少女「ウーパールーパーって、知ってる?」(40)


ぼく「うん、おかあさんとペット屋さんでみた」

少女「ウーパールーパーはね、子供の体のまま大人になるの」

少女「大人の体になれば、陸に上がることができるのに」

少女「子供の姿のまま、ずっと水の中で暮らすの」

少女「大人になった自分の姿も、水の上の世界も知らずに」

少女「子供の姿のままで、ずっと生きていくのよ」

少女「背、伸びたね」

少女「少し前までは、こーんなにちっちゃかったのに」

ぼく「大げさだなあ、そんなにちっちゃくなかったよ」

少女「寝る子は育つって言うからね」

少女「きみは、遊び疲れたらすぐ寝ちゃう子だったし」

少女「実際、何度きみの家までおんぶして送り届けたことか」

ぼく「うう、ごめんなさい・・・」

少女「フフ、怒っているわけじゃないの」

少女「しっかり食べて、しっかり寝て」

少女「しっかり育つことが、子供の仕事だからね」

ぼく「・・・うん」

ぼく「よーし!ぼく早く大きくなって、おねえさんよりも、もっと大きくなる!」

少女「きみだったらすぐに大きくなれるわよ」

少女「そうね、きっと私の背なんて・・・すぐに抜かれちゃうくらいに」







少女「背、抜かれちゃったね」

僕「僕も、もう中学生だからね」

少女「体つきも、すっかり男の子っぽくなっちゃって」

僕「部活やり始めたからかな、最近は食べても食べてもすぐお腹減るし」

少女「柔道部だっけ?またハードな部活に入ったねえ」

僕「男子たるもの、お姉さんの一人や二人、守れないといけないからね」

少女「一人や二人って、きみはいつからそんなにモテモテになったの?」

僕「言葉のあやだよ、僕のお姉さんは、お姉さん一人だけ」

少女「・・・年上をからかうのは、感心しないなあ」

僕「別にからかってるわけじゃないんだけどね」

少女「体は大きくなっても、中身はまだ子供なんだから」

少女「お姉さんを口説きたいなら、もうちょっと大人にならないとね」





少女「・・・きみはまた、随分と大きくなったね」

僕「それは、もう高校生だしね」

少女「そうじゃなくて、確かに私は背が小さいほうだけど・・・」

少女「それでも、頭二つ分くらいは大きいよね」

僕「まあ、今190近くあるし、筋肉もだいぶ付いたしね」

少女「何食べたらそんなにでかくなるんだか・・・」

僕「そう言うお姉さんは、変わらないよね」

僕「・・・初めて会った時から、変わらないままだ」

少女「・・・・・」

少女「・・・ねえ、知ってる?」

少女「人間が、人間に進化した原因」

少女「動物の世界には、幼い頃の外見のまま性的に成熟する現象があるの」

少女「ネオテニーっていってね、分かりやすい例がウーパールーパー」

少女「ウーパールーパーのようなサンショウウオは普通、大人になったら陸で暮らすの」

少女「だから、子供の頃にあったエラは消えて、陸で生きれるよう肺で呼吸するようになるわ」

少女「でも、ウーパールーパーはエラが消えないまま、子供の姿でずっと暮らすの」

少女「冷たい水の中で、ずっと、ずうっと」

少女「・・・人間は、チンパンジーのネオテニーだと言われているわ」

少女「チンパンジーが子供のまま、大人になった姿」

少女「それが私たちの祖先」

少女「・・・まあ、そういう説もあるってだけの話だけどね」

少女「あくまでも仮説。・・・つまらない話に付き合わせちゃってごめんなさい」

僕「・・・うん」

少女「・・・でも、チンパンジーのネオテニーが人間だとしたら」

少女「人間のネオテニーは・・・一体何者になるんでしょうね」







少女「きみも無事に大学生かー」

僕「一時はどうなるかと思ったけどね」

少女「ふふん、偉大なる先生に感謝したまへ」

僕「ははー。全てはあなた様の指導のおかげです」

少女「くるしゅうない」

僕「ありがたやありがたや」




少女「・・・きみに告白されたあの日から、もう一年か」

僕「あっという間だったね」

少女「・・・本当に私なんかでよかったの?」

僕「お姉さんだからよかったの。ほかの人なんて考えられない」

少女「ごめんなさい、きみを疑ってるわけじゃないの」

少女「でも、時々不安になるの。私、普通じゃないから・・・」

僕「僕は気にしないよ。周りがなんと言おうとも」







少女「ついにきみも立派な社会人か」

僕「まだ内定しただけだよ」

少女「でも第一希望でしょ?このご時勢に」

僕「運が良かっただけだよ、たまたま面接官が気の合う人だったから」

少女「またまたご謙遜を」

僕「いえいえ滅相もない」

少女「・・・きみはどんどん大人になっていくね」

僕「どうしたの、いきなり」

少女「きみがスーツを着た姿を想像したらさ。不意にきみが子供だった頃を思い出しちゃって」

少女「きみにもね、ぼくはまだこどもがいい~だなんて、言ってる時期があったのよ?」

少女「あれからもう、20年近く経つわけだ」

少女「・・・・・」

少女「きみだったら、もっと都会の、それこそ一部上場企業とかにいけたんじゃない?」

少女「わざわざこんな田舎にとどまらなくても、」

僕「待って」

少女「きみにはもっと、活躍できる場が」

僕「待ってってば!」

僕「・・・僕はね、家から近くて、定時に帰れる職場じゃなきゃイヤなの」

僕「他に理由なんて」

少女「私は!」

少女「・・・私は、きみの枷にはなりたくないよ」

少女「きみは、きみの好きなように生きればいい」

僕「・・・ハァ、強情なんだから」

僕「・・・それなら、僕は好きなように生きさせてもらうよ」






僕「河川敷の公園に、桜を見に行こう」

少女「い、いきなり何の話よ」

僕「春になったらさ。ブルーシートでも敷いて、二人で桜を見ながらサンドイッチを食べよう」

僕「夏には二人で花火大会に行こう」

僕「お姉さんは小さいから、手をつないで。二人でりんご飴をなめながらさ」

僕「秋には栗拾いに行こう」

僕「二人でカゴいっぱいの栗を拾って、家で栗ご飯を作ろう」

僕「冬は二人でこたつに入りながら、ミカンを食べよう」

僕「年末年始の特番を見ながら、一日中ゴロゴロしよう」

僕「晴れの日は二人で洗濯物を干そう」

僕「雨の日は二人でdvdを見よう」

僕「いつか二人の住む家を買おう」

僕「日当たりのいい、庭付きの家を買おう」

僕「庭では家庭菜園をしよう」

僕「二人が好きな野菜を植えて、朝食には必ずサラダをつけよう」

僕「・・・そうやって、なんでもない日常を、二人で生きていこう」

僕「これが、僕の望む生き方だよ」

少女「・・・ありがとう」

少女「やっぱり、きみは大人だよ」

少女「わたしよりも、ずっとね」

少女「・・・わたしはずっと、きみが大人になっていくのが怖かった」

少女「わたしだけが取り残されるのが・・・怖かった」

少女「でも、今はもう違う」

少女「きみが私の前に立って、手を引いてくれるのなら・・・」

少女「・・・私も、私の好きなように生きようかな」








少女「きみが私の旦那さんになるだなんて、あの時は思いもしなかったなあ」

僕「あの時って、どの時?」

少女「中学生のきみに口説かれたとき」

僕「・・・あの時はね、ちょっと大人ぶりたい時期だったんだよ」

僕「まあ、僕の気持ちはお姉さんと出会った時から変わってないけどね」

少女「そうね、少なくとも口説き文句は中学生の時と変わってないわね」

僕「・・・。じゃ、じゃあお姉さんは、いつから僕と結婚したいって思ってたわけ?」

少女「そんなのは最近よ。君が社会人になったあたりかな」

僕「えー、こんなに付き合い長いのに」

少女「フフ、きみのお嫁さんになれるとは私も思ってなかったからね」

少女「でも、ずっと前から、ずっと一緒にいたいって思っていたけど」

僕「・・・面と向かってお姉さんに言われると、なかなか照れるな」

少女「あら、いつもはもっと甘ったるいセリフ言ってるじゃない」

僕「僕から言う分にはいいんだよ」







少女「さて、問題です。今日は何の日でしょうか?」

僕「20回目の結婚記念日。僕と、お姉さんの」

僕「毎年やってるんだから。忘れるはずないよ」

少女「君が耄碌してないかと思ってね。ほら、ボケ予防は早いうちからの方がいいって」

僕「まだそんな歳じゃありません。ほら、こんなに若々しい顔してるでしょ?」

少女「若作りしてるってのはわかるけど・・・ねえ?」

僕「ねえ?って、僕そんなに老けた?」

少女「なんかお高い洗顔液とか使ってるみたいだけど、シワは増えたよね」

僕「うぐっ」

少女「最近よく白髪染めしてるとこ見るし」

僕「なっ・・・それは・・・」

少女「隠れてやってるんだろうけど、結構目撃してるのよ」

少女「バレないようにやってるのがねえ・・・。余計に哀愁を誘ってるというか」

僕「ぐぬぬ・・・。」

少女「・・・年相応でいいのよ、君は」

少女「年をとるってことは、悲しいことじゃないんだから」

少女「君には、老けていく権利があるんだから」

僕「・・・・・。」

僕「僕は・・・、ただ・・・」

少女「っと、年寄りくさい話はここまでにしましょ」

少女「こんなことより、今年は一体なんのプレゼントをくれるのかな?」

僕「ん、お、おっほん!そうだね、今年は期待しててって言ってたしね」

僕「いやー、今年はいつも以上に気合を入れたよ。なんてったって20回目の節目の年だしね!」

支援

僕「そう言うお姉さんこそ、今年のプレゼント交換は何を用意してくれたのかな?」

少女「よくぞ聞いてくれた。今年は結構ひねらせてもらったよー」

僕「ほほう。実は僕も、そこそこひねってるんだよね。」

僕「去年はお姉さんからだったよね?」

少女「うん」

僕「それじゃ、今年は僕からだね」

僕「じゃあ、ちょっと鏡の前に移動しよう」

少女「お、さてはネックレスか何か?」

僕「まだ内緒、てか言わないでよ当てられたら困るし・・・」

僕「よし、それじゃ目つぶって・・・」

僕「はい、記念すべき20個目のプレゼント。目、開けていいよ」

少女「・・・。これもしかして・・・」

僕「なかなかきれいな髪留めでしょ。しかもこれ、オーダーメイド」

僕「あしらってる花のデザインについては・・・。まだヒ・ミ・ツ」

少女「このデザイン、桔梗でしょ」

僕「ありゃ、もしかして知ってた?」

僕「いやーなんていうか、ちょっとベタすぎたかな?」

少女「・・・ううん、・・・ありがと」

僕「・・・うん、どういたしまして」

少女「本当に、ありがとう。多分、今までで一番嬉しいよ」

僕「よかった、喜んでもらえて僕も嬉しいよ」

少女「・・・よし!そしたら、次は私のプレゼントだ」

僕「お、待ってましたよ!」

少女「正直、方向性は若干かぶるんだけど・・・はい!」

僕「おお、タイピン!しかも、すごいきれいな花の模様が彫ってある」

僕「それで方向性がかぶるってわけね、ちなみに・・・お恥ずかしながら、なんて花?」

少女「これはね・・・スターチスっていう花だよ」








少女「長いあいだ、おつとめご苦労様でした」

僕「お姉さんこそ、長いあいだ支えてくれてありがとう」

少女「これから、またよろしくね」

僕「こちらこそ、これからはずっと一緒にいれるんだから」

僕「・・・うん。これからも、ずっと一緒にいよう」

少女「フフ、まるでプロポーズみたい」

僕「もう一度、式をあげようか?」

少女「それもいいわね。また永遠の愛を誓ってくださる?」

僕「もちろん。何度だって誓うさ」







少女「そろそろなの?」

僕「うん。もう長くないってさ」

少女「・・・・・」

僕「悲しむことはないよ。僕も、正直名越り惜しいけどね」

僕「僕は本当に幸せだった。満たされていたよ」

僕「だからこそ、やり残したことはいっぱいある。心残りも」

僕「ただ、後悔はしていないよ」

少女「私もだよ」

少女「・・・君と出会えて良かった。君と話せて良かった」

少女「君と恋に落ちて良かった。君と触れ合えて良かった」

少女「君と食事できて良かった。君と同じベッドで寝れてよかった」

少女「君と旅を出来て。君と年を越せて」

少女「君とテレビが見れて。君とお花見ができて」

少女「君と海で泳げて。君と山に登れて」

少女「君とお祭りに行けて。君と抱き合えて」

少女「君と・・・・・。」

少女「君が、いつか私に言ったような」

少女「なんでもない日常を、二人で生きれて」

少女「・・・本当に・・・良かっ・・・た・・・」

僕「・・・・・。」

僕「僕も、お姉さんと生きてこれて。本当に良かった」

僕「・・・僕はね・・・」

僕「結婚式で、嘘をついたよ」

僕「死が二人を分かつまで、ってやつ」

僕「はは、死に分かたれる愛なんて、誓えないよ」

僕「・・・僕はね。あの時、永遠の愛を誓ったんだ」

僕「お姉さんって、実は寂しがり屋だからさ」

僕「僕の体がなくなっても」

僕「せめて、愛だけでもあっちの世界から届けようって」

僕「そう、誓ったんだ」

僕「そして、もし生まれ変われたならば」

僕「もう一度、お姉さんと出会って」

僕「また、なんでもない日常を二人で生きようって」

僕「そう、誓ったんだ」

ええ…うわぁぁぁぁぁ

僕「・・・ねえ、お姉さん」

僕「お姉さんは嫌いだったかもしれないけど」

僕「・・・僕はね、好きだったよ。ウーパールーパー」






そろそろ終わりが近い

僕という個体の火が消えてゆくのが分かる

走馬灯というものだろうか・・・

過去の断片が蘇ってくるのは



「ウーパールーパーって、知ってる?」


「背、伸びたね」


「・・・年上をからかうのは、感心しないなあ」


「ふふん、偉大なる先生に感謝したまへ」


「・・・きみはどんどん大人になっていくね」


「きみが私の前に立って、手を引いてくれるのなら・・・」


「でも、ずっと前から、ずっと一緒にいたいって思っていたけど」


「さて、問題です。今日は何の日でしょうか?」


「本当に、ありがとう。多分、今までで一番嬉しいよ」


「これはね・・・スターチスっていう花だよ」


「フフ、まるでプロポーズみたい」





そういえばいつかお姉さんが言っていたな・・・

ネオテニーという言葉を

僕の体は成長し、老い、滅びを迎えようとしている

変化を止めることはできなかった

それなら僕の心はどうだっただろう?

僕は変わらずにいれただろうか?

子供の頃の僕から、変わらないものがあっただろうか?

・・・そうだな、今ならはっきりと言える・・・




・・・・・僕は・・・・・









少女「・・・最後まで、私のことを「お姉さん」って、呼んでくれて」

少女「・・・私のために、変わらないでいてくれて」

少女「・・・私に変わらないものをくれて」





少女「ありがとう」









桔梗。  花言葉は  変わらない愛、変わらない心

スターチス。  花言葉は  変わらない誓い、永遠に変わらない心



おしまい。

乙!

綺麗な話でした

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