阿良々木暦「ひびきマーメイ」 (60)

・化物語×アイドルマスターのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
・アイドルマスターは箱マス基準


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001


アイドルをひとつの職業としてカテゴライズするとして、業務内容を端的に表すとすれば、歌って踊る、というのが僕の個人的なイメージだった。
だった、と過去形なのは実際にアイドルの仕事に関わって認識を改めたからだけれども、一般的な認識もそんなに遠くはないのではないだろうか。
とにかくアイドルはその可憐な容姿とキュートな立ち振る舞いで男性を癒し、美麗な外見と華麗なダンスで少女に夢を与えるのだ。

そしてまた今日も僕はそんなプリティなアイドルたちをサポートするために全力を尽くすのである。
それはあくまでも仕事だからであり、彼女たちは僕が育てた、とドヤ顔で妹たちや友人に自慢する日を迎える為では決してない。
彼女たちのためにも今日という日 を頑張ろう。

今日は専属契約を結んでいるトレーニングスタジオへと様子を見に来ていた。
今日は我那覇、星井、四条の三人がいるはずだ。
あの三人は以前同じユニットを組んでいたためか、わりかし一緒にいるのをよく見る。

「おはようございまーす」

「おっ、プロデューサー! はいさーい!」

「おはようございます、あなた様」

「おはよう、我那覇、四条」

芸能界は例え深夜でも挨拶はおはようございます、だ。

……って、予定より一人足りない。

「……星井は?」

「更衣室で寝てるぞ」

「いや、お前らも止めようぜ……」

「美希は一回寝ると中々起きないからなー」


それには同意だ。
一度熟睡した星井を起こすのは中々に骨なのだ。
とにかく起きない。寝てすぐ、それこそ十分以内くらいなら眠そうながらも起きてくれるのだが、十分を超えるとその先二時間はすぐ横に隕石が落下しても起きないんじゃないか、ってくらいに起きない。
星井を起こすなら十分以内。この鉄則を発見した双海姉妹は『ミキミキの法則』と名付け765プロに広く頒布した。
今度学会で発表するらしい。
星井を一回できっちり起こせるのは世界広しと言えど秋月くらいのものだろう。
いや、あれは起こすと言うよりも連行するって感じだけれど。
僕は星井を起こすのに必要であろう労力に見合った分の溜息をつく。

「仕方ない、僕が起こして来よう」

「ご武運を」

「がんばってなー」

他人事かよ。

さて、星井を起こすという大仕事に取り掛かる訳だけれども、ここで僕がハーレム系ラブコメ主人公であれば、更衣室を開けた途端に星井が着替え中で、あまつさえ『キャー! 阿良々木さんのエッチ!』なんて事になるのだろうが、僕はハーレム系主人公でもなければ星井は今熟睡中だ!

とっとと起こしてレッスンを受けさせよう。


「おーい、星井――」

パンモロで椅子に寝ていた。

「きゃ――――!」

「あふ……なんなのもう……うるさいの!」

「星井! お前はもう少し女の子という自覚を持て!」

「う……? ああ、ぱんつ見えちゃってたの。ハニーのえっち」

「それは僕のセリフだ! 可愛い悲鳴を上げちゃったじゃないか!」

「ぱんつの一枚や二枚でガタガタ言うななの」

「それ普通逆!」

「えへへ、でもハニーもミキを女の子として見てくれてるってことだもんね、恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいな」

「いや、それはない」

「ショックなの! 即答で女の子を否定されたの! 真クンなら自殺してるの!」

「言っておくが僕は星井くらいの年齢の女の子の下着は見飽きている。高校生の時なんて毎日毎朝毎晩食前後に見ていたね」

まあ 、毎朝毎晩は言い過ぎな上に妹のパンツだけど。
あいつらパンツどころか全裸で家の中うろつき回るからな。


「そう……ハニーって変態さんだったんだね」

「違うっての」

「でも大丈夫だよ、ミキそれくらいじゃハニーのことキライにならないよ!」

「頼むから僕が変態だという前提で話を進めないでくれ」

「でもねハニー、今のはちょっと失礼なんじゃないかなって思うな」

「失礼? パンツを見ることがか?」

「ううん、ミキのぱんつ見て何も思わない、ってとこ」

「じゃあなんだ、僕は星井の下着に欲情するんだもっと見せろゲヘヘとでも言えばいいのか?」

そんなこと言った日には首が危ない。
いや、会社を解雇されるというところの比喩ではなくそのまま物理的な意味で。

「そこまで言ったらドン引きだけど……でも、『お前は女の子としての魅力がない』って言われてる気がするの」

「そんなもんか」

「そんなもんなの」

ふむ。そう言えば昔、神原も似たようなことを言っていたな。
年頃の女の子に対して全く欲情しない、と告げるのは失礼にあたる、と。

ましてや星井は十五歳、今をときめく現役アイドルだ。
僕の迂闊な一言でモチベーションを下げてしまうことも有り得ると言うことか……。
プロデューサー道も険しいぜ。


「よし、訂正しよう星井。僕は星井の下着に少なからず欲情する」

まあ、嘘ではない。僕も若い男だ。
星井は中学生とは思えないレベルのグラマーだし。
火憐ちゃんや月火ちゃんにも是非見習って欲しかった。
あいつらグラマーとは程遠いしな。

「あ」

と、星井の目線が僕の背後に向かう。

「ん?」

「あ……あ……」

我那覇が、僕を指差してプルプル震えていた。

「変態だ――――! 変態プロデューサーだ――――!」

「違う! 僕はお前たちのことを慮ってだな――」

ああそうか、我那覇も年頃の女の子だったな。
いかんいかん、過去の失敗を省みない人間に進歩は望めない!


「我那覇! よく聞け!」

「な、なに……?」

「僕はお前の下着にも大いに欲情する!」

「ぎゃ――――――――!」

「待てって! 何故逃げるんだ我那覇ーっ!」

一目散に背を向けて逃げ出す我那覇。
追ったら余計に勘違いされるのは誰の目にも明らかなのだが、ここで退く阿良々木は阿良々木ではない!

本音を言うと我那覇はいじり甲斐があるからだけど!
765プロいじめて楽しいランキング、三位菊地、二位我那覇、一位水瀬。

「くっ、くるなあああぁぁぁ――――!」

「我那覇あああぁぁぁ――――!」


「はぁ……はぁ……」

「な、中々やるな……我那覇……」

「うううー……せめて優しくしてくれぇ……」

「……二人して何をしているのですか」

数十分ほど全力で追いかけっこをした僕と我那覇は結局、元のトレーニングルームに戻り二人して息も絶え絶えに横になっていた。

「貴音ぇ……来ちゃダメさ……犠牲になるのは自分だけで十分……」

「何も、しない、っての……」

まあ、勘違いさせたのは僕だけど。

「あれ……星井は?」

「二度寝です」

「だろうな……」

「仲睦まじきは良き事ですね」

「僕と我那覇は相思相愛だからな」

「嫌だぞぉ……」


「それは結構ですが、あなた様は何か御用があって来たのではないのですか?」

「ちょっと三人が気になってな、差し入れに来たんだ」

わざわざ土産も買ってきたのだ。自分でも忘れてたけど。

「さーたーあんだぎーだ」

「プロデューサー大好き!」

我那覇がさっきまでの全力逃避行はどこに行ったのやら、差し出した沖縄風ドーナツを頬張り出す。
忍にも好評だった逸品だ。
普通のドーナツとは違い外面のカリカリ感と黒砂糖によるコクが売りである。

「現金な奴……」

「まこと、美味です。あなた様、お茶はどこですか?」

「さんぴん茶買って来いよプロデューサー」

「お前ら僕を何だと思ってるんだ……?」

アイドルとは言え、この二人はまだ色気より食い気、って感じだな……四条は一生食い気だけな気もするが、似合っているから良し、だ。

丁度いい、食い物に釣られているうちに仕事の話をしておくか。
鞄から資料を取り出して二人に渡す。


「これは?」

「次の仕事。商店街の一日店長イベントだな。一応目を通しておいてくれ」

「らぁめん屋はないのですね……」

「貴音がラーメン屋の店長やったら自分で食べちゃうだろ」

四条が店員の制服を着てカウンター奥で麺の湯切りをする光景を思い浮かべる。
なんだか意外とハマっている気がした。

「いたっ!」

「どうした我那覇」

「あたたた……ちょっと紙で指切っちゃったみたいさ……」

見ると、我那覇の人差し指に横一文字の傷が出来ていた。次第に血が滲んでくる。
僕は急いで鞄から絆創膏を取り出す。

「響、指を見せてください」

「うー……血が出てるさ……」

「んっ……」

躊躇なく我那覇の指を咥える四条。


「たっ、貴音!?」

「ん……」

ちゅうちゅうと目を閉じて我那覇の指を吸う四条。

大変だ!大変だよ!

緊急事態発生!緊急事態発生!

僕の頭の中で警告音がわーにんわーにんと鳴っている。

なんてエロいんだ!

ひょっとしてこの瞬間の為だけに僕はプロデューサーになったんじゃないか!?

四条はちゅぴ、と卑猥な音と共に口から指を抜く。
唾液が四条の舌と我那覇の指の間で世にも妖艶な橋を架ける。

「あなた様、絆創膏を」

「お、おう」

いかん、正気を失うところだった。
まったく、アイドルってのも困ったもんだ。
天海と如月もそうだし、菊地と萩原、高槻と水瀬、そして我那覇と四条あたりはは時折心配になるくらい仲が良い。
いや、悪いより百倍いいんだけどさ。
ともかく目を離すと女の子同士でイチャイチャしやがる。
僕ともイチャイチャしろよ。


「気を付けろよ、まったく」

「ごめんごめん、カワイイ絆創膏だなー」

「天海にもらったんだよ」

ファンシーなクマの絵柄がプリントされた絆創膏を我那覇の指に巻き付ける。
僕も舐めたいな、と思ったがさすがに人としてどうかと思ったのでやめた。

よく転ぶ天海のことなので救急セットは常備しているらしい。
その前に転ばない努力をした方が早いと思うのだけれど。

「よーし、お前はクマ衛門だ!」

「本当に熊飼うなよ」

我那覇は家で犬や猫は勿論、蛇や豚、挙げ句の果てにはワニまで飼っているらしい。
ワニって君。ハムスターを連れて来ているのをよく見るが、我那覇家の食物連鎖はどうなっているんだ……?

「では、わたくしたちはこれにてれっすんに参ります」

「ありがとなプロデューサー!」

「おう」

さて、僕もいい加減星井を叩き起こして次の仕事へ向かうとしよう。



002


星井の鼻先におにぎりを設置し、あたかも夢遊病患者のようにレッスン場に誘導する、という知識人としての本領を発揮してミッションコンプリートした僕は、昼食を摂るために街へと出ていた。

こう毎日外食してると弁当欲しいな……。
秋月と音無さんが弁当なだけあって一人の食事も寂しいし、かと言って社長と昼食ってのも辛いものがあるし……。

時々天海や如月が作って来てはくれるものの、さすがに強要は出来ないしな。
昼食をどう安くあげようかと思案していると、視界にとんでもないものが映った。

「――――」

ガードレールの上を歩く人間。

数センチもない扁平状の細い先端を、バランスを取る素振りも見せずに悠々と歩いていた。
無論、周囲の人々の奇異なものを見る視線をその全身に集めている。

今時、命知らずの小学生でもやらないような芸当を人口の一番多い過密地帯でいとも簡単に行うような人間を、僕は世界で一人しか知らない。


「影縫さん……」

「ん?」

後ろから遠慮がちに声をかけると、彼女は首だけを曲げてこちらを見た。

モデルのような均整の取れたスタイルをした彼女の名前は、影縫余弦。
職業、不死身の怪異専門の陰陽師。

「おうおう、何やどこぞで見たことある顔や思たら鬼畜なお兄やんやんかぁ」

「お久しぶりです」

「丁度ええわ、今からちょおええか? 積もる話ついでに茶ァでも飲まへん?」

「いいですよ、僕も今から昼食にしようとしていたところですし」

「さよか、ほならええ店でも教えてや」

気持ちのいい笑顔を向ける影縫さん。
かつて死闘を繰り広げた(とは言っても僕が一方的に殴られただけだが)間柄ではあるが、尾も引かずすっきりと接することが出来るのは影縫さんの人格の賜物だろうか。
予想もしなかった再開に少々戸惑いながらも、一人で昼食を摂ることを回避できたささやかな喜びと共に、僕はお気に入りの喫茶店へ向かうのだった。

「コーヒーおくれやす、ああ、ひやこいので」

「ブレンドのホットと、エッグサンドを」

肩貸してや、と僕の肩に乗ったまま入店した影縫さんは何事もなかったかのように注文を済ませる。
椅子に胡座をかいたまま。

その際に奇特な目で見られたのは言うまでもない。
忘れてた……この人と一緒に行動する、ということは同じ目で見られるのと同意だった……。

「ほんまに久しぶりやなぁ、鬼畜なお兄やん。五年前に神社で別れたきりやないけ?」

「そうですね、あ、でも斧乃木ちゃんならこの間会いましたよ。
 影縫さんに会いに行く、って言って出て行っちゃいましたけど」

今ここにいないということは 結局会えてないのか?

コンビの割にはあまり一緒にいるところを見ないよな、この二人。

「なんや、また迷っとるんかいなあの子」

まあええわ、と、運ばれてきたコーヒーに口を付ける影縫さん。

「それで、どうして東京なんかに?」

「んー、なんや不死身の怪異の気配がしてなぁ」

「気配? そんなのわかるものなんですか?」

「うちは不死身の怪異の専門家やで。当たり前やん」


そういうものなのか……?

まあ、ある意味臥煙さん以上に謎だもんな、この人。

「鬼畜なお兄やんこそ、なんでこないなトコにおんねや」

「ああ、僕はこっちで就職したんです」

「せやったんかぁ、おめっとはん。
 ネクタイつけてはんなりしてはるとこ見ると、サラリーマンかいな? よおうつってはるで」

「ありがとうございます。アイドルのプロデューサーをやっていまして」

「あいどる? あの歌って踊るやつけ?」

「はあ」

「ひゃひゃ、そらええわ。うちの余接も面倒見たってえな」

「斧乃木ちゃんと同じこと言わないでくださいよ……」

そのネタは以前にもやったが、表情の少ないどころか全くないアイドルなんて前代未聞だ。

「しっかし、あの鬼畜なお兄やんがアイドルなぁ……」

時の流れは早いわぁ、なんて柄にもないことを言う影縫さん。
この人も外見こそ二十代後半だけど忍野と同い年なんだよな……。


「なんしか、心当たり出来たら昔の馴染みで教えたってえな」

達筆で『陰陽師 影縫余弦』書かれた手書きの名刺を渡される。
携帯電話の番号があるところを見ると、忍野と違って近代機器は使えるようだ。

「礼はするよってからに、あんじょう頼むわ」

「ええ、わかりました」

不死身の怪異、か。

僕にはあまり良い思い出がないんだけどな……。
吸血鬼も不死身みたいなものだし、月火ちゃんの時は目の前の余弦さんにとんでもない目に合わされた。

いや、そもそも怪異自体に良い思い出なんてそうそうない。

……何事もなければ、いいんだけれど。

この時感じた嫌な予感と、次々と怪異に関わっていく765プロの面々が脳裏を過ぎり、僕は不安を消すように影縫さんと昼食を摂ったのだった。
お気に入りの筈の喫茶店の昼食は、この日ばかりは味気の無いものとなってしまったのである。



003


翌日、僕が出勤するのを待ち構えていた我那覇がいた。

「な、なあプロデューサー。ちょっと相談があるんだけど……」

「なんだ、愛の告白か?」

「違うぞ! 自分を何だと思ってるんだ!」

等というやり取りのあった定時後、僕は我那覇の自宅を訪れる運びとなった。
我那覇が自ら言う通り、相談があるからうちまで来てくれないか、とのことで、現在その我那覇家へと向かっている。

しかし事務所内では話しにくく、プロデューサーの、しかも女の子である秋月ではなく僕に相談……?

なんだろう。
我那覇家に着くまでに予想してみようか。


予想1。

『プロデューサー、実は自分、プロデューサーのことが好きなんだ、結婚してくれ!』

うん、ないな。これだけはない。
我那覇家に婿入りして我那覇暦なんて夜露死苦みたいな字面のやたら画数の多いカッコいい名前になるのも悪くはないが、こればっかりはお互いの気持ちが大切だ。
そもそも我那覇が僕を異性として好いているなんてことがある筈もない。
僕が水瀬の次にいじっているのは我那覇だし。

予想2。

『プロデューサー、自分を養ってくれないか?』

聞けば我那覇はとても多くのペットを飼っているらしい。
近頃はペットに大金をかける人も少なくないと聞くし、アイドルとは言えまだ十代。
我那覇も金銭面で苦労しているのかも知れない。
しかし僕もそこまで援助してやれる程お給料はもらっていないのだ。
芸能界で売れっ子アイドルのプロデューサーなんて金持ちに聞こえる響きかも知れないが、僕はまだ入社して半年のぺーぺーだ。
一般的に聞くサラリーマンと何ら変わりはないから無理。まだ有給もらえないくらいだし。

予想3。

『プロデューサー、自分、○○が好きなんだ、相談に乗ってくれ』

もし仮に普通の恋愛相談ならば秋月にするだろう。
だがもし我那覇が百合で、同性が好きだからこそ女性に相談できないと なれば十二分にあり得る。

百合……か。
高校時代は散々神原の性癖を忌避していた僕だが、765プロに所属し始めてからは悟りを開き始めたのか、良さがわかりはじめた。

だって女の子同士だよ!
可愛い女の子がちゅっちゅし合うなんて美しすぎるよ!
ところで仮にそうだとしたら我那覇は誰が好きなんだろう。やっぱり四条だろうか。
ひびたかは鉄板だよね。次点でひびみき。斜め上でひびいお、ってのもいいと思うんだけれど、どうだろうか。


予想4。

『プロデューサー、自分のペットにならないか?』

50、80喜んで!

即答してしまう自信のある自分の潔さが恐ろしいぜ。

予想5。

『プロデューサー、死んでくれないか?』

ふむ……我那覇がいきなりそんなことを言うとは想像しにくいが、事あるたびにいじめているし、あり得ないとも言えないな……。

まあ一回目は出血多量、二回目は全身輪切りで計二回も死んでいる僕だし、アイドルに殺されるのも悪くないかもな。
アイドルの手によってアイドルの胸の中で死ぬ、ってかなりの人気死に方ランキングの上位に入るのではなかろうか。
ファンの皆様方だって、アイドルのためなら死んでもいい、って人はいっぱいいるし、何を隠そう僕もその中の一人だ。
なんで高校生の時分にもっとアイドルについて調べておかなかったんだ、と後悔しているくらいだからな。
ん? でも我那覇って確か偽乳疑惑があるって如月がぼやいていたような……。
なら駄目だ、我那覇の胸の中では死ねない。

……ちょっと待て。今、死ぬ繋がりで気付いたが、今向かっているのは十代の女の子の、しかも一人暮らしの自宅。
……まずいな、ハーレム系マンガの主人公ならば今からちょっ ぴりエッチなイベントが起こるところだが、僕の場合死亡フラグが立っている気がしないでもない。
だが我那覇は本気で相談があるらしいので無碍に断る訳にもいかないし……。


「プロデューサー、着いたぞ。なに百面相してるんだ?」

「ああいや、今後の人生について考えていてな」

「嘘だろ、絶対ろくでもないこと考えてた顔だぞ今の」

「失礼な奴だな」

そうこう思考しているうちに我那覇の住むマンションに到着。
僕よりいいマンションに住んでいるなんて生意気なやつめ。
我那覇へは無難に返したが、とりあえずこれ以上無駄なフラグを立てたら本気で死にかねないな。気を付けよう。

「ただいまー」

我那覇が扉を開けると同時に、中から大型犬が飛び出してきた。
反応する間もなく押し倒され顔を舐められる。

「うわぁっ!?」

「あはは、いきなりいぬ美に気に入られたなプロデューサー」

駄目だぞ、と我那覇は僕にのし掛かるいぬ美を抱き上げる。
上半身を起こすと、入り口から見える時点でかなりの動物がいるのがわかる。
犬、猫、豚、鸚鵡、蛇、鰐――ちょっと待て、本当にワニ飼ってたのか。

まあ、何を飼おうが我那覇の趣味だ。僕が口を出すことじゃあない。
立ち上がり服の汚れを払いながら阿良々木暦はクールに対応する。
と、足元までワニが来ていた。
いかにも固そうな鱗をすり寄せ、爬虫類特有の瞳でこちらを見上げている。

「ひいいいい!?」

そんなつぶらな眼で見ないでくれ!

僕は美味しくないと思うぞ!

吸血鬼体質で無駄なお肉がないからな!

ワニに食べられて死ぬなんて嫌だぁ!


「大丈夫だぞプロデューサー、ワニ子はこう見えて人懐っこいんだ」

「あ、あぁそう……」

「皆、大事な話があるから後でなー」

我那覇は手早く僕を別室に通すと、全員分の餌を用意するから、と台所に向かった。

しかし、話には聞いていたが実際に目にすると凄い光景だ。
先程のラインナップに加えて兎や縞栗鼠、モモンガまでいた。

ここまで来るとプチ動物園だな……。
僕が感心すべきか呆れるべきか思案していると、手を拭きながら我那覇が戻ってきた。

「お待たせ、プロデューサー」

「それで、話って?」

「あ、ああ……話な。そうだな……まずは見てほしいものがあるんだけど」

「見てほしい物?」

「これ……なんだ」

我那覇は自分の指を僕に良く見えるよう掲げて見せる。

先日、紙で切った人差し指だ。我那覇は神妙な面持ちで絆創膏を外すと、その傷跡を――。


「な……」

僕の背筋に寒いものが走る。

傷跡が跡形もなく消えていた。

そんな馬鹿な。紙で切った軽い切り傷とは言え、一日や二日で血は止まれど傷跡が完全に消えるなんてことはあり得ない。

これじゃあまるで――。

まるで、吸血鬼か何かのようじゃないか。

「我那覇……」

「話をする前に含めておいて欲しいんだ」

我那覇がいつになく険しい表情で構える。

「何をだ?」

「ひとつ、今から話すことは他言しないでほしい」

「わかった、僕は絶対に他言しない」

「ひとつ、自分の言うことを信用してほしい」

「わかった、我那覇の言うことは信用しよう」

「ひとつ、何を聞いても何を見ても驚かないでほしい」

「それは無理だ、僕だって驚くことはある」

「じゃあ驚くな、とは言わないからなるべく驚かないでくれ」

「難しいこと言うなよ」

それって殴ってもいいけど痛くしないでね、って言ってるようなものじゃないのか。


「自分、三日前に子供を拾ったんだ」

「……子供?」

突然の予想もしない単語に一瞬、意味を忘れてしまった。子供?

「子供って、犬とか猫とかの子供だよな?」

というか、そうでなければ困る。
もし人間の子供を拾って三日も軟禁していたというのなら大事件だ。
我那覇がアイドルどころか犯罪者として有名人になってしまう。

「いや、人間の子供だよ」

「……おい、冗談はよせ我那覇」

「冗談でこんなこと言うと思う?」

それに、と我那覇は続ける。

「普通の子供なら自分もとっくに警察に預けてるよ。
 でも普通じゃなかった、だからプロデューサーに来てもらったんだ。
 プロデューサーは貴音や美希たちも不思議な力で助けたって聞いたから」

「僕は超能力者でも霊媒師でもないよ」

ついでに言えば助けた覚えもない。
半ば僕の責任でもあるし、僕が他人を助けるなんておこがましいにも程がある。
僕はただ、自分の敗残処理をしているだけだ。
その事にうちのアイドルたちを巻き込んでしまっていることに関しては、本当に申し訳ないと思っているけれど。

話を現実に戻そう。
我那覇は普通じゃない子供を拾った、と言った。
普通じゃなく、警察にも会社にも話せず僕に話した理由、それはもう一つしか考えられない。

怪異、だ。

「……どこにいるんだ、その子供は」

「もういないぞ。昨日書き置きと一緒に消えちゃったからな」

「書き置き?」

「うん、世話になった、ありがとう、って」

「……その童」

いきなり背後から忍が現れる。

「紅い瞳をした童ではなかったか?」

「だ、誰だ!?」

「安心しろ我那覇、彼女は忍。僕の相方だ」

「相方って、でも、いきなり!」

「簡潔に率直に説明する。僕は元吸血鬼だ。
 今でも正確には人間じゃない……だからこそ、他の皆の異変にも対応できた。
 忍も、元吸血鬼だ。その時の名残だよ」

「プロデューサー……」

我那覇は一瞬、戸惑ったように困惑の色を浮かべていたが、自分の身にも起こった不可思議な現象を飲み込むがごとく、決意を固めるように表情を引き締めた。

「あ、ああ……確かに、真っ赤な眼をした女の子だった。
 真夜中にぼろぼろの服を着てうろついていたから、迷子の外国人かと思って次の日警察に行こうとして連れて帰ったんだ。
 でも日本語も流暢に話すし、変だとは思ったんだけど……」

「忍……心当たりがあるのか?」


「八百比丘尼。この国では有名だから主らも知っておろう」

「八百比丘尼だって……!?」

それは巷説、怪談の類を知らない人間だろうと知っているくらいの有名な話だ。

人魚の肉を食べて八百年の時を生きたと言われる、この国における不死身の神話――。

「でも確か、八百比丘尼は死んだって」

「あの小憎らしい小娘が死ぬもんかよ。なんせ奴の不死性は儂のような吸血鬼とはものが違う。
 そも、吸血鬼の不死性は人間がおらねば成り立たん。
 怪異は人間の影、人間がおらねば怪異も存在できんのは知っておろう」

「ああ」

怪異は人間の心、願望、信仰、あらゆる意志が混ざり合って出来たものだ。
人間は怪異を恐れ、怖れ、畏れるが、怪異も人間ありきの存在である以上、人間がいなければ存在すら許されない。

「儂ら吸血鬼も、人間がこうでありたい、という願いが起源として産まれておる。
 強く、死なず、恐れられる存在じゃ。じゃが儂らも人がいなくなれば存在出来ん」

例えば人類が滅亡した瞬間、怪異も消滅する、と忍は付け足す。

「じゃが、あやつだけは別じゃ。
 あやつは元人間でありながら体内に不死性を取り込んでおる。言ってしまえば人でも怪異でもない存在じゃ。
 儂のような伝説と呼ばれた吸血鬼でも日の下に晒され続ければ死ぬが、あやつは人が絶滅しようと、首を切られようと、その身を粉々に砕かれようと、この惑星がなくなろうと生き続けるじゃろうな」

正真正銘の、不死。
古来より時の権力者が求め続けてきた、決して手に入らぬもの。

だが、それは果たして――。


「哀れな存在だとも言える。あくまであやつは元は人間じゃ。
 かつての儂のように強大な力や不思議な能力を持つでもなく、小娘の外見と力のまま悠久の時を生き続けねばならん」

死にたくても、死ねない。

どんな怪我を負おうと、身体を切り刻まれようと、いくら餓えようとも死ぬことが出来ない。
不滅の肉体は、孤独を慰めてくれる友もいない。
若くして時を刻むことを忘れたその身体は、自分の百分の一も生きていない男に負ける。

ぞくり、と気持ち悪い程の悪寒が背筋を伝った。

それは、想像することすらおぞましい。

「動物娘よ」

「え? 自分のことか?」

「お前、そやつの血を舐めなかったか?」

「え、あ、ああ。いきなり『助けてくれたお礼』とか言って、怪我した指を自分の口に突っ込んできて」

「お礼?」

「あやつの血を舐めた者は、擬似的に不死性を得るのじゃよ」

「不死性だって……?」

「じゃ、じゃあ自分、死なないってことなのか?」

「あやつ程のものではないが、簡単には死なんじゃろうな」

お主は人魚に慕われたのじゃよ。

忍がそう呟いた瞬間、嫌な予感を払拭する暇もなく我那覇家のインターホンが鳴った。



004


「ごめんやす」

我那覇が応対する間もなく扉を開けて入って来たのは、

「ありゃ? 鬼畜なお兄やん……」

僕と我那覇を見比べて得心のいったように首を傾げ笑う、影縫余弦の姿だった。

「影縫、さん」

「ひゃひゃひゃ、そないなことやったんかい」

彼女が何をしに来たのか、そんなことはわざわざ聞くまでもない。

不死身の怪異の専門家が擬似的とは言え不死性を持った我那覇の元に来る理由なんて、それは、

「だ、誰だ?」

「影縫余弦……不死身の怪異を専門とする陰陽師」

我那覇を『殺しに』来たのか。
それだけは、何としても止めなければならない。

「影縫さん、彼女は僕の担当アイドルです。それに、不死性を得たのも偶然だ」

「せやから見逃せ、てか。相変わらずぼけたこと言うてはるなぁ」

影縫さんは靴も脱がずに家に上がってくる。

歩いて近付いて来る彼女に恐怖を感じる。
昨日とは全くの別人のようだ。
纏っている殺気が尋常じゃない。
かつて月火ちゃんの件の時に遭わされた恐怖が甦る。


「何やここ、よぉけおってからに、動物園みたいやね」

我那覇家のペットたちも本能的に悟っているのだろう、『この生物には何があっても勝てない』と。
せめてもの抵抗か、主人である我那覇のためか部屋の隅に固まり、威嚇しながらも微動だにしない。

「別にうちは『善良な巻き込まれた一般人』をいじめるつもりは毛の先もあらへんで」

「え?」

少し意外だった。
影縫さんと言えば不死身の怪異相手ならばどんな手を使ってでも殺す、不死を殺すという矛盾を成立させる人だと思っていたけれど――違うのか?

「あんなぁ、人を殺し屋かもの狂いなんかと一緒にしてもろたらかなんわ。うちが狙とんのは比丘尼のほうや」

ちいと遅かったようやけどな、と頭を掻く影縫さん。
我那覇を狙って来たのではなく、ここにいた比丘尼を追って来た、だけなのか。

思わず安堵の息が漏れる。
我那覇を狙うと影縫さんが言うのなら、勝ち目がなくても向かわなければならないところだった。
月火ちゃんの時はともかく、簡単にお目こぼしをしてくれるような人でもなし、もう死体寸前くまで殴られるのは御免だ。

「せやけど――『これから怪異になろうとしとる一般人』なら、容赦はせぇへんで」

「え……?」

「なぁ、アイドルのお姉やん?」

「…………!」

我那覇が口をつぐみ、歯を食いしばり虚空を見つめている。
その眼は、僕の知っている我那覇のものではなかった。


そう、例えるのならば、この業界では良く見る、欲に心を奪われた者のそれだ。

「わかるでえ、死なへん身体ちゅうのは魅力的やもんなぁ。うちは止めへん……止めへんけど」

挑発的な言葉を繰り返す影縫さん。何を考えているんだ……?

「不死身ちゅうのはそれだけで怪異そのものや。ほしてうちはそないな輩を殺す為におる」

もし不死を欲するのなら覚悟しておけ、と言いたいのだろう。

「死なへん身体が欲しいかどうか、選ばせたる。
 うちはおどれの不死を取り除くことも出来る……今ここで決めぇや」

「影縫さん!」

思わず組み掛かる。
不死身になることを促しているかのような影縫さんの挙動を止める為に。

「あかんでえ、鬼畜なお兄やん。若人の主張は大事にせえへんとなぁ」

「ぐぁっ!?」

が、僕ごときが敵う訳もなく片手で頭を押さえつけられ、僕は地面に伏した。

果たして我那覇は、一度唾を飲み込むと、瞳孔の開いた眼で口を開く。

「……欲しい!」


「我那覇ぁ……っ!」

「自分は……ここでアイドルとして成功するために沖縄から来たんだ!
 死なないなら、自分でもいつか完璧なアイドルになれる!」

その気持ちは良く分かる。
我那覇は765プロにおいて日本の端、最も遠い場所から来た。
故郷に錦を飾る、という意味合いもあるだろうが、中途半端で退けないという点では僕も同じだ。

「死なないなら、歳も取らないんだろ!? だったら、自分でも――」

アイドルの最大の敵は年齢と風評だと聞いたことがある。
年齢は誰にでも訪れる障害であり、それを克服出来るのならアイドルとしての価値も上がるだろう。

だけどな、我那覇。

ふざけてんじゃねえよ……!

「さよか……ほなら、死にぃや!」

影縫さんが不死の命を絶とうと我那覇に飛び掛かる。
が、その動きは何処か緩慢に見えた。

僕の頭が怒りと危機への焦燥でいわゆるゾーンに入ってしまっているのか、それとも影縫さんが手加減してくれているのか。

どっちでもいい。

どちらでもいいが、僕には我那覇に言わなければならない事がある……!


「プロデューサー!?」

組み伏せられていた身体をバネのように起こし、我那覇と影縫さんの間に入る。
我那覇を絶命させんとしていた影縫さんの凶拳は、当然ながら僕の身体に命中し、

「ぐ……ああああぁぁぁっ!」

僕の左腕を根元から吹き飛ばした。

胴体と離れた腕が我那覇家の壁にぶち当たり、床に転がる。
後でくっつけるから、食べないでくれよワニ子……!

「ぷ、プロデューサー……腕が」

「いいか我那覇、不死身になったっていい事なんて一つもないんだ」

左肩を抑え、嫌な汗を滲ませながら我那覇に向き直る。
影縫さんはやはりと言うべきか、何も言わず攻撃の素振りすら見せない。

しかし、相手が影縫さんとは言え、身体の一部が吹き飛ばされるのは当たり前だが気分が良くない。

「で、でも! 自分は完璧なアイドルになりたいんだ!
 あんまーやたーりーのために! にーにーやみんなのために!」

「不死身に頼る程度のガキが、アイドルで頂点取れると思ってんじゃねえよ!」

「!!」


「僕も不死身になったことがあるからお前の気持ちもわかる……けどな、我那覇。
 死なず、歳も取らず、怪我をしてもすぐに治り、死ねない身体を持つ存在を人間とは……ましてやアイドルなんて呼ばない」

「あ…………」

「『化物』って……呼ぶんだよ……!」

それこそ偽物だ。
かつて神になって心まで蛇の毒に冒された少女を思い出す。
人間が持て余す程の力を得た者は、必ず何処かで歪む。

必ず、だ。

それにな、と僕は続けた。

「死ねない生物がどれだけ哀れな存在か、僕は忍を見て思い知らされた……家族はおろか友人も恋人も作れない。
 作ったところで必ず先に逝かれる。死のうと思っても中々簡単には死ねない」

それまでずっと沈黙を保っていた忍がぼそりと口を開く。

「……思い出すのも不愉快じゃが、四百年ほど昔に比丘尼のやつと話したことがある。
 その時あやつが何と言ったか教えてやろう」

まだ会ったこともない、永劫の命を得た少女に思わず思いを馳せる。

文字通りの永遠の命、不死身の身体を持つ存在。

「『死ねるなんて羨ましい』とな」

吸血鬼であろうと、長時間日光に晒されたり、大蒜や十字架の力で殺し続ければ、いずれは死ぬ。
それはかつての吸血鬼の王、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードであろうとも吸血鬼である以上は例外ではない。

しかし、あらゆる手を尽くしても死ねないという彼女は、一体どのような視点を以って世界を生きているのだろうか。


「お前は完璧なんだろ、我那覇……だったら、不死身なんてくだらねえ ものに頼らずに、自分だけの力でトップアイドルになって見せろ!」

「う……うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

我那覇は、まるで子供のように泣いていた。

その涙がどんな理由で、なんのために流された涙なのかは、傷の痛みに浮かされた頭の僕にはわからないが、一応説得することは出来たようだ。

「相変わらずきずいお兄やんやなあ。お熱いとこは変わってへんで安心したわ」

楽しげに僕の左腕を、くるくると回しながら渡してくる影縫さん。
そのまま左腕を傷口にくっつけて、縛ってくれた。
こうしておき一晩眠れば、動かなくとも外面だけはくっつく筈だ。
しばらくは使えないだろうが、利き腕じゃないし何とかなるだろう。

「ほな、うちはもう行くで。借りはこれでチャラやけ」

借り……?
五年前の神社での事を言っているのだろうか。
もしくは斧乃木ちゃんの面倒を見ていたことか、それとも両方か?
僕としてはどっちにしろ、借りにも思っていなかったが。
とりあえず、やはり手加減してくれていたらしい。
手加減して腕が吹っ飛ぶってのもどうかと思うけれど……。
利き腕じゃなかったり、腹を貫かなかった辺りが影縫さんにとっては手加減なのかも知れない。

「おやかまっさんどした」

以前のようにまた会おう、とは言わずにそれだけを言い残すと、影縫さんは夜闇に溶けるように消えて行ったのだった。



005


後日談というか、今回のオチ。

転んで左腕を骨折した、と嘯いて出勤した僕はまた事務仕事に向かっていた。
秋月に皮肉と共にまたですか、愚痴を言われたが事情は理解してくれたのか、代わりに営業に行ってくれた。

そして当の我那覇は珍しくも僕が出勤するよりも先に事務所で待ち構えていた。
その顔は吹っ切れたのか、目の下に隈を作りながらもすっきりしていた気がする。

「なあプロデューサー!」

「なんだよ、僕は調子が悪いんだ。愛の告白は今度にしてくれ」

昨日、左腕を飛ばされたばかりなんだ。
一応形だけはくっついたが、まだ痛いし動かない。
忍の力を借りずにちゃんとくっついて動くようになるには三日から一週間はかかるだろう。

「うがー! 違うって言ってるだろ!」

「じゃあなんだよ」

「自分と家族になってくれないか?」

「ぴよっ!?」

「わかったわかった、家族な……家族?」


家族。

居住を共にした小規模集団、もしくは血縁関係を基礎とすることで形成されるコミュニティだ。

僕と我那覇が家族になる方法は大別して二つ。一つは僕が我那覇家の養子になること、逆に我那覇が阿良々木家の養子になることだ。
僕は妹しかいないし、我那覇には兄しかいなかった筈だから、兄弟と結婚して親族になるというのは無理だろう。
そしてもう一つは僕と我那覇が結婚することだが……うん。結婚?

「ふ……ははは、ナイスジョークだ我那覇」

僕は机から煙草(シガレットチョコ)を取り出してくわえる。
煙草の似合う男っていいよね。僕は吸えないけど。

「プロデューサー、タバコ逆さだぞ」

「まさかの伏兵、響ちゃんがプロデューサーさんと禁断の恋……!
 響ちゃんの家で……プロデューサーさんが獣姦!?」

「ピヨ子ー、そろそろ戻ってこーい」

「あー、我那覇……そろそろ本意を話してくれるか」

「うん、別に結婚しようとかじゃないぞ」

プロデューサーと結婚なんて御免だしな、と微妙に傷付くことを言ってくれる我那覇。


「ただ、プロデューサーは自分のにーにーに似てるから……」

自分のことをちゃんと叱ってくれたのが嬉しかったんだ、と我那覇は言った。

お兄さん、か。
離島から独りでやって来て心細いのはわかる。
昨日あんなことがあったばかりだし、兄代わりくらいなら幾らでもしてやろう。
僕には可愛くない妹が既に二人もいるし、兄としての経歴は長い。
兄のプロフェッショナルと言ってもいいだろう。

「ああ、こんな愚兄で良きゃいくらでもなってやるよ」

「うん、改めてよろしくな!」

「だが呼び方は考えてもらう。お兄ちゃんや兄ちゃんだと僕の妹と被るからな」

我那覇と火憐ちゃんって髪型と言い性格と言い何処か似てるしな……。

「候補としてはお兄様かアニキかな……いや、にーにーもいいな。某金髪のちびっ子を思い出す」

「何か、本当に良かったのか疑問になってきたぞ……」

「阿良々木家では妹は兄に尽くすことが必須条件だ。肩を揉め、我那……いや、響ちゃん」

「……わかったぞ」

思いの外素直に受け入れた我那覇もとい響ちゃんは僕の背後に回り、そして、


「よいしょっと」

「ぎゃああああああぁぁぁ!!」

あろうことか吊っている左腕の根元を揉んできた。

「痛い! そこ違うって響ちゃん!」

「情けない声あげるなよにーにー、男の子だろー?」

「男でも痛いもんは痛いって!」

「かゆいとこないかお客様ー?」

「痛い痛い痛い痛い! 痛いところしかない!」

我那覇と少し仲良くなり、じゃれ合い嬉しく思いながらも僕は一つの決心を心に固めていた。

皮肉ながらも、命の恩人の生き様が、その在り方が、この歳になってようやく理解出来たような気がして。

怪異の専門家、忍野メメ。

彼は怪談、奇談、巷説の類を集める為に全国を回っている――と言っていたが、本意は別にあったのではないだろうか。
友達も家族も作らず、住居も構えないその根無し草な生活は、忍野に限ったことではない。
貝木も影縫さんもそうだ。
彼等には帰るべき場所がない。
それがどういうことなのか、一陣の不安と共に今回の件で僕は確信してしまった。

僕は近い内に、彼等と同じ運命を辿ることになるのかも知れなかったのだ。



ひびきマーメイ END


拙文失礼いたしました。
読んでくれた方、ありがとうございます。
京都弁に関しては心得がないのでおかしかったらすいません。

残り雪歩、春香、ピヨ子と書かせていただきます。
お付き合いしていただければ幸いです。

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