エスエス板管理人のSS講座 (76)

「やあやあ、どうもどうも伊原です」

痩せぎすで臙脂色のネクタイとグレーのスーツを身に付けた男が
壇上で挨拶するとまばらな拍手が会場のあちこちで起こった。

伊原は壇上に設置されているマイクを取り外して手に持つと
ステージの最先端の方に歩き出し、そこで深々と一礼して言った。

「それではエスエス板管理人の伊原が、SS書き及びSS書きを目指す人たちに向けて
サルでも人並みのSS書きに、人並みは卓越したSS書きになれる講座を只今よりお送りします」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403263656

「まず初めにですが」

伊原がマイクを掲げると背後のスクリーンに『警告-WARNING!!-』なる単語が赤色のフォントで灯された。
それを指差し、伊原は言った。


「僕がエスエス板管理人になってから、そうですね、今年で七年目となります。
浮き沈みの激しいインターネットの世界でここまで長く運営できたのは、他ならぬ皆様の支援があったからです。

伊原弘治という人間を、こうして会場の皆様を集められるほどの名声と地位に押し上げたのは、
ありとあらゆる人たちが『SS』に時間を割いてさまざまな形で関わって頂けたからです。
それについては感謝の言葉をいくら述べても尽きません。

しかし、どんなジャンルにも流行り廃りがあるように『SS』もいつかは廃れていくでしょう。
それは仕方が無いことですが、管理人という立場上、僕は衰退を食い止める努力をしなければならないのです。

そして僕が見る限りでは、『SS』の衰退はわれわれが思っている以上に、急速な形で、より深刻化していっているのです。
またこれから僕が話す内容は、人によっては耳が痛いと思える事柄にも、当然ながら話題上触れなければならないので
その事も含めて『警告』としました

覚悟無き者は去れ、とまでは言いませんが、この講座では普段あちこちで言っているような甘えの要素が一切無いので
プライドを傷付けたくない、SSなんて別にヒマつぶしだし、という人は以後を聞かないことを強くお勧めしますよ」

伊原がしばらく待つと、誰一人帰ろうとしないので、笑みを浮かべて言った。

「おや、皆さん、帰ろうとなさらない。オーケー、オーケー。さすがは、SS講座の参加者たちです。
少なくともSSの書き手として成長しようという気概、何かしら学ぼうとする姿勢が皆さんの中にはある。
さてそれではいよいよ本題に入るとしましょう」

ステージ袖に控えているスタッフに伊原が合図すると
スクリーンの画面が『HUNTER×HUNTER』第1巻の表紙に切り替わった。
彼はそれをうっとりした目で眺めてから、会場の参加者たちに視線を戻した。


「この漫画を知らなくとも、ここに居る誰しもが『週刊少年ジャンプ』を最低一度は読んだ事があると思います。
良い作品とは何か、良いSSとは何かということを考える時、僕はいつも『週刊少年ジャンプ』を思うんです。

有名な事実ですが、『週刊少年ジャンプ』はアンケート至上主義で、人気投票が芳しくない作品は容赦なく切られます。
既に単行本が長続きしている作品は別として、よく打ち切りの俎上に上がるのが新人の作品です。
単行本がどれだけ売れるかという実績が新人には無いので、彼らの運命はアンケートによって大きく左右されます。

僕は冨樫義博の漫画が大好きなトガシンなので、「○○先生の漫画をご愛顧ありがとうございました!!」という
虚しいテンプレを最終ページに載せられて打ち切られる新人たちと、長期休載という名のサボリを許される冨樫先生では
何が違うかということをよく考えるんですね。

さて皆さんは何が違うと思いますか?」

「ストーリーだ」「キャラクターかな」「いややっぱり実績だよ」
そんな各々の声が会場のあちこちから起こり、その度に伊原は曖昧に頷いて応えたが
そのどれもが正解を捉えていなかったようなので、伊原は一呼吸を置くと言葉を続けた。

「ストーリーの面白さ。
キャラクターの魅力。
大ヒットを出したという実績。


そのどれも確かに、冨樫先生と、打ち切られる凡百の新人たちとでは大きな差があるように見えます。
冨樫先生の『HUNTER×HUNTER』、このスクリーンの漫画ですね。
僕はこれを何十回と繰り返し読み、比較として十数話で打ち切られた新人の漫画も読みましたが
やはりどう考えても行き着く結論は

『作家性』なのです」

そこまで言うと一同の顔を見回して、伊原は笑った。
笑いながら彼は言った。

「やはり、皆さん、納得していないでいる。
それはそうです。『作家性』という曖昧な表現で済まされては困りますもんね。
雲をつかむような抽象論ばかり聞かされては、この講座に参加した意味がまるでない」

「さてこの『作家性』ですが、これを説明する際に、例があると話しやすいので次の画面を見て下さい」

伊原が再び合図をすると、スクリーンの画面が『HUNTER×HUNTER』の漫画内の1ページに切り替わった。
http://i.imgur.com/ZyX04gQ.jpg

