結衣「キョコ」 (53)

私が子供の頃、祖母の家にはとても大きな洗濯機が置いてあった。

何時もゴウンゴウンと大きな音を立てて振動している洗濯機。

当時の私は、その中がどうなっているのか凄く気になっていた。

しかし、当時の私は背が凄く小さかったから中を覗く事なんてできない。

だから、ある日、祖母に頼んだのだ。

「ねえ、おばあちゃん、せんたくきのなか、見たい」

祖母はフワリとほほ笑んで、こう答えた。

「やめておいたほうがいいよ、ちなつ。中を覗くと目を回してしまうから」

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「中を覗くと目を回してしまう」

その言葉は、何故か凄く怖く感じられた。

幼い心は、大人の些細な言葉からも想像力を膨らませる。


(どうして、目を回してしまうんだろう)

(中に、怖い物がいるのかな)

(それに会ったら、怖くて目が回っちゃうのかな)

(こわい、こわいよ……)


その日から、私にとって「洗濯機」という存在は「怖い物」になった。

ちなつ「って事がね、昔あったのよ」

櫻子「へー、じゃあ、今もまだその洗濯機の中には何かいるのかな」

ちなつ「いやいやいや、居ないって……」

櫻子「え?けど居るって言ってたじゃん」

ちなつ「昔はそう思ってたってだけの話よ、流石に今はそんな事思ってないからね?」

あかり「あかりも、似たような事があったなあ……子供の頃って、何か不思議な勘違いしちゃう事あるよねえ」

向日葵「赤座さんは、どんな勘違いしてたんですの?」

あかり「えっとね、部屋に置いてあるお洋服とかお人形さんとかの位置が、少し移動してる事があったの」

あかり「だから、その子達は実はあかりのいない所で動き回ったりしてるんじゃないかなーって思ってた」

ちなつ「あかりちゃんらしいねえ」

櫻子「あー!私もそれある!エンピツとか消しゴムとか、すぐどっか行っちゃうんだよねえ」

向日葵「貴方のは単に片付けた場所を忘れてしまっているだけでしょうに……」

櫻子「いや、あれは絶対エンピツや消しゴムが動き回ってるんだと見た!」

向日葵「そんな訳ありませんから……」

櫻子「あかりちゃんのお人形とかも今頃、誰もいない部屋で踊り狂ってると見た!」

あかり「こ、こわいよ……」

櫻子「ちなつちゃんのお婆さんとこの洗濯機だって……!」

ちなつ「……んー、じゃあ、見に来る?」

櫻子「へ?」

あかり「あ、そういえばちなつゃんのお家って……」

ちなつ「うん、昔はお婆ちゃんが住んでた家なんだよ」

ちなつ「今は、田舎のほうに引っ越しちゃったから吉川家で使わせてもらってるの」

向日葵「へー、それではお話に出ていた洗濯機というのも……」

ちなつ「うん、今うちにあるよ」

櫻子「おー……それはちょっと見たいかも!」

ちなつ「うん、じゃあ、今日の放課後は私の家で遊ぼうっか」

あかり櫻子向日葵「「「おーー!」」」


ちなつ(確か、物置きにしまってあったよね、あの洗濯機)

ちなつ(まあ、洗濯機なんて見ても楽しいとは思えないけど)

ちなつ(それを口実に皆で集まって遊ぶのは、楽しいかな)

ちなつ(私達4人とも、部活とか入って無くて暇だし)

~吉川家~

~物置き~


ちなつ「えーと、確かこの辺に……」ゴソゴソ

ちなつ「あった!」

ちなつ「……んー、昔は大きな洗濯機に見えたけど……」

ちなつ「……今見たら、そんなにおっきくないわね」

ちなつ(まあいっか、皆がおやつとか買ってくる前に何とか外に出しちゃおっと)

ちなつ「んーーーーーっ!」ズズズ

ちなつ「はあ……はあ……さ、流石に1人で引きずるには重い……」

ちなつ「こ、これは櫻子ちゃん達が来るのを待った方が……」


グワンッ


ちなつ「……?」

ちなつ(今、洗濯機の中から、何か音が……)



グワンッ


ちなつ(ま、また……)

ちなつ(私が引っ張った拍子に電源が入っちゃったのかな……)

ちなつ(あ、それは無いか……だって電源プラグ、差し込んでないもん)

ちなつ(じゃあ今の音は……気のせい?)


グワングワンッ


ちなつ「……!」ビクッ

ちなつ(こ、この音……脱水機の回る音?)

ちなつ(ど、どうして脱水機が……)


グワンッグワンッグワンッグワンッグワンッグワンッ


ちなつ「ひっ……」

ちなつ(ま、回ってる、どうして?どうして回ってるの?電源も入ってないのに?)



グワンッグワンッグワンッグワンッグワンッグワンッ

ちなつ(蓋は閉まってるけど、確かに回ってる音が聞こえる)

ちなつ(脱水機が回ってる音が聞こえる)

ちなつ(い、いや、本当に回ってるのかな?)

ちなつ(ほら、私って子供の頃は洗濯機がトラウマだったし)

ちなつ(だからそのトラウマの元になった洗濯機と対峙して、その時の記憶が蘇っただけなんじゃ)

ちなつ(つまりこの音は、昔私が聞いた音が脳内で再生されてるだけなんじゃ……)

ちなつ(そ、そうだよ、そうだよね、電源入ってないのに動くはずないし、きっとそうだよ)

ちなつ(ほ、ほら、洗濯機の蓋を開ければ……判るはずだよ、幻聴だって)

ちなつ(開けて、みれ、ば)

ちなつ(開け、て)ソーッ




「やめておいたほうがいいよ、ちなつ。中を覗くと目を回してしまうから」



櫻子「いやあ、遅くなっちゃったよねえ」

向日葵「貴方が沢山お菓子を買い過ぎるからですわ」

櫻子「だって、沢山あった方がたのしいでしょ?」

向日葵「まあそうですが……」

あかり「こんにちわあっ、ちなつちゃんいますか?」


シーーーン


櫻子「あれ?誰もいない?」

向日葵「ご家族の方は、確か出かけているらしいですが……吉川さんはいらっしゃるはずですわ」

あかり「う、うん……あ、ひょっとして庭の物置きのほうかな?」

向日葵「ああ、確か洗濯機がそちらに置いてあると仰ってましたわよね」

櫻子「おお、例の洗濯機かー、よし私達も見に行こう!」

向日葵「そうですわね、物置の奥の方にあるのだとしたら、引っ張り出すのに櫻子の力がいるでしょうし」

あかり「あ、ちなつちゃーんっ」

ちなつ「……」

向日葵「やはり物置のほうにいらしたのですね」

櫻子「ちなつちゃん、洗濯機どこ?」

ちなつ「……」

あかり「ちなつちゃん?」

ちなつ「……」

向日葵「吉川さん?」

櫻子「ちなつちゃん?」

ちなつ「……」ボソッ

あかり「え?ちなつちゃん、どうしたの?」

ちなつ「……たの」ボソッ

櫻子「たの?」

ちなつ「きこ……たの……」ボソッ

向日葵「あ、あの、吉川さん、どうしたんですの?顔色が……」

ちなつ「……きこえ、たの」

あかり「きこえた?」

ちなつ「……聞こえたの」

ちなつ「わたし、わたし、どうしても怖くてふた開けられなかったから」

ちなつ「だからね、耳を蓋に押し当てて」

ちなつ「聞いてみたの」

ちなつ「中の音を」

ちなつ「ごうん、ごうんって鳴ってた、鳴ってたの」

ちなつ「ごうん、ごうんって、ごうん、ごうんって、鳴ってた」




ちなつ「その音の中にね、声が混ざってたの」






『はやく、のぞきこまないかなあ』



ちなつ「確かに、確かにそう言ってた」

ちなつ「そう言って、私が覗きこむのを待ってた」

ちなつ「だから駄目、蓋開けちゃダメ」

ちなつ「覗きこんじゃ駄目、絶対駄目」

ちなつ「覗きこんだら、覗きこんだら、きっと、きっと」

ちなつ「目を回して」

ちなつ「洗濯機の中に、落ちちゃうから、だから駄目、開けちゃダメ」

ちなつ「あいつは、それを待ってるんだ」

向日葵「よ、吉川さん落ち着いて!」

ちなつ「だ、駄目だよ、向日葵ちゃん、開けちゃだめなの、だめ……」ブツブツ

櫻子「開けちゃだめって、この洗濯機?」

ちなつ「駄目!」グイッ

櫻子「うわわっ、ち、ちなつちゃんひっぱらないでってばっ!」

ちなつ「だ、駄目だよ、冗談じゃないんだから、絶対に駄目……」

向日葵「あ、赤座さん、どうしましょう……吉川さん、凄く混乱されてますわ……」

あかり「う、ううーん……」

電話『……って事がね、あったんだよ、結衣ちゃん』


結衣「うーん、なるほど、洗濯機から声が……」


電話『うん、今はちなつちゃん落ち着いてるんだけど、やっぱり洗濯機が怖いらしくて』

電話『だからね、結衣ちゃんなら力になってくれるかなーって』


結衣「判った、じゃあ今から行くよ……えっと、その家って何処だっけ」


電話『えっとね、ちなつちゃんの家は……』

~ちなつの部屋~


ちなつ「やっぱり居たんだ、子供の頃の私が思ってた事は本当だったんだ」ボソボソ

ちなつ「あいつは、ずっと洗濯機の中で待ってたんだ」ボソボソ

ちなつ「私が蓋をあけるのを待ってたんだ」ボソボソ

ちなつ「危なかった危なかった絶対その手には乗らないんだから」ボソボソ

ちなつ「絶対に蓋は開けない中も見ない目を回したりなんてしないんだから」ボソボソ

ちなつ「絶対に、絶対に……」ボソボソ

ちなつ「向日葵ちゃんやあかりちゃんは信じてくれてないけど絶対にあいつは居るんだ」ボソボソ

結衣「うん、居るよ、ちなつちゃん」

ちなつ「……!」ビクッ

結衣「大丈夫?」

ちなつ「ゆ、結衣先輩……?何時の間に……」

結衣「ごめんね、ノックしたんだけど反応なかったから勝手に入らせてもらったんだ」

ちなつ「……そっか、あかりちゃんですね、あかりちゃんが呼んだんですね」

ちなつ「確か、結衣先輩とあかりちゃんは幼馴染でしたし」

結衣「うん」

ちなつ「……けど、結衣先輩だって、私の言う事は信じては……」

結衣「信じるよ」

ちなつ「……うそです」

ちなつ「嘘です、だって私、自分でも思いますし、変なこと言ってるって」

ちなつ「常識的に考えたら、いるはずがないんですよ」

ちなつ「何年も使わずに物置きにしまっておいた洗濯機の中から」

ちなつ「声なんて聞えるはずないんですよ、誰かがいるはずなんてないんですよ」

ちなつ「けど、けどね……」

ちなつ「どんなにおかしくても、常識的じゃなくても、確かに私は聞いたんです」

ちなつ「洗濯機の中から、誰かの声を」

結衣「……それはね、キョコだよ」

ちなつ「キョ……え?なに?」

結衣「学名、トシノウキョウコ、まあその中にもいろんな種類がいるんだけどね」

結衣「基本的には10センチくらいの小さな金髪の女の子だよ」

ちなつ「おんなのこ」

結衣「うん、普通の人には見えにくいし、声も聞こえにくいんだけどね」

結衣「普段は森に住んでるんだけど、時々人の住んでる所に出没して悪戯したり遊んだりするんだ」

ちなつ「は、はあ……」

結衣「まあ、悪い奴じゃないんだけどさ……えっと、ちょっとその洗濯機、見せてくれる?」

ちなつ「え……」

~物置き前~

結衣「この洗濯機から声が聞こえたんだね?」

ちなつ「は、はい……」

結衣「……うん、これは多分……隠れキョコだね」

ちなつ「かくれきょこ」

結衣「うん、かくれんぼが好きなキョコでね」

結衣「勝手にかくれんぼを始めて、凄く上手に隠れるんだけど……」

結衣「誰も見つけてくれないと寂しくなって、身近な物を動かし始めるんだ」

結衣「古い本にはこんな話が残ってる」


「川も枯れ、打ち捨てられた水車が夜な夜な回る、不思議に思い訪れて見ればそこには隠れキョコあり」


結衣「昔から似たような事をやってたみたいだね」

結衣「隠れながら水車動かしたり、洗濯機の回転部を回してみたり……」

結衣「隠れていたいけど、見つけてほしい、そんな寂しがり屋なのが隠れキョコなんだよ」

ちなつ「け、けど私はかくれんぼなんてやってませんし、そもそもキョコなんて見たことも有りません!」

結衣「勝手にはじめちゃうんだよ、困ったもんだよね」

ちなつ「というか、というか、10センチくらいの女の子なんて居るはずありませんから!」

結衣「いるよ」

ちなつ「い、居ませんよ!」

結衣「じゃあ、開けて見よっか」

ちなつ「え?」

結衣「洗濯機の中」

ちなつ「……!」ゾクッ

結衣「じゃあ開けるよ」

ちなつ「だ、駄目です結衣先輩……開けちゃダメっ!」

結衣「……」パカッ

ちなつ「あっ……!」



「やめておいたほうがいいよ、ちなつ。中を覗くと目を回してしまうから」


結衣「ほら、見つけた」ヒョイッ


『みつかったー』


ちなつ(見、見ちゃダメ、見ちゃダメっ!)プイッ


結衣「ほら、ちなつちゃん?見てごらん?」

ちなつ「だ、駄目です、見れませんっ!お婆ちゃんが、お婆ちゃんが言ってました、目を回すって!」ンググ

結衣「大丈夫、怖くないからさ」

ちなつ「け、けど!」

結衣「何かあっても私が守るから、ね?」

ちなつ「……!」ドキンッ

ちなつ(わ、私を守ってくれるって、なんだか王子様見たいでカッコイイ……)

ちなつ(結衣先輩カッコイイ!カッコイイ結衣先輩!)

結衣「ね?ほら見てごらん?」ヒョイ

ちなつ「は、はいっ///」

ちなつ(あ、見ちゃった……眼を)

ちなつ(眼を回し……)

ちなつ「あれ、目を回さない……」


「みつかったー」


ちなつ(あれ、何か可愛いのがいる)

ちなつ(10センチくらいの、金色の髪の、女の子)

ちなつ「こ、これが、キョコ?」

結衣「うん、隠れキョコだよ」

ちなつ「思ったよりも可愛らしいですねえ……」

ちなつ「もっとオドロオドロシイ妖怪みたいな感じを予想してたのに……」


キョコ「妖怪ちがう……」


ちなつ「と、というか、そもそも何で勝手にかくれんぼうなんてはじめてたんです!?」

ちなつ「びっくりするじゃないですか!」


キョコ「……!」ビクーンッ


結衣「まあまあ、ちなつちゃん許してあげてよ、実害はなかったんだし……」

ちなつ「ま、まあ結衣先輩がそう言うならいいですけど……」

ちなつ「はぁー……それにしても、ずっと、何年も洗濯機の中にいたんですか?」

キョコ「うん」

ちなつ「何も食べずに?」

キョコ「んー、ときどきもらってたー」

ちなつ「え、誰から?」

キョコ「おばあちゃん」

ちなつ「……は?」

ちなつ(つまり、あれか)

ちなつ(お婆ちゃんは、ずっとー前からキョコの事を知ってたわけだ)

ちなつ(そして、あの日、お婆ちゃんはキョコのかくれんぼんの手伝いをしてあげたんだろう)

ちなつ(だから、私が洗濯機の中を覗かない様に、あんな事を言ったのだ)



「やめておいたほうがいいよ、ちなつ。中を覗くと目を回してしまうから」


ちなつ(それを私が勝手に勘違いして……)

ちなつ(はぁ……)

ちなつ「……それにしても」

結衣「ん?」

ちなつ「どうして結衣先輩は、キョコの事にそんなに詳しいんです?」

結衣「私は学生だけど、そういう仕事をしてるんだよ」

ちなつ「仕事?」

結衣「そう、キョコ師って言う仕事」

ちなつ「キョコ師……」

結衣「うん、キョコ師。キョコ達が人間の世界と上手くやっていく為の、手助けをしてあげてるんだ」

ちなつ「キョコ……達?」

結衣「そう、キョコは、これ1体だけじゃない」

結衣「みんな見えないだけで、本当はもっと沢山のキョコがこの世界に存在してる」

結衣「その子達の悪戯は、悪気はないんだけど……今回みたいに、事故が起こりかねない代物だからね」

ちなつ(確かに、結衣先輩がこなければ私は頭がおかしくなってた可能性も……)

結衣「そういうのをケアするのも、キョコ師のお仕事なのさ」

そう言い残して、結衣先輩は家に帰って行きました

1匹のキョコを連れて


正直、凄く怖い思いをしたし

頭に来ることもあったけど

あのキョコはなんだか憎めないなあ


「ばいばいー」と小さな手を懸命に振るキョコに手を振り返しながら

私はそう思ったのでした














人知れずキョコを売るお店がある

その噂を元に、私は苦労してキョコショップの場所を突き止める事に成功した

だが、私はそのお店に行く事が出来なかった

お金が足りなかったからだ

お金が足りなかったからだ


折角、見つけ出したお店なのに……


けど、けど何時か行ってやるんだ

お金が溜まったら、その時には……


きっとトシノウキョウコを……

~京子ショップ~

綾乃「やっとバイト代10万円たまったわ……」

綾乃「これで、歳納京子を飼うんだからっ!」

結衣「あれ、綾乃、どうしたのこんな所で」

綾乃「ふ、船見さん!?」

結衣「もしかして、綾乃も京子飼うの?」

綾乃「そ、そんな訳ないじゃないっ!」ワタワタッ

結衣「?」

綾乃「そ、そういう船見さんこそ……京子ショップで何してるの?」

結衣「え、ああ、うちは小さい頃から京子を飼ってるんだよ」

結衣「で、京子のご飯を買いに良く来てるんだ」

綾乃(船見さん、歳納京子を飼ってたのね……)

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