cast a (curse)/spell (99)


0.(5年後、某月某日の報道より抜粋)


昨夜未明、○○駅近くの交差点で停車中のタクシーに大型トラックが衝突し、タクシーの運転手と乗客の女性が全身を強く打って死亡しました。

昨夜午前0時頃、○○駅近くで、10トントラックが交差点を急右折し、信号待ちで停車していたタクシーと衝突しました。
警察によりますと、死亡した運転手は埼玉県春日部市のーーーーーさん(56)、
乗客の女性は大人気アイドルの渋谷凛さんで、渋谷さんは直前にラジオ番組の収録を終え帰宅途中でした。

現場は片側2車線の道路で、事故当時○○市には大雨警報が出ていました。

トラックを運転していた男性は軽傷を負って病院に運び込まれましたが、
呼気から微量のアルコールが検出されており、酒気帯び運転の疑いで捜査を進めています。

-- NNKニュース24より


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403358459


米西部オハイオ州クリーブランド近郊で昨日、発砲事件がおこり、
邦人男性1名を含む3名が死亡、12名が負傷しました。


容疑者はしばらく東へ逃走したのち逃走に使用した車両のなかで死亡しており、自殺と推定されています。


亡くなった邦人男性は    さんで、
日本で芸能プロダクションに勤務しており、
研修のための渡米を終え近日帰国予定だったと見られています。


    さんには親族がおらず、葬儀は日本での所属プロダクション関係者によって行われる予定です。


--BBB国際ニュースより

・アイドルマスター シンデレラガールズのSS
・短編


1.凛


それは、とてもとても強い魔法で、
大きな大きな願いの魔法だった。


「好きって絶望だよね」
と言ったのは、何の小説の登場人物だったっけ。


その女の子は確か、ストックホルム症候群に近い状態だった。
父親に虐待されながらにして、彼を庇い彼に愛されようとしていた。


他人の言葉を借りると、薄っぺらくて、上っ面だけのごまかしだ。
同じでもない何を彼女に重ねたのか、自分でもわからない。


それでも私はこの言葉を選ぶ。
私も、自分のこの気持ちに絶望を感じている。


こんなに近くにいるのに。
こんなに慕っているのに。



私には、それを伝えることもままならない。


花屋を継いで、街の片隅でひっそりと人々の笑顔を作る。
その夢は決して色褪せてはいない。
だけど。


あの日彼に会わなかった私はどのように生きていたんだろう?


……今の私には、もはや想像もできなくなっている。


アイドルになって、花を持ちエプロンを着る日々は一旦終わりを迎え、
自分自身が花となって咲き誇る日を夢見るようになった。


勿論、夢を見ているだけで、夢で終わらせたくはないから。

精一杯努力をした。
険しい道を歩んできた。


でもそれは、プロデューサーの支えが無くては歩んでこれなかった道だった。


プロデューサーは、私が飛べるように、魔法で翼を与えてくれた。
いつかは自分の力で飛べるようにと、彼の持つ翼を共有して。


素敵なドレスに、素敵な舞台。
いつだって今を導き、そして一歩先を指し示してくれた。


彼の作ってくれた道と、それに答えようとする私自身の努力とが、
いつしか私にも自分の翼をもたらした。


片側だけの、いびつな翼を。


……大きな願いは、強い魔法は、
抱えきれなくなったとき呪いとなる。



憧れて、助けられて、頼って、共に歩んで。
いつのまにか、
私は彼にもたれ掛かり過ぎていた。



たった一枚の翼では、一人ではもう飛べない。
だから私は地面を走ることにした。


2.プロデューサー


最初は、親愛のつもりで抱えていた気持ちだった。



両親を亡くし、天涯孤独となった俺に最初に手をさしのべてくれたのが社長だった。


恩義だけではなく、彼への憧れもあってプロデューサー業を彼の元で学び、
大学を出て直ぐにプロダクションの一員として加えてもらった。


そして、自分にとって初めてのアイドルが凛だった。


街角での出会いの時から、
彼女をトップアイドルにしたいと常に願ってきた。


とても飲み込みの良い子だった。
無愛想な自分を自覚し、素直に学び、
負けず嫌いで、いつだって先を目指して。


注いだ分だけ、変化を見せてくれる。
少ない言葉ながら感謝を述べられるたび、くすぐったい気持ちになりながらも、
もっとこの子を育てたいと言う気力が沸いてくる。


世界でたった一人、
自分のそばにいて共に研鑽し共に喜びを分かち合う存在。
失ってしまった家族のように大事な存在になっていって。


気づく頃にはもう遅すぎるほど、近づきすぎていた。


……凛は最近、あまり手の掛からないアイドルになった。
最初からワガママの少ない方ではあったが、なんでも自分でやろうとする。


示した道の一歩先を常に求めて走っている。


どんな仕事でも、積極的にするようになった。


俺が他のアイドルの仕事についている間に、
許可を取って自らオーディションに繰り出すことも多々あった。


受かっても落ちても、それを糧としてバネとして。
俺の持ってきた仕事も、彼女が自ら得た力が新しい結果をもたらしていった。


なんでも無いような顔で、必死に足掻いて。
15の女の子とは思えないような、狂気がかってさえいるような。


生き急いでいる。
そう形容すべきだろうか。


一人で挑み、一人で抱え、一人で道を探しだす。
……俺の役割とはなんだったのか。



何かから、今まで与えられていた色々から、
逃れようとしているようで、

苦しくなる。


俺が彼女にかけていたのは、
願いを叶える魔法ではなく、彼女を”アイドル”に縛り付ける呪縛だったのではないのか。


……時折心の何処かで、失敗をすれば良いと願う歪んだ自分がいる。
もう一度、俺を強く頼って欲しいと。


いつの間にか、彼女を心の支えにしていた。


まっすぐ伸びるようにと支え導いていたこの手が、
いつからかその枝を絡めとって自分の一部にしようとしていた。

連理のように互いに繋がりあっているのか、
それとも宿り木のようにただ一方的に利用しているだけなのか。


それは解らないが、

自分の中の大事な部分を凛が占めていて、
切り離してしまっては碌に過ごせないほどで。


……良い機会だった。
彼女が俺から逃れようとしているように、俺も彼女を切り離さなければ。



凛に付き添う時間を大幅に減らし、
事務所に新しく入ったアイドルたち数名の担当を志願した。


仕事の量も増やした。
新しい仕事は気持ちを切り替えてくれた。


そしてそれはまた、凛を導く新たな道の礎となる。


……結局、何もかも元の場所に戻ってくる。
その度また遠くを目指して、戻って、堂々巡り。




少しずつ時間と密度を減らしていくなかで、
裏腹に凛への想いは、執着は一向に収まらないままでしばらくが過ぎていった。



一歩ずつ前へ進んでいた。
方向も定まらぬまま。


何もかも上手く運んでしまっているのだ、俺も凛も。
だから、止めることはできなかった。




それでもずっと、変わらない事があった。


一番になりたい、高く飛びたいと望む凛の願い。
彼女をトップアイドルにしたい、誰よりも輝かせたいと望む俺の願い。

二人の夢に向かって進む努力。


それだけはいつも、たがう事なく持ち続けていた。


二年と幾許かの時が経ち、夢は一つ、叶うことになる。


三度目のトライだった。
新人アイドルの登竜門、”シンデレラフェスティバル”にて、凛がトップに輝いた。


舞踏会の主役、”シンデレラ・ガール”として、その栄誉と称賛を浴びる事となった。


凛が新人アイドルの頂点にたち、
そしてまた新たな一歩を踏み出すと同時に、


俺と彼女との日々は終わりを迎えた。


3.プロデューサー

可笑しな話ながら、

一般に、アイドルとそのプロデューサーが結ばれることはそう珍しくない。
ファンの間でもある程度黙認され、
経歴などによってはむしろ祝福される例も多い。


過去にだって、何人ものプロデューサーが自身の育てたアイドルと結婚し、その後も活動を続けている。

もちろん彼らはすくなからぬ非難を浴びただろうし、
幾つもの黒いウワサを流されているだろう。


しかし、それは一過性のもので、

結婚しても別の形でファンの前に現れファンを沸かせるアイドルがほとんどであり、
それゆえ大きな問題として捉えられることは少なかった。


実のところ、社長もそういったプロデューサーの一人だったと知った。


彼はずっと、待った。


彼のするべき仕事を完遂するまで。
彼女の華が咲き終わるまで。



だが、かつてそういった暗黙をぶち破った一人の女性がいた。


日高舞。


アイドル史及び芸能界の歴史に残るほどの超有名スター。
3年間の活動期間中にいくつものヒット曲を残した猛者。


旧IU-アイドル・アルティメイト-の最後の優勝者・”アイドルマスター”であり、当時の芸能界を席巻した。


その彼女が、16歳でIUに優勝し”アイドルの頂点”に立った途端、


「(ライバルがいなくなって)つまらなくなった」
と言う理由で突如引退を表明し、
担当プロデューサーと結婚をして表舞台に出てこなくなった。




彼女の引退と結婚は、芸能界中を狂乱に陥れた。


いまでこそ一児の母として芸能界に復帰しているが、
当時彼女の居た事務所は事態の沈静化に躍起で、
しばらくその名はタブーとされメディアも口をつぐむ異例の事態となった。




IU自体にも存続の危機が訪れることとなる。
なにしろ、彼女をアイドルの頂点と認めたその称号が無になったも同然だったのだから。


しかし、この一大イベントをどうか続けてほしいという声は内外に多く、


受賞者及びその関係者に一定の制約をつけることと、

イベントタイトルを「シンデレラフェスティバル」、
称号を「シンデレラ・ガール」と改めることで難を逃れることとなった。


前提として、


表向きには受賞者とそのプロデューサーへの栄誉と一層の躍進を期待するとし、
内実、過熱したであろう二者間の冷却期間として別離を図る為の制約。




シンデレラ・ガールの称号を得たアイドルには、
およそ二ヶ月後に開催されるプレミアライブのゲスト出演が約束され、


またその約半年後、
11/28の”アイドルの日”の週に開催されるアニバーサリーイベントのメインキャストとして招聘される。



その後も数ヵ月の間次代のシンデレラ・ガールが産まれるまで、
CG実行委員会のプロモーションのもと国内での様々な舞台への出演が決定している。




シンデレラガールを輩出したプロデューサーは、
プレミアライブにて自身の担当アイドルの舞台演出を担当した後に、
海外のいずれかの芸能プロダクションへの長期研修が義務付けられる。


例えば、先々代シンデレラ・ガールとなった十時愛梨のプロデューサーは、
二年前の夏にフランスに飛んでおり、現在も研修の最中である。


その間、十時自身は新しいプロデューサーを望まず、
大学生活に立ち戻るためしばらく活動を減らし、

自分で予定の組みやすいコラムやグラビアの仕事や、
事務所主導のバニー祭り・メイドイベントなどに出るにとどまっている。



去年のシンデレラ・ガールの神崎蘭子の場合は、
本人の年齢や担当プロデューサーとの年齢差を鑑みて、

プロデューサーはインド・ボリウッドへの短期研修という形にとどまり、その年の秋には再び復帰している。


とはいえ、これは彼がある程度名の知れたベテランプロデューサーであるという事もあり、
例外的措置と言っても過言では無い。

彼が所属事務所の約半数のアイドルの担当をしていた事から、事務所の意向もあったのではないかとされている。


今年は米西伊のいずれかになると推測されている。


男性アイドルグループの米国進出が囁かれているので、
恐らく彼らの補佐としての名目で渡米することになるだろう。



5年は帰ってこられない。


4.凛


プロデューサーが日本をしばらく離れると知った時、
はじめに訪れたのは奇妙な安心だった。


不思議と落ち着いていた。
いつか来る別れが、早まっただけだと。




自宅に戻り緊張の糸が完全に切れると、
猛烈に込み上げてくるものが私を揺らす。


どうしよう。
私、まだ何も。


言いたい事が沢山あった。
言えることも言えない事も、沸々と煮えていくばかりで抑えられない。


感謝の気持ちだけはどうにかして伝えたかった。
2年の間、上手く伝えられなかったもう一つの感情。


だけど、どんな言葉にして伝えよう?
……ひとつ言葉にしてしまうと、全て溢れだしてしまいそうで。



刻一刻と、別離の日が近づく。




30分ほど中座します


慣れぬタブレットからの投下なので、不始末やミスなどありましたらご指摘下さい




sageっぱなしだったorz
再開



5.プロデューサー



たった一つの仕事が頭の中をぐるぐるとまわっている。


俺にとって、米国に向かう前の最後の大仕事。


プレミアライブで彼女が歌うにふさわしいステージの計画。
実行委員会の後押しがあることもあって、リソースが潤沢な分求められるクオリティも高い。


何より、自分自身が一切の妥協を許さない。


仕事の引き継ぎ作業を並行して済ませつつ、3日後に迫った最終期限に焦らされている。


既にライブに向けての調整は始まっており、
本番までの短い期間の中、
凛は他のいくつかの仕事と学業とを並走しつつレッスンに励んでいる。


どうしてもひとつだけ外すことができず、
ライブの次の日に仕事を入れてしまってはいるものの、却って都合が良いので敢えて外さずにおいておく。


一応、ライブの具合によっては変更の利くように、
凛自身の判断で変えられるようにだけはしておいた。


何度も同じ資料に目を通す。


何度も同じ資料に目を通す。



何度も、同じ資料に目を通す。



仕事に没頭している間は、何もかも忘れることができた。






……いつの間にか寝てしまっていたようだった。
今、何時だろうか?


事務所にこもっていると時間の変化に疎くなる。




誰かが毛布をかけてくれたらしい。
後ろに人の気配がするが、今は特に話かけられるような用事はなかったはずだ。



起きる気力がなかなか起こらないので、
いっそもう一度眠りに戻るべく頭を空っぽにする。


ようやくあとは清書するだけの段階になった。どうとでもなるだろう。


しばらくその姿勢のままでいると、心地よい声が聴こえてくる。
……凛の声だ。
反応してしまう耳が憎い。




俺を起こさないようにと声量をかなり絞って、


ドラマの台本を読んでいるらしい。
来週辺り最終回の撮影だったはずだ。


放送はライブより後になるので見ることはできないが。


学園物メロドラマの一サブヒロインの座をオーディションで凛が射止めた。


残念ながら主演級は逃したものの、
教師同士の恋愛の当て馬役としてそこそこ重要度の高い位置にいる。


あまりアイドルに向いた役目ではない。
肌着を衆目に晒すシーン、ぎすぎすした関係性、……


後の活動への影響が出やしないかという懸念があった。


主演は男女どちらも凛より一回りも年齢の高い俳優で、
生徒役も一部を除いて俳優事務所を通して集められたエキストラで、はっきり言ってアウェー。


それでも、彼女が掴みとった役だった。
尊重せざるを得ない。


出演決定に際して、台本には一度目を通させてもらっている。


ほとんどNGを出すことはしなかったけれど、
「現役アイドルなのでキスシーン、濡れ場はNGです」とだけ注文を付けた。


半分エゴで、半分は全うな理由。


キスシーン以外にだって、削らせたい所は多々あった。
事務所としても、俺としても。


他に何も触れなかったのは……どんな仕事でも、彼女の掴んだ仕事だったから。



クライマックスの描写は特に良く覚えている。



2人だけの教室で、眠ってしまった教師に自身の愛を吐露し
ほっぺたにキスをして静かに去るシーン(改編後)。


唯一チェックを入れた件のシーンでもある。



頬への接吻は親愛、厚意、満足感。
彼女は彼への恋に満足した、という解釈にとれる。


これなら筋書きとして無理のない落とし所だ。




収録には付いていかない。
一度共演者と監督への挨拶回りをしただけで、あとは彼女に任せます、と。


同時間帯に仕事のある他のアイドルに付き添うためではあるが、
体が空いていたとしても何かしら理由を付けて行かなかっただろう。



例え作り物の筋書きであれ、
思いを寄せる人間が他の男に愛を語るところなど、見たくはないものだ。


セリフを読み続ける凛の声のトーンが変わる。
一段と柔らかく、語りかけるような、それでいて力強い声。


「最近……、二人っきりでいられる時間、なかったよね。
 
 みんなの事で忙しいのはわかってるけど……、
 もっと私のこと、見ててほしい、かな。
 ……なんて、わがままだよね。ごめん、今の忘れて。
 
 あっ、でも、……これだけは言わせて。

 
 
   好きだよ、プロデューサー。」






これは、幻聴だ。
そう思った。


一言を除いて、台本にたがいは無い。



だから、その一言が強く頭に残った。
それは、とても甘い絶望だった。


6.凛



一言だけ。


溢れ落ちた言葉に気づいたとき、
聞かれたかも、と思った。


デスクに眠るプロデューサーの様子に変わりはない。




ただ、
小さくて特徴的な鼾が聞こえなかった。
呼吸音も穏やか過ぎた。


その後何があったわけでも無い。
変わらず最後の一週間を過ごした。




分からない。


けれど、
気にしてはいけないのだろう。
口に出してしまった私が悪いのだから。



拒絶にしろ何にしろ、届かなかった想いに意味など無い。


それでも、一度口に出してしまった事は最後まで出さなければと。
そう思って、


……伝えられないまま、終わりの日が来た。

7.プロデューサー



なにもすることなく、デスクに一人佇んでいる。


ライブ前日。時刻は23時過ぎ。


最後の事務所番。
早朝にちひろさんと交代したら、もう事務所に来ることはしばらく無い。


ファイリング作業は数時間前に終わった。
引き継ぎ業務ももう5回目の見直しをしている。


後日送ってもらうために段ボールにまとめた荷物はソファーに鎮座している。
どうせ誰も訪れはしないが、眠れぬままただ時の経過を眺めているだけで。


デスクには私物の山。バッグに詰めることもなく散らかしたまま。


ぽっかりと浮いた時間をもて余している。


仮眠室では、凛が眠っている。




特殊なライブ/イベントの前日は、出演アイドルはプロダクション関係者の監視下で過ごすことになっている。
凛は女子寮ではなく実家通いなので、
親御さんの許可を取りいつものように事務所で一夜を過ごす。


奇しくも、でもなく望んで、でもなく、
担当の責務として、そして残りの仕事を終わらせるために俺が事務所に残る事となった。


近くて遠い二人きりの世界。



聴こえるはずの無い寝息に耳を澄ます。
時計をただ見つめる。
秒針が1周、2周、3周……




ドアの音で我にかえる。


寝汗も乱れた髪も直さずして、
少しの迷いと決心を湛えた顔つきの凛が立っていた。



「眠れないのか?」


「うん。やっぱり、ライブ前日はね……」


「そうか、」


顔を見れば解る。
彼女が、何を言おうとしているのか。



俺が彼女に言えないでいること。
俺が彼女に伝えたいこと。


きっと彼女は最後だから、と。



「プロデューサー、話があるんだ」


「ああ、……俺も凛に聞いて欲しいことがある。
 多分、同じことだ」



散々考えたけれど、それを全て放棄して、想いのままに話すことに、した。



「それって……」


「でも、言葉にすべきことじゃない。それは凛もわかってることだと思う」


「……うん。いつから?」


「ずっと前から。
 多分、凛に初めて会ったときから、だと思う」


「そっか。……おなじ、だね」


「ああ、同じだったんだな」


「ずっと…… ううん、ずっと知ってたの?」


「いや、この間気づいたんだ。
 ずっと一緒の事を想っていたなんて、考えたこともなかった」


「こんなに、近くにいたのにね」


「こんなに、近くにいたからな」




「でも今は、俺はプロデューサーで、君はアイドルだ」



「分かってる。分かってるよ。
 ……明日には、もういないんだっけ?」



「出発は明後日だが、明日の朝ここを出たらもう事務所にも、楽屋にも顔を出さないと思う。


 凛のライブは……客席からこっそり見るよ。
 しばらく見られなくなるから、しっかりと目に焼き付けて行く」


「……」


「明後日は見送りに来ないでくれよ。
 どんな顔をしてお別れしていいか解らんからな」


「最初から、行くつもりは無かった、ううん、行かないって思ってた。


 仕事、入ってるでしょ?
 ちひろさんが、変更しようかって、言ってくれたけど、


 ……貴方が取ってくれた最後の仕事だから」


「……なんか、重いな」


「お互い様、かな」


「ははっ、その通りだ。


 だから、
 ……お願いだから、泣かないでくれよ」



椅子を立ち、決壊して子どものように泣きじゃくる凛を抱き締める。


震える体が愛しい。
スーツに涙が滲むのも気にしないまま、頭を撫でる。



涙でぐしゃぐしゃになった、言葉になりきれぬ言葉を、
凛が止めどなくぶつけてくる。



ありがとう、ごめんなさい、ずっとこうしたかった、もっとこうしてたい、一緒にいたい、なんでいなくなっちゃうの……


抱き締める力を強める。
できるなら、いつだってこうしていたい。
ずっと君を離さずにいたい。



誰に許されなくとも。



12時。


疲れていた。
隠すことに、秘めることに。




凛があの日寝ている俺の前で感情を溢してしまったように、
今こうして涸れるほど涙を流しながら思いをぶつけて来たように。


俺だっていつ溢れて台無しにしてしまってもおかしくないほどだった。


溢れだしたらあとはどうにでもなれ、としか。





その夜、一度だけ理性を捨てた。



EP/プロデューサー


早朝。


眠っている凛の姿を目に焼き付けるようにしばらく見つめた後、
最後の作業に移るべく自分のデスクに戻る。


まだ彼女の温もりが残っている。


もうほとんど残っていない私物をまとめ、
ゴミを捨て、スペースから自分の痕跡を丹念に消していく。
去り行く者の名残など、欠片たりとも残すべきではない。


最後のキスではきっと、彼女にかけてしまった呪いは解けないだろう。
俺は今、王子様ではなくて、魔法使いだから。




必ず帰って来るから、その時は。
そう言って約束をした。



これも呪いに変わるのだろうか。
希望を謳った強い鎖になって凛を苦しめてしまうだろうか。


だとしたら、忘れてくれれば良いと思った。彼女なら出来ること。


いつか彼女が本当の王子様に巡り会った時、


彼女は俺のかけた魔法を覚えているのだろうか。
俺のかけてしまった呪いから解放されているだろうか。



……願わくば、次にまた会えるときには、彼女の王子様になれたら。




EP/凛


朝起きると、既に事務所に彼の姿はなかった。
がらんとしたデスクが不存在を強く意識させる。


ちひろさんが起床した私に気づき、少し切なそうな顔をして
「プロデューサーさん、行ってしまいましたね」と。


彼女には知られぬように、こっそりと残った温もりを確かめる。


彼と交わした最後のキスは、私と彼の呪いを解きはしないだろう。
それは……より強固な呪いとなって、私の体の奥深くに、残った。




これでいい。解けないままでいい。
きっと、二度と会えないから。


そんな予感がしている。


わかっていて、約束を交わした。
私を縛る赤い糸として残れば良いと思った。


口約束でも良い。忘れてくれればそれで。



私は彼への想いを抱えて、
独り歩もう。


一切をシャワーで流す。


コーヒーを飲む。
濡れた髪を乾かし整える。



ちひろさんが、タクシーを回してくれる。


さあ、ライブだ。
今日だけは私のための舞台だと、胸を張って言えるように。


大きなステージで、強い照明で、何もかもが私だけを輝かせる、そんな場所。
プロデューサーのつくってくれた場所。


客席に目をやったら、きっと探してしまうだろう。
だから私はすっと前を向く。




……ねえ、プロデューサー。


今日も明日も、私は歌うから。
貴方がくれた魔法を胸に、ずっと輝き続けるから。



 Fin

遅まきながら凛ちゃんおめでとう。

甘くて素敵なお話は既に書いている方が一杯いらっしゃるので。

題材として"cast a spell"を使ってますが、
元々「呪縛する、悪い魔法(呪い)をかける」と言う意味だったと今さら知って驚きました。

アイマス・モバマスではとても素敵な言葉として使われています。


去年の暮れに一番くじで凛のボイスをあんたんして以来、ずっと何処かで書こうと思ってました。

今度ちゃんとハッピーな凛ちゃんの話を書きます……


駄シリアスばかり書いて来たので、暫くは胃に悪くないものを書きたいとおもってます。
次は晶葉に殺される話か、あいさんに喉をなぞられる話を多分書きます。

追記:


亡骸となったPCから辛うじて拾ってこれたもののなかにこんなの
http://i.imgur.com/3HjxaS5.jpg


がありました。


どこで拾ったかどなたが作ったのかわかりませんが、
SSを書きはじめたきっかけだったりします
(露骨な処女作の宣伝)


HTML化依頼出して来ます

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