ある少女と『明日』について(112)

いつ明日が来なくなるかわからない女の子の話をしようとおもいます。


その少女は、病気にかかっていました。
今でこそそこら辺のお涙ちょうだい系の話でありがちな
余命を易々と申告されてしまう、治る見込みの無い病。
しかしその少女に、それほどドラマチックな展開は起きませんでした。
普通に過ごして、普通に生きていたら、突然余命を告げられた。
それだけ。

そうなると少女も、生きることにある程度の見切りを付けることができました。
あるいは、最初から生きる意味を見つけられなかったのかも知れない。
少女には、この人生に対してすでにそれほどの未練がありませんでした。


このまま慎ましく、
死ぬ直前だからって誰にも迷惑をかけず、
それこそひっそりと病院の中で病死しよう。
個人の病室に入れられた少女は、入院初日の夜にそう決めました。

少女が入院して少したち、彼女に、何人かがお見舞いにやって来ました。
入院した二日目に来た先生は、
「お前が落ち着いた頃に、学校でも説明するから」
と言っていたので、おそらくそのタイミングなんだろうと、少女は思いました。

お見舞いに来た人たちは

「頑張れ」
「諦めないで」
「応援してるよ」

と、皆口を揃えて、まるで学校で示し合わせてきたかのようにそう言いました。

私は何を頑張ればいいの?
私は何を諦めなければいいの?
あなたたちは、いったい何を応援しているの?

人生に見切りをつけてしまった少女に、すでに頑張るものなど、諦めるものなどなく。
そしてまた、応援されるようなことなどないと考えていました。

もともと、少女にそれほど多くの友達はいませんでした。
小学校のころ仲良くしてくれていた友達には
「もうちょっと愛想よくすれば、友達できると思うんだけど」
と何度も言われていました。
しかし少女にとって、今までやっていたそれは精一杯の愛想でした。


あまり知らない人に自分の笑顔を向けることが、少女は苦手でした。

少女のお見舞いに来て騒いで帰っていく人たちは、決まって対して仲良くもない人たちでした。
頑張れの言葉をかける自分たち
諦めないでと励ます自分たち
そんな「良いこと」をしている自分たちに酔うための材料として
友達の少ない不治の病を患う少女は、恰好の的となっていたのです。


それに気が付いた彼女は、次第にそんな人たちに心を閉ざすようになりました。

周りに心を閉ざす中で、少女はふと、こんなことを思いました。

私の心は、私のために存在している。
誰かを楽しませるためじゃない。
誰かを悲しませるためじゃない。
自分を守るために、もしくは自分をごまかすために、私の心は存在しているんだ。と。

彼女が入院してからというもの、
一日も欠かさずにお見舞いに来ている男の子がいました。
その男の子と少女に、特に大きな関わりがあったわけではありませんでした。
たまたまこの3年間同じクラスだった。
ただ、それだけ。


しかしそれでも彼は、
入院されていることを知らされてお見舞いを許可された初日から

雨の日も風の日も、
彼女が検査で面会ができないときも、
彼は欠かさずに病院を訪れ続けました。


最初こそ何故毎日毎日来るのだと訝しんでいた少女も、
時がたち、心無い言葉をかける人たちに心を閉ざす中で、
そういうことを口にしない彼に、疑問を抱かなくなっていました。


どんなかたちの面会、
それこそ彼女が寝たきりであっても、
彼は毎日のことを彼女に聞かせます。
「今日は学校でこんなことがあったんだ」
彼は毎回、このような形で話を始めました。
「明日も、何か起こるといいな」


あるとき、少女はその男の子に尋ねました。
「ねぇ」
「それで――…どうしたの?」
話の途中に話しかけたためか、男の子は少し驚きました。
「…」
「そっちから話しかけてくれるなんて珍しいね、なんかうれしいよ」
「うるさい」
「え、ごめん…」
少女は困ったような顔をする男の子を睨み付け、尋ねます。

「あんたはなんで毎日来るの?」
「え…?」
男の子の口は、ぽかんと開かれました。


「たしかにあんたとは3年間連続で同じクラスだったけど、それだけじゃない」
「3年間同じクラスの人なんて、ほかにも大勢いたわ。」
「でも、ここまでずっと来てるのはあんただけ」
「なんか、理由でもあるんでしょ?」
なんとなく気になっていたことを、少女はすべてまくしたてるように尋ねました。
男の子は、困ったように笑います。


「理由、かぁ…」
「…そう、理由よ」
少女は、男の子の困った笑い顔が嫌いでした。
理由は自分でもわからなかったけれど、とにかく嫌いでした。
「……君はもう覚えてないみたいなんだけど」
男の子は、静かに話し始めました


「同じクラスになる前に、一度会ったことがあるんだよ」
「…?」
少女には、そのような記憶はありませんでした。
男の子を毎日来させる程の何かなら、きっと忘れるはずはないのに。


「覚えてないかな、でもまぁ、そんなに大したことじゃなかったから覚えてなくても無理はないかも」
男の子は再び困ったように笑いました。
「その時、僕はちょっと気が滅入っててさ」
男の子は、話を続けます。
「柄にもなくというか、失礼だけど、死にたいって思ってたんだよ」
今は平気だけどさ、男の子は続けました。


「それで、なんかのタイミングで緊張の糸が緩んじゃって泣き出しちゃったんだよ、道の真ん中で」
「…ふぅん」
そこまできいても、少女はやはり思い出せません。
「そしたらさ、君が話しかけてくれたんだよ」
そこまで言うと、男の子は笑顔で少女の方を向き直り




「君の方が、死にそうな顔をしてたんだけどね」
と、笑顔で言いました。


「なっ…はぁ!?」
少女は思わず声を荒らげました。
「ごめんごめん、確かにそれはびっくりしたけど、でもそれで元気づけられたのは本当だよ」
男の子はおなかを抱え、笑いながら少女の方を見ました。


「だから、そのお礼って感じかなぁ」
「何それ、結局自己満足じゃん。 本当にそれが私かもわかんないし!」
わからない方を強調して、少女は男の子の理由を切り捨てました。
「自己満足、なのかなぁ。 そうなのかも」

「でも、何度でもいうけどあの時救われたのは本当なんだ」
だから、せめてものお礼はしたくて。
男の子はそういうと、悲しそうに顔を伏せました。
「…なんであんたが悲しそうにするのよ。 泣きたいのはこっち」
少女はため息をついて、続けました。


「死にそうな顔してたなんて言われて、たまったもんじゃない」
「それはごめんって」
男の子はあの顔をしました。

「それに、そこはあんまり重要じゃないよ、大事なのは救ってもらったってところ」
私的には、それは重要じゃないんだけど。少女は出かかった言葉を飲み込みます。
「これでお礼になってるかなぁって、いや、なってないんだろうけどさ」
男の子は、泣きそうな顔になりました。
「だから、なんていうか。 僕はきみに何ができるんだろう、って」
少女は、深く息を吐きました。


こいつはそんなことを気にしてたのか。
もともと恩を売るつもりでやったわけじゃないことに、そんな見返りなんて求めていないのに。
「気にしないでいいわ。 十分よ」
「ほんと!? 楽しめてる!?」
「それは…まぁまぁね」
「そっか…」
悲しそうな顔をする男の子に、少女はいらいらしながらも声をかけます。


「…暇つぶし程度にはなってる」
すると、男の子の顔は明るくなり
「そっか! それで十分!」
満面の笑顔でそう告げました。
「…」
少女は男の子の笑顔を見て、ほっとした気分になっていました。


まぁ、こいつのコロコロ変わる表情と話で暇つぶしできるし、悪くはない。
少女は、そう自分に言い聞かせました。
「…あ、時間!」
男の子はそう叫ぶと部屋の時計を確認して、急いで支度を始めました。

「ごめん、今日、ちょっとあの、用事があって…」
申し訳なさそうに男の子はそういいました。
「別にかまわないわ、それじゃあね」


「うん、今日も話聞いてくれてありがとう!」
そういって男の子はドアまで行き、一度振り返りました。
「それじゃあ、また明日」
男の子は笑顔でそういうと、部屋から出て行きました。
少女はため息をつくと、横になって目を閉じました。

また明日、明日、ね。
いつ明日が来なくなるかわからない私にその言葉をかけるのは、どうなのだろう。
まぁいいか、多分あいつはそこまで頭回らないだろうし。
どうせまた明日はくだらない同級生の話でもされるのだろう。
なんだかんだ友達が多そうなのに、毎日ここにきてていいのだろうか。
あと勉強とか。

でも来なかったら暇な時間がまた増えるのか、それはいやだなぁ。
まぁいいや、何でも。
寝よ。
「…おやすみ」
誰見いうでもなく少女はそう声にだし、そして眠りにつきました。


それからしばらくの間、少女は男の子の話を聞き流すだけになっていました。
男の子は声をかけてくれないことを少しさびしく思いましたが
もともと反応を望んで初めてことではなかったこともあり、特に期待はしていませんでした。


そんなある日、少女は再び男の子に声をかけました。
「…ねぇ」
「明日もなんか話すことが……あ、えと、どうしたの?」
久しぶりに反応をしたからか、男の子は少しどぎまぎしました。


「ごめん、まさかまた声かけてもらえるとは思ってなかったから…」
「別に、気にしてないわ。 今日は一つ聞きたいことがあるの」
少女は投げやりになりながら、尋ねます。
「あんた、私のことをどう思ってるの?」


その日の夜、少女は男の子との会話を思い返していました。

「えっと、うん、それはどういう意味で……?」
「どういう意味も糞もない。 ふつうに、どう思ってるの?」
「えーっと…あの」
「……あぁもうじれったいわね。 だから、なんであんたは『諦めないで』とか言わないのって話」


「あ、そういうことね。 うんこれも理由はあるんだけど、明日でいい?」
「…面会時間終わりだしね、いつでもいいわ」
「うん、でも、きみが思うほどたいそうな理由じゃないよ。 それに…」
「それに?」
「ううん、じゃあ、また明日」


あの「それに」の後には何て来るのだろうか。
別にあの言葉を言わないことに大した理由があるとは思ってない。
大方私がその言葉を聞くたびに嫌な顔をしていたのを見られたか何かだろう。
……じゃあ、なんで私はあんなことを聞いたっていうのだろう。
私は、何が聞きたかったのだろう。


翌日、いつものように、男の子は少女の病室にやってきました。
「こんにちは、今日はえっと、『諦めないで』とかを言わない理由を話すんだっけ」
「そうね」
少女は相槌を打ちます。
特別聞きたい話ではないけれど、どうせいつも聞いてる話もそういうわけではない。


「えっと、最初に言っとくと、僕、おばあちゃんが死んじゃってるんだよ。 小学生の時」
女の子はしまったと思いました。
こんな地雷な話をさせるつもりはなかったのに、と。
「そんな顔しなくていいよ、もう立ち直れてるから」
男の子は微笑みながら言いました。


「その、おばあちゃんとの話が理由なんだ。 ちょっと長くなるけど、きいてくれる?」
「…」
少女は黙ってうなずきました。
どうせならとことん聞いてやろうと思いながら。

ちょうど小学5年生になったときかな。
失礼だけど、今の君みたいに急に入院することになったんだよ。
もう結構な年齢だってこともあったんだけど、治る見込みはなかったみたい。
下手に手術すると、余計に寿命縮んじゃうかもって話だったんだよ。


それでさ、僕が言うのもあれなんだけど、おばあちゃんすごいいい人でさ。
僕はもちろんおばあちゃん子だったし、知り合いもたくさんいたんだよ。
だから僕がお見舞いに行くときはいつだって人がいたんだ。
僕だって、小学生ながら結構な頻度で行ってたはずなのに。


それで、その人たちは軒並みみんな
「諦めないでくださいね!」
とか
「頑張ってください!」
って言ってるんだよ。
ほんとうに、不思議なくらいみんな言ってた。
だから僕もそういう風に言うべきなんだろうっておもって、帰るときはいつも似たようなことを言ってた。


でも、僕は小学生だったし、まだ身内の死って経験したことなかったから。
そのうち行かなくなっちゃったんだよ。
夏休みとかになったらもうほとんど行ってなかったんだ。
友達とも遊びたかったし、それに、普通にめんどくさかったのもあったと思う。


それで、夏休みが終わるころ、おばあちゃんの様子が急変したんだよ。
本当は、翌年の5月くらいまではもつ予定だったんだけどね。
もう、いつ意識を失うかもわからないって話だった。
夜寝ちゃったら、そのまま昏睡状態になっちゃうかもとも言ってた。


それで僕は今までやってたことを思い出したんだよ。
あんだけおばあちゃんおばあちゃん行ってたのに、なんでお見舞い行かなくなっちゃったんだろうって。
そっからは、できるだけ毎日行くようにしてた。
そのころにはもう、おばあちゃんの知り合いもほとんど来てなかったな。


来てるのはおばあちゃん友達っていうか、そういう人たち。
僕が行くころに帰っちゃってたから、何の話してるかはよくわからなかったんだけど。
でも、「また来るからねぇ」っていつも言ってたのは覚えてる。
そのたびにおばあちゃんはすごい嬉しそうにしてたんだよ。


相変わらず僕と言えば、「頑張って」とか言ってたと思う。
それ以外に何言えばいいかわからなかったから。
それで、いよいよおばあちゃんの体調が悪くなったとき。
おばあちゃんは僕の家族を一人ずつ病室に呼んだんだ。


今思えば、遺書とか渡したり遺産のことをお母さんとお父さんには話してたんだと思う。
僕は呼ばれたとき、
「今日学校であった楽しいことを話してくれないか」
って言われたんだ。
だから、僕は精一杯話した。
隅から隅まで、僕にわかることは全部話した。


全然面白い話じゃないはずなんだけど、それでもおばあちゃんはすごい笑顔だった。
だから僕もうれしくて、笑顔で話してたと思う。
それで話し終わった後におばあちゃんはこういったんだ。


「おばあちゃんくらいの年になったり、病気になっちゃったりすると、なんとなく自分の死期がわかる」
「そういう時に『がんばれ』なんていわれても、あんまりうれしくないのさ」
「だからそういう時は、自分に起きた楽しいこととかを聞かせてほしいのね」
「そしたら私も楽しくなっちゃうの、わかるかなぁ」
「これからこういうタイミングあるかわからないけど」
「もしそんな人、お母さんたちもそうだけど、そういう人にあったら」
「頑張って、なんて言わないで、いっぱいお話ししてあげなね」


そういわれたから、翌日はいっぱい話を聞かせてあげようよ思ったんだよ。
翌々日もその先も、ずっと聞かせてあげようって。
でも、もう会えなかったんだよ。
翌日お母さんたちに呼ばれたから学校を抜けて病院に行ったら、もう死んじゃってた。


もう、あの時は本当に死にたかった。
せっかくおばあちゃん喜ばせられるってわかったのに、もうできないなんてさ。
多分その当たりなんだよ、道の真ん中でうずくまってたら君に声かけてもらったの。
それで、救われた、っていう、そういう話。
こんなもん、かなぁ、頑張れって言わない理由。


男の子は話し終わると、深くため息をつきました。
少女は、なんて声をかけていいかわかりませんでした。
「……引いた?」
男の子は不安そうな顔をして少女に尋ねます。
「引いてない。 引いてなんか、ない」
「…、ごめん、まさか泣くなんて、そんな」



自分でも気が付かない間に、少女は泣いてしまっていました。
少女にも、似たような経験があったから。
少女にも、気付いた直後に失ってしまったものがあったから。
「わかる、よ、そ、の気持、ち」
止めようと思っても、涙は止まりませんでした。


「それじゃあ、また明日」
少女が泣き止むのを待って、男の子は病室を後にしました。
ふがいない姿を見せてしまった。
泣き顔なんて見せるつもりなかったのに。


……、明日、には無理かもしれないけど。
私も、彼に自分のことを話してみよう。
多分彼なら受け止めてくれる、と思う。
少女は、そう思うようになりました。


自分の静かな気持ちの変化に気が付かないまま、少女は布団をかぶります。
今度からは、もう少し笑顔を見せたり、いろいろ反応してあげよう、うん。
「おやすみ」
そういうと、少女は目をつむり、眠りに落ちました。



書き溜めが尽きたので、今はここまでにしたいと思います。
あと半分くらいで終わると思います。
もし見てくださった片がいらっしゃるなら、ありがとうございます。


再開します
今日中には終わる予定です


それからしばらくの間、少女はやはり男の子に話しかけることができませんでした。
できたのは、ちょっとの相槌だけ。
「へぇ」とか「そうなんだ」だけでした。
少女は自分でも相変わらず愛想がないと気が付いていました。
笑顔もできていないし、反応もあってないようなものだと、少女は思っていました。

しかし、男の子はすごくうれしそうでした。
「同情だったとしても、すごくうれしいよ。 聞いてくれてありがとう」


ある日、男の子はそういって席を立ちました。
「ごめん、今日は妹と弟の面倒見なきゃいけないから、もう帰るね。 それじゃあ、また明日」
そういって、男の子は病室を後にしました。


「……同情なんかじゃ、ないよ」
少女は、男の子がいなくなったドアに向かってそうつぶやきました。
確かに同情もしたけど、でも、そういうんじゃなくて。
少女の思いは、うまく言葉に表すことができませんでした。


次の日、少女は決心を固めました。
今日来たら、私の話を聞いてもらおう。
面白くも楽しくもなんともない、つまらなくてどうでもいい話かもしれないけど。
でも、彼には聞いてほしい、気がする、から。


「やぁやぁ、今日もお話に来たよ」
男の子は、いつものように笑顔で病室に入ってきました。
「今日は何の話をしようかなぁ…」
そう考える男の子を見て、少女は口を開きます

「今日は、私の話を聞いてほしい……です…」

少女の声は、自分でも驚くほど細く、消えてしまいそうな声でした。


男の子は驚いた顔をした後、すぐにやさしい笑顔になりました。
「うん、わかった。 ちゃんときくよ。 だから、不安そうな顔しないで」
「…ぅん……うん……」
少女の目には、いっぱいの涙がたまっていました。



少女は、泣きながら、ゆっくり話し始めました。
自分のことを知ってもらうために、ゆっくり話し始めました。


私は、なんていうか、見ての通り愛想悪いし、かわいげなんてかけらもない、けど。
でも、自分で言うのもおかしいけど、最初からそうだったわけじゃないんだよ。
当たり前だけど、私にもお父さんとお母さんがいたの。
あのころは楽しかったなぁ。
おかしな言い方だけど、毎日が輝いていたような、そんな感じ。

でもね、そんな毎日も、そう長くは続かなかったの。
あ、でも小学生くらいまではもちろん続いたよ?
問題は、私が一人でいろいろできるようになってからだったの。


今思えば、お母さんたちの教育、というか指導は異常だった気もする。
幼稚園のころには家の掃除の仕方をきっちり教え込まれてたし、
小学生に上がったころには、いろいろ料理だってできるようにさせられた。
選択とかはもちろんできたし、文字の読み書きももう、2年生のころには全部できた。


そのころから、お母さんたちは少しおかしくなってたの。
お母さんとお父さんが一緒にいることなんてほとんど見なくなってたし
休日でもどっちかは絶対による遅くになっても帰ってこなかった。
でも、それでも私は楽しかったんだよ。
お母さんともお父さんともいっぱいお話しできたし、遊べたから。


でも、小学4年生に上がるころ、事件が起きたの。
ここまで聞いてるとわかると思うけど、どっちも不倫してたの。
馬鹿だよね、本当に。
それで、お互いがお互いの不倫相手から恨まれてて。
……私も、全員から恨まれてて。

それでその事件っていうのは、うん。
お互いがお互いの不倫相手と、心中しちゃったの。
私だけを置き去りにして。
二人の遺書には、私のことなんて一言も書いてなかった。


それからもう、なんていうか、私は人を信じるのが苦手になっちゃって。
おじさんとおばさんに引き取られて、その人たちはとってもいい人なんだけど。
どっかで裏があるんじゃないかなって、どうしても思っちゃうの。
お母さんたちのあの笑顔は、全部愛想笑いだったのかなって思うと、
私は、そんな笑顔作っちゃダメなんじゃないかなって思ったの。


おじさんとおばさんに引き取られたときに、こっちに引っ越してきた。
家の噂とかあるし。
それに私は、もうあそこにいられそうになかったから。
でも、悪いことばかりじゃなかったよ。
親友にも会えた。
今は引っ越しちゃって会えないんだけどね。
言いたいことずばずば言ってくる子だったから、愛想とか忘れちゃって。
たしか、最初はけんかから始まったんだけどさ。
とっても、いい子だったんだよ?
わたしの、こんなわたしの友達にはもったいないくらいの。


私の愛想のこと一緒に考えてくれて、
「仲良くなるための愛想なら最初だけだし、きっと悪くない」
って説得されたこともあったなぁ。
結局、私には何もできなかったんだけどね。


あ、なんか余計なことも話しちゃったかも。
なんていうか、私も名に話したかったかわからなかったよ、ごめんね。
いつの間にか泣き止んでた、声も戻ってた!
……、これで、私の話はおしまい。
きいてくれて、ありがとうございました。


男の子は、何も言いませんでした。
何も言わずに、静かに泣いていました。
少女は、そんな男の子を見て

「…!? え、っとあ、な、にを……」

抱きしめていました。

自分でもよくわからないけど、というか、泣きたいのはこっちのはずなんだけど。
「…私なんかのために泣いてくれて、ありがとう」
少女は、泣きだしながら男の子にお礼を言いました。
「……こっちこそ、つらいのに話してくれてありがとう」




二人は泣きながら抱き合いました。
面会時間いっぱいまで、二人はずっとそうしていました。




少女と男の子は、それからも毎日、話を続けました。
たいして面白くもない話を。
将来役に立つはずがない話を。
少しでも少女が笑ってくれるように。
少しでも少女に、明日を楽しみにしてもらえるように。


「それじゃあ、また明日」
男の子は、毎日それだけは欠かさずに言い続けました。



短いけれど、二人にとっては濃い月日が流れました。



『その』日まで半月程になった頃、男の子は少女にこういいました。
今まで我慢していた言葉を絞り出すように、
「死なないでほしい」
と、言いました。


そのころの少女には、その言葉の意味がよくわからなくなっていました。
『死なない』って、なんなんだろう
もう入院しなくていいってことなのかな。
また学校に行くってことなのかな。
大人になって素敵な恋愛をするってことなのかな。
少女の問いかけに、男の子はこう答えました。



「明日を楽しみにすること」



その言葉を聞いた少女は


……え?
……なにそれ、今更そんなこと言うの…?
そういうのは、いわないんじゃなかったの!?
そういうの言われてもうれしくないって、きづいたんじゃなかったの!?
散々後悔したんじゃなかったの!?
なに、それ…!
今更、なんだっていうのよ!!!
明日を楽しみになんて、もうしばらくやってない!
余命はあくまで可能性って話、知ってるの!?
この辺までは生きると思います、ってただそれだけ。!
なんの保証もない
明日死ぬかもしれない!
今何かで死ぬかもしれない!!
そんな中で生きて明日なんて楽しみにできない、できっこないの!
明日を楽しみにするのは、結局これからを生きるものの特権なんだよ!
あたしじゃなくて、あんたにしか、あんたたちにしかできないことなの!!
だから、これから死を迎える私は明日を楽しみにはしない。
絶対に、楽しみになんかしてやらない。してやるもんかっ!!


少女はそう告げ、男の子を部屋から追い出しました。
結局、彼はなにもわかってなかった!
他の人とは違うと思ってたのに!
他の人みたいに、気休めを言うような人ではないと思ってたのに!!


「ごめん」
と、部屋の外から声が聞こえた気がしました。
「何を言っても無駄かもしれないけど、君を怒らせるつもりは、気を悪くするつもりはなかったんだ。 ただ、僕は、その」
そこで彼の声は途切れました。
あるいは、最初からその声などなかったのかも知れません。


それから、彼は病室に訪れなくなりました。
そして、彼が来なくなって初めて、少女はあることに気付きます。
私は、彼の話を楽しみにしていたんだ。
私が体験できるわけもない話を。
普通に生活していたら出会うはずもなかった経験談を。
少しずつわかっていく彼のことを。


少女の余命は、わずか



少女の余命が残り1週間をきったとき。
少年は、もう一度少女のもとを訪れました。
嫌われているかもしれない、罵倒されるかもしれない。
でも、僕がなんでああいう風に言ったのか、言ってしまったのか知ってほしい。
もし彼女の命が本当にここで終わってしまうなら、せめて、死の直前以外は、さまざまな表情をしていてほしい。
そんなことを漠然と思いながら、病室のドアを開けました。


結論を言うと、少女に、すでに意識はありませんでした。
前日の夜の看護師との会話を最後に、少女は息をし、しかし眠っているだけの人になっていました。
しかし男の子は、少女に話しかけました。
「久しぶり。 短い間だけど、これなくてごめん。 今日はさ、学校でこんなことがあったんだよ」


翌日も、翌翌日も。
男の子は、少女のもとを毎日訪れ続けました。
そして『その』日から五日後。
少女は、帰らぬ人となりした。
その日、男の子が帰ろうとしたとき、看護師さんから、一通の手紙を受けとりました。
私が死んで、その後にもし彼が病院に来てくれたら渡してほしい。
昏睡状態に陥る直前に、そう言われて預かった、と看護師は言いました。
失礼だけど、遺書の可能性もあったから中身は確認してしまった、とも。

前略
今日は来てくれてありがとう。
これを読んでいるってことは、たぶん私は死んでしまっているのかも。
なんかありがちでごめんなさい。

でも、出来ることなら自分の口から伝えたかったから、こういったかたちにしました。
特に意味のない雑談は、君のだけを聞いていたいので、いきなりだけど本題に入ろうと思います。
あの日は怒ってしまってごめんなさい。
追い出してしまってごめんなさい。


翌日から君が来なくなって初めて、私は
「明日を楽しみにしていた」
ことに気がつきました。
君の話を、君が話してくれる毎日のことを、私は楽しみにしていたんです。

明日はどんな話になるんだろうって。
明日はどんなことを経験してくるんだろうって。

そんな簡単なことに、私はそれを失うまで気が付きませんでした。

今思えば、私は取り返しが付かなくなってからしか、何かに気づけない人生を送ってきた気がします。

両親のことも。

病気のことも。

そしてもちろん、あなたのことも。

早いうちに気が付いていたら何か変わったのかって言われたら、
それは何も変わらないんだろうとも思います。

でも、もっと早いうちに気づけていたら少なくともこんな形ではなく、
もっとしっかり口で謝れただろうし、
そもそもこんなことが起こらなかったのかも、とも思います。


それでまぁ、なんというか。
どうせここまで書いてしまったので、最後くらいぜんぶごまかさずに伝えたいと思います。


私は、あなたが好きです。
世界中の誰よりも、あなたのことが大好きです。
毎日毎日、私が飽きないように
似た話をできるだけしないように気を使っていたり
愛想がない私に対しても、いつまでも笑顔で接してくれる君のことが、大好きです。
抱きしめたとき、あのときにはきっともう好きで、あなたの泣き顔がいとおしくて、たまらなかったんです。


そうそう、愛想と言えば、私ひとつ思い出したんです。
たしか、小学校の時でしたっけ。
わたし、あなたと同じ小学校だったんですよね、今まで忘れちゃってたんですけど。

あの時話した
「仲良くなるための愛想なら最初だけだし、きっと悪くない」
って言葉を言われたとき、私焦っちゃって。
帰りに誰か見つけたら話しかけよう!って思ってて。
そしたら、道の真ん中でうずくまってたひとがいたんです。
多分それがあなた…なんですよね?
思い返してみると、顔つきとか雰囲気とか、
なんとなく似ているような気がします。


あの時のお礼、なんてあなたは言いましたけど、そんなのいいんですよ。
私だって、自分のために声をかけたんです。
そのあとほとんど関わりもたなかったのに、なんか申し訳なくなっちゃいました。
でも、私の方が死んだ顔をしてた、なんというのは失礼だと思いますけど!


話がずれちゃいましたね、ごめんなさい。
といっても、私の話したいことはここで大体終わりなんです。
だから、さいごにひとつだけ、書いておこうと思います。


何となくですが、私はそろそろ意識を失ってしまうと思います。
女の勘ってやつでしょうか。
多分、あなたのおばあさんと同じ感じです。
不思議だけど、なんとなく、そう思うんです。

もしかしたら、もうこれが最後で目を覚まさないかもしれない。

もしかしたら、もう二度とあなたは来てくれないかもしれない。

そう思う気持ちもあります。
正直、そうなってしまうことを考えると、とても怖いです。

でも、そうであったとしても、もしこれを読んでいるのなら安心してください。

私は、明日を楽しみにしています。
次に目覚めるその日を。
あなたとまた会えるかもしれないその日を。
あなたの毎日の話をまた聞けるようになるかもしれないその日を。


あなたに、私の思いを自分の口で伝えられるようになるかもしれないその日を。


私は、ずっと楽しみにしています。

これを読んでいるってことは、もうきっと会うことはできないんだと思います。
それでも、私は。
あなたがいってくれたように、最後の最後まで明日を楽しみにして生き続けようとおもっています。

毎日お見舞いに来てくれて、本当にありがとうございました。
おかげで私の人生は、最後に、最高の彩りを飾ることができました。
どうかあなたはこれからも、素晴らしく、様々な彩りに満ちた人生を。


男の子は、涙を流しました。
手紙を何度も何度も読みながら、涙を流し続けました。
言いたかった言葉も、話したかったことも、
すべて涙と一緒に流れてしまうほど、泣き続けました。
しかし伝えられなかった思いと、間に合わなかった悲しみは、
いつまでも男の子の中から流れ出ず、心に残ります。



「わたし心は、自分を守るために、あるいは自分をごまかすために存在していだんだ」
いつかの、少女の言葉は、きっと




手紙読んだよ。
ずるいよ、あんなことだけ書いて。
…言い逃げするなんて、するい。

伝えたいこと、直接伝えられるのはもっと後になりそうだ。
…僕は、明日を楽しみにしてるから、
次に会うのはすごい遅くなっちゃいそうだけどさ。
それでももし聞いてくれるっていうなら、聞いてほしいことがあるんだ。

もしかしたらこれからの人生でいろいろ変わっちゃうのかもしれないけど
それでも、少なくとも今は、僕はきみが好きだ。
誰にも負けないくらい、世界で一番好きだ。
なんてことはないよ、僕だって、自分のためにお見舞いしてたんだから。
だから、おあいこってことでいいよね?

……、またお墓参りくるから。
今度は毎日は来れないと思うけど、それでも来たときはいろいろ話すね。
暇つぶし程度に聞いてよ、たいして面白く話せないだろうし。
…でもまぁ、別れ際くらいはこれでもいいよね






「それじゃあ、また明日」





おしまい

終わりです。
とっても長くなってしまいました。
読んでくださった方、いらっしゃるなら、本当にありがとうございます。

読みづらかったり誤字脱字等あったりしたらごめんなさい。
色々書いて、精進というか、もっと面白く読みやすいものを作れるようになりたいと思います

次作、いつになるかはわかりませんが、もしよかったらご覧ください。
ありがとうございました。

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