愛「『秋月涼』対『水谷絵理』」 (380)



愛「あたしたちは三人でした」

愛「あたしは、涼さんと絵理さんといっしょにトップアイドルを目指していたんです」

愛「社長がいて……まなみさんがいて、尾崎さんがいて……それで、それで三人でアイドルをやってきました」

愛「でも今は……あたし、一人」

愛「まなみさんがいなくなって、あたしは泣きました」

愛「絵理さんがなんにも言わずにいなくなって、また泣いて。それから……尾崎さんがチーフプロデューサーになってあたしたちを……特に涼さんを指導しました」

愛「一年経って。涼さんと、絵理さんのお二人がオーディションで戦うと聞いて、もしかしたら絵理さんが戻ってくるかもなんて期待しちゃいましたけど」

愛「逆でした。勝負の後に尾崎さんも去ってしまって、涼さんと二人になって」

愛「――――それで涼さんも、ある日事務所から姿を消しました」

愛「ショックでした。……涼さんは約束してくれていたんです」



愛「『いなくなったりしない』って……」




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――

――――

絵理「…………」カタカタ

絵理(ふぅん……前の野外ライブの動画、再生数もう3万超えてる……)

絵理(でも、あれだけ指示したのに……ライトアップのタイミングずれてる? コーラスの出だしも)

絵理(これじゃ、ただ往来ではしゃいだだけ? もっとクオリティ上げないと、注目、されない……)

絵理(やっぱり専用の設備がないとライティングにはあんまり頼れない……フットライトも無いし、もっと明るいうちにやるべき?)

絵理(ううん、それじゃ人が少ない。なら、もっと街中……、交番の配置を確認して、お巡りさんが来る時間を計算して……)


Prrrrr……!


絵理「!」

絵理「え、え、え…………で、電話?」

絵理(サイネリア……? いやさっきやりとりしたばかり…………)

絵理(もしかして――)

絵理「いや、そんな訳ないっ。そんなわけ……!」



絵理(震えを止めるの……! 表示、誰から……?)



【秋月 律子】



絵理「……え?」










『――水谷さんっ! 涼そっちに行ってないかしら!?』







律子『急にごめんなさいね! あの子、急に事務所に活動を休みたいって連絡を入れて……家にも戻ってないみたいなのよ!』

絵理「え……えっと……」

律子『学校にも登校してなくて本当にどこにいるのかわからないの! 今心当たりを当たってるんだけど、見つからなくて。匿っている人がいるのかもしれないけれど、あの子の事情を知っている人なんてそうそういないし……!』

絵理「うぅ…………っ……」




どうして出てしまったんだろう。



過去を追ったあの時、手伝ってくれた人だから?



なにか……新しい情報をくれると、思った? ――――今更




律子『どうしていなくなったのか理由も不明で……! もうずいぶん不平も言ってなかったのに!』

絵理「あ……あの…………ぅ」

律子『それで少しでも接点があった人に聞いて回ってて――――、っと、ご、ごめんなさい! 焦っちゃってて! なにかしら!?』

絵理「し、知らない…………?」

律子『しらない……………知らない?』


絵理「……はい。…………涼さんとは、全然会ってない」

絵理(――あの日以来)



絵理(『R-A』としてわたしの前に現れた涼さんは、尾崎さんにプロデュースを受けてて……)

絵理(私たちはオーディションで戦うことになった。……負けたら、ネットアイドルを辞めるっていう、条件)


絵理(それで――わたしは負けた)


絵理(あの後、尾崎さんは去っていって…………わたしはネットアイドルという居場所をなくした…………)



絵理(尾崎さんは、責めて、憎んでいた……プロデューサーだった人を信じずに、ネットに戻ったわたしを)




――『絵理、私はあなたに多くを賭けすぎた』

――『あなたのこんな姿……見たくなかったわ……』



胸の奥が痺れて、視界が狭くなる。



絵理「…………ぁ、あぁぁ……!」

律子「み、水谷さん? どうかしたっ?」

絵理「……は……は……っ……な、なんでもない……」


絵理「少し、待って……?」

絵理(落ち着かなきゃ…………)


律子『――“R-A”』

絵理「あ、その名前……!」

律子『あなた涼と対決したんですってね……聞いているわ。ごめんなさいね、辛いことを思い出させちゃったかしら』

絵理「――別に……大丈夫、です」

律子『そう……じゃあ、その、もし涼から連絡がきたりしたら……』

絵理「きっと……こない?」

律子『え?』

絵理「わたし涼さんの番号…………着信拒否、してる」

律子『着信拒否!? どうして!?』

絵理「それは…………、わたしが、受け止められなくなったから…………」

律子『どういうことなのよ……』

絵理「いろいろ思い出してしまって…………つらいから……メールも弾いてる。だから、助けに、なれない? ごめんなさい……」

律子『そんな…………いえ、わかったわ。時間を取らせたわね。――――涼ったらそんなこと一言も』

絵理「ぅぅ……、し、失礼します……!」ピッ!




絵理「は……っ、はぁはぁ…………」


絵理(涼さんが、消えた……?)

絵理(何も言わずに、だなんて。あんなに責任感が強かったのに)



思い出すのは、あの優しげな微笑み。

それと、あの勝負の後の。慮るような悲しむような……複雑な表情。


絵理(涼さん…………)

絵理(…………前のメール、まだ残ってた、はず……)

絵理「え、っと……」




送信者:涼さん
件 名:絵理ちゃん、元気?

寒くなってきたからか、今日はクラスでお鍋の具になにを入れたらおいしいかって話題が出ててね、
白滝とか卵とかめずらしいの入れてる人もいたんだけど、イチバンおどろいたのはフランスパンを入れる人!

私のオススメはシューマイ。すりおろしたショウガを餡にいれてのをポン酢で食べるとおいしいの。
絵理ちゃんのオススメはなにかな? よかったら教えてね。

カゼひいたりしないようにね! じゃあまた!




絵理「…………あった」



送信者:涼さん
件 名:おもしろい映画

今日は映画を見てきました。時間つぶしのツモリだったんだけどスッゴイ感動しちゃった!
タイムスリップもののSFなんだけど、タイムスリップした人じゃなくて、その人を送りだした博士がメインでストーリーが進むの。

ラストがじーんと来たんで、原作の本も読むつもり。

映画の公式サイトのURL貼っておくね。絵理ちゃんも興味がでたら見たらいいよ! ソンはさせないから!
またおもしろいの見たら報告するね。それじゃ、また。




絵理「これも……」

絵理(涼さんは、わたしと戦った後も、メールを送ってきた……)

絵理「なんてないことを伝える……事務所とか、アイドルの話題を避けた、気を遣った文面で…………」

絵理「なんにも溝ができてないって、わたしに言うみたいに」

絵理(わたしは…………オススメの具、答えなかった)

絵理(紹介された映画も、見なかった……)

絵理「……う……ぅぅ……っ」


絵理「――涼さん…………透けて、見えちゃってる」


絵理「気遣いが、見え見えで…………返ってわたしは、あの勝負が、どうしようもなく過去にあったことだって、思い知らされてた…………」

絵理「痛いよ。辛いよ…………こんなの、返信できるわけ、ない……?」

絵理「――もう、戻れない、のに……っ」


絵理「わたしは、もう……アイドルじゃない……。ネトアですら、ない」


絵理はパソコンを操作した。
画面に大きなフォントで文章が表示される。






―――― ネットアイドル『ELLIE』 ファンの男とホテル街で歩いていたことが判明!! ――――






絵理「…………」

絵理「これが、わたしの…………終着点」



絵理「捨てた居場所と…………奪われた、居場所……」

絵理「きらめいていた時間は、ずっとずっと後ろ」


絵理「…………」





絵理(…………動画チェック、再開しないと)


絵理(『ELLIE』はもう、液晶の中には…………いない)


――

――――

絵理「…………」カタカタ


『サイネリアさんがログインしました』ピコン


絵理「あっ……」



サイネリア『センパーイっ!! リスト化終わりましたよ~っ!!』

絵理「ありがとうサイネリア。さっそく……見たい?」

サイネリア『オマカセあれッ! え~~っと、チョッチまってくださいネ…………はいドーゾっ! 評価シートもきっちりツケましたよ!』

絵理「うん、読む……」

サイネリア『センパイプロデュースのあの野外ライブ動画、スゴかったデスね~!! 再生数もう3万いってましたよ!』

絵理「…………」

サイネリア『でもイラつくコメありましたネ!! エリー超えてるとかゴセンマンネン早いっての!!』

絵理「…………う、ん。でもエフェクト付けてない生放送と比べるのも……あれ?」

サイネリア『あれでクイーンだったセンパイに追いついたとか思われたらタマリませんヨ~!! 今度はもっと民度高いファンがついてる踊り手に……』

絵理「ちょっと、いい?」

サイネリア『はえっ? 何デショ?』

絵理「野外でのゲリラライブ……希望者これだけ?」

サイネリア『え、ええ! 大手ブログにも取り上げられたみたいで、23組も……』

絵理「弾いたりしてないよね?」


サイネリア『シ、シテませんよ~』

絵理「…………」

サイネリア『……うう…………』

絵理「サイネリア?」

サイネリア『――――スイマセン、センパイッ!! 嫌いな奴らはハジいちゃいましたっ!! でも金稼ぎに動画を利用してるようなオトコ共もいて』

絵理「わたしは……全員、チェックして、その上でやらせる人を決めたい」

サイネリア『うぇ~……ハイ、わかりましたぁ……』

絵理「気分、損ねた? ……ごめんね」

サイネリア『イエ! アタシが悪いんデス! ネトアの発展のために、センパイは動いてるんですもんね! アタシもプロフェッショナルなシゴトのリューギを持ちます!』

絵理「ありがとう」

サイネリア『じゃあ、カンゼンバンを…………』





――

――――


絵理「この人のダンスは体幹がしっかりしてる。腕もしっかり伸びてて……人、集められる…………?」カチカチ

サイネリア『あの~センパ~イ?』


絵理「なぁに?」

サイネリア『いや、改めて言うのもナンデスけど、センパイがプロデュースした『野外でゲリラライブしてみた』動画のおかげで、ネトア界は盛り上がってマス……ニワカが増えたとか問題もありますけど』

絵理「うん」

サイネリア『製作レクチャー動画も伸びて……イマ、全体的にレベル上がってるはセンパイの功績だとアタシは思ってマス』

絵理「……光栄?」

サイネリア『それで――盛り上がっているこの時だからこそ、ホンモノが動くべきだと思いマス! 『ELLIE』の新作をブツけるのはイマしかないですよー!!! イマやるのはイツしかないです!!』

絵理「……いつ、いまが逆?」

サイネリア『そんなことはドーデモいいんデスッ!! 『ELLIE』の帰還をみんな待ってます!』

絵理「――――わたしは、やれない」

サイネリア『そんなモッタイナイ!! センパイが輝くのはやっぱり画面の中で……』

絵理「……ごめん。席、離れるね?」

サイネリア「アアッ!! マッテくださ~いっ!!!」

絵理「…………」

サイネリア『スイマセ~ン……、センパイにもぺースってモンがありますよね! そういう気分じゃないんならショーガナイです!』

サイネリア『でも最近、アタシ、ちょっとシンパイで精神不安定ギミで…………』

絵理「心配?」



サイネリア『今回はいつになく大きな企画で…………センパイも技術をみんなに伝えてて…………イイことのハズなのに怖いんデス』

絵理「なにが?」

サイネリア『ソコにセンパイの姿がない感じが、デス』

絵理「……!」

サイネリア『ネ、センパイ、このままフェードアウトとか嫌デスよ……いなくなったりしませんよね!?』

絵理「いなく、なる?」

絵理「…………」

サイネリア『センパイ?』


絵理「サイネリア?」

サイネリア『ハイッ?』






絵理「――――大丈夫、だから」






――

――――


サイネリア「ダイジョーブって…………センパイ……」

サイネリア「ハァ~、また動画作るって言ってモラえなかった………」

サイネリア「センパイ、半年前ぐらい前から、ずっとプロデュースやアドバイザーしてるだけで、ネトア活動ゼンゼンしてない………せめてブログぐらい更新して欲しい」




サイネリア(原因は、ワカってる)


サイネリア(あのキタナイ、リアルアイドルとの一件以来、センパイは元気なくなった。カランでも反応ウスくてショック……)

サイネリア(それは一年前のセンパイの同期だったヤツが、『R-A』なんて名前でアタシたちの居場所をジューリンしてきたせい。それでセンパイはまたあのロン毛と絡むことになって…………)


サイネリア「アアアアアアアアアアア~~~ッッッ!!!!! モー――――っ!!!」

サイネリア「ボコしてヤリタイっ!!! あっちがワルくてクズくてヨゴレなのは分かってンのに~~ッ!!! センパイ、ナンにも言ってくれないンダカラーっ!!」


サイネリア「モンモンするワー!! ものっそいモンモンイライラするワ~!!!」バタバタ

サイネリア「ガルルルルル…………!!」

サイネリア「……るるる…………」







サイネリア「―――ぷひゅ~」




サイネリア「ハァ~~~~~……」

サイネリア(…………デモ、だからこそ、ササえなきゃイケないのよね)

サイネリア(ダマッテられるのもツラいけど、センパイがきっとイチバン傷ついてるハズ………)

サイネリア「あー、落ち着けーアタシー。クールダウン、クールダウン」

サイネリア「フルえるぞハートォ! ダウンするほどクール! ――ナンテネ」



サイネリア「はー……。でもドーシタンデショーねー、ホントにセンパイは。『ELLIE』だってコト、カクして路上ライブの生放送をプロデュースして………」

サイネリア「キホン、道交法違反ダカラってセッキョクテキにやりたくないトカ、サイショは言ってたのに……」

サイネリア「ここんとこズット、路上ゲリラライブを広めてる…………ネトアの場所がリアルに広がっていくのは小気味ヨカッタケド、センパイ自体は動いてない」

サイネリア「裏方になって……元気がズットないまま。『ELLIE』のコトをワダイにできない空気がそこはかとなく漂ってるし……。アー……嫌なカンジ。死に至る病デスよコレ」







サイネリア(最近、ナンカ思いつめてるみたいだし)

サイネリア「ダイジョーブ、か……信じますヨ、センパイ」





絵理(選出は、この人達…………物議を醸す選出だろうけど……これなら、目的、達成できる)

絵理(これで開催日を、あの日にすれば…………対立、激化?)

絵理(その状況でなら……スムーズにいくはず)



絵理「…………」

絵理「大丈夫だよ。サイネリア」








絵理「わたしがいなくなっても――――大丈夫」










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



涼「愛ちゃん、おはよう。早いね?」

愛「――――へ? あ、涼さん! おはようございます! 今日もいっしょにお仕事ですね!」

涼「うん。よろしくね?」

愛「あたし、最近お仕事が涼さんといっしょで、うれしいですっ」

涼「そう? うれしいな。お弁当も用意してきたから、いっしょに食べようね」

愛「やったー! 涼さんのお弁当! これがあるといくらでもがんばれちゃうんですっ!」

涼「そっか……」

愛「…………はい。……はい、そうなんですっ!」

愛「尾崎さんはいなくなっちゃいましたけど……いーっぱい活躍して! あたし達ユーシを見ていてもらいましょうね!」

涼「うん」

愛「がんばりましょうね! 今日はどががーって感じでいきましょうっ!!」

涼「…………愛ちゃん」

愛「がんばれば、キラキラしてれば……!」

涼「ムリしないで」

愛「そーすれば……尾崎さんだってまなみさんだって」

涼「……」

愛「絵理、さん、だっ、て…………っ!! いつか、いつか…………」



愛「うぅぅ……!! ひぃ~ん…………」

涼「愛ちゃん……」

涼「…………」




涼「――――私はいっしょにいるからね」




愛「……っ、り、涼さん?」

涼「愛ちゃんは本当にまっすぐだから……私、勇気づけられてるんだ。だから、泣きたいときには、泣いて?」ナデナデ

愛「……あたし……あたし! みんな、いなくなっちゃって…………!! 恐いんですっ。今までの楽しさが、全部、さびしさに変わっていっちゃうのが……!」

涼「大丈夫。そんなことないよ」

愛「でも、でも……今日、涼さんまで……どこか遠くに行っちゃう夢を見ちゃって……!」

涼「大丈夫」

愛「…………」グスッグスッ


涼「――まだ途中だよ、愛ちゃん」

愛「え?」

涼「これから、まだまだ素敵なことが起こるはず。今まで悲しかったことが消えちゃうくらいのイイコトだって、きっとある」

愛「これから?」

涼「そう。まだ誰にも最終回なんてきてないんだ。生きているんだもの…………まだ、なんにも終わってないよ」

愛「終わってない……」

涼「そう。これからこれから!」


涼「――いっしょに、がんばろ?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







…………い………おき………さい


愛「――――」


石川「愛起きなさいっ」


愛「はわっ!?」ガバッ



愛「あれ、あたし……寝ちゃってました?」

石川「ぐっすりとね。合同ライブのレッスンそんなにハードだった?」

愛「そーかも、しれません」

石川「疲れてるかもしれないけど、これからお仕事よ。765の萩原雪歩さんがやっているラジオのゲスト」

愛「そうでしたっ! 雪歩先輩、レッスンいっしょにやってたのにがんばってますね!」

石川「せっかくのゲストよ? 元気さ、忘れないようにね?」

愛「はいっ!! レッスンでお疲れの雪歩先輩に元気どばばーって振りかけてきます!!」

石川「レッスン帰りはあなたも同じでしょうに……寝てリフレッシュできたのね」

愛「はいっ! あの、社長」

石川「何?」



愛「夢を見ました。――――涼さんのこと、思い出させる夢でした」


石川「…………そう」



愛「お姉さんにみたいに、やさしく頭を撫でてくれて……」

愛「いっしょにがんばろう、って」

石川「…………涼のことは手を尽くして探しているわ。きっと見つかるでしょう」

愛「はい……」

石川「心配しないで、行ってらっしゃい」

愛「はい。…………信じてます」


いってきます、と愛は言い。

振り返らずに――伏せた顔を上げずに事務所を出て行った。











石川「無理をさせているわね。現場にもずっと一人で行かなきゃならないし」


石川「まったく。涼…………あなたまで消えるなんてね」



石川「…………」



――


――――



『石川社長、話って……?』

『事務所の方針を伝えておくわ。涼、あなたは尾崎さんのプロデュースを受けてちょうだい』

『えっ』

『絵理が抜けてしまって……わかるでしょ? 今は事務所を支えなきゃいけない時なの』

『それは…………でも、そうしたら僕……』

『ばれないようにね。尾崎さんとも、うまくやりなさい。……愛や、絵理のためを思うなら』

『愛ちゃん……絵理ちゃん……』

『あなたには、期待しているわ。――お願い』

『…………はい。はい、わかりました。社長。僕も、絵理ちゃんと尾崎さんに何かできないかって、思っていました』

『頼んだわよ。――男の子』



石川(あの時は納得してたわよね……)

石川(私はうまくやったはずよ)


石川「…………」




――『女性アイドルとして成功したなら、男性アイドルの話、考えてあげるわ』





石川(夢を沈めて、ただひたすら周囲に笑顔を振りまいた『秋月涼』)

石川(そんなあの子が絶望したら……?)



石川「もしかして、復讐に動くつもりじゃないでしょうね…………」

石川「やっぱり、やり直すこと考えておくべきかしら……?」




事務所に響いた熱の無い己の声。

それはいっそう、この876事務所の静寂を強めた。

今回の投下はここまで

過ぎてしまったけど愛ちゃん誕生日おめでとう




レッスンルーム



合同ライブに参加するアイドル達がホワイトボードの前に集い、段取りを確認している。

今回のハコは巨大だ。

それをどう生かすか。ソロ曲のメドレーの繋ぎはどうするか。ユニットで踊る際の配置はどうするか。

すでに形になっているそれをなんども幾度も煮詰め直し、工夫を重ねる。

最高のパフォーマンスのために。


そんなアイドルの熱を間近で感じ、プロデューサーの私の中に押し込めていたものが少し疼く。




律子(っと、いけないいけない。サポートに徹するって決めたじゃない)


自分を抑えなきゃと、考えたその瞬間、頭に去来したのは従弟の顔だった。

姿を消した、秋月涼。

様々な人に声をかけたが、手がかりすら掴めていない。




律子(『周りを考えず自分のやりたいことだけに走ったら、その結果どうなるか』…………考えろと私はあの子に言った)



律子(『近しい人と険悪な関係になってしまったら、あなた笑ってアイドルできる?』なんてことも聞いたわね……)

律子(思えば、ずっと本心を押し込めてあの子はやってきていた。女装してアイドルをして、尾崎さんにプロデュースされて、水谷さんと戦って……)

律子(それで十分険悪な状況になっていた……)


律子(でも、私は何度でも同じことを言ったでしょうね)

律子(事務所が危機的な状況にあるのなら、私はサポートに回る。涼も残った日高さんを支えたいみたいだったし……第一あの子にはファンに夢を見せる使命があった)

律子(それであの子はがんばれていたはず。――そういえば)



『そうだね……絵理ちゃんにあんなことをしておいて、僕、夢を見る資格なんて…………』



律子(あの子、こんなこと言ってたわね)

律子(水谷さん。あの子は今は涼からの着信を拒否してる)

律子(自分を抑えたのに、仲間を傷つけてしまった。挙句拒絶された……よく考えてみたらあの子はそんな状況だった。悩んでたのかしら……)


ホワイトボード前のアイドル達の中、一人の少女に視線を遣る。

――日高愛。

周囲と溶け込み、レッスン中も元気に周りのアイドルを引っぱっている。

しかし時折、深い悲しみが刻まれた表情が浮かぶのを私は見逃していなかった。



律子(日高さん、今は皆に囲まれて支えられているみたいね…………だから涼も、このタイミングで姿を消したのかしら)

律子(あの子がいたから、涼だって876プロを支え続けたんだから)

ぴん、と頭の中で閃き。

律子(そうだ……あの子ライブに来るかもしれない)


律子(そうよ! 見届けたいって思うはず。 お世話になった先輩も出るし、なにより同期の日高さんの晴れ舞台…………)

律子(後輩たちだって、夢に向かってひたむきに進んでるし…………)



そこまで考えて、思考が重くなった。


夢に向かってひたむきに進む。そんなファンに夢を与える姿は、秋月涼にとっては毒薬になるのではないか。


今、あの子は恨んでやしないだろうか。自分を囲み、抑え、夢を窒息させた人たちのことを。――芸能界のことを。


律子(復讐…………まさかあの子がそんな考えを持つとは思えないけど)


もし、あの子がライブに来たらなにか波乱を起こす。

――浮かんだその思考をありえないと否定する。あの温和な涼が復讐や、やつあたりなんて……するはずがない。

しかし、その考えは払拭できずなんとも不穏に私の頭に根付いた。


例えば私が。


私が、そう、夢や憧れを踏みにじられた時は、きっと自信を喪失する。

でも、そのままでは終わらない。……終われないから。

その後はどうする。


そう。きっと奮起して、反撃するための準備を――




伊織「ねえ、律子、アンタ疲れてるんじゃない?」



律子「え、あ……伊織? だ、大丈夫よ!」

真「涼を探して走りまわってるらしいね。そんな心配すること無いって! 急に山籠りしたくなっただけかもしれないし!」

伊織「アンタといっしょにするんじゃないわよ。イメージが全然合わないじゃない」

真「なにをー!? ……でも、律子。涼はさ、意外と強いよ」

律子「え?」


真「ボクも連絡はとれてないけど……、悩みがあってどっかに行っちゃても、そうカンタンにへこたれたりする子じゃないさ」

律子「真……そうね、ありがと」

真「へへっ、それに律子が潰れちゃったら、ボク達も困っちゃうよ! ボクも心配だけど、涼を信じて、あんまり不安にならないようにね!」

伊織「そうよ律子。私達にできることがあったら言ってちょうだい」

律子「二人とも、ありがとね。……でもレッスンは手を抜かないわよ~!」

真「望むところさ!」

伊織「い……っ! まぁ、いいけどあんま後輩たちの前で怒鳴るのやめてよね…………」

律子「な~に言ってんのよ伊織! ビシバシ指導するから、ビシバシ乗り越えてカッコいいとこ見せなさいっ」

伊織「わ、わかったわよ!」

真「よっ、鬼軍曹!」

律子「ふふ、真もね。カッコいいとこ見せなさい」

真「もちろん! それに加えてスーパーカワイイとこも見せるつもりだよ!」

伊織「……後輩達に引かれないようにしなさいよ」

真「どういう意味かな?」

律子「うふふっ…………」


律子(『カッコいい』、か)


律子(あの子と真の状況は似ていた。自分が求めるものと、周囲が求めるところの不一致。夢が中々叶わない状況)

律子(でも、違うのね。真は王子様キャラをすることが多くても、グラビアだって撮るれっきとした『女性アイドル』だった)

律子(男の子はどう思うものなのかしら。カッコよくなりたいのに、女装してアイドルやらなきゃいけないことになったら……)



日高さんに再び視線を遣った。話しかける春香の言葉に頷き、そして首を振っている。

その顔に浮かんでいるのは、まぎれも無く寂寥と憔悴で――


律子(我慢しているのね)


思わず足が動いた。近づき、話しかける。


律子「日高さん」

愛「あ、律子さん」

律子「がんばってるわね。みんなにもいい刺激になってるわ」

愛「はい、876プロからはあたし一人ですけど、みなさんに負けないパフォーマンスするって決めましたから!」

春香「愛ちゃん……!」


春香の顔がわずかに引きつった。

『あたし一人』という言葉の重み。


律子(石川社長と話した時、日高さんについても話が及んだ……)

律子(崩壊しかけの事務所。日高さんを移籍させる可能性)


律子(今なら。765プロに――)


愛「あたし、だいじょぶですっ!!」

律子「えっ?」

愛「心配をオカケしてモーシワケありませんっ! でもあたし元気ですからっ!!」

春香「愛ちゃん、ムリしてない、かな? 泣きたくなったら泣いてもいいんだよ?」

愛「泣いたり、しません」

律子(……堪えてる。だいぶ参ってるんじゃ)

愛「あたし泣きませんよー!! だってだって」


愛「アイドルやって強くなったんですからー――――!!!!!」


悲しみを振り切るような大声に、周囲がざわめきたつ。


律子「わ、わわっ!? お、落ち着きなさい、日高さん!」


ザワザワ…

律子(急に叫ぶなんて、やっぱり心が揺れているんじゃない……)

春香「ごめんね。そうだよね……、愛ちゃんだってずっとがんばってきて、立派になったんだよね」

愛「はい。まだまだ、ですけど。春香さんや律子先生……色んな人に助けられて、ここまできたから。諦めるのは、みなさんのことまで……否定しちゃうことだって気が、しますから」

律子「そう。でもね、日高さんあまり自分を追い詰めちゃダメよ?」

愛「はい……」

律子「一人ぼっちはさびしいものなんだから。……あのね。もし、あなたが私達の事務所に所属を変えたいって気になったら――」

愛「信じてるんです」

律子「はい?」

愛「涼さんが言ったんです。まだ、なんにも終わってない、途中だってこと…………だから、いつか、心から笑うことができる未来が待ってるってあたし、信じてるんです」

律子(『信じてる』……)


律子「ねえ。もしかして、あなた涼がなにをしているか、心当たりがあったり?」

愛「いえ。でも、戻ってくるって信じてます。信じることに、したんです」

律子「そう……そうよね。心当たりがあったら言ってるわよね。ありがとう日高さん。信じることも大切よね」


律子(でも日高さんは涼の事情を知らない。女装してアイドルをやっていたこと……それが失踪の原因になっているかもしれないということを)

律子(まなみさんも、水谷さんも、尾崎さんも、涼まで消えて。石川社長がやり直そうかしらって口走ったのも無理ないわ)


空っぽの事務所。

――呪い。

その言葉が不意に頭に湧きあがり、過去の記憶がよみがえる。

周囲で起こる不可思議なことに悩まされていた水谷さんに相談され、調べた『riola』というアイドル。その呪いについて。

不安がる水谷さんに対し、プロデューサーである尾崎さんはriolaだった人を会わせることで、呪いなど無いと安心させた。

が、riolaは一人ではなかった。二人組――アイドルデュオだった。尾崎さんはそのことを水谷さんに隠していた。


律子(これ、調べてみてびっくりしたけれど……)


riolaの二人の名。それは『近藤聡美』と――――『尾崎玲子』。

そう。尾崎さんは、自分がriolaであると水谷さんに明かさなかった。そして信頼にひびを入れてしまったのだ。


律子(呪いなんていう非科学的なものは信じないけど……今のこの現状を引き起こしたものがあるとすれば、それは――)

律子(やめましょう、考えてもしかたないわ)


涼のこと。ライブのこと。自分がやるべき実際的なことを考えなければ。


でも、そういえば、涼にもこのことは話したっけ――





抑圧された状況の中、尾崎さん、水谷さんの問題も聞いて――なんとか手を貸そうとして。


あの子は擦り切れてしまったのだろうか。




――

――――



『――ね、戻っておいでよ夢子ちゃん。武田さんのことは残念だったけど、まだまだ楽しいお仕事いっぱいあるよ』

『私が待ってるから……それじゃダメかな?』

『私たち友達じゃない。いっしょにがんばろうよ』







夢子「いっしょにがんばろうって、言ったわよねあいつ」

夢子「悩みがあるなら、言いなさいよ……私ばっかり愚痴ってて…………友達じゃなかったの、私たち」


夢子「どこ行ったのよ……涼……っ!!」



……――

夢子『……新しい夢を見る資格なんて、私なんかには無いのかもね』

涼『そんなことないよっ! 夢は……夢はこっちから諦めない限り裏切らないよ! ――きっと!』


――



夢子(水谷絵理と戦った後、涼は元気がないみたいだった。私は、なのに私のことだけ、涼にぶつけて…………)

夢子「……っ!」

夢子「私がやめようって時、止めたくせになんでそっちが消えてるのよ……! なんにもならないじゃない!」

夢子「帰ってくるまで……妨害や圧力なんかに、負けたりしないから……さ……っ」

夢子「戻ってきなさいよ……戻ってきたら、ひっぱたいてやるから……」


夢子「それで、それで……私たちは、友達だって、言ってあげる、から…………っ!」




絵理の部屋



絵理(『隙間』がある曲で、構成しないと……合いの手やネタを入れてもらえるように)

絵理(でもレベルが高すぎても野外の一発勝負に向かない。もっと考えないと)

絵理(『タイトル』のことも――)



――『絵理、歌えてるじゃない! 偉いわ! その調子よ!』

――『言ったでしょ? きっと歌えるようになるって!』



絵理「……ぅく……っ!!」


覚悟を決めたはずなのに。決意を固めたはずなのに。

なんで、まだ、溢れて、くる、の………


離れて、閉ざして、沈めたのに……! 


秋月さんの電話――それで尾崎さんのこと思い出しちゃったから?



違う。

その前から私は、ずっと引き摺ってたんだ。だからこんなことをしようって考えた――――



絵理「は……、は……ぁ、ぅん……」

絵理(落ち着こう)


絵理(冷静に、淡々、粛々と……終わってしまった『ELLIE』として、最後の仕事を、しなきゃ、いけない)

絵理(例え壊れてしまうものでも……手抜きは、したくないから……)




絵理「でも、何曲、歌ったかな…………」

絵理「最初声でなかった時、涼さんが代わりに前に出てくれたっけ」

絵理「3人で練習して、歌うことに慣れて、愛ちゃんの歌謡フェスタで代役も務めて……」

絵理「出したCDの販促のために、ネットのチカラを借りて……でも、聞いてくれた人の感想は好評なものが多くてうれしかった」


絵理「歌を、歌うことが……」





――『絵理、楽しいでしょう?』




絵理「――――楽しかった」

絵理「…………」



絵理(曲を、選ぼう)


1年半前、わたしは876事務所を離れて……アイドルを辞めた。

ネトアに戻ってからも自主レッスンは積んできたし、新しい技術だって習得した。


でも……わたしはどこにも進んでいなかったんだ。


ずっとわだかまりに喘いで、悲しんでいるうちに時間は過ぎさって…………

光を止めたまま。心はあの離別の時のまま。

わたしは、おいてけぼりになっていた。


――『変わりないみたいでよかった』


ひょっとしたら。1年ぶりに再会した時の涼さんのあの言葉は、そのことすら見抜いて発せられたものだったのかもしれない。


絵理(涼さんは、変わっちゃったのかな)


あの涼さんが失踪するなんて、信じられなかった。


絵理(涼さんはわたしと接点を持つために、尾崎さんの指示に――――)

絵理「……ぅ!」


だめ……そっちに思考が行くと、やっぱりだめ……
そらさなきゃ。涼さんの方を考えて。


絵理「はぁはぁ……っ!」

絵理(『例え離れ離れでも、元気ならそれだけで嬉しい』……涼さん……)

絵理(どうして失踪したかは、知らないけど……もしかして、わたしみたいなことが、あった?)

絵理(絶望しちゃうような、なにか…………)


落ち着いてくる。心が、息切れから回復してくる。


絵理(でももう、関係無い。いまさら、どうこう、できない? ――結果は出てしまったから)


絵理(わたしはただ、こなすだけ)



リストを見る。

地図を見る。

写真を見る。

動画を見る。


――ホテル街を歩くわたしの画像を、見る。



絵理「………………」

――

――――……

876プロ


石川「はい……そうですか、いえ、感謝します、はい……では……」


受話器を置く軽い音が、事務所になんとも大きく響く。


石川「芸能関係者からは手がかりなし、か……」

石川(活動を休みたいって唐突に連絡があったけれど……消息をつかめないし、どこにも戻ってないのは異常よ)

石川(涼には特異な事情がある……警察に届けると大事になってしまう。不安ね……)


あの子らしからぬ行動に、このまま戻ってこないのではないかという思いが強まる。


そもそも、なぜ涼は失踪してしまったのか。

絵理との対決の後、落ち込んでいるような様子になる時は何度かあった。

でも、涼なら大丈夫だろうと思っていた。

あの子は責任と使命をよく知っていたはずだから。


石川(――あの子は、絶望した)


実は、きっかけについては心当たりがあった。







秋月涼。あの子はある日声が出なくなった。





1年以上もの間『秋月涼』は女性アイドルとして活動した。

男性だと言うことを明かしたいと言われたことがあったが……私は事務所の運営の事情、業界からの反発の恐れを伝え、その願望を却下した。

その方が、いいと思った。


尾崎さんにプロデュースを受けている間あの子は女性アイドルだったし、そのプロデュースから外れた後も『秋月涼』は正しく偶像であり続けた。

1年。

夢を保留したその期間と、時とともに変わった状況は、涼を封殺した。

男性アイドルになることを理由はいくらでも作れたし、あった。事務所のため、愛のためという殺し文句もあった。

実際、『秋月涼』は女性であることに覚悟を決めて打ちこんでいたようにも見えた。

思うところあって、夢であり続けることを選択したのだと、そう感じられた。



でもあの子は成長する。成長期の男性として肉体は変化していたのだ。
1年で身長が伸びたし……腰が、足が、腕が、骨が、筋肉が成長していた。

その戸惑いと、不安。

そんな精神的なものに原因があるようだったが――あの子は突然声が出なくなった。


幸い、一時的なものですぐ回復した。あくる日の仕事にも支障は出なかった。

だが根本の問題は一時的なものではない。永続的な要因だった。



『秋月涼』では偶像になりきれない。周囲の支えになりきれない。

涼は、男性なのだ。

私はこの件で、その限界に明確に気付いた。



その時の私は所属していたアイドル、プロデューサーがいなくなり、改めて事務所の運営に難しいものを覚えていた。

そこでこんな歪みが露呈して。

ひょっとしたら、愛の合同ライブ出演が決まって気持ちが緩んでいたのもあったかもしれないけれど。


石川(あの時、私は――――)





         ――もう、『秋月涼』も潮時が来ているのかもしれないわね




と、そうあの子に言ってしまった。


石川(いずれぶつかる問題だった。尾崎さんのプロデュースを受けた、1年もの間涼は女性アイドルであり続けた……これからもそうして欲しかったけど、仕方ない)

石川(不安なのは、それから姿を消した涼がどういう行動に出るか)

石川(私は……それがわからない)


芸能界から離れてひっそりと暮らすつもりなのかもしれない。

やりたい事を新しく見つけるために旅に出ている。それならばいい。


怖いのは復讐、そして絶望に任せて自らの未来を絶ってしまう可能性だ。


その剣呑な未来が現実となり、今までのことが明るみになれば――――876プロは。


石川「…………」

石川(やり直すことになったら、愛を移籍させなきゃいけない。うっすら思ってたけど……本当に考えなきゃいけないかもね)

石川(幸い――と言えるかは微妙だけど、合同ライブが近い。他事務所に打診できる機会はある。律子さんにはもう漏らしておいたけど)

石川「……いけないわね。まずは、涼が戻ってくる可能性に賭けるべきなのに」

石川「信じてるわよ、涼」

石川「…………ふ」


――いまさら、虚しいセリフかしら?


……

…………


サイネリア「センパーイ! ホントにこいつらで参加させていいんデスかーっ!? ファン食いまくりのケダモノシンガーだってウワサですよ!?」

サイネリア「そりゃランキングの常連デスけど、ヒョーバン悪いし、アンチもついてるし…………リスナーが通報してくるカモ」

絵理『そうなったら、しょうがない。でも、わたしは、これが……一番盛り上がると思う』

サイネリア「……ネトアだけじゃなく、男ドモも入れたのも盛り上げるためですか?」

絵理『うん。……人気評価?』

サイネリア「でも不安デス…………アタシ、開催側として信者共とパトロールしときます」

絵理『ごめんね、サイネリア。わたし、本当に色々助けられてる?』

サイネリア「ドーッテコトないデス!! センパイプロデュースの作品を壊されるのは許せませんカラね!」

絵理『サイネリア……』

サイネリア「まぁそれだけに出演者のチョイスに不安を覚えマスが……。ライブはきちっとやってくれるんデスね?」

絵理『「音作り」のために必要なアンプ、スピーカー、マイク……必要な機材を全部、吟味して、場所とその人に合ったモノを指示した。野外の生放送のためのツールもきっちり導入、させてる』

サイネリア「サスガ、センパイ!! パネェデス!」

絵理『今までのノウハウが……お役立ち?』

サイネリア「みんながその指示に従うのも、センパイの実績があればこそデス!! そうだ! あの、センパイ」

絵理『なに?』

サイネリア「当日いっしょにナマで見に行きましょーよ! 動画サイトの生放送で確認なんてなんつーか風情が無くてツマンナイデスっ!」

絵理『…………わたしは、いい?』

サイネリア「センパ~イ……!! ヒッキー根性たまには克服しましょーよ。センパイの作品デスよ! 誰にも『ELLIE』だって正体明かさず無償でやってるんデスよ!?」

絵理『わたし、は……』

サイネリア「名案浮かびマシタッ! 生放送に、『プロデュースした本人登場』ってカンジで出ましょう! サプライズで伝説のネットアイドルELLIE登場!! これは反響デカイ!!」

絵理『…………それは、しない』

サイネリア「~~~~ッッ!! センパイ、透明人間で終わるつもりデスか!? 謎のネトアプロデューサーでずっといるつもりデスか!?」

絵理『…………』

サイネリア「どーしてELLIEに戻らないんですか……やっぱりアタシ、このままだとセンパイ消えちゃいそうで怖いデスよ~……」

絵理『ごめんね、心配、ずっとかけてた……』

サイネリア「……アタシはセンパイの味方デス。ずっとずっと味方デス。だから、センパイを急かすのヤメにします」

絵理『サイネリア……』

サイネリア「いっしょに回る気になったら、サイアク当日でもいいんで連絡クダサイ」

絵理『うん……あのね、サイネリア』

サイネリア「ハイ?」

絵理『…………わたし、考えてみる』

サイネリア「へっ? 考えるって」


サイネリア「っ! …………ハイッ!! 連絡待ってマス!!」



サイネリア「それじゃ、アタシ、パパッと告知をネットにあげときます!」

絵理『お願い。でも、あんまりハデにやっちゃダメ?』

サイネリア「心得てマスッ!! センパイ、これからもいっしょにネトア界を盛り上げていきましょーねっ!!」

絵理『うん。でも……サイネリアなら、きっと一人でも大丈夫だと思う? たくましいし……』

サイネリア「なに言ってんデスカ~!? アタシは、センパイについてきたんです! アタシから言わせれば今のネトア界はセンパイの模倣って感じデスヨ!」

絵理『…………そう』





――

――――


サイネリア「ふーっ……元気づけられたかしらネ?」

サイネリア「考えてくれる、か。久々に希望持てるセリフ」

サイネリア「当日回ることになったら、ケダモノシンガーの毒牙にかかんナイようセンパイを徹底ガードしなきゃ!」

サイネリア「さーって、各コミュニティから告知を流しときマスかねっ。当日は……日曜日。ケッコウ見に来るヒト多いでしょーネ」


サイネリア「おりゃー拡散しとけー!」カタカタ

サイネリア(むぅー……女グセワルそーなやつらもいるけど、結構全体をみるとバランス取れてる。流石はセンパイデス。ちゃんと『ELLIE』ファンですって公言してるネトアも入れてるし)

サイネリア(この女の二人組には『ALRIGHT*』を歌わせてる。これオトコの信者満足するでしょーネ。でもファンに口説かれナイよう見張っとく必要ある、か)

サイネリア「あ、コッチのコンビはクールな選曲。やっぱセンパイ、センスある」

サイネリア「こんなに、才能、あるのに…………」

サイネリア「――――過去なんか、乗り越えればいいじゃないですか。スルーしとけば、楽じゃないですか。センパイ……」

サイネリア(味方でいよう。ケガれたリアルにセンパイが傷ついたっていうなら、アタシは守らなきゃいけない。センパイが元気を取り戻すまで)

サイネリア「ネットアイドルの楽しさを思い出せば、やりがいと熱意をリバースさせれば、いつかELLIEを復活させて、元気になってくれるハズ……でも」


――絵理『…………それは、しない』


サイネリア「って、言われちゃったのよね…………」


サイネリア「…………イケナイ、センパイのレスキューを諦めちゃいけない。アタシは、アタシで出来ることしなきゃ」

サイネリア「ふーっはーっ――ヨ~シっ!!」

サイネリア「アタタタタター――――ッ!!」カタカタ



不安は消えていなかった。

センパイはやっぱりどこか元気がなくて。

ライブを見に行くことすら消極的で……、企画の完成度が高い半面、熱意が消えているようなカンジが漂っていた。

そう、アタシの誘いを一度断ったセンパイの目は…………風ひとつない夜の海のようで。シャットダウンした後の無音のパソコン画面のようで。

リアルタイムをちゃんと捉えてないような、そんなオカしさがあった。


サイネリア(センパイは大丈夫だって言った……それを信じましょう)



サイネリア(一人でもいけるって言われましたけど――――アタシはセンパイがいないと嫌デスよ……)




センパイが本当に元気になる未来を信じて。


アタシはキーボードを叩く。



今回の投下は終わりです

絵理Cランクエンド(涼Bランクエンド)後のお話です

今日中に




レッスンルーム



――ワアアアアアッ!!!

拍手と、歓声。


我那覇さんの通し稽古は滞りなく……そして凄まじく。端的にいえば――彼女の口癖通り――完璧だった。


「やっぱり、すごいね。まだまだがんばらないとダメだね、私も」
「クールな曲にあったカッコいい動き……わたしもあんな曲をこなせるようになるでしょうか……!」
「さっすがですっ! 私の体、びりってしびれちゃった~っ!」


響「は……っ、はっ、あははー! 今のは会心のデキだったなー!!」

彼女は周りの称賛に思いきり顔を緩ませる。
歌っていた時の鋭いクールさとは一転、その表情は人懐っこいものだった。この落差も彼女の武器なのだろう。


真「やるなぁ響! ボクも負けてらんないや!」

雪歩「うん……響ちゃん、カッコ良かったよ。ダンスもとっても上手だったし……」

貴音「当日も盛り上がることでしょう」

響「えへへ、でもあれだねっ!! 日曜日なのにあんまり盛り上げ過ぎても、お客さん月曜へばっちゃうかもなー! 仕事に支障が出ちゃうかも!」

真「なに言ってんのさ! 元気を与えるつもりで行こうよ!」

響「ああそうだなっ! 次は雪歩だったよね! 練習の成果見せてよね!」


雪歩「う、うん。――ふぅ、いつも通りいつも通り……」

貴音「そうです雪歩。平常心とほんの少しの稚気を持つことが、本番では肝要なのです。あの衝撃的な名曲の後にやることになっておりますが……何、気負うことはありません」」

雪歩「四条さん……そうですよね! 例えあのとんでもない曲の後でも、精一杯の私を見てもらいます!」


「言われてるね」
「ううぅ、当日コールくるかな……あ、いや! アハッ、みんなの声援たっのしみー!!」


和気あいあいとした雰囲気が漂う室内。

――♪

しかし萩原さんの『ALRIGHT*』が流れ始めると、みんな一様に切り替わり、真剣にそのパフォーマンスに見入った。




石川(強い子ばかりね……こんな人達とあんな大きなハコでやるなんて。感慨深いわ)

石川(愛――)



最近は涼のこともあってか、過去をよく思い返す。

先輩をじっと見つめる愛。その横顔を隅で見届ける私に去来したのは、やはりいつかの風景だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

愛「わー! かわいい衣装!!」

涼「そ、そうだね。いかにも『アイドル』って感じ」

絵理「ひうぅ……わたし、こんなの……恥ずかし……」

愛「何言ってるんですか絵理さーん!! とーっても似合ってますよー!!」

涼「うん! 絵理ちゃんはもっと自信持っていいよ」

絵理「自信……。でも、これから2人と戦わなきゃいけないのに……自信なんて、持っちゃ……」

愛「え? 絵理さん、そのこと気にしてるんですかっ? だいじょぶですよ! 本気できてください!」

絵理「ホンキって……でも……」

涼「絵理ちゃん。3人で戦うことにはなったけど――それで私達がギスギスしたりすることないんじゃない?」

絵理「え……」

愛「そーですよ! オーディションが終わったらまたいっしょに遊びましょう! 絵理さん!」

絵理「愛ちゃん、涼さん……。あの、もし勝敗が決まっても――――嫌いにならない? ずっと変わらずに…………友達で、いてくれる?」

愛「あったりまえじゃないですかーっ!!」

涼「うん。結果がどうあっても友達だから。だから……今は精一杯がんばろう?」

絵理「…………うんっ」

愛「えへへ、いつかまた3人いっしょの舞台で、お揃いの衣装着て歌えたらいいですねっ!」

涼「ふふ、これからそんなお仕事もできるよ、きっと」

絵理「うん、あったらいいね……」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ああそうだ。3人が事務所に入ってまだ間もないころ、こんなやりとりがあったのだった。


あの時、愛・絵理・涼の3人も和気あいあいとしていて。

まだ誰も、未来を知らず……無邪気に仲間と思って交流をしていたのだ。


未来の――今の愛は、一人で舞台に上がる。

絵理が去り、涼が消えた事務所を背負い、一人で歌う。



石川(気にせずに歌えるといいんだけど)


まなみがいなくなった後の愛もやはり元気が無かったけれど、今回は少しその有様が違う。

あの子は無理に元気を出そうとしている。

それは、一人でやってやるとの決意なのか。それとも縋るものが無くなった故の混乱なのか。


石川「仲良きことは美しきかな……」


一体今のこの状況で。

愛、絵理、涼が仲間だと、何人が認識するのだろう。


律子「石川社長」

石川「あ、律子さん。来てたのね」

律子「ええ、ついさっき来ました。…テレビ局出たところで、涼の行方について記者に聞かれちゃいましたよ。勿論何も答えませんでしたけど」

石川「そう。失踪中ってこともう広まっちゃってるものね」

律子「真も聞かれたっていうし……もし、このまま戻ってこなかったらどう対外的に決着をつけるかを考えないと」

石川「……!」

律子「え、どうかしました?」

石川「いえ。……律子さん、涼が戻ってこなかった時のことを考えているのね」

律子「あ、いや、その。従姉としてこの件を収束させる責任はあるかなと思いまして……」

石川「ねえ、やっぱりこのまま戻ってこないと思う?」

律子「どうでしょうね…………実はわからないんです。考えれば考えるほどわからなくなったというか……」


涼は、と律子さんは少し言い淀んでから言葉を繰る。


律子「お世話になった人になんにも言わずに消えてしまう子じゃありません。いえ、ないと思ってました」

律子「仲間を、ましてや女の子を見捨てるような、そんな真似はしない子だったはずなんです。だって、それはあの子の男性像とはかけ離れた行動だから」

律子「現に――」

石川「――――涼は女性アイドルであり続けた」


律子「そう、です。それは周囲を支えたいという気持ちがあればこそ……のはずです」

石川(涼は声が出なくなった一件で、自分の限界を突きつけられていた)

律子「なのに、あの子は今失踪している。今までにない精神状態にあるんだと思います」

律子「……もう戻ってこないかもしれない、いえそれどころか、どこにもいけなかった人生を悲観して……」

石川「やめましょ」

律子「……っ」

石川「信じましょう。今は。そしてライブのことに集中しましょう。もう間近に迫ってるんですから」

律子「はい……はい、そうですね」

石川「でも、律子さん今日は帰った方がいいわ。疲れているみたいだから。この後来るプロデューサーさんには私から言っておくわ」

律子「いえっ! 大丈夫です!」

石川「……こう言いましょうか。こちらの所属アイドルの問題に巻きこんでしまい、真に申し訳ありません。ご多忙中ご協力いただき感謝いたします。しかしながらこちらとしても慙愧に耐えがたく――」

律子「や、やめてくださいよっ」

石川「休んで、律子さん。ライブも涼も重大だと知っているのなら、あなたは休まなくちゃ」

律子「…………そう、そうですね。あはは、思考がなんか変な方向に飛ぶなぁって自分でも思ってて……それで涼もこんな風に頭がぐちゃぐちゃになってたのかなって……」

石川「心配かけて悪い子。おしおきしましょうか、戻ってきたら」

律子「へっ?」

石川「律子さんも考えておいてください、戻って来た時にどうおしおきするか」

律子「…………そうやって、私の気を楽にさせるつもりなんですね。ふふ、いいですよ……考えときます」



アイドル達に声を掛け、律子さんが退出する。


石川(ずいぶん疲れてたようね……)

石川(涼に出ていかれちゃった後で、その従姉に気を回している私も私か。……涼のことをもっと注意して管理しておくべきだった)

石川(それを言ったら絵理のことも、尾崎さんのこともそうね)



半年ほど前のあの勝負の時――涼は、絵理は、尾崎さんは何を考えていたのだろう。


秋月涼対水谷絵理。


かつての仲間同士が、パートナー同士が戦ったあのオーディション。



石川(愛は絵理と戦うのは絶対に嫌だと言った。涼だって会うのはまだしも、戦いたくはなかったはず)

石川「運命は不可思議に人の糸を織る……」

石川「まったく。3人で1枠を競った時だって仲良かったのに、どうしてこんな風になってしまったのかしら」



――

――――

――――――……
絵理の部屋






くらやみの速さはどれくらい。



いつか読んだ小説のタイトルが、頭に渦巻き、髪からあふれ出て、腕を、足を、体を這っていく。

わたしの周りの檻を形容する、言葉。


『光がいかに速くとも、その行く先には必ずくらやみが佇んでいる』


人の思考。人の感情。それは漠々とした秘密。汲めど尽きせぬ未知というもの。


どんなに親しくなっても。

どんなに言葉を交わしても。

相手のすべてを知ることはできない。

今話をしていても、本心は何を考えているかは推し量れない。心の奥底で蠢くものを察知することは叶わない。

知るという行為をする端から、新たに知らないことが増えていく。


……いや、それでも。わたしは……わたし達は互いを信頼できていた。


まぶしいぐらいの外の光の中で、きらめく術を培い、喜びを分かち合った



――『いっしょなら、ひとりじゃ見られない夢、きっと見られるから』



それは本当だった。

わたし達はお互いのために……


なのに、ああ……



――『もう、尾崎さんのこと、信じられない……っ!』



分からないことが増え過ぎて。

分かってるつもりだったから、それがあまりに重たくて。

わたしの光は止まってしまった。くらやみに、呑まれてしまった。


『わからないこと』を突破しなかったわたしは、また理解できないことが不安で……なにもできなくなっていた頃に戻った。


絵理「それで1年経って……涼さんと会ったんだ」



尾崎さんの指示でわたしと戦うことになった涼さん。

でも、わたしを見つめる目はあの頃のままで。


――『私は絵理ちゃんが元気でいてくれたら、それだけでうれしいから』


絵理(うれしかった……。会うのが怖かったけど、涼さんは変わってなくて……安心した)



――――『あなたは、私のすべてを託したもうひとりの私だから』



絵理「……っ!」


どくん、と鼓動が跳ねる。


あの孤独と絶望が再起して、わたしの胸を締めあげていく。癒えない『空洞』という病。


絵理「やっぱり、ダメ…………」





わたし気に掛けていた涼さんだって、消えてしまった。

なぜ、こうも悲しいことばかり起こるんだろう。

……あの時、こっちが勝っていれば少しは今の状況が変わっていたのだろうか?


尾崎さんは勝者となったわたしの姿を見て満足し、わたしは居場所を守り、新しい夢を見ることができていたのだろうか?



――――『絵理。この勝負、負けた方が身を引く』



あの言葉で。わたしは部屋に押し込められ、『ELLIE』は抑えつけられた。

暗く、息苦しくなった世界。尾崎さんは、水谷絵理を袋小路に閉じ込めた。



絵理「…………尾崎さん」


ごめんサイネリア。

きっと、あの誘いは最後の助けなんだと思うけど、わたしはやっぱり、このままでいるわけにはいかない。


明日な実行する計画はやめない。

騒乱を引き起こすだろうけれど仕方がない。




やっぱり一人で、やらなくちゃ。

――

――――

765プロ


春香「いよいよ明日は本番ですね!」

P「ああ……ここまで色々あったけど、明日は思いっきり楽しんでこい!」

春香「はいっ!!」



伊織「あずさ、チケット渡せたの? 迷わなかった?」

あずさ「ええ、なんとか~。結局向こうに見つけてもらっちゃったけれど」

美希「えへへ、アリーナとっても大きいから、思いっきりやれそうなの!」

真美「おっ、ミキミキがやる気を出しとります!」

亜美「これは赤飯炊かんとダメっしょ!」

美希「もー、ミキだってはしゃぐことぐらいあるよ。あ、ご飯くれるんなら、おにぎりにしてね?」


真「……ふぅー」

響「どうしたんだ、真?」

真「いや、ちょっとね」


やよい「もしかして涼ちゃんのことですかぁ?」

真「……うん、まあ。あはは、考えてもしょうがないってわかってるんだけどね」

やよい「そうですか。でも、真さん」

真「うん。わかってるよ。ボクができるのは……明日涼がもし見に来た時に情けなくないように、最高のパフォーマンスをすることだけだから」

千早「そうね……」

響「後輩の前でカッコ悪いところ見せらんないしね!」

真「へへっ――そういうことっ」

雪歩「色々、刺激を受けたね。今回」

千早「ええ、色んな歌声を聴いたわ。みんな影響し合って成長していくのね……」


律子「はいっ、みんなちゅーもくっ!! 明日の段取りの最終確認が終わったら、今日は解散よ! 成功させたいんならきっちりやることやりなさーいっ!」


春香「はーいっ!!」

貴音「律子嬢も気合十分のようですね」


P「よーし。じゃっ、会場入りについて……」


春香(ライブはついに明日だ。がんばらないと。…………愛ちゃん一人で大丈夫かな)


……

ライブ当日


876プロ


石川「さぁ、いよいよよ、愛」

愛「はいっ!!!」

石川「気合いは十分の様ね。よくここまでがんばったわ」

愛「ありがとうございますっ、社長」

石川「いや本当によくここまで……。今日のライブが終わったら少し休みなさいね」

愛「えっ?」

石川「あなたは私の事務所の大事なアイドルよ。潰れたら困るもの……またどこかリゾートにでも行く?」

愛「社長……どうしたんですか?」

石川「どうしたって。あなたをケアしているんだけど」

愛「なんかいつもの社長じゃない感じがします!」

石川「なによそれ……ま、休暇の話は今日が終わってからね。愛、今日が本番よ。あなたが本当に試されるのは今日なの」

愛「はいっ!」

石川「わかってるみたいね。よろしい。では……いきましょうか」

愛「あ、ちょっと待ってください」


愛はくるりと事務所を振り返った。
瞳に映るのは、デスク、ロッカー、ポスター、『876』の数字が裏返された窓ガラス。

そして、かつて3人のアイドルの写真が張られていたホワイトボード。

じっと愛はそれを見つめる。


愛「………………いってきます」


ぽつりと彼女はそう言って。

迷うの無い足取りで外に向かって歩き出す。




石川「愛、立派よ」

石川(今日のライブで今後のことをどうするか、見極める)




アリーナに集う熱気。


開演前からすでに高揚しているファン達は、列をなし開場を待つ。

前評判も高い、アイドルの進化を見せるという触れ込みの大規模な合同ライブ。

否応なしに期待は高まっていた。


有志によるコール表をまとめた『コール本』も配布され、集ったファン達は口々に自分が好きなアイドルを興奮気味に語る。

天海春香、星井美希、如月千早。

今まで無名だった、輝く素質をもったアイドル達のことも。




そんな興奮の真っただ中でアイドル達は歌い、踊る。



鮮烈に。華やかに。熱狂的に。


アイドルの持つ力。夢を見せる力を披露する――――

――


――――


――――――

街中



センパイからの、電話。

サイネリア「――――やっぱり行くわけにはいかない……ってなんデスか」


ケータイを持つ手が震える。


サイネリア「なんでいけないんですかッ!! 誰が決めたんですか!! 今日の野外ライブ祭りはセンパイが作ったんじゃアリマセンか!!」


期待して待っていた。当日の今日になる日まで、ずっとどう回ろうか考えていた。

センパイは、考えてみるって、言ったから。


だから。だから、今日まで無理に話すことはしなかったのに……!!


