凛「私の何がそんなに駄目だった?」 (58)


違和感を覚えたのは何時の頃からだっただろう。

たった一人だけのアイドルとして、プロデューサーと二人三脚で活動し始めて。

アイドル同士で競い合うライブバトルに出て、最初は負けてばかりだったけど少しずつ勝てるようになったり。

その度に『良くやった』、『流石は凛だ』って笑顔で誉めてくれたり。

地方の小さなイベント出演に始まって色んなお仕事をして。

私はまだまだ元気なのに、プロデューサーは疲れたような顔して。

そのことに触れると、少し気まずそうに「スタミナ不足かなぁ」なんて言ってドリンクを飲んでいた。

その後で「よし、これで元気回復だ」なんておどけて言って無理して笑顔を見せてくれたり。

そんな風にプロデューサーと一緒に過ごしている内に、どんどん親愛を感じるようになって……。

やがて、私以外のアイドルも所属するようになった。

事務所に自分以外のアイドルが増えたことが嬉しい一方で、少しだけ寂しい気持ちもあったりして。

そんな中で、プロデューサーは私をユニットのリーダーに選んでくれた。

すごく、嬉しかった。たくさんアイドルが所属しても、私を特別に思ってくれているような感じがして。

楽しい時間。ずっと続いていくのだと思っていた時間。

けれど、そんな時間にもやがて終わりが来た。

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ある日、事務所に行くと反対側からプロデューサーが歩いてきた。

「おはよう、プロデューサー」

そう挨拶をして、プロデューサーの方へと近付く。

お互いに時間の余裕はあるはずだった。昔だったらここから色々と世間話をした。

『あれ、今日は学校はどうした?』

私が平日に事務所に来ていたりすると、そう言っていつも心配してくれたプロデューサー。

『学校? 今日は休みだよ』

私はプロデューサーにそう言葉を返す。

それを聞いたプロデューサーは『休み多くないか?』なんて困ったように笑ったりして。

まるでそれが二人の挨拶であるかのように、そんなやり取りを何度も繰り返した。

――そんな、懐かしい思い出。


「……ああ、凛か。来てたんだな」

その声は、どこまでも平坦だった。

今日は平日。けれどもプロデューサーは、昔のように言葉を掛けてくることはなかった。

もう話すことは無いと言うかのように、私の横を通り過ぎて立ち去ろうとする。

最近ではずっと慣れてしまった日常。でも、それももう限界だった。

「待ってよ、プロデューサー!」

自分で思っていた以上に、大きな声が出てしまう。

それに驚いたのか、プロデューサーも立ち止まった。

「ねえ、プロデューサー? 私、何か気に障るようなことしちゃったかな……?」

「……別に、そんなことはないよ」

「嘘だよ……最近のプロデューサー、露骨に私のこと避けてるよね? それに――」

――ユニットのリーダーだって外されちゃったし。

心の中で続けた言葉は、実際には口から出せなかったけれど。


「避けてなんて……」

その瞬間、プロデューサーの表情が一瞬だけ変化したのを私は見逃さなかった。

そんなことすら、私にとっては嬉しかった。

プロデューサーにとって、私は心の底から本当に無関心な存在ではなくて。

まだ、こんな風に私の言葉で感情を揺り動かしてくれる。

それは、とても歪んだ愛情だと自覚してはいたけれど。

「私の何が嫌なの? プロデューサー、何が駄目なの?

 ちゃんと言って欲しい。そうしてくれたら、私は絶対それを直すから、だから――――」

「……直せる訳ない! もう手遅れなんだっ!」

その先の言葉は言えなかった。プロデューサーの大きな声に遮られて。


「プロ……デューサー?」

茫然と呟くことしか出来ない私。

「……すまない、怒鳴ったりして」

我に返ったのか、プロデューサーがそう言って謝罪する。

別に、怒鳴られたこと自体はいい。そんなことよりも。

――直せる訳がない? もう手遅れ?

私はプロデューサーから言われたことで頭がいっぱいだった。

「プロデューサー、どういう意味? やっぱり何か私に気に入らないところがあるんだよね?」

私は必死だった。この苦しい状況を解決する糸口が見つかったかもしれないのだから。

「違う……お前が悪い訳じゃないんだ。凛は、何も悪くなくて……」

怒鳴ったことが引き金になったのか。普段の無関心の仮面は完全に外れていた。

その下から現れたのは…………罪悪感、だろうか。

私はますます訳が分からなくなる。

プロデューサーが、一瞬だけ私の顔を見る。そして、私はその瞳にかつての愛情を見た。

それは一瞬で、もしかしたら私の願望が作り出した幻だったかもしれないけれど。

「……すまない」

そう言ってプロデューサーが私に背を向け、足早に歩き出す。

「分からない……分からないよ、プロデューサー」

残された私は、茫然とその後ろ姿を見送るしかなかった。


あの出来事が、この結果を生み出したのだろうか。

それから暫くして、私は違う事務所に移籍することになった。

勿論、私が自分から言い出したことではない。全てはプロデューサーが推し進めたことだ。

離れたくなかった。どれだけ疎まれているのだとしても、プロデューサーの傍に居たかった。

でも、それは叶わなくて。

私は今、新しい事務所でユニットのリーダーを任されている。

やりがいはあった。けれども、それ以上に心にぽっかりと穴が空いたようだった。

例えるなら、ハート形の容器いっぱいに詰まっていた想いを、無理やり全て流し捨てられたような。

そんな時、私は新しい担当プロデューサーが他の人と話しているのを聞いてしまった。

私達アイドルが事務所を移籍する際には、スポーツ選手のように移籍金というものが発生するらしいけれど、

私の値段は、一般的な相場と比べてかなりの格安で、お得に迎え入れることが出来たのだそうだ。

そんな風に得意げに語っている声を、私はどこか他人事のように聞いていた。

「……私って、そこまで追い出したい存在だったんだね」


ねえ、プロデューサー?

私の何がそんなに気に入らなかったのかな?

聞かせてほしい。

だって、納得できないよ。

プロデューサーは無理だって決めつけてるみたいだけど、さ。

必死に努力すれば、どうにかなるかもしれないよ?

ううん、絶対にどうにか出来る。約束するよ。だから、ね?

そうしたら、また一緒に――。

だから、教えて。プロデューサー。

私の何がそんなに駄目だった?





【非MMMアイドル渋谷凛の末路】 END

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