男「ゴーストライターの存在があたりまえになった未来」 (143)


 今では九割の作家は、ゴーストライターを使っています。
 食べ物も音楽も科学も嘘だらけ。
 そのせいで世間はゴーストぐらいでは、見向きもしなくなりました。
 
 その結果。新人が著名な作家の名前をかりて、
 腕試しをするというシステムが確立したのです。

 無名の新人の実力が、最速でわかるシステムは、あっという間に広まりました。
 
 短編のうち、いくつかをゴーストが担当するという形式が主流です。
 評価のよかった新人は、本人名義で本を出すことができます。
 
 大学生で、拾い上げ作家のぼくは運がいいことに、
 ある有名な女性作家の名前をかりることになったんです。


女「はじめまして。緊張してるんですか?」

男「自分がゴーストをやるとは、夢にも思ってなかったんで」

女「わたしも思ってませんでした。代筆屋のお世話になるなんて」 


 先生は慢性の病を抱えていて、それについて書いてデビューしました。
 
 若くて美人。病気持ち。話題性抜群。
 
 たちまち有名になった先生。
 
 そんな先生の名前をかりて、世の中に作品を発表できるのです。
 まちがいなく大きなチャンスでした、ぼくにとっては。
 でもこの人は、すこしむずかしい人みたいです。


男「先生の名前を借りるんです。全力をつくします!」

女「当たり前です。仕事なんですよ?」

男「そ、そうですね」

女「わたしの名前を使う。そのことを自覚してくださいね」

男「……はい」

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男「どうして先生は僕を、ゴーストに選んだんですか?」

女「あなたの作品を読んだからです」

男「いや、そうじゃなくて」

男「あっ。ひょっとして僕に才能を見出したとか? 」

男「いやあ、照れるなあ」

女「わたしがあなたを選んだ理由。三つあります」

男「三つも?」

女「まずひとつめ。わかりやすい文章だったこと」

男「おおっ」


女「二つめ。引用です」

男「引用? 引用なんてしてませんよ」

男「本当はカッコイイ名言とか、入れてみたかったんですけどね」

女「逆です。過去の名作の引用なんてしてたら、選びませんでした」

女「きらいなんです。引用や自分の言葉以外を使う人」

男「……ゴーストライター雇ってるくせに」

女「なにか言いました?」

男「いえいえ。どうぞ続けてください」


女「三つめ。ある意味これが一番重要です」

女「あなたが年下だから」

男「年下?」

女「年上だとやりづらいでしょう?」

男「ほかになにか理由はないんですか?」

男「僕の作品、見てくれてるんですよね?」

女「わたし、人の作品にあれこれ言えるほどの人間じゃないんで」

女「ゴーストライター雇っちゃうぐらいですし」

男「……耳、いいんですね」

女「男性より耳ざといんです、女は」


 ゴーストライターの役割が、変わりつつあることは説明しましたね。
 しかし一方で従来通り、書けない人のための代筆屋という役割はあります。

 僕の場合は、先生の名前を借りると同時に、
 先生が書けない分の埋め合わせという役割も担っているのです。

 現在のゴーストライターという職業には、
 大学生で拾い上げ作家の僕は、非常に適していたのです。


女「あなたのプロットは見せてもらいました」

男「『世にも奇妙な物語』のような話、と言われて書いたんですけど」

男「どうでしたか?」

女「いいんじゃないですか」

男「それだけ?」

女「それだけです」                

男「メッセージ性とか、そういうのは?」

女「そんなものがいるんですか?」


 先生の眉がぴくりと動きました。
 先生の一作目は、ある病についての話でした。

 しかし、次に出した本から作風が一変します。
 ホラーとか不思議な話ばかり書くようになったのです。
 つまらなくはありません。むしろ面白いです。

 ですが批判が目立つようになりました。
 批判の内容は大きくわけてふたつ。


 登場人物にリアリティがない。
 中身がない。


女「すくなくともわたしの書くものは、娯楽でしかありません」

男「でも。先生のデビュー作は……」

女「わたし、責任もてませんから」

男「責任?」

女「本は得てして、人をゆがめますから」 

男「どういうことですか?」    

女「誰だって『自分は人とはなにかちがう』。そう思っているものです」


男「それに問題が?」

女「いいえ。問題は、そのちがいを不幸に見出すことにあります」

女「本は、そんな人間を生んでしまう可能性があるってことです」

男「はあ。不幸な自分に酔う、みたいなことですか?」

女「近いです。でも」

女「お金がない。親がいない。仕事がない。そういう明確な不幸じゃなくて」

女「本が生む不幸は他人には理解できない、筆舌に尽くしがたいものなんです」 


女「自分を特別にするために、わざわざ不幸を作る人がいるんです」

女「わざわざ目の前のしあわせから目をそらしてまで、ね」

男「だから、テーマとかいらないって言うんですか?」

女「ええ。読書に娯楽以上の意味はいりません」

男「なるほど」

女「なるほどって顔には見えませんけど」


女「納得できないなら、どうぞ。あなたの意見を聞かせてください」

男「いえいえいえ、僕はゴーストライターですから」

男「死人に口なし。従いますよ、ええ」

女「ゴーストと死人をかけてるんですか?」

男「……わかってて聞いてますよね?」

女「バレました?」

男「ええ。顔に出てます」


女「自分の作った話のせいで。変な影響を受けてほしくないんです」

女「まあまず、その話ができてませんけど」

男「……」

女「笑うところですよ」

男「あははは」

女「まさか本当に笑うなんて」

男「どうすりゃいいんですか、ぼくは」


男「ゴーストで思い出しました」

男「どうして先生は、ホラー系の話ばかり書くんですか?」

女「人を書くのが気持ち悪いから」

男「はい?」  

女「物語に登場する人物って、ようは作者の都合よく動く人形でしょう?」

女「物語の都合でヒロインが主人公に惚れて」

女「物語の都合で主人公がヒロインを受け入れる」

女「逆も然りです」

男「そんなこと言ってたら、話なんて書けないじゃないですか」

女「だからあなたが書いてるんでしょう?」  

男「……そうですね」    


女「ゴーストの件、誰にも言ってませんよね?」

男「言うわけありません」

女「うっかり口がすべる可能性もあるでしょ?」

男「まあ友達あたりにポロっと、なんてことはありえますよね」

女「あるいは親御さんとか」

男「安心してください。親にだけは口がさけても言いません」

女「……どうしてですか?」

男「反対されたんですよ。一年ぐらい前ですけど」

男「作家デビューできるかどうかすら危ういし」

男「食っていけるのは、本当にかぎられた人間だけだし」


男「『そんなヤクザな仕事するなら、普通に働け』って言われました」

男「ましてゴーストやってるなんて知られたら……」

女「おこるでしょうね、きっと」

男「まちがいなくね」

女「だから在学中の今しかチャンスはない、と」

男「はい。先生のように学生のうちに結果を出す」

男「それしかないんです。両親に認めてもらう方法は」

女「大学院に行く、というのは?」

男「うちにそんな余裕はないです」


男「あとはきちんと社会人になって、それから作家を目指すか」

男「とにかく結果を出さないといけないんです」

女「けっこう現実的なんですね」

男「そうですか?」

女「親のスネをかじりつくしてなお、作家を志す人も世の中にはいます」

女「バイトをしながら、作家を目指す人もいますし」

男「夢しか見てないんでしょ、そういう連中は」

女「現実を見ないと、夢って見れないんですけどね」

男「……すみません。こんなこと話してる場合じゃないですよね」

女「……」


 ここでもうひとつ説明をくわえておきます。

 今の作家って横や縦のつながりが、以前よりつよいんですよ。
 ゴーストライターを経験する人間は、その作家さんのもとで勉強します。

 しかし。僕と先生はうまく歩み寄れませんでした。

 編集からも、作品のダメだしをされます。

 うっぷんは溜まっていくのですが、代筆のことは当然誰にも愚痴れません。

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男「先生。筆が進まないです」

女「奇遇ですね。わたしもです」

男「先生の表情」

女「はい?」

男「あんまり変わらないですよね」

男「感情が読みとれないんですよ。危機感、あるんですか?」

女「逆にこの状況でないと思うんですか?」

男「じゃあどうして?」

女「顔に思ってることが出にくい。それだけです」 

一つだけ…
お絵かきモードだと画像が真っ白…

>>52お絵描きモードは単なるミスです、すみません


女「場合によっては、作家生命の終わりです」

女「お先真っ暗な未来を想像して、頭の中が真っ白になりそうです」

男「笑えないです、先生」

女「笑うところじゃありませんから」

女「作家なんて消耗品ですからね」

女「なにも生み出せなくなれば、価値はなくなります」

女「すでに『全部自分がやったんだよ』とさけべるお仕事じゃありませんし」

女「作家としての寿命は終わりかけてるかもしれませんね」

男「……なにか、アイディアのようなものはないんですか?」

女「ネタ帳のようなものならあります」


男「見せてくれませんか?」

女「いいですよ。これです」

男「ありがとうございます」

女「役に立つかはわかりませんけど」

女「思いついたことを、書いただけのノートですしね」 

男「……この話は?」 


『駅のホームのベンチ。
 僕はそこで、家族に理解されない悲しみに泣いていました。
 たぶん、すごくうるさかったと思います。 

 気づいたら、女の人が僕のとなりに座っていました。

 彼女が口を開きます

 慰めてくれるのかと思ったら、ちがいました。
 彼女は僕にむかって、自分の不幸を延々と語りだしたのでした』 


男「この話はなんですか?」

女「ただ思いついたものを、書いただけですよ」

男「……」

女「わざわざ、読むほどのものではないと思いますが」

男「いやまあ、そう言われればそうなんですけど」

男「なんとなく、目についたんで」

女「見るならほかのものにしてください」 


 ぼくははじめて先生の顔に、表情らしい表情を見ました。

 彼女がぼくにノートを見せたということ。
 それは彼女の焦りの現れでした。 
 ですが状況は変わりません。ぼくたちの距離も。



 こういうときって、追い打ちをかけてくる悪魔がいるんですよね。  

 ある日。大学を出ると中年男性に声をかけられました。
 そのおじさん。フリーのジャーナリストだったんです。
 おじさんは一方的に話してきます。

 最終的に名刺を押しつけて、その人はどこかへ消えました。


男「ぼくと先生のこと、バレてるかもしれません」

女「どういうことですか?」

男「昨日、ジャーナリストを名乗るおじさんに話しかけられました」

女「……場所、変えたほうがいいですね」

男「ほかの喫茶店に行くんですか?」

女「いいえ。わたしの仕事場に行きます」


 先生の言った仕事場とは、先生の住んでる部屋のことでした。
 
 喫茶店から歩いて十分の距離。
 1Kのちいさなボロアパートです。
 
 売れっ子の作家さんは、もっと立派なところに住んでいると思っていました。


男「ここって仕事場っていうか、先生の部屋ですよね?」

女「遠慮しないでください。せまくて汚いところですけど」

男「見ればわかります」

女「……」

男「すみません、冗談です」


女「で、そのジャーナリストの方は、なんておっしゃてるんですか?」

男「いろいろと聞かれました。
  ゴーストライターのこととか、先生のこととか」

女「なるほど」

男「けっこうしつこく聞かれましたよ」

男「今どきゴーストライター使ってるぐらいじゃ、世間は注目しないのに」

女「どうでしょうね。わたしみたいな作家だと、また変わってくるかもしれません」

男「どういうことですか?」

女「嘘つきのレッテルを貼られたら、嘘じゃなかったものまで嘘にされます」


女「わたしの名前が知られるきっかけになった処女作。
  あなたは知ってましたっけ?」

男「はい。すごく有名な本なんで」

女「もし今回のことがバレたら」

女「デビュー作含めて、わたしが書いた本はすべて嘘になるでしょうね」

女「病人が書いた病気のベストセラーが嘘でした、なんていうのは」

女「マスコミの格好の餌食でしょうね」

男「ああいう連中って、ホント最低ですよね」

女「残念ながら、彼らを避難することはできません。今のわたしには」

男「そんなこと言われたら、ゴーストのぼくもできませんよ」


女「今のマスコミ業界の人たちは、むかしよりずっと大変だと思います」

女「嘘を世間に公表しても、以前より世の中の人は注目してくれませんし」

男「嘘でも仕方ないか、みたいな風潮ができちゃってますからね」

女「できてたはずの食物連鎖が、嘘が広がりすぎて崩れはじめてるんですよね」

男「食物連鎖?」

女「実はゴーストのこととかって、最初からバレることが前提になってるんですよ」

男「どういうことですか?」

女「むかしの芸能人とかがわかりやすいですよね」


女「芸能人が代筆屋に書かせて、本を出版する」

女「それで注目されて本が売れる」

女「注目が集まったところでマスコミが嘘をあばく」

女「今度はとりあげられた嘘が、雑誌をうめて人々はをれを買う」

女「最終的にその人は芸能界から消えて、また新しい芸能人が注目される」

男「なるほど。そこまでが一連のシナリオなんですね」

男「嘘は世の中にバレるようにできてるってわけですか」

男「今回の先生の件も含めて」

つづく


女「ゴーストさん。あなたはどうしますか?」

女「ゴーストなんてやめるか」

女「あるいは、シラを切り通して世に作品を出すか」

男「もうひとつありますよ、選択肢」

女「?」

男「世に作品を出したあとで、ぼくがゴーストだと名乗り出る」

男「…………すみません、冗談です。その顔、やめてください」

女「本気だったら、そもそも口にしませんもんね」


男「なんか夢を追うって、しんどいですね」

女「らくなものだと思ってたんですか?」

男「もちろん大変だってことは覚悟してました」

男「なんて言ったらいいのかな」

男「夢を追うって、光を求めて歩き続ける感じだって思ってたんです」

女「実際はちがったと?」

男「暗い海の底を這いずり回ってるみたいです」

男「自分がチャンスのまっただ中にいるっていうのは、自覚してるんですけどね」


女「前から思ってたんですけど。
  代筆することに最初から抵抗を感じてましたね」

男「そりゃ感じますよ」

女「ゴーストライターが当たり前の世の中なのに?」

男「最初から幽霊になろうと思って、生きてる人はいないでしょ」

男「抵抗以前に。ストーリー、まだ一個もできてませんけどね」

女「あなたもゴーストライターを雇いますか?」

男「で、ゴーストがまたゴーストを雇って」

男「最後は先生のもとに、ゴーストの仕事が来るってわけですね」

女「コントのオチみたいですね」


女「現時点では、ジャーナリストの方を気にする必要はありません」

男「とりあえず、今は書き続けます」

女「書き続ける、ね」

男「なんですか?」

女「どうしてあなたは作家を目指すんですか?」

男「自分でもよくわかってません」

男「ひょっとしたら、親に……いえ、やっぱりなんでもないです」

女「親?」

男「ぼくのことなんてどうでもいいと思います。
  それより早く話を作らないと、まずいですよ」


女「教えてくれないんですか?」

男「それどころじゃありませんもん」


 先生はそれっきり聞いてきませんでした。
 ぼくも話そうとは思いませんでした。



 実際、ぼくにも先生にも時間的なゆとりはないのです。
 しかし次に会ったとき、先生はぼくに、
 「話は八割型完成させました」と原稿を見せてきました。


女「ここまで話ができてるんだから、この前の話。聞かせてください」

男「ぼくはまだできてませんよ」

女「わたしはできました」

男「原稿の内容、話の参考にしたいんで見せてもらってもいいですか?」

女「時間がないんでしょう?」

男「……先生って不思議な人ですね」

女「知らない相手は不思議に見えるんですよ、人間って」

男「わかりましたよ。話します」


男「ぼくの父、役者だったんですよ。ちいさな劇団の」

男「子どものころに、父の劇団の話を見せてもらいました」

男「はじめて見た劇の内容は、よく理解できませんでした」

男「だけど普段寡黙な父が、すごい生き生きしてて、本当に別人みたいだったんです」

男「普段は口数のすくない父が、劇の話になるとよくしゃべったんです」

男「それがきっかけで、ぼくも自分で話を書くようになりました」


女「それで、小説家になろうと思ったんですか?」

男「そうじゃないんです。今、父はサラリーマンやってます」


男「十年ぐらい前だったかな」

男「ちいさな劇団じゃあ、全然食べていけないんですよ」


男「共働きで、先生のアパートと同じぐらいの空間で三人で暮らしてたんです」

男「で、一回離婚しそうになったんですよ」

男「それがきっかで、父は劇団員をやめました」

男「今では普通に生活できてますし、大学にも通わせてもらってます」

男「誰が見ても、普通にしあわせな家族だと思います」

男「でも将来の夢とかそういう話題になると、家の空気が重くなるんです」

男「『夢を見るより、現実を見ろ』って。堅実に生きろって」

男「とくに母親が口すっぱく言うんですよ」


男「まあ母の言うとおりです」

男「ほんと、貧乏でいいことなんて、なにひとつないですから」

男「でもぼくは、夢見ることは悪いこととは思いません」

男「だから、小説家になるって宣言したことがあります」

女「でも反対されたんでしょう?」

男「……そうなんですよね」

男「デビューできたとしても、両親には反対されるかもしれません」

女「わかりました」

女「ゴールデンウィークも近いことですし、一回実家に帰りましょう」

男「はい?」


女「あなたが話を書けないのは、迷ってるからだと思います」

男「迷ってる?」

女「夢が現実的になって、両親のことも考えるようになった」

女「だから、筆が進まないんじゃないですか?」

女「差し出がましいことを言うようですが」

女「『自分は作家の夢を追う』。そう両親に伝えるべきなんじゃないですか?」

男「だけど、今の状況で言っても……」


女「あなたのご両親は正しいことを言ってると思います」

女「なることさえ厳しいですし。なったあとは、もっと厳しいです」

女「それに、あなたのご両親はあなたにしあわせになってほしいからこそ」

女「そういうふうに言うんだと思います」

男「それぐらいは、わかってるつもりです」

男「だから、説得できるとは思えないんです」


女「正しくないとダメなんですか?」

男「そりゃそうでしょ、普通に考えて」

男「正しくないことを言うって、もはやワガママですよ」

女「両親……お父さんやお母さんだったら、よくないですか?」

男「どういう理屈ですか?」

女「そのままの意味です」

女「わたし、家族ぐらいにはワガママを言うべきだと思うんです」

女「もちろん限度はありますけど」


男「ぼく、もうハタチですよ。それなのにワガママなんて」

女「でも今だって、ご両親に反対されながらも夢を追ってるでしょう?」

男「……」

女「理屈で屈服させることだけが正しいなんて、わたしは思いたくないです」

女「自分と異なる考えをもった人がいても、
どうでもいい相手だったら、理解してもらおうなんて思わないでしょ?」

女「感情的になってしまう人がいるって、いいことだと思います」

男「先生も両親と……?」

女「ええ。たくさんケンカしました」

女「でもわたし、お母さんとはとっても仲いいんですよ」


女「大切な人だからこそ、理解してほしいって思えるんです」

男「でも、なんて親に言えばいいんでしょうか」

女「それはあなたが自分で考えることです」

男「……こういうとき、考えることがあるんです」

男「小説の登場人物のように、説得力ある名言が思いつけばいいのにって」

女「わかりやすい言葉でいいと思います」

男「そうですか?」

女「ええ。名言や格言なんて必要ありません」


女「わかりやすい言葉でいいんです」

女「誰のこころにも残らないような、そんなありふれた言葉」

女「それをぶつければいいじゃないですか」

男「ありふれた言葉、か」

女「こんな仕事をやってると、ついつい気取った言い回しや、
  遠まわしな表現を考えてしまうんですけどね」

女「やっぱり本当に伝えたいことは、伝わる言葉で言うべきです」

男「……」


 先生の言うとおりなのかもしれません。

 ゴールデンウィークを利用して、ぼくは実家に帰りました。

 父と母にぼくは、作家を目指していることを告白します。
 やはり、というか当然のように反対されました。
 最初はたんたんと話していましたが、だんだん冷静さを失っていきます。

 最終的にはぼくも両親も、
 話し合いというよりは、感情のぶつけ合いのようになっていました。


 それでも最後は父と母は認めてくれました。

「お前の本が出たら読んでやる。出たら、な」

 最後に父はそう言いました。
 行きに比べると、帰りは荷物が増えていました。
 母がいろいろと持たせてくれたせいです。

 でも足取りは妙に軽かった気がします。
 なにか、書けるような気がしました。

 先生には感謝しなきゃな。

 そう考えたとき、ぼくは先生のノートに書かれた話を思い出しました。


男「一個だけですが、ゴールデンウィーク中にいちおう完成させました」

女「その前に」

男「はい?」

女「ゴールデンウィークは実家に帰ったんですか?」

男「ああ、そのことなんですが」

男「両親とはきちんと話しあって、認めてもらえました」

男「途中からケンカみたいになってましたけど」

女「いい顔してますよ、以前より」


男「先生のおかげです」

女「……べつに。わたしはなにもしてませんよ」

男「普通に『どういたしまして』って言ってくれればいいのに」

女「……」

男「先生ってコミュニケーション下手ですよね」

女「どういたしまして」

男「いや、そっちじゃなくて!」

女「いいから。さっさとお仕事しましょう」

男「わかりましたよ」


 両親に正直に話したのがよかったんでしょう。
 話作りは順調に進むようになりました。

 このままいけば、本は出せる。
 そう思った矢先に、編集の方からぼくの携帯電話に連絡が入りました。
 
 先生のことで相談がある。
 
 電話越しに聞いた内容は、まとめるとこういうことでした。
 先生の作品は完成はしている。
 しかし、出すにはなんとも微妙な内容である。
 そのため今でもずっと、先生は話を練り直しているそうです。


 ようやくぼくは理解しました。
 先生はぼくにアドバイスをするために、話を無理やり完成させたんです。

『ぼくのことなんてどうでもいいと思います。
 それより早く話を作らないと、まずいですよ』

 自分の言った言葉が、重くのしかかってきます。

 先生の力になりたい。

 しかしぼくは彼女のことをなにも知りません。
 先生について、教えてくれませんか。
 気づいたら、そう口を開いてました。


女「お話ってなんですか?」

男「その前に。先生のおかげで原稿、なんとか完成できそうです」

女「安心しました」

男「先生は大丈夫じゃないんじゃないですか?」

女「どういう意味でしょうか?」

男「編集の橋本さんから、お話は聞いてます」

女「じゃあ今回書いた話が、世に出せるレベルでないと知ってるんですね」

男「まあ、そんな感じです」


男「先生がデビュー作以降、作風が変わった理由」

男「勝手ながら、橋本さんから聞きました」

女「本当に勝手ですね。あの人は答えたんですか?」

男「はい。本当のことを言うと、
  橋本さんからは、先生に言うなって言われてたんですけどね」

女「わたしも誰にも言うなって、念押ししておいたはずなのに」

男「勝手なことして、すみません」


 先生が抱えていた病は『血友病』です。
 女性でこの病にかかっている人は、本当にごく僅かです。
 先生のデビュー作はこの病を題材にした小説でした。
 この本は血友病患者をはじめ、多くの人に読まれました。

 しかしある血友病患者の男の子が、
 大怪我をして二度と歩けなくなったそうです。

『病と向き合いながら、様々なことに挑戦してほしい』

 先生の本に書かれたこの一文。これがその子の怪我の最初のきっかけ。
 その男の子の保護者は、先生を批判したそうです。


女「あの本は、思ったことをそのまま書きなぐったような内容なんです」

女「当時は多くの人に読まれることを、考慮していなかったとはいえ、
  読む人への配慮が足りなかったのかもしれません」

男「でもそれって、先生の本が悪いってわけじゃあ……」

男「それに、先生の本で勇気づけられた人だっているでしょ?」

女「周りの人にもそう言われました」

女「自分でもそうやって言い聞かせようと思いました」

女「でも頭からはなれないんです、あのことが。
  わたしの書いたものが、ひとりの男の子から歩くことを奪った」

女「それはまぎれもない事実です」


女「一作目が終わった段階で、作家なんてやめるべきだったのかも」

女「こんな状態になるぐらいなら、ね」

男「どうして先生は、小説家を目指したんですか?」

女「……目指していたわけじゃないんです」

女「むかしから、お話を書くのは好きでしたけど」

女「親戚に編集者がいて、そこからいろんな偶然が重なって……って感じです」

女「……どうしてわたしは、お話を書こうと思ったんでしょうね?」

男「え?」

女「ごめんなさい。今のひとりごとは忘れてください」


女「わざわざ心配してくださって、ありがとうございます」

男「先生が話を作ってくれないと、ぼくの作品も発表されませんから」

女「素直に『どういたしまして』って言えばいいのに」

男「どっかの誰かに似たんじゃないですか?」

女「あなたも素直じゃありませんね」

男「どういたしまして」

女「そっちじゃありません」

男「いいから書いてくださいよ」

つづく
明日で終わります


 ぼくの生意気に、先生は笑ってくれました。
 でもその笑顔はすこし疲れているようにも見えます。


 アパートにもどっても、先生のことが頭に浮かびます。
 ぼくはますます彼女の手助けをしたい。そう思いました。
 しかし。ぼくにできることなど、ほとんどありません。

 ふとぼくは、彼女の著作を読み比べることにしました。
 
 デビュー作。そして最新作。

 ジャンルがちがいすぎて、別人が書いてるような印象を受けます。
 しかし、それでも読み比べる意味はありました。
 決定的なちがいは、登場人物にあるということがわかったのです。

 素人のぼくから見ても、デビュー作に比べると。
 最新作の登場人物は人形のようでした……物語の都合に動かされる。


 脳裏に浮かんできたのは、先生が言っていた言葉。

 同時に先生のノートを思い出しました。
 ぼくはパソコンを立ちあげ、文章をうちこんでいきます。

 タイピングする指は、なぜかはやく動きます。

 自分でも不思議でした。

 まもなくその話は完成しました。
 終わった話を自分で読んでみます。
 なぜこんな話を書いたのかは、自分でもわかりませんでした。


女「わたしについて聞きたい?」

男「はい。すこしでもいいんです。教えてくれませんか?」

女「どうして?」

男「聞きたいからです」


 その日、ぼくは先生のもとをたずねました。
 相変わらず先生は苦戦しているようでしたが、ぼくの頼みを聞いてくれました。

 ぼくは先生のことをなにも知りませんでした。
 だから、どうしても聞いておきたかったのです。


女「むかしのわたし、内出血して歩けなくなることがよくあって」

女「ふつうの人たちが、うらやましかったんです」

女「だからむかしは、いろんな人を妬んでました」

男「先生の病気って血友病……でしたよね?」

女「ええ。今は製剤の定期投与って治療法が広まってますけど」

女「当時はお医者様でさえ血友病治療について、知らない方が多かったんです」

女「おかげで、なにかあるたびに病院に行ってましたね」


男「大変、だったんですね」

女「本当に大変だったのは、わたしよりも両親です」

女「たくさん迷惑をかけてしまいました」

女「わたしがこの持病で一番イヤだったのは。
  まわりにいっぱい迷惑をかけるってことだったんです」


男「やっぱり気になるんですね」

女「ええ。まわりに迷惑をかけるたびに実感するんです」

女「『ああ、わたしって病人なんだ』って」

女「だからかな」

女「ちっちゃい頃は、どうにかして病気を隠そうとしてました」


男「でもそんなわけには、いかないんじゃないですか?」

女「もちろん。学校側には説明しないといけませんから」

女「だけど血友病だなんて言っても、小学生だとわからないでしょ?」

女「だから、先生たちはわたしのことをみんなにこう紹介するんです」

女「『足がよわい子』って」

男「足がよわい子?」

女「一番出血を起こすのが足だったから、みんなには教えてたんです」

女「わかりやすいでしょ?」


女「なによりこの説明だったら、わたしは病人にはならなかったんです」

女「わたしは病人なんかじゃない」

女「ちょっと足がわるいだけなんだって」

女「さっきも言ったように、わたしはいろんな人を妬んでました」

女「だから自然と、本の世界に逃げるようになったんですよね」

女「あのころは、とにかく本を読むことに心血を注いでましたね」

女「まるでそれが、自分のアイデンティティーだって言わんばかりでした」


 先生はそう言うと、ちいさなため息をつきました。
 はじめて会ったとき、先生は『本が生む不幸』についてぼくに話しました。

『本は得てして、人をゆがめますから』

 あの言葉が指していたもの。

 ひとりは、先生の本を読んだことがきっかけで、歩けなくなった男の子。
 そしてもうひとりは、先生自身のことだったんです。

 そのあとぼくについて語ったことも。
 全部自分のことを言っていたのです。

 先生のデビュー作に、『わたしと本の関係について』という部分がありました。
 先生にとって本は、新しい価値観をくれる存在でした。
 同時にむかしの先生にとっての一番の理解者だったのです。
 でもそれは、たんなる思いこみだったと。先生は気づいたのです。


 先生がそのことに気づいたきっかけは、血友病患者の人たちによる勉強会。
 先生は両親の勧めでそれに参加しました。
 勉強会という名目でしたが、むしろ交流会に近かったそうです。

 自分と同年代の血友病患者の人たち。

 自分と同じ病気の人たちが病気に悩まされながらも、
 充実した生活を送っている。
 その人たちとの交流の中で、先生はひとつの感情を抱いたそうです。

 悔しい、と。

 中には自分よりもひどい状態の子もいたそうです。
 しかし彼らは必死に、楽しそうに、しあわせそうに生きていたのです。


女「自分と同じ病気の人と、それまで出会ったことがなかったんです」

女「いるっていのは理解してたんですけど」

女「実感としてわかなかったんですよ」

女「なにより驚いたのは、みんなが将来の夢について話してたことでした」

女「わたし、自分が大人になる姿を想像したことがなかったんです」

女「生まれてはじめて、その勉強会で意識したんです。将来の自分を」

男「その勉強会がきっかけで、本を書こうと思ったんですよね?」

女「はい。誰もがわかってるんだけど、実感できないもの。
  そういうものについて、書こうと思ったんです」


女「あの本、血友病のことを除けば、
  書いてあることは、ありふれてることばかりなんです」

男「でも、先生が本当に誰かに伝えたかったことですよね?」

女「……そうなんですよね。最初はただ伝えたかっただけなんですよね」

女「右足を出したら、次に左足が出る」

女「そんなささやかなことでいいから、しあわせを見つけてほしい」

女「そんなことを思ってたんですよね」

女「ふふっ、こういうのを青いっていうんですかね?」


男「……先生のお話。改めて見比べてみたんです」

男「一番新しいものと、一番はじめのもの」

男「ど素人のぼくがこういうのもなんですけど、
  やっぱり一番最初の本は、出てくる人たちが生きてるって気がしたんです」

男「言ってましたよね、先生」

男「『物語に登場する人物って、ようは作者の都合よく動く人形でしょう?』って」

男「物語の都合で誰かを好きになって、その誰かを物語の都合で受け入れる」

女「よく覚えてますね、恥ずかしいです」

女「そうです。それも自分の書いたもののことを言ってたんですよ」


女「変な話ですよね。書きたいって思ったからこんな仕事についたのに」

女「たった数年で、書けなくなってしまうなんてね」

男「……先生。ひとつ見てほしいものがあります」

女「見てほしいもの?」

男「これです」


『駅のホームのベンチ。
 僕はそこで、家族に理解されない悲しみに泣いていました。
 たぶん、すごくうるさかったと思います。 

 気づいたら、女の人が僕のとなりに座っていました。

 彼女が口を開きます

 慰めてくれるのかと思ったら、ちがいました。
 彼女は僕にむかって、自分の不幸を延々と語りだしたのでした。』 


『僕は両親に理解されない不幸を嘆いていただけなのに……。
 腹がたちました。僕も負けじと言い返しました。
 おかしな話なんですけど、僕たちは喧嘩していたのです。
 
 口から出てくる言葉はどんどん乱暴になっていきます。
 彼女の口調もどんどん強くなっていきます。初対面なのに。

 どれぐらい時間がたったのでしょうか。
 涙はかわいていました』


『気づいたときには、僕たちは笑っていました。
 彼女は最後に笑ってこう言いました。

「感情むき出しにして、ぶつかるっていいものですね」

 納得できないと思いつつも、その言葉は僕の胸にじんわりと染み込んできます。
 結果的にこの言葉によって、僕と両親はわかりあうことができました。


 そして僕と彼女は友達になったのです』


女「これって……」

男「そうです。先生がノートに書いてあったメモ」

男「それの続きを自分なりに想像して書いてみたんです」

女「どうしてこんなものをわたしに?」

男「自分でも、よくわかりません」

女「正直に言っていいですか?」

男「どうぞ」

女「変な話ですね」

男「ぼくもそう思います。でも、読んでほしかったんです」

男「どうしても、先生に」


女「わたしに?」

男「はい」

女「……たしかに、この話の意味がわかるのは、わたしだけでしょうね」

男「はじめてだったんですよ」

男「ひとりの人に読んでほしくて、書いたのは」


男「今だから言うんですけど」

男「初対面のときは、あんまり先生にいい印象がなかったんですよ」

女「わかってましたよ」

男「バレてました?」

女「わたしの態度に問題がありましたしね」

男「まあ、それだけが原因じゃないんですけど」

女「ほかにも?」

男「単純に嫉妬してたんです。
  先生ってぼくの年のころには、もう二冊目を出してたでしょ?」


女「人から嫉妬されたなんて、生まれてはじめて言われました」

男「ぼくも面と向かって、人に言ったのははじめです」

男「……先生」

女「はい」

男「先生のおかげで、ぼくは両親に自分の夢を打ち明けることができました」

男「それにもう一度、自分の夢と向き合うこともできました」

男「先生は本は人をゆがめるって言ったけど」

男「それって、その本には人の価値観を変えるだけの魅力があったってことでしょ?」

男「先生の言葉にぼくは助けられました」


男「先生がずっと気にかけてる男の子だって、結果としてああなったかもしれない」

男「そのきっかけを作ったのは、先生の本かも知れない」

男「でも、それでもその男の子がそうなったのは、前に進もうとした結果です」

男「そしてその男の子の背中を押したのはほかでもない」

男「先生が書いた本なんです」

女「よくそんなことを、真正面からわたしに言えますね」

女「まっすぐすぎますよ、あなたの言葉は」

男「伝えたいことは、伝わる言葉で」

男「そう言ったのは先生ですもん」


 「そうですね」という声が、ぼくの耳に届くのには
 ずいぶんと時間がかかりました。

 もう一度自分を見直してみます。

 先生はそう言って、ぼくに微笑んでくれました。

女「ありがとうございます。
  わたしもあなたのおかげで、自分を見つめ直すことができました」

 なんというのか、非常にむずがゆい気持ちにさせられました。
 だから、ぼくはごまかすためにあえてこんなことを言いました。


男「ぼく、すこしだけ先生のことが好きになりました」

男「……物語の都合で」

女「なら、わたしもあなたを受け入れましょう」

男「物語の都合で、ですか?」

女「いいえ。わたしの都合で、です」


 ここからどうなったのかというと。
 先生はもう一度、一から話を作り始めました。
 少々締切はすぎましたが、それでもどうにかなりました。

 しかしここから先生の提案で、
 話がいっきにややこしくなって大変なことになりました。

 先生の提案はふたつ。

 そのひとつはぼくが、先生のためだけに書いた話。
 あれをすこしだけいじらせてほしいとのことでした。


 そして実際に製本されたものを見ると、やっぱり感動するものです。
 ページをめくって目次を見ます。
 そこには、ぼくと先生の書いた短編がふたつずつ。

 そして、五つめの話。
 その話は、ぼくが先生にむけて書いた話でした。
 先生は、いったいなにをいじったのか。

 最初のページを見た瞬間、わかりました。

 主人公が男の子から、女の子に変わっていたのでした。
 不幸自慢をした女の人も、男の人に変わっていました。

 「そういうことか」と思わず笑ってしまいました。


まあなにはともあれ。

この本が、ぼくと先生の名前が載った最初の本になりました。

おわり


今回の話は自分でもひどいなと思いますが、
ここまで読んでくださってありがとうございました。

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