ことり「体育倉庫で二人きりになるおまじない……?」 (145)

【注意】
・穂乃果ちゃんと、穂乃果ちゃんが大好きなことりちゃんのお話

・地の文過多

・なんかgdgdしてます



以上の点を許容できる方の閲覧を推奨します。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401384804

後、キャラの呼称や口調で「こうしたほうがそれっぽいよ」といったところがございましたら、どうぞ御指摘くださいませ。

【SIDE : 南ことり】





夜、南家 ことりの部屋



ことり「ん~~~っ」


大きく伸びをすると、同じ姿勢での作業に慣れていた身体が少しほぐれるのを感じた。


ことり(今日はもう終わりでいいかな……)


使ったノートを閉じ、文具を仕舞う。

自習というものは自分のために行うものであり、実際、2週間ほど後にテストが迫った今の時期は、ほとんどの学生が勉強に励んでいることだろう。

母親が理事長を務める音ノ木坂学院に通う高校2年生・南ことりも、多分に漏れず勉学に勤しんでいた。

ことり「……よしっ」


明日の学校のために準備をしながら、時間を確認する。


ことり(少し早いけど、もう寝ちゃおっかな……あれ?)


鞄の中に見知らぬ本があった。


ことり「『絶対に叶うおまじない』?」


そう題されたその本は、よく見ると音ノ木坂学院の蔵書であることが印字されていた。

何故そんな本が自分の鞄の中に入っているのか。
うーん?と唸っていたことりは、ふと学校での出来事を思い出す。


ことり「もしかしてあの時の……?」


ことりの思考はその日の昼に遡る―――。

~~~~~~~~~~



「この辺かな~、っとあった!」


課題に使う資料を探すため、ことりは休み時間を利用して図書室を訪れていた。
幾つかの棚の前を移動し、目的の本棚を見つける。


課題が出されてすぐに図書室に来たのは正解だったようで、たくさんの本が残っていた。


ことり「どっちがいいかな……うん、こっちにしよっ」


ことりは求めていた種の本を手に取る。


「穂乃果ちゃんたちにも見せてあげ……ん?」

その場を離れようとしたとき、ふと同じ棚のある段が目につき立ち止まる。


ことり「なんだろうこれ。置き間違いかな?」


たくさんの資料用の本の、タイトルだけが羅列されたモノクロな背表紙の中に、一際目立つカラフルな背表紙があった。


ことり「司書さんに渡したほうがいいよね」


見て見ぬ振りもなんなので、元の棚に戻してもらおうとその本を掴みーーーーー。



~~~~~~~~~~~~



そこで思考がストップする。


ことり「あれ?あの後ことり……」

そこからの記憶がない。
普通に考えれば司書教諭に渡したはずだが……。


「でも……この本だよね」


そう、背表紙だけで判るほど色彩に富んだ外装。
間違いなく昼間の本だ。


ことり「間違えて借りてきちゃったのかな~」


借りた時のことでさえ全く覚えていないのが気になったが、事実だけ見ればそういうことなのだろう。

じーっ、としばらく本と睨めっこする。


ことり(ちょっとだけ、読んでみようかな)


せっかく借りてきたのだし、明日学校で返却する前に読んでみるのも良いかもしれない。

ベッドに腰掛け、件の本を開く。

カラフルな外装に負けず劣らず中身のレイアウトも派手なもので、この本が子供向けであることが一目でわかった。

大きな字で書かれたおまじないの数々をペラペラと読み進める。


足が速くなるおまじない、力が強くなるおまじない、友達ができるおまじない、おこづかいが増えるおまじない…………。


そんな小学生のためのようなおまじないがたくさん書かれており、微笑ましい気分でページをめくる。

既に指摘されていますが、その通りです。パクってます。






『恋が叶うおまじない』


ページをめくる手が止まる。





その文字列を凝視する。

どうやらこの本、恋愛関係のおまじないが主な内容のようで、ちょうど手を止めたページから、恋愛にまつわるおまじないが多岐にわたって掲載されている。



所詮は子供騙しの本だ、と思う。
こんなものは結局は思い込みで……。


それでも。それでも、もし。
もしも本当にこんなおまじないがあるのなら、



同性への恋も叶うのだろうか。

ことり「何考えてるんだろ」


浮かんだ思考を振り払うようにページをめくる。
そこにはこんなおまじないが書かれていた。


『体育倉庫で二人きりになるおまじない』


今度は困惑から手が止まる。



だいたいの学校には体育倉庫というものは存在するだろう。
音ノ木坂にも、グラウンドの隅にポツンと存在していたはずだ。
最も、遠目でしか見たことはないが。

あ、すいません。
最初に書き忘れてしまったんですが、


・このSSは多少のオリジナル設定を含みます


音ノ木坂学院のグラウンドに、体育倉庫なんてありません。
あるかもしれないですが、公式では何も言われてません。

そして、何故『体育倉庫で二人きりになる』のが恋愛につながるのかも、高校生のことりには分かる。



一般的に『吊り橋理論』と呼ばれる、ある種の錯覚である。

生命の危機などを感じる状態におかれた二人が、危険へのドキドキを恋愛感情だと錯覚してしまうという現象だ。


端的に言えば、弾丸飛び交う戦場や今にも崩れそうな崖の上で告白すると、通常より上手くいく確率が高いというものである。

しかし、体育倉庫に閉じ込められるという危険な状態に陥るようなおまじないが、こんな小学生向けの本に載っていることに違和感があった。


「そもそもこんなおまじない叶うわけがない」

とか、

「吊り橋理論って同性同士にも効果があるのか」

とか様々な考えが脳を占拠する。

結果、このおまじないも今までのと同じ、突拍子もないものであるという結論に至る。




なのに。

気づくと、方法をしっかり確認しようとしている自分がいる。



おまじないが気になって仕方ない自分と、そんな自分を滑稽だと笑う自分。

相反する気持ちを抱えながらも、内容に目を通す。


ことり「十円玉を2枚、縦に積む……」


鞄の中から財布を取り出す。


ことり(なんとなく財布の中にいくら入ってたか気になっただけ、それだけ……)


そう自分に言い訳して、中を確認する。

ちょうど十円玉が2枚入っていた。


ことり「……試すだけなら、いいよね」


そうだ、試すだけなら誰にも迷惑はかからない。
こんなおまじない、実現するわけないのだから。


ベッドから立ち上がり、先程まで勉強で使っていた机にもう一度向かう。

椅子に座り、十円玉を持つ手に集中する。
少し苦心しつつも、十円玉を縦に積むことに成功する。

ことり「後は……意中の相手のことを考えながら呪文を……」


心の中で、あのハツラツとした、愛しい親友のことを思い浮かべる。


ことり(穂乃果ちゃん……)


いつの間にか脳内が穂乃果のことで支配されていく。


ことり(穂乃果ちゃん……穂乃果ちゃん……)


最近は穂乃果のことを考えるだけで胸が苦しく、切なく、暖かく…………


さらに思考の海に溺れていき……………………





コンコン、というノックにも気づかなかった。

理事長「ことり?まだ起きてるの?」

ことり「お母さん!?」


突然耳に入ってきた母親の声で、意識が再浮上する。
自分が起こした振動で十円玉も崩れた。


慌てて椅子から立ち上がりドアを開けると、少し心配そうな顔をした母の姿があった。


理事長「明かりがついてたからノックしたんだけど、返事がないから……。もしかして寝てたの?」

ことり「あ……うん。ちょっと、ウトウトしてた、かも」

理事長「もう遅いから早く寝なさい。寝坊するわよ」

ことり「うん。おやすみなさい」


会話を終え、ドアを閉める。
どうやら本を読むのに集中しすぎたらしく、とっくに夜更かしと呼べる時間になっていた。


ことり「あ、そういえばおまじない……」


机の上の2枚の十円玉を見る。
穂乃果のことを考えたまではよかったが、はたして自分は呪文を言っただろうか。


ことり「……寝よう」

十円玉を仕舞い、おまじないの本も鞄に仕舞う。

明かりを消してベッドに潜る。





結局自分が最後までおまじないを実行したのかはわからないが、特に問題はない。

明日この本を返して、この件は終わりだ。


そんなことを考えつつ、ことりの意識は深い眠りへと沈んでいった。

朝、通学路



駆け足気味に集合場所へ向かう。
すると、二人がこちらを振り返るのがわかった。


穂乃果「おはよう、ことりちゃん!」

海未「おはようございます」

ことり「二人とも、おはよー」


昨日の夜更かしのせいか、いつもより少しだけ寝起きが遅かった。
手早く支度を済ませ家を出たのだが、やはり出遅れてしまったらしい。


ことり「ごめんね、待たせちゃった?」

海未「いえ、私も穂乃果もちょうど今合流したところなので。では行きましょうか」

穂乃果「そうだね。あっ、そうそう、二人とも聞いてよ~。今朝見た夢でね、にこちゃんが……」


たわいのない話をしながら学校へ向かう。

高坂穂乃果と園田海未。
ことりの幼馴染にして親友。
自分にとって、二人とも掛け替えのない大切な人で、二人もそう思ってくれていると信じている。



そう、ことりは分かっていた。

穂乃果が自分と海未を思う気持ち、海未が自分と穂乃果を思う気持ち、そして自分が海未を思う気持ちは間違いなく同質のものだ。



一つだけ違うのだ。自分から穂乃果への、この胸を焦がす熱い想いだけが。

昼、教室



穂乃果「そこでね、穂乃果が花陽ちゃんに言ったの!『パンがないなら、おにぎりを食べればいいじゃない』って!そしたらね、花陽ちゃんったらーーー」


穂乃果が見た夢は、どうやら一大巨編だったらしい。
朝、休み時間だけにとどまらず、昼休みも使って語りは続く。


昼食を取っているうちは良かったが、いつまでも終わりの見えない冒険譚に海未が痺れを切らし始めているのが見えた。

何か話があるようなのだが、切り出すタイミングが掴めないようだ。

優しい海未のことだ、ここまで楽しそうにしているのを邪魔するのは気が引けるのだろう。


ことりとしても、
キラキラと目を輝かせて感情たっぷりに物語を話す穂乃果をいつまでも眺めていたいというのが本心ではあったが、これではあまりにも海未が可哀想だろう。


穂乃果「そして倒れた真姫ちゃんに―――」

ことり「ねぇ、穂乃果ちゃん。このミートボール美味しいよ。食べてみない?」

穂乃果「絵里ちゃんが泣きながら―――えっ、いいの!?」


食べ物に釣られたのか、穂乃果の話が中断する。

ことりの助け舟にアイコンタクトで感謝の意を示しつつ、海未が話を切り出す。


海未「ところで穂乃果。昨日メールした件ですが」

穂乃果「めえう?」


口の中でもごもごと咀嚼をしつつ返事をする穂乃果。
ごくんと飲み込むと、再び聞き返す。


穂乃果「確かにきてたけど……ええと……」


穂乃果が思い出せないことが分かると、ため息をついて海未が教えた。


海未「前にも話したでしょう?『体育倉庫』の備品チェックの話です」




突然飛び出した『体育倉庫』という単語に、心臓が大きく跳ねるのを感じた。

眠気マックスなので中断します。申し訳ないです。


続きの投下は、昼くらいを予定しています。
それではおやすみなさい。


強いて言えばレスポンスや忘れた注意はその日の投下が全部終わってからのタイミングが一番良いと思う
読んでる途中でいきなりそういうのが飛んできたら少し気が紛れて頭の中のイメージが崩れるって人もたまにいるしね

遅くなってごめんなさい。再開します。



>>33
ありがとうございます。次からそうさせていただきます。

穂乃果「あー、うん覚えてる覚えてる。でもあれって期限来週だよね?」

海未「やっぱり覚えてないじゃないですか!今日までですよ!」

穂乃果「あれっ?」

ことり「あのー……体育倉庫がどうのって……」


どうも自分の知らない案件の話をしているらしいということが分かったので、事態の把握のために話に割り込む。


海未「ああ、そういえばことりには話してませんでしたね。……どちらにしろ当の本人がこの様子じゃ、ことりの手助けが不可欠のようですし」


海未に睨まれた『当の本人』はアハハと笑って誤魔化そうとしていた。

海未に聞いた話を要約すると、


グラウンドを使う部活から、「グラウンドの端っこにある体育倉庫って使えないのか?」という内容の要望があった。

それを海未が教師に確認したところ、その体育倉庫には昔使われていた道具が少しだけ入っていたままで、ほとんど放置されていたらしい。


教師『中の物を移動すれば、使えると思う。ただどんな物が残ってたかも分からないから、その辺の確認を生徒会に頼みたい』

とのこと。



海未「私たちの仕事は、中にある道具の確認と報告です。道具の移動や倉庫内の清掃は、使用する部活の生徒が行うそうですから」

ことり「なるほど~。それじゃあことり達の仕事はそんなに多くないんだね」

海未「その通りです。なので私は、とっくに終わらせているものだと……」

穂乃果「そ、それにしてもいつから使われていない倉庫なんだろうねー!?」


強引に自分への不平をぶった切った穂乃果に、海未は呆れた目を向ける。


海未「……先生方の話では十年ほど前くらいから近づくことが少なくなったそうですが……」

ことり「じゅ、十年!?歴史を感じるね」

海未「もちろんその間一度も開けられていないということはないでしょうが、かなり埃が溜まってそうですね」

穂乃果「うへぇ……。で、でも海未ちゃんもことりちゃんも手伝ってくれるんだよね?」


机に突っ伏した穂乃果が、パッと顔をあげてこちらを見る。
もちろんことりは手伝うつもりでいたのだが……。


海未「申し訳ありませんが、今日は私用がありまして……。μ'sの練習も途中で抜けることになりそうです」

穂乃果「そっかー……海未ちゃんいないのか……」

海未「手伝うつもりではあったんですが、今朝急に決まりまして……」

穂乃果「いいよいいよ。むむむ……」

ことり「……」


ことりは穂乃果が何を考えて、どこに辿り着くかだいたい分かっていた。

人手が足りないなら他の人にも事情を説明して協力を仰げばいいのだ。
μ'sの皆、特に元生徒会の絵里と希は快諾してくれるだろう。

そこまで考えて。


ことり「……大丈夫だよ穂乃果ちゃん。放ったらかしにされてる道具は少しだけらしいし、μ'sの練習の後に二人でやればすぐ終わるよ」

穂乃果「うーん、それもそっか。ことりちゃん、手伝ってくれる?」

ことり「もちろん」

海未「それでは二人とも、よろしくお願いしますね」

ことほの「「うんっ」」


直後に昼休み終了のベルが鳴った。
学校全体が、次の授業に備えて少し騒ぎ出す。




そうして。
ことりの少し異様な様子に、穂乃果と海未が気づくことは結局なかった。

夕方、音ノ木坂学院 屋上



絵里「じゃあ、今日はここまでにしましょうか」

「「「はーい」」」


練習終了。
その合図で、汗をタオルで拭ったり水を飲んだりと、全員が動き出す。



ことりはポーチに入れていたタオルで顔を拭うと、周りを見渡す。

何やら練習のことについて話している絵里と希、真姫。
昨日テレビに出ていたアイドルについて談議している花陽、凛、にこ。

海未は事前に聞いていた通り、三十分ほど前に申し訳なさそうに帰っていった。


一人でふーっと息をついている穂乃果を見つけると、ことりはそこに近づいて話しかけた。

ことり「穂乃果ちゃん、それじゃあ行こっか」

穂乃果「あ、うん、そうだね!それじゃ皆お疲れー!」


すると、屋上から出ようとしていたことりと穂乃果に声がかけられた。


希「ああ、二人とも。この後空いてる?行けるメンバーで近くにできたアイス屋さんに行こうと思ってたんやけど」

ことり「今日はことりと穂乃果ちゃんはちょっと用事があるの」


穂乃果が何かを話す前に、ことりが断りをいれる。

希「そっか、それは残念やね」

穂乃果「うん、ごめんね?」

希「ええよええよ。それじゃ二人も気をつけて帰るんよ?」


そう言うと、希は花陽と凛のところに行った。
穂乃果はまだアイスに未練タラタラのようだったが、


穂乃果「それじゃあ行こう……」

ことり「うん……。あの、穂乃果ちゃん?早く終わったら、ことり達もそのアイス屋さんに行く?」

穂乃果「行く!!」


ことりの提案に大きく頷くと、笑顔で屋上から出ていった。





ことりが希の提案に即座に反応したのは、穂乃果が希にこれから倉庫で備品チェックをすることを話す恐れがあったからだ。

もし話せば、希たちが手伝うと言い始める可能性がある。


そんなこと、させるわけにはいかない。

生徒会室に戻ると、穂乃果は机に置いてあった一枚の紙を取った。
倉庫内の器具をメモするためのものらしい。


穂乃果「よし、行こう!」

ことり「あれ?着替えないの?」

穂乃果「だって体育倉庫ってすごい汚れてるんでしょ?制服汚しちゃったら嫌だし」

ことり「あ、そっか」


確かに練習着のままのほうが良さそうだ。


穂乃果「荷物は生徒会室に置いて、終わったら戻ってきてここで着替えよっ」

ことり「そうだね」


そんな会話をしていた時だった。
突然目眩がして体がふらつく。


ことり(……?何、今の……?)

急にやってきた立ちくらみに困惑する。特に身体に不調はない。

ことりが惚けていると、穂乃果が紙とペンを持って生徒会室を出ていった。


ことりはあくまで手伝いなので、特に荷物は必要ないのだが……。


ことり(……………………)


『もしも』のことを考えて、ポーチを持っていくことにした。生徒会室の電灯を消して、廊下に出る。


ことりが廊下に出ると、穂乃果が生徒会室に鍵をかけた。


穂乃果「よし」


歩き始めた穂乃果にことりが付いていく。




二人分の靴音が、静まりかえった校内に響く。

部活動の生徒もとっくに活動を終えて、各々帰り始めている時間だ。
残っているのは教師くらいだろう。


夜の校舎はかなり不気味なものだが、ことりは全く気にならなかった。
穂乃果が近くにいるし、何よりも『もしも』のことばかりが頭をよぎっていたから。

その古めかしい倉庫には、現代のような鍵と錠は付いていなかった。


戸の片側に閂のようなものが付けられていて、両方の戸を閉じた状態でもう片側の戸の出っ張りに閂を引っ掛けることで封鎖するようだ。

外からは誰でも開けられるが、中から開ける手段はない。




そんな戸は現在、中にあったカラーコーンによって開けた状態で抑えられている。
さすがにカラーコーンだけでは重量不足のため、近くで拾った石をたくさん乗せてある。

ことりは倉庫の入り口付近で、紙とペンを握っていた。


倉庫内部は天井に取り付けられた電球によって明るく照らされている。

埃塗れで真っ白な用具の数々や今にも消えそうに明滅する電球が、この倉庫がどれだけの期間放置されていたのかを如実に物語っていた。



外からの月明かりがあるので、万一電球が消えても入り口近くにいることりは問題ないだろうが……。


穂乃果「ことりちゃーん!カラーコーンはこれで全部みたい!」


奥で作業をしている穂乃果には大問題だろう。

ことり「りょうかーい!」


二人は役割分担をして作業していた。
穂乃果が奥に入って道具の数などを数え報告、それをことりが紙に書き留める。

海未が聞いていた通りそれほど物が溢れかえっていなかったので、作業はスムーズに進んだ。


ことり(ことりが最後までやらなかったのか、それともおまじないがウソだったのか……)


ここまで大した問題もなく、作業は進んでいる。
ことりの心は安堵もあり無念もあり……。


穂乃果「この辺で最後かな?お、このマットとかまだ使えそう」


奥から声が聞こえる。

何にせよ、チェックも後数分で終わり。アイス屋にも行けるだろう。

穂乃果が嬉しそうにアイスを頬張る姿を想像しただけで思わず口元が緩んだ。





揺れがやってきたのは、そんな時だった。





ことり「じ、地震?」


グラグラグラグラ。
突如やってきた揺れは収まる気配もなく続く。


ことり(結構大きいなぁ)


奥から、穂乃果の驚いたような声が聞こえた。


穂乃果「びっくりしたー、急にくるんだもん。」

ことり「穂乃果ちゃん大丈夫~?」

穂乃果「平気だよ~。なかなか止まらな、ってわわわわわ!!!」


突然叫び声に変わったと思った次の瞬間。
何かが崩れた音と、ギャーというおおよそ女の子らしくない悲鳴が同時に聞こえてきた。

ことり「穂乃果ちゃん!?」


急いで倉庫の奥に駆ける。
高く積み上げられていた跳び箱が散乱していて、近くに穂乃果が倒れていた。


ことり「穂乃果ちゃん!?大丈夫!?怪我は!?」

穂乃果「だ、だいじょぶだいじょぶ。とっさに避けたら転んじゃっただけだから。心配しないで」


ことりが駆け寄ると、穂乃果はそう言って立ち上がる。そのまま腕をブンブン回して元気なことをアピールする。


ことり「よかった……」


本当に何ともなさそうな様子にホッと息をつく。

しかし、良くないことというものは続けて起きるもので。





バーンという大きな音。続いてカンッという軽い音。





ことり「え……?…………ッ!」


嫌な予感がして入り口に戻る。


戸が閉まっていた。力を込めて押しても、木材特有のギィィという音がするだけでビクともしない。


ことり「う、嘘……」

穂乃果「ど、どうしたのことりちゃん……」


後ろから付いてきていた穂乃果が恐る恐る尋ねてくる。


ことり「穂乃果ちゃん……ことり達」








「閉じ込められちゃった」

遅筆で申し訳ありません。

書き溜めが終了したので、再開します。

穂乃果「まさかこんなことになるなんて……」


地面に敷いたマットの上で体育座りしながら、穂乃果が呟く。
閉じ込められた当初は元気だった穂乃果も、今はおとなしい。


ことり「そうだね……」


ことりは穂乃果の隣にちょこんと座り相槌を打ちながら、過去の自分を呪っていた。


ことり(まさか……こんな)


自分の想像を逸脱した事態に声も出ない。先程まで余裕をこいていた自分はなんて愚かだったのだろう。


ことり(こんなことになるなんて……)



事は地震直後に遡る。

~~~~~~~~~~



穂乃果「えっ……?」


完全に閉まった戸の近くに転がったカラーコーンが全てを語っていた。


ことり「今の地震で戸を抑えてた石が落ちちゃったみたい。それで戸が閉まって……その衝撃で閂も」


カラーコーンだけでは戸を支えきれない。
開けておいた戸が片方だけだったのもいけなかったようだが……今それを言っても仕方ない。


穂乃果「ま、またまた~!大丈夫だよことりちゃん。きっと開くって」


戸に張り付いて何とか開けようと奮闘する穂乃果を眺めながら、ことりは考えを巡らせる。


ことり(こんなこと、偶然で起こるわけない。やっぱり原因は昨日のおまじない……)

ことりが他の誰かの手伝いを警戒していたのは、もしもおまじないが本当に起きた場合、あまり多くの人を巻き込みたくなかったからだ。

当事者である穂乃果を巻き込んでしまうのは悪いけれど仕方がない。
それならせめて、他の人は巻き込まないようにしよう。

そう考えていたのだが……。


ことり(でもあのおまじないは『二人きりになるおまじない』……考えてみれば急に海未ちゃんに用事ができたりしたのは不自然だった。ことりが気を回すまでもなく、穂乃果ちゃんとことりだけになってたのかも)



とにかくあのおまじないが本当だったことはわかった。
後はここから脱出するだけだ。

地震のときに放り出していたポーチを拾う。
閉じ込められたなら、外から開けてもらえばいい。

ことりは『もしも本当に体育倉庫に閉じ込められた場合』のために持ってきたポーチを開けて―――。


ことり「……あれ?」


もう一度探す。


ことり「な、なんで……?なんでないのっ!」


確かに自分はポーチの中に入れたはず。学校に連絡し、誰かに外から開けてもらうために、携帯電話を。

そのとき、戸を開けることを諦めた穂乃果が言った言葉に、ことりは耳を疑った。


穂乃果「私もことりちゃんもケータイ持ってきてないもんねー……どうしよっか」

ことり「……え?穂乃果ちゃん、どうして私がケータイ持ってないって……」


ことりの問いかけに穂乃果は不思議そうな顔をして、ことりにとって衝撃的な一言を放った。


「え?ことりちゃんが『ケータイは置いてこう』って言ったよね?」

ことり(…………ことりが?ケータイを?置いてく?)


軽いパニックに陥ったことりを、穂乃果の言葉がさらに襲う。


穂乃果「あれ?さっき生徒会室で、穂乃果がケータイ持ったら、ことりちゃん、『すぐ戻ってくるんだしケータイは置いてっていいんじゃない?』って言ったよね?」

ことり「…………ああ、そうそう、そうだったよね。ごめんね穂乃果ちゃん、私のせいで」

穂乃果「ううん。穂乃果もそう思ったから置いてきたんだもん。ことりちゃんだけのせいじゃないよ」


そう言ってニコッと笑った穂乃果の顔に、ことりは緊張感の欠片もなくドキッとしてしまう。


穂乃果「そういえば奥にマットがあったよ。埃払えば使えそうだし、持ってくるね!」


穂乃果を見送りながら、頭の中を整理する。


ことり(私がケータイを置いていこうと提案した……)


当然そんな記憶はない。
ことりは確かに、練習前にポーチに携帯電話をしまった。その記憶はある。

すいません。>>62はミスです。





ことり「…………ああ、そうそう、そうだったよね。ごめんね穂乃果ちゃん、ことりのせいで」

穂乃果「ううん。穂乃果もそう思ったから置いてきたんだもん。ことりちゃんだけのせいじゃないよ」

そう言ってニコッと笑った穂乃果の顔に、ことりは緊張感の欠片もなくドキッとしてしまう。

穂乃果「そういえば奥に体育で使うマットがあったよ。持ってくるね!」

穂乃果を見送りながら、頭の中を整理する。

ことり(ことりがケータイを置いていこうと提案した……)

当然そんな記憶はない。
ことりは確かに、練習前にポーチに携帯電話をしまった。その記憶はある。

ことり(だいたい生徒会室でそんな会話は……………………あ)


まさか。


ことり(そ、そんなことってあり得るの?)


まさか。


ことり(でも、ことり達が生徒会室にいた時間は短い。他に可能性が……)


そうだ。もし穂乃果とそんな会話をしているとしたらあのタイミングしかない。


ことり(生徒会室での、立ちくらみ)


ことりにとっては一瞬の出来事だった。とても会話なんてできる時間はなかった。だが。

ことり(でも、もし。あの立ちくらみの時に穂乃果ちゃんと会話をしていて……)

ことり(その記憶が飛んでいたとしたら?)


そんなことあり得るわけがない。普段だったらそう一蹴していたところだった。

しかし、ことりはつい最近、同じように記憶が飛んでいるのだ。




大本を辿る。

そもそも、ことりは何処でこの『おまじない』を知った?

―――あの本からだ。

では、ことりは何故あの本を読んだ?

―――何故か鞄に入っていたからだ。

では、あの本を鞄に入れた経緯を何故覚えていない?


それは記憶が飛んでいるからじゃないのか?

ことり(…………なんて)


我ながら突拍子もないことを考えているとは思う。


ことり(でも、実際におまじないはあった。それなら、ことりを操るくらい……)


そこまで考えたとき、ことりは恐ろしい考えに至る。


ことり(ことりを操った『何か』、もしくは『何者か』は、穂乃果ちゃんもケータイを持っていかないように誘導した。それってつまり……)


汗が頬を伝った。


ことり(ことり達を、ここにずっと閉じ込めるつもり……!?)


ことりの中で、恐怖だけが膨らんでいく。




あれは『おまじない』なんて可愛いものじゃなかった。


ことり(……『呪い』だったんだ)



~~~~~~~~~~

穂乃果がマットを敷き、その上に二人が並んで座ってから十分ほどが経過した。


穂乃果「ことりちゃん」

ことり「……なあに、穂乃果ちゃん」

穂乃果「音ノ木坂って、警備の巡回とかあったっけ?」


ことりはその質問で、穂乃果が何を期待しているかがすぐにわかった。


ことり「……確か先生達も帰った後、最後に警備員さんが三、四人で校内を見て回るって、どこかで聞いたような」

穂乃果「もしかしたら警備員さんが気づいてくれるかも……荷物を生徒会室に起きっぱなしだし」

ことり「それはないんじゃないかな……」

穂乃果「ど、どうして?」

ことり「だってことり達、生徒会室に鍵かけてきちゃったでしょ?電灯が消えてて鍵もかかった部屋なんて、いちいち中まで見ないよぉ……」

穂乃果「う~、そっか……。いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」


そう言うと、穂乃果は出る方法を再び考え始めたようで、何かブツブツと呟いている。


一方のことりはというと、穂乃果の手前、笑顔で会話を続けてはいるものの、内心は罪悪感やら恐怖やらで今にも押し潰されそうだった。


ことり(ことりが普通に告白する勇気もなくて、臆病だったから……あんな手に頼って……穂乃果ちゃんをこんな目に……)

普通に考えて、娘がいつまでも帰ってこないとなれば南家も高坂家も警察に届け出るだろう。

それにことり達が何をしていたかを知っている海未もいるのだ。
遅くとも明日には助けがくるはずである。

ただし普通に考えて、だが。


ことり(あの『呪い』にかかれば、地震だって起こせちゃうんだから。普通の助けなんて期待できないよ……)


気が滅入っているせいで、思考が悪いほう悪いほうへと行ってしまう。
そうして頭が回らなくなると、さらに気が滅入る。
まさに悪循環だった。


そんな状態を振り払うように、周りを見渡す。

隣では穂乃果がぽけーっとしている。
知り合いが一緒にいるからか、それとも助けがすぐに来ると考えているからか。それほど事態を重く見ていないようだ。

天井には、相変わらず今にも消えそうな電球。
戸が閉まった以上、この電球が消えてしまえば倉庫は真っ暗になる。


そして床に目を向けたとき、ことりは自分のポーチに気づいた。
どうも携帯電話がなかったショックで、そのまま放置してしまっていたらしい。


ことり(……そういえば、ポーチの中に!)


ポーチを開いて中身を確認する。
やはり携帯電話はなかったが、それ以外のものは練習後に開けたときのままだ。

それを見て、ことりの心に少し余裕ができる。

頭がまた回るようになってきた。

ことりは覚悟を固める。


ことり(穂乃果ちゃんは今は落ち着いてるけど、いつまでそれを保てるかはわからない。ことりが穂乃果ちゃんを支えてあげなきゃ……!)

ことり(穂乃果ちゃんが閉じ込められたのはことりのせいなんだ。ここから出るまで……いや、もしここから出られなくても最後まで穂乃果ちゃんに尽くそう)


ことり(穂乃果ちゃんのために、頑張らなきゃダメだ!!)





【SIDE : 南ことり】-了-

【SIDE : 高坂穂乃果】





穂乃果(前回のラブライブ!)

穂乃果(体育倉庫の備品チェックに向かった穂乃果とことりちゃん。けど、突然の地震で倉庫に閉じ込められちゃった!)

穂乃果(外への連絡手段も見つからない。穂乃果たち、いったいどうなっちゃうの!?)

穂乃果(…………なんちゃって)

体育倉庫は、中にずっといるにはなかなか辛い環境だった。

空気は乾燥していて喉が渇くし、風通しも悪い。
しかも先程までの騒ぎで、空中に埃が舞っている。
深呼吸なんてしようものなら、たちまち埃を吸い込んでしまうだろう。


穂乃果(早く誰か来てくれないかなー)


そんな酷い状況におかれながらも、穂乃果にはそれほど焦りはなかった。

その理由として一番大きかったのが、ことりの存在だ。
もしも一人だったなら、今頃弱音の一つか二つ吐いてしまっていただろう。

当のことりの様子を伺うが、ことりは穂乃果の隣に座って俯いたまま動かない。

先程の会話からして、ケータイを持ってこなかったのが自分の責任だと思ってしまってるようだ。


穂乃果(優しいなぁ、ことりちゃんは)


今回の件、ことりは穂乃果を手伝って巻き込まれたにすぎない。
むしろ全ての非は穂乃果にあるのだ。


穂乃果「マットって結構気持ちいいよね~」


明るく振舞っているのも、ことりにこれ以上心配をかけないためなのだが……。


ことり「……」

穂乃果「……」

穂乃果(反応がない……)


どうすれば、ことりに元気を出してもらえるだろうか。

穂乃果が途方に暮れていると、ことりが急にガバッと顔をあげた。


ことり「……」

穂乃果「ことりちゃん?」


ことりは自分のポーチを開けて中を見ると、


ことり「穂乃果ちゃん、お腹空いてない?」


突然そんなことを聞いてきた。


穂乃果「お腹?」


そういえば、いつもならとっくに家でご飯を食べている時間だ。
しかも今日はこの後アイスを食べに行く予定だったわけで……。

先程までまったく気にならなかったのに、いきなり身体が空腹を訴えてきた。


穂乃果「す、少しだけ……\ぐぅー/ごめんなさい結構空いてます」

見栄を張ろうとしただけに恥ずかしい。
羞恥で顔が熱くなるのを感じる。


ことり「そっか。あのね、クッキーならポーチの中に入ってたけど……よかったら食べる?」


ことりの「後はお茶とかタオルとか」という発言をスルーして最初の言葉に食いつく。


穂乃果「クッキー……って本当!?もしかしてことりちゃんの手作り!?」

ことり「うん。練習の後に皆に配ろうと思って。でも今日は花陽ちゃんもお菓子持ってきてたし、海未ちゃんも途中で帰ったから。明日にしようと思って取っておいたんだ」


穂乃果の目には錯覚でもなんでもなく、ことりが天使、いや女神に見えた。


穂乃果「ありがとうことりちゃ~ん!!これで飢え死にせずにすむよ!」

ことり「そ、そんな大袈裟な」

穂乃果「ううん!ことりちゃんは穂乃果の命の恩人だよ、救世主だよ!!」



《この状況に陥ったのもことりのせいなのだが、穂乃果は当然そのことを知らない。
事実だけ見れば、完全なマッチポンプである。》



穂乃果は早速、ことりが広げたクッキーの袋に手を伸ばし……


穂乃果「あっ」


止まった。


ことり「?どうしたの穂乃果ちゃ……あ」


そう、ずっと中で作業をしていた穂乃果の手は、埃やら砂やらですっかり汚れてしまっていた。
この手でクッキーを食べるのは衛生上問題があるだろう。

穂乃果「うー……」

ことり「ちょっと待って、今ウェットティッシュ出すから……」

穂乃果「そうだ!ことりちゃんが食べさせて!」

ことり「……え!?」

穂乃果「お願い!」


ことりは少し迷っていたようだが、しばらくすると何故か顔を少し赤くしながらクッキーを差し出してきた。


ことり「そ、それじゃあ……あーん」

穂乃果「あーん………………うん、美味しい!さっすがことりちゃん!」

ことり「あ、ありがとう……」

穂乃果「ことりちゃん!もっとちょうだい!!」



《先程からの穂乃果の仕草や上目遣いに、ことりの理性が危険域に突入していることにやはり穂乃果は気づかない。》

そのまま、ことりが穂乃果にクッキーを食べさせる時間がしばらく続き……。


穂乃果「いやぁ美味しかった!ことりちゃん大好き!!」


しっかりとことりにお礼を言う。


ことり「う、うん、私も穂乃果ちゃんが大好き!!」

穂乃果(あれ?)


「ありがとう」などの返事を予想していたのだが……。


穂乃果(まぁいっか……んん!?)


ここで穂乃果に一つの誤算が生じる。

穂乃果がバリバリと大量に食べたのはクッキー。
ただでさえ乾燥のせいで喉が乾くのに、クッキーなんて食べたらどうなるか。

穂乃果「こ、ことりちゃん……」

ことり「あ……もしかして、お茶?」


すぐに穂乃果のSOSに気づいたことりの問い掛けに、ブンブンと頭を大きく振って頷く。

すぐさまポーチからお茶のペットボトルを取り出すことり。しかしそこで動きが止まる。


穂乃果「こ、ことりちゃん……?早くお茶を……」

ことり「あ、あの穂乃果ちゃん?その、このペットボトル、私がすでに使ってて……だから、その、間接キスとか……」

穂乃果「間接キスなんて全然気にしないから!!ことりちゃんのならウェルカムだから!!早くお茶を!」


水分が欲しくてしょうがない穂乃果には、言葉を選ぶ余裕もない。

タコもビックリなほど顔を真っ赤にしたことりからペットボトルを受け取ると、フタを外して呷る。

穂乃果「ぷはーっ!!」


生き返るような心地とはこのようなことを言うのだろう、と穂乃果は頭の中で適当に考える。


穂乃果「ありがと~……って、あー!!」


大量のお茶を穂乃果の口の中に放出したペットボトルには、すでに三割ほどしかお茶が残っていない。


穂乃果「ご、ごめんことりちゃん……これ、ことりちゃんのなのに……」

ことり「き、気にしなくていいよ」

穂乃果「でもー……」

ことり「平気だから。ね?」

穂乃果「……ありがとうことりちゃん。ことりちゃんは優しいね」

ことり「ううん。残りのお茶は、二人で、交互に、少しずつ飲もうね」


ことりの優しい提案に、穂乃果は涙が出そうになった。
余分に水分を消費するわけにはいかないので、なんとかこらえたが。

ことりから借りたウェットティッシュで手を拭きながら、ぼんやりと考えに耽る。


長期的に見れば、この倉庫の風通しの悪さはプラスだったようだ。
夜風が入ってくることもなく、倉庫の中はなかなか適温だった。
マットのおかげで、地面に直接座らなくてよかったのも大きいかもしれない。

まぁ多少のプラス要素があったところで、居心地の悪さはたいして変わらないのだが。



穂乃果(どのくらい経ったんだろう)


正確な時間はわからないが、少なくとも両親や雪穂が、いつまでも帰ってこない穂乃果を心配するくらいの時間にはなってるはずだ。

もしかしたらμ'sのメンバーにも連絡がいってるかもしれない。

心配をかけてしまっていると思うと心苦しいが、今自分達にできることは何もないのだ。

唯一できることは、いつか来る助けを落ち着いて待つこと。

つまり、


穂乃果「ことりちゃん、寝よう」

ことり「へ?急にどうしたの?」

穂乃果「閉じ込められた穂乃果たちに今できること、それは体力の温存!」

ことり「体力の……温存?」

穂乃果「そう!助けが来るまでとにかく寝る!寝るったら寝る!」

ことり「……確かに今できることって、それくらいかもね。うん、寝よう!」


二人で、埃を払ったマットを数枚しっかり並べ直す。

電球を消すことも考えたが、一度消してしまえば真っ暗で何も見えなくなる。
そのリスクを考えると、いちいち消すべきではないだろう。

充分な広さのマットに、二人で寝転がる。
さすがに向かい合っての就寝は恥ずかしかったので、お互いに背を向けて眠ることにした。


穂乃果「おやすみことりちゃぁん……」

ことり「穂乃果ちゃんおやすみ……」


…………

…………

…………

…………

…………だいたい10分くらい経っただろうか。
こっそり起き上がった穂乃果は、ことりの様子を確認する。

寝顔をわざわざ見るまでもなく、聞こえてくる規則的な寝息が、ことりが安眠中であることを示していた。

穂乃果(よかった……)


授業中の様子や、どうにも記憶があやふやになっているような言動。
何があったのかはわからないが、ことりは寝不足だったらしい。
その上、この事態だ。心労やストレスがかかる。

ことりに睡眠を取ってもらおうと策を講じたのだが、上手くいったようだ。
思わず心の中で自画自賛してしまいそうになる。


穂乃果「ふわあぁ~~~」


思わず欠伸が出る。
どちらにしろ自分でさっき言ったように、現在できることは全くと言っていいほどない。
このまま自分も寝てしまおう。


できれば、目覚ましは救援隊の声であることを願いつつ……
ことりの背中を眺めるようにして、穂乃果は眠りに落ちた。

…………

…………

…………

…………

……顔に何か風のようなものが当たるのを感じる。


穂乃果「うぅん…………」


寝相を変えようと無意識に身体を動かすが、何かに邪魔された。


穂乃果「んん……?」


手が何かを掴んでいる。柔らかくて気持ちがいい……。


穂乃果「んー……」


少しずつ意識が覚醒してきた。
寝起き特有の気だるさに襲われながらも、なんとか目を開けると……



目の前にことりの顔があった。

穂乃果「ッ!?」


ビックリして叫びそうになったが、既の所でこらえる。

顔の距離、わずか10センチ。
ことりの端整な顔立ちに、思わず見とれてしまう。
ことりの小さな寝息がわずかに当たる。


穂乃果(な、何が……?)


いったいどうしてこんなことになったのか。
そもそも自分たちは背中を向けあっていたのに。




少しぶりの状況確認。

まずはいつの間に向き合ったのか。

確か、しっかりと眠りに落ちる前に自分でことり側を向いて眠った……気がする。

そして、元々の彼我の距離がそれなりに離れていたことを考慮すると、ことりが寝返りを打った結果、ここまで近くになってしまったらしい。

では次に二人の現状。

顔。
マジでキスする5秒前。

腕。
ことりの両腕は穂乃果を抱き寄せるように、
穂乃果の右腕はことりを抱き寄せるように。
穂乃果の左腕は……


穂乃果(うっ///)


思わず手に力を込めてしまい、その感触でさらに赤面する。

穂乃果の左腕、というより左手は、ことりの胸を鷲掴みにしていた。



ひとまず意識をそこから逸らし、足を動かそうとしてみる。

が、やはり動かない。
どうも穂乃果の足とことりの足が、絡み合うような状態になっているようだ。


穂乃果(ある意味、助けがまだ来てなくて良かった……!!)


こんなところを他人に見られたら、完全に誤解されていただろう。


穂乃果(ことりちゃんはまだ寝てるみたいだし……何とか起こさないようにこの状況から抜け出さないと)

まずは左手をどうにかしたいが、穂乃果とことりの体に挟まれてかなり窮屈な状態になっている。

やはり体を離さないことには左手も動かしようがない。


穂乃果(……よし)


覚悟を固め、行動を開始する。


まずは右腕をことりから離す。
これはさほど時間をかけることなく外すことができた。


穂乃果(次は……ことりちゃんの腕を)


右腕を使って、自分を抱きしめていることりの左腕を引き離す。


穂乃果(ゆっくり……ゆっくり……)

ことり「ん…………」


しかし、予定外というものは発生するもので。


穂乃果(あれ!?ことりちゃん!?)


下手に動かそうとしたからなのか、さらに強い力で抱きしめにかかることり。

それを利用して何とかことりの腕から逃れようとする穂乃果。


しばし攻防が続き……決着した。


穂乃果(これは……)

穂乃果(足は外せたけど……)



穂乃果(結果的にさっきより状況が悪くなってるような気がする!!)


ことりの胸に顔を突っ込んだ状態で、穂乃果は叫ぶ(心の中で)。

下半身は自由になったが、代償として上半身はほとんど身動きが取れなくなってしまった。


簡単に説明するなら、

足:自由!
顔:おっぱい!
両手:おっぱい!おっぱい!



穂乃果(いやいやこれもうマジで無理だよ柔らかいどうしようもないよいい匂い逃げられないよ!!)


両手が動かないように上から抱きしめられているため、今度こそ詰み状態である。


穂乃果(……………………)


諦めずに策を練ろうとするが、ことりからするいい匂いが頭を混乱させる。

そして、


穂乃果(……もういいよね、好きにしても)


陥落した。

穂乃果(だってさ、これはもうしょうがないよ。穂乃果にできることは全部したし)


自分にしては頑張ったはずだ。


穂乃果(そうだよ、悪いのは穂乃果を勝手に抱き枕扱いしたことりちゃんじゃん)


本来なら抑えられたはずの理性が、息苦しさ、疲れ、その他諸々により解放されていく。



そして…………。

穂乃果「……高坂穂乃果、いきます。東條流奥義・ワシワシMAX!!」


穂乃果が胸を揉み始めると、ことりも流石に快眠を貪ってはいられなくなったらしい。


ことり「うぅ……んっ……なにが…………え、ほ、穂乃果ちゃん?あんっ、ちょっ、ちょっと待っあっ、やん/// だ、だめ、ほのかちゃ、あんっ///」

穂乃果「ことりちゃんが誘惑したんだもん!穂乃果悪くないもん!!」

ことり「なっ、なんのこ、あんっ!どうし……んっ/// ほっ、ほんとにこれ以上はっ、ああっあぁんっ//////」


完全に目が覚めたことりは既に穂乃果のことを離しているのだが、暴走した穂乃果は止まらない。



数分後。
そこには、無言でことりの胸にリズミカルな刺激を与え続ける穂乃果と、もはや言葉を発することもできずに快楽に身を委ねたことりの姿があった。

穂乃果「…………」

ことり「……//////」


二人の間に気まずい沈黙が流れる。



正気に戻った穂乃果の目に写ったのは、練習着をはだけさせ、体を痙攣させる虚ろな目をしたことりだった。

顔も体も汗びっしょりになったことりに、なんとか水を飲ませて目を覚まさせたのが5分程前。

それから会話もなく、こうして過ごしていた。


穂乃果(ど、どうしよう……)

先の『運動』によってかいた汗とは別に、先程から汗が止まらない。


穂乃果(こ、こういうときなんて言えばいいの!?『気持ちよかった』?『責任取ります』?それとも『私は悪くねえ!』って開き直る!?)

ことり「……穂乃果ちゃん?」

穂乃果「はっ、はいっ!!」


思わず背筋が伸びる。が、いつまでもことりから何の言葉も聞こえない。

恐る恐る顔を上げると、ことりがジーッとこちらを見ていた。


ことり「気持ちよかった……?」


まさか相手からそのことを聞かれるとは思わなかった穂乃果は、テンパって素直に答えてしまう。


穂乃果「え、その、柔らかくて……気持ちよかった、です」

ことり「そ、そう///」

穂乃果「はい…………」

なぜ自分はこんなことになっているんだろう。ただ体育倉庫の備品チェックをしてただけなのに。
正直もうこの場から逃げ出したくて仕方ないのだが、相変わらず助けが来る様子も戸が開く様子もない。

そのまま、ことりの判決を待っていると。


ことり「……それなら、いいよ」

穂乃果「え……」

ことり「ことりも……その、気持ちよかったから」


後半は小声すぎて聞こえなかったが、最初のセリフはつまり……


穂乃果「む、無罪ってこと?」

ことり「無罪?」

穂乃果「え!?あ、いや、なんでもない!こっちの話!」

穂乃果はコホンと咳をする。


穂乃果「ゆ、許してもらえるの……?」

ことり「許すも何も、元々そんなに怒ってないよ?」

穂乃果「そ、そうなの!?」


本人が怒っていないというなら蒸し返す必要はないだろうが、寝込みを襲われ体を弄ばれたのは充分許し難いことのような気がする、と穂乃果は思う。

ここはことりの将来のためにもビシッと言っておく必要があるはず。


穂乃果「……ことりちゃん?許してくれるのは嬉しいけど、さすがに今のは怒るところじゃない?」

ことり「どうして?」

穂乃果「どうしてって……寝てる間に胸触られて、やめてって言ってもやめてくれなくて…………やった穂乃果が言うのもなんだけど、いくら友達でも嫌じゃない?」


本当に穂乃果が言えたことではないが、今は棚に上げる。


ことり「それは……普通の友達だったら嫌かもしれないけど…………」


何やら歯切れの悪いことりの反応に、頭に疑問符が浮かぶ。

穂乃果(普通の友達なら嫌?穂乃果は普通の友達じゃないの?)


穂乃果とことり、それと海未は幼馴染だ。
確かに普通の友達よりは親密な関係と言えるかもしれない。


穂乃果「それじゃあ穂乃果や海未ちゃんならオッケーってこと?」

ことり「海未ちゃんは……ちょっと困るかも」


どうやら幼馴染とかは関係なかったらしい。


穂乃果「……穂乃果はよくて、海未ちゃんはダメ?それってどういう……」

ことり「……本当にわからないの?」

穂乃果「さっぱり……。なんでなの?」


ことりは少し残念そう、というか怒ったような顔をしているが、穂乃果としては何故そんな顔をされるのかも理解できない。

ことり「それは……」

穂乃果「それは?」

ことり「それは………………私が」




急に視界が真っ暗になる。





【SIDE : 高坂穂乃果】-了-

【SIDE : ことり&穂乃果】





ことほの「「え……?」」


二人の声が重なる。どうやら目が見えなくなったとかではないようだ。
これは……。


ことり「電球が切れちゃったのかも……」

穂乃果「あー……付けたときから今にも消えそうだったもんね」


最初から何時間経過したのかはわからないが、むしろよく持ったほうではないだろうか。

ここまで頑張ってくれた電球に、ことりは心の中で感謝の念を贈る。

穂乃果「でも、いよいよ寝るくらいしかすることがなくなっちゃったねー」


そもそも最初から睡眠を取るくらいしかしていなかったので、今更な気もするが。


穂乃果「……ことりちゃん?」

ことり「……なあに?」

穂乃果「もー、急に話さなくなっちゃったから、いなくなったのかと思っちゃったよー」


ことりの左手が穂乃果の右手をきゅっと握った。

ことりが近くにいる、そんなことだけで穂乃果の心に大きな安心が生まれる。
穂乃果はことりの手を握り返す。


穂乃果「ねえ、ことりちゃん」

ことり「……どうしたの、穂乃果ちゃん」

穂乃果「さっきの続き、聞かせてほしいな」


ことりの手に力が入る。


ことり「…………その前に、穂乃果ちゃんに聞いてほしいことがあるの」

穂乃果「……いいよ」

ことり「………………あのね。こんなことになったのは…………全部ことりのせいなの」


そうして、穂乃果はことりから全てを聞いた。

おまじないのこと。
それを興味本位で試してしまったこと。
『何か』がことりを操って、ここから出られないようにしてしまったこと。
そして。


ことり「もしかしたら……もうここから出られないかも、しれない」

穂乃果「…………そっか」

ことり「ごめん、なさい…………ごめんなさい……ごめんなさい……」


ことりは嗚咽交じりに穂乃果への謝罪を繰り返す。


穂乃果はしばらく黙っていたが、ことりが泣き声しか発しなくなると静かな声で聞いた。


穂乃果「ねえ、ことりちゃん。まだ穂乃果に話してないこと、あるよ」

ことり「…………え?」


左手を引っ張ってことりを抱き寄せる。


穂乃果「まだことりちゃんから大事なこと、聞いてない」

ことり「な、何のこと……?」


ことりの柔らかい髪を撫でながら、穂乃果は問いかける。


穂乃果「どうして穂乃果におまじないをかけたの?」

ことり「っ……!」


説明のときも、ことりは意図的にそれに触れることを避けていた。


穂乃果「どうして穂乃果と二人きりになりたかったの?」

ことり「…………」

穂乃果「どうして海未ちゃんはダメで、穂乃果ならいいの?」





穂乃果「どうして……穂乃果は特別なの?」





穂乃果はことりの答えを待つ。

ことり「それ、は……」

穂乃果「うん」


それは。


ことり「それは…………私が…………」

穂乃果「……うん」


穂乃果がずっと聞きたかった言葉で。



ことり「私が、穂乃果ちゃんのことが大好きだから!!」



ことりがずっと言いたかった言葉だった。

穂乃果「……私も、ことりちゃんのことが大好きだよ」

ことり「違うの!そういうことじゃないの!」


ことりの中で、今まで抑えていた感情が溢れ出す。


ことり「私の『好き』と穂乃果ちゃんの『好き』は、違うの……!!」

穂乃果「……」

ことり「私は……穂乃果ちゃんが……一人の女の子として好きなの!!」



ああ、ついに言ってしまった。
はたして穂乃果はどんな顔をしているだろうか。嫌悪か、恐怖か、それとも憎悪かもしれない。

後悔はなかった。
たとえ穂乃果に嫌われたとしても、自分は確かに偽りのない本心を伝えることができたのだから。

目を閉じて、全てを受け入れる覚悟を整える。

穂乃果はことりを抱きしめたまま、ぽつぽつと語り始めた。


穂乃果「ことりちゃんが、自分の気持ちを話してくれて……嬉しい」

ことり「……」

穂乃果「ほんとはね、今すぐことりちゃんに返事をしてあげたいんだ。でもね、今はできないの」

ことり「え……?」


拒絶でも、ましてや肯定でもない。予想外の言葉にことりは戸惑う。


穂乃果「だってことりちゃん、自分が『何か』に操られてるんじゃないかって思ってるんでしょ?穂乃果がどういう返事をしても、『穂乃果も操られてるんじゃないか』って気になって、信じられないんじゃない?」

ことり「!!」


そこまで考えてはいなかった。しかし、穂乃果のその言葉を否定することができなかったのも事実だった。

ことりが二の句が継げなくなっているのを感じながら、穂乃果は続ける。


穂乃果「だからね、ここにいる間はことりちゃんに返事はできないんだ」

ことり「そ、そんな……!ちょっと待ってよ穂乃果ちゃん!もしかしたらもうここからは」

穂乃果「ことりちゃんこそ、ちょっと待って。お願いだから、最後まで聞いて」


言い返そうとしたことりの言葉を、穂乃果がピシャリと遮る。


穂乃果「穂乃果はね、別におまじないのことはもうどうでもいいの。最初はちょっと困ったし、怒ったけど。でも、ことりちゃんの気持ちを聞いて、ちょっと嬉しくなった。ああ、そこまで穂乃果のことを想ってくれてるんだなぁ、って」

穂乃果「後は……さっき暴走しちゃったこともあるしね。とにかく、閉じ込められちゃったことは、もういいの」

穂乃果「ねぇ、ことりちゃん。穂乃果ね、まだまだやりたいことがいっぱいあるんだ。食べたいものだっていっぱいあるし、行きたいところだっていっぱいある。μ'sの皆と、もっといろんなことがしたい」




穂乃果「ことりちゃんと、もっといろんなことがしたい」

ことり「穂乃果ちゃん……」



穂乃果「だから、諦めないで。一緒にここから出よう?『もう出られない』なんて言って、可能性を捨てないでよ」

倉庫は相も変わらず真っ暗だった。
至近距離で抱き合っていても、お互いの顔さえ見えやしない。


穂乃果「諦めなければ……奇跡は起きるよ」


それでもその時。
ことりは確かに、暗闇の中に穂乃果のまっすぐな瞳を見た。





穂乃果「それでね?ここから出たら……」


穂乃果はことりの耳に口を近づけ、囁く。


穂乃果「もう一度、さっきの言葉を聞かせてほしいな」

ことり「…………うん」


腕を回して、しっかりと穂乃果を抱きしめる。


ことり「絶対に出よう」

ことり「そして…………もう一度、ちゃんと言わせて」


ことりの言葉に、穂乃果は微笑みを浮かべる。


穂乃果「ありがとう、ことりちゃん」


クスッと笑って、ことりも答える。


ことり「お礼はこっちのセリフだよ、穂乃果ちゃん」


ことり「本当に……」





本当にありがとう。





【SIDE : ことり&穂乃果】-了-

ゔぇ、よく見たら酉ミスって番号晒しちゃってる……


すいません。次からエピローグですが酉を変えさせていただきます。

【epilogue】



倉庫の戸が開いたのは、それから数分後のことだった。

海未と雪穂は、穂乃果とことりの姿を見ると泣きながら抱きついてきた。

後ろでは穂乃果の母と理事長が、娘の無事を確認し笑顔を交わしていた。





後に聞いた話だが、高坂家も南家も娘達が帰ってこないことに早くのうちに気づいていたらしい。

なので雪穂や理事長は、すぐさまμ'sの他のメンバーに連絡を取ろうとした。
しかし、電話が通じなかったのだ。
特に電波が悪いわけでもないのに繋がらない電話に、両家は非常に混乱した。

それからは直接家を訪ねたり、交番に行って事情を説明したりと、できることを精一杯していた。

見つからず、いつまでも帰ってこない娘に、何か事件に巻き込まれたのではないかと親達が恐慌をきたし始めたとき、事態は一気に好転する。

突然、電話が通じるようになったのだ。

結果、穂乃果とことりだけが家に帰っていないことが判明する。

海未から体育倉庫の件を聞いた警察は、家族や心配する海未を連れて現場へ急行。無事、解決となったのである。

救出されて一安心の二人だったが、それからが大変だった。


警察にはその日のうちに事情を話したが、翌日の放課後も詳しい事情聴取を受けることになった。


クタクタになって帰ると、今度はメンバーからの電話の嵐。



翌日の学校も、これまた大変だった。

『自分が同行していればこうはならなかったのでは』と自分を責める海未を一生懸命宥めたり、絵里や真姫からは『何故自分たちに手伝いを頼んでくれなかったのか』と詰問された。





そんな慌ただしい日々から数日が経過した。

昼休み、音ノ木坂学院 屋上



風に髪がなびく。
晴れの日の屋上はほどよい風が吹いていて、とても清々しい気分になる。


女生徒はそこで一人、物想いにふけっていた。



あのおまじない、いや呪いが解けたのは、おそらく二人が「ここから出たい」と強く願ったからだろう。
二人がそう思わない限り、けっして戸は開かない。
謎の電波障害もおそらくはそのせいだろう、と根拠もなく思っている。

ついでに言えば、あの日、音ノ木坂周辺では地震なんて起きていなかったらしい。



(あのおまじないは結局何だったんだろう……)

事件の翌日、図書室で『例の本』を探したが、結局見つけることはできなかった。

それ以前に、『あの日、あの本を図書室に返した』記憶も、自分は一切持っていない。


(たぶん、二度と見つけることはできない……)


なんとなく、そんな確信があった。
そして、それで良いのだ。自分には、もう『おまじない』は必要ない。

しばらく一人でそうしていると、屋上に続く扉が開く音がした。
一際強い風が吹く。


訪問者は、屋上で自分を待っていた女生徒に声をかけた。


「ことりちゃん」


女生徒は、その声が大好きだった。
その声を聞くだけで心地がよく、名前を呼ばれれば気分が高翌揚する。


「……穂乃果ちゃん」


ことりが名前を呼ぶと、穂乃果は微笑んで隣に並んだ。


穂乃果「何を見てたの?」

ことり「体育倉庫。明日取り壊されるんだって」


屋上からは、あの因縁の倉庫がグラウンドの端に佇んでいる様子が見て取れた。


穂乃果「そっかぁ……何か残念だなぁ」

ことり「どうして?」

穂乃果「だって、あの倉庫は『思い出の場所』、でしょ?」


そう言ってニコッと笑った穂乃果に、


ことり「…………そうだね」


ことりも微笑みを返した。



そのままことりが穂乃果に向き合うと、穂乃果もことりを正面から見つめる。

ことり「……待たせちゃって、ごめんね」

穂乃果「……ううん」


臆病になり、おまじないに頼った女の子は。


ことり「私は」

穂乃果「……うん」


今初めて、自分の想いに自分の力で向き合う。


「私、南ことりは―――――」



そして、女の子は。







ことり「体育倉庫で二人きりになるおまじない……?」完?

【SIDE : ??】





『あの日』 夜、音ノ木坂学院 屋上



「流石、と言うべきなんかねぇ」


救出隊が体育倉庫の戸を開くのを眺めながら、彼女は呟く。
手には『絶対に叶うおまじない』というタイトルが書かれた本を持っている。


「あの子は本当にすごい子やね」


高坂穂乃果。彼女がいなければ、あの戸が開くことはなかっただろう。

そして、


「南ことりちゃん」


今回の元凶となった少女。
『体育倉庫で二人きりになる』おまじないを、『体育倉庫に閉じ込められる』呪いに変えた少女。

「まさかここまでのことになるとはなぁ。こんなことなら教えるんやなかった」


彼女の見立てでは、こんな事態が起こるなんて夢にも思っていなかった。

高坂穂乃果も南ことりも、何の力も持たないどこにでもいる人間に過ぎない。
では何故、今回このような現象が発生したのか。その答えを、彼女は知っている。



「愛、やろなぁ」


そう呟いて、彼女はニヤッと笑った。


「ウチもまだまだ、勉強不足やね」

倉庫の前の一団、その中心にいる二人を見つめる。
フッと笑うと、そのまま屋上を歩き始める彼女。


「ま、君達ならお似合いなんじゃないかなぁ?」


コツコツと靴音が響く。


「二人の未来に、幸あれ」




いつの間にか靴音は消え。
彼女の姿も屋上から消えていた。







ことり「体育倉庫で二人きりになるおまじない……?」完

読んでくださった方、ありがとうございました。

ことり×穂乃果のSSがもっと増えることを祈ってます。

それから、途中で退場してしまった海未ちゃんメインの後日談を書こうと思っているんですが、

海未×絵里と海未×亜里沙、
どちらのほうが需要ありますかね?
23時までを目安にアンケートを取りますので、好みのほうを選んでみてください。



書き込みがなければ私が書きやすいほうで書きます。

なんかどっちも同じくらいの人気なので、姉妹丼にすることにします。
ご協力ありがとうございました。

あと、ことほのはまた書くつもりです。マイフェイバリットカップルなので。

このSSまとめへのコメント

1 :  無名   2014年05月30日 (金) 05:21:04   ID: FhZGikM7

前に「好きって気持ち」買いてた人ですか?

2 :  ツユキング   2014年06月01日 (日) 03:18:26   ID: -ho-deFI

面白かったです

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未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

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