ウートガルザロキ「フィアンマちゃんは、俺の」 (280)



・フィアンマさんが女の子

・メインは幻術右方

・キャラ崩壊、設定改変及び捏造注意

・のろのろのろ更新

・時間軸不明、過去から

・エログロ鬱シーンが時々あります


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1399905068

スレ立て乙です




世界は、歪んでいた。
穢れて澱んで、救いようがなかった。

物心がつく前から、俺には夢がなかった。
普通の子供であれば、きっと何がしかのものがある。
夢を持てるような家庭環境などあり得なかった俺は、その頃には嘘をつくようになっていた。


大きくなったら。
お父さんの仕事を継ぎたいです。
立派に経営していきたいと思います。


大嘘だ。
俺の父親は、娼館を経営していた。
曽祖父の時代までは、それなりに格式ある娼館だったと聞いている。
だが、祖父の時代で経営が傾き、親父が継いで、何でもアリの下卑た場所になった。
麻薬を打たれ、よがり狂って死んだ女の死体の処理を何度もさせられた。
穴を掘って埋め、穴を掘って埋め。
時には、薬の効果で一種の色情狂となった女の相手もさせられた。
精通もしていない身体で相手をするのは、拷問に等しいものだった。

酒を買いに行かされた。
子供相手でも容赦なく、そして重い酒瓶を売る店だ。
雪の中だろうが炎天下だろうが、ほぼ毎日。

『ただいま……』
『だいぶ暗くなってきたな。
 そろそろ客が来る、倉庫にこれ持って行け』

銃の類だった。
のろのろと倉庫に入れ、俺は再び元の場所へ戻る。
毎日の睡眠時間は5時間程度(時々邪魔が入る)で、暇はなかった。
母親は店の娼婦だった。父親が酒の勢いで手をつけ、出産と同時に死亡。
哀れで顔が良い女だった、と父親は言う。
俺は母親に似ているらしいが、鏡を見ても実感が持てない。
写真一つないのだから、永遠に知る機会なんて無いだろう。

『ねえ、今夜私の部屋に来ない?』
『ごめんねおねーさん、すんごいうれしいんだけど…きょうおつかいで』
『そう、残念。また一緒に"寝よう"ね?』

くすくす。

不愉快な笑いに合わせ、にっこりと笑みを見せる。
女のハートも、体も、射止めるのにかかる時間は一瞬だ。
甘い言葉をかけて、欠点を許容する姿勢を見せればすぐにオちる。


その日は、雪が降っていた。
吐く息までもが凍ってしまいそうな夜だった。
コートの前をしっかりと閉めて、外に出る。

おつかいは既に終わっていた。

ちょっとした家出のようなものだ。
娼館にさえいなければ、叩き起されることはない。
どうせ眠らせてもらえないのなら、外にいても同じ。
人の行き交わない廃屋街は、とても心地の良い場所だった。

『はー……?』

息で手袋をはめた手を温める。
ふと、視界に入った何かに気を取られた。

建物の窓近く、誰かが居る。

こんな廃墟ばかりの場所に。
幽霊か何かだろうか、とふと不安になる。
不安になるのに、好奇心が勝って、そちらの方へ歩いて行った。


『だれかいるのか?』

返事はなかった。
目の前にある建物は、大きい。
ちょっとした洋館とも言えた。教会なのかもしれない。
図書館のような印象も受ける。
俺の住む娼館よりも、やや古びた。
おとぎ話の世界にでも紛れ込んでしまったか、と首をかしげたくなる。

『     』

一階部、分厚い窓。
自分と同じ年頃の女の子が立っていた。
冬だというのに、彼女は薄着だった。
修道服の形をした、薄手の白いワンピース。
何の宗教の修道服を模したものかはわからない。
自分の住む地域では旧教が主流だ。恐らく旧教だろう。

目が合った。

琥珀色の瞳だった。睫毛が長い。
さらり、と赤い髪が揺れる。

『     』

嬉しそうに微笑んで、彼女はこちらに向かって手を振った。


恋に堕ちる、音がした。
 

ま た あ ん た か



本当にお疲れ
あなたみたいにやる気を自分に10分の1ぐらい分けてほしいくらい。書くスピード共に


傘を捨てて、窓に近寄った。
声は届かない。やっぱり分厚い。

『あ、おれ、えと、』

言葉に困る。
女を口説くなんて朝飯前だと思っていた。

『     ?』

不思議そうに首を傾げられる。
ワンピースが透ける素材であることも相まって、彼女がこの世の者とは思えない。
しかし、恐怖よりも魅力の方が強い。
娼館に戻ればいくらでも美人は居るのに、彼女達では比較にならない。

『   !   』

こんにちは、と言っているのだろうか。
ぱくぱくという口の動きは、沢山の言語を操っている。
どれが自分に通じるのか試しているようだった。

『かわいいね。ねえおじょうさん、きみのなまえ、なんていうの?』

聞いてみた。
イタリア語だったが、理解してくれたようで。
困った顔をした後、彼女は窓を指でなぞった。
窓の向こう側からなぞるので、当然逆文字になる。


Fiamma=testo=originale.

左右真逆文字。
なかなかの長文だったが、どうにか読み取った。
フィアンマ=テスト=オリジナーレ。
直訳すると炎の原本となるが、立派な人名だ。

『ふぃあんまちゃんか』
『     ?』

嬉しそうに楽しそうに、彼女は聞き返してくる。
自分の名前。
"おい"だとか"ガキ"だとか、そんなもので呼ばれ過ぎて、うまく思い出せない。
ふと思い浮かんだのは、絵本代わりに読んだ『スノッリのエッダ』。

『うーとがるざ』
『              』

教えてくれてありがとう、とはにかまれる。
心拍数が変拍子て動いて、言葉に詰まる。

腕時計を見た。

そろそろ家に戻る時間だ。

『またあしたも、きていい……?』
『              』

ばいばい、と小さな手を振られた。
じゃあね、と手を振り返して、走り出す。
途中振り返るも、白いレースのカーテンでなにも見えなかった。


翌日。
傘を無くした、と報告して一発殴られた後、俺は廃墟街へと来た。
雪が積もっているものの、昼日中ということもあって雰囲気が昨夜とは違う。

『あのこは……』

例の建物は、確かにあった。
窓は白いレースのカーテンで覆われ、人の気配はない。
試しに入ってみようとしたが、南京錠が硬い。
何度も開けようとする度に、恐怖がどこからか湧き起こってくる。

この扉を開けたが最後、もう二度と戻ってこられないんじゃないか。

ぞわ、と背筋を這い回る恐怖に手を離す。
開けてはいけない場所だ、と本能が語っていた。





夜。
『おつかい』ついでに、再び来てみた。
カーテンは開いていて、彼女は同じように立っていた。

『      』

幸せそうに笑み、彼女は両手を振ってくれる。
ドキドキとしながら手を振り返し、窓に近寄る。

やっぱり幽霊なのかもしれない。

『きみ、おばけなの? おばけのおひめさま?』
『        』

生きてるよ、と答えられる。
困惑した表情も可愛い。

それなあに。

酒瓶の袋を指さされる。

『おさけ。あとはおくすり』
『      ?』

薬、という単語に不安げな表情。
恐らく、俺が病気か何かだと心配してくれたのだと思う。

『そういうのじゃないよ。えいようざいみたいなものかな』
『       』

実際には麻薬でしかない。合法ドラッグなんてものもあるけれど。
栄養剤とは何だろう、という表情。
余程箱入り娘なのだろう。普段はどうしているのか。

『あしたのおひる、どあをあけてくれないかな? いっしょにあそびにいこう?』
『          』

自分には開けられない。

彼女は、さみしそうに首を横に振る。
やはり、彼女は幽霊なのかもしれなかった。


『ただいま、フィアンマ。元気だった?』
『おかえりなさい。すこしつかれてるだけで、げんき』

明け方になって、父親代わりが帰ってきた。
酷く疲れた様子で、ホコリ一つないソファーに腰掛ける。
父親代わりといっても、単に後ろ盾に過ぎない。
権力を獲得出来なかった哀れな枢機卿でしかない。

『だんろ、つける?』
『いいや、必要ないよ』

手招きをされる。
本のページを捲る度に荒れた指に、軟膏を擦り込まれた。
心地良い刺激に、目を瞑る。

彼が帰ってくるのは二ヶ月に一度。

食事に困ったことはない。
彼が命令した修道女が、時々食料を届けに館へやってくる。
とはいっても、怯えてすぐに帰ってしまうのだが。
数多の原典ひしめくこの館で、まともに滞在出来る人間は少ない。
じきに目の前の彼だって頭痛を訴えて、出て行ってしまうだろう。

『何か、変わったことはあったかい?』
『ううん。こわせるほんのかずがふえたよ』
『そうか。……ごめんね。私が自分の付く派閥をきちんと読み切れば』
『おれさまはつらくないよ。だいじょうぶ』
『でも、一人で寂しいだろう…? 毎日黙々と原典を処分するだけでは』
『ほんをよむのはすきだよ。……それに、さいきんはよる、おばけにあえるから』
『お化け? ふふ、面白い事を言うね』
『ほんとだよ。おれさまとおなじとしくらいのおとこのこ』

もし、彼と外で思うがまま遊べたら楽しいだろう。


ぽつりと呟いたことにすら気づかないでいると、抱きしめられる。
宥めるように、優しく頭を撫でられた。

『君は、私の唯一の財産だ』

よく言われる言葉だった。
自分でも、冷静に、自分の価値は判断出来ている。

原典の『汚染』を決して受けず。
化け物のような"腕"で、原典を処分出来る才能。

それはあまりにも鬼才で、並の魔術師にとっては恐ろしい。
原典を処分出来るということは、自在に操れることと同義。
故に、外に出ることは許されない。

何より、『汚染』を受けない俺様は普通の人間とは言えない。

発狂せず、原典と戦い、廃書とする役割。
ローマ正教が誇る聖霊十式の一つ、『焚書棄録(ストラーダグラーベ)』。
生ける霊装たる俺様を閉じ込める館は、俺様のためのものでもある。
イギリス清教の騎士団を真似たように、当初、自分を使って『禁書目録』を真似るつもりだったようだ。
しかし、自分に絶対記憶能力はなく、ローマ正教に御する術もなかった。

結果が、幽閉。

此処は原典の墓場。
俺様は、原典を廃棄するだけの存在。
名前も、役割でしかない。炎で原典を滅する者、という意味しか。

『そろそろ、私は出るよ。足りないものがあったら言ってくれ』
『……いってらっしゃい』

手を振る。
寂しくなどない。
普通の少女のように、誰かを焦がれて泣いたりしない。

原典の傍で普通に生活出来ている俺様は、化け物なのだから。


『はー……』

窓に息を吹きかける。
暖炉で燃えている本は、もはやビクともしない。
酷い暴れようで、部屋の中は滅茶苦茶だった。
掃除は明日にすると決めている。
どうせ、誰も此処には訪れない。

彼を、除いては。

分厚い窓越し、寒そうに身体を震わせ、少年が駆けてくる。
夜更けに現れる幽霊だ。とても、優しい。

『こんばんは、いいよるだね』
『うん。うーとは、ねむくないの?』
『あんまりにもきみがかわいいから、めがさめるよ。
 てんしさまをまえにしてねむるおとこなんていないだろ?』

軽口を叩いて、彼は明るく笑う。
一緒になってくすくすと笑った。
きっと、声は届いていないだろう。
自分がきちんと彼の言葉を読み取れているかどうかすら、自信がない。

『あしたもきてくれる?』
『くるよ。やくそく』
『でも、おひるにはねむってね』

隈が出来ている、と指摘する。
彼は少し気まずそうな顔をして、肩を竦めた。


とりあえずここまでで。
我慢出来なかった。やるしかないと思った。
ウーフィアは元々考えてましたが、ようやく設定煮詰まりました。

>>7
是非フィアンマSSを書きましょう。やる気が出ますよ!

乙。これは期待。二人は一体どうなるやら。


スレタイを見て貴方しか居ないと思った
やっぱりそうだった

今回も期待してます


待ってたぜ、ウーフィアをよォ!


色々とお言葉がけいただきありがとうございます。
トーフィアちゃんもよろしく(小声)










投下。


昼が来る。
のろのろと本を『読み』、積む。
いくらでも知識を与えてくれる原典は、俺様の味方だった。
俺様自身は、誰にだって、この知識を与える心づもりがある。

世界がそれを許さないだけだ。

原典には擬似的な意思があり、学ぼうとする者には優しい。
当然、『廃書』とする時には抵抗を受ける。
右腕を振ってしまえば、抵抗は消えてしまうのだが。
どうしてこんな力が備わったのかは知らない。
本来はきっと、原典を壊すための力ではないだろうと思う。

何にせよ関係ない。

俺様は一生この場所から出られない。
この『腕』を見られれば化け物であることがバレる。
そうでなくても、魔術師にとって自分の存在は倒すべき怪物でしかない。
人の生み出した毒の掃き溜めを掃除するだけの、そんな存在は。

『燃やすか……』

危険な原典は、写本を作成して館に放り込み、俺様が原典を処分する。
毎日毎日、飽きもせず、危険過ぎる原典は館に放り込まれていく。
それだけ、魔術サイドには常軌を逸した者が存在するということだ。

『………ウートは、元気かな?』

白いカーテンで覆った窓を見やる。
そうやって目を逸らした途端、自動復元した原典が牙を剥いた。


歳が十二になった頃、精通がきた。
そのためか、下働きよりも娼夫として働かされることが増えた。
主に、男に相手にされないような女の相手だ。
甘く愛を囁けば、笑顔で札束を振るってくれる。

『愛してるよー、XXちゃん』
『うふふ、私もよ……』

ねっとりと、臭い唾液を首に付けられる。
笑顔で軽く受け入れると、札束を置いて女は出て行った。

穢い。

風呂場に駆け込んで、食べたものを吐き出す。
ついでに、口づけた時に入ったであろう女の唾液も。
口紅の味もひたすらに気持ちが悪い。

『ふ、げほっ、げほ…!』

味方なんていない。

『………あ』

時計を見る。
夜だった。
それも、随分な夜更け。

彼女に会いに行こう、と思い立った。

今夜は星が綺麗だから、彼女は起きている。


ボロボロだ。
身体は疲弊しきって、どうにもならない。
油断している場合ではなかった。
どうにか『廃書』にしたものを灰にして、ふらふらと本に近寄る。
治癒術式について多く綴られた本だった。

『天使の力の源泉を…イメージする……』

文章を視線で追って、手を伸ばす。
届かない。ふらふらする。
眠って体力を回復してから考えた方が良いのかもしれない。

『……ウート…』

窓に近寄る。
六年間、ほぼ毎日会いにきてくれた少年のこと。
彼を幽霊だと勘違いしていた己が、今となっては恥ずかしい。

『……!』
『     !』

窓越しに、彼が見えた。
あちらからも自分が見えるのは、焦っているようだった。
血まみれでボロボロの自分は、さぞ哀れに見えただろう。

『大丈夫、だ』

ウートが、きてくれたから。
血で汚れた手で、窓に触れる。
泣きそうな顔をして、彼の手も窓に触れた。

手が、触れたらよかったのに。


『ど、どうしよ……』

どう見ても怪我をしている。
一緒に住んでいる人はいないようだった。
過去、レスキューを一度呼び、家を無理やりこじ開けようとしたことがある。
隊員は気が触れた様子で走り去っていった。それしか覚えていない。
そして、自分にも当然この家の鍵を開けることは出来ない。

『フィアンマちゃん、俺の声聞こえる?』

窓を叩くが、反応がない。
前回と同じように、一晩でどうにかなる怪我なら問題ない。
それにしても、どうして時々大怪我をしているのか。

『……悩み、あるのかな』

窓は、割れない。
一度殴ってみたら、手が骨折しただけで終わった。
窓の向こう、彼女は静かに眠っている。

『自分で自分のこと、傷つけてんのかな』

だとしたら、どうにか解決したい。
こんな館に閉じ込められていては、気が狂ってもおかしくはない。
どうしてここにいるのか、教えてはくれないが。

『今夜は此処に居るよ』

自分でも驚く程真面目で、誠実そうな、優しい声が出る。
一目惚れしたのはもう六年も前だが、未だに彼女が好きだった。

『おやすみ』
『    』


目が覚めた。
早朝らしい。
流石に館の中もひんやりとしている。
窓の向こうには、眠る少年が居た。

どんどん、と精一杯窓を叩いて起こす。

大丈夫か、と聞かれ、大丈夫、と返す。
笑顔で応えると安堵しながら、彼はふらふらと歩いて去っていく。
せっかく会えたというのに、まったく話せなかった事実が惜しい。
だいぶ具合が悪そうに見えたが、もしや、無理して来たのだろうか。

館に招き入れ、もてなせたなら。

思って、首を横に振る。
自分のような化け物を真正面から見たら、彼はおかしくなる。
この館に一歩足を踏み入れた時点で、まともな人間は苦しむ羽目になる。
余程精神を『調整』されて宗教防壁を施していなければ。

『……ウート』

まずは怪我を治して、食事をしよう。
それから、いつも通りに読んだ本を燃やすのだ。


ここまで。
書き溜めがマッハでなくなっていく


原典にまみれる館から出られない、か…いい設定を思いついたな

乙。ウートガルザロキとフィアンマのお互いの境遇設定やら会う時のとかいいよな

しかし6才で童貞喪失、12で娼夫…

女性遍歴半端ないなww


レスが嬉しくて何でも出来る気がした。何もできなかった。寝てました。




















投下。








具合が悪い。
寒い中、外で眠ったのだ。当然だろう。

『……う…』

目の前がぼやける。
足取りが、思い通りにまともなものへ変化しない。

もう少しで着く。

着いたら、泥のように眠ろう。
今日は客も来ないだろうし、ゆっくり眠れるだろうから。

『帰ったか』
『あ……?』

首根っこを引っつかまれ、部屋へ投げ込まれる。
父親はこちらを一瞥し、淡々と出て行った。

『きゃ、く……?』
『ああ。初めまして』

男だった。
男の客は、取らないと言ったはずだったが。
経営がちょっとでも傾くと何でもするのが、この娼館の主人だった。


ぼんやりとした頭。なにもかんがえられない。
ただ、彼女に心配させてしまったであろうことがもうしわけなくて。

『う、ああ、』

口に薬を押し込まれる。
良かった、幸い後遺症が寝込む程度で済むものだ。
身体を裂かれるような痛みが快感に変わるが、どうでもいい。

穢い。

思っても、抵抗する気力も残っていない。
ただ、相手が自分に感じている価値を冷静に判断する。
その上で、気をやった女のように笑んでやった。

『きもち、い』

男は満足そうに笑って、口付けてくる。
客とキスをする度に、自分は段々と穢れていく。
彼女への恋心は、こんなにも澄んだままなのに。


『フィアンマちゃん』

笑顔が上手になった。
十五歳の誕生日を三日過ぎた俺は、いつでも笑顔を浮かべていた。
そして、本当の事を何一つ口にしなくなった。

いつだって軽薄に。

本心を見せなければ、傷つくことはない。
どんなことを言っても、『嘘でした』『冗談だよ』と誤魔化せる。
ただ、"彼女"にだけは嘘をつかないと決めてはいる。
そこだけは線引きしておかないと、自分がわからなくなる。
他人に見せる為ではない、本当の自分というものが。

『フィアンマちゃん、俺さ』
『うん?』

なあに、と彼女は首を傾げる。

『自分の思う通りに生きようと思うんだ』

告げた。
そのために邪魔なものは排除しようと思う、とも。

彼女の表情が少しだけ明るくなって、次の瞬間、沈む。
暗く落ち込んだ表情で、それから、彼女ははにかんでみせる。

『ウートの思うように生きれば良い。
 人生とは、自分で決めるからこそ楽しいものなのだから』

ありがとう、と言葉を紡いで。
彼女に優しく手を振って、背を向けた。
誰かの言う事を聞き、振り回されて穢れる生活にはもう疲れ果てた。


振り返った。
彼女はきょとんとして、こちらを見つめている。
振り返していたらしい手のひらが見える。

『フィアンマちゃんのこと、攫いに来ても良い?』
『………俺様を?』
『フィアンマちゃんが、そこから出たいと思っているなら…だけど』

どのみち、自由になったらこの街を出た方が良い。
出来れば、彼女と一緒に何処かへ行きたかった。
彼女は服の胸元を軽く握って、目を伏せる。
館から出られない理由は、未だに知らない。

『……俺様は、病気なんだ』
『……病気?』
『背中についているものが…、…出来物があって、醜い。
 この館は病状に合わせて調整してある。
 俺様以外の人間にとってここの空気は毒になる。
 そして、ここ以外に俺様の居場所はどこにもない。
 醜い部分を見たら、きっとウートは幻滅するよ。だから、』

近づく。
こん、と窓を叩くと、彼女がこちらを見上げた。
九年間という期間で、彼女と俺の身長にはすっかり差がついてしまった。

『しないよ。絶対に。…約束する。
 ………でも、そこじゃなきゃ生きられないのなら、それでもいい』

でも、会えなくなると思う。

真実をそのまま告げると、彼女は寂しそうな顔をした。

『俺と一緒にそこから出よう。……出してあげるよ』
『………本当に、そんなことが出来るのなら』

首を緩く横に振って、彼女はそう言った。

『ここじゃなくたって、生きていけるのなら。…俺様は、ウートとずっと一緒がいいよ』


神話を読む中で、魔術というものを知って。
それが現実に存在する技術だということを学んだ。
そして、その力を手に入れるために必死に勉強した。
或いは、その力が彼女をあの館から救えるのでは、とも期待して。
誰かを直接傷つけるのは怖くて、魔術を直接暴力には応用出来なかったけれど。

それでも、出来ることはある。

相手を騙して、傷つけることだ。

俺を『巨大な化け物』と認識している父親は、ひどく怯えている。
今日は、卒業式だ。 
学校になんて行ったことはないから、実際には違うのかもしれない。

『ひ、っく、来るな!!』
『酷いな、父さん。俺だよ。あんたの息子だろ?』

昨晩洗ったばかりの灰皿を振り上げる。
既に穢れ過ぎたこの体で誰かを殺すことに恐怖はなかった。

『っ、』

きっと。
父親には、俺が『巨大な腕を振り下ろした化け物』に見えただろう。
それでいい。そっちの方が、きっと幸せだ。
これが、俺が肉親に贈る最初で最期のプレゼント。

何度も何度も殴る。
血の臭いがして、白っぽい塊が床を汚しても。

『俺を、愛してるって言ってくれよ。…父さん』

動かないモノを踏みつけて、灰皿を放り捨てる。
重い音と、ガラスの割れる音がした。無視をする。


『後は……』

油をそこら中にぶちまけていく。
娼婦達は先んじて始末しておいたから、娼館は静かだった。
ベッドも、家具類も、電化製品にも。
その全てに油をかけて、かけて、汚す。

『後は火を点けて出るか……』

あまり私物はないが、持っていくものは纏めてある。
自分の身代わりの死体も用意したので、何も問題はない。

『XXXXX=XXXXは此処で、死んだんだ』

今、此処にいる自分は、彼女を迎えに行くだけでいい。
もう、誰かの欲望に振り回されることはない。

『それじゃ、行きますか』

んー、と伸びをして。
マッチを擦り、屋敷の中へと放る。

程なくして、死体まみれの娼館は火の海となった。


"俺と一緒にそこから出よう"

いつか、言ってくれるのでは、と期待した言葉だった。
同時に、それを受け入れてはいけないとも思った。

自分は、腐っても聖霊十式指定。

生ける霊装である自分は、ローマ正教の財産だ。
後ろ盾が病死した今、自分の立場は不安定だ。
そんな時に出て行くのは、きっと間違っている。
世界中を敵に回して、自分はともかく、彼は大丈夫なのか。

『……ウートの言葉が、嬉しい』

窓に、手で触れる。
ひんやりとした感触に、涙が出そうになる。

『……嬉しいんだ…』

ずっと一人ぼっちだった。
時折訪れる人に、『もっと長く居て』なんて言えなかった。
そんなことを頼めば相手は発狂してしまう。引き止められない。

ゴキ、ゴキリ。

不気味な音がする。
知らず、『腕』を顕現させてしまっていたようだ。
自嘲的な笑みが、表情を支配する。
咄嗟に出来物、なんて言葉を使いはしたが。
こんな、化け物の腕など見たら、彼は怯えてしまうだろう。

嫌われる。

目に見えていた。
奇跡なんて起きない。自分は誰にも愛されない。
次の後ろ盾が見つかるまで、見つかっても、一生この館で廃書を作り出し続ける。

『…………ウートに、嫌われる。……嫌われる、か』

胸を締め付ける痛みを知らない。
嫌われることが、こんなにも怖いことだなんて知らなかった。


ここまで。


原作のウートさんは本来のスペックが明かされないまま退場しちゃったから、どれ程の幻術が使えたのか気になる
既にロキ爺が居たであろうグレムリンに入れたんだから凄いレベルではあったんだろうけど…

そう言えば、前に言ってた木原ンマさんはどうなりましたか?

トーフィアでかっこいいウートさんが出ててワロタ

1は死ぬまでフィアンマスレを立て続けなきゃいけない呪いにかかったから近いうちには書いてくれるよ

乙。皆殺しにして自由を手にしたか…

グレムリンメンバーとの絡みやら他キャラとの交流がどうなるかきたい。

もし本当に晩年まで書き続けられたら伝説になれるな。
いや既に半分伝説だけども


ウーさん、きっと名を冠するに相応しい幻覚使えたんだろうな…材料さえあれば。
(という妄想を下に戦闘描写書くのでageに見えるかもしれない)
木原ンマは…総合スレに投下したやつを元にまだ構想練ってます。

>>39
伝説の>>1(執念的な意味で)
他キャラとの交流は書いていくつもりです。相手に悩むけれども。











投下。


髪を切り、燃える館へ放ってきたこともあって。
いろいろな意味で、彼の思考はスッキリとしていた。
背中を過ぎた程の長かった髪は、肩をちょっぴり過ぎた程度の長さに。

『フィアンマちゃん、まだ起きてるかな』

出来れば早い内に街を出たい。
あれだけ偽装を施したのだ、バレる訳はないと思うけれど。
万が一、ということが世の中にはあるのだ。
その『万が一』の被害者にならないとは限らない。
まだ深夜帯と呼ぶに相応しい時間だが、彼女を連れ出すべきだ。

『……眠いなら背負って寝かせてあげればいいし』

あわよくば触りたいという欲求があることは否定出来ない。
九年も引きずっている初恋なのだから仕方がない。
しかし、彼女と性行為をするということは考えられないが。
手を握って、彼女が笑いかけてくれたら、何処まででも行ける気がする。

『っくし、』

くしゃみが出た。何となく寒い。

『上着、もう一枚持ってくれば良かったかな…?』

持ってきた荷物は少なめだ。
金は死体の懐から抜いたものも含めてかなり持ってきたので、衣服類は逃亡生活の中で買い足していけば問題ないだろう。


やはり、彼とは別離するべきだ。

窓に映る自らを見つめ、自問自答を繰り返し。
その果てに導き出したフィアンマの答えは、それだった。
普段は放置に近い状態とはいえ、自分はローマ正教の道具で。
『聖霊十式』を個人が持ち出したとしたら、宗教社会単位の問題になる。
ローマ正教以外の、個人単位の魔術結社とて、その情報は無視出来ない。

自分が単純に逃げるのならまだいい。

ただ、彼を巻き込む訳にはいかない。
もう会えなくなる、と彼は言った。
彼と会えなくなることは辛くて、寂しくて、苦しい。
それを我慢することで彼の身の安全が保障されるのなら、そちらの方が良い気がする。
自分が我慢すれば、彼は何処かの街で暮らしていける。
自分のことを忘れてくれれば、『魔術』に関わることもない。
何一つ波乱のない、幸せな毎日を送れる。そこに、自分は必要ない。

『…………だ』

窓に手をつけたまま、ずるずるとしゃがみこむ。

『……嫌だ』

ウートに嫌われるのも。
彼を危険に晒すのも。
もう二度と会えなくなるのも。

二者択一だと理解してはいるが、感情だけはどうにもならない。
こんな、理屈のりの字もないわがままが叶う訳がない。


ガギャギャ、という音がした。

ドア側、鎖が揺れている。
扉からの侵入者を阻む何十何百の結界が崩されている。
新しい後ろ盾や、食料を届けに来た人間ではない。
それならば、あのように無理やり開けようとはしないはずだ。

『まさか。…ウート、か?』

約束通り、扉を破りに来たのか。
だとすれば、今、彼は酷い恐怖を感じているはずだ。
人間に根本的に備わっている、『死』や『廃人』への恐怖。
正式な手段で開けない限り、その恐怖は確実に侵入者を襲い、阻む。
何より、館に一歩踏み入れた時点で、相手は『汚染』に苦しむ。
知識を提供しようと、ひしめく原典達のせいで。
宗教防壁を張った魔術師でない限り、何の変哲もない一般人は数秒で発狂する。

『駄、目だ』

窓から離れて、扉に駆け寄る。
扉一枚隔てた向こう側から、息を詰める気配がした。
いつものように挨拶をする余裕もない程、彼は苦しんでいる。

届かない。

たとえ叫んでも、彼にはきちんと意見が伝わらないだろう。
そして、細いだけの自分の腕では、扉を開けることは出来なかった。
内側からも開けられないように、この扉は出来ている。


武力で破るしかない。
強行突破して顔を合わせた上で、彼を拒絶する。
嘘でも何でもついて、自分から離れてもらうしかない。

『………』

意識して魔力を通し、『腕』を顕現させる。
感覚が繋がったことを確認してから、右手を振った。

『うわ、』

体重を前の方にかけて扉を破っていたらしき彼が、尻餅をついた。
バラバラに砕けた扉の破片は、そこら中に散らばっている。

『………』
『痛てて、腰打っ……フィアンマちゃん?』

終わりだ、と率直に思った。
思っていた通り、彼は驚いた顔をして、こちらを見上げている。

一歩、下がった。

嫌われたのだとしても、怯えた声を聞かされたくはない。


『………病気だと、そう言っただろう』
『……、……』
『俺様は、一緒に行けない。
 此処にいるべきなんだ。そうでなければいけない。
 ウートは、何かを勘違いしているよ。幻想を通して俺様を見ている。
 窓越しに見ていては、この腕のことだって気づかなかっただろう。
 何も言わなくていい。ただ、この場所から立ち去れ。
 俺様はここでいい。お前と此処から出るつもりはない。
 お前が思っているよりも、俺様は救いようのない化け物だ』

何かを誤魔化すかのように、早口になる。
目の前の彼は何も応えなかった。
怯えて、何も言えないのかもしれない。

『………フィアンマちゃん』
『何だ』

右手を振るった。
ようやく立ち上がった彼の足元、地面が抉れる。
口元を歪めて、笑みを浮かべてみせた。
彼を遠ざけねばならない。扉が壊れた今、出来るだけ早く。

『失望しただろう? 俺様はこういう女だよ。
 ウートが思っているような要素は、恐らく欠片もない。
 俺様は哀れな姫の類ではない。ここで原典を燃やすだけの処理者だ』
『俺は、』
『嫌いになっただろう? 恐ろしく気味が悪い。…言われずともわかる』


二歩、下がった。
笑みを浮かべることに限界を感じ、俯いた。

『毎日毎日飽きもせずにここへ来て。
 そろそろ辟易していた頃でもあったんだ』

何も聞こえない。
自分で言っている言葉に自分で傷ついて、泣きそうになる。
誰かを騙したことなんてなかった。こんなことは初めてだ。

『よもや、先の発言を本気にしていたのか。
 ずっと一緒に? 馬鹿馬鹿しい。冗談だよ』

軽蔑すればいい。
出会うのではなかったと、後悔してしまえばいい。

お互いの為にも、その方が良い。
それが最善で、あるべき状態だ。

足音はない。
顔を上げていないのでわからないが、もう立ち去ったのか。
当然だろう。こんな醜い姿を見せられ、罵られれば気分が悪い。

これで、さよならだ。
また、一人ぼっちに戻るだけ。

そう思うと、一気に緊張が解ける。
手が震え、寒さが身に沁みる。

『………行かないで。……嫌いじゃないと、…言ってくれ。
 俺様のことを、醜くなんて思わないと。…ウート、……。
 ひとりにしないで、……きらわないで、…きらわないで、きらわないで……』

目元を、手の甲で拭う。
でも、これで良かったのだ。


これで――――――


ぼふ、という音がした。
抱き寄せられた自分の額が、男の首元に当たる音だった。

甘い香水と。
恐らくは、冷や汗と。
石鹸の匂い、血の匂い。

それらの入り混じった匂いがした。

『行かないよ。後、醜いとは思わなかった。
 もっと、下半身がトウモロコシみたいなのとか、そういうの想像しちゃったよ』
『………ウー、ト?』
『ん? ……此処、確かに居るのしんどいな。出来れば早く出たい。
 フィアンマちゃん、荷物纏める時間短めでも大丈夫?
 ここの…何っつーか、管理人とか来そうな感じでしょ。早く出よう』
『俺様、は、ウート、…』
『俺、嘘つくの得意なんだよね。だから、見抜くのも上手』

フィアンマちゃんには嘘つかないけど、と彼は明るく笑った。

『……原典、か。だから冷や汗止まんないのか』
『……知っている、のか』
『ん。だって俺魔術師だし。…なったのは最近だけどね』

『焚書棄録』だから攫うのか、と一瞬思い。
それから、出会ったことが偶然だったということを思い出した。
策略など何もない。彼の行動理由は、自分と一緒に居たいから、だ。
きっと、どんなに罵倒しても、本心が伴わないものは見抜かれる。
だったら、もう、素直になっていい。彼相手には、我慢しなくても、良い。

『う、……うう、…ウート…』
『あ、いやいやいや泣かないで、えっ、あっ、魔術師? 駄目?』
『うぅ……』

そういうことじゃない、と首を横に振る。
彼から離れて、袋に灰を詰めた。
この灰さえあれば、所定の手順を用いて『原典』を復書出来る。
自分の持てる財産と言えば、この位なものだ。




「それで、何処まで逃げるつもりなんだ?」

           生ける霊装、聖霊十式――――フィアンマ



「綺麗で、暖かい場所に行こう」

            幻術専攻の魔術師――――ウートガルザ



「んふ。度胸のある男の子って、お姉さん大好きよ?」

            『追跡封じ(ルートディスターブ)』―――オリアナ



ここまで。
イケメン書くのむずかしい。

乙。ウーさんが最初に名乗った時から違和感があったけど、このスレのウーさんは名前にロキがついてないんだな


ウートはこういう斜に構えたイケメンが似合うよな

追跡者はオリアナ姐さんか…
最初からきっつい刺客だな


いい感じのボーイミーツガールですわ…!

ところで>>1はなんでウート好きなの?


一般魔術師同士の戦いって相性による気がする。純粋な強さというより。

>>50
今後、スレタイ通り変わる予定ですけども、とりあえず

>>53
かory なんでもないです 紙束どんばん生きてるぞーのシーンにときめいたからですかね。











投下。



灰を詰めた袋にリボンを通し、下げて腰に結び。
ぐしぐしと、先程泣きかけた目元を擦って、彼女は彼の手を握った。
十一年の間に、随分と彼は成長したように思う。
館に引きこもり、原典を読んでは壊していただけの自分とは違って。
身長にも差がついている。手も、大きく感じた。

「……ウート」
「ん?」
「……俺様がローマ正教の財産だとしたらどうする?
 原典の知識を多数保有する、特殊な人材だとしたら」
「やばいな。必死で逃げなきゃダメになる」

マジなの? と首を傾げられる。
ガチなの、と頷いた。

だからといって、彼の歩く速度は変わらなかった。
手を握る力も、変わらないままだった。

「世界を敵に回すって、何か主人公みたいだよね」

かっこいい、と茶化して笑い、彼は前を向く。
時折彼女の歩調を確認しながら。

「……それで、何処まで逃げるつもりなんだ?」
「んんー」


街から出ようとしていることは確かだった。
自分が知らないだけで、彼自身にも逃げる理由があるのかもしれない。
会えなくなる、と言っていたのだから、恐らく予想結果は確実だろう。
自分に隠すべきことなのか、はたまた聞けば教えてくれるのか。
特に踏み込む必要がないのなら、笑顔の沈黙が得策。

「綺麗で、暖かい場所に行こう」

優しい宣言だった。
自分も、そんなところに行ってみたいと思った。
彼と一緒なら、何処までも行けるだろうと感じる。

「ウート、手を」
「…嫌だった? 手、繋ぐの」
「いいや。……離さないで、いてくれるか」
「……もちろん。歩くペース、早くない? 後、疲れとか」

正直なところを言えば、既にふくらはぎが限界を迎え、痛みを発していた。
ロクに館の中だって歩き回っていないのだ、持久力など無い。
加えて言えば、体力だって無かった。眠気が思考を侵食してきている。

「問題ない」

にこ、と笑んだ。
心配させたくなかったし、困らせたくもなかった。
何より、失望されて置いていかれるという不安があった。

「……だーかーらー、」


「っあ、」

ひょい、と子猫にでもするように抱き上げられた。
苦笑いと共に、叱責めいた声音で言葉をかけられる。

「嘘とか誤魔化しとかわかるから。……脚痛い?」
「……一歩歩く度に引き攣るような痛みがある」
「冷えもあんのかな…?」

長い靴下や長靴は着用しているが、所詮、ワンピース一枚。
寒さには慣れているが、思っているよりも体力を奪われているのかもしれない。

「体温低いね。平熱低い?」
「……あまり測ったことがない。外に出なければ、風邪は引かないしな」
「ん、そっかそっか」

邪気の無い笑みと共に、彼は上着を脱いだ。
寒くないのか、と声をかけようとした彼女の肩を、人肌に温まった男物の上着が包む。

「………ぶかぶか…ではない、かな?」
「………もう少し俺の体格が良かったら格好ついたんだけどね」
「貶した訳では…」
「気にしなくていいよ。自分の服のサイズ位わかってるから」

彼の笑みは優しい。
良い匂いのする上着を軽く握り、フィアンマはこくんと頷いた。

「もう少し行けば街を出られる。
 そしたら列車に乗ろう。船でもいいか。乗ったことある?」
「無いな」
「俺もない。船酔いとかしなきゃいいけど、どうかな…」

軽口を叩いて雰囲気を和ませながら、彼はフィアンマを抱きかかえたまま歩く。

「……背負った方が、辛くないと思うのだがね」
「それはそうなんだけど、スカート捲れちゃうから」
「…………、う」


「思えば、フィアンマちゃんと一緒に朝日見るのは初めてだ」
「……会う時はいつも夜だったな」
「昼夜逆転生活だった?」
「そんなようなものかな。……本来はよくないことだ。
 良くないが、……ウートに出会えたのだから、それで良いと思っているよ」
「………、……照れるから、あんまりそういう事言わないでもらっていい?」

下ろされる。
腕が疲れたのだろう、と再び歩く決心をした。
しかし、彼が彼女を離した理由は、体力に因るものではなく。

「フィアンマちゃんは、目を閉じて」
「……目を? どうし、」
「あんまり綺麗なものじゃないから、見せたくない。……戦うのは俺一人で良い」

少年の後ろに庇われる形で、少女は彼を見上げる。
表情は無に近いが、眼光が鋭い。今までに見たことのない様子だ。

「んふ。度胸のある男の子って、お姉さん大好きよ?」

徐々に空へと昇りゆく太陽に照らされる様に現れたのは、金髪の美女だった。
ふんわりと柔らかそうに長い髪を巻いている。
その服の露出度は非常に高く、笑みには陰がある。

「『追跡封じ(ルートディスターブ)』―――オリアナ=トムソン。
 覚える必要はないわね。どのみち、一晩ももたないお付き合いで終わりでしょうから」

はむ、と十分に潤った艶かしい唇が、単語帳の一ページを咥えて引きちぎる。

瞬間。

レンガに青い光が直撃し、壊れ、鋭い破片が降り注ぐ。


「海は……近い、な」

視界に海を入れながら、彼は破片を見上げる。
怯える必要などなかった。この程度の攻撃など。

「『大海繋ぐ角の杯、我が意に因りて顕現せん』」

詠唱し、胸元から取り出した玩具のホイッスルを吹く。
条件さえ合致していれば、強大な霊装など必要ない。

彼が扱う術式は、あくまでも幻術。
その『中身』は、彼自身の非力な暴力に過ぎない。
だが、幻術には多くの作用がある。

たとえば。

人間の、感覚器を惑わせるだとか。
或いは、偽りの現象で本物の現象を起こすだとか。
彼が巻き起こす現象は呼び水程度、或いは勢いの無い風。

「……何だっけ、こういうの。『風が吹けば桶屋が儲かる』?」

地面から、突如として大津波が現れた。
かの雷神が飲み干そうと試みた、巨大な海水量。
その全てが、破片を押し流し、勢いを殺さぬままオリアナを襲う。

「っ、『礎を担いし―――」

魔法名の宣言。
魔術師が本気で戦うと決めた時に名乗る、信念を表す言葉。
言い切ることなく、彼女の身を、鋼鉄にも似た水の塊が襲う。


次々と崩壊する原典とも呼べぬ代物の暴流が、津波を相殺する。
氷で、風で、炎で、土で。

(防いでも防いでも、)

『雷神が決して飲み干せなかった』逸話から飛び出た海水の量は多い。
人間の力で防げるようなものではなく、単純な体力勝負では誰もが押し負ける。

(……まさか、)

単語帳の二ページを素早く破り、三歩引く。
ふと思い当たった可能性は、『継続された津波がフェイク』である、というもの。

「――――、」

素早く、振り返る。
軽量化された斧を振りかぶる少年が立っている。

「          」

魔法名の宣告。
少年の瞳には、年齢に似つかわしくない冷徹な殺意がある。
オリアナは咄嗟に視線を動かし、少女を見た。
彼女はしゃがみこみ、目の前の現実から文字通り目を背けている。

ぴり、と単語帳を千切る。

依頼された仕事内容は、『生きた状態で焚書棄録を確保すること』。
で、あれば、怪我をさせてしまっても構わない。
そもそもが一般人ではなく、怪物に近い存在だ。躊躇はない。
自分は『運び屋』であり、『魔道書処理場』を運ぶだけ。
自己暗示し、冷酷な一撃を構える。


「――――『酩酊の炎(ヒート・ディスオーダー)』」

単語帳に、魔力を通された文字が浮かび上がる。
怪我をさせても構わないとは思っても。
実際には実行出来なかった。
向けた術式は、意識を覚醒させ、急激な興奮で失神させる、というもの。
彼女の扱う術式は、その場限りの思いつきで、二度は使われない。

「間、に合え」

横から何かが飛び出してきた。
自然と、視線が一瞬だけそちらへ向いてしまう。

写真だった。

燃え盛る家の、写真。

「う、……げほっ、えほ…!!」

煙と油の臭いに、噎せる。
此処に、火事現場など存在しないというのに。

「げほ、げほ……っ、」
「フィアンマちゃん、」

少年が横をすり抜け、少女に近寄る。

「お、わったのか…?」


「い、ちおう…お姉さんも、お仕事だから、ね…?
 いっぱい、……火傷しちゃった…ふふ……あつい…」

ふらふらと立ち上がる。
まるで、燃え盛る家の中にでもいるかのような苦しさ。
相手を侮っただろうか、と思う。

「………アンタの狙いは?」
「そっちの、…女の子。……焚書棄録、…持ち出し厳禁、でしょ?
 その子を連れ戻すのが、…私の、請け負った仕事」
「……………」
「くす、怖い顔しないで。短気で早漏だなんて、女の子にとっては最悪だよ?
 ……どうやら、原典の知識目当てで攫った訳じゃ、ないみたいね…」
「………俺は、そんなもののためにフィアンマちゃんを連れ出した訳じゃない」

脳に酸素がいかない。息が苦しい。
冗談を言っている余裕すら無い程。

「この、先、……港があるわ。船も、…人の良い漁師ばっかりだから、頼めば……イかせてもらえる」
「………」

ああ、だめだ。
また、結果が最悪になるかもしれないのに、手を差し伸べようだなんて。

でも、彼の眼差しはまっすぐだった。
何かを必死で守ろうとしているように思えた。
奇しくもそれは、心を折られる数年前の自分に、よく似ていた。
彼にとって、自分の欲する『救いの為の絶対の指針』に似たものが、魔道書廃棄場の少女なのだとしたら。
仕事、という無味乾燥な言葉で、これ以上引き止める必要性を感じられない。

何よりも。
きっと、自分は彼らを殺すつもりで戦うことが出来ない。

「……どうも」

淡々と相槌を打ち、少年は少女の手を引いた。

「行こ、フィアンマちゃん。港があるってさ」
「大丈夫、なのか?」
「大丈夫大丈夫。……放っておいても死にはしないから」

手加減したんだ、と付け足された言葉は、嘘には聞こえなかった。
悔しいというよりも、相性が悪かったか、とオリアナはひっそりと思う。

願わくば、二人へ施したこの善意が、悲劇を生み出しませんように。




「……おっぱいがはちきれそうな方が良いということだな。そうなんだろう」

              灰被りならぬ廃被り―――フィアンマ



「違うからね。俺はフィアンマちゃんのおっ……これ言っちゃ駄目なやつだ」

                平凡な幻術使い―――ウートガルザ



「いやー、いちゃつきは結構なんだけど、他所行ってやってもらっていい?」

                      下女即ちメイド―――シルビア

  


ここまで。
序盤と後半でヒロイン交代予定。


ヒロイン交代ってどういう事だってばよ
まさかのフィアンマちゃんからヒロイン交代?

乙ぱい。ヒロイン交代…まさか、シルビアが…?(ウーさんじゃなくてオッレルスの)ヒロイン交代とか?

何にせよ期待だな。幻覚もよかったし


俺の理想のメイドさんシルビアさんキター
ウーさんとどう絡むのか…気になるな

ウーさんがヒロインか…


恋愛関連の修羅場は書き飽きた感があるんだよなぁ…
>>68です。
多分次投下分でオッレルスさん出ます。緩やかにオレシル要素あるかもしれない。












投下。


港に近づくにつれ、寒さが深まる。
潮風の冷たさが身にしみた。
朝方ということもあり、漁師は漁に出る準備をしている。
念入りに準備を済ませたら、きっと港から出るのだろう。
一部は漁師をやめた老人が、貨物船の整備をしている。

「あの、」
「うん? おお、朝早くからそんな薄着で。寒いだろ」

タイミング良くというべきか、フィアンマが小さくくしゃみをする。
顔に沢山の皺を刻んだ豪快そうな老人が快活に笑って、何かを差し出す。
二つの紙コップには、黒い液体が入っている。

「コーヒーだ。砂糖も入ってる」
「……ありがとうございます」
「ふぁ、……っくしゅ」

珍しく丁寧に礼を言う彼に倣い、口を開く少女はまたくしゃみをした。
紙コップを両手で持ち、男物の上着をしっかりと着て啜る。
少年もまたコーヒーを啜りつつ、ゆっくりと息を吐き出して。

「それで、お願いがあって」
「おう、何だ」
「俺と彼女を、貨物と一緒に運んでもらいたい」
「何だ、ワケありか?」
「……どっちも。…到着し次第すぐに姿は消すし、迷惑はかけませんから」
「ま、ちょうど似たようなヤツがさっき来てたしなあ。いいよ、好きにしな」

じゃあ荷物積むから先に乗ってろ、と老人はひらひらと手を振って歩いていく。
空になった紙コップをゴミ箱に捨て、彼は少女の手を引いた。

「潮の匂いって独特だな」
「本ではよく読んだが、実際に嗅ぐのは初めてだ」

悪くない、と評しながら、なかなか大きな船に入り込む。
そこには既に、一人の女性がボロボロのベンチに座っていた。


女性の座る向かい側にも、ボロボロのベンチがある。
恐らく、あの老人は幾度も亡命者を手助けしてきたのだろう。
人が良いと、単純に言い切ってしまっても良いものなのだろうか。
彼自身、特殊な経歴でも持っているのかもしれない。

何はともあれ、文字通り渡りに船。

「どうも、美人のお姉さん。向かい、良い?」
「この暗がりで顔がわかるとは思えないがね。座んなよ」
「………」

体力がないのか、既に彼女は言葉を発しない。
コーヒーを飲んでカフェインを摂取しようと、眠いものは眠いだろう。

「フィアンマちゃん、寝て良いよ」
「……ん…」

並んで座り、手を握る。
ひんやりと冷えた手だが、低体温症程ではないようだ。

「…………」

うつらうつら。
船が動き出すとほぼ同じタイミングで、彼女は眠りに堕ちる。


くた、と肩に乗せられた頭は、さほど重く感じない。
赤い、さらさらとした髪が視界に入る。

「………」
「すー……」

逃げ切れた。
ひとまず、あの国や、館や、追っ手から。
この船が何処へ向かうのかは知らない。
密航だとしたら、まったく知らない土地かもしれない。
それでもいい、と思う。
どのみち、自分の知り合いなど誰一人いない。
彼女にとっては、知り合いなんて居ない方が良いだろう。

「……そっちの子。『焚書棄録』のオリジナーレか」
「……、…」

眼前の、女の言葉だった。
つられて眠りそうになっていたが、瞬時に意識が覚醒する。

「睨まない睨まない。興味もなきゃ、誰かに知らせもしないよ」
「………、…」
「信用ならないって感じか。ま、それももっとも。わからなくはない」

肩をすくめる女に、敵意は見られなかった。
名前を知っているだけで、価値の方には興味などないと言わんばかりの。

「そんなもの手に入れたって、私にゃ使いこなせないしね。
 ……訂正する。その子を手元に置いても、私には得がない。安心しな」
「………もうちょい緩やかな話し出しにして欲しかったな」
「はは、悪い悪い。…随分疲れてるようだけど、追われてた?」
「ん。……何とか逃げ切ったけど、そう何回も簡単にはいかないだろうな……はー」

それでも、彼女を守ると決めた。
『きらわないで』と、彼女が泣いていたから。


「私はシルビア。イギリス清教のメイド。…そっちは?」
「フィアンマちゃんは、…説明するまでもないか。
 俺は、…ウートガルザ。ウートガルザ=ロキ」
「神様の名前を名乗るとはなかなか度胸があるね。余程の自信が?」
「幻術一切なら、かなり。…俺自身が強いって訳じゃないから、アンタとやりあったら多分負けるね」
「だろうね。私は『聖人』だしさ」
「……敵じゃなくて良かったよ。マジで」
「多分、一生敵になることはないんじゃないかね。
 イギリス清教所属とはいっても、実質的にはフリーみたいなモンだし」
「ちなみに、お姉さんはどこへ?」
「この船の行き先…だから、イギリスか。宮殿に戻る訳じゃないけど、ちょいと人と待ち合わせててさ」
「…待ち合わせに密航?」
「相手方も、『そっち』と似たような状況なもので」
「なるほどね」

相槌を打ち、彼は周囲を見回す。
使用していないらしき麻袋を見つけ、微量の埃を手で払い落とす。
それから、毛布を扱うように、彼女の身体にかけた。
多少温かくなったのか、彼女は満足そうにもぞついている。
シルビアはというと、そんな二人をどこか懐かしむように眺め。

「風邪引かなきゃいいね」
「……結構、体弱そうで」

心配だ、とぼやきながらも、これ以上彼に出来ることはない。


ぐらり、と不意に船が強く揺れた。
余談だが、ベンチ間のスペースは非常に狭い。
それはもう、ちょっと手を前に出しただけで確実にぶつかる程。

「んぶっ」
「お」

少年は、少女と手を繋いだまま。
揺れによって勢い良く、シルビアの胸に突っ込んだ。

「ぅ………」

少年の肩に強か額をぶつけ、フィアンマは目を覚ます。
ぼやけた視界で、それでも、とんでもない状況位は理解出来た。

「……おっぱいがはちきれそうな方が良いということだな。そうなんだろう」

自分の胸を見やった後、彼女はそう呟いた。
責めるような口調ではなく、淡々と。

「違うからね。俺はフィアンマちゃんのおっ」

ばっ、とシルビアの胸から顔を離し。
慌てて弁解しようとして、彼は気がつく。

「……これ言っちゃ駄目なやつだ」

ぶんぶん。
首を横に振り、おろおろとしながら、彼はフィアンマの手を握り直す。
彼女はというと、落ち込み半分むすくれ半分で動かない。

「……」
「違うって…ごめんって、完全に今の事故だし…機嫌直して? 何でもするから」
「……何でも?」
「フィアンマちゃんがして欲しいなら、何でも」
「……………」
「………」
「……抱き、…しめ…るなら、」
「許してくれる…?」
「…ん………」

ぎこちなく、もごもご。
笑みを浮かべながら、彼は彼女を抱きしめようとして。

「……いやー、いちゃつきは結構なんだけど、他所行ってやってもらっていい?」

軽く怒っている人が居るのだった。敵に回したくない女性であった。
少年はひとまず、直接の被害者に謝ることにしたのだった。


ここまで。

乙でし!



シルビアを怒らせても勝てるキャラって、禁書の中でもかなりの上位層だけだよね
オッレルスとの仲はどこまで進展してるんだろう?


たぶんシルビアさんがおっぱい揉ませてあげれるほどの仲だろう
ああ見えて実はオッレルスさんが攻めだし、状況によってはシルビアさんは自らナチュラルに身を委ねる受けになってくれるさ

新約10巻でも思ったけど、オレシルって両方病んでていいよね

乙季節の変わり目だし、>>1が体調崩してる気配がする


オレシルは最近好きになりました。♂シルオレはもっとすきです。
元気じゃないです。


















投下。

















謝っている間にも船は進み続け。
やがて、船は港に辿りついた。
積荷を運ぶ中をすり抜け、三人は外へと出る。
生憎、イギリスも雪模様のようだった。
はー、と白い息を吐き、少年は少女の手を握る。

「そっちはこれからどうすんの?」
「その辺りのホテルでも転がり込もうかと」
「所持金と展望は?」
「…あんまり考えてない」
「……マッチ…を…うる……?」
「何でそっちの彼女の方は凍死前提?
 もしかして心中旅行? 後味悪いね」
「そういう訳じゃ、ってフィアンマちゃん何そのマッチ」
「てれずま…で……つくった…」
「即興なの? そのスキルいらないよ?」

何の漫才だ、とシルビアは軽く頭を抱え。
ビジネスホテルの近くまで二人を連れて歩く。
何だかんだいって面倒見が良い女性である。


「遅くなったね」
「そんなに待ってはいないよ。
 それよりも、シルビアが子供を拾うなんて珍しいね」
「拾った訳じゃないよ。たまたま同じ船で来ただけさ」
「何だ、てっきり"そういう"つもりで」
「黙ってろ」

ひし。

少年の背後に隠れるようにして、フィアンマは周囲の様子を確認した。
シルビアに親しげに話しかけた青年が、恐らく彼女の待ち合わせ相手だったのだろう。
優しげな様子の男だな、と少年はぼんやりと思った。
後ろの彼女は存外人見知りなのか、自分の服をしっかりと握っている。
痛い位に手を握られる。怯えているのかもしれない。

「……フィアンマちゃん?」
「…………」

彼女の視線は、男の方に向いている。
青年はというと、フィアンマをちらりと見て。

「…………」
「………」
「……随分、変わったね。学んだ、というべきか」
「……会った記憶がない」
「だと思うよ。会った事はないからね」
「……フィアンマちゃんの事を知ってるのか?」
「多少は。……多少、程度だけど」
「………」
「私の名はオッレルス。聞き覚えは…無い、かな。
 困ったことがあったら頼ってきてくれて構わない」

親切にもホテルの場所と連絡先を幾つか教えてくれた上で、二人は去っていった。

(…変わった、……学んだ…?)

首を傾げ、フィアンマは少年の手を改めて握りなおす。

「じゃあ行こっか」
「ん…」


安いホテルというのは何かと曰くつきなものだ。
少年はボロっちい部屋を見渡し、ため息を呑み込む。
唯一綺麗なベッドに彼女を寝かせ、自分はソファーの方へ。

自分は穢くて。
彼女は綺麗だ。

あまり密着して、穢すというのも良くない。
というよりも、自分が嫌な気分になる。

「すー……」
「………どーやって、暮らしていこうかな…」

当面の金の心配はないとしても、定住は出来ない。
とりあえずは、もっと魔術の腕を磨くべきだろうか。
あの露出度の高い女魔術師のような輩が、きっとやってくるはずだ。

「…………」

多くは語らなかったが、あの青年も彼女を知っていた。
シルビアと名乗った女性も。
彼女の存在は、教会社会において過分に有名なのかもしれない。

「……おやすみ」

日は高いが、自分も眠ることにしよう。
体力を温存すべく、彼は静かに目を閉じた。


目が覚める。
痛む身体を起こすと、ベッドに座る彼女が見えた。
まだ眠いのか、うつらうつらと首が動いている。

「うーと……」
「ん? 何、おはよ」

近づく。
彼女はぼんやりとした表情でこちらを見上げ。
それから、やんわりと微笑んだ。

「ああ、おはよう。……ん…」
「シャワー、浴びる?」
「………」
「……違う、そういう、あの、そういうエッチな意味じゃなくてね?」

じ、と見つめられ、咄嗟に弁解する。
考えたことなどないと言えば嘘になるが。

「着替えがない以上、入れないだろう」
「あ、そういえばそうか。…俺の服じゃダメ?」
「ウートのスーツであれば恐らく問題なく着用出来るだろう」
「ん。ついでに買い物行こう」

はい、とシャツを貸すと、彼女は何の躊躇いもなしにバスルームへ姿を消す。






ところで、下着類は無かったが大丈夫なのだろうか。


今回はここまで。
ラストシーンばっかり考えて進まない症候群にかかってます

乙。ラスト気になるな

次回間違いなく裸ワイシャ(ry

乙です!


ウーフィアの漫才おもしろい(小並感)


致命的にギャグセンスと戦闘描写センスが足りてない感。
ところで個人的にホラー映画好きなんですけど、最近怖いの少ないですね。


















投下。


前述したように、安いホテルは曰くつきだ。
何となしに寒気がするのは、きっと気のせいではない。

「………」

振り返るのが怖い。
恐らく、『何か』が居る。
今まで死人とはよく関わってきたが、幽霊は怖い。
ロシア成教が駆除のプロだった気がするが、呼べるような人脈はなく。

「ふ、……振り向かない…」

絶対に、と心に決める。
ぎゅっと目を閉じ、祈りの言葉を並べ立てた。
そうすると、今度はシャワーの音が気になってくる。
ぱしゃぱしゃぱしゃ、という水音。
シャワーに不調はないらしく、彼女の上機嫌な雰囲気が伝わってきた。
彼女が心地良いバスタイムを謳歌していることは嬉しい。
非常に喜ばしいことなのだが、それでも。

(フィアンマちゃん早く上がってきて!!!!)

鏡の端っこに女が見えるような気がする。
そろそろ目の前が霞んできたので、ご勘弁願いたい。


シャワールームのドアが開いた途端、不穏な気配は消え去った。
やっぱり彼女は神聖な存在なのだ、と少年は確信する。
聖霊十式、『焚書棄録』。
意味はよくわからないものの、恐らくは神聖な性質を宿した人間ということなのだろう。
あの『腕』のようなものも、神聖さの一端なのかもしれない。
悪魔、天使、どちらに幅が揺れ動いても、異形は顕現するものだ。

「早かったねフィアンマちゃ、」

言いかけ、そちらを向く。
バスタオルの質が悪かったのか、彼女の身体は若干濡れている。
真っ白なワイシャツは水分を吸って透けるが、肝心な部分は見えない。

「…………、…」
「……ウートは、入らないのか」

やはり、下着は洗い始め、替えはないらしい。
細い脚を若干もじつかせ、所在なさげに彼女はそう問いかけた。

「あ、………」
「……ん?」

しっとりと水気を含んだ赤い髪から、ぽたりと水滴が落ちる。
見てはいけないものだと思えば思う程、視線を逸らせない。
女の体など見慣れたもので、別にわざわざ見るようなものではないはずだ。

「そ、そうだね! 俺! 俺も入ってくる! 何かあったら大声で呼んでね!!!」

ほとんど叫ぶように告げて、彼女の横を通り抜ける。
バタァン! と乱暴な音を立ててドアを閉めたことを僅かに後悔。

(…………ヌこうかな…)


自分を見るなり、すごい勢いでバスルームにこもってしまった。
確かにワイシャツ一枚はあまりにもみっともない格好だ。

「………」

幻滅されただろうか。
そもそも、幻想を抱かれるような美麗な容姿でもないが。

そんなことを思いつつ、ベッドに座る。
服を買いに行こう、と彼は言っていた。
衣服は与えられたものしか着たことがない。
シスターの無機質な採寸よりは、きっと面白いものなのだろう。

「……」

少し眠い。
随分長く眠ったはずなのに。

「……ウー、ト」

そういえば、まだ感謝をきちんと伝えていなかったような。
うつらうつらとしながら、毛布をたぐり寄せる。

出てきたことを後悔しないといえば、嘘になる。
彼にかけてしまうであろう重責を思うと胸が痛む。
それでもいいと彼が言ったのだ、今は甘えることにしよう。


所謂賢者タイムに突入し、シャワーを浴びながらため息を吐き出す。
彼女に手を出すようなことは、あってはならないと思う。
キス一つでさえ、彼女の笑顔を歪ませてしまうかもしれない。
ウート、ともう二度とあの声で呼んでくれないかと思うと身が震える。

「はー……そろそろ出ようかな…」

お湯を止め、わしゃわしゃとタオルで髪を拭く。
彼女と出て行く為に切ったからか、随分とすっきりしている。

「………」

鏡を見ながら、自分に向かって言い聞かせる。
別に、彼女は自分を好きだから一緒に来た訳ではない。
自分というたった一人の友人を失いたくないから頷いてくれただけ。
そんな彼女の心情に漬け込んで、自分が勝手に攫ってきただけだ。



部屋へ戻ると、彼女は若干うたた寝をしていた。
自分のガタイがもう少し良ければ、ワイシャツのサイズは大きくて。
もっとサイズが大きければ、彼女の肩なんかが見られただろうけれど。

(身体…鍛えたら、ムキムキになるかな?)

あまりにも不純な動機を抱え、彼は首を傾げる。
それから、おずおずと彼女を起こすことにした。


ショッピングモールは混み合っている。
ガヤガヤと騒がしい人ごみの中、少年は彼女の手をしっかり握っていた。
彼女の方はというと、赤いスーツに身を包んでいる。
男物だったが、それはそれでフィットしていた。
元は少年の持ち物なのだ、サイズに極端な差はない。

「すんごい混んでる。気持ち悪いとか、ない?」
「大丈夫だよ」

返答し、彼女は周囲を見渡す。
原典と屋根を見つめるだけの生活をしていたので、全てが物珍しい。
服を買ったら店で何かを食べようか、と彼は言う。
イギリス料理で美味しいのは朝食だけだと、本で読んだ気がする。
気がするが、無闇に却下したところで代案は出ないため、賛成した。

「……ウート」
「ん? なに?」
「……照明が」

天井に吊り下げられたシャンデリア状の照明。
つい最近点検されたばかりのそれは、風もないのに揺れている。

「落ちそう、じゃないか?」
「――――落ちるな、あれ。フィアンマちゃん、目ぇ閉じて」

言うなり、彼は少女を抱きしめて壁際へ走る。
次の瞬間、館内の全ての照明が消え、シャッターが閉まる。
人々のパニックを余所に、照明が次々と落下した。
かなりの重量を持った硝子や熱を持った蛍光灯が人の上に落ちればどうなるかは言うまでもない。

「ウート、前が見えな」
「良いんだ、見なくて」

面倒事からは逃げるに限る。
彼は非常口に向かおうとし、直前でシャッターが閉まる。


不愉快な男の声と、怪我人の泣き叫ぶ声が入り混じる。

「Ladies and gentlemen.殺戮ショーにお越しいただき、ありがとーうございます!
        さて、このショーの終了条件はただ一つ。そこの女の子を殺すことだ!」

ただ一つ、点灯したスポットライトを受ける道化師染みた男が指差した先。
少年の腕に抱きしめられた、赤い髪の少女。

ぐるり。

民衆の怯えは、一気に彼女の方へと向けられる。
合計232の悪意を持った瞳が、彼女を捉えた。


今回はここまで。
モブはちょいちょい出します。必要な範囲で(メインにはならない)


トリックスターのウートと高火力のフィアンマって相性良さげな感じ


モブの言い回し方がなんか乱数っぽいな。クズかっこいい感じ。


>>1はオレシルを書いてもいいと思う(期待)

乙。ウーさんは守り抜けるのか

オレシルって書いてなかったっけ?
ヤンデレ♂で


(オレシル書いたことあるよ! まあオレフィアに落ち着いたやつだけど)
来るの遅くなっちゃいました。



















投下。



痛いよぉ、と叫ぶ子供の声。
同時に、急いで治療しなきゃ死ぬかも、なんて無責任な男の声。

はじかれたように、ひと組の夫婦が動いた。

犯人を殺すような度胸や強さはない。
それでも、一人の少女を殺して事無きを得られるのなら、と思ったのだろうか。
或いは、犯人の望みを叶えることで、自分だけは逃がしてもらおうと考えたのか。

「そうそう、その子を最初に殺した人と、その家族は助けてあげちゃおう。
 いいルール。さいっこーだね。俺って天才なんじゃないの?」

思い出したように、催促の一言。
パニックを起こした民衆の腕同士がぶつかり、ひしゃげる。
お互いに、守るものの為、或いは逃げ出す為に敵意をぶつけ合う。

「……大丈夫。フィアンマちゃんは目を閉じて、何も聞かなくていい」

ぎゅう、と抱きしめる。
近づく腕をへし折って、彼女を後ろに隠した。
告げた通りに、彼女は目を瞑っている。


「ねえフィアンマちゃん、マッチって創れる?」
「マッチ…? つい最近作ったようなもので良いのか」
「うん。あんな感じでいいからさ、」

ものの数秒で、一本のマッチを手渡される。
本当は彼女に夢を見せる為の術式だったが、致し方ない。
今この瞬間だけ、改造して使うことにしよう。
むしろ、こちらの方が正しい使用用途なのだから。

「『マッチは明るく燃え、』

もらった一本を、壁に擦りつけて。

「『その明かりが壁にあたったところはヴェールのように透け』」

フィアンマとウートガルザ・ロキの姿が、徐々に薄れる。

「『部屋の中が見えた。―――テーブルの上、雪のように白いテーブルクロス』」

天井や天気を無視して、雪が降り出した。
大雪に、民衆は凍えて座り込む。

「『嗚呼、その上には豪華な磁器。焼かれた鵞鳥、リンゴと乾した果物が詰められ』」

優しい口調の詠唱と共に、殺意を持っていた民衆が床へと倒れこむ。
重石でも乗せられているかのように暴れる人や、瓶へ詰め込まれたように硬直する人。
天井無視の雪は止み、ふざけた様子の男以外は、強く吹き付ける吹雪の力で開けられた非常口の外へ。
バタン、と強い音を立てて、非常口が閉まる。それは、少年の怒りを表現しているようにも見えた。


「その歳でマッチ売りの少女? サムいね」
「俺自身もそう思うさ。んで、何で彼女を殺すんだ?」

フィアンマが耳を塞いでいることを確認してから、問いかける。
男は、いつの間にかボールに腰掛けていた。
巨大なバランスボールのようなものだ。
道化師染みた格好で腰掛けている為、よく似合っている。
にやにやと白塗りの顔に不気味な笑みを浮かべ、男はジャグリングをし始める。

「『それ』がローマ正教の重要な武器だから」
「………『それ』? …って、言ったか?」
「訂正しろってー? ないない。実際、そいつは武器で、物でしかないんだし」

ジャグリングの手が止まる。
少年の詠唱と、道化師の攻撃が同時に放たれた。
ジャグリングしていたものは、ボーリングのピンのような霊装。
空中で爆発し、無数の投げナイフが向かってくる。

「防げないなら――――」

両腕を広げる。
顕現した巨大な『山』に、投げナイフは突き刺さった。

「――――当たらせない」
「はっはあ、かっこいい!! んだけど、」

天井から、ボールが降ってくる。
表面には、血管でも浮き出ているかのような蠢き。

「コイツだったら、どうなるかなあ!!?」

(ッ、)

生理的な嫌悪感。
少年は少女を抱きかかえ、床を跳んで転がる。


びちゃびちゃ、と床に散らばったのは、蛆虫。
うごうごと蠢く虫達は、床に魔法陣を構成する。
白い光が放たれ、やがて顕現されたのは。

「……『白蛆の女王(ルリムシャイコース)』…?」

奇しくも、少年の用いた『山』の記号を流用された。

「殺すのにあたって、方法を選ぶ必要なんてないもんなー?
 Boys and Girls. オネンネの時間だ、おやすみー」

血液の様に赤い小球体が、ぼたぼたと落ちる。
あれに触れては危険だ、と全身が総毛立った。
その術式の正体を看破し、フィアンマは不安げに少年の服を握る。
流石に、黙って目を閉じてはいられなかったらしい。

「……ごめん。嫌なモン見せて」
「ウートは悪くあるまい。……、…」

巨大な怪物からは、無数の蛆が湧いては地を這う。

「ウート…」
「……ちょっとだけ、離れる」

二十秒で戻る。

彼が告げ、彼女は数えた。


「いち、に、さん……」
「ところでおっさん、隠れ鬼って知ってる?」


「な、にが……?」

だくだくと流れる血液に、道化師は目を瞬いた。
身体が重く、立ち上がることがどうにも出来ない。
そんな男の頭を踏みつけ、少年は首を傾げた。

「『隠れ鬼』。日本の子供遊びから着想を得たんだけど、結構使えるな。
 "鬼(かのじょ)"が数を数えてる間、俺の姿は鬼にしか見えない。
 これが一つ目ね。んで、二つ目が恐れ返し。
 おっさん、あの化け物完全に支配下に置けてなかったっぽいなーって思ってさ。
 完全に支配出来ない理由は何かって考えたら、やっぱ怖いってことに落ち着く。
 俺自身も怖かった。っつーかキモい。彼女もそう考えた。そういう感情をダイレクトに、増幅させて伝達。
 無意識下でおっさんの恐怖キャパが限界を迎えて化物を消した上に気絶。
 今に至る。ハイ説明終了。ついでにあんたの人生も終了予定なんだけど、遺言ある?」

ぐりぐりー、と蟻でも殺すかのように踏みながらの問いかけ。
足の位置を背中へ移動し、少年はにっこりと笑みを浮かべてみせた。
かつて数多の女性を魅了した、魅力的で陰のある笑顔だ。

「ゲームオーバー」

サッカーでもするかのように、頭を蹴る。
とてもとても嫌な音がして、ゴキャリ、と首が折れた。

「にじゅう、………ウート。もう目を開けても、」
「ごめん、後片付け用にもう三十秒もらってもいい?」


「結局あの場所じゃ服買えなかったね」

やれやれ、と少年は肩を竦め。
こじんまりとした洋服店で、彼は彼女の選ぶ服を眺めていた。
少年の方は、既に購入する服を選び終わっている。
服選びに時間がかかるのは男より女と、相場は決まっているものだ。

「逃げてきてしまったが、大丈夫だったのか?」
「面倒事に巻き込まれるよりはマシ」

万が一逮捕されると更に面倒である。
まして、魔術という存在がおおっぴらに露呈するというのは。
流石に、科学と魔術のバランス位は理解しているつもりで。

「……この辺りはどうだろうか」

ワンピース系統は、上着のあるなしである意味一年中着れる。
フィアンマちゃんが気に入ったものなら、と少年は頷いた。

「………さっきは、…怖がらせて、ごめんね」
「ウートのせいではない」
「俺がすごく強かったらものの数秒で終わったのになー、って」
「ウートは強いよ。俺様が認める」

てきぱきと服を手に抱えていき、彼女がはにかむ。
少なくとも、彼女にとって少年はヒーローだったから。

「……ん。…お昼食べに行こう」
「おやつ時になってしまったがね」
「じゃあお菓子も食べる?」
「………おかし…!」


今回はここまで

乙。どうなっていくか期待。


聖なる右はまだ反動とか大きそうだもんな、おいそれとは行使できないか


ウーさんはやれる男だな、かっけえよ

乙。ウートさんすげえ
>>1>>101知らなかった申し訳ないです
スレタイとかヒントとかもらえるとありがたいんだが…

フィアンマ それで、いつ結婚するんだ? でググれ

>>114ありがとう、読んでくる


フィアンマSSを書いて食いつなぐ仕事に就きたかった。



















投下。


底の深い、ガラス製の器。
コーンフレークと、小さくカットされたスポンジケーキ。
それらがぎゅうぎゅうに押し込められた上に、チョコソース。
その上にはソフトクリームがたっぷりと乗せられて。
白くそびえ立つ甘味の山に刺さっているのはチョコレートプレッツェル。
ソフトクリームの白と同化してしまいそうなホイップクリームを大量に。
舌の上でとろけるプリンをまるまる一つ、器の余剰スペースへ。
最後にブルーベリーソースとチョコレートソースをかけて出来上がり。

