P「マクベス?」春香「はいっ!」 (218)



「――ご来場の皆様、本日は、765プロダクション・オールスターズによる

 ウィリアム・シェイクスピア原作、戯曲『マクベス』公演へお越し頂き、

 誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、お客様にお願い申し上げます」



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1399288823



「本公演では基本的に、原作の戯曲をできる限り忠実になぞっておりますが、

 台詞の細部・場面転換等につきまして、省略や一部変更がある場合がございます。

 また、登場人物に関しましても同様に、省略や一部変更がある場合がございます。

 あらかじめご了承くださいますようお願い申し上げます」


「本公演では、男女問わず全ての役を女性アイドルが担当しております。

 人数の関係上、ダブル/トリプルロール(一人二役/三役)等にて上演致します。
 
 アイドル達は劇中、口調等は普段と同じように女性として演技致しますが、
 
 原作で男性として登場する役は劇中、男性であるものとしてご覧ください」




「また、各アイドルの口調・性格等を反映した配役および演技を心がけておりますが、
 
 特に一部アイドルの一人称につきまして、役名との齟齬をきたす場合がございますので
 
 演技指導の上、劇中での一人称が『わたし』等の一般的なものとなる場合がございます。

 同様に各アイドル間での二人称につきましても、劇中設定に沿ったものとなっております。
 
 この点に関しましても、あらかじめご了承くださいますようお願い申し上げます」


「最後に、実際の上演中の表記に関しましては、役名ではなくアイドル名を記載いたします。
 
 のちほど登場人物一覧表をご紹介致しますので、そちらと合わせてご覧ください。
 
 合わせて、召使・使者などの臨時色の強い登場人物につきましては、その登場のつど
 
 担当アイドル名を合わせて表記致しますので、そちらでもご確認いただけます」





       「それでは皆様、大変長らくお待たせ致しました」
       

   
       「登場人物一覧のご紹介後、上演を開始致します」

   
      
       「最後まで、どうぞごゆっくりお楽しみください」







           Dramatis Personae / 登場人物表



      三浦あずさ  as  ダンカン  (スコットランド国王)
      Azusa Miura     Duncan   King of Scotland


      菊地  真   as  マルカム  (ダンカンの王子・兄)
     Makoto Kikuchi    Malcolm   elder son of Duncan

      萩原 雪歩  as ドナルベイン (ダンカンの王子・弟)
     Yukiho Hagiwara    Donalbain  younger son of Duncan


      天海 春香  as  マクベス  (スコットランドの将軍)
      Haruka Amami    Macbeth  Thane of Glamis and Cawdor
                          general in the King's army

      星井 美希  as  バンクォー (スコットランドの将軍)
      Miki Hoshii      Banquo   Thane of Lochaber
                         general in the King's army

      水瀬 伊織  as  マクダフ  (スコットランドの貴族)
      Iori Minase     Macduff    Thane of Fife
                         nobleman of Scotland

      秋月 律子  as   ロス    (スコットランドの貴族)
     Ritsuko Akizuki     Ross     nobleman of Scotland

      双海 亜美  as フリーアンス (バンクォーの息子)
      Ami Futami     Fleance    Son of Banquo


      四条 貴音  as  シーワード (イングランド軍の将軍)
     Takane Shijou      Siward  Earl of Northumberland
                         general of the English forces

      我那覇 響  as 小シーワード (シーワードの息子)
     Hibiki Ganaha    Young Siward   Son of Siward


      双海 真美  as  シートン  (マクベスの部下)
      Mami Futami     Seyton  attendant to Macbeth

      双海 亜美  as   少年   (マクダフの息子)
      Ami Futami      Boy     Son of Macduff




      如月 千早  as マクベス夫人
     Chihaya Kisaragi  Lady Macbeth

      高槻やよい  as マクダフ夫人
     Yayoi Takatsuki   Lady Macduff

      萩原 雪歩  as   侍女   (マクベス夫人に仕える)
     Yukiho Hagiwara  gentlewoman attending on Lady Macbeth




      四条 貴音  as  ヘカティ  (※魔術の女神)
     Takane Shijou     Hecate

      双海 真美  ┐
       Mami Futami 

      双海 亜美  as  三人の魔女

       Ami Futami    Three Withces
             
      萩原 雪歩  ┘

     yukiho Hagiwara

登場人物表に関する注釈

Thane:当時のスコットランドにおける、王領地を領有する地位。劇中では「領主」。

Earl :五爵位の一つ「伯爵」。公・候・伯・子・男とあるうちの真ん中。
   当時のイングランドとスコットランドは別々の国であり階級制も異なります。

Glamis(グラームズ), Cawdor(コーダー), Fife(ファイフ)
Lochaber(ロッホアーバー), Northumberland(ノーサンバランド)

 いずれも地名。それぞれ領地の名前。

 これ以外も劇中、登場人物表の名前に出てこないカタカナの言葉は
 ほとんどすべて地名だと思ってもらえば大丈夫です。
 なお上記は最後のもののみイングランド、残り4つはスコットランドの地名です。

また、貴族の間で呼びかける場合、領地の名前を用いることが比較的多いです。
ex) Macbeth, Thane of Glamis(グラームズの領主、マクベス)のことをグラームズと呼ぶ。





               "Macbeth"


           by William Shakespeare




               Performed by


           765 Production All Stars







Act I, Scene i 【第一幕 第一場:荒野】




三人の魔女が登場。



 真美「次に会うのはいつにしよっか?」
  When shall we three meet again?



         亜美「雷、イナズマ、雨のなか?」
         In thunder, lightning, or in rain?



                    雪歩「ごたごた全て、収まったら」
                     When the hurlyburly's done,



          真美「戦いに負けて勝ったなら!」
          When the battle's lost and won.



  亜美「つまり太陽が沈む前か」
 That will be ere the set of sun.



            雪歩「場所はどこだろ?」
              Where the place?



                        真美「荒野だよ!」
                         Upon the heath.






       三人「「「そこで会うんだ、マクベスと!」」」
          There to meet with Macbeth.






       三人「きれいは穢(きたな)い、穢いはきれい」
   Fair is foul, and foul is fair:


     三人「淀んだ霧と濁った空気、かきわけかきわけ進んでけぃ!」
                   Hover through the fog an filthy air.



一同退場。




【第一幕 第一場:終】



Act I, Scene ii 【第一幕 第二場:フォレス近くの陣営】




ラッパの吹奏。
ダンカン王、王子マルカムとドナルベイン、貴族達、従者達が登場。

傷を負ったスコットランド軍将校【響】が登場。



あずさ「あれは誰かしらね、あんな血まみれになって……

    あの様子だと、反乱軍との戦況を知ってるんじゃないかしら?」


  真「あっ、あの人です、さっきボクが戦場で捕らえられそうになったとき

    勇敢に戦って、敵の手から助けてくれたんです! ……よくぞ戻られました、

    戦場を離れるときにはどんな様子だったか、国王陛下にお伝えください」



  響「どっちの軍が勝ったのか、はっきりはわからなかったぞ。

    溺れかかった二人の人がお互いしがみつくみたいにして、両軍ともあがいてたから。

    その上あの残忍な裏切り者マクドンウォルドは、急遽集めた兵力を繰り出してきて

    運命の女神もあっちの軍… 反乱軍につきそうになった。


    でも、所詮は無駄だったさー、勇名をはせるマクベス殿が剣を振るえば
 
    一振りごとに相手は血煙のなかに次々倒れ伏し、そのまま敵陣のただ中を切り開いて

    たちまちマクベス殿は反乱軍の親玉のところに。


    それから彼は、別れのあいさつも握手もいっさい抜きにして

    相手の腹を剣で刺すや、そのままあごまで真一文字に斬って倒すと
    
    マクドンウォルドの首級を上げて、こちらの城壁に晒したんだ」


あずさ「まあ! 身内のものながら、本当にすばらしい武将だわ!」




  響「だけど、太陽がのぼる東から船を沈める嵐や雷鳴が沸き起こるみたいに、

    幸運があふれてくるように見える泉から、不幸が湧き上がってきたさー……
    
    われら正義の軍が勇気で身を固め、浮き足立つ敵兵どもをやっつけたのもつかの間、
    
    形勢有利と見たノルウェー王が、新手の軍勢をひきつれ猛然と攻撃を仕掛けてきたんだ」


あずさ「あらあら… それじゃあさすがに怯んじゃったでしょう、

    いくらマクベスとバンクォーという、わが軍の誇る勇将二人でも」


  響「うん、とはいっても、ワシがスズメに、ライオンがウサギに怯む程度だけ、だけど。

    結果としてお二人はむしろ勇気を奮い立たせ、まるで火薬を倍つめた大砲のように
    
    二倍の攻撃を敵軍に加えたんだ、血の海を泳ぎ渡ろうとでもしてるみたいに。
    
    …… うぅ、受けた傷が痛む、もう気が遠くなりそうだぞ……」


あずさ「その報告も名誉の負傷も、あなたの立派な人柄に相応しいわ。

    この方をすぐに医者のところへお連れして―― あら、あれはどなた?」



将校、従者たちに付き添われて退場。
ロス登場。




  真「あれはロスの領主殿です。あの目つきはただごとじゃなさそう、

    なにか重大な知らせがあるんじゃ?」


 律子「国王陛下に神のご加護を!」


あずさ「どちらから来られたの?」


 律子「ファイフの地から参りました。その空はノルウェー軍の軍旗に埋め尽くされ、
 
    友軍を震え上がらせていました。尊大なノルウェー王は自ら軍を率い、
                 
    こちらの手ひどい裏切り者、コーダー領主の援軍をたのみとして
    
    わが軍に襲いかかったのですが、戦の女神の婿とも呼ぶべきマクベス殿は
    
    無敵の鎧で身を包み、剣に剣で、拳に拳で互角以上にわたりあい、
    
    そして結果はみごと、お味方の勝利です!」




あずさ「それは本当によい知らせだわ!」

 
 律子「ノルウェー国王スウィーノは和睦を求めて参りました。

    こちらからは賠償金を請求し、支払いが済むまでは

    敵方の戦死者の埋葬も許可しない、と伝えております」


あずさ「コーダーの領主の裏切りは許せないわ、ずっと信用していたのに……

    二度と裏切ることができないように、すぐ死刑に処すよう取り計らって。

    そしてコーダー領主の称号は、あのマクベスに引き継がせましょう」


 律子「かしこまりました。早速、仰せの通りに致します」


あずさ「コーダーの領主が失ったものをこうして、高潔なマクベスが勝ち得るのね」



一同退場。




【第一幕 第二場:終】




Act I, Scene iii 【第一幕 第三場:フォレス近くの荒野】




雷鳴。
三人の魔女登場。



 真美「どこ行ってたんだい、おまえさん?」


 亜美「ちょちょっと豚を殺しにね!」


 雪歩「あなたはどこまで行ってたの?」


 真美「ある船乗りの奥さんがね、エプロンのポッケに栗入れて

    むしゃむしゃもぐもぐ食べてたの。で、『それちょーだい』って言ったらさ!

    そのふとっちょが言うんだよ、『とっとと失せろ、この魔女め!』って。

    そいつの旦那は船長さんで、いまアレッポに向かってる。

    わたしね、これから篩(ふるい)に乗って、同じとこまで行ってくる。

    そしたらネズミに姿を変えて、船長をぎゃーぎゃー言わせるの!」



 亜美「風を吹かせて後押しするずぇ!」


 真美「そいつぁいいぜぃ、ありがとね」


 雪歩「わたしもひと吹き、手伝うよ」


 真美「昼でも夜でもヤツのまぶたにゃ、眠りが来なくなっちゃうぜぃ。

    生きてはいてもゾンビみたいな『いけるしかばね』ってやつになる。

    七つの晩に九かける九、八十一週それが続けば

    ヤツの体はやせおとろえて、ひょろひょろしなびてしまうのだ!

    船まで沈めてしまう力はわたしもさすがにないけれど、

    嵐のなかに迷い込ませて、大変な目に遭わせちゃう!」



舞台奥で太鼓の音。



 雪歩「太鼓がどんどん、鳴ってるよ。マクベスがここにやってくる!」




 三人「運命をたぐる三姉妹、

    海でも陸でもかけめぐる!

    手をとりあってぐるぐると、

    おまえに三回、わたしに三回、

    おまえも三回、三三が九!

    さあさ―― 魔法が、かかったよ」




マクベスとバンクォー登場。



 春香「こんなきれいで、きたない日は、初めて見るかもしれないなぁ……」


 美希「フォレスまでは、あとどのくらいなの?

 
    ……ねえ、なにあれ。変なカッコにおかしなみぶりで、
    
    この世のものとも思えないの。でもちゃんと、地に足がついてはいる。
    
    ねえ、あなたたち、生きてるの? わたしの言ってること、わかる?

    
    聞こえてはいるみたいだね、わたしが話すと
    
    みんな唇に指をあてて、しーってするんだもん」


 春香「話ができるなら、答えて。あなたたちは何者なのかな?」


 真美「ばんざーい、マクベス殿! おめでとう、グラームズの領主マクベス、ばんざーい!」


 亜美「マクベスどのばんざーい! コーダーの領主マクベス、ばんざーい!


 雪歩「マクベス殿、万歳! 将来は国王になるマクベス殿、万歳!」




 美希「マクベス、どうしてそんなに驚いた顔するの? いい知らせなんだし、

    悪いことを聞いたみたいにびっくりしなくてもいいって思うな。

    ……で、あなたたちって、マボロシなの? それともちゃんと存在してるの?

    わたしの友達はあなたたちに今の身分を言い当てられて、

    そのうえ将来のことまで言われて、ちょっと呆然としちゃったみたい。


    わたしには何も言ってくれないの? そういう予言みたいなこと。

    あなたたちがもし、未来を見通すことができるっていうなら、

    わたしの将来も教えてほしいの。まあ、おべっかはいらないし、

    あなたたちにキラわれたって別にかまわないんだけど」


 真美「ばんざーい!」

 
 亜美「ばんざーい!」

 
 雪歩「万歳!」

 
 真美「マクベスよりショボいけど、ずっとすごい人!」


 亜美「あんまりツイてないけど、すごくツイてる人!」

 
 雪歩「自分は王にならないけど、王の先祖となる人。
 
    だから、マクベスとバンクォーに、万歳!」

    
 真美「バンクォー殿、マクベス殿、ばんざーい!」




 春香「待って、ぼかしたような言い方はやめてはっきり教えてよ。
 
    お父上亡き後、確かにわたしはグラームズの領主の座を継いだ。
 
    でも、どうしてコーダーの領主? コーダーの領主は別にいるのに。

    
    まして、国王になる、なんてのはそれ以上に信じられない話、
    
    あなたたちは一体どこからこの不可解な知らせをもってきたの?
    
    そして、どうしてこの荒野でわたしたちの行く手をさえぎって、
    
    予言みたいなあいさつをするの? 答えなさい―― あっ!?」



魔女たち、唐突に姿を消す。

 
 
 
 美希「水の泡と消える、なんていうけど、今のヒトたち、大地の泡、みたい……


    いったいどこに消えちゃったの?」

 
 春香「空気の中に、消えた…… かたちあるものみたいに見えていたのに、

    息が風に溶け込むみたいに消えちゃった。もっと、いてくれたらよかったのに」

    
 美希「話題にしといてなんだけど、今のヒトたち、本当に存在したのかな?

    もしかしたらわたしたち、頭がヘンになる草でも食べちゃってたりして」


 春香「――あなたの子孫が、国王になるって言われてたね」

 
 美希「マクベス、キミは、自身が王様になるって」


 春香「それから、コーダーの領主にも…… だったよね、たしか」

 
 美希「間違いなくそう言ってたの。 ……あそこに来てるの、誰かな?」




ロス登場。



 律子「マクベス殿、あなたの勝利の知らせを受けて、

    国王陛下は大変お喜びですよ。また、次々に到着する伝令たちが

    わが王国の守護者として、あなたの名前を口々にたたえ、

    賞賛の言葉を雨あられと陛下に降り注がせています。


    恩賞を授けるためにぜひ一度こちらへ参られよ、とのこと。
 
    また、それに先立つ手付けとして、あなたをコーダーの領主とし
    
    今後はその名で呼ばれるようにと。私もその名でご挨拶しましょう、
    
    コーダーの領主、万歳! この称号は、あなたのものです」


 (独り言のように)
 美希「わぉ、これは…… たまには悪魔もホントのこと、言うのかもね」

 
 春香「コーダーの領主はまだご存命じゃないですか。
 
    なぜその称号だけわたしに貸し与えるみたいなことを?」

 
 律子「たしかに生きています。まだ、ね。

    でもその命もまもなく、厳しい裁きの末に終わります。

    彼がノルウェー軍と手を組んだのか、
    
    それとも裏切り者のマクドンウェルドと通じていたのか、
    
    むしろ両方と内通していたのか―― 私は聞いていません。
    
    ただいずれにしろ、彼が自分で白状し、証拠も出たので
    
    大逆罪のかどで処刑されることが決まりました」


 (傍白)
 春香「グラームズの領主、いまコーダーの領主。――じゃあ、最大のものが、そのあとに」



※傍白について

登場人物が、別の登場人物に聞かせないことを意図して喋る台詞。
ここではバンクォー・ロスの両人に聞こえない設定でひとりごとのように喋る。

複数人が存在する場面で、特定の誰かにだけ聞こえるように
(=それ以外の人物には聞かせないことを意図して)話す場合もある。

舞台にそもそも一人しかいない状況で心情などを吐露する、
あるいは複数人いても他人の存在に気づかないで一人で喋る場合は「独白」。

一言で言えば、相手に聞かせないことを意図しているかどうかの違い。



 (ロスに対して)
 春香「ご足労、どうもありがとうございました」


 (バンクォーに対して)
 春香「あなたの子孫が国王になる、っていう話もまんざらウソじゃないのかも。
    
    わたしがコーダーの領主になる、って予言したひとたちが、そう言ったんだもの」


 美希「……あんまり本気にしちゃうと、コーダーの領主じゃ満足できなくて

    王様のかんむりに手を伸ばしたくなっちゃうんじゃないか、って思うな。
    
    よく聞く話だけど、悪魔のやり口って、最初にちょっとホントのこと言って
    
    相手を信用させといて、あとでどかんと裏切るんだよ」

 
 (ロスに対して)
 美希「あ、ねえ、ちょっと二人でお話ししたいの」




 (傍白)
 春香「みっつのうちの、ふたつが真実。

    王位を賭けた壮大なお芝居の幕開きとしては
 
    これ以上ないくらいぴったりだよね……
    

    この不可思議なそそのかしは、悪くはない、でも良くもない。

  
    
    悪いものなら、なぜ成功を約束して先渡ししてくれたの?

    
    教えてくれた内容は真実、わたしは今ではコーダーの領主。

    
    
    もし良いものなら、どうしてわたしは―― 王位へのこの誘惑に抗えないの?

    
    思い描くだけで身の毛もよだち、いつもの勇敢なわたしじゃないみたいに
    
    心臓がふるえ、胸のうちでどきどきしてる。
    
    本当に怖いのは目に見える恐怖じゃない、想像の中の恐怖なんだ。
    
    心に浮かぶ殺人は、その時点じゃただの空想なのに
    
    わたしの五体をゆさぶって、考えただけで動けなくなる。
    
    現実には存在してないものだけ存在してるみたいに思ってしまう」




 美希「ほら見て、マクベスはあのとおり、心ここにあらず、ってカンジ」

 
 (傍白)
 春香「運によってわたしが王になれるなら―― そう、運が王冠をかぶせてくれる!

    わたしが自分でじたばたしなくたっていい」


 美希「新しい称号とか名誉って、新しい衣装みたいなものなの。
 
    着慣れるまではなかなかぴったりしたカンジがしないの」


 (傍白)
 春香「もう、どうなったってかまわないよ。
 
    どんなにひどい嵐の日でも、時間はちゃんと過ぎるもの」


 美希「マクベス、わたしたちね、キミのこと待ってるんだけど」

 
 春香「ああ、ごめん! 忘れてたことを思い出そうとして
 
    ちょっとぼんやりしちゃってたよ。じゃあ改めて、国王のところへ」


 (バンクォーに対して)
 春香「きょう起こったことについて、よく考えておいてね。
    
    いずれ、思うところをしっかり話し合う時間を取ろう」

 
 美希「うん、それがいいと思うな」

 
 春香「それはそのときにまた。 ――じゃ、お二人とも、行きましょう!」



一同退場。




【第一幕 第三場:終】




Act I, Scene iv 【第一幕 第四場:フォレス、宮殿】




ラッパの吹奏。
ダンカン、マルカム、ドナルベイン、従者たち登場。



あずさ「前コーダー領主の処刑は済んだかしら。お役目の人はまだ戻らない?」


  真「まだ帰ってきてません。でも、処刑を見届けた人の話は聞きました。
  
    あの男は率直に反逆の罪を認め、ひざまずいて国王陛下の許しを願ったそうです。
    
    そして、死を覚悟したものの落ち着きをもって、処刑の瞬間を受け入れたと」


あずさ「人の顔を見ただけじゃ、内心なにを考えてるのかはわからないのよね……

    わたし、あの人のこと、本当に心から信用していたのに」




マクベス、バンクォー、ロス登場。



あずさ「ああマクベス、立派な身内がいてわたし、誇らしいわ。

    あなたの武勲がどんどん先に行くから、いくら速い恩賞の翼でも追いつけないの、
    
    もう少し手柄を控えめにしてくれれば、釣り合うだけのお礼ができるのに。
    
    いま言えることといったら、どんな報酬でもあなたの功績に報いきれない、ということだけ」


 春香「忠実におつかえすることが臣下であるわたしのつとめですよ、

    それさえ果たすことができていれば、恩賞を頂いたのとかわりません。
    
    陛下にしていただくべきは臣下の忠誠をただ受け取っていただくこと。
    
    われら臣下はすべきことをするだけです、敬愛する陛下の名誉のためなら、何であれ」


あずさ「とにかくよく戻ってくれたわ。あなたという苗木を新しい地位に

    植えつけたのはこのわたし、もっとりっぱに育つまでずっと見守りますからね。
    
    それに、バンクォー、あなたの手柄もマクベスにまったく劣らないわ、
    
    誰一人知らぬものはないことよ。さあ、この胸にあなたを抱かせて」


 美希「なにかわたしに実りがあるとしたら、その収穫物はみんな陛下のもの、なの」




あずさ「胸のうちにあふれるよろこびが、かえって涙に姿を変えてしまいそう。


    息子たち、身内の皆、領主たち、そして側近の皆も聞いてちょうだい、
    
    わたしは長男マルカムを王位継承者と定め、カンバーランド公爵の称号を与えるわ。
    
    その栄誉はただこの息子一人に与えるものではなくて、

    すべての功労あるものに、名誉のしるしを星のように輝かせるでしょう。

    
    では、すぐにマクベスの居城があるインヴァネスに向かいましょう、
    
    なにかと世話をかけるけど、どうかよろしくね、マクベス」

    
 春香「陛下のお役に立たないのであれば、休息であっても苦痛です。
 
    さっそく、先触れ役として陛下のご来訪を妻に伝え、
    
    喜ばせてやりたいと思います。それでは、これにて失礼を」

    
あずさ「じゃあ頼むわね、立派なコーダー!」




 (傍白)
 春香「マルカムが、カンバーランド公爵。この一歩が肝心だよ、
    
    踏み外しちゃうか、飛び越えるか、前に立ちはだかるこの一段!
    
    星よ、その火を消して、わたしの胸の奥底の黒い野望を照らさないで。
    
    目よ、手がやることを見ちゃだめだよ―― だけど、やりとげなくちゃいけない。
    
    やってしまえば恐ろしくて、とても見ていられないようなことを、ね」



マクベス退場。



あずさ「あなたの言うとおりよバンクォー、マクベスこそは真の勇者。

    その褒め言葉がわたしにとってはなによりのご馳走だわ。

    
    さ、彼の後を追いましょう。

    歓迎の手はずを整えるために一足先に出発したのね。

    身内ながら、あれだけ立派な男はいないわ」



一同退場。




【第一幕 第四場:終】




Act I, Scene v 【第一幕 第五場:インヴァネス、マクベスの城】




マクベス夫人、手紙を読みながら登場。



 千早「『……その者たちに出会ったのは凱旋の当日だった。その後のことで確信したよ、

    彼らは人とは思えないような力を持ってる。さらにいろいろ聞こうとしたんだけど、

    まるで空気みたいにふっといなくなっちゃった。呆然としているところに

    国王からの使いが来て、「コーダーの領主、万歳!」ってわたしに言ったの。

    それこそ彼ら、魔女たちが、わたしを呼んだのと同じ名前。
    
    そして、彼らはわたしのことを、「万歳、将来の国王!」とまで言ったんだよ――

    このことはおまえにぜひ伝えておきたいと思ってこの手紙を書いたんだ、

    立派な地位をともにわかちあうべきおまえに、どんな将来が待っているかも知らせないで
    
    一緒に喜び合う機会を失いたくなかったから。よく覚えておいてね。では、また』」




 千早「あなたはグラームズ、今はコーダーの領主、そしていずれ約束された地位につくでしょう。
    
    ただ気がかりなのはその性格。あまりにもやさしいせいで、近道を選べないのでは?
    
    偉大な地位を求める野心はあるのに、それに当然伴うはずの悪心があなたにはない。
    
    手に入れたいとは望んでいるのに、手を汚すことはよしとしない。
    

    あなたが得ようとしているものは「欲しいならこうしてつかみとれ」と叫んでいる、
    
    そしてあなたも、方法はもうわかっているのに、実行するのを恐れている。
    

    さあ、早く帰ってきて、あなたの耳から私の強い心を注いであげるわ。
    
    私の舌の勇気をふるい、王冠からあなたを遠ざける邪魔者はすっかり追い払ってあげる、
    
    せっかく運命と不思議な力が王冠をあなたにかぶせようとしてくれているのだから」




使者【やよい】登場。



 千早「なにかあったの?」


やよい「今晩、国王陛下がこちらにおみえになります!」


 千早「何をばかなことを。陛下のおそばには旦那様も一緒にいるのだから、

    もしいらっしゃるのなら準備するよう事前にお知らせがあるはずでしょう」


やよい「あの、奥様、おそれながら本当なんです。だんな様もすぐおもどりになります。

    わたしの同僚が、だんな様にさきがけてたった今到着し、
    
    息もたえだえでこのお使いの内容を申し上げたところなんです」


 千早「……そう。その到着した使いの者は丁重に扱ってあげて、
 
    大事な知らせをもたらしたのだから」



使者退場。



 千早「鴉の声すらしわがれて告げる、ダンカン王が私たちの城へ死ぬためだけにやってくる!

    殺意につきまとう悪霊たち、いますぐこの私を女でなくし、

    頭のてっぺんからつま先まですべて、おぞましい残忍さで満たしなさい。

    私の血をどろどろに濃くして、やさしい思いやりへ血が通わないようにして。
    
    思いやりが決意を鈍らせ、その決意が生み出す恐ろしい結果を邪魔してしまわないように!

    
    さあおいで、漆黒の夜。どす黒い地獄の煙に身を包んで、いち早くここへ。
    
    短剣が生み出す傷口を見てしまわないですむように、
    
    天が闇のとばりから覗き見をして、『あれを見ろ!』などと叫ばないように」




マクベス登場。



 千早「ああ、グラームズ、今はコーダー、いえ、そのどちらよりも偉大になる方!
    
    あなたのお手紙を読み、何も知らぬ今を飛び越え、私は未来に生きている心地です」


 春香「何よりもだいじなおまえ、今夜、ダンカン王がここに来るよ」


 千早「お発ちになるのはいつ?」


 春香「明日、とのご予定だけど」


 千早「その明日は永遠にやってこさせない。 ……ねえ、あなたのお顔は書物のよう、
 
    そこに書かれた奇怪な内容もそのまま読み取れてしまいそう。
    
    世間を欺こうと思ったら、まずは世間と同じ顔をしなくては。
    
    目と手と舌のそれぞれで歓迎のそぶりを示すんです。うわべはきれいな花と見せかけ、
    
    その陰に蛇を潜ませて―― とにかく、客を迎える準備をしなくては。
    
    今夜の大仕事はどうぞ私にまかせてください。
    
    これから訪れるすべての昼と夜に、絶対の王権が伴うかどうかの大事な瀬戸際です」

 
 春香「あとで、よく相談をしよう」


 千早「お気をしっかり持って。暗い顔色は恐れていることの証拠です、
 
    そんなもの捨ててしまって。あとのことは私が引き受けますから」



二人退場。




【第一幕 第五場:終】




Act I, Scene vi 【第一幕 第六場:マクベスの城の前】




ダンカン、マルカム、ドナルベイン、バンクォー、マクダフ、ロス、従者達が登場。



あずさ「ああ、すてきなところにあるお城ねぇ。

    さわやかで心地よい風が、わたしたちの五感をいい具合に刺激してくれるわ」


 美希「夏になるとやってきて、たいていは寺院に巣を作るイワツバメが

    このお城の壁にたくさん巣を作ってるあたり、このあたりの空気はきっと格別なの」



マクベス夫人登場。



あずさ「奥方様がいらっしゃったわ。

    人の好意もあまりつきまとわれると迷惑になるけれど、好意は好意として感謝すべきもの。
    
    というわけで、急な訪問で奥方様にもご迷惑をおかけするけど、

    これもわたしの好意と思って、どうか感謝していただきたいの」




 千早「陛下、私どものご奉公をひとつひとつ二倍にし、それらすべてをさらに倍にしても
 
    陛下が私どもにくださる広く深い慈悲の数々に比べれば到底およびません。
    
    これまでの数々のご恩恵、さらにこのたび賜った新たな名誉に、
    
    私どもはただ陛下の今後のお栄えを祈るばかりです」


あずさ「コーダーの領主はどちらにおられるかしら?

    すぐに後を追って、先回りしてこちらが準備役を、と思ったけれど
    
    彼は乗馬の名手、しかも忠誠の心を拍車にして馬を飛ばすものだから
    
    結局こちらは追いつくことができなかったのよ。
    
    美しい奥方様、今夜の宿をどうぞ、よろしく頼むわ」

    
 千早「私どもはみな陛下のしもべです、家の者も、私ども自身も、財産も

    すべて陛下からただお借りしているだけのこと。
    
    お望みとあらばいつでもお返しする準備はできております」


あずさ「さぁ、お手をとらせて。ご主人のところへご案内願うわね。

    あの方はわたしにとってもすごく大事な人、

    わたしのこの好意もいつまでも変わらないわ。では、奥方、よろしく」



一同退場。




【第一幕 第六場:終】




Act I, Scene vii 【第一幕 第七場:マクベスの城】




配膳係と数人の召使が、食器類を持って舞台を通り過ぎる。

マクベス登場。



 春香「やってしまえばそれで全部済む、ってことなら、早く片付けちゃうほうがいい。

    暗殺という名の網で結果をすくいとれるなら、息の根さえ止めちゃえばかたがつくのなら、

    この一撃がすべてで、同時にすべてを終わらせるものであって、

    この世で、時の流れの中の浅瀬みたいなものにすぎないこの世で
    
    すべて問題が解決するのなら、あの世のことなんていちいち誰も心配しないもの」




 春香「だけど、こういうことは、つねにこの世で裁きが行われる。

    血なまぐさい悪事をやってのけたら必ず、それはやった人に跳ね返ってくるんだ。

    公平な正義の神様は、毒入りのお酒を用意した人の唇に、その杯を押し付ける。

    
    国王陛下がいまこのお城にいるのは、二重の信頼を置いているから。
    
    第一に、わたしは臣下でしかも王のお身内、そんな行為をするはずがない。
    
    第二に、わたしは今夜の主人役、国王の殺害を企むような人を近づけないのがお役目、

    間違ってもみずから短剣を振るう立場じゃない。

    
    
    そもそもダンカン王は生まれながらにして


    慈悲深くて温厚なご性格、国王として非の打ち所がないお方。

    もしおいのちを奪えば、彼の美徳が天使の持つというトランペットのように

    大逆の罪を高らかに天下にふれまわるにちがいない。

    そして、憐れみの感情が生まれたばかりの赤ちゃんの姿を借りて

    トランペットの疾風に乗り、あるいは目に見えない大気でできたペガサスにまたがり、

    その恐ろしい所業をあらゆる人の目に吹き付けるだろう、

    涙の雨がため息の風を溺れさせるまで、ずっと。


    わたしには、このたくらみの脇腹を蹴り立てるための拍車がない、

    あるのは馬の鞍に飛び乗ろうとする野心だけ。

    それも、気持ちばかりはやって、勢い余って向こうに転げ落ちるだけの」




マクベス夫人登場。



 春香「どうしたの、何かあった?」


 千早「王の食事もそろそろ終わるというのに、なぜ席をお外しになったの」


 春香「王はわたしのことをお呼びなの?」

 
 千早「ええ。それもご存じなかった?」

 
 春香「……やっぱり、このことはやめにしようよ。
 
    王はわたしに栄誉を与えてくれたばかりで、
    
    わたしはあらゆる人から黄金色の評判を勝ち得ている。
    
    この新しい服が金色の輝きを失わないうちに身につけるべきだと思う、
    
    簡単に脱ぎ捨ててしまうのはよくないよ」




 千早「では、先ほど身にまとっていた望みは酔っ払いの夢だったの?

    あれから一眠りして目を覚ました今、二日酔いで顔を青くして、
 
    さっきまで平然と見ていたものを目にしただけで震え上がるの?
 
    これからはあなたの愛情もその程度の不確かなものだと思うことにするわ。


    思い切った行動を起こす勇敢な自分と、
    
    こうありたい、と望む自分とを重ね合わせるのが怖いの?
    
    人生を飾る華と思うあの王冠を手に入れたいのに、
    
    自分は臆病者だと思い込んで残りの人生を過ごすの?
 
    『やってみせる』って言ったそばから『やれない』と嘆くのね、
    
    足がぬれるのを嫌がって魚を取れない猫みたいに」




 春香「お願い、もう言わないで。

    武人としてふさわしいことならなんだってするよ、

    でもそれ以上のことをするのはもう人間じゃないよ!」


 千早「じゃあ私に計画をうちあけたのは人ですらない獣だったのかしら。

    あの勇気をもったあなたこそ真の男だったわ、

    それ以上のことをなしとげられればまさに男の中の男。

    あのときは時も場所もそろっていなかったのを自分でそろえようとした、

    なのに時と場所がそろった今になって自分が意気地をなくしている。


    私は赤ん坊を育てたことがある、この乳を吸う赤ん坊の可愛さはよく知っているわ。

    その上で、私に微笑みかける赤ん坊のやわらかい歯茎から乳房をもぎはなし、

    その脳みそをたたき出すことだってしてみせる。一旦、やる、と誓ったなら」



 春香「でも、もし失敗したら?」


 千早「失敗? 私たちが? 勇気をしっかり振り絞れば失敗なんてしない。

    ダンカン王は昼間の旅の疲れでぐっすりと眠るでしょう。

    お付の兵は二人、酔い潰れるまでたっぷりと酒を飲ませてやります。

    連中が豚みたいに眠り込んで、酒びたりで死んだようになってしまえば、

    護衛のなくなったダンカン王なんて、あなたと私でどうとでもできる。

    そしてべろべろに酔っ払ったお付のものたちに

    私たちの大逆の罪をなすりつければ、それで片がつくでしょう?」


 春香「男の子しか生まれないね、きっと…… 恐れを知らないその気性からは。

    そうだ、酔い潰れて眠り込んだお付の二人に血を塗りたくって、

    短剣もそのふたりのものを使えば、だれでも彼らの仕業だと思い込むよね」


 千早「そうとしか考えられないでしょう。

    ついでに、私たちは大げさに王の死を嘆いてみせればいい」


 春香「……うん、心は決まった。この恐ろしい離れ業を
 
    成功させるために、体中の力を振り絞るよ。

    さあ、奥へ入ろう、晴れやかな顔つきでみんなを欺こう、

    偽りの心を隠すのは偽りの顔しかないからね」



二人退場。




【第一幕 第七場:終】




「ただいまより、次回投下までの休憩をいただきます。

 

 今後、一幕単位での投下で、終演までは一週間前後を予定しております。

 よろしければ、今後ともどうぞご覧くださいませ」




「ご来場の皆様にお知らせ致します。

 間もなく開演となりますので、ご着席になり、お待ちください」



Act II, Scene i【第二幕 第一場:マクベスの城の中庭】




たいまつを持ったフリーアンス、続いてバンクォー登場。



 美希「夜もだいぶふけたね。何時ごろかな?」

 
 亜美「月は沈んでしまいました、父上。時計の音は聞いてないけど」

 
 美希「月の入りは十二時だよ」

 
 亜美「今はもう少し、時間が遅いかも?」

 
 美希「あ、ちょっと待って、この剣持っといて。
 
    天も倹約ってするのかな、夜空のあかりも消えちゃった。この帯も持っててくれる?
    
