にこ「ニコは百日紅ニコ!」真姫「にこちゃんはローズマリーね」【ラブライブ!】 (251)

アニメ、SID、漫画、三つの設定をごちゃごちゃに混ぜています

設定のねつ造あります

オリジナルキャラクターが出ます

それでも良ければどうぞ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401894397

μ'sに入って翌日、教室で星空凛と小泉花陽が私の前にやってきた。

にこにこ笑う星空凛と、微笑みを浮かべる小泉花陽。彼女たちも同じμ'sの仲間だ。

彼女たちは自然と私の空間にやってきて、自然と一緒ににお昼ご飯を食べるようになった。

談笑する。読んでいた本の話をする。明日のテストの話をする。

こんな事、久しぶりだった。

プチトマトを箸でつかむ事に大苦戦している凛を横目に、私は視界を窓の外へと向けた。

私の音楽は少しだけ息を永らえたけど、でも、それはきっとほんの一年か二年ぐらいで、またすぐ静かになってしまう。

結局私は「西木野総合病院の跡取り娘のお嬢様、こっち側の西木野真姫」なのであって、「ただのピアノが上手な向こう側の西木野真姫」にはなれない。

今はこうやって花陽や凛が居て「μ'sの西木野真姫」として存在を許されている。
それは小学校の頃の「お嬢様の真姫」ではないけれど、私が思い描いた「向こう側の真姫」とも違う。向こう側、という点では一緒だけれど。

私を繋いでいるのは、穂乃果先輩に引きずり込まれたμ'sという一つの部活。

μ'sが無限じゃないのと同じように、私の音楽も、私が向こう側にいられるのも、有限。

本来ならこっち側の人間が、無理矢理向こう側に来ている。

今だってそうだ。凛や花陽は聞こえていないし、気にもしてないようだけど、私には解る。

――西木野さんが凛ちゃんや花陽ちゃんとお昼食べてる――
――あの三人、珍しいよね――
――西木野さんって星空さんなんか無理そうな性格してるのに――
――花陽ちゃんみたいなタイプも苦手そうなイメージあるよ、西木野さんに――
――お嬢様なのにね――

ひそひそ、ひそひそ。

クラスの喧騒にまぎれて、微かに聞こえて来る、悪意のない冷たい真実。

私だって思う。本当なら教室の窓際最後列、一人でお弁当を食べた後、読書している方が何千倍も似合ってると思う。
私はいつだって他人の目を気にしてる。皆に私はどう見られてるのか、どんな人だと思われているのか。

パパの厳しい怒鳴り声に教えられた、私がお嬢様の真姫として生きていく術。

私は私を握り潰し、滅多切りにして、押し殺す。そして綺麗な私だけをくみ取って、濾過して、パパの望む真姫ちゃんを作りだす。

それを小学一年生、なんと六歳の頃に覚えてしまって。もう中学の時には私という人間がよく解らなくなっていた。
そして、素直になるという事を、忘れた。

それが賢い真姫ちゃんの、賢い生き方。

最悪。

バカみたいで。

賢くなんてなくて。

自分が、嫌だった。

誤解を恐れずに言うと、矢澤にこは西木野真姫の事を可哀想な子だと思っていた。
いや、家庭的に恵まれているのは真姫で、にこの方が可哀想な家庭の出身だという事はにこ自身が一番よく解っている。

大好きな父も母ももう居ないし、家は裕福とは言えない。それでもにこは幸せだった。

自分がやりたい事、自分に出会った人たちを笑顔にする、笑顔になってもらう、そういう活動が出来る様になった。
それは間違いなくμ'sのおかげだったし、にこ自身日の光に浴びたような気持だった。

「にっこにっこにー」

このフレーズを言えた時、本当に泣きそうになってしまった。
大好きだった父親が私の為に考えてくれた、名前の由来。にっこり笑顔を届ける為に。


ちょっとした感傷。ちょっとした傷跡。大切な思い出。


ちょっとだけ現実逃避した後、にこは自分が作った卵焼きを、広い広い教室の隅っこで独りかぶりつきながら、現実の――目の前の事を考えた。

(あの釣り目、なーんでアイドルやってんのかしら?)

そもそもなんでμ'sに参入したのか?
にこはその辺りの事をちゃんと知っている訳ではない。

穂乃果は廃校阻止のため。海未は穂乃果に引きずられつつ、でも穂乃果の力になりたいという強い意志を感じる。ことりも海未とよく似てるが、何となく海未の存在が大きい気がする。

花陽はにこと同じ。アイドルになりたいという強い気持ちだろう。凛は自分のコンプレックスもあるからこその参入だ、と語っていた。

では、西木野真姫は?

答えはシンプルで明快。音楽をやりたいから。だと思う。
ではなぜ微妙に斜に構えているのだろう。

せっかくやりたい事が出来るのだ、楽しまなければ損だろうに。

(素直になれないのは可哀想ねー)

もぐ、とにこはウインナーにかぶりつく。

(あ、このウインナー安いけど美味しいわね)

もぐもぐ。

(白米とよく合うわ―)

もぐもぐもぐ。

(……)

二年生の海未は幼少期からの鍛錬で身についた運動神経と恵まれた歌唱力があって、μ'sの中でもかなり呑み込みの早いタイプだった。

だから練習を監督するのは海未で、海未自身は自宅で鍛錬を積むのだから恐ろしい。私は自分とこころとここあの事で精いっぱいだ。

「1,2,3,4,5,6,7,8!」

放課後の練習、海未の手拍子に合わせて踊るのは、これからのsomedayという曲。

明るくてポップなこの曲は、聞く者のテンションをぐんぐんあげてくれる、面白い曲。
人を笑顔にさせたい、そんな私の強い想いを受けて真姫がアップテンポに作曲、海未が作詞した渾身の一曲だった。

μ'sが六人になって初めての一曲は、厳しい練習を重ねて完成度は上がっていく。私はそれが嬉しかった。

海未の足元のウォークマンが曲を奏で終ると、ぱちぱちぱちと拍手が二つ。

「へえ良いじゃない!」
「ええやん、すっごく良い曲!」

二人の少女がふらりと姿を現す。二人ともボンキュッボンの美少女で腹が立つ。

「ぅ絵里ちゃ~ん!!」

「希先輩にゃー!!」

ワッ! と歓声が上がる。説明しなければならないかな。

一人は東條希。音乃木坂の副生徒会長で、超常現象部唯一の部員でもある。
もう一人の名は絢瀬絵里。この音乃木坂学院の生徒会長だ。

私は笑って二人に手をあげると、絵里はサムズアップ。後ろで希がコンビニの袋を掲げた。

穂乃果と海未とことり、花陽と凛にとっては絵里は同じオトノキの幼馴染。
私と絵里と希は、一年の頃からの悪友だ。

アイドル研究部部長の矢澤にこと、超常現象部部長の東條希と、生徒会執行委員の絢瀬絵里として出会った私たちだった。

真面目なふりをして、実はちゃらんぽらんな絵里。
真面目でもないし、素行も悪いちゃらんぽらんな私。
まあまあ普通で、素行も悪くないけど割とちゃらんぽらんな希。

私と絵里はどことなく気が合った。

いつも独りだった希を私達は仲間に入れて、希は絵里と共に生徒会の役目を担う様になった。

「絵里はやんないの?」

休憩になったので、私は家から持ってきたスポーツドリンクを飲むと、絵里へと視線を転がす。
視界の隅で、希とμ'sの皆がアイスの奪い合いを繰り広げている。希が皆のお母さんに見えて、私たちは笑みが零れた。

「私は生徒会やってるし……どうしても、ね。でも私が生徒会長のお蔭で、部活の予算を少し多めに回してあげてるのよ?」

絵里は私に澄ましてウインク。

この生徒会長は、職権乱用でニコが一年の頃から部活の予算を他の部活より少し大目に回してくれていた。とんだ悪党だ。

しかし感謝。お蔭で伝伝伝が買えたのだ。

「それはもう言葉にできないニコ~! ……ま、絵里がμ'sに入ってきたら、私とセクシー路線で被っちゃうしね」

「ハイハイ、にこには敵わないわ」

「ふふん!」

私達はいつもこんな感じだった。

ファーストライブ、μ'sではなく私と数人の仲間とで行ったファーストライブは、大失敗に終わった。

私は私と仲間たちとの温度差を知り、やがて仲間が消え、一人になった時、絵里と希は私を支えてくれた。だから、私はアイドル研究部部長としてここにいる。

「エリち! にこっち! アイス溶けるで~?」

希がコンビニの袋を掲げる。きらきら輝くあの微笑み。二年前はあんな表情をする子だとは思わなかった。
でもそれは話すと長くなる。アイスも溶けてしまうくらいに。

「にこ先輩! 絵里先輩! アイス食べないなら凛が貰うにゃ!」

絵里はニヤッと笑って、私の口を塞ぐ。こいつ!

「凛! にこは要らないって!」

そう言うや否や、絵里は希の方へと走り出す。私の方を見てあかんべーなんてして。

「待っちなさーい! 食べたら許さないニコーッ!」

視界の隅で、髪をくるくる弄ってる真姫の姿を認めながら。

私も希の元へと――μ'sの皆の元へと駆け出した。

下校中、私はつまらなさそうにアイフォンを弄っている真姫を横目に、花陽とアイドル談義を繰り広げていた。

解らない単語が出ると凛がその都度質問して、花陽が丁寧に説明する。そしてまた私と熱い討論を繰り広げるのだ。

私達の前は穂乃果と海未とことり。私の目が狂ってなければ、穂乃果とことりが海末の目を見る眼差しがおかしい。熱がこもりすぎてる。……私の見間違いでなければいいけど。

アイドルに恋愛は御法度ニコ! その分にこにーは皆のモ、ノ!

「にこ先輩、何で一人で寒そうな笑顔を浮かべてるにゃ~?」

――こいつとは一度話し合う必要があるな。

そういや絵里も私の笑顔を見て、寒いとか抜かした記憶がある。


「真姫ちゃんは好きなアイドルとかいないニコ?」

「特に――聴きません」

「えぇー! 聞かないのは勿体ないニコ! きっと真姫ちゃんの気に入る曲があるニコ!」

「興味、ないです」

……取り付く島もない。しかしこの子のつっけんどんさは嫌な感じがしない。どちらかというと、悲壮感を感じる。無理矢理人から嫌われようとしているような、そんな態度。

穂乃果の言葉を借りるなら「無理をして距離を取ろうとしている」とでも。
海未の言葉を借りるなら「いつ自分が消えても良い様にしている」とでも。

流石に海未のセリフは海未自身首をかしげていたが、まあニュアンスは伝わった。

「ダメダメにゃ、西木野さんはJ-POP聞かないんだって~」

代わりに答えてくれたのは凛だ。まあJ-POPよりクラシックの方が好きそうな顔をしてる。顔立ちが。

「西木野さん! 私がお勧めのアイドルソングを――」
「えぇええ!?」

花陽が食い気味に襲い掛かる。オタク気質な花陽だから、これは致し方ない。合唱。

一応一年生組は良好のようだ。二年生は元々仲がいいし、海未は下級生をよく気にかけているし、ことりはお菓子をよく作ってきて皆に振る舞って積極的にコミュニケーションを取っている。穂乃果に至ってはもう凛とお泊り会をしたらしい。私もこいつらは気が合いそうだと直感したし、ね。

「じゃあまた明日、にこちゃーん!」
「穂乃果! にこ先輩、でしょう!?」
「ふふふ、にこ先輩また明日ですー!」

幼馴染三人組と別れて、いつもの私と真姫の二人きり。

……気まずい。

はっきり言って滅茶苦茶気まずい。いや気まずいのは私だけか? 
西木野真姫はこの気まずさを望んで作り上げてるのだとしたら、気まずいのは私だけだ。だからその気まずさを打開する為に、いつも何とかして真姫についてアレコレ聞き出そうとするが、真姫の返事は大体冷たい。

まあ私の方が上級生なんだから偉そうにしても良いんだけど、それは私自身が嫌だ。だって偉そうに喋られたら話す気なくなると思わない?
ニコはその分上下関係なんて気にしないニコ! だ、か、ら、皆も気軽ににこにーって呼んでねっ!

「私、家こっちなので」

いつもの公園の前で、真姫は踵を返す。

妄想劇は真姫の絶対零度の言葉でフィナーレ。私は気を取り直して踵を返しつつある真姫に叫ぶ。

「――明日も部活来るよね!」

私はこれだけは絶対に言う様にしてる。真姫の返事は当然ないけれど、でも言わないと、どこかに行ってしまいそうだから。なんだろう。真姫の事、私はとても気にしてるんだ、と私は他人事のように考えていた。

さて、帰るか。お腹を空かしたこころとここあが待ってる。ニコニー、皆のアイドルから家庭的美少女子高生に早変わり――ニコッ!

自分でもサムいような気もする。

帰宅して、ご飯を作ってこころとここあに食べさせて、こころとここあを寝かしつけて食器を片づけていると、玄関が騒がしくなった。

さてさて、お母さんが帰ってきたな? 私は急いで手の泡を水で流すと、エプロンで手を拭いながら玄関に急ぐ。

「ああ、ニコちゃんーーーー!」

ドアが開いて、こころとここあのママで、私のお母さんが帰ってきた!

「お母さん、お帰りなさい! ご飯? お風呂?」

「ニコちゃんが良いーーーーー!」

「もー、ニコは皆のものニコ! カバン貸して、持って行くよ」

お母さんはパパの再婚相手。優しくて美人で、真面目だけどユーモアあふれる素敵な人。穂乃果ちゃんと海未ちゃんとことりちゃんを足して三で割って良い所を掬い上げた感じの人。

ふらふらと居間へと向かっていくお母さんを見つめながら、私も後をついていく。

さっきも言ったけど、ニコのパパはもうこの世に居ないし、ママはパパより先に死んじゃってるニコ。今のお母さんは、パパの再婚相手。ニコが十二歳の時にこころとここあを産んで、パパはニコが十四歳の時に亡くなったニコ。

パパを最後に、ニコと血が繋がってる人はもうこの地球上に一人も存在しないと言う、超悲劇のヒロインアイドル路線をも貫けるようになったニコ!

寂しくないと言えば嘘になるけど、こころとここあと、お母さんと、希や絵里が居たから、辛くはなかった。

だからこそ、パパもママもいて真姫を応援してくれる仲間もいるのに、どうして彼女はあんなにも「辛そう」なのか――ニコはこれっぽっちも解らなくて、気にしているのかもしれない。

「……よし」

「んん? どうしたのニコちゃん?」

お母さんが眠たげな顔をこっちに向けたから、ニコはとびっきりの笑顔でこう言った。

「にっこにっこにー!」

翌日の昼休み。

「なるほど、真姫ちゃんの事気にしてる訳ね」

私は絵里と希がいる生徒会室へと乗り込んで、昼ご飯を掻き込んでいた。基本的に私は同学年にあんまり友達がいないから、一人で昼ご飯を食べてる。
毎日希と絵里がいる生徒会室に厄介になっても良いのだが、ここは勿論生徒会の場所だから私はあまり入らない様にしてる。絵里が「生徒会に直接苦情や悩みを言えるよう、極力私たち生徒会はここに居たい」との事で、すごいなぁ、真面目だなぁ、と思う。ちゃらんぽらんの癖に。

「エリち、真姫ちゃんってあの赤い髪の毛の美人さん?」

希がもぐもぐと咀嚼をし終えて一言。

「そうよ。私と一緒ぐらいの美人。ま、身体は負けないけどね」

何コイツ、私の方を見て何を言う。バスト七十一で悪かったな。もはや胸筋付けた方がバスト出る気がする。

「にこ、貴女もう胸筋付けた方が良いんじゃない?」

腹が立ったので絵里の弁当箱からウインナーをひったくる。
うああああ、と声を漏らす絵里を尻目に、希がぽつりとつぶやいた。

「んん~なんでにこっちが真姫ちゃんを気にしてるん?」

「えっ? んーとね」

やっぱり聞かれたか。実の話、希には私の家庭事情を話してない。
希自身が結構辛い過去持ってたりするし、現状も一人暮らしで中々しんどい生活だ。それ以上に(一般大衆から見て)エグいヒストリー持ちの私が希の過去を慰めたら、希は「ウチより辛い人がいるのに、凹んでられへん」とかなんとか言って、無理矢理元気になろうとしたに決まってる。

まさか「両親健在で家も裕福なのに楽しくなさそうな西木野真姫」は「両親はこの世に居ないし家も貧乏だけど楽しい私」と真逆だから気にしてる――とか言ったら多分希はひっくり返る。

「あれでしょ? つっけんどんな所が気になるんでしょ。μ'sの子たちって基本皆素直だし。真姫ちゃんだけちょっと尖ってるから気にかけてるんでしょ?」

ナイス! ナイスフォローロシア人! はらしょー! ロシアぶるとかポンコツとか言ってバカにしてごめん!

「あー……なるほど。皆確かに個性的やけど素直やんな」

納得した希。いや正直ちょっと腑に落ちてない……かな? しかし絵里の助け舟に乗ってしまえばダメ押しになるはず。

「真姫ちゃん、なんか無理して強がってるように見えるから。気になるのよね」

「にこっちは相変わらず優しいなぁ」

うっ、この笑顔はホントすごい。希が聖女から天女に見えてくるからもうスゴイ。
三年の内では希の笑顔は「聖女の笑み」とか言われてるが、これは凄い、「女神の笑み」だ。聖母かもしれん。

「でもこのチンチクリン、さっき私のウインナー食べたのよ」

要らんこと言うな。

「まあまあ、ウチのミートボールあげるから堪忍ね?」

希のミートボールと言えば、むしろその豊満なバストに目が行く。
バスト九十センチだっけ? 同い年でこれはマズイ。私と十九センチ差もある。忌々しきことだ。

――え? 十九センチも差があるの? ちょっと待ってこれ冷静に考えて凄くないか。最早私の胸が凹んでるレベルではないだろうか。
むしろ凹むべきは私というか……。

私が暗黒面に落ちそうになってるのに、クソッタレのロシアンブルーは希を振り向き。

「こっちのミートボールをよこせぇえええ!」

絵里が希のミートボール――いや聖母の乳、略して聖乳に両手を伸ばす。アホかこのロシア人。私にも触らせろ。

「わっしぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「ひゃぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
「私にも触らせろニコォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

聖母に群がるのはいつだって愚人だと言う事を、私はよーくわかった。

絵里の言葉が蘇る。「生徒会に生徒が直接苦情や悩みを言えるよう、極力私たち生徒会はここに居たい」
まさかその生徒会でこんなアホなことが起きてるとは夢にも思うまい、生徒諸君。

とりあえずここまで

おつおつ

>>5
六人?

>>16
どう考えてもこれサムは七人曲です、本当にありがとうございました

その日のμ'sの練習にも、絵里と希は差し入れを持ってきてくれた。いつものコンビニで買ったアイスクリーム。
希が配るアイスに穂乃果や凛がワッと押し寄せ、海未はことりにアイスを先に手渡し、花陽は希から受け取る。

そして。

「やっぱり真姫ちゃん、距離取ってるわね」

うまい棒をかじってる絵里は、神妙な表情で呟いた。

「アンタ、私にも買ってきなさいよねうまい棒」

二年以上の付き合いなのに、こいつは未だに私の好みを覚えない。勿論ワザとである。

「何でかしらねぇ。あ、海未がアイス持って行くわ。そういえば私、海未が一年の頃に生徒会やらない? って勧誘したのよ」

「断られるか……海未もそこまでゴリ押ししないわね、引き所はきっちりしてていいじゃない。勧誘、断られたんでしょ?」

「希も行ったけど……真姫、アイス取らないわね。そう、断られたの。部活に専念したいのでって」

私は一息吐いてガリガリくんをかじる。

「あんた、これ私への当て付けじゃないでしょうね」

「バスト七十一っていうのがガリガリって表現できるなら、そうかもね」

「ムキーッ!」

やっぱり食えない女だ。しかし、真姫は本当にどうしたのだろう。何か、簡単に解決できるような物を抱えている訳ではなさそうだ。

取り敢えず、コーンポタージュ味はあまり美味しくないと私は思った。

「真姫ちゃんはアイス嫌いニコ?」

二人っきりの帰り道、私はふと質問を投げかけた。髪の毛をくるくる弄る真姫が、少し驚いた表情でこちらを見る。
あれ? なんか脈あり?

「――嫌いじゃないです」

「じゃあ何が好き?」

「ガリガリくん……」

「意外と庶民的なのね」

少し驚いた。

「悪いですか?」

不機嫌そうな声。

「まっさかー! でもなんで真姫ちゃんアイス食べないの? 希ちゃんが折角差し入れてくれたのに!」

「ベ、別に……そういう気分じゃないだけで……」

ここでニコニー、財布の中身を思い出す。――いけるッ!

「真姫ちゃん、分かれ道の公園で待ってて!」

びしっと人差し指を突き付けて、叫んだ。周りの人の視線が突き刺さる。知らん。

「えっ、ええ?」

私は振り向かない。今来た道を駆け戻り、コンビニへひた走る。

全速力で公園に駆け戻ると、真姫ちゃんはベンチに腰かけて、公園で遊ぶ子どもたちを眺めていた。

楽しそうな笑顔。弾ける笑い声。真姫ちゃんはとても優しげに微笑んでいて――驚いた。こんな表情をする子だったのか。

「まーきちゃん!」

「うえぇっ!?」

真姫ちゃんは時々その容姿から想像できない、ちょっと間の抜けたの声を出す。割とかわいい一面。

「はい、ガリガリくん。好きなんでしょー?」

ぽかん、と口を開ける真姫ちゃん。その眼は微かに、微かに――うれしそう……?

「あ、ありがとうございます、えっと、お金――」

カバンを急いで漁る真姫ちゃんに、私はなけなしの先輩としての威厳を出す。

「いーの! 真姫ちゃん、食べそびれたんでしょ? ニコの、お、ご、り、ニコ」

真姫ちゃんは何か言おうとしたようだが、やがて口を閉じてガリガリくんの封を開けた。ぺりぺり、と小気味のいい音がする。
こういう時自分だけ食べるのは絶対気まずいと思うから、ニコも自分のガリガリくんを開ける。本日二本目。

「当たるといいなぁ」

「……」

夕日の差し込む公園で、私と真姫は二人きり。

「にこ先輩」

「ん?」

「にこ先輩は――楽しいですか」

珍しくガツガツ来るな。良いね。

「楽しいニコ! 人を笑顔にする活動ができるんだから!」

これは割と本心。そもそも私は嘘をつけるほど器用な人間ではないし、嘘がつけたら今頃μ'sに居る私はいない。アイドル研究部としてお遊びアイカツで終わってた。自分を騙しながら。

「真姫ちゃんは、楽しくない?」

私は真姫の瞳を覗き込む。その眼は……その眼は――。

「別に――どっちでもないです」

悲しげだった。まるで、もうすぐ家に帰らなければいけない砂場の子ども様な。
終わりを感じ取っているのは、なぜ? どうしてなの、真姫ちゃん。

貴女は私とは真逆のハズ。恵まれたお家に生まれて、パパとママも元気で、楽しい生活を送ってるんじゃないの――?

「そっか……でも、真姫ちゃん!」

ニコはばっ、とベンチから立ち上がる。そして、自分が出来る最高の笑顔を作る。
パパ、いくよ――! ニコはアイドル。ニコの周りの人を笑顔にさせるのが、ニコのやりたいこと! ニコの理想のアイドル!

「にこにーにこにーにこにこにー! あなたのハートににっこにっこにー!」

パパから貰ったこの歌と笑顔。真姫は驚いたような表情を浮かべた後。

「にこ先輩――ふふっ――それ――」

寒い? 面白くない? でもね? 真姫ちゃん。今の真姫ちゃんはとっても――。

「良い笑顔、ニコっ!」

今日はここまで

それから私と真姫ちゃんは、いつも公園に寄って帰るようになった。そうして付き合っていく中で、段々彼女がどういった人間なのかよく解ってきた。

好きなものはトマト。嫌いなものは蜜柑。音楽が好きで、中一の時点では辞めちゃったけどピアノが特に好き。趣味は写真と天体観測。希と気が合いそうだ。そして、一番私が驚いたのは――。

「親との関係? 昔は良かったけどね」

別段嫌いなわけじゃない。ただ、ちょっと苦手なだけ、だって。

「お金持ちなのに?」

素っ頓狂な声で吐き出された私の言葉に、真姫の顔がはぁ? って顔になる。

実際付き合ってみると、結構この真姫は皮肉屋で割と自信家(時々自意識過剰?)だった。
上下関係もあんまり気にしないタイプで、年功序列よりも実力主義的な所があるみたい。私はこういうの嫌いじゃない。

「家柄と親は関係ないでしょ」

「ごもっともで……じゃあニコの勝手な妄想だった訳かぁ」

「意味わかんない」

「ニコはお金持ちなら幸せだって思ってたみたい」

「そうでもないかもね。でも、お金はないよりはマシだと思うわ」

真姫はぽつりと呟く。ここで貧乏なら良かった、とか言わない辺りやっぱり微妙にそこいらのお嬢様とは違う気がする。
何というか、夢見がちなお嬢様ではない。どっちかというと、リアリスト? リアリストとも違うか。

「そろそろ帰るわ、にこちゃん」

真姫はベンチから立ち上がる。

真姫ちゃんは私の事を「にこちゃん」と呼ぶ。彼女にしては偉く可愛い呼び方だが、まあ嫌いじゃない。
彼女も何かしら思う所があって、ちゃん付けなんだろう。何かがなんなのか、そもそも何かがあるのかどうかすら、解らないけれど。

しかし凛ちゃんとか花陽ちゃんとかは呼ばない。私だけにニコちゃん、である。



そろそろ「これからのsomeday」のPV撮影だ。バシッと決めて良いのを撮りたい。
ホントは絵里と希も仲間に入れて一緒にやりたいんだけどなぁ。
あの二人のポテンシャルは高い。きっとμ'sの活動の幅が広がる――私はそう思いながら、真姫ちゃんに手を振った。

「また明日、真姫ちゃん!」

中指と薬指以外をピンと空に突き立てて手を振ると、真姫は苦笑しながら手を振った。

(さーて、ニコも頑張るニコ!!!)

パパ、見てて。ニコ、沢山の人を笑顔にしてみせる――!!

次の日も良く晴れていた。

「これにてPV―――完成!!!」

穂乃果の満面の笑顔でことりや花陽、凛がワッ! と完成を挙げる。
無論私もニヤニヤが止まらない。廃校阻止、という穂乃果の熱い思いとは違うけど、私だってアイドル活動の中でこのPVを見てくれた人が笑顔になってくれればどれほど嬉しいか。

確実に、私は私の夢を叶える為にその一歩を踏み出してる。

「ふふ、にこ先輩も嬉しそうですね」

穏やかな微笑みを浮かべながら、海未がこちらにやってくる。だから私も完璧な笑顔で応えた。

「素敵な笑顔です、にこ先輩」

「ありがとー! ……でも、海末っちは楽しくなさそう?」

海未は少し驚いたような表情を見せる。ふふん、このニコ様の洞察力を舐めてはいけないぞ、園田クン。

「……真姫の事です」

ほう。流石海末ちゃん、弓道部で後輩を持ってるだけじゃなく、慕われたり告白されてるだけはある。
穂乃果っちやことりっちも十二分にいい先輩だけど、海未ちゃんは真姫へ一歩深いところまで突っ込もうとしているのが伝わってくる。

「……真姫のことに関しては、にこ先輩が一番詳しい気がするのです」

「花陽ちゃんや凛ちゃんもいるニコ?」

「ええ、花陽も凛も真姫の良い友達です。でも、真姫自身が、やはり――にこ先輩を」

「――私に任せて」

私はあまり仲間を失いたくはない。昔一度やらかしてるから。
ましてや可愛い可愛い後輩の穂乃果ちゃんがスカウトした、大切な仲間なのだ。三年である私がやらなくてどうする。

「にこ先輩?」

「海未、真姫は絶対に何かあるの。誰にも言えない、言ってない、深い悩みがあるはずなの」

孤独に慣れ、独りだった希を引っ張り上げたのは、私ひとりじゃない。絵里と一緒に引っ張り上げた。

それをもう一度、成し遂げるだけだ。やれるはず。


「海未、アンタと私、二人掛かりで真姫の悩みを少しでも和らげてあげられるよう、努力するわよ」

「にこ先輩……」

「お節介かも知れないけどね」

私は海未にサムズアップ。
すると海未っちは口を開いた。

「私、にこ先輩の事、見直しました」

「なっ、あ、アンタね――!」

流石にムッとした――と思ったら、海未ちゃんは微かに笑ってた。
へぇ、堅物だと思ってたけど、案外冗談も言えるのね。

と、なんだか昔の私と絵里の様な会話をしてると思っていたら――。

「にこちゃんも一緒に乾杯しようよー!!!!」
「乾杯するにゃぁあああ~!!!」

騒がしい連中の声に、私と海未が呆れ顔をした矢先。

背後から物凄い圧力がかかって、私の体が空を舞った。
海未ちゃんの日本刀みたいな切れ目が丸く見開かれながら、ちゃっかり凛を抱き留めていたのがスローモーションで見える。
やっぱ鍛えてるのって凄いわ。

身体を傾かせながら聞こえたのは、海未の怒鳴り声、ことりと花陽の悲鳴だった気がする……私に突撃したのは穂乃果ちゃんか、許すまじ。

顔面から床に突撃して、私はその場に倒れ込んだのだった。

一瞬意識が飛んだような気がする――はて――?

今日はここまで。

担架で運ばれた記憶がある。

穂乃果と凛がものっ凄い勢いで泣き喚いてた記憶もある。

ことりと花陽がタオルを濡らして頭に当ててくれたのも解る。

ただ、真姫ちゃんが何か言ってた記憶があるんだけど――なんだかわからない。記憶を見る窓に霞が掛かっている様な。



明確に自分が自分と認識できたのは、保健室のベッドに寝転んで十分経ったか経たないかくらい。だと思う。

「あー……なんかちょっとふらふらするんだけど」

目覚めた私にまず開口したのは穂乃果ちゃん。

「ほんっとーにごめんなさい!!」

まあ、頭をぶっつけただけですんで良かった。割とマジで。いやまあ穂乃果が泣きそうな目で謝ってるし、別段私も怒ってないからね?

そりゃあこれが切欠で廃校阻止! に繋がる一歩なのだから、嬉しくってしょうがないだろう。
ニコだって心に湧き上がる熱い気持ちは未だに冷めないし!

「ニコは丈夫だから平気ニコ!」

「私は鍛えてましたから大丈夫でしたが……凛、穂乃果、今後絶対にいけませんからね」

「「……ハイ」」

二人の返事の後。

「にこちゃん」

間髪入れず。いつになく――そう、真剣な目で。

「本当に大丈夫?」

「う、うん」

真姫ちゃんは私が寝ているベッドに近づいてくる――と思った矢先、私の目の前に指を二本見せた。人差し指と、中指の二本。
真姫ちゃんが私にVサインを真剣に見せつけてる絵面。なんだか可笑しい。

「これ、何本?」

威圧感凄い。やばい。間違えたら殺されそうなほどに威圧感ヤバイ。
ちょ、ちょっと場を和ませようかな……。え、笑顔を作って。

「に、にっこにっこにー?」

「ちゃんと答えて!!」

身体がびっくぅ! となる。びくっ! じゃない、びっくぅ! だ。
素早く目を走らせると――皆目が丸くなってた。どうやら真姫のこの鬼みたいな形相に、みんな驚いてるみたいだ。

そうこうしてる内に、真姫ちゃんは泣きそうになってる。そ、そこまで心配してくれてるのか――嬉しいけど正直驚きも半分。

「に、二本……」

流石にこれ以上アホなことをしてる精神的な余裕はなかった。だから真面目に答える。

「ま、真姫ちゃん、それ、保健室の先生も同じ事してたよ……?」

苦笑とも微笑とも言えない、何とも微妙な笑顔を浮かべながら、ことりは呟く。

真姫ちゃんは少しの間無言だったけど、おもむろに形の良い唇を開けた。

「にこちゃん、校門まで歩ける?」

「え、ええ……まあ、別に帰れると思うけど……」

「タクシー呼びますから、海未先輩、にこちゃんの鞄とかお願いします」

「え? あ、はい?」

ここまで主体的に話す真姫が珍しいのか、海未は呆気にとられていた。

いや、この場にいる大体の人間がそんな感じの表情を浮かべていた。

真姫ちゃん、結構話すのにね。

「に、西木野さん、にこ先輩何処に連れていくにゃ?」

凛も相当動転しているようで――でも、なんとかこの場にいる全員が疑問に思う質問を繰り出した。

「西木野総合病院」

彼女が短く答えた言葉で、私は微かに頭痛を覚えた。思い出したくない記憶と言うものは、いつだって誰だって持っているはず。

タクシーに乗ったのは――何度目だろう。パパが死んだ日と、ママが死んだ日で、二度? あの日はどちらも急だった。
授業中に学年主任の先生が飛び込んできて、私を連れ出すのだ。校門を出ると、もう既にタクシーは私を待っていた。

その時タクシー中で、私は何を思っていたのだろう? 今はもう、思い出せない。思い出したくないのかもしれない。

「ガリガリくん」

タクシーの中で、真姫はぽつりと言った。

「へっ? 何? 食べたいの?」

「違うわよ!」

そりゃこのタイミングで言う訳ないか。

真姫ちゃんは多少怒っているように見えたが、ふと溜め息を一つ。

「頭って、ぶつけると怖いのよ。にこちゃん一瞬意識なかったでしょ?」

「う、うん」

「その後記憶も少し混同してたし。頭打った後、今は大丈夫でも数時間後とか、数日後とかにとんでもない症状を発症したりするから」

ちょっと怖くなった。

「だから一応病院で見てもらった方が良いと、思う」

突然それきり外の景色を眺め始めた真姫。右手はいつもの髪の毛を触って、落ち着きなく。

「真姫ちゃん、ありがとう」

囁いた言葉に、真姫ちゃんの右手がぴくっと止まる。

「意味、解んない」

もしかしたら、この美少女は私が思っている以上に、優しくて繊細な子なのかもしれない。

デカい。デカい病院だ。真姫ちゃんの親が院長だっけ? とにかくデカい。確か総合病院だから、ここには数多くの科が存在しているはず。――あまり来たくなかった。

真姫ちゃん自身も脳外科志望って言ってたから、勿論脳外科も存在するんだと思う。

「あの、真姫ちゃん、今日ニコお金あんまり持ってきてないんだけど……」

「ガリガリくん」

――こいつ! まさかガリガリくんのお返しに!?
ガリガリくんでこんな立派な病院の診断を受けれるってどうなってんだ! いかんいかん! どないする気や!!

「いいから、来て。ゆっくりでいいから」

と真姫は白いリノリウムの床を迷いなく歩いていく。しかし歩幅はゆっくりで、私を気遣ってくれているのが解る。
こういう大きな病院ってほら、紹介状とか――って、真姫ちゃん自身がもう歩く紹介状みたいなものなのか?
いや、流石の真姫ちゃんでも、そんな事は不可能じゃ――。

「真姫ちゃん、お帰りなさい」
「あら、真姫さん。こちらにお見えになっていたのですか」
「真姫お嬢様、どちらへ?」

……すれ違う看護師や医師全員が頭を下げているではないか。希の言葉を借りるなら、スピリチュアル……いや、あれは超自然的なモノだから、また別か。

「座って待ってて」

真姫が受付に向かう。

真姫が受付に何か話をしてる。

真姫が戻ってくる。

私は椅子に座らされる。

無言の時間が続く。

真姫は髪の毛を弄って、時々私の顔をチラ見する。

やがて、私の名前が呼ばれた。

「真姫お嬢様の見立て通り、軽い脳震盪でしたね。ここ数日は念を押して、激しい運動は控えてください」

初めてCTスキャン? っていうのを受けた。なんか映画みたいでちょっとドキドキしたのは秘密ニコ。

「ありがとう、八坂」

にこを診断してくれたお医者さんの名前は八坂って言うらしい。
なんでも若手の脳外科医らしくて、精神や心、心理学にも精通してるんだって。すごい。

――いやほんと凄いと思う。イケメンだし。短髪黒髪の好青年って感じ。まあ実際は三十代後半ぽいけど。

椅子に座っていたニコと、そのそばに立っている真姫ちゃん。私達二人を見比べるように八坂さんが視線を転がす。
そしてふと、思いついたように質問を一つ。

「ところでお嬢様、和木さんの仰っている〔μ'sの先輩のにこさん〕とはこの方ですか?」

ボンッ!!! っと。音がした。いや、音がしたような気がする。うん。いや聞こえなかったんだと思う。何言ってんだ私。

傍で立っている真姫ちゃんを見上げると、なんとなく音の出どころが解った気がする。真姫ちゃんの顔が見事に真っ赤だったから。

「わ、わ、わ、和木さんから、何を、聞いたの」

「最近矢澤さんが優しくして――うごっ」

真姫ちゃんが手に持っていたカバンを、八坂さんに投げつけた。わーお、大胆……。

呆気にとられるニコを尻目に、真姫ちゃんは肩を怒らせて去って行った。乙女心は秋の空……うーん、ムズカシイ? 

ニコも乙女なんだけどね。

「八坂さん、大丈夫ですか?」

「あはは、また口を滑らせたみたいだね……でも真姫お嬢様が元気そうで、楽しそうで何よりですよ」

八坂さんは嬉しそうに微笑む。

「元気そう?」

どういう事だ?

「いや、小さいころから――ピアノのコンクールだから、小一だったかな? そのあたりから、真姫お嬢様はあまり表情を見せることがなくてね」

「どういう……事でしょうか?」

「笑う事は勿論、怒ったり泣いたり、そういうのもあまり見せないって和木さんが言っていて……。だから、高校に入ってμ'sの活動を始めて最近、表情豊かになったって」

「……真姫ちゃんは、μ'sの活動を楽しんでるんですよね?」

「え? 和木さんの話だとね」

……稲妻の様に、私の中で強烈な違和感が走り抜けた。

「でも――」

八坂さんは続ける。

「でも?」

「院長にもしμ'sの活動がばれてしまったら、きっと大問題だろうね」

「えっ?」

えっ? なんで?

「真姫お嬢様の御父上、この病院の院長は真姫お嬢様を医者にする気でね。真姫お嬢様も医者に関しては特に不満もないようだし、なる気満々らしいけど。ただ、真姫お嬢様がオトノキに入学したのは、この地と深い結びつきを付ける為なんだよ。ただそれだけの為」

私は頭の中で、何かがはじけた。

「院長にとっては、μ'sの活動を真姫お嬢様がしてるなんて知ったら――勉強の邪魔だって言うだろうね」

何故だ。何故親が子の行いに口出しできるのだ。お金があって、家も広くて、余裕があって、真姫のやりたいことが、何故できない。
なぜ胸を張って親に自分のやっていることを言えない。
真姫が何をしようと、真姫の自由だ。ましてや悪い事をしている訳ではない。むしろ廃校阻止に力を貸す、誇るべき行いなのに。

「止めさせない。八坂さん、ありがとうございました!」

「えっ? あ、うん?」

私はカバンを引っ掴むと肩を怒らせて診察室を出た。
真姫は私たちの仲間だ。真姫自身が選んでμ'sに居るのだ。子どものやることを応援できない親がいていいものか。

髪の毛を弄って私を待っていた真姫ちゃんが、私を見て頬を赤く染める。

この不器用で自信家で不器用で優しい後輩を失うものか。私は、彼女に誓ったのだった。

だから翌日、真姫が泣きながら屋上に来た時、焦る皆を横目に私は、興奮していた頭の芯がスゥーッと冷えて行ったことをよく覚えている。

「PV完成おめでとう! 私達も昨日知ったわ」
「いやぁ、皆かわえかったで~!」

希と絵里の言葉に、μ'sの六人は花が咲いたように満面の笑顔を咲かせた。まあニコが一番きれいなんだけどね! ね!

ワイワイ騒ぐ六人だったが、ふと穂乃果が絵里の方を振り向く。

「絵里ちゃん! これを気にμ'sに入ってくれるんだよね? 希先輩と一緒に!」

「はい?」

穂乃果の突き抜けるような笑顔に、絵里の表情が凍りつく。そして凍りついたまま、私の方を見る。こいつ、私が原因を作ったと思ってるな。

そう思って私は希を睨む。するとさらに突き抜けるような笑顔がもう一人。

「だって希ちゃんが、イヤよイヤよも好きの内、その内絶対共感して折れるんよ~、って言ってたにゃ!」

絵里が私から希に視線を向ける。
私はニヤニヤしながら希を見た。

「の、ぞ、みぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「あはははははははは! だってエリちホントのことやんな?」
「ひっ、ひひひひははははははは! あ~可笑しい! でも、ふふっ、絵里、もう折れた方が良いニコ? ぶっふふふふ!!」

「! 絵里ちゃんと希先輩、遂にμ'sに!?」

ことりがキラキラと目を輝かせる。ここで食いつくのがことりだったので、少し驚いた。
後ろで海未がやれやれと苦笑を浮かべていた。

「衣装作る数が増えてうれしいんですよね、ことり?」

「うんっ!!」

ああ、なるほど。ことり、衣装作るとき凄く楽しそうだもんね……。

「エリち、もう折れてもええんやない? 不器用さんとはさよならして、そろそろ廃校阻止をモットーにしよ?」
「絵里、私達と共に――どうですか?」
「絵里ちゃん! μ'sに入ってよ! 私、絵里ちゃんと一緒にやりたいの!!」
「私、絵里ちゃんのこと昔からずっとカッコイイって思ってて――絵里ちゃんと一緒に活動できたらって――花陽、そ

う思ってて――」

たじたじになる絵里。そしてさ迷った視線は私に。

「生徒会長、学生の悩みには答えるのが会長ってもんでしょ」

私の言葉に、絵里は少し微笑みながら溜め息を吐いた。

「――私もそろそろ素直になるわ。μ'sの皆さん、絢瀬絵里と東條希、私達もμ'sに入れてください!」
「お願いします、やね!」

絵里と希が頭を下げて――もう一度歓声が上がった瞬間。

屋上のドアが――運命のドアが、重く開いたのだった。

真姫が屋上にやってきて。

凛と花陽が「真姫ちゃん!」と名前で呼んで飛びついた瞬間。

彼女の口からは、さっきの絵里と希とは対照的な言葉が漏れた。

「私、今日でμ'sやめるから」

凛と花陽が固まって。

穂乃果とことりと希が目を大きく見開いて。

私と、絵理と、海未は、顔を見合わせた。

そして花陽が、震える声で、震える足で、震える手で、言った。

「もしかして――おうちの人?」

海未と絵里が、私を見る。

「私、もう、μ's――続けられなく――」

もうその後は聞き取れなかった。

うああああああ、と決壊したダムの様に、真姫は屈みこんで泣き出して。

何度も何度も謝りながら。親に許しを請う子どもの様に。彼女は、強く、強く、声が枯れるまで、泣いていた。

「にこ先輩――絵里先輩――」

「にこ」

「ええ」

この二人に昨日の内に話しておいてよかった。

まさか、PVを作り上げた翌日にこんなことになるなんて。

茫然としながら、私は今後の事を考えていた。

真姫を、奪い返すのは、私だ。

これは真姫の問題じゃない。真姫と、真姫の家族の問題だ。

私の家族像の押しつけだ。

やってやる。

その日、真姫は当然――と言えば当然だが、練習には参加せず去って行った。

一人減って八人になったμ'sは、部室で深い沈黙に包まれながら、やがてぱらぱらと帰路に着き始めた。




「ここで真姫といつも喋ってたのよ。真姫、色んな事話してくれたわ。結構良い子なの」

「なるほどね」

私と絵里はあの公園で、いつものベンチで、ガリガリくんをかじっていた。

いつも真姫と眺めていた遊具で遊ぶ子供たちは、何も変わらない。

真姫の両親にばれた時の事が解っていたこととはいえ、流石に真姫の取り乱し様は心に重かった。

「にこ、貴女はどうするつもり?」

絵里が聞いてくる。解っていることだ。

「決まってるわ、取り返すのよ」

「家族の問題よ。私達がどうこう言えると思う?」

「子どものしたい事に親が口出しできるの?」

「無関係の私達が家族の意向に口出しできるのかって聞いてるの」

「出来るわよ。だって真姫は泣いてたから」

「そうね、私も出来ると思うわ」

家族の問題に口出しする派も口出ししない派も、家族に口出しするべきだと言っている。滅茶苦茶だ。

「海未もね、色々と思う所があるみたい」

「海未も?」

意外な名前が出てきた。何故海未?

「跡取り問題、家の意向、海未も色々あるのよ」

「海未の事までは手が回らなかったわ……」

「そっちは任せてよ。私なりに色々やってみる。昔から私、あの子の事結構好きなのよね」

おっと、大胆。

「バカにしないで。にこ、明日にでも――」

「乗り込むか」

私の答えに微笑んだ絵里はやがてスッ、と笑顔を消した。そして私の顔は見ずにガリガリくんの棒を眺めて言った。

「あの事、目の前で言うの?」

「出来れば言いたくない。でも、皆が言ってもダメなら、私がリボン外すわ」

「そう……頑張るわ」

拳と拳を突き合わせ、私と絵里はベンチから立ち上がった。

今日はここまで

翌日、私たちは西木野家に殴り込みに行った。丘の上の豪邸と、重く閉ざされた門扉は私達は拒否しているように見える。

インターホンを鳴らすと女性の声がして、私たちは自動で開く門を潜り抜けて招かれざる客として歩みを進めた。

広い庭を抜けている途中、ふと上を見上げるとカーテンが閉められた部屋があった。真姫ちゃんの部屋かな、なんて邪推してみる。



広いリビングの中、真姫の父親の前で私達は正座して、真姫の父親と正対する。

「真姫ちゃんと一緒に活動させてください!」
「お願いします! 私達、真姫ちゃんと活動がしたいんです!」

穂乃果とことりが想いを吐き出して、凛が後に続いて、希に支えられて花陽が思いの丈をおずおずと伝える。

ニコと、海未は、黙ったままで。

絵里が口を開いて、皆が一度黙り込んだ。

改めて自分たちが何者なのか。μ'sがどういった存在なのか。そういう事を端的にわかりやすく、述べていた。
こういう時の絵里は恐ろしく冷静で、頼りになる。

無言で話を聞いていた真姫パパは、やがて口を開いた。

「そんな活動に、真姫を巻き込む必要があるのかね? 真姫は医学部に進まなければならない、そんな活動に精を出してもらっては困るのだよ」

「そんな活動だなんて! 酷いにゃ!!」
「凛ちゃん」

真姫パパの言葉に凛が食ってかかるが、希が制して、絵里にアイコンタクト。

「お父様の仰ることは尤もです。ですが、今の真姫さんは勉強を疎かにした訳ではありません。現に、真姫さんが十分な成績を上げていることは、お父様もご存じのはずです」

「これから先がどうなるか解らんだろう? 君は真姫の成績が落ちたら責任を取れるのか?」

「今までの真姫さんを見てきたお父様なら、真姫さんが成績を落とさずに活動できるとお分かりになるはずでしょう?」

真姫パパの強い視線に一歩も引かない絵里。こういう時物凄い度胸があるのが絵里だ。
と、二人が一度沈黙した瞬間、穂乃果が口を開けた。

「真姫ちゃんを――穂乃果たちに――μ'sにかえしてください!」

端的な願い。熱い思い。しかしそれは、大人に届くような論理的なモノではなかった。

「どうしたの和木さん、騒がしいけれど――」

かちゃり、とリビングのドアが開いて。
私ははっと息を呑んだ。

泣き腫らした後がよく解る、彼女――真姫の瞳。たった二日で、彼女は少し痩せた様に見える。

「なんでみんな、それにお父さん――え? なんで――?」

真姫が驚きを露わにして、狼狽する。余りに予期せぬ出来事で、あまり状況が呑み込めてないようだ。
しかし真姫本人が来てしまっては、私は余り目立てない。絵里をちらりと見ると、彼女は頷いた。

絵里が海未の肩を叩く。絵里を見ずに、海未は口を開いた。

「私は園田道場の娘の、園田海未です」

「ああ――昔からお世話になっているね」

「こちらもです」

そこから、海未の必死で冷静な熱弁が始まった。

彼女の悩み、彼女の想い、彼女の願い。

彼女が一番にしたい事と、彼女が一番に守りたい事。

相反してそうで、それは繋がっているもので。

私達は――特に穂乃果とことりが驚いた表情で見つめていた。

彼女たちも知らなかったのだろう。海未の抱えていた悩みに。

海未は絵里に負けない程すらすらと思いの丈を述べていく。

それは彼女が常日頃から悩んでいたからだろうか? それとも、彼女の成せるその聡さから来るものか?

私にはわからない。

そして最後に彼女は、手をついて、頭を下げた。驚いた。土下座だ。たぶん、本当に正しい土下座だと思う。

自分の為にする土下座なのか。真姫の為に土下座したのか。それは彼女だけが知る。

私達の後ろで、微かに身じろぐ気配を感じた。多分真姫ちゃんが、何かを告げようとしてる。

私は本能的に悟った。これでおしまい。私達の勝ちだって。真姫ちゃんが思いの丈をぶつけて、おしまいだって。

「ならん」

ぴしゃりと。海未の肩がかすかに動いた。真姫がぴたりと動きを止めた雰囲気がした。

私は真姫を振り向く。マズイ。このまま真姫パパの空気に呑まれてしまったら、本当に取りつく島がなくなる!

前に躍り出てリボンを外して叫ぼうかどうか悩んだ。でも、後ろには真姫がいる。こんなところで言いたくはない。

「何故ですか! どうして! 真姫はあんなに涙を流して!!」

海未……。

「真姫、昨日私は言ったな? もう、スクールアイドルはしない、μ'sとやらのメンバーにも近づかない、と」

「は……い……」

「部屋に戻りなさい」

真姫が絶望に体を預けながら去っていく。

くぅ……! くっそ!!

「君たちも帰りなさい。真姫にはもう金輪際近づくな、良いな」

畜生! 畜生畜生畜生畜生!!

私が立ち上がろうとした瞬間。

「解りました。一先ず今日は帰ります。さ、皆帰りましょう」

茫然としている七人は、絵里の声でふらふらと立ち上がり、去っていく。

行き場を失くした私の怒りは、ふらふらと虚空をさ迷う。

「ニコ」

――ここは絵里の言うとおりにした方がよさそうだ。今一番冷静なのは間違いなく絵里。

これ以上私が感情のまま喚いても、父親の心証が悪くなる一方だって、解ってた。

帰り道、私達三人はあの公園に寄った。今日は真姫とアイスは居ない。

私も絵里も、口を開けなかった。希が静かに空を見上げてる。

重い、重すぎるほどの沈黙。

子どもたちが遊ぶ声も聞こえない。

梅雨らしく雨の降った後の公園は、冷ややかに私達を包んでいた。

濡れたベンチに座る私と絵里。私も絵里も、何も見えてなかった。

「にこっちと真姫ちゃんは、一か月ぐらいここでお話してたん」

希の言葉に、私は頷く事で答えた。ごめんね、希。ちゃんと言葉で応えなくて。

「ええんよ。知り合ったころに比べて、PV完成したときには凄い仲良しさんやったもんなぁ」

「わたし」

絵里が急に降り出した夕立の様に、ぽつりと漏らした。

「またやっちゃった」

一度降り出した夕立は、止まらない。

「もっと食い下がればよかった。あの子たちにとってニコにとってどれだけ真姫が大切な仲間か少しでも知ってたのに。私が取り仕切って皆を無理矢理黙らせて」

絵里のアイスブルーの瞳にアイスブルーの涙がにじむ。

「エリちの判断は正しかったやん。間違ってなんかないん、あの時のお父さんは、何を言ってもダメやったってわかるよ?」

希が絵里を抱擁する。優しく、頭を撫でながら、ふんわりと絵里を包み込んだ。

大丈夫よ絵里。アンタはいつもそうやって貧乏くじを引くんだから。あの時は引くべきだって、今思えばよーくわかる。
むしろあそこで冷静だったアンタが、ホントに偉いと思うし。

「穂乃果たちの――海未の――真姫の想いを私――踏みにじった――!!」

絵里が歯を食いしばって我慢していた夕立は叫びに変わり、悲痛なそれが公園に響き渡った。

今日はここまで。

「今日はオムライスニコ~! オムライスには特製ニコニー印! にっこにっこにー!」

こころとここあの前に置いたお皿の上には、ふんわり卵のオムライス。
今日は特に腕によりをかけたから、卵の中にパルメザンチーズをまぶした。

ニコが二人のオムライスにケチャップでニコニーマークを描いて、これで美味しさは二百五十二倍!

そんな私が鼻歌交じりにニコニーマークを描いてる途中だった。

「にこにー、どうしたの?」

こころが私に問いかける。どうしたの? と表情で聞き返した。

「にこにー、元気ないね?」

ここあが私に問いかける。ぞくっとした。いや、まさかね。

「にっこにっこにー! まさかこのニコニーの元気がない訳がないニコ!」

せめてこの可愛い妹の前では、気丈に振る舞いたい。
私は一切の隙もなく、笑顔を見せつけた。いつも通りのハズの。

ここあが、ぽつりと呟いた。

「にこにー、手がふるえてる……」

気付かなかった。

「にこにー、ケガしたの?」

「にこにー、つらいの?」

残り少ないケチャップを力いっぱい握りしめて、机の上に少し零れてしまった。

絶対に泣くものか。

「け、ケチャップ、零れちゃったね! タ、タオル! タオル取って来るニコ!」

零れそうになる涙をこらえて、私はその場から駆け出した。

絶対に泣くものか。二人の妹の前で、涙なんか見せたくない。

ひとまずここまで

狭い部屋を駆け抜けて、薄暗い廊下に飛び出し、洗面所に飛び込む。

電気を付けることも忘れて、薄暗い部屋に置いてある洗濯物のカゴからタオルを引っ張り出し、思い切り顔を埋める。

悔しかった。保身に走った自分が嫌だった。真姫の事とパパの事を秤にかけた自分がみっともなかった。

あの場でパパの事を真姫の父親の前で言って海未と同じように一言で断られてしまったら、私は多分立ち直れなかったと思う。

結局私は怖かったのだ。自分が可愛いのだ。自分と自分の思い出の方が大切だから、私は自分を守った。あの土壇場で。

立ち上がろうとしたのも、絵里が止めてくれるって信じてたからだ。

パパのことを切り札にして、それが通用しなかった時の事を考えると怖かったのだ。

それに、パパの死んだことを蔑ろにしてるみたいで。

こんなときパパは何と言うだろうか? 今を生きる人の事を大切にするべき? それとも亡くなった方への敬意を忘れずにするべき?

絵里の前ではカッコつけたつもりだったが、結局絵里はお見通しで、言わせないつもりだったんだと思う。

絵里は、そういう奴だから。

そして絵里に何もかも押し付けて、私は黙り込んだんだ。

「教えてよパパ――! 私は――どうすればいいの――!!」



「ニコちゃんは、どうしたいの?」

優しい声がする。
はっとして、私はタオルから顔を引き剥がして振り向く。

「おかあ、さん?」

「あの人なら、ニコちゃんが思うとおりにしなさいって言うと思うな」

優しい声は続ける。

「ニコちゃんのママはもう居ないし、パパももう居ない。でもね、お母さんはニコちゃんが思う方法を貫くべきだって思うの。だってニコちゃんは良い子なんだもん」

「……」

「ニコちゃん、昔もこんなことあったでしょう? 自分の中で抱え込んでしまって、一歩も動けなくなるのはニコちゃんの悪い癖」

私がどんなひどい顔をしているか、何故こんなに泣いているのか、お母さんは一言も聞かなかった。

「ニコちゃんはお家の事を一番に思ってくれて、私達の事をこんなにも愛してくれてる。ニコちゃんだって、まだ自分の気持ちに整理がついてないのに、こころとここあの事を大切に想ってくれてる」

この人は双子の妹達の事を私がどう思っているのかお見通しなのか。
私が未だに「姉のフリをした」人間だってことを。

「ニコちゃん、貴女がパパとママの事を愛していることは知ってる。だから、多少ムチャやったって大丈夫。パパもママも笑って許してくれるわ。ニコちゃんのお母さんが言うんだもん! 絶対よ!」

私はタオルでごしごし顔を拭う。

「にっこにっこにー! でしょ!」

お母さんの言葉に、ニコは泣き笑いのような表情で答えるしかなかった。

翌日、私と希は向き合って教室で弁当を食べていた。絵里は一人で生徒会に居るらしい。
正確には、一人にしてほしいんだと思う。でも私達は深追いしない。絵里には必ずこういう時間が必要なのだ。

だから私達は絵里のことを今は話さない。凹んだ絵里とはいつも必ず時間をおいてから話をするのだ。

「希のスピリチュアルって、この世に居ない人と話したりできるの?」

昨日のお母さんとの話が、私を未だに引き摺っているらしい。私は幽霊とかあまり信じない性質なのだけど……それでも。

「おおうにこっち、藪からスティックに唐突やね」

希のおどけっぷりに少し笑みが零れた。希はこういう時無理せず明るく振る舞ってくれる。だから私も明るく振る舞いやすい。
ツッコミの絵里、私と希はボケに寄ってる。弄られるのは私が多いけど。

「ウチは霊媒師やないし……流石にそういうのんは無理やなぁ」

そりゃそうか……。そもそもそんなご都合がある訳がないか……。

って、私は何を言っているんだろう。死者に会えるわけがない。ちょっと弱気になりすぎているようだ。

「会いたい人がおるん?」

「んーん、聞いてみただけ。希ってパワースポット巡り? とかしてるんだから、そういう力を纏ってたりするのかなぁ、って」

「ふーん……もしかしたらウチ自身に、もう一回そういう力が宿ったりするんかなぁ?」

「もう一回……?」

怪訝そうなわたしの言葉に、希は笑って首を横に振った。

「こっちの話。それよりにこっち今日携帯持ってきてるん?」

「あー……そういや家に忘れてきた……」

「今日も練習はお休みって。まあ、仕方ないなぁって思うなぁ」

「……今日は早めに帰ろうかしら」

私は卵焼きをかぶりつきながら、窓の外を眺めた。
窓の外は曇天で、気持ち良くない天気だった。

六限目が終わって、私は通学カバンを肩にかけた。未だに迷いの綱は断ち切れない。
私の心情を映すように、空の色も灰色にくすんでいた。身体にまとわりつく湿気が鬱陶しかった。

校門を出掛けたところで、私はふと思い出す。ロッカーに教科書を入れっぱなしだった。確か数学の課題が出ていた気がする。

やれやれ、と思いながら帰り道を急ぐ生徒の流れに逆らって、私はロッカーを目指す。




生徒の流れが去った後のロッカー前はがらんとしていた。どこか寂しかった。
本当なら隣には真姫がいて、憎まれ口の一つでも叩いてくれるのだが……。

「ったく……数学嫌いなのよね」

ロッカーから教科書を引っ張り出した瞬間。ピアノの音が聞こえた。

そして、その後聞こえてきたのは、聞き覚えのある歌声。

(この声――真姫ちゃん?)

いつもなら聞こえなかっただろう。静かすぎる廊下が悪いのだ。

――愛してるばんざーい!
――ここでよかった 私たちの今がここにある
――愛してるばんざーい!
――始まったばかり 明日もよろしくね まだゴールじゃない

「……」

気付かされてしまった。

彼女はまだ捨てられないのだ。音楽を。

――まけないゆうき 私たちはいまを……ひぐっ

崩れる伴奏。歌声に混じる、嗚咽。

――頑張れる、から、うぅっ、うあっ

――うぐっ……ぐっ……みんな……ニコちゃん……ごめんね……!

完全に頭の中で何かが切り替わった。

パパ――許してね。

私はカバンをロッカーに突っ込むと、その場から駆け出した。

今日はここまで。

真姫パパは別に怒る訳もなく、笑う訳もなく、普通に座っていた。

私はニコニコ笑ってた。心の中で渦巻く自分では言い表せない熱い気持ちを笑顔で抑え込んで。

「今日は一人かね」

冷静な一言。昨日よりも冷たくて、私の闘争心を煽ってくる。

「はい、先日は大勢で突然押しかけて失礼いたしました」

冷静な一言には営業スマイルで応答。記者に失礼な質問をされても笑顔で答える技術は、アイドルに必要不可欠。

「謝罪に来たのか? 君は」

「いいえ? 真姫ちゃんを返してもらいに来ました!」

にっこりと。笑顔で。にこにこぷりてぃに。キレッキレの笑顔で。

私の言葉に、真姫パパは微かに苛立った様だ。そりゃ昨日の今日で何度も押しかけられて同じことを訴えられたらそうなるよね。

「――君は昨日は一言も話さなかったね」

「と言うことは、私の事は覚えていらっしゃいませんか?」

にっこりと。笑顔を崩さず。

「……ないはずだが?」

「それは残念です……私は――」

両手をリボンに伸ばす。

「貴方にお世話に――」

そしてそのまま一息に解いて。

「なったんですよ?」

笑顔のままに。パパが死んだとき、私はリボンを付けてなかった。正確には、こころとここあにこの赤いリボンを貰うまで、私はリボンを付けてなかった。

「君は――矢澤さんの――」

真姫パパが驚きを隠さずに。
髪型だけでもここまでわからないものなのか。私は微かに違和感を感じながら、しかし笑顔のまま挨拶を。

「お久しぶりです。院長先生。父がお世話になりました」

私はまだ捨てられないの、彼女を。

私は自分の過去を捨ててでも、今を抱きしめていたいの。

「率直に――真姫ちゃんを返してください」

「ならん」

自分の病院で亡くなった患者の娘が来ても、やはり駄目なものは駄目。そんなの知ってる。

「そうですか――じゃあ真姫ちゃんの笑顔を取り戻してください」

「なら――なに?」

営業スマイルで、訝しむ表情を受け流す。

「真姫ちゃんの笑顔を取り戻してください」

「何の話をしている?」

「μ'sやめちゃってから、真姫ちゃんは笑顔を見せてくれました?」

「何を言うと思えば――」

「答えてくださいよ。笑ってくれました?」

ニコニースマイルは崩れない。笑顔は私の武器だから。

「……」

「ずーっと泣いてるんじゃないですか?」

私は笑顔のままクズになる。

「不思議ですよね。カッコイイパパも美人のママもいて、お家は裕福で、頭も良くて美人で。そういう人ってパパもママも居なくて、家も貧乏で、勉強も出来なくて背も小さい子よりニコニコ笑顔なモノじゃないんですか?」

私はクズになる。

「まさか、実の娘の笑顔を奪っているのが実の父親なんて、ありえませんよね? 血のつながってない母親ですら、ニコを笑顔にしてくれるんですよ?」

私はクズ。

「義理の妹ですら、義理の姉を笑顔にできるんです。まさか、大人が、実の父親が、一人娘の笑顔を奪うなんて――」

穂乃果の気持ちがわかった気がする。

唐突に私の耳元で破裂音がして、私は床に倒れ込んだ。倒れ込んだままでは示しがつかないから取り敢えず立ち上がった。

笑顔のまま、ニコは頬っぺたをはたかれたみたいニコ。クソ痛い。笑顔のまま、心の中で悪態をつく。

「貴様は何が言いたい?」

「真姫ちゃんの笑顔を取り戻してください」

ニッコリ笑顔で。にこにこぷりてぃな笑顔は崩れない。私は幸せ者だから。

「真姫ちゃんがμ'sに戻ることは許してくれないんですよね? だったらせめて、真姫ちゃんの笑顔を取り戻してください」

「……」

「何とか言ってくださいよ」

だめだ。笑顔が崩れてきた。頬が痛烈に痛む。

「真姫ちゃんのお父さんなんでしょ? 真姫ちゃんの笑顔を取り戻してくださいよ」

真姫パパはだんまりで。そんな態度に私の笑顔が吹っ飛んで、そのままの勢いで立ち上がった。

「真姫ちゃんを愛してあげてよ!!!」

涙がこぼれた。

「ママとお母さんは違うんです! この世に居ないパパはもう居ないんです! 少なくともニコはパパに会いたい! なら真姫ちゃんはどうなるの!?」

怒号が止まらない。

「こんなに近いのに! 真姫ちゃんは貴方に認められたいのに! 貴方が嫌いなんじゃない! 貴方が怖いだけだって! 真姫ちゃんの心を知っていますか!?」

あーあ、アイドル失格の怒鳴り声。

「真姫ちゃんは貴方を尊敬してた! だから医者になるって! 自分の夢と! 今やりたいことを! やることは! そんなに相反する事なの!? 娘の笑顔を奪えるほど! 相反する事なの!?」

やだなぁ、こんなの似合わない。ニコ。

「答えてよ!! パパが死んだとき、ニコにアンタは何て言ったの!? ニコは覚えてる! 一言一句間違えずに言える!」

涙が止まらない。

「やめろ」

「『お父様が言っていた通り、御嬢さんは笑顔でいるんだよ。子どもの笑顔は、親にとって最高の幸せだ』」

ボロボロボロボロ零れてくる。

「やめろ!」

「やめない! 『今は沢山泣いてあげなさい、でも、いずれお父様の事を思い出して笑顔になる様になって欲しい』」

「やめ――ろ」

「今のアンタは! アンタが死んだら真姫はどう思うの!? 泣けるの!? 思い出した後笑えるの!? ねえ! 答えなさいよ!!」

「くっ――」

「――ねぇ……真姫を認めてあげてよ……お願いだから……」

ふらふらと――。膝から力が抜けて、私はその場に――。

「お父さん」

崩れ落ちなかった。

柔らかい力で、誰かに抱き留められる。

「真姫――」

「真姫ちゃん……?」

聞かれてた――?

真姫ちゃんが、私に優しく微笑んだ。なんだか違う涙が滲んできた。

「お父さん。私、μ'sを続けたい。お父さんから許しをもらって、お父さんに応援されながら、μ'sをやりたいの」

「真姫……」

「もう一回。パパ、私、μ'sをやりたいの」

「あなた――」

更に後ろ――もう振り向く気力もなかったけれど、真姫ちゃんのママの声だと思う。

真姫パパが――天を仰いで――。

「ああ――私はいつから、こんな嫌な人間になったんだろうな――」

一滴。

「すまなかったな、真姫」

まるで魔法が解けた様に。いや、かかってたんだと思う。悪い魔法に。

ニコは魔法使い。悪い魔法をニコの魔法で吹き飛ばしたニコ! ってな感じ。

魔法を使うと疲れちゃうのは、仕方ないよね。

「ニコちゃん――」

そのまま真姫ちゃんも崩れ落ちて、私と真姫ちゃんは綺麗な絨毯の上で絡まり合って倒れた。

「ニコちゃん――本当に――本当に――ありがとう……!」

ぎゅっと抱きしめられて、顔から火が出そうになる。でもアイドルのニコニーはうろたえない!

「ふふん、この笑顔の天才ニコニーにかかればお安い御用! にっこにっこにーで――」

真姫ちゃんの瞳がじっと私を見つめる。なんだか照れくさい。






「ニコちゃん、ホントにありがとう……にこちゃん……っ!」

「真姫ちゃん――おかえりなさい……っ!」

二人してわんわん泣いてしまったのは、ここだけの秘密。



















――今はまだ、この甘美な幸せに揺蕩っていたかった。

今日はここまで。

乙の一言は勿論のこと、このssに関する疑問や感想まで戴けて非常に感謝、励みになっております。
不定期更新かつ歩みの遅いssではありますが、読んで戴いている方々には感謝の気持ちで一杯です。

―― Story of the another flower, Chrysanthemum ――



雨が降ると道場の雑巾掛けが大変です。木の床は湿気を吸って滑りにくくなり、力を込めすぎると一向に前に進まず、雑巾がけは終わりません。

かといって腰を入れて雑巾を掛けないとただ床を撫でているだけ。それでは雑巾掛けとは言えません。

こういう修練は、自分を真っ白にできるのです。今の様に、少し心が揺れ動いているときには丁度良いものでした。

「真姫――」

結局私は真姫を救うことが出来ませんでした。それが心の奥底でずっとくすぶっているのです。

食い下がろうとした私やにこ先輩を遮った絵理先輩の冷静さは、今思い返すと感服の一言です。

あの時の絵里先輩は、一体どんな気持ちだったのでしょうか? 絵里先輩だって食い下がりたかったに違いありません。それでも絵里先輩は、冷静さを失った私や義憤に駆られたにこ先輩を押し留め、潔く引き下がるだけの思慮深さを見せました。

「あの人は、凄いですね」

微かに笑みが零れて、私は雨の匂いが柔らかく漂う道場に一人静かに佇んでしました。

私では力不足でした。けれど、にこ先輩ならなんとかなるのでは、と身勝手にもそんな事を考えてしまいます。にこ先輩は真姫に対してどこまでも真摯で、まっすぐでした。真姫もにこ先輩にはよく笑顔を見せている気がするのです。

二人の間柄もまた、私と穂乃果、私とことり、穂乃果とことりの様に、心からの親友と呼べる存在に近づきつつあるのではないでしょうか。そんな事を考えて、私は微かに笑みを浮かべました。

瞬間。ふっ、と。私の誕生日だった日と同じように、微かな人の気配を感じました。

振り向かずともわかります。私の優しい親友は、私の事を気遣ってここまで来てくれたのでしょう。

「海未ちゃん」

にこ先輩に真姫がいるように。私には穂乃果がいます。真姫ににこ先輩がいるように、穂乃果には私がいます。

「穂乃果」

「ごめんね、穂乃果、海未ちゃんがお家のことで悩んでるなんて知らなかったの」

微かに、泣いているようにも聞こえる声。私は振り向いて、穂乃果と真っ直ぐ向き合います。

穂乃果の大きな瞳からは、あふれ出る二つの大粒の涙。

「穂乃果、海未ちゃんとは大親友、生まれる前から幼馴染って言うのに、海未ちゃんの悩みなんて知らなくて」

「穂乃果……いいえ、これは穂乃果に話さなかった私の責任です」

私のなだめに、穂乃果は耳を貸してはくれません。

「海未ちゃんのことは何でも知ってるっていい気になって、海未ちゃんを振り回して、一緒になんでもやってくれるって、勝手に思ってて」

こうなった穂乃果は、頑固です。

今日はここまで。

ここが穂乃果の良い所でもあるのですが。

「穂乃果」

少し瞳を鋭くして。あの日、自分に嘘をついた穂乃果を叩いた時ように。

目の前の穂乃果は涙を瞳一杯に浮かべています。この涙は私を思いやって流している涙ではありません。

自分が情けないから、私の事に気付けなかった自分に悔し涙を流しているのです。だからこそ、穂乃果は泣きながらここにやってきたのでしょう。

だから私は、穂乃果を泣かせてしまった罰として、その両手を顔の近くに、頬の近くに持ってきます。

「――ッ!!」
「海未ちゃん!?」

道場に響き渡るのは、雷鳴のような破裂音。

私は自分の頬を、思い切り引っ叩きました。

私の平手は拳で殴った時の様に鈍い音が唸ります。いや、本気で叩いてしまえば、大の大人に尻もちをつかせることも可能なのですが、それはまた別の機会に。

「これは私への罰です。穂乃果に相談しなかった、という私への」

ひりひりと痛む頬から手をゆっくりと放して、穂乃果に向けて私が出来得る最大の微笑みを浮かべました。

穂乃果はその丸くて大きな瞳を一段と潤ませて、私の背中へと手を回しました。

「海未ちゃんは強すぎるよぉ……穂乃果にも気づかせてよぉ……」

「穂乃果が謝る心配はないんですよ。生まれる前から幼馴染の私と穂乃果の前に、隠し事なんて馬鹿なことです」

穂乃果は真っ直ぐで愚直、眩しすぎる可能性を見据えて尚、前を見つめ続けられるから穂乃果なのです。穂乃果は前を向けばいい。私が隣で後ろや左右、上や足元を見ます。

私が穂乃果の見ている可能性を見続けるには少し、眩すぎるのです。

「穂乃果、私は真姫を救う事はできませんでした。あまつさえ、穂乃果に悲しい思いもさせてしまいました。穂乃果、ごめんなさい」

穂乃果は――今も子供ですが――子供の頃の様に一段と激しく泣き出してしまいました。

穂乃果の小母様の所に電話を入れた方がよさそうです。今日は、穂乃果は私と同じベッドで寝たがるでしょうから。

今日はここまで。

道場から自宅に戻り、母上に訳を手短に話しました。
穂乃果が私の家に唐突にやってくることは日常茶飯事で、母上も「きぃちゃんの穂乃果さんですもの」とくすくす笑って頷いてくれました。

そんな穂乃果はぐすぐすと鼻をすすらせながらお礼を言って、ぐずぐず鼻をすすらせながらご飯を一緒に食べて――おかわりもしっかりしていたので安心です――お風呂に行きました。

居間で父上に穂乃果が来た訳を話すと、ゆっくりと頷いてお茶をすすりました。穂乃果の小父様と父上も母上同様仲が良いようで、たまに釣りになんか出掛けるようです。

そんな訳で、父上もまた穂乃果の突飛な行動に「そうやって即断即決、素早く行動できることは穂乃果の良い事だ」と神妙にうなずいていました。

私は父上の言葉に頷きで応えます。やはり穂乃果の良い所であると、私も思うのです。

さて。お風呂に行った穂乃果が戻ってくる前に、自分の部屋に戻って教科書や宿題など簡単な見直しでもするとしましょう。

今日は穂乃果に宿題をやれ、何て言うお説教はナシです。こういう日に穂乃果を追いこむことはしません。こういう時は、黙って一緒にいる。それが親友のあるべき姿ではないでしょうか?

私が数Bの空間ベクトルの項目を見ようかなと思った矢先。

また降り始めた雨音しか聞こえなかった私の部屋に、唐突な――。

「着信――?」通話とメールに特化した、簡単ケータイの小さなディスプレイを見て「絵里先輩――?」

絵里先輩から電話が来ることは決して少なくありません。いえ、むしろ穂乃果やことりと同じくらい――割とファニーに楽しく話をすることはあります。

ですが、絵里先輩が個人的な理由で電話してくるのは休みのお昼ぐらいで、平日の夜に電話してくるなんて滅多にありませんでした。

私はブルブル震える携帯電話を握って部屋を出ます。ほんの少しだけ――深呼吸して。

「今晩は、絵里先輩」

外はぱらぱらと雨が降っていて、少し涼しかったです。

携帯電話の向こう側からも、ぱらぱらと雨の音が聞こえます。と言う事は、絵里先輩も外に居るのでしょうか?

〔海未〕

「絵里先輩、今日はありがとうございました」

私が道場で雑巾がけをしている時に頭で考えていたことが、すっと口から生まれ出ました。

何度も考えましたが――やはり絵里先輩がいなければ私は見っともなく食い下がって、真姫の御父上の心証を悪くしたことでしょう。

今日はここまで。

確かに。昔は皆絵里のことを呼び捨てだったり、ちゃんづけだったり、好き放題していたのですが。

絵里が高校に入ってからは――私は自身が中学に入ってからでしょうか――皆敬語に先輩で話をしていた記憶があります。

「エリーチカ先輩、と呼んだ方が良いですか」

〔そっちの方がしっくりくるわ〕

私の冗談に、絵里はくすくすと笑みをこぼします。エリーチカ、という呼び方は母が子どもに呼びかけるようなもので、私が絵里にそう呼ぶのは少し可笑しな感じです。

〔先輩とか、後輩とか、あんまり考えなくてもいいかもね〕

「私もそんな気がします」

二人で笑いあって、それから少しだけ静かになります。

〔海未、ありがと〕

何に対する謝辞なのかは、わかりません。

「いいえ、とんでもないです」

でも、絵里の声音は幾分楽しそうで、私もなんだか楽しくなりました。

かたり、と雨音に混じって床のきしむ音がしました。
視線をそちらにめぐらせると、私の学校指定のジャージに身を包んだ穂乃果の姿がそこにいます。

「すみません、絵里。そろそろ――」

〔ああ、こっちこそごめんね、海未。また明日〕

ぷつりと切れた電話の代わりに、穂乃果は静かにこちらにやってきました。

「今の、誰?」

穂乃果の少し湿った前髪がぶらんと揺れます。

「絵里ですよ」

私は微笑んで立ち上がりました。

「ふうん」

何故でしょう。どこか。穂乃果に少しだけ違和感を感じますが……。

「海未ちゃん、お部屋行っていい?」

その眼は何処となく、とろん、としていました。微かに少し潤んだ、甘い瞳の色。

そうです、あの日のことりの目に似ていました。私に菊のプリザーブドフラワーを渡してくれた日の、ことりの甘く優しい視線。

降りしきる雨に少しだけ視線を投げかけて、私は穂乃果の頭を少しだけ撫でてから、一緒に部屋へと向かいました。



―― Story of the another flower, Chrysanthemum ―― 了

今日はここまで。うみほのえり(こと)の番外編はお終いで、次回からにこまき本編に戻ります。
今後は土曜か日曜の、週一のペースで更新していこうと思います。

えりうみデュエット確定万歳えりうみは至高

――まこちゃんへ

お返事ありがとう。まこちゃんが元気そうで何よりです。

私の方は大きな事件があったりしましたが、今は元気です。その事件のお蔭で、昔の様にパパとお話したりテレビを見たりすることが増えました。

それも全部μ'sの皆のお蔭です。特に、海未(先輩って呼ぶのはエリーと希の話で禁止になりました)とにこちゃんが私の為にとても頑張ってくれたからです。

思ってることを文字に書き起こすととてもありきたりになってしまうけれど、こんな私の為に頑張ってくれたみんなが、私は大好きです。

前の手紙から気付いたと思うけれど、私も「ちゃん付け」出来るくらいの大切な親友がもう一人出来ました。

にこちゃんはいつも不貞腐れていた私を気遣ってくれた、大切な親友です。まこちゃんとおなじくらい。

凛や花陽も私にとってかけがえのない大切な友達だし、μ'sの皆も私が素直で(私は素直じゃないけど)いられる大切な仲間です。

でも、にこちゃんは私にとって本当に大切な親友です。こんなこと書くと、まこちゃんは妬いちゃいますか?――


「ふう」

ここまでシャーペンを動かして、少し外を眺める。私がにこちゃんの力を借りてμ'sに在籍を許されてから三日。

この怒涛の日々をまこちゃんに伝える為に、私はお気に入りのシャーペンを便箋に走らせていた。

本当に信じられない日々の連続だった。もう戻れないと確信していた、μ'sという居場所に私は引き摺り戻されたのだった。

あの日あの後、私とにこちゃんはいつもの公園まで歩いて行ったのだ。真っ赤なリボンを外したにこちゃんは、どことなく切なそうだった。

そしてにこちゃんの家について――絵里しか知らない、にこちゃんの生い立ちや現在を、私は改めて知ることになったのだった。

今日はここまで

「私はクズなの。自称天涯孤独なの、ニコは」

にこちゃんはブランコに腰かけて、ガリガリくんをかじりながら呟いた。

「それって……どういう意味?」

自称天涯孤独――訳の分からない単語で、私はじっとりとした目線をにこちゃんにぶつける。そもそも天涯孤独と言う言葉は、身寄りが一人もいないことを指す。今のにこちゃんは確か、お父さんの再婚相手のお母さんがいた気がする。

私の訝しそうな表情に、にこちゃんは乾いた笑いを浮かべた。それが尚更私の首を傾げさせる。

にこちゃんはぼんやりと夕暮た空を見上げて、寂しそうに続けた。

「昔々あるところに、一人の女の子がいました――」

女の子はカッコよくて優しいパパと、可愛くて優しいママと楽しく暮らしていました。

ところがある日、ママが病気で亡くなってしまいました。パパと女の子は悲しみましたが、それを支えてくれた一人の女の人がいました。

パパも女の子も、その女の人は嫌いではありませんでした。むしろ好意的でした。

やがて、その女の人とパパは結婚して、女の子には双子の妹が出来ました。

そしてある日、パパは死んでしまいました。

残された女の子は親切な女の人と双子の妹と暮らしていました。

でも、その女の子は女の人と双子の妹を家族と思えないのでした。

それは女の子の身勝手なわがままでした。

おしまい。

「――って言うお話」

「にこちゃん……それは……」

何て言えばいいのかわからない。にこちゃんは――アタッチメントが強すぎたのだろうか? それともある種のこだわりの強さ? にこちゃん感じていること。私はそれを口にすることが出来ないでいた。

「この話するのはすごい久々な感じ。絵里がウチに来た時に全部ばれてね」

「ねぇ、にこちゃん、にこちゃんは――その――」

「私ね、パパとママが好き過ぎたの。こころやここあ――半分血のつながった妹達を見てもね――ああ、この二人はパパとママの子じゃないんだ、私と半分も違うんだ――って考えちゃうの」

残酷でしょ? とにこちゃんは微笑んだ。初めてこんな笑顔を見た。

「だからね、こころとここあは私のことを一度もお姉ちゃんって呼んだことないの。いつも『ニコニー』ってね。たぶん……二人とも気付いてるんだと思う。私の本心に」

今回はここまで


間開けてもいいからもうちょいまとめて投下してほしい

>>115
自分も書いててそう思ったので、前みたいに不定期だけど3,4レスくらい弾が準備できたら投下していきます。
って事でこれからまた不定期になります。自分もこっちの方が気が楽なので、悪しからず…。

生存報告はしないと落ちるから、それだけはお願いします

>>118
そうですね、dat落ちは自分も避けたいところです。
最終更新日から一か月間、一度も更新できなければ生存報告させていただくという形を取らせていただきます。

にこちゃんは私にこの話をしてくれた。一週間も前の話だ。でも私は、にこちゃんの話に対する明確な答えや返事を放つことはできなかった。勿論、今も。

もうすぐ夏休みに入るし、新しい曲を作るので私も忙しくなる。そうなる前に、すこしでもあの親友に対して何かしらのアクションを動かしたい。

私は――にこちゃんに、何を言えばよかったのだろう?

――お姉ちゃんって呼ばれたいの?
――家族の本当に正しい在り方を探してるの?

エリーは、にこちゃんに、なんて答えたのだろう?




私はパソコンを立ち上げて、スカイプをオンラインにする。
今の時間ならば、居るはずだろう。

エリーのスカイプのアイコンは『雪だるま』。その雪だるまの横にはオンラインの表示。

私は手慣れた手つきでキーボートをたたく。

「エリー、ちょっといいかしら」

返事は早かった。

〔どうしたの真姫。恋のお悩み?〕

茶化すな。最近ネットでも『にこまきはデキてる』とか言われるが、私たちは同性愛者じゃない。私とにこちゃんは、単に仲がいいだけ。
気軽に煽りあったり、悩みを漏らしたり、つっけんどんに付き合ってもお互い気にしない……気の置けない相手なだけだ。

だから、私達が百合営業だとか、そういう風にネットで言われると本当の同性愛者に申し訳なく思ってしまう。同性愛を知名度向上のネタにするな――って。

けれど、仲間内のエリーにはしっかりとやり返す。

「それはエリーと海未の問題じゃないの?」

結構シビアな私の切り返しは、少しの間をおいてから意外な形で撃ち返された。

〔あー……私は穂乃果やことりと違って、レズビアンって訳じゃないの〕

「えっ?」

予想外の切り返しに、口に出てしまった言葉を思考停止でそのままキーボードに載せてしまう。

〔あれ……気付いてなかった? 私は海未の事を亜里沙とはまた別な妹、みたいな感じに思ってるし、海未も私のことをお嫁に行った歳の離れた姉によく似てるって言ってくれるわ〕

「ちょ、ちょっと待って、穂乃果とことりってその――同性愛者なの?」

〔まあ、勘だけどね。にこも同じ事言ってたし、まあ少なくとも穂乃果とことりは海未に友情以上の感情を抱いてるのは間違いないと思ってるわ〕

何と言うか――私も女子高に通っている訳だから、そういう事があるのかな、と思ったことはある。それにアイドル活動を始めてから他校の人間の出待ちを喰らったり、靴箱に上級生からの手紙が入っていたこともある。

まあ私やエリー、海未なんかに手紙を出すのは解んなくもないんだけど……。

しかし、顔も知らない他人に手紙を貰ったりするのと、自分の友人たちが同性愛者であるというのは衝撃の差が大きい。

現実問題として、性別の壁を感じる。しかも三角関係。私と花陽が凛を好きになっているようなものだろうか。

〔真姫? ちょっと大丈夫? ショックだった?〕

スカイプのメッセージで私は元に戻る。衝撃的ではあったが、しかし今日エリーにスカイプでメッセージを飛ばしたのは穂乃果とことりの事ではない。

「大丈夫。流石にちょっと驚いたけど……別に差別したりすることはないから」

〔そこんとこは私も心配してないわ。医者の娘だもんね〕

エリーの軽口は軽快で歯切れがいい。察しが良いから適当に流してくれるのだ。本題ではない会話は。

「ねえ、エリー。にこちゃんの家の事って、誰が知ってるの?」

私も切り込んでいく。私は個人的にエリーが好きだった。というよりも、エリーが持つ雰囲気……エリーに話を聞いてもらえると少し気が楽になる、そんな気がするから。

〔私だけよー〕

エリーの返しはとてもシンプルだった。

「それを聞いた時、エリーは何て返したの?」

迷いのない、右ストレート。

〔そう、大変ね。って〕

迷いのない、右ストレート。

そう、エリーってこんな奴。

〔私がそれを聞いた時は、私達が二年の時。色々あって私がにこの家に行ったときに、全部知ったわ。にこは私に話す気はなかったんだと思う。ばれたから、洗いざらい話しただけで。でも真姫、そっちは違うんじゃない?〕

エリーのアイスブルーに煌く瞳が、私をじっと見ているような気がした。

「ええ、にこちゃんは自分から、話してくれたわ。多分、私に知っておいてほしかったんだと――思う」

私はエンターキーをパチッと押し込むと、絵理の返答を待つ。

絵理の返答は少し時間を要した。鉛筆のマークがせわしなく動き、消しゴムのマークが少し動いて、また鉛筆のマークが動き回る。

〔二人っきりで遊びに行ったことある?〕

それは唐突だった。脈絡のない会話の仕方は凛にそっくりで、思わず失笑した。

「あるけど、突然どうしたの?」

μ's九人一斉に遊びに出かけるのは中々日程が合わず難しい。でもまあ凛や花陽と出かけたことはあるし、にこちゃんと私達一年生で新宿まで出向くことも良くある話。

そんな訳だから、私とにこちゃんが二人で出歩くことは想像に難くない事だった。――特に、にこちゃんとパパがサシで張り合ったとき以来、パパはにこちゃんの肝っ玉に感心しているみたい。更に私達の家族関係を修復してくれたという事で、私がにこちゃんと仲良くすることをとても喜んでいる。

〔でも、ニコの家に入ったことないでしょ?〕

「まあ、呼ばれたことない訳だし……」

〔真姫なら大丈夫よ。ニコが自分から話したわけだから、きっと家に行きたいって言っても困らないと思うわ〕

本当だろうか? 自分の家の事情を話したイコールカモーナマイハウス、と言う訳ではない気がする。

私がどうした物かと返答に困っていると、エリーは続けてこんな発言を投げてよこした。

〔臆病なのね、真姫〕

んなっ……何を――! と言おうとして……やめた。

心当たりは山の様にある。

私は自分から何かをやろうと一歩を踏み出したことがあっただろうか?

私は誰かが踏み出した一歩を支え続けたことはあるか?

踏み出した人間の後押しをしたことはあるか?

自分の夢を諦めずに、独りで歩き続けたことはあるか?

誰かの為に何かを成そうとしたことはあるか?

穂乃果の太陽の笑み、海未の凛とした表情、ことりの優しい笑顔、にこちゃんのアイドルばりの笑顔、そして花陽の後姿。

私は、誰かに言われるまで自分から動こうとしたことはない。

キーボードの横においてある便箋が――『まこちゃん』の文字が私の胸を締め付ける。

私の臆病さが、まこちゃんを傷つけてしまった。

〔ねえ真姫。にこってかなりタフよ。メンタルがね。打たれ強いし、逆境にも強い。仲間を失ってから自分では腐ってたとかいうけど、あいつしぶといから〕

エリーは私の返事など待ってはいなかった。いや、待たなかったのだ。

〔真姫、素直になってみたら? 今の真姫は、自由だから〕

一区切りの後。

〔にこにもっと踏み込んでみれば? そしたら真姫が言うべき言葉も見つかるかもよ?〕

更に一区切り。

〔もし他人に踏み込むのが傲慢だと思うのなら、全部全部真夏のせいにしてさ、もっとキラキラした青春を謳歌してみたら?〕

やっと切り返すタイミングを見付けた。

「何それ、意味わかんない」

〔新曲の歌詞よ、ほら、何だっけ、真夏の笑顔でワンツースマイルだっけ?〕

「エリー、貴女って割と――」

どうしてエリーって、こう、話し上手なのかしら?





やがてエリーは寝落ちしたようで、オンラインのまま反応がなくなった。

何気なくアイフォンを片手に見てみると、もう既に時計は二時過ぎを指していて。

ラインのグループ『まきりんぱな』には「かよちん、真姫ちゃん、明日の英語の宿題の範囲教えて~」とメッセージが来ていた。

凛がラインを飛ばしたのは一時過ぎで、きっと花陽はもう寝ている。だから私が仕方なく返事をした。

「God knows」

――にこちゃんに一歩踏み込む。

にこちゃんに一歩踏み込むことが、私が私を変えていく。

にこちゃんって一体何なのかしら。

哲学だわ。それもまた神のみぞ知る、って事なのかも。











翌日、凛は酷く憔悴した顔で登校してきた。

花陽は平謝りしていた。私は起きてたなら教えてよと愚痴る凛にチョップをかました。

ついでに「ごっどくのうす? ってなに?」って聞いてきたから更にチョップした。

今回はここまで。

このssと雰囲気が似ているかどうかわかりませんが……私が好きな雰囲気を持つ小説の一つとして、青い鳥文庫さんから出版されている『ハックルベリー=フィンの冒険(上・下巻)』や『トム=ソーヤーの探偵』を挙げておきます。

この三冊は主人公であるハックの一人称で物語が進むのですが、『信用できない語り手』として状況を私たちに解説してくれるのでハックが見ている世界がするりと頭に入ってきて好きでした。

マーク=トウェーンやジュール=ベルヌ、ケストナーの作品はどれも素晴らしいと思うので、ぜひ書店でお買い求めになって読んでみてください。

このssを読んでくださっている(そう多くない)方々には、引き続き次の投下をお待ちいただけると幸いです。以前にもお伝えしましたが、乙の一言や
感想を戴けて、大変励みになっております。重ね重ね、感謝の意を表します。

ほのうみ編その後、海未の部屋にて。

「う、海未ちゃんそんなに強いのダメ! 穂乃果イっちゃう!」

「ふふ、穂乃果の身体は軽いのですね。ほら、下から突きますよ!」

「あっ、ふあっ、ん、だめ、ダメなの、穂乃果、そんなのされたら……されたら……!」

「さっきは散々私をいじめた癖に、よく言えますね! ほら、もっと動かないと!」

「だめ、ダメだよ、海未、ちゃん……穂乃果……穂乃果もう……イきそ……!」

「穂乃果っ! これでフィニッシュです!」

「あっ、あっ、だめ! そんなつよいの、ほんとに、だめなのっ! ああ、ああああああああっ!」



「心配して様子を見に来たのに……おねーちゃん達なにしてんの?」

「「3DSのスマブラ」ですよ」

「あ、私もヤりたい! 海未さんは何使うの?」

「トゥーンリンクですね。小回りが利いて、遠距離技も豊富かつ、パワーもあって戦いやすいです」

「んもー、リザードンで攻撃を決めれたら、海未ちゃんなんて一撃なのに!」

「お姉ちゃんはスマッシュ攻撃と横Bしかしないから……」

「雪穂はなんのキャラクターを?」

「私はやっぱりオリマーかな! ピクミン最高だよ!」

「じゃあ今度は穂乃果と海未ちゃんと雪穂の3Pだねっ!」

「次も勝ちますよ!」

「年上だからって手加減なしだよ!」




「いやこれ悪意あるんじゃない?」

「んー……ウチはゲッコウガやん? いじスカガブの逆鱗耐え調整」

「のぞみんってばぁ、ゲームが違うニコ!」

どっとはらい。

その日の練習はオフで、私は海未とエリーの二人を誘って私の好きな喫茶店に寄っていた。

「へぇ、シックで素敵な喫茶店ね」

「まあこの真姫ちゃんが気に入ったところだから?」

「私、あまりコーヒーを嗜んだりはしないのですが……大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ、炭酸もあるから」

「それなら大丈夫そうですね」

そんな軽口をたたきながら、私たちは喫茶店『アップルサンド』に入って行った。

高校一年生になった時にここを見付けた。自転車に乗れない私の休日の過ごし方は、この窓の少ない落ち着いた喫茶店でコーヒーを酸味の効いたコーヒーを飲みながら読書にふけることだった。

あまり他人を呼びたくはなかったのだが、落ち着いて話せる場所を私はここ以外知らない。

ドアを開けるとカウンター越しにマスターが新聞から目を上げる。

私は指を三本立てると、マスターは微かに目線を四人がけのテーブルを指した。

「こっち」

私が先導して――といっても先導するほど広くはないけれど――二人を連れ立って歩く。

海未とエリーは隣り合わせで座ってもらって、私は二人の視線を受け止める形に。

「メニューもお洒落ねー……真姫のオススメは?」

「何でも美味しいけど……ブラックはいける?」

「勿論。真姫のオススメとあれば飲んでみたいじゃない?」

「私はアールグレイを」

意外。海未はお茶にするかと思った。紅茶飲むのね。おまけにあのメニュー、紅茶の欄は小さくて見付けにくいんだけど……。

「マスター」

私はそれほど大きくない声出すと、マスターは静かにこちらに向かってくる。

「ご注文は?」

「ブラックが二つ、アールグレイが一つ」

「かしこまりました」




「クールな人ね」

絵理がメニューをメニュー立てに戻しながら微笑んで言う。

海未はお花を摘みに行った。そわそわしていたのもそういう事なのだろうか?

「初めて入った時はどうしようかと思ったわ」

私の言葉にエリーはニヤッと笑った。

「で、なんで私達を呼んだの?」

「……にこちゃんの事」

絵理は意外そうに目を丸くする。

「海未を呼んだの?」

「……海未には、知っててほしいから」

私は海未をかなり信頼してる。私にとって海未はあまりにも強すぎる人で、あまりにも優しすぎる。

海未がどう思っていようとも、私は海未に色々と話しておきたかった。

「ふぅん。良いわねぇ、素直な真姫ちゃんも可愛いじゃない?」

「止めてよ、そういうのじゃなくて……さっきも言ったけど、家の事は色々と伏せながらだから」

「何を話すつもりなの?」

「色々と――にこちゃんに切り込んでいっていいのかなって」

絵理がまあ呆れた、と言わんばかりの表情。

「まーだそんなことで悩んでるの」

「なっ――だって重要なことじゃない」

「まあ、海未に話してみようってのは間違ってないかもね」

絵理はニヤニヤしながら花畑を見つめた。
私にだっていろいろと考えがある訳で。

今はお花摘みを終える海未を待つだけ。

―― side 海未 ――

強烈に――痛みが――。

トイレの個室に入って鍵を掛けたと同時、私は我慢できなくなってうずくまり、頭を抱えました。

ここ最近から感じる強烈な『既視感』。それに伴う『頭痛』。月のものかと思いましたがどうやら違うようで。私はことりや凛とは真逆で、ほとんどそういう痛みは余りないのですが――。

「――ぁッ」

立てない程の痛み。一体いつからこんな厄介なものを抱えてしまったのでしょうか?

また一つ、穂乃果に隠し事をしている私。

この喫茶店に入った途端、既視感が私を襲ってきて、そして席を立った途端もうその兆候はありました。

今まではこの頭痛も耐えれる程度のものだったりしたのですが、今日のこれは流石におかしいです。

しかし真姫や絵里に話すわけにはいきません。真姫はにこの事で悩みがあって、私たちに持ち掛けてきているのでしょう。ここ最近の真姫を見ていればわかります。

だからこそ、ここで真姫の心配になってはいけません。

「――っ!」

叫びたくなるほどの、鈍痛。

誰かの名前を心の中で叫んだような、それもいたみでかききえてしまって。

ほんのすこしだけ、わたしはどんつうにみをゆだねました。



―― side 海未 end ――

今回はここまで。

海未が花畑から戻って来るとほぼ同時、マスターは私が注文したものを持ってきた。多分タイミングを窺っていてくれたのだろう、と一人納得する。

酸味の効いたコーヒーの匂いが鼻腔をいっぱいにして、深呼吸。多分海未は、何を言ってるのでしょう? みたいな表情になるだろうけど……そこは仕方ない。えいやっ、と階段を四つくらい飛び降りる気持ちで切り出してみる。

「エリーはもう知ってるんだけど――にこちゃんの事で、相談したくて」

意外にも私の予想を裏切って、海未はこくりと頷いた。――海未ってパニックにならない限りは、恐ろしい程落ち着いてるのよね……。

エリーの茶化しを待って少しだけ二人の様子を窺っているが、エリーは少しもその真剣な面持ちを崩さなかった。この前のスカイプは一体なんだったのかと小一時間。

「にこちゃんと私が知り合う前も、それからも――海未、その、私って結構――素直じゃなかったでしょ?」

「確かにそうですね」

「でも、にこちゃんはそんな私にいつも声を掛けてくれた。にこちゃんは私という――病院の娘だとか、お金持ちのお嬢様とかじゃなくて、私の事を気にかけてくれた。それがとてもうれしくて」

「だから『これからのSomeday』ではコンビを組みたかったのですね」

海未の言葉に私は頷く。振り付けを考える時、私は海未と組むことになっていたのだけれど……にこちゃんが私と組みたいと言い張ったのだ。

それは、私が一番気持ちを合わせやすいから。にこちゃんは誰とでもリズムを合わせられるだろうけど、私はそういうところが素直じゃない訳で。

「うん。あの時から既に私はもう――にこちゃんの事を信頼してたのかもしれない」

あの一か月。にこちゃんはするりと私の心の中に溶け込んできた。私の好きな物、嫌いな所、嬉しい事、悲しい事、思い出、夢。にこちゃんはいつも笑顔だった。

「確かににこちゃんは私の心の中に、するりと入りこんできたのだけれど――私はどうなんだろうって」

エリーは満足そうにコーヒーカップを唇に添えている。

海未はさも不思議そうに私の表情を窺っていた。

「――私は今まで他人に深入りしたことはなくて。だから、私は」

「怖いのですね? にこからの否定が」

海未は恐ろしく鋭い。彼女の考える仕草は端正な表情と相まって、本当の大人の様に見える。

そして穂乃果と同じ。穂乃果と海未は二人とも重要な場面では『外さない』。

「解ってる。にこちゃんは私を否定しないって。パパの前であんなに啖呵を切ってくれた理由は、私の為。そんなにこちゃんが、私を否定するわけがないって」

ここ二ヵ月の私とにこちゃんを反芻する。

私にとってにこちゃんは――何?

自問の答えは出ている。

その答えに、確証がないだけ。

この賢い真姫ちゃんを以てして、この答えを決めつけるのにはまだまだ証拠が足りない。

「そうですね。私と穂乃果の話をしましょう」

海未はアールグレイを少し飲み、それから静かに切り出した。

「私と穂乃果は『生まれる前から幼馴染』でした。ですが、私達がお互いに絶対的な信頼をしあったのは、生まれた後なのはわかりますよね?」

まあ、それは。

「はっきり言って、私と穂乃果は真逆です。穂乃果は動的、私は静的。クラスで大勢の友人と騒いでいるのが穂乃果で、私は教室で本を読んでいたり、穂乃果の勢いについていけない人と静かに談笑するのが私でした」

「想像に難くないわね」

エリーは苦笑を漏らす。

「穂乃果と私で話したことがあります。互いに――命すら預けても良いと思える存在に思えたのは、いつだろう、と」

私達は高校生で、命なんて、なんとも実感のない言葉だった。いや、私にとっては少し重い意味を持つけれど、命を語った海未の表情は、パパが患者について考えているときと同じ表情だった。

「小学校三年生の頃です。色々あって穂乃果と夜中に神田明神まで飛び出して――警察の方に私、捕まったんです。正確には、逮捕されると勘違いして、恐怖のあまり動けなったんです。ですから、せめて穂乃果だけでも逃げられる様に……と祈っていただけでした」

エリーが物凄い顔で笑いをこらえている。
多分私も同じ顔かも。

「穂乃果は警察の方から逃げ出して、私は社務所で毛布と甘酒を戴いていました。おしかりを受ける訳でも無く……。ところが、警察の方のたった一言で、私は社務所から飛び出していました。『ここらへんに、泥棒が出た。神田明神に逃げ込んだ』」

エリーは少し笑顔を消す。
多分私も同じ顔。

「私にとってそれは――恐怖でした。強盗殺人と言う訳ではないのですが、当時の私にとって泥棒も人殺しも同じような存在だったのです。穂乃果が死ぬ。殺されるかもしれない。それは――小学三年生の私にとって、世界で一番恐ろしい事でした」

海未の表情は恐ろしく静かだった。

「母上を失うより、父上を失うより。このオトノキを失っても、私が死んでも穂乃果さえいればいい……酷いエゴですね。ですが、その時の私は、例え泥棒と刺し違えても、この身を散らしてでも、穂乃果を護らなければならない――その思いがすべてでした。その時の私は、私が死んでも良かったんです。穂乃果さえ護れるなら、と」

笑顔は消えた。
同じ顔。

「私に降りかかる恐怖に私は打ち勝つことはできませんでした。ですが、穂乃果に降りかかる恐怖には打ち勝つことが出来ました」

海未の思考。

「結果として穂乃果は無事で、私も泥棒と刺し違えることはなく元気に生きています。穂乃果はその後の顛末を知って、それから少し穂乃果の態度が変わったような気がして――多分、そこからがお互いに絶対的な信頼を抱き合ったものだと思うのです」

海未が少し、怖かった。

「海未、こう言っちゃ悪いんだけど――結構ヤバくない?」

「え、エリー!」

私の諌める色を含んだ声に、海未は苦笑を漏らす。

「私もおかしいと思います。思っていました。ですが、何と言いますか……そう、お互いにお互いの為なら死ねる、とでも言いましょうか?」

「「……」」

「これから先、振り返ってみれば若気の至りと思えるのかもしれません。ですが、穂乃果も私も、今のこの気持ちに嘘偽りはないのです」

海未はまた少しアールグレイを飲む。

「結局何が言いたいのかと言いますと、ただの切欠なんです」

海未の表情は穏やかだった。

私は尚更解らない。

「あの神田明神での出来事がなくても、別の一件で私と穂乃果はこの関係に昇華されていたと思います。それは貴女とにこにも言えることで、時間と共にいずれ真姫もにこに踏み込む時が来ると思います。例えどれだけ貴女がにこからの否定を恐れていようとも。何故か解りますか?」

海未の言う言葉。まるで鉄球の様に、重く響く。

「ど、どうし……て?」

「にこが真姫と親しくなることを望んでいるからじゃない?」

エリーが口をはさむ。海未は微笑む。

「な、なぜ?」

「何故って……真姫、友達を作ることに、親友になることに、理由なんてないんですよ?」

私にとって、海未の回答は何よりも――問題集の回答よりも、鮮やかな回答だった。

今回はここまで

トリ間違えましたが生存報告です

――side にこ――

「頭痛が起きたり体に変調はありましたか?」

「いえ、特にはなかったですね」

練習が休みだったから、ニコは今もう一度真姫ちゃんとこの病院に来ている。

あれから何の問題もないかどうか、再診という形の様だ。

一連の検査と簡単な質疑応答の後、お医者さんはカルテを書き込んでいく。どうもこのカルテを書いている間の手持無沙汰な時間が、ニコは嫌いみたい。

「そうですか――特に異常も見られません、ですから練習などもいつも通りの激しいものに戻してもらっても構いませんよ」

「ホントですか!?」

マジですか!?
思わず椅子から腰を浮かす。今までは海未ちゃん監修の下、体幹トレーニングと柔軟だけをみっちりやらされていた。

お蔭で腹筋はかなり引き締まったどころではなく、微かに割れ始めてる。柔軟も著しく、ことりちゃんに負けない程柔らかくなった。

相変わらずバストは七十一のままだが。

それは勿論感謝しているが、やはりダンスの練習は遅れている。家でこっそり練習していたとはいえ、やはり一人の練習では限界がある訳で……。

そんな事を考えていると。

「ああ、院長先生が少しお話したいとおっしゃられていたので、時間がおありでしたら……」

「真姫ちゃんのパパが……ですか?」

ニコの思考の渦が声によって切り裂かれる。

真姫ちゃんのパパに啖呵切ったあの日以来、私の評価は妙に良い。何度かお礼を言われたけれど、しかし改まって何か話すことがあるだろうか?

「まあそんなに肩肘張らないでください。院長も何か小難しい事を伝える様子ではなさそうです」

その後はまあ通り一遍のお大事に、の一言の後診察室を出て、最上階の院長室を目指す。

一般人の私がこんなところを歩いていても良いのかと不安になる。

ラグジュアリー系病院って、ニコが頭の中で夢想する高級ホテルと何ら変わりがない訳で。特に最上階に向かえばそれはもう別世界みたいに。

(っと……初めて来た人にはどうにも解り辛いわね)

道順がいまいち解らない。さっき診てもらったお医者さんにメモも貰ったし、多分この道で合ってるはずなんだけど……。


「――なのに――ですか」

「ああ――だから――八坂――だ」

ん? 微かに人の話し声か聞こえてくる。その話し声が誕生しているところが院長室かな?

方向的にも聞こえてくる方が院長室ぽいし。

「真姫お嬢様を――ですが――」

「――だが、いずれ――だ」

気になる単語が聞こえて、私の足は早足になる。真姫?

廊下を突き当たって左に折れると、微かに開いたドアが私の視線を奪う。

「私と妻――出張――真姫――」

「わかりました――いずれ――」

なんだなんだ? こういう盗み聞きはよろしくないのだが、しかしニコの心の引っかかりは拭えない。

なんとなく、聞いておかないと後悔しそうな、そんな感情に囚われる。

院長室と書かれたドアの横で息を潜めていると、中の人が動く気配。

「そういうことだ。後の事は皆に任せる」

会話が途切れた。

ドアをノックするなら今しかない。ニコはにっこり笑顔を作ってドアを三回叩いた。


――side にこ――了

アップルサンドであの後も話をした。

海未はあの後からまた静かになって、エリーは私とにこちゃんの事についてアレコレと聞き出してきた。

私は特に包み隠すことはなく、エリーの質問に答えた。……何気なく過ごしていた日常に、私とにこちゃんの思い出はたくさん詰まっていた。

何故にこちゃんが私を気遣ってくれたのか。それはたぶん、ただ私が不貞腐れているように見えたから。そんな私を気にしたにこちゃんは、私に興味を持った。

それがやがて、海未の言う、理由なんて要らない関係に昇華したのかもしれない。

……私がなすべきこと。私がしなくちゃならない事。

私は、矢澤にこの何になりたい?

まこちゃんの悲しげな表情が浮かぶ。

これは、過去に対する清算だ。

臆病だった私。穂乃果に誘われて、海未に手を差し伸べられ、にこちゃんに引き摺りあげられて、私はいまここにいる。

たぶん、私は後悔する。このままだと、ずっとずっと後悔する。

私は、賢い。だから同じ轍は踏まない。何か胸のつっかえが取れた気がする。

海未がかすかに微笑んでいるような気がして。

臆病な私がたどりついた答えに、微笑んでくれたような気がして。

エリーはニヤニヤしていた。エリーの事だ。きっと私がにこちゃんの事を考えてしまう様な質問ばかりしたに違いない。

私は二人に何か言おうとして、俯いていた顔を挙げる。

「とても良い表情ですね、真姫」

はっ、とするほどきれいな笑顔に、私は海未を直視できなかった。

耳まで赤くなるのは、考えを見透かされてしまったから。

海未と私は一か月しか離れてないのに。どうして海未はこんなにも綺麗で、大人なんだろう?

海未が付けている、今時には珍しい左腕の頑丈そうな時計がやけに目がついた。

今回はここまで。

| ̄| ∧∧
|ニニ( ゚Д∩コ
|_|⊂  ノ
   / _0
  (ノ

 えっ…と、糞スレ
\はここかな…、と/
  ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧∧ ∧∧
 ∩Д゚≡゚Д゚)| ̄|
  ヽ  |)ニニニ|
   | |? |_|
   ∪∪


  ∧∧ ミ  ドスッ
  (  ) ___
  /  つ 終了|
?(  /   ̄|| ̄
 ∪∪   || ε3

      ゙゙~゙~

「ねえ……その」

私はぽつりと呟いた。

「はい?」
「どうしたの?」

二人は優しく視線をこちらに向ける。

「今……夏に向けて作ってる曲があるでしょ?」

「『夏空スマイル』ですね、仮題が」

「にこがセンターだっけ?」

「うん、そう。でもね、九人の曲とは別に、私達三人の曲を、作りたいの」

エリーと海未の表情が目を丸く見開いた。

「な、なによ」

「いいですよ、私も実は少しこの三人で歌ってみたい詩があるんです」

「私も。ちょっとギター引っ張り出そうかしら」

海未もエリーも、やる気は十二分にあって、私は何だか嬉しくなった。

いや――私が友情を感じている人達も、私に友情を感じてくれているようで、それが、嬉しかったんだ。





「エリーって私達と帰り道逆じゃなかった?」

三人で歩く帰り道、ふと私は三人でいることに違和感を感じた。

アップルサンドからエリーの家は真逆だったように感じるし、海未と私もまた少し回り道していることになる。

「ううん、これから海未の家でちょっとね」

エリーはいたずらっぽく人差し指を唇に添えた。何かとエリーはこのポーズをよくする。

「絵里は以前から――穂乃果程ではありませんが――父上の道場で武道の稽古を付けてもらっているんです」

「えっ……そうなの?」

意外や意外。面倒くさがりなエリーが進んでそんな事をしているとは夢にも思わなかった。

「日本の武道ってロシアでも有名なのよ? 弓道剣道柔道空手。
 私はまあ海未や穂乃果みたいに下地がないから、ゆっくり武道とは何かを学んでるところよ」

「武道……ねぇ」

確か武道とは心技体、礼に始まり礼に終わるものだというくらいの認識しか私には無い。

――百聞は一見にしかず。私も一度見学してみても良いかもしれない。
  スポーツ医学も学ぶことがあるだろうし。

そんなこんなで話は武道から剣道や薙刀など話は広がり、骨法まで話は広がった。

やがて私は海未と絵里の二人と別れを告げ、礼の言葉も述べさせてもらった。

そしてわかった。……友人達と離れて、独りで歩く帰路は、やっぱり少し寂しいと言う事に。



ウォークマンに登録してある、海未の仮歌とエリーのギターソロを組み合わせた『夏色スマイル』。

それを聴きながら、とぼとぼ歩いていた私の家の門の前に、見慣れた人影が視認出来た。

微かに外に跳ねた髪。ぱっちりと開いた大きな瞳。

アンダーリムの眼鏡を上手く付け熟しているのは、小泉花陽。私の親友だ。

「花陽」

花陽は通学カバンを膝の前に揺らして、私を見付けると優しい笑顔を浮かべた。

私の様に顔つきがきつくなく、彼女の雰囲気は柔らかく、甘えたくなってしまうほどに優しい。

「真姫ちゃん、お帰りなさい。時間通りだね」

「ただいま……って、どうしたの? まさかずっとここで待ってたの?」

もしそうだとすると悪い事をした。

私は急いでポケットからアイフォンを取り出して、ラインの通知をチェックする。通知はない。

「用事があるなら呼んでくれれば良かったのに……悪かったわね、花陽」

私の平謝りに、花陽は片手を顔の前で今にも取れそうなほどブンブンと振る。

「ううん、違うの! その、用事があったのは事実なんだけど……。
 真姫ちゃん、海未ちゃんと絵里ちゃんとどこか寄って帰るって言ってたから……」

なんともバツが悪い。まるで花陽に隠し事をしていたみたいで。

「その……ごめん花陽」

「ううん、いいんだよ。先輩にしか話せないこともきっとあると思うし。
 花陽に話しても良いかな? って思った時に話してくれればいいから……ね?」

天使か。

「天使か」

「へっ?」

いかんいかん、心の声が漏れ出た。反省。

「ありがとう、花陽。救われるわ」

私の言葉に花陽はたおやかに笑う。私もこんな風に笑ってみたい。

「さ、入って? 和木さんにミルクティーでも淹れてもらいましょう」

アイスコーヒーを飲んだ後にミルクティーを飲むと、アメリカ人にもイギリス人にも怒られそう。

エリーには怒られずに済むけれど。

そんな事を考える私の背中を、花陽の声が小雨の如く優しく叩く。

「ごめんね、何にも言わずに押しかけちゃって……」

花陽は申し訳なさそうに謝りながら、私の後ろをついてくる。

「良いのよ、これでも結構――嬉しいから」

語尾がごにょごにょとかすれてしまうが、花陽はうん、と頷いた様子だった。





和木さんが私の部屋に持ってきてくれたミルクティーで喉を潤す。

やっぱりおいしい。ちなみに私は午後の紅茶も好き。特にストレートが。

「何だったかしら?」

小さなテーブルを間に挟んで、私と花陽はソファーに腰掛ける。

花陽は小動物の如く紅茶を飲み、ほう、と一息ついた。彼女の黒いタイツが艶めかしく動く。

彼女の性格にしては短いスカートが微かに動いて、視線をこちらに向けた。

珍しく、その視線は力強い。そして、私をじっと見据えてくる。

まるで、それは、凛と咲く向日葵の様な。こんな表情を、するのか。

「にこちゃんと……上手くいきそう?」

一瞬――どう形容していいかわからない感情に襲われた。

今回はここまで。

いつもの生存報告



「海未さん」

「なんでしょうか?」

「この漫画面白いね」

「そうでしょう」

「でもさ……海未さんこの漫画読めるの?」

「……と、言いますと?」

「いや、この漫画普通にえっちい描写あるけど……」

「ギャグ漫画ですから」

「あれっ?」

「トシちゃん二十五歳?」

「あらあら私はきんどー――ノオッ! 違います! ちょっと待ってよ海未さん、恋愛映画は駄目だよね?」

「キスシーンはどうしても……」

「でも前に私と映画館で見たキャプテン・アメリカのキスシーンばっちり見てましたよね」

「はい」

「私と見たてーきゅうのお風呂シーンとかバッチリ見て、卓球台が台形のシーンとかで笑ってましたよね」

「はい。てーきゅうはかなえがお気に入りです。OPのホイッスルとかハエみたいで。別人とは思えないですね」

「海未さんに借りた四季・奈津子にはかんのー的な描写ありましたよね!?」

「文学ですから」

「タイタニック一緒に見ましたよね!?」

「はい」

「あのシーンは良いんですか!?」

「何か問題がありましたか……?」

「わ、わからん……海未さんが解らん……」

「あ、穂乃果が呼んでますね。お餅が余っているようです」

「うーん……」

「さ、行きましょう」

「うう……」

「そういえば『まごころを、君に』冒頭三分過ぎた辺りでことりが顔を真っ赤にしてましたね。穂乃果は首傾げてましたが」

「!?」

「さ、行きましょう」

「おねえちゃんも海未さんもどうなってるの……」






「花陽はシンジ君が可哀想だったなぁ」

「私あのシーンで大笑いしたわね」

「あそこは思い出すと恥ずかしいニャ……」




どっとはらい。

14 名無しで叶える物語(庭)@転載は禁止 2014/12/31(水) 00:42:51.18 ID:QCVwawl4
当て馬に使うやつ多いしなカプ厨
カップリング否定する気はないが特定のカップリングを成立させるために当て馬にキャラ使う奴が多くてカプ自体好きじゃない

97 名無しで叶える物語(庭)@転載は禁止 2014/12/31(水) 21:09:00.84 ID:QCVwawl4
にこ「りんまき?なにそれ?」
真姫「最近私達の中傷をしてるキモオタの集まりって聞いたわ」
にこ「最近露出増えてきたし変なのも湧いてくるのね…」
真姫「にこちゃん、そんなことはどうでもいいの」
真姫「明日初詣行くために泊まりに来ない?」

98 名無しで叶える物語(庭)@転載は禁止 2014/12/31(水) 21:11:51.09 ID:QCVwawl4
にこ「真姫ちゃんから誘われるなんて久しぶりにこ~」
真姫「何言ってるの!にこちゃん!」
真姫「クリスマスも私が誘わなかったらお泊まりなかったじゃない!」
にこ「え~?にこは~アイドルだからお泊りデートしたらファンに噂されちゃうのよねー」

99 名無しで叶える物語(庭)@転載は禁止 2014/12/31(水) 21:15:56.96 ID:QCVwawl4
にこ「まあ?真姫ちゃんが勇気出して誘ってくれたし泊まりに行こうかなあ?」
真姫「ハヤクシナサイヨ」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年07月01日 (火) 07:08:44   ID: V7a-BGpc

楽しみにしてます

2 :  SS好きの774さん   2014年07月01日 (火) 16:33:41   ID: 1TCdDcoJ

こういう設定もアリですね

3 :  SS好きの774さん   2014年07月09日 (水) 00:19:28   ID: ncBWd1t4

にこまき素敵すぎて…
更新楽しみにしてますっ!

4 :  SS好きの774さん   2014年07月16日 (水) 13:28:55   ID: ESd9VQ1H

ストーリーや心理描写が素敵過ぎて・・・
途中のにこちゃんが格好良すぎて・・・
割と本気で感動して泣いた

凄くグッとくる良い作品
続きが楽しみです!

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom