阿良々木暦「ののウィーズル」 (35)


・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です

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阿良々木暦「ちひろスパロウ」
阿良々木暦「ちひろスパロウ」 - SSまとめ速報
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001


「森久保ー、どこだー?」

ひとり隠れんぼ。

森久保乃々とのやり取りを、僕はそう呼んでいた。

森久保乃々はアイドルである。
だが華やかでピンキー、キュートなアイドルとはまた一線を画す、超ネガティブアイドルである。
絶対に眼が合わない。
どもらない会話はない。
嫌がらない仕事はない。
自分から進んで活動に触れようとはしない。
何のためにアイドルをやっているのかわからない程だ。

本人の言によれば親戚の勧めにより半ば無理やりアイドルとしてデビューしたらしく、事あるたびにプロデューサーである僕から逃走を試みている。
何しろ、彼女との初対面で聞いた言葉は『アイドル辞めたいんですけど……』だった程だ。
初対面でそんなことを言われた僕の身にもなって欲しい。

だがファンから見たら彼女はあまりにも後ろ向きすぎて、嗜虐心をそそられると言うか、逆に応援してあげたくなるのである。
それに、消極的ではあるものの仕事はきっちりこなすあたり、才能はあるしアイドル自体が嫌いな訳では無さそうなのだが……。

そして今日も仕事の時間だと言うのに姿の見えない森久保を探すのである。
靴箱に森久保の靴があったので事務所内にはいる筈だ。
本当に嫌ならば事務所に来なければいいと思うのだが、恐らく彼女にそこまでの勇気はないのだろう。

「机の下……おっ」

先客がいた。
そこにはキノコ栽培セットを抱えて体育座りをする星がいる。
しかも暑いのか、多分に汗をかきながら。

「……おはよう、星。大丈夫か」

「お、お、おはようプロデューサー……私は、大丈夫……」

これくらい湿気が彼等(キノコ)には丁度いい、と怪しげな笑みを浮かべる星。
と言うか森久保もそうだが僕の机の下を領地にしないでくれ。


「森久保を見なかったか?」

「の、の、乃々ちゃんはさっき来たけれど……知らない」

「よし星、きのこの里をやろう」

星に鞄からチョコレート菓子を手渡す。
正しい事をするためには賄賂も辞さないのが阿良々木プロデューサーのやり方である。
世の中は綺麗事だけでは渡って行けないのだ。

「フヒ……ろ、ロッカーの中……」

星がそう言った瞬間、背後に並べられているロッカーの一つが、がたんと音を立てる。
ということは人為的な何かが働いている証拠だ。

「もーりーくーぼー」

名前を呼びながらロッカーを開けると、怯えるように半泣きで縮こまっている森久保がいた。

傍から見たら何だか僕が悪人みたいじゃないか。

「ひっ……輝子さんのうらぎりものぉ……」

「ご、ご、ごめん……こ、今度スイーツをおごるから……」

「仕事だ、行くぞ森久保。今日は握手会だ」

「だ、だめです……もりくぼなんかと握手したら、ファンの皆さんにもりくぼ菌が伝染るんですけど……」

「もりくぼ菌?」

小学生かよ。

「は、はい……もれなく後ろ向きな性格になります……大変ですよ」

「ほう、それは大変だな」

「こ、ここは握手して浄化されそうなクラリスさんや歌鈴さんに任せましょう。そうしましょう」

確かにあの二人なら魂ごと浄化されそうだ。貝木あたりが消滅するレベルだろう。


「大丈夫、もし感染したら僕が何とかしてやるから!」

白い歯を光らせて親指なんかを立てちゃう僕。
毎日歯磨きを欠かさず、キシリトールガムを噛んでいた甲斐があったというものだ。

「なんですかその根拠のない自信……」

「いい加減出て来いよ、諦めろ」

「嫌です……握手会するくらいならもりくぼは一生ここで妖怪ロッカー女として生きるんです……」

中々に頑固な奴だな……仕事したくない根性は双葉といい勝負だ。

仕方ない、少々強引に行くしかないか。

「よしわかった、森久保が自分から動かないと言うのなら僕が協力しよう」

「協力……?」

「お姫様だっこと肩車、どっちがいい?」

「え……?」

ロッカーから森久保を引っ張り出して膝裏と背中で抱える。
まあ、いわゆるお姫様だっこだ。

「ひっ……!? ちょ、ちょっとプロデューサーさん……!」

「森久保が行かないのならこのまま僕が連れていってやろう!」

リアルJCをお姫様だっこ。やったぜ!

しかしめちゃくちゃ軽いなこいつ。
ちゃんと飯食ってるのか?


「む、むぅーりぃ……! や、やめっ、やめてください……っ!」

「フヒヒ……ロマンチック……」

流石に羞恥心には勝てないのか、顔を真っ赤にしてじたばたと暴れ出す森久保。
でも全然力がないので抵抗にもなっていない。誘拐するのが簡単そうだ。

「なんだ、肩車のほうがいいのか?」

「わかりました……! 行きます、自分の足で行きますからぁ……!」

肩車はもっと嫌なのか、下ろしてください、と半泣きで哀願する森久保。
うーん、流石だ。いじめたくなってくるじゃないか。

「最初から素直になればいいんだ。この森久保め」

嫌がる森久保を下ろして頭を撫でてやる。

森久保が隠れて僕が見付ける。
この一連の流れが、僕と森久保の間でのコミュニケーションのようになってきたのは、最近のことだ。

まあ、単に僕がそう思っているだけで森久保は本気で逃げ回っているだけなのかも知れないけれど。

「プロデューサーさんがいぢわるなんですけどぉ……」

「何を言う、僕ほど紳士的な男はいないとアイドルの間では評判なんだぜ?」

「い、いってらっしゃい……フヒッ」

星の独特な笑い声に背中を押され、僕と森久保は握手会へと向かったのだった。




002



握手会にて、いつものむーりぃが出て三人目のファンで逃げ出すという前代未聞の快挙(?)を成し遂げた森久保は、僕と共に次なる仕事場へと向かっていた。

なお、森久保が逃げ出すのはファンの方々も承知の上だったらしく、皆さん口を揃えて、

『ぼののなら仕方ない』

『二人も握手するなんてよく頑張った』

などと仰っていた。愛されてるな森久保……。
まあ、そのあと僕が捕まえて半強制的に皆さんと握手させたけど。
森久保はずっと恨めしそうに涙目で僕を睨んでいた。
いや僕のせいじゃないだろ。

「次の仕事は……えーと、水着グラビア撮影」

「み、みずぎ……!?」

スケジュール手帳をめくりながら予定を読み上げると、森久保がこの世の終わりのような上擦った声を出し、顔を青ざめさせていた。

こんな仕事を取ってくる僕も僕だが、中学生が水着で雑誌に載る時代っていうのもどうかと思うのだ。
巷でジュニアアイドルが流行っているせいか、龍崎や市原、佐城に橘といった年少組にまでそういう仕事が来る始末だ。
うちの方針として年少組にはさせないけれど。

しかし年少組の水着姿……か。

僕も幼女や少女や童女とは長い付き合いがある。
言うまでもなく忍に八九寺と斧乃木ちゃんなのだが、三人とも永遠の幼女と少女と童女なので彼女たちと交流のある僕は幼い女の子のプロフェッショナルと言っても過言ではない。


話を戻して、やはり幼い少女にはスクール水着が似合う……と考えるのは初心者だ。

幼いからこそ!
まだ性差が中学生ほど変わらない時代だからこそ!
際どい水着が合法的に着れるのだと何故わからんのだ!

