高校生蟲師「この世界は汚れちまった」少女「君が言うか」 (106)


・蟲師のアニメ見てたら勢いがついた。

・蟲師ぽさは出ないと思う。

・現代版蟲師風味(蟲師ではない)

・蟲の安価出すかも。

・地の文苦手だからあんま使わない。



 前置き長くてごめん。

 ゆっくり更新でいきます。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403115881



 一匹目 おいてかれる少女



交差点

ミドリ「はぁ、この世界はなんて汚れてるんだ」

ミドリ(見上げれば煙が渋滞を起こしてるし、見下げればヘドロが土を隠している)

ミドリ「ああ、本当に汚い」

ミドリ(でも、もっとも汚れているのは……)


通行人「………」テクテク

通行人「………」テクテク

通行人「………」テクテク


ミドリ(この場合はオレ……なのか?)


少女「………」ボーッ

ミドリ「あいつ……」

ミドリ「よぉ、そんなところで突っ立ってたら車に轢かれるぜ」

少女「………」ボーッ

ミドリ「見たところ、N女子高校の制服みたいだけど……」

ミドリ(いやでもこれは旧制服か?)

少女「……いいの」

ミドリ「なんて覇気のない声だよ。本当に生きてんのか」ドンッ

少女「………」


 ビクともしない。

 ミドリは違和感を覚えた。


ミドリ「お前、華奢な体の割にすげぇがっしりしてん――」


 目線を落とし――気づく。


ミドリ「……ああ、お前、“根付いてた”のか」


 少女は虚ろな瞳をミドリに向け、首をかしげる。


少女「……ね、…づく?」キョトン

ミドリ「ああ、そうだ。お前の足の裏から出てる白いやつ、それがコンクリートをぶち破ってる」

少女「……あなた…何を言っているの?」

ミドリ「……お前、もしかして……」


 ミドリはしまったという顔をした。だが、少女の目はその変化に追い付くことができない。


ミドリ「さて、どうしたものか……」


 ミドリはポケットから懐中時計を取り出すと、時間を確認した。


ミドリ(塾には間に合う……か?)


 そして、学ランのポケットを手探り、カバンを探りはじめた。

 交差点の信号が青から黄色に変わる。


ミドリ「いそがねぇとな……」スッ


 取り出したのは、小瓶。緑色の液体の入った、小瓶。


ミドリ「少しいたいからな……」


少女「………いたい?」



 信号が黄色から赤に変わった時、交差点の真ん中で悲鳴が上がった。


少女「ぎゅあぁああああぁぁぁぁぁぁあああ」


 それは、悲鳴というよりは断末魔。

 それでも、人々はまるで“そのことに気づかなかった”フリをする。


 旧制服のスカートがめくりあがり、センスの古い白のパンツが露わになっているが、ミドリも含めて誰も気にした様子はない。


少女「ぎゅわぁあぁあおぁおおおおおおお」


 アスファルトの凹凸に身体を削る。

 白く、美しい肌がボロボロに、傷ついていく。


ミドリ「もう血は出ない……か」


 ミドリは小瓶をポケットにしまうと、少女を背負う――軽い。


河原

ミドリ「大丈夫か」チャプチャプ

少女「……死ぬほど痛い…」

ミドリ「大丈夫だ。お前はもうとっくに“死んでる”から」

少女「………」

ミドリ「どうしてこっちに降りてきたんだ」

少女「降りて……?」


ミドリ「山だよ」チラッ


少女「山……」チラッ

ミドリ「首つり自殺、したんだろ」

少女「………した、かな…?」

ミドリ(死ぬ前の記憶が抜けかけている……だいぶ昔なんだな)

ミドリ「山で首つりするとな。蟲が登ってくるんだ」

少女「むし……?」


ミドリ「ああ、登頂花草【とうちょうかそう】って言ってな。普段は木の枝なんかが垂れてきたら、それに登る無害な蟲なんだが、どういう訳か首つり死体に登っちまうと――」






 ――その死体を生かしちまうんだ。




少女「死体を……生かす」

ミドリ「ああ、心臓も動けば思考もできる。まぁ人間に光合成はできないから、エネルギー不足でぼーっとしちまうけどな」

少女「ぼーっと……」

ミドリ「昔は、首つり自殺なんてなかったから、見せしめに殺された武士なんかを生かして、人々を恐怖に陥れたらしい。柳の下に幽霊がいるってのはこいつら……というかお前のことだ」

少女「幽霊……」

ミドリ「登頂花草はアスファルトを破ることはできん。だから文明の下へ降りてくると、あーなっちまう」

少女「……アスファルト…怖い……」

ミドリ「驚いたな。記憶もできるのか……」

少女「………」

ミドリ「お前、どの山から来たか覚えてるのか?」

少女「……山…」

ミドリ「………」

ミドリ(おかしい……。登頂花草は生まれた山に固執する性質を持っているはず……)

少女「山……」

ミドリ「……とりあえず、近くの山にでも行ってみるか」

少女「………」

今日はここまで!おやすみなさい!

タイトルが『虫師』だった頃は現代日本が舞台だったんだよね

>>15読んでみたいです! このssも基本あまりはっきりとしたオチをつけないかもしれないです!

続き!

北の山



少女「………」

ミドリ「どうだ、懐かしい感じがするか?」チラッ

少女「………」ボーっ

ミドリ(足から根が出てこない。ここじゃないな……)

ミドリ「次に行くぞ(くそっ、塾は休みだな……)」

少女「………」



東の山


ミドリ「………」

少女「………」ボーっ

ミドリ「なぁ、お前」

少女「………?」

ミドリ「自分の名前は思い出せるか?」

少女「……な、まえ?」

ミドリ(くそ、そこまで進行してるのか。……だから交差点で誰も気づかなかったのか?)

少女「………名前…」ボーっ

ミドリ「次だ」

少女「………」

西の山


ミドリ「……どうだ?」

少女「………」ボーっ

ミドリ「ここでもないのか? 自殺できる山や森なんてもうないぞ……」

少女「………」

ミドリ「なぁ、アンタは本当に覚えてないのか?」

少女「お……ぼえ?」



ミドリ「どうやって死んだかだよ」



少女「こ……」

ミドリ「こ?」

ミドリ(ここなのか?)

