ペトラ「兵長、キスしてもいいですか?」(77)

リヴァペトです。

捏造多々あり
※ペトラの同期にリコさん
※オルオの昔の口調 など





私が調査兵団に入団したばかりの頃、私には訓練兵団時代から仲の良かった同期が2人いた。

そのうち1人はとても優しいこだった。
調査兵団に入ったのは人類の役に立ちたいからだとにこにこしながら語ってくれた。

訓練兵時代、慣れない訓練で体調を崩して倒れた私を付きっきりで介抱してくれたこともあった。

みんなに気を配り、自分を犠牲にしてでも仲間を守る優しすぎる人だった。

だから調査兵団に入団してはじめての壁外調査で、私たちの目の前で巨人に喰われて死んだ。

もう1人はとても美しいこだった。
調査兵団に入ったのは外の世界を見てみたいからなの内緒よ、と微笑んだ顔が眩しかった。
だが、その美しさをけして驕ってはいなかったから人望のある私たちのリーダーのような人だった。

優しかったあの子が喰われたとき、立ち尽くし動けなくなった私とは対照的に彼女はとっさに私を抱えて逃げようとしてくれた。
しかし立体機動で飛び出したときにワイヤーを巨人に掴まれてしまった。
彼女はとっさに私から手を離して巨人から遠ざけるように突き飛ばした。

どさりと地面に落ちる。

地面が柔らかかったことが幸いして怪我はしなかったけれど、身体中が痛い。
伏して動けなくなった私の耳に巨人の足音が響く。
視界の端で巨人に足をつまみ上げられて宙ぶらりんになった彼女が、苦悶の表情を浮かべているのが見えた。

もうだめ、そう思ったとき、駆けつけた先輩方が間一髪で巨人のうなじを削いだ。

そうして、私たちは生き残ったが彼女はこの時の怪我が原因で足をおかしくしてしまい、兵士として戦える身体ではなくなってしまった。

杖をついて歩く彼女に私は思いつく言葉の限り詫びた。
彼女はそんな私に微笑みかけて、そんなに責任を感じないで欲しい、ペトラ
は悪くない。私が弱かっただけと頭を撫でてくれた。

最後に彼女に会ったのは、彼女が兵団を抜けて開拓地へと旅立つ日。
調査兵団の宿舎を、彼女は小さなトランク片手に馬車に乗り込みながら振り返りこう言った。

ねぇペトラ、こんなことになっちゃったけど、私あなたを助けたこと後悔してないよ?

…ペトラも、後悔しない生き方をしてね。

私は黙って敬礼で見送る。
悲しげに手を振る彼女の顔は相変わらず美しかった。



それから何年か経った。

私が調査兵団に入ってもうどれくらいになっただろう。
一回で新兵の半数が死ぬと言われる壁外調査をあれから何回も私は生き延びた。
そして同じだけ仲間が死ぬのを見てきた。

今日も。



「あぁぁあ!!?」


悲鳴に振り向けば後ろをついてきていたはずの後輩がいない。代わりに眼前に迫る巨人の拳。
とっさにガスを吹かすのを辞めて重力に身を任せる。

頭上を巨人の腕が通り過ぎていくのを感じながら身体を反転させてアンカーを射出し、巨人の背後に周る。

そして再び前方にアンカーを撃ち、立体機動のスピードに全体重を乗せて巨人の右脚の腱を深く抉った。巨人がバランスを崩す。


ペトラ「オルオ!!!」

オルオ「わかってる、任せとけ!」


一旦体勢を立て直すために近くの屋根に移る私とすれ違いざまにオルオが飛び出す。

オルオが勢い良くブレードを振り下げるのに一拍遅れて、肉塊が宙に飛ぶのが見えた。


オルオとは前々回と前回、そして今回の壁外調査で班が一緒になった。
こんなに誰かと続けて同じ班になったことはなかったので心強い。

私が腱を削ぎ、オルオがうなじを抉る。

私の討伐補佐の数字が多いのはこういうスタイルで戦うことが多かったことにも一因する。

(余談だけど、この頃のオルオは今みたいにリヴァイ兵長のマネをしたふざけた喋り方ではなかったので、頼りになる兄貴分のような存在だった)

…辺りに視認できる巨人はとりあえずいないようだ。
一息つき、刃こぼれしたブレードを折って捨てる。まだ替刃は残っているけれど、無駄使いはできない。

さっき倒した巨人が蒸発し出したのを確認しながら、後輩の姿を探す。
彼女は今日が初陣だった。

屋根から屋根へ飛び移り、路地を覗き込む。

いない。
でも、死体もない。
大丈夫。
きっと、どこかにーーー


オルオ「ペトラ」

オルオが呼んでいる。その横に人影が見える。まさか。
ふたつ先の屋根に飛び移り、オルオの隣りに立つ。

見ればすぐ横に血だまりがあり、その中心に後輩がいた。

ペトラ「………」


横から大きく齧り取られ辛うじて上半身と下半身が繋がっているだけ。
零れた臓器が彼女の死を凄惨に物語っていた。

ペトラ「……っ…」


涙が出そうになるのを堪えて、恐怖に見開いたままの眼をそっと閉じさせる。
自分の上着を脱いで彼女にかけたところでパン、と乾いた爆発音が聴こえた。
天に登っていく煙が見える。

オルオ「撤退の煙弾があがった。戻ろう。馬を置いてきたところはそう遠くない」

ペトラ「うん………でも待って、せめて何か」

彼女の遺品を。

ペトラ「…これ、持っていくね」

彼女の自慢だった金髪を束ねた髪留めをそっと抜き取り手首に通す。
団長に頼んで、故郷に残してきたという親御さんにいずれ届けられる戦死報告に、これを添えてもらおう。

オルオ「ペトラ、大丈夫か?」

ペトラ「ん、平気…ありがとう。」

何度経験しても、仲間の死に慣れることはない。
手首で場違いにきらきらと光る髪留めの飾りを撫でる。

オルオ「……リヴァイ兵長」

突然オルオが顔を上げて敬礼をした。慌てて私もそれに倣う。
私たちのいる屋根に兵長が降り立った。

リヴァイ「ペトラ、オルオ、ここにいたのか。…撤退だ」

ペトラ「はい、兵長…」

リヴァイ「今エルヴィンが撤退を先導している。その隊に合流しろ。俺が後ろにつく」

そして兵長は彼女の亡骸に視線を落とす。
あの状態、を見なくとも彼女にかけた私の上着に染み出した血の量を見れば一目で手遅れだとわかる。

リヴァイ「こいつは…こないだ配属された新兵か」

ペトラ「…はい、彼女は戦死しました。その…遺体を運ぶのは困難と判断します」

リヴァイ「そうか」

兵長が彼女の横に膝をつき、もう物言わぬ彼女の手をきつく握る。
次いで目を閉じる。続いて私とオルオも黙祷した。

あまり長い時間こうしてはいられない
、目を開くと兵長は既に立ち上がっており私たちの撤退を再び促してから前衛を撤退させるために前線のほうへ飛び去った。

それに従い、馬を呼ぼうと指笛を鳴らしたところで私たちに声がかけられる。


ハンジ「おーい!負傷者がいるんだ!運ぶのを手伝ってくれ!」

下を見れば馬に乗ったハンジ分隊長が負傷者を抱えながらこちらに大きく手を振っていた。分隊長の前に乗る兵士は五体満足であるものの、頭を打ったのかふらふらとしていて意識が朦朧としているように見える。
いつ落ちてしまっても不思議ではない。

ハンジ「ここまでなんとか運んできたけど、私の馬がバテ気味なんだ。さっき近くにいた馬を連れてきたから代わって欲しいんだよ」

ハンジ分隊長が連れている馬には見覚えがあった。

ペトラ「あ!あれ、オルオの馬だよね。それに負傷している彼は大柄だから私じゃ上手く馬を移せるかわからない。…オルオ行って」

オルオ「わかった…先に行くけど、ペトラは大丈夫か?馬は…」

ペトラ「大丈夫、オルオの馬が居たなら私の馬も近くにいるよ。すぐに私も追いかけるから!」







ペトラ「…来ない。どうして」


指笛を何度も吹く、が愛馬は姿を現さない。
オルオの馬と同じところに置いてきたはずなのに。
今のところこの辺りの巨人は一掃したからその姿は視認できないが、どこから巨人が再び現れても不思議ではない。

ペトラ「私の馬、何かあったのかな…」

私たちはもともと中衛の位置にいた。後衛から撤退が始まり既にこの時間なら前衛だったものも撤退し始めているだろう。

しまった。
私は完全に出遅れてしまっている。

もっと早く馬を呼ぶのを諦めていれば良かった。
オルオと別れて直ぐに立体起動で追いかければ隊に合流できたかもしれないのに。

腰のガスを確認する。
この残りのガスでどこにいるかわからない他の隊に合流できるだろうか。
あるいは巨人を避けながら壁まで辿り着き、壁を登ることが出来るだろうか。

もし途中で巨人に出会ったら、奇行種に襲われたら。

頭の奥が凍てつくように痛み、恐怖に襲われる。
怖い。怖い。巨人が出てきたらどうしよう。




死にたく、ない。

でも、迷っていても仕方がない。
ここで黙って居ても死ぬだけだ。

ぐっ、と震える腕に力を込めてアンカーを射出させようとトリガーに手をかける。

そのとき、馬の駆ける音と怒声が聞こえた。

リヴァイ「ペトラ、何をしてやがる!すぐに撤退しろと命令したはずだ!」

ペトラ「兵長!!!…も、申し訳ありません。馬が…」

リヴァイ「チッ、もういい。俺の後ろに乗れ」

兵長が馬を止める。すぐさま屋根から降りて言われた通り後ろに乗った。


リヴァイ「ここは壁外だ。お前は新兵じゃねえんだからその危険も何度も経験して、十分わかっているはずだろ。俺が来なかったらどうするつもりだったんだ!」

ペトラ「……申し訳ありません」

返す言葉もない。
自分の不甲斐なさに情けなくなり、思わず顔を伏せる。
また兵長が舌打ちをしたのが聞こえた。

リヴァイ「話は後だ…速度をあげる。ちゃんと掴まってろ」

兵長の腰におずおずと手を回し、大きく頷く。
それを感じ取ったのか兵長は無言で馬の速度を上げた。
兵長の腰にきつく抱きついて振り落とされないようにする。
抱き付いた兵長の身体は小柄なわりにがっしりとしていて安心感がある。
もちろんまだ壁外だから安全とは言えない。

でも兵長が来てくれた。
恐怖から解放された安堵と自分の情けなさにじわりと涙が出てきた。
すん、と鼻をすすって誤魔化す。


リヴァイ「…ラ、……んな…」


振動でカチャカチャと立体機動が鳴り、兵長が何か言ったように感じたがほとんど聞き取ることができなかった。



あの後壁内へ戻ってから知ったことだが、兵長はオルオから私がまだ撤退していないことを聞いてエルヴィン団長の静止を振り切り、探しにきてくれていたらしい。

そして馬が来る確証もないままあの場に残ったことを兵長に物凄く怒られた。
ハンジ分隊長が止めてくれなかったら頬を張られていたかもしれない。

舌打ちをしながら、もういい…部屋に戻れ、と私に言うリヴァイ兵長の目は酷く失望したように見えた。


宿舎に戻り、自室のベッドに蹲る。

私は馬鹿だ。
私を探させてしまったせいで、兵長を無駄に危険に晒した。

それによく考えると、というかよく考えなくても兵士としてあの時馬上で感じた

リヴァイ兵長がいれば大丈夫

というのは兵士失格な考え方だ。
すぐ兵長の強さに頼ってしまう。

きっと、そんな甘さを兵長は見透かした。


私がこんなだから仲間のひとつも守れない。

拳を握り思い切りベッドに打ち付ける。

強くなりたい。

それからの私は、より鍛練を重ね、壁外調査でもけして常に最善を…どうすれば仲間と共に生き延びることができるかを考えて行動した。
討伐数も着々と伸ばし、私は調査兵団では中堅とも言える立場になっていた。



それが認められたのだろうか、今回私は調査兵団特別作戦班に任命された。


リヴァイ兵長直々に指名されたということもあって、とても誇らしい。
憧れの兵長のすぐそばに仕えることができるなんてこんな光栄なことはない。

リヴァイ班に任命されたのは私の他に、オルオ。
そして、エルドにグンタ。
エルドとグンタとは班を組んだことがなかったけれど、ふたりの噂は聞いたことがあった。
彼らも巨人の討伐数は多いほうだ。

顔合わせで初めて言葉をかわしたが、ふたりとも話しやすいひとだった。

エルドは紅一点で若干緊張気味の私に気さくに話しかけてくれたし、グンタも寡黙だけれど、無口というわけではなく時たま冗談も言ったりする。

ただ、前回の壁外調査以来顔を合わせていなかったオルオの言動がリヴァイ兵長を真似たものになっていてげんなりした。本当にやめてほしい。

今回私たちに任されたのはリヴァイ兵長と共に旧調査兵団本部でエレン、という新兵の監視をすること。
彼は巨人になることができるらしい。

巨人になれるというぐらいだから屈強で丸太みたいな男が現れるのかとおもったが、顔を合わせて驚いた。

エレンはまだ顔にあどけなさが残る男の子、といってもいいくらいの歳だ。
それに体格もそれほどがたいが良いとは言えない。

旧調査兵団本部へと馬を進めながら、エレンを見る。
兵長の方をちらちらと伺い、萎縮しているようだ。
私はその場にいなかったので聞いた話にはなるけれど、審議所で兵長にこれでもかというほど蹴られたらしい。

人類最強、の暴力。
なんと怖ろしい。

そう考えているうちに、オルオが何やらエレンにちょっかいをかけだした。やめなよと、口を挟もうと思ったが、その矢先に舌を噛んで自滅したので私の出る幕はなかった。

ペトラ「乗馬中にぺらぺら喋ってれば舌も噛むよ」

旧本部についての初仕事はオルオの口を濯ぐために井戸で水を汲むこと、になってしまった。

オルオ「…最初が肝心だ…」

あの新兵ビビっていやがったぜ、とオルオは口の端からこぼれた水を拭う。
そのあともごちゃごちゃなにか言っていたけれど適当に流した。

でも、一言だけ。

誰が、誰の、女房だ!






エレン「ペトラさん、これはどうしたらいいですか?」


ここは女の見せ所!とばかりに先輩風を吹かせて掃除の効率の良いやり方を教えているだけなのにエレンがうんうん、と真剣に聞いてくれるのが心地よい。

掃除をしながらエレンと少し言葉を交わした。
兵長が印象と違うことに戸惑っているようだ。

私もそうだった。



私とリヴァイ兵長との出会いはまだ私が訓練兵団にいた頃まで遡る。

私は訓練兵の中ではそんなに目立つほうでもなかったし、飛び抜けた実力もなかった。

家の経済状況があまり良くはなかったから、はやく一人前になって家計を支えたい一心で訓練兵になった。

だから憲兵団になりたいなんて野望はもっていなかったし、危険な調査兵団はもってのほか。
だから無難に駐屯兵団へ志願しようと思っていた。

そして、何年か働いてお金を貯めて、出来るなら誰かに嫁いで、幸せな結婚をして、引退して、いずれまたお父さんと一緒に暮らしたいと思っていた。




とある休日に私は友人達と街へ出た。
滅多にない休日に浮き足立つ。
今日は甘味屋にいくのだ!

ペトラ「ほら、リコ。はやくはやく」

リコ「私甘いものそんなに好きじゃない」

ペトラ「もー、またそんなこと言って!」

一緒にきた友人ふたりは数メートル先を楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。
私はそれを、明日の講義の予習をするから行かない、と言って外出をしぶっていたリコの手を引いて追いかけていた。


ペトラ「たまの休日なんだもん、楽しまなきゃ!」

リコ「そんな引っ張らなくてもちゃんとついてく………ペトラはいつも強引なんだから」

はあ、とこれ見よがしにため息をついてリコは空いている方の手で眼鏡の位置を直す。
置いていったらいったで拗ねるくせに本当素直じゃない。

ペトラ「ほら、置いてかれちゃうよ!」






その時、

カンカンカンカン。

鐘が鳴った。


調査兵団が帰ってきたらしい。


街頭に人が集まっていく。

前を歩いていたふたりは調査兵団を志望していたから、目をきらきらさせて見に行こうよ!と走り出した。

慌てて私もリコを連れて追いかける。
先についたふたりがこっちこっち、と手招きをしていた。
私とリコはあまり背が高くないので、少し行儀が悪いかなと思ったけれど彼女たちの後ろの壁にかかっていた梯子を数段登ってその行列を見た。



「ほら、リヴァイ兵士長がいるわ」

あの人が人類の希望なのよ、友人が私に教えてくれた。

あの人が人類最強と名高いリヴァイ兵士長、なんだ。
話には聞いていたが実物を見るのは初めてだ。

馬上のあの人が不意にこちらに顔を向けた。

隣りの馬の人と話しているようだ。
身振り手振り大きく話すその人に対して、呆れた様子で何か受け答えしている。

正面から見ると眉間に寄った皺が印象的で、冷徹な人なのかなと勝手に思った。


「やっぱり調査兵団はかっこいいね」

友人ふたりは顔を見合わせて言った。
そうだね、と返す。

彼女たちには馬に乗っているの人たちしか見えなかったのかもしれないが、少し高い位置から見た私たちには見えた。
馬に引かれた荷台に血だらけの負傷兵が横たわっていたのを。

リコの顔色が悪い。
そっとその背中を撫でる。


やっぱり壁外は怖い。
私は駐屯兵団に入ろう。
そう思った。

でも、その日何故か、調査兵団で立体機動を駆使し、森の中で勇猛果敢に巨人に挑む私の姿を夢に見た。

朝食の席でその夢の内容をリコに話す。

リコ「でもペトラは駐屯兵団にいくんだろ?」

ペトラ「…うん。そのつもり、なんだけど…ね」


リコは駐屯兵団に行くと前から言っていた。
彼女は特に座学が優秀だから指揮官に向いているんだろうな、と思う。

リコ「じゃあ、何を迷う?」

ペトラ「…….調査兵団に入って戦う夢を見て、なんだかすごくしっくりしたの…それだけなんだけど」

夢ねぇ、とリコはパンを小さく千切りながら呟く。

リコ「なんでそんな夢見たのかは知らないけど、気になるなら行ってみればいいと思う。ほら」

ペトラ「?」

リコの指差した先の掲示板に貼ってある紙を見る。
毎年調査兵団希望の兵はそう多くはないから人数集めに必死なのだろう。
卒団を数週間前に控えた次の休日に合わせて調査兵団の本部の見学会が開かれることになっていた。

ペトラ「………」

リコ「申し込みするなら明日まで、だって」




また次の休日。

私は調査兵団本部の前に居た。

貴重な休日に任意での参加だったので正直迷ったが、駆け込みで参加を決めた。
見学会は調査兵団本部内部の見学と食堂での現役の兵士との交流会が主な内容だ。

特段やる気を持って参加したわけではない私は熱心に質問をする同期たちについていけず、終始愛想笑いをするしかなかった。

ペトラ(うぅ、やっぱりちょっと私場違い?)

途中、私はひとりで御手洗いに行くために食堂を出た。

ペトラ(……調査兵団かあ)


用を済ませて戻る途中、考え事をしながら歩いていたら道を間違えて調査兵団本部の裏手に出てしまった。

裏庭兼野外練習場といった風情の場所だ。
片隅に大きな石碑があった。

石碑の前に人がいる。
その横顔には見覚えがあった。

リヴァイ兵士長だ。

食堂に戻る道を尋ねようとしたが、ある事に気づき足を止める。


が、足元の小枝を踏みつけて音をたててしまった。

ぱき。

その音にリヴァイ兵士長が振り向き、こちらにずかずかと近寄ってきた。

鋭い眼光に思わず怯む。

ペトラ(あれ……?)

向かい合ってみると思ったよりリヴァイ兵士長は小柄な人だった。
私と数センチしか変わらないように思える。
失礼なことを考えていたのがばれたのか不機嫌そうなリヴァイ兵士長から声をかけられた。

リヴァイ「おい、何をしている」

ペトラ「えっと、申し訳ありません。見学会に参加したのですが迷ってしまいまして…」

リヴァイ兵士長は舌打ちをしながら訓練兵は迷子札でもつけておけ、と悪態をついた。
私は少しむっとする。


リヴァイ「…お前、調査兵団に入るのか?」

ペトラ「えっ?あの、その……」

調査兵団兵士長を前に本当は駐屯兵団に入ろうと思っています、などと言えるわけがない。
思わず口ごもる。

リヴァイ「生半可な気持ちで入るのならやめろ」

ペトラ「………」




そう言ってリヴァイ兵士長が立ち去ってしまい、ひとり残された。

さっきリヴァイ兵士長が触れていた石碑が気になり、近寄ってみる。
石碑の側面にびっしりと名前が彫られている。

これは…?

疑問に思うが、道を聞くのを忘れてしまったことを思い出す。
慌ててあの人を追いかけなければと振り向くと私のすぐ後ろに人がいた。

ペトラ「ひっ!」

ぶつかりそうになり思わず声をあげる。
そんな私に構わず、その人は話しかけてきた。

エルヴィン「訓練兵がこんな所でどうしたんだい?」

ペトラ「エルヴィン団長!?し、失礼致しました」

慌てて敬礼をすると、エルヴィン団長は、本来は休日なんだろうそんなに畏まらなくてもいいよと笑った。

ところで、と団長は話を続ける。

エルヴィン「リヴァイは何をしていたと思う?」

ペトラ「…わかりません」

エルヴィン「彼はこの石碑に戦死者の名前を彫っていたんだ。そんなに上手くはないけれど、彼は必ず自分で彫る。それがリヴァイの背負い方なんだろうね」

よく見ると右上に彫られた名前は彫られ方が歪で、左下に行けばいくほど彫られ方が綺麗になっていた。
何百と連ねられたその名前はもうすぐ石碑の四面を覆ってしまいそうだ。

