南条光「だから、見ててくれPさん…アタシの――変身!」 (29)

ワー!ワー!


歓声が聴こえる。


ファンのみんなの声だ。


けど、アレはアタシに向けられたものじゃない。


麗奈「アーッハッハッ……ゲホゲホッ!見なさい南条光!これがゲンジツよ!時代は正義ではなく悪、アンタじゃなくてこのレイナサマを選んだの!」


アタシは……負けた。


麗奈「でも、アタシをここまで追い詰めるなんて見込みがあるわアンタ…どう、アタシの下僕になる気はない?」


ヒーローなのに…負けた。


麗奈「……そう、無視するのね。別にいいわ、所詮アンタはその程度だったってことよ!」


負けちゃダメなのに。


麗奈「アンタなんか!」


ヒーローが負けちゃダメなのに。


麗奈「一生ヒーローになんてなれないんだから!」

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麗奈P「お前…言い過ぎだぞ」


麗奈「ああ?一回負けたぐらいで終わるようならそこまでってことじゃない。ザコよザコ」


麗奈P「何言ってんだ、いつもあの子とバトルするの楽しみにしてたのはお前だろ?」


麗奈「…もうどうでもいいわそんなこと」プイッ


麗奈P「ああもう!ったく、俺は謝罪行ってくるから部屋で待ってろよ」


麗奈「ふん」チラッ


光「…………」フラ…フラ…


麗奈(……何よへにゃちょこ…しっかりしなさいよ!)

光「…………」トボトボ


負けちゃった……


光P『初めまして、今日から君の担当になるプロデューサーです。よろしくね』


光『よろしくお願いします!』


アタシの全力を尽くしたのに……


光P『南条は……いや、光と呼ぼうか。うん、そっちの方が良さそうだ』


光『うん!私もその方がいい!』

今までいっぱいレッスンしてきたことも……


光P『よし、光。光は特撮ヒーローが好きって聞いたよ。アイドルにスカウトされた時もヒーロー番組の主題歌なんか歌えたらって言ったそうじゃないか』


光『そうだよ!アタシはずっとヒーローが好きで憧れててさ、でもやっぱりどこかで諦めてて……ほら、アタシってちょっと、ちょっとだけ身長低いから余計に』


光P『そうか、だったらこのチャンスを活かさない手はないよね』


光『うん!だから話を聞いた時にね、心の中でパアアって感じになったんだ!希望の光ってきっとこのことを言うんだって思ったなぁ』


今まで頑張って来た何もかも……


光P『ふむふむ、面白い表現をするね。元気いっぱいで素直な気持ちが伝わってくる……ヨシ!』


光『な、なんだ!?』


光P『とりあえず特撮に疎い俺にオススメを教えて欲しいな』


光『あらら』ガクッ


全部無駄になっちゃった。

光P「光!」


光「Pさん……」ジワァ


光P「惜しかったね」ナデナデ


光「ごめん……アタシ負けちゃった…」ポロポロ


光P「そうだね、今まで勝ってた相手だったし対策もバッチリしてたつもりだったんだけど……今回は相手がそれよりも上手だったよ。ごめん光」


光「なんでPさんが謝るんだよ……!」バシッ


光P「え…?」


光「アタシが負けたんだ!Pさんは何も悪くないじゃないか!」

光「むしろPさんはアタシを怒らないとダメだろ!?アタシは負けたんだぞ!」

光「PさんのおかげでSR+ランクになれたのに…ヒーローになりたいっていうアタシの夢を叶えてくれたのに!」

光「それを全部ぶち壊したアタシをなんでPさんは怒らないんだよ!!」

アタシは馬鹿だ。


何やってるんだよ。


Pさんに八つ当たりしてどうするんだ。


相棒なんだろ。こんなこと言っちゃダメだろ。


謝らないといけないだろ。


麗奈『アンタなんか!一生ヒーローになんてなれないんだから!』


レイナの言葉が頭を巡る。


ヒーローになりたい?


ヒーローになれた?


ヒーローになれない?


こんな身勝手なアタシにはヒーローに憧れる資格すらない。

光「…………」


帰り道、Pさんの運転する車の中でもアタシは黙っていた。


八つ当たりしたことを謝ることも出来ず、俯いて何も言わなかった。


Pさんも何も言わなかったけど、バックミラー越しにアタシを心配して見てくれていたのは感じていた。


気を利かせてくれたのか事務所には寄らず、まっすぐアタシの家に向けて車は走る。


光P「あの、光……」


光「…………」


光P「お、おやすみ」


光「~~ッ」ダッ


そうして、家の前に着いた時の別れ際の挨拶も無視して、アタシは家の中に逃げ込んだ。


カチャンカチャンと、Pさんが押し入ってくるわけでもないのに鍵を掛けてチェーンまで掛ける。


そんな臆病な自分が堪らなく情けなくて……


光「ヒック…えぐ…ぅぁ……」グスグス


アタシは玄関のドアを背にしてうずくまるみたいに泣いた。

ちひろ「あ、光Pさんおかえりなさい」


光P「あはは…ただいま戻りました」


ちひろ「光ちゃんどうでしたか?」


光P「負けたのがよっぽど悔しかったみたいで……ヒーローに憧れていてアイドルにスカウトされる前から自己流のトレーニングをしていたので、なまじポテンシャルが高くて今まで負け知らずでしたから余計でしょうね」


ちひろ「うーん、本当にそれだけですか?前に光Pさん少し心配な点があるっておっしゃっていましたけど……実はわかっていたんじゃありませんか?光ちゃんがこうなるって」


光P「あー……あはは、いい読みしてますね。プロデューサーやってみませんか?」


ちひろ「まあ、あなたよりこの仕事長いですからね。わかっちゃうんですよ」

光P「えっと……そうですね、なんというか光はヒーローに憧れて、なんならヒーローになるためにアイドルをやっているわけじゃないですか」


ちひろ「そう……なんでしょうね、あなたが言うなら」


光P「それで、光はヒーローに執着し過ぎてるんですよ」


ちひろ「…………」


光P「ああいやもちろんわかってますよ、そういう風に育てたのは私だって」

光P「ここに来た当時の光はヒーローに憧れてはいたけどヒーローに執着なんてしてませんでした」

光P「私も資料を見せていただいた時は普通に彼女をかっこいい系のアイドルとして売り出すつもりでしたし」

光P「ただね……」


ちひろ「はぁ…わかってます。惚れちゃったんでしょう?一生懸命にヒーローを語る光ちゃんに」


光P「はい、この娘には普通のアイドルになんか成らせたくないなって、本物のヒーローに成らせてやるって思ったんですよ」

光母「光……ご飯食べない?」


光「いらない」


光母「そう…あのね、食べたくなったらいつでも言ってちょうだい?お母さんまだ起きてるから」


光「……うん」


光母「大好きよ光」


部屋に閉じ籠って何やってるんだろ……


お母さんに迷惑かけちゃったし、本当にヒーロー失格だな。


いつもアタシを満たしてくれていた部屋に飾っているヒーローグッズが今日は疎ましい。


いつもアタシに勇気をくれた戦隊がライダーが光の戦士が、他の全てのヒーローがアタシを責めているみたいに思えてきた。


光P『ごめん光』


光「やめてくれ……」


光母『大好きよ光』


光「アタシに優しくしないでくれ……!」

光P「はい…はい、わかりました。大丈夫です、こちらこそすみません。失礼します」ガチャ


ちひろ「今日も光ちゃんはお休みですか……一週間、学校にも行ってないんでしょう?」


光P「あはは…そうみたいですね……」ポリポリ


ちひろ「……その顔私嫌いです」


光P「え…?」


ちひろ「その情けない顔は嫌いです。もっとシャンとしてください」


光P「あー……はい」


ちひろ「……はぁ、もういいです」


光P「すみません……」

光が初めて負けた日から一週間が経った。


光は自分の部屋に閉じ籠ってしまっている。


何度か家を訪ね、部屋の前まで行ったが、結局光とは一度も会話すら出来なかった。


彼女がこうなってしまったのは俺が原因だ。


みんなを勇気づけたい笑顔にしたいという彼女のヒーロー観は、ライブバトルで勝利した時の歓声と賞賛により少しづつ変化してしまう。


勝利こそが正義だと、自分が勝つことがみんなを勇気づけ笑顔にするのだと。


間違いではないさ、応援するアイドルがバトルで勝てば誰だって嬉しい。


ましてやデビュー以来負け無しのヒーローだ。期待しない方がおかしい。


そう、間違いではない……でも、正しくもなかった。


俺はそのことを伝えるべきだった。


負け無しのモチベーションを崩すかもしれないと、言うのを渋ったのは俺のミスだ。

光P「はぁ…」


幸子P「…………」


光P「はぁ…」


幸子P「…………」


光P「はぁ…」


幸子P「うおりゃああああああああッ!!!!!!」ハラボコォオオッ


光P「オボェゲエエエエエッ」ドンガラガッシャーンッ


幸子P「昼飯誘ったのは俺だけど超うぜえ!どれぐらいうぜえかというと先攻ドロー廃止ぐらいうぜえ!!!」


光P「カードゲームの話されても知らんし……」ヨロッ

幸子P「俺だってお前が落ち込んでる理由なんて知らんわ!けどな!」

幸子P「お前がグズグズしてても仕方ねえだろうが!」

幸子P「俺達がすべきことは!アイドルを輝かせることだろうが!」


光P「さ、幸子P…!」


幸子P「フッ」ドドドドヤァアアアッ


光P「だからって幸子ちゃんを南極に送るのはどうかと思う」


幸子P「ダイアモンドダスト幸子!!これはSRランク待ったなしやで!!」

光P「ふう…ただいま戻りました」


ちひろ「おかえりなさい……お茶飲みますか?」


光P「いただきます」


ちひろ「それじゃあ、淹れてきますね」


光P「ありがとうございます」


幸子P『俺達がすべきことは!アイドルを輝かせることだろうが!』


光P「ああ、カッケーなちくしょう」


光P「どうすりゃいいんだよ……もうわかんねえよ」


光『アタシをヒーローにしてくれたのはPさん、Pさんのおかげだ!次に目指すは最高のアイドルで最高のヒーロー!一緒にいくぜっ!」


光P「クソ……」


光『アイドルでもヒーローでも、誰かの力になれればいいんだ! そうだろ?さぁ、みんなに夢を与えるスーパーお仕事タイムだ!』


光P「クソォ…!」


光『ごめん……アタシ負けちゃった…』ポロポロ


光P「何やってんだ俺は……」

ちひろ「まだ、何もしてないんじゃないですか?」コトッ


光P「ちひろさん……」


ちひろ「あなたは新人さんですから、アイドルに色々とカッコつけちゃってるみたいですけど、そんな必要ないんですよ」


光P「……カッコつけてる」


ちひろ「あなたはあなたらしく、自然にしてればいいんです。あなたの仕事はアイドルにカッコつけさせることでしょう?」

ちひろ「光ちゃんをヒーローにしたいって思ったのは紛れもなくあなたでしょう?」


光P「ああ……なるほど」


カチッと、俺の中で何かがはまり込んだ気がした。


光P「ちひろさん…コレ借りて行きますね」


ちひろ「え…それ仁奈Pさんの予備の着ぐるみ……まあいいでしょう、何とか言っておきますよ」


光P「サンキューチッヒ」ダッ

光P「何度もお邪魔して申し訳ありません」


光母「いえいえ、ありがとうございます。あの子は部屋にいますので……本当にやるんですか?」


光P「はい……もうこれしかないんです」


光母「そう……ですか」ホロリ


これで三回目だろうか、光の部屋の前に立つのは。


コンコンコンと、扉をノックする。


返事は返って来ない。


光P「光…起きてるか?寝てたらその…悪いんだけどね、一応話があるから聞いて欲しいんだ」


返事は返って来ない。


光P「いい加減鬱陶しいと思う。保護者でも学校の先生でもないのに何度も家に押しかけたりして」


返事は返って来ない。


光P「だからね、もう今日で最後にしようと思う」ヌギヌギ

光P「何もかも……終わりにしようと思う」ヌギヌギ

光P「だから、見ててくれ……俺の――変身」カポッ

扉越しにPさんがブツブツ言ってた。


声が小さ過ぎて全然聞こえないよPさん。


光P『だから、見ててくれ……俺の――変身』


だけど、この最後のセリフだけははっきりと、鮮明にアタシに届いて来た。


そういえば、Pさんに初めてオススメしたのがこのヒーローだったな。


Pさんはヒーロー番組って言ったら勧善懲悪で幼稚なモノだっていうイメージがあったから、それだけじゃないんだぞって知って欲しくてさ。


ガチャリ、鍵なんてついてないアタシの部屋の扉が開けられる。


そうして現れたのは……


モバP「…………」ヌーーーン


全身赤タイツにPヘッドの変態だった。

光「……え?」


モバP「すまんな、お前と決着をつけるためには部屋に押し入る必要があったんだが、俺には勇気がなくて中々出来なかった」


光「え?」


モバP「だから俺はヒーローの力を借りてお前と決着をつけるぜ!安心しろお母さんには事前に説明している。泣きながら承諾してくれたぞ!」ビシッ


光「は?」


モバP「さあ光!決着をつけよう……」ドドドドドドド


光「は?え、ちょ!?近付くな!怖い!怖いよ!?」


モバP「すみませんでした!!!」ゲザーー


光「はぁあ!?」

そうして、アタシはPさんから話を聞いた。


アタシがだんだんおかしくなっていたこと。


それに気付きながらも言わなかったこと。


光「アタシは……そんな風に見えてたのか」


モバP「ああ、そうだ」


光「でもさ、だったらあの時、アタシが負けた時のみんなの反応はどうなんだよ……アタシが負けたのにみんな嬉しそうだったじゃないか」


モバP「むむむ…お前と麗奈ちゃんの関係っていうのはちょっと特別なんだよ」


光「特別?」


モバP「ライブバトルの度お前は麗奈ちゃんに勝ってたよな。そして、負けず嫌いな麗奈ちゃんは毎回色々な作戦を立ててお前に向かって来てたよな?」


光「う、うん」


モバP「そういう関係ってさ、お前の好きな何かに似てないか?」


光「えー……あっ」


モバP「ヒーローと悪役、図らずもお前達はそういう構図になってバトルしていた。こういうのはお前の方が詳しいと思うんだけど、人気のある悪役が何とかしてヒーローを倒す展開っていうのはすごく熱い展開じゃないのか?」

そうだ、アタシだってそういう展開を楽しみに視てる時だってあるじゃないか。


モバP「それにお前があんなにヒーローが負けちゃいけないっていうから調べてみたけど、結構ヒーローだって負けてるじゃないか。むしろ、ヒーローの負け展開ってのは……」


だって、ヒーローは負けたって――


モバP/光「「強くなって立ち上がる」」


光「はは…ははは……何やってたんだろアタシ……あんなに視てたのに…やっぱりヒーロー失格だ……」


モバP「それは俺もだ、お前のことはずっと見てたのに、気付いていたのに……目先の成果に欲を出した。本当の意味でアイドルを輝かせないと意味無いのにな。お前がヒーロー失格だっていうなら俺はプロデューサー失格だ」

モバP「だからさ、また一からやり直そう。今度こそ俺はお前をトップアイドルに、最高のヒーローにしてやる」


光「P…さん」


モバP「戦うだけがヒーローじゃない!みんなに笑顔を!勇気を!夢を与える!それがアタシだ!そういったのは南条光…お前だぜ?なのにお前が諦めるのか?」


光「アタシは……っ!」







光「今度こそトップアイドルに!本当のヒーローになる!」ビシッ





光「…なる!絶対!」シュパパパ!ビシッ


モバP「お……」


光「お?」


モバP「おっしゃああああ!!!光ぅうううううう!!!!」ダキッ


光「Pさあああああああん!!!!」ダキッ


モバP/光「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」グルグルグルグル


光父「…………」


光「おおおおおおおおお!!」


モバP「おおおお……降りようか光」スト


光「おおお?」


光父「…………」


光「あっ、お父さんおかえり」


モバP「お、おおふ……こ、これは決して変態的な意味はなくてですねお父さん」Pヘッド全身赤タイツ

光P「とっ、とりあえずこれ脱ぎま~す」カポッ


光父「ははっ」ニッコリ


光P「えへへ」


光父「娘に何してやがるクソ野郎ォッ!!」グォオオッ


光P「ごもっとごへぶッ」ドッシャアアアッ

ワー!ワー!


歓声が聴こえる。


ファンのみんなの声だ。


けど、アレはアタシだけに向けられたものじゃない。


みんなの声は、アタシだけが受けていいようなものじゃない。


麗奈「はん!遅かったわね!もう帰って来ないかと思ったわへにゃちょこヒーロー!」


光「知らないのか麗奈?ヒーローは例え負けても不屈の闘志がある限り何度でも立ち上がる!!そして!アイドルはファンのみんながいる限り歌い続けるんだ!!」


麗奈「負けてR+ランクにまで落ちた分際がよく言うわ!いいわよ、またこのレイナサマが負かしてやるんだから!!」

チラリと、舞台袖から見守ってくれているPさんと目が合った。


光P「おおおおお!頑張れ光ぅうううううう!!!!」


スタッフ「ちょ!?ダメですってプロデューサーさん!!」


光(目が合ったとかそういうレベルじゃなかったや。けど、ありがとうPさん)bグッ


光P「ッ!」bグッ


光(よっし!)


ねえ、Pさん。あの日、格好は変だったけど、Pさんが来てくれて本当に嬉しかった。


アタシのために色々考えてくれて、Pさんはアタシに変身して見せてくれた。


だから、今度はアタシの番だ。


今度はアタシが、Pさんにアタシの成長した姿を――変身を見せる番だ。


麗奈「来なさい光!けちょんけちょんにしてあげるわ!アーッハッハッ……ゲホゲホッ!」


光「だから、見ててくれPさん…アタシの――変身!」ダッ



おわり

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