セリヌンティウス「磔なうっと」(47)

私の名前はセリヌンティウス、シクラスの町のしがない石工だ。
私は今、王宮の牢獄にて監禁されている。
別に私は何か罪を犯したわけではない。
むしろ、間違いを正す為にここにいるのだ。

事の始まりは今朝方、町にやってきた親友。

彼が起こした行動が全ての始まりだったのだろう。

私は日が昇る頃から石を彫り始め、半分ほど彫り終わったところで腹がなったので遅めの昼食を食べることにした、はずだ。
昼食は確か…………そう、豚の肉だった。
弟子のフィロストラトスに頼んで持ってきて貰った。

肉だけで言いと言ったのにわざわざサラダとパンも持ってきた。
片手が石の粉塗れだがいちいち洗いに行くのも面倒だったので、パンを二つに割りあいたに肉とサラダをはさみ、石を叩いては槌を置き片手でそれを口に運んだ。
意外と美味だった。
今度メロスに会ったら教えてやろう。
そう思っていた。

そう、ここで私はメロスのことを思い出していた。
メロスとは私の親友だ。
最後に会ったのは確か、二年ほど前だったはずだ。
出会いは…………確か、私が仕事に使う石を探しに山を歩いていたときだった。
いや、あいつが羊の毛を売りに町に来たのが出会いだったか?
まぁそんな事はどうでもいい。

とにかく私とメロスは親友だ。
あいつはすごい男だ。
神の生まれ変わりではないかと思ったくらいすごい奴だ。

私は、彼ほど勇気に溢れ誠実な男を他に知らない。

そんな彼のことを思い出しながら昼食を終え、石を削り今度会いに行こうかと思っていると、いつの間にか日は沈んでいた。

深夜になり仕事を中断し、手を洗った。
今日も頑張った私と、自分を褒めているとコンコンという音が部屋に響いた。
何かと思い戸を開けると、王に使える衛兵たちが五人ほど扉の前に立っていた。
いや、性格には一人は蹲っていた。
私が戸を勢いよく開けたせいで鼻を扉にうちつけたようだ。
すまないと、一言声をかけようとすると、衛兵の一人に腕を掴まれた。

「城までついて来い」
「何故でしょう?」
「王がお呼びだ」
「何故でしょう?」
「くれば分かる」

そう言われ私はあれよあれよと王宮まで連れてこられた。

そこには縄に縛られた親友がいた。

そこで、まぁ大体のことは察した。
私は彼を勇敢で誠実ですごい奴だと思っているが、それと同じぐらいに頭の回らない奴だとも思っていた。

大方、王の蛮行を知ってそのまま城に突っ込んだのだろう。
馬鹿なやつめ、私なら王が影響力のある奴を信用していないことを利用して『耳寄りな情報がある、直接王に伝えたい』とでも言って王に謁見。そのまま素手で縊り殺すだろう。

まぁ。そもそも私はそんな無謀なことはしないし、出来ない。

私はメロスが王の前で事の経緯を伝えられた。
大方予想道理であった。しかし彼は最後に私に人質になって欲しいと頼んできたのだ。

これは私も驚いた。

何度も言うがメロスは誠実な男だ。他人を自分の起こしたことに巻き込むことは私の知る限りにおいて一度も無かった。

しかし、話を聞けば妹の結婚式が近いと言うではないか。
なるほど、メロスにも心残りがあるのかと思った。
事を起こすなら結婚式の後にすればいいのにとも思ったが、そういう思慮に欠けるところも含め、私はメロスを親友だと思っているのだ。

激励の言葉でも一言かけようかと思ったが、私の言葉なくしてもメロスは何とかこの事態を切り抜けるであろうと思い、あえて何も言わずに私は頷いた。

力強く抱きしめあった後、私は縄に結ばれメロスは駆け出した。


そして現在私は牢獄に居る。
空はきっと星が綺麗だと、思っているととたんに眠気が私を襲って────

気が付けば朝だった。
衛兵にたたき起こされ王の前に引きずり出された。
途中で膝を少しすりむいた、いたい。

そこで王はともに食事を取ろうと言った。
私は、そんな恐れ多いことは出来ませんと一応一度は遠慮したのだが、しつこいので私もおなかが減ったしご一緒させてもらうことにした。
食事の最中、王はメロスについて聞いてきた。
目的の半分はメロスへの興味だろうが、もう半分は私にメロスへの猜疑心を植え付けることにあるのだろう。

しかし、私はそんな言葉には惑わされない。
私はとにかく、王宮の料理を口に運び気持ちをそれだけに集中させようとした。
決して、料理が美味しそうで食べることばっかりに集中したのではない。
私は狙って食べることに集中したのだ。
ホントだよ? 人を疑うことよくないよ?
そんなこんなで食事を済ませ、牢獄に戻って一眠りしようかと思っていると、玉座につれてこられ、王の喋り相手をさせられた。

途中、どこで聞きつけたのかフィロストラトスがやってきて、大丈夫なのかと聞いてきたがメロスは来るから大丈夫といっておいた。

しかし、メロスは来ると言ったこの自分の一言が、私の胸の中にほんの僅かな皹を作った。

その皹は時間が経つにつれて大きく、その中身を血液のごとく私の心に滲ませた。

今朝作った、膝に作った傷のように。

その日の夜は少し考え事をしていた。

私は確かにメロスは来ると信じている。
あいつは私とは違うのだ。今回の事でそれがよりいっそう分かった。
私はあいつのようにはなれない。
メロスは私たちとは違うのだろう。
それこそきっとあいつは神の生まれ変わりなのだ。
私たちには出来ないことを平然とやってのける。

だからこそ、私はメロスは来ると信じている。

しかし、気が付いてしまった。
心の奥底からにじみ出た気持ちに。

メロスは来ないのではないか、いや。

『メロスに来て欲しくない』という気持ちに。

恐らく、私はずっと溜め込んできたのだろう。
メロスに会ったその日から、彼に対して湧き上がってくるこの嫉妬と劣等感を。


彼が神の生まれ変わりならそれでいい。
それならば、私は何の愁いも絶望も無く彼と過ごせたであろう。
しかし、彼は人間なのだ。少なくとも見た目は。

ゆえに私は思うのだ。
何故私は彼のように強くないのだろう。

その気持ちは何時しかこんなにも私の中で濃く、新月の夜の空よりも濃く真っ黒になって溢れていた。

それ故に、私は彼に来て欲しくないのだ。

彼にも出来ないことがあるのだと、死にたくないという恐怖心があるのだと、友を裏切る残虐性があるのだと。

そして、私と同じ『人間』であると。

私は、友のために命を懸けているかと思いきや、どうやら自分のために命を懸けていたようだ。


私は少し笑った、そして涙を流した。

三日目

今日私は処刑される。親友メロスの変わりに磔にされるのだ。

しかし、私の心は晴れやかだ。

昨日から一睡もしていないが、私は今世界で一番満足している。

私は、メロスが来ないことを期待している。
そんな醜い自分を知ることが出来た。
しかし、それでも私は言える。メロスは来ると。
それだけで私は満足だ。

昨日までの無知な私は死んだ。
今日の私も今日死ぬ。

それでいい。
私一人の命で、英雄一人救えるならそれでいい。

それで────



日が傾く頃私は刑場に連れて行かれた。

辺りはもう真っ赤に染まっていた。血のような赤に。


日が傾き、私は徐々に吊り上げられていく。
群集の中には息を呑むものもいた。目を逸らすものも、小さく悲鳴を上げるものも。

私は目を閉じた。
そして、心の中で親友に詫びた。

すまない。お前はきっと最後まで走ったのだろう。しかし私はお前を一度疑った。
それどころかこうして、お前が間に合わなかったことに幸福を感じている。
こんな俺が、お前の友を名乗る資格なんて最初から、無かったんだな。

しかし、静まり返った群集の中の誰かがわめいている。
メロスだ、メロスの声だ。
メロスは間に合った。
親友は、私の足を力強く握った。

縄が解かれるなか私は思った。

あぁ。やっぱりお前は俺とは違うんだな。
私と違って、疑うことも無く、恐怖に屈することも無く、諦めることもなかった。
やっぱりお前はすごい奴だと、そう声をかけようと私は瞼を開けた。

その瞬間、私は気が付いた。
私の間違いに。

親友は、全裸でまさに疲労困憊と言った様子で、涙を流していた。

「セリヌンティウス」

親友は、弱弱しく私を呼んだ。
そこには私の思っていた英雄メロスはいなかった。
そこにいたのはただのメロスだ。

「私を殴れ、力一杯殴れ。私は途中一度悪い夢を見た。君が殴ってくれなかったら、私には君と抱擁する資格すらないのだ」

私はメロスを馬鹿な奴だと思ったが、馬鹿は大馬鹿者は私だ。
これのどこが神の生まれ変わりだ、何処か英雄だ。
メロスは強いわけではなかった。
強くあろうとしているのだ。

メロスは乗り越えてきた。途中の困難も悪い夢も。
私のために強くあろうと、強くなってくれた。

メロスが特別なんじゃない。私が何もしなかったのだ。
目を逸らしてきたのだ、強さからも己の弱さからも。

私は頷き、メロスを殴った。
会場に響き渡るほど、強く殴った。

そして微笑みこう言った。

「メロス、私を殴れ。同じぐらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日間、たった一度だけ君を疑った。君が殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」

メロスは私を殴った。
力一杯、全力で私を殴った。

「「ありがとう、友よ」」

私とメロスは同時にそう言い、抱き合い、うれし泣きした。

群集は泣く者も称える者もいた。

そんな中を王は歩いてきた。

「お前たちの望みは叶ったぞ。お前らは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な空想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれないか。どうか、わしの願いを聞き入れてお前らの仲間にして欲しい」

今までで一番の声を群集があげた。

「ばんざ~い! 王様万歳!!」

そこらかしこからそんな声が響いてくる。

そんな中一人の少女が、メロスの駆け抜けた夕焼けと同じ緋色のマントを差し出した。
額に汗を滲ませ、息が上がっているところを見るに、急いでとってきたのだろう。

とうのメロスは戸惑っている。
馬鹿者め。しょうがない親友の私が気を利かせて教えてやろう。
精一杯の感謝と友情、そしてほんの一握りの僻みを込めて。

「メロス、君は真裸じゃないか。早くそのマントを着るといい。そこの可愛いお嬢さんは、メロスの裸を、他の皆さんに見られるのが堪らなく悔しいようだよ?」



私の友はひどく赤面した。




終了です

テストで走れメロスに出てくる
王様の名前を答えなさいという問題で
デモクリトスと書いた愚か者ですが少しでも楽しんでいただけたなら幸いです

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