モバマス・おくのほそ道 (136)

・このSSは、松尾芭蕉の「おくのほそ道」をベースにしています。

・ゆるゆると旅をするだけの物語です。

・作者独自の解釈・脚色が含まれます。ご了承下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1400847500

~芭蕉庵~

松尾芭蕉(まつお ばしょう:浜口あやめ)「……」ゴロゴロ

あやめ「暇だなぁ。旅に出てみようかなぁ……」

あやめ「つい最近、明石や須磨にまで出かけたというのに……」

あやめ「そういえば、まだ奥州には行ったことがありませんでしたね……
    よし、そうと決まれば奥州に行ってみましょう!」


「ごめんください」

あやめ「どなたですか?」

曾良(そら:脇山珠美)「こんにちは、あやめ殿」

あやめ「珠美殿、ちょうど良いところに。どうですか珠美殿、一緒に旅に出ませんか?」

珠美「おお、旅ですか。どこに行こうというのです?」

あやめ「とりあえず奥州に行ってみようかと」

珠美「良いですね。最近珠美も無聊をかこっておりまして、
   あやめ殿と話でもして暇潰しをしようと思っていたところなのです。来て良かった」

あやめ「そうと決まれば、早速旅支度を始めましょう……えーっと、何がいるかな?」

珠美「せっかく旅をするのであれば、歌を詠むだけではなく日記なども書いてみてはいかがですか。
   後で読み返せば、良い思い出となりましょう」

あやめ「そうですね。では紙と硯と筆と…」

~数日後~


あやめ「」サラサラ


『月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり…』


珠美「どうですか、支度の方は」

あやめ「おお珠美殿。旅支度は済んでおりますよ。いまは紀行文の序文を書いているところです」

珠美「ではいつでも出立できますね。
   それよりも、いつまでも『紀行文』と呼ぶのはいささか味気ないですね。題名をつけられては?」

あやめ「そうですね…奥州への旅だから……
    奥州街道は『奥の大道』と呼ばれていますから、
    奇を衒って『おくのほそ道』というのはどうでしょう?」

珠美「『おくのほそ道』ですか……うんうん、諧謔の効いた良い題名ですね」

あやめ「では決まりですね。
    そうそう、旅に出るにあたって、この庵は別の人に譲ることにしました」

珠美「え、それだと帰ってくる家がなくなるんじゃあ……」

あやめ「我が人生はすなわち旅。帰る家などあやめには必要ありません」

珠美「さすがあやめ殿、潔い!」

あやめ「そして、今度この家に住む家族には小さな女の子がいるそうなのです。
    そこで旅の手始めに、挨拶代わりに句を詠んでみました」


『草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家』 芭蕉

(この小さな家も、今度家主が替わることになった。新しく入居する家族には小さな女の子がいるという。
この殺風景な家が、雛人形を飾るような華やかな家に変わるのだ)

~旅立ち 三月二十七日~


「いってらっしゃーい!」

「お元気で!」

「お土産買ってきてねー!」


あやめ「皆さんわざわざ見送ってくださるなんて…」

珠美「旅に出ると決めたときはワクワクしましたけど、いざ出立となると何だかさびしくなりますね」

あやめ「そうですね。別に泣く必要は無いと思いながらも、勝手に涙が…」

珠美「周りの草花や鳥達も、なんだか珠美たちを見送ってくれているような…」


『行く春や 鳥啼き魚の 目は涙』 芭蕉

(過ぎ行く春を惜しんで人間だけでなく、鳥までも啼き、魚の目も涙で潤む。
皆、旅に出る私達を囲み、別れを惜しんでくれた)

~草加(そうか)の宿~


珠美「旅を始めての、記念すべき第一夜目ですね」

あやめ「うう、重かった。荷物が肩に食い込んで痛い」

珠美「一体何をそんなに持ってきたのですか?」

あやめ「まずは筆記用具……
    その他は浴衣や紙子一衣(かみこいちえ:防寒具)とか、あとは皆さんから頂いた餞別の品ですね」

珠美「徒の旅なのですから、もっと荷物を少なくしないと」

あやめ「それはそうなのですが、せっかく頂いたものを捨てるのは、なんだかしのびなくて……」

~室の八島(むろのやしま) 三月二十八日~


珠美「ここが八島明神(大神神社)です。
   ここでは、『木の花咲耶姫(このはなさくやひめ)』が祀られています」

あやめ「何か謂れなどがあるのですか?」

珠美「はい。木の花咲耶姫は浅間神社に祀られている神と同じものです。
   この姫はたった一夜で身篭ってしまい、夫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に疑われてしまったので、
   出入り口の無い部屋を作り、その中に入りました」

珠美「そして、もしこの子が瓊瓊杵尊の実の子であれば炎で焼け死ぬことは無いと、
   身の潔白を示すために部屋に火をかけたのです。
   そして炎の中から無事に山幸彦(やまさちひこ)が生まれました。
   そこでかまど(八島)のように燃える部屋(室)という意味で、室の八島と呼ぶようになったのです」

あやめ「この地名には、そんな由来があったのですか」

珠美「それにこの地方では、“このしろ”という魚を食べるのを禁じています。
   理由は、その魚を焼くと人肉が焼けるような臭いがするといわれているからです」

あやめ「人肉ですと? それは勘弁してほしいものです」

~日光(にっこう) 三月三十日~


宿の主人「私はできるだけ他人に誠心誠意尽くすように生きてきました。
     そのおかげでしょうか、自分で言うのもなんですが、
     世間では『仏五左衛門(ほとけござえもん)』とよばれております。
     真心をこめてお世話させて頂きます」

あやめ「それはそれは、かたじけのうございます」

五左衛門「旅でお疲れでしょう。湯を用意しておりますので、お入りください。
     その間に食事のご用意をしておきます」

珠美「重ね重ね、ご迷惑をおかけします」

五左衛門「いえいえ、とんでもございません」

珠美「どうやら世評通りの人格者のようですね」

あやめ「『論語』には意志堅固で虚飾の無い人は理想の人格者であるとあります。
    五左衛門殿の心の清冽さは尊敬に値しますね」

~日光山 四月一日~


あやめ「ここはもともと二荒山(ふたらさん)と呼ばれていましたが、
    空海(くうかい)大師がここに寺を建立したときに日光と改めたそうです」

珠美「ご利益のありあそうな名前です。
   今は泰平の世ですが、空海大師はこれを予見していたのでしょうか」

あやめ「これ以上とやかく言うのは、空海大師に恐れ多いですね。俳句でも詠みましょうか」


『あらたふと 青葉若葉の 日の光』 芭蕉

(なんと尊いことだろう。
この山の青葉や若葉は、初夏の日差しばかりか、日光山の威光によって照り輝いている)





珠美「おや? あやめ殿、東照宮の方は、おくのほそ道には書かないのですか?」

あやめ「空海大師に比べれば、家康公なんて……おっと」ゲフンゲフン

~黒髪山(くろかみやま)~


あやめ「突然ですが、今回の旅の同行人である珠美殿について話をしましょう」


『剃り捨てて 黒髪山に 衣更』 曾良

(出家し、旅に死ぬ覚悟をして江戸を出たが、この黒髪山で衣更を迎えた。
あの出発の日が思い出され、旅の覚悟を新たにした)

あやめ「珠美殿は姓は河合(かわい)、名は惣五郎(そうごろう)と言い、
芭蕉庵の近くに住んでいました。
今回の旅では、松島(まつしま)・象潟(きさがた)の風景を見ることが一番の目的のようです」

あやめ「実は今回の旅に同行するにおよんで出家し、名を宗悟(そうご)としたのです。
『衣更』の二字からは、珠美殿の気合の入れようが窺えます」

あやめちゃんちょっと駿河いこうか

~裏見の滝~


珠美「見てください、この滝を」

あやめ「滝が切り立った崖に囲まれていますね。珍しい……」

珠美「この滝を見るには、洞穴をくぐり、滝の裏側に回らなければならないので、
   『裏見の滝』と呼ばれています」

あやめ「おっと…危うく転ぶところでした。足元が不安定ですね。修行にはぴったりなのでしょうか?」



『しばらくは 滝にこもるや 夏の初め』 芭蕉

(この滝の洞窟にこもっていると、
 夏篭り(げごもり:僧の夏の修行)の初めのように、身も心も引き締まる思いがする)

