魔法少女フラン☆マギカ� (999)

魔法少女まどか☆マギカと東方projectのクロスです。



いくつか注意点です

※初SSです。いろいろ足りないところがあると思いますがよろしくお願いします。

※独自設定がてんこ盛りです。

※一部オリキャラが出ます。

※東方キャラはすべて出るわけではありません。また、かずマギ、おりマギのキャラは出ません。

※一部、残酷な描写がございます。ご注意ください。

※当SSはフィクションです。実在の人物、団体、歴史的事実とは一切関係ありません。

批判はいつでも受付中です。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368800717

このスレは3スレ目です。


過去スレはこちら↓↓

魔法少女フラン☆マギカ� - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1362722680/) (魔法少女フラン☆マギカⅡ)


さやかの速度は旧公式ステータスの2倍らしいから、ベテランの杏子と同じ速さを出せるっぽい
訓練次第では化けるかもしれない

乙!
みなさんフランちゃんが出ないとお嘆きだけど
“日常に混ざれてもお荷物”みたいにな状況になるよりは良いんじゃない?



なんか渋のまどマギタグがすごいことになってた(笑)
ニュースとして報道もされてましたねw


>>14
素質はさやか>杏子と聞いたことがある。
実はさやかちゃんってすごい奴だったんだw


>>15
別にキャラを持て余したから出さないでいる訳ではなくて;;
お荷物にはしません。きっと・・・・







                   *






 日が沈み、空が茜色に染まっている。
姿を消した太陽の残した光で見滝原の摩天楼を黄金に輝いていて、二人並んで歩くさやかと杏子の影は身長の何倍にも伸びていた。
どこかで聞いたマジックアワーというやつは、丁度この時間帯のことを指す言葉らしい。

 薄明の街に目を向けながら、さやかはソウルジェムを掌に乗せ、街の中心を流れる川沿いの綺麗に整備された土手を歩きながら、
杏子と共に魔女を探していた。


 先程、落書きの魔女の使い魔を退治した二人は、その後もこうやって歩き続けているのだ。
杏子に言われたアドバイスをさっそく実践するためでもある。
さやかとて、自分に実力が足りないのは百も承知。
杏子との戦いで、嫌というほど思い知らされた。

 だから、早く強くなりたい。
否、強くならなければならない。
マミのように。杏子のように。



 強ければ、勝てる。どんな魔女にも。どんな悪い魔法少女にも。



 人々を、友達を守るために、力が必要なのだ。




 幸い、杏子という信頼できる仲間がいる。
初めは悪い奴だと思っていたけれど、教会で話を聞いて、それが全部正しい訳ではないと分かったのだ。悪いと思っていたのは、
彼女のほんの一面で、その背後には壮絶で哀しい過去があった。




 同情しない訳がない。
でも、杏子はそんなもの欲しいとは思っていないだろう。


 だから、さやかもそれを口にはしない。
そんなもの、“強い”杏子には要らないだろうから。




 魔法少女としての実力だけじゃない。
悲劇を乗り越えて生きていく強さが、杏子にはある。
自分なら、同じような目に遭った時、きっと耐えられないと思う。


 それでも、杏子がしてきたことは褒められたことじゃない。
けれど、仕方ないと思うところはあるし、その本心を知れば責める気など起きなかった。







 マミとは、すごく仲が良かったのだろう。


 杏子は今でもマミのことを慕っているみたいだし、マミも杏子のような健気な子は好きそうだ。
杏子は見ていると放って置けないところがあるし、子供っぽいところも多いから、
マミなら、お姉さんになってあれやこれやと世話を焼いていただろう。
あの、マミの一流パティシエが作ったようなお菓子を前にして、目を輝かせている杏子の姿が浮かぶ。


 そんな微笑ましい光景を想像しながら、だから、とさやかは決意を再確認する。



 その光景は、過去のものにしてはならない。
マミと、杏子が笑い合えるような結果を手にしなければならない。




 マミがいなければ、二人ともここにはいなかった。だからこそ、二人は手を取り合ったのだ。




「ねえ」と、さやかは隣を歩く杏子に問いかける。


「ん?」




 杏子は前を向いたまま、パーカーのポケットに手を突っ込み、気のない返事をする。



「マミさん、ホントに戻るかなあ?」


 杏子が言ったこと、さやかも思っていたこと。
でも、根拠がある訳じゃないし、だから自信もない。
ちょっと不安になって、思わず訊いてしまった。





 必ずマミを取り戻す。




 そう決意すればするほど、その不安は心の中で大きくなっていくのだ。


「何さ。不安なの?」

「……うん」


 杏子と二人で協力してマミを抑え、さやかの治癒魔法をかけてマミを治す。
それが、杏子の立てた“作戦”。



 けれど、本当に二人掛りでマミを抑えられるのだろうか?


 仮に抑えられたとして、治癒魔法で吸血鬼から戻れるのだろうか?



 教会で杏子は、「やってみなきゃわからないけど、やるだけの価値はある」と言った。


 それでいいのかな? そう思わずにはいられない。




「まあ、アタシもはっきりと自信を持って言えないけどね」

 でもさ、と杏子は呟いて、微かに口元を緩めた。

「こういうのって、できるかできないじゃない。やるか、やらないかだ」



 力強い言葉に、さやかは杏子の横顔を見る。

 微笑を浮かべて、薄明の街を見つめる表情が、素直に綺麗だと思った。


「やらなきゃ、何もできない。もし仮にできなかったとしても、その時はその時で考えよう。
他にも方法があるかもしれないしさ」



 不安になったってしょうがない。



 そんな、開き直ったようなことを言っているのだ、杏子は。
けれど、どうしてかその言葉はやたら自信に溢れていて、不思議とさやかの心から不安が抜けていく。



「……でも、吸血鬼は強いよ。この間のマミさん、ヤバかったじゃん。転校生が一瞬でやられてたし……」



 それでも、尚も気になるのは、吸血鬼そのものが持つ力。
実際、それを目の当たりにしている以上、なかなかその懸念は拭えない。



「そうだな。でも、あの咲夜って奴は戦えてたし、二対一で何もできないとは思えないんだよなあ。
まあ、そのためにはアンタに強くなって貰わないといけないけど」

「う……分かってるよ」


 結局はそこだ。さやかの実力が追い付かないことには何も始まらない。

 それは一朝一夕で身につくものじゃないけれど、それでもできる限りのことはやらないといけないのだ。


 時間はあまり残されていない。
あの状態のマミなら、いつ関係のない一般の人々を傷つけてもおかしくないからだ。



 それは、誰のためにもならない。

 だから戦わなければならない。どんなに勝算が低くても。





「正直に言うとさ」


 少しして、杏子はぽつりと呟いた。


「怖いよ。マミの奴、昔の面影なんか無いくらい凶暴になってたし。
……けど、誰かがやらなきゃいけないじゃん。でないと、アイツが救われねえよ」

 彼女は、すっかり暗くなった川に目を落とす。
日が沈んで、地面より下にある川は影が落ちて、黒々とした口をぽっかりと開けるクレバスの様だった。

「キュゥべえにマミのことを聞かされた時、そんな訳ないだろって思ったんだ。
まあ、信じられる訳ないよな。
だから、自分の目で確かめてみるまでは嘘なんじゃないかと疑ってた」

 でも、本当だった。そう呟いた杏子の声には、深い感情が含まれていて、そのせいでさやかの胸がチクリと痛んだ。



「一昨日、マミを見た時は衝撃だったよ。あんな姿になっちまって、あんなこと言って、あれじゃあまるで……まるで…………」



 さやかはゆっくりと瞼を閉じた。

 それでも、隣を歩く杏子が、今どんな顔をしているか分かる。今、どんな気持ちなのか分かる。



 そうだろう。その言葉は……、思っても――――口には出せない。









 まるで、×××だ。











 あの時のマミを見て、さやかもそう思うのだ。


 信じられない。信じたくない。






 ――――でも、これは現実だ。


 現実に、吸血鬼という妖怪は存在していて、マミは吸血鬼になって、人を襲おうとしている。


 それは、マミとて望んだことではない。
彼女の意志とは関係なく、そうなっていまったもの。そう、ならされてしまったもの。


 だから退治するんじゃない。救済するのだ。




「……あのマミを見てさ、アタシは悲しかったし、悔しかった。助けてやりたいと思った。
…………変な話だよな。
今まで自分のために生きてきたアタシが、そんなことを思うなんて。
あんなの、ほっときゃいいのに。無視してグリーフシード集めてりゃいいのに……。
だけど、できなかったんだ。そんなふうに振る舞えなかった」



 今度は、本心を偽ることができなかったから。



 最初に出会った路地裏や、恭介の家の前で、杏子はいろいろとひどいことを言っていた。
けれどそれは、悪ぶっているから言っただけのこと。
猫を被る、とは逆なんだろう。自分に嘘を吐いていたのだ。



 だけど、マミを見て、そんな杏子も、今度こそその嘘を吐き通すことができなくなってしまった。
見て見ぬふりをして、黙っていることができなくなってしまったのだ。






 どれだけなんだろう、とさやかは思う。



 杏子は、どれだけマミのことを大切に想っていたのだろう。




 目を開けて隣を見れば、杏子はさっきと変わらず、川に視線を落としていて、その表情からは内心を伺えなかった。




「ほんとに変な話だよ。一度は手の平返した相手なのに、今更助けたいなんて。虫が良すぎるよ。
でも、アタシにとってマミは――――家族みたいなもんなんだ」


 ハッと、さやかは目を見開く。










 家族。


 杏子にとって、それはとてつもない重みを持つ言葉。
その過去を聞かされた今だからこそ、さやかは杏子の気持ちが理解できた。




 血の繋がった家族を全て失った杏子。
独りになった後、彼女にとってマミは、残された唯一の希望だったに違いない。
例え、裏切ったとしてもそれは変わらなかったのだろう。


 見滝原にやって来たのだって、きっとどこかでマミのことを耳にして、心配したからに違いない。




「アイツは、アタシのことを、『友達』って言ってたけどな。それでも、ほんとのお姉さんみたいに思ってたんだ」




 ちょっと恥ずかしげに、杏子は照れ笑いを浮かべた。


 それから、笑うなよ、と釘を刺す彼女に、さやかは首を振る。






 笑わない。笑う訳がない。



 そこにあるのは、自分よりずっと強くマミを想う気持ち。
単なる憧れの延長線上にあるだけのさやかの思いと違う。






 さやかは家族を、大切な人を喪ったことがないから、杏子の気持ちは想像するしかない。
だけど、理解はできるし、共感もできる。





 これでまた一つ、マミさんを助けなきゃならない理由ができた。






 不安になんてなっていられない。躊躇いなんてしている暇はない。


「……だから、必ずマミを助ける。そのためには、さやかの力が必要なんだ。
できるかどうかなんて分からないけど、諦めてマミを失いたくない。だから……」


「分かってる。あたしも同じ気持ちだよ。あんたほど決意が強い訳じゃないけど」





 向き合う二人。




 さやかの眼から、自信のなさや不安は消え、真っ直ぐな光が杏子の瞳を見つめていた。


 同じく杏子も、しっかりとさやかを見つめ返す。





「強さなんて、関係ねーよ。やるって決めたんだから、最後までやろう」

「もちろん!」



 改めてよろしくね。


 立ち止まったさやかは手を差し出す。

 一瞬、軽く驚いたような顔をした杏子も、すぐに笑みを浮かべてその手を取った。





 力強く、二人は手を握り合う。










俺たちの戦いはこれからだ!!



ちょいちょいTDSのネタバレがががががが

・・・・参考資料に使ってるので。




今回は、なんで杏子が聖女化したかのお話。

乙乙
なぜだ?この二人の良いシーンを見ても死亡フラグにしか見えないのは

なぜってそりゃまどマギだし



そろそろ物語が動き出します。
が、もうちょっとだけ日常パートが続きます。


>>33
まどマギの魔法少女ズ5人で、死亡フラグ立てないのって・・・・・いない?
マミさや杏は言わずもがな。
まどっちも10話1週目とかでフラグ立ててワルプルに突っ込んで万歳しながら死んでたし・・・・
ほむらもなんか死にそうだし。


>>34
イイハナシダッタノニナー








                   *








 翌日。



「おっはよ~~~っ!!」



 朝から喧しくさやかの声が公園に響く。
その声量に、周りを歩いている何人かの生徒が振り向いた。


「あら。さやかさん。おはようございます」

「あ、さやかちゃん……。おはよう」


 待ち合わせしていた二人があいさつを返す。
仁美はいつも通りだが、まどかは少し心配そうな顔をしている。



 その理由はこうだ。



 昨日、落書きの使い魔を退治したさやかと杏子は、川辺で話した後も街を回り、結局全部で四回も戦った。
その全てが使い魔だった。

 相手は弱っちくて、楽だったが、杏子にレクチャーされながらやっていたために、かなり時間が掛かってしまった。
しかもその後、杏子の寝床について、二人はかなりもめた。


 さやかは杏子を自分の家に、友達として泊めてあげようと提案したのだが、杏子はそれを頑なに拒んだ。
どうしても杏子を家に泊めたいさやかと、何が何でもさやかの家に行くまいとする杏子の言い争いは、
最終的にさやかが折れることで決着がついた。
どうして杏子がそこまで嫌がるのか、彼女は理由を言わなかった。
何となく、察せられたのだけど。
でも、だからこそさやかは杏子を家に誘ったのだ。




 それはさておき、その結果、さやかが家に帰ったのは夜中の11時過ぎ。
玄関で仁王立ちしている母親を見た瞬間、さやかは心の中で辞世の句を詠んだ。


 当然の如く、さやかの両親は大激怒。
30分以上続く大説教を喰らい、さやかはこってり絞られた。もう滴が落ちないほど。



 さやかの帰りが遅いことを心配した両親は、さやかの知り合いに電話をかけていたそうだ。
もちろん、まどかの家にも連絡は行き、それはまどかの知るところとなった。仁美も同じく、だ。




「さやかさん、昨夜は帰りが遅いとのことで、お母様が心配してらしたわよ」

 仁美の柔らかなお嬢様ボイスがちょっと棘を含んでいた。

「アハハ。いや~、ちょっと遊んでたら、つい遅くなって」

 頭の後ろに手を当て、さやかは苦笑いを浮かべる。

「遊び?」

 仁美は探るような目でさやかを見る。

「あ、大丈夫。そんな危ない遊びじゃないから」

「……本当ですの? 昨日はお休みしてらしたのに……」

「ぅう」

「まあ、さやかさんがそう仰るならよろしいですけど、あまりご両親に心配をかけてはいけませんよ」


 容赦ない追及に沈みかけたさやかに、仁美は打って変わって柔らかく笑う。
そして、単純なさやかは、いつもこの緩急をつけた接し方に、見事に手玉に取られてしまうのだ。



 このお嬢様スマイル、癒される~。



 そしてまた、さやかは調子に乗りやすい性格でもあった。


 さやかはニヤッと笑うと、指をワキワキさせながら仁美に近寄る。


「な、なんですの?」

 珍しく焦ったような様子を見せる仁美。まどかはさり気なく一歩引いていた。



「フ、フフフ。ひ~と~みぃ~」

 不気味な笑みを浮かべて寄ってくるさやかに、戦きながら仁美は後ずさる。






「結婚して☆!!」

「お断りですの!!」






 ガバッと飛び付いたさやかは、仁美の空手パンチのカウンターを喰らった。


「あべし!」



 グーパンだぞ……。どういうことだ、おい!




 世紀末の悪漢の断末魔の叫びのような声を上げてその場に崩れ落ちるさやか。
殴られた左の頬を抑え、失恋を嘆く。


「うう。仁美にフラれた……」



「……もうっ」

 仁美は不機嫌顔でそっぽを向いてしまう。
その様子に、さやかはやり過ぎてしまったかなと思った。
冗談のつもりだったのだが、仁美はそうは受け取らなかったみたいだ。



「ありゃ?」


「行きますわよ。あまりのんびりしていると、遅刻してしまいます」



 そう言うと、仁美は踵を返してすたすた歩いて行ってしまう。
その様子にまどかとさやかは顔を見合わせる。




「仁美どうしたの?」

「さやかちゃんのことで怒ったんじゃない?」

 まどかは半目でさやかを見る。そう言われるとさやかは言葉に詰まった。

「うぅ……。やっぱり、心配かけちゃったかなぁ」

「そうじゃなくて、さやかちゃんがあんまり反省しているように見えなかったからじゃない?」

 そう言うまどかの声にも微かな糾弾の響きが含まれていた。
つまり、取り繕うためにふざけたことが仁美を怒らせてしまったらしい。




 それは、逆を言えば……それだけ仁美と、もちろんまどかも、心配してくれてたということなのだ。




 こんな私に…………。

 もうゾンビなのに。死んでいるのに。






 それでも変わらず接してくれるまどかがいる。
知らないとは言え、自分を心配してくれている仁美がいる。




 そう思うと、少し胸の中が暖かくなった。


「ほら、さやかちゃん、行くよ」




 まどかも先を歩き出す。

 さやかの口元がほころぶ。


「うん!」


 元気よく頷いてさやかは駆け出した。












               *







「それで……話って、何?」


 テーブルに着くなりさやかは切り出した。
本当は少し雑談でもしたかったが、真剣な面持ちの親友を見て、そういう雰囲気ではないことを察したのだ。



 ここはいつものファーストフード店。
三人でよく集まる場所だが、今回はまどかはいない。
今目の前にいる仁美がさやかと二人で話したいと、ここに呼び出したのだ。
まどかに知られたくないことらしい。


 仁美はさやかをまっすぐ見つめる。
さやかも真面目に見返すと、仁美は少し視線を下げ、小さく息を吐いた。
そして、それからまたさやかと目を合わせ、口を開く。






「恋の相談……ですわ」





「え?」


 一瞬ドキッとした。




 ひょっとしたら仁美に告白されるのかも、と思った。禁断の恋というやつ。



 さやかは本気でそれを疑った。
というのも、日頃の仁美の言動に、禁断の(女の子同士のチョメチョメを想像させるような)恋への疑惑があるからだ。
しかも、それをこんな大真面目な表情で……。


「私ね、前からさやかさんやまどかさんに秘密にしてきたことがあるんです」


 さやかは何言わず、ごくりとつばを飲み込んだ。




 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか!!



 やばいやばいやばいって!! えっ? えっ? マジで!?

 相手は誰!? まどか? それともあたし? いや、大穴で幽香?




 すっかり場の雰囲気に圧倒され(勘違いし)、早とちりし始めたさやかの脳内は大混乱に陥っていた。
取るに足らない妄想が脳内の情報伝達網を駆け巡り、心臓は早鐘を打ったように激しく鼓動し始める。

 それを知ってか知らずか、

仁美は毅然と、

真っ直ぐさやかの目を見ながら、

ゆっくり、

そしてはっきりと、

言い聞かせるように言った。







































「ずっと前から……私……上条恭介君のこと、お慕いしていましたの」
































 ……………………………………………………………………………………………………………………







……………………………………………………………………………………………………………………










……………………………………………………………………………………………………………………















………………………………………………………………は?









 オシタイシテイマシタノ……オシタイシテイマシタノ……オシタイシテイマシタノ……、






 仁美の言葉が頭の中で反響し、さやかの頭は機能を停止した。
それまで湯水のごとく流れ出していた妄想が霧散する。
興奮は一瞬にして納まり、心臓は止まったように静まった。
今はただ、意味もなく同じ言葉が脳内を巡っているだけ。






 「慕う」とは、好きになっているということだ。
それも、異性として、男と女として、好きになったということだ。


 つまり、仁美は恭介が好きならしい。
想像していたような、可憐な少女同士の白百合のような無垢な感情ではなく、
ドロドロとして纏わりつくような「好き」だ。





 それは、分かる。誰でも分かる。当然、さやかにも分かる。




 だからこそ、その心の中で、どす黒い、どうしようもなく禍々しいものの“種”が生まれたのだ。




 何故なら、彼女は魔法少女だから。希望の象徴だから。








「そ、そうなんだ」




 フリーズ状態が解けたさやかは何とか声を絞り出す。


 動揺を隠すために、わざと明るい声を出したのだが、まるで隠しきれていなかった。
しかし、さやかはそんなことにも気が付かない。



「あ、あはは……、まさか、仁美がねえ……。あ、なーんだ、恭介の奴、隅に置けないなあ」



 冗談めかした言い方で、さやかは取り繕う。
わざと明るく笑って、なんともないように振る舞う。
たった今、自分の中で湧いた、ひどい感情を隠すように。

 けれど、そんなさやかの無理した態度も、仁美にはしっかり見抜かれていた。



「さやかさんは、上条君とは幼馴染でしたわね」


 不意に変えられた話題。その意図を掴めず、さやかは戸惑いながらも、頷く。


「あー……まあ、その。腐れ縁って言うか何て言うか」

「本当にそれだけ?」



 誤魔化した言い方も、全て仁美には分かっていた。
即座に投げかけられた疑問に、さやかは硬直する。


「私、決めたんですの。もう自分に嘘はつかないって。あなたはどうですか? さやかさん。


あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」





「な、何の話をしてるのさ」

 ようやく絞り出した言葉も、この場の空気の中で、むなしく響くだけだった。

 何を言っても、どんなに誤魔化しても、何の意味もない。すべて見抜かれてしまう。





 あたしって、そんなに隠し事、ヘタかなぁ。自信なくしちゃうよ……。





「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの」
 




ああ、そっか……。






「上条君のことを見つめていた時間は、私よりさやかさんの方が上ですわ」







 初めから、全部、ばれてたんだ……。







「だから、あなたには私の先を越す権利があるべきです」







 隠していたつもりだったのに……。








「仁美……」

「私、明日の放課後に上条君に告白します」













 動揺するさやかに対し、仁美は無情なまでに、淡々と言葉を投げかける。






 それは宣言だった。





 宣戦布告だった。










 仁美にとって、その言葉はさやかへ挑戦する一言だったのかもしれない。
これから、ドロドロとした三角関係に突入する合図だったのかもしれない。
さやかと、一人の男をかけて戦う意思表示だったのかもしれない。


 けれど、さやかはすでにその戦場にはいなかった。彼女は、もう諦めていたのだから。







「丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんは後悔なさらないよう決めてください。
上条君に気持ちを伝えるべきかどうか」


 言うだけ言うと、仁美は鞄を持って立ち上がる。固まったままのさやかに目もくれず。

 そして、憮然とした顔で立ち去ろうとする。

























 ――――その背中に、















「いいよ」











 言葉が投げかけられた。







「……いいよ…………。あたしのことなんか、気遣わなくたって……」















 足を止めた仁美の顔が曇る。




「さやかさん?」





 振り返れば、さやかだらしなく椅子に体を預け、俯いていた。その表情は伺えない。


 一般的に見ても、さやかの姿勢は行儀が悪く、外でそういうことをするのは恥ずべき行為であり、
普段の仁美ならそれを咎めたであろう。
しかし、仁美も冷静ではなかった。




 彼女とて中学二年生の少女。
ただ、少々人より己を隠すのが得意なだけで、内心は激しく揺れ動いていた。





 親友を取るか、己の中の恋心を取るか、その葛藤に悩み続け、ようやく決意してこの場所に立ち、
さやかに内心を打ち明けたのだ。
その覚悟の程は、彼女の今までの人生の中で、最もなものだった。





 本当は緊張していた。
さやかに何を言われるのか、戦々恐々していた。
何より、傷ついたような彼女を見て、胸のどこかがチクリと痛んで、この期に及んでまだ甘さを残す己にイラついた。







 これは争奪戦。すなわち、戦争。






 関係が壊れるのを承知でやって来たのに。















 それだというのに………………。





 今、さやかはナント言った?













「あたし……もう、恭介に嫌われちゃったから、さ。仁美の、好きにしたらいいよ」



「……何を?」




「あたしなんかに、構わなくていいよ」




 そう言ってさやかは顔を上げる。


「!?」


 募る苛立ちを隠しもせず、面を歪めていた仁美の表情が一変する。
この時の彼女の様子を的確に描写するなら、絶句という他にないだろう。







 何故なら、さやかは……、








 彼女の顔は……、












 ――――――笑顔だった。












 こんなに暗く沈んだ声を出しているのに、彼女は笑っているのだ。
その異様な様子に、仁美は思わず身震いした。





「きっと、仁美なら恭介と上手くいくよ。……がんばって、ね」





 降伏宣言だった。争奪戦は仁美の不戦勝になった。さやかは勝負を投げたのだ。


 だが、それを聞いて仁美が納得するわけがない。





 何だそれは、と思う。







 じゃあ、いったい自分の覚悟はなんだったのだ? 
あんなに悩んで、苦しんで、……その結果がこれだなんて、まったく馬鹿馬鹿しい。












 さやかが恋愛に奥手だというのは分かっていた。
あれだけ健気に上条恭介に尽くしておきながら、(相手の鈍感さも輪にかかっているのだが)
攻めに出なかったのがそれを物語っている。
だが、こんなにあっけなく降参するとは思わなかったのだ。





 そんなに……、自分の気持ちと向き合うのが怖いのですかっ!!







 心の中でさやかを罵倒する。
言葉にこそしなかったものの、目線や表情は内心を表しているだろう。
自分でもそれがよく分かった。












 拍子抜けし過ぎて、怒る気にもなれない。


 そりゃあ、このやり方は少々卑怯だという自覚はある。
フェアにやるならこれしかないと思ったけれど、心のどこかにずっと引っ掛かりが残っていたのも事実。
だけど、これが仁美が弾き出した最善の答えなのだ。





 恭介に見惚れて以来、悩み続けた。
彼を手にしたいと思ったけれど、いつもその傍には親友の姿があって、二人の間に十年来の絆を見つけて、
一度は諦めようと思って……けれど、初めて生まれた恋心を抑えることができず、
日に日に積もる想いに身を焦がし続けた。

 それからは親友と想い人を天秤にかけていて、そんな浅ましいことばかりを考える自分を嫌悪する日々。

 そうした毎日の積み重ねの末に、仁美はさやかに勝負を挑むことを決断した。


 勝てるかどうかは分からない。勝ったとしても、友達を一人失うことになる。負けても禍根を残す。

 最善策が、自分の想いを封じ込めることだなんて分かっている。
でも、それができなくて、愚かな道に踏み出してしまったのだ。








 そこまでして彼が欲しいか! 










 潔癖でありたい自分が、醜悪な本性を罵倒し続けていた。



 浅ましい。醜い。貪欲だ。





 そして何より、その愛欲を抑えられないことに絶望した。
お蔭で、お稽古をサボった上、見知らぬ工場で気を失って倒れているという醜態を晒す始末。









 怖かった。悔しかった。こんなに自分が弱いと知るのが。


 いくらお稽古で見てくれの教養を取り繕ったところで、この――志筑仁美という人間の本質は、
貪欲で矮小なのだと、散々思い知らされた。

 それでも、自分を拒否したところで何も変わらない。自分が辛いだけ。周りにも迷惑がかかった。


 だから、受け入れた。受け入れるしかなかったとも言う。

 弱い自分を認め、醜悪で欲深い本性に目を向けた。






 それはそれは、びっくりするほど悍ましく、見続けるだけで吐き気がした。
最近、想い人と親友の中が遠のいたのを感じて、「チャンスだ」と思った自分を、ナイフで滅多刺しにしたくなった。


 だからこそ、言い訳がましくなっていまうかもしれないけれど、仁美はこうやってさやかに猶予を与えたのだ。
本当なら、さやかに何も知らせず、こっそり告白して、ルパンのように彼の心を盗んだに違いない。

 そうしたい衝動を必死で抑え込み、弱さを自覚したからこそ、この場を設けた。










 さやかは大切な親友。クラスで浮きがちだった仁美に声を掛けてくれた、掛け替えのない友達。


 さやかのことは何でも知っている。
明るくて、運動が得意で、おつむの方はアレで……、友達が多くて、男子に人気があって、趣味は意外にもクラシック鑑賞で、好きな食べ物も、嫌いな食べ物も知っている。
性格はガサツに見えて、人一倍繊細で、優しくて、正義感が強くて、ずっと一人の男の子を思い続けるほど一途な、誰よりも女の子な少女。





 その『想い』は本物だ。



 きっと、この世界で上条恭介のことを誰よりも想っているのは、さやか以外に居ないだろう。
他の誰も、彼女の『想い』には敵わないだろう。自分も含めて……。




 だから、そんな簡単に諦めてほしくない。その『想い』をちょっとやそっとで捨てないでほしい。




 願望の押しつけかもしれない。
この期に及んで、裏切る相手に対してそんなことを望むのは、厚かましい以外の何物でもないだろう。





 あなたを切り捨てるためにここに来たのに、あなたが諦めてしまったら、一体誰がこの勝負に勝つのですか?





 切に願う。
そして、その願いが打ち壊されてしまったことに、なんとも言えない空しい気持ちになる。


 自分は、苦悩の果てに己の弱さと向き合い、それを受け入れてここにやって来た。
覚悟もした。
リスクも承知した。




 だからこそ、だからこそ……、さやかの返答は許せないのだ。




 何故、自分の気持ちと向き合えないのですか……。






 まるで、少し前の自分だ。

 弱さと向き合うのが恐ろしくて、逃げ続けていた自分だ。




 それ故に、しっかり自分の中のものに目を向けてほしい。逃げないでほしい。


 自分がそうしたからと言って、相手もそうしなければならない理由はないし、それを押し付けるのは良くないことなんだろう。
だから、これは仁美の我儘。




 ただ、目の前で呆けた顔をしているさやかには、そんな仁美の気持ちなんかこれっぽっちも分かっていないんだろう。
彼女は自分の内にも目を向けていないし、外にも目を向けていない。
両目を手で覆って、見たくないものから逃げているだけなのだ。







 きっと、今のさやかには何を言っても伝わらない。


 彼女をそういう状態にしたのは、他ならぬ仁美自身だ。多分、というかほぼ、仁美が悪い。







 それは分かっている。それは分かっているけれども……。




 仁美は大きな溜息を吐いた。
それでさやかは少し反応したけれど、やっぱり溜息の意味は分かっていないだろう。





「私、失望しましたわ。さやかさんが、そんな意気地なしだったなんて」






 くるりと仁美は踵を返す。
もう、ここにこれ以上いる必要はない。
勝負の終わったリングに用事はない。



「さっき言った通り、私は明日上条君に告白します」



 そう言いつつも、仁美は確信していた。



 さやかは、告白しないだろう、と。






 これなら、盗人になった方が良かったかもしれない。
こんな気持ちになって、こんなに泣きそうになるくらいなら、
恭介を奪って、さやかから罵倒された方が万倍ましだった。



 ローファーの音を鳴らしながら早足で去る。とにかく、一刻もこの場から離れたかったから。









 ――――それを、

 さやかは、凍りついた笑顔のままそれを見送っていた。












はい、ご覧のとおり、7話のアレですw


前半はさやか視点、後半は仁美視点で、仁美の内面についてちょっと描写してみました。
公式も、仁美も悩んでいたとフォローしておりますし・・・・。

さやかの反応が本編と違うのは、オリ展開だからです。
理由はお察し下さい。



尚、作中に出て来るルパンは、もちろん、カリオストロの時のルパン三世です。
(あの有名なセリフが元ネタ)

フラン「…えぅ……ひっ………うぇぇぇ……出番…がっ……ひっく…無いよぉ~」








誰かこれと会話が成立するレスを頼む

フラン「うぇぇ…ひっ…お姉様ぁ~…咲夜ぁ~…ひっく……会いたいよぉ~」

乙乙!

>>94
うん。サンドバッグにはならないかもね。サンドバッグ“に”は……

しかしここまで来てもまだ出ないフランちゃんw
まぁきっとどこかの魔女結界で魔力チャージ中なんだろうな。輸血パックの血でも吸いつつ

そしてマミさん。空を飛ぶって、やっぱり解放感ありますか?


さやかは潔癖症を治さない限り救われないからなぁ
杏子程ではないにしろある程度曲がることを覚えてほしいわホント

>>96
ついでに言うと咲夜さんとの戦闘でパジャマはボロボロ
繰り返す、パジャマはボロボロ


ところでまどマギの季節っていつだっけ?
六時半なら曇りとはいえ太陽でてんじゃないの?

SG溶かして魂に戻したんなら、衣装生成くらい出来るんじゃないか?



東方輝針城最新情報

・咲夜さんが可愛い
・咲夜さんがお茶目
・咲夜さんが詐胸
・敵キャラも可愛い
・1ボスはさやか
・2ボスはマミさん
・3ボスはルガール
・咲夜さんが可愛い

3ボスもギリギリ杏子と言えなくもない
狼→犬→犬っぽい魔法少女→杏子


>飛符「フライングヘッド」
マミさんのスペカでやろうとしてたネタだよ!被ったよ、畜生!


>>95
マミ「飛符『フライングヘッド』!! 体が軽い……。こんな幸せな気持ちで飛ぶなんて初めて

   もう何も怖くない!!」


尚、生首だけの模様。


>>97
そこ、重要。


尚、寝巻のまま飛び出してきたので、

   ブ ラ を つ け て い な い !!

>>98
時期は、5月初頭なので、丁度日没くらいです。

昨年の物ですが、日の入り日の出時刻表↓
http://www.saga-ed.jp/workshop/edq01460/data/2012/toukyou-%202012.htm

>>99
その通りです。
前回の戦闘でも衣服の再生成をやっている(はず)です。






                   *






 日が沈んだ夜、空が厚い雲で覆われているせいで、いつもより暗い道を上条恭介は松葉杖を突きながら歩いていた。




 今日はちょっとした用事で遅くまで学校に残っていたのだ。

 だからという訳ではないが、恭介は家路を急いでいた。
それに、どうにも嫌な予感がするのだ。
それは天気のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。



 とにかく、早く家に帰りたかった。

 家に帰って、バイオリンを弾きたかった。
練習に没頭したかった。
そうやって、頭の中を埋め尽くす悩み事から逃げたかった。






 その悩み事とは他でもない幼馴染のこと。


 つい最近、恭介は幼いころからの大親友が、すでに生身の人間ではないことを知った。

 それは、魔法少女というらしい。
魔女と呼ばれる化け物と戦うらしい。
奇跡を叶え、その証に自らの魂を形にしたソウルジェムという“物”を手に入れるらしい。



 魔法も魂も奇跡も、それまでは恭介はこれっぽっちも信じていなかった。








 恭介はバイオリニストだ。



 数々のコンテストで優秀な成績を収めていた。
それができたのは、恭介が才能に恵まれていて、たくさんの努力を積んで、そして何より運が良かったからだ。
この両親の下に生まれた恭介には、才能と、バイオリニストになるために申し分のない環境がそろっていた。

 だけど、世の中に居るバイオリニスト候補生の全てがそうであるわけではない。

 中にはどんなに努力をしても、才能が足りなくて結果を残せなかったり、才能もあって努力もしているけれど、
環境が良くなくて夢を諦めざるを得なくなった子もいる。
そんなライバルたちを、恭介はその目で見てきた。
そして、つくづく自分は恵まれていると感じていた。
あの事故が起きるまでは……。









 どんなに頑張っても乗り越えられない壁が、まさか自分に襲いかかって来るなんて思いもしなかった。
リハビリにリハビリを重ねても、腕は一向に良くならなかったし、挙句、医者には治らないとまで言われた。


 だから、恭介は奇跡だの魔法だの、そんな都合のいいものは昔から信じていなかった。

 けれど、それが実際に自分の身に降りかかって、しかも直に目の当りにしたら、もう否定することはできない。
問題は、信じる信じないというレベルのものじゃなく、厳然たる事実なのだ。
さらに、その当事者がよく知る友人だというのだから、もうそれは身近なことと言えた。






 正直、それをどう受け止めていいのか全く分からない。

 奇跡や魔法だってタダじゃない。さやかはそれを手に入れた代わりに、生きる屍状態になった。

 一方で、彼女は恭介のかけがえのない友人で、絶望の中から助け出してくれた恩人でもある。



 さやかのことを、安易に拒絶したくない。けれど、そう簡単に受け入れられない。




 そんな中途半端な気持ちのまま、恭介は学校に行った。
そして、数日ぶりに登校してきたさやかを目にした。







 いつも通りだった。恭介のよく知るさやかだった。
魔法少女とか、ソウルジェムとかがどこか遠い世界の存在であるかのように思えた。



 だけど、一つだけ違うことがあった。


 さやかは、決して恭介の方を見ようとしなかったのだ。近づこうともしなかったのだ。









 避けられていた。そして、恭介もまた避けていた。


 そうやって、一日中気まずいまま過ごすと、ストレスで胃が痛くなった。

 放課後、さやかが先に帰った後、まどかが恭介に話しかけてきた。
さやかのことを、見捨てないでと言ってきた。





「さやかはもう死んでるんだよ」


 そう言うと、まどかはひどくショックを受けたような顔で、それでも必死でこらえて首を振ったのだ。


「そんなふうに、言わないで。さやかちゃんが、可哀想だよ」


 それは、彼女が見せた怒りだったのかもしれない。
大人しい彼女の、本心からの憤りだったのだと思う。




 不用意な発言をしたと気付いた恭介は素直に謝った。

「ごめん」

 それで済む問題じゃないけれど、まどかは一応許してくれた。





 ただ、恭介がさやかのことを、死んでいたのに息を吹き返して生きているかのように振る舞ったさやかのことを、
気持ち悪がったのは事実で、杏子が怒りを見せたのはそのせいだった。

 さやかは死んでしまったのだと、諦めることができればどんなに楽だろうか。
そんなふうに割り切れればいいのに、いつも通りのさやかを見ていると、どうしてもそんなふうには思えないのだ。
思いたくないのだ。
思考は、どこかにあるかもしれない希望を探してしまう。




 だからどうしていいか分からない。
さやかのことをどう考えたらいいのか、受け入れるのかあるいは拒絶するのか、どっちがいいのか分からない。




 誰にも相談できない。言っても信じてもらえない。




 こんなに苦しいなら、聞かなければよかった。
あの時まどかについて行かなければよかった。
けれど、まどかを恨んでも仕方ない。





「ほんとに、どうしたらいいんだよ」





 苛立ちのせいか、普段の自分らしくない乱暴な言葉が思わず口から洩れてしまった。
誰も聞いていない言葉は、静かに夜闇の中に溶けていく。


 恭介は少し足を速めた。

 唯一、バイオリンを弾いている時だけはこの悩みを忘れることができた。
音楽に夢中になれば、それが頭の中を埋め尽くして、余計な思考を取り除く。

 だけど、それ以外の時はいつもこのことが頭を悩ませて、夜もなかなか寝付けなくて、恭介はここ二日、
寝不足気味だった。
考えるなと念じても、暗く静かな自室で横になっていると、際限なくさやかのことを考えてしまう。




 結局、自分はどうしたいのだろう?






 そんな問いにも答えられない。

 あまりにも非日常すぎて。とてつもなく非常識すぎて。





 周りは誰もさやかのことに気が付いていない。


 恭介の両親も、さやかの両親も。知っているのは、恭介とまどかと、杏子とそして、暁美ほむら。




 恭介の脳裏に、長い黒髪の才色兼備な少女の姿が思い浮かぶ。


 彼女も魔法少女。怪我をしていたというが、復帰したのか、昨日から学校に姿を見せていた。




 ほむらは冷たい美人という感じで、明るいさやかとは対照的だ。
同じ魔法少女同士、さやかとほむらの関係がどうだったのかは知らないが、ひょっとしたら、
この悩みは彼女に相談した方がいいのかもしれない。

 そんなことを一瞬考えて、すぐに恭介は否定する。




 彼女とて魔法少女。その正体は人間ではなく、動く屍同然の存在。
人のようでヒトではない。
それに、全く親しくない相手に、心の内ををさらけ出せるほど恭介はお人好しでもなかった。

 同じく、杏子も却下だ。
何しろ、同じ魔法少女だし、怒らせてしまったのだ。
あの時の彼女は、かなり怖かった。
正直話しかけるのは願い下げだ。






 まどかなら、と思ったけれど、それもだめだ。


 まどかも恭介と立場は同じだ。
相談したところで、向こうも同じ悩みを持っているのだから、意味がない。



 周りの大人たちは頼れない。




 昨日の夜、さやかの家から電話が掛かってきた。
向こうの両親も、恭介の両親も、さやかが夜遊びしていると勘違いしただろう。
けれど、そうではないことは恭介には分かっていた。





 魔女退治に出掛けているのだ。






 それは、こんな夜遅くまで出歩かなければならないことらしい。
周りに心配かけて、怒られてでもしなければならない正義の味方ごっこ。

 それでもさやかは人々を守りたいのだと、まどかは言っていた。



 恭介からすれば、馬鹿馬鹿しいの一言だ。
そんなことをやってもさやかは救われない。
魂が元に戻る訳でもない。


 憧れていた人がいたのだという。その人も魔法少女で、彼女の代わりに街を守りたいのだと。




 騙されていただけじゃないかっ!?





 さやかは思い込みが激しいから、あっさり騙されてしまったのだろう。
その先輩魔法少女と、契約を取り結ぶ謎の生き物に……。






 だけど、さやかを責められない。


 バカなことをしたとは思うのだ。それでも、恭介にそれを咎めることはできない。

 なぜなら、




 ――彼女が左腕を治してくれたのだから。









 彼女が居なければ、彼女がその「バカ」をしなければ、恭介に希望はなかったのだから。

 だからこそ、どうしていいのか分からない。自分がどうしたいのかも分からない。
あのさやかを受け入れられない。拒絶したくない。
その二つの気持ちがぶつかり合っている。










 ……いや、一つだけ確かなことがある。



 恭介はさやかに元に戻ってほしい。
自分のためにあんな体になって、嬉しいけど、素直に喜べない。
それに、恭介は受けた恩を返さない程、自分が冷たい人間だとは思わない。



 そりゃあ、さやかのことを気持ち悪がった(それで杏子を怒らせた)。
だけど、いやだからこそ、さやかに元に戻ってほしいのだ。
可能なら、自分がそうしてあげたい。

 だけど、それは恭介にはできない。

 さやかを元に戻す方法はたった一つ。

 奇跡だけ。

 しかし、恭介は男で、契約ができない。

 なぜなら、魔法少女になれるのは、文字通り少女だけだから。
それは当たり前の話で、性別の壁は越えられないのだ。




 そして、もう一つ重要なことがある。


 それは今のさやかと同じ状態になるということを意味する。そんな覚悟、恭介にはなかった。




 つまり、自分には打つ手なしで、どうしようもない。
でも、それを認めてしまうこともできない。

 結局、恭介は現実を受け入れられず、何も決められず、どうしたいのかも分からない、
中途半端な状態になってしまった。









「はあ」



 考えても考えても、頭の中はぐちゃぐちゃで、思わず大きな溜め息が出てしまった。




 今自分にできることは音楽の世界に逃げ込むこと。それだけだった。

 情けないという自覚はある。でも、他にどうしろと言うのだ。



 一分一秒でも早く帰るため、恭介はさらに足を速める。




 見慣れた道。いつもの道。
暗いけれど、迷うこともないし、足元の段差に躓くこともない。
ある意味、彼の日常の象徴。


 静かな住宅街を通るこの道には、等間隔で街灯が立っていた。
おかげでそこそこ明るく、人も車も通りやすい。
とはいえ、道全体が明るくても、必ずそこには明るいところと暗いところがある。
この道が明るいのは、暗いところが明るいところより少ないからだ。

 ただ、暗いところといっても、完全な暗闇ではなく、相対的にそこを照らす光の量が少ないので、
影になっているというだけの話だ。















 ――――――だからこそ、そこは恭介の目についた。








 光の当たらない、電柱の影。
そこだけは、完全な闇が淀んでいるような気がした。
だから、恭介の目はそこに引き付けられた。












 頭の中で、赤いサイレンが鳴る。




 見るなと本能が命じる。





 なのに、恭介の視線はそこに吸い込まれて行って、つい足を止めてしまった。そして気付く。





「!?」


 ……二つの紅が浮かんでいることに。









 丁度、人の目の高さの位置に、禍々しいほどに紅い二つの円があった。





 何……、これ?






 その紅は、杏子の瞳よりももっと深い色をしていて、血のようだと、恭介は思った。

 しばし、恭介はその二つの紅を眺めていた。
恭介の眼はその紅に引き付けられていて、そこから離れれれなくなってしまったのだ。



 しばらくそのままで、不意にそれが、動いた。

 暗闇の中から何かが出てくる。








「え……?」


 それは人だった。



「フフフ」



 いや、正確には人の形をした何かだった。

 そいつは口元に三日月を作って笑っていた。
その目が恭介を射抜く。先ほどから見えていた二つの紅は、このヒトガタの瞳だったのだ。






「あ、ああ……」


 ゾオッと背筋を何かが走り抜けた。




 これはアレだ。非日常だ。今、恭介の頭をさんざん悩ませている“異常”だ。



 …………しかも、特大でヤバい奴だ。





 恭介の全身が総毛立ち、思わず一歩下がってしまう。けれど、それ以上は動けなかった。















 なぜなら、







「こんばんわ」









 そいつが妙に艶めかしい声で挨拶をしたからだ。

 それは唯の、何の変哲もない挨拶で、人と人が夜に出会ったら交わすのが当たり前、というものだ。


 ただ、その相手が人間ではなかったならどうなのだろうか?

 例えば、それが化け物と人同士なら、それでも当たり前と言えただろうか?

 片や捕食者、片や獲物。捕食者がこれから貪る獲物に、挨拶をするのは当たり前なのか? 



 恭介の目の前に居るのは一体の紛うことなき化け物。


 見た目はさやかと同じくらいの少女。
艶やかな長い金髪に、美女と美少女の中間くらいの整った顔。
そして、ふわりとしたパステルイエローのパジャマと、その上からでも分かる胸のふくらみ。







 何より、その背中から覗く一対の、黒々とした蝙蝠のような翼。











 それが、彼女が人ではない証明。ヒトの身にて人であらざるモノ。
















 少女の形をした“それ”は、子を見る母のような穏やかな笑みを浮かべながら、近づいて来た。




 そして、



















「あなた、見滝原中学の生徒ね」




















 吸血鬼の口から飛び出した意外な言葉に、恭介の硬直が解ける。
身近な場所の名前を聞いて、それまで恐怖と絶望に犯されかけていた心の中に「話が通じるかもしれない」
という淡い希望が灯った。




 魔法少女たちが戦う「魔女」と呼ばれる化け物とは違うのかもしれない。
言葉の通じない怪物ではないみたいだ。




 恭介はそんなふうに考えた。



「そ、そうですけど……」


 恐る恐るそう答えると、彼女はクスクスと楽しそうな笑みを零した。

 唇に手を当てて笑う様子はどこからどう見ても普通の女の子の仕草で、恭介は警戒を緩める。

 そんな恭介の様子をさり気なく確認して、さらに彼女は優しげな表情で続ける。

「怪我をしているみたいだけど、大丈夫なのかしら?」

 そんなことを聞かれて、恭介はポカンとしてしまった。




 まさか化け物に心配されるとは思いも寄らなかったから。
ただ、あんまり気味の悪さはしない。
彼女と話していると、何となく仁美を思い出した。
柔らかでお淑やかな物腰とか、結構似ている感じ。目の前の彼女も、育ちのいいお嬢様なのだろうか。



 そんなことを考えられるくらいには、恭介も余裕を取り戻していた。




「え、まあ……大丈夫です」

「病気とかじゃないのよね」

「……え? ええ。ただの、骨折ですけど」

 なんでそんなことを聞くのか、疑問に思いながらも答えると、彼女はにこりと笑った。




「そう。良かったわ」






 かわいらしい少女のような笑顔で、


 そのまま彼女はこう続けた。

















 ――――アマリフケンコウナオニクハタベタクナイモノネ――――











 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はっ?




























 何を言われたのか分からなかった。脳が認識しようとしなかった。








 否、それを拒絶した。




 聞こえた音の通りに解釈すると、それは恭介にとって死刑宣告になるからだ。









「いぅ」



 喉の奥から変な声が漏れた。



 再び恭介の体は言うことを聞かなくなり、それどころか鉛でもぶら下げているのかと思うほど、
体が重くなった気がした。
全身の神経を冷たいものが駆け巡り、関節という関節はセメントで固められたように動かなくなり、
口の中では一瞬で水分が蒸発し、瞼は瞬きを忘れたかのようにしっかりと開いていて、
そのせいで目の前の彼女から少しも目が離せなくなってしまった。





 やはり化け物は化け物だ。






 どんなに人と同じ姿をしていて、人と同じように振る舞っても、その根本は人とは決定的に異なる。
人と化け物は同じではなく、似て非なるものである。



 だというのに、恭介は油断してしまった。
少女らしい仕草にすっかり緊張を緩めてしまった。
それは油断を誘う彼女の策略だったのかもしれない。
とは言え、仮に警戒し続けられたとしても、逃げ切れなかったかもしれない。





 それでも、恭介は気を緩めたことを後悔した。



 そして、生きることを諦めた。








 もう無理だった。


 逃げ切れない。



 思わず、といった形で瞼に力が入る。
すると、それはすんなりと言うことを聞き、恭介の目が閉じられた。










 その直後。


 彼の体に、衝撃が走る。

 ――――痛みはなかった。ただ、それを感じる間もなく恭介の意識が刈り取られただけ。










 だから、彼は耳にしなかった。「マミッッ!!」と、化け物を呼ぶ声を。











マミ&恭介再登場





死亡フラグが立ちました(さやかに)


相変わらず尽きない出番ネタ。
皆さん、やっぱり東方勢にもっと出てほしいのでしょうか。


予告すると、もうしばらくしたら、東方の出番が増えて来るので、少々お待ちいただければ。








                      *






 上条恭介は吸血鬼に突き飛ばされた。彼女からすればちょっと小突いたような軽い感じ。
しかし、その威力は恭介を車道を挟んで対岸の歩道まで運ぶのに十分であった。

 杏子は少年の体が吹っ飛ばされ、路面に叩きつけられるのを見た。
カランという音がして松葉杖が転がる。



「マミッッ!!」



 マミに突き飛ばされた恭介はピクリとも動かない。
その頭から流れ出した黒々とした液体がゆっくりとアスファルトに広がっていた。


 杏子の叫びを聞いたマミが振り向く。

 その目は真紅に燃え上がり、その口元には裂けるような笑みが浮かんでいた。



「あら、佐倉さんじゃない」



 いつもの調子で声をかけてくる。

 今更彼女の異常性に、杏子は驚くことはない。受け入れることは決してできないが。


「何してんだよマミッ!!」

 杏子は変身して槍を構える。





 公園でマミを見かけて、それから空を飛ぶ彼女を追い掛けるのに夢中で、ついさやかを呼ぶのを忘れてしまったが、
これは呼ばなくて正解だっただろう。
さやかが今の光景を見たら、大変なことになっていた。戦えなくなっていたかもしれない。

 ただ、マミと一対一というのも厳しい状況だ。
欲を言えば、もう一人くらい戦力が欲しい。
ない物ねだりをしても仕方がないが。




 まともに戦えば、勝負にすらならないが、何とかして恭介を助ける必要がある。
魔法で視力を強化して恭介を見ると、まだ呼吸しているのが分かった。
ただし、あの状態はよくない。すぐに治療しなければならない。

 それを知ってか知らずか、マミは相変わらず、凄惨な笑みを浮かべたまま、道に佇んでいる。
これでは近づけないし、何とかマミを追い払う必要がある。









「…………」










 できる気がしねぇな。








 追い払う。


 武器を持った魔法少女なら、そして杏子なら、相手が魔法少女なら可能だろう。
だが、相手はあのマミである。
言葉にするのは簡単だが、実行するのは今から月まで飛んで行くのと同じくらい難しい。





 ――――だけどやるしかない。アイツはさやかの希望なんだ。
アイツが死んだらさやかが救われねえ。それに……。



 マミには杏子を認識できる程度に理性が残っている。
もしかしたら、以前の、正義の魔法少女としての心も残っているかもしれない。
戦っても勝てないのは分かりきっている。
なら、言葉をかけて、まだあるかもしれないマミの良心に訴えかけるしかない。










 それしか、道は残されていない。






「なあ、マミ」

「なあに?」

 少し首をかしげてお淑やかに微笑むマミ。
その姿は、その仕草は、紛れもなくかつての巴マミのもので、それはすなわち、杏子の師匠のものだ。





 だからと言って、杏子は警戒を緩めない。


 今、マミと杏子は20メートル弱離れている。
二人は歩道に立ち、恭介は対岸の歩道に俯せで倒れている。
薄暗い歩道の中、マミと杏子はお互い視線をぶつけ合い、紅と赤が交差する。






 ――――この距離なら、マミは一瞬で詰められる。マミにはそれだけのスピードがある。
なら、動き出す前に、言葉で牽制する。



「アンタがさっき突き飛ばしたソイツはさ、さやかの願いの対象なんだ。さやかは、ソイツの腕を治すために契約したんだ」


 すると、マミはへ~っというような表情に変わった。

「あら、そうだったの。そう言えば、美樹さん、以前そんなことを言っていたかしらねえ? 
フフ。この子のことが好きなのね、美樹さん。あの時も、恋する乙女っていう感じだったわ」







 なんだ、知っていたのか。



 その事実に、杏子は少し安堵する。これなら説得できるかもしれない。


「そうだよ。さやかはソイツのことが好きなんだ。ソイツが死んじまったら、さやかはきっと二度と立ち直れなくなる。
だから、ソイツを傷つけないでくれ」

 懇願する杏子に対し、マミは無表情で沈黙する。

 その瞳は何も訴えることなく、唯々紅いだけ。




 通じていないのか……。




 杏子はそう感じたが、それでも続けるしかない。
もしかしたら、……もしかしたら、マミは心を変えてくれるかもしれないじゃないか。









「なあマミ…………。アンタ、正義の魔法少女だったんだろ? 街を守りたいって言ってたじゃんか。
ソイツはアンタの守る対象じゃなかったのかよ。…………なあ、いい加減、目ぇ覚ましてくれよ……。マミ……」


 杏子の必死の言葉に、それでもマミは何も答えず、静かに俯いた。


 周囲からは不思議と物音がしない。広めの道なのに、車も走っていない。

 静寂の中で、マミが立っているところだけ、街の明かりも街灯の光も照らし出さない暗闇のような気がした。
そこだけ、ぽっかりと、空間に穴が開いている気がした。



「……なあ」

 マミ。



 と呼びかけようとした時、
















「正義か……」





 俯いたままのマミが、突然沈黙を破ってポツリと呟いた。
その声に含まれていたのは、どんな感情だろうか? 
杏子には分からなかった。
それが分かるような魔法があればいいが、生憎杏子は持っていなかった。


「そんなもの、とっくに捨てたわ」

「……マミ?」


 予想外の答えが返って来て、杏子の内心が揺れた。
それは巴マミと言う少女を知るからこそ、考えられないような言葉だった。






 かつてのマミは、両親を見殺しにした負い目から(あるいは他にも何かきっかけがあるような気もする)、
過剰なまでに人のために戦うことに拘っていたように思う。
彼女の弟子だった頃の杏子はその思いに迎合したけれど、袂を別ってから初めてそんな考えを抱くようになった。


 そのマミを知っている杏子からすれば、「正義を捨てた」なんてありえない言葉なのだ。
マミにとって、「正義」とは簡単に捨てられるようなものじゃないはずだ。
それが、マミを支えていた柱だったはずだから。






 だから、問い返す。



「冗談だろ?」





「私は、自分でそれを捨てたの」




 だがマミは、杏子の問いには答えず、吐き捨てるように語り出した。
嘘偽りのない言葉。つまり、本当にマミは……。




「フランに血を吸わせたの。あの子が求めて来たから。応じちゃった……。
でね、それがすごーく気持ちいいのよ。だから、ハマっちゃったわぁ」

 俯いたまま、マミは両腕で自分の体を抱き、笑っているのか、肩を細かく震わせた。




 何の話をしているのかよく分からないが、まだ杏子は淡い希望を抱いていた。
少なくとも、マミには今すぐ襲う意思はないようだ。なら、話し合う余地は残されている。



 でも……何かが引っ掛かる。




「その時は鹿目さんたちも居たし、…………私、憧れの先輩だったの。で、それも心地良かったの。
だから、正義のために戦うふりしちゃった。だって、そうしていたら鹿目さんたちが憧れてくれるもの。
そうやって、私は正義を捨てて、嘘吐きになったのよ」


 …………そして挙句の果てに、


「あの魔女に殺されかけたわ。当然の報いよね? ………………そして、吸血鬼になった。

最初は苦しかったけど、あとは楽だわぁ。




だって、ねぇ? 




悪魔ですもの。


嘘を吐いても、人を傷つけても、他人を利用しても、それは全て『悪魔の所業』ですもの。

もう正義に縛られることもないもの。自由だわぁ」



 ふふふ、と楽しそうに笑いながら両手を広げるマミ。その貌がゆっくりと上がる。






「何をしようかしら? 本当に、何をしようかしら?」




 マミの眼を視て、杏子は目を閉じて耳を塞ぎ、走ってその場から逃げ出したくなる衝動に駆られた。





 それだけ悲惨な顔だった。






 聞くに堪えない声だった。









 それでも逃げなかったのは、恭介がいたからか。さやかの希望があったからか。



















 何でッ!! 何で血の涙まで流して、笑ってんだよッッッ!!












 マミの双眼から流れ落ちるのは、その瞳と同じ色のドロリとした液体。
それがマミの白い頬を伝い、顎の先から胸元に垂れて、黄色いパジャマにグロテスクな模様を作り上げていた。



 そして、そんな状態でも、マミは笑っているのだ。

 楽しそうに。嬉しそうに。面白そうに。



 まるで決定的な何かが抜け落ちたような表情。
その眼は、焦点が定まらず、どこかの……この世でないところを見ていた。













 ああ、そういうことか……。











 先程から引っかかっていたものの正体が分かった。

 それは杏子が本心では解かっていて、それでも否定したかった事実。





 ――――完全に狂ってしまったわ――――




 ――――最低限の理性も失って、力の続く限り暴れ続ける――――








 十六夜咲夜はそう言っていた。吸血鬼に仕える人間はそう言っていた。










 つまりは、そういうことだった。






 咲夜の言葉は正しかった。その時、自分は言葉を失った。
それは、その言葉を認めてしまったから。











 さやかならマミを救える?




 バカ言っちゃいけないよ。













 そんな訳…………ないだろ………………。






















 杏子の赤いソウルジェム。プライスレスの祈り。





 ――――それに、黒い淀みが広がる。










「そうよ! 壊せばいいのよッ!! 私は狂ったの。だから壊すの。壊すのよ」









 唐突にマミが大きな声で叫ぶ。
両手をさらに目一杯に広げ、背中の羽も広げ、天を仰いで、神に唾棄するかのように絶叫する。












「街を壊すの。人を壊すの。男の子を壊すの。母親を壊すの。学校を壊すの。クラスメートを壊すの。先生を壊すの。女の人を壊すの。家族を壊すの。友達を壊すの。公園を壊すの。後輩を壊すの。魔法少女を壊すの。恋人も壊すの」











 マミは視線を下ろし、それを杏子に固定する。
紅蓮に燃えたぎる双眸が赤い槍使いを射抜く。
その口は口裂け女のようで、そこから白い、唾液に濡れた、上下合わせて二対の牙が姿を見せる。











 ――――それは狂笑――――





 残酷で、無慈悲で、凄惨で、愉快で、恐ろしく、悍ましく、醜く、何よりも悲しい笑い。

 その背後の景色はまるで蜃気楼のように歪んで見えた。
熱気のように、マミから噴き出る禍々しい妖力のせいで。











「壊すの……。

















壊すの……。
















…………壊す。











壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
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壊す。
壊す。
壊す。
壊す。
壊す」









 壊れた。











 杏子はそう思った。



 何度も同じ言葉を繰り返し、ケタケタ笑うマミはもはや取り返しのつかないところまで行ってしまった。








 これは、もう………………。






















「コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス。コワス」









































 ――――――――――――――――キャハッ――――――――――――――――――














 ブンッ!!


 ――――と、視界がぶれた。







 次に杏子が見たのは、さっきまでとは全く違う景色。
なぜか視界が90度傾き、アスファルトがすぐ傍にある。


 続いてその身を襲うのは、経験したこともない激痛と、左腕が燃えているんじゃないかというほどの熱。

「がッ、あああああッ!!」

 横隔膜が悲鳴を上げたかのような絶叫が杏子の口から飛び出した。
その体は二回ほどアスファルトをバウンドして、ようやく停止する。

 何が起こったかなんて考えるまでもない。

 杏子が激痛に呻きながら先ほどまで立っていたところを見ると、そこには案の定足を蹴り上げたままの格好のマミ。

 視線を下ろすと、左腕の肘の辺りが原形を留めないほどひしゃげて、真っ赤になっていた。
腕がつながっていること自体が奇跡みたいな傷だ。





「マズハサクラサンカラ」





 聞きなれたお淑やかな声が狂った口から聞こえてきた。


 杏子はノロノロと立ち上がる。マミはそれを笑いながら見ていた。






 一発貰っておいて今更だが、杏子にはマミと戦うしか道が残されていない。
だから戦う。果たして、それが戦いになるかは別として。


 だが、まともにやりあっても勝てない。
そもそも、杏子の勝利条件はマミを倒すことじゃない。
恭介を救うことだ。
そのためには、マミを何かに引き付けて隙を作り、その隙に乗じて恭介を助け出さなければならない。





 忘れるな。迷うな。







 杏子は心を立ち直らせる。
嘆いている暇も、ショックを受けている暇もない。
ゼロコンマ何秒で生死が分かれるのだ。余計な思考は排するべし。

 杏子は魔力をつぎ込み、少しでも体を回復させる。
だが、さやかのようにはいかない。
そして、マミはそれを待ってくれるほど優しくはなかった。


 吸血鬼が僅かに膝を曲げる。



 来るッ!!




 比較的ダメージの少ない足に力を込め、杏子は右に飛んだ。







 直後、

 ゴガッ!! という轟音とともに、杏子の体を砕かれたアスファルトの破片が襲う。




 杏子のすぐ傍にマミが現れて、足で地面を踏み砕き、さらにその衝撃で杏子を攻撃したのだ。



 怯めばそこで死ぬ。
だから杏子は礫の雨を浴びながらも必死で路面を蹴り、体のベクトルの向きをマミの方に変えて飛び掛かった。

 スピードとパワーが尋常じゃない相手に対し、間合いを詰めるのは無謀の極みだが、距離を置いても何の意味もない。





 戦いには、間合いというものが重要である。

 杏子の武器は槍だ。その間合いは剣より広く、飛び道具よりは近い。
そして、戦いにおいては間合いが広い方が有利だ。
もちろんこれは、武器の使い手の技量次第で逆転する場合もある。



 杏子はかつて、魔法少女時代のマミと、マミがやる気ではなかっとはいえ、彼女に勝利した。
マスケット銃なら、槍の届かない間合いから撃ち込めるが、杏子にはそれを覆すだけの技量がある。

 そして、杏子なら体術だけしか使わない相手に、普通は後れを取ることもない。





 相手が吸血鬼でなければ。



 杏子は動かせる右手だけで槍を操り、即座に分解させて、それに蛇のように複雑な動きをさせて、
マミを突いた。

 マミの意識が一瞬槍に向かう。

 その隙に、重心のかかった右足を払った。




 尋常ならざる吸血鬼となっても、やはりマミはマミだ。
体術も基本的には杏子より下手。
それを教え込んだのは他ならぬ彼女だけれど、常に体術を絡めながら戦う杏子は、いつの間にかマミよりその実力を上げていた。
つまり、近接戦闘なら、杏子にスキルの分がある。







 ただ、やっぱり、


「くそッ!」



 本来なら倒れるはずのマミ。
払った右足は、ビクともしなかった。まるで岩のように硬かった。
逆に杏子の足に激痛が走る。




「ザンネンネ」




 杏子の目の前で、マミがにんまりと笑う。



「グッ」



 喉が一瞬で干上がった。




 背筋に悪寒が走るより早く、杏子の頭に向かって、マミの右手が振るわれる。




 杏子は無我夢中で頭を下げた。










 ブオンという、空気を引き裂く音がしてさっきまで頭があった場所をマミの右手が通過する。



 本人はラリアットのつもりだろうか? 
あんなものがまともに当たれば、頭がスイカのように弾け飛んでしまう。





 だが杏子だって負けていられない。


 分解した槍をマミの体に巻きつけ、あらんかぎりの力で地面に叩き付けた。

 バランスを崩して路面を転がるマミ。
悲鳴の一つも上げなかった。
一歩後ろに飛んで、杏子は様子見する。






 跨道橋の時とは違い、今のマミはかつてのマミとは違う戦い方をする。
魔法少女として戦っていた時のような、マスケット銃とリボンを華麗に駆使して戦場を舞うような優雅な仕草は見せない。
とても同一人物だと思えないくらい今のマミはかつてとはあまりにも違っている。
洗練された美しさも、漂う上品さもなく、ただ野獣のように手足を振るうだけ。
「戦い方」ですらない。単に暴れているだけ。



 それがどういう意図で行われているのかは分からない。
本気を出していないのか、あるいはかつての魔法が使えないだけなのか。
しかし、そんなものでも十分脅威になるのが吸血鬼という存在だった。



「イタイワ。サクラサンヒドイコトスルノネ」



 そんなことを呟きながら、マミは何事もなかったかのように立ち上がった。
どこかを怪我した風もない。強いて言うなら、パジャマが少し乱れただけ。


 さっきから攻撃はできている。ただし、全くダメージが入っていない。
舐められているのか、戦いの形にはなっているが、それはあくまで表面的にだけ。
実際にはまるで戦いになんかなっていない。






 こりゃあ、無理だな。







 やってみて分かった。
多分、槍も効かないだろう。
咲夜のように銀の武器を持っている訳でもないから、マミに有効な一撃を加えるのはまず不可能とみて間違いない。








 今ここで杏子が打てそうな有効な手段はたった一つだ。


 ただし、それは簡単にはできそうもない。でも、やるしかない。



 できるかできないかじゃない。やるかやらないかだ。




 さやかにそう言ったのは、他ならぬ自分だった。ならば、選択肢は唯一。





 けれど、その余裕があるか?





「ッッ!?」




 ゾオッと悪寒が背筋を走り抜けた。

 杏子は自らの勘に従って、その場を飛びのき、マミから少し距離を置く。



 その瞬間に、マミが杏子に向かって飛び込んできたのだ。
両手が突き出され、杏子の心臓を掴み出さんとする。
が、それは空を切る。







 悠長に考え事をしている暇はない。
一瞬一瞬が命がけだ。
魔女との戦いでも、こんなに冷や汗を流したことはない。
体は熱く、皮膚を流れる滴は異様に冷たい。
荒い呼吸を整えながら、マミの攻撃を躱しながら、杏子はステップを踏み、マミから距離を置く。


 この間よりはましな気がする。
咲夜との戦っていた時に比べ、今のマミは若干動きが鈍っている気がする。
それが杏子がまだマミの目の前で立っていられる理由だった。
ただし、それも長くは続かないだろう。
早く、「アレ」を実行しなければならない。







 それはかつて、杏子が持っていた魔法。






 ――――幻惑――――








 それを命名したのは他でもないマミだった。
昔は恥ずかしくてそれを叫ぶことなんてしなかった。
結局一度も口にしなかった気がする。


 だけど、今はその技名が杏子の希望の代名詞だった。







「いけるか……」


 口の中で小さく呟く。
同時にマミが鋭いパンチを繰り出す。
杏子はそれを腰を屈めて躱す。


 ゴオッ!! という爆音が鼓膜を揺さぶった。


 拳の速度は亜音速に達していた。
衝撃波に限りなく近い暴風が杏子の髪を激しく乱し、全身を寒気が走り抜ける。
ボクシング世界チャンピオンも泣き出すような凶悪な一撃。
改めて吸血鬼の規格外さを思い知る。



 杏子はさらに槍を振り回して牽制し、ステップを踏んでマミから離れた。








 何とか隙を作りたい。





 「アレ」は、一度捨て去った魔法だ。すぐには出せない。
だけど、それしか方法がないんだから、気合と根性で何とかするしかない。







 やるぞ……。






 何度目かの相対をする杏子とマミ。


 杏子は息を吸って、




「マミッ!!」




 と叫んだ。


 ピクリとマミが反応する。






「ドウシタノサクラサン?」







「アンタ、一人ぼっちは寂しくないのか?」




 時間稼ぎだ。
攻撃できるほどの隙にはならないかもしれないが、「アレ」を発動させる時間が稼げればいい。
それに、それで説得できるかもしれない。
まだ、その余地は残されていると信じたい。







「……」






 マミは答えない。表情から余裕が消えて、何を考えているのか分からない顔で杏子を見据える。
シンと静謐に包まれる道。自分の内に集中してしまった杏子はその変化に気が付かない。
彼女も、焦っていたのだろう。



「そんなふうになって、周りを傷つけて、アンタ、最後は一人になっちまうぜ」









 念じる。








 出ろ!! 出ろっ!!








 必死に、半ば祈るように、念じる。












 この時、杏子は致命的なミスを犯した。


 自分の幻惑魔法を再び使うために、マミから意識を外したのだ。


 それは焦燥ゆえか。とにかく、やってはいけないことだったのだ。


 そして尚悪いことに、杏子はそのことに、その時まで気が付かなかった。




「だったら、アタ」





















 グボッという音。腹を突いた衝撃。






 がくんと、杏子の力が全身から抜けた。
自力で立つために膝に力が入らず、杏子は崩れ落ちそうになる。



 が、それを何かが支えていた。
本来なら地面に倒れ臥していたはずの杏子の体は、どうしてか中途半端な、脱力しきったままの姿勢を維持して、
まだ「立っていた」のだ。










 杏子はゆっくりと視線を下ろして、














 ………………………………………………………………………………………………ガラン。













 重い金属の音を響かせて、杏子の槍がアスファルトに落ちる。






「ぁ……あぅ……」








 杏子の鳩尾の辺りから、誰かの腕が生えていた。
ちょうど肘の先辺りから、黄色い袖に包まれた腕が伸びている。
それを肘、二の腕、肩と視線で辿って行くと、目の前に見慣れた顔があった。




 僅かに赤い血が付着した白い貌は巴マミのもの。







「グフッ」







 気持ち悪さと吐き気がして、杏子の口から熱い液体が漏れだした。
ゴポゴポという気泡が混ざった気味の悪い音を立てて口から溢れ出したそれは、杏子の顔の真下にあるマミの腕を赤く染めながら、
ビチャビチャとアスファルトに落ちていった。

 マミの右腕が杏子の腹を貫通し、崩れ落ちかけた彼女の体を支えているのだった。
その顔に、いかなる表情も浮かんでおらず、ただのっぺりとした紅い瞳が無残な杏子の姿を映すだけ。



 ズボッという音ともにマミの腕が引き抜かれる。



 杏子の血で真っ赤に染まった腕。
それを視界に映しながら、杏子は力なくその場に横たわる。
足を折りたたむように崩れ落ち、左に倒れて、ひしゃげた左ひじをアスファルトに強かに打ちつけ、
途端に走った別の激痛はすぐにかき消された。



 鳩尾の辺りがスースーする。そこから何か熱いものが流れ出しているのが嫌でも分かった。





 痛みはない。


 魂が分離している魔法少女は、この傷でも死なないし、どうやら痛みをシャットアウトできるみたいだ。
確かに、痛覚を遮断していないと、激痛のあまり気絶するのは必至だったろう。

 ただ、だからと言って杏子にできることはない。僅かに首を動かして、マミを見上げるだけ。




 マミは相変わらずの無表情で杏子を見下ろしながら、ゆっくりと右手を口元に持っていった。
そして、杏子の血で濡れた指を小さく舐める。









「ン」


 即座にマミの端正な顔が歪められ、ペッと唾を吐きだした。



「マズイワ。ナニコレ。チッテコンナニマズイモノナノ?」





 そう言って、マミは倒れながらも見上げる杏子を、軽く小突くように蹴った。
それだけでも、杏子の体は勢いよく転がり、俯せになる。
しかし、彼女は悲鳴も上げられず、物言わぬ死体の様な肉の塊が、赤い血を撒き散らしながらアスファルトの上に臥しているだけだった。


 それを見たマミはくるりと踵を返し、杏子に背を向けて歩き出す。
もう杏子から興味を失ったようだ。
さっきの蹴りも、特に理由は無かったのだろう。

 そして、まだ気絶したままの恭介に近寄って行くのだ。



「ま……ゴボ」



 待て! という言葉は、途中で水っぽい音に遮られた。
杏子の口からさらに血が溢れ出し、アスファルトにさらに赤を広げる。




 体に力が入らない。
腕も足も、鉛のように重くて、ビクともしなかった。
俯せに倒れていた杏子は、声にならない呻きを上げながら、マミの背中を見上げるしかない。
マミは宙を飛んで対岸の歩道へ渡り、恭介の傍に立った。




 そして、腰を屈め、倒れている恭介の首を掴んで、そのまま持ち上げた。

 だらんと恭介の手足が宙に垂れる。
マミはその首を両手で持ち、うっとりとした表情で恭介のことをしばし眺めていた。



 それは、人間もしばしば行う行為。
敢えてすぐには口をつけず、しばらく自分を自分でじらして、期待を膨らませるために行う。
食べ物を、舌で堪能する前に、見て楽しむのだ。


 少年には、死への猶予が与えられた。
ただし、その気道はマミが首を掴んでいるために、徐々に締まっていくけれど。







 そのままでは恭介が窒息死してしまう。
このままではさやかの希望が失われてしまう。
マミが人を手にかけてしまう。






「グ……、ウグッ……」




 声にならない声を上げ、音にならない音を出し、それでも杏子はあらんかぎりの力を全身に込め、
己を鼓舞する。









 動けッ、動けよッッ!!









 ピクリと指先が震える。











 体の中で、ものすごい勢いで魔力がうねり始めた。



 杏子を象徴するようなそれは、真っ赤な力。情熱の赤。活気の赤。激情の赤。





 それが無数の濁流となって杏子の全身を駆け巡る。
それは血が抜けて冷えて来た杏子の体に、再び体温を与え、体を動かす原動力となる。













「ググ……、ゥグッ……マ……ミ……」







 ノロノロと、亀よりも遅く、杏子の四肢が動き始める。



 未だ鉛のような手足も、ゆっくりと、しかし確実に動き出していた。
左腕は使い物にならないが動かせるようにはなっていた。












 アタシは亡霊だ! 

 死んでも死にきれねえくたばり損ないだ!! 

 これくらいの傷で、いつまでもヘタレてられねえよッッッ!!












 ゆらりと、杏子が立ち上がる。

 マミもそれに気が付き、恭介を放した。その体は再び力なく路面に崩れ落ちる。




 人も車も通らず、奇妙に静まり返った住宅街の道路。
片側一車線のアスファルトで出来た川を挟んで二人が向かい合う。
一人は狂気を纏って佇み、もう一人は腹から夥しい血を流しながら辛うじて立っている。
二人の背後には不気味なほど静かな家を囲む塀。














「…………よう、マミ。アタシの相手……まだ、終わってないぜ……」














 流石に血を流し過ぎて(今も流していて)、頭が真っ白になって、足元がふらふらする。



 まともに動ける状態じゃないのは分かっていた。
万全の状態でも話にならなかったのに、この怪我では一方的に蹂躙されるだけだ。
もしほむらやキュゥべえがこの場に居たら、そんなことを言って杏子を止めたかもしれない。



 けれど、この場で杏子を止めようとする奴は居ないし、居たとしても杏子は止まるつもりは毛頭ない。
無理なら気合で何とかする。





 もちろん、無策ではない。
一つだけ、策と言えるようなものでもない、完全なギャンブルだが、一縷の希望があった。





 相対するマミは動かない。好都合だ。



 杏子は精神を研ぎ澄ます。









 目はしっかりとマミを見据えているが、同時に自身の内も見つめる。
さっきみたいな間抜けはもうしない。
そうして、感じ取る。全身を流れる魔力を。














 使わなければならない魔法がある。かつて捨ててしまった己の魔法がある。


 それに頼る。




 虫がいいなんて分かっている。
ご都合主義だなんて理解してる。
それでも、それが必要なのだ。




 頼むよ、神様。頼むよ、親父。
身勝手なのは分ってる。
我儘だってのは解ってる。
だけど、アタシはやらなきゃいけないんだ。
さやかの希望を守らなきゃいけない。
マミが罪を犯すのを止めなきゃいけない。
今この場で、それができるのはアタシだけなんだ。
アタシしかいないんだ!!






 ――――だから、力を、幻惑の魔法を、もう一度アタシにッッッ!!










 それは杏子の祈りの証だった。
魔法少女としての根幹だった。
なのに、杏子は保身のためにそれを捨てた。
ごみ袋に詰めて心の奥底に放り込んだ。



 杏子は祈るように両手を組み合わせる。


 それは、かつてまだ自分が信心深い教徒だったころ、毎日欠かさずやっていた祈りの姿勢。










 アタシはこんな汚れた魔法少女だ。
家族を殺して逃げた卑怯者だ。
でも、アイツらは違うんだ。
マミもさやかも、本当にイイ奴らなんだ。
だから、アイツらが希望を失ったり、誇りを自分で傷つけたりしちゃいけないんだ。
それに、あの恭介って奴だって何にも悪くないんだ。
こんな理不尽な目に遭って、殺されていいわけない。











 頼むよ、神様。こんなアタシでも、アイツらを守らせてくれ……。


















 ひたすらに祈る。

 困った時の神頼みとはよく言ったものだ。今更捨てたものに頼るなんて卑しい。浅ましい。





 けれど、それがどうした? プライドなんかより、余程守らなければならないものがあるのだ。


 どんなに皮肉られても構わない。
どんなに罵倒されても気にしない。
どんなにみじめであっても、無様であっても、そんなことは最早どうでもいい。








 欲しいのは、ただ一つの結果だけ。
杏子には、最初から手段を選ぶ権利などなかったから。









 ―――――――――――――――果たして祈りは通じたのだろうか。










 杏子が今まで捨ててきたごみが詰まった袋の中で、その手は確かに求めていたものを掴んだ。




 もう放さない。もう捨てない。













 ――――――ありがとう――――――

















 誰に向けた感謝か。


 杏子は心の中でそう呟き、手を解いた。








 祈りの時間は終わった。あとは杏子次第だ。必ず恭介を救い、最悪の結果を回避する。


 杏子はきつくマミを見据える。
その瞳には、真っ赤な炎が燃え上がっていた。
全身に力がみなぎっている。
そして、その全てを掌握している感触がある。
あとは、やるだけだ。




 マミは狂気に染まった真紅の瞳で杏子を見返す。





 佐倉杏子は怯まない。






 守るべき人が、希望がある。
なら、引く理由は存在しない。
かつて逃げ出した己とは違う。
この双肩にかかっているのは、自分一人の運命じゃない。













 行くぞッ!!




「ロッソ……ファンタズマッッッ!!」





















な、なげぇ・・・




途中の、「出ろ! 出ろっ!!」
って、念じている杏子ちゃんが、トイレで気張っているようにしか思えなかったorz





守りたい人がいる。


陸上自衛隊のイメージキャラクターに起用できそうな杏子でした。
南無三

マミ「何これぇ~、マッズうぅ~い!」

杏子「アアン?アタシの血がマズいやって!?アンタなぁ、お隣りのフランちゃんかて
アンタのマッズうぅ~い血ィ飲んで頑張ってたんやで!せやからアンタやって我慢しい!」

マミ「せやけどお母ちゃん。いっつも他所は他所、ウチはウチて言うとるやんか」

杏子「それはそれ、これはこれや。文句ばっかとやかく言うんやあらへん!」

マミ「ま~たそれや……お母ちゃん、答えに困るとい~っつも
そういう無茶苦茶な事言いよるもんな~。ふん……!全く、やんなるわ」

東方で分身技と言えば

禁忌「フォーオブアカインド」(使用者:フランドール・スカーレット@東方紅魔郷)
舌切雀「大きい葛篭と小さい葛篭」(使用者:水橋パルスィ@東方地霊殿)
正体不明「紫鏡」(使用者:封獣ぬえ@ダブルスポイラー)
「マミゾウ化弾幕十変化」(使用者:二ッ岩マミゾウ@東方神霊廟)

こんな所か?
旧作までは知らない
あと萃香は「分身」と表現していいのかわかんない


しかし、キュウちゃんはこのバケモノを殺させないことでどんなメリットがあるんかな



べえさんの人気に嫉妬
もう、べえさんが主人公でいいかなぁ


>>255
別に、QB的にはどっちに転んでもおいしい。
マミさんが死ねば、「マミが死んだ。契約ry」
マミさんが生きていても、「マミを元に戻すには、契約ry」
ただ、魔法少女から魔女以外になった貴重なサンプルですので、
データを採取するためには生きていてもらった方がお得
と考えてマミさんを助けた次第です。

まあ、ノルマが達成できればそれもどうでもいいだけどw











                    *









 バサバサバサバサ!! という羽ばたきの音が何重にも重なる。
それは生理的な不快感を催し、思わず顔を顰めてしまいそうになる気持ち悪いもの。


 杏子は驚いてバランスを崩してしまった。

 強かに尻を打ってしまったが、痛覚が働いていないのか、痛みは感じない。


 背後からものすごい銃声が響いたが、宙を舞う黒い群れはどんどん空に上がって逃げていく。

 蝙蝠だった。そう言えば吸血鬼は蝙蝠に変身できるのだった。






「糞っ!!」


 咲夜が悪態を吐き、銃撃を止める。


「蝙蝠に分裂できないようにやったのにっ! もう回復したのッ!?」

 夜空へと消えていく黒い群れを睨みあげながら、咲夜は毒を吐き続けた。



「あの白いクソッたれめッ!! 時間稼いでこれを狙っていたのね! 次に会ったら首を切り落として腹に犬の糞を詰め込んでやる!!」

「咲夜!」

 ヒールの音を立てて駆け寄って来たほむらが心配そうに咲夜に声をかける。
そのほむらに、咲夜は悔しそうに吐き捨てた。

「……悪いわね、ほむら。私のミスよ。
邪魔があったけど、まさかあんな短時間まで回復するとは思わなかったわ。
新月直前だからって油断してた」

「月が関係あるの?」


 背後の二人のやり取りを聞きながら、尻餅を付いたままの杏子は空を見上げていた。
そもそも、分厚い雲に隠れて月は見えない。


「大有りよ! 妖怪は、月の満ち欠けに大きく影響されるわ。
基本的に満月の時に一番力が強くなって、新月の時に一番弱まる。
吸血鬼は特にそう。
実際、今日のアレはこの間と比べて弱かったわ。
でも、潜在能力の高さは私の予想を上回っていた。
流石、腐ってもスカーレットの眷属という訳ね」






 尻餅を付いた杏子と同じく、偽物の杏子も空を見上げていた。
自分の手から逃れた先輩に、彼女たちは何を思っただろうか。
……いや、杏子の偽物なんだから、考えていることは変わらないか。

 杏子は魔力の供給を切り、幻惑魔法を解除した。
同時に、偽物は宙に溶けるように消えていく。




「さっき、彼女はまどかの名前を呼んでいた。まどかが、危ないわ……」

「……狙いを、つけたのかしら。彼女は今どこに?」

「分からない。美樹さやかと一緒なのかしら?」

「あの青二才じゃあ新月の日でも話にならないわね」

「まどかに……」

「私は行くわ。ほむらは負傷者の手当てと、あの少年をお願い。これを渡しておく」



 咲夜はそう言って懐から小瓶を取り出した。



「何これ?」


「私の知り合いの、腕のいい薬師が作ったすごい薬よ。
傷口に掛ければどんなひどい傷でも治してしまう。持っておきなさい」


「……ありがとうね」




 杏子が振り返った時には、すでに咲夜はその場にいなかった。
ほむらは杏子のほうに歩いてくる。






「まずは貴女の治療よね」


「それで、治るのか?」




 咲夜がすごい薬だと説明していた小瓶の中の液体。透明で、街灯の明かりを反射している。



「らしいわね。じっとしてて」

 ほむらは小瓶の口を塞いでいたコルク栓を抜き、少し杏子の腹に垂らした。




「おお」




 杏子が感嘆の声を上げているうちに、どんどん傷が塞がり始めた。
破れて血に染まった衣装はそのままだが、穴が開いて赤黒い中身が覗いていた杏子の腹は、
元の白い肌に覆われていく。

 それを確認して、ほむらはさらに杏子の左腕にも傷薬を垂らし、コルク栓を閉めた。
まだ瓶の中には半分以上薬が残っている。


 ほむらは恭介の方に向かって行く。

 杏子の傷はものの数十秒で塞がった。





 一体どうやったらこんな薬が作れるのかまるで分らない。
腕のいい薬師が作ったと聞いたが、何者なんだろう? 
この世のどこに、こんな薬を作れる奴がいるというのか。







「上条恭介は無事なようね」



 ほむらが言った。彼の頭に薬を垂らし終わった後、その効果を確認して。


「そうか」


 杏子は立ち上がり、変身を解く。
元の私服姿に戻ると、さっきまで目も当てられないような傷を負っていたのが嘘のように、いつも通りだ。





 そして、辺りを見回して溜息を吐いた。


「どうすんだよ、これ……」

「直しようがないわ。放って置くしかなさそうね」




 ほむらの言う通り、杏子やマミが暴れた周囲は、ひどく破壊されていた。
あの跨道橋よりもひどい。
路面は所々陥没し、そこかしこに血がこびり付いていた。

 これは大騒ぎになる。
どうしてか人影は見ないけれど、誰かが来る前に早く立ち去った方がいい。





「杏子」

「なんだよ」

「貴女は、まどかと連絡が付く?」

 ぐったりとした上条恭介を抱きかかえながら、ほむらは問う。
恭介は単に気を失っているだけのようだ。




 既に変身を解いていたほむらは、恭介を抱えたまま歩き出した。
向かう先は、恐らく彼の家。
証拠を残さないためにも、彼の身柄を早急に彼の家族の元に戻さなければならない。


「テレパシーを使えばな。キュゥべえが居ればかなり離れていても飛ばせるぜ。
そりゃ、アンタも同じだけど」

「いいわ。私はあいつの力は借りたくない。まどかには直接張り付くわ。
でも、貴女も居てね。
美樹さやかと私ではあまりうまく連携は取れそうにないけれど、彼女と協力状態にある貴女なら大丈夫でしょう? 
もし巴マミが襲って来ても、少しはもちそうだし」


 後半の方が本音だよなあ。と思いながら、杏子はほむらについて歩いて行く。






 それはそれで構わない。
そうなるだろうと予想していたし、ほむらと協力するのはやぶさかではない。
それより、ほむらがマミと戦えないことの方が厄介だ。












「……マミは、無理か?」





「……」









 ほむらは答えない。

 杏子もほむらと同じく、マミに普通なら死ぬような傷を負わされた。
それでも、杏子はほむらのようになったりはしない。
かつてのマミを知っているということが大きいのだ。
逆に、マミのことをあまり知らなかったほむらがあんな目に遭えば、マミを恐れてしまうのは仕方のないことかもしれない。


 ただ、そう考えると一応納得するものの、どこか引っ掛かりがあった。



 本当に、そんな理由であんなふうにマミを恐れるようになるのだろうか? 
さっきのほむらの怖がりようは尋常じゃなかった。
恐怖であれだけはっきりと震えるなんて、余程のことだ。





「……巴マミのことは、貴女たちに任せるわ」

「そっか……」


 深くは詮索しない。ほむらは嫌がるだろうし、杏子も知る必要はない。






 それより、マミだ。




 正直なところ、杏子には今の自分の気持ちがよく分からなかった。


 マミを救ってやらないといけないといは思うのだが、一方でマミが逃げたことに対して、
どこか安堵している自分もいるのだ。

 それは、マミを殺さなくて済んだという、逃げから来るものだろうか? 
他人のために手を汚すことにならずに済んだことへの安心だろうか? 
さっきの覚悟はまがい物で、その場の勢いに任せただけなのだろうか?





 アタシは、卑怯な奴だ。
自分のことでマミを傷つけて、独りにして。それでまたマミを見捨てるのかよッ!





 ギチッと歯が鳴った。







「美樹さやかには、何と言うの?」


 不意にほむらが発した疑問に、杏子は我に返る。


「ぁ……、それは、説明するさ。ちゃんとな」

「彼女の性格なら決して納得しないと思うけれど」

「でも、やらなきゃいけないだろ? 隠す方がさやかを傷つける」





「…………そう」



 何だ今の間は?



 不自然に開いた間に、杏子は首をかしげた。


 目の前では長い黒髪が揺れているだけで、その表情は伺えない。
伺えないが、何となく事情は察せた。





 そうか。コイツも隠し事が多かったな。





 嫌なら話してもらわなくて結構だ。杏子はほむらと慣れ合いたい訳じゃない。
もちろん、共闘すると決めた以上、ある程度は手の内を明かしてくれてもいいものだとは思うが。



「どうやって、説得するの?」

「何とかする」


 今はそれしか言えない。何しろ、杏子自身の頭の中がぐちゃぐちゃだからだ。




「美樹さやかなら、巴マミを殺さなければならないと聞いた時点で感情的になって貴女の話を聞かなくなるわ。
気を付けないと、決裂するだけだと思うけれど?」



 コイツ、やけに詳しいな。




 あまりさやかと親しくないほむらがどうしてここまできっぱり言い切れるのだろうか? 
まるで付き合いが長くて、さやかの性格をよく分かっていると言わんばかりだ。



「そこは、工夫するよ」

「そう」





 それっきり、会話は終わってしまった。



 二人は黙々と歩き、それから恭介の家の前に恭介を置き、インターフォンを鳴らして物陰に隠れた。

 すぐに中から出てくる住人。恭介を発見して悲鳴を上げる。

 それを確認してから、二人はその場を去った。



「これから、どうするの?」

「あん?」

 また唐突に投げかけられた問いに、杏子は若干不機嫌そうな様子で返した。

「今夜はどこに泊まるのよ?」

「どっかそこら辺に」

 適当に答える。ほむらは淡々とした口調で続けた。



「私の家に来ない?」



「…………あ?」




 それは、コイツの性格からすれば結構な爆弾発言かもしれない。


 杏子は、隣を並んで歩くほむらの横顔を思わずといったふうに凝視してしまった。
その面は、相変わらず澄ましている。




「巴マミのことも大事だけれど、ワルプルギスの夜が来るまであまり時間が残されていないわ。
貴女が一緒に居てくれると、いろいろと準備が助かるのだけれど」

 きっとそれは本音だろう。ほむらは人恋しくて誰かを家に上げるようなタイプには見えない。

 まあ、そういうビジネスライクな理由なら、別に杏子に拒否する理由はない。




 ただ、次の一言は余計だった。





「私は一人暮らしだから、家族の心配はしなくていいわ」






「……そうかよ」

 機嫌が急降下した杏子はぶっきらぼうに答えた。本当に、言わなくていいことを……。

「? それで。来るの? 来ないの?」

「行くよ。行ってやるよ」

 ほむらの顔から目を背け、杏子は若干足を速めた。








すごい傷薬を作った薬師とは!?












A.永琳











                  *








「はあああああああっ!!」



 雄叫びをあげてさやかは襲いかかって来た使い魔を叩き斬る。

 くねくねと動く黒い蛇の様な使い魔。より正しく言えば、蛇の様なシルエットだ。
それがさやかの前で5匹、こちらを警戒するように伺っている。


 元は12匹も居た。それをやっと半分以下に減らしたところだった。

 なかなか強力な相手で、動きがすばやくて攻撃力も高い上に、数も多くてさやかは苦戦を強いられていた。



 こんな時、杏子が居れば大助かりだっただろうが、なぜだか彼女とは連絡がつかない。
待ち合わせをしていたはずの公園にもいなかった。


 大遅刻をして、怒って帰ってしまったのだろうか? 
いや、無断でさやかのことを放って置くような無責任な性格をしている訳じゃないはずだから、
きっと何かあったのだろう。
だから、さやかは連れてきたまどかと共に街中、杏子を探して歩いたのだが、その途中でこの使い魔の結界を見つけ、
やむなく退治を始めたのだった。




 本当なら、まどかを連れてくるつもりはなかったのだが、マンションの前で待ってくれていた上に、
さやかを慰めてくれたのを無下にもできず、杏子と待ち合わせをしている公園に行くまで、という条件で一緒に居たのだが、
その杏子を探すのを手伝ってもらった結果、いつもの如く魔女退治に同行する形となったのだった。


 それはいいとして、今さやかの思考の大部分を占めるのが杏子のことだ。
もしかしたら彼女は単独でマミと接触したのかもしれない。その可能性が一番高かった。

 だから、尚更さやかは焦っていたのだ。

 マミを一人で抑えることはできない。
それは杏子自身が言っていたし、治癒魔法が使える肝心のさやかが居なければ、マミを治すことも叶わないはずだ。



 もしマミのことじゃないにしても、他に杏子に絡みそうな連中と言えば、
ほむらと、そしてあのメイド。
特に、メイドは最初出会った時に、杏子を殺そうとしていた。
ほむらはともかく(それでも得体の知れない力を持つほむらは危険だが)、あのメイド相手では杏子ですら危ない。


 いずれにせよ、早く助けに行かなければならない。

 なのに、この使い魔はなかなか倒れてくれない。随分と長期戦になってしまった。
時間が経てば経つほど、さやかの心の中に焦燥が降り積もっていく。


 モノクロの結界の中。さやかは地面を蹴り、一気に加速して使い魔に切りかかる。
使い魔もそれを迎撃しようと、5匹同時に別々の方向から襲いかかって来た。

 しかし、さやかは突撃を敢行する。

 一匹の胴体を真っ二つに切り落とす。だが、その間に他の4匹の攻撃を喰らってしまった。

 さやかの白い肌が切り裂かれ、赤い血が飛び出す。
本来なら気絶するくらいの激痛が走っていたはずだが、さやかは怯みもしなかった。





「うらああああああああ!!」

 剣を振るい、さらに一匹始末する。




 以前キュゥべえが言っていた、痛覚を遮断する方法。

 それと治癒魔法と組み合わせてから、苦戦していたのが嘘のように連続で使い魔を退治していった。
おかげで、あと3匹である。






「さやかちゃん!!」

 悲痛なまどかの叫びが聞こえて来る。


 気にしない。気にしてたら終わらない。

 杏子のような技量や、マミのような火力があれば、こんな使い魔如き、1分や2分で終わるだろう。
けれど、さやかにはそのどちらもなかった。
だから、こんな無茶な方法でも使わないといけないのだ。





 ズバァ!! と剣がまた使い魔を引き裂き、反撃をもろともせず、さらにもう一匹切り倒す。


 これで残りは1匹だけ。
さすがに分が悪いと思ったのか、逃げ出そうとするが、それを見逃すさやかではない。

 最後の一匹も切り伏せて、さやかは剣を地面に突いた。

 それを支えにして、しばらく荒い息を整え、傷を癒していく。








「ハアッ、ハアッ、ハアッ」




 痛覚を遮断すれば、他の神経も通じなくなる。
そのせいで、体の感覚がなくなった。
まあ、死体だしいっかと思って気にしない。



「さやかちゃんッ!」


 結界が解けると同時に、まどかが駆け寄って来る。

「大丈夫?」

 さやかも変身を解き、まどかに向かって頷いた。




「大丈夫……っとと」


 フラッとした。




 血を流し過ぎて貧血になったのだろうか? 気が付けばまどかにもたれかかっていた。




「さやかちゃん……ほんとに」

「大丈夫だって! それより、早く行こう。杏子が心配」

「……うん」


 まどかから離れ、さやかはおぼつかない足取りで歩き出す。

 予想以上に時間が掛かってしまった。
早く杏子のところに行きたいけれど、どこにいるかも分からない。それがさらなる焦燥を生む。


 せめて杏子が携帯電話を持っていてくれたら良かったのにと思うが、
あの野生児がそんな文明の利器を持っている訳がなかった。

 ならば、頼る手段は一つ。あんまり採りたくない方法だけれど、この際仕方ない。



「キュゥべえ? どこに居るの? 出て来てよ」



 さっきまでさやかたちについて来ていたキュゥべえの姿が見当たらない。
呼んでも出て来ない。いつもはすぐ来るくせに……。



「あれ? キュゥべえ、さっきまで居たのに。どこ行っちゃったんだろ?」

 まどかも辺りを見回している。







 明りのない暗い工場地帯。
普通なら女子中学生が二人で来たりすることはないが、魔女退治なら別。
魔女はこういう場所を好む。


 なかなか姿を現さないキュゥべえに、さやかは歯ぎしりする。



「くっ。肝心な時に……」

「仕方ないから、とにかく行こう。この近くにはいないよ」

「分かった」


 さやかは早足で歩き出す。



 まだ体に疲れが残っている。さっきの使い魔戦が思った以上にきつかったからだろうか。




 死んでるのに疲れてるなんて、可笑しいよね。





 さやかがそんな自虐的なことを思った時、




「さやか! まどか!」


 頭の中にテレパシーが届いた。


 それはさっき呼んでも来なかったアイツのもの。



「キュゥべえ!」



 ぬっと姿を現した白い契約の使者。
いつもと変わらない様子なのに、どこか焦っている感じがした。




「大変なことが起こったよ!」

「何よ?」



 …………なんだか嫌な予感にさやかは足を止める。

 キュゥべえが焦るって……。

 あの、病院でグリーフシードを見かけた時とよく似ている。









 そして――投げかけられた言葉は、さやかの思考を根こそぎ吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。


















「上条恭介が、マミに襲われた!!」




































 ……………………………………………………………………………………………………………………


……………………………………………………………………………………え?






































「恭介が……マミさんに……?」




「うそっ」


「本当だよ! 彼の容体は分からない。ただ、頭から血を流していた」




 頭から血……。









 さやかは言葉を失った。眩暈がした。目の前の光景が現実味をなくして、夢を見ている心地になった。


「そんな!? 嫌だよ。マミさん……」

 まどかが泣きそうな声でそんなことを言っていたが、さやかは聞いていなかった。
今はもう、恭介のことで頭がいっぱいで。

 なんで、どうして、という意味もない疑問が飛び交う。

 我を失っていたさやかは、無意識に、ふらりと足を踏み出し、キュゥべえに近寄って、問い詰めようとして……、























 ブーブーと携帯が鳴る。
















 一瞬、さやかが凍りつく。時間が止まったみたいに。







 さやかはノロノロと懐から携帯を取り出した。

 着信は「お母さん」から。










「もしもし? お母さん?」



『さやかっ!? あんた今どこに居るの? 恭介君が大変なのよ!』

「恭介が……」

『そうよ!! 怪我をして病院に運ばれたみたいだって。今上条さんの家から電話が来て』

 さやかの手から携帯が滑り落ちた。ガツッと足元のアスファルトに叩きつけられる小さな機械。
幸い、壊れなかったが、さやかは既にそんなことなど気にしていられる余裕を失っていた。


『さやか!? どうしたの?』

 地面に転がった携帯から、お母さんの焦った声がさやかを呼ぶ。

「さやかちゃん!?」

 まどかが携帯を拾った。

『さやか! どうしたの? さやか!』

 さやかの頭は働かない。

 ただ、同じ言葉がぐるぐる廻っているだけ。

「あ、さやかちゃんのお母さんですか? まどかです。さやかちゃん、今すごいショックを受けちゃって。
後で掛けなおします。私たちは大丈夫なんで」

 まどかがさやかの母親にそう伝えて電話を切る。


 その間も、さやかはただ案山子のように突っ立って、茫然自失としていた。






 そんな、まさか……。マミさんが……。






 もし、という恐ろしい未来がさやかの頭に思い浮かぶ。
それは、想像するだけで恐ろしいもの。
さやかの喉が自然と干上がった。
考えたくもない、悪夢のような可能性が、頭を掠める。




















 もし、恭介がまたバイオリンを弾けなくなったら……。










 もし、吸血鬼になってしまったら……。









 もし、頭を打って死んでしまったら……。
















 あたしは、あたしは……ッ!!


















 がくんと、さやかは膝をついた。
傍で、まどかの悲鳴に似た声が聞こえた気もするが、もうさやかにとってはどうでも良かった。



 ただ、今のさやかの思考を埋め尽くすのは、ぞっとするほど悍ましい感情。
どす黒い何かが心の奥底から湧き上がってくる。


















 なんで、



 よりにもよって、












 ――――恭介を襲うのよ、マミさんッ!!―――――














さやか「アイエエエエ! マミ=サン!? マミ=サンナンデ!?」


仁美とのアレで泣きっ面になっていたところに、
蜂どころか右ストレートの直撃をもらっちゃいました。








さて、これで第3章Ⅰは終わりです。
遂に、フランが出ないまま・・・・


次からは行間――再び幻想郷に行きます。
登場人物も増えます。
あややややや




QBもウザいけどそれ以上に巴吸血鬼がウザくて迷惑だな。なまじ中途半端に知能がある分獲物を選択して襲うし、いくら叩いてもゴキブリ並の生命力で生き延びるしそんじょそこらの魔女より数百倍はタチ悪いな。


マミがうざいのは確かに同意だわ
迷惑だから誰か早く引導を渡してくれないものかね



わけも わからず
じぶんを こうげきした!


誰かキーのみはよ!はよ!


>>293>>294
なんか、そっちに蝙蝠の群れが飛んで行ったぞ













  第三章行間Ⅰ



















                     *























 幻想郷最速の天狗にして伝統の幻想ブン屋――清く正しい射命丸文の華麗なる一日は日も昇らないうちから起きて顔を洗うことから始まる。






























 冷たい水で眠気を飛ばすと、次に寝巻から普段着(外出用)に着替え、朝食を作り始めた。
まず、米を炊き、簡単なおかずを準備する。
基本的に文は和食派で、パンはほとんど食べないが、たまに紅魔館からパンを貰って来た時には、食べたりする。


 それができると朝食を摂り、食器を洗って多めに炊いたご飯から昼食用のおにぎりを作る。
これは日中外出していることが多いためだ。


 きっと今日も一日中「取材」で幻想郷を飛び回ることになるだろう。

 それは構わない。文はあちこち飛び回るのは好きだ。






 こんなことを言うと、文の住む妖怪の山では奇異の目で見られる。
ここに暮らす天狗のほとんどは、外を飛び回るより、身内でワイワイやる方が好きなのだ。
だから文は、山では、結構な変わり者として有名である。
ただ、文が山の外を飛び回っているのには、他にも理由があるのだが。

















 さて、おにぎりを作り終えた文は、それを笹の葉でつつみ、さらに手ぬぐいでくるむと、
次に取材用の鞄にそれを入れ、カメラを首から下げ、文花帖(取材用の手帳)とペンを持ち、
ついでに文々。新聞の最新号を何部か丸めて入れる。
これで出掛けの準備は完了だ。


 この幻想郷には、外の世界にあるような「新聞販売店」というものは存在しない。
新聞を売るのは、新聞を作った記者だ。
だから、配達する時はもちろん、幻想郷を取材で飛び回る時にも、新規顧客開拓のため必ず最新号を持って出かける。





 今のところ、定期購読してくれているのは紅魔館と香霖堂店主、人里の寺子屋教師と天狗仲間ぐらいだ。
他に、時々購入してくれるのが、永遠亭と花の大妖怪、守矢神社、それに八雲の管理者とサボり魔の死神、あとは人里の有力な家が何軒か。
白玉楼は見向きもしてくれないし、博麗の巫女に至っては無償で渡しているのにも関わらず、読まずに物置に山積みしている始末。





 そして家を出るのが大体、太陽がおはようしてから一刻ほど後。


 文の家があるのは山の中腹、天狗の里の外れ。
外に出た文は、思いっきり背伸びをした。



 今日も昨日と同じく気持ちよく晴れている。こういう日は空を飛ぶと尚気持ちいい。








 と、そこへ――――――、



 バサッバサッと羽音を立てながら、一羽のカラスが舞い降りた。











 このカラスは、天狗たちが仲間との連絡に使っている、伝書鳩ならぬ伝書烏である。
ただし、カラスではあるが意思疎通が図れる相手は鴉天狗だけではなく、他の白狼天狗や大天狗ともそれは可能だ。
だから、天狗以外には余程のことがない限り伝書烏の持っている情報が漏れることはないので、
機密性が高いという利点がある。





 文の目の前に降り立ったカラス。カーカー鳴く。

「ふむふむ」

 言伝を理解した文は神妙に頷き、はあっと溜息を吐いた。





「やれやれ、面倒なことね~。朝っぱらからお呼び出しとは……。
あ、これ、オフレコでお願いしますよ?」




 カラスに向かって、シーッと人差し指を口に当てる文。
賢いカラスはコクンと頷いて飛び立って行った。





 お呼び出しとは、つまり、文たち天狗が所属する山の組織の上層部、それもその頂点にいらっしゃる方々からの、
恐れ多くも有難いお言葉を頂くべく、その御前に馳せ参じよ、というご命令である。


 正直なところ、朝からお役人体質の山のお上のお相手をしなければならないなんて、今日の運勢は大凶であると思う。




 ぶっちゃけ、疲れるわ~。





 例えオフレコでも口に出せない愚痴を心の中で呟き、文はもう一度溜息を吐いた。























「な~に、朝っぱらから辛気臭い顔してるのよぉ!」








 突然、頭に響くキンキン声がして、文はさらにもう一度溜息を吐いた。



 声が降って来た頭上を見上げると、ミニスカートから延びる不健康そうな白い足と、その奥の下着が目に飛び込んできた。






 余計な物を見てしまった。







 がっくりと項垂れる文の前に、一人の少女が降り立つ。


 長い髪をツインテールにしたのが特徴の鴉天狗の同僚、姫海棠はたてである。
「花菓子念報」とかいう三流新聞を書いてる三流記者だ!





「あ! 今なんか失礼なこと考えたでしょ!」


「三流が現れやがったと思いました」



 ピンとはたてのツインテールが伸びる。




「ほんとに失礼ねえ! あんたも二流以下でしょ?」

「はいはい。そういうことにしておいてあげますよ」

「ちょっとぉ、どういう意味よそれ!!」

 あっち行け、シッシッと手を振る文。キーキー甲高い声で怒鳴るはたて。

「今忙しいのよ。ほたてなんかの相手してられないわ」

「誰が、『二枚貝綱- 翼形亜綱- イタヤガイ科のMizuhopecten 属に分類される軟体動物の一種(Tenngupediaより)』よ!!」《尚、引用元はこちら→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%BF%E3%83%86%E3%82%AC%E3%82%A4

「ほたてって貝柱おいしいわよねぇ」

「あ、そうそう。あの舌触りが好きなのよ。柔らかくってぇ。刺身にしても良し、煮込んでも良し、干しても良し。ホント好きなのよ~。それに貝柱だけじゃなくてエラとかヒモもおいしいのよ。特に、干したヒモはいいわね。個人的に、酒のおツマミには最高だと思うの。あ、それと、食べるときはちゃんと黒いウロは取り除かないとダメよ。あそこには毒が含まれていることがあって、あたっちゃうからね」

 聞いてもいないホタテガイのことをべらべらと喋り出すはたて。
こいつは食べ物の話を振ると独りで勝手に喋り出す。




「あーあ。なんかほたての話をしてたら久しぶりに食べたくなってきちゃった。
海の幸なんか、もう100年以上見てすらいないもんねえ」






 あ、で、何の話だっけ? と首を傾げるほたて記者。
雑談して話を忘れるとか、記者としてどうかと思うわよ、と心の中で優しく突っ込んであげた文は、
ぶっきらぼうに、



「そっちが話しかけて来たんでしょ」



「あ、そうだそうだ。思い出したわ!」



「で、何?」

 文が片目を閉じて顔を背けながら半目ではたてを見遣ると、はたては何やらいやらしい笑みを浮かべた。








「文…………あんた、もうすぐ新聞大会だけど、ちゃんとやってるぅ~?」




 「やってるぅ~⤴」という若干どころじゃなく、相当うざったい聞き方で文に顔を近づけてくるはたて。
文は顔を顰めながら、近づいてくるはたてを押し返した。





 新聞大会というのは、天狗たちがお互い、他の天狗が作っている新聞を評してその出来を競うものだ。
文もはたても毎回欠かさず出場しているが、今まで一度も上位入賞を果たしたことは、二人ともなかった。
文の文々。新聞にしろ、はたての花菓子念報にしろ、あまり仲間受けしない記事が多いから仕方ないだろうとは思う。
所詮は人気投票なのだ。

 ただ、今のはたての態度を見るに、相当自信があるらしい。
はたての自信なんてあてにならないけれど、文も文でそれに対抗心を燃やしてしまう性の持ち主だった。悲しいことに。



 ただし、この腹の立つ顔だけは何とかならないだろうか? 
唾を吐きたいのを我慢して、文は大人な態度をとる。




「今忙しいのよ。仕事だから」






 すると、はたても真顔になった。さっきまでのふざけた態度を引っ込め、神妙に首を傾げる。








「仕事?」








 仕事とは、新聞作りではない。それはあくまで文たちの趣味だ。
ここで言う仕事とは、組織の上層部から与えられたもの。


「守矢の件はけりがついたでしょ? 今更何があるのよ?」


 はたては不思議そうにしている。

 それは当然の反応だ。
「あんたは雑務に駆り出されるような立場じゃないでしょ。何があったの?」と、そう言いたいのだ。




 実際、上層部から天狗たちにいろいろな仕事が与えられることはよくあることだ。
ただ、そのほとんどは雑務で、この階層社会の山の中で、中の上に位置する文たちよりも下の、
例えば白狼天狗なんかが任されるのだ。
文たち鴉天狗が仕事に駆り出されるのは、より重要度が高い任務の時である。
そして、その鴉天狗の中でも、文はやや特殊な立ち位置にあった。






「ちょっとね。しかも、さっき呼び出し喰らったわ」



 文がわざとらしく肩を落とすと、はたても「ああ、ご愁傷様」と苦笑いを浮かべる。


 新聞作りでは凌ぎを削っても、基本的に文とはたての仲は悪くない。
新聞作りの情報交換をしたり、お互い相談に乗ったりすることもある。
ただ、はたては基本的に引き籠もり気味なので、こうして会話をする機会がそもそも少ないし、
顔を合わせたら合わせたで、お互いの新聞や記者としての在り方への罵詈雑言が飛び交う。
友好的な会話をすることはほとんどない。

 今だって、新聞大会に自信があるから自慢しに来たのだろう。
そうでなければ、朝弱いはたてと出かけ際に顔を合わせることなんてないはずだからだ。








「という訳で、私は今あんたの相手をしている暇ないのよ。分かったかしら? ほ た て」





「何度も言わせるなあ!! 私の名前は姫海棠 は た て よッ!!」







「失礼、噛みました」


「違う、わざとだっ!」


「噛みまみた」


「わざとじゃない!?」


「噛みマミった」


「もう何も怖くないっ!!」




 ハアハアと荒く息を吐くはたて。ペロリと舌を出して、文は手を振る。









「じゃあね。ホタテガイ」

「ザッケンナコラー! 誰がホタテガイじゃァァァァァァァァ!!」

 砂を巻き上げて飛び立った文に向かって、はたてが声の限り怒鳴り散らす。

 それを、近くを通りかかった鴉天狗たちが迷惑そうに見ていた。














             \ 射 命 丸 /





\クソビッチ/

>>331
メイフラは希望の虹なんて単語が作られてるぐらいだからね。レミィには咲夜がいるし、気遣いが出来る性格の美鈴はフランとは相性がいいのかと。

昔は女記者だったらねんごろにでもならなきゃ有名人の特ダネなんて
掴めないってなもんだったらしいけど、昨今じゃあどうなんかね?



筋肉フェチ文←New!


>>329
ビッチ言うな
仮にビッチだとしてもry


>>332
メイフラは希望の虹
なんかすごいセンス。
普通こんなの思いつかないw


>>335
どっこい、今のマスコミは・・・・










                     *








 人間の里を後にした文は、妖怪の山に向かってふよふよと飛んでいる一人の少女を見つけた。

 長い若草色の髪に、蛙と蛇の髪飾りを付け、脇を出した巫女装束に身を包んだ風祝。
東風谷早苗だ。

 さっそく、文は一陣の風となって早苗の横に並ぶ。


「こんにちはっ! 早苗さん」


 早苗が文に気付いて、ニコリと笑みを浮かべた。

「あ、文さん。こんにちは。いい天気ですね」

「そうですねえ。こんな日は気持ちよく飛び回れるんで好きなんですよ。晴れはいいものです」

 文がそう言うと、早苗はフフフと笑って口元を隠した。

「どうしたんです?」


「いえ。文さんって、面白い方だなって」



 しばし文は閉口した。これは意外なことを言われたものだと思ったからだ。



 文のこのキャラクターは営業用に作ってあるものだ。
その本性は、他の天狗と同じく傲慢で利己的なもの。
それなのに、嫌味でもなんでもなく、「面白い」と言われたのは初めてだった。
早苗は良くも悪くも若い。



 さて、なんて言っていいかよく分からない。素直にお礼を言えばいいのだろうか?



「あ、ありがとうございます……」

「ふふ。どういたしまして」


 お淑やかに笑う早苗。育ちがいいことが伺えた。







 文は祈る。



 願わくば、この純真で人のいい少女が、変な色に染まらないように。
博麗の巫女みたいにならないように……。





「それで、文さん。またネタ探しですか?」


 ペースを崩されてうまく言葉が出なくなっていた文に、早苗は話を振って来た。


「え? あ、ああ。実はそうなんですよ。最近、幻想郷も平和すぎて……」

「平和なことはいいことです。
そう言えば、紅魔館のお庭はご覧になりました? お花がすっごく綺麗ですよ」


 キラキラと輝くような笑顔で語る早苗。ああ、眩しい!!


「そ、それは見ましたよ。美鈴さんの自信作だって」

「あ、そうなんですかぁ。すごいですよね。あれだけのお庭、どうやったらできるんだろう?」


 コロコロと変わる表情に、楽しそうな口調。
早苗は幻想郷にいないタイプなので、文にとっては新鮮だった。
何しろ、普段いる妖怪の山の連中は自己中心的だし、文のよく知る人間も、
あんなの(巫女)とか
あんなの(白黒)とか
あんなの(メイド)とか、
とにかく碌でもない奴らばっかりなのだ。


「それを今度、美鈴さんに取材して記事にしようと考えているんですよ」

「へえ。それは面白そうですね。私も読みたいです」

 そんなふうに言って貰えると文も本望だ。
機嫌が良くなって、文の声のトーンが上がっていく。



「ほんとですか!? それは良かった。あ、でも、もう少し先の話ですよ。美鈴さんが忙しそうなので」

「あれれ。それは仕方ないですねえ。紅魔館は今、いろいろあるみたいですから。レミリアさんとも会えませんし」





「レミリアさん?」








 ただ、どんな状況下でも興味がある話題には少しでも食いつくのが文という天狗だった。


 早苗の口から飛び出たキーワードに、即座に反応する。

「ええ。神奈子様が今度一緒に飲まないかってお誘いになったんですが、
レミリアさんは立て込んでるから無理だってお返事なされたんですよ」

 少し気落ちしたように眉尻を下げる早苗。



 そう言えば、レミリアと守矢神社の八坂神奈子はそれなりに仲がいいらしい。
だが、飲みに誘うくらい親密だったとは初耳だ。
昨日、早苗は紅魔館を訪れていたが、その時の用件はこれだったようだ。


「レミリアさんにお会いしたんですか?」

「いいえ」早苗は首を振る。
「美鈴さんに言伝を頼んでいたんです。さっき、そのお返事を貰ったところでして」

 どうやら、美鈴は文と話した後、文が人里で取材している間に早苗と会っていたらしい。
時間的に、あの後すぐに帰ったのか……。



「レミリアさんとは直接にお会いしてないんですね」

「ええ」

「そうですか」

「どうかなさったんですか?」


 文の様子が引っ掛かったのか、訝しげな顔で尋ねてくる早苗。




 彼女は何か知っているだろうか? そう思った文は試しにこう言ってみる。




「いえ。最近彼女のことを見かけた人がいないんです。
私も十日ほど前に見たのが最後でして。
しかも、今度は女中の咲夜さんまで姿を見かけないんです。
私も実はさっき美鈴さんとお会いしましてね。
彼女、買い出しの途中だったんです。
いつもは咲夜さんがやっているのに……。
なんでも、咲夜さんが熱を出されたとか」

 文は早苗の反応を伺う。


 早苗は心配そうに顔を曇らせただけだった。
特に珍しい反応ではない。つまり、彼女は何も知らないのだろう。

「それは……。うーん。最近紅魔館は、魔女さんも怪我をされちゃって大変ですよね」

 これについてはもうこれ以上早苗から情報を引き出すことはできないだろう。
さっさと見切りをつけた文は話題転換を図る。




「それはそうと、早苗さんもガーデニングをやってるらしいじゃないですか。
美鈴さんから聞きましたよ」


 すると早苗も、再び明るい表情に戻って、

「そうなんです。実は美鈴さんにお花の種を分けてもらっちゃって」

「少し、お話をお聞かせ願えませんか?」

「ええ? 私に、ですか?」

「そうです」


 うーん。と若干悩むそぶりを見せ、早苗は「分かりました」と頷いた。

「私で良ければ。でも、美鈴さんみたいなお庭はありませんし、そこまでお花に詳しいわけでもないですよ」

「構いません。少しだけでも十分ですし、早苗さん個人の主観が混じっていても宜しいです」

 きっぱりと言い切る文に、早苗は少々ぎこちなく頷いた。

「じゃあ、神社にお邪魔しますね」

「今からですか?」

「あ、ご都合が悪いようでしたら……」

「あ、いや、そういう訳じゃないんですよ」

「では、伺いますね。一緒に行きましょう」

 二人は山の空を上昇していく。




 今日も一日平和な幻想郷。
爽快に晴れ渡った青空の下、姦しく雑談しながら、二人はしばらくして守矢神社の境内に降り立った。





「おお。綺麗ですねえ!」

 早苗は謙遜して大したことないと言っていたが、十分に立派な庭(というか境内)だった。


 神社の鳥居の傍、黄色の花が群生してる。あれはアブラナか。
さらにピンクと紫の中間のような色をした花と白い花が咲く芝桜や、菖蒲の姿も見える。
境内なので、紅魔館の庭のように大きな花壇がある訳ではないが、敷地を囲むように丁寧に植えられた花々が、質素で趣深い景色を作り上げていた。


「いいですね。早苗さんもすごいじゃないですか」

 文は素直にそう思った。なんだかんだ言っても、文だって花が好きなのだ。
梅や桜の花を楽しむのもいいが、こういう草花を見て楽しむのもまた粋なものだ。

「ありがとうございます!」

 嬉しそうに早苗は笑う。そんな早苗から何気なく視線を移した文は、



「おや?」




 境内の外れ、綺麗に整備された一角が目に飛び込んできた。


 そこには何本かの苗木が広く感覚を開けて植えられている。
苗木は若い葉を風に揺らし、静かに佇んでいた。

「あれは?」

 文がその一角を指すと、「あれですか?」と早苗はちょっと自慢げな声を出したのだ。

「桜なんです。ヤマザクラ。白玉楼の妖夢さんに苗木を分けて貰って、植えたんです。
結構たくさんもらっちゃって、湖の方にも植えてあるんですよ。そちらはエドヒガンですけど」

「おお! おお!」


 早苗が言うと、途端に文は目を輝かせた。



「ほ、ほんまでっか!」

「ちょ……文さん、なぜ関西弁?」

「いやいやいやいやいやいや。まさか! この神社で! 桜が見れるとは!」

「あ、梅の木も今度植えようと思っているんです」

「選り取り見取りじゃないですかっ!!」

 興奮してしゃべりまくる文。それを早苗は可笑しそうに見た。



 ここまで喜んでもらえるなんて、苦労して桜を植えた甲斐があったものだ、と早苗は思った。



 文は、苗木が置いてある一角に飛んで行って、写真を撮りつつ、メモを取りつつ、何やらブツブツ呟いている。
「これは大スクープ」だとか、「新聞大会優勝間違いなし」とか、「あのほたてに一杯食わせられる」とか。








「早苗? 誰か来ているのかい?」



 そう言いながら、拝殿の中からこの神社の祭神の一柱――八坂神奈子が姿を現した。
背中には大きなしめ縄を背負ってはいない。彼女の基準からすれば、ラフな格好だった。

「あ! 神奈子様」

 早苗はすぐに反応し、丁寧に礼をする。
家族同然の相手に少し恭しすぎる感もあるが、相手は自分よりずっと高位の存在。
これくらいはして当然だった。

「ああ早苗。お帰り」

 対して、神奈子の反応は砕けたもの。
彼女からすれば、早苗は可愛い娘と言ったところだ。

「はい! ただ今戻りました」

 溌剌とした早苗に神奈子は微笑むと、未だに桜の苗木に向かってしゃべり続けている天狗に目を向けた。


「あいつは、どうしたんだ?」

「あ、あはは。文さんに桜のことを話したら、あんなふうに」

 早苗が少し困ったように言うと、神奈子はプッと噴き出した。


「興奮し過ぎだろう。どんだけ桜が好きなんだ。まあ、気持ちは分かるけど」


 と神奈子が言ったところで、ようやく文が神奈子に気付いた。




「あ! 神奈子さん!!」


 ドドドド、と駆け寄って来る。


「いちいち騒がしい奴だな。お前も」

 そんな文の様子に、呆れながらも神奈子は楽しそうな声で言った。


「いやいや。これは仕方がないんです。何しろ、ここで桜が見れるんですから!!」

「そんなに好きかい?」


「もっちろんですよっ!! 
元々山には大きな桜の名所がなかったんです。
どこも規模が小さくて、毎年細々と花見をやっていたんですが、ここなら敷地も広いし、数も多いし、何よりも近い! 
昼間に皆で来て大宴会するのも良し。
こっそり夜桜を見に来るのも良し。
ムフフ。来年の花見酒が今から楽しみですよ。
あ、いや、苗木が成長しきるにはあと何年かかかりますね~。
う~ん。待ち遠しいです!!」

「そ、そうか。そんなに喜んでくれたら、ご同慶の至りだよ」


 高ぶる気持ちを抑えきれず、マシンガンのように饒舌に捲し立てる文に、さしもの神も圧倒されていた。



「あ、そうだ!! ところで、どうでしょう。この桜のことを記事にしたいのですが!」

 キラキラと目を輝かせながら神奈子に迫る。




 齢千を超える大妖怪と聞くが、今の文は見た目相応の少女のようだ。
早苗たちと変わらない、ちょっと変わった普通の女の子だ。

 文は見た目が早苗より幼いので、こんなふうにはしゃいでいると、元気のいい後輩を見ているように思えて、
早苗はほっこりとした気持ちになった。


「ああ。もちろん構わないよ。ぜひ宣伝してくれ。私たちも花見をやりたかったんだ」

 神奈子は鷹揚に笑う。文に桜のことを誉めたてられて、神奈子もまんざらではない様子だ。
それは早苗も同じで、苦労して庭を造った甲斐があった。

「ありがとうございます!!」

 嬉しそうに破顔する文。余程桜のことが嬉しいらしい。
必死に何か、手元のメモ帳に書き込み始めた。














「あ、そうだ、早苗」と、そこで不意に思い出したように神奈子が早苗に視線を戻した。
文も手を止め、メモ帳から顔を上げる。「レミリアの返事はどうだった?」


 早苗は残念そうに首を振り、「お忙しいらしいので、また今度と」



「そうか」

 神奈子はそれだけ言うと、大して落ち込んだふうもなく、
じゃあ仕方がないと言った感じでポリポリとこめかみを掻いた。





「昨日もなんかやっていたみたいだしな」





 さり気なく付け加えられた一言。それに、文は敏感に反応する。

「おや? 神奈子さんもお気付きになられていたんですか?」

「あ? ああ」神奈子は頷く。

「あんたらも気付くか。まあ、あれだけ規模が大きければねえ」

 文と神奈子の間で、早苗が不思議そうな顔をしていた。












文がちょいちょい霊夢をディスってるのは、
新聞の恨みから。



輝針城自機組の評価低いなww

早苗さんは最初の方のTV番組で名前が出てたが
同一人物と考えていいのかは未だによくわからんな

天狗は自分達で山を弄らなかったのか。慎ましいな。


文のキャラがにとり以上に定まらずにフワフワしてるなwそしてさりげなく「ほたて」呼びw
文は幻想郷パートの主役っぽいけど純粋な妖怪だから見滝原にはこれないんだろうな。

早苗さんは毒されやすいというか純粋というか…
周りの影響を受けやすい子だからこの1年2年後にはそりゃあもうすごいことになるんだよなあ…
いや、一番好きなキャラですけどね?



>>347
まあ、性格的に難ある人たちばかりですしw
物を盗むわ、妖精を瓶詰するわ、人の読んでる本を奪っていくわ・・・


>>348
何となく天狗勢はそう言うのを嫌いそうな気もする。
山はメッカって感じで・・・

守矢組が来た時も、ZUNはあまり描写しなかったけど、
揉めに揉めたんだろうな~と妄想したり・・・
その辺りの妄想を設定に置いてあったりします。


>>349
キャラがフワフワしてるのは>>1の力量b多面性のあるキャラとして書いているからです。

記者としての文は筋肉フェチだったり、桜に興奮したりと子供っぽい。
天狗としての文は・・・「手加減してあげるからry」


>>351

\  /   この幻想郷では常識に囚われては
●  ●   いけないのですね!
" ▽ "





※TVに出てた早苗さんと今登場している早苗さんは同一人物か? について
はい、そうですw

特にぼかす必要もないのでぶっちゃけると、フランは並行世界に飛んだのではなく、
単に幻想郷の外に行ってしまっただけです(だから咲夜さんが迎えに来れた)
つまり、早苗さんも単に外の世界から幻想郷に入っただけです。
なので、セーラー服早苗さんは幻想です(地元ネタ)w
あと賢いですw









                    *










「どうぞ」

「ありがとうございます」



 文は出された熱いお茶を一口啜る。
うん、おいしい。出涸らしじゃなく、ちゃんとしたお茶だ。


「それで、桜の話だっけ?」

 拝殿の中、神奈子と文は向かい合って座っていた。
茶を持ってきてくれた早苗は神奈子の手前に控える。

「そうです。もう少し詳しくお聞かせ願えればと」

 境内でしばらく騒いだ後、文は神社に上がらせてもらった。
興奮もとりあえず落ち着き、ゆっくり取材を始める。



 仰々しく「謁見」しているが、話している内容はただのアポなし取材で、雑談程度の気軽なものだった。
だから、文もあまり肩に力を入れずに座っている。
茶を置き、文花帖とペンを手に取って、本格的に聴く姿勢に入る。





「あれはね」と神奈子は語り出す。「早苗の発案なんだよ。桜を植えようってね」

 そうだったなあ、と神奈子が早苗に聞くと、早苗は静かに頷いた。

「はい。引っ越しして一段落つきましたので、何かしようと思ったんです。
参拝に来て下さった方々も楽しめるようなものがないかと考えて、それなら花見もできるし、桜を植えようと」

「ほうほう。でも、なぜヤマザクラとエドヒガンなんです?」

 早苗の言葉を要点をまとめて、カリカリと文花帖に書き込みながら、文は間の手を入れる。





 インタビューというのは、なかなか頭を使う作業だ。
それに臨むにあたって、ある程度質問を決めていくが、相手がどんなことを言うか分からないので、
話によって臨機応変に質問内容を変え、疑問点を取捨選択しながら、記事にできるような答えを聞き出さなければならない。
そして、聞いたこと、重要なことを忘れないようにメモも取っていく必要がある。
頭をフル回転させ、手をひっきりなしに動かし、滞りなく進めるために口も回さないといけない。
結構な労力を使うのだ。
それでも、どんな人間の記者よりも長い間それを続けている文にとっては、慣れた作業だった。



「白玉楼にはソメイヨシノがなくて。
それに、ヤマザクラやエドヒガンの方が寿命が長いんです。
ソメイヨシノは病気にも弱いですし」



 ソメイヨシノは、外の世界でごく一般的な桜である。
人工の交配種で、自生はしない。
なので、人の手によってあちらこちらに植えられ、圧倒的な数を誇る。
江戸時代に生み出された種で、日本中の桜並木はほとんどこのソメイヨシノだ。
一方、昔からある桜の名所、例えば吉野山などは、日本古来の種――ヤマザクラなどがほとんどを占める。


「結構な苗木の数じゃありませんか? 
境内に植えられてるものだけでも20本以上はあるみたいですし、湖の方も含めれば……」

「全部で60本あります。妖夢さんにも手伝ってもらって、運んだんですよ」

「それは、大仕事でしたね」

「はい。でも、植える方が大変でした」

「私も手伝ったぞ。諏訪子は見てるだけだったけどな!」

 神奈子が豪快に笑った。つられて、文も早苗も笑い出す。
笑われている本人は、そう言えば見かけないが、どこかでくしゃみでもしているんだろうか?







「それにしても。他の天狗も桜は好きなのかい?」

 ひとしきり笑い終えた神奈子が気軽な調子で尋ねた。

「ええ。桜も花見も宴会も、全部大好きですよ」



 そして何より、そこで飲む酒が美味いのだ。特に、同僚と花見をするのがいい。
上司がいると、どうしても接待の席になってしまうからだ。
それは、中間管理職の悲しい宿命だった。





「重畳、重畳。私も好きだよ」


 満足そうにうんうんと頷く神奈子。そこで、ふと気になっていたことを尋ねた。



「外の世界でも桜は人気なんですかねえ」

「ン? 外?」

 唸りながら神奈子は首をかしげる。
それから、早苗に目配せして、「どうだったっけ?」と訊いた。


 その様子に、早苗は若干呆れたように苦笑いを浮かべた。


「もう。忘れちゃったんですか? 
毎年春になったらテレビで桜前線ていうのをやってましたよね。
今でも桜は大人気ですよ。
開花の時期になったら、全国で花見が行われますし、それどころか海外にも桜が広がっているんですからね」

「ほほう。外の世界でもまだ人間は花を愛でる心を忘れていないんですね」

 文が言うと、早苗はクスリと笑う。



「文さん、嬉しそうですね」

「そうですか?」


 そうですよ、と言う早苗も嬉しそうだった。



 文は文花帖に目を落とし、そこに予め書かれてあったメモを確認すると、もう一度早苗に目を向けた。




「ところで」

「はい。何でしょう、文さん」

「例の記事は、初回にこの桜のことを持ってきていいですかね」

「あ、どうぞどうぞ。でも、初回?」

「連載を組むんですよ。
美鈴さんに聞いたら、ガーデニングの知識は幅広いそうで、一回の特集では語りきるのは無理だとおっしゃってたので」

「ああ、なるほど」


 不思議そうにしていた早苗が、合点がいったというように頷くと、

「ガーデニング? 庭いじりのことを記事にするのかい?」

 神奈子が口を挟んだ。あんまり分かっていなさそうな、訝しげな顔をしている。


「そんな、『需要があるの?』みたいな顔しないで下さいよ。私、楽しみにしてるんですから」

 口をとがらせて神奈子に文句を垂れる早苗。



 こうして見ると、二人は思春期の娘と母親と言った感じだ。
仲睦まじい親子みたいで、微笑ましい。










 そう言えば、早苗の両親はどうなったのだろうか? 
彼女はここにいる神奈子と守矢のもう一柱の神――洩矢諏訪子と共に幻想郷にやって来た。
早苗は諏訪子の子孫だそうだが、二人は親子ではないし、早苗の実の両親はどうしたのか分からない。






 ……いや、それは今考えることじゃない。









 無粋な思い付きを振り払って、文はペンを動かした。


「そうか。早苗は庭いじり好きだもんなあ」

「庭いじりっていうか、うん、まあ……」


 仲良く言い合う二人を眺めながら、文は考えを巡らす。


 とはいえ、あまりいろいろと考え過ぎてもよくない。特に神奈子の前では下手な考え休むに似たりだろう。
老獪さでは文の数倍上を行く相手だ。
下心を持って臨むと、全部見抜かれて手痛い反撃を喰らうことになりかねない。



 ただ、やはり神奈子とレミリアとは親しい間柄で、少しでも紅魔館について知りたい文は、
彼女からも話を聞きたかった。





 ここはどうするべきか。






 少し悩み、結局文は正直に内心を打ち明けることにした。隠しても意味がない。
早苗と神奈子のやり取りを見ながら、頃合いを図って口を挟む。













「あ、そうだ。神奈子さん」




「ん?」

 早苗と言い合っていた神奈子が文に目を向ける。

 その眼は、至って普通。特に探るような様子もない。




「先程、レミリアさんのことお話してましたよね」




「ああ」短く返事をする神奈子。その眼に、若干疑問の色が浮かぶ。




「一緒に、お酒を飲まれたりするんですか?」

 文がそう尋ねると、神奈子は一瞬早苗に視線を移して、軽く頷いた。

「そうだよ。博麗神社での宴会の時とかは、よく飲むよ。でも、ここで飲まないかって誘ったのは初めてさ」

「そうなんですか。仲がよろしいとは聞いていましたけど、親しいお付き合いされているんですね」

「そうだね」

 だんだん、怪しくなる神奈子の気配。
傍に控える早苗の眼にも、文の意図を探るような色が浮かんだ。













「最近、レミリアさんとはお会いしました?」





 この程度のプレッシャーではビクともしないくらい、文の肝は据わっている。
ペースを崩さず、主導権を渡さず、質問を重ねていく。



「いや、ここしばらく会ってないね。だから、飲みに誘ったんだが」

「ええ。私も、先月の中頃にお会いして以来、お姿を見かけていません。
……彼女たちは、何をやっていると思いますか?」

「さあ? でも、それを聞いてどうしようっていうんだい? 記事にするのか?」




「今の私は、記者ではなく天狗です」




 背筋を伸ばし、膝の上にペンを挟んだ手帳を乗せて、文はまっすぐ神奈子を見据える。
神奈子も視線を逸らさず見返してくる。
一方で、二人が纏う雰囲気が急に変わり、早苗は少し戸惑っているようだった。
不安げに、目だけを動かし、二人を交互に見ていた。







 神奈子にも文の言葉の意味は伝わったのだろう。
納得したように見えるが、頷くと思いきや、首を横に振った。







「あんまり、他所様のお家事情に首を突っ込むもんじゃないよ、天狗。
レミリアにはレミリアの事情があるんだ。
興味本位にしろ、そうじゃないにしろ、いろいろと探られればあっちも気分が良くないだろうね。
特に紅魔館はお前のお得意様なんだろう? 
顧客の感情を悪くするべきじゃないと思うがね。
お前の立場は理解できるけど、私としては、レミリアについてこれ以上語ることは何もないよ」









 まあ、この方ならそう言うわよね。







 文はそう思って、取り繕うような笑みを浮かべた。



「あはは。これは失礼しました。出過ぎたことを申したことをお許しください」

「いいよ、いいよ。そんな畏まらなくっても。
ま、程々にしておきなさいって言いたいだけだからさ」


 口調は柔らかいが、なかなか厳しいことを言われた。







 これは失敗。功を焦り過ぎたようだ。
今日のところはもう下がった方がいいだろう。引き際の早さも文の長所なのだ。


 機嫌を損ねた訳ではないが、先程までの打ち解けた空気で話すのはもう無理だ。
文は余り気を張って取材したくはなかったし、失敗をした手前、ここには居辛かった。
早苗も若干変な目で文を見ている。
彼女は察しのいい聡い娘だから、こういうことには敏感だろう。












 それでは今日はこの辺で。
そう言って立ち上がろうと思った時、「ところで」という前置きをして、絶妙なタイミングで神奈子からこんな言葉が飛び出した。














































「――――――――――魔法少女って知ってるかい?――――――――――」











































    魔法少女かなこ☆マギカ 始まり始まり~






談義スレでこんなの見つけましたw
http://logoon.org/


ちなみに、今日投下したところを診断してみると

名前 一致指数
1  太宰治  90.1
2  阿刀田高 88.2
3  海野十三 84.3







太宰治?
走れ射命丸 みたいな?


ssの作者さん、若しくはこれから書こうと思っている方は、暇つぶしにやってみるのもアリかとw
(すでにご存知かもしれませんが)



>>1です。
投下していきます。








                 *










「魔法……少女……?」











 不意に投げかけられた聞き慣れぬ言葉を、文は口の中で転がす。
その視界の端で、早苗の表情が変わった。あっと驚いたような顔になっている。







「魔法を、扱う少女のことでしょうか?」






 とりあえず早苗のことは置いておいて、文は神奈子の問いに答える。
文花帖には「魔法少女」とメモする。
戸惑いながら問答を続けても、手帳に書き込むことは忘れない。
記者として生きてきて、骨の髄まで染付いた習慣だった。


 神奈子は謎めいた笑みを浮かべ、頷いた。



「そうだ。ある意味では正しい。
ただ、その言い方だと、あの白黒魔法使いもその範疇に入る。
でもね、そうじゃないんだよ。魔法少女っていうのは、もっと別のものさ」

「何でしょう?」


 いまいち神奈子が言いたいことが分からない。
早苗はきょろきょろと文と神奈子を交互に見ていて、どうやら神奈子の言いたいことを分かっているらしかった。











 そして――――、



















「魂の結晶化」


























 次に投げかけられた言葉に、文は頭を殴られたような衝撃を受けた。
思わずペンを止めてしまう。



 神奈子の口元の三日月が深くなる。






「心当たりがあるって顔だね」


「……そう言う存在は、聞いたことがあります」






 ショックから抜け出した文は、再びペンを動かす。
それに一瞬目をやり、神奈子はさらに問いを重ねた。


「なら、話が早い。その魔法少女が、どういうものかも知っているかい?」

「いえ。ただ、魂が石に変わった者たちが魔の術を扱うということだけしか存じません」

「その通りだよ」神奈子は満足げに頷いた。



 事実、文は口にした通りのことしか知らない。

 太古の昔から、その魂が石へと変化し、その代わりに常人の持たぬ力を手にした者たちが存在すると、言い伝わって来た。
それは古参の天狗の間でも有名であり、当然文も知っていたが、それくらいだった。
その者たちがいかにして魂を石に変えたのか、その方法は全く分からない。
しかも、その者たちは元々只の娘で、ある日突然そうなるのだという。

 そこに、文たちの知らない何かが関わっているのは間違いない。
だが、その正体はずっと分からないまま。
あるいは、天狗の上層部は把握しているのだろうか?








「文さんは」神奈子の後に、早苗が口を開いた。
その面持ちは真剣そのもの。真っ直ぐに文を見据えている。







「キュゥべえという生き物をご存知ですか?」








 奇妙な響きの言葉だった。聞いたこともない言葉だった。とても日本語の響きとは思えない。


「いえ。なんですか? その生き物とは」

「契約を取り結ぶ役目を負った生き物です。キュゥべえは、自分のことを『魔法の妖精』と言っていました」

「妖精……」

 幻想郷では耳にタコができるくらいよく聞く言葉だ。
だが、「キュゥべえ」という名の妖精のことなど、もちろん知らないし、それらしい存在を噂に聞いたこともない。




「キュゥべえは、私の様な少女と契約を交わし、その少女を魔法少女にするんです」

「何のために?」


 すかさず文がそう尋ねると、神奈子は喉をクツクツと鳴らした。会心の笑みといった感じだ。


「流石だね。いい質問だ。ただ、順を追って説明するから、その答えはもう少し先でもいいかい? 
というより、こちらもあまりよく把握していなくてね。
まあ、おおよその見当はついているんだけど、そんなレベルなのさ」

「分かりました」と文は頷いて、先を促す。
それを見て、早苗も神妙に顎を引いて、文と目を合わせる。文も、その瞳を見返した。

「ええ。キュゥべえの目的はとりあえず置いときます。
それで、私も実は過去に、まだ外の世界に居た頃、キュゥべえに勧誘されたことがあるんです。
『僕と契約して魔法少女になってほしいんだ』って」



「実際に契約されたんです?」



「いいえ」早苗は首を振る。

「胡散臭かったのでお断りしました。
神奈子様と諏訪湖様に相談したら、『絶対やめろ』って止められましたし」


 視界の端で神奈子が苦笑いを浮かべた。
それに気が付いたのか、早苗も僅かに口元を綻ばせながら目配せして、再び真剣な顔になる。



「もちろん、ただ魔法少女になるだけなら、私でなくても誰も契約しないと思います。



でも……その代わりに、『何でも願い事が一つ叶えられる』なら、どうでしょう?」






「それは……」


 ただ事ではないですね、という言葉を飲み込んだ。
自称「魔法の妖精」なる生き物に、何でも願い事が一つ叶えられるなんて言い寄られたら、
それはあの八雲の管理者並みに胡散臭い。


 ただし、それは文の話であって、ただの人間の小娘なら違うだろう。
そのキュゥべえとやらの甘言にホイホイ乗せられて契約してしまうかもしれない。



「正直に言いますと、私もその時少し心が動きました。
もし神奈子様たちに止められていなかったら、契約していたかもしれません」


「ですが、それは高い代償が付く」


 早苗の言いたいことを、文は言葉にする。
今、その頭は最高速で回転していた。
文花帖のページを捲り、すさまじいスピードでメモを続ける。



「ええ。そうです」


 何となく話が見えてきた。
ただ、キュゥべえの目的はまだ分からない。どうしてこんなくだらない契約を勧めるのだろうか。







 早苗は少し息を吸う。そして、吐き出す時、言葉に少し力を込めて言った。




「それは、奇跡なんです。神の御業なんです。
それを、あの怪しい生き物と契約を交わすだけで、一回だけとは言え、人の手で起こしてしまうんです。
その代償は、とても大きい。
私だって、奇跡を起こす程度の能力を持っていますけど、私は現人神で、ギリギリその資格があります。
でも、ただの人間には、本来奇跡なんて起こせないし、起せたとしてもしてはならない」



 それは世の中の条理。当然の道理。




 奇跡は、人が起こせないから奇跡なのだ。
それを、魔法少女になるだけで起こせると言うキュゥべえとはいったい何者だろうか?



「キュゥべえの言う奇跡と、私の奇跡は違うものです。
私のそれは、私自身の神格が低いので、神奈子様と諏訪湖様のお力を借りて、精々天候を変えるぐらいですが、
キュゥべえの言う奇跡はもっと大きなものです。
死んだ人を生き返らせたり、あまつさえ世界の仕組みそのものを変えることも可能だそうです」



「……そんな」






 文は言葉を失った。


 その奇跡の規模の大きさ事態にショックを受けたのもあるが、今の文の心を占めている感情は、
「悔しさ」だった。




 文は長い間新聞記者をやり続け、それなりに世の中のことに精通している自負があった。
だというのに、こんなスケールの大きな話を全く知らなかったのだ。何よりそれが悔しかった。


 それに、自分の与り知らないところで世界が勝手に変えられているかもしれないなんて、
屈辱の極みだ。
そう考えるのが、天狗だ。








「そうして奇跡を叶えて生まれた魔法少女は、彼女たちやキュゥべえが『魔女』と呼ぶ異形と戦うんです」


「魔女?」




 パッと浮かんだのは、白黒、人形遣い、本の虫。
ただ、「異形」というのだから違うモノだろう。
それに、文は心当たりがあった。




「結界の奥に潜み、周りに絶望を撒き散らす、呪いから生まれたバケモノ。
私も現物を見たことがないので何とも言えませんが、少なくとも人の形をしてはいないそうです」


 早苗は床に置かれた文の湯飲みに視線を落とす。
まだ半分ほど残っている茶はすっかり冷めてしまっているだろう。

 文は目線を逸らさず、頭の奥にしまってある、ある記憶を引っ張り出しながら答えた。
早苗が言っている「魔女」という存在に、心当たりがあるのだ。



「……そう言う妖怪がいることは、知っていましたよ。まあ、天狗の敵ではないですけど」




 そこにはちょっと負け惜しみも入っていた。
ただ、それは事実で、結界に隠れ住むような雑魚は、強力な妖怪である天狗の足元にも及ばない。
文は直接相見えたことはないが、知り合いにはこの「魔女」と呼ばれる化け物と遭遇した天狗がいる。
そして実際に戦闘になったこともあるそうだ。




 結果は火を見るよりも明らかだった。
歯ごたえがまるでなかったと、その天狗は言っていた気がする。



「あはは」


 文の高慢なひと言に、早苗は乾いた笑い声をあげ、さらに続ける。
彼女も幻想郷に来て、そろそろ個々の住人たちのことが分かってきたのだろう。
特に気にするふうもなく、さらりと流した。



「魔法少女は、契約した時に、キュゥべえによって魂を石に変えられます。
それを、ソウルジェムと呼びます。そのままですよね。魂の宝石」

「直截的なネーミングですね。ひょっとして、『魔法少女』と『魔女』も?」




 文がそう言うと、早苗は驚いたように、黙って聞いていた神奈子もまた満足げな笑みを浮かべた。





「よくお気づきになられましたね……」


「勘の良さには自信があるんです」文は得意げに胸を張る。




「すごいですね。文さんの言う通りなんです。魔法少女はいずれ魔女になる。
それが、奇跡の代償です」


「願い事を叶えて、絶望を撒き散らす害悪に堕ちるという訳ですか。なかなか素敵な契約ですね」




 予想通りというか、予定調和というか。
世の中そんな都合のいいことなどない訳で、しかしそれでも、思わず皮肉を言わずにはいられなかった。
何より腹が立つのは、そんな契約のせいで、奇跡や魔法の価値が下がってしまったように思えることだった。




「まあ、簡単に言うとそういう訳さ。実際はもうちょっと複雑なんだけどね」




 早苗に代わって神奈子が今度は口を開く。
その眼には、面白がるような色が浮かんでいた。
なんだか、彼女には何もかも見透かされている気がする。分かっていたことだけれど。



「奴ら、キュゥべえの目的は、そこにある。
魔法少女の叶えた希望が、絶望に変わる時、膨大なエネルギーが出るのさ。
奴らが欲しいのはそれだよ」



「エネルギー?」




 露骨に顔を顰めて文は首を傾げる。



 正直、そんな物のために奇跡を安売りするのは不愉快極まりない行いだ。
キュゥべえとやらは何様のつもりなんだろうか?





「そう。エネルギーだよ。
といっても、奴らがエネルギーを求める理由は、地球のエネルギー問題を解決したいからじゃない。
ここからは私の推測なんだが、キュゥべえは元からこの星に生きている生き物じゃない。
この星の外からやって来た、地球外生命体なのさ」


 神奈子は調子を変えずに続けながら、肩をすくめた。



「SFチックな話になってきましたね」



 文が皮肉気なコメントをすると、神奈子もニヒルな笑みを浮かべて首を振った。


「まあ、そう言うな。事のスケールはもっともっと大きい。
奴らは、宇宙のエネルギー問題を解決したいのだろうね」

「……」

「宇宙の熱的死ってのは、知ってるかい?」



 急にスケールが大きな話に膨らんで行く。
常人ならもう既に、魔法少女やら宇宙の熱的死やらで頭がパンパンになっていただろうが、そこは知能の高い天狗。
文は眉一つ動かさずに神奈子の話に付いていく。



「宇宙がいずれ冷えて死を迎える、でしたっけ?」



 的確なリアクションを取る文に、神奈子も安心したように頷いた。
相手が人間なら、彼女はもっと噛み砕いて話を勧めただろうが、文相手ならその必要もない。
一方で、神奈子の傍に控える早苗も落ち着きを払っていた。
以前に魔法少女に勧誘されたという彼女は、きっとこれから神奈子の話すことをすでに知っているのだろう。




「そう。奴らのやっていることは簡単だ。
いずれは冷え切ってしまうものを、そうならないようにするために、熱を加え続ける。
言葉にすればそんなようなことさ。
そのためには、人間の感情の、希望から絶望への相転移が起こる時に出てくるエネルギーを集めるのが、最適らしい」


 即座に神奈子の言っていることを理解した文は、むっとしたように顔を顰めた。



「そんなもの、対処療法でしかないと思いますけれど」



 対して、神奈子は首を振って否定する。




「それがそうでもないんだな。エントロピーは分かるかい?」

「気を育てる労力と、その木を燃やして得られるエネルギーが釣り合わない、というやつですね」




 文は記者だけあって、物知りではある。
科学的な知識もそこそこ持っている。
専門的な詳しいことは分からないが、外の寺子屋の教本に書いてあるようなことは一通り知っていた。
そうでなければ、記者として取材相手の話に付いて行けないからだ。

 現に、この話も物理の基礎的な知識がなければ、神奈子の言っていることなどちんぷんかんぷんで情報としての価値は半減しただろう。



「そうだ。正確には、乱雑さの度合いらしいけれどね。
ほら、部屋を掃除せずにいると物がだんだんと散らかっていって、足の踏み場が減っていくだろう? 
それと同じで、エネルギーは使えば使うほど、使える量が減っていくんだ。
それは裏を返せば、使えないエネルギー、すなわち『乱雑で無秩序な』エネルギーが増えたということ。
それをエントロピーの増大と言うんだ。
宇宙の熱的死とは、宇宙に存在するすべてのエネルギーが使えなくなった状態になることを言う。
つまり、エントロピーが最大化した時だ……」


 神奈子はそこでいったん言葉を区切り、ここからが本題なんだが、と続けた。


「人間の感情が生み出すエネルギーは、そのエントロピーの増大を起こさない。
こういう言い方をするのはアレだけど、『常識に囚われないエネルギー』かな。
ある意味では、幻想とも言えるけどね」




 ここは幻想郷。熱力学第二法則に反するエネルギーが存在するのは不思議ではない。
なぜなら、それは「幻想」だから。

 でも、それを否定した外の世界に「幻想」を追い求めるのは、不思議に感じられた。
キュゥべえにとっては、この幻想郷は理想的な環境ではないだろうか? 
まあ、奇跡を安売りするような奴には来て欲しくないけれど。



「それが奴らの目的なんじゃないか、と私は考えている」


「なるほど」とりあえず納得したように文は頷いた。
「キュゥべえとやらは、魔法少女を増やし、より多くのエネルギーを回収したい」

 そして、ニッコリと満面の笑みを浮かべてこう付け加えた。



「なーんだ。とどのつまり、魔法少女というのは、燃料って訳ですか」



「ハッ。なかなか言い得て妙だね」





 神奈子は鼻で笑い、床に吐き捨てるように呟いた。





「それなら、魔女はさしずめ“燃えカス”かねえ」






 その神奈子を見ながら、文はペンを止め、偽りの笑顔を止め、顎にその手を当てて考え込む。




 なるほど、魔法少女の概要は分かった。けれど、大いに気になることがある。




 一体、どうして彼女はこのことを?




「何で、っていう顔をしているね」

 頭を巡らせていた文の耳にそんな言葉が飛んできて、ハッと顔を上げた。
神奈子が面白そうな目でこちらを見ている。


「あ、ああ。顔に出てましたか。すみません」

「いや、気にすることはないよ。それは当然気になるだろうしね」


 神奈子はちらりと早苗を見る。
早苗も興味深そうな目を神奈子に向けていた。
魔法少女の話を振られたはいいが、その理由は分かっていなかったということか。








「こう言っちゃあアレだが、この話はお前が追っているスキャンダルと関係あるかどうか私は知らないよ?」







「へ?」







 散々引っ張られた挙句にこの一言。
思わず変な声を出してしまった。
がっくりと肩が落ち、それまで伸ばしていた背筋が猫背になってしまった。



 それじゃあ一体全体、神奈子は何のために魔法少女の話を?




「ただまあ、外にはまだ、こんな『幻想』があるんだってことを言いたかっただけさ。
ひょっとしたら今回のことと関わっているかもしれない」


 ネ☆ と、神奈子は柄にもないウィンクを飛ばす。
正直、いいお歳のお姉さんがちょっと無理して若い子ぶっているようにしか見えなかった。




 ドン引きしている文と早苗に、神奈子は頬を染め、口をとがらせて文句を垂れる。


「ちょっと。何さ、その顔は!」

「あ、いえ……」

「キ、キュートでしたよ……。神奈子様?」


 かわいらしく首を傾げる早苗。確信の疑問形。フォローの様でフォローになっていない。






「何が『神奈子様?』だよ。全く、恥ずかしい思いをしたじゃないか」



 自覚あるんですね……。



 心の中だけで、文は突っ込みを入れた。ああ! 私ってなんて優しいんだろう!


















 それはともかく…………。



 雰囲気が砕けたものに戻って、文はほっと胸を撫で下ろしていた。
正直、目上の相手にピリピリとした空気を出されるのは、天狗のお上だけで十分だった。
神奈子にはできるだけフランクにしてもらいたい。







 が……、







「まあ、何はともあれ、そういうことだ。
お前がどこまで情報を掴んでいるか知らないが、八雲が絡んでいるのは分かっているんだろう?」



 和やかな空気が一瞬で元の張りつめたものに戻る。
場の雰囲気をこうまで鮮やかに変えられるのは、流石神と言ったところか。
文の背筋も自然と伸びてくる。





「あれは、目的のはっきりしている妖怪だ。
そのためにはどんな手段も用いる冷徹さを持っている。
そして、身内を大切にする慈悲も、ね。
お前の頭なら分かるだろう。
八雲が動く時、その背景の構図は単純だ。
その点、お前は私より詳しい。
ついでにお節介でもうひとつ教えておいてあげると、












結界に誰かが突き抜けたかのような異変が生じたよ。


――――二週間前にもね」


















 ま、私からはそんなところかな、と付け加えて神奈子は立ち上がった。
これで話は終わりという合図。

 文も文花帖とペンを仕舞って立ち上がり、恭しくお辞儀をする。



「情報提供ありがとうございました」

「そんなに畏まらなくていいって。ちゃんと桜のことを記事にしてくれればそれでいいさ。
それを情報料として頂くよ」


 ググッと背伸びをしながら神奈子は気軽な調子でそう言うと、拝殿の入口を手で指し示した。


「見送るよ」

「恐縮です」


 文はまたお辞儀をして、神奈子に促されるままに入り口に向かう。早苗も静々とついてきた。





 優しい神様だ。








 彼女は文の立場を理解して、その上で文の顔を立ててくれたのだろう。
それはお人好しで、お節介で、だけど文にとってはこの上なく有難い情報だった。





 豆腐屋で話を聞いた後、文は人里をしばらく駆けずり回って情報収集に努めていたのだが、
有益な情報は得られなかった。
それで少し焦っていたのだ。




 今朝、上層部に呼び出された時、文は随分とプレッシャーをかけられた。
どうやらお上も昨日のことがあって結果を急いでいるらしい。
ちんたら情報集めをやっていたら、事態が急変して慌てたのだろう。


 それについて、八坂神奈子がどこまで把握しているかは不明だ。
ただ、そこまで多くは分かっていないだろう。
それでも少ない情報で、彼女は舞台裏の輪郭ぐらいは想像できているのかもしれない。
そうでなければ、一見何の脈略もない魔法少女の話をあのタイミングで切り出すことはなかっただろう。



 ただ、神奈子の情報は断片的過ぎて、まとめるのには苦労しそうだった。
唐突な魔法少女の話と、その後に続けられた八雲の目的、そして最後の……。








 まさか、あのおスキマ様が、「魔法少女」という名前だけ小洒落た存在に成り果てたとか、
笑えもしない冗談が真相という訳ではないはずよね。













 神奈子が言っていた八雲の目的。それは文にも嫌と云うほど心当たりがある。
それが、果たして魔法少女と、そして二週間前のあれとどう繋がっているのかは、甚だ理解できないが。






 しかし、そこに何かがあると勘が告げている。


 あと必要なのは、これらの断片的な要素を繋げるもう少しの新情報と、既存の情報の裏付け。
文は、紅白巫女のように、勘だけを頼りに行動することはない。
必ず、情報に高い確度を求める。


 その点、神奈子の話は信憑性が高いと考えても構わない。
この場で嘘を吐く理由はないはず。
彼女は今回のことに関して、中立を貫くだろう。
それに、この誇り高い神が、天狗のように嘘と欺瞞にまみれることを、良しとするはずがない。


 ならば、次に文が行くべきところは自ずと決まってくる。













「それでは、今日はありがとうございました」




 文は元気よく挨拶をして、神奈子と早苗に手を振り、翼を広げて境内を飛び立った。





 ずいぶん長く語りこんでいたらしい。太陽はだいぶ傾いていた。



 一旦、高く飛び上がり、文は空中に留まった。
そこで文花帖を開き、メモを見返しながら、さっきの話を頭の中で整理する。


 風を操り、足を組んで宙に浮かびながら、頭を回転させ、一通りの事実をまとめると、
文は次なる目的地に目を向けた。




 宙を蹴り、文はそこへ向かってかっ飛んで行く。


 幻想郷最速の名は伊達ではなく、それなりに離れたところに位置しているそこにも、
瞬きする間に到達した。
ゴオッと空気が唸る音と、強風を撒き散らしながら、文はそこへ降り立つ。







「こんにちはっ! って、アリスさんじゃありませんか」





 文の目の前に居たのは、縁側で茶を啜っている西洋人形のような容姿をした少女。
魔法の森の人形遣い――アリス・マーガトロイドだった。



「相変わらず騒がしいわね。魔理沙と同レベル」


 文の急な登場に特に動じたふうもなく、アリスは挨拶代わりに皮肉を飛ばした。
そして、文を冷めた目で見ながら、もう一口茶を啜る。


「いやいや。その比較はきっついですよ。ところで、霊夢さんは居ます?」






 さらりと皮肉を流して、文は本題を尋ねる。


 別にアリスは性根が捻じれている訳でもないし、不親切な訳でもない。
むしろ、彼女は大体の人妖には好意的だ。
こういう皮肉の言い合いは幻想郷の日常なのだ。


 そのアリスは、片手の親指で背後を指す。
縁側の奥には質素な作りの和室があり、台所へ続く障子はピタリと閉じていた。
つまり、文の目的の人物はその障子の向こうに居るわけだ。









 ここは幻想郷の東端。外の世界へ繋がる貴重な出入り口。博麗大結界の要。



















 ――――――――――――――博麗神社――――――――――――――


 そして、楽園の素敵な巫女――博霊霊夢が住む場所でもある。











「霊夢さーん! いつもお世話になっている清く正しい射命丸でーす!!」





 文が口元に手を当てて奥に向かって叫ぶと、何やら機嫌の悪そうな罵声が返って来た。
早苗の、鈴を転がしたような美声と比べるとえらい違いだ。



 そんな文と霊夢のやり取りを、相変わらず涼しい顔でお茶を啜りながらアリスが聞いていた。












アリスは友情出演。

1スレ目でみんながアリスアリス言うから・・・





乙!
キュウベェは普通に日本語の響きだと思うし、あの部分はインキュベーターで良かったんじゃなかろうか
しかし幻想郷の連中なら魔女も相手にならないか……
ワルプルさんすら中堅数人がかりならあっさり蹴散らしそうだし、クリームさん相手くらいしか上位陣引っ張り出す必要はないだろうな

アリスとほむら、変態化の被害者である

能力による掠め手攻撃とか
本気を出せばルール無用の巫女さんとか
色々あると言えばあると思うけど




皆さん忘れているだろうけど、既にクリームヒルトさんは登場なさっております。
まどかじゃなくて・・・・


>>395
ええ、全くその通りで!
字面が独特だから、勘違いしておりますた。
発音は「九兵衛」と同じですもんね。


>>396
むしろ咲夜さんの方がw

まあ、アリスも(対魔理沙)では変態化しますが・・・


>>399
あの人ずるいですよねw
攻撃が一切効かないとか、チートすぐる。




いよいよ行間Ⅱも最後です。













                   *









「お疲れ様です」




 労いの言葉は社交辞令。文も、「お疲れ様」と返す。


















 博麗神社で巫女と話し、その後は白玉楼や永遠亭といった幻想郷の有力者の元を訪れ、
文が大きなナラの木にやって来た時には、もう日が沈んでしまっていた。


 そこには、昨日と変わらず椛が座って紅魔館の監視を続けていた。
全く毎日ご苦労なことである。
いくら交代があるとはいえ、通常の哨戒任務よりもずっと疲れるだろう。
もちろん、文も仕事で今日一日中幻想郷を飛び回っていたが、
それはいつもネタ探しでやっていることだから、特に苦には感じない。

 椛は、文が来た時に挨拶しただけで、すぐに監視を再開した。

「今日はどうだったの?」

 太い枝の根元、美樹に背中を預け、文花帖を片手にペンを回しながら文は椛に尋ねた。
椛は視線をずらさずに答える。


「今日は早朝から、門番はいつも通りでした。
ただ、巳の初刻のころに、人間の里に出掛け、巳の正刻ころに戻って来ました。
そのすぐ後に、守矢の風祝が訪ねて、庭で何かを渡していたようです。
その後は特に変わったこともありません。主人も現れていません」

「そう」


 概ね文が予想した通りだった。吸血鬼の王の取り繕いも、かなり苦しくなってきたようだ。










 文花帖を捲りながら文が、今日集めた情報のどれを上に報告し、
どれを報告しないか考えていたところに、椛はさらに続きを言った。


「それと……」



 その言葉に、文は文花帖から顔を上げた。
監視をしていた狼の眼が、考え事をしていた烏の眼を見つめる。



「何かしら?」





「先程、姫海棠様がいらっしゃいました」










 表情を変えることなく、椛は淡々と抑揚のない声で報告した。
ピクッと眉を動かしたのは文だ。

「はたてが?」

「はい。言伝を預かっております」

「何?」

 一瞬、椛が視線を逸らす。


 逡巡したような様子に、文が首を傾げる前に、彼女はぽつりと呟いた。











「『守矢神社の桜は、私が先に取材したから横取りしないでよねっ!』だそうです」




「はあああああああっ!?」











 臆面もなく怒鳴り声をあげる文に、椛は微かに顔を顰めた。



 あの引き籠もりが、朝から面倒臭い絡みを仕掛けてきたのは、そういうことだったのか。
やたら自信があったのも、あの桜のことなら納得がいく。




 ただし、つまり、ということは……そういうことなのだ。







 あの神に一杯食わされた!!








 ギチッと奥歯を鳴らした文に、相変わらずの調子で椛が声をかけた。


「射命丸様。まだ、言伝には続きがあります」



 八つ当たりするように、キッと椛を睨んだ文だったが、荒れた息を落ち着けて、「何よ?」と訊く。
椛は怯みもせず、

「『ちなみに聞いた相手は洩矢諏訪子だから』とも」

「あ、あのクソ蛙ぅぅぅぅ!!」



 逢魔ヶ時の空に、再び文の絶叫が木霊した。







 神奈子も早苗も知らなかったに違いない。
よくよく考えれば、二人の態度に不自然なところはなかった。
ということは、洩矢諏訪子は二人に黙ってはたての取材を受け、それを黙ったままにしておいた。
そして、いずれ文が桜のことを嗅ぎ付けて守矢神社にやって来て、何も知らずに神奈子や早苗に取材するのを、
物陰から楽しむつもりだったのだろう。
そして、まんまと文は引っかかり、その通りになった。
ひょっとしたら、この近くに今も潜んでいて、文の絶叫を聞いて笑っているかもしれない。


 あの時、諏訪子がいなかったのはそういうことだったのだ。






「ハアッ、ハアッ。くそっ。一杯食わされたわ。
畜生、蛙もほたても、次に会ったら七輪で炭になるまで焼いてやる!」




 悪態を吐く文を無視して、椛は黙って監視任務に戻る。
文も、椛に気を留めることなく、取り敢えず気持ちを落ち着かせた。







 切り替えよう。
守矢神社に行ったことは、完全に徒労ではない。
有力な情報を得られたのもまた事実だ。
その後の情報収集では、巫女以外、特にめぼしい情報はくれなかったが(八雲の根回しが効いていたのだろう)、
お陰で舞台裏の概要は分かってきた。
ただし、これ以上詳細を詰めるなら、当事者たちに直接出会うしかないだろう。

 そして、文の頭の中では次に接触する相手も決まっていた。
























 ――――――――パチュリー・ノーレッジ――――――――

 ――――――――動かない大図書館――――――――

















 そんな二つ名を持つ彼女が、今回は大きな動きを見せた。






 今朝、上層部から呼び出された時、文はパチュリーが幻想郷の結界を飛び越えたことを聞かされた。
お上はどうやら、結界のチェックもしていたらしい。
だから、文はあの美鈴の嘘が分かったのだ。





 魔法実験をしたのは、吸血鬼の妹ではなく、療養していたはずの魔女だった。


 では、神奈子は誰のことに言及したのだろうか?
















『――――二週間前に――――』





















 話の最後に、ついでのように付け加えられた一言。
それこそが守矢神社での最大の収穫だった。
魔法少女やら八雲やらの話の方こそおまけ。



 二週間前、恐らく昨日よりもずっと乱暴に幻想郷を包む結界を通り抜けた“誰か”が居た。
その誰かが今も外に居るのか、はたまたもう戻って来ているのかは分からない。
ただ、その“誰か”が紅魔館に属する誰かで、スキマ妖怪が何らかの形で現在も関わっているのは確かなことだ。


 パッと思い浮かぶのは三人。その三人とも、少なくともこの一週間、姿を目にしていない。
そして、昨日、パチュリー・ノーレッジはその三人に関わる何らかの理由で、幻想郷を飛び出した。
命知らずなことに……。



 そしてもう一つ分からないのは、



二週間前のあの事故が、果たして本当に事故だったのか、



ということ。
もちろん、その可能性もある。
現状ではまだその事故が最終的な解決を迎えていないと仮説を立てても矛盾はない。
けれど、文の直感では、これは事故ではない。





 謎が謎を呼ぶとはこのことね。


























「はあ」


 文は大きな溜息を吐いた。いろんな意味を込めて。


 いくら仕事の方は進んだとはいえ、新聞大会用のネタがふいになったのは堪えた。
こんなことなら、朝、はたてを問い詰めて、自信の理由を聞き出しておけば良かった。

 これは本格的に大会欠場になりそうだ。そう思うと、愚痴の一つも言いたくなる。






「全く、あのホタテガイめ。人の苦労も知らないで。あんたと違って、私は仕事してんのよっ!」




 誰に聞かせるでもなく吐き出した苛立ち。それに、



「同感です」



 という答えが返って来た。




 ピクッと、視界の端で、白い耳が跳ねたのが見えた。




 文は意地悪な笑みを浮かべて、監視を続ける椛の顔を覗く。
耳を赤くした椛は文の視線から逃れるように、気まずそうに顔を背けた。





「ほんとよね~。
私たちは上から大変な仕事を押し付けられてるのに、あいつは暢気に新聞大会の記事書いてるんですものね。
ま、三流にはふさわしいわね~」


「……」


「ま、でも」





 文は意地悪な笑いを引っ込めて、それとは別の笑みを浮かべた。


「この仕事も終わりが見えて来たわ。
紅魔館の連中が何をやっているのかさえ把握できれば、あとは我々天狗の関与する所じゃないからね。










――――それが我々に損害を与え得るようなものではない限り」








 椛は微動だにせず、紅魔館の監視を続けている。けれど、先程のような冷たい感じはしない。

 文は幹から背を離し、翼を出した。


「私はもう行くわ。貴女は?」

「私ももうすぐで本日の任務が終了します」


 微かに顔をこちらに向けて、椛が答える。
幾分態度が柔らかくなった部下に、文は機嫌が良さそうに声をかけた。



「ご苦労様。頑張ってね」

 ポカンとした表情を浮かべる椛を背に、文は夜空へと飛び出す。

 その背中に向けられた、「射命丸様も頑張ってください」という、小さな声を聴きながら。












「なかなか可愛い子じゃない。あの子」


 空を切る音に紛れ、文の呟きが漏れる。





 今までは、文は椛のことを、無愛想で冷たい部下だと思っていたが、そうでもなかったようだ。
あまり表に出さないだけで、実は優しさが有ったり、感情豊かなのだろう。


 ああいうやり取りがあると、疲れた心も癒される。
この後は、融通が利かなくて頭の固い連中を相手にしなければならないし、明日からは遠出をする羽目になるだろう。


 それでも、文は上機嫌で夜空を飛び抜けて行った。














公式では文の方から椛を避けているとのことですが、
ここではもっとビジネスライクな関係です。

文もみ派の人ごめんなさい、



尚、この行間Ⅱ自体は、行間Ⅰの翌日です。
行間Ⅰと同じ日に、見滝原ではヴァンプ・マミさん戦1回目があり、
咲夜さんがさやかのSGを投げ捨ててしまっています。
よって、行間Ⅱと同じ日に、杏子ちゃんがさやかのSGを拾ってきて、
恭介がさやかの秘密を知ることになります。
なので、ヴァンプ・マミさん戦2回目は行間の数日先のお話になります。

ということは・・・












書き溜めが進まない症候群発病中

モチベが上がらんお(´・д・`)

















第三章Ⅱ
























                    *







 深夜。





 群馬県見滝原市。75万8176人。北関東の中心都市にして、北陸・信越、東北と南関東を結ぶ交通の要所。

 その街並みは二極化しており、駅周辺の中心街及びその周囲に広がる居住地域で形成される市街地と、
そのさらに外側に広がる、農地や森林が多い郊外にはっきりと分かれている。
従ってこの街は日本でも珍しく、郊外の田園地帯から中心街の高層ビル群を望むという、
奇妙な光景が見られるようになっている。


 街には関東一の大河川とその支流の合流点があり、河川敷は人々の憩いの場となっている。
街の北側には、なだらかな山岳地帯が広がっており、この山々は、市内を流れる無数の小河川の豊かな水源で、
市も環境保全と観光地としての整備を行っている。
見滝原の夜景を望める展望台もここにあり、市をそれぞれ西と東から見下ろす二つの火山とその裾野に広がる町、
そして坂東太郎の異名を持つ川が流れる先には、日本最大の平野を遠望できる。












 その山岳地帯のある尾根の上。
そこに建つ鉄塔の足元に、一人の少女が空から舞い降りた。
ふわりと、音も立てず、砂も舞い上げず、彼女は静かに現れる。




 そこは鬱蒼と木々が生い茂り、街の明かりも届かない暗闇。
さらに、月も見えず、少女を照らす明りはない。完全なシルエットだけが、僅かに暗闇の中で判別で
きた。






 少女は鉄塔を見上げ、何かを考えているのか、しばしその場に佇んでいた。











 風もない夜。遠くから街の喧騒も聞こえない静かな山。


 何事かを思いながら闇に溶け込んでいた少女はやがて鉄塔から目を離し、その足元に視線を移した。


 そこには、有刺鉄線が巻きつけられた高いフェンスと、立ち入り禁止を伝える札。
鉄塔の足元はコンクリートでしっかりと固められていて、そこには入ることができない。

 そこはこの尾根を登る登山道から外れた場所で、普段は全く人影など見えず、時偶に、
業者の人間が送電設備の点検に訪れるのみである。
従って、踏み均された道がある訳でもなく、辺りの地面も柔らかな腐葉土に包まれているだけ。


 そんな場所に突然現れた少女の眼はそのフェンスの手前に固定されていた。



「なるほど……準備はしてあるという訳」

 静謐とした夜闇を、少女の呟きが破る。小さな声だが、この暗闇の中では大きく響いた。

 少女は一歩進む。視線を固定し、さらにもう一歩踏む。






 それは杭。四角い杭。


 黒い。この闇の中でも黒いと認識できるほどに黒い、そんな杭がフェンスの手前の地面に深々と刺さっていた。
その杭の側面の全てに、同じく黒い紙に赤い記号が書かれた札が張ってあった。
常人が見れば異様なそれも、しかし少女にとっては目的のもの。
特に躊躇なくそれに近づいて行く。


 少女はやがて杭の傍に来ると、膝を突き、片手でその杭に触れた。

 瞬間、パチッとその指が弾かれて、まるで静電気が発生した時のような音がする。
実際、その指は杭に触れたのでも、そこに張られているお札に触れたのでもない。
そのお札の手前数センチのところにあった、見えない壁のようなものに弾かれたのだ。
それは、「結界」と呼ばれる呪術の効果で、容易に杭に触れられないようにするためのものだった。


「…………そう。そういうこと」

 少女は口の中でそう言うと、おもむろに懐を弄り、短い棒状のものを取り出した。
たった今起きた現象に納得し、微かに痺れと痛みを残す指先に意識を払うことなく、取り出したそれについているスイッチを押す。

 彼女が手にしたのは懐中電灯だ。その明かりが杭を照らす。



 黒い杭はそれでもなお闇のようで、光が当たったからこそ、かえってより不気味な存在感を引き立たせていた。
杭に張られている、解読不能な赤い記号が書かれたお札もまた異様さを増幅させ、見れば見るほどそれが尋常の物ではないと知らせて来る。

 しかし、やはり躊躇せずに、再び彼女は杭に手を伸ばす。
また、その指が結界に弾かれるが、彼女は眉一つ動かさず、強引に指を伸ばし続けた。
そして、その指は結界を突き破って、彼女は杭を掴んだ。


 ゆっくりと少女は目を閉じる。

 そして、呼吸を落ち着け、精神を集中させる。
ゆったりと息を吸って吐き、意識の全てを己の内に向ける。








 ――やがて、彼女の体から、不可視の力が湧きあがって来た。
それは体の奥底から、彼女の根底から、泉のように噴き出す。


 彼女は意識をさらに集中させ、その力の手綱を掌握し、その流れを統制する。
力は彼女の意思に従い、杭を掴んでいる方の腕に流れ、それは肘、手首、手を通り、杭に注がれていく。
杭に張られた札が、彼女の手の下で微かに赤く発光し始めた。










 時間にして10秒ほど。少女は身じろぎもせず、ただ集中して力を杭に流し込んでいるだけ。



 それはすぐに収束する


 札の発光が収まると、彼女も集中を解いて手を離した。
そして立ち上がり、クルリと振り返って、背後に懐中電灯を向ける。








 『野中建設』という黒い文字が光に照らされた。
黒い人の形をした影の、丁度左胸の辺りに円く光が当たっている。





「盗み見とは趣味が良くないわね」


 少女は不敵な笑みを浮かべ、挑発するように目の前に立つ影に言葉を投げかけた。

 影が僅かに身じろぎをし、女の声が返ってきた。



「すまないな。集中していた様子だったから」

「……お気遣い、どうも」

 そっけなく少女は言うと、懐中電灯を振って杭に光を当てた。




「これと同じものが他にもあるんでしょう?」



 ――――説明して。



 言外にそういう響きを込めて少女は影に問いかける。
影は暗闇の中でも分かる程度にはっきりと頷いた。
そして、おもむろにそびえ立つ鉄塔を指さし、口を開く。


「この鉄塔が支えている送電線だが、見滝原の北から西にかけて、街を覆う弧を描くように走っている。
この鉄塔以外にも、その送電線を支える鉄塔の下に同じ杭を打ってある。
ただ、全部の鉄塔の下じゃない。一つ置きだ」



 女の影の説明に、少女は軽く鼻を鳴らした。
懐中電灯を杭に当てたまま、彼女は空いている方の片手を腰に当て、

「いくつ?」

「あと、13か所だ」

「面倒ね。今晩中に終わるかしら?」


 少女は肩をすくめた。そのせいで、懐中電灯の光が僅かに揺れる。



「無理に、とは言わない。まだ時間的猶予は少し残されている」

「終わらせたいのよ、私が」

 少女は苛立ったように語気を強めた。




「これでも結構忙しいの」



 天仰ぎ、溜息を吐く。そして、首を回すと、コキッと骨が鳴った。




「そうか」女は腕を組んだ。
「まあ、“アレ”の対処はそちらに任せる。煮るなり焼くなり好きにするといい。だが……」

「皆まで言わなくても分かっているわよ」



 女の言葉を遮り、少女は棘のある声を出した。
彼女には己の感情を隠すつもりなど毛頭なく、暗闇で見えないが、顔もはっきりと女を睨んでいる。



「貴女たちって回りくどくて嫌い」


「……」


「今回だって、どうしてこんな面倒で迂遠な方法を採ったのか理解に苦しむわ。
私が必要だったなら、初めから私をここに呼べば良かったのよ」




 そう言いながら、少女の蒼い瞳が女をさらにきつく睨みつける。
さり気なく懐中電灯のスイッチが切られ、辺りは再び明りのほとんど届かない暗黒の世界に戻った。


 そのあまりに不躾な態度に、流石に女も怒ったのか、少女を睨み返し、反駁する。





「その面倒で迂遠な方法を採用したのは、“彼女”だぞ」


「…………知ってるわ」


「それに、妹君も必要だった。彼女は決して君の呼び水ではない」





 少女は沈黙し、辺りに静寂が戻る。













 二人はしばらくそうやって何も言うことなく、闇の中でお互いを睨み合っていたが、
やがて女の方が目を逸らした。


「さっき、“アレ”を追うと、あの子たちに言っていなかったか? 
そう約束をしたんじゃなかったのか?」







 チッ。




 小さな舌打ちが聞こえ、少女も女から目を逸らした。


「別に約束したわけではないわ。
それに、貴女たちの話を聞いた今の私は別に人間の味方という訳ではないし、“アレ”がいくら無辜の人を傷つけようと、
そんなの知ったことではない」


 乱暴な調子で言い放った。






 そして少女は女に背を向け、もう終わりといわんばかりに、

「ただ、中途半端は嫌。だからその始末は私がやり始めたんだから、私が付けるし、
“アレ”に関して、余計な口出しはしないでね。
今まで眺めていただけなんだから、これからも見ていなさい」





 少女は懐に懐中電灯を仕舞うと、軽い音を立てて宙に飛び上がった。
そして、女の方を見向きもせず、送電線に沿って飛んで行く。


















 もう杭の周囲に人影はいなくなった。まるで初めからそこに誰もいなかったように。























時間的には、マミさんが恭介を襲って杏子・咲夜がマミさんとバトッて逃がしさやかがそのことを知った直ぐ後。
>>288の直後。


あと、設定的なことを一つ。

本編中でも前橋の景色が登場したり、二次創作でも前橋がモデルになっていることの多い見滝原ですが、
ここでも街自体は前橋を意識しています。
ただ、地理的な位置のモデルは渋川市にしたので、赤城と榛名の見え方が違います。



さて、もう七月ですが、恐らく今月中にあの方が再登場するはず・・・
もう何か月出て来てないんだろうなぁ


「送電線」と「結界」で
ある古いマンガの「偶然の女神」の話を思い出したが
全然関係ないか

あと「蒼い目」でキャラ特定は案外難易度高いな

乙乙

いわゆる中二病というものの1つではある


すっかり哀しい女である……



「鏡よ鏡」のくだりはどっかのボーカルアレンジに由来?
(歌詞に使われたフレーズを挙げていけばキリがないが一応聞いとこう)

スレタイのフランちゃんは何処へ行ったのやら……


これだけ負の感情に襲われて自己嫌悪に陥っても、まだ目的を持って持ちこたえてるだけでも大したものだけどね。




>>448
中二ですしおすし

>>449
さやかのテーマにふさわしくなってきましたね

>>450
U.N.オーエンのアレンジ「Who killed U.N.Owen」から言葉だけを借りてきました。
歌詞は、ニュアンス的には全く別ベクトルの意味になりますが、何かそれっぽく書けそうだったので

>>451
もうすg

>>452
逆です。
マミさんを救うという目的があるからこそ持ちこたえられているのです。









                  *







 次の朝。


 とてもそんな気分じゃないけれど、親が煩かったのでさやかは登校した。
でも実は、仁美の様子や恭介のその後についての情報が欲しかったというのが本心。

 いつものように起きて、いつものように学校へと向かう。
ここ半月もしない内に、さやかの人生は大きく変わってしまったけれど、周りは変わらない。
さやかの両親も、学校のみんなも、魔法少女と関わりのない人たちはさやかが変わったことにすら気が付かない。




 彼らは何も知らない。
今も自分たちは平穏に暮らしていると疑うことはなく、日々の危険なんて車ぐらいしか思い浮かばないだろう。
街角に、路地裏に、物陰に、人々を喰らう魔物が息を潜めているなんて想像もしないだろう。
ましてやそれと戦う少女たちが居ることも、彼女たちが奇跡を叶えたことも、人の生き血を啜る何かが存在することも、
男子中学生の妄想の中にすら登場しないに違いない。



 そりゃそうだ。

 魔女たちは結界の中に隠れ潜んで、卑劣に人々を狙う。
魔法少女も基本的に人のいないところで戦う。吸血鬼はどうか分からないが、
夜行性だし、今まで誰も知らなかったのなら、人々に分からないように生きてきたに違いない。






 彼らは、自分たちが何も知らなかったと気が付いた時、いったいどんな反応をするだろうか? 
仁美は、さやかが恭介にしたことを知ったら、どんな顔をするのだろうか?


 いっそのこと、全部ぶちまけてしまえばいいだろうか? そうすれば、仁美は……。













 …………………………………………………………………………………………いや、やめよう。



 そんなことをしても、何にもならない。
第一、もう恭介は仁美のものだ。
今更さやかにできることなんてない。







 さやかは魔法少女。生きてる振りをした駒鳥。影で魔女と殺し合いを繰り広げる化け物。

 縁の下の力持ちと言えば聞こえはいいが、正体は魔法で動くマネキン人形。

 日陰に堕ちたさやかには、もう日の光はあたらない。














「……さやかちゃん」




 聞き慣れたか細い声がさやかを思考の海から引き揚げた。

 ハッとして顔をあげると、まどかと――――気まずそうに眼を逸らしている仁美が居た。

 考えに没頭しているうちに、いつもの集合場所に来ていたらしい。
二人ともいつも通りにさやかを待っていたようだ。


「……あ」

 自然に声が漏れ、一瞬足を止めたさやかだったが、すぐに目を地面に下ろして二人の横を素通りする。




「さやかちゃん?」


「……、」


 戸惑ったようにさやかの名を呼ぶまどかと、相変わらずさやかの方を見ようとせずに無言を貫く仁美。
さやかはさすがに無視はひどいと思い、

「おはよう」通りすぎる時にそう声をかける。「先に行ってる」



 早足で二人を背に、通学路を進む。どちらからも呼び止める声はしなかった。








 ……止めないんだ。


 結局、自分はそんな程度の存在だったのだ。

 まどかにとっても、もちろん仁美にとっても、今ここで呼び止める価値もない取るに足らない「友達」だったのだ。








「美樹……さやか……」




 平坦で冷たい声がした。
再び思考の海に沈みかけていたさやかはその声でまたもや引き揚げられた。



 目の前に、暁美ほむらが立っている。



「まどかたちと歩かないなら、私と行きましょう。話したいことがあるの」




 そう言って、気障っぽく髪を払う。

 流れるような漆色の髪が一瞬ふわっと宙を舞い、またすぐに元に戻った。



 さやかはそのほむらの仕草が嫌いだった。
さやかはほむらのことを快く思っていない。
その仕草が嫌いでそうなのか、それともほむらが嫌いだからその仕草も嫌いなのか、どっちか分からない。
けれど、いずれにせよ、さやかはその髪を払う仕草が嫌いだった。
長くて綺麗な髪の毛を自慢されているようで気に食わない。


 まあ、だから敵意のある目で彼女を睨むのだ。


「何よ? あたしにはあんたと話したいことなんてないんだけど」

 そうやって凄んだ。

 だけど、このふてぶてしい上に厚顔無恥な美少女は、まるで気にしたふうもなく、さやかを冷ややかな目で見下ろして(向こうの方が身長低いのに!)、
「昨日の話よ」という一言を投げかけてきた。


 それだけで、さやかの態度が変わる。


「あんた……」

「テレパシーで話しましょう」


 くるりと踵を返すほむら。遠心力で長い髪が舞い上がる。








 気障っぽい動作だった。
















                      *








「それで? あんたは昨日、見ていたわけ?」


 さやかとほむらは並んで歩き始めた。口火を切ったのはさやか。もちろんテレパシー。



「……私も、一部始終を見ていたわけじゃないわ。全てを知っているのは、杏子ね」

「じゃあ……」

「一応言っておくけれど、上条恭介は軽傷で済んだわ」


 無作法に投げかけられた言葉。さやかは飛ばしかけた念波を噤む。



 恭介が大怪我を負っていないのは知っていたけれど、やはり実際に目にしていた人から言われると安心できた。
ほむらは信用ならない奴だけれど、これは嘘ではないだろう。



「……ありがと」



 二人はテレパシーで会話している。
だから、周りから見たら、無言で歩いているようにしか思えないだろう。
それでいい。今更この転校生と仲良しこよしになるつもりなんて毛頭なかった。



 さやかもほむらも視線を地面に落としたまま、誰にも気取られないように相手の頭の中に自らの言葉を送る。

「何のお礼かしら?」

「……くっ」


 澄ました声(テレパシー)で恍けたようにぬかすほむら。
さやかは歯噛みして隣を歩く仏頂面を睨んだ。


 声と同じく澄ました横顔がこれ見よがしに向けられているだけ。





「……で?」何とか自分を抑えてさやかは続きを促す。「何が起こったか言ってよ」

「ええ」


 二人の間は、さやかがまどかや仁美と並んで歩く時よりも開いている。
およそ人一人分。つまり、それがさやかとほむらの距離だった。
親しい訳ではないどころか、どちらかと言えば仲が悪い方なので、この距離は妥当なものだろう。

 けれど、今まで並んだことのなかった二人。
少なくともさやかの記憶にそんな場面はない。
なのに、ほむらはさやかの歩くペースに合わせてくれていた。





「私たちが駆けつけた時、杏子はすでに巴マミと戦っていたわ」




 地面を睨んださやかの眼が僅かに細まる。







「上条恭介の家の近くの道路。
彼は杏子たちから離れたところに倒れていたから、その戦いに巻き込まれなかった。
運が良かったとも思うわ。
あれに巻き込まれていたら、死んでいたでしょうからね」


「……杏子は? マミさんは?」


「……杏子は、」



 と、ほむらは言葉を切った。

 何やら言いにくそうにしている。




「何よ?」


「……無事よ」



 まさかと思って問い詰めれば、少し間があってそんな言葉が返って来た。
なんだか、するりと逃げられた気がする。


「ただ、巴マミの方は……」

「だから、言葉を切るなっ!」


 イラッと来て、さやかはテレパシーで怒鳴った。思いっきりほむらの横顔を睨んでやる。




 何よ……その顔。




 しかし意外にも、先程の澄まし顔とは打って変わって、憂いを帯びたほむらの表情がそんなさやかの気勢を削ぐ。
そんな顔をされたら、責めるに責められなくなる。









「……逃がしたわ」



 続けられた一言は、嘘ではないと思う。けれど、全てを語っている訳でもない。



「何を隠しているのよ?」

「杏子から聞いて」


 即座に返された言葉は責任転嫁の一言。さやかの視線がさらにきつくなる。






 逃げた。



 逃げるな。



 だからあんたは信用できないのよ。



 思わせぶりなことを言って、結局杏子に丸投げか。







 呆れて物も言えない。
さやかは大袈裟に溜息を吐いて、テレパシーは送らなかった。






 気まずい空気が二人の間に漂う。
だけど、さやかはこれをどうにかする気はなかった。ほむらがしゃべり出すまで何も言わない。


 転校生の煮え切らない態度に辟易してさやかは天を仰いだ。




 昨日と同じく、空にはぶ厚そうな灰色の雲がかかっていた。
のしかかるような重い色の雲のせいで、さやかの気分は晴れない。
少し湿気も多くて、今朝の天気予報で言っていたように、午後からは雨が降りそうだった。











「……ねえ」


「何?」





 いい加減、間が持たなくなったのか、痺れを切らしたようにほむらが再び話しかけてきた。
無言合戦はさやかの勝利だ。



「貴女、ソウルジェムはちゃんと浄化してる?」

「あんたには関係ないでしょ」

「綺麗にしておかなければ、いざという時魔法が使えないわよ」

「……分かってる」

「グリーフシードの手持ちはあるの?」

「……」

「持っていないなら、一個あげるわ。使いなさい」

「要らない。あんたの施しなんか受けない」

「美樹さやか! 意地を張っても……」

「うるさいなぁ」




 小さく舌打ちして、さやかは歩調を速める。




「何考えてんのか知らないけど、あたしはあんたとつるむ気ないから。ほっといて」

「待っ!」


 さやかはどんどん歩く速さを上げていく。そうして、ついにはほとんど小走りになった。

 ほむらは追ってこない。





 ほら、見たことか。本気で心配してくれているなら、ここは追いかけてさやかを止めるはず。
それをしないということは、さやかのことなんか実は心配していないのだ。




 同情なんていらない。施しなんて必要ない。


 グリーフシードは魔女を倒して自分で得る。魔力切れで倒れたら、その時があたしの終わりだ。






















                     *










「皆さん、大変なお知らせがあります」




 朝のホームルームが始まるなり、担任の早乙女はいつものような恋愛トークをせず、真剣な面持ちで切り出した。




「この中で、すでに何人かの子は知っていると思いますが、昨日の夕方、このクラスの上条恭介君が何者かに襲われました」


 途端に広がるざわめき。女子も男子も近くの友達と顔を合わせて何事かを囁き合う。
恭介の友達の一人である中沢も阿良々木という男子と不安げな顔を突き合わせていた。













 それを、さやかは冷めた目で見ていた。






 どうせ、ここに居るほとんどは恭介のことも他人事だろう、なんて思いながら。






「幸い、上条君は軽傷で済んだということですが、今日は大事を取って入院し、学校をお休みしています。さらに……」



 太陽は灰色の雲に隠され、外は暗い。
外部の光を可能な限り取り込むようになっているこの教室の中も、天井の蛍光灯の明かりがやたらと眩しく感じられた。

 早乙女の真剣な顔も、クラスメートたちの後頭部も、何もかもが暗く見える。



「上条君の家の近くの道路がひどく破壊されていたそうです。
上条君との関わりは分かりませんが、これについては今現在、警察が捜査をしているとのことです。
また、警察から不審者への注意の呼びかけもありました。
皆さんも、くれぐれも気を付けてくださいね」


 早乙女の注意喚起で、朝のホームルームは終わった。











 一時間目との間の時間。普段ならまどかや仁美と楽しくお喋りする時間。
けれど、とてもそんな気分にならなくて、さやかは席を立った。



 視界に二人を、それから恭介の席も、映さないようにして、早足で教室を出る。
途中で見かけたほむらも無視。

 そんなさやかに声をかける子は誰もいない。
まどかも仁美も、見ていないからどんな顔をしているのか分からない。


 廊下に出て、さやかは宛てもなく歩きながら、どこに行くかも考えずに出て来たことに気が付いた。
とりあえず、トイレにでも行こうか。
いっそのこと、このまま早退してしまおうか。
どうせ、こんなところに居ても何にもならない。
魔法少女を知らない人たちは事の重大さに気がつく訳ないし、
魔法少女を知っているまどかたちもどうせさやかのことなんか本気で構ったりしない。
















「さやかちゃん!」









 けれど、自暴自棄な思考が頭を覆いかけていたところに、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。



 綺麗というより可愛い感じの、少し舌足らずな、でも優しくて耳に心地よい声。
それが、黒くてとげとげしたモノに埋め尽くされていた思考に淡い光をもたらす。


 思わず足を止めて、さやかは振り返った。

「何?」と問う声は、自分でも意外なほど穏やかなものだった。




 少し息を切らしたまどかが、さやかの背後数メートルのところに立っている。
周囲にいた生徒たちが、何事かとこちらを振り返ったが、すぐに視線を外す。
そんな日常の中の一コマ。



「どこ、行くの?」

「……、」


 さやかはすぐに答えなかった。否、反射的に口にしかけた言葉を飲み込んだ。


 こんなことを彼女に言うのは悪い。だって、まどかは今、すごく心配そうな顔をしているから。




 何でよ……。何であんたはこんなあたしを心配するの? あたしにはそんな価値ないのに……。





「……さやかちゃん、仁美ちゃんと、仲直り、出来ない?」


 一歩まどかが踏み出した。さやかは首を振る。





 仁美と仲直り……。そんなのできるわけない。だって、あたしは……。




「ごめん。今、それは、ちょっと無理」

「わ、私、何でもするよ。何でも相談に乗るから」

「……うん」



 まどかは優しいな。



 この子は本当に、誰にだって優しい。
あのほむらにだって、杏子にだって、優しかった。
これだけ優しい子が、さやかを心配しない訳なかった。






 でも、それはちょっと待って……。










 さやかは踵を返す。













 今は、その優しさが胸に沁みるから……。










「ありがとね、まどか。心配してくれてるんだよね」


「さやかちゃん……。いいよ、気にしないで」


「うん……。ごめんね。気使わせちゃって。あたし、ちょっと心の整理がつかないんだ。
仁美のことは、ちょっと待って」


 そう言って、さやかは歩き出した。

 後ろで、まどかが「待って」と呼んだ気がしたけど、すぐに聞かなかったことにした。




 今の私に、呼び止められる資格なんてない。希望を信じてなんて、ふさわしくない。








 こんな化け物に、優しくしないでよ……。












めんどくさやか本領発揮中
コミュ症ほむら本領発揮中



まどかさんは人間の時からマジ女神

ほむら「(結婚しよ)」




info.
さやかには開き直ることが難しい模様
さやかのSAN(正気)がまた削れました
オクタヴィア様がアップを始めました

そういえばクリーム様(ガオンの人ではない)の出番もあるんだよな‥

乙!
優しくしないで欲しい。ねぇ……それならゆうかりんにでもドSられてみるが良いや

後、阿良々木君。転生トラックにでも撥ねられたか?ww

サラッと吸血鬼の眷属君らしき人が居ましたよ!?

阿良々木君、君は何をしているんだい?




阿良々木人気だなあw


>>473
いつものことですよ!


>>474
やめてくださいしんでしまいます


>>475>>476
本人ではないですよ?
だって、「友達を作ると人間強度が下がる」とか仰ってる人に、喋るクラスメートなんている訳ないじゃないですか

それはそうと、まどかのクラスのモブの中に阿良々木さんぽい人が紛れ込んでるとか聞いたんだが、
一体どこにいるのか分からないw











                  *






 変な使い魔。



 結界に入って、使い魔を見た瞬間、さやかはそう思った。


 頭のない人形。
レトロチックで、未来チックで、カラフルな服を着て、その場でくるくる回っている。

 不気味な配色の結界を背景に、数体の使い魔がコマのように回転しているだけ。
さやかは早速変身し、剣を構えて使い魔に突撃する。





 ただ――――、



「?」




 ――――妙な違和感がある。




 何だろう?



 だが、その違和感をさやかはすぐに頭から追いやった。今は目の前の使い魔だ。


「あああああ!」

 剣を振う。

 鈍い音を立てて、一体の使い魔が袈裟切りにされ、それと同時に、あまりにも乱暴に振るわれ、
そして「何故か」強度が弱まっていたせいでさやかの剣は簡単に刃が折れてしまった。
その使い魔は、悲鳴も上げることなくその場に崩れ落ち、さやかは折れた剣に目もくれず、
新しく剣を作り出し次の使い魔に目を向ける。


 仲間がやられても回り続ける使い魔。
今まで戦ってきた魔女や使い魔のように動揺も怒りも見せることはない。
その姿に、狂気すら感じられた。



 こいつらにはこれしかないんだ。回り続けるしかできないんだ。



 憐れな存在だった。
ただ回り続けるだけなんて、一体何の意味があるのだろう? 
こんなんじゃ、人も襲えないだろうに。この使い魔が存在する意義って何だろう?




 心を覆い掛けた黒いモノ。切り替えて目の前の敵に集中。


 ズバァっと一太刀一閃。剣を振る。

 白銀の刃は光を反射、回る道化を一刀両断。
やけに重たい我が愛刀。
気合の声で、横一文字。
翻って、今度は背後の一体、縦に真っ二つ。
同時に折れる正義の剣。

 それで四体討伐。残りは一体。新たな剣を我が手に握る。


「はああああああっ!!」


 雄叫び雄々しく、剣一突。これにて終了、使い魔退治。

「はあっ、はあっ」



 荒い息を静める。気が付けば、変な汗もかいていた。
じっとりと湿気を吸ったアームガードで前髪が張り付いていた額をぬぐう。

 ちょっとしか動いていないのに、剣だけじゃなく、体も重たい。
どうやら疲れが溜まっているようだ。
あるいは、体が腐ってきて、動きにくくなったのか。


「さやかちゃん、大丈夫?」

 何だかんだで、一緒について来てくれていたまどかが心配そうに駆け寄って来る。

 そんな彼女に、さやかは小さく頷いた。

「うん」

 結界が解ける。使い魔だからグリーフシードは無し。



 さやかも変身を解いて……、


「あ!」


 刹那に、眩暈のようなものを感じて、体がフラッと倒れかけた。
それを、まどかが慌てて支えてくれる。


「ありがと」

「ホントに大丈夫?」

「……うん。ちょっと、疲れただけだから」

 無理に笑う気も起きない。さやかは自分の足に力を入れて、まどかから離れる。


 変身を解いても倦怠感が続く。
風邪を引いた時みたいに、動くのが怠い。
関節の痛みはないけれど、全身に鉛の重りを仕込まれているみたいだった。
そのせいか、ひどく気分も落ち込んで行く。





「あれ?」



 結界が解けるとそこは公園の一角。
すっかり暗くなり、街灯もなく、辺りはしっとりとした闇に覆われていた。

 まどかが空を見上げて呟く。


「雨、降って来ちゃったね……」


 さやかは無言で頷いた。



 ポツリポツリと降り出した滴。傘忘れた。

 春なのに少し冷たい雨粒が二人の体を叩く。
そんなに激しくないけれど、髪も制服も少しずつ濡れていった。

 さやかはそれに頓着せず、まどかは慌てて自分の鞄を漁っている。
が、そんな彼女の顔もすぐに曇り、探し物が見つからなかったことを示した。

「あ、傘持って来てないや。さやかちゃんは、傘ある?」

「ない」

 即答して、さやかはぼうっと雨に濡れる闇を眺めていた。


 整備された自然が広がる市民の憩いの場。
それも今は、陰鬱とした雰囲気を湛えた、気が重くなるような場所に変わり果てていた。
緑鮮やかな木々は年老いた老婆のように枝を垂れ下げ、ふかふかとした腐葉土に覆われた地面は黒々と濡れて、
チップが敷き詰められた遊歩道もビチャビチャと水音を立てている。

 全てが色褪せて見えて、さやかの気分はさらに沈む一方。
雨も降って来たし、疲れているし、どこかで早く休みたいという欲求が徐々に膨らんで行く。
魔女退治を続けなきゃという使命感も、今は静まって休息を望んでいた。


「行こ? さやかちゃん。ここにいると濡れちゃうよ」

 声をかけてくれるまどかはさやかの手を軽く引いて、小走りで進み始めた。

 うん、とさやかは微かに顎を引き、まどかの後に続く。



 全身を覆う倦怠感は酷く、ただでさえ疲れている体に、体温を奪う雨は辛い。
その上さらに水を吸って重くなる制服に、下着まで濡れてくる不快感が辛さに拍車をかける。
正直、早くどこか適当な屋根の下で雨宿りしたい。
けれど、まどかに握られた手から伝わってくる温かさに引かれてさやかは彼女の後を、何も言わずについて行く。




 学校が終わって、いったん家に帰ったさやかが魔女退治のために再び家を出た時、まどかは家の前で立っていた。


 昨日と同じく、さやかを待っていてくれたのだ。


 一番近くにいてさやかを支えたたいと言うまどかの申し出を、断ることはできなかった。

 「仁美はいいの?」と訊くと、「今はさやかちゃんが心配だから」と返って来た。
それが嬉しいような鬱陶しいような、なんだかよく分からない気持ちで、さやかは結局まどかを連れてきた。



 足が棒になるまで歩き続け、やっと見つけたのがさっきの使い魔。魔女は影も形もない。
杏子か、あるいはほむらが狩ったのかもしれない。

 杏子には使い魔も退治するように言ってあるから、魔女に狙いを絞っているのはほむらだろう。
なら、ほむらが狩り残した使い魔はさやかが退治する。





 その杏子とは、連絡を取っていない。

 ほむらは杏子が昨日のことは全てを知っていると言っていたが、恭介の無事が分かったなら、
無理に杏子の話を聞く必要もない。
それに、今は杏子と顔を合わせづらかった。



 何となく、杏子といると弱い自分が露呈しそうで、嫌だったのだ。

 杏子がマミのような正義の魔法少女だとは今も思っていないが、それでも自分の過ちを認めて、
正しい道を、人を助ける道を歩もうとする強さがあると思ってはいる。
だからこそ、そんな杏子と自分では己の弱さが浮き立ってしまう気がしたのだ。



 せっかく一緒にマミさんを助けようって約束したのに……。



 それを反故にする自分が嫌だった。





「あ、あそこ!」



 耳に入るソプラノ。
黒く濡れたアスファルトに視線を落としていたさやかはおもむろに顔を上げる。



 まどかが指差す先。そこには屋根つきのバス停。ガラス張りの待合室。


 雨足もだいぶ強くなって、二人ともびしょ濡れだった。
このくらい、魔法で乾かせば何とかなるからさやかは気にも留めなかったが。


 それより、ちらりと見えたあのバス停の中、そこに居る「誰か」が気になる。







 音を立てて幕のように降りしきる雨の向こう、水が流れるガラスの奥に見える紅。




 その小さな紅に見覚えがあって、もしや、と思った。
そういえばしばらく顔を合わせてなくて、しかもこんなところで唐突に出会うなんて、
まさか、とも思った。


 バス停にたどり着いたまどかが急いで待合室の扉を開ける。



「あ!!」

 声をあげて足を止めるまどか。肩越しにさやかも中を覗いた。
そして、さやかは自分の予想が当たったことを確認する。




 案の定――、






「あら? こんばんわ」









 そこに居たのは小さな紅。

 幼い容姿をしていて、お上品にベンチに腰を掛けている。

 短い足が、微妙に床に届いていない。
それでも背筋をしゃんと伸ばして、真紅の瞳でびしょ濡れ少女二人を見据えている。


 シャランと、枝のような羽からぶら下がった宝石が揺れた。


 見た目10歳未満の少女。

 正体は、魔女も屠る最恐の吸血鬼。

 その名はフランドール・スカーレット。

 真紅の乙女はニコリと微笑む。



「いらっしゃいな、濡れ鼠さん。一緒に朔の夜の雨宿りをしましょう?」











久しぶりに登場しました。

雨で動けないのでバス停に籠ってます。



久しぶり過ぎる
どっかのインディペンデンスさん並の扱いだな

>>487
おいおい、ちゃんとインテリジェンスさんの名前よんであげろよ

>>489
おいおい、インフィニットジャスティスガンダムさんだろ?
間違えるなよ

フランちゃん今まで何してたんだろうか……久しぶり過ぎるわ

そして全く無関係のスレで唐突にネタにされるインモラリストさん



お前らインヴィジブルさんの名前間違えすぎw


>>487
出番がない&あってもモブ役程度のメインヒロイン(笑)ほど不遇ではない!


>>489>>490
おいおい、いい加減にしろよ
インテックさんだって言ってるだろっ!


>>491
駅前のミスドでチビでロリコンな高校生にドーナッツ奢らせてたんだよきっと。









新約八巻でのインデックスさんの活躍をお祈りいたします。












                    *








 ――――キャハハ―――――


 ――――マジョヲヤッツケタヨォ――――






 脳裏に、甲高い狂声が響く。

 同時に襲ってきたのはあの時の恐怖。

 真っ赤な爆炎と、焼けるような熱風。

 今も生々しく思い出せる記憶に震え出す体を、さやかは両腕で抱き締めた。




 落ち着け。落ち着け私。



 この恐怖は一度克服したはずだ。
契約する時に乗り越えたと思ったはずだ。
それは正しい。
だから、心配ない。



 身が竦むのを、さやかは必死で抑え込む。
戦慄は克明に記憶に刻まれていて、本能は忘れようも無いそれを思い出して逃げろと叫ぶ。
それを、理性で無理矢理ねじ伏せて、さやかは必死で平静を装った。





「そんなところに立ってないで、こっちに座ったら?」



 フランはそう言って、少し位置をずらして二人が座れる場所を空ける。






 さやかは動かなかった。いや、動けなかった。


 足が言うことを聞かない。見栄を張るだけで精一杯だったから。

 今の彼女はあの魔女戦の時のように、狂っているようには見えない。
マミと一緒に魔法少女体験コースをしていた頃と同じように、不思議な雰囲気のする幼い女の子といった感じだ。
危険な香りはしない。




「ありがと」


 目の前のまどかが軽く頷いて、フランの横に座る。微妙に距離を開けて。
でも、まどかはさやかほどフランに怯えているようには見えなくて、強がっている様子でもないし、
至って自然体だった。


 それが意外で、さやかはしばしまどかを見つめていた。


「さやかちゃんも」


「……あ、うん」


 親友の言葉で硬直が解けたさやかもバス停の扉を閉めて、彼女の隣に腰かける。
そのさやかを、フランはまどか越しに注視していた。
見定めるように。見抜こうとするように。


 怯えが消えた訳ではないが、まどかの様子を見てそれは薄まっていったし、それよりも見つめられることに気まずくなって、
さやかはフランに「何?」不機嫌な声で訊いた。

 フランは別段気にしたふうもなく、

「さやかは、契約したのね」

「うん。それが?」

「別に何もないわ。ただ……」

「ただ?」

 不自然に言葉を切ったフランに、さやかが聞き返す。まどかもフランを見下ろしていた。














「ただ……、マミが悲しみそうだなって」













「……」




 どうして?



 どうしてマミさんが悲しむの?





 頭に浮かんだ疑問は気が付かない内に口に出てしまっていたらしい。
フランは視線をさやかから足元に落とし、床に届いていない足をぶらぶらさせながら、
淡々と答えた。


「責任、感じちゃうかも」

 責任? と、さやかは敏感に反応する。



 フランの言っていることが理解できない。
どうしてさやかが契約したことでマミが責任を感じるのだろうか? 
さやかは自分でちゃんと願い事を考えて契約したのだ。
前にまどかに言ったように、マミのために契約しなかったのは、自分の願いがあったほかに、
マミが引け目を感じないように気遣ったからだ。




 それがいったい何の責任になるというのだろうか?





 確かにマミはさやかとまどかに魔法少女について教えた。体験コースも開催してくれた。



 だが、それがどうした?

 マミは別にさやかに契約を勧めた訳ではない。
それはあくまでさやかの意志。
そこにマミが責任を感じる余地はない。


「どういうこと? 責任って」


 問い返す声には多分に棘が含まれていた。




 さやかはソウルジェムを取り出した。
7割ほど濁っていたが、まだまだ余力はあるだろう。
ほむらに心配されるほどのことではない。


 確かにフランは怖い。
だけど、このソウルジェムがある限りさやかには異形と戦う力があるし、吸血鬼に対抗することだってできるはずだ。

 恭介が自暴自棄になった時、さやかはそう思った。




「あたしは、マミさんに負担をかけるようなことはしてないわよ。
だから、マミさんが責任を感じるようなことなんて何もないんだから!」



 ソウルジェムを掌に乗せ、フランへ突き出した。
見せつけるように。これが自分の願いの証であることを示すように。

 もしフランが不審な動きを見せたら、即座に変身するつもりだ。
吸血鬼の尋常ならざる強さは実際に目の当たりにしている訳だけれど、
不思議と今目の前に座っているフランからはそんな恐ろしさは感じない。

 恐ろしいのは記憶の中の彼女だけで、今のフランはむしろ無害のように思えた。



 一方で、フランはさやかのソウルジェムを興味深そうな目で見つめただけ。特に動く気配はない。

 まどかは、自分の目の前で行われているやり取りに戸惑い、視線をさやかとフランの間で行き来させていた。






「……濁ってるね」



 フランがぽつりと呟いた。

 ほむらが似たようなことを言っていたのを思い出して、さやかは顔を顰めた。


「だから?」

「……、」




 フランが動いた。






 その手には――、




「あ!」

「何で!?」









 グリーフシード。


 それも、妙に見覚えがある。
あの、病院の魔女のものだ。まどかがマミを呼びに行っている間、それをずっと見張り続けていたお陰で表面の細かな模様まで覚えている。
だから、見間違うはずがないのだ。



 だからこそ、さやかは驚いた。
どうしてフランがそれを持っているのか? 
その疑問が一瞬で頭を埋め尽くし、しかし次の瞬間には、このグリーフシードの主である魔女を
屠ったのは他ならぬフランであり、ならばその種を持っていてもおかしくはないという結論を弾き出していた。


 ただし、さやかが動揺から戻る前にフランはそのグリーフシードを、躊躇うことなく彼女の突き出されたソウルジェムにあてがった。



「なっ!? 何すんの!」


 反射的にソウルジェムを引っ込めたさやかだったが、すでに濁りはグリーフシードに移っていた。
すっかり綺麗になってしまったソウルジェムが、蒼くさやかの顔を反射する。



「っ! 何で浄化したのよ!?」



 勝手に余計なことをされて思わず怒鳴るさやか。
フランはしれっとした態度でグリーフシードを懐にしまった。


「いいじゃない。
私には使い道のないものだし、魔法少女のソウルジェムの浄化に使うのは本来の使用法でしょ? 
別に悪いことじゃないじゃない」



 正論だった。



 さやかは言葉に詰まった。反論を許さないほど至極当然の主張だったからだ。






「フランちゃん、それ、危ないよ?」

 心配そうに声をかけるまどか。
ただ、これは随分と当て外れな言葉だった。
何しろ、フランにはこの魔女を一方的に甚振った過去があるのだから。

 事実、フランは可笑しそうに口元を緩めて、肩を震わせた。
何も言わず、音も立てず、静かに笑っただけ。


「何、企んでんの?」

 そんなフランの様子を見て、さやかは相変わらず棘のある言葉を投げかける。


 先程から、自分に対するフランの言動の意味がよく分からず、さやかはいらついていたのだ。
言いたいことが理解できない、やっていることの目的も把握できない。
だから、どうにもその裏に何かあるように思えて、真っ直ぐなさやかは裏のあることや曲がったことが嫌いだから、
つい棘のある返事をしてしまうのだ。


 そもそもフランは、以前、「献身」も、そして「独善」も、両方とも受け入れられると言っていた。
「独善」とは、独り善がり。
つまり、もっと有り体に言えば、「身勝手」。


 さやかはそんな連想をして、彼女がグリーフシードを悪用しようとしているのではないかと思った。

 そして、たとえ相手がフランでも、グリーフシードを悪用しようとするなら、さやかは剣を振らなければならない。
自分は人のためにこの力を使うと誓ったのだから、例えどれだけ自己嫌悪していようと、
その誓いを嘘にはできなかった。








「……別に? 何にも企んでないわ」


 大袈裟に肩を竦めて首を振るフラン。白々しい態度に、さやかの頭の熱が上がっていく。



「うそ! グリーフシードなんか何に使うの? 
それキュゥべえじゃないと回収できないし、穢れをため込めばまた魔女が生まれてくるんだよ。
そんな危険な物どうするつもりなのよ!」


 立ち上がって、フランを怒鳴りつけるさやかに、吸血鬼はわざとらしく溜息を吐いた。
嘗めたようなその仕草が気に食わない。ますますさやかは熱くなっていく。



「落ち着きなよ、さやか」

 そしてベンチに両腕をついて、さやかを仰ぎ見る。
若干いらついたような、面倒くさそうな、神経を逆撫でする声で言う。








「私がグリーフシードを持つ理由なんて、あなたに関係ないでしょ?」




 その一言で、さやかの頭が沸騰した。







「関係なくないでしょっ!!」



 再び輝きを取り戻したソウルジェムを掲げ、変身しようとして、






「待って、さやかちゃん!」



 まどかが立ち上がって、さやかとフランを止めに入る。

「さやかちゃん、それはダメだよ。フランちゃんと戦ってもいいことないんだよ?」

「まどか、あんたまで……」

「ごめんね。でもさ、こういうの、えっと、えっと……」

 仲裁するために何か言葉を捻り出そうとして、頭を抱えるまどか。
けれど、うんうん唸りながらも言葉が出て来ない。
本人は至って真剣にやっているのだけれど、どこか間が抜けていて、そして何とも言えない
憎めなさに溢れたその姿に、さやかはすっかり毒気を抜かれた。


「喧嘩両成敗、じゃない?」


 そのまどかに、フランが変わらない姿勢のまま声をかける。


「あ! それだ!」

 そうだ、そうだ、思い出した。と、手を叩くまどかに、フランも苦笑するしかなかったようだ。




「そうね。両成敗ね」


 それから真紅の双眸が再びさやかを向き、

「さっきは私の言い方が辛辣だったね。ごめんね」


 フランはちゃんと頭を下げて謝った。



 そういう風に、素直に謝られると、さやかも振り上げた拳を下ろすしかない。
向こうが非を認めたなら、さやかも熱くなり過ぎたと反省する。
仲裁に入ったまどかのためにも、矛は納めなければならない。


「あ、あたしも悪かったわよ。ごめん……」


 まどかがホッとしたような顔になって、ベンチに座り込む。さやかも続いて腰かけた。


「良かった」


 まどかがポロリと零した一言に、さやかは気まずくなる。

 フランに突っかかった自分が、今更ながら子供っぽく思えてきたのだ。
どうにも自分は気短い。
それは以前からだけど、最近は怒ることが多くなってきていた。



「……で、でもさ。何でグリーフシードなんか持ってんの?」


 気を紛らわすため、そしてやっぱり、グリーフシードの使い道が気になるため、
さやかはもう一度フランに問いかけた。


「あ、そうだよ。それはちゃんとキュゥべえにあげなきゃダメなものだよ」

 まどかもさやかに続く。
フランは足をぶらぶらさせながら、小さな両腕を組み、少し考え込むように首を傾けて、

「うーん」

 唸りながら、待合室の天井を見上げた。




 ガラス張りの天井を、雨が叩いていた。
そして同じくガラス張りの壁面を雨水が流れている。
雨足は激しく、弱まるところを知らず、ガラスに雨粒がぶつかる音が待合室に響いている。

 そうやってしばらく考え込んでいたフランは、やがて顔を下ろし、二人に目を向けた。



「私みたいな妖怪が、ここでは力を失うって、話したっけ?」





「?」

「……何の事なの?」


 首を傾げる二人に、フランはこくんと頷いた。それは承知した合図。次には説明を始める。





「ここはね、幻想を否定した世界なの」





「幻想を、否定?」

 と、繰り返したのはさやか。そう、とフランは首肯する。


「私たち妖怪は、幻想の存在なの」

「その……幻想って何?」

「ああ、そこからか……」


 まどかの問いに、フランは小さく溜息を吐いた。
ぶらぶらさせていた足を止め、まどかの胸元のリボンに視線を当て、少し考えてから再び口を開いた。










「定義はいろいろ言い表せるけど、この世界においては、……そうねえ、『ありもしない想像上の概念』と言うべきかしら」



「『ありもしない想像上の概念』?」


「どういうこと?」


 二人には少し難しかったのだろうか。まどかもさやかもさっぱり分からないという顔になる。


「まあ、そうよね。
分かりやすく言うと、例えばあなたたちは私と出会う前に、吸血鬼が実在するって思ったことあるかしら?」

「それは……」

「……ない、よね」

 さやかはまどかに同意を求めるような目を向けた。まどかもさやかを見返して、頷く。




 それはそうだ。



 吸血鬼なんて、フィクションや伝説の中の存在としか考えていなかったのだから。
まさかそれが自分たちの目の前に現れるなんて、思ってもみなかった。
最も、すでに魔法に触れていたから、初めて魔法少女を知った時より、衝撃は小さかったけれど。





 あ!! …………そうか、そういうことなんだ。




 そこまで考えて、さやかは気が付いた。




 簡単に言ってしまえば、幻想とは『人々が信じていないもの』だ。

 吸血鬼も、魔法少女や魔女もそうだ。




 それらは、人の想像の中には存在するんだろう。
現に、吸血鬼をテーマにした小説や映画はあるし、日曜日の朝には魔法少女物のアニメがやっている。

 だけど、それらが現実になると考える人は、この広い世界で、いったい何人いるだろうか? 
想像と現実の区別がつかないような人ならともかく、ほとんどずべての人が、それは「想像」であり、
「妄想」であり、「幻想」と考えるだろう。

 この世界に吸血鬼はいない。
魔女も、魔法少女もいない。
何でも思う通りになる奇跡なんて存在せず、摩訶不思議を起こす魔法もありはしない。
誰もがそう信じて疑わず、誰もがそれが現実だと思い込んでいる。

 フランの言いたいことは、そういうことなのだ。



「さやかは分かったっていう顔してるわね」


 フランが得心したように口元に笑みを浮かべる。




「現代の多くの人間は、吸血鬼や魔法は想像の中にしかないと考えているわ。
まあ、そうよねえ。
そんなものは、『科学的』に証明できないんだもの。
証明できない以上、それは『存在しない』と考えても構わない。
それに、それが理論的に存在を示唆された訳でも、現象として観測された記録が残っている訳でもないからね。
人間の頭の中にしかないものよ」


 まどかはまだちょっと分かっていないみたいだったが、それでもフランの話を真剣に聞いていた。



「でもね。『幻想』は昔、存在したのよ」



「昔? 昔の人が信じてたってこと?」


「そうよ。物分りがいいわね、さやか。
昔の人間は、現実に吸血鬼が存在すると信じて疑わなかった」








 フランは自分の目の前の、待合室のガラス扉に顔を向けた。
そこには、さやかとまどかの姿は映っているが、フランの姿は映っていない。
二人は何もない空間に真剣な顔を向けているのだった。


 そう言えば、吸血鬼は鏡に映らないと聞いたことがある。
それは、光を反射するガラスも同じだろう。
今、さやかの網膜に映る光景が、フランが吸血鬼であることを示していた。
そう、それによって、改めて彼女が人と違うことを思い知らされてしまうのだ。





「彼らは想像力豊かだった。
物が落ちることにさえ、神秘が関わっていると考えていた。
この国もそうよね。
八百万の神と言って、何にでも神様が宿っているっていう考えがあったのよね」

「ああ、うん。付喪神とか、そうだっけ?」

「唐傘お化けとか?」



「付喪神。捨てられた物にも神様が宿る。ユニークだと思うわ」



 そう言ってフランは微笑んだ。




 褒められているんだろうか? 褒められているんだろうな。




 フランの感じから、さやかはそう思った。
けれど、「ユニーク」という褒め方の方が「ユニーク」と感じるのは、おかしくはないんじゃないだろうか?















「あるいは、『幻想』ってのは、『今、信じられていないもの』と言い換えてもいいかもね。
妖怪や魔法だけじゃなくて、例えば天動説とか、マクスウェルの悪魔とか。
科学的に否定されたものとかも含まれるかも」




 天動説は分かるけど、マクスウェルの悪魔って何だろう?




 さやかはそう疑問を抱いたが、話の腰を折らないために余計な口は挟まなかった。
そんな悪魔の名前は知らないし、きっと関係のないモノだろう。





「でもそれらは否定されて行った。科学によってね」




「……」




「そう、さっきの例えを使えば、天動説はコペルニクスの地動説によって否定されたし、
マクスウェルの悪魔は記憶の消去がエントロピーを増加させるということが証明されて抹殺された。
物が落ちるのは、アイザック・ニュートンの唱えた万有引力説で語られるわよね」


 地動説や万有引力説は誰でも知っている。
それは信じる物ではなく、現実がそうであるのだ。
地球が太陽の周りを周回しているのも、地上に存在するすべての物がこの星の中心へと引っ張られているのも事実だ。

 だから、天動説なんてものは間違っていると断じられているし、物の落下に神秘性はない。




「ニュートンの時代は、まだ人々が幻想を信じていた頃よ。
だけど所謂、『科学革命』以後は、それらの幻想は世の中から追い出されて行った。
否定されていった。
だからね、私たち、つまり幻想の体現者である妖怪は、『科学』の支配下にある現代ではその存在そのものが弱まるの。
消えかけるくらいにね」




 途方もない話だった。





 正直のところ、この世界とか言われてもよく分からない。
饒舌に語られる歴史の流れとそれに翻弄された妖怪たちの運命。
しかし、さやかにもまどかにも些か難しすぎる内容だった。

 まるで学者が己の学説を語るかのような言葉が、フランを遠いところの住人のように思えさせた。
脳は言葉を認知するけれど、真に理解はしない。
どうしてもフランとの間の距離を意識してしまう。












 それは実際そうなんだろう。



 フランはきっと遠いところから来たのだろう。









 では、それはどこだろうか?




「フランちゃんは、どこから来たの?」



 さやかの疑問にはまどかが代わって口にした。彼女も同じような疑問を抱えていたのだろう。





















「…………幻想郷よ」




















 少し逡巡して、フランはその地名を口にした。



「幻想郷?」




 聞いたことのない地名。

 フランとまどかたちの視線が交差する。

「私たち、幻想の存在の楽園。
そこでは人と妖怪たちが共存しているの。
かつて、消えゆく幻想に危機感を覚えたある妖怪が結界を張って作った場所。
そこでは私たちは幻想として存在できる。
私たちに残された最後の住処なの」


「……最後に、残された……」



 そう呟くまどかの顔は、悲しそうに歪んでいた。




 そう。きっとまどかなら、そう思うだろう。






「幻想を否定した世界から追い出された私たちが最後に逃げ込んだのが幻想郷なのよ」

「……そんなの、ひどいよ」



 まどかなら、そう言うだろう。




 少し泣きそうな顔をしているまどかに、フランは微笑んだ。
天使のように愛らしく、聖母のように慈悲深く。



「まどかは優しいのね。
でも、私たちはそれを恨んでいる訳じゃないわ。
科学が発展して、幻想が否定されるのは当然の道理なのよ。
私たちにとっては厳しいことだけど、それは受け入れなきゃならないのね」


「……でも、私たちのせいでフランちゃんたちが大変な目に合っちゃうのは……」


「気にしなくていいのよ」


 フランは首を振る。


「科学っていうのは、人間が見つけた物事に、合理的で矛盾のない“説明”を加えることを目指しているの。
一方で、私たちのような幻想の存在は、そう言った説明が不可能なものなの。
決して科学では解き明かせない神秘。
人間に知的好奇心というものがある限り、人間は神秘に挑戦し続ける。
幻想が否定されたのはその結果に過ぎないのよ」

 何より、とフランは優しく続けた。

「私たちは人間に生み出されたの。
例えば吸血鬼なんかも、死んだはずの人間が徘徊しているのを見て、それは悪い吸血鬼の仕業だと人々が思ったから生まれた存在よ。
実際には、死亡の診断が甘くて、まだ生きている人間を間違って埋葬したけれど、
その人間が自力で這い出てきたからそう言う誤解が生じたというのが『真相』らしいわ」


 吸血鬼といえばドラキュラ伝説。
そのドラキュラも、昔にルーマニアという国に実在した王様が元になっているらしい。
そんな話を、いつかテレビで見た記憶がある。



「そんなふうに人間が、自分で自分が生み出した幻想を否定するのはよくあること。
鉛を金に換えようとして化学を発展させ、それが不可能であることに気が付いたようにね」




 フランはそれを理不尽に感じないのだろうか? 
幻想を信じておいて、自らそれを否定して捨て去った人間に、怒りを感じることはないのだろうか?





 淡々と語るフランに、そのような感情は伺えなかった。
ただ、それを事実として受け入れているような気がする。
怒りもなく、諦めもなく、哀しみもなく、それはそういうものなんだと、納得しているようだった。









「話が随分とずれてしまったわね」

 フランは再び前を向き、自身の姿が映っていないガラスを見つめる。
態度に微細な変化もなく、無表情に、かといって無感情でもなく、一途に幼い吸血鬼は語る。



「あなたたちの敵である魔女も同じく幻想よ。
ただ魔女は、私と違って自ら結界を作って、その中で自分自身を含めた幻想を肯定するの。
そう言った意味では幻想郷と同じね。
ただ、魔女の方が私たちより格が下の幻想だから、私の力も7割くらいしか戻らないけどね」






 あの時の光景が脳裏に浮かぶ。



 今の言葉を正直に解釈するなら、この小さな少女の姿をした異形は魔女を一方的に蹂躙しておいて、
あれでも全力じゃなかったというのだ。
全力のフランの力とは、一体どれほどのものなのだろうか?


 考えるだけでも恐ろしい。さやかはごくりとつばを飲み込んだ。









 だけど、それだけ力ある存在が、人間が科学を発展させただけでこの世界から追い出されてしまうなんて、
なんとも言えないような空しさと言うか、哀しさがあった。
現に、今のフラン横顔は見た目相応の子供といった感じだ。
あの結界の中で感じた禍々しさというものが、欠片もない。

 そしてこれは事実であり、今のフランは見た目通りの非力な少女なのだろう。
つまり、それは人間が「幻想」を追い出したせいで、
すなわち、あれほど強大な存在に人類が勝利した証しであった。










「あれ? じゃあ、あの人は……なんで?」




 まどかが口にした疑問。フランはまどかを見て、「あの人」と首を傾げる。




「えっと、確か、十六夜咲夜って名前の……」

「咲夜が?」

 フランが驚いたように目を丸くする。
真紅の瞳がまどかをこれでもかと言うほど凝視した。
あまりの驚き様に(そしてフランが驚いていること自体に)、二人もびっくりする。



「う、うん。フランちゃんのこと、迎えに来たって言っていたよ」




「……咲夜が、迎え…………」





 顎に手を当て考え込むフラン。


 どうやら咲夜とは出会っていないらしい。それもまた意外なことだった。




 さやかは、咲夜のことを未だに悪く思っていた。
杏子やさやかや、マミを殺そうとしたからだ。
いい感情なんて抱くはずがないだろう。
フランを迎えに来たというのも嘘なのではないかと思っていたけれど、
どうやらフランは咲夜のことを知っているようなので、それは本当のことなんだろう。


「その割には、私今までそのこと知らなかったんだけど」

「なんか、何日か前に、いきなり銃で、バババッて撃たれちゃって。その、すごい……」




「殺し合いになったよ」




 まどかの言葉をさやかが強引に引き継いだ。フランがさやかに目を向ける。

「しかも、マミさんを殺そうとしてた。
マミさんのこと、『野獣』とか、『スカーレットの名を汚す』とか言ってた」

 その言葉には、強い敵意が含まれていて、フランは僅かに目を細めた。

 睨む、とはいかないまでも、強い視線でさやかはフランを見返す。
対して、フランはたださやかを見つめていただけだったが、やがて大きく溜息を吐いた。





「あーあ。何やってんだかねえ、あのメイドは」





 大袈裟なそぶりで肩をすくめ、両手の掌を天に向けて首を呆れたように振る。


「主人の妹ほったらかしにして、下らないお遊びに興じているとは、お仕置きが必要よね」


 そう言ってニヒルな笑みを浮かべるフラン。生意気そうな妹だった。






「……あの、どうするの?」

「何のこと? 咲夜? 
今度会ったら、『フランドールお嬢様が、早く迎えに来いって、怒ってた』って言っといて」


 適当な口調でそう言い、片目を閉じて手を振るフラン。
はあ、とまどかは頷くしかなかった。


 さやかは、

「でも、マミさんのことを……」






「心配しなくていいよ。咲夜にはどうせマミを殺すなんて無理だし」







「何で?」



「私の眷属だから」



 何か文句ある? と顔には書かれてあった。
それだけで、さやかとまどかの反論を封じてしまえるくらいの迫力があった。
理屈を完全に無視した理由に、さやかもまどかも何も言えない。
さっきまでの饒舌な説明と違い、圧倒的に言葉が足りないのに、妙な説得力があるのだ。






「……それで、どこまで話したっけ?」


 その内にさっさとフランが話を戻す。
お陰で二人はマミのことを聞くタイミングを逃し、ペースをフランに握られたまま頷くしかなかった。


「その、咲夜って人が、何で魔法使えるかってところ」

「ああ、それ。それは、あの子が人間だからよ」

「人間だから?」

 あー、それもか、とフランは呟く。
同時に、片手をベンチに突いて体を支え、もう片手で前髪を掻き揚げた。
その仕草や片側だけ見せられたその時の表情、絹糸のようにさらりと流れる金髪がやたらナマメカシく、アブナゲな色香を放つ。



 こうやって偶にフランが見せる見た目不相応な大人な一面と、子供っぽい外見がアンバランスで、
それが妙に目を惹きつけた。
それは天性の魅力。あるいは、魔性とも言うのだろうか。




 とにかくその瞬間のフランには、見た目にはあるまじき艶やかさがあった。






「そうね。人間だから、ね。
これも、説明すると長くなるからはしょるけど、人間と妖怪ではあり方が違うから、この世界で魔法を使えることにも差が出てくるのよ。
当り前だけど、この世界は人間の世界だからね。
人間が自由に魔法を使えるのはある意味当然よ。
多くがそれを認知していないだけで」


 その説明では分からない。
フランは面倒臭くなったのか、詳しく言うつもりはないようだった。
ただ、問い詰めようとした言葉は、次の一言で封じられてしまう。









「でないと、魔法少女が魔法を使える訳ないでしょ?」









「ああ、そっか」


「分かってくれた? で、また話がそれちゃったけど、結局何が言いたいかと言うとね」


 フランは懐からグリーフシードを取り出し、さやかとまどかに見せつけるように軽く振った。




「これから魔女が復活しても、その結界の中に居る限り私がこいつに負ける道理なんてないんだから、安心と言う訳よ」



 確かに、そう言われてしまうと反論できなかった。
何しろ二人はフランの圧倒的な力を目の当たりにしたのだから。




「それどころか、私に限っては魔女の結界の中の方が安全なのよ。
今のままじゃあ、自分を守る力もない訳だし」


 臆面もなくそう発言するフラン。特に不安がっている様子もない。




「あ、あの……」



「何?」

 まどかが恐る恐るフランに声をかける。
フランは可愛らしく首を傾げた。





「マミさんは、どうなっちゃうのかな?」



「……いずれは、私と同じように、この世界では結界の中でしか力を使えなくなっちゃうわね。
あの子が今吸血鬼として活動できているのは、この世界の道理を歪めているからよ。
その歪みはいずれ修正されるし、そうなればマミもただの女の子と変わりなくなるわね」



「じゃあ」



 まどかの声のトーンが上がったのにさやかは気が付いた。
それはまどかが何かに期待した時の癖みたいなものだった。








「マミさんも元に戻る?」



「その、“元に”とは?」



「え? だから、その、マミさんが、魔法少女に戻ることは……」

「それはないわね」


 きっぱりと、フランは言い切った。















 あまりにもはっきりと言い切られたので、二人は一瞬言葉を失ってしまった。
それが疑いの余地のないような絶対の法則に思えてしまった。

 でも、それは単にフランの言い方が強かったからそう思ってしまったからにすぎない。
要は、錯覚だった。
だから、すぐにさやかは反発する。




「何で? マミさんは吸血鬼になったからおかしくなっちゃったんでしょ? 
なら、それを治しちゃえば、元に戻るじゃないの?」


 目を閉じてフランは悲しそうに首を振る。




 それじゃあ、フランの言う通りなら……、




 それを信じたくなくて、さやかはまた立ち上がり、フランに食って掛かった。

「ちょっと待ってよ。
マミさんを魔法少女に戻しても、あんなふうにマミさんの心はおかしくなったままなの?」



「……あなたたち、あの状態のマミに会ったのよね?」



 さやかの怒鳴り声に驚いた様子もなく、フランは冷めた目で問い返した。


 それが気に食わないけど、取り敢えずさやかは頷く。




「そうだけど」


「そう。なら、あのマミはもうあなたたちの手に負えるような存在じゃないって分かるでしょ?」


「……っ! でも、フランちゃんは知らないだろうけどさ、あたし、治癒の魔法が使えるんだよ。
だから、その魔法でマミさんを治すことだってできるはず」


 必死で抗弁するさやかを、フランはつまらなそうに見ていた。
そして、軽く息を吐くと、眉間に皺を寄せて、




「あなたの『治癒の魔法』の治癒って、病気や怪我を治す『治癒』のこと?」




 うんと、さやかは頷く。


 フランは目線を足元に落とし、疲れたような、あるいは困ったような表情で口を開いた。




















「一つ、勘違いを訂正しておくとね。……吸血鬼になるって、病気とか怪我とかとは別の次元の話なのよ」
















 え……? と漏れた音はさやかとまどか、どちらのものだったか。




 フランは気にせず、淡々と説明していく。





「そもそも、吸血鬼になるっていうことは、魂そのものが変化することなの。
だから、肉体の損傷を治すための魔法を持ち出しても、何の意味もないのよ。
もちろん、マミが怪我をしていればそれを治せるけど、基本的に吸血鬼は再生能力が高いから、
それすら必要ないけどね」




 それじゃあ、杏子が言っていたことは……。




「例えるなら、車を改造するのに、風邪薬を持ち出すようなものよ。
それに、一度吸血鬼になってしまえば、もう人間に戻ることはないわ。
それこそ、奇跡でも起こらない限り」


 ちらりと流された眼の先には、泣きそうな顔のまどか。



「じゃ、じゃあ」




 涙こそ浮かべていないものの、もう泣いているのとほとんど変わらないような表情のまどかは、
掠れた声で呟いた。
さやかも言葉を失っていて、フランのその次の言葉を、遮ることはできなかった。
最も、それをやっても何の意味もないが。















 そして、それは吸血鬼によって、





 冷然に、





 冷淡に、





 冷酷に、






 告げられた。



























「これからマミは一生吸血鬼として生きていくことになるの。
何百年どころじゃない。
何千年、何万年という単位でね。



もちろん、幻想郷で」









フラン、話がなげぇw



正直、科学云々のくだりは怪しいです。
なにぶん、文系人間なので(笑)









次回、多々良小傘ちゃんが登場!
こうご期待!!


拾った犬が懐いてくれなかったからって
鳴き出して世話もほったらかして逃げ出しておいてこの態度
どんなバカ犬だろうが飼い犬の粗相は飼い主の責任と決まってるんですけど
その落とし前どう付けるんですかねこのアーパー吸血鬼は

乙!
いや、実に良い説明回だった

ところで、QBかその創造者って、遥かな昔にはどんな幻想を生み出していたんだろうな


物の例えがうまいお陰でかなりわかりやすかったな。吸血鬼は千年以上は生きそうではあるけど万単位までいけりのか?
ところで幻想郷の時間軸は風神録後ぐらいだから小傘はまだいないんじゃ。

>>527
そうしなきゃマミは死んでいたけどな
それなのに逆ギレかまして友達や後輩を拒絶したのはどこの豆腐メンタル先輩でしたっけ?

つーか悲劇のヒロイン気取ってないで少しは狂気に抗うくらいの気概を見せろよ
後輩が命懸けで自分を救おうとしてるのに本当に自分の事しか考えてないのな



キュゥべえの肉はまずそうですねw
フライにすれば食べれるのかな?


>>527
さやかちゃん、フライングするなw


>>528
そもそも、『恐怖』という感情がないから、幻想なんか生み出さないのでは?
それができたら地球に来る意義はないし、普通に論理とか理屈だけの文明になってそう。


>>529
フランちゃんのコミュ力が高いんだよ、きっとw
コミュ力高い人は例えがうまいしww
引き籠もりだったくせに、一体どこで>>1と差が付いたのだろうか?


>>532
マミさんがどういう状態なのかは、また後ほど・・・











                     *








 そんな……。



 湿ったまどかの小さな呟きが聞こえてきた。待合室の湿度が急に上がった気がした。

 まどかは顔を伏せて肩を震わせ、さやかは呆然としながら話を聞いていた。
あまりに残酷な事実に、二人とも言葉を失っていたのだ。
脳はその意味を理解することを拒否し、耳はフランの言葉を聞くことを拒んだ。

 けれど、そんな二人に、尚もフランは言葉を畳み掛ける。
言い聞かせるように。無理やりにでも理解させるように。












「それが、私の罪なのよ。
言ったでしょ? まどか。
……だから、マミのことは私が何とかするわ。
今のままじゃ、マミも苦しいだろうしね」












 それは贖罪の言葉。吸血鬼は己の罪を明言する。
そして、すなわち、それはそういうことなのだ。



 それが理解できたのか、まどかはついに声を押し殺して泣き始めた。

 顔に両手を当て、震えるようにして泣いていた。
激しい雨音の響く待合室の中に、くぐもった嗚咽が紛れる。

「……それって」
 口を開いたのはさやか。ようやっと認識が現状に追いつき、それに伴って激しい感情が浮かび上がって来たのだ。まどかとはまるで好対照な、さやからしい激情。
 凍えそうなほど低い声で、青い瞳でフランを見下ろす。
「罪ってさ。自覚があるんだよね。でも、それって言い訳じゃない?」
「言っている意味がよく分からないわね」
「じゃあ、はっきり言うよ。マミさんを吸血鬼にしたのは、あんたの身勝手じゃないの? だって、マミさんが吸血鬼になれば、この後ずっと一緒に居られるんでしょ? 違う?」
 責めるような、なじるような、断罪するような声で、さやかはフランを睨み下ろした。その心中を埋め尽くすのは、氷のように冷たい憤怒。体の芯から湧き上がってくるそれは、一気にさやかの体温を奪い、全身に鳥肌を立たせる。
「そうよ。その通りよ」
 フランは躊躇うことなく肯定した。さやかの問いに対して、全く間を開けずに彼女は頷いたのだ。それが、さやかの目には開き直りと映った。
 瞬間、体が熱くなる。火山からマグマが吹き出て来るように、さやかの奥底から凄まじく熱い何かが湧き上がって来た。さやかはそれを吐き出そうとして口を開きかけた、そのタイミングで、一歩早くフランは続きを口にする。
「ところで、ソウルジェムが何なのか、あなたは知ってる?」
 いきなり転換された話題。怒りを吐き出すタイミングを完全に失ったさやかは真面目に付き合う。出鼻をくじかれた形だったし、それにフランが話を逸らそうとしている訳ではないと感じたからだ。

※一応、リテイクします。ごめんなさい><



「……それって」


 口を開いたのはさやか。
ようやっと認識が現状に追いつき、それに伴って激しい感情が浮かび上がって来たのだ。
まどかとはまるで好対照な、さやからしい激情。

 凍えそうなほど低い声で、青い瞳でフランを見下ろす。



「罪ってさ。自覚があるんだよね。でも、それって言い訳じゃない?」

「言っている意味がよく分からないわね」

「じゃあ、はっきり言うよ。マミさんを吸血鬼にしたのは、あんたの身勝手じゃないの? 
だって、マミさんが吸血鬼になれば、この後ずっと一緒に居られるんでしょ? 違う?」

 責めるような、なじるような、断罪するような声で、さやかはフランを睨み下ろした。
その心中を埋め尽くすのは、氷のように冷たい憤怒。
体の芯から湧き上がってくるそれは、一気にさやかの体温を奪い、全身に鳥肌を立たせる。




「そうよ。その通りよ」


 フランは躊躇うことなく肯定した。
さやかの問いに対して、全く間を開けずに彼女は頷いたのだ。
それが、さやかの目には開き直りと映った。

 瞬間、体が熱くなる。
火山からマグマが吹き出て来るように、さやかの奥底から凄まじく熱い何かが湧き上がって来た。
さやかはそれを吐き出そうとして口を開きかけた、そのタイミングで、一歩早くフランは続きを口にする。









「ところで、ソウルジェムが何なのか、あなたは知ってる?」



 いきなり転換された話題。
怒りを吐き出すタイミングを完全に失ったさやかは真面目に付き合う。
出鼻をくじかれた形だったし、それにフランが話を逸らそうとしている訳ではないと感じたからだ。




「魂でしょ?」



 知っていたのね、とフランは小さな声で言った。
どうやら、正解を期待していなかった問い掛けだったらしい。



「じゃあ、分かると思うけど、魔法少女はソウルジェムが無事なら、体がいくら傷ついても、それこそなくなっても、復活は可能。
あの時、マミは体を齧られたけど、ソウルジェムは無事だった。
だから、私の知識を総動員すればマミの体を治すことはできたの。
あんまり治癒魔法は得意じゃなかったとはいえ、不可能ではなかったの」


 でも、私はそれをしなかった。


「それより遥かに難易度の高い、魔法少女の吸血鬼化を行ったの。
それは偏に、マミが私と同じ吸血鬼になれば、幻想郷で一緒に暮らせるからっていう計算をしたから」




 淡々と、フランドール・スカーレットは言葉を紡ぐ。
感情を含めず、事務的な、無機質な、機械のような音声で言う。
その表情もまた、言葉と同じく、よくできたロボットのように無機質なものだった。



 ヒドイ……。顔をあげてフランを見ていたまどかが、ぽつりと呟いた。


 さやかは激情に顔を歪ませ、今にも変身しようとして、











「マミにも同じことを言われたわ」













 その瞬間だけ、悲しそうな、悔しそうな、困ったような、苦笑したような、自虐のような、なんとも言えない微妙な表情を浮かべて、フランは言った。
その瞬間だけ、卑怯なことにフランは“弱み”を見せた。

 そのせいで、さやかは再度怒りを飲み込まざるを得なくなった。
そんなふうに“弱み”を見せられると、根が正直で真っ直ぐで、そして潔癖な彼女は責められなくなるのだ。
相手の弱みを突くなんて卑劣な手段は、さやかにとって許されざる行為だ。

 最も、フランもそれを計算してやっている訳ではない。
彼女はそこまで深くさやかのことを知らないのだから。
塞ぎ切っていない傷を刺激して、思わず顔を顰めるように、フランは“弱さ”を見せてしまったのだ。
それでも、次の瞬間には表情を戻して……、今度は強く感情を込めて続ける。



「おかげと言うか、そのせいで、自分と向き合うことができたわ。
今マミが苦しんでいるのも、見滝原を去らなければならなくなったのも、私の身勝手のせい。
だから、罪なのよ。だから、責任を取らなきゃいけないの」


 徐々に力が入っていく語調。フランはさやかを睨み上げた。

 その眼ははっきりと、「お前は口出しするな」と言っている。


 さやかも負けじと睨み返す。




「……反省してよ」

「するわ。謝罪もね。
でも、それを言うべき相手はあなたじゃない。
糾弾できるのもあなたじゃない。
全ての権利はマミにある」

 だから、

「マミが私を責めるなら、それは甘んじて受け入れる。
私を憎むなら、その思いは全て受け止める。
そして、マミがそれを求めなかったとしても、償い続ける。
これから、一生、死ぬまで、ね」




 言葉とは対照的に、その声には突き放すような響きがあった。

 それが、さやかの気に障る。



「……その態度が、反省してないって言ってるの」


「部外者たるあなたに殊勝な態度をとれと? 断るわ」


「……っ!?」




 冷然と告げられた拒絶の言葉にさやかは歯を食いしばる。
燃えるような瞳でフランに敵意を突きつけて、尚納まらない怒りを必死で抑えていた。
それは、“弱さ”を見せたフランへの、さやかの最大限の譲歩だったのだ。
話し合いで済ませようと考えたのだ。

 けれど、フランはフランで、血のように赤い瞳にさやかの姿を映し、微かに殺気を漂わせていた。
明確な拒否。
背中を向けるというよりは、武器を持ちながら「来るな」と叫んでいるような拒絶。


 それが分かるからこそ、いよいよさやかは限界を感じた。
爆発を抑えている理性の蓋は、少しずつ開き始め、隙間から真っ赤に煮えたぎったものが漏れ出してくる。
さやかは語気を強めた。





「みんな迷惑してんのよっ! 
マミさんだけじゃない! 
あたしも、まどかも、杏子も。恭介とか転校生なんて、怪我したんだからね。

道路とかが壊れたし、そういうの、元をたどれば全部あんたの責任じゃないの!?」




「それは結果論よ」

 さやかの罵声に怯むことなくフランは言い放つ。


 その声には、いささかの戸惑いもなかった。


「マミがどうして暴れ出したか、その理由を私は全て把握していないわ。
予想はついているけど、それが正しいかどうかは分からない。
要因の一つが、吸血鬼になったことであるのはほぼ間違いないと思うけど」

「だったら!」

「でも! それ以外にも要因があるはずよ。
例えば、マミの精神的な脆さとかね。
環境もそうかもしれない。
何れにせよ、私は要因の一つを作っただけで、結果を生み出したのはマミ本人。
あなたたちが迷惑を被るような行いの責任は、マミにある。
私の責任は、マミを苦しめてしまったことだけ」



 フランは眉一つ動かさずに言ってのけた。
そのあまりに冷たい物言いに、さやかは頭から湯気が出るかと思った。
胸の内では、怒りが狂ったように暴れ回り、今すぐにでも剣を振いたい衝動がさやかを覆わんとしていた。
それを、何とか理性の力で押し込める。
だが、爆発も時間の問題だった。





 フランの言い分は認められない。
それは、被害者を責めなじる言い分ではないか。
吸血鬼化の被害者は、間違いなくマミなのに、
そのせいで精神がおかしくなってしまったのはマミなのに、
その結果望んでもいない暴力を振るってしまったのはマミなのに。
可愛そうに、マミはフランによってその責任をなすりつけられている。




「それじゃあ、マミさんが悪いみたいじゃんかっ!!」


「ええ。その通り。他人を怪我させたり、道を破壊したのは、マミの責任よ。
それを他の誰かが代わって負うことなんてできない」


「何でマミさんが悪くなんなきゃいけないのよッ!! 
そもそも、あんたがマミさんを吸血鬼にしなきゃこんなことにならなかったんじゃない! 
その責任はないっていうの!?」






 はあ、とフランは大袈裟に溜息を吐いた。






「物分りが悪いようね。
言っておくけど、それは単なる因果であって、そんなこと言うんだったら、
元はと言えば、マミがあの魔女に対して油断したのだから、マミが悪いことになるわ。
気を抜かずに戦っていれば、少なくともああいう事態は防げたはずだしね」




 お互い譲らない言葉のぶつけ合い。
まどかは間に入れず、ただおろおろとするだけだった。



「そんな、何でもかんでもマミさんが悪いみたいに言わないでよ」


「じゃあ、あなたも私に無用な非難をするのをやめてくれる?」


「っ!!」




 それは、明確な線引き。
事の当事者は自分とマミだけだとフランは言っているのであり、二人の間に起こった出来事の結果に、巻き込まれた形となったとは言え、
さやかはあくまで部外者であり、だから口を出すなという主張である。
そして、その考え方はさやかには到底受け入れられないものだった。




「ああそれと」フランは牙を剥く。
「一つ訂正しておくと、私の責任は、マミを苦しめたことにあって、吸血鬼にしたことそれ自体じゃないわ。
だってそうでしょ? 私は吸血鬼なんだから」



 小さいながら、それは確かに牙。彼女が吸血鬼である証左。

 今更ながら、さやかはフランが、人とは根本的に違う存在だということを認識した。


 見た目に惑わされてはいけない。
コレは、人を喰らう異形の化け物。
魔法少女なんかとは比べ物にならないほど純粋な本物の怪異。



 フランから目を外し、床を睨むさやか。その体は細かく震えていた。

「……許さない」
 低く、雨音に紛れそうなほど小さな声が聞こえる。
 最早、臨界点はとうに超えていた。理性の蓋を弾き飛ばし、ジェットのように怒りはとてつもない勢いで噴き出してくる。そして、さやかはその怒りに身を任せた。
「絶対、許さないっ!!」
 そう叫んで、さやかは変身した。
 一瞬、待合室の中に青い光が溢れ、怒りに燃える剣士が現れる。
「あんたはやっぱり悪い奴だった。卑怯な奴だった。あんたは、マミさんを苦しめたことに責任があると言ったけど、じゃあ今もマミさんが苦しんでることに責任は感じないのッ!?」
 激昂する蒼の双眸が真紅の吸血鬼を映す。
「ええ。それはもちろん私の責任」
 フランは怯むことなく、さやかは怒りを落ち着かせることなく。
「じゃあ、やっぱり」
「それと、マミがどう振る舞うかは別じゃない?」
「同じよッッッ!!」
 さやかは剣を抜き、振り上げた。
 フランは微動だにしない。彼女はまっすぐとさやかを見上げ、毅然と背筋を伸ばしていて、その姿には気品すら漂っていた。しかし、さやかにとってはそれすらも火に油を注ぐ要因でしかない。開き直っているようにしか思えなかったのだ。怒り狂った彼女は己の中の正義の名の下に、断罪の剣を振り下ろさんとする。
 そこに、優しい桃色が立ち上がった。
「やめて、さやかちゃんっ!!」
「まっ!?」

※リテイクします。重ね重ね、申し訳ありません。





「……許さない」


 低く、雨音に紛れそうなほど小さな声が聞こえる。

 最早、臨界点はとうに超えていた。
理性の蓋を弾き飛ばし、ジェットのように怒りはとてつもない勢いで噴き出してくる。
そして、さやかはその怒りに身を任せた。



「絶対、許さないっ!!」



 そう叫んで、さやかは変身した。

 一瞬、待合室の中に青い光が溢れ、怒りに燃える剣士が現れる。




「あんたはやっぱり悪い奴だった。卑怯な奴だった。
あんたは、マミさんを苦しめたことに責任があると言ったけど、じゃあ今もマミさんが苦しんでることに責任は感じないのッ!?」


 激昂する蒼の双眸が真紅の吸血鬼を映す。


「ええ。それはもちろん私の責任」

 フランは怯むことなく、さやかは怒りを落ち着かせることなく。


「じゃあ、やっぱり」

「それと、マミがどう振る舞うかは別じゃない?」

「同じよッッッ!!」

 さやかは剣を抜き、振り上げた。





 フランは微動だにしない。
彼女はまっすぐとさやかを見上げ、毅然と背筋を伸ばしていて、その姿には気品すら漂っていた。
しかし、さやかにとってはそれすらも火に油を注ぐ要因でしかない。
開き直っているようにしか思えなかったのだ。
怒り狂った彼女は己の中の正義の名の下に、断罪の剣を振り下ろさんとする。










 そこに、優しい桃色が立ち上がった。



「やめて、さやかちゃんっ!!」


「まっ!?」






 フランとさやかの間に割って入ったのはまどか。
フランを背にして両手を広げ、泣きそうな目で、しかししっかりとさやかを見据えた。


 流石にまどかに剣を振り下ろす訳にもいかず、かと言ってすぐに下ろせる訳でもなく、さやかはそのままの姿勢で硬直する。



「フランちゃんだって、自分が悪いこと解ってるんだよ。自分で罰を受けるって言ってたんだよ。
だから、あんまり責めないであげて」

 必死に懇願するまどか。それを聞いていたフランは表情を変えない。
ただ、まどかの後頭部を見上げていた。




「……あんたまで」

 剣を振り上げたままの中途半端な姿勢から、さやかはそれを下ろし、

「そいつを庇うの!?」


 怒りの矛先はまどかにまで向き、さやかは鬼のような形相で親友に迫る。
だが、まどかもまどかで、気弱そうな外見とは裏腹に、怒るさやかに気丈に向かう。
その芯の強さが彼女の美点なのだが、今回ばかりはさやかの怒りを加速させる結果にしかならなかった。






「だって!!」


「もういいッ!!」






 まどかの抗弁に怒鳴り散らすと、さやかは変身を解き、踵を返して待合室を飛び出した。
そして、降りしきる雨を引き裂くように駆けて行く。
濡れるのもお構いなしで、全力で走り去ろうとする。




「さやかちゃん、待って!!」



 開けっ放しの待合室の入口から、まどかも慌てて外に飛び出し、さやかを呼び止めた。
こちらも濡れることを厭わず、さやかを追いかけようとして、






「付いてこないで!!」



 さやかはまどかの声に足を止めたが、言い放たれたのは拒絶の言葉。
まどかの足も止まってしまう。

 二人の物理的な距離は、十メートル程。
しかし、心理的なそれは、もっと開いていた。
そして、さやかの言葉に怯んだまどかはその距離を詰めることができなかった。







「……一人にして」








 そう呟いて、さやかは再び雨の中を走って行った。

 まどかは、ただ茫然とその背中を見送るしかなかった。
手を伸ばしたところで届かないし、何よりまどかはそうしようという意思を挫かれていたのだから。



 何もできなかった。
殺気をぶつけ合っていた二人を止められなかった。
走り去るさやかを止められなかった。




 その無力感に打ちひしがれながら、しばし彼女は道に佇んでいた。
冷たい雨に、全身を叩かれながら。












小傘が登場すると言ったな。


あれは嘘だ!!


























色々とご迷惑をおかけしました。
心よりお詫び申し上げます。

乙ー
相変わらずこいつめんどくせぇなあ!


>>さやかちゃんをいじめるのは楽しい(ゲス顔
全く、>>1は鬼畜だなぁ(歓喜

さやかちゃんは虚淵に気に入られたせいで公式から虐められる可哀想な子


ココでホストのショウさんが来ればなんとかしてくれる筈だ・・・(悪い方向へ)
早く来てくれショウさん!(ゲス顔)


さやかとまどかはさっさとマミに出会って現実に直面すればいいと思うよ(ニッコリ

さやかはなんか魔法少女は何でも出来るって考えすぎてるよね。
まぁ条理を捻じ曲げるのが魔法なんだけどさ・・・ 

トラップカード発動!
吸血鬼したマミさん

この効果によって、さやかに絶望を与える!
さやかよこれが絶望だターンエンド


さやかちゃんがいじめられるとレスが多くなる
これ如何に……

>>602
そこに価値があるのよ!


>>603
いやいや、お主もなかなかよのぅ


>>604
そして>>1にも気に入られて本編以上にいじめられるという・・・・


>>605
少佐ん「呼んだかね?」


例の電車のシーン、少佐と貝木泥舟を登場させて会話させてみようと思うんだがどうだろう?


>>606
実はこの後さらに・・・・

>まぁ条理を捻じ曲げるのが魔法なんだけどさ・・・ 
その魔法少女も、また別の条理に支配されているって言うね
結局、ある法則から解放されても、その先にはまた別の法則が待ち構えているんだよ


>>607
まだ終わってない











                     *











「お帰りなさい」


 玄関を開けると、奥から声が飛んで来た。この奇妙な家の主の声だ。


「ただいま」


 多分聞こえないだろうと思うくらい小さな声で、杏子は呟き、靴を脱いで上がる。

 玄関から廊下を進み、居間に入るとそこは異様に広い空間。
絶対にこの狭いアパートよりも大きい容積を持った部屋があった。

 ここはほむらの住むアパートの部屋。彼女の能力で空間を広げているのだという。
現在、この部屋にはほむらの他に、杏子と咲夜が居候していた。


 全く生活感のしない馬鹿みたいに広い空間の中央には、丸いテーブルとそれを囲むドーナッツ型のイス、
そして壁際には無数の立体映像。
まるで、秘密基地みたいな雰囲気がする。
天井には歯車があり、大きな振子も揺れていて、彼女の能力を意識した斬新なデザインの空間となっていた。



 とてつもなく住みにくそうだった。
一体どこの匠にビフォーアフターしてもらったのだろうか?



 何よりも目に入って仕方がないのは、この無数の立体映像。
そして、そこに映されているたくさんの魔女の絵や、知らない言語で書かれた文書。





 それらの映像の中で最も多く画面に表示されている異形。






 それは、大きな歯車にスカートの膨らんだ人形を逆さまに差したような姿をしていた。
青いドレスをまとった女性の形をとるそれは、両手を真横に広げ、顔にあたる部分には目鼻がなく口だけが付いている。








 ここに来て丸一日経ったが、慣れそうにはなかった。
どこを向いていても、違和感を覚え、部屋の異常さが気になる。
全く気を休められない部屋だった。



 居間には咲夜が居た。
ドーナッツ型の椅子に座り、テーブルの上に何やら機械の部品をごちゃごちゃと広げて、作業に没頭している。
杏子が帰って来ても、どこ吹く風だった。

 しかも、その部品は、よく見ると分解された拳銃。
銀色の銃弾(初めて見た本物の銃弾だ)が、薬莢を下にして立てて並べられている。
尖った弾丸の先が天井を睨んでいた。

 いつもの如く、青と白のメイド服。
その格好で、一人黙々と、この奇妙な部屋の中で、拳銃をいじっている図は、思いの外シュールだった。



 家主はどこにいるのだろうか?




 キョロキョロと見まわしたが、ほむらの姿がない。
と、キッチンの方からほむらが姿を現した。
この居間は、広い上に照明の関係で極端に暗くなっているところがある。
キッチンへ続く入口はその暗がりの奥にあるのだ。

 影からぬっと現れたほむらはいつも通りの制服姿だった。
まどかにしろさやかにしろ、そしてマミにしろ、見滝原の生徒はしょっちゅう制服を着ている気がする。
かつては杏子も似たようなことをしていたのだが、それには貧乏が過ぎてまともな私服がほとんどない(今着ているのはその数少ない私服だ)という、
まともな(?)理由があったからだ。


「それで? 美樹さやかはどうなったの?」

 臍の前あたりで腕を組み、片方の足に体重をかけて、いつもの仏頂面で問いかけてくる。
杏子は首を振り、残念そうに息を吐いた。


「そう」

 ほむらは小さく頷き、クルリと振り向いて暗がりに消える。

「座ったら? 飲み物を持ってくるわ」

「ああ」

 生返事をして杏子はドーナッツ型の椅子、咲夜の対面に腰を下ろす。
咲夜は面を上げずに、テーブル全体に広げていた拳銃の部品を自分の側に寄せ、杏子の側にスペースを作った。



「悪いな」

 そう言うと、咲夜はこくんと頷き、再び作業に没頭し始めた。その咲夜に、杏子は声をかける。



「そういやさっき、吸血鬼に会ったぞ」




 その途端、ピタッと、時間を止めたかのようにそれまで作業に夢中になっていた咲夜の手が止まった。
と言うより体全体が凍りついたように動かなくなった。
完全に硬直した彼女に、杏子は続けて言った。



「マミを、吸血鬼にした奴だよ。フランドールつったか?」











「妹様に……」











 咲夜が僅かに顔を上げる。













「会った?」






 垂れた前髪の隙間から、咲夜の蒼い瞳が杏子を覗く。
睨んでると言ってもいいくらいおっかない目だった。
ぶっちゃけ、そこらのやくざより目つきが怖い。

 初めて会った時から、杏子は咲夜に苦手意識を持っていた。
いや、恐れていたと言ってもいいが、今は「苦手」程度だ。
危険な銃火器を躊躇なく振り回したり、人間味のしない言動だったり、いろいろ理由はあるが、
この目つきの怖さ、睨んだ時の迫力もその内の一つだった。



「そんな睨むなよ。別に何もしちゃいねーよ」


 怯みそうになる自分を何とか抑え、杏子は平静を装った。
そう言うと、咲夜の方も疑いを解いたのか、目線の迫力は幾分か落ち着いた。
上目遣いは相変わらず怖いけれど。

「そう。それで、妹様はどこに?」

 妹様って何だ? という疑問は飲み込んで、杏子はフランドールとまどかに出会ったバス停の場所を言う。


「後、そこにはまどかの奴も居たぞ」

「まどかも居たの?」

 横合いから声をかけられて、杏子が振り向くと、湯気が立つ三つのカップを乗せたお盆を両手で支えながら歩いてくるほむらが目に入った。


「迎えに行ってくるわ」


 いつの間にかテーブルに広げられていた拳銃はきれいさっぱり消えていた。
咲夜は立ち上がると、そのまま急ぎ足で居間を出ていく。
ほむらはその間にお盆に乗せていたカップを二つ、テーブルに置いた。カップは二つだけだった。


「気を付けて」

 ほむらの言葉を聞いていたのかいないのか、ただ玄関扉を閉める音だけが聞こえて来た。







 杏子はカップを持ち上げる。

 中に入っていたのは真っ黒な液体。
まだまだ幼い舌を持つ杏子には、熱くて少々苦すぎる飲み物だった。

 ほむらはコーヒーに口を付けず、なぜかそのカップを見下ろしたまま。
ただ、その眼にはどこか焦燥のようなものが浮かんでいる気がした。




「何が、あったの?」


 そのまま視線を動かさず、ほむらは静かに問う。

 杏子はほむらをちらりと見て、カップに残ったコーヒーに映る自分と目を合わせた。



 そして、とつとつと話し始めた。


















 バス停でまどかとフランと出会ったこと。


 そこで話したこと。


 そしてさやかを追ったこと。


 さやかと話したこと。












 最後に、走り出したさやかを自分が追いかけられなかったこと。

















「仕方ないわ」

 杏子の話を聞き終えて、ほむらはそう言った。

 長く話していたのだろうか、二人のコーヒーからはもう湯気が立ち上っていない。
それに、二人とも話の間にそれに口を付けなかった。
黒い水面に映る自分の顔は酷くやつれていて、自分でもびっくりするほど元気がない。


 杏子は思った。



 ほむらは優しいな、と。












 仕方ない。
――――彼女はそう言った。そう言ってくれた。





 何が仕方ないのだろう?





 美樹さやかのことだろう。










 杏子がさやかを追い掛けなかったことを、“追い掛けられなかった”と解釈して、
そう言ったのだ。


 だけど――――――それは違う。






 あの時杏子はさやかを追い掛けられなかったのではない。
“追い掛けようとしなかった”のだ。
自ら、足を止めてしまったのだ。


 自分を役立たずだ、意味がないんだと貶すさやかを諌める言葉が出なくて……。
追い掛けて、追いついて、一体なんて言葉を掛ければいいのか分からなくて……。








 それで、足を止めてしまったのだ。



 さやかの力が必要だと言ったのは、他でもない自分だった。
さやかの治癒魔法があればマミを治せると言って、彼女に希望を抱かせたのは、他でもない自分だった。





 それを、否定したのもまた自分だったのだ。







 持ち上げて、落とす。これほど人を失望させるものはないだろう。
なんと残酷な悪逆非道なのだろう。

 ならば、さやかには杏子を責める権利があった。
マミさんを治せるって期待させておいて、結局治せないなんて無責任よ、とでもなじってくれれば良かった。

 その方が、今より万倍ましだった。
さやかの信頼を失ったとしても、さやかが自分を追い詰めることにはならなかったはずだ。



 知らなかった、なんていう言い訳はしない。


 きっと、さやかは自分を取り繕う性格なのだ。
傷ついても、傷ついていないふりをして、明るく笑っている性格なのだ。
だから、杏子も気が付かなかった。
ソウルジェムの秘密を知っても、さやかは自分の中でそれに折り合いをつけたのだろうと考えた。
実際、教会で話した後は元気な様子を見せていたし、大丈夫だろうと思った。





 口うるさくて、ガサツで、とにかく明るい奴。



 それが杏子の、さやかに対する今までの評価だった。でも、それは違ったのだ。

 本当は、さやかは誰よりも敏感で、繊細な心の持ち主。
だから、簡単に思考が後ろ向きになってしまうし、真面目で正直だから、自分をとことん責めてしまうのだ。


 裏切りだというのは自覚していた。
だから、さやかからどんなそしりを受ける覚悟もあった。
殴られても構わないとすら思っていた。
けど、その前提にあるのは、「さやかが自分を責めてくれるだろう」という仮定。


 それは甘えだった。杏子はさやかに甘えていた。また、さやかを舐めていた。



 結局のところ、「責めてくれるだろう」などという考えは、杏子が自分の罪悪感から逃れるための言い訳に過ぎなかったのだ。
さやかに責められれば、自分で自分を攻撃することはない。
つまり、自己嫌悪の代わりにさやかの叱責を受けようと考えたのだ。



 だけど実際はどうだろう? 
さやかは自分を追い詰め、そんなことを想定していなかった杏子はさやかに掛ける言葉を失った。
さやかがどこかへ消え、それでようやっと自分の愚かさに気が付いたのだ。




 しかし、もう時すでに遅しだった。





 杏子がさやかを裏切った事実も、さやかが自分を責めて何処へと走り去った事実も、もう消えない。


 教会で杏子が投げ渡した林檎に嬉しそうに齧りついていた姿も、
聞いてもいないことをぺらぺらと話しかけてくる明るい笑顔も、
真剣に使い魔に立ち向かっていくその背中も、
杏子の記憶にあるさやかの姿を全て、別の記憶が覆い隠していく。
さやかの、自己嫌悪に歪んだ貌が、その全てを塗り潰していく。





 二人で居た時間はとても短いものだった。
日数にして僅か2日。
時間にして10数時間。



 だというのに、その間はとても楽しかった。
出会ってからほとんど時間は経っていないのに、まるで10年来の友人のようで、
「コイツとなら仲良くやっていけそうだ」なんて柄にもなく思ってしまったくらいだった。
本当に久しぶりに「友達」と遊んだ気がしたのだ。



 キラキラと輝いていた記憶。だからこそ、それを蝕む影の色も濃くなる。







 仕方ない訳ないのだ。
それは自業自得。
杏子だけが罰を受けたなら、それはそうだ。





 でも、実際にはさやかという被害者がいて、杏子の自業自得では済まされない。



 まただ。また同じことを繰り返した。




 どうしてこうも自分は学習しないのだろう? 
家族を喪った時も、マミを殺そうとした時も、それは全部杏子の身勝手だった。
詰まる所、自業自得なんて言うのは言い逃れに過ぎなくて、杏子はどうしようもなく、
他者を傷つけた加害者でしかないのだ。



 だからこそ、今、杏子は途方もない罪悪感で心が押しつぶされそうになっているのだった。


 さやかを裏切り、その上さやかに甘えた。その結果がこの様だ。








 ――――美樹さやかなら、巴マミを殺さなければならないと聞いた時点で感情的になって貴女の話を聞かなくなるわ――――







 ――――気を付けないと、決裂するだけだと思うけれど?――――









 ほむらの言った通りになった。


 また自分のせいで、大切な人が話を聞いてくれなかった。




 では、あの時何と言えば良かったのだろうか? 
いっそ、殴ってくれとでも叫んだ方がましだったかもしれない。
そうすれば、さやかは杏子を悪者にできただろう。

















「杏子」


 とほむらの声が呼ぶ。すぐ近くから聞こえてきた。

 いつの間にか杏子の隣に寄り添うように座っているほむらと目が合う。
深いアメジストの瞳は、静謐とした感情を湛えていて、彼女は優しく告げるのだった。




「あまり気にしてはダメよ。
美樹さやかは、――――仕方ない。誰だって、そうなるわ。
むしろ、真実を知らされない方が……後でそれがばれた時のショックが大きい」



 それは気休めの言葉。その場をやり過ごすための逃げの言葉。



 そんな姑息な慰めであっても、それは杏子にとって、今最も欲しいものだった。
その自覚もある。
つまり、この期に及んで尚、気休めを欲してしまうのが、杏子という魔法少女のどうしようもなく愚かで弱い性だということを。






 気が付けば、頬を熱いものが伝っていた。
その熱いものは、頬から顎の輪郭をなぞるように流れ、杏子の細い顎先に滴を作った。
その滴は、後から後から、次々と流れ落ちてきて、ぽたぽたと彼女の上着に染みを作る。


 それが嬉しさから来るものなのか、悔しさや哀しさから来るものなのか、自分でも分からない。
ただ、目の前の優しい仏頂面が歪んで見えて、どうしてか知らないけれど、自分が泣いているのだと分かっただけだった。




 ほむらの手がそっと肩に回される。そして、ゆっくりと抱き寄せられた。



 杏子は抵抗することなく、その胸元に顔を埋める。


 薄い胸だった。華奢で、狭くて、ちょっと力を込めて抱き締めればろっ骨が折れそうな頼りない胸だった。


 でも今は、とても優しくて、包まれるような安心感があった。
鼻腔を満たす甘い香りも、
制服を通して聞こえて来る律動も、
呼吸をするたびに静かに上下する胸も、
抱き締められて完全に暗闇に覆われた視界も、
その全てが暖かくて……、どこか、懐かしい感じがする。




 こんな弱い自分でも、ほむらは幻滅しなかった。
慣れ合うつもりはないわよ、なんて冷たく言い放っていたけれど、杏子を見捨てないでいてくれた。



 嬉しい。こんなにも悲しくて、苦しくて、なのに、ひたすらに嬉しい。
あまりにベクトルの向きがバラバラな感情がいっしょくたになっていて、杏子の心は壊れてしまいそうだった。




 もう涙は止まらない。心の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられなくなっていて……。





 だから、声を上げずに杏子は泣いた。













>薄い胸だった。華奢で、狭くて、ちょっと力を込めて抱き締めればろっ骨が折れそうな頼りない胸だった。

ウォール・ホムラ





ほむらのバストは72cmより小さいのか!?


ほむらの家って魔法で空間拡張してんのかね?
振り子は怖いし資料は宙に浮かんでるしこれで部屋全体が真っ赤だったら紅魔館の別荘候補だな


ま、まだ中学生だから
多分、きっと、もしかしたらこれから先大きくなる可能性も無きにしも非ずかもしれないじゃないか

>>623
人の靴下嗅ぐなよ恥ずかしい///

>>624
匠の粋な心遣いです



雨が止むまでに咲夜さんがバス停にたどり着けば東方勢は(一応)目的達成か?

駄メイド咲夜さんがそんなまともに仕事をこなすわけがない

誰かWiki編集しない?
IPアドレスが履歴に残ってもいいという猛者募集中


>>624
らしいですよ!
元はメトロン星人と向き合ってそうな部屋ですww


>>625
ないないww
ひんぬうはすてーたす


>>626
人は彼女のことをこう呼んだ

  ―― 時間と魔法の演出家 ――  

>>627
ma sounanndesugane… 


>>628
咲夜さんのことなんだと思ってんだ!


>>630
やります(=゚ω゚)ノ

・・・・といいたいところなんですが、
1にwikiの編集をする技術なんてある訳がなかった。

ないよ。技術も能力もないんだよ!












                  *







 咲夜が帰ってきたのはしばらくしてからだった。
ほむらの家を出てから大体一時間くらい経っていただろうか。
戻って来た時の咲夜の顔はひどく歪んでいた。


 まどかとフランドールが居なかったと怒っていたが、杏子にしてみればそんなことを聞かれても困る。

 彼女が言うには、吸血鬼は雨の中では動けないらしい。
今も雨が降っているので、少なくともフランドールの方はバス停から出ないはずなのに、
一体どこに行ったんだと文句を言う。

 ほむらが、それならまどかの親が娘を迎えに行って、ついでにフランも連れて帰ったのかもしれないと言い、
機嫌が悪くなった咲夜を諌めていた。
まどかの親ならフランドールを悪いようにはしないだろうとも。



 そんな知識、いったいどこで手に入れたのだろうか? 
ほむらはまどかとそこまで親しくないようだったが。



 結局咲夜はそのまま、寝室(?)に籠ってしまった。



 杏子は今で一人何を考えるでもなく、ぼうっとしていて、ほむらはキッチンで洗い物をしていた。

 しばらく、部屋の中にはかちゃかちゃと食器を洗う音と、水を流す音が響いていたが、
それもすぐに止み、ほむらが戻って来た。



「どうするの? これから」


「……あ?」


 先程と同じく、杏子の向かいに座り、きちんを足をそろえた。

 黒いストッキングに包まれた足は、いつ見ても折れそうなほど細く、そしてスラリと長くて、
杏子もちょっと憧れてしまうような美脚だった。
ほむらは同性の杏子でも羨むほどの美形で、さぞかし男にモテるのだろう。
最も、中身は百年の恋も冷めるほどヒドイものだけど
(特に生活の自堕落っぷりが。
今は客人として杏子や咲夜が居るからいいが、それでもコイツの完全なプライベート空間は足の踏み場もないほど散らかっていた。
カップラーメンの空き容器……せめてまとめて置いとけよ!)。





 閑話休題。




「巴マミと美樹さやかのことよ。
巴マミはフランドール・スカーレットに任すとしても、美樹さやかの方はどうするの? 
早くしないと取り返しのつかないことになるわ」

「なんだよ、取り返しのつかないことって」

「……」

 沈黙するほむら。


 またか、と杏子は嘆息する。




 ほむらは根はいい奴なんだろう。
だけど、いかんせんこの秘密主義がネックだった。
これさえなければ、きっとほむらはもっと他から信用を得ていただろう。
一体何の都合が悪いのか、聞いても答えてくれないことがしばしばある。
特に、魔法少女とワルプルギスの夜について。



「そういうのやめてほしいんだけどな。
こっちだって共闘する身だしさ、あんまり隠し事ばっかりされるのも気に食わねえんだけど」


 ほむらは白い眉間に皺を寄せ、何もないテーブルを見下ろし、黙っている。
その口元は、よく見れば何かを言いたそうに開きかけ、それでいて何も言うまいと思っているかのように閉じようとされていて、
結果、薄く、手入れのされてある綺麗な唇が作る線は奇妙に歪んでしまっていた。

 ワルプルギスはともかく、魔法少女で言いたくないことがあるのは何となく分かる。
どうせ、聞かなきゃ良かったと後悔してしまうような、ヒドイ話なのだろう。

 元々、杏子はこの契約の怪しさに勘付いていた。
家族を喪った時からだ。
希望には、奇跡には、かなり高い代償があると思い知った。
そして、その勘付きは、ソウルジェムの秘密を知って確信へと変わった。
何よりもそれは、そんな重大な事実を一言も漏らさなかったキュゥべえへの不信となったのだ。





 ほむらもキュゥべえも秘密主義だ。
けれど、両者の間にある決定的な違いは、ほむらが黙っている理由にはきっと人間的な感情が含まれていて、
キュゥべえのそれは完全で無機質な論理によるものなのだ、と杏子は予想していた。

 だからまあ、ほむらについては寛容になってあげようと思うのである。


「言いたくないんなら、無理にとは言わないけどさ」

 杏子がそう言うと、ほむらの口元から力が抜け、小さく息が吐かれた。

 安堵したようなその様子に、杏子は内心複雑な思いを抱く。
深く追及されなくて良かったと言わんばかりのそれは、一見杏子を信用していないようにも思えるからだ。
だけど、ほむらにとって杏子は十分に信頼できる相手である、ということはすでに杏子自身も分かっていた。
故に、なんとも言えない気分になるのだ。


 ただ、今ほむらの秘密について語っても仕様がない。
それはともかく、と気持ちを切り替えて杏子は話を進める。
目下の課題はそんなところにはないのだから。

「それで、何だっけ? これからどうするか、か?」

「……そうよ」

 ほむらは頷いた。
今はもう視線も上げれられて杏子を見ているし、眉間に皺も寄っていない。
ただちょっと、気まずそうにしていた。


「アタシも、マミのことはあの吸血鬼に任せるしかないと思う。けど、さやかは……」

「貴女がやりづらいなら、私がやろうかしら?」

「アンタじゃ今のさやかに話を聞いてもらえないかもな。もちろん、アタシもだ」

「なら……」

「……どうすれば、いいのか、分かんねえ。
まどかに頼るのは嫌だしな。
アイツは断らねーと思うけど、自分のツケを他人に押し付けたくねーよ」


 クソッと悪態を吐いて、杏子は乱暴に頭を掻く。
碌に手入れもされていないのに、それなりの髪質を誇る赤髪が、くしゃくしゃっと乱された。

 目の前のテーブルを睨みつけても答えは出て来ない。









「諦める?」





 そこへ投げかけられた一言。杏子は顔を上げる。

 深い紫の瞳が真剣に問うて来ている。



 美樹さやかを捨てるのか? と。




「私たちの目的はあくまでワルプルギスの打倒。
美樹さやかの助けがあって困ることはないでしょうけれど、もしそれがなくても私たち二人になっても戦える。
なら、今はその準備に集中して、美樹さやかや巴マミのことを放置してもいい」


 忘れていた訳ではない同盟の目的。ワルプルギスの夜と呼ばれる、超弩級魔女の撃破。


 そちらを優先し、マミもさやかもなるように任せるのか。




「私としてはそちらの方が都合がいいけれど……、貴女はどうするの? 貴女次第よ」


「……ッ!」



 それは、と口を開きかけ、一旦言葉を飲み込む。




 感情的になってはダメだ。
ほむらの言っていることには筋が通っている。
だから、それは理解できる。
そういう言葉に、感情論で返すのは意味がないと杏子は感じた。


「……さやかなら、治癒の魔法が使える。
アタシたちは両方それが不得意だしさ、さやかが居た方がいいんじゃない? 
それに、前衛が二人いた方が、アンタも戦いやすいんじゃん?」


 何とか心を落ち着かせて、一応筋が通ってそうなことを言ってみた。
恐る恐るほむらの様子を伺ってみると、少し考え込むようにテーブルを見下ろしていた。
そして、

「分かったわ。でも、美樹さやかの対処を、具体的にどうするかは考えないといけない。
単なる感情論で済ませるなら、私は賛成しないわ」

「分かってるよ。……で、アタシ思ったんだけどさ」

「何?」

「さやかの力はやっぱり必要だし、アイツも、ワルプルギスと戦うっていうんなら、反対はしないはずだよね? 
さっき、アイツはさ、自分のことを『役立たずだ』って言ってたんだ。
でも、アイツの力が必要だし、それを必死で伝えるしかねーよ」


 結局、結論はそこに至るしかないのだ。
どんな理屈を捏ねた所で、杏子たちにできるのはさやかにお願いすることだけだ。











「…………………………そう」


 時間にして1秒ほどの間は、逡巡のためのもの。ほむらの声色には困惑が多分に含まれていた。

 ほむらがどうして逡巡したか、杏子も分かっていた。

 自分の言葉が変に上滑りしている気がしたのだ。
本心でも分かっている。
そして、次のほむらの言葉も――。



「それで、美樹さやかは、私たちの言葉に耳を傾けてくれると思う?」



 そうだ。その通りだ。

 さやかは一度杏子に裏切られた。
さやかの力が必要だと言った杏子に、やっぱりマミを諦めると手のひらを返されたのだ。
今度はワルプルギスを討伐するために力を貸してくれなんて言ったところで、頷いてくれるとは到底思えない。
また、裏切るんじゃないかと、責められるだろう。

 もちろん、元より信用のないほむらは論外だ。何を言っても信じてもらえないだろう。

 では、この二人以外で、と考えたが、杏子とほむら以外、適任はまどかくらいしか思い浮かばなかった。

 まず、咲夜はその目的が違うし、さやかからは危険人物と思われているから却下。
同様に、あの様子ではフランによる説得も無理。
次にキュゥべえをうまく丸め込めば、と考えたが、やっぱりアイツもさやかから信用がない。
残ったのはまどかだけなのだ。


 けれど、まどかを巻き込むのはほむらが良しとしないだろうし、杏子自身嫌だった。



 確かにさやかのことなら、喜んで協力してくれるに違いない。
しかし、それはさっき杏子が口に出したように、自分のツケを押し付けることで、
それは避けたかった。




 それに、まどかがワルプルギスのことを知れば、間違いなく契約すると言い出すだろう。
魂が石っころになるのも顧みず、自ら進んで命を賭すに違いない。
まどかはそういう人間だと、付き合いが短いながらも杏子は感じ取っていた。


 そして、それはほむらも分かっていることだ。
だから、二人ともいい案が浮かばず、寒々とした広い居間には重苦しい沈黙が下りる。



 くそっ、どうすれば…………。



 杏子は心の中で悪態を吐く。

 いっそのこと、雁首揃えて土下座でもすれば許してもらえるだろうか?

 確かにそれならさやかも怒りは納めてくれるだろう。
流石にそこまでされて杏子を許さないほどさやかが狭量ではないと信じたい。



 だが、問題はそこではない。



 それでは、自分を役立たずだと追い込んでいしまったさやかの救いにはならない。
杏子が許してもらえたところで、何か解決する訳じゃないのだ。



 もちろん、同盟の目的はワルプルギスの討伐なのだから、それを軽視する訳ではないけれど、
杏子の本音はさやかを救いたい、だった。
ただ、このままの状態でワルプルギス戦に臨んでも、いい結果は残せないだろう。
きっと、杏子はずっと消えない心残りを抱えたまま戦うことになる。



 考えても妙案は思い浮かばず、焦りばかりが降り積もっていく。
どこからか聞こえる、時計の秒針の音が、無為に流れる時間を示していた。
それが杏子の心を苛立たせ、焦燥を加速させる。
そして、焦れば焦るほど頭の中の考えは、堂々巡りになっていくのだ。


 そして、挙句には、あんな状態になったさやかを救うなんて無理なんじゃないかという考えすら思い浮かんでくる。
必死に否定しても、その考えはますます強まっていくのだ。





 もう、諦めるしかないのだろうか? 
さやかに時間も労力も割くのは無駄で、ワルプルギス対策に集中した方がいいのだろうか?




 いや、諦めるくらいなら、もうまどかに頼ってしまった方がいい。
ツケの押しつけになるけれど、四の五の言っていられないのだ。ほむらは嫌がるだろうけど。






 ああ、でも……。



 思い出す。


 さやかは、まどかがフランドールを庇ったと言っていた。
なら、彼女がフランドールと喧嘩をした時、まどかとも対立した可能性が高い。
あの時まどかがフランドールと一緒に残っていたのも、その辺りが原因なんじゃないだろうか。


 だとしたら、もうさやかはまどかの言葉すら聞かなくなっている可能性もある。




 …………結局、全部だめなのか!? もう、打つ手なしなのか!!





 拳を握りしめ、杏子は顔を歪める。


 悔しくて涙が出そうだった。
ちょっとでも気を緩めれば今すぐにでも泣いてしまいそうだった。






 もしかしたら、あの時あの高架下で一人佇んでいたさやかにとって、杏子は最後の味方だったのかもしれない。
フランと対立し、まどかとも喧嘩して、独りになってしまったさやかが、最後に頼れる相手だったのかもしれない。

 そう思えば、あの時、さやかは一瞬縋るような目を見せた。
泣きそうな顔が、杏子を見つけた時に僅かに緩んだ気がした。




 なら、それは……。











 なんてことをしたんだよッ!!













 顎に力が入る。杏子は、奥歯を砕けそうなほど噛み締めた。


 もしそうなら、杏子のやったことは単なる裏切りじゃない。















 さやかを……、絶望のどん底に突き落としたのだ!!
















 背筋が凍りつく。口の中から水分が消え失せる。胃がぎゅっと縮まった気がした。


 信じられない。信じたくない。
自分が、そんなに恐ろしいことをやらかしただなんて思いたくない。

 頭がくらくらする。視界が白む。




 杏子は慌てて懐からお菓子の箱を取り出した。
赤いパッケージの、この国の人間なら誰でも知っている有名なスナック菓子。
プレッツェルにチョコを張り付けたスティック。
手に入れたばかりの真新しいそれを、杏子は急いで開けようとする。
が、手が震えて上手くいかない。
ほむらはそんな杏子の様子に、怪訝な目を向けるが、箱を開けるのに夢中な杏子は気付かない。

 なかなかうまくいかないことに苛立ち、舌打ちしながらも、ようやっと箱を開けると、
杏子は中から乱暴にお菓子の入った中袋を取り出す。
そのせいで、何本か中のお菓子が折れてしまった感触がしたが、気にも留めず袋を開け、
5,6本一気に掴み出して口に詰め込んだ。


 その拍子にお菓子の破片が落ちるが、杏子は気付いていないのか、ぼりぼりと噛み砕く。
そのスナック菓子は杏子のお気に入りの一つだが、今は味も分からず、彼女は何かに取りつかれたように必死に貪っていた。




 落ち着け。落ち着け。





 心の中でそう唱えながら、震えの止まらない手で次から次へとお菓子を口に詰め込んで行く。


 そうしないと、心の平静を保てない。
致命的なバランスを崩してしまう。
そんな気がして、それが途方もなく恐ろしくて、だから杏子は無我夢中でお菓子を食べているのだ。
いや、むしろその勢いは、流し込んでいると言ってもいいかもしれない。
とにかく、体はただひたすらに「食べる」ことを要求していて、止まらなかった。




 食べないといけない。食べないと、食べないといけない。





 お菓子が、お菓子がまだ、お菓子がまだ残ってる。
袋に、入ってる。
食べてくれって言ってる。
だから早く食べなきゃ。




 そう思えば思うほど、ますます止まらなくなる。


 手が遅い。
口が遅い。
動作のスピードに限界があるのがもどかしい。
だから、お菓子を掴み出す手の動きは乱暴になって、だから柔らかなプレッツェル崩れてしまって、
ああもったいないと思いながらも、スティックを口に放り込む。











































「巴マミ」





 不意に聞こえて来た声に、杏子はハッと我に返った。
すべてが止まる。
お菓子を噛み砕いていた口も、手も、ピタリと止まった。
あれだけ忙しなく動いていたものが、嘘の様に凍り付いた。

 顔を上げたほむらと目が合う。その面には怪訝の色が浮かんでいた。
彼女が発した言葉ではないのか。

 杏子は手元に食べかけのお菓子の箱を置いたまま、一瞬ぼうっとする。
が、すぐに脇から再び言葉が投げかけられた。











「彼女なら、あの青二才の説得も可能なんじゃないかしら?」












 視界の左端に映る青と白。見ると、メイドが立っていた。

 いつの間にとか、どうして気が付かなかったのとか、そういう疑問を持つことが無意味であるということが分かる程度には、
杏子も咲夜には慣れていた。
だから、そのことには驚きもせず、それどころか咲夜の言葉に気を取られて、
それどころではなかったから、杏子は目をぱちくりとさせて問い返した。


「マミ……?」


 唖然としているのはほむらも同じ。
咲夜がそういうことを提案してきたことも、マミのことを今まで「アイツ」とか「アレ」と呼んでいたのに、
名前を口にしたことにもびっくりしたのだ。



「そうよ」


「で、でも……今のマミは……」


「今のアレは巴マミの姿形をした何かよ。
あれが巴マミというパーソナリティの本質ではないわ。
吸血鬼になっても、人間だった頃と人格はさほど大きくは変わっていないはずよ。
まあ、それは私には分からないけれど」


「……どういうことだよ?」




 咲夜の言葉が理解できなくて、杏子は半ば食って掛かるように腰を上げた。








「アンタ、前にマミはもう無理だって言ってただろ?」







 矛盾してるじゃねえか! そう言おうと思った言葉を、



「ええ。そうね」咲夜は遮った。「けれど状況が変わったわ」


「変わったって?」


「妹様よ」















 妹――――フランドール・スカーレット。










 杏子は口の中に溜まった唾を飲み込んだ。




「妹様は、巴マミを眷属にした張本人。
ならば、その手綱を握って巴マミの狂気を押さえ込むことも可能なはず。
その確率がどれ程かは分からないし、今の妹様のお考えも把握していないけれど、
巴マミに理性を戻すことは不可能ではない。
あの時、ああ言ったのは、あくまで私たちにはできなくなったという意味よ」










 ……………………………………希望は、まだあった。あったのだ。








 バス停で、吸血鬼はそう言ったじゃないか。
マミを眷属にした自分だからこそ、解決できるのだと。


 そして、杏子は彼女に任せた。マミのことを。




「そ……そうだよ、なあ」




 ぽろりと漏れた声は、ひどく震えていた。



「巴マミが理性を取り戻したら、後は彼女にあの青二才のことを誠心誠意頼めばいいんじゃない?」

 そう言って、軽く肩をすくめる咲夜。
相変わらず近寄りがたい雰囲気だけれど、それも幾分か柔らかくなっている気がした。


「ああ……ああ……」


 お菓子の箱が床に落ちて音を立てた。

 杏子はその場に膝を突き、うめき声とも嗚咽ともつかない声を発する。
涙はないけれど、なんだか泣きそうだった。




 良かった。……良かった。




 諦めずに済んでよかった……。








 バス停であの吸血鬼に会って、マミは彼女に任せて、自分はさやかを何とかしようとした。
けれど、そんなことしなくても良かったのだ。
マミは決して元に戻ることは、人間に戻ることはないそうだけれど……、
でも……、それでも今よりいい状況になるのなら、それ以上は望まない。


 それで、杏子が奈落へ落してしまったさやかが救われるなら、もうこの命ですらくれてやってもいいと思えた。
もうあの笑顔が自分に向けられなくなっても、それは少し寂しいけれど、それでも構わない。


 それは結局マミにツケを払わせるということ。だけど、それがどうした?



 さやかが、マミが、また笑えるようになるなら、土下座でもなんでもしてやる。

 とっくの昔にプライドなんて捨てたのだ。





 視線を下ろすと、床に落ちたままのお菓子の箱。
赤いパッケージに、食欲と購買意欲を誘うような絶妙な角度から描かれた(と企業が考えている)
そのお菓子のイラストがある。



 口の中が甘い。



 先程まで食べることに夢中で味なんて気にも留めていなかったが、口の中にはまだ、
杏子の好きな甘いお菓子の味が残っていた。

 杏子はそれを拾い上げる。
中身はほとんど残っていないのか、ほぼ箱の重さだけだ。
それを、優しく懐にしまう。



 一方で、そんな杏子を視界の端に留めながら、ほむらは少し疑うような視線で咲夜を見ていた。


「意外ね。貴女がそんなことを言い出すなんて」


「そう? まあ、借りがあるからね。ほむらには宿の提供の借り。
佐倉杏子には、妹様のことを教えてもらった借りがあるの。
それを返しただけよ」


 さらりと、何でもないように咲夜は言った。意外と義理堅いのだろうか。


「……別に、そんなの気にしなくてもいいのに」


 ちょっと気恥ずかしそうにほむらが顔を背ける。
それを、杏子は新鮮な気持ちで見た。
この仏頂面がそんな顔をするなんて、意外に思ったからだ。






 何と言うか、ちょっとカワイイ。




 と、少し余裕が出て来て自分を取り戻しつつあった杏子は思ってしまった。


 光明が差して、ぐちゃぐちゃの思考に埋め尽くされていた杏子の頭もすっきりしている。
周りに注意を払って、リアクションを取れるくらいに回復したのだ。


「あ、でも」

 すぐにほむらは恥ずかしげな顔を引っ込めた。そして、杏子も思っていた疑問を口にする。

「本当に、巴マミに理性は戻るの?」

 すると、咲夜は静かに首を振る。もみあげのお下げが揺れた。

「分からないわ。それは妹様次第。
理論上は眷属のコントロールは可能なはずだけれど、何しろそれを実際に見たことはないから何とも言えないわ。
妹様も、お嬢様も、今まで眷属を作られたことはなかったのだし。それに」


 一旦咲夜は口を噤む。少し迷ったように瞳を揺らし、また口を開いた。


「……今の妹様を、そのままアレの目の前に差し出すのは危険極まりない。
見た目相応の力しかなくなっているから、その状態でほぼ全力全開のアレに立ち向かえるとは思えないし、
コントロール出来るのかも分からないわ」

「……どういうことだよ?」


 魔女も屠る恐ろしい吸血鬼。そんなふうに聞いていたのに、一体どういうことなのだろうか?


 杏子は疑問を口にしたが、咲夜は面倒臭そうな顔をした。



「端的に言えば、“こっち”の世界じゃあ、吸血鬼みたいな幻想は力が極端に弱まるのよ。
その存在自体が否定されてしまうからね。
詳しいことは、ほむらに話したからほむらに聞いて。私はもう寝るわ」


 言うだけ言うと、ほむらに丸投げして咲夜は寝室の方に消えた。




 取り残されたのは、ポカンとした表情の杏子と、若干苛立ったようなほむらだけ。










「…………………………………………いや、意味分かんないんだけど……」


「右に同じね」




 結局、咲夜が投げ出した説明は、その後一時間ほどかけて、ほむらにしてもらった。











フランは鹿目家にご招待されています。




丁度この辺りが折り返し地点なのかなぁぁ??(分量的に)



時間に干渉できるのに間が悪いって何だそれ‥

‥そうか時間を戻すことはできないんだな


そっか、まだワルプルギスいたんだった
ガチで忘れてたわ


さてさて、さやかさんはギリギリで踏み留まる事が出来るのやら?


ワルプルギス「よかった!私、忘れ去られてなかった。もう何も恐くない!」

もう八月も後半とか時間が経つのが早い気がする

>>652
咲夜視点でどの程度時間を止められるんでしょうね?
ここではあまり長く、何十分も止められる、という設定にはしていません。

>>655
忘れてやるなよww
まあ、さやかとかマミとかアレだったせいでけどw

>>656
あれ? なんかひまわり畑で微笑んでるお姉さんからインスピレーションを受けた気がgggg

>>657
そういや中の人同じでしたねw
それもマミさんの出番が少n







              *







 さやかが家出した。

 上条恭介が今朝、母親から知らされた事実だ。さやかは昨日の夜、帰宅しなかったらしい。

 魔法少女がらみであることは間違いない。
それ以外、理由は思いつかなかった。
そんなことを露とも知らない恭介の母親は、「ぐれちゃったのかしら」なんてのんきなことを言っていたけれど。


 そして、それだけではない。

 あの化け物も関わっているに違いない。

 教室の自分の席、座ったまま恭介は身震いした。



 闇に浮かぶ二つの紅。引き裂かれたような笑みと、白磁の肌に長い金髪。

 綺麗な女――いや、少女だった。自分と同年代だろうか? 見滝原中学のことを知っていた。


 けれど、あれは人の身にて人に非ざるあやかし。人を喰らう妖怪変化。


 だが、不思議なことに恭介は生き残った。

 意識を刈り取られるくらいの衝撃を受けたにも拘らず、怪我はなかった。
だから、恭介はあれが夢か何かじゃないかと思っていた。



 実際には真紅の眼をした少女のような化け物とは出会わなかったし、気を失っていたのは転んで頭を打ったからだ。
そう思い込もうとしていた。




 だが、それはできなかった。


 なぜなら――、
一昨日恭介が着ていたカッターの襟、そこに付着した血が、あれが現実であることを思い出させてくれたから。

 化け物はいる。そして、一昨日自分は確かにその化け物に襲われた。
けれど、何かがあって、恭介は奇跡的に助かったのだ。

 何があったのかは分からない。ただ、誰かの手助けがあったのは確かなようだ。



 恭介はあの日、気絶したまま門の脇の壁に座らされていたのだそうだ。
誰かがインターフォンを押し、出て来た母親が恭介を発見した。
少なくとも、その時には誰かが居たのだ。
その人物がきっと恭介を助けてくれたに違いない。







 恭介が襲われたのは、家から少し離れた通学路の途中。
そこは、滅茶苦茶に破壊されていたのだという。
その人物は、あの化け物とあの場所で戦い、身を挺して恭介を守ってくれたのだろう。
あの状況で、あの化け物と対峙せずに恭介を家まで運ぶ手段はないはずだ、と彼は冷静に分析する。

 結果的には無事だったものの、あれだけの一大事があった後にしては、恭介は割合に落ち着いていた。
彼には、動揺よりもある欲求が強かったのだ。








 会いたい。会って、お礼を言いたい。






 そして何より、あの時起こったこと、あの化け物のことを聞きたかった。


 恐怖がないかといえば、そんなことはない。
あんな目に遭うのは二度とごめんだし、できれば思い出したくもない。



 けれど、あの時起こったこと、真実を知りたいと思うのは正直な気持ちだった。



 それは、襲われたけれど無傷で済んで、あまり実感が湧かないからそう思うのだろうか? 
もし怪我をしていたら、恐怖のあまり知りたいとは思わなかっただろうか?



 なんだか、現実感が湧かないのだ。

 思えば、最近は非現実的なことに遭遇し過ぎた。


 始まりはあの事故。車に轢かれて重傷を負った。
それだけなら、まあ交通事故なんて珍しいものでもないし、
非日常的ではあっても、非現実的とは言えないだろう。
何で自分が、という気持ちはあったけれど。




 しかし、そこからだった。何かがおかしくなり始めたのは……。



 まず、左腕が動かなくなった。バイオリンという、半身を奪われた。
医者にそれを宣告されて、絶望の海に沈みかけた時、恭介は救われた。

 昔に読んだおとぎ話。その中に出てくる人魚姫のように、溺れかけた彼を助けたのは幼馴染。

 その手段は奇跡。

 彼女の魂と引き換えに、たった一度の御業を引き起こした。

 故に恭介の腕は治り、再びバイオリンを奏でられるようになった。
けれど、その代償にさやかは動く死体と化した。


 ソウルジェムを無くしたさやかの体が再び動くようになるのを見た時、恭介はそれに嫌悪を抱いた。
それは余りに現実離れした光景を受け入れられないのか、それとも本当に気持ち悪かったからなのか、いまだによく分からない。


 そして、その気持ちの整理もつかぬ内に、あんなことがあった。







 正直、いろいろなことが起こり過ぎて何から考えていいのか、自分がどうすればいいのかまるで分らない。
こんなこと、人に相談できないし、かといって自分一人で抱えられるようなことでもない。





 知らなければ良かった。
あの時まどかの後に付いて行かなければ良かった。




 だからと言って、まどかを責めるのはどうなのだろう?





 よく考えれば、彼女だって自分と似たような立場に居るのだから、責めたところでどうにかなるものでもないし、
相談しても解決しない。



 だから会いたい。


 自分を助けてくれた誰か。彼か彼女かも分からない。
魔法少女の可能性は高いし(というかほぼそれしか考えられない)、それは“動く死体”ということと同義。
でも、今の自分の頭を悩ます厄介事を共有するのに、きっとふさわしい相手だという確信があった。


 その人に問いたい。どうすればいいの? って。





















「……おい」



 呼びかけの声に、恭介はハッとする。

 席に座って物思いにふけっていて気が付かなかった。
いつの間にか中沢と阿良々木が目の前に立っている。
二人と恭介の間柄は友人と呼べるもので、
中性的で整った容姿の恭介と背が低くアホ毛が立っている阿良々木と凡庸な容姿の中沢、
というのがいつもの組み合わせだった。


「どうしたんだよ?」

「大丈夫か?」


 怪訝そうな顔をする二人に、恭介は愛想笑いを浮かべた。


「ああ、うん。別に何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」

「考え事って……」


 中沢がそう言いかけた時、チャイムが鳴った。

 あ、ホームルームが始まる。と言って二人は自分の席に戻っていった。



「皆さん、おはようございます」

「おはようございまーす」

 早乙女の挨拶に、クラス全員が返す。恭介も申し訳程度の声を出した。


「本日の欠席は……、暁美さん、鹿目さん、美樹さんね」

 早乙女は出席簿にチェックを入れながら、教室を見渡す。
その言葉の通り、三つの席が空いていた。


 三人とも魔法少女関連で休んだに違いない。
志筑仁美は、独り、机を睨んだままだった。




 さやかは家出。まどかはそのさやかを探しに行ったのかもしれない。
学校を放り出してまでするのはどうかと思うけれど。





 では、暁美ほむらはどうしたのだろうか?



 彼女とあまり親しくない恭介には想像もつかない。
ほむらはさやかともあまり親しくなかった気がする。
けれど、やっぱり魔法少女仲間として、さやかの捜索にあたっているのだろうか?



「魔法、少女……」



 小さく、口の中で響く程度の大きさで、恭介は呟く。


 そう、魔法少女だ。

 彼女たちは、化け物と戦うのがその使命だという。

 ならば、あの化け物とは、あの紅い目玉の少女とは、どうなのだろうか? 
アレも、魔法少女の敵なのだろうか?



 もし恭介の考える通りなら、あの時恭介を助けたのは――――――暁美ほむら?










 ハッとして彼女の席を見る。



 そこに答えはない。



 彼女に相談すれば、何か答えをくれるだろうか? 
全く親しくない、会話した記憶すらない相手に、自らの心の内をさらけ出せるだろうか?


 この苦悩を打ち明けてもいいのだろうか?



 でも、本当に彼女が助けてくれたなら、もしかしたら……。



















              *









 その日は一日中そわそわして集中できなかった。
あまりにも不審なので、中沢にそれを指摘されてしまったほどだ。

 だがそれも仕方ない。

 この頭痛の種を取り除く道筋が見えたなら、落ち着かなくなるのも無理ないはずだ。
と、恭介は自分に言い聞かせる。



 だから、彼女に話しかけられた時、その言葉が全然頭に入ってこなかった。
その時、思考は魔法少女や化け物、さやかとほむらのことで埋め尽くされていたから。





「上条君、一緒に帰りません?」



「…………え?」




 えっと……、とはっきりしない声が漏れだした。


 激しく頭の中を巡っていたいろいろなものがピタリと静止し、恭介はフリーズしたようにすべての動きを止めた。


 帰りのホームルームが終わった教室。
クラスメートたちは各々帰り支度をして、帰路に着いたり、部室に向かおうとしていた。

 そんな中で、荷物をまとめて鞄を持って帰ろうとした恭介に、仁美は話しかけてきたのだ。





 どうしよう?



 恭介は固まったまま、頭の再起動をかける。

 ほむらに会いたい。会って話がしたい。
けれど、目の前にいる仁美を無下にすることも躊躇われた。
彼女は、いたく真剣な面持ちで恭介の答えを待っているのだから。




「……あ、えっと……。か、帰る?」




 結局はっきりしない答えになって、よく分からない疑問符を付けた上、
半ば仁美の表情に押し切られる形で了承したのだった。










 それが数分前の話。


 今、恭介は仁美と並んで話しながら家へと向かっていた。



「志筑さんって、帰る方角はこっちなんだっけ? 
今まで帰り道に見かけたことってないような……」

「ええ。本当は全然逆方向ですわ」


 素朴な疑問に、しれっと答える仁美。

 何と言うか、今の彼女は普段と雰囲気が全然違う。
いつも通りニコニコ笑っているのに、どこか張りつめた空気を纏っているのだ。


「え……じゃあ、今日はどうして?」

 できればほむらを探したい恭介は、手っ取り早く仁美の用事を済まそうと、雑談もそこそこに、
用件を尋ねる。




「上条君に……」


 彼女は急に真顔に戻って、


「お話したいことがありますの」



「話?」


「ええ。あちらでしましょう。立ったまま長話をするのは、上条君もお辛いでしょう?」


 そう言いながら彼女が指し示したのは、公園に据え置かれているベンチ。

 学校近くの公園には広い池があって、その畔に幾つか横長のベンチが設置されている。
仁美が指したのはその一つだ。二人はそこに腰を掛けた。



 後ろには、落下防止の策を挟んでキラキラと陽光を反射する池と、その池に流れ込む人工の滝。
人の手によって作られた“自然”がこの公園のモチーフだ。
人工物ばかりで疲れる都会暮らしの見滝原市民の心を少しでも癒そうと、行政がたらふく税金をかけて作った、
やっぱり“人工”的な自然。
自然を支配して、自然を模して作られた人造物。
メーカーはもちろん、行政から日曜大工に励む一家の大黒柱、果ては物心つく前の幼子まで、
「ものづくり」の得意な日本人の生産した製品だった。


 とはいえ、天然の「自然」に囲まれているような心地を再現する技術は流石。
都会の喧騒は遠く、耳に五月蠅くない水音が公園内を満たし、爽やかな風が恭介の肌を撫でた。
石畳の歩道を挟んで反対側に立つ時計台に見下ろされながら、恭介は早速仁美に問いかける。



「それで、話って……」


 軽量松葉杖をベンチに立てかけ、恭介は仁美と向かい合う。
仁美は仁美で、鞄を自分の脇に置き、両足をそろえてその上に手を置き、真っ直ぐに恭介を見つめる。


 それから、彼女は小さく口を開き――、

 つと目線を逸らした。


「?」


 胸に手を当て、彼女は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
それを二度三度繰り返した。
心なしか、頬が上気している気がする。




 かなり緊張しているのはよく分かった。
いつもお嬢様然として、優雅で、余裕を忘れない彼女らしからぬ様子。
奇妙なその姿は、恭介の目に新鮮に映ると同時に、その心中に疑問も生み出した。





 そんな重要な話なのだろうか?


 ひょっとして、さやかのこと?






 そう思うと、自然と体が前のめりになる。

「か、上条君?」

 戸惑ったような声を上げ、若干引く仁美。
どうしたのかと思えば、どうやら顔を近づけすぎていたらしい。
恭介は真っ赤になって体を引いた。

「あ、ご、ごめん」

 羞恥で顔全体が熱くなる。
なんてことしたんだ。恥ずかしい。

「あ、ああ。うん、別に、いいですわ」

 仁美も赤くなりながら、変に上ずった声を上げる。

 そんな感じで、二人はしばらく羞恥に身を焦がしていた。
が、やがてどちらともなく目を合わせる。
傍から見れば初々しくて、微笑ましい二人の姿。当人たちには一大事。

 再び張りつめたような表情に戻る仁美。
恭介もごくりとつばを飲み込んで待ち構えた。





「上条君」


「は、はい」



「私、あなたのことを、お慕いしておりましたの」






























 オシタイシテオリマシタノ。おしたいしておりましたの。




 OSHITAISHITEORIMASHITANO。








 仰る意味がよく分かりません…………。








「お慕い……はい?」


 思わず聞き返した恭介に、仁美もきょとんとする。


「えっと、その……」

 ゴニョゴニョと口ごもる仁美。唐梨よろしく真っ赤なご尊顔。



「で、ですから。私、上条君のことが、す……すす、好きなのです!!」



 辺りに響き渡る大きな声で、仁美は宣言した。
あっけにとられた恭介は、滑稽なほどポカンと口を開ける。
思考はしばしフリーズし、やがて回り出すも、油が切れた歯車のようにその動きは鈍い。


 そんな頭で、恭介はたっぷり5秒かけて、ようやっと言われた言葉を理解する。



















 どうやら“LOVE”という意味の「好き」らしい……。











ここまでっ!


もちろん、「阿良々木」は女子の眼球を舐めたいとか申した某ロリコン吸血鬼もどきではございません。
だって、同性の友達いるでしょ・・・・

乙ここで告白シーンか・・・
さて、さやかちゃんどこに隠れているのかな?(NDK!NDK!)


今回は上条くんサイドだけで魔法少女&東方組は出番無しかー。そういえば最近全然魔女が出てないような…

魔女はそろそろエルザさんとかの出番じゃないの?パッチェさんは暗躍中だし。
まずは目の前の問題から片付けていかないと

ところでフランちゃんのお泊りシーンはなかですか?



>>675
見てる?ねえ、見てる!?

さやかちゃんはきっと見てますよwww
そしてミラクル解釈で自滅していきますwww

>>676
一瞬上条サイドに見えた

魔女については……
本編でも、過去回想を除けばゲルトシャルエリーエルザワルプルの5匹しかいないですからね
そのうち三つは出て来て、ワルプルはラスト確定なので、エルザの行方ですが……
これ以上言うとネタバレなので言いませんw


>>677
エルザさんの使い魔だけは出てきました
行間その二が始まる直前
このスレ内の>>277-280辺り

パッチェさんは→多分出てきたらびっくりすると思います
お泊りシーンは→まどっちとの濃厚な絡みがあります



さて、今回から第三章の山場に突入しますので、
一回当たりの投下量が多くなるかもしれません。
予めご了承ください。







                *







 時刻は午後7時半。

 場所は見滝原中学近くの公園。

 人数は杏子ほむら咲夜の三人。


 この公園に、マミは潜んでいるらしかった。




「本当にここに居るの?」

「ええ」

 ほむらの問いに、咲夜は頷いた。

 辺りはすっかり暗くなり、所々街灯に照らされた公園には彼女たち以外に人影は見当たらない。
住宅街やビジネス街からも離れたこの辺りには、人も少ないようだ。


「30分待ってもちっとも気配がねーんだけど」

 口を尖らせて、頭の後ろで手を組みながら杏子はぶらついていた。
ほむらと咲夜はそんな彼女を眺めながら、石畳の上に佇んでいる。

 三人がこうしてこの公園に集っているのは、咲夜がマミがここを拠点にしているという情報を掴んだからだった。
どうしてそんなことが分かったのかは不明だが、どうやら何かの裏技があったらしい。
咲夜は詳しくは言わなかった。

 そして今、杏子の言った通り、三人は30分も待ちぼうけを喰らっていた。

 咲夜の情報は本当に確かなのか。
そう疑ってしまうほど、公園は静かだった。
最も、彼女たちが待っているのはマミだけではなかったが。



「間違いなくアレはここに居る」

 強く断言する咲夜。

 いまいち信じきれない杏子は眉を寄せる。

「何でそんな断言できるんだよ」

「……よく、耳をそばだててみなさい」

 と言って、咲夜は瞼を閉じる。




 杏子も言われたとおりに耳に意識を集中した。


 辺りは静かだ。


 近くにある施設と言えば、見滝原中学しかないが、学校はこの時間、警備員か残業中の教師ぐらいしかいないだろう。
周囲に大きな道路もなく、家も少なく、車の音や、犬が吠える声は遠くから小さく聞こえるだけだ。
あとは、公園の広い池に流れ込む水の音くらいか。


「静かじゃねえか」

 数秒間、音を拾い集めていた杏子が唸る。

 すると、咲夜はコクリと頷いた。

「ええ。静かよ」

「だから?」

「静かすぎるの」

 その言葉の意味が一瞬分からなかった。
思わず、杏子とほむらは顔を見合わせ、目をぱちくりさせて……、


「!」


 気が付いた。





 そうだ。静かすぎるのだ。


 それは立地の関係で街の喧騒が遠い、などという問題ではない。
実際そうなのだが、そうじゃない。
ここには、本来あるはずの音がないのだ。


 この公園は、人の手で作られ、人によって手入れされているが、見滝原でも一番広い公園で、
一番緑の多い場所。しかも、十分な水もある。

 とすれば、必然的にここには昆虫や両生類が棲みつくはずだ。
夏や秋ほど彼らは活発ではないとは言え、
そういった小さな生き物たちの息遣いが全く感じられないのはやはり異常なのだ。


 この不気味なほど静まり返った公園にも、元々は彼らも暮らしていたはずだ。
けれど、彼らはいなくなってしまっていた。

 何故か? 本能的に、危険を察知してここから去ったと考えるのが一番妥当だろう。



「そういうことか」

「……なるほどね。毎日通っているけど、気が付かなかったわ」


 納得する杏子とほむら。

 昼間は人気の多いこの場所も、夜はこの通りだ。
マミの家と学校の立地関係から、この公園は通学路になるはず。
もちろんマミは、それを知っていたのだろう。
だから、こういう場所には魔女も潜みやすいし、彼女が潜むのにもうってつけという訳だ。





 三人がこの場所に来たのには、もちろん訳があった。


 彼女たちは今、待ち合わせをしているのだ。


 フランドール・スカーレット。


 この閉塞的な事態を打開し得る唯一の可能性。
ほむらの予想した通り、今はまどかと行動を共にしているらしい。

 杏子は携帯電話という文明の利器とは縁遠く、咲夜も同様だったので、必然的にほむらがまどかと連絡を取ることになった。
しかしながら、その手段はなぜか、電話やメールではなく、鹿目家に直接赴くというアナログなものだった(それなら杏子でも良かったんじゃないか?)。
本日の午後に訪ねて行って、運良くたまたま学校を休んでいたまどかと会ったらしい。
午後に行ったのは、午前中は作戦会議をしていたのと、昼間までは一般的に家事で忙しいというハウスキーパーの有難いご助言があったからだった。

 まどかはほむらたちと一緒に居ると言ったそうだが、ほむらは断った。
これも咲夜の指示で、恐らく鹿目家で休んでいるだろうフランを昼間から連れ回すのはよろしくないとのことだった。
それは実際そうだった。


 代わりに、ほむらは7時にこの公園でフランを連れて、待ち合わせする約束をしたのだ。


 そのまどかだが、なぜか30分経っても現れなかった。
何かトラブルでもあったのだろうか?


 小さな不安が杏子とほむらの心の中で頭を擡げる。






「ところで、まどかはどうしたのかしら」


 不安そうに、あるいは若干苛立ったように、ほむらは呟いた。
それに杏子は僅かに反応するが、咲夜は澄ました顔で闇の向こうを見ている。


「やっぱり、迎えに行くべきだったんじゃ……」

 杏子がちらりと咲夜を見ながら、暗に今から迎えに行ってはどうかと提案する。
ほむらも同意するように頷いた。
マミに対応できる戦力が欠けてしまうが、今はそれよりフランを連れてくる方が重要だ。

 けれど、咲夜はそれに気が付いているのかいないのか、闇の向こうを見据えたまま動かない。


「なあ」

 無視されたと思った杏子が抗議の声を上げる。

 二人は親しくない。だから杏子は、露骨に顔を顰めてみせたのだが……、




「シッ!」




 咲夜の声が鋭く響き渡る。

 ――それだけで、場の空気が一気に緊張した。



 咲夜は先程から視線を動かさず、闇の向こう、正確には公園の木々の茂みの方を睨んでいる。
その眼は異常に鋭くなっていた。



 あの目だ。と杏子は感じる。

 かつて、咲夜がマミと戦うところを二度目撃した。
その二度とも、咲夜がマミを見ていた眼が、今の彼女の眼だった。



 狩人、なんて生易しいものじゃない。








 それは……、それは……、獲物狙う、獰猛な虎の目だ。








「居るわ」


 一言、杏子の予想通りの言葉が耳に入ってきた。

 もう、動揺することはない。魔法少女の二人はソウルジェムを掲げ、変身する。

 刹那、赤と紫の光が辺りを一瞬照らし出す。
だが、二人にはその一瞬に、マミらしき影を見つけることはできなかった。
咲夜はそんなことを気にせず、いつの間にか手に拳銃を握り、闇の奥を凝視したままだった。


「ほむら」

 そのまま、拳銃を構えずに彼女はほむらを呼ぶ。

「何?」

「手品を始めましょう。最初は貴女がお願い」

「……分かったわ」


 少しの間の沈黙は躊躇によるものか、理解に時間が掛かったのか。
何れにしろ、咲夜とほむらの間で行われた言葉のやり取りは、杏子にはまるでその意味が分からなかった。


 ただ、彼女はそれをすぐ知ることになる。

 咲夜に了承の意を伝えたほむらは、おもむろに杏子に近づき、その手を取る。

「……ぇ?」

 いきなり行われたボディタッチに杏子は戸惑う。
そこまで親しくない相手に何の前触れも了解もなく、不意に手を取られれば、それは当然の反応だろう。
そして、次に彼女はその訳を聞こうとするはずだった。

 口を開きかけた杏子に、ほむらは短く言った。


「離さないで」


 そして、左腕に装着された円形の盾のギミックが作動する。





 ガチャッという、機械的な音が聞こえた。



「……!?」



 杏子は弾かれたように辺りを見回す。




 これは……。


 遭遇したことのない未知の状況。
ほむらという特殊な魔法少女と出会わなければ一生知ることはなかったであろう世界。






 何もかもが動きを止めていた。


 闇に包まれた公園の中に響いている水音。
それが聞こえなくなっていた。辺りを照らす街灯の明かりはそのままに、
音が、動きが死んだ時の狭間に杏子は招き入れられた。
遠くから響いてくる街の喧騒も、もう鼓膜を震わせることはない。
不気味なほど静まり返った世界は、杏子の脳に強烈な違和感を植え付けた。


 そんな全てが止まった世界。その中でも杏子の思考は止まっていなかった。
隣に立つほむらも、先程と変わらない姿勢の咲夜も、やはりこの呼吸すら止まる世界の中で動いていた。
なぜなら、彼女たちは例外だから。例外たる資格を有しているから。


「私から離れると、貴女の時も止まってしまうわ」


 時の流れの支配を受けるほむらの言葉は、同じく杏子の耳に届いた。
脇に居る咲夜も同様だ。
どうやら、この時間が止まった世界の中でも、時間に支配されている者たちは自分以外の存在を動かせるらしい。
例えば、ほむらが喋ることによって、気体の振動を音として杏子に伝えられるように。
あるいは、ほむらが杏子に触れることによって、杏子の時を動かし続けられるように。




 杏子はそこまで分かった。
ほむらの能力のからくり。触れたもの以外の時を止める。
ただ、魔法少女という、非常識非日常の存在である杏子ですら、今この状況下ではファンタジーの世界に迷い込んだ心地だった。

 そんな摩訶不思議な世界で、殊更分からないのは咲夜の存在。
かつて、杏子があの路地裏で二人と初めて出会った時、杏子とさやかに対しては馬鹿にした口を聞いていた咲夜は、
ほむらが現れると態度を変えた。
その時、彼女は「自分と同じ能力を持つ」と言っていた。
跨道橋での戦いの時、マミは咲夜が時間操作の能力を持つと言っていた。
つまり、この時間を止める能力のことだろう。



 正直、魔法少女でもないのにそんなことをできるのが驚きだった。


 そしてそれを実際に目の当たりにして、自分自身がその能力の影響下にあって、改めてこの力の規格外さと、不可思議さを思い知る。
だからこそ、咲夜がどうしてほむらの時間停止によって、その動きが止まらないのかが分からなかった。





 かつて、杏子が初めて倒した魔女。
マミとの出会いのきっかけになった魔女。
その魔女は、幻惑の力を持ち、杏子は死ぬ一歩手前まで追い詰められた。

 そう、杏子と同じ幻惑の力を持っていたために、彼女はその魔女に殺されそうになったのだった。
だから思うのだ。幻惑の力を持っていても、相手の幻惑の影響を受けない訳じゃない。

 そういう経験があるから、杏子はそう考えたのだが、どうやら時間操作の能力にはその法則は当てはまらないのかもしれない。
咲夜はほむらの時間停止の影響を受けないのだろう。




 そんな杏子の疑問など露知らず、銀髪の狩人はそれまで玩んでいた拳銃を構え、先程から見据えていた方向にそれを向けた。
体の真正面で銃を両手で持ち、闇の奥に狙いを澄ます。
咲夜は肩から両肘、手首、そして銃口にかけてのラインが水平に、一直線に伸び、綺麗な、あるいは洗練された射撃姿勢を取る。

 そして、彼女はトリガーを引き、爆竹を大きくしたような音が連続する。
それは、この静まり返った世界の中で、やたら大きく聞こえた。
ただ、その響き方も常とは違う。
違和感を覚えた杏子は、首を傾げた。
発砲音は妙に響き渡らないのだ。
辺りの空間に広がった音波が、無理やり消されたような、そんな響き方をする。


 それはともかく、訓練された軍人が取るような、完璧な射撃姿勢の咲夜は、10回も発砲し、
その都度襲ってきた反動もしっかりと吸収して、全く銃口をぶらすこともなく、
正確にここからは見えない標的に鉛玉を撃ち込んでいった。

 その間に、ほむらは杏子を引っ張りその場を離れる。
マミに大きな恐怖心を抱いているほむらなら仕方のない行動だった。
今回も、マミの相手は咲夜に任せるのだろう。
杏子も出番はないだろう。咲夜もそれは求めなかった。
ただ、彼女は見ていろと言っただけだ。


 十分離れたところで、ほむらは立ち止まって咲夜の方を顧みた。




「解除するわよ」




 離れたところに居る咲夜にも聞こえるように声を大きくして彼女は言った。
先程まで立っていた場所から移動した咲夜も、拳銃の弾倉を交換しながら頷き、了承の意を示す。






 また、ガシャッという音が聞こえた。




 途端に時間が動き出す。





 また音が戻って来た。



 さっきまで不気味なほど静かだと思っていた公園も、時が止まった世界に比べればひどく騒がしく感じられた。


 そして同時に、











「――ッ!!」














 悲鳴が聞こえて来た。

 あまりにも恐ろしい声に、思わず杏子は飛び上がってしまう。
隣でほむらもびくっとしたようだ。


 それはもう、人の声とは思えないほどだった。
犬の悲鳴のような声だった。
あまりにも悍ましく、それを聞いた途端、杏子の肌は総毛立った。
それは、人が持つ本能を刺激する恐怖故のものか。あるいは、それ以外の何かか。
いずれにせよ、それは単に声が恐ろしかったという生易しい程度の恐怖ではないことは確かだ。





 ガサガサと、草木を乱暴に揺する音が急速に近付いて来る。





「――ッッッ!?」






 獣のような唸り声を上げ、「ソレ」は杏子たちの前に躍り出た。


 瞬間、杏子は思わず目を閉じた。閉じてしまった。閉じずにはいられなかった。






 今この場で目を閉じるなど、自殺行為にも等しい。
いつ「ソレ」が襲ってくるかも分からないのに、目を閉じてしまっては、自ら進んで首を差し出しているようなものだ。
もちろん、頭ではそれを理解している。
理解しているけれども、それでも、感情が「ソレ」を見続けることを拒否したのだ。


 だが、それもほんの一瞬。すぐに理性が働いて、杏子は閉じた目を開けた。




 「ソレ」はマミと呼べばいいのだろうか? 
あるいは、マミの姿形をした何かと呼べばいいのだろうか?



 特徴的なドリルのような髪型にしていたせいで軽いウェーブがかかった長い金髪は、
ひどく泥に汚れていた。
所々に埃や葉っぱ、さらには蜘蛛の巣なんかが付いていて、かつての綺麗さは欠片も見当たらない。
いや、髪だけではない。
その優しげでお淑やかな整った顔も、透き通るような白磁の肌も、ほっそりとしたしなやかな腕も、
年の割に大きく育った胸も、同性でも羨むような長く美しい足も、
何もかもが乱れ、汚れ、落ちぶれてしまっていた。

 たれ目気味だった目も、今や赤い瞳に狂気と敵意を煮えたぎらせて吊り上り、
柔らかそうな唇の間から、白く、唾液に濡れた牙が覗いている。
その小さな口の隙間から、低く、威嚇の唸り声を上げ、「ソレ」は獣のように四つん這いになり、
咲夜を睨み上げていた。

 衣服だって無残に千切れ、目のやり場に困るような状態だ。
そして、咲夜の撃った銃弾が何発か命中したのか、所々でグロテスクな銃創が赤い液体を流していた。



 杏子の心を、なんとも言えない空しさが覆い尽くす。
ここまでひどい有様になるなんて、あんまりだ。






 見る度に壊れていく先輩。
優雅に気取って羨望の眼差しを集めていた大切な人が狂っていく様を見せつけられて、
でも杏子は無力で、何にもできなかった。
神様って奴は、本当に残酷なんだろう。


 それでも杏子の心は折れない。例え杏子自身は無力でも、まだ可能性はある。
こんなになるまで堕ちてしまったマミを救う手だては、まだあるのだ。
今杏子たちにできるのは、その最後の希望が現れるまで、マミをここに引き留めておくこと。




 自然と、掌が汗ばみ、槍を握る手に力が入る。
乾き出した唇を軽く舐め、そして槍を構える。






 鋭く睨む視線の先には、相対する獣と狩人。




 綺麗に晴れ上がった夜空に、裂け目のように光る三日月が浮かんでいる。
その下で、銀の狩人は黒く無骨な拳銃と、瀟洒な銀刃の短刀を構え、
他方、金の吸血鬼は四肢で地面を掴み、低い姿勢のまま狩人を威嚇していた。




 空気が引き締まる。
両者が睨みあっていたのは、時間にしてほんの1秒ほど。
次の瞬間には、ナイフが、爪が、空気を引き裂きながら、互いの相手に襲いかかっていた。


 獣は後ろ足で地面を蹴る。
それだけで地面が爆発し、綺麗な石畳は粉砕され、破片が辺りに盛大に飛び散った。
両者の間合いは10メートル。それを、吸血鬼は一瞬で詰める。


 しかし、その時には狩人も動き出していた。
時間を操作し、向かってくる吸血鬼とすれ違う。
その刹那――ナイフ一閃――その腕を切り裂き、背後に回って至近距離で銀弾を撃ち込んだ。


 吸血鬼の弱点。それは容赦なく獣の背中に突き刺さる。




「――ッッ!!」


 悲鳴を上げて転がる「ソレ」に、咲夜は何の躊躇いもなく追加の銃弾をお見舞いした。

 だが、やられてばかりの吸血鬼ではない。
即座に蝙蝠に分裂すると、甲高い声で鳴きながら、無数の羽音を立て、黒い一群となって咲夜に襲いかかった。
これには流石の狩人も発砲し、ナイフを振り回しながら逃げ出す。
しかし、それは牽制にもならない。蝙蝠たちはさらに咲夜を追い掛ける。




 ここは加勢すべきだろうか?





 それまで、ゼロコンマ何秒という世界で行われていた死闘を見ていた杏子は思う。
今ここで自分が手を出しても、あの人智を超え、常軌を逸した戦いで生き残れるか分からない。
ただ、咲夜がやられたら、もう杏子たちに吸血鬼を止める手段はなくなる。
ほむらはあんな状態だし、杏子では太刀打ちできないのは、つい先日証明されていた。

 それでも、もう迷っている暇はない。覚悟を決めなければならないのだ。
いつまでも逃げていられない。
どれだけひどい現実を目の当たりにしようと、かつての自身のように逃げ出すことは許されなかった。


 改めて咲夜を見る。
黒い塊に纏わりつかれた彼女は、確実にその身を削られて行った。
今加勢しなければ、やられてしまうに違いない。
そう判断した時には、すでに杏子の体は弾かれるように飛び出していた。




「マミッッ!!」


 叫んで、魔法を発動させる。
杏子の本来の力。
まだ完全に取り戻していないせいで、かつては6体も出せた分身も、今は3体しか現れない。
けど、それでも十分だった。


 杏子は全力で駆ける。スピードはさやか以上あるけれど、吸血鬼と狩人に比べればずっと遅い。
それでも、十数メートルの距離を1秒もかからず詰めた。
そして、咲夜に襲いかかる黒い塊に向かって槍を振る。
本体も含めた四つの穂先が赤い円弧を描いた。



 槍の穂先が数匹の蝙蝠を捉える。
それに驚いたのか、キーキーと鳴きながら蝙蝠の群れは咲夜から離れていく。
バサバサと羽音を立て、黒い群れは少し離れたところで再び吸血鬼に戻った。


 一度蝙蝠になり、さらに元の姿に戻れば、マミは回復するのだろうか。
さっきまではボロボロだった黄色いパジャマも、泥やゴミが絡まっていた金髪も、
血まみれで汚れていた肌も、すべて元通りになっていた。
そこには、少なくとも見た目は麗しい一人の少女が立っているだけ。





 ほんと卑怯だよなあ。






 トホホ、と杏子は嘆く。


 今更だが、相手の非常識さが恨めしい。
咲夜が跨道橋の戦いで、さやかの妨害に対し、どうしてあんなに怒りを見せたのか、
今ならよく理解できた。
確かに、あんなチャンスでなければ仕留められないだろう。この規格外の存在は。


 一方で、咲夜は傷だらけだった。
致命傷こそ負っていないものの、メイド服はあちらこちらが破れ、その下から血に濡れた傷口が覗いている。
綺麗に梳かれていた銀髪も今は乱れ、もみあげのお下げも解けてしまっていた。
荒い息を吐き、頬を上気させながらも、それでも咲夜の眼は闘志を失っておらず、鋭い眼光で吸血鬼を睨んでいる。
肩を上下させ、痛みに顔を顰めながらも、武器はしっかりと握ったまま。
再びゆっくりと構え、戦闘再開の用意に入る。



「気を付けなさい。この間より強くなってるわ」


 低く、杏子にだけ聞こえる声で咲夜は呟く。
杏子はコクリと頷いた。







 逃げようと囁きかける声が聞こえた。
こんなのほっといて、咲夜に任せちまえばいい。
弱い心が、醜い悪魔がそんなことを嘯く。





 どうせマミと決別してから身勝手に生きてきたんだ。
以前は信じていた正義なんて、マミと共におさらばしたじゃねーか。
これからも自由に生きて行って何が悪い。
人助けなんて性に合わない。そう言ってマミに三下り半突きつけただろ? 
なら、もうやめちゃっていいよね。
どうせ、あの吸血鬼が現れて、マミを戻してやるんだろうし。
そこに、自分の力は必要ない。
ソイツが現れるまでの足止めなんて、咲夜一人で充分だろ。
アタシがやらなきゃいけないことじゃない。
こんなことやったって、魔力の無駄じゃんか。
この間から戦い過ぎて、もう手持ちのグリーフシードはねえんだから、これ以上魔女でもない相手と戦ったって損なだけだよね。




 そう、心の中の弱い自分が言い訳を並び立てる。
そうやって正当化すれば、良心の呵責から逃れられるとでも思ったのだろうか。


 けれど杏子は、そんなくだらない甘言を、














 ――――――――――――――蹴散らした。






 それは自分にとって必要のない言葉だ。
そんな言い訳を用意したところで、心の奥底から湧き上がるその気持ちは少しも揺るがないのだから。



 マミを助けたい。


 理由も無く、理屈もなく、理論もなく、唯々そう思うのだ。




 佐倉杏子というただ一人の彼女の弟子は、大切な、大切な――――家族を守りたい。
救いたい。それだけだ。


 もう家族を喪うのはごめんだ。
マミがこうなってしまった要因はいろいろとあるだろうけど、そのうちの一つは間違いなく自分が関わっていることだ。
だから、このままマミを救えなければ、また自分のせいで家族を喪ってしまうのだ。

 そんな目に遭うくらいなら、死んだ方がましだ。
マミを救うためなら、どんな傷を負ってもいい。
どんな無様を晒してもいい。
この安い体とプライドで彼女が助かるなら、万々歳だ。

 自分からマミを捨てて、独りにして、戻って来たら彼女は人ならざるモノに変貌していて、
それを助けようとしてさやかを巻き込んだけれどやっぱり無理で、そうやって一度は諦めた上にマミを殺そうとして、
しかもまだ縋れる希望があると分かれば浅ましくそれに縋り付いて、
そして他人に面倒事を押し付けて自分はマミが救われるのを待っていようとした。





 ホント、馬鹿みたい。


 ホント、しょうもない。



 ――――――だけど、そんな馬鹿でしょうもない自分とは、これでお別れだ。


 もう逃げない。もう言い訳しない。真っ直ぐ前を向いてマミを見据える。





 マミはまた四つん這いになり、牙を見せながら飛びかかるタイミングを見計らっているようだった。
それを見ながら、杏子は、今目の前にいるのが大事な先輩だという認識を、頭の外に追いやる。
それを意識していては、きっとマミとは戦えない。
眼前の敵は、敬愛するかつての師匠ではなく、狩られるだけの獲物だ。
気を抜けば殺される。足止めだと思って手を抜けば、間違いなく死ぬ。
だから、こちらも全力で殺しに行かなければならない。




 なんて理不尽なんだろう。




 助けたいのに、救いたいのに、それをするためには殺しに行かなければならないなんて。




 神様なんて大っキライだ。
こんな無茶苦茶な運命を用意するなんて、余程捻くれた奴なんだろう。
性格悪すぎ! ホントに大嫌いだ。






 それでも――、









 希望を残してくれていたことには感謝するよ……。









 杏子の目が据わる。
揺れていた赤い瞳はぶれることなく獣を見据え、その心は凪いだ海のように静まった。
純度の高い闘気が体の中から溢れ出す。


 それまで、状況に翻弄され、先輩の無残な姿に動揺し、無力に打ちひしがれていた少女の姿はそこにない。
3体の分身を従え、獲物を狙うのは赤き槍使い。
闘志に溢れ、士気旺盛に狩猟に臨む亡霊の戦乙女。
その眼は奇しくも、隣に立つ咲夜のそれと似ていた。


 切迫した死は人を成長させる。
その頼もしい姿を横目で見ながら、咲夜は心の中だけで微笑んだ。
つい何日か前までは魔法が使えるだけの小娘でしかなかったのに、いつの間にやら立派な戦士の顔つきになっている。
咲夜は彼女の師匠でもないのに、そんな、弟子の成長を喜ぶような気持ちになった。

 ただ、それも束の間。
すぐに目の前の吸血鬼に全神経を集中する。
それに、彼女の成長を喜ぶべきは、自分ではない。
本来の、彼女の師匠であろう。
そう、目の前に居る……。






「アタシが気を引く。その隙にアンタが狙ってくれ」



 杏子はそれだけ言うと、分身と共にマミへと飛びかかっていった。




 まず、本体が槍を分解し、変則的な動きでマミに襲いかかった。
一方、マミはそれを体をずらしただけで回避し、両手で槍を掴んだ。
そして、そのまま思いっきり引く。

 杏子はそれに逆らわず、槍を離す。
どうせ後で魔力を使って作り出せばいいのだ。
その間にマミの背後に回った分身の一体が羽の生えた背中に切りかかる。
だが、それもマミには通じない。
あっさり躱され、残像すら見えないほど速く振われた腕によって、一瞬にして引き裂かれ、
空に溶けるようにして消え去ってしまう。


 もちろん、それはブラフ。
さらにその隙を突き、二体の分身がマミを挟み撃ちにした。

 マミは両方の槍を避けながら、片方の分身に身を寄せ、その頭を鷲掴みにする。
そして、あらん限りの力でその顔面を地面に叩き付けた。



 ゴバッという爆音が轟き渡り、地雷が爆発したように、派手に土や石畳の破片が飛び散った。


 だが吸血鬼は怯まない。体感をぶらさない。
マミは即座に身を捻り、反対側から襲いかかって来たもう一体が怯んだ隙に、それも殴り飛ばす。
音速越えのパンチは、魔力で出来た分身を、文字通り消し飛ばした。




 石畳を踏み砕きながら繰り出された拳。それによってマミの重心は下がる。
そこへ、上空から杏子が降って来た。
その穂先はマミの頭を狙い、一直線に突き下ろされる。

 本来なら、死角からの鋭い一撃。そうそう容易く避けられるものではなかったが…………、














 やはり吸血鬼という存在に常識は通用しなかった。



 パンチのために踏み込んだ脚は右。
マミはその足で地面を蹴り、左足を軸に反時計回りに回転する。
そのせいで、彼女の頭を狙っていた槍は、背中の後ろの空気を突くに終わった。
そうして、貴重な一撃を外し、踏ん張りの効かない空中で無防備になった杏子に対し、
マミは右手を伸ばす。
鋭く伸びた爪が、貫手の形で、槍となって杏子の心臓を狙う。
槍使いの刺突より余程速く繰り出されたそれは、未だ宙に浮かぶ杏子の胸の真ん中を、ソウルジェムもろとも貫通した。












 ――――しかし、マミの耳が捉えた音は、ソウルジェムが砕ける、ガラスが割れるような音ではなかった。




 パンッという、風船の破裂したような威勢のいい音。
それすなわち、この杏子は分身ということ。
案の定、空中の杏子は、胸を貫かれ、ポカンとした表情のまま、消えていってしまった。


 それは、さっきいなかった四体目の分身。
マミが他の分身に気を取られているうちに生み出された、新たな偽物。

 気が付いた時には、マミは致命的な隙を晒し出していた。

 上空の杏子を貫手で迎撃するために、彼女は右手を思いっきり伸ばしていた。
そのせいで、足に体重が乗っておらず、体は伸び切り、重心は自然法則に従って放物線を描くしかない。
つまり、今のマミはほとんど体の自由が効かない状態だった。
その全身が重力に支配されていて、無防備になっているのだ。












 ――そこに、本物の杏子が突撃する。


 マミの腰より姿勢を低くし、地面すれすれを超低空飛行で突っ切る。
先程マミに奪われた槍はいつの間にかその手に握られ、勝気な吊り目がマミのある一点を見据えていた。


 体の背後から、腰の捻りを加えて繰り出される赤い槍。
マミの重心に向かって、乾坤一擲の一撃が煌めく。
慌ててマミは自由な左手を振うが、完全に槍の間合い。届くはずもなかった。

 両手を添えて突き出された穂先は、マミの臍の下、下腹部に直撃する。
子宮や腸を引き裂きながら、それは完全にマミの腹部を貫通した。









「――――――ッ!!」





 激痛に絶叫する吸血鬼。

 常人なら、即死してもおかしくないような強烈な一撃だった。
けれど、相手は泣く子も黙る吸血鬼。この程度の傷は、致命傷にもならない。




 叫びながらも、しかし、マミは腹を貫く槍の柄を握った。
そして、殺気と狂気で混沌と濁りきった禍々しい色の瞳で杏子を見下ろす。



 覚悟の決まる前の杏子なら、この瞳を見ただけで怯んだだろう。動きを止められただろう。
だが、今の杏子は怯みもしないし、怯えもしない。
負けじと睨み返し、背後に意識がいかぬようにマミの眼を引きつける。


 睨み合う吸血鬼と槍使い。



 その後ろに――――、










 星の見えない都会の空。地上の星に照らされた漆黒の天幕を背景に、狩人の銀刃が閃く。


 それは吸血鬼の背中に突き立てられ、心の臓に突き刺さった。

 ビクンと、マミの体が痙攣する。





「ッッ!?」





 声にならない声を上げ、天を仰ぎ、マミは海老反になる。
呻き声とも、息が漏れる音ともつかない小さな掠れた声が半開きになった口から漏れ出し、
その端からドロリとした液体が頬を伝う。
串刺しになり、心臓にナイフを突き立てられたまま、マミはしばしその姿勢のままだった。






「離れて!」




 それを下から見上げていた杏子の耳を、鋭い声が震わす。
反射的に槍を引き抜き、杏子は大きくバックステップを踏む。







 間一髪だった。


 マミは杏子めがけて片足を蹴り上げのだ。
杏子は既にマミから距離を置いていたので、当然それは空を切る。
それだけなら良かったのだが……。
問題はその速度だった。


 蹴りの速度は音速の数倍もあったのだ。
それ故に、マミの足が通過した僅かな空間、そこに存在していた空気が圧縮される。
そして、その圧縮された空気は、壁のような衝撃波となってその周囲に広がる。

 それは目に見えた。
近くに水場があり、湿気の多い場所だ。
空気中の水分が凝結し、白い雲となって衝撃波と共に向かって来るのが視界に映った。



 だけど、避けることはできない。
バックステップを踏んだばかりで、両足が僅かに浮いていた杏子には、それを回避する手立てがなかったのだ。
最も、そうでなくてもそれは避けられなかっただろう。
あっと思った時には遅かった。




 時速1200kmの空気の塊が、杏子の全身を叩いた。
真正面から巨大な鉄骨を叩きつけられたかのような衝撃が体を突き抜け、杏子は背中から勢いよく石畳の上に落下する。
衝撃波を喰らったショックで意識が飛び、碌に受け身も取れず、杏子の体は無残に地面をバウンドしながら、
かなりの距離を吹き飛ばされた。


 何とも言えない激痛が全身を走った。
やっと動きを止めた体を呻きながら起こす。
痛覚を遮断するが、それでも激痛は収まらない。
衝撃波を喰らった痛みとも、地面に叩きつけられた痛みとも違う、体の芯から響いてくるような痛みが、杏子の動きを鈍らせていた。


 どうやら、ソウルジェム自体にダメージがあったらしい。この痛みはそのせいだ。
痛覚遮断も、ジェムのダメージによる痛みを遮断することはできないようだった。



 胸元に視線を下ろすと、少し濁り始めているジェムは大丈夫なようだ。
見る限り、ひび割れや傷などはない。
それを認識して、杏子はほっと胸を撫で下ろすが、慌ててマミへ意識を戻す。

 先程、強烈な音速キックを放ったマミだったが、心臓を刺されたダメージは相当大きかったらしく、
今は咲夜の銃撃に一方的にやられていた。
雄叫びを上げながら、手加減なく浴びせかけられる弾幕にのた打ち回る。
全身から血が噴き出し、目に見えて動きが鈍っていっている。

 だが、その劣勢は一時的なものだ。
尋常ではない頑丈さを誇る吸血鬼にとって、この程度の傷は大したものではない。
今はやられているように見えても、すぐに復活して襲い掛かってくる。




「杏子!!」


 叫び声と共に、背後から走り寄ってくる足音。
マミとの戦いではまるで役に立っていないほむらだが、杏子は彼女を恨むことも責めることもするつもりはなかった。
マミに瀕死の傷を負わされたトラウマがあるのか、ほむらはマミを異常に怖がっている。
それは仕方のないことだ。
本来、恐怖し、戦慄する相手に、こうして戦いを挑める杏子や咲夜の方がおかしいのだ。
咲夜は元吸血鬼ハンターらしいし、杏子はマミに特別な感情を抱いているから戦える。
元々、赤の他人であるほむらには今のマミは恐怖の対象以外の何物でもないだろう。




 それを分かった上で、杏子は鋭く、そして限りなく優しさを含めた声で叫んだ。



「下がってなっ!!」


 近寄ってくる足音がピタリと止まる。
杏子はまっすぐ、咲夜と戦うマミを見据えていたが、背後でアメジストの瞳を揺らすほむらの顔はありありと思い浮かんだ。


「アンタは見ていていい。まどかたちが来たら教えてくれ」


 安心させるように、そっと杏子は言った。
そして、背中越しにほむらが頷く気配を感じながら、杏子は意識をマミに戻す。









 相変わらず撃たれ続けているマミだったが、咲夜の方が弾切れになったのか、
あるいは他の理由があるのか分からないが、銃撃を止めた途端、絶叫しながら彼女に飛びかかった。

 対する咲夜は落ち着いてそれを回避し、瞬時に少し離れた場所に移動した。
ついでに、マミに何本かのナイフが突き刺さる。
時を止めて回避しながら、マミに向けてナイフを投擲したらしい。
マミはもちろん、咲夜も充分人外の域に居た。


 杏子は立ち上がる。
まだ体からダメージは抜けきっていないが、それでも咲夜に加勢できるくらいのスタミナは残っていた。




「?」




 と、槍を構えようとして、両手のどちらもそれを握っていないことに気が付いた。
見回しても近くにはない。
どうやら、さっき吹き飛ばされた時に落としてしまったらしい。



 どこだ!?



 若干の焦燥に駆られつつ、顔を上げるとそれはすぐに視界に入った。

 マミの近く、衝撃波を喰らった辺りに槍は転がっていたのだ。
すぐにそれを消し、新しい槍を作ろうかと思ったが、杏子はその考えをすぐに却下した。
もっといいことを思い付いたからだ。



 杏子は片手を伸ばし、地面に転がっている自分の槍に掌を向けた。


 その動作だけで、杏子が何かやろうとしているのに気が付いたのだろう。咲夜と一瞬目が合う。



 交わされるアイコンタクト。
経験も実力も杏子より上の咲夜は、それだけで杏子の意図を察してくれた。
すぐに視線をマミに戻した咲夜に頷き、杏子は槍に魔力を送り込む。





 瞬時に、それは膨れ上がった。


 小さな少女の手で握れるほど細い槍は、ほんの一瞬で土管ほどの太さにまでなった。
槍は分解し、船の錨を繋ぐような巨大な鎖によって連結された多節棍となり、
杏子の全身がすっぽり収まるほど肥大化した大きな穂先が、マミと咲夜が居る方とは反対を向く。

 どこぞの魔法少女が、マスケット銃を大砲に変形させるのをヒントに、思いついたものだ。
基本的にトリッキーな一撃離脱戦法を主体にする杏子が使える、唯一の一撃必殺の大技。
魔力の効率は悪いが、威力は折り紙つきだった。



 それを視界の端に収めたらしく、咲夜は杏子の目的を把握する。
そして、一層激しくナイフを投げつけ、残り少なくなった銃弾も撃ち込み、精一杯マミの意識を自分に引きつける。
結果、咲夜に夢中になったマミは、背後で起こっている事態に気が付かない。

 以前、咲夜は今のマミと本来のマミは違うと言っていたが、杏子はようやくその言葉を実感できた。
さっきの分身戦法にしろ、今のこれにしろ、杏子よりもベテランで、踏んできた場数も多いマミが、
こんな簡単に翻弄される訳がない。
やはり、理性を失ってしまったからなのだろうか? お陰でやり易いのだけれど。


 それから、いよいよ巨大な槍に力をため込んで、杏子は腕を振った。

 同時に、咲夜は時を止めて上空に跳ぶ。

 次に時間が動き出した時、咲夜を掴もうとして何もない空間に手を突き出したマミを、













 ――――巨大な槍が横薙ぎに襲いかかった。













 思い切りぶん回された槍は、さっきのお返しだ、と言わんばかりにマミを勢いよく吹き飛ばす。
バットで打たれた野球ボールのように、マミの体は空中を一直線に飛んで行き、バキッというすごい音を立てて、
遊歩道脇の木の幹に激突した。
木はその衝撃で大きく揺れ、ガサガサと音を立てて多数の葉を落とす。
マミはそのままグシャリと木の根元に落下した。


 あまりにも気持ちよくマミが吹っ飛んでくれたので、杏子の心の中は少しすっきりする。
一方で、少しやり過ぎたのかなという良心の呵責がない訳でもない。
まあ、頑丈だし大丈夫だろう。




「はあ」と杏子は溜息を吐いた。


 言い知れぬ疲労感が体を包む。胸元を見下ろすと、ソウルジェムが半分ほど濁っていた。




 先程確認した時も思ったが、濁るのが早い。
まだ取り戻しきれていない幻惑魔法に、魔力を馬鹿食いする大技を使ったからだろう。
手持ちのグリーフシードがないので、これはちょっと厳しい。
できればそろそろ、まどかたちに来て欲しいのだが、そうは都合よく事は進まない。


 ガサッと葉っぱを踏みしめる音がする。
杏子はその場を飛びのいた。
同時に、先程の木の根元から、マミが飛んで来たからだ。

 だがそのスピードが遅い。ダメージが効いているのだろうか。
先程までの、尋常ならざる速度を目の当たりにしていたから、随分とゆっくりに感じられた。
それでも、新幹線並みの早さなのだが。
魔法少女として動体視力も強化されている杏子には、そこまで脅威ではなかった。




 巨大化させた槍を消し、新たに手元に槍を生成する。
そして、飛びかかってきたマミにそれを向け、多節棍に分解して、鎖で縛るようにマミの体に巻きつけ、拘束した。


 今の弱っているマミなら、これでも十分拘束できる。
マミが暴れても締め付けられるように、杏子は槍に力を込める。
皮肉なことに、この捕縛術を教えてくれたのも、とある魔法少女だった。







 そうしてできた大きな隙。
マミの背後から、咲夜がナイフを振りかざして、
















 ――――けれど、予想もつかないことが起きるのが戦場だ。















「なっ!!」









 その場に居た、マミ以外の“五人”全員の顔が驚愕に染まる。


 驚きの声を上げたのは杏子。彼女は我が目を疑った。


 何故なら、縛られて動けないはずのマミが、
正確には動きを制限されたマミが、
胸から上を無理矢理捻り、後ろから襲いかかって来た咲夜の右手を掴んだのだから。



 当然、人体の構造上、そんな動きはできない。
そんなことをすれば、背骨や肋骨を粉砕することになる。
だが、マミは自身の体のダメージに頓着しなかった。
己の肉体を破壊しながら、咲夜を迎撃してのけたのだ。






 狂っているとしか言いようがなかった。
吸血鬼だから、その程度の傷で死にはしないだろう。
だがそれでも、先程から集中攻撃を浴びている身で、そんな無茶苦茶な動きをするのは正気の沙汰ではない。








 戦う前から、マミはおかしくなっていると分かっていた。
それでも、その狂いっぷりを目の当たりにして、杏子たちは驚かずにいられなかったのだ。
しかも、杏子には槍を通して、マミの骨が砕ける感触が伝わって来た。


 心が震える。膝が笑い出しそうになる。
覚悟を決めても、生々しい感触には残酷なほどリアリティがあって、杏子の意思を挫こうとする。
ヤバいと思った。けれど、もっとヤバいのは咲夜だった。



 歴戦の吸血鬼ハンターの顔も、流石に驚愕一色に染まっていたのだが、それはすぐに焦燥の色に変わる。
だが、咲夜には身をよじる暇すら与えられなかった。





 咲夜の手を掴んだマミは、即座に彼女を放り投げる。ゴキリという嫌な音がした。


 腕力だけで放り投げたからか、飛ばされた勢いはそこまでではない。
咲夜は咄嗟に受け身を取り、地面を転がりながら勢いを殺し、それを利用して立ち上がる。
流石に戦闘のプロとして鍛え上げられただけあって、体が柔らかく、判断も素早かった。

 それでも立ち上がった咲夜の顔は苦痛に歪んでいた。
その右手首はおかしな方向にねじ曲がり、もう使い物にならない。残った左手で銃を構える。



 他方、マミもダメージは少なくなかった。
胸から上を強制的に曲げたために、その体はグロテスクなことになっているのだ。
実際、マミも動けないらしい。
荒い息を吐きながら、咲夜を睨んでいる。


 杏子は槍を固く持ち続け、決して視線を逸らさまいとしていた。
そうでもしなければ、目の前の光景から逃げそうになるからだ。
自分の槍に縛られたまま、有り得ない方向に体を曲げるマミ。
悪夢みたいな光景。見ているだけで精神が削れていきそうだった。









 と、そこへ――――、






パンパンと、







手を叩く音が響いた。
場違いなほど明るく楽しげな拍手の音。
あまりにも唐突だったので、杏子は思わず飛び上がってしまった。




 その場に居る全員が音のした方向に目を向ける。




 視線の先に、一本の街頭が立っていて、公園の中の道を照らしていた。
その明かりを浴びながら、杏子の目と鼻の先――――――そこから二人の姿が現れた。








「こんばんわ。御機嫌よう」







 暢気な声が杏子たちの鼓膜を震わせる。
先程の拍手と同じく場違いな透き通った明るい声にお上品な挨拶。
少し舌足らずで、耳に心地よいソプラノの響きは幼い少女特有のものだ。


 果たして、現れたのは一人は小柄な少女。
桃色の髪を、頭の両サイドで纏めている。
細い、赤色のリボンがお洒落で女の子らしい。
彼女は怯える小鹿のように体を震えながら、恐る恐るといった感じで歩み寄って来た。
だが、先程の声の主は彼女ではない。

 それはもう一人。その小柄な少女の前を歩く、さらに小さい少女のものだ。
杏子は彼女の声を聞いたことがあった。
それもつい最近、昨日のことだ。
雨の中、バス停で彼女はその隣の少女と雨宿りをしていたのだった。

 

 その容姿は、一言で言えば西洋人形と言ってもいいほど整った可憐さがある。
街灯の光を反射する綺麗な金髪を頭の左側で一房に纏め、さらにふわりとした白い帽子を被っている。
赤いドレスに身を包んだその姿は、杏子が昨晩バス停で見かけた時と同じ格好だった。







 彼女は瀟洒に微笑みながら、薄く切れ目のように裂けた口から、小さな白い牙を覗かせる。






 見せつけるように。




 己が何者であるか示すように。




















 ――――――フランドール・スカーレット――――――












 ――――――最後の希望――――――























 天使のような悪魔が現れた。








ラストオーダー・フランちゃん



以上、杏子ちゃんの見せ場でした。




 ダラダラ、ゴロゴロ。今までのフランの人生を言葉に表すなら、これがぴったりだった。


 確かに過去には、地下室に幽閉されたり、異変に参加したりと、いろいろあったが、
それでもこの言葉以上にフランの生きてきた軌跡を的確に表現するものはないと、自分で思っていた。
だが、案外自分の自分に対する評価なんてあてにならないものだ。


 ふと、高慢ちきな姉の顔が浮かぶ。
何でこんな時に、と思ったが、すぐに納得する。




 今までは――外見はともかく――自分と姉ほど性格の似ていない姉妹も居ないだろう、なんて思っていた。
自分は怠け者で好き勝手生きているし、姉は姉で、傲慢で、勇ましく戦いに明け暮れていた。
だけど、今なら分かる。
あの姉にして、この妹ありだ。

 ふと、口元が緩む。小さく浮かべた微笑は、今さっきマミに向けたような、取り繕うようなものじゃなかった。
心の底からボコボコと湧き上がる熱いものを抑えきれなくて、自然と口元に現れてしまったものだ。



 不安がないと言えば嘘になる。恐怖も緊張もまだ残っている。
その証拠に、手汗がかなりヤバい。

 だけど、体の底から湧き出てくる勇ましい気持ちがそれらを全て塗り尽くした。
この不安定な綱渡りの途中で、それでも確かにこの足はロープを捉えているのだ。


 ゴールは見えていた。
この綱渡りの先に、明るい光に包まれたそこは、確かにフランの視界に映っている。
なら、もう失敗はしない。



 フランは体から力を抜いた。
余計な力が入っていてはうまくできないだろうし、それに、武者震いを抑える必要もないからだ。




 だから、体が細かく震える。小さく震える。





 その震えは、フランの周囲の空気を僅かに揺らし、それはさらに広く伝播していく。
そして、その震えと共に、フランの体から抑えきれない力が滲み出て来た。

 その力は、少しずつ、フランの周囲に広がっていく。

 背後で誰かが息を飲む音がした。

 この力は、既に目に見えるだろう。
フランドール・スカーレットという強大な吸血鬼が内側に抱える常識はずれの馬鹿げた力は、
少しずつその周囲の空間を視認できるくらい歪めていく。



 フランドールは笑った。己の中の抑えきれない衝動を表すために。


 目の前で、マミが震える。それは、フランのそれとは違う理由のためだろう。
だが、フランは気にしない。さっきはそれで傷ついたが、今はもう気にならなかった。




「マミ」



 名前を呼ぶ。大切な親友の、愛しい眷属の名を。

 マミもまた答えるように口を開いた。
しかし、そこから出て来たのは空気が漏れるような音だけ。
声となり、言葉としての意味を持たないものだった。



「マミ」



 もう一度呼ぶ。
その声は、胸の内の荒れ狂う感情を含み、静かながら少し熱の籠ったものになっていた。



「マミ」



 三度、その名を呼ぶ。
この名前は何度呼んでもいい。何度口にしても心地良い。
あまりに快くて、意識していなければ口が勝手にその名を呼び続けそうだった。
愛おしい彼女の名前なら、声が枯れるまで呼び続けられる。
そして、それを意識すればするほど、どんどん愛おしさが増していく。



 早くマミを抱き締めたい。
柔らかくて、甘い、いい匂いがする体を思いっきりハグしたい。
そして、耳元で、「マミ、愛してるよ」って、囁きかけたい。





 それは、友愛だろうか? 姉妹愛だろうか? 親子愛だろうか? 主従愛だろうか?



 いや、きっとそんな種類分けされるようなものじゃない。


 それは、ただ純粋に、大切な誰かを大切に思う感情なのだ。





 フランはゆっくりとマミに歩み寄る。

 マミはやや怯えたような表情をするが、それも一瞬だけで、すぐに助けを乞う様な、救いを求めるような顔になる。

 今までは憐憫の対象だったその顔も、今では愛おしい。
そんな顔をしてフランを求めるマミが可愛らしい。

 フランはマミの腹の上に跨った。
相変わらず変に捻じれたままのマミは、首を捻ってフランを必死で見ようとする。
戸惑ったような色を含んだ真紅の瞳が、フランが両肩に手を当てると、さらにその色を濃くした。



 何をするの? 怖いことしないで。




 まるでそう言っているみたいだった。


 思わず、両腕をその首に回したくなる。その衝動を、必死で抑え込んだ。

 マミを愛でるのは後だ。やることをやり終えた後に、思い切りすればいい。
まずは、やらなければならないことを終わらせないといけない。



 フランは目を閉じる。

 荒れ狂う胸の内の感情を抑え付けるためには、一度落ち着く必要があった。
このままでは感情に突き動かされるままに、変なことをしてしまいかねない。
そして、それは望まぬ結果をもたらすだけだ。








 息を、吸って……吐く。







 もう一度、吸って……吐く。







 感情の昂ぶりは、ゆっくりと穏やかになっていく。
しばらく目を閉じたまま、息を止めていると、やがて心の中は波のない水面のような静謐さに包まれた。
真っ白な霧に覆われた、静かな朝の湖。
時折、紅魔館の窓から見えるそんな景色が、脳裏に浮かんだ。



 フランは目を開ける。

 目の前には戸惑いの色を濃くしたマミの顔。フランは安心させるように微笑んだ。



「大丈夫。私を信じて」


 静かにそう告げ、フランはマミの肩を掴む手に力を込めた。

 不安気にしていたマミの顔から、その色が消える。フランの言葉を聞いて安心したのだろうか?
 ちょっとは理性が戻って来たみたいだった。
さっきまではまるで野獣の様だったのに、今はちゃんとフランの言葉を理解してくれている。
やはり、この場所はマミにとっても肌が合う空気のようだ。
環境が改善されれば、体調や精神状態も良くなっていくのは、人も妖怪も同じか。















 ――――そして、フランは身をたたみ、不意にマミの額に軽くキスをした。


 驚いたようにフランを見上げるマミ。
そのあどけない顔に、フランは優しく微笑み、告げた。


「フフフ。ちょっとしたおまじない。あとで役に立つようにね」


 ほんの僅かに感じ取られる魔法の香り。
何のこと? と、きょとんとした表情を浮かべたマミ。
その顔を見下ろしながらフランは“治療”を始める。





 フランは優しげな表情を変えず、一気にその両手を動かし、マミの肩を左に思いきり捻った。




















 ゴリゴキゴキッッ!! という鈍い音と嫌な感触が手から伝わって来た。








 同時に結界の中に響き渡る壮絶な悲鳴。
耳を塞ぎたくなるような絶叫は、しかし、すぐに水っぽい音に変わる。
というのも、マミの口に血が溢れたからだ。
胸の奥から喉を逆流して吐き出された大量の血液は、マミの絶叫と混ざり合って、ゴポゴポと泡沫の湧き出るような音を立てる。
今のマミは、両目を限界まで開き、口から泡だった血を垂れ流すという、それはもう女の子にあるまじき表情をしていた。


 だが、フランはそんなことには動じない。
離れた所でその様子を見ていた魔法少女たちの間には大きな動揺が走ったのを視界の端で捉えたが、
特に気に留めることもなく、フランは即座にマミに対し、治癒魔法をかける。
元より回復能力の高い吸血鬼。
放っておいてもすぐに回復するだろうが、無理矢理に体の捩じりを矯正して苦痛を与えてしまった申し訳なさもあるし、
当然回復が早ければ早い方がいいのは言うまでもないことだった。

 口の中だけで、目の前のマミにも聞こえないような小さな声で、素早く呪文を唱える。
頭の書物庫から引っ張り出したそれは、同種の魔法としては手ごろな部類に入る。
本格的な治療より、応急処置のために使われるものだ。
その選択をしたのは、やはりマミの体の回復は、マミ自身の力に任せようという意図があったから。
それに、マミが回復するまでの間に、少しやらなければならないことがある。
時間稼ぎではないが、その間にマミには回復に集中してもらわないと、
今のマミなら話も聞かずにフランに抱きついて来たりして、邪魔をされかねないからだ。




 呪文を唱え終えると、フランはマミの上からどいた。
応急処置のための魔法なので、数秒で治療は済む。
それからフランは視線を背の高い椅子――さっきまでグリーフシードが乗っていた――に移した。



 そろそろだ、と思った時に、丁度椅子の上に、ポンっと音を立てて魔女が現れ、すとんと座った。




 ハッとして杏子たちが振り返る。彼女たちも魔女の出現に気が付いたようだ。
「気を付けて!」という、ほむらの鋭い声が響き渡る。


 その姿を見て、「ああ、そっか」とフランは小さく声を漏らす。
というのも、その魔女の姿は、あの油断を誘う人形のものだったからだ。
確かにその姿のうちはほぼ無害だが、その口からはびっくり箱みたいに、変なのが飛び出てくる。
今のフランからしたら厄介でもなんでもないが、これからやろうとすることの邪魔をされるのは勘弁だった。
ただ、相手は幸いにも、初めのうちは攻撃に積極的ではない魔女。
放って置いてもこちらから手出ししない限り、襲ってくる可能性は低い。


 けれど、やはり保険をかけておくべきだ。万が一、ということもある。

 今はおとなしくても、時間が経てば襲ってくるかもしれないし、不測の事態があって、思うようにやれないのは避けたい。




 片手に妖力を集中させ、魔弾を一個作り出す。
そして、それを椅子の上の魔女に向かって放り投げた。
勢いよく飛んで行ったそれは、魔女の頭に命中し、椅子の下に弾き落とした。


 ポトリと小さな音を立てて、お菓子の床に落下する人形のような姿の魔女。
フランは魔弾を投げた手を、落下した魔女に向けた。





 背中の「羽根」の宝石が静かに光り出す。
それは、フランの魔力の源泉。
並ではない、特異な「羽根」。






 吸血鬼は強力な妖怪だ。
人間を含めた他の種族からしてみれば、絶望と言えるほど圧倒的な力を誇る。
この妖怪に対抗できるのは、鬼や天狗、それに神。後は、隙間妖怪や、月の賢者など、個として強い力を持つ者たちのみ。
その力の源は、彼ら――吸血鬼が生み出す巨大な妖力だ。
それが、尋常ならざる膂力や回復力、耐久力、速度といったパフォーマンスの因子となる。


 しかし、一方で彼らが先天的に持っている力は「妖力」のみ。
この力では魔法を扱うことができない。
妖力は文字通り、妖怪の持つ力で、魔法という幻想を見せる因子は魔力という。

 この魔力は、人間や妖怪に限らず、やり方さえ分かれば自己生成できる。
だから人間でも魔法使いになる者はいるし、魔法使いではなくても魔法を扱える者もいる。
つまり、後天的な力なのだが、唯一の例外として、先天的に魔力を持つ種族魔法使いという妖怪も存在する。
フランの親友の魔女がそうだ。
彼らは、妖力は持っているものの、その値は他の妖怪と比べても少なく、逆に持っている魔力は膨大な量になる。
種族としての魔法使いより強力な“種族が魔法使いでない”魔法使いは基本的に居ない。




 だが、フランは違う。
種族は吸血鬼でありながら、「羽根」を変形させて、魔力を生み出す魔法結晶を手にしていた。
役割としては、魔法少女のソウルジェムに近い。

 もちろん、フランも生まれた時は姉や、マミの背中にあるような蝙蝠のような「羽根」を持っていたが、
強い魔法を使うために、それを今の形に変形させたのだ。
そのせいで、吸血鬼としての力は弱まったが、代わりに種族魔法使いに勝るとも劣らない魔力を手に入れた。




 何故そんなことをしたかと言えば、魔法を極めるために強い魔力が欲しかったからだ。


 基本的に家の中で自堕落な生活を送ってきたフランにとって、吸血鬼としての力は持て余すものだった。
姉のように、他者を蹂躙し、支配することに生き甲斐を見出した訳でもないし、
殲滅すべき敵が居た訳でもない。
魔法の研究を進めるために、それを失ってでも魔力を手に入れるのは、別に損ではなかった。



 もちろん、吸血鬼には魔法を、それもそこそこ強力なヤツを、使える者は多い。
けれど、フランは「そこそこ」程度では満足しなかったのだ。
何より、目の前に誰よりも魔法を使いこなせる「好敵手」が居たら、プライドを大いに刺激されるものだ。
それを超えてみたいと思うのが、吸血鬼にして魔法少女である、フランドール・スカーレットの性だった。


 結果、フランはパチュリーすら一目置く魔法使いになった。
彼女をして、「天才」と呼ばせる実力を身につけた。






 そして、今、フランはその力を存分に使うつもりなのだ。
魔法の「天才」はそれを、遺憾なく発揮する。












 静かに魔法は発動した。









 スルスルと、魔女の下から何本もの細長い布切れが出て来る。
それに気が付いた杏子が、「あ!」と声を上げた。
彼女にはそれが何か分かったのだろう。


 杏子たちが見ている前で、その布切れはあっと言う間に魔女を、一重、二重、三重と、包んでしまった。
それはもちろんこの魔女を閉じ込めておくための牢獄。
堅牢なリボンで出来た壁だ。



 そう、魔女を包んだ布切れはリボンだ。
魔法少女マミのそれとよく似ているのは偶然ではない。
何しろ、マミのリボンを見てフランが真似た物だからだ。
ただ、色は鮮やかな橙色。
それは黄色と赤の中間色。


 初めて使ってみたが、どうやらうまくいったようだ。
試しに弱い魔弾を弾いて、魔女を包んだリボンの塊に当ててみるが、傷一つつかなかった。
強度も充分なようだ。
これなら中で魔女が暴れても、フランがリボンを解くまで魔女は出て来れないだろう。






 マミのリボンを真似る発想自体はもっと前からあった。
リボンを出す魔法も頭の中で既に組み立ててあった。
だから、後は実践するだけだったのだが、生憎、結界の外では魔法も使えないので、ぶっつけ本番でやる羽目になってしまったが、
成功して良かった。
「さすが私、天才ね」と自画自賛して、天狗になってもいいだろう。吸血鬼だけど。








 さて、これで舞台は整った。








 振り返ると、マミはもう自分の治癒を完了させて、上体を起こしていた。

 フランと目が合うと、一瞬、先程より怯えたような表情を見せたが、それもすぐに引っ込め、
相変わらず母親を求める幼子のような不安気な顔になった。
この様子を見るに、感情はしっかりと戻って来たのだろう。
だが、やはり理性はまだなのか。試しに声をかけてみる。


「マミ。大丈夫? 体の方は治ったかしら?」


 少し気遣うような声色で言った。けれど、マミの表情は変わらない。
その瞳に浮かぶ感情も変わらない。





 なるほど、もう一押し要るようだ。舞台は整ったが、下拵えはまだ済んでいない。
フランは自分自身に了承の意を示すように、軽く頷いた。



















 きょとんとしているマミ。
ともすれば呆けたような、ちょっと可愛らしいと思ってしまうようなあどけない顔でフランを見上げている。
その薄桃色の唇が何かを言いたそうに動いたけれど、
フランは言葉を掛けず、優しく、愛おしむようなたおやかな表情を浮かべたまま――――その体を力の限り蹴り飛ばした。








 ドゴン!! という、凄まじい音がした。とても人の形を蹴った音とは思えない。


 爆音と共にマミはフランの視界から消え、代わりに無数のお菓子の破片がフランの体に降りかかった。
それに一切気を払うことなく、フランはマミが飛んで行った先を見据える。

 マミの背後には巨大なワッフルがあったが、蹴られた瞬間、マミの体がそれを木っ端微塵に粉砕し、
さらにいくつかのお菓子を破壊しながら、ついには魔女の部屋の壁に突っ込んで停止した。
まあ、柔らかい物ばかりだし、頑丈な吸血鬼ならかすり傷で済むだろう。

 それを確認すると、フランは体に降りかかったワッフルの破片を払い落としながら、マミが出て来るのを待つ。
しかし、マミはなかなか起き上がってこない。
彼女の体が破壊したお菓子の破片がぱらぱらと降り注ぐ中、魔女の部屋は異様な静けさに包まれた。






「妹様!!」




 だがそれも束の間、背後から悲鳴のような咲夜の叫びが聞こえて来た。
あまりにも乱暴なことをしたので、さしものメイド長も肝を抜かれたらしく、その声は珍しく揺れていた。
さらに、そこに咎めるような響きも含まれていて、彼女が自分の意図を察してないと分かったフランは、
僅かに顔を咲夜の方に向け、視界の端でその姿を捉えて、「黙ってて」と冷たい声で、ぴしゃりと言い放った。
それだけで、何か続きを言い掛けていた咲夜が口を噤む。
代わりに、彼女は恭しく頭を下げた。


「……了解です。出過ぎた真似を、お許しください」


 妙に歯切れの悪い言葉。しゅんとした咲夜は、主人に叱られた犬みたいだった。
耳と尻尾が垂れている。
そんな幻視をした気がしたが、どうもその咲夜の想像図にデジャブがある。
白狼天狗みたいな咲夜なんて、斬新な発想だと思ったんだけど……。




 今この場、この状況にそぐわないことを暢気に考えていると、やっとマミがお菓子の瓦礫の中から姿を現した。
体中にカラフルな残骸が纏わりついていて、どうにも締まらない格好だ。
その姿がおかしくて、フランは思わずクスリと笑ってしまった。
















「フ……ラ、ン…………」











 その笑いと重なるように聞こえて来た、掠れた声。フランはハッとして、笑みを引っ込めた。

 一週間ぶりに聞いたマミの声。なのに、随分と懐かしく感じた。
それは、最後にこんなふうに名前を呼ばれたのが、決別した日よりさらに前のことだから、
余計にそう思えたからだろうか? 
記憶が正しければ、病院でこの魔女と戦った日が、マミと幸福に過ごした最後の日だった。
その後にも、マミは何度もフランの名を呼んだが、こんなふうに優しく呼ばれたのは、あの日が最後だった気がする。

 それはともかく、どうやらマミには理性が戻りつつあるらしい。
ショック療法という名の暴力を振ったが、効果が出て来て良かった。
さっきと変わらなかったら、マミは蹴られ損だ。それは余りに可哀想だった。





「おいで、マミ」



 フランはゆっくりと両手を持ち上げ、マミの方へと伸ばす。
その細く、幼い指は、マミを迎えるようにそっと開き、口元には聖母のような優しい微笑が湛えられていた。

 とても優しげな、柔らかい雰囲気を醸し出しながら佇むフランは、まるで幼い姿の天使のようにも見える。
絵にすれば、そのまま神秘的で、美しい宗教画にもなったかもしれない。
教会にその絵が掲げられれば、訪れた誰もがその神々しさに言葉を失っただろう。



 しかし、彼女は悪魔だった。

 

 それは、聖母や天使や教会からほど遠い存在であった。

 彼女の穏やかな声色を持って表わされた言葉は悪魔の甘言と言い、人を破滅に向かわせるものなのだ。


 だが、哀れマミは気が付かない。
お菓子で出来た部屋の壁を蹴り、撃ち出された砲弾のように一直線にフランの胸へと飛び込む。
そのスピードは、とても目で追えるものではない。
音速を遥かに超えた速度で、フランがどうなるかも考えず、マミは己の衝動の任せるままに、
全力で突っ込んで行ったのだった。






 だが……、













 それよりも早く、フランが小さく呪文を繋ぐ。




 ガキィッ!! という、耳に良くない轟音が部屋全体を震わせた。







 マミがぶつかった。フランの数メートル先で。


 宙に浮いた赤い魔法陣。
鉛直方向に立ったそれは、マミに対する防護壁となり、その突進を阻止したのだった。











 もう一度言おう。彼女は悪魔だった。

















 信じられないような表情をするマミ。そのまま、力尽くで魔法陣を押す。



 一方で、フランは微かに顔を顰めていた。
魔法陣を支える右手を、マミがぶつかった衝撃が走り抜けたからだ。

 そして、今も強い圧力がかかっている。
何故なら、マミは尚もフランに近づこうとして、全力で魔法陣を押して来ているからだ。
その力を完全に受けられず、ピシピシというガラスにヒビが入るような音を立てながら魔法陣は徐々に歪んでいく。
数瞬後には、これは突破されているだろう。




 だがフランは慌てない。動じない。


 さらに、唇をほとんど動かさず、口腔の中だけに響く、小さな小さな声で呪文を唱えた。








 他から隔絶した実力を持つ者だけに許される常識はずれの高速詠唱。
それにより、尋常ならざる強力魔法が発動する。
そのサインは、フランが空いていた左手を、左から右に、無造作に振ることによって示された。


 その手の動きに追随するように、不可視の鉄槌が振るわれる。
直後、それは魔法陣と相撲をしていたマミの側面を叩いた。

















 ゴバッ!! と。





 マミは黄色い閃光となり、レーザーのように一直線にお菓子の森の中を突き抜けた。
あまりにも早すぎて、飛んで行くマミの姿はフランの眼にも一条の光としてしか捉えられなかったのだ。
背後で、まどかだろうか、幼い少女が小さく悲鳴を上げる声が聞こえて来た。



 彼女たちの目に映る惨状は酷いものだ。
粉になるまで砕かれたお菓子が煙となり、朦々と辺りに立ち込める。



 俄かに悪化した視界に、フランは眉を顰めた。
これでは、マミがどうなったのかよく見えない。
そこで、さらにぼそぼそと魔法の言葉を呟き、手を軽く振る。


 それだけで、唸り声を上げながら烈風が部屋の中を吹き荒れた。
フランの髪をかき乱した風は、思い通りに部屋に立ち込めていた煙を吹き飛ばしてくれた。
その結果に満足げに鼻を鳴らすフラン。
視界に、部屋の壁から這い出てきたマミを捉える。







「フ、ラ……ン。……なん、で、どう、して……」







 そこで途切れた言葉の続きは、「こんなことするの?」という、単純な疑問だろうか? 
ボテリと床に落ちたマミが、ノロノロとした仕草で立ち上がる。
フランの立っている位置からマミまで約20メートル。
その距離から見ても、マミに外傷はなく、ふらついているのは単に、衝撃を受けた後遺症だろう。
しばらくすればしっかり立てるはずだ。



 だが、フランにはそれを待つつもりはなかった。
ショック療法その二も成功だ。
マミはやっと意味ある言葉を話せるまでに“回復”した。
後は、予定通り、本格的な「治療」を始めれば良い。
これからが舞台の本番なのだ。
まだマミは最低限の理性が戻ったに過ぎない。
ここで手を抜けば、一気に墜ちて取り返しがつかなくなる危険性は十分にあった。
だからこそ、フランは大胆かつ繊細に事を進める。









 フランはマミから、少女たちに視線を移した。


 彼女たちの様子はものの見事に四通りに分かれている。
まず、咲夜は困惑顔をしながらも、自分が出る幕ではないと承知しており、ただその場に佇んでいた。
一応、他の少女たちに危害が加わらないように気を配っているのだろう。そんな気配がした。

 一方、ほむらは(先日の恫喝も効いているのか)、随分とビビっている様子だった。
ただ、その後ろで明らかに戦いているまどかが隠れているので、精一杯虚勢を張って、
まどかを庇うような立っている。



 そして、最も面白い反応を見せてくれているのは、杏子だった。
杏子は、フランにはっきりとした敵意を含んだ視線を送っており、今にも飛び出しそうだ。
槍を握るその手には力が入っていて、歯を食いしばりながらも、フランのやることを見ている。

 その気持ちは、フランにもよく分かったが、弁明するつもりもないし、そんな暇もないので、取り敢えず無視する。

 どの道、杏子はフランの邪魔をしない。
彼女は、マミをフランに任せるという選択を採ったからだ。



 フランは、素早く四人の様子を観察すると、鋭い声で叫んだ。


「隠れていなさい!! でないと、痛いで済まない思いをすることになるわよ!」


 ビクッと震えたのはまどか。他の三人も、驚きの表情を浮かべる。

 それから、真っ先に咲夜が動いた。
すぐ傍にいた杏子に耳打ちし、ついでほむらとまどかにも隠れるように指示する。
こちらの意図を察してくれる味方が居るのは楽なものだと、フランは思った。
咲夜が居なかったら、あの三人を動かすのに一手間かかっていただろう。


 四人は近くの大きなショートケーキの塊の影に身を寄せる。
そんなところに居て大丈夫かしら、とフランは首を捻ったが、すぐに意識を四人から外した。

 今集中すべき相手はマミだ。
衝撃から立ち直ったマミが、微かに膝を曲げた。
次の瞬間には、さっきと同じように飛び込んで来るだろう。
だが、その前にフランは言葉を投げかけた。




「マミ! 用意はいいかしら?」


 突然の確認に、マミは変な表情を浮かべた。
戸惑いや困惑、疑問がありありと浮かび、また何かされるのではないかという恐怖もそこに含まれている。

 そんなマミの様子に、フランは緩やかな笑みを浮かべた。
それは、ちゃんと言葉が通じたことへの喜びか、あるいはこれから始めることが楽しみで仕方がないという気持ちの表れか。
何れにしろ、それはとても愉快そうな笑みだった。













 さあ、準備はすべて完了した!










 最高の舞台が整った。











 このお菓子だらけの甘い空間で、思う存分に遊び明け暮れよう!!































「一緒に遊びましょう。マミ!! コンティニューはナシよ!!」

































 唐突にもらった“蹴り”




 予想外の“魔法”





 割と理由のある暴力がマミを襲う――!!









ここまでです。

最後でちょっと笑っちまったじゃねーかwwwwww


最後がジョジョ風になってるwwww
魔術師タイプの吸血鬼っても珍しいな?



シャルロッテ「DA☆I☆ME☆I☆WA☆KU!」
復活したと思ったらいきなり監禁された件
理不尽な暴力がシャルロッテを襲う

白熱して勢い余った流れ弾幕に撃沈されるというシーンが見えたんだが……



>>770
さやか「アンタマミさんになんてことを(ry」パキーン
まどか「さやかちゃぁぁぁん!!」
こういうこと?



>>763
今はやりのwww

関係ないが、長らく出ていないサシャの行方が心配だ
マルコみたいになってないといいけど・・・・・


>>764
そうですかねw原作からしてジョジョネタ満載ですもんねww
ジョジョは刑務所の中で神父相手にするところしか(しかも途中)読んでませんけど


>>767-797
そう言えば理不尽過ぎですねww
まあ、もっと悲惨なことになるんですが


>>770
そうならないためのリボンの繭です
途中で死なれて結界溶けても困るので


続きからです↓






                 *







 時間操作という稀有で強力無比な能力を持つ“人間”であり、
吸血鬼に生涯の忠誠と服従を誓う、「悪魔の狗」とも呼ばれることもある、
完全で瀟洒な従者――十六夜咲夜は、瞬時に主君の妹君の意図を察することができた。
それは、彼女が幻想郷の住人であるからであり、
咲夜自身、その遊びに興じることもよくあるので、すぐに気が付いたのだ。
しかし、その遊びは幻想郷では一般的であるものの、こちらの世界では誰も知らないであろう遊戯である。
故に、元々こちらの世界の住人であった巴マミに、妹君とその遊びに興じろというのは、
相当に無理のある話であった。



「妹様ッ!」



 叫んだ声は、彼女を止めるもの。
巴マミがその遊びについてどこまで知識を有しているのか存じていないが、
少なくとも彼女にその遊びに興じた経験がないのは想像に難くなく、
その遊びはまったく無経験の者がそう易々とできるものではないということを、
咲夜はよく理解していた。
加えて、その遊びをマミに吹っかけた本人は、その遊びにおいて、幻想郷でも屈指の実力を誇る。
いや、屈指などと言うのも控えめだろう。
強者ぞろいの幻想郷の中でもトップ10に名を連ねるのはほぼ確実。
さらに恐らく、否、絶対に彼女はマミに対して手加減するつもりはないはずだ。
先程からの容赦のない暴力の嵐がそれを容易に想像させた。

 それは、言うなれば全くボクシングの経験がない一般人と、
ボクシング世界王者がリングで対峙するようなものだ。
そもそも、話にならない。
向き合うことそれ自体が悲劇である。
そんな無茶苦茶な理不尽を、巴マミは可哀想に、今まさに強要されてしまったのだった。
最早、「嗜虐」を通り越して、「鬼畜」と言った方がいい所業である。




















 ――――――弾幕ごっこ――――――











 「ごっこ」などという幼さを感じさせる名詞が付いているが、実態は人妖が摩訶不思議な力を使って魔弾を生み出し、
それを辺り一帯の空間にばら撒くという遊び。
まさに、弾幕を張り、それを競い合う戯れなのだ。



「頭を引っ込めときなさいよぉ」


 咲夜の叫び声に対し、帰って来たのはそんな暢気な声。
これから始まる華麗で、壮大で、そして凶悪な弾幕合戦を全く予兆させない穏やかな物言いだった。
それ故に、咲夜は数秒後に撃ち出されるそれの凄まじさを想像して、思わす身震いした。


「おい、何だよ? 何するつもりなんだよ?」

 背後で囁いたのは杏子か。咲夜は振り返って、首を振った。

「離れましょう。ここは危険よ」

 今、咲夜たちにできることは、より安全な場所に避難することと、
あの哀れな眷属が妹君の遊び相手を務められるように祈ることだけである。


 困惑の表情が咲夜の前に、三つ並んでいる。
そのうちの一つと目を合わせて咲夜は能力を発動させた。
こうでもしないと、弾幕ごっこが始まればここを動けなくなるから。


















                    *









 フランドールは視界の端で、咲夜たちが消えるのを認識した。
警告を聞いて、さらに離れた所に移動したのだろう。
まあ、多少離れたくらいではそんなに安全にはならないが、少しはましなはずだ。



 さて、咲夜たちも避難したことだし、始めよっか。



 フランは軽く息を吐く。
その視線の先には、未だに状況が理解できず、随分と混乱したような顔で立ち尽くす愛しい眷属の姿。
その真紅の瞳が不安気に揺れ、事情説明を求めるように、自らの主人の姿を映していた。


「マミ! そんなに怖がらないで」


 両者の間は20メートル程。
その距離でも、はっきり聞こえるように、フランはやや声を大きくして言った。


「これから始めるのは単なるお遊戯。力を抜いて楽しめばいいのよ」

「……お、ゆうぎ……?」


 掠れた小さな声。フランの聴力なら、これだけ離れていても、その声は容易に聞き取れた。
そんなささやかな反応だが、ちゃんと自分の言葉を聞いてくれているのが嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。



 混乱に拍車がかかった様子のマミに、フランは大きく頷いた。



「そうよ。ただのお遊び。それで、あなたに与えられる役割は私の遊び道具。
要するに、これからマミには私のオモチャになってもらいたいの」


 果たして、その言葉の意味をマミは理解できただろうか? 
きょとんとしたマミに、フランは、「ああ、分かってないな」と苦笑する。
けど、問題ない。今言葉で無理に説明しなくても、マミはもうすぐその意味を理解するだろう。
それこそ、骨の髄まで。


 だから、フランはマミを置いてけぼりにして、強引に話を進める。



「ルールを説明するわ。私が使用するスペルは三つ。
勝負よ。
三つとも使い切るまでに私のところにたどり着けたらあなたの勝ち。
辿りつけなかったら私の勝ち。
マミも反撃していいけど、ちゃんと技は宣言しないとだめよ。いつもみたいに」



 そう言いながら、フランは「羽根」から魔力を噴出し、ゆっくりと宙に浮かび上がる。
それにつれて、顔を上げるマミが、茫然と呟いた。

「な……に……? 何、なの?」

 フランは上昇を止める。
高さは丁度、使い魔の座る背の高い椅子と同じくらい。
ナース姿の使い魔は人形のようにそこに座っているだけで動く気配はない。
その対面の椅子の下にあるリボンの繭も、中で魔女が暴れているだろうけれど、全く震えることもない。


「後、マミの残機は三つね! 
一回被弾したら、残機一消費。
三回被弾したらゲームオーバー。私の勝ち。
それから、ボムとショットも好きに撃っていいわ。
ボムも特別サービスで無制限にしてあげる。
グレイズはやってもいいけど、結果には関わらないから」


 次から次へとルールの説明をするフラン。
いや、説明というのは相手に理解させることを目的にしているのであって、
今のフランのように一方的に言葉を投げつけるのは「説明」とは言わない。
案の定、知らない単語ばかりが出て来て、マミはチンプンカンプンと言わんばかりの顔をしていた。


 ま、何とかなるでしょ!


 適当に、そんなふうに結論付けた。
彼女がちゃんと“理解”できるように伏線は既に張ったのだ。
もし困ったことがあっても、「あの子」がサポートしてくれるだろう。


 それからフランは小さく息を吸い込み、大きな声で言った。







「さあ、始めましょう!!」
























                   *








「ねえ! 彼女は何を始めるつもりなのよ」


 魔女部屋の隅、綿菓子の森の木立の中に隠れたほむらは傍らの咲夜に向かって強い語調で問い詰めた。




 そこはマミがいる部屋の端の反対側。
部屋の中央でマミに向かって声を掛けているフランドールの声はよく聞こえて来る。
咲夜の指示に従ってほむらたちはここまで避難して来た訳だが、これだけしか離れられないならまだ危険だと咲夜は言うので、
全員綿菓子の木の陰に身を潜めているのだった。

 フランドールが何をしたいのか、全く以て理解できない。
部屋の中央に浮かんだ吸血鬼の明るく、甲高い声はよく聞こえて来るが、
その言葉の意味はほむらも、杏子もまどかもまるでチンプンカンプンだった。


 一方的に「説明」をしながら、自身から放出する不可視の力を増幅させているフランドールに不安を覚えたほむらは、
思わず咲夜に問い詰めたのだ。





 一方、咲夜は左手に例のすごい薬の入った瓶を持ち、その中身を先程マミにやられた右手首にかけていた。
それから、クスリの液体がかかったままの右手首を、左手で強引に元の位置に戻す。
音は聞こえなかったが、あまりに痛そうで、思わずほむらは顔を背けた。
実際、痛いのだろう。咲夜の口から呻き声が微かに漏れた。



 苦痛に顔を歪めながら、大きく息を吐いて咲夜は問い掛けたほむらの方には振り向かず、
何やら聞き慣れない横文字の単語を連発している最中のフランドールを見上げながら、彼女は答えた。

「弾幕ごっこよ」

 弾幕ごっこ? とオウム返しにしたのは杏子か。

 疑問をありありと顔に浮かべる三人に対し、咲夜は相変わらず吸血鬼の妹を見たまま説明を加えていく。

「簡単に言えば、弾幕をばら撒く遊び。弾は何でもいいけど、魔力や妖力で作った物を撒くのが一般的だわ」

「何で、そんなことを?」

 問いを重ねるほむらに、咲夜は答えかけたが、しかしその時、魔女部屋の空間をフランドールの黄色い声が切り裂いた。





「さあ、始めましょう!!」








 それが、「弾幕ごっこ」とやらを開始する合図であることは、その場に居た誰にでも理解できた。
思わずそちらを向いてしまう。













 その瞬間だった。




 まさに、“弾幕ごっこ”が始まったのだ。













 フランドールの背後に二重の円と内側の円に内接した六芒星が描かれた魔法陣が白く浮かび上がる。
同時に、パンパンと弾けるような音を出しながら、彼女の体から全方位へ向かって、赤い弾が飛び出してきた。

 まるで花火のように空間を飛び交う小さな魔弾。
こんな状況でなければ美しいという感想を抱けただろう。
密度はそこまで高くはないが、速い弾と遅い弾が、緩急をつけて飛んでくる。
弾幕はほむらたちが隠れている辺りまで達し、何かにぶつかると爆竹が弾けるような音を出して消滅していった。




「何だよこれ!」

 抗議の声を上げたのは杏子。お菓子の木の幹に身を隠しながら、咲夜に向かって怒鳴る。


 パチン、と近くで弾が弾けた。

 それに驚いてまどかが小さく悲鳴を上げる。
ほむらはそんなまどかを優しく抱き留め、自分の背後にその身を隠した。

 怯えた様子でほむらを見上げるまどか。
「ありがとう」と小さい呟きが聞こえると、ほむらは頷いた。


 ほむらとまどかは同じ木の陰に、杏子と咲夜はそれぞれ別の木の陰に隠れている。
フランドールの放った弾は、木々の間に着弾し、そのたびに背後のまどかが縮こまった。
ほむらはまどかが陰からはみ出ないように注意しながら、こっそりと巴マミの方を覗き見る。



 状況は巴マミの方も似たようなものだった。
彼女も大きなお菓子の陰に身を隠して、弾幕をやり過ごそうとしているのだ。

 先程、杏子と咲夜と戦っていた時よりかは、幾分理性を取り戻したかのようにも見えるマミ。
なら、どうしてフランドールはこんなことを始めたのだろうか? 
咲夜曰く、「遊び」であるこの弾幕が、マミにとって何かいい結果をもたらすのだろうか?








「マミー! そんなところに隠れてないで、出てきなさいよぉ」


 場違いなほど暢気な声色でフランドールは叫ぶ。
その場にふわふわ浮いたまま、相変わらず弾幕を撒き散らしながら。

 対するマミの返答はない。
ほむらの位置からでは直接は見えないが、お菓子の陰に身を隠したマミは、きっとそこから動けないに違いない。



「なあ、アイツは何がしたいんだよ」


 また咲夜に向かって怒鳴る杏子。


「だから、弾幕ごっこよ」


 若干、苛立ったように返す咲夜。
フランドールから目を離さない。その表情は険しかった。


「何で、こんな?」

「私たちの、紛争解決手段だからよ」

「はあ?」

「妖怪と人間、あるいは妖怪同士の間で問題が起こった時に、弾幕ごっこで解決するのが、
私たちの住む場所での一般的な方法なの。
妹様も、それに則ったのね」

「だからそれを何で? そんな方法でマミの奴は……!」

「私に聞かれても困るわ!」


 ついに、杏子の質問攻めに怒った咲夜が怒鳴った。
フランドールを見ていた目線を杏子に向ける。
ほむらの側からでは、咲夜の後頭部しか見えないが、彼女と向き合っている杏子の顔が怯んだような様子を見せたので、
相当怖い顔をしてるのだろうと思った。




「何故妹様が弾幕ごっこを始めたのか、それは後で本人に聞けばいいじゃない? 
今重要なのは、この後に来るスペルからいかに身を守るか、よ。何が来るか分からないけど」


「な……」



 眉を顰める杏子。しばし言葉を失った彼女の代わりに、ほむら尋ねた。

「スペルって?」

 咲夜は振り向いた。もう怒ってはいないようだが、明らかにその顔は不機嫌そうだ。

「百聞は一見に如かず。まあ、これよりもっと恐ろしい弾幕だと思えばいいわ」

「これよりって! 避けられるの?」

 今のフランドールの放つ弾幕は、ほむらからすれば壁のようなものだ。
とても抜けられる気がしないのだが、咲夜によればもっと凶悪なものがあるという。


「私なら自信ある。でも、彼女にできる気がしないわ。
第一、妹様のスペルはどれも難易度が高くて、熟練者でも苦労するのに……。
初心者には無理よ」


 そういう咲夜の表情は苦虫を潰したみたいだった。




 ほむらは再びフランドールの方に目を向ける。



 彼女はまだ同じ弾幕を張り続けているが、マミが隠れて出て来ないと分かると、
やがてゆっくりと移動し始めた。
背中に付いた奇妙な「羽根」を上下に動かしながら、弾幕を放ちつつ、ふわふわと漂っていく。


「隠れてちゃぁ駄目よ」


 そう言いながら、マミが隠れているお菓子の反対側へと回り込む。


「や、やめて!」


 そう叫びながらマミが飛び出した。
弾幕を転がるようにして、実際部屋の床を転がりながら、避けていく。
そして、そんなマミの様子を見て、フランは笑う。笑いながら言う。


「そうそう、巧いじゃない。そうやって避けるものよ、これ」

「やめて!」


 半ばパニックになったように必死で弾幕を避けるマミ。
吸血鬼の瞬発力と反射神経に任せて、気合で避けていく。

 それを見下ろしながら、不意にフランドールは弾幕を消した。
撃つのを止めたのではない。空間にあった、全ての赤い魔弾が突然消えたのだ。
弾けたのではなく、掻き消えた。


 そうして静まった魔女部屋の中。
至る所に弾幕が破壊した後が、生々しく残っている。
けれど、咲夜の言う通りなら、これは恐らく嵐の前の静けさなのだ。
これから恐ろしい弾幕が襲ってくるのだ。





 それが分かっていないのか、さっきまで転げ回って、お菓子の破片まみれになったマミが、
恐る恐るフランドールを見上げる。



「いくよ、マミ。今度はちゃんと避けないと、当たっちゃうわよ」



 一方的にフランドールは告げる。
マミは混乱したように、そして怯えたように顔を歪めた。

 だが、無慈悲な鬼畜吸血鬼に、マミの無言の抗議は受け入れられない。
フランドールは懐に手を入れ、ゆっくりとある物を取り出した。





 それはカード。トランプほどの大きさの、赤い地に文字の書かれた厚紙。


 吸血鬼は片手に持ってそれを掲げる。そして、叫んだ。





























「禁弾“Starbowbreak”!!」











 同時に、空いている方の手を体の前で振った。


 パッと、その手から放り投げられたように空中に飛び出す色とりどりの魔弾。
先程の赤い魔弾はラグビーボールのような形をしていたが、こちらは完全に球体。
淡く発光するそれらは、ふわりと宙に浮かんだように見えた。


 だが、それも束の間、直ぐに重力に従って落下し出す。
もちろん、その下にはポカンとした顔でフランドールと虹色の弾幕を見上げているマミ。






 それでも、彼女が反応できたのは吸血鬼だからか。


 まるで雨のようにマミの頭上から降り注いでくる弾幕を、彼女は隙間に身を滑り込ませるように、
辛うじて回避した。
けれど、フランドールは再度手を振って弾幕を撒く。第一波が落ち切らない内に撒かれた第二波も、
重力に従って落下し出した。


 マミはそれも避けるが、続いて第三波、第四波と虹色の魔弾が落ちてくる。
見ているだけなら綺麗なそれも、回避しなければならないマミにとってはどれほど恐ろしいものか。
先程の弾幕とは違い、ほむらたちのところには飛んで来ないが、密度はそれの比ではなかった。




 まさに雨あられと降り注ぐ七色の弾。フランドールは笑顔でそれを次から次へと撒き散らす。





「ガウッ」




 ついにマミは被弾する。
顔面に直撃したのは、紫色の弾だった。

 仰け反って、さらに何発か被弾しながら倒れるマミ。
その瞬間、弾幕を消してフランドールは叫んだ。




「被弾1! 残機は後2よ、マミ!!」



















星虹破壊(スターボウブレイク)!!








公式ではないですけど、幻月のあの鬼畜弾幕とかやらせてみたいですねぇ(ゲス顔




名前欄適当だなwwww
幻月って風見幽香が住んでる館にいる悪魔の双子か
フランと幻月(夢月)の弾幕ごっこは凄しく戦いになるんだろうな

星虹破壊 せいこうはかい 破壊成功
マミさんの顔を破壊するのに成功したってか?



禁忌「幻月」(スペルカード)は公式ではない(二次創作作品・東方紅魔郷Ultra Extraで登場)が
東方における最凶弾幕の使い手とされる幻月(キャラクター)は旧作とは言え公式である


妹様が楽しそうで何よりです♪
ん?被弾した吸血鬼?知らん

既に妖怪のその身なら、きっと馴染みも早いであろう


妹様が楽しそうで良かった

名前欄がなんか変ってる!


>>791
そうっす
東方幻想郷のEXボスです
完全ランダムの発狂弾幕持ちの鬼畜姉妹です


>>792
顔面というか、頭全体が・・・・


>>793
やっぱり知ってる人いたかw
作中の弾幕をUltra仕様にしようとしたのは秘密


>>794>>796
フランちゃんウフフ


>>795
だからこそなんですけどね
外の世界の人間(魔法少女)から見た感想は、ほむほむが述べております




では、超超超久しぶりのマミ視点から第三章の山場をお送りいたします。


















 突然襲って来た強い衝撃に、マミの脳みそは頭蓋骨の中で盛大に揺さぶられた。
そのせいで視界が明滅し、気が付いたら仰向けになって倒れていた。

 すぐに、鼻を中心として、顔面全体から激しい痛みを感じ始める。
ジンジンと響いてくる痛みに思わず泣きそうになってしまう。
その上、顔だけでなく腕や腰など、他にも被弾した箇所も地味に痛い。
全く散々な目に遭って、起き上がる気もしない。

 ただ、被弾した衝撃や痛みによって、マミの意識は徐々に覚醒していく。
先程まで靄がかかったようにぼやけていた思考も、霞んではっきりとしていなかった視界も、
今はすっきりとしている。
マミの頭は少しずつ動き出し、状況の認識ができてきた。
今までは何がなんだかよく分からないまま、ぼやけた頭のまま、ただ目の前から襲ってくる弾幕を必死に避けていたのだ。
その間掛けられたフランからの言葉も、よく覚えていない。
最も、今でも状況はよく分からないし、不思議と頭に残っているフランの言葉も、その意味は全く理解できないけれど。



「マミ~。早く起き上がりなよぉ」

 場にそぐわない、暢気で明るい声がマミの耳を刺激する。

 顎を僅かに引くと、視界にフランの姿が映った。


 不思議な「羽根」を上下に動かしながらホバリングしている。
片手にはいつの間にやらぐにゃりと曲がった、奇妙な形の黒い棒が握られていた。
どこかで見たことがあるような、そんなデジャブを覚える物体だった。



「マ~ミ~」

 棒を握ったまま、彼女は両手を振ってマミを催促する。
その姿は、もうどこから見てもおねだりをする幼い女の子にしか見えない。
さて、では彼女がおねだりするものはというと、

「早く立ってよー。そしたら再開するからさあ」

 その言葉に、マミは無言で首を振る。


 もう、あんな弾幕の中に居たくない。魔弾を喰らって吹っ飛ばされたくない。


 懇願するように、必死で首を振るが、しかし鬼畜な吸血鬼はニヤリと、嫌な笑みを返した。


「いいもんね。もう待たないから」


 フランは棒を握っている方の手を体の後ろに持って行き、勢いよく振り下ろした。

 その瞬間、マミは尋常ならざる速度で立ち上がった。
同時に、先程と同じ虹色の弾幕が撒き散らされる。

 かくして残念なことに、この残酷な儀式は再開されてしまった。



「やめてっ!」

 叫びながらマミは横に転がる。

 そこは丁度弾が降ってこない隙間。
すぐ傍に、緑や紫色の丸い魔弾が着弾し、お菓子で出来た部屋の床に穴をあける。






 まるで空爆だ。


 頭上から重力に従って落ちて来ては、決して耳に優しくない音ともに床に小クレーターを作っていく弾が降る光景を見て、
素直にマミはそのような感想を抱いた。
その威力は、先程身を以て理解していた。

 故に、必死で彼女は避ける。避ける。避ける。


 右に左に、前に後ろに。時に転がり、時に飛び退き、無我夢中で避けていく。

 空中に飛び上がることもできるが、この濃密な弾幕が上から降って来る以上、
飛ぶのは回避時間を削る行為以外の何物でもない。
だから、マミは床の上で弾幕を避けるしかないのだ。



 それはさながら踊っているように見えるだろう。
それも偏に、吸血鬼としての高い動体視力と、人間の遥か上を行く反射神経のなせる技であった。
目に見える弾を頭で処理せず、直接体に伝達し、勘に従って避けていく。
理屈ではなく、直感で弾の軌道を読み取り、避けられそうな隙間に身を滑り込ませる。

 それでも完全には回避できない。
弾はマミの腕を、背中を、羽を掠り、そこから微かに血が滲み出る。
しかし、それによって生じるチリチリとした小さな痛みが、返ってマミの脳を刺激し、
集中力を保たせているのだ。


 集中を切らせば、また被弾する。そしてまたあの痛みを経験する。

 その恐怖が、マミを突き動かしていた。



 これが、弾幕“ごっこ”ですって!?



 思わず、心の中でそんな悪態を吐いてしまった。


 フランはかつて、これを遊びだと言った。人間も興じるお遊戯だとおっしゃりやがった。

 弾幕の僅かな切れ目。その隙に彼女を見れば、とてもいい笑顔をしていた。

 もう、見ているだけでも幸せになれるような、明るく楽しげな笑顔。
まさに遊びに興じている子供のような笑顔。
純粋で、無邪気で、キラキラと輝いている。



 だからこそ、マミの眼にはその笑顔は、この上なく嗜虐的なものに映った。



 フランの笑顔からは全くそんな気配はしないのに、この状況に置かれているマミからすれば、
拷問を心から楽しんでいる処刑人の浮かべているような笑顔に等しい。

 況や、フランにとってはこれは遊びなのだろう。
だから、あんなふうに笑って、楽しそうにしているのだ。





 ただの遊び。無邪気な戯れ。


 だからこそ、途方もなく残酷。






 マミが地上で踊るように弾幕を避けているなら、フランは空中で弾幕を撒きながら踊っていた。

 腕を振り、その場でくるりと回り、宙返りすれば、その度に色鮮やかな七色の魔弾の群れが飛び出してきて、
それはマミの頭上から降り注ぐのだ。


 ただ、それでも、これはやはり弾幕「ごっこ」なのだと、マミは理解した。
どれだけ残酷に思えても、所詮これは遊びなのだ。
フランの笑顔を見て、そう気付けた。




 そこに悪意や害意といった陰湿なものはない。
どこまでも陽気で無邪気で、さらに好意があるとも感じられる。


 何故なら、避けられるからだ。


 ちゃんと、そのための隙間が空いているのだ。
決して隙間のない、避けられないものではない。そんなものに、意味はないのだから。


 きっとフランなら、避けられない弾幕を放つこともできるんだろう。
壁のように魔弾を放出してマミをぼろぼろにすることだってできるんだろう。
何しろ、マミ自身がそういうことを自分ができると思ったから。
マミに出来てフランにできない道理はない。




 けれど、フランは決してそんなことはしない。

 飽くまでこれは遊び。拒絶するような弾幕は、無粋極まりない。
興を削ぐような野暮な真似など、このごっこ遊びが心から好きな目の前の少女がする訳がないのだ。






 パンッと、弾けるような音を出して虹色の弾幕が一斉に消えた。

 先程の赤い弾幕もそうだが、消す時は一気に消すらしい。

「スペルブレイクよ」とフランは言った。



 相変わらず楽しそうな表情で、その声も上ずっている。
頬はほんのりと赤く上気し、その目はもうこれ以上ないくらいキラキラと輝いていて、
とても幸せそうだ。


 その愛くるしいお顔に、なんだか毒気を抜かれた気がした。



「じゃあ次行くよ!」

 彼女はそう叫びながら、次なる弾幕を放つ。

 今度は青い弾幕。
だが、内容は先程の赤い弾幕と一緒だ。
ラグビーボールのような形をした魔弾が、速いのと遅いのに別れて飛んでくる。
隙間は虹色の弾幕より遥かに多く、最初の赤いそれと、単に色が違うだけのものだ。
一度見た弾幕なのだから、避けるのも大して難しくはない。

 だからか、マミには幾分余裕が出て来た。
できるだけ動きを小さくし、あまり疲れないように軽やかに魔弾を避けていく。
そして、そうしながら「ねえ」とフランに声を掛けた。


「何かしら?」と返すフラン。

「あなたのところに行けば、私の勝ちなのよね?」と尋ねるマミ。

「そうよ」と幼い姿の主人は答えた。


 先程弾幕ごっこが始まる前に一方的に投げかけられたルール「説明」。
だというのに不思議と頭に残っているその中でフランは、自分のところにマミがたどりついたらマミの勝ちで、
できなかったら自分の勝ちだと言っていた。

 それ以外にも色々言われていたのだが、半分は意味不明だったので考えない。
今フランに直接尋ねてもいいが、いくら多少楽に避けられるようになったとは言え、
集中を切らせばすぐに被弾するこの弾幕の中で、フランとゆっくり問答する気は起きなかった。


 だから、今の問いは勝利条件を確認するためのもので、最低限聞いておきたいことだった。



 そして、それ以外にもう一つ、マミがフランに聞いておきたいことがある。
この弾幕の中で、多少無理をしてでも知りたいこと。



「ねえ、もう一つ聞いてもいい?」

「どうぞ」


「どうしてこんなことをするの? 何で、私と遊ぶの?」




 それは、どうしても知りたかった。

 フランが弾幕ごっこを始めた理由。それがどうしても分からない。


 場所が魔女の部屋である訳は何となく分かる。
もう何年も前のものに思える、吸血鬼になる前の記憶を引っ張り出して、
ああそう言えばフランは魔女の結界の中でないと力を取り戻せないんだった、と思い出したからだ。

 では、そもそもどうしてフランはわざわざこの嫌な思い出のある結界を用意してまでこんなことを始めたのか? 
肝腎のそれがさっぱりなのだ。


 ただ、聞いてもまともに答えが返ってくるとは思えない。
何となく、今のフランの顔を見れば察することができた。




 ほら、案の定、フランは口元に深い三日月を作っているだけだから。





 にんまりと笑う彼女に、マミは小さく息を吐いた。


「それはやってれば解るかもしれないわ。解らないかもしれないけど」

「解らなければ?」

「私が勝つ」

「……そう」


 要領を得ない問答が面倒になったマミは口を閉じる。
フランもそれ以上会話を続けようとはしなかった。

 まあ何にせよ、彼女の下にたどり着けばいいのだ。

 先程から、訳の分からない暴力を振われ、意味不明な説明を一方的に聞かされた後、
嫌がっているのを無視して強引に弾幕ごっこを始められ、おまけに聞いたことにまともな答えを返してもらえなかった。


 なんだか思い出すと腹が立つ。



 なんだってこんな無茶苦茶な目に遭わなければならないんだろう。







 確かに、きっと自分は悪さをしたのだろう。
吸血鬼になって、フランと喧嘩して、その後のことは、この魔女の部屋にいると気が付くまでの間、
よく覚えていない。正確には記憶に靄がかかったようになっていて、はっきりと思い出せない。
けれど、何となく良くないことを自分がしていたのは分かる。


 何しろ、辛うじて思い出せるのが痛みや誰かの悲鳴ばかりなのだから。





 ならば、マミが断罪され罰せられるなら、納得も理解もできる。
しかし、いきなり始められた弾幕ごっこにはできない。

 だから、腹が立つ。胸の中でむかむかとしたものが広がっていく。


 マミさんの怒りのボルテージは、そろそろ「おこ」から「激おこ」にレベルアップしそうだ。




 これはもう、フランを直接どつくしかない。



 そう思ってフランを睨み上げる。


 降り注ぐ無数の光弾の中、ほんの一瞬二人の吸血鬼の視線が交差した。





 フランドールは笑う。


 マミの表情を見て、その内心を察したのかもしれない。
やってみろと言わんばかりににやにやとした表情を浮かべた。

 そして、さらに追い打ちをかけるように、
あるいは火に油を注ぐように、
彼女は自分の右手を目元に持って行き、
その人差し指で下の目蓋を引き下げ、
舌を出した。
















 あかんべえである。信じられないことに、あかんべえである。







 この状況でさらにマミを煽る。


 彼女は自分の眉間に寄った皺が深くなるのを意識した。





 そっちがその気なら、いいわよ! やってやるわよ!






 マミは前に飛び出す。迫りくる弾を避け、一歩力強く踏み込んだ。


 もうこうなったら、一刻も早くあの生意気で腹の立つクソガキをシバいてやらなければならない。
それとも、思いっきり拳骨を振り下ろしてやろうか?







 ――――と、そんなふうに集中を切らしたのがいけなかった。

 気が付けば目の前に、青く発光する弾が迫っていた。


「ッ!!」


 尋常ならざる反射神経でマミは上体を捻り、体を弾の軌道上から退避させる。
が、バランスを崩してしまった。

 そこに、さらに別の弾が飛んでくる。


 一度体勢を崩したら、弾幕を避けながら戻るのはなかなか難しい。
その次の弾も、腰を捻ることで辛うじて避けられたのだが、さらに次から次へと弾が飛んでくる。



 先程までは安定して避けられていて、大して難しくないなあ、なんて余裕をこいていた訳だが、
こうなってしまうと、この密度の薄い弾幕でも数段難易度が上がった気がしてきた。

 それでも、マミは高い身体能力を持つ吸血鬼であり、加えて長い闘いの経験もあった。
ちょっとしたイレギュラーな事態に陥ったが、こういうのは落ち着いて対処するのがベストであると、よく理解している。



 焦らず、向かって来る弾を一つ一つしっかりと回避する。



 これはある意味パターンゲームだ。
どんなに難しくても、必ずクリアできるように作られているのは、市販のゲームと同じ。
つまり、弾幕ごっこには「避け方」が存在するのだ。

 むろんこの弾幕もそうで、全弾回避するには、避けられる動きのパターンにはまる必要がある。
そして、今はそのパターンに戻ればいいのだ。

 だから、体勢を崩して被弾しそうになったものの、マミは難なく避けられる動きのパターンに戻った。



 それにしても、あの程度の挑発に乗ってしまうとは、我ながら大人げないな、とマミは反省する。

 500年だか生きて来ていても、フランは見た目通り“お子様”だ。
だからここは、年長者(?)として、マミが落ち着いた大人な対応を取らなければならない。



 クールにいくわよ。



 そう自分に言い聞かせ、マミはフランを見上げた。















「バーカ」

「……」


 声が聞こえた訳ではない。口パクだ。フランは声を出さず、口の動きだけでそう言ったのだ。












 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――オーケー、オーケー。そうね。そういうことね。ああ、分かってるわ。ちゃんと分かってる。そういうことなのよね。オッケー、大丈夫よ。心配しないで。理解してるから。



 そういう意味を込めて、マミは口元に笑みを浮かべる。

 彼女が久しぶりに見せた、お淑やかで優しげな、お姉さんな笑み。



 うふふ。待っててね、フラン。すぐに行くわ。それからあなたのお望み通り、お尻ペンペン地獄を始めましょう。二、三日椅子に座れなくしてあげるわ。






 フランが弾幕を消した。切り替わる合図だ。

 同時に、彼女はトランプのようなカードを掲げる。それはさっきも見た。






 ――そう、濃密な弾幕の来る合図だ。








「禁忌“Lævateinn”!!」












 瞬間、フランドールが左手に持っていた奇妙な棒のような物体
――ぐにゃりとねじ曲がっていて、片方の先端にトランプのスペードマークのような物が付いている――
から、赤い何かが噴き出した。



 それ自体は霧のような物。
よく見れば、力が視覚化したような、有り体に言うと“目に見えるようになった力”だ。
それは全体として、黒い棒を核に、長く太い直線形の、大きな棒、あるいは剣のような形を作った。






「クッ!!」


 息とともに声が漏れる。

 フランドールは何の容赦もなく、その赤い魔力で作られた棒をマミに向かって横薙ぎに振ってきたのだ。
考える暇もなく、マミは全力でしゃがんだ。


 しかし、避けるべきはそれだけではなかった。






 その緋色の光の筋、または剣が通った軌跡を追うように、同じ色の魔弾が飛んで来たのだ。
密度は先程の青い弾幕と比べるまでもなく薄いが、地味に厄介な存在だった。





「またっ!?」


 とはいえ、最も注意するべきなのは、言うまでもなく緋色の魔剣。
再度マミに向かって振われたそれを、マミは転がって何とか難を逃れる。

 上から下に向かって振り下ろされた破壊の具現は、マミのすぐ傍のお菓子で出来た床を盛大に打ち砕いた。
爆音と爆風、さらに破片がマミの全身を叩く。

 マミはその勢いに無理に抗わず、身を任せた。
そうやって距離を置き、顔を上げてさらにフランドールを見上げると、彼女は相変わらずの笑顔のまま、
手に持った物を振り上げていた。



 背筋に悪寒が走った。全身から冷やっこい脂ぎった汗が噴き出した。
冗談じゃない!! 


あんなのを喰らえばただじゃ済まない。もはや「遊び」の域を超えている。


 マミは飛び上がった。
同時に床を砕く魔剣。
その爆風を背に受け、マミはフランより高く上昇する。

 相手は返す刀で剣を振り上げた。


「うわわっ」


 予想以上に速く振われた剣に、マミは悲鳴を上げた。
どんなに小さく見積もっても、あの魔剣はフランの身長の5倍の長さがある。
にも拘らず、フランは力任せに、尋常ではない速度でそれを振り回すのだ。


「避けてるだけじゃだめだよー」

 そう言いながら、彼女はマミの頭を狙って剣を振る。

 マミは羽根で空気を叩き、体を剣の軌道から逸らして躱し、またその剣が自分を狙う前に、
宙を蹴って前に飛び出した。


 フランの言う通り、避けているだけではだめだ。
何の勝負か未だによく分からないが、とにかく進まなければたどりつけない。




 それにしても、こんな危ないものを振り回すだなんて、お仕置きが必要だわ。
お尻ペンペン100回追加ね。







 だが……、


「それはないでしょお!!」


 マミは抗議の声を上げた。なぜなら、フランが逃げたから。



「別に逃げちゃダメとは言ってないもんねえ」

 また、べえっと舌を出す。

「く……ッ。待ちなさい!」

 マミは猛然とフランを追い掛ける。




 シュウッという空気の焼ける音がした。


 体のすぐ傍を走り抜ける熱風。
緋色の剣の攻撃を躱し、その後を追うように飛んでくる弾幕も、隙間に身をねじ込ませるようにして避ける。




 二人は猛スピードで結界の中を飛び回った。




 上に下に、右に左に。
フランは剣を振り回しながら、マミはそれを避けながら、それでも燕のように宙を舞う。


 結界の中は、吸血鬼が飛ぶには少し狭い。
その上、様々な障害物があって非常に飛びにくい。
けれど、二人には全く支障のないことであった。





 魔剣を振り回しながら飛んでいたフランが、目の前の壁に気が付いて急旋回すれば、
マミもスピードを殺すことなくその壁の手前で見事なターンを決め、目にも留まらぬ速さで追い掛ける。
同時にその体にかかるすさまじい遠心力も、頑丈な肉体と強い膂力で無理やり耐えてしまう。




 空を切り裂き、轟音を立てるような速度を出しても、マミとフランの動体視力はそれに対応できるだけの性能がある。
目の前に剣が迫っても、そこから体を捻って躱せるだけの反射神経もある。



 完全に観客と化した杏子たちの目には、二人はただ、赤と黄色の筋に見えるだろう。
その二つの筋は複雑に絡み合い、交差し、まるでダンスをするかのように、縦横無尽に結界の中を駆け巡る。


 そしてまた、マミを狙う緋色の剣は扇形の残光を曳き、その度に部屋の中が壊れていった。





 一軒家ほどもある大きなホールケーキは袈裟切りにされて上半分が吹き飛び、
お菓子の木が集まってできた木立は粉砕されて無数の破片となって辺りに降り注いだ。
背の高いテーブルとイスも叩き壊され、使い魔が宙に投げ出される。


 爆音が轟き、剣と同じ色の魔弾が至る所に穴をあけ、けれどそれらは一つとしてマミには掠りもしない。




 新幹線並みのスピードを出しながらも、マミは細かく動くことができた。
飛び方は体が知っていて、マミはただそれに身を任せればよい。
目はフランの姿と攻撃を追い、頭はその軌跡を読む。


 しかし、このままでは埒が明かない。



 フランもマミと同じスピードで飛べる上、剣を振り回してくるので、マミは思うように追い掛けられないのだ。

 だから、遂に反撃に出ることをマミは決意する。



 攻撃をして、あの魔剣を破壊する。
それがルール違反になるのか分からないけれど、ダメだったら、その時はその時だ。



 マミは一度その場に停止し、即座に魔力を練り上げて、着ているパジャマの隙間からリボンを出した。
そして、それを“いつものように”ある形にしていく。



 やがて姿を現したそれは、マミの主兵装――マスケット銃。





 袖口から伸ばされた無数のリボンは、マミの背後で次々とマスケット銃に変わっていく。


 一方、フランはすぐに止まらず、マミの視界の中で部屋の壁まで飛んで行き、
その壁を蹴ってマミの方に突進してきた。その背後で轟音を立てて壁が凹む。

剣を振りかぶり、挑発的な笑みを浮かべながら、フランドールは人間には視認できないようなスピードで真っ直ぐに突っ込んで来る。
そして、その剣を


――あらゆるものを破壊し尽くす『破滅の枝(レーヴァテイン)』を――


マミの脳天に向かって、あらん限りの力で振り下ろした。



 マミもまた、刹那の間を置かず、高らかに叫んだ。






「Pallottola magica ed infinita!!」







 彼女の背後に銃口をそろえる鳥銃。
マスケットファランクスは一斉に火を噴き、腹の底から響くような、脳髄を揺さぶるような轟音が結界の中を埋め尽くす。
微かに赤みを帯びた黄金色の銃弾は、空気を燃やしながら迫りくる脅威を迎撃した。

 フランドールの魔剣とマミの魔弾が衝突し、弾け、炸裂して大爆発する。

 鼓膜を突き破るような爆音と、目の前が真っ白になるような閃光。
続いて空気の壁が魔女の部屋の中を吹き荒れた。
舞い上がったほこりが視界を遮る。


 押し寄せる爆風がマミの長い金髪を激しく掻き乱し、しかし彼女は顔を顰めるだけで、
腕で顔を隠したりはしなかった。
目を細めながらも、朦々と立ちこめる煙の向こうを見透かそうとする。
が、生憎吸血鬼の視力をもってしても何も見えない。



 これはあくまで攻撃と攻撃がぶつかり合ったに過ぎない。
もちろん、それだけでもこれほどの大参事なのだが、二人には掠り傷も負わせられないだろう。
目の前で風船が割れた程度の認識だ。

















「あー。すごいねぇ。スペルが消えちゃったよ」







 煙の向こうから呑気なフランの声が聞こえてくる。やはり、全く動じていないみたいだ。

 どこからともなく強い風が吹き、立ち込めていた煙を残さず吹き飛ばす。
案の定姿を現したのは無傷なフランだ。





 二人は宙に立ったまま向き合う。




 あれだけの爆発の後にしてはひどく静かになった。あるいは嵐の前の静けさか。




 お互い何も言わず、ただ黙って相手を見つめ合う。


 二人はしばし、そのままだった。




 マミはフランの目を見る。

 彼女は自然な表情をしている。
その顔は、特別何かの感情を表してはいないけれど、
しかしその目だけは、先程と変わらずキラキラと輝いている。
きっと、これから始めることが楽しみで仕方がないのだろう。






 フランはマミの眼を見る。

 恐らく、マミも同じように目を輝かせているだろう。
何しろ、最初は訳が分からず怒りが湧いてきたこの遊びも、今はなんだか楽しくなってきていたのだから。
そして、これからもっと楽しくなるに違いなかった。






 思えば、こうしてフランと向かい合うのは吸血鬼になって初めてかもしれない。


 物理的には、そうしたことは“あの時”以来、何度かあった。
けれど、その時々のマミは、フランを拒絶するばかりで、自分の心と彼女の心を向い合せようとする努力などしなかった。





 見ようとしなかったのだ。







 そりゃあ、現実がショックだったというのが大きいけれど、それでもマミはフランと向かい合わなければならなかった。
それを放棄して、結局こんなふうになってしまうまで、事が縺れ込んでしまった。


 みんなに迷惑をかけたのだろう。
まどかにも、今この場に居ないさやかにも、ほむらや、懐かしい杏子にも、
きっときっと、たくさんの迷惑をかけてしまったのだ。
今は思い出せないけれど、記憶がなくなっていた間の自分は、彼女たちを酷く傷つけたに違いない。




 それは、謝らないとね。





 それからもう一人、今の時点で確実に自分が傷つけたと言える相手が、目の前に浮かんでいる。


 ごめんなさい。そう言おうと、マミは口を開きかけた。








「今、その言葉は必要ないよ」




 それより早く、フランは答えた。



 まるでマミの内心を見透かしたような一言に、彼女は軽く驚く。
マミが彼女の眷属だから考えていることが分かってしまったのだろうか? 
あるいは、単にフランの察しが良かっただけなのだろうか?

 どっちにしろ、以心伝心。再び心が通じ合ったような気がして、ほんの少し嬉しい。



「そうね。それは後にするわ」



 余計な言葉は要らない。罪悪感なんて、今は抱く必要がない。


 何かをしなければならない、なんてこともない。
誰に強制されるのでもなく、己の内から湧き上がる只一つの感情の向くままに、精一杯遊んでしまえばいいのだから。



「そろそろ終わりにしようか。これでラストだよ」



 そう言ってフランがカードを掲げる。

 それは三枚目。最後のスペルカード。



「マミ、頑張って私のところにおいで。待ってるから」


 フランは優しく笑う。




 たどりつければマミの勝ち。できなかったらフランの勝ち。
でも、もうマミにはそんな勝ち負けなどどうでもいいように思えた。
招かれているのだから素直に行けばいい。



「ええ。待っててね」



 答えると、フランの目が嬉しそうに弧を描いた。

































「行くよ! 禁忌“恋の迷路”!!」

























 宣誓だけが響く。今度は日本語だった。



 フランに様子の変化はない。ただその場にふわふわと浮いて……。






 次の瞬間、マミは目を疑った。




 フランから壁の様な弾幕が放たれたのだ。









 そこまで遅くはないが、速度の違う二種類の弾が飛び出してきた。


 青く丸い弾と、緑色で楕円形の弾。
身を滑り込ませる隙間もないほどの密度で全方位に大量にばら撒かれる。
発光する弾のあまりの多さに、魔女の部屋全体が明るく照らし出されていた。


 ギョッとしてマミは思わず後ろに下がった。
そうやって距離を置かないと、近づいては密度が高すぎて避けられないからだ。






「ちょ……」

 フランの姿は、完全に弾幕の壁に覆われてしまって見えない。



 マミは混乱した。

 フランが与えた勝利条件は、その下にたどり着くこと。
しかし、これでは近付くことすらままならない。
彼女の言っていた弾幕ごっこにあるまじき、拒絶するような弾幕だ。




 一体、どうしろって……!?






 マミの貌に困惑と苛立ちが浮かんだ時、彼女は大きく目を見開いた。






 なるほど! そういうことなのね。






 目に見えた光景に、マミは納得する。確かにそれなら、弾幕ごっこのルールに反しない。

 この、津波のように圧倒的物量で襲い掛かってくる弾幕にも、たった一つ、攻略のポイントがある。
一見、フランの体を中心に全方位に放たれているようなこの弾幕も、実は一か所だけ弾が飛んで来ない「穴」があるのだ。
丁度台風の目のようなものである。


 そこから姿を覗かせた、白い魔法陣を背後に浮かべたフランが、得意げに笑っている。




 その姿はすぐに見えなくなった。弾幕が放たれるごとに、「穴」の位置は移動しているのだ。

 つまり、フランの周りを回転する「穴」を通って、この弾幕の中心にいる彼女の下にたどり着けばいいのだ。




 なるほど、うまい具合に作られているのだ。
そして、やり方さえ分かれば、後はどうにでも……なる訳ではなかった。









 物量がさっきまでとは桁違いなのだ。
離れていても、避けるだけで余裕が全て奪われてしまう。
ここから「穴」まで接近するのは至難の業だ。




 どうすれば……。




 現状を認識すれば、焦りが生まれてくる。

 このままではじり貧だ。フランだって弾幕をいつまでも出し続ける訳じゃないだろう。
もしこのまま終わってしまったら、それはマミの負け。
そしてそれは、フランも望んでいないことのはずだ。


 そう思えば思うほど、焦燥は強まり、集中が切れていく。





 多少慣れたとはいえ、マミは今日初めて弾幕ごっこをやったど素人。
今まで魔女との戦いで培ってきた高い集中力と、常軌を逸脱した吸血鬼の能力に任せて避けているだけに過ぎない。
先程も集中を切らして、あわや、という目に遭ったではないか。

 だから、飛んでくる弾への対応が遅れる。
目の前に迫った青い弾、さらにその陰に隠れるように飛んできて緑の弾。
両方巧く躱しきれずに、体が掠ってしまう。


 肩と腕に焼けるような痛み。顔を顰めながらも、その後から来た弾を必死に避けて、そのままさらに後ろに下がる。




 まるで、強い流れに逆らう魚のようだ。
押し寄せる水に抗うだけで精一杯。
その勢いを流すだけで手一杯。それ以上先に進めず、それどころか徐々に押しやられていく、
あまりに小さく無力な水生生物。
そんな錯覚がマミの脳裏を掠めた。




 焦りが焦りを生む。
やむを得ないとは言え、距離をさらに置いてしまったことで、マミの頭はさらに混乱していく。


 思考が絡まり、心臓は早鐘のように鳴り出し、呼吸は乱れ始めてしまう。
そしてそんな自分の状態を意識して、苛立ちが募ってくる。
落ち着け、と思うのに全く逆の反応を示す自分に、マミは不快な感情をため込んでいった。




 ――――――――その時だ。

























「ボムを使え」























 不意に頭の中に響いた声に、マミは思わず身を固くする。
条件反射的に弾を避けながら、突然テレパシーのように聞こえて来た声の正体を思索しようとして、
視界の端に踊る金色の何かに気が付いた。


 少し首を動かして、前から飛んでくる弾幕と、自分の横に居るその存在の両方を見る。








 それは少女だった。中学生くらいの、それからまどかくらいの小柄な少女だ。



 見た目は白と黒。
白いエプロンをかけ、黒いドレスに身を包み、彼女の頭二つ分くらいの大きさのトンガリ帽子を被っている。
そして箒にまたがり、ひょいひょいと弾幕を危なげなく避けていく様は、まさに魔女(見た目が幼いので魔女っ娘といった方がいい)。
たった今、お伽噺から出てきましたと言わんばかりのファンタジックな姿。

 ブロンドのロングヘアーに、片方のもみあげを三つ編みにして、リボンで縛っている。
彼女が弾を避ける度にその髪がたなびき、三つ編みがぴょんぴょん跳ねた。




「よっ」と片手をあげて馴れ馴れしく挨拶してくる彼女。全く見覚えのない顔だ。








「だ、だれ!?」



 飛んで来る弾幕を必死で躱しながらマミは少女に声を掛ける。
少女も弾幕を避けているのだが、避けきれなかった弾が――――その体を通過した。



 その瞬間、マミは気付いた。この少女は実体を持っていない、いわば虚像のようなものだ、と。






「避けるのは巧いが、それだけじゃあこのスペルは攻略できないぜ」


 事実、そう「言う」彼女の声は、魔法少女のテレパシーのように直接頭の中に響いてくる。
耳から聞こえるのではないのだ。



 一体誰がこの像を見せているのだ?



 そんなふうに頭を捻るマミをよそに、魔女風の少女はさらに続ける。



「だから、ボムを使って一度弾幕を吹き飛ばすんだ」


「ボムって何?」


「あんたのスペルさ。ちゃんと宣言して発動するんだぞ」


「スペル? 知らない。やったことないんだから持ってるわけないわ!」




 スペルとは、さっきからフランが見せている『技』だろう。
けれど、弾幕ごっこ初体験のマミにはそんなものがあるはずもなく、従って少女の言う「ボム」とやらも使えない。











「『弾幕はパワーだぜ!』。お得意の魔法で豪快に吹き飛ばしちゃえよ」










 そう言い残して少女は消えてしまった。最後に悪戯っぽい笑みを見せて。



 けれど、もうマミには十分だった。

 少女の言っていた意味は理解したから。
次に何をすればいいかも解かったから。
そして、誰があの虚像を見せたのかも把握したから。





 これじゃあ、八百長じゃないの。






 半分呆れつつ、マミは魔法に集中する。もちろんもう半分は感謝と嬉しさだ。


 マミは口元を微かに緩め、手慣れた様子で「スペル」を発動させる。



 見なくてもできる。意識しなくてもできる。




 一体、今までこの魔法で何体の魔女を屠って来たのだろうか? 
戦いの最後に、止めの必殺技として、高らかな勝利の宣言と共に放った黄金色。
それはマミの正義の象徴であり、悪に打ち勝つ証明であった。




 後輩たちが見ている前では、その宣言にも気合が入っていた。
かっこよく見せなきゃ、と思って結界全体に轟き渡る大きな声で叫んでいたのだ。

 懐かしい気持ちになる。なんだか、忘れていた物を取り戻したかのような気分だ。




 そんなことをしみじみと考えながら、マミはリボンを出し、それを回転させて魔力を込める。



 おなじみの巨砲が姿を現した。



 輝く銀のボディ。光る弾幕を反射して、微かに青い光沢を見せている。

 見慣れたそれとは若干違うニューデザインはマミ自身の変化を表してのものだろうか? 
ボディにはめ込まれた黒いプレートには今まで銀の装飾がされていたが、今はそこが血の様な紅色に変わっていた。


 マミは素早く大砲を抱え上げる。
相当な密度で迫りくる弾幕を、大砲を持ちながら避ける余裕などない。
乱暴に大砲に魔力を流し込み、トリガーを引いた。











「Tiro finale!!」






 結界全体に響き渡った宣誓は、直後に轟音にかき消されてしまった。

 砲口からこれでもかといわんばかりに巨大な黄金色の奔流が噴き出し、マミの視界は金色一色に染まる。
魔法少女時代より、小さく見積もっても5倍は威力の増した必殺技に、マミは軽く舌を巻いた。

 その圧倒的な光は、膨大に撒き散らされる弾幕を飲み込み、さらにフランドールにも直撃する。



 まだ吸血鬼としての力の扱い方に慣れていないマミは、いつもの感覚で大砲に魔力を込めてしまい、
思った以上に威力が出たのだ。
流石のフランといえど、その直撃を喰らえば無傷ではいられないだろう。
だからマミは心配になったのだが、そんな彼女の目に意外な光景が映った。







 光の奔流に食い破られて消えた弾幕の先。
先程までフランが浮いていたその場所に、一匹の蝙蝠が飛んでいた。
そして間もなく、どこからともなく無数の蝙蝠が集まってきて、それはフランドールに戻った。






 どうやら彼女は、マミの「ボム」を蝙蝠になって無効化したらしい。


 そんなのアリか! と思いつつ、マミもホッとする。
そして、宙を蹴り全速力で前へと飛び出した。
同時に、フランも弾幕を再開する。







 その瞬間、弾幕の「穴」をマミの真正面に空けてくれていたのは、フランのサービスだろうか。
マミは躊躇うことなくそこに飛び込むが、その時には「穴」はやや右にずれたいちに出現していた。
なので、マミも「穴」を追うように右に飛び、さらに「穴」は右にずれていくため、
結局マミはフランの左側を、上から見て反時計回りに迂回するように回るしかなくなる。
フランのところにたどり着こうにも、その周りをぐるぐる回るだけで一向に近づけない。







 マミは苦虫を噛んだように顔を顰めた。




 せっかく「ボム」を使ってここまで来れたというのに、これではじり貧なのは変わらない。
弾の壁にぶつからないように穴を追わないといけないため、思うようにスピードも出せない。
このままでは時間切れになってしまうだろう。



 けれど一方で、マミはこの弾幕を面白いとも思っていた。





 名前の通り、この弾幕は「恋の迷路」なのだ。


 近づきたくても近づけない。手を伸ばしても届かない。
その思いはクルクルと空回りするだけ。
迷って、迷って、口に残るのは苦い味。










 マミとて以前はごく普通の少女だった。普通に遊んで、普通に笑って、――――普通に恋もした。






 たいていの人がそうであるように、マミの初恋の思い出もまたほろ苦いものだった。
まだ魔法少女になる前の話で、相手は二つ上の先輩。
けれど結局、碌に話したことのないままマミは事故に遭って魔法少女になり、自らそれを諦めるしかなかった。
それでも、彼の卒業式の時は心が少し痛かったけれど。


 甘い恋の、苦い記憶。思い出すと、急にある飲み物が思い浮かび上がった。







 ああ、グレープフルーツジュースが飲みたい。ほろ苦いグレープフルーツジュースが、飲みたい。









 甘党のマミはあんまり好きじゃないけれど、今はどうしてか、無性に飲みたかった。
あのさっぱりとした苦味がイイのだ。





 …………さて、人間とは不思議なもので(マミは人間ではないけれど)、やり終えた後のことを考えると、
どうしてかやる気が出て来るものだ。
気持ちが前向きになり、モチベーションも上がってくる。



 マミは「穴」を追いながら、フランの方に目を向ける。


 当然、その姿は弾幕に隠れて見えず、赤い布の端が隙間から覗けるだけ。
このまま「穴」と追いかけっこをしていても、時間は無為に過ぎていき、やがて弾幕は消える。
避けることが目的の、通常の弾幕ごっこならそれでいいのだろうが、今回の場合は違う。



 このままでは埒が明かないのなら、もう賭けに出るしかない。







 被弾覚悟でスピードを上げ、一気に「穴」に飛び込み、弾幕を抜ける。ただそれだけ。




 ただそれだけに、相当の覚悟が必要だった。








 マミは決意する。


 気を引き締める。



 失敗したら、と思うと恐ろしい。だから、心を決めなければならないのだ。


 タイミングを慎重に測る。ミスは許されない。



 「穴」を追いながら、次に「穴」が現れる位置を予測する。
動きは単調だから難しくない。
ただ、早すぎてもだめで、遅すぎてもだめという、タイミングが難しいのだ。


 慎重に測って、「今!」という時、マミは慌てて自分にブレーキを掛けた。




 突然弾幕が変わったのだ。

 一瞬、周囲の何もかもがドラマのように場面転換したかと錯覚した。
それだけ、急激な変化だったのだ。



 弾幕の色が変わる。青系のそれから、赤系のそれへ。





 「穴」の動きが変わる。反時計回りから、時計回りへ。





 マミは慌てた。慌てて体を捻り、「穴」の動きに追従しようとした。

 もし今ここで「穴」を追えなくなったら、今までが水泡になってしまう。
弾幕の変化は、終了へのカウントダウンかもしれないのだ。
だから焦って、あまりにも無理矢理体を捻ったので、胴体に微かな痛みが走った。






 もうここまで来たら気合いだ。





 そもそも、今日初めて弾幕ごっこをやったマミが、ここまで来れたのが奇跡みたいなものだ。
実力云々じゃない。
弾を避けるスキルなんて、さっきの魔女っ娘に比べればあってないようなものだ。
だから、気合を入れて必死でやるしかないのだ。















「ふふ……」




 何とか「穴」の動きに付いていくことができたマミは、自分の口元から自然に笑い声が出ていたのに気が付いた。
顔面の筋肉も緩んでいる。



 一瞬、「どうして?」と思ったけれど、すぐにその理由が分かった。








 答えはカンタン。









 楽しいから。
















「マミ! もうちょっとだよ。早くしないと、終わっちゃうよ」


 なんてフランが弾幕の向こうから教えてくれる。

 それにマミは明るい声で答えた。


「今行くわ」


 そんな簡単に攻略できたら面白くない。
ゲームというのは、遊びというのは、難しいからこそ楽しいものなのだ。

 そして、それも単に、困難に挑むから楽しいのではない。






 解かるから、楽しいのだ。







 「穴」の動きが変わる。
弾幕の色もまた青系のものへと戻った。
だが、マミはもう動じない。このスペルは理解した。


 もう弾幕は終わるだろう。時間だ。


 けれどマミの心に焦りはない。後はやるだけなのだから。






 詰まる所、弾幕ごっことは意思疎通の一つなのだ。














 弾幕を放つ者はその弾幕に「想い」を乗せる。








 弾幕を避ける者はそれを理解する。







 ただ魅せるだけではない。ただ避けるだけではない。


 そこに心と心の繋がりがあるからこそ、この遊びは何よりも楽しいものとなるのだ。















 フランがあんなに楽しそうにしているのも、
幻想郷の住人がわざわざ異変を起こしてまでごっこ遊びに興じるのも、
結局はそこなのだろう。









 マミは、その「想い」を受け取った。










 フランとマミは、何よりも強い絆で繋がっているのだ。「想い」が通じないはずがなかった。


 けれどマミは見失っていて、狂気に犯され、目を覆わんばかりの悲劇を巻き起こしてしまった。


 先程まで靄がかかったように思い出せなかった記憶が、明瞭に蘇る。思わず拒絶したくなるような惨劇の光景が脳裏に戻って来た。













 ただひたすらに暴れるだけの獣だった自分。



 後輩たちを無為に傷つけた自分。




 眼を逸らす訳にはいかない。





 だから、マミはそれを受け止める。全ては自分がやったことなのだから。






 そして、もう二度と同じ過ちを繰り返さない。







 この身の奥底に狂気が潜んでいるのも、我が手が血で汚れたのも受け入れ、尚二本の足で大地を踏み締め生きていく。


 大丈夫。一人ではない。隣には、フランが居るのだから。




 二人の繋がりは、決して切れない。






 弾幕の「穴」から伸びて来ている確かな道標。見失っていたけれど、それはずっとマミとフランを繋げていたのだ。




 もう迷わない。もう見失わない。











 マミはミチをたどるように飛び出した。


 弾の動きが遅くなったような気がした。
何もかもがスローモーションをかけたように、ゆっくりになった。
脳の情報処理が早くなったのだろう。研ぎ澄まされた集中がなせる業だ。


 マミは加速し、被弾を恐れず「穴」に飛び込む。






 青い弾幕の中、さながら、力強く川を遡る鮭のように、マミは流れを裂くように泳いでいく。
強く、美しく。確かな目的を持って、前を見据えて。
しなやかなその肢体は躍動しながら空気をかき分け、長い金髪は水流に揺蕩う背びれのようにたなびく。





 壮大に、膨大に、整然と流れる弾幕の中で、金の光沢が跳ねた。


 目の先には、フランから発射されたばかりの新しい弾幕。マミはさらにその「穴」に向かう。






























 ――――そして、それを突き抜けた先に、“彼女”は弾幕を放ちながら満面の笑みで待っていた。

















「私の勝ちよ!」













 やっと、マミはフランに飛び付いた。


















「お帰り、マミ」




「ただいま、フラン」














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  ノレ§゚ ヮ゚ノiゝ  
  `k'_.〉`=' !つ
   i_ノ'i! ̄i!>、
   ~'i,ンT,ン"~








魔理沙はカイル君的なアレ。
本物じゃありません。あしからず。




次週
「叛逆の魔女(シャルロッテ)」



シャルロッテさん・・・・無茶しやがって・・・


あの魔翌理沙はフランの血が見せたのか

叛逆……?出来る訳ゃねぇだろおおおおぉぉぉぉ!


ラストに「恋の迷路」を持ってくるなんてフランも粋な演出だね~
QED「495年の波紋」も見たかったけど

紅魔館ででもやっててもらえww


次週と言ったがあれは嘘だ!


>>893>>840
始まる前からシャルロッテさんご臨終状態やwww

うん、まあ……叛逆があるかもしれないし


>>841
フランちゃんがおまじないをマミさんに掛けていました
カイル君よりよっぽど役に立つ魔理沙(何よりすぐに消える)


>>842
そんな強く否定しないであげて!
シャルが死亡フラグを折るかもしれないじゃん


>>843
ぶっちゃけ、迷路をやらせたかったために弾幕ごっこにしたんですけどねw
波紋もよかったなぁと思ったり


>>844
マミさんも弾幕ごっこにはまりそうですww



「実は百江ちゃんがシャルだった説」を唱えてみる









                   *










 いっそ美しいと言ってもいいほど凶悪な弾幕の中、紅と黄金が交差した。

 同時に弾幕は虚空に消えた。残されたのは、抱き合うフランとマミの二人。

 二人は満面の笑みで熱く抱擁を交わし、空中でくるくると回転していた。

 あまりにも回りすぎて、二人はそのまま墜落してしまう。




「きゃあ」

「いたあ」

 悲鳴を上げた二人は何がおかしいのか笑い出す。
柔らかいお菓子がショックを吸収してくれたおかげで、そんなに痛くはないようだ。
二人はその場に座り込んで笑いながら、まだなお抱き合っていた。

 その様子に、完全に置いてけぼりを食ったまどかたちが呆けた様子で眺めていた。



 弾幕勝負の間、ずっとお菓子の森の陰に避難していたので何でこんなことになっているのかよく分からない。
緋色の剣が近くを通り過ぎ、魔力の爆発に揺さぶられて、顔を上げた時にはもう終わっていた。
本当に理解し難い状況だが、ただマミとフランが嬉しそうにしているのを見て、
悪い終わり方をした訳じゃないということだけは分かった。



 見回せば、お菓子の結界の中はもう滅茶苦茶だった。

 そこらじゅうに大小様々な穴が開き、巨大なお菓子はことごとく破壊され、
まどかたちが身を隠していたお菓子の森も、森林破壊もかくやと言えるくらいぼろぼろだ。
昔テレビで見た、戦争中に空襲で焼け野原になった日本の町もこんな感じだったとまどかは思い出す。


「終わった……のか……?」

 その結界の中で未だ抱き合いながら笑い合う二人を見ながら、杏子がぽつりと呟いた。

 まどかから見ても、もうフランが弾幕を出す気配はしないのだが、いかんせんさっきまでの光景が
衝撃的過ぎてなかなか現実味が湧いてこないのだ。


「終わったようね」

 杏子の呟きに咲夜が答えるように言い、彼女は立ち上がってそっとスカートの裾を払った。
まどかたちはそんな彼女をぼーっと見上げたが、咲夜は気にせず見送られるようにフランとマミの下へと歩み寄っていく。



「妹様!」



 咲夜が呼ぶと、笑い合っていた二人は彼女の方を振り向いた。
ただ、まだ笑いが残っているのか、妙に筋肉が緩んだ変な顔になっている。

「もうよろしいのですか?」

「え? ああ、うん。終わったわ」

 咲夜の問いかけにフランは答え、立ち上がる。つられてマミも立ち上がった。
その二人の手はしっかりと握られていた。




「大変遅れて申し訳ありません。ただ今お迎えに上がりました」



 そう言って咲夜はフランにお辞儀をする。
ほんの一欠けらの無駄もない、お手本のような瀟洒な所作だった。


 それに対し、フランは適当に頷いただけ。「ああうん。別にいいわよ。怒ってないし」



 咲夜は姿勢を元に戻し、今度は体ごとマミに向き直り、そして深々と頭を下げた。



「巴マミ様。まず、今までの数々の非礼をお許しください」



 その突然の行動に、フラン以外の全員が驚く。
特に、咲夜を前にしたマミは、もう見て分かるほど目を白黒させ、助けを求めるように隣に立つフランを見下ろした。

 フランは呆れたように溜息を吐き、びっくりし過ぎて取り乱している眷属を見上げながら、
「謝罪はしっかりと受けておきなさい」と言った。

「え、でも」

「デモでもカモでもホモでも、何でもいいから」

「あ、はい」

 神妙にマミは頷き、再び咲夜に向き直った。


 それとタイミングを合わせるように咲夜は頭を上げ、今度は跪く。







「改めて名乗りましょう。


私は紅魔館女中長――十六夜咲夜でございます。


巴マミ様、
貴女をフランドール・スカーレット様の御眷属として、我らは最大の敬意を以て歓迎致します」



 仰々しい言葉と共に、従者は粛敬の意を示した。

 その言葉、その動作にまどかも杏子もほむらも、そしてマミも、さらに驚きを重ねる。


 何しろ、今まで散々マミを罵倒し、本気で殺そうとしていた彼女が、あろうことかその眼前で跪き、
さらに「歓迎する」とまで言ったのだ。

 全く、何が何だか分らない。
そろって首を傾げる彼女たちの疑問は、咲夜以外に事情を理解しているフランドールによって解消された。



「咲夜はスカーレット家の、厳密に言えば私のお姉様――つまりレミリア・スカーレットの従者。
だから私やお姉様より、当然身分は下なの。
そしてマミは私の眷属で、私の一族の仲間入りを果たした訳だから、咲夜より身分は上になる。
敬意を払うのは当然でしょ」




「でも、戦ったりしたし……」

 と、マミは戸惑ったような声を出すが、フランは肩をすくめて、

「だから『非礼』を詫びたんじゃない。
暴れていたマミはお世辞にも立派な吸血鬼とは言えなかったから、
どうせ『スカーレット家の名誉を守るため』とか言って殺しにかかったんでしょ?」


 ああ、うん。とマミは頷く。
そう言えば、あの高速道路の上で咲夜はそんなことを言ってマミに襲いかかっていたとまどかは記憶を掘り起こした。




 彼女はマミを「獣」と罵ってもいた。

 その咲夜が、今マミに対し跪いている。獣呼ばわりした相手に、だ。


 それはつまり、咲夜がマミを『認めた』ということ。
自らが仕えるべき相手と認識し、尊重したということ。





「そっか……。マミさん、戻って来たんだね」




 まどかはその言葉を噛み締めるように、ゆっくりと口にした。

 目頭が熱くなる。
立ち上がった咲夜と、フランと手を繋いでいるマミの姿がふにゃりと歪んで、頬を湿った暖かいものが流れ落ちた。





「……良かった」


 気が付けば声に出していて、まどかは震えるように泣いていた。

「まどか」

 傍らのほむらが、そっとまどかの手を握ってくれる。


 その優しさも嬉しい。
しんみりと心にほむらの思いやりが染みわたって、しばらくまどかの涙は止まりそうになかった。





 そうだ。最近はひどいことばかりあった。


 始まりは、あの病院でのこと。




 ――――否、フランが正しいなら、きっとショッピングモールでキュゥべえと出会った時から全ては始まっていたのだろう。





 残酷な光景ばかりだった。

 誰かが傷つくところばかり目の当たりにした。

 心が、体が、血を流し、悲鳴を上げ、痛ましい姿へと変わっていく様を、まどかはただ指を咥えて見ているだけしかなかった。

 殺し合うさやかと杏子。杏子と咲夜、ほむら。マミと咲夜。マミと杏子。

 追い詰められていくさやか。親友と恋との狭間で苦悩し、孤独へと落ちていってしまった。




 だからだろうか?





 目の前の、笑顔を取り戻したマミの姿がやたら眩しく感じられるのは。


 久しぶりに、光を取り戻した気がした。やっと不幸の連鎖が止まった気がした。




 マミの今後を考えれば、手放しで喜べないのかもしれない。
それでも、あんな状況よりは万倍ましだ。
ここに確かに、希望を取り戻すことができたのだから。

 黄金色の笑顔が返って来たのだから。




 フランと手をつないだまま、咲夜を後ろにしてマミが近付いて来る。

 まどかは涙を制服の袖で拭い、精一杯の笑顔で彼女を迎えた。
そりゃあ、泣き顔より笑い顔の方がいいに決まっている。

 そんなまどかに、若干不安気にしていたマミも優しく微笑み返してくれた。


 相変わらずのパジャマ姿。
血の様な紅色だったその瞳も今は黄金色に戻り、そこに居るのはまどかもよく知る先輩だった。

 お菓子の森の根元で座り込んでいたまどかは立ち上がる。
ついで、まどかと手をつないだままだったほむらも立ち上がった。
けれど彼女は、どうしてかまどかの前に出ようとしない。
まどかはそれに気が付かなかったけれど。







「佐倉、さん?」


 その時には、一歩早く駆け出していた杏子が黙ってマミに抱き着いていた。
その体を受け止め、軽く驚いたような声を出したマミは、それから優しい笑みを浮かべて杏子の背中に手を回す。


「…………ごめんなさい。傷つけて、辛い思いをさせて。……本当に、ごめんなさい」


 そう言葉を漏らすマミの声は、少し震えていたかもしれない。

 杏子は微動だにせず、力一杯その体を抱き締めていた。

 誰も何も言わない。
マミと杏子は彫刻のように抱擁したままだったし、それを見ているまどかたちにも言うべきことは何もなかったからだ。




 それから何分しただろうか? 
あるいは数十秒だったかもしれない。
やがて杏子はマミから離れ、プイッとそっぽを向いて俯いてしまった。
それに少しマミが残念そうに眉を下げたが、またすぐに優しく微笑んだ。
素直になれない妹を微笑ましく思う姉のように。


 実際、今の杏子は本当にマミの妹の様だった。
まどかは今まで彼女のことを、頼りになるベテラン魔法少女と思っていたけれど、
マミを前にしたら途端に甘えんぼな妹に見えて来た。不思議。

 やっぱり、そこはマミの圧倒的なお姉さん力のなせる業なのかもしれない。
弟を持つまどかにとって、それはちょっと憧れるものだった。


 なんて考えていると、マミがまどかとほむらの方に向き直った。
すると、ほむらと繋いだ手が急にぎゅっと握られて、そこで初めてまどかはほむらが自分の背後に隠れるように立っていることに気が付いた。



「ほむらちゃん?」

 振り向いて問い掛けると、彼女らしくない不安に揺れた瞳にまどかの姿が映る。
そのただならぬ様子にまどかは不吉な予感を覚えた。

 不安がっている。いや、怖がっていると言ってもいい。
繋いでいる手から、彼女の震えがはっきりと伝わってくるのだ。





 まどかには分からなかった。どうしてほむらがこんなに震えているのか。


 何しろまどかにとってほむらとは、杏子やマミとはまた別の、頼りになるベテラン魔法少女で、
魔女を恐れず勇敢に戦うヒーローだから。
そんな彼女がこんなに弱々しい姿を見せるなんて、いろんな意味でショックだった。








「暁美さん。鹿目さん。ごめんなさい」









 頭の後ろから悲しそうなマミの声が聞こえてきて、まどかは顔を彼女に向ける。




「特に、暁美さんには、本当に酷いことをして……許して貰えるとは思わないけれど、もうあんなことをしないと誓うわ。
本当に、ごめんなさい」




 今にも泣きそうな顔だったマミは、そう言って深く頭を下げた。
その場に立ったままだったのは、ほむらに対する彼女なりの配慮かもしれない。












「……い」






 掠れた声がして、まどかは再びほむらを見る。


 彼女は震えながら、手を繋いでいるまどかの肩を見ながら、それでも絞り出すように言葉を発した。





「いい、わ。き、気にしてない、から……」





 途切れ途切れで、しかも小さくて聞きにくい声。
間近にいるまどかですらよく耳を傾けないと聞こえないくらいだった。
だから、彼女はマミの反応を伺うために再度そちらへ顔を向けた。


 すでに頭を上げていたマミの目元には光るものがあって、それでも彼女の表情からは固い物が抜けていて、
ほむらの言葉はちゃんと届いたんだと分かった。
マミは親指で元をぬぐい、何かを言おうと口を開きかけたけれど、結局何も言えず、そのまま無言でくるりと踵を返した。





「さ、さあ! 魔女を倒さないとね!」




 そして、場違いに明るい声でそう宣言したのだ。


 ちょっと無理しているようで、それでも前向きなひと言に、まどかも、そしてマミの傍らで先程からずっと見守っていたフランも、小さく微笑んだ。



 うん。ちゃんと良くなってきているよね。



 まどかは心の中で頷き、ほむらの手をぎゅっと握り返してあげた。
勇気を出してマミを許した彼女を讃えるように。
まだ少し震えている“友達”を慰めるように。







「いける? 大丈夫?」

 魔女を倒すと言ったマミに、フランはそう問いかけた。
その表情には気遣いの色が一杯に表われている。


「ええ。大丈夫。けじめをつけなきゃね」


 その問いに、マミは力強く応えた。心配はいらないというように。




 その背中が妙に頼もしく思えて、同時に胸の内に懐かしさも広がった。
そんな昔と言えるほど時間の隔たりがある訳じゃないけれど、魔女を退治する戦士の背中を見たのが随分久しぶりな気がしたのだ。
いつの間にか、そっぽを向いていた杏子もその背中に視線を向けていた。

「うん。無理はしないでね」

 フランの言葉と共に、マミは飛び出す。












 お菓子の床を踏みしめ、軽やかに跳躍する。


 そして空中で回転し、ほんの一瞬、彼女は黄金色の光に包まれ…………魔法少女の衣装を身にまとったのだ。



「あ!」



 まどかが驚きに声を上げると同時に彼女は見事な着地を決めた。
そしてその場で一回転して、自分の衣装を確かめる。








 懐かしいウェスタンチックな衣装。だが、見慣れたそれとは細部が違っている。


 黄色を基調としたデザインは変わらないが、コルセットに入っている黄色のラインやスカートと
ブーツの淵、袖口が赤くなっており、胸元のリボンも赤っぽくなっている。
だが一番の特徴は、大胆に開いたブラウスの背中。
白い肌が惜しげも無く露わになり、そこから黒い悪魔の印が生えているのがよく見えるようになっていた。
それが15歳の少女にはあるまじき色香を立てていて、しかも“羽根が背中から生えている”という事実が
背徳さに輪をかけているのだった。

 どうやらマミ本人も、その有り余るセクシーさは気になるようで、しきりに背中を見ていた。
やっぱり恥ずかしいらしい。
大人っぽさが増したマミに、まどかはちょっと憧れたけど。





「準備はいい?」



 マミはフランにそう声を掛けられると、背中を気にするのをやめて真剣な面持ちで頷いた。


 この結界の本来の主は、何とフランちゃんが封印していたのだ。
最初、フランがマミのものを真似したりボンで魔女を閉じ込めたのを見て、まどかは何が起こったのかすぐに認識できなかった。
そして、それが途方もなくすごいことだと、何となく悟ったのだ。



 魔女を閉じ込めるとか、そういう発想自体に驚いたし、しかもそれを実際にできてしまうことにも舌を巻いた。
杏子とほむらですらびっくりして目を見開いていたのだから。

 そして、それを成したのは見た目小学生の吸血鬼で、あれだけ暴力的な光景を見せられた後で、
彼女がそんな器用なことをできたのが結構意外に思えたのだ。




 そんな彼女は、「行くよ~」という掛け声とともに、魔女を閉じ込めていた(傷一つない)
リボンの繭に掌を向けて、それを解いた。








 その瞬間、繭を突き破るように中から巨大な蛇のような魔女が姿を現した。


 ピエロのようなファンシーな顔に、不釣り合いな鋭い牙が並んだ顔の半分を占める大きな口、
断面の直径が既に人間に身長より長い大きな胴体。
マミというベテラン魔法少女を瀕死にまで追いやった、凶暴な強敵。



「おい、これがあの魔女なのか!?」

 初めて見るであろう杏子が驚きに声を上げる。
実際、この魔女を見るのは二度目になるまどかですら、あの小さな人形体から、
どうしてこれだけ大きな本体が飛び出してくるのか、未だに信じられないのだ。
初見の杏子思わず叫んでしまうのもおかしくない。




 この魔女は何もかもブラフなのだ。

 あの可愛らしい外見はもちろん、このファンシーな空間も、大して強くない使い魔たちも。
そうやってのこのこ油断してやって来た魔法少女を、本性を現してからがぶりと齧り付くのだ。
恐ろしい魔女だった。
そして尚恐ろしいことに、今あの魔女は、閉じ込められていたせいか、
全身から怒気を放って、その目はぎらぎらと光っている。













「ふふふ。随分機嫌が良さそうじゃない。
『激オコスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム!!』って感じかしら」








 だというのに、しかも一度自分を殺しかけた相手だというのに、マミは余裕の声でそんな軽口を叩いた。
それは、恐怖を克服するために無理矢理捻り出したものではないく、本当に余裕があるのだろう。


 マミは両手をかざし、その手にリボンで編んだマスケット銃を出現させる。
魔法少女から吸血鬼になってもその魔法は御健在のようだ。
そして、牽制と挨拶を込めて、マミは先制攻撃する。




 しかし、一方の魔女もそんな攻撃くらいでは全く怯まず、逆にマミをその巨体で押し潰さんと体当たりをしてきた。

 マミはマスケット銃を捨て、軽やかにステップを踏んでその突進を華麗に避ける。
先程の弾幕に比べればよっぽど避け易そうで、余裕の現れなのか、明らかに無駄な回転がそのステップの間に二つも入っていた。
やはりと言うか何と言うか、マミの戦い方は見た目重視のようだ。







 それは変わらない。
変わらないのに、まどかが抱く感想が変わったのは、まどか自身の見方が変わったからだろうと、
彼女は気付いた。



 以前は、マミの戦いを見て、ただひたすらに「カッコイイ」とか「あんな風になりたい」とか憧れるだけだったけれど、
魔法少女同士や吸血鬼の戦いを見てきて、どうやらものの見方も多少変わったらしい。
憧れるだけではだめで、そこには血の流れる殺し合いという“現実”が存在するのだということを
認識しなければらないと分かってきたのだ。





 辛いこと。悲しいこと。酷いこと。






 詰まる所、戦いなんてそんなものなのだ。
けれど、そんな戦いをあんなふうに「魅せて」しまうマミは、やっぱりすごいのだろう。
辛くないはずないのに、それでもああいうふうに戦える彼女は、強い人なのだ。


 だからこそ、まどかはどうしてもマミに憧れてしまう。
命をやり取りする戦場でも無駄を入れられる“強さ”。
どんな戦いでも魅せることを忘れない“美学”。
そして、流暢なイタリア語で必殺技を叫び、華麗に魔女を倒す“センス”。
そのどれもが、まどかの心を捉えてやまないのだ。


 恐ろしく残酷な『現実』を知っても尚、マミの戦いを見て昂ぶる感情を押さえられない。
いやむしろ、現実が悲惨だからこそまどかには、その戦い方が――生き様が、輝いて見えるのだ。




「この程度じゃ効かないわね。でも、これならどう?」


 まどかが思考している間に、マミは空中に飛び上がり、そう言いながら羽を起点に無数のマスケット銃を出現させた。
そして、軍隊司令官宜しく真っ直ぐ手を振り上げ、部隊に合図するかのようにその手を伸ばしたまま直角に振り下ろした。
同時に一斉に火を噴くマスケット銃。
さっき、マミが長ったらしいイタリア語の名前を叫んでいた技だ。


 さしもの魔女も、このマスケットファランクスの斉射には動きを止め、痛みにのたうち回った。
だが、これでやられるような楽な相手ではない。

 射撃が終わると、魔女はボロボロの体で鎌首をもたげ、マミを睨みつけた。
どうやらあまり効いていないらしい。
ただ、その怒りに油を注ぐだけになってしまったようだ。



「そうよねぇ」


 それはマミの予想の範疇で、彼女は頷きながらパチンと指を弾いた。

 その途端、銃弾が穿った穴から、赤っぽい黄色のリボンがスルスルと伸びてきて、
それはあっという間に魔女を縛り上げた。
魔女は身を捩って暴れるが、リボンの拘束はきつく、抜け出せない。


「でも、これでどうかしらっ!」


 空中に浮いたままだったマミは胸元のリボンを解きながらさらに宙を蹴って飛び上がり、
そのリボンをクルクルと回して巨大な大砲を作り出した。

 お馴染みの、必殺の大砲だ。
けれど、それがあの魔女には通じないことは前回の戦いで証明済みのはず。
にも拘らず、得意顔で大砲を抱え上げるマミに、まどかは大きな不安を抱いた。


「マミさん! 気を付けて!!」


 思わず、そう叫んだ。




 そんなまどかの心配をよそに、彼女はちらりとこちらを向くと、軽くウィンクした。
本人は安心させるためにそうしたのかもしれないが、生憎まどかの嫌な予感がさらに増すだけだった。
無意識に、ほむらと繋いだままだった手に力が入る。






「Tiro」



















 けれど、彼女は叫んでしまう。


















「Finaaale!!」







 いつもより数倍大きな声で宣言された必殺技の名前。
凛としたマミの声が結界の中に響き渡ると同時に、人の胴体ほどもある撃鉄が下され、轟音を立てて巨大な魔弾が魔女に向かって発射される。
魔弾(と言うより極太の光線)は魔女の体を木っ端微塵に砕き、部屋の端まで吹き飛ばした。


 しかし、相手は脱皮を繰り返す難敵で、マミとは最も相性の悪い魔女なのだ。

 魔女はそれまでの体を捨て鉢にし、口から新しい体を吐き出した。
その新しい体は、光線の流れを越えるように、上から弧を描いてマミに襲いかかる。
重力で加速された猛スピードの上、砲撃の反動で動けないマミは、その魔女の牙の前で、あまりにも無防備だった。


 まどかの視界の端で杏子が動く。だが、どうやっても間に合わない。

 まるであの時の再来の様な光景に、まどかは声も出せず、目蓋も閉じられず、ただ茫然とそれを見ているしかない。














 ――――――――――――しかし、一切の心配は無用だったのだ。




















 とても大きな、鈍い音が響いた。













 固い物で、弾力のある物を殴りつけたような音。
耳に心地良くない、暴力が振るわれた音。



 それは魔女に対する意趣返しだったのかもしれない。
無防備に見えていたのは、マミのブラフだったのだろう。








 彼女は発射したばかりの大砲をぶん回し、今まさに噛みつかんとしていた魔女の顔面に、
横からブチ当てたのだ。
見事なカウンターが決まり、魔女は仰け反って吹っ飛ぶ。






「そう来ると思ったわ。でも、分かっていれば奇襲は怖くないのよ」


 なんて言いながらドヤ顔を決める彼女。流石はマミさんだ。


 その間に、ダメージから回復した魔女はマミを睨みつける。
もう完全に激昂していて、犬のように唸りながら牙を見せてマミを威嚇していた。


 さすがに一筋縄ではいかないようだ。打たれ強さはそこらの魔女とは一線を画している。






 さっきはカウンターが綺麗に決まったが、必殺の砲撃が効かないという事実は変わらない。
マミには魔女を倒す決め手がなく、一瞬爽快な気分になったまどかの心は、再び不安で曇ってしまった。




 マミはどうするのだろう?





 まどかがそんな疑問を抱いているうちに、戦いが再開された。

 魔女が咆哮と共に豪速で突進し、マミも、大きく羽根を動かし、その場を飛びのいた。
危なげなく躱すことはできたが、魔女はさらにマミに視線を合わせ、再び突進しようとする。

 このままではじり貧だ。とまどかは思ったけれど、マミはそうでもないようだった。




「元気がいいわね。でも、そろそろ終わりにしましょう。もう、お腹ぺこぺこなのよ。早く帰りたいわ」



 そう言いながらマミは首を軽く振って髪を振り払った。
軽くウェーブのかかった長い髪が、ふわりと揺れる。
いつも、あのドリルのような特徴的な髪型にしているせいで、こんなふうに髪を下ろした姿のままで
戦っているのを見るのが、今更ながら新鮮に感じた。


 それからマミは手を振った。
それが合図のように、マミの袖口から無数のリボンがうねりながら魔女に向かっていく。
素早いが、体が大きな魔女は逃げられるはずも無く、そのリボンに掴まって身動きが取れなくなった。
今度は猿轡のように口まで封じられている。









「最後よ。お祈りは済んだ? 





覚悟はいい? 








魔女部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」





 どこかで聞いたことのあるようなセリフ。それがまどかの脳の奥の琴線に触れる。

 それに対して返ってくるのは、魔女の籠った唸り声と、恨めしそうな視線。



 ちなみに、その台詞はただ言いたかっただけらしい。
もうこれ以上ないくらい得意満面になっていたマミさんだった。






 が、それも案外冗談にならないかもしれないと、まどかは次の瞬間には思い知ることになる。



 マミは両手を水平に広げる。
そして、祈るように目を閉じ、静かに息を吸い、ゆっくりと、吐き出した。





























 ――――それだけで、マミの力が爆発的に広がった。
魔女の部屋を中から破裂させそうなほど、強力なそれが充満し、空気を張り詰めさせる。
ちょっと火をつけただけで大爆発を起こしそうな危険な状態。

 妙な息苦しさを感じた。
マミから発せられた力が、まどかの肺を満たして、呼吸を阻害しているような気もした。
そのあまりにふざけた力に、猛々しく唸り声をあげていた魔女も身を硬くする。

 

 もう、これだけの力があればどんな魔女も滅ぼせそうな、常識外の存在。





 それが今の巴マミと言う少女だった。
















 膨れ上がった力はやがてマミの背後に収束する。
その背中に、ブラックホールに吸引される星々のように圧縮され、融合し、凝縮され、
それらが不可視な力から可視の巨砲へと練成される。
















 そう、巨砲だ。



 あの、巨砲だ。





 先程も、必殺技として放った、あの巨砲だ。










 それが、いっぱいある。
一つや二つではない。
彼女が一人でやっとこさ抱えるそれが、「羽根」に沿うようにずらりと砲門を並べていて、
その全ての砲門が縛られて動けない魔女に照準を定めていた。







 まどかの口から水分が消え失せた。
そして、カラカラになった口内とは逆に、唾液がそっちに移動したんじゃないかと思うほど、
額から冷や汗が流れ出す。


 その圧倒的な光景に、まどかも、杏子も、ほむらも、咲夜だって言葉を失うしかない。
唯一、フランだけはおかしそうに肩を震わせていたけれど、それを除けば、
その場の誰もがその意味不明なまでに凶悪な光景から目を離せなくなっていた。








 力の収束と砲の錬成が終了したようだ。マミはゆっくりと目を開ける。


 その背後には、数えきれないほどの大砲が並べられていた。
それはまさに、あのマスケットファランクスの大砲版ともいうべきもので、それ故に魔女にとってはどうしようもなく絶望的だった。




 呪いを振り撒く絶望の象徴である魔女が絶望に囚われるなど、見方を変えれば滑稽かもしれないが、
非常識な魔法の世界においても、これは殊更理不尽極まりない。
魔法少女と関わってから今日まで、色々と非日常のものを見てきたまどかだけれど、
これまでも、そしてこれからも、今のこの光景を目の当たりにした以上の衝撃を受けることはないに違いない。
まどかがほんの少し魔女に同情を覚えてしまったのも仕方ないはずだ。










 マミは大きく息を吸う。






 その動作がやたらゆっくりで、少しでも囚人に処刑の恐怖を刷り込もうとしている残酷な看守のようにも思えて来た。
魔女は本当に震えていて、先程までの威勢はどこへやら、今はひたすら逃げようともがいていた。








 マミは息を止める。




 それから1秒、2秒と息を止めたまま。







 ――――――――そして、

























「Saturazione attacco!!」





















 同時に数十の撃鉄が振り下され、
フリントは一斉に当たり金を叩き、
飛び散った火花が火薬に火をつける。


 耳をつんざくような轟音とともに、無数の砲門が炎を噴き、極太の閃光が魔女を貫く。
圧倒的な破壊が魔女を襲い、彼女は吹き飛ばされ体を粉砕された。
だが、拘束が外れた口から新たな体を生み出す。





 それも織り込み済みのマミは、
さらに凶悪無慈悲なことに、
次々と新しい巨砲を生み出し順次発射していく。























 これがマミの出した答えだった。







 再生を繰り返す相性の悪い相手に対し、マミが採った戦法は物量作戦。
撃っても撃っても脱皮して再生されるなら、それが追い付かないほどたくさんの砲撃で埋めてしまえばいい。
非常にシンプルでパワフルな論理だった。









 黄金色の銃士は今ここに世界最強の金色の砲兵へと昇華し、冷徹に撃鉄を振り下す。





 その一撃は、最大の戦艦の主砲にも劣らぬ威力と破壊を以って敵を殲滅し尽くし、
勝利と栄光を証明した。



 破壊に破壊を重ね掛けするような、圧倒的な砲撃の嵐。
かつて堕落した文明を罰する為に天から降り注いだ硫黄の炎の如く、
その魔弾は救いようのない運命にとらわれた罪深き化け物を無慈悲に焼き払う(救う)。










 腹に響く砲音はしばらくの間止むことなく、無数に射出される閃光はただ一本の光の柱のようで、
砲兵も、そして標的もその中に埋もれて見えなくなった。






 遂に、魔女はもはや原形を留めることなく滅ぼし尽くされ、グリーフシードを残して消滅した。



 金色の砲兵は軽やかに下り立ち、その手にソーサーとティーカップを持ち、一口紅茶を啜る。
そして、観客に優雅に微笑みかけた。
















 全てが終わり、結界が解けるように消えていっても、
まどかたちは強烈な余韻に身も心も囚われてしまって、しばらく呆然と立ちすくんでいた。
我に返ったのは、マミが心配そうな声で「ちょっと、大丈夫!?」と呼びかけた時。





 すでに結界はなくなり、全員暗い公園に戻っていた。


 マミと杏子たちが戦った余波でぼろぼろになったままの公園。
人気は全くなく、離れた所で寂しく地面を照らす街灯の灯りだけが彼女たちの姿を闇の中に浮かび上がらせていた。








 不思議と明るかった結界の中から、暗い公園への、急激な明暗の変化に目が付いていけず、
まどかは何度か瞬きして、この暗さに目を慣らした。
そうして見回すと、変身したままのマミと、既に変身を解いた杏子とほむら、
マミと咲夜に挟まれるように立っているフランが目に映る。
うん、ちゃんと全員居る。




「滅茶苦茶ねぇ」

 おもむろに周囲を見回し始めたマミ。
その惨状に気が付き、憂いを帯びた溜息を一つついた。
それから彼女は足元にグリーフシードを見つけて、それを拾い上げる。




「これ……。私ソウルジェムがもうないから、誰かにあげるわ」


 欲しい人、と言って掲げるが、誰も反応しない。
というか、必要なのは二人だけで、その二人とも先程の余韻がまだ完全に抜けきらないのか、
少しボーっとしていた。



「あれ?」

「持ってたらいいんじゃない?」



 首を傾げるマミに、フランはそう言った。
そうね、とマミはグリーフシードを懐にしまうと、


「こっちも何とかしないといけないし」


 と言いながら、何かの魔法を発動させる。





 片手の袖からスルスルとリボンが伸びていき、破壊された公園の石畳を覆ってしまった。

 リボンは淡く発光していて、ほんのりと全員の顔を照らし出す。
が、それもすぐに解かれて消えた。
後に見えたのは、元のように修復された石畳。
破壊された跡がなく、綺麗になっていた。



「これでよしっと」


 マミは満足そうに頷き、パンパンと両手を払った。

 あっと言う間に壊れた公園を治してしまったマミに、まどかは思わず「すごい」と漏らした。


「これくらいはしないとね」


 と、ウィンクで返すお姉さん。




 やっぱりマミさんは素敵な人だ。




 戻って来た彼女に、まどかは熱い息を吐いた。
何と言うか、安心感が違う。
マミが居るだけで、どんなことがあっても大丈夫な気がする。






「マミ」




 闇の中、静かに杏子が声を掛けた。全員の視線が彼女に集中する。
しかし、杏子はただ真っ直ぐマミを見つめた。

 その視線に何か迫ったものを感じたマミもまた、真剣な面持ちで杏子を見返し、
「何かしら」と聞き返す。




「頼みが、あるんだ」



 少し言いづらそうに、それでも杏子はどこか必死な雰囲気を纏って続ける。




「頼み?」


「うん」


「いいわ。何でも聞くわ」



 マミは言う。

 杏子は頷く。
そして、彼女は今ある、もう一つの大きな問題の、その解決をマミに託した。




















「さやかを……救ってやってほしいんだ」