女神「平和になると不安になりますね」(27)

女神「最近よくそう考えるのです」

勇者「はあ……」

女神「人間とは苦しい時に祈りを捧げる生き物」

女神「平和な世の中が続くのは大変素晴らしいことなのですが」

女神「このままでは私への信仰心も薄れていくばかり」

女神「誰も私に祈らなくなった時、私はどうなるのか……」

女神「そう考えると不安で夜も眠れず、食事も喉を通らないのです」

勇者「あ、これ今回の貢物の……ブドウらしいです」

女神「……」

女神「そう考えると不安で夜も眠れないのです」モグモグ

女神「ああ、不安です」モグモグ

勇者「ええと……人々の祈りは女神様に影響を与えているのですか?」

女神「もちろんです」

女神「祈られるというのはとても心地いいものですよ」

女神「そう、まるで果実のように甘く……」モグモグ

……ガリッ

女神「……ブドウの種は嫌いです」

女神「神を必要としなくなるほど平和な世の中」

女神「もちろんそれを願ってきましたが……」

女神「人々が困らないと私が困ってしまいます」

勇者「まだまだ人は困ってばかりですよ」

勇者「この前も不作で苦しんでいる村を見かけました」

女神「そうですか。 では後で作物の種を渡しますので」

女神「適当に配っておいてください」

勇者「はい」

女神「あ、ちょうど手に入ったので今渡しておきますね」

勇者「そのブドウの種をつかうのですか!?」

女神「まあブドウが土地に合わなかったらあなたが選んでおいてください」モグモグ

勇者「はあ……」

女神「私が人間に尽力していると伝わるのもいけないのです」

勇者「なぜですか?」

女神「神の行動は人間にとって奇跡」

女神「神も奇跡も信じるものであって、アテにするものではないのです」

女神「つまり人々が平和に向かって自分の力で頑張りつつ」

女神「私を崇拝し祈りを捧げ続ける状況を作らないといけません」

女神「……たくさん喋ると喉が渇きました」

女神「飲み物はありますか?」

勇者「今回はないみたいです。 私が用意してきますね」

勇者「岩清水を持って来ました」

女神「よくやりました」

女神「……ぷはっ」

女神「ああおいしい。 いえ、ああ不安です」

勇者「な、なにがそこまで不安なのですか?」

女神「それはですね」

女神「仮に私への信仰心がゼロになって……」

女神「人間が神を信じなくなり……」

女神「私の評判がただの世界一の美女、というところまで落ちたとしましょう」

勇者「は、はい」

女神「神の評判が地に落ちれば……」

女神「この天界も地上へと落下するのではないでしょうか」

女神「そうなればその衝撃で大地は裂け、海は荒れ……」

女神「巨大な竜巻が起こり……」

女神「……」

女神「あわわ……」

勇者「ええと、飛躍しすぎでは?」

女神「ですが、そうならないとも限りません」

女神「私は今までずっと崇められてきたので」

女神「それがなくなってしまうことが不安で仕方ないのです」

勇者「大丈夫ですよ。 天は落ちたりしません」

女神「では私は天に一人ぼっちですか?」

勇者「そんなことは……」

女神「一人ぼっちで何もできない毎日……」

女神「およよ……涙が出そうです」

女神「ですは私は泣きません。 ブドウがしょっぱくなってしまいます」モグモグ

勇者「そ、そうですか」

女神「そういえば勇者よ、あなたは今何をしているのですか?」

勇者「私ですか?」

女神「はい。 平和になってあなたも仕事が無いのでは?」

勇者「そうですね……今日みたいに貢物を運んだり」

勇者「伝搬役として国交の手伝いをさせてもらったり……」

勇者「あとは街に剣術道場を開いたりしました」

女神「……働き者ですね」

勇者「まだまだ人手不足なんですよ」

女神「それにしても、平和なのに道場が必要なのですか?」

勇者「剣を振るのはいいものですよ」

勇者「体を鍛えれば心にも余裕ができて」

勇者「大抵のことでは動じなくなります」

勇者「それを役立てる場がなくとも、自信へとつながるのです」

勇者「私が剣を振って本当に良かったと思うことは二つあります」

勇者「一つは魔王を倒し世界を平和にできたこと」

勇者「もう一つは強くなれたことです」

女神「……」

女神「間違い探しですか?」

勇者「違います」

勇者「平和になった今でも強くなることに意味はあります」

勇者「戦って勝つというのはその努力を証明する機会に過ぎません」

勇者「他人を納得させる必要がないのなら結果も必要ありません」

勇者「大事なのは過程なのです」

勇者「それまで己を高めてきたという実感があれば」

勇者「自分のやってきたことに確信が持てたのならば」

勇者「心に余裕ができ、何事にも動じなくなります」

勇者「……まあそれには結果を出すのが一番手っ取り早いですけど」

勇者「そして、これは剣や武術に限らないことです」

勇者「祈りを捧げることが日常化している人たちも」

勇者「女神様の奇跡を受け取ることのみが目的ではないはずです」

勇者「これまで女神様を信じ、行動してきたという実感があれば」

勇者「強い心を持って日々を過ごせます」

勇者「だから信者の方もいなくなりませんよ」

勇者「それに……私も信者のようなものですから」

女神「…………」

女神「勇者よ、近くに来なさい」

勇者「?? はい」


女神「果汁を目にぽたっ」

勇者「ぎゃああぁあぁああ!!!!」

勇者「な、なにを! 何をするんですか!」

女神「動じないと言うから……」

勇者「そこまで極端な意味じゃないです!」

女神「あ、勇者泣いてます?」

勇者「そりゃ涙も出ます!」

女神「まあまあ、そう怒らずに」

勇者「べ、別に怒ってはいません!」

女神「そうだ。 お詫びになんでも言うことを聞いてあげましょう」

勇者「……どうせ聞くだけなんでしょう!」

女神「あ、分かりますか」

勇者「じゃあもうそれでいいので一つ言わせてもらいますよ!」

女神「はい。 なんでしょう?」

勇者「最初から不安なんて全く無いんでしょう!?」

女神「……」

女神「えへへ」

女神「バレてしまってはしょうがありませんね」

女神「そう!」

女神「私は暇だっただけです!」

勇者「なんという……」

勇者「神様が嘘をついていいのですか?」

女神「それは地上に対して偽りが持てないということなのです」

女神「今回の場合、勇者がこのことを話さなければ問題ありません」

勇者「……つまり私にはこれからも嘘をつくと?」

女神「えへへ」

勇者「夜眠れないというのも……」

女神「昨日はお腹いっぱい食べたのでぐっすり眠れました!」

勇者「そ、そうですか……それはなにより……」

女神「食べ物のことを考えたらまたお腹が空いて来ました」

女神「勇者、おかわりをお願いします」

勇者「……」

勇者「女神様は嘘つきだと伝えて良いのなら持ってきますが」

女神「い、いけませんよ!」

女神「そんなことをすれば私の評判はすごい勢いで地に落ち」

女神「天もすごい勢いで大地へと落下しかねません」

女神「そうなれば地に穴があき、海はすごい勢いで枯れ」

女神「世界が不毛な砂漠へと……」

女神「……」

女神「あわわ……」

勇者「その飛躍は素だったんですか!?」


こうして二人の心配は取り越し苦労に終わり
女神の威厳が失われることはなかった

めでたしめでたし

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