ジャガイモ職人の朝は早い (21)

ピピピピピピ!!!

A.M4:00
目覚まし時計のアラームが畑に鳴り響く。

ジャガイモ「………んがぁっ?」
ここは畑。This is Hatake.
ふかふかの地面からむくりと起き上がる。
俺のベットは地面そのもの。寝る時はいつも地面に野ざらしになって寝ているのだ。

ジャガイモ「もう朝かぁ……寝足りないなぁ……」

誰に向けるでもなくブツブツと文句を垂らしながら、畑作業の準備を始める。

ジャガイモ職人の朝はとにかく早い。
畑は毎朝丁寧に管理してやらないとすぐにダメになってしまうからだ。

ジャガイモ「うわ、また霜が降りてらぁ」
ジャガイモの天敵の一つに霜害がある。
しっかりと対策をしないと、霜に冷やされ作物は活動低下により枯れてしまう。

ジャガイモ「ふぅ……手のかかる娘だよ。全く」
職人、一人独り言つ。

畑とは、言わば高飛車お嬢様のようなもの。ワガママで繊細でツンデレ。非常に面倒な生き物なのだ

ジャガイモ(ま、そんなとこが可愛いんだけどね)

出来たてのジャガイモの土を拭きながら、ジャガイモ職人は一人微笑む

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「精が出ますなぁ」

後ろの声に振り返る

ジャガイモ「あ!大家さん!」

人間「今日もジャガイモ作りですかな?」

ジャガイモ「えぇ」

人間「ふーん……」

彼はここの畑の所有者の畑史郎斗さん。
職人は彼から畑を間借りしている

人間「……またジャガイモですか」

ジャガイモ「……え、えぇ」

彼はジャガイモのことをあまり良く思っていないらしい

人間「今時男爵イモねぇ……ふーん……。
他にも美味しい野菜はあると思うんだけどねぇ……」

ジャガイモ「………」
職人、押し黙るのみ

人間「まぁ、ジャガイモに関してはもう何も言いませんよ」
人間「でもね、ジャガイモさん」

人間「うちも善意で畑を貸してるわけじゃないんだ。
もっと大量生産できる品種に手を出して見たらどうなんだい?
アメリカさんのジャガイモとかさぁ」

ジャガイモ「………」

人間「あんたは品質に相当こだわりがあるみたいだがねぇ、
数が少ないんじゃ商売にならんのですよ。
売る数が少なきゃ利益は出ない。そりゃ当然の道理ですわな」

右手に持ったセンスで、ペシペシと職人の頭を平打ちしながら、
大家は戯言を続ける

人間「ま、何が言いたいかと言うとね、
あんたの農業は時代遅れなんだね。うん。
もっと勉強しなさいよ。うん」

職人、一言も発せず。否、一言も発さず。
漏れそうになる怒りを押し込めて、職人は朗らかに笑った

ジャガイモ「そうですね。わかりました」

午後3時30分
この時間が職人にとってのお昼休憩である。

南中、太陽が最も陽を指すお昼の時間帯、
世のビジネスマン・レディが優雅にランチを楽しむ間、
職人は一人せっせと汗を流して畑をいじる

ジャガイモ「太陽さんが一番頑張ってる時に
いつもお世話になってる我々がね、休むわけにはいかないんですよ」

お昼に作業したからといって、
直接農業に影響するわけではない。

それでも、職人はこだわる
休憩という甘い誘惑に捉われず、自然に対してひたすらに敬意を持って、こだわる

彼は言った
「職人とは生き様なんだよ」と

p.m.5。夕暮れ時
沈みかけの太陽が畑を赤く染める。

夕日に染まる我が子を眺めながら、
大地にそのまま横たわり、ゆるりとくつろぐ職人

ジャガイモ「スタッフさんもどうですか?」
職人が隣の地面を指差しながら我々を促す。

戦士の休息所に、我々のような素人が土足で踏み入って良いのだろうか……

一瞬逡巡したが、職人の屈託のない笑顔を見て、我々も地面に横になってみる

汗で火照った体に、ヒンヤリとした大地が職人の体を包み込むように冷ます。
虫の音、葉の揺れる音、風に揺れる木々のせせらぎ、
心地よい音が疲れた体に静かにゆっくりと染み渡る。
これは……

「気持ち……いいですねぇ……」
無意識に漏れた言葉に、職人はせせらせらと笑う

ジャガイモ「ね?意外といいでしょ?」
職人はイタズラっ子のような笑顔で我々に笑いかけた

「ジャガイモさーん!」
小学生特有のハイトーンの声が耳に刺さる

ジャガイモ「あ、メグちゃん」
メグ「こんにちは!」

彼女の名前はメグ。近所に住む女の子らしい
ジャガイモ「こんにちは、メグちゃん。学校帰りかな?」
メグ「うん!遊んでたら遅くなっちゃった~」

裏表のない無垢な笑顔。小学生は純真で穢れが一切ない
彼女はまさに地上に舞い降りた天使だった
(スタッフ後日談)

メグ「あーっ!」
メグちゃんは急に大声を出して、職人の背中を指差した

メグ「ジャガイモさん!また地面で寝てたでしょ?」
ジャガイモ「………寝てないよ?(ニコッ)」

メグ「嘘バレバレ!背中ぎ土まみれだし!」

ジャガイモ「はっ!」
自分の背中をさすってハッとする職人

ジャガイモ「……しまったなぁ」

メグ「もう!地面で寝ちゃダメっていつも言ってるのに!もう!」

職人がいつもどこで寝ているのか知った時、
彼女はどんなリアクションをするんだろう
そんな思考が頭をよぎる

ジャガイモ「………面目ない」

メグちゃんに背中を叩かれながら笑う職人の顔にわずかに陰が落ちたように見えた



メグ「またねー」

ジャガイモ「またねー」

………。
……いい娘ですね。メグちゃん。

ジャガイモ「そうですね」
暗い顔のまま、職人は言葉を続ける

ジャガイモ「……彼女、大家さんの娘さんなんですよ」

えっ……

ジャガイモ「自分の父親が俺を畑の上で寝かせていることを知ったら、
彼女どんな反応をするのか……怖くて想像もできないです」

職人の表情は、見えない

日は暮れると同時に職人の1日は終わる
後は夕飯を食べて寝るだけである

夕飯はやっぱりジャガイモですか?

ジャガイモ「いえいえ。
私のご飯は美味しい雨水と、太陽の日差しだけですよ」

……なるほど。それは……そうですよね……

厚かましくも、職人の夕飯をいただこうと目論んでいたスタッフ一同。困惑

ジャガイモ「でも……」

ジャガイモ「今日はお客様がいますからね。
うちのジャガイモを食べて行ってください」

スタッフ一同、一斉に歓喜

真っ暗闇の畑に灯される焚火。
いつもなら日が沈むとともに就寝する職人が、
今日は特別だからといってインタビューに答えてくれた

"先生はどうして農業を始めようと思ったんですか?"
ジャガイモ「そうだねー……」
焚火をじっと見つめながら、考え込む職人

……。
…………。
長い沈黙にたまらずスタッフの一人が続ける

"やっぱりジャガイモが好きだからとかですか?"
ジャガイモ「………」

少し間を置いてから、職人は静かに首を振る
ジャガイモ「ジャガイモは好きだけどね。
でも、好きだから本職にしたわけじゃない」

"ではどうしてこの仕事を……?"

ジャガイモ「……僕が持っているのはジャガイモを育てる技術しかない。
それ以外に、僕が秀でているものは何もなかった」

ジャガイモ「"何故この仕事をしているのか"、だったね。
その質問に対して、僕は"生きるため"としか答えられないよ」

職人は申し訳なさそうに続ける
ジャガイモ「ごめんね、かっこ悪い回答で」

ジャガイモ「昔の僕ならその質問に対して
ジャガイモが好きだから、と答えただろうね」

ジャガイモ「でも時代は変わった」

ジャガイモ「ただ食べ物を作ってそれを食べていれば良い時代はもう終わったんだ」

ジャガイモ「今の僕は生きるためにジャガイモを作っている」

……。
……………。
周囲に訪れる圧倒的静寂。
スタッフ全員が言葉に詰まらせていると、
職人は苦笑いしながら言った

ジャガイモ「いやー、ごめんねー。こんな話しかできなくて」

職人は笑う。ただただ笑う

ジャガイモ「君たちが聞きたいのって、こういう話じゃないよね。

聞きたいのは、聞く人みんなが憧れるような生き様、人生観、そういう話だよね」

職人は笑う。屈託なく笑う
憂い一つ感じさせない笑顔で我々に笑いかける
いつもの調子で笑いかける

"………"

ジャガイモ「あ、勘違いしないでね」
ジャガイモ「別にこの仕事が嫌いな訳じゃないんだ」

ジャガイモ「嫌なこともたくさんあるけど、良いことだってたくさんあるからね」

"………"

ジャガイモ「たとえばー……近所の可愛い小学生と知り合えたりとかww」

"………ははは…っ"
スタッフ一同、絞り出すように空笑う

職人は続ける。

ジャガイモ「僕の人生を派手に飾り立てようと思えばいくらでもできる」

ジャガイモ「でも僕はやらない」

"それは……なぜですか?"

ジャガイモ「いくら表面で派手に見せようとも、事実は何も変わらない」

ジャガイモ「人生は汚くて、醜くて、辛い。
その事実はどう繕おうと変わらないから」

職人はそれ以降、一切喋らなかった
(完)

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