~那須野(なすの)~


あやめ「う~ん、道に迷ってしまいましたね」

珠美「あの人に聞いてみましょう…すみませーん!」

男「どうかしましたか?」

珠美「道に迷ってしまったのですが」

男「あんた達はこの辺の人じゃないね。
  このあたりは分かれ道が多くて、土地勘がないとさらに迷ってしまうよ……
  そうだ、この馬を貸そう。近くの村まで馬が導いてくれるよ」

あやめ「かたじけない。この御恩は決して忘れません」

男「そんな大袈裟なモンじゃないって」

パカラッ パカラッ


あやめ「ん?」

少女「あっ、たびびとさんだ、どこにいくの?」

あやめ「黒羽(くろばね)というところに向かっているのですよ」

少女「くろばねなら、あっちだよ」

あやめ「かたじけない……失礼ですが、お名前は?」

少女「『かさね』っていうの」

あやめ「かさね殿ですか。優雅な名前ですね」

珠美「むむむ……あやめ殿、一句浮かびましたよ」サラサラ


『かさねとは 八重撫子の 名なるべし』 曾良

(女の子は撫子にたとえられるが、この子の名は『かさね』だという。
花で例えるなら、花びらが重なっている『八重撫子』といったところだろう)





珠美「なんとか村にたどりつきましたね」

あやめ「馬の鞍に、代金を結びつけておきましょう」

~黒羽 四月四日~


浄法寺(じょうぼうじ)某「おお、あやめ殿。お久しゅうございます」

あやめ「お久しぶりです浄法寺殿。
    いま私達は奥州への旅の途中でして、できればここで宿を取りたいのですが」

浄法寺「是非、何日でもごお過ごしください。
    そうだ、このあたりはいろいろと言い伝えや史跡が残っているのです。よろしければ案内しましょう」

浄法寺「那須与一(なすのよいち)が平氏の扇を射抜くときに、
    『別してはわが国の氏神正八幡』と祈願したのはこの八幡宮でございます」

珠美「私も是非あやかりたいものです」




浄法寺「ここが、鎌倉時代に犬追物(いぬおうもの:騎射競技の一種)が行われた跡地です」

あやめ「ほうほう、なるほど。教えられなければ、普通の平地ですね」




浄法寺「これが、玉藻の前(たまものまえ)が退治された後に作られた塚です」

珠美「なんと、ここで玉藻の前が……
   ま、まさか化けて出てくるなんてことは、ありませんよね?」ガクガクブルブル

浄法寺「この光明寺(こうみょうじ)には、
    役の行者(えんのぎょうじゃ)を祀っている行者堂があります」

あやめ「ここだけ何だか空気が違う…?」


『夏山に 足駄を拝む 首途かな』 芭蕉

(奥州の夏の山を目指す旅だが、
 その峰々を踏破した先達である役の行者にあやかりたいと思って、行者の高足駄を拝んだ)

~下野(しもつけ)国・雲巌寺(うんがんじ) 四月十五日~


あやめ「この雲巌寺は、私の師匠である仏頂(ぶっちょう)和尚が山篭りした跡があるんです」

珠美「どんな方だったんですか?」

あやめ「和尚は修行中に、


『竪横の 五尺にたらぬ 草の庵 結ぶもくやし 雨なかりせば』

(こんな狭い小屋でも、雨をしのぐと思うと手放せず残念だ。まだ無一物の心境にはなれない)


という歌を詠んだのです」

珠美「随分熱心に修行に励んでおられたのですね」

あやめ「たしかその歌を、松の炭で近くの岩に書き付けたとかおっしゃっていました。
    まだ残っていると思いますし、せっかくなので見に行きましょうか」



ワイワイ ガヤガヤ


珠美「けっこう人がいますね」

あやめ「そうですね……あ! あの崖のところを見てください!」

珠美「どこですか?」

あやめ「崖の近くに庵が見えますか? あれが修行のときに使う庵ですよ。たぶん」

珠美「昼間だというのに、なんだか薄気味悪いなぁ…」

あやめ「記念に何か詠んでみましょうか」


『木啄も 庵は破らず 夏木立』 芭蕉

(静かな夏の林のなかで、木啄が木をつつく音が聞こえる。
しかし木啄も和尚には遠慮していると見えて、庵は元のままの形を保っている)


あやめ「こんな感じですね。この柱に掛けておきましょう」ヒョイッ

~那須温泉・殺生石(せっしょうせき) 四月十八日~


あやめ「珠美殿、那須温泉の近くに、殺生石というものがあるのをご存知ですか?」

珠美「なんですか、それは」

あやめ「殺生石は、美女に化けた狐が射殺されて石になったという曰くがあるのです。
    石に近づいた虫や小動物は、なぜかばたばたと死んでいくとか」

珠美「そういう類のものは少し苦手ですが……
   あやめ殿が案内して下さるというのであれば、喜んでついていきますよ」

浄法寺の従者「わが主から、お二人に馬を貸して差し上げるようにと言付かっております」

あやめ「それはありがたい。浄法寺殿にもよろしくお伝えくだされ」

従者「……高名な芭蕉様にこんなお願いをするのは、
   まことに失礼であると思うのですが、よろしければ一句詠んでいただけませんか?」

あやめ「お安い御用です」



『野を横に 馬引き向けよ ほととぎす』 芭蕉

(野道の横をホトトギスが通り過ぎた。馬を横に停めてください。
ホトトギスの声を楽しもうじゃありませんか)



あやめ「どうぞ」

従者「ありがとうございます」

~蘆野(あしの)の里~


珠美「そういえばこのあたりに、
   西行(さいぎょう)法師が『清水流るる柳かけ』と詠んだ柳があるとか」

あやめ「たぶん……あの畦道にある柳のことでしょう」

珠美「これが、その柳なのでしょうか……?」

あやめ「田植えをしていますね。西行法師にあやかって、私達も手伝いましょう」



『田一枚 植ゑて立ち去る 柳かな』 芭蕉

(西行法師が立ち寄った柳の木の下で感慨にふけっていると、
田植えを手伝いたくなり、田一枚分の田植えをした。
やがて我に帰って、感無量の思いで柳を立ち去ることにした)

~白河(しらかわ)の関 四月二十日~


珠美「ついにたどり着きましたね…」

あやめ「これが白河の関……。平兼盛(たいらの かねもり)が


『たよりあらば いかで都へ告げやらむ 今日白河の 関は越えぬと』

(良いついでがあったら、今日無事に白河の関を越えたことを家族に知らせたい)


と詠んだのもわかりますね。ここから先は、私達にとってはまさに異郷です」

珠美「後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)に収められている、


『都をば 霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関』

(霞立つ春に都を出発したが、白河の関に着くともう秋風が吹いている)


という歌が聞こえてきそうです」

あやめ「源頼政(みなもとの よりまさ)の


『都には まだ青葉にて 見しかども 紅葉散り敷く 白河の関』

(都を出発するときは木々の葉は青葉だったのに、白河の関に着いたときは既に、紅葉が散り敷いている)


という歌を思い返すと、目の前に紅葉が広がっている情景が浮かびますが、
いま目の前に広がる青葉の梢も、なんだか侘しさを感じますね」

珠美「いまの季節は卯の花が真っ白に咲いています。まるで雪化粧の関を越えるかのような気分ですね」



『卯の花を かざしに関の 晴れ着かな』 曾良

(卯の花を晴れ着がわりに髪に挿して、関を越えよう)

~須賀川(すかがわ) 四月二十二日~


珠美「これからどうします?」

あやめ「須賀川という宿場に等窮(とうきゅう)殿という知り合いがいるので、
まずはそこを訪ねましょう」



珠美「ここは、たぶん影沼(かげぬま:鏡沼とも)ですね。
昔話によると、この沼は空を飛ぶ鳥の姿を映すとか」

あやめ「しかしあいにく、今日はあまり良い天気ではありませんから、
なにも映らないでしょう」

珠美「う~ん、言い伝え通りの光景を見ることができると思ったのになぁ」

~等窮の屋敷~


等窮「お久しぶりです、芭蕉様。白河の関を越えて、何か良い句は浮かびましたか?」

あやめ「長旅で疲れていて、
その上、白河の関にゆかりのある歌や故事ばかり思い浮かべて、作句できませんでした」

等窮「ならばこの屋敷にご逗留の間、何か句を詠まれると良いでしょう。
   そうだ、この屋敷にご逗留なさる間、連句でも詠んでみますか。
   発句は芭蕉様が詠まれるということで」

あやめ「う~ん、そうですね……」


『風流の 初めや奥の 田植え歌』 芭蕉

(白河の関を越えて初めに耳にしたのは田植え歌だ。これが奥州で味わう最初の風流になる)



あやめ『結局、等窮殿の屋敷に滞在する間、
    この句を発句として三巻もの連句ができてしまいました……』

~栗斎(りっさい)の庵~


あやめ「ごめんください」

栗斎「どちら様で?」

あやめ「私は等窮殿の知り合いで、松尾芭蕉と申します」

栗斎「おお、あの芭蕉様でしたか。これはとんだご無礼を」

あやめ「こちらこそ、突然お邪魔して申し訳ございません」

栗斎「いえいえ、お気になさらず。ところで、芭蕉様がこんな茅屋に何の御用事で?」

あやめ「等窮殿から、西行法師と同じ暮らしをしている友人がいるとお聞きしたものでして」

栗斎「それがしは西行法師のような高潔な者ではございません。もしかして



『山深き 岩にしただる 水溜めむ かつがつ落つる 橡拾ふほど』

(山が深いので岩の間を滴る水を溜めよう。わずかに落ちている橡(とち)の実を拾う間に)



   という句を引き合いに出されているのですか?」

あやめ「その通りです。西行法師も、こんな山深い場所で静かに暮らしていたのかと…」

栗斎「ははは、そんな良いものではございません。
   そういえば、このあたりには栗が多く生えておるのですが、こんな文句がありますぞ」


『栗といふ文字は、西の木と書きて西方浄土に便りありと、
 行基菩薩の一生杖にも柱にもこの木を用ゐるたまふとかや』

(栗という字は西の木と書いて、西方の極楽浄土に縁のある木だといわれ、
行基菩薩が杖にも柱にもこの木を用いられたとか)

あやめ「そんな話があるのですか。勉強になります」


『世の人の 見付けぬ花や 軒の栗』 芭蕉

(この庵の軒に咲いている栗の花は目立たないので、世間からは注目されにくい。
しかし、この庵で清貧に生きる主人は、行基菩薩と同じ思いを栗の花に託しているに違いない)

~浅香山(あさかやま) 四月二十九日~


あやめ「ここは、かの有名な浅香山(安積山)があるらしいですね」

珠美「数多の歌にあるように、本当に沼が多いですね」

あやめ「藤原実方(ふじわらの さねかた)の伝説によれば、
    このあたりで“かつみ”という花があるらしいのです。探してみましょう」





農民A「かつみ?そんな花きいたことないねぇ」

農民B「かつみ…かつみ…はて、知らんなぁ」

珠美「かつみの花はありませんね…おかしいな……」

あやめ「もう日が暮れてしまいます。
    かつみの花探しは諦めて、今夜は福島(ふくしま)に泊まりましょう」

珠美「そうですね…あっ、あやめ殿あれを見てください!」

あやめ「あの洞窟が何か?」

珠美「あれが黒塚の岩屋(くろづかのいわや)ですよ。鬼女が住んでいたという」

あやめ「あれがそうなのですか…? 
    暗くなってきましたし、それになんだか不気味です。
    まるで今にも鬼がでてきそうな……とにかく、早く宿に向かいましょう」

~信夫(しのぶ)の里~


あやめ「これが古歌によく出てくる、しのぶもじ摺りの石ですか?」

珠美「宿の主人の話によれば、このあたりのはずなのですが……」

あやめ「石がたくさん埋まってますね」

村人「あんた達は旅人かい?」

あやめ「そうです。北へ向かう道すがら、しのぶもじ摺りの石を見に来たんです」

村人「そうかい、ならばこの石の伝説をおしえてあげよう」

村人「昔、この石は山の上にあったんだけど、
   通行人が畑を荒らしてはこの石の表面に摺りつけたりしてたのさ。
   それを近くにすむ村人達が嫌って、石を谷に突き落としたんで石の表面が下向きに横たわっているんだよ」

あやめ&珠美(ほんとうにそんなことあるのかなぁ…)

あやめ「そ、そうだったのですか。わざわざ教えていただいてありがとうございました」

村人「良いんだよ。俺達も暇だしね。旅人は珍しいのさ」



『早苗とる 手もとや昔 しのぶ摺り』 芭蕉

(苗取りをしている村人の手を見ると、むかし衣にしのぶ摺りをしていたときの手つきがしのばれて、
なんとも懐かしい思いがする)

~飯塚の里~


珠美「このあたりですね、佐藤元治(さとう もとはる)の丸山城(まるやまじょう)があったというのは」

あやめ「おや、あれが継信(つぐのぶ)・忠信(ただのぶ)兄弟の妻二人の墓碑ですね」

珠美「たしか、戦死した兄弟の凱旋を見られないことを悲しんだ姑のために、
   兄弟の妻達は具足を身に着けて姑を慰めたとか…」

あやめ「堕涙(だるい)の碑、ですか…」


住職「もしかしてあなた様は、松尾芭蕉様ではありませんか?」

あやめ「そうですが」

住職「もしよろしければ、寺でご休息なさってはいかがです?
   義経や弁慶が使っていたとされる品が、我が寺に保管されているのですが、
   見物がてらに」

あやめ「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」



『笈も太刀も 五月に飾れ 紙幟』 芭蕉

(五月の端午の節句も近いので、あちこちで紙の鯉幟が泳いでいる。
義経の太刀や弁慶の笈も、一緒に飾って欲しいものだ)


※笈(おい)…山伏などが、旅行道具を入れて背負う箱。

~飯塚温泉の宿・五月一日 深夜~


ピカッ ゴロゴロゴロ
ザアァァァァ


珠美「雷や雨が激しいですね。それに…」

プゥゥゥゥン

珠美「蚊が鬱陶しくて寝れません」

あやめ「うーん…うーん」

珠美「あやめ殿、いかがなさいました?」

あやめ「少し…体調が…」

珠美「大丈夫ですか? いま薬を用意しますね」

あやめ「ありがとうございます」



~翌朝~

珠美「あまり無理はしないほうが…」

あやめ「大丈夫です。
    しかし歩くのはすこし厳しいので、申し訳ありませんが馬車を雇って頂けませんか?」

~桑折(こおり) 五月三日~


あやめ(まだまだ先は長いのに、こんなところで病にかかるなんて、この先大丈夫だろうか……)

あやめ(まあ、人はいつかは死ぬものです。
    今まで住んでいた家まで捨てて来たのですから、これ以上何を失うというのです)

あやめ(死ねばそれまでの命。人生とはそういうものでしょう?)

~笠島(かさしま)~


あやめ「笠島といえば、藤原実方の墓があるんですよね」

珠美「あの人に聞いてみましょう。場所をご存知かもしれません」



珠美「すみません。少しよろしいでしょうか?」

村人「どうしました?」

珠美「このあたりに藤原実方の墓があると聞いたのですが」

村人「ああ、それならこの道をまっすぐに進んでいけば、薄が生えてるからそのあたりだよ」

珠美「ありがとうございます……あやめ殿、参りましょう」

あやめ「ええ」

ザァァァァ


珠美「五月雨ですね…」

あやめ「ぬかるんでいて歩きにくいです」ベチャベチャ

珠美「ハアハア…もう珠美はくたびれました」

あやめ「あやめもです。ここまで来てなんですが、もう遠くから眺めるだけにしませんか?」

珠美「そ、そうですね。珠美もそれが良いと思います!」

あやめ「ふふっ」

珠美「どうしました?」

あやめ「この五月雨と、この笠島という地名は、なんだかぴったりだと思いまして」



『笠島は いづこ五月の ぬかり道』 芭蕉

(笠島とはどのあたりなのだろう。この五月雨とぬかり道では、行こうにも行けない)

~武隈(たけくま)~


あやめ「ここには、武隈の二木の松という有名な松があるのです」

珠美「能因(のういん)法師が歌を詠んだ松ですよね」



『武隈の 松はこのたび跡もなし 千歳をへてや 我は来つらむ』

(松の姿が消えている。
松の寿命は千年というが、以前来たときから千年も経って私が来たということなのか。
誰が松を切ったのだ。無粋なことをしてくれたものだ)



あやめ「この松は切ったり、接ぎ木をしたりしたと聞きましたが、充分立派な姿ではありませんか」


「これはこれは、芭蕉様ではありませんか」

あやめ「おお、挙白(きょはく)殿ではありませんか。息災でしたか?」

挙白「ええ、おかげさまで」

あやめ「私達は今、奥州をまわる旅をしているのです」

挙白「そうでしたか。せっかく芭蕉様にお会いしたのですから、
   この挙白も少しは腕を上げたというところを御覧に入れましょう」

『武隈の 松見せ申せ 遅桜』 挙白

(奥州の遅桜は、芭蕉様がそちらに着く頃には桜の花の季節は終わっているだろうから、
ぜひ武隈の松を御覧になってください)



あやめ「お見事です、挙白殿。では私からも」



『桜より 松は二木を 三月越し』 芭蕉

(遅桜の頃より見たいと思っていた武隈の松。その二木の松を見るのに三ヶ月かけましたよ)

~宮城野(みやぎの)~


珠美「あやめ殿見てください、軒先に菖蒲を差していますよ」

あやめ「端午の節句ですからね」


「もしかして、芭蕉様ではございませんか?」


あやめ「あなたは?」

加右衛門「申し遅れました。それがしは加右衛門(かえもん)と申します。
     このあたりで画工を営んでおります。
     自分で言うのもなんですが、いささか俳諧にも心得がございまして」

あやめ「そうでしたか。もしよろしければ、この付近を案内していただけませんか?」

加右衛門「それは望外の喜びです。しばらくの間、ぜひ我が家にご逗留ください」

あやめ「ありがとうございます」


加右衛門「あれがこの宮城野の名物、萩でございます。
     一方、玉田・横野・躑躅ヶ岡(つつじがおか)には、
     古歌に詠まれる馬酔木(あせび)の花が咲いています」

あやめ「加右衛門殿は、さすがに俳諧をたしなんでいるだけあって、
    いろんな歌枕(うたまくら:古歌に詠まれる名所)をご存知ですね」

加右衛門「実はここ数年、歌枕のなかで所在不明のものがどこにあるのかを調査しているんですよ」

あやめ「そうでしたか。通りでいろんな歌枕をご存知だと思いました」

加右衛門「なんの、まだまだ見るべき場所は数多くございますぞ」

~数日後~


あやめ「いろいろと案内していただき、ありがとうございました。
    私達はそろそろ出発しようと思います」

加右衛門「名残惜しいですが、別離もまた人生の醍醐味というものですな……
     出発に当たっては、この餞別の品を受け取っていただきたい」

あやめ「良いのですか? 中身が何かは分かりませんが、何やら高価そうなものですが」

加右衛門「それがしも風流人の端くれです。
     芭蕉様への餞別に、何をけちなことをする必要がありますか」

あやめ「そこまでおっしゃるなら、ありがたく受け取っておきます」

加右衛門「どうか道中、お気を付けて」


珠美「餞別の品とは、何でしょうね?」

あやめ「あけてみます……これは、紺の染め緒の草鞋ですね」

珠美「あやめ殿に『菖蒲』の草鞋ですか。加右衛門殿らしい」

あやめ「加右衛門殿、あなたはまことに“風流の痴れ者”です…」



『あやめ草 足に結ばん 草鞋の緒』 芭蕉

(菖蒲を連想させるような紺の染め緒を結べば、
菖蒲のように邪気を払い、旅の健脚を守ってくれるだろう)

~多賀城(たがじょう)~


あやめ「この多賀城には、『壷の碑(つぼのいしぶみ)』なるものがあると聞きました。
    見物しましょう」


『この城、神亀元年、按察使鎮守府将軍、大野朝臣東人之所置也。
 天平宝字六年、参議東海山節度使、同じく将軍恵美朝臣朝獦の修造にして。
 十二月朔日』

(この城は神亀元年(七二四年)に按察使(あぜち:地方巡察官)および
鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん:蝦夷征伐府長官)である
大野朝臣東人(おおの あそん あずまひと)が築いたものである。
天平宝字六年(七六二年)、
参議で東海道・東山道の節度使(せつどし:地方巡察官)および
鎮守府将軍である恵美朝臣朝獦(あみの あそん あさかり)が修理し、石碑を建立した。
十二月一日)

珠美「苔むしていて読みにくいですね」

あやめ「考えてみてください。
    あやめ達はこれまで多くの名所を訪ねてきましたが、
    その多くは崩れていたり、何もなかったりすることが多かったではありませんか。
    それに比べれば、千年前の石碑がこうして残っていることは、
    考えてみれば物凄いことですよ」

珠美「あやめ殿の言う通りですね。何だか千年前の歌人の心境がわかるような気がします」



※『壷の碑』と『多賀城碑』は別物であり、芭蕉が見物したのは実は『多賀城碑』
  本物の『壷の碑』には坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)によって、
 “日本中央”という文字が刻まれている。

~塩竃(しおがま)の浦 五月八日~


あやめ「珠美殿、あれをごらんください」

珠美「おや、松林の木々の間に、墓がありますね」

あやめ「比翼とか連理の枝とかというものは、ああいうものを指すのでしょうか?」

~宝国寺(ほうこくじ)~


ボォォォン ボォォォン


あやめ「……」

珠美「……」

あやめ「夕暮れ時に鐘の音を聞くと、人生の無常を感じます……」

珠美「あぁ、見てください。漁師の舟が帰ってきましたよ。
   どうやら釣れた魚を配分しているようですね。これぞまさに旅情……」

~深夜~


チャンチャカ チャンチャン

珠美「まったく誰ですか、琵琶を弾いているのは。眠れません」

あやめ「これも風流……なのかなぁ。
    でも、こんな鄙びた場所でも昔からの歌が残っているというのは、たいしたものです」

~塩竃神社~


珠美「これが塩竃神社ですか。噂には聞いていましたが、これほど荘厳だとは思いませんでした」

あやめ「伊達政宗(だて まさむね)公が再建したばかりですから、
    柱もしっかりしていて、色彩も鮮やかです」

珠美「あやめ殿、この宝灯の鉄扉の表面を見てください。何か文が彫ってありますよ」



『文治三年和泉三郎寄進』

珠美「和泉三郎(いずみの さぶろう)といえば五百年くらい前の人ですが、
   そんな大昔の人のものがいまだに残っていて、
   そして今なお人々の信仰を集めているのはたいしたことです」

あやめ「古人も


 『人よく道を勤め、義を守るべし。名もまたこれに従ふ』


    と言っていますからね。私達も、かくあらねばいけません」



※和泉三郎…藤原秀衡(ふじわらの ひでひら)の三男。源義経と共に戦い、戦死した。

~松島(まつしま) 五月九日~


珠美「ついにたどり着きましたよ! 松島です! やったー!」

あやめ「あぁ…何と言う絶景……」

珠美「背の高い島は空を突き刺すようにそびえていますが、
   背の低い島は波の上に横ばいになっているようです」

あやめ「島々が重なり合って、なんだか美女が赤ん坊を抱いているようにも見えますね」

珠美「松の形も見事ですよ。
   まるで名工が作り上げたかのように、潮風に打たれて美しく曲がっています」

あやめ「まさに神の御業ですね。この美しさは、何をもっても例えられません!」

~雄島(おじま)の宿~


珠美「あやめ殿、眠れないのですか?」

あやめ「この雄島の宿にしても、松島にしても、
    大自然の中に取り残されているような気がして、なかなか寝付けないのです」

珠美「では作句してはいかがです?珠美は一句できましたよ」



『松島や 鶴に身を借れ ほととぎす』 曾良

(今、ほととぎすが鳴いた。この松島には鶴が似合うから、ぜひ鶴の姿になって飛んでくれないか)



あやめ「う~ん、今朝見た松島の景色が頭の中に焼きついて、
    どうにも句を作ろうという気がしません……」

~瑞巌寺(ずいがんじ) 五月十一日~


珠美「この瑞巌寺が、伊達家の菩提寺なのですね」

あやめ「真壁(まかべ)某という者が、唐土から帰国した後に開いた寺だそうですね」

珠美「当時からこんなに絢爛豪華な寺院だったのでしょうか?」

あやめ「いいえ、この寺を今の形に改築したのが雲居(うんご)禅師なのです。
    寺院の構えを見る限り、相当やり手の僧だったのでしょう」

~五月十二日~


珠美「どこでしょう、ここ」

あやめ「あれ~? このあたりにも、歌枕があるときいたのですが…」

珠美「あっ、あそこに炊煙があがっていますよ。行ってみましょう」



~石巻(いしのまき)~


ワイワイ ガヤガヤ ドタドタ


珠美「申し訳ございません。どうやらここは、石巻という港町のようですね」

あやめ「まあまあ、人が住んでいる場所に出たのですから、良いではありませんか。
    それにしても、この港町はずいぶんと活気がありますね」

珠美「人が多すぎて、全然方角がわかりません」

あやめ「おや? 珠美殿、あの看板を見てください。
    この方角にずっと歩いていけば、
    どうやら北上川(きたかみがわ)の堤に出るみたいですね」

珠美「北上川ということは、川沿いに歩いていけば、
   平泉(ひらいずみ)に行けるではありませんか」


酔いが回ってきたので、今日はここまでにします。
続きは、明日投稿します。

(ギャグマンガ日和的なのを想像してた)

ぴにゃこら太がマーフィー君かなと思ったら真面目なssだった

俳句を読む時と解説を読む時は見てる番組の影響か
銀河万丈氏の声が脳内再生されるw

再開します。

~平泉・高館(たかだち)~


珠美「ここが平泉……表門跡は、一里も手前にありましたね。これほど壮大な都があったとは……」

あやめ「しかし、いまはもう何も残っていません。
    その昔、この高館に武士の一党が立て篭もり、主君義経を守って戦い……
    そして散っていったのですね」

珠美「その戦場も、いまはただの草むらになっています。杜甫(とほ)の詩にある


『国破れて山河あり、城春にして草青みたり』

(国が滅亡しても山河は昔のまま、城は荒れても春になれば緑がひろがる)


   とはこういうことでしょうか…」

あやめ「時の流れとは無常なものです……あれ、何だか涙が…」

『夏草や 兵どもが 夢の跡』 芭蕉

(夏草が深く茂っているこの高館は、昔武士達が栄光を夢見て戦った戦場の跡である)



『卯の花に 兼房見ゆる 白髪かな』 曾良

(卯の花を見ると、義経の老臣・増尾兼房(ますおの かねふさ)が
白髪を振り乱して戦った姿が目に浮かんでくる)

~中尊寺(ちゅうそんじ)~


あやめ「いやぁ、復興されて良かったですね。
    この光堂(ひかりどう)は、風雨に曝されてやがては朽ち果てていくものだったでしょうに」

珠美「新しく鞘堂(さやどう)を作ったおかげで、いま珠美たちがこの美しい姿を見ることができるのですね」



『五月雨の 降り残してや 光堂』 芭蕉

(毎年降り続ける五月雨も、この光堂には遠慮したのだろうか。
光堂は、今もなお、美しい姿を保っている)

~尿前(しとまえ)の関~


珠美「出羽(でわ)に向かうには、尿前の関を通る必要があるみたいですね」

あやめ「みたところ、誰も通らなさそうですが……」

番人「怪しい奴。貴様ら何者だ!」

あやめ「怪しいものではありません。私は松尾芭蕉と申します。出羽に向かいたいのですが」

番人「松尾芭蕉? しらんなぁ…まあ、旅人というのは本当だろう。よし、行け」

~夕方~


珠美「この闇では山越えは無理ですね。この家に泊めてもらいましょう。ごめんください」

村長「こんな夜更けにどなたかな?」

珠美「私達は旅の者でございます。もしよければ泊めていただけませんか?」

村長「それはよろしいが、あんまり良い部屋はないよ?」

珠美「雨風を凌げるならば、文句は言いません」

馬「ヒヒン ブルブル」

あやめ「この家、母屋に家畜を飼っているのですかぁ」

珠美「うう、それになんとも馬臭い…」



『蚤虱 馬の尿する 枕もと』 芭蕉

(この家は母屋に馬を飼っているので、蚤や虱にせめられてたまったものではない。
そのうえ枕元に馬の小便をする音が聞こえてくる)


※尿…“しと”とも“ばり”とも読める

~山刀伐峠(なたぎりとうげ) 五月十五日~


宿の主人「山刀伐峠はよく不思議なことが起こるもんで、道に不案内だと危ないだろう。
     うちの若いのを案内人としてつけてあげよう」

あやめ「かたじけない」

青年「では芭蕉様、参りましょう」



~山道~

珠美「鬱蒼としていて、なんだか不気味です」

あやめ「そうですね…おっと」

珠美「大丈夫ですか? 暗いので、足元には気をつけながら歩きましょう」

青年「着きましたよ。ここから先が最上(もがみ)になります」

あやめ「ありがとうございました」

青年「それにしても…」

あやめ「どうしました?」

青年「この峠は通るたびに必ず怪異が起こるのですが、今回は何事もなくて良かったです。
   いつもなら血だらけの男とか、足が無い女とかでるのになぁ……では、私はこれで」

あやめ「珠美殿? おーい珠美殿!」

珠美「」

あやめ「固まってる……」

~尾花沢(おばねざわ) 五月十七日~


清風(せいふう)「私は清風と申します。芭蕉様をわが家にお泊めできるとは、光栄です」

あやめ「ありがとうございます」

清風「何日でもご逗留ください。
   さぞお疲れでしょう、湯の用意をさせますゆえ、ごゆっくりどうぞ」

あやめ「私達にできるお返しは、句を読むぐらいですが」

清風「おお、芭蕉様に句を読んでいただけるとは。ありがたや、ありがたや」

『涼しさを わが宿にして ねまるなり』 芭蕉

(我が家に居るかのように、涼しい気分でくつろがせていただきます)



『這ひ出でよ 飼屋が下の 蟾の声』 芭蕉

(蚕を飼う部屋の床下から、蟾蜍(ひきがえる)の声がきこえる。
そんなに暗い場所にいないで、出ておいでよ)



『眉掃きを 俤にして 紅粉の花』 芭蕉

(紅花が一面に咲いている。それを見るとどうしても、眉を払う刷毛を想像してしまう)


※俤(おもかげ)…“面影”に同じ。

珠美「では、珠美も一句」



『蚕飼ひする 人は古代の 姿かな』 曾良

(蚕の世話をしている人の姿を見ると、古代もきっとこうだったのだろうと思わせる)



清風「ところで芭蕉様は、立石寺(りゅうしゃくじ)は参られましたか?」

あやめ「立石寺? そんなお寺があったのですか」

清風「まことに清閑な佇まいでして、ぜひ一度参拝されることをおすすめしますよ」

あやめ「そうですか。珠美殿、行きましょう」

清風「え、ここから立石寺まで、ゆうに七里(約30km)はありますが」

あやめ「せっかくですから」

清風「さすが芭蕉様。なんという健脚……!」

~立石寺~


あやめ「清風殿のおっしゃった通り、まことに幽玄な場所だなぁ……」

珠美「岩はほどよく苔むしていて、物音一つしませんね……」

あやめ「これは会心の句が詠めそうです!」



『さびしさや 岩にしみつく 蝉の声』



あやめ「う~ん。少し違うな…そうだ!」

『閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声』 芭蕉

(立石寺は、夕暮れのなかに静まりかえっている。
その静寂のなかで蝉の声だけが、岩に染み入るように聞こえてくる)


あやめ「さっきの句より、こっちのほうが断然良い!」

~大石田(おおいしだ) 五月二十八日~


珠美「この近くに最上川(もがみがわ)という名流があるので、舟で下って行きましょうか」

あやめ「そうしましょう……ん?」

俳人「すみません!」

あやめ「私に何か御用ですか?」

俳人「もしかして、芭蕉先生ではありませんか?」

あやめ「そうですが」

俳人「実は、この最上川は古くから多くの歌に詠まれた地なのですが、
最近困ったことがありまして」

あやめ「私にできることなら、協力しますよ」

俳人「ありあがとうございます。
実は川べりに多くの芸人や俳人が集まってくるのは良いのですが、
その中で古くからの芸能を守るべきだと考える者達と、
   新しい芸能を開拓していくべきだという者達で揉めておるのです。
   そこで、高名な芭蕉先生のご意見をいただければと思いまして」

あやめ「そういうことなら、喜んで引き受けましょう!」

珠美「何だか全国各地に俳諧指導する旅になっていませんか……?」

~最上川~


ゴオオオオ


あやめ「すごい急流……」

珠美「こ、これ……本当に舟で下れるのですか? 
   どう見ても、漕ぎ出した瞬間に木っ端微塵に砕けそうなのですが」ガクガクブルブル

船頭「大丈夫だって! 俺にまかせとけ!」

珠美「うわぁー!」



『五月雨を 集めて早し 最上川』 芭蕉

(ただでさえ流れの速い最上川が、五月雨を集めてさらに急流になっている)

~羽黒山(はぐろやま)・羽黒権現 六月三日~


阿闍梨(あじゃり)「芭蕉様、ようこそおいでくださいました」

あやめ「ご厄介になります」

阿闍梨「今日はお疲れでしょうから、ごゆっくりどうぞ」

あやめ「ありがとうございます。お言葉に甘えてくつろがせていただきます」

珠美「それにしてもあやめ殿、どうしてこの神社に?」

あやめ「明日この神社で、連句の会が催されることになっているのです」

珠美「ああ、そういうことですか」

~翌日~


アレガバショウセンセイカ  ワイワイガヤガヤ


阿闍梨「では芭蕉様。この連句の会は、芭蕉様に発句を詠んでいただきたいのですが」

あやめ「わかりました。それでは……」



『ありがたや 雪をかをらす 南谷』 芭蕉

(夏なのに、南谷には残雪があるのか、涼しい風が吹いてくる。
清らかな霊地の尊さが身にしみる)

~月山(がっさん)・湯殿山(ゆどのやま) 六月八日~


あやめ「はあはあ……」

珠美「ぜいぜい……」

あやめ「なんという険しい山」

珠美「さすがは霊山といったところでしょうか。
   なるほど、これほど険しければ、修行の甲斐もあるのでしょう……」


カーン カーン カーン


珠美「おや、鉄を打つ音が聞こえてきますね」

あやめ「そういえば阿闍梨殿がおっしゃっていましたね。
    出羽の鍛冶屋たちは、刀を鍛えるときはこの月山に登り、この山の霊水で身を清めると。
    そしてこの山で鍛えられた刀は“月山”と銘を刻まれ、名刀として重宝されているとか」

珠美「珠美も一振り拵えてほしいものです。まるで干将・莫耶の物語を聞いているようですね」

あやめ「それにしてもすばらしい景色。ですが残念です……」

珠美「はい? 何が残念なのですか?」

あやめ「この山の掟で、この山に関する詳しいことは、他言することが禁じられているのです」

珠美「そんなぁ。それではおくのほそ道にも書けないということではありあませんか」

あやめ「そうなのです……」



※干将・莫耶(かんしょう・ばくや)…古代中国の刀工夫婦。数多くの苦労をかさねて、二振りの剣を鍛えたとされる。

~宿坊~


阿闍梨「いかがでしたか? 三山は」

あやめ「つらい思いをして登山した甲斐がありましたよ」

阿闍梨「ご満足していただけたなら幸いです。
    時に芭蕉様、三山それぞれに句を奉納していただけませんか?」

あやめ「私の句でよければ、喜んで!」

珠美「珠美も詠みます!」

『涼しさや ほの三日月の 羽黒山』 芭蕉

(闇で覆われた羽黒山の上に、朧に三日月が浮かんでいる。なんとも涼しげな景色だ)



『雲の峰 いくつ崩れて 月の山』 芭蕉

(入道雲が夕暮れとともに崩れて行き、そして月山が姿をあらわした)



『語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな』 芭蕉

(湯殿山の他言できない神秘に触れて、感動のあまり袂を涙でぬらしてしまった)



『湯殿山 銭踏む道の 涙かな』 曾良

(湯殿山の参堂には銭が落ちている。
人々はその銭を拾わず参拝しており、その超俗的な神秘に涙が溢れてくる)

~酒田(さかた) 六月十三日~


淵庵不玉(えんあん ふぎょく)「ようこそおいで下さいました、芭蕉様。
あばら屋ではございますが、ごゆっくりどうぞ」

あやめ「失礼します」

淵庵不玉「ところで芭蕉様、こんな暑い日ですので夕涼みに出かけてみませんか?」

あやめ「ご一緒します。良い句も浮かびそうですし」

淵庵不玉「実はわたくし、芭蕉様の句をお聞きしたいと思っていたのです」



『あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み』 芭蕉

(温海山から吹浦へかけて、日本海を一望しながら夕涼みを楽しんだ)



『暑き日を 海に入れたり 最上川』 芭蕉

(暑い一日が暮れ、最上川の先の海に夕日が落ちて行く)

~象潟 六月十六日~


珠美「さあ、珠美の旅の目的である象潟にやってきましたよ!」


ザアアアアア


あやめ「雨が降っていますが……」

珠美「」ショボーン

あやめ「まあまあ。象潟の景色はどんなものか、
    雨宿りしながら想像するのも一興ですよ」

~翌日~


チュンチュン


あやめ「雨は……やんだようですね。珠美殿、起きてください」

珠美「ううん……はっ、雨がやんでる!」




珠美「うわー! すごい景色!」

あやめ「うんうん。松島とはまた違った美しさがあると言いますか」

珠美「例えるならば、松島は子供をあやす美女でしたが、
   象潟は心悩める美女といったところでしょうか?」

あやめ「珠美殿、なかなか上手いたとえですな!」

『象潟や 雨に西施が ねぶの花』 芭蕉

(雨の中で合歓(ねむ)の花が咲いている。まるで西施のようだ)


※西施(せいし)…古代中国の美女。春秋時代の呉滅亡の原因になった。



『汐越しや 鶴脛ぬれて 海涼し』 芭蕉

(汐越しの浅瀬に立つ鶴の足が波に洗われている。なんとも涼しげな景色だ)



『象潟や 料理何食ふ 神祭り』 曾良

(ちょうど熊野権現のお祭りをやっているが、
このお祭りでは何を食べる風習があるのだろうか)



『波越えぬ 契りありてや 雎鳩の巣』 曾良 

(岩の上にミサゴの巣があるが、
ミサゴの夫婦はこの巣が波にさらわれないと信じているのだろうか)

あやめ「そういえば、低耳(ていじ)殿が確か句を詠んでいましたね」



『蜑の家や 戸板を敷きて 夕涼み』 低耳

(漁師の家では雨戸を浜に敷いて夕涼みをしている。なんとも漁村らしい光景だ)


※蜑(あま)…漁民。

~越後路~


ジリジリ


あやめ「あつ~い」アセ ボタボタ




ザアアアアア


珠美「……と思ったら雨ですか、昨日は晴れていたのに」

~市振(いちぶり)の関~


珠美「あやめ殿、大丈夫ですか?」

あやめ「」

珠美「返事が無い。ただの空蝉のようだ……」

珠美「この調子だと、酒田を出てからは何も記録してないのでしょうね……」

あやめ「」ムクリ

珠美「あ、気がつきましたか!」

あやめ「どうやら、無事に市振にたどり着いたようですね。もう朝ですか?」

珠美「しっかりして下さい。どうみても夜ではありませんか」

あやめ「でも、夜にしては何だか明るいような……天の川だ」

珠美「ん? そうですね。今夜は特に、はっきりと見えます」



『文月や 六日も常の 夜に似ず』 芭蕉

(もう七月で、明日は七夕という。この直江津は、いつにない活気に満ちている)



『荒海や 佐渡に横たふ 天の河』 芭蕉

(荒海の彼方に佐渡島がある。そこにむけて、夜空に天の川が横たわっている)

