愛「夢にまで見ていたあのステージ」 (31)

・アイマス、876SSです。
・愛ちゃん誕生日おめでとう!!!
・地の文あります。
・書き溜めてあるのですぐ終わります。

では、よろしくお願いします。

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愛「えぇっとー、えぇっとー……!!」

ゴソゴソとタンスの中身を発掘してお気に入りの服を探す。
この前着たハズなのになんでこんな奥にまで行ってるんだろう、とは不思議と思わなかった。

舞「愛ー!? いつまで着替えに時間掛かってるのー!?」

下の階から母の怒号が飛んでくる。
実際に怒りを露わにしている訳ではなく、叱りつけているのだ。
それを知っている私はそっちのけで問いかけた。

愛「おかーさーん!!! あたしのオレンジと赤のストライプのワンピース知らなーい!!?」

舞「今干してるー!!」

愛「ホントー!? んー、そっか干してるのかー……。 ……干してる!?」

一目散にドアを開け階段を踏み荒らす。
足元を見ながら降りていた所為で、階段の入り口で立っている母に気付かず、
そのまま母の胸元に顔を埋めてしまう。

舞「きゃっ、こら愛。 危ないでしょうが」

愛「ごごご、ごめんなさいーっ!! って、ママ干してるって言ったよね!?」

舞「…………? えぇ、あんたのお気に入りの奴でしょう?」

愛「なんでー!? 昨日着てたわけでも無いのに!!」

「昨日着てたわけでも無いのに」
これは洗濯をして干すまでを視野に入れての発言であり、
それも踏まえて理解している母は鼻を鳴らしてこう言った。

舞「「今日忙しくて疲れたから服は後で持ってくー」……って言って持って来ずに寝に入ったのはどこのだったっかしら?」

ご丁寧に声真似まで挟んでくる。
流石血を分けてもらった存在と言うべきか、ブレスのしかたまで私そっくりだ。
勿論、本人の持ち前の天性や演技力があってこそだけど。

愛「あ……、そうだった……!!」

舞「解った? 仕方ないけど今日は諦めなさい」

愛「うぅうぅ……!! やだやだ、だって今日は特別なんだよ!?」

舞「ステージに上がったら衣装着替えるでしょ?」

愛「そうだけどぉ……」

にしたって、諦めるに諦めきれない。
前述の通り、今日は特別な日だからだ。
他でもない大切な……。

愛「今日は、初の武道館ライブなのに!!!」

私の汗や努力が形となった事を世に知らしめる、
最高な一日の始まりなのだ。

・ ・ ・ ・ ・


結局あの後、せめて動きやすい格好で、と思い、
白黒のストライプに赤のパーカーを着込んできた。
夏の近いこの季節、少しばかり暑苦しい格好だったかもしれない。

そんな私はと言うと、既に武道館の舞台裏に、
衣装のセッティングやステージの見直しの為に来ていたのだった。

愛「えー…………と、あっ居たっ!!!」

行き交うスタッフ達に目を凝らすと、
可愛らしい容姿をした女の子二人(?)の姿が見えた。

涼「あっ、愛ちゃーん!!」

絵理「こっちこっち」

一人は手を振り、もう一人は手招きをするように、
二者別々の挨拶のしかたで私を迎えてくれる。

愛「涼さん絵理さん、おはようございますっ!!」

脊髄反射のように頭を下げる。
芸能界で一番最初に覚え、そして一番大切な行為、それが挨拶だ。
それを一も二も無く受け取ってお返しを貰う。

涼「おはよう、愛ちゃん」

絵理「おはよう? ……なんだか愛ちゃん、元気無い?」

柔らかい眼差しを鋭く尖らせて、絵理さんが問うてくる。
自分ですら忘れていた事に気付くとは、絵理さんの洞察力は目を見張るものがある。

愛「えっ!? あー……、心当たりはあるんですけど……」

涼「えっ、どうかした!? もしかして、何かあったの?」

絵理「…………心配」

愛「実は…………」

涼・絵理「「実は…………?」」

二人が眉根を寄せて堅苦しく喉を鳴らす。 
そこまで気を遣う必要は無いのにと、鼻の頭を掻く。
早く二人を開放しようと思い、ネタ晴らしと言うほどでも無いネタ晴らしをする。

愛「お気にの服が洗濯中で……。 仕方ないからこれを着てきたんです……」

涼・絵理「「…………へ?」」

愛「本当は今日の為に、それを着てきたかったんですけど……」

間。
酷くつまらない、数秒にも及ぶ間。
私は首を三十度に傾け、頭に疑問符を浮かべる。

愛「………………皆さん、どうかしました?」

涼「……いや、安心したというか…………」

絵理「気が抜けたというか…………」

愛「???」

疑問符の数は言葉の数だけ増えるもので。
返事を二つ貰えた分、疑問符は三つとなった。

涼「愛ちゃん、平常運転なんだね……。 僕なんて緊張で震えてるのに……」

絵理「私も、ちょっと寝不足?」

愛「え、そうなんですか?」

涼「うん。 だって、初めての武道館だもの、緊張しちゃうよ……」

愛「えっ、私だって緊張してますよっ?」

絵理「…………愛ちゃん、今日ご飯食べた?」

愛「はいっ、いつものご飯山盛り太郎二回おかわりしました!!」

涼「愛ちゃん、それは緊張って言わない……」

尊敬を通り越して呆れを含んだため息と共に、
苦笑いを浮かべる二人を眺めて、私は取りあえず笑顔で濁した。

・ ・ ・ ・ ・

メイクも衣装合わせも終了した頃、
入場時間も過ぎて開演まで残すところあと三十分近く。
刻一刻と迫ってくる時間に、心臓の少し下の部分が締め付けられるような感覚に陥る。

愛「…………来て、くれるかな」

セットリストや歌詞の見直しをしながら、誰に聞こえるようにでもなく呟いた。
けれど私の声は小さく呟いても大きいらしく、
二人の耳には一言とも違わず入ったようで。

涼「……きっと、大丈夫だよ」

愛「へっ、き、聞こえてましたっ?」

涼「うん。 ……本当に緊張してたんだね」

絵理「愛ちゃんは、武道館でやるライブより、ファンが集まってくれるかが不安だったんだね」

愛「…………はい、だって15000人も入っちゃうんですよ、ここって」

涼「うん、今までと比べ物にならないよね。 桁が違うよ」

愛「遠くて来れない人だって沢山居るでしょうし、10000人も集まるのかなって……」

絵理「大丈夫? ……うぅん、大丈夫」

愛「……絵理さん」

セットした髪を乱さないように、触れるか触れないかの力加減の撫で方で、
か細くて強い声音で、私の中の不安を振り払うかのようにそう言った。

絵理「愛ちゃんは……。 うぅん、私達も、今まで一杯頑張ってきた。 だから大丈夫」

涼「……そうだね、僕達頑張ってきたもんね」

絵理「涼さんは……、特に?」

涼「あはは……。 未だに女の子の服着てるんだよね、そういえば……」

絵理「そろそろ、板についてきた?」

涼「えぇっ、そそ、そんな事ないよっ!?」

絵理「どもるなんて、怪しい……。 やっぱり……」

涼「ちっ、違うってばぁっ!!」

愛「………………ぷっ、あはははっ!!」

涼「ほら、愛ちゃんに笑われちゃったじゃん!!」

絵理「涼さんの性癖が事の発端?」

涼「性癖なんて言わないでよっ!!」

愛「あはははははっ、ふふっ、くふあはははっ!! ……ありがとうございますっ」

涼「……愛ちゃん?」

愛「元気付けてもらっちゃって、情けないですよねあたし」

絵理「そんなこと…………」

愛「でももう大丈夫っ!! 涼さんと絵理さんに一杯元気を貰いました!!」

愛「今度は、来てくれたファンのみんなに元気を分けなきゃですよねっ!!!」

絵理「愛ちゃん…………」

涼「うん、それでこそ愛ちゃんだよ」

重苦しい空気を笑い声で換気して、
狭い控え室に乾いたノックの音が部屋の隅まで駆けずり回った。

「876プロさん、準備お願いしまーす!!!」

とても大声で、本当はなんて言ってるのか殆ど聞き取れなかった。
けれども時間が差し迫っていたのは頭の片隅で理解していたし、
スタッフが呼び出してくると言ったら時間か非常時かのどちらしか無い。

愛「行きましょうっ!! 涼さん、絵理さん!」

涼「うんっ!」

絵理「うん……!」

同意の言葉を皮切りに、ほぼ同じタイミングで全員立ち上がる。
それぞれ思い思いの表情を浮かべて、控え室のドアを開いた。

・ ・ ・ ・ ・


ステージ下、所謂奈落に位置する場所から迫りを使ってステージに上がる。
上がっていくにつれて心臓が早鐘を打つ。
瞳を閉じて、緊張を誤魔化すように手を強く握っていたら、ふと温かい感触に触れる。

涼・絵理「「……………………ッッ」」

眼を開けなくても、空気で解る。
段々とファンの大きな声援が聞こえてくる。
二人とも、それに押しつぶされないように、私達みんなでその圧力を背負おうとしてるんだ。

私の不安を二人が背負ってくれる。
その代わりに二人の不安を私が背負わなきゃいけないんだ。
この中に平気な人なんて誰一人として居ない、みんな怖いんだ。

控え室で元気付けてもらった言葉を、今度は私が使う番。

愛「……………………大丈夫」

涼・絵理「「…………!!」」

私の手に触れている手の力が少しだけ緩んだ気がした。
手の中でじっとりと掻く汗の感触を感じながら、今初めて二人の不安を背負えた気がした。

どうやらスモークが炊かれているらしい、肌を露出させている部分に冷たい空気が付き纏って霧消する。
ガコン、という音と同時に床が揺れる。 どうやらもうアイドルの私達になっているらしい。


迫りに乗ってから初めて眼を開く。
目の前には大量のサイリウムと人、人、人。

唇が、体が、魂が震えた。

眼前の光景に恐怖を覚えたわけではない。
寒いわけでも、大地が揺れたわけでもなかった。
我ながら恥ずかしいくらいの、武者震いだった。

二人も一緒だったらしい、握っていた手が離れた。
きっと、胸の高鳴りを抑えるかのように胸の上に手を置いているんだろう。

私のように。

ブーツの底をキュッと鳴らし、一歩、また一歩と前進していく。
リハーサルの時に張っていたバミテープを思い出しながら、自分の立ち位置に着く。
数瞬の空白があった後、オルゴールの音色のイントロが流れて歓声が鳴り響いた。


そこから先の事は殆ど覚えてない。 一部を除いて。


セットリスト通りなら、出だしに「"HELLO!!"」を歌って、絵理さんの「プリコグ」が続いて、
次に涼さんの「ヒミツの珊瑚礁」が披露されたハズ。

元々私達は少ないオリジナル曲とカヴァー曲で渡って来たため、
最初からフルスロットルで喉を酷使した、ハズ。 覚えていない所為でハッキリとは言えないけれど。

確か、何度もトークを挟んで体力のセーブや回復を図っていたような、気がする。
そうだ、思い出した。 あまりにも走り回った所為で衣装が崩れたのを絵理さんに指摘された覚えがある。
あの時は涼さんと観客のみんなの反応が男の人の反応で、少し恥ずかしくなった。




そして……、これだけは鮮明に覚えている。
何回目かだったか。 あれは終わり間近、心身共に満身創痍の状態でトークを挟んだ時の事。

その時の私は「やっと休憩だ、どんなトークするんだったっけ」と、息も絶え絶え、
とてものんきな事を考えていたことを覚えてる。

涼「えぇっとっ! っはぁ、ちょっと皆さん聞いてくれますかっ!」

絵理「はぁ……っ、……実は今日は、私達にとってとっても大切な人の特別な日なんですっ……!」

二人が突然話を切り出す。
息が絶え絶えなのは私だけではなかったみたいで、
むしろ体力のある私が一番マシだったように見えた。

それにしても、こんなの打ち合わせに無かったような。

愛「……えっ? あ、あたし、聞いてないですよっ!?」

絵理「……っ、そりゃあ、ナイショにしてたから?」

涼「えーっ、その大切な人と言うのは、愛ちゃんの事なんですっ!!」

会場に鳴り響く歓声。
壊れかけのアンプの近くに立っているかのように、会場の声が丹田に響く。
けれども私自身は全くと言っていいほど現状を把握出来ていない。

愛「へっ? あたしっ!?」

絵理「会場のみんなは知ってると思うけど、実は今日は」

サイドに居る二人を交互に見つめる。
今の私はまるで知らない場所に連れてこられた猫のように狼狽していた。

絵理さんの次の言葉が紡がれるのを今か今かと待ち望んで、
オーディエンスは眼をサイリウムのように輝かせている。
会場や二人を見るに、答えが出るのはもう程無いだろう。
座して待つとは言わないが、肩の力を抜いて話に集中することにする。

涼・絵理「「せーの」」

涼・絵理「「愛ちゃんの誕生日なんです!!!!」」


愛「へ」


ウオオオオオオオオオオオオ!!!

待ってましたと言わんばかりの声援。
雄たけびの中には「おめでとう」や「愛ちゃん大好きだよ」という言葉も聞こえてくる。
会場のみんなは、私の為に絵理さんの言葉を待っていた。

愛「え……、嘘、そんな。 えっ、あの…………」

正直に言おう。 自分の誕生日なんて忘れていた。
何故なら一ヶ月前からずっとこのライブに向けてレッスンやリハーサルを繰り返してきたからだ。
カレンダーにも、今まで毎年付けていたハズの誕生日の日の枠にチェックを入れてない程に、
ここ最近の身の回りは慌しく、目まぐるしかった。

そんな自分ですら気にも留めていなかった事を、
ここに居る全員の人たちが覚えていたんだ。

他でもない私の為に。

激しい眩暈に襲われる。 この眩暈は決して体調不良じゃない。
先ほどから体の中を鳥肌や、感動からなる痺れが駆け回っているんだ。

愛「あれ、おかしいな……。 嬉しいっ、嬉しいのにっ」

涙が流れる目尻を両手で拭う。

「女の流す涙は宝石」、とキザな男が女を口説くのに使うような言葉を聞いた事がある。
自分の涙が宝石と思うほど自惚れてはいないが、
会場のみんなや涼さんや絵理さんのお陰で流れた涙なのなら、これは宝石と扱っても良いのかもしれない。

まるで持ち方を忘れてしまったかのように、たどたどしくマイクを握る。
震える声には歯を食いしばり、込み上げる気持ちには胸を張って対応するも、
それもどうも上手くいかない。

愛「…………っっ、あっ……。 あのっ……」

いつしか会場の声はとっくに鳴り止んでいて、
私が発話しない限り静寂なのでは無いかと勘違いするほどだ。

不意に両肩に手を置かれる感触を覚え振り向くと、
そこには涼さんと絵理さんの姿があり、潤んだ瞳を向けて頷いた。
何でそんなにも優しい笑顔なのか。



愛「………………このライブをやるまで、色んな事がありました」


愛「最初はこの武道館の下見に来て、あまりの広さに足が震えました」


愛「こんなに沢山入るのに、本当に来てくれるのかな」


愛「15000人近く、収容出来るんだよってまなみさんに聞いた時は本当にビックリしました」


愛「あっ、まなみさんって言うのはうちのマネージャーさんなんですけどっ」


愛「えっと……、それで、涼さんや絵理さんのファンの皆さんは沢山来てくれても、私のファンの人は来てくれるのかなって」

愛「どこまでも続く、広い広い寂しい会場を見ながらそう思ったんです」


愛「でも、頑張るしか無い。 そんなんで立ち止まってたらライブなんて成功しない」


愛「そう思って、レッスンもリハーサルも何度もやって、失敗を少しでも減らしていって……」


愛「けど、それでも頭の中では忘れてても、心の中には不安な気持ちが残ってて…………」


愛「でも………………」



愛「でも違ったよ!!!!!」


愛「涼さんや絵理さんに、このライブが始まる前に「大丈夫」って言ってもらえて勇気を貰って」


愛「皆このライブを楽しみにしてくれて、こんなにもファンのみんなが集まってくれて……」


愛「ありがとう、みんな!!!!!」


愛「この会場、広くなんかない!!! 寂しくなんかないよ!!!」


愛「一人一人、みんなの顔がちゃんと見えてるよ!! 見失ったりなんかしない!!!」


愛「……っ、後ろの席まで、ちゃーんと見えてるからーーーーーっっっ!!!!!!」



ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

二度目の歓声、しかしその声量は今までの物とは比べ物にならないほどの大きな声たちだった。
サイリウムを持った手を握り締めて、天高く突き上げてただただ想いの丈を声にして叫ぶんだ。

「俺のほうこそありがとう」、と。
澱みの一切無いとても純粋な気持ちで。
彼らは口々に私に向かってそう叫んでる。

涼「愛ちゃん…………」

絵理「……最高の、パフォーマンスだった」

振り返ると先ほどよりも潤んだ瞳で、涙で視界のゆがんだ私の瞳を見る。
一筋だけ涙を流すと、それを手の甲で拭い去る。

愛「涼さん、絵理さん、本当に、本当に……!!」

涼「そこから先の言葉は、このライブが成功してからだよ」

絵理「それに……、ファンのみんなに向けて、言うべき?」

愛「…………っ、はい!! そうですよねっ!!」



愛「みんなーーーっっ!!! まだ行けるよねーーっ!??」


愛「いっくよーーーーっ!!!!」


愛・涼・絵理「「「「ハッピース」ーーーーッッッ!!!」」」


ハッピース 私達きっと出会えて良かったよね。
ハッピース さあ私達 これからもよろしくね。

心の底から、君達に向けてそう歌ったんだ。






おしまい

ここまで読んでくださり有難う御座いました。

愛ちゃん本当にお誕生日おめでとう!!!

律子誕の二日後とかマジ間に合うか不安だった!!!

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