エルフ「私の前に道はない 私の後ろに道は出来る」 (251)


「むかしむかし、ある、ところに…」


少女はそう呟きながら、苦心の末、ようやくその一文を翻訳した。


しかしそれは、彼女が手にしたその書物の、

ほんの冒頭、書き出しの部分でしかなかった。



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昼下がりの大通りを人々の波が行ったり来たり。


その格好は和装に洋服、下駄にブーツ、誰も彼も入り乱れて、

行きかう馬車と人力車、時たま自動車が走るところをみると、

社会全体が、未だ一つの過渡期にあることが見てわかった。


その通りから、一本も二本も道を外れて煉瓦とコンクリから遠ざかった先に

河川敷沿いの広場があって、そこで男子達が元気に野球に興じていた。


そんな男たちの群れの中、一際小さい少女の影が、バットなんぞ構えてボックスにつく。


髪は金髪、肌は繊細、顔の作りも悪くない。

女袴にハイヒール、上に洋物のコートを羽織って、
なんとも、混然する社会の様を表したかのような有様だった。


少年「女のクセに、男の遊びに混ざろうなんていう阿呆め、身の程を分からせてやる!」

マウンドに立つ投手然とした少年が、誰に聞かせるわけでもなく言った。


そうして振りかぶり、一球思いっきり投げた。

女相手ということで多少の手心があったとはいえ、なかなかの速球である。


ボールが迫る中、その少女はニヤリと口角をあげだ。

突如、にょきりと耳が伸びたかと思うと、少女は
女の体とは思えぬ力強さでバットを振った。


かつて、"英流婦(えるふ)"と呼ばれていたその少女の力が、ちょうど良く真芯をとらえて、

爽快な打球音とともに、そのボールを空高く弾き飛ばした。


エルフ「あっはっは!身の程をわきまえるのはそっちだったな、人間!」

少年「なっ、なあっ!?」

男どもが空を見上げる中、

少女は快音の行方を見届けることもなく、悠々と一塁へと走っていった。


エルフ「はっはっはっはうわっ!?」

その途中で、彼女はハイヒールの先がつんのめって、綺麗なおべべのまま土の上に転んだ。


しかも、とんだ打球はレフトフライで、一死という結果に終わったのだった。


エルフ「うぅ……ぐぬぬ、くそぅ」

彼女の目論見は、どうやら失敗したようであった。


プロローグ終わり。

イチャとエロを期待する人は回れ右で


かつて彼女には仲間がいた。両親もいた。

里の中で生きる、ごく普通のエルフだった。


母「さて、今日は貴女の好物のシカ肉をいただく日ですから、楽しみにしていなさいね」

父「いつかはお前も、自分で狩りができるようにならないとな、うむ」


優しい柔和な母と、厳格ながら思いやりのある父に育てられて、彼女はのびのびと育っていった。

エルフ「はい、お父様、お母様」


しかし思えば、もうすでにこの頃から、彼女の生き方は他と違っていたように思える。


エルフ兵士「今日はあなた達に弓の鍛錬を課します、これは里で生きるものとして必要不可欠のものです、皆一層励むように!」


「「はい!」」


子供エルフ「お前は下手くそだなぁ、弓の扱いがなってない」

子供エルフ「こっちに来るなよ、下手か映るからなっ」


エルフ「………むぅ…」

彼女は弓が不得手であった。
そのせいで周囲に小馬鹿にされることもあり、少々内にこもりがちな幼少期であった。


母「そう落ち込まないで、ゆっくりやっていけばいいのだからね」

エルフ「………はい」


そんな彼女のことを、母はいつも優しく慰めてくれていた。
その言葉がいちいち彼女の心に突き刺さることも知らずに。


エルフ「………」

落ち込んだとき、彼女はよく野山を駆けていた。
木々の間を移り飛び、低い茂みを飛び越えて、里の外まで出歩くこともあった。


エルフ「……わぁ」

そんな彼女はある日、その光景を目の当たりにした。

それは一人の狩人だった。

狩人は棒の先に弓を取り付けたような道具、いわゆるクロスボウを構えて、目の前の熊と対峙していた。


狩人「……ふぅ」


狩人が引き金を引くと、留め具が外れて、道具から矢が勢いよく発射された。

矢は一直線に熊の頬を裂き、骨を砕いて、脳天まで深々と刺し貫いた。


エルフ「……っ」

彼女はその様子を、木の枝の隙間から見ていて思った。なんて恐ろしい道具なのだろう、と。

しかし同時に、彼女は初めて、矢が風を巻き起こすことを知ったのだった。


早速彼女は家に帰ると、里の文献を読み漁り、樫の材木を削って、見よう見まねでそのクロスボウを作ってみた。

最初のうちは失敗もしたけれど、改良を重ねるうちに、いつの間にか自分で見た道具よりも、上等なものをこさえていた。


エルフ兵士「それでは、今日も皆さんと弓の鍛錬を行います!」

そうして、完成してから初めての鍛錬の日がやって来た。


子供「おい、今日はちゃんと的に当てられるのか?お前」

そんな小言や嘲笑も、今の彼女にはまるきり届かなかった。

早くこの、彼女の発明を披露したくてウズウズしていたからだ。


皆が一様に並んで的に向かって弓矢の狙いをつける中、彼女だけはその三倍の距離をとって立っていた。


エルフ兵士「…おい!お前はそこで何をしている!鍛錬を怠る気か?」


子供エルフ「どうせ下手くそだから、サボってくれた方がこっちは楽だけどな」

叱責と陰口の向こうで、彼女は一人、棒の立てて、テコの原理でもって、その弓を引いていた。

子供用はもとより、大人用よりもずっとキツく弦を張っているので、こうしないと弓が引けないのだ。


エルフ「…ふう、さぁて」

クロスボウを構えて、照準を覗くと
遥か先に、子供達の背中の隙間から的が見えた。

高ぶりを感じた。汗ばむ手で、引き金に指をかけると、心臓が跳ね上がった。


息を吸い、風の音が止んだとき、私は引き金を引いた。



エルフ「………」

エルフ長「…これはどういうことなのか、貴様の口から説明してもらおうか……」

彼女は、父親とともに里の長の前に引き立てられていた。

目の前には、粉々に壊された彼女の発明品があった。


エルフ「これは、わたしの作った、道具です…」


エルフ長「ああ、だがこれはエルフの技術ではない……そうだな?」

エルフ「……は、はい…これは、人間の…技術、です」


彼女には見なくてもわかった。父が酷く怒ったような、悲しげな顔をしていた。

ただその理由だけは、わからなかった。


エルフ長「里の掟を知らぬことでもあるまい、貴様は、人間と交流をもったというのか?」

エルフ「ち、違います!ただ、遠くから見ていただけです!これも、見よう見まねで作っただけで」


エルフ長「同じことだ、貴様が人間の技に手を染めたことには変わらんのだ!」

エルフ「ひっ!?…」


彼女はこの日、酷い言葉を浴びせかけられ、その誇りも、精神をも邪悪であると非難された。


家に帰ってからも父親にすら散々に冷たく言われ、母親もとうとうその姿を見せなかった。


しかし彼女は、ことここに至っても自らが悪いのかどうか、理解していなかった。

どうして皆は、この素晴らしさが分からないのか

自室に隠しておいた試作品を眺めながら、ただそう思った。


次の日から、分かりやすいくらい、里の皆が彼女を避けるようになった。


子供エルフ「あっ!お前、掟をやぶったやつだな!」

子供エルフ「こいつめーっ!」


同じくらいの子供なんぞは石まで投げるくらいで、自然と彼女の足は遠くへ追いやられていった。

不思議と悲しくはなかったが、母の姿を見られないことだけは気がかりだった。


エルフ「……あれ?」

森を散歩する中で彼女は、今度は背が低く、荷物を抱えた男の死体を見つけた。


それはドワーフの死体だった。苦しみもがいた跡がある。

森に迷い込んできて、里の兵士にでも見つかったのだろう、体に矢を受けて、動けなくなって衰弱死していた。


里の皆はドワーフを嫌っているようだったが、彼女にはそのような観念もないので、
何も思うこともなく、そいつのためにと墓を掘って、墓標を立ててやった。


エルフ「…さてと」

その代わりにと言わんばかりに
彼女は、遺されたそのドワーフの鞄を漁って、羊皮紙の束を見つけた。


そこには、これまで彼女が見たことのないドワーフ族の文化の一端が記されていた。


鍛治や彫金、錬金に精製術と、その羊皮紙からはドワーフが高い技術を持っていたことがうかがい知れた。


どういういきさつかは知らないが、この死んだ彼には感謝しなければな、と彼女は指先まで震わせて、そう思った。



エルフ「…竈を用意して、木を切り倒して、石を集めて、そして……く、ふふ」

やれることが沢山できた。

彼女の目の前に多くの道が光に照らされて拓けたような気がした。


まず始めに、石を切り出し、粘土を集めて里の外れに自分用の窯を作った。

そうしたら薪を集めて、窯に火を入れた。
少しづつ熱に慣らしていき、釜が段々と熟していくのを、一人で静かに眺めていた。


その頃には、彼女の周りにはますます
他のエルフは近づかないようになっていた。

しかし、そんなこと一向に気にする様子はなかった。


最初にまずは陶芸を始めた。
土を捏ねて形作り、幾つも皿や陶器を作っていった。

次はガラスを作った、珪砂を含む砂を集めて溶かし、細工品を作っては砕いて、また溶かすのを繰り返した。


エルフ「…くふふ、ふっふっふ、あぁ…楽しくて仕方がない」


その頃になると、エルフの少女は自分がどうも火の扱いに長けていることに気が付いた。

窯の火力を強くしすぎたと思った瞬間、手をかざしたら火が途端に消えたのだ。


教わったことはなかったが、エルフ族の"魔法"というやつだろうか?
疑問に思うことはあったが、深く考える気はならなかった。

ただ、今の私にとってひどく都合がいいな、そう歓喜した。


練習の末、火を消して再度点けることも、火力の微調整まで可能になっていた。


慣れてきたら別の窯を作って、そこでは食べ物を焼けるようにしてみた。
群生する野生の小麦を集めて粉にし、パンを焼いた。


エルフ「…ごふっ熱?!…でも、美味しい」


初めて窯で焼いたパンは少し焦げてススを被っていたけれど、これまでにない味がした。

彼女がこの後、遠赤外線なんて科学を知るのは、まだまだ当分先であった。


もう里のエルフは、火を操り、黒い煙をあげる少女のことをすっかり邪悪なものとして扱っていた。

ススにまみれて、髪も肌も服も真っ黒になって生活する彼女のことを
揃って悪魔だの、"暗闇(ダーク)に堕ちた者(エルフ)"だのとそしった。



出掛けている間に陶器やガラスを割っていったり、窯に泥水を流したり、

果ては、首から血の滴るニワトリの屠殺体を置いて行ったりした。

それを見て、少女の方も


エルフ「これは丁度いい、うん」

何も気にするそぶりもなく、その羽根をむしって産毛を焼いて、

内臓を取り除いて中にスパイスと野菜と米を詰めて窯で丸焼きにして食べた。


それを見て、里の皆はいっそう彼女のことを気味悪がることになった。


エルフ「うん、美味い…!」


全く呑気なものだった。

今は誰も彼も理解していないようだけれど、あと何十年かもすればイヤでも考えが変わるだろう

またみんなとも暮らせるだろう。なんならあっちか自分に頭を下げるかもしれない

そんな気の長い期間かつ、浅はかなモノの考え方をしていた。

とりあえず一旦切り
釜だったり竈だったり書いてますが
大体は窯の間違いです。


少女はその日、手に入れた人間の文書の翻訳をしていた。

この頃になると彼女は時折、森を抜け出て人の街まで行き、
新聞の切れ端や捨てられた本なんかを拾って、その文章の翻訳に注力していた。


エルフ「……紡績、蒸気機関…ふんふん」

人間の社会はここ十年でめざましい発展を遂げていた。
このまま勢力が拡大すれば、近い将来この森も危ういな、そう彼女は考えていた。


その予見は、思わぬ形で里に脅威を及ぼすのだった。


エルフ「…っ!?」

突如として、地鳴りとともに木々のへし折れる音と地面に倒れこむ轟音が響いた。

その方角は里の方向だった。

エルフ「な、なに?」


いきなりのことだったので、彼女には事態がまるきり飲み込めず、
また、何をすべきなのかはわからなかった。

ただ、頭の中に浮かんだのは、もうずいぶん昔に見た、母の後ろ姿だけだった。


散らかるのも構わず、慌ただしく家を飛び出して、里の方に振り返る。

もうもうと、土煙が上がっているのが遠くからでも見えた。


エルフ長「抑え込め!何としてもこれ以上、里を荒らされるわけにはいかぬ!」

「「はっ!」」


里に着くと、かの懐かしい面々が、何か巨大な影を相手に格闘していた。


剛毛に覆われた体躯が四つ足で駆け、大樹の太枝のような角を振り回す。

言うなれば、オオジカの化け物のようだった。
それが身体中の傷から血を流しながら里を蹂躙している。


それと里のエルフ達が、手に縄や長槍を持って撃退しようと奮闘していた。


エルフ兵士「ぐっ!?ぬあっ!!」

しかしそのかいもなく、縄を引きちぎり、槍を砕いて
なおも化け物は暴れ回った。


もはやお手上げというのが、誰の目にも明らかだった。


エルフ「……こんな、の」

少女の目に、傷を負って倒れたかつての仲間が見えた。
自分を馬鹿にした者、揶揄して嘲笑して、卑下した者、拒絶した者

全てが血を流して、動けなくなっていた。


エルフ「…………」

それを見て彼女は

足元に転がる、石を一つ手に取った。


飛来した石が、化け物の瞼の上に当たって、その体が怯ませた。

そいつがその方向をかえりみると、坂の上に一人、少女が立っていた。


エルフ「……」

その黒は、インクだろうか。

相変わらず、手や頬を黒く汚した、はみ出し者のエルフの少女が、眼下の化け物を睨みつけていた。


エルフ「…こ、こっちだ!この化け物ォ!!」

その呼びかけに、化け物が吠え、突進した。

その叫びと威圧に今度は怯まされながらも、少女は引き付けるようにして化け物の目の前を走った。


茂みの陰を通り、木々の隙間を縫うように走ったが、化け物はどれも構わずなぎ倒すようにして追ってきた。

その重圧に轢かれれば、彼女の体なんぞ跡形も無くなってしまうだろう。


エルフ「怖い…で、でも!」

もしかしたら死ぬかもしれない、そんな緊張感で胸が裂けそうになる。

それでも走った。何故か


ただ、心の中でいつも背中を向けている、母の笑顔が見たかったからなのかもしれない、そう思った。


そうこうしているうちに、両者は少女の住処の近くまで到達してきた。


あとわずかで、その住処まで辿り着く
その寸前で、化け物の体が急停止した。

しかし、自らの意思で止まったわけではなく、その四つの足は未だもがいている。


エルフ「…よ、よしっ!成功」


原因は、彼女の用意した"糸"だった。

彼女が精製したその糸は、絹糸ほどの細さにも関わらず、麻縄よりも丈夫であり。

それが何十本も木々の間に張り巡らされていて、さながら蜘蛛糸のように敵を絡め取っていた。


エルフ「観念しろ、この化け物!」

少女は何事か操作するように握った数本の糸を手繰り、

そして、叫びとともにその内の一本を思いきり引いた。


事情を知らない里の皆には、晴天の中、山に幾度も雷が落ちたと思っただろう。


それほどの爆音が鳴り響き、そして、化け物の悲鳴が湧き上がった。


彼女は、何年もの歳月の間に、人間の武器
"鉄砲"まで作り上げていた。

いくつもの小銃が枝の影に隠されていて、彼女の操作するままに照準を合わせて一斉に引き金が引かれたのだ。


いつかくるであろう、侵してくる脅威に対しての彼女なりの備えだった。


それが思わぬ形で役に立ち、敵を瀕死にまで追いつめた。

荒い息を吐く、その化け物の面前にまで立ち
少女は、自らも銃を構えて、


エルフ「…じゃあね」

その脳天に、最期の銃弾を撃ち込んだ。



暫くして、ようやくやって来た里の民らによって、

彼女は、感謝の言葉を貰うでもなく

ただ、すぐさま地に組み伏せられ

また怒りと嘆きの言葉を浴びせかけられた。


エルフ「な、なん、で…?」

拘束されたときに擦りむいた擦り傷が、ジワリと痛んだ。


向こうでは、皆が化け物の死骸を前にして悲しみの声をあげている。


エルフ長「貴様、自分が何をしでかしたか分かっていないようだな…!」

里の長も、彼女の前に立ちながら、静かな悲しみの中で、確かな怒りの思いを内包していた。


エルフ「…なんだよ、なんでこんな、わたしがこんな目に…」


化け物だと思っていたのは、実はエルフと共存する古き森の住人というらしく。

長たちにとっては遥か昔からの友人だったという。


たまたま遭遇した人間に傷つけられ、怒りに荒ぶっていた。
それだけだった。

里の住人たちは、総出で彼のことを鎮めようとしたのだが、それを彼女が全てぶち壊した。


皆にとって、事実とはそれだけで
彼女の親切心など知るよしもなかった。


エルフ長「貴様は、私達の友人を殺した…何故だ?」


エルフ「わ、わたしは、別にそんなつもりもなくて…ただ」


彼女の周りには、積み上げられた銃と
砕かれた食器類、

そして、破り捨てられた紙の束があった。


エルフ兵士「これはなんだ、答えてみろ!」


エルフ「こ、これは…その」


エルフ長「これは人間の文字だ!もちろん知っているのだろう?…邪悪な者よ」

エルフ「……はい」


言い逃れは出来なかった。
エルフにとって、自然を破壊する人間はいむべき存在だった。

その文字を読み、武器をもって生命を奪った彼女もまた、忌むべき存在となった。


もはやエルフ族にとっては敵であり、看過も出来ない相手になった。


エルフ長「貴様はもう、死ぬべきだ…死をもって神に償うべき時がきたのだ!」


彼女の眼前に、何本も鋭い刃が並んだ。

化け物に追われた時よりも、もっと確かで具体的な恐怖が目の前に晒さられた。


エルフ「い、いやだっ!…なんでそんな、あがっ!?」

悲痛な声とともに顔を上げようとすると、頭の上に誰かの足裏が乗った。


父「……私がやろう、私が、トドメをさしてやらなければ」

その足の主から、父の声がした。

その言葉で、少女の心にヒビがはいった。


エルフ「いやっ!ごめんなさい!た、助けて!殺さないで!!」

父「うるさい!」


生きてきて初めて、少女は必死の命乞いをした。


エルフ「お母様!たすけて!…お母様!!」


いくら叫んでも、応えるものはない
代わりに踏みつけられる力が増すばかり。

涙はひたすら流れて、濡れているのに、目の周りが燃えるように熱くなる。


エルフ「ぐぅ、ぅぅ、うぁぁぁああああああああああっ!!がぁああぁぁああっ!!」


父「死ぬ時ぐらい、おとなしく逝け…恥ずべき、かつての我が娘よ…」

エルフ「…ああそうだ!…娘でもなんでもない!!おまえなんてもう、父親でもなんでもないんだ!!」



感情の昂るまま、私は叫んだ!
すると、私がまばたきをした途端、視界に炎が写り込んだ。

父「なっ!?…」

エルフ長「き、貴様…それは」


彼らのたじろぐ気配がした。

まばたきをする度に、目蓋が火打石のように火花を散らし、

まなじりから、火炎の蛇が産まれる。

蛇は土を焦がしながら這い回り、隙間から窯の中に潜り込んだ。


エルフ長「な、何をした!その力は一体なんだ!」

エルフ「……なんだ、知らないのか、そうか」


窯が震え、中で何かが大きくなっていく。まるで胎動だった。


エルフ「……だったらよく見ておくんだな、腰抜け」


その言葉が終わるのと同時に、
私の窯が崩壊した。


エルフ「こうして私は森を出て、どこへともなく放浪の旅に出た……これで、大体の話はお終い」


少女はそこで、これまでの人生の全てを話し終えた。
神に祈るように手を組んで、一人の牧師の前にひざまずいていた。


エルフ「あとは、貴方方もお分かりの通りだよ…話す必要はない」


牧師「……なるほど、な、実に興味深い話だった、私も長年生きてきて聞いたこともないよ」

牧師は胸に聖書を抱いたまま、深く息を吸うと、

彼女の話を引き継ぐように、言葉を続けた。


牧師「そうして君は、この村で行き倒れて、ある老婦人のもとに拾われた、そうだな?」

エルフ「……はい」


牧師「彼女は心優しい我らの隣人だった、君のことを手厚く看護して、自らの家に住まわせてやった、そうだな?」


エルフ「…はい」

彼女は、牧師の弁がだんだんと熱を帯びていくことを感じ取った。


牧師「それが今から何年前のことか、君には分かるかい?」

エルフ「さあ、日にちの数え方なんて教わったこともなかったので…」


牧師「20年だ!かれこれもう20年も前になるんだよ!分かるか?この意味が」


途端、牧師が堰を切ったようにまくし立て始めた。
少女はそれを、黙って俯いたまま聞いていた。


牧師「そんなに年月が経ったのだよ、私も老いて、婦人も老いたさ…だが君はどうだ?いつまでそんな子供の姿でいるつもりなんだ?」


エルフ「……さぁ、まさかこんなに寿命が長いなんて、知らなくてね」


牧師「だから私達は気づいたよ、君は魔女なんだってね!魔女、だから私は言い続けてきたんだ!魔女はこの世に絶対にいると!」

エルフ「………」


この頃、人の世でも魔女裁判なんてものは随分と下火になっていたはずなのだが

こうして森の近く、田舎の外れまで来てみると、まだ風習として根強く残っているようで


エルフの少女は、運悪くそこに長居しすぎたらしい。


エルフ「ああ、そうかい…もう聞き飽きたよ、魔女だっていうんなら、私はその魔女なんだろうよ、うん」

彼女はうっとおしげに、そう吐き捨てた。


牧師「思い切りがいいな、そうか…ではもう話は十分だ、外へ行こうか」


少女が睨みをきかせる中、周りにいた屈強な男たちが彼女のことを、

捕らえた檻ごと持ち上げて、外へと運び出した。


エルフ「……あぁ、太陽が眩しいよ、ほんと」


外の広場には大勢の人がいて、一様に彼女のことを恐怖の眼差しで見つめていた。

またか、彼女は素直にそう思った。


広場にはもう既に、何かを焼き焦がした跡があった。

藁と木材、そして十字架に貼り付けられた人間の焼死体があった。


牧師「…彼女も、君を匿ったことで魔力に毒されていただろうから、もう既に葬ったのだよ、ああ、君のせいだ」

エルフ「……そうか」


別に言わなくていいことだった。彼女も全部聞いていたのだから。


婦人を罵る皆の怒声と、身を焼かれる彼女の断末魔が、聞きながら、悔しくて涙がこぼれた。

自分に親切にしたから、彼女は死んだのだ、だから牧師の言うことは正しい。そう思った。


檻を広場の真ん中、材木と藁を盛った山の上に置いた。


次に、牧師が眠たい聖書の言葉を並べながら、小瓶の中の聖水を撒き

最後に、粉を全体に万遍なく振りかけた。


牧師「これは浄化の青い炎を呼び起こす聖なる粉だ、貴様のような魔女とてこれには耐えられまい…!」


エルフ「ばーか、それはただの燃焼作用で、そう見えるだけだよ、炎には変わらない」

牧師「ふん、負け惜しみを、体に火がついてからでもそんな口が聞けるといいな」


牧師がそう勝ち誇ったように言うと、周りの人々が藁の中へと次々松明を投げ入れた。

青緑の火花が巻き起こり、
やがて檻は炎に包まれた。


牧師「ああ、私はようやく、貴方のために魔女を殺しました。神よ…」


その牧師から逃げのびてまた数十年後、

彼女は今度はとある地方の金持ちの所にいた。


エルフ「それで言ってやったよ、死にたくない奴は私から離れていろと…」

金持ち「へえ、そうなの…」


その金持ちのオヤジは目の前の少女の肢体を眺めながら、聞いているだがいないだかの返事をした。

エルフ「檻を溶かそうと思うと、どうしても周りに被害が出てしまうからな…うん」


金持ち「……ふぅん」

エルフ「………」


下卑たオヤジの指が、爪先から臀部まで、ゆっくりと
ナメクジのように這い回り、舌舐めずりの音が、部屋の中に響いた。

彼女は、豪華な装飾の施された金持ちらしい一室の
天蓋付きベッドの柱に手足を縄で拘束されて、身動きがとれないでいた。

脚などは開かれたまま固定されて、いやでも閉じれないようになっていた。


金持ち「君は架空の物語を作るのが得意なんだねぇ、いひひひひっ、本当に」

エルフ「…そうか?」


金持ち「ああ、もしなんだったら今度ワシの元で本でも出すかい?なんてね…いひっ」

スカートをめくり上げると、飾り気のない下着の向こうに、柔らかな肉の膨らみが見えた。


口の端からよだれが溢れでて、もう我慢ができないとばかりに、ズボンのベルトを外し始めた。


金持ち「だ、大丈夫だよ?初めは誰も痛いものだから…そこだけガマンしようねぇ!」

エルフ「なんだ…話聞いてなかったのか…?」


金持ち「ふ、ふひひっ、こんな可愛い娘と仲良くできるなんて、久し振りだよ…っ!もう我慢できなくて出来なくてぇ!」


少女は、もう何度目だろうかという溜息を、長々ともらした。


そいつが下着までズリ下ろし、ご自慢の怒張したペニスを露わにすると、

今度は少女の下着を脱がそうとして、脇の紐に指をかけた。


金持ち「で、では…君のxxxxを見せてもらうよぉ~?」

エルフ「…馬鹿」


少女はその前に身を起こすと、目の前にいきり立った男性器に向かって唾を吐きつけた。

可愛らしい反抗をしてくれる女の子だなぁ、そうオヤジが思った瞬間。


金持ち「ぎぃぃあやぁぁあああがぉぁあおああああっ!?!?」

まるで煮え湯をかけられたかのように、猛烈な熱さが敏感なソコを襲った。

見れば、先端から火傷したように、焼け爛れてミミズ腫れになっている。

少女が話の間にあらかじめ口の中で唾を沸騰させていたのだった。


エルフ「だから、話を聞いた時点でやめればいいものを…まったく」


金持ち「がっ!?なん、なんでぇ?!なんでぇえっ!?なんでなのぉぉお??」


少女を拘束していた縄が焦げて焼き切れる。

手足が自由になると、すぐさまベッドの上で立ち上がった。


エルフ「まあ、私を買ったのが運の尽きだったな、服は良さげだから貰ってやろう、ありがたく思えよ」


それだけ言うと、ベッド脇のボウルから葡萄を一房いただいて、白目を向いて泡を吹いている男を尻目に

少女は、窓から外へと飛び出した。



奴隷「…へえ、大変だったんだね、あなた」

エルフ「そう、なのかな…死にものぐるいだったから、自分では実感がないよ」


薄暗い船倉の奥で鋼鉄の枷と鎖に繋がれて、
私は、隣に座って同じようなボロを着た奴隷の子に、また長々と自分の話をしていた。


奴隷「……人に買われるのって、そんなに大変なこと、なのかな…」

逃げ出そうにも、海の上では空気が湿気っていて、燃やすものも少ないため、

鉄を切断するだけの力を発揮できないでいた。

正直、行き止まりだと感じた。


エルフ「……さてね、まあせいぜい良い人に買われるよう、願うことだよ、ホント」

そんな人がいればな、と余計な言葉は飲み込んで、私は、船が目的地に着くのをただ待つのみだった。

到着したらしたで、もうその子とは会うこともなく、早々に商人に安値で買い叩かれた。


私は、いわゆる問題の多い、曰く付き商品だったのだから、当然だ。


東方の最果ての、その島国が、私の終着点のような気がした。

逃げる自信もなかったが、それ以上にもう、気力がなかった。


私はボロっちい犬のように商人に鎖に繋がれて、

その場末の薄暗く、汚らしい港の陰から、夜空を仰ぎ見た。


エルフ「………ぅぁ」


そこには、いつも星があった。

こんなどうしようもない異国の地だというのに、星だけはいつもと同じように輝いていて

どういうわけか、こんな夜に、吉兆の光を放っていた。

エルフの占星術をこんな時に信じるつもりもなかった、はずなのに。


商人「ちっ、こんな辛気臭い夜は誰も寄り付きはしねえな、ったくよォ」

商人が不機嫌そうに口を尖らせて、不満を垂れている。


どうやら、私に対して、やっかみのごとく愚痴を言っているらしい。勝手なものだった。


私は、それも気にすることなく、路地の向こうの暗がり

星の光が指し示す先に、顔を上げることなく意識を向けていた。


エルフ「………?」


誰かが来る、一人分の足音がした。

それは男性の、荒々しい上に酒に酔った歩みだった。


千鳥足もさる事ながら、それを勘案しても男の歩きはどこかイビツで

まるで、右足を庇うような不恰好な歩きであった。




今夜の晩酌の席での話は、随分と長々としてじったように思える。


結局、話の顛末としては、少女はその訪れた男の元に転がり込み、

色々あったのちに、こうしてまだ、そいつの家に居着いたままであった。


エルフ「…あぁ、だいぶ話し込んでしまったな、冗長すぎた、すまない」

少女は、空になったコオラの瓶を置いて、目の前の男にそう呟いた。


男「いいさ、今夜はお前の貴重な話が聞けたよ」

男はどうやら未だ下戸であるようで、お猪口の酒を舐めるようにチビチビと飲んでいた。


エルフ「……どうも、女というのはお喋りな性分でな、人に話したくてしょうがないらしい、ふっ」


男「…そうだな」


男は憂うように、そう呟いた。

それは彼女の人生についてだろうか、
それとも別のことにだろうか


表からはそれは、とうてい判別できないことであった。


エルフ「お前さんには、感謝しているよ…どうやら私はようやく、良い人に巡り合ったらしい…」


男「よせやい、俺はただ、お前の口八丁に騙されただけで、感謝されるのは筋違いだ」


エルフ「そうか、ではまあ勝手に言わせてもらうがな、うん」

男「……」



エルフ「こんな私を拾ってくれて、ありがとう…なんてな」


男「なんだ、今日はやけにしおらしいじゃないか…昔話で望郷の念にでもかられたか?」


エルフ「ふふふっ、かもな…たまには私だって人肌さみしい夜もあるということよ」


エルフの少女が腰を浮かせて、男の方ににじり寄っていく。

しからばと、男の方もそれから逃れようとして体をよじらせるのであった。


男「だから、すり寄るなって!そんな話聞いたあとで、こっちまで股間を焼かれては堪らんからなっ!」


エルフ「そう邪険にすることもあるまい、むぅ…」


少女はむくれつつも、毎日のように繰り返しているこんなやり取りが、ひどく尊いものに思えていて。

まあいいかと、すぐに満更でもないような表情をするのであった。



終わり



男が橋の上を、右足を庇いなから歩いていると

河の向こう岸の広場で、皆と野球を楽しむ金髪の少女の姿が見えた。

コートをベンチに脱ぎ置いて、せっかくの小綺麗な服も土まみれにして、

楽しそうに笑いながら、目の前の白球を追いかけていた。


男「…まったく、楽しげに遊びまわって、まあ」


その様だけ見れば、彼女もまた、見かけ相応に子供らしい面を持っているのだと、実感する。


しかし、彼は知っていた。

彼女がこれまで、長い道のりをこえてきた中で培った経験や知識を

大人顔負けに、その小さな体に内包しているということを。


あと、自分よりも結構年上なのだといことも、知っていた。


男「……ふ」


エルフ「はいはい!バッター手が出ないよーっ!」


とはいえ、男も今はそんな細かいことは忘れて、

目の前で無邪気に遊びまわる子供の姿を、静かに眺めることにした。


夕日が傾き、街もそろそろ暗くなってきた頃に

野球に興じていた子供達も家路につき始め、互いに別れの挨拶を交わし始めていた。


エルフ「ふっふっふ、気が向いたら、また相手してやろう!」

少年「うっせ、じゃあまたなー!」


なんだかんだ憎まれ口を叩きながら、少女もみんなと言葉を交わして、広場を去ろうとした。


エルフ「…あれ?なんだ来てたのか、お前さんも」

男「まあな、遠くから見えたからよ、なかなか上手いじゃないか、野球」


少女が帰路を見やると、男が、彼女のコートを抱えて立っていた。

エルフ「まあな、これでも長いこと生きて、見聞は広めていたつもりだからな」

男「そうかい」


彼は手に持ったコートを彼女に渡しながら、目の前で屈んで、服についた土を払い出す。

男「その割りには、こういうところには気を使わないんだな」


エルフ「ふふん、服を気遣っていては選手として最高のパフォーマンスを発揮することはできんからな!」

男は彼女の言葉が終わらないうちに、
その金色の頭にチョップをいれた。


エルフ「いたっ!?なんでっ??」

男「こいつめ、そんな着物を汚して偉そうにする奴があるか!」

エルフ「……ぅぅ」


そう叱ったあとで、男は少し荒々しい手つきで
着物の土をはたき落とした。

その光景は、はたから見ると
まるっきり親子のやりとりのようであった。


エルフ「ぐぬぅ、この私をコケにしおって、年下のくせにぃ…」


男「まあまあ、今夜の晩飯は好きなの食わしてやるから」

エルフ「…ん?ああそうか、そういえば、だな」


そろそろ飯時という街中を二人歩きながら
男は懐から、一つ茶封筒を取り出した。

男「ああ、今日は給料が出たからな、今夜はそれなりに贅沢できるぞ!」


エルフ「やった!じゃあじゃあ、私はオムライスがいいな!あと帰りにコオラも!」

男「コオラもう店は開いてないだろうから、明日にな」


こうやって晩御飯一つではしゃぐことが出来るところも、子供ならではである。

たぶんだが、話を聞く限りでは、親に甘えたことがなかったのだろうなと、


日ごろ男は、彼女が歳のわりに子供っぽく見えるたび、
そんなことをぼんやり考えていた。


エルフ「よし、早くしろお前さんよ!店の席が混むだろっ!」

男「はいよ」


とはいえ、それは今となってはどうでもいいことだった。

そんな昔話のことは忘れて、ただ二人はこの先の、
馴染みの大衆食堂へと歩を進めるのだった。


食堂はそこそこの客入りで、
もう少し遅れれば座れなかったかもしれなかった具合だった。


男「ふう、危ない危ない…っと」

席に着いたら一先ず水を飲み、店員に注文を告げる。

少女はオムライス、男は焼き鮭定食にした。


エルフ「相変わらず、冒険せんな、いつも来ては、注文するのはそればかりじゃないか?」

男「そうか?まあ食べ慣れたものが一番だ、舌は人それぞれだからな」


エルフの少女は、つまらな気に相方の注文に一言申した。

どうやら、一口二口は頂戴しようというつもりであったようだ。



男「…この間、お前に連れられていった店はとんだものだったから、余計行きつけの味が恋しいんだよ」

エルフ「この間……あぁ、あれは」


その言に、少女が思い至ったその店のことを説明するには

少しばかり話を遡る必要がある。



以前に、彼女の儲けの算段が当たった時のこと

結構な、まとまった金額を二人は手に入れたので、
両者途端に調子に乗り出し

ならばここはゴージャスにいこう、ということで

ちょっと身の丈に合わないようなレストランに行ってみたのだった。


エルフ「おぉ、ワイングラスにコオラを注いで、優雅だなぁ…うん」

男「…ああ、そ、そうだな」


さりとて、いざ店に入ってみると男の方は店の雰囲気にすっかり飲まれてしまって、萎縮してしまっていた。


いざ運ばれてきた料理も、やけにかしこまったものばかりで、

まるきり、食べた気がしなかった。


中でも特に、男にとってしんどかったのが、とある食べ慣れない料理だった。

エルフ「うむふふ、うまウマ」


男「うげぇあ?!な、んだこの…貝でもない、妙に生臭いものは…?」

エルフ「あぁ、これはエスカルゴといってな、食用のカタツムリだよ」


男「おぉぅ…こんな…これが、金持ちの食い物か……そうか」

二度とこんな店には来ない、そう男は心に決めた。


エルフ「なんだ、お気に召さないか…ふむ、こんなに美味しいのに」

男「……お前は森で、普段なに食ってたのだ…うぷ」


帰ったあとの、家の飯がいつもより美味しくなる、
そんな思い出だった。



エルフ「確かにあれは、相当に嫌そうな顔をしていたな、お前さんも」

男「あんなナメクジだか、でんでん虫だか分からんモノをよくパクパクと食えるな、本当に」


エルフ「うーん、あれも癖のある料理だから、そう毎日食べたいと思ってるわけでもないぞ?」

男「俺は、一度きりだってごめん被るよ」


エルフ「…ふふっ、そうか」


注文の料理が運ばれてくるその間に
二人はそんな、文字通り苦い思い出話に浸っていた。


ふと気がつくと、
二人で過ごした時間も、それなりに長くなってきたものだと、男は一人思うのだった。


食堂の中が徐々に盛況になっていき、
空いた席も埋まっていく。


エルフ「森では主に木の実とか、植物の新芽なんかを摘んで食べていたな」


男「へえ、結構原始的なんだな、意外だ…」


エルフ「お肉は獲物を捕まえたときくらいで、ごくたまにだったな…好物だったのだが」

男「…へぇ」


エルフ「だからタンパク源には主に芋虫なんかをよく食べていてな、こう私の手の平くらいあるやつなんだが…」


男「」


エルフ「生でブチュっと食べてもいいし、遠火で焼いたりしても香ばしくて……ん、あれ?どうした?」

男「スマン…俺はどうも、その…虫は苦手で…というか、飯時にする話か?」


エルフ「軟弱な、それでよく軍人として戦場に出ていたものだな」


男「そこは関係ないだろ、かのナポレオンだって瓶詰めの食料を持って遠征に行ったくらいなのだからな」


エルフ「それもそうか…?」



店員「お待ちどう様でした、定食とオムライスになります」

そうして運ばれてきた料理だが、これがいつもと少し違っていた。


片方はいつもと同じ、一汁三菜程度のちょっと豪華な定食である。

しかし、片やオムライスのほうなのだが、

ケチャップライスを卵でとじているでもなく、むき出しのライスの上にオムレツが乗っているという形だった。

加えて、ソースもまだかけられておらず、別の皿に用意されていた。


男「…あれ、いつも食べてるのそんなオムライスだったか?」


エルフ「ん?…ああこれは、こうして」


そう言うと少女は、上のオムレツにナイフを入れて、下のご飯を覆い隠すように切り開いた。

中の卵が半熟で、とろりと周りへ溢れ出し、とどまっていた蒸気はふわりと広がって

ほのかに牛乳の匂いがした。


男「……ほぉ、それはなんとも、仕掛け入りのオムライスということか」

エルフ「ふふ~ん、これはな、お前さんがいない時、ここに来てな」


男「……ふむ」


彼女が言うには、その時ココの店主に「オムライスが売れない」と相談を持ちかけられて、

それならと知恵を貸した結果、出来上がったオムライスがこれなのだという。


男「お前は、人が働いている間にそげなことをしとったのか…ほお」

エルフ「ひ、人助けだよ、そう怖い顔をするなっ」


エルフ「私が昔に、サーカスにいた話はしたかな?」

男「サーカスというと、見世物のことか、いや聞いた覚えはないな」


皿の中のソースをスプーンですくい、卵へと回しかけながら、エルフの少女はまた朗々と語る。


エルフ「その時に学んだよ、人の面白きは奇想天外の仕掛けとショーマンシップの精神だとね」

男「ショーマンシップ…」


エルフ「人を楽しませようという心がけだよ、私は何か儲け算段をするときは、まずそれを踏まえるようにしている」


一口すくって食べてみる、そうすると口いっぱいに卵と牛乳の濃厚な味わいが染み込んていき、思わず表情がほころんだ。


エルフ「卵をの、注文した客の手によって、まるで黄色い花の咲くように開かせる…そこから名付けたのが」

男「名付けたのが?」


エルフ「…そうさな、"たんぽぽオムライス"とでもしておこうか、ふふ」

男「なんだ、いま決めたのか?」


エルフ「まあな、いい名前だと思わないか?」

男「ああ、そう思うよ」


話を聞いていた男は顔は微笑んでいたが、
その目は、羨ましげに彼女を見つめていた。

ほんの少しだが、劣等感と嫉妬心が彼の中で静かに生きているのだった。


代金の支払いの時に、店員を通じて店主から少女に礼の言葉が伝えられた。


店員「それと、これは心ばかりの贈り物ですが、と言っていました」


エルフ「コオラか、ありがたい!」

そう言って少女の手にキンキンに冷えた瓶が手渡されたのだった。


帰り道、二人で歩きながら、冷えてるうちにコオラを飲んだ。

男「…その報酬なら、売れ行きは上々らしいな」

エルフ「らしいな!ああ、人助けのあとは気分がいい、コオラも美味い!」


男「……そうだな」

浮かない表情のまま、ゆっくりと足を庇いながら歩く。


彼はこのところ、時折思うことがあった。

それは日頃は忘れているのだが、こうしてきっかけがあると、ふいと思い出しては

彼の心に、暗い影を落とした。


男「…お前はすごいな、俺には及びもつかないことを、平然と次次やってのけて」


エルフ「いや、けして楽ではないぞ?それなりに苦心している、まあ、すごいというのは否定しないがなっ」

男「……ふっ、そうか…なあ」


そうして心に溜め込んでいるうちに、男の口をついて出てくるまでになるのだった。


男「俺は時々思うよ、お前に比べて俺はなんてちっぽけな奴なんだろうってさ…」

エルフ「…ん?なんだよ急に」


男「俺はな、人からは不具と呼ばれるような程度の下賤な奴で…」


一度口を開けば、言葉は次から次に続けられた。


足を不自由にした男は、軍を追われた後、当然別の職を探したのだが、

そんな彼が、学もないままにマトモに職につけるはずもなく。

今に至っても日雇い週雇いの仕事なんかを転々とする有り様で、それに合わせて収入もばらついた。


それに比べて、この地に来たばかりだというのに、その奇抜な発想をもってして、さっそうと男の前に大金を積んでみせた。


芋を揚げた次は麺を揚げ、

焼きおにぎりの要領でご飯を固めてサンドイッチの真似をしたり、

小麦粉の玉に蛸を入れて焼いてみたり、

たまに失敗することもあったけれど、それでも大きな損失を出すこともなく、利益を上げ続けた。


それは、昔に人間の本を訳したときに経済学の本を読みふけった際の賜物だという。


エルフ「……」


男「お前はすごいな、本当に、俺なんて必要としないくらいに…」

エルフ「そんなことは…」


無いとは、この時の彼女には言うことは出来なかった。

男の表情を見て、困ったように頭を掻くだけだった。


夜になって、電灯の明かりがつき始める。

少女は光にさらされて、男の立ち位置が陰になる。

まるで現状を表しているかのようだった。


エルフ「……お前は、私を枷から解き放った、言ってみればまあ…それだけだな、うん」

男「……ああそうとも、しかもあれは、誰にでもできたことだ」


エルフの少女はその言葉を聞くと、陰の内に手をさしのべて、男の手を掴んで引いた。


男「…そして、この間の話を聞いて思ったよ、お前にはそんな一抹助けさえも必要としてないんじゃないかって」

エルフ「今日はどうした、そんな女々しいことを言うなんて、お前さんらしくもない…」


ぎゅっと握って、でも引き寄せることはできないから、
少女は自分から身体を、男に預ける。


男「お前と同じで、俺だってたまにはものを吐き出したいときもあるさ」

エルフ「……そうか」


男「ああ、多分俺は、お前よりずっと弱しな…」

エルフ「………」


それだけ男が言い終わると、二人は手を繋いだまま、ようやく歩みを再開させた。

だが、彼の引きずる足は未だに重いままで

それは、自身ではどうすることもできないことなのだった。


男「……お前は、そんな歩く速さを合わせる必要はないんだぞ?」

エルフ「おいおいそれは皮肉か?私は歩幅が小さいんだよ、これで丁度いい」


男「…そっか」


そんな彼の弱さが垣間見えた夜が、並んだ影を飲み込んで更けていくのだった。



男「俺はずっと、お前の保護者みたいなものだと思っていたが、とんだ思い上がりだったな、はぁ…」

エルフ「そうしょげるなよ、そんなお前さんを励ますいい方法を思いついたんだ」


男「へえ、それは一体?」

エルフ「まず生卵を用意します。それを私が自分の口の中に入れます」

男「お前が食べるのか?」


エルフ「いやいや、それを今度はお前さんの口にその卵を移して、次はまた私の口に戻す、それを繰り返す」

男「………」


エルフ「このときに決して黄身は潰してはならないのだが……あれ?どうした?」

男「お前は……よくそんな気持ち悪いものを思いつくな、もう逆に尊敬するよ」


エルフ「いやこれは、前に娼館に捕まった時に横で眺めていただけのことだよ、あれで人の牡は相当喜んでいたがなぁ」

男「おぇ、金持ちの考えることはつくづく分からん…」


エルフ「まあ、私にも強要してきたものだから、その時は白身の煮えたぎった卵を喉に注いでやったがな!ふふーん」

男「そんなゾッとする話を聞いてまで、する奴がいるものか!もう寝るぞ」


エルフ「だろうなー」


次の日は、男の雇い期限が終わっていたので朝から暇していた。


そういう日は朝から二人でゆったりと朝ご飯をいただくものと決まっているのだった。


エルフ「しかし今朝方は少し違う様相を呈してみようと思うのだよっ」

男「はあ?…」


朝餉のお茶を飲み終わると同時に、立ち上がって彼女は言った。

また何か妙案でも思いついたのかと、男が訝しんでいると、


少女は床に拾ってきた新聞紙を広げて、おもむろに鋏を構えた。


エルフ「でな、いまから私は髪を切ろうとかなと…うん」

男「…はあ」


言われてみれば、その後ろ髪は先が腰まで届いていて、確かに子供にしては長すぎるので

切るのは至極当然のように思える。


それにしても、その金髪は手入れが行き届いていて、今朝はいつにも増して輝いて見えるようであった。


エルフ「……では」

男「お、おう、妙に気合が入ってるな…」


少女は、髪の毛を一掴み分纏めると、
中程より上の方をバッサリと切ってしまった。

そうしたらもう鋏をしまい込んで、
切り取った髪の一房を、丁寧に、無くさないように新聞の上にまとめ置いた。


男「あれ?なんだ、髪を整えるのではないのか?」


エルフ「いや、エルフは人よりも寿命が長いゆえに髪の伸びるのも比例して長くなる、だからそう髪を切る必要はないのだ」

男「…へえ」


と、あまりにも変わらぬ調子で彼女も言うものだから、男の方もすっかりそのままそれを流しそうになった。


だったら何故、今朝になって急に髪を切るようになったのだろうか、ということを


男「だったら何も切る必要はないんじゃないのか?なあ」

しかし、そのことを男が尋ねても、彼女は一向に答える気配はなかった。


ただ、新聞の上に広がる金髪の一本一本を撚り合せていき、やがて一つの短い紐のようなものを完成させた。


エルフ「うん、できた」

その完成品を眺めながら、少女は一人で悲しい顔をしていた。

男には、その真意が全く読めなかった。


男「いったいさっきから、それは何なんだ?」


エルフ「……これはな、エルフ族に伝わるお守り、みたいなものかな」

男「…お守り?」


エルフ「うん、こうやって髪を送るのは、すっごく特別な意味があるんだ……特に、女性にとっては…その」

男「………」


エルフ「…むぅ」

そのお守りとやらが完成したのはいいのだが、
さっきから不揃いなってしまった自分の髪を随分と気にしているようにみえる。

切ってしまった毛先に触れては、悲しそうな表情をして、
でも必死に気にしまいとして、気丈に、振舞っている。

男にはその姿が、ひどくいじらしく思えた。


男「大丈夫か?…その髪も」

エルフ「…い、いや、私のことはどうでもいい、髪なんぞほっておけばすぐに伸びてしまうのだからな」


しかし、それにはまたいったい何年かかるというのだろうか

男には、それを問うほどの勇気はなかった。


少女は、男の前に近寄ると
正座して、まるっきり恭しく両の手のひらで

目の前の彼に、その金髪のお守りを差し出した。


エルフ「…私は、お前に謝らなくてはいけない…」


男「…な、何をだ?黙って食堂に通っていたことなら別に気にしていないぞ、それにそこまで…」

エルフ「…いや、そうではなくて……私が出過ぎた真似をしたためにお前さんを追い込んでしまったことを、謝りたい」


男「あ…」


エルフ「よかれと思ってのことだったのだが、ただ自身の商才をひけらかしただけだったのだな、浅はかだったよ…本当に」

男「お前、何もそんなこと気にする必要も、なんで…」


その言葉と同時に、彼女が土下座せんばかりの勢いで頭を下げようとするものだから、

男が方を掴んで、それを止めた。



男「お前にそこまでさせるなら、謝るのは俺の方だ…つい弱音を吐いて、それで


エルフ「…なんで、だと?」


少女は口を真一文字に結んで、まるで思案するように目を伏せた。


そうして次に顔を上げたときには、耳をピンと伸ばして、
口もとをニヤニヤとさせて、ゆるりと腰を上げた。


エルフ「…それを女の口から言わせるなよ、お前さん」

男「…は?」


いつまでも受け取ろうとしないものだから、痺れが切れたのか

立ち上がるとすぐに、お守りを粗品でも扱うように目の前に放り投げた。


男「わっ!?なんだお前、これ大事なものだろ?そんなぞんざいに」


エルフ「すでに切ってしまったものに対して、そう執着することもない…うん」


男の手の中に収まった金髪は、まるで彼女の指先のように、
優しい温もりをまとっていた。


体を撫でるようなその温もりに身を任せると、亡くした足の幻覚が思い起こされる気がした。


エルフ「なあどうだ?なんだかいつも私がそばにいるような感じがしないか?」


男「い、いや?そういうのは無いな、ないない」

存外、照れくさい気がしたのでつい誤魔化してしまう男なのであった。


エルフ「ちっ、雰囲気のわからん奴だなぁ、もう」

男「…でも、元気が出てくるのは分かる、確かに効くなコレは」



エルフ「……ふふーん、まあ、それだけ聞ければ上等か、虎の子の金髪を切ったかいがあったよ」


少女はそう言って満足げに破顔すると
彼には見せないように、一筋涙を流してた。



そんな日の正午

いくら彼女が稼いでも、実のところ彼にとっては恩返しにはならないということが分かり、

改めて、男に頑張らせるという方針で次の算段を立てる少女なのだった。


男「いや別に、そんなに気にしてないぞ俺は、お前には今でも十分に助けられたと思う、いくら感謝してもし足りないよ」


エルフ「でも、男を引き立てるのが女の仕事と昔からこの国ではいうのだろう?」

男「それはもう古くなりつつあるんじゃないか?今や女性誌なんかも発行されてて活動も盛んなんだから」


エルフ「だったな、だかそのうち一部意識ばかりが高まって社会構造を歪めないといいな」

男「大丈夫だろう、世の中そう簡単に狂うものでもあるまい」


という社会学まがいの話はさておいて

太陽も高いうちに、二人は連れだって街へ繰り出して
次の職の当てを探すのだった。


貯金はそれなりにあるとはいえ、一生もつほどでもなく
やはりここは定職が欲しいところなのである。


エルフ「やっぱり玄関先で三つ指ついて帰りを待つのが礼儀なのか?」

男「結婚すればな、俺とお前じゃそういうのはならないし、ほとんど対等で構わない」


流石に彼も、彼女のことは信頼はしているが、
それで夫婦などという大それたことをいう気はさらさら無いのであった。


エルフ「…んー?それは、私の体がちっちゃいことを遠回しに言ってはいないか?」


男「……いや違うが、まあ背は欲しいところだよな、あと色々その他も」

エルフ「その他ってなんだっ!この、ふんっ」


この程度の冗談を交わすくらいの仲である。


差し当たって訪れたのは、漁港であった。

エルフの少女曰く、また星の導きがあったのだという。


男「まあ、ここなら座り仕事も見つかるか、貝とかウニとか」


エルフ「だといいな」


潮の香りの中を人が行き交う場所を
二人歩いて、とりあえず会所らしい建物を探す。

しばらくしてそれらしいものを見つけたので、少女は離れて、男一人で中に入ることにした。


エルフ「女連れだと、なにかと印象を悪くするかもしれんからな」

男「…ああ、子連れな」


そう言って、左の向こう脛に蹴りを入れられながらも、目の前の扉を叩いた。


男「こんにちは、誰かいるか?」


受付?「…おう?何の用だ、あんた」

中には、受付役だろうか

恰幅よく日焼けしたまさしく海に生きているといった風体の男が
眼鏡をかけて帳簿らしきものに目を通していた。


男「いやなに、仕事を探しているんだが、何かあるだろうか?」


受付?「…ほお?」

相手が立ち上がり、眼鏡を外してこちらに歩み寄る。

受付?「あんた、退役軍人か?なかなか根性がありそうな感じだな」

男「あ、ああ」


印象はひとまず悪くない感じである。
しかし、男にとってそれはいつものことだった。

軍で鍛えたというその風貌は、働き手としては申し分ないように思えるが、問題はその後だった。


受付?「しかしあんた若いな、軍にいたらその年でどうして職にあぶれてるんだ?」

この質問が決まって出る。そしてそのときに、必ず相手の顔を渋らせる答えをしなければならなくなるのだ。


男「……えっと」

言葉は選ばなければと、必死に頭を使うのだが、どうしてもここで詰まってしまうのだった。


そんな風にまごついていると、相手に先を言わせてしまった。


受付?「…その右足、ちょっと上げてみてくれないか?」

男「…!」


いつもだった。足が使い物にならないと分かった途端、皆一様に離れていき

手のひらを返したように邪険にする。


男「実は、この足は…」

受付?「ん?」


観念して、もう言ってしまおうと思った。

男「…義足なんで」


その瞬間、それまではズシリと重かったはずの作り物の足が、
急に、軽やかに跳ね上がった。

男「すぇええっ!?」

足首の部分も一人でに、まるで生きているかのように動き出して、

まるで健常者の足そのもののように見えた。少なくとも、事情を知らない他人にすれば。


受付?「なんでぇ、てっきりそっちの足が作りもんかと思ってたが、見間違いか…」

男「い、いやその…これは」

少なくとも、ここに入ってきたときは不具の歩きだっただろう。
ところがそれが今や、今になって急に

かつてのような右足の感覚が戻っている。
模造の足であるはずなのに


受付?「疑って悪かったなあ若えの、ええっと?仕事を探してるんだったなあ、おめえさん」


男「あ、う……は、はい」

混乱して、受け答えがまともに出来ず覚束ない。

相手の話した内容も彼はほとんど覚えることが出来なかった。


ただ確かなことは

受付?「じゃあ次の金曜から俺の船で出発だ、アテにしてるからな若えの」


その、実は船長だったという相手の言葉と
混乱する頭で、ようやくひねり出した自分の感謝の言葉、それだけだった。


外に出て、太陽と潮の香りでハッとした。

こんなこと、まるで魔法だ
だったら、その原因は一つしかない


上着のポケットから、男はその光輝く金色のお守りを取り出した。

彼女の髪は、未だ温かさを失っておらず
生命の脈動さえ感じる気がした。

指先から、全身が感動で震えるようだった。

男「……あいつは」


改めて、右足の一歩を踏み出す。

これまでとは違う、確かな大地を踏む感覚があった。

もうよろけることも、引きずることもない、自分の足があるようだった。


たまらず、頬が緩んで
涙が出そうになる。こんなこと、言ってくれればいいのにと思った。


そういった意味では、かの少女に文句の一つもつけてやりたいと思ったので

男は足早に、彼女の姿を探した。


その途中、何処かで見たような商人に出くわした。


商人「お、兄さん魚安くしとくよー…って、ああっ!!てめえはいつぞやの代金泥棒!」

男「おお、あんたか」


英流婦だのと言って少女を売った挙句に、
そのとき彼女に受け取った金をスられた哀れな商人だった。


商人「この野郎!どういう手品か知らないがよくも人に舐めたことを!」


男「あの時はいい買い物をした、感謝するよ、奴隷売りだったけどな!」

男はそう言って、商人の手をとり、力強く握手した。
商人側としてはかなり面食らったようだった。


商人「な、なんだ一体、気持ちわりいなぁオイ……あれ?そういえばその足は」

男「あの時の代金は手付かずでとってあるから取りにきてくれ、色をつけて払ってやるよ!…」


自分の住所をつらつらと言う男の態度が、あまりにも君悪かったので、商人は逃れるようにして離れた。

もちろん、しっかりと話の内容は覚えてだが


男「じゃあ、俺は急ぐとこがあるのでな!」

商人「あ、ああ…そうかい、け、景気が良さそうで何よりだ」


男「絶好調だよ!」



そのとき少女は、会所から随分離れた場所にいた。

いい物を見つけたのか、買った魚を桶に入れて、倉庫の陰で手持ち無沙汰に佇んでいる。


エルフ「……はぁ~」

彼女は目を閉じて、潮風の心地よさに浸っていた。

早く帰らないと魚の身が悪くなるな、それくらいのことしか考えていなかった。


そうしていると、やはりその金髪は目立つのか
相方が一目散に近寄ってくる気配がした。

随分と、リズミカルな足取りのように思えた。


男「………」

エルフ「…どうした?早いように思えるが、色良い返事はもらえたのか?」


男「…そう、だな…ああ」

エルフ「そうか、それは良かっ…た」


少女が目を向けると、彼女が一瞬たじろぐほどの熱い視線を男は送っていた。


エルフ「…ど、どうした?今にも泣きそうな顔して、私の顔に何かついてるのか?」

男「………」

エルフ「…あっ、ああこれは…鰯の安いのがあったから思わずな、今日の晩飯だ」


男は、膝を折って腰を下ろして、目線をようやく少女の高さに合わせた。

そして自身の無骨な両手、その小さな肩にそれぞれ置いた。

エルフ「…な、なんだよ」

男「お前は」


その手に力がはいると、幼い体は簡単にグイと引き寄せられた。

そして、周りからはほとんど見えないくらいに、その大きな背中の向こうに隠れてしまうのだった。


エルフ「ひゃいっ?!なんだ?急にいったい!お、お前さんは」

いきなりのことに文句の一つでも言ってやろうかと、相手の顔を見上げたら

目の前で男が、声を押し殺して泣いていた。

エルフ「え?」

そうして必死に何かを伝えようとしているのだが、嗚咽まじりで殆ど言葉になっていなかった。

男「……お前は、俺が会ってきたなかで…最高の、最高の…?ぐぅ」

エルフ「………なん、なんだ…もう」


好意を向けられていることは確かなので、彼女としても悪い気はしないのだが

その理由には、実のところ思い当たってはいなかったのだった。


男「……こんなとき、どう言葉で伝えればいいのか……俺には、分からんのだ」

エルフ「……はいはい、分かったから…ゆっくりでいいから、な」


その手も指も、男泣きが止むまで力が緩むことはなかった。



エルフ「あ、足が動いた?」

男「あ、ああ…何だ、知らないのか?てっきり俺は…」


気持ちが落ち着いたので、男は家までの帰り道の途中で、
さっき起こったことを少女に説明した。


しかし、てっきり既に承知しているのかと思いきや、彼女の方もてんで把握できていないようなのだった。


エルフ「あれは、本当にただのエルフ族の健康祈願のようなものというか、感謝や思慕を表す以上の意味はないはずなのだが…」

男「…そうなのか、いつもの奇天烈めいた術なのだとばかり思っていたが」


エルフ「いや、もしそんな力があるのならとっくの昔にしてやっている。それこそ、この髪を全部差し出しても惜しくはない」

男「……そうか」


男は顎に手を当てて考えるような素振りをしたが、もちろんただの人間に理解できるわけもなく

ただ、どういうわけか自由に動く足が
そこにある、その事実だけが残った。


そして、まあそれでいいか、という結論に至るのだった。


男「とにかくだ、お前のおかげなのはきっと間違いないだろうから、本当に感謝するよ、語彙がなくて申し訳ないが」


エルフ「…そうか、まあそうだな…お前さんが嬉しそうにしてくれるのなら、それでいいか」


その言葉通り、男の足取りは誰の目にも喜んでいるように見える。

この分なら、行きよりも早く目的地に着きそうであった。その代わり


エルフ「しかしなあ、この…あんまり早く歩かれると」

両者の歩幅の違いが以前よりも顕著に現れるようになって、

その差が開く度に、少女の方が速度を上げなければならなくなっていた。


エルフ「こいつめ、背がデカイからって!…まったく」

男「ああ、すまん…悪かったよ、嬉しくてついな」


エルフ「……ふん、まあ、浮かれるのも仕方ないと思うがな、こいつめっ」


そう言って、遠慮なしに右の向こう脛を蹴った。

それなりに力が入っていたようだったが、右足は相変わらずビクともしなかった。


男「…ふふん」

エルフ「…ちっ…元気そうで何よりだよ、むう」


男「ああいや悪かったよ、こんなの全部、お前のおかげなのにな…」


エルフ「…そんな、謝るのなら…」


彼女は口を噤んで、そこで言いよどんだ。


そこから長いこと逡巡したようだったが
やがて決心したように口を開いた。

エルフ「…か、感謝もかねて、だな……いい方法があると、思うのだが」


男「…?」

何事だろうと、男が彼女を見下ろしてみると

なにやらモジモジとしてじれったそうに、しきりに自分の頭を気にしているように見えた。


男「……えっと…」

エルフ「……じー」

男「…!」


すると彼の目に、金髪の中で一房、不揃いになっている部分が映った。

その切り取られた先はいま、彼の元にあって、どういうわけか彼の足を支えているのだ。

男「……」


彼女がどういう思いで髪を切ったかは、他人では決して知り得ないことである。

だが、それが並々ならぬ覚悟だったということは、男にも分かっていた。


男「………」

エルフ「っ!?」

その指先が、ゆっくりと切られた毛先に触れる。

そうしたら、金色の髪をかき分けるように指を這わせて、頭全体を撫でるように手のひらを動かした。


エルフ「…ぅぅ」

優しく、感謝と詫びの気持ちを精一杯その行為にこめた。


男「……その、ありがとうな、こんな、こんな俺のところに来てくれてさ」


エルフ「………ふん…なら…責任」

男「…ん?」


エルフ「責任、とれよ…私の髪、一房分くらいは……」

男「……ん、ああ、いくらでも」


それが終わると、足並みがズレないように二人で手をつないで
家に帰って、一緒に夕食の準備をした。

買ってきた鰯を、半分は生姜と煮て晩御飯に食べた。
残りのもう半分は塩漬けにした。



かくして、男は上手いこと金曜日からの仕事の先を確保することに成功したのだった。

それが実に水曜の昼、あと二日ないのであった。


その間に、男は家をあけることになりそうだったので身の回りを整理しておき、

ついでに、のこのことやって来た商人に代金を支払ったのだった。


商人「へへ、たしかに…まいどあり!」


エルフ「ちっ、あんな奴に払ってやることもないだろうに…」


男「まあまあ、あんな奴だろうと俺にとっては恩人みたいなものだからな」

エルフ「………ふむ…」


こうしてあっという間に時間が過ぎ
約束の時間が近づいていった。

数日間は船で航海に出っぱなしという日程だったので、
その間少女の方はどうするかという相談もしておいた。


エルフ「さりとて家はどうするか…まさか空っぽにしておくわけにもいかないし…」

男「いいんじゃないか?別に盗られて困る高価な物もないし、お金の管理だけ出来ていれば」


エルフ「え?…いやでも、それじゃ私の気が済まないというかなんというか」

男「いやいや、お前に家内の真似事を頼むわけにもいかないし、森に出かけるなりなんなり自由にしてくれて構わない」


エルフ「……んんぅぅう」


男のそんな物言いに、少しだけ不満げな少女なのであった。



出発は金曜の明け方、そこから北に航路をとって、目的の漁業海域である公海にでたら、次の深夜まで待機し

深夜から明け方にかけて漁をする予定だった。


まさかそこにエルフの金髪少女を連れていくわけにもいかないので、彼女は留守番ということになったのだった。


二人にとっては暫くの別れになろうはずなのだが
それを憂う気持ちは、不思議とどちらにも湧き上がることはなかった。

それはひとえに、彼女が起こしたであろう一つの奇跡と

彼の懐で温もりをもたらす金の贈り物のおかげであった。



エルフ「この時期の海は、きっと寒いだろう…沖にでやれば特に酷くなるだろうな」


男「ああ、でもまあ…きっと耐えられる、なんと言ってもお前の特製だからな」

エルフ「そうかそうか、うむ」


少女は、男の懐にあったお守りを、揺れる海の上でも決して落とさぬようにと、その手首に巻いてやった。

結びはよく固くして、それ以上に解けぬようにと強く祈って。


エルフ「…これも一つ、絆というやつかな?」

男「縁起の悪いことを、それでは力を入れればほどけてしまいそうだ」


エルフ「ふふん、お前さんをほだす呪縛かもしれんぞ?」


男「そう言うか、まったく…」


そんな冗談めいたことを交わしながら、この日は夕餉を早くに片付けて

仕事に備えることにした。


エルフ「お前さんが…」

男「…ん?」

エルフ「…いや、何でもない」


船長「よお、よろしくなあ軍人さんよ、しっかり頼むぞ」

男「はっ!こちらこそ、よろしくお願いします」


夜、漁港には船長と男、それと船員たちの姿があった。

遠洋に出るその船はそれなりに立派なものであり
合わせて、船員の数も彼を含めて十人以上は揃っていた。


船員「よう新入り、せいぜい海には落ちるなよ」

船員「ああ、寒いからよ…まあ軍人さんなら知ってるとは思うけどな」


実のところ、この漁を前にして漁船で欠員が出ていたらしく、男はその代役に収まったということだった。

まあ何はともあれ、彼にとっては幸運といえた。


やがて、皆を乗せると夜の暗闇の中を船は北の海を目指して出航した。

昼も夜も海の天候は震えるほど寒く、氷のような海水にまみれて体はひどく冷えた。


軍属時代に慣れているとはいえ、久しぶりの極寒の海は体に堪えた。

そんな時は、手首に巻かれた温もりに指先を合わせて、気を紛らわせた。

男「…うぅ、さむ」

手の内に、その金髪を包み込むと
緩やかな温かさの中に、彼女の面影が見えるようだった。

文字通りの、まるで彼女の分身のように思えた。


その甲斐もあってか、寒さに挫けることもなく
漁自体には目立った滞りもなく、順調に進行していった。



片やエルフの少女はというと、船を陰からこっそり見送ったあとで

家に戻ってゆったりと布団に横になった。


日が昇って朝になって身を起こしても、男の苦労もこともなげといった風に

気にするそぶりもなく、縁側で足を遊ばせながら買い置きのコオラを飲もうとしていた。


エルフ「……っと」


そうして、そこまでいって瓶の蓋が空いていないことにようやく気づく。

エルフ「…むぅ」

みれば、目の下にくまが出来ていて
ぼんやりしているようなのは、ただ考えに集中出来ていないだけだった。


エルフ「……んーー」


仕方ないので、立ち上がって栓抜きを探すことにした。

狭い部屋を歩き回っていると、今までに感じたことのない違和感まで生まれてきた。


エルフ「…ぐぬぬ、ぬ……?」

彼女の右足が、微妙にチクチクするような
それでいて少しだけ感覚が鈍るような気がした。

これはまた大事な知らせなのか、それとも


エルフ「………」

その言い知れぬ不安に、思わず自身の身を抱いた。

そうすることで、彼のその腕を感じることができる気がした。


目をつぶると、昼の船上で忙しなく動き回る水夫の姿が浮かんだ。


エルフ「………」

握りしめたコオラの瓶が、もうぬるくなっていた。


男「航海に出てから、はや三日あまり…ようやくこの仕事にも慣れてきたなぁ…」


エルフ「うんうん、みたいだな、感心感心」


男「……で?」

エルフ「…はい?」


男「なんだお前、これは夢か?人の夢の中に化けて出るようになったのかお前は」

エルフ「いやあ、私の体の一部を身につけることで互いの繋がりがより深くなったってことなのかな?これは」

男「まるで意識があるような喋りだな…」


エルフ「んー、最近はそのせいか右足に違和感があるような無いような…」

男「…そ、そうか…それは心配だな、俺のせいか?」

エルフ「かもな、だから責任とってたっぷり働いてこいよー!」


男「ああ、分かってるよ、この仕事を足がかりに人脈のほうを広げてだな」

エルフ「とにかく、体には気をつけて、どうにもイヤな予感がしてて…足のこととは別に」


男「え?お前そんな不穏なこと夢で言うなよ、おい!」


そうして不意に目を覚ますと、そこは他の船員たちと雑魚寝する船室だった。

男「はっ、やっぱり夢か…」


慣れないところで寝るとおかしな夢を見るものだ、そう思いながら
暗闇の中で呟く男なのだった。


エルフ「……あ、なんだ…もう目が覚めてしまったか、ちぇ」


して、大正時代とは。

教育普及、青春謳歌、そして発展過度期。

快く肯定的に思う人もいれば、それでもやはり苦しむ人がいたこともまた事実。


楽しげにみえて、実は様々な思惑が浮かんでぶつかり、張り詰めていて破裂寸前。

例えるなら、まるで色とりどりの風船のような世の中だった。




まあそんなことなど露知らず、二人はこの夜も離れた場所で
僅かながら、お互いを感じながら眠っていた。


出航して四日目の夜。船は公海上で、同伴していた仲間の船とともに停泊していた。


星空以外、照らすものもない暗闇の海の上で

どういうわけかその二隻の船以外で、近づいてくる異様な気配がするのだった。


エルフ「……ん…なんだ?」

その気配にいち早く気づいたのは、
どういうわけか陸にいるエルフの少女であった。

自身の髪を通して、海上の様子を感じ取ったとでもいうのだろうか。


少女は起き上がって、ことの不穏さを確信した。

エルフ「なんだ…何が起ころうとして」


少女は縁側に出て、すぐさま空を見た。

やはり星も不安定な光の並びをしているのだった。


エルフ「っ…おい!」


して、大正時代とは。

教育普及、青春謳歌、そして発展過度期。

快く肯定的に思う人もいれば、それでもやはり苦しむ人がいたこともまた事実。


楽しげにみえて、実は様々な思惑が浮かんでぶつかり、張り詰めていて破裂寸前。

例えるなら、まるで色とりどりの風船のような世の中だった。




まあそんなことなど露知らず、二人はこの夜も離れた場所で
僅かながら、お互いを感じながら眠っていた。


出航して四日目の夜。船は公海上で、同伴していた仲間の船とともに停泊していた。


星空以外、照らすものもない暗闇の海の上で

どういうわけかその二隻の船以外で、近づいてくる異様な気配がするのだった。


エルフ「……ん…なんだ?」

その気配にいち早く気づいたのは、
どういうわけか陸にいるエルフの少女であった。

自身の髪を通して、海上の様子を感じ取ったとでもいうのだろうか。


少女は起き上がって、ことの不穏さを確信した。

エルフ「なんだ…何が起ころうとして」


少女は縁側に出て、すぐさま空を見た。

やはり星も不安定な光の並びをしているのだった。


エルフ「っ…おい!」


「おいっ!」

船室で男が、波に揺られながら寝ていたら、

不意に頭の横で呼びかける声がしたので、途端に起き上がってしまった。


男「あ?今夜は何だ?…また昨日みたいな夢でも」

「夢ではない、どうやら現実のようだ…」


男「………は?」

その声は、不思議なことに男のまどろみが晴れてもなお聞こえた。
どうやら寝ぼけてのことではないらしいのだった。

「…あー、私だ、聞こえるか?」


男「おまえ、今度はなんだ?どんなエルフの秘術を使ったのだ」

不可思議に聞こえる声の主は、どうやら遠く陸にいる少女のもののようだった。

理由はとんと検討もつかないが。


エルフ「さあなあ、私にも分からん…ただ今は」

その瞬間、船の上の方から見張り役の叫び声がした。
それとほぼ同時に、船体が何かにぶつかったように大きく揺れた。


船員「な、なんだ?」

船員「地震か?!」

他の船員たちも、何事かと飛び起きた。


エルフ「と、とにかく緊急事態のようだな、お前さん!」

男「ええっ?!」



そのとき海上では、漁船に向かって所属不明の船が体当たりをしかけてきた。

こちらよりふた周りも大きいその船は、漁船の横につけると、数名をこちらに送り込んできた。


ロープで降りてくるそいつらは、影からしてどうやら銃で武装しているように見えた。


男「なんだ一体これは、何の冗談だ?」

エルフ「さあな、恐らくはなにか海賊の類だろうが……難儀なことに巻き込まれたな」

男「…ぐぅ、なんて、幸先の悪いことを」


いわゆる謎の武装集団というやつなのだろうか
夜闇に乗じての襲撃で、姿がほとんど見えなかった。


男「どうする、このまま大人しくしていれば無事に帰してくれる相手なのか、それとも」


エルフ「さぁ……っ!?あぶない!!」

?「ーーーっ!!」

彼女の悲鳴と、男の体が動いたのはほぼ同時だった。

物陰から襲い来る人影をつい反射的に押し倒してしまった。


しかし、どうやらそれで正解だったようだ。
押さえつけた相手は敵意剥き出しでこちらに食ってかかってくる。

危険だったので、男はそいつをなんとか締め上げて気絶させることに成功した


エルフ「……ふう、今のはいい反応だったな」

男「あ、ああ、それはいいがこいつは一体…」


エルフ「さて、それは分からないけれども…どうやら、事態は最悪らしい」


彼女の言が終わる前に、外で一発の銃声が鳴り響くのだった。


男「!?…これは、俺がこいつを倒してしまったせいか?」

エルフ「いや、敵はまだ気づいていないだろうよ、時間の問題ではあるがな」


威嚇とはいえ、敵が発砲してくるのは問題だった。

エルフ「とりあえずコレは他のやつに任せておいて、出るとするか…」


男「え?…お、おい」

倒した敵は、他の船員たちが拘束したのだが
肝心の男の方はというと、その少女の声に導かれるようにして外に出てしまっていた。

まるで親に手を引かれる子供のようである。


エルフ「……ふうむ、敵の数は、とりあえず四人か、船の方にもまだまだいそうなものだが…」

野生の勘というのか、彼女はもう敵の気配をあらかた感じ取っていた。


男「なあ、さっきから人のこと操ってないよな?お前」


エルフ「ん?いや、そのつもりはないのだが」

男「そんな…」


どうやら、またも彼女もあずかり知らぬ力が働いているようなのあった。


エルフ「だがしかし…なあ?」

しかしながら、そこまで聞いて彼女は
こちらからは見えない口元をニヤリとさせて
なにやら作戦を立てた様子なのだった。


男「まさかお前、なにかしでかすつもりじゃないだろうな?人の体で」

エルフ「…ふふーん」


それは、お守りを通じてでも周囲を察知できる彼女の優れた感覚と

その上で男をまるでチェスの駒のように動かすことで成立する作戦であった。


お返しとばかりに夜陰に乗じて各個敵の隙を突いて行動で、次々無力化していくというものだったのだが。


さて、終わってみればあっというまに船の操舵室に縛られた敵の姿が四体

最初のを合わせて五体並ぶことになったのだった。


エルフ「どうだ?相変わらずの私の手腕は、もっと褒めてもいいんだぞ?」


男「……ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ」

とはいうものの、寒い中を実際に長々と動いたのは男の方であり
すっかり気力も体も疲れてものも言えなくなっていた。


エルフ「…まあ仕方ないな、あとの美味しいところは、船の持ち主に譲るとしようか」

というわけで、彼の最後の仕事として
操舵室にいた船長を促して、スピーカーのマイクを手に取らさせるのだった。


しばらくして向こうのスピーカーから、漁船にに警告をつげる日本語が聞こえてきた。

どうやら相手は海上を巡行していたロシア船だったらしいのだが、通訳がいるらしくその者が代弁しているようだった。

一方こちらはというと、捕まえた敵を捕虜よろしく甲板のマストや柵に縛り付けて
敵の銃を突きつけていた。



エルフ「Я убью этих людей, если вы сопротивляетесь!はっはっは! Дурак!」

男「お前、なんだか物騒なこと言ってないか?」


実のところ、テレパシーまがいの彼女の声は周囲には聞こえてはいなかったのだが、男はなんだか生きた心地がしなかった。


隣では、船長がマイクを握って仕切りに相手を牽制、交渉しながらも、陸に向かって仕切りに無線をとばしていた。


船長「…おいおい元軍人さんよ、本当にこれで大丈夫なのか?」

男「さ、さあ……まったく、ここまでする必要があるのだろうか、この」


エルフ「何を言う、お前さんを無事に帰すためならばこの程度いくらでも」


男が反対しようとして、銃を下ろそうとしても、
まるで糸で吊られたかのように腕が引き上げられて動かせない。


まるで言ったとおり、呪縛のようにも思えた。

エルフ「それとも?ここで死んでもいいと思っておるわけではあるまい?」

男「…だがな」


男は、自分がひどく見当違いなことをしているという、悪い予感がしていた。



しかしそれでも、問答と睨み合いはなんとか夜通し続き


明け方になって
無線で呼んだ自軍の船が到着するまで続いたという。


警笛とともに軍艦の姿が見えると、敵は捨て台詞を吐いて踵を返していった。


一応、人員の返還は約束していたが、それでも相手にとっては恥の多い敗北だったのだろう、
心底悔しげと言った風だった。



その後、艦に連れられるまま漁船は陸を目指して
ようやく無事に、漁港への帰還を果たしたのだった。



エルフ「おかえりー、よく帰ってこれたな、うん」

男「…ただいま」

土の上にあがってからも、事件の取り調べやらで缶詰にされていて
結局、少女と顔を合わせるまでに随分かかったような気がした。



アレの目的は、どうやら漁船の鹵獲が目的だったらしく

そのことで男は船長から甚く感謝され
給料にもわりと色をつけてもらえた。

このまま職を続けることも勧められたが、それは断った。
船に乗るといい事がないと痛感したからだ。

とくにロシア、ソ連とは相性が悪いらしい。


エルフ「大変だっただろう、飯にするか?それともお風呂でも」

男「風呂釜なんて、うちにはないだろ」


エルフ「だったな、だが体は綺麗にしないと、磯臭いぞ?」


元軍属ということもあって、取り調べをしていた軍関係者からも一応は賞賛の言葉をもらった。


しかし、その表情は決して明るい色をしていなかったのだった。


軍人「…貴様もずいぶんと面倒なことをしてくれたな、元軍属のくせに」

取り調べでは、そんなことばかり言われた。

いわゆる一つの、国家間のデリケートな問題というやつだろう。

下々の方はどうあれ、上の人間からしてみれば、男らのしでかしたことはまったく余計なことだったようなのだ。


命の危険云々などという言い訳も通じることはなかった。

そもそも、大人しくしていれば危険はなかったというのがあちら側の見解らしいのだった。



男「…………」

とかいう、小難しい理屈は抜きにして、置いておいて

男は靴を脱いで畳に上がると、まっすぐ床に突っ伏して低く唸りをあげた。


少女の方はそれに構う風でもなく
ちゃぶ台の上に作っておいた料理を並べていく。

塩漬けにしておいた鰯が、そろそろ食べごろになっていたのだった。


エルフ「ほら、早く食べないと飯が冷めてしまうぞ?お前さん」

男「……ん」


そう言うと彼は、なんとか起き上がって
ようやく食卓の前に座ることができた。

男「………はぁぁ」


エルフ「まあなんだ、人生いろいろあるさ」

鰯と芋を炒め焼いたおかずを口に運びながら、少女はそうやってもっともらしく言うのだった。

男「…それをお前が言うか、ったく」


男はなによりも、自分が軍に否定されたことが少々堪えているようなのであった。


うわまずった。
プロット通りに進めてきたはいいけど
本気で仕切り直したい…


エルフ「安いプライドだな、兵隊の集まりがそんなにも大事か?」

男「そうだな…少なくともお前よりは付き合いの長い友人といえよう」


エルフ「…ふん、だがなぁ…あの状況で私が助けるために尽力することには理解を示してくれてもいいんじゃないのか?」

男「そうは言うがな、お前はいったいあとどれ位の怪しい術を隠し持っているのだ?さすがに付き合い切れんぞ」


男は嘆息して、お猪口に酒を注いだ

この頃は彼の酒の量も少しずつ増えてきたように思える。

酒に慣れてきた証拠だろう。


エルフ「女には秘密が沢山あるというものぞ、それを受け入れるのも男の甲斐性だろう?」


そんな間柄になった覚えは男には毛頭なかった。

男「…まるで妖の類だ、会った初めの頃もそう思ってはいたがな」


エルフ「ふふん?それとも、私に操られん代わりに足の動かない人生がいいか?」

男「…ぐ」

これには男も閉口せざるを得なかった。

自在に動く義足というのは彼にとっては何物にも代え難かったからである。

男「……ふん、まあいいさ、助けられたのは、事実だしな」


エルフ「素直に喜んでくれれば可愛げのあるものを……拗ねなくてもそう世の中はうまく回っていくものだぞ?」

男「…それは、また星の巡りというやつか?」


エルフ「ああ、多分な」

男「多分……か」


星は巡って、人はうごめく
こうしてる間にも、外の人間は様々と働きかけて

そうして、時に思いもよらない結果をもたらすのだった。


まず言って、先の事柄は公にはなかったという扱いになった。


その証拠として、この翌年に同じ船がまた襲われる事件が発生するのだった。


相手側の面子を立てる上の外交といったところだろう。

そんなこととは未だ知る由もない二人だったが、


その住まうボロ屋の借家に
ある日、一通の手紙がまいこんでくるのだった。



その一文にこうあった。

"右の者を、軍部特別預かりの身分とし
一定の階級と役職を言い渡す。"と

男「…これは、どういうことだ…?」


どうやら軍部としては、この不穏な動きをする輩に首輪つけて

あまつさえ国のためにまた働かせようという腹づもりらしいのだった。

今度は軍規に縛られるため、国の意向に逆らえばどうなるかは明白であった。


これには少女も予想の斜め上だったらしく、苦笑した。


エルフ「まあよかったではないのか?また愛しい軍人様のために働きになれるのだからな、私のおかげで」

男「…そうだな」


エルフ「ちょうど職も見つかって、万々歳だな、よかっただろう?足が動くだけでこうも事はうまくいくのだな」

男「出戻りだけどな、一度辞めたはずの人間を雇うほど困窮しているわけでもあるまいに」


そう無邪気に、屈託なく少女が笑うものだから

男の方も、降参したというふうに、その頭に手を置いてやった。


自分がなぜそのような風に選ばれたのか

そんな男のかすかな疑問は、その続きをみれば一目瞭然だった。


エルフ「…ほほう?」

配属先は、誰も行きたがらないような片田舎の辺境も辺境

そこの駐在所への出向だった。


怪しげな独身野郎を閉じ込めておくにはこれ以上なくちょうどいいといえた。


男「辺境の田舎とは、出世したい奴らには行きたくもない面倒な場所だろうな、きっと」

エルフ「出世する気のないお前さんにはうってつけということかな?」


男「だろうか…いや、決してしたくないわけでもないのだが…まあ性に合わないだろうけども…」


エルフ「私は嬉しいぞ!なにはともあれこんなスシ詰めのようにボロ屋が乱立する所から、ようやくおさらば出来るのならな!」

男「あー…うん、まあその希望は叶うだろうな、きっと」


エルフ「楽しみだ、なんだかどんどんいい方向へ転がっていくぞ!私にとっては」

男「お前にとってかよ」

エルフ「無論お前さんにとっても、悪い話にはせんがな…ふふ」


海の次は今度は山奥
男は最近、あちこちに飛ばされ気味なのであった。

次は国外にでも飛ばされそうな勢いであった。



行く先までは長旅になるだろう
ということで、男は身の回りの整理をして

当面あちらの生活で必要になりそうなもの以外は全て処分することにするのだった。


特に本はかさ張るので、古書店に全て売っぱらってしまい

衣服類も必要最低限残して売ることにした。
けれど


エルフ「なあお前さんよ、あの話は前にしたかな?」

男「何の話だ?」


二人はいま、ふいに立ち寄った呉服屋の前で足を止めていた。
主に彼女が原因でだ。


エルフ「私はこの国に来て、もう結構なことお前さんと過ごしてきたよな?」

男「ああ、もう何年になるか、数えてはいないが…」


エルフ「その中で、好きになったものの一つにな、"杜若"という花があるのだ…」


男「ほお、あの紫の花のことか?」

男は目の前に飾られている着物の柄にあしらわれた花の模様を指差して言った。


エルフ「そうだ、これがまた可愛らしい花でな…その花言葉は知っているか?」

男「いや、知らないな」


エルフ「幸運、そして雄弁というまるで私を表しているかのようではないか?」


男「…そうだな」

エルフ「だったら…!」


男「ダメだ」

きっぱりと、男はそう言ってのけた。

どうやらかの少女は、目の前に飾られた見事な着物を欲しがっていたようだった。

断られた途端、目に涙をためてぐずり始めた。

エルフ「なんでだっ!いいじゃないか着物一つくらい!」


男「ばか、これから遠くへ行こうという時にこれ以上荷を重くする奴があるか」


エルフ「女を飾るのは男の甲斐性だろーっ!」


男「またそれか、まったく…」


男「最近どうも変わったな、出会った当初には食い気ばかり言ってた奴が最近は…色気付いてきたな」


エルフ「せめて女らしくなったと言わんか。まあ私も…お前さんと暮らしていて心境の変化もあったというか、なんというか」


男「ふうん……まあどっちにせよ、無理なものは無理だ、ずっと一緒に暮らしてればそれくらい分かってるだろ」


エルフ「……う、まあ…な」

その事実の上の言葉には、つい少女も勢いを消されてしまうのだった。


男「金だってないし、大体着飾らなくてもお前が綺麗だってのは、俺はちゃんと分かってるつもりだ」

エルフ「っ!…そ、それは、そうだが…な…」


男「それじゃ不満か?」


思いもよらなかった男の口説き文句モドキに、つい面食らってさっきまでの威勢もどこへやら

不満の残る顔色をしたままだったが
ようやくもって店を後にすることができたのだった。



エルフ「…まったく、私も私だが、そっちも最近は言うようになったではないか?」


男「何のことやら、さっぱりだが…ただ最近思うようになったことといえば」


エルフ「…こと、といえば?」


ほんの少し、少女は自身の脈が早まった気がした。
歩きながらだが、心の中では身を乗り出すような思いで男の言葉を聞いていた。


男「…そうさな」

エルフ「………」


男「最近は子を持った親の気持ちが分かるような、そんな気がしてきたな、うん」

エルフ「……は?」


男「結婚もしてないがな、手のかかる娘を一人引き取ったようで、まったく気苦労が絶えんというか」

エルフ「…………」

男「…まあ頭のいい分、そこは楽できてると思うが…あれ?どうした?」



その言葉を最後まで聞く前に、少女はその場で振り返り、元来た道を戻って行った。
その行き先は、どうやらさっきの件の店を目指しているようだった。


男「お、おい!買わんと言っただろう!何をそんな意固地になって」

エルフ「ええい止めるなーっ!私は、私のプライドのためにあれを着ねばならんのだーっ!」


男「俺には自棄になっているようにしか見えんぞ!大人しくしろ、この」


すんでのところで男に引きとめられたために、勝手に呉服屋に注文されるという事態はまぬがれたのだが

その後での彼女の不機嫌は、コオラ三本をもってしても直らなかったのだった。



どの時代でも、いくら都市部が繁栄しようとも、過疎の村はどこにでもあるもので

その村もそんな例の一つであった。


村の若い者たちはどこも出稼ぎか奉公に出ていて、残ったのは老人ばかり

活気というにはずいぶんと心許ない雰囲気が漂っていた。


そんな村で一人、若々しくも甲斐甲斐しく働く村娘が
畑道を歩いていた。


この村で医者まがいの生業をしている家の子で

美人というほど目を引く風貌ではないが、それでも中の上ほど

体格は健康的で肉付きもよく

親の手伝いをする上で、出来るだけ清潔な身なりをしているらしく、
服には汚れ一つみられなかった。


この日は薬が必要になっている家に、薬師として品を売りに歩いていた。



村娘「…さてと、これで一先ずの仕事は終わりでしょうか」


村人「ようお嬢さん、今日も精がでるねぇ」

村娘「あ、こんにちはっ…なんだかそう言っていただけると恐縮です」


通りすがりの村民と交わす会話からも、この娘が皆から厚く信頼されていることが伺えた。



村人「いやいや謙遜を……おっとそうだ、そういえば嬢ちゃんはあの噂は耳にしたかい?」


村娘「…噂、ですか?いえ、何も聞いてませんけど」

村人「いやな、なんでもこの村に新しい駐在員が来るらしくてよ、もうみんなは噂してるよ」


村娘「へえ、そうなんですか」


この村では、半年前あたりから前任の駐在員が老衰で亡くなっており

中々代わりが来なくて困っていたところだった。

治安の面からもそうだが

畑ばかりの農村では、作物への獣による被害も少なくなかったのだった。


村人「今度はなあ、前みたいなヨボヨボの爺さんじゃなくて、もっとしっかりしたのをよこしてくれると有難いんだが…」


村娘「あはは、そうですね…この村もすっかり若い人は殆どいなくなってて…」


村人「ほんに…それに若い駐在さんなら、お嬢さんも少しば嬉しいことなんじゃないかね?なーんてっ」


村娘「もう!からかわないでください!…そういうのは、もういいですから」


彼女は、家の長女であったが

女ばかりの姉妹にあって、下の妹たちは皆すでに村外に嫁いでおり


一人、家の手伝いをしているうちに、
故意ではないにしろ親の世話まで押し付けられた形となっていた。


親を置いて村から出られないし
かといって村内で契る相手もいないといって


いつの間にか、自然と"行き遅れ"ということになってしまったのだった。



村人「でもなぁ、お父さんとこで怪我も診てくれんようになると、困るのは事実なんだがな」

村娘「それは、本当にすみません…」


村人「いやいや、しかし惜しいなぁ、ワシがあと三十は若ければお相手できたものを…いやぁ惜しい」

村娘「あはは、そうですね」


そんな風に冗談で笑いながらも
彼女の背中は、どこか寂しげで


齢二十にして未婚ということに負い目を感じているのだった。


そんなこともあり、帰り道を歩く姿は

夕方の哀愁もあって、余計に鬱屈そうに見えてしまっていた。


村娘「…結婚……やっぱりそういうのが、女の幸せっていうのでしょうか」


傍に愛する夫がいて、自分がその人の妻として
手に手をとって二人で生きていく

そんな未来に、憧れないわけではないが、
彼女にはどこか現実味がなくて

いまいち想像しづらいのだった。



村娘「……あはは、気にすることはないですよね、うん…うん」


?「はー、ようやく民家が見えてきた…」

村娘「えっ?!わっ」


俯きがちに歩いていたので、林の陰から急に現れた相手に

彼女は驚きよろめいてしまった。


?「あっと危ない!」


村娘「あ…」


よろめきはしたものの、咄嗟にその相手が手を伸ばして、

かろうじて彼女が転ぶのを防いだ。


?「…っと、大丈夫ですか?その、急に出てしまったようで」

村娘「い、いえ…こちらこそ、不注意でした、すみません」


その者は背の高く、体格のいい軍人然とした男性で

右手首に金色の紐のような物を巻いていた。



男「…えっと、貴方はここの村の人で?」


村娘「そ、そうですけど……そちらは、見ない顔ですけど…もしかして新しい駐在の人ですか?」


男「ああ、やっぱり話はきてましたか…いかにも、赴任してきた件の駐在員です」

村娘「…やっぱり」


どうやらその人は遠いところからはるばるやって来たらしく


足元はボロボロで

彼女に向けた笑みも疲れ気味で、
どこか曇っているようだった。


男「いや、人に会えてよかった、今まで民家の一つも見つけられないありさまだったので…少し不安で」

村娘「そうだったんですか、それは…さぞお疲れでしょう……えと」


話していて、娘は少し戸惑ってしまった。

年頃の男性と会話するのは久振りだったので余計に緊張していたのだ。


男「ええまあ、それでもしよければ、案内などを頼めないでしょうか?」

村娘「…え?」


男「こちらも慣れない土地で、心体疲れてしまって、特に連れが…」


村娘「え、お連れさん…?」


男のその言葉に、娘はようやくその後ろに隠れて

肩で息をしている小さな人影に気がついたのだった。


地味な色の着物を着た、子供だろうか

顔をすっぽりと布で覆っているせいで、性別は分からなかった。

それくらい、体型に性徴も現れてないほどの歳にみえた。


?「…ぜぇ…ぜぇ……」


村娘「…?」



両者がここで遭遇したのも、なにか偶然か


実はこの娘の家は駐在所の隣であった。

まあ隣とはいえ、二三、四五の畑を挟んで隣という意味だが。


であるから、男を案内するというのは別段に難儀なことではなかったので
娘はそれを快く引き受けたのだった。


男「いやありがたい、恩に着るよ」

村娘「そ、そんな…ただのついでですから…」


?「………」

心なしか、娘は後ろの連れというのが、ぶすっとした態度を取ったような気がした。


村娘「あの、失礼かと思いますが…あちらの方は…」

男「アレですか?」


?「………」


村娘「ええ、どうしてあんな風に頭をすっぽりと隠しておいでなのでしょうか…と」


その頭を覆う布は、ぴっちりと隙間なく詰められていて、
髪の毛一本覗けることはなかった。

なので表情一つ読み取ることはできない。


男「ああ…あれで下は酷い皮膚病で、人前にまともに顔も出せないようなのでこうして隠しているんです」


村娘「あ、そ、それは…すみませんでした!変なことを聞いてしまって」

?「………」


そうしてたどり着いた家屋は、しばらく人の手が入ってなかったのか

なかなかにひどい有り様だった。

だだっ広い、放置され荒れた土地の真ん中に建てられたそれは

人の手もまともに入ることなく、埃まみれで、色々と手入れが必要そうだった。



男「これはまた…ううむ」

?「………」


村娘「…その、前任の方も高齢だったので…晩年は、なかなか自力では修繕の方も出来なかったみたいで」



男「なるほど、これは本格的に厄介払いということか…」

村娘「え?」


男「あ、いやこっちも話で、それよりもありがとうございました、案内なんてさせてしまって」


村娘「い、いえ…私のもすぐ近くで、あそこなんです」


娘が指差した先には、畑の向こうにかろうじてなにやら建物の屋根らしきものが見えた。

近くとはいったが、やはりそれなりに距離がありそうだった。


男「そうなんですか、では明日、村内を回る時にでも挨拶させてもらいます」

村娘「あ、えと、よろしくお願いします…駐在さん」

男「はは、はい、それではまた」


村娘「………」


二人を案内し終わった後、娘は男にお辞儀をしてからようやく自分の家路についた。

その背筋は、どうやら先程よりもほんの少し上向きになっているようなのだった。


男「……はぁ、さてと」


家の中をみて、男は早速ひとつため息をもらした。

田舎だけあって、都会に比べると広さだけはあるが

床板は剥がれ、窓枠はガタガタ
壁には穴があいて隙間風が寒そうだった。


ここに住めと言われれば、誰だってため息の一つはもらさざるを得ない。


男「まあいいがな、就職先にありつけただけでもありがたい、ましてまた軍の下につけるとはな…」


?「これも全て私の計略の賜物、感謝してもいいんだぞ?お前さん」

男「……む」


家の中に入ると、その小さな連れは途端に喋り出し

窮屈だと言わんばかりにその頭の布を剥ぎ取った。


その中からは、
幼いながらに人の目を引く端正な顔立ち

およそ病などの気配もない絹のようななめらかな柔肌


そして、金の輝きを放つ頭髪を備えた、男の相棒である少女が現れた。



男「ああそうだったな、その点に関しては感謝するよ、不本意だが」

エルフ「まったく、人が身を切る思いで助けてやったというのに、素直になればよいものを」



そう言う彼女の長髪には、一部分だけ
故意に切り取ったように髪が短くなっている部分があった。


言うなれば彼女なりの男への願掛けの儀式のようなものだったのだが

それがどういうわけか彼に文字通り立ち上がる力を与え

それが原因で、再び男は軍に迎え入れられることとなったのだった。



だが、一度軍を辞めて出戻ってきた輩に空きなどなく


こうして地方のボロ小屋に押し込められる形に落ち着いたのだった。


男「にしてもな、この惨状はいかんともしがたいな…」


エルフ「…ふふん、まあそこは私が近いうちに何とかしておこう、もののついでということで」


男「…ついで?」

エルフ「ああ、見ただろう?この周囲、前の家とは比べものにならんくらいに土地が余っているではないか」


男「まあ、あの猫の額ほどの庭とは大違いではあるが」


土地が余っているとはつまり、何もない村で勤務するにあたって

食事面で自給自足が求められているということだったのだ。


エルフ「これだけ土地があれば、また色々できるというもの…ふ」

男「それはいいが、目立つようなことはしてくれるなよ」


エルフ「分かっている、田舎の怖さというのは私もよく分かっているさ、また火炙りになるのはゴメンだからな…」


その日は、長旅の疲れもあったために雑多なことは後日に回して

とりあえず、手持ちの中からなんとか簡単な夕飯を用意して、それを食べることにした。


男「明日からは早速仕事だからな、そのためにも食わなきゃ始まらん」


エルフ「おー、頑張れよ」

男「それはお前もな…」


エルフ「わかってるよ……ふむ」


そこで少女は、はたと気づいたように箸を止め、夕飯から男に向き直った。


エルフ「…なあ、ところで」


男「なんだ?」


エルフ「……その、明日はあの娘っ子のところにいくのか?」


男「…まあ一応、赴任したことを挨拶回りしておかないと、出来るなら村の案内もして欲しいし…」

エルフ「………ふぅん」


男「なんだ、何か気がかりなことでもあるのか?」

エルフ「別に、お前さんがよその女になびかないか、なんて心配なんぞしていないぞ」


男「…あぁ、いやいや、あんな美人は中々相手してくれるものでもないし、大抵は村の中で縁談が決まっているものだ」


エルフ「…だといいがな、あの娘、まるで初心な乙女のような目でお前さんを見とったように思えたのだが…」


男「ほう…流石は百戦錬磨の兵だな、年季が違うといったところか」

エルフ「そうそう、そう…そうっ!」

男「うわあぶなっ!?」


そうそう言いながら少女が投げた床板の木片が、
男の背後の柱にあたって砕けた。


男「お前、これ以上家を壊すなよ…?」

エルフ「ふんっ…人を流れの年増娼婦ごとく称するのが悪い」

男「…なんでそうなる」



下手な誤解で少女の機嫌をそこねてしまった男だったが

加えて悪いことに、晩酌の頃になって少女は、手元にコオラがないことに気づいたのだった。


次の日の朝、件の娘はなんとなしに朝早くから起きてしまっていた。

朝ごはんを食べる様もいつもより姿勢よくしていて


普段なら面倒としていた玄関先の掃き掃除も、今朝は率先してやっていた。

村娘「…………」


男は昨日「挨拶させてもらう」と確かに言った。

娘はどうやら、その言葉がどうしてか心の一番上の方にあって

気になって仕方ないというわけなのだった。



村娘「……いやいやいや、違います…これは天気がよかったから、たまたま」


と言った風に、自分の心の声にまで反論してしまうほど落ち着かなくなっていて


遠くの方で、男が道へ出てきたのも気づかずにいたのだった。


男「それじゃあ行ってくるから、留守番とその他諸々よろしくな」


表に出ると男はふりかえって、そこに佇んでいる少女に挨拶をした。

少女は未だむくれ気味で、昨晩のことを気にしているような様子であった。


エルフ「ほいほい、私に任せておきなさい、このガニ股のすれっからしにな」


男「お前、まだ怒っているのか?」


エルフ「さーな、どうせ私は酸いも甘いも男も噛み分けさせられた娼婦くずれですよー…ぶつぶつ」


もはや完全にヘソを曲げていた。


しかも悪いことに、こんな田舎にあってはもはやコオラなどという洒落た物は手に入るはずもなく

そのことも彼女の不機嫌を加速させていた。


男「はあ、とにかく頼んだからな、それじゃ」


エルフ「………」


諦めたように男が前に向き直って行こうとすると、

今度はしおらしくも少女はその袖を捕まえて止めようとするのだった。



男「…なんだ今度は、昨日一晩謝って、後は何を」


エルフ「……いや、別に」

男「…?」

さっきまでの雄弁さとは打って変わって、止めようとした割には

その口の動きはまったく要領を得ない感じだった。


エルフ「……あの小娘には、用心しろ」

男「またそれか、その話は」


エルフ「…とは言わんが、まあ、大事なくな」


男「は?…はは、お前が出張らなければ何事も起こらないさ」


エルフ「………違いない」


そうポツリと呟くと、少女は鈍い動きで家の中に入っていく。


それを見届けると、男は今度こそと道を歩き始めるのだった。


娘はその間も延々道を箒で掃き続けていて、このままだと土がえぐれてしまいそうにも思えた。


村娘「………うぅ」


男「…おはようございます、昨日はどうも」

村娘「あ、ひゃいっ?!」


急に声をかけられて驚き顔を上げると、
そこには彼女が思い描いていた男の姿があった。


村娘「あ、あわ、す、すみません気づかないで…あの、おはようございます…」


男「はい、今日は約束通り挨拶にきました」


男は、娘の様子が緊張気味に見えたので
出来るだけ穏やかな雰囲気で話しかけるように心がけた。


娘の目にはその様が、実に誠実そうな青年として映ったことだろう。


男「ここが住まいですか、綺麗な建物ですね…流石に医者だけあります」


村娘「いえ、昨日道すがら話したとおり、医者なのは父だけで私や母はその手伝いです…」


娘の父は都会で学問に苦心した割に、諸般の事情で開業には至れず

この故郷の片田舎で医院もどきを経営しているということだった。


男「それでも大したものですよ、両親もあなたも…」


村娘「………あ、ありがとう、ございます」


もう長いこと褒められることに慣れていなかった彼女は

そんな言葉一つでも、つい心が浮かれ気味になってしまいそうだった。


男「それで、ものはついでにご両親の方にも挨拶しておきたいんですが…よろしいで」


村娘「は、り、両親に…ですか?」

男「え?はい、もしかして忙しかったですか?」


村娘「……あ、あぁ、いえ…大丈夫です、そう忙しくも」


慌てるあまり落ち着かなくて、娘はつい男の言動を取り違えてしまった。


つい深い意味と思い込んでしまったのだった。


その後、男が頼んだ通り娘の両親も玄関先まで来てくれて

互いに挨拶を交わし終えた。


父親の方だけは、学にのめり込みそうなギラギラとした目をしていたが、しかし
両親とも穏やかそうな感じであった。


男「村の案内のために娘さんをお借りしてもよろしいですか?」

と頼んだら、快く了承してくれて

「どうぞどうぞ」

と押し付けんばかりの勢いだった。

特に母親の方は娘に何事か耳打ちして、同時に娘に何かしらの反論をされていた。


村娘「もう、お母さんは…」


そう娘はひとりごちて、いつもの仕事用の薬の入っている鞄をもって

なんだかんだ男の先導を引き受けるのだった。


男「それでは行きましょうか」

村娘「は、はいっ!」


村の中は見事に畑が野原が広がっていて

案内がなければ家から家への道のりを見失ってしまいそうだった。


男「いや、助かりました…これは一人だときっとそうとう骨を折ることになってましたよ」

村娘「いえ、大したことじゃ…」


男は顔見せの挨拶回りをしながら、道筋や家の苗字を覚えていった。


村人「おお、どうもこんにちは、あんたもしかして」

男「ええはい、そうです」


道すがらすれ違う人たちとも挨拶を交わしていき

彼としては、この仕事に確かな手応えを感じていた。


村人「へえ…そんで、もしかしてお嬢ちゃんとしては…か?」


村娘「もうっ!そんなんじゃありませんってば!」

男「……」


思わぬところで、何か誤解が生まれているような気配はしていたが



若く、ガタイのいい体躯はよく目立つのか

男は行く先々でよく手伝いを請われた。

人の倍は働く彼の姿に、かねがね評判は良いとみえた。


村人「すいませんな、駐在の方に手伝ってもらっちまって」

男「いやいいんです、このくらいしないと税金泥棒なんて言われかねませんし」


村人「いやいや、ワシも最近はどうにも足が悪くて…」

男「分かります…実はこっちも」


畑で鍬を持って働く男の様子を、娘は道端に座りこんで眺めている。


村娘「………っ」

ふいと思いが沸き起こっては、かぶりを振って考えを散らす、そんなことを繰り返していた。


村人「…やっぱり、戦争ってのは大変だよなぁ、うん」

男「そうですね…」


村人「たく、怪我すんのはワシたち下々のもんばっかで、上は甘い汁吸いまくりけ」

男「………ええ」


男はその話をする間、鍬をふるう手を決して止めることはなかった。


村人「…ところで、駐在さんは奥さんとかいんのけ?」

男「…は?…あ、いやそういう人は特にいません」


村人「へえ、そりゃ勿体無い」

男「軍属にかかりっきりで、暇がなかったといえば言い訳臭いですね」

村人「んなことはねえと思うがね…なかなかどうして、ま、ワシの若い頃には負けるがな!…」


そこから、村の農夫は男に顔を近づけて、半ば耳打ちするようにして話し始めた


男「な、なんでしょう?」


村人「それで?お嬢ちゃんとの馴れ初めでも聞いていいか?」

男「は、はい?」


村娘「…?」


エルフ「へっくし!…?」


村人「…なんだつまらん、別段変わった話でもねーんか」

男「ええ、誤解です」


村人「なんだかなぁ…興味とかはねんけ?」


男「あの娘に迷惑かけても悪いので、あまり広めないでください」

村人「迷惑……迷惑ねぇ、お節介には違いねえが…」



村娘「………何の話してるんでしょうか…」


それは、彼がようやく誤解をとき終わった頃

それは突然に舞い込んできた。



村人2「お、おーい!丁度よかった、お嬢ちゃん!!」

村娘「え?は、はいっ!」


道のうんと向こうから、ひどく焦ったように村の人が走り寄ってきた。

男「…?」


村人「あれは、何だな?あんな風に慌てて…」


村人2「嬢ちゃん、大変だ!この道の向こうで猪が出て!」

村娘「え、ええっ?!」


男「…何かあったらしい…ごめんなさい、手伝いを中途でほっぽり出すようですけど」

村人「ああええって、気にしなさんな、それよりもさ早く」


男も、何事かあったとみて、急いで畑から這い上がると

事情を聞くためにそこの二人に詰め寄った。



エルフ「……ふぁぁ、かーっ…疲れた」

少女は、住まいの壊れた床板を剥がして

粗方は新しいのを貼り終えたところだった。


目立った壁の穴も継ぎ接ぎながら塞いで

この分ならば、冬になっても大丈夫であろう。


エルフ「あー、がんばった…無茶苦茶頑張った気がする…」


木を切ることには慣れているつもりだった彼女だが、

流石に家まるまる直していくのは難儀したとみえる。


一人寝泊まりする分だけならば、
かつての里での住まいは、まさに寝て起きるだけの広さだったが


二人が余裕をもって暮らす家となると、なかなかどうして配慮することも増えていた。


エルフ「…二人……二人か」

心なしか、少女の口角が上がった。

いつもの企み顔とは趣の違う笑みだった。


エルフ「あー、これはもう…相当ほめてもらわないと割に合わないな…なんて」


急ぎながら、事のあらましを聞くに


どうやら先の所で村の人が猪に出くわして酷い怪我をしたらしく

それを見た彼が、急ぎで治せる人を探していたのだという。


村人2「いや、お嬢ちゃんがあそこにいて助かった、これならなんとか」


村娘「は、はい…」


男「…?」


相手はすっかり安心したような顔をしていたが

彼女の方は、どこか浮かない表情をしていて

男は、すこしそれが気がかりになった。



しばらく走って、道端に倒れている男性の人影が見えた。


猪の姿はなかったが、確かに
腹に酷い傷ができていた。

恐らく、正面からまともに猪の牙を受けたのだろう。


「……ぁ、あぐ…痛え、よ…」


うわ言のように、その彼は呟きながら手を伸ばした。

血塗れの手を差し出して、目の前の娘に助けを求めていたのだった。


村人2「嬢ちゃん、さ、早く!」

村娘「…あ、あぁ」


しかし

彼女はその手を目の前にして、よろめき
そして、尻もちをつくように後ろに倒れた。


男「どうかしたんですか?!」

村娘「……む、無理です…こんな、の」


村人2「ええっ?!んな、アンタんとこはお医者様じゃなかったのけ?」

村娘「だ、だって…でも、私は……」


実はこの娘、村に広く医者の娘ということは知られていたのだが


その知識はあくまで薬剤調合の話に限った話であり

解熱や痰詰まりなんかの薬には明るくても

こういった外科の類の知識はなく


また、ひどく不慣れであった。

人の血を見るだけでも卒倒しかけてしまうような、初心であった。



村人2「無理つったって、それでも何かしら出来ねえのか?アンタには…その」


村娘「…ご、ごめんなさい…こ、こんな、深刻だと思わなくて…」


流石に軽い擦り傷切り傷なら対処できるし、その用意もある。


だが、目の前の彼の傷は、こうして話している間にも

どんどん血を流すほどに深く、中を覗けそうだった。


村人2「じゃ、じゃあ一体どうしてやりゃあ、なあ?」

村娘「……っ」


男はその光景を一歩下がったところから見ていて

どこか遠くの、既視感を感じていた。


流れ出る血が、止めどなく

自分の足から流れ出す様

男「……」


昔の、黒焦げで傷だらけで

あんな風に手を伸ばしていた、戦場の同志を思い出した。


たまらず、男は動いた。


男「すいません、あなたはこの人を運べるような何か、荷車を持ってきてください!」


村人2「…へっ?…にぐる…あ、ああわかった、持ってくればいいんだな!」

男の突然の発言に、しどろもどろながら動き出して、村人が何処ぞへ走り出した。


村娘「あ…あの、駐在さん?」

男「なにか、その鞄で使えそうなものはありませんか?」

村娘「え?あ、えと…その」


男は答えを聞くより早く、強引に鞄を引っ掴んで、中を漁った。


粉薬の入った小瓶とは別に
運よく、使えそうな綿と包帯が一巻きあった。


男「水、は流石にない…よな」


仕方なさげに、自分の服の裾で手のひらを申し訳程度に拭い、
怪我人の服を捲った。

左の脇腹に一つ大きな穴があり、その周りにも細かい傷があった。


力ずくで傷を塞ぎ、綿を当てたら
その上から包帯でぐるぐる巻にした。


想定されていなかったために、包帯が少し足らなくなるほどだった。


村娘「…あ、あの」

男「……あとは、上から押さえつけるだけ、強く、でも適度に」

村娘「………」


男は誰に聞かせるでもなく、呟いた。

その背中を、彼女はただ見つめることしか出来なかった。


エルフ「よーし、出来たぞー…完成だ」


少女は家の修繕を大体終えたとみて

今度は裏手の空き地で煉瓦を焼き始めた。


粘土やらは周りの土を掘り返せばいくらでも手に入ったので

彼女としては大助かりだった。


エルフ「ふんふふんふーん、さてと」


地面に穴を掘って、粘土等をいれた木製の型を置いて
集めた枯れ枝ごと焼いていった。


エルフ「しかしまあ、外に出る時は頭を隠さなくちゃならんというのは、存外暑くて…難儀だな」


田舎は、都会より人の交流が密であり

彼女のように外見のほとんど変わらない異質な者が

恒久的に住むには素性を隠したほうがいいと

二人で考えてのことだった。


エルフ「……ふぅ、まったく」


しかし今は涼しい季節なのでどうにかなろうとも、

それでも火のそばにいれば暑いし

夏になった時のことを考えると、彼女も少しうんざりした。


エルフ「…ん?」


不意に、遠くの方でドタドタと走り回る人の気配と車輪の音がした。

ここは山と木ばかりで雑音もないため
彼女には随分と遠くの音まで聞き取れるのだった。



エルフ「何を慌てているのやら、人生は長いのだから…ゆっくりやればいいのに…」


そう言って、目の前で燃えている火が粘土に芯まで熱を通す様を

少女はのんびりと眺めているのだった。



三人の人影が荷車を猛烈な勢いで走らせて
その家屋の脇に強引に止めた。


男「ぜえ…ぜえ…ぜえ…」

村娘「はぁ…はぁ…」


応急処置だけ終えたところで、
村人がちょうどよく荷車を持ってきてくれたので

怪我人をのせて、全員で必死になって押して走って


ようやくここの、診療所まがいの宅まで運ぶことができたのだった。


迎えたそこの主も、突然のことに仰天しながらも
すぐにその治療に取り掛かったのだった。


男「……はぁぁ」

村娘「…ふぅ」


もつ彼らに出来ることはなくなって
一安心とまではいかないものの

とりあえず、一旦息を整えるくらいには落ち着くことが出来た。



男「……彼」

村娘「え?」


男「…あの彼、助かるといいけれど」

村娘「あ、はい…そうですね」


男「………」

村娘「………」



村娘「…あの」

男「はい?」


村娘「取り敢えず、家に入りませんか?…その、お茶くらいは用意できると思いますけど」

男「…それじゃあ、お言葉に甘えて」

道端で、荷車に寄りかかるようにして休んでいた二人だったが

立ち上がって、娘は男を家に招待することにした。


村人2「…オレもいるんだけどなぁ」


村娘「あ、ごごめんなさい!」



腰を落ち着かせて、熱い茶を胃にいれると
いっそう落ち着くような気がした。

二人して、それなりに広い玄関の段差に座って、湯呑みを持って並んでいた。


その他一名もいたはずだが
お茶を一杯飲んだら


村人2「いやあ、そういやアイツの家のやつにも、ここに担ぎ込まれたって教えてやらなけりゃな」


と言って、足早にその場を去って行った。

何かしら思惑というか、配慮があった感じであった。


村娘「あの、助けていただいて、ありがとうございました…駐在さん」


男「そんな、あれはただ当たり前のことをしただけですよ、そんな感謝されるほどのことでもないです」


村娘「…で、でも」


男「村の人を助けるのは、職務上当然で、むしろあれでも遅すぎたくらいですよ、反省しなければ」

村娘「………」


男はそう言うと、頭をぽりぽりかいて苦笑いしていた。

娘はその姿に、胸のつまる思いがして
すぐには次を言い出せなかったのだった。


ようやく言葉を口に出せたのは、熱かったお茶が

飲み干せるくらいに冷めてからだった。


村娘「…でも、すごかったです…とっさにあそこまでできるなんて」

男「そうですか」


村娘「はい、私なんて…一応は医者の娘なのに、何もできなくて…恥ずかしいです」


彼女はそういうと、持った湯のみのお茶を見つめた。

そこの方には、水たまりの泥のように茶葉のカスが溜まっていた。


男「……そんなに」

村娘「…はい?」


男「そんなに、立派なものじゃないですよ、あんなのは」

村娘「…あんなのって、そんな」


男「いえ本当に、あれは身につけたくて、身についたものじゃないんです…」


男は昔、軍の訓練施設にいた。


包帯の巻き方に始まり、治療のいろはなんてのはそこで叩き込まれたことだ。


加えて、戦場に出てからも色々なことを学ばざるを得なかった。


男「必要に迫られたから、否が応でも覚えなければいけなかった、そうしなければ…」


村娘「………」

男「…いや、そうしても死んでいく奴は多かった…」


村娘「……そう、だったんですか」


男「恥ずかしながら、そう多くの場数を踏んだわけでもありません、踏んだのは精々一度か二度くらい」


そして、その踏んだ挙句に足を失った。
とまでは言う必要はなかった。


そんなことを、彼は訥々と語った。


あの少女のように朗々とはいかないものだなと、男は心の中で思った。



男「ああ、いや変に語ってしまってすいません…馬鹿な話でした」


村娘「いいえ、とてもためになる話だったと思います…そんな謙遜しなくても」

男「…それは、光栄ですね」


新鮮だな、男はそう素直に感じた。

いつもは、自分よりもずっと上で何でも分かってるような奴と話をするばかりだったので


こういう風に、同じくらいの身の丈の相手と話し込むのは

彼の人生の上で珍しいことだった。



そしてそれは、相手にとっても同じようなことであった。


村娘「……えへへ」



その頃、金髪のあの少女はというと


エルフ「あーあ……ホフマン窯があったらなー」


と一人で愚痴りながら、せっせと煉瓦を焼く作業を続けていたのだった。


エルフ「でもまあ、窯を作るには必要なことだしな、それに…」


また褒められちゃうかも、なんて呟きながら
焼けた煉瓦はせっせと脇に積んでいくのだった。


エルフ「窯で焼いたパンは美味いんだぞ、ロシアパンなんて目じゃないくらいにな、ふふふーんふーん」


彼の応急処置と、その後の治療のかいもあってか


何とか怪我人も快方に向かっているとのことで


その報せをすぐそこで聞いていた娘と男の二人も

駆けつけた患者の親類とともに、ほっと胸を撫で下ろすのだった。


村娘「良かったですね、なんとか助かって」


男「ああ、医者の力はやっぱり偉大だよ、うん」

村娘「はい、あ、でも…その」


男「…?」


そうして、結果としてその頃には時刻は夕方に差し掛かっており、


男はもう随分と長い時間拘束されてしまったことになる。


それ自体はなんら問題ないのだが、

彼としてはそろそろ村の見回りを切り上げて、
住まいの方に戻りたかった。


村娘「えっと…駐在さんのおかげも、あったと思います、私は」


男「そう、ですかね」

村娘「…はい、そ、尊敬します」


しかし、彼はまだもう少しだけ、家には帰れそうにはなかったのだった。


エルフ「………」


猪「…」

燃やす枝が足らないからと、少女がちょっと山林に足を伸ばしたところで

どういう巡りか、林の陰で随分と体の大きい猪とかち合ったのだった。


目は血走っていて鼻息荒く
長く伸びた牙の先からは、人の血の匂いがした。

そのせいで、余計に気が高ぶっているのかもしれない。


エルフ「……」

猪「……ぶぎぃぃ…」


一触即発、互いに指先一つ動かせないそんな状況の中で


少女は、目の前の獣に向かって
ただ一回、布の下でウィンクすると

瞬間、彼女の目元から火花が散った。


そのことを感じ取った猪も、己の牙を振るおうと突進するのだが

既に後の祭りであった。


エルフ「…残念」


噂は文字通り瞬く間に村に広まって


あれよあれよと言う間に、男は村の集まりに引っ張り出されて


歓迎会を兼ねた宴の席に呼ばれてしまったのだった。

村人「いやあ、ご苦労さんでした」


村人「ほんにありがとうございます」


男「い、いえそんな」


信頼や感謝の気持ちを評してのことで、好意的に受け入れられたのは

非常にありがたかったのだが


村人「さあさあ、新しい駐在さんの就任を祝して、乾杯といこーや」

男「…は、はあ」


大勢の人間に囲まれて、半ば強引に空の杯を握らされてしまった。

村娘「あ、私お酌します、駐在さん」

男「こ、これは…どうも」


その上、親切にも酒をつがれてしまっては

もはや断るのも悪いというもので


男「…うぅ」

村人「それでは、かんぱーい!」


「「かんぱーいっ!」」


男「……ええい、なるようになれ!」

心で南無三と唱えて、一思いにくっと飲んでしまったのだった。




下戸な男にとっては、結果は言わずもがな


下手な安酒で、悪酔いしてしまい

碌々立てなくなるのだった。


男「きゅう…」


村娘「あ、ち、駐在さん!」

村人「あらら、これは悪いことしたか…?」



エルフ「……むぅ」


とっぷり日も暮れて、すっかり夜も更けてきた頃、

少女は一人で熱した石の上で焼いた猪の肉をほおばっていた。


まだ肉は固く、寝かせ足りないなと思いつつも


いつまでたっても帰らない男の身を案じているのだった。


エルフ「………」


用意した肉は二人分だから、少女が食べきれるわけもなく

仕方ないので残りはおいておき

すっかり綺麗になった床の上に行儀悪くも寝転んだ。


エルフ「………あんまり、美味しくなかったな…ぐぅ」


そうして横になっていると、
微かに他所の感覚を感じ取ることが出来た。


それは、特に身の危険というわけではないのだが

彼女にとっては、少し不穏な香りがした。


エルフ「……」

具体的にいうと、


何処かで嗅いだような牝の香りが

彼の鼻腔をくすぐっているような気がしたのだった。


エルフ「………」


その香りに、途端に諦観のような思いがしてきて、

ふて寝のように少女は眠り込んでしまった。



宴の方は、日付が変わってからようやく終わりを告げて


皆一様に楽しげな雰囲気で、中には吐き気もよおす人もいたのだが

問題もなく帰り支度を始めたのだった。


村娘「………」

そんな中で、一人その娘だけは
一段と酔いの酷い男の看病につとめていた。


他の皆が引き上げて、両親も離れて二人きりになっても

布団を用意して、手ずから横にした彼のそばで


正座を崩すことなく、姿勢は正したままだった。


男「…うう…おえ」


村娘「…はふぅ……」


ほんのだけ少し欠伸をもらして

少々はしたないと思ったのか、恥ずかしげに頬を赤くしていた。


夜が明けて、しかしまだ村は薄暗いという頃に

少女は目を覚ました。


少女が起き上がり、周りを見渡すと相変わらず誰も姿もない。


あるのは、乾ききって硬くなった猪肉の残りだけ

それ以外は寝てしまう前となんら変わるところはなかった。


エルフ「……ふん」


ただ、鼻をならして立ち上がると、
布団も敷かなかったためか、体のあちこちが痛んだ。

構わず歩き続けて、草履をはいて表に出た。


薄暗いなかでキョロキョロと見回してみると、

遠くの方で戸の開く音と
男と謝る声が聞こえてきた。




男「…本当に、すみませんでした、迷惑かけて」


村娘「い、いいえ、何度も言いますけれど、お気になさらないでください」


男がようやく気がついた時にはすでに明け方で

みれば、自分はどうやら酔って寝てしまっていたというのに

横の娘は、座ったまま眠り込んでいるという有様で


いかに自らがはた迷惑な気苦労を娘にさせてしまったか、

記憶が飛んでいても容易に想像できたのだった。


男「いや、自分なんぞ酔い潰れて道端にでも転がっておればよかったものを…」


村娘「そんな、それこそほうってはおけません!大切な村の駐在さんにそのような真似を…」


男「…ですけど」


男がいくら謝っても、娘は断固として聞き入れることはなかった。

あくまで善意でしたことだとして譲らなかったのだった。


村娘「……それに、昨日はその…とても楽しかったですから」


男「はい?…ああ、飲みがですか?…ええそれは、ここの村の人はいい方たちばかりで」


村娘「…ふふ、それもそうなんですけど、それとあともうひとつあるんです」



男「え?…それは」


村娘「えっと…駐在さんのちょっと意外なところが見れましたから…なんて」


言ってて急にまた恥ずかしくなったのか

誤魔化すように娘は、こっそり後ろでに持っていた物を男へと差し出した。



それは、粉薬の入ったいくつかの包みだった。

男「これは?」


村娘「…私が作っておいた酔いの薬です…朝と、念のため昼頃にも飲めば少しは、楽になると思います」


男「へえ、それはまた重ね重ね、助かります」


村娘「いえ、これもまた善意ですから、遠慮せず」


傍からみても随分と親密そうな様子がして

それは、遠くから眺めていた少女にとってもそうとれるものであった。


エルフ「…………………………」




男「…え?」

エルフ「聞こえなかったか?正座…」


男「いやなんで、ちょっと待ってくれよ、まだ頭が痛くて…」


エルフ「いいから、しろ…」

男「………なんだよ」


そういうこともあったので、
家に帰ったときには


少女が仁王立ちで腕組みして待ち構えるという

どこかで見たような絵面になっていたのだった。


エルフ「……で?何か私に言うことがあるような気がするんだがな?」


男「あ、いや…その、酒を飲んできたことは謝る、俺もつい流れで…」

エルフ「…それだけか?」


男「…け?」


エルフ「だから…それだけか、と訊いているんだがな」

男「そんな、それ以上何があるっていうんだ…そんな」


エルフ「だから、その」

男「…なんだよ、珍しく煮え切らないな」



エルフ「………したか?」


少女は言葉を絞り出すようにして
ようやく口にした。


男「…何を」

エルフ「せ……したか、とか」


しかしそれは、とても相手に聞こえる代物ではなかったのだった。


男「せっ…?なに?」


エルフ「……ぬ、がーーっ!!!」

男「あたっ!?なんだ?」


言葉に詰まった少女は、全部誤魔化すように叫ぶと

男の眉間にパンチをいれた。

それはなんとも、実に軽い拳であった。


エルフ「ふーん」

男「……おいおい」


すっかり何か思いつめたような少女は、またも不機嫌そのもので

顔を合わせようともせずに、縁側からお外を向いて座り込んでしまったのだった。


男「…なあ」

エルフ「つーん…」


男「…まったく」

話が通じないとみると、男の方は半ば諦めてしまい

仕方なしとして、水瓶から水を一杯汲んで

貰った薬を飲んだのだった。



男「…こんな時に、コオラの一本でもあればな、直ぐに機嫌も直るだろうに」


エルフ「こら、人をそんな簡単な女と思ってるのか?」

男「違うのか?」


エルフ「違うに決まってるだろっ!特にその、なんだ?…こういう話題の時には…」


男「ん?…なんだこれ肉か、残したのか?これ」

エルフ「…こいつーっ!!」


男「あ痛っ?!」



男はまさか、こんな聡明であるが未だ幼い少女が

よもや頭の中では、他人の"性交"の心配なんぞしているとは


皆目見当がつかないでいるのだった。



エルフ「明日からは、その、あまり私から遠くに行くようなことはしてくれるなよ」


男「…ん、分かったよ、どうせ今日明日からは駐在所の作業をしようと思っていたからな」

エルフ「…ん、そうか」



男「…そういえば」

エルフ「ん?」


男「床とか、壁がキレイになったな…お前がしてくれたのか?」

エルフ「え?…あ、ああそうだぞ、私が全部してやった、一人でな!」


男「そうか、それはご苦労様だったな…」


エルフ「なんだそれは、もっと褒めていいんだぞ?ほら」


男「んー、今日はこれくらいにしておこう、続きはまたな」


エルフ「……こいつめ、お前さんは変わらずケチだな…」



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エルフ「エタったらごめんなさい、なんて」

旦切



数日後。

彼も駐在の仕事にも慣れてきて、

村の人々ともいい関係を築けていた。


やりがいも感じていたし、
それなりに穏やかな生活を送っていた。


駐在中は書類の整理をしたり

たまに村を見回って、手伝いを請われれば

畑に入ったり家畜の世話をしたりしてた。


男「……ふぁ」


たまに退屈に思うこともあるけれど、それもまた平和の証なのだった。



エルフ「…さて……」


彼女はその間

工作用の窯に加えて、新たに調理用の石窯や

溶練炉をこさえようと苦心していた。


エルフ「………よっと」


今は材木の端材を刃で削って、何かしらの像を作っていた。


それは細長く、入り組んでいるような構造をしていて

しかし、大まかに見れば左右対称の形をしていた。


それほど大きくはなさそうなので

一時間もすれば完成しそうな勢いであった。



エルフ「…よし、出来た」



村娘「こんにちは、お疲れ様です駐在さん」

エルフ「…む」


お昼時、その手の中で見事な蛇の置物が完成した頃に、その家を訪ねるものがいた。


ここ最近は毎日のことだったので、そう珍しいことでもない。


駐在所の方の戸口に立っていたのは、近所に住んでいる清潔そうな身なりをした女性であった。


男「はいこんにちは、いや恥ずかしながら、少し暇していたところです」

村娘「そうなんですか」


なんて日頃慣れたやり取りを交わすと、娘は抱えた包みから

握り飯なんぞを幾つか取り出して男に差し出したのだった。


村娘「これ、今日も作ってきましたので、よければ」


甲斐甲斐しくも彼のお昼を用意したということで

男の胃袋を掴もうという算段なのだろう。


意識しているかどうかは別としてだが


エルフ「………」



男「これはまた、いつもすみませんで…」

村娘「いえ……あれ?」


そのとき娘は、雑務を行っていた男のいる机の上に

何やら香ばしく匂い立つものが置いてあることに気づいた。


エルフ「……ふふん」

何とも見事な焼き色のパンの間に、新鮮な野菜や卵やらが挟まった

少女特製のいわゆる"サンドイッチ"である。


この日は、日頃通いつめてきている相手に対抗して、

昼飯にとエルフの少女が賄ったものであった。


村娘「今日はその、昼の用意があったんですね…えと」


エルフ「ぷぷぷ、どうだ…田舎者にはサンドイッチはおろか、パンなんてまともに見たこともなかろう…」


娘が肩を落としている様子を、少女は片隅から眺めてほくそ笑んでいた。



このあたりの村にも小麦の栽培をしている畑はあったものの、それもごく僅かで


村人には製粉の知識も無い上に、

そんな手間をかけようなどという者はいなかった。


焼いたパンも見るもの、彼女にはおそらくは初めてだったであろう。

物珍しげに、彼の食事を見つめていた。


男「ああ、やっぱりパンは珍しいですか?」

村娘「…はい、これは都会の食べ物なんですか?」


男「というより、これは国外の食べ物でサンドイッチというんですよ」

村娘「……へえ」


娘の眼差しは、そのうちに羨望や尊敬の色をもつようになっていった。


男にはそれが、やはりというかとても新鮮に映ったらしく


男「よかったら、少し食べますか?」

村娘「え?」


ついというか、少しお裾分けしてもいいかなと思ったのだった。


エルフ「なっ!?」

それは彼女にはとてもたまったものじゃないとして、
抗議の声をあげようとした。


エルフ「そんな…っ」

村娘「え?」


しかし、顔を隠していなかったことに気づいて

娘が振り向くより先に奥に引っ込まなければならなかった。


そうして悔しそうな、苦虫を噛み潰したような顔をして

誰に向けるでもなく握りこぶしをつくるのだった。


村娘「でも、いいんですか?とても貴重なものでは?」


男「まあ、少しくらいなら、連れが作ったものですから、味は保証しますよ」




エルフ「この……人がどういう気持ちで作ったか、ぐぬぬ」


村娘「へえ、器用な方なんですね、まだお若いのに…」


男「いや、あれで歳はそれなりですよ、ちょっと込み入った事情でなりはあんなですけど」


村娘「……あ、もしかしてご病気が関係して……すみません」


男「そんな大仰なことでもないです、気にしないでください」



エルフ「……」

何とも、彼女にとって不服以外の何物でもなかった。


村娘「…あ、これすっごく美味しいです」


彼のために作った昼食を、自身の話題を肴に食われたのでは

少しも何も浮かばれないというものだった。


エルフ「くぬぬ、きぬぬぬ…!」


硬く拳を握っていた少女だったが、

不意にその力を抜き、二人から遠ざかるように家の裏手へと戻って

中断した作業の続きを再開した。


近頃、自分でも不意な諦めが多くなってきたような、
そんな気がしているのだった。



エルフ「…………まあ、いいか」



男「ああ、そういえば」


このとき、彼は書類の整理をしていたわけなのだが

実はその中で少々気になる点を見かけていたので


この際だからと、目の前の娘に訊いて見ることにするのだった。


村娘「はい、何でしょうか?」


男「その、ここの資料についてなんですが、少し聞きたいことがあって…」


村娘「いいですよ、私で分かることがあればですけれど」

男「助かります」


そう言って男は、机の上の資料を目繰り返して、該当する部分を選び出した。



男「…えっとですね…ああこれだ」


娘に見せたのは、この村でかつて失踪した人物をまとめた。


いわゆる"行方不明者名簿"のようなものだった。


全て前任者の覚書のような書式だったので

正式な資料とは呼べない代物であった。


男「これなんですけど、どうにも書き方があやふやでして、どこまでが一致しているのか分からなくて」


村娘「そういうことですか、分かりました、少し見てみます」


娘は手元にその紙を引き寄せて、じっとその書き連なる字を追っていく。

古くよれよれで、クセのある文字だったが、彼女はなんとか読み進めていった。


そうして、その中でも間違っている記録や、

解決済みの事案などを見つけ出して男に教えていったのだった。


村娘「…でも、私の記憶だよりなんですけど、いいのでしょうか」


男「いえいえ、まるきり分からない自分よりは何倍もましですから、それにまだ一応は資料としては下書きということで」


村娘「それなら…はいっ」



やがて資料の項目がほぼ綺麗なまとまりをみせると
だいたいの状況も見えてきた。


行方不明のほとんどは死体が見つかっていたり、捜索を断念していたりだが

何らかの決着はついているのだった。


多くは山伏を生業にしていた人達で、
遺体を獣に荒らされていたという記述が目立った。


村娘「この辺りは山や木も多くて、猪もそうですけど昔から熊や鹿などの獣害が酷かったんです」

男「…なるほど」


村娘「でも、ここ最近はなんだか動物の姿を見かけなくなったといいますか、畑の被害も少ないような気がします」


男「……へえ」



エルフ「………よいしょ」


裏手の納屋には、大量の動物の死体と血の匂いが充満していた。


その中から少女は寝かせておいた肉の塊を手にとって、縄で縛って棒へと吊るした。


吊るした棒を木箱にさげると、蓋をして

その真下で木片のチップに火をつけて、煙で燻す作業を行っていた。


エルフ「………ふーん、だ」


少しすると、燻製の肉に木の香りがうつって

実に香ばしくなっていくのだった。




村娘「丁度、駐在さんがきてからでしょうか…その時期くらいから少しずつ」

男「それはまた、奇妙な偶然ですね」


そんな話をしながら彼としては

最近、晩のおかずに肉料理が多かったなということを思い出していた。


村娘「あと時折、玄関先に木の皮で包まれた動物の肉が置かれていることもあるのですけど…何なのでしょうか…いったい」

男「…さ、さあ?」



少女は、仕留めた動物を近くの川まで持っていって、解体、処理を行うのだが

そこから家まで持って帰るのに、女の手には余ることも多く


はっきり言うと面倒だったので、
適当な家を見てはその軒先にでも肉を放るのだった。


一応、虫よけのために焦がした木の皮で包んでおいてだが


男「奇妙なこともあるんですね」


村娘「はい、そうなんです…」


数日して

その間、少女がしていたことといえば


木像を粘土で覆って型をとり
乾いたらそれを剥がし、切り分ける。

そして、さらに削って小さくした像を中心にして

もう一度、段々と粘土で囲んで、その隙間に

準々に煮えた青銅を流し込んでいく。



山の窟を巡って集めた鉱石を集めて作ったものだったが


わりかしと石が豊富に採れたので、作るのは至極容易だった。



エルフ「………」


出来上がったのは

蛇の木像を原型にした、舌に牙と眼球、鱗の一つ一つまで浮き上がった

手乗りの蛇の銅像だった。


エルフ「………うん、よし」


あとは表面を綺麗にして、余計なデコボコを削り落とすだけという具合である。


男「ん?」


完成したそれを、やはり昼時に机仕事をしていた男のところへ持っていって

見える位置に置いてやると、少女は実に満足そうな表情をしたのだった。


エルフ「うんうん、いい感じだ」


男「いや、自分だけ納得してるようだが、何だこれは」


男には銅像を、それも蛇の銅像を愛でるような趣味も文化もなかったので

少女の行動はまるで想像の埒外のことだった。


エルフ「これか?これは蛇の銅像だ、作るの大変だったんだぞ」


男「…まあそうだろうな、この大きさでも、むしろ小さいからこそ造形が手こずるんだろうけど…それで?」



エルフ「ん、これはな、まあ守り神というか、ありがたい像というかな…まあ遠い地の風習でだが」


男「お前の故郷のか?」


エルフ「近くではあるな、少なくともエルフの文化ではない、そっちの方がいいと思ってな」

男「…なにが」


エルフ「…んー?」



少女がいうには


古来より欧州では、青銅の蛇とは厄除けに火伏せ、復活の象徴という意味があり

それが転じて、いまは家内安全や健康祈願のご利益があるのだという。



実のところは、彼女が勝手に言っているだけなのだが

その弁があまりに巧妙であったが故に


熟練した詐欺師の言葉のように、真相を知らぬ男を信じ込ませたのだった。



エルフ「まあ簡単にいえば、火事と病気よけのおまじないだよ」


男「へえ、それはまた効果がありそうだな」

机の上に置かれたそれは、さも生きている蛇のように鋭い眼光をしていて

それだけでも、ネズミ除けくらいは軽くこなしているようであった。



エルフ「そうだろう?…まあ別れの餞別には丁度いいと思って、な」



その隙に、少女はまるで何事でもないかのように

そんなことを軽い調子で言ってしまうのだった。


それがまあ、一番幸せなのだろうというのが、彼女の判断だった。


男「……ん?」

エルフ「ん?」



元々、金と打算と恩義で繋がっていた仲であった。

彼女としては、男をここまで連れてきて、それでもう事は十分なように思えていた。


多分もう、自分のようなものは

彼にとって枷以上のものになってしまうような気がしていた。


過ぎたる薬が、毒になるように


こんな奇異な存在は、やはりいつかは彼を脅かしてしまうのだろうと


いつかの焼かれ死んだ婦人のことを思わずにはいられなかった。


男「何言ってるんだ、お前は…」


エルフ「……そろそろなぁ、潮時のような気がしてきたんだよ、色々と」


男「…潮時、って」


彼女曰く

自分では、男が所帯一つ持つにも邪魔でしょうがないのだ。


エルフ「もしお前さんが、何処ぞのメスを囲いたいと思っているのなら、私はいつでも出ていってもいいんだぞ」

男「そんな、何を馬鹿なことを…」


その上例えば、彼からどれだけ求められようと

その求めに応じることは出来ない


主に体格差からして無理がある。

加えていうなら、その差ゆえに良識ある者ならば求めてくることもないのだが。


子供が欲しいと言われたときに

それこそ彼女にはどうしようもないのだ。


エルフ「そうだろうか」


男「………」



そうやって、自信満々にと少女は彼に語って聞かせ続けて


男はそんな彼女のご高説を黙って聞いていたのだった。


エルフ「その上、ここらで世間はもっと物騒になっていく、そんなときに私のような者がいては、"非国民"と罵られても言い訳できまい?」


男「……そうだな」


エルフ「だからなぁ、もうここからはお互いに一人ずつの方がいいと思うんだよ」


男「………」


その言い分は、実に正しいことのように

彼も思っていた。


髭を剃り、顔を洗う度に水面に映る自分の顔を見て感じたことがある。


出会ったころよりも、随分と顔立ちが年を食っていた。


対して、彼女は相変わらずの美しく若いままで、このまま老けていく自分とは


やはり住む世界が違うのだと、顔を合わせるたびに痛感することは少なくない。


ならばと、ここいらで適当にケリをつけるというのも


自らの身の丈に合っているような気がしてくるのだった。



自分と彼女の縁なんて

言ってしまえば金で買った買われたの間柄で


それが唯一だった。



エルフ「はっきり言ってな、もう金儲けの発想も出ないし、いる意味もないだろうってな…」

男「……そうか、それは残念だ…」


エルフ「だからこうして、お前さんを職にありつかせたのは、私としても上出来だったよ…くっくっくっ」


不純で歪で、別れた方がずっと自然で


もう充分であった。


彼女のおかげで、自分はまた立ち上がれた。


そんな彼女の意見に、どう反論できようものか。



男「………」

どう反論出来るのだろうか。


エルフ「…さて、そろそろあの娘が甲斐甲斐しくもここを訪れる時分か」


男「そうだな…」


エルフ「それじゃあ、私はもう邪魔にならないように…した方がいいかな、うん」


男「………」


そう言い残して、くるりと背を向けると


少女の気配が、すっかり手の止まった男から離れていき


反対に、外からは遠くから砂利道を歩く、やや急ぎ気味の足音が聞こえてくる。



もしかしたらこれは、彼女がここから立ち去りたいだけのことなのかもしれないと


彼は少しも立ち上がろうともせずに

ただ黙って、その背中を見送るのみだった。



何もなければ、多分、一生男は動かないままだったであろう。


突如、遠くから鳴り響いた警鐘の音がしてから

男はそれでハッと我に返ると、飛びつくようにして

その小さな腕を掴んだ。


エルフ「あ…」


男「…っ」


掴まれた方は勿論だが

掴んだ方も何故か相当に驚いたような顔をしていて

事情が分かっていないという風だった。


男「いや、その」


エルフ「……な、なんだ、引き止めるのか?」

男「……どう、だろうな」


エルフ「」


それ以上はもう言葉が出ないのか、男は項垂れて

せっかく掴んだ手を離してしまっていた。


エルフ「………」


そうやってまごついている間に、家屋の戸口に

近所の娘が辿り着いていた。


ゆけに息を乱していて、また焦っている様子であった。


村娘「あの、駐在さ…っ」


ようやく息を整え、口を開こうとしたのだが、

目の前に見慣れぬ金髪がいることに気づいて、また息を飲んでしまう。


相変わらず、人目を引く容姿たるようであった。


容姿もようであるが、その間に流れるただならぬ空気にも飲まれてしまいそうで


おかげで、彼女が再び話し出すのは男に促されてからであった。



村娘「あの、お、お忙しそうなところすみません、その…今すぐ来てください!」


男「また何かあったんですか?」


よく見ると、彼女の顔色はやけに青くなっていて


まるですぐそこで鬼か化物でも見て来たかのような表情をしていた。


村娘「と、とにかくよく分からないんですけれど…け、怪我人が大勢でていて」

男「怪我人…ですか」


どうにも、娘の言からは要領を得ないとみて

とりあえず、さっき聞こえた"鐘"の音の方へと向かってみようと思い

外へと出ようとして


はたと足を止めて、先程のように少女の方へと振り返った。


男「………」


エルフ「……なんだ?」


男「……取り敢えず、何があるか分からんから…家にいろ、分かったな」


エルフ「……ん」



娘はその後ろ姿を見送ると

すぐに玄関の土間で座り込んでしまった。


思ったより遠くから走ってきていて

我慢もしていたのだろうか、息が絶え絶えであった。


少しずつ呼吸が楽になるなかで、

彼女の中では次第に、
目の前の少女に対する疑問がはっきりと形になっていった。


村娘「……あ、あの…貴女は」


エルフ「こうして顔を合わせるのは初めてだな、いつもはこう、私が顔を隠してばかりで」


村娘「え?じゃあ、やっぱり…」


エルフ「そう、私はあいつの"連れ"だよ」


娘に対する少女の瞳は、体つきと同じようにやはり対照的で


欠片の興味もないという風な感じであった。


村娘「………はぁ」


少女の見かけは確かに西洋風なのだが

普段外国人を見慣れない彼女でさえ
その美しさというのは充分に理解できた。


エルフ「………」


思えば、男とは数週間ほどの付き合いだが

その間の彼との話題といえば、実はこのお連れさんのことばかりだったような気がしてきた。


連れが家を直した。あいつが何々を作った。

アレの作る料理は中々だ。云々


村娘「………」


その時は何も気にしていなかったのだが

ようやくこうして目を合わせたことで合点がいった。


エルフ「………なんだ、人の顔をジロジロと見て」


こんな綺麗な知り合いがいたのでは

自分にはなから勝ち目がなかったのだということを、彼女は思い知ったのだ。


村娘「……いえ、お綺麗な方だなと、見惚れてしまって…すみません」


少女があまりにも凛々しく、堂々としていたために

よく考えたらどうみても年下なのだという事実さえ霞んで


彼女の頭からすっぽりと抜け落ちてしまったのだった。


エルフ「……ふぅん」


少女は、娘の体つきを見ていた。


なんともふくよかな体格をしていて

子を産み、育てる準備がすっかりと出来上がっているようにみえる。


それに顔つきもそこそこ、というか美人ではないが男好きしそうな顔立ちをしていて

彼の顔を並べても違和感がなかった。


少女の顔では、二人並ぶと画角にすら収まりそうもないと痛感した。


エルフ「…………そう、だよな…」


村娘「あ、あの…どこを見ているんでしょうか…?」


おどおどとしたその仕草も、実にあざとく男性の嗜虐心をくすぐる。


エルフ「別に、ただ体つきが色っぽいなと感じただけだ」


村娘「え、ええっ?!」



エルフ「特にこの腰つき、実に何とも安産型で…っ」


村娘「きゃっ!?ちょ、急に触らないでください!」


エルフ「…くそぅ、なんだってこの、こいつめこいつめこいつめ!」



村娘「く、くすぐった…ひゃいっ?!そこまでは…っ!」


エルフ「まったく、この体つきなら心置きなく襲えるというものだ…」


村娘「…え?」


エルフ「………」



男がようやくもって現場近くに辿り着くと

そこには、以前のときよりも凄惨なことになっていた。



怪我をしている人数はざっと見ても十人は下らない


中にはもはや手遅れとばかりに、
布やすだれが全身にかけられて横たわっている人もちらほら見えた。


男「これは…」


村人も、医者まがいの例の父親らを中心にして必死にあちこちへと走り回っていた。


村人「おお駐在さん、ようやく来たんけ!大変だこれは!」


男「一体何があったんですか?何をしてこんな酷いことに」



村人「…実は、無事だった奴に聞いた所によると…熊らしいんじゃわ、しかもでっかい」


男「熊…?」


村人「ええ、なんでも身の丈が恐ろしくデカくて、大人五人でも太刀打ち出来ねえような暴れん坊で」


男「そんな、そんな恐ろしい奴がいたんですか」



村人「ええ、実はこれまでも何度か森に入ったんがやられたっていう噂はあってな、だがまさかこんな人里にまで降りてくるとは」



男「…それは、行方不明になった人たちですか…」




村人「ああ、もうそろそろ冬場になってきて冬眠だっていうのに、なしてこんな時期に村に来てしまったのか…見当もつかんでよ」



その言葉を聞いた途端、男には最近の夕食風景がまざまざと脳裏に浮かんだのだった。


熊は冬眠前になると春まで寝るために食い溜めをすることになっている。


このときに、森に十分な実りがないと里にまでおりて来ることもあるというのだが。



エルフ「お前さん、今日はパンに木の実を混ぜて焼いてみたんだ、どうだ?」


そうやってじゃんじゃんとドングリやなんかを漁っていたというわけか


エルフ「あの辺りは誰も釣らんからなのか魚が入れ食いでなぁ、今日もほれこんなに」


そりゃ、熊が出るという所でのんびり釣りに興じる輩もいないというもの


エルフ「今日は子鹿を仕留めたぞ、若い肉というのは歯ごたえが違うから楽しみだ」


思えば、そう言っては毎日のように獣の類を持ち帰っていたのだった。


思い出してはみたものの、今となっては後の祭りだ。



こうなれば、事故処理に専念するしかない

見れば、怪我人の手当てには人の手は足りているようで


残った無事な者たちは、手に手に武器になりそうな農具やらを持って

山狩りでも始めようかという形相だった。


村人「もうこうなっては熊とはいえ身過ごすわけにはいかん、駐在さんも手伝ってくれ」


男「ええ勿論、それで熊の行方というのは分かっているんですか?」


村人「ああ、あっちの林の中へ一先ず逃げていったんだ」


そう言って、その村人が指差したさきを見て、男は身震いしてしまった。


男「……え?」


その指の先、林の向こうは男の住んでいる家屋にかち当たる方向であって

そういえばと、あの家の周りは実は獣の血の匂いが充満していた。


気のせいではなく、確信があった。


その理由に、思い当たる節があり過ぎたのだった。


男「そんな…っ」



男はひどく焦って、後悔した。

こんなことなら、さっさとあいつを送り出してしまえていればよかったなと



エルフ「………」


村娘「……あの、大丈夫ですか?」


エルフ「……何でだろうな、なんで、この体は小さいままなんだろうな」

村娘「…え?」


少女には、その手の中の脂肪を蓄えた女性らしいその体に対して


嫉妬も羨望もなかったといえば、嘘になるのだった。


人々の中で暮らしているうちに感じる、流れる時間のズレ


森の中で一人で暮らしていた頃には感じられなかったことだった。


そんな風に痛感してしまうから、彼女は不意に、こんな所から離れようと思ったのかもしれない。



村娘「…確か、何か難しいご病気なんでしたっけ」


エルフ「は、病気か……確かに難病かもな、これは」

村娘「………はぁ」


エルフ「所詮、私では不足しすぎていて……そのくせ時間ばかりが余っているんだろうな」


村娘「………」


少女のその呟きは、これまでにない位、諦観を孕んでいて


娘にとって痛いほどに伝わるのだった。



村娘「……そう、なんでしょうか」


エルフ「そうとも、多分な…奴にはお前さんくらいが丁度いいとみえる、主観だがな…なんて」



村娘「……それは、ないと思います」


エルフ「…ん?」


村娘「あの方は、きっとそんな風には私のことを見てくれてなくて、これからもそれは変わらないと思います」


エルフ「……いやそれは、お前さんの押しが弱いだけだろ?もっと積極姿勢で」


村娘「いいえ、だって駐在さんって、話すといつも貴方のことばかりなんですよ、それがこんな綺麗なお相手だなんて……私じゃ、妬く気もおきません」



エルフ「……………バカ」


女の前で他の女子の話をするとは

彼も色々となっていないと、心の中で彼のことを叱責した。



だがまあ、それ自体はもう大したことではない

少女が離れれば全て収まるというものだった。


エルフ「…心配しなくても、あとはそれだけなんだよ」



村娘「……どれだけ、いいことなのでしょうか」


エルフ「ん?」


娘のセリフが終わらない内に、少女はある気配を感じとった。


相変わらず"赤外線"なんて言葉は知らない彼女だったが

どうやら人よりも、温度を探知する能力に長けているらしく

まさに、いまで言う所の蛇のそれに近かった。


村娘「それは、私も何も思う所がないわけじゃないんです、でも」


エルフ「しっ、静かにしろ、色めきだってる場合じゃない」

村娘「え?」


そう注意を呼びかけるよりも早いか

そいつは乱暴な足音が聞こえるまでに近づいて来て


けたたましい音とともに縁側の戸を破り抜いたのだった。


熊「グォ、グゥウウッ」


村娘「ひぁっ!?」

エルフ「……あ?」


女子二人が詰めたこの家に

その熊は乱暴にも現れて、血走った目で獲物を睨みつけていたのだった。



そいつの身の丈は、天井にまで届きそうなほど高く

床板が悲鳴を上げるほどに体躯は重々しく


殺意に満ちた牙も爪も血で濡れていた。


エルフ「なんだこの村は、人殺し動物の王国か?…」


村娘「そ、そそそそんな、私こんな初めてで…っ!」



熊「……ググ、グゥ」


その化け物熊の意識は、完全に殺戮と食欲に支配されていて


目の前のひ弱そうで新鮮な肉に対してすぐにでも飛びかからんと身構えていた。


もし組み伏せられたら、いくら荒事に長けた少女とて単純にひとたまりもなさそうである。


村娘「ひ、ひぃ…」


エルフ「………」



娘の方はといえば、すっかり腰が抜けていて

すぐには動けなさそうな有様で、座り込んだままであった。


せめて自分一人なら、少女はいかようにも逃げれただろう。



熊「グル、ガァ…」


エルフ「……ふん、まあ心配するな…」

村娘「…ぇ?」


しかしながら、そんな状況にあっても

彼女はそう軽い感じで娘の方に視線を向けると、一つウィンクでもしてみせたのだった。


娘は、その突然耳がにょきりと伸びた少女の姿に


あの彼のような、頼もしさの片鱗と一筋の涙のような火花を見た気した。


熊「……?」



すると、ミシミシとしなる床板の隙間から少しずつ煙が上がり

焦げた匂いが上がり始めた。


村娘「あ、あれって…?」


エルフ「さぁて、飛び出す準備をしておけよ…!」


熊の真下の床に、黒い焦げの染みが広がって

煙の類も随分と増えていた。


熊「……グオッ?!」


そうやって、そいつが気づいた頃にはもう手遅れということになっていたのだった。


エルフ「…さて、今だ!」


村娘「は、はいっ!」


焼けた床板とそれを支えていた骨組みが崩壊して、断末魔とともに裂け割れて


その中へ巨体が沈み込んでいき、同時に火の手が轟々と湧き出したのだった。


男「おーい!…おーいっ!」


二人が家屋から飛び出したときに丁度、その姿を男はとらえていた。



村娘「はぁ…はぁ…あ、あれ…っ」


エルフ「は、離れていろーっ!」


男「?…何て」


少女がそう叫んだ瞬間に、家が激しい火炎で爆発、炎上して

獣の鳴き声も聞こえないほどに爆音を響かせた。


男「ぬぁあっ!?!?」


村娘「きゃあっ!?」


エルフ「…おーおー、よく燃やしてしまったなぁ、ううむ」



その様を、彼女は悠々と顎に手を当てては

変に鹿爪らしい表情で眺めていたのだった。



男「だ、大丈夫か?二人とも、お前とそれに、そちらは…」


村娘「…へ、へえ……だ、だだ、だ、いじょうぶれす」


あまりのことに、娘の方は目を白黒させていて、

男の差し出した手すらまともに握ることが出来なかった。


男「…これは、また随分なことをしたな…」



エルフ「…んー?…いや悪いな…これしか思いつかなかった」


燃え盛る火の中にかろうじてみえる家屋の残骸は

もやは原型をとどめているやうにはみえず


人の住めるものには思えなかった。



男「………まったく、これで貸し一つ、でもするか?」


エルフ「……は?」


男「……だから、その…ていくなら、直してからに…」

エルフ「…………」


何を気恥ずかしそうにしているのか、ばつの悪そうな顔をして

男はまともに顔も合わせることもなく、そう呟いた。


男「………」


エルフ「……何を言っとるんだ、お前さんは、元々は私が直した家だぞ?なにをそんな、バカな」

村娘「……?」


少女のそれは、字面だけみれば実に不愉快そうなセリフだったのだが

その表情は、やけにニヤついていて

いつものように口角が上がっていた。


エルフ「…はぁ…やめやめ、まったく……まあこの娘っ子を助けただけでも御の字と言えるのだろうが…」


男「いや、な…それは」



続けようとしたその言葉は、中途で突然途切れたのだった。





目の前の少女が

炎の渦の中から飛び出した、その黒い塊に押し倒され

その巨大な顎に、脇腹から胸にかけてを噛み潰されて


一瞬のうちに呼吸さえもできなくなってしまっていた。


エルフ「がっ、は…はが…ぁ?」


男「な、こ、この!」

彼女の疑問符は灼熱の激痛の中にかき消され、意識さえズタズタに引き裂かれた。


エルフ「…あ、あぁ」


村娘「い、いやぁぁあああっ!!?」


娘は悲痛な叫びをあげ、そのまま同じように意識を失ってもはや声を上げられなくなった。


男「…この、この化け物がぁあっ!」


男はそれに対して、怒りに任せるままに飛びかかって

急所であるその頭に向かって拳を振るった。



しかし、それが単純に通じる相手でもなく

化け熊はペッと小さな体を吐き出すと、うっとおし気に前足で軽々と男のことを跳ね除けた。


男「がっ?!…ぐぎ、ぎ」


それだけで男の体が深々と鋭い爪で抉られて、傷から血を吹き出し始めた。



エルフ「………」


少女の方はもはや絶命したとみて、

熊はより食べ出のありそうな男の体へと近寄ってく


その右足へと食いかかると、歯に硬い感触が当たった。


引いてみると、その足は簡単にポロと外れてしまい


よく見れば、それは血に濡れた木製の偽の足であった。


悔しい、と思うわけでもなく脇にそれをあっさりと放って踏みつけた。


ぐしゃりと歪んで、義足はもう使い物になりそうもなかった。



熊「…グルるる……」


仕切り直しに、今度はよく匂いを嗅いでから

そのよく鍛えられていて膨れ上がった腹の肉にその牙を突き立てたのだった。


男「が、あぁぁぁ…ぁ…っ」


ひとしきり痛みに痙攣すると、男もまた静かになってしまい

心音一つ、聞こえなくなっていった。



その様子を、少女も息絶え絶えのなかで薄ぼんやりと眺めていた。


視界は暗くなる一方だし

体も指の先からどんどん冷たくなっていく


そうしてここにきて、彼女もまた合点がいった。


ああ、あの熊は自分が山を荒らしたからあんなにも怒っているのだろうということに


エルフ「………」



だったら、と

だったら食うのは自分一人にしてくれればいいのに


獣の血で真っ赤に塗れた自分だけに


心の中でそう憤慨した。



目の前の血塗れの牙が、また

男の腹に突き刺さった瞬間


ばりばりっ、と何かが破れていく音が耳の奥で響いたのだった。



ケダモノが、その血肉の味を舌に感じていたとき


ゆらゆらと少女が立ち上がり、真っ黒に染まった眼球も虚ろなままで


口端を裂き、皮膚が鱗状にぼろぼろと剥がれ落ちていく



熊「グァ、ヴ?」


熊の視線が振り返ったときには、そこに少女の面影はなく

あるのは、ズタボロの少女の抜け殻と、そこに尾の先を埋めている一匹の大蛇がいるだけだった。


?「………シィィィィ…」



熊「?!?!」


敵が反応するよりも早く、その蛇は獣の足先から全身へと巻きついて


その首筋へ、絶命の毒牙をあっさりと突き立てた。


喉を貫かれ、悲鳴を上げる暇もないままに

猛火が牙の先から毒のように全てへ伝播していき


熊「………ァ…ァ」

?「……」


最後には、両者そろって黒い燃えカスを残すだけだった。



村人たちが異変に気付いて駆けつけたとき

そこは黒い灰と、死骸の焼けた焦げ臭い匂いに溢れていた。



気絶した村娘の脇に

右足のない駐在員が転がっていて、傷口から止めどなく黒い血を流していた。


その男に折り重なるようにして、髪の毛までを灰で黒くした少女が横たわり


同様に、深々と刻まれた傷から出血していた。



二人の深紅は地を這い、雌雄まぐわいの如く混じり合い


区別なく、一縷の蛇がとぐろを巻くように

血だまりをつくっていたのだった。






轟々と火が燃え盛り、先の煙突は黒い煙をモクモクと吐き出している。


村娘「…………」


肉の焼ける匂いがして、その場に立った娘は

黙ったまま、やけに真剣な面持ちでその火を見つめていた。


村娘「………よし…」


娘はそう言うと、竈から土鍋を取り上げて蓋を開けてみた。


その中には、美味しそうな粥が煮えていたのだった。



清潔な、掃除の行き届いた畳部屋に


二組布団が敷かれて、その上に大小二名の患者がそれぞれに寝かされていた。


エルフ「…まあなんとも、腹が減ったな」


男「そうだな…」


両人まともに身動き一つ出来ないようで

寝転がったままそんなような会話をずっと繰り返していた。


そこへ、襖が開かれると

先程の娘が粥をよそった丼を二膳もって現れた。


片方は卵粥で、焼いた干し肉を湯で戻すように何切れか浸されていた。


エルフ「…待ちわびたぞ、娘っ子」


村娘「すみません、遅くなりました」

男「この、そんな風に言う奴があるか、こいつめ」



美味そうな匂いたつ粥を差し出されて、二人とも前のめりになるようにがっつくと


「「ごほっ!?ごほ!」」


そろってあえなくむせたのだった。




一時は重体で、危篤状態にあった彼らだが


まったく不可思議なことに三日後には息を吹き返し、今はこうして普通の食事をするまでに回復していた。


もちろん、運動の類は厳禁だし

片割れの片方の足は無くなってしまったので、
どの道で歩くことはできないのだった。


男「しかし、またどうしてなぁ、もう死ぬことも覚悟してたんだがな」


エルフ「そうだったか、それはまた余計なことをしたかな?」


男「……やっぱり、お前がまた何か…」


エルフ「いやあ別に、気づいてないなら何も言うまい」


男「……ふうん」



しばらくは休まざるを得ないので、自ずと二人して暇になってしまった。


前よりも四六時中顔を合わせて、気まずいわけでもないが

いい加減飽きてくる。


男「とはいえ、治ったら色々と片付けるものも多そうだ…」


エルフ「だな、まずはその足を直してやらないとな…」


男「…そうか、助かる」


寝てばかりいるので忘れがちになるが、右足をあげて見ると、

膝から先は無いままになっていたのだった。


エルフ「ん、まあそれくらいはしてやるさ、うん」


男「………」



仮の病室、ボンヤリと天井を眺める中で

男はポツリと、不意に言葉をこぼした。


男「じゃあ、その間…暇になっちまうよな」


エルフ「ああ、お前さんはな、私は色々と木を探したりするけど……」



男「だったら、その前に……教えて欲しいことがあるんだが…」


こんなことを言ってしまったのは多分、気弱になってしまっていたから

つい口走ってしまったのだろう



エルフ「何をだ?」



男「その、彫金を一つ、教えてくれないか?」


男としては、何を気恥ずかしいことを言ってしまったんだと、

少しだけ後悔した。



エルフ「…………教えて、は?」


男「………」



エルフ「……あ」


その真意を察してか、病床で気だるそうに寝転がるばかりだった少女も


男「………なんだよ」



エルフ「…ぷ、ぷくく、あ…あっはっはっははっはっはっは!!ひー、ひー!」


頬を緩ませて、からかうように笑い声をあげてしまった。


男「おま、やめろよそんな風に!」


エルフ「くっくっくくく、あははは!まったく!お前さんもたまには言うこともあるものだな!突然に」


男「…いいだろ別に、ふん」



エルフ「あーあ悪い、拗ねるなって、おい」

男「………」




そののちも、彼から事をはっきり言うことは無かったのだが


そこはまあ、とりあえず一つ"指輪"という形にするだけにとどめておくのだった。




エルフ「とりあえず…ね」


男「よかったのか?これで…」


エルフ「なんだよ今更…」


男「いや……多分俺は、その内お前よりも年老いて、お爺になって、見るも無残な姿になっているだろうからな…」



エルフ「かもなぁ、うんうん」


男「だろ?…俺は今からそれだけが心配だ…」


エルフ「……まあその時は、せいぜい私が手を引くぐらいはしてやるよ…」


男「…そうか」


エルフ「まあ?流石にシモの世話まではしてやらんがな!ふふん」

男「だろうな」


エルフ「………」




男「すまん、そして…ありがとう」


エルフ「……そういうくらいなら、少しは甲斐性をみせてみることだな」


男「それは、お前がもう少し成長してくれたらな…」


エルフ「…………だな」




一つ時代の終わりが来た頃に

一つの指輪を彼は送った。


薬指にはめてやると、ひどくこそばゆくて

少女はつい笑ってしまうのだった。




そうしてまた新しい時代が始まって



世間は戦火激しい世の中となっていった。


内地では、彼女が窮屈であろうと

二人は連れだって満州に渡った。



大日本が敗北した折には、一路カナダへと向かい

そこで二人は野球でもしながら生活を続けた。



太平洋を渡ってからは、今度は日本人であることが不味いということで


一転して、男が少女を隠れ蓑にせざるを得なかった。





そうして、終戦から少しの時間が経った。



昭和29年



その日、東京湾に巨大な黒い影が這い上がって来た。


ヌラヌラとした黒い肌、怒りに満ちた瞳に

炎を吐き散らす口、そこに並ぶ鋭い牙


恐怖の権化とも呼ぶべきそいつは、陸へ登り、行く先々を荒らし回り、


跡には瓦礫と灰燼が残るのみだ。


夜の闇に、核の光にシルエットを映して

逃げ惑う民衆に



そして、それを見つめる観客に恐怖と感動を与えていたのだった。



エルフ「…………はぁ…」


数十年後、変わらず少女の姿をしていた彼女は


あの金色の髪を黒く染めて、久しぶりに日本の地を踏んでいた。



男「…………すぅ…」


その隣に座った彼は、興奮する少女とは対照的に静かな寝息を立てていたのだった。


彼は彼で
随分と白髪が多くなったようにみえる




エルフ「この、信じられんな!」


男「ふがっ!?…あ、あぁ、すまん」


映画が終わった後、すやすや寝ている男を見て、少女は腹をたてていた。


彼の一緒に楽しもうという気概のなさが気に障ったのだろう。


とはいえ、それも仕方のないことである。


男「と言われてもな、もう十回は観た気がするぞ、いい加減飽きてこないか?」


エルフ「いい映画は何度観てもいいものなんだよ、お前さん」

男「そうかい…」



エルフ「…ふん、まあいいさ…ではまあそろそろ出るか、腹も減ったし」


男「ああ、だな」


少女がそう言って両手を差し出すと、彼はそれを掴み、寄りかかるようにしてようやく立ち上がった。


もうすっかり、足腰にガタがきているという感じだった。



エルフ「さて、飯を食ったら次はどこへ行くかな…」


男「次はちゃんと東京見物したいもんだな、いつも映画は観た後は品川駅だ銀座だと…」


エルフ「いやぁ、毎回観るたびに壊れてないか気になって、てへっ」


男「まったく、今回は俺の行きたいところに行かせてもらうからな…」



エルフ「えー、どうせお前さんのことだから靖国行きたいとか言うんだろ?」


男「ああ、一回くらいはな…お前もお参りしてくれよ」


エルフ「私は無宗教だよ」


男「墓参りだと思ってくれ、昔の俺の同僚だからさ」


エルフ「……ん、分かった、付き合ってやるよ…私がいないとお前さんもまともに歩けんだろうしな」



こうして訪れた久々の東京見物も、

ほとんどは映画館で過ごしていたように二人とも思うのだった。



二人はここ最近、生活の基盤を米国に移して
安アパートで暮らしている。


名目上は男が表に立ち、実際には裏で少女が細々と翻訳の仕事をして

静かな生活を送っている。




エルフ「………ふぅぅぅ、ん、あー疲れた…」



男「お疲れさん…悪いな、あんま手伝えることもなくて」


エルフ「んー?いやいや、別に構わんよ」



一応は彼も言語の勉強はして、手伝えることはあるのだが


大部分は彼女に任せた方が早く片付くのだった。



エルフ「もうあと少しだから、今日はもう先に寝ててくれ、まあ徹夜することはないだろうからさ…」


男「そうか、それじゃあお先に」


エルフ「明日の晩からは、また"相手"してもらうから、よく休んでくれよな…くふふ」



男「はいはい、チェスな…分かってるよ、おやすみ」


エルフ「…ん、おやすみ」



翻訳するといってもそのまま辞書通りに書いていけばいいというものではない


そこの作者の意図する雰囲気なりをきちんと反映する必要があるし


特に、物語なんかは個々の登場人物の思いを書き表さなければならないから難しい


だからして、彼女もここまで書き上げるのに相当に苦心したが


この夜、ようやく最後のページにまで差し掛かったのだった。


これで、また明日からしばらくは彼とゆっくり出来るな、とか思いながら

小さな明かりの下でタイプを続けた。



ここまでくればあとは簡単

物語の締めくくり方なんて、最後は


エルフ「めでたし、めでたしっ……」



そう書いておくのが定番だからである。


エピローグ、というか蛇足の話。

少女は休みは一人で、安アパートの中

ボンヤリと過ごすのが好きだった。


エルフ「……いいねえ、本場のコーラの味も、最高だ」


ゆったりと椅子に座って、コーラを瓶からちびちび飲み

部屋にはレコードの音楽が流れていた。


もちろんアーティストはビートルズ

曲は『Ticket To Ride』


エルフ「音は好きだけど、内容はあんまりなぁ……」


こっちに移り住んで不満に思うことといえば、レコードショップにこれらが充実していなかったことだ。


もう少し、アメリカで認知されるまでには時間がかかりそうだ、そう思った。


エルフ「……さてと」

コーラを半分ほど飲み終わると、彼女はお気に入りのコミックを手にとって読みふけった。


その姿があまりにワクワクと子供染みていたので

横で見ていた男も、少し安心するのだった。



男「そんなに面白いのか?それは」


エルフ「ああ、お前さんでは分らんかもしらんが、ほらこれ」



少女が見せてきたページには、

いつぞやどこかで観た映画の怪獣が暴れまわって

それを相手に、何人もの超常的な人間達が入り乱れて戦っていた。


男「へえ、なかなか面白そうだな…」


エルフ「だろう?お前さんも一度読んでみるといい、分らない所は教えてやるからさ」


男「そうだな、それもいいかもしれん」


男はそう呟いて、瓶の水を飲んだ

こっちの酒は、彼には少しばかりキツすぎたのだった。

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