~市振の宿 深夜 七月十二日~


「ボソボソ」

「ナンヤカンヤ」


あやめ「いったい何だろう?」



遊女「ああ、身を売らなければ生きていけないなんて……
   私はいったい、前世でどんなに悪行を繰り返してきたのかな?」

男「まあまあ、そんなこと言いなさんな。明日はお伊勢さんに詣でるんだろ? 
  良い気晴らしになるって……それで、村の人達に言伝とかは無いのかい?」



あやめ「……なるほど、隣部屋は伊勢参りをする遊女と、遊女を送りに来た男の一行なのか」

~翌朝~


珠美「さあ、出発です!」

あやめ「はい、今日も元気に行きましょう!」



遊女「あの……」

あやめ「どうしました?」

遊女「私はこれから伊勢参りに向かうのですが、
   よろしければ途中までご一緒してもよろしいですか?」

あやめ「道が分からないのですか?」

遊女「いいえ、そういうことではないのです。
   あなた様は僧衣姿ですから、何とか御仏のお慈悲でもいただければと」

あやめ「そうでしたか……申し訳ないのですが、それはやめておいたほうが良いでしょう。
    私達はあちこちを巡る旅をしており、寄り道も多いのです。
    参拝客なら他にたくさんいらっしゃると思いますので、
    そちらの人々について行った方がよいと思いますよ」

遊女「……」

あやめ「大丈夫です。
    きっと伊勢神宮のご加護により、無事にたどりつくことができますよ」

遊女「はい。ありがとうございます。失礼しました……」





あやめ「何だか可哀想なことをしてしまいましたね……」

珠美「いいえ、あやめ殿の判断は良かったと思います。
   珠美たちの旅は危険が多いですから、遊女が同道するのは難しいかと」



『一つ家に 遊女も寝たり 萩の月』 芭蕉

(同じ宿に、世捨て人の私と情欲に生きる遊女が泊まり合わせた。
これも縁かと思って庭を見ると、萩の花に月光が降り注いでいる)

~那古(なご)の浦~


あやめ「この先の担籠(たご)は、古来より多くの歌に詠まれてきた場所ですね。
    行ってみましょう」

珠美「あの人に、詳しい道を尋ねてみましょう。すみません」

村人「どうしました?」

珠美「ここから、担籠にはどういう道がありますか?」

村人「担籠に行くんですか? やめておいた方が良いですよ。
   ここから五里ほど歩いたところの山陰がそうなのですが、
   そのあたりは誰も住んでいなくて、もし行くなら野宿することになりますが……」

珠美「だそうです。どうしますか?」

あやめ「やめておきましょうか。
    この季節に野宿なんて、藪蚊に刺されて大変なことになりそうですから」



『早稲の香や 分け入る右は 有磯海』 芭蕉

(早稲の香りが漂う中を掻き分けるようにして進むと、右手に有磯海が見えてきた)

~金沢 七月十五日~


あやめ「たしかこの金沢に、一笑(いっしょう)殿という俳人がいるときいたのですが」

珠美「おお、あの一笑殿ですか。たしかあっちのほうに家があったはずですが……
   あれ? なんだか様子がおかしいですね」

~一笑の家~


あやめ「ごめんください!」

男「どちら様で?」

あやめ「私は、松尾芭蕉という者です。一笑殿にお会いしたいのですが」

男「一笑は私の弟ですが…それが……」

あやめ「どうされたのです?」

一笑の兄「それが、昨年の冬に流行り病で死んだのです」

あやめ「なんですと!」

一笑の兄「弟は芭蕉様を尊敬しておりました。
     よろしければ弟の墓に、句を詠んでいただけませんか?」

あやめ「私の句が少しでも供養になるならば……」

『塚も動け わが泣く声は 秋の風』 芭蕉

(墓よ、私の悲嘆に応えて動いてくれ。吹き抜ける秋風は、私の泣き声だ)



『秋涼し 手ごとにむけや 瓜茄子』 芭蕉

(たずねた庵でだされた瓜や茄子を、手でむいていただこう)



『あかかと 日はつれなくも 秋の風』 芭蕉

(季節はずれのように赤い夕日が照りつけている。
しかし風はもう涼しくなってる)



『しをらしや 名や小松吹く 萩薄』 芭蕉
(小松とは、実に可憐な地名だ。
その地名の由来になった小松の周りに萩や薄が生えており、秋風にそよいでいる)



あやめ「最初の句は一笑殿に捧げる句です。
    後の三句は、ここに来るまでの道すがらに詠んだ句です。
    ぜひ一笑殿と歌談義をしたかったのですが……」

一笑の兄「そのお言葉だけで、弟もうかばれましょう」

~多太神社(ただじんじゃ) 七月二十三日~


珠美「この多太神社には、
   平家の武将・斉藤実盛(さいとう さねもり)の甲が祀られているとか」

あやめ「ほうほう、これは見事。
    そんじょそこらの武士が所有する品ではありませんね。
    ですが実盛の首を見たとき、木曽義仲(きその よしなか)はどんな気持ちだったのでしょうか……」

珠美「そういえば義仲公は幼い頃、実盛公に養育されていたのでしたね」

『むざんやな 甲の下の きりぎりす』 芭蕉

(戦死した実盛の首をみて、樋口次郎が「むざんやな」と悲嘆したと言われているが、
想像しただけでも痛ましい。
老齢を隠すために実盛が白髪を染めたといわれる甲の下で、キリギリスが哀れにも泣いている)



※斉藤実盛の甲…目庇から吹返しまで菊唐草の模様が彫ってあり、
        金がちりばめられている。そして鉢には竜頭をつけて、鍬形が打ってある。

~那谷(なた)~


あやめ「もうすこし頑張りましょう。この先には山中温泉があるとか」

珠美「早く温泉につかって、疲れを癒したいですね」

あやめ「おっと、その前に」

珠美「何かあるのですか?」

あやめ「山中温泉へ向かう途中に那谷寺というお寺があるのですが、
    そこには天下の奇岩奇石が集まっていると言う噂を聞いたのですが」

珠美「おもしろそうですね。見に行きましょうか」



『石山の 石より白し 秋の風』 芭蕉

(那谷寺の岩山は、白く枯れているような気がする。
吹き渡る秋風はそれ以上に白い情緒があり、この地を浄化しているようだ)

~山中温泉~

カポーン

珠美「ふぅ。良い湯ですね。極楽極楽」

あやめ「旅の疲れがいっぺんに吹き飛んでいくようです……
    聞くところによると、この山中の湯の効能は、有馬の湯に匹敵するとか」



~宿~

少年「お客様、湯加減はいかがでしたか? お部屋でお食事の準備が整っております」

あやめ「おや、あなたがこの宿の主人ですか? まだ幼いのにしっかりしていますね」

少年「ありがとうございます。申し遅れました、
   わたくし“久米之助(くめのすけ)”と申します」

あやめ「こちらこそ申し遅れました、松尾芭蕉です」

久米之助「あの高名な芭蕉先生だったのですか! お会いできて光栄です!」

あやめ「別に感謝されるほどのことでは……」

久米之助「あの、芭蕉先生。ひとつお願いがあるのですが」

あやめ「なんですか?」

久米之助「実は私も俳諧の道を志しておりまして、
     できれば芭蕉先生に号名を授けていただけないかと思いまして」

あやめ「なるほど……では、桃夭(とうよう)というのはどうですか?」

久米之助「桃夭……ありがとうございます!」



『山中や 菊をたをらぬ 湯の匂ひ』 芭蕉

(山中温泉につかっていると、寿命が延びる思いがする。
わざわざ菊の花を手折ってその香りを嗅ぐ必要はない)


※菊の花は、寿命延命に効果があるとされた。



珠美「ぐっ……」

あやめ「珠美殿、どうしました?」

珠美「ついに堪えきれなくなりました。持病の腹痛です……」

あやめ「今まで我慢してきたのですか?」

珠美「面目ない……山中温泉に入れば治ると思ったのですが」

あやめ「無理はいけません。これ以上旅は続けるのは無理でしょう」

珠美「はい……伊勢に伯父がいますので、そこで療養しようと思います。
   いままでお世話になりました」

あやめ「いえいえ、色々と身の回りの世話をしてくれたのは珠美殿の方です。
    あやめのほうが感謝すべきです」

珠美「あやめ殿、この句をおくのほそ道に書き残してくれませんか?」



『行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原』 曾良

(病人なのでどこかで野垂れ死にするかもしれない。
しかし、萩が咲く野原で死ぬのなら本望である)



あやめ「では、あやめも珠美殿のために……」



『今日よりは 書付消さん 笠の露』 芭蕉

(今日から一人旅になるので、門出のときに笠につけた
『同行二人』の文字を露と涙で消してしまおう)

~全昌寺(ぜんしょうじ)~


珠美『あやめ殿、最後にもう一句残しておきます』



『よもすがら 秋風聞くや 裏の山』 曾良

(一晩中寺の裏山の鐘の音を聞いていると、芭蕉先生と別れた寂しさがこみ上げてくる)



あやめ「珠美殿とはたった一日別れただけなのに、
    もう千里も離れたような気がしますね……」

あやめ「ひとりは……嫌だな……」

~翌朝~


あやめ「支度もその日の旅程も、全部あやめ一人で決めなければならないのですか。
    どうしよう? いままで珠美殿にまかせっきりだったから、要領がわからないな」

僧「芭蕉様、旅立たれるのですか!?」

あやめ「そうですが」

僧「ならば記念に一句詠んでいただけませんか?」

あやめ(鬱陶しいな……適当に詠んじゃえ!)



『庭掃きて 出でばや寺に 散る柳』 芭蕉

(一宿の礼として、境内に散っている柳の葉を掃いてから出発しようと思う)

~汐越しの松~


あやめ「これが西行法師が歌に詠んだ汐越しの松ですか。ええと確か……」



『よもすがら 嵐に波を 運ばせて 月を垂れたる 汐越しの松』

(汐越しの松は、一晩中嵐に波を打ち寄せさせて垂れ下がった枝に、月を覗かせている)



あやめ「うん、西行法師らしい見事な歌です……」

あやめ「……だと思うんですが、なんだか完成度が低いって世間からは言われているんですよね」

~天竜寺(てんりゅうじ)~


あやめ「北枝(ほくし)殿、ここまで見送っていただいてありがとうございました」

北枝「滅相も無い! 芭蕉先生と道すがら、短い間でしたが俳諧の勉強になりました」

あやめ「北枝殿、あなたはなかなか風景に対しての着眼点が良い。
    おかげでいろいろと作句の励みになりましたし」

北枝「私のような若輩者が。お恥ずかしいかぎりです」

あやめ「礼と言ってはなんですが、あなたに一句授けましょう」



『物書きて 扇引きさく なごりかな』 芭蕉

(秋になったので扇は捨てようと思うのだが、なんだか名残惜しい。
あなたと別れる時がきたが、この扇のように私達の仲が引き裂かれるような気がして、とてもつらい)

~福井~


あやめ「たしかこの町には等栽(とうさい)殿がいらっしゃったはず。
    あの人に聞いてみようかな……
    すみません、この辺に等栽という方は住んでいませんか?」

町人「ああ、等栽先生なら町外れに庵を構えているよ」

あやめ「そうですか。ありがとうございました」

~等栽の家~


あやめ「ここが等栽殿のお家か。
    それにしても鶏頭や箒木で覆われてるな。等栽殿らしいといえばらしいが。
    ごめんください」

女「どちら様ですか?」

あやめ「等栽殿はいらっしゃいませんか?」

女「主人は今、知り合いの家に出かけております。
  中でお待ちしますか、それともその家に向かわれますか?」

あやめ「場所を教えていただくだけで結構ですよ。
    その家に行ってみます」

~二日後~


あやめ「八月十五日の名月は、敦賀(つるが)の港で鑑賞しようと思うのですが」

等栽「ならば、私が道案内を勤めよう! さあ、ついてまいれ!」

あやめ「等栽殿……その格好はなんですか?」クスクス

あやめ「なんというか……い、粋な着こなしですね」プークスクス

等栽「そうであろう? いざ、参らん!」


※等栽がどのような格好をしていたか、詳しくは不明だが、
 『裾をかしうからげて』、とある

~敦賀の宿 八月十四日~


あやめ「月が美しい……ご主人、明日の名月も晴れるでしょうか?」

宿の主人「さあどうでしょう? なんせ北陸の天気は移りやすいですからね……
     ところでお客さんは、気比神宮(けひじんぐう)に参拝されましたか?」

あやめ「いいえ、まだですが」

主人「そうですか。ならば今夜にでも参拝されたほうが良い。
   幸い月明かりもありますし、日中とはまた違った雰囲気がありますよ」

あやめ「わかりました、今すぐにでも参拝してきます」

主人「気比神宮ではその昔、遊行二世の上人が自分で草を刈り、
   土や岩を運んで参道を修復なさったので、参拝者は往来に困らなくなりました。
   それが風習となって、歴代の上人は神前に砂をお運びになるのです。
   これを『遊行の砂持ち』と呼んでいます」

あやめ「おもしろい伝統があるのですね」



『月清し 遊行の持てる 砂の上』 芭蕉

(白砂を照らす月の光の、なんと神々しいことか。これが歴代の上人たちが運んだ砂なのだ)

~八月十五日~


ザアアアアア


あやめ「主人の言うとおり、雨になってしまいましたね……残念です」



『名月や 北国日和 定めなき』 芭蕉

(仲秋の名月なのに、変わりやすい北国の天気で雨になってしまった)

~八月十六日~


「そこの方、そこの方!」

あやめ「私のことですか?」

天屋某「わたくしは天屋(てんや)と申す者でございます。
    失礼ですが、もしかして芭蕉先生ではありませんか?」

あやめ「いかにも」

天屋「芭蕉先生がここにいらっしゃったということは、もしかして種(いろ)の浜へ?」

あやめ「そうです。“ますおの小貝”でも拾おうと思いまして」

天屋「そうでしたか。もしよろしければ私達と一緒に船で行きませんか?
   丁度種の浜で、宴会を開こうとしていたところですから」

あやめ「おお、それはありがたい。是非同行させていただきたい」

~種の浜 夕方~


ザザァン ザザァン


あやめ「……宴会が終わってしまった」

あやめ「宴会や祭りの後というものは、どうして寂しくなるのでしょう……」



『寂しさや 須磨に勝ちたる 浜の秋』 芭蕉

(種の浜の秋は、心にしみる寂しさがある。絶賛されている須磨の浜にも勝っている)



『波の間や 小貝にまじる 萩の塵』 芭蕉

(波が打ち寄せる砂浜を見ると、ますおの小貝に萩の花くずも混じっていた)



あやめ『それ後あやめは、敦賀の港に迎えに来てくれた露通(ろつう)殿と共に、
    美濃国の大垣(おおがき)に入りました』


あやめ『あやめが滞在している如行(じょこう)殿の屋敷には、
    昼も夜も大勢の人が会いに来てくれました。
    皆さん、生き返った死人に再会したかのような驚きようで、
    あやめの旅の無事を喜んでくださったのです』


あやめ『とりわけあやめが嬉しかったのは……』

~大垣・如行の屋敷~


珠美「あやめ殿! よくぞご無事で!」

あやめ「珠美殿、お久しぶりです。病の方はもう良いのですか?」

珠美「ええ、すっかりよくなりました。あやめ殿のほうこそ、長旅でお疲れでしょう。
   しばらくはゆっくりしたらいかがです?」

あやめ「そうしたいのはやまやまなのですが……」

珠美「何か? 珠美にできることならば何でもしますが」

あやめ「いえ、そうではないのです。今はもう九月六日になったでしょう?」

珠美「それがどうかしたのですか?」

あやめ「伊勢神宮の遷宮の時期になったなぁ、と思いまして」

珠美「まさか……」

あやめ「そうです。休んでいる暇はありませんよ。次は伊勢神宮です!
    さあ珠美殿、早く旅の支度を!」

珠美「そんなぁ……ま、待って! 引きずらないでぇ~!」ズルズル



『蛤の ふたみに別れ 行く秋ぞ』 芭蕉

(蛤の蓋と身が分かれるように、私は見送る人々と別れて
二見が浦(ふたみがうら)に出かけようとしている。
丁度晩秋の季節でもあり、別れがひとしお身にしみる)



おわり

・読んで下さった方、ありがとうございました。

・このSSは、作者なりに『おくのほそ道』を噛み砕いた作品です。
 興味を持たれた方は、ぜひ原典のほうも読んでみてください。


以下は作者の過去作です。もしよろしければ、暇つぶしにどうぞ。


モバマス太平記
モバマス太平記 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396429501/)


モバマス太平記 ~九州編~
モバマス太平記 ~九州編~ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399632138/)

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom