ベルトルト「雨の中」(47)

アニ「…」


アニは雨の降り続ける窓の外を、ただ静かに眺め続けていた。

彼女の目はどこまでも透明で、感情の色はなく、鏡のように外の風景を映し続けている。

その淡いブルーはどこか儚げで、窓の外と同じく、静かに降り続ける雨を連想させた。


ライナー「…ベルトルト 行くぞ」


促したライナーの後について、僕は食堂を出る。

僕の背中の向こう側で、未だにアニは雨を眺め続けているんだろう。

ただ一人、誰と言葉を交わすこともなく。


その姿を見て、僕もそうは変わらないと思った。

僕らはこの壁の内側に居る限り、何処に居ても、何をしていても、裏切り者だ。

僕ら三人の心の中には、いつからか黒く重い雨雲が居座り続けていて、絶えず雨を降らしている。


僕ら以外の誰かと親しくする必要はない。僕たちはまた、必ず裏切るのだから。

アニを見てそう考えると、僕は辛くもあり、また僅かな安心感も感じていた。

__________
_____
_

休日の昼下がり、談話室には僕とライナー以外、誰も居なかった。

僕たちはいつもこうしてテーブルを挟んで座り、その上にチェス盤を置いて話をする。

真剣にチェスを打っているわけではなく、誰かが来た時に自然に見せる為の小細工だった。


ライナー「…アニの事なんだがな」


彼ははそう切り出し、「あのままでいいと思うか?」と続けた。


ベルトルト「あのまま?」

ライナー「ああ… あいつ、ここに来てから誰かと話してる所なんて見たことないだろ?」

ベルトルト「…うん そうだね いつも一人だ」

珍しくライナーの表情は曇っていた。

彼は根っからのリーダー気質で、思いやりがあり、情に厚い。

そんな性格だから、アニの孤独を見過ごすことが出来ないんだろう。


ベルトルト「…仕方ないさ 僕にはアニの気持ち、少しわかる気がするよ」

ライナー「しかしだな ああも一人で居られると…」


チェス盤を見つめるライナー。僕には彼の気持ちも理解できていた。

そう、ただ純粋に心配なんだ。昔のアニは、もう少し明るかった。

でも、ここに来てからのアニは、本当に他人との接触を避けている。

ライナー「…俺たちが一緒に居てやる事も出来るが」

ベルトルト「…はは それはアニから願い下げだろうね」

ライナー「…あいつの性格だからな だが、もう少し皆と打ち解けても良いと思わないか?」


ライナーの問いかけを聞いて、僕は言葉に詰まった。


僕らが、彼らと親しくなってもいいのだろうか?


僕たちはすでに多くの人間の生活や夢や命を奪っていて、そしてこの後も奪い続ける。

彼らにとって僕たちは何よりも憎い存在で、僕たちはそれを隠しながら此処での生活を続けていた。


暫くの沈黙を経て、僕は呟く。


ベルトルト「…ライナーは、なんで皆と仲良くできるんだい?」


そう言い放ってから、僕は酷く残酷な質問をした事に気がついた。


窓の外では、昨日からの雨が降り続いていた。

僕の言葉を聞いたライナーの視線はチェス盤から離れ、僕を見ていた。

その視線を感じた時、僕はさっきの質問を酷く後悔した。


ライナーもまた、この悩みからは逃れられない存在だった。

彼の性格は、彼の意思とは関係なく、人を惹きつける魅力を持っている。

どんな場所でも、どんな集団でも、その場に馴染むことが出来る社交性。

そして仲間想いで面倒見の良いその気質は、大きな安心感と存在感を、側にいる人間に感じさせた。

そんな彼が、同世代の集まる訓練兵団で目立たない訳がなかった。

彼の周りには自然と人が集まり、そして彼も、彼を慕う人たちから距離を取るような事はしなかった。


だから、なおさら僕の一言は、重く聞こえたはずだ。


ベルトルト「…すまなかったよ」


溜まらず僕がそう言うと、彼は「いや いいんだ」と呟き、再びチェス盤へと視線を落とした。

雨音が響く沈黙の中で、僕は彼の心の内を想像する。

人を避けるアニや、自分から他人へ干渉しようとしない僕。

それらとはまた違った、凄まじい葛藤を彼も秘めている事は、想像に難くなかった。


ライナー「…お前が言いたいことはわかる ベルトルト」

ライナー「でもな …今は、今だけは仲間なんだ」


ポツリポツリと、ライナーが言葉を漏らす。


ライナー「その時が来たら …俺は変われる いや、変わってみせる」


そう言いながら、ライナーはナイトを動かした。

陣地に深く食い込んだナイトよりも、僕は、ライナーは本当に変われるのだろうかと考えていた。

ライナーは強い。僕なんかよりもずっと強い意志を持っている。

そして、僕なんかよりもずっと優しい心を持っていた。


僕はナイトをクィーンで牽制する事に決めてから、アニの話題へと戻した。


ベルトルト「…アニの話だったね …多分、アニは怖いんだと思うよ」

ベルトルト「僕たちが彼らと戦う事になった時、感情を割り切れなくなるのが怖いんだよ」


ライナーは黙って、チェス盤を眺めている。

外の雨は、未だ降り続いたままだ。

__________
_____
_

その日の夕方、僕は一人で食堂へと向かった。

外は変わらずの空模様で、暗く、そして寒かった。

夕食が終わった食堂に人の気配はなく、薄暗く広いその空間は、静かな雨音に満ちていた。

そこにアニは居た。

また変わらず、涼しげに窓の外を眺めながら。


ベルトルト「…アニ 何をしてるんだい?」


僕がそう言うと、彼女は視線だけを僕へ向けて「何の用?」と呟いた。

僕は答えずに、彼女が肘をついているテーブルへ向かい、正面に座った。

彼女は眉間に少し皺を寄せたが、視線はゆっくりと僕から窓の外へと移っていった。

アニ「…何か話でもあるの?」


窓の外を眺めながら、アニが言う。


ベルトルト「…特にはないよ」

アニ「…話もないのに来たの?」

ベルトルト「そうだね」


次いで出る言葉は互いになく、僕たちを雨音が包んだ。

冷たく、細かく、本当に繊細で、些細に弾け、流れ、染み込んでいく音。

その幾千もの音が響きあい、共鳴して、この薄暗い食堂に満ちていた。

ベルトルト「…寮に帰らないのかい?」


細かい水の音に乗って、僕の声が響く。いつもより大きく聞こえる。

少しの沈黙の後、「関係ないでしょ」という返事が返ってきた。

アニの表情が少し、険しさを見せる。僕を疎ましく思っているんだろう。

僕は構わず、彼女と同じように窓の外を眺めながら呟いた。


ベルトルト「…長い雨だね」


ぽつりと、水が一滴垂れたような呟きだった。

返事は返ってこなかった。

アニ「…用がないなら一人にしてくれない?」


暫く経ってから返ってきた彼女の言葉は、どこか棘があるものだった。


アニ「本当は何か用があるんじゃないの? あるならさっさと言って」

ベルトルト「…アニの事が心配だったんだ ライナーもそう思ってる」

アニ「私の事が心配?」

ベルトルト「うん …いつも一人で、窓の外を眺めているから」


アニは窓から少し視線を下げつつ、「それが何?」と言う。

ベルトルト「…女子で誰か、話し相手はいるかい?」

アニ「…何を言ってるの?」


アニの表情には少しずつ苛立ちが浮かんできており

眉間に皺を寄せ、僕をじっと見つめる。

瞳からは怒りの色が伺えた。

その視線から目を逸らし、言葉を続ける。


ベルトルト「…その、辛くはないのかな …と、思って」


僕の言葉を聞いたアニは立ち上がり、冷たい瞳で僕を睨むと、食堂を出て行った。

一人残された僕は、雨音を聞きながら、何故今日ここまで来たのかと考えていた。

何故、彼女にこんな解りきった事を聞いたのかと。


辛くないわけはなかったんだ。


彼女もまた、ライナーと同じだ。


僕らは戦士であって兵士じゃなく、ただ、目的の為にここに居るだけだ。

でも、ここにいる同期のみんなは本当に優しくて、愉快で、時々、その目的を忘れそうになる。

アニはそれを忘れない為に、そしていつか来る裏切りの時に備えて、他人を避けている。

僕にはそれが解っていたはずだ。

アニもライナーと変わらない。

二人とも、他者との距離の取り方が違うだけで、同じ事で悩んでいる。


僕はどうなんだろうか?


僕は自ら他人へ近づく事もないし、他人を遠ざけることもない。

他者への仲間意識を持つことも、他者への裏切りに怯える事も、二人よりは数段希薄だった。

僕には自分の意思というものがない。だからこそ、二人より冷静に物事を考えられていたはずだ。


じゃあ何故、僕は今日ここまで来て、アニにあんな事を聞いてしまったんだろうか?


…多分、僕はアニに言って欲しかったんだ。

辛くはない、寂しくなどない、と。


僕もまた、心の中で静かな雨が降り始めていた。

二人が戦士と兵士の間で揺れているのを見て、僕も揺らいでいた。

僕らはあの日、沢山の人間を死に至らしめ、困窮させ、絶望させた。

僕がその原因を作った。

ライナーにもアニにも出来る事ではなく、僕だから出来た事だった。


それが僕を苦しめていた。

すべてを始めさせたのは、僕だ。


壁の中の人間たちは僕らにとって、殲滅すべき敵だった。

しかしこの訓練兵団に入って、あの日を境に全てが変わってしまった人たちを見た。

家を、街を、家族を失った人たちを見てしまった。

それは、僕に自責の念を与えるには十分だった。


僕があの日、壁を蹴り崩し、そうした。

そして最も辛かったのは、僕がまた、同じ事を繰り返す事が決まっている事で、

次の裏切りでまた何万という人が死のうと、僕はそれをやらなければいけない。

これが僕の意思なのかと聞かれれば、そうだとも言えるし、そうではないとも言える。

ただ一つ言えるのは、ライナーのように強い心を持たない僕は、虚ろな決心とともに、それをするだろう。

大きな罪の意識だけを感じながら。


だから、アニには辛くないと言ってもらいたかった。

ただ好きで、こうしているだけだと。

次の裏切りでまた幾万の人間が犠牲になろうと、知ったことではないと。


ライナーはもう、そんな事は言ってはくれない。

だから僕は、アニにそう言ってもらいたかったんだ。

そう言ってもらえたら、僕はどんなに救われただろう。

僕の行ってしまった事に、僕のこれから行う事に、そう言ってもらえたなら。

でも、やはりアニは怖がっていて、そしてライナーも迷っている。

そんな二人を見て、僕の儚い安心感は消え、変わりに暗い虚無感を感じていた。


僕らの悩みは、誰にも言えない。

さらに言えば、その悩みは僕ら三人で共有出来る事でもなかった。

もし三人の中の誰かが、その悩みについて他の誰か。

いや、それが僕たちに対してであっても、打ち明けてしまったら。

それは、僕らへの裏切りとなる。

三人とも感じ、戸惑うこの感情を、僕らが戦士である限り、互いに共有する事は出来ない。


強い孤独感を感じながら、僕はアニのように、窓の外を眺め続ける。


外の雨は止まず、次第に激しさを増していた。

__________
_____
_

翌日の昼間に、僕はライナーに呼び出され、食堂の裏手へと向かった。

昨夜ほどの勢いではないにしろ、雨は未だに降り続いたままだった。

僕たちは軒下の狭いスペースに入り、雨を避けながら話をした。


ベルトルト「話ってなんだい?」

ライナー「ああ、実はな… ほら、アニの誕生日…近いだろ?」

ベルトルト「…そういえば、そうだね」

ライナー「でな、何か贈り物でもと思ってるんだがな」

ベルトルト「贈り物か… そうだね、何か考えないと」

ライナー「いや、俺たちが送るんじゃないんだ…」

ライナー「俺たち以外の誰かから、あいつに渡してもらおうと思っている」


ライナーはニヤリと笑った。

ベルトルト「…誰かって?」

ライナー「そりゃあ女子がいいだろうな」


僕はなるほどと思った。

誰か女子にアニの誕生日の事を知らせ、祝って貰おうとしているんだ。

ライナーは昨日の話をずっと考えていたんだろう。

アニに友人を作らせるために、アニの誕生日を利用するのは良い考えに思えた。

でも、僕はそれと同時に、昨日の夜のことを思い出した。

アニは人と必要以上に親しくなるのを避けている。


ライナーの考えている事は、本当に彼女にとって嬉しい事なんだろうか?

彼女を苦しめるだけなんじゃないか?


昨日の彼女の瞳は、どこか虚ろで、幻想的で、そして寂しかった。

その痛々しいまでの孤独を、もし一時でも和らげさせる事が出来るのならと思うと、

ライナーの考えを止める気になれなかった。

でも、その後に、今とは比べ物にならないような暗雲が彼女を包むことは明白だ。


僕の肩に雨粒が一滴垂れ落ち、服に染み込んで消えていった。

ライナー「…ベルトルト、どうしたんだ? なんで黙り込んでる?」


ライナーにそう言われ、僕は物思いにふけっていた事に気付く。

結局答えは出ず、僕はライナーに賛成することにした。


ベルトルト「…うん いい考えだと思うよ」

ライナー「だろう? そこで相談なんだが…誰が良いと思う?」

ベルトルト「…そうだね やっぱり人あたりの良さそうな人じゃないと」

ライナー「クリスタなんて良いと思うんだが、どうだ?」


ライナーらしい選択だなと心の中で思いながら、僕はまた賛成した。

__________
_____
_

その日の夜、夕食が終わると僕たちはクリスタに声をかけた。


ベルトルト「やあクリスタ ちょっと話があるんだけど、いいかな」


僕が話しかけると、隣にいたユミルが怪訝な表情で僕たちを睨む。


クリスタ「何? 二人とも、どうしたの?」

ユミル「何だ? ナンパか? もしそうなら諦めな」

ライナー「いや、そういう訳じゃないんだがな」

ベルトルト「ちょっと、相談があってね」

クリスタ「相談?」

ライナー「ああ すこし時間を貰えるか?」

食堂にアニの姿は無かった。

恐らくすでに食べ終わり、また何処かで一人、佇んでいるはずだ。

そしてここから人気が無くなってから、彼女はここへ戻り、また外を眺めるのだろう。

儚く感じた。


ライナー「俺たちと同郷の出なんだが、アニって奴がいるのは知ってるか?」

クリスタ「え? アニ? うん… 知ってるよ」


クリスタの返事は、たどたどしい物だった。

恐らく一瞬、アニとは誰だったかを考え込んでいたんだろう。


ユミル「いつも一人でボーっとしてる奴だろ? それがどうしたんだ?」


ユミルの認識はもっともだと思った。

傍から見れば彼女は、ただのやる気のない見習い兵士でしかない。

ライナー「実は、あいつの誕生日が近いんだが… 何かプレゼントでも贈ってもらえたらと思ってな」

クリスタ「え? 私たちが?」


クリスタは驚いていた。


ライナー「ああ、そうだ 俺たちが渡すよりも、クリスタたちから渡して貰った方が喜ぶだろう」

ベルトルト「彼女はちょっと、人付き合いが苦手でね 出来ればそれを期に、親しくしてあげて欲しいんだ」

ライナー「いつも仏頂面ではあるが、悪い奴じゃない 頼む、クリスタ」


そう言いながらライナーは、ポケットから幾らかの貨幣を取り出す。

さっき、僕たちが二人で出し合ったものだった。

決して大金は無いけど、何か気の効いた物を買うには十分な額だと思えたし

そして何よりも、それが僕たちの出せる精一杯の金額だった。

ライナー「少ないかもしれんが、これで何か買ってやってくれ」

ベルトルト「僕たちは女の子が喜びそうな物なんて選べないしね」

クリスタ「っえ? こんなに…?」

ユミル「おいおい… お前ら、こんなに出して大丈夫か? 遊ぶ金なくなっちまうぞ?」

ライナー「いいんだ こっちから頼んでるわけだしな」

ベルトルト「…本当に突然の話で悪いんだけど、頼むよ クリスタ」


クリスタは少しの間黙り込むと「なんで私なの?」と、疑問を返した。

もっともな疑問だと思った。

ライナー「クリスタなら、あいつと良い友達になってくれると思ってな」

ベルトルト「うん 君は優しいし、アニも君の事を気に入るだろうと思って」

ユミル「…ハハッ だとよ、女神さん やってやったらどうだ?」


ユミルの茶化したような後押しが効いたのか、クリスタは少しの思案を経て、「わかった」と返事をくれた。

そして、「でもちょっと、多すぎると思う」と、ライナーの手の中にある貨幣の量を見て呟く。


ライナー「…そうか? なら、何か食べ物でも買って、ちょっとした誕生会でも開いてやってくれ」


僕はライナーの提案に「それはいいね」と相槌を打ち、「アニも多分…喜ぶと思う」と続けた。

心の内で、僅かに否定しながら。

クリスタ「そう… なら、ライナー達も…」

ライナー「いや、俺たちはいいんだ あいつには新しい友人が必要だ」

ベルトルト「僕らがいたら、アニも気恥ずかしく思うだろうから」

ライナー「…そしてな、この事はあいつには伏せてくれ」

ライナー「俺たちがこんなお節介をしたとバレたら、怒られちまうからな」


クリスタはそれ以上質問することはなく、「わかった」と返事をくれた。

ライナーはクリスタにお金を渡すと、「ありがとう」と言って笑って見せる。

クリスタも笑顔を見せながら「私に任せて」と言った。


僕はそんな二人を見て軽く微笑んでから、窓の外へと視線を移した。

静かに、ただ静かに、雨は降り続けていた。

__________
_____
_

アニの誕生日の日が来た。


僕たちがクリスタにアニの事を相談した次の休日に、彼女とユミルは街へと出かけていた。

その時にアニへのプレゼントを見繕ったり、パーティの買出しなどもしてくれたんだろう。

彼女たちは今日の朝早くから食堂を片付けたり、なにか飾り物をしたりと準備をしていた。

それを見て、何かあるのかとサシャやコニーなどが集まりだし、アニの誕生パーティーは

僕たちが考えていた小規模なものではなく、随分と賑やかになりそうだった。


僕とライナーはそれを遠目で見てから談話室へ入り、いつものようにチェスを打っている。


ライナー「…大事になってるな」

ベルトルト「…そうだね お金、足りてるのかな?」

ライナー「あの二人、幾らか出してくれているかもしれないぞ」

ベルトルト「…あとで礼を言わないといけないね」

ライナー「…まったくだ」

外は雨こそ降っていないにしろ、薄く雲が覆っていた。

僕たちはそれなりに考え、静かに駒を動かし、チェスを進めた。

互いに無言。そして、互いにアニの事を考えている。

いや、少なくとも僕は考えていた。


アニは、どんな気持ちで自分のパーティに出ているんだろう?

これまで避けてきた人たちに、否応無く呼ばれ、自分の誕生を喜ばれる気持ち。


嬉しいんだろうか? 楽しいんだろうか? 悲しいんだろうか? 辛いんだろうか? 


…怖いんだろうか?

コニー「おう、お前ら! ここに居たのか!?」


僕の物思いを、コニーの大声が止めた。


ライナー「おう、どうした?」

コニー「クリスタ達がアニの誕生会を開いてんだ、お前らも来いよ!」


僕とライナーは顔を見合わせた。

僕たちはアニの誕生会に出る気は無く、ここでチェスを打ちながら終わるのを待つつもりだった。

僕たちが居れば、アニは心の底からは楽しめないだろう。

目的の事、シガンシナの事、僕たちが裏切り者であるという事を、今だけは感じさせたくはなかった。

ライナーは僕からコニーへ視線を移し、「いや、俺たちはいい 楽しんで来い」と言った。


コニー「それがよ、クリスタに言われてんだ お前らを連れて来いって」


僕たちは再び顔を見合わせた。

__________
_____
_

誕生会の会場になっていた食堂は、僕たちが予想していたより賑やかだった。

テーブルにはクッキーやパンなんかのちょっとした食べ物が並べられ、

どこからか摘み取られた赤い花が、瓶に入れて飾られていた。

クリスタやユミル以外にも、サシャ、ハンナ、アルミン、マルコなど

幾人かの人たちが集まり、楽しそうに話をしていた。


その中にアニはいた。

どこか緊張したように俯き、顔を赤らめている。

恐らく、どこかへ姿を隠すために出かける仕度をしている所を、ユミルに強引に連れてこられたのだろう。

いつもの様に髪を後ろで纏めておらず、肩まで下ろしたままだった。

僕とライナーは、それを食堂の扉から眺めていた。

コニーが「早く中へ入ろうぜ」と急かしたが、僕たちは頷かなかった。


今のアニは、本当に嬉しそうだったからだ。


ライナーが急かすコニーに「すまんな やっぱり俺たちは出られん」と告げて、

僕たちは食堂に背を向け、談話室へと歩き出した。

コニーはポカンとした表情で僕たちを見送ったあと、頭をかきながら食堂へと入っていった。


僕らの事、目的の事、その他の様々なしがらみを忘れて、今は楽しんでもらいたい。

僕と、恐らくライナーもそう思っていた。

本当に、心の底から。


見上げると、空を薄く覆っていた雲が僅かに割れ、そこから光があふれ出していた。

長く続いていた雨模様も、ようやく終わるんだろう。

__________
_____
_

翌日、空は澄み渡っていた。

雨雲はどこか遠くへと流れ、爽やかな風が吹き、長雨でぬかるんでいた地面も、久しぶりの日光で乾き始めている。

ライナーと僕は昼食を終え、午後の座学が行われる教室へ向かう途中だった。

アニは一人、食堂の前に立っていた。

僕とライナーはそれを見て一瞬戸惑い、顔を見合わせてから、彼女に話しかけた。


ライナー「…よう」

ベルトルト「…そんな所で、なにしてるの?」


僕たちが話しかけると、アニは黙ったまま、僕たちをじっと見つめた。

僕は、彼女の髪留めが変わっている事に気がついた。

黒く繊細な鉄細工の上に、小さい緑色の宝石が二つ、センス良く飾り付けられている。

ライナー「…お、どうしたんだ? その髪留め」

ベルトルト「…そういえば、昨日アニの誕生会が開かれてたんだよね?」

ライナー「…なるほど プレゼントってわけか 良く似合ってるぞ」


実際、アニのプラチナに近い金髪に、その黒い髪留めは良く似合っていた。

流石、女性が選んだプレゼントだと思った。僕達じゃこんな物は選べない。

僕らの白々しい会話を無視して、アニは左手を上げた。

その手首には細いブレスレットが輝いている。

恐らく銀で出来たブレスレットだろう。細く、シンプルでいて、とても上品な造形だ。

アニは僕たちを、その淡いブルーの瞳で睨みながら言う。


アニ「…クリスタたちから貰ったのは、こっち」

僕たちは一瞬、彼女の言葉の意味がわからなかったが、すぐに理解した。

つまり、僕らの企みがバレているという事だった。

恐らくクリスタかユミルが言ったんだろう。


ライナー「…ぬ そ、そうなのか… じゃあその髪留めもそうなんだな」

アニ「…これはあんたたちからでしょ?」

ライナー「…な、何を言ってるんだ、アニ 俺たちはそんな…」


ライナーはこの後に及んでも、下手な猿芝居を続けようとしていた。

恐らくアニは怒っている。よくもいらない世話を焼いてくれたなと。

蹴りの一発や二発くらいなら貰う覚悟を、僕はしはじめていた。

アニ「…ライナー …ベルトルト 昨日の騒ぎを企画したのは、あんたたちなんだってね?」


ライナーの額に、大粒の汗が浮かび始める。

僕はきつく奥歯を噛み、鋭いローキックの痛みを耐える準備をした。


ライナー「ま、待てアニ! 俺たちはだな…! その…!」

アニ「……二人とも、ありがと」


アニのお礼という予想外の言葉に、ライナーは僕が知る限り、今まで出したことの無い声を出した。

次に来るのはローキックだと考えていた僕にとってもそれは同じで、思わず聞き返してしまう。


ライナー「……ふぁ?」

ベルトルト「……あ、ありがとうって?」

アニ「……言いたいことは …まあ、あるよ でも、取り合えずお礼はする」

アニ「……二人とも……ありがとう」

「ありがとう」と言うアニの目には、この間まであった寂しさを称える色は無かった。

まるでこの青空のような、爽やかなブルーをしていた。

僕は昨日の誕生会を、彼女が心から楽しんでくれたことを確信して、ライナーを見る。

彼もまた、僅かに口元緩めながら、僕を見ていた。

アニは顔を見合わせる僕たちを見て、「…何してるの? 気持ち悪い」と言うと、

スタスタと歩き出し、何処かへ行ってしまった。


ライナー「…はは なんだよ、上手くいってたんじゃないか」


ライナーは額に浮かんだ汗を拭いながら、笑った。

僕も緊張が取れ、静かに笑みを浮かべ、空を見上げる。

とても晴れた日だ。このままずっと、晴れ続けてくれればいい。

恐らく。いや、必ず。

アニにも、ライナーにも、僕にも。

心の中に、とてつもない豪雨が降る事は決まっている。

昨日の事はアニにとって、後に大きな葛藤を生むだろう。

ライナーはこれからも、彼らとの友情と故郷の間で揺れ動き続けるだろう。

僕も気がつけば、誰も居ない暗室にいるような孤独感に襲われるだろう。

でも、今だけは。

少なくとも、次の裏切りまでは。

この快晴が続いて欲しい。

僕はそう願わずにはいられなかった。

         

             おわり

以上です
読んでくれた方々、ありがとうございました

前回はアルミン「催眠オナニー」というssなどを書いたので、そちらも読んでもらえると嬉しいです

なん…だと…?
催眠オナニーからこのほろ苦くて優しい話かよ…
上手い人は何書いても上手いんだなあ
乙でした

>>44
久しぶりに原作読み返したら、自分の書いたssが全部頭おかしい感じの物ばっかりだったので、悲しくなって書きました
楽しんでもらえてたら嬉しいです

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom