同郷の友(114)

845年



まだ遠方のはずだが、一際高い建造物が既に見えている。

それはこの世界に蔓延る巨人達を締め出すための防御壁である。

そして、その長さは地平線の先に消えるほどである。



そこから少し離れた大樹の上、木々の隙間に三人の子供たちが息を潜めている。

ハカセ「……」
ハチベエ「……」
モーちゃん「……」

一人はがっしりとした体格の少年。

吹きすさぶ風の中でしっかりと立つ姿は

その意志の強さを表しているようだ。

もう一人の少年は不安を隠せず目を伏せてはいるが、3人の中で最も背が高い。

そして美しい金色の髪をした小さな少女は二人の影に隠れるようにしている。

この子供たちは戦士として育てられていた。

遊びたい盛りの時期に過酷な訓練を施されてきたのである。

だが同年代の子より遥かに利発そうではあるものの

やはり、その幼さを隠せはしなかった。



「ライナー・・・本当にやるの?」



背の高い少年の手は小さく震えている。

ライナーと呼ばれた子は返事をせずに壁を見据え続ける。

不穏な空気を察した金髪の少女が二人の服をつかむ力を強めた。

それに呼応するかのようにライナーは静かに、しかし力強く答えた。



「・・・やる!」



その良く通る声に不安げであった二人の眼にも力が戻った。

子供たちがこの作戦に選ばれたのには理由がある。



三人は自らの身体を巨人と化す術を持っていた。

その辺をうろつく『できそこない』とは違い、

三人はそれぞれ特殊な『意思のある巨人』になれるのである。

施設の大人たちの話では

この能力は生まれたとき稀にもつ、先天的なものだということだ。

しかし、いつからその能力を使い始めたのかは、何故か記憶にない。



だが三人の能力は極めて特殊である。

子供たちは自分たちの驚異的な力を思い出し自信を取り戻した。



「よし・・・この奇襲作戦の再確認だ。」

ライナーの声に二人は頷く。



「ここから壁まではアニの巨人化を使う。」

「そして移動しながら『できそこない』どもを呼び集める。」

「目標は壁から突出した軍事施設『シガンシナ』の外扉だ。」



アニと呼ばれた少女はまだあどけなさが残る瞳で見つめ返す。

その視線受け止めたライナーは頷き、言葉を続ける。

「到着と同時にベルトルトが巨人化だ」

「お前の力で堅牢な外扉を打ち破れ!」



背の高い少年ベルトルトも口を真一文字に結び頷く。



「破壊でき次第、俺が巨人化し侵入する。」

「二人は巨人化を解いて壁の上を進め。」

「俺は全力で進行し閉まりきる前の内扉を破壊する。」



ライナーは二人を見回し意思の確認をする。

そして最後の檄を飛ばす。



「俺たちの故郷を奴らから取り戻すんだ!」

超大型巨人と化したベルトルトは困惑していた。



内側に住む奴らは故郷を奪った敵であると教わってきたが

自分の姿を見て恐怖し、打ち破られた扉の破片から逃げ惑う者たちは

どう見ても同じ人間であった。



覚悟はしていたつもりだ。

しかし自分の行為が命を奪っていくという現実に

まだ若干11歳の少年は酷い嫌悪感を抱いていた。



だが無常にも大きく開いた穴からは

呼び寄せた『できそこない』達が侵入していくのが見えた。

とにかく作戦の第一段階は成功した。

そして巨人化を解いたベルトルトとアニは

抜け殻となった巨体の頭頂部から壁を登った。

咽ぶような水蒸気の中、壁上についた二人は

巨人化の後遺症である疲労感で倒れそうになりながらも、

街中を進む鎧の巨人の奇襲が失敗した場合に備え走らなければならなかった。




しばらく二人は壁上を黙って進む。

横目に見る建物はとても軍事施設には見えなかった。

そのとき、少し後ろを走るアニの耳に小さな悲鳴が聞こえた。



彼女は立ち止まり壁の下に目をやると、その光景に驚愕した。

人の三倍はあろうかという『できそこない』が立ち上がるのが見え、

その手の中には自分と同じくらいの少女がいたのだ。

そして次の瞬間、少女の頭は噛み砕かれてしまった。



よく見るとそこら彼処に同じ光景が広がっていた。



アニは大きく身震いすると意識が遠くなるのを感じた。

色が失われていく視界の中に

ベルトルトが走りよってくるのが見えた。

その頃、鎧の巨人と化したライナーは急ぎ歩を進めていた。

そこには扉の内側は逃げ惑う人々の悲鳴や血の臭いが広がっていた。



いつもより視界が狭く感じる中

選ばれた戦士としての責務を果たすためなのか彼の歩みは止まらなかった。


そして、思ったよりも『できそこない』の侵攻が速いおかげか

ここまで敵と交戦することもなく、彼はウォール・マリアに到達した。




だが、その扉は早くも閉ざされようとしていた。

辿り着いた内扉の手前には

大砲を扱う部隊が展開されているように見えるが、

鎧をまとった彼には関係ないことであった。

そして、敵を見つけた興奮を抑え、意識を集中し全力疾走に移る。

この速さと硬さを生かし扉を突破するつもりなのだ。



大砲が火を噴いたのが見えた、

しかし走り出した彼は意に介さなかった。

慌てて配備したのだろう、大半は明後日の方向に飛んでいき、

直撃したいくつかも頑強な鎧の前には無意味であった。



そして閉まりかけの扉は本来の堅牢さを発揮できず、

弾丸と化した鎧の巨人の前に無残に突破された。

ライナーはこの様子を見ていたものに

もう戦意は残されていないのを感じた。



しかし次の瞬間、殺気のようなものを感じ全身の毛が逆立った。

慌てて戦闘体勢をとり、敵を探る。

だが、その先には遠ざかっていく船の姿しか見えなかった。

しばらく様子を伺ったが彼に向かってくるものは皆無だった。



改めてライナーは作戦の成功を確信し勝利の雄たけびを上げた。

西の空が茜色に染まり始める中、

合流した三人は壁上から『できそこない』が

ウォール・マリア内に侵入していく様子を見ていた。



アニは意識を取り戻していたものの茫然自失していた。

少し離れて震えているベルトルトもひどい顔をしている。

その表情は巨人化の後遺症で

疲労しているのではない何かを見て取れた。

ライナーは二人が落ち着くのを待ち、声をかけた。



「・・・何があった?」



その何かを思い出してしまった少女の嗚咽が聞こえる中、

ベルトルトは静かに先ほどあった出来事を喋り始めた。




彼は戦いに興奮していたことを恥じた。

そして自分たちがいいように使われていたことを

確信し、静かに目を閉じた。



後ろを向いた彼の肩は静かに震えていた。

しばらくの沈黙の後、

三人は血のように赤く染まった太陽が

地平の向こうに沈むのを眺めていた。



「俺はこの後も、この作戦をこなすのは御免だ。」



無言ではあるが二人とも同意の相槌を打った。



「オォォオオオオオォォ・・・」

三人が顔を合わせたそのとき『シガンシナ』の外から

身の毛もよだつような吼える声が聞こえてきた。



俺たちを回収するため、奴らがそこまで迫っているのだ。

惨劇があった街は所々火の手が上がっている。

そのため夜の帳が下りた今でもお互いの顔が少し見ることができた。



ライナーは二人の顔を交互に見比べる。

作戦前にいた背が高く優しい笑顔の少年と

寂しがりやで可憐な少女は、もうどこにもいなかった。



そして涙が枯れ光を失ったその目には、

見たこともない故郷への幻想はもうなかった。

変わりに二人の眼には答えを探す憔悴した少年が写っていた。

用事があるので続きは明日あげます

847年、私たち同郷の友は訓練兵に志願していた。

知り合いを持たない三人が身を置くのに最適であったからだ。



まだ冬の寒さが残る中、

質素な入団式を終え、敬礼の仕方などの簡単な講習が行われた。

その後、まるで鬼のような顔をした教官による通過儀礼とやらが行われた。

覚悟も持たずにやってきた奴らを

兵士に適した人材に育てるために必要な過程なんだそうだ。

敬礼を間違えた奴や芋を食っていた馬鹿がいる中、

面構えが違う数人は何も言われることはなかった。



たぶん二年前に私たちが

引き起こしてしまった地獄を見てしまったのだろう。



そして、その中に一際強い意志を感じる少年がいたことを今でも覚えている。

彼の名前は『エレン・イェーガー』

復讐の為、巨人たちを駆逐するといって憚らなかった。



私は罪悪感から彼に近寄ることができなかった。

その日の食事中、彼は多くの人に囲まれていた。

しばらく特殊な巨人への質問が続いたあと

普通の巨人についての質問を受け、彼は急に青ざめた。



あの時、彼の母親は目の前で

『できそこない』に食べられてしまったのだそうだ。

私は後にこれを聞き、

自分たちが起したあのときの光景を思い出し一日吐き続けた。

入団式の次の日、早くも立体機動の適正を見る訓練が行われた。



その夜、僕とライナーは二人に出会った。

強い意思のこもった目をした『エレン・イェーガー』と

聡明な少年『アルミン・アルレルト』だ。



もう一人の幼馴染の

美しい黒髪の少女『ミカサ・アッカーマン』と三人で食事している姿は見たとき、

昔の自分たちと重なったおかげで、とても印象に残っていた。

そして強い親近感を持ったのを今でも覚えている。

彼は姿勢制御ができず、ひっくり返ってしまったそうだ。

そんなことが起こる装置とは思えない。

けれど彼は真剣に悩み、助言を求めてきた。



兄貴分のライナーの気持ちはこんな感じだったのかな。



しかし、ぶら下がるだけのことにコツがあると思えず、

彼が期待するような助言をしてあげることができなかった。

ライナーもやはり首を横に振っていたが

とりあえず装備の確認をしっかりすることだけ伝えていた。

手助けすることができなかった罪悪感は

突然大きく膨らみ、あの日の罪悪感に変わっていった。



そして彼らに一つの質問をした。

「二人は・・・あのシガンシナ区出身だよね?」



エレンとアルミンは小さく頷いた。



「君たちは巨人の恐ろしさを知ってるはずだ。」

「なのに・・・どうして兵士を目指すの?」

その質問に何かを感じたのか

エレンは力強い視線をこちらに向けてきた。

まるで奥にある自分の汚れた心を見透かされるような気になる。



しばらくの沈黙の後、彼は力強く答えてくれた。



「いつか巨人を駆逐して・・・」

「俺たちは外の世界を探検したいんだ。」

そして彼とアルミンは壁の外の話をしてくれた。

炎の水、氷の大地、砂の雪原・・・。

最後にエレンが言葉を続けた。



「今のままじゃ俺たちは檻に閉じ込められた家畜だ。」

「この世に生まれたんだ!俺は人として自由に生きたい!!」



その言葉は施設という檻に閉じ込められてきた僕たちの心に強く響いた。

僕たちは口には出さなかったが、彼らに惹かれていった。

結局、あいつの失敗の原因は止め金具が破損していたことだった。

これでは少し動いただけでひっくり返ってしまう。

だが正常なものに交換することで問題はなくなった。



しかし破損した止め金具でしばらく静止してみせた

恐ろしいまでの集中力と、

二年前の惨劇を見ても心が折れないその精神力は驚嘆に値した。



まあ一緒に見ていたミカサの言葉にも驚かされた。

アルミンも驚いていたようだ、こいつだけはいまいちわからなかった。

この日の夜、俺たちは今日の出来事を肴にして語り合った。



そして今度はアルミンの知識の豊富さに驚かされた。

立体機動装置に対しての造詣の深さも素晴らしかった。

・・・大半は本人以外、理解できていなかったんだがな。

あの日、奴らから逃げるために混乱を利用し俺たちは開拓地に入った。

いるかもしれない内通者の影に怯えながら、潜伏し続けるのは苦痛だった。



激しい罪悪感はあるものの

とにかくこんな人間らしい日々を送れるなぞ

二年前には考えられなかったことだ。

途中、エレンとベルトルトが寝てしまったせいで

興奮したアルミンにわからん話を朝まで聞かされるという

不幸な出来事に見舞われたが朝のパン三分の一ずつで相殺してやった。

訓練開始から半年がたちました。

もう夏がすぐそこまで来てますね。



今日も今日とて、厳しい訓練が続いております。

お腹が空いてしまうのも仕方のないことなのかもしれません。



私が食料庫という戦場へ向かう途中でした。

今日は、なにやら修羅場に遭遇してしまったようです。

寮の裏手の大きな木の根元に見えるのは

岩のような体躯の『ライナー・ブラウン』、

結構好みかもしれません『ベルトルト・フーバー』

こちらから顔は見えませんが

二人ともずいぶん暗い雰囲気をしていますね。



そして何故か泣いている『アニ・レオンハート』がいます。

確か三人は幼馴染と聞いています。

これは間違いなく三角関係というやつでしょう。



気配を消して近寄ろうとしたところ、

速い段階で気づかれてしまいました。

エレンがどうこうと聞こえた気がしたので

『エレン・イェーガー』の取り合いかもしれませんね。

以外に可愛い顔してますからね。



とりあえず姿は見られなかったので

このまま私のお腹に食料を補給しに行きましょう。

茹だるような暑さの中、

訓練は日増しに厳しさを増していた。



兵站行進、馬術、

格闘術に兵法講義、技巧術に立体機動



幸い僕とエレンは成績優秀なライナーとベルトルトと仲が良かったため、

色々と教わり、そして手助けをしてもらった。


少し不思議なのだが、彼らは僕たちを特別扱いしてるように感じた。

ともあれ二人とも面倒見の良い兄貴分なためか、

エレンは特に懐いているようだった。



僕らは彼らと同室だったことを感謝している。

年上とはいえ二人の能力は素晴らしいの一言だったし、

なにより僕もお兄ちゃんができたみたいでうれしかったからね。

入団後、一年が経過した。



私は少し不満を覚えていた。

最近、幼馴染の二人を

この巨人どもによく取られてしまうからである。



・・・二人に友人ができるのは良いことである。

しかし、もう一人の幼馴染も構ってあげるべきである・・・と思う。



とりあえず何度か蹴り飛ばしてみたが、痛がるだけで効果が薄いようだ。

もう少し鍛えねばならないことを実感した。

幼馴染といえば、

この巨人どもにも私のような存在がいたことを思い出した。



彼女がこちらの食卓に着くことはなかったが、

たまに三人で話しているのを見かけた。



彼女の名前は『アニ・レオンハート』

この金髪の少女は他人に関わることを、

特にエレンを避けているように見えた。

この少女は『氷の女』と仇名されていた。

感情表現が乏しいためか、冷酷である、そう思われていたのである。



だが、あの雰囲気には覚えがあった。

エレンに出会うまでの一瞬だが私もそうなったのだ。

彼女は世界の冷酷さ、その寒さに泣いているのだ。

こんな時代に生きているのである何かあったのだろう。

願わくばいつか彼女も笑ってすごせる時がくるとよいと思う。



・・・とりあえずエレンの良さを伝えたいので、

あとで少し話しかけてみようかと思う。

今日の立体機動の訓練は良かった。

最近、暖かくなってきたから飛ぶのが楽しいんだよ。

春はもうすぐだな。



俺はエレンとアニと組んだ。

今日は素早く効率よく移動するための訓練だったから、

経路を決めるために事前に話し合うはずだった。

アニは氷の女って誰かが言ってたけど本当にそうなのかもな。

エレンのやつ、アニのこと気にかけて

一生懸命に話しかけてるんだけど無視してたよ、あいつ。



そんなになっても頑張ろうなって声をかけてる

エレンは結構いいやつなんだろうなって思った。



だから移動中、返事が途中から聞こえなくなったけど

俺も頑張って二人に声をかけ続けたんだ。

まあアニが怪我したらしくて、二人ともいなかったんだけどな。

それに気づかなかったのは俺が馬鹿だからじゃない。

ちょっと間抜けだったのだと思う。



結局、その後に俺たちは

資材置き場の整理をさせられたんだけど、

二人は少し仲良くなったみたいに感じたよ。



雨が降ったらうんたらってやつだな。

無茶苦茶面白い

>>46
発見していただいて感謝しています。


題名にこだわったせいで

何の作品かわからぬというミスを犯しました。



ずっこけ三人組しかきていただけてない状況に

心が折れかかっていたので本当に嬉しいです。



また少し更新します。

家畜以下の扱いから二年がたちました。

時が経つのは早いものですね。

今日、またアニが泣いていました。



最初にそれを見たのは一年半前だったかな。

彼女が目を腫らしながら寮に帰ってきたところで会ったんだ。

声をかけると追い払われたのをよく覚えているよ。


それが初めての出会いだったんだね。

だけど、その後もまるで運命のように

彼女が泣いているところに鉢合わせた。



性分もあるけれど氷の女なんて呼ばれている子が

目を腫らしているの見て、ほっとけるわけがないよ。

まあ、その評価自体が間違いなんだけどね。

それからというもの私は訓練も食事も、

お風呂も睡眠もできるだけ一緒に行った。

まあ、傍から見たら

付きまとってるだけに見えるかもしれなかったけどね。



友達になろうといったとき、はにかんだ笑顔で返事をくれた。


今、私は彼女の最高の友人だと自負している。

とりあえず一つわかったことがある、

彼女は心に大きな傷を負っていること。


感情の表現が上手くないだけということだ。

そして今、彼女はまた泣いていた。

今回は少し理由を話してくれた。



春先の立体機動訓練のあとから気にかけてもらってること、

ライナーを引っくり返した後から、夜に格闘術を教えてあげていること、

いつも素敵な夢を語ってくれること

好意を持たれているが、それに答えることができないこと、



大きな罪を背負ってること。



その表情を見る限り、きっと私にはどうしようもないことなんだと思う。

私は彼女を抱きしめてあげることしか出来なかった。

夏はまだ少し先であるが、その日は暑い一日だったのを覚えている。



訓練後、入浴は至福のときである。

だが風呂当番のサシャが薪をくべすぎた。



そのため百を数えるまで入らないと怒る可愛いクリスタは

私と共に徐々に温められ、茹だってしまったのだ。



とりあえずクリスタを部屋で寝かし、サシャを団扇係に任命した。

私は体を冷ますため、寮の裏の大きな木に向かった。

しかし、そこには盛大に涙を流す先客がいた。

静かだが、気持ちが伝わってくるような嗚咽だった。



男の泣き顔なんて初めて見たよ。

彼の名前は『ベルトトルト・フーバー』

皆の兄貴分の一人、心優しいお節介な巨人だ。


私ですら何度か助けてもらっている、まあ悪い気はしないね。

私は少し興味を持ち、近寄っていった。

しかし上位三人に入るような優秀な男が

接近に気づかず、これほど動揺している様は少し胸に来るものがあった。



仕方がないので声をかけたのだが、

彼は涙を止めることができないようだった。



このまま放っておくのも後味が悪いので

近づき、彼を挟んだ木の向かいに寄りかかった。

しばらくすると少し落ち着いたようだが、彼は憔悴しきっていた。

体に合わない、とても小さな謝罪の声が聞こえてきた。

面倒ごとに巻き込まれたのだから少しくらい苛めてもいいかな。

そんな思いがよぎり、返事をせず黙っていた。



星を見ながら涼んでいると、おもむろに彼は喋り始めた。

「僕はこの世界の敵なんだ。」

私は自分の体がまた熱くなるのを感じた。

取り乱した私はその様子を悟られぬために

しばらく黙って話を聞くことにした。



彼はシガンシナ区で起こったことについて語り始めた。

自分が親友となったエレンの仇敵であること

あの日から今に至るまでのすべてを話してきた。


心が壊れかけていることも・・・。

長い沈黙の後、私は大きく溜息をついた。

彼以上に憔悴した。

そして崩れ落ちるように木の根元に座り込む。



今度は沸々と怒りがわいてきた。

「今の懺悔、聞かなかったことにしてやる。」

こいつにだけ聞こえるように呟く。



その上で助言をくれてやるとした。

「情けない真似をするんじゃないよ。」

「本当に懺悔する気持ちがあるならエレンに直接言ってやりな!」


「そんで、あいつに死ねって言われて死ねばいいさ・・・」

ベルトルトは静かに私の言葉を聴いていた。

動く気配を感じ、後ろを振り向くと

彼が立ち上がり、こちらを見ていた。



私も立ち上がり見つめ合う。



さっきの話が嘘のように優しく穏やかな目だった。

「もう一つ助言してやる、先にアルミンに相談しときな。」

お礼が聞こえた気がしたが構わずそこを離れた。



私も自分の境遇を思い出し、少し涙ぐんでいたから・・・



とりあえず明日の馬術訓練のときに必ず文句つけてやる。

そして、その後に何か奢らせてやるんだ。

私も小さな覚悟を決めた。

とりあえず、また後ほど

私は『ライナー・ブラウン』に心惹かれていた。


どんな理不尽なときであろうと周りを鼓舞する統率力、

いつでも命を懸けて皆を守るという強い意思、そのどれもが輝いて見えた。



しかし時折、その双眸に闇が落ちることがあることも知っていた。

彼は私と一緒で『美しい死に場所』を探しているのではないかと感じた。


もしかしたら私はそこに一番惹かれたのかもしれない。

今日の馬術訓練は馬との一体化が目的だった。

そのため馬に跨っており、かつ敷地内であれば好きにできる時間でもあった。



厳しい訓練が続いているためか、

少しばかりの休憩も含まれているようだ。

馬術が得意な自分には嬉しい時間だ。



そのとき私の親友が珍しく別の人の元へ駆けていった、

ライナーと彼の背の高い幼馴染の所へ。

様子を見ていると蹴飛ばされた彼がこちらへ向かってきた。

私は慌てて、風を受け少し跳ねてしまった髪を整える。

こちらに辿り着いた彼は決まりが悪そうに見えた。



照れているのなら嬉しいのにな・・・。

世間話をしながら併走する。



しばらくして私たちは小高い丘へ駆け上がり、薫風に吹かれていた。

昨日の暑さが嘘のようである。

雲ひとつない空の中、今こそ告白の好機と感じた。



しかし私は一つの重い相談を受けることになった。

彼は精神的に疲弊しており、

その目にはいつの間にか深い闇が落ちていたのだ。

彼は静かに語り始めた。



ある戦士として訓練された子供たちが

敵を倒すために軍事施設だと教わった場所へと向かった。

そこで三人はたくさんの人を殺してしまった。



なにより、そこにいた大半は一般人だった、

子供たちは騙されていたのだった。



自らの行為に恐怖した子供たちは戦場から逃げだした。

その後、子供たちは

罪悪感を感じながらも新たな世界にいた。



その子供たちの中に一人の少女がいた。

他人に関わるまいとしていた彼女は

ある男の子に想いを告げられ、恋に落ちてしまった。

その男の子は少年たちとも仲が良かった。

しかし先の出来事の中で彼の母親が死んでいたのだ。



少女が幸せになるにはどうすればいいのか・・・。

少年たちはどうすれば償えるのか・・・。

私は少女がアニのことだと理解した。

これは彼女とライナーたちの物語なのだと・・・。



彼は声も出さず、表情も変えずに涙していた。



そして私は悩んだすえ、一つの答えを出した、

その男の子に懺悔するべきであると。

伝えれば、彼に殺されるかもしれない

しかし、そうしなければ三人は罪悪感に潰されて

結局死んでしまうように思えたからだ。



そして、何よりも彼の想いはきっと男の子に届くと感じたからだ。



夕暮れが迫る中、私たちは丘を降りていった。

彼に秘密の共有を伝え、今日の訓練を終えた。

私は自分の淡い想いを伝えるために、あの場所を選んだ。

告白にはいたらなかったが彼が頼ってくれたことはとても嬉しかった。



そして彼は『美しい死に場所』は探しているのではなく、

全力を尽くし、いずれやってくるそれを享受しようとしているのだとわかった。



彼に比べて私は人としての器の小ささを感じた。

この想いを伝えるためにもっと成長しなければならないと強く感じた。

とりあえず今日はここまで

ここしばらく、五月雨が続いていた。

毎日のように先が見えなくなるような霧雨が降り続いている。

折角の明日の休みも台無しになるかもしれない・・・。



夕食後、僕はライナーとベルトルトに呼ばれていた。

最近、ずっと塞ぎ込んでいたので心配だったのもあり、

外套を羽織り、急いで待ち合わせの厩舎に向かった。

二人はすでに到着していた。

何故か一緒にアニもいるのが見えた。



この雨模様のせいか、三人は憂いを帯びた表情であった。



挨拶もおざなりにライナーがゆっくりと喋り始めた。

ただ、その内容は余りに唐突であり、

理解できるまで少し時間が必要であった。



僕は巨人が襲ってきたあの日の衝撃を思い出していた。

今回はもっと酷いかもしれない

可憐な少女が、慕っていた二人の兄貴分が

僕たちの仇敵であったのだから・・・。



怒りとも悲しみともいえない感情が沸々と湧きあがる。

しかし彼らが自分を頼ってきたのだという事実を思い出す。



僕は大きく深呼吸をし、冷静さを取り戻し、

さらなる詳しい内容を促した。

そして全てを聞いた僕は大粒の涙を流していた。



嘘を言っているようには思えなかった。

本人たちに自覚はないが訓練という名の洗脳をされていたように感じた。

記憶の曖昧さを見る限り、弱いながらも薬物の投与もあったかもしれない。



なにより、十歳かそこらで望まない殺戮に加担し、

恐怖に怯えながらの潜伏・・・。



そして僕らとの新たな出会い、

こんなことがあっていいものか・・・。

三人の顔をゆっくりと見回した。

彼らの顔には覚悟が、全てを受け入れる覚悟が見て取れた。



僕は名誉に掛けて三人に誓った。

エレンとミカサに全てを間違いなく伝えることを。



そして改めて明日の夜、この場所での待ち合わせを約束した。

今日中に完成
夕方以降に投下予定ノシ

霧雨はまだ降り続いている。

朝起きると既にライナーとベルトルトの姿はなかった。



最近の塞ぎこむ姿もあり、

気になったのだがアルミンに急かされ食堂へ向かう。

三人の幼馴染と雑談を交わしながらの朝食。

固いパンに薄いスープ・・・

いつもとあまり変わらない休日だと思っていた。



皆が楽しそうに出かける中、俺たちはまだ食堂に残っていた。

しばらくここで待って欲しいというアルミンの言葉に従ったのだ。

少し雨足が強くなるのを感じる。

全員が出て行った食堂は静寂に包まれた。

アルミンは俺の目をじっと見ていた。

その真剣な表情に俺とミカサは緊張した。



雨音だけが妙に大きく聞こえた。



彼はゆっくりと話し始めた。

俺はあらゆる感情が身体を駆け巡る中、以外に冷静に話を聞けた。

そして、三人がまずアルミンに話してくれたことに感謝した。

全てを聞き終え、彼らの境遇を想像し涙が溢れ出した。

そして自分の考えを頭の中で反芻してみた。



訓練を通して得た仲間、一緒に夢に向かっていける親友

初めて意識した女性、彼らの罪、そして復讐について・・・



そして、この道の先に何を持っていけるのかを考えた。

隣に座っていたミカサは目を伏せて肩を震わしていた。

感情をあまり表さない彼女にとってはアニは数少ない親友の一人だった。

机の上に溢れてしまった涙が一粒落ちた。



外から声が聞こえてきた。

雨がさらに強くなってきたため、

食堂に時間を潰しに来たのかもしれない。



俺たちはその前に部屋に戻ることにした。

夜の待ち合わせまでにしっかりと考えるために。

また後ほど・・・

時の流れというものは無常だ。

こちらの都合は関係なく過ぎ去っていく。

そして決して戻ることはできないのだ。

あっという間に約束の時がやってきた。

雨はまだ、ちらついていた。

俺たちは暗闇の中、夜の厩舎に向かった。



三人は既に到着していた。



ライナーとベルトルトは直立不動で待っていた。

しかし、その力強い姿勢から感じる圧迫感はなく、

こちらを見守るようなその目は

柔らかな松明の光を帯び、むしろ優しく穏やかに見えた。

ただ少女だけは干草を背に足を抱え座り込んでいた。

二人の間から見えるその小さな体は震えているのが見て取れた。

しかし、その姿とは裏腹に瞳には強い覚悟が宿っていた。



俺たちは歩み寄り、その眼前に立った。

少し重苦しい空気が流れる中、アニがしっかりと立ち上がる。



それを見たライナーが静かに語り始めた。

どのような訓練を受けてきたのか何を思ってきたのか。

そしてベルトルトとアニが許されるのなら自分の命を懸けられるということを。



『シガンシナ』の件に入るとベルトルトが話を引き継いだ。

親友となった彼の一撃が母の死のきっかけになったことを話し出す。

先日、青ざめて外へ出たのは俺からこの話を聞いたからであろう。



彼もまたアニの命の救済を願い出た。

少女は二人の言葉を聴き、涙を流していた。

何とか震える声を抑え、自分の能力についての説明をした。

最後にその力が俺の母を死に追いやったことを伝え、泣き崩れていった。



大半はアルミンから聞いた内容ではあるが

本人の口から語られた悲痛さはその比ではない。



雨はもう止んでいた・・・

しかし、涙は止め処もなく流れていった。

俺は彼らに語った自分の言葉を思い出していた。



『いつか巨人を駆逐して・・・』

『俺たちは外の世界を探検したいんだ。』



俺は自分の夢の前に

立ち塞がる巨人を駆逐する強い意志を持っていた。



では彼らは一体なんなのか・・・

あのとき感じた超大型巨人への怒り、

そして船の上で見た鎧の巨人への憎しみも

ほとんど沸いてこなかった。



俺の気持ちはもう決まっているのだろう。

だが、うまく言葉にすることができなかった。

代わりに俺は三人の目を順に見据えた。

まずライナーを見る。



ジャンとの喧嘩を止めてくれたこと、

訓練中に倒れそうだった俺に発破をかけてくれたこと

寮で一緒に盗んできた酒で馬鹿騒ぎしたこと



アニの良いところを熱く語ってくれたこともあった。

色々な思い出が甦る。

次にベルトルトに視線を移す。



初日の姿勢制御の訓練を思い出す。

悩んでいた俺を見て真剣に考えてくれたこと。



彼はいつだって、どんなことだって真剣に考えてくれた。

俺たちの夢を馬鹿にせず、一生懸命に聞いてくれたこともあった。



最初にアニのことを相談したのもベルトルトだったな。

ふと振り返り、自分の幼馴染を見つめる。



二人はアルミンのこともよく助けてくれた

ミカサのちょっとした八つ当たりも笑って受け止めてた。



俺たちはそんな二人が今も大好きだったのを思い出す。

最後にアニを見る。



あの立体機動の訓練のとき、

何故、俺を突き放そうとしたのか今、わかった。



それから彼女の落下を助けた後のこと,

空いた時間に行う格闘術の訓練、

その後に話す、短い時間が

自分の大好きな時間になったことを思い出す。



そして俺が『アニ・レオンハート』を愛しているということを自覚した。



彼女と視線が交錯する。

気の利いた言葉にはならないな・・・。

俺は今、思い起こしたことすべてを三人に伝えることにした。

それはただ羅列しただけの稚拙な言葉だった。

だが全てを吐き出したとき、

そこには一つの答えが残っていた。

そして深く呼吸をし、その言葉を紡ぎだした。




「世界の誰が何と言おうと、俺は三人を許す!」




その瞬間、三人の魂を・・・いや、

ここにいる全員の魂を縛っていた枷が外れたことを確かに感じた。





大きな海が見える。

あれほど夢見た光景が今、眼前に広がっていた。



あれから10年近く過ぎた、

第104期訓練兵団の何人かは

新しくなった調査兵団の一員に加わっていた。



巨人の駆逐ではなく新しい発見を探すための兵団である。





砂浜に向かって、見知った顔が走っていくのが見える。

馬を降り、美しい金色の髪をした女性の隣に立つ。



「ありがとう・・・」



俺は今まで何度も聞いた、その言葉を口づけで止めた。

そして、笑顔になった彼女と海へ向かって走り出した。





fin

私は落ちていく。

全ての景色が遅くなり、過去の思い出が甦る。



施設での訓練、『シガンシナ』でのことが

白と黒で再生される。

その様子を思い出し、価値のない人生だったことを実感する。



そのなかに美しく彩られた二人の顔が見える。

たった二人の幼馴染・・・いや家族の顔だ。



その情景が涙と一緒に空へ昇っていく。

視界が狭まる中、

最後に『エレン・イェーガー』の顔が見えた。

全てが闇に包まれ、私は夢を見る。



目の前の全てを育んできた命の海。

振り返ると、それを教えてくれた彼の幼馴染たちがいる。

私の隣にエレンが轡を並べている。

素敵な笑顔でこちらを見ている。

少し離れた砂浜に私の家族も見える。



そして光が差してきた。

目の前の景色が色づいてくる。


顔と右の肩に暖かさを感じ、そちらを見やると、

私はエレンの左腕に寄り掛かっていた。

なるほど妙な夢を見るわけである。



しかしその左腕は服が裂け、赤く染まっているのが見えた。

私は慌てて彼の名前を呼ぶ。

エレンは面倒くさそうにぐずった後、目を覚ました。



「ん?アニか・・・大丈夫か?」



私はその声を聞き、落ち着きを取り戻し吐息を漏らす。

その瞬間、右足に鈍痛が走った。

そこを見ると布が裂かれ、止血と添え木がしてあった。

私は過去に起こした出来事を考えれば、

こいつと関わるべきではないと考えていた。

そして借りを作ったことを後悔した。



「悪かったね・・・」



私は無愛想に答えた。

彼は仲間のためなら当たり前だということを

熱く語り、立ち上がった。

遠くから『コニー・スプリンガー』の声が聞こえる。

エレンはそれに大きな声で答え、こちらへ振り返る。

彼は真っ直ぐこちらを見つめ、右手を差し出してきた。



私は少し躊躇してから、差し出された手を取った。



その暖かさを感じ、

少しだけなら神様も許してくれるかな・・・

そんな乙女のような考えが頭の中をよぎっていた。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom