のことを...どう思っているの...?」

...とりあえず今は春紀と合流しなければならない

暗殺者がいつやって来るとも分からないのだから

そうやって自分を納得させて

春紀を探して前へと進む足とは裏腹に

心は逃げることを選択していた

自分の本当の気持ちから...

その後春紀と無事合流した

それから帰り道や寮の中でも何かあるか警戒をしていたが、そのまま就寝まで何事もなく過ぎていった

春紀「zzz...」

春紀が寝静まったのを確認してから、アタシは暗殺ギルドのデータベースにアクセスしていた

『都の西北』とはどのような暗殺者なのかは、データベースの記録を見れば理解出来る、とママは言った

普通の暗殺者は自分の情報が漏れることを嫌うが、コイツはそれを意図的に流出している

何の意図を持ってそうしてるのかは分からないが、とりあえず見てみなきゃ始まらない

そうしてアタシは『都の西北』のデータベースを調べた...

………
………
………

「はぁ~...嫌になるわね...」

『都の西北』のデータを調べ始めてからまだ10分程度しか経っていない

しかしアタシはこれ以上この記録を見るのに嫌気が差していた

記録のページに有ったのは今までの暗殺件数と暗殺対象となった人間の概要


そして全体の8割以上を占める拷問の過程の記録だった


しかも拷問と言っても肉体的なものではない

対象を絶望に導き、精神を崩壊させる拷問である

データベースには暗殺対象となる人間が拉致されてから、精神が摩耗していく過程が克明に刻まれていた

文章で、画像で、音声で、動画で

自らの所業を魅せつけるかのように記録していた

伊介「まあ要するに、この胸糞悪いのがコイツの暗殺スタイルってわけね」


相手の精神を崩壊させて殺害する


暗殺と呼ぶのもおこがましいと言えるようなスタイルをとるのが、この『都の西北』という暗殺者らしい

もちろん残りの2割以下にも重要な情報が有った

その1つが過去の暗殺履歴であった

伊介「今までの受託暗殺件数は春紀のを除いて4件、内1件は継続中...か」

伊介「知名度の割に数は少ないけど...あんなことやってたらどうしても時間は掛かるわよね。それに...」

暗殺履歴から分かったことは『都の西北』の今までの受託暗殺件数。それと...


伊介「狙うのが暗殺者だけだってんだからなおさらよね」


『都の西北』が暗殺者しか狙わない暗殺者殺しだということだった


アイキャッチ風単語説明

『都の西北』
他の暗殺者から危険視されている新進気鋭の暗殺者
暗殺者しか殺さず、また対象の精神を必ず崩壊させてから殺している
その際には主に薬物や催眠術を用いている
この殺害方法は個人の嗜好によるものでは無く、組織からの命令によるもの
暗殺対象となった暗殺者が殺してきた人間のリストは詳細で、学歴まで載っている 


敵の情報は得られるだけ得た。ならば...

伊介「後は選択するだけ...ね」

つまり春紀を助けるためにこの『都の西北』と戦うか、

それとも自分の安全のために春紀を見捨てるか...の2つ

この際、プロとして考えるのならば、リスクとリターンを客観的に考慮しなければならない

春紀を助ける場合のリスクはもちろん自分に危害が加わる場合

『都の西北』は暗殺者しか殺さないという暗殺者だが...

自分もまた立派に暗殺者であり、暗殺され得る存在なのだ

春紀を助ける場合、まとめて暗殺対象となる可能性は高い

さらに相手はこれまで少なくとも3件で暗殺者を葬ってきた腕の立つ暗殺者だ

この選択には、決して少なくない確率で死というリスクが付き纏う

一方で春紀を助けた場合のリターンは、ハッキリしていない

自分の中で春紀がどういう存在なのかすら固まっていない

伊介「つまり明確で大きいリスクと、不明瞭で有るかも分からないリターン」

伊介「プロとして行動するなら、春紀を助けるってのは選択肢として論外ってことね」

だからこそ、ママの与えてくれた選択肢に感謝している

伊介「ママは言ったわ。『親として言う』『後悔しない選択をしなさい』と」

伊介「プロの暗殺者犬飼恵介としてではなく、犬飼伊介の親の犬飼恵介として言ってくれた」

だからこそアタシは、犬飼伊介個人として後悔しない選択をする

伊介「ぽっと出の暗殺者のせいで、アタシが自分の気持ちも分からずもやもやするなんてありえない!!」

暗殺ギルドのデータベースが開かれた情報端末の画面を見ながらアタシは決心した

伊介「『都の西北』、アンタは...」


伊介「伊介が殺してアゲル♥」

さて、今後の方針は既に決定した

しかし『都の西北』と対立する場合に問題となる大きな課題がある。それは...


伊介「このことは春紀には伝えられないわね...」


狙われている春紀に対して、『都の西北』のことを、そしてそれ以前に...

狙われていることすらも伝えることが出来ないという点である


伊介「アイツは何ていうか...責任感とか自己犠牲の塊みたいなものなのよね...」

寒河江春紀という人間は、自分のせいで他人が傷つくのを良しとせず、他人のために自分が傷つくのを良しとする人間だ

そういうところで春紀は妙に頑固な人間なのだ

だから春紀に暗殺者に狙われていて、それをアタシが助けようとしていると伝えた場合、


春紀は必ずアタシに被害が出ないように、わざと孤立して『都の西北』を迎え撃つ


それが寒河江春紀だ

だからこそ春紀には伝えず、気付かれないように、春紀を守らなければいけない

しかしそうした場合、自分一人の手では余るのも確かだ

今までも一日の多くを一緒に過ごしてきたが、四六時中監視するように張り付いていては当然怪しまれる

なので...

伊介「ここはアイツを使うしかないか...」

そうしてアタシは携帯を取り出し、ある番号に電話を掛けた

翌日、睡眠不足により思い瞼をこすりながらアタシは春紀と一緒に登校していた

伊介「ふあぁ~...眠い...」

春紀「あれ?伊介様寝不足?大丈夫?」

伊介(アンタのために寝不足なんだけどね...)

伊介「平気よ。どうせ授業時間っていう睡眠のための時間があるんだから」

春紀「いやそこ寝るための時間じゃないから。ちゃんと授業受けないと留年しちゃうかもだぞ伊介様」

伊介「まぁ大丈夫でしょ。去年出席日数なんてほとんど満たしてなかった黒組の面子が進級出来てるんだし」

春紀「いや、まぁそれを言っちゃあそうなんだけどさ...」タハハ...

まるで何事も無い日常の1ページ

しかしアタシは警戒を緩めてはいない

それこそ警戒を緩められるのは、他の暗殺者が多数いる教室くらいのものなのだから

春紀「う~ん、けどなぁ...」

伊介「ん?どうしたの、春紀?」

春紀「いや後輩になった伊介様というのも一度見てみたいというか...」

春紀「『春紀先輩♥』とか言う伊介様も見てみたいなぁ...とか思ったりして」

いきなりコイツはバカみたいなことを言い出した

伊介(ふーん...春紀のくせに中々生意気なことを考えてるわね)ピキピキ

伊介(あっ!じゃあそれなら...)ピーンッ

伊介「ふ~ん、じゃあ...」ガバッ

アタシは春紀を抱きかかえるようにし、口元に手を当て、顔を近づけた


伊介「こうして欲しいってこと?は・る・き・せ・ん・ぱ・い♥」

キャーッ/// ア、アレハヤッパリ... キマシタワー///

登校途中の他の生徒から色めきだった声が上がる

...ちょっとやりすぎだったかも

いやこれは春紀を懲らしめるために必要なこと!

伊介(さあ!春紀の反応は!?)

春紀「いや、伊介様...」


春紀「後輩と先輩で立ち位置逆だろ、フツー」


春紀はそうなんでもないかのように言った

伊介「ちぇっ、つまんないの」

伊介(こっちはこんなに恥ずかしい思いまでしたのに...///)

そんな普通の学生のようなバカなことをやりながらも、登校中は何も問題は起きなかった



春紀(はぁ~、ビビった...)

春紀(動揺してたの顔に出てなかったよな...)

春紀(伊介様のバカ...)

春紀(いきなりあんな近くに顔近づけられたらドキドキしないわけ無いじゃん...///)

無事登校し、黒組の教室に入った時、いつもとはほんの少し違う光景がそこにはあった

何かが足りないわけではなく、むしろ何かが足されている

それは春紀の机の上、中心に、ピンク色の便箋というカタチで鎮座していた

春紀「ん?なんじゃこりゃ?」

鳰「ウチが朝一番に来た時には既にあったっスよ」

春紀「ふーん...」

春紀が便箋を手に取り裏面を見る

春紀「寒河江春紀様へ...ってことはやっぱりアタシ宛だねぇ」

鳰「ていうかその便箋、ハート型のシールで封してあるじゃないスか!」

鳰「これはもう!アレっスよ!アレ!!」

春紀「アレ?」

鳰「ラブレターっスよ!ラブレター!どんなこと書いてあるんスか?」

春紀「こらこら、他人のプライバシーに関わるからな...見せやしないよ」

鳰「え~、ノリ悪いっスね~」ブーブー

春紀「まったく...って伊介様どうかしたの?」

伊介「...別に~...特にどうもしていないわよ...」

これが本物のラブレターかどうかは分からない

しかしタイミング的に警戒しなければいけない物には違いない

なのにどうしてだろうか...

ラブレターをもらっている春紀に...

そしてそんなものもらい慣れたかのような春紀の様子に...


一瞬心がざわついたのは


こんなことではいけない

とにかく次の休み時間にでもアイツから話を聞かなければ

アイツなら手紙の内容も知っているだろう

ー1時間目休み時間

鳰「んでウチを呼び出したっつーことスか...」

伊介「そうよ♥春紀の手紙の内容、ちゃんと調べてあるでしょうね」

鳰「そりゃ昨日言われた通り春紀さんの私物で何かしかけられそうなものは全部監視してましたからね...」


ー同日午前3時

鳰「さ~てお仕事も終わりましたし、そろそろ寝るっスかね~」プルルルル

鳰「ん?電話?こんな時間にっスか?」ピッ

鳰「は~い、誰スか~こんな時間に...」

伊介「あ、良かった。起きてたわね、鳰」

鳰「伊介さんっスか...どうしたんスか、こんな時間に...」

伊介「今春紀が暗殺者に狙われてて、アタシはそれを助けることにしたの」

伊介「だから春紀の身の回りのものに何か怪しいことされないように監視しといてね♥」

伊介「特別に日当出してあげるから。あ、やらなかったらぶっ[ピーーー]から♥」

伊介「それじゃ今日の春紀の登校前から確認よろしく~♥」ガチャ プーッ プーッ プーッ

鳰「......は?」

鳰「…………」

鳰「はぁぁ!?」

…………
………
……

鳰「いやまぁ、晴の望みである黒組継続のためにもウチが協力するのはいいんスけどね...」

伊介「それで?春紀の手紙の内容は?」

鳰「ああ、ハイハイ。それなら春紀さんが来る前に抜き取って写真とっておいたっスよ」ペラリ


ーピンク色の手紙

寒河江春紀さんへ

あなたに伝えたいことがあります
どうか今日の放課後、1207教室に来て頂けませんか
一生のお願いです。どうかよろしくお願いします

とも子より

伊介「文面は至って普通ね...このとも子ってヤツ特定できる?」

鳰「いや~難しいっスね。ミョウジョウ学園はかなりのマンモス校ですから」

鳰「とも子って人間だけでもかなりの数いますから、それら全部の行動を把握し切るのは正直難しいっスね」

鳰「それにその「とも子」ってのが本名とも限りませんしね」

伊介「まあそうね...この1207教室への仕掛けは?」

鳰「教室の中が隈なく見えるように小型カメラと盗聴器を設置するよう手配しておいたっス」

...正直なところ今のところ出来る対策はこのくらいだろう

伊介「うん...ご苦労様。意外と働きが良かったんで、早めに日当支給しておくわね」ニコッ

鳰「お!ありがとうございます!何かな何かな~」


→プチメロ3個


鳰「………な、」

伊介「な?」

鳰「何っスかこれはぁぁ~~!!」

伊介「何って...アンタの日当」

鳰「ウチの日当がプチメロ(60円税抜)3個ってどういうことスかぁぁ~~!!」

伊介「それって...プチアンパンのほうが良かったってこと?」

鳰「そこじゃないっスよっ!!」

鳰「とにかく待遇改善を要求するっス!!改善まではストも辞さないっスよ!!」

伊介「いや、鳰に労働基本権とか適用されないから」

鳰「ウチ人間扱いされてないっ!?」

伊介「それとこの話はアンタの飼い主にも話してあるから」

鳰「飼い主って...理事長にっ!?マジすか!?」プルルルル

鳰「ってすいません。ハイもしもし」ピッ


百合『その話は本当ですよ、鳰さん』


鳰「理事長!?っていうかこの会話聞いてたんスか!?」

百合『ええ』クスクス

伊介「ね、伊介嘘なんかついてなかったでしょう」ケタケタ

伊介「だからさ、鳰...」

百合『というわけで鳰さん...』


伊介・百合「「よろしく(お願いします)ね」」


鳰「...ブラッククラスに勤めてるんだが、もうウチは限界かもしれないっス...」

すいません
眠気に負けそうなので今日は一旦ここまでにさせていただきます
残りはまた今日の夜に投下したいと思います

投下します
あとすいません
今日で終わりません

それから放課後まで特に異常はなく過ぎ去っていった

そして放課後

春紀はいつもやっている事務仕事も早々にして、指定された教室へと向かっていった

もちろんアタシはそんな春紀から目を離さないよう尾行を行っていた

また、鳰から受け取っていた監視カメラと盗聴器の受信機に目を移す

そこには小さなおかっぱの女の子が1人そわそわと何かを待つ様子でいるのを写していた

おそらく、これがとも子なのだろう。だが、彼女は今のところ何も変な行動を取ってはいない

つまりまだ敵か普通の学生かは区別がついてない

なので春紀を止めるわけにもいかないのでしかたなくアタシは、春紀達の待ち合わせている教室の隣、1208教室で待機することとした

ガララッ

春紀が1207教室へ入っていった

その瞬間とも子は晴れやかな笑顔を浮かべた

とも子「来てくれたんですね!寒河江先輩!」

喜色満面という彼女の笑顔に、春紀はクールに対応した

春紀「ああ、手紙、読ませてもらったからね」

とも子「ありがとうございます!わたし、来てくれるかなって昨日からずっとやきもきしてて...」

春紀「ハハハ、それで、要件は何なのかな?」

春紀はペースを崩さず、冷静に対応していた

伊介(やっぱりこういうのに慣れてんのかしら...)

何故か胸にチクリという感触を覚えながら、画面に異常は無いか確認を続けた

とも子「は、ハイっ!!あ、あのですね、実は...」


とも子「あなたのことがずっと好きだったんですっ!私と付き合ってくれませんかっ!!」

何の衒いもなく、ただ思いを伝えるという目的のみを持った、言葉だった

これに一体春紀はどのように返事をするのか...

その時アタシの胸は、自分でも気付かないうちに、告白しているとも子に勝るとも劣らないと言えるほど、高鳴っていた


春紀「ゴメン、付き合えない」


そしてそう、簡潔に、春紀は言った

とも子「......っ!!」

とも子「なんでか...理由を聞いても...良いですか?」

春紀「...理由の1つは、今気になる人がいるから...かな」

その言葉を聞いた瞬間、ドクンと一際強くアタシの胸の音が響いた

しかしその音について考える暇など無かった。なぜなら...

春紀「それにさ...」

瞬間、春紀はとも子の左手を捻り、持ち上げて、言った


春紀「左手にスタンガンを隠し持っているような娘とは付き合えないよ」


伊介「...っ!?」

それに気づいた瞬間、アタシは隣の教室へと駆け出していた

ガラララッ


伊介「春紀っ!!」


そうして焦って大声を挙げるアタシとは対照的に、

春紀「あれ、どうしたの?伊介様」

飄々と春紀は返事をした

その足元に気を失っているとも子を転がしながら


春紀「いや~この娘がさ、告白断ったらいきなり襲いかかってきたもんでさ。仕方ないから軽く顎を揺らして気絶してもらったよ」

伊介「...そう」

春紀は単にこの娘が告白を断られ逆上して、襲いかかってきたと思っているようだ

ならばここは深く追求せず、このとも子とやらを鳰に引き渡せばいい...


そのように考えていたアタシを、状況は待ってくれなかった

???「とも子!!」

大声と共に、3人ほどの女子が教室に慌ただしく入ってきた

全員ミョウジョウ学園の制服を着ている。この娘の友達か何かだろうか?

その内の1人がこちらをキッっと睨み言い放った

女子生徒A「寒河江さんですか!?それとも犬飼さんの方ですか!?なんでとも子にこんな酷いことしたんですか!?」

女子生徒B「そうですよ!!」

女子生徒C「何でとも子が倒れてるんですか!?」

春紀は面倒なことになったなという、困惑した表情で頭を掻いた

そして口を開こうとして、気づいた


新たに舞台に上がってきた人間は、たった3人程度ではなかったのだと...

「そうですよ!」「酷いですよ!」「酷いですよ!」「そうですよ!」


春紀「!?」
伊介「!?」

最初に声が上がったのは、掃除ロッカーの中からだった


アタシ達が顔を向けると同時に開いたその中には、男女入り乱れた4人の生徒が入っていた


皆うつろな顔をし、スタンガンを携帯した状態で


しかしアタシ達への非難の合唱は、それだけでは済まなかった

「「「「ヒドイデスヨソウデスヨヒドイデスヨソウデスヨヒドイデスヨソウデスヨソウデスヨヒドイデスヨ」」」」

伊介「...!?」
春紀「...!?」


ほとんど間を置かずに、掃除ロッカーと同じ教室の後方から、さらなる怒号が放たれていた

その空間に人間の姿は無かった

だがその怒号は、教室に備え付けられている生徒用ロッカー...


その計21個全てから発せられていた


そしてロッカーの扉が開き、21個のロッカーから21人の生徒が転がり出てきた

皆虚ろな目をして、スタンガンを携帯しながら...


女子生徒ABC「「「ソウデスヨヒドイデスヨソウデスヨヒドイデスヨ」」」

そしていつの間にか駆けつけてきた3人も、虚ろな表情でスタンガンを携帯し、合唱に加わっていた

明らかに正気を失っている人間が、群れを成してアタシ達に敵意を向けている

さすがにこの異常な状況には、暗殺者としての経験が有るアタシ達でも絶句せざるを得なかった


春紀「伊介様...これって」

伊介(『都の西北』は拷問の過程で催眠術を用いていた...これは間違いなくヤツの仕業!)

伊介(どうやって名だたる暗殺者を拉致できたのか疑問に思ってたけど、こういうやり方だったのねっ!!)

伊介「春紀!気をつけなさい!こいつらはアンタを狙ってるわ!」

春紀「...ああ、そうだな」

こんな光景をただの一般人が見たのなら、この圧倒的な非現実感に圧され、パニックになっているだろう

だがアタシ達はただの一般人ではない。人を[ピーーー]という経験をしてきた、暗殺者なのだ

即座にアタシ達は構え、眼前の30人近い操り人形の攻撃に備えた

ロッカーから出てきた生徒達は、関節が固まっているのを強引に動かしているような、ぎこちない動きをしていた

無理もない話だ

何故なら1時間目の授業が始まる前に鳰はこの教室にカメラや盗聴器を備え付けるよう手配していた

ならばロッカーにいた人間たちは少なくとも授業開始以前からこの教室に潜んでいたということになる

数時間もの間、狭い空間に体を強引に折り曲げ潜んでいたのだ。体への負担がない訳はない

が、しかし...

痛みなど、疲労など、関節など

それらすべてが存在しないかのように、彼等は飛び掛ってきた

そのスピードも常人のものでは無く、まるでスタンガンを弾頭とした一つの弾丸のようであった

その弾丸は、春紀と伊介の双方に3人ずつ放たれた

常人ならば反応すら出来ない弾丸


しかし、それを受ける彼女達もまた、常人ではなかった

伊介は素早く身を屈め、三人の弾丸を避けた

そして飛び掛かった彼等が着地した瞬間を狙い、足払いを掛けた

そうして地に伏せた彼等の持っていたスタンガンを、手早く彼等自身へと向け押し付け、無力化した

力も、時間も、全く無駄がない、実に洗練された動きだった


一方で春紀は対照的な対処法を取った

直線的に飛び掛ってきた弾丸。その弾頭であるスタンガンが春紀に当たる寸前、

春紀は反復横飛びのように、彼等以上のスピードで横へスライドした

そして春紀が元いた地点に到達した弾丸の内、一番近くにいた1人を、


思いっきり蹴り飛ばした


蹴り飛ばされた1人は他の2人を巻き込みながら、直角の弾道を描き壁へと激突した

優れた瞬発力とバネを活かした、春紀だからこそ取れた対処法だった

春紀「意識を失ってる奴らにやられるほど、やわじゃないよ」

伊介「フフッ、春紀も中々やるじゃない♥」

春紀「伊介様もやっぱり流石だなっ!」ニカッ


春紀の対処ぶりを横目で見て、伊介は安堵していた

春紀は単に守られるだけの庇護対象ではなく、共に戦うことの出来るパートナーであると感じたからであった


しかしこの時、伊介の神経は眼前の敵と、横に立っている春紀に対して向けられていた


つまり春紀の足元の存在に対して、注意が足りなかった

プシューッ

その場に存在していなかったはずの、スプレーの噴射音がその場に響いた

伊介「!?」

それは春紀の足元にいた、

春紀が最初に気絶させた、とも子と呼ばれた女子生徒の右手から、ガスと共に噴出された音だった

春紀「んなっ......くぅっ......」ガクンッ バタッ

不意を打たれそのガスをもろに吸い込んだ春紀は、すぐに四肢から力が抜け、その場に倒れ伏した

とも子?「ふぅーっ、意外とてこずったなぁ」

起き上がりながら、そう、何でもないように彼女は言った

アタシは即座にとも子へ、そして春紀の元へと駆け出していた

しかし...

とも子?「おっと」シュッ

その瞬間、とも子は持っていた殺傷用のナイフを春紀の首元へと当てた

それを見てアタシは、


動くことが出来なくなってしまった

とも子?「アハハハッ!やっぱりこれで動けなくなっちゃうんだ」

そうして生まれた決定的な隙を突かれ、

伊介「うぐっ...!」ドサッ

アタシは操り人形共に取り押さえられた

とも子?「キャハハハッ!予想していなかったようだねっ!」

とも子?「こんな小さな女の子がっ!最初に気絶させたはずの人間がっ!武器を奪い無力化したはずの人間がっ!他の生徒からも名前を呼ばれていた人間がっ!」


都の西北「アンタたちを仕留める、都の西北だってさぁ!!」


伊介「お前がっ...!!」ギリリ

都の西北「しっかしさー、あの犬飼の娘がこっちの仕事の邪魔をしてきてるっていうからどんなものなのかと思ったけどさー、」


都の西北「案外甘いんだな。お友達を盾にした程度で動かなくなるなんて」


伊介「くぅっ...!!」

都の西北「いやーでも1クラス丸ごと暗示かけて駒にするなんて、ちょっと念を入れすぎてたかな~なんて思ったけど...」

都の西北「どうしてどうして...二人共中々のものだったね。こりゃ図らずも正解だったようだ」

都の西北「さて、ターゲットは寒河江春紀1人なんだけど...」

都の西北「もしターゲットの暗殺を邪魔する人間がいるならそいつも暗殺対象に加えろって上司からのお達しでね」

都の西北「それにアンタも中々拷問に利用できそうだし、連れて行ってやるよ」

伊介「連れて行く?どこへ?」


都の西北「仕事場へ、ね」


そう都の西北が言った瞬間、アタシは取り押さえられていたヤツの1人にスタンガンを当てられ、意識を失った

すいません
今回の投下は一旦ここまでです
想像以上に長くなりラストまで書き切ることが出来ませんでした
現在ラスト近くのシーンまでは書き上げているのですが、今回は区切りが良いところまで投下させていただきました
明日までには書き上げて投下したいと思います

いまさらだが、ageじゃなくてsagaなら殺すがピーにならないよ

>>317
危なっ!ageで大丈夫なのかと勘違いしてました
ご指摘ありがとうございます

ちなみに下げたいならsagesagaって並べて入れるといいよ

>>319
ご教授ありがとうございます
以後メール欄をより注意していきたいと思います

書いてたら寝落ちして朝になってました...

今から投下します

最初はアイツの事を馴れ馴れしい奴だと思った

人のことをお前とか呼んだり、腕掴んでひねってきたり、名前が変だと言ってきたり...

自分のことにしか興味がなく、無神経な人間なのだと思った

だが違った

むしろ彼女は誰よりも深い情を持っていた

どれだけ自分が傷ついても構わない

たとえ死んでも構わない

家族のためになるならば

彼女は...そういう人だった


そしてどういう訳かは分からないが、その情はアタシに対しても向いてきた

頼んでもいないのに笑顔でお節介を焼く姿は


まるで母親のようだと...


そう思ってしまった

………
……



意識がはっきりしない

頭の中が霧に包まれているような

水にプカプカと浮いているような

そんな不思議な気分だ

これは夢なのだろうか


不意にアタシは1つの人影に気付いた


アタシのお母さんだ


アタシを産んでくれたお母さん

アタシに弟を与えてくれたお母さん

でもある日変わってしまったお母さん

アタシ達を無視し続けたお母さん

そしてアタシと弟を


見殺しにしたお母さんだ

アタシはお母さんに問いかける

問いかけ自体が意味のないものと知りながら

伊介?「ねえお母さん。どうしてアタシを見捨てたの?」

???「……」

伊介?「ねえお母さん。どうして弟のことを見殺しにしたの?」

???「……」

伊介?「ねえお母さん」


伊介「あなたはアタシのことを愛してくれてたの?」

???「フフフッ」クスクス


すると突然、ずっと沈黙を保っていたお母さんが、アタシに語りかけてきた


???「あなたのことを愛していたかですって?」

???「そんなの自分でとっくに理解しているんじゃないの?」

伊介?「やめて」

???「お前のことを愛している人間が、育児を放棄すると思う?」

伊介?「やめて」

???「お前のことを愛している人間が、お前を見捨てると思う?」

伊介?「やめてよ」

???「お前のことを愛している人間が、」


???「お前の弟を見殺しにすると思う?」


伊介?「やめてって言ってるでしょうっ!!」


???「お前のことなんか、」

???「愛していなかったに決まっているじゃないか」


伊介?「あ...」

伊介?「あああ...」

伊介?「あああああああああああああああああっ!!」

伊介「はぁっ!」


嫌な夢を見ていた

小さい頃は何度もも見ていた夢

しかし最近は全く見ることのなくなった、あの頃の夢

アタシがまだ犬飼伊介で無かった頃の思い出の夢

全身が嫌な汗をかいていた

伊介「はぁっ...最っ悪!」

最悪な気分の起床に、畳み掛けるように最悪な声が流れた

都の西北「お~はようございま~す。いい夢は見れましたか、伊介さ~ん?」

都の西北の声がスピーカーから流れてきた

伊介「ええ、アンタの声を聞いてさらに最悪な気分になったわ」

悪態をつきながら辺りを見回し、そこでようやく1つのことに気づいた

伊介「アンタ!!春紀をどこへやったの!?」


同じように気絶させられたはずの春紀がいない

どこか別の部屋に入れられたか...もしくは

既に拷問を受けているのか

都の西北「あーあー寒河江春紀さんですねー。まあもうすぐ会えますから、今はそこら辺でじっとしててくださいねー」

そう言うと、スピーカーはブツッと音を鳴らし、声を発しなくなった

とりあえず冷静に今の状況を分析しよう

今のアタシの体は、嫌な夢を見ていたせいで気分は悪いが、身体的には問題はなかった

またアタシが今いるのは四角い倉庫の中のような場所だった壁と床以外には、外へ通じているであろう扉が、正面に一つあるのみだった

また天井にはスピーカーと倉庫内のどこでも映せるように配置された監視カメラが設置されていた

おそらくこれでアタシの様子も観察していたのだろう

ガチャンッ ギィィィ

そう考えていたところで、正面の扉の鍵が開く音がして、扉が内側へと開いていった

寒河江春紀が、扉をあけて中へと入ってきた

伊介「春紀っ!!」

俯いているため表情はよく見えないが、あれは間違いなく春紀だった

そうして春紀に近づいていったその時...

強い殺気を感じ取り、本能的に後方へ飛び退いた

結果的にその判断は正解だった

アタシが飛び退いていなかった場合にいた空間に、春紀の強烈な蹴りが空を斬っていたからである

そして蹴りの反動を殺し、こちらを向いた春紀の顔を見て理解した

悲しみに耐え切れずに泣きながら、しかしアタシに対して激しい憎しみを向けている表情

明らかに春紀は正気ではなかった

伊介「春紀にっ...、春紀に何をしたのッ!!」


アタシは叫んでいた

いつも笑顔で飄々としている春紀の顔が、今は悲しみと憎しみでひどく歪んでいる

何をすればここまでの表情を春紀にさせることが出来るというのか

アタシの叫びに対して、都の西北は人を小馬鹿にしたような態度で軽く答えた

都の西北「キャハハハハッ、そうだね。お前には説明したほうがより効果的だろうね」

都の西北「オイ、寒河江春紀!私が命令するまで犬飼伊介を攻撃するな。ただし自己防衛の防御は許す」

その言葉を聞いた途端、春紀は構えたままその場から動かなくなった

都の西北「まあ催眠術によってある程度は私の命令を聞くように細工はしたよ」

都の西北「でもね、私のしたことなんてそれ以外はホントに単純なことさ」

都の西北「私のしたことは薬と催眠術によって、寒河江春紀にたった一つのことを信じこませただけさ」

伊介「たった一つのこと...?」

都の西北「そう、たった1つ...」


都の西北「犬飼伊介が家族全員を皆殺しにしたってことを、ね」


都の西北の不愉快な嘲笑が部屋中に響いた

アタシは自分の中の血液が一気に沸点を超え沸き立ったように感じた

都の西北「最初に寒河江春紀は軽度の催眠状態にしてね、自らの情報を提供させたんだよ」

都の西北「コイツは家族のことをそれはそれは大事にしていた」

都の西北「それこそ前回の黒組の時にはまさに命懸けで家族を救おうとするほど大事にしていたようだね」

伊介「アンタ...!!」

都の西北「フフフッ、でもね大事なもののランキングを急に駆け上がってきた存在があったんだよ」

伊介「っ...!!」

都の西北「それがお前だよ、犬飼伊介」

都の西北「それを知って思いついたんだ。コイツへの拷問方法を」

都の西北「自分が大事だと思っていた犬飼伊介に自分の大事な大事な家族が殺される」

都の西北「その幻想を植え付けることにより、寒河江春紀の手で犬飼伊介を惨殺させる」

都の西北「そうした後に寒河江春紀の正気を戻し、自分が犬飼伊介を殺した事実を突きつける」

都の西北「これは結構な絶望を生むとは思わないかい?」

都の西北は、笑いながらそう言った

それを聞いた伊介の脳内には、純度を高めた強烈な、都の西北への殺意があるのみだった

都の西北「ハハハッ、ところで今お前さぁ、寒河江春紀に対してなんて酷いことをするんだとか思ってるんじゃない?」

都の西北「でもさ、これは決して寒河江春紀のためだけの拷問じゃないんだよ」


しかしそこで都の西北が、予想外の言葉を投げかけてきた

伊介「...っ!?どういう意味!?」

都の西北「お前さあ、さっき寒河江春紀に催眠術で情報提供をしてもらったって聞いてさ...」

都の西北「何で自分も同じようにされたって思わないの?」


伊介「くっ...!!」

都の西北「あ~、もしかして特に体とかに異常がないから何もされてないとか思った?」

都の西北「でもさこの状況で敵に捉えられていて拘束すらされていないのっておかしいと思わない?」

都の西北「っていうかそれ以前にさ...」


都の西北「敵に眠らされたこのタイミングでたまたまあんな悪夢を見たって事自体、おかしいとは思わないの?」


伊介「...っ!!あれも...あれもお前の仕業かっ!!」

都の西北「そうでーす。アンタの過去のトラウマとかはぜ~んぶアンタの口から話していただきました」

都の西北「あれだけママ、ママ言いながら、本物の母親の事も忘れられてないとか、結構可愛い所あんじゃん、伊介ちゃ~ん」プププ

都の西北「ちなみに今までの悪夢では母親は何も喋らなかったようだから、特別に私が改造して私が言ったことを母親の声で再生してもらいました~!」

都の西北「久しぶりに本物の母親の声を聞けて、嬉しかったんじゃなぁい?」

ダァンッ

アタシは近くの壁に拳を突き立てていた

こうでもしなければもはや理性を保つことすらできなくなりそうだったからだ

都の西北「おっと、ヤバイヤバイ...煽り過ぎたかな」

都の西北「おーい、それじゃ最後に一つだけ言っておくよー!」

都の西北「これは寒河江春紀のためだけの拷問じゃないって言ったろ?」

都の西北「これは犬飼伊介、アンタへの拷問でもあるんだよ」

伊介「アタシへの...拷問...?」

都の西北「そう!簡単に言うとね、寒河江春紀にとって犬飼伊介の存在が大きくなっていったように、犬飼伊介にとっても寒河江春紀の存在は大きくなっていたってこと!」

都の西北「アンタは本当の母親の愛を知らずに成長してきた」

都の西北「そのせいで理想の母親のように、自分に絶対的に与えられる愛というものに強烈な憧れを抱いていた!」

都の西北「そして寒河江春紀こそがそれを与えてくれる存在なんじゃないかと思うようになっていった」

都の西北「自分の身よりも家族を優先する寒河江春紀の姿は、アンタには自分の本当の母親とは真逆の、理想の母親のように思えていたんだろうねぇ!」

都の西北は、あれほど頭を悩ませていた疑問の答えを、あっさりと暴露した

都の西北「それこそが犬飼伊介の悩んでいた、寒河江春紀への気持ち!」

都の西北「だけど今!そうして信じた人間から、偽りの憎しみを向けられて殺される!」

都の西北「殺された瞬間に分かるはずだ!お前を無条件に愛してくれる人間なんてこの世にはいないんだって!」

都の西北「それこそがお前へ与えられる絶望だぁ!キャハハハハッ!!」


伊介「アンタだけは...アンタだけは絶対に許さないっ!!アタシが必ず殺すッ!!」


都の西北「さあ、よく我慢したな寒河江春紀!犬飼伊介を...」


都の西北「殺せッッ!!」

その合図と共に、春紀はアタシ目掛けて一直線に走りだしてきた

この場を切り抜けるためには、春紀を無力化しなくてはならない

この場合相手を気絶させるのが一番良い方法だ

そのために取るべき戦法は...

春紀が教室でやったように、相手の顎への打撃によって脳を揺らし一瞬で気を失わさせる!

春紀は決めにくる時はかなり大ぶりの攻撃をする傾向がある

だからまず最初に来るであろうジャブなどの軽打をやり過ごしながら、大ぶりの攻撃を待って仕留める

そう考えていた

だが春紀の取った行動はその予想を裏切ってきた

春紀「がああああああっ!!」

春紀は初手から決めの一発と言える大ぶりの一撃を放ってきた

伊介「っ!?」

これには逆に不意を打たれた形となってしまった

そのためパーリング(相手の攻撃を受け流すこと)が間に合わず、クロスアームブロック(腕を十字に組んで行うブロッキング)で受ける形となってしまった

そしてさらに予想外だったのは、そのパワーであった

伊介「ぐっ!?」

左腕に当たった一撃は、まるで蹴りのような殺しきれない衝撃を与え、伊介を吹き飛ばした

伊介(くっ!左腕が痺れて動かない...!!一体何なのよあのパワーは!?)

都の西北「アハハハッ、さすがの動きだねぇ、寒河江春紀」

都の西北「今彼女は催眠によって脳のリミッターが外れている状況だ」

都の西北「だから今の彼女の攻撃はあんまり受けないほうが良いよ~...ってもう遅かったけどね」ケラケラケラ

伊介(ホンットに人を苛つかせるのが上手いヤツね!!)

どうやら今の春紀は理性をほとんど失っている代わりに、攻撃の威力はかなり増大しているようだ

これは迂闊に受けに回らないほうが良い

伊介(それに...)

ある仮説を基に、襲い来る春紀を前にアタシは両手をだらりと下げ、リラックスした状態で立った

そして短い呼吸を繰り返しながら、春紀を迎え撃った

一方春紀はアタシの構えなど気にも掛けず、渾身の打撃を繰り出してきた

それはアタシの正中線上、胸の中心目掛けて繰り出された

その攻撃をアタシは拳が触れるか触れないかという寸前まで引きつけ、体を捻ることにより最小限の動きで躱した

それにより春紀は勢いのつきすぎた自らの攻撃によって、前のめりにバランスを崩した

伊介(やっぱり。今の春紀は連打も考えてなければ、攻撃を躱された時に生じる隙のことも考えてない)

伊介(ただ全力で相手を攻撃することしか眼中にない)

伊介(それなら最小限の動きで躱して、即座に反撃すればいい)

この時伊介はロシアの近代格闘技システマに基づいた動きで、春紀の攻撃に対応した

システマは素手の相手のみならず、ナイフや銃を持った相手とも戦うことを考えて作られた武術である

しかしながらいかに広範な相手を想定した実戦格闘術システマであっても


今の春紀の超人的な動きに対応するものではなかった

伊介に最小限の動きで躱された結果、右腕は伊介の横をすり抜けていった

通常の人間であればこの際可能な行動は、右腕から倒れないように左足に重心を戻し体制を立て直すことのみである


しかし春紀は、逆に左足を地面から離した


そしてさらに春紀は床へと跳び込むように、両腕を前に出し足を畳んだ体制へと瞬時に変えた

そして両腕で床へ着地をすると同時に、畳んでいた両足を後方へと思い切り突き出した


最小限の動きで躱し、反撃を試みようとしていた伊介の腹部へと目掛けて


伊介にとってその攻撃は自分の想定を完全に超えたものであった

そのため成すすべもなく伊介は腹部への強烈な一撃を喰らい、吹き飛ばされた

都の西北「ヒュー-ッ!さすがは寒河江春紀。「最高の素材」と言われるだけはあるねぇ!」

春紀はこれまで格闘技の訓練を受けた経験があるわけではない

しかしその有するバネ、瞬発力、ボディバランス、身体把握能力はどれもずば抜けており

純粋なポテンシャルだけで言えば黒組最高とまで言える能力を有していた

専門の訓練を積めば、「東のアズマ」にも対抗できる能力を持つだろうという一部の人間から彼女は、

「最高の素材」と呼ばれていた

その「最高の素材」が催眠術の効果によりさらに限界を超えた動きをしてきた

これには様々な経験を積んできた犬飼伊介といえども、対処することは出来なかった

伊介(くっ...!これは...まずいわね...)

