馬場このみ「特別な日の特別なメール」 (56)

一日早い誕生日飲み会から帰って一息。
時計が、6月12日を知らせた。

ピロリロリン

針が12を指した瞬間、携帯に届くメールたち。

「お誕生日を覚えてくれるのは嬉しいわね」

妹に大学・OL時代からの友達、アイドルになってから仲良くなった子達からもお祝いメールが届いている。

「この仕事についてから、こういうメールをくれる子達も増えたわねぇ」

……未成年の子たちがこんな時間まで起きてメールをくれる、っていうのは嬉しい反面申し訳ない気もするけど。別に、朝起きてからでもいいのよ?

「……あら、莉緒ちゃん、さっきまで飲んでたじゃない」

さっきの飲み会の主催者、莉緒ちゃんからもお祝いメール。……ぐでんぐでんによっばらってたはずなのに、どうやってメールなんて送ったのかしら。

「……でも、この年になると誕生日って、むしろ一年歳をとっちゃう厄介な日なのよねぇ」

そう独り言を呟きながらも、なんだか顔が緩んでるのはよくわかる。やっぱり、お祝いされるのは嫌いじゃないわね。

「えっと」

とりあえずメールに返信していこうかしら。

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支援です

馬場このみ(24) Da
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このみさん誕生日おめでとう!

To 馬場このみ
From 妹
Title 誕生日おめでとう!

お姉ちゃん、誕生日おめでとう!今日は大学の講義がフルだからそっちこれないけど、今度暇なときに二人でお祝いしようね!

ところで、お姉ちゃん何歳になったんだっけ?身長から考えると13才?

「最後の一文が余計ね」

To 馬場このみ
From 莉緒ちゃん
Title たんじょうび

このmねえさん、誕生日おめでつ・
今年越そ身長がのびr
よに願ばって

「何この誤字だらけのメール……しかも途中送信じゃないの」

To 莉緒ちゃん
From 馬場このみ
Title Re:たんじょうび

いいから早く寝なさい

「莉緒ちゃん、明日は二日酔い確定ね」

百瀬莉緒(23) Da
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To 未来ちゃん
From 馬場このみ
Title Re:お誕生日おめでとうございます!

メールありがとうね♪ただ、女の子がこんな時間まで夜更かしするのはダメよ?成長期なんだし、ちゃんと寝なきゃ。

それと、メールの後半は何も読まなかったことにしておくわね。それじゃ、また事務所でね。期待してるわ♪

「えっと……次は」

To 馬場このみ
From プロデューサー
Title START

誕生日おめでとうございます。
あの日言った通り、決して楽じゃない道ですが、これからも二人で、最高の世界をめざしていきましょう


「……まったく、プロデューサーは」

あの日、私が送ったメール。私の人生を変えたメール。それと同じタイトルで彼は今日、私の誕生日を祝ってくれた。

「……思い出させてくれるじゃない」




──あれは、まだ私がアイドルになるなんて予想もしなかったころの話。


僕の手を握れ

一緒に見ないかい

決して楽じゃないが最高の世界

大学を卒業して数ヵ月。そこそこの会社の事務職として就職した私は、平穏で、どこかつまらない日々を過ごしていた。

「これ、コピーよろしく」
「はい、わかりました」
「あ、あの書類今日中によろしく頼むよ」
「はい」

「このみちゃん、ゴハン行かない?」

「そうね、じゃあ行きましょうか」

同じOLの友人と呼べるような人も数人できて、立ち位置も定まってきた。

春日未来(14) Vo
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ふと、想像してみる。このまま、普通に働いて、普通に暮らす。それで本当に楽しいのか。

「どしたの?難しい顔して」

「あ、ううん、ちょっと今日中に書類まとめてって言われてて」

「あー、課長ホントに人使い荒いよね」

見当はついている。こんな足跡だらけの使い古された道、ただ歩いているだけじゃ、どこにもたどり着けないって。

「このみちゃん、そんなに難しい顔ばっかりしてても身長伸びないよ?」

「余計なお世話よ!」

子供の頃には、私にも夢があった。……女の子なら誰もが考える道、アイドル。

テレビの中では、舞ちゃんや小鳥ちゃんがアイドルとして活躍していて。小さいころの私は、やっぱり皆と同じように、アイドルになってステージで踊りたいなんて考えていたものだったっけ。

……でも、もうそんな夢も過去の物。安定した仕事が一番だと分かった。

「このみちゃん、パスタ美味しかったね」

「そうね、また来ようかしら」

平穏、安泰が一番だと教えられ、それに従ってきた。

「じゃ、会社に戻ろっか」

「あ、私、お茶切れてたからちょっとコンビニ寄っていくね」

「そう?うーん、私金欠だしな……じゃあこのみちゃん、また会社でね」

「うん、また後で」

友人と別れて一人、コンビニへ向かう。その時だった。

「あの、すいません」


──それが嫌だと言うなら


  平穏なんて安泰はこの際辞めましょうか──

「……あの、どなたですか?」

スーツ姿の真面目そうな青年。私と同じくらいか、少し下だろうか。

「あっ、すいません、私こういうものです」

差し出された名刺。

「…………765、プロ?」

「はい、私、765プロダクションでプロデューサーをしています、~~と申します」

「……で、そのプロデューサーさんが、どうなさったんですか?」

「実は……ティン、と来ました」

「……は?」

「アイドルになりませんか?」

「………………え?」

訳が分からない。いきなり声をかけて、アイドル勧誘?それもこの私が?お世辞にもスラリとはしてないこの私が?

「……人違いです」

「いえ、なんだか、貴方にこう、光るものを感じたというか……とりあえず、事務所に来ていただけないでしょうか」

あ、わかった、これ詐欺だ。

「いえ、なる気はありませんから」

「あ、あの、それでも」

「そもそも、そんなプロダクション、私は知りませんから」

「えっ……」

「というわけで」

「あっ、あの、名刺だけでも!それと、事務所はいつでも開いてますし、私はいつでもいますから」

「それでは」

……あ、名刺返すの忘れてた。

「このみちゃん、帰ってくるの遅かったね」

「コンビニに行ったら、飲み物売りきれてたのよね」

「ありゃ、それは残念」

仕事を始めても、何故かさっきの自称・プロデューサーのことが頭にちらつく。

……結局、昼からの仕事はほとんど手につかなかった。

「はぁ……散々な一日だったわね」

家にかえって、チューハイを飲みながらドラマを見る。それが私の日常だけど。

「…………765、プロダクションね」

渡された名刺。何故か脳内にちらつく。

「あるかどうか、だけよ」

そう、ちょっとした好奇心。

765プロダクション……あ、本当にあった。

「……そんなに大きくない事務所なのね」

今の所属アイドルは13人……微妙に知っているようなそうでないような感じの娘たちね。

「ふーん、そんな事務所があるなんて知らなかったわね」

色々見ていると、とあるニュースサイトに行き着いた。

『765プロダクション、劇場開設!』

『ある小さなプロダクションが、大きな計画を実行しようとしている。現在所属している13人に新たに37人を加え、50人で劇場を運営しようというのだ』

……小さなプロダクションなのに、思いきったわね。

『我々の知るところによると、プロデューサーはただ一人だという。本当に一人で劇場が運営できるのか、それとも劇場用にプロデューサーを新しく雇うのか、そちらの点でも目の離せない計画である』

プロデューサーの顔写真なんて載せても誰も得しないわよ…………あら、この顔。

「……名刺、渡してくれた人ね」

……本物だったのね。彼。

……そして日曜日、私は事務所の前にいた。

コンコン……ガチャ

「お邪魔します」

「うっうー、誰ですか?」

事務所に入った私を待ち構えていたのは、掃除をしているオレンジの髪の女の子だった。

「あの、ここのプロデューサーさんを呼んでもらえるかしら」

確か、プロダクションのサイトに載ってたわね。えーっと……

「高槻、やよいちゃん」

「はわわっ、どうして私の名前を知ってるの?」

「……さあ、どうしてかしらね」

……アイドルなんだから、知られていて当然とは思わないのかしら。

「それじゃあ、ちょっと呼んでくるね、えっと……」

「このみ」

「このみちゃん♪」

そう言ってパタパタと奥に走っていく高槻やよいちゃん。タメ口なのは……多分アイドルとしてのキャラかしら。同年代だと思われたという可能性は…………ない。ないと信じてる。

ガチャ

「まったく、やよい、いきなりどうしたんだ……って」

「どうも」

「……来てくれたんですね」

「お話だけ、聞きに来ました」

だけ、というのに力を入れる。

「ははは、それでは、とりあえずこちらへどうぞ」

高槻やよい(14) Da
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なかなかボロい……もとい、風情のある事務所ね。

「まぁ、弱小プロダクションですから」

苦笑しながら言われる。心でも読めるのかしら。

「……それで、私がアイドルに、というのは」

「ティンッ、と来たんです。貴方ならアイドルとして活躍できそうだ、というのと」

「それと……アイドルへの憧れを感じたんです」

「……アイドルへの、憧れですか?」

「はい。……それに、アイドルになりたいという憧れが強いほど、アイドルの素質は高まるんです」

……訳が分からない。

「……どういうことですか?」

「この子。知ってますか?」

机の上に写真が置かれる。

「天海、春香ちゃん、でしたっけ。最近テレビに出てますよね」

「ええ、覚えてくれてありがとうございます」

「それで、彼女がどうしたんですか?」

「……春香も、ずっとアイドルに憧れていました。普通なら叶わないと一笑されるような夢。それを積み重ねて、彼女はついにアイドルになりました」

「……そうですか」

「そして彼女は今、トップアイドルという無茶で無謀な天辺にある夢を目指しています」

「……頑張って欲しいですね」

「……あなたにも、その素質があると思ったんです」

「……」

「僕の手を取って、一緒に『アイドル』という世界へ来ませんか?」

「……」

「決して楽じゃないけど、最高の世界です、保障します」

「…………考えさせてください」

それしか、言葉が出なかった。

天海春香(17) Vo
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「いつでもここに来てください、今日はやよいしかいませんが、来れば誰かしらアイドルの娘たちがいますから」

「このみちゃん、ばいばーい」

私は、逃げるように家へと帰った。

ドラマの内容が頭に入らない。彼に言われた内容が頭の中をぐるぐる回りだす。このままだと、明日の仕事にも障るし、酔って強引に寝てしまおう。

……夢を見た。

私が衣装を来て、ステージで歌っている夢。

可愛い女の子や元気そうな短髪の女の子、サイドアップの女の子と、四人で一緒に踊っている。

その夢は妙にリアルで、通勤途中の電車の中でも、会社についてからも私の頭の中に残り続けていた。

会社での私は、相当汗っていた。

自分の進むべき道は本当にここなのだろうか、と。

「このみちゃん、ご飯行こっ」

「あーごめん、ちょっと昨日飲みすぎて頭痛くて……今日は私抜きでお昼ご飯食べてきて」

「もー、飲みすぎはダメだよ」

──本当は分かっていた。
こうやって人生の逃げ道を探しているだけで。
夢を犠牲にするだけで、楽を手にしようとしているだけなんだって。

「ねえ、ちょっと相談、のってくれるかしら」

「どうしたの?」

「実はね……」

「……へーっ」

「どう思う?」

「私はこのみちゃんのこと、応援するよ?」

「え?」

「だって、アイドルって女の子みんなの夢じゃん」

「……うん」

「このみちゃんがそうやって夢を追うのを見て、励まされる人だっていると思うんだ」

「……将来が不安なの」

「……やっぱり最後は自分がどうしたいか、だよ」

「……うん」

「本当にアイドルになりたい、っていう子供の頃からの夢、諦めきれるのかな?」

「…………」

「ま、それにこのみちゃんの仕事の才能なら、もし失敗してもどこでも再就職できるって」

「そうかな」

「そうだよ!……って、私ちょっと無責任すぎるかな」

「……ううん、ありがと」

夢を犠牲にして、山も谷も面白さもない人生を過ごす。
それを大人と呼ぶなら。



「喜んで青二才って呼ばれましょうか」



ほとんど覚悟は決まった。

もう一度、事務所へ。

「……あれ、あなたが、馬場このみさんですか?」

「天海、春香ちゃん?」

「はいっ」

彼女によると、プロデューサーは少し遅れるらしい。

二人きりの事務所。二人でお茶を飲む。

「ねえ、春香ちゃん」

「何ですか?」

「春香ちゃんは、どうしてアイドルになったの?」

初めて事務所に行ったとき、プロデューサーさんが話していたこと。本人の口から聞きたかった。

「そうですね……昔、公園でよく遊んでいたお姉さんに、歌を誉められたことがあるんです」

「それで、皆の前で歌いたくて」

「そんなときに、テレビで見たのがアイドルのみんななんです」

「ステージの上で元気に歌ってるアイドルを見て、憧れて」

「そしたらアイドルになれちゃって……えへへ」

ガチャ

「馬場さん、遅れてしまってすいません」

「いえ、私も春香ちゃんと有意義な時間を過ごせたので」

アイドルになりたいという気はある。でも、まだ細々したことが残っている、と、そう話した。

「わかりました。それでは、それが終わったら、連絡をください」

名刺に載っていたメールアドレスに。

「途中で、やっぱりアイドルになるのは止めたいとなったら、そのことを連絡してくれれば、そういう風に処理しますので」

「はい、わかりました」

家に帰る。

プルルルルル……プルルルルル……ガチャ

『どうしたの、このみ、いきなり電話してきて』

「あ、お母さん?」

全てを話した。アイドルにスカウトされたこと。自分はやりたいと思っていること。

「……どうかな」

『好きにしなさい、このみの人生だもの』

「……うん、ありがと」

『いつでも頼っていいからね』

「…………ありがと、お母さん」

もう一人にも電話。

『お姉ちゃん、アイドルやるんだって?』

「そのつもり」

『応援するね、頑張って』

「……ずいぶんシンプルね」

『だって、ここで止めようとしても無駄でしょ?』

「そうね」

叶わない、と思っていた夢。

過去のアイドルに憧れた自分。

そういった全部を繋ぎ合わせて、新しい自分になる。

無茶で無謀な未来を追っていく。

会社の仕事を整理して、会社を辞めて。

気づけば6月に入っていた。

……それなら折角の人生の節目。

特別な日に新しい一歩を送りたい。

私は、そう思った。

6月11日が終わる。秒針が揺れ、全ての針が12を示した。

ゆるぎない思いと覚悟。その全てのこもった親指で送信ボタンを押す。

To プロデューサーさん
From 馬場このみ
Title START

全ての準備は終わりました。

私をアイドルにしてください。

よろしくお願いします。

メールを送った瞬間、どっと疲れが襲ってきた。これで私は新しい人生を選んだことになる。もう後戻りは出来ない。

深夜に送るのはまずかったかしら、と少し反省しながら待つこと数分。

プロデューサーから返事が来た。

To 馬場このみ
From プロデューサーさん
Title Re:START

わかりました。これから、二人で最高の世界を歩んでいきましょう。

明日……いや、今日の好きなときに事務所に来てください。そこで詳しい話をします。

プロデューサーさんの、簡潔なメール。そのタイトルを見て、何故だか笑いがこみあげてきた。

「……リスタート、ね」

今までの無味乾燥な自分を捨てて、新しい道を選んだ。確かにリスタート、ね。

「……さて、私がアイドルになった記念に、お酒でも飲みましょうか」

誕生日メールに混ざって、プロデューサーさんからの一通のメールが輝いて見えた。

~~~~~~~~~~

「そうそう、そうだったわね」

あの時背中を押してくれた友人は今でもメールを送りあう仲だ。今日もメールをくれた一人だ。

「……さて、メールに返信しなきゃね」

返信画面に切り替えて。

少しだけ指を戸惑わせて。

私の新しい一年の、その決意を。



───あの時と同じように、送りつける。

To プロデューサー
From 馬場このみ
Title Re:START

馬場このみ、24歳、夢はトップアイドル。

一つ成長して、また一つセクシーに生まれ変わった私のプロデュース、よろしくお願いね♪




僕の手を握れ


一緒に見ないかい


決して楽じゃないが最高の世界

終わりだよ~ (o・∇・o)
このみさん誕生日おめでとう!

途中からの原案はsurfaceで「Re:START」でした。イチャイチャもいいけど、たまにはこういう大人な感じのも、ね?

……あ、それと未来のメールが消えてるのは演出です。多分。

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