所謂チョコレートパフェである。

長く細いスプーンで、フィアンマはソフトクリームを掬っている。
チョコレートソースとブルーベリーソースが入り混じっていた。
甘い匂いは食欲をそそり、彼女の目を輝かせる。

(かわいいなー……)

『腕』だの廃書図書館だのと彼女は自身を醜いと考えているようだが。
自分からすれば、いつでも窓越しに笑いかけてくれていた可愛い女の子だ。
何人に命を狙われようと、武器だと呼ばれている立場であろうと。

「おいし?」
「ん?」

フィアンマは少年を見やり。
それから、スプーンにソフトクリーム、生クリーム、コーンフレークを掬いとる。
そして、にっこりと笑みを浮かべたまま少年の口元へ。


「んー、うっま。元が1ならフィアンマちゃん効果で2000は堅いね」
「俺様効果?」

軽口を叩き、少年は満面の笑みを浮かべる。
彼女の恋人などと嘘をつくつもりはないし、思い上がるつもりもない。
だけれども、好きな女の子に『あーん』をされて喜ばない訳もない。

「今度は俺からあーんしていい?」
「……ぁ」

スプーンを手渡し、フィアンマはおとなしく口を開ける。
なついた子兎みたいだ、とぼんやり印象を抱きつつ、少年も同じく食べさせる。
むぐむぐ、と黙々、口が動く。
二口目を要求し、もう一度口が開いた。
にこにことしながら、少年は彼女の望むまま食べさせていく。
甘やかすことに異論はなかった。そして、そうしている自分も好きだった。

綺麗なものと一緒の空間に居ると。
こんな自分でも、綺麗になれる気がして。

「暫くのんびりしよっか。観光とかしてみたいし」
「大英博物館(アーセナル)に興味がある」
「ああ、有名だよね。明日行こ」


翌日。

少年はというと、残念ながら風邪を引いてしまったのだった。
ううう、と無意味に唸りながらベッドに臥せっている。
フィアンマはというと、彼の様子をおろつきながら見守っていた。
誰かを看病した経験などないので、てきぱき動けるはずもない。
本で読んだ知識では、と医療知識を引っ張り出してみるが、時代が古い。

「うー……さむい…」
「毛布を足せば…良いのか?」

本来自分の分である毛布も彼に被せ。
フィアンマは彼から離れると、備品冷蔵庫に近寄った。
モーニング用の塩だとか、コーヒー用の砂糖だとかが入っている。
ほかには、サービスのミネラルウォーター。
欲を言えばクエン酸かリキッドレモンも欲しかったが、贅沢は言っていられない。

「配分は確か……」

スポーツドリンクを購入するという発想はない。
なので、水と砂糖、塩を配合して経口補水液を作ることにした。
砂糖を多めに配合すれば、飲み辛いということはないだろう。

「出かけられなくてごめん、」
「気にするな。大したことではない」

むしろ、少年の体調の方が一大事である。

(連日、戦わせてしまったから)

本来なら、自分への刺客と自分で戦うべきだ。
それを、好意に甘えて目を閉じていた。
反省するべきだろう、と静かに自省する。
とはいえ、落ち込みよりも先に看病の方が先決だ。


「何か食べたいものはあるのか?」
「うー……なんだろ、…やわらかいやつ…」
「……カスタードクリーム…?」
「カスタードプティングの方かなー…」

作れない、と落ち込む彼女を見やり。
少年はのろのろと動き、財布を引っ張り出す。
その中から幾ばくかの金を抜き、小さな別の財布へ押し込んだ。
作業こそ乱暴だが、彼女に手渡す時だけ優しく。

「ここのホテル、一階に売店っぽいのあったんだよね。
 だから、…けほ、……何かこう、…プリンっぽいの、買ってきてもらっていい…?」
「柔らかいものならゼリーでも良いか?」
「ん、任せる」
「わかった」

財布を受け取り、彼女は迷いなく部屋を出て行った。
使命感に燃えている様子だったが、会計だとか、そういうのは大丈夫なのだろうか。

「う………」

しかし、起き上がれない。
せめて何も事件が起きませんように、と少年は祈って目を閉じる。
そのまま、意識は深淵へ引きずり込まれていった。


「飲み物と、……柔らかいもの……」

うろうろ。

小さな売店の品物棚を眺め、フィアンマは首を傾げる。
何せ、今まで買い物というものをしてきたことがないのだ。
世間知らずの箱入りお嬢様どころの話ではない。
洋服購入時の少年の所作を見て、会計位は進行出来るだろうが。
店員に聞いてみるだとか、そういう発想はないのである。

「………これか?」

首を傾げたままに、棚へ手を伸ばす。
袋に入ったゼリー飲料である。チョイスは悪くない。
朝食向け、と書いてあるが、朝食である必要はない。

「後は……」

慣れない買い物を一時間かけてどうにか終わらせ。
それから、フィアンマは部屋へと戻って来た。
既に寝入っている彼を見、そろそろと品物を冷蔵庫へしまう。

「……よく、寝ているな」

近寄り、寝顔をじっと眺める。
眠っていると、自分よりも幼く見えた。
あどけない、と表現して良いものか。

「…すまない」

もう無理はさせないぞ、と心中で宣言しつつ。
手を伸ばし、少年の頬に触れようとした瞬間。





「見つけましたよ。焚書棄録」







男の声が、背後でいやに木霊した。


今回はここまで。

乙です

乙ですの

甘いな

乙でし



多くのフィアンマスレを支えてくれたAのキーが完全に死亡しました。
二代目で打ってます。














投下。


何も考えていなかった。
ただ、振り返っただけだ。
揺れる右手に呼応して、化け物の腕が身動く。
それは鋭く男の身体を掴み、握り締める。

ちょうど。

雑巾を、固く堅く絞るような。

「ぎ、」
「………ウートが起きてしまうだろう?」

寝室ではお静かに。

左手人差し指を唇に宛てがい、彼女はそう言った。
そうして、左手をそのまま、手近の袋へと。
原典を灰にした粉。廃書の素。

「―――廃書の一。『殲滅の書』」

魂までをも燃やし尽くす知識の詰められた偽書だった。
原典の一部に魔力を通し、手に納まる程度の威力にしたもの。
魔法陣としてそのまま機能する廃書から、そっと手を離す。

男の表情は怯えていた。
傲慢なる廃書の姫君は、にこりと笑った。

「達者でな」


「………ん?」

焦げ臭いような、血液のような。
熱した鉄の臭いというべきなのか。
そんな刺激臭で、少年は目を覚ました。
一秒間だけ思考を働かせ、がばっと起き上がる。
熱が完全に下がった訳ではにないので、目眩がする。
しかし、火事だとすれば眠ってなどいられない。
まずは彼女と一緒に逃げる手段を講じなくては。

「フィアンマちゃん、何処!?」
「ここだよ」

のそ。

少年の隣、毛布の中から彼女が出てきた。
首を傾げ、微笑んでいる。いつも通りの綺麗な微笑だ。

「……びっくりした。何か臭くない? 火事?」
「先程ボヤ騒ぎが起きたようだが、解決したそうだ」
「ふーん、そっか」

仮にそうであった場合、部屋の天井に取り付けられた火災報知器が鳴るはずで。
だが、少年は気にしない。彼女が白だというのなら、黒だって白だと信じてみる。

「寝てた? 気づかなかった」
「うたた寝していた。熱は少し下がったようだな」
「看病ありがと。…ただちょっと頭痛するから、着替えてもっかい寝たいな」
「ああ、わかった」

彼女はベッドから抜け出し、鞄に近寄る。
少年の着替えを用意しようとしているように見えて。

「い、いい! 自分で用意するから!!!」

少年は思わず叫ぶ。
流石に、好きな女の子にパンツを触られるのは居心地が悪い。


長引く風邪だったな、と少年は思い返す。
彼女はというと、現在、彼の服を握っていた。

二人の現在地。

世界最長最大のホラーハウスである。
もとい、仕事を頼まれたのだ。
魔術師に頼ろうと思う人は、世界に少なくない。
魔術結社ではなく、無所属の個人魔術師に、という人も。
依頼された内容は単純で、『ホラーハウスに起こっている怪奇現象の解決』。
幻術を専門とする少年としては断ろうかと思ったものの。
食い扶持などを考えたのか、彼女が『請け負う』と回答したのだ。
悪魔祓いの才能は、幽霊にも通用するらしい。

「一応、教皇さんから指定は受けている」
「任命されないとやっちゃいけないんだっけ」
「いや、そんなことはないが」
「……無理しなくても良かったんだよ? 怖いでしょ、正直」
「ウートばかり働かせる訳にはいかない」
「………その気持ちはありがたいんだけどね?」

正直なところを言えば、帰る場所で居て欲しかったりする。
辛い思いは自分一人で耐え切れるが、癒されることは一人では出来ない。
戦場に居て欲しいだなんて、ほんの少しも思わない。


ガタゴト。

営業停止中のホラーハウスにも関わらず。
黒い円筒形のモノが、動いた。
虫か、鼠か、いろいろな可能性を考えた。
だが、掃除はきちんとなされているし、何よりも。
こんなに重量感のあるものを、そんな小動物が動かせるとは思えない。

「………これが件のやつかな」

呟きながら、少年は彼女の手を握る。
警戒しながら、円筒状のものを見つめる。

やがて。

その円筒形のモノの表面に、無数の唇が浮かび上がる。
唇は自然な動きを見せ、思いの他可憐な少女の声が聞こえた。

『ここはどこ?』
「……迷子かな?」

円筒形の何かの声と、彼女の適応性の高さにずっこけそうになりながら。
信じがたいが円筒形のものも少女なのだろう、と少年は思うことにした。
何となく、円筒形のものを否定すると、彼女も傷つくような気がした。

「迷子だね。名前は?」
『名前? 忘れた。貴方達は?』
「ウートガルザ。彼女はフィアンマちゃん」
『貴方達も迷子?』
「そういう訳ではない。どちらかというと、」
『………』

ゴトゴト、と黒い円筒が動く。
少年はちょっぴり考え込み。

「迷子を保護する方、かな?」


円筒形の少女を連れ出して数時間。
依頼達成の報酬金を少年が脳内で計算していたところ。

「おー、いたいた。二日間もどこ行ってたんだか」

銀髪を三つ編みにした少女だった。
彼女は円筒少女に近づき、苦笑いしながらぽんぽんと軽く叩く。
円筒少女は喜んでいるようだった。なかよしらしい。

「保護してくれてどうもね」

それじゃあ、と銀髪の少女は踵を返す。
早く行くよ、と円筒少女を急かしている辺り、誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。

「悪魔とか幽霊じゃなくて良かった…のかね?」
「俺様としてはそう思うよ。普通の人間だったしな」

そうだね、と相槌を打ち。
少年は空を見上げ、その空模様に嫌そうな顔をした。

「雨降りそうだね。帰ろっか」
「ん。…そういえば、ヒコーキのチケットは」
「取れたよ。パスポートの偽造も上手くいったし」
「それで、次は何処へ?」
「何処が良いかな。日本とかどうかなーってちょっと思ってる」
「………サムライはいるのだろうか」
「多分居ると思う。超居そう」


今回はここまで。

(-人-)
葬儀場はどちらで...?

乙。数々の名シーンとドラマを彩ってきたAちゃんに追悼とご冥福をお祈りしゃーす。

そして二代目Aちゃんに過度の期待を。


半蔵の末裔が居るんだ、侍がいてもおかしくはないぜ禁書世界のジパングは

キーボードのAちゃんの安らかな眠りを祈ってます

Aちゃんも>>1も乙です


キーボード:A…いいやつだった…葬儀しよ














投下。


空の旅は意外にも快適なもので。
危惧していた襲撃やテロなんかにも遭わなかった。

「……ウート」
「んー?」
「ウートは、俺様とあの場所に居た頃何の仕事をしていたんだ?」
「………」
「この間稼いだ金を抜きにしても、所持金が随分と多い。
 子供の小遣いを貯蓄した程度には見えない。…どう稼いだんだ?」
「…………知る必要、ある?」

キャリーバッグを二人分引っ張り、彼は聞き返す。
その後ろ姿に、フィアンマは暫し躊躇して。

「聞かれたくないこと、だったか。…すまなかった」

素直に謝った。
少年は振り返り、慌てて首を横に振る。

「ああいや、その、聞いても楽しくないかなーって!!」
「……俺様は、知ることが出来るのなら、ウートの事は何でも知りたい」

つまらないとは思わない。
首を横に振る彼女に、少年はわずか三秒で長々と過去を作った。
重要な嘘話をする時のコツは、その時間だけでも自分の話す内容を事実だと思い込むこと。


「実は俺、貴族の家の出身でさ。
 取り潰しになるから、家を出なさいって金を持たされたんだ。
 だからほら、この街には居られないって言ったでしょ?
 同情の目が心地良いのは最初だけだってわかってたからね」
「そうだったのか。……なるほど」

うんうん、と彼女は疑いもせず素直に相槌を打ってくれる。
罪悪感を心の片隅に追いやって、少年は笑みさえ浮かべてみせる。
彼女に嘘をつくか、軽蔑されるかならば迷わず前者を選ぶ。

「だから、やましいお金じゃないよ。信じてくれる?」

大嘘だ。
人を殺し、踏みにじって得たお金だ。
しかし、金銭は金銭だと、少年は思っている。

「ウートの言う事なら、何でも信じる」

初めて、彼女に嘘をついてしまった。
自分を飾る為の低俗な嘘だ。
これ以降は絶対に嘘をつくまい、と心の中でひっそりと誓う。

「ホテル見えてきたね。結構デカいな」
「日本国内全国展開のチェーンホテルらしい。土地も多く購入出来るのだろう」

チェックインを手短に済ませ、部屋に入る。
この間のポルターガイスト騒動で得た収入は、暫く保ちそうだった。



「ん………」

ツインベッド。

脚を限界まで伸ばしてようやっとつま先があちらのベッドへ届く程度の隙間。
それだけの空間を置いたベッドの上、少年はごろんと転がった。
彼女の方はというと、既にすやすやと眠っている。
良質な毛布を随分気に入ったらしく、しっかりくるまっていた。

「…………ごめんね」

嘘をついてしまったことを、バレないように謝る。
苦渋の選択だったし、話さないという選択肢を打ち消したのは彼女だ。
別に全てを彼女のせいにする訳ではないが、仕方のないことだ。
世の中には嘘をついた方が丸く収まることが沢山ある。

「う………と…」

幸せそうな表情で、彼女は夢を見ている。
そんな和やかな寝顔を、いつまでも眺めていたいと本気で思う。

「……フィアンマちゃんは、俺にとっての夢だよ」

彼女に何処まで逃げるのかと問われ答えた『綺麗で、暖かい場所に行こう』という言葉。
予てより思っていたことだ。彼女と二人きりでそこへ行くことが、今の夢だ。
それが叶って、彼女の幸福そうな笑顔を見られるのなら、もうそこで死んでしまっても構わない。

「フィアンマちゃんは綺麗で、俺と違って穢くないから」

残念だけれど、キス一つ許されはしないだろう。
自分自身、それを自分に許してはいけないと思うのだ。
彼女は、彼女に相応しい、それこそ先の話に出たような貴族の子息やどこかの王子様が相手になるべきだ。
自分のように、薄汚れた娼夫上がりの男が愛して良いような存在ではない。

勘違いをするな。

彼女には今、自分しか居ないから頼ってくれているのだ。
彼女を支えられ、彼女を心から愛する清廉な男が出てきたら、迷わず身を引くべきである。
時間の経過と共に、戒めの感情は日に日にキツくなっていく。

「………できるかな」

自分の気持ちに嘘をつくことは、この世界で一番難しい。


「…………」

目を開ける。
夜ふかしをしていたのか、目の下に薄くクマを滲ませた少年が見える。
自分を守る為に起きていたのだろうか。だとすれば申し訳ない。

「………」

目元を擦り、ふらふらと立ち上がる。
瞬間湯沸かし器は無料で使用が可能。
使いこなせれば、ガスを使うよりも早くお湯を沸かせる。

「……説明書…使い方か」

持ち前の知識欲で探し回り、無事電気式瞬間湯沸かし器(でんきぽっと)のマニュアルをゲット。
隅から隅までじっくりと眺め、内容を頭に叩き込む。
攻撃してこない平和な本は大好きだ。何しろ疲れない。

「いち、水を入れる……」

蛇口を捻る程度の作業は普通に出来るので、水を注ぎ。

「に、台座へ置く。さん、電源をコンセントに…」

既にコンセント穴へ電源コードが差してあることを確認。

「よん、スイッチを押す…これか」

かこ、と軽い音を立ててスイッチが沈む。
しゅいー、という機械音が聞こえてきた。

「……後は通常通りか」

紅茶ポットに茶葉などをセッティングすれば完了である。
と、丁度良いタイミングで少年が起きだしてきた。
数度欠伸を噛み殺している辺り、まだ眠いらしい。

「おはよう、ウート」
「おはよフィアンマちゃん」


日本は目立った宗教色のない国だ。
強いて言えば神道や仏教だが、他宗教にも寛容、または無関心。
故に、他国よりは安心して出かけることが出来る。

「やっぱ外国人向けと国内向けじゃお土産ラインナップ全然違うね」
「ライスケーキをタイトルに据えた菓子が多いな」
「そだね。けど、メロンもちはどうかと思う」
「メロンクリームをギュウヒ? で包んだ商品だそうだが」
「口当たりは柔らかくて良いかも。欲しい?」
「六個は流石に多すぎる」
「んー。とりあえず他回ろう」

ジャパニーズ民芸品は一部彼女の知識にあるらしく。
ややテンション高く民芸品を眺めて目を輝かせる様は愛らしい。
少年と同い年ではあるのだが、ところどころ幼く思えるのは閉鎖環境に居たからだろう。
逆に、少年の方は『知りすぎて』しまっているために大人びた考えを持つ。

「今でこそ民芸品の意味合いを持つものの、昔には供養の役割を果たしていたものが」
「拷問の歴史みたいなのは要らないから。俺はともかく他のお客さんの心によくない」

彼女を落ち着かせ、ソフトクリームを購入。
フジリンゴ果汁10%使用と銘打たれたそれはほどよく甘く美味しいらしい。

「甘すぎるということがない。シンプルで好みだ」
「良かった。ティラミス味もあるよ」
「……あの味を表現出来るのか? ソフトクリームで?」
「日本人って具現化得意だからね。八百万の神様発想なのかね」

一口もらい、少年は首を傾げる。

「………お」

彼の視線は、黒髪の少女に向いていた。
自分と同い年位の少女である。
彼女はお土産コーナーのお菓子をじっと眺めていた。

「……どうか、したのか?」
「………いや」

少年の好みではない。
ただ一つ気になるのが、纏う雰囲気だ。
何というのか、戦い慣れた雰囲気というべきか。
腰に差している日本刀のようなものは、もしや霊装か。

(いや、多分気のせいだよな…?)

不安を忘れようとしたその時。

「…………もしや」

少女の方から、声をかけてきた。

「『焚書棄録』……?」




とある単語が彼女の口から出た直後。
『人払い』により、店主を含む客達が、一斉に店を出て行く。



今回はここまで。
別に戦わないです。多分次回ヤキモチ回。


神裂のねーちんかな?

乙。嘘つきウーくんと壊ry

次回ねーちんかな


ウーさん卑下しすぎてて悲しいぜ…気持ちが報われてほしい…


>>146
「ウートは俺様を助けてくれる。廃書館の時も痛みから助けてくれた。(以下省略)
 ずっとずっと俺様の味方。だからウートは俺様を苛めない一緒にいてくれる一緒に一生裏切らない嘘つかない」
「……よしよし」

違和感なかった。けど今回はフィアンマちゃん、ヤンデレじゃないんですよ。












投下。


少年の敷いた『人払い』に、黒髪の少女は若干身構える。
対して、少年は無表情できっちりと戦闘体勢に入っていた。
彼女を知る人物が全て敵だとは思わないが、味方だとは思えない。
少女は凛とした性格らしく、落ち着き払って。

「……落ち着いてください。
 私はあなた方と戦闘を行うつもりはありません」

彼女はこの世界でも珍しい『聖人』だ。
『神の子』の身体的特徴を持ち、『聖痕』を解放することで莫大な力を扱う。
通常の人間とは比べ物にならない腕力や耐久力といったところだ。

「……彼女の事を知ってるのは良いが、指摘してくるってことは」
「そう、ですね。少々無遠慮が過ぎました、お詫びしましょう。
 私は神裂火織。…イギリス清教、『必要悪の教会』の一人」

名乗りを上げ、彼女は頭を下げた。
少年はようやく戦闘体勢を解き、思い浮かぶまま問いかける。

「……彼女に、何か頼みごと?」
「………はい」


神裂が語るところによると、友人が特殊な病気(?)を抱えているらしい。
それは脳の構造上致し方なく、避けられない。

一年に一度の記憶消去。
確実に履行しなければ、記憶で脳を圧迫されて彼女は死ぬ。

どうにかしたくて、今まで足掻いてきた。
それでもどうしようもなくて、幾度も絶望してきた。
この先もずっと、こうして記憶を消し続けるのは嫌で仕方がない。

「脳の構造を変えるとか」

少年の提案に、少女は黙り込む。
絶対記憶能力を消すという提案には賛成しかねるらしい。

「…その友人とは、禁書目録か」
「………、…聞かないでください」
「では、そうである前提で話そう。不可能だ。打開する方法はない」

はっきりと言い切り、フィアンマは窓の外を眺める。
素っ気ない言い方だった。神裂は静かに項垂れる。

「……やはり、禁忌の原典を結集した力でも、…彼女を救うことは」
「出来ない」
「……フィアンマちゃん」

あまりにも言い方に希望がなさすぎるのでは、と危惧した少年とは相反して。
神裂は、緩やかに首を横に振った。

「いえ、わかっていましたから」
「……神裂火織と言ったか」
「? ええ」
「生年月日を述べろ」
「? 何故でしょう」
「"未来を支配"してやる」


フィアンマの保有する知識は、それ自体が害意のあるものばかりだ。
純粋に未来を予知する、ということは出来ない。
だが、あらかじめ決められた運命を不幸な方向へ傾ける事は出来る。

「不幸な方向、というと…」
「……お前にとってはやや不服のある方法で、その友人が救われるようにする」

『聖人』は基本的に幸運なので、不運な期間を作り出す。
究めた科学がタイムマシンという結果をいつか導くように、悪意ある知識を組めば未来を操れる。
悪い方向にしか出来ないのが難点だが、仕方がない。

「…あの子が助かるのならば、私は何でも構いません」
「わかった」

生年月日や名前を聞き出し、店内のお土産を勝手に配置する。
人一人の辿る未来をたった一部でもねじ曲げようというのだから当然の準備だ。

「――――廃書の三十五、『因果喰いの奇蹟』」

灰を握り、詠唱と共に手を開く。
現出させた原典を霊装として使い潰し、因果を書き換える。
がくん、と神裂が意識を喪った。

「うまくいった?」
「……と、思うが。一応、不運の塊を大きく設置はした」




「へっくしゅん!!」

その頃。
すっかり学園都市にも慣れたツンツン黒髪の少年は大きなくしゃみをしていた。


視線が痛い。

神裂火織を背負い、豊満な柔らかい感触を背中に受けつつ、ウートガルザ・ロキは冷や汗をかいていた。
どうにも愛しの廃書姫の視線が恐ろしいのである。殺意すら感じる。
何か悪いことをした覚えはないが、心当たりとしてはこの背後の少女か。
しかし、意識を喪っている女の子を放置というのも気が引ける。
敵ではないし、感じは良かった。心優しい少女なのだろうとも思う。
そんな考えすら読み取って不愉快に思っている場合、もう弁解しようがない。

(早く起きて、早く。はやく!!)

心の中で叫びつつ無心で歩く。

「んん………ふふ」

ふにゃん、と柔らかく笑み、彼女は少年に抱きついた。
軽く首が締まり、いっそう柔らかな感触が背中に押し付けられる。

「……………」

もう振り返る事は出来なかった。

フィアンマがどんな顔をしているかどうか、考えるのも怖かった。
やきもちをやく女の子が可愛いのは絵本の中だけである。



「何から何までお世話になりました。ありがとうございました」

深々と頭を下げ、神裂はフィアンマを見やる。
そして、もう一度頭を下げてお礼を言った。

「約三年後。お前は不幸を実感すると共に、友人が救われる状況に身を置く」
「はい、肝に銘じておきます」

長いポニーテールを揺らし。
もしも友人が救われた暁にはきっと恩返しを、と彼女は宣言する。
どうやら随分と義理堅いサムライガールらしい。

「ところで、お二人はこれからどちらへ?」
「んー。あんまし決めてない」
「そうでしたか。ではこれを」
「ん?」

渡されたのは、遊園地のチケット。
『聖人』特有の幸運のせいで当たってしまったらしい。
ペアチケットな上、神裂は本日中に日本を発つのでこのままでは無駄になる。

「もしも暫く滞在なさるなら、どうぞ」
「ありがと、火織ちゃん」
「か、……いえ。では、私はこれで」

呼ばれ慣れない下の名前で呼ばれ。
彼女はもごつくと、背を向けて去っていった。

「………すー」
「…フィアンマちゃん? あの、公衆の面前で原典の灰飲むのやめて?
 どんな効果なのかわかんないけど危ないクスリにしか正直見えな」
「やはり呪っておくべきだったか、あの女」
「なんで!?」


今回はここまで。
灰が全部なくなると…?

乙です


神裂さんは禁書の中でも色々と可愛いからね、仕方ないね

乙。灰が全部なくなる時って色んな意味で終わる時じゃね?

かんざきさんじゅうごさい(恐らく)、既にポヨンポヨンか…


ねーちんの義理堅いサムライスピリットいいよね。可愛いらしさもあって。
フィアンマちゃんのやきもちはシャレにならないがやはり可愛いww


お久しぶりです。
このスレ一番のヤンデレはトールくんになりそうで迷っています
近頃全然書けない











投下。


もらいものは有効活用すべきだ。
どのみち目的が逃亡でしかない旅なのだ、遊んで楽しむのも悪くない。

「どれから乗る?」

神裂から貰ったチケットでやってきた遊園地。
いかにも一般的なアトラクションしか見当たらない。
二人揃って、親と遊園地に来た記憶などない訳で。
どれから乗れば良いのか、いっそガイドが欲しい程だった。

「怖いのから入ってみようか」

ウートガルザ・ロキ少年は心理学という分野において科学的な知識も持つ。
彼の頭へ咄嗟に浮かんだのは『吊り橋効果』という言葉である。
ジェットコースターや心霊体験(模擬可)による心拍数増加。
及び緊張や興奮などを直近の相手に対するものと錯覚する心理効果。
たとえどんなに自戒を言い聞かせても、身体は自分の気持ちに素直なものだ。

「出られるだろうか」
「…大丈夫だよ。多分」

恐怖脱出迷路、と銘打たれた巨大ホラーハウス。
目的は、浅い井戸から腕を取り出し、女の子につけてあげること。

「…道の途中から他の人と合流したら怖くなさそうだよね」
「そう、だな」


ホラーハウス突入後、既に十五分。
フィアンマはというと、少年の服をぎゅっと掴んでいた。
今のところ、微かに聞こえるBGMが恐ろしいだけだ。
室内は暗く、足元にはところどころ水たまりが見える。
長い長い廊下、側面にはいくつも扉があり、自力で入らねばならない。
多くの部屋の中に一つ、井戸がある部屋がある。
井戸で腕を拾い上げた後、少女の居る部屋を探し、腕を戻してエンド。
腕を戻すところまで終えなければ、正規の扉は開かれない。

「………ウート」

悪魔祓いは出来ても幽霊は怖い。
琥珀色の瞳が泣きそうに見え、少年は慌てて彼女の髪を撫でる。

「や、やっぱ辛い? 出る?」
「……始めた以上は、やり切るべきだ」

意外にも雄々しく言い切り、彼女は少年の腕を握った。
正確には腕を抱きしめた状態である。

「…………!!」

正直に言えば、少年としてはこの柔らかな感触などとうに飽きている。
が、故に、彼の恋愛観は非常に女性的であり。
相手次第ではときめきという感覚を避けることが出来ない。

「い、…井戸! 見つけよ!」
「手近な部屋から捜索しよう」


八つ程部屋を巡り、ようやく井戸を見つける。
底が見え、赤い水に腕が沈んでいる。
人形の腕だとわかっていても気味は悪い。
だからといって女の子に腕を拾わせるなんて出来ない。

「う……」

無理無理無理、と連呼しつつも手を突っ込んで引き上げる。

「……生々しいな」

ぽつりと呟き、フィアンマは少年の腕を強く抱きしめる。

「…まあとりあえず回収は出来たし、後は女の子探せば良いのか」
「………ウー、ト」
「…ん?」

彼女の視線の先。
後ろを振り返ると、そこには女性が立っていた。
腹部からは内臓めいた何かが蠢いている。

一気に身体が冷える。

一歩ずつ下がり、三歩まで下がったところで走り出す。
開けていなかったドアは残り三つ。
運試しだ、どのドアかはまったくわからない。

(どれに、)

視線を走らせる。
迷っている間に、彼女が赤い扉の部屋を開けた。


ちょこん、と椅子に座っているのは女の子の人形。
右腕がもげている。えげつない傷口メイクだ。

「くっつけたら勝手に繋がるのかな?」
「接続部は見当たらん。恐らくそうだろう」

いそいそと取り付ける。
ぐぶ、と厭な音がして、女の子の脚が動いた。
何度か痙攣を繰り返し、やがてがくりと項垂れた。

がっ

背後から大きな物音。
振り返れば、扉をこじ開けようとする大量の指が見えた。

「……」

ふる、とフィアンマの華奢な脚が震える。
少年は腕を伸ばし、彼女を抱き寄せて出口へ向かって走り始めた。

「ウート、は」
「ん、なに?」

息切れしない程度に、光射す出口へ一直線に走りながら少年は聞き返す。
彼女は、少し躊躇った所作の後に。






「……俺様が怖いと感じたら、いつでも助けに来てくれるか?」
「行くよ。…フィアンマちゃんの為なら、何処だって行くよ」


出口を通り抜け、無事外へ。
ようやく少女を降ろし、少年はゆっくりと深呼吸した。

「あんまり怖くなかったね」
「思いの他驚かせにはこなか………ん?」

きょとん、とした表情で彼女が見ている張り紙。


『こちらのルートは工事中につき、立ち入り出来ません』


このホラーハウスにはルートが二つある。
しかし、片方は事故で焼失したため工事中であり。
つまり、今歩いてきたルートは本来存在しない。
そもそも考えてみるべきだった。
扉から指だけ出すなんて、ドアを閉められ挟まれるデメリットを考慮すれば係員はしない訳で。

「……じゃあ、さっきのって逃げ遅」
「ウート、別のものに乗ろう。今すぐにだ」


今回はここまで。

乙。なんかひさぶ。


合掌だな


二人とも自信が持てない初々しい感じで和む


>>167同意
見守りたいけど、ちょっとこっちがはらはらするのがまたいい


そろそろグレムリン組とも本格的に接触させないとなと思う今日この頃。
ところで、『右方のフィアンマ』の有無で世界の命運はだいぶ変わるのでしょうか。


















投下。


並ぶこともなく、次々とアトラクションを乗り継ぎ。

ジェットコースターに振り回されたり、ティーカップに酔ったり。
ぬいぐるみを見て回ったり、ゴーカートで軽く事故り。

楽しんでいる間にも、時間は進んでいく。
辛いことに耐える期間よりも余程早く。

最後に乗り込んだのは観覧車である。
定番の流れといえばそれまでだが、二人の心は充実していた。

少年としては好きな女の子が笑ってくれているのなら何でも良かった。
少女は、少年が隣に居てくれればそれだけでいい。

「いやー、すっかり真っ暗だね」
「電気装飾とやらも距離によっては蛍のようで美しいな」
「ん、そだね」
「ウートは楽しかったか?」
「フィアンマちゃんと一緒だったから、すごい楽しかった。
 ……フィアンマちゃんは、どうだった? 最初のは除いて」
「楽しかったよ。……またいつか、来られると良いのだが」
「今度は他の遊園地にも行ってみよう。必ず遊園地に連れて行くって約束する」
「ありがとう」

約束をし、お互いに笑みを向け合う。
愛想笑いなんてものではなく、心底の幸福感から浮かび来る笑みを。


何だか今でも身体がふわふわとしている。
ジェットコースターの浮遊感を思い返し、フィアンマはベッドに寝転がった。
安宿のベッドはふかふかではないが、それでも構わない。
気持ちが高ぶっていれば、場所など関係ない。

「………」

ごろん。

寝返りを打ち、少年を見やる。
疲れていたのか、既に夢の中へ居るようだ。
振り回したかもしれない、とフィアンマはちょっぴり思って。

「…………」

手を伸ばす。
警戒心の問題なのか、自分が触れたり声をかけても、彼はなかなか起きない。
一度異常事態が起きれば当然起き上がるものの、公私の区別(?)がついているらしい。

「……、」

ぺたぺた。

頬に肉はたいしてついていない。
彼自身少食気味な傾向であり、体もほっそりとしている。
インテリ系、と自称しているように力仕事も苦手だ。
自分と大して服のサイズが変わらない辺りが証明のようなものである。

「ウート……」

自分が強くならなければ。
彼にばかり何もかもを押し付けたくない。
彼を守れる程に強くなりたい、と思いつつ目を閉じる。
歩き疲れていたのか、意識は睡眠欲に溶けていった。


とある日。

何処の国に居てももはや、表立ってフィアンマが追われることは無くなった。
少年という保護者が居ることで、とりあえず『暴発』の恐れは無いと見たのだ。
武器が盗まれた時、一番に心配されるのは世界情勢だ。
幸か不幸か、少年はどこの魔術結社にも属さぬ魔術師で。
どこかの魔道書図書館同様、『暫定処置』で放置されている。
もっとも、あちらの方は世界中から色々な意味で愛されているが。

「………絶妙に何とも言えない」

不味っ、と思い切り書かれた顔で、青年はぼやいた。
口の中に詰まっているのは揚げすぎたフライドポテトである。
フィアンマはというと、白身魚のフライにマヨネーズと塩をかけつつ。

「文句を言っても仕方がないだろう」

言いつつ、彼女は去年より少し伸びた赤い髪を揺らした。
彼女の言葉にぱっと笑顔を向け、軽薄そうな青年は肩を竦める。

「それもそうか。とりあえず詰め込んで店出よう」
「ん」

むぐむぐとフィッシュフライを食べ、フィアンマは頷いた。




店から出て、向かう先はホテルである。
何軒かに断られている為、眼前の切実なる問題である。

「もうその辺の安宿でもいいかな…」
「最低限の生活が出来れば何処でも構わんが」


宿に入ろうとしたところで、ピリピリとした邪気を感じた。

「野良猫を治療してくる」
「え、フィアンマちゃん!?」

少年の引き止める声を無視して離れる。
複数の敵を彼に引き合わせるのは酷というものだ。
威力の強い幻術を使う度、少年の身はボロボロになっていくのだから。




魔術結社としてもイギリス清教から認可されぬ魔術師集団は、フィアンマを追っていた。
彼女の抱えている『危険な知識の結晶』は何かと役に立つ。

ローマ正教との交渉
イギリス清教への供物
知識の加工、転用

彼女自体にも価値がある。
黄金のインゴッドよりも尚、彼女は高く売れる。
追いかけている側に、人権を侵害しているという認識はない。
彼らにとって、彼女はそのまま『原典の墓場』だ。
本に足がついて走っているようなもの。多少傷をつけても問題はない。

「お前はあっちに回れ!」
「了解!」

後ろから野太い男の声が聞こえてくる。
なかなかに足が速い。


「さて、追い詰めたぞ…」
「大人しくしておけば、悪いようにはしないさ」
「焚書棄録で間違いはないな」
「…………」

だらん、とフィアンマは身体の力を抜いた。
彼女の右肩からは、赤い巨人の腕のようなものが顕現する。
霊装か、と騒ぐ相手を無視して、そのまま右手を振る。
人の身体のひしゃげる厭な音がして、男達は動かなくなった。
殺した訳ではない。あくまでも意識を刈り取っただけに過ぎない。

「……、…」

ウートには見られたくないな。

心中で呟き、男を跨いで路地裏を出ようとする。
それにしても、随分と遠くまで走ってきてしまったものだ。
追われるまま走ったので、帰り道がわからない。

「……んー」

同じ街ならば、直に会えるだろう。
そんなアバウトな考えで男達に背中を向けていたのがいけなかった。






ダメージから復活した大男が立ち上がり、氷を纏った棍棒を――――――


遡る事十数分前。

少年は、とある寂れたカフェテラスでコーヒーを啜っていた。
やはりコーヒーはブラックに限る。特にドリップは。
そんなことを思いつつ、少年は暇を持て余していた。
残念なことに彼には趣味という趣味はなく、女好きでも酒好きでもない。
嗜好品の類にも大して興味がない。彼が好きなのは戦闘行為。

即ち、ケンカ。

とはいえ、彼程の実力を持つ魔術師ともなるとそう簡単に喧嘩は出来ない。
大概の相手は自分よりも実力が下であり、彼より上となると最早戦闘をしたがらない。
彼と拮抗するだけの実力の持ち主では、衝突の余波で周囲が巻き込まれる。
それこそ、たった一度の拳のぶつかり合いが、緑豊かな草原を更地に変えてしまうレベルで。

彼は、苦味の少ないコーヒーの半分を飲み干しながら見ていた。

少女が大男三人に追いかけられ、逃げ惑う姿を。
彼女はやがて路地裏の隅で反撃した。
赤い靄のようなものしか見えなかったが、非常に興味をそそる。
とはいえ、突然接触してはあの大男共と何ら変わりない。

(赤い髪、…目の色は見えないが……あの赤い靄。
 仮にあれが『原典を廃棄する力』と仮定すると…なるほど、"焚書棄録"か)

ありとあらゆる呪いと悪意、危険思想により綴られた魔道書を詰め込んだ図書廃棄場。
思想の自由を謳うこの時代で今尚焚かねばならぬと判断された狂気の果て。
一体どのような精神調整をすれば耐えられるのか、とそんなところに少年は興味をもたない。

「…ん」

コーヒーカップを空にしたところで、少女は男共を踏み越えて。
立ち去ろうとした彼女のすぐ後ろで、血まみれの大男が得物を振りかざした。

「見捨てるってのは…やっぱ後味悪いよなあ」

彼女は恐らく自分より強い。
だからといって女の子を見殺しにするというのもどうなのか。

良心と相談した結果、少年――――トールは華麗に転落防止用の柵に足をかけて跳んだ。


――――振り下ろす前に、上からの衝撃に倒れた。




どべしゃあ、という音に驚き、フィアンマは振り返る。

長い金髪にアイスブルーの瞳。
特徴的なストールと指ぬきグローブ。

そんな装備の少年が立っていた。
着地点に男を使ったのか、彼は悠々と男の上に立っている。
状況から察するに、彼が踏みつけにしている男に殴られんとしていたようだ。

「…感謝する」
「どうも」

ひらりと手を振り、少年は男を足蹴にして降りた。
少女のような印象を与えてくる、細身の少年だ。

(昔のウートに、少し似ている)

髪の長かった頃の。

そんな事を思っている間に、視界がグラついた。
名前を聞かれるが、答えるだけの思考力が働かない。

「……お、おい?」

トール、と名乗った少年の声が遠くに聴こえる。
炎天下、路地裏とはいえ全力で走ったのがいけなかったのだろうか。
それとも、サーチ避けの魔術や『腕』を連発したのが原因か。
何にせよ、フィアンマの意識は、日射病(?)の重みに引っ張り堕とされた。


今回はここまで。


変装してない状態でも女性に間違われる最強クラスの戦争中毒な少年って、よく考えたらめちゃくちゃキャラ濃いよなトール

乙乙
やっとお出ましか勝負馬鹿一代!
この先のグレムリン勢登場も楽しみですわ

個人的に世界の命運的にはフィアンマさん単体よりも、その内に宿っている世界を救う力のほうが重要だと思うなぁ
まあ宿主のフィアンマさんがもし死んだりしても、幻想殺しみたくまた別のモノへ移り変わる系だったらの話だけど…まだ謎が多いキャラだから上手く言えないな


原作の方のフィアンマさんは『世界を救う力』の一時的な容れ物に過ぎないんじゃないかと思います。





















投下。


「………ん」

目を覚ますと、そこは冷房の利いたカフェだった。
目の前には空のグラスがひとつ、アイスココアのグラスがひとつ。
レモンのかけらが入っている空のグラスが二つ。

「よお。目は覚めたかよ」
「………」

目の前には金髪の少年が腰掛けている。
のどかにアイスコーヒーを飲んでいるようだった。
彼の手元には塩の瓶らしきものが見える。

「軽い日射病だったみたいだな。
 水分補給してすぐ目が覚めるってことは。
 吐き気とかねえならそれ飲めよ」

それ、と指さされたのは汗をかいているアイスココア。
ふわふわと甘い匂いがしている。

「う……値段、は…」
「大した金額じゃない。気にすんな」

ひらりと手を振り肩を竦め、少年はアイスコーヒーをおかわり。
フィアンマはのろのろと姿勢を正し、アイスココアを口にした。
良い牛乳を使用しているらしく、まろやかに甘い。


「…その塩は」
「ああ。流石にカフェにスポーツドリンクを要求すんのは酷だろ。
 どのみち意識がないんだ、レモン水に塩混ぜたもので水分補給は充分だろうと。
 意識があったら吐く程不味かっただろうが、覚えてないだろ?」
「カフェを選択したところに問題があると思うのだが」
「じゃあ逆に聞くが、出会ったばっかの男にホテル連れ込まれたかったか?」
「…………休憩所としては適当かと思うが」
「…世間知らずか。やり辛いな」

呟き、トールは退屈そうに頬杖をつく。
目の前の少女は警戒心を見せるでもなくココアを飲み。

「助けてくれたことは感謝する、ありがとう。
 感謝ついでにもうひとつ頼み事をしたいのだが」
「頼み?」
「ウート、……連れ合いを捜して欲しい」
「ああ、アンタの『管理者』か」
「……その言い方はやめていただこう」

む、とあからさまに気分を害した態度のフィアンマにトールは片目を閉じ。

「そう言われたくないなら、印象を改める行動に出ることだな」
「………む…、」


「で、その連れ合いとやらとは何処から別行動になったんだ?」

ひりひりと痛む赤い頬(紅葉型痕)を摩り、トールは問いかけた。
フィアンマはというと、痛む右手を左手で摩り。

「俺様が勝手に離れた。ホテルの名前は…」

うろ覚えのホテル名を探して歩き回る。

「……そもそもサーチ使えば一発なんじゃねえのか」
「その手があったか」

指摘に頷き、彼女はかりかりと壁に何事かを書いた。
通信を兼ねたサーチ術式だ。
ちょうど、インターネットでいうところのサイト内検索。
区切った『内』から厳密に人物を絞り出して通信を仕掛ける。

「………応答がない」
「怒ってるとか、そういう状況かね」
「今までウートに無視をされたことはない」

どんなに怒らせたとしても、無視をすることはない。
そもそも怒らせたことがないのだが。

「考えられる可能性は三つ」

トールは三本の指をひとつずつ指折り数える。

「いち、今回の件で怒りが頂点に達して無視。
 に、術式に不備があって通じてない」

考えやすいものからあげていく、とトールは静かに語り。
三本目の指を折り曲げ、握り拳の形にして。

「さん、アンタを呼び出す材料として誘拐」


(………考えろ)

魔力を練ろうとする度に手首を焼く手錠を見やり、青年は眉根を寄せた。
状況を整理しようと考え、まずは深呼吸する。埃っぽい空気だ。

(フィアンマちゃんが突然居なくなって、探した。
 彼女自身がサーチ避けをしていて、仕方なく自力で探した。
 路地裏に男が三人転がっていて、彼女の匂いが残っていた。
 長い金髪が一本落ちていたから、女か何かに連れ去られた。
 そう結果を出して、改めて彼女を捜そうと取り組もうとして。
 ……後ろから刺された。いや、横か? 鋭い刃物の感触だった。
 だが、俺の体には傷がない。気がつけばこの暗い部屋で魔術封じの手錠付きで転がされてる)

何の為に、と考える必要はない。
自分と彼女が共に行動していることはバレている。
また、見張られていたのなら親密そうに見えたことだろう。
自分を餌にして彼女をおびき出し、原典の知識を引き出すつもりか。
彼女に自分の執筆した魔道書を燃やされたとして私怨を抱く者も居るだろう。
自分と引換に自殺を要求されるかもしれない。悪い想像ならばいくらでも出来る。

(どうする……)

深呼吸を数度する。
暗い部屋に拘束状態というのは、嫌な思い出しかない。

「焚書棄録は何処だ?」

男の声だった。
首筋にひやりとしたものがあてがわれる。
刃物だということは、真っ暗な部屋でもわかる。

「わ、かんないね。何しろ、サーチも使わせてくれないんだし」


「………はーぁぁぁあああ……。
 何か、面倒事に発展しちまったみたいだな…」
「……どうすべきだろうか」
「どうすべきって、そりゃあ、ソイツがアンタの居場所を吐くまで待つ。
 あっちから迎えが来るのを待つのが手っ取り早い」
「………」
「けど、話を聞くにソイツはアンタを売らないだろう。
 多分、殺されそうになっても吐かないんじゃねえか?」

フィアンマは唇を噛み、服の裾を握り締める。
このたった数時間、彼女と話していてトールにはわかったことがある。

彼女は、その青年を心から信頼している。

恐らく、トールが今までの人生で『精一杯生きてきて尚手に入れられなかったもの』だ。
見捨てる訳にはいかない。どれだけ面倒だろうが、それは護られるべきものだ。

「安心しろ、手立てが無い訳じゃない」
「……原典の知識がいくつあろうと、俺様には何も出来ない。
 今まで散々救われておきながら、ウートに何も、」
「恐らくあっちは、お前の顔や基礎能力を知らない。想像はしてるだろうが」

トールは手を伸ばし、フィアンマの頭にぽんと軽く触れた。
泣きそうな彼女と視線を合わせ、笑みを浮かべてみせる。

「派手に喧嘩すりゃあ、あっちから寄ってくる。俺から、お前を守りにさ」


今回はここまで。
二人称間違えた感。気をつけよう…


トールは新約の途中から参戦したとは思えないキャラの濃さだよな


なんかいちいちトールの仕草が可愛らしくてドキッとしてしまう…こいつ男なのに

乙。ウートガルザロキ(ヒロイン)

トールは、中身がイケメン系女子とかでもいけた気がするわ


トールくん良いキャラしてますよね。新約10でヤンデレも出来るなって思った
























投下。


「んじゃ、のんびりいくか」

『人払い』を施した戦場にて、雷神トールはのんびりと言った。
その表情に緊張はない。
小さな女の子とパズル遊びでもするかのような気軽さだった。

「こんなのはお遊びの範疇だし、勿論手加減はするんだけどさ」

肩を竦め、トールはコキコキと首を鳴らした。
浮かべている笑みは実に少年らしいものだが。

「あんまり『加減』ってヤツに馴れてないからさ。
 そっちもそれなりに全力の守りをしてくれよ」

『人払い』をしても、派手な魔術戦を行えば敵方は注目する。
目的がこちらの少女だというのなら、全力で奪いに来るだろう。
そして、その相手から話を聞き出して本拠地へ向かえば良い。
トールは足元を蹴り、一気にフィアンマへと距離を詰めた。

派手な落雷音と共に、閃光で埋め尽くされる地面。

「……本当に手加減が下手だな」

その辺りの弱小魔術師であれば死んでいる。

口の中で呟きながら、フィアンマは『右腕』で自身を守っていた。


実を言えばウートガルザロキの救出や敵をひきつけるのはオマケ。
トールにとって最重要なのは、この『腕』との戦闘行為であった。
彼にとって常に大事なのは『戦闘』と『経験値』だ。
原典廃棄場、『焚書棄録』保有の術式となれば相当の経験値だろう、と踏んでいる。

(結局俺は、『強くなる過程で人を助けてる』だけなんだよな)

心中で自分の方針を悲しく判断しながら、トールは手を伸ばす。
派手な動作を連発するというのは意外にも楽だ。
武道の演舞を披露するよりも、爆弾のスイッチを押す方が遥かに楽なことと同様。

「――――"原書の一"」

フィアンマがとった行動は、『腕』で弾くという単調な動作ではない。
懐から原典の灰をバラ撒き、『復元』した原典の攻撃性をそのままトールへと向ける。

「俺様が言うのもどうかと思うが、死ぬなよ」
「あー、安心しろ。多分大丈夫だ」

復元された原典は、存在を禁じられた毒物だ。
真正面から『汚染』を浴びせかけられながら、トールは楽しげに笑った。

「『読書』も、それなりに嫌いじゃねえ」

トールが突き出した拳に、原典から飛び出した触手が絡みついて爆発する。
酷い火薬臭の煙が立ち上り、全てが誰にも見えなくなり、そして。

「そこまでだ!!」


アウグスティーノ=アパリシオ。

イタリアに母、スペインに父を持つ魔術師の男だ。
十代の頃に最愛の両親を亡くし、魔術を志すようになった。
母の故郷であるイタリアへ移り住み、ローマ正教の信徒となり。
長年真摯に働いた結果、ローマ正教の誇る『聖霊十式』の整備を任された。
とはいってもほとんどすることはなく、もっぱらはアドリア海の監視。

万が一『聖霊十式』を使用することになった際、迅速に取り扱えるように。

彼の役職はその為にあった。
秋の、肌寒い日のことだった。
彼はいつも通り全ての霊装の点検を済ませ、『廃書館』にも近づいた。
少女と呼ぶにもまだ幼い子供がそこに居ることを、知ってしまった。

『……君は』
『………?』

赤い髪と、琥珀色の瞳。
眠そうな表情は、天使のようにも思える。

『君が、…焚書棄録…?』

彼女は問いに応えず、寝室の方へと逃げてしまった。
年端もいかない女の子が閉じ込められていたことに、男は憤怒したのではない。
その愛らしさと無垢の象徴に、一瞬で心奪われたが故の、嫉妬染みた憤怒だった。
たとえその年齢が何十と離れていようが、恋には違いなかった。有り体に言えば、一目惚れ。


ヒーロー気取りの悪党は、凛としていた。
その場には既に、フィアンマしか居なかった。
攻撃をしていた少年はどこにも見当たらない。

「……奴は去ったか」

男はどこか誇らしげにそう言って、彼女へと手を差し出した。
フィアンマは―――『フィアンマ』は、ぎこちなく、緊張気味に微笑む。
そして、夜会で王子様へ姫がそうするように、差し出された手をとった。
白い手の感触に、男はほんの少しばかり顔を赤らめる。

「お陰で助かった。感謝する」
「い、いや。…遅れてしまって申し訳ない。
 君を害する者は、既に排除してあるからね」
「名前を聞いても…?」
「…私はアウグスティーノ=アパリシオ。君の味方だよ」

にこ、と柔和な笑みを浮かべるガタイの良い男は、既に四十半ば。
自分よりも圧倒的にか弱く美しい存在に、彼はどこか恍惚としている。

「俺様を連れ出したあの悪党は、どうしたんだ?」
「思っていた通り、優しい子だ。まだ生かしているよ」

さあ行こう、とアウグスティーノは上着を『フィアンマ』へと掛けた。
薔薇の香水のような香りが漂っている。
男はそのまま、少女の手を引いて裏路地を抜け、自らの住む場所へと向かった。


(……『目』、繋がってるか?)
(問題はない。……大丈夫か?)
(今んとこ乱暴はされてねえな。…あ、そっちじゃないって?)

男と共に車に乗り、『フィアンマ』はフィアンマへと通信を仕掛けた。
男は気がついていないのか機嫌が良いためにスルーしているのか、何も言わない。
フィアンマに扮したトールは思わずどっかりと腰掛けそうになり、慌てて姿勢を正す。
両膝をくっつけ、清楚なお嬢様のようににっこりとはにかむ。

(正義のヒーロー気取りのロリコンとか笑えねえよ。やってることは悪人だし)

「座り心地は大丈夫かい?」
「あまり車に乗ったことがないから比較は出来ないが…好きだよ」
「そうか、それは良かった」
「どうしてもっと早く、俺様を助けに来てくれなかったんだ?」
「それは…」

適当に話を合わせながら、トールは周囲をぐるりと見回す。
本物の彼女と魔術的に視覚をリンクしているからだ。
場所を特定するには情報が必要だし、最終的には彼女も来るべきだろう。

(とりあえず、到着するまでは大人しくしとくかね)
(随分と距離が離れているようだが…)
(フィアンマちゃんが来られなきゃ、俺が連れ出すよ。
 ウートナンタラの見た目教えてくれればぶっ飛ばさないよう気をつける)

やがて車は、薄暗い廃ビルの前で停車した。

「君を勝手に連れ出した悪党に裁きを加えよう」

(どっちがだよ、って話だが)

「ああ、そうだな。連れて行ってもらえるか?」

大した経験値にはならなそう。

口の中でぼそりと呟き、トールは思わず唾を吐き捨てたくなりながらも階段を下っていく。


今回はここまで。
激おこウーさんが書きたい。
更新ペースもっとあげますね…

乙。わーい更新頻度があがるぞー

アウグスさん…聞いた事があるようなないような。


トールくんがトップの『グレムリン』はまた違ったのかなと考えてみる。
更新頻度あがってない;;;;


















投下。


非力な指で、少年は手錠をなぞった。
ひんやりとした金属が、指先を静かに冷やす。

(フィアンマちゃんは、……大丈夫かな…?)

思考がぼやけてきた。
この手錠に何がしかの細工が施されていることは確かだった。
思考が出来ないようになっているのか、徐々に思考に干渉するのか。
眠気というよりは失血死の予感にも似たダルさ。

「う、ぁ……」

弱々しく頭を振り、どうにか意識を保とうと試みる。
ドアが開き、部屋に明かりがついた。
そこには先程自分に凶器を突きつけたであろう男と、彼女の姿があった。
思わず、背筋が寒くなった。彼女は、どうしてここに来てしまったのか。

「フィア、ンマ…ちゃん……?」
「君を勝手に誰の許可もなく攫った悪人はこの男であっているかな?」
「……うん」

彼女の首が、縦に一度動く。
催眠をかけられたり、洗脳されている様子はない。
ということは、彼女の本心からの言葉なのか。
もしや、この目の前の男に恋をしたというのか。

こんな、卑怯な手段で自分を獲得してしまうような悪人に?


「初めて君に会った時、いつの日か救いたいと思った。
 あの狂気の廃書の館より連れ出し、幸せにしてあげたいと。
 君を初めて目にした時、この世界には本当に天使が居るのだと思ったよ。
 君が、私の花嫁として隣で微笑む様子をはっきりと思い浮かべていた」

まるで、ウートガルザロキという青年へ見せつけるように。
実際、そういった意図を持ち、男はフィアンマの頬を撫でた。
彼女は片目を閉じ、にやにやと笑みを浮かべている。

彼女らしからぬ笑顔だ、と青年は思う。
ちょっぴり悪意を交えた意地の悪い笑みは、どこか別人のようだ。

「へえ。……そんなに、俺様のことが好きなのか?」

青年は違和感を覚えたが、男は何も感じなかった。
そうだよ、と気持ちが悪い程に柔らかい笑みを浮かべ、少女の服に手をかける。
青年は総毛立ち、思わず、やめろ、と泣きそうになりながら絶叫した。

彼女にこの男は相応しくない。
彼女を穢されたくない。
彼女には綺麗なままでいて欲しい。
彼女が誰かを受け入れる様子など吐き気がする。

殺す、という呪詛の言葉が青年の口を突いて出ていた。
魔力を吸収することで魔術行使を封じる手錠が、びきびきと嫌な音を立てた。
そんな青年を見やり、フィアンマはやっぱり軽薄な調子でウインクをしてみせる。

次の瞬間。

男の片腕が吹っ飛び、腹部をテーブルナイフが貫いた。
びちゃびちゃ、という水音と共に、アウグスティーノは愕然としながら崩れ落ちる。
膝をついた男を見下ろし、『フィアンマ』は退屈そうに笑った。
ぱきぱき、という硬質な音と共に、その顔が剥がれて壊れていく。
その下から現れたのは、少女的な印象を与える快活そうな少年の姿だ。

「見逃すかどうか微妙なラインだったんだが、ストーカーになりそうだし、ここでやっとくことにしとく。
 あの子を手に入れる為に何度か『催眠実験』もしてるようだし、殺される心当たり位はあんだろ?」
「あ、ああ、…彼女、は……?」
「最初からここにゃ来てねえよ。見抜けないってことは愛がないんだな」


背骨が口から突き出た男の死体に布をかけ、少年は青年の方を振り返った。
手を伸ばして手錠を掴み、怪力で捻じ曲げて放りつつ明るく問う。

「で、あんたがウートってやつか?」
「…ああ。……フィアンマちゃんの知り合い…なのか?」
「あんたよりか、知り合いとしての歴史は短いと思うがね」

控えめにドアが開いた。
今度こそ、本物のフィアンマが顔を覗かせている。
不安げな表情は、青年を視界に入れると同時にやんわりとした笑顔に変わる。

「ウート!」

彼女は布がかかったモノに目もくれず、こちらへ駆け寄ってくる。
しゃがみ、勢いづいて青年に抱きついた。
この数年で培われた柔らかみが押しあたり、青年は僅かに動揺する。

「怪我はないのか?」
「大丈夫大丈夫。元気だよ」
「そうか。……トール、ありがとう」
「ああ、いいって。無事で良かったな」

後味がよければ何でもいい、とトールは軽く手を振って。

「それにしても、敵が多いな。ウートはともかく、フィアンマちゃんは」
「何処にも所属していないのが原因だろうとは思うのだが」

つまるところ自分の我が儘を突き通しているせいなのだ、とフィアンマはひっそり反省する。
トールは彼女の様子を暫し眺め、少しだけ考え込み。

「んじゃあ、所属してみるか? 魔術結社」
「?」


魔術・科学問わずメンバー同士の目的を叶える為の新興魔術結社、『グレムリン』。
そのリーダー格として暫定的に据えられているトールは、気軽に二人を誘った。
お互いの欲望を叶える為に種類の違う力を持つ者を集めているから、と。

「原理としてはランチボックスか。
 少しずつ必要なものを掛け合わせていけば、欲しいものは手に入るだろ」
「俺様の持つ知識は毒だし、ウートの持つ術式の大半は幻術だ」
「あんたのその毒が血なまぐさい目的に必要な野郎は居るだろうし、幻術で夢を見たい奴も居る。
 ま、難しく考える必要はねえよ。思考の統制も強制もするつもりはねえしな。少なくとも、俺は」

ここが本拠地。

さらりと説明し、トールがドアを開ける。
廃墟群は足を踏み入れた途端に水晶で出来ているかのような建築物に変化する。
厳重に目くらましと人払いを設置してあるため、場所を明確に知らなければ通り過ぎてしまうだろう。

「よお、マリアン。家具は出来たのか?」
「おー、出来た出来た。最新作だよ、どうどう? って、ありゃ。新入り?」

黒小人の少女がにへらと笑み、水晶製のテーブルを見せる。
黒いドラム缶状の何かがガタゴトと喜ぶように動いた。
奥の方ではシルクハットを被った老人と、寡黙そうな青年が何かを話し込んでいる。

「そ。拾ってきた」
「ふうん。……? どっかで会ったような…」

少女は首を傾げ、はっとしながら笑みを深めた。

「思い出した! ミョルニルが迷子になってたのを救出してくれたよね?」

ホラーハウス怪奇現象事件の時のことだ。

「ああ、あの時の子か。世界って狭いね。改めてよろしく」
「よろしく頼む」
「ん、よろしく。ミョルニルも」

ごとと、とミョルニルと呼ばれた黒い円筒形の少女が反応する。

「そうそう、二階は住めるようになってる。
 フィアンマちゃんとウートは同じ部屋でいいよな?」
「問題ない。ありがとう」


二階の住居スペースは少し狭いが、生活するにあたって苦しさはない。
メンバー同士の助け合いを目的とした、新興魔術結社。
科学と魔術の協定を気にせず、お互いを庇い合う組織。
元は、トールの孤独を埋める為に造られたものだった。
経験値を追い求める内に、『大切なもの』を手に入れられなかった彼の為の。

彼自身の性格が陰湿・独裁的でないため、組織の形は次第にこうなっていったらしい。
歴史が浅い分、統率された事は出来ない。
だが、誰かの幸せのために心ばかりの助力は出来ている。
叶えたい願望には後暗いものや血なまぐさいものもあるが、それが悲劇に繋がるとは限らない。
そもそも、この組織で目的の方向性を温厚な方向へ変化させた者も多いようだ。

「好意に甘え過ぎてしまっただろうか」
「大丈夫だと思うけどね。どういう出会い方したの?」
「俺様が追われていて、危ないところを助けてもらった」
「へー」

軽い返事をしつつ、青年は少し面白くない気分だった。
この居場所を提供してくれたのは、確かに有難いのだが。

(ヒーローみたいだ。…俺と違って、物理的にすごく強いようだし)

トールの、方が。
弱い自分よりも。


フィアンマちゃんにふサわしいのでハないカ?






彼女に対する惨めな独占欲が、首をもたげている。
我慢しよう、と彼は首を横にぶんぶんと振った。


今回はここまで。

更新おつです
ウートがんばれ ちょうがんばれ
この先どうなるのか期待…!

トールがトップだと暴走しだしたら止まらまい感じがするな……いや、なんとなくだけど
ともかく乙です

乙。ウーさんがむば。


ウート「ねえねえフィアンマちゃん」

フィ「ん?」

ウート「フィアンマちゃんの得意料理ってなーに?」

フィ「………オムレツ?」

ウート「俺まだ食べたことないなー」チラッチラ

フィ「幸い卵も手元にあるし、作るか」

ウート「やった!」







ウート「……っていう会話をし覚えがあるんだけど、これ、なに?」

オムレツ『』ビクンビクン

フィ「オムレツだが…? 今日は黒トカゲしか入れられなかった」

ウート「黒トカゲ」

フィ「体力がつくかと思ったんだよ。ウートは頭脳労働タイプで、身体が強くないだろう?」ニコ

ウート(思いやりが辛い)

ウート「あ、うん、心配してくれてありがとうさっすがフィアンマちゃん相変わらず俺の天使だなー喜んでたb」モグ






トール「……殺人事件でもあったか? 部屋が血まみれなんだけど」

フィ「ウートが吐血しただけだ。胃の調子が悪かったのかもしれない」シュン

トール「はあ」

×得意料理
○殺意料理

食べきった? 愛だな、ああ


緩やかな番外編。
無駄ではない話。

















投下。


オッレルスは本屋で一人、とある棚の前で立ち止まっていた。
育児コーナー、と銘打たれた本棚ラベル。

三歳からの~シリーズ、子供にするべき50のこと。

そんなありふれたフレーズの本が適当に納まっている。
その中には、いわゆる『命名アイデア本』もあった。
親が子供の名前に迷った時に使うもの。
女性名、男性名、意味、語源などが綴られている。
親はそういった名前のレパートリーから選別し、悩み、子供につける。

「……懐かしいな」

ぽつり、と思わずつぶやいた。
周囲に人は居らず、彼は本を立ち読みする。
アルファベット順に沢山の名前。

「……女性名のF」

『あの子』に付けた名前も当然、そこに載っていた。
今頃、彼女はどうしているのだろう。
再会した時には目論見通りと言って良いものか、きちんと自分のことを忘れていたけれど。

「……ん」

視界に、子供向けの絵本が入った。
『かぼちゃ頭のだいぼうけん』と書かれている。
かぼちゃ頭の迷子が長い冒険の末に帰宅する話だ。
この話で『トリックオアトリート』を覚えた彼女にせっつかれたことを覚えている。


あれは、十年以上も前の話になる。
 


北欧の街、オーデンセ。
降り積もる雪の中を、粛々と進んでいく。

「…流石に寒いな」

呟かざるを得なかった。
これから一度『死ぬ』のに、寒いも何も無いのだが。
コートを着込み、白い息を数度吐く。
こんなことならばマスクもしてくれば良かったかもしれない。

ふと。

気づく。

「…うん?」

酸化した血液特有の臭いだった。
この程度の修羅場ならば、何度も潜っている。
そもそも、家が没落する前から血生臭い話には縁があった。

「ここ、かな」

臭いの中心点へと近寄る。
本来はこんなことをしている場合ではないと、頭ではわかっていた。
一刻も早くイーエスコウ城と『泉』へたどり着き、儀式を遂行するべきだとも。
それでも向かってしまうのは、元来の、往来の、持ち前の性格のせいで。

「……、…」
「………」

目の前には、黒い外套を身につけた男数人の死体。
脳を破壊されたのか、ぐちゃぐちゃの脳漿が雪に滲んでいる。
何をどうしたらこんな風に死ぬことが出来るのだろうか。
まるで、脳の内側で爆弾を爆破されたかのような。
脳に火薬でも詰まっていたかの様な有様だ。

死体の中心には、幼い子供が座り込んでいた。

寒さにもふもふと大きく冬毛で膨れた白猫を撫でている。

「にゃー」
「にゃー」

猫の鳴き声をそのまま復唱している。
その幼さ故に性別はわかりにくかったが、恐らく女の子だろう。

ぶるぶる。

白い猫は身体を震わせて雪と水滴を払い、子供の手から逃れて走っていく。

「にゃっ、」

追いかけようとしたのか、のたのたと子供が起き上がろうとして、そのまま尻餅をつく。
雪面だというのに存外痛かったのか、じわじわと黄金色の瞳が潤んだ。

「ふ、ぇ……」

こんなことをしている場合では。
横から魔神の座を攫われてしまったら。

不安は様々胸に過ぎったが、手を伸ばした。
子猫のように無垢で残酷な幼児は、少年を振り返り。




結局、先を越された。
只の落ち込みでは済まない、憎悪、失望と表現すべき感情に項垂れる。
誰に八つ当たりをしたところで仕方がない。自分が選んだことなのだから。
この子に罪はない。八つ当たりなどありえない話だ。

「………やはり、」
「む、っむ」

消化不良な感触は否めない。
せめてオティヌスを殴っておくべきだったかもしれない。
五分五分のジレンマを抱えている彼女ならば殴れただろう。
かといって、現在膝の上でお菓子を食べている子供に教育上暴力を見せる訳にもいかず。
でもやっぱり一発位顔面を殴ってやっても良かったな、と思ったりもして。

「…私は―――そうだな、…オッレルス。君は?」
「………?」

自己紹介。
が、首を傾げられる。
さらさらつやつやと輝く赤い髪が揺れた。
エンジェルリングと俗に呼ばれる輝きが美しい。
よしよし、と片手間にその髪を撫でながら、クッキーを半分に割って差し出す。
ぼそぼそのクッキーでも、空腹であれば文句はないようだ。

「……"焚書棄録"。役割、『原典廃棄』」

ぽつりぽつりと言葉が返ってきた。
とても機械的な自己紹介。子供らしからぬ。
嗚呼、とオッレルスはその一言で察してしまう。

「遂に、……やって、しまったのか」

とある『忌まわしい儀式』で『天使』を創造しようという動きは昔からあった。
女の胎に複数人で子を仕込み、きちんと定着する前に天使の力を注ぎ込む。

その革命的な天使の創造法は、自分が書いた論文に基づくものだ。
机上の空論のつもりでいた、などと言っても最早言い訳にすらなるまい。

だからといって、本当に行う魔術結社があったとは。
つまり、この子供は『世界を救える程の力』を封入した化け物だ。

魔神のなり損ない―――怪物たる自分に相応しい旅の相手かもしれない。

何よりも。
自分は、あの論文を書いてしまった罪を贖うべきだ。

「君に、処分されないようにしないとね」

今は何かで抑えられているのだろうが、彼女はそもそも魔術を滅ぼす為の生き物だ。
天使とも人間ともつかぬ、『神の子』よりも神聖でおぞましい何者か。

「とはいっても、本能か。中和するのが一番手っ取り早そうだ」

差し出したのは、メモ帳大の偽書だ。
先程、クッキーを差し出しながら片手間に執筆していた。
己の推測が正確ならば、あまりにも天使に近い人外の彼女は魔道書の『汚染』で性質を調整出来る。
『全世界の魔術を破壊する』機能を薄めれば、共に居ても危険は無い。
何にでも興味を持つのか、少女はおとなしく偽書を読んだ。
目を通したものは通常『汚染』に苦しむが、そんなこともない。推測は当たりらしい。
ごめんね、とこぼした言葉の意味をこの子が知ることはないのだろう。


子供の面倒を看た経験などまるでない。
孤児院にでも働きに行けば良かった、と思いながら。
普通の子供でない少女に毒素の強い魔道書を与えては、彼は本を読んでいた。
名づけ本だった。少女に、名前をつけてあげたかったから。

「うーん…?」

彼自身も、まだ二○にもならない少年だ。
子供の名づけ親などやったことがない。

「おれるす」
「…ん? ……ん!?」

名前を呼ばれたのは初めてだった。
思わずやや大袈裟に反応すると、子供は悪意なくふにゃふにゃと笑った。
いかにも愛らしい、計算のない微笑みだった。
多くの『汚染』を受け取った結果、精神性が人間に近くなったようだった。
通常の人間が『発狂する』程の知識は、発狂している少女を人間にする。

「けが、してる」

ぺた。

頬の切り傷にちいさな指が触れ、ピリピリと痛む。
先程、とある小さな魔術結社に狙われた時の傷だ。
全て防いだつもりだったが、油断していたらしい。

「ひりひり、とんでけー」

知識の活かし方がまだわからないのか、子供はそれだけ言った。
いたいー、と自分の頬を押さえて痛みが移行したかの様な演技すらして見せる。

「…ありがとう。痛くなくなったよ」

ぎゅう、と抱きしめた。
贖いなど関係なしに、この子の笑顔の為に何でもしてあげたいと思った。


「おれるす!」

舌っ足らずに名を呼び、彼女はてててと走り寄ってくる。
途中で転ばないだろうかと心配になりつつ、しゃがんで目線を合わせた。

「しゃぼんだま、」
「わかった、良いよ」

すい、と差し出してきたものはストローとシャボン液。
シャボン玉セットを作って欲しい、ということらしかった。
相槌を打ち、オッレルスはストローに切込を入れる。

「吸い込んではダメだよ。必ず吹く。約束出来るかい?」
「やくそくする」

こくこくと頷く少女にセットを差し出す。
ストロー先端をちょんちょんと液に浸け、ゆっくりと息を吹き込んだ。
ぷくう、と大きなシャボン玉が出来、緩やかに空へと旅立つ。

「おっきいのできた!」
「上手だね」

定期的に魔道書を読ませ、精神を汚染して中和する。
いたって普通の幼い子供らしく振舞うことを許される為の下準備。
いつまでこんな生活を送らせてあげられるだろうか、とオッレルスは思った。

「おれるす、」

くいくい、と袖を引かれる。
余所見をするな、とばかりにほっぺたを膨らましている少女が居た。

「ごめんね。次は何処へ行きたい?」
「おれるすが、くわしくしっているばしょ。
 おれさまがたのしいばしょならどこにでも」

きらきらとガラス玉染みた瞳を輝かせ、小さな天使はそう強請った。
良いよ、とひとつ返事で抱き上げる。相変わらず軽い。

「電車に乗ったら『眠り姫』を読んでくれるかな」
「んっ」

抱き上げたまま歩く内、すぴすぴと呑気な寝息が聞こえた。
どうやらお昼寝らしい。実に幼児らしい行動だと思う。

「……良い子だ」
 


親は自分を居ないもののように扱い、兄弟もそれに準じた。
思えば、自分のことを純粋に想う人間などいなかったように思う。

怪我をすれば心配して。
同じ本を一緒に読み。
一緒の食卓で食事をする。

妹と呼んだ方が正しい年齢差だというのに、オッレルスにとっての彼女は娘の様なものだった。
おれるす、と呼ばれる心地よさに浸っては、依存している自分に気がつく。

「フィアンマ、おいで」
「えほん!」

燃える様な赤い髪と、撒き散らされた鮮烈な緋。
女性名の中から選んだ名前にも、少女はすっかり慣れた。
呼ばれればすぐに振り向き、にこにこしながら近寄って来る。

「はい? のむの?」
「薬のようなものだよ。読むよりも持続性は低いが、即効性がある」

写本を燃やしたものを細かくし、飲ませる。
魔神に届く程の技量があっても、オッレルスは生ける魔道書図書館ではない。
そうこうしている内に、彼女に与えられる『汚染』は減ってきた。
『汚染』が減れば減る程に彼女は狂気に囚われ、魔術師を殺す。

「今日のまま、時間が止まれば良いのにね。
 君のこれが性質でなく、薬が必要な難病ならどれだけ良いか」
「おれるす?」

やがて、読ませる魔道書が尽きた時。
彼女を止める方法は、一つしかなくなる。

殺害。

それだけしかない。
そして、オッレルスにそんなことは出来なかった。


三年という期間は、安物の蝋燭の様に短い。
オッレルスの手持ちは失せ、魔道書の用意は出来なくなった。
目の前で徐々に堅い表情と淡白な言動になっていく姿を見ることしか出来なかった。

「………」

窓の外を見つめる瞳には、何も映っていない。
名前を呼んでも、振り返らなくなった。
狂気に苛まれる彼女は、愛しいと思う対象にこそ反応出来ない。
自分でなく知らない他人になら、きっと微笑むことが出来る。
感情に表情が連動しない。管理出来ないのだ。

だが、まだ理性がある。

話を聞いて、理解することが出来る。

「フィアンマ、話があるんだ」
「……、…」

透き通った虚ろな瞳がこちらを見る。
守ってあげたいと願った笑顔は、恐らく自分の元へはもう戻らない。
ぎこちなく、少しずつ、彼女は笑みを浮かべた。

「俺にはもう、君を助けてあげられない」
「……」
「幸い、ローマ正教に知り合いが居る。
 君程の逸材になれば、かえって誰も扱えないだろう。利用されることはない。
 閉じ込められるかもしれないが、今の様な苦しい状態に置かれることはない」
「……ずっと、」
「一緒だと、言ったこともある。……約束を、破るよ」

じわ、と瞳が潤む。
深呼吸をして、言葉を続けた。


「君が『魔術を殺す為の怪物』になれば―――戻れば。世界は、地獄になる」
「……」
「俺はそれを防ぐべく、君を殺すだろう」
「……」
「……君には、幸せになって欲しい。
 俺の様に嘘をつかず、約束をきちんと守る男と。
 世界中を敵に回してでも君だけが愛おしいと感じる人と出会って欲しい。
 それは難しいかもしれないが、…とにかく、生きていてくれればいい」
「………」
「俺と一緒に過ごした記憶は、君の人格形成に害を及ぼすだろう。
 無意識下、私の好みに合わせようと君は努力してきた。
 俺自身、君のそういった部分に依存し、救われてきた。悪いことだ」
「…………おれるす」
「だから、君の記憶を消して、知識と、毒による汚染以外なかったことにする。
 その上で、ローマ正教に引き取ってもらう。あそこには書庫もあるし、同胞には優しい」

細い指の腹で、目元を拭われた。
離れたくはなかった。出来れば幸せにしたかった。
自分一人の力でどうにかなるのなら、そうしてあげたかった。

「おれるす」
「……?」
「しあわせに、なってね」

おれさまは、そういのってる。

天使の微笑だった。

「……君も、だ」
「おれるすはさみしいから、およめさんがひつようだ」
「そう、だね」
「おひめさま?」
「いいや、…もう姫やらお嬢様は飽き飽きだから、気が強くてかわいいメイドさんがいいかな」
「ん」
「君は、……王子様を見つけると良い。
 君をお姫様だと思う、優しくて誠実な」
「いるだろうか」
「いるよ。きっとね」

この三年間の事を全てなかったことにしたとしても。
幸せになろう、というこの約束だけは、どうか覚えていて。

記憶を消した彼女をローマ正教に連れて行き。
魔道書廃棄場が出来たという話は、それから数ヶ月後のことだった。


『……随分、変わったね。学んだ、というべきか』
『……会った記憶がない』
『だと思うよ。会った事はないからね』

警戒した様子だった。
寂しく思わない訳ではなかったが、あれで良かったのだ。
彼女を後ろに庇っていたあの少年が、彼女の選んだ王子様なのだろう。
自分が選んだシルビアの様に。少年もまた、彼女を選んだのだ。

「何やってんの」
「ああ、懐かしい本があるなと思って」
「? 子供なんか居たっけ?」
「昔。…随分昔のことだよ」

本を元に戻し、書店を出る。
声をかけてきた『気が強くてかわいいメイドさん』を伴い、帰宅すべく歩いていく。
今頃、あの子が幸せに笑っていることを祈りながら。

もっとも。

自分に連絡がないということは、二人共元気にやっているということなのだろうとわかってはいるが。


今回はここまで。

おれるす……おれるすうううううううう!!泣かせやがってえぐえぐ
お疲れさまです 続き楽しみにしてるぜ

乙。おれるすはどこでしるびあをひろってきたのか…

エタリそうなのでひとまず生存報告します


(作品の)欝期に入ってきている。
お待たせしました、遅くなりましてすみません。



















投下。


全能神トールの目覚めは、恐怖によって引き起こされた。

『お菓子をくれなければいたずらするぞ』

もごもごと放たれるイタリア語。
中の人物には見当がついた。
白いシーツには目や口が掻いてある。
丸っこいデザインの顔なので、なかなか可愛らしい。

「…朝っぱらから何だよ?」
『ハロウィンだ』

おばけだぞー、とのしかかってくるのは一人の少女だ。
つい数ヶ月前に『グレムリン』へ加入した"焚書棄録"。
とはいえ、その名で呼ぶと最悪ビンタされるのでトールは呼ばないことにしている。

「そういや、『Trick or Treat』文化あったな」

昨年はそれで遊んだ気もするが、今年はバタバタとしていて気がつかなかった。
暑い暑い、とトールは手を伸ばし、彼女が被っているおばけシーツを引っペがした。
二段構えということなのか、中には血糊でべったり背中を塗られた天使がにこやかに笑っていた。
その口からも血糊が伝っている。元よりホラー嫌いのトールの背筋に、ぶるりと嫌な寒気が走った。

「う、」
「……それで、お菓子はないのか?」

無いならいたずらしちゃうぞ、と彼女はにやにやとしている。
トールは懸命に部屋の中を見回し、慌てて小さな箱を指差した。

「あれ持っていけよ、中身はキャラメルだ」
「わかった」

ようやくトールの身体の上からどき、彼女は箱を奪取してシーツを被り、どこかへ行ってしまう。

「夢に出てきそうだ…」

うう、と小さく呻き、トールは毛布を引っ被った。
やっと寝直せる。フリーの朝から勘弁して欲しい。

がちゃ

ドアが開いた。
マリアン=スリンゲナイヤーの底抜けに明るい声が聞こえる。

「トリックオアトリート!」

がたごと!

もうそれだけでメンバーが特定出来たトールはのそりと起き上がり。
テメェらにやる菓子はねえ、とイタズラ合戦を始めるのだった。


こんこん、とドアのノック音に男は気がついた。
先日、フィアンマの知識を得て完成した霊装の調整中であったロキである。
彼は即座に立ち上がり、杖をつきながらシルクハットを被った。
それから手近な小箱を手にし、ドアを開ける。

この間、約一秒半。

本当に老人なのか疑わしい程の機敏な動きで、彼は客を出迎える。
白いシーツをかぶったおばけは、無邪気に紳士へ突撃した。

『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ』
「おはようございます、可憐な悪霊様。
 こちらを捧げますので、お見逃しいただけますか?」

ともすれば馬鹿にするような言い方だったが、珍しく悪意はこもっていなかった。
彼女はシーツの中から手を出し、そっと小箱を受け取る。
中には溢れんばかりのベリーーチョコレートが詰まっているのが、覗かずとも匂いでわかる。

「ロキさん、ありがとう」

ひょこ、と顔を覗かせて礼を言い、彼女は踵を返し。
ちら、と一度だけ振り返り、明るくこう言った。

「ハッピーハロウィン!」
「ハッピーハロウィン」

穏やかに返し、ロキは再び席につく。
そして、いつものように霊装の手入れを再開した。


退屈を持て余して散歩していたフェンリルは、ふと後ろからついてくる見覚えのないモノに気がついた。
白いシーツを被った、微妙に動く生き物だ。
侵入者にしてはあまりにも邪気がない。
というより、この魔力の残滓はよくよく"視覚え"がある。
魔力の受け流しに特化したフェンリル青年の直感はこう言っている。

『他者に優しくさせる』精神改変術式からは"川"を造っても逃れられない、と。

そして、逃れる必要もない。

「おはよ、お嬢ちゃん。どうしたんだ、そんなとこで?」
『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ、だ』
「待機型?! えー、引っかかっちまったなぁ、お菓子なんてあったっけ…」

うーん、と青年はズボンのポケットに手を突っ込んで探ってみる。
しかしながら、目当てのものはそうそう見つからない。
彼はしばらく悪あがきした後、苦笑いして彼女を見た。

「だめだ、見つからないからお菓子はあげれないっぽい。イタズラって何するんだ?」
『フェンリルは何をされるのが一番嫌なんだ?』

答えたことを馬鹿正直にするつもりなのだろうか。
日本の古典、『まんじゅうこわい』がフェンリルの脳裏を過ぎる。

「そうだなー、お嬢ちゃんがほっぺたにキスしたら嫌かな」
『ふむ』

ひょこ、とシーツの中から血まみれの天使が出てきた。
そのビジュアルに一瞬硬直するも、フェンリルは首を傾げる。

「現状、嫌なことっていったらそれくらい?」

勿論、嫌なことではない。
かわいい女の子からほっぺたにキスをされて嫌な男は結構少ない。
にへら、とフィアンマは微笑んだ。少しばかり、フェンリルは期待する。

次の瞬間。

彼女がちょいちょい、と指を動かす。
ちらり、と青年は右を見やった。

全速力でこちらに走ってくる小さな生き物(?)、あれは――――、

「アンデッド!?」

ところどころ皮膚の中身が見えている小さな女の子…の形をしたゴーレムである。
満面の笑みが怖い。やや緑色だ。
走る動きに呼応して、抜けかけの眼球がぶらぶらと揺れている。

一も二もなく、フェンリルはゾンビとのかけっこに巻き込まれた。


『ハロウィンはね、お菓子がもらえる日なんだ』
『俺様の知識では降霊祭のはずだが』

フィアンマにハロウィンについて吹き込んだのは、シギンであった。
退屈を好まず、アドバイスしたがりの彼女は企画をとかく好む。
それが失敗すれば実行者のせい、成功すれば自分のアドバイスの手柄とする訳だ。
ハロウィンにつきもののパーティーを企画してもよかったものの。
近頃彼女がちょっぴりハマっていた本の内容により、仮装突撃という方法が採択された。

『マリアンちゃんもミョルニルちゃんも、どうかな?』
『うん、なかなか楽しそうだね。イタズラの大義名分も出来るし』
『(ゴトッ)』
『多少のことなら許されるだろう』

女性陣の悪ノリにより、仮装内容やら段取りが決まり。
男性メンバーの一部を巻き込んで、十月三十一日がやってきた。

それが、事の仔細。

全ての始まりである。


ぐるぐるとメンバーの下を突撃してお菓子を奪取し(術式の効果なのか誰一人怒らなかった)。
お菓子のお返しもそれとなく済ませたところで、フィアンマはトールの部屋へとやってきた。
勢いで行ったため、彼にだけお菓子を返していないのである。
正確には一人残されているのだが、まだ彼のところには行っていない。
そちらにはもっと可愛い感じの仮装で突撃したいのだ。乙女心というヤツで。

近頃、確信的に理解したことがある。

自分という人間は、本当に、ウートガルザロキに恋心を抱いてしまっているということを。

コンコン

ノックをして、

「トー「お菓子をくれねえとイタズラするぞ」ひゃ」

ドアを開ける。
と同時、狼男が襲いかかってきた。
驚いた顔が余程面白かったのか、狼男の仮装をしたトールが楽しそうに笑う。

「これでおあいこだな?」
「その牙はどこから仕入れたんだ」

鋭い牙があまりにもリアルだったので、恐怖を禁じ得なかった。
(自分の行いを棚に上げて)ちょっとだけむすくれながら、彼女は袋を手渡した。
いかにも普通のミルククッキーである。
余計な愛情(という名の余計な材料)は入っていない。

「お返しをしていなかっただろう。ハッピーハロウィン」
「ハッピーハロウィン。しかし、随分大勢に突撃したみてえだな」
「皆快く菓子を差し出してくれたぞ?」
「精神操作術式かけてただろ」
「少し方向性を『整えた』だけだ」
「元は『絶対的な恐怖を前にして敵意を喪失させる』モンだ。…平和利用ってヤツかね」

それで、と。

トールはもこもこの手で彼女から袋を受け取り、首を傾げた。

「ウートのとこにゃ行かねえのか?」
「着替えてから行くつもり…なのだが」
「どうせせがむならお菓子よりもキスの方が良いんじゃねえの?」

ニヤニヤ。

今度は、トールがフィアンマを苛む番である。
彼女は思わずお菓子が詰まった紙袋を取り落とし、慌てて拾い始めた。
その顔は赤くなったり青くなったりしている。

「ウートは、俺様のような女にキスはしないだろう」

可愛さがないから。

果たしてそうだろうか、とトールは本心から首を傾げ。
後に、何かに気がついたかのように彼女のお菓子を拾いあげてやりながら。

「そういや、日本にはチョコレートプレッツェルを二人で食べるゲームがあるんだけどよ」


今回はここまで。
遅刻ってレベルじゃねえぞ、っていうハロウィン回でした。

おつおつ。ウーさんとのポキゲーマダー?

こんな更新遅いSS何人が読んでんの? エタる前に依頼出せよ

乙。俺だけで言えば更新速度は気にしないので、そのまま続けてくださいー


普通に一ヶ月過ぎている。涙が出そうだ。
レスありがとうございます。





















投下。


ゲームのルールを教えられ、もごついている内に気がつけば共用部屋へとやってきていた。
中からは何の音もしないが、人の気配はきちんと感じられる。
恐らく、ウートガルザロキはのんびりと読書なんかをしているのではないだろうか。

「……」

口臭は大丈夫だろうか、と不安になる。
否、ここにくるまでに三回歯磨きをしたのだが。

「……」

昨日食べたものを思い返してみる。ニンニク類はないはずだ。
別に直接キスをするつもりではないのに、不安だけが募る。
受け取ったお菓子類の中から、フィアンマはミント味の飴を取り出した。
かなりキツくミント成分が含まれているようだが、構わず口へと放る。

むぐむぐ。

小指の先ほどの小さな粒なのに、涙が出そうな程辛い。
唐辛子などのシンプルな辛さではなく、ミント特有の痺れるような辛さだ。
どうにか舐めきったところで、衣服の裾を正す。深呼吸する。
気軽に誘えばいい、と何度も自分に言い聞かせた。
手元のチョコレートプレッツェルが、何となく重く感じられる。
何を緊張しているのだ、とフィアンマは自分を奮い立たせた。
自分のことを誰よりも甘やかしてくれるあのウートだ、きっと受け入れてくれる。


朝から、フィアンマの姿は見当たらなかった。
ミョルニルやマリアンとお菓子をもらいに回っている、という話をシギンから聞いた。
計画すら話してくれていなかったな、とほんの少し寂しく思いつつ。
それでも、これは良いことなのだと自分に言い聞かせた。

食事をして、雑談をして。
女性陣を言葉で喜ばせ、部屋に戻る。
お菓子をつまんで、本を読んで。

単調な一日のどこにも、幸せはない。
そこまで考えたところで、ふと、ウートガルザロキは思う。
結局、自分は自分の幸福のために彼女を縛り付けたいのか、と。

「……そろそろ、自分のエゴと向き合うべきかね」

より正確に表現するのなら、下心というべきか。
彼女と誰かが親しくなる度に、自問自答を繰り返す。
自分はどうしたくて、どうなりたくて、どう生きていくのか。
こんなに真面目に考え込むのは自分らしくもない。
そして、それが自分にしか迷惑をかけないのなら考えこみはしない。

この気持ちはいつか、彼女に迷惑をかける。
いつの日かあの華奢な手をとり、欲望のままに身を任せることは想像に難くない。

コンコン、とノックの音がした。
軽く返事をすると、ドアが開く。
ちょうど、思考の対象であった彼女が入ってきた。

「考え事でもしていたのか?」
「ちょーっとね。……ね、そのカッコは?」


本日ようやく会えた彼女は、かわいらしい衣装を纏っていた。
どこかウェディングドレスにも似た白いロリータドレスだ。
ふんわりとスカートが大きく膨らみ、細い脚が更に華奢に見える。
胸元は開いているし谷間も望めるが、白い透け素材のケープで何となしに守られている。

「かんわいー。そんでもってちょっとエロイよね」
「そういうつもりは、」
「わかってるわかってる。お菓子もらってきたの?」
「ああ。ついでにゲームも学んできた」
「へー、ゲーム? なになに?」
「これを端からお互いに食べていくゲームだそうだ」

これ、と彼女が取り出したのは何の変哲もないチョコレートプレッツェルだ。
堅焼きのプレッツェルにチョコレートがコーティングされている。

「いいよ、しよっか」

キスをする訳ではない。
そう思うと、気軽に笑みを浮かべられた。
そっと差し出してくる彼女からお菓子を受け取り、開封する。
一本口にくわえ、改めてベッドに腰掛けた。
彼女は隣に座り、緊張の面持ちで、反対側を口に―――含む。


ぽりぽり、かりかり、こりこり。

リスが木の実でも食べているかのような、断続的に硬質な音。
それでいて、どこかかわいらしさを想起させるような。

「ん、ん……」

彼女は目を閉じていた。僅かに頬が紅潮していて、こちらが赤面させられる。
少しずつ食べ進め、唇同士が触れ合いそうな程に接近していく。

(も、少し)

高鳴る胸を意識しながら、そっと彼女の肩を掴む。
行動を制限するというより、どこか、縋るように。
口づけたら、きっと舌を伸ばしてしまう。
際限なく彼女を求めて、理性のない獣の様に堕ちる。

唇が本当に触れ合う直前で、ウートガルザロキはようやく正気を取り戻した。
酩酊した意識を振り払い、プレッツェルを折る。
ぱきっ、という簡素な音と共に夢のような時間が終わった。

「ふ。……折れちゃったね。後は普通に食べよう?」

有無を言わせぬ明るい声音と笑顔で主張し、手を伸ばして勝手に食べる。
彼女はもごもごと口を動かし、同様に手を伸ばした。

「ウート」
「んー?」

ぽりぽり、とプレッツェルを食べ、彼女は首を傾げる。
外ではまだハロウィン気分のメンバーがはしゃぐ声が聞こえてくる。

「ウートは、ここで好きな相手を見つけられたか?」
「……、」


どういう意図をもった質問なのか、まったくわからない。
確かにメンバーとはよく会話をしている。
女性メンバーには甘い言葉をかけて遊ぶようなこともしている。

そのことを、責めているのか。

ふと思い至り、とんだ傲慢だと考え直す。
それでは、彼女が自分を好きだといっているかのようだ。

「まあ、多少は? ちょっとはね?」
「そうか。……なら、良いんだ」

微笑みを見せ、フィアンマは俯く。
彼の居場所が沢山出来ればいい、と彼女は祈っていた。

いつか、自分が彼と離れても、彼が寂しくないように。
自分が何らかの原因で死んでも、彼が迷わないように。

また、自分のような可哀想な人間に同情すればいい、と思った。
彼はとても優しいから、とも。
フィアンマは確かにウートガルザロキを愛しているが、気持ちを伝えるつもりなどない。
結果を見るのが怖いから。自分に自信などないから。
ウートガルザロキが否定してくれていても、やはり自分は化け物なのだと、そう思ってしまうから。
トールやマリアンなどは何度も背中を押してくれるが、そのままの勢いでは行けない。

「フィアンマちゃんは?」
「俺様は……そうだな、随分打ち解けたとは思う」

言いながら、少し寂しい気持ちになる。
もう、彼と自分だけの閉鎖的な関係ではないのだと思うと。


十一月一日を迎え、ハロウィンは終わってしまった。
フィアンマは一人外出し、人気のない海辺へと来ていた。
寄せては返す波に、歓迎されているような気分になる。
白の仮装衣装ではなく、赤いセーラー調のワンピースに白いロングコートだ。
陸地から砂浜へと続く石造りの階段に、そっと腰を下ろす。
ウートガルザロキの心配を振り払ってきて、正解だった。

恐らく、彼と居れば決壊してしまっていただろう。

この気持ちを洗いざらいぶちまけて、失望されるに決まっている。
はあ、と息を吐き出す。気温が急激に下がっているので、白く染まった。

「……俺様は、どうしたかったんだろうな」

結局、館を出てから彼には迷惑をかけてばかりだった。
沢山傷つけてしまったし、今も何も出来ていない。
多少でもここを居場所と感じられたというのなら、後はトールに任せて自分は居なくなった方が良いのではないか。
そんなことを思って、でもそうしたくない気持ちもあり、結論は空白に戻る。

「そんなところで何してんだよ」

声をかけられ、はっと振り返る。
缶コーヒーを二つ、片手に持ったトールが立っていた。

「ああ、やっぱフィアンマちゃんか。暗い顔してるな」
「……トール」
「ウートと喧嘩か?」
「いいや。……勝手に考え込んで、勝手に落ち込んでいるだけだよ」
「そうかい」

相槌を打ち、彼は遠慮なく隣に座ってくる。
差し出された缶は温かく、『カフェオレ』と描かれている。
素直に受け取り、潮風の寒さに目を細めた。
冷えた指先を缶に絡ませ、暖をとる。

「寒くないのか」
「俺? 俺は体温調節してるから別に寒くねえよ」
「……相談をしたいのだが」
「ああ、構わねえよ」


今回はここまで。

乙。ひさぶな更新だー待ってたぜ

久々見に来たー
ウートさんみたいな見た目ちゃらいやつのギャップってたまんねえな
こっそり期待してるぜ 続きが気になるから頼むよ!楽しみにしてるよ

1の書くSSはなに見ても面白いんだよなぁ‥俺もセンスが欲しい。


いや、ほんとお久しぶりです。レスありがとうございます、励みになります。
フィアンマさんの薄い本原稿に追われたりしてます。
















投下。




促されるままに開封し、口に含んだカフェオレはくどい程に甘い。
これ程甘いものは好まないトールだ、恐らく自分を見て買ったのかもしれない。
そんな自惚れ込みの予想を展開しながら、フィアンマは海を見つめる。
海に関する禁忌たる知識が様々目に浮かぶが、それらを思考の隅へと追いやった。

「俺様は、どうすべきなのかわからない」

突如こぼされた言葉に不可解そうな表情を隠しもせず、トールは聞き返す。

「何が? 『グレムリン』のことか?」
「というよりも、俺様自身とウート、という個人の範囲というべきか」
「勝手に落ち込んでるだけで、喧嘩とはないんだろ。どうすべきかって、何が?」
「俺様の存在は、ウートの人生に迷惑をかけているとは思わないか」

その質問に、トールは暫し頭を悩ませる。
元より、悩み相談を受けるのは慣れている。
魔術結社、それも人助けや相互利潤を追求する『グレムリン』のリーダーをやっていれば当然のこと。
しかし、それらは『復讐をどうしたらいいか』『誰かを傷つけたい欲求を堪えたい』などというものが多かった。
大抵の場合は穏やかな方向へと導いたり、代替案を提示すればそれで済んでしまう。
故に、フィアンマの問いかけにトールは即断することが出来なかった。

「……結局のところ、迷惑かどうかって判断するのは"迷惑をかけられる"方の心の問題だ」

たとえば、一つしか食べられない食べ物があるとする。
それは貴重で、二度と手に入らないものだ。
横から他者が『それが欲しい』とねだった時。
ねだられる側がそれを不快だと感じれば『迷惑』、そうでなければ『かわいい我が儘』だ。
故に個人の度量や関係性によって同じ事柄であっても左右される。
極論を言えば、どんなに些細なお願いだろうと相手が嫌いならもうそれは『迷惑』だ。

「俺には、ウートとフィアンマちゃんが重ねてきた関係の密度がわからない。だから答えられない」
「………」

そこに関してはウートガルザロキに直接質問するか、ただ予想で推し量る他に方法はない。

「ただ、傍目から見ている分には『大概のこと』は許しそうに見える」
「………そうか」

それは良かった、と微笑もうとして。
ガラスが割れたように、彼女の表情は曇った。
大した時間も経過していないのにすっかり冷えてしまった缶へ、ぽた、と透明な液体が落ちる。


「好きなんだ。出会った時から、ずっと、すきだった。あいしてる、」

何一つ、本人へは伝わらない。
伝える事が出来ない気持ちは、素直なものだ。
トールは黙って聞き、フィアンマは涙を隠しもせずに言った。

「だが…俺様が一緒に居れば、きっと不幸になる」
「そんなことねえよ」
「俺様は普通じゃない」
「魔術師なんか大抵普通の事情で動いてない」
「………そうじゃない。そんな話ではなく、」

トールの方を向いた彼女の瞳は変わらず琥珀の美しい輝きを放つ。
だが、その中心はどこか空虚なものに思われた。
眼病を患っている、そんな表現で済むようなものでなく、人形の為に作られた道具のような。

「俺様の体は、人間ですらない」
「………、…そうだな。確かにそうだが、…ウートは、知ってるんだろ?」

ウートガルザロキのような『内側』―――つまり、本来の彼女を知ってからの知り合いはともかく。
トールのように『外側』から知った―――『聖霊十式』の一つとしての『焚書棄録』を調べた人間ならばたどり着く結論。

血が流れていようと、息をしていようと、痛みを感じて苦しもうと。
彼女は決して病にはかからない。そして、魔力の練り方も尋常ではない。

「知識を働かせて自らを考察した。……俺様は、元は天使を創る為に作られた」
「……、…それじゃ説明がつかないだろ。血が流れる説明が」
「人の肉でどれだけ天使のようなものが出来るかを実験したのだろう。
 『世界を救える程』の質量を持った力と、人間として練れる魔力。
 何度か倒れたのは、同時に行使しようとして生命力の一時的な循環不全を起こしたからだ」

実際、フィアンマの推察は合致している。
彼女は、世界を救う為の力の容れ物。
加えて言えば、天使の力の存在する場所を知るための肉の人形。
今こうして普通に人間と会話出来ているのは、彼女が原典から取得した『穢れ』が人間味を作っているだけ。
そもそもの彼女は、ロクに思考も出来ない、世界の歪みを正す為の材料(どうぐ)でしかない。

「原典の詰まったあの場所に閉じ込められていたのは、何も俺様を虐げる為ではなかった」

むしろ、あの場所で守られていた。
自由と引き換えに、人間でいられるように。
しかし、一時の感情で飛び出した。
もう二度と、戻る事は出来ない。
戻ることが出来ても、今度は再び自由を失う。


「瞳が、奇妙なことになっているだろう」

人形のような、と彼女は自身を嘲笑う。
トールが受けた印象そのままの形容詞だった。

「自分が何者なのか、考えなければ良かった」

それでも考えてしまった。
気持ちの正体にも気がついてしまったし、それを知らせる勇気もない。

「この想いも、『汚染』が形作った結果のものだ。穢れたものが発祥で、純粋な想いには程遠い」

こんなに好きなのに、その『好き』にも自信を持てない。
誰かの操り人形の様な人生から、結局のところ、彼女は抜け出せていなかった。
彼女自身が、不遜にも神様へ近づこうとした人間の道具として作成されたのだから。

「ウートを大切に思う気持ちも、この瞳の様な―――直に空虚になっていく」
「……」
「それが、恐ろしい。……大切に思わなければ良かった。そもそも、出会ったことが間違いだったのかもしれない」

そうして今口に出している言葉も、本当に自分の思考から出たものなのか。
原典に描かれている人々や神話の登場人物の気持ちを綯交ぜにして、それなりの形にして出力しているだけなのか。

他人から突きつけられれば泣き崩れて二度と立ち上がれないだけの苦痛を、彼女は自分で自分に押し付けている。
トールは手を伸ばし、彼女の髪を撫でた。
それは粗雑な撫で方だったが、不慣れの側面が大きいようにフィアンマには思えた。

「……なあ、フィアンマちゃん。俺には、フィアンマちゃんみたいに大切なものがない」
「………」

気温だけでなく、内側からくる寒さに凍える少女を、トールは抱きしめる。
下心など何一つない、彼女とは決して同じ道を歩めない少年として。

「偽物も本物もなく、大切なものが無いんだ。信念以外に、これだけは守りたい『繋がり』が」
「……『グレムリン』は…」
「俺が居なくたって誰かが統率するさ。そんなに困らない。
 いくらだって替えが利くなら、そんなものは特別でも大切でもない」



トールの人生にとっては、強者が弱者を踏みにじることが全てだった。
力こそが全てで、正義や悪は二の次三の次。
その中でもどうにか手探りで悪ではないものを握り締めて、ここまで生きてきた。
後悔がないといえば嘘になるが、落ち込んで省みる程の嫌な生活ではなかった。
圧倒することが好きで、対等に争い合う事も好きだった。
他人よりも少し、狩猟本能が強かっただけ。

ともすれば、破滅願望。

止めてくれる人間は居なかったし、寄り添ってくれる誰かも居なかった。
認めてくれる人間も存在しないし、ずっと一緒に居たいと思った誰かも居ない。

喪ったのでも、騙されたのでもなく、最初の最初から。

そんなトールからしてみると、彼女やウートガルザロキは充分『輝いて』いて、『幸福』だった。
繋がりというものは尊い、とトールは思っているから。

「ウートがフィアンマちゃんにとって替えが利かないなら、それは紛れもなくフィアンマちゃんの気持ちで、大切ってことだ。
 薄らいでいくのは安心しているからなのかもしれないし、原典だけが原因だって訳じゃねえだろ」

逆も同じ。

「ウートにとって、きっとフィアンマちゃんは替えが利かない。誰かが埋められるようなものじゃない。
 なかったことにするのも、居なくなるのも、いつだって出来るだろ。だから、今は現状維持でいいじゃねえか」
「だが、」
「それでも自分を人間だと認められないからここに居たくないっていうなら、俺の為にここに居てくれ」

トールが考える限り、ウートガルザロキは彼女がいなければダメな人間だ。
そして、トールの中で『大切なもの』にこの二人の関係が台頭しつつある。

「……ありがとう」

もう少しだけ、ここに居よう。

思うがままを吐き出して多少の安堵を得て、彼女は微笑んだ。



コツ、コツ。

硬質な靴音を鳴らし、ウートガルザロキは『グレムリン』の拠点へ歩みを進めていた。
彼が先ほどまでいたのは海辺の近く。
待てど暮らせど一向に戻らないフィアンマが心配で、出かけたのだ。

『好きなんだ。出会った時から、ずっと、すきだった。あいしてる、』

トールと二人で話していたから、何の話かと思いつつも声をかけようとした。
いつも通りなら、二人共振り返って話に入れてくれるか、一緒に帰るはずだと思った。
微塵の疑いも不安もなかった。いつもの日常の沿線上だと信じていた。

『だが…俺様が一緒に居れば、きっと不幸になる』
『そんなことねえよ』

トールと出会った時に抱いた疑いが、現実になった。
彼女が、トールの方を好きになるのではないかという疑念だ。
それは正しいことのはずなのに、自分が望んでいた結末なのに。

「う、……、」

どうしてこんなにも、息が苦しいのだろう。
一人、拠点へ引き返しながらシャツを握りしめる。
こんなのは自分らしくない、涙を流すような弱さは遠い昔に捨ててきたはずだ。

「…ぁ、ぁ……、」

トールは良い男だ。
明るいし、よく笑うし、戦闘狂ではあるものの誰かを助ける度量がある。
『グレムリン』の個性あふれる面々を仕切れるだけの度胸と知恵もあるし、腕っ節だって強い。
彼女も心を開いていたし、仲良くなって当然だ。
二人並んで歩いていたって、似合いの姿だと理解している。
自分なんかよりも余程彼女の事を理解して、寄り添うことが出来る。

そんな風に、理性は判断しているのに。

「………だ…、…ぃ、……やだ…」

彼女の幸せを祈っているはずではなかったのか。
彼女が、王子様の様に優れた男と結ばれればいいと思っていたはずだ。

「嫌だ……」

気持ちとは真逆に、拒絶の言葉ばかりが飛び出す。
彼女を抱きしめたかった、彼女に好きだと伝えたかった、今となっては遅い気持ちばかりが胸の中で蟠る。





ようやく部屋にたどり着き、ベッドに寝転がる。
眠気はまったくなかったが、懸命に目を閉じた。

ガチャ、とドアの開く気配がする。

背後から、彼女の声が聞こえてきた。

「ただいま、ウート」
「……おかえり」
「……少し話が」
「ごめんね、眠いんだ」

一方的に話を打ち切ると、彼女の落ち込んだ雰囲気を感じる。
それでも、ウートガルザロキは返答出来なかった。
その『大事な話』とやらが先ほどの光景の素晴らしい結果であるような気がして。

「…ん。おやすみ、ウート」

足元に丸まっていた毛布を広げ、体にかけられる。
その柔らかな感触とは反対に、ウートガルザロキの気持ちは深く深く沈み込んでいく。
彼女はまだ眠くないのか、黙々とコーヒーを淹れ始めた。
そういえばコーヒーはトールの好物ではなかったか、とまた邪推が首をもたげる。

もう、関係ないことなのに。

彼女が好きだと思うなら、そこに入り込む余地なんてないんだ。

「……ウート、」
「………」

無言。

その返答で諦めたのか、コーヒーカップを棚へしまう硬質な音が静かに聞こえた。
もしかすると、二人で飲みたかったのかもしれない。

明日になったら、笑顔で挨拶しよう。

決めて、心に誓って、彼は無理矢理に眠りへ堕ちる。


今回はここまで。

せ 切ない… 次の更新いつだろ 期待期待

乙。またベタなすれ違いを…しかしウーさん辛いだろうな

乙。

待ってる


遅れてるとかいう問題ではない…スランプ中です本当にすみません
三月までにはきっと…

いつまでも待ってるぞ

まだかなー


ええと、おひさしぶりです。
言い訳しません。







投下。


あれから、ロクにウートと顔を合わせていない。
話しかけようとすれば避けられ、目が合えば逸らされる。
それも、以前のような照れによって逸らされるのではなく、どこか嫌悪を滲ませるような。
何かした覚えはないが、自分が無いだけで何かをしてしまったのかもしれない。

「……」

ベッドで膝を抱えてみても、わからない。
以前のような関係に戻りたい、一過性のものだ、そう自分に言い聞かせ続けて二ヶ月。

もはや、やり直せる気がしない。
ふとノックが響き、返事をするとマリアンとミョルニルが入ってきた。
もう三日も引きこもって食事をしていなかったからだろう、心配そうな表情を浮かべている。
しかし、フィアンマは内心で喜ぶと同時に落胆もしていた。
この三日間含め二ヶ月間ウートガルザロキは彼女の下へ現れず、こうしてやってきてくれたのもマリアンとミョルニルだけだ。

(俺様のことなど、どうでもいいのかもしれないな)

『グレムリン』にだって、見目麗しい女性メンバーは沢山居る。
そちらへありとあらゆる情動が向かえば、自分などどうでも良くなるに決まっている。

「顔色悪いね。風邪かな…。あー、と……スープは食べれる? パスタふやかしたやつ」

はい、と差し出されたのは、白の深皿に注がれたコンソメスープと、小さな浮き身の星型パスタ。
ふわふわと食欲を掻き立てる良い香りが漂うが、食欲は湧いてこなかった。
だからといって善意を突き返すのも気が引けて、フィアンマは感謝の言葉を述べると共に深皿を受け取った。
共に渡されたスプーンで一口掬い、口に運ぶ。
温かくてほっとする、所謂優しい味だった。
尖った味はなく、変わった具材もない。
おいしい、と無意識に呟いたフィアンマに微笑み、マリアンはミョルニルを撫でながら、食べ終わるのをじっと待っていた。
一度仲間だと認識した人物にはとことん情をかけるのがマリアンという少女だ。
ガタゴト、と慰めの音を発するミョルニルに薄い笑みを見せ、フィアンマは空になった器を任せる。
元気になったら出てきなよ、と極力穏やかな声音で言って、マリアンは部屋から出て行った。
数度感謝の言葉をかけて後ろ姿を見送り、閉じたドアから視線を床へと落とす。
毛布を被り、ベッドで再度膝を抱える。
ベッドから動く時といえば、入浴時位なものだ。

「………」

気持ちが落ち込んだ状態から回復しない。
気分転換に遊ぶ気にもなれなかった。


『グレムリン』メンバー居住地を転々としながら、ウートガルザロキは現在沈黙していた。
見た目に気を遣っているのは幼い頃から変わらないのだが、目の下の隈は隠しきれない。
精神的な問題で、ウートガルザロキは不眠症になりつつあった。
まったく眠れない訳ではないのだが、眠る度に悪夢を見ては跳ね起きる。

(ぬるい………ま、飲まないよりかマシだよね。寝るとロクな夢見らんねーし)

静かにカフェオレを啜りながら一人、ウートガルザロキはカフェの窓の外を見つめた。
雪が降っているのは明らかで、もう一杯おかわりしようかと考えた。
生憎傘は持ってきていないし、魔術を使って寒さを防ぐのも億劫だ。
24時間営業のカフェは客が少ない。何しろ深夜だ。
店員は退屈そうに談笑しつつ客の注文に応えているし、店内には静かなクラシック音楽が流れている。
ウートガルザロキが扱う術式は幻術専門(稀に例外はある)なので、当然音楽についてもある程度の教養の持ち合わせがある。
独学故に、現在流れている音楽が何なのかはわからなかったが。

(良い曲だな)

ピアノの穏やかな伴奏と、時折激しさと悲しさを伴ったバイオリンの旋律。
思うがままカフェオレのおかわりをして再び席につき、ウートガルザロキはその音に耳を傾けた。

(……フィアンマちゃんってどういう曲好きなんだろ?)

聞いたことないな、ふと思いながらマグカップの持ち手に指先を絡ませ。
それから、聞きに行く勇気はないのだと思い直した。
彼女はもう、トールのものだ。そうであるべきなのだと思う。
フィアンマにも、トールにも、気持ちの整理がつくまで二人には会いたくない。
酷い事を言ってしまいそうだった。

(女々し過ぎる)

自身を冷静に判断しながら、ため息を飲み込む。
望んでいた状況のはずだ、と何度だって自分に言い聞かせる。
カフェオレの水面に映る表情は、暗い。

「相席いいですか」
「ん、はいどうぞ……!!」
「よお。こんな夜更けに一人でお茶か? 寂しいもんだな」

客数が少ないにも関わらず、相席。
不可解に思って顔を上げると、先程挙げた会いたくない人物の内、後者が向かい側に腰掛けていた。

「……リーダーはカウンセラーもやんの? 大変じゃね?」
「そういうんじゃねえよ。俺もコーヒー飲みにきただけだ」
「へえ。ここ悪くないよ。苦くないし」

へらへらと笑って世間話を提示し、ウートガルザロキはカフェオレを飲む。
トールはいつの間に購入してきたのか、彼自身の分のコーヒーの紙カップを手にしている。
いたって普通の、平然とした態度で接してきている。

勝者の余裕。

ふと、そんな単語を思い浮かべ、心中で首を横に強く振る。
そんな男ではないと、とうにわかっている。

吹っ切らなければならなかった。

そして、そのための質問は頭に浮かんでいる。

「フィアンマちゃんは、どうしてる?」
「知りたいか? 部屋に戻れば一発だと思うがね」
「放浪したい気分だからまだちょっとね。何もないならいいよ」
「そうかい。………何もなくはねえけど」

引っかかる言い方をしながらも、トールは詳細を語らずにコーヒーを飲む。
焦った様子がみられない。緊急事態ではないのだろうとウートガルザロキは判断した。

「それで、うまくやってる?」
「あん? 何が」
「フィアンマちゃんと、トール」
「は? 俺とフィアンマちゃんが何を?」
「何って、決まってんだろ? 逆に何で聞き返すんだよ」

どうも会話が噛み合わない。
隠そうとしているのだろうか、とふとウートガルザロキは考えた。
そういった気の遣い方はありがた迷惑だが、可能性としては無きにしも非ず。

「付き合って二ヶ月、少しくらいは進展あったかなと思って」


しつこいくらいにシャワーを浴びて、気持ちを切り替える。
外に出れば、多少は頭も冷えてくれるかもしれない。

「……良い天気だ」

どうも、昼夜逆転の傾向がある。
深夜の海辺で先ほどの台詞を呟くのもおかしな話だが、実によく晴れていた。
風も穏やかで、潮風が頭を冷やしてくれる。
ついでにいえば体も冷やしてしまうのだが、気にならない。・

「ウート」

ぽつり、と名前を呼んでみた。
そうしたら、彼が来てくれるような気がした。
あの館で待ち続ける日々は苦痛ではなかったのに、少し会えないだけでこんなにも寂しい。
せっかく丁寧に洗った頭髪が潮風でどことなしにべたべたになっていくが、気にかけることはなかった。

どうせ、誰も興味を持たない。

愛らしく着飾ってみたところで、ウートが褒めてくれなければ嬉しくない。
髪を気にして、肌を気にして、容姿を整えて。
それでもウートが微笑んでくれなければ、寂しいばかりだ。

努力の空回り程苦しいものはない、とフィアンマはぼんやりと思う。
無駄な努力はしない、などと言い切るつもりまではないが、気力が湧かない。

「ウー、」
「なあにー、フィアンマちゃん」
「!」

声ば彼のもので、直後に抱きついてきた彼の体躯も正しく彼のものだった。
甘い声に、甘い吐息。甘い香りに、心地良い体温。

「げほ、」

手で口元を押さえ、数度の吐血。
一瞬のときめきがすぐさま冷え、フィアンマはウートガルザロキの方を振り向いた。

「ウート、血が、」
「あ、…あはは。ごめんね? ちょっと胃腸悪くしちゃってさ」

その治療に専念してた、などと彼はいつも通りの軽妙なペースで話す。

「目の前で吐いちゃったりしたらどうしようって思って素っ気なくしちゃってた。ごめんね? フィアンマちゃんが嫌いとかじゃないからね?」
「ん、……それならそうと、早く言えば良いものを」
「いやー、かわいい女の子の前で格好悪いトコは見せられないでしょ。マジで」
「ウート……」
「不安にさせちゃったよね。もう大丈夫だから」

出かけようか、と血で汚れていない方の手で右手を握られる。
ね、と微笑まれただけで、フィアンマは今までの事を水に流した。それだけで良かった。


付き合って二ヶ月。
何を言っているんだコイツは。

トールの不審げな目付きに一瞬でそれらの情報を読み取り、ふと、ウートガルザロキはとんでもない可能性に思い至る。
むしろ、この二ヶ月間その可能性にたどり着かなかった方が不自然だった。

「……もしかして。もしかして……別に、トールとフィアンマちゃんは付き合ってない…?」
「ああ? そうだよ。そうに決まってんだろ」
「え、じゃあ海辺で何か二人で『好き』とか『初めて会った時から』とか言ってたのは?」

トールは僅かに考え込んだ後、やはり彼女の気持ちは彼女自身が伝えるべきだろうと思った。
なので、嘘をつく。悪さをもたらさない嘘だ。

「彼女が好きな本の台詞だよ。演劇見に行きたいって言ってたから、どんな感じだろうなって予想しあってただけだ」
「………な……んだよもう…何なんだよー……」
「お前が何なんだよ?」

この二ヶ月間を返せ、と思いつつウートガルザロキはぐったりとしつつカフェオレを飲み干す。
トールはというと不満げな表情でウートガルザロキを一度だけド突き、そろそろ帰ろうと促した。


今回はここまで。

ウーフィア熱が冷めた訳ではないんですよ…本当なんですよ。
そろそろオティヌスちゃんが出ます。

おつおつ。ウーさんとトールがコーヒー飲んでるってだけでこのオサレ感。次回更新も気長に楽しみにしとりますわ

吐血…まさかつっちー?つっちーなのか?

乙ですー!
久々に来たらまだ>>1様がフィアンマちゃんを書いていてくれて感激しました…

まだかなーオティヌス期待


ゆるゆるほんの少しずつ更新します…何か一気に長くかけないんで…申し訳ない…おひさしぶりです…‥



ほんの少し投下。


思い返すのは、随分と昔の事で。
コーヒーの中で渦巻くミルクを見つめながら、スプーンをトレイ上の白い紙の上に置いた。
じわじわと紙を侵食していくコーヒーの残り滴に目を細める。

「………あの子は」

ドーナツにかかったシュガーグレーズは、雪を思い出させてくれる。
あの子の白い服が溶けてしまいそうな程の、真っ白な雪を。



純粋な魔神へと至った私に突きつけられたのは、『無限の可能性』という優しく残酷なものだった。
原初の、私が唯の人間から神の身へと至った『最初の世界』に戻るには、それと同じだけ『戻れない』というデメリットが存在する。
重力と反重力の関係性の様に、背中合わせで離れない現実。
何かを犠牲にして、『槍』で性質を整え仕上げて戻るべきなのかどうか、わからなかった。
この世界に未練も執着も愛着もない。だから、犠牲にしても構わないはずだ。

(あの男に譲る訳にはいかなかった)

私よりも遅く儀式場へとやってきた愚かな青年。
オッレルス、と現在は名乗っている魔神のなり損ない。
気が付けば、私の足は探知済みのオッレルスの住むアパートメントへとやってきていた。

「少し席を外すけど、此処に居てくれるかい」
「ん、いる」

アパートメントに向かう途中の自然公園だった。
雪の上に座った、赤い髪の幼い少女。
声をかけると、きょと、と無機質な瞳がこちらを見上げた。

「おれるす?」

金色の瞳だった。橙ともとれるか。
私をあの出来損ないと勘違いしているらしく、不思議そうな表情を浮かべている。
もしも判別がついていないのだとしたら、確かに不思議だろう。
今さっき『待っててね』と去っていった相手がすぐさま戻ってきたのだから。


「私はオティヌスだ。あの出来損ないと一緒にするな」
「おれぬす」
「オティヌス」
「おてぬす」
「オティヌス、だ。てぃ、を言ってみろ」
「てぃー」
「オ、ティ、ヌ、ス」
「お、て、ぬ、す」
「……ダメだ…」

少しがんばって教え込もうとしてみたが、どうやら難しいらしい。
それにしても、妙な子供だった。
オッレルスの実子でもなさそうで、そもそも人間らしからぬところがある。
瞳はどこまでも宝石の様に無機質で、子供らしさが伺えない。

「もうすぐゆうぐれになるな。よるがきたら、こんやはほしをみられるだろうか」

そわそわとしながら言われた言葉に、なにも返せない。
この子供は、知らない人間を疑うということを知らないのだろうか。

「名前は何というんだ」
「なまえ?」

フィアンマ、と名乗った幼子は笑顔一つ見せない。
そこに、オッレルスが戻ってくる。
当然のことながら、お互い険しい表情にならざるを得ない。

「……何の用だ」
「謝罪をしに来た訳ではない」
「………」
「その子供は何だ?」
「お前に言う必要はない」

刺々しい言い合い。
あるいは、私の感覚を理解出来たかもしれない男は当然ながら私を敵対視する。
『説明の出来ない力』がぶつかり合わんとする、が。

「おれるす、おてぬすとなかよくなったからころさないで」
「……仲良く?」

思いがけぬところから、停戦協定のきっかけが投げ込まれた。


ここまでです(小声)

乙。おてぬすとも会っていたか

乙。おてぬすとも会っていたか

保守

はよ>>1が保守せんと堕ちてしまうで。楽しみにしてます。


PS.最新巻でフィアンマさん出ましたね

つかそろそろ落ちるぞこれ

あーあ…楽しみにしてたのに…違うジャンルに移ったか辞めたか…乙でした。

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