伊介は吹き飛ばされた状態で、呼吸を短く繰り返した

これもまたシステマの技法である「バーストブリージング」と呼ばれる呼吸法である

これは腹部へ受けた強烈な打撃による苦痛に対し、呼吸に集中することでその苦痛を和らげ、体を動かすことを可能とする技術である

だが...

伊介(立ち上がれはするけど...素早い移動はほとんど出来ない...!これじゃあの春紀のスピードを躱せないっ!!)

伊介の受けたダメージは大きく、ただ腹部を抑えて立ち上がることしか出来なかった

それに対し、今の春紀には情けもなければ油断もない

ただ伊介を仕留めるために伊介の方向へ猛然と走っていった

しかしこの絶望的な状況でもまだ、伊介は諦めてはいなかった

この最後の時まで諦めないという精神力が、犬飼伊介の暗殺者として特に突出した能力であった

伊介(...っ!!)

しかし、この時春紀の顔を見た時に、伊介の思考は停止した

春紀の顔には、いつの間にか憎しみの表情が消え、ただただ大粒の涙を流しながら悲しみの表情を浮かべていた

伊介(...まったく、こんな時になんて顔してるのよ...)

走り来る春紀を目前に伊介は抵抗を諦めた

それは抵抗する手段が見つからないからではなく...

伊介(アンタになら...殺されてもしょうがないなんて...思っちゃったじゃない)

春紀によってもたらされる死を受け入れたからであった

春紀の攻撃が死をもたらすまでの短い間に、伊介はある思考をしていた

伊介(都の西北はアタシが殺される瞬間に、アタシを愛してくれる人間などいないと知り絶望すると言った)

伊介(だけど大外れね...今のアタシはむしろ満ち足りた気分よ...だって...)


伊介(家族の仇だと信じ込まされていても、アタシを殺すことを泣いて悲しむほど想ってくれている人が、アタシの目の前にいるんだから)

そして...何に対してかは自分でも分かっていないままで...満面の笑みを浮かべて伊介は言った


伊介「ありがとう...春紀」

そして、伊介の顔の、

すぐ真横を、豪快な風切り音と共に、拳が通過していった


春紀の拳が伊介の顔面を捉えなかった原因は、伊介の行動でもなければ、都の西北の行動でもない

寒河江春紀が、ただ単純に攻撃を外したのだった

春紀はすぐさま2発目の必殺の一撃を繰り出す

しかし伊介には当たらない。当てることが出来ていない

都の西北「...っ!?オイ、どうした寒河江春紀!!さっさとそいつを殺せ!!家族の仇だろうがっ!!」

しかし春紀の攻撃はあさっての方向へ行き、遂には春紀は拳を下ろした

そして大粒の涙を流しながら、伊介の目の前で立ち尽くした

春紀「いや...だっ...ごろ...しだく...ないっ」ボロボロボロ

それは催眠下にあってもなお揺るがない、春紀の心からの想いだった

都の西北「ちぃっ!!何だってんだよオイ!」

わけのわからない状況に都の西北はただひたすら声を荒らげていた

目の前で春紀が泣きじゃくっている状況は、プロとして行動するならば当初の予定である春紀の無力化を達成する絶好の機会だと言えた

しかし伊介の取った行動は、プロの暗殺者としてのものではなかった

伊介は泣きじゃくる春紀を優しく抱き寄せた


この時伊介は子供の頃に読んだ絵本を思い出していた

絵本の中の世界にはやさしいやさしいお姫様がいたこと

けれどお姫様は悪い人のせいで長い苦しみに陥っていたこと

そしてそんなお姫様を救うのはいつだって...


王子様のキスであるということを

伊介にとってこの行為に現状を打破しようという狙いはなかった

ただ自分の胸の内から溢れる感情に従って取った行動だった

だが結果としてこの行為が状況を変える鍵となった

春紀「いす...け...さま...?」

春紀の目に光が戻った

伊介「おかえり、春紀」

伊介は優しい微笑みを浮かべていた

春紀「アタシ...なんか怖い夢見て...それで...」

伊介「大丈夫...大丈夫よ」

伊介はまるで母親のように、泣きじゃくる春紀を優しく抱きしめた

カメラに映しだされた光景を冷ややかな目で都の西北は眺めていた

都の西北「催眠状態ってのは意識の狭窄、つまり何か一つの物事しか考えられないっていう状態だ」

都の西北「だから相手の精神に強烈な刺激を与えることで意識を拡大、無理矢理覚醒状態に持っていったってことかね...」

都の西北「スッゲーッ!こんなのどこのお伽話だよって感じだよ」

都の西北「ハハハハハッ...だけどさ...」

都の西北「そんなハッピーエンドで許すはずねーだろォ!!」バンッ

都の西北は荒々しく1つのスイッチを押した

そして別のマイクに命令を投げかけた


都の西北「EO1(実験体1号)!そこの女2匹を、ぶっ潰せッ!!」

春紀の催眠状態が解けたことに安堵していた伊介は、春紀が入ってきた扉が再び開く音を耳にした

伊介と春紀はすぐさまその音源へと注意を向けた

部屋に入ってきたのは、2m近い長身の、筋肉質の男だった

しかしその顔は、苦痛の表情で歪み、虚ろな目をしていた

この男もまた春紀と同様、意識を操られているのだと、ひと目で理解できる有り様だった

伊介「何、コイツは?」

伊介は新たに舞台へ上がった操り人形を警戒しながら呟いた

回答など期待していなかった呟きであったが、都の西北は愉快そうにその問いに答えた

都の西北「ハハハッ、予習が足りないんじゃないのか犬飼伊介!」

都の西北「私の暗殺履歴で、一件だけまだ未達成の案件があるのを見ていなかったのかぁ?」

その言葉を聞き、伊介はデータベースで見た都の西北の記録を手繰り寄せた

伊介「そう...4件目の被害者の残り1人ね」

都の西北の暗殺受託件数は4件

そのうち4件目だけはまだ達成完了とはなっていなかった

4件目は拳法を使う七人兄弟が暗殺対象となっていた依頼だった


そしてその内の1人が他の兄弟6人を殺害した記録を最後に更新されていなかったはずだ

都の西北「そう、その通り」

都の西北は嬉々として説明しだした

都の西北「私の4件目の暗殺対象はとある拳法使いの7人兄弟」

都の西北「コイツはその末っ子に生まれながら、兄弟の中で最高の肉体と格闘センスを持って生まれてきた」

都の西北「しかし穏やかな気性のため、兄達を守るためにしか拳法は用いなかった」

都の西北「でもそのせいもあってか兄弟仲はものすごく良かったらしいんだよなぁ」

都の西北が話してる間にも、EO1と呼ばれた巨体の男は伊介達を仕留めんと歩み出してきた

都の西北「だからそいつには、自我はそのままに体の指揮権だけを奪って、兄弟を殺させたんだよ」

都の西北「あの時の表情は、中々のものだったぜぇ」

その時から顔に張り付いたであろう苦痛に歪んだ表情で、EO1は縦拳(親指が上を向くように拳を向けて打つパンチ)を繰り出した

EO1「がああああっ!!」

太極拳などの拳法に見られる震脚(足で地面を強く捉える技法)を伴い繰り出された拳を、伊介がEO1の左半身側に春紀が右半身側に分かれ避けた

しかしパンチを避ける一瞬に、伊介はあることに気づいた

伊介(このEO1ってヤツ!パンチを打ってる最中に右足を浮かし始めてる!これは...!)

そして気づくと同時に叫んでいた

伊介「春紀っ!!」

詳しい内容までは伝えられなかったが、今の春紀にはそれで充分だった

春紀は伊介の声に気付き、そして


自分に襲い来るEO1の右足にも一瞬早く気づくことが出来た

回避行動を取った春紀の眼前を、豪と、風切り音と共に足刀が通り過ぎた

普段の春紀であれば躱せない蹴りであったが、リミッターが外れ運動能力が上昇している今の春紀であったため、ギリギリのタイミングで躱すことが出来た

春紀「ひゅーっ、あっぶな~...」

伊介(コイツ...!春紀と同じように攻撃途中に強引に他の攻撃を仕掛けてくる...!)

都の西北「あ、そうそう。コイツ足技メインの中国拳法の1つ、戳脚も修めてるらしいよ」

都の西北「だから寒河江春紀と同じことが出来ると思ってもらっていいよ。ま、先天的な運動神経によるものか、後天的な技術によるものかの違いはあるけどね~」

伊介「くっ...マズイわね、これじゃ...」ハァハァ

EO1の攻撃を躱しながらも、伊介の呼吸はかなり乱れが生じてきた

腹部の痛みを打ち消すために行ったバースト・ブリージングや、春紀との戦いの消耗が癒える間もなくEO1の攻撃を躱し続けなければいけない状況に陥った影響によるものであった

その状態の伊介を見て春紀はある行動に出た

今まで行っていたEO1の攻撃の回避から一転、攻撃を仕掛け始めた

そしてそれによりEO1は春紀に対して攻めの手を集中させた

伊介「は、春紀!?」

動揺する伊介に、春紀は目配せをした

今の二人にはこれ以上の意思疎通の手段は必要なかった

春紀の意図を理解した伊介は、腹部に意識を集中して深い呼吸を行った

これは空手の息吹と呼ばれる呼吸法であり、呼吸の回復や集中力の強化を促すものであった

伊介は呼吸を整えながら、冷静にEO1を分析し思考していた

どのようにすれば、アイツを戦闘不能に出来るかを

一方春紀はあえてEO1に近接戦闘を挑んでいた

EO1の肉体すべてを武器と考え攻撃を回避しながらも、何発かの攻撃を当てていた

しかし筋肉の鎧に覆われたEO1に、それほど効いている様子ではなかった


その様子を都の西北は嬉々として眺めていた

都の西北「親しい物同士で殺しあうという絶望を回避したのも束の間」

都の西北「圧倒的な武力によりメチャクチャにされる」

都の西北「希望から絶望への相転移」

都の西北「それこそが都の西北からお前らへ与える新しいプレゼントだ!!」

そう、楽しそうに自分の描いている脚本を語っていた

そこで伊介は考えた作戦を春紀に伝えた

春紀「...ちょっ!?マジ!?」

伊介「大丈夫よ。アタシを信じなさい」

この時の伊介の目は、決して自分を犠牲にしようという目ではなかった

むしろ絶対に生き残るという決意と覚悟に満ちた目だった

春紀は少し不安そうであったが、結局伊介の覚悟に押し切られた


そして先程とは対照的に、今度は伊介がEO1に対し近づいていった

しかし伊介は春紀とは違い、攻撃はしなかった

伊介は春紀の時と同様に、全身をリラックスさせ姿勢を正していた

EO1は近づいてくる伊介に対し、機械のように反応し縦拳を放った

伊介はそのEO1の縦拳を最小限の動きで躱し、がら空きの彼の右半身側へと滑らかに移動した

しかしそこは決して安全地帯ではない

EO1はすぐさま、春紀の時と同様、しかし春紀とは異なる戳脚の技術体系を以って、伊介の腹部へ必殺の蹴りを放っていた


そしてそれこそが伊介の狙いであった

遠間にいた春紀は戳脚の蹴りの予兆が見えると同時に、最大速度でEO1に向かって突き進んでいった

伊介は迫り来るその蹴りを皮一枚で躱した

そして同時に飛び込んできた春紀が、重心の乗った軸足の膝を最大の威力で蹴りつけた

春紀「うぅらぁぁぁっ!!」バギィッ


EO1「がああっ!!」

EO1の軸足から骨の壊れる不快な音が響いた

拳法は拳を打つ際の姿勢を重視する。そのため片足を破壊し体重を掛けられなくすれば戦力は格段に落ちる

そのために伊介が自分の身を危険に晒すことで、あえて相手に戳脚の蹴りを放たせ、そこで生じた隙を相手が意識していない遠方から春紀が突く

これが死の淵であっても決して諦めない、犬飼伊介の考えた作戦であった

だがEO1は技術だけの拳法家ではない

その筋肉に任せて、ただ暴れるだけであっても充分危険な巨漢である

事実、EO1は破壊された左足を、腿の筋肉を用いて上げ、片足での戦闘を再開しようとした


しかし相手の攻撃を躱すのに最小限の動きしか用いていなかった伊介が、片足で立ち上がろうとする隙を見逃すはずはなかった

伊介「はぁぁっ!!」

伊介は片足で立ち上がった直後のEO1の顔をハイキックで強打した


この一撃が決め手となった

足での踏ん張りの効かないEO1は、脳を強打され吹き飛ばされた

これにより意識は切断され、だらりと四肢を投げ出した状態で床に倒れた

EO1が倒れるのを見ると、都の西北はスピーカーを切った

都の西北「あーあ、なにこれ?つまんねーの」

白けたというような表情でそう言いながら都の西北は一つのスイッチのボタンを押した

都の西北「こういうのは本意じゃないんだけどしょうがない」


都の西北「あいつらには餓死してもらおう」


都の西北「あの部屋を出るための唯一の出口をここのコンピューターからロックした」

都の西北「そしてこのコンピューターを起動するには、私の持つこのカードキーが絶対必要」

都の西北「力を合わせて数々の困難を打倒したと思っていたら、そこにあるのは誰にも助けられないという現実」

都の西北「正直こういうまだるっこしい絶望は好きじゃねーけどギリギリ及第点ってとこか、ハハハッ!」

そう笑いながら、都の西北はその場を去ろうと出口の方へ振り向いた

鳰「へ~、逆に言えばそのカードキーがあれば簡単に2人を救出出来るんスか」

しかし出口の扉の前にはいつのまにか、ニヤニヤと悪意のこもった笑みを浮かべた、金髪の少女が立っていた

都の西北「...っ!!走り鳰っ!!」

都の西北はいきなりの闖入者に驚きつつ、戦闘準備をした

鳰「アレ?ウチのこと知ってるんスか?」

都の西北「あまり面白くない冗談は言わないでくれ。催眠を暗殺に用いている人間で、西の葛葉の人間を知らないわけ無いだろう」

鳰「アハハッ、そうっすね~。黒組の皆さんの対応に慣れてくると、自分が暗殺者の二大家系の内の1つの人間だって自覚が薄れてくるっスね...」

何故か一瞬暗い表情を浮かべたが、すぐにまた悪意しか感じさせない笑顔に戻り言った

鳰「じゃあ話が早いっスね。手っ取り早く選んでくれないっスか?」

都の西北「選ぶ?何を?」


鳰「ここでウチに殺されるか、それともここで捕まって後で伊介さん達に殺されるかっスよ」

都の西北「…っ!!」

鳰「ウチのオススメとしては、伊介さん達っスね。春紀さんがいるから数%位は生存できる確率があるっスよ」

都の西北「西の葛葉ってのは本当に冗談が下手らしいな」

鳰「いやいや~、ウチこう見えてもユーモアのあるクラスの人気者キャラで通ってるんスよ~」

都の西北「私の選ぶ選択は、お前を殺してここを出る、だよっ!!」

都の西北は鳰を目視した瞬間に、即効性の麻痺毒の効果があるガスを周囲に散布していた

無論都の西北は、このガスに耐性を持つように作られている

都の西北(もうそろそろコイツの体内に毒が回って、その不愉快なニヤけ面も出来なくなるだろう)

だが鳰は依然として笑顔を浮かべながら言った

鳰「あぁ、これは麻痺のガスっスか。新進気鋭の暗殺者って聞いてたっスけど意外と古典的な手を使うんスね」

都の西北(くっ...まさかコイツも、ゴホッ、この毒に耐性を持っていたとは...ゴホッ!)

都の西北(...!?なんだ?ゴホッやけにゴホッ息が苦しい...)

都の西北は鳰に何かされているのかと鳰を見やる。しかし先程から見ていたが何か怪しい行動を取った形跡はなかった

都の西北(コイツは...ゴホッ...何をしている!?)

鳰「あの~...」

そんな思考の中、鳰はまるで日常会話のように告げた


鳰「首、苦しくないんスか?」


そこで都の西北は初めて気づいた


自分の首に自分の両手が絡み付き、締め上げているという事実に

都の西北(はぁっ!?)

そのことを意識してなお、両手は彼女の意志を裏切り首を締め続ける

都の西北(な、なんで!?催眠術を掛けられた意識すら、いやそもそも催眠術を掛ける素振りすら見えなかったぞ!?)

鳰「アンタは何か誤解しているようっスね」

鳰「西の葛葉は催眠術師じゃなくて...」


鳰「呪術師なんスよ」


鳰「催眠術のように原理が分かっているものではなく、」

鳰「究極的に理不尽な訳の分からない力を振るう」

鳰「だからこそ人はそれを呪いと呼んで...」


鳰「ウチらは呪術師と呼ばれるんスよ」

都の西北「あ...が、がが...」

都の西北は自らに振りかかる死の恐怖に、そしてなにより眼前の理解が及ばない怪物に、圧倒的な絶望を感じていた

鳰「ま、このことは覚えておいて下さいね♪」


鳰「来世でね」パチッ


鳰の指が鳴ったのを合図に、都の西北の両手は一気に首を捻り上げ...

首の折れる軽い音が響いた


都の西北の死を見届けた鳰は、床に落ちたカードキーを拾いながら呟いた


鳰「これだけ働いて、日当プチメロ3個ってのはホント勘弁してくれないスかね~...」

EO1が戦闘不能状態に陥ったことを確認した二人は安堵の表情を浮かべた

春紀「やったな...伊介様」

伊介「春紀も...頑張ったわね...」

そうして笑顔で互いを労い合っていた

しかしその和やかな空気は...


春紀「ガフッ!!」


突如春紀の吐いた鮮血により、かき消された

伊介「春紀っ!?」

伊介が春紀の元へ駆け出した

春紀「あー、あの時腹に喰らったやつかな?あれやっぱり躱しきれてなかったか...」

春紀は自分が血を吐いていることをどこか現実味が無いように捉えていた

しかし伊介が駆け寄ると、春紀は四肢から力を失い、伊介に寄りかかった

春紀「...あれ?なんでだろ...力、はいんないや...」

伊介「春紀っ!!しっかりしてよ、春紀っ!!」

その時春紀は何かを理解し、受け入れたような表情を一瞬浮かべた

そして春紀は口元から血を流しながら、しかし微笑みを浮かべながら言った

春紀「伊介様...」


「ごめん」


伊介「何で...何で謝ったりするのよッ!!」

春紀「いや...これはちょっと...さ」

伊介「......っ!!」

伊介は涙を浮かべながら、春紀の顔を手に取り


春紀の血に濡れた唇にキスをした


春紀「伊介...様...?」

伊介「やっと...やっとアンタの事が好きだって気づいたのに...!!」

伊介「何でそんなこと言うのよっ!!」

伊介は駄々をこねる子供のように、大粒の涙を流しながら春紀を責め立てた

春紀「ああ...そうか」

その時春紀は理解した

夢のように感じたあの唇の感触は、夢ではなかったのだと



春紀は頭を撫でるような手つきで愛おしそうに髪を梳き、微笑みながら言った


「ありがとう」


その言葉と共に、春紀の手から、首から、全身から

抜け落ちるように力が抜けていった

伊介「春紀っ!?春紀ぃっ!!」

伊介「イヤ...イヤよ...信じたくない...」

伊介「いやああああああ!!」



鳰「いや生きてるっスよ、それ」モシャモシャ



伊介「.......はぁ!?」

春紀の死を受け止めきれず嘆いていた伊介に、プチメロンパンを食べながら鳰が話しかけた

鳰「いや春紀さん生きてますって。おそらく催眠の影響で精神に負荷がかかったんで、強制的にシャットダウンしたような感じっスね」

伊介「………」

確かによくよく観察してみると、弱々しいながら呼吸はあるし、脈の感触もあった

つまりこれは...

鳰「ま、眠ってるだけなんでそこまで心配しなくてもいいっス...ってちょっと伊介さん!ストップストップ!!」

伊介「このバカ春紀ッ!!なんであんな思わせぶりなこと言ってんのよ、このバカ!!」

怒りなのか、照れなのか、とにかくやり場のない感情を伊介は春紀にぶつけようとした

鳰「寝てるだけって言っても一応怪我人なんスから!抑えて抑えて!!」

この後伊介も戦闘の疲労からすぐ倒れ、結局二人共鳰の手によって病院へと送られることとなった



そこは窓のない空間だった

様々な計器が並んだそこに、白衣を着た老人が1人、計器をチェックしていた

そして常に波のような線を刻んでいた計器の画面が、直線のみになったのを見て、ため息をついた

老人「ふぅ、あやつめ、失敗しおったわ」

その計器は、都の西北に埋め込まれたチップから彼女の生体情報を受信し映しだす計器だった

そしてその計器は先ほど、都の西北の死を表示した

老人「まあいい、この世に成功だけの物事など無い。失敗にどう対応するかが大事なのだ」


老人「二人目の製作を急いでいて良かったわい。これで引き続き都の西北を続けられる」


そう、老人は独りごちた

そして老人はどこかへ電話を掛けた

老人「ああワシだ。二人目をここに連れてきてくれ。ああ。頼んだぞ」

電話を切った後、老人は連れて来られたものの最終調整を行う準備に勤しんだ

そしてしばらくしてその部屋と外界を繋ぐ唯一の扉が開いた


老人「おお、待っとっt...誰だ、お前は?」


老人はジトリとした視線を、自分の空間に侵入してきた男に向けた

その侵入者であるところの、犬飼恵介は言った


恵介「さて、それをこれから死ぬ人間に言う意味はあるのかな?」

老人「...まあここがバレたからには、ワシの命はないじゃろうな...」

そうして老人は会話しながら、男から見えないように体の陰で隠しながらあるボタンを押そうとした

だが押すよりも早く

タァン

犬飼恵介が銃で老人の足を撃ちぬいていた

老人「ぐうっ!」

恵介「しかしよく考えられたシステムだ...」

苦しむ老人を余所に恵介は会話を続ける

恵介「都の西北プロジェクト...自分達の学閥の人間を暗殺した暗殺者に対し制裁を加えるシステム」

恵介「手配書やギルドのデータベースを利用することで、その名前やどんな人間が暗殺対象となるかを広め、自分達に暗殺者が来ることを抑制しようとするとはね...」

しかし老人は返事を返そうともせずに、ボタンを襲うと左手を伸ばした

タァンッ

軽い銃声と共に今度はその左手が撃ちぬかれた

恵介「特に画期的と言えるのは暗殺者である都の西北を量産可能なものとした、あなたの教育システムだ」

恵介は左手の痛みに苦しむ老人も意に介さず、一方通行な会話を続けた

恵介「教育の際に催眠や薬物投与により、工業製品を作るかのように品質の高い暗殺者を製造する方法を確立した」

恵介「しかしその焦り方を見るに、やはりその教育法は隠匿していたようだな」

恵介「まぁ、それも当然か...おいそれと広めて自分の価値を下げるような真似はしたくないだろうしな」

恵介は老人が必死に押そうとしていたボタンに目を移す

恵介「おそらくそのボタンによって、その教育法が拡散するのだろうな。死ぬのならば最期にせめて自分の名を遺して死にたいということか」

老人「お前は何故ここに来た...やはり都の西北による暗殺のやりにくさを懸念してか?」

初めて成り立った会話に、恵介は淡々と答えた

恵介「いや、そんな大仰なものじゃない。ただ...」


恵介「お前らが娘に危害を加えたから、それだけだ」

老人「ハハハ...なるほど死神、犬飼恵介か...道理で」

老人「なあ、最期に聞かせてくれ。調整中だった二人目の都の西北はどうした?」


恵介「安心しな、すぐに逢えるさ」


そう言って、恵介は引き金を引き、老人の人生に幕を引いた

そしてそれにより、『都の西北プロジェクト』は完全に消滅した

アイキャッチ風単語説明

『白衣の老人』
都の西北プロジェクトの根幹となる教育法を作り上げた人間
その教育法完成以前から、人道を軽視し効率のみを追求する考え方で学会を追放されていた
しかしある大学が、それに利用価値を見出し保護
その縁から、その大学の学閥の人間を有利にするための都の西北プロジェクトが生まれる
ちなみに初代、二代目の都の西北はどちらもこの老人の実子であった



最初は女王様気質の、気の強そうなやつが同居人になったもんだと思った

でも一緒に過ごしていてすぐに気づいた

彼女のその態度はメッキのようなものなのだと

彼女の弱い部分を隠し、強く魅せるためのメッキであると

彼女の動機を聞いた時

自分と同じだという親近感を抱いた

しかし彼女の生い立ちを聞いた時(どこかのおしゃべり鳥が一方的に話してきた)

彼女とアタシの動機は、その意味合いが正反対だと気づいた

アタシは家族という鎖から一度は解放されたいと思いながらも、解けない結びつきを感じて黒組参加の動機に至った

だが彼女は家族という鎖が解けないよう、必死で繋ぎ止めるために黒組参加の動機に至った

そのことを理解してから、アタシは彼女の瞳から目が離せなくなった

彼女の瞳が寂しそうな色を浮かべるたびに、胸が締め付けられるように感じた

この気持ちが何なのか

その時はアタシもまた理解できていなかった

目覚めるとそこは白い部屋だった

春紀(知らない天井だ...)

まだハッキリしない意識で、そんなことを感じた

しかしアタシの意識はすぐに現実に引き戻されることとなった

伊介「あっ、春紀。起きたのね」

アタシの隣に備え付けられたベッドに腰掛け、伊介様がこちらを見ていた

春紀「………」

アタシはベッドから起き、伊介様と向かい合った

伊介「もう体は大丈夫なの?まったく...状況が状況とはいえいっつも無茶するんだから...」
アタシは目の前の彼女から、目が離せなくなっていた

今まで見慣れていたはずの伊介様が、何故か輝いているように見えたからだ

この時アタシは自分の気持ちをようやくハッキリと自覚した

春紀(ああ...アタシ、この人が好きなんだ...)

伊介「ちょっと春紀?まだぼーっとしt...っ!?」


気づけばアタシは、伊介様にキスしていた

不思議な感覚だった

ただ唇を合わせているだけに過ぎないはずなのに、幸せな気持ちが止まらない

いつまでも離したくないとさえ思っていた

伊介「ぷはっ...ちょっ!!ちょっと春紀!?ど、どうしたの///」

結局顔を真っ赤にした伊介様に引き剥がされ、キスは中断された

ちょっと物足りない

春紀「いや、一回目と二回目はさ、アタシの意識がハッキリしてない状態だったからさ...」

春紀「ちゃんとしたいと思って...」

伊介「...バカ春紀///」

なんだこの可愛い生き物

伊介「あっ、そ、そうだ!」

普段の伊介様らしくない慌てた様子で伊介様が言った

伊介「ア、アンタ!気絶程度で紛らわしすぎるのよ!」

う...そのことか...

あれは全面的にアタシが悪いんだけれども...

春紀「いや...だってしょうがないじゃん。死んだ経験なんて無いし、あの時はホントにヤバイと思ったんだからさ」

伊介「ダメ。許さない」

春紀「そこをなんとかっ!許してよ伊介様...」

伊介「2つ...」

春紀「2つ?」

伊介「2つアタシの言うこと聞いてくれるなら許す」

春紀「聞く!アタシに出来る範囲ならなんでもするよ!」

伊介「そ、そう...じゃあ1つ目は...」

そして伊介様はアタシの耳元に近づき、3文字の名前をそっと囁いた


「---」ボソッ


春紀「え?」

伊介「アタシの...伊介じゃない...もうひとつの名前」

伊介「アンタには...アタシの全部を知ってほしいから...」

伊介「二人っきりの時、時々でいいから...この名前で呼んで...」

春紀「ああ、分かった...ありがとう」ニコッ

また1つ、彼女の知らなかった一部を知れた

伊介「それと...もうひとつは...」

春紀「もうひとつは?」

伊介「も、もう1回...」

春紀「え?」

伊介「さ、さっきのをもう1回ってこと!こ、今度は引き剥がしたりしないから...」

彼女は顔を赤くしながら、そう可愛らしいおねがいをしてきた

あのキスで幸せな気持ちになっていたのは自分だけでないと分かり、それだけで心が満ちていくようだった

顔を寄せ耳元で、ついさっき知った愛しい人のもうひとつの名前を呟く

春紀「分かった。愛してるよ、---」

そして少しの間見つめ合ってから、またキスをした

互いの想いを、幸せを

より深く感じ合うために



揺れる想い 完

番外

ー病室の扉の外

伊介と春紀の病室の前では、二人の人影が中の様子を伺っていた

鳰「...あの二人、いつまでやってんスか...」

鳰はうんざりしたように呟いた

恵介「まあまあ、恋人同士の大事な時間だからね」

対照的に恵介は心の底から嬉しそうに言った

鳰「いや、でももう何十分キスしてんスか...さすがに待ってる方も疲れますって...」

恵介「ハハハッ、いや~パパにいっぱい報告してやらなきゃな♪」

うなだれる鳰を尻目に、シャッター音を消したカメラで二人の様子を撮りながら、恵介は満面の笑みを浮かべていた...

これで今回の投下は終了です
次については以下の構想(という名の妄想)があります
・涼おばあちゃんの薬開発ネタ(4部構成で構想中)(他の状況説明とかが入ってるので優先順位高め?)
・涼香前日譚(クローバーホームから追われている状況の涼香の接触)
・日常編1(金星寮の部屋ごとの日曜日の過ごし方)
・日常編2(図書委員の娘の視点から見る同室ペアごとの図書館利用)
・ひつちたシリアス
・その他どうしようもない小ネタ

いつ、どれができるかは全く予想がつきませんので、読んでくれている方はどうか気長にお待ちください

それではどうもありがとうございました

都の西北って名前に何か意味あるのか?

投下します

>>397さん
都の西北は先に述べられた通り大学の校歌の名前です
これは「都の西北」という暗殺者が、「その名前と所業を広めることで、大学の学閥関係者への暗殺依頼そのものを控えさせることを狙いとした暗殺者である」という設定から、大学に由来した名前をつけようと思いつけた名前です
また一応、このお話はフィクションです実在の人物・団体とは一切関係ありません


また今回の短編はアニメ第4話に登場した図書委員の娘の視点となります
本編に出てはいますが、性格等オリ要素含みますのでご理解の程をお願いいたします



図書委員ちゃんの複雑な一週間

私は図書室という空間が好きだ

もちろん本そのものも好きなのだが、やはり図書室という静かでありながらもの寂しさを微塵も感じさせない、本を読むという目的を同じくした人だけで構成される空間、それを愛しているのだ

しかしそんな私と図書室に大きく影響を与える存在がある

それがこのミョウジョウ学園に設置された特別クラスである…

黒組の存在だ

月曜日

休日が終わり週始めということもあり、どこもかしこも忙しくなる曜日であり、またそれ故に憂鬱な気分になりやすく、最も自殺者の多いとされる曜日である

その忙しさは、たとえ学校の図書室であっても例外ではない

土日の内に読みたい本を見つけそれを探しに来た人、本の返却を忘れていて慌てて返しにくる人など他の曜日よりも多くの人がここに来ている

そんな忙しい日に黒組の内の二人がやって来た…

図書室に入ってきたのは、黒組の生田目千足さんと桐ケ谷柩さんだ

その二人を見て私は安堵のため息をつく

図書委員(良かった。『白』の方だった…)

黒組の人達は主に二人一組のペアを作って行動していることが多い

そうした6組のペアを、私は『白』と『黒』に分けている

『白』は図書室にとって問題がない、または少ない人達だ

普通に本を借りたり読書をするためにここに来る、図書室という空間を壊さない人達である

一方『黒』は図書室にとって有害・迷惑な人間だ

彼女達は時に大声を出し、時に奇行を取り、時に妙に目につく行動をしたりして、図書室という空間そのものを破壊してしまう唾棄すべき存在である

今回図書室に来たのは、生田目さんと桐ケ谷さんのペア

通称『天使と騎士(エンジェル・ウィズ・ナイト)』(命名者:私)と呼ばれているペアである

桐ヶ谷さんは高校生とは思えないあどけない容姿をしている

また幼さ残る無邪気な彼女の笑顔は、まるで地上に舞い降りた天使のようだと一部で言われている

生田目さんは桐ヶ谷さんとは対照的に、身長が高くスタイルの良い美人だ

また正義感が強く真面目な性格のようであり、王子様・騎士様と呼んでキャアキャア言っている下級生も少なくない

また生田目さんは桐ヶ谷さんと、多くの時間手を繋いで過ごしており、親密な関係であるようだ

そのため二人合わせたペアとしての人気も高い

そしてこの人達はまず図書室内で騒ぐということはない

本の利用も丁寧で、模範的利用者と言ってもいいくらいだ

故に彼女達は『白』なのだ

柩「千足さん、今日はつきあわせちゃってすいません」

今日は桐ヶ谷さんが本を借りるために図書室に来たらしい

千足「いや、いいよ。柩の行くところについていくのは当然だからな」ニコッ

図書委員(はうっ!!)ズキューーン

ううっ…私が直接言われたわけでもないのに、なんという王子様オーラ…

これを天然でやっているとしたら恐ろしいな、生田目さん…

柩「………」ジーーッ

その時の私は生田目さんに注目していて、天使とは程遠い虚ろな目をしてこちらを見る桐ヶ谷さんに気づいていなかった…

そうして二人はある本棚の前で止まった。

柩「あ、ありました。この本です。千足さん」

そう自分の背よりも少し高い位置にある本を指さし、それを取ろうと必死に背伸びをして手を伸ばした

柩「んっ…もう…ちょっと…」

千足「ほら、これだろ、柩」スッ

桐ヶ谷さんが本を取るのに難儀しているのを見て、すぐさま生田目さんはその本を取ってあげた

柩「ありがとうございます、千足さん!」

この二人は本当に仲が良い

なんというか…見ていて微笑ましくなるような光景だった

柩「じゃあぼく、この本借りてきますね」

そう言って桐ヶ谷さんは私のいるカウンターの方へテクテクと歩いてきた

柩「これ、お願いします」

図書委員「はい、返却は来週の月曜までにお願いします」ピッ

しかし私が貸出登録をし本を手渡しても、彼女は何故かその場から去ろうとしなかった

図書委員「どうかしましたか?」

柩「あの、あなたさっき、千足さんのこと、見てましたよね?」

私が尋ねると、桐ヶ谷さんがいきなり問いかけてきた

図書委員「え?はぁ、まあ…」

予想外の質問に困惑していると、桐ヶ谷さんは顔を近づけ私の耳元でそっと耳打ちした


柩「千足さんはぼくのものなんで、取ろうとか思わないでくださいね」ボソッ

そう一言言うと、彼女はまた元の無邪気な笑顔に戻り、生田目さんと一緒に図書室を退室していった

図書委員「………」


天使の知られざる一面をかいま見て、天使の素顔なんてものは知るものではないなと思い、また一つ大人になった気がした、そんな月曜日であった

火曜日

火の車を連想させるため一部の小規模なサービス業などでは定休日となっている曜日である

しかしながら、学校の図書室にいきなり火の車というほどまで多くの仕事が降ってくるわけもなく、私は昨日よりもゆったりとした心持ちでカウンターに座っていた

そんなゆったりした気持ちなど許すものか、という神の憎々しい声が聞こえるかのようなタイミングで、またも黒組の生徒がやって来た

今度の来訪者は武智乙哉さんと剣持しえなさんだった

図書委員(マズイな…『黒』の方か…)

決して表には出さずに、心の中で舌打ちをする

武智さんと剣持さんは今年になって良く一緒に過ごしているのが見られるようになったペアだ

以前は武智さんはすぐいなくなり、剣持さんも学園祭あたりから見えなくなった

しかし今年になって戻ってくると二人一緒に行動していることが多くなったようだった

武智さんはなんというか自分の感情に素直な人という印象を周りに持たれている

そこから本能のままに生きる動物のようだとまで言われている

また剣持さんは、去年はあまり人付き合いなどを好まないようだった

だが武智さんと一緒に過ごすようになってから、厳しいことを言いながらもどこか優しそうな目をするようになったと評判だ

そんな彼女達のペアは「キャット&ビターチョコレート」(命名者:私)と呼ばれている

動物のような武智さんと、それに対し厳しさと甘さを持った剣持さんを表している

もっとも、猫にとってチョコレートーー特にカカオの含有量の高いビターチョコレートは、食べると毒になるのだが…

しかしそんな彼女達は私にとって『黒』の存在である

しえな「ついてくるのはいいけど、お前読みたい本とかあるのか?」

乙哉「ううん、ただしえなちゃんを見てると面白いから来たんだ」

しえな「人を珍獣みたいに言うなっ!!」

乙哉「しえなちゃん、しーっだよ、しーっ!」

しえな「くぅっ…誰のせいだと…」


これである

武智さんは終始音量を小さく保ちながら剣持さんに話しかけている

しかし話す内容が剣持さんをおちょくる内容であり、それに剣持さんは反応して大声を上げてしまうのだ

図書室の空気を乱す実行犯は剣持さんだが、その根本の原因は武智さんにある

なので剣持さん単体では、図書室にとって大人しい利用者にすぎない

また武智さんも誰かれ構わずこういうことはせず、どうも剣持さんにだけやっているようだ


しえな「なんでお前は図書室に来るといつもボクにちょっかいかけてくるんだよ…」

乙哉「え~、だってしえなちゃんが怒ったり慌てたりする顔見るのって、なんか楽しいんだもん」

しえな「そんな楽しみは見出さないでくれよ…」トホホ


様子を見るに、どうも武智さんは剣持さんをからかうことに妙な楽しみを見出しているようだ

こちらとしても迷惑な話だ…

しかし、何故かからかわれている剣持さんには奇妙なシンパシーを感じてしまう

図書委員(言っても聞かない人っているからなぁ…)


心の中で「剣持さん五月蝿い」と「剣持さん頑張れ」という2つの矛盾した思いを抱えたまま、火曜日もまた図書室での時間は過ぎていった

水曜日

水に流れると言う言葉から不動産業者などの契約を業務としている業種が定休日としている曜日であり、また東方正教会ではユダがキリストを裏切った曜日として、食事や行動を制限して静かに祈ることを増やす曜日でもある

私も2日連続で黒組の生徒と関わり、疲れた気分を水に流して、祈りを捧げるように静かに読書にふけりたいと願っていた

だが二度あることはなんとやら、また彼女達の内の一組がやって来たのだった

しかし私はその二人を見て、むしろ熱烈歓迎という四字熟語で表される心情となった

混沌としている黒組における『白』の象徴!


首藤涼さんと神長香子さんが来てくれたのだから


首藤さんは常に学生とは思えないほど落ち着いた空気を纏っている人だ

少々失礼だが口調の影響も相まって、四字熟語で表すならば老成円熟とおいう言葉が似合うように感じる、少しミステリアスな面も持った人として捉えられている

一方神長さんは眼鏡で真面目な優等生という、見かけを全く裏切らない性格をしている

多少生真面目すぎて空回りすることもあるようだが、努力家な彼女には、それすらも一周回って彼女の魅力となっている気がする

彼女達は『静謐なる刻(せいひつなるとき)』(命名者:私)と呼ばれる、黒組きっての良識派だ

彼女達はいつも静かに本を選び、互いに別な本を読みながら過ごしている

しかし二人の間に流れる空気は自然でどこか暖かで…

そしてその空気が図書室全体に広がってゆくのだ

それにより図書室はいつもより静かに、しかしより心地良く読書の出来る空間となるのである

この二人が来ることで、図書室は更に上の段階へと至ると言っても過言ではない

彼女達はそういう存在なのだ

だが…!

ああ…なんと言うことだろうか…!

彼女達は本を借りて、すぐに図書室を出て行ってしまったではないか…!

私は妙なテンションになりながら、二人の退室を嘆いた


だがこの時の私は愚かにも考えていなかった

黒組の生徒が一組しか来ないと必ずしも決まっているわけではないということを…

彼女達の来訪はすぐに気がついた

先に挙げた『静謐なる刻』のペアが図書室全体の空気に影響を与えるように、彼女達もまた周囲に影響を与えるペアであるからだ

だがしかし、彼女達ーー犬飼伊介さんと寒河江春紀さんは紛れもなく…


『黒』であった

寒河江春紀さんはその明朗とした性格で人を明るくさせる印象を持たれている

また運動神経が良く、スラリとした体躯が健康美を醸し出している

また人の世話を焼くのが好きなようで、下級生からの人気が特に高い人だ


一方の犬飼伊介さんは…なんというか見たままの人として捉えられている

要するに、エロい

いやらしいことをしている様子を、誰かが直接的に見たわけではない

だがしかし彼女の立ち居振る舞い全てに妙な色気が存在しているのだ

私的に彼女を表現するのならば、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は薔薇の花」と言ったところか

とにかく学生とは思えない色気のある人である

この二人はそれぞれ単体で見ても非常に魅力的であり、それぞれ人気が高い

しかし彼女達の持つ魅力・色気は、二人合わさった時何倍にも膨れ上がる

ミョウジョウ学園裏組織である、黒組ファンクラブで秘密裏に行われた人気ペア投票において、ダントツの一位を達成したことからもそれが伺える

そのため彼女達は『性なる赤色(セクシュアル・レッズ)』(命名者:私)と呼ばれている

伊介「春紀、今日は何の本借りに来たの?」

春紀「ん?ああ、ちょっとDIY関係の本を探しててさ」

伊介「DIYって…何か作るの?」

春紀「ああ、ちょっと本が増えてきたからさ。本棚でも作ろうと思って」

春紀「ほら、この本に載ってるみたいなやつ」

伊介「へ~、確かに最近春紀いろんな本読んでたものね」

春紀「もちろん、伊介様のも作るよ。最近伊介様も本増えてきたからな」

伊介「や~ん、春紀愛してる♥」

この僅かな会話の間で彼女達は、軽度なボディタッチ3回、肩を抱き寄せる1回、頭を撫でる1回、抱きつき1回をこなしている

なんというか、思春期の学生達に見せて良いものなのだろうか、疑問に思ってしまうほどである

それに加えて最近は二人の親密度がさらに上がったように見える

一部ではそれこそ遂に超えてはならない一線を超えたのではないかという噂もあるくらいだ…

そのくらい彼女達の創りだす空気は…ピンク色だった…

『性なる桃色(セクシュアル・ピンク)』への変更も考慮に入れなければならないかもしれない…

そしてこの二人の作る妙な空気は、図書室という空間には絶対的に相容れないものだった

というか気が散るったらありゃしないっ!!

彼女達の周囲で、もう読書に集中できている人間はいない

というかみんな彼女達のことが気になって、チラチラ盗み見ては本に目を戻しという、不審者のような行動をを取るようになってしまっている

そんな彼女達を見て、私は心の底から思う


図書委員(いいから出てけっ!!余所でやれっ!!)


人々の集中力と、私から図書室という憩いの空間を奪う簒奪者に対して、上げて落とされた気分の私は、そう思わずにはいられなかった


そんなとても忙しい水曜日だった

木曜日

英語では北欧神話の雷神トールにちなんでThursdayという名前が付けられているという曜日だ

昨日の件で私の中のイライラは最高潮になっており、いつ黒組に雷を落としに行くかわからないレベルであった

そしてもはやお約束とでも言うかのように、またも黒組からの来襲者がやって来た

今回やって来たのは英純恋子さんと番場真昼さんだ

以前私は黒組の生徒を『白』と『黒』に分けた

しかしその例外とも言うべき存在がこの英さんと番場さんのペアである

表現するのならば、『グレー』という色になる

グレーとは白色でもなければ黒色でもないどっちつかずの色であるが…


このペアに関しては、『白』でもあり、『黒』でもあるから、『グレー』なのだ

英さんはあの英財閥のお嬢様だ

そして良家のお嬢様というイメージをそのまま体現したような人である

淑やかであり、しかし貴族的な華やかさを併せ持つまるで少女漫画に出てくるキャラクターのような存在だった

一方番場真昼さんは非常に大人しい人だ

顔にある傷跡が目を引くが、それでもなお彼女はその小動物のような振る舞いから、守ってあげたいという密かなファンを大量に作っている存在だった

純恋子「真昼さん、今日は私の料理の本探しに付きあわせてごめんなさいね」

真昼「い、いえ…私も…その、手伝いたいと…思ってますし…」

純恋子「ありがとうございます、真昼さん」ニコッ


そう…普通の状態であるならば、彼女達は『白』なのだ…

私がそう思っていたところ、番場さんのおなかから可愛らしい音が響いた


真昼「…///」

純恋子「あら、番場さんお腹が空いてましたのね。これは急いで戻りませんと…」

真昼「ち、違うます!!こ、これはおなかの音なんかじゃ…あっ…」

と、いきなり話の途中で、番場さんがカクンとうなだれた

そして…

真夜「ヒャッハーッ!!純恋子ぉ、真昼のやつは嘘ついてんぜ!真昼は今腹が減って減ってしょうがねえんだ!!」

純恋子「あら、真夜さんがそう言うのなら、やっぱりお腹が空いてましたのね。それでは帰ってお茶会にしましょうか」

真夜「おう!真昼のためにもそうしてやってくれ!」

いきなり、それこそ人が変わったように番場さんはハイテンションになった

英さんはその番場さんの変化にも全く動じること無く会話を続けている

つまりこれが彼女達の日常なのだろう


しかしこの状態になった番場さんは、かなりの大声で話すために、図書室という空間にはそぐわない

つまりこの状態になると、彼女達『黒』となるのだ

この番場さんのテンションの変わり様から、番場さんはもしかして二重人格なのではないかという噂が立っている

しかし彼女がどちらの状態であっても、英さんは変わらず一緒にお茶会を開いては歓談しているようだ

英さんにとっては番場真昼さんも、彼女曰く番場真夜さんも同じく大事な存在なのだろう

そういうことから彼女達は『同一の茶会(アイデンティティータイム)』(命名者:私)と呼ばれているのだった


そうして図書室から嵐は過ぎ去った

だけどいつのまにか私の中には、お茶を飲んで優雅に読書をしたいという欲求が芽生えていた

そして飲食禁止という図書室の決まりを、ほんの少しだけ恨めしく思いながら、また読書に気を注いで木曜日も過ぎていった

ー英純恋子による番場さん説明会

純恋子「はい、ここで話の途中ですが番場さんの中の人格について説明させていただきます」

純恋子「10年黒組解散後、自分なりに過去に決着をつけた真昼さんは、もう夜になったからといって真夜さんに変わらなければいけないということはなくなりました」

純恋子「そして心の中で二人の人格が共存し合った結果、いつでも自由な時に人格を交代できるようになったのです」

純恋子「またさらに私の料理の研究によって、太りにくいお茶菓子でのお茶会の開催が可能となりました」

純恋子「それにより、私達は3人で、楽しくお茶会を行うことが出来るようになったのです。素晴らしいことですわね」


ー説明会終了

金曜日

イスラム教における集団礼拝の曜日として、「集まる日」と呼ばれている曜日であり、また言わずと知れた花の金曜日である

あと聞いた話では海上自衛隊では金曜日はカレーを食べるのが慣習となっているらしい

図書室では今日から休日にかけて優雅な読書を楽しむために、多くの利用者が集まっている

また中には、楽しい休日を過ごすために、宿題を終わらせるという目的でここに来ている者もいる

今回黒組でやって来たのは、そんな二人であった

黒組の東兎角さんと一ノ瀬晴さんだ

東兎角さんはクールで凛々しいことで評判だ

髪がショートで男性的な振る舞いも多いことから、女子の間での人気は高い

しかし彼女を語る際に欠かせないのはカレーについてだろう

東さんは一ノ瀬さんと共に寮から通っており、食事は食堂を利用している

しかしそこで未だかつて誰も、東さんがカレー以外を食べているのを見たことがないと言われている

さらに食堂のメニューに今年から異様にカレーが増えたのも、東さんの仕業ではないかというまことしやかな噂まで流れるほどである


一方一ノ瀬晴さんは明るく可愛らしい性格をしており、人懐っこい笑顔をする人だと言われている

また性格は多少天然気味なところがあり、兎角さんを引っ掻き回すことも多いようだ

しかしそうした行動も不思議と許せてしまう、いわゆる愛されキャラという感じの人だった

彼女達は最近『白』になりつつある黒組だ

一年前などは、一ノ瀬さんが事ある毎に感動を受け騒ぎたて、正直かなり苛ついた記憶がある

彼女にとっては、何気ない普通の学園生活が、何か特別なもののように感じられていたようにその時は思った

だがあれから一年が経ち、一ノ瀬さんも随分落ち着いた様子が板についてきた

彼女にとって特別だった何かが、だんだん日常になりつつあるのではないか

良く彼女のことを知りもしない私だが、そんなふうに思ってしまった

彼女達を並べてみると、東さんが王子様で一ノ瀬さんがお姫様という印象を強く感じる

実際ある日まではそれが定説であった

しかし私はっ!

あの日見てしまったのだっ!

そんな定説を覆しうる光景をっ!!


あの日は天気も程よく風も穏やかで、心地良い気候の日だった

そんな中私は爽やかな風を受けながら、外で読書をする時いつも利用するベンチへと歩いていた

しかし私がそのベンチの元へついた時、そのベンチは既に他の人に使われていた

だがそれを見た私に残念さなどの負の感情は芽生えなかった

何故ならそのベンチを使っていたのは東さんと一ノ瀬さんだったからであり、さらに…


一ノ瀬さんが東さんに膝枕をしていたのだから

これだけでは兎角王子と晴姫様の定説は揺るがないだろう

しかしその時一ノ瀬さんが寝ている東さんに話しかけたのだ


晴「いつもありがとう、兎角」


なんと呼び捨てでっ!

しかも愛おしそうに髪を梳きながらっ!!


この瞬間、私の中の彼女達の呼び名が決まった

そしてそのことを着々と広めることで、彼女達は『互いが互いの王子様(プリンス・プリンス)』(命名者:私)と呼ばれるようになったのであった!


……なんだか無駄に熱く語ってしまった気がする

妙な考えに熱中していて自分の読書がまるで進んでいないことに、その時私はようやく気づいたのだった

見ると東さんと一ノ瀬さんは宿題を終え、帰り支度をしているところだった

そして先に支度を終えて待っていた一ノ瀬さんが、東さんの手を引きながら

晴「さあ、帰ろう、兎角さん!」

と満面の笑顔で導いた

その笑顔はなぜか去年とは違う、明るい未来を感じさせる印象の笑顔だった気がした

兎角「ああ、そうだな」

一方手を引かれる東さんも笑顔を返しながら短く答えた

その笑顔もまた、去年とは違う優しさがに満ち溢れた笑顔だった気がした


そうした彼女達の日々の微かな変化を感じ、暖かな気分で週を締め括れた金曜日だった

さて図書室ももう閉室の時間となった

私は図書委員として最後の点検をし、図書室から出てその扉に鍵を閉めた

今週は毎日黒組の生徒が来るという、図書委員としてはまったくもって大変な日々であった

しかし図書室を出て図書委員ではなくなった状態、すなわち…


黒組ファンクラブのNo.3としては、非常に有意義な一週間だったと私は一人思うのだった



図書委員ちゃんの複雑な一週間 完

ー番外

土曜日

かつて官公庁や学校で、午前中は通常どおりで、午後だけが休日であるいわゆる『半ドン』が行われていた曜日だ

その名残からか今日も午前中だけであるが、図書室は開いている

しかしながらいくら図書室が好きな私でも、常に図書室にいるわけではない

そうでなくとも週5日カウンターに立つのは働き過ぎだと、他の図書委員から心配されるレベルである

だから私は土曜日だけは図書室へ行かず、自分の部屋で読書や物思いにふけるのだった

読書の途中に私はふと思った

こうして思い返してみると、黒組のメンバーが一週間で全員来るとは、やはりとても珍しい一週間であったな、と

しかしここで私は、奇妙な違和感を感じた


ーー黒組って、13人のクラスだったような…?


そんな細やかな疑問が浮かんだが、結局私はすぐにまた読んでいる本の内容に気が移る


そうやって取り留めのないことに時間を費やす、穏やかな土曜日だった




鳰「はいはい、どうせウチだけ二人組も作られず、ぼっちですよーだ」

どこへ向けて言ったのかわからない、走り鳰の孤独な呟きは、7号室の空気を少し揺らして静かに消えていったのだった

今回の投下は以上となります

また私自身書いていて説明が足りなかったかなと思う点があるということもありますので、疑問点など書いていただければ、できるだけ答えていきたいと思います(返事は遅いですが…)

それではどうもありがとうございました

>>442
>>421で薔薇の花ってあるけど百合の花じゃなかったっけ
それとも綺麗な薔薇には棘があるって言うのとかかってるのかな?

>>452さん

勿論正しい表現は『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』であり、芍薬と牡丹が美しさを、そして百合が清楚さを表し、美人を指す言葉として使われています

しかし図書委員ちゃんは百合を薔薇に代えることにより、伊介様が清楚さよりも美しさが際立った美人であるということを指している、という裏設定です

また牡丹の色は牡丹色というピンク色の一種があるようにピンクが有名です
芍薬(特に西洋芍薬)も明るいピンク色が多い花です
そのため伊介様を表現する際には、白のイメージが強い百合よりも、赤のイメージが強い薔薇で色調を統一したほうがよりふさわしい、と彼女が思ったためにこの言葉で伊介様を表現したと思って下さい

あと薔薇の棘までは考えていませんでした。確かに図書委員ちゃんから見た伊介様のイメージなら、その意味も含めて薔薇という言葉を使ったかも知れません
まあ春紀さん相手には有って無きが如しの棘ですけれど

あと呼び方一覧表を見ていて突発的に思いついた超短編を投下します



呼び方が変わるまで

ー黒組再結成初日
ー金星寮6号室


純恋子「これから2年間、またよろしくお願いしますね、番場さん」

真昼「は、はい…こちらこそ…です、英さん」

真夜「オレからもよろしくな、純恋子!」

純恋子「ええ、こちらこそ、真夜さん」

真昼(あ…あれ…?そう言えば…)

真昼(今気づいたけど、真夜は英さんと名前で呼び合ってるのに、わたしは苗字でしか呼び合ってない?)ガーン

真昼(だ、だからどうだという訳でも無いんだけど…ちょっと…)

真昼(イヤ…かも)

真夜(へ~)ニヤニヤ

真昼(あっ、真夜!?い、今の聞いてた!?)

真夜(おうっ!バッチリなぁ!!)

真夜「おぅい、純恋子!!何か真昼が言いたいことあるらしいぜぇ!!」

純恋子「はい?なんですか?」

真昼「ち、ちち、違います…!これは真夜のデタラメで…!」

真夜「デタラメ言ってんのは真昼の方だろ」

純恋子「え、え~と?」

真夜「純恋子、お前オレのことをいつもなんて呼んでる?」

純恋子「それはもちろん「真夜さん」ですわ」

真夜「じゃあ、真昼のことはいつもなんて呼んでる?」

純恋子「それは、番場さ…ああ、なるほど。そういうことでしたか」クスクス

真夜「ああ、そういうことだ」ニヤニヤ

真昼(あ…あう…///)

真夜「ほれ、引きこもってないで出てこいよ!後は任せるからよ!」

真昼「ま、任せるって、真夜!?真夜っ!?あっ…!」ハッ

純恋子「…」ニコニコ

真昼「あ…ううう…///」

純恋子「番場さん、私としては名前で呼ぶことに、全く問題はありませんわ」

純恋子「むしろ今まで苗字で呼んでいたことを、謝りたいと思うくらいです」

真昼「じゃ、じゃあ…」

純恋子「ですがここは一つ、条件を出させて頂きますわ」

真昼「じょ…条件…?」


純恋子「それは、私を名前で…「純恋子」と私のことを呼ぶこと、ですわ」


真昼「!?」


純恋子「そうして頂ければ、すぐにでも喜んで、私からも名前で呼ばせていただきますわ」ニッコリ

真昼「え!?え、えと、あの英さん?」

純恋子「何ですか、「番場さん」?」

真昼「う…あ…うう……」

真夜(純恋子のヤツ、結構意地が悪いよなぁ…)ニヤニヤ

真昼「あ…あの!」

純恋子「はい、何ですか?」

真昼「す…すみ…///」

純恋子「……」ニコニコ

真昼「す、すみ…れこ…さん…///」

純恋子「はい、よく出来ましたわね、真昼さん」ニッコリ

真夜(ああ、頑張ったな真昼♪)

真昼「これから真夜は、一週間するめ禁止ね」プクーッ

真夜「お、おい!?それはねーだろ、真昼ぅ!!」


純恋子「では改めまして、これからよろしくお願いしますね、真昼さん♥」

真昼「こちらこそ…よろしくです…純恋子…さん///」


呼び方がほんの少し変わっただけ

ただそれだけなのに、例えようのない幸福感を私は感じていた



呼び方が変わるまで 完

今回はこれで終わりです
現在書いている話も、7割がた出来てきたので近日中に投下できると思います
それではこれで失礼いたします

7割できていた
→2日後9割完成
→ラストで他の話先にしたほうが良いことに気づく
→文章量がほぼ倍増
→あばばば

以上の理由で少々遅くなりましたが投下します

黒組再結成前の涼香前日譚となります



四つ葉の誓い

3月中旬

もう半ば春に入っているとはいっても、まだ深夜の空気は冷たく肌寒い

そんな中、町外れの貸コンテナ場に、神長香子はいた

貸コンテナは通常、自宅に収まらない物や季節物、防災用品などを収納するために用いられるものである

しかし香子は何かを収納するためにここにいるのではない

いや、強いて言えば神長香子自身を保管しておくためにこの場所にいると言えるかも知れない

つまるところ神長香子は、


現在この貸コンテナに住んでいる

通常貸コンテナに住むということは難しい

貸コンテナそのものが居住用に調節されない限り、長時間中に滞在するのに適さないものであるというのが理由の一つである

また貸コンテナの貸主が通常は長時間の滞在を許可しないということもある

貸コンテナは24時間カメラでチェックされており、人が入ったまま長時間出てこないということになれば、警備員に探し出されつまみ出される

防犯上の理由からも貸主は貸コンテナに住む許可など与えないのだ


だが香子の住んでいる貸コンテナは、まずそもそもの前提が違っている

この貸コンテナは住居として貸し出されているのだ

しかしそれはもちろん表立った商売ではない

ここの貸コンテナの貸主は、貸コンテナの一つを裏の人間のセーフハウスとして提供しているのだ

そのため、外部からは全く分からないようにしてあるが、そのコンテナは居住性を高める改造が施されており、電気やネット回線すら通っている

それはもはやコンテナではなくホテルと形容するべき空間であった

そしてそこに神長香子は滞在していた


香子は今、とある組織と戦争をしている

相手からすればそれはただの、裏切り者の始末に過ぎないのかもしれない

しかし香子にとってこの戦いは、紛れもなく戦争であり、


革命である

彼女と対立している組織ーー『クローバーホーム』は、香子が元々在籍していた組織である

香子は10年黒組を経て、暗殺者をやめることを決意した

しかしクローバーホームは、それを許しはしなかった

裏切り者に待つのは死あるのみ

クローバーホームを裏切り、無事に済んだ人間などこの世にはいない

そのため香子も日夜クローバーホームからの追手に追われていた

現にその日も二人の追手を撃退した後であった

そうして心身ともに疲れ果てた香子にとって、この貸コンテナで過ごす時間は、数少ない憩いの時だった

香子はお茶を入れ、ソファに座りながら心と体を落ち着かせる

ビィー---ッ!!


だが鳴り響くアラームの音がその休息の時の終わりを告げる

深夜にこの貸コンテナ場に侵入した人間がいることを知らせるアラームだ

その音を聞くや否や、香子は部屋の奥にあったモニターを起動させた

像を結んだモニターには、この貸コンテナ場に仕掛けられている監視カメラの映像が表示されていた

香子はモニターを確認しながら、武器を準備し、緊急脱出時の荷物を手元に置いておく

香子(この場所もついに、ホームにバレてしまったのか…?)

だが緊迫しながらモニターをチェックしていた香子の目に、予想外のものが映った

香子「何でこいつがここに…」


驚愕する香子の目線の先にあるモニターには、かつての黒組時代のルームメイト、首藤涼の姿が映し出されていた

涼「いやー、久しぶりじゃのう、香子ちゃん」

あれから程なくして、首藤は私の住んでいた貸コンテナの前へとやって来た

しかもその後、呼び鈴の代わりだとでも言うかのように強めにノックすると、挙句の果てに「こんばんはー、香子ちゃん居ますかー?」などと大きめな声で確認してきた

下手に居留守を使って声を出し続けられても、この貸コンテナ場のことが噂となり、このセーフハウスのことがホームに気付かれる危険性がある

そして何より、短い期間ではあったが同じ部屋で過ごしたてめ、こいつはホームの手先となって動く人間ではないだろうと、感覚的に思ったということもあり、結局私は首藤をこの部屋の中に招き入れた

久しぶりに会った首藤は、やはり前に会った時と全く変わらぬ容姿で朗らかに笑っていた

仮初めの学園生活とはいえ、級長を務めたこともあり、変わらず元気そうな姿に安心する

だが、一つどうしても確認しなければならないことが有った

香子「首藤、お前は何故この場所を知っていた?」

貸コンテナ場からこの特別なコンテナに来るまでに、首藤の足に迷いは無かった

即ちそれは、彼女は私がここにいるということを予め知っていたということである

この場所に私が居るという情報が何らかのルートで知れ渡っているのだとしたら、すぐさま次の住居を探さなければならない

これは重大な問題だ

だが首藤は何でも無いことのようにサラリと言った


涼「ん?走りに教えてもらったんじゃよ」

香子「走りというと…黒組の出席番号10番の走り鳰のことか?」

涼「そうそう」

走りと言うと…黒組で裁定者として参加していたあの胡散臭いヤツか…

アイツと首藤がどういう関わりなのかはまだ分からないが、問題は走りがこの場所のことをどうやって知ったかだ

そのことを首藤に尋ねると、首藤は少し困ったような表情を浮かべながら答えた

涼「なんでもアイツはあの「西の葛葉」の人間らしくての。術などを駆使して情報を引き出したらしいのう。本人曰く、『痕跡は全く残してないんで安心して下さいっス』とのことじゃが…」

香子「そうか…」

なるほど、首藤の先程の表情にも納得がいった

走りが「西の葛葉」の人間だとか、痕跡は全く残していないという情報は重要でない

要は走り鳰という人間を信じられるかということだ

そしてその答えはNOである。残念だがこのセーフハウスとは今日までの付き合いとなるようだ…

香子「それで…お前は一体何をしに来たんだ、首藤?」

そして私は、次に気になっていた質問を投げかけた

涼「ああ、それはのう…」


涼「香子ちゃんを助けに来たのじゃ」


だが首藤から返ってきたのは、予想外で意味不明の、奇天烈な返答であった

香子「私を…助ける?」

どういう事だ…?まるで意味が分からない

困惑する私に首藤は言葉を続けた

涼「とは言ってもそれは最終的な結果に過ぎん。まあ具体的に何をしに来たのかと言うならば…」

涼「再結成した黒組に参加しないかと誘いに来たいうことじゃ」

香子「黒組の…再結成…?」

涼「そうじゃ。前回の最終勝利者である晴ちゃんが、『もう一度黒組の人間達で、しかし今度は普通の学園生活を過ごしたい』というように願ったらしくってのう」

香子「一ノ瀬が…なるほど…」

結局前回の黒組は一ノ瀬が勝利したのか。願いも非常に彼女らしい願いだ

香子「だが何故お前がそれを伝えに来るんだ?」

涼「いや、わしのところには走りのやつが来たんじゃよ。まあわしは参加に承諾したんじゃが、走りは時間がないということでの。香子ちゃんの説得はわしに任せるということで、香子ちゃんの居場所だけを伝えて他の者の説得に行ったようなんじゃ」

香子「なるほど…確かに他の連中も一筋縄ではいかない連中だからな…時間も掛かるか」

涼「ちなみに香子ちゃんの居場所の調査が今の所一番時間がかかったとのことじゃ」

私も含めて、の話だったか…

涼「更に詳しく説明するとな、黒組参加の際には報酬、というよりは見返りじゃが、それが支払われるとのことじゃ」

涼「報酬の内容は黒組の面子ごとに異なっているようじゃ。香子ちゃんへの報酬は、黒組で居る間のクローバーホームからの保護。ミョウジョウ学園とそれを取り仕切る一族の力を用いて、香子ちゃんを追手から開放するということじゃと、走りから伝え聞いておる」

涼「さて、どうじゃろう?この条件で参加する気にはなったかのう?」

黒組に入れば今のように衣食住に困ることもなくなり、生活も楽になる

そして何より人殺しから解放された生活を送ることが出来る

それは私が願った夢の実現であり、断る理由など存在しないように見える

だが…

香子「私の…答えは…」


「「断る」」


涼「じゃろう?」

首藤は得意げそうな顔で、私の答えと全く同じ言葉を同時に告げていた

香子「…何故分かったんだ?」

涼「走りから、最近の香子ちゃんの活動内容を聞いておったんでのう…」

香子「そうか…」

涼「香子ちゃんは最初はクローバーホームの追手から逃げ切り、暗殺者をやめることを目標とした行動を取っておった」

涼「しかしここ最近の行動はより攻撃的。これは逃げ切るための行為というよりはむしろ…」

香子「そうだ」


香子「私は今、クローバーホームを滅ぼすために戦っている」

涼「やはりな…どうしてか、理由を聞いてもいいかのう…?」

香子「…気づいたからだ」

涼「気づいた?」


香子「ああ…私の面倒を見てくれた、イリーナ先輩の…その遺志にな…」

香子「イリーナ先輩は私が子供の頃の教育係だった人だ」

イレーナ先輩の顔を思い出しながら、私は語る

香子「当時から何かと不器用だった私を、何故か気にかけていてくれてな…私もそんなイリーナ先輩の期待に応えようと必死に努力した」

香子「そして私は成長すると、イリーナ先輩からの希望もあって、イリーナ先輩とコンビを組んで仕事をするようになった」

香子「イリーナ先輩はよく私に言っていた…『お前には私の後を継いでもらう』と」

香子「私は当時その言葉の意味も良く分からないまま、ただ信頼されていると感じて喜んでいた」

香子「そうして二人での仕事もある程度慣れてきた時だった。イリーナ先輩が…」


香子「奴らに殺されたのは…ッ!!」


涼「…!!」

私は更にまくし立てる

香子「最初にイリーナ先輩が亡くなった時、それは自分のせいだと思った」

香子「何故ならイリーナ先輩の直接の死因は、私が暗殺対象を殺すために仕掛けた爆弾だったからだ」

香子「私が仕掛けた爆弾が、私のミスのせいで誤爆して、イリーナ先輩が死んだ…」

香子「ホームからはそう判断されていたし、私自身そう思っていた…」

香子「アイツの…!!あのシスターの話を聞くまでは…!!」

私は当時の事を思い出し、顔が歪んでいくのを抑えられなかった

香子「私はホームから完全に逃げるために、ホームの幹部であるシスターを追い詰めることにした」

香子「幹部の身柄を利用して交渉することも可能だし、私に手を出すことが幹部にまで被害をもたらすということを伝え、追及の手を止めさせようとしたからだ」

香子「以前の私であればそんなことは夢物語に過ぎなかったが、ホームの追手に追われながらの生活が皮肉にも私を強く鍛えあげていた」

香子「結果私は、シスターの護衛を倒し、シスターと一対一で話し合うことが出来た」

香子「だがそれで得られたのは、残酷な真実のみだった…!」

ー回想
ーとある教会の一室


香子「お久しぶりです、シスター」

シスター「…っ!!神長…香子っ…!!」

香子は古い教会のある一室で、クローバーホームの幹部たる老シスターと対峙していた

その足元には、二人の少女が倒れ伏している。シスターの護衛であり、香子が排除した二人であった

香子「ええ、あなたには大変お世話になりました。その教えに基づいて、抵抗する場合は容赦なく打ちます」

香子の銃口は老シスターに向いており、引き金に指がかかっている

シスター「あんなに使えなかったあなたが、何故これほどの力を…」

香子「それもまたあなたのおかげなのでしょうか…あなたが差し向けた追手が、私をここまで強くしてくれました」

香子は銃口を向けると同時に、首に掛けた十字架を左手に握りながら、シスターに迫った

香子「これ以上私に関われば、さらなる被害をホームに与えます。追手の手配を止めなさい」

だが香子のこの言葉に対し、老シスターはいきなり大声で笑い出した

そして香子にとって信じ難い一言を放った


シスター「アッハッハッハ、止めるわけがないでしょう。裏切り者には、イレーナと同じ運命を辿ってもらいますよ!」


香子「……待て、今何と言った?」

シスター「ああ、やはりあなたは気づいていなかったのですね。イレーナがホームの裏切り者であるということに」

香子「違うっ!!今お前は「同じ運命を辿ってもらう」と言った!!まさかあの事故は…!!」

シスター「あらあら、呆れた…あの事故の真相に気づいたからこそ我々を裏切ったのだと思いましたが、まだ気づいてすらいなかったとはねぇ…」

シスター「しかしそれでも結局裏切るとは…イレーナの選んだ人間なだけありますね」

老シスターは蔑みの視線と共に醜悪な笑顔を浮かべながら話し続けた

シスター「では何も知らない憐れな子羊たるあなたに説明してあげましょうか」

シスター「イレーナは優秀な暗殺者ではありましたが、同時にホームの思想を疑問視する危険人物でもありました」

シスターは当時のことを思い出しため息をつく

シスター「その程度であればまだ良かったのですが、そのうち彼女は行き過ぎた行動を取るようになりました」

シスター「彼女はホームの同胞たちを、敵の手に掛かり殺されたと称し、その裏でホームからの脱走を手引していたのです」

シスター「彼女は隠しながらやっていたようですが、ホームの目は誤魔化せません。幹部たちによる話し合いで彼女への処刑が決定いたしました」

シスター「しかしながらただ殺したのでは、まだ表面化していない不穏分子達が第二の彼女となり得る可能性がありました」

シスター「そこで好都合だったのが、あなたの存在ですよ、神長香子」

香子「…っ!!」

老シスターの皺にまみれた顔が、醜悪な笑みと交わり不快な模様を描く

シスター「あなたの不器用さはホーム内に知れ渡っていました。もちろんイレーナと特に仲が良かったということも」

シスター「それにあなたは意識して無かったでしょうが、イレーナはあなたを自分が死んだ後の反ホーム派の後継者として見ているようでした」

シスター「そんなあなたが、誤ってイレーナを殺してしまう。これには多くの不穏分子達が絶望の悲鳴を上げたことでしょうね」

くっくっと笑う老シスターを前に香子は怒りを抑えきれない様子だった

香子「貴様ァ!!」

シスター「あらあら、あなたは冷静なようで一度頭に血が上ると、周囲が見れなくなりますね…」


シスター「ほら、ちょうど今のように」

香子「っ!?」バッ

香子はその言葉に反応し周囲を見渡す

香子(バカな…気配など感じなかったぞ…!)

今や歴戦の兵と化した香子に気配などを感じ取れなかったのには理由がある


何故なら香子の周囲に、変化など何も存在していないからである

シスター(かかりましたね)

老シスターは更に不敵に笑みを浮かべる


『ミスディレクション』

老シスターの言葉は、香子に周囲を見渡させ、視界を撹乱させるためのブラフである

もっと言えばこのミスディレクションは、香子にイレーナの話を聞かせたことから始まっている

相手が耳を傾けざるを得ない話題を語り、自分の語る言葉に集中させた

そしてその話に集中している状況を利用して、周囲を確認させるよう扇動したのだった


香子は老シスターの技術にかかり、戦況は一気に老シスターの側へと傾いた

この駆け引きの技術こそ、クローバーホームで幹部にまで上り詰めた一因であった

だが戦いとは必ずしもその場の機転が勝敗を定めるのではない

古代中国の諸子百家の内の一つ「兵家」

その代表とされる孫子の兵法では以下のことが述べられている

『勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む』

勝者とは戦う前から勝利しているものなのである


戦いは香子と老シスターが退治した瞬間から始まっていた

そして戦う前から勝利していたのは、香子の方だった

香子はシスターと対峙している間、右手で銃を構えながらも、片時も左手を十字架から離さなかった

正確に言えば十字架の裏に隠し持っていた、スイッチから手を離さなかった


そしてそれは、周囲を見渡すと同時に押されていた

香子が老シスターから目を離すとほぼ同時に、老シスターの足元で爆発音が鳴り響いた

それは香子が老シスターの足元にばら撒いておいた、小型リモコン爆弾が爆発した音であった

その音と共に起こった小さな爆炎は、老シスターの足首から先を吹き飛ばした


撒かれたのは、戦闘のために激しく動いているために動作を隠し易い、護衛との戦闘時

つまり老シスターとの戦いが始まるその前に、既に仕掛けは打ってあった

シスター「あ、あぎゃぁぁぁっ!!」

両足の足首から先が無くなった老シスターが、醜い子鬼のような悲鳴をあげる

香子は周囲の確認を済ませると、老シスターに向き直った

老シスターの右手には、懐から出した小型拳銃が握られていた

香子は冷たい目で横たわる老シスターを見ながら、その右手を踏みつけ銃を手放させる

香子「さすがはホームの幹部、まんまと騙されたよ」

シスター「あっ、ああ…あぎゃっ…!!」

香子「だがイリーナ先輩と同じ運命を辿ったのは、あなたの方だったな」

その目に宿るのは、冷徹なまでの殺意だった

香子「シスター、私はあなたと会って決心が着いたよ」

香子「ホームからただ逃げ切るなんてのは不可能だって、自分でも薄々気づいていた」

香子「それにあんなところでも私が育った場所だったからな…」

香子「だがあなたからイレーナ先輩の話を聞いて、ようやく心が固まったよ」


香子「私はホームを潰す」パァンッ


そう言い終わると同時に、香子は銃の引き金を引いた

弾丸を受けた老シスターは、絶望の表情を浮かべたまま物言わぬ骸となった

香子(ホームの幹部として偉そうにしていたシスターが、最期はあっけないものだったな…)

香子は部屋の惨状を振り返らず、誰にともなく呟いた


香子「私はイレーナ先輩の後を、継がねばならないからな…」

これが、神長香子がクローバーホームの殲滅を誓った時の出来事であった

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

香子「だから私は、ホームを潰さなければならない。黒組に参加している暇はない」

私はいつの間にか、かなり熱を込めて首藤に説明をしていた

香子「わざわざここまでやって来てくれたのにすまないな、首藤…」

無駄足を運ばせたことになる首藤や、黒組全員が揃うことを望んでいる一ノ瀬に、少し申し訳無さを感じて俯いてしまう

涼「なるほど、理由は十二分に理解できた…」

だが首藤の返事はまたも予想外のものだった


涼「じゃが、このまま帰るわけにはいかんのう」

香子「な、何故だ!?」

今の私の話を聞いて、納得しなかったというのか…!?

涼「ここに来て最初。ワシが何をしに来たと言ったか、覚えておるかのう…?」

…!!そう言えば、確か…

香子「私を…助けに来たと言ったよな」

涼「そうじゃ」

香子「だが黒組に行くことが、どうして私を助けるなんてことになるんだ!?」

涼「それはな…香子ちゃん、このままでは…」


涼「香子ちゃんが死ぬからじゃよ」

香子「どういう事だ!?何故私が死ぬ!?今話した通り、私は経験を積み幹部ですら倒せるようになった!!それでもまだ私は失敗するというのか!?」

涼「ああ、100%失敗する」

香子「何故言い切れる!!」

涼「香子ちゃん…そもそも何故ホームの幹部であるシスターを倒すことが出来たと思う…?」

香子「それはっ…私が強くなったから…!」

涼「確かに香子ちゃんは強くなっておるじゃろう…じゃが、シスターを倒した時、こうは思わんかったか…?」


涼「『意外とあっけない…』と…」

香子「…っ!!」

香子(何故…それを…!?)

過去の自分の心境を正確に予想されたことに、驚きを隠し切れなくなる

涼「あのシスターはクローバーホームの幹部連中の中でも疎まれていた存在だったようでの…今回護衛が質・量ともに大したことがなかったのは、他の幹部が護衛を無理矢理大量に動員したかららしい」

涼「つまり香子ちゃんは組織へ手痛い一撃を与えた気になっておったが、実際は組織の人員整理に利用されただけじゃったということじゃな…」

その言葉に私の感情が爆発する

香子「ふざけるなっ!!例えそれが真実だったとしても、次は本当に致命傷となる傷を与えてみせる。次が駄目ならその次で!それでも駄目ならそのまた次!!」


香子「私の命が尽きるまで!私は戦い続けてやる!!それだけだ!!」


バチンッ!!

気づくと私の頬に痛みが走っていた

首藤に頬を叩かれていた

涼「落ち着け、香子ちゃん」

痛みによる頬の熱さが私に自分の脳が昂ぶりすぎていたことを教える

涼「命を、そんなに軽々しく考えては駄目じゃ」

見ると首藤の頬には涙が伝っていた

涼「香子ちゃんは、この言葉を聞いたことがあるかのう?」


涼「『死は人生の終末ではない。生涯の完成である』」


香子(…!!その言葉は…!!)

涼「ワシが昔、友から教えてもらった、未だ心に強く残っている言葉じゃ…」

涼「香子ちゃんよ。ここで命を散らすことが、香子ちゃんの生涯の完成だと言うのか!?」

涼「それに、その先輩は香子ちゃんの死を願ったのか!?命を投げ捨ててまでホームに打撃を与えることを、本当に望んでいたと思っておるのか!?」

香子「……違う」

頭にイレーナ先輩の表情が浮かぶ

浮かぶ表情はどれも、思いやりと優しさに満ちたものだった

復讐に囚われている今の自分を見れば、おそらく先輩は悲しむだろう

この目の前で涙を流している首藤と同じように…

香子「そんなわけ…ない…」

気付くと、私も泣いていた

香子「そうだった…そんなわけが…ないんだ…!」

やはり私は馬鹿だ…

ホームから逃げないと、先輩の遺志を継ぐと自分に言い聞かせ、本当に大切なことから逃げていた

死んで、終わらせたがっていたんだ

涼「あっ!!」

するといきなり首藤が自分の右手を見て大声を上げた

涼「す、すまん、香子ちゃん!つい強く叩いてしまった…!早く顔を冷やさねば…!氷!氷はどこじゃ、香子ちゃん!!」

首藤は叩かれた私よりも深刻そうに慌てふためいていた

香子「……プフッ」

その様子に思わず私は泣きながら吹き出してしまった

まるで自分のことのように動揺している首藤を見て、不思議と先程までの暗い感情がどこかへ吹き飛んでいた

涼「氷、氷っと…ん?香子ちゃん、どうかしたかの?」

香子「いや、プフッ…なんでも、ない…フフッ」

目をすすりながら、こみ上げてくる笑いを何とか堪えようとする

涼「変な香子ちゃんじゃなぁ…まあ、じゃが…」


涼「やはり香子ちゃんは笑ってる方が美人じゃな」


香子「!?」

だが急に死角からそんな言葉を受け、私はさっきとは異なる意味で頬が熱くなる

香子「あ、あまり変なことを…言うな///」

涼「お、おう…」

香子(急に何を言い出すんだ、首藤のやつ…///)

涼「……」

香子「……///」


涼香((あれ…?なんか急に微妙な空気になってしまったような…))

涼「と、とにかく!ワシは香子ちゃんに自ら死にに行くような真似をしてほしくないんじゃ!」

香子「あ、ああ…お前がそう思ってくれているのは分かった。だが…お前は何故、ここまでするんだ?」

香子「私が生きようが死のうが、お前には大した影響はないはずだろう…」
涼「とりゃ!」ビシィッ

香子「あ痛ッ!」

私の発言に対し、いきなり首藤がチョップを繰り出してきた

涼「じゃからそう自分の命を軽視するんじゃないと言うておろうが…」

香子「す、すまん…」

怒られた

だがこうして誰かに親切心から怒られるというのも、久しい体験だ

懐かしく、温かい感覚だ

涼「うむ!…さて、話の続きじゃが、もちろん香子ちゃんを死なせまいとするには理由がある」

涼「一つは大事な友人をみすみす犬死にさせたくはないと思ったという理由じゃな!」

犬死にって…まあ確かに感情の赴くままに行動していたらそうなっただろうが…

しかし、「友情」か…その言葉は…

だが複雑な気分になっていた私の心を見透かしたように、首藤は次の言葉を告げた

涼「じゃが…この理由ではおそらく香子ちゃんは納得することが出来んのではないか?」

香子「…!!」

見透かされている、か…

さすが人生経験の塊のようなやつだ

そうだ……首藤の言う通り、私は友情などを理由とした行為を信じられなくなっている

あれだけホームを嫌悪しておきながら、ホームで染み付いた暗殺者としての思考を、拭うことが出来ない

友情を、愛情を、自分に向けられる感情を意識すると、それら全てを疑ってかかってしまう

ホームがある限り、私は縛られ続ける。つまり…


私は普通の人間として生きることは出来ないのだろう

涼「じゃからな…おそらくもう一つの方の理由が香子ちゃんには納得出来るのじゃろうな…」

香子「何だ、それは…?」

首藤の言う、『私が納得できる理由』が想像できていない私は、素直に聞き直すしか無かった

涼「ああ、それはのう…」

だがこの時告げられた言葉は、予想外を遥かに超えたものだった


涼「クローバーホームを潰すための、協力者が欲しいという理由じゃ」

聞いた瞬間、私は理解出来なかった

香子「…っ!?ど、どういう事だ!?」

涼「じゃからワシがクローバーホームを潰すための協力を…」

香子「そうじゃない!なんで…何故お前がホームを潰そうとするんだ!?ホームなんて、お前には全く関係のないものだろう!?」

涼「いや…ワシにもあるんじゃよ…因縁と呼べるものがな…」

涼「香子ちゃんはこう考えたことはないか…?『クローバーホームを潰さなければ、前に進むことが出来ない』、と」

香子「……あるな」

あれがある限り、私の人生は常に過去に囚われる

ホームと戦い死ぬのが生涯の完成で無いことは確かだが、一方でホームがある限り生涯の完成が果たせないと思っているのも事実だ

涼「それはワシもじゃ…何せ、あの…」


涼「クローバーホームを設立したのは、ワシなのじゃからな…」

香子「なん…だと…!?」

涼「香子ちゃんはワシの病気のことは知っておるかのう?」

香子「ああ、走りから学園を去る時に聞いたよ…」

香子「『ハイランダー症候群』。死に至るその時まで、老いることのない奇病だと」

涼「そうじゃ。特にワシの場合は原因は分からぬが、寿命にも影響を与えておるようでのう…元号で言えば明治の時代から、これまで生きてきた」

それも聞いている

気付かない内に突きつけられた、理不尽な運命

首藤がこれまでどのような人生を歩んできたのか

そこには私が想像できないほどの、苦しみや悲しみがあったのだろう

涼「ワシがクローバーホームを設立したのは、その中の一時代、第二次大戦の終戦後すぐのことじゃった」

涼「あのときの日本は酷い状況でな…多くの戦災孤児が生まれ、孤児院の供給は追いついておらんかった」

涼「そんな時ワシと子供を失った女性など数人で協力して立ち上げたのが、クローバーホームの前身となる、孤児院『シロツメクサの家』だった」

香子「シロツメクサの…家…?」

涼「そうじゃ、ワシはその孤児院で10年ほど過ごした」

涼「共にシロツメクサの家を立ち上げた仲間たちは、ワシの病気を知ってなお快く受け入れてくれたが、何年も容姿の変わらぬ者がいることで迷惑がかかってもいかんかったからな…仲間たちに運営を任せワシはまた他の地へと住まいを移した」

涼「そしてしばらく経ってからじゃ…シロツメクサの家が外国のキリスト教系の慈善団体に、運営を譲ったという話を聞いたのは…」

涼「孤児院の経営というのはいつの世も厳しい物じゃ…名前も英語に直訳した「クローバーホーム」へと変わったが、それはそれで時代の波というものかと、その当時は納得しておった…」

涼「クローバーホームが裏では、暗殺者養成施設と活動しているということを知るまではな…」

香子「ああ…」

クローバーホームは表向きは孤児を養育する養護施設ということになっている

しかしその実態は幼い頃から教育を施した暗殺者を作り、暗殺をさせることで利益を生み出す組織だ

恵まれない子供を生かすための場所ではなく、恵まれている者達の依頼で人を殺すための場所だ

涼「わしは当然憤慨した。昔仲間たちと過ごした思い出が、無残に穢されたような…そんな気がしたんじゃ」

涼「じゃがその時のわしは、結局何もしなかった」

涼「怒れども嘆けども、それは過去の事象に過ぎなかった」

涼「そして傷つくたびにこう思っていた…」

涼「『早く普通の人間として死にたい』と…」

香子(普通の人間…か…)

それは私も数え切れないほど思ってきたことだ

普通の人間として、人殺しなど知らずに生きていたかったと

涼「じゃがもうそういうのは止めにしたんじゃ」

涼「過去を振り返るばかりでなく、今を一生懸命生きることに決めたんじゃ」

香子(だが…首藤は強いな…)

彼女の過ごしてきた人生の長さは、私の比ではない

首藤はおそらく自分よりも多くの悲しみと怒りを抱えてきたのだろう

だがそれでも前を向いている

対して私は、まだ過去を割り切れていない…

涼「じゃが、わしが前を向いて進むためには一つ清算しなければならん過去がある」

涼「それがクローバーホームじゃ。あれが存在し、過去のわしと…仲間達の思いを蹂躙し続ける限り、わしは過去に囚われ続けてしまう」

涼「じゃからわしはクローバーホームを滅ぼさなければならん。そしてそれは残念ながら1人では出来ないことじゃ」

涼「じゃからわしは香子ちゃんに協力して欲しいと思った。二人で黒組在籍の二年間の間に学び、鍛え、出会い、そのための力を蓄える。そして最終的には必ずや、クローバーホームを討ち滅ぼす」

涼「これが香子ちゃんの命を助けようと思った、極めて打算的で利己的な理由じゃ」

涼「これは香子ちゃんを利用することと、なんら変わりのないものであるということも分かっておる」

涼「じゃがお願いじゃ、香子ちゃん。わしに…黒組に参加して、その力を貸して欲しい」

そう言いながら首藤は私の目をじっと見つめる

曇りも穢れもない、澄んだ瞳だった

彼女の述べたことに、一切の虚実の無いことをその瞳が証明していた

涼は緊張した面持ちで、香子の様子を見ていた

これで断られるようなら、彼女にもう尽くせる手段は残っていない


だが香子は座っていた椅子から立ち上がり、このコンテナの出口の方へと向かっていった

香子「首藤、探したいものができたんだ。近くの河原まで一緒に来てくれないか?」

そう言う香子の意図が読めない涼は、首を傾げながらも香子について行った

外はいつの間にか朝日が昇り、まだ肌寒いが爽やかな空気に満ちていた

香子は河原に着くと、土手のたくさんの草の生えている周辺を、腰を落として調べていた

涼「こ、香子ちゃん?」

不思議そうに尋ねる涼に、香子は明るく答えた

香子「ああ、すまない首藤。ちょっとだけ待っていてくれ」

香子は低い姿勢で地面を見つめながら土手で何かを探していた

それから少しして、香子は立ち上がり、涼の元へとやって来た

香子「すまない、少し時間がかかった」

涼「いや、それはいいんじゃが…一体何をしておったんじゃ?」

香子「ああ、これを探していたんだ」

そう言うと香子は、涼にクローバーを手渡した

しかもそれはただのクローバーではなく、幸運をもたらすとされる四つ葉のクローバーだった

>>525
すいません、以下のように訂正です


香子「すまない、少し時間がかかった」

涼「いや、それはいいんじゃが…一体何をしておったんじゃ?」

香子「ああ、これを探していたんだ」

そう言うと香子は、涼に一本のクローバーを見せた

しかもそれはただのクローバーではなく、幸運をもたらすとされる四つ葉のクローバーだった

涼「おお、四つ葉のクローバーか。だがこれがどうしたのじゃ?」

香子「お前はまっすぐに私に向き合ってくれた。だから私も自分の気持ちをハッキリと伝えようと思ってな」

香子「そのためにまず、これを受け取ってくれないか?」

香子は手にしていた四つ葉のクローバーを涼に手渡した

涼「ふぇっ!?」

涼はその言葉に急に顔を赤くし、あたふたと慌てふためいた

涼「じ、自分の気持ち!?い、いやそれは嬉しいんじゃが、なんというかいきなり過ぎて戸惑うというか…///」

まるで年頃の婦女子のように慌てる涼(ただし外見上全く違和感はない)と、普段と変わらずクールな表情を携えている香子

第三者の視点から見れば、この両者の間に現状の認識の齟齬があるのは明白だった

だがそれは涼が自意識過剰というわけではなく、香子の行動に原因があった

しかしながら当の本人である香子にその意識は無いのだが…

香子「…?大丈夫か首藤、様子が変だが…」

涼「い、いや、大丈夫じゃ、うん」

香子「そうか、ならいいが…それでだ、首藤…」

涼「う、うむ…///」

香子「ホームと戦うと言ったお前の言葉に、その瞳に、嘘はないと私は感じた」

香子「それに自分でも薄々理解していた。このまま戦い続けても待っているのは破滅だけだと…」


香子「だから私も、再び黒組に行くことに決めた」

涼「おお、そうか!それは良かった!」

香子「お前のおかげでいろいろと自分に見えていなかったものに気づくことができた。感謝し尽くしてもし足りない」

香子「至らない私だが黒組に戻ってからも、どうかよろしく頼む」

涼「うむ!……ってあれ?」

涼「それだけ、かのう…?」

香子「…?あと何かあったか?」

この時涼は、ようやく何かがおかしいと気付いた

涼「ああ、いや……え~とな、香子ちゃんはなんでわしにこの四つ葉のクローバーを渡したんじゃ?」

香子「ああ、それか。それはイレーナ先輩に昔教わったんだ」

香子「『いつか大事な人ができて、自分の想いを伝えたいと思ったら、四つ葉のクローバーを渡しながら言うと、より想いが伝わる』と教えられてな」

涼「な、なるほど…」

涼は顔を若干引きつらせながら、納得した

香子「お前はこれから一緒に戦っていく大切な仲間だからな。そう思ったらイレーナ先輩のこの言葉を思い出したんだ」

涼(その言葉はそういう意味で言ったわけでは無いと思うがの…まあ、いいか)

植物について詳しい涼は知っていた

四つ葉のクローバーには、普通のクローバーにはない特別な花言葉があることを


それは「Be mine(私のものになって)」


イレーナはその言葉の意味も含めて香子に教えておくべきだっただろう

だが多少の誤解はあったものの、そうして二人は誓い合った

黒組で互いに鍛え合うことを

そして避けられぬ因縁を持つクローバーホームを打ち倒すことを…


香子「じゃあ、行こうか、首藤」

涼「ああ!そうじゃな、香子ちゃんよ」


これから彼女達に迫る戦いの日々は、1人では耐え切れないものとなることだろう

だが二人ならば乗り越えていける

そう思いながら彼女達は、まばゆい朝日をその身に受けながら歩き出した



四つ葉の誓い 完

投下し終わった後に凄い今更ですが>>471に注意文を書き忘れていました

この内容は、オリ設定等を含みます
またネタバレも有るかも知れません
どうかご了承下さい

今回の投下はこれで終了です

次は前回書きかけだったやつを完成させ、今度こそ近日中に投下したいと思います

それではこれで失礼いたします

近日と言って一ヶ月以上音沙汰無しで申し訳ありません
とりあえず生存報告です
仕事が忙しくなったことなどによりまだ書けていません
気長にお待ちいただけると幸いです

あと13話遅れながらも視聴して、ちたひつ書きたい欲求が激しく刺激されました
柩ちゃんさんヤバイな・・・

2/13 バレンタインの短編を書こうと思い至る
2/14 間に合わない。明日のしえなちゃんの誕生日に上げようと妥協
2/15 想像以上に長くなってる・・・今日中には終わらない。妥協から焦りへ

そんな感じでバレンタインにもしえなちゃん誕生日にも盛大に遅刻しましたが、バレンタイン編投下です



ヴァレンティヌスが戸惑うほどに


今年のバレンタインデーは土曜日

そのため学舎に通う多くの乙女達は、その前日の金曜日にチョコを渡せるように準備をしていた

しかし黒組に在籍する乙女達はそうはしない

何故なら寮暮らしであるため平日だろうと休日だろうと、会いたい時に会うことが可能だからである

故にまるで祭りの様に沸き立つ2月13日は、彼女達にとって決戦に備える準備の時となっていた


そしてその日、黒組は二つの集団に分かれ行動していた

香子「なあ…私達はこれでいいんだろうか…」


そんなことを神長香子が言い出したのは、昼休みのことであった

兎角「これでって…どういうことだ?」

今この黒組の教室には、東兎角を含め神長香子・犬飼伊介・武智乙哉・番場真昼、そして大量のチョコが入った紙袋を抱える生田目千足がいた

もっともチョコを持っているのは千足だけではなく、全員がある程度のチョコを持っている(千足のは特に数が異常だが)

これらのチョコは彼女達が作った訳ではなく、すべてミョウジョウ学園の一般生徒からの贈り物である

そしてこの大量のチョコをどう処理するかを考えるべく、自然とこのグループが出来ていたのだった

香子の発言は、もらったチョコの数を数えていた矢先であった

香子「この際単刀直入に聞こう。この中で…」


香子「明日のバレンタインのチョコの準備ができているものはいるのか?」


静寂が、場を支配した

この時この集団は2種類に分けられていた

兎角「チョコの準備…何でだ?」

千足「……ああ、そういうことか」

乙哉「そういや普通は送るイベントだったね~」

1つはバレンタインをチョコがもらえる日としか認識していなかった組

これまで大量のチョコを受け取ってきたのが逆に災いし、バレンタインのそもそもの意味を忘れていた者達だ

兎角・千足・乙哉がこれに該当する

伊介「え~、伊介がわざわざ準備するなんてありえな~い?」

番場「……うう」

そして残った三人

その態度や表情には共通点は見られないが、彼女達は共通して指に切り傷や火傷の跡を負っていた

残る一方。それは準備しようと思ったが技術不足で用意が間に合っていない者達である

ここには伊介・真昼・香子が属していた

香子「まず生田目、東、武智。お前ら最近同室の相手が妙に忙しそうだとは思わなかったか?」

兎角「ん…?そういえば確かに晴は最近忙しそうだな…」

千足「柩もそうだ。今週は放課後は毎日どこかに行っているな」

乙哉「しえなちゃんもだね~。なんで忙しそうにしてるのか聞いたら、『まったく誰のためにやってると思って…』とか呟いてたよ」

香子「そこまで分かっていて何故バレンタインに結びつかないんだ、コイツ等…ウチの首藤もそうだ。犬飼、番場、そっちはどうだ?」

伊介「…同じよ。アイツ普段の雑用の仕事もあるのに、毎日どっか行ってるわ」

真昼「す、純恋子さんも…です」


兎角「ほう…それはずいぶんな偶然だな…って、神長。何で私をそんなゴミを見るような目で見る?」


否、香子だけでなく、その場にいる兎角を除く全員が兎角へ、あまり良くない意味のこもった視線を投げかけていた

千足「私でもさすがに気付いたよ…」

乙哉「アタシも。もう、しえなちゃんったら素直じゃないんだから~///」

兎角(何だ!?一体あの限られた情報で何が分かったというんだコイツ等は!?)

香子「はあ…若干一名程見当もつかないという顔をしているからハッキリ言おう。東!」

兎角「なっ、なんだ!?」

香子「彼女たちがなぜ最近忙しそうにしていたか…それはほぼ間違いなく、明日のためにチョコを作っているからだ!!」


兎角「…………………」

兎角「…………ああっ!そういうことか!!」

乙哉「鈍っ!!」

千足「東…さすがにどうかと思うぞ…」

伊介「いや、アンタらも人のこと言えないから」

真昼「あ…あの…」

香子「ん?どうした、番場?」

真昼「最初に言った、『私達はこのままでいいのか』って…どういう意味、なんですか…?」

香子「ああ、そうっだったな。まずおそらく明日私達はチョコを渡されることだろう」

香子「だが私達とて女だ。こちらからは渡しもせずに渡されたチョコをただ貪るだけの存在でいていいのだろうかとふと思ってな」

乙哉「貪るって…」

千足「それで、結局何が言いたいんだ?」

香子「単純な提案だよ。今ここにいるメンバーで…」


香子「放課後チョコを作らないか?」

香子『とりあえず各自で放課後までにどんなチョコが作りたいか考えてきてくれ。その案に沿った形でチョコを作れるようお互いに協力し合おうじゃないか』


意外にも、この香子の提案に反対するものは出なかった

チョコを贈ろうという意識を持っていなかった者も、好意の証としてチョコを贈るということには非常に意欲的だったことが一つの要因だった

また今まで技術的に一人で作れなかった者達からすれば、この協力体制は閉塞した現状を打開しうる解決策だと思えたからという理由もあるだろう


そのため今彼女達はチョコ作りという、なんとも学生らしい悩みに直面しているのだった

兎角(チョコ…晴はどんなチョコが好きなんだろうか…?だが前日にいきなり聞くのもわざとらしすぎるし…)

乙哉(せっかくしえなちゃんにあげるんだもん。特別なヤツにしなきゃね!)

伊介(このアタシが作るんだから、妥協は許されないわ!)

千足(作りやすさも考慮するとなると…)

真昼(……どうしよう)

彼女達は、普段は全く考えないチョコについて、真剣に悩んでいた

そして放課後

6人はあらかじめ予約した(鳰に予約させた)第三家庭科室へと集合していた

香子「さて、集まってもらって早速だが、各自考えた案を聞かせてくれ。まずは東、頼む」

兎角「私からか。いいだろう」

伊介「なに?ずいぶん自信満々じゃない」

兎角「当然だ。これを考え付いたとき、あまりの完璧さに身震いしてしまったほどだからな」

真昼「なんか…嫌な予感が…」

兎角「私の考えたチョコはこれだ!!」バッ


『カレーチョコ』

兎角「これはチョコと完全食であるカレーを半々にして組み合わせるという画期的な…」
香子「却下!!」

兎角「な、何故だ!?それにまだ説明が途中で…」

香子「カレーとチョコを半々って時点でまともな食べ物になるわけないだろ!」

伊介「やっぱり東さんは東さんね~」ケラケラ

兎角「だったら犬飼、お前はどうなんだ!」

伊介「伊介のはちゃんとしてるわよ。少なくとも東さんみたいに食べられないものを考えたりはしてないわ」

香子「ほう、なら次は犬飼だな」


伊介「伊介の案はこれよ!」ババンッ


『世界一華麗なチョコレート』

そこには不死鳥をかたどった見事なチョコ細工を写した雑誌の記事が貼り付けられていた

伊介「伊介が作るんだもの。中途半端なものじゃ…」
香子「却下!!」

伊介「ちょっと、何でよ!」

香子「犬飼、理想がはっきりしているのはいいが私達は菓子作りに関しては素人の集まりだ。それにお前のその手の傷から、相当チャレンジして失敗してきたんだろう?ならその難しさは良く分かるはずだがな」

伊介「くっ…!!」

伊介は絆創膏だらけの両手を後ろに隠しながら小さく唸った

それは今まで作ろうとして、数多く失敗を重ねてきたということを示していた

香子「ハッキリ言ってその案は実現不可能だ」

乙哉「アハハッ、東さんも伊介さんもリアリティが無さすぎるよ~」

香子「ほう…じゃあ次は武智にその現実的な案とやらを聞かせてもらおうか」


乙哉「うんっ!アタシの案は~……これっ!!」ズババンッ


『特別をあなたに ブラッディ・チョコレート』

乙哉「これはチョコに隠し味として自分の血液を…」
香子「却下!!」

乙哉「え~、何で~?」

香子「普通に怖いわ!確実に相手のドン引きされるぞ!」

乙哉「そう…?アタシだったら嬉しいけど」

香子「シリアルキラーであるお前を標準に考えるなよ…」

伊介「さっきから却下ばっかり。そういう神長さんのはちゃんとした案なんでしょうね?」

乙哉「そうだそうだ~!」

香子「ふっ、いいだろう。私の考えだした現実的かつ最も美しいチョコの形を見るがいい」ババーンッ


『究極の美 黄金長方形型チョコレート』

香子「これは最も安定して美しい形である黄金長方形型のチョコを作るという…」
伊乙「却下!!」

香子「何故だ!?お前たちにはこの美しさが分からないのか!?」

伊介「美しさ以前にもうこんなのただの板チョコじゃない!」

乙哉「明○ミルクチョコレートでも買えばいいんじゃないの~?」

香子「なんだと!?」

兎角「何故カレーがダメなんだ…」


真昼「なんか…」

千足「ああ、収拾がつかなくなってきているな…仕方ない…」

パンッパンッ

家庭科室に千足の手を叩く音が響き、言い争っていた3人は静まり返った

千足「静かにしてくれ。言い争うのは私と番場の案を聞いてからにして欲しい」

香子「生田目と…」

乙哉「番場ちゃんの…」

伊介「案…?」

兎角「カレー……」

千足「ああ、私達は実現可能な範囲でどういう物がいいか、事前に話し合っていたんだ」

真昼「特に…実現可能が…重要…」

千足「その観点から私達が出した結論は…」

真昼「これ…です」バンババンッ


『6人合作 チョコレートケーキ』

乙哉「6人…」

伊介「合作…?」

千足「ああ、私達が別々のものを作ろうとしていたのではとてもじゃないが明日までには完成しないだろう。だが6人で一つのものを協力して作るのであれば何とか完成させられる」

真昼「チョコケーキなら…レシピもちゃんとあるし…」

香子「なるほど…確かに実現は十分可能だな」

千足「それにこういうのは、チョコそのものよりも贈る側の気持ちが一番大切なんじゃないかな」

伊介「恥ずかしいセリフをさらっと吐くわね」

乙哉「まぁでも確かに言われてみればそうかもね…」

香子「よし!じゃあ生田目と番場の案の、チョコレートケーキを作るということでいいな!」

伊介「ま、いいんじゃなーい?」

乙哉「異議なーし!」

兎角「カレー…」

香子「東ァ!いい加減カレーから離れろ!!」

冷静な香子もさすがにキレた

そんなこんなで、チョコレートケーキを作ることで無事意見は固まった(若干1名怪しいのがいるが)

しかし癖のある6人が集まった集団において常識は通用しない

船頭多くして船山上ると言うが、彼女達の場合空すら飛びかねない


以下は彼女達の悪戦苦闘の様子を抜粋したものである

香子『東ァ!!さりげなくチョコと一緒にカレールーをレジのカゴに入れるな!!』


香子『ちょっと待て!武智に包丁を握らせるな!』


真夜『ヒャッハーーッ!!面白そうなことやってんじゃねぇか!!』

香子『くっ!番場が暴走した!生田目、奴を抑えてくれ!』


香子『東ァ!!湯煎したチョコにカレールー入れようとするな!!いい加減殴るぞ!!』


…まあ、そんなこんなはあったものの、何とか無事完成させて、6人は翌日を迎えたのだった

―翌日
―金星寮


晴「一体どうしたんでしょうね?兎角さんたちが食堂に集まってほしいだなんて?」

春紀「さあねぇ…でもアタシらが集まってチョコを作っていたように、昨日あっちも何か集まってやってたらしいよ」

涼「ふむ、ということは…」

純恋子「期待してみてもよろしいかもですわね」

柩「楽しみです!」

しえな「ボクはちょっと不安だけどな…」

6人が食堂のドアを開けると、大きな破裂音が連続して鳴り響いた

兎千伊乙真香「「「「「「ハ、ハッピーバレンタイン!!」」」」」」


そこにはクラッカーを持った兎角・伊介・千足・香子・乙哉・真昼がいた

その光景と音に、ドアを開けた6人は驚き、声が出なかった

兎角「…おい、なんか反応がないぞ?」

伊介「やっぱりバレンタインじゃクラッカーは鳴らさないんじゃないの?」

真昼「で…でも…真夜が鳴らした方がいいって…」

千足「ま、まあ、とにかく…今日はバレンタインデーだからな。私達6人でチョコを用意したんだ」

香子「あまり料理が得意でない集団で作ったものだから過度な期待はしないで欲しいが…」

兎角「私達の気持ちだ。どうか受け取ってほしい」


そうして示された方向には、少々形は歪んでいるもののちゃんとしたチョコレートケーキがあった

晴「わあっ!ありがとう!兎角さん!」

兎角「お前が喜んでくれて嬉しいよ」

柩「ありがとうございます。千足さん!」

千足「いや…いつも何かとしてもらってばかりだからな…」

春紀「へ~、伊介様もこれ作ったんだ」

伊介「そ、そうよ。だからありがたく食べなさい!」

涼「ふむ、それではみんなの分を切り分けるかのう」

香子「私も手伝おう」

乙哉「あ、アタシも~!」

しえな「お前は座っとけ」

純恋子「私は紅茶の準備をしましょうか。手伝ってくださいますか?真昼さん」

真昼「は、はい」

こうして、途中経過の割には至極まともに、バレンタインパーティが開催された

そうして兎角たち達6人のバレンタインは何事もなく無事に過ぎていった

しかしバレンタインとはあげるだけの行事ではなく、貰うことも含めての行事である

だが兎角たちは途中から、ちゃんとしたチョコを作ることで頭がいっぱいになり、貰うことにまで意識が回らなくなっていた


そのため、次に行動を起こしたのは晴たち6人であった

彼女達は一瞬アイコンタクトを取り何かを確認してから、行動を起こした

晴「と、兎角さんっ!そろそろ、お、お部屋に戻りませんかっ!?」

兎角「ん?まあ、いいが…」

純恋子「ちょうどケーキも無くなりましたし、お開きということで部屋に戻るのがよろしいのではありませんか?」

真昼「そ、そう…ですね…」

涼「なら後片付けはわしと香子ちゃんがやるとしよう。他のものは部屋に戻っていてよいぞ」

香子「あ、ああ…そうだな」

千足「いや、それなら私も片づけを…」

柩「千足さん、せっかく首藤さんがああ言ってくれているんですから、部屋に戻りましょう?」グイッ

千足「そ、そうか…?じゃあ、首藤、神長、すまないがよろしく頼む」

涼「うむ!」
香子「ああ」

乙哉(あ!これってチャンスかも!)

乙哉「し~えなちゃんっ!アタシたちも部屋に戻ろうよ」

しえな「あ、ああ。そうだな」

しえな(あっちから言い出してきてくれたか…これはかえって好都合だな)

春紀「じゃ、アタシらも戻ろうか、伊介様」

伊介「そうね。それじゃ、後よろしく~」


こうして涼と香子を残し、それぞれは自分の部屋へと戻って行った

これにより、環境が出来上がった

告白の際に必要なものとは何だろうか

自分の思いを告げるための愛の言葉?

相手の気持ち?

それらはもちろん必要だ

しかしそれらと並ぶ重要な要因の一つが環境である

同じ相手に同じ告白をしたとしても、誰もいない二人きりの教室で行うのと、吊り橋を渡っている最中にいきなり行うのでは、当然効果は大きく異なる


まあ要するに、ムードというものは大事だという話である

チョコを渡すことは即ち告白という訳ではない

…訳ではないが、しかしそれでも良いムードを追及してこそ乙女というものだ

二人きりであるというのは、そのための最低条件だ

そして、少々強引ではあるが、彼女達は最低条件をクリアしたのだった

1号室の彼女達


兎角「ふう…」

部屋に戻ってくると、自然とベッドへと足が向かった

まあそれも無理はないか

昨日は慣れないことをして、本当に疲れた

…とはいえ楽しくもあったし、なにより晴があそこまで喜んでくれたのだ

この疲れさえも誇らしい勲章の様に感じる

晴「と、兎角さんっ!」

だがそうしてベッドへ向かう私を背後から晴が呼び止めた

振り向いて見た晴の顔は、なんだか赤くなっていて妙に可愛らしかった

晴「き、今日はチョコレートありがとうございました!そ、それでですね!」

…? 何か緊張している様子だ

それに両手を後ろにして何かを隠しているようだ

一体どうしたのだろう?

すると晴は後ろ手に隠していたものを私の目の前に差し出した

晴「こ、これっ!受け取ってください!」

差し出された物は綺麗にラッピングされた四角い物だった

兎角「これって…もしかして」

晴「晴、そんなに料理とか上手くないですけど…一生懸命作りました!それで、あの…」

兎角「ありがとう」

自然と晴の手を取り、そう言っていた

思ったまま感じたままに出た、行動と言葉だった

一度作る側に立ってみたからこそ、チョコを作るその手間が分かる

その手間が分かるようになったからこそ、嬉しさと愛しさが溢れ出して止まらない

赤さが増していく晴の顔を見つめながら、心の底からもう一度言った


兎角「ありがとう、晴」

晴「あ、あの、と、兎角…///」

晴の顔がゆでダコ寸前になってきたので、チョコを受け取り手を離した

兎角「開けていいか?」

晴「は、はい!もちろん!」

晴は太陽のような笑顔で答えた

丁寧にラッピングを外していくと、透明なプラスチックの箱に入ったホワイトチョコレートが現れた

透明な箱を開け、1つを手に取り晴に聞く

兎角「じゃあ、食べるぞ」

晴「は、はい…」ジーーッ

晴が緊張した顔で私を見つめる

その可愛らしい仕草に、少しクスッっときながら、私はチョコを口に入れた

ホワイトチョコの口どけの良い甘みが舌に伝わる

だがそれに加えて、慣れ親しんだ風味が口の中に広がった

兎角「…っ! 晴!これってもしかして…!」

晴「あ!分かりました?さっすが兎角さん」

これは、これは間違いなく…


カレーだっっ!!!!

チョコの甘さを壊さず、かつカレーの風味を香らせる絶妙なバランスでカレーが入っている!

一度私が考え付いたものの全否定され断念したカレーチョコがまさか…!


気付けば私は涙を流していた

晴「ええっ!?ど、どうしたの兎角さん!?」

兎角「晴…私は今猛烈に感動している!」

晴「え、ああ、うん…?」

兎角「チョコの甘さと共に感じる確かなカレーの存在感…!まさしくこれは今まで私が食べたことのない全く新しいカレーだ!」

晴「チョコだけどね…」

兎角「一度カレーとチョコを混ぜるという考えを全否定された時には、僅かではあるがカレーの万能性に疑いを持ってしまった…!だが今ハッキリと理解した。やはりカレーは完全食なんだ!!」

晴「えっと…喜んでくれてるのは嬉しいんだけど…何か複雑というか…」

兎角「ありがとう、晴!私はこの日のことを一生忘れないだろう!」

晴「……」


・・・数分後

晴が拗ねた

何が悪かったのか見当がつかない

私と違い晴は普通の女の子だ

まったく、普通の女の子の心というものは読みにくいものだ…

これが日向の人間とそうでない人間の、埋めようの無い差というものなのか…

そんな間の抜けたことを考えていた兎角ではあったが、しかしその数分後には何気ない兎角の言葉で笑顔を浮かべる晴の姿がそこにはあった

なんやかんやとありながらも、結局楽しく、幸せで、そして普通の、バレンタインデーを過ごした二人であった


1号室編 完

2号室の彼女達


伊介(アタシは冷静アタシは冷静アタシは冷静……)

アタシは今、春紀の後をついて金星寮の廊下を歩いている

そしてアタシは今、冷静だ

冷静という言葉がゲシュタルト崩壊しそうな程に、頭の中は冷静という言葉で埋め尽くされているくらい冷静だ

だから、アタシの心臓がドクンドクンと大きく高鳴っているのは気のせいだし、握っているこぶしが汗でしっとり湿っているというのも気のせいだし、歩く足が震えて転びそうになるなんてことも気のせいだ

何度だって繰り返す

アタシは今、冷静だ

…………いや、もう自分をごまかすのは止めよう


アタシは今、冷静なんかではない

不安で、心配で、緊張で胸の鼓動が治まらない


アタシは今、とてつもなくドキドキしている

このドキドキの始まりは、ほんの2~3分前

春紀と一緒にバレンタインパーティから帰ろうとした直後に気付いたあることが頭から離れないことが原因だった


『春紀はまだバレンタインチョコをアタシにくれていない』


パーティの熱に浮かされ、アタシはこんなことにも気づいていなかったのだ

春紀がくれないはずはないと頭では分かっている

春紀は最近備品管理や寮の維持作業が終わった後、どこかへ行っている

それはどうやら、他の黒組の面々とチョコを作っているという話らしい

そしてなにより、あの一件以来、春紀とはその…と、特別な関係になったのだから…

アタシにチョコを渡さないということはまず無いだろう

それでもなお、アタシの胸の震えは治まらない

いやむしろ、そうした大切な存在になったからこそ

大好きな目の前の人が、自分から離れてしまうのが、怖くて怖くてたまらない

我がことながら、いつの間にこうなってしまったのだろうと思いはする

だけど、これはもうどうしようもない

世界中で最も多くの人間を悩ませてきた、不治の病に罹っているのだから

そんな似合わないことを考えているうちに、いつの間にかアタシ達のの部屋の前まで来ていた

とにかく考えていても、埒が明かない

部屋に入ったら、意を決して速攻で聞く


伊介(それが伊介らしいやり方ってもんでしょ!)

そうして私は春紀に少し遅れて部屋に入った

伊介「あのさ、はる…」
春紀「はい、伊介様」スッ

部屋に入るなり、春紀はアタシにラッピングされた箱を差し出してきた

伊介「え、これって…」

春紀「ん?チョコだよ。伊介様への」

いや、それは流石にわかるけど

春紀「いやー、流石にみんないるところで渡すってのは抵抗あったからさ。遅れてごめん…って伊介様?変な方向向いてどうしたの?」

それはムードの欠片もない渡し方で

普通は怒りで顔を赤らめるところなんだと思う

なのに…なんでアタシは…


伊介(こんなに嬉しいって思ってるんだろう…)


今は絶対に春紀の顔は見れない

おそらく自分の顔は真っ赤になっていて、しまらない顔になってしまっているのだから

春紀「おーい?伊介様ー?もしかして怒ってる?」

伊介「怒っては…いないわよ…」

春紀「そっか。なら良いや。よかったら開けてみてよ。結構な自信作なんだよ」

伊介「…分かった」

そっぽを向きながらアタシはラッピングを丁寧に解いてゆく

そうして露わになった箱の中身は…


ピンクの小さなバラだった

いや、本物のバラじゃない

伊介「これって…」

春紀「どう?雑誌見てたらちょうどチョコ細工の特集やっててさ。伊介様好きそうだなって思ってやってみたんだ」

伊介「…綺麗」

花はストロベリーチョコで、茶色い葉っぱは普通のミルクチョコで出来ていた

それは一回や二回の挑戦で、簡単に作れそうなものではなかった

伊介(毎日備品管理や寮の掃除とかで忙しいはずなのに、この日のためにわざわざ練習や準備をしてくれていたんだ…)

それを意識すると、また顔が熱くなるのを感じた

だからいつの間にか覗き込むようにしてアタシの顔を見ていた春紀から、また目を背けた

春紀「あれ!?また!?」

素っ頓狂な声を春紀は上げる

なんなのだろう、今日のアタシは

終始春紀に乱されっぱなしだ

春紀「おーい?伊介様ー?」

そう思うと、この春紀の飄々とした態度にイラッと来た

アタシがこれだけ取り乱してるのに、コイツは余裕綽々なんて許せない


伊介(だからその余裕……、乱してやる!!)

アタシは、素早く春紀に向き直って、春紀の胸元を掴んでこちらに引き寄せた

そして慌てる春紀にはお構いなしに…


キスをした

キスというのは不思議だ

ただほんの少し唇を触れ合わせただけ

それだけなのに春紀とすべてが溶け合い、混ざり合っているかのような、不思議な感覚になる

そんな感覚に名残惜しさを感じつつも、アタシは数秒で唇を遠ざけた

これ以上やると、言おうとしたことを忘れてしまうと思ったから


伊介「これはお返しよ。今日のために春紀はたくさん頑張ったみたいだからね」

…いつものように余裕のある感じで言えた、と思う

これで春紀もアタシと同じようドギマギするに違いない


だけど目の前の春紀は、予想に反して優しい笑みを崩していなかった

春紀「お返しありがとう、伊介様。だけどさ、これじゃ釣り合いが取れないよな」

伊介「つ、釣り合い?」

春紀「今日はアタシも伊介様からチョコをもらった。なのにアタシだけがお返しをもらうんじゃ釣り合わないってこと」

伊介「うっ…」

春紀「だからさ…」


春紀「アタシからも、お返し、していいかい?」


そう、アタシをのぞき込むような上目づかいで春紀は言った

その瞬間、アタシは悟った

今日は春紀には敵わない日なのだ、と

伊介「…いいわよ///」

春紀「ホント!?」
伊介「ただし!」

でも、だからって主導権を握るのを諦めるのは、犬飼伊介らしくない

伊介「伊介はアンタよりもっとずーっと嬉しかったんだから!だからアンタからお返しされたら、またアタシからもお返しし返すから!」

そうアタシが言うと、春紀はクスリと笑い言った

春紀「ならアタシは、それよりもっと嬉しかった。だからもっとお返しする!」

まるで子供のような言い合いに、なんだかおかしくなって、二人で笑い合った

そして笑いが治まると、そうあることが自然であるかのように、どちらからともなく、また、キスをした…

溶け合い混ざり合うような不思議な感覚

アタシはそれに、深く深く身を委ねた…


2号室の彼女達 完

3号室の彼女達


首藤との片付けはすぐに終わった

それはもちろん首藤の手際の良さが要因の一つだったが、パーティ開催中から首藤や寒河江が片付けがしやすいようにカップや皿などをまとめていたということも影響していた

それを周りに意識させることなくやっているというのが、こういう作業への経験値の高さのようなものを感じさせた

涼「それじゃあ、部屋へ戻るとするかのう」

香子「そうだな」

密かに感心しながら、私は首藤と自分たちの部屋へと戻っていった

部屋の前に着くと、首藤が突如言い出した

涼「おっとすまんが香子ちゃん。ほんの数分ほど外で持っていてくれんかの?」

特に断る理由もなかったので了承した


それから数分すると、ドアを少し開け、「もう入ってよいぞー」と声をかけられた

そしてドアを開けて部屋に入ると…

涼「ハッピーバレンタイン、じゃ!!」パパパーンッ

クラッカーを炸裂させながら、そう首藤が出迎えた

香子「おお…!」

クラッカーの音に驚き目を丸くする

香子(私たちも同じことをやったというのに、予想できていないとここまで驚いてしまうものなのか…)

そう思っていると、首藤が笑顔で私にラッピングされた長方形の箱を差し出してきた

涼「香子ちゃん、さっきはチョコありがとうの。これはわしからのチョコじゃ」

香子「ああ、ありがとう」

こちらも笑顔でそれを受け取った

首藤からのチョコというのは正直どんなものか予想がつかない

その好奇心から私の心の中に早く中身を見たいという気持ちが芽生えていた

香子「開けてもいいか?」

涼「もちろんじゃ!」

GOサインをもらった私は、破かないよう丁寧にラッピングを外す

そうして現れた白い箱を開けようとした時、首藤が慌てたようにして言った

涼「ああ、すまん。その箱には裏表があるんじゃ。えっと今の状態は…表じゃな!なら問題ないのう」

香子(表裏…?)

箱の構造に少し疑問を持ちながらも、私はその箱を開けた

その中にあったチョコは、おかしな言い方だが、やはり私の予想外のものだった

まずその箱は2層になっていた

1層目には小さい長方形のチョコレートが敷き詰められていた

まるで既製品であるかのような綺麗な長方形だった

香子(ん?この形って…)

香子「なあ、首藤。もしかしてこの長方形って…」

涼「おお!よく気付いたのう!お察しの通り、その長方形のチョコはすべて黄金長方形の比率で作られたものなのじゃよ」

香子「やっぱりか」

涼「作ろうとしたチョコが長方形だったのでな。どうせ作るならより美しいものを作って香子ちゃんには渡したいと思ったのじゃ」

よく見てみればチョコの入っている箱そのものもまた黄金長方形の比率だった

ということは…

香子「首藤、この箱ってもしかしてお前の手作りなのか?」

涼「そうじゃ。なにせ今回のチョコは我ながらちょっと特殊なものを作ったのでの。箱の方もそれに適した形にするために作ったのじゃ」

香子「そうか…」


首藤が自分と同じものを美しいと感じていること

そして自分のためにここまで手を尽くしたものをくれたこと

その両方が非常に嬉しかった

涼「おっと、驚くのはまだ早い。1層目を開けてみるのじゃ」

1層目を持ち上げ見えた2層目は、子供の頃に使った絵の具のパレットのような構造だった

半分半分に区切られており、片方の長方形はさらに4分割されていた

その4分割された長方形にはそれぞれ、なにか粉のようなものが用意されていた

香子「これは…なんだ…?」

半分に区切られたもう片方の長方形には何もない

すると首藤が冷蔵庫から何かを取り出してきた

涼「それはの、これを使って完成なんじゃよ」

首藤が持ってきたのは、白いものが入った小瓶だった

首藤は小瓶のふたを開け、中のものを何もない区間にたらしていく

どうやらあの白いものはクリームの様だ

涼「うむ!これで完成じゃ!」

首藤は満足そうに頷いた

だがこちらは正直どうすればよいのか全く分からなかった

香子「えっと…首藤。これはどうやって食べるものなんだ?」

涼「ああ、これは説明が必要じゃな。まあ簡単なことじゃがな」

そういって首藤は小さな長方形のチョコを取った

涼「まず1層目の小さいチョコにこのクリームを少しつけるのじゃ」

そう言って首藤はその小さいチョコでクリームをすくうように少しつける

涼「そしてそれに好きな粉をつけて食べるだけじゃ。香子ちゃんはまずどれが食べてみたい?」

そうして首藤は4つの粉のある部分を指した

そこには茶・白・ピンク・緑の4種類の粉末があった

香子「…じゃあ、茶色だな」

涼「了解じゃ」

そう言うと首藤はクリームの部分にその粉末をつける

涼「良し、できたぞ!じゃあ、はい香子ちゃん」

ここで意外だったのは、そのできたチョコを私に手渡すのではなく私の口元へ持ってきたことだった

これはもしかして…

涼「ん?どうしたんじゃ、香子ちゃん?はい、あーん」

香子(やっぱりか!)

この年になって食べさせてもらうというのは正直気恥ずかしい

だが首藤はどうやらその点は考慮していないようだった

香子(まあ、いいか…)

結局私は流されて、「ぁー」と口を開けた

それを見て笑顔の首藤は、手に持ったチョコを私の口へと運んだ

まず舌に感じたのは優しい甘み。そしてしっとりとした食感だった

香子(これは…粉の甘みだな。クリームは甘すぎず優しい味だ)

次に歯を立ててチョコをかじってみる

香子(チョコも…そんなに甘くない。ビターチョコだな…でも粉末とクリームの甘さが合わさって甘すぎず美味しい…)

私はチョコレートが好きでいろいろなものを食べてきたが、これはその中でも屈指のものだった

美食にこだわらない私だが、その美味しさには思わず「ほぅ…」とため息が出た

香子「すごい…美味しいな、これ…」

涼「そう言ってもらえて何よりじゃ」

首藤は満面の笑みでそう答える

香子「この粉はチョコレートパウダーだったのか」

涼「うむ。普通のチョコにホワイト、ストロベリー、抹茶と4種類を用意した」

香子「なるほど…じゃあ次はホワイトを試してみるか」

涼「よしきた」

香子「いや、食べさせてもらわんでも自分で食べる」

涼「まあまあ」

香子「いや、だから…」


結局全部食べ切るまで首藤の「あーん」攻撃は続いた

香子(全く…人にわざわざ食べさせて何が面白いんだか…)

まあ結局私もなんだかんだそれに甘えてしまったわけだが…

それに首藤のチョコはその気恥ずかしさを補って余りある幸福感を与えてくうれたのは確かな事実だ

香子「すごいな、首藤は…」

涼「ふふ…お褒めに預かり光栄じゃ」

…この状況は、以前からずっと考えていたことを言う良い機会かもしれない

香子「首藤、お前の作る料理や菓子は本当に好きだ。それこそ…」


香子「毎日、食べたいくらいだ」


涼「…っ!?」

香子「なあ首藤、だから1つ、どうしても、頼みたいことがあるんだ」

私は首藤の目を見て頼みごとをしようとする

涼「こ、香子ちゃん!?なんというか、その、流石にいきなりというか…///」

首藤は顔を赤くして目の焦点が定まっていない様子だった

香子(具合でも悪いのだろうか。これは率直に言って早く済ませた方がよさそうだ)

香子「なあ、首藤…私に…」

涼「あわわわわ……///」


香子「料理を教えてくれないか!!」

涼「デスヨネー」

?? 今度は何故か首藤が遠くを見つめるような虚ろな目つきをしている

香子(これは相当体調が悪いのだろう…早く寝かせてやらないと)

香子「首藤!」

涼「な、なんじゃ、いきなり!?」


香子「とりあえずベッドに行こう!!」

涼「」

その後何故か怒った様子の首藤は、料理を教える代わりに追加で正しい日本語の使い方の講義をすると言ってきた

香子(今更何故日本語の勉強なのかはわからないが、おそらくこれも何か深い考えがあるのだろうな)

涼(香子ちゃんのこの思わせぶりな発言は何とか治さんと…このままじゃクローバーホームと闘う以前に痴情のもつれで夜道で刺されそうじゃ…)


この日、ついに神長香子の天然を治す記念すべき第一歩が始まった

首藤涼の努力が実を結ぶ日はそう遠くはない……かもしれない


3号室の彼女達 完

4号室の彼女達


私の名前は生田目千足

正義に心を燃やすミョウジョウ学園の生徒だ

私は昔暗殺者として動いていた時期もあったため、並大抵の状況では動揺しないと自負している

それでも、今のこの状況…


部屋に戻った途端、柩にベッドに押し倒されるという状況には、少なからず動揺していた

千足「な、なあ、柩。私は今、何故押し倒されているんだ?」

柩「ふふふっ」

柩はそれを笑顔でのみ返す

幼い顔つきとは対照的な妖艶な笑みだった

柩「千足さん。チョコ、ありがとうございます。ぼく、とっても嬉しかったです」

この異常な体勢のまま、柩はごく普通な話をしてきた

千足「柩が喜んでくれたのならなによりだよ」

私は心からの思いを素直に告げる

柩「だからですね、ぼくからもちゃんとチョコを渡したいと思ったんです」

柩「受け取って…くれますか…?」

柩は顔を赤らめ、おずおずとラッピングされた箱を差し出してきた

千足「あ、ああ…」

何を言い出すのかと思いきや、至って普通の、いやむしろ嬉しい申し出だった

千足(これは柩も恥ずかしかったからこんな行動に出たのかもしれないな…)

千足「ありがとう。とっても嬉しい」

私は再び思ったままに感謝の言葉を告げた

千足「開けてみてもいいかな?」

柩「ええ、もちろん!」

千足「ああ、それじゃあ…」

私はチラリと肩を抑えている柩の手を見る

この仰向けの体勢だと…その…胸が邪魔で手元がよく見えないからだ

だが言外に主張した私とは異なり、柩はハッキリと宣言した


柩「この状態で、開けてください」

またもハッキリと言い切られてしまった

千足「そ、そうなのか…」

言い返してこの状況を脱しようと思っていたのに、そこまで強気に言い切られると反論できなくなってしまう…

それも特に柩に対しては…

千足(この流される性質は何とかしないといけないんだけどなぁ…)

だがそれでも、今は柩に言われるまま、仰向けの状態でラッピングされた箱の中身を取り出した

中に入っていたのは、大きめのハート形のチョコだった

柩「ぼくから千足さんへの…素直な気持ちです…」

柩は顔を熟れたトマトの様に真っ赤にしながらも、真剣な目でそう言った

その表情からは、彼女がこのチョコに込めた思いの強さが伝わってくる気がした

千足「ありがとう、柩…」

だから私も普段は恥ずかしくて使わない、この言葉で自分の気持ちを表そうと思った


千足「愛してる」

不意に、私の顔に一粒の水滴が落ちてきた

それは柩の瞳から頬を伝って流れ落ちた、涙だった

柩「あ、これは…違うんです…ただ、嬉しくて…」

それは私も同じ気持ちだった

かつて私は自分勝手な考えから彼女を殺そうとした

だがそんな私を柩は今も変わらず、深く愛し続けてくれている

そんな彼女の気持ちが嬉しく、なにより愛おしくてたまらなかった

柩が泣き止むのと同時に、手の中にあるチョコの感触が変わりつつあるのに気が付いた

千足「な、なあ、柩。そろそろ手の中のチョコが溶けてしまう。いったんどいてくれないか?」

だがそう提案するや否や、柩は再び妖艶な笑みを浮かべた

柩「そうですか…溶けちゃうといけませんから、千足さん…今、一緒に食べちゃいませんか…?」

千足「あ、ああ、それはいいが…」

柩「じゃあ、千足さん。お口、少し開けてくれませんか?千足さんに、食べさせてあげたいんです」

千足「う、うん…」

千足(うん…?一口で入るような大きさじゃないはずだが…まあ、細かくしてくれるのかな…)

そうやって私は言われるまま、ほんの少し口を開けた

だがそこからの柩の行動は私の予想を遥かに超えていた

柩はまず、私の手の中にあるチョコにその小さな口でかじりつき、小さな欠片を口に含んだ


柩「じゃあ、おいしく食べてくださいね、千足さん///」


そう言うと柩は開いた私の口に、唇を押し当ててきた

千足「んむっ…!?」

そして柩の口から私の口の中へ何かが送り込まれてきた

室温と柩の口腔内で、少しとろけ始めたチョコだった

チョコの甘さが口いっぱいに広がる

チョコを口に送り込んでからも、柩はその唇を離さない

そして私も離す気にはなれなかった

私の口の中を二つの舌が絡み合いながらチョコを溶かしていった

その甘さはまるで毒の様に私の体に浸透し、犯していった

この甘さはチョコの甘さなのか、それとも柩のキスの甘さなのか

ふと気になったが、すぐにどうでもよくなってしまった

今はただこの甘さに溺れたいと、そう思ってしまった

やがてチョコは口の中から無くなっていた

柩は口づけを止め顔を上げ、潤んだ瞳で私を見下ろした

その上気した顔を見て、多分私も同じ表情をしているのだろうと思った

柩「もう一口…食べませんか…?」

千足「うん…」

柩「じゃあ次は…千足さんが食べさせてくれます…?」

柩の言葉に逆らおうという気は起きなかった

千足「ああ…分かった…」

今度は私が、手の中にあるチョコを口に含む

そして小さく開かれた柩の口に唇を合わせた

柩の口内へ舌を使ってチョコを送り込む

貰った毒を送り返すように 互いを毒で縛りあうように


私達は口づけを繰り返していった…


4号室の彼女達 完

5号室の彼女達


乙哉「さあ、早く帰ろう!しえなちゃん!」

しえな「ちょっ…分かったからそんなに引っ張るな!」

ボクは今、乙哉に手を引かれ部屋に戻っている

しえな(チョコを渡すのには好都合なんだけど、なんでコイツ部屋に戻るだけでこんなにハイテンションなんだろうか…)

乙哉は一之瀬が部屋に戻る提案をした時に、何故か積極的に賛同していた

チョコを渡すボクとは違って(他の奴らのいる前でチョコを渡すなんていう羞恥プレイにボクは耐えられない)、コイツにはあの場から積極的には慣れる理由なんてなかったはずなのだけれど…

しえな(まあ殺人鬼の思考に合理性を求めること自体が無駄なことか…)

相も変わらず武智乙哉は掴みどころのない、雲のような奔放さを発揮していた

そうこう考えているうちに、ボクたちの部屋の前に到着した

だがボクはこのとき、自分に直面している問題の存在にようやく気が付いた


しえな(…どうやって乙哉にチョコ渡すか、考えてなかった…)


今更という感じであるし、人によってはそれのどこが問題なのかと思うヤツ等もいるだろう

だが「普通に渡す」ということほど難しいものはない

なんと言っても今日はバレンタインデイ

その日に渡されるチョコには当然様々な意味が秘められていると考えるのは不自然なことじゃない

だが今回のチョコは、その…、告白云々とか、そういう理由で作った訳ではない

まあ作った自分から見てもかなり手間暇かかった出来であることは認めざるを得ない

しかしそういう意図は込めずに作った

あくまで、あの、「友チョコ」の感覚で作ったものだ

……「友チョコ」、か…

しえな(改めて言葉にして考えるとなんか物凄い恥ずかしい気がする!)

良くリア充の奴らはこんな言葉を平気で使えるものだ

…いやそんな皮肉交じりに感心してる場合じゃない

本当にどうしようか…

ここで渡し方を間違えれば、乙哉にそのことをからかわれ続けるに違いない

しえな(だから…)
乙哉「し~え~な~ちゃん!」

しえな「うわっ!!なんだ乙哉!いきなり耳元で!」

乙哉「いやさっきからしえなちゃんが上の空だったんじゃん。アタシシャワー浴びてくるから。昨日はチョコ作りで結局浴びそびれちゃったからさ」

しえな「あ、ああ…分かった」

乙哉「それじゃーね~」

そうして乙哉は浴室の方へ向かって行った

ふむ…これはチャンスだな…

正直渡し方を考えていなかったボクからすれば非常にありがたい

これで渡し方についていくつかのシミュレーションを行う余裕ができたを

そしてボクは冷蔵庫から、密かに置いておいたチョコを包んだ箱を取り出した

しえな「これを持ちながらよりリアルに近いシミュレーションを行えば、失敗はないはずだ!」

そうと決まれば、早速渡し方について案を考えなければ…


まず重要な要素として、「ボクが告白とかの目的でチョコを渡すのではない」ということを主張しなければならない、という点がある

ならばつまりこういう渡し方か…?

案その1

しえな「かっ、勘違いするなよ!お前のことが好きだからチョコをあげるんじゃ、ないんだからなっ!!」

うん、どこの安っぽいツンデレキャラだこれは

こういう風にいつもと違う感じを出してしまっては、勘違いの原因となる

つまり「いつもと変わらないようにしなければいけない」ということだ

つまり、こういうことか…

案その2

しえな「あー、乙哉、ほれチョコやるよ」ポイッ

…いやだめだろこれも

子供にお菓子をやる親戚のオッサンか何かかボクは

それに乙哉のチョコにはかなり手間をかけたんだ

だからアイツにはそれ相応のありがたみを感じてもらわなきゃ割に合わない気がする

故にこの案は却下だ

ハイ、次、次

まずそもそも何もない状況からいきなりチョコを渡すというのが難易度を高めている要因の一つだろう

そう考えるとあのパーティから戻った直後というのが最適なタイミングだったのかもしれない

まあ今更の話だが

つまり「自然な状態でバレンタインの話題にしなければならない」ということか…

つまりこうだろうか…?

案その3

しえな「あー、今日って何月何日だっけ?」

2月14日だよ!!

っていうか既にチョコレート貰った状態でそんなこと聞いたらもう怪しいを通り越してただのアホだろ!

まずい、自分に自分でツッコミを入れている場合じゃない

もっと根本的に考えなければ…

煮詰まっている…

思い切ってここで方法を180°変えてみよう

今までは先にあるべき条件を考えてそこから案を練っていた

しかし「やってはいけない渡し方」というのがハッキリしていなければ、どのように渡せばいいかということも明確にはならないのではないだろうか…

つまり一度「やってはいけない渡し方」、つまり告白のように見える渡し方をシミュレーションするべきなのだ

なら、え~と、こんな感じかな…?

案そのEX

しえな「その、お、お前のことが…好きなんだ…。これ、受け取ってくれないか…///」

カシャンッ

その時、背後から何かを落としたような音が聞こえた

しえな「っ…!?」

慌てて振り向くと、そこにはシャワーを浴び終えバスタオルを巻いた乙哉がいた

シャワーを済ませた直後だからか顔は上気し、床には落とした化粧水のボトルがあった

乙哉「……え?ええと、あ、あの、えっと…///」

しえな「ちょっ、ちょっと待て乙哉、誤解だ!落ち着け!というかハサミを持とうとするな!!」

その後珍しく動転した乙哉をなだめ、事の経緯を説明することで何とか命の危機を脱することが出来た

乙哉「な、なんだ~。そうだったんだ~///」

乙哉は顔を赤くし恥ずかしそうに笑うだけで、そこまで追及はしてこなかった

しえな(まあ、あの状況にしては被害は少ない方だな…)

乙哉(あ、あのしえなちゃん…とんでもない破壊力だった…///)

しえな「という訳でお前へのチョコだ。心して味わうように」

乙哉「ははーっ」

自分でやっておいて、なんなのだろうかこの茶番は…

乙哉「じゃ、開けるね~」

そう言うと乙哉は、ハサミを駆使して袋の入り口を縛るテープのみを素早く器用に切り裂いた

しえな「相変わらず器用だな」

乙哉「へへっ、まぁね~」

そして乙哉は袋からチョコを1つ取り出した

乙哉「ふーん、見た目は普通のチョコだね」

しえな「ふふ…まあ食べてみろよ」

乙哉「あ!しえなちゃん悪い顔してる~」

そう笑いながら、乙哉は自分の口にチョコを入れた

すると乙哉は、笑みを止め真剣な目つきになった

乙哉「これ…は…」

乙哉は自分の舌に神経を集中させているようだった

やがて口の中のチョコを食べ切ってから話しかけてきた

乙哉「まずこれお酒、多分ワインが入ってるでしょ」

しえな「おっ、良く分かったな」

乙哉「ただもう1つ、少し酸味を出してる果肉がどうしてもわかんないな。しえなちゃん、これなに?」

しえな「ふっふっふ、まあ分かんないだろうな。普通はチョコに入れないものだし」

乙哉「なになに~?」

しえな「それはな、トマトだ!」

乙哉「ト、トマト!?」

ボク渾身のチョコの意外な材料に乙哉が驚きの声を上げた

しえな「ああ、ミニトマトをオーブンを使ってドライトマトにしたものを細かくして入れてあるんだ。ドライにしたおかげでうまみが凝縮されているからチョコの中でも確かな存在感を出せるんだ」

しえな(まあその分、味の調和には苦労したけどな…)

乙哉「うん、ワインとトマトがあることで味が複雑になってるけど、それぞれがバランス良く味を調えてる。なんか大人の味って感じで好きだな」

しえな「ふふ、そうかそうか」

自分の作ったものが人から称賛されるというのはやはり気分の良いものだ

乙哉「だけど一個聞いていい?」

しえな「うん?」

乙哉「なんでワインとトマト入れようと思ったの?合わせるの大変だったでしょ」

ああ…それか…

しえな「それは完全に思い付きでな。最初はお前に合うチョコって何かって考えてたんだよ。そしたらお前の場合血がイメージされてな」

乙哉「うわ、ひどっ!」

しえな「でも合ってるだろ」

乙哉「まあね」

ケロッとしたような表情で乙哉は言った

乙哉「だけど一個聞いていい?」

しえな「うん?」

乙哉「なんでワインとトマト入れようと思ったの?合わせるの大変だったでしょ」

ああ…それか…

しえな「それは完全に思い付きでな。最初はお前に合うチョコって何かって考えてたんだよ。そしたらお前の場合血がイメージされてな」

乙哉「うわ、ひどっ!」

しえな「でも合ってるだろ」

乙哉「まあね」

ケロッとしたような表情で乙哉は言った

しえな「まあだから血に似たものってことでワインとトマトが浮かんで、それでそれらを入れたチョコを作ってみようって思ったんだよ」

乙哉「え~、じゃあしえなちゃんの血は入ってないの~」

しえな「入るか、バカ」ビシッ

乙哉「あいたっ」

乙哉は叩かれながらも笑っていた

乙哉「ごちそうさまっ!美味しかったよ、しえなちゃん!」

しえな「そうか、それはなによりだ」

チョコ作りは大変だったが、この笑顔を見るためだというのならば、割に合わないものではないと感じた

>>670は無し

しえな(コイツは確かに殺人鬼で、許されざる犯罪者かもしれないけど、同時にこんな顔で笑える、普通の女子なんだよな…)

乙哉の笑顔には楽しいという感情以外のものが無い

嘲りも侮蔑も卑屈も無く、ただ楽しいから笑っている

それは時に狂気を感じさせるものであるのは分かっているけど、ボクはそんな乙哉の笑顔が好きだった

乙哉「ごちそうさまっ!美味しかったよ、しえなちゃん!」

しえな「そうか、それはなによりだ」

チョコ作りは大変だったが、この笑顔を見るためだというのならば、割に合わないものではないと感じた

しえな「そういえばお前、パーティ終わった後なんかやたらと積極的に部屋に帰りたがってたけど、あれなんだったんだ?」

乙哉「あ、そうだった!」

乙哉は何かに気付いたかのように大きな声を上げた

乙哉「あ、しえなちゃん。突然だけど質問です!」

しえな「はあ?」

乙哉「しえなちゃんはプレゼントは物派?それとも思い出派?」

しえな「物だな」

即答した

「物より思い出」というフレーズはあまり好きではない

大したことのない思い出なんて、所詮は風化していくものなのだから

乙哉「ふむふむ…ならこっちだね」

そう言って乙哉は何かを自分のバッグから取り出してきた


乙哉「しえなちゃん!誕生日おめでとーっ!!」


そして、大きめのラッピングされた袋を差し出してきた

しえな「………へ?」

我ながら気の抜けた声を出してしまった

しかしそれほど乙哉の行動はボクにとって予想外のものだった

乙哉「まあ正確には明日だけどさ、今日の方がタイミング的にちょうどいいかなって思ってね」

しえな「あ、ああ…?」

正直まだ思考が追い付いていない

乙哉「ちょっと、しえなちゃん?大丈夫?」

しえな「あ、ああ…うん、すまない、ただ…」

乙哉「ただ…」

しえな「こういう時って…どう返せばいいんだっけって、思ってな」

予想外の行動には、ホントに弱いんだな、ボクは…

乙哉「そんなの簡単じゃん」


乙哉「『ありがとう』の一言でいいんだよ、こんな時は」


しえな「そうか…うん、そうだよな…」


しえな「ありがとう、乙哉」


その時ボクは、数多くの意味を持つ「笑う」という行為の中の、忘れていた意味を思い出した気がした…

改めてお礼を言ったら、なんか妙に恥ずかしい気分になって、俯いてしまう

盗み見れば、乙哉も何故か顔を赤くしてそっぽを向いていた

そのためこの部屋は、良く分からない沈黙に包まれていた

一人でいるなら気にも留めない沈黙だが、誰かといる状況での沈黙というのは流石に居心地が悪い

ここは何か話さなければ…

しえな「お、乙哉!これ、開けてもいいか!?」

ちょっと声が上擦った気がしたが、話題としては悪くはないだろう

乙哉「う、うん!もちろん!」

乙哉も一部声を裏返しながら返事をした

ホントなんなんだろうか、この空気…

袋の中身はゲーム機とゲームだった

しえな「これってお前が前に一緒に買って協力してプレイしようって言ってたやつか」

乙哉「うん、そうだよ♪」

乙哉は殺人鬼としては意外、かどうかは分からないが(ゲーム感覚というやつだろうか)、ゲーム全般が趣味だ

今ボクの手元にあるのは、乙哉がつい最近購入したが、協力プレイでより効率が増すというゲームだった

ちょっと前から一緒にやろう一緒にやろうと言っていたが、まさかこういう手段でそれを実現するとは…

しえな「ボクへのプレゼントと言いながら、お前が協力プレイがしたいから買ったんじゃないのか?」

多少皮肉交じりに意地悪なことを言う

乙哉「でもさ、これならアタシも楽しめるし、しえなちゃんも一緒に楽しめる。Win-winじゃん!」

しかし乙哉は屈託のない笑顔でそう返した

しえな「たくっ…一日一時間までだからな」

いつの間にかボクも微笑みを浮かべながらそう返していた

乙哉「やった!じゃあ早速やろう、しえなちゃん!」

しえな「はいはい…ふふっ…」


まあ今はコイツと一緒に楽しむことに専念するとしようかな

そう思いながら、ボクはゲーム機の電源を入れた

―6時間後

乙哉「あ、あのさしえなちゃん。そろそろ終わりに…」

しえな「まだだ!このボスの弱点がようやく見つかりそうなんだ!」

乙哉「いやそんなの攻略サイト見れば…」

しえな「攻略サイトなんて邪道だ!攻略とは己の手で進めるから価値があるんだ!」


この時乙哉は理解した

しえなと一緒にゲームする際には、それ相応の覚悟押してから望むべきだということを


5号室の彼女達 完

6号室の彼女達


真昼(パーティ無事終わってよかったね、真夜)

真夜(ああ、昨日の時点じゃどうなるか見当もつかなかったけど何とかなるもんだな)

私と真夜、そして純恋子さんは今私達の部屋へ戻る廊下を歩いている

その道中で私は真夜と話しながら(もちろん心の中だけど)歩いていた

真昼(そういえば真夜は気付いた?パーティが終わるときの純恋子さんの様子…)

真夜(ああ、ありゃ各自部屋に戻るように他の奴らと示し合わせてる感じだったな)

真昼(あれってつまり…そういうことだよね)

真夜(ああ…各自が部屋でチョコを渡せるようにする配慮だろうな)

真昼(っていうことはさ、す、純恋子さんも、チョコを渡すんだよね?)

真夜(ああ?そりゃ当たり前だろ)

真昼(そう…なら…)
真夜(だからよ…)


真昼(良かったね、真夜♪)
真夜(良かったな、真昼!)


真昼(……え?)
真夜(……あ?)

真夜(いや、真昼よぉ、チョコもらうのはどう考えたってお前だろ?)

真昼(え?純恋子さんは真夜にあげるんじゃないの?)

真夜(いやいや真昼意外にないだろ。あいつどんだけお前を溺愛してると思ってんだ?)

真昼(で、でも真夜とお話してるときの純恋子さん、私の時よりよく喋るし楽しそうだよ…?)

真夜(それは真昼があんま喋らねーからアイツも喋ってねーだけだろ!)

真昼(あ、あうう…)

真夜(まあでもアイツのことだから俺と真昼の二つ分用意してんじゃねーの?)

真昼(あ!そ、そうだよね。純恋子さんならそうしそう)

真夜(ま、今はとりあえずどんなチョコが来るか、楽しみに待ってようぜ)

真昼(う、うん!そうだね!)

純恋子さんはどんなチョコを、そして誰宛に用意したのか

緊張しながらその時を待っていました

純恋子「今日は本当にありがとうございました。真昼さん。真夜さん」

部屋に戻るなり、純恋子さんは改まって言いました

純恋子「そのお礼、という訳でもありませんが、お二人に渡したいものがあるのです」

そう微笑みながら言う純恋子さんの言葉に、私は胸をなで下ろしました

「二人」ということなので、私と真夜、両方の分をわざわざ純恋子さんは作ってくれたようです

純恋子「受け取っていただけますか?」

真昼「はっ、はひ!」

…思わず噛みました

真夜「俺の分もあるのか?そりゃ嬉しいねぇ!」

純恋子「もちろん!お二人のうちどちらか片方にのみ渡すなんて失態、私は犯しませんわ」

純恋子さんの、私たちを二人の人間として認めているその言葉は、胸に響くものがありました

純恋子「ですが…何分私の手作りですので…お口に合えば良いのですが…」

真昼「い、いえ!そんな…」

真夜「俺はとりあえず人間が食えるモンでさえありゃかまわねぇぜ」

真昼「ちょ、ちょっと真夜!」

純恋子「うふふ…それなら大丈夫だと思いますわ」

真昼(まったく、もう…)

真夜の荒っぽい言い方に少し腹を立てつつも、私は純恋子さんからもらったチョコのラッピングを外していきました

すると2色のチョコがいっぱい入った大きめの円形の入れ物が出てきました

真昼「これって…」

その入れ物はチョコの色によって、歴史の授業で見たことのある形、『太陰大極図』の形をかたどっていました

純恋子「私は料理の腕自体はまだ未熟です。なので今回は味と入れ物にこだわらせて頂きました」

純恋子さんのチョコは、太陰大極図の形の入れ物に、茶色い普通のチョコとホワイトチョコをそれぞれ小さいボール状にして敷き詰めたものでした

純恋子「一応しっとり甘めのホワイトチョコを真昼さんに。甘さを控えたビターチョコを真夜さんにというコンセプトで作りました。どうぞ召し上がってくださいな」

真昼「は、はい」

まずは私が白い方のチョコを手に取って食べました

真昼「はう…///」

そのチョコは口に入れた瞬間溶けてしまったかのように甘みが広がりました

しっとりとなめらかなその甘みに、思わずため息をついてしまいました

純恋子「如何ですか?」

真昼「す、すごく!美味しい…です…」

おそらく甘みにとろけた表情をしながらだったでしょうが、私は素直に感想を伝えました

真夜(おーい、真昼ぅ!俺にも食わせてくれよー!)

真昼「あ、うん。じゃあ変わるね、真夜」

そうして真夜へ体を渡しました

真夜「んじゃ、いっただっきまぁーす」

そう言いながら真夜は一粒ビターチョコを口に入れました

真夜「ん、んむ、ん~ん♪」

真夜が美味しいと思っていることが強く伝わってきました

純恋子「どうですか、真夜さん?」

真夜「うん、美味い!良い風味を出してる。やるなぁ、純恋子」

純恋子「あら、お褒めに預かり光栄ですわ」

純恋子さんも、本当に嬉しそうに笑っていました

ここで再び私が主導権を取り、純恋子さんに聞きたいことを聞くことにしました

真昼「あ、あの…純恋子さん」

純恋子「はい、何ですか真昼さん」

真昼「一つ、聞きたいことが…あって…」

純恋子「…?何でしょうか?」

真昼「どうして…この形に…したんですか…?」

これは素朴な疑問でした

太陰大極図なんて、日常で見るものではありませんし、特に純恋子さんがこの図形にこだわりを持っていたということもありませんでした

どこからこの図が出てきたのか

そのことを、疑問に思っていました

純恋子「そうですわね…」

純恋子さんは、言い表すのに適切な言葉を模索しているようでした

純恋子「何となく…お二人に似ているな、と思ったからでしょうか」

真昼「似ている…」

真夜「どういうことだ、そりゃ?」

そう言うと純恋子さんは説明を始めてくれました

純恋子「この図は白いところが『陽』、黒いところが『陰』を表していると言われています」

説明しながら、純恋子さんはチョコの中の、ビターチョコに囲まれた一粒のホワイトチョコと、ホワイトチョコに囲まれた一粒のビターチョコを摘み上げました

純恋子「そして陰に囲まれた一点の陽のことを『陰中の陽』、陽に囲まれた一点の陰のことを『陽中の陰』と言うようです」

そう言いながら、私達の手にさっき取った一粒をそれぞれ手渡しました

純恋子「これらは陰と陽、どちらかが例え極まったようであっても、逆の性質が消えることはなく両者は永遠に繰り返し続けるということを示しているようです」

純恋子「この話を聞いていて、まるでお二人の様だと思ったんです」

純恋子「真昼さんも真夜さんも、別々の人間でありながら、同時に同じ人間である」

純恋子「だからお二人への贈り物に使うのに適しているのかな、と思ったのですわ」


純恋子さんの話を聞いていて、私は知らず知らずに涙を流していました

真昼「あ、あれ…?」

純恋子「真昼さん!?」

慌てていると、真夜が主導権を取り言いました

真夜「大丈夫だ、純恋子。真昼の奴、泣くほど嬉しかったようでな」

これが嬉しいという感情なのか、私には良く分かりませんでした

ただ、胸が温かくなるような感覚が溢れて、涙となって流れ出たような感じでした

純恋子「そうですか…」

真夜「ああ、誇っていいことだ。それに…」


真夜「涙は流さねぇが、俺ももちろん嬉しい」


純恋子「光栄の極みですわ」

そう言いながら、純恋子さんは優しく微笑んでいました

その顔を見ると、胸の温かさが更に熱を持ったように感じました

真夜「ま、せっかくだから食べようぜ!おい純恋子、お前も食え!」

純恋子「あら、いいんですの?」

真夜「良いに決まってんだろ。こんな美味いもんは俺たちだけじゃなく、みんなで味わうべきだ」

純恋子「そこまで言われると、作り手冥利に尽きますわ」

真夜「という訳で、ほれ、純恋子、口開けろ」

ビターチョコを左手で一粒つまんで、真夜は純恋子さんに言いました

その時感じた感情は…ちょっと良く分かりません

ただ気付いたら私は真夜から主導権を取り返していました

真昼「あ、あ~ん…です…///」

私は右手でホワイトチョコをつまんで、純恋子さんの方へ向けました

真夜(…ふふっ)

何故か真夜は可笑しそうに少し笑いました

真夜(なら、同時にでどうだ?真昼)

そう心の中で言った真夜に、私は自然に頷きました

真昼(そうだ…真夜も私なんだもんね…)

真夜「んじゃ、改めて…」

真昼「あ~ん…」
真夜「あーん」

だからちょっと変だけれども、私達は両手で純恋子さんにチョコを食べさせました

純恋子さんは私達のチョコを同時に口の中に入れました

純恋子「ありがとうございます。とっても美味しいですわ」

真夜「どっちの方が美味かった?」

純恋子「あら、意地悪なことを聞きますわね」

真夜がちょっと意地悪な笑みを浮かべながらした質問を、純恋子さんは笑いながら答えました


私は神様なんて信じていません

例えいるとしても、あの時助けてくれなかった神様なんてものを信じる気にはなれません

だけど私は今、確かに強く願っていまし


こんなふうに三人で笑いあう時間が、ずっと続きますように、と


6号室の彼女達 完

番外の彼女達


金星寮の各部屋には監視カメラが仕掛けられている

正確に言えば「監視」と「保護」を目的としたカメラだ

だがこの日に限っては、監視カメラは電源を切られ、その機能を果たしていなかった

それは恋愛の記念日にその様子を盗み見るという行為の無粋さを考慮したというのが理由の一つである

しかしそれ以上の理由がある

それは理事長室の光景を見れば、理解が出来るものであった

鳰「り、理事長。お、美味しいですか…?」

百合「ええ。とっても美味しいわ。むしろ私の方こそ、ちゃんと美味しくできてたかしら?」

鳰「と、とっても美味しいっスよ!本当に!」

百合「ふふ…それは良かったわ」

理事長室では、走り鳰と百合目一が互いに手作りのチョコを食べさせあっていた

鳰は百合の膝の上に座りながら、である


この光景を見れば、だれであっても理解できる


要するに「こっちはこっちで忙しいから、他の奴らに構っている暇など無い」ということであった


番外の彼女達 完

その日は自然と生まれた記念日

誰かに決められたから祝うのではなく、みんなが祝うから定着した記念日

彼女達も祝い、そして笑う

幸せなひとときを存分に過ごす


ヴァレンティヌスが、戸惑うほどに



ヴァレンティヌスが戸惑うほどに 完

今回の投下は以上です

想像以上に量が多くなり戸惑いました
今夜にでも現在の進捗状況を報告したいと思います

それでは今回はこれで失礼いたします

だれか先生に渡してやれよ

現在の進捗状況

『溝呂木先生とバレンタイン、時々カイバ』
>>711さんから思い出した、すっかり忘れていた溝呂木先生を補完する短編
50%ほど。カイバって書きづらい

『涼おばあちゃんのお薬ネタ』改め『おばあちゃんとおっぱい大戦争』
ギャグで終わらせるつもりのネタが何故かバトルメイン、シリアス・ギャグ有ものに変化
9割方終わった気でいるといつの間にか内容が増えて5割程度の進行度に戻る不思議な長編
85%ほど

『ちたひつシリアスもの』
バトルメインのちたひつ
敵の設定とバトルの内容は大体構成が終わっているけど、導入とラストがぼんやりしているのでまだかかりそう
長めになる予定
10%ほど

初期作品のリメイク
しえなちゃん奮闘記くらいまでのリメイク
序盤の文章を読み直すという精神をえぐる行為を伴うので進行は遅い
ちゃんと書き直してピクシブとかにあげたいなぁ…
10%

更新は遅いですがエタらないようにやっていきます
気長にお待ちください

忙しい中ちょびちょび書いてはいましたがまだまとまってません
とりあえず生存報告です

お久しぶりです
長らく制作中だったバレンタインデー溝呂木先生補完ものです



カイバ×溝呂木×バレンタイン

―2月13日金曜日
―ミョウジョウ学園近くの居酒屋

カイバ「おばちゃーん!ビール、もう一杯!」

金曜の夜ということで、普通のサラリーマンのようにその男--現在はミョウジョウ学園で倫理教師とカウンセラーとして在籍しているカイバが、教師とは思えない有様で飲んだくれていた

否、飲んだくれていたのは彼一人ではない

むしろカイバ以上に、そして悪い方向に酔っている人間がカイバの隣にいた
それはミョウジョウ学園黒組担任、溝呂木辺であった
彼は飲みながらもうなだれ、時々深くため息をついていた

カイバ「溝呂木ちゃんどうしたんだぁ?そんなに悪酔いするなんて珍しいじゃん」

カイバが親しげに話しかける
この二人、真面目と不真面目で一見合わなそうなタイプに見えて、なかなかどうして気が合うようだった
そのためまだ付き合いこそ短いが、二人で飲みに行くというのも、そう珍しいことではなかった。
だが、この日の溝呂木の落ち込み様は異様だった

溝呂木「カイバ先生……僕は、教師失格です……」

そう、絞り出すような声が溝呂木の口から出た

カイバ「いやいや!溝呂木ちゃんが教師失格なんて言ったら世の中の何%の教師が失格じゃないってなんの。俺なんか真っ先に失格になるよw」

そう笑いながらカイバは言う
もっとも彼は、溝呂木と比較するまでもなく、自分の人格が教師として失格であると思っているのだが

しかし今回はそういう話ではないらしい
溝呂木はまだ何かにショックを受けているかのように下を向いていた

カイバ「いったい何があったんだ?とりあえず聞かせてみてくれよ。こう見えて俺はカウンセラーもやってんだぜ」

彼の性格を知る者ならば耳を疑うような話ではあるが、カイバは教師としては「倫理」を担当し、またカウンセラーとしての仕事もこなしている
だが仕事でもないのに相談を受けようなどと、カイバが自身自分で言っていて冷笑がこみあげそうになるセリフだったのだが、今の溝呂木には非常に効果的だったようだ
溝呂木は顔を上げ、ぽつぽつと成り行きを話し始めた

かなり酔っている上、時に泣き出しそうになる溝呂木の話を根気よく聞きまとめると、以下のような話らしい

今日はバレンタインデーの前日
年配の先生に聞けばミョウジョウ学園ではバレンタインに土日が重なるとその前日にバレンタインを行う生徒が多いということだった
事実溝呂木も授業を担当しているクラスの女子達からいくつかチョコを貰っていた
そのためほんの少しであるがこう思ってしまったらしい

溝呂木(もしかしたら黒組の子たちもくれるんじゃないかな…)

溝呂木と黒組の面子との縁は、出会った時点から数えればもう2年にもなる
このような思いを描くのも無理はないことだ

だがそんな思いとは裏腹に、HRが終了しても黒組では誰一人として溝呂木にチョコを渡す者はいなかった

そしてそれにショックを受けた、という話らしい

溝呂木「カイバ先生…僕はね、チョコを貰えなかったことがすごいショックだったという訳じゃないんですよ」

溝呂木は酩酊しながらたどたどしく言う

カイバ「ん?じゃ、どうしてそんなになってんだ?」

溝呂木「僕が一番ショックだったのはですね…教師であるはずの僕がチョコを貰うことを無意識に期待してたってことなんですよ!」

溝呂木「教師というものは教え子に対して無償の愛を与えられる存在であるべき、少なくとも僕はそう信じてこれまでやってきました…」

溝呂木「でも僕は無意識にチョコという見返りを求めていた。そういう自分の心がショックだったんですよ!」

カイバ「はああん……なるほどねぇ……」

苦心して聞きだしたおかげで、ようやく溝呂木の悩みの全貌をカイバは把握した
そうした立場から改めてその悩みを見た、カイバの第一の感想は…

カイバ(相っ変わらずクソ真面目だなぁ、この溝呂木ちゃんはよぉ…)

正直呆れを通りこして感嘆の念が生まれたほどだった

溝呂木辺の教師像は、あまりに理想過ぎる
イメージしている教師というものは、善性にあふれ徳高く、常に厳しく自戒しているまさに“聖職者”である
そのような聖職者が現実にはほとんどまったくいないことは、実際にその仕事をしている教師が良く知っている。
そしてそれ以上に、その教師と一番長く一緒にいる学生達も良く理解していることである
そしてその僅かな聖職者の内の一人だとカイバが密かに評価しているのが、この目の前にいる溝呂木辺だった

教師には前述した聖職者としての理想を抱いた故に、門戸を叩くという例は少なくない
しかしそうした若き聖職者たちは、教師となる過程や実際になった後の現実によって、多くが聖職者から堕落してしまう

そしてただの人へと堕ちる

だが、むしろこれが人間としては普通であり、聖職者であり続けられる人間こそが異常なのだと、カイバは思っていた

そして溝呂木に与えられた堕落の機会こそが、去年の黒組担任だったはずだ

少人数でありかつその内のたった一人を他全員が殺そうとする、まともなクラスとして成立し得ないクラス構成
次々と発生する事件およびそれによる退場者
生徒達を正しく導くという溝呂木の理想とかけ離れたこのクラスは、溝呂木を堕落させるに十分すぎる要素のはずだった

だがそれでも溝呂木辺は堕落せず、今も聖職者としての理想を追い求めている
それこそが普通の青年教師に見える溝呂木の、ある種異常な点であり…
カイバが同じ教師という職業にある者として、溝呂木を評価している所以だった

そのためカイバは、彼にとっては非常に珍しく、善意で以て溝呂木をカウンセリングした

カイバ「溝呂木ちゃん、理想の先生ってのはいつからそういう先生になると思う?」

溝呂木「理想の先生が…いつから…?」

カイバ「そうだ。理想の先生ってのは、生まれた時から理想的な教師なのか?」

溝呂木「それはないです……人は生まれたばかりでは何も知りません。だから知識や知恵を与える教師が重要、なんだと僕は思ってます…」

カイバ「その通りだ。人間ガキの内から完璧な人間なんてのはいやしない。人間には成長し、円熟する期間が必要だ。じゃあそうした成長し、円熟する期間ってのはいつまでなんだろうな?」

カイバは溝呂木に対し、質問を連発する
そして生真面目な溝呂木は、教師に関する質問であるため、酔い、気落ちした状態でも律儀に考えを述べていく

溝呂木「成長し…円熟する期間……」

カイバ「そうだ。教師ってのは人にものを教える立場の人間だ。その考えに立つと教師となる前にすでにその期間を終えてなきゃいけねぇのかな?」

溝呂木「それは違います!実際に人に教えるという経験を経ないで教師として成長するのは限度があります!」

溝呂木「それに何より教師は生徒の見本でなければいけない!生徒が常に成長し続けてくれるよう教師という存在も成長を続けなければいけないはずです!」

気付けば溝呂木は、矢継ぎ早に質問するカイバに対して、気落ちした様子も無く自らの信じる教育論を熱く語っていた
それを見てカイバはニヤリと笑い、一言言った

カイバ「つまり、そういうことだ」

溝呂木「へ?」

カイバ「教師ってのは成長を続けなきゃいけない生き物だ。だがその成長するためにはどうしたって未熟な部分を知る機会が必要だ。今回はそうした、『成長のために必要なプロセス』だったんじゃねえか」

カイバ「アンタは今回の出来事で教師を失格なんてしちゃいない。いや、このまま泣き寝入りして停滞を続けるんだったらそれは教師失格かもしれねぇよ。だが自覚し反省し成長しようとしているんなら、それは教師として正しい在り方だ。教師失格どころかむしろ教師として成長してるってことだ」

溝呂木「未熟な部分を知る……機会…」

カイバ「そうだ。まぁ今回はちょっとした気の緩みを自覚出来て良かったんじゃねぇのか?」

カイバはそう、なんでもないことのように笑い飛ばした

溝呂木「そうですね…よくよく考えてみると、むしろ今回は自分の甘さを知る良い機会だったかもしれませんね」
カイバ(良し!)

この言葉を聞いて、カイバはカウンセリングの成功を確信した
今回の溝呂木の悩みは、起こった出来事が悪いのではなく、溝呂木の受け止め方が悪いが故に生まれた悩みだ
そのためその認識を変えてさえしまえば、後は特別なことをしなくても回復して、カウンセリングは成功に終わるのだ

カイバ「そうそう!ま、それに黒組の奴らもまだくれねえって決まったわけじゃねえんだ。月曜になったらひょっこり渡してくるかもしれねえぜ」

さらに気分が上向いたところで、希望的観測を述べる
希望的観測は受け手の精神状態により、感じ方が変わる
希望的観測を良い方に捉えさせ、気分をさらに回復させるのに、絶妙なカードの切り方だった

溝呂木「アハハ、確かにそうですね。まぁ例え貰えなくてももう今日のように取り乱したりはしません!僕は成長したんです!」

カイバ「カハハハッ、良く言った!」

その後もカイバは、笑い、歓喜し、楽観的に溝呂木に話しかける
笑いや歓喜、楽観主義といった感情は人から人へ伝染する
そうして会話を交わしていくうちに、溝呂木もカイバと同様、楽しく酒を飲むようになっていた

そんな二人の前にビールとこの店の名物の煮込みが差し出された

カイバ「あれ?俺らこれ頼んでないけど?」

おばちゃん「サービスだよ!あんなに沈んでた溝呂木ちゃんを5分もしない会話で立ち直らせるだなんて、怪しい見た目なのにやるじゃないか!」

カイバ「マジか!?おばちゃん愛してるぜ!」

ハイハイと、調子のよいカイバを軽く笑い飛ばしながら、恰幅の良い飲み屋のおばちゃんは他の客の方へと行った

店の雰囲気もいつしか、カイバが入ってきた時に比べ明るくなった気がした

カイバ「よし!気分も良くなったところで楽しく飲みなおそうぜ!」

溝呂木「ハイ!」


そうして教師二人による飲み会は、更に続くのだった

―2月16日月曜日

溝呂木はいつものように黒組のHRを行うために教室へと移動していた
ただその胸の鼓動はいつも通りではなく、有り体に言えば緊張していた
その理由はやはりチョコだった
溝呂木もまだ年若い青年である
親愛や感謝のパロメータとなっているバレンタインチョコは、やはり気にせずにはいられないのである

そして溝呂木は黒組教室の前に着いた
いつもは一切間を空けずに扉を開けるのだが、この日だけは一瞬のためらいがあった

溝呂木「みんなおはよう!HR始めるぞ~!」

いつもと変わらず元気であるように振る舞いながら、溝呂木は教室へと入った
するといつもはすぐに着席する、一之瀬晴と東兎角が溝呂木の方へやってきた
それにいつも年相応に騒がしい(中には年不相応な者もいるが溝呂木はそのことを知らない)クラスも、溝呂木の動向を見守るような妙な静けさに包まれていた

晴「あのっ、先生っ!晴たち、黒組一同から渡したいものがあるんです!」

晴が、隣の無表情な兎角とは対照的な、緊張した面持ちで話しかけてきた

溝呂木「え、な、なんだい」

何だとは言ったが、いくら鈍い溝呂木であっても、晴が手に持った袋や状況から、何が渡されるかは気付いていた
だが例え何が渡されるか分かってはいても、ここはとぼけてしまうのが、この時期の男という生き物の習性だった

晴「どうぞ!晴たちが作ったチョコレートです!」

そういうと晴は溝呂木にラッピングされた袋を差し出してきた
13人分入っているのか、かなり大きい袋だった

溝呂木「こ、こんなに…!」

もちろんこういう物は量が多ければ良いというものではない
しかしそれでも、そのチョコが自分の教師としての頑張りを評価してくれているかのように思い、溝呂木は感動していた

溝呂木「うううっ…ありがとう!先生は…先生は今猛烈に感動している!」

溝呂木は感極まり、その目に薄く涙を浮かべていた

伊介「アハハ、先生ったら泣いてる~」

春紀「まぁ、あんだけ喜んでくれりゃあげる方としても嬉しいけどね」

自分の贈った物を人が喜んでいるのを見るのはそれだけで嬉しいものである
黒組教室が明るく賑わった

兎角「すまない、先生。一つ、頼みがあるんだ」

そうして喜んでいる溝呂木に対し、兎角が少々遠慮がちに話しかけてきた

溝呂木「ん、どうしたんだ、東?」

兎角の方を見ると、彼女は手に持っていた何かを溝呂木の前に差し出してきた

兎角「これは私と武智からカイバへのチョコだ。生憎私たちは今日アイツと会う予定がないんだ。すまないがこれをアイツに渡してくれないか」

乙哉「あ、もちろん義理だから。むしろ作る義理も無いと思ってたけどしえなちゃんや晴に言われて仕方なく義務感から作った、いわば義務チョコだから♪」

溝呂木「……あ、ああ。分かった。渡しておくよ」

この二人がカイバと関わりがあるということは知っていたのだが、乙哉の物言いには少々困惑してしまった
だがすぐに溝呂木は、「まあ、照れ隠しの一種だろう」と持ち前の楽観さを発揮し、ラッピングされた箱を受け取った

溝呂木「よし!それじゃ、そろそろHR始めようか!」

そしてその元気な一声とともに、この日も黒組の一日が始まった

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

それはHRが終わり職員室へ向かう途中だった

溝呂木「あれ、カイバ先生!おはようございます!」

視界にカイバの姿を見つけた溝呂木は、元気よく挨拶をした
対照的に低血圧気味なのか、朝という時間に似つかわしくない気怠そうな雰囲気で、カイバも返事をした

カイバ「おう、おはようさん。相変わらず元気だなぁ……」

そしてすぐに、カイバは目ざとく溝呂木の持つ袋に目をつけた

「ん?そりゃもしかして…」

溝呂木「あっはい!黒組のみんなから貰ったんです!」

カイバ「おお、良かったじゃねぇーか!」

この男にしては珍しく多少は心配していたのか、安心したかのようにカイバは笑った

溝呂木「それと、これなんですけれど…」

溝呂木は兎角と乙哉から受け取った、もう一つのチョコをカイバに見せた

カイバ「ん?もうひとつ?どいつからか個人的に貰ったのか?」

溝呂木「いや、これは受け渡しを頼まれたんですよ。東と武智から」

カイバ「プブフッwwあいつらがチョコwww似w合wわwねwww誰にだよwww」

溝呂木「カイバ先生宛ですよ」

カイバ「…………うわっ、なにそれ…?似合わなすぎてもはや気持ち悪いレベルなんだけど…」

本気で引いていた
それまでの大爆笑から一転、サングラス越しでも目が動揺しているのがハッキリ分かるほど、引いていた

溝呂木「まあまあ、せっかくの生徒からの贈り物なんですから。受け取ってやってくださいよ」

カイバ「…………ケッ。ま、しょうがねえから受け取るとしますか。これも大人の辛いとこってやつかねぇww」

観念したかのように笑いながら、カイバはチョコを受け取った



パシャッ

カイバ「ん?なんか変な音聞こえなかったか?」

溝呂木「音?ありましたかね?」

カイバ「……ま、いいか」

結果からみるとカイバはこの時聞こえた音の発生源をなんとしてでも突き止めておくべきだった
だがこの時のカイバには、その音がミョウジョウ学園全土を揺るがす凄惨な戦いを引き起こすなどということは、分かるはずもなかった…

翌日、不定期に発行される学園非公認ゴシップ新聞、『宵の明星』が久々に発行された
一面の見出しは写真付き(ほぼ意味を為さない申し訳程度の目線入り)で、大々的に掲載されていた

『男性教諭二人、早朝から秘密の密会!!男性教諭Mから男性教諭Kへ、禁断の本命チョコ!?』

『黒組所属N.H氏(仮名)激白!「ボクは前々から怪しいと思っていた」!』

『先週金曜にはKはM宅でお泊りだったという目撃情報も!?』

衝撃的な見出し文で発行された『裏の明星』は校内裏サイトを通じて爆発的に拡散され、ここに「カイバ×溝呂木」旋風は巻き起こった

その後も、一人称「ボク」の黒組生徒N.H氏(自称)からの燃料投下や様々な捏造記事、コラ画像、有志調査員(スネーク)からの情報によりブームは留まることを知らず加速

またその規模が拡大していくにつれ、コミュニティ内で意見の衝突が頻発するようになる
その結果コミュニティは派閥ごとに分裂
これにより、『カイバ強気攻め派』、『溝呂木ヘタレ攻め派』、そして少数ながら強い影響力を持つ『溝呂木豹変俺様攻め派』等、多数の派閥に分裂した
また大量の派閥が生まれたこの時期に、どこからか『校長 カイ溝NTR派』といった独自の路線を歩む派閥も生まれている

※校長・・・コミックス1巻4話に登場

その後、始まりとなったバレンタインの記事で溝呂木がチョコを渡していたという記述から、『カイバ強気攻め派』が『カイ溝原理主義派』を名乗るようになる

この改名をきっかけに、各派閥は正当性を補強するための人員増加を狙い、大規模な布教活動を展開
リバ肯定派から一般人まで老若男女を問わず、熱心な布教活動が行われた

そしてある月曜日にさらに対立が激化する引き金となる出来事が起こる
きっかけは単なる『カイ溝原理主義派』と『溝呂木豹変俺様攻め派』の構成員同士のちょっとした喧嘩だった
双方目立った怪我も無く、非常に小規模で終わった喧嘩だったが、この対立が既存の女子コミュニティ同士の対立と重なり激化
裏サイトで「どっちが多く叩いた」などの水掛け論的な言い合いが頻発し、両派閥の対立はますます深くなった

そうした一触即発の空気の中、衝撃的な出来事が起こる
同じ溝呂木攻め派ながら対立の深かった、『溝呂木ヘタレ攻め派』と『溝呂木豹変攻め派』が、中立派であったミョウジョウ学園新聞部部長の手により和解したのだった
これにより対立していた『カイ溝原理主義派』と『溝呂木豹変俺様攻め派』の両陣営の規模に差が無くなると、両陣営は相手に対抗し同系統の派閥を吸収にかかった

その結果、争いは『カイバ攻め派』と『溝呂木攻め派』の二項対立へと発展
この頃には教師・生徒合わせて校内の女性の7割が関与する問題となっていた

そしてXデー

この対立はその日、後に『ミョウジョウ学園史上最低最悪の事件』と称される事件を引き起こしたのだった


その事件の始まりがこの時撮られた写真なのだが、そのようなことはカイバも溝呂木もこの時は知る由が無かった……



カイバ×溝呂木×バレンタイン 完

今回は以上です
4月から忙しさが続いてなかなか書けない状態が続いています
あと一か月もすれば忙しさのピークが過ぎると思いますので、そうしたら整理しきれてない長編を投稿していきたいと思います

とりあえず今晩投稿します

寝落ちしかけてました
短編1つ投稿します



キャットアンドマウスゲーム

乙哉「しえなちゃん!デートしよう!」

もう日も暮れようかという午後
いきなり乙哉は言い出した

なのでボクはとりあえず、手に持っていた分厚い漫画雑誌の角を、乙哉の頭に叩きつけた

乙哉「痛っつぅぅ~!何するのしえなちゃん!」

しえな「それはむしろお前に聞きたい。いきなり何を言い出すんだ、お前は?」

乙哉「え?だからデートしようってことだよ?」

しえな「いやいや、だからそんな脈絡も無く…だいたいもう夕方だぞ。これからどこへ行くって言うんだ」

乙哉「アハハ、これからは流石に行かないよ」

しえな「ああ、そりゃそうだよな」


乙哉「行くのはもっと夜遅くになってからだよ!」

乙哉によると、今日は雨で乙哉もボクもなんとなくもやもやした感じで一日を怠惰に過ごしてしまった。しかしこのままじゃいけないと思い、そして天気予報により深夜には雨が晴れ涼しくなるということを知り、昔よくやっていた夜の散歩を決行しようと思い至った、ということらしい


その話から数時間後
今ボクは、乙哉と二人で校門の前に来ていた

乙哉「ふんふんふふ~ん♪」

しえな「妙にご機嫌だな」

乙哉「いやさぁ、誘いはしたけどしえなちゃんが一緒に来てくれるとは思ってなくてね。それで嬉しくて♪」

しえな「別に。気まぐれだよ、ただの」

乙哉「ふふっ、それでも嬉しい♪」

そう笑いながら、乙哉は歩きだした

深夜の街は、昼間とは全く違う顔を見せていた

いつもは彩り溢れる店の多くが真っ黒に塗りつぶされ、街灯に照らされた草木は逆に昼間よりも明瞭にその緑を輝かせていた
音は静かだが、全くの無音なわけではない
むしろ虫の声や風の音、遠くで聞こえる車の走る響きが、奇妙な安心感を与えていた
風は雨を受けて冷えたのか、気持ちの良い涼しさを運んでいる

しえな「へぇ…」

それは思いの外、心地良い世界だった

乙哉「ふふふっ、どう?真夜中の街は?」

しえな「うん…あんまり、怖いものじゃないんだな」

乙哉「だよね!むしろ安心するっていうか!」

乙哉がいつもより興奮した様子で話す
夜の世界は、『21世紀の切り裂きジャック』武智乙哉のホームグラウンドだ
それこそ重い思い入れがあるのだろう

今ボクの隣には、世間を騒がせた連続殺人鬼『21世紀の切り裂きジャック』がいる
だがそのことに恐怖する自分は今はいない
武智乙哉という殺人鬼を知り、そして殺人鬼もまた人間なのだということを知り、

乙哉という人間をよりハッキリ見れるようになった

まだ蒸し暑さがある夏の夜だというのに乙哉の夜の散歩に付き合ったのは、今まであまり体験してこなかった深夜の街に少し興味があったからだ

だがその大前提として、乙哉と一緒にいるのが楽しいと思っていたからだ

乙哉の屈託のない笑顔を見るのが好きだと思うボクが、いつのまにかいたからだった

乙哉「しえなちゃ~ん?どうしたの~?」

少し前を行く乙哉がこちらを振り返り言う
街灯の光を受け、花のような笑顔を浮かべている

しえな「ああ、今行くよ」

乙哉のあれだけ楽しそうな笑顔が見られるんだ
今日一晩はこのまま乙哉に付き合うとしようか
そう思いボクは、乙哉と並んで深夜の世界を歩いて行った

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

しえな「で、だ」

あれから数十分
今乙哉はボクの目の前で地べたに正座させられている

しえな「何であのお城みたいなホテルの方に進路誘導しようとしたんだ、お前は?」

乙哉「えっと、その…最初はその気は無かったんだけど…急にムラッときたというかなんと言うか…」

乙哉(あの時にこっち見てたしえなちゃんの顔にムラッときたとは言えない…!)

しえな「へぇ~……何なら一晩そのままでいようか?ん?」

乙哉「ごめん!許して!」

土下座までするかお前…

しえな「まったく…ほら、行くぞ」

乙哉「え?ホテルに?」

しえな「金星寮にに決まってるだろ。そんなにここで正座してたいのか?」ギロッ

乙哉「いえっ!冗談です!こめんなさいっ!」

しえな「はぁ…とにかく、掴まりなよ」

そうして差し出したボクの手を掴み、乙哉は立ち上がった


そして転んだ。ボクを巻き添えに

しえな「お~と~や~!」

乙哉「いやいやいや!わざとじゃないの!足が、痺れちゃって!」

そういえば結構な時間正座させていたからな…

倒れた乙哉に巻き込まれて乙哉を抱きかかえるような体制で尻もちをついてしまった
幸い雨が乾いている道だったので服が汚れたりはしていないが、乙哉の様子を見るにしばらく起き上がることは出来なさそうだった

しえな「やれやれ…わひゃっ!」

突如胸の辺りに変な感触があった
胸を見ると、そこには乙哉の手があった

反射的に乙哉の頭に肘を振り下ろした

しえな「…何か言うことは?」

乙哉「…ついムラッとしてやりました。今は反省しています」

頭を押さえながら乙哉は言った

どこの犯罪者だお前は
まぁ実際犯罪者なんだけど

肘打ちのときにファニーボーン(肘の当たるとやたら痺れる部分)をぶつけて痺れる腕を抑えながら、思わずため息をついた

最近ボクは乙哉に振り回されっぱなしじゃないだろうか
乙哉の行動に驚き
乙哉の言動に怒り
そして乙哉の表情に心が揺れる
乙哉のせいで、ボクがどんどん変えられていく

そうだと思うと少し腹が立ってきた
なので、どこぞのドラマじゃないが『やられたらやり返す』ことにした

ボクはすがりつく乙哉を引き剥がして立ち上がり、スタスタとそのまま帰り道を歩いた

乙哉「ちょっ…!しえなちゃん!待ってー!」

乙哉が情けない声を上げる
それに対しボクは振り返り、

しえな「嫌だったらさっさと起きて来い、このばか乙哉」

そう言って、最後にまぶたの下を指で押さえ舌を出す、あっかんべーをしてからまた歩き出した

乙哉「待ってよ~」

乙哉は痺れる足でひょこひょことボクの後ろをついて来る
その姿を見て、少し胸のすく思いになった



しえな(振り回されっぱなしは性に合わないんだ。そっちがボクを振り回すっていうんなら、ボクはもっとお前を振り回してやる!)


そう思いながらしえなは、乙哉が追いつけるよう少しだけ速度を緩めて、夜の世界を歩いていった

乙哉side


乙哉(何、今の顔!あんなの無意識でやるって、アタシを萌え死にさせる気なの!?)

乙哉は早まる鼓動を抑えながら、しえなをひょこひょこと追いかけた

乙哉(結局今日もしえなちゃんにドキドキさせられっぱなしだったなぁ…今日はこっちがドキドキさせるつもりだったのに…ズルいよ、しえなちゃんは…)

殺人鬼は演技が上手い
特に平静を装うことに長けている

乙哉(よし!今度こそ、次こそは必ずしえなちゃんをドキドキさせてやるんだ!)

だが時にそれは、相手に自分の感情がうまく伝わらないというマイナスの側面を持つ



故にこのいたちごっこ、終わりはまだ当分先となりそうだった



キャットアンドマウスゲーム 完

最近長編を書いては書き直し、思いついたことを付け加えては書き直しで、想像以上に時間を食ってしまっています
悩みながらもなんとか書き上げていきたいです

次は来週の土日に投稿します

それではどうもありがとうございました

すいません
また行き詰ってます
更新は気長にお待ち下さい

投稿します
今回は続き物になります



首藤涼とおっぱい戦争

涼(何故……こんな事になったのかのう…)

首藤涼は思う
その体は既に満身創痍
特に腹部に受けたゴム弾の影響が大きく、立つこともままならない

涼(あの時にもう少し注意しておれば……いや、それも今更じゃな)

首藤涼は見る
正面に居る、自分にゴム弾を打ち込んだ人間の姿を


その瞳に映るのは、歪んだ笑みを顔に浮かべた、神長香子の姿だった

―同日土曜日午前9時

首藤涼は校舎へと来ていた
この日は土曜日
部活動でも無い限りまず登校する生徒はいない
そして首藤涼は部活動などには入っていない

だが彼女は校舎に入り、職員室で鍵を受け取りその部屋へと入った
その部屋のドアの上にあるプレートには、『家庭科室』と書かれていた

家庭科室には涼を除いて誰もいない
それもそのはず
涼はこの日丸一日の家庭科室の使用許可をミョウジョウ学園から取っていた
普通の手段では到底無理な事なのだが、鳰を通してミョウジョウ学園理事長百合の協力を得たことにより無理を押し通した

涼「この薬、効果は抜群じゃがいかんせん作るのが難しいからのう……それに失敗すると下手すれば爆発までするし……」

涼は家庭科室を独占しなければいけない理由をひとりごちた
涼のやろうとしていることは薬の調合であり、調理だった
ただしその難易度は極悪
それは調合に用いる素材が理由だった

その植物は“悪魔の植物”と呼ばれていた
生息条件や生態は不明
特殊な方法を用いなければ採取することもかなわず、写真等の光学的記録すら不可能
極めて高い薬効を持つが、同時に極めて高い毒性を持つ
そのため採取することに成功しても、その植物による薬を服用するためには綿密な調合が必要となる
これから行われるのはその植物を素材とした薬の製作だった

涼はその植物と、様々な素材を調合していく
刻む、すり潰す、焼く、煮る、凍らせる
あらゆる調理法を秒単位の正確性を維持しながら同時展開していく
それは普通の人間には到底不可能な“業”である
だがその業を、涼は着々とこなしていく
緊張感の中、集中し続けること1時間
その薬は完成した

だがまだ作業は終わっていない
“調合”が終わり、次は“調理”が待っている
扱う材料は2種類の白い粉に、涼が自ら採取した茶色い豆
涼は特にその茶色い豆を時間をかけ調理する
そして時間が経過し、午後1時頃

涼「終わったっーー!!」

首藤涼の喜びの声が、家庭科室に響いた
それも無理のない事
何故なら涼は、奇跡の薬の製作を考えられる限り最短で終わらせる事が出来たのだから
失敗が何回かある事を考え丸一日の使用許可を取ったが、それが半日の猶予を残して終わったのだ
この喜ばしい誤算には、涼も齢を忘れて大きく声を上げてしまった

今回涼が手間暇をかけ作成した薬

その薬が発揮する効果はまさしく奇跡の産物
この世に生を受けし数多の女性が夢見てきた願い
そして未だ手に入れる事の出来ていない理想
それが首藤涼の手にある薬だった

その薬は調理の結果、一見するとどこにでもある普通の和菓子――大福にしか見えない
だがこの大福という形は毒ともいえる薬を服用可能にするための最適解
安全な服用を可能にし、副作用を無くすために涼が自分の持つ医学・薬学の知識を総動員して生まれた形であり、奇跡であった

その名も『豊胸福』

食べるだけで胸が大きくなる大福だった

涼「さて、早速香子ちゃんに渡しに行こうかのう」

それから後片付けを終え、豊胸福を袋に包むと涼は家庭科室を出た

そしてそれは、家庭科室を出てすぐのことだった


「首藤さん?」


涼は背後から、聞き馴染んだ声で話しかけられた

幕間 ある日の昼休み


香子「ん?首藤、何を書いているんだ?」

昼休み
昼食を購入して教室へと戻ってきた香子が見たのは一心不乱に机に向かっている首藤涼の姿だった
二人は昼は教室で机を並べて昼食を取る事を日課としている
その際、涼はいつも弁当を持参している
涼は香子にも弁当を作ると主張していたが、他人に頼るのが苦手な香子はなかなか首を縦には振らず、結果週の内月水金を涼の弁当、火木を購買部でパンを買う事にするという奇妙な約束事が生まれる結果になった

そしてこの日は木曜日
香子がパンを買ってくると、いつもは弁当を広げて待っているはずの涼が、一生懸命に書きものをしていた
それを見て香子は席に座り、どうしたのかを聞いたのだった

涼「ん、ああ!すまんのう、香子ちゃん。つい作業手順書に修正を思い付いての」
香子「作業手順?何のだ?」
涼「ふっふっふ、わしの持つ製薬技術における最高傑作の薬の作業手順じゃ!」
香子「ほう、なんだか分からんがそれはすごいな」
涼「そうじゃろうそうじゃろう」

香子はこれまで涼からいくつか薬をもらっていた
視力が良くなる薬や、間接が柔らかくなる薬、体の疲労を軽減する薬などであった
そしてそれらはどれも劇的な効果をもたらした
それは香子が思わず他の黒組の生徒に熱く語ってしまうほど、優れた効果だった

そのため香子はほんの少しの期待交じりに涼に訪ねた

香子「そ、それで、今度のは一体どんな薬なんだ?」
涼「うむ!聞いて驚け。今回のはなんと……」
香子「な、なんと……?」

涼「胸を大きくする薬じゃ!!」

涼の声が、教室に響いた

香子「………………」

対する香子の表情は、無であった
この世のあらゆる苦しみを理解し、それを受け止めた悟りの境地のような表情であった

涼「こ、香子ちゃん?顔が怖いんじゃが……」
香子「いや、別に。それで?その私と何の関係も無い薬がどうしたんだ?」
涼「え?いやじゃのう。これは香子ちゃんのためn」

――刹那

香子の右腕は吸い寄せられるかのように涼の顔面をがっちりと捉えていた
アイアンクローである
長い人生の中で戦闘を含む様々な経験を経てきた涼でさえも反応する事すら出来ない、最速の一撃だった

香子「首藤。その話は絶対機密の他言無用。忘 れ た か ?」
涼「ご、ごめんなさい。そうでした」

あまりの迫力に、つい敬語となった涼であった

首藤涼と神長香子
二人はある秘密を共有している

それは香子の持っていた秘密を、涼が暴いてしまった結果であった

神長香子の胸は小さい
その大人びた風貌からは想像もできないが、胸のサイズはA
黒組において幼さ残る桐ケ谷柩と、同率最下位である
しかしそれは一見すると分からない


それは例え神長香子が上半身を露わにしたとしてもであった

NSCP
正式名称Natural Skin Chest Pad
裏の世界で流通している究極の胸パッドの名称である
その特徴は一点、パッドの使用の有無が見ただけでは完全に見分けがつかないという点である
特殊樹脂により自らの皮膚と完全に同じ色調を表現し
胸の形、弾力も限りなく本物に近い
肌に安全な材質の接着溶液で望まない状況では決して外れない仕様
胸を大きく見せたいという女性の意地が集約したかのような商品である

だがその技術はまだ表の世界では一般的でないものも多く、裏の世界でごく僅かな数が流通しているにすぎない商品である
そのごく僅かな商品の利用者が、神長香子だった

香子にとって自分の胸は、そんな商品を用いてまで隠していたいコンプレックスだった
医者などの守秘義務を持つ者ならともかく、少しでも親しい人間には絶対に知られたくないという秘密であった
だがその秘密は墓場まで持っていくことは出来なかった

きっかけは香子の不運と涼のきまぐれ
ミョウジョウ学園全校一斉身体測定の翌日のことだった
その日に起きた出来事がきっかけで香子の秘密は二人の秘密となった

香子「まったく、忘れてもらっては困る」
涼「以後気を付ける……」
香子「…………で?」
涼「で、とは?」
香子「いや、その薬の今後について聞きたいんだが」
涼「ああ。いや香子ちゃんが嫌がるようじゃったらこの薬を作る意味は無いからのう。作業は中止に……」

そう言う涼の肩に、香子の手ががっしりと置かれた

涼「えっと……香子ちゃん?」
香子「首藤。その薬の効果は?」
涼「効果?まぁ、効果には個人差があるが……だいたいカップサイズが一段階上がるくらいの効果はあるじゃろうな」
香子「!!」

香子の瞳と眼鏡が怪しく光った

カップサイズのアップ
それは香子にとって、地獄へと繋ぎ止める鎖の開放に他ならなかった

それを聞いた香子は、急速に涼に顔を近づけた

涼「うぇっ!?ど、どうしたんじゃ、香子ちゃん……?」

急に近付けられた顔にしどろもどろになりながら涼は尋ねる
それに対し、香子は耳元に囁きかけるように言った

香子「首藤……一生のお願いだ……」
涼「な、なな、なななんでしょう///」

その声は密やかで小さい
だが同時に頼みごとをしているためか、どこか甘えるような艶のある響きをしていた

それを耳元で聞かされては、長年生きてきた涼であっても赤面し、動揺せざるを得なかった

香子「恥を忍んで言おう……その薬を、私にくれないか……」

香子としては単なるヒソヒソ話での頼みごとだったのだろう
だが涼にはそれは悪魔の囁きのように、抗いようのないものだった


涼「は…………はひ……///」


この瞬間、正式な香子のGOサインの下、薬の製作が決定した

だがこの時二人はミスを犯した

胸を大きくするというのは数多の女性が願う普遍の夢
それを叶える手段を教室という開放的な空間で行ってしまった
それも、自分の願望のためなら人殺しも厭わないという人間が集まってできた、この黒組の教室で

首藤涼がこのミスに気付くのは、薬を作り終わり、家庭科室から出て程無くしてのことだった

幕間 了



純恋子「ごきげんよう。奇遇ですわね、こんな所で」


話しかけてきたのは、涼と同じ黒組所属、英純恋子だった

涼「英か。確かに奇遇じゃな」
純恋子「家庭科室から出て来た様ですが、何か御作りになっていたんですの?」
涼「うむ、香子ちゃんへのプレゼントじゃ!」
純恋子「あらあら、仲のよろしい事ですわね」

和やかに会話が流れていく
まさに談笑という様子だった
だが不意に純恋子は時計を見て言った

純恋子「あら、いけない。私これから校長室へ行かなければなりませんの」
涼「ほう。英も忙しいんじゃのう……」
純恋子「いえいえ……それでは失礼させて頂きますわ。ごきげんよう」
涼「うむ、ではまたな」

そう言って二人は同じ廊下を異なる方向へ進んで行った



次の瞬間、涼がソレを避けることが出来たのは偶然では無い
微かではあるが、予兆はあった

何故校長室に用事のある彼女は、家庭科室のあるこの階に居たのか

彼女は何故涼とは逆方向、即ち元々やって来た方向へと再び歩いて行ったのか

何故歩く足音が、途中から一人分の物へと変わったのか



何故背後から、こんなにも瑞々しい殺気が放たれているのか

涼は振り向くよりも先に、膝の力を抜き素早くしゃがんだ

そして涼の首があった位置を、猛烈な勢いの手刀が空を切るのを見た

襲撃者はもちろん、先程別れた黒組の同級生
英純恋子であった

純恋子「チィッ!!」

不意打ったはずの一撃を避けられた純恋子は、続け様に攻撃しようとする
だが涼は、後方に純恋子を確認すると同時に前転
その場から距離を取り、すぐさま純恋子に向かい合った

純恋子「あらあら、気付かれてしまわれましたか。出来れば穏便に事を運びたかったのですが」

純恋子は先程の談笑と変わらぬ様子で話し出す

涼「良く言うわ。あれは一般人であれば死に得る手刀じゃったぞ」
純恋子「ええ。ですがあなたは一般人では無いのですから。何か問題が御有りですか?」

問題無い、訳が無い
だが英純恋子の言い放つその態度は、理屈を超えて反論を許さない気迫のようなものを感じさせた

涼「さて、何故じゃ?」
純恋子「既に察しているのではありませんか?現時点のあなたが持つ、襲われる理由なんて明白でしょう」
涼「…………この薬か」

涼は豊胸福が入っているポケットを見た

涼「じゃが判らなかったのはそれでは無い。何故お前がこれを求めるのか、ということじゃ。この薬について知っていたのは教室で話したわしのミスのせいじゃろう。じゃがお前がこの薬に関する部分について不満を持っている様子は無かったと思うんじゃがのう」
純恋子「ええ。私は自分のこの体に納得し、満足していますわ。でも、人は自分のためだけに動くとは限りませんわ」

現に貴女がそうであるように、と純恋子は悪戯めいた笑みを浮かべる

その言葉を聞いて涼も察する

涼「ふむ、つまりは番場のために、か……」
純恋子「ご明察、ですわ」
涼「はぁ……、そちらさんも仲のよろしい事で、じゃな……」


そして――空気が変わった

純恋子「ですからここで引く気はありませんので悪しからず」
涼「はぁ……やれやれじゃな」

張り詰め、ほんの些細な刺激で一気に破裂しそうな緊張感で空間が満ちる
空気の変化に応じて、涼は右手を前に出し半身の構えをとる

だが一方の純恋子は、構えを取らなかった
直立しながら両腕は力を入れず下ろし、自然体を取っている
それは奇しくもマリア像のようであり、気品を漂わせていた

しかしその自然体の戦闘態勢は、純恋子の自身の力への自信からであった

純粋に強いものに構えなどいらない
ただその持てる力をそのまま相手にぶつける
それこそが強者の絶対なる戦い方であると、彼女は信じていた
そしてその自信を裏付ける確かな実力が、純恋子にはあった



そして、火蓋は切って落とされた

先に動いたのは純恋子であった
純恋子は予備動作もなく、弾けるように涼へと飛び掛かった
その様はまるでチーターが獲物に飛び掛かるようであり、しなやかで美しく、そして獰猛であった

純恋子の初動が野生を思わせるものであったのに対し、涼の初動は人間の技術を象徴するようであった
涼の初動は必要最小限
涼は前に差し出していた右手目掛けて左手を出し、素早く交差させ打ち合わせたのみだった

「首藤流柔術 『鉄砲百合』」

だがそうして一瞬合わさった掌から――けたたましい音波が発せられた

それは相撲において『猫騙し』と呼ばれる技である
しかも涼は眼前の相手に一番激しい音が届くよう、手の形を調節して叩いた
相手に音波を弾丸のようにぶつけることで相手を怯ませる
それこそが彼女の持つ技の一つ、『鉄砲百合』であった

この技を普通の人間が受ければ、その音にひるんで突進の勢いを自ら殺し、決定的な隙を作ってしまう
しかし対する純恋子も己の体の一部を鋼に変えてまで、過酷な世界を生き抜いてきた人間だった
純恋子は音にひるむ事無く突撃の勢いを殺さずに、そのまま依然弾丸のように涼目掛けて飛び掛かった


だがさすがの純恋子であっても、人間の反射までは克服出来なかった

【まばたき反射】

人間は角膜や結膜,眼の周囲を刺激すると反射的にまばたきを行ってしまう
これは強い光や音,風などの刺激のほか,異物が眼に入ったり,近づいたりしても生じる現象である

涼の『鉄砲百合』により純恋子に浴びせられた音波はまばたきを呼び、一秒にも満たない僅かな時間ではあるが、純恋子の視覚を完全に奪った

そして純恋子が再び眼を開いた時には


――目の前に首藤涼の姿はなかった

首藤涼がどこへ消えたのか
その問いの解答は、次の瞬間、脚より伝わった感触により判明した

目線を下げるとそこには、低くしゃがみこんだ涼の姿があった

だが純恋子にはその姿を確認する以上のことは出来なかった
『鉄砲百合』にひるまずに突進し続けたのが、かえって災いとなった
勢いに乗り自分に迫る純恋子の脚に、涼は両腕を押し当て勢いを殺さずに、強引に上へとかち上げた

スピードの付いている状態で地面との接点を失くした純恋子の体は宙を舞う
そして直立状態から270度回転した状態で――即ち背中から地面へと叩きつけられた

純恋子「んぐぁっ……!!」

突進の速度がそのまま純恋子の背面へと衝撃となって襲う
そして背面への衝撃は、浸透する
その衝撃が襲ったのは肺
純恋子の横隔膜は叩きつけられた衝撃により一時的に麻痺
これにより空気の循環が行われなくなり、一時的に呼吸が出来なくなった


そしてそれは戦いの最中においては、致命的な隙だった

「首藤流柔術 『彼岸花』」

涼は素早く純恋子の足の側へと回りこむと、純恋子の左足を持ち上げる
そして左足首を右脇で挟み込み、左足で相手の右足の股関節の部分を踏みつけた
それは相手の左足首のアキレス腱を極めると同時に、右足の付け根を踏むことによって相手の下半身の自由を完全に奪う、関節技であった

関節技は人体の構造を利用して、相手の動きを封じる技である
即ち、熟練者のそれは力では決して外すことは出来ない

純恋子「くぅっ……!があぁっ!!」

だが純恋子も呼吸が出来ない状態でありながら即座に対応する
この技は腰から下の下半身の自由を完全に奪う技
そのため、起き上がることは出来ないが肩から腕にかけては完全に自由である
純恋子は関節技がかかったとほぼ同時に手の届く攻撃箇所――純恋子の右脚付け根を踏んでいる涼の左足首へと目掛けて右手を振るった

通常打撃の威力を出すためには、腕力だけでなく腰などの全身の力を腕に伝える必要がある
即ちそれが出来ないマウントポジションなどを取られた状況では、打撃の威力を出すことはほとんど出来なくなる
そして純恋子が陥っているのは、まさにその状況だった

この状況で打撃を選択するのは――明らかな悪手だった


――それが英純恋子でなければの話であるが

英純恋子の膂力は、人間のそれを遥かに超えたものである
幼い頃より命を狙われる環境から失い、そして得た力である
その力は定石を凌駕する

通常であれば全く問題にならないはずの仰向け状態からの打撃
それを純恋子の膂力は、必殺の一撃へと変貌させていた
その威力は、軽くかするだけでこの状況を一転させるものだった

肉食獣の一撃の如き打撃が、涼の左足を襲う
戦闘の定石を超えた一撃

だがそれは、首藤涼の技『彼岸花』を超えるものでは無かった

涼は純恋子の攻撃を予知していたかのように、左足を僅かに上げるだけの最小限の動きで回避した
そして純恋子の攻撃が空振ったのとほぼ同時に、浮かせた左足で純恋子の脚の付け根を強く踏みつけた

純恋子「んぐぅっ……!」
涼「残念じゃが、その攻撃は想定しておる」

涼は全く動じていない様子で、そう言い放った

純恋子は諦めずに二撃目、三撃目を放つ
さらに涼の足が浮いた瞬間を見計らい、脚を動かすことを試みる

だが、効かない

攻撃はすべて避けられる。そしてその度に強く関節部を踏みつける攻撃を受ける
右脚を動かそうとすると、抱えている左脚を引っ張るなどし、バランスを崩される

そして純恋子は悟った
これは釈迦の掌と同じ
『彼岸花』という技に踊らされているに過ぎないのだということを

涼「どうじゃ?勝負ありじゃと思うんじゃがのう?」
純恋子「………………」

涼は純恋子にそう問いかける
涼の言うとおりこの技が完全に決まった時点で、相手には降伏かそれとも苦痛の伴う敗北かの二択しか存在しない


だがそれは、相手が“普通の人間”であった場合だ

そして純恋子には自らにのみ選び得る第三の選択肢が既に見えていた

純恋子「いえ……勝負はまだついてま……せんっ!!」

純恋子は言葉と同時にそれまでと同様、右手で涼の足を狙う
だがそれは当然のように、最低限の動きで避けられた
そして浮いた涼の足が、再び純恋子の足の付け根を狙い踏みつけに来た

その足の動きを見て、純恋子はニヤリと笑みを浮かべた

純恋子「かかり…ましたわねっ!!」

踏みつけに来た涼の足は、純恋子の体を踏むことは出来なかった
しかしそれも当然

何故なら純恋子の胴体は、すでにそこには存在しなかったのだから

英純恋子は幼少の頃から命を狙われており、瀕死の重傷を折った際に自身の体の大半を機械化している
それは純恋子にとっては傷であり、望んで得た物ではない

しかし機械だからこそ出来ることがある
その一つが自らの意思で容易に着脱可能という点である
人は自分の手足を拘束されているせいで身動きが取れないとしても、トカゲの尻尾切りのように腕や足を取り外すというわけにはいかない

しかし純恋子にその縛りはない
腕や足に対しての関節技は、純恋子に対して決め手とは成り得ないのであった

涼への攻撃が避けられた瞬間、純恋子は自らの両足をパージした
それにより純恋子の両足太ももから下が、接合部の金属面を見せ純恋子の胴体から解き放たれる

だが純恋子の行動はそこで終わらない
純恋子は攻撃した腕を素早く戻し、人間離れした出力で地面を強く――押した

脚の筋力は腕の三倍と言われている
そして純恋子の腕の力は、常人の三倍を優に超えていた
即ち純恋子の腕は、充分に脚の代わりを果たす力を有しているということだった

純恋子は両腕を使い、涼の目線の高さまで――跳躍した

一方の涼は、一瞬動きが硬直した
抱えていた脚部が突如重いだけの機械の塊と化し、
踏むはずの胴体が宙に舞い、踏みつけを行う左足が空を切ったからである

純恋子はその一瞬に、勝機を見た

純恋子は理解していた
彼女の腕の力であれば一撃まともに入れば涼を戦闘不能に出来るということを
そして、首藤涼がまともな状態であるなら、自分の一撃が当たる隙など見せる人間ではないということを

故に彼女は初撃で不意を討った
しかしそれでも首藤涼には通用しなかった

そのため今回はその時よりも更に良い状況を作った
関節技をかけており、優位な立場に立っているという涼の意識の死角をつく
さらに片腕は重い左脚を抱えており、バランスも崩している

涼の意識を奪う一撃を放つための、これ以上無い完璧なシチュエーションだった


純恋子「もらい……ましたわっ!!」

純恋子は浮いた状態で意識を刈り取る右手を振るった

だが、首藤涼という人間とその持つ技は、純恋子の想像の上を行った

首藤流柔術『彼岸花』
その技の原型は、プロレスなどで使われるアキレス腱固めにある
しかし単なるアキレス腱固めと一線を画するのは、その自由度

通常アキレス腱固めは正しく極めることが難しいため、両手を使う関節技となっている
しかし『彼岸花』はこれを脇などを用いることにより右手のみで極めている
これにより関節技をかけつつも、左腕は完全に自由となっていた

加えてこの技をかけている時は、常に重心は右脚にかけていた
そのため純恋子の胴を踏む左脚もまた、自由に操ることが可能だった

即ちこの技は関節技を極めつつ、そこからさらに様々な攻撃を仕掛けることを可能とした技だった

自由な左手を使い、足の指や膝を破壊することも可能
左脚を使い、腹、股間、膝を踏みぬくことも可能
脚を抱えたまま前に倒れこむ事により、相手の左脚を完全に破壊することも可能

今回の純恋子に対してのように、相手の動きを封じることも可能

この技は一つの技でありながら、千変万化な攻撃を可能とする
故に『彼岸花』
千以上の名を持つ花の名に、相応しい技だった

そしてその高い自由度は、フェイントをかけることも可能としていた

純恋子は涼がバランスを崩したと判断し、攻撃した
だが涼はバランスを崩してはいなかった

確かに涼の左脚は踏むはずの胴体が無いために空を切った
だが重心は依然として右脚にあり、バランスは崩れてなどいなかった
しかし涼はあえて、左足が空振った事によりバランスを崩したかのように見せた
次に来るであろう、純恋子の攻撃を誘ったのであった

純恋子の攻撃に対し、涼は左腕が自由となっていた
さらにその攻撃は誘導したものであり、不意を突かれたわけでもない

そのため純恋子の振りかぶった腕が届くよりも前に――

涼の左掌底が純恋子の顔面を捉えるという結果になった

その掌打は威力はそこまで大きいものでは無かった
だが純恋子には、その威力に対し踏み止まるための脚が――無かった
既に切り捨てていた

そのため純恋子は否応なく廊下の奥へと吹き飛ばされることとなった


そしてこの一撃で、勝敗は決した

いくら人間離れした出力を発揮できると言っても、両腕部しか無い今の純恋子では、スピードで涼に敵うはずはない
そのため涼がパージした純恋子の両足を持って逃げてしまえば、その時点で純恋子は敗北となる
なぜなら純恋子の勝利条件はあくまで“薬の奪取”である
だが一方の涼は純恋子から薬を奪われず逃げさえすれば、それだけで勝利なのである

純恋子もそれを理解してか、足のない状態で仰向けになりながらため息をつくと残念そうに告げた


純恋子「これは…私の負けですわね…」

涼「ふむ、そうじゃろうな」
純恋子「首藤さん、英家の名に賭けて、貴女にこれ以上危害を加えないと約束します。ですから足を返して頂けませんか?でないと私…」


純恋子「ミョウジョウ学園七不思議の仲間入りをしてしまいますわ」


そうおどけたように純恋子は言い、首藤涼と英純恋子の戦いは決着となった


首藤涼 対 英純恋子
対決場所:家庭科室前廊下

勝者:首藤涼
決まり手:首藤流柔術『彼岸花』からの左掌底

ちなみにここ一年でミョウジョウ学園七不思議には2つの新しい話が追加されていた
一つは、台風の日の深夜の学校でハンマーを振り回し学校を破壊して回る男が現れるという『ハンマーマン』
もう一つは、夜の内に女生徒が屋上から転落死するも、死体がいつの間にか消えているという『消えた転落者』


学園七不思議の仲間入りという意味では、既に手遅れであるのかもしれなかった

涼はその長きに渡る人生において様々な人間を観察してきた
その経験から、純恋子の言葉に嘘はないと判断した
純恋子のような人間が家の名前を賭けてまで誓ったことを、覆すことはありえない
覆すような人間であれば、ここまでの力は持ち得ないのだ
そのため涼は両足を純恋子へと渡した

純恋子「ふう…、しかし残念ですわ。真昼さんの悩みを解決できませんとは」ガチョンッ

足を装着し直しながら、残念そうに純恋子が言う

涼「しかし番場が胸の悩みのう…そんな風には見えんかったがの」
純恋子「ですが私は見たのです!部屋で一人泣いている番場さんを!さらに聞いたのです!番場さんが最近保健室に通って胸の悩みを相談しているという情報を!」
涼「……うん?ちょっと待て。英、今……」

だがその会話は一人の闖入者により遮られた

「あ~?なんでお前がここにいるんだ?」

いや、闖入者という言葉では語弊があるかもしれない
何故ならその人物は、今まさに話題に上がっていた人物なのだから

その顔には縫合跡
その服には黒のネクタイ
その脚には片側だけ二―ソックス


真夜「なぁ、純恋子ぉ?」


そしてその手には、破壊をもたらすスレッジハンマー

番場真夜がそこにいた



戦いは未だ序章
乙女の夢を巡る戦いは、まだ終わらない

今回は一旦ここまでです

おばあちゃんのトンデモ化が止まらなくなっている……

続き物なので出来るだけ早く上げたいとは思いますが、細かなところが気になり遅くなる可能性も多々あるので気長にお待ちください
今回はこれで失礼します。おやすみなさい


このスレでこの話完結できるかなぁ……

乙…あとこのスレでは純恋子さんは『番馬さん』ではなく『真昼さん』ではなかったか?

>>875
1.本人以外には共通して「番場さん」呼びであるという設定
2.泣いていたのが誰かを明言しないことによる叙述トリックの可能性
3.大人はウソつきではないのです。ただまちがいをするだけなのです

以上3つから好きなものをお選びください

……正直その部分はあんまり考えずに書いてました
すいません

正月休み中には上げます
書くの遅くてすみません

納得いくものが書けてないのでもう少しかかりそうです
エタらせはしません

なんというかエタ寸前の状況になっててすいません
投稿します

英純恋子との激闘未だ冷めやらぬ内に現れたのは
純恋子と同室の黒組出席番号12番
番場真夜であった

いつもと同じ不敵な笑み
いつもと違う手にある得物

確かなのは、ただ話をするだけでこの場が収まる事は無いだろうということだけだった

純恋子「し、真夜さん!?あなたこそどうして……!それにその武器は……」

驚き戸惑う純恋子であったが、真夜の目線は一点から動いていなかった

真夜「ああ、そりゃ仕事でな……っ!?ハハッ、悪いな純恋子!話してる暇は無さそうだッ!!」
純恋子「……っ!?」

番場真夜の登場を確認してからの涼の行動は迅速だった
隣にいた純恋子の気が逸れた隙を狙い、真夜が来たのとは逆方向へと廊下を駆け出した

それは純恋子との戦いでもあった、「逃げる」という選択肢
真夜の獲物であるスレッジハンマーは重量があり、そのためどうしても機動力は落ちる
廊下を逆走して反対側の階段を目指せば真夜から逃げ切るのは容易であろうとの判断だった

その判断は間違いではなかった
――だが誤算が一つ

純恋子「――生憎とこう見えて私、走るのは得意ですのよ」

走る涼の前に、後ろから獣の如き速さで追い抜いてきた英純恋子が立ちはだかったのだった
機械で造られた脚は、走ることに関しても人間離れした能力を発揮していた

涼「邪魔をしないと約束したんじゃが……?」

涼はジロリと責めるように純恋子を睨む
対して純恋子は悪びれず言った

純恋子「あら、約束事はキチンと覚えておくべきですわ。あくまで私がした約束は『危害を加えないこと』」
純恋子「たまたま走ってあなたの前に立つことが、危害といえるかしら?」

詭弁、屁理屈としか言えない内容であったがそれを否定する時間は涼には無かった

真夜「ハハッ、助かったぜ純恋子」

何故なら背後には既に番場真夜が距離を詰めてきていた
彼我の距離は約5メートル
両者ともに数歩で間合いとなる距離であった

涼は真夜の方を向きつつ純恋子に嘆息する

涼「まったく……自分のプライドを半分捻じ曲げてまで尽くすとは……とんだ内助の功もあったもんじゃな……」
純恋子「あらあら、照れますわ」
涼「褒めとらんわ」

そうして純恋子と会話をしながらも涼は眼前の敵を冷静に見つめていた
対する真夜は、予想に反してハンマーを構えたまま距離を保っていた
その構えは剣道で言う『脇構え』
得物の長さを隠し、相手の攻撃を誘うカウンター狙いの構えである

涼「さて…どうしたもんかのう…」

涼は真夜をどのように相手取るか、その方針を考える
今回のスレッジハンマーのような長物の武器を相手取る時の戦略は、大別して2つに別れる

一つが相手の攻撃を避け、第二撃が来る前に攻撃するいわば後の先のやり方
長物はそのリーチの長さ故に、一度攻撃した後再び攻撃するのに時間がかかる
そこを突くのが後の先、いわゆるカウンターという戦略であった

そしてもう一つが、相手が攻撃を放つ前にこちらが攻撃をするいわゆる先の先の方法
こちらも長物を振り回すのに掛かる時間を利用し、相手が反応し攻撃する前にこちらの攻撃を加えるというものである

もちろん涼もその2つの戦略を理解していた
だが涼はそれでも、番場真夜のスレッジハンマーにどう対処するか迷っていた

その要因の一つは地の利が相手にあることである
今涼と真夜が向かい合っているのは、ミョウジョウ学園の廊下である
ミョウジョウ学園がいくらマンモス校で巨大な敷地を誇るといっても、その廊下まで極端に広いわけではない
せいぜいが一般生徒4?5人分少々の幅しか無い
そのためハンマーを横薙ぎに振り回されれば、それを躱すほどの幅もない
つまり後の先を取るやり方が難しいのである

さらに真夜はすでに構えを完成させており、涼の一挙手一投足を見逃さんとしている
しかも迎撃に適した脇構え
いくら重いハンマーとはいえ、距離を詰め攻撃するよりもハンマーの一撃が涼を打ち砕く方が早いだろう
即ち先の先もまた難しい

後方には純恋子が控えており、退路は断たれている
攻めるに難く、退くも難し
涼は圧倒的に不利な状況へと追い詰められていた

涼(さてさてまっこと厄介な状況じゃ……)

心の中で何度目か分からないため息をつく
だが状況は停滞も諦観も許さない
そして首藤涼という人間がそういう状況で取る行動は一つ

――前に進む事だった

涼は真夜に向かって一歩を踏み出した
その一歩は力強く、姿勢は明らかな前傾
誰が見ても『先の先』狙いの全力疾走であった

涼の歩幅で換算すると真夜のハンマーの間合いに入るのは3歩目
そして涼の攻撃の間合いに入るのが4歩目だった

真夜「ははっ、それでいいのか?」

しかし迎え撃つ真夜の表情にあるのは余裕だった

涼はさらに加速し、2歩目を地面に刻む

そこに至りようやく真夜はハンマーを振るった
通常であれば明らかに振り遅れのタイミング
だがそれはまるで居合術のように速く、鋭く
降り始めたと思った次の瞬間には、真夜のハンマーは目の前の空間を薙ぎ払っていた

真夜「あぁ?」

だが真夜はハンマーから伝わる感触に違和感を覚えた
真夜のハンマーが薙ぎ払ったものは、空気のみ
それは即ち、突貫してきたそこにいるはずの首藤涼がハンマーを避けた事の証左であった

真夜(どうやったかは知らねえがあの状態から俺のハンマーを避けやがったのか……)

重量のハンマーを高速で振ったことにより、真夜は必然ハンマーの威力を作りだしている遠心力に振り回される
そのため真夜はぐるりと半回転し背を向ける体勢になっていた
それは明らかに隙だらけで、攻撃を加える絶好の状態であった

そしてそのことは――

真夜(じゃあ、コレは避けれんのかよ!!)

――真夜も理解していた

真夜は遠心力の勢いを殺さず、まるでコマのように回転を続けた
二撃、三撃、四撃とハンマーは間髪入れず目の前の空間を抉り取る
真夜が初撃のハンマーを振るってから一歩踏み出す間もないほどの短い時間
その間にハンマーは連撃を以て暴威を振るう
攻撃を仕掛けるどころか、間合いに入ることさえ出来ない
それはまるでその空間に存在する物すべてを吹き飛ばす、荒れ狂う竜巻であった

その竜巻の終わりは早かった
真夜はハンマーの五撃目を横を薙ぐ代わりに自らの頭上へと振り上げた
それにより遠心力を横から上へと昇華し真夜は回転を停止した
ハンマーを振り上げる姿は、これまた剣道の『上段構え』に酷似していた
また停止した真夜の向いている向きは、最初と同じ純恋子のいる方向――即ち正面であった
そのことが、これが力のままに振るわれた暴力ではなく、確かに制御された技術であることを示していた

そして制止した真夜の視界に最初に飛び込んだもの
それは最初に踏み込んだ地点と同じ場所にいる無傷の首藤涼の姿であった

真夜「まったく、何で無事なんだよ、アンタ」

真夜が呆れたように言う
それもそのはず。普通なら真夜は初撃にて涼を捉えていなければおかしいという状況だった

真夜「俺は必ず当たるタイミングでハンマーを繰り出した。アンタの腕前ってのは聞いているが、そいつは別に物理法則とかをブチ抜いた魔法とかじゃねえんだろ。ならなんでハンマーを避けれてんだよアンタは」

真夜は涼の全速全身を見て、それをギリギリまで引きつけてからハンマーを振るった
それは3歩目が着地するとほぼ同時のタイミング
2歩目の動き出しからハンマーを振るったため、前進していた涼は本来避けることなど不可能なはずのタイミングであったはずなのだ
また初撃以降はハンマーの軌道を少しずらし、膝ほどの高さにまでハンマーを振るい潜り込んでの回避も封じた
一見粗野で乱雑に見えるハンマーでの攻撃であったが、そこには以前の真夜にはなかった“熟練”があった
だがそれでもなお平然と目の前に立つ涼に、真夜は上段の構えを脇構えに直しつつ、呆れを通り越し純粋に不思議がっていた

純恋子「その答えの鍵は、2歩目にありますわ」

そんな真夜に後ろから見ていた純恋子が助け船を出す
純恋子は涼の真後ろから二人の駆け引きを見ていた
すべてが見えていた訳ではない
むしろ純恋子の瞳に映ったのは、普通では理解できない光景だった
それでも裏の世界をその身を鋼に変えて生き延びてきた彼女は、その光景の意味を理解していた

真夜「2歩目……?」
純恋子「ええ、そうですわ。前傾姿勢で踏み込んだ1歩目のすぐ後。ありのまま見たように言えば、2歩目を踏んだ首藤さんは、そのままの姿勢でまるでビデオを巻き戻すかのように1歩目の位置へと後退して行ったんです」

私から見れば短距離走で前を走る選手が突然バック走をし始めたようで、なかなかに気味の悪いものでしたが、とからかうように純恋子は笑う

真夜「ん?つまりそれって……」
純恋子「ええ。首藤さんは真夜さんの攻撃圏内には一歩も入っていなかった。ただ入ったように見せかけて、技を空振りさせたんですわ。そうですわね?首藤さん」

涼「…………」

涼は沈黙で以て肯定する
涼が用いた走法は、首藤流柔術『走野老(ハシリドコロ)』と呼ばれるものであった
これは直進する運動エネルギーのベクトルを高度な身体操作により瞬時に全くの別方向へと転換するという技法である
これによりまるでその名前の植物がもたらす幻覚でも見ているような動きを可能とする

涼はこれを用いて真夜の攻撃の隙を見極めようとしたのだった

だがその結果に涼は驚愕していた
真夜に地の利があるとはいえ、真夜の一連の攻撃にはつけこめる程の隙が存在していなかった

脇構えの状態からはまるで居合の様な攻撃が瞬時に飛んでくる
回転してハンマーを振り回している状態は、ハンマーの射程圏内に入るものすべてを打ち砕く
そして回転が終わった時には瞬時に上段構えに移行するため、無闇に攻撃を仕掛ければ上段からの強烈な一撃が振るわれる
一連の技と技の接続の隙も、最小限となるよう工夫されている

涼「相当にその獲物を使いこなしておるわ。よほど鍛錬を積んだようじゃな」

涼もまた真夜と同様相手の技量に驚嘆していた

真夜「ハハハッ、そりゃ嬉しいね。晴ちゃんの時は避けられまくりのやられまくりだったしな」
涼「ほう……それがこうまで変わるとはの……何か心境の変化でもあったのかのう」

涼の時間稼ぎにも似た推測を聞き、真夜は二イィと笑う

真夜「心境の変化ね。さすが上手い事言うぜ。俺と真昼のあの変化を表すのにこれほど的確な言葉はねえわな」

真夜は自分の胸に手を当てて感慨深そうに語る

真夜「そうだ。俺と真昼が時間に縛られることが無くなったのは――心の境目が完全に無くなったのはまさに契機だった。俺は真昼の弱さと芯にある強さを得て、真昼は俺の強さと潜んでいた弱さを得た。だからこそ強いだけじゃない力を得ることが出来た」

真夜は構えを直し涼を強く見据えて宣言する

真夜「さて、今の俺は強えぞ。そんな俺を倒すことが出来るか?」

その顔は自信に満ち
声は活気にあふれ
全身に力がみなぎっていた

それを見て首藤涼は――



涼「――でかい口を叩くのう、童(ワッパ)」


静かに嗤(ワラ)った

正面の真夜はもちろん、背中しか見えていない純恋子でさえも戦慄を感じるその一言を放ってすぐ
首藤涼は再び1歩、前へと踏み出した
この勝負の決着となる一合の始まりとしては、非常に静かな1歩だった

対して真夜は冷静に思考する

真夜(結局のところこの勝負、読み合いで決まる!)

ほとんど隙のない連続攻撃を繰り出す真夜だが、隙がまったく存在しないわけではない
それは回転を停止し、ハンマーを上段に構える瞬間
真夜の一連の技における上段に構えるというのは、回転によりかかる遠心力を上方向へと逃がすという意味合いがある
即ちその振り上げている途中に、軌道を修正して振り下ろして攻撃するということは物理的に出来ないのである
――そしてそのことは真夜も承知している

涼は前傾姿勢
1歩目から次の2歩目へと足を踏み出す

真夜がハンマーを振り上げる瞬間を狙うためには、動き出すのは実際にハンマーを振り上げるより先でなくてはいけない
即ち涼が攻撃するためには、真夜が何回転目でハンマーを振り上げるのかを読む必要がある
これが読み合い
自分の思考を読んで取るであろう相手の行動を、さらに読み取る
ゲーム理論じみた思考が真夜の頭の中で一瞬のうちに駆け巡る
そして――

真夜(だけど、俺がそれに付き合う必要はねぇよなぁ?)

――真夜は読み合いを超越する一手を選択した

涼の2歩目が、地に着いた

真夜「らあぁぁっ!!」

真夜がハンマーを振るう
そしてそのまま流れるように回転へと繋げる
だがその回転には、前回と違う点が一つ
真夜は回転しハンマーを振るいながら、まるで回る独楽のように前へと進んでいった

真夜(アンタが例え後ろに避けて俺の振り上げる瞬間を待とうとしても、振り上げるまでの間に避けるスペースを詰めちまえば問題ねえ!)

涼は前進と見せかけて後退をし、涼の攻撃を避けることが出来る
しかし真夜が回転しながら前に進むことで、涼は後ろに下がってもなお避けれない状態へと陥る

真夜(最大回転数の10連回転!避けれるもんなら避けてみな!!)