    あふぅ…… 眠気が鉛みたいに重たくのしかかってくるけれど、なんでか眠る気になれないの。
    
    慈悲深い天使さま、おだやかな眠りの中に入り込む呪わしい妄想は止めちゃって

    
    ――ねえ剣こっちにちょうだい!」




マクベスとたいまつを持った召使が登場。



 美希「そこにいるの、誰?」


 春香「味方だよ」

 
 美希「なんだ、キミか… まだ寝てないの? ダンカン王はおやすみになったよ。

    今までにないお喜びようで、キミのところの召使たちにもたくさん贈り物されてた。

    それからこのダイヤモンドはキミの奥方あてに、心からのおもてなしのお礼にって。

    大満足のご様子でお部屋に戻られたよ」


 春香「突然のことだったから思うようにできず、手落ちだらけだよ、

    そうじゃなければもう少しましなおもてなしができたのに」


 美希「わたしはぜんぶ上出来だったと思うな。


    ゆうべね、例の三人の魔女さんたちの夢を見たの。

    あのヒトたちがキミに言ったこと、少なくとも一部はホントだったね」




 春香「ああ、わたしはすっかり考えてなかったや。

    一時間でも暇ができたらそのことについて相談しようよ、

    そっちの都合がつけば、だけど」


 美希「うん、いつでも大丈夫だよ」


 春香「いざというとき、わたしの側についてくれるなら、

    あなたの名誉にもなると思うんだ」


 美希「その名誉を増やしたいって思ってかえってなくしちゃうようだとヤだけど、

    やましいことがなく、忠義に反するようなことじゃないなら、喜んで相談に乗るよ」


 春香「まあ、ゆっくり休んでよ。いずれ、また」


 美希「ありがと、おやすみ。キミもね」



バンクォーとフリーアンス退場。



 (召使に対して)
 春香「奥方のところに行って、寝酒の用意が出来たら鐘を鳴らすように伝えてくれる?

    それが済んだら寝ちゃっていいよ」



召使退場。





 春香「――わたしの目の前に見えるこれは、短剣?

 
    持ち手をわたしの方に向けて浮いてる。おいで、この手でつかむから――
    
    ああ、手に取れない、目には見えてるのに。
    
    不吉な幻、姿は見せても手には触らせないというの?
    
    それとも、これは心が描き出す短剣、熱に浮かされた頭が作り出すただの幻覚?
    

    まだ見えている、手に取れそうなその形、
    
    ほら―― 今わたしが抜き放った、この短剣と瓜二つ。
    
    幻影の剣、わたしを案内してくれるの? わたしが行こうとしてたところへ、
    
    わたしが使おうとしてた獲物の姿をとって。
    
    目がおかしくなったのかな、それとも他の感覚が全部おかしくなって
    
    目だけがまともなままなのかな。まだ見えてる」








 春香「――ああ! 刃にも、持ち手にも血がべっとりと、
    
    さっきまでこんなのついてなかったのに! こんなもの、あるわけがない、
    
    血なまぐさいたくらみが形になって目に映るだけなんだ。
    

    いま、世界の半分では自然も死んだように眠ってる、
    
    邪悪な夢がその静かな眠りのなかをかき乱している。
    
    魔女たちは蒼白いヘカティにいけにえを捧げ、
    
    やせこけた人殺しが見張り役の狼に起こされ、
    
    その唸り声に見送られながら殺す相手をめがけて
    
    亡霊みたいに忍び寄っている。

    
    不動の大地、わたしの足がどこに向かおうとその音を耳にしないで。
    
    そうじゃなきゃおまえの小石までがわたしの居場所を告げ口し、

    この場にふさわしい恐ろしい沈黙を破ってしまう。


    わたしがこうして脅し文句をしゃべってる間は、彼は生きている。

    言葉は冷たい息で、行動の熱を冷ましてしまうんだ」



鐘が鳴る。



 春香「さあ、行くよ、それでけりがつく、鐘の音がわたしを呼んでる。

    ダンカン王、聞いちゃだめですよ―― あれはあなたを招く弔いの鐘。

    行く先は天国か、それとも地獄か」



マクベス退場。




【第二幕 第一場:終】




Act II, Scene ii 【第二幕 第二場:前の場に同じ(マクベスの城の中庭)】



マクベス夫人登場。




 千早「二人のお付を酔わせたものが私を大胆にした、

    二人をおとなしくさせたものが、私に火をつけた。……しっ、静かに!

    今金切り声をあげたのは梟、処刑の前夜におやすみを言って回る不吉な番人。

    
    いま、あの人が始めるところ。ドアは開けてある。

    お付のふたりは高いびきで護衛の任務をばかにしている。

    彼らの寝酒には私が薬を混ぜておいたから、今頃は身体の中で

    生と死が、生かすか殺すか争っているはず」




 (舞台奥で)
 春香「そこにいるの誰!? ねえっ!」

 
 千早「ああ、まさかお付の二人が目を覚ましたのでは、

    まだやってしまわないうちに。やろうとして

    やりとげられなければ、私たちは破滅する。

    しーっ…… あの二人の短剣はそばに置いておいたから

    見落とすはずがない。寝顔がお父様にあんなに似てさえいなければ

    私がこの手でやってやったものを」



マクベス登場。



 千早「あ、あなた!」




 春香「やった、やりとげた、よ。何か聞こえなかった?」

 
 千早「梟が啼くのとこおろぎの声だけ。あなたは声を立てなかった?」

 
 春香「いつ?」

 
 千早「つい、今」

 
 春香「降りてくるときに?」

 
 千早「ええ」

 
 春香「しっ! ……次の間に寝てるのは誰だっけ?」

 
 千早「王子のドナルベインが」

 
 春香「なんて情けないざまだろう!」(血まみれになった手を見る)


 千早「ばかなことを、情けないざまだなんて」

 
 春香「お付の一人は眠ったまま笑い出し、もう一人は『人殺し!』と叫んだ、

    そしてお互いに目を覚ましたの。わたしはじっと様子をうかがってた。
    
    そしたら、お祈りを唱えて、また眠ろうとしてた」




 千早「そうだ、次の間には王子が二人とも寝ているわ」

 
 春香「一人が『神よ、お慈悲を!』と叫ぶ、もう一人が『アーメン』と答える、

    まるで、この首斬り役人のようなわたしの手を見たみたいに。

    彼らのおびえる声を聞きながら、わたしは『アーメン』って言えなかったよ、

    『神よ、お慈悲を!』って二人とも言ってたのに」

    
 千早「ね、そんなに深く考えることはないのよ」

 
 春香「なんでわたし『アーメン』って言えなかったんだろう、

    わたしにこそ神のお慈悲が必要だったのに、

    『アーメン』の一言がのどにつかえちゃって」

    
 千早「こういうことをそのように考えてはだめ、

    私たちの気が狂ってしまう!」


 春香「叫び声を聞いた気がする、『もう眠りはないぞ、

    マクベスは眠りを殺した!』って、穢れのない眠り、

    もつれた心の糸をほどいてくれる眠り、

    その日その日のいのちの終わり、つらいお仕事のあとのお風呂、

    傷ついたこころを癒す薬、自然の用意した最大のごちそう、

    人生という宴のなかの、最高の滋養――」
 

 千早「なにを言っているの?」






 春香「お城中に叫びが轟いていたの、『もう眠れない!

    グラームズは眠りを殺した、だからコーダーはもう眠れない、

    マクベスはもう二度と眠れない!』」








 千早「誰がそんなことを叫んだの? ねえあなた、

    そんな風に気に病みすぎると気高い力がおとろえるわ。

    さあ、手についた汚らわしい証拠を水で洗い落としておいでなさい。


    ――なぜその短剣をここに持ってきているの!?

    それはあの部屋に置いておかなければ! さあ、すぐ持っていって、

    眠りこけているお付の連中に血をなすりつけてくるのよ」


 春香「もう行くのはいやだよ、自分のやったことを

    考えるだけでおぞましい、もう一度見るなんて絶対にいや!」


 千早「いくじなし!

    じゃあ短剣を渡して。眠っているものや死んだものは

    ただの絵姿でしかないのよ、絵に描かれた悪魔をこわがるのは子供の目だけ。

    王が血を流していれば、その血を

    お付のものたちの顔になすりつけてやります。

    どうあってもこの罪も、連中になすりつけておかねば」



マクベス夫人退場。
舞台奥でノックの音。



 春香「あのノックの音はどこから?

    どうしたんだろう、わたし、どんな音にもびくびくしちゃう。

    
    ああ、なんておぞましい手、わたしの目を抉り出してしまいそう!

    海の神ネプチューンが司る大海原の水をすべて使えば、

    この手から血を洗い流してしまえるのかな?

    ううん、だめ、逆にわたしのこの手を海に浸したら、

    見渡す限り緑にひろがる波のすべてがきっと真紅に染まってしまう!」









マクベス夫人ふたたび登場。



 千早「ほら、私の手も、あなたと同じ色に。

    でも私の心臓は、あなたのような青ざめた色ではないわ」




奥でノックの音。



 千早「戸を叩く音がする。南側の門のほうね。

    さあ、部屋に戻りましょう。

    ほんの少し水があれば、私たちがやったこともきれいに消えてしまうわ。

    なにも難しいことはない、いつものあなたの度胸はどこに行ってしまったの?」



奥でノックの音。



 千早「しっ。まだノックしている。

    ガウンを着てちょうだい、誰かが起こしに来たとき

    夜通し起きていたと思われないように。

    そんなにぼんやりと考え込むのはやめにして、さあ」


 春香「やってしまったことを思い出すくらいなら、ぼんやり我を忘れていたいよ……」



奥でノックの音。



 春香「ダンカン王を、起こしてあげて、その音で。

    ああ、お願い、できるものなら、そのノックで起こしてあげて!」



二人退場。




【第二幕 第二場:終】



【第二幕 第三場:前の場に同じ(マクベスの城の中庭)】




奥でノックの音。
酔っ払った門番【音無小鳥:友情出演】登場。



 小鳥「はいはーい、よくまー叩きますねぇ… 地獄の門番ともなれば、

    しょっちゅう鍵を回して門を開けてあげなきゃだめですね、っと」



奥でノックの音。



 小鳥「とん、とん、とん、っと。はいはーい、どなた? 

    地獄の王様、ベルゼバブの名においてお聞きしまーす。

    ……ああ、農家の方? 豊作すぎて作物が値下がる見込みだから首をくくった?

    はいごーかく、お通りください、お天気次第のご商売って大変でーすよねぇー。

    あー、ハンカチご持参でどーぞ、地獄でたーっぷり汗かくことになりますからねー」




奥でノックの音。



 小鳥「とん、とん、とんと鳴りますねぇ。地獄の王様、えーと……

    なんでもいいやー、その名においてたずねます、どなたー?

    ……ふんふん、あっちにもこっちにもいい顔する二枚舌の達人さん。


    神様のためって名目で王様を裏切ったのに、

    自慢の二枚舌でも天国に入れてもらうことはできなかった?

    はーい、あなたもおっけー、どうぞ地獄までお通りをー」



奥でノックの音。



 小鳥「まーたとん、とん、とん! どーなーたぁー?

    え、イギリスの仕立て屋さんがこんなとこまで?

    フランス式のズボン作るのに布地をちょろまかした?

    あっはっは、どうぞどうぞお入りを、

    地獄は熱いからアイロンかけるにもべんりー!」



奥でノックの音。



 小鳥「とん、とん、とん、と飽きませんね、いつまでも。ホントにだーれ?

    …… しかしねー、ここ、地獄っていうにはちょっと寒すぎる感じかなー。

    一人で地獄の門番のマネするのもそろそろやめときましょーかねー、

    "いろんな商売の人らを地獄にお招きするごっこ"しよー、と思ってたんだけど」



奥でノックの音。



 小鳥「はいはーい、ただいまー! すーぐ行ーきまーすよー!

    あー、この門番めにチップくれるのもお忘れなくー!」



門番、扉を開ける。
マクダフと貴族【響】登場。



 伊織「きのうはよっぽどお楽しみだったみたいね、

    こんなに遅くまで寝てるあたり」


 小鳥「えへへー、実はそうなんですよぅ、あさ四時くらいまで飲んでたんですー。

    お酒ってやつは、三つのことをそそのかすじゃないですかー?」


 伊織「お酒がそそのかす三つのこと? なんの話かしら?」

 
 小鳥「えっとですねぇー、鼻が赤くなるのと、眠くなるのと、トイレが近くなることですよぉ。

    あー、あともちろんお色気的な話もありますけどそっちの場合はアレですよ、

    やる気にはさせてくれるんですけどー、実際やれるかっていうと…… ねえ?」


 伊織「するとおまえはゆうべ、そのお酒に苦もなくやられちゃったわけね。
 
    ご主人はもうお目覚め?」




マクベス登場。



 伊織「ああ、ノックの音で起こしちゃったみたいね、出てこられたわ」


  響「おはよう、マクベス殿!」


 春香「お二人とも、おはよう」

 
 伊織「陛下はもうお目覚めかしら?」

 
 春香「いや、まだみたい」

 
 伊織「お起こしするよう頼まれてたの。
 
    危うく遅れるところだったわ」

    
 春香「じゃ、陛下のお部屋へご案内するよ」




 伊織「このたびのご訪問は嬉しいご苦労だったとは思うけど、

    どっちみちご苦労だったわね」

 
 春香「喜んでする苦労は苦痛を癒してくれるんだよ。

    はい、ここがお部屋」


 伊織「思い切ってお起こししないとね、

    そういうお言いつけだもの」



マクダフ退場。



  響「陛下は今日ご出発になるの?」

  
 春香「うん、そのご予定」

 
  響「昨日の夜はひどい荒れ方だったなー、

    自分たちの宿舎の煙突も吹き倒されちゃったぞ。

    聞いた話じゃ、悲嘆の声が天に響きわたり、

    怪しげな死の叫びが聞こえた、とかなんとか」


 春香「確かに、大荒れの夜だったね」


  響「自分の記憶の限りでは、こんな夜は経験がないな」




マクダフふたたび登場。



 伊織「なんて恐ろしい、恐ろしいことが!

    こんなこと、考えもしなかった、口にも出せない!」


 春香「なにかあった?」


  響「どうしたんだ?」


 伊織「破滅の手が傑作を作り上げたのよ、

    神をも恐れぬ殺人が聖なる御堂の扉をこわし、

    中に収められていたお命を奪ってしまった!」


 春香「な、何を言ってるの? 命って?」


  響「まさか、国王陛下のこと?」


 伊織「中に入って、この部屋に新たに生まれた怪物の姿を見て

    目をつぶされてくるといいわ。私に説明しろといわれてもお断りよ、

    自分の目で見て、自分の目で確かめてきて」



マクベスと貴族退場。



 伊織「起きて! みんな、起きて!

    警鐘を鳴らしなさい、人殺し、謀反よ!

    バンクォー、ドナルベイン、マルカム、起きて!

    心地よい眠りを、まがいものの死を振り払って

    死そのものを目の当たりにしなさい!

    起きてきて、早く、最後の審判そのものの姿を見るのよ!

    マルカム、バンクォー、寝床というかりそめの墓から起きて

    亡霊のように歩いてきなさい、この光景にふさわしく!」



警鐘が鳴る。
マクベス夫人登場。



 千早「なにごとですか、忌まわしい警鐘を鳴らさせ、

    眠っている家中のものを呼び集めようとは。

    どうぞわけをお教えください」



 伊織「奥方、わたしがお話できる内容は、

    到底あなたにお聞かせできるものではないのです。

    ご婦人の耳に入ってしまえば、おいのちを奪いかねません」



バンクォー登場。



 伊織「ああ、バンクォー、バンクォー! 国王陛下が殺されたの!」


 千早「そんな、なんということが!

    私たちのこの城で?」


 美希「場所がどこだろうと、残酷すぎるの……

    マクダフ、お願い、今の言葉を取り消して、

    今言ったことは嘘だって言ってほしいの」



マクベスと貴族、ロスとともにふたたび登場。



 春香「こんなことが起こるなら、せめて一時間前に死んでしまっていれば

    わたしは幸福な一生を送った、って言えたのに! これからは

    この世に大切に思うものなどなにひとつなくなってしまった、

    すべては玩具みたいなもの! 名誉も、美徳も死んでしまった。

    命の酒は飲み干され、この丸い天井の酒蔵に

    残されたのはただの滓だけ、誇るに足るだけのものはもう、何もない」



マルカムとドナルベイン登場。



 雪歩「あの、何か起こったんですか?」


 春香「はい、殿下のお身の上に、それをご存知ないうちに。

    あなた方のお血筋の源、泉、それが断たれたのです、

    流れの元が止まったのです」


 伊織「お父上が殺されたのです」


  真「なんだって!? 誰に!」


  響「おそらく、お付のものたちに。

    その手も顔も、鮮やかな血でまみれてた。

    そいつら二人の短剣が二本とも、血まみれのまま、ぬぐいもしないで

    枕元に置いてあったんだ。二人とも、宙を見つめて呆然自失……

    誰のものであれ、命を預けるべき連中じゃなかったぞ……」



 春香「ああ、それにしても早まっちゃった、

    連中二人を怒りのあまり、殺してしまったりして」


 伊織「どうしてそんなことを?」


 春香「王に対する敬愛の念が抑えきれなくなり、

    引き止める理性の手に負えなくなったの。
    
    目の前で、王が白銀の肌を黄金の血で染めて横たわっている、

    そのすぐそばで、人殺しどもが仕事を果たしたしるしの色にまみれ、

    その短剣は鞘のかわりに血のりにおおわれている。


    王を愛する心があり、その心に愛を示す勇気がある者なら、
    
    誰だってがまんできるはずがないよ」


 千早「どなたか、ここから連れ出して、ああ!」


 伊織「奥方がお倒れに、介抱を!」




 (ドナルベインに傍白)
  真「どうしてボクたちは黙っているんだろう、

    誰よりもボクたちにかかわりのある問題のはずなのに」


 (マルカムに傍白)
 雪歩「今ここで何が言えるの? 錐の穴くらいの細い隙間から

    運命がこっちをうかがって、今にも襲いかかってきそうなのに。

    逃げましょう兄上、まだ涙すらわいてこない」


 (ドナルベインに傍白)
  真「それに激しい悲しみも、まだ動き始める気配もないや」


 美希「奥方様のお手当て、よろしくなの」



マクベス夫人運び出される。




 美希「みんな寝起きですぐ来てるからこのままじゃ体が冷えちゃう。

    身支度をしてからもう一度集まって、この残虐非道なしわざのことを

    徹底的に調べ上げる必要があると思うな。

    今、わたしたちみんな、恐怖と疑惑で震えている。

    わたし、神の御手のもとで、この反逆の裏に隠されたたくらみに対して

    正々堂々、戦いを挑むつもりだよ」


 伊織「わたしもそうするわ」


 一同「われわれ全員がそうです!」


 春香「ただちに身なりを整えた上で、広間に集まろう」


 一同「では、そのように」



マルカムとドナルベインを残して全員退場。




  真「おまえはどうする? 彼らとは調子を合わせないほうがいいよ。

    心にもない悲しみを見せるのは、悪い考えを隠し持ってる人の得意技だ。

    ボクはイングランドへ行こうと思う」


 雪歩「じゃあ、わたしはアイルランドへ。運命を別れ別れにするほうが

    かえって二人とも安全にしてくれるはず。

    いまこの場所では微笑のかげに短剣がひそんでいます、

    血のつながりが強いほど、血なまぐさいにおいがする」


  真「殺気をこめて放たれた矢はまだ空中にあって的に当たっていない、

    その狙いをはずすことが安全の確保に必要なことなんだ。
    
    さあ、馬のところへ。別れの挨拶なんか抜きにしてこっそり抜け出そう。

    自分自身を盗み出すどろぼうには正当な理由がある、

    ここではもう、人の情けが底を突いてなくなってるんだから」



二人退場。




【第二幕 第三場:終】




Act II, Scene iv 【第二幕 第四場:マクベスの城の外】




マクダフとロス登場。



 律子「すると、血なまぐさい凶行の犯人はわかったんですか?」


 伊織「マクベスが殺したあの連中だったわ」

 
 
 律子「なんてこと…… いったいなんの得があって」

 
 
 伊織「やつらは買収されたのよ。

 
    王子、マルカムとドナルベインが二人とも
    
    こっそり姿を消したことがわかって、彼らに嫌疑がかかってる」




 律子「それも不自然としか言いようがないわ、
 
    無意味にもほどがある野心、自分の命の源を貪りつくそうとするなんて……
    
    そうなると、王位はマクベス殿のものになりそうですね」

 
 
 伊織「すでに彼が国王として指名されたわ。

 
    いまは戴冠式を行うために、スクーンへ向かってる」

 
 
 律子「ダンカン王のご遺体は?」

 
 
 伊織「コームキルへ運ばれた。

 
    代々の国王の聖なる墓所、その納骨堂へ」

 
 
 律子「あなたもスクーンへ向かわれますか?」

 
 
 伊織「いえ、わたしはファイフへ帰るわ」

 
 
 律子「では、わたしはスクーンへ」

 
 
 伊織「ええ、どうか万事うまくおさまりますように。それでは。

 
    古い服のほうが新しいものより着心地がよかった、なんてことがないといいけれど」



二人退場。




【第二幕 第四場:終】






「ただいまより、次回投下までの休憩をいただきます。」





「ご来場の皆様にお知らせ致します。

 間もなく開演となりますので、ご着席になり、お待ちください」



Act III, Scene i 【第三幕 第一場:フォレス、宮殿】




バンクォー登場。



 美希「マクベス、とうとう手に入れちゃったね。国王、コーダー、グラームズ、全部、

    あの魔女のヒトたちの言ったとおり。それを手に入れるために、

    ずいぶんあくどい手を使ったんじゃないのかな…… 

    だけど予言には続きがあったよね、

    そうやって手に入れた王権はキミの子孫には伝わらないで、

    このわたしが代々の国王の根っこ、父となる、っていう。

    もしも、あのヒトたちのことばが的中するんだとしたら、

    ――マクベス、キミには幸いぜんぶ当たってたけれど――

    そうだとすればわたしに対する予言も実現しちゃうかもしれない、

    その望みもなくはないの…… しーっ、もうやめとこう」




ラッパの吹奏。
国王となったマクベス、王妃となったマクベス夫人、ロス、
貴族たち、貴婦人たち、従者たち登場。



 春香「今夜の主役はここにいらっしゃったね」

 
 
 千早「この方がいらっしゃらなければ、せっかくの盛大なお祝いも穴あき、

    
    なにもかも台無しになってしまいます」

 
 春香「今夜は公式の晩餐会を開くんだ。バンクォー、ぜひご出席を」

 
 
 美希「陛下、ただご命令いただければ十分なの…… です、それに従うのが

 
    固い絆で永遠に結ばれた、臣下としてのわたしの義務です」
    

 春香「午後は馬でお出掛け?」


 美希「そのつもりなの、です、陛下」


 春香「残念だなぁ、きょうの会議でいろいろ意見を聞かせてほしかったんだけど。
 
    まあ、それは明日でいいや。遠くまで行くの?」




 美希「いまから晩餐までのあいだに行って帰れる程度の距離なの…… です。
 
    馬の調子次第では、夜道を一、二時間走ることになるかもしれませんけど」


 春香「宴席にはかならず出席してね?」

 
 
 美希「はい、必ず、陛下」

 
 
 春香「そうそう、報告によると、あの極悪非道の兄弟、マルカムとドナルベインは

 
    それぞれイングランドとアイルランドに身を潜めていて、
    
    父親殺しの罪を認めもせず、妙なうわさを広めているらしい。
    
    だけど、それについても明日にしましょう、さあ、馬のところへいそいで。
    
    今夜、戻ってこられたときにまた。ああそうだ、お出掛けはフリーアンスも一緒?」

    
 
 美希「はい、陛下。それでは、時間も押しているので、失礼を」

 
 
 春香「うん、馬の足並みが速く、かつ堅実なものでありますように」




バンクォー退場。





 春香「夜の七時まではみんな、それぞれ好きに過ごすことにしましょう。
 
    みなさんをお迎えするときをよりいっそう喜ばしいものにするために、
    
    わたしもそれまで一人でいたい。じゃ、いったんお開きで」



マクベスと従者【やよい】を残し、ほか一同退場。



 (従者に対して)
 春香「ちょっと来て。 ……例の連中は待たせてある?」


やよい「はい、陛下。お城の門の外に控えてます」


 春香「連れてきて」



従者退場。




 春香「バンクォーのことを考えるとすごく不安になってしまう、

    あいつが生まれながらに持っている風格がよけいに恐怖をあおる。

    やつは恐怖ってものを知らないし、不屈の精神を持っていて、

    自分の勇気を着実に行動に移すだけの知恵もある。


    あいつ、魔女たちに初めて会って、魔女たちがわたしを王と呼んだときに

    魔女たちを一喝して自分にも予言してみろ、なんて言ってた。

    そしたら連中は予言者ぶって、「代々の国王の父となる方」だなんて。

    わたしには実を結ばない王冠を与えるけど、それを赤の他人にもぎとらせて

    わたしの子孫には王位を継がせないっていうことなの?

    だとしたら、わたしはバンクォーの子孫のために自分の手を汚して、

    あの慈悲深いダンカン王を殺したことになる。

    魂を悪魔に売り渡したのも、バンクォーの子孫を王にするため?

    そうはさせないわ、運命よ、堂々とわたしと戦いなさい、

    とことんまで抗ってやる! ――だれ?」



従者が二人の暗殺者【真美・雪歩】を連れてふたたび登場。



 (従者に)
 春香「じゃ、呼ぶまで戸口のところで待ってて」



従者退場。



 春香「昨日だったっけね、話をしたの」

 
 
 真美「そうですね、陛下」

 
 
 春香「じゃあ、わたしの話についてはもう十分考えてくれたよね?

 
    おまえたちを不幸な境遇に追い込んでいたのはあいつなんだよ。

    わたしのせいだって誤解してたみたいだけど、わたしは関係ない。

    昨日も散々説明してあげた通り、全部、あのバンクォーのしわざなの」

 
 
 真美「ええ、陛下、よーく分かったよ」

 
 
 春香「でしょう? まだ先があったね。今日のお話の目的はそこだよ。

 
    おまえたちは、この仕打ちを黙って見過ごせるくらい我慢強いたちかな?

    あの男と、その子孫のために祈ってあげるほど信心深いのかな?」




 真美「陛下、わたしたちだって男ですよ」


 春香「ふぅん、ま、大まかな分類は男ってことで通用するだろうね。
 
    グレーハウンドでもスパニエルでも、雑種の子犬でも野良犬でも

    犬っていうくくりでいえば全部犬なのといっしょで。


    でも、値段表を見たら価値が違うの。男にしても同じこと、

    もしおまえたちが男の中で一番の安物ではない、というならそう言いなさい。

    わたしはおまえたちの胸に、秘密の仕事を託すわ。

    それをやりとげてくれれば、おまえたちは仇を討つことができるし、

    さらにはわたしの寵愛を受けることもできる。

    あいつが生きている限り、わたしはまるで病人同然、

    やつが死にさえすれば、健康を取り戻すことができるんだよ」


 雪歩「陛下、私は世間から踏んだり蹴ったりのひどい扱いを受け続けてきました、

    その世間へ仕返しができるのならどんな思い切ったことでもします」


 真美「わたしもだよ陛下、災難ばかりでもう嫌気がさしてるんだ。

    いちかばちか命を賭けて、いい目をみるか、この世におさらばするか、やってみる」




 春香「二人とも、いいね? おまえたちの敵は、バンクォーだよ」


 二人「はい、確かに」


 春香「同時にあいつは、わたしの敵でもあるんだ。もちろん、わたしは国王としての権限で

    あいつを目の届かないところに追い払うこともできるよ、だけどそれをするとまずい。

    なぜかっていうと、やつとわたしには共通の友人がいて、その友情を失うのは困るから。

    そういう理由で、自分で倒しておいてやつの死を嘆いてみせなくちゃならない。

    だからおまえたちに協力をお願いすることになったの。

    ほかにもいろいろわけありで、この仕事は世間の目から隠しとかないとまずいんだ」


 雪歩「ご命令の内容は、陛下、かならずなしとげてみせます」
 



 春香「うん、信用できそうだね。遅くとも一時間のうちに待ち伏せの場所を伝えさせるよ、
 
    それから決行すべき時間もね。どうしても、今夜のうちに、

    この宮殿からは少し離れたところで実行してもらわなきゃいけない。

    言うまでもないけど、わたしはこのことに一切関わってない…… いいね?


    それから、あいつと一緒にいる息子のフリーアンス、こいつも消してもらう。

    わたしにとってはこいつが死ぬこともその父親の死におとらず大切だから、

    闇から闇へ消える運命を、忘れずに与えてやって。

    じゃ、いったん奥へ下がって、しっかり決意を固めてほしいな」

 
 
 二人「もうすでに心は決まっています、陛下」

 
 
 春香「そう、じゃあすぐ呼びにやるよ、少し待っててくれる?」




二人の暗殺者退場。



 春香「これで決まったよ、バンクォー――おまえの魂ともおさらばだね。
 
    今晩のうちに道を探さないと間に合わないよ、天国へ行きたいのなら」



マクベス退場。




【第三幕 第一場:終】




Act III, Scene ii 【第三幕 第二場:前の場に同じ(フォレス、宮殿)】




マクベス夫人と召使【貴音】登場。



 千早「バンクォーはもう城を出られたの?」

 
 
 貴音「はい、奥方様。しかし夜にはお戻りになると」

 
 
 千早「陛下に、お暇なら二、三お話したいことがあるとお伝えして」

 
 
 貴音「かしこまりました」




召使退場。



 千早「何もない、すべてからっぽ。
 
    望みを遂げても、満足が伴わないならまるで無意味だわ。

    殺して手に入れた喜びが疑いにまみれているのなら、

    いっそ殺される側にまわる方が、ずっと気が楽」




マクベス登場。



 千早「どうしたの、あなた。
 
    なぜいつもお一人で、暗い妄想にとりつかれているの?

    そういう物思いは、物思いの種であった相手が死んだときに

    いっしょにこの世から消えてしまったはず、取り返しのつかないことを

    悔やんでも仕方ありません。済んだことは、済んだことです」

 
 
 春香「わたしたち、蛇に傷は与えたけど、まだ殺してはいない。


    やがて傷が治ったら、むだに敵意を見せたわたしたちはその牙にさらされるんだ。
    

    いっそもう、世界が崩れて天も地もなくなってしまえばいいのに、

    食事のたびにびくびくおびえて、夜は夜で恐ろしい悪夢にうなされるくらいなら。

    心を拷問台にのせられて、日夜つづく狂気の不安に悩まされ続けるよりも、

    わたしたちが安らかでいられるようにと、安らかな眠りのなかに

    送り込んでやった死人たちと一緒にいるほうが、まだましだよ」




 千早「大丈夫だから、あなた、そんな恐ろしい顔をしないで。
 
    今夜はお客様の前で明るく朗らかにしていてください、ね」


 春香「ああ、うん、そうするよ、おまえもそうしてね。
 
    とくにバンクォーには、目でも口でも、主賓としてしっかりおもてなしをしてあげて。


    しばらくの間は不安なままでいなきゃいけない、国王の地位にありながら

    その立場を確たるものにするためには、心にもないおせじをならべて、

    顔という仮面で心を隠していなくちゃいけないなんてね」

 
 千早「もう、そんな話はやめましょう」




 春香「ああ、おまえ、わたしの心の中はサソリであふれかえりそう!
 
    知っての通り、バンクォーも、息子のフリーアンスも、生きている」

 
 
 千早「しょせん、彼らの命も自然からの借り物、その期限は永遠ではないわ」

 
 
 春香「そう、そこにまだ望みがあるよね。彼らは不死身じゃないんだよ――

 
    だから、元気を出そう、こうもりが修道院を飛び回り、
    
    闇の魔女ヘカティに呼び出された甲虫(かぶとむし)が
    
    けだるい羽音で眠たそうな響きをかなでるそのころまでに、
    
    世にも恐ろしいことが、起こるんだ」


 千早「なにが起こる、というの?」

 
 
 春香「かわいいおまえは知らなくていいこと、起こったあとでほめてもらおう。

 
 
    まぶたをふさぐ夜よ、おいで、その血まみれの見えない手で

    
    わたしを青ざめさせているあいつのいのちの証文を、
    
    ずたずたに引き裂いて、無効にしてしまってちょうだい。
    

    ……わたしの言葉で驚かせちゃったかな? 大丈夫だよ、おまえ。
    
    一度悪事に手を染めたなら、足場固めも悪事に頼るしかないんだ。
    
    さあ、一緒に奥へ行こう」



二人退場。




【第三幕 第二場:終】




Act III, Scene iii 【第三幕 第三場:城に通じる林の道】




三人の暗殺者【亜美・雪歩・響】登場。



 真美「ふーん、でも誰がわたしたちに会えって言ったの?」


  響「マクベスだぞ」

  
 雪歩「信用してもよさそうだよ、

    仕事の内容も、手順も、言いつけられた通りにちゃんと知ってるんだし」

    
 真美「そだねい、じゃあ手伝ってもらおっか。

    そろそろ殺しの標的が近づいてくるころだよ」




  響「しっ、蹄の音がするぞ」

  
 (舞台奥で)
 美希「明かりをちょうだい」

 
 雪歩「あいつだよ、間違いない。

    ほかに予定されている客は全員、もうお城に入ってる」

 
 
 真美「馬をあっちに止めに行ったみたい」


 
  響「お城までちょっと距離があるけど、やつはいつも

    ほかの人と同じように、ここから城門までの近道を歩いて通るんだ」

 
 雪歩「明かりが見えたよ、明かりが!」




バンクォー、たいまつを持ったフリーアンス登場。


 
  響「やつだ!」

  
 真美「よし、やるよ!」

 
 美希「今夜は雨が降りそうなの」

 
 真美「降らせてやるよ、血の雨をね!」



暗殺者たち、バンクォーとフリーアンスに襲い掛かる。



 美希「あぅっ!? ひきょうもの……! 逃げて、フリーアンス、お願い、逃げて、逃げて!
 
    そして、わたしの、仇を―― なんてひどいやつら!」(死ぬ)


  響「あかり消したの誰だ?」

  
 真美「あれ、まずかった?」

 
  響「一人しか殺ってない、息子の方は逃げちゃったぞ」

  
 雪歩「肝心なほうを逃がしちゃったね」

 
 真美「まあ、引き上げようよ。
 
    やったことの報告はしとかないとね」



一同退場。




【第三幕 第三場:終】




Act III, Scene iv 【第三幕 第四場:宮殿の広間】




宴会の用意が整っている。
マクベス、マクベス夫人、ロス、貴族たち、従者たち登場。



 春香「席順はみんなわかるよね、さ、座って座って。

    言いたいのは一言だけ。よくおいでくださいました」


 一同「ありがとうございます、陛下」



 春香「わたしもみんなと同席して、

    おぼつかないけど主人役をさせてもらうね。

    女主人は王妃の座に座っておいてもらって、

    あとで折をみて歓迎の挨拶をさせるつもり」

 
 千早「私のかわりにあなたの口からどうぞお伝えを。

    心の中では歓迎の言葉を申し上げておりますから」



暗殺者【真美】、戸口に姿を現す。



 春香「どうだい、おまえ、皆様が心から感謝してくださっているよ。

    テーブルの両側に同じだけの人数、じゃあ、わたしは真ん中に。

    大いに楽しんでね、あとでみんなにお酌して回ります」




マクベス、一座を離れて戸口へ移動。



 春香「顔に血がついてるよ」

 
 真美「それじゃ、バンクォーの血だね」

 
 春香「いいね、あいつの体を流れてるより、おまえの顔についてるほうがいい。

    片付けたんだね?」

    
 真美「ええ陛下、のどをすぱっと、ね。わたしがこの手で」

 
 春香「へえ、人殺しの達人だね。

    だけど、フリーアンスを殺した奴もおまえ並みの達人。

    両方おまえがやったんなら、並ぶもののない達人だよ」




 真美「……それがね陛下。息子の方には逃げられてさ」

 
 春香「となるとまた不安の発作がやってきてしまう。

    この不安さえなければわたしは完璧になれるのに、

    大理石みたいに堅固で、岩のようにゆるぎなく、

    すべてを包み込む大気のように自由で、おおらかに。

    でも、いまのわたしは監獄におしこめられて、

    疑惑と不安でがんじがらめにされている。


    ……とりあえずバンクォーは確実なんだよね?」


 真美「うん、そっちは確実に殺った、今はどぶの中だよ。

    頭に二十も風穴が空いてる、

    その中でいちばん小さい穴だけでも致命傷だね」


 春香「それはありがたいな。

    ともかく、親蛇のほうは死んだんだ、逃げた子蛇も

    いずれは毒を持つようになるだろうけど、今は歯すらない。

    下がっていいよ、明日、また話を聞くから」



暗殺者退場。




 千早「あなた、お客様のおもてなしはどうなさったの?

    お客様にごちそうを美味しく召し上がっていただくには

    主人役の歓迎のことばは欠かせないものです、

    ただ食事をするだけなら自分のうちで食べるのが一番。

    人の家では歓待が料理の味付け、

    せっかくの集まりもそれなしでは味気なくなります」

    
 春香「よく気がついてくれたね、おまえ。

    さ、みんな、大いに召し上がってくださいね、

    ご健康を祝して、かんぱい!」

 
 律子「陛下も、どうぞおかけになってください」




バンクォーの亡霊【美希:暗殺された際の血まみれの姿】が登場、マクベスの席に腰を下ろす。



 春香「わが国の名門たちが一同に揃いましたね、

    あとはバンクォーがいてくれたら最高だったのに。

    彼のことで、不慮の災難を嘆くようなことがありませんように!」

 
 律子「約束していたのに姿を見せないとは頂けないことです。

    それはともかく、陛下もどうぞわれわれとご同席ください」


 春香「あれ、空いてる席がない」

 
 律子「こちらに取ってありますよ」

 
 春香「どこに?」

 
 律子「ですから、こちらに。 ……陛下、どうかなさいましたか?」


(マクベス、自分の席にバンクォーの亡霊が座っていることに気づく。
 マクベス夫人も含め、マクベス以外の全員は亡霊が見えていない)




 春香「誰がこんなことしてるの?」

 
 一同「陛下、何のことです?」

 
 春香「わたしがやった、なんて言わせないよ!

    血まみれの髪をわたしに向かって振り立てるのはやめて!」

 
 律子「諸君、お立ちを。陛下はお加減が悪いようですから」

 
 千早「いえ皆様、どうか、おかけになったままで。

    主人は若い頃から、時折このようなことがあるのです。

    どうか席にお着きを。あくまで一時的な発作ですぐおさまります。

    あまりご覧になると気に障るのか、発作が長引いてしまいますから、

    皆様、お食事をお続けください、主人のことは気にせずに」




 (マクベスに近寄り、声をひそめて)
 千早「――あなた、それでも男ですか?」

 
 春香「もちろん、それも大胆な男だよ、

    悪魔ですらすくみ上がるあの姿を見据えてるんだから」

    
 千早「それはまた、ご立派なこと。

    あなたの見ているものは恐怖心が描き出すただの幻、

    この間あなたが見たとおっしゃった、ダンカン王のところへ

    あなたを導いたという宙に浮く短剣とおなじ。

    急に叫んだり取り乱した身振りをしたり、

    その大げさなびくつきかたは真の恐怖にくらべたら単なるまねごと、

    おばあさんから聞かされた怪談を冬の炉辺で話す女にぴったり。

    男なら恥を知りなさい、なんですかその顔は!

    なんのことはない、ただ椅子を見ているだけじゃない」

 
 春香「違うよ、見てあれを、お願い、ほら、見て、見てったら!

    あれを見てもそう言うの!?


    ああっ、もう、わたしは平気、気になんかしない――

    そうやって首が振れるならついでに喋ってみせたらいいじゃない。

    墓場が、一度埋葬した死体を吐いて戻すことがあるのなら、

    これからは死肉をあさるトンビの胃袋をお墓のかわりにしなくちゃいけない」



バンクォーの亡霊、姿を消す。




 千早「なにをたわいもないことばかり。男らしく、しっかりなさい」

 
 春香「たしかに、あいつだったの」

 
 千早「もうおやめなさい、恥ずかしくないの?」

 
 春香「人の血が流されるのは今に始まったことじゃないんだよ。

    法律が制定されて暴力が人の世から追放される前から、

    もちろんそれから後だって、聞くも恐ろしい殺人は繰り返されてきた。


    でも、今までは、頭を叩き割られたら人は死んでそれでおしまいだった、

    なのに今では再び立ち上がるの、頭に二十箇所も致命傷を受けているのに

    椅子から人を押しのける! 殺人そのものより、よっぽど奇妙な話」

 
 千早「あなた。お客様がたはあなたをお待ちなのだから」




 春香「ああそうだった、忘れてたよ――」

    
    
 (貴族一同に)

 春香「どうかわたしのことはあまり気にしないでください。

    ちょっとした持病みたいなもので、知ってる人にはなんてことないんですよ。

    さ、改めて乾杯をして、その上でまた同席させてもらいます。

    あ、お酒を注いでもらえる? うん、そう、なみなみと、ね。

    では、ご列席の皆様と、残念ながらここにいないバンクォーのために、乾杯!

    ああ、バンクォーもこの場にいっしょにいてくれたらいいのに」



バンクォーの亡霊ふたたび登場。



 一同「陛下への忠誠を誓って、乾杯!」

 
 春香「退がれ! わたしの視界から消えて、土の中へ還って!

    その骨に髄はない、血だってつめたく冷え切っている、

    そうやって目ばかりぎらぎらさせてたって何も見えてないでしょう!?」




 千早「ああ皆様、どうかお静まりを。

    これもいつものことで、なんでもないのです。

    ただ、場の興を殺いでしまい、申し訳ありません」

 
 春香「人にできることならなんだってやってみせる!

    毛むくじゃらのロシアの熊に姿を変えてくればいい、

    角を生やした犀でもペルシアの虎でもなんだっていいよ、

    いまのその姿でさえなければこんな風に震えたりしない!

 
    そうでなきゃ、いっそ生き返って、剣をとって

    わたしに決闘を挑んできたっていいよっ!?

    そのときわたしが少しでも震えるようなら、

    臆病者とでもなんとでもバカにしたらいい!

    消えてしまえ恐ろしい影法師、実体のない幻、消えて!」



亡霊、姿を消す。



 春香「なんだ…… ほんとに消えた、これでまたわたしは男に戻れる。

    みんなもどうか、席に戻って」

 
 千早「とっくに座は白けてしまいましたよ。

    せっかくの楽しいお集まりなのに、あなたがあれほど取り乱すから」




 春香「いきなりあれが出てきて夏の雲みたいに襲い掛かってきたんだよ、

    取り乱したってしょうがないでしょ。

    だけどみんなの顔を見ていると自分に勇気があるのかどうか疑わしくなってきた。

    みんなもあれを目にしたはず、それなのに顔色ひとつ変えないで

    生きのいい血色、恐怖に青ざめているのはわたしだけだもの」

 
 律子「陛下、目にした、とはなにをです?」

 
 千早「どうか、何も仰らないでください。ますます悪化してしまう。

    いろいろ聞かれるとどんどん気が立ってしまうのです。

    今夜は皆様、これでお開きということで。

    退席の順序など気になさらず、どうかお引取りを」

 
 律子「それでは、おやすみなさいませ。

    陛下、くれぐれもどうぞお大事に」

 
 千早「皆様、どうぞおやすみなさいませ」


 
マクベス夫妻のみ残して一同退場。





 春香「あれは血を求めている。そう、血が血を呼ぶっていうくらいだもの。

    そのために石が動いたり、木々が口をきいたためしもあるとか。

    いま、何時くらい?」


 千早「夜更けというか、明け方というか、で微妙なところね」

 
 春香「おまえはどう思う? マクダフのやつ、

    王の命令だっていうのに出席を断ったりして」




 千早「使いのものは出したの?」

 
 春香「いや、まだ、人づてに聞いただけ。あとで使いを出しとこう。

    誰の屋敷にもわたしの息のかかった召使を一人は潜りこませてるし、大丈夫。

    
    そうだ、明日、それも朝早く、例の魔女たちのところに行ってこよう。

    もっといろいろ聞き出そう。今はわたし、どうしても知りたい、

    最悪の手段によってでも、知らされる事態が最悪でもかまわない。
    

    わたしにとって得になることなら大義も名分も知ったことじゃない、

    血の流れの中にここまで踏み込んで、行くも戻るも大変だっていうなら

    今さら戻るだけ無駄だもの、渡りきることを考えなきゃ。


    頭の中にある怪しげな考えが徐々にかたちをとりこの手に乗り移る、

    まずはそれを実行することだよ、考えるのは後回しでいい」




 千早「あなたに欠けているものは、命をたもつための眠りよ」

 
 春香「おいで、寝ることにしよう。

    奇妙な妄想に惑わされるのは未熟な恐怖心のせい、鍛錬が足りないんだ。

    悪事にかけてはわたしたち、二人ともまだ青二才だもの」



二人退場。




【第三幕 第四場:終】




Act III, Scene v 【第三幕 第五場:荒野】




雷鳴。
三人の魔女登場、ヘカティに出会う。



 真美「およよ、どうしたヘカティさま?

    なんだかご機嫌ななめだね」



 貴音「当たり前です、痴れ者どもめ!
 
    なにを勝手に出しゃばって

    "まくべす"相手に生と死めぐる
    
    謎などかけているのです?

    
    おまえたちの使う魔法のあるじ、
    
    浮世の禍事(まがごと)全てご存知、
    
    そんなわたくしを差し置いて

    見せ場をすべて持って行って!
    

    さらに悪いのはまじないの内容。

    癇癪もちのわがまま小僧、

    あの"まくべす"の得ばかり。

    やつの本性は他人と同じ、

    自分ひとりの身だけが大事で

    おまえたちなどそっちのけ。

    
    この埋め合わせはしてもらいますよ。

    明日の朝にはこのわたくしと
    
    地獄の入り口"あけろん"に来て、
    
    予言欲しさにのこのこ走って
    
    "まくべす"が来るのを待つのです。
    
    まじないの準備も忘れぬよう」




 貴音「わたくしはこれから一仕事、
    
    今夜の分の死と厄を。

    
    
    明くる昼までに大仕事です、

    
    三日月の端にぽつりと垂れる
    
    滴を集めて魔法をかけて、
    
    煮詰めて現る幻影の手で
    
    "まくべす"のさだめは破滅の一途。
    
    運命も死も何するものぞと、
    
    知恵と恵みと畏怖の心は
    
    神をもしのぐと自惚れきった、
    
    あやつの望みもこれでおしまい、
    
    油断したのが彼の間違い!



    おや、呼ばれている、あの雲で
    
    わたくしの使い魔がお待ち兼ね」



ヘカティ退場。



 真美「さて、急ごうぜぃ! ヘカティ様は

    すぐにも戻ってくるはずだから」



一同退場。




【第三幕 第五場:終】




Act III, Scene vi 【第三幕 第六場:フォレス、宮殿】




ロスと貴族【響】登場。



 律子「ここまで話した内容はあなたの考えと一致してるわね。

    その先は言わずとも推察してもらえると思う。

    ただ、わたしとしては、事態が不可解と言わざるを得ない」



 律子「慈悲深い先王ダンカンをマクベスが哀悼する。

    何もおかしいことはないわね、亡くなったのだから。


    勇猛果敢なバンクォーが夜道を歩いた。

    彼を殺したのはフリーアンス、と考えることはできなくもない、

    フリーアンスは姿を消したのだから。

    誰であれ、夜道には気をつけろ、ってことよね。


    そして誰でも奇怪だと考えざるをえないはずよ、

    王子マルカムとドナルベインが父であるダンカンを殺したと聞けば。

    まったく、忌まわしい行為よ、父親殺しなんて。


    マクベスがどんなに嘆いたことか、

    王を思う一心のあまり、手を下したというお付の二人をめった切り、

    連中は酒の奴隷、眠りの虜になっていたのだから。

    ええもちろん、立派な処置よ、それに賢明でもあった、

    万が一、取調べでその二人が犯行を否認するようなことがあれば

    血も涙もない悪人でもない限り、誰でも激昂したでしょうからね」



 律子「要するに、マクベスは万事をうまく、都合よく、片付けた、ってこと。

    もしもダンカンの王子二人がマクベスの手に落ちるようなことがあれば

    ――神よ、どうかそのようなことがありませんよう――、
    
    父親殺しがいかに重い罪か身をもって思い知らされるでしょう。

    フリーアンスにしてもそれは同じこと…… いや、もうやめましょう。


    歯に衣着せぬ物言いと、さきごろの祝宴に出席しなかったことで

    マクダフは暴君の不興を買ったそうよ。彼がどこにいるのかは知ってる?」




  響「先王のご長男マルカム殿は、本当なら受け継ぐべき王位を暴君の手に奪われてから、

    イングランドの宮廷に逃れ、敬虔なことで有名なエドワード王の庇護を受けてる。

    王子は逆境にあってなお人々の尊敬を集めておられるけど、

    マクダフ殿もそこへ行こうとしてるって話を聞いたぞ。


    信心深い王の力を借りて、武勇で名高いイングランドの将軍、
    
    ノーサンバランド伯爵のシーワード殿に決起を促そうってことらしい。
    

    その助太刀が得られれば、そして神様がこの王位の奪還を認めて下されば、

    自分たちの食卓にはふたたび食事が並び、夜には眠りがおとずれ、

    晩餐や宴の席に血なまぐさい短剣の影がちらつくこともなく、

    嘘偽りのない忠誠に対して公正な栄誉が与えられるはず。

    そういう日がまた来ることこそ、自分たちみんなの願い。

    でも、マクベス王はこの知らせに対してひどく立腹し、戦の準備を始めたって」




 律子「マクダフを呼ぶ使者は出したの?」

 
  響「うん、そしてマクダフに『行く気はないわ』ときっぱり断られ、

    使者のほうも不機嫌に背を向けて口の中でもごもご呟いたそうだぞ。

    『こんな返事を持たせるとは、きっと後で泣きを見ますよ』

    とかなんとか、そんなことを言ったんだろうな」


 律子「となるとマクダフも、考えうる限り暴君から距離を置いておくのが賢明ね。

    天使がその速い翼でイングランドの宮廷へ飛んで、マクダフが着くより先に

    その使命を伝えてくれないものかしら、そうすれば呪われた手の下で

    苦しみ、あえいでいるわが国に、その分だけ早く神の恵みが訪れるはず」

    
  響「自分も、同じ思いをその天使に託して祈るぞ」



二人退場。




【第三幕 第六場:終】






「ただいまより、次回投下までの休憩をいただきます」



「脱字の訂正についてお知らせ致します。

 レス番号>>58の冒頭に関しまして、


誤:
【第二幕 第三場】

正:
Act II, Scene iii 【第二幕 第三場】

 
 以上のように訂正させて頂きます。
 
 ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」



「ご来場の皆様にお知らせ致します。

 間もなく開演となりますので、ご着席になり、お待ちください」



Act IV, Scene i 【第四幕 第一場:洞窟】




舞台中央で大釜が火にかけられている。
雷鳴。
三人の魔女登場。



 真美「三度鳴いたよ、トラ猫がにゃー」

 
 亜美「三度と一度は、ハリネズミ!」

 
 雪歩「ハーピーが叫ぶよ、今だ! って」

 
 真美「釜のまわりをぐるぐる回り、

    毒のはらわたをどんどん中に!
    
    まず、三十一晩ずーっと寝つつ

    毒汗流すひきがえる、

    石の下からひきずりだして

    魔法の釜にほうりこめ!」





 三人「苦労と苦悩で二倍の倍で、

    ごうごう燃えて煮えたぎれ!」




 亜美「お次は沼へびのぶつ切りだ、

    煮えて焼けちゃえ釜の中!

    いもりの目玉にかえるの指と、

    こうもりの羽根、犬のべろ。

    まむしの舌先、くさりへびの歯、

    とかげの足とふくろうの翼、

    きっつい苦難ののろいを込めろ、

    地獄の雑炊、よく煮えろ!」




 三人「苦労と苦悩で二倍の倍で、

    ごうごう燃えて煮えたぎれ!」




 雪歩「竜のうろことオオカミの牙、
    
    魔女のミイラに鮫のはらわた、
    
    闇夜に抜いた毒にんじん、
    
    神を汚したユダヤ人
    
    そいつの腹から抜いた肝、
    
    ヤギの胆汁、月食の
    
    夜に手折(たお)ったイチイの木、
    
    トルコ野郎の鷲鼻に
    
    韃靼(だったん)人のくちびるに、
    
    娼婦がどぶに産み落とし
    
    すぐ絞め殺した餓鬼の指、
    
    どろどろ煮詰まれ、濃くなあれ。
    
    最後は虎の臓物で、
    
    釜の中身に薬味をね」





 三人「苦労と苦悩で二倍の倍で、

    ごうごう燃えて煮えたぎれ!」




 亜美「狒々の生き血で冷ますのさ、

    これで呪文はばっちりだ」



ヘカティ登場。



 貴音「よくやりましたね、みなご苦労。
 
    あとで実入りは山分けです。


    妖精のように輪になって、
    
    釜のまわりでいざ歌え、
    
    中の中までしっかり呪え!」



ヘカティ退場。




 亜美「この親指がちくちく痛む、

    よくないなにかが、こっちへ来てる。

    ひらけ閂(かんぬき)、詮索ぬきで!」



マクベス登場。



 春香「ああ、暗闇に乗じて秘密の働きをする魔女のみんな。
 
    それは何をしているの?」

 
 
 三人「なんの名前もついてないことさ」





 春香「ねえお願い、どうしてそんなことができるのか知らないけど、
 
    あなたたちの持ってる予言の力で答えて。
    
    そのためならどんなことをしてもいいよ、風を吹きまくらせて
    
    教会を吹き飛ばしてもいい、船を難破させたってかまわない。
    
    取り入れ前の麦の穂を吹き飛ばし、立っている木をへし折ってもいい、
    
    城壁を打ち倒して衛兵たちの頭上になだれさせたって、
    
    宮殿の塔を揺らし続けて、台座の上に横倒しにしたっていいよ。
    
    ――だから、わたしの聞くことに、答えなさい」




 真美「言ってみ?」

 
 
 亜美「聞いてみ?」

 
 
 雪歩「答えてあげる」

 
 
 真美「わたしたちの口から聞かせてほしい?

 
    ご主人たちから教えてもらう?」

 
 
 春香「ご主人というのを呼び出して。直接会わせて」

 


 
 真美「雌豚の血を流しこめ、自分で産んだ九匹の
 
    子豚を喰ったやつの血を!
    
    殺人犯が死に際にだらだら流した脂汗、
    
    一緒にたらりと火の中へ!」

 
 
 三人「地獄の大物小物たち、

 
    おいで、仕事だ、さあここに!」




雷鳴。
第一の幻影、兜をかぶった首。



 春香「教えて、どんな力を持ってるのか知らないけど――」

 
 
 真美「むこうはなんでもお見通しだよ、

 
    黙って話を聞いてなよ」


 幻影「マクベス! マクベス! マクベス!
 
    マクダフの奴に気をつけろ、ファイフの領主に気をつけろ。
    
    戻らせてくれ、十分だろう」(消える)

 
 
 春香「おまえが何者だろうと、すばらしい忠告に感謝するよ。

 
    わたしの不安をずばり言い当てた。でも待って、あと一言――」

 
 
 亜美「聞きゃしないよん、命令しても。


    次は今のよりもっとすごいよ!」




雷鳴。
第二の幻影、血まみれの子供。



 幻影「マクベス、マクベス、マクベス!」

 
 
 春香「耳が三つあるつもりで聞こう、なにも聞き逃さないよ」



 幻影「血にまみれてやれ、大胆に、堅い決意を持っていろ、
 
    人の力など笑い飛ばせ。
    
    女が産み落としたものに
    
    マクベスを倒すことなどできぬ」(消える)


 春香「じゃあ生きてていいよマクダフ、おまえを恐れる必要もなくなった。
 
    ……でも、念には念をいれとこう、運命の女神から証文をもらうんだ、
    
    やっぱりおまえには死んでもらわなきゃ。
    
    そうすれば、青ざめた恐怖心なんて叱り飛ばして
    
    たとえ雷鳴の中でもぐっすり眠れるよ」




雷鳴。
第三の幻影、王冠をかぶり、一本の木を手にした子供。



 春香「これはなに?
 
    王子の姿で現れた。幼い額に王冠をかぶって」

 
 雪歩「じっと聞いてて、黙ってて」


 幻影「獅子の心を胸に抱き、傲然としておればいい、
 
    誰が謀反を起こそうがまるで気にすることはない。

    決してマクベスに負けはない、

    かの大いなるバーナムの森が

    ダンシネーンの丘高く立つ、彼に向かってゆくまでは」(消える)




 春香「そんなこと、絶対にありえない。
 
    森を召集できる人なんている? 大地に張った根を

    引き抜けと木々に命令することなんて誰にできる?

    うれしい予言、文句なしだよ!

    玉座にあるこのわたしは天寿をまっとうできる、

    安らかな生涯を送ることができるんだ!


    あとひとつだけどうしても知りたいの、

    その魔力でわかることならぜひ教えて。

    バンクォーの子孫がこの国の支配者になるの?」
 

 
 三人「知ろうとしちゃだめ、そこから先は」

 
 
 春香「どうしても聞かせてもらうよ。

 
    いやだって言うなら永遠の呪いをかけてやる、
    
    さあ教えなさい――

    
    
    ――待って、どうして大釜が沈むの? あの音はいったい?」






 真美「さあ見せてやれ!」


 亜美「見せてやれ!」


 雪歩「お望みどおり見せてやれ!」



 三人「やつの目玉に見せつけて、心を悲哀でしずませろ!
 
    影のごとくに出ておいで、影のごとくに消えうせろ!」





八人の王の幻影。バンクォーの亡霊が最後に続く。



 春香「一人目のおまえ、バンクォーの亡霊に似すぎてる、消えて!
 
    そのかぶっている王冠はわたしの目を焼き焦がしてしまいそう。

    次のやつ、また黄金の冠、髪の毛の色まで一人目にそっくり。

    三人目もまた二人目と瓜二つ――

    ああ、汚らわしい魔女ども! どうしてこんなもの見せるの!?

    四人目? 目がおかしくなりそう。

    最後の審判の日までこの行列は続くの?


    どんどん続く、もう七人目、いやだ、もう見ないよ。

    ああ、だけど次、八人目、鏡を持って、たくさん数を増やして見せるつもり?

    わかった、もうわかった、あれは本当だったんだ、

    髪が血まみれでごわごわになったバンクォーがにやにやしながら

    この行列は自分の子孫だよって、これ見よがしに指さしている」



幻影たち消える。



 春香「――こう、なるの? 本当にこうなるの?」




 真美「うん、そうなるよ、本当に。
 
    なにを今更そんな風に
    
    驚いてるの、マクベスは?
    
    ねえねえみんな、こいつをさ、
    
    余興で愉快にしてやろう。
    
    わたしは呪文で曲鳴らす、
    
    ふたりは輪になり踊ってよ。
    
    この馬鹿殿が満足げに
    
    ご苦労だった、と言うように」



音楽。
魔女たちは踊り、その後で消える。




 春香「どこへ行ったの? 消えた?
 
    このおぞましいひと時、暦の続く限り呪われてしまえばいい!
    
    ねえ、入ってきて!」



ロス登場。



 律子「なにかご用ですか?」




 春香「魔女どもを見た?」

 
 
 律子「いいえ、陛下」

 
 
 春香「そばを通り過ぎてない?」

 
 
 律子「いえ、まったく何も」

 
 
 春香「あいつらが乗って飛んでいく風なんか腐ってしまえ、

 
    あいつらを信じる連中はみんな地獄へ落ちてしまえ!
    

    蹄の音が聞こえたけど、誰が来たの?」




 律子「何人か使者が参りました。
 
    マクダフがイングランドへ逃げた、とのことです」


 春香「イングランドへ逃げた?」

 
 
 律子「はい、陛下」

 
 
 (傍白)

 春香「時よ、わたしの恐ろしいたくらみを出し抜いたのね?
 
    すばやく立てた計画でも、実行がともなわないと追い越されちゃう。
    
    これからは、心になにか生まれたらすぐ手にも移してやろう。
    
    たった今から、思い立ったら即行動だよ、思い付きを行動で飾るの。

    
    
    マクダフの城に奇襲をかけて、ファイフをこの手におさめよう。

    
    あいつの妻、子供はもちろん、その血につながる不幸な連中は
    
    ひとり残らず刃のえじきにしてやるんだ。
    
    口先だけの阿呆にはならない、やる、と言ったからには必ずやるよ、
    
    この決意の熱が冷めちゃわないうちに。幻影のことはもう、どうでもいい」

 
 
 (ロスに)

 春香「その使者の連中はどこにいるの? そこまで連れて行って」



二人退場。




【第四幕 第一場:終】




Act IV, Scene ii 【第四幕 第二場:ファイフ、マクダフの城】




マクダフ夫人、その息子、ロス登場。



やよい「主人はなにをしたんでしょう、国を捨てて、逃げるなんて」


 律子「奥様、どうぞご辛抱を」


やよい「辛抱がたりないのは主人のほうです。

    逃げ出すなんておかしいです、なにも行動しなくっても
    
    おそれを見せておびえるだけで謀反人扱いされるっていうのに」




 律子「ご主人がお逃げになった理由は、賢明な判断によるものか、
 
    恐れのせいなのか、まだわかっておりませんよ」


やよい「賢明な判断ですか? 妻と子を後にのこし、
    
    お家から称号から、すべて捨てていくのが、ですか?
    
    あのひとはわたしたちを愛していないのです、親子の情もないんです。
    
    一番小っちゃな小鳥だって、巣の中のひなを守るために梟に向かっていくじゃないですか?
    
    あの人の心は恐怖心だけでいっぱい、愛が入り込む余地もないんです」
 

 律子「どうかお気をしずめてください奥様、ご主人はご立派な方です、
    
    聡明で判断力があり、時代の動きにも敏感でおられる」




 律子「あまり詳しいことは申せませんが、今は時代が悪いのです。
    
    どうかすると知らない間に謀反人に仕立て上げられてしまう。
    
    恐れがあるからデマのたぐいも信じてしまうけれど、
    
    何を恐れているのかは自分でもよくわからない、
    
    ただ荒れ狂う波に飲まれてあちこち動かされているだけ。

    
    
    今回はこれで失礼しますが、近いうちにまたうかがいます。

    
    何事も、落ちるところまで落ちればそれ以上落ちませんし、
    
    もしくは元のところにまで戻るだけですよ。
    
    じゃあ坊やも、ごきげんよう」


やよい「この子は父親がいるのに、まるで父無し子です」


 律子「わたしは愚かな男です、これ以上長居をしたら

    きっと醜態をさらし、ご不快を招いてしまう。

    その前に失礼致します」



ロス退場。




やよい「ねえおまえ、お父様は死んでしまったのよ。

    これからどうするの? どうやって生きていく?」

 
 亜美「小鳥みたいにして生きてくよ、おかあさま」

 
やよい「まあ、虫やハエを食べるの?」


 亜美「取れるものならなんでもいいよ。小鳥はみんなそうするでしょう?」


やよい「かわいそうな小鳥! 網も、鳥もちも、

    罠も落とし穴もこわくないのね」

 
 亜美「どうしてこわがる理由があるの?

    かわいそうな小鳥にはだれもそんなもの仕掛けないよ。

    それに、ぼくのお父様は生きてるよ」


やよい「いいえ、お亡くなりになったの。

    お父様なしで、おまえはどうするつもり?」

 
 亜美「じゃあ、おかあさまは夫なしでどうするの?」


やよい「そうね、夫なんて、市場へ行けばたくさん買えるのよ」


 亜美「買ってきたらまた売っちゃうの?」

 
やよい「ありったけの知恵をしぼってお話ししてくれるのね。

    おまえの年からすれば、りっぱなものよ」




 亜美「ぼくのお父様って謀反人だったの、おかあさま?」

 
やよい「ええ、そうよ」


 亜美「謀反人って、なあに?」

 
やよい「誓いを立てておいて、うそをつく人のこと」


 亜美「謀反人って、みんなそんなことするの?」

 
やよい「そういうことをする人はね、みんな謀反人。

    そしてみんな縛り首になるのよ」

 
 亜美「誓ったのにうそをつく人は、みんな縛り首にされるの?」


やよい「そうよ、誰でもね」




 亜美「だれが縛り首にするの?」

 
やよい「それはね、正直な人よ」


 亜美「なーんだ、うそをついたり誓ったりする人たちってバカだねぇ。

    うそつきのほうが正直な人より数が多いんだから、

    逆にやっつけて正直な人を縛り首にしちゃえるのに」


やよい「まあ、なんてこと言うの、この子ったら。

    でもこれから、お父様なしでどうしようと思うの?」


 亜美「ほんとうにお父様が死んだのならおかあさまは泣くはずでしょう?

    でも泣いてないってことはいいことがある証拠なんだ、

    すぐに新しいお父様がやってくる、っていう」


やよい「もう、口だけはよく回るんだから」




使者【貴音】登場。



 貴音「失礼致します。奥様にはお見知り置きを頂いておりませぬが、

    ご身分柄、こちらは奥様のことをよく存じ上げております。


    奥様、すぐおそばに、危険が迫っております。

    わたくしのような取るに足らぬものの忠告をお聞きくださるなら

    すぐにお子様方を連れてここからお逃げください。


    かようにお騒がせするのは申し訳ないと思います、

    しかしもっと恐ろしい、残酷なことが降りかかろうとしているのです。

    どうぞご無事で! わたくしもこうしてはおられませぬ」



使者退場。



やよい「逃げろ、といっても、どこへでしょう?

    わたしはなにも悪いことをしていないのに。

    でもそういえば、わたしはこの世に生きている、

    今のこの世の中では悪いことをしたほうがほめられて

    いいことをすれば危険なばかだと言われたりする。

    ああ、じゃあ、どうしよう?

    なにも悪いことをしていない、なんて言っても

    しょせん、女の言い訳、としか聞いてもらえない」



暗殺者【あずさ】とほか数名登場。



やよい「だ、だれ? 見かけない顔ばかり」


あずさ「ご主人、どちらにいらっしゃいます?」

 
やよい「おまえみたいな人が見つけられるような、

    汚れた場所にはいないはずです」

 
あずさ「ご主人はねぇ、謀反人なんですよ」

 
 亜美「そんなのうそだ、この悪党!」

 
あずさ「何をいうのかしら、このひよっこ!(マクダフの息子を刺す)

    謀反人の卵ふぜいが」

    
 亜美「あ……! ぼく、だめだ、おかあさま。

    逃げて、おねがい、はやく」(死ぬ)



マクダフ夫人、「人殺し!」と叫びながら退場。
暗殺者たち、彼女を追って退場。




【第四幕 第二場:終】




Act IV, Scene iii 【第四幕 第三場:イングランド、王の宮殿の前】




マルカムとマクダフ登場。



  真「どこか人目につかない物陰を探して、

    おたがい胸のうちが晴れるまで泣き明かしましょう」

 
 伊織「いいえ、むしろ必殺の剣をしっかりとつかんで立ち上がり、

    打ちのめされた祖国を守ろうじゃないの。
    
    新たな朝が来るたびに、新たなやもめが嘆き、
    
    新たな孤児が泣き、新たな悲嘆が天の面を打っている。
    
    天までもスコットランドに同情し、同じ悲哀の声を上げるほどに」




  真「いまあなたのおっしゃったことはおそらく本当なんでしょう。
  
    その名を口にするだけで舌のただれるあの暴君だって
    
    かつては正直だと思われていたし、あなたも敬愛してた。


    あいつはまだあなたに手出しをしてない、
    
    ボクはまだ青二才だけど、あいつに売ればそれなりの値がつきます。
    
    罪のないか弱い子羊をいけにえに捧げて、
    
    神の怒りを鎮めるのが利口なやりかたですよ」

 
 
 伊織「わたしは裏切りなんかごめんだわ」

 
 
  真「でもマクベスは裏切ります。

  
    善良で高潔な人間だって、王命にさからえず筋を曲げることも。
    
    ……いえ、許してください、ボクがどう思おうがあなたの人柄は変わらない。
    
    最高の天使だったルシフェルが堕天したあとでも天使の輝きは失われていない、
    
    悪徳が美徳の面をかぶっていたって、美徳そのものはあくまで美しいままだ」




 伊織「わたしの希望も、どうやらこれまでみたいね」

 
  真「どうも疑わしい点があるんです。

    どうしてあなた、奥方とお子様たちを置き去りにしてきたんですか、
    
    お別れのあいさつもせず、強い愛の絆を断ち切ってまで。
    
    いえ、こうやって疑うのもボクの身の安全を確保したいからです、
    
    あなたを侮辱したいわけじゃない。
    
    ボクがどう考えようが、あなたは正義の心を持つ人なのかも」




 伊織「血を、好きなだけ血を流すがいいわ、あわれなわが祖国!
 
    暴君の悪政も我が物顔で足場を固めてしまうといい、
    
    邪魔立てする善がないんだもの、おまえは存在を認められたのよ。

    
    それでは、お暇を頂きます、殿下。
    
    わたしは何があろうと、あなたの仰ったような悪党にだけはならない、
    
    たとえあの暴君がもつすべての土地にくわえ、
    
    豊かな東方の国々までやると言われたって!」



  真「そう怒らないでください、あなたを頭から疑ってるわけじゃないんだ。
  
    たしかに祖国スコットランドではボクのために兵を挙げようという者もいるでしょう、
    
    またこのイングランドでも、王が軍勢を貸してもよいと言ってくださっています。
    

    だけど、たとえボクがあの暴君の頭を踏みつけにしても、あるいは剣の先に掲げたとしても、
    
    あわれな祖国には今まで以上に悪が広まり、かつてなかったほど苦しみが増すことになる、
    
    マクベスの後継者の手によって」

    
 
 伊織「それは誰のことを言ってるの?」





  真「このボクです。自分でも十分によくわかってる、
  
    ボクはありとあらゆる悪徳をこの身に接ぎ木されているんだ。
    
    それが一斉に花開いたら、真っ黒な悪魔マクベスが純白に見え、
    
    祖国スコットランドもあの暴君を子羊のように思うでしょう」

 
 
 伊織「地獄中の悪魔を集めてきたとしても、

 
    マクベスよりもひどい悪徳の持ち主がいるとは思えないわ」

 
 
  真「たしかにやつは、およそ名前をあげられる限りの悪徳に恵まれている、


    血も色も好み、強欲で不実、人を騙すし、かんしゃく持ち、おまけに腹黒だ。
    

    だけどこのボクも実際のところあいつに劣らない色欲の持ち主で、
    
    女性に目がなくて自分でも歯止めがきかない。さらに悪いのは物欲の強さ、
    
    もしボクが王にでもなったら、領地ほしさに貴族の首をはね、
    
    次はあの人の宝石、この人のお屋敷、と、留まるところを知らないでしょう。
    
    手に入れれば入れるだけ、ますます手に入れたい欲望をつのらせてしまう」




 伊織「確かに色欲や物欲は根が深い問題かもしれない、実際にそれがもとで

    失脚したり命を失ったりした王様の前例もあるわ。

    
    でもだからといって恐れる必要はないでしょう、
    
    スコットランドにはありあまる富がある、
    
    ご自身の所領だけでも十分に満足できるほど。
    
    そのような欠点は、ほかにお持ちの美徳で十分にまかなえるはず」



  真「だけどその、国王にふさわしい美徳がなにもないんだ。
  
    たとえば公正、真実、節制、信念、
    
    寛容、忍耐、慈悲、謙譲、敬虔、
    
    我慢、勇気、不屈など、なにひとつボクは持ち合わせていない、

    むしろ悪徳ばかりふんだんにあってそれぞれを駆使してしまう。
    

    もしこのボクが権力を手にしたら、乳のようになごやかな
    
    この世の調和を地獄にひと流しにしてしまい、
    
    宇宙の平和をひっくりかえして地上の統一もばらばらにしてしまうだろう」




 伊織「ああ、スコットランド、あわれなスコットランド!」


  真「こんなボクに国を治める資格があると思いますか?
  
    いま言ったとおりの人間なんです、ボクは」
    

 
 伊織「国を治める資格ですって? いいえ、生きる資格もない!
 
    みじめなのは国民たち、いまは血まみれの、偽りの暴君のもとにあえいでいる、
    
    いつになればまた健やかな日を迎えることができるの?


    正当な王位を継ぐはずの方はみずから罪を数え上げ、気高い血筋を冒涜している。

    あなたのお父上は聖者のような国王でいらした、

    お母上は立っているよりひざまずいている時間のほうが長いくらい、

    敬虔なお祈りに日々を捧げた方だった―― さようなら、これで本当にお暇を。

    あなたが並べ立てた悪徳の数々がわたしをスコットランドから追放するの、

    わが胸に抱いていた希望は、ここで潰えました」




  真「マクダフ、あなたのその高潔な情熱はまぎれもない忠誠からくるもの、

    ボクの胸にあった黒い疑念はすべてぬぐい去られました。
    
    あの悪魔のようなマクベスはあの手この手で罠をはり、ボクを捕らえようとしている、
    
    だからボクとしても軽々しく人を信用しないよう慎重にならざるを得なかった。
    

    でも、あなたとボクとの間は神様が取り持ってくださった。
    
    たった今からボクの身をすべてあなたの指示にゆだねます、
    
    そして先ほど並べ立てた欠点や悪徳はすべてボクには無縁だと断言します。
    
    さっき自分をののしったあれが、ボクのついた初めての嘘。

    
    
    実はあなたがここに到着する前、シーワード将軍率いる一万の精鋭たちが

    
    スコットランドへ向けて出発しました。すぐにボクらも追いかけましょう。
    
    戦いの大義はボクらの側にある、願わくば、勝利もボクらの手に!
    

    どうして黙ってるんです?」

 
 
 伊織「……嬉しいこととそうでないことが一挙にやってきて、ただ戸惑ってるの。


    待って、あそこに誰かいる」




ロス登場。



 伊織「あら、ロスじゃないの。よく来たわね」


  真「ああ、あなたでしたか。神よ、ボクたちそれぞれが
 
    異邦人にならざるを得ないこの状況を、はやく終わらせてください!」


 律子「わたしも同感です、殿下」


 伊織「スコットランドの情勢は相変わらず?」


 律子「みじめなものよ、現在自国がどんな状態にあるかを知ることすら恐れている。
 
    母なる国というより墓場と呼ぶ方がふさわしいくらい。
    
    笑顔を見せるのはなにも知らない赤ん坊だけ、
    
    激しい悲しみの感情がもはや日常茶飯事になってしまったわ。
    
    弔いの鐘が鳴っても、誰が死んだか誰も気にしない。
    
    まともな人の命は、帽子に挿した花よりもはかない、
    
    病気でもないのにどんどん亡くなっていってしまう」


 伊織「作り話みたいによくできた話。
 
    なのに、伝えているのはすべて真実だなんて」




  真「最近の、特に悲惨な知らせ、といえば?」

 
 
 律子「一時間前のことを話すだけで周りから野次られる始末です。

 
    一分ごとに新しい悲惨な知らせが届きますから」

    
    
 伊織「わたしの妻はどうしてる?」

 
 
 律子「――ええ。ご無事だった」

 
 
 伊織「子供たちも?」

 
 
 律子「同じくご無事だったわ」

 
 
 伊織「あの暴君も、まだそこまで手出しはしてなかったのね」

 
 
 律子「そうよ、みんなご無事。わたしがお別れしたときは」





 伊織「じれったいわね、はっきり言ってちょうだい、どうなの?」

 
 
 (マクダフに返答せず、マルカムに対して)

 律子「悲しい知らせを運んでここへ来る途中、
 
    うれしい噂を耳にしました。正義の志あるものたちが
    
    暴君に対して決起したというのです。
    
    旅の途中、暴君の軍勢が出陣するのを見かけたので
    
    おそらく信じてよい話だと思われます。


    殿下、援軍を送るなら今しかありません、
    
    スコットランドにそのお姿をお見せになるだけで
    
    兵がつめかけ、女たちすら武器を取って立ち上がるでしょう」
    

    
  真「喜んでもらえると思います、ボクらも出陣します。

    慈悲深いイングランド王は、歴戦の指揮官シーワード殿を筆頭に

    一万の軍勢を貸し与えてくださいました。

    全キリスト教国を探しても、あれほどの名将は二人といません」




 律子「この喜びにふさわしい知らせを持ってきたかった。

    ですが、わたしの持参した知らせといえば、
    
    誰も聞く者のいない無人の荒野で、空に向かって叫ぶべきもの」


 伊織「その知らせ、というのは、国全体にかかわるようなこと?
 
    それとも、だれか一人の胸にだけのしかかるような、悲しい知らせ?」

 
 
 律子「心の正しい人なら、その悲しみを分かち合わないはずがない。

 
    でも、結局はマクダフ、あなたひとりにかかわることです」

    
 
 伊織「わたしにかかわりがあるんならわたしに隠すことないじゃない、

 
    すぐに教えなさいよ」
    


    
 律子「どうか、その耳で、わたしの舌を憎まないでほしい。
 
    今まで聞いたこともないようなつらい知らせをしなきゃいけないから」




 伊織「……ッ!! そう、だいたい、見当はついたわ」




 律子「あなたの城は奇襲をうけた。奥方も、お子様も、むごたらしく殺されたわ。

    その詳しい様子を聞かせてしまえば、打ち倒された彼らの遺体の上に、
    
    さらにあなたの死を重ねてしまうことになりかねない」


    

  真「神は、いないの? ――マクダフ、顔を隠す必要なんかない、

    悲しいときは泣いていいんだ。物言わぬ悲しみをためこんでしまうと、
    
    ついには耐え切れなくなって胸のほうが張り裂けてしまう」




 伊織「こども、たちも、みんな?」


 律子「奥方も、お子様も、召使たちにいたるまで、その場にいたものは、一人残らず」


 伊織「なのに―― わたしは、そこにいなかった!
 
    妻も? 殺されたのね?」

 
 
 律子「申し上げたとおり、です」

 
 
  真「気をしっかり持って。この致命的な悲しみを癒すには

  
    大いなる復讐をとげるほかはない」


 伊織「自分には子供が、いないからって――

    わたしのかわいい子供たちをみんな、みんな、

    あの地獄の禿鷹が、みんな、殺して?

    ひな鳥たちを母鳥もろとも、一掴みで殺したって、そう言うのね?」




  真「男らしく、こらえてください」


 伊織「……そうしましょう、でもわたしも人の子、情を感じないではいられません、
 
    このいのちより大切だった妻と子供たちがいたことを思い出さずにはいられない。
    

    天よ、その所業を見ていながら、味方してやってはくれなかったの?
    
    罪深いマクダフ! 妻も子も殺されたのはみんな、わたしのせい!
    
    罪もないみんなが、わたしの罪のために皆殺しの目に遭うなんて!
    
    この上はどうか、せめて、安らかに眠って」


  真「この恨みを砥石にして剣を研ぐんだ。悲しみを怒りに変え、
  
    心を鈍らせることなく、燃え上がらせるんだ」


 伊織「ああ、この目を女のように泣き腫らして、
 
    口先だけで大きなことを言い散らして済むのなら――


    ――いいえ、恵み深い天、あらゆる障害を取り除いて
    
    いますぐにでもこのわたしの前に、わたしの剣が届くところに、
    
    あのスコットランドの悪魔を引き出して。
    
    それでもなお逃げおおせたなら、天がやつを許しても構わない」




   真「その言葉こそ男としてふさわしいもの。
   
     まずイングランド王にお会いしましょう、軍勢の準備は整ってる。
     
     あとは出発のご挨拶をするだけだ。
     
     マクベスは熟しきった果実みたいなもの、枝を一振りすれば落ちる。


     さあ、できるかぎりの元気を出そう、
     
     どんなに長い夜だって、いつかは必ず明けるんだから」



一同退場。




【第四幕 第三場:終】




「ただいまより、次回投下までの休憩をいただきます。

 

 第五幕(最終幕)は本日11日午後に投下予定となっております。

 よろしければ、最後までどうぞご覧くださいませ」




「ご来場の皆様にお知らせ致します。

 間もなく最終幕が開演となりますので、

 ご着席になり、お待ちください」



Act V, Scene i 【第五幕 第一場:ダンシネーン、城の一室】




医師【真美】と侍女登場。



 真美「これで二晩いっしょにご様子を見ていたわけだけど、

    事前に聞いてたようなことは起きなかったね。

    この前歩いておられたのはいつって話だったっけ?」


 雪歩「陛下がご出陣になったあとのことです……


    ベッドから起き上がって部屋着をはおり、戸棚の鍵をあけ、

    紙を取り出してふたつに折り、なにか書き記して読み直し、

    封をしてまたベッドにお戻りになるのですが、

    その間、ずっと、眠っておられるままなんです」



 真美「たしかに心身の調和ってやつが図れてないねぇ、

    ぐっすり眠ったまま目を覚ましているときの行動をとるなんて。

    その夢遊状態のとき、歩いたりあれこれなさるそうだけど、

    何か口になさるのを聞いたりしたことはない?」


 雪歩「それだけは、先生、そのまま申し上げることはできません」


 真美「私は医者だよ、構わないでしょ。あなたの当然の義務だろうし」

 
 雪歩「先生にだろうと、どなたにだろうと言えません。

    わたしの言葉を保証してくれる証人もいないですし」




マクベス夫人、ろうそくを手にして登場。



 雪歩「あ、ほら、あちらに奥方様が! いつもあんな風なんです。

    あれでぐっすりお眠りになっています。

    よくごらんになってください、ここに隠れながら」


 真美「あの明かりはどうやって入手されたのやら?」


 雪歩「いつでもおそばにあるんです。

    常においておくように、というお言いつけがあったので」


 真美「あなたにもあれ、見える? 目が開いておられるけれど」


 雪歩「はい。でも、何も見ておられません」



 真美「何をしてるんだろう?

    ほら、あんなに手をこすりあわせて」

    
 雪歩「いつもああいう仕草をなさいます、

    手を洗っておられるつもりなんじゃないでしょうか。

    ああして、十五分もずっと続けておられたことすらあります」




 千早「まだ、ここに、染みが」



 
 真美「しっ! なにか言われている。
 
    書き留めなきゃ、ちゃんと記憶しておくためにも」





 千早「消えなさい、忌まわしいしみ、消えて、消えろと言ってるの! ひとつ、ふたつ。

    さあ、いよいよ実行の時間。地獄の闇は濃い――なんです、あなた、

    どうしたのですか? 武人なのにこわいんですか? 誰に知られようと

    恐れることないじゃない、私たちの権力に歯向かうものは誰もいないんだから。

    だけど、考えもしなかった、老いた王の身体にあんなに血が流れているなんて!」






 
 真美「……あれを、聞いた?」





 千早「ファイフの領主には妻がいた。いま彼女はいったいどこに?

    ああ、この手はもう二度ときれいになることはないの?

    もうやめて、あなた、もうやめにして、

    そんなにびくついていてはすべてがだめになってしまう」




 真美「これは、これは… あなたは知っちゃいけないことを知ってしまったみたい、だね」

 
 雪歩「奥様が、おっしゃるべきではないことをおっしゃっているんです。

    奥様がいったい何を知っておられるのかは、神様だけがご存知です」





 千早「まだ血の臭いがする。アラビアじゅうの香水をふりかけたって

    この小さな手のにおいは、きっと、とれない、ああ、ああ、ああ!」



 
 真美「なんて溜息。心がよっぽどひどい重荷を背負い込んでるんだ」

 
 雪歩「どんな立派な身分をやるといわれても、

    あんな心をこの胸のうちに抱えたくはありません」

 
 真美「まったく、なんと言ったものやら」

 
 雪歩「なんとかなると、よいのですが、先生」

 
 真美「正直、私の手には余るね。でも、夢遊病にかかっても、

    ベッドで安らかに死んだ例はあるよ」





 千早「手を洗ってガウンを身にお着けなさい。

    そんな青い顔をなさらずに―― もう一度言います、

    バンクォーはもう土の中。墓から戻ってこれやしない」

 

 真美「そう、だったんだ…」


 
 千早「さあ、寝室へ。門を叩く音がしている。

    さあ、さあ、さあ、さあ、あなた、ほら、お手を。

    やってしまったことはとりかえしがつきません、

    寝室へ、ベッドへ―― 眠りに」



マクベス夫人退場。





 真美「このあと寝室へお戻りに?」

 
 雪歩「はい、まっすぐに」


 真美「お妃様に必要なのは、医者じゃない、神父様だよ。

    神様、神様、わたしたちの罪をどうかお許しください!


    しっかりお世話をしてあげて。身体を傷つけるようなものをおそばに置かず、

    絶えず、目を離さないように。じゃあ、おやすみなさい。

    わたしの心も目もすっかり調子が狂っちゃった、
    
    思うところはあるけれど、口にも出せない」


 雪歩「では先生、どうぞ、おやすみなさい」



二人退場。




【第五幕 第一場:終】




Act V, Scene ii【第五幕 第二場:ダンシネーンの近く】




太鼓の音。軍旗を持った旗手登場。
スコットランド軍の貴族【亜美・あずさ】登場。



あずさ「イングランドからの援軍もいよいよ間近に迫っているそうよ、
 
    指揮をとるのはマルカム王子、シーワード将軍、それに勇敢なマクダフの三人。
    
    全員が復讐の炎と化している。無理もないことだわ、
    
    その胸のうちを聞かされたら、死んでしまった人だって
    
    立ち上がって血みどろの戦場に駆けつけてくるでしょう」


 亜美「バーナムの森のあたりで合流だね、

    彼らもそっちに向かって進軍してるみたいだから。
    
    ドナルベイン王子も兄上といっしょに?」




あずさ「いえ、彼はご一緒ではないわね。

    名のある方の名簿を手に入れたけれど載っていなかった。

    でも、シーワード将軍のご子息をはじめ、まだ若い方も
    
    たくさん参戦しておられるわ、初陣を競うようにして」

 
 
 亜美「あの暴君はどうしてるんだろう?」

 
 
あずさ「ダンシネーンの城の守りを厳重に固めているみたいね。


    やつの気が狂った、と言っている人もいるし、
    
    そこまでやつのことを憎んでいない人の中には
    
    怒り心頭に発しているという人も。
    
    どちらにしても、錯乱した精神がふくれあがって
    
    自制心のベルトではもう押さえられなくなっている」




 亜美「ついにあいつも思い知ったはずだよ、
 
    自分が密かに葬り去ってきた人たちの血が
    
    手にこびりついてとれないことの恐ろしさをね。
    

    分刻みで起こる反乱はあいつの裏切りを責め立ててる、
    
    命令を受ける部下の連中も命令されるから従ってるだけで
    
    あいつに対する忠誠心なんかぜんぜんない。

    
    
    ついに思い知ってるはずだよ、

    
    王位が今にも自分の身からずり落ちそうなことを、
    
    巨人の衣装を盗んだ小人みたいに、不似合いなものを身に着けてたことを」

    
    
あずさ「やつの精神がおびえ、乱れるのも無理はないわね、


    心の中にあるものすべてが、自分を責め立てているのだもの」




 亜美「さあ、進軍しようよ、
 
    正しい王様に忠誠のこころをささげることができるように。
    
    病気になってしまったこの国にお医者様を迎えて、
    
    その治療のために必要なら、わたしたちの血の最後の一滴まででも流すんだ」

    
 
あずさ「流したその血で王家の尊い花をうるおし、


    雑草はおぼれさせて根絶やしにしてしまいましょう。
    
    進みましょう、バーナムの森をめざして」



一同退場。




【第五幕 第二場:終】




Act V, Scene iii 【第五幕 第三場:ダンシネーン、城の一室】




マクベス、従者たち登場。



 春香「もう報告とかしなくていいよ、逃げたいやつは逃げたらいい。
 
    バーナムの森がダンシネーンに向かって来さえしなかったら
    
    こわいものなんかないんだから。マルカムの若造がなに?
    
    女から産み落とされたのは同じでしょ?
    
    この世の出来事ならすべてお見通しの魔女たちが言ったんだよ、
    
    『恐れるなマクベス、女から産み落とされた者は
    
    誰一人、おまえを倒すことはできない』って。
    
    裏切り者は勝手に逃げて、イングランドの道楽ものとでも手を組めばいい。
    
    わたしを支配する理性も、わたしの心も、
    
    疑惑にまどわされたり、恐怖におののいたりはしないもの」




召使【やよい】登場。



 春香「真っ黒い悪魔に捕まって、その青白い顔を黒くしてもらってきなよ。
 
    どこでそんなガチョウみたいに真っ白い間抜け面を拾ってきたの」


やよい「ええと、じつは、一万の――」


 春香「ガチョウが来たって? この間抜け!」

 
 
やよい「軍勢が、です」



 春香「どこの軍勢なの、馬鹿! ああもういらいらする、
 
    おまえみたいな真っ青な顔をしたのがいると周囲まで臆病風に吹かれるのよ。
    
    で、どこの軍勢なのか早く言いなさい、この青びょうたん!」
 

やよい「う、うぅ…… イングランドの軍勢です……」


 春香「そ、もう引っ込んでなさい」



召使退場。




 春香「シートン! ――ああ、見るだけで気分が悪くなっちゃう――
    
    聞いてるのシートン! この一戦ですべてが決まる、
    
    わたしの玉座が永遠に安泰なのか、それとも即座に転落するか。

    
    それなりに長いこと生きてきたのに、わたし、気がつけば
    
    栄誉も、敬愛も、友人も―― なにひとつ、持ってない。
    
    あるものといえばそのかわりに、大きくないけど低く続くうらみの声と、
    
    口先だけの敬意とおせじばかり。しかも、はねのけてしまいたいのに
    
    弱い心ではそれすらもできない。
    
    ねえ、シートン!」



シートン登場。



 真美「お呼びでしたか?」




 春香「その後なにか知らせは?」

 
 
 真美「これまでの知らせはすべて確認しております」

 
 
 春香「そう。わたしは戦うよ、この骨から肉がそぎ落とされるまで。

 
    わたしの鎧とって」
    

 真美「まだ着る必要はないと思いますけれど」

 
 
 春香「身に着けときたいの。もっと騎兵を出して、くまなく巡回させて、

 
    恐怖を口にするものはみな縛り首に処して。さあ、鎧を、はやく。
    
    ところでシートン、病人の様子はどう?」

 
 
 真美「ご病気というよりも…… 陛下、次々と押し寄せる妄想に

 
    悩まされていらっしゃるため、おやすみになれないのです」

    
    
 春香「だからそれを治してやって、って言ってるんだってば。

 
    それとも心の病は手に負えないとでも言うつもり?
    

    記憶に根を張って刻み込まれた悲しみを抜き取り、
    
    ものごとを忘れさせてくれる甘い解毒剤でも用意して
    
    重い胸から心にのしかかる危険な思いを洗い落とす、
    
    そういうことができないっていうの?」




 真美「そういうことは、病人ご自身がその気になっていただく必要があるのです」

 
 
 春香「ふん、医術なんて犬にでもくれてやればいい、わたしには必要ないよ。

 
    さあ、鎧を着せて、それから軍を指揮するための杖もちょうだい。
    
    シートン、騎兵を出して。裏切り者の領主たちはどんどん逃げていくけど、
    
    医者であるおまえがこの国の病の原因を突き止めて治療し、
    
    毒を抜いてもとの健康な姿に戻すことができるのなら、
    
    わたし、おまえの名前が天下に轟くまでずっと口をきわめてほめてあげる。
    
    ああ、どんな薬草でもいい、イングランド兵をすっきり流してしまえる下剤があれば!
    
    やつらについての話は聞いてるよね?」


 真美「はい、戦闘のご準備などを通じて、なんとなくではありますが」

 
 
 春香「鎧を持ってついてきて。わたしは死も破滅もこわくなんかない、

 
    バーナムの森がダンシネーンに向かってこない限り!」

 
 
 (傍白)

 真美「もしダンシネーンから離れられたなら、
 
    どんなものをやる、といわれても、二度とここには来たくないよ」



一同退場。




【第五幕 第三場:終】




Act V, Scene iv 【第五幕 第四場:バーナムの森の近く】



太鼓の音。軍旗を持った旗手登場。
マルカム、シーワード、その息子小シーワード、マクダフ、ロス、
および将校たち、兵士たち、進軍しながら登場。



  真「諸君、寝首をかかれる心配をせず、
  
    心安らかに眠れるようになる日はもうすぐそこです!」


 律子「はい、もう疑いようのないことです」


 貴音「あの森の名はなんと?」


 律子「バーナムの森と申します」
 


  真「兵士たち全員に森の木の枝を切り取らせ、
  
    頭上に掲げて進軍させましょう。
    
    そうすればわが軍の兵力を隠すことができ、
    
    また敵の見張りも報告を誤るかもしれない」

    
    
兵士達「承知しました、さっそくそのように!」



 貴音「どうやらあの暴君めは"だんしねーん"の城に立てこもり、
 
    われらが陣を張って包囲するのを静観しているようですね」




  真「ほかに手がないんでしょう。
  
    あの城にいた連中は機会さえあれば身分の上下を問わず寝返り続き、
    
    今あの中に残っているのは無理強いされている連中がほとんどのはずです。
    
    しかもそいつらも心はすっかり離れていて、忠誠心など望むべくもない」


 伊織「その推測が当たっているかどうかは結果を見てから考えましょう、
 
    今はただ、軍人としてできる最善を尽くすのみ」


 貴音「われわれが得るべきものと、われわれが支払う代償と、
 
    その勘定をはっきりさせる時がいよいよ参りました。
    

    頭の中だけで考えたところで不確かな希望しか生まれませぬ、
    
    確かな結果を欲するのなら、腕を振るうほかありませぬ。
    

    そのために、いざ、進軍を!」



一同退場。




【第五幕 第四場:終】




Act V, Scene v 【第五幕 第五場:ダンシネーン、城内】




太鼓の音。軍旗を持った旗手登場。
マクベス、シートン、兵士たち登場。



 春香「城壁に旗をかかげなさい!
    
    まだ何かわめいてる。『敵が攻め寄せて来たぞ』?
    
    難攻不落のこのお城、包囲されても痛くもかゆくもない。
    
    勝手に陣でも張ればいいわ、飢えと病に苦しむのがおち。
    
    敵軍の数が寝返った連中でふくれあがっていなければ、
    
    こっちから打って出てイングランドへ叩き返してやるのに!」




舞台奥で女たちの叫び声。



 春香「あの声は?」

 
 
 真美「ご婦人方の泣き声が。見てきます」




シートン退場。





 春香「わたし、恐怖の味ってものを、ほとんど忘れてたみたい。
 
    昔は夜をつんざくような叫び声を聞けば背筋が凍る気がしたし、
    
    怖い話を聞かされたら髪の毛の一本一本が、命を持ったように逆立っていた。
    
    それが今では、人殺しのわたしにはどんな恐怖でも身内みたいなもの、
    
    身震いひとつ、しなくなっちゃったな」





シートンふたたび登場。



 春香「なんの騒ぎだった?」

 
 
 真美「お妃様が…… 陛下、お亡くなりになりました」





 春香「……いつかは死ななきゃならないのは当然、だけど何も、今じゃなくても。
 
    そんな知らせにはもっとふさわしい時期だってあったはずなのに。

    
    
    明日、明日、また、明日って、

    
    小刻みな歩幅で一日一日歩みをすすめ、定められた時の最後の一句にたどりつく。
    
    いままでのすべての昨日という日は、ばかな人間たちが塵に返る死への道を照らしてきた。
    

    消えて、消えて、つかの間のともしび。人生は歩き回るただの影法師、
    
    みじめな役者―― わずかな出番の間だけ、舞台の上でわめいたり見栄を切ったり、
    
    そしてその出番が終わってしまえば、もう、それっきり。白痴のがなる物語同然、
    
    わめきたてる響きと怒りはすさまじくても、意味なんか、なにひとつない」




使者【響】登場。



 春香「なにか話すことがあって来たんでしょう、さっさと口を開けば?」

 
 
  響「陛下、自分がこの目で見たままのことを報告しなければならないさー、

  
    ……うう、でも、なんて言ったらいいのか」


 春香「構わないから早く言いなさい」





  響「自分、丘の上に立って見張りをしていたんだ、
  
    バーナムの森の方を見ると、その―― 急に、森が動き出したように、見えて」
    

 
 春香「……嘘を、嘘をつくんじゃない、この下郎!」

 
 
  響「う、嘘だったら自分、どんなお怒りでも受けるぞ、

  
    確かに城から三マイルくらいまで迫ってるんだ、動く森が!」





 春香「それが嘘だったら、おまえを飢え死にするまでそこらの木に吊るしてやる!
 
    でも、万が一本当だったら、おまえがわたしをそうやって吊るしたっていいよ。

    
    
    わたしの絶対の自信も危うくなってきたかもしれない……

    
    真実のように見せかけて巧みな嘘をつく魔女の二枚舌が気にかかる、
    
    『恐れることはない、バーナムの森がダンシネーンに向かってくるまでは』!
    
    その森がいまダンシネーンへ向かってくるなんて。全軍、武器をとれ、出撃だよ!

    
    こいつの言うことが本当なら逃げても踏みとどまってもどうにもならない、
    
    ああ、いまは日光すら目にしたくないよ、この世の秩序など闇に飲まれてしまえばいい!
    
    警鐘を鳴らして! 風よ吹け、破滅よ、ここへおいで、一刻も早く!
    
    せめて鎧を身に着けて死んでやるわ、武人にふさわしく」



一同退場。




【第五幕 第五場:終】




Act V, Scene vi 【第五幕 第六場:ダンシネーン、城の近く】



太鼓の音。軍旗を持った旗手登場。
マルカム、シーワード、マクダフ、兵士たち、枝を手にして登場。




  真「よし、十分に近づけたぞ。手にした枝を捨てて、みんな姿を現すんだ!
  
    シーワード殿、あなたは立派なご子息と一緒に第一軍を指揮してください。
    
    あとのことはすべて、作戦通り、ボクとマクダフが引き受けます」


 貴音「どうぞご無事で。
 
    暴君の軍勢とあいまみえたならば、こちらが斃れるまで戦い抜くのみです」

 
 
 伊織「全軍、息の続く限りラッパを吹き鳴らせ!

 
    この耳を聾する響きが、わが軍のもたらす流血と死の先触れとなるのよ!」



一同退場。




【第五幕 第六場:終】




Act V, Scene vii 【第五幕 第七場:ダンシネーン、戦場の別の場所】




急を告げるラッパの音。
マクベス登場。



 春香「敵の包囲が狭まってきて、いよいよ逃げ場がなくなって……

    こうなったら、手負いの熊がやるように犬どもを相手にしてやるよ。

    わたしが恐れるのは女に産み落とされなかった人間だけ、

    そんな奴がいるのなら出てきてみなさい?」



小シーワード登場。



  響「おい、そこのヤツ! 名前を名乗るさー!」


 春香「…… 聞いたらきっと、怖気づくよ?」


  響「ふん、どんな悪魔の名前を聞かされたって怖がったりするもんか!」


 春香「わたしの名前は、マクベス、だよ」


  響「……悪魔そのものが名乗ったとしたって、お前のその名前ほど憎くはないぞ」


 春香「そう、そしてわたしはね、悪魔そのものよりも、恐ろしいの」


  響「怖くなんかない! 自分、この剣で、お前がうそつきだって証明してやるさー!」



二人戦う。
マクベスは小シーワードを殺す。



 春香「やっぱりおまえも女から産まれたんだね。

    どんな剣でも… ううん、どんな武器でも!

    女から産み落とされた人間の振るうものなんて、笑っちゃうね」



マクベス退場。



急を告げるラッパの音。
マクダフ登場。



 伊織「あっちの方が騒がしいわね… 出てきなさいよ、暴君!

    マクベス、ほかの誰にも殺されるんじゃないわよ、このわたしがこの手でやらなきゃ

    おまえに無残に殺された妻と子供の霊が浮かばれないんだから。


    雑魚なんかに用はないわ、わたしが狙うのはマクベスだけ。

    お願い、運命よ、やつに会わせて! それさえ叶えばあとは何も願わないわ!」



マクダフ退場。



急を告げるラッパの音。
マルカム、シーワード登場。



 貴音「殿下、どうぞこちらへ。敵の城は落ち、奴らは同士討ちを始めております。

    お味方の目覚しい働きにより大勢はほぼ決しました、あと一押しというところ」


 真「ええ。敵軍の中には寝返ってこちらにつくものもいたとのこと」


 貴音「さあ、ご入城なさいませ」



二人退場。




【第五幕 第七場:終】



Act V, Scene viii 【第五幕 第八場:ダンシネーン、戦場の別の場所】




マクベス登場。



 春香「こうなった以上、崇高なローマ人でも見習って、潔く自殺してみちゃう?
 
    ……あっははは、ばっかばかしい!

    わたしがこうして生きてる限り、目に入った敵は、片っ端から刻んであげる」




マクベス、舞台下手から退場しかける。
舞台上手からマクダフ登場。





 伊織「……逃げるんじゃないわよ。この、地獄の犬畜生、こっちを向けぇえぇッ!!」





 春香「……ちっ、おまえにだけは会いたくなかったよ、マクダフ。

    でもね、見逃してあげる、わたしの魂はもうおまえの家族の血にまみれすぎたから」






 伊織「わたしにはもう、あんたと話す言葉なんかない…… 

    言語道断の、血まみれの悪党! この剣にものを言わせてやるわ!」



二人戦う。






 春香「無駄だよマクダフ、おまえの剣じゃわたしに傷すらつけられない!

    空気でも斬るほうがまだ意味があるよ。


    わたしの命にはね、魔女の加護があるの……

    女が産み落とした人間に、わたしを殺すことなんかできないの!」






 伊織「……へえ、それはご愁傷様。あんたのおまじないももうおしまいよ。

    あんたのありがたい魔女様に聞いてみなさい、このわたしは
    
    誕生のときまだ月足らずだったから、帝王切開でこの世に生を受けた。

    産み落とされたのじゃなく、母上のお腹を裂いて、出てきた。


    ――つまりわたしは『女が産み落としてない』人間なのよ」







 春香「…… ……そん、な、そんなことを言う舌は呪われてしまえ!!

    勇気をすっかりくじかれちゃった…… あの魔女ども、
    
    二度と信用なんかするもんか、二枚舌でわたしを騙したのね!?

    耳には聞こえのいい約束を吹き込んでおいて、望みは粉々に打ち砕くなんて!

    ……あぁ。わたし、もう、おまえと戦う気が失せたよ」




 伊織「そう。それじゃあ降参しなさい、この卑怯者!

    せいぜい生きながらえて世間のさらし者になるといいわ。

    『閣下ここにあり』って書いた絵入りの看板をぶらさげて、見世物にしてあげるわよ」







 春香「ふん…… 降参なんてまっぴら。マルカムの小僧の足元にひれ伏して
 
    野次馬から罵詈雑言を浴びせかけられるなんて、ごめんだよ。


    たとえバーナムの森がダンシネーンの丘に向かってこようと、

    女が産み落としてないっていうおまえが相手だろうと!

    わたしは最後まで、戦ってやる!

    ほらこのとおり、もう盾も捨てたよ。かかってきなよ、マクダフッ!!」





二人、戦いながらそのまま退場。




【第五幕 第八場:終】




Act V, Scene ix 【第五幕 第九場:ダンシネーン城内】




退陣のラッパの音。
マルカム、シーワード、ロス、領主達や兵士達を伴って登場。



  真「ここにいない味方の皆が、無事だといいんですけど」


 貴音「戦死者なし、というわけには参りますまい… それでも、これだけの規模の戦で、

    この程度の被害で済んでいるのはまさに僥倖でしょう」


  真「マクダフの姿が見当たらない… それに、ご子息の小シーワード殿も」



 律子「……シーワード将軍。ご子息、小シーワード殿は、武人の本懐を遂げられました。

    まだ年若い身ながら、ひるむことなく勇敢に戦い

    戦士として、まことにご立派な最期であった、と」


 貴音「……っ! そう、ですか。あれは、死にましたか」


 律子「はい…… ご遺体はすでに本陣に収容しました。

    ご子息のお人柄の素晴らしさを思えば、

    お嘆きは果てしないものとなるでしょうが、どうかおこらえください」


 貴音「ろす殿。あれの…… 息子の傷は、向こう傷でございましたか?」


 律子「はい…… 真っ向から、額に傷を受けておられました」


 貴音「……それならば、神のみもとで、立派な兵士となりましょう。

    わたくしに、この髪ほどたくさんの息子が居たとしても、

    これ以上の見事な散り様を見せることは願えますまい。
    
    この言葉、あれへの弔いの鐘といたしましょう」




 真「それでは… それではお悔やみが足りません。ボクからも、哀悼の言葉を!」


 貴音「いえ、これでもう十分かと。

    立派な最期を遂げ、つとめを果たした、と皆が口々に言ってくれました、

    この上はどうか息子よ、神のもとで、安らかに。


    ……おお、皆、あれを御覧なさい! 吉報が参りました!」



マクダフ、マクベスの首を持って登場。



 伊織「国王陛下、万歳! 国王陛下、と今、お呼び出来るようになりました。

    これこそ裏切り者、マクベスの呪われた首級でございます。
    
    世界は解放されたのです!


    陛下を取り巻く諸卿は皆、わたしの叫ぶ万歳の声に心の中で唱和してくれています、

    代表してわたしが声を上げることをお許しいただきますよう!


    スコットランド国王、万歳!」


 一同「スコットランド国王、万歳!」




華やかなラッパの吹奏。



  真「今回の皆のはたらきには、間を空けないで必ずお礼をします。


    新しい時代を迎えるために、しなければならないこともあります――

    暴君の厳しい監視から逃れて海外に渡った友人たちを呼び戻し、

    同時にこの人殺しの暴君とその冷血な妻の手先として働いていた

    血も涙もない者どもをとらえ、公正な裁きに処すことです。

    ――結局はその妃も、自身の手で死を迎えたと聞きましたけど。


    それ以外にも必要なことは、神様のご加護のもとに、

    手段、時、場所がそろい次第、それぞれ実施するつもりです。


    なにはともあれ、皆の一人ひとりに、ボクは心から感謝します。

    スクーンで行われる戴冠式には、必ず足を運んでください」



ラッパの吹奏。
一同退場。




【第五幕 第九場:終】




    「以上をもちまして、765プロダクション・オールスターズ出演による

     戯曲『マクベス』公演を終演とさせていただきます。
 

     本公演にご来場いただきまして、誠にありがとうございました。
 
     どうぞ、お気をつけてお帰りください」



これにて終演です。
読んで下さった方は長丁場お疲れ様でした。どうもありがとうございます。

シェイクスピアは全然とっつきにくくないよ! というのを知って欲しかったのと、
アイマスと舞台って相性よさそうだな、もし765プロのアイドル総出で
シェイクスピア作品を演じたとしたらどんな感じになるだろう?
という想像を形にしてみたかったのとで書きました。
時間はかかりましたが、やってみたかったことができたので満足です。

最後になってしまいましたが、
アイマス×歌舞伎クロスを書いておられる方に心の底からのリスペクトを。

初めて読んだ際、うわあすげえ、こういうのありなんだ!
と目から鱗がぼろぼろ落ちる思いでした。
いつかこんなことを自分でもやってみたい、と思ったのが出発点です。

また、途中乙や支援のレスを下さった方もどうもありがとうございました。
終演までは何も言わずに投下しようと思っていたのでお礼が遅れました。


今回のこれを読んで、シェイクスピア面白そう、とでも思ってもらえたらうれしいです。
あらためて、ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom