想い通りになる世界 (16)


聖女「……うわ」

とある城の一角、聖女として祀られている少女の部屋。
彼女がその口をあんぐりと開けているのは、天井にぶち抜かれた大穴を見てのことだった。

男「う、うぅ……」

瓦礫の中央に、男。


石造りの城壁をぶち破り、なお血を流さない強靭な男ではあるが、昏倒していることには変わりない。

聖女「ちょっと。ちょっとー。参ったな、もう」

聖女は分厚い辞典を手に取り、もう片方の手のひらを男に向けた。

聖女「……」

水よ有れ。
命司る水よ有れ。
心は水の念を聞け。
水の想いを心に宿せ。
それは柔和。水とは柔和。

聖女の心が柔和な想いを放つ時、辞典は独りでにページを開く。



聖女「ユメル・カセ(律し賜う命の水脈)」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1402047699


聖女「よいしょ。ほら、起きれるでしょー。起きて起きて」

辞典がパタンと閉じられると、男の目が少しずつ開いていった。

男「う、ぐ……」

聖女「お、生きてる生きてる! 身体、大丈夫?」

男「ここは……」

聖女「大丈夫だよ、ここは非戦闘区域。セント・セントラル……」

バタバタバタバタ!!

聖女「うわ、慌ただしいな。当たり前か」

男「なんだ……?」

兵士が廊下を駆ける音。それは次第に近付き、この部屋の前で止まった。

ガチャン!

兵士「聖女様、緊急時ゆえ無礼をお許し……なんだお前は!!」

聖女「あー、収めて収めて……めんどくさいなあ、もう」

兵士「とにかく、その男から離れてください!!」



兵士が剣を抜く。

聖女「……?」

漂う異様な気配。

聖女「っ!?」

瓦礫から起き上がった男。

男「……」



……識別

個体A所持物……鋭利性D
個体A識別……運動性E,強度E
個体B:条件 非敵対勢力
状況危険度E

敵対行為:個体A
確認

状況……不明
早急な把握を求めます

考察1がコマンド s.o.l.m.i. を推奨しました
y/n



男「許可する」

yes
activate command 「s.o.l.m.i.」.

兵士「な……」
聖女「あ……」

complete.


ぼごっ。

その手に持った剣は動く事なく、持ち主の手を離れた。
兵士の後ろに回り込んだ男が、首筋に手刀を打ち込んだのだ。

意識を失った兵士はもちろん、傍らで見ていた聖女にも捉えられる速さではない。

兵士「……ごはっ」

兵士は地に伏した。

個体A
状態:戦闘停止 生存
状況危険度E?

以下考察は?
考察1 same
考察2 same
考察3 same
考察4 same
考察5 same
考察6 same
考察7 same
考察8 same

状況を終了します
s.o.l.m.i.を強制終了します



男は聖女に振り返る。

男「俺を助けてくれたのはお前だな。例を言おう」

幼顔に似つかわしくない重厚な声で、頭を下げたのだった。


聖女「え、えーと、その……」

男「ありがとう。感謝する。ありがとう。感謝する」

とりあえず自分は襲われないだろうと安堵した聖女。感謝に対して応答が欲しい男。

聖女「と、とりあえずいいから。顔上げてよ、上げて」

男「不満か。すまなかった、この通りだ」

さらに男は頭を下げた。嘘のつきようもない、申し訳なさそうな想いが周囲に漂っている。

聖女「いや、その、大丈夫だから! ど、どう致しまして! ねっ?」

男「確認した」


聖女は見知らぬ男が城内に侵入した事よりも、精鋭である城の兵士が一撃にて倒された事よりも、その男の戦いぶりに何よりの興味を示した。

聖女(あの時、想いが……消えていた)


この世界の生き物は、必ず何かしかの想いを宿して生きている。
彼女はそれを強く感ずる事が出来るが、ある一点、男が兵士を打ち据えたその一瞬、それを見失った。

その事実は、知識欲が深く研究者気質の彼女を震わせるに足るものである。



彼女はある言葉を口にした。



聖女「君、空人(そらびと)?」

男「そうだ。その質問から察するに、貴様は下人(しもうど)で、ここは下国(しもぐに)か」

聖女「うん。やっぱりそっかあ……」


聖女「ね、空人って……」

男「待て。下層より振動音がする」

聖女「あっちゃあ、追手ですな。過保護だなあ、まったく」

男「ここにいる人間は貴様を保護する者か」

聖女「だいたいそーだね。頼んでないけど」

男「ならば味方か」

聖女「うーん。あ、そうだそうだ!」

ドタドタドタドタ!!

聖女「ね、取引してよ! 君にこの城からの脱出を手伝って欲しいんだ! 代わりに、下国の情報を提供する! いいでしょ?」

男「信用に足るか」

聖女「見知らぬ土地で、100%情報を提供してくれる人なんてなかなかいないと思うけどなー。嘘なんて言わないよ、殺されたくないし」

男「……了解した。城の道案内については貴様に任せる」

男が先陣を切って部屋を飛び出したのと、兵士たちが階段を上がってくるのは同時だった。


兵士「せ、聖女様! 今お助けします!」
兵士「魔想術士、前陣に対想念防壁! あの男に氷冷魔想術を!」
兵士「……ふん」



男「情報交換は後だ。こいつらは殺害していいか」

聖女「やめてあげて欲しいなあ。それより、気をつけてよ。術士に狙われてるよ、狙われてる」

男「歩兵や、弓兵、銃兵に相当する隊は見受けられないようだが……」

兵士「ふん、こちらから行くぞ。キリリ・ディルルミア(時も留める白雪景色)」

ピキピキ……!

男「な……急激な温度低下……!?」

カチン!

突如降りた霜は男の足首を覆うように降り積もり、地表ごと固まってしまった。

聖女「あーあ。もう」

男「なんだこれは。人為的なものか?」

聖女「はぁ……あとで説明しますよー。その状態で足留めって出来る? 時間稼いでほしーんだけどな」

男「試行する」

男が自由な上半身を動かす。すると、突如彼の右手、その中指が手の甲と共に回転した!

聖女「うわ、何それ! カッコいい! 痛くないの?」

男「問題ない。射撃する」

小さな筒と化した中指だったものが薬指の上に接続され、そのままスライドするように変形、元薬指をグリップとした銃火器が形成された。
どうやら中に皮膚の部分は折りたたまれてしまったらしく、黒く光る銃身が物々しい。


兵士「今だ、複数人で取り押さえろ!!」

ダン! ダン!

兵士「あぐ!?」「ああち、あち、あっちゃあ!」

兵士の脚、それと男の銃から煙が伸びている。兵士たちは傷口を抑えて床に転がった。

聖女「うわ、すごい。今の、何か飛ばしたの?」

男「調整された電子流派動だ。神経を強く刺激するが、大きな負傷には至らないだろう」

兵士「さ、下がれ! 対想念防壁まで下がるぞ!」「は、はい!」

男「ところで、足留めを要求してどうするつもりだ。考えがあるのか」

聖女「ぶーぶー。ちゃんと働いてますよーだ。雑談しながら詠唱してるんだよ?」

男「よく分からんな。追撃する」

ダン! ダン!

ぷしゅうううう……

男「なっ?」

男の放った銃弾は、2発とも兵士の前の空間で消失した。焦げ臭い黒煙が立ち昇る。

兵士「対想念防壁、完成しました!」
兵士「よーし、そのまま距離を詰めるんじゃ!」

男「出力を上げ……」

聖女「あー、無駄無駄。あれはパワー勝負には滅法強い、暗号みたいなもんだから」

男「ならば、どうすれば……」

聖女「ヘーキヘーキ! ありがとね、もう充分だよ」


聖女は分厚い辞典を開き、こげ茶色の古びたペンを取り出す。

兵士「な!」「聖女様、お気を確かに!?」

聖女「下国の戦いは、下人におまかせ……ってね☆」


抜き放たれたペンが踊る。
空間に青い軌跡を残し、踊る。
青い軌跡は光を放ち、辞典の紋様と結びつく。
瞬く間にそれは輪を成し、兵士の列に対峙する。
水色の宝石がついたペンキャップが、パチンとペン先にはめられた。

兵士「せ、聖女さまァ~~ッ!!」

水色の宝石が、聖女の手によって描き抜かれた紋様を叩き割る……!

聖女「ーーニオ・ギャラ(風の拳)!!」


ゴウッ!!

男「うおっ……!」

ベキ! ベキベキィ!

兵士「対想念防壁ですら……うわあああああ!!」

強烈無比な風圧が、廊下の調度品やら何やらを破壊しまくり、兵士を押し飛ばす!




数刻すると、城の廊下には瓦礫やら何やら、あちこちをぶつけ昏倒した兵士やらが転がっているだけとなった。

聖女「へっへーん。どんなもんだい」

男「……大した破壊力だ。何故、それほどまでのエネルギーを突如として出現させた?」

聖女「情報交換はあと、あと。それよりその足元の氷、大丈夫? 解いてあげよっか?」

男「これか? ああ、最初から何の妨げにもなってはいなかった」

男が歩くのを邪魔する事もなく、薄氷のようにパリンと砕ける。

聖女「わーお、パワフル。じゃ、兵が集まらないうちに降りるよ!」

お転婆聖女によって破壊され尽くした廊下をあとにするのだった。

ここまで


豪奢な階段に踏み込むと、既に踊り場から上がってくる兵士たちがいた。

兵士「居たぞ! 捕らえろ!」

男「原始的な歩兵隊だな。迎撃するか? 突破するか?」

聖女「お任せしてもだいじょーぶ?」

男「了解、突破する。後ろに付け」

階段での戦闘は、一概に上が有利、下が有利とは決めがたい。男は飾ってある絵画や壺に目をつけた。

男「壊しても構わんな?」

聖女「あれ、ボクが描いたのもあるんだけどなー……」

男「……壺だけ使わせてもらう」

バシュ!

男の左手、その甲から3本の鉄線が射出された。
その内一本が壺に巻きついた。

聖女「うわ、何それ便利」

男「後で赤熱させる。触れるなよ」

聖女「はいはーい」

鉄線を巻き付けた壺が勢い良く先頭の兵士に放り投げられる!

兵士「ちっ、この程度……!」

聖女「あああっ!! 市場価値6千万の壺が! 国の財政が傾いてしまうわ!!」

兵士「壊したらあかん奴やーーーーーー!!!」「兵長ーーーー!!」「キャッチしろおおおおおお」


ガシッ!


兵士「兵長!!」「やった……」「へい……」

ぐら……

兵士「お……も、い……!」「へ、へ、へいちょおおおおお!!」

「……だああああああ!!?」

ガラガラガラガラ!!
……ガシャーン!!



階段という地形で、意外に重量のある壺を受け止めきれなかった兵士は他の兵士たちを巻き込み、踊り場に轟沈した。
全員顔が青ざめており、立ち直る様子はない。

聖女「あーあ。割れちゃった☆」

男「総崩れだ。無力化しつつ突破するぞ」


男「いちいち気絶させていくのも時間がかかりそうだが……」

聖女「それこそボクにおまかせ!」

聖女は分厚い辞典を手に取る。とあるページを開き、それをペンの宝石でつついた。

男「光りだした……?」

聖女「エフテンス・リフリロウ(煽り屋娘の公衆演説)」

辞典の紋様から帯状の光が浴びせられ、兵士たちに降り注ぐ。
光を浴びた兵士はさらに消沈し、一部では嗚咽すら聞こえる。

男「これは……」

聖女「複数対象の想いを増幅する、魔想術士の基礎的な魔想術だよーん」

聖女「壺割っちゃったショックとか、王様に怒られる恐怖とか、国に対しての自責とかを倍にしちゃった感じ?」

兵士「う、ぐ……行かせませんよ……」

聖女「しつこいなあ……ろっくせんまん♪」

兵士「ぐぼぁ!!」「うぐぅ!!」

聖女「国庫☆ 国庫☆」

兵士「う、うおおおおおん!!」





聖女「まあ、これで当分立ち直れないでしょ」

男「……何故聖女と呼称されているのか、あとで聞かせてもらう」

聖女「え~? 今さらだよう」


城のホール部に到着すると、階段を取り巻くように兵が集結していた。

大臣「……聖女さま。あなたは如何せんお転婆が過ぎます」

聖女「うげ。いいじゃんいいじゃん、家出したり暴力振るったりするようなお転婆じゃないんだし」

大臣「先月城を抜け出したばかりでございまする! 暴力に至っては、研究と称して数々の兵士に魔想術の実刑…実験台を命じ! コテンパンにしてきたではございませぬか!」

聖女「あ、あははー……。ま、まあ術式の発展には間違いなく役立ってるわけだしぃ? ね?」

男「俺に聞かれても分からんぞ」

大臣「とにかく! あろうことか我が国の兵を魔想術でなぎ倒し! 我が国の兵を理由も言えないような理由で泣かせ!」

聖女「あーれは自業自得だよにゃー」
男「貴様の脅迫が大きく作用していたように見えたが」
聖女「にょほほほ、脅迫だなんて人聞きの悪い」

大臣「さらには侵入者と行動を共にし、またも城から抜け出そうとなど! 一国の規範である聖女とあろうお方がこれでは、血税を納める民に示しが付かぬのでございます!」

聖女「いーつ規範だなんて言ったのよ。いつ」

大臣「常日頃から口酸っぱく申し上げているではないですか!!」

大臣を先頭とする隊の目の色が変わる……。

大臣「もう!わたくしどもも!我慢の限界でございます!! 侵入者共々、みっちりと1ヶ月は説教させていただく故、往生なされ!!」

聖女「うげー……スペシャルめんどくさい」

大臣が何やら杖を掲げると、後ろの隊がそれに続いた。

大臣「わたくしどもの積もり積もった想い、聖女様にも引けは取りませぬ!」




大臣「土想神・上腕招来! ジェスク・レヴァ!!(巨山轟け完全耐破)」

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