少女「……………」ボーっ

ミドリ「くそっ、このまま蟲になっちまえっ」


ミドリ(いや、こいつはもう蟲だ。脳の中身をほとんど換えられて、身体中を血の代わりに蟲の液体が循環している)

少女「………」ボーっ

ミドリ「……なら、何であそこにいたんだ……?」

ミドリ(おかしい。登頂火草はひどく臆病な蟲だ。音も熱も振動も、変化のあるもの全てを嫌う)

少女「………」ポロッ

ミドリ「なんか落ち……は?」


 少女のポケットから落ちたのは―――下着。


ミドリ「何でパンツを二枚も……?」

ミドリ(しかも、こいつは破られている。……あそこに行くまでに誰かにやられたのか……?)

少女「………き…」

ミドリ「き?」


 少女の口が“い”の口から、“あ”の口へ変わった瞬間、ミドリは強い後悔とともに両耳を塞いで身体を縮めた。


少女「ぃぃいぁあああぁああああああああああぁぁあああ!!!!」


 世界の鼓膜を破るような叫び。

 圧倒的な事象の前には、ミドリもただ縮こまるしかない。

 人はあまりにも無力だった。

ミドリ「……そうか、お前…」

少女だったもの「」ドロドロ

ミドリ(原型を留めることができないほど“恐怖するもの”……人の思い出…)

ミドリ「……ちっ…」

少女だったもの「」


 山には静寂が戻った。

 登頂火草は跡形もなく消え、地面にはセーラー服だけが残る。

 その光景は、まるで“神隠し”のようでもあった。


図書館


ミドリ「………これか」


 昭和○○年 ××市女子高生失踪事件


ミドリ(なんてことはない。誘拐されて殺されたんだから自分のいた場所がどこかも分からないよな……)

ミドリ「おそらく、崖から落とされた途中で木に引っ掛かったのだろう。その重みで垂れた枝は登頂火草にとって良い獲物だったということか……」

ミドリ(だが、少女の家に帰りたいという強い思いが、何年もかけて、あそこへとたどり着かせたのか……)

ミドリ「もう少し進んでたら、車に轢かれて一大事だったな……」

とある山


自殺者「」ブラーン


 静寂。

 登頂火草はひたすら待った。

 目の前に登れる枝があるのに。

 ぎしぎしと音がするから。


自殺者「」


 やっと、登れる。

 ゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばす登頂火草。

 それは、





 地獄から仲間を増やそうと手を伸ばす、罪人達の腕のように見えた―――。







 一匹目 終



一匹目終わりです。

こんな感じで短い話をやっていきたいと思います。

>>1の実力上、蟲師っぽさはあんま出せないけど、意見や指摘をもらったら改善していきますのでお願いします。

少し離れます!

漆原友紀の短編集『フィラメント』に虫師は掲載されてますよ
でもあれは現代っていうよりは、大正とか昭和初期っぽいですね

>>29 ツタヤでおいてるの見ました! 今度借りてみます!

次は、

勘立つ≪カンダツ≫
舞台:ミドリの通う学校のとあるクラスの話。
テーマ:テスト


瞳が淵≪ひとみがふち≫
舞台:ミドリの通う学校のとあるクラスの話。
テーマ:不登校?

どっちが良いですか?

明日は更新無理そうなので、今日いけるのは一つだけなのですが。

>>31
すまん、それは鏡が淵だったな

カンダツで

結構雰囲気出てるな

>>32それのパロっぽい話です。
>>33ありがとうございます。
じゃあ続きいきます。





 ――どこが嫌いかと問われれば、迷わず答える。




 ――学校、と。











 二匹目 瞳が淵







 一年にひきこもりがいるらしい。


 まぁそれ自体は対して珍しくないんだが、俺がその“女”をどうにかしてやろうと思ったのは理由がある。

 一年二組のヒトミという少女。

 別段取り柄もなければ、不細工でもなく、デブでもなければとろい訳でもない。


ミドリ(だが、彼女は引きこもった)


 ――なぜ。

 その段階では頭の端で疑問に思った程度で、近づこうとも思わなかった。


同級生「あの子、鏡に向かって叫んでたらしいよ」


 と、昼休みにクラスメイトの女子がきゃあきゃあと騒いでいたのが調べるきっかけだった。


ミドリ「ねぇ、その子、なんて叫んでたの?」


 俺が話しかけると、クラスメイトの女子は少し驚いた様子で向かい合わせに座っていたクラスメイトに視線を向けた。


 ――HELPの合図だ。


同級生「………」


 俺が視線をもう一人のクラスメイトに移すと、その女の子は目線を逸らす。

 少し傷ついたが、当然の“防御措置”ではあるので、俺は耐えられた。


ミドリ「す……まん」


 否、ひどく傷ついた。


同級生「……ぁ…」


 背中に向かって小さな声が飛んできたが、俺にそれを確かめる気力はなかった。

 ピシャリと閉まる扉の音は、なんだかやけに乾いているような気がした。





 屋上に出ると、北風が強く俺の髪をかき乱した。


少女「やぁ、ひどく傷ついた顔をしているね」

ミドリ「知ってるくせに」


 目の前でくすくすと笑う少女は、“人ではない”。

 正確には人であった何か。

 その正体は蟲師の間でも謎であり話題であり好奇心の対象であった。


少女「どうしてだろうね。君みたいな良い奴が嫌われるなんて」

ミドリ「それも知ってるだろう」


 俺は、ムカついた。

 何がムカついたって、その少女の姿が俺の初恋の少女にそっくりだからだ。


 謎の存在であるので正しい呼称もないが、皆は洞≪ウロ≫だとか虚≪ウロ≫だとか呼んでいる。


 だが俺は、この“人のように無邪気に笑う少女”のことを―――、






 ―――蟲と呼んだ。





少女「相変わらず酷いな。こんな美人に向かって蟲とは」

ミドリ「それとも人喰いとか鬼とか呼んでほしいのか?」

少女「やれやれ、この少女には悪いと思っているよ」

ミドリ「悪いと思ってるなら――」


少女「それはできない。君も分かっているだろう」


 俺は下唇を噛む。

 目の前でクルクルとターンを決める少女。

 スカートが傘のように広がって、白く透き通った足をあらわにする。


少女「見惚れてるのかい?」

ミドリ「……殺すぞ」

少女「人のようにかい?」

ミドリ「蟲のようにだ」


 少女は人ではない。

 その言葉一つ一つも、脳が紡ぎ出したものでも、心が造り出したものでもない。

 強いて表現するなら“世界の声”そのものだ。


 だから、今俺は海に向かって叫んでいるようなもので、返事のように聞こえるものはただの幻聴なのだ。


ミドリ「いいから、早く教えろ」

少女「君が嫌われてる理由かい?」

ミドリ「ふざけるな」

少女「ふざけてなどいないが、少し言い方を間違えたな。“君を怖れている理由”。それを知りたいかい?」

ミドリ「そんなもの! 俺が蟲を呼び易く、あいつらに見えないものが見えて、聞こえないものが聞こえるからだろう!」


 ぜぇぜぇ、と肩を切らす。

 少女はやれやれと言った表情で数歩後ろに下がる。


少女「ミドリ。“改革の時だ”」


 改革の時。

 この虫は事あるごとにその言葉を使う。

 そして、その言葉が出た時は、大体“誰かの人生が変わる”。


 初恋の少女の姿をした何か。


 “フェンスの向こうでクルクルと回る姿は、不思議そのものだった”



 女子トイレの前で、俺は悩む。

 少女の言葉が正しければ、この女子トイレの鏡には“ヒトミ”がいるはずだ。


 だが、俺が女子トイレに単独で入ることは、それこそ蟲が人を食む≪はむ≫以上にあってはならないことだ。


 かといって、一般人に見えない少女を屋上から引きずり下ろしたところで意味もない。

 悩んだ末に出した結論は、


幼馴染「……少しだけだからね」


 俺のことを唯一知っている同級生、幼馴染の手を借りることだった。




 幼馴染はズカズカと女子トイレに入っていく。

 まぁ当然だ。女子だからな。


 そして、数秒経った後、バケツとモップを持って出てきた。


幼馴染「ん」


 投げつけるように俺にそれらを渡す幼馴染。

 短髪童顔で少したれ目な幼馴染は、フワフワとした雰囲気とは裏腹に気性は荒い。


男「へいへい」


 俺は掃除の為と言わんばかりにモップ片手に女子トイレの奥へと潜る。

 少し興奮してることは黙っておかなくちゃぁな。




 しかし、もし鏡が底≪カガミガゾコ≫であるならば、誰かが悲鳴を上げて大事に至っていたはずだ。

 鏡が底は人の暗い感情を好む蟲で、普段は鏡の奥に潜んでいるのだが、負の強い感情を見つけると“心ごと引きずり込んでしまう”性質がある。

 あわせ鏡などに鏡が底がいた場合はもっと悲惨だ。

 一度引きずり込まれた心は、鏡の中の鏡が底に引きずり込まれ、さらに鏡の中の鏡の中の鏡が底に引きずり込まれ……、


ミドリ「っと、俺が引きずり込まれるとこだった」



 じゃあ、そこには何がいたというのか。



ミドリ「答え」



 女子トイレは男子トイレより洗面台が広い……ような気がする。

 全部で四面ある、それの一枚。左端の鏡。



 そこに――彼女はいた。



ヒトミ「………」



 鏡の中で個室トイレにうずくまる少女。見た目ではイジメの対象になるような感じもないし、身なりも整っている。表情は少し暗いが引きこもりになる要素はない。



ミドリ「何に喰われたんだか」



 間違いなく蟲の仕業だが、それは出来事であって原因ではない。

 往々にして蟲が喰う原因は人間にあるのだ。



 鏡に触れると、少し暖かい。どうやら鏡自体が蟲の一部となっているようだ。

 だが、それなら少女が消化されていてもおかしくない。おかしくないのだが、鏡の中の少女は今しがた喰われたように元気な姿を保っている。


ミドリ(新種か?)


 蟲は大きな光の河の一部にすぎない。

 恩人であり師匠であり友人である銀髪の男はそういった。

 だから、厳密にいえば蟲に種類はなく、性質が類似している蟲をこっちで勝手に切り分けただけの話だ。

 なら、どうして蟲は性質を持つ。

 たとえば、この間の登頂火草だってほんの少しずれただけで全く別の蟲になると言うなら、


“どうしてあんなに必死に死体へすがりつくんだ”。


 分からない。

 銀髪の男はそんな俺を子供扱いするように諭した。


『蟲のことを理解しようとするな。あれは人に扱えるような代物じゃない』


 ある日突然いなくなった銀髪の男。

 もしかしたら、あいつは蟲のことを理解して……。


ミドリ「いや、違うだろ。今は――」


幼馴染「もう無理だミドリ!!」


 ハッとなる。

 そうだ。何をのんきにしてたんだ俺は。


ミドリ「だ、誰か来たのか!?」

幼馴染「違う!!」



幼馴染「私がおしっこしたいんだ!!」



ミドリ「………」



 男に向かって平気でおしっこ宣言できる変態幼馴染はほうっておいて、俺は再び屋上へ訪れる。


少女「おや? もう解決してきたのかい?」


 中庭の上――屋上の高さまで浮いている少女はまるで自分の部屋にいるかのごとくゴロゴロと転げまわっていた。

 相変わらず無茶苦茶だ。


ミドリ「しねーよ。お前と一緒で雑種だよ」


 精一杯の憎まれ口をたたくが、ここを訪れたのは“この蟲がヒントをくれる”かもしれないと思ったからだ。


少女「ふふ、私にそういうのは通じないと何度教えても」

ミドリ「ああそうだろうな。蟲だもんな」

少女「蟲にも穴はあるんだよ?」


ミドリ「てめぇ!! 今度○○を貶めるようなこと言いやがったら!!」


 と、口を開いて後悔する。


少女「くすくす、君は本当に面白い。“こんな姿になってしまった”私をまだ初恋相手だと思ってくれるのか」

ミドリ「……違う。お前は蟲だ。だけど――」


 だけど?