真夜は廻り、暴威を撒き散らしながら前へと進む
遠心力の付いたハンマーが、腕の筋肉を軋ませる
激しい回転が、平衡感覚を揺さぶる
だがそれらに構わず、真夜は回転する
そして10回転
真夜はハンマーを振り上げた

正面にあるのは純恋子の姿
これは予想通り
だが予想外は――純恋子の浮かべる表情だった

――それは驚愕
それも真夜を見ての驚愕では無い
真夜のいる位置の――真上を見上げての驚愕であった

真夜「上……って、まさかっ!?」

真夜は瞬時に純恋子の見上げる方向へ首を上げる
――そして見た
天井。そして家庭科室のプレート
そのプレートを支えにし、蜘蛛のように天井に張り付く首藤涼の姿を

真夜はこの戦いが読み合いに発展すると考え、あえてその読み合いそのものをぶち壊す手を選択した
――が、それは涼も同様だった

両者の違い。それはハンマーの当たらない空間の認識の差だった
真夜が両者の距離でしか考えていなかったのに対し、涼は高低を考慮に入れた
そしてこの認識の差は、真夜の見積もりの甘さでもあった
涼の見せた走法“走野老”
これは前進する運動エネルギーのベクトルを全く別方向に転換する技である
この走法を見た際に真夜は予想しなければいけなかった

「後ろに行けるのならば横に行くことも可能なのではないか」
「さらに言えばそれは跳躍として上方向へも行けるのではないか」と

そうすれば、走野老で壁へと走り、跳躍と壁を蹴っての三角跳びで天井へと行く涼の可能性を考慮できたかもしれかった

涼は天井から降りながら、蹴りの姿勢を見せる
だが真夜には為す術は無い
真夜のハンマーは剣術をベースに改良してきた
そのため構えや体捌き、そして弱点は、剣術と共通する
真夜のとっている上段構えは、防御を捨てた攻撃の構え
だがその攻撃は、あくまで同じ地平に立つ者を対象としたものである
即ち、上段はさらに真上からの攻撃に対しては為す術を持たないのであった

真夜「……チクショウ」

真夜が呟くと同時に、降下とともに繰り出された涼の蹴りがハンマーを弾く
そして着地と同時に真夜は、涼に組み伏せられた

涼「さて、まだ続けるかのう?」

そう尋ねる涼に真夜は無言で手を降り白旗を上げた

真夜「たくっ……アンタはスパイダーマンか何かかっての……!」

「許可しない物理的接触(武器含む)を今日一日禁じる」

この誓約を呑まされ、解放された真夜がぶつぶつと呟く

純恋子「まさか人が道具もなしに天井まで跳躍出来るなんて……貴重な物を見せていただきましたわ」

その真夜の隣に寄り添うにしながら、純恋子も言う
ちなみに純恋子に対しても「許可なしの物理的接触を禁じる」という誓約を呑ませている
前回の反省を活かし、拡大解釈の隙を無くした形だ
もっとも二人とも、そんな約束を取り決めることなくとも、もう戦う気は失せているようであった

それから落ち着いたところで、涼は話を聞くことにした

涼「さて、番場よ。お主、仕事と言っておったが、それは誰に頼まれた?」

対象は番場真夜
彼女は自身が薬を欲しているのではなく、仕事として涼を襲撃した
ならばその薬を欲している依頼人こそが真の敵だからである

そんな涼の問いに真夜は特に躊躇う素振りも見せずに答える

真夜「俺に依頼した奴か?それなら――」

しかし真夜の言葉はそこで止まった

涼「ん?どうしたんじゃ?」

真夜は何故かそこで言い淀む
しかし依頼人への配慮や言い訳を考えている様子ではなかった
そして真夜は困惑したような顔で言った

真夜「わりい、首藤。これは誤魔化しとかそういうんじゃないんだけどよ――」


真夜「――覚えてねえんだ。誰が俺に仕事を依頼したのか」

そう言う番場真夜が嘘をついているようには涼には見えなかった

涼「……では、仕事を受けた経緯で覚えていることはあるか?何故この仕事をしようと思ったのかとか」
真夜「何故……それは、この仕事が純恋子のためになるからって言われて……」
純恋子「私のため?」
真夜「でも変だ……それで納得してたはずなのに、誰が言ってたか、何で納得してたかも分からねぇ……」

真夜は珍しく気弱そうな表情を浮かべそう言った
涼は純恋子にも問いかける

涼「英よ。お前は確か番場が悩んでいると誰かから聞いてこの薬を狙ったと言っておったな。それが誰から言われたか思い出せるか?」
純恋子「……無理、ですわね」

真夜の話を聞いて純恋子も自覚したのだろう
伏し目がちになりながらそう言った

それを聞いて涼は確信に至る

涼「精神操作、か」

人の記憶や心を操る
まるでファンタジーのような能力
だが涼は、それを実際に行える人間がいるということを知っていた
そしてそれを活かして、暗殺を行う集団がいるということも
社会の闇は深く、また人間の秘めたる能力の底も深いということだった

涼「そいつが黒幕、ということか」

黒組の人間二人を操った黒幕が、このまま引き下がるとは考えられない
つまりまだ、戦いは終わらない

涼「はぁ……たかが薬一つに、大事になったのう……」

これから待ち受ける戦いに、年相応に深いため息をつく涼であった

それから涼は何事も無く、金星寮の入り口にまで来ていた
家庭科室から出ただけで純恋子、真夜と立て続けに襲われたのだ
加えて明らかになった黒幕の存在
金星寮に帰るまでさらに刺客と出会う可能性が高いと考えていた涼は、少し拍子抜けしながらも安心していた

そして金星寮の入口で涼は――予想外の人物と出会った

涼「香子ちゃん!!」

それは今回薬を作るきっかけとなった人物であり、薬を渡す相手である神長香子の姿であった

涼はこの時点で、香子が拉致誘拐されている可能性も考えていた
人の心を軽々と操る黒幕だ
それぐらいのことはしかねない

その予想が良い方に外れたと、涼は喜んで近寄って行った

涼「一体どうしたんじゃ?こんなところで」
香子「いや、調べ物のために本屋に行きたくなってな。ちょうど今から行こうとしてたんだよ」
涼「おお、そうじゃったか。それはいいタイミングじゃのう」

いつもと変わらぬ様相で言う香子に、涼は笑みを見せる

香子「ところで…その袋に入った大福が今回の薬なのか?」
涼「そうじゃ。これが胸を大きくする薬である『豊胸福』じゃ!」

そして涼は取り出して香子に『豊胸福』を見せた

香子「ふーん……見た目はまるっきり普通の大福なんだな」
涼「これは香子ちゃんのためにと思って、丹精込めて作ったんじゃよ」

笑顔を浮かべ談笑する二人

香子「そうか。じゃあありがたくいただくよ」

そして香子の方はその薬を受け取ろうと手を伸ばした



涼「――じゃからお前には譲れんのじゃ」


だが瞬間、涼の表情から笑みが消えた
そして冷ややかな眼をしながら、目の前の人間の名を告げた

涼「のう…走りよ」

香子?が涼の言ったことにキョトンとした反応をする

香子?「おい?一体何を言っているんだ首藤?走りなんてどこにもいないじゃないか」
涼「おるよ。わしの目の前に」
香子?「いやいや、私が走りって……本当に何を言っているんだ?」

香子?は困惑するが、涼は構わずに話し続ける

涼「確かに今わしの目には香子ちゃんがいるように映っておるし、香子ちゃんがしゃべっているように聞こえておる」
涼「じゃが声の調子がところどころ異なる発音になっている。立っている時の重心のバランスがいつもの香子ちゃんと比べて安定しすぎておる」
香子?「んなっ……!?」
涼「特に決定的なのは匂いじゃな。人は普通に生きていれば多かれ少なかれその人固有の匂いというものを持つ。しかしお主からはそれがまるで感じられん。意図的に消しておるのじゃろうな。わしが知る中でここまで匂いの無い人間はただ一人――」

涼「――走り鳰。お主だけじゃ」

香子?「…………………ハハッ」
香子?「ハハハハハハハッッ!!いやマジなんなんスか、アンタ!!発音とか重心とか匂いとか!!どうやったらそんな人間になれるんスかね?、ホント!」

目の前の香子?は、いきなり笑い出した
それは神長香子という人間には似合わぬ哄笑だった

涼「その口調……諦めたか」
鳰「そうっス、大正解?!ウチの正体はキュートな黒組の裁定者、走り鳰ちゃんっスよ?!」
涼「そうか……しかし、凄い効果じゃな……未だにわしには香子ちゃんが喋っているようにしか見えんわ」

正体を明かされてなお涼の目には、神長香子が見たこともない表情で話しているようにしか見えていない

鳰「そりゃそういう風になるよういろいろ仕込みをしてたっスからね?。調理に使うために首藤さんが予約を取っていた家庭科室だったり真夜さんのハンマーだったりに、気付かない内に幻覚の種を細工をしていたっス。だからこの幻覚、そう簡単に解けるもんじゃないと思ってた方がいいっスよ」
涼「なるほどのう……じゃが走りよ、お主――」


涼「――この程度の小細工でわしに勝てると思っておるのか?」


そう告げた瞬間、その場の空気が一変した
まるで刃物の先を向けられたような威圧感が鳰を容赦なく襲う

鳰「おお……怖っ。やっぱ人間とは思えないほどの威圧感っスね」

だが鳰はその威圧におどけて返す
それは一種の余裕の表れだった

鳰「でもウチも、何の対策も取らずに首藤さんの前に立つほどバカじゃ無いんスよ」

そう言いながら鳰は右手を前に出した
ただそれだけの一見何の意味もない動作


しかし次の瞬間、その何もないはずの右腕から――何かが発射された

涼「……っ!?ゴハッ…!!」

ミシリと肉と骨を押しのける嫌な音が体に響く
何もないはずの右手から弾丸のような何かが発射された
唐突に打ち出されたそれが、涼の腹部にめり込んでいた

鳰「アハハッ、あ?良かった。これが当たんないならホントにどうしようかと思ってたっスよ」

涼はその衝撃に腹を抑えてうずくまった

涼「なん……じゃ、今の……は……」
鳰「ただのゴム弾っスよ。ちょっと威力は強いっスけどね」

それを聞いて涼はすぐさま先程起こった現象を理解した

涼「なるほど…お前、銃すらも…幻覚で隠しておったな?」

鳰はそれを聞いて素直に驚きを現す

鳰「凄いっスね、今のをすぐに理解できるなんて。ええ、その通りっスよ。首藤さんにはおそらく今ウチの姿は、いつもの半袖の服を着た神長さんに見えてるハズっス」
鳰「でも実際のウチは長袖の服を着ている。ウチの技は“服装までも含めて”幻覚にかけることが出来るんスよ。だから服の中に銃を仕込んでいても、気づくことは出来なかった」
鳰「まあさらに今回は相手が首藤さんなんで念には念を入れて、指の動きでバレないように左腕の肘で発射するタイプの仕込み銃を使ったんスよ」
鳰「でも発射された弾丸までは隠すことが出来ないんで、その弾丸を見てから避けられたりしないかちょっと不安だったんスけどね?」

涼「弾丸単体を目視して避けるなど……出来るはずない……じゃろ」

武術を極めた人間であれば、銃による攻撃を避けること自体は不可能ではない
しかしそれは弾丸を見て避けているのではなく、銃口から伸びる射線と相手が引き金を引くタイミングを読んで避けているのである
弾が放たれてから避けるなどというのは、人間の反射神経的に不可能だ
そのため銃口とタイミングの2つが完全に隠されていた今回の鳰の射撃は、如何に涼が優れた武術家であったとしても避けることは出来なかった

鳰「いや?、それを聞いて安心したっスよ」

話しながら鳰は新たに二発、ゴム弾を涼の足目掛けて発射する

涼「ぐあぁっ!!」
鳰「腹部と脚部……これで機動力は奪わせてもらったっス」

香子の姿で笑みを浮かべながら鳰は言う

鳰「でもウチは油断はしないっス。首藤さんが意識を失うまで、このまま遠距離から攻撃を続けさせてもらうっス」

動けない現状
武器による攻撃範囲の大きな差
そしてこの状況でも警戒して接近しようとしない鳰
まさに打つ手がない、絶体絶命と言える状況であった
だが、首藤涼は諦めていなかった

涼「走り……この薬、一体誰にやるつもりなんじゃ?」
鳰「はぁ?いきなり何を言い出してるんスか?」
涼「自分で使うためでは無いじゃろう。お主は胸が大きいほうじゃし、胸に特別なコンプレックスを抱いている様子もない」
鳰「はぁ……だったらどうだって言うんスか?」

鳰は少し苛立った様子で涼の話を聞いていた

涼「この薬を誰かに渡すつもりだというのなら――」

一方涼はニヤリと笑い、そして――

涼「こうしたらどうするかのう?」


――『豊胸福』を袋から取り出し、空高く放り投げた

鳰「ちょっ!!何やってんスか!?」
涼「お主は果たして――地面に落ちてグチャグチャになった大福を、贈り物として差し出すことが出来るかのう」
鳰「くっ……!!このぉっ……!!」

この時鳰に選択の自由はなかった

鳰(地面に落ちてグチャグチャになったものをあの人に渡すことなんて出来ない!!)

そのため鳰は、宙に放られた大福を捕りに行くしかなかった
大福はもう既に放物線の頂点を過ぎ落下を始めている
鳰は落下地点目掛けて走り、大きくジャンプした

鳰らしくもない、全力疾走
その甲斐あって、鳰は大福を両手で無事キャッチすることが出来た

だが――

涼「さて、手の届く範囲に来たのう」

――そこは首藤涼の領域であった

涼は未だ空中にいる鳰の上着を掴み、地面に叩きつけた

鳰「ぐはっ……!!」

強い衝撃を胸に受け、鳰の呼吸が止まる
しかしそれでも手の中の大福を手放さないのは、強い執念の成せる技であった

自分が相手に近づくことが出来ないのならば、相手から自分に近づくように誘導する
涼は鳰の目的を利用して、それを実現させたのであった

涼は大福が無事であることを確認すると、鳰の上着を利用して両手を背中の後ろに縛り上げる
さらに素早く鳰のリボンを外して両足も縛り上げ、両手両足をまとめて束縛する

涼「首藤流柔術 『錦衣(ニシキゴロモ)』」

「錦衣」とはキランソウ属に属する植物である
キランソウ属は学名を「アジュガ(Ajuga)」と言い、ギリシャ語で「束縛」を意味する言葉に由来する名を持つ
その名が示す通り、『錦衣』という技は相手の衣服を利用して縛り上げる、捕縛術である
幻覚しか見えていない今の涼には難易度が高い技であったが、これは今回鳰がいつも着ているミョウジョウ学園の制服を着用していたことが幸いした

結局鳰は、大福を手にしたまま両手両足を縛られ地に伏すこととなった

鳰「くっ……!このっ……!」

鳰はなんとか拘束を解こうともがくも、頑丈に縛られており解ける気配はない

涼「勝負ありじゃ、走りよ」

そう言うと涼は鳰の両手から『豊胸福』を取り上げた

鳰「あっ…!返してくださいっス!」
涼「返しても何もこれは元々わしのものじゃ…」
鳰「じゃあ売って下さい!!望むだけのお金を払いますから!!」

鳰の嘆願は少なくとも本気であるように見えた

涼「無駄じゃ。わしは自分の薬で金儲けする気はない。それにお主もそれが分かっているからこそ、最初から交渉せずに奪おうとしたのじゃろう……?」

鳰「でもっ……!ウチには……あの人には、その薬がどうしても必要なんですよ!!」
涼「あの人…?一体誰じゃそれは?」

鳰は意外にも素直にその名を明かした

鳰「首藤さんも会ったでしょう……この学園の理事長っスよ……」
涼「ああ、あの……」

涼は記憶に残るミョウジョウ学園理事長百合目一の姿を思い返した
スーツを着ていたので正確にはわからないが、胸が大きくないということだけは確かだ

鳰「あの人は……表面上は胸がないことを気にしてる素振りは見せないんスけど、実は相当気に病んでいるんス……」
鳰「この前なんかもウチの胸をチラッと見た後、『私もメロンパンを食べれば大きくなるのかしらね……』とか呟いてて……正直ウチもう見てらんないんスよ!!」
涼「はぁ……まあ確かにそれは災難じゃがな……」

意外な事情に少々肩透かしな気持ちになる
だがだとしてもそれは人の者を奪う免罪符とはならない

故に涼はハッキリと告げた

涼「だからといって譲るわけにはいかん。まぁ、材料は使い切りはしたが、もし新たに見つかったら作ってやる。じゃから……――っ!?」

しかし言葉の途中で異変は起きた
急に涼の脚から力が抜け、涼はその場に跪いた

涼「くぅっ……!これは……?」

否、足だけではない。頭から爪先に至るまで全身から力が抜け、意識が朦朧とする
明らかに異常な状態だった

涼「走り…お主、何をした…?」
鳰「ハハハ…ようやく効いてきたようっスね…」

涼の言葉に鳰は笑う
それは即ちこの状態は鳰の攻撃によるものという証明だった

鳰「ウチは言ったはずっスよ……『首藤さんが意識を失うまで、このまま遠距離から攻撃を続けさせてもらう』って……」
鳰「ゴム弾による攻撃は……相手にダメージを与えるのには適していても、相手の意識を奪う道具としては不適切っス……」


鳰「だったら当然、“遠距離から相手の意識を奪う手段”を用意してないはずが無いじゃないっスか……」

涼「そうか……つまりこの異常な眠気は……」
鳰「そうっス……この場にはあらかじめ、誘眠効果のある無臭の香を焚いておいたっス……」
鳰「長時間これを嗅げば、普通の人間はほぼ100%落ちるっス……まぁ、ウチは耐性があるんで……ほんのちょっと眠くなる程度で済むっスけど……」

それでもやはり眠気はあるのか、鳰は力無く笑っていた

鳰「わざわざ理事長の話をしてまで、首藤さんを引き止めた甲斐があったってもんですよ
……」
涼「あれは時間稼ぎじゃったか……」
鳰「もちろんっスよ……後で挽回して記憶を消せるという確信がなきゃ、軽々しくあの人のことを話したりはしませんって……」

涼は話ながらも意識がさらに薄れていく

涼(この眠気はマズイ……!!ならば……!)

涼は少し深めに呼吸をし覚悟を決めると、自分の腕を食い千切らんとするかのように噛み付いた

涼(痛みで強制的に目を覚ます……!!)

だが――

鳰「無駄っスよ、痛みじゃあ……」

血が出るほど強く噛んでも、涼の意識は薄れていき、噛む力を保つことさえ難しくなる

鳰「この香の効果はかなり強いっスから……たとえ舌を噛みきったとしても起きてはいらんないっスよ……」
涼「くぅっ……!」

涼の様子を見て鳰は香の効果が出ていることを確信した

鳰「ハハハ……ウチも今は拘束されて動けないとはいえ、意識は保ってるっス……あとはここに来た人に拘束を解いてもらえば、眠ってる首藤さんから大福を奪うくらいは出来るっスよ」
鳰「薬のことは黒組の人は皆知ってるっスけど、その大福が薬であると分かるのは、事前に首藤さんが家庭科室を使うと知っていたウチと、6号室の二人くらいっスしね……」


鳰「これで…ウチの勝ちです……!」


鳰は勝利を確信し勝ち誇る
縛られながらの勝利宣言は全く格好がつかないが、このままいけば鳰の宣言した通りになることは明白だった

この状況を打破するのには、涼1人の力ではどうにもならない。しかし――

伊介「あれ?首藤さんに鳰じゃん」

――運はまだ涼にあった

首藤涼に残された唯一の勝ち筋
それは意識が途絶える前に、誰かに大福を手渡して、神長香子の元へと届けてもらうことであった
そしてそのチャンスが、犬飼伊介の来訪というカタチで到来していた

この時運勢の天秤は、確かに涼の方へ傾いていた

伊介「……って、何やってんのアンタ達?」

寮の玄関の前で倒れこむ二人
しかも鳰は自分の服で縛られている
明らかにおかしい状況故に、反応に困る伊介だった

だが一方、涼は薄れゆく意識の中で決断した
一つの賭けに出ることを

涼「い、犬飼よ……すまんが、これを香子ちゃんに届けてはくれんか……?」
伊介「いや、この状況で何言ってんの?というか具合悪いんだったら救急車呼ぶわよ?」
涼「ワシはただ眠いだけじゃ……大丈夫じゃから、これを……!」

伊介「はぁ?、わかったわよ。普段飄々としてるアンタがなんかマジっぽいし……これ、神長に届けに行けばいいのね?」
涼「そ、そうじゃ…」

不確定要素が強いものの、犬飼伊介は根っからの悪人ではない
それに寒河江春紀の影響か、近頃は性格もかなり丸くなっている
故にここは偽らず、素直に頼むという選択を涼は取った

鳰「待って下さいっ!!」

それを鳰が制止する

伊介「はぁ……鳰、アンタは何?」
鳰「その大福を……ウチに売って下さいっス!」
伊介「アンタまで何言ってんの?」
鳰「言い値で構わないっス!なんなら億までだったら出せますから!」
伊介「はぁ!?億って……ふ?ん」ニヤニヤ

驚いた後、少し考える素振りをすると、伊介は何かに気づいたように笑みを浮かべた

伊介「そういえば首藤さんが何か新しい薬を作っているって春紀が言ってたわね……」
鳰「……知ってたんスか」
伊介「この大福がその首藤さんの薬なの。へぇ~……」

伊介はまじまじと手にした大福を見つめていた

鳰「くっ……そうっス。だからウチが言い値で買うっス。ご両親の老後のためにお金が欲しいんでしょう!?」

鳰は伊介が何故黒組に来たのかを知っている
そのため鳰は金銭を積めば解決できると考え、交渉を焦った
――この時鳰はミスをした
まず最初に言い出すべきは、その薬が自分にとって如何に価値があるかではなく、

――その薬が犬飼伊介には無価値であるということだった

伊介「う~ん……まぁ、前まではそうだったんだけどね。でも今は伊介はお金よりも…」

伊介「自分の健康が一番大事なの」

そう、まるでCMで宣伝商品を食べるモデルのように笑顔を浮かべ、伊介は大福を自らの口に入れた

涼「」
鳰「」

涼と鳰は呆然とし、伊介が大福を咀嚼するのを沈黙とともに見ていた

伊介「……うん!意外と美味しいじゃない♪」

食べ終わった伊介がそう報告する
それによりようやく正気を取り戻したのか、鳰が大声で叫んだ

鳰「な、なにやってんスかアンタはーーッ!!!」
伊介「ウフフ、伊介ね~、神長が『首藤の薬はすごい効く』って話してた時から、ず~っと試してみたかったの。パパとママも別荘なんて無くても伊介を愛してくれるって言ってるし」
伊介「それに鳰が億なんて値をつける薬ですもの。きっと凄い効果なんでしょ?そうと分かったら伊介は速攻なんだから。」

犬飼伊介は薬の存在は知っていた。だがその薬がどういう効果かまでは知らなかった
もし涼と鳰のどちらかが、薬の効果を話していれば未来はまた違ったものになったのかもしれない
しかし今回は結果として、『豊胸福』は既に伊介の胃の中に収まった
そのどうしようもない現実は、これまで策を巡らせてきた鳰を絶望させるには、充分すぎるものだった

鳰「ウチの……ウチの努力は、何だったんスか……」

鳰は力なく、縛られた状態でうなだれた
焚いてある香の誘眠効果は、鳰にも多少は効いている
その状況に追い打ちを喰らった鳰の意識は、そこで途切れることとなった

一方涼の方は伊介が大福を口にした瞬間から意識が途切れていた
希望を信じ張り詰めさせていた意識の糸が、犬飼伊介の口により断ち切られたためであった

涼「zzz……そうか香子ちゃん、そんなに嬉しいか……良かったのう……zzz……」

涼は眠りながら幸せそうな笑顔を浮かべている
おそらく惨い現実とは違う、幸せな夢を見ているのだろう
願わくばその優しい世界が、せめて彼女の目が覚めるまでの間続いて欲しい……
事情を知る者全てにそう思わせる、綺麗な笑顔だった

伊介「えっ!?ちょっと!?これどういう状況なの!?」

いきなり話していた二人の人間が意識を失うという状況に、残された犬飼伊介は珍しく慌てふためき、結局二人は伊介が2号室から寒河江春紀を呼んでくるまで地面をベッドに眠っていた


富める者はさらに富み、貧しきものは嘆き続ける
女性の夢を賭けた争いは、まるで皮肉な現実のような結末で幕を引くこととなったのだった



首藤涼とおっぱい戦争 完

なんというか本当に長い期間投稿できずにすみませんでした
まあ色々理由はありますが、自分としてはエタらせずに完結させるつもりです
一応どこにでも挟める最終話の構想もあるので、漫画版が終わるくらいには完結させたいとは思っています

あと前の話、一応完結としましたが後日談があるのでそれを次は整えて上げるつもりです
長くて次スレを立てた場合はここにリンクを張ります

どうにも遅筆ですがリドル愛の赴くまま書いていきたいと思っています
それではこれで失礼いたします

本当にすいません
今忙しくて7月までまともに書ける状態にならなそうです
エタるつもりはないです
今しばらくお待ちください


乙しえ書きたい…

保守ッス

ただ、小間使いじゃなくて、ほのぼのとしている鳰ちゃんの話も見てみたいな~って思ったり

どうもです忙しさが少し落ち着いてきたので8月中には書き上げたいです
>>965
鳰は便利キャラだからついつい……
百合さん含めた鳰の話も書くつもりです
ほのぼのの書き方は最近忘れ気味な気がしてますが……

大変申し訳ないのですが、忙しさからこれまでも満足に更新できない状況が続きまた今後の改善の目途が付かないので、唐突ですが考えていた最終話を上げてこのスレで終わりにさせて頂きます。
本当に申し訳ありません
スレの残りの関係から普段より1レスに詰め込んでいます
次から始まりです

草木も眠る丑三つ時
黒組の面々が集うここ金星寮もまた当然に静寂に包まれていた
朝起きて夜眠る
そんな人間的生活の中の空白の時間
にも拘らず、金星寮の前に一人立つ人間がいた
夜更けの来訪者。しかも学園が関知していない、招かれざる客であった

「あらあら……とうとうと言うかやっぱりと言うか、来ちゃったのね」

そしてその来訪者を画面越しに見つめる者も一人
学園の支配者、理事長百合目一だった

「セキュリティの類は切っておきましょう。どうせこの人には効果はありませんし。壊されでもしたらもったいないものね」

そう言って画面を操作し、普通の相手であれば鉄壁を誇る金星寮のセキュリティを切った

「……」

すると画面の中の人物は、百合の見ているカメラに向かって顔を向け微かに笑みを浮かべた
『賢明な判断だ。褒めてやる』とでも言ったような表情だった

そして来訪者は再び金星寮の方を向き──放った
カメラ越しに見ている百合の背筋に冷たいものが走る
金星寮とは遠く離れた理事長室からカメラ越しで見ているのにも関わらず、だ

「ふう、凄い殺気ね……さすがは伝説、と言ったところかしら」
来訪者が放ったのは、殺気
それも恨みや憎しみ、悦楽や狂気など、どの感情も感じさせない“無機質な殺気”
この殺気を放てる人間はただの一種類
──暗殺者と呼ばれる人間のみであった

──金星寮一号室
東兎角は跳ね上がるようにベッドから起き上がり、構えた
汗が背筋を伝うのを感じる
寝汗ではない
たった今放たれた殺気に反応してかいた汗だった

「誰……なんだ……?」

部屋の中には兎角と同居している晴しかいない
気配などを読み取る暗殺者の感覚としてそれが分かる
しかし即ちそれは、部屋に居ずにしてあれほどの殺気を兎角に感じさせたということだった
東のアズマとして暗殺の英才教育を受けた兎角をしても不可能なことだ

「こんなことが出来る人間なんて……」

そう考えて、ふと思い付く

「まさか……!!」

予想は一瞬の逡巡を経て、毅然たる確信へと至る
だがそれは予想であっても確信であっても──変わらず最悪であった


来訪者はまるで我が家に帰ったかのように自然と金星寮へと侵入した
急ぐ様子も隠れる様子もせず、ゆったりと歩みを進める
だが──

「ちょっとぉ、何我が物顔で人様の敷地に入り込んでんの?」
「アハハ、不法侵入?それって犯罪だよ?」

その行く手を阻む者達がいた

暗夜においてもなお激しく煌く気性と容姿を持つ絢爛たる暗殺者
漆黒の狂気を孕み凶器を鳴らす殺人鬼

犬飼伊介と武智乙哉がそこにいた

立ちはだかる二人を見て来訪者は感心したように言う

「殺気に気付いたか。あながちボンクラだけを集めたってわけじゃあないようだね」

二人は驚く。その声に
そのしわがれた声に
そのしわがれながらも高さを残す、明らかなる老婆の声に

「なにこれ、徘徊老人ってやつ?」
「うーん、おばあちゃんかぁ……正直テンション上がらないなあ」

二人はそれぞれ笑い飛ばすように言う
だがその目に油断の色はない
目の前の老婆の一挙手一投足を見張り、即座に迎撃する体勢にあった
相手が暗殺者として、桁違いの存在であることを肌で感じていたからだ

「どれ、少し遊んでやるかね」

老婆はそう言い──動いた
圧倒的な殺気と圧力に二人は即座に反応
伊介は手にしていた小型スタンガンを、乙哉は愛用のハサミを容赦なく老婆へと振るった

──空振った!
それが意識を失う前の彼女達の最後の思考となった

老婆はあたかも瞬間移動の如く二人の間に立ち、二人の首元に手を当てていた
親指と中指。使用したのは両手のそれだけ
それだけで頸動脈を正確に圧迫
ほとんどもがくことも出来ないまま、二人は締め落とされた

その神業を行った老婆の顔には、何もなかった
神技への誇りも、崩れ落ちる二人への落胆も
何故ならそれは当然のことだから
一般的暗殺者から見れば神業であっても、この老婆には当然の技術
その技術に為す術なく崩れ落ちる相手も、この老婆には当然の光景
異常を当然とする積み重ねが、老婆の身体には受け継がれていた
そして歩き出そうとする老婆を──

「その技……いつ来るかとは思ってたがのう」

──声が引き留めた
年寄りじみた口調に似合わぬ、少女の声
首藤涼がそこにいた

「そうでした、あなたも居るんでしたか。話には聞いていましたが会うのは初めてですね」
「それはお互い様じゃろうて。こっちも噂は耳にタコが出来るほど聞いてきたわ」

涼は呵々と笑う
老婆は淡々と話す

「今日は生憎、授業参観の日ではないぞ。日を改めたらどうじゃ?」
「いえ、時間のかかることではありませんから」
「数年ぶりじゃろうに、淡泊なことじゃ」
「ええ、暗殺者ですから」
「……どうしても、行くか?」
「ええ」

平行線
会話は交わることなく終着する

「ではその前に一つ、手合わせ願おうか」

そして涼は告げる
暗殺者の伝説の名を
そしてその伝説と共に生きてきた者の名を

「東のアズマ現当主──東 麒麟!!」

叫びと共に涼は突貫する

首藤の名は裏社会では知れた名である
百年以上前から、武術を巧みに操る幼さの抜けきらない少女の伝説が各地各時代に残っている
その少女はどの時代でも『首藤』と名乗った
故に裏社会では「首藤流」なる少女にしか伝えられない流派が存在すると噂されてきた
その少女の伝説が、実は一人の首藤涼によるものだということは、裏社会においても知る者は少ないのだが

一方、東麒麟も伝説となっている暗殺者である
東麒麟は東のアズマの名を老齢になっても守り続けてきた
彼女の仕事に失敗はなく、生存者・目撃者は存在しない
即ち誰も、彼女の暗殺を知る者はいない
故に東麒麟は伝説であり、同時に未知の暗殺者だった

共に伝説となっている者だが、その情報格差は大きい
長期戦は涼に不利
故に涼は早々の決着を望んだ

──そして決着は望み通り、一瞬で決した
一瞬の交錯の後、地に伏していたのは──涼であった

勝敗を分けたのは、殺意の差
涼はクラスメイトの縁者故に、不殺を念頭に置いた
だが一方の東麒麟は、覚悟を決めていた
それは相手を殺す覚悟
そして──相手に殺される覚悟を

涼が高度なフェイントの中に繰り出した服を掴もうとする手
東麒麟はその手にあえて、顔を突き出した
そのまま進めば眼球に指が刺さり、致命傷となるように
当然涼はそれを止めるため、強引に手を止める
そしてその隙が、伝説同士の戦闘においては致命傷となった
バチリ!という電気の流れる音とともに、涼は崩れ落ちる
犬飼伊介の手にしていた小型スタンガンを抜け目なく利用し、一瞬での決着となった

「殺す者と殺さぬ者、土俵が違いました。あなたが私を殺す気だったのならばまた結果は違ったのでしょうがね」

東麒麟はそう言い残し、歩いて行った

侵入してから5分と経たず、黒組でも戦闘力の高い面々を撃破していく東麒麟
しかしそれまでの戦いは、正しく前座でしかなかった
そしてついに、老婆の前に真打ちと呼べる相手が現れた

「……ようやくかい。久しぶりだねえ、兎角」

東のアズマを継ぐもの──東兎角がそこにいた

「お前っ……!いったい何の用だ!」
「何の用……?よくもまあ、そんなことが言えたもんだねえ」

叫ぶ兎角に対し、麒麟は静かに睨みつける

「暗殺者が集い殺し合う蟲毒──黒組を勝ち抜いたと聞いた時には少しは成長したかと思ったが……まさかそのまま帰らず常人(タダビト)の暮らしに溺れるとはねえ。結局まだ、東のアズマとしての任が理解できてないようだね」
「ふざけるな!何が東のアズマだ!私は……」

兎角は思い出す
黒組に来るまでの、死んでいたような過去の自分を
晴と出会ってからの、人間となっていったこれまでの自分を
そして想う
晴と築いていく、これからの未来を

「私は!そんなものよりずっと大事なものを、見つけたんだ!」

その言葉と共に兎角は殺気を放つ
暗殺者としての無機質な殺意ではない
自分を、未来を、そして大切なものを──守るための殺意を

「ふん、ならアンタは──“そんなもの”に殺されるんだね」

麒麟も呼応して殺気を放つ
こちらは無機質で色がなく、純粋なまでの暗殺者としての殺意

二つの殺気は中空にて混じり合い、そして──弾けた

東のアズマの戦いとは、概して言えば“殺気”に集約される
殺気を鋭敏に読み取ることで相手の動きを読む
殺気で相手を飲み込むことにより相手の動きを封じる
殺気を込めることによって相手の精神を壊す
技術でも力でもなく、この圧倒的な殺気が東のアズマの名を伝説にまで押し上げたものだった

兎角は黒組での戦いのほとんどを、殺意を封印した状態で戦っていた
つまり東のアズマを伝説たらしめた力は使わずに、枷を付けた状態で戦い続けた
その枷は皮肉にも兎角に様々な経験を与え、暗殺者としての力を鍛えてきた
そしてその枷はすでに、解き放たれていた

暗い廊下に金属音がただ響く
両者のナイフが弾き合う音だ
互いに殺意を読み取り、殺意を放ち、殺意を込めた一撃を打つ
それが東のアズマ同士であれば、拮抗は当然の結果であった

ナイフ術は東のアズマで最初に学ぶものである
在りし日の兎角は訓練で、今と同じように祖母と打ち合ったこともあった
──だが懐古の情は一切ない
兎角にあるのは、守るための殺意のみだった

だが一方の麒麟の殺意は、僅かに緩んだ
対峙するのは、その隙を見逃す普通の暗殺者ではなかった

「はあっ!!」

兎角の一撃は、麒麟の着ていた着物の袖を切り裂いた
それはダメージにこそならなかったが、殺るか殺られるか互いに紙一重の状況にあったことを示していた

「くっ、ふふっ……」

だというのに麒麟の口から息とともに出るのは、喜色を含んだ笑い声だった

「いやはや弛んだ生活で腑抜けたかと思っていたが、意外に成長してるじゃないか。どうやら殺意の呪縛からも解放されているようだしね」
「何が言いたい……?」
「予定変更だ。腑抜けならここで始末して東のアズマは私の代で終わらせるつもりだったが、これなら多少打ち直せばなんとかなりそうだ。嬉しい誤算ってやつだね。となればアンタをここから連れ戻すことにするよ」

麒麟は悪びれずそう言い放つ

「ふざけるなっ!!何を勝手……っ!」

反論しようとする兎角の首筋に冷たい感触
これまでを上回るほどの殺気が込められたナイフが、兎角の首に突きつけられていた

「アンタに拒否権なんてないよ。抵抗してもそれこそ勝手に連れて帰るだけさ」

弱肉強食の世界に弱者の自由などは存在しない
この場の絶対者は間違いなく東麒麟
彼女の決定に逆らえる者はこの場にいない──

「それはさせません」

──はずだった
絶対者の決定に異を唱えた少女は微かに震えながらも、確かにそこに立っていた

「晴っ!!」

兎角が名を叫ぶ
黒組の勝利者にして、東兎角の守る者
一ノ瀬晴がそこにいた

「晴……なるほど、アンタが兎角の……」

晴のことは噂には聞いていたようで、実物を値踏みするかのようにじろじろと見る

「だがねえ、させないと言ったところで、アンタに何が出来るんだい?」

半ば挑発混じりに晴に言う
だが返答はすでに用意されていた

「晴に出来るのは……これです」

そう言って晴は後ろ手に持ったいた物を構える
イングラムM11
サブマシンガンと呼ばれる銃器の一種だった

「ふぅん。で、そのオモチャでどうする気だい」

だが東麒麟は動じない
晴の手にしているものは確かに本物であり、その事は麒麟も理解している
そしてその上でなお、麒麟にとってそれはオモチャに過ぎないのだった

「そんなものであたしをどうにか出来ると思ってたのかい?」
「いえ、思ってません。だから──こうするんです」

だがそこで晴は麒麟の予想を越えた行動をとった

「あなたが兎角さんを放さないのなら──晴が兎角さんを殺します」

銃口が兎角へと向けられていた

「……正気かい?」

さしもの麒麟も困惑の色が顔に浮かぶ

「ええ。兎角さんは前に、晴のために晴を殺そうとしてくれました。そんなことしたくないって気持ちを必死に抑えて……。だから晴も、兎角さんのためなら兎角さんを殺してみせます」

長年裏の世界に生きてきた麒麟には分かった
目の前の少女は、本気で兎角を殺す気だと

(これは……この娘を殺しておくべきか……?)

麒麟は迷いながら微かに晴へと殺気を向けた
──その時だった


「晴に薄汚い殺気を向けるな」


制圧していたはずの兎角から溢れんほどの殺気が放たれた
麒麟は反射的に飛び退き、
二人から距離をとった
そして、背中にヒヤリとした感覚を感じた

(冷や汗……!?この私がかい!?)

身体は何よりも敏感に正確に、相手の力量を察知する
伝説の暗殺者が本気で死を覚悟するほどの殺気を兎角は放っていた
兎角は晴を背に殺気を放ち続けている
そのどんどん強まる殺気を放つ兎角を、麒麟はしばし見つめていた

「…………くっ……!くくっ……!」

そして呆けたように兎角を見ていたかと思うと、麒麟は突然俯いた
二人はそれに警戒する
しかし──

「くっはっはっは!!守ることで力を発揮する暗殺者!そういう暗殺者も有りか!!はっはっはっ!!」

場に響いたのは笑い声だった
今までの麒麟とは違う様子に二人は驚き固まった

「これはこれは予想外の状況じゃのう」

先に麒麟に倒された面子が同室の者に肩を借りながらやって来る

「……うるさいです。せっかく柔らか千足さん枕を堪能していたのに、千足さん起きちゃったじゃないですか」
「そうですわ。私も日課の真夜さん寝相日記がつけれなくなったじゃないですか」

ついでに殺気を早い段階で察知しながら、関係ないと自らの欲望を優先したマイペース組までも起きてきた
そうして黒組が集まったところで、笑い終えた麒麟はさっぱりしたような表情で言った

「兎角、再度気が変わった。ここに残るのを許可してやるよ」
「何っ!?」
「どうやらアンタの殺気は、その嬢ちゃんと居た方が伸びるようだ。ならどこまで伸びるか、見てみたくなったよ」
「兎角さんっ!」

晴は兎角の手を取り喜ぶ
そんな二人を尻目に麒麟は去って行く
しかし去り際に麒麟は──とんでもない爆弾を残していった

「そうそう兎角!次会うときまでにひ孫を作っときな!その方がアンタは強くなれるよ!」

手を繋いでいた兎角は、ゆでダコのように顔を真っ赤にして──叫んだ


「ふっ、ふざけるなっ!!」


孫の怒声を浴びながら闇夜へ戻る伝説の暗殺者の顔は──真底楽しそうな笑顔であった

「──以上が今回の事の顛末っス」

一部始終を確認していた走り鳰は、主たる百合目一にそう報告した
百合はそれをいつものように微笑を浮かべながら聞いていた

「しかしアズマの頭領さんも面白いことを言うわね」
「東のアズマとプライマーのサラブレッドって、最早チートっスよね~」

それを聞いた百合は閃いた
そして席を立ち、鳰の元へと歩いていく

「え、あ、あの理事長?どうしたんスか!?」

突然の不可解な行動に慌てる鳰に構わず、抱き合えるような距離まで近づく
そして耳元で、囁いた

「だったら対抗して、プライマーと西の葛葉のサラブレッド、作りましょうか」

それを聞いて兎角もかくやというほどに赤くなった鳰を見て、クスクスと笑う百合なのであった

黒組とは繰り返されてきた“悪”だ
プライマーと暗殺者を混ぜ合わせての殺し合い
それは数多くの悲劇から成り立ち、また自らも悲劇を生み出してきた

だが黒組は今回、出会いと救いを生んだ
これは黒組という悪が束の間見せた善の顔なのか
それとも黒組とはそもそも絶対なる悪ではないのか
その謎かけは、問いかけてきた悪魔すらも分からない

だがそれでも彼女たちの黒組は続く
卒業までの僅かな時間ではあるが
彼女たちの人生の中で、とても大切なものとなる時間が──続いてゆく


11年黒組  完

悪魔のリドル
自分でも何故ここまでハマったのか分からないほど好きな作品でした
ただそれだけに色々考えていたやりたいことがやりきれなかったのが、悔しくて申し訳ないです
ただ今後も細々とリドルssは書いていきたいと思っています
いつかどこかで目にして頂けたら幸いと思います
二年以上という自分でも驚くほど続いてしまったこのスレもこれで終わりです
それではこれで失礼いたします
長い間お付き合い頂き本当にありがとうございました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年07月11日 (金) 00:06:01   ID: jR58SZvh

わざわざキッツい言い方しなくてもいいのにな。面白い

2 :  SS好きの774さん   2014年07月15日 (火) 00:09:21   ID: tQcVN8j4

あら^〜
乙しえは良い…心が満たされる

3 :  SS好きの774さん   2014年09月01日 (月) 19:30:24   ID: JDX4YxAu

早う続きが見たい

4 :  SS好きの774さん   2014年09月27日 (土) 10:38:26   ID: 4V4IBuQd

誰だ完結してないのに完結タグつけたのw

5 :  SS好きの774さん   2014年10月06日 (月) 20:23:11   ID: sHcONbTC

早う続きを!

6 :  SS好きの774さん   2014年10月06日 (月) 22:33:37   ID: 371kay_P

以下の構想全て面白そう
早く続きが見たい

7 :  SS好きの774さん   2014年11月01日 (土) 23:06:10   ID: Jw6YdDqD

ひつちたネタ楽しみにしてます(≧∇≦)

8 :  SS好きの774さん   2014年12月31日 (水) 03:24:14   ID: 6BUMdmVy

続き楽しみにしております☆(ゝω・)v

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