世界から愛されたあの子の話 (26)

・グロ表現があります
・オリジナルです


初ですがお願いします。

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あるところにそれはそれは可愛らしい女の子がいました。
目鼻立ちの整った顔に、ガラスの鈴のように透き通った声。流れる黒髪は艶やかで、誰からも好かれる良い性格。
天は彼女に全てを与えたというような、そんな子でした。
ですが、自分の持つものを自慢するわけでもなく、爽やかに過ごす子でしたので、世界中の人が彼女を愛しました。

しかし、そんな彼女を面白くないと思う子がいました。彼女もまた可愛い子でしたが、やっぱり世界中に愛された女の子には劣ります。


「ちやほやされるのはいつもあの子ばっかり。」

彼女は毒々しく呟きました。嫉妬と羨望。私もあの子に負けないくらい可愛いのに、どうして、どうして。いつもいつも羨ましく思っては、ため息をつくのでした。

やがて時はたち、二人は美しい女性へと成長しました。しかし、やはり愛されもてはやされるのはあの子だけ。
しだいに彼女は、あの子がいなければいいのに、と思うようになりました。

あの子がいなければ、彼女が世界で一番美しい女性になるのです。
あの子がいなければ、世界中の人々の愛は、彼女の方へ向くのです。


「あの子さえいなければ……」


「憎いか」

何かがささやきました。彼女はびっくりして振り返りました。しかし、誰もいません。彼女はいぶかしげに首を傾げました。

「憎いか」

また、声が聞こえました。よく見てみると、それは彼女の影でした。ささやきかけていたのは彼女の影だったのです。

「なんなの! いったい、なんなの!」

「俺は、悪魔さ。」

影がくつりと嗤いました。

彼女の憎しみは大きくドス黒く成長していました。大きな大きな不の塊になりました。
そこに目をつけたのは、一匹の悪魔でした。
大昔、それこそ西暦が始まるずっと前、悪魔は大いなる存在として力の限りを振るっていました。
ですが、力をつけ強くなった古の人たちに封印され、力を失ってしまったのです。

それ以来ずっと悪魔はじっと耐え忍び力を溜め込んでいました。
悪魔は人の憎しみや妬みを食い物に成長していきますから、人一倍悪意の強かった彼女が目をつけられるのも、ある意味当然のことだったのかもしれません。


「俺はお前の願いをかなえてやろう」

「じゃあ、じゃあ、あの子を殺して」

搾り出すように彼女が言葉をつむぎました。彼女の額から汗がたらりと零れました。
影はくつくつと嗤いました。

「すまないが、俺は力を失っている。直接手を下すことはできんのだ」

「じゃあ、私を彼女より美しくして!」

影はまたも、肩を震わせて嗤います。

「そんなことは天使や女神に頼むもんだ。俺は悪魔だぞ?」



「だったら、だったら、全世界があの子を嫌うようにして!!」



半ば叫ぶように彼女は願いました。影は一瞬固まりましたが、大きく口を開けて嗤いました。

「わかった、よかろう、叶えてやる! 死ぬまで世界に嫌わせるなど造作もない! 明日から楽しみにしておくがいい!」

獰猛な影の牙が見えて、彼女は身震いしました。一瞬、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないという不安がよぎりましたが、これからは彼女の時代です。
皆にもてはやされている自分を想像して、彼女は満足げに微笑みました。

「では、また会おう。」

影は消えました。しん、と辺りは静まり返り、先ほどまでの出来事がまるで夢幻であったような心地になりました。
彼女はうーんと伸びをして、静かに眠りの世界へと飲み込まれていきました。

翌朝起きると、悲鳴が聞こえました。
あわてて外に出てみると、あの子が殴られ蹴られていました。

「やめて!! お母さん、やめて!!」

「うるさい!! お前なんて生まなければよかった! 消えろ! とっとといなくなれ!!」

あの子のお母さんは目を血走らせ、あの子を何度も蹴りつけます。
辺りの人々も止めようとはせず、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべていました。

いい気味、彼女もにやりと嗤います。

「ねえ、私もやっていいかしら?」

「あ、俺も俺も」

「もちろんよ、この子を教育してあげてちょうだい!」

野次馬も入り、暴行の嵐が始まりました。白い陶器のようだった肌が血と汗と泥で汚れていきます。

男があの子の腹を蹴り抜きました。
女があの子の足を踏みつけました。
気絶しそうになったあの子に、老人が冷たい水を浴びせました。
青年が木の棒で、あの子の背中を何度もたたきました。
子供が彼女に向かって石を投げつけました。


一人の男があの子の髪を強引に引っ張り、顔を上に向けさせました。

「いらいらさせやがる」

男はその顔に握りこぶしを叩き込みました。ぐしゃり、と嫌な音がして彼女は地面にたたきつけられました。何本かの歯が折れたようです。
あの子は涙と血で顔をぐしゃぐしゃにしながら蹲っています。何かにすがるように伸ばした右手も、別の誰かに踏みつけられました。

「あ、ぐ、ああ、あ」

指先は妙な方向にひしゃげ、血濡れで震えるあの子を見て彼女はだんだんと吐き気を催すようになりました。

「どこかに片付けてくれない?」

彼女が言うと、周りの人々は嘘のように優しくなりました。


「もちろんだよ! ごめんね、不快なものをみせて」

「いいのよ、当然の報いだわ。でもそれ以上は気分が悪いから、どこか別のところでやってちょうだい。」

そうしてあの子はどこかへと引きずられ、連れ去られていきました。

それからというもの、彼女は世界一の美しい女性としてもてはやされ、愛されるようになりました。
彼女の笑顔は花が咲き誇ったようで、彼女の声は小鳥のさえずりのようだと口々に褒め称えられるようになりました。


「ふふ、うふふ」

彼女は間違いなく誰よりも幸せになりました。子供も大人も老人も、誰しもが彼女を心から愛し、あの子を心から嫌っていました。



「楽しそうじゃないか」



誰かが話しかけてきました。どこかで聞いたことのあるような声です。
振り返ると、あのときの悪魔がくつくつと嗤っていました。


「ありがとう、貴方のおかげで私は素晴らしい毎日だわ!」

「それはよかったじゃないか」

だが、と悪魔は続けます。

「あの子が死ぬまで、世界はあの子を嫌い続ける。それがどういう意味か、お前は理解していないのだな」

「え?」

瞬きをしたとたん、悪魔は消え去っていました。まるではじめから誰もいなかったように、風がカーテンを揺らしています。
彼女は最後に悪魔が残した言葉を気にはしましたが、とるにたらないことだと思いました。
レモネードティーが彼女の喉を潤していきました。

ある朝のことです。彼女は朝日を浴びに屋上へと出ました。
柔らかな日差しが彼女の髪を輝かせ、花のにおいが優しく彼女をつつみこみます。

うーんと伸びをしますとなにやらあくびが出てきましたので、口に手を当ててふわあ、と可愛らしく息を吸い込みました。



目を開けると、そこにはあの子が立っていました。


「え」

あくびによって出た涙を白いシルクのハンカチで拭い、頬を軽く叩いてもう一度前を向きました。

やはりそこにはあの子が立っています。

あの子は誰かに脱がされたのか、生まれたままの姿で立っていました。
頬は腫れ上がり、美しかった髪は無残に切られ、過去の美しさをとどめていませんでした。
指先は紫色に変色し、太ももからは血が流れていました。
お尻や背中には無数に蚯蚓腫れが走り、足にも青あざがいくつもありました。


「なん、で」


彼女は両目を見開きそう問いました。
あの子は何も言わず、彼女の目を見つめていました。そしてにこり、と笑って見せました。歯はありませんでした。
彼女は恐怖で後ずさりしました。何で、どうして。彼女の足はがくがくと震えます。

あの子の笑みが消えました。
無表情。
あの子の目はもう何も見つめていませんでした。どんよりと濁ったものが目の中に渦巻いていました。


そして。


あの子は彼女の視界から消え、落ちていきました。
風を切るような音の後に、何かがつぶれたような鈍い音が響きました。

あの子は死んでしまいました。しかし、彼女はまったく悲しくありませんでした。
どうやって屋上までたどりついたのかは分かりませんが、あの子はもうこの世にはいません。

名実共に、彼女は世界で最も美しい女性になったのです。
彼女の気分は爽快でした。


しかし、世界はそうではありませんでした。


世界は悲しみの渦に溢れていました。いつもはにぎやかな通りには誰もいません。子供が元気良く遊んでいる公園にも、誰もいません。
何かがおかしい、彼女はやっと気づきました。


子供に出会いました。子供はわんわんと泣いていました。泣くというより悲鳴のように聞こえました。
彼女は何故泣いているのか話しかけましたが、子供は彼女に見向きもせず泣くばかりでした。


青年に出会いました。思いつめたような顔をしていました。手に刃物をもって、ぶるぶると震えていました。


男に出会いました。真っ青になって、汗をだらだらと流していました。壊れたテープのように、同じ言葉を繰り返していました。

あの子のお母さんに出会いました。あの子のお母さんはあの子の部屋で首を吊って、ぶらぶらと揺れていました。
足元には、震えてミミズのように這った字で遺書が残されていました。



『ごめんなさい』



彼女は家を飛び出しました。一人また一人と人が死んでいきます。男は飛び降りて、ざくろのように飛び散っていました。
青年は自らの首を掻き切り、血の海に沈んでいました。子供は頭を石で殴りつけ、涙で腫れた目を血にぬらして死んでいました。

皆皆、一様に同じ言葉を残していました。

『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』
『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』



『ごめんなさい』、そしてあの子の名前と共に、皆皆死んでいきました。

「どういうこと、どういうことよ!!!」

彼女は座り込んで叫びました。誰も彼女のことを見ていませんでした。彼女以外誰一人として、自らの命を絶たなかったものはいませんでした。
ぽつぽつと雨が降り出しました。雨は血を吸って赤く染まっていきました。


「死んだからだよ」


勢い良く振り返ると、悪魔が立っていました。相変わらずくつくつと楽しそうに嗤っています。

「どうして、どうしてあの子が死んだら、皆も死ぬのよ!」

「世界が『あの子』を嫌う呪いは、あの子が死ぬまで効力を発揮する。だからこそ、皆追っていったのだ。」

あの子は世界中から愛されていました。
あの子は世界中から嫌われるようになりました。
そしてあの子は死にました。
あの子が死んで呪いは解け、世界は思い出したのです。


あの子への愛を。


世界はあの子への愛を思い出し、自分たちがした愛するあの子への仕打ちを思い出したのです。
罵詈雑言を、暴力を、乱暴を。

世界中の人々はそんなことをしてしまった自分自身に絶望し、皆命を絶って行ったのでした。


「そんな、そんな、うそ、うそだ」

「わたし、そ、そこまでする、つもり、じゃなくて……」

彼女はがくがくと震えていました。自慢の顔は涙でぐしゃぐしゃになり、ばっちり決めたメイクもどろどろはがれていきます。
そんな姿の彼女を見て、影はくっくっと嗤いました。

「結局お前は、誰にも見られていなかったんだな」

影が忍び寄ります。

「世界はお前じゃなく、あの子を選んだ」

一歩一歩、近づいていきます。

「お前は結局、何がしたかったんだろうな」

その獰猛で大きな口を開いて、



「…あ……ああ……ご…ごめんなさ」



影は彼女が言い終える前に飲み込んでしまいました。
後には何も残りませんでした。




おしまい

小さい子向けの絵本を書こうと思って書いたのですが、
不評でしたのでボツにしていたものを見つけたため、せっかくなので投稿してみました。

ありがとうございました。

面白いと思ったんだけど不評だったのか
おつおつ

>>20
書いた後で、小さい子向けという趣旨を思い出しまして、
流石に小さい子にはえぐい、という評価でした


HTML化は出し終わりました

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