今更だが弁解をしておこう。
僕は決して『ロ』のつくコンプレックスの人ではない。
確かに八九寺には胸を揉んだりキスをしたりとしたこともあったが、あれはあくまでコミュニケーションだ。
僕からしたら手を握ったり、こんにちわと挨拶をするのと大して変わらない。
まあ八九寺限定なんだけど。
ともかく、幼い子供に対して性的に興奮するなんてことは決してないとここに誓おう。

とにかく僕が言いたいのは、小学生のうちに将来恥ずかしくて着れないような水着は着せておくべき、という話だ。

まあ、僕が親だったら絶対許さないけどね。

「プロデューサーさんがいつになく真剣な顔をしています……」

「ん、ああ……アイドルの皆のことを考えていたんだ」

嘘ではないからいいのだ。

「そう言えば森久保は水着の仕事は初めてだっけか」

「も、もりくぼの貧相な水着姿なんて見ても誰も喜ばないんですけどぉ……! そ、そうですよ。ここはないすばでぃな早苗さんや雫さんにお譲りしましょう。そうしましょう」

「安心しろ、僕が一億人分喜ぶから」

「プロデューサーさんが喜んでも意味ないんですけどぉ……」


確かに片桐さんや及川の水着姿なんて凶器レベルの危険物になること間違いなしだが、それはそれ、これはこれ、だ。

それよりも今は水着姿で半泣きになりながら撮影される森久保を見てみたい。
うむ、森久保と仕事をしているとどうしてもいじめたくなってしまう。
僕はこんなに性格の悪い設定じゃなかったはずなのだが……。

「ともかく、慣れだ慣れ。今の内に色々な仕事を経験しておくのも勉強だぞ」

「というか、勉強以前にもりくぼはアイドルやめたいんですけどぉ……」

「そんな悲しい事を言うなよ。せっかく才能あるんだから」

「あうぅ……」

褒められたのが嬉しいのか、はたまたアイドルをやめられないのが悲しいのか、むずがるように身をよじる森久保。
……面白い。八九寺とはまた違う弄り甲斐のある奴だ。

と、その一瞬のことだった。

「……ん?」

「…………?」

森久保の背景が、一瞬だけ『透けて見えた』。

眼を擦って見直すが、そんなことはなく普通に森久保はそこにいる。


呆気に取られ、つい森久保の頬を引っ張ってみる。

「ひゃえぇ……?」

「夢じゃないよな……」

「普通、夢かどうかの確認は自分のほっぺを引っ張ると思うんですけどぉ……」

頬をさすりながら文句を言う森久保。

「僕は常識に捉われない男だからな」

自分でもよく分からない返しをしながら、思案を巡らせる。

気のせいか……?
僕が疲れているだけかも知れない。

「さぁ、気合入れて行くか!」

「むぅーりぃー……」

嫌がる森久保の手を引きながら、先程の奇怪な現象を思考の隅に追いやるのであった。




003



案の定、撮影中に感極まって逃げ出す森久保を捕らえて撮影させる、という仕事を無事終えた僕は森久保と共に事務所に舞い戻る。
何だか森久保の捕獲が僕の仕事になってしまっているような……。

事務所には珍しく誰もいなかった。

「お疲れ、森久保。何か飲むか?」

「い、いえ……お構いなく……」

今日はもう森久保に仕事もないし、明日以降のスケジュールを確認して帰るとしよう。

「今日は良く頑張ったな」

「あう……」

森久保は、褒められ慣れていないのだろう。
毎度の事だが褒めても困ったような表情で眼を逸らすだけだ。

人と交わることを極端に恐れ、他人の視線を忌避する少女は、果たして何の因果でアイドルをやることになったのか不思議で仕方ない。
先述した通り親戚の勧めで一度だけ、というのが実際の所なのだが、それでもたかがそんな理由でアイドルをやれているということは、それだけの才能とスペックがあるからだ。
それを思うと本当に惜しい。
神は良く悪戯で望まない者に才を与えると聞くが、森久保なんかが最たるものなんじゃないだろうか。
この先は、森久保のメンタル面でのケアを第一にプロデュースをするのが必須となるだろう。
本人が嫌がっていることを無理やりやらせたところで何の意味も無い。

と、割と僕にしては真面目に仕事のことを考えていると、おどおどといった擬音が似合うような様子で森久保が話し掛けてきた。


「あ、あの、プロデューサーさん」

「ん?」

「ちょっと、お話があるんですけど……」

森久保からのアプローチとは珍しい。
何事かと身構えていると、丁度いいタイミングでインターホンが鳴った。

「すまないな、また後で聞くよ」

「はい……」

森久保に悪いと思いつつも玄関へと向かう。
いつもなら来客の対応は千川さんの仕事だが、生憎今は無人なのだ。

扉を開けると、そこには意外な人物がいた。

「おはよう、阿良々木くん。久し振りだね」

「羽川……?」

この僕が見間違える訳がない。そこには羽川翼が立っていた。
あまりに唐突な旧知の友人の来訪に驚愕を覚えつつも、羽川を迎え入れる。

「どうしたんだよいきなり」

「うん、日本に戻ったからみんなに会っておこうかと思って、ね」

お邪魔します、と靴を脱いで上がり込む羽川。
本来ならば部外者を入れるのはどうかと思うが、誰もいないしいざとなったら新しいアイドル候補と言って誤魔化そう。
僕も羽川をプロデュースしたいし。
羽川ならば間違いなくトップアイドルになれるだろう。
僕が全身全霊を賭して保証しよう。

その中途で、椅子に座って待っていた森久保とかち合う。


「あ……」

「こんにちは、羽川翼です」

「…………」

見慣れない人物に戸惑いながら、目を逸らし会釈だけを返す森久保。
見た目通り人見知りする性格なのだ。
僕とも未だに視線が合わないし、合ってもすぐに外される。

「えっと、彼女は――」

「森久保乃々ちゃん、だよね」

「知ってるのか?」

「当たり前だよ、有名だし阿良々木くんの担当してるアイドルなんだもの」

可愛いしね、と付け足す羽川に森久保も苦笑いをしている。

まさか羽川、僕の担当アイドルを全員暗記しているんじゃ……。
僕でさえ今から全員暗唱しろと言われたら怪しいのに。

……否定できないのが羽川の実に恐ろしいところだな。

「お前は何でも知ってるな……」

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」

「森久保、彼女は羽川。僕の高校時代からの友人だ」

応接間に羽川を迎え入れ、私物であるインスタントのコーヒーを振る舞う。
いつも通りのやり取りを終えた後、森久保にも羽川を紹介した。

「よろしくね、乃々ちゃん」

「よ、よろしくお願いします……」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私はプロデューサーとは違って何もしないから」

コーヒーを一口、何気に酷いことを友人に言い放つ羽川。
インスタントのコーヒーはお気に召さなかったらしく、顔をしかめた後にクリープと粉砂糖を投入していた。


「何を言うんだ。僕ほど優しくて器の大きな男はそうはいないぞ。なあ森久保?」

「ぷ、プロデューサーは毎日もりくぼをいぢめてるんですけどぉ……」

「……阿良々木くん?」

ジト目で羽川に睨まれる。
何てことを羽川にチクるんだ森久保。
僕に恨みでもあるのか?

確かに森久保はいじめて楽しい部類ではあるが、いじめた記憶は一切ない。
イエスキリストの再来とも言われる僕が少女をいじめるなんて、そんなこと天地がひっくり返ってもある筈がないじゃないか。

「いや、その言い方には語弊がある。僕は中学生をいじめて喜ぶような人間じゃないのは羽川も知っているだろう?」

「……真宵ちゃんや火憐ちゃん月火ちゃんから苦情が来たの、一回じゃないよ?」

そんな馬鹿な。
僕は愛をもって八九寺や妹たちに接してきたというのに、間違いだったというのか?

「愛の形は人それぞれ……ということか……」

「いい事言ってるみたいだけど、全然そんなことないからね?」


「あ、あの」

「ん?」

森久保が消え入りそうな声で会話に参加してきた。
初対面の女神がいるこの空気は森久保には堪え難いだろうから適当に切り上げて、後ほど羽川とゆっくり話でもしようと思っていたのだけれど。

「さっきのお話なんですけど……」

「あ、あぁ。悪かったな、後回しになっちゃって」

「その……私、アイドルやめようかと……思うんですけど……」

「乃々ちゃん!」

突然、羽川が叫ぶ。

その音量に鼓膜が悲鳴をあげる前に、森久保の言葉に反応を示す前に、僕は自分の眼を疑った。

今度こそ、間違いなかった。

思わず言葉を失う。

森久保の身体は、向こう側が明瞭に見える程に透けていたのだから。

森久保乃々、十四歳。

彼女は、鼬に送られた。




004



「森久保!?」

『透けている』森久保の身体に触れようと手を出すが、その手は虚しくも空を切る。

体積自体がなくなっていた。

「わ、私……アイドル……やっていく、自信、ありません……」

僕の知る限り、人間は透けたりしない。
森久保が迷彩ステルスでも所持していれば別だが、ステルスで消えようが体積が消える訳も無し、そんな高性能な光学兵器を森久保が持っている理由もない。

ならば。

「ですから……も、もう、もりくぼは無理です……」

紡いでいく言葉の量に比例して『薄く』なっていく森久保。

怪異、か。

「い、今までは……プロデューサーさんやファンの皆さんががんばれ、って言ってくれたから……なんとか、ちょっとだけがんばれたんですけど……」

「森久保!!」

「阿良々木くん、あれ!」

どんどんその濃度を減らしていく森久保の背後に、一瞬だけ細長い胴体に短い四肢を持った獣がひょろりと身を翻すのが見えた。


「も、もう……むり……です」

ごめんなさい、と最後に誰も望まない言葉と共に、森久保は完全にその場から姿を消した。

「くそっ!」

誰にともなく地団駄を踏むと共に悪態をつく。
何て事だ、僕が付いていながら今の今まで気付かなかったなんて……!

「落ち着いて、阿良々木くん」

「……ああ、わかってるよ羽川」

羽川の言葉で一気に冷静になる。
流石は今でも修羅場に身を置く女だ。
だから僕はお前に一生頭が上がらないんだよ。

不幸中の幸いにも、相手が怪異だと言うのなら手掛かりは幾つかある。
徐々に消えていくという現象、消える直前に見えた獣の姿。あれは……。

「鼬、だね」

「ああ……心当たりは、ある」

これでも大学時代は日本に限らず世界中の怪異に関連する情報を蒐集していた。
何も怪異の専門家になりたかった訳じゃない。

僕は、これから生きて行く上で必ず怪異と関わることになるから。

それはもはや確信に近い事実だ。
その時に僅かでも知識があれば助かる可能性は跳ね上がる。


「克離鼬。かくりいたちだ。送り鼬を根源とする怪異……だった筈だ」

「送り鼬……送り狼と同じようなもの、だっけ?」

送り狼。
現代においては女の子を送迎した結果、手を出してしまう男の事を皮肉って称することが多いが、実際の送り狼や送り鼬はきちんと対応すれば逆に身を守ってくれる怪異だ。
真夜中一人きりで歩いている人間の後ろに取り憑き、やがて襲われ食べられてしまう、というのが通説だが、その際にお礼を言ったりお礼の品を渡す約束をするとその人間が家に着くまで護ってくれる、という裏技のような通説もある。

その影響か、克離鼬にも対策があるのがまだしもの救いか。

「克離鼬は宿主の人間嫌いに反応し、その身を誰にも見えないように隠す。隔離、隠し鼬とも呼ばれる」

「じゃあ、乃々ちゃんはまだここにいるってこと?」

「……その筈だ」

人の目が気になり、人の目から逃げたいけれど逃げられない、そんな森久保にうってつけのような怪異だ。

……アイドルやるの、そんなに嫌だったのか、森久保……?

そんな、怪異に頼る程に。

「だけど、克離鼬はあちら側からの干渉も許さない。つまり、森久保は放っておいたら死ぬまで透明人間状態で一人きりだ」

「そんな……」

「手は、ある」

それは、隠された森久保を見つける事。

見えなくとも、いる場所で話し掛けて森久保が返事をすれば、克離鼬は見付かったと勘違いし逃げて行く。
そうすれば、森久保はその姿を元に戻すだろう。

……本人が、本気で孤独を望んでいなければ、の話だが。


「とにかく、羽川も森久保を探すのを手伝って――」

「駄目だよ。私は手伝えない」

羽川は僕の言葉を最後まで聞くことなく断言する。
その語気には、確固とした拒絶の意志が含まれていた。

「何を……」

「たぶん、なんだけど……乃々ちゃんは、阿良々木くんに見付けて欲しいんじゃないかな」

「僕に?」

羽川は続ける。

「本当に、本気でアイドルをやるのが嫌だったのなら、とっくにやめていると思うの。方法と機会は幾らでもあった。それでも続けていたのは……」

「…………」

これは、森久保の最初で最後の反抗なのかも知れない。

いつも俯いて、眉を顰めて、視線を外し、全てから逃げていた少女。

彼女は、何から逃げたかったのか。

それは、何よりそんなネガティブな自分自身だったんじゃないのか?

羽川の言う通り、本当にアイドルがやりたくないのなら事務所にも来ないだろうし、家から電話等でその旨を伝えることだって出来ただろう。
しかし森久保はそれを一切しなかった。
毎日、律儀に事務所に来ては僕から逃げていた。

そんなの、もう言うまでもないじゃないか。

「……ありがとう、羽川。やっぱりお前は最高だ。僕のプロデュースの下、アイドルになってくれ」

「それは嫌かな……」

僕の提案を考える間も無く一蹴すると、私は邪魔者だから、と一度席を外す羽川。


見えないけれど、気配すら感じないけど、森久保はここにいる。

誰にも感知されず、誰の目にも留らないまま、まるで地縛霊のように世界から隠れている。

「そんな勿体無いこと、見過ごせないよな。お前は僕が見初めた一等級の原石なんだから」

森久保は、あそこにいる。

森久保が本気で孤独を望んでいなくて。

アイドルをやるのが少しでも楽しいと思っていて。

僕に見付けて欲しいと思っているのなら。

必ず、そこにいる。

「森久保」

床に胡座をかき、何もない空間に向けて声を掛ける。

そこは人ひとりが辛うじて入れそうな、僕の机の下だ。

「なあ、森久保――僕は何もお前にアイドルを無理やりやらせたい訳じゃないんだ」

森久保はよく僕の机の下に隠れている。
最初は何故そんな分かり易い場所に隠れるのか、と疑問に思ったものだが、今ならわかる気がする。

森久保は、誰かに見付けて欲しかったのだ。

森久保乃々という個人を。


「森久保がアイドルをやめたいと言うのなら、僕も止めはしない。すぐに上に直訴しよう。本気で嫌がるお前に無理やりやらせても、何の意味もないからな」

しかし、何故うちのアイドルたちは僕の机の下を根城にするのだろうか……。
朝方いた星や森久保に加え、遊佐や双葉が昼寝に使ったり、この間なんて浜口がからくりを使った抜け道を勝手に作っていた。

「けど……僕は森久保がアイドルとして大成できる器だと信じている。いつも嫌がっているけれど、少しは信用してくれていると思っている」

勝手な僕の思い込みかも知れないけれど、アイドルを微塵もやる気のない者が成り上がっていける程、アイドル業界も甘くはない。
もし森久保が本気を出してアイドル活動に本腰を入れたら、と思うと楽しみで仕方ない。

「だから、もう少しだけ頑張ってみないか? 僕も全力で力を貸すからさ。森久保乃々という人間を、隠れる必要のないくらい、有名人にしてやろうぜ」

と、

「…………はぃ」

膝を抱え、体育座りをしている森久保が姿を現した。

その表情はやはり視線が合わず、口をへの字に曲げたままの、いつもの森久保だったけれども。

「い、今の話……嘘じゃ、ないですよね……?」

「当たり前だ。僕が嘘をつく訳ないだろう」

それ自体が嘘だが、そんなことは百も承知だ。

森久保は疑いの眼差しを僕に向けつつ、溜息をひとつ吐いた後、

「……よ、よろしくお願いします……」

目尻に涙は浮かんでいたものの、僕と視線を合わせ、出会ってから初めての笑顔を、見せてくれたのだった。




005



後日談というか、今回のオチ。

森久保は今日もまた事務所内にいなかった。
いや、靴はあったので隠れている、と表現するのが正しいか。

「とりあえずいつもの机の下……」

「ヒャッハァ――――!!」

「うわぁっ!?」

シャウトと共に突然現れた仕事バージョンの星に圧倒され、尻餅をつく。
普段は大人しい外見と性格の星だが、仕事になるとパンクでメタルな衣装に身を包み性格も一変するのだ。
しかも事務所内だというのにメイクまでして。

「フヒッ、フヒフハハハハハハヒ!! グゥッドモォォォォォニィィィィィン!!」

「どうしたんだ星! 何があったんだ!」

「き、き、キノコは話し掛けるとよく育つとき、聞いたから……げ、元気な子に育って欲しくて……」

それって植物じゃなかったっけ……キノコって菌類だよな。
同じなのか……?
それにおかしな方向へ元気に育ちそうで怖いんだけど。

「そ、そうか……まあ、程々にな」

突っ込みすら諦めてお茶を濁し、その場を後にする。
心臓に悪いから後で説得してやめさせよう……。

ちなみに、羽川はあの後仕事だから、とすぐに去って行った。
本当に顔を見せに来ただけらしい。去り際に一言、

『阿良々木くんは変わっていなくて安心したよ』

この唐変木、と、よく分からない意図の言葉を残して行った。


「森久保ー?」

ロッカーの中、いない。

「どこだー?」

ソファーの下、いない。

「もーりーくーぼー」

薬缶の中、いない。

むう、森久保のやつめ、隠れ方にも堂が入って来たな。

「なあ星、森久保がどこに行ったか知らないか?」

「知りたければ水だァ! 天然水を寄越せェ!!」

「そういうのもういいから」

「あ、はい……そ、そ、そうですね……で、でも二連続でトモダチを売るわけには、い、いかない……フヒ、フヒヒッ」

机の下同盟の絆はそこそこ固いらしい。

ならばどうしたものか……。
仕方ない、今回も多少強引に行くか。

「森久保のやつめ、見付けたらくすぐりの刑にしてやる!」

事務所中に聞こえる音量で叫ぶと、背後に無造作においてあった段ボールが音を立てた。
僕の常識においては段ボールは中に人が入っていない限り勝手に動いたりはしない筈だ。

「……今、段ボールが動いたよな」

「フヒ……き、き、気のせい……じゃないかな……」


「森久保ォ!!」

近付いて、ガムテープを剥がすと中からがたがたと恐怖に震える森久保が現れた。

「梱包されている……」

「ひ、ひぃ……!」

段ボールの中で縮こまり身を竦める森久保の表情は本気で怯えている者のそれだ。

「く、くすぐりなんて……むーりぃ……!」

「冗談だよ……今日は夕方からライブなんだ、衣装合わせに行くぞ」

「ら、ライブなんてやってもファンの皆さんは十割が他の人のファンですよ……そうです、もりくぼなんかよりも大人気の未央さんや卯月さんにお任せしましょう。そうしましょう」

「僕は森久保のファンだ。ファンの期待を裏切るんじゃない」

「あうぅ……」

困ったように目線を露骨に逸らす森久保。

全く、こいつはいつまで経ってもこうなのか。


「まぁいい、この方が運びやすいしな」

「えっ、ちょ、ちょっと……!」

段ボールごと森久保を担ぎ上げる。

森久保の心中はわかったことだし、もうこれ以上僕から言うことはない。
森久保が自分から何かを言い出すまでは心配もするまい。
僕に出来るのは森久保がトップアイドルになる為のサポートだけだ。

目立つことを嫌がり、人気になることも避け、ひたすら後ろ向きに自分と向き合う。
このご時世だ。
そんなアイドルがいてもいいじゃないか。

「よし、じゃあ行くぞ」

「む、むぅーりぃー……! お、降ろして……! 降ろしてください……!」

「本当に軽いな森久保。今度大原と一緒にバイキングでも行って太ってこいよ」

「じ、自分の足で行きますから……! 降ろして……むぅーりぃー……!!」

「い、い、いってらっしゃい……フヒッ」



ののウィーズル END


拙文失礼いたしました。

読んでくれた方、ありがとうございます。

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