『ウサちゃんロボ、百鬼夜行』【モバマスSS】 (84)

モバマスSSです。地の文あり。

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―――――

がしゃん、と大きな音を立てて倒れたウサちゃんロボを、皆が呆然と見つめていた。


衝撃で耳が折れ、頭部には亀裂が入り、首は取れていくつかの配線だけがなんとか胴体と繋がっている。


「あ、アタシのせいじゃないわよッ、ちょっと触ったら、コイツが勝手に……」


静かな控室に響く弁明の声。


皆が向ける疑いや焦りの目線。


「……落ち着け、麗奈。君のせいじゃない」


誰よりも慌てているはずの池袋晶葉が、慌てた彼女を冷静になだめた。


「そんなこともある。たまたま部品が疲労していたのかもしれない」


「だから……今は落ち着くんだ。いいな」


それをきっかけにぽんと柏手を打つ。


「みんな、この話は一旦終わりだ。各自準備に入るように」


彼女達はそれぞれ準備にとりかかる。


けれども、彼女達はずっと不安そうな顔を浮かべていた。



――――――――――――――――――――

プロダクション対抗の、ライブバトル。


6人の少女と6匹のウサちゃんロボを連れて、少し早めに会場に入る。


「………P………………ペロも…いる…………」


「そうだったな」


さらに、黒猫が一匹。


随分な大所帯が楽屋へと入っていった。


全員の荷物を楽屋へ運び入れ、ウサちゃんロボ達や黒猫を留守番させる。


「さて、準備は一旦後だ。みんなついて来てくれ」


彼女達を連れ出して、運営やスタッフ、会場の方々にひと通り挨拶を終えた。


対戦相手の事務所のプロデューサーやアイドル達には会えなかったが、そのうち彼らも来るだろう。


そう思って楽屋に帰った矢先の事だった。


――――――――――――――――――――

やはり先程の事が響いているのか、楽屋はいつにも増して慌ただしかった。


「えっと、こっちの聖典じゃなくて、あれ……魔術書、どこだっけ……」


神崎蘭子は普段の口調を失い。


「あれ、今からメイクでしたっけ……ふ、ふふーん、ボクともあろうものがうっかりしていましたね!」


輿水幸子も焦りに駆られ。


「……な、なによ」


普段あれほど騒がしい小関麗奈も、すっかりしょぼくれてしまっている。


「なあ、プロデューサー……こういう時ヒーローって、何ができるのかな?」


「……晶葉が大丈夫だって、信じてあげてくれ」


そっかと納得して、南条光はライブに向けてストレッチを始める。


晶葉は部屋の隅でずっと、壊れたウサちゃんロボを修理していた。


「大丈夫そうか、晶葉」


「分からない……分からないが、やってみるしかない」


「念の為に他のロボ達も見ておきたい。しばらく準備は後回しにしてくれ」


必死になってロボを修理する晶葉の姿は、悲しそうにも怒っているようにも見えなかった。


「やるからには最後までやりきれ。後悔するようなことはするなよ」


「勿論だ。出番までには間に合わせる」


晶葉は少しだけこちらに視線を送ると、すぐに手元へと顔を戻した。




「P…………晶葉……大丈夫……………?」


控室を出た所で、佐城雪美が心配そうに声を掛けた。


「……本人がやると言った以上は、俺は晶葉を信じる。それだけだよ」


そう、とだけ告げて控室に戻ってゆく。


やはりその顔には、いつもの落ち着きは見られなかった。


――――

事態を告げるとちひろさんはひどく驚いた。


『そうですか……晶葉ちゃん、大丈夫そうですか?』


わかりませんが本人を信じます、と伝える。


彼女も心配そうな声を返した。


『アピールの変更も考えたほうがいいかもしれませんね……』


先程からトラブル続きじゃないですか、と言われて返す言葉もなかった。


「そうですね……スタッフさんが混乱してもいけないので、早めに決断しますよ」


無理なさらずに、最悪の場合は棄権も考えてくださいね。


心に大きく刺さる言葉を残して、電話が切れた。



「きゃぁぁぁぁっ!?」


控室のドアに手を掛けた瞬間に奥から悲鳴が響いた。


「どうしましたっ!?」


慌てて、思い切りドアを開け放つ。


「ペロ…………だめ……」


にゃあ、とふてぶてしく鳴く黒猫を抱いた雪美がこちらに気付いた。


大丈夫とばかりに首を振って、


「ごめんなさい………この子…人見知り……する」


「ふぅ……びっくりしましたよ。ごめんねペロちゃん、今はお仕事に集中させてくれるかな」


にゃあともう一声。


「ごめんなさいね、幸子ちゃん。びっくりしちゃって」


ボクは大丈夫ですから、と頼もしい顔を見せる幸子に、メイクさんの顔にも次第に笑顔が戻った。



「何があったんだ」


「……ペロ…………メイクさん…初めて見て……………びっくりしちゃった…みたい」


黒猫の頭を撫でて、知らない人の靴を引っ掻いちゃダメだぞと言い聞かせる。


知ったことではないとばかりに黒猫はそっぽを向いた。


――――

「先程はごめんなさい、プロデューサーさん。突然のことに驚いてしまって」


「いえ、急に来てもらってこちらこそ申し訳ありません……それに」


頭を下げた時に見えた、いくつも引っ掻き傷がついた靴。


「気にしないでください。べつに、新品でもないですし」


これも本来なら起こらなかったはずの事件だった、かもしれない。




「……しかし事故で渋滞が起こったとは。驚きましたよ」


「ええ、いつもなら担当のものが来るはずでしたのに……」


いつも彼女達を受け持っているメイクさんの計らいで、たまたま今日手の空いていた彼女に来てもらっている。


彼女には以前事務所の他のアイドルを担当してもらったこともあり、何度か話したこともある。


だからさしたる問題もなく事態は進んでいるのだが、やはり彼女達の担当と比べてしまう。


慣れていないだけあって少しもどかしく思ったが、来てくれるだけでありがたいのだ。


「いえ、本当に助かっていますから。ありがとうございます」


「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」


皆が頑張れるように張り切っちゃいますね、と彼女は笑ってくれた。



かつかつとわざとらしい靴音が聞こえた。


通路から、あまり趣味が良いとは言えないスーツの男がこちらに近づいているのが見えた。


「ん、あんたは……何とかプロのプロデューサーだったかな?」


「そちらは確か、○○事務所のプロデューサーさんですね」


こりゃあどうも、と随分な態度をこちらに見せる。


シンデレラガールズプロダクションですと訂正を加えたが、聞いてはいなさそうだった。


「お互い良いライブを……」


握手を求めた俺の右手は空を切った。


憮然とした態度で、手を引っ込める。


「シンデレラだか何だか知らないけど、勝つのはウチの事務所だ」


そう言って彼は嫌みたらしい笑顔をこちらに向けた。


「まぁ圧勝しちまっても面白くないし、そこんとこよろしく」


高笑いを浮かべて彼は舞台裏を出て行った。



「……何なんですか、あの人」


感じの悪い人でしたね、とメイクさん。


確かにその通りだが、それを口にする訳にもいかないので肩をすくめた。


――――

相手事務所のリハが終わったのでそちらも準備をしてください、とスタッフから声が掛かった。


「演出の内容は君に伝えた通りだ。そのままスタッフに頼んでくれ」


繋ぎ直しているコードから目を逸らすこともせずに、晶葉はそう告げた。


わかった、と彼女を楽屋に残して、5人を連れて舞台へ向かう。


都合で晶葉がリハに出れないことを伝え、彼女の出番を飛ばしてもらうよう頼んだ。


一瞬不安そうな顔をされたが、わかりましたとスタッフは頷いた。



予定の順番を少しだけ崩しながら、リハを進めた。


スタッフ達も事情を察してくれたようで、ここまではすんなりと進んでいる。


「……我が友よ、何の因果にて我が力を封じたままとする?」


「ごめんな、蘭子のステージは確認だけで時間がかかるんだ」


トラブルが続いている現状、時間のかからないところから進めていく方がいいと踏んだ。


そのために、準備に時間のかかる蘭子の演目を後回しにした。


ここに来てまたトラブルがないとは言い切れない。


そう考えると、早めに出来るだけのことはやりたかった。


「大丈夫だ、蘭子。順番が違うだけでリハは出来るから」


「クク……問題ない。我が光はこれしきの雲で鈍りはせぬ」


頼もしくすら見える蘭子の笑顔は、慌ただしかった心を落ち着けてくれる気がした。



リハもつつがなく終わり、最後に舞台装置などの確認が必要な蘭子を舞台に立たせる。


彼女の舞台はレーザーに照明にと、とかく準備が多い。


「我が真の力を解き放つには、並の術式では足りぬ!」


彼女の考える演出にはところどころ無茶なものもある。


それを強引に可能にする力を、彼女は持っている。


それだけ、彼女の"魔力"には目を見張るものがあるのだ。


彼女の曲に合わせて、ライトやレーザーが舞台を彩る。


完全に本番のようにとはいかないが、彼女は満足そうだ。


「ちょっと止めてください!そこのライトの色は赤で、レーザーは……そう、オッケーです」


「それから蘭子……まだリハだからな。もう少し落ち着いていいぞ」


心得たと蘭子が頷いて、止めた箇所からもう一度。



曲がCメロに差し掛かったところで、スポットだけが彼女を照らす。


順調、どこまでも順調すぎて。


少しだけ、油断があったのかもしれない。



「然し傍観者よ!この深淵に咲く花を……きゃっ!?」


突然のブラックアウト。


「……っ!」


曲が止まって、ああ、停電か、とようやく気付いたのだった。


「蘭子!そこから動くな!今そっちに行く!!」


まっくら闇の中、咄嗟に携帯を取り出す。


画面の光をライト代わりに、足元に注意を払いながら彼女の元へと急いだ。


「ぷ、プロデューサー……」


今にも押し潰されそうな声を上げる蘭子の手を取る。


「大丈夫、動くなよ……足元気を付けて」


「う、うん……ありがと、プロデューサー」



それから数分ほど、照明が再び灯り始めた。


「申し訳ありません、今原因を調べていますので……」


とスタッフの一人が告げた。


どうしてこうも、トラブルが続くのか。


混乱した頭で必死に考えてみても、答えは出ない。


――――

楽屋に戻ると、皆の顔がより一層沈んだように見えた。


蘭子は笑顔こそ見せているものの、先程の事故が足を引っ張っているようだ。


「…………蘭子……大丈夫。………ほら…ペロも……………応援してる」


にゃあ、と黒猫が蘭子に飛びついた。


「ひゃぁっ!?く、黒猫よ、我が力に陰りなど……」


「大丈夫…………………私達……一緒………」


少しだけ、楽屋の空気が変わったなと思った。


雪美に続いて、笑ってみる。


「大丈夫」


自分に言い聞かせるように。


口角を少し上げて、つぶやいた。


――――

「プロデューサー!急いで!早く!」


分かってる、と声を上げる。


光に連れられて相手事務所の控室まで走る。


数人の少女に囲まれる麗奈の姿が見えた。


「なんだ、ありゃ」


分からない、と光。


それは困ったな、と続けた。



「どうした、麗奈」


切らした息をうまく整えながら、なるべく優しく声を掛けた。


「あ、P……な、なんでもないわよッ」


だったらもう少し、なんでもなさそうな顔をしてくれ、と思う。


「それで、麗奈。何があったんだ」


「……何もないわよ」


麗奈はふいと目を背けて、後は何も語らなかった。


「あんた、その子のプロデューサー?」


あんたからも何か言ってやってよ、と苛立った視線を浴びせられる。


彼女達の言う事には、どうやら麗奈のいたずらで彼女達の衣装のひとつが破れてしまったらしい。


辺りを見回すと、その当事者であろう少女が衣装を抱えて泣いていた。


「この子のせいであたし達困ってるんだけど、どうしてくれるわけ?」


「違うわよッ!アンタ達が後ろから押して来たんじゃないのッ!」


何よ、と言い合いになるのを抑えて、麗奈を落ち着かせる。


「どうせあんたがいたずらしようと飛びかかってきたんでしょう!?」


言い返そうとする彼女を止める。


彼女は何度も悪態を付いたが、しばらくして口を噤んだ。


「それで、その瞬間を見てたのは誰だ?」


彼女達、相手事務所の面々を見つめる。


誰もが顔をこわばらせ、押し黙った。


「プロデューサー、アタシは見たよ」


「……光」


その子が麗奈を後ろから押したんだ、と続けた。


「そんなの、この子をかばってるだけじゃない」


「違う!そもそも、麗奈がそんなイタズラするはずがないんだ!」


二人の間に割って入る。


このままでは更に飛び火しかねない。


「もう一度聞く。麗奈がイタズラした瞬間を見てたのは、光の他に誰かいるのか?」


彼女達はお互いの顔を見合わせる。


けれども、誰からも声は上がらない。


「……周りで誰か見ていた人はいないのか?」


「ううん……アタシと麗奈と、その子達だけだった」


本当か、と彼女達に聞くけれど、誰からも声は上がらない。


「だとしたら、悪いけど君達の言うことは信用出来ないな」


「そんなの……っ」


だったら確実な証拠を見せてくれ、と告げると、やはり彼女達は黙った。


麗奈に衣装を破ってしまったことを謝らせて、この話は終わり。


「そちらのプロデューサーは?」


今はいない、と皆が口を揃えたので、来たら教えてくれと頼んだ。


そうして、二人を連れて楽屋に戻る。


「P、光……悪かったわね」


何のことだ、とわざとらしく返した。


「……アイツら、晶葉を呼んで来いってうるさかったのよ。怪しいからアタシだけでついて行って」


そうして麗奈は、疑いをかけられたのだろう。


彼女がいないことに気付いた光が探しに行って、そこに出くわしたとの事だった。


「……アタシはあんなイタズラなんてしないわよ」


「知ってるよ」


ずっとプロデュースしてきたのだから、それくらいは俺にだって分かる。


「麗奈は優しいからな。アタシは知ってるよ」


「ちょっと光、何言ってるのよ」


光と麗奈の、いつもの掛け合い。


少しだけ、ほっとした。


――――

皆にはあまり楽屋から出ないように伝えて、ふらりと足を向かわせた。


「……しかし、どうしたものか」


会場のロビーは次第に人で溢れ始めていた。


自販機から出てきたブラックコーヒーに口をつけ、ぼんやりと頭を巡らせる。


このまま事故や事件が続くようでは、彼女達は普段通りの演技も出来ずに終わってしまうかもしれない。


失敗することは……悪いことではない。


だが、今回は偶然が重なりすぎている。


ライブ中に事故が起こらないとも限らない。


彼女達はその恐怖を振りきれるか。そもそも、事故が起こってしまわないか。


どうしたらいいんだ。



「……Pさんはこのボクのプロデューサーなんですから、そんなひどい顔をしないでください」


「……幸子」


出歩くなって言ったろ、と告げたけれど、彼女は聞く耳を持たなかった。


彼女は被っていた帽子を目深に抑えて、何か飲みたいですねと笑う。


ポケットに仕舞った財布をまた取り出して、硬貨を数枚つぎ込んだ。


「……ほら。どれだ」


「ボクの今の気分、当ててみてください」


自販機と彼女と、交互に見つめてみる。


「ふふん、ボクの目線を読もうだなんてずるいですね」


そっぽを向かれてしまったので、仕方なく自販機に目をやった。



「……あ、そうそう!ボクは苦いのものは苦手ですよ!」


そうか、とそのまま指をブラックコーヒーへと向ける。


「ちょっと!?ボクの話を聞いていましたか!?」


「……さっきの話ですが」


ミルク増量とポップの出ていたカフェオレをちびちびと飲みながら、彼女がこちらを見つめる。


「ボクの今の気分、分かりましたか?」


そうだな、と考えてみたけれど、今ひとつピンとは来なかった。


「ボクは今……とっても悔しい気持ちでいっぱいです」


今までのボク達の頑張りが、こんなところでダメになってしまうのは嫌なんです、と。


彼女の目にはうっすらと、光るものが見えた気がした。


「ですから、ボクはこんなことで負けたくないんです」


どんなハプニングがあっても、ボクはボクですから。


頼もしい、けれど危うくも聞こえる言葉。


帽子越しにぽんと頭を撫でて、笑う。


「……大丈夫だ」


皆はきっと、もう一度立ち上がる。


何が起こっても俺が皆を守ろう、と心に誓った。


皆にも買っていこうと話して、二人でいくつか缶を分担した。


「ボクは優しいですからね……ボクの次くらいに、Pさんも優しいですけど」


もっと優しいだろう、と笑った。


そうですねと返そうとした様だったが、彼女の言葉は遮られる。


一瞬にして、自分の顔が強張ったのが分かった。




「よぉ、また会ったな……ええと」


シンデレラガールズプロダクションだ、と返すのも億劫なので黙っておく。


「まあいい。話聞いたぞ、何してくれてんだ」


深々と頭を下げて謝ると、彼は鼻で笑って続けた。


「うちの衣装破りやがって……弁償だぞ弁償」


ぐい、とスーツの裾を掴まれた。


幸子が、早く帰りましょうと言わんばかりの顔を見せる。


そうしたいところだが……困ったものだ。


おそらく、この男はそう安々と俺達を返してくれそうにはない。


「こっちにまで迷惑掛けやがって……」


お前らみたいなのがいるから俺達も余計な手間が増えるんだよ。


辛辣な言葉が、心を抉る。



「しかしリハの時に停電が起こったりロボが壊れたり……お前ら疫病神でも付いてるんじゃねぇのか」


「……ん?」


心の中で何かが引っかかった。


頭の中に浮かんでいたパズルが、次々と組み合わさってゆく。


何故だ?


何が起こっているんだ?


「――待て、どういうことだ」



研ぎ澄まされた一矢を放つように、相手を睨む。



「――どうしてあんたが、ロボが壊れた事を知っている?」



ロボの破損。メイクさんの不在。謎の停電。衣装のいたずら騒ぎ。狼狽える彼の顔。



自分の中のひとつの答え。



信じたくはなかったけれど、それは確信に変わった。


「あぁ?そりゃスタッフから話を」


そんなはずはない。


スタッフには都合でリハに出れない、としか伝えてはいない。


ロボが壊れてからはずっと晶葉が楽屋にいるのだから、スタッフが来たか聞けばいいだけの話だ。


「……あんたのところのアイドルが言ったんだろ」


「お言葉ですが」


幸子が一歩、前に出た。


その顔は一点の曇りもなく、ただ相手をじっと見つめている。


彼は冷や汗をかいて、一歩下がった。


「ボク達が何故、わざわざ晶葉さんのウサちゃんロボが壊れたことを言わなければならないんですか?」


きっと、彼女も俺と同じ気持ちなのだろうか。


ぎょっと顔が歪んだのを見て、幸子は更に一歩前に出る。


「確かにウサちゃんロボは壊れてしまいましたが……そんなことを言っては、皆さんを余計に混乱させるだけです」


「わざわざボク達がそんなことを言う理由が、一体どこにあるんですか?」


驚きと焦りに満ちた顔をし、彼は必死に言い訳を考えるかのように黙った。


さらに前に出ようとしたところを引き止め、彼女を後ろに下げた。


まさかとは思うが、彼が幸子に殴りかからないとも限らない。


「そういえば、俺達がここに来た時に挨拶に向かったが……どういう訳かあんた方は不在だったな」


何をしていたのか教えてもらおうか、と問い詰めるとうるせぇと彼は吐き捨てた。


見るからに怒りに満ちたような歩き方をして、向こうの楽屋へと消えてゆく。



彼の背中を見つめながら、つぶやく。


「……負けるわけにいかなくなったな」


最初から負けるつもりなんてこれっぽっちもありませんよ、と幸子は笑った。


――――――――――――――――――――

「何よッ!?どういう事よそれッ!?」


「そんな、じゃあ晶葉のロボを壊したのも、麗奈に衣装を破らせたのも……!」


麗奈と光を落ち着くようなだめて、皆の顔を見る。


「いいか、みんな……今はまだ、確実な証拠がない。あいつが犯人なのかはまだはっきり言えない」


だが、彼はこの先開き直って堂々と仕掛けて来るかもしれない。


もしもの場合に、対応しきれるかは分からない。


皆を危険に晒すかもしれないのだ。




「……それでも出たいかどうか、皆の気持ちを教えてほしい」


怖くても、責めはしない。


だから皆の気持ちを聞かせてくれ、と頭を下げた。


この話は単純に、俺の気持ちだけで決めていい事ではない。


自身の身勝手で彼女達を危険に晒すことは、避けたかった。


だから、彼女達に決断を迫る。


我ながら酷い大人だなと思った。


「……正直に言っていい。俺は咎めない」


出来ることなら、皆にライブに出てほしい。


誰もが、彼女達の輝く姿を待っているはずだ。


だが、それが俺自身のエゴで終わってしまわないか、怖かった。



皆が顔を合わせたりする中、声が響く。


「……どうした、皆。そんなに暗い顔をして」


ばさりと白衣を翻して。


誰よりも明るい顔を、彼女は見せていた。


「晶葉、ロボは大丈夫なのか」


答える代わりに、手に持っていたドライバーでウサちゃんロボの一匹を指した。


「完全に直ったわけではないが……出番には間に合う。他のロボ達も大丈夫だ、安心しろ」


それより、と彼女は言葉を進める。


「君達の話をまとめると……つまり、私達は相手の事務所から妨害を受けているかもしれないんだな?」


頷くと、彼女は顎に手を当てて思考を巡らせた後に、きっぱりと言い放った。


「みんな、ライブの準備をしたまえ。私もそろそろメイクや着付けをしなければいけないしな」


ざわつき始めた面々を、ぴしゃりと黙らせる。


「……私達はアイドルだ。正々堂々と、ライブで勝てばいいだけの話だろう」


「この先いかなる妨害を受けようとも……それが私達を止める理由にはならない。私はそう思うぞ」


私達がライブに出ることをやめてしまえば、それこそもっと迷惑がかかってしまう。


だからこそ出たいんだ、彼女はそう言い切った。


次第に皆が、活気づいてゆくのが感じられた。


ならば、もう迷うことはない。


「それに……こういう時こそ君の出番だろう、P」


私達を守ってくれると、信じているぞ。


任せとけ、と力強く答えた。



「……皆は、どうだ?」


すっと皆の前に手を差し出した。


「私はもう言ったぞ。二言はない」


晶葉が、手を重ねた。


「……我が力は矮小な小細工には負けぬ。魂は我が友に共鳴し、我が心は熱く燃えるのみよ!」


蘭子はまさに魔王と言わんばかりの覇気を取り戻し。


「私……ううん…私達…………負けない………大丈夫……………P……みんな………一緒……だから」


雪美は優しい笑顔をこちらに向け。


「あんな奴ら、イタズラなんかしなくてもこのレイナサマが叩き潰してやるわ!見てなさいッ!!」


麗奈は頼もしいほどに啖呵を切り。


「皆が諦めそうになったって……アタシは立ち上がるよ。アタシはアイドルだからねっ!」


光は誰よりも力強く頷き。


「ふふーん……ボクの答えは変わりませんよ。最初から負けるつもりなんて、一切ありませんから」


幸子はいつもの自信たっぷりな顔をこちらに向ける。


重なった、七人の手。



皆の瞳はまっすぐと、目指すべき道を見つめていた。



「相手がどんなことをして来たって、俺が皆を守る」



「だから……全力で行くぞ!」




皆の笑顔を喜ぶかのように。


皆の勇気を称えるかのように。


にゃあ、と黒猫も声を上げた。



――――――――――――――――――――

『そうですか……はい。とにかく気を付けてくださいね』


彼女達の無事が最優先ですからね、と念を押された。


「もちろん、分かってます」


『……でも、どうしてうちが狙われたんでしょうか?』


どういう事ですか、と聞いて、何かがまた心の中に引っかかった。


「ちひろさん、相手事務所のこと、ちょっと調べてもらえませんか……」


『え?ええ、分かりました……出来る限り調べてみます。そちらも頑張ってくださいね』



報告を終え、最後の確認を取る。


「もうすぐ始まるが……みんな、大丈夫だな」


帰ってくる頼もしい声。


彼女達の勇気が背中を押してくれるかのようだった。


「さて、もうじき開演だが……大丈夫か、晶葉」


急ピッチでメイクをしてもらっている彼女は、やはり心配だ。


最終リハも出れず、ぶっつけ本番でパフォーマンスをしなければならない。


「ほら、P。君は皆に付いていてあげてくれ」


それでも彼女は気丈に振る舞った。


いいのかと聞いたけれど、彼女は頑なだった。


「君が舞台袖から見ていなくて、誰がステージの上の私達を見守ってくれるんだ」


不測の事態に備えると言ったのは君だろうと言われては、心配だがそうせざるを得ない。


「……無茶だけはするな。ただでさえさっきまで根を詰めて修理してたんだから」


「後悔せずに最後までやりきれと言ったのは君だろう?」


にやりと笑われて、はっとした。


「……そうだったな。それじゃ、行くぞ皆」


――――――――――――――――――――

「何よ、そんなにアタシが心配な訳?」