サイネリア「答えてクダサイッ!!」

結局、こんな風になるなんて、あんまりだ。


――もう、私は表に出ないって決めた。


その返答は熱が無く。どこまでもカラッポで、アタシの胸にエタイのしれない恐怖を呼んだ。


サイネリア「いきますっ!! 迎えに行きマスからッ!!!」

絵理『サイネリア……もう、いいよ』

サイネリア「アタシがよくないんデス!」

絵理『わたし、部屋にいない』

サイネリア「……え?」


サイネリア「じゃ、じゃあどこデスかっ!? そこに行きます」

絵理『来なくて、いい?』

サイネリア「ヒドイっ!! ドーシテそんなこと言うんですかっ! いっしょにやってきたじゃないですか!」

絵理『サイネリア……わたしに構うのはもう、やめた方が、いい……』

サイネリア「は、ハァ!?」


なにを、センパイは言ってる?

なんでそんな、拒絶するようなこと。

アタシは、ずっとセンパイに元気になってほしくて…………


サイネリア「なに言ってんデスか……」

絵理『……』

サイネリア「ど、どうするツモリなんですか……!」

絵理『……言えない』

サイネリア「――っ! ヤッパリ、なにかするんですか!? お話させてクダサイッ!」

絵理『……ごめん』

サイネリア(なんでそんな思いつめてるカンジなんですか……っ!) 

サイネリア「何をするか教えてくださいよーっ! アタシだってセンパイの」

絵理『うん。サイネリアは――そばにいてくれたよね』


サイネリア「センパイ……?」

絵理『やっぱりサイネリアは、わたしがいなくても大丈夫……もう、『ELLIE』を追うことない』

サイネリア「…………やめてください」

絵理『追わせて、悪かったって思う』

サイネリア「だから、ヤメテっていってるでしょっ!!!」

絵理『わたしはもう戻れないから、サイネリアも自分のこと、考えて……』

サイネリア「――っ!!! 何、勝手なコト……!! 待ってください、待ってくださいセンパイッ!!」

絵理『ううん。だめ……』

サイネリア「え……」





絵理「サイネリア……今まで、ありがとう。楽しかった……」




通話が、切れた。



サイネリア「そんな……」


すぐさまかけ直すけれど。


サイネリア「つ、通じない……」


ウソだ。

そんな。そんなそんな。


せっかく、元気づけようと色々考えたのに。

こんな、ところで。

唐突に。そんな、ウソだ。


お別れ? ――――まさか。


いきなりだ。なんで。違うのか。
だとすると、ずっと前から考えていた? そんな。


頭が、歪む。揺らめく。混乱する。




確かに今回の企画は、どことなく不穏な雰囲気だった。

センパイがどこか沈んだ様子だった……ってだけじゃない。

例えば歌わせる楽曲。ネットの情報によれば、それは今日行われるというアイドル達のライブと被っているところがあるらしい。

ネトアがリアルアイドルに宣戦布告する――そんな構図をデザインしているのか。


それならいい。むしろ小気味いいくらい。……でもセンパイは、そんな挑戦的な感じじゃなかった。


センパイは一体、何を……

わからない。


いや、一番怖いのは。

センパイに、もう直接確認できない気がすることだ。


楽しかった――過去形。もう会えない?

そんな。
嫌だ。嫌だ嫌だ。


だってアタシはこう聞いた。

『――いなくなったり、しませんよね?』と


センパイは、それに『大丈夫』ってそう言った―――― 



でもさっき、センパイが言ったのは『わたしがいなくても大丈夫』って、そんな言葉で。

まるで遠くに行くような、そんな雰囲気で。


足が震える。

サイネリア「センパイ……っ、センパイセンパイー――――っっ!!!!」

がくがくと崩れ落ちていくココロが、口から絶叫を吐き出させた。






少女「うう、電車急いでー!」

少女(昨日、遅くまでファルセットの練習してたから、寝過ごしちゃった……うぅ、やっぱり休んどけばよかったかなぁ)

少女(あのネトアプロデューサーによる野外ライブ……、遅れたら叩かれちゃうよ)

でも、電車の乗客の話から、面白いことを聞いた。

アイドルのライブも今日あるらしい。


少女(あの人達も私と同じように練習したのかな? ……わたしみたいに、本番前で今緊張しているのかな?)

少女(たはは。アイドルをいっしょにするのも、失礼かな)


でも、ネットアイドルのレベルも上がったと思う。野生のプロとしか思えない人が指示を的確にくれる。


少女「あ、メール。……機材の準備始めてるんだ。急がないと!」


電車が減速する。目的の駅が近い。


数秒後、電車がホームに入り、ドアが開いた。

飛び出す私。

休日で駅はヒトで溢れていた。

私はその合間を縫って階段に辿りつき、一段飛ばしで昇っていく。エスカレーターは混雑しすぎだ。


少女「急げ急げー!!」


ライブのことで頭がいっぱいだった。

急いで現地に辿りつくことしか考えていなかった。

だから、前から駆けおりてくる人に対応するのが遅れた。


少女「あ、ごめんなさ」

危うくぶつかるギリギリで私はその降りてくる人をかわした。が、かわしために跳んだ先は、大きなギターケースがあった。
ギターケースを背負い階段を昇っていた男性は、隣の人に話しかけるため体を動かし、ギターケースを振ったのだ。

――どかっ

わたしはそのスイングの範囲に入ってしまい、ぶつかってしまう。


前へ上へと急いでいたわたしは、反発で後退し――

少女「あっ……」

後ろ向きに倒れていった。階段で、だ。


……なんというドジ。



少女(せっかく今日のために練習してきたのに)

一瞬の浮遊感の中でそんなことを思い。


私は――



「危ないっ!!」





腕を取られ、引っぱりあげられた。


――

――――
街中


少女「ふー、危なかった! シャレにならないとこだったよ」

少女(あの人がとっさに手を伸ばしてくれて助かったー)


安堵と感謝を今ひとたび私は噛みしめる。

この命。今日は歌で燃やしつくす所存です。


少女(ふー、でも急いでたからお礼だけさっと言うだけで来ちゃったけど、良かったかな)


ちゃんとお礼をするべきだろうか。


私の腕をとったあの人。

帽子を目深に被り、厚手の上着を羽織った、細身の――



少女(……あれ? 女だっけ? 男だっけ?)






帽子をかぶり直す。


街中のにぎわいが、耳を叩く。


このにぎわいの中に、今日は野外ライブの喧騒が混ざるのだろう。



歌。ダンス。パフォーマンス。研がれた力の披露。

それを演出した少女がいる。



会わなくては。


そのために、ここに来た。





涼「―――― 絵理ちゃん」





『彼』は一歩、踏み出した。


今回の投下は終わりです。
楽しみにしてくれてる方がいるようで嬉しいです。

投下開始します。お待たせして申し訳ない







――……

アリーナ前




夢子(開演までもうちょっとあるわね……)


お姉さまが手渡してくれたチケットを手に、私はアリーナまでやってきた。


夢子「サイリウム誰が何色か、ここに来た人全部把握してるのかしら。とりあえず紫とやよい先輩のオレンジは用意したけど」

夢子(っていうか、物販売り切れるの速過ぎでしょ。お姉さまのライブだから朝早くに来たけれど、それでもギリギリ買えたってぐらいだったわよ……)


あの時でさえファンの数は1000人はいただろうか。客席は満員になっているに違いない。



……こんな大きな舞台でお姉さまは歌うんだ。

ファン達が降るサイリウムの光は、アリーナの舞台からはどれほど煌びやかに映るだろう。

光の海。輝く別世界。


夢子(私も、いつかこの舞台で歌えるのかしらね……)


色とりどりのフラワースタンドを眺めながらそんなことを思い……そして苦笑した。

アイドルを辞めようとしたこともあるのに。


夢子(……『夢子ちゃんはアイドルをやる資格絶対ある。ずっと応援してる』、か。涼のヤツ最後にあんなメール送ってきて。面と向かって文句言うまで、辞められないじゃないのよ)




オールドホイッスルに出演するという夢を無くした私に、あいつは戻っておいでよと、繋ぎとめてきた。

だから…………私には消えた理由を、聞く権利があるはずだ。



――ここに来ていないだろうか。周囲を見渡してみるが



夢子(いない、か……)


客の中に姿が無いか、朝からずっと探しているが見つからない。


夢子(私ったら馬鹿みたい。こんなとこで見つかったら苦労はないわ)

夢子「今は、ライブの方に集中した方がいいわね」


夢子(私の時みたいにハプニングや妨害がなければいいけど)


夢子(妨害一つで、夢は儚く消えるもの…………)


復帰した後の仕事は……確かに中々充実していた。

でも今思えば、それはそばに涼がいたから、それでよしとしていた部分も大きかったのだと思う。


行き詰まりを感じ、道が見えなくなった私。

涼が元気が無い時は、自分の無力さが嫌になって…………不安が膨らんで、夢が分からなくなった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夢子「……新しい夢を見る資格なんて、私なんかには無いのかもね」

涼「そんなことないよっ! 夢は……夢はこっちから諦めない限り裏切らないよ! ――きっと!」

夢子「……でも、夢を叶えさせることができる人達に嫌われてたら……どうなのかしら」

涼「え?」

夢子「涼、あなたも尾崎とかいうプロデューサーが離れていっちゃったんでしょ? このままで夢、追えると思う?」

涼「だ、大丈夫だよ。一人でも」

夢子「その割には全然元気無いじゃない。テレビの前では演じ切ってるみたいだけど」

涼「それは、ちょっと、友達と色々あったから……」

夢子「あなたのプロデューサーが話してた水谷絵理との勝負のこと?」

涼「…………うん」



夢子「ねぇ、聞きたいんだけど、仲間を負かしてしまったのに……あなたはどうして道を歩き続けられるの?」

涼「どうしたの、夢子ちゃん……いつもと違うよ……」

夢子「――烙印は消えないんじゃないかって最近思うの。必死にやってきたことが、大きな過ちだった時…………それは自分を縛ってくる」

夢子「私は、同じ志をもったアイドルを妨害していた。嫌がらせしてたこと……調べられたらすぐにわかっちゃう。このままやってても先が無いんじゃないかって、最近怖いのよ」

涼「夢子ちゃん……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




思い出したやりとりに、唇を噛む。


自分のことばかり話してる。






夢子「涼……ごめんね」

夢子「今度は、私、自分の不安をぶつけるだけじゃなくて……あなたの話も聞くわ」

夢子(夢が復活する時というのが果たして本当にあるのかは分からない。私は閉ざされた道が蘇ることがあるなんて、信じきれてない――涼も、きっとそうだったんだと思う)



時計に目を遣った。開演時間が迫っている。



夢子(でも今日のライブは…………これからのアイドル業界の発展を感じさせるほど豪華なステージ。もしかしたら、ここでなら新しい夢、見れるかもしれない)


夢子(――行こう)




淡い期待を抱えて。


興奮気味に歩く客の流れに乗り、私は歩きだした。




涼が帰ってきたら……どんな素晴らしいステージだったか教えてやるのだ。


――もちろんそれは涼の方の話を聞いた後に、だけど。




……



街中



涼(急がないと……絵理ちゃんが何をしでかすのか正確にはわからないけど、嫌な予感がする……)


涼「きっと、まだ、間に合うから……止まって……!」



願いながら、街を走る。



涼(まだ、手遅れになってないのなら――――僕が、繋がなきゃ)




そう。それはきっと、秋月涼の責任なのだ。


彼女を“夢のなれの果て”にする最後の一押しをしてしまったのは『R-A』――秋月涼なのだから。




涼(こんなことになる前に、もっとやれることがあったはずなのに……っ)





胸の奥から湧いた焦燥が、後悔を生み、体中を漣立たせる。



過ちがあるとすればそれは過去だ。





『秋月涼』のこれまで――――



――

――――

――――――


・・――


尾崎「ふぅ……。どうして、絵理……」

涼「尾崎さん。握手会に行く準備できました」

尾崎「え、……ええ。行きましょうか、秋月さん」

涼「はいっ! がんばりましょうね!」

尾崎「あのね、秋月さん……絵理に去られておいてなんだけど、私を信頼してほしいの」

涼「はい?」

尾崎「絶対、トップアイドルにしてみせる。……だから私についてきて」

涼「…………」

尾崎「きっと今より有名にしてみせる。色々考えてるのよ? 新しい宣伝方法とか……」

涼「尾崎さん。私、ちゃんと自分の意思で尾崎さんについてるんですよ?」

尾崎「え……っ?」

涼「指導、よろしくおねがいします」

尾崎「ええ……あなたなら絵理を、きっと……」

涼「…………」



・・・――


涼「『riola』……尾崎さん、自分もそのアイドルデュオの一人だって絵理ちゃんに隠してたの……?」

律子「そうらしいわね」

涼「……もしかして絵理ちゃん、それを隠されてたことがショックで……信じられなくなって、アイドルを」

律子「そうね。まさか水谷さんアイドルやめちゃうなんてね……」

涼「教えてくれてありがとう、律子姉ちゃん」

律子「あなた尾崎さんのプロデュース受けることになったらしいじゃない? だから一応教えてあげたまで。まぁ、二人の問題に踏み込むべきじゃないけどね」

涼「…………うん」

律子「いーい、涼。理由はどうであれ、自分で進むと決めた道なんだから、きっちりしなさいよ?」

涼「わかってる。わかってるよ……大丈夫」

律子「ならばよしっ!」




絵理ちゃんは大丈夫だろうか。

尾崎さんは今、とても脆くなってしまっている。


壊れてほしくない――――




・・・・――


愛「そんな……絵理さん、あたしたちに一言もなくやめちゃうなんて…………」

愛「ひどいです……冷たいですよ、あたしたちはなんだったんですか……いつか3人いっしょにステージに上がりましょうって言ったのに……」


涼「――愛ちゃんあのね、絵理ちゃんの事情、ちょっとわかったんだ」

愛「え!? ほ、ホントですか!?」

涼「うん……誰を信じていいか、わからなくなってるみたい」

愛「信じる人が、わからない?」

涼「一番大切な人に、大切なことを秘密にされて……そのせいで信じられなくなっちゃって……」

愛「ど、どーいうことですか?」

涼「絵理ちゃんも、傷ついてるってこと。愛ちゃんに嫌われちゃったら、絵理ちゃんまた悲しんじゃう……だから、ね。あんまりひどいって思わないであげて」

愛「その理由も直接話してくれないのにですか? そんなのって」

涼「それは私達を気にかけてないってことじゃないよ。きっと悲しすぎてまわりのこと見えなくなっちゃったんだと思う……仲間なら、それ分かってあげないと」

愛「……涼さんは悲しくないんですか?」

涼「そうだね……。きっと愛ちゃんとおんなじ気持ち」

愛「涼さん………………そうですよね。仲間ですもん私達。分かってあげなきゃ……でも、そう思っても簡単に割り切れなくて……」

涼「ううん。それでいいよ。ちゃんと整理がついて、理解できるまで、じっくりいこう?」

愛「はい……」

涼「うん…………愛ちゃんだって辛いのに、ありがとう」

愛「涼さんがお礼言わないでくださいよー!」

涼「そうだね……いつか、絵理ちゃんから言ってもらおっか…………」


・・・・・――


司会『今日のゲストは涼ちゃんですっ! いやー、あの化粧品のCMいいねぇ! ますます可愛くなって怖いぐらいだよ』

涼『えへへっ! ありがとうございますっ! 今日は、新曲発表しようと思ってるんでよろしくお願いしますっ!』

司会『おお、またかいっ! スパン短かすぎるんじゃない?』

涼『そんなことないですよー。届けたい歌があったらすぐに私は歌いたいんですっ!』




夢子「調子よくやれてるじゃない、涼」

涼「うん……夢子ちゃんも」

夢子「なんか無理してない?」

涼「最近ちょっと忙しくて…………でもまだまだファン層を広げるべきだって尾崎さんが――って電話だ」

夢子「またプロデューサーから?」

涼「うん。――……はい、はい……そうです。今喫茶店で少し休んでます。えっ、社長がまたドラマのヒロイン役の仕事を取ってきたんですか!? はい、はい、すぐ戻りますっ!」

夢子「……また行くの? 人使いの荒い事務所ね」

涼「うん、でも、私ががんばらないと。じゃあ、ごめんね夢子ちゃん。またお茶しよ! あ、お会計出しとくから!」

夢子「私に気を使ってないで、行きなさいよ、早く」

・・・・・・――


尾崎「秋月さん。前に話したネットムービーでのプロモーションの話、土曜日に詰めたいんだけど、いいかしら」

涼「えっ、その日は夢子ちゃんと会う予定が……」

尾崎「ああ、あの子ね。申し訳ないけどキャンセルしてちょうだい。演出をどうするかとか決めなきゃいけないこと大量にあるの」

涼「…………はい」

尾崎「でもそれだけ力入れてるってことはあなたに期待しているからなの。秋月さん、あなたなら絵理に対抗できるわ」

涼「はい、でも、尾崎さん」

尾崎「いえ、どんなことをしても対抗させてみせる。それが私の…………あ、ごめんなさい。なにかしら?」

涼「あの……」

尾崎「どうしたの? 問題があるならすぐに言って。それを解決するのもプロデューサーの仕事なんだから」

涼「一度、絵理ちゃんと話し合ってもいいんじゃないかって思うんです」

尾崎「……! そうね、相手を知るのも大切だけど、それは対決の前にでもしましょう」

涼「絵理ちゃんは『相手』や『敵』じゃないですよ」

尾崎「甘いわ! 絵理は手ごわいのよ! 自分をあざやかに見せる技術、完璧な声のコントロール、場を掴む感性……とてつもない才能を持った子なの! 今から気合いを入れてないと負けるわよ」

涼「…………。わかりました。あの、尾崎さん」

尾崎「どうかした?」

涼「力、入り過ぎてるみたいですよ。少し休んでください、チーフプロデューサー」

尾崎「あ……っ」

涼「愛ちゃんのレッスン、私がつきそいますから」

尾崎「私…………絵理のこと……」




社長に男性アイドルデビューのお願いをしようとした矢先。尾崎さんのプロデュースを受けろと指示された。


その時、きっと予感していたはずだった。

尾崎さんのプロデュースの下では、男性アイドルのデビューは見えないだろうと。


でも、僕はその指示に従った。



――繋ぎたいって思ったから。それもどうしようもなく本心だったから。




男アイドルになる目標を置き去りにしたまま、『秋月涼』は止まらずに回る。


尾崎さんは絵理ちゃんのことが心の傷になっていて、やるべきことが無いと支えを失い消えてしまいそうだった。


それに愛ちゃんにだけ、事務所を支える役割を任せる訳にはいかない。


……ただでさえ、愛ちゃんは絵理ちゃんがいなくなってすごく落ち込んだのに。まなみさんとの別れも、経験しているのに。



だから――間違ってない。

社長も、ファンも、みんな『僕』が『私』であることを望んでいるんだから。

求められること。それは……元気を与えてくれる。折れかけても、かつての夢が見えなくても。





それに、去ってしまった絵理ちゃんも気がかりだった。



……会えたのは、一年経った後。


・・・・・・・――




絵理「そうなんだ……愛ちゃんわたしと争うの嫌がったんだ。でも、それならなんで涼さんは……争おうと?」

涼「どうしてだと思う?」

絵理「…………わたしが、憎いから?」

涼「えっ……」

絵理「……違う、よね。それは。……わたしと接点を持つため?」

涼「――うん。その通り。どんな形でも接点があれば直接会えるかなって」


涼「私は絵理ちゃんが元気でいてくれたら、それだけでうれしいから」



絵理ちゃんに、会いたかった。


離れ離れでも。争いの相手に分かれても。仲間だから。


友達でいようって、約束したから……







ああ、でも――――


秋月涼が、やってしまったことは






尾崎『絵理。この勝負、負けた方が身を引く』


尾崎『絵理、あなたが負けるなんて…………っ! あなたのこんな姿……見たくなかったわ……』


尾崎『さようなら、絵理……』





絵理『あ、あぁぁ…………尾崎さん………そんな……いや、いや……』



空虚さに凍る瞳。

悲痛さに歪む顔。

墜ちていく翼。

消滅する関係。




――結局は一人の女の子を追い打つような、そんな非道なことだった。



・・・・・・・・――


絵理ちゃんとの勝負の後。尾崎さんは876プロを去っていった。


それでもアイドル活動は続く。


続かせていかなくちゃいけない。




また人が去って悲しくて不安定になっている愛ちゃんに、「まだまだこれからだよ」と。


行き詰まりを感じている夢子ちゃんに「夢は諦めない限り裏切らない」と。



そんなことを言ったけど、果たしてどれだけ重さが乗ったんだろうか。



こんな本当が無い言葉だけじゃ、夢を本当に魅せることなんてできない…………。



せっかく、みんなの夢になる道を進んだのに――――そんな、体たらく。







     それじゃあ、『秋月涼』は一体何のために…………







道を再び見失いかけていた夢子ちゃんに、道を示さなきゃいけないと、そう考えた。


だから――――意を決した。


絵理ちゃんのこと、体の変化のこと……もしかしたらそれを無意識に考えての行動だったのかもしれない。


このままじゃ、いけないと、そう思って。

「夢は裏切らない」という言葉に、自分で虚しさを感じてしまうような今の状態はダメだと、そう思って。


談判を、した。





・・・・・・・・・――


――

――――


涼「ダメって、そんな……っ! 確かに、愛ちゃんのことは心配ですけど……一度男に戻れるチャンスが欲しいんです!!」

石川「だから、その賭けが危ないと言ってるんですけどね……! 今のあなた、素敵よ? あなたを求めているファンだって大勢いるのよ?」

涼「でも! 私、いや僕はそうやってずっとここまできて……このままじゃダメなんじゃないかって思うんです……っ!」

石川「……成功率の観点からいきましょうか。もう一年以上女性アイドルやって、あなた本当に女性らしくなっているの。歌う時、もう女性のリズムでしか歌えないでしょ?」

涼「う…………っ」

石川「魅力出過ぎて、街中でファンに追っかけまわされてるそうじゃない。一度話してくれたわよね? そういう時どうやって対処するんだったかしら?」

涼「それは……男の格好に変そ、いや、いつもの姿に戻って……」

石川「『男装』しなきゃ街を歩けない女の子アイドルが、男性アイドルデビューする。あなたはそう言ってるのよ」

涼「――っ! ちゃ、ちゃんと、男に戻れるよう特訓します……!」

石川「やめてちょうだいよ。何日かかるか……。今の事務所の状況わかるでしょ? その間愛一人に任せるつもりなの」

涼「それは……」


石川「それに……どうやって発表するつもり?」

涼「え、それは、生放送とか……」

石川「そんなゲリラ的な発表、周囲に流されるのがオチよ。発表を成功させたければ協力者がいるけど、あなた芸能人の誰にも男だって明かしてないんでしょう?」

涼(武田さん――)



――武田『あれが、君のあるべき姿か。……その道を往くのなら、もはや何も言うまい』


いや、ダメだ。あの人に頼るのは……もう、しちゃいけない。――失望させてしまったのに。

少なくとも、男に戻れるようになってからじゃないと、あの人に会っちゃいけない……



石川「まぁ、誰かに教えたところで信じてもらえるかどうかは分からないけど」

涼「……律子、姉ちゃんとか」

石川「律子さん、ね……そうだわ、一度律子さんにも相談してみなさい。あなたの考えが正しいかどうか、諭してくれると思うわ」

涼(僕、は……)



・・・・・・・・・・――



涼「律子姉ちゃん……!? どうしてここに」

律子「ずいぶんなごあいさつねぇ。石川社長から話を聞いて、あなたの進路相談に来てあげたんじゃんないの」

涼「…………僕を、止めにきたの?」

律子「まあそうね。ヤケになって一人で突っ走ろうとしてるようなら止めないとね」

涼「う……っ」

律子「まずは冷静に自分の立場を考えなさい。あなたは今や泣く子も憧れる人気アイドル。たくさんの人たちに影響を与えてしまう存在なのよ」

律子「――そんなあなたが周りを考えず自分がやりたいことだけに走ったらその結果どうなるか」

涼「……!」

律子「ファンや業界だけじゃない。事務所や周りの人たちにまで迷惑を掛けることになる。そうして近しい人たちと険悪な関係になってしまったら、そうなったらあなた笑ってアイドルできる?」

涼(――険悪な、関係…………絵理ちゃん……)



――――『この電話はお客様のご希望によりおつなぎできません』



涼「……っ! そうだ、僕は……」

律子「男の子が男の子らしくなりたいっていう気持ちはわかるわ」

律子「でもそれは、あなたにとって今まで築いてきたすべてを引き替えにでも貫き通したいことなの?」

涼「律子、姉ちゃんの……言うことは、わかる、よ……」


涼「でも……それでも夢子ちゃんが、夢がまた見えなくなっている女の子が、いるんだ……だ、だから…………」


必死で心の中の理由をかき集めているのに、声が、出てこない。これ以上進めない。


どうして?



律子「涼?」


涼「僕は、本当の夢を、見せる、ために…………!」


言え。言うんだ…………。


必死で喉奥でつかえているものを外そうとする。舌が、回らない。


伝えなきゃ。


女の子に夢を見せなきゃいけないんだって…………――――









           どの口で言うんだ?






欺瞞が心を支配した。



涼「あ……」



わだかまりが頭の中で像を結ぶ。





      絵理『――――』





ああ、絵理ちゃんが泣いている――――




とどめを刺されて。居場所を奪われて。かつての夢に殺されて。



いや、違う。




――僕が、やったんだ。



「リアルアイドルは、尾崎さんといっしょに」――そう言っていた。


その尾崎さんにネットアイドルの場所さえ奪われて。


どれほどあの子は泣いたんだ。


僕はどれほど、泣かせてしまったんだ。



人の夢にとどめを刺しておいて――――







律子「涼っ!? 聞いてるのっ!」


――――『……新しい夢を見る資格なんて、私なんかには無いのかもね』


涼「そうだね……絵理ちゃんにあんなことをしておいて、僕、夢を見る資格なんて…………」


・・・・・・・・・・・――


そもそも、僕が人に夢を与えるなんておこがましい――その考えが頭から離れなくなった。


絵理ちゃんとの勝負。秋月涼対水谷絵理。


あんな勝負、一体誰が『勝った』というんだろう。





涼『みんなーっ! 集まってくれてありがとーっ! いーっぱい楽しんでいってねー!!』


涼『私、この曲かわいくて大好きなんですっ』


涼『またまたぁ! そんなこと言われたら私困っちゃいますよぅ~』



偶像が、跳ねる。


彼女は笑っている。人に笑顔を与えているのか。


偽物なのに。



涼「…………みんな、ごめんなさい」



せめてみんなの夢を壊さないことが、僕にできる唯一のことなのかもしれない。


涼(救えなくても、支えることなら――――できる)





でも…………



今日学校に行った。


身体測定を受けた。


身長が伸びていた。




変わっていっている。


『秋月涼』が朽ちはじめている? ……そんな。嫌だ。嫌だ。



体に違和感。時折、女性の呼吸に不和が浮かぶ――――


・・・・・・・・・・・・――



涼「――――っ――――は――――!」


いつものレッスンで、それは起こった。










     声が

                出ない
 





・・・・・・・・・・・・・――


春香「そっかぁ、愛ちゃんといっしょのステージかぁ。うーんと盛り上げようね!」

愛「はいっ! あたしもすっごくうれしいですっ!!! よろしくお願いしまーす!!」

春香「レッスンも、いっしょだね。あはは、愛ちゃんにカッコ悪いとこ見せちゃうんじゃないかって不安だなぁ」

愛「だいじょぶですっ! あたしの方がきっと色々しでかしちゃうと思いますっ!」

春香「しでかしちゃうんだ……」

愛「はい! だから色々教えてほしいです! あたしもせいいっぱいみなさんを支えますからっ!」


涼「愛ちゃんと……春香さん!? どうして、876事務所に?」


愛「あっ、涼さん! 体調崩したって聞きましたけど平気なんですか!?」

涼「うん……声は出るように……いや、体調は戻ったよ!」

春香「良かった。涼ちゃんのことで愛ちゃんちょっと落ち込んでるみたいだったから……」

涼「はい。それで、春香さんは」


石川「アリーナで予定されている大規模合同ライブに、愛の出演が決まってね。ごあいさつと、愛に話をしにきてくれたのよ」


涼「愛ちゃんが……そうですか! 良かったね愛ちゃん! おめでとう! すっごく嬉しい!」

愛「はいっ! ありがとうございますっ!!」

春香「お互い支え合って、絶対成功させようね!」


・・・・・・・・・・・・・――


石川「そう、前から体に違和感があったのね。歪がでてきた、か」

涼「はい……」

石川「そうよね。あなた男だったのよね……忘れてたわ」

涼「あの、僕…………どうすればいいんでしょう……」

石川「そうねぇ」






石川「――――もう、『秋月涼』も潮時が来ているのかもしれないわね」

石川「やり直しを考えるべきかしら。愛も移籍した方が、仲間がいていいだろうし……」






涼(あ………………………………)


視界が、せばまっていく。


足に力が入らない。


唇に、震え。


音が遠く。鼓動だけが段々と強く大きく。


頭が、冷たくなって、揺れる。



がちり、と何かがはまった音。…………ああ、こころの指針が止まったんだ。


熱が、色が、胸から剥がれていく。



暗い。



道が……見えない。暗闇の中、寒さが肌を内側から灼いてくる。


ころりと、抱えていたものが転がっていた。


それで、分かった。





『僕』は――――ひとりになったんだ。




愛ちゃんは先輩方に支えられて、もう大丈夫……?

ならもう自分の役割は終わってしまった。


『秋月涼』が終わる?

夢にすら、なりきれずに。



ファンの声援は嬉しいし、楽しい仕事はいっぱいあるけど――男アイドルに、イケメンになるっていう夢を持って僕はここにきたのに。


そうして始めたのに。


愛ちゃんを支えるために、事務所を守るために、ファンに応えるために、尾崎さんのために…………ここまできて


――やったのは、絵理ちゃんをさらに傷つけただけじゃないか。



やっぱり、人に夢を語る資格なんて無かった。



もう僕はどこにもいけない。


僕に注目してた人で僕のことを知っている人なんて一人もいない。



僕は、なんのために。なにが、残って………



こんな有様誰にも話せない。



・・・・・・・・・・・・・・――









涼「社長。活動を休ませてください……もう、僕は……」


石川『涼!? 急に何を――――!』











これからどうなるのかわからない。

男性アイドルになれるのかはおろか、女性アイドルを続けられるのかすらもわからない。



『自分の夢ひとつ追えない君が――――』



こんな中途半端な存在のために、絵理ちゃんは居場所を失ったのに。



愛ちゃんの居場所が他にできるのならば、もう自分がやれることは無い。




夢も見えなくなって。使命も霞んだ。

空っぽになった。


アイドルを辞める時が来たんだろう。



――でも最後に、あの罪の償いをしなければ。







絵理ちゃん。





絵理ちゃんに戻ってきてほしい。


僕みたいに、取り返しがつかなくなる前に。


尾崎さんと絵理ちゃんの、時が過ぎてしまう前に。









僕が他のアイドルと違うのは。


明確に他のアイドルの運命に、とどめを刺したという罪なんだ。






――――――


――――


――


街中


集まった信者たちに指示を飛ばす。野外ライブの参加メンバーの監視なんて今はしている場合じゃない。


センパイを捕まえないと……!!


サイネリア「もっと人集めて! 全員で回るのよっ!!」

信者A「ネリア様。その回るって、どこにですか」

サイネリア「だからセンパイがいそーなトコロッ!! ネカフェとか! 猫カフェとか! 電気屋とか本屋とか!」

信者B「絵理ちゃん、そんなところにいるんすか?」

サイネリア「そんなのワカンナイわよ!! でも探すしかないデショーがっ!!」

信者C「ひえっ!?」

サイネリア「ゴメン怒鳴って…………でもホントに、助けてほしいんデス……。センパイがもう戻ってこないんじゃないかって……イヤな予感、するの」

信者A「わ、わかりました。おいっ、みんな行こうぜ! 仲間に連絡しながら、絵理ちゃんがいそうなところ探すんだっ!!」

信者B「見つかるかねぇ? いや、見つけなきゃいけないか……!」

サイネリア「急いでっ!! この野外ライブ祭りの日に合わせて連絡を絶つってことは、きっとこのライブになにかをする為だと思うからっ!!」



街中に走っていく男達。

まだ呼びかけているから、もっと人を多くして探せるハズ。


サイネリア(アタシも探しに行こう……!)


サイネリア(センパイ、終わらせませんよ!! …………コノママお別れなんてあんまりじゃ、ないデスか)



駆けだす。


休日の人の多さが憎たらしい。


どきなさいよ、センパイを探せないじゃないのよ――――!




サイネリア(…………ってあれは)



涼「はっ、はっ……!」



走っているその影に注目することができたのは、偶然。

道ゆく人間の体に掠り、走るそいつが被っていた帽子がずれたその一瞬を、私の眼は捉えたのだった。



アイツ。

アイツは『R-A』の…………!!










サイネリア「待ちなさいよアンター――ッッ!!!!!」ダダダダダッッ!!!





涼「え――!?」



ほとんどタックルをかますみたいにアタシはそいつの前に立ちふさがった。



涼「あなたは絵理ちゃんの……」


帽子を深くかぶりなおしても、ゴマカされない。


サイネリア「『R-A』!! アンタがセンパイを隠したのネっ!?」

涼「……え?」

サイネリア「出しなさいよッ!! センパイを返しなさいよ~~~ッッ!!!」

涼「………………絵理ちゃんが、いなくなったんですか」

サイネリア「ハァ!?」

涼「落ち着いてください。私も絵理ちゃんを探しているんです」

サイネリア「なんでアンタがセンパイを探すのよ!?」

涼「ネットで今回の野外ライブは『ELLIE』――絵理ちゃんが関わってるって情報があって」

サイネリア「ネットぉ~? ……あっ」

涼「詳しく企画を調べてみたら、絵理ちゃん今ものすごく追い詰められているんだって、そう気付いて……!」

サイネリア「~~っ!! アンタみたいなケガレリアルアイドルに教えるために…………アタシはセンパイの情報流したワケじゃないわよ!!!」

涼「……! あなたが、あの情報を?」



センパイが、いっしょにライブを回ることを「考えてみる」って言ったあの会話の後。


アタシはセンパイが本当に元気になる未来を信じて。


この野外ライブを取り仕切っているのは『ELLIE』だと仄めかすような噂をネットに流した。


今日いっしょに回ることになったら、その時にセンパイに反響を見せて



――サイネリア『まだこんなに求めている人がいるんデスヨ!』



と、そう言うツモリだったのだ。


そうすれば『ELLIE』を復活させる気になってくれるかもしれない。


もう一度ネットアイドルを楽しんでいたあの頃に戻ってほしかったから、そうした。



なのに、なんでそれを、アタシ達の居場所を壊した張本人の『R-A』に……!!!!


そうだ。


元はと言えば、あのロン毛と――――コイツのせいじゃないの。



サイネリア「アンタの……っ!! アンタのせいでセンパイはーっ!!!」

涼「えっと、サ、サイネリアさん……!?」

サイネリア「アンタにあの一件の後、どれだけセンパイ落ち込んでたかワカる!? アタシがどれほどずーっと不安だったかワカる!?」

涼「あの勝負のことですか……! すいません。なんの言い訳もできません……」

サイネリア「アタシはずっと傍で支えた。アンタはツブした人のことなんて知らん顔だったから! それなのに、ナンデいまさら出てくんのよッ!!」

サイネリア「どれだけ、どれだけアタシ達を傷つければ気が済むの!?」

涼「…………これだけは、言わせてください。私もずっと絵理ちゃんのこと考えていました」

サイネリア「ダマリナサイッ!! このケガレてヨゴレてアクドい、真っ黒なリアルの――」

涼「――絵理ちゃんに会わないといけないんです」


サイネリア「フザケンナッッ!!!!!」


アタシも会えないのに、なんでコイツが会うのよ?

居場所をツブしたのはお前じゃないか。



サイネリア「フザケンナッ! フザケンナッ!! フザケンナッ!!!」

涼「でも、このままじゃ絵理ちゃん、きっと取り返しのつかないことを!」

サイネリア「フザケテんじゃないわよアンタ、アタマおかしいんじゃないの、どうしてまた現れたのよ!」

涼「話を……」


サイネリア(もうゼッタイ――センパイを傷つけさせない!!)



カバンに手を突っ込む。ネットで買った痴漢撃退用スプレー。

それを躊躇なく噴射した。



涼「ぅあ…………っ!?」




サイネリアさんが、スプレーをこっちへ噴射する。

反射で後ろに飛びのいた。



涼「く……っ……ごほっごほっ!!」



途端、咳き込む。催涙スプレー……。

5mほど離れたのに、わずかに吸い込んじゃったみたいだ。



涼「一体何を!?」

サイネリア「会わせないんダカラ…………ゼッタイ、会わせない」


こっちの話を聞いていない。


様子が、おかしい。


『秋月涼』を――恨んでいる。



涼(いや…………後悔してる場合じゃない!)


涼「あの時は、本当にすいません……! でも私は絵理ちゃんを探さないといけないんです。行かせてください」


サイネリア「今度はセンパイをどうするツモリ!!」

涼「うぅっ!」


再び、催涙スプレーの噴射。


離れてる――当たらない。



涼(もう、行くしか――!)



息を止めて、走りだし、横を過ぎ去る。


涼「……!」ダダダッ

サイネリア「アアッ!」



ごめんなさい。

この人だって傷ついている。




サイネリア「こいつドロボー! 盗撮犯! クスリの売人ーっ! ナイフで襲われたーっ!!!!!!!」


涼「なっ……!?」


さっきから騒いでいるから注目はすでに集めていた。

そこにサイネリアさんの声。何事かと、さらに周囲の人が振り向いて。


万引き犯とか、食い逃げ犯とか、殺人犯とかそんな声が投げかけられている僕にも視線が集中する。


逃げるように走る、僕に。



――「なに、犯罪者?」

――「逃げてるぞ、あの人」

――「おい、捕まえた方がいいんじゃないか?」



男「おい、お前!」

涼「わっ……!?」


周囲から手が伸びてくる、


涼「ち、違うんです違うんですっ!!」


掻い潜ってかわす。


でも、まだ安心できない。早く離れないと……!


「ネリア様、どうしたんですっ!?」


「アイツ! 逃げてったアイツ捕まえナサイ!! これ以上、アタシ達に踏み込ませんなっっ!!」


「お、おい、追おうぜ!!」


「あいつ、ネリア様に何しやがった!!」


「オイ! 待ちやがれっ!!」



サイネリアさんの怒声。


追ってくる足音。



涼「くう、なんでこんな……!!」



10人はいる。



今、捕まるわけにはいかないのに。



涼(絵理ちゃん…………どこにいるの……!)


隠れるべく人ごみに飛び込んで、それでも走った。


つまずきそうになりながら、前へ。


涼(……そういえば、愛ちゃんにも)



こんな時なのに、男の恰好してる時に愛ちゃんに追われて海まで逃げたことを思い出した。


愛ちゃんと、絵理ちゃんと、僕。



……いつかの風景。



「あそこだ!」

「捕まえろ!」




だけど……ひたってる暇はない。


絵理ちゃんを探して、僕は街を駆けた。

今回の投下はここまでです。
秋月涼の物語でした。


――

――――

アリーナ・舞台裏





『765プロー!! ファイトーっ!!』



その掛け声に、円陣を組んだ765プロのアイドル達が一斉に腕を振り上げた。


気負いもなければ、気後れもない。貫録すら感じる、それはアイドルの強き姿。



春香「でも、今回はもう一回!」

伊織「にひひっ! 大所帯だものねっ」

真「ちょっと狭いけど……みんなもおいでよ! 全員でキモチ、一つにしとこうっ!」


奥で控えるアイドル達は、その投げかけられた言葉に顔を見合わせた。

――円陣に加わる。


「え、いいんですか!?」

「確かに落ち着きわけてもらえるとありがたいかも」

「か、感激です!」


何人かは勢いよく、何人かは恐る恐ると。

それでも全員が、興奮と覚悟と緊張と楽しさがないまぜになった笑みを口元に浮かべて集まって、円を成していく。



総勢30人のアイドル達。

その中には愛の姿ももちろんある。


石川「……ここまできたのね」

石川(まなみから贈られたフラワースタンドを見て、とても嬉しそうだったわねあの子)

石川(いっしょに活動をしていたものね。まなみの方も、愛を気に掛けすぎなきらいがあったけど)

石川(まなみ…………最初に涼を連れてきたのはまなみだった)


また、涼を連れてきたりはしないだろうか――


石川(バカね。まなみもこのアリーナ見に来ているのに)


律子「石川社長。とうとう本番ですよ!」

石川「そうね、律子さん。元気があふれているわね」

律子「こーんな大きなステージ、私も全力でサポートしなきゃ成功しませんよ! みんなに配るくらい元気でないと!」

石川「頼もしいわ。私も気を張っておかないとね」


……涼のことはもう話題に出さない。この空気を淀ませるようなことはしてはならない。


きっと、覚悟を決めている。私も律子さんも。

もうどうすることもできないのなら、それからどうするか――実務があるのみなのだ。


そして、社長としてひとまず今やるべきことは……愛が、いやアイドル達が最高のパフォーマンスを発揮するよう祈ること。



春香「全員の手を重ねられないから、みんな両隣りの子と手を繋ごっか!」


「よろしくね!」

「いっしょにがんばりましょう!」

「おおこれがロックの手! この手でギターやってるんだよね……?」

「ああ、どうした? タコなんかできてないだろ?」


手は繋がれてアイドル達は一つの環となる。そして彼女達は天海春香に視線を集中させた。


真美「それじゃ、みんなでやるよ~っ!」

亜美「はるるん! 頼むぜぇ~!」

愛「お願いしまーすっ!!」

春香「えへへ。じゃあみんな、いっくよー!!」






『目指せ!! トップアイドルー――っ!!!!』






アイドル達の覇気が一つに束ねられた声が、この舞台裏を満たす。


さあ、開演だ。

アイドル達の祭典が始まる。




石川(心が湧き立つわね)

P「よし行け! 精一杯やって来い!」

律子「最初でお客さん一気に盛り上げちゃいなさい!」


『はいっ!!』



一斉に舞台へと駆けていくアイドル達。

その足取りは力と人を楽しませようとする意気に満ちて。

少女達は光へと、未来へと向かって進んでいく。


それは夢の世界の輝き。



石川「さぁ、見届けましょう」



歓声が聞こえる。



――――世界の中心は、今ここだ。



――

――――
街中



暮れゆく街を駆ける。いいかげん脚が悲鳴を上げている。


それでも、まだ止まるわけにはいかなかった。


脳裏に浮かぶ絵理ちゃんの泣く姿が、探すのをやめることを許してくれない。



涼(早く見つけないと……)



人ごみに紛れたり、ショッピングモールに入ったり、路地裏に突っ込んだり……そうして、なんとか追ってくる人達を撒くことができた。

顔を隠しても、格好自体を覚えられたら意味が無い。

逃げる途中で手早く買った上着と帽子を着け、僕はまた走った。



涼(クラスメイトやファンの人達からも、なんかずっと逃げてばっかりだ……)



逃げるのに慣れていることが哀しいけれど、そんなことを考えている場合じゃない。

考えなきゃいけないのは……絵理ちゃんのこと。


涼(あ! あそこだ! ダンスと、歌……!)


街角で行われている野外ライブに辿りつく。

歌いながら踊る男性3人が、周囲に集まった女性達から歓声を享け、ケータイで写真を撮られている。今日の野外ライブ大会の参加者だ。


涼「絵理ちゃん、どこにいるの……」


注目するべきはライブを見る周囲の人たちの方。

絵理ちゃんがいるかもしれない。


でも。見つけられない。


涼(ダメだ……いないよ!)


涼(サイネリアさんが流したっていうあの情報には、『ELLIE』の降臨が匂わされてた。だから、この野外ライブが行われるこの街に直接来た)

涼(でも。さっきのあの人の口ぶり、連絡が取れなくなってるみたいだった。……家にもいないなら一人でどこに……)

涼(街中を移動してる? でも、それだとサイネリアさんからもずっと隠れなきゃいけなくなるんじゃ……)

涼(いや、絵理ちゃんはこの野外ライブ大会に『過去』を組み込んでる……だとしたら、ライブに手がかりがあるかも)



暮れた街を再び走りだす。

絵理ちゃんを止める手がかりを探して、他のライブ会場へ。


走れ。急ぐんだ。



でも手がかりは得られず、街は広かった。




……



涼「ぜ……っ、は……っ! ――あっ!」


駆けつつ、段差を越えようとしたら足を引っ掛けて転んでしまう。

舌に滲む血の味。唇を少し切った。


涼「ぜぇぜぇ…………」


立たなくちゃ。まだ追ってきてる人たちがいる。こんなところで倒れていたら見つかってしまう。


走るのは得意なんだから。

真さんとも夢子ちゃんとも……いっしょにランニングしたじゃないか。


涼(さぁ立て……!!!)



不安が杞憂だったら、どんなにいいだろう。

絵理ちゃんはただ今日思わせぶりな態度をとっただけだとか……そんなことだったらどんなにいいか。


でもサイネリアさんをあんな風に追い詰めるぐらい、絵理ちゃんは不穏さを放って姿を消した。

絵理ちゃんは本気だ。



ならやっぱり、あの子は今日、取り返しのつかない何かをするつもりなんだ。



涼「ゼッタイに、会わなきゃ!」


立ち上がり、すぐに帽子をかぶり直す。



涼(愛ちゃんも今、あの大きなアリーナでがんばっているんだ)


愛ちゃんのあの泣き顔と、そこから絞り出す元気を思い出す。

へこたれないこと。泣いた後は前を向くこと。


涼「…………日高、アタック」



覚えている愛ちゃんの言葉を口に出してみる。



涼(少し、力が戻ったかも……)

涼(愛ちゃん、力を貸して。僕と――絵理ちゃんに)

――

――――
アリーナ控室


「始まっちゃったねっ!」
「みんな良かったよ!」
「ごめん! 進行もう一回確認させて~!」



最初のステージから持ち帰られた興奮が舞台の奥に賑々しさをもたらしていた。

控室では、みな仲間内で声を掛け合い、ステージに向かう自分達を鼓舞している。


愛(……みんな)



そこでドアが開いた。最初のMCを終えた春香と雪歩が入ってくる。




春香「愛ちゃん!」

愛「あ、春香さん! あたし見てました! いいステージでしたっ!」
 
春香「ありがとっ! 私ね、確信した! きっと今日は最高のライブになるって!」

愛「はいっ!!」

雪歩「ふふっ、実は春香ちゃんとね、心配してたの。愛ちゃん心細くないかなって……でも元気マンタンで、安心しました」

愛「みなさんのステージをあたしが壊すわけにはいきませんよ~!」

春香「うん。みんなで成功させようね」

雪歩「今日ここに集まったアイドル全員で……ううん、今まで支えてきてくれたプロデューサーやスタッフさん、ライブに関わってきた人みんなでつくるステージだもんね」

愛「はい、そうですねっ」



そこで愛は少し目を伏せた。


愛「うん、そうです……支えてくれた人達と、いっしょに、つくらなきゃ」


春香(……絵理ちゃんと涼ちゃんのこと思い出しちゃったんだね)

雪歩「あのね、愛ちゃん。辛かったら言ってね。いつでも聞くから……これ何度も言ってごめんね」

愛「はい、ありがとうございます」


愛「…………」


視線の先には仲間と話し合い、支え合うアイドル達。

愛はそれをじっと見つめた。


遠くのものを見るように。

まぶしいものを見るように。



そして――


春香「愛ちゃん……!?」


――つうっ、と涙を一筋流した。


愛「あれ? あたし何で泣いて。なんで…………」

雪歩「愛ちゃん、深呼吸しましょう? 私達はここにいますから」

愛「あはは…………ダメですね、あたし……こんな、本番で……」


雪歩「――なにか胸につかえているなら。歌う前に、吐き出しておいた方がきっといいよ」

愛「強い、ですね、雪歩先輩は……」

雪歩「ううん。私なんて…………。愛ちゃんの方がずっと強いと思う」

春香「そうだよ、愛ちゃん一人になっちゃって、ずっと悲しかったんでしょ? 耐えてるの知ってるよ。いっしょに練習してる時、見てたもん」

愛「一人……」


愛は深呼吸をした。

胸の曇りを吐き出してしまうように。力を再び吸い込むように。


そして、静けさを湛えた瞳で、春香と雪歩に向き合った。



愛「春香さん。雪歩先輩。話しても……いいですか」

雪歩「うん、いいよ」

春香「気持ち、楽にしとこう?」




愛「あたしたちは三人でした――――」



……



浅黄色の輝きが一面に輝き、その灯りの海に鋭い旋律が奔っていく。

疾走する情動は、舞台の一人のアイドルに集中し、その熱い歌声に結実する。


歓声とともに、我那覇響が歌い出す。



響「  涙の傷跡を振りほどいて 弱くないと言い聞かす 運命などいらない ――♪  」


反逆の意思を込めた歌。

我那覇響の『Rebellion』



冷徹な鋭さ。溢れだす熱。それはたちまちこのアリーナの会場を呑み、巨きさを増していく。



響「  星や空を 宿命例えれば気が済むの?  ――♪」


アリーナに情熱的な歌声が響き、聴く者の心に火を灯す。

会場は今、我那覇響の色に染まる。



響「  『時が癒す』そんなの 迷信でしょう  ――――♪」




――

――――
街中



『  涙の傷跡を振りほどいて 必死に紡いだ物語  』

『  自分が熾してきた炎 ―― ♪  』



女の子の二人組が歌う『Rebellion』が耳を叩く。

あの子たちも今日の野外ライブの参加者。



絵理ちゃんはここにもいなかった。



涼(“R”だから……手がかりぐらいはあると思ったのに……)

涼「移動し続けてる? いや、隠れているのかも?」

涼(隠れる――どこか拠点みたいなところを作って、そこに隠れているんじゃ……うん、そっちの方が絵理ちゃんらしい)



それはどこだ。考えろ。

サイネリアさんに見つけられるような所には隠れないだろう。


涼(絵理ちゃんが一人で隠れているところ)

涼(連絡を絶ってひとり、で……)



そこまで考えて、胸が痛んだ。



――――『この電話はお客様のご希望によりおつなぎできません』



思い出す。

秋月涼からのメールも電話も拒否されてしまったこと。

傷ついていた絵理ちゃんに、なんにもできなかった。



涼(でも……でも、悲しみの中にいることは分かる)


絵理ちゃんが元気か。それはずっと気になっていたこと。

今回の野外ライブの情報を見た時、僕はなおさら絵理ちゃんの悲しみを深く感じた。



涼(絵理ちゃんは今日のライブに尾崎さんとの過去を込めてる)



絵理ちゃんが企画したという今日の野外ライブ大会。

参加した『女性二人組』の5チームには、それぞれ一曲だけアルファベットのタイトルの曲が指示されていた。

他の参加者には見られず、『女性二人組』にだけ見られる特徴。これは意図的にやったはず。


その5曲は……


“Rebellion”

“i”

“One step”

“LOST”

“ALRIGHT*”




涼(頭文字をとればR、i、O、L、A。――――『riola』)



『riola』。パートナーの秘密。呪いの疑惑。光を止めた過去の真実。



絵理ちゃんはまだ尾崎さんとのわだかまりを抱えている。


それであの子はとうとう今、ネットの、サイネリアさんとの繋がりさえ絶って姿を消した。


どこに行こうというんだ。ネットでの居場所さえ無くして……何をやるつもりなんだ。


涼(いや、違う)

涼(絵理ちゃんは、あの勝負でもう居場所を奪われて――――)

涼「あ……!!」



その時、頭の奥底が痺れた。

天啓というよりは、共感の様な――閃き。



『どこにもいけなくなって最後にやること』



涼(絵理ちゃんの状況は、この僕と近いんだ)



涼(どこで、じゃない。それよりも……『絵理ちゃんが何をするか』。考えなきゃいけないのはそっちなんだ)

涼(そもそも僕が、どうしてここに駆けつけたのか。それは絵理ちゃんがこの野外ライブ大会に『riola』を見つけて、直感したからじゃないか)

涼(僕と同じように最後の行動に出ようとしているって。その気配をどうしようもなく感じてしまったからじゃないか)




最後の行動。



絵理ちゃんの指示を受けたネットのパフォーマー達。

連絡を絶ち、ネットにも戻るつもりはない……?

それでも『riola』を仕込んでいる。絵理ちゃんは尾崎さんとの関係を、引きずっている。


絵理ちゃんが『悔い』に憑かれたというなら。

やろうとしているのは『riola』――尾崎さんに関連することだ。



涼(尾崎さんとの関係、最後…………)


僕はその最後の瞬間に立ち会っている。絵理ちゃんと尾崎さんの、決裂。



涼「約束だ」



交わした約束。仕掛けられた取り決め。





   『ネットアイドルを辞める』





涼(まさか……)



ぞわりと肌が粟立つ。――それを、果たすために。

果たしたよと、伝えるために。


絵理ちゃんはこんなことを。


涼(どこにもいけなくなった後、何に力を注ぐか――――)


僕はそれを知っている。

秋月涼もそうだから知っている。


…………その時、人は過去に眼を向ける。


涼(実際、絵理ちゃんはこの野外ライブに『尾崎さんとの過去』を入れている)

涼(そうだ。メールも電話も受け取ってくれなくなったのは、僕からの言葉が、あの尾崎さんとの決別を思い出せるものだったからだ……)

涼「じゃあ、絵理ちゃんは、徹底的に辞めるためにこんな舞台を――――」


涼「――――!!」



辿りついた答えは、今の僕に共感を与えるもので。そして、どこまでも悲痛なものだった。



涼(――絵理ちゃんは尾崎さんとの過去に殉じようとしている)


それもこんな大きな舞台を作るぐらいの苛烈さを持って。

追い込んだ張本人のくせに。どうして気がつかなかったんだ。



涼(それほど! じゃあ、どれだけ……どれだけ絵理ちゃんは…………悲しんだっていうんだ……)


悲しみの行き場。


それは、誰かに希望を託すことじゃないのか。

それは、誰かの夢を助けることじゃないのか。


……優しくなることじゃ、ないのか…………


みんな、なんでそんな風に歪んでしまうの……!




――――『秋月さん。夢が破れてしまった人は誰かを恨んだりはしなくても……その刻まれた傷のせいで、暴走してしまうことはあるの。

     私もその気持ちだけはわかるわ』




涼(……みんな、痛みを抱えて)

涼「止めないとっ!」


あまりに悲しすぎる。



探すサイネリアさんにも見つからないような、尾崎さんとの過去に決着をつけるに相応しい場所。

それは絵理ちゃんがアイドルをしていた時、心に残った場所のはず。



今度はライブをしている場所じゃなく、絵理ちゃんのアイドル活動を思い出して思い当たるところを当たっていかなくちゃ。

思い出しながら、考えながら、絵理ちゃんの気持ちになりながら探すんだ。止まることなく、走って。




涼「はぁっ!! はあっ……!!」


間に合え。

間に合え。



涼「絵理ちゃん…………一人で考え過ぎだよ……!」

涼「誰かに、助けを求めたって……」



涼(ああ、違う)

涼(絵理ちゃんは傷ついて、悩んで……一人の時間にその傷を深くしていったんだ)

涼(あの勝負に負けてからずっと絵理ちゃんはずっと自分を追い詰めて……)



勇気が欲しい。


袋小路に迷い込んだ女の子に手を差し伸べられるような、そんな存在になるために。


――ワアアアァァァッッ!!!!


夜の街に歓声が響く。野外ライブからだ。披露された歌と踊りに称賛が与えられている。



涼(歌、か……)


『秋月涼』にも持ち歌があった。

武田さんから受け取った『Dazzling world』。

今はあの旋律と歌詞が恋しい。





前に進めない これ以上 そんな時には

いつも心で呼ぶよ あなたの名前

抱いた憧れ 今も変わらないわ

過ごした日々は 優しく溶け出して行く 





過去…………過ちが繋ぐ今。


過ごした日々は永遠なのに。

二人が会えた人生も、一度きりだっていうのに――――







サイネリア「見つけた」






人影が、立ち塞がった。



涼「あっ!」


サイネリア「走ってるのって案外目立つわよネ。コソコソ逃げるために汗だくになっちゃってまぁ。それでもアンタ、アイドル?」


涼「サイネリア、さん……」


サイネリア「センパイはこの野外ライブで何かをしようとしている。ダカラその現場を探せばセンパイがいるかもしれない……そう考えたンでしょ?」


涼(……さっきの歓声。野外ライブをしている人たちが近くにいた。サイネリアさんはそこで張っていたんだ)


見つかった。

夜の街に風が一筋吹いて、僕とサイネリアさんを撫でていく。

その風にたなびいたサイネリアさんの髪。頬に張り付いて離れない。


涼(汗をかいてる……この人も自分で走り回って探してたんだ)

サイネリア「センパイの方じゃなくて、アンタの方なんてスカ引いちゃったわー……」ゴソゴソ

涼(またスプレー!?)


しかし、取り出されたのはスプレーじゃなくて。


涼「それ、す、スタンガン……!?」

サイネリア「そうヨ」


サイネリアさんの手の中のその黒い物体に、バチリと電流の光が奔る。

今日の投下はひとまずここまでです。
明日また投下します。

訂正

>>176
響「星や空を 宿命例えれば気が済むの?」
→ 響「星や空を 宿命に例えれば気が済むの?」

>>184
涼(あの勝負に負けてからずっと絵理ちゃんはずっと自分を追い詰めて……)
→ 涼(あの勝負に負けてからずっと絵理ちゃんは自分を追い詰めて……)



お待たせしました。続きを投下します


サイネリア「センパイとコンタクト全然とれないのよネー」

涼「はい?」

サイネリア「チャットもダメ。メールもダメ。更新されなくなったブログのコメント欄埋め尽くしてみたけど、全然レスポンスナシ」

涼「…………」

サイネリア「センパイ、ヒッキーなのにココでなにをするつもりなのかしらネ。アタシには分かんない。外で何をしたいのか、誰かと会いたいのか」

サイネリア「最近野外ライブのプロデュースばっかしてたのも、今日のタメってコトだったのなら……アタシは止めらんなかったってコトよね?」

サイネリア「ずっと怖かった。消えるつもりじゃないかって。だからソンナコトにならないようにがんばったのに…………」

涼「サイネリアさん。絵理ちゃんは」

サイネリア「ねえ。アンタじゃないデショーネ? センパイが会いたいのは」

涼「えっ」

サイネリア「違うわね。ゼッタイ違う。なんでリアドルの『R-A』なんかに会いたいって思うのよ?」

サイネリア「そもそもアンタがセンパイの、アタシ達の居場所を荒しさえしなきゃ、センパイはあんなに元気を無くさずに……今日いなくなったりしなかったハズ」

サイネリア「許せない」


周囲に素早く視線を回す。

逃げないと。あのビルとビルの隙間がいい。またサイネリアさんが追手を仕掛けてきても、狭いから一人ずつしか追ってこれない。


でも、まだ足は動かなかった。秋月涼に向けられている憎悪に燃えるその眼は……悲しさが形を変えたものだった。


涼「私は、絵理ちゃんと話をしにきたんです」

サイネリア「アンタには会わせないわよっ」

涼「終わらせちゃうつもりなんだと思います」

サイネリア「はぁ? なにをよ」


涼「絵理ちゃんは『ELLIE』を追ってきた人を含めた…………自分全部を終わらせてしまうつもりです」


サイネリア「なにそれ――――」

サイネリア(……あ)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

絵理『やっぱりサイネリアは、わたしがいなくても大丈夫……もう、『ELLIE』を追うことない』


絵理『わたしはもう戻れないから、サイネリアも自分のこと、考えて……』


絵理『サイネリア……今まで、ありがとう。楽しかった……』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


涼「私は会ってそれを――」

サイネリア「~~ッ!! そんなワケ無いっ!! ソースないこと並べ立ててんじゃないワヨーッッ!!!」ブンッ!!

涼「うわっ!?」


突き出されるスタンガン。とっさに後退してかわす。


サイネリア「アンタなんかにっ! センパイのコトわかるわけないでしょーがっ!! アコギの! ブラックの! ケガレアイドルの分際でーッ!!」ビュッ! ブンッ! ブアッ!!


電流のナイフが矢継ぎ早に振るわれる。


涼「あ、危ないっ!! やめて! サイネリアさんっ!!」

涼(くうぅ、やっぱり逃げるしかないの……!?)


体を翻し、ビルの隙間に向かって駆けだした。


サイネリア「待ちなさいっ!! もう逃がすもんデスか!」

涼(追ってきてるっ!)



隙間に入り、狭く暗い道を行く。そこにサイネリアさんも躊躇なく踏み込んでくる。



サイネリア「またセンパイを傷つけるツモリなんでしょ!! あの時みたいに! どーしてセンパイをそっとしておかないのよーッッ!!」

涼「……!」

サイネリア「そんなにアンタ偉いワケ!? アイドルやってチヤホヤされたからって、自分のやることゼンブ正しいって思いこんでんじゃないわよ!!!」


投げられる言葉。胸に鋭く深く、痛みが走る。


涼「…………が、う」

サイネリア「そりゃあアンタは夢だったアイドルやって人生勝ち組モードかもしれないけどっ!! ダカラってヒトの生き方踏みにじるようなコト、許されるワケ――――」


涼「違うっ!!!」


サイネリア「うひゃ……っ!? ――きゃぁ!!」ドタッ!!


振り向いて叫んだ。

その拍子にサイネリアさんは転がっていた空き缶に足を滑らせ、地面に倒れこむ。



涼「あ……大丈夫ですか!?」

サイネリア「急に振り向いてオドロかせるんじゃないワヨ!!」


駆け寄った僕に、サイネリアさんは怒った声を出した。


サイネリア「あ……!」


瞬間、サイネリアさんの視線が素早く辺りを巡った。

スタンガンが手から抜けている。


スタンガンは壁際にまで滑っていた。それを見つけたサイネリアさんは、跳びつくように手を伸ばした。



涼「――!」バッ!


……が、こっちの手の方が速かった。


サイネリア「アアッ!?」


拾い上げたスタンガンはタバコ箱程度の大きさで、手に収まる。


サイネリア「うぅぅ……! ば、バカ、よしなさいよ……!?」

涼「…………サイネリアさん、話を聞いてください」

サイネリア「ナニヨ……」

涼「私は絵理ちゃんを、あなた達を傷つけようなんて思ってないんです」

サイネリア「ウソ言ってんじゃないわよ! アンタはリアルアイドルの手先『R-A』デショーが!!」

涼「『R-A』のことは…………ごめんなさい。私も止めませんでした。でも、本当なんです。私は絵理ちゃんに話したいことがあるだけなんです」

サイネリア「今更、信じられるもんデスかっ!」

涼「なら、これお返しします」


スタンガンを地面に置いた。そしてそのまま後退する。

サイネリアさんの方がスタンガンに近くなるまで。


サイネリア「アンタ……」

涼「傷つけたりしないって、信じていただけますか」


サイネリアさんがスタンガンを拾う。

そして茫然とこちらを見た。


涼「絵理ちゃんは、ネットアイドルだった自分を消そうとしてます……それは私との勝負に賭けた条件だから。絵理ちゃんは尾崎さんとの約束を守ろうとしているんだと思います」

サイネリア「…………」

涼「そんなの、悲しすぎます……だから、私は」

サイネリア「センパイは、どこにいるのよ」

涼「場所は、まだ」

サイネリア「アタシでも分かんないのに、アンタに見つけられるワケないじゃない」

涼「でも、見つけないと――!」

サイネリア「大体アタシはまだ許してないわよ。センパイあの後『ELLIE』を封印して……ずっと寂しそうだったんダカラ」

涼「っ! どうしたら信じてもらえるんでしょうか……」

サイネリア「『どうしたら』!?」


サイネリア「ちゃんとモウシワケナイって気持ちがあるっていうなら……コレくらいなさいヨ!!」


バチリとスタンガンに電流が流れる。

怒りと……行き場のない感情のほとばしりに見えた。

瞳には涙が浮かんでいて、怯えながら立っている。



……ああ、こんな子を知っている。



――――『……あたし……あたし! みんな、いなくなっちゃって…………!! 恐いんですっ。今までの楽しさが、全部、さびしさに変わっていっちゃうのが……!』


涼(愛ちゃん)


サイネリアさんがこっちに向かって駆けてくる。


涼「…………」

サイネリア「こ、のぉ!!!」





愛ちゃんの姿とサイネリアさんが重なった。


だから、だと思う。


突き出された彼女のスタンガンを、避ける気にならなかったのは。




涼「っ――――ぁぁ!!!」




電気が弾ける音。

みぞおちのあたりに、剣山が勢いよく突き刺さったかのような、一瞬の……痛みですらない衝撃。

口から呻きが零れ出て、筋肉が収縮し、強制的に膝が折れた。


コンクリートの床に手を突き、うずくまるまで1秒。


痺れとともに、突き刺さるような痛みが浮かんでくる。――スタンガンに当たるとこうなるんだ。




涼「うぁ………ぁぁぁ……」

サイネリア「ハァハァ……!! あ、アンタ、どーして避けないのよバカじゃないの!!」


膝を突いた僕を見下ろすサイネリアさんが、怯えた声を出す。


涼「ぁぁ、こ、これで」

サイネリア「ヒッ!?」

涼「絵理ちゃんの、ために、ここに来たって……信じて、もらえ、ますか」

サイネリア「な、な、な……!? アンタそのために? なんでそこまですんのよ!? 一度センパイを追いつめたクセに!」

涼「追い詰めちゃったからこそ、です…………私、なんかとの、勝負で……絵理ちゃんが泣くことない、から」

サイネリア「スタンガンせっかく取ったのに、また渡して、それで結局くらって、頭ぶっとんでンじゃないの……!?」

涼「ひどい、ですよ。くらえって言ったのに…………」

サイネリア「ダカラって!」



サイネリア(逃げると思ったのよ。ワルいヤツだから)


サイネリア(あんな堂々と受けられたら、このぐちゃぐちゃなメンタル、どこにぶつけりゃいーのヨッ!!)



涼「私……行か、なきゃ」

サイネリア「あ……こ、この! ……む、ムムム……!!」


大丈夫。壁に寄りかかれば立てる。


サイネリアさんはまた襲ってくるようなことはしなかった。


サイネリア「あ、アンタなんかに、センパイの居場所見つけられるもんデスか!」

涼「……アイドルしてた時の、尾崎さんとの思い出に関係ある所。そこにいるかもしれません。過去にこだわっているなら」

サイネリア「センパイがロン毛との思い出を!? なによソレー! アタシは信じナイからっ!!」

涼「……でも、私との勝負からずっと…………元気が無くて、寂しそうだったんなら。絵理ちゃんは尾崎さんとのことをずっと気に病んでたんだと――」

サイネリア「それでも、やっぱりアンタらが悪いンじゃないの!」

涼「だから、会わなきゃいけないんです」

サイネリア「会えるワケないわよ!」


涼「……!」


サイネリア(コイツ一人で見つけられるワケないわ)


壁に手をついて頼りなく歩いていくその姿。まだ痺れが残ってるのが見て取れた。



サイネリア「そうよ。大体ゼンブ推測じゃない。ひとりぼっちのセンパイの気持ちが、なんでアンタに分かるっていうのよ!」

サイネリア(一番センパイの痛みを分かってるのは、アタシ…………だからアタシが見つけないと)


涼「…………」


サイネリア(デモ、もし――――)



コイツが本当に見つけたら?


サイネリア「ま、まだアンタを許したワケじゃないわよ!! このケガレアイドル!」


涼「……」


サイネリア「そうよ! アタシからセンパイを取った分のシカエシは、まだやってないンだからっ!!」


涼「…………はい」


サイネリア「だから、約束しなさいヨ! アンタが、もし、ソノ、万が一、億が一、アタシよりセンパイを先に見つけたら!!」

サイネリア「…………メールでも電話でもチャットでもいいカラ、アタシに連絡を取らせるって約束しなさいっ!!!」



そこでアイツは振り向いた。……微笑んでいる。



涼「――わかりました。きっと」




『R-A』が去っていく。センパイの居場所を探しに。


怒ろうと思うのに、いざぶつけようとするとその固めた感情がほつれてしまう。どうアイツをボコしていいかわからない。


センパイの居場所に心当たりがあるってンなら、イッショに探すべき? ……でもそんなの、ゼッタイ認められない。



サイネリア「バカ。アタシバカ。なに逃がしてんのよ…………ずっと、センパイの傍にいて……アタシ、ドーシテ居場所分からないのよ……っ」



暗いビルの隙間。そのコンクリートの床に涙がぽつぽつと落ちていく――――


……



夜の街はまばゆい光が溢れてる。


街の光。街角の大型ビジョンにアイドルのCMが流れて、夜の世界に波紋を投げた。


その輝きに道行く人の視線が集まる。人の心に火を灯す……それがアイドルの役割。




光を失えば暗闇に呑まれてしまうなんて、ただ輝く舞台を夢見てた頃は知らなかった。


夜の街の空には星なんか見えない。


みんな目に見える地上の輝きを追っている。



…………自分の人生を賭けてアイドルをしていた人がいることを、みんな知っているんだろうか。



涼「あれ、おかしいな……」


景色が霞んだ。視界がぼうっと滲む。

疲れてる場合じゃないのに。


電撃の残滓の痛みが疼く。零れる大型ビジョンの光から目を背けるように顔を俯けて、息が落ち着くのを待った。





あの輝きの向こう側に、とうとう僕はいけなかった。




涼「…………」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


まなみ「こっちは男の子アイドルOKですよ! 876プロからデビューしましょう!」


まなみ「ごめんね、愛ちゃんのことが心配で……私がそばについててあげないと」


まなみ「――愛ちゃんを支えてあげてね。涼クン」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


涼「…………」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


尾崎「チーフプロデューサーになりました尾崎玲子です。改めてよろしくね。これからはあなた達を全力でプロデュースします!」


尾崎「ねぇ、秋月さん――ネットの連中に実力を見せてみる気はない? これからはプロモーションの幅を広げないといけないわ」


尾崎「ごめんなさいね……せっかく勝ったのに。私はやっぱり、絵理とじゃなきゃダメだったみたい……もうなにもかも遅いんだろうけど。離れても、あなたたちを応援しているわ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


涼「…………」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


石川「女性アイドルとして成功したなら、男性アイドルの話、考えてあげるわ」


石川「だっ、ダメよ!! 却下却下ボツボツ!! 考えなさい……絵理と尾崎さんがいなくなって、愛も動揺しているわ。あなたがもし賭けに失敗したらここはどうなるの?」


石川「…………もう、『秋月涼』も潮時が来ているのかもしれないわね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ああ、秋月涼の存在は一体なんていうんだろう。歪と矛盾と秘密の道化。



『男の子アイドルデビューなんかで成功できるわけないんだから』


成功できるわけない 成功できるわけない 成功できるわけない



望みはあった

「輝ける」という才能を示せばいい



前を見て歩き続けて

でもそれは友達を泣かせる様な道に繋がって――――




どこから間違えたんだろう。流されたこと? ほっとけなかったこと? 夢を見たこと? こんな風に生まれてきたこと?


それとも。それとも…………




涼「…………………どんな理由でも。絵理ちゃんはなんにも関係ない」


頭を振った。

歩ける。

前だか後ろだかわからないけれど……向かうことができる。


傷ついていた絵理ちゃん。あの子は一体どこにいる。


悲しみを紛らわす、思い出の場所。

秋月涼にとっては三人いっしょの876プロ。


絵理ちゃんにとっては尾崎さんと行った場所だろう。

そしてそこは尾崎さんにとっても…………



涼「あ」



涼「尾崎さん…………」



思い出したのは、ある日の風景。

撮影が終わって帰る時、こっちに「先に戻っていて」と言って、尾崎さんはとあるデパートに入っていった。

絵理ちゃんが去ってチーフプロデューサーになってからまだ日が浅い時で、あの人はよく硬い表情を浮かべていた。


買い物をして気分転換するのかと思って、ごいっしょしますと言ったんだけれど尾崎さんは「そうじゃないのよ」って……




涼「あそこは、尾崎さんの思い出の場所?」


涼(あぁもう。もっと、知っていてもいいのに。1年もプロデュースを受けてこれぐらいしか分からないなんて)



確認しなきゃ。


尾崎さんはもういない。


電話を掛ける。





涼「もしかしたら……」





希望が繋がるよう祈りながら、待つ。


やがて電話が繋がった。

――


――――


――――――


ノートパソコンを広げて、流れていくコメントの群れをわたしは見ていた。



動画サイトの路上ゲリラライブ――――野外ライブ大会生放送の動画たちは、どんどん視聴者を伸ばしていく。

人気が特に高い人達のパフォーマンスはこれから。

盛り上がっていくようそういう風にタイムテーブルを組んだ。


狙うのは最高潮に達した時。


その崩壊の衝撃は一気に拡散するだろう。参加者には火種を抱えている人もいる。




絵理(もっと盛り上がって、現地に見に来る人も視聴者も膨れ上がったら、そこで…………警察に介入させる)




通報される危険を無くすため、最初の方の組は小規模に。そして視聴者数が増える時間帯は大規模に、人気を持った人にやらせる。




すべての場所を通報して――企画を台無しに。

ネットでは騒乱が起きる。憤慨、嘲笑、反発、批判、罵倒、誹謗中傷の感情が心ない言葉となって荒れ狂う。

拡散された悲喜劇に人々は吸い寄せられて。さらにこの話題は大きな批判にさらされる。


絵理(その時、わたしは『ELLIE』が企画者だと明かして……」



―― 路上テロライブを主催したネットアイドル『ELLIE』 ファンの男とホテル街で歩いていたことが判明! ――



絵理「この、醜聞を拡散させる」



合成した写真は、どこか週刊誌の雰囲気がした。

暗い夜の街での隠し撮り。あまり決定的な印象を受けないこんな感じの方が想像力を働かされる分、信じられるもの。


野外ライブ大会の真っ最中に企画者はこんな不埒な行為をしていた。そういう下世話なストーリー。

『ファン食いまくりとの噂がある人』を参加者に選んだのも、よからぬ憶測を生まれさせるための布石。



絵理「ほんとに、こういうのはみんな面白がって……広げてくれる。今日のアリーナライブのタイミングでやれば、アイドルのファンの人たちもネトアを叩いてくる」


曲が『本家』と被っているのも、対立のいい材料になる。


わたしは、その槍玉に挙げられる。それでいい。ネットアイドルにも、リアルアイドルにも居場所がなくなる……それがいい。



『ELLIE』は晩節を汚し、悪評にまみれて、ネットから姿を消す。


絵理(そうすれば……『ELLIE』の後継を目指す人もいなくなる)


何人かはわたしの潔白を主張してくれる気もする。ネトアの時のファンとか、アイドルの時のファンとか……

でも、それはわたし自身が誘導する流れに呑まれて掻き消されてしまうだろう。



絵理(『riola』みたいに)



わたしは周囲を見渡した。


観客席はわたし以外誰もいない。そもそもこんな時間に、何の催しもない屋上に来る人はいない。

ステージも空っぽ。雨風にさらされて傷んでいて、そこにはかつて歌い踊ったアイドル達を思い出させるものは何もない。


絵理(わたしも、亜美ちゃんの情報から調べて、ここを突きとめた上じゃなければ……あのステージにアイドルがいたなんて信じられなかったかも)


居たんだ。あそこに。

あったんだ。あのステージに。


輝きを求めてがんばっていたアイドルとその夢が。


絵理「…………」


絵理(輝き、夢……)



想像する。


アリーナライブの輝き。

声援、湧く観客、歌うアイドル、大勢が織り成していくダンス。

喝采と興奮と夢と感動。アイドル達のきらめくステージ。


それはどんなに素敵なんだろう。


わたしじゃ、もうあの世界には…………




絵理「…………タイミング、見てなきゃ」


ノートパソコンのウィンドウに目を向ける。

盛り上がりがどんどん増している。もう少し。




もうすぐ『ELLIE』を全部壊せる。

手が震え始めた。…………落ち着いて。もう覚悟は、してきた。



自分を消すのは、もう決まってたこと。



絵理(それが、尾崎さんとの――――約束なんだから)





――ガシャーン!





絵理(え?)



エレベーターの音。

誰かが屋上に来た。



絵理(誰……? こんな所に何をしに……? もしかして――)



灯りの無い屋上は人影を識別しにくい。

その人は、この屋上に一人佇むわたしの元に歩いてくる。



絵理「だ、誰?」



誰何する。わたしの声に、その人は止まった。

近くになって帽子を被っていることに気付いたけれど、その帽子はすぐに取られる。



絵理「――!!」


帽子の下の顔が露わになって、わたしは息を呑んだ。



絵理(まさか、こんなところにいるわけない)


絵理(だって、そう、いなくなったって……!!!)








涼「――――絵理ちゃん。久しぶり」







絵理「り、涼さん!?」







夜の暗闇に覆われた静寂なステージの前で、二人は向かい合った。



夢の残滓の邂逅。

今回の投下はここまでです。

ようやく二人を出会わせることができた…


――

――――


メドレーが迫る。

876プロからのたった一人のアイドル、日高愛の舞台が近い。



愛「…………涼さん、絵理さん」

愛「あたし、歌いますよ」

愛「元気いっぱいに歌いますからね!」



まぶたを閉じて、夢想する。


呼び起こされたのはかつて在った姿であり、消えない理想。


水谷絵理と秋月涼の真ん中に日高愛が立っている。



愛(大勢のお客さんの前。歓声の中、隣の二人に目配せをしてあたしは笑顔で歌い出す)

愛(その歌声で風穴を開けたら、あの優しい声と柔らかな声がすぐに重なって……三人はひとつに)



強い憧れのその風景は、心の中の輝く星。

いつかの夢。


名前だって決めてあった。



愛「ディアリースターズ」



さあ行こう。元気はマンタンだ。『終わる』時はここじゃない。


愛「ステージを成功させなきゃ……みんなで、いっしょに!」

――

――――


夜の屋上に二つの声が響く。




絵理「本当に、涼さん!? ど、どうしてここに?」

涼「探したの、一生懸命……。やっと……つきとめた」

絵理「い、いなくなったって、聞いた」

涼「うん……でも、絵理ちゃんには会いたかったんだ」

絵理「わたしに……? どうして?」


涼「止めないといけない、思ったから」


絵理「っ!」



動揺していた絵理ちゃんの目に警戒の色が浮かんだ。

ノートパソコンを閉じ、こっちを見据えてくる。痛々しいほどに、強い眼差し。



絵理「涼さん……わたしがなにをやるつもりか、知ってる?」

涼「自分を傷つけようとしてるっていうのはわかるよ。それと……尾崎さんとの思い出に決着をつけるつもりだってことも」

絵理「……」


涼「久しぶりに会っていきなりこんな話をして、ごめん。でも絵理ちゃんが取り返しのつかないことをしようとしてるって思ったら、居ても立ってもいられなくて……」

絵理「…………どうして、わたしのすることわかるの?」

涼「『riola』」

絵理「あ……!」


寂れたステージに視線を向ける。かつて、あそこには。


涼「ここ、『riola』が……尾崎さんが立ってたステージなんだってね」

絵理「……尾崎さんから、教えられた?」

涼「ううん。私には話してくれなかったけど…………『riola』のことなら知ってる」

涼「絵理ちゃん、この『riola』って言葉、今回の野外ライブ大会に仕込んだんだよね。尾崎さんとの過去を気にして…………ずっと、苦しんでたんだってそれではっきり分かった」

絵理「……わたしがプロデュースしているってウワサ……ネットで見た?」

涼「うん。それ、サイネリアさんが流したんだって」

絵理「やっぱり……サイネリア……」

涼「絵理ちゃん、もうやめよ?」

絵理「…………」

涼「ネットから消えるつもりなんでしょ? ネットアイドルを辞めるって約束を完全に果たそうとして」

絵理「そこ、まで……」

涼「サイネリアさんも心配してたよ! 本当になにもかも終わりにしようとしてるのならそんなことは――」


絵理「……どうして、来たの?」

涼「えっ?」

絵理「誰かに、言われてきた? サイネリアとか……………お、尾崎さんに」

涼「…………私が、止めたくてきたの」

絵理「そう……驚いた。わたしのやることに気付いて……涼さんが、ここで出てくるなんて…………」

涼「私、は」

絵理「ねぇ、涼さん――――」







絵理「帰って」






絵理ちゃんは瞳からふっと光を無くして、そう言い放つ。





涼「絵理ちゃん……!」

絵理「帰って。わたし、涼さんの言う通り、自分を消そうとしてる……でも、それは、やらなきゃいけないことだから……!!」


涼「自分を消さなきゃいけないなんて! そんな悲しいことっ!!」

絵理「わたしはもう止められない。止められるわけ、ない……! 帰って…………帰ってっ!!」



唇を噛む絵理ちゃん。

瀬戸際にこの子はいる。


追い詰めたのは――――きっと秋月涼とのあの勝負。



涼「か、帰れないよ! あのね話が」

絵理「……どうして、い、今さら来るの……止めるだなんて……」

涼「……!」

絵理「もうわたしは、終わろうって思ってた……! やっと尾崎さんとの約束、果たせるところまできたのに」

涼(約束。――やっぱり)

絵理「止められない……もう。とっくに、終わった、のに」

涼「終わってないよ!」

絵理「終わったの……! 涼さんだって、わたし達の終わりに、関わったはず……っ」

涼「う……っ!」



――――『目障りなのよっ!! 私から離れておいて!!』



絵理「わたしは、もう尾崎さんを苦しませる存在でしか、ない……っ!!」




光を無くした瞳に、涙が浮かんでいた。


なんて傷が深いんだ。


絵理ちゃんは一人でずっと抱え込んで――――



涼「ごめんっ!! 絵理ちゃん!!」



膝と手をついて叫んだ。

こんな土下座なんかで秋月涼の罪が消えるとは思えないけど、そうせずにはいられない。



涼「ごめんなさいっ!! 元気なら嬉しいとか言っておいてっ! 絵理ちゃんを傷つけるような真似を! 止めていればこんな風に追い詰められることなかったのにっ!!!」

絵理「涼さん……」

涼「あんな勝負気にすることないんだよっ!! 尾崎さんだって、そう、本当は……本当は絵理ちゃんに勝ってほしかったんだっ!!」

絵理「……っ!」

涼「私なんかとの勝負で、絵理ちゃんが傷つくことないよっ!!」



床に額を押しあてる。何度頭を下げても足りないけれど、それでも。



涼「だからっ、こんなこともうやめて…………戻ってきてほしい! アイドルにっ!」


絵理「アイ、ドル……?」


涼「ずっと、ずっと考えてた。私がしちゃったことと……私がしなきゃいけないこと」

涼「絵理ちゃん、もう一度やり直そう? ――――絵理ちゃんだったら、それが、できるから」


絵理「なに、言ってるの……っ!?」


涼「今こんなこと言われても混乱すると思う、でも、絵理ちゃんは戻らないといけないんだよ!」

絵理「どうして、……どうしてアイドルに戻らなきゃいけない……?」

涼「私との勝負は間違っていたからっ!」

絵理「……わからない。涼さんが言ってること…………」

涼「私、伝えに来たの! 尾崎さんと絵理ちゃんは、まだきっとやり直せるって――――」

絵理「やり、直せ、る……?」


その言葉は心を揺らして。




絵理「い、いまさら……そんなの! いまさらっ!! その、尾崎さんがいないのにっ!!」




絵理ちゃんが、叫んだ。

濁って渦巻く心情を、口から吐き出すように。――こんな姿初めて見た。




そして、駆けだした。

過去からやってきた秋月涼から逃れるように、エレベーターに向かって絵理ちゃんが走る。


涼「ま、待って!!」




後を追う。


逃がしちゃダメだ。


もう暗闇の方に行かせちゃダメだ。




涼「――!!」ガシッ!!


絵理「ひぅっ!」



ノートパソコンを抱えていない方の腕を捕まえる。

細い腕だ。こんな儚い体に、どれだけの悲しみが……



絵理「くっ……ぅ……!!」

涼「逃げないでっ、お願い!」




絵理「――――放してっ!!!」




拒絶。


腕が振りほどかれる。




涼「あ……ぅ……」



振りほどかれた手が宙ぶらりんになって、夜闇を掻いた。

もう一度絵理ちゃんの手を取ろうとするけれど


絵理「放っておいて……!!」



その声に隔てられて、手を伸ばせない。

秋月涼と水谷絵理はこんな関係になってしまったのか。



涼「待って、絵理ちゃん……」



もう言葉しか、ない。



涼「絵理ちゃんがやり直せるのは本当なの……」



絵理ちゃんは、目を伏せた。



絵理「わたし……尾崎さんを信じられないなら、アイドルやりたくない……一度、伝えた」

涼「うん。あの時は――」

涼(ショックだった)



絵理ちゃんといっしょにアイドルをやれない…………寂しくないわけ、なかった。

三人いっしょだったのに。


……伝えなきゃ。


――――『絵理……どうして私から……』



涼「尾崎さんはずっと絵理ちゃんのことを考えていたよ。ずっとずっと……私や愛ちゃんをプロデュースしている時でも」

涼「私を『R-A』にしようって……ネットアイドルをしている絵理ちゃんと戦わせようなんて、そうじゃなきゃ思いつかないよ」

絵理「う……」

涼「絵理ちゃんはずっと思われていた。ネットアイドルの世界に踏み込んできたのも、絵理ちゃんにネットアイドルを辞めるよう約束させてきたのも……」

絵理「ぅ、ぅぅ……」

涼「それだけ、絵理ちゃんが大事だったからこその……反動なんだよ」

絵理「お、ざき、さん……っ!!」」



尾崎さんのことになると、絵理ちゃんはとても心をぐらつかせる……

なら、向かい合うべきなのは……!



涼「信じてほしかったって……言ってたよ。絵理ちゃんが離れていったことがショックで…………それで尾崎さんは、心が暴走しちゃったの」

涼「決して心の底から憎んでたわけじゃない。それは私が保証する。大切すぎたから……だからこそあんな仕打ちを」

絵理「そんなの……分かってる……っ!!」



絵理ちゃんの潤んだまなざしがこっちを射抜いた。



絵理「お、尾崎さんは、……『私のすべてを託したもう一人の私』って、そう、言ったの……!! いっしょに、夢を、追いかけて、いた、から……っ!!」


絵理「でも、…………でもっ!」



見ているだけで、伝わった。


蘇った痛みが、絵理ちゃんを苛んでいる。絶望が渦巻いて、後悔の痛々しい火が、彼女の中で燃えて――



絵理「わたしは…………っ」





――『信じて尾崎さんになんでも言ってきた』


――『でも、全部わたしの一方通行……』


――『もう、尾崎さんのこと、信じられない……っ!』





――――『もう、わたし歌えない…………さようなら……尾崎さん…………』






絵理「わたしは…………尾崎さんを信じられなかった」



その震えた声を聞いて悟った。


恨みはない。憎しみもない。絵理ちゃんが抱いているのは、ただ深い深い悲しみなんだと。


絵理「尾崎さんはすべてを託したって、そう言ってた……っ」

絵理「それは期待だけじゃなかった…………わたしは、尾崎さんに夢を託されて……!!」

絵理「わたしはふたりで笑っていたかったっ!! ……でもわたしは信じられなくて、離れたわたしを尾崎さんは憎んだ……」

絵理「夢を叶えられなくて、託されていた想いは、反動で呪いになって……わたしは……っ!!」


涼「……絵理ちゃんっ!!」



――感謝。



自分を騙し、女装してアイドルをしていて……よかったと思う。


夢になろうと頑張って……最後に空っぽになる。


ほんのちょっと、一欠片だけでも




涼「…………絵理ちゃんの痛みがわかる」




絵理「そんな形だけの言葉……かけないで……」

涼「ねえ、聞いて」

絵理「……なに……っ」

涼「あのね……」




涼「―――――― 僕、男なんだよ」



今回の投下は終わりです。短くて申し訳ない

投下開始します





絵理「おとこ……? な、なにを言って…………」




もう『秋月涼』も潮時――


少しでも、絵理ちゃんに近づけるのなら、ためらわない。




涼(まさかこんな感じで明かすことになるなんて……思わなかったな)




羽織っていた上着を脱ぎ捨てて、シャツのボタンを外す。



絵理「え……?」



女性的なふくらみはそこにはなく、晒されたのは成長期の男子の、体。


冷たい風が肌を刺す。あのスタンガンを押し当てられた所が少し疼いた。



涼「本当なんだ…………僕は、実は男で、ずっと女装をして、アイドルしてたんだ」



膝が震える。声が揺れる。冷たさのせいじゃない。



涼「今から、石川社長とか……律子姉ちゃんとかに連絡して、確認を取ってもらっても構わない……」

絵理「あ、ぁ…………本当に……?」


驚きに固まる顔。大きく見開かれた目が、僕の男の体に向けられている。



絵理「あ……ぅ……ど、どうして…………女装なんか……」



だけどそれでも絵理ちゃんの頭は処理が速かった。


理由を聞いてきた。聞いてきて、くれた。



涼「最初は男としてアイドルデューするつもり、だったんだ。でも、男性アイドルとしては……僕、魅力が、ない、から……っ」



理由を話す。――――身が切れるような心地がする。



涼「だけど……女の子アイドルで、トップに、立てば……男性アイドルとしてデビューできるって聞いて……それで…………ずっと愛ちゃんと、絵理ちゃんを騙し続けてた……」

絵理「り、涼さん…………!! そんな……」

涼「ごめんっ!!」



軽蔑されても仕方ない。

だけど……だけど! それでも伝えないといけないことがある。


涼「でもね…………僕は、その夢、見れなくなっちゃったんだ……」

絵理「えっ……!?」



夢が見れなくなった。その言葉に絵理ちゃんは反応を示す。――きっとそれは同じ傷を感じたから。


絵理「あ、諦めちゃった……?」

涼「うん……」

絵理「それは、どうして?」


涼(どうして――か)


涼「やりたかったことがあったんだけど……やらなきゃいけないって、思うこともあって……」


僕に投げられた色んな言葉を思い出す。


涼「それと、夢を追いかけるのが本当に正しいのか、良いことなのか、資格があるのか……って、悩んで進めなくなっちゃったんだ」

涼「――絵理ちゃんも傷つけちゃったし」

絵理「……『R-A』」

涼「うん。そんなことをするためにアイドルになったわけじゃなかったのに。それで……そんな中途半端に生きている内に……タイムリミットが、きちゃった」

絵理「……」

涼「誰かのためにアイドルをやる……誰かの夢になる。僕もそうしたんだ……」

絵理「誰かの、夢……」

涼「僕は、最初に持っていた自分の夢を裏切ってそうした……。でも、絵理ちゃんは違う。尾崎さんとアイドルをやる。それ自体が夢だったんでしょ……?」


僕はそこで、絵理ちゃんの目を見据えた。

絵理ちゃんはまだ、終わってない。


涼「だったら、やっぱり絵理ちゃんは876プロに戻ってアイドルをやらなきゃいけないよ! それで……もう一回、尾崎さんと――」

絵理「っ!! もう……無理に、決まってる……っ!」


その訴えに、絵理ちゃんはびくりと身を震わせる。


涼「決めつけちゃ……だめだ。だめなんだよ、絵理ちゃん。自分から夢を遠ざけちゃいけないんだ、絶対に!」

絵理「だ、だまって……っ! いまさら、なにも、そんなの……虚しくて……っ!」

涼「虚しくなるのはこの先の絵理ちゃんの人生だよ!!」

絵理「ぅ――っ!」


進め。叫ぶんだ……夢が、蘇るまで


涼「リアルアイドルは尾崎さんといっしょにって言ったよね、それが夢だったんでしょ! それが欲しかったんでしょ! このままじゃ絵理ちゃんの心は冷え切ったまま――」


絵理「ぶつけないで!」


涼「っ!?」



絵理「涼さんは……そう……自分の夢が失敗した」

涼「……!」

絵理「自分ができないから……だからって……わたし……に」

涼「え、り……ちゃん………」


刺された言葉が、息を詰まらせ、震えを脚に立ち上らせる。


涼(引くもんか――――)



――『自分の夢ひとつ追えない君が他人の夢のために、こうして口添えに来るのはとても不自然だと感じるが」



去来する、声。




武田さん……ごめんなさい。

僕は、やっぱり…………


女の子の悲しんでいる顔がどうしようもなく苦手なんです。





涼「ぶつけるよ!!」




絵理「え……?」

涼「絵理ちゃんと尾崎さんは、まだきっと手遅れじゃないもの!」

絵理「ておくれ……じゃ、ない……?」

涼「ねえ、聞いて絵理ちゃん。僕ね、絵理ちゃんが消えた後……妨害工作本当は誰がしていたか、分かったんだ」

絵理「妨害工作……」




絵理ちゃんの目を見てわかった。思い出している。


アイドル・水谷絵理とプロデューサー・尾崎玲子が離れ離れになった原因。


あの、『呪い』の正体。




涼(絵理ちゃんがアイドルを辞めて876プロから出ていった後)



尾崎さんからプロデュースを受けることになった僕に――――五十嵐局長が接触してきた。


――

――――

――――――
TV局



五十嵐「やあ、秋月さん。しばらくだね」

涼「あ、局長さん! え、えっとえっと……お、お久しぶりですっ! あの時は、お手洗いを貸していただいて……」

五十嵐「ああ、あれしきのこと構わないよ。しかし、成長したね。活躍ぶりはTVで見させてもらっているよ」

涼「ありがとうございます!」

五十嵐「今日は番組の収録かね?」

涼「はい」

五十嵐「そうか……。そういえば石川くんにも聞いてみたんだが」

涼「社長から? なんでしょうか」


五十嵐「水谷さんがアイドルを辞めてしまったというのは本当かね?」


涼「あ、はい……本当です……」

五十嵐「いや、辞めたということは耳に届いているのだが……その、なぜ尾崎君と離れることになったのか、詳細が分からないのでね。君は、何か聞いていないだろうか」

涼「え、尾崎さんとのことですか?」

五十嵐「ああ、なぜこんなことを聞くのか分からないだろうね。混乱させてしまってすまない。いや個人的にファンであったのでね、その……個人的に、口惜しさがあるのだよ」

涼「ファン、ですか。そういうことなら。……といっても、私もあんまり知らないんですけれど。――絵理ちゃんは、尾崎さんのことが信じられなくなってしまったんだと思います……」

五十嵐「な、なぜだろうか」


僕は律子姉ちゃんからの話を思い出しながら、端的に伝える。


絵理ちゃんが、自分の周囲で起きるおかしな出来事を気にしていたこと。

そのことを調べるうちに『riola』という昔のアイドルの呪いではないかと考えたこと。

『riola』の呪いなど無いと言った尾崎さんが、その『riola』の一員だったと隠していたこと。



涼「絵理ちゃん、ショックだったと思います。信じていた人に大事なことを隠されて。それでなにを信じたらいいか分からなくなって……夢が見えなくなってしまったんでしょう」

五十嵐「なん、という……!」


局長さんは驚愕の表情を浮かべた。

その表情は長く、深く、顔に刻まれていた。


涼(ショックだったかな……ファンだったって言うし……)

涼「局長さん。……この話はあんまり広めないようにお願いします。尾崎さんの耳に改めて入ることになったら……また、傷が蘇っちゃうと思いますから」

五十嵐「あ、ああ。ああ。もちろんだとも」

涼「助かります。プロデューサーとして今、尾崎さんがんばってますから」

五十嵐「そうか……うむ。今は、君なのか…………」


局長さんは茫然自失となりながら、こちらを見つめる。その瞳は、すがるような色合いだった。


涼「な、なんでしょうか?」


五十嵐「秋月さん。ならば今は君が尾崎くんの夢を背負っているわけだ」

涼「私が――尾崎さんの夢を」

五十嵐「そうだとも。水谷さんは去ってしまったが……今の尾崎くんのパートナーは君なのだろう?」

涼(パートナー……)



涼「いいえ。違います」



僕は首を振った。


尾崎「ち、違うのかね?」

涼「はい……。尾崎さんにとってパートナーは絵理ちゃんだけなんです。きっと今でも。……そう伝わってきます」

五十嵐「なんと! な、ならば君は?」

涼「私は、そうですね……なんでしょう? あはは……」

五十嵐「なんてことだ…………私は…………」

涼「局長さん?」

五十嵐「……失礼するよ。少し、一人で考えたいことができたのでね……」




不思議な接触だと、その時は思った。


絵理ちゃんと尾崎さんにあまりに強く入れ込み過ぎていると、そんな印象を五十嵐局長から受けたから。




涼(それで……夢子ちゃんから話を聞いて僕は驚いた)




尾崎さんが去った後。

夢子ちゃんが、進む道が見えなくなったと、そう話してきた時のこと。






・・・・・・・・――



夢子「ねぇ、聞きたいんだけど、仲間を負かしてしまったのに……あなたはどうして道を歩き続けられるの?」

涼「どうしたの、夢子ちゃん……いつもと違うよ……」

夢子「――烙印は消えないんじゃないかって最近思うの。必死にやってきたことが、大きな過ちだった時…………それは自分を縛ってくる」

夢子「私は、同じ志をもったアイドルを妨害していた。嫌がらせしてたこと……調べられたらすぐにわかっちゃう。このままやってても先が無いんじゃないかって、最近怖いのよ」

涼「夢子ちゃん……」




夢子「そのこと考えないようにしてたんだけどね。一年前にもう気付けてたはずなのに」

涼「何が、あったの……?」

夢子「ほら。水谷絵理が辞めちゃう直前よ。私アイドルクラシックトーナメント一次予選、辞退してほしいって言われたことがあるの」

涼「ほ、本当!? それ絵理ちゃんも出ていた予選だよねっ!?」

夢子「思えば、私あの時からボロが出てたんだろうって思う……。でも私は、必死だった。夢を叶えたくて、本気で生きてたのよ。……それが過ちだったんだけど」

夢子「やり直すことって本当にできるのかしら……。新しい夢を追う資格、私あるのかな?」

涼「あるよ! 何言ってるの!? 夢子ちゃんらしくないよっ! 辞退を頼んだ人って誰? その人が夢子ちゃんにマイナスイメージ持ってるんなら謝りに行けばいいじゃない!」

夢子「……五十嵐局長よ? そうそう会えるもんじゃないわ」


涼「…………え?」




五十嵐局長の顔を思い起こした。


絵理ちゃんが尾崎さんと決別したと聞いた時の、あの驚愕し、放心し、深く打ちのめされたような表情を。




絵理ちゃんの周りで起こっていたおかしな出来事――アイドル達への妨害の犯人は誰なのか。



・・・・・・・・・・――


涼「そうだね……絵理ちゃんにあんなことをしておいて、僕、夢を見る資格なんて…………」

律子「夢を見る資格無いって……あなた、水谷さんのこと、気にしてるの」

涼「僕……絵理ちゃんの居場所を奪っちゃった……元気でいてほしいって言った癖に、その元気を奪うようなことやっちゃったんだ……」

涼「尾崎さんを止めていれば。辞める前の絵理ちゃんを繋ぎとめていれば。僕なんかが、勝たなければ……」

律子「水谷さんと尾崎さんの争いに何もできなかったって……それはあなたのせいじゃないわ。胸に留めておくのは大事だけど。申し訳ないと思うなら、あなたは今の活動をがんばりなさい」

涼「…………そうだよね」

律子「riolaの呪いがこんなところまで来ているのかしらね。まったく……そもそも五十嵐って人が色んな問題起こさなきゃ……」


涼「……『五十嵐』?」


律子「『riola』の所属してた事務所の社長の名前よ。かなり飛ばしている業界の御曹司ってことぐらいしか知らなかったんだけど、詳しく調べて名前分かったのよ」

涼「…………」

律子「まあ、あんまり思いつめないことね。その五十嵐って人のせいということにして、割り切っておきなさい。あなた、そんな顔でアイドルやるつもり?」

涼「……そうだね。頭を冷やすよ」




五十嵐社長――五十嵐局長。


業界の、御曹司。


『riola』の事務所の社長――――





・・・・・・・・・・・・・――


涼「やり直す……?」

石川「これから次第だけどね。あなたの活動の仕方再考する必要があるし」

涼「……社長。五十嵐局長と知り合いでしたよね……」

石川「なにいきなり。確かに彼とは旧友だけど……それがどうかした?」

涼「局長さんの息子さんも、アイドル事務所の社長をしていたんですか」

石川「あー……、そうらしいわね。私も詳しくは知らないわ。……今は業界にいないことぐらいしか」

涼「五十嵐局長の息子さんは、アイドル事務所の社長だった。それで、もう今はいない――――」

石川「なに? 私も同じように業界から消えるんじゃないかって思ってるのかしら? 心配無用。私はこれでもしぶといのよ」

涼「…………」

石川「まぁ、まずは、あなたが男だという『問題』に対処しないとね」

涼「問、題……………………」



尾崎さんは妨害工作をやっていない。


僕と愛ちゃんの周りのアイドルが、不意の事故に遭ったりしたことなんて無かった。


夢子ちゃんに辞退を頼んだのは五十嵐局長だという。



局長さんが絵理ちゃんの進む道に手を回している? それも強引な方法を使って。本人にも教えずに。


そうする理由がわからない。わからなかった――けれど。




『riola』がラインだとするのなら。




五十嵐局長は、息子さんが残した尾崎さんの夢を、助けようとしたんじゃ――――


かつて潰えたアイドルへの償い。





……もしそうだったのなら、あの人がやったことは間違っている。




尾崎さんと絵理ちゃんはだってそのために離れ離れになったのに。






――――絵理ちゃんに戻ってきてほしい




――

――――

――――――



涼「それで……事務所を離れた僕は、この事を話そうと尾崎さんを探してたんだ。考えを確かめて、尾崎さんと局長さんに話し合ってもらうために」



星の無い空。

空っぽのステージ。


真正面に少女の瞳。



事務所を離れてからこれまでの空白を、話して埋める。




涼「でも…………尾崎さんは、見つからなかった。履歴書にあった住所を尋ねたんだけどね。新しい職場を探しに都内に出てるのかずっとそこは留守で」

涼「電話もメールも繋がらなくて……プロデューサーって、事務所から離れたらそこのアイドルからの連絡を絶つものなのかな」

涼「でもね。何日目かに、ある人と会うことができたんだ」


絵理「ある人……?」



ずっと無言で僕を見つめていた絵理ちゃんが、そこで初めて口を挟んだ。



涼「うん。尾崎さんと局長さんの事情を分かって、『riola』の真実を確かめられる人。絵理ちゃんも一度会っているんだよ」



涼「『近藤聡美』さん……もう一人の『riola』。僕、その人に話を聞いてもらったんだ」


今回の投下はここまでです
もう終盤に入っていますので、もう少しお付き合いください

投下開始します

――

――――

――――――

喫茶店



近藤「近くまで来たので玲子を訪ねようとしたら……驚きました。あなた、本当に秋月涼さんなんですね」

涼「はい。逃げようとしてしまって……すいません、近藤さん」



尾崎さんの家の前にいた僕に話しかけてきたのは一人の女性。

彼女は近藤と名乗った。



近藤「いいんですよ。今、アイドルを離れているんでしょう?」

涼「……はい」

近藤「色々事情があるということは、わかります。あなたも、玲子のプロデュースを受けたんですよね……」

涼「はい。お世話になりました」

近藤「あの、どうして玲子を探しているか、教えていただけますか?」

涼「…………絵理ちゃんと尾崎さんのことで、話さなくちゃいけないことがあるんです」

近藤「水谷……絵理さん」


近藤さんは手もとの紅茶に視線を落とす。


近藤「私も……玲子のウソに付き合ってしまったのよね…………」

涼「え?」

近藤「私、水谷さんともお会いしたことがあるんです――『riola』として。知っていますか?」


――

――――


涼「それで僕は近藤さんに事情を話した」

涼「あの人、絵理ちゃんにウソをついたこと……本当のことを話さなかったこと、後悔してた」

涼「尾崎さんと絵理ちゃんの関係が壊れちゃった原因は、自分にもあるって」

絵理「近藤さん…………」

涼「『riola』の事務所の社長は五十嵐っていう人でね、業界の御曹司として結構、ムチャクチャなことしていたみたい」

絵理「…………」

涼「だけど――『riola』を売り出していた時はちゃんと反省して、改心して、真面目に『riola』を輝かせようとがんばっていたって……そう近藤さんは言ってた」

絵理「でも、結局、は…………」

涼「うん。『riola』は、社長の悪評が元でトップアイドルになることはできなかった…………」

涼「ネットにね、悪いこといっぱい書かれて、叩かれたんだって」

絵理(あ……)



サイネリアが調べてきた、『riola』の評判。

さっさと消えろとか、裏で汚いことをやっているんだろうとか、そんなひどいことばかり……書かれていた。



絵理(そう。あんな風に叩かれていたから……だから、わたしは同じように……)


涼「根拠のない風評が続いて、最後に残ったアイドルは『riola』だけだった。でも……ある日五十嵐社長が失踪して、事務所も無くなってしまった」

涼「――――悲しい、話」

絵理「かな、しい……」

涼「尾崎さんの苦しんでいる様子を、近藤さんはそばで見ていたの」

涼(これを話す時の近藤さん、本当に悲しい目をしてた……)


涼「尾崎さんはネットでの叩きに怒ったし、悲しんだって。……どうしてこんな目に合わなくちゃいけないの、ただ夢を追いかけているだけなのにって」

絵理「う……」

涼「だからネットに戻った絵理ちゃんに対して、平静じゃいられなかったんだ」

絵理「うぅ……っ」

涼「尾崎さんは、傷ついた。だけど絵理ちゃんに夢を託した。……そして局長さんも。息子さんの忘れ形見を想って、絵理ちゃんを助けようと」


絵理「そ、そん、な……っ!!」


涼「近藤さんその気持ち分かるって。一度無くした夢は、傷になって。その痛みを消すために……なんでもするって気持ちになる」

涼「…………実は、その気持ちだけは、僕も分かるんだ」


この瀬戸際で初めて分かったその心。


五十嵐局長の話を近藤さんにした時、彼女は驚いていた。



――『あの人がそんなこと……!』

――『事務所を閉める時、わざわざ私達に頭を下げに来てくれたんですよ?』

――『雄太のせいですまないって……』



でも、少しの沈黙の後、近藤さんは言った。



――『ああ……でも、今なら理解できます……』

――『自分のせいで壊した夢に対する償い。私が秋月さんの話を聞いているのも、水谷さんへのウソに協力してしまった負い目からなんですから……』

――『過去への償いの気持ちを……あの人も』




刻まれたその瞬間、悲しみはまだ子どもだ。


時が経つほどその痛みは煩悶を取り込んで、後悔や焦燥を孕んで心の深い所に巣食う。


刻まれた負い目と傷は暴走を引き起こす。




五十嵐局長も、尾崎さんも。


そして…………絵理ちゃんも。


……


涼「絵理ちゃんの周りで起きていたおかしな出来事の犯人は五十嵐局長。――――それが真実でもおかしくないって近藤さんは言った」

絵理「しょ、証拠、は……?」

涼「今出せるものは無いけど。それは、二人が話し合えば分かること。今僕が言いきれるのは、尾崎さんが犯人じゃなかったってこと」

涼「……プロデュースを受けている時の僕には、周りでトラブルなんて起こらなかったから。それに僕に会いに来た局長さんは深く後悔している様子だった……これは状況証拠っていうのかな」

絵理「で、……でも――!」


涼「絵理ちゃん。尾崎さんが『riola』であることを黙っていたのは」


絵理「っ!」


涼「ただ……過去を引きずって言えなかっただけなんだよ。過去の出来事が自分の中で膨れ上がって、さらけ出せなくなる。絵理ちゃんも、その気持ち……きっと今ならわかるはず」

絵理(今なら――――)



そうだ。わたしはサイネリアに……今日やることを言えなかった。


サイネリアにもう自分なんかと関わってほしくなかった。それも理由だったけど、わたしは――――そう、心の中のわだかまりを話せなかったんだ。


縛られて、固まって、口が動かなかった…………


……

『玲子が私に『riola』として会うよう頼んできたのは、水谷さんの不安を取り除きたいという理由からでした』


『『riola』がアイドルデュオだということ、そして自分もその一人であったことを伏せてほしいと玲子から頼まれた時も、すぐに了解しました』


『……昔の事務所のことで玲子が傷を負っていることを、私は知っていましたから』


『…………それが、こんなことになるなんて』


『でも、これだけは知っていてください。玲子は本当に水谷さんのことを想って、私と会わせたんです……。悔しい思いや、不安な気持ちを自分のアイドルには持ってほしくないとそう思って』





涼「――――そう、近藤さんも言っていたよ。尾崎さんはやってない」



絵理ちゃんが震えた。


夜の空気に? それとも……僕の言葉に?






絵理「――――わたしだって…………わかってた。尾崎さん、悪い人じゃない」


絵理「でも、何で黙ってたのか……わからないことが、増えすぎて……!! 一人ぼっちになった部屋でずっと悩んでいるうちに……わたし……!!」



ひび割れた心から、言葉が零れた。


涼「あの時の判断が間違いだったと思うなら、やり直せばいい!」

絵理「だ、だけど……っ」

涼「近藤さんがずっと尾崎さんを探してくれてるっ! 今もっ! 連絡が取れるようになったら、絵理ちゃん、尾崎さんともう一回話し合ってっ!」

絵理「…………無理、もう……っ!!」

涼「どうして――!? 絵理ちゃんが辞める必要なんてなかったんだよ!?」

絵理「約束はどうなるの……っ!?」

涼「!」

絵理「わたしは、尾崎さんと、約束した。負けたらネットアイドルをやめるって…………」


涼「それだって単に約束だったから守ろうとしているんじゃないっ! 絵理ちゃんが守ろうとしている理由は、いくら歪んだ約束でもそれが尾崎さんとの繋がりだから――」


絵理「だ、黙って! もう、これ以上……頭を、ぐちゃぐちゃに、しないで……っ!」


涼「黙らない……本当を押し殺し続けた先にあるものを、僕、知っているから……!!」



夜の暗闇に、互いの震えた声が呑みこまれていく。


音楽も無い。歓声も無い。ただただ人の熱が乗った声だけが、屋上に散っていく。



絵理「ここまできて…………っ!! ここまで整えて……サイネリアとも離れたのに……っ!」


涼「今ならまだ――」


絵理「わたしは……戻れないっ!」




絵理ちゃんが叫んだ勢いのまま、ノートパソコンを開く。


映っているのは……今どこかで行われている、路上の歌い手の姿。


どこか空々しい熱狂の音が、パソコンから漏れ出てくる。




絵理「こんな、『ELLIE』の後追いなんて……させちゃ、いけない。終わらせないと……っ!」

涼「どうしてそこまで……っ!!」



溢れだした涙が、絵理ちゃんの悲痛な眼を彩った。


もう止められないのか。

悩み、悲しみ、泣きながらやろうと決めた気持ち……それに、今ブレーキがかからない。



僕じゃあ、凝り固まった悲しみを溶かせない――――



止まっちゃ、ダメだ。



涼(自分の弱さのツケを絵理ちゃんに背負わせちゃいけない。もう……二度と……)



涼「僕は……」









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

涼「これです! ネットで広まっている路上ライブのイベントの話……この企画、絵理ちゃんがやってるって!」

近藤「確かに、『riola』が仕込まれていますね……! 水谷さんは何を……」

涼「嫌な予感がします。今までしてこなかった色んな人を巻き込む大規模な企画ですし……そこで『riola』なんて」


涼(まさか……絵理ちゃん)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

近藤「……水谷さんに会いに行くんですね」

涼「はい。失踪の噂が広まっている身ですけど……直接会って話すべきだと思いますから」

近藤「ごめんなさい……私が玲子をすぐに見つけていれば……」

涼「い、いえっ! そんなこと! 色々協力してくださって、すっごく感謝してます」

近藤「お礼なんて。実は私……あなたもアイドル活動の行き止まりに辿りついてしまった人だと……勝手に、共感しちゃったんです」

涼「え?」

近藤「袋小路にいる人の辛さを知っているんだなって感じて……。対して売れなかった私が、秋月さん対して言うのも失礼ですけど」

涼「……近藤さん」

近藤「秋月さん。玲子は私が必ず見つけます。だから水谷さんの方をお願いします」

涼「はいっ!」


近藤「ふふ……」

涼「どうしました?」

近藤「玲子と水谷さんに何があったかを聞いた時、とても悲しく思いました。…………でも、あなたが関わってくれていて良かった」


近藤「まだ、終わってないって思えます」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



本当は尾崎さんと絵理ちゃんの確執を溶かすことができれば、僕自身は会えなくても構わなかった。

こちらからの連絡を拒絶されていたから、僕はもう会わない方がいいだろうと思った。

謝罪はしたかったけれど。

でも……



最後に押し留める役目を果たせるならば、ここにいる意味がある。



こんな僕にも――――意味があった。



たとえ夢のなれの果てでも。


涼「…………」

涼「僕は、終わってないと思うんだ」

絵理「また……」

涼「手を伸ばせば届くんだよ! 後は絵理ちゃんの気持ちだけなんだっ! 自分の未来を考えてっ!!」

絵理「わたしの未来なんて……悪評に包まれて、消えるだけ……!」


涼「本当にそうしたいの!? 絵理ちゃんは尾崎さんとの関係をどうしたいの!? それを聞いてないっ!」


絵理「わたし、は……今日、けじめをつけるつもりだった……全部、終わりに……」


涼「違うっ!!」

絵理「え……!?」

涼「ケジメをつけて終わりじゃない。絵理ちゃん、君はこれからずっと尾崎さんとのことを、抱えて生きていくつもりだったんだよね?」

絵理「……!!」

涼「だって絵理ちゃんがこんなことをしているの……」




涼「全部尾崎さんの気持ちを知るためじゃないか」




絵理ちゃんは尾崎さんとの約束を守って、『ELLIE』にまつわる全部――水谷絵理を含めた全部を消し去るつもりだとそう考えた。


でも、それだけじゃない。


この屋上は『riola』の思い出の場所で。絵理ちゃんはそれを知って“終わる”場所を選んだというなら。


絵理ちゃんは、尾崎さんの過去を感じようとしているということ。




…………受けた痛みを知ろうとしている、ということ。





涼「悪評に包まれて消えるだなんて……絵理ちゃんは『riola』と同じ道を進もうとしてる」

絵理「……ぅ……」

涼「けじめをつける……それだけで『riola』を入れたんじゃない。ずっと……気にして、想い続けていたから! 後悔も、していたから……っ!!」

絵理「ぅぅ……」

涼「今回の野外ライブ大会…………絵理ちゃんの本当の目的は」


涼「――――“尾崎さんと同じ境遇”になるため……」



――――がしゃん。



屋上の床から乾いた音。



ノートパソコンが落ちた。



涼「あ……っ!?」



絵理ちゃんは膝をついて、空を仰ぎ見るように顔を上に向けた。





絵理「尾崎さんが受けたのと同じ痛み…………そう…………そのため…………」



涼「……こんな状況になっても、尾崎さんの気持ちを少しでも知ろうと……したんだよね……」



絵理「………………」



――崩れた。


魂の抜け殻のように、絵理ちゃんはただただ虚空に茫洋とした視線を漂わせている。




悲しさに、胸が痛いほど締めつけられた。


絵理ちゃんに近づいて、声を掛ける。



涼「尾崎さんと、やり直そう?」

絵理「あんな別れ方を、して……もう……」

涼「もう、こだわっちゃだめ……その、気持ちだけでいいんだよ……」

絵理「気持ち……」

涼「そう……未練や言いたいことあるんでしょ……? 夢が、まだ消えずに残ってるんなら……進まないと……」

絵理「夢……」



そうだ。


絵理ちゃんにはまだ、夢が蘇る余地がある。



涼「僕……ずっと、絵理ちゃんと尾崎さんとの関係にとどめを刺したこと、後悔してた。……夢を塞いだことを」

絵理「…………涼さん」


涼「夢は……こっちから諦めない限り裏切らない。でも、いつまでも進まないでいると……もう二度と夢は戻ってこなくなる…………」


口から勝手に、言葉が。




涼「絵理ちゃんは、まだ大丈夫」



胸の奥から零れるみたいに。



涼「だから。やり直すために……動いてほしい」



頭を通さないで、声が溢れる。



涼「お願い。そうして、くれないと……………………………………」






涼「僕が、こんな風になっちゃった、意味が…………無く、なっちゃう……よ……っ!」





あ。僕……今、泣いている。


涙が。


泣く資格なんて僕には無いから、ずっと、こらえてきたのに――――





絵理「涼さん――――ぁ……ぅぅ……っ…………」


ぼやけた目に、絵理ちゃんの潤んだ瞳が映った。





絵理「わ、わたし……………………やり直して…………いい、のかな……」




ずうっと待っていたその言葉。



せっかく聞けたっていうのに、僕は、涙のせいで声を返せなくて。




涼「……ぅ……ん!」



ただ、深く頷いただけだった。




絵理「う、……ぁ、ああああ……!!」



……なのに絵理ちゃんは、その頷きに一気に緊張を解いたみたいに、顔を涙で溢れさせた。



絵理「尾崎さん! どうして――!!」


絵理「どうして『信じてくれなかったの』!?」


絵理「なんで隠し事をしてたの? なんで話してくれなかったの……」


絵理「話しても大丈夫だって……、どうして、信じて、くれなかったの…………っ!!」


絵理「わたしだって……わたしだって…………信じたかったのにっ!!」




堰き止めていた思いが、涙とともに流れ出て、夜空に響いた。


誰にも話せなかった苦しみと悲しみが、今、外へと広がって僕の耳に届いている。




泣かせちゃダメだって思ってたのに……こんな不格好な説得しかできなかった。




でも……泣くのはいい。

ずうっと傷を抱え込んでいた絵理ちゃん。こんなに泣くのは、きっと初めてだろうから。











――――電話が鳴った。







……近藤さんですか? ええ……やっぱりお二人が立っていたっていうステージがある屋上に。はい、教えてくれたおかげです。ありがとうございました



はい……もう、大丈夫です。 ――え?











尾崎さんが見つかったんですか



――

――――

ワアアアアアァァァ―!


歓声が轟いて、熱狂が街に跳ねた。



少女「あ、ありがとーっ! みんなありがとーっ!! え、えへへへっ!」


高まっている。

観客の勢いが体に注がれる度、頭が冴えて、パフォーマンスが研ぎ澄まされていく。


生でやるとこんなにも違うんだ。



少女(ふふ……! 駅の階段で助けてくれたあの人、私がこんなことやるなんて思わなかったろうなー)


少女「ね! もう一曲いこうか!」



私は相方を振りむいて言った。

もう既に私達に与えられた時間帯は過ぎていて、動画サイトへの生放送も終わっているけれど、この気持ちは収まらない。


今だったらどこまでも高みに行ける――


相方「ダメよ」

少女「へっ? ダメ?」


相方「『プロデューサー』から連絡が来たわ。『人が増え過ぎて迷惑になっています。全員ライブはここまでにして速やかに退去してください』だって」

少女「ええ~!? そんな!」

相方「ネトアのイメージ悪化に繋がるからって」

少女「ううっ、そう言われると……」

相方「っていうか、私達はかなり延長しちゃってるじゃない。ここまでにしときましょ。……これが最後ってわけじゃないんだし」

少女「……はぁーい」


相方「そういうわけでみなさーん、ごめんなさーいっ!! 私達の路上ライブはこれで終了となりまーすっ! 聴いてくださってありがとうございましたーっ!!」


少女「あ、あのあの! 私達の歌は、動画サイトにも上げてるんで、気にいってくれた人はどうぞ見てみてくださーいっ!」



エッ、オワリー!? モットヤッテヨー!!
カワイカッタゾー! マナーハダイジダナ


終わりを惜しむ声が、返ってくる。

そして……私達を労う拍手も。


ただ好きなことをやっているだけなのに。こんな風に盛り上がってくれるとは思わなかった。

冷たい反応も覚悟していたから、なおさらそれが嬉しい。


少女「ふ、ふふっ」

相方「どうしたの?」

少女「私、アイドルでも目指そうかなー!」

相方「アホか。一度の成功体験でどこまで調子に乗るんだおのれは」

少女「うっわー、相方が一番冷めてる…………こんなライブ、また、やれたらいいね」

相方「そうね……今度は遅刻しないでよ」

少女「遅刻じゃないよ! ギリギリ間に合ったもん!」

相方「ギリギリ、ね。そんなんじゃ時間に厳しい芸能界渡ってけないと思うけどね」

少女「むぅ!」




なによ、もう。

夢を見る権利ぐらいはあるわよ。



いつだって、誰にだって。


――

――――

――――――

夜の街に、三人の影。



サイネリア「せ、センパイ、センパイ……ッッ!! バカですヨ……勝手に! アタシどれだけメンタル削られたか! ふ、ふぇええ~~ッ!!!」

絵理「ごめん、サイネリア……ごめんね、ごめんね……」

サイネリア「言ってくれなかったことが悲しかったデス……! センパイが選んだ道なら、どんな道だって、アタシはついていくのにっ!!」

絵理「……そう……わたし一人で決めちゃっていいことじゃなかった……謝る」

サイネリア「もう、自分で自分を追い詰めちゃ駄目ですよ……! センパイ、もっとストレス口に出して発散すべきデス!!」

絵理「うん……」




涼「サイネリアさん」



サイネリア「ああ……アンタ」

涼「絵理ちゃんと再会できて、良かった」



絵理ちゃんはサイネリアさんと再び連絡を取った。

サイネリアさんは声を聞いただけでは安心できず、直接会いに来て……今、僕達に合流した。



サイネリア「……フンだ」


サイネリア「アンタ、センパイを先に見つけたカラってチョーシに乗らないでよね!」

涼「え?」

サイネリア「まだ許してないわよ! 元はと言えば、ロン毛とアンタが悪いんダカラ!」

涼「……そうですか」

絵理「サイネリア……もう……」

サイネリア「うっ! センパイ、そんなカオしないでくださいよ~……」

涼「ごめんなさい。二人に、もう一度謝ります……」

サイネリア「も、もー!! いいわヨっ!」

涼「えっ、いいって」

サイネリア「もういいって言ってんの! アンタのことでモヤモヤすんのもバカらしいっての!」

涼「…………ありがとうございます」

絵理「涼さん……」


サイネリア「約束守ったし……ショーガナイじゃない……」


サイネリア「その、スタンガン当たったところ……火傷とかになってない?」

絵理「え、スタンガンって……?」

サイネリア「アッ! そ、その!」

涼「なんでもないよ絵理ちゃん! …………大丈夫ですよ」

サイネリア「そう……なら良いんだけど」

絵理「あのね、サイネリア……」


そこで絵理ちゃんはおずおずと進み出た。少しの怯えと……決意が浮かぶ瞳。


絵理「わたし、もう一度アイドルやってみるつもり」

サイネリア「はい。――――ってハァ!!?」

サイネリア「いやイミワカンナイですよ!? どーしてイマサラ!? ロン毛とのゴタゴタ忘れちゃったんですか!?」

絵理「うん。後で詳しい話は……する」

サイネリア「センパ~イ! なにがあったんデスか~!?」

絵理「……もう一度やってみようって気になった?」

サイネリア「イミフ過ぎ……! このケガレアイドルー! アンタがなんか吹きこんだんデショ!? 許すんじゃなかった!!」

涼「え、ええ!?」

絵理「待って。涼さんは……ただ、促してくれただけなの」

涼「絵理ちゃん……」


サイネリア「なんですかソレ……………………ハァ~~~~~」


サイネリア「いいデスヨ、もう……言っちゃいましたもんネ。どんな道でも……センパイが選ぶなら応援します。また消失かまされたらタマンナイし……」


絵理「サイネリア、ありがとう……」


サイネリア「それで詳しい話は後って、今からなにかするツモリなんですか?」

絵理「うん……」

涼「尾崎さんに会って……それから社長にも会って、もう一度アイドルをやれるよう頼みに行かないと」

サイネリア「い、今から!?」

絵理「うん……もう待っていたらダメだって思うし……それに、この気持ち、今じゃないと心から伝えられないと思うから」

絵理「……考えの渦の中に、本当の気持ちを沈ませちゃうのが……怖いから……」

サイネリア「アクティブすぎやしませんかっ!?」

絵理「そうかも……?」



――止まった光が動きだす。



絵理ちゃんは向き合って進もうとしている。

いやきっと、ずっとそうしたかったのだと思う。





『昔の知り合いを伝って……ようやく玲子と連絡が取れました!』


『秋月さんが言ってた話をしたら、玲子ショックを受けていましたが……』


『でも水谷さんと向き合わせますから!』


『玲子、今更合わせる顔が無いなんて言ってましたけれど……私も言ったんです』


『水谷さんに……秋月さん。あんな子ども達が苦しんで頑張っているのに、放っておいていいのって』


『過ちを気に病んで、自分の夢を託した子を見捨てるなんて、雄太さんが最終的に私達にしてしまったことと同じだって……』


『……玲子は、あなた達に会います』




『ごめんなさいね…………こんなに、こじらせてしまったのは私達のせい……』





涼(近藤さん、ありがとうございます……本当に)

今回の投下は終了です
次か、その次ぐらいで完結させるつもりです

AimerのStarRingChild名曲ですね…
イメージ作るのに随分この曲に助けられました

投下開始します。今回の投下で終わりです



近藤さんからの電話。


五十嵐局長さんに事実の確認するよりもまず、尾崎さんは絵理ちゃんに会うと言った。


今なら、その順序でもいいと思う……


絵理ちゃんも、尾崎さんも。


お互いが大切だったということを知っているから。



後は、勇気。



それと――――





歓声と歌声がアリーナを震わせる。



怒涛のメドレーが進んでいく。愛の出番はもうすぐだ。


歌いあげられるメドレーの一曲一曲。ここでしか見られないアイドルの組み合わせが目白押し。


先輩も後輩もいっしょに。それはこの大規模合同ライブで無ければ実現しない、一つの夢の風景。




愛は一人で歌うけれど。それでもその高まった場の力を存分に受けるはず――――






石川「な…………!!!」



しかし、愛のことを想っていた私のそんな思考は驚愕によって断ち切られた。


電話が鳴って。


画面に表示されている名前を見て、私は固まっていた。


律子「どうしたんですか石川社長。もうすぐ日高さんの番ですよっ。……って電話鳴ってるじゃないですか」

石川「あの、律子さん、これ見て!」

律子「どうしたんですか? ……なっ!!! こ、これ!!」


律子さんも発信者の表示を認めると、私と同様に驚愕に目を見開いた。





【秋月 涼】






律子「涼っ!?」

石川「そうなの! ずっと連絡できなかったのに――! どうしてっ!?」

律子「で、出てください!」

石川「ええ!」






――――そして、私は久しぶりに涼の声を聞いた。




――

――――
街中



絵理ちゃんの手を引く。

駅に着いて電車に乗れば、40分ほどで愛ちゃんが――社長達がいるアリーナに行ける。

都内にいた尾崎さんにもそのアリーナへ向かってもらった。

やり直しのお願いは尾崎さんと絵理ちゃんがいっしょにやる。



アリーナでの再会。これは電話口で近藤さんと僕を介して取り決めたことで、絵理ちゃんと尾崎さんはまだ電話でも話してはいない。


――でも社長とは話した。『絵理ちゃんにやり直させてあげてください』と。尾崎さんを迎えて、いっしょに待っていてくれるはず。

それで……きっと受け入れを認めてくれるはず。いや、認めてもらうんだ。なんとしても。




涼「到着するのは午後10時の少し前ぐらい……ライブが終わる頃合いかな」

絵理「う、ん…………はぁ、は……っ」

涼「大丈夫? 絵理ちゃん。サイネリアさんもいっしょだった方が良かったんじゃ……」

絵理「ううん。サイネリアには……ライブ大会の後処理をやってもらわないと。あんな、大勢のボランティアの信者さん、動かせるのサイネリアだけ……」

涼「そっか……」

絵理「ノートパソコンを預かってもらう人が必要だったし……あれ小さいけど、持ち続けてると意外に腕に負担……」

涼「結構、重いんだね」

絵理「うん。ランニングコスト?」

涼「ランニングコストってこんな時に使う言葉だっけ?」

絵理「ううん」


絵理ちゃんはそこで少し笑った。……笑った方がやっぱり素敵だ。


大丈夫だ。

元パートナーと直接会って、どう話すか。どう溝を埋めるか。

それは会ってから心をぶつけ合わせて、見つけていくこと。



絵理「わたし、ちゃんと話したい……だからがんばる」

涼「うん。大丈夫だよ。尾崎さん、絵理ちゃんのこと大切な存在だと思ってるから」

絵理「不安、抑える……涼さんもいてくれるし」

涼「う、ん……」


そう。僕も絵理ちゃんに付き添って社長に会いに行く。だけど――僕は、もう。


絵理「えい……っ?」ギュッ

涼「はうっ!? ど、どーしたの絵理ちゃん!? 背中にくっついて?」

絵理「骨格、確認? 涼さん、本当に男なんだ……」

涼「…………うん、そうなんだ。僕は男……」

絵理「聞かされた時……実は現実感、無かった?」

涼「そうだったの? 今から思えば…………あぁ、唐突極まりないタイミングで明かしちゃったかも」

絵理「アイドルをしてた時わたし達を避けてるのかな、って思うことあったけど……男の人だったからなんだね」

涼「ごめん……」


絵理「ずっと自分を隠してアイドル、してた?」

涼「うん……」

絵理「その…………辛かった?」

涼「………………」



口の形を歪ませるけど、言葉が結ばれない。

――辛いと一言で収めるにはあまりにも、色々な感情が混ざり過ぎて。



しかし、その沈黙に絵理ちゃんは頷いて


絵理「そう……」


と、まるで悼むような声を出した。



絵理「涼さんは言わなきゃいけないこと、言ってくれた。わたしも、続く……」

涼「絵理ちゃん……うん。僕も、会えるまで傍にいるから。頼りないかも、しれないけど」

絵理「そんなこと、ない」


絵理「わたしも、愛ちゃんも、涼さん頼りにしてた」

涼「そうなの?」

絵理「うん。――そう、……愛ちゃん。今、アリーナにいる。再会……しないと」


不安に彼女の瞳が揺れる。


涼「…………だから大丈夫だよ。絵理ちゃんが戻ったら、きっと愛ちゃん喜ぶから」

絵理「そう、かな」

涼「怖い?」

絵理「実は少し。私、涼さんにも愛ちゃんにも何にも言わずにいなくなった。もし愛ちゃんとの関係戻らなかったら……私、居場所……また初めから作っていかなきゃ、いけない。」

涼「……」






――『そんな……絵理さん、あたしたちに一言もなくやめちゃうなんて…………』


愛ちゃんの泣きそうな顔が、思い出される。




涼(ううん)


頭を振る。不安に思うことなんてない。



だって愛ちゃんは――愛ちゃんだから。

絵理「どういう風に、再会したら……」

涼「…………あのね、絵理ちゃん。それについては僕達もう知ってると思う」

絵理「知ってるって……?」

涼「覚えてる?」


夜の世界に広げる歌。



涼「『今 目指してく私だけのストーリー』――♪」



そのこぼれ出した歌声は、かつての隔たりを越えて



絵理「あ――」



瞳の色をあの時のそれに戻していく。



絵理「『BRAND NEW TOUCH 始めよう』――♪」












――

――――

――――――







愛 「   S   A   Y       "H   E   L   L   O   !   !" ――――――――  ♪ ♪  ! ! ! 」









――――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッ!!!!!!!!


――――ワアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッ!!!!!!!!




爆発のような歓声が轟いた。



このアリーナを突き破り、天に届きそうな程のそれは、長く長く嵐のように少女を中心に渦巻き巡る。



しかし紡ぎ出される歌声は、その地鳴りのような歓声に揺れることなく大きく、太く。




ステージに一人。


過去を踏みしめ、輝きを見据えて。


アイドル日高愛が存在を謳う。





愛「――――――――!! ♪」






愛(あたし、あたしは………………っ!!)










ディアリースターズの日高愛です――――!!!!







――


夢子「すごい…………」



我を忘れて吼え猛っている人も、感極まってむせている人もいる。


日高愛。たった一人でゲスト的な扱いな分、反響は大きくなるにしてもあそこまで堂々と歌い上げるなんて。


胸の奥が熱く、震えている。


876プロの代表。



涼と、水谷絵理と……愛は共にいた。




聞こえてきたあ鮮烈な歌声。目に焼き付いたまっすぐな姿。

それは、私にある考えをもたらした。


夢子「そうね……私も強くならなきゃいけないのか。受け止められるように、迎えに行けるように……」


終わっていない。なら、あきらめる前にできることが。


夢子(ライブ終わったら、控室のお姉さまを訪ねよう……)



お姉さまはぜひ来てと言っていたが、私は遠慮するつもりだった。こんな自分が行っていいのか分からなかったから。



でも今は行って、労いたくなった……アイドルの仲間として。


夢子(日高愛……)

――……

――――……



子どもを寝かしつけ、私はようやく椅子に腰を落ち着けた。

時計に目を遣る。午後9時を回っている。



近藤(玲子……しっかりしなさいよ。いくら負った傷が深くても、それを次の世代に回すなんてことしちゃ駄目なんだから)

近藤(すでに傷つけてしまっていても、それは直そうとする意志さえあれば……きっと)



秋月さんだって、その意志を持っていた。


――『子どもに頼られる大人として、水谷さんのプロデューサーとして。あなたは過去を乗り越えなくちゃいけないわ』



電話でそう伝えた時は苦しんだようだけど、玲子は最後には覚悟を決めた。

過ちに気付いて、それを乗り越えるため動くと決めた。



近藤(――いえ。もっとシンプルに、水谷さんとやり直したいと素直に気持ちに出したのね)



それに私は秋月さんの頑張りを聴かせた。

まだ二人の関係を繋ごうとしている一人の人間がいる。

……そう聞かされたら動かないわけにはいかない。



玲子は、今アリーナに到着した頃だろうか。聞いた都内の場所からして秋月さんと水谷さんより先に着くはず。

そこで再会が……



近藤(……秋月さん。あなたが寄り添っていてくれるなら、きっと大丈夫ですよね)



五十嵐さんとのことだって、秋月さんが気付いてくれた。

玲子。後はあなたが、今持っている意志で決着をつけるのよ。



近藤「アイドル、か……本当に難しいものね」


近藤「色んな難しさを越えるから、人に感動を与えられるようになるのかしら……」



私は、越えられなかったけれど。

水谷さんはきっと越えていける。

秋月さんも…………



近藤「越えて、いけますよね?」



近藤(――――ご活躍お祈りしてます。もっともっと素晴らしいアイドルになってくださいね)



私は両手を握りしめて目を閉じ、あの日水谷さんに向けた言葉で、再び祈った。


――

――――


『 進化して行く これからも 君と歩み続けたい ずっと ―――― ♪ 』




アリーナが揺れた。


興奮と感動の熱気に包まれて。


煌びやかな光の渦に溶けあって。


今アイドル達は盛大に輝き、この大いなる舞台の最後を飾る。



鮮烈に。華やかに。熱狂的に。

未来を導くように。


彼女達は歌い、踊る。



アイドル世界の未来を、観る者すべてに感じさせて。

この大規模合同ライブの終曲を彩る。




――――終演の時。




アリーナ控室




涼からの電話にあった通り、尾崎さんがこのアリーナにやってきた。


――『尾崎さんが来ますから、スタッフさん達に控室まで通すよう言ってください』


矢継ぎ早の質問をかわして、涼はそう私に言った。


そして、『絵理ちゃんも連れて行きますから、やり直させてあげてください』と……



石川「驚かされる話ばかりね……五十嵐局長の息子こそが『riola』の事務所の社長五十嵐雄太で、絵理が悩んでいたトラブルの正体も五十嵐局長だという疑いがある」

律子「……しかもそれを思い至ったのは涼で、あの子は水谷さんを捕まえて、誤解を解いたのでやり直すよう伝えてきたと」

石川「それでその絵理も今日なにか不穏なことを起こそうとしていたらしい、ね……」


尾崎「唐突過ぎますよね。私も今日人づてで知ったばかりで……正直まだ、心の整理がついていなくて……」


石川「……でも。あなたはここに来た」


尾崎「それは――――絵理と、やり直したかったから。今更……本当に、今更なんですが」


石川(絵理がアイドルに戻る……)


石川「あの子は一度あなたから離れてしまったのよ? そしてあなたも絵理の居場所に何をしたか……それでもやり直すというの」


尾崎「私は……あの子をアイドルとして育てると同時に、外の世界をもっと知ってほしかったんです……」

尾崎「こんな楽しいんだと思えることで、成長してくれるんじゃないかって……!」

尾崎「全部私が悪いんです……もっと話し合ってれば、あんなことにはっ!」

尾崎「でも私は絵理が自分の元から離れていかれたことがショックで……っ! あまりに悲しかったから感情を怒りと憎しみに変えるしかなくてっ!」

尾崎「それで……私は絵理の居場所を壊すような真似を、してしまった…………!」

尾崎「こんなの言い訳にもなりませんけど、私にとって、絵理は重すぎる存在……でした、から……っ!!」


石川「尾崎さん……」

律子「『riola』の真相はわかりました。それで、あの、涼は?」


尾崎「涼――秋月さん?」


律子「そうです! 涼が水谷さんを連れてくるんでしょう? あの子今までどこで何をしていたんです? 涼は戻ってくるんですか?」


尾崎「あの子は絵理を連れていくとだけ……」


律子(涼。あなたは、これから一体どうするつもりなの……)


律子(戻ってこないんじゃないかと思ったけれど。もう一度会えるのなら、繋ぎとめないと)

律子(……従弟がいなくなるのがこんなに寂しいものだとは思わなかったわ)



混乱が生んだ沈黙を壊すように。

そこでノックの音が控室に響いた。



律子「え?」


スタッフ「あの、来られましたよ。876プロの関係者という帽子を被った方と、そのお連れの方が。こちらに向かって頂ければいいんですよね?」

石川「ええ、ええ!」

尾崎「絵理!!」

律子(本当に来た!)


尾崎さんが勢いよく立ち上がる。


尾崎「…………っ、うっ」


が、そこで彼女の動きは止まった。


見て分かった。会うのを――怖がっている。


律子「尾崎さん……」



石川「――――なにしているの。行きなさい」


尾崎「社長……」

石川「怖がっている場合じゃないでしょう。面接、やってあげませんよ」

尾崎「え――」

石川「ネットを使ったプロモーション。あれ中々効果あって、涼の業績、上がったのよ」

石川「あなたの私怨であれ、ビジネスとして私達は利益を受けたわ。プロデューサーとしてもう一度来てくれるのなら正直助かるの。いいかげん私も辛かったしね」

石川「過ちがあったなら…………それを正していけばいいのよ。さあ!」


尾崎「あ……ありがとうございますっ!!」


意を決したように、尾崎さんがドアの外へ駆けだしていく。


律子「涼っ!!」


そして秋月さんも。



石川(愛を移籍させる。やり直すにはそうした方がいいと思ったけど、まだ別の形の方法があったのね……)

石川(涼に対して過ちがあったのなら。私もこれからそれを正していくべき……か……)


それも『今更』ではないのだろうか。まだ、間に合うのだろうか。


私も二人の後を追う。

……


尾崎「絵理……!」


走る。


尾崎「絵理、絵理!」


会って、何を、どう話す。


謝罪? 真実? 懇願?


わからない。


わからないけれど……会わないといけないというのはわかる。



もう二度と、私は絵理から離れてはダメなんだ。



事務所を離れ、独りになっていた今まで。その砂漠のような時間にそればかり考えていた。


尾崎(絵理――)







          ――――尾崎さぁん!!






尾崎「え……っ」


瞬間、私の胸に飛び込んできたのは。あの懐かしい顔――



……



『再会』というテーマでどんな風に絵を書こう。


僕はこれからそれに悩む事がないだろう。


『一人』と『一人』になっていた人達が、『二人』になるべく抱きしめ合う……そんな姿こそを、僕はこれから『再会』と呼ぶ。





尾崎「え、り……」

絵理「おざき、さん……!」




絵理ちゃんは、尾崎さんの姿を認めると駆けだして、繋ぎとめるように抱きしめた。

戸惑っていた尾崎さんも、用意していたであろう言葉を紡ぎかけた口を、きゅっと結んで……ただ抱きしめ返した。


きっと一つの行為は、時に百の言葉よりも雄弁で。心の傷を埋めていく。



そうだ。お互いの過去と理由を知ったなら、もう心で動いていいはずなんだ。



涼「……ぁ」



目が熱い。また、涙が出てくる……。


これを、見たかった。



尾崎「聡美……私が、あなたを傷つけたって…………過ちを押しつけてしまってるって……」


絵理「……」


尾崎「何をやっていたんでしょうね、私……一番大事な子だったはずなのに……!」


絵理「う、ん……!」


尾崎「私は……間違った。あまりにも多くのことを間違い過ぎたわ…………でも、どうしようもない痛みに耐えきれなかった……それも、弱さという過ち」


絵理「うん……今なら、その痛み、分かる、よ………」


尾崎「バカよね。本当に…………『riola』のこと黙ってて本当にごめんなさい」


絵理「……っ!! 早く、言ってくれれば!」


尾崎「ごめん、なさい……」


絵理「潰すって言われて悲しかった」


尾崎「ごめんなさい……」


絵理「目障りだって言われて悲しかった」


尾崎「ごめんなさい!」


絵理「本当のこと話してくれなくて……悲しかった」


絵理「悲しかったよ……信じたかったよ。…………ぅぅ……っ!!」


尾崎「絵理……!!」


絵理「嫌われたと、思っ、た……っ!」


尾崎「違う! 嫌ってなんかない!! 私にはあなたしか、いなかった!」




尾崎「ごめんなさい…………あなたに痛みを押しつけてしまった……だけど、もう一度、もう一回だけ、チャンスをもらえないかしら」


絵理「もう、一度……」


尾崎「お願い! あなたの才能は、私なんかのせいで埋もれてしまっていいものじゃない! 局長さんとも話し合う! それで、また過ちを起こしたら……捨てちゃって、いいから……」


絵理「違う……」


尾崎「えっ!?」


絵理「違うよ、尾崎さん……いっしょに、って言って…………!」


尾崎「……絵理」


絵理「捨てないよ――――いっしょに、やろうと言ってくれれば、わたしは……!」


尾崎「っ!! ええ、ええ……やりましょう、いっしょにっ!!」



泣き声が通路に溢れていく。




――――ごめんなさい


――――わたしこそ





弾けて消えた不安は捨てて。


流れていく時間も置き去りにして。



かつての夢が息を吹き返す。




涼(良かった……)



後はこのままアイドル達の和に入ればいい。

みんな迎え入れてくれるはず。765プロの先輩はいい人ばかりだ。



それで、絵理ちゃんと尾崎さんはもう、大丈夫だ。




この光景一つで。僕は僕の人生を生きたかいがあったと思える。



涼「がんばってね……ずっと、応援してる」






涼(じゃあ、行こう)




踵を返して、出入り口に向かう。









――――さようなら。






……


通路でプロデューサーと鉢合わせて、労をねぎらう言葉を受けた。

無碍にするわけにもいかず、それに対応してる間に尾崎さんは先に行き、私は少しその場面に到着するのが遅れてしまった。



――尾崎さんと、水谷さん。



律子「水谷さん! 本当に戻ってきたのね!」

絵理「あ……秋月さん」

尾崎「ええ、絵理は、戻ってきたんです……! それでまた、アイドルをやるんです!」


私は周囲を視線を巡らせた。


律子「また会えて嬉しいわ。水谷さん。それで、涼はどこにいるのかしら?」

絵理「え?」

尾崎「そうよ絵理! あなた、いっしょに来たって! 私あの子とも話さなくちゃ……!」

絵理「涼さん?」


水谷さんが後ろを振り返った。

そこには誰もいない。



絵理「会えるまで傍にって……そんな! 涼さん――」


律子「ちょっと!? 水谷さんいきなり走ってどこに!?」


……



『人生を託す』


『夢に向かって二人で』


アイドルとプロデューサー。



自分の理想。自分の表現。自分の存在。


それを分かち合う存在といっしょに進んでいく。


アイドルの在り方。



涼(じゃあ、男の生き方って何だろう)



『男が証を立てる時はたった一人で行くものだ』



どこで聞いたか忘れたけれど。その言葉はまだ胸に灯っている。


自分の負い目と、障害と、人生。それらと耐えて戦う姿こそ――男。



涼(一人で行く、か。それじゃあ少しは、男らしくなれたかな……?)


帽子を深くかぶり直す。



涼(これから、どこに行こうか)





「   待   っ   て   っ   !   !   !   」




涼「わっ!?」


絵理「ま…………ってよ、涼さん……」


涼「え、絵理ちゃん」



絵理ちゃんが僕に向かって駆けてくる。

泣きかけの顔だ。


……僕に向けてくれているの?



絵理「なんで、行っちゃうの」

涼「いや、これは……」

絵理「涼さんだけ一人ぼっちに戻るなんて、わたしは、嫌!」

涼「…………ありがとう。でもね、僕は、もう……駄目になっちゃったから」

絵理「……っ!」



絵理「駄目になんかなってない! 涼さんだってきっとまだ、大丈夫……」

涼「……」

絵理「夢だって、まだ、追える……! 涼さん、わたしを止めてくれて……助けてくれた! なら、今度は自分を助けて」

涼「僕は……絵理ちゃんと戦って、尾崎さんとの関係にとどめを刺した」

絵理「!」

涼「やり直してもらわなきゃって考えたのはね、多分自分の中の罪深さを……少しでも消したい気持ちがあったからなんだと思う。だから絵理ちゃんは、気にしなくていいよ」

絵理「そんなの……っ、わたしだって! 涼さん……っ」



そこで僕の腕が引っ張られた。


ぐいぐいと、絵理ちゃんが両手で僕の腕を掴んだまま後退していく。


……連れ戻そうとしてる。



絵理「ふ……っく……!」

涼「絵理ちゃんっ、いいよ! もういいの!」



絵理「わたしも……とどめを刺した」


涼「えっ」



絵理「あの時――わたし、信じられなくて、助けを拒絶して……自分自身の人生にとどめを刺した」


絵理「夢に届かなかったから。夢を疑ってしまったから、自分で前に進むことを諦めた」


絵理「きっと、それはどんなアイドルにもある残酷な……でもありふれている悲劇なんだと、思う」


絵理「尾崎さんも……そんな悲劇を、抱えてた……」


絵理「……涼さん。そう、きっと涼さんだけが特別じゃない?」


絵理「涼さんが本当に罪深い存在になるのは……それは『二回』アイドルの運命を閉ざした時」


絵理「だから――自分の夢を殺しちゃダメ」




絵理「それは、わたしが許さない」




涼「…………絵理ちゃん」




律子「涼っ!! 涼なのねっ!」




涼「律子姉ちゃんっ!?」



絵理ちゃんの後ろから、律子姉ちゃんが通路を駆けてくる。

しかも。

いっしょについてきているのは、今日のアリーナライブを終わらせたばかりの……



真「あぁっ!! 涼に絵理!!」

亜美「おねーちゃんだっ!!」

伊織「なに、なんでこんなところにいるの!? ……わかったわ、ライブ見に来てたのね!」



涼「あ、ああ……みなさん……!!」


尾崎「秋月さんっ!!」

石川「涼っ!」



尾崎さんに、社長まで。


みんな驚いた顔を見せながらこっちへ近寄ってくる。


水谷絵理と秋月涼が、みんなに確認されて――



春香「あっ、愛ちゃん!!」


涼「え――」








愛   「   涼   さ   ん   っ   !   !   !       絵   理   さ   ぁ   ー   ん   っ   !   !   !   」ダダダダダッ!!




――――!!



涼「わぷっ!」

絵理「あ……っ」



でも。

一番先に僕らに触れたのは、ミサイルみたいに飛びかかってきたその子だった。



愛「涼さんなんですねっ! 絵理さんなんですねっ!!」ギュウウ

愛「ホントに、ホントなんですねー――っっ!!」


受け止めた拍子に帽子が外れて。その開けた視界で愛ちゃんと目が合う。


涼「あ、愛ちゃん」

愛「涼さん……あたし、信じてましたからっ! いなくなったりしないって! それで、絵理さんも……なんて……!!」

絵理「うん。そう……っ! 戻って、きたの」

愛「ホントに、ホントですね!?」


――――ああ、愛ちゃんだ。ステージ衣装のまま、顔を涙で濡らしている。


涼「…………心配、かけちゃったね。ここにいるよ、大丈夫」

絵理「ごめんね。何にも言わずに勝手に離れて……」


愛「いーんですっ!! 昔のことなんてもう忘れましたっ!! ここにいてくれればっ!!!! それ、だけでっ!!」




愛「う……ぅぅぅっ! うわぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっん!!!!!!! うれしいよぉーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!!」




僕と絵理ちゃんに抱きついたまま、いっそ盛大な程に愛ちゃんが泣き始める。

再会の嬉しさと、安堵。


涼(そうだ。一番がんばっていたのは、愛ちゃんなんだ……)



雪歩「愛ちゃん……良かったね」

千早「なんて声量――! ステージが全開では無かったというの……!」



愛「あたし……っ! 涼さんがいないと嫌です! 絵理さんがいなくなるの嫌です!!」



みんなの視線の中、愛ちゃんは泣きながら喋った。



愛「三人でステージに立とうって言ったじゃないですか……! 約束、やぶ、らないでくださいよ~っ!!!」


絵理「ごめんなさい……さびしかったんだね」


愛「はいっ!! 春香さんと雪歩さんも『765プロにおいで』って……っ!! 律子さんも涼さんはもう戻ってこないかもしれないって……!」

愛「でもあたしは……、あたしからは離れないって決めてたから……!」

愛「ずっと、がんばり、続けていればっ……あたしはここにいますって……ずっと、叫び続けていれば、絵理さんと涼さんも戻ってくるって……」

愛「876プロに戻りたいって気持ちに、なってくれるって……!」

愛「そう、信じ、て…………、ひぐっ……うぇぇ……!!!」


涼「愛ちゃん……」



泣け叫ぶ声が耳を貫いて、心まで震えが届いた。



「ちょっとなんなのこの大声!?」

「もう終わったのに……アンコール?」

「ああーっ!!! 秋月涼先輩とあれは、水谷絵理先輩! 一年半前に活動してたっ!」

「秋月涼ってあの、失踪していたっていう?」




愛ちゃんの爆発的な大声に何ごとかと、今日の出演していたアイドルの人達も続々と集まってくる。

何時の間にか、僕ら三人は……大勢の人に囲まれていた。


涼(会うつもりはなかったのに……!)


その人垣の中から、誰かが一歩こちらに向かって踏み出してくる。



夢子「涼――――」


涼「えっ」



夢子ちゃん。どうしてここに。


夢子「本物ね?」

涼「夢子ちゃん、どうして……」

夢子「――あなたはっ!! どーしてっ! 私になにも言わないのよーっ!!」

涼「うわっ!?」



べしっ、べしっ! と夢子ちゃんは怒った顔で僕の頭を叩いてきた。

愛ちゃんが強く抱きついているから避けられるはずもない。



愛「ふぇ……?」

絵理「ひぅ! さ、桜井さん?」



夢子「戻ってくるならっ、一言ぐらいっ、なんか連絡入れなさいよっ!!」ベシッベシッ!!


涼「ご、ごめん! ごめんっ!!」


夢子「私とっ! あなたはっ! ……友達なんでしょうがっ!!」


涼「友達……」


夢子「あ!」




あずさ(夢子ちゃん……ずっと涼ちゃんのこと案じてたのね)


夢子「うっさい! もう! 心配して悪いの!!? 私のせいじゃないかって、どれだけ悩んだか――!」

涼「夢子ちゃん……心配してくれたんだね」

夢子「そうよっ!? 文句あるのっ!」

涼「ありがとう」

夢子「~~っ!! ば、ばか!!」


真「涼! 今までどうしていたんだいっ!」

やよい「そうですよっ! どーしていなくなっちゃったんですかー?」


涼「真さん、やよいさん……!」

夢子「そうよっ!! どうして連絡入れなかったの! 答えなさいよっ!!」

涼「そ、それは――」




だって、もう僕は……どこにもいけなくて……




絵理「また、消えちゃうつもり、だったから」



涼「……!」



絵理ちゃんが答えを引き取った。



「えっ消えちゃうつもりって、また?」


「アイドルをやめちゃうの? なんで……」



律子「涼……っ、あなた」

涼「…………」

夢子「本当に……? ど、どうしてよ! あなた私には夢を諦めるなって言ったじゃないのっ!! 自分は逃げるつもり!?」

涼「………………資格が、無いから」

愛「し、資格って……っどーいうことですかっ!! あたし、嫌ですよ!! 涼さんがいなくなるなんて!」

石川「涼、落ち着いて話し合いましょう……!」





絵理「涼さんには資格がある」




ざわめく周囲。一番鋭かったのは絵理ちゃんのその声だった。




絵理「耐えて、願って……それを優しさで支えて続けて。人に一番夢を示すことができるのは涼さんだって、わたし、信じてる」


絵理「涼さん。もう一度言う。夢を殺しちゃダメ……」


涼「……だけど」


絵理「大丈夫。私は応援する……」


絵理ちゃんが僕の目を見つめた。


絵理「だから――――」



瞳の色が、深い。


絵理ちゃんは何を言おうと――






絵理「男だってこと明かして、夢を叶えて」






――――え?





律子「んな……っ!!!」



絵理ちゃんはなんて言った。



こんな大勢のアイドル達の前で。


真さんもやよいさんも千早さんも夢子ちゃんも愛ちゃんもいる前で――



「え、なに……男?」

「男って言ったよね?」

「聞き間違い?」



真「えっと、絵理…………なんて、言ったのかな」


絵理「涼さんは実は男性。女装してアイドルしてた。わたし、教えてもらった……」



「え」

「え?」

「えっ!?」



愛「はいっ!? そ、そーいえば、ちょっとがっしり!!」

涼「え、絵理ちゃ」


律子「みんな! 違うの! 聞いて!?」


雪歩「り、り、律子さん……ほ、本当なんですか?」

律子「お、落ち着いて! みんな冷静になって聞いて!」


あずさ「夢子ちゃん、そうなの?」

夢子「いえ、私も……! いや、そうじゃないかと思ったことあったけど……まさか……!!」


絵理「石川社長も知ってるはず」


尾崎「ええっ!? そんな、私は、まったく……社長!」

石川「はいっ、私……………………?」

P「あの、どうなんですか?」


視線が社長に集中した。


石川「……………」



「え、マジ話?」

「まさかそんな……」








石川「………………………………」

石川「……………………………………………」

石川「ふぅ…………」











石川「事実よ」






――ええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!









決壊の様な、アイドル達のユニゾンがこの通路に響き渡った。



石川(この状況……絵理も知っているんじゃ隠しきれるわけないじゃないの!)

石川「絵理、何のつもり――――!」


石川(……あ)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

石川「それに……どうやって発表するつもり?」

涼「え、それは、生放送とか……」

石川「そんなゲリラ的な発表、周囲に流されるのがオチよ。発表を成功させたければ協力者がいるけど、あなた芸能人の誰にも男だって明かしてないんでしょう?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


石川(まさか、狙ったの!?)


石川(『味方』を手に入れる、ために――――!!)




涼「な、な、な…………絵理ちゃん! なんて、ことっ」

絵理「……大丈夫。涼さんいい人だから。みんな理解してくれる。……ううん、わたしが理解させる」

絵理「愛ちゃん、涼さんこの通り男の人だけど……まだ、私たちは、友達?」

愛「はえっ!? えっと……あったりまえじゃないですかーっ!! 男の人でも涼さんは涼さんですっ!!」

涼「あ、愛ちゃん! 受け入れてくれるの……?」

愛「もちろんですっ!! ムズカシー理由があったんですよね!? あたしは……涼さんって人がそばにいてくれるのがうれしいんですっ!!」

絵理「ほら……まず、一人」

……


夢子「待ちなさいっ!! なにがなんだか……わからないけどっ!! 私だって!」


絵理「二人目?」


真「涼! 君……そうだったのかい!?」

伊織「な、なんて秘密を抱えてたのよあんたは!」

響「あー、でもよく見たら男だって気付けるな」

貴音「そうですね。二人で向き合う機会があったのなら、推し量れていたでしょう」

P「俺は全然わからなかった……ってか、まずはこの騒ぎを治めないと!」



「え、えーっと、秋月涼先輩が失踪して、戻ってきたと思ったら水谷絵理先輩がいっしょで、それで実は男で……」

「アイドルって……本当に、奥が深いんだね……」

「私達のとこも結構幅広く色んな子いるけど、実は男なんていないよねぇ!?」




律子「ああ、ああ……すごい、騒ぎに……!!」

律子(もし、あの子がライブに来たらなにか波乱を起こす――――そう感じたけれど、まさかこんな)

律子「…………」

律子(でも、水谷さんは涼を引き留めるために明かしたのよね……涼ったら、いつのまに女の子とそんな関係を)


目を閉じた。涼がいなくなって、私は考えたのだ。……あの子を追い詰めてしまったのではないのかと。

今は、それを償える機会ではないだろうか。


律子(――――決めた。私も……今度は、涼の側に……)


律子「遅くは、ないわよね……?」

……


涼「ま、真さん」

真「おおーっ、確かに違う……男の子だ……」


真さんは僕の肩や喉を触って感触を確かめる。

……怒ってもないし、悲しんでもいない。


涼(この人も、僕を、僕のまま受け入れてくれるの……)

真「そっか、そうなんだね。また、後で話そうっ!」


そう言うと、真さんは混乱している雪歩さんの元に行く。



見渡せば、社長と律子姉ちゃんが周りのアイドル達に必死で説明をしている。

愛ちゃんは尾崎さんを見つけて、嬉しそうに話しかけていた。

夢子ちゃんはあずささんのところで、何か僕に関することを慌てて話している。



そして絵理ちゃんは……このアイドル達の騒がしい輪の中で、今も隣にいた。



絵理「これから事情を説明するつもり。涼さんの今までと、今日わたしに、してくれたこと……」

涼「え……」

絵理「そうすれば……みんな、涼さんの味方になる。例えこれから発表の機会が、スポンサーや広告会社につぶされそうになっても……みんなが協力すれば大丈夫」



――テーマは『つなぐ』、と絵理ちゃんが呟いた。



涼「つなぐ?」


絵理「うん。今日の、ここでのライブのテーマ。……これは、涼さんとわたしのテーマ。『つながること』」





絵理「助けがあるなら後は覚悟を決めることが大事」


絵理「涼さんだってあきらめちゃ、いけない? ……いっしょに、がんばろ」


絵理「失敗しながらやっていくから…人は強くなれる」



涼「…………」





一気に状況が変わって頭はまだこんがらがっていた。


でも、こんな時はなんて言えばいいか――それはすぐに分かった。


それは心の……夢を求める本心の声。




覚悟を決める。




涼「ありがとう――――」



絵理「どういたしまして?」



絵理ちゃんが微笑みを浮かべてこっちに顔を向けた。



その微笑みには、今日見た彼女のどんな表情より素敵な煌めきが纏われていて――



かなわないなぁ、と僕は心でこっそり降参をした。










混迷をすべて光に変えて。



僕はまた――――夢を







・・・

・・・・

・・・・・



――――――――…………





【Epilogue】




石川「ええ、わかりました。気を付けて向かってください。ええ、絵理には期待していると。頼みましたよ尾崎さん――――」



通話を切って、書類が山積している机に向かう。


……やれやれ。繁盛しているのはいいけれど。



まなみ「あはは……随分、忙しそうですね」

石川「そうよ、まったく。まなみ、ちょっと手伝ってくれてもいいのよ?」

まなみ「えっ、でも私は、もうここのスタッフではないですし」

石川「その割にはしょっちゅう顔見せにくるわよね」

まなみ「舞さんが色々、愛ちゃんに伝言を頼むからですよ……。今日の晩御飯なにがいいとか、帰りにお使いお願いとか!」

石川「あなたにこっちに来させる口実を与えているだけにも見えるけどね。舞さんだし」

まなみ「あっ……もしかしたら、それあるかもしれません」



涼と絵理を再び迎えた876プロ。

私は愛を移籍させることを辞め、また三人に芸能活動をさせ、事務所を運営することにした。

事務所のアイドルが増え、対処しなければいけない様々な問題の前に、移籍ややり直しのことなど考えるヒマが無くなったというのが本当のところだけれど。


そして今。2、3回芸能界を揺るがしたけれど――様々な困難を乗り越え、とりあえずは健在だ。



石川「予想が、つかないことばかりよね……」

まなみ「どうしたんですか?」

石川「涼のことよ」

まなみ「ああ……」

石川「女装アイドルだった経歴がありながら、他のアイドル達を味方につけて……とうとう、あの子は」

まなみ「すごかったですよね!」

石川「ねえ、秋月涼の魅力って何だと思う?」

まなみ「え?」


今更な問いをする私に向かって、まなみは首をかしげた。


しかし、私は――あの子の失踪と、帰還と、復活とに際した私は、一息付けるようになった今になってそんなことを考えるのだ。


『秋月涼』という存在が秘める魅力。


性差を越えた希代の歌い手としてのボーカル?

初めてのステージで踊りきってしまえた程の天性のダンス?

男性と女性を分け隔てなく惹きつけるところまで到達したビジュアル?



私はひょっとしたら、最も特筆すべきなのはそのどれでもないのではと思うようになっていた。


秋月涼の中で一番凄まじいものは。外に現れるそれらではなく、その内面――精神性なのかもしれない、と。



石川(あの子は、とうとう一度も怒らなかった)


私にも、律子さんにも、尾崎さんにも、再会したまなみにも。



あのアリーナにおける帰還の段で、あの子は私に向かって頭を下げた。



――『勝手にいなくなってすいませんでした。もう一度僕に夢を追うチャンスをくれませんか』、と。


女装をさせたこと、願いを却下したことへの恨みも持たず……



石川(『成功』にこぎつけられたのは、そんなあの子だったからなのかしらね)


石川「社長として、アイドルが立派になり過ぎるのも困りものね……」


まなみ「ね、そろそろ行きませんか? もうすぐですよね、ライブ! 三人いっしょの」

石川「ええ。わかっているわ。行きましょう」

――


武田「おや、桜井くん」

夢子「あっ、武田さん! 来てらっしゃったんですね」

武田「ありがたいことに彼からチケットを頂いてね」

夢子「そうなんですか。……アイツ、私には!」

武田「彼は君にも送るつもりだったが、あまりに早くチケットを買われて渡し損ねたと言っていたよ」

夢子「えっ!」

武田「いや、随分君は変わった。それもいい方に。この調子なら……君に出演をお願いする日もそう遠くはないだろう」

夢子「武田さんっ! 本当ですか」

武田「出直して来たらいつか君を迎えると約束しただろう。――まぁ、先にオールド・ホイッスルの方が無くなりかけて、心配をかけてしまったが」

夢子「ああ、局長があの件で変わって、編成が見直されたんでしたっけ……」

武田「“禊”というのは周囲の目があって初めて成る。ならば余波が周囲に及ぶことは致し方の無いことだよ。……だが、再び立ち上がれるのも周りの助力があればこそ」


武田「君もそれをもう、分かっているんじゃないかな」

夢子「――はいっ」


武田「僕とオールド・ホイッスルは持ちこたえた。秋月くんも然り。……桜井くん、次は君だ。待っているよ」

夢子「はい……! ありがとうございます!」

武田「……あっ、その時は秋月くんとの共演でもいいかな?」

夢子「え、えっ!?」


――

――――

――――――






歓声が鳴り響く。



今日のお客さんの温度は、あのアリーナライブの時にも引けを取らない。


でも。



あたしは全然緊張していない。


あの声援はあたしだけじゃなく、あたし達に贈られている。





「センパーイっ!! メチャカワでーすっ!!」


「涼ーっ!! がんばれーっ!!」



――ワアアアアアアアアアッッ!!!



右には絵理さん。手を振りながら、あたしに向かって微笑んだ。――『がんばろうね』


左には涼さん。マイクで話しながら、優しいまなざしをあたしに贈る。――『さあいこう』



アイドル達のユニットで男女混成なんて、珍しいらしいけど。

あたしにはやっぱりこれが一番自然で、居心地良く感じる。




色々あった。本当に嵐みたいに色んな事があったけれど。

あたしはここにいるんだ。


絵理さんと涼さんの間に。



愛「……ふ、くっ」



嬉しさが溢れて、口元が緩んじゃう。



もう抑えようとしないで、この気持ち、全部全部歌にぶつけよう。



マイクを握り締める。


今、あたしは絵理さんと涼さんといっしょに、まっすぐに光の中へ。

――ディアリースターズとして



涼「じゃあっ、第一曲目!!」


絵理「始まりは、もちろん――」


愛「そうっ!」






     『H   E   L   L   O   !   !』 ―――――――― 











あたし達は三人でした。






それは、今もそうでした。





愛(これからもずっと――あたし達はいっしょです)


























“HELLO!!”


いってみようみんな一緒にSTEP


転んでも 挫いてもOK 信じれば大丈夫!!


どこまでも続いてゆくストーリー


BRAND NEW TOUCH 始めよう

SAY “HELLO!!”


BRAND NEW達 始まりは

そう “HELLO!!”




https://www.youtube.com/watch?v=P714xCARbKQ


完結です。お付き合いありがとうございました。

アイドルマスターDSとあの日のSSAライブに感謝。

次回作ですか。具体的に考えてませんけどモバマスとかSideMもおもしろそうなんで、それでちょこちょこ書いてくかもしれません

私は876組が一番好きなんで、今回のSSは書くのにすごい気を遣いました
でもSSAライブ2日目で、愛ちゃん役の戸松さんが出てくれたのが嬉しすぎたんでDS好きでよかった


過去の作品を聞かれたのでいくつか挙げておきます

北斗「趣味はヴァイオリンとピアノかな☆」
春香「竜とロマンとアイドルと」(竜†恋とのクロス)
春香「千早ちゃんが妖刀に憑かれた」(安価)


モバマスは芳乃さんで2本書いてます
芳乃「おやーこれは封印しなければなりませんねー」こずえ「えぇ~」
芳乃「むー…そなたは天照様でしてー?」紗枝「うちですか?」

北斗と千早のピアノの話の人か!!
アレも悲しみの表現が巧くて、でもただ悲しいだけで終わらなくて大好きだった

同じ876プロ好きとして限りない乙を

乙!
そういえば紗枝ちゃんのに出てきた和菓子屋の息子ってSideMの東雲さん?

長くなってしまったのに読んでくれた人がこんなにいるのは嬉しいですね。感謝

>>371
北斗のは投下するのちょっと怖かったんですが、そう受け止めてくれた人がいるなら書いてよかった
876組いいですよね。三人で、男女混じってて、でも仲良しで。今も変わらず好きです

>>373
気付きましたかー。そう思ってくれて構いません


みんなも876組でSS書いていいのよ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年07月30日 (水) 16:53:52   ID: ctqXXt8T

very good

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