 蟲で構成され、蟲のように考え、蟲のように生きる、“初恋の女の子の形”をしただけのものを、


少女「愛してくれるというのか?」ニヤリ


 体中から汗が噴き出した。


 どうやらそれは恐怖ではなく――







 蟲に魅入られると帰ってこれねーぞ。






ミドリ「っ!?」ビクッ


 抑揚のない声、感情を置き去りにしたような銀髪男の声を思い出して、俺は自分の置かれている状況に気づく。


少女「おやおや、あと少しで“一緒”になれたのに」


 くすくすと笑う蟲は、三次元の世界ではありえない動き――上半身だけ切り離して空を飛んだり、身体が霧散して再び集合するような動きでこちらの様子をうかがっていた。


ミドリ「俺は蟲になるくらいなら死ぬ」


 これは銀髪男も同様だろうが、蟲師は蟲に魅了されると同時に“死ぬほど恐怖している”。

 だから、蟲になるくらいならいっそ死んでやるという考えはスタンダードだった。


少女「だったら――」

ミドリ「分かってる!!」


 俺は蟲の言葉を最後まで聞かずに屋上を後にした。



「蟲を利用しても、頼る馬鹿がこの世にいてたまるか」



 銀髪男の呆れ声が聞こえたような気がする。



 渡されたのは、パンツだった。


ミドリ「………」

幼馴染「………」


 唖然としながら、幼馴染のパンツを握りしめる俺を見て、幼馴染は諭すように言った。


幼馴染「あのね、盗撮は犯罪なの。分かるでしょ? だからこれあげるから二度と――」


 ……おい、まてまて。


ミドリ「俺がいつ――」


 はっとする。

 まさか、そういうことなのか。


幼馴染「あそこの一番手前のトイレ、鏡に反射して旧校舎から覗けるの。知ってたんでしょあんた」


 覗く。見る。目。瞳。


ミドリ「……そういうことか…」


 俺は、目の前で憤慨している幼馴染をどうするかよりも、事件を解決へ導く困難さに狼狽した。


幼馴染「あ、後ね……///」


 もじもじとしながら、上目づかいでこちらを見つめてくる幼馴染。


幼馴染「ちょ、ちょっとだけ……おしっこついちゃってるから///」

ミドリ「………」






 一番近くのゴミ箱にパンツを突っ込んでやったら、後ろからとび蹴りをかまされた。

 人間は蟲以上に理不尽な一面を見せるときがあるものだ。




 



 瞳が淵≪ヒトミガフチ≫。


 こんな体験はないだろうか。

 顔を洗ったり、手を洗ったりするために鏡から視線をそらし、再び視線を戻した時に誰かと目が合う。


 ――ハッとする。


 なぜか、その瞬間身体がこわばって動けない。

 まぁ多くの場合は洗面台に立つ目的があるので、動く必要がないから動かないのだが、たまに動こうとする瞬間でも動けない時がある。

 それは“瞳が淵”を魅入っている場合がある。


 瞳が淵はとても繁殖力が弱く、多くの雑菌が住む人間の瞳には長時間住めない。

 それ故、すぐに瞳の端に追いやられることから≪瞳が淵≫という名前を付けられた。



 瞳が淵はエネルギーさえあれば反射する全てのモノに住むことができる。

 鏡、ディスプレイ、水たまりなど場所を選ばない。

 だが、多くの無機質はエネルギーを保有しない。水たまりなどは雑菌が多い。


 だから、時折鏡に人間の心を引っ張りこもうとする。


 それでも、人間の方が圧倒的に強いので基本的には失敗に終わる。



ミドリ(だが、今回成功した理由は……)



 旧校舎の廊下で、俺は人を待っていた。

 数年前から放置されている校舎。いずれ解体されるのだろうが、資金面などから着手されてはいない。

 出入りが自由な点は教師側の不手際だが、今回は都合が良い。



 静寂が続く。

 しぃん、と音でない音が断続的に耳元で囁く。

 俺はこの蟲が嫌いだ。


 こいつらの一種は人間の三半規管に棲む。


 そうすると、宿主は音を聞きとれなくなる。

 弱いくせに他の存在に迷惑をかける蟲が、俺は心底憎かった。


ミドリ「………来たか」

眼鏡「ひぇ!?」ビクッ


 人がいること自体が予想外だったのだろう。眼鏡をかけたひょろ長い男子生徒は飛び上がって逃げようとした。


ミドリ「待て」


 腕をつかむ。想像以上に軽い。


眼鏡「ゆ、許して!?」

ミドリ「やっぱりてめーか!」

眼鏡「ひぃぃぃっ!?」


 暴力を振るわれると思っていたのか、眼鏡はうずくまって泣き始めた。

 こんな弱い奴が他人を……。


ミドリ「………」


 俺の中の“感情”が、疼く。


 ――弱い癖に生きるな、と疼く。


 





「強いは弱い。弱いは強い。君が判断できることではないよ」






 初恋相手が喧嘩に明け暮れる自分に向けた言葉。


眼鏡「……ひぃ…」


 ガタガタと震える眼鏡を見て、やっぱり一発殴った方がいいのではと思ったが、やめた。


ミドリ「おい」

眼鏡「は、はいぃ!?」

ミドリ「お前、この前少女がトイレをしているところを見たのか?」

眼鏡「………」


 眼鏡はゆっくりとうなずいた。

 そして、語り始める。



眼鏡「ここは僕の逃げ場だったんです」

ミドリ「逃げ場?」

眼鏡「ええ、虐められると学校全てが敵のようで、僕はあっちの校舎にいるととても苦しいんです」

ミドリ「で、逃げた先で覗いてた、と?」

眼鏡「ち、違います!」

ミドリ「だが、事実なんだろ」

眼鏡「……たまたまなんです」

ミドリ「たまたまって……」

眼鏡「そもそも、眼鏡をかけていたってあんな距離のある鏡の向こうで何をしているかなんてわからないですよ」

ミドリ「まぁ、そうだな」

眼鏡「でも、トイレというシチュエーションと、個室があいてて女子生徒がいるという事実は、僕を強く引き付けた……」

ミドリ(それで、視線と視線がぶつかって、“引っ張り合った結果”、瞳が淵が鏡にヒトミの心を引きずり込んだという訳か……)

眼鏡「あれ以来、あそこの鏡には女子生徒が映るようになったんです」

ミドリ「何……お前、目を見せてみろ」

眼鏡「へっ!?」

ミドリ「これは……」


 翌日の早朝、俺はヒトミを幼馴染と迎えに行った。母親は知らない生徒が迎えに来たことをあまり喜ばしくは思っていなかったが、しぶしぶヒトミと一緒に登校することを許可してくれた。


ヒトミ「………」


 無表情でてくてくと歩くヒトミ。その姿に生気はなく、まるで歩く亡者だ。

 だが、心が鏡にとらわれている以上、身体には行動を決めるスイッチがない。

 だから誰かに命令されて初めて動くことができる。

 たとえ今俺が“裸になれ”と言ったら、迷いなく脱ぎ始めるだろう。


幼馴染「今、エッチなこと考えてるだろ」


 鬼のような形相でにらんでくる幼馴染。こいつはエスパーか。


 学校へたどり着くと、校門に立っていた眼鏡がこっちへ小走りで近づいてくる。


 しまった。こいつはまだ“少女と目を合わせてはいけない”。


ミドリ「眼鏡!! こっちを見るな!!」


 眼鏡は、俺の言ったことが理解できなかったのか、さらに近づいてくる。

 どうする。このまま二人が目を合わせると、下手をしたら二度とヒトミは心を取り戻せないかもしれない。


ミドリ「すまん幼馴染」

幼馴染「え」


 俺は、古典的な方法をとる。

 


 スカートを引きちぎると、幼馴染のイチゴパンツが露わになった。


眼鏡「ぎょ!?」


 そちらを凝視する眼鏡。本当にこいつ覗き目的じゃなかったのか?


ミドリ「眼鏡、そのまま地面に視線を落とせ」


 俺はあくまでゆっくりと、説得するように命令した。


眼鏡「は、はぁ……」


 眼鏡は俺のただならぬ雰囲気を察したのか、ゆっくりと視線を落とした。


ミドリ「いいか、俺が良いと言うまで視線を上げるな。絶対にヒトミと目を合わせるんじゃねーぞ」


 眼鏡はコクリとうなずく。

 幼馴染は破れたスカートを手で押さえながら、真っ赤な顔で、


幼馴染「キス程度で許されると思うなよ!!///」


 と叫んだ。ちょっと可愛かった。




 女子トイレへ訪れると、俺はヒトミを女子トイレに座らせた。

 幼馴染は例のごとく入口に立つ。まだ怒りが収まらないのか、両腕を組んで仁王立ちしていた。


ミドリ「いいか、あの時と同じように鏡越しにヒトミを見ろ」


 眼鏡はこくりと頷くと、角度を調整しながら女子トイレ入り口付近に立った。


ミドリ「眼鏡、お前はヒトミを見ている間、“興味ない、興味ない、興味ない”と繰り返して念じるんだ」


 眼鏡は再び頷く。


ミドリ「ヒトミ、お前はミドリと鏡越しに目を合わせて“返せ、返せ、返せ”と念じるんだ」


 ヒトミも頷く。



 要は、眼鏡のエロパワーが強すぎて、瞳が淵の一部を自分の所までひっぱりこんでしまっていたのだ。

 その一部がたまたま生物でいう口の一部分だったので、瞳が淵は栄養補給するスピードが遅くなり、少女の身体を喰うことができなかった。

 今度は、ヒトミが瞳が淵ごと自分を取り戻す番だ。


ミドリ「……よし、お互い鏡越しに目を合わせろ!」


 俺の指示に二人は鏡をにらんだ。

 俺自身は目をつぶる。新たな触媒にされるのはごめんだ。


ヒトミ「……あ、れ?」


 声が聞こえる。透き通ったかわいらしい女の子の声。


ミドリ「どうやら成功したようだな」

眼鏡「本当に……鏡に人の心が?」


 眼鏡は顔を紅潮させて床に座りこんだ。

 まぁ、妖怪や都市伝説の類だし、興奮するのも無理はない。


ヒトミ「……あなた、この前私を見てた人」ジーッ


 ヒトミが俺を観察するように見てくる。

 その視線は警戒や様子見というよりはむしろ――、


ヒトミ「本気で私を助けてくれようとした………素敵です///」


 俺は、何もわからないふりをしてその場を後にした。……眼鏡を引きずりながら。



 翌日、旧校舎で眼鏡が倒れたという噂を聞いた。

 そのあとすぐに動いたらしいのだが、今まで以上に無口で無愛想になったそうだ。


少女「助けないのかい?」

ミドリ「俺は蟲は嫌いだが、それ以上に嫌いなものがある」

少女「……嘘は若さ、未熟……だよ」

ミドリ「………」


 風が吹き抜ける。

 数年後、この学校の七不思議のひとつに“旧校舎に住む男子生徒”という項目が加わった。

 その手には双眼鏡があったという。







 二匹目 ヒトミガフチ 終







 ちょっと長すぎたし、蟲師に余計なキャラはいらなかったかな。


登場人物≪以後も出る可能性のある人物≫


ミドリ……主人公、男子高校生。蟲を見たり、触ったりできる。初恋の女の子を蟲に喰われている?

少女……蟲に喰われた少女。屋上に棲んでいるが、空中に浮いたり霧散したり規格外。

銀髪男……言わずと知れたあの男?

幼馴染……ミドリと仲の良い女の子。ボーイッシュな性格で時折暴走する。

ヒトミ……眼鏡によって鏡の中に心をとられた少女。ミドリに惚れた?


次の候補


勘立つ≪カンダツ≫
舞台:ミドリの通う学校のとあるクラスの話。
テーマ:テスト


恋文≪コイブミ≫
舞台:ミドリの通う学校のとある生徒の話。
テーマ:恋愛


ありがとうございます。続き行きます。



 そのクラスでは、ネット上のアングラサイトの掲示板で会話するのが日常だった。


A『お疲れー』

B『お疲れ様ー』

C『疲れたねー』

D『ほんとほんと』


 大概は休憩中にしゃべり散らかす内容を持ってきただけのものだが、時折俺には分からない言葉が飛び交う。


E『次の生贄誰にする?』


 生贄――物騒な言葉がディスプレイ上に現れると、全員のコメントの雰囲気が変わった。




 生贄は誰がやるべきだ。

 俺たちこのままいったら有名になっちゃうな。

 でも、学年末に0点ってかわいそう。


 などと一つ一つの言葉では全く理解できない会話が続いた。


ミドリ「要約すると、一人が0点になる代わりに残り全員が満点とれるってことか」


 一教科につき一人。

 自由回答もそれぞれ自分の考えたような内容になる。


ミドリ「勘立つか……」


 会話が続けば続くほど内容は楽しそうに、嬉しそうに進んでいった。




モモ「お兄ちゃん、また蟲見つけたの?」


 妹のモモが俺の頭の上に自分の顎を乗せ、ディスプレイを覗いた。


モモ「ふーん、勘立つかー」


 モモは俺よりも蟲に対する知識が深い。

 そして“信仰心”も深い。


 銀髪男はモモを見て“危ういな”と言った。


 だが、その半面で蟲を蟲として割り切れる非情な心を持っているとも言う。


ミドリ「放っておいても大丈夫そうか?」


 俺の問いに、モモは首を横に振った。


モモ「かなり危険」


 モモが蟲を危険という時、






 ―――往々にして人が死ぬ。







 勘立つ。


 もともとは江戸時代、大名同士が侍を使って仕合をする際に生贄を捧げた。

 すると、侍は相手の剣術を避けられる。自分の剣術を当てられる。


 ひどく、勘が―――立つ。


 だが、それはとても危険な行為だった。

 長く、多くの生贄をささげた。

 その内に人は言葉を間違える。



 勘が冴えるから勘が立つ。

 全てが見える、勘が立つ。



 だが、それはあくまで人の都合。



 カンダツとは、―――神、断つ。








 八百万《ヤオヨロズ》の大和《ヤマト》大国で、神を断つ。

 それは、災厄の狼煙。






 翌日、掲示板のクラスへ訪れると、一人の男子生徒が俺の前に走ってきた。


ミドリ「どうだ?」

男子「……みんな、やる気です」

ミドリ「具体的にはどうやるんだ?」

男子「……屋上へ行きましょう」

ミドリ「………あ、ああ」


 屋上は邪魔者がいるから断りたかったが、男子生徒は有無を言わさず走り出した。




少女「へぇ、神奪《カンダツ》かー。珍しい蟲だね」


 この時、俺は目の前の蟲が神断つと言ったのだと思っていた。

 だが、違った。

 それにさえ気づけば、もう少しうまくやれたかもしれない。


男子「……学校の南にある神社を知っていますか?」


 南神社は蟲の宝庫だ。

 方角的にも、近くの大通りで事故が多発していることも、年中日が当たらない森の中であることも、蟲を棲みつかせるに十分な条件だった。


男子「あそこの神社の柱に傷をつけるんです。鉛筆で」


 すると、その翌日にあるテストで傷をつけたもの以外が全員満点をとれるという。


少女「そりゃあ、神様を傷つけてるんだから、それくらいの成果はもらわないとねー」


 くすくすと笑う蟲。


ミドリ「代償は本当に0点をとるだけか?」

男子「は、はい……たぶん」

ミドリ(そりゃあ実際に神なんていない。カンダツという蟲は規格外にでかく力を持っているため、暴れられると手が負えないというだけだ)


少女「し・か・も、けっこうはっきりとした意思があるから、傷つけた者とその家族にのみ報復するのよねー」


 蟲の中にも意識を持つものはいる。

 銀髪男は否定するが、俺は何度もそういう場面に遭遇しているし、目の前の空中フラフラ女もざっくばらんに分ければ意思を持った蟲だろう。


ミドリ「だが、どうして0点なんだ。テストの用紙に文字を記入できないのか?」

男子「ぼ、ぼくは生贄になったことがないんでわかりません」

ミドリ「誰か生贄になったものに話を聞くことはできないか?」

男子「……あんまり邪魔するようなことをしたら、僕一人が全教科生贄にならなくちゃいけないから……」


 全九教科の生贄。

 それがどれだけ恐ろしい行為か想像もつかなかった。


ミドリ「……これは早く手を打たないと…」

少女「なんで?」


 男子生徒が屋上を後にして数分後、俺は目の前の蟲と会話をしていた。

 これは蟲に頼っているのではない。蟲を利用しているのだ。そう言い聞かせて。




ミドリ「だって、あいつらどんな代償がまっているかも知らずに!」

少女「でもでも、神奪って傷つけた家族にしか報復しないし、それって蟲じゃなくても当然の行為じゃないの?」

ミドリ「それは……そうだが」

少女「大体、0点取ってんでしょ? じゃあそれが代償なんじゃない?」

ミドリ「だが……」

少女「ねぇ、“ミドリ”」


 ぞくり、と悪寒が全身を駆け巡った。

 まるで巨大な舌に絡めとられたような、そんな圧迫感。


少女「あなたが蟲師を続けているのは、“人助け”のため?」

ミドリ「………」

少女「違うでしょ。なら、何をなすべきか、もっとよく考えたら?」

ミドリ「……蟲ごときが偉そうに言うな」


 俺は蟲に背を向けると、急いで屋上から離れる。

 初恋相手の姿をした蟲に説教されると、人生を終えたい気分になる。


 いや、“蟲に魅入られているのか”。


 



 家に帰ってあの掲示板を開くと、生贄の話でかなりの盛り上がりを見せていた。


A「なぁなぁ、職員室で聞いたんだけど、今回のテストでも満点取ったら“修学旅行をハワイ”にしてくれるらしいぜ!」

B「まじか!」

C「きた!!」

D「パスポート作らなきゃ!」

E「気が早いwww」

D「でも、絶対にとれるんだから、早い方がいいでしょ」


 意気揚々と繰り広げられるハワイ旅行ネタ。

 だが、俺にはそれがとても恐ろしかった。



 神断つ。

 つまり、この地に住まう許可を切る行為。

 昔なら、村を出るだけで済んだかもしれないが、この流れから行くと、



モモ「ああ、これ飛行機落ちるね。うん」



 横から覗く妹が淡々とした口調で未来を予測した。

 柔らかいものが肩に乗ったのだが、それを気にする余裕がないほど俺には彼らの未来が恐ろしかった。


 ――だから、書き込んだ。



J「でも、これだけ良いことが続くと飛行機事故とか起きそうじゃね?」



 あくまで肯定的に、だが少しだけ心配性な生徒を装って。

 すると、突然ディスプレイが暗転し、テレビでもないのに画面が砂嵐でいっぱいになる。



ミドリ「カンダツ!? こんなところまで!?」




 じゃ




   ま    を 



     す  
          る


              な






モモ「あららーこれじゃあB級ホラー映画だねー」

ミドリ「モモ!? これもカンダツの仕業か!?」


 もしそうなら、とても恐ろしい。

 蟲がインターネット上、正確には情報の渦に入り込むことはある。

 だが、カンダツは神社に棲む蟲だ。

 それがここまで来たということは……、


ミドリ「蟲に……意思があるということなのか?」


 足がすくむ。

 恐怖で思考が停止し、ひどく喉が渇いた。


モモ「何言ってんのお兄ちゃん」


 モモは、大きなため息をつきながら、ディスプレイを指さして、






 ――お兄ちゃんの学校にいる蟲じゃん、屋上の。



 そう呟いたのだった。




 


 今日はここまで!

 ちょっと妖怪っぽい感じに見えますが、ちゃんと蟲なので!

 これから先の展開は蟲っぽくいけるようにがんばります!では!

久しぶりです。ちょぉいそがしかったです。
続き行きます。


ミドリ「いや、いや待て」

モモ「は? 何で待たないといけないわけ? 事実がひっくり返るとでも言うの?」


 モモは不機嫌な顔で部屋から出ると、思い切り扉を閉めた。バンという音が響き、パソコンのディスプレイに「!!」の文字が浮かび上がる。


ミドリ「……本当にお前なのかよ」


 びっくりマークは、ゆっくりと形を変え、おどろおどろしい文字に変わった。


??『あいつらは消えればいい』

ミドリ「いや待て、お前は蟲だ。新種とはいえ蟲だ。何の恨みや得があってそんなことをするんだ」


 基本的に蟲は種を区別することはあっても個を区別することはない。


??『あいつらは一つの生き物だ』

ミドリ「は?」

??『次書き込んでみろ。




 私が 直接 手を く 』




 ばちん。

 大きな音とともにディスプレイが割れた。


モモ「……うざすぎ」


 いや……これ俺のパソコン…。




 翌日、屋上でいつものようにゴロゴロしている蟲を見ながら、昨日のことを振り返る。


 モモは蟲をある種で神のように扱っている節がある。

 実際、多くの神のタネは蟲であったりするのだけど、“彼ら”が人間のために何かをしたというわけではない。

 蟲はあくまで蟲であり、恩恵を受けることもあれば“死”を与えられることもある。


 それでもモモは蟲を信仰しているし、だからこそ目の前の少女姿の蟲があまりに“蟲らしくない”ので酷く毛嫌いしているのだ。


ミドリ「なぁ、ひとつの生き物ってどういう意味だ」

少女「くすくす」


 わざとらしく笑い声を口にする。

 蟲に楽しいという感情があるのかどうかわからないが、目の前の蟲は“笑いを演出”することはできる。


少女「むしろ、あれほどまでの一体感を君は今後の人生で誰かと共有することはできないだろうね」

ミドリ「………」


 混乱の坩堝とはまさにこのことだ。




ミドリ「じゃ、じゃあお前は、感情というものを理解していて、さらにそれを人が共有できることも理解していて、さらには俺たちがそれの多くを欲しているということまで分かっているのか?」


 それはもはや蟲というより――。


少女「相変わらず、君は“人びいき”が酷い」

ミドリ「は?」

少女「確かに私は君の言うところの蟲だ。この少女を内部から犯し、大事な部分を全て“すげ変えた”蟲だ」


 大事な部分を全て。

 その言葉を聞くと、胸が苦しくなる。


ミドリ「それが蟲だろうが……」

少女「お前はどちらかというと、


 妖怪のように扱っているんではないか?」


ミドリ「ようかい……」

少女「蟲は蟲だ。それ以下でも以上でもない。だが――」


 だが。

 その言葉を持って彼女が続けた言葉は、ある意味“神の啓示”に近い衝撃だった。



少女「この少女を取り込んだ蟲は、もはや蟲ではあるまいて」



 


ミドリ「ど、いういみだ?」


 言葉が、言葉にならない。

 まるで思考の水を砂浜にぶちまけたような、脳の乾きが俺に襲いかかる。


少女「つまり、だ」


 少女はとあるクラスを指さして、言った。


少女「あいつらも人としての領分を逸脱した、ということだよ」

ミドリ「………わかんねぇよ…」

少女「まぁそういう意味では、お前も人を逸脱した存在なのかもしれないが」


 楽しそうに語り続ける少女の言葉は、何一つとして俺の脳に残ることはなかった。




 ええい、一か八かだ。



 と、彼らのクラスに訪れたは良いが、強烈な負の感情に思わず扉を閉めた。


ミドリ「え、俺なんかしたっけ」


 「帰れ」「来るな」「殺すぞ」

 ありとあらゆる排他的な感情が視線に乗せて送り込まれた。

 それは蟲とは違い直接的で攻撃的だ。


男子「ちょっと」


 クラスから出てきた男子は、小声で俺についてくるように促す。

 俺は何気なく引き返すふりをしながら、男子の後をつける。


 ちらりと、後ろに視線をやる。


ミドリ「!?」




 ――無数の視線が、いつまでも俺を捉えていた。




男子「今後も絶対にクラスには来ないでください」

ミドリ「なぜだ」

男子「彼らは、“秘密”……しかも“悪い秘密”を共有したある種の運命共同体です」

ミドリ「つまり……」

男子「……それを暴こうとする者がいたら、“全力で排除する”」

ミドリ「………」


 一体感。

 この言葉を聞くと人は良い言葉だと認識してしまう。

 だが、言葉は言葉、一体感だって悪に傾くことはある。


ミドリ「誰か被害を受けた奴は……」

男子「もちろん、数え切れないほど」


 さも当たり前かのように答える男子。

 なるほど、“クラス全体で一つの生き物”か。


ミドリ「なら、アンタはガン細胞ってわけか」

男子「?」


 カンダツと屋上の蟲と彼ら。

 存在としてあまりにもかけ離れた三者がどういう結末を迎えるのか。

 俺にはとんと見当もつかなかった。




モモ「たぶん、飛行機が落ちるだけじゃ終わらないと思う」


 食事中、モモは神妙な面持ちで説明を始めた。少し前のめりになっているのは、よほど重大な事なのだろう。……机の上に胸が乗っていることには触れない方がよさそうだ。


モモ「というより“飛行機事故は起きない”と思う」

ミドリ「なぜだ? カンダツが災厄レベルの蟲だということはまちがいないんだろう」

モモ「うん、けど、飛行機は貸し切りじゃない」

ミドリ「他の乗客に気を使うのか? 蟲が?」

モモ「茶化さないで」

ミドリ「茶化してない。蟲は蟲だ。俺たちを区別なんてしてはいない」

モモ「それはそうだけど、けど、今回の場合は事情が違う」

ミドリ「どういうことだ?」


モモ「カンダツ、前は神奪って説明したけど、こうも言うの――」






――環断ツ≪カンダツ≫。






モモ「確かに事象の点で言えば災厄だけれど、何も蟲自体が災厄を起こす訳じゃない」

ミドリ「神様が起こすっていうのか?」

モモ「ううん、もっと恐ろしい。カンダツは生き物から“勘”を奪う」

ミドリ「勘を?」

モモ「お兄ちゃん、ちょっと立ってみて」


 モモの指示に従って立ち上がる。


ミドリ「こうか?」

モモ「うん、じゃあこっち向いてね」


 モモの目の前に立つと、モモはゆっくりとこちらに近づいて……近すぎ…


モモ「……何で避けないの?」

ミドリ「いや……その…ラッキーイベントかと…」

モモ「はいはい」


 そう言って唇に唇を重ねると、モモは席に戻る。心なしか顔が赤い。


ミドリ「えーと、つまり?」

モモ「人は生きている限り勘を使う。目の前に歩いている人がどっちに動くか、車が動くか動かないか、水を飲むか飲まないか」

ミドリ「予測ができなくなる?」



モモ「予測はできる。ただ、人類が予測通りにしか動けなかったら、まず間違いなく絶滅してるわ」

ミドリ「確かに……人が急に飛び出してきて助かるかどうかなんて勘だもんな」

モモ「そもそも、それを人かどうか、避けるべきかどうかを判断するのも結局のところ経験則から来る勘よ」

ミドリ「じゃあ勘を奪われたあいつらは……」

モモ「たとえ生き延びたとしても、そうとうな厄介者としていずれは世界から隔離されるわね」

ミドリ「歩くたびにぶつかられたり、ちょっとしたことで大けがしたり、……ぞっとしねー話だな」

モモ「助けられる方法は一つ」

ミドリ「あるのか?」

モモ「だって、助けに行くでしょ」

ミドリ「ああ、そうだな」

モモ「………即答、ね」

ミドリ「?」



 テスト初日、前代未聞の記録を打ち立てることを期待した教師陣は、他のクラスを奮起させるためという名目で彼らのクラスだけ“当日結果発表”をすることにした。

 それは単に自分たちが周囲に誇りたいがための利己的な考えの下で行われたことなのだが、これがまずかった。


 帰り道、学校中の人間が彼らを英雄として話題に上げた。


「あいつらテレビに出るんじゃね?」

「ほぼ全員満点なんて漫画かよ」

「俺もあのクラスに入ってればなぁ」


 などと、かなり興奮している。

 軽く覗いただけだが、彼ら自身も前回同様満点だったことに安堵した様子だった。


 ――1人を除いて。


眼鏡「………?」




 後から聞いた話で補足した部分もあるが、“いけにえ”となった眼鏡の少年は、帰り道に事故で亡くなったらしい。

 はたから聞けば何とも間抜けな話だが、彼は“救急車”に轢かれたのだ。


 けたたましく鳴り響くサイレン。

 他の車をどかしながら走るその白い車は、人の命を助けるべく懸命に走っていた。


 そこに、眼鏡の少年は現れた。


 運転手は後にこう語った。

 目の前に現れた少年は、こちらに気づいても驚きすらせず、車に轢かれる直前にうすら笑いを浮かべていた、と。


モモ「………」

ミドリ「少なくとも、今日あったテストが三教科だから、後二人の勘は奪われてるんだよな」

モモ「たぶん」

ミドリ「そして、後6教科、6人分の勘が……」

モモ「良い、けっして――」

ミドリ「分かってる」

モモ「………」


 人が死んだと言うのに、皆の顔は明るかった。

 むしろ、0点を取った者が死んだことで、クラス全員がその教科で満点をとったことになると喜んでいる節さえあった。


 その日も、テストの結果は当日発表することとなった。

 ほとんどの生徒が満点――だが、各教科一人ずつ0点、二人ずつ50点から80点の者が現れた。


 教師たちは驚いた。そして、急きょ当日発表を中止した。

 理由は適当に取ってつけた。PTAから苦情が出たと言えば、大抵の生徒は納得する。


 だが、納得しないのは、前日に一教科0点を取り、今日中途半端な点を取った彼らだ。


 二人は、65点や70点のテスト解答用紙を握りしめながら黒板をぼーっと見つめていた。

 教師は、彼らに答案を返すと「残りのテストは頼むぞ」と言い残して去った。


 しかし、二人にその言葉は届かない。

 彼らはその言葉の本意に気づくことができないからだ。

 他人の気持ちを想像する。それの大部分は勘に頼っていたからだった。

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