「これはモラウというキャラクターが、僕はこの人が『HUNTER×HUNTER』の中で一番好きなのですが――
彼が一緒に行動することになった主人公たちに戦闘の心構えを説いているシーンです。


『100%勝つ気で闘る』


一見して、バトル漫画にありがちな勝負の鉄則を話しているようですが、これが実に冨樫先生の漫画で徹底されているんです。
冨樫先生の漫画では、ほんとうに、主人公と敵、相互とも『100%勝つ気で闘っている』んです。

僕が声を大にして言いたいのは、『HUNTER×HUNTER』の面白さは―――冨樫先生の『作家性』は

“主人公も含めて物語に絡んでくる仲間、敵が、それぞれの目的の為に最善を尽くそうと一生懸命に行動している”

そこから逃げずに描写しているから来るものだ、という事です」

「それに対して打ち切られた新人の漫画の場合

1.主人公の新入生(転校生)が新しい学園に入る。幼馴染のヒロインがいる。
2.実は学園には問題児の番長やら異能力の持ち主などが居て、主人公やヒロインに襲い掛かってくる。
3.実は主人公には隠していた能力があったので敵を撃退することに成功する。
4.無事打ち切られる。

概ね言ってこんなパターンで終わります。
とまあ、よくある打ち切り漫画のパターンを挙げてみましたが
冨樫先生の漫画と比較して、具体的に言うと彼らの漫画の殆どは

『凡庸な敵が倒される為だけに出てきて、凡庸な展開を経て、凡庸なまま倒される』

ので、キャラクターの一生懸命さも、物語の起伏もそこには一切無いのです」

「さてSSに話を戻しますが、製作者が書きたくなるほど惚れ込んだキャラクターを使いながら
望むと望まずと関わらずに、読者が既に想像しうる凡庸な展開に始終してしまう書き手たちがいます。
そしてその数は存外に多いのです」

と伊原が嘆息すると、スクリーンは三行の文章を映し出した。
それを振り返り、「しかし救いはあります」と彼は言った。


「自分のSSを、凡庸な展開から来る退屈さから救う為に
書き手たちが取る方法は画面上の三つあります。


1.SS内に登場する人物たちに、目的を持たせて最善と思わしき行動を取らせる
2.5W1Hのうち1つを意図的にずらせる
3.クロスオーバーで他作品と絡ませる


以上を一つずつ説明していきましょう」

「まず、

1.SS内に登場する人物たちに、目的を持たせて最善と思わしき行動を取らせる

これは基本中の基本で、何故、製作者たちが自分のSS内で、創作上のキャラクターを描写したがるのかは
原作の中でそのキャラがそれぞれの目的や個性に応じて魅力的な言動をしているのが
製作者たちの心を真に捉えたからでしょう。


要するに自分の心を動かしたその基本的原則を了解して、自分のSS内でもそれを活かせばいいのです。


しかしながら口調や性格を真似たというだけでは、SS内に引っ張り込んだキャラクターは生きてはこないのです。
1の基本的原則を了解していない製作者たちによって描かれたキャラクターたちは
SS内でのすべての行動が製作者たちの欲望に優先され――――都合の良いテンプレに始終してしまいます。

もちろん、そんな仮死状態のキャラクターを強姦して喜ぶ製作者たちも
それを眺めて喜ぶ読者たちがいることも僕は理解しています。


そこで僕は、彼らをサルだとここで定義付けましょう。
遠目には人間に見えますが、近寄って見れば彼らは大量の糞で周囲を汚しても省みようとしないからです」

「けれど安心していいです。
冒頭で挨拶したように、サルでも人並みにという
このSS講座の謳い文句に嘘偽りはありません。


作品の面白さを増加させる1の基本的原則について
もっと深く考察し、皆さんに紹介する用意が僕にはあるからです。


僕が思うに、登場人物たちに与える目的は――
ストーリーの展開に密接に関わっていて
目的のスケールが大きければ大きいほどストーリーのスケールも大きくなり
目的解決の場面でキャラクターの設定や個性に応じた最も相応しい行動を取らせることで
キャラクターが生きてきてストーリーに起伏が生まれる
という見事な相互互助の関係に

おや、質問がおありになる? 最前列のあなた?

よろしいですとも! 話の途中でもいつでも質問は大歓迎!
スタッフさん、マイクをその方にもどうぞ」


ととと、と小走りに駆け寄ったスタッフにマイクを手渡され
小太りで丸眼鏡を掛けた男が椅子から立ち上がった。

「あの、ぼくは安科太郎というコテ、コテハンで、エスエス板で幾つかスレを立てて完走もしまして
あの、それがまだ現在進行形でやってまして、これがなかなか実に人気だと思うんですが
ええと、伊原さんはさっきサルがどうとか言ってましたけども。
これまでぼくがやってたのは、今もやってますけど、その、安価スレなんですね。
サルとかどうのこうの、伊原さんは言ってましたけど、安価スレについてはどう思っていますかね」