「そうじゃない……と言ったら嘘だな。心配だ」


少しだけ変な顔をされたが、そっかと納得して麗奈は舞台を見つめた。


「……麗奈一人で舞台に立たせるんだから、心配だよ」


「なによそれ、このレイナサマが信用出来ないの?」


違う違う、と笑って返す。


それを見てなんとなく察してくれたのか、彼女は溜息を付いた。


頼もしい笑顔は一瞬だけ、隙を覗かせて。


「……あんなザコ、アタシがイタズラするまでもないってもんよ」


「アンタ、そこから見てなさい。このレイナサマのライブをねッ!」


もう一度、花が開くように笑顔を見せてくれた。


真っ暗な舞台に、麗奈が立つ。


パチン、と指を鳴らす合図で、軽快なギターサウンドが会場に響いた。


「アーッハッハッハッ!よく来たわね、アンタ達ッ!!」


「ステージはこのレイナサマが占拠したわッ!アタシのライブに……ひれ伏しなさいッ!!」


麗奈のアジテーションによって、客席から歓声が沸き上がる。


その光景に調子を良くし、彼女はAメロに合わせて声を響かせる。


掴みは上々、といったところか。


彼女の魅力はその威勢だ。


威勢のいい彼女の言葉は、少しずつ観客を盛り上げ、ライブという熱気に包む。


「そんな程度で満足してんじゃないでしょうねッ!お楽しみはこれからよッ!!」


背中に背負っていた特製のバズーカを構えて、客席へと放つ。


それに合わせて舞台のクラッカーや花火が、ステージを、客席を覆った。


気持ちの高ぶるようなギターソロに合わせて、彼女は激しいステップを踏む。


日々イタズラをしては逃げまわるだけあって、彼女の身体能力は人並み以上だ。


それを活かして、ステージを縦横無尽に走り抜ける。


一瞬、舞台袖のこちらに目を向けた。


ぱちり、とアイコンタクト。


「どうよ、このレイナサマに心配なんていらないわッ!」


そう聞こえたような気がして、思わず親指を突き立てて返す。



彼女は一曲目を終えても息ひとつ切らさず、すかさずマイクを取った。


「ふんッ、中々アンタ達もやるじゃないのッ!このレイナサマが認めてあげるわッ!!」


ステージへとぶつけられる歓声は、より一層大きく力強いものへと変わってゆく。


――――

「なあ、プロデューサー」


ヒーロースーツを身に纏った光が、こちらを見上げていた。


「どうした、光?」


「どんなことがあっても、ヒーローは負けない。そうだよね?」


勿論だ、と頭を撫でた。


緊張がほぐれたのか、笑顔が溢れる。


「そうだね……それじゃ、行ってくる!アタシの舞台、ちゃんと見ててねっ!」


「ああ……行って来い!」


ぱしん、とハイタッチの音が響いて。


一人の小さな英雄が、ステージという戦場へと駈け出してゆく。


「待てっ、麗奈!」


そこまでだ、と言わんばかりに飛び出した光。


彼女の登場にますます歓声が上がった。


「ふん、現れたわね光!」


今度はアタシの番だ、と光がステージの中央へ。


次の曲は、アニメや特撮作品のテーマソングを彷彿とさせる熱いナンバーだ。


ギターの厚いサウンドがガンガンと鳴り響き、それに合わせて彼女達がステップを刻む。


彼女達の動きのひとつひとつが、歓声となってホールを圧倒してゆく。


流石は二人だな、と思った。


けれども、まだ油断はならない。


ライブの途中で、モニターのひとつが点灯した。


観客席からの投票によって、ライブの勝敗が決まる。


その投票の途中発表が示されていた。



モニターに映された数字。


わずかには勝っているものの、大きな差がある訳ではない。


「……相手もやり手だな」


そもそも姑息な手段を使わずとも、彼女達には実力があるようだ。


見かけにはよらない、と実感する。


だが。


「負けるわけには行かないからな……」


握りしめた拳に、力が篭もる。


随分怖い顔ですね、と笑われて意識を前に向ける。


「何を心配することがあるんですか?このボクがいるというのに!」


舞台裏だからか絞ってはいるが、それでも彼女の自信が伝わるような声だ。


「……そうだな。幸子がいるんだから、大丈夫だよな」


ありがとう、と素直な気持ちを彼女に伝える。


「恥ずかしい話だけどさ……あの時、嬉しかったよ。あっちのプロデューサーに堂々と喧嘩売ってさ」


14歳の少女に啖呵を切らせて、ひどい話だなと自分でも思う。


けれど、俺自身の気持ちは彼女と一緒だった。


「……ふふーん、頼りにならないPさんの代わりに、ボクが言ってあげたんですよ」


だから、と続く彼女の声は、小さく消え入りそうな程になって。


「今度こそ、頼りにしていますからね。ボクを支えてください」


Pさんにしか出来ないんですよ、と呟いて、彼女は舞台へと向かう。


「ありがとう、みんなっ!」


歓声の後に、舞台は暗転。


その隙に光や麗奈と幸子が入れ替わりにステージに立つ。


「ふふーん……皆さん!次はカワイイカワイイこのボクがステージに登場ですよ!」


スポットライトも何もない真っ暗な中。


たった一声だけで、彼女は会場を一色に染め上げた。


スローテンポの明るい、彼女の曲と共にライトアップ。


照らし出された彼女は、まさしく。



自称ではなく、誰もが認める天使だった。


「……頼んだぞ、幸子」


たとえ彼女に聞こえていなくても。


心に届くように、言葉に乗せる。


「良かったでしょ、P」


「アタシ達、上手くできたかな」


舞台袖へと帰ってきた二人は、これまでにない程の清々しい顔だった。


持っていたタオルを手渡して、二人をねぎらう。


「お疲れ様。凄く良かったぞ」


二人見合わせて喜んだけれど、麗奈がふと気付いて顔を背けた。


やっぱり素直じゃないな、と光と二人で笑った。


「……ほら、アンタは幸子を見ててあげなさいよ」


「麗奈は見なくていいのか?」


アタシにはやることがあるのよ、と早々に楽屋に向かう。


「アンタは皆を見てなきゃいけないし、光に晶葉の手伝いなんて無理でしょ」


こっちはアタシに任せなさい、と俺達を残して楽屋に入っていった。


素直じゃないなと思ったけれど、彼女らしいな。


「……言われなくても、俺にしかできないことをするつもりさ」


しっかりと、前を向く。


ステージに立つ幸子を支えるために。


皆の勇気を繋ぐために。




普段の彼女からは想像もつかない、優しい乙女な歌。


それまでの熱気をすべて、包み込んで染め替えてしまった。


彼女の歌に合わせて、桜色のライトが舞台、そして客席までもを照らし出す。


やはり、彼女も力を持っている。


皆の心を掴んで離さない、アイドルとしての、彼女の魅力だろうか。


「ふふーん、カワイイボクの歌声をこんなに間近で聞けるなんて、皆さんは幸せですね!」


歌い終えて彼女が観客に手を振った所で、ライブバトルの前半終了を告げるアナウンス。


「後半戦も、ボク達から目を離しちゃダメですからねっ!」


アナウンスに合わせて観客にアピールを決めてから、彼女は舞台袖へと引き上げた。



「お疲れ様、幸子」


「ふふーん、これくらいは当然ですよ!カワイイボクが舞台に立ったんですから!」


自信に溢れた笑顔を絶やさない彼女。


流石だな、と思った。


「どうしたんですか、Pさん?ボクのカワイさにもそろそろ慣れてもらわないと……」


汗で濡れた頭にタオルを掛けて、ちゃんと休憩するように伝える。


「それから……凄く良かったぞ、幸子。よく頑張ったな」