ペトラ「これを、全部…」

エルヴィン「そう、全部だ。それだけの命を背負って調査兵団は人類の勝利のために戦うんだ」

君にその覚悟があるかい、と問われ押し黙る。
そんな私にエルヴィン団長は食堂に戻る道を示してくれた。




食堂へと戻りながらさきほど見た光景について考える。

あの時、気のせいでなければ私にはリヴァイ兵士長の目尻に光るものが見えた。
人類最強とまで呼ばれる人が戦死した仲間のために石碑を彫り、涙する。

そんな人間味のある人だとは思わなかった。



その次の休みに私は独りで街に出ていた。
卒団の前にお父さんに手紙を送ろうと思ったが、便箋を切らしてしまったので買いにきたのだ。

雑貨屋でお目当ての便箋を買い、ついでに宿舎も最後に綺麗にしておこうと掃除用具の売り場へ行くと、そこに私服のリヴァイ兵士長がいた。

数種類ある御手洗いのカッポン(正式名称は知らない)を見比べて真剣に吟味している。
人類最強がカッポン。シュールだ。

視線に気づいたのかリヴァイ兵士長が訝しげにこちらを見ている。

リヴァイ「お前は………あの時の迷子訓練兵か」

ペトラ「え!」

覚えられていたとは思わなかった。
不名誉な呼び名だ。

リヴァイ「………お前あの時、見たか?」

何をとは言わなかったが兵士長が何を言いたいのかはわかった。
なので、黙って小さく頷く。

兵士長はチッ、と舌を鳴らすと吟味していたカッポンを置いて私の腕を掴み店を出た。

リヴァイ「忘れろ。茶でも奢ってやる。それで、手打ちにしろ」

そんなことしていただかなくても他言は致しません、と言ったが無理矢理近くの甘味屋へ連れていかれた。

ペトラ「………」

リヴァイ「………」

人類最強とお茶を飲む。
驚くほど話がまったく弾まない。
葬式のような空気に耐えられず、私は必死に話題を探す。

ペトラ「あの、リヴァイ兵士長は何故調査兵団に…」

リヴァイ「…エルヴィンに誘われた」

深くは聞くなというオーラを放たれる。
私は慌てて話題を変えた。

ペトラ「…あの、カッポンは買わなくて良かったのでしょうか?」

リヴァイ「カッポン?………スッポンだろ?あれは帰りに買うからいい」

あ、あれスッポンって名前なんだ。

それ以上話題が続かず再びお互い無言になる。
緊張で全然甘味の味がわからない。

次に沈黙を破ったのはリヴァイ兵士長だった。

リヴァイ「お前、調査兵団に入るのか?」

以前と同じ質問をされた。

ペトラ「…いいえ…わかりません」

今度は正直に答える。

ペトラ「私、ずっと駐屯兵団に入ろうと思ってました。…でも、最近迷っています」

さすがに夢の話はしなかったが、ずっと駐屯兵団を目指してきたけれど卒業を間近に控えた今になってどうしてか調査兵団へと入るべきなのではないだろうかという気持ちになっていることとそれに自分でも戸惑っているということを大まかに語った。

リヴァイ「…そうか」

自分でも拙いと思う考えを兵士長はしっかり聞いてくれた。

ペトラ「………巨人は怖くありませんか?」

人類最強を前に私は馬鹿な質問をしたと思う。

リヴァイ「馬鹿言え、巨人なんか怖くねえよ。……仲間が死ぬことの方が、ずっと怖え」

視線を落として兵士長が言う。
そして再び視線を私に向け、ひとつ質問をしてきた。

リヴァイ「死ぬのが怖ぇから迷ってんのか?」

ペトラ「………」

図星をつかれた気がして私は口ごもる。
目を逸らしたかったがリヴァイ兵士長のまっすぐな視線がそれすらも許さない。

リヴァイ「お前は勘違いをしているようだが、死ぬために調査兵団に入るやつなんかいない。生きるために戦うんだ」

リヴァイ「もしお前が調査兵団にはいるなら、覚えておけ。………俺はお前を死なせない」


そう言って、ずず、と音を立ててリヴァイ兵士長がお茶を飲み干す。
そして伝票を手に取ると早々に立ち去ってしまった。

残された私はお礼も言えず、茫然とその背中を視線で追うことしかできなかった。

死なせない、と言い放ったあの人の眼。



一瞬で奪われた。


心臓が早鐘を打つ。



俺が、お前を、死なせない。







その時、私は決めた。








所属兵団を選ぶ日が来た。

エルヴィン団長の演説が始まる。
この演説が終われば私は選ばなくてはいけない。

震える拳を握る。
がたがたと震える拳を心臓の位置に持っていくだけで一苦労だ。

決めた、と言いつつこの後に及んでまだ私は迷っている。

駐屯兵団か、調査兵団か。

巨人のエサにはなりたくない。
死にたく、ない。


おとうさん……。




エルヴィン団長の後ろにあの人が立っているのが見える。
きっと気のせいだと思うけれど、団長ごしに視線が合ったような気がした。



途端に震えが止まる。

丁度、演説が終わった。
訓練兵がどんどん列から抜けていく。

リコ「ペトラ」

列を抜けるリコがすれ違いざまに私の肩を叩く。

リコ「ペトラ、後悔のないように生きるといい」

ペトラ「リコ…」

リコが私を見て口角を上げる。

リコ「ペトラなら、きっとやれるだろう」

そしてそれきり振り返らず、リコは立ち去った。


後悔のないようにーーー


私の足は動かない。

一度ぎゅっと、目を閉じる。

お父さん、ごめんなさい。
本当にごめんなさい。

きっと幸せな結婚をするはずだった未来の私、ごめんなさい。



目を開ける。

再び、じっとあの人を見据えて力一杯敬礼をした。

調査兵団に、あの人に、私の心臓を捧げます。




私は掃除を少し早く抜けて夕食の準備に取り掛かっていた。
物資の荷ほどきがまだなので、簡単にスープを作る。

ことこと、くつくつ。

ラル家自慢のレシピでつくる。
いい匂いだ。

室内の掃除がひと段落したら、食堂に集まってみんなで夕食をとることになっている。
もうそろそらみんな集まってくるだろう。

これからここで兵長たちと暮らす。

兵長のお役にたてるように頑張らないと!



休暇の前日、いろいろあってずっと出来ていなかったエレンの歓迎会とリヴァイ班結成記念も兼ねてちょっとした飲み会を開くことになった。

主に私とエルドで企画をし、兵長には開催まで内緒にしていたので、怒られるかと思ったけれど話を聞いて

ぜひ参加したい!

と駆けつけたハンジ分隊長が手土産に持ってきてくれたお酒がなかなか良いものだったらしく兵長も機嫌が良さそうだ。

オルオ「兵長!お疲れ様です!どうぞどうぞいっちゃって下さい」

兵長にお酌をしに行こうと思ったらオルオに先を越された。
悔しい。

兵長はやくグラス空けてくれないかな、とちらちら見ていたら兵長と目が合う。
兵長は無言でグラス煽り、空いたグラスをこちらに差し出す素振りを見せた。

オルオ「ペトラ、こっちにこい!オルオ様に酒をつげー!」

ペトラ「は?…あ、兵長お疲れ様です」

オルオを無視して兵長の元へ急ぎ、空いたグラスにお酒をつぐ。
兵長が、ん、と小さく呟いたのをありがとうの意と受け取る。
微笑むと兵長がお返しに私にもお酒をついでくれた。

ペトラ「あっ、そのくらいで。兵長ありがとうございます!」

ついでもらったお酒を大事にちびちび飲んでいるとオルオに馬鹿にされた。

むっとして残っていたお酒を飲み干す。
するとオルオも負けじと飲み干した。

ペトラ「………」

オルオ「………」

視線がばちばちと火花を散らす。
どちらともなく手近にあった酒瓶を手にした。




ハンジ「エレンお酒飲んだことある~?」

エレン「いえ、ないです。…ピクシス司令から少し頂いた以外は」

ハンジ「そっかあ!エレンは良い子だね~。でも今夜は無礼講!飲んじゃえ飲んじゃえ」

エルド「ハンジ分隊長!そんな無理矢理」

グンタ「ははは、エレンも災難だな」

エレンがハンジ分隊長の餌食になっている。
あちらはあちらで盛り上がっているらしい。


兵長は手酌をしながら、飲み比べをする私とオルオを呆れたように見ている。











何杯目で勝敗が決したのだったか。

オルオがテーブルに伏せ、私は勝利の拳を掲げた。




……
………


そこで、私の記憶は途切れている。






ペトラ「…へいちょ、キスしてもいいですか?」






カーテンの隙間から朝日が線になって射す。

あ、今日の朝食当番わたしだっけ?

寝ぼけながら目を覚ました私の視界にいちばん最初に映ったのは、




兵長の寝顔だった。



え?



ペトラ「ぎゃああぁあ!!!」

思わずかわいらしくない叫び声をあげながら兵長を突き飛ばしてしまった。

ベッドから押し出されて兵長が視界から消えていく。

どさり、という音と共に兵長の呻き声が聞こえた。

いったい私の身に何が?!
胸の前で手を交差してベッドの端に逃げる。

リヴァイ「おい、まるで俺が夜這いでもかけたみたいな悲鳴をあげるんじゃねえ」

兵長は眉間に一際深い皺を寄せながら起き上がり、頭を押さえた。

リヴァイ「あと、あまり大きな声を出すな。…二日酔いに響く」

ペトラ「あっ、あっ、あのあのあの、昨晩いったいなにが…」

兵長が一瞬きょとんとした顔をしたがそのあと覚えてないのか、と私を睨んだ。




あの後兵長が話してくれたことをまとめると、昨晩私の身に起こった出来事はこのようなこと、らしい。

酔いつぶれた私を兵長が運んでくれた、らしい。
兵長がベッドに私を寝かせてくれたが、私が兵長の服を掴んだまま放さなかった、らしい。
そして仕方なく兵長もここで寝た、らしい。

らしい、らしい、とうるさく語尾につけたのは話をきいてもまったく記憶にないからだ。
私ってこんなに酒癖悪かったかな、そんなに弱くなかったと思っていたのだけれど。
思わず頭を抱える。

リヴァイ「ペトラ、これからお前は酒禁止だ。わかったな」

私の部屋から兵長が出て行くのと入れ違いでハンジ分隊長が私の部屋にやってきた。

ハンジ「あれ?昨日はお楽しみでしたね、ってやつ?」

リヴァイ「ちげぇ。俺はまた寝るから起こすなよ」

ハンジ「え~、私もうちょっとしたら帰るんだけどお見送りしてくれないの?」

兵長に無視されたハンジ分隊長が私の方に向き直り、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

ハンジ「いや~、それにしても昨日のペトラはすごかったねー」

ペトラ「え?………いたた、あたまが………」

昨日は本当に飲み過ぎた。
あんなに飲むつもりはなかったのに。


ハンジ「大丈夫?そんなことだろうと思ってお水持って来たんだよ。はい」

ハンジ分隊長はベッドに腰掛けて私の前に水の入ったコップを差し出してくれた。

ペトラ「ありがとうございます」

それを受け取り一気に飲み干す。
一息つくと、ハンジ分隊長が肘で私をつんつんとつついた。

ハンジ「昨日はリヴァイになにもされなかった?」

ペトラ「……なにもありませんでしたよ」

ハンジ「そうなの?据え膳喰わぬはなんとやらと言うけど…。まあ、ペトラはリヴァイにやりたい放題だったけどね? 」

ペトラ「へ?」

ぽかんと口を開ける私を置いてけぼりにしてハンジ分隊長は続ける。

ハンジ「でも驚いたよ」



ハンジ「まさかペトラが酔うとキス魔になるとはねえ~」

ペトラ「?!?!?!?!」

声にならない叫びをあげる。
キス魔?!?!?!

ハンジ「覚えてないの?あの人類最強がたじたじになるくらいすごかったんだよ」

ペトラ「」

ハンジ「私もリヴァイがペトラを運ぶのに付き添ったんだけどさ、ちゅっちゅちゅっちゅすごかったよ?あ、ちなみに私も3回くらいされた」

ペトラ「」

ハンジ「あ、でも安心してね。オルオたちは見てなかったと思うから」

ペトラ「」

わわわわた私はなななんてことをを。

寒くもないのに身体が震える。

ハンジ「ペトラ、大丈夫?そんなに心配しなくてもリヴァイ怒ってないと思うよ。気になるなら夜にでも謝りに行きな、ね?今行ったら起こしちゃうからさ」

あまりに私が震えるものだからよしよし、とハンジ分隊長が背中を撫でてくれる。
慰めてくれているようだが、口元が緩んでいるのが隠しきれていない。

ペトラ「ううー、笑わないでください」

ハンジ「いやー、だって、ね?」

ペトラ「ていうか見てたなら止めて下さいよ」

それこそ蹴ってでも殴ってでも止めて欲しかった。
自業自得とわかっていながらも堪えきれない笑いを漏らすハンジ分隊長を睨む。

ハンジ「そんな可愛い顔したって、時間は巻き戻らないよ。後でもう一杯お水持って来てあげるから寝なね」

空いたコップを持ってハンジ分隊長が部屋からでていく。

分隊長に雑用なんてさせられない、と思ったけれど身体がだるくて思うように動かないのでご好意に甘えることにした。

それにしても、


私はなんてことをしてしまったんだ。


ペトラ「~~~~!!」

頭痛に悩まされながら私は布団に包まり枕に顔を埋めて悶える。

じたばた。









ちなみにファーストキスだった。



夕方、二日酔いもだいぶ良くなり、起き上がれるようになった。


すう、はあ、すう、はあ。

兵長の部屋の前で何度も深呼吸をする。

よし。
扉をノックする。

返事はない。

もう一度扉を叩くがやはり返事はない。
でも、こんな気持ちのまま部屋には戻れない。

謝罪をしなければ…!
意を決して扉を開ける。

ペトラ「………兵長、失礼します」

ペトラ(あ、兵長まだ寝てる)

ベッドで寝ている兵長に近づく。
床に膝をついて、その寝顔を見る。

私本当に兵長とキスしたのかな。
人差し指と中指で自分の唇に触れる、がいまいちピンとこない。






…ファーストキス、覚えてないのは悲しいな。

兵長、寝顔もかっこいいな。

どきどきと心臓がうるさい。

兵長への気持ちは憧れだと思っていたけれど。

私、やっぱり兵長のことが。








気がついたら兵長にキスしていた。

ペトラ「!!!」

我に返り離れようとしたが、兵長に腕を掴まれ再び引き寄せられた。

リヴァイ「おい、なにしてる」

ペトラ「兵長、起きて…たんですか…」

やばい。
兵長が物凄い勢いで私を睨んでいる。
この距離でこの眼力は恐ろしすぎる。

一気に汗が噴き出た。
背中がじっとりとして気持ちが悪い。

リヴァイ「今起きた」

ペトラ「えっと、その、ハンジさんに聞いて…その」

謝りに、来たはずなのに。

リヴァイ「………また襲いにきたって?」

ペトラ「ちがいま……」

違わない、今となっては。

ぐうう、と私が何も言えずに固まったのを見て兵長がため息をつく。
なんだか最近兵長のことを呆れさせてばかりだ。

リヴァイ「………気にするな。ただし、朝も言ったが禁酒しろ。酒癖が悪過ぎる」

ペトラ「本当にすみませんでした…」

ベッドから離れて立ち上がり深々と頭を下げる。

ペトラ「……でも、兵長」

リヴァイ「なんだ」

言い淀んだ私を兵長が訝しげに見る。

ペトラ「………」

ペトラ「………忘れなくてもいいですか?」

ファーストキスだったので。



リヴァイ「好きにしろ」

ちらりと視線をあげて兵長の様子を窺う。
その時、兵長がすごく優しい顔をしていて、もしかして、なんて、うっかり私は調子にのった。

兵長、私……

ペトラ「……またキスしてもいいですか?」

兵長が好きです。



リヴァイ「あ?」

兵長の顔が険しくなる。


ペトラ「あ、まだお酒が残ってたみたいですね。あはは、この後に及んでこんなこと言っちゃうなんて。冗談ですよ冗談!なんて、謝りにきた態度じゃないですよね!頭冷やします!」

慌てて取り繕い、再び頭が膝とくっつくんじゃないかってくらい下げる。

無言。
下げた頭に沈黙がずっしり沈黙がのしかかる。



リヴァイ「………好きにしろ」

ペトラ「え?」

思わず顔を上げたけれど、兵長は毛布を巻き込みながら壁の方に寝返りを打ってしまっていてどんな顔をしていたかはわからなかった。

兵長、今の、聞き間違いじゃないですよね?




それから、私はたまに兵長にキスをする。

といっても別に付き合っている訳ではない。
キスするだけ、というかキスさせてもらうだけの関係。

班の誰にもばれないように、こっそり。


兵長の部屋に手紙を届けに行く時とか、兵長に朝ご飯が出来たと知らせに行く時とか。


キスしてもいいですか、と兵長に聞いたら一瞬兵長が視線を泳がすのがかわいいなんて言ったら怒られるだろう。


そっと触れるだけのキス。

恋人ごっこ、のようなものだけれど、
幸せだと思う。
いつ何があるかわからない日々の中で、恋なんて出来ないと思っていた。

例えそれが一方通行のものだとしても。

でもどうして兵長はこんなことを許してくれているのか、といつも疑問に思う。
けれど聞いてしまったらこの関係も終わりな気がして、考えないようにしている。





一度調子にのって、兵長キスして下さい、と顔を近づけたことがある。

そのときは、馬鹿言えと、逃げられて
しまった。

その際ご丁寧にも読んでいた本で頭を叩かれた。

角だったので、痛かった。




先日、開拓地に戻っていったかつての同期から手紙が届いた。

ペトラ「………結婚!」

思わず叫ぶ。

手紙には開拓地で出会った人と結婚したこと、その人は自分をとても大事にしてくれていること、そして今その人の子どもがお腹にいることが書いてあった。

ペトラ(幸せになったんだね。よかったね)

女の幸せ、がそこにあった。

友人の幸せを心から祝福する半面、羨ましい気持ちが心の中でぐるぐるする。
兵士として生きると決めて、そういうものは諦めたはずなのに胸が苦しい。


ふと、手紙がもう一枚あることに気づいた。

そちらには、本当は足はもうほとんど治っていること、それでも兵士に戻るつもりはないこと、戦いから逃げて死んだあの子に申し訳ないと思っていることが懺悔のように書き殴られていた。

そして、

でも、後悔はしていない。
これからは女として、母として、生きていく。

と締めくくられていた。

『ペトラも、後悔しない生き方をしてね。』

彼女は兵団から去る時、私にこう言った。


そして所属兵団を選んだ日、リコもこう言った。

『後悔のないように生きるといい』




ふたりの言葉を心で反芻する。



後悔のないように、生きるとは、どういうことだろうか。

私は今死んでも後悔しない生き方をしているだろうか。





壁外調査を明後日に控えた夜、私は兵長の部屋の前に居た。


ペトラ「兵長、起きてますか?」

軽く扉を叩く。

リヴァイ「空いている。入るなら入れ」

兵長はベッドに腰掛けて本を読んでいた。
私のほうを一瞬見て、すぐまた視線を本に戻す。
私はその前に歩み出て、少し屈んだ。

ペトラ「…失礼します」

そして兵長の手から本を奪い、栞を挟んでからそれをそっと閉じて傍らに置く。
兵長はそこで再び私の顔を見た。
こんどは視線を逸らされない。

リヴァイ「…俺は読書中だったんだが?」

不機嫌そうな兵長の肩に手を置いてキスをした。


そしてそのまま体重を預ける。
どさり、とふたりでベッドに倒れこんだ。

リヴァイ「おい」

ペトラ「兵長、してもいいですか?」

リヴァイ「…もうしただろ」

小さく首を振る。

ペトラ「兵長…シても、いいですか?」

組み敷いた兵長の目をまっすぐ見つめる。
きっと、今、私の顔は真っ赤だ。
兵長が私の言葉の真意を理解して、眉をひそめた。

軽蔑してもいい、だからどうか拒絶しないで下さい。

兵長が何か言う前に、その口を塞ぐ。

いつもの啄ばむようなキスじゃなくて、もっと大人の。

ペトラ「…兵長」

ずっと憧れだった兵長とキスできるだけで幸せだと思った。

でも、同時にすごく怖くなったのだ。

このまま死んでしまったら、きっと後悔する。

もし今までの上司と部下、それだけの関係のままだったら、いつかの覚悟のまま後悔なく死ねただろう。

でも、私は兵長への気持ちを自覚してしまった。

兵長のことが好きだ。
この身体を全て捧げてもいいくらいに。

ひとつ得れば、ふたつ欲しくなる。
人は、女は、欲深い生き物だ。

私は兵長が欲しい。
一夜限りで構わなかった。

兵長に女にしてほしいと、願ってしまった。


ペトラ「兵長、好きです。好きなんです」

好きだ、と言葉にして兵長に伝えるのはこれが初めてだ。
緊張で兵長の肩を抑える指が、震える。
その指に兵長の手が重ねられて、そして引き剥がされた。
そのまま兵長が起き上がったから兵長の膝に向かい合って乗っているようになる。



ペトラ「………」

いちかばちかの賭けだと思う反面、心のどこかで兵長は拒まないんじゃないかと、思っていた。

でも違った。

こんなに惨めな気持ちになるくらいなら行動しなければよかった。
欲深さは罪だ。
ぽろぽろと涙が溢れる。

ペトラ「………変なこと言って、ごめんなさい」

兵長の膝から降りようとしたけれど、腰に手をまわされて引き寄せられた。
もう片方の手が私の頬を包むように添えられる。


ペトラ「…っ、兵長……?」

リヴァイ「泣くな、ペトラ。………別にお前のことが嫌いだから抱かないわけじゃない」

兵長が親指で私の目尻を拭う。

リヴァイ「お前を…失うのが怖ぇんだよ」

思いがけない言葉に上手く息が出来ない。

兵長が、私を失うのが怖い?

どきどき。どきどき。

心臓がぎゅるぎゅる回転してどこかへいってしまいそうなくらい脈打っている。

小さく深呼吸をして、兵長の肩に顔を埋めるようにおでこをつけた。
顔を見るのも見られるのも恥ずかしい。

ペトラ「………兵長は私が死ぬと思っているんですか?」

リヴァイ「………」

兵長が黙る。

ペトラ「それに、兵長言いました。『俺はお前を死なせない』って。覚えてますか?私がまだ訓練兵だった頃の話です」

リヴァイ「………まだそんなこと覚えてんのか」

ペトラ「当たり前ですよ。私はそれで調査兵団に入ることを決めたんですから」

というか兵長こそ忘れてると思ってました、と笑う。

ペトラ「兵長?」

膝に乗ったままだった私を兵長が抱き上げる。
何事かと思っているとそのままベッドに押し倒された。

ペトラ「えっ、えっ、」

リヴァイ「するんだろ?」

ペトラ「えっと、えっと…その、するんですか…?」

自分から仕掛けたことなのに、いざことに及ぶとなると緊張する。

リヴァイ「今更、やっぱりやめるって言っても遅いからな」

ペトラ「………い、言いません」

ペトラ「でも、…あの…兵長」

おずおずと右手をあげて兵長のシャツの端を握る。

リヴァイ「なんだ」

ペトラ「や、優しくして下さい」




カーテンの隙間から朝日が線になって射す。

あ、今日の朝食当番わたしだっけ?

寝ぼけながら目を覚ました私の視界にいちばん最初に映ったのは、


兵長の寝顔だった。

いつかと同じ光景。
でも、いつかのようには驚かない。


兵長の寝顔が愛しい。
起こさないようにそっと半身を起こして彼を眺める。

この一ヶ月にいろんなことがあった。
兵長とこんな関係になれるなんて思ってもいなかった。

下半身の鈍痛すら嬉しい。
再び兵長の腕の中に潜り込む。

これで私のすべてを兵長に捧げてしまった。


だから、兵長。

心臓だけは返してください。


これからはこの心臓を、人類の未来のために捧げます。

兵長と共に。

この先も、ずっとずっと。

ペトラ「私は、あなたに私の名前を、石碑に彫らせたりはしません」

そっと呟いて私は兵長の髪を撫でた。



生きて、またこの城へ戻りましょう。


そしたら、兵長。

またキスしてもいいですか。




終わりです。
リヴァペトが増えると嬉しいです。


ペトラ「お肌の曲がり角」
ペトラ「オシリペンペンですか?」

もよろしくお願いします。

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