伊原がにこやかに笑いながら答えた。

「安価スレは賑やかしにはいいですね」

安科太郎がせき込むように尋ねた。

「というのは?」

「安価の分の更新で掲示板のPV数が増えます。
よって安価の分だけ増加した広告料が僕のところへ入ります。
本当に、それだけです!」

伊原がそう言い切ると、会場の大半がどっと笑った。
しかし安科太郎を含めた会場の数人は怒りに満ちた目で伊原を見つめていた。

「伊原さん、それはあなたの掲示板に貢献する、ぼくたちの安価スレを侮辱して」

と、安科太郎がわめいて何かを言おうとすると、それまで安科太郎の隣に座っていた
ポマードで髪を7:3に分け固めた男がやおらに立ち上がった。
彼は安科太郎の肩をどんと叩き、目で凄んでマイクを奪い取ると、大声を張り上げた。


「『SS電波塔』の管理人、西園寺です。『SS電波塔』の管理人、西園寺です。

『SS電波塔』では日々SSをまとめたサイトを運営しております。
SS製作者の皆さま、『SS電波塔』では、わたし西園寺が、皆さまの謹製の作品を
世に埋もれさせない為に、皆さまになり代わり発信させて頂いております。
PV数はおかげさまで一日千アクセス程で、本当に、本当に『SS電波塔』を御贔屓ありがとうございます」

「さて、たった今、隣の安科太郎くんが伊原さんの広告料云々の話を受け
『あなたの掲示板に貢献する』とか言いましたが、これは伊原さんの冗談を真に受けたお話です。

わたしも『SS電波塔』で広告収入を得ているから分かりますが、基本的な収入はPV数ではなくUU数によって変動します。
PV数――ページが開かれた数、更新された数ではなく、UU数――1人がサイトにアクセスした数です。


そして伊原さんの場合、有料会員制を取っておらず
書き込みの際に、とある巨大匿名掲示板のような怪しげな広告バナーが表示されもしないので
『エスエス板』掲示板自体は単純なUU数による広告収入と
これは伊原さん本人も言っておりますが
いろいろな有志の方の募金によって運営されていることが分かります。


すなわち、安科太郎くんの『エスエス板』に貢献する労力とは
彼一人分の一回のアクセスにして、おおよそ0.05円にしか過ぎないのです」

西園寺に真っ向からそう言われ、安科太郎は小太りの顔を徐々に歪ませて
ひぅーひぅーという過呼吸にも似た音を口から漏らし始めていた。
そんな様子を冷たく一瞥すると西園寺は続けて言った。

「そしてこれはSSを愛好し、皆さまになり代わって
ネットユーザーにお届けするわたし西園寺個人の意見ですが――

安価スレとは当事者たち以外はまるで楽しめないお祭り騒ぎのようなもので
それが例えば板の勢い目ぐるましく新スレとdat落ちが繰り返されるところで
どんちゃん騒ぎを1スレにすべてぶち込んだカオスの果てに終わるのなら
ネットユーザーたちに笑いと楽しい騒ぎを届けることも出来るのですが

ここにいる安科太郎くんのように
長く安価スレを続ける事を目的とするようなスレは
わたしたちサイト運営者にとっては記事にする価値もないのです。

先ほどでは伊原さんはあえて明言しませんでしたが
わたしから見れば、伊原さんの言うようなサルが猿山のボス気取りで
群れを率いて騒いでいるだけで、『SS』の発展になにひとつ貢献しないのが
安価スレなのです。

まさに安価スレはその存在からして安価なのです。

そして悪貨が良貨を駆逐するという言葉もあります。
皆さまには是非とも安価スレなどに手を染めないで
きちんとした良作を書いていただきたいと、切に、切に、思うのです」

そこまで西園寺が言うと、安科太郎は「があ」と吠え
勢いのまま西園寺の鼻柱に頭突きをぶちかませた。
ごき、と歯が折れる音がして西園寺は床に倒れ、鼻と口から血を出して
「うう」と声にもならぬ声を出して呻いた。

安科太郎は倒れ込んだ西園寺のポマードで固めた髪を引っ掴むと


「うるせえ、この銭ゲバ野郎が。誰がてめえらの為にSSを書くか
こっちはこっちで身内で楽しくやってんだこの野郎」

と言うがはやいか西園寺の頭を掴んだまま
ステージの端までだだだと重量ある体躯を駆け出して
そのまま木片の出っ張りに、西園寺の頭を勢いよく叩きつけた。

「ごは」

こぉぉぉぉんと会場中に反響した音と悲鳴を同時に上げて
西園寺は歯を数本、血を数滴、周りに飛び散らせて、床にどうと倒れて気絶した。

後に安科太郎は留置所で供述した。

「誰しもが正論を言われてかっとする瞬間があると思うんです。
特に好きでやった事を、存在そのものを否定されたら怒り狂う
しかないじゃないですか。それがぼくの場合安価SSってやつで。
SSってのはあのう趣味で。とにかく一銭にもならない趣味で。
だからこそあれだけ西園寺を痛めつけたかったかもしれません。
ええと初めのうちはよく覚えていないんですが伊原さんが糞なSSを
どうのこうの言ってたんですね。ええ、はいSS講座の講演の途中で。
それでぼくはぼくの作品ことを言ってるのかなと。おかしいなと。
ぼくの安価スレは人気があって長く続いているんですね。だから
聞かないといけないなと思いましたね。はい質問しました。安価
SSをやってますけど人気がありますけどと。それからその後の事
はまったく覚えていないです。西園寺の『安価SSは安価だ』だとか
『だらだら長く続いている安価SSはまとめる価値もないゴミ』だ
とそのような事を言われたのだけは今も覚えています。その時ぼく
の脳内に誰かから安価が来たんです。安科太郎はどうする?>>安科
当然ぼくはとっさに西園寺を痛め付けるという答えを出しました。
ええ殺意はまったくなかったです。分かりませんがきっとそうです。
大体西園寺はたまたま幸運に恵まれて他人の作品でお金儲けして
いる盗人猛々しい非常に嫌な奴ですけども殺すつもりはありえない。
しかし後であのような事件が起こるとはぼくも未だに信じられません」


安科太郎と西園寺の一騒動が
安科太郎のスタッフに付き添われた形での警察署への連行と
西園寺の外科病院への急患という形でひととおり収束を迎えると
伊原が主宰するSS講座は異様な雰囲気に包まれあった。

そんなさ中、ステージ袖で出番を控えている祇園はひとり酒を飲みながら
彼がこのSS講座に講師として呼ばれるに至った経緯をしみじみと振り返っていた。


祇園はもともと数十人規模の劇団の脚本家だった。
数年前までは彼はその劇団ですべての演目の脚本と演出を担当し
そのどれもが上演の度に好評を博していたので当時の座長からも高く買われていた。

ところが新しく座長が変わったのは劇団の評判が一般にも知れ渡ってきた頃だった。
それまでの座長が大手劇団からの引き抜きに遭い、いきなり海外へ渡ってしまったので
祇園の劇団は代わりの座長を緊急的に立てた。
新座長としてやってきたのは元テレビマンで某ドラマ番組の監督経験があるという男だった。

テレビマン新座長と祇園はたびたび衝突した。

テレビマンはお涙頂戴の単純なストーリーばかりを演りたがり
また演技力が著しく不足しているグラビアアイドル崩れの無名タレントを
縁故起用で強引に主役にねじ込もうとするので
演劇の価値を信仰し劇の中身に主眼を置く祇園の激しい反発を招いた。


「この演出はやめてください。この場面が感動のシーンだからといって
役者が喋っているのに涙を誘うようなBGMを被せる必要がありますかっ」

と、祇園が言ってテレビマンの指示を何とか止めさせる一幕もあれば

「祇園さんねぇ。あんたもう古いよ。
こんな難しいのやらなくたって、今の時代、単純明快で話題性がありゃいいの」

会議の際にテレビマンに皆の前でそう言われ、情熱を込めて書き上げた
祇園の脚本が没にされたのは一度や二度ではなかった。

ある日テレビマンは知り合いだと言って元テレビマン仲間の脚本家を呼んだ。

彼の書いた脚本を読んで祇園は驚いた。素晴らしさ故に驚いたのではない。
まったく逆で、酷さのあまりに怒りに打ち震えた為であった。
その脚本家が書いた脚本は全編通して台詞と擬音のみで構成されていたからだ。

そしてテレビマンの命令により、その日から祇園はゴミのような脚本を
役者たちに配る台本に清書し直す役目を押し付けられた。

劇団の為、役者の為、懸命に祇園は次から次へ量産されるゴミを
作品に仕立て直す作業に取り掛かった。


そしてその頃から次第に祇園は酒に溺れるようになっていった。

空いた一升瓶とコップ酒を散乱させた部屋の中で
祇園はひとり考えていた。

その日は劇団の練習があったのだがテレビマンからは
次回作の脚本を台本に完成させるまで来なくていいと言われていたため
いつものように彼は一人で作業に掛かっていたのだ。

しかし元々が聳え立つ糞のような脚本では興がのるはずもなく
今日も祇園が思考するのはどうしたら脚本家として復帰できるかということだけだった。


「畜生め」

脚本家の名目を外され清書係という役目を新たに押し付けられた祇園は
劇団の中で急速に影響力を失い始めていた。
しかし今まで劇団を支えてきたのは自分だという自負があったので
もう二度と脚本を任せられないのでは、なとの不安が頭をよぎると
その度に祇園は酒に逃げ込んで、わざとその事を考えないようにしていた。

震える手で散乱した空き瓶の中から、中身が残っている酒を探し当てると
祇園はそれを口元に当てて一気に流し込んだ。


「あの馬鹿どもには演劇がまったく分かっちゃいねえ」

酩酊する思考のさ中で無意識に吐いたその愚痴に、祇園はふと微かな光明を見出した。

そうだ。そうだったのだ。
馬鹿どもには演劇の良さが、良質な脚本が、何たるかを分からんから
あの座長はおれが書いた脚本を無視して、知り合いの仲間が書いた脚本を優先するんだ。
いやその事はもう責めるまい。おれの方で馬鹿に合わせて書く必要があったのだ。
馬鹿にも分かるように、書かねばならなかったのだ。


そうと決まれば手っ取り早く、新たに脚本を書き上げなければならない。

祇園はテレビマンに一顧だにされず没にされた脚本を引き出しの中から取り出すと
机の上にある――台詞と擬音のみで構成されたゴミを参考にしながら
その没脚本の構成を台詞と擬音のみで成り立つように、新たに作り上げていった。

優れた芸術作品の産物は、優れた模倣により創られるというのが祇園の信条である。
かつてシェークスピアが「創作とは模倣である」と言った言葉を
そっくりそのまま信じ愚直に行動に移していったのが祇園だ。

そんな彼が今、典型的な駄作というべきこの脚本を―――
己の地位、権力を取り戻す為に、あえて模倣しなければならないとは!


祇園は身も捻じ切れるような屈辱感を抱き、断腸の思いで、涙を流しながら脚本を書いた。

創作者を自認する人間にとって、下手な手法へと堕落する事は自分に対する裏切りに等しく、多大なストレスを産み出す。
それが祇園のような人間なら尚更だ。

彼は泣きながら書き、手が止まると酒を無理に流し込んでは、DELL製のノートパソコンに向かい合った。
そして、ようやく祇園謹製の、台詞と擬音のみで構成された脚本は出来上がった。

最もそれは脚本と言うよりは台本に近いシロモノだが、ともかくテレビマンの友人が書いたものと
比べても『台詞・擬音のみ』という基本構成は踏襲していて遜色のない出来栄えだったし
祇園が特に一番力を入れた物語展開に関しては、参考元作品を遥かに上回っている事には間違いがなかった。

しかし、やはり祇園には自信が無かった。
酒の力を借りて、一種の夢遊に近い状態に陥ったまま、テレビマンへの恨みを抱いて書き上げたこの作品。

もしも祇園が事情を知らぬ読者側であれば、『台詞・擬音のみ』の構成を目にした途端、怒りを目に滲ませて
「真摯に表現しろ」と激昂するに違いない内容なのだ。どうしてそれを信用できるのだろうか。

ああ、そうか。と祇園は思った。
これは馬鹿に向けて書いたんだから、馬鹿の反応の方が大事なんだ。
おれの判断基準なんてこの際はどうでもいいんだ。


そして彼は、この作品の評価を委ねるに相応しい場を、すぐにネット検索で調べ上げた。
情報を集め上げた結果、『エスエス板』が人口も比較的多く、住人層に中高生が多いらしいことが分かった。

祇園はそのまま彼の脚本の評判を知る為に、『エスエス板』に賽を投じてみた。
すると、はたして作品は、たちまちに熱狂的な歓迎で受け入れられた。

理由は大まかに二つあった。


一つは『台詞・擬音のみ』形式のSS作品が祇園の発表以前には無かったこと。
二つは、演劇経験で培った祇園の創作の基礎能力がこの作品には確かに表れていたこと。


この事は、祇園以後に多く誕生したフォロワーたちが書いた『台詞・擬音のみ』形式のゴミSSと
彼らのパクリ元の祇園の作品を比較すれば分かる事だ。しかし、そんな事情は祇園にとってはどうでもいいことだった。
彼は、ただ己の作品が馬鹿に受けるかどうかを知りたくて、投下していっただけだからだ。

数日して、祇園の作品が大手まとめブログに載り、光の速さで拡散され
大量の支持を得るに従って、己の作品がもたらした想像以上の反響の大きさに
やっと祇園はある確信を抱いた。


これでやっとあの座長が喜ぶ作品が出来た。これでおれも脚本家に返り咲けるだろう。


しかし、テレビマンは良いとして、他の劇団員には到底見せられないシロモノであり
既にネット上に投稿した事もあって、大幅に改稿し直す前提でテレビマン個人に作品を渡さなければならない。

祇園はその作品を印刷し終えてから、テレビマンに電話を掛けた。

「あんたは清書係なのに」と彼は個人的に会う事を露骨に嫌ったが、祇園が無理に粘ったので
「じゃあ次の練習日に来て」となんとか約束を取り付ける事に成功した。

次回の練習日に祇園がスタジオホールへ行くと、舞台裏にテレビマンと友人の脚本家がいた。
テレビマンが祇園の姿をみとめ、鼻をうごめかせて言った。

「祇園さん、あんた、酒の臭いが凄いね。そんなんでまともな作品が出来たの」

脚本家がテレビマンの言葉に薄く笑った。
祇園は二人に対する敵対心を無理に抑えながら、手に持っていた脚本をテレビマンに突き渡した。

「ええ、座長。出来上がりました。そちらの御友人が書いた作品を参考にさせてもらい
今の劇団の雰囲気に合わせた作品を書き上げました。どうぞ、読んで下さい」

「ふぅん」と興味なさげに受け取り、ページをぱらぱらとめくり始めたテレビマンだったが
読み進めていくうちに次第に彼は興奮を覚えたようで、隣の脚本家を「おい」と近くに呼び
台本を指差しては、二人でひそひそ話を始めた。

認めざるを得ないよな。なぜならおれがあんたたちに合わせて書いたんだからさ。

祇園はそんな二人の様子を優越感に浸りながら黙って見守っていた。

やがて読み終えると、テレビマンは満面の笑顔になって祇園に言った。

「いや、祇園さん。まったく素晴らしいものを作りましたね。これを皆に見せたいのですが」

「や、それはまだ改稿していないので。次回には完成品を持ってきます」

「いやいや、私のモノより大分いいですよ。さっそく皆を集めましょう」

と今度は脚本家が言った。祇園は少しあわてて

「いえいえ、それはまだ本当に完成していないので。
なんなら今すぐ家に帰って書き直しますが」

「まあまあ。せっかく来たんですから今帰っても二度手間だ。
おい、君、皆を呼んでくれ。会議を始めようじゃないか。
テーマは祇園さんの処遇についてだ。祇園さんを脚本家に戻すかを皆で話し合おう」

脚本家が頷いて、他の劇団員を集合を呼び掛ける為に、その場を離れた。
トントン拍子に進み過ぎるこの展開に少し嫌な予感がした祇園は、テレビマンに念を押した。

「座長、それは他の人には絶対見せないで下さい。お願いします」

テレビマンは手元の脚本をぱらぱらとめくり、笑いながら頷いた。


「さて、ええと、祇園さんが新しく脚本を書いたということで、皆に集まってもらいました」

テレビマンが舞台裏の会議室に集まった一同を前に、重々しい口調で切り出した。
祇園は会議室の中央で喋るテレビマンの深刻な表情に、腋が少し汗ばむのを感じた。
祇園の両隣の席は、彼が酒の臭いを辺りに撒き散らしているためか、空席だった。

「祇園さんが清書係をしているのは皆さんも知っての通りですが」

と、テレビマンの隣に座っていた脚本家が立ち上がって言った。
テレビマンの指示で、劇団員の一人が大量のゲラを会議室の面々に配り始める。
しかしその劇団員は、祇園の机上にはゲラを置かなかった。

全員にゲラが渡ったのを見て、脚本家が続ける。

「皆さん、それが祇園さんが清書したものです。そして私が書いた台本は、既に知っているでしょう」

途端に祇園は胸の内がざわつくのを覚え、席から立ち上がってその正体を判別しようとした。

「祇園さん」

真向いの席に座るテレビマンが祇園のその動作を制止するように
祇園が渡した脚本を自分の頭上に掲げて言った。

「これは祇園さんが書いたものですよね」

ぶるぶると震えながら―――祇園は黙って頷いた。

「祇園さんは、演劇を冒涜しておられる」

薄く笑ってテレビマンはそう言った。


この時になって、やっと祇園はすべてを理解した。


祇園が憎んでいたテレビマンは、事ある毎に自分に刃向う祇園を、彼の方でも強烈に憎んでいたのだ。

しかしながら、まがりなりにも劇団の功労者の祇園を、無条件に辞めさせるわけにもいかず
また辞めさせた後に名声ある祇園を他の劇団に拾われ、ライバルの飛躍の切っ掛けになっても困る。
祇園の方でも自分を追い出した劇団を追い越せとばかりに、死にも狂いで働くことは想像できるからだ。

これは祇園の追放と、祇園の脚本家生命を断つ、二つの目的を
同時に達成するために、テレビマンが仕組んだ罠だった。


脚本を、台本形式、いやそれも到底台本とは呼べない『台詞・擬音のみ』で書く脚本家―――。


少なくとも都内、いや関東圏内の中~大規模の劇団には
この件が伝われば(いやテレビマンが広めるに違いない)、どこも祇園を雇おうとしないだろう。


そして祇園の方でも――脚本に対する情熱を、この時全てを理解すると同時に、失っていた。

その日の後の状況を祇園はまったく覚えていない。いつの間にか彼は自分の部屋に戻っていた。
そして会議以降、祇園の劇団からの連絡は無くなった。個人的に付き合っていた演劇仲間からの便りも途絶えた。


そうして祇園は酒を飲み続けた。無目的に祇園は酒に溺れる堕落の生活をしていた。
いや唯一の目的はあった。彼のたったひとつの目的は『エスエス板』を荒らすことだった。

それもただ一般的に知られる「荒らし」のやり方ではなかった。

単に罵倒を書き連ねるのは馬鹿のやることであって、万が一「荒らし」に嫌気が差して
作者が書くのを止めてしまっては困るし、「荒らし」の度が過ぎては掲示板にアク禁処理されてしまうではないか。

そうではなく、祇園の目的は、SSの総本山である『エスエス板』を
『台詞・擬音のみ』のSSで占めさせ、馬鹿たちに模倣させて、大量生産させる事にあった。

その理由が、彼が過去にテレビマンに向けて書いてしまった脚本に対する自己弁護なのか
『台詞・擬音のみ』形式の、一定以上の知性があれば書こうとはとても思えない、駄作を流行らせて
彼がテレビマンにあの脚本を渡すきっかけとなった『エスエス板』を終焉に導こうとしているのか
そのどちらでも祇園にはもはやどうでもいいことだった。


日々、祇園は酒を飲み、『エスエス板』のスレ一覧をぶらついては
『台詞・擬音のみ』の糞SSに遭えばそれを糞と言ってやらずに
無感動的に賞賛の言葉を書き込んで糞を糞で繋げて量産することを催促し
製作者の集まるスレやまとめサイトのコメント欄に行っては
『台詞・擬音のみ』のSSを礼賛しそれを製作させる事を執拗に奨励した。
また自分でも『台詞・擬音のみ』のSSを生産し、形式の定着に尽力した。


はてさて、そんな祇園の地道な活動が功を奏したのか
もともと世の中には汚臭に鈍感な製作者気取りがたくさん居るのか
『台詞・擬音のみ』の形式はSSの主流のように量産され
記事に飢えたまとめサイトの更新の材料になり、次第に定着していった。


しかし、祇園はまだ信用していなかった。


彼は『エスエス板』のオフ会にも参加し、実際の書き手の反応から定着度合いを確認してみることにした。

「台本形式のSSってありますよね。皆さんどう思いますか」

と祇園は秋葉原のオフ会に集まった一同を前に訊いてみた。
すると全員が黒縁眼鏡を掛けた中学生か高校生ぐらいの年齢の学生服集団が、彼の質問に微笑しながら答えた。


「あれは書きやすくていいですね。それに好評だからまとめられますし」
「そうそう。会話文だけで進むから読みやすいんだよね」
「カァァやドキッだけでキャラクターの心情も説明できますし。あれほど手軽に楽しめる形式はないですよ」

と、黒縁眼鏡軍団は頷き合って、それぞれ自分の黒縁眼鏡を得意げに中指で持ち上げた。


これに祇園は『あれは正確には台本形式ではなく、台本紛いの描写力が著しく不足した物語に過ぎない』と指摘してやらず
代わりに、オフ会主催者の痩せぎすの男を振り返って、笑顔で杯を掲げた。

「いやぁ、伊原さん。こんな若い人たちがSSを描いてくれるなんていいですね。『エスエス板』の、SSの未来に乾杯!」

しかし、伊原は笑わなかった。
その場は形だけの曖昧な頷きを返し、オフ会終了間際に彼は個人的に祇園と会う約束を取り付けてきた。


「祇園さん」

都内某所のカウンターバーに祇園を呼んだ伊原は言った。

「あなたを擬音の使い手の第一人者だと見込んでの頼みがあります。
近い内にか、または来年にずれ込むかは分かりませんが、僕は『SS講座』なるものをやろうと思っているんです」

「ほう、それはまた急な話ですね」

「ええ、事態を急を要します。他にもSS書きのあらゆる手法やジャンルの第一人者にそれぞれ声を掛けているんですよ。
そこで、祇園さん、あなたにも『擬音』手法の講師として『SS講座』に参加してもらいたいんです。
むろん、交通費や講料なども出します。是非、SSの発展の為に、祇園さんの力を貸して頂きたいのです」


「しかし、伊原さん」

と、祇園はかぶりを振って、

「僕はただの時間潰しに『エスエス板』に書いているだけで、SSの発展などといった大それたことは
伊原さんには申し訳ないのですが、本当にこれっぽちも考えた事がないのです。
それに、擬音の使い手なら、私よりも、擬音をたくさん使っている人がいるじゃないですか」

「いいえ、祇園さん。僕はあなたの実力を知っています。
あなたが『エスエス板』に初めて投稿した擬音付きSSは素晴らしかった。
場面に擬音を挟むのに違和感がなく、余分な表現を削ぎ落とし、なおかつ擬音で表現する理由もきちんと表している。
ちゃんと考えて擬音を駆使しているということが伝わってくるんです。最近のは、どういう訳か、手を抜いているように見えますが。
それでも、巷にたくさん溢れている、形だけを真似た擬音の表現に比べれば、あなたのはずっと的確です」


「僕は書き手のサラリーマン化を危惧しているんです」

伊原は手元のカクテルをぐいっと飲み干し、祇園を説得するために長々と喋り始めた。

「『エスエス板』の特徴……知っていますよね。
スレッドdat落ちは作者の最終書き込み日から最低でも一ケ月以上経たないと落ちない。
スレッド作成の目的はSS作品……テキストを媒体とした二次創作の発表に限られる。

翻ってみるに、たとえば『ニュー速VIP』のように、板の勢いが激しく
スレ立てとdat落ちが繰り返されるところで、書き手がSSを発表し読者を獲得する為には
『キャラ名「~~~~~~」』という風に、これは某作品のSSであると
分かりやすくスレッドタイトル内に表す必要があったのです。

ところが、まとめサイトにこの手法がまとめられ、多くの人に発信されゆく内に
冒頭に挙げた『エスエス板』の特徴を書き手たちは既に了解している筈なのに
『エスエス板』にスレッド作成する際にも、キャラ名を羅列した安易なタイトルに横着してしまっています。

それでも、たとえばクロス物や安価なら、キャラ名をタイトルに記す理由は分かるんです。
そうでないSSが、キャラ名に台詞を喋らせたテンプレタイトルばかりでは
前例に則るサラリーマン気質の人々が増えた、と僕が不安になるのも分かるでしょう。

もともとは二次創作の範囲内でキャラクターを好きに扱っても構わないという
表現の自由を標榜して『エスエス板』を作ったのに、思考の枠を縛られたような書き手ばかりでは
『エスエス板』も、SSも、発展の望みなく廃れていくのではないか……と思うのです。

でも、昨今の流れは僕にも原因があるんです。
祇園さんがこの前に来たように、オフ会をたまに開いて参加した書き手たちに
自腹で外食分を奢ったりしているんですが、それ以上の事は何もしなかったからです。
幸いにもSSはその参加しやすさ、敷居の低さから数年前と比べて書き手たちが増えました。
あとは彼らに求める水準を高めるだけです。

ドラクエⅠは偉大ですが、進化する努力が無かったら、あそこまでコマンド型RPGは根付かなかったでしょう。
これと同様に、SSの進化を願って、僕は『SS講座』をやろうと思うんです。
これには、祇園さん、あなたの協力が必要なんです。どうか、お願いします」


「伊原さん」

と、祇園は手と唇を震わせながら言った。
彼の手の震えはアルコール依存症のためで、唇の震えは伊原に対する発言の準備のためであった。

この店で一番酒の強い奴を、とバーテンダーに注文し、すぐに純度の高いウォッカが
グラスで運ばれて来たのを一気に呷ってから、祇園は伊原に向き直った。

「あなたのSSに対する情熱や、発展に掛ける思いには尊敬します。ですが、今や、もう無理でしょう。
私の観測範囲は、主に、台本紛いの擬音・台詞のみのSS形式ですが、これは実際に私も書いているから分かるのですが、
この形式でSSを作り出す場合、作品に掛ける労力がごく僅かで済むのです。
先ほど、伊原さんが話したように、多くの人はまとめサイトを通してSSに触れます。
彼らは、まとめサイトに載るようなタイトル、内容がSSのすべてだと信じて疑わず、そしてSSを書く側に回る時は
自分の作品がまとめサイトに載る事を目指し、似たようなタイトル、似たような内容を、ひたすらに生産します。
そして、それがまとめられたら、今度は記事内でコメントや評価が多く付いただの今回のは反応が悪かったと言って一喜一憂するのです。
そんな風に、大抵のSS書き手たちは、自分が養分であることに気付かず、まとめサイトという権威に屈しているから
単に『擬音・台詞のみ』のSSが量産に向いた形式だから更新の材料になりやすいだけだという図解に気付かず、始めからこれを模倣するのです。
確かに、『擬音・台詞のみ』のSSを初めて書いたのは私ですが、伊原さん、あなたを前に本当に言いにくい事だけれども
私はあれを自分の内から望んで書いたわけではないのです。やむにやまれぬ理由で書いたものでした。
私がこうして酒を手離せなくなったのも、ある意味では『擬音・台詞のみ』形式の所為だと言ってもいいくらいなのです。
ですから、私には『擬音』手法の講師を担当する資格がないどころか、それを憎んでもいるからこの話はお受けすることが出来ません。
頼んでくれて申し訳ないのですが、講師の件も、この状況も時代の流れだと納得し諦めてもらう他はありません」


途端に伊原がげらげら笑いだした。祇園はびっくりして伊原を見つめる。
さも可笑しそうに、笑みを浮かべながら伊原は言った。

「いや、すみません。皮肉なことだと思ったんです。まさか擬音付きのSSを書いた第一人者が
その手法に懐疑的な立場にいるとは―――そしてそれが今や主流になりつつあるとは。
祇園さんが、どうしてそれを書いたのかという理由は聞きません。ですが、手法の第一人者が
その手法に懐疑的であればこそ、反省や批評の弁は、SS界にとって貴重なものとなるでしょう。
祇園さん、改めて言いますが、これはあなたにしか出来ません。是非、『擬音』の講師をお引き受け下さい」


祇園は少し思索をめぐらせるように黙り込み、やがて伊原に言った。

「その講座の結果が、SSにとって益になるか、害となるかはまだ分かりませんが
機会を与えてくれるのなら、私は私の好きなように喋りますが―――それでもよろしいでしょうか?」

「もちろん、内容の一切は祇園さんにお任せしますよ」

「それでは――」

祇園はバーテンダーに二人分の酒を注文して、運ばれてきたグラスの一方を伊原に渡し、もう一方を自分で持ち、

「『エスエス板』の、SSの未来に」

「乾杯!」

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