消え入りそうな声で、当然ですよと彼女はそっぽを向いた。


――――

モニターに写っていた中間発表をメモに書き取り、楽屋へ向かおうとして。


サイレントマナーにしていた携帯電話が光っていることに気付いた。


不在通知が一件。


相手は……ちひろさんだ。


幸子に先に楽屋に向かうよう促して、一度会場を出る。




『もしもしプロデューサーさん、今大丈夫ですか?』


大丈夫です、と答えると、やや切迫したような声で彼女がまくし立てる。


『どうしてうちの事務所が狙われているのか、分かったかもしれません』


「どういう事ですか」


少しだけ間を置いて、彼女ははっきりと告げた。



『おそらく狙いは……晶葉ちゃんだと思います』



――――――――――――――――――――

楽屋に戻って、それぞれ休憩や準備を行っていた皆を集めた。


「みんな、聞いてくれ。今の結果だが……こっちが多少リードしている」


「だが数字としてはまだ油断ならないな」


幸子のパフォーマンスによってこちらがさらに一歩前に出たが、それでもまだ逆転は容易だろう。


「次は蘭子からだが……大丈夫だな?」


「ククク……月は既に満ちているわ」


なら大丈夫だな、とひと安心。


「私も…………大丈夫。……頑張る」


雪美も笑って、答えてくれた。


そして。


「ロボはもう、大丈夫だ。麗奈にも手伝ってもらったしな」


白衣を脱ぎ、衣装を身に纏った晶葉が、くるくるとドライバーを回しこちらに笑顔を見せた。


「私はもう万全だ……ところで、先程はどうした?何か連絡でも来ていたのか?」


ああ、と言葉をつまらせてしまい、皆の視線を浴びる。


「どうした、何かあったなら教えてくれ」


「晶葉は……いや、皆は話を聞いてもいつも通りに出来る自信があるか」


おかしなことを聞くんだな、といった顔をされる。


当たり前だと彼女は頷いた。



「なあ、晶葉……」


この会社名に、心当たりはないか。


いいや、あるはずだ。


それを告げると、彼女達は目を丸くした。


「それってCMとかでもよく見る、あの会社ですよね?」


ああ、と頷く。


どうして、といった顔を浮かべる皆の中で、晶葉が口を開く。


「……この前、そこの社長から連絡が来てな。Pと二人でそこに向かったんだ」




連絡を受けてから、晶葉を連れて会社へと出向いた。


社長室に通されると、社長と何人かの研究員と思しき男達が待っていた。


彼らの話を要約すると……晶葉の技術を金で買いたい、といったところだった。


会社の開発部門で研究している技術を晶葉が以前作り上げて、特許まで持っていたらしい。


とんでもない額を提示されたが、くだらないと彼女は一蹴した。


「私の研究はお金のためではない。誰かのためだ。悪いが技術を譲るつもりはない」


彼女に怒鳴りつける社長たちを背に、やれやれとばかりに失礼させてもらったのだった。


「それで……相手の事務所なんだが、その会社と何か繋がりがあるらしい」


目的はおそらく、晶葉への嫌がらせとこのライブの失敗による彼女へのバッシングだろう。


大方、趣味で続けているアイドルなんかやめてロボットでも作っていろという事だろうか。


「まあ、あくまでそうかもしれないってだけだが……」


言ってから、余計な混乱を生むだけだったか、と後悔する。


話を聞いた彼女達は、思い思いに感情を吐露した。


「まあ、待て皆。落ち着け」


卑怯で許せない、といった気持ちが爆発しそうになるのを止めたのは、他でもない晶葉だった。


「この話は憶測の域を出ない。そもそも今までの事故が、彼らが仕組んだ罠かどうかも憶測なんだ」


怒ったりなどせずに、落ち着いて私達ができる事をしなければならない。


ゆっくりと、彼女は皆に言い聞かせた。



「いいか……私達はアイドルだ」


「アイドルはアイドルらしく、ライブで示せばいい。そうだろう?」


「もし嫌がらせが本当だとしてだ」


彼らが馬鹿にしたアイドルとしてライブに勝つことこそが。


彼らの鼻を明かす一番の手段だろう、と彼女は語る。


「……皆が私を心配してくれるのは嬉しいよ」


「だが、私だってアイドルだ。ファンの皆のために舞台に立つ機会を、大事にしたい」


仕返しのためにライブをやるなんて、そもそもが間違っているからな。


彼女はやはり、怒っても悲しんでもいない。


「だから……そういった思いは一切抜きにして、私はライブを楽しむ!」


「……皆が私を、待ってくれているだろうからな」



皆へと向けた笑顔。


やはり彼女は、誰よりも強くなった。


そう、実感する。


――――

「我が友よ、運命の時は近い……そなたが紡ぎし呪文によって、術式は完成する!」


後半を知らせるアナウンスが始まり、もうすぐライブが始まろうとしている。


まさしく魔王と呼ぶにふさわしい豪華なドレスが、ふわりとはためく。


「大丈夫だよ、蘭子」


いつもの蘭子らしくやればいい、と伝える。


「うん……あの、プロデューサー」


「私、晶葉ちゃんのためにも……ううん、皆のためにも、頑張るから!」


一瞬だけ見せた、柔らかな笑顔。


すぐに堂々たる魔王の顔を浮かべて、舞台を捉える。


「ククク……呪文は完璧のようね。これより夜宴を始めるわ!」


翻した衣装は、まるで漆黒の羽のように宙を舞った。


「時は満ちた……宴の始まりよ。我が力に恐れ慄き、ひれ伏すが良い!」


彼女の曲に合わせて、レーザーがステージを飛び交う。


いくつものスポットライトが彼女を照らしだすと、客席からは喜びの声が上がった。



サビへの入りに合わせて、クラッカーが鳴り響く。


ステージを覆う赤い紙吹雪はまるで薔薇の花びらのように舞い、彼女の儀式を彩った。


ふと、対戦相手のアイドルを見る。


やはり彼女に押されているようで、すこし苦しそうな表情を覗かせた。


「……うちの魔王さまだからな」


これが彼女の力だよ、と笑う。


真の力は、こんなものではないけれど。


曲の終わりと共に、惜しみない拍手が響いた。


「――闇に飲まれよ!」


先程までの力強さからは一片、ぴょんぴょんと飛び跳ねて手を振る彼女。


少しずつ照明を絞り、完全に暗くなった所で彼女は舞台裏へと帰ってきた。


お疲れ様、とハイタッチを交わして彼女は楽屋へと消える。



「さ、次は雪美だぞ」


「……………………うん」


小さなマドモワゼルが差し出した手を、握り返す。


「……P……………見てて………」


ゆっくりとした足取りでステージへと向かう彼女を見送った。


「……………みんな……お待たせ……。私……歌う………みんなの…ため」


客席からの声に少しおどおどとしながらも、彼女は笑う。


スローテンポな曲に合わせて、ぴょこぴょこと跳ねるように踊りだした。


声がステージに、ホールに響く。


彼女を取り巻いていた客席からの声が、ぱたりと止んだ。


彼女の優しい声が、会場を静かに圧倒する。




「フフ……寡黙なる子猫よ、民衆を魅了する偶像足りえる器を持っているのね」


「蘭子、準備はいいな」


黒から白へと生まれ変わった彼女が、側に立っていた。


「これが私の第二形態……誰も私を止めることなど出来ぬ!」


曲の一番が終わったところで、ぴたりと歌が止んだ。


会場中がざわつく中、雪美がこちらを見つめて手を振った。


「さ、もう一度……行ってこい!」


「うんっ!」



ざわつく会場内に、甲高い笑い声が響く。


「ハーッハッハッハ!闇は光へと生まれ変わり、新たなる時を今、刻まん!」


天使へと生まれ変わった蘭子を、スポットライトが追いかける。


「………蘭子…………かわいい……ね」


「我が友よ……今宵の儀式は光の儀式。共に道を歩み、栄光を掴まん」


二人で、こくりと頷く。


「だから……えいっ」


背に隠し持っていたのは、猫耳。


ライブで激しく動いても落ちない特注品だ。


「私もこれで……えへへ」


「……蘭子…………猫……似合う」


二人で笑い合ってから、客席へと振り向いた。


「さあ、みんな……やみにのまれ、にゃんっ♪」


「…………にゃんっ」



一瞬の静寂の後に、湧き上がる怒号のような歓声。


音響機材を任されたスタッフがそれに合わせて、止めていた曲をフェードインさせた。


しかし、モニターに映る得票数はお互いの点差が殆どないことを示していた。


蘭子の出番に合わせて、向こうも対策をして来たのだろう。


それだけ、相手も本気なのだ。


少し苦しい展開だなと思った。


「……どうだ、P。順調か」


衣装を纏った晶葉が、後ろから舞台を覗きこんだ。


「……ああ。みんな、上手くやってくれているよ」


「そうか」


舞台袖にウサちゃんロボ達を整列させ、今か今かと時を待っていた。


彼女の声は、どことなく上ずったように聞こえた。


「緊張してるのか」


「当たり前だ。トリだぞ、この私が」


そういうところは昔から変わらないんだな、と笑う。


今それを言うのか、と笑われた。


「いつだって自信なんかないさ。だが、舞台に立ってはそうも言っていられないだろう?」


舞台の上では、誰もが一人だ。


けれど、誰も独りではない。


「だから、いつも自分に言い聞かせて舞台に立つんだ。この天才に不可能はない、ってね」


「……魔法などは信じない性分だがな、君の力は信用しているんだ」


君の言葉は魔法としか思えないからな、と笑う。


「……俺だって、そりゃあ不安さ」


けれども、皆の笑顔こそが俺に勇気をくれる。


不完全かもしれないけれど、俺だってシンデレラを導く魔法使いなんだ。



「……つまり。私達は誰も欠けてはならない歯車なんだ」


君の言葉が、仲間達の笑顔が、ファンの想いが。


私を導いてくれるんだ。


「だから……この天才に任せろ。私達の雄姿を、皆にお披露目しようじゃないか」


しっかりと握りしめる、彼女の手。


やはりか細いな、と思った。


「もちろんだ。晶葉がやってくれるのを、信じている」


だから。


だからこそ。




「――決めてこい、晶葉!」


「ああ……勿論だ!」



雪美と蘭子の舞台が終わり、ステージが最後の演者を迎えようとしていた。


「P………………私……頑張った」


「えへへ……闇に飲まれよ!」


お疲れ様、と二人をねぎらう。


けれど準備を終えた様子を見て、彼女達は晶葉の元へと向かった。


「……晶葉…………頑張って………………大丈夫…私達………ここに……いる」


「魔法が解けるその瞬間を……貴方に任せるわ。だから……頑張ってね」


二人の差し出した、小さな手。


彼女はそれを取って、笑う。


「ありがとう、二人とも。私に任せろ」


いい笑顔をするようになったな、と思った。


出会ったばかりの頃の、孤独な天才は。


もう、何処にもいない。


「では……P、行ってくる」


いつもの笑顔を見せて、彼女はウサちゃんロボを引き連れて舞台へと向かう。


「ああ。任せたぞ、晶葉」


照明の消えた、真っ暗な舞台に。


ロボ達の先導となって、彼女は衣装を翻してゆっくりと歩いてゆく。


それに続く、六匹のウサちゃんロボ達。



その姿は、小さな、小さな大行進。


まさしく――ウサちゃんロボの、百鬼夜行。


「頑張れ……晶葉っ!!」


振り返ることなく、彼女は親指を突き立てた。




「ウサちゃんロボ!行くぞ!」



武勇を示す雄叫びを上げるかのように、主君に忠誠を誓うかのように。



ロボ達が一斉に、右手を振り上げた。



きぃん、とメガホンのハウリングの音が会場に響いた。


真っ暗な闇に、ぼんやりと6つの光が浮かぶ。


「あー、あー……聞こえるか、諸君!」


スポットライトに照らされた彼女は、誰よりも、誰よりも笑っていた。


「先程は猫達がステージを占拠していたようだが……今度は私のライブをご覧に入れよう」


照明がステージ全体を覆い尽くし、浮かび上がる6匹のウサちゃんロボ。


それぞれが既に、ダンスに向けてのポージングを取っている。


「私とウサちゃんロボ達による……本日最後の祭りの始まりだ!」


彼女の声に、皆が答える。


「舞台装置、起動っ!!ミュージック……スタートっ!」



合図と共に、魔法の世界の幕が上がる。


明るいポップナンバーに合わせて、彼女は歌を紡ぐ。


ダンスに合わせてロボ達も動き、彼女を引き立てる。


しかし、この舞台の主役は晶葉だ。


ともすればロボばかりが目立ってしまうのを、彼女は綿密な計算とシュミレーションによって抑えている。



池袋晶葉。


天才ロボ少女に神が与えたのは、類稀なる工学の技術。


だが、それはアイドルとしては致命的なものであった。



言ってしまえば、彼女は雪美のように透き通った声を持っている訳ではない。


光や麗奈のような激しいダンスをしては、すぐに息が上がってしまう。


人の心を引きつけて離さない天性のアイドルとしての魅力は、幸子や蘭子には及ばない。


彼女はアイドルとしては、「欠陥品」なのかもしれない。


だが、彼女の真の力は彼女自身の弛まぬ努力と綿密な計算にある。


彼女はロボを作る時と同じように、曲に合わせた小さな手の振りさえもをシュミレートする。


どのタイミングで、どう動くことで、と推測と実践を重ね、より舞台を完璧なものへと近づける。


そこに、彼女の作ったロボを重ねることで、今まで誰も見たことのない舞台をつくり上げるのだ。



彼女は、天才だ。


自身の体力の無さすら計算し、自身の全力を出し切れるように舞台上の何もかもを見据えて演出を組み立てる。


その為に自身の歌も、ロボの動きも、寸分の狂いなく頭の中に描いた完成形へと近付けてゆく。


表立って見せることのない努力を重ね、自身の目指す完璧を追い求める。


彼女は、本当の天才だったのだ。


「カモン、ウサちゃんロボっ!」


曲がギターソロに差し掛かったところで、彼女は数歩下がった。


そして最前列に6匹、ウサちゃんロボ達が即座に現れる。



ぱちん、と指を鳴らす。


その合図と共にウサちゃんロボは腰に挿していたサイリウムを手に取り、綺麗な光とともに踊りだす。


複雑なダンスさえ僅かのズレもなく、軽々と見せるウサちゃんロボ。


舞台の裏を知っているのは、彼女の努力を知っているのは、舞台の裏にいるものだけで十分だ。



Cメロのタイミングと共に、ロボ達が彼女をセンターへと誘う。


彼女の歌声に合わせて、ロボ達は観客へとサイリウムを揺らす。


それを合図に、少しずつ会場が動き始めたのが分かった。


誰もが、息を呑む。


全てが精巧に噛み合った、機械仕掛けの舞台。


見る者全てを魅了する彼女はまさしくアイドルだった。




「……さすがだな」


声援を掛けようと思ったけれど、それすら躊躇われる程に。


俺自身が、彼女に見惚れてしまっていた。




いや、そんな心配は必要なかったのかもしれない。


なぜならば、彼女が。彼女こそが。


今、アイドルとして。


誰よりも、誰よりも輝いているのだから!


後奏のフェードアウトに合わせて、今までにない程の歓声が彼女を包んだ。


彼女はしばらく驚いていたけれど、すぐに皆へと手を振って答える。


「ははっ、いいぞみんな!これで最後だが……もう一曲だっ!」


湧き上がる歓声の中、流れ出すシンセとギターのハッピーチューンに合わせて彼女は踊り出す。


ロボ達もそれに合わせて、すぐに定位置へと動いた。


「さあ、あと数分だが……皆とともに……大いに盛り上がっていくぞ!」



彼女の笑顔がまた皆を熱く燃え上がらせる。




彼女が起こす、魔法のような、奇跡のような数分間。


それはまだ――始まったばかりだった。


――――

気付けば演奏は終わっていて、舞台の幕が降りようとしていた。


たったの数分。


まるで時が止まったかのように、誰もが晶葉に惹きつけられていた。


「はぁっ……はぁっ………ありがとう、みんなっ!……最高の、舞台だった!」


息も絶え絶えに、彼女は手を振る。


だが、もう彼女は立っているのも精一杯だろう。




「君達のおかげで、私も……楽しかったぞ――」


ふらり、と姿勢を崩す彼女。


危ない、と思った瞬間に。


いつの間にか舞台袖にいた皆が、彼女の元へと駆けてゆく。


「大丈夫かっ、晶葉!?」


「ふふん、ボクに劣らないカワイイステージでしたけど……無茶しすぎですよ」


ぜえぜえと息を切らし、皆に支えられて、それでも彼女は笑顔を絶やさなかった。


「はは……ありがとう、皆。助かったよ」


光に肩を借りながら、彼女は笑った。



「ククク……闇に飲まれよ!そして、我が友に最大の祝福を!」


「アンタ達、晶葉に見惚れ過ぎよッ!このレイナサマを忘れてないでしょうねッ!」


「みんな…………ありがと………………ふふっ」


彼女達がそれぞれにアピールを行った所で、ライブの終わりを告げるアナウンスが響いた。


――――

ははは、と笑う晶葉にはただただ呆れるしかなかった。




ライブバトルは――晶葉のパフォーマンスによって、相手事務所に大差をつけて勝利した。


彼女は結果発表までなんとか体力を持たせていたものの、観客へとコメントを一言残して倒れてしまった。


「計算が足りなかったよ。まあ、当日にロボを修理することになるとは思わなかったからな!」


「あのな晶葉……俺がどれだけ心配したと思ってるんだ」


はぁ、と溜息をつく。


それでも、彼女はすぐに起き上がったのだけれど。


「あんまり心配させるんじゃない」


「今回ばかりは、仕方ないだろう。ロボが壊されるなんて誰が想定出来たんだ?」


言い返そうとしたけれど、結局言葉に詰まってしまった。


「それに……君は諦めるなと言ってくれたからな」


君がいてくれたから、無茶だって出来たんだ。


「だから、その……ありがとう、P」


珍しく彼女が素直に口にしてくれたな、と思った。


「あ、ああ……こっちこそ、ありがとな」


諦めそうになっていた皆を引っ張ってくれたのは、他でもない晶葉だ。


晶葉の勇気にずっと、今日は支えられてきた。


だからこそ、俺だって素直に気持ちを伝える。



欠けてはならない歯車。


二つが組み合わさって、アイドルとして池袋晶葉は輝く。


お互いに顔を見合わせて、幸せな笑みが溢れるのに気付いた。


――――

皆を連れて各所への挨拶を終わらせ、メイクさんを家まで送っていく約束を取り付けて。


そうして皆で、事務所へと戻ろうとしたその時。


「あっ、プロデューサー!あいつは!」


偉そうなスーツを羽織ったあの男が、そそくさとホールを去ろうとしていたのが見えた。


「くそっ……どうなってやがる、どうしてロボが動いてんだよ……!」


「わざと衣装も破らせたのに……あいつらのせいで俺の計画が、俺の首が……っ!」


待て、と呼び止める前に、ウサちゃんロボの1匹が彼に飛びついた。



「ちっ、邪魔だ!どけ!」


「おいおい、またうちのロボを壊すつもりか?」


声を掛けると、びくりと彼が驚きを見せた。


「なんだてめぇら……それにまたって何のこと言ってんだ!」


俺は知らねぇと何度も繰り返して足早に去ろうとする彼に、ロボが次々と群がった。


「君が私達の楽屋に入って、ウサちゃんロボを壊したのは知っているよ」


それに麗奈に衣装を破らせたのも、君の仕業だろう。


晶葉の淡々とした声に、彼はさらに苛立った。


「だから知らねぇって……そもそも証拠もねぇのに、俺を疑うってのかよ」


彼は子供のように怒りをぶちまける。


それに怯まずに、俺達は事実と推論を述べた。


「まあ、ロボが壊れた事を口走ってくれたからな」




「……ところで、その傷だらけの靴はどうしたんだ?」


あぁ、と眼を飛ばす彼の靴。


側面だけ見れば新品のように光っているが、爪先には引っ掻き傷のようなものがいくつもついていた。


「これは……」


「あれっ、私と同じですね?ほら」


メイクさんがわざとらしく傷だらけの靴を見せた。


「おや、まさか猫にでも引っ掻かれたんじゃないか?」


それに合わせてさらに煽ると、彼の顔の血管がさらに浮き上がる。


そんなわけが、と言いかけて、彼の足元に何かが動いた。


黒猫だ。彼の足元にすり寄っては、爪先に爪を立てようとしている。


「……はっ、てめぇ!さっきはよくも俺の靴を……!!」


と言いかけて、顔が青ざめてゆくのが見えた。


「……っ!!」


「へぇ……で、何処でペロに引っ掻かれたんだ?まさかうちの楽屋じゃないだろうな」


彼は怒り狂ったようにウサちゃんロボを押し退けると、逃げるように去っていった。


彼が見えなくなるまでその背中を見つめたあと、皆で笑い飛ばしてやった。


でもいいのか、と光。


「またあいつ、晶葉やアタシ達の邪魔をしてくるかもしれないよ」


そうかもしれないな、と答えたところで仕事用の携帯電話が震えた。


『もしもしプロデューサーさん!あ、今大丈夫ですかっ?』


「ええ、大丈夫です」


スピーカー越しのちひろさんの声は、どこか上ずっていて嬉しさを押さえきれていないようだった。


そんな彼女の声を独占するのももったいないので、スピーカーモードに切り替える。


『メール見ましたよ、勝ったんですね!おめでとうございます!』


ありがとう、と皆が口々にお礼を告げる。


さらに気をよくしたのか、彼女の声は段々と大きくなってゆく。


『こちらの仕事もすぐ終わりましたし、ドリンクの新しい契約先も見つかりましたし……いえ、こちらの話です!』


『とにかく今日はおめでたい事ばかりなので、今日の勝利をみんなでお祝いしましょう!』


嬉々として話す彼女に、皆も興奮を押さえきれずに笑う。


「わかりました、今から事務所に戻りますね」



通話を切って、皆に告げる。


「よし……皆、帰ったら勝利記念のお祝いだ!メイクさんも、よければ一緒にいかがですか」


お邪魔していいんですか、と謙遜した彼女に、皆が来てほしいと頼み込んだ。


「で、では……お邪魔させてもらいますねっ!」




「それじゃあ皆……事務所に帰るぞ!」


皆の笑顔が、より一層眩しくなるのがわかった。



以上で終わりです。
晶葉ちゃん誕生日おめでとう!

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