エルフ「譚奇フルエ、代時正大…?」 (68)


エルフ「大正エルフに浪漫の嵐!」

男「手さぐり進行で」


~~

時は大正、大日本の時代。

シベリアの地にて3333人の日本人が散った記憶も新しい、そんな時代…


一人の男が夜の港の酒場町を、千鳥足で歩いていた。


たいそう飲んだようにも見えるが、実のところこの男、滅法酒に弱く

先程まで飲んでいた酒はコップ一杯の安酒にも満たず。

はっきり言うところ、男は下戸であった。

男「…頭が痛い」

千鳥足もさる事ながら、それを勘案しても男の歩きはどこかイビツで

まるで、右足を庇うような不恰好な歩きであった。


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男の行く先に、2人の人影があった。

一人は見るからに不機嫌そうな商人然とした男。

もう片方は、俯いた外国の少女だった。

金の髪はその輝きを失い、美しいであろう肌はドロと煤にまみれて汚らしく、

その体をまたボロで覆っているわけだから、なおみすぼらしく見えた。

そんなところを、さっきの男が通りかかった。

商人「やあそこいくお兄さん、どうだい、景気の方は?」

男「…何を可笑しな、商人のクセに俺に景気を尋ねるのか?」

商人「いえいえ、あっしが訊いてるのは個人の懐具合の話ですよ」

男「…なるほど、そうか」

男の方は、酒のせいでさして頭が回っていない様子でした。


男「余裕がないわけでもない、むしろどうでもいい」

商人「はい?」

男の身なりは、歩みとは違ってそこそこ整っており、商人からしてみれば相応に景気の良さそうにみえた。

しかし、その奇妙な物言いに、商人は疑問を禁じ得ませんでした。

男「まあいい、ところでそっちのは娘か、どうしてそんなナリをさせている?」

商人「いえこいつは…所謂商品ってやつですよ」


聞けばその、歳の頃十才にも見えたその少女は中国の娼館に買われたそうなのだが、

どういうわけか、ここ日本の場末の陰の商人にまで払い下げられているのだという。


商人「名前は特に知りませんが、前のやつは"エルフ"とか言ってましたね」

男「…えるふ?」

商人「ええ、元はイギリスの孤児だったらしく値札に"英国より流れた婦人"と書いてたんでそう呼んでるんでさ」

男「えるふ、英流婦か…」


商人「安くしときますよ、何せとんだ曰く付き、いい買い物と思い飛びついたはいいが今日まで買う人おらずで」

男「むぅ、ここまで聞いておいて悪いが、俺にはそんな趣味は無いのでな」


商人「そんな!それならこいつを連れて銀座にでも繰り出して金持ちハイカラ共にでも売りに出せばいいじゃないですか」

男「ならば、それをお前がすればいいだろ」

商人「いやぁ、商人同士には縄張りというものがありまして、はい」


エルフ?「ええい!どいつもこいつも私のことを厄介扱いしおってからに!いいから買えばいいだろう!」

すると、それまで(およそこの商人の手に渡る前から)ずっと沈黙していたその少女が、突然口を開いた。


男「ん?!」

商人「あ!お前、日本語が喋れたのかよ!」

やはりというか、商人にもその奴隷が口が聞けたことを知らなかったようだった。


エルフ?「当たり前だ、私は頭がいいからな!必要ならエゲレス語も支那語も話すことができる」

男「…それは、何かの冗談か?」

エルフ?「冗談ではない、貴様らの下賤な言語など半刻も聞いておれば自然と身につくものよ」

男「下賤、とは…」
商人「なんなんだ、こいつ…?」


商品の持ち主すら呆気に取られた隙に、その少女は勝手に目の前で商談を進めることにした。

エルフ?「この通り、私は若くして聡明だし何よりまだ未通だ、普通は買わぬ手はないと思うがな」

男「は!?…はぁ、しかし娼館務めであったのだろ?それなのに、それとは」

商人「こいつ、何を勝手に」


エルフ?「黙っていろ、いい加減商人様の顔は見飽きたんでな、早々に立ち去りたいのはこっちも同んなじだ」


少女が朗々と説明するに、まあこの見かけなので中国の変態はこぞって集まったそうなのだが、

どうにも性交へと移ろうとすると、どいつも皆、不可思議な火傷をその身に受けるのだった。


男「つまり、どいつも手前のナニが焼け落ちるのを恐れて逃げ出すってわけか…」

エルフ?「まあな、というわけで私は、貴様らの下品な言い方で言うところの"新品"というわけだ、どうだ?安心したか?」


しかしながら、その言葉を聞いてなお男の逡巡は深まったようにも思える。


商人「馬鹿野郎、そんな奇天烈話を聞かせたら客がますます気味悪がるだろうよ!」

男「まあ、な、面白い話ではあったが、今度雑誌にでも投稿したらどうだ?」


そんな周りの不審がる視線もよそに、少女は涼しげに言を続けた。


エルフ?「まったく、女と見るとしゃぶるかしゃぶらせるかしかないのか?人の男は…

いいか?そんなことよりもだ、私のセールスポイントは別にあるというのだ」


商人「あ?せーるすぽいんと?」

エルフ?「見たところ貴様は歩きが不自然だ、しかし、その歩みは決して根っからの不具というわけでもなさそうだ」

男「……」


エルフ?「言われぬ力強さを感じる、然るに、貴様は軍人か…それも退役した」

男「!?」

当たった、偶然とも思えぬその物言いに男は素直に驚いた。


エルフ?「北方で火の手が上がったが、おおよそ戦場にでもいたのだろう、そしてそこで何か嫌な物でも踏んだ、違うか?」

男「……そうだ」

男は自らの足が疼いたように思えた。
それと同じくして、己が心中に言いようのない何かが首をもたげたのも感じた。


エルフ?「軍を追われ、少しばかりの金をもらい、安酒場で憂さ晴らし…まあそんなところだろうな…」

男「…そうだ」

エルフ?「生きる当てもなく、術もなく、ただ怠惰に過ごすだけの人生が先にある、だろう?」

男「そうだ」


商人「おい、こっちのこと忘れてない?」


エルフ?「腐ったようなその目を鏡に映し、しかし心に中には未だ消えぬ火があるだろう?」

男「そうだ」


エルフ?「しからば、私を買え!私の知恵を貴様に貸して、その先の夢を見せてやろうではないか!」

男「そうか!」

少女は叫んだ、そして男もつられるわけでもなく、気の赴くままに叫んだ。


エルフ?「では貴様に、この身を三百円で買わせてやろうではないか!」


※現在の通過価値にして凡そ30万円ほど。物価は勘定に含まず


商人「またお前は、勝手に!」

エルフ?「なに良いではないか、この値ならそんはあるまいて、それに」


少女は、目の前の男の足元を見て、次に洋服のポケットを見た。

彼女に確証があったわけではないが、実はこの時、男の封筒には丁度それだけの金があった。

何故男がそんな大金を持ち歩いていたのか、
それはのちにも誰も分からぬことだった。

しかし、このとき男は確かに

男「…買おう、お前を買う」

と言った。

エルフ?「…買わせてやると言っているのだがな」

商人「ま、まいどありぃ…でいいのかな?」


というわけで、アジアの東の島国の
汚い場末の路地裏で

男がエルフを買った話

とりあえずここまで


さて、一人の女を買った帰り道
男は早速もって後悔を始めていました。

酔いが覚めたことも手伝って、なんと馬鹿な買い物をしたのだろう、と。

男「…何故、俺はこのような奴を」


興味半分、のこりは助ける親切心、といったところなのだろう、と思った。

しかし興味と言っても決して少女愛好ではないぞ!と強く心の中で否定した。


エルフ?「このような、ではない、エルフだと言っているだろう」

反対に、ことこの自称"エルフ"とやらは随分な軽やか足取りで、
男の隣と言わず、しばしば前を歩くこともあるほどだ。

加えて、あまりに軽やかすぎて、ボロの隙間からふくらはぎや太もも、その上までチラチラと見えてしまっていた。

薄汚れてもなお、やはり美しいと思える肌であった。


男「おい、あ、あまり動くとその、寒いだろう、上着を貸してやるから着るといい」

堪らず男は自分の着ていた上着を差し出した。
見て困ることでもないが、やはり嫁入り前の女がそうそう肌を見せびらかすものでもないと思ったからだ。

エルフ?「おお、だがそう寒いものでもないがなぁ、エルフはもともと山や森に住む生き物だからして」

男「兎に角、いいから着ろ」

男が無理やり押し付けると、エルフは渋々、といった感じも見せずすんなり受け取った。

エルフ?「…フフーン、見えるままなら見えたままにしておけば良いものを、エルフの柔肌はそんなに目に毒だったか?」


男「ぐ…」


男「お、お前のいうエルフとは、一体なんなんだ?名前なのか、それとも」

エルフ?「…まあ、端的に言えば種としての呼び名だ、畜生や猿がいて、人間がいて、エルフがいるといった具合にな」

聞かれて途端、その少女はまた突拍子もないことを言い出した。


男「…ほう、それではまるで人間様の上に自分がいるような言い振りだな」

エルフ?「まるで、でもなくそうなのだ、例えるなら正月の餅の上に乗ったミカンのような存在だな」

男「…例えが微妙に陳腐で、格を下げているぞ」

エルフ?「ありゃ、そうか…」


とは言ったものの、男もあながち信じていないわけでもなかった。まあこの童子は、どこぞの物の怪の類だろうとでも思っていた。


少女の目の奥に男は、爛々とした火を見た。不思議な光を讃えていた。人を惹きつける魔力のようなものがあったのだ。

だから自分はこいつを買った、そういうことにして自身の心に決着をつける男であった。


暫くして辿り着いた家屋は、

エルフ?「…ふむ、ここが住まいか、まあ予想の範疇ではあるな」

瓦の剥がれ気味な屋根にボロ壁、割れた窓を新聞で塞いだ、
まあ絵に描いたような下層市民の家だった。

いいところ"下の上"といったところ、借家とはいえ集合住宅でないところが、今はせめてもの救いか。


エルフ?「本音を言えば、裏切って欲しかったところではあるが」

男「偉そうに、言うなっ」ポカッ

エルフ?「あ痛っ!」


鍵を開けて中に入り、電灯をつける。
すえたようなカビの匂いが微かにした。

どうにも、落伍という言葉が浮かぶ部屋に思えた、いろんな意味で。


男「落伍とは、言ってくれるな」

エルフ?「あ、口が滑っていたか、すまぬ」

男「まあいいさ、この右足があっちゃあ否定したくても出来ないからな」

エルフ?「……」

男が足を小突くと、樫を叩いたような乾いた音がした。


エルフ?「…しかし、思ったより本が積んであるな、雑誌も、読めはせんが」

話せはしても、平仮名すら殆ど見てないようだから当然である。

言葉通りなら、学ばせればやはり半刻で覚えそうではあるが。


男「昔いた道場の教えでな、"武とは知をもって武であり、人は人として武を用いるべきである"といわれてな」

エルフ?「…ふぅむ」

少女は拾いあげた一冊の雑記を流し見しながら、男の話を半分に聞いていた。


男「野蛮な暴力では獣のそれと同じだし、それにいつの世も知識あって損はないからな」

エルフ?「…まあの、戦争で儲けるのも人の知恵だからな」

やがて、少女は興味なさげに雑誌をその辺へポイと放った。

彼女の言葉は、男の言いたいところとは一致しなかったのだが、大戦時の好景気を鑑みるに否定のできないことだった。


男「そんなことよりも、だ、お前臭うぞ」

エルフ?「うっ!…まあ確かに、あちこち逃げ回った挙句、ロクにシャワーも浴びさせん奴らだったからな」

男「シャワーね、ウチにはそんな洒落たものはないが、せめて桶に水を入れて持ってこよう、待ってろ」

エルフ?「頼むな、これでようやく男性の汁の臭さから解放される」

男「うぐ、お前な…」

エルフ?「冗談だ、ススで汚れても穢れは知らぬエルフさんだぞ?」


男はその言葉を最後まで聞かぬまま、桶を片手に外に消えていった。

エルフ?「…見上げた初心だの」

この皮肉も、相手には聞こえなかった。


男「ほら、井戸で汲んできた。手拭いも綺麗なのがあったはずだから、それを使うといい」

エルフ?「ありがとう、どれ…」

少女は、足元に置かれた桶に並々と注がれた水の前に座ると、水面に小指を浸して、指先についた水滴を舐めた。


エルフ?「ふむ、未だキレイだな…工業化と見て水質を危ぶんでいたが杞憂だった」

男「へえ、森の民さんはそういうとこに敏感なのか?」

エルフ?「当たり前だ、極上の飯を食っていた奴が今さら屑肉で満足できるか?」


なるほど、と男は心の中で相槌を打った。


エルフ?「では…今から裸になるが、お前さんが発達途上の女子(おなご)に興味があるなら見てもいいし、発達途上の国に投資したいなら銀行に行くといい」

男「何の話だ、からかうな」

見るか、見ないか、当然男は見なかった。
その意思表示なのか、椅子を明後日の方へと向けてそこに座った。


エルフ?「釣れないな、まあ下手な劣情を向けられるのは私も好きじゃあないが」


嘘つけ、男は素直にそう思った。


しゅるしゅると、後ろで少女が身にまとったボロ布を脱ぎ去る音が聞こえる。

いま男の後ろには、薄汚れていながら、しかし将来性豊かな女子の全裸があるのだろう。

そのことに関しては男は特に意に介することはなかったが、
ただ、今ここに憲兵が来たらどのような釈明をすればいいのやら、そんなことばかり考えていた。


しばらくの間、少女が体を洗う水音が部屋に響いていた。


ふと、気づくと男の首筋がそれほど暑いわけでもないのに、じっとりと汗ばむように濡れていた。

何故?男がそう思うと、部屋の空気まで夏のように湿気っていることに気がついた。


男「なんだ?これは一体…」

そう呟くのと、反射的に思い当たる節へと振り向いたのはほぼ同時だった。

エルフ「な、何だ?急に振り向いて…」



果たして、原因はまさしくそれだった。

まず目についたのは桶の水からたつ湯気だった。
ついさっき汲んできたばかりの井戸の水が火の気もないのに湯になっている。

そして異常なのは少女もだった。
先程まで見慣れた、可愛らしくも形よい耳が、両方とも外側へ伸び、その重みで先端が少しばかり下へと弛んでいた。


男「…お前、それはなんだ!それにその耳はいったい」

エルフ「ああスマン、ついうっかりしていたな…この耳こそエルフと人間の外見的違いの最たるものというべきか」


エルフ「エルフは、人間と比べるとこのように耳が尖っているのだよ、私の場合はさっきまでみたいに隠すことも出来るが、力を使うとどうしてもな」


少女が耳について説明する中でまたしても聞きなれない言葉が出た。

そしてそれは、およそ桶の湯についての原因なのだろうと、男は思った。


男「…その力とは、なんだ」

エルフ「ほう?話が早くて助かる、やはり知恵のある奴と話すときは面倒がなくていいな…」


少女は両の手のひらを差し出し、説明を続けた。

エルフ「これぞエルフの秘術にして秘技…名付けて"ちからパワー"だ!」

男「…はぁ?」

その答えは、思ったより拙い言葉だった。

エルフ「どうだ?いいセンスだろう、和洋折衷ちからパワー、うん、いい響きだ」

男「………」


これが人とエルフの感覚の違いなのか、男はの命名にすっかり呆れ返ってしまった。

呆れたついでに、男はとうとうそこで我に返った。

気がつけば、部屋の中には裸の少女を凝視する一人の野郎が、そこにいた。

男「…あっ」

しかし、気づいたところで男が目を離そうとしても、いつの間にか視線はその肢体に釘付けになっていた。


水が濁った分だけ、少女の体が綺麗になっているのは当然だが、それにしたってここまでとは、男にとって理解の外であった。

特に少女の金髪は、出会った頃の汚れがまるで嘘のように、電灯の光を反射して煌めいていた。

その肌も、すっかり元の輝きを取り戻したのか、乳白色の陶器のようであり、掛け値なしに美しいと思えた。


男「……」

エルフ「…どうした?そのように見られると、やはり流石に恥ずかしいのだが」

男「あっ!す、すまん!つい」

少女が己の局部を両手で隠し、身をよじらせたうえで、ようやく男の方もそっぽを向くことができた。


エルフ「…つい、とはなんだ?あんまりキレイだったから見とれたか?体に」

しかし、エルフの方は言動とは裏腹に意地悪っぽく微笑み、男の方へ詰め寄った。

男「いやいや、今のは言葉の綾でだな…」

エルフ「それで、帝都の金持ち連中に高く売れるかな、とか思ったか?それとも」

男「……なんだ」


エルフ「自分のモノにでもしたくなったか?小僧…」

耳元で殊更いじわるく囁かれた言葉に対し、男は

男「…まさか!そんな手足の短く顔の大きな幼子に欲情するほど馬鹿ではない」

と、一蹴した。
まるきり鋼のような意志である、多分。


エルフ「な!こ、この…気にしてることをずけずけと…ゆうなぁ人間め」

男「ふん、胸より先に腹が出てるうちは男を誘惑することなど覚えんことだな」

エルフ「なにおう!この体型が良いと言う輩も随分とおったのだぞ」

男「そんな変態連中と一般人を同列視するな、いい迷惑だ」

エルフ「ぐぬぬ…だがな」


その口喧嘩はしばし続いたのだが、
不毛な言い争いだ、と言わんばかりに男の方が"大人"として引き下がることにした。

さっきまで見惚れていたという事実はすっぽり頭から追い出すことにした。


男「そんなことより、いつまで裸で居るつもりだ、風邪を引くだろう?」

エルフ「そのようなことを言われてもな、なにぶん手ぶらだったから着替えも何もないのだ」

男「…ああ、それもそうか、しかしまたボロを着せるわけにもいかないしな」


そこで男は、しばらく熟考した。
はたから見ると、随分と真剣に悩んでいるようだった。

悩みに悩んで、悩み抜いた末、その全てが断ち切れたのか、立ち上がって押入れの方へ向かった。

エルフ「?」

その奥から取り出したのは、この部屋には似つかわしくないほど小綺麗に折りたたまれた女物の着物だった。


男「……これを着るといい、もうそうそう使うこともないから、大きさが多少合わないかもしれんが」

エルフ「…お前に女装癖があったとはな、どうりで少しも揺らがんわけだ」

男「違う、これは…妹のだ」


エルフ「……ふむ、そうか」


男の深刻そうな表情から、何事かあったのは明白だったが、
まあそこは彼女も、空気を読んで何も尋ねず、

黙ってその着物に袖を通した。


着物を纏うその姿に、男はかつての光景を重ねていた。

エルフ「…なあ、似合うか?」

男「ああ、だがやっぱり袖が余ってしまうな」


エルフ「……ふむ、やっぱり、ねぇ」


ここでお話はいったん途切れる。

物語は不摂生なことに、虫けらどもの寝静まる頃に、再び幕を開けることとなる。


飯を食った後、明かりを消して2人は床につくことにした。
男は、自分はいいと言ってエルフの少女に布団を譲り、畳の上に寝転がった。

男「とはいえ、煎餅布団だがな」

布団からは長らく人の寝た気配がしなかった。

男「……おやすみ」

エルフ「いいのか?何かまだ、聞くことがあるはずだと思うが…」

男「いいさ、もしも聞かせてくれるなら明日聞かせてくれ、どうせ明日も暇なんだから」

エルフ「…そう、か」

男「お前の聞かせてくれる話が、何か得になるようなことなら、いいんだがな…」

そう言ったきり、男は寝息をたてて静まり返ってしまった。
酒の気怠さもあるだろうが、何より男にはもうエルフについての関心は随分と薄れているようだった。

エルフ「……ふん」

彼女は、そんな男の態度が少しばかし気に食わないようだった。


そうして夜も深まり、虫ケラも寝入った頃になって、未だエルフの眼は起きていた。

ここから逃げ出すために。

エルフ「……親切心が仇になる、口八丁手八丁で相手をだまくらかす人間は世界中にいたよ」

エルフは、まるで男の背中に聞かせるように呟いた。
そして立ち上がって、扉のそばに佇む。

エルフ「……いいのか、ほんとうに行ってしまうぞ?」

まるで最後通牒のごとく、エルフは言い放ち、暗闇の中に消えていった。

畳んだボロの上に、彼女の代金を置いて
彼女はまた自由になった。


飯を食った後、明かりを消して2人は床につくことにした。
男は、自分はいいと言ってエルフの少女に布団を譲り、畳の上に寝転がった。

男「とはいえ、煎餅布団だがな」

布団からは長らく人の寝た気配がしなかった。

男「……おやすみ」

エルフ「いいのか?何かまだ、聞くことがあるはずだと思うが…」

男「いいさ、もしも聞かせてくれるなら明日聞かせてくれ、どうせ明日も暇なんだから」

エルフ「…そう、か」

男「お前の聞かせてくれる話が、何か得になるようなことなら、いいんだがな…」

そう言ったきり、男は寝息をたてて静まり返ってしまった。
酒の気怠さもあるだろうが、何より男にはもうエルフについての関心は随分と薄れているようだった。

エルフ「……ふん」

彼女は、そんな男の態度が少しばかし気に食わないようだった。


そうして夜も深まり、虫ケラも寝入った頃になって、未だエルフの眼は起きていた。

ここから逃げ出すために。

エルフ「……親切心が仇になる、口八丁手八丁で相手をだまくらかす人間は世界中にいたよ」

エルフは、まるで男の背中に聞かせるように呟いた。
そして立ち上がって、扉のそばに佇む。

エルフ「……いいのか、ほんとうに行ってしまうぞ?」

まるで最後通牒のごとく、エルフは言い放ち、暗闇の中に消えていった。

畳んだボロの上に、彼女の代金を置いて
彼女はまた自由になった。

うまく書き込めない、
誤爆したか重複した。



ひと気のない路地を歩き、頭に頭巾を被った少女の風体はまるで泥棒のそれに見えた。

エルフ「……ふ、こうやって夜闇に紛れて歩くのにも、慣れたものだ…」


少女は塀の陰で、自嘲気味に人には分からぬ言葉を吐いた。

かつての仲間に、貴様は闇に紛れるのが得意だろう、と嫌味を言われたことを思い出した。

エルフ「……は、皮肉だな、本当に」


思えば、随分と遠い東の果てまでやって来たものだと、ある種の感慨にも似た感情が、彼女の心に湧き上がった。


ここまで来るのに、沢山の人間に出会った。
多くは他人を騙すことに長けた人間達で、残りは彼女が騙した人間だった。

殆どの人間が、彼女に悪意を向けてきた。
あの彼のように、非難もしない奴はごく稀だったように思う。


それは多分、自分もまた、そんな性根の腐った同類なのだろうと彼女は考えるようになった。
昔から彼女にとって、悪意を向けられることは慣れっこだった。



エルフ「……そうはいっても、な」

他人を騙すことの罪悪感だけは、いつまで経っても慣れるものではなかった。

相手が良い人であると、余計にそう思う。


善意を向けられると、無性に胸がモヤモヤとする。恋だ愛だとは言わないが、気分の悪いものではない。最初の内は。

暫くすれば、それは胸の痞(つか)えのようになって、次第に息苦しさに体が潰れてしまいそうになる。


だから逃げる。親も友人も捨てて、恩人まで騙して、少女はここまでやってきた。

しかし、だ

エルフ「……流石にか、もう、疲れたな」

「…おい、貴様」


不意に、彼女のそばで人の声がした。
憐憫の情にかまけて、周りへの注意を怠っていた。

人影は三つ、全て男性のようだがどれも彼ではない。
格好からしていわゆる浮浪人であることが見て取れた。


エルフ「……こんな時に、ルンペンどもか」

浮浪「はぁ?何か言ったか?小童」

エルフ「……」


彼女は、こういう相手にはどんな言葉も通じないことを知っていた。
彼らのような者は、大抵酒代をゆするか、寝床を奪うしか能がない。

しかし、聞く耳を持たないという点では、ある意味で恐ろしく厄介であった。


エルフ「……ちっ」

逃げ込む先を探すように、エルフは周囲を見渡して、灯りを探した。

しかし、この時分では電灯一つ、火の気どころか油の匂いもしない。



浮浪「おい!人の話を聞いているのか、ガキ!」

浮浪「盗人みてえな頭巾かぶして、さてはお前コソ泥だろ!」


まずい、直感的にそう思った。
どうにもこいつら、畜生のように群れるのが好きらしく、声に合わせて周囲からゾロゾロと人の気配が集まるのを感じる。

行こうとする路地すべてで、人の足音が聞こえてくる。


浮浪「どうせ奉公先の家から逃げてきたか、孤児か知らんがな、縄張りをチロチロとされちゃ、見過ごせねえよな」

エルフ「……偉そうな、御託ばかり並べて」


その場でいくら口をきいても、もう空回りの負け惜しみにしかならなかった。


浮浪「ここにはここの決まりがある、下の奴は上の奴に獲物を明け渡すっていうな」

浮浪「それができないのなら、一度お灸を据えてやらねえとな」


囲まれた少女は、最早相手の目を睨み返すことしか出来なかった。だがその態度は、ただただ感情を逆なでする行為でしかなく、
今の彼女にとっては、自殺行為に等しかった。


浮浪「生意気な、目をしやがって!」

エルフ「ぐっ!?」

誰かが、その感情のままに少女の腹を蹴った。
それを皮切りにして、ボロ靴の底ばかりが彼女の体に迫った。

まるで蹴鞠でも弄ぶかのようにして、男たちはその小さな体を土の上で転がした。


エルフ「がっ、ぁ…やめ、て」

途端、彼女は気がついた。体の痛み、とうより、なすりつけられた泥が目についたからだ。

彼の着物を、汚してしまったということに酷い嫌悪感を覚えたからだ。


エルフ「やめて、汚さないで…」

浮浪「あ?今更なんだぁ、いったい」

エルフ「お願いだから、服を汚すのだけは…」


不思議なことに、今の彼女は、命乞いよりも先に服の心配をする言葉の方がすんなりと出てくるのだった。

言ったところで、どうなるというものでもないと分かっていてもだ。


浮浪「は、聞いたか?ここにきて服の心配するとはな、おかしな奴だ」

浮浪「どうせその上等な服も、どっかから盗んできたもんだろう?」

浮浪「そんなに嫌なら、ここで真っ裸にでもなるか?お前さんよぉ」


悔しさに、唇を噛んだ。だが、その方がましだという気持ちと、これはまた報いだという自責の方が強かった。

彼女は、痛めつけられた体を抱えて、ノロノロとその場から起き上がり、壁の配管に寄りかかるようにして立った。


そして、袴の結びに指をかけ
力なく引いた。




はらり、と着物が崩れると、少女のその真珠のような御御足が路地裏で露わになった。

そして一部から、おおっ、というどよめきが起こると、その直後

降り注ぐ雷鳴のような怒号が、辺りに響き渡った。


「この下郎どもがっ!!いったいそこで何をしている!」

耐えきれないその大きな声に、少女の体は緊張の糸が引きちぎれたのか、気絶してその場に倒れこんだ。


浮浪「な、何だってんだ。お前さんこそ…」

浮浪「こ、こっちはただ、新入りにここらのルールってもんを、お、教えてただけで…」

数で勝るその浮浪人どもも、その敵のあまりの剣幕に恐れおののいた。


「…そうか、それが貴様らの流儀だというのなら、こちらもそう口は挟むまい」

その誰かは、すっかり怯えた様子の彼らを見て、いささか怒りを鎮めたようだった。
下手に刺激しては、逆上されて殴り合いになった時に勝ち目がないことは明白だからだ。

しかし声量は抑えているがなお、その根底に渦巻く怒りはそこ知れぬものがあった。


浮浪「…そういうなら、他所モンは引っ込むことだな、これは仲間内の問題であって」

「…しかしな、こちらは当該地域の憲兵隊所属士官である!」


調子を取り戻し始めた浮浪人も、憲兵という言葉にすっかり肝を冷やした。
見れば、そいつの姿は軍属のそれに他ならなかった。


「そして、そこにいるのは牢から抜け出した卑しくも貴重な参考人である!もしそれに危害を加えるというのならば、全員手が後ろに回ることになるが!どうだ!」


浮浪「「ひっ!」」


その言葉が決め手になったのか、奴らも蜘蛛の子を散らすようにして散々どこぞへと消えて行った。

残ったのは、着物の着崩れた半裸の子供だけだった。


彼は少女に近寄ると、その場で着付けを直して、背負った後、足早にその場を去ることにした。



少女が揺れに目を覚ますと、見覚えのある背中に負われていた。


エルフ「……なんだ、私はまたどこかへと売られるのか?」

意識はまだ朦朧として、口からはそんな言葉しかまだ出てこなかった。


男「起きてすぐそれか、全くお前は…苦労してるな」

エルフ「なっ!」

男「こういう時は普通、親の背に負われた夢でも見るものだぞ…ふぁ」


少女を背負った男は、欠伸交じりにそう呆れて言った。

ここでようやく、エルフの方も合点がいった。

エルフ「お、降ろせ!私は、私は…」

男「…いいから」


男は、さっきの勢いが嘘のように、出来るだけ優しくそう言った。

男「俺はな、何もかも構わん…だから気にするな」

エルフ「そんな、何をばかなこと言って、私はお前を裏切ったんだぞ、着物まで…こんなに汚して」

男「…それももうお前の物だ、やるよ」

エルフ「……ぐ、う」


彼女は言葉に困った。
こんなに強く感じるのは久し振りだった。息が詰まり、胸を締め付けられるような感じがする、
誰かから優しさを向けられる感覚は。

本当にいつ振りなのだろうか。


男「家にも居ていいから、今度みたいに逃げるんじゃないぞ…」


エルフ「……やめてくれ、私は…甘えたくなんて、ない」

男「ん?」

苦労して、それだけの言葉がようやく絞り出された。


エルフ「……甘えるのは、嫌だ…縋るのなんでまっぴらだ」

その涙まじりの声の切実さから、彼女が辿ってきた道すじの一端が、男にも垣間見えた。

しかし、彼女の小さな体がこれまでどれだけの悪意に晒されてきたのか、他人から窺い知ることは不可能だろう。


男「そうは言うがな、俺はお前さんを養うつもりなぞ毛頭ないぞ」

エルフ「……え?」

男「俺は、得になると思ったからお前をあの商人から買ったまでのこと、もう忘れたのか?」

エルフ「…それは、そうだったけれど」


そこで彼は、彼なりの経験則から
こういうときにかけるべき言葉を探した。
結果として、いまはこのような打算的な言葉をかける方がいいと判断したのだった。

男「だったら、言葉通り役に立って見せろ、そうしたらあの家に住まわせてやる」

エルフ「………な、あ」

無償の愛もまた、時には人の首を締めるのだということを彼は知っていたからだ。


エルフ「か、金は返しただろう…!」

男「あんな出処の知れぬ金は受け取らん、明日にでもどこぞへ返しに行くつもりだ」

エルフ「……ぐぬ、ぬぬぬ」



そんな男の、彼なりの優しさを知ってか知らずか

エルフ「…ふっ!」

男「痛っ!?」

エルフは、目の前の背中を蹴って飛び上がった。


男「…なんだよ、ったく」

エルフ「うるさい、まったく、お前さんの下手な文句を近くでは聞くのは堪え難いのだ…」

男「そうか、結構考えて言葉を選んだつもりだったんだがな…」


体もまだ痛むというのに、エルフは無理をして男の目の前までまわってきた。

エルフ「何でも見透かしたつもりかもしれんが、文句が下手すぎる、あれだけ本を読んだかいもないな…うん」

男「…はいはい、そうか…で?」

エルフ「…で?」


男「どうするんだ?帰るか?」

エルフ「ぐっ…」

皮肉をきかせても、なお調子の変わらない男に、エルフはたじろぎ

やがてはまるで観念したように、大仰に首を振った。


エルフ「……仕方ない、あんなボロ屋だが…この私を、住まわせてやろうではないか」

男「ボロ屋と言うな、あんな家でも役に立たんのなら今度は追い出すからな」


エルフ「…ふ、出来もせんことを、そう大口叩くものではないぞ?」

男「その気になれば、こっちは容赦なしだ覚えておけ」


そんな口喧嘩をしながら、時計の針がてっぺんを回る頃、
二人はようやく揃って、帰路に着くのでした。



エルフ「それにしてもだ、あそこまで追いかけてきたということは、そっちは随分と私に執心というわけだな?」

男「ん?いや、そういうわけではなくてな…」


そう言うと、男は懐から一枚葉書を取り出した。


男「その着物の袖にな、無くさぬようこいつを入れておいたのを忘れてて、急いで取り返しに来たまでのこと」

エルフ「は、はぁあ?その手紙一枚のために、追ってきたのか?」

男「まあそれ以外なら、正直お前さんが失踪したとして、気にもせんかったんだがな」


エルフ「………このぉ」

男の態度は少女にとって、余りにもぶっきらぼうだった。

なので、彼女は小さな拳を震わせて、ヘソを曲げたように口まで尖らせて、


エルフ「人を口説く時はもっと上手に嘘を言わんか!」

そう大声をだした。



終わったッ!第1部完!



その頃の自分は、とても若く勇猛で
それ以上に無知だったように思う。


家には母と妹がいて、
どちらも自慢の家族だった。


母は、父親のいない自分たち兄妹を女手一つで立派に育ててくれた。

あの時代、女が一人で生きるにはとても大変だったように思う。

妹は、病弱だが兄と違ってとても勤勉で、本を読むのが好きな子だった。

好きな本は『里見八犬伝』で、借りてきた本を読んでは内容を聞かせてくれた。

というより、話したくてしょうがないという感じだった。


そんな二人のために、自分に何ができるかと考えて

俺は、軍を目指した。


エルフ「ほうほう、ありがちだな、それで?」

男「茶化すなよ…」

~~

はじめは、妹の病状を想って言った言葉だった。

八犬伝よろしく、俺が賊軍を倒して来るから
そうしたら、お前の体も良くなるって…


妹は、少し困ったように笑っていた。


俺は軍に入るために学校へ通い、そのかいあってか、やがて軍属となった。

入った給料は、彼女の療養のためにと無理をして実家に送った。
日記代わりの手紙も添えて。


エルフ「そうかそうか、お前さんも…大変だったんだな…」

男「だから茶化すなと言っただろ、人の話は最後まで聞け…」


エルフには、この話の顛末がまるでそのまま分かっているかのような口ぶりだった。


男「…すごいな、それもエルフのちからパワーのなせる技なのか?」

エルフ「…ん、まあそういうことにしておこうか」

エルフは、男の後をついで話終えた後、夕餉のお茶を飲み干して一息ついた。


実をいうとこと話、男が毎度晩酌に酔うと決まって語り出す話だったのだ。

当たり前のように本人は覚えていないが。

もうかれこれ何度聞いたことか、エルフの方もいちいち指摘することにも飽きていた。


だがしかし、一つだけ彼女が知らないことがあった。

エルフ「…ん、ところで、結局妹さんはどうして死んだんだったかな」

男「……さて、な、それは知らんよ」


男は、たとえ何度とも、どれほど深く酔ったとしても、妹の死因については話すことはなかった。

単に知らないだけかもしれないし、
もしかしたら、それほどまでに頑なに言いたくないことなのかもしれない。


エルフ「ふぅん、まぁどっちにせよ」

彼女には、未だ関係のないことだった。


エルフ「…して、話は変わるが、どうだろう、私はお前の役に立っているだろうかな?」

男「さてな、それはまだまだ今後の働き次第だろうよ…」


そう言うと、男は飲めない酒をお猪口で舐めながら、愚痴るようにしてこう吐き捨てた。

男「まあ、昼間俺ばかりに芋掘りさせるなよな、とは思うが」

エルフ「…まぁ待て、しばし今は算段を立てているところだ」


これはある夜の、
奇妙なこの同居生活にも慣れた頃の

とある飯時での、二人の話でした。


時の天下は大正時代、

戦後景気も冷めきったこの頃に

大正下町、すみっちょのボロ屋に

数奇な二人が住んでおりました。

生き甲斐を亡くした男と
行き先を失くした少女が

寄り添うというより
付かず離れずといった風に


エルフ「まあ人の"絆"とはそういうもんだろうよ」

男「そうなのだろうか?」

エルフ「切れる時は綺麗さっぱり、な」


その借家の家屋の裏手には、僅かばかりの庭があって、

実は男はそこで、まあ足しにもならない程度の芋を育てていたのでした。

痩せた土地に似合いの痩せた芋を


エルフ「ふぁあ、まったく世間は寒くなる一方で、うらさびしいものだな…」

寒々しい陽光を求めて、エルフの少女が縁側に這い出てきて、ねそべった。

来て最早一月ともなると勝手知ったるといったところなのだろう。


男「こら!お前はまた怠けてばかりいないで、少しは手伝ったらどうなのだ」

家の主である彼が必死に硬い土を掘って芋を引っ張り出そうとしているというのに、少女は知らぬ存ぜぬの顔して

他人の雑誌を勝手に読みふけっている始末であった。


エルフ「あいや暫し待たれい、それがし未だこの『鞍馬天狗』を読み終えておらぬ次第でしてな…」

男「その言い訳はもう使い古しだぞ、いい加減にせんか」

男は手に持った鍬を放ってから、少女から雑誌を取り上げた。


エルフ「ぬぁ、まだ読んでるのは本当なのに…」

男「やかましい!働かん奴に食わせる飯はないんだぞ」

この叱責の言葉も、実はもう使い古しであった。


エルフ「もう、なんだかんだ言って食べさせてくれるくせに、そんなに私に惚れたのか?」

男「いや、正直いまの食物の蓄えがほとんど無いようなものなんでな最悪飢えることになるかもしれん」

エルフ「なっ、なにぃ?!」


男の突然の告白に、少女はなすすべなく、ただ呆れるばかりなのでした。



この頃、巷の中流家庭でも洋食文化も盛んとなり、学生なんぞにも"大学芋"なるものがブームとなっていたのだが、

だが、男の一人暮らしでそんな凝った料理を作ってきたわけもなく。

芋をふかして塩をふる、それで一品という有様だった。


エルフ「…むぅ、また芋か?たまにはこう、何か変化球は無いもんか」

というわけで、自ずと飯時の愚痴も増えるのでした。


男「文句を言うな、そんなに言うなら取り上げてもいいんだぞ?」

そんなことを言いながら、彼は決して皿を取り上げることはないのでした。

エルフ「…しかしな、こう痩せていては、食べ出がないというか」


痩せた芋では味も薄く、食べてもパサパサとして食いづらいことこと上なかった。

これがこの先の冬の蓄えだと思うと、否が応でも憂鬱というものである。


エルフ「たまにはの、金はあるのだからどこぞでぱーっとレストランにでも行かないか?」

男「ダメだ、また地震でもあって家が潰れたら事だろう?あれはもしもの時の備えだ」


エルフ「…むう、備えだの蓄えだの、ケチくさいなぁ」



エルフ「そうだなぁ、私はあのコオラというものが飲みたいなぁ、甘い匂いがしてきっと美味いに違いない…」

男「コオラ!…あんなハイカラな飲み物飲むことはないだろうに」


エルフ「ふ、ハイカラ嫌いは臆病者の証だぞ?…下戸の臆病とは笑えんなぁ」


最近の少女は、毎日居間で食い散らかすように本を読み漁っていました。

それ故に妙な知恵ばかり覚えてきていたので男としては困りものだった。

男「なんと言われようと、俺は何もせんからな、そんなに飲みたきゃ一人で金持ちでも引っ掛けて行くことだ」

エルフ「相変わらずのつれなさ、そんなに芋ばかり食っていては日々の活力というものがな…」


そこまでで言いよどみ、エルフは目の前の芋に視線を移した。

せめて醤油か何かで煮る工夫くらいできないのか、と文句を言うのかと思いきや

エルフ「芋、そうだ…芋か」


彼女には何か一つ、思惑があるようでした。

男「この芋がどうした?」

しかし、この時エルフは男には一言もいわずにいました。

彼女なりに、男に"サプライズ"したかったようなのです。


あくる日、朝からエルフの姿が見えぬと男が思っていると

昼近くになった頃に、どこから拾ってきたのかそこの浅い鍋に食用油を貯めて帰ってきた。


男「お前、消えたと思ったらどこでそんなものを」

エルフ「買ってきた」

男「買った、お前、手癖が悪いと思っていたがとうとう俺の金にまで手をつけたな」

エルフ「まあまあ、そこは一つ先行投資ということで見逃してくれ」


早速エルフは台所に立つと、かまどに"ちからパワー"で火を入れた。

エルフ「ところで、ここには突っ込まないのか?」

男「…まあ、不思議だがもうそういうもんだと受け入れてるよ」


火が燃え上がる間に、少女は包丁を取り出して、泥を洗い落とした芋を慣れた手つき切り始めた。

切り口が男のそれよりも綺麗なので、感心するほどだった。


男「へえ、慣れたものだなお前さん」

エルフ「まあ、山におった頃はよく獲ったシカなんかを一人で解体していたものだからな」

男「…へえ」


かのような小さな子がここまで上手く切るのも不思議なものだったが

それ以上に気になったのはその切った後の芋だった。

非常に、芋が薄く切られている。
ふぐの薄造りでもそこまでやらないとばかりにペラペラだった。


男「しかしそんなに薄くしてどうする、それでは食った気にならんだろうに」

エルフ「黙って見ておれ、今にハイカラ気分にしてやるから」


少女は男の言を制止すると、油が煮えたのを見計らって、その薄切りの芋を投げ入れた。


芋はたちまち油の中で香ばしい匂いをあげて、泡を立ててイビツに折れ曲がり、

やがてキツネ色に揚がっていった。

それを焦げる前に、長い箸でヒョイとつまみ上げ、平皿の上に並べた。

後はかまどのすみを彼女がちょいと蹴ると火はたちまち消えてしまった。


エルフ「あとはこいつに塩を振って出来上がり、どうだ?美味そうだろう」

皿に並んだそれは、今で言ういわゆる"ポテトチップス"であった


男「…む、確かにそうだが、まあまだ食べて見ないことにはな」

ハイカラ文化に否定的だった男としては、ばつが悪いのでそう手放しに褒めることはなかった。

エルフ「じゃな、まあいい、物は試しに食ってみてくれ、熱いから気をつけてな」

男「…じゃあ」


恐る恐るといった感じで、つまみ上げて見たものの、
まあ元は油と芋なのでそう悪い食い物でもないと思い、男は一思いのそれを口に放り込んだ。


男「…んっ」

エルフ「どうだろう、美味いか?」

噛んだ瞬間、それはもうハイカラとしか言えなかった。

煎餅に似ているが、それよりも数段ジューシーで、
それでいてずっと薄いものだから、噛み砕いた時の快感がなんとも言えず、

その破片すべてから旨味が染み出してきて、
まあつまりは、ハイカラな味だった。


男「う、美味いな」

そう言うのが精一杯だった。

エルフ「そうか、いや自信が無かったから心配だったが、杞憂だったな」

男「これはなんだ?お前のいた欧州の食べ物なのか?」


エルフ「んん、まあ元はな。それをメリケンのコックがアレンジしたのがその料理なのだが」

男「料理というよりは、駄菓子といった感じだが…」

気がつけば、男は次々にその芋を摘まんでは口へ運んでいった。

不思議なもので、男はまるきり食えば食うほど腹の空く気がした。



エルフ「ふっふっふ、それでもってなヌシよ、私はこいつで一つ屋台でもやろうかと思っておるのだよ、お前さんと一緒にな」

しかし、その言葉には流石に男も手を止めた。


男「…は?お前、今なんて」

エルフ「だからの、これでもって一山当てようかと言っておるのだ」

それはまた、随分と大きく出た、突拍子もない提案だった。

男「お前な、そんなこと言って、商いは難しいのだぞ?お前のような学童足らずにそんな真似が出来るのか?」


エルフ「私の見通しさえ正しければ、芋さえ揚げていれば馬鹿でも儲けられると思っているがな」

男「……いや、その見通しが不安だと言っているのだが」


素直に不安を口にする男だったが、その指が空を切ったのを見て、少女は確信を得たようにニヤリとした。

エルフ「その空になった皿が、何よりの証拠だと思うのだがなぁ、私は」

男「うぐっ」

たしかに、気がつけばいつの間にか男は芋を食い尽くしていた。

それこそ、本人さえも気づかないうちに。

男「それに関しては、何も言い返せんな…」

エルフ「お前はさっき"食った気にならんだろう"と言ったな?それこそが一つ、私の勝算だよ」

男「…というと?」

エルフは立ち上がり、男に買われた時のような朗々とした語りを始めた。


エルフ「食った気にならん、腹が膨れぬ、つまりいくらでも腹にはいるという事だ。そうなれば、これだけ美味しいものを、人はどうする?」

男「…なるほど、人はもっともっとと食いたくなる、か」

エルフ「ああ、それこそ腹が膨れるまで延々食いたいとさえ思うだろう、しかもだ」


少女はそこで一旦言葉を切り、脇にあった紙切れを折って袋を作り、別の紙片はくしゃくしゃに丸めてシワをつけた。


エルフ「全部食ってしまったのでは見せようがないが、アレはちょうどこんな風にデコボコしていたよな?」

シワだらけの紙片を差し出して説明を続けた。

男「ああ」

エルフ「それをだ、こんな風に袋詰めにしたらどうなると思う?」

男「?」

この問いには、男も少し首をひねった。
少女はしかし、その答えを待たず演説を続けた。


エルフ「元は一枚の薄ペラだったのに、随分とたくさん入っているように見えないか?」

少女は試しに紙片を紙袋に入れてみた。
なるほど、たしかに紙と紙の間に空間が出来て膨らんで見える。


男「ああ、そうか!」

それを見て、男の方もようやく合点がいったようだ。



エルフ「これを見て客はお得に見えるだろうな、しかも割れやすいからと袋には更に余裕をもたせるので殊更大きく見える、な?」

男「……はぁ」

ここまで流暢に弁をまくしたてられると、男としても感嘆の声を漏らさざるを得なかった。


エルフ「…どうだ?私の考えが、少しでも理解できたか?」

少女は演説の最後を、そう締めくくった。



そうして、男に詰め寄ると、その双眸をじっと見つめる。

エルフ「…この商売はな、きっと面白いことになる、私にはその確証がある」

男「確証、か?」

エルフ「星の巡りに占いと、私の直感までもそう告げている、だか私一人では無理だ、だから」


少女は右手を、握手をするように男へと差し伸べた。

エルフ「どうか、私に恩返しをさせて欲しい、頼む」

男「………」


男は、差し出されたその小さな手を
黙って掴んだ。

エルフ「……よかった」

男「…いいだろう、但し、失敗した時には責任として売っぱらうからな」


そう男は脅迫まがいのことを言ったものの、エルフはついと口角をニヤリと上げて

エルフ「できんクセに」

と慣れたようにやり取りを交わした。



そうして、二人はその日から早速作業を始めた。


近場で工具を借りて、廃棄された木材や陶器類、金物を集めて、日も取り扱える屋台を設計した。

これもひとえに、彼女の持つエルフの知識と、どういうわけか火を扱える能力のために成せる技だった。


組み上がった屋台に、最後はペンキを塗り、可愛く綺麗、モダンなデザインを加えた。

看板には分かりやすく、アメリカ由来だの、ヨーロッパ発祥だのとハイカラ好きの釣れそうな文句を並べたてた。


エルフ「あとはこいつだな、この針金と粘土で作った、特製"鼻メガネ"をお前さんがかければ…」

男「なんでだ、なんでそんな間抜けなモノを俺がつけねばならん!お前がかければいいだろうに」


エルフ「…ふ、ショーマンシップの分からんやつだな、こうやってなんちゃって西洋人が菓子を売りつけるのが、ハイカラ好きには受けるんだよ」

男「えぇ…な、なっとくいかん、が」

エルフ「まあ、やれば分かるさ、何事も」


かくして、この二人の屋台商売は始まりを告げるのだった。

薄揚げポテト屋台、開店!



エルフ「どうもみなさん、Hello,Good morming!こちら新発売の西洋の菓子はいかがですか」

こうして屋台は安い材料と手作りの設備で始めたのだが、これがなかなか好評につき、
瞬く間に商売が軌道に乗ることとなった。

国外の全く新しい食べ物もいう触れ込みが、
ハイカラ好きな金持ちのミーハー心をくすぐったのだ。


それに加え、エルフは自分の着る衣装まで用意していた。

男「お前、なんだその格好は!人のやった服に何をした?」

エルフ「ふふふ、これはエプロンドレスといってな、まあ言わば"和装メイドと言ったところかな?」

男「メイド、奉公のことか…それにしたって、ちょっと丈が短くないか?」

いつの間にか服の丈が膝まで丸出しになっていて、男にとってそれは十分ふしだらな格好に思えた。


エルフ「そうか?ふふ、いらっしゃいませ、ご注文をどうぞっ、こんな感じか?」

男「あまり動くな、めくれるめくれる!」


とはいえ、ただでさえ珍しい西洋の食べものを、愛嬌たっぷりの金髪少女が売り子をしているとあれば人の目を引かぬわけがなかった。



さらに、当たり前だが少女はイギリス英語はもとい、ヨーロッパ件の言語は一通り達者だったので、
そういったところでも西洋かぶれの興味を引いたのだった。


エルフ「Thank yon Gentleman!Nous vous remercions de votre achat!」


金持ち「ほほほ、まあなんとも、当たり前だがウチの息子より達者だなぁ」

金持ち「ほんと、そのわりにも日本語の方も相当にお上手で」

エルフ「Grazie!ありがとうございます」

そんな彼女の笑顔を目当てで通っていた客も少なくなかったように思える。

とある純文学者なんぞ、やたら奉公人の愛らしさを強調した作品を発表したとかしなかったとか


ただ、売り子の少女に中年金持ちが群がる様は、
何というか、はたから見るとそうとう危ない匂いがした。

この時代、いまだ和装の下着着用も浸透していないこともあり、
丈の短い和服姿に男はヒヤヒヤというか、ドギマギした。


そんなこんなで、充分な利益をあげたこの商いは

メークインの輸入や、サラダ油の発売の追い風もあって、商品の改良をし
さらに客足を伸ばしていった。


焼き海苔をまぶしたり、バターと醤油で味付けしてみたりと、味の開発にも注力した。中でもフランス発祥ということもあり、コンソメ味がよく売れた。


しかしそれよりも、飛ぶように売れたのがあった。


男「あっ!お前それ、なんだその瓶の山は、それが目的だったのか!」

エルフ「ぷはっ!やはりこの、炭酸とあうのは美味いな!蠱惑的な美味さだ!」


男「えぇ?こんなもの、まるで口の中こら蜂に刺されるような思いだぞ…」

エルフ「ひかひな…んぐ、この爽やかさこそ、油物と相性がいいというものよ!」


このとおりコオラとのセット販売だった。
とかくこれが売れに売れ、劇場に向かう客などがよく買っていった。

エルフ「んぐ、んぐ…けぷ」

男「汚いなぁ…」


甘いものにも飽きた学生も買い求めたり、子供が小遣いで買いに来たりと、
その後も幅広い層に支持されて、営業を続けていたのだが

やはりというか、勢いのあるモノは廃れるのも早い訳で

金持ちの目にとまるということは、それだけ大企業にも知られやすかった。



当時、銀座を中心に店を構えていた、軽日(仮)や鯉池屋(仮)なんぞがこれに目をつけ、
大々的にその販売網を拡大していった。


男「……すごいよな、あっという間に閑古鳥とは」

エルフ「プンプン!プンスコだ、まったく!」


そんな企業相手では、個人商店どころか屋台の身では到底太刀打ちもできず、

あえなく、商売はたたむことにしましたとさ。

そのことで、たいそう残念がった人もそれなりに居たらしく。

特に、とある純文学者にいたっては、
少女のあのひらめく裾がどうしても忘れられず、
むこう十年はその煩悩を原稿に叩きつけることになったのだった。


男「…ふぅむ、承服しかねるか?お前さんは」

エルフ「……いや、考えてもみれば長生きできる商売でもなかったな、うん」

男「だな、軍人ですら死ぬまで務めることなんぞ叶わんのだから、あんな商売はな」

エルフ「ふふん、ちがいない」

しかし、当の本人たちはというと、もうすっかり失敗のことなど飲み下して、いつものように晩酌をたのしんでいた。

まあ手頃な利益と、在庫のコオラが残っただけ、御の字ということなのだろう。


エルフ「新機軸を打ち出したナポレオンも、政治の才がないために天下は長続きはしなんだ、まあ仕方なしだな」

男「かもな、しかしまあ、なかなか楽しい経験だったよ、うん」


エルフ「だろう?…ふふふ、私の勘は頼りになるんだよ、分かったか?」

そう言いながら、エルフは残り少ないコオラを瓶を舐めるようにして飲んだ。

男が楽しそうだということに、少女の顔もいっそう満足げだった。


エルフ「にゅふふ、もっと褒めていいんだぞ?ほれほれ」

男「やめい、女子がそう近寄るなよ」

エルフ「なんだ、私を労うと思って頭くらい撫でてもよかろう!」


そう言いつつ、少女は男に寄りかかり、自分の頭をグイグイ差し出した。

男の方も一瞬撫でるくらいならと思ったが、電灯に煌めく金の頭髪を見て、つい躊躇したのか

その肩を、ポンポンと叩くまでにとどまったのだった。

エルフもそれには、たいそう不満だったようだ。



エルフ「………こ、ここにいたってなおつれんとは、男色か?」

男「うっさいわ、気軽にそう肌を許すなというだけだ…」

男はそう言うと座りを直し、ただ酒にむかうことにしました。


エルフ「なんだ、まだあの格好で人前に出たことを気にしてるのか、嫉妬か?」

男「別になんとも思っとらんわ、ふん」

エルフ「ふ、心配しなくても、たまにならあの格好で給仕してやってもよいがな、ん?」

男「いらん!せんでいい!」


エルフのそんな態度に、少女愛好の気はないけれど
最近はすこぉしドギマギしてしまう彼なのでした。


別の日

エルフ「できたぞ!苦心の末ようやく完成した!これぞどんな芋も美味しくいただける魔法の調味料だ!」

男「おい、また奇妙な策でも考えてきたのかお前は…」


エルフ「ふふふ、聞いて驚くなよ?こいつはマヨネーズといってな、そのあまりの美味しさに諸外国ではまるきり中毒のようにこいつを食す輩もいてな…」

男「あ…」

エルフ「そいつを俗にマヨラーというのだがもうそれは飯にもパンにも…ん?どうした?渋い顔して…」


男「いや、それは、苦労したとこ悪いのだが…」

そう言って男はラジオのツマミをひねった。

ラジオ『ジジ…本日発売!キユー○ーマヨネーズ!キユー○ーマヨネーズ!お求めはお近くのお店で!』

男「…な?」

エルフ「あー!もうこの大企業め!!」


エルフの知恵と算段も、そう上手くいくことばかりでもないのでした。


後半は先に先に書きたいことがあり過ぎてかなり説明気味でしたので、とりあえずここで一旦切ろうと思います。
一つに専念するのは疲れるので…
ここまで読んでくれた方がいれば
ありがとうございます。


もしよければ前作も、キノですけど
-Conquest for this beautiful world- - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399051463/)

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