伊織「 we love you 」 (31)


伊織誕生日SSの皮を被ったグレーないおはるSS






―ほのぼの系を所望される方は以下進むの禁止―

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5月5日が終わるのもあと数時間といった頃かしらね……と

部屋の時計を見つめながらふと思う

今日という日が終わることを気にするのは

この私、水瀬伊織の誕生日だったりするからだけど

だからと言って何か特別なことがあるわけではない

去年ならまだ少し誕生日会的な催しをする余裕があったかもしれないけれど

今の私達は知る人ぞ知るなんてマイナーなものではなく

誰もが知る有名なアイドルなんだから

伊織「……でも」

本音を言えば少し寂しい

別に誕生日会をしろなんて言わない

誕生日プレゼントを寄越せなんて言うつもりもない

でもこういう日くらい傍に居てくれても良いのに……と思う


伊織「まぁ、それこそ無茶な話よね」

誕生日を祝うメールは届いたし

誕生日プレゼントだっていつ用意したのかはともかく

事務所で小鳥から全員の分を渡されたし

そもそも私も朝から仕事だったし

一応家族からはお祝いされたわけだし

もうそれで満足しておくべき――だった

でも、ちょっとだけ欲が出た

というか溜まりに溜まっていたものが

誕生日という割と強力な命令権的ななにかを得たことで

理性の力を押しのけてしまった……というかなんというか


回りくどい事なしに簡潔に言うと

今日はごめんね。というメールを律儀に送ってきた人に

私はメールを返してしまった

『謝るくらいなら会いに来なさいよ! 馬鹿!』

なんて

我ながら最っ低! と罵りたくなるような一文をだ

相手からの返信はなかった

申し訳ないと思っているのか

それとも、仕事の疲れがピークに達していて

眠ってしまっているのか

性格からして前者だけど

年始からほとんど休みなく働いているわけだし

後者の可能性は十分に有り得る


伊織「謝らないとダメよね……」

画面の中のキーボードに指を触れて

ごめんなさい。とメールを打つ

そのあとに名前を打つ

伊織「……あっ」

携帯の機能発展には有り難いものも多い

だけど

今日、この時ばかりは

この予測変換というか、続く文章の予測リスト機能を憎んでしまった

伊織「会いたい……」

何度も打っては何度も消した一文

時間なんてないんだから

そんな余裕あるわけないんだから

そう言い聞かして数え切れないほど押しつぶした想い


伊織「春香……会いたい……」

屈託のないあの笑顔を見たい

TVの中、雑誌の写真の中

そんな限りなく近く、果てしなく遠く距離ではなく

目の前で、この手でしっかりと感じられるほどの距離で

それだけでもしてくれれば

私は疲労なんて払い除けられると思う

明日にどんな辛い仕事が待っているとしても

【春香「頑張ろうね。伊織!」】

そんな言葉とともに送られてくる笑顔一つで

喜んで……受け入れられる

それほどまでに

私にとって春香の笑顔は重要なものだった


伊織「………………」

メールの返事がないことが心細かった

悪いことをしてしまった

怒らせてしまったかもしれない

そんな不安ばかりが募って、泣きそうになって

伊織「ごめんなさい……春香」

ベッドの上で体を投げ出し

左手と一緒に携帯も離れていく

打ち掛けのメール文

普通なら送るべき謝罪の言葉

でも、送りたくなかった。だから口で謝った

会いに来て欲しいという思いを

言葉は多少荒々しくても、悪いことだと思いたくなかったから


伊織「私らしくないじゃない、なんなのよもう……」

悪態をつき、流れていく時間を噛み締めるように

時計を凝視する

カチ、カチ、カチ……規則正しいリズムが流れ

私はゆっくりと目を閉じていく

5月5日なんて終わってしまえばいい

そうすればもう余計なことに囚われなくて済むから

そんな逃げるような選択肢を選び、枕を抱きしめる

あと少しで眠れそう

あと少しで眠れて、目を覚ませば5月6日

そんな希望とは言えない希望に肺を膨らませ、萎ませる


でも、寝ることはできなかった

「あっれー?」

ドアを開ける僅かな音を引っ張って

馴染み深い声が部屋に響く

神様、あるいはお父様達

あるいはTV局関係者

もしくはプロデューサー

もしくはほかの765プロのアイドル達の悪戯が

そんな奇跡を生んだから……いや

そんな偶然のようなものじゃなくて

彼女自身が無理をして作ってくれた必然の時間が

私の元を訪れてくれたから


春香「……伊織ー?」

伊織「…………………」

本当は起きていて

今すぐにでも飛びつきたくさえあるけれど

羞恥心なのかなんなのか

気持ちが歯止めをかけて体が動いてくれない

春香が近づいてくるたびに

心臓の音が跳ね上がっていって

爆発してしまうんじゃないかと思うくらいで

春香「ん~……寝てるのかな」

ふわっと、私の体を柔らかい毛布が覆い

私の家では普段、感じることのない甘い香りが一緒に流れ込む


春香「春香さんがせっかく会いに来てあげたのになー」

伊織「……………………」

触れられたらどうしよう

この心臓の音を聞かれたらどうしよう

ううん、そもそもこんな見るよりも明らかに赤い顔を見られたらどうしよう

そんな不安を圧迫するように、ベッドが軽く軋む

春香が動くたびに微震を私の体に響かせて

その距離が縮まっていっていることを知らせてくる

このまま距離がなくなったらどうなるの?

春香の手が伸びてきたらどうするの?

せっかく会いに来てくれたのに

このまま終わりでいいの?

溢れ出る質問の嵐に私の理性が悲鳴を上げて

ついに伸びてきた春香の手を、私は強引に引っ張った


春香「わぁっ!?」

春香の悲鳴が上がり

体が私に強く密着して

そのままベッドの上で一回転

だだっ広いベッドで良かった。と

今更な感謝を頭に浮かべ、

私の下敷きになった彼女を見つめる

春香「伊織……起きてたんだね」

伊織「にひひっ、引っかかるなんてあいも変わらず間抜けなんだから」

春香「あはは……伊織のメールがあまりにも真剣だったというかなんというか。だからしないと思ってたんだけどね」

春香は皮肉ぶってそう言うと

優しい瞳で私を見つめた


春香「ごめんね伊織。最近忙しくてさ。ろくに会う機会もなくて……私に会えなくて寂しかった?」

伊織「別にアンタに会いたかったってわけじゃないんだからね! ただ……アンタのメールが上だっただけよ」

春香「そっか」

春香はそんな嫌味に近い言葉でさえ

笑顔で受け止めてくれる

……邪推していると解っているけれど

それはまるで本当の気持ちを分かっているかのようで

少し頭に来て……手を掴むその手に力を加えた

春香「っ……伊織?」

伊織「………………」

春香「そ、そろそろどいてくれても良いんじゃないかなーって」


苦笑混じりに春香は言う

私がまだ冗談で動いているように見えるのかしら

馬鹿だわ

アンタは本当に馬鹿だわ

お人好しで、だれにでも分け隔てなく優しくして

みんなが離れ離れになっていく中

それをたったひとりで無理をして、

無茶をして、繋ごうと必死にもがいたりして

そこにある事が、そこにいる事が、

さも当然のような存在になっていて……

伊織「そんなだから……ズルしたくなっちゃうんじゃない」


春香「ズル? なんのこと?」

春香は不思議そうに聞いてくるけど

残念ながら答えることはできない

これは私達の中で決めた事

けっして、他人のことを口にしてはいけないというルール

伊織「ねぇ、春香」

春香「なに?」

伊織「誕生日プレゼントを強請っても良いわよね?」

春香「んー……私、今は持ち合わせないよ?」

春香の少し困った表情も愛らしい

決して怒ったりはせず

私に対して諭すかのように優しく言葉を投げかけてくれる


伊織「……知ってるわよ。そんなこと」

春香「うん?」

伊織「でも、誰もが持っている物ってあるじゃない。生まれてからずっと持ってるもの」

なぞなぞのような私の言葉を

春香は少し真剣に捉えて考え出す

判るまで答えは待って! なんて

まるでゲームをしているかのように現状を楽しんでる

忘れてる?

アンタは今、私にベッドに押し倒されてるような状況だってことを


僅かににじみ出る優越感に浸り

思わず顔がにやけ出す

そんなことを露知らない春香は

正解が見つけられないことを笑っていると思ったのか

少しだけ焦って答えを探し、小さく唸る

春香「ん~……解んない……」

伊織「正解を言うわよ?」

春香「むーっ……あと1分!」

最後のチャンス!

春香はそう言いつつ目を瞑る


何も知らない春香

私がしようとしていることなんて知らない馬鹿な春香

目の前で目を瞑られたりなんかしたら

して良いって思っちゃうじゃないッ!

心臓が過労で心停止してしまうんじゃないかっていうくらいドキドキする一方で

緊張による冷や汗で冷える頭はもう、春香のことしか考えていなくて

春香「ぅーっ伊織、正解教えて!」

伊織「諦めるのね」

春香「だって解らないし」

伊織「じゃぁ……正解は――」


正解を言おうとした口が塞がれる

指ではなく、柔らかく艷やかで

ほんの少しだけぬるっとした感触がある唇で……だった

伊織「ぁ、あん……あんた……あんたねぇっ!」

春香「あははっ、そんなに怒らないでよ」

伊織「怒るに決まってるでしょうが!」

怒る私は真っ赤な表情

でも、それは怒っているからではなく

嬉し恥ずかしい経験だったから

本当は私からするはずだったのに

春香からしてくるなんて……

そんな不意を突いたキスに戸惑いを隠せず

上気していく私に対して、春香は微笑んだ


春香「伊織が欲しいのはこれかなって思ったんだけど、間違ってた?」

伊織「……なによあんた。恥ずかしくないの?」

春香「そりゃ恥ずかしいけど……ん~なんだろ。吹っ切れたって言うかなんていうか」

春香は困ったように笑いながら

そんなことを言い出す

それに対して少し腹が立って

春香のことを強くベッドに押し付けながら唇を奪う

春香「んっ……」

伊織「っ……」

抵抗はない、拒絶もない、嫌悪感もない、邪魔もない

嫌な気持ちが全て消えていって

今はこのひと時を堪能したい

そんな欲望が溢れ出す


春香「……伊織」

伊織「……なによ」

春香「ごめんね」

春香のその悲しげな表情で

なんとなく……考えていることが解ってしまう

アイドルとプロデューサーの恋愛というわけじゃない

アイドルとアイドルしかも同性での恋愛だけど、そういうことでもなくて――

春香「……私、初めてじゃないんだ」

伊織「………………」

知ってるわよ。そんなこと

いつもなら言えるその言葉が言えなかった

あぁ……やっぱりね。という落胆の気持ちでもなく

それはそうよね……という、半ば諦めのような感情が心に宿る


春香「私……ずるいよね」

伊織「そうね」

春香「でも……こうするしかないと思うんだ」

伊織「そうね」

春香「……許してくれる?」

伊織「馬鹿言わないで」

悲しげに笑う春香の体を

私は力強く……でも、限りなく優しく抱きしめる

春香は何も悪くない

私が――私達が許すもなにもない


伊織「あんたは許してくれるの?」

春香「あははっ、許すも何もないよ。私には逃げ出す権利がある。でも、それを放棄してるんだよ?」

伊織「私達がバラバラになるのが嫌だからって、無理してるだけのくせに」

春香「そんなことないよ。意地悪はしないしこれ以上のことは求めてこない。結構優しくしてくれてるからさ」

そう言って微笑む春香ともう一度唇を重ね合わせる

甘い匂いが体一杯に広がりながら

春香の優しい味わいが体の中の神経を刺激する

伊織「春香……好きよ。春香」

春香「うん、私も好きだよ。伊織」

春香はそう言いながら

私のことを優しく抱きしめてくれる


私達は春香が好き

それは変えることができそうにないほどの強さを持つ感情

変えることが出来ないから、諦めることが出来なくて

諦めることが出来ないから、我慢し続けることが出来なくて

誰かが手を出した

それを見ていることは出来なくて、誰かも手を出した

それは次第に広がっていって、今では誰もが手を出してしまうようになった

春香はそれを拒絶することができる

でも、そうしないで受け入れてくれる

……好きよ。春香

私だけの物にならなくて良い

だけど、私以外の物にもならないで

それは心の中の言葉

でも、春香は察したように微笑んで

うん。解ってるよ。と、耳元で囁いた


終わり

タイトル通りの内容だったよね……多分


ほのぼのとしたいおはるのつもりだったんだけど
中々ハルニウムが補給できなくて気づいたら病んでた

そのせいでタイトルが 伊織「 I love you 」 から 伊織「 we love you 」 に変貌を遂げた


……ごめんなさい

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