勇者「この中に1人、魔王がいる!」(175)

僧侶「……」

格闘家「……」

賢者「……」

戦士「……」

魔法使い「……」

遊び人「ふわぁ~」

薬草師「欠伸ダメ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「俺たちがこの城に来たとき、真っ先に魔王の部屋へ行っておくべきだったんだ……、こんなことになると知っていればっ!」

魔法使い「ちょっと待ってよ! 本当に私たちの中に魔王が潜んでいるなんて考えてるの?」

賢者「確かに魔王が待っていたと思われる部屋は、もぬけの殻でした。だからと功績をあげる為に仲間を吊るしあげるのは、如何なものでしょうか」

勇者「そんなわけがあるか! 俺たちだけじゃなく、俺たちの無事を祈ってる国の、世界中の人たちの命がかかってるってるんだぞ!」

戦士「ならばなおのこと。我々が納得のいく説明を求めますぞ」

格闘家「強引なこじつけや根拠のないでまかせを言いやがったら、どうなるか分かってんだろうな?」

勇者「説明も無しに信じてくれるとは思ってはいない。俺だけが知ってても解決できる問題じゃない。ここに居る全員の力が必要なんだ」

遊び人「勇者はとうとう魔王も仲間にしたんだ。すごいね」

薬草師「仲間にしたんじゃなくて、魔王が仲間に成りすましてるんだよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「質問がなければお前たちに見せたいものがある。かなり衝撃を受けると思うが心していてくれ」

戦士「私からは何も」

格闘家「俺もだ」

僧侶「……」

魔法使い「どうしたの僧侶? 気分悪い?」

僧侶「ひひゃっ!? ななななに!?」

魔法使い「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」

僧侶「う、ううん! なんでもないよ!」

魔法使い「そう?」

僧侶「うん」

勇者「僧侶」

僧侶「はい!」

勇者「さっきまで俺が話していたことを復唱してみろ」

僧侶「魔王が私たちの中に紛れ込んでいるってお話でしたよね? 勇者様のお話を聞き逃すなんて失礼なことしないですよ」

勇者「この話が終わったらどうすると言った?」

僧侶「今朝見つけた死体を」

格闘家「死体?」

剣士「なんですと?」

魔法使い「なにそれ」

賢者「……」

僧侶「え? 私おかしいこと言いました?」

魔法使い「僧侶……あんた……」

僧侶「なんでみんなそんな顔してるんですか? ゆ、勇者様も怖い顔しないでくださいよ、ね?」

遊び人「僧侶凄いね。勇者様に先に見せてもらってたんだ。いいなー、羨ましいなー」

薬草師「羨むことじゃないよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

賢者「僧侶様。私たちはそこまで勇者様から聞かされていません」

僧侶「だって見せるって言ったらそれしか。そうですよね、勇者様」

勇者「俺は見せるものがあるとは言ったが、何を見せるかまでは言ってないぞ」

僧侶「っ!?」

格闘家「お前が魔王かっ!」

僧侶「ひっ!? 違います! 私じゃないです!」

格闘家「ならなんで知ってるんだ? お前が魔王だからだろ!」

僧侶「やっ、違っ!」

剣士「格闘家。早まってはなりません。詰め寄るのは僧侶の話の真偽を確かめてからです。勇者、どうなんですか?」

勇者「僧侶の言った通りだ。俺は今朝見つけた焼死体を見てもらおうと皆をここに集めた」

魔法使い「僧侶……」

僧侶「魔王じゃないよ?! 私は本当に魔王なんかじゃ」

格闘家「でも、お前」

僧侶「お願い! 信じてよ! ねえ、勇者様ぁ!!」

勇者「……」

僧侶「わ、私は魔王なんかじゃ、ひっく」

遊び人「私は違うと思うなー」

勇者「肩を持つのか?」

格闘家「勇者しか知らない情報が僧侶の口から先に出てきた。これが証拠以外のなんだって言うんだ」

遊び人「勇者様だから知っていても怪しまれないの? もしかしたら、知らないふりをしてる人だって、いるかもしれないよ」

魔法使い「知っているだけで特定するのは早計ってことね」

賢者「勇者様が魔王とでも?」

遊び人「うわ、賢者様に食い付かれた」

薬草師「遊び人を虐めないで」

剣士「虐めているなどとは人聞きの悪い。意見を聞いているだけでございますぞ」

薬草師「遊び人を囲んで責めてた。虐めてた」

格闘家「こいつの遊び人への溺愛ぶりはどうにかならないのかよ。絡めば邪魔ばかりしやがって」

勇者「つまりは、遊び人は俺も魔王候補の1人と言いたいんだろ?」

遊び人「正解せいかい」

魔法使い「でも勇者様が魔王だなんてこと」

賢者「可能性があっても一番考えたくない展開ですね」

勇者「無いとも言えないんだから、遊び人の考えは正しい。魔王じゃないことを主張すれば余計に怪しまれるんだろ?」

遊び人「うん」

勇者「だったらそれこそ、皆で解決しなきゃいけない。死体を確認してから話し合おう。これからのことを」

魔法使い「そうね」

勇者「そして……、俺と僧侶のこともな」




魔法使い「これが……」

賢者「骨まで焼け焦げてますね」

遊び人「うわー。きもい」

薬草師「言葉が悪いよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

格闘家「これが僧侶の言ってた死体か」

僧侶「……」

魔法使い「格闘家」

格闘家「すまんな。口が滑った」

賢者「周りの意に反する行動を取れば悪い注目を集めますよ。内部分裂は魔王につけ入る隙を与えるだけです」

格闘家「けっ」

剣士「勇者様がこれを見つけたのは、いつくらいのことですかな?」

勇者「日が昇り始めて、朝霧がうっすらかかってた頃だ。それでも視界は十分だったから魔王を見つけようと城の周辺を見回ってたんだ」

賢者「さすがにもう熱は持っていませんね。太陽はそこそこの高さまで昇っていますが、まだ空気は肌寒い」

魔法使い「周りの植物も焼けてるみたいだけど」

勇者「俺がここに来たときは、火はもう収まっていた。燃えてるものは無かったよ」

遊び人「焼けた甘い木の実が食べれたんだね」

薬草師「それどころじゃないよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

僧侶「あの……」

賢者「僧侶はまだ喋らない方がいいでしょう。勇者様に場を設けてもらいますので、その時まで黙秘を続けた方が賢明です」

僧侶「……はい」

格闘家「詳細不明のただの死体だろ。こんなんから何が分かるってんだ」

賢者「これから得られる情報は少ないですが、幾つか重要な点に気付けましたよ。私はね」

格闘家「バカにしてんのか?」

賢者「いえ、そんなつもりは全然」

魔法使い「何が分かったの?」

賢者「今話した方がいいですか?」

勇者「できることなら」

賢者「了解しました。まず1つ目、これは魔力を消費する技で殺された者の遺体です」

剣士「ほう。何故そうだと?」

賢者「それは魔法使いが説明してくれますよ」

魔法使い「私に振るの?」

賢者「私が旅で見てきた魔法使いなら、この程度の説明は簡単なはずです。逆を言えば……」

魔法使い「説明するから変な誘導はやめて」

勇者「できるのか?」

魔法使い「全部は無理だけど、ある程度なら。えっとね、私が着眼したのは、死体の周辺」

薬草師「周辺……」

遊び人「周りって意味だよ」

薬草師「それは知ってるよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「周りなんて……、地面が乾燥してるくらいだろ」

魔法使い「そう、それ。死体が倒れている部分だけ土が乾燥して、ひび割れているわよね?」

剣士「言われてみれば干上がった田んぼみたいになっておりますね」

魔法使い「この現象は、干ばつの被害にあった地域でよく目にするんだけど、それがここにも出ている」

格闘家「それがどうした」

魔法使い「地面に亀裂が入る火力ってそうとうなものよ。指を入れればそこそこ深いみたいだし」

剣士「肉を焼くならば火力は必要ですぞ。おかしなところはありませぬ」

魔法使い「なら、なんで近くの植物は燃えてないの? 手を伸ばせば触れるような場所に生えているのに」

剣士「面白いことを言いなさる。簡単なことですぞ。だってそれは……、何故ですかな?」

魔法使い「そうなるわよね。それは魔力を使っての制御があったから」

勇者「制御?」

魔法使い「地面に亀裂が走るほどの高火力なのに、植物が燃えた痕跡は僅か。この矛盾は術者が炎系統の魔法に精通している証ね」

勇者「なるほど。でも、魔法で生み出した火の大きさは制御できても、近くの植物に燃え移った火は操りようがないだろ」

魔法使い「それは無理でしょうね」

勇者「それはどうやって消したんだ?」

魔法使い「水魔法ででしょ。ばしゃって。葉にも水滴がついてるし」

格闘家「燃え移るたびにか?」

魔法使い「そう……じゃないの?」

勇者「水たまりが無いようだけど」

魔法使い「それはあれよ。炎の魔法で蒸発させて」

剣士「火を使えば植物が燃えますな」

魔法使い「……」

遊び人「説明できないの?」

魔法使い「なによ! 私を魔王扱いするわけ?! 僻んでるの?! 頭が良くてごめんなさいね!!」

勇者「いや、だって賢者が……」

賢者「いえ、これでいいです。魔法使いがこれ以上詳細な説明をしていれば、逆に私が魔王候補に推薦していました」

魔法使い「それもそれで酷いんだけど」

剣士「では賢者様の見解はどのような?」

賢者「火を消すトリックは魔法使い同じです。おそらくは水系統の魔法を使ったと推測します」

魔法使い「ほら、あってるじゃない」

剣士「子供じゃないんですから。説明を聞きましょう」

賢者「ただし、風魔法との混合です。ここに城を構える魔王ならば、朝方に霧が発生するのも既知のはずです」
賢者「魔法で発生させたのは、少量の水分を含ませた小規模の竜巻じゃないでしょうか」
賢者「水たまりを作ってしまうと、水系統の魔法が使えることも相手に教えてしまいます。なので、その対策に考案したのがその魔法でしょう」

格闘家「葉に水滴があればバレるだろ。それは考慮しなかったのか?」

賢者「葉に露が付くだけなら、朝霧でごまかせると思ってしまったのだと」

剣士「なるほど」

賢者「私と魔法使いの推測が正しければ、魔王が駆使できる魔法は火炎魔法、風魔法、そして水魔法。これでどうですか」

勇者「すごいよ賢者。正解だ」

魔法使い「え?」

格闘家「いやいや、魔王にしか分からないんだから正解って言ったらダメだろ」

剣士「さすがは『賢者』ですな」

賢者「褒められるほどではありません。説得力があるだけで、正解とは限らないんですから」

遊び人「まるで見てたようなお話しだったね」

薬草師「じゃないと説明にならないでしょ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

剣士「……」

賢者「そんな目で睨まないでやってください。現場を説明できるということは、それと同時に魔王である可能性を自ら示唆しているのです」

格闘家「で、これは本当に人間なのか? 骨格は人間そっくりだけど、似たような体格の魔物もたくさん見てきただろ」

賢者「当然その疑問も出てきます。それが2つ目」

勇者「あれだけ喋って2つ目……」

剣士「知識とは恐ろしいものですな」

賢者「この遺骨を人間のものだと仮定した場合、4通りの状況を想定できます」

勇者「さらにそこから4通り……」

剣士「賢者と呼ばれるだけありますな」

賢者「勇者を含む勇者一行からの犠牲者か、他の地から連れ去られた悲運な生贄か、この森に踏み入ってしまった不幸な迷い人か。もしくは魔物同士での争い」
賢者「最初に、他の場所から連れ去られた者が魔族から私たちへの警告の意味で、見せしめとして殺された場合を考えましょう」
賢者「それを知った勇者様はどうなりますか?」

勇者「キレる」

賢者「怯えさせるどころが逆効果なのは、火を見るよりも明らかです」
賢者「『森に迷い込んでしまった人間』は、選択肢としては出しましたが、ありえないでしょう」

格闘家「言い切れるのか?」

賢者「珍しい植物が生えているわけでもないですし、近隣住民ならここら辺の危険度を熟知しているはずです」

魔法使い「そうなると消去法ですね」

賢者「そういうことです。この遺体が人間ならば、残念ながら勇者様の宣告通りに魔王が紛れています。
賢者「なにせ死体がありながらにして、ただの1人も欠けていないのです」

格闘家「まだ決まっていないんだろ? 魔物だったらどうなんだ?」

賢者「勇者一団が向かっている最中に、命を奪い合う仲間割れを起こすとは考えられません」
賢者「魔王城周辺の、しかも目と鼻の先に配備させられる魔物なら知能もそれなりに高い。つまり、これも選びようのない選択肢です」

剣士「そうですか」

僧侶「ひっく、私なんてやだよぉ。私じゃないよぉっ!」

魔法使い「まだ僧侶に決まったわけじゃないから落ち着いて」

僧侶「ぐすっ、えうぅ……」

勇者「だけど、賢者の推測は今まで外れたことはないもんな」

賢者「ああ、望みは薄いですけど他にも可能性はありますよ。これは同士討ちした魔物の死体で、魔王は勇者に恐れをなして僻地へ逃亡、とか」

格闘家「それは無いだろうな。やすやす拠点を奪われたんだ。逃げたところで面目丸潰れで味方なんかいないだろうよ」

剣士「恥をかきながら生き長らえるよりも、名誉ある死を選ぶのが王族にふさわしいでしょうな」

勇者「他に何か気付いたこととかあるか?」

賢者「いえ、こんなものです。言う事の程でもないですが、魔王は変装の呪文が使えるかもしれない、ってことくらいですかね」

勇者「魔法使いは?」

魔法使い「こんな場所を目的もなく1人で歩き回るとは思えないから、幻視、誘惑、誘導、物質移動のどれか、もしくは複数の呪文が使えるかもしれない」

勇者「なるほど。それも覚えておいたほうがいいな」

格闘家「死体1つでここまで考えられるのか。俺には無理だ」

剣士「私たちは知識よりも武術を学びましたからな。師範の名前と常識を忘れなければ生きていけます」

格闘家「まったくだ」

勇者「僧侶も気付いたことがあれば教えてくれ。それ以外の話は中で聞く」

僧侶「何もありません。賢者様と同じです」

魔法使い「賢者様と同じなんだ……、すごいね僧侶……」

勇者「じゃあ、埋葬して黙祷をしたら中に入って昼食だ。休憩を入れないと気分が持ちそうにない」

賢者「そうですね。空気の悪さに息が詰まります」

格闘家「まったくだ」

勇者「僧侶なら俺らの疑いを晴らしてくれるって信じてるからな」

僧侶「はい、ありがとうございます。勇者様」

遊び人「もしかしてこの遺体が魔王だったりして」

薬草師「こんがらがることを言わないの。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」




勇者「説明をしてくれるな?」

魔法使い「ちゃんと話してくれれば私たちも信じるからね」

僧侶「……うん」

剣士「横槍を入れるような真似はせんでくだされ」

格闘家「しねえよ」

僧侶「私、たまたま見たんです。勇者様があの場所に朝早くからいたところを」

賢者「ふむ」

僧侶「昨晩は皆が城内の空き部屋を自由に自室にして使ってましたよね。それで、私も勇者様のお部屋の隣を貸してもらうことにしました」

剣士「それはあってますか?」

格闘家「俺は玄関近くの部屋を使ってっから、上の階の事情はさっぱりだぜ」

勇者「俺の部屋は賢者と僧侶に挟まれてた。間違いはない」

僧侶「わ、私は聖職者なんです! たとえ勇者様であっても間違いなんて許され」

賢者「いいから続けてください」

魔法使い「……」

僧侶「すみません。勇者様の隣で寝ていましたけど、寝込みをいつ襲われるかと思うと、ドキドキしてちゃんと寝付けないまま夜を過ごしたんです」

遊び人「誰に? 勇者様に?」

薬草師「ここは魔王ってことにしてあげるのが優しさだよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

僧侶「空が明るくなり始めたぐらいに、勇者様のお部屋から扉の開く音がしたので、私は布団から出ました」

格闘家「確かにその時間くらいだったな。玄関扉を開ける音がしたんで息を殺して確認したら、勇者だった。ただ、僧侶は見てない」

勇者「剣士は?」

剣士「私も外に出ておりましたぞ。前職が城内外の夜間警備だったせいか、大仕事の前はどうしても眠りが浅くなってしまいましてな」

格闘家「俺は剣士が出ていくのは見てないぞ?」

剣士「巡回をするときは足音は基本、物音も消して動けるようになって一人前の警備兵。誰かに気付かれるようなヘマをしては首が飛んでしまいます」

魔法使い「私は部屋で遅くまで本を読んでたせいで、勇者様に起こされるまでずっと寝てたわ」

勇者「薬草師と遊び人は?」

遊び人「私が寝てたら、いつの間にか枕元に立ってた薬草師がいきなり」

薬草師「物騒な言い方はやめてね。布団にお邪魔しただけでしょ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「それはいつごろ?」

薬草師「朝が来る少し前。遊び人が心配だったから」

遊び人「もぐもぐ、私は大丈夫だよ。もぐ、取り柄も役目も無いし」

薬草師「遊び人は可愛いよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

格闘家「さっき僧侶は勇者を追っかけて出たと言ったが、僧侶は後を追わずにどこに行ってた?」

僧侶「それは……まし……から」

勇者「なに?」

僧侶「ですから、お……です」

勇者「ごめん。聞こえないからもうちょっと大きな声で」

僧侶「おトイレ行ってたんです!」

勇者「ああ、トイレね」

僧侶「もうやだよぉ……、なんで勇者様の前でこんなこと言わなきゃ……ひっく」

魔法使い「だ、誰だってトイレくらい行くわよ! 私だって朝はトイレに行くわ!」

剣士「え、ええ。私だって催したら使います。生理現象には逆らえませんもんな」

遊び人「私は人には言わないけどね」

薬草師「僧侶は言わされたんだよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「それで、トイレに行った後は?」

僧侶「ううっ」

勇者「涙目で睨まないで。そういう趣味じゃなくて僧侶の為に訊いてるんだから」

僧侶「その後は普通に玄関から出ました。まだ皆が寝てる時間なので、なるべく音をたてないようにしました」

格闘家「そうなると俺と入れ違いになったのか」

剣士「格闘家も部屋を空けたのですか?」

格闘家「ああ。勇者が城から出ちまったら、上で寝てる連中だけじゃ戦えないだろ。万が一の護衛ってやつだ」

賢者「階段付近で瞑想をされていたのは、そういうことででしたか」

格闘家「瞑想なんか故郷の道場以外でしたことない。俺が10よりも長く目を瞑っていたら、それは寝てる」

賢者「瞑想だと思っていましたよ。私が近付いたら話しかけてきましたから、てっきり」

格闘家「俺が暮らしてた村は魔物に襲われるときは、大抵夜だったんだ。どんな物音でも起きれるぜ」

魔法使い「話をまとめると、僧侶は格闘家と入れ違いになったせいで、外に出てたことに気付いてもらえなかったと」

勇者「それでいて外を見回ってた剣士とも会わず、俺を見つけたついでに、たまたま焼死体も目撃してしまった。ってことでいいのか?」

僧侶「はい……」

剣士「賢者様は何故に部屋を出たのですか?」

賢者「習慣ですよ。宿屋に泊まっていた時だって、私がいつも最初に起きていたじゃないですか」

剣士「暇で城内を歩いていたと」

賢者「持っていた本も読みつくしてしまいまして。外は危ないので、暇潰しにどこか広い部屋で魔法の練習でもと考えてたんです」

勇者「当たり前な話をするんだけど、これってアリバイの有無を調べてるんじゃないんだよね?」

魔法使い「アリバイ探しでしょ。単独行動をしている人間が被害者兼魔王候補よ」

賢者「白と言えそうなのは、勇者様と僧侶、それに薬草師と遊び人ですね」

勇者「そうなの?」

賢者「僧侶様は一晩中、勇者様のことを気にかけていたそうですので。薬草師と遊び人も夜を共にしていたと証言しています」

剣士「だけれども、僧侶は勇者様のことを監視していた話ではござらんでしょう」

賢者「僧侶が魔王ならば、勇者をずっと気にかけていたとは言わないでしょう。仮に勇者が魔王だったとしても、僧侶が物音で気付いてるはずです」

格闘家「なるほどな」

剣士「そうなると途端に怪しくなってくるのは、私と格闘家と賢者と魔法使いですか。特に単独で外部をうろついていた私が、急激に黒くなってきますな」

格闘家「俺は一晩中監視してたって言っただろ」

賢者「それを誰かが知っていますか? 誰とも接触していない魔法使いもグレーですし、格闘家も不本意でしょうがグレーになります」

魔法使い「犯行が可能な時間分の空白があるかどうか。そこを見られてるのよ」

格闘家「けっ」

賢者「格闘家が自分は白だと言いたいなら、剣士と見回っておくべきでした。後出しは会話の行方に便乗してる印象を与えてしまいますよ。
賢者「ここは素直に候補の1人なんだ、と納得してください」

剣士「下手に無実を主張すると、逆に疑われてしまいますぞ」

格闘家「けっ」

勇者「ここからもっと詰めていくってのはできそう?」

賢者「難しいですね。それでも初日から4人も減らせたのは大きな収穫と見ていいと思います」

勇者「そうか」

剣士「これからの行動にかかってくると言う事ですな」

僧侶「賢者さん」

賢者「はい。なんですか?」

僧侶「ありがとうございます。私じゃないって言ってくれて」

賢者「感謝の言葉は私にではなくて、勇者様にですよ。勇者様が偶然にも隣室でなければ、僧侶は諦めざるを得ない状況でしたから」

勇者「本当に良かったよ。僧侶が偶然にも隣の部屋だったから、俺は疑われずに済むんだ」

魔法使い「偶然ってすごいわね。きっと神の御加護で必然的に偶然が起こるのね」

僧侶「あ……う……」

剣士「ま、まあいいじゃないですか。そんなことよりも疑いの晴れない私たちがこれからどう行動するかを決めなければ」

格闘家「何かしらの案がちゃんとあるんだろな?」

勇者「……」

僧侶「ないんですか?」

勇者「無策ってわけじゃないんだけど……でも、たぶん反対意見が……」

魔法使い「何もしないよりマシなら、私は賛成するわよ」

僧侶「私もです。勇者様が考えてくださったんですから多少の無理があっても私は拒否しません」

賢者「もっといい案が思い付いたら変えればいいだけです。お聞かせください」

勇者「ありがとう。俺の考えた案は2人1組を」

魔法使い「いや」

勇者「……」

魔法使い「嫌」

剣士「手のひら返しが早すぎませんかな?」

勇者「嫌って言われても、これが最小限の被害で」

魔法使い「2人1組だなんて絶対に嫌」

僧侶「魔法使いさん……」

魔法使い「だって男と一緒になんてなったら……不潔よ!」

格闘家「不潔って……」

剣士「失敬な。鍛錬後の水浴みくらい私らの常識ですよ」

格闘家「だよな」

賢者「たぶん彼女はそういった意味で発言したのでは……いや、どうでもいいですね」

遊び人「薬草師の体は白くて綺麗だったよ」

薬草師「色んな勘違いをされちゃうから言わないの。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

僧侶「我儘は良くないよ。魔法使いの我儘はすごく良くない我儘だよ」

魔法使い「僧侶は男と一緒にされてもいいわけ?」

僧侶「私はゆ……まとなら……」

魔法使い「小声にならずにはっきり言いなさいよ」

勇者「あのさ、魔法使い」

魔法使い「な、なによ」

勇者「俺は最初から男と女を組ませるとは言ってない。嫌がる人間同士を無理矢理合わせても馬の合うやつを組ませても、たぶん結果は変わらない」

賢者「勇者様の目的はあくまでも2人組にする。それ以上の要求はしないはずです」

勇者「運悪く魔王と組になる人が出るかもしれない。そうなったら命の保証はできない。
勇者「だけど、俺はこのメンバーで世界を救いたい。命を捨てる覚悟があるから俺に付いてきてくれたんだよな? 皆だってそうだろ?」

僧侶「……」

薬草師「……」

遊び人「……」

勇者「何故か返事が聞こえてこないけど、勇者一行に志願するんだ。言葉にしなくても俺には分かる」

剣士「よくこれで魔王城まで辿り着けたものです」

格闘家「バランスは良かったからな。バランスは」

勇者「俺だって皆にお願いをするときは、きちんとそれなりに配慮をする。だから自分中心な考えで周りを振り回さないでほしい」
勇者「ペアは、同性どうし。これで異論はないな?」

格闘家「俺らを汚物呼ばわりしたやつが相手じゃなければ、なんでもいい」

剣士「年頃の少女だとは思っておりましたが、なかなか心にくる言葉でしたな」

魔法使い「あらかじめ決めてたなら、最初からそう言えば」

賢者「魔法使い。この場で不適切な発言は自分の首を絞めるだけですよ」

魔法使い「はい……」

勇者「誰かと組めなんて強要はしない。一緒になっても動きやすい人を選んでくれ」

賢者「ほとんど決まってるようなものですけどね」

遊び人「私は薬草師と一緒がいい」

薬草師「……はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

剣士「警備に勤めやすい相方は、言うまでもありませんな」

格闘家「だな。どうせ毎晩玄関前だし」

賢者「そうなると、男同士での余り者は私と勇者様ですね」

勇者「よろしくな」

僧侶「ううっ!」

魔法使い「恨みがましい目で見ないでよ。し、仕方ないでしょ。私は嫌だったんだから」

勇者「揉めずにすんなり決まって安心した。食事等は全員で一緒にする。空き時間はいつでも臨戦態勢になれる状態で、好きに使ってくれ。以上だ」

遊び人「だって。遊ぼうよ薬草師」

薬草師「私はお庭に埋めた植物の水遣りが」

遊び人「いいからいいから。遊ぼうよ」

薬草師「きゃっ、押し倒さないで」

遊び人「ね? しよ? いけない遊び」

薬草師「……少しだけだよ」

賢者「やるなとは言いません。部屋でしなさい」

勇者「はぁ……」


頭1行下げた方が読みやすそう
次回からそうする




勇者「荷物も全部持ってきた。道具袋の中身は、各部屋にも均等に配分してきた」

賢者「あれだけ買い貯めた薬草がこれだけですか。分け合うと随分少ないものですね」

勇者「……ごめんな賢者」

賢者「いえ、元から回復力が心許無い薬草です。魔王と戦うことになれば薬草の出番は魔力が底尽きてから」
賢者「私たちの魔力が枯渇しまえば、その時は……ですけどね」

勇者「俺があの時に『他の部屋も見て回った方がいい』なんてバカな提案をしたばっかりに」

賢者「それに関しては勇者様だけの責任ではないです。反対意見で押し切れなかった我々にも同等の罪があります」

勇者「賢者って優しいよな。こんな状況でも俺を責めないんだから」

賢者「窮地に陥っているからこそ仲間を信じる。勇者様が魔王だとしても、その姿を変えるまで信じ続けます」

勇者「そっか……」

賢者「勇者様に訊ねておきたいことがあるのですが」

勇者「なに?」

賢者「ほとんど白と決まっている僧侶と組まなかったのは何故ですか?」
賢者「魔法使いだって、私となら渋々でも組んでいたことは、勇者様だって分かっていたはずです」

勇者「それさ、全部知ってて訊いてるよね?」


賢者「勇者様のお考えをお聞きしたいのです。何も考えずにこの組み分けならば、失望します」

勇者「ははは、優しいのか厳しいのか分からないな。さっきも言ったけど俺は世界の為に命を賭けてる」
勇者「自分だけ安全な場所から敵を探るなんて卑怯な真似をしたくないんだ」
勇者「それに、白と灰色が組めば、もしペアが魔王だとしたらすごく動きにくくなるかも、って考えたりもした」
勇者「こっちの方は完全に後付けだけどね。ごめんな。賢者の苦手な感情論ばかりで」

賢者「やはり勇者様ですね」

勇者「それは馬鹿にしてる?」

賢者「いえ、そんなつもりは毛頭ございません。下がれない戦いの中でも、一番に仲間を思い遣れるのは勇者様と僧侶くらいなものです」

勇者「僧侶もそうだな」

賢者「私は追い詰められても冷静でいることに徹してきました。仲間が傷ついても情はかけません。
賢者「賢者なんて名ばかりで、中身は仲間を駒としか見れない下衆な人種ですよ」

勇者「そんなことあったっけ?」

賢者「ここでおとぼけとは……、記憶の共有が分かり易い仲間の証なのです。誤解を招く発言はお控えください」

勇者「あ、あはは。賢者たちの協力があったから、そこまで追い込まれた記憶が無くて」

賢者「ならば尚更留めておくべきです。勇者様が魔王でなければですけどね」

勇者「それは冗談でもやめてくれ」

賢者「些細な仕返しですよ」


勇者「でもさ、賢者は自分のことを非道と卑下してるけど、俺は皆を守ってくれた英雄だと思ってる」

賢者「本当に勇者様は勇者様ですね」

勇者「今度こそ馬鹿にされた?」

賢者「いえいえ」



僧侶「嫌い嫌い大嫌い! 魔法使いなんて大っ嫌いなんだから!」

魔法使い「だから何度も謝ってるでしょ。痛いから枕で叩かないで!」

僧侶「なんで勇者様と一緒にさせてくれなかったの?! 魔法使いだって賢者様となら嫌じゃなかったはずでしょ?!」

魔法使い「だって2分の1の確率で、筋肉か筋肉と組ませられるのよ? そんな危険な賭けに出れるわけないじゃない!」

僧侶「魔法使いの人でなし! 鈍感にぶちん! 魔王!」

魔法使い「魔王呼ばわりはやめてよ!」

僧侶「知らない! ふんっ」

魔法使い「あ、布団に潜った。今、寝ちゃったら夕飯に起きられなくなるわよ」

僧侶「いいもん。勇者様が起こしに来てくれるもん」

魔法使い「僧侶はどうして勇者様がそんなにいいの?」


僧侶「教えない」

魔法使い「優しいところ? 前に僧侶に回復魔法かけたから?」

僧侶「答えない」

魔法使い「言いふらさないから教えてよ」

僧侶「やだ」

魔法使い「ケチ」

僧侶「恋の経験がない魔法使いには分からなくていいもん」

魔法使い「私にだって恋愛経験くらいあるわよ。むしろ真っ最中よ」

僧侶「嘘」

魔法使い「失礼ね」

僧侶「魔法使いは恋と無縁だもん」

魔法使い「とことん失礼ね。私だって人の子よ。愛する人がいておかしい?」

僧侶「じゃあ、誰? 賢者様?」

魔法使い「僧侶が教えてくれたらね」

僧侶「……私の村を救ってくれたのが、勇者様だったから」


魔法使い「何それ初耳。でもさ、それってべつに勇者様じゃなくてもよさそうよね」

僧侶「違うよ。勇者様が魔物の軍勢から身を挺して守ってくれたからだよ。勇者様以外の人なら心からの感謝で終わってたよ」

魔法使い「ふーん。それが何処かのたくましい農夫とか、腕の立つ貴族じゃ駄目だったの?」

僧侶「勇者様だからだって言ってるでしょ。私は話したよ。次は魔法使いの番。誰が好きなの?」

魔法使い「故郷の街に住んでた学者さんよ」

僧侶「陰気臭そう」

魔法使い「床に額をこすり付けて謝りなさい。彼はそんな人じゃないわ」

僧侶「だってずっとうす暗い家の中に閉じこもってるんでしょ?」

魔法使い「そんなわけないじゃない。想像で人格を決めつけないでよ。彼はとっても明るくて優しい人なんだから」

僧侶「勇者様ほどじゃないもん」

魔法使い「あら。彼は私に結婚の約束までしてくれたわよ」

僧侶「け、けけ結婚?!」

魔法使い「僧侶の大好きな勇者様はそこまで言ってくれるのかしら? 生まれてから愛の言葉を一度も口にしてなさそうな人だけど」

僧侶「勇者様はまだ疎くていいの! ねえ、その約束はどんな風に言われたの?」

魔法使い「可愛い強がりね。面白味ないわよ? 『魔法使いが無事に帰ってこれたら結婚しよう』って、きゃー!」


僧侶「いいなぁ」

魔法使い「勇者様も実は故郷にそんな契りを交わした相手が」

僧侶「いないよ! 勇者様はそんな人じゃないもん! モテないもん!」

魔法使い「勇者様が聞いたら泣き出しそうな言葉ね。でも早く唾を付けときなさいよ」

僧侶「どうして?」

魔法使い「冒険が終わって国に帰ったら、僧侶よりも可愛い子に引っ張りだこにされるんだから」

僧侶「……寝込みかな」

魔法使い「恋愛をしなさい」



格闘家「……」

剣士「魔王がどこに潜んでいるかがようとして知れないのに瞑想ですか」

格闘家「……」

剣士「試合前に精神を高めるのはいいですが、迂闊に敵に背を向けるのは武の道を行く者としてどうなんでしょうな」

格闘家「……」

剣士「命を落としても知りませんぞ」


格闘家「……」

剣士「8……9……」

格闘家「……剣士は魔王か?」

剣士「私が魔王なら、おそらく部屋に入って早々に、鞘を床に置いていることでしょう」

格闘家「なら俺の答えは、『俺は敵に背中を見せていない。仲間に背を預けている』だ」

剣士「……余裕ですな」

格闘家「見えるものが見えなくなったら心で見ろ。武術以外で俺が師から教わったことの1つだ」

剣士「見えるものが見えなくなったら? それは魔王を指してですかな?」

格闘家「仲間だ。勇者、賢者、剣士、僧侶、魔法使い、薬草師、遊び人。申し訳ないが、今は誰の1人も仲間として見られない」

剣士「ほう。それは私も同じですが、随分はっきり言いますな」

格闘家「見えてたものが見えなくなった。次の犠牲が出る前に、俺は見失った仲間を見つけ出す必要がある。それには冷静さが不可欠だ」

剣士「賢者様のようなですか?」

格闘家「熱の冷めた冷静さはいらない。拳で戦う俺らの大事な武器は感情だろ?」

剣士「失敬。その通り」

格闘家「感情の切り替えが下手なやつ、感情に波がないやつは前線に向かない」


格闘家「返り討ちに合うだけだ。昂ぶりの大切さを心得ているからこそ瞑想が生きる」

剣士「格闘家の師は大器ですな。私の師は野心家だったゆえに、効率的な剣技と戦場での立ち回り方しか教えてくれませんでしたぞ」

格闘家「目指す場所が違えばそうだろう。剣士は王室直属の精鋭部隊」
格闘家「俺はちっぽけな村の道場出身だ。理念も倫理も変わってくる」

剣士「なんとも格闘家らしくない知的な発言が続きますな」

格闘家「こんなものを話す機会が無かっただけだ。師範流の武道の礎を好きこのんで聞き出そうとする風変わりはいない」

剣士「ならば初めてその師範流を耳にした私は風変わりと」

格闘家「随一のな」

剣士「そこまで言われると傷つきますぞ。私から言わせれば勇者様も賢者様も格闘家も、旅のお供は類に漏れず全員風変わりなわけですが」

格闘家「そういや、前々から気になってたんだが」

剣士「なんでしょうかな?」

格闘家「勇者様は分かる。どうして賢者も敬称なんだ?」

剣士「それは私よりも才に恵まれていますから」

格闘家「魔法使いや僧侶は?」

剣士「女子供じゃないですか」


格闘家「俺は?」

剣士「私よりも賢いとは言いますまい」

格闘家「聞かなかったことにしてやる」



遊び人「ねえねえ、薬草師」

薬草師「なに?」

遊び人「あ・そ・ぼ」

薬草師「……はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

薬草師「まだお日様沈んでないから駄目」

遊び人「でもさっきはそんなふうじゃなかったよ」

薬草師「だめ」

遊び人「せい!」

薬草師「きゃっ」

遊び人「えへへ、捕まえた」


薬草師「遊び人、強引になったね。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ。薬草師が消極的にもぐもぐ、なったんだよ。私は前からずっと構ってほしいままだよ」

薬草師「遊び人は好きな人いる?」

遊び人「みんな好きだよ。勇者様も賢者様も魔法使いも僧侶も、みんなみんな大好き」

薬草師「そっか。みんなが好きなんだ」

遊び人「だからさ。いいよね?」

薬草師「はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

薬草師「痛くしないでね」

遊び人「うん、任せて。えへへー」

薬草師「んっ」

遊び人「こことか好き?」

薬草師「……知らない」

遊び人「むう。お仕置き」

薬草師「痛っ」


遊び人「薬草師は痛いの好きだもんね」

薬草師「そんなことない」

遊び人「終わったら噛み後に薬草塗ってあげる。だからもうちょっとだけ痛いの我慢してね」

薬草師「……噛むならいいよ」

遊び人「んふふ。だよね」

薬草師「ん……んあっ」

続き夜




賢者「習得している術技の把握し直しを提案いたします」

勇者「……」

格闘家「……」

剣士「……」

僧侶「あの……、ご飯中です」

賢者「あなたは食事の最中に魔物に襲われても、悠長にパンを口に運ぶのですか?」

僧侶「そ、そうですよね! 戦いの最中ですもんね!」

格闘家「なんでいきなりそんなことを」

賢者「矛盾が発生したら見つけやすくなると思いまして」

剣士「矛盾ですか」

賢者「私が触れたことのない剣を握りしめ、剣士様が顔負けしてしまう巧みな剣捌きを披露したら、違和感がありますよね?」

剣士「確かに」

勇者「賢者なら聞く必要も無く記憶してそうだけど」

賢者「私も人間です。考え事をするには、記憶だけに頼るよりも、記した紙を眺めた方が確実性も効率も上がります」


僧侶「教えるってどこまでですか? 魔法だけでいんですか?」

賢者「治癒の魔法と特技。移動の魔法と特技。近接戦用の魔法と特技。援護系の魔法と特技。今までに習得したもの全てです」

僧侶「全部ですか……」

剣士「だいぶ時間がかかりそうですな」

遊び人「私が教えられるのは、薬草師の弱いところだよね。首筋? 内腿?」

薬草師「恥ずかしいから言っちゃダメ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「食事が終わってからでもいい?」

賢者「それでもかまいません」

格闘家「俺は断る」

勇者「断るって……、ここで協力しないでどうするのさ」

格闘家「賢者が魔王じゃないと言い切れるか?」

勇者「それは……」

格闘家「賢者の潔白を証明できるなら進んで協力してやる」

剣士「私も同意見です。いつ足を掬われるか分からない。危ない賭けは港町のカジノだけで十分です」


賢者「勇者様。これは私の身勝手な提案です。勇者様が先程おっしゃったように、私は皆さんの技を全て記憶しているつもりです」

格闘家「なら、改めてやる必要もないな」

賢者「ええ。より態勢を万全にしようと思っただけですので、断られてしまば諦めつもりです」

格闘家「ということだ。勇者としては賢者の提案に乗るのが保身に向いてるだろうけど、どうするよ?」

剣士「保身に向いているとは?」

格闘家「賢者の発案は俺らの状況を整理する目的だ。素直に受け取れば、立て直しが図れる良案なわけだが」

剣士「そうですね」

格闘家「勇者が魔王なら、賛成すれば俺たちに貢献していることになり、疑われにくくなる」

剣士「なるほど。しなくてもいい作業なわけですから、デメリットが薄いわけですな」

格闘家「そこまで考えてたかどうかは知らないがな」

勇者「べつにそんなつもりは」

格闘家「そんな気が無くても周りの目にはこう映ってるんだ。どうする? 保身に走るか?」

勇者「……」

僧侶「私は勇者様と賢者様に協力します!!」

勇者「僧侶……」


僧侶「窮した状況だからこそ、私は仲間を信じるべきだと思います」

格闘家「賢者が魔王だったらどうする?」

僧侶「格闘家さんには全員が魔王に見えていそうですね。私の目では、勇者様は勇者様にしか見えません。賢者様も賢者様にしか見えません」

遊び人「私は薬草師しか見えてないよ」

薬草師「口説かないで。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

格闘家「……分かったよ。手伝えばいんだろ」

賢者「乗り気でないのなら無理しなくてもいいですよ。強要はしませんので」

格闘家「悪者にされたくないからしてやるって言ってんだ。礼だけ言いやがれ」

賢者「大変失礼しました。ご協力に心から感謝いたします」

格闘家「けっ」

剣士「私も仲間外れは嫌なので、手を貸しましょう」

魔法使い「変わり身早いのね」

剣士「前の職場でもこんなものでしたぞ」

勇者「ありがとうな。格闘家。剣士」




勇者「賢者には先に部屋へ行ってもらった」

僧侶「使える技って魔法から特技から全部ですか?」

勇者「全部だ。戦闘用移動用も。自分が使いこなせる技なら、分野を問わず全部」

魔法使い「それで魔王が炙り出せるの?」

勇者「それは賢者に聞かないと。どんな使い方をするかは、俺も聞いてないし」

剣士「吟味せずによく了承できましたね」

格闘家「大事にしたのは自分の命か俺らの命か」

僧侶「言いすぎです。私は、勇者様が間違った指示を出したとは、思ってません」

魔法使い「僧侶はそうでしょうね。僧侶は」

僧侶「それはどういう意味ですか」

魔法使い「さあねー」

僧侶「やっぱり魔法使い嫌い」

遊び人「私は薬草師と相思相愛だよね」

薬草師「……知らない。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」




賢者「来ましたか」

薬草師「……うん」

賢者「とてもまぶたが重そうですけれど」

薬草師「ううん。大丈……夫」

賢者「寝てしまう前に早めに終わらせますね」

薬草師「うん」

賢者「どんな特技や呪文が使えますか?」

薬草師「薬草に……色んな効の……うを付けられま……す」

賢者「他には?」

薬草師「自家さ……い培の、特殊な薬そ……」

賢者「……」

薬草師「……」

賢者「特殊な薬草が?」

薬草師「ん、特殊な薬草の使……たが分か……ます」

賢者「その他に魔法や特技はありますか?」

薬草師「…………ううん」

賢者「分かりました。終わりです」

薬草師「……」

賢者「寝てますか?」

薬草師「寝てないです……」

賢者「終わったので戻っていいですよ」

薬草師「うん」




賢者「特技や魔法はどんなのが使えますか?」

遊び人「遊べるよ」

賢者「ええ、それは知ってます。そういう職業ですから」

遊び人「賢者様が思っているよりも、すっごい遊べるよ?」

賢者「すっごい遊びますね。そんな記憶があります」

遊び人「いけない遊びもできちゃうよ?」

賢者「……他に特技は何がありますか?」

遊び人「一緒にいけないことする?」

賢者「しません」

遊び人「そっかー」

賢者「他になにかありませんか?」

遊び人「あー、えっとね。たしか口笛が吹けた」

賢者「くちぶえですね」

遊び人「聞いてみたい?」

賢者「その特技は、魔王との決戦が終わるまで封印しておいてください」

遊び人「賢者様は真面目だね。もう少し気楽になっていいと思うよ」

賢者「私はもう十分遊んだので」

遊び人「そうなんだー」

賢者「あなたも時期がくれば、理解しますよ」

遊び人「ふーん」

賢者「もう特技が無いなら終わりにしますが、ありますか?」

遊び人「ううん。ないよ」

賢者「では終わりです。ご協力ありがとうございました」

遊び人「おつかれさま―」




格闘家「馬鹿にしてるだろ」

賢者「部屋に入ってくるなり、私を悪人に仕立て上げるのはやめてください」

格闘家「3番目だからって蔑んでんじゃねえのか?」

賢者「何を基準に順番を決めたかは、私の認知するところではありません」

格闘家「ちっ」

賢者「格闘家が使える特技や呪文を」

格闘家「俺が呪文使えるとでも思ってんのか?」

賢者「……使える特技を教えてください」

格闘家「足払い、回し蹴り、巴投げ、正拳突き、かまいたち、瞑想」

賢者「はい」

格闘家「終わりだ」

賢者「分かりました。ご協力に感謝いたします」

格闘家「けっ」

賢者「……」




『よろしいですかな?』

賢者「どうぞ」

剣士「失礼」

賢者「そちらの椅子をお使いください」

剣士「ありがとうございます。それにしても賢者様も変わりものですな」

賢者「そう思えますか?」

剣士「こんな長丁場な仕事を自ら提案するのですから、変わっているでしょう」

賢者「私に出来ることなんてこれくらいなものですよ」
賢者「力仕事に加われない分、別の場所で助けになれなければ、私のいる意味がなくなってしまいます」

剣士「火炎斬り、稲妻斬り、氷結斬り、魔人斬り、疾風突き。書いておりますか?」

賢者「あ、始めるのですね」

剣士「ドラゴン斬り、ゾンビ斬り、メタル斬り」

賢者「はい」

剣士「……」


賢者「……」

剣士「退出してもよろしいですかな?」

賢者「終わりですか?」

剣士「全部教えましたぞ」

賢者「では終わりになります」

剣士「失礼」

賢者「……」




『あのー……』

賢者「お入りください」

僧侶「お邪魔します」

賢者「席は」

僧侶「わ、私は回復魔法は小から」

賢者「まずはお座りください」

僧侶「へ?! あ、はい! こ、これでいいですか?」

賢者「それですね」

僧侶「失礼します」

賢者「……」

僧侶「……」

賢者「それで?」

僧侶「何がですか?」

賢者「回復魔法が、って言ってましたよね」


僧侶「そそそそうでしたね! 忘れててすみません!」

賢者「いえ、全然」

僧侶「私は回復魔法が個人小回復から全体大回復まで唱えられます」

賢者「はい」

僧侶「状態異常や能力変化、防御力上昇と……」

賢者「と?」

僧侶「……が……ます」

賢者「何て言いました?」

僧侶「自信無くても言わないといけませんですか?」

賢者「使えるのならば、規模の大小にかかわらず教えてください」

僧侶「光魔法が使えます……ぽんって」

賢者「ぽん?」

僧侶「ぽんっは書かなくていいです!」

賢者「そこまで事細かに書きませんので、心配しなくていいですよ」

僧侶「あ! 杖で叩けます! たぶん相手は痛いです!」


賢者「叩かれれば痛いでしょうね。僧侶様の杖は身の丈ほどあって重いですし」

僧侶「……書かないんですか?」

賢者「特技ですか?」

僧侶「あ、いえ……違うならいいです……」

賢者「他に何かあれば教えてください」

僧侶「たぶん……ないです……」

賢者「そうですか。後で思い出したら早めに言いに来てくださいね」

僧侶「……はい。失礼しました」

賢者「……」




勇者「おつかれさま」

賢者「ありがとうございます」

勇者「こんなことを任せてごめんな。ピンチの時に仲間もロクにまとめられない俺の代役を押し付けてるみたいで」

賢者「私が好きで勝手にしてるだけです。一部の人には、私が率先して行動するのが気に障るようですが、それも些細な問題です」

勇者「感謝してるよ」

賢者「それほどのことはしていませんよ」

勇者「賢者は謙虚だな。見習っても俺にはそこまでなれないや」

賢者「勇者様ほどではございませんよ」

勇者「ははは。じゃ、始めてもいい?」

賢者「お願いします」

勇者「攻撃魔法は賢者から教わった小規模の光魔法と中規模の火炎と氷結。回復魔法は単体小だけだ」

賢者「はい」

勇者「移動用の魔法は、記憶にある場所へ飛べる空間転移。賢者たちを個別にも運べるあれだ」

賢者「あれですね」


勇者「剣技は五月雨斬りと火炎斬り、稲妻斬り。俺が出来るのはこれくらい」

賢者「分かりました。ありがとうございます」

勇者「賢者から聞きたいことある?」

賢者「特には何も」

勇者「それじゃ、次に待ってる魔法使いを呼んでくるな」

賢者「ありがとうございます」

勇者「また後で」

賢者「勇者様」

勇者「ん? なに?」


賢者「ありがとうございます」

勇者「おう」

賢者「ありがとうございます」

勇者「う、うん」

賢者「本当にありがとうございます」

勇者「……どうしたの?」

賢者「本当の本当に」

勇者「魔法使い連れて来るね!! じゃ!」




魔法使い「おじゃましまーす」

賢者「そちらの席にどうぞ」

魔法使い「はいはーい」

賢者「では、魔法使い様が使える特技や魔法を教えてください」

魔法使い「私は基本属性の火、水、風、土、光、闇が使えるわ。水の派生の氷、風の派生の雷も」

賢者「はい」

魔法使い「2属性の組み合わせは原種と派生も含めて全通り、3属性混同も余裕よ」
魔法使い「4属性になるとちょっと扱いづらくなってくるけど、でもまだなんとか、って感じね。5は無理」

賢者「そうですか」

魔法使い「2属性までは、魔法陣の描き方と設置位置を決めてるんだけど、3種よりも多くなると固定するのが難しくなってくるわ」
魔法使い「それでも3種ぐらいなら、発動までは安定するんだけどね。4はなんとか扱えてる感があって、ちょっと格好が悪くなっちゃうわ」
魔法使い「大抵の魔法使いって3属性止まりが多いじゃない? 4なんて滅多にいないわよね。大陸でも指で数える位だって話しだし」


魔法使い「私はそんなのと違うわよ? 他の魔法使いに真似されない様に、あえて難しい魔法陣を描いてるだけなんだから」
魔法使い「んふふ、基本に基づいた陣を描けば、私だって4種の安定なんて朝飯前よ。でもね、それだとつまらないじゃない」
魔法使い「教科書に載ってる技法をなぞって描けるようになって、そこに自分らしさはあるのかしら?」

魔法使い「魔法陣は綺麗。そこから出てくる魔法も美麗。だけど術者が無個性だったら丸潰れ」
魔法使い「どの職業にも言えることなんだけど、強ければいいって風潮が、私は気に食わないわ」
魔法使い「私は誰にも辿り着けない境地を極めたい。全属性の混合。古文書の中だけの存在だった大魔法使い」

魔法使い「そうそう、大魔法使いについては、賢者様も知ってるでしょ? 採掘中の遺跡から発見された古文書だから有名よね」
魔法使い「残念なことにね、その大魔法使いは学者や魔法使いたちの間では、荒唐無稽な存在だって馬鹿にされてた」
魔法使い「しかもよ! それによれば魔族に魂を奉げた人間で、しかも同胞の集落を闇に沈めた、とまで書かれる始末!」

魔法使い「ありえないわよね?! 酷いと思わない? 力を持ったら道を誤ったことにされて、人間の敵にされちゃうなんてあんまりよ!」
魔法使い「古文書の記録は、大魔法使いの存在と、嫉妬に歪む醜い心を持っていた人間がいたってことの証明よ!」
魔法使い「大魔法使いが笑い話にされると、私も一緒に貶されてるみたいで、悔しくて必死に文献を漁ったわ」

魔法使い「火の無いところに煙は立たない。必ず大魔法使いの存在を証明する何かがあるはず。その一心で探し回った。そして、答えに辿り着いた」
魔法使い「多少は盛ってるかもしれないけれど、今の魔法使いが束になっても構わない実力者が遥か昔にいた。絶対に。間違いなく」
魔法使い「自信と確信を持って、私は自分の考えをまとめた紙を携えて、色んな学者の家を訪ね歩いた」


魔法使い「けどね、全員私の意見には目もくれずに、触りの話を聞くだけで、お腹一杯だって言い出す。どこでも門前払いよ」
魔法使い「学はあっても、所詮は夢見がちな年頃の小娘の淡い妄想。筋が通ってるのは、全部妄想だから。勝手にそう結論付けられる」
魔法使い「偏見ばかりが蔓延ってる分野に成長なんてあるはずない」

魔法使い「話だけでも聞いてほしくて架空の学者をでっち上げたら、途端に皆興味を持ち始めたわ」
魔法使い「先日まで鼻で笑ってたやつらは、例に漏れず全員そうだった。見た目ばかりで判断する頭でっかち。知らないことを許容できない臆病者」
魔法使い「それに嫌気が差して、私は持論を持ち出すのをやめたわ。彼らが興味を持つのは言葉で飾られた証明だけ」

魔法使い「理論とパンと水があれば生きられる人に魔術師の神髄なんて理解できっこない」
魔法使い「だから私はそいつら全員に私が見せてやるの。私自身が大魔法使いなって絶対に見返してやるんだから!」

魔法使い「あ、ちょっと夢中になりすぎちゃったね。でもね、私は真剣なの」

魔法使い「ねえ、賢者様は私の夢をどう思う?」

賢者「どんな魔法が使えるかを教えてください」

魔法使い「……」




賢者「はぁ……」

勇者「珍しく重い溜め息だね。お疲れ様」

賢者「勇者様。まだ起きていらっしゃったのですね」

勇者「賢者に全任して先に床に就くのはちょっと気が引けて」

賢者「そんな。私なんかに気を遣わず、勇者様は布団でお休みになられてよかったのですよ」

勇者「少しくらいリーダーらしい恰好くらいさせてくれよ。賢者に全部持っていかれそうなんだからさ」

賢者「皆はもうお休みに?」

勇者「終わった順に自分の部屋に行ったよ。もう寝てるんじゃないかな」

賢者「そうですか」

勇者「魔法使いだけえらく時間がかかってたみたいだけど、やっぱり呪文を使いこなすやつらは凄いな」

賢者「凄かったですよ。スープの偉大さを知りました」


勇者「スープ? なんで?」

賢者「個性の強い材料をふんだんに使っても、じっくり煮詰めて混ぜ込めば、素材が馴染んでまろやかになります」

勇者「そうだね」

賢者「なのでスープは偉大です」

勇者「どゆこと?」

賢者「ここまで来れたのは勇者様の指揮があってこそです。ありがとうございます」

勇者「なんか事ある毎にお礼言われてる気がする。感謝される程のことは何もしてないんだけどなぁ」

賢者「私たちも部屋に戻りますか?」

勇者「そうだな。魔王がいつ動き出すか分からない。明日に備えて英気を養おう」

賢者「私は整理の為にもう少し起きますけれど灯りは消していただいて構いません」

勇者「働き者だね。手伝おうか?」

賢者「いえ、これは私の仕事です。勇者様と言えども見せるわけにはいきません」


勇者「そっか」

賢者「勇者様を疑っているわけではないですよ。ただ勝手に口外無用を絶対厳守にしましたので」

勇者「賢者はしっかりしてて俺よりも統率者に向いてる気がするよ。こんなへたれが上に立つなんて……」

賢者「いい意味でも悪い意味でもそれが勇者様です。私は嫌いじゃないです」

勇者「慰めにはなってないけどありがとうな」

賢者「そろそろ部屋に行きましょう。立ち話で夜が明けたら休む暇がありません」

勇者「そうだね」




「なんだよ。こんな夜中にうろつくのは危ないぞ」

「さっさと部屋に戻れ。俺は監視してっからいいんだよ」

「人がいない? 当たり前だろ。時間を考え――」

「……おい、なんだよこれ。いつから物騒な悪戯をするようになったんだ?」

「へ……気を抜いてこのザマかよ……」

「ふざけ……やがって……」




剣士「勇者様!! 起きてくだされ!!」

勇者「なななに?! 夜襲?! 魔王か?!」

剣士「寝惚けてないで早く!! 鎧なんていいですから!!」

勇者「どうしたのさ?」

賢者「何事ですか、騒々しい」

剣士「賢者様! 賢者様も来てくだされ!」

賢者「剣士様……、もしや」

剣士「……そのもしやです」

勇者「もしや?」

剣士「殺されました。格闘家が」

勇者「?!」




僧侶「えう……ひっぐ……」

魔法使い「ひどい……」

遊び人「外で寝れるんだ」

薬草師「不謹慎だよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「賢者、何か分かった?」

賢者「見たままになりますが、傷痕は脇腹と心の臓を貫いた刺し傷がそれぞれ」
賢者「脇を刺して動きを鈍らせ、致命傷に剣を胸部に突き立てた……でしょうね」

剣士「むごいことを……」

剣士「てっきり魔法専門だと思っていましたが……、魔王を侮っておりましたぞ」

勇者「接近戦は格闘家の本領だったってのに……」

賢者「魔王の幻視に飲まれたところを不意打ちで強襲されてしまえば、近接が得意分野と言えど為す術はありません」
賢者「私や魔法使いのように現実と幻視を見分ける能力があれば別ですが」

遊び人「私は夢見がちなか弱い少女」

薬草師「それはただの現実逃避。はい」


遊び人「あむ、もぐもぐ」

僧侶「ど、どうして魔王はわざわざ剣を使ったのでしょうか? 魔法だってあるのに、ぐす」

魔法使い「確実に仕留めたいなら案外魔法は当てにならないわ。魔法耐性なんて目視で測れる能力じゃない」

賢者「個人差もありますが、呪文を唱えた後に体が空間に縫い付けられたように動かなくなる。そんな経験ございませんか?」

僧侶「私はまだないです」

勇者「俺はあるな」

剣士「それなら私もありますぞ。呪文ではなく特技ですが」

賢者「属性を付与させた特技はあまり魔力を使用しません。ですが魔力の使用に慣れていなければ、反作用を感じます」
賢者「しかし、竜巻を起こしたり、火柱で焼き払うような純粋に魔力のみに頼った攻撃手段は、数秒間のフィードバックで身体の自由を奪われます」
賢者「数秒。仮に5秒としましょう。剣士様はそれだけの時間で、どれほどの距離を縮められますか?」

剣士「80ヤードは余裕です」

魔法使い「そんなごつごつした鎧を着て80ヤードって……」

賢者「鎧を着た剣士様でそれなら、格闘家様はその距離を往復できたでしょう」

僧侶「魔法を使わなかったのではなくて使えなかったんですね」

賢者「盾となる前衛がいるからこそ、後衛の援護射撃が映えるのです」

剣士「戦場で魔法使いをあまり見かけないのはそれが理由でしたか」


賢者「戦の場においては、状況に合わせて立ちまわれる魔法剣士が重宝されています」
賢者「火力だけを突き詰めた魔術師よりも、両刀の職業が実戦向きと認知されている証です」

魔法使い「それでもこの職が廃れないのは、戦い以外で必要とされる場があるからなんだけどね」

遊び人「もしかしたら私も必要とされる場が」

薬草師「私だけだよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「結局最後まで俺は格闘家をイラつかせたままだったな。リーダーらしい振舞いなんてできなくて仲間を失う。上に立つ資格なんて無いよ」

賢者「そんなことはありません。私は勇者様の勇姿に感化されて同行を決心したのです。格闘家も同じです」

僧侶「私もです。勇者様が私の村の為に1人で立ち上がってくださった姿、今も忘れていません。
僧侶「逆境でもめげずに立ち向かう勇者様を私は知っています」

剣士「そうですぞ。私たちは名誉欲しさに旅をしているのではないのですからな」

魔法使い「わ、私は世界救済以外にすることなくて暇してたから参加したわけでべつに勇者の力になろうとか」

遊び人「私は気付いたら」

薬草師「遊び人がいるから」

剣士「口を閉じれ」

勇者「格闘家もそうだったのかな。ごめんな……本当にごめんな……」


賢者「……しばらく勇者様を1人にしてさしあげた方がよさそうですね」

僧侶「私は隣に」

魔法使い「気持ちは分かるけど、今はそっとしてあげましょう」

剣士「そばに寄り添わない配慮も、思いやりですぞ」

僧侶「……そうですね」

遊び人「お腹空いた」

薬草師「はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

剣士「それでは腹の足しにもなりませんぞ。昼食を作りながら勇者様を待つとしましょう」




勇者「このスープ美味しいな。ピリ辛でクセになる」

僧侶「私が作りました。勇者様に元気になってもらいたくて」

勇者「ありがとうな」

僧侶「お礼言われちゃった……」

賢者「干し肉の凝集された旨味がそのままベースになってるんですね。肉質も柔らかくなるまで煮込まれて食べやすいです」

剣士「旅に出る前の私なら固い肉はパンにくるんで頬張るくらいしか思いつきませんが、これはいいものですな」

遊び人「浮いてる草も美味しいよ」

薬草師「薬草って呼んであげて。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

僧侶「これからどうしましょうか?」

勇者「昨晩の行動を全員で確かめ合うしかない。それで手がかかりが無ければまた振りだしだ」

剣士「後戻りと言うには若干相手側が有利ですがな」

勇者「昨晩はいつまで格闘家と一緒にいた?」

剣士「月が天上に昇るまでです。それからは私が城外を周回し、格闘家が玄関付近で待機しておりました」


勇者「格闘家の姿が見えなくなったのは?」

剣士「それは随分後のことです。格闘家は一昨日から昨日までの夜と同じように城内の見回りもしておりました。
剣士「なので、私が1周巡っても玄関に戻っても姿を見かけないのが常でしたぞ」

勇者「見回っている間に怪しい人影とか物音とか」

剣士「ありませぬ。そのようなものがあれば、見つけ次第勇者を呼び起こすのが格闘家との決め事でした」

勇者「そっか」

剣士「ちゃんと格闘家と道順を決めていればこんなことにはならずに済んだのですが……、後悔ばかりが残ります」

勇者「格闘家と一緒にいなかったから剣士は巻き添えにならなかった。そう考えよう」

剣士「面目ないです」

勇者「魔法使いと僧侶は?」

僧侶「私はお祈りを済ませた後にすぐに布団に入りました」

魔法使い「私も僧侶が布団に入ったのを見てから寝たわ。本の続きが気になったけど明りを灯し続けるのは悪いもの」

勇者「それはいつ?」

僧侶「魔法使いが部屋に入ってきてからお祈りをしたから、えっと……」

魔法使い「5ページ分くらいよ。全然進まなかったわ」


僧侶「それだけしか読めてなかったんだ。ごめんね」

魔法使い「謝ることじゃないわ。本なんていつでも読めるし」

勇者「夜中に目が覚めたとかは」

僧侶「私は無いです」

魔法使い「隣のベッドから切なげな吐息と想い人の名を呼ぶ幻聴に悩まされたけど、落ち着いてからは寝られたわ」

僧侶「っ?!」

勇者「幻聴? 魔王の幻術か!?」

僧侶「あ、あの……勇者様、それはその……」

勇者「ん? 僧侶はそれに心当たりでもあるのか?」

僧侶「心当たりは、ないですけど……そうじゃなくて……」

勇者「なんでもいい。昨晩何があったか、知ってる限りでいいからそのまま話してくれ」

僧侶「その……た」

勇者「声が小さいよ。もう少し大きな声で言ってくれ」

僧侶「あえぅ……」

剣士「勇者様はとんだ鬼畜ですな」


魔法使い「ほんの冗談のつもりで言っただけだったのに……、無知って怖いわね」

剣士「魔法使いの悪戯心もそうとうなものですぞ」

賢者「はぁ……、勇者様。僧侶は関係ありませんし、魔法使いの幻聴はおそらく心労と疲労からきたものでしょう」

勇者「え? そうなの?」

魔法使い「たぶんそうよ。そういうことでいいから泣きそうになってる僧侶から離れてあげて」

勇者「賢者と魔法使いがそう言うなら。関係ないのに聞き出そうとしてごめんな」

僧侶「えう……ひっく……」

魔法使い「ほんの出来心だったのよ。悪いとは思ってるから、ごめんって」

僧侶「魔法使い大っ嫌い……、ぐすん」

勇者「残るは薬草師と遊び人だけど」

遊び人「ん? 私たち?」

薬草師「賢者様とのお話が終わってからはずっと寝てました」

遊び人「寝てたの?」

薬草師「寝てたよ。遊び人も寝てたでしょ?」

遊び人「でも薬草師をいじってる時に声むぐぐ」


薬草師「……寝てました」

勇者「本当に寝てた?」

薬草師「一緒の布団で寝てました」

勇者「寝てなくても二人が一緒にいた確認が出来ればいいんだ」

薬草師「寝て」

勇者「寝てたんだね。分かったよ」

剣士「……最近の若者はそういう人が増えているのですか?」

魔法使い「若者だけど私は知らない」

賢者「はあ……」

勇者「これで全員のアリバイは完璧か」

剣士「いえ、まだ勇者様と賢者様の行動を我々は聞いておりません」

勇者「俺たちも特に何もなかったよ」

賢者「私は昨日の資料を整理してから寝ました。勇者様も布団には入っておりましたが、私に付き合うように起きてくれてましたね」

勇者「やっぱり俺だけってのはどうしてもな」

剣士「そうですか……、つまりも今回も収穫は無かったと」


勇者「だな」

剣士「これでは格闘家が無駄死にしただけではないですか……」

遊び人「埋めたなら養分になるよ」

薬草師「ちゃかさないの。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

剣士「付かぬ事をうかがいますが、何ゆえ薬草師は頻繁に薬草を遊び人に食べさせるのですか?」

薬草師「魔力の補給」

剣士「魔力を補うなら祝福を受けた聖水を服用するのが主流では?」

薬草師「育てた特別性だから。沢山持ち運べる」

剣士「いつのまに育てていたのですか」

薬草師「植木鉢があればいつでもどこでも」

魔法使い「本当にいつ育ててるのかしら。そんな姿は1度も見たことないわよ」

勇者「俺も見たことないな。てっきり道具袋から取り出して食わせてるのかと思ってた」
勇者「それでも何故か袋の中の薬草は減っている様子もなかったし、気にかけてなかったんだけど」

僧侶「私は薬草師さんから何度かおすそ分けがありましたけど……、言われてみれば見かけた覚えがないです」


賢者「私もここで初めて聞きましたよ」

剣士「七不思議入りですな」

僧侶「七不思議? そんなのあったんですか?」

魔法使い「7もあるの? まだ3つしか知らないわよ」

勇者「もう3つもあったの?」

僧侶「私も初耳です」

魔法使い「1つ目は深夜にベッドから必ず聞こえてくる切なげな息遣いと艶やかな呻き声」

僧侶「っ!」

勇者「なにそれすごく解明したい」

魔法使い「2つ目が明け方にベッドから聞こえてくるなまめかしい呼吸音と寂しげな呼び声」

僧侶「っ?!」

魔法使い「3つ目は、僧侶しかいないはずの部屋から漏れてきた苦しげな気息と勇者様を」

僧侶「ちちちちょっと待ってくださいよ?! 最後のは不思議でもなんでもなくて、完全にぼかしを消した暴露話ですよね?!」

魔法使い「その部屋には僧侶しかいないはずなのに……、不可解だわ」

剣士「奇怪なことこの上ないですな」


僧侶「傷つくので不可解とか奇怪とか言わないでください! そんなの七不思議でもなんでもないですよ!!」

勇者「魔王の夜襲に備えて、夜回りに徹してみようと思う」

剣士「勇者様の行動原理は分かり易いですな」

賢者「動機が不純なのには目を瞑りますが、どんな形であれ魔王を意識するのはいいことです」

魔法使い「本当にあんなののどこがいいんだろう」

僧侶「魔法使い大っ嫌い……」

遊び人「残り3つは薬草師の息遣いだよね」

薬草師「小分けにしないで1つにまとめて。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

賢者「話を戻します。薬草は自家製とのことですが、市場に出回ってないような特製を持った品種も育てているのですか?」

薬草師「一応」

魔法使い「それってどんな効能の薬草を育ててるの? 言えば譲ってくれたりする?」

薬草師「種類は色々。余ってるのがあれば」

剣士「薬草と云えば、城で衛兵を勤めていた時に『死人を甦らせる幻の神薬』なるものの話を耳にしたことが」
剣士「とある植物の葉を祝福してから絞り出した雫を数滴死人に垂らすと、たちまちに息を吹き返すとかなんとか」

薬草師「知らない」

剣士「でしょうな。聞いたのもその一度きり。根も葉もない噂話が広まってすぐに消えたのでしょう」
剣士「植物だけに『根も葉もない』なんて、がはははは!」

魔法使い「……」

僧侶「……」

薬草師「……」

剣士「はは、は……失敬」

遊び人「ねえ、その神薬って何の葉から搾り出せるの?」

勇者「え?」

剣士「なんと?」

遊び人「ん? だから何の葉を原料にしてるのって」

魔法使い「遊び人らしからぬまともな発言ね」

剣士「まるで遊び人ではないような」

薬草師「疑わないで」

遊び人「変なこと言った?」


勇者「変なことじゃないから驚いてるんだ」

賢者「確かにそれは気になりますね。そこまでは御存じないですか?」

剣士「聞いたような気もすればそうでもないような……、如何せんそれもだいぶ昔のことでしてな」
剣士「薬草の前に何か名前があったと思いますが……うむむ」

遊び人「もしかして、くやく草?」

剣士「おお、それです! それですが……」

勇者「くやくそう?」

薬草師「苦いに災厄の厄って書いて苦厄草」

遊び人「魔族が治める土地の近辺にしか生育しない希少種」
遊び人「水と日光と養分以外に適度な濃度の魔力を必要とする異数植物の名前。苦いよ」

勇者「苦い植物なのか」

剣士「そこだけしか頭に入ってきてないようですな」

僧侶「一風変わった植物なんですね。成長に魔力が不可欠なんて不思議です」

魔法使い「私も初めて聞いたんだけど、それよりもなんで遊び人はそれを知ってるの?」

遊び人「変?」

賢者「変だとは思いませんが、違和感はあります」


遊び人「たまたま聞いたことあったから覚えてただけ。剣士と一緒」

剣士「え、ええ。一緒ですな」

薬草師「遊び人は私と一緒。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

勇者「つまりはその苦厄草ってのを探し出せば、活路が開けるってことか」

賢者「見つけられるならばの話ですけどね」

勇者「なんとしてでも探し出すんだ」

賢者「城の周りは鬱蒼とした森に囲まれております。見通しは最悪。そんな場所で魔王と戦えますか?」

勇者「それは……」

賢者「それに薬品を用いたとしても蘇生術を行使できるのは、魔族と認められる悪しき肉体の持ち主です。ですよね、僧侶様」

僧侶「は、はい」

勇者「そうなのか?」

僧侶「私は神父様に『神は魂に安らぎと生命の芽吹きを与える』と教えられました」

魔法使い「安らぎは死んだ後のこと?」


僧侶「そうです。生命の芽吹きとは新しい肉体に新しい命を宿すことです。なので……」

賢者「命を落とした人間に再び生命を与えるというのは、神が定めた輪廻の流れに反する行い」
賢者「神の教えに背き死者に2度目の生命を吹き込めるのは、神を信仰しない魔族だけです」

勇者「……」

賢者「暗い顔をしないください。死別を悲しみ生き返りを望むのは、正しい人間性を備えている証ですよ」

勇者「死んだ人間が生き返らない。考えなくてもそれが自然で当たり前なのに、なんでこんなに悲しくなるんだろうな」

僧侶「それは勇者様が優しいからです。誰よりも優しいからそう云う気持ちになるんです」

勇者「はは、感情ってめんどくさいな……」

賢者「勇者様。区切りがついたようなので、話を変えてもよろしいでしょうか?」

勇者「賢者から何か言いたいことがあるのか?」

賢者「ええ。僧侶様、話してもいいですか?」

僧侶「……はい」

剣士「僧侶が急に落ち込みましたが、何か悪さでも?」

賢者「いえ、僧侶様はよく働いてくれました。そして思いもよらぬ発見をしてくれました」

魔法使い「発見?」


遊び人「僧侶すごい」

僧侶「……」

魔法使い「浮かない顔してるわね」

僧侶「ごめんなさい……」

勇者「顔色悪いけど大丈夫か?」

僧侶「はい……」

剣士「この急変ぶりは、ただ事ではないのですが」

賢者「それを今から説明します。ですがその前に、ついさっき変えると言った話題をもう少しだけ続けさせてもらいます」

勇者「聞かせてくれ」

賢者「先程、魔族は死者の蘇生が魔術によって可能だとお話をいたしました」

剣士「そうですな」

賢者「他にも魔族に限られた、または人間よりも魔族に向いている術というが幾つかあります。魔法使いはご存知ですか?」

魔法使い「魔族限定なら対象者を呪い殺す呪術。仲間を呼び寄せの召喚術。これは高位の魔術師が扱う精霊を喚ぶ口寄せとは別物ね」
魔法使い「向いているってだけなら、産まれつき魔力の貯蔵庫みたいなあいつらにはどれだって当て嵌まるわ」
魔法使い「スライムとかゴーレムとかの一部能無しを除いてね」


賢者「魔法使いの話通りです。呪殺、召喚術は魔族に限定されます」
賢者「これはどちらも、術者と被術者の血液を用いるので、血の契約とも言われています」

剣士「おどろおどろしい名称ですな」

賢者「効力も名前に相応で、術者か被術者のどちらかが息絶えるまで、その効果は持続します」
賢者「そして魔族向きの呪文は、魔力に物をいわせた高位魔術」

剣士「さっきから出し渋っているようにしか聞こえないのですが」

賢者「すみませんでした。では、お教えします。格闘家の胸に刺さっていた剣に結界魔法が掛けられていました」

魔法使い「それ本当なの?!」

勇者「結界魔法?」

賢者「聞き覚えのない方がいるようですので簡潔に説明しますと」


賢者「魔王を特定することの出来る魔法です」

区切り良いから休憩




勇者「説明したいからと外に連れ出されたわけだが」

賢者「目の前にあるのは剣です」

勇者「剣だな」

剣士「剣ですな」

賢者「格闘家様のご遺体は、勇者様が食堂に来られたのを確認してから、私と僧侶様で土葬をいたしました」
賢者「そしてこの剣は、格闘家様の命を奪った武器であり、広間に飾ってあったものです」
賢者「いつの間にか持ち出されていたみたいで、無くなっていたこと気付きませんでしたが……、魔法使い様」

魔法使い「私を疑うっての?」

賢者「犯人扱いしているわけではありません。その剣が持てますか?」

魔法使い「結界がかけられてるんだから、持てるわけないでしょ」

賢者「いいから。持ち上げてみてください」

魔法使い「騙してるとかないわよね?」

賢者「魔王でないと言い張りたいのなら、お願いいたします」

魔法使い「……分かったわよ」

剣士「やけに嫌がりますね」


賢者「見ていれば分かりますよ」

魔法使い「痛くありませんように痛くありませんように……せい! 痛っ!!」

僧侶「大丈夫?」

魔法使い「……」

賢者「体を張って無実を証明したのです。睨まないでください」

勇者「何が起きたんだ?」

賢者「拒絶する結界の力で弾かれました」

剣士「言葉ばかりで実際に見たのはこれが初めてですが……これが結界ですか」

賢者「一般的に認知されている結界の使用例は、身を守る護身防御壁型、相手を隔離する隔壁牢獄型の2種類です」

魔法使い「どちらも空間に干渉して術者が認識した2者以上を隔てるときに使うわ。でもどうして」

剣士「物に適用させるのは異例、ということですか?」

魔法使い「ええ」

賢者「私もこの使用方法は見たことがありません」

勇者「よっぽどこの剣が魔王にとっては大事な品だったってことか」

賢者「貴重な品だったにしてもこの使い方はありえないと思います」


勇者「そうなの?」

魔法使い「結界は光と闇の混合魔法。性質が真反対の魔法をバランスよく組み合わせるのは、並大抵のことじゃないのよ」
魔法使い「火と水を混ぜた呪文がいい例ね。対になる属性同士を賭け合わせると魔力の消費量も極端に増加する」

賢者「顕著な例は、光と闇ですかね。犬猿の中なんて言葉じゃ済まないくらいに反発しあいます」

魔法使い「それだけでもかなりの魔力を要求されるのに、加えて結界を物に被せるような精密な操作よ。想像を絶するわ」

勇者「そ、そんなに?」

賢者「特定の物に対して行使するには見合わない魔力量です」
賢者「究極の防御魔法を自分の命をよりも優先して宝物に使用するなんて、酔狂でもやりません」

剣士「私は魔法には疎いので、簡単な説明にして下され」

賢者「そうですね。裁縫にでも例えましょうか」

剣士「急にとっつきやすくなりましたな」

僧侶「家庭的ですね」

賢者「麻の布で服を作るのに、綿糸ではなく上質な絹糸を使う」

僧侶「もったいないです」

剣士「すみませぬ。私にはその価値の違いは、さっぱりですぞ」

僧侶「子供の喧嘩を止めるのに、大人が王家の宝刀を持ち出すようなものです」


剣士「勿体無い以前に人格を疑いますな」

賢者「それほどに吊りあわない上位の魔法なのですよ」

僧侶「あの、質問を……、いいですか?」

勇者「なに?」

僧侶「剣に張られてた結界のことなんですけど」

魔法使い「まだ聞きたいことあった?」

僧侶「はい。その魔法って高難易度だと賢者様と魔法使いはおっしゃってましたけど、お二人は使えるのですか?」

魔法使い「急に何を言い出すかと思えば……」

賢者「その質問の意味を理解しかねます。魔法の基礎を学んでいない剣士でも、その中身が魔王であるならば、術の行使は可能です」

僧侶「あ……、そうでしたね。ごめんなさい」

遊び人「ねーねー、僧侶は闇の魔法使えないの?」

僧侶「私は使えません。村で教わった神官様からは、光と治癒しか教わっていませんので」

遊び人「ふーん」

僧侶「嘘じゃないですよ?」

薬草師「遊び人は早く『賢者』になってね。はい」


遊び人「あむ、もぐもぐ」

剣士「ははは、賢者様のような立派な術者にはなれないでしょう。せいぜい中級の術士止まりですぞ」

薬草師「そんなことない」

遊び人「薬草師に抱かれると痛い。無いから痛い」

薬草師「ごめんね。私は許さないけど。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

魔法使い「お気楽がいるお陰でこんな状態でも落ち込んだ空気にならないのが幸いね」

勇者「一種のムードメーカーだよな」

剣士「逆を言えば、これくらいしか役に立てないと言う事ですけがね」

賢者「重苦しい空気に全員が黙り込むよりは、健全です」

剣士「もっと有能ならば、このような暗澹たる雰囲気にもなりえなかったでしょうな」

賢者「話を戻します。魔王がこの剣に結界を張った理由付けをするならば、格闘家が自分の力で引き抜けないように、と考えての保険でしょう」

剣士「心臓を穿たれて生きている人間なぞ、いないでしょうに」
剣士「首を切り落とされても組みかかってきた、魔族ならではの生死基準で測ったのかなんなのか」

勇者「この剣は魔王にしか触れないんだろ?」


賢者「ええ、そうです」

勇者「なら俺たちにどうこう出来るわけが……」

賢者「お気づきになりましたね?」

剣士「なるほど。それは確かに核心に迫りますな」

賢者「この剣は魔王にしか触れられません。逆を言えば」

賢者「剣の柄に触れられる者がいれば、乃ちその人が魔王となります」

僧侶「……」

魔法使い「結界の効果を逆手に取った考えね」

遊び人「触っていいの?」

薬草師「触れちゃ駄目なの。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

賢者「誰から試してみますか?」

剣士「誰からにしましょうか」

僧侶「私からですか?」

魔法使い「してみる?」


僧侶「わ、私はまだいいや。痛そうだったし。魔法使いからでいいよ」

魔法使い「私の勇姿を見てなかったの?」

遊び人「私したい」

剣士「どうぞ」

遊び人「えい! ……痛い」

魔法使い「そうでしょうね。間違ってもあなたではないでしょうね」

剣士「試すまでもありませんね」

薬草師「私も……つっ」

遊び人「痛かった?」

薬草師「うん」

遊び人「薬草師の初めてとどっちがむぐぐ」

薬草師「踏み込みすぎはよくないよ。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」


剣士「お次は私、でよろしいですかな?」

賢者「どうぞ」

剣士「魔王と言われたくないですが、剣であればいわくつきであっても一度は振ってみたいのが本音です。では失礼」

剣士「っと、どんなものかと思えば鈍器で弾かれたような鈍い痛みですな」

僧侶「剣士様も失敗ですね」

剣士「嬉しくも悲しいです」

賢者「剣に嫌われたわけではありませんよ。では、私が……むっ」

剣士「どうでしたかな?」

賢者「この痛みは想定以上でした」

剣士「拒絶を体に感じ取らせるとまさにこんな感じなんでしょう。いかにもな防御壁です」

賢者「残るは僧侶と勇者様だけです」

僧侶「ねえ……、この中に魔王っているんですよね?」

魔法使い「いるでしょうね。どちらかに」

僧侶「絶対に決めないと駄目かな?」

剣士「この期に及んで何を言っておられる」


僧侶「だってね。だってだよ? 私と勇者様って、最初は魔王候補から外されてたんだよ?」

勇者「……」

賢者「それは不確かな情報の元で推理した可能性だけの話です」

僧侶「だけど」

魔法使い「僧侶。握りなさい」

僧侶「やだなぁ。やだよ勇者様。ねえ、私やだよ」

魔法使い「僧侶!」

僧侶「……」

魔法使い「あなたの番よ」

僧侶「私は嘘つかないからね。本当だよ。だからね。握るからっ……ね? ほ、ほら……握れたよ」

剣士「僧侶……」

僧侶「嘘じゃないよ? 私、握れてるから。ね?」

賢者「分かりました。離してください」

僧侶「……やだ」

剣士「僧侶様。賢者様の言う事をお聞きください」


僧侶「やだよ。だって私は握れてるんだもん。本当に握れてるんだもん!」

魔法使い「手から血を流してなに言ってんのよ。無理して掴んでるだけでしょ」

僧侶「違うよ」

賢者「離しなさい」

僧侶「やだ! 絶対に離さない!」

賢者「魔法使い! 風魔法を! これ以上の結界との干渉は、彼女の身に影響を及ぼします!」

魔法使い「吹きすさべ豪風! ついでに氷も追加してやるから頭を冷やしなさい!」

僧侶「あぐっ! うう……、なんで? なんでですか?」

僧侶「わ、私……やだよ……っ! こんなのやだよう、えっぐ」

僧侶「ひっく、なんで……ですか? 勇者様、どうしてですか?!」

勇者「……」


僧侶「なんで魔王が勇者様なんですか!!」

けっこう進めたから残りは明日
肩凝る




賢者「僧侶様は?」

魔法使い「ベッドで寝かしつけてるわ。泣き疲れてたみたいでぐっすりよ」

賢者「そうですか」

剣士「ゆう……もとい魔王は地下牢に放り込んでおきましたぞ」

魔法使い「監視しなくていいの? 逃げられない?」

剣士「隠し通路が無い限りは魔法を使う以外での脱出は無理でしょうな」

賢者「牢獄に脱出口を備え付けるのもおかしな話です。心配はいりません」

剣士「地下から上がる階段を登ってきたところで、出てくる先はこの広間の脇の廊下」
剣士「鍵付の頑丈な鉄扉を突き破れば、脱出したぞと自ら声高に宣言するようなものですぞ」

賢者「そのときは、多勢に無勢で取り押さえればいいですね」

魔法使い「案外いい造りをしているのね。魔王城は」

剣士「それにしても厄介なことになりましたな」

魔法使い「まさかよね。まさか勇者に扮していたとは思わなかったわ」

剣士「これからどうしましょうか」


賢者「本来ならば魔王を討ち取り、故国に凱旋をするところですが……」

魔法使い「表情が暗いわね」

賢者「ええ、おそらくは私たちは英雄ではなく、罪人として扱われますからね」

魔法使い「なんで? 魔王を捕まえてるのよ?」

賢者「天啓を授かっていた勇者様は、王様や国民にとっては一縷の望み。突如に降ってわいた希望の光です」

剣士「人類の切り札であり象徴でもある勇者様は、魔王を倒す大役を終えても永続的な平和の証としての役割が残っておるのだ」

魔法使い「じゃ、じゃあなによ! 私たちは勇者を守りきれなかったために、世界を救っても私たちは戦犯扱いなわけ?!」

賢者「追われる身になる覚悟はしておくべきですね」

魔法使い「そんな……」

遊び人「おいかけっこ?」

薬草師「かくれんぼ。私たちは一緒に暮らそうね、はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

魔法使い「どこまでも呑気ね。少しは置かれてる状況に焦りなさいよ」

剣士「能天気が売りの2人に、緊張感を求めるだけ無駄ですぞ」

賢者「だからと世界の平和を取り戻した私たちが、素直に極刑を受けていい道理はありません」


剣士「そうは言いますが、敵は魔族の軍勢から世界中の人間になってしまうのですぞ?」

魔法使い「王の命令1つで、私たちの居場所なんかすぐに炙り出されるわ」
魔法使い「石煉瓦の綺麗な街並みから石の洞窟に住処を移すだなんて……」

賢者「嘆くだけで事がうまく運ぶならば、私もいくらでも泣き言を口にしましょう」
賢者「ですがそれだけでは、何も好転いたしません。打開策を探すのです」

剣士「そんなのがあるわけが。世界が敵に回るのというのに」

賢者「私たちは魔王城を目指す道中で、魔王軍の手に落ちそうになった村を幾つも救った。そうでしたよね?」

魔法使い「そうよ。オークの群れに強襲された集落やドラゴンの軍勢に狙われた遊牧民の集団」
魔法使い「幻覚に支配されて機能を麻痺させていた街も、勇者様たちと力を合わせて戦い抜いたわ」

剣士「どのときも私たちはよくやりましたな。軍勢を退けるたびに英雄と賞賛されていたあの感覚が懐かしいです」

賢者「ですから、私たちが手助けをした村や町に頭を下げるのです」

魔法使い「頭を?」

剣士「我々が下げるのですか?」

賢者「ええ」

魔法使い「なんでよ! 私たちは救済した側よ?! 打ち立てた偉業を、伝説として末代まで称えられるのが常識でしょ!」

剣士「不条理なんて言葉ではすまされませんぞ」


賢者「お気持ちはわかります。ですが、私たちに残された術は、相手の情に訴えかけるしかないのです」
賢者「他に良案があるというのならば、ご遠慮なさらずに提言してください」

魔法使い「……」

剣士「……」

賢者「私たちの役目は魔王討伐まで勇者様に付き添う事。冒険譚として語り継がれるのも勇者様の活躍だけ」
賢者「勘違いしないでください。私たちは、神によって選ばれた勇者様のお伴です」
賢者「同行者の肩書によっぽどの価値を感じているならば、あなた方は魔王の首を肩から下げて王様に謁見すればよろしいです」

魔法使い「……ごめん。部屋に戻る。わけ分かんなくなってきた」

賢者「ごゆっくりと体を休めながらお考えください。遅かれ早かれ決断は迫られます」

魔法使い「返事は明日するわ」

剣士「夕食は私が準備しましょうかな?」

魔法使い「私の分はいらない。剣士と賢者様で食べて。あ、僧侶がお腹空かせると悪いから冷めてもおいしい物をお願いね」

剣士「承知しましたぞ」

魔法使い「じゃあね」

賢者「日は落ちていませんが、おやすみなさいませ」




魔法使い「起きてたんだ。具合はどう?」

僧侶「……」

魔法使い「まだ疲れてるでしょ。まだ横になってた方がいいわよ」

僧侶「……」

魔法使い「その……気持ちはわかるわ。想い人を奪われたんだもの。胸が張り裂けそうになってるのよね」

僧侶「……」

魔法使い「だからね、寝て忘れちゃいましょ。あなたが前に進むにはそれしかないの。目を閉じて忘れるしか……」

僧侶「……う……まは……」

魔法使い「なに?」

僧侶「勇者様はどこ?」

魔法使い「……もういないわ」

僧侶「いるよ。魔法使いだってさっきまで、勇者様と一緒に外にいたじゃない」

魔法使い「だからそれは」

僧侶「ねえ、勇者様はどこにいるの? お部屋? お部屋でお休みになられてるの?」

魔法使い「僧侶。聞いて。気付いて。分かって。理解して。受け止めて。受け入れて。……勇者様はもういないの」

僧侶「そんなこと……えぅ、ひっぐ……だ、だって、勇者様は、えっぐ、うわああああああん!!」

魔法使い「私の胸で沢山泣いていいよ。僧侶がまたしっかり立てるようになるまで、私が支えてあげるから、ね」




剣士「……美味い」

賢者「今晩も手抜き料理ですが、お許しください」

剣士「保存食ばかりでこれだけの品ですぞ。文句などありますまい」

賢者「葉ものがあればもう少しバランスよく栄養が取れましたけれど……」

剣士「戦地での食事は栄養よりも満腹感。空腹では剣を握る力も弱まってしまう」
剣士「それにしても、男2人だけの食事とは花がありませんな」

賢者「ほんの2日……、たった2日間だけで大きく変わってしまいましたね」

剣士「詳細不明の焼死体を見つけ、格闘家が殺され、魔王を捕えた。1人の犠牲で世界を救えた、と考えれば僥倖」

賢者「亡くなった人数だけで言えば、数千人です」

剣士「そうでしたな。私が最初に住んでいた城下街も魔物に襲われ、逃げ遅れた方々が命を落としました」
剣士「城が陥落し、敗走の伝令を出された時は、何もできなかった己を未熟さを恨んだのを覚えております」

賢者「私も苦渋を味わされました」

剣士「賢者様は身内を魔王軍に……、との話でしたな」

賢者「人の命を比べたりはしません。家族でも隣人でも見知らぬ他人でも命の重みは平等です」

剣士「いくら歳を重ねても、賢者様の考えには追いつきませぬ」


賢者「価値観に正解不正解はない、と先生は言っていました」

剣士「先生なる者がいたのですか?」

賢者「独学を始めたのは、私が一人立ちしてからですよ」

剣士「てっきり一から十まで自習したのかと」

賢者「過大評価もそこまでくると苦笑するしかないです」

剣士「それは失礼した」

賢者「暗い話題を断ち切るのが上手ですね」

剣士「そんなつもりはなかったのでしたが、そういうことにしておきましょう」

賢者「今夜はどうしますか?」

剣士「どう、とは?」


賢者「毎晩、城内外を見回っているそうでなので。私が実際に見たのは、格闘家様だけでしたけど」

剣士「ああ、もちろん今夜も、寝ずの番に徹するつもりですぞ。魔王を逃がすわけにはいきませんので」

賢者「ならばこれを渡しておきますね」

剣士「これは……鍵ですか?」

賢者「廊下と地下への階段を隔てる扉の鍵と、細い方は剣士様から渡された牢獄の鍵です」

剣士「賢者様が管理していた方がいいのでは?」

賢者「若さゆえに判断を誤ってしまうことはあります」

剣士「憎らしいほどに口が上手い。判りました。私が預かっておきましょう」

賢者「明日、魔法使いたちを交えて魔王の処遇を決めましょう。世界の平和のために」

剣士「ええ、平和の訪れのために」

勇者は剣をにぎったの?

>>116
一応は握らせてから牢屋にぶちこんだって設定
勇者以外握れたからわざわざ書かんでもいいかなって、思ったんだけども不親切やったね
すまぬ




勇者「……足音。誰だ?」

   『勇者様?』

勇者「その声は」

   『私です。僧侶です』

勇者「……殺せよ。全員俺を魔王だと疑ってるんだろ? 早く殺せよ!!」

   『勇者様。声を荒げないでください。皆が起きちゃいますよ』

勇者「いいじゃねえか。俺の末路なんてもう決まってるんだ。誰が来ようが関係ない」

   『勇者様。勇者様はいつまでも真っ暗なお部屋にいるのは嫌ですよね?』

勇者「暗いのか。目隠しされて何も見えやしない」

   『私と一緒にここから逃げませんか? ここにいると誰も信用できなくなってしまいます』

勇者「……」

   『私は信じてるんです。勇者様は本当に勇者様で、決して魔王なんかじゃないって』
   『いま鍵を開けますのでお待ちください』


勇者「鍵を持ってるのか?」

   『剣士様からお借りしてきました。えっと、錠前の鍵穴は……』

勇者「いいのか? 俺は魔王なんだぞ?」

   『勇者様は勇者様です。私がそれを知っています。よいしょ』
   『はい。開きましたよ。……どうしましたか? 開けましたよ?』

勇者「腕縛られて目隠しもされてるんだ」

   『そうでしたね。ランプに火を灯すので、お待ちください。ここかな?』

勇者「なあ、僧侶」

   『はい、なんですか? お邪魔しますね。先にお腕を……、解けました』

勇者「仲間を裏切って辛くないのか?」

   『勇者様は裏切っていません。悪いのは寝返ったあの方たちです』
   『それに、私の気持ちはいつも勇者様と同じです。目隠しを外しますね』

勇者「僧侶は俺を」

   『後にも先にも、勇者様の意向だけが私の全てです』

僧侶「これで見えましたか?」

勇者「おう、ありが――うわっ!?」


僧侶「ひゃっ! な、なんですか急に大声を上げて」

勇者「お、お前……なんだよその服……」

僧侶「服? あ、これですね。鍵を借りるときにですね、少しだけ剣士様と喧嘩になっちゃいました。えへへ」

勇者「喧嘩でそんな真っ赤になるわけが」

僧侶「剣士様は魔王の手に落ちた愚者です。賢者様も魔法使いもみんな同じです」
僧侶「みんなみんな悪の僕になってしまったんです」

勇者「僧侶……」

僧侶「怖がらなくても大丈夫ですよ。神様と私が最後まで勇者様を守ってみせます」
僧侶「なので、一緒にここから逃げましょうね」

勇者「ありがとうな。出してくれて」

僧侶「はい」




魔法使い「う、嘘……うそ嘘ウソうそ嘘っ! いやあああああっ!!」

賢者「なんですか今の悲鳴は?! 何事で――」

薬草師「魔法使い?」

遊び人「うわ、うわわ」

魔法使い「なんで? なんで剣士が?!」

賢者「これは……魔法使い様、どういうことですか?」

魔法使い「ち、違うわよ! 私じゃないの! 本当よ! 私は本当に知らないの!」

魔法使い「目が覚めたら隣で寝てたはずの僧侶がいなくなってて、昨日に勇者様の居場所を聞かれたから、もしかしてと思って!」

賢者「地下牢の場所を教えたのですか?」


魔法使い「教えてない! 何も教えてないわよ!」
魔法使い「だって教えたら絶対に会いに行くの分かってたから! なのにこんな……」

賢者「大変なことになったかもしれませんね」

薬草師「どこに行くの?」

賢者「地下です! 牢の鍵を預けていた剣士が殺されたなら、地下牢に幽閉させていた魔王は」

魔法使い「待って! 私も行くから置いてかないで!」

遊び人「私たちはお留守番?」

薬草師「一緒に行くよ、はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」


賢者「ここですね。着きましたが……鍵は掛かったままですか」

魔法使い「ま、魔王? いるんでしょ? 返事をしなさい」

遊び人「震え声だ」

薬草師「しー。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

賢者「蝋燭では部屋の隅まで見えませんね。光を灯す呪文はありますか?」

魔法使い「火系統でいいなら。えい」

賢者「うっ」

魔法使い「ひっ?!」

薬草師「……いたね」

遊び人「僧侶が」

魔法使い「僧侶! あんたこんなところで何してんの?!」

僧侶「……うぁ……あ、魔法使い……」

賢者「どうやって中に入ったのですか? 鍵を持っているのですか?」

僧侶「かぎ……鍵はあるよ……?」


魔法使い「その服どうしたのよ?! 真っ赤じゃない!」

賢者「話はあとです。牢から出てきてください」

僧侶「私……ここから出なくていいかも……」

魔法使い「いいわけないでしょ! 魔王が逃げたのよ?!」

僧侶「勇者様は……ここにいないよ……、どこかにい、行っちゃったの……、私を置いて……行っちゃった……」

魔法使い「だから探さなきゃいけないのよ! 鍵があるなら渡して!」

僧侶「この鍵はね、私の……だよ」

魔法使い「なに言って」

僧侶「勇者様はいないけ……ど、さいごは勇者様の……いた場所が、いいんだ……」

魔法使い「最後?」

賢者「怪我をしているのですか?」

僧侶「勇者様にね……斬られちゃった、の。私、嫌われちゃったのか……な? あは、ははは……は……」

魔法使い「回復魔法は?!」

僧侶「近くにお薬が……あったから沢山……使ったの。全然、駄目……だったけど……」

魔法使い「薬? そんなのどこにも」


僧侶「あるよ……、これとか、ほら、そこにも」

魔法使い「僧侶? しっかりしなさいよ! 僧侶!」

賢者「幻覚ですね。幻を見ているのでしょう」

魔法使い「そんな?! 僧侶! あんた回復魔法使えたでしょ! 早くそれで」

僧侶「使え……ないよ。頭がね、白くてぽーっとして……なにも考えられないんだ」

魔法使い「賢者様! 僧侶が死んじゃう! 早く回復させてあげないと」

賢者「……」

魔法使い「賢者様!!」

賢者「……手遅れです。傷を癒しても血が足りません」

魔法使い「離れてて! 鉄格子を吹き飛ばすから」

賢者「そんなことをすれば、格子の隙間を抜けた魔法が僧侶様にも魔法が当たってしまいます!」

魔法使い「なら見殺しにしろって言うの?! 目の前に僧侶がいるのよ?!」

僧侶「魔法使い? 私は大丈……夫だよ。大丈夫……」

魔法使い「あんたもいつまで夢見てるのよ!」

僧侶「勇者様に会える、なら……夢でもいいや……」


魔法使い「僧侶!」

僧侶「あっ……えへへ、眠くなって……きちゃった……」

魔法使い「僧侶っ!」

僧侶「勇者様に会って……くるね……」

僧侶「ばいばい、魔法使いちゃん、おやすみ……なさい……」

魔法使い「僧侶っ! 僧侶っ!!」

僧侶「……」

魔法使い「いやああああっ!!」

続き夜

魔法使い「……」

賢者「……」

薬草師「はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

魔法使い「私たちも殺されちゃうのかな……」

賢者「何も手を打たなければそうなるでしょう」

魔法使い「賢者様」

賢者「なんでしょうか?」

魔法使い「苦厄草……」

賢者「魔王が息をひそめている森林に踏み込むのは得策でないです」
賢者「それに、苦厄草を入手できたとしても、我々では満足に扱えませんよ」

魔法使い「なら何もせずに諦めろって言うの?」

賢者「諦めろだなんて一言も」

魔法使い「だったらダメ元でも行動を起こした方が――」

賢者「だから、それ以外での解決策を必死に探してるんですよ!!」

魔法使い「っ?!」

遊び人「わっ」

薬草師「……」

賢者「……こほん。申し訳ありませんでした。ですので、もっと安全な選択肢がないか、模索検討中です」

魔法使い「ううん。私もごめんね」

薬草師「薬草ジュース飲む? スッキリするよ?」

魔法使い「ありがと。一杯だけもらうね」

薬草師「賢者様は?」

賢者「お気遣いだけで十分です」

薬草師「ん」

賢者「食料はあとどれほど残っていますか?」

魔法使い「4人分で計算すると3食欠かさず食べたとしても4日分」

賢者「2食に減らせば6日分に延ばせますね」

魔法使い「魔王を探しに行かないの?」

賢者「可能な限り籠城を行います。根城を奪われ続ければ、魔族内での魔王に対する不信感も次第に強まっていくはずなので」

薬草師「仲間割れ?」

賢者「それを恐れた魔王が再びここを訪れる。そこを抑えられれば、一発逆転もありえます」

遊び人「失敗したら?」

賢者「人類の敗北ですね」

魔法使い「もっと読みたい本あったのにな……」

賢者「生きて帰られればいくらでも読めますよ。今は前を見ることを心がけましょう」

魔法使い「分かってるつもりなんだけどね……」

遊び人「ねえねえ、剣士と僧侶はそれぞれ誰が殺したの?」

魔法使い「魔王よ。それしかないわ」

遊び人「そなの?」

賢者「僧侶様を殺したのは魔王だとしても、剣士様は違います」

魔法使い「じゃあ、誰よ」


賢者「剣士様を襲ったのは、おそらく僧侶様」

魔法使い「僧侶が剣士を襲うなんて無理よ。筋力云々よりもそういう子じゃないわ」

賢者「遺体を地下から運び出すときに、手には牢屋の鍵が握られていました」
賢者「あの鍵は私が剣士様に預けていたものですよ。辻褄が合います」

魔法使い「でも」

賢者「たとえ僧侶様の頼みでも剣士様が扉を通らせるとは思えません」
賢者「加えて、僧侶様が鍵を所持していたことが、裏付けの証拠です」

魔法使い「……」

賢者「勇者様を強く慕っていましたからね。牢から出して斬りつけられるまで、本物の勇者様だと信じていたのでしょう」

遊び人「剣士の死因は?」

薬草師「短剣で心臓を一突きだよ」

遊び人「鎧の上から?」

賢者「背中側からです。背面の防具はマントだけでしたので、そこを突かれました」

魔法使い「剣士が背後を取られるの?」

賢者「回りこむだけなら時間はいりません。束縛の呪文を唱えられるなら、誰でも可能ですよ」


遊び人「なにそれこわい」

賢者「動きを封じられるのはほんの数秒。効果の薄さもあり、あまり実戦では登用されない不遇の魔法ですね」
賢者「使用できる魔法の聞き取りでは忘れていたのかなんなのか。教えてもらっていなかったので、すっかり忘れていました」

魔法使い「用紙皮の情報を丸のみに、記憶を疎かにしてたわけ?」

賢者「返す言葉もありません。迂闊すぎました」

遊び人「魔法使いは隠し立てしてない?」

魔法使い「あんたはどれだけ仲を悪くさせようとしてるのよ。賢者様に対してそんなこと、するわけないでしょ」

薬草師「怒っちゃだめ」

遊び人「あうっ、抱かれたら痛い」

薬草師「ごめんね、許さない。はい」

遊び人「あむ、もぐもぐ」

賢者「いつ魔王が手下を従えて攻めて来るか判りません。これからは、いつでも戦える臨戦態勢のまま、生活をしてもらいます」

遊び人「ん」

魔法使い「本当に理解してるのかしら……」

薬草師「ふわぁ……」


遊び人「眠いの?」

薬草師「うん。ちょっとだけ」

魔法使い「こいつらは……」

賢者「朝食にするには時間がだいぶ過ぎてしまいましたが、どうしましょうか?」

薬草師「4人分」

遊び人「私も薬草師と寝る。起きたら2人で食べるね」

魔法使い「ちゃんと寝なさいよ」

賢者「緊急時なので、愛を確かめ合う行為に励むのは、祖国の宿に戻ってからでお願いします」

遊び人「うわぁ……」

薬草師「……えっち」

賢者「……失礼しました。ゆっくりとお休みください」

薬草師「おやすみなさい」

遊び人「ばばい」

賢者「はぁ……」

魔法使い「賢者様は悪くないわ。元気だして」




薬草師「んっ、はぁはぁ」

遊び人「大丈夫?」

薬草師「首のあたりが痛いかも」

遊び人「やっぱりかぁ。噛んだもんね」

薬草師「……痛いの嫌い」

遊び人「嘘つき」

薬草師「遊び人が呪いをかけたせいだよ。痛いのが好きになる呪い」

遊び人「そんな呪い知らないよ」

薬草師「ねえ、噛んで。痛みで痛みを忘れさせて」

遊び人「もっと痛くなるよ?」

薬草師「それでもいいよ。遊び人が私に夢中になってくれるなら」

遊び人「私は薬草師しか見てないよ」

薬草師「遊び人は私のこと好き?」

遊び人「うん、好き。大好き」


薬草師「みんなとどっちが好き?」

遊び人「みんなと比べたら皆の方が好き」

薬草師「……ぷぅ」

遊び人「でも、誰よりも薬草師のことが好きだよ」

薬草師「……ぷぅ」

遊び人「みんなよりも薬草師のことが好き」

薬草師「知ってる」

遊び人「どこを噛めばいい?」

薬草師「首がいいな」

遊び人「痛いんでしょ?」

薬草師「反対側」

遊び人「ん、分かった」

薬草師「ねえ、遊び人」

遊び人「なあに?」

薬草師「私が死んだら泣いてくれる?」


遊び人「泣かないよ。絶対に泣かない」

薬草師「そっか」

遊び人「うん」

薬草師「遊び人のいじわる。でも大好き」

遊び人「えむじょ」

薬草師「遊び人に虐めてもらえるなら、それでもいい」

遊び人「首筋いただきます」

薬草師「うん、……んっ」




遊び人「まだ起きてたんだ」

魔法使い「まだも何も夕食時よ」

賢者「昼食も抜いてぐっすり寝ていられたのですね」

遊び人「うん。薬草師と気持ちよく寝てた」

魔法使い「ちゃんと寝てたのよね?」

遊び人「寝てたよ。ぐっしょりと」

魔法使い「ぐっすりの聞き間違いってことにしてあげる」

遊び人「暑くて汗かいちゃった」

魔法使い「寝汗よね?」

遊び人「噛まれると気持ちいいんだって」

賢者「はぁ……」

魔法使い「あんたたちって、ここまで来てもそればかりなのね」

賢者「私は言及しませんよ。白い目で見られてしまいますからね」

魔法使い「賢者様が強く言わないと聞かないわよ」


賢者「数ヵ月の旅で染みついたのですから、今すぐ改善しろと言っても、聞く耳を持つとは思えませんよ」

魔法使い「それもそうよね……」

遊び人「ご飯は何?」

魔法使い「スープと干し肉を挟んだパンよ」

賢者「朝食と同じです。食べ飽きたなんて不満は、御法度で」

遊び人「お肉あるんだ。豪華」

賢者「気分を盛り上げるには贅沢が手っ取り早いので。これを食べたらしばらくはお別れです。よく味わってくださいね」

遊び人「ん」

魔法使い「薬草師はまだ寝てるの?」

遊び人「うん。ぐっすり」

魔法使い「そう、少しだるそうにしてたから賢者様と心配してたのよ」

賢者「疲れが溜まっているだけなら良いのですけれど……、病気になっていたら命に関わります」

遊び人「一緒に寝てる時は元気だったよ。呪いにかかったって言ってたみたいけど」

賢者「っ!」

魔法使い「呪いですって!?」


遊び人「どうしたの?」

魔法使い「どうしたのじゃないわよ! なんでそれを早く言わないの?!」

賢者「聞かされたのですか?! それを知ったのはいつですか?!」

遊び人「たぶん大丈夫だよ」

魔法使い「大丈夫なわけないでしょ!?」

遊び人「だって、噛まれると気持ちよくなるのろっ、痛い。叩いた」

魔法使い「あんた、しまいには首を絞めて軒に吊るすわよ」

賢者「はぁ……、惚気話しで寿命が縮む思いをしたのは初めてです」

遊び人「薬草師が言ったままを話しただけなのに」

魔法使い「時と場合を考えて。雰囲気に沿うように内容をいじりなさい」

賢者「薬草師は夕飯も食べないのですか?」

遊び人「明日の朝になるかもしれない」

賢者「1日2食になるんですから、食べられるうちにきちんと食べてもらいたいのですが」

遊び人「起きたら話しておくね」

魔法使い「どこまでも自由気ままなのね」


賢者「しっかり働いてくれれば、文句は言いません」

遊び人「スープ美味しい。ピリ辛」

魔法使い「僧侶の味よ。忘れないであげて」

遊び人「うん」

賢者「寝る場所を決めてもよろしいですか?」

魔法使い「そうね。もう我儘は言わないわ」

賢者「私としては、大広間を使って4人で寝たいのですが」

遊び人「私は薬草師と一緒がいい」

賢者「4人で寝れば、離ればなれも起きませんよ」

遊び人「やだ、薬草師と一緒」

魔法使い「2人だけがいいんだって」

賢者「それだと困ります。4人しかいないのですよ?」

遊び人「やだ」

魔法使い「……どうする?」


賢者「遊び人たちが使ってる部屋に、隣室はありましたっけ?」

魔法使い「あるわよ。そこにするのね」

遊び人「隣は使ってもいいけど、邪魔しない?」

賢者「悲鳴や呻き声が聞こえればお邪魔するかもしれません」

魔法使い「喘ぎ声や吐息もね。遊べないように夜通しで見張ってやるわ」

遊び人「困る」

魔法使い「私たちを悩ませてるのもあなたたちよ。自覚して」

遊び人「じゃあ、我慢する」

賢者「今晩は寝られそうにないですね」

魔法使い「そうね」

遊び人「うわぁ……」

魔法使い「その目をやめなさい」

賢者「はぁ……」




「おはよう」

「今日で全部終わるよ」

「魔法使いを殺して、あの人を最後に残せば私の勝ち」

「えへへ、秘密だよ。皆を騙せた私の1人勝ちなんだからね」

「もう聞こえないかもしれないけど、最後に、ね」

「騙しててごめんね。おやすみ、薬草師」




魔法使い「……」

賢者「……」

遊び人「薬草師の土葬も終わり。とうとう3人になちゃったね」

魔法使い「……言いたいことはそれだけ?」

遊び人「薬草師だけ中庭に埋めるのは可哀相だけど、お花が一杯咲いてるから、たぶん喜んでるよ」

賢者「憐憫の情があるならば、玄関前の庭園にすべきでしたね」

遊び人「そんなことないよ。これが薬草師にとっての幸せだもん」

魔法使い「余談はもういいわよね?」

遊び人「もう終わり?」

賢者「あなたは昨日、薬草師は呪われていないと言いました」

遊び人「言ったっけ?」

魔法使い「とぼけないで! 薬草師の首筋にしっかりと呪いの刻印が浮かんでたわ」

賢者「刻印の近くに噛み跡まであれば十分。余計な釈明は不要です。血を用いた最上級の呪術、使いましたね?」

遊び人「使えちゃいけないの?」


賢者「誤魔化そうたってそうはいきません。人間である限り、呪いの術は使えない。ここまで言えば判るでしょう」

魔法使い「あんたは最後にボロを出した」

遊び人「あー、私を疑ってるんだ」

賢者「もう疑っておりません。確信しました」

魔法使い「殺された私の仲間たちに泣いて償いなさい。そして、死ね」

遊び人「わー、2人とも怖いなあ」

賢者「この期に及んでシラを切りつもりなら、それでも結構」

魔法使い「覚悟しろ! 魔王!!」

遊び人「さすがにもう隠しごとは無理か。本当だったら次は魔法使いを殺さないといけなかったんだけど」
遊び人「いいや……、そうだね。今、殺しちゃおっか」


魔法使い「炎よ逆巻け! 属性魔法、炎風!」

賢者「凍てつく雷よ! 敵を裁け! 属性魔法、雷氷!」

遊び人「獄の淵から湧きあがれ。滾る怒涛の濁流よ、全てを飲み込め。属性魔法、炎水風闇、消除」

魔法使い「4属性っ?! 相殺だけなんて舐めてくれるじゃないっ!」

賢者「攻撃の手を緩めてはいけません! 躊躇せずに大技で押しましょう!」

魔法使い「分かってるわ! だけど!」

賢者「早く!」

魔法使い「フィードバックは援護してよ!! こんなところで4属性なんて使いたくなかったんだから!!」
魔法使い「雷雲から生まれし漆黒の水竜よ! 闇の王を喰らい尽くせ! 属性魔法、水風雷闇」 

遊び人「……軸がブレてる。失敗だね。荒れ狂う爆風よ、消し飛ばせ。炎風」

魔法使い「ちっ! だから実践主義は嫌だったのに! 賢者様! 時間稼ぎを!!」

賢者「いえ、この一撃で仕留めます!」
賢者「豪風を操傀するは氷牙よ、臓を貫け。属性魔法、風氷風闇」
賢者「これでお別れだ――」


賢者「――愚かな人の魔術師よ」


魔法使い「へ? ――っ?!」

賢者「……」

遊び人「……っ」

魔法使い「……け、賢者様? なんか、お腹が痛いんだけど……すっごく、うぁっ!」

賢者「人の腕ほどある氷柱が7本も刺さっていれば、痛いだろう」

魔法使い「なん……で?」

賢者「何故か? お前が人間だったから。それだけのことだ」

魔法使い「嘘でしょ……、だって賢者様……」

賢者「どうせすぐに果てるだろう。冥途の土産に面白い話を聞かせてやる」

魔法使い「くっ、……かはっ!」

賢者「私が殺した人間の数は、お前を含めて――」




遊び人「けっこう早かったね。もうちょっと焦らすかと思ったのに」

魔王「またとない機会を見逃すわけがなかろう。そいつは死んでるんだ。氷柱を溶かす意味はないだろ」

遊び人「いつまでも痛くて冷たいのは嫌でしょ」

魔王「死人に判ることではない。お前ももうすぐ同じ末路よ。直ぐに仲間の元へ導いてやろう」

遊び人「無理でしょ。だって勇者パーティーを殺したのは、私の方が数多いし」

魔王「だからなんだ。気狂いを起こした遊女よ。仲間を絶望に陥れた裏切り者よ」

遊び人「そうだね。確かにみんなびっくりしてた。格闘家も剣士も僧侶も」

魔王「愛する者まで手にかけるとは、さすがは知恵遅れの人間。身に迫る恐怖のあまりに錯乱したとは憐れな」

遊び人「薬草師にはちゃんと謝ったよ」

魔王「関係あるまい。それだけの能力を有していながら、遊び人に成りすましておるとは……、猫をかぶりおって」

遊び人「獲物を盗られてどんな気分だった? 悔しかった?」

魔王「嫉心を抱くのは、矮小な器しか持てぬ人間の特権だろう。我には無縁の感情だ」

遊び人「じゃあ、魔王は可哀相だね。余計な感情を楽しめないだなんて」

魔王「お前も魔族みたいなものだろう。同胞を殺めて己の死に際を準備したのだ」


遊び人「みたいじゃなくて、魔族だけどね。少なくとも体は」

魔王「貴様は……、そういうことか。変わらなさ過ぎて気がつかなかったわ」

遊び人「魔王は随分変わったみたいだけど、私は気付いてたよ。そして復讐の準備も整った」

魔王「1000年の時を経ても小賢しいままか。本当に何も変わっておらんな」
魔王「久しい。実に久しいのう」

魔王「大魔法使いよ。また会えて嬉しいぞ」

遊び人「あのときは、何もできずにみんな殺された。その復讐がようやくできる。私も嬉しいよ」

魔王「老い捨てる為に魔族と契約を交わし、人の歴史から去る為に、身を隠していた村を我が同胞に襲わせた」
魔王「大胆ながらも緻密な行動だけは評価してやろう。だが、貴様はここで選択を違えた。1000年前には無かった過ちを犯した」

遊び人「ううん。私は間違えてないよ。最後まで計画通りに仲間を殺した」

魔王「いいや、そうではない。貴様の過ちとは、我の前に姿を現し、そして逃げなかったことだ」

遊び人「逃げないよ。死ぬまで戦う。死なないけどね」

魔王「口だけは最後まで達者だったのう」

遊び人「あのときとは違う」

魔王「たわけ、同じだ」

遊び人「だってまだ、1人じゃないもん」


魔王「そうやって死ぬ直前まで強がっていればいい。単属性最大強化魔法、闇闇闇闇――」

  「稲妻――」

魔王「むっ」

  「――斬りいっ!!」

魔王「くっ、……不意打ちとは小汚い真似を」

  「捉え損ねたか。ふんっ、いくらでも言え。魔王よ」

魔王「ふ、ふふ、逃げた鼠を忘れておったわ。そういえば貴様もおったな。勇者」

勇者「待たせてすまなかった、遊び人。……ごめんな、魔法使い」

遊び人「大丈夫? 魔族は2人いるよ?」

勇者「2対2か」

遊び人「私と魔王」

勇者「んなわけあるか。お前は人間だ」

遊び人「勇者がいないうちに薬草師を呪い殺したよ」

勇者「魔王と結託してか?」

遊び人「独断で」


勇者「魔王の味方か?」

遊び人「元血気盛んだった人間、現牙がもげた魔族」

勇者「なら人間だ。後で理由だけはちゃんと聞かせてもらうぞ」

魔王「勇者1人でなにができる」

勇者「1人じゃない。遊び人がいる」

魔王「戦力になると思っているのなら、その考えは改めるべきだ。1000年以上も王の座を堅守できた理由を、疑問に思わないか?」

勇者「同族の中で一際強かっただけだろ。俺はもっと強い」

魔王「魔族の縦社会は揺るぎない。絶対的な力の差。種族間の力関係は決して覆らない」
魔王「何故なら下位の存在は上位に傷ひとつつけることができないからだ」
魔王「そこの憐れな大魔法使いは、魔族になった時点で我と戦う権利を失った。頭数にも入らない置物よ」

勇者「知ったことか。遊び人は俺たちと力を合わせて戦う義務がある」

遊び人「勇者」

勇者「おう、よろしくな。転移魔法」

魔王「今度は逃がしたか。つくづく人間の考えることは分からん」

勇者「お前如き俺1人で十分ってことだよ。うおおおおおっ!」

魔王「愚直に突き進み、剣を振るだけしかできぬ能無しが」


勇者「五月雨斬り」

魔王「大振りでは掠りもせんわ。属性魔法、氷闇」

勇者「属性魔法、炎!」

魔王「いつまでもつ? 愚神の犬よ」

勇者「お前の喉笛を噛みちぎるまでだ!!」

魔王「小手先ばかり鍛えただけの貴様に、劣ると思うな」

勇者「転移魔法」

魔王「ふん、小癪な」

勇者「火炎斬り!」

魔王「喰らわぬわ。背後か頭上。視界から外れればいい、などとは浅はかな」

勇者「前戯は終わりでいいな」

魔王「強がりもほどほどにするがよい。貴様の手の内は全て把握している。お前たちのことだけではない」
魔王「森羅万象、有象無象。我に欠けている知識など、万に一つも存在せぬのだ」

勇者「知識だけが強さじゃない。お前は全部知った気になっているだけだ」

魔王「ならば見せてみろ。知識の通じぬ強さとやらを」


勇者「もちろんだ。見せてやるぜすぐに、な?」

   「聞いたか? 口外無用、先祖伝来の秘術まで知ってるらしいぜ」

   「魔王の知識量を侮っておりました。聞き取りでは黙っていたはずなのに、まったく恐ろしい」

魔王「……貴様ら、どうやって」

格闘家「どうやって、だってよ? 失笑もんだぜ」

剣士「おやおや、我々との対話がさっそく疑問から始まりましたが、いいのですかな?」

勇者「紙に書いてないから忘れちまったか。世界には、死人を甦らせる薬草があるってのを覚えておけ」

魔王「……苦厄草か」

僧侶「そ、そうです! はぁはぁ、勇者、様は決して、ぜぇぜぇ、……逃げていたのでは、ありま……せんっ!」

魔王「……」

格闘家「俺たちについてこようとして、無理に走るからだろ」

剣士「だから歩いてきなさい、と言ったというのに」

僧侶「私は! 勇者様を信じていました! 魔王よ、あなたを神に代わって、私たちが裁きの鉄槌をくだします!」

遊び人「ただいま」

勇者「おかえり」


遊び人「苦厄草ありがとうね」

勇者「おう。魔族でも祝福ってのはできるもんなのか」

遊び人「祝福じゃないよ。一定量以上の魔力に反応して、特別な雫を垂らす性質を利用するだけ」
遊び人「同一種類の魔力を供給し続ける必要があるから、人間じゃ絶対に苦厄草は扱えない。私が魔族になった理由だよ」

勇者「体、張ったな」

魔王「貴様らは大魔法使いを恨まぬのか? 何も知らされずに殺されたのだぞ?」

格闘家「恨むに決まってんだろ」

剣士「やられっぱなしで我慢できるタチではござらんよ」

僧侶「もちろん怒ってますよ! もしかしたら勇者様に斬ってもらえた、とばかり思っていたのですから!」
僧侶「私に変装して勇者様を逃がして、後に入ってきた私を幻視漬けにして斬りつけた、とか言われたので、小突いてやりましたよ!」

剣士「……」

格闘家「……」

魔法使い「……お腹が痛いけど、片腹痛いわ」


勇者「魔法使いも復活だ」

遊び人「氷柱7本刺しは大記録だよ。傷は癒えてるけど、神経がまだ落ち着いてないはず」

魔法使い「痛みで死なないならいいわ」

勇者「さて、魔王。こっちの戦力はだいたい揃ったぜ。覚悟はいいか?」

魔王「面白い。羽虫が集って粋がる様は、まことに滑稽だ」

勇者「言い残すことがそれだけなら、行くぜ!」

勇者「足元に眠る最後のお姫様も、俺らに返してもらおうか!」




えぴろーぐ



魔法使い「だからね! 何があったのか教えてほしいのよ! 1000年前! たった1000年前のことよ?!」

遊び人「だぁかぁらぁ、覚えてないよお。『たった』って言うけど何年前のことだと思ってるの?」

魔法使い「1000年前だって言ってるじゃない! 覚えてないさいよ、大魔法使いのくせに!!」

遊び人「薬草師ー、魔法使いが虐める」

薬草師「虐めないで。お花か薬草買わないなら帰って」

魔法使い「買えば聞かせてくれる?! 王様から貰った報奨金全部使ってやるから、頭から尻尾まで全部聞かせなさいよ!」

遊び人「薬草師ー」

薬草師「虐めちゃダメ」


遊び人「胸にぎゅってされると痛い」

薬草師「ごめんね、許さない」

    「お邪魔しまーす」

薬草師「いらっしゃい」

遊び人「人妻さんだ」

魔法使い「人妻ね」

僧侶「聞こえが悪いので名前で呼んでください」

魔法使い「勇者様はどうしたの? 1人でウチに来るなんて珍しいじゃない」

薬草師「ここ、私と遊び人のお店」

魔法使い「いつもいるんだし、似たようなもんでしょ」

僧侶「勇者様は、今日も格闘家さんと剣士さんと一緒に、お城で見習い兵士さんたちをしごいていますよ」

魔法使い「魔王がいなくなって平和になったのに、男共は何をしてるんだか」

僧侶「楽しそうなんですからいいじゃないですか。魔法使いは?」

遊び人「毎日嫌がらせしにくるだけ」


魔法使い「遊び人が1000年分の自伝を出してれば、私だってこんなに粘着しないわよ」

僧侶「あ、自覚はあるんですね」

薬草師「お花か薬草買って」

魔法使い「仕方ないわね。私が人数分のお花を買ってやろうじゃないの。魔女っぽい紫の花なんてどう?」

遊び人「黒ローブ着てるのに?」

薬草師「根暗なのに?」

僧侶「腹黒でしたよね?」

魔法使い「店舗ごと8属性混合種の最強魔法で消し飛ばしてもいいのよ?」

遊び人「そんなことしたらお国に訴える」

魔法使い「冗談よ。あら、この薄紅色の花なんて良さそうね」

薬草師「花言葉は、終わらない友情」

魔法使い「気取ってるわね。私の家にも飾ろっかな。プレゼント用に包装したのを7株ちょうだい」

僧侶「私と勇者様は結婚してるんだけど。独り身の嫉妬?」


魔法使い「んなわけないでしょ。私からみんなへのプレゼントなんだから、友情でいいのよ」

僧侶「なるほど」

薬草師「これもいいよ」

魔法使い「この花はなに?」

薬草師「片思い」

僧侶「花言葉ですか?」

薬草師「うん」

魔法使い「……買ってあげる」

遊び人「まいどりー」

僧侶「奮発しますね」

魔法使い「僧侶、悪いけどさ。薄紅の花、全部届けておいて」

僧侶「へ?」

魔法使い「墓詣りの用事を思い出した。行ってくる」


僧侶「ふふふ」

魔法使い「なによ」

僧侶「いえいえ、了解しました。魔法使いのは、玄関前に置いておけばいい?」

魔法使い「よろしく、じゃ」

僧侶「いってらっしゃい」

薬草師「行っちゃった」

僧侶「……賢者様は生き返らないんですよね」

遊び人「お骨様はさすがに苦厄草でも効かないよ」
遊び人「だから遺体になった賢者様を見て、慌ててみんなを殺したんだよ」

薬草師「私まで死ぬなんて聞いてなかった」

遊び人「ちゃんと謝ったよ」

薬草師「いつ?」

遊び人「死んでから」


薬草師「許してあげる」

遊び人「あうっ、固い痛い」

薬草師「ごめんね、許さない」

僧侶「ふふふ、友情関連のお花、他にもありますか?」

薬草師「んっと……、窓際の植木鉢」

僧侶「あの黄色い花ですか?」

遊び人「いつ育ててたの?」

薬草師「こっそりと。本当は遊び人から魔法使いに渡してほしかったけど、いいや。いいよ」
薬草師「みんなで一緒にいようねって花言葉」

僧侶「素敵ですね。8株ください」

薬草師「値段、高くしていい?」

僧侶「えー、今日だけですよ」

薬草師「ありがとう」

遊び人「まいどりー」

おしまい

メインが犯人探しっていう理由で、本来見せ場なはずの戦闘シーンを大幅カットする暴挙
そういう熱血要素はこれには合わない気がしたんですよものたりないひとさーせん

結界の剣を勇者が握れて魔王が握れなかったのはなぜ?

>>168
ほとんど屁理屈だけど、一応は抜け道作ったんよ
「術者が認識した『2者以上『を隔てるときに使う」って曖昧な表現にして
「術者自身も触れないようにすることができる」と解釈すれば、ギリギリ納得できるはず
誰が結界を張ったかはssの流れでお察しを

お察しをじゃねえな判りにくいな
格闘家逝去>魔王剣発見結界ぱわー>勇者魔王疑惑説浮上
という